会長「音が紡ぐ笑顔の魔法」 (419)

男「みんな~♡」

男「今日はありがとう☆」

男「みんなのおかげでソニア達はここまで来ることができまちたっ!」

ツンデレ「噛んでるわよ!」

アハハハ

男「このユニットで歌うことが出来るのは今日で最後……だから、120%の全力を出します!」

ツンデレ「ソニア……尊い」ボソッ

男「みんなー!」

男「いっくよー!」

ツンデレ「いきますよー!」

男・ツンデレ「「memory!!」」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1487265719

ワアアアアアアァァァ

ソニア「ありがとうー!」キャピキャピ

ツンデレ「ありがとうー!」

パチパチパチパチ

ソニア「皆大好き~!」ニコニコ

ウオオオオオオ

――ふぅ、ユニットでの活動がようやく終わりを迎えたか。
一時はどうなる事かと思っていたけど……綺羅星ソニア、俺はこれによってNo.1のアイドルになる事が出来た。

幸い、ツンデレが俺の正体に気付くことは無かったが――

「おめでとう」パチパチパチパチ

男「え――」

会長「おめでとう」パチパチパチパチ

男「………………」

男「ん???」

時系列がおかしな事になっているぞ??

会長「おめでとう、男」パチパチパチパチ

つい先程まではとても輝いて見えた煌びやかなステージが、目を背けたくなる程の陰気な死刑台になった。

しかし、俺は目を背けたくても背けることが出来ない。
ステージに立っているのだから。

男「あ、ちょっ、まっ……」

終わった。人生が終わった。

ロリ「おめでとう」パチパチパチ

副会長「おめでとうございます」パチパチパチ

副部長「おめでとう」パチパチ

部長「おめでとう」パチパチパチ

不良「おめでとう」パチパチパチ

http://ex14.vip2ch.com/i/responce.html?bbs=news4ssnip&dat=1449244496

こちらが前作になります

これからは毎日1レスは更新できるように頑張ります

男「」パクパク

ど、どうして皆がその事を……

これでは学校にも居られないじゃないか……

副部長「捕縛してから命を断ち、なるべく鮮度が落ちない方法で遺体を保存して……」ブツブツ

とても危ない事を考えていらっしゃいますよ、副部長様、犯罪ですからねそれ。

男「会長!どうして!」

会長「すまない、みんなが喜ぶと思って」

男「そんな……!」

会長「綺羅星ソニアは男でーす!!!」

男「アホか!!!」

ポンッ

後ろから肩がぽんと、優しく叩かれる。

男「……」ダラダラダラ

男「あはは……」クルッ

ツンデレ「去勢、だね」ニコッ

男「やめてえええええええ!!!!」

ツンデレ「ソニアは男じゃないと駄目なのよ!!!」

男「いやだあああああああああああああああああ!!!!!!」







チュンチュン

男「タイッ!!!!」ガバッ

男「……」

男「夢か……」

男「もう朝か……」

小鳥のさえずりと窓から差し込む柔らかな日差しがやけに鬱陶しい。

出来ることなら目覚ましの音で目覚めたかったが、そうはさせてもらえないで。

会長「服は鏡の前にある」

不良「ギターも一緒に置いといたからな」

ロリ「今日は目玉焼きとトーストだにょ」

男「あ~」

今となっては勝手に家へ上がってくる程の関係……な訳が無い。
正直言って俺は彼女達にレコーディングルームを与えるというギブしか与えていない、テイクが一つも無いのは流石にどうかと思うのだ。

許可を貰うならまだしも、この人達は祖父と祖母に取り入っては勝手に家へ上がる。

男「せめて俺の許可ぐらいは貰いませんか?」

会長「祖父母の許可だけでは不服か?」

男「分かって言ってますよね?」

ロリ「早く食べないと冷めちゃうにょ」

男「人の部屋でトースト食うな!カスが落ちる……って、また人の家のご飯を頂いているんですか!」

ロリ先輩の口元にはジャムがほんの少しだけついている、そのジャムがとても腹立たしい。

ロリ「男のおばあちゃんは料理が上手だにょ~」

男「食費払えよ!絶対に払ってくれよ」

男「不良は……」

不良「」ビクッ

男「まぁいっか」

会長「それは差別だな、男」

ロリ「どうしてにょ!?」

男「あんたらと違って何もしてないからだよ!不良は俺の部屋を綺麗にしてくますからね!」

会長は時折、人の部屋を散策する癖がある。嫌だろ。

不良「……」

不良(そう、それは男の家の掃除をしている時の事だった)

不良(今考えると入ってはいけない部屋だったと思う……)

不良(なんで女物の服が沢山入っているんだよおおおお!!!!)グオオオ

会長「掃除をするという事は、不良もこの部屋を探索しているという事になる」

男「無闇矢鱈に部屋を探索する人よりはマシだと思いますけどぉ!?」

会長「癖なんだ、許して欲しい。ただ、どんな服を持っているか気になったんだ」

不良(――ん?)

男「ベッドの下に服なんか置くと思いますか!?」

不良(会長は服について触れている。そしてこの男の慌てよう、会長は何かを知っている……?)

男「先輩達も不良の女子力を参考にしたら良いと思いますよ」

不良(女子力?)ピクッ

会長「この中では男が一番女らしいな」

不良(!!!!!)

男「な゛っ!」

ロリ「間違いないにょ!」

不良(違いねぇ……男は女装癖かつ精神的にメスだ)

不良(なんてこった。でも……)

不良(暖かく見守ってやるとするか)

※いい子です

男「で、これからスタジオに行くんですよね?」

会長の危ない話を躱す為、咄嗟に話題を切り替える。

ロリ「スタジオはこの家の地下にあるにょ~」

男「人の家をスタジオ扱いですか、そうですか、ええ、分かってましたよ」

ロリ「それは冗談だにょ、今日は隣駅のスタジオに行くにょ~それなりに安いのが学生に優しいにょ」

不良「男の家ってそこらのスタジオなんかより設備整ってるし、わざわざ金払ってまで外のスタジオに行く必要無くね?」

会長「それに関しては私も同意だが、ロリ先輩はスタジオの雰囲気を知るのも練習と言っていた」

不良「あ~なるほどね、意外としっかり考えてんだな」

ロリ「一言余計だにょ」

不良「たまに他のバンドとの交流もあったりして面白いぜ」

ロリ「と言っても環境は男の家が一番良いにょ」

そりゃあ、お金かけましたからね、はした金ではあるけど。

会長「時間が無い、行きましょう」

会長は楽しみで夜眠れ無かったのだろう、目に隈が出来ている。

不良は休みの日になると結構めかし込んでいる、意外と。

ロリ先輩はなんか大人っぽいな、ロリロリしてるのに。

男「よし、行きますか……」

不良「……」

会長「……」

ロリ「……」

男「着替えるから出てけ」

隣駅はそれなりに発展しているが、人通りもまばらで住みやすそうなのが特徴だ。

俺達が住む町はほぼほぼ住宅街な為、この辺りの学生は娯楽を求めてこの町に集まるだろう。

俺も子供の時は自転車でこの街へよく遊びに行っていた。

ロリ「こっちだにょ~」

太陽の日差しがアスファルトの黒を綺麗に強調する。いつもより綺麗に見える……そうか、俺もスタジオに行くのが楽しみなのか。

ロリ「着いたにょ」

早い、3分程度しか歩いていないのにも関わらずもう着いてしまった。 

不良「まて」

不良の雰囲気が苛立ちを帯びた物に変わった。

不良「チューニングはしたか?」

ロリ「私が全部やっておいてあげたにょ」

不良「ケースをいつでも開けられるようにしろ!上着は脱げ!!」

会長・男「はっはい!」

ロリ「入るにょ~」

カラランカララン

ドアに付いたベルが小気味よく音を鳴らす。
何人かが駄弁っていたり、静かに楽器を見ている等している。
更に付け足すと、バンドマンで本当に派手な格好をした人間を俺は今日、初めて見た。

受付「いらっしゃい」

なんとも愛想の悪い痩せたおばさんだ、目つきなんかかなり鋭い。

ロリ「学割2時間だにょ!」

受付「学割……?」

ロリ「学生証だにょ」スッ

受付「あー分かったよ、4000円ね」

ロリ先輩は皆から手際良く1000円ずつ徴収する。

受付「5分後に空くよ」

会長「き、き、き、緊張するな……」

不良「早く準備するぞ!」

10分後

ロリ「まずは一人一人出来ない所を私と練習だにょ」

会長「私は?」

ロリ「私が言ったメニューはこなしてるにょ?」

会長「はい、勿論」

ロリ「じゃあ、この前渡したCDの4曲を歌っていて欲しいにょ」

会長「分かった」

不良「私は?」

ロリ「うーん、男が弾くギターに合わせて叩いて欲しいにょ」

不良「苦手なんだよな、変なリズムに合わせんの」

俺のリズムは変ですか、まぁまだまだ下手糞だから何言われても仕方ない。

ロリ「その合わせが大事にょ」

男「先輩、お願いします」

準備も気合いも万全、全力で練習してやる。
初めて来たスタジオの雰囲気に俺は昂っていた、いつもの練習よりも身が入りそうだ。

ロリ「色々な楽器をやっていただけあって、飲み込みがすっごい早いにょ」

ロリ「有望な部員が3人も入って、自由天文部も安泰だにょ」

男「それは先輩達がライジングロックでしっかりとした成績を残してからですよ」

ロリ「言ってくれるにょ」

不良「大分やれるようなってんな」

ロリ「延期していたライブも出来そうだにょ……」ボソッ

ロリ「ストップ!!」パンパンッ

ロリ「皆で練習してきた曲を演奏するにょ!」

男「おお……!」

あれから1ヶ月……ついにこの時がやって来た。
練習を重ねに重ねた結果がいま、やっと……!

会長「分かりました」

男「よし……!」

不良「へへっ、バンドらしくなってきたな」

俺達は今までの鬱憤を晴らすかのように何度も演奏した。
会長も手元でベースを弄りながら歌っている、まぁ、会長の事はどうでもいいけどな。

不良「あー楽しかった!!」

会長「私はまだまだ歌える」

男「喉壊しますよ」

あっという間の2時間だった。
俺は少なからずとも楽しかった。
皆そう思っていると良いが、実際の所はどうなんだろうか、不良とロリ先輩は下手糞と演奏して楽しかったのか?

と、物思いに耽っていたら――

受付「あんた、いい声してるね」

会長「私、ですか?」

受付「少しだけ聞こえたけど、才能があるよ」

受付「下手糞だけど」

不良「は?」

会長「……」

このおばさん、俺は苦手だ。
人の全てを見ているかのような目、憎たらしい言葉使い。
相手にしなくたっていい。

男「会長、行きましょ――」

会長「どこが下手糞でしたか?」

受付「全部」

会長「そう、ですか……」

受付「あんたは残りなさい、私が教えてあげるから」

会長「え――」

ロリ「会長は私が――」
不良「てめぇ、いい加減に――」

受付「あんたらは黙ってな!」

ロリ・不良「……」

黙るんかい。

受付「私は、この子に聞いているんだよ」

受付「自慢じゃないけどね、私が教えた子は皆上手になるよ。まぁ、私の教えを受けるかどうかはあんたしだ――」

会長「はい、是非」

即答だった。

不良「良いのかよ!?」

会長「問題ない、駄目だと思ったら帰る」

ロリ「まぁ、決めるのは会長だにょ……」

男「はぁ……」

会長にはいつも驚かされるな。

受付「……」ニィッ

今日の分はここまでです。

何か質問があったら答えられる範囲で答えます。

丁度いい区切りなのでもう1度


このSSは↓の続きになります。前作を見た方も、見ていない方も是非よろしくお願い致します。

男「音楽の魔法」
http://ex14.vip2ch.com/i/responce.html?bbs=news4ssnip&dat=1449244496

過去に書いたやつがあったら読みたい
速報以外でも
おつおつ

受付「じゃあ始めるよ」

会長「はい、先生」

先生「やめな、恥ずかしい」

男「待ってください」

会長「?」

受付「ん?」

ただただ、納得がいかなかった。

男「簡単についていって良いんですか?」

会長「駄目だと思ったら帰ると言っただろう」

会長「でも、分かるんだ」

会長「この人なら大丈夫だって」

受付「私が凄い悪人だとしてもかい?」

会長「悪い人には見えません」

受付「冷静だね、歌にも必要な要素」

受付「ぼうや、よく聞きな」

男「……」

慈しみ?哀れみ?軽蔑?愛情?分からない。受付の人は、様々な感情が入り混じった優しい顔で俺を見て言った。

受付「これが才能だよ」

受付「分かる奴は感覚で分かってしまうのさ」

男「……」

心の奥から湧き上がるドス黒い物が、俺の全てを覆っていく。

心底悔しかった。

男「……」

ロリ「やめー!やめー!」

受付「うるさいよ、ほかの客だって居るのに」

ロリ「さっさと帰るにょ~会長をよろしくお願いしますだにょ」

流れを遮るかのようにロリ先輩は切り出した。

癪ではあるが、ほんの僅か、ほんのほんの僅かだけ庇ってもらった気がする。

不良「才能ってなんだよ……」ハァ

受付「この先も音楽を続けていくのなら分かるよ、きっとね」

不良「ふんっ」

不良(続けるかも分からないな、そんなもんだろ、趣味なんて)

ロリ「帰ってからさっき駄目だった所の復習にょ」

男「何自分の家みたいに言ってるんですか」

会長「……」

受付「行っちまったね」

会長「はい……」

受付「寂しいのかい?」

会長「そんな事は……」

受付「解散するかもね」

会長「そんなっ!」

受付「でも、あんたは歌が上手くなりたくて私を信用した」

会長「……」

受付「私のレッスンが終わる頃に、あの子達があんたを忘れたって良いじゃないか」

会長「それでは……」

受付「その時にはあんたの歌を聞かせてやればいい。それだけで、元通りさ」

会長「……」

受付「それが歌……って奴さ」

会長「うかうかしていられませんね」

受付「全力だよ、今を全力で生きるのさ」

あれから家に戻った俺達は今まで以上、練習に取り組んでいた。

男「……」ブツブツ

ジャ-ンジャシャッ

不良「うぜぇうぜぇ……うぜぇ……」ボソボソ   

ダンッダンッダンッ

ロリ「凄い集中力だにょ、もっと早くこれが欲しかったにょ」

不良(正直、男とロリが音楽を続けるかは分からない……でも)

不良(なにがあっても音楽を続けるつもりだ)

男「……」

男(本気でやっている。だからこそ)

不良・男((趣味でやっている2人に足は引っ張られたくない))

不良・男((とか、思われてんのかな……))

ロリ「私も弾くとするかにょ~」

ロリ「そろそろ24時になっちゃうから解散だにょ」

男「……」

正直、この人の指導はとても分かりやすい。
勝手に家へと上がってくる事を除けば、教え子が満足するまで付き合ってくれる理想的な指導者だ。

不良「でさぁ、会長はどうすんの?」

ロリ「ひとまずは放置だにょ」

男「あのおばさんに教えられて変な歌を歌うようになっても困りますよ」

ロリ「それに関しては心配無いにょ」

男「どうして」

ロリ「なんとなく」

不良「はぁ……」

ロリ(あの目、あの目は信じても良い目だって分かるんだ…)

不良「早速1人減ったな」

男「それは早いだろ」

不良「はいはい」

男「……」

実際の所、俺にも分からない。
このまま会長が練習に顔を出さなくなる可能性だって大いにあるのだから。

ロリ「今日は帰るにょ」

不良「私も~」

ロリ「あ、明日部室に集合だにょ」

男「?」

不良「?」

ロリ先輩と部長を見送った後にリビングへ顔を出すと、父と母と姉が椅子に腰掛けていた。

男「あはは、うるさかったね」

男「うん、皆いい人だよ」

男「お姉ちゃん、からかわないでよ……誰が好きかだなんて」

男「それでね、今日から会長が歌の稽古をつけて貰うことになったんだ」

男「とても真っ直ぐな人に教えて貰うことになったんだ」

男「僕はどうしたら良いのかな?ただ練習しているだけじゃ上手くなった気がしないや」

男「それでも練習?分かってるよ、うん、僕には才能が無いって分かってるよ」

男「うん、頑張るね、頑張るよ」

翌日の放課後、部室には全員揃っていた。

部長「どうだ?上手くなったか?」

不良「私は元から1番上手いっつーの」

副会長「そもそもですが、“上手い”の基準とは?」

不良「それは――」

ロリ「オーディエンスが決める事だにょ」

部長「あ、保護者だ」

副部長「ロリ先輩ってずっと思ってたけど、とてもいいお母さんになれるよね!!」

ロリ「まるで私が老けているかのような言い方はやめるにょ」

部長「いや、ふけて……ゴバァッ!?」

お見事な金的蹴り。部長は悶絶して動けそうにもない。

会長「暴力はご法度ですよ」

ロリ「では、本題に入るにょ」

会長のご指摘は見事にスルー、ロリ先輩にはそういう所がある。

会長「またスルーされた……」ガ-ン

部長「明日の放課後にライブやってもらうわ」

ロリ「という訳でよろしくにょ」

会長「一つ」

部長「はい、会長」

会長「とても恥ずかしいです」

ロリ「という訳で解散だにょ」

副部長「今日も練習頑張るよ~!」

副会長「今のままの練習もマンネリですね」

不良「早く行くぞ~」

男「ワクワクしてきた」

会長「まてー!」

会長「二度も無視したな、私を!」

副会長「バンドをやっている以上、目立つのは仕方がありません」

そもそも会長は人前でアイドルとして歌って踊っていたではないか、化粧によって別人ではあったが。

会長「せめて覆面を……」

副会長「いけません!この学校の会長でもある貴女が……」

部長「OK」
ロリ「面白いからアリだにょ」

副会長「ああ!もう!」

会長「よしっ」フンス

面白い程に輝いている、顔を隠せるのがそこまで嬉しいか。
部室に差し込む光が会長の白磁のような肌を、明明と照らす。

肌、白いんだな。

男「ソニアよりも……」ボソッ

ロリ「さぁ、各自で練習だにょ!」

>>20



勇者「俺と魔王の101日決戦」 

医術士「東奔西走!!皆を癒しちゃうよ!!」 

弓使い「勇者……私が?」 

勇者「2024年……標的は魔王」 

勇者「お前は俺が面倒を見る」魔王娘「……」 



等を作ってました。 




全てを照らす陽の光、窓から受付のデスクに差し込むそれは大気に舞う埃さえも輝かせてしまうのだった。

受付である中年の女性は、自身をも照らす光が嫌いだ。

光によって全てが明るみに出るのを、見透かされのを恐れていた。

受付「さて、そろそろあの子が来る頃だね」

昔の教え子の一人であるアルバイトに店を暫くの間任せる事にした。
才能に溢れた子供を見るといつもこうだ、悪い癖だ、と心の中で自嘲する

カラァンカラァン

受付「――っ!」

「母さん」

受付「なんだ、帰ってたのかい」

「聞いてよ!今度さ、大きな舞台で歌う事になったんだよ!」

受付「へぇ……」

「1人で!」 

受付「凄いじゃないか!!」

「えへへっ」

受付「なぁ、またね、聞かせておくれよ、私の可愛い娘の歌を……」

「――♪」

受付の顔はみるみるうちに険しい物へと変わって行く。

受付「なんだいこの歌は?」

「え?」

受付「カラオケが上手くなりたいなら出ていっておくれよ」

「でも、母さんがこう歌えって!」

受付「違う!感情を込めるんだ!技術なんて後からいくらでも付けてやる!!」

教え子の腹部に触れると、力強く撫でる、揺らす。

受付「下手くそが気取るんじゃないよ!」

受付「私が聞きたいのは“あんたの声”なんだよ!」

「っ!」

「どうやって感情を込めたら……」

受付「簡単だよ、そんなのすぐさ」

受付「――大声で歌うんだよ、子供のようにね、叫ぶんだよ」

受付が気が付く頃には日も落ちていた、それだけ練習に集中していたのか、受付の記憶は曖昧だ。

会長「今日もありがとうございます」

受付「金を取っても良いのかい?」

会長「お金で済むのなら……」

受付「馬鹿だね、いらないよ」

子供に歌を教えていたと思い出す。
才能がある子だから、ついつい熱を込めてしまったのだろう。

会長「ありがとうございます」

会長「……」

受付「どうしたのさ、黙り込んじゃって」

会長「明日、ライブがあるんです」

受付「へぇ、早いね」

会長「私の歌は通用するのか……それだけが心配で……」

受付「心配いらないよ」

天才だから、と、言おうとした所で言葉を飲み込んだ。






男「はぁ……」

ロリ「お泊まり会はワクワクするにょ」

不良「全員家近いのに泊まる意味あんの?」

男「寝袋を持ってきてる奴が何言ってんの?」

夜の11時、今からレコーディングルームで寝ずの練習をすると言うのだ、ロリ先輩の熱量には相変わらず敵わない。

ガチャッ

トントントン

誰かが玄関のドアが開けて階段を降りている。おばあちゃんはもう寝ている筈……

不良「ん?」

ロリ「???」

足音は明らかにレコーディングルームへ向かっている。

男「おじいちゃん……?」

ガチヤッ

会長「私だ」

男「え?なんで?鍵は?え?」

男「不法侵入でしょ!鍵が開いていたとしても!」

会長「鍵……?」

会長「……」フッ

フサァッ

会長が髪をかきあげると、一瞬で放射線のように散り、肩に流れる。

会長「合鍵をもらった」ドヤァッ

ロリ「私も」

不良「ああ、そういえばもらってたな」ハハッ

男「あんのクソババア!!」

ロリ「合鍵の話は置いといて」

何一つ置いておくべき所は無い、置くな、鍵返せ。

ロリ「歌のレッスンはどうかにょ?」

それは正直に言うと、聞きたくもない話題だ。

会長「とても素晴らしい先生だった」

会長「技術から信念まで、とても参考になります」

ロリ「やっぱり凄い人だったにょ」ドヤァ

会長に続いてロリ先輩もドヤ顔を披露、両手を腰に当ててこれでもかと言わんばかりに威張り散らしている。

不良「なんとなくじゃん」

ロリ「なんとなく、あの人に似ていたから……」ボソッ

男「……?」

この人はいつまで経っても不思議な存在だ。
何を考えているのか、感じているのか、思い出しているのか、第三者の俺には何も分からない。
ただ、一つ言えるのは、その表情に一番近い言葉は物憂げと言う事である。

ロリ「――それじゃあ、会長の練習の成果を見てみるにょ!」

会長「まだ2回しか教えて貰っていないが」

ロリ「みんな……まだ下手くそ……」ムニャムニャ

不良「お母さん……」ムニャムニャ

本番に今の全てを出し切れる、とても良い練習だった。現時点では演奏に問題が無い、曲はまだ簡単。
と言う事は、次への課題と今のレベルが見えた事になる。

男「もうこんな時間か……」

会長「朝の5時、私の起きる時間だな」

男「会長」

会長「寝ないのか?」

男「本番の前って眠れないんですよ」

会長「ふむ……君のことだから緊張の類は無いのかと思っていたよ」

男「舞台の大小は関係無いですよ、ただ……」

会長「ただ……?」

男「どちらにせよ、次の夜は良く眠れるんですよね」

会長「ふふっ……当り前じゃないか」

こんな感じでボチボチと進めています。何か気になることがあったらお答えします

綺羅星ソニアでぐぐって見つけたぜ

おつおつ追い付いた
盛り上がってきた
過去作読んでたら遅くなった
>>35
の勇者「2024年……標的は魔王」って未完なのかしら
続きが気になる

>>44
綺羅星ソニアで見つかるとは…!

>>45
未完です。プロットが消えた為


更新はもう少しお待ちください

男「よしっと……」

HRが無事終了した所で部室に向かう前の事だった。
何となくなのか、冷やかしなのか、友が俺の事を呼び止める。

友「男」

男「ん?」

友「これから軽音部でライブやるんだってな」

男「あっ、あぁ……」

突然の出来事に動揺してしまったが……そうか、自由天文部は周りの人間からは軽音部として認識されているのか、最初から軽音楽部として売り出せば良いのにも関わらず。

友「俺も行くよ」

男「ありがと」

友「……友達が応援してやるってのにも関わらず、反応薄いな」

男「それどころじゃないからな、俺も必死なの」

友「……頑張れよ」

男「おうっ」

タッタッタ

友「あいつ、かわいいのにカッコイイな……」ボソッ

友「あれ?俺ってホモ?レズ?」

男「あれ?」

遅れた筈なのに部室にはまだ誰も居ない。

不良「準備、出来てるってさ」

背後からかけられる不良の言葉、それは俺をどうしようもなく興奮させた。

男「リハは?」

不良「ロリ先輩は部長のバンドでとっくに弾いてるよ」

男「会長は?」

不良「自分の世界に入ってるから何言っても駄目だな、あれは」

男「心配だ……」

不良「じゃあ二人でやるか、セッション」ダンダンダン

不良は隅に置いてある古びたドラムを前にして、軽快なリズムを刻み出した。

男「頼む」

俺はすがるように、弦を弾く。

まだ、何も目覚めていない、

体育館はそれなりの盛り上がりを見せていた。

ロリ「……」

部長「あんがとなー!」

「「ひっこめノッポー!!」」

部長「うっせー!!」

ギャハハ

ロリ「……」

この子も“あの人”の器では無かった。

求めるのが酷な話と言う物だろう、“あの人”は常人の物差しでは測れない世界に生きていたのだから。

部長「じゃあさ、次は俺達の後輩が演奏するから!!」

ロリ「……」

まさか、こんな短い間でまた会えるとは思ってもいなかった。

部長「バンド名はまだ決まってない!!聞いてくれ!!じゃっ!」

「「おおーー!!」」

部長や副部長の友達が居て良かった、安心して歌ってもらう事が出来る。

会長「人人人人人人人人人人人人」ガタガタ

部長、副部長、副会長と入れ替わるように新入部員が入場した。

「「覆面だー!!」」アハハ

ロリ「さぁ、落ち着くにょ」ギュ

慌てふためいた覆面会長の手を握ってあげる。
緊張が解けるのなら何だってしてあげよう。

男「ここがスタートライン……」

不良「よっと」

ダダンッダダッ

ロリ「!」

不良のドラムが場を支配する。
この子は本当にいい音を持っている。

会長「――歌います」

ロリ「うんっ」ニコッ

ロリ「みんな、始めるにょ!」

シイィィィンッ

曲が始まるまでの静寂を感じたのは何年ぶりだろう、随分と長かった気がする。

ロリ「……」

あの時を思い出す。

あの人を思い出す。

あの一瞬を――








先輩「準備はいいかー!?」

観客は“そこそこ”集まっている。

初めての緊張、初めての胸騒ぎ、初めてのライブ、全部が初めてだった。

あの時、私は誰よりも緊張していた。

ロリ「……下手くそがよくもまぁ偉そうに」

先輩「皆に笑われるかな?」

ドラム「笑ったらぶっ飛ばしてやる!」

キーボード「ちゃかちゃかちゃーん、ぽんぽんぽーん」

先輩「自由天文部の門出だー!!」

ホームプラネタリウムが置いてあるのなんて誰も気にしていないだろう、そもそも光が弱すぎて置いても意味がない。

先輩「いえええええい!!!!」

ロリ「本当に派手好き……」

「「早く歌えーー!!!」」

先輩「皆、署名ありがとう」ピシッ

集まってくれた生徒達の前で先輩は深々と礼をする、私を含む三人も続くように礼をした。

天文部として功績を挙げた私達がこうして演奏できるのも、周りの人間が協力してくれたからこそだ。

先輩「Ahaaaaaaaaaaaaa!!!!」

耳を劈くような絶叫が教室全体に響き渡る。

それでも心地が良い先輩の声、聴く者全てと自分の世界を共有する先輩の声、胸に訴えかける声は誰にも負けない。

ドラムが小気味の良い律動を刻む、簡単だがセンスもある。

私以外は初心者であるにも関わらず、良くもここまで演奏できるようになった物だ、先輩がギターもやると言い出した時はどうなるかと思ったが、結果としては成功だ。

キーボードは先輩のギターと私のベースにぶつかっていく、そうだ、そうやって強く出していこう。

私が繋ぎ止めればもっといい曲になる。

私が繋ぎ止めれば――









「「アンコール!!」」「「アンコール!!」」

会長「あんこーる?」

男「――っ!」

まさか、ここまで、ここまでなんて。

不良「この短期間でここまで歌えんのかよ……!」ハハッ

「てか、あの覆面すごくない?」「凄く良い声してるよね~」

ロリ「あの人以上……」

会長「あんこーる、だそうだ」キョントン

会長「正直に言うと、初めての事で驚いている」

男「……」

アンコール貰った事無いのか、まぁ、アレじゃあな。

ロリ「作った曲で歌ってみるにょ?」

男「そう言えば、あの曲作ったのって誰ですか?」

ロリ「内緒だにょ~」

男「えぇ……」

ロリ「きっといつか会えるにょ~」

ダダンッダダッ

不良がドラムをかき鳴らして急き立てる、せわしない奴め。

俺も続くように弦を弾いた。

会長「アンコールありがとう」

会長「――」スウゥ

ロリ「困った奴等だにょ~」

パチパチパチ

「良かったよー!」「覆面すごーい!」

暖かい声援を受けて、体育館を後にする。

男「……」

手ごたえはある、でも、会長だけが一つ飛び抜けている。あれが初心者の歌なんて言っても誰だって信じてくれないだろう。






部長「……」

副部長「始めたばかりなのに凄いね!」

副会長「不良さん……とても上手です」

部長「なにあれ?」

副部長「え?どうしたの?」

部長「あれ、初心者だろ?」

副部長「会長も良かったよね!初心者には思えないや!」

部長「どうなってんだよアレ……」

副会長「……」

副部長「?」

部長「別次元だ……ハハッ、やる気なくしちゃうね」

~~~

あれから五年の月日が経った。

会長「ソニア、早く行こう」

「うん!」

どうやら“私”は今まで自分の性別に嘘を吐いていたようだ。

去年に男と偽っていた自分とおさらばして、新たな自分に生まれ変わった。

そう、女に。

タイは偉大である。

会長「ふふっ……」ギュッ

女「会長……」ジッ

会長と付き合う事になったのは四年前だった。

可愛ければ性別など関係無いと豪語する会長は、私が女になっても受け入れてくれた。

綺羅星ソニアとしての活動を再開する事になった私のマネージャーもやってくれる事になった。

会長「思い出すな、自由天文部の日々を」

難病によって命を失ったロリ先輩、無限極焉流との戦いで命を失った副部長、眼鏡になってしまった副会長、タンバリンに頭を叩かれ寝たきりになってしまった不良、チェスボクシング日本代表になった部長、本当に幽霊だった幽霊部員、皆が掛け替えのない思い出だ。

ソニア「目指せトップアイドル!」




            お わ り

飽きたのでこのシリーズは終わりです。

次回作は地獄少女四期を記念したSSです。



天国少女「四月馬鹿」


よろしくお願いします。













勿論エイプリルフールです。

ロリ「お疲れ様だにょ!」

体育館裏、ロリ先輩はライブの成功が余程嬉しいのか、何度も飛び回っている。

会長「生徒からの反響も上々でした」

ロリ「もぉう!そんなお堅い事言ってちゃつまらないにょ!」ピョンピョン

不良「……」

不良も違和感を感じているのか、ライブが終わってから一言も発していない。

男「足引っ張ったな……」

不良「……だな」

そう、もう少し、俺に実力さえあればこのライブが会長の歌に押し負ける事は無かった。

ロリ「……」

男「そういえばロリ先輩、ライジングロックの開催は6月の何日ですか?」

ロリ「1日だにょ」

不良「もうすぐだな」

ロリ「本当は男達が入部してからすぐにライブでもさせようかと思っていたんだにょ」

とんでもない事を聞いた。

練習に時間をかけた甲斐があって恥をかかずに済んだが、すぐにライブをしていたらと思うとゾッとする。

部長「お前らが入部してからだいぶ経ったな」

部長達のおでましだ。

男「随分と余裕ですね」

部長「やめろよ、俺達も必死なんだ」

男「ふーん……」

副会長「ええ、特に私は必死です」

副部長「頑張ってるよねー」

男「副会長は間違いないですね」

副部長「私は!?」

男「いや、なんか胡散臭くて」

部長「ひっでー後輩」

「なんだかんだで今は5月28日っすね」

馴染みのない顔が部長の後ろからひょっこりと顔を出す。この人が話には聞いていた部長バンド最後のメンバー、幽霊部員……なのか?

副会長「幽霊部員、今日のライブには出てほしいと何度も……」

幽霊部員「ごめんね、副会長ちゃん、幼馴染みのよしみで許して欲しいっす」

副会長「私は良くても……!」

どうやら、副会長と幽霊部員は幼馴染みらしい、副会長の敬語が崩れている所を見るとかなり仲が良いことも伺える。

部長「良いから良いから」

幽霊部員「それでも!沢山ゴロゴロしたおかげでインスピレーション湧いてきたっすよー!ちゃかちゃかちゃーん!ぽぽぽぽん!」

副部長「ゴロゴロしてたんだ……」アハハ

「…………………」

「素晴らしい歌声だったね、私の歌詞はどうだったかな?」

「あんた、ギターなんてやってたのね」

これまたキャラの濃い3人組が現れる、残りの部員だろう。

1人顔見知りが居た気がするが気のせいだろう、きっと俺の勘違いだ。

それにしても、相変わらず子供みたいな体型をしているな、こいつ。

「ちょっと、無視する訳?」

男「はぁ……なんで幼馴染みがこんな所に居るんだよ」

認めたくはないが、黒髪ツインテールの貧相な身体をした強気な女はまさしく俺の幼馴染みだ。

幼馴染み「元々部員だからよ、あんた、私の後輩だったのね」

副部長「2人は知り合いなのー?」

幼馴染み「幼馴染みよ」

不良「マジで?」

男「幼馴染みと言うよりは親の友達の娘ですね」

会長「その場合は、大体が幼馴染みだな」

ロリ「幼馴染みが男と昔馴染みの仲だとは意外だにょ~」

「ははは、うんうん、とても面白い関係性じゃないか、それでね、まだ紹介をしていない人間が2人も居るんだよ?良いのかい?大事な部員の1人を無視しても」

「……」

男「そうそう、俺は幼馴染みよりも2人が気になりますね」

幼馴染み「最低っ!」

「良かった、話の解る子だ」

「……」

作詞「私は作詞、3年生、歌詞は私が担当しているよ」

部長「楽器はギターな」

作詞「分からないことがあったら聞いておくれよ、男君」

この人、俺の事を知っているのか?

作詞「副部長とロリから話は聞いているよ、とても面白い子が入ってきた、と」

副部長「作詞先輩はとっても変な人だけど、とっても優しい人だよ!」

作詞「うん?優しい人には概ね同意だけど、変な人には同意しかねるね」

特徴的な言葉回し、そしてろくろ回しなるほど変な人だ。

作詞「今、変な人だと思っただろう?全てお見通しだからね?」

不良「変な奴」

作詞「今私の事を変な奴と言ったパンクちゃん、そこまで言う事はないだろう、多少のズレは認めるが根本的に私達は同じ人間であり、ましてや……」

作曲「私は作曲……3年生、楽器は演奏しない」

ぶった切ったーー!!

作詞「同じ部活動に所属する仲間を変な人間と罵るのは人間性に大きな疑問を抱かざるを得ない、外見で人を判断するのは好まないが咄嗟にあのような」

続けるのかよ!

ロリ「作曲ちゃんはパソコンを使って作曲するにょ」

副会長「作曲先輩が作る曲には驚きばかりです」

作詞「言葉を吐いてしまうのは、君自身の人間形成がよろしく無かったという証拠であり、こうして君の外見にも現れてしまっているのではないか」

俺達が最後に演奏した曲、あれは作曲先輩と作詞先輩が作った物だったのか。

作曲「皆の個性が強いから……作りやすい」

不良「分かったから、私が悪かったって」

不良もこれにはたまらず謝罪をする。
敵に回してはいけない人を敵に回してしまった感覚だろう、凄い嫌な顔をしている。

作詞「うん、良いだろう、君の謝罪を受け取ろう。言葉の使い方、目上に対する礼儀、まだまだ君には課題が山積みではある、でもどうしてだろうか、君は自由天文部の中で一番の常識を兼ね備えた人間な気が……」

先輩、大正解です。

不良「私が常識人?んな訳……」

ございます。ただ服装と言動が派手なだけ。

作詞「いや、いい。私の勘違いだったらそれでいいんだ」フッ

作詞先輩は緩やかな笑顔を不良に向けるが、同情の色が強い。

幽霊部員「ちゃんちゃかちゃかちゃか、きゅるりきゅらきゅら、たかたんたかたん♪」

幽霊部員先輩は独り言のような歌を歌い始めてから止まる様子が無い、ずっとあんな感じなのだろうか。

幼馴染み「相変わらずね、あんた達とは、ほんっとに!馬が合わないわ」

男「なに?お前友達いないの?」

幼馴染み「そんな訳無いでしょ!バカッ!」

幼馴染みは声を大にして否定する。
何もそこまでムキにならなくたって良いだろう。

ロリ「男も失礼な……私は幼馴染みちゃんとは凄い仲がいいにょ!」

幼馴染み「そうよそうよ!」

作曲「私も……」

幼馴染み「少しは見直したかしら!?」

作詞「ははっ、男君、失礼な事を言ってはいけないよ。幼馴染みはとても話のわかる子さ」

幼馴染み「そっ、そうよっ!」

幽霊部員「僕と幼馴染みは親友っすよ~ぽぽんぽんぽん~♪」

幼馴染み「あんたは黙りなさい!」

男「極めつけのサイコさん達しか居ねぇ!!!」

ロリ「サイコじゃないにょ!」

部長「い――ぶべらっ!」

「い」だけは聞き取れた、それだけで部長は殴り飛ばされてしまった。

どうせ碌でもない事を言おうとしたのだろうと、予想が出来た。

作曲「……サイコ?」

作詞「ははは、男君は酷い事を言う。私達を一体全体何だと思っているのかな?」

幽霊部員「私は否定しないっすよ」

幼馴染み「否定しなさいよ!!」

幼馴染みは昔から変な奴、もとい、普通の人とは少し違う人間に好かれやすい。

変人は嫌だ嫌だと言いつつも相手にしてしまう辺り、お人好しなのだろう。

副部長「じゃあ今日はもう解散だねー!」

幽霊部員「え?もうっすか?せっかく僕が来たのに?」

副会長「流石にこれからはしっかりと練習しましょう」

部長「ん~~~そうだな」

男「……」

副部長と部長からは全くやる気が感じられない、相変わらず適当な事をやっているのか。

ロリ「じゃあ私も行くにょ~」

不良「なんだこいつら……」

不良も呆れている。

作詞「あれでも予選には参加できるなんて驚くよ」

作詞先輩も割って入る。
この部活に4人も幽霊部員が居る理由がわかった気がする。

会長「私は先生の所に」

幼馴染み「あっ!良い事を思いついたわ!」

男「やだ」

ロリ「……」チラッ

幼馴染み「最後まで聞きなさいよ!!」

男「絶対にやだね!」

ロリ(幼馴染み達が居たら会長のバンドは安泰……)





先輩『良い感じじゃん』

ロリ「うん……でも……先輩の夢は叶えられないかも」

先輩「あはは、難しいか~」

ロリ「会長が居るから大丈夫……だと思う」

先輩「男って奴も良いじゃん」

ロリ「かな?」

先輩「一番良いよ」

ロリ「???」

先輩「カタログスペックじゃあ決められないっての」




部長「おーい!置いてくぞー!」

ロリ「っ!」ハッ

ロリ「今行くにょー!」

男「それなりに大規模なんだな」

ワアアアアァァ

6月1日、ライジングロック予選。
地域の選考に選ばれた高校生バンドがこの場に集まっている。

幼馴染み「近い内に男達も出れるわよ」

幼馴染み「あんな部屋持ってたら、ね?」ニヤニヤ

男「頼むからもう来ないでくれ……」

前回のライブ以来、幽霊部員4人まで俺の家に上がり込むようになってしまった。

作曲「今日も……機材……使って……良い?」

常に自由天文部員が入り浸る状況になってしまい、休まる時が無い俺は、家で横になっていたくて仕方がなかった。
早く帰してくれ。



不良「あいつら、大丈夫なのか?」

会長「心配が最初に来てしまうな」

作詞「ほら、そんな事を言ったって意味が無いだろう?部長達の出番だ」

まばらな歓声と共に部長のバンドがステージに登場するする。

ワアアァ

不良「頑張れー!」

男「しっかり応援すんのな」

不良「しっかり……」

不良「こっちがやれる事をやらないでいたら後味悪いだろ?」

邪険にされたとしても、か。
こいつ、こういう所は本当に素直だな。

会長「その通りだな……がんばれ!」

男「会長まで……」

男「はぁ……」

男「がんっ……☆」

会長「……」

不良「あれ?すごい可愛い声が聞こえたような」

男「がんばれー!!」

やべ、素で間違えた。

作曲「がっ……がんばれー!!!!」

幼馴染み「普段大声を出さない作曲まで……」

幼馴染み「……」

幼馴染み「落ちたら承知しないわよーー!!」

作詞「ふふっ……皆して必死になってるね……」

作詞「全力だ!!!全力で走り抜け!!!」

男「……」

なんだかんだで全員が応援をするハメになってしまった。
こんな応援の仕方で良いのかな、俺には分からないや。

俺としてはロリ先輩達に声さえ届けば良いと思っているが、果たして届いているのかどうか。










ロリ「……」

本当に良い部員……後輩を持った。

本当は諦めてたけど、これじゃあ……

ロリ「諦め切れないよ……」ボソッ

副部長「わぁ」

副部長「すごいねー!人がたっくさん!!」ドキドキドキドキドキ

副会長「落ち着いてください、副部長」ドキドキドキドキドキドキ

部長「いつ来ても慣れない通らない」

部長「けど、歌うしかねーよな」
 
副部長「……」コクリッ

ロリ「皆、今日は通過点に過ぎねーにょ」

ロリ「絶対に本選へ選ばれる演奏をするにょ!!」

副部長・副会長・部長・幽霊部員「うん!」「はい!」「おうっ!」「おっす!」

部長「皆、こんな俺に着いて来てくれてありがとな、持てる限りを発揮しよう」

ロリ「がんばるにょ!」

副部長「負けられないよ!」

副会長「これで、廃部かどうか……決まる」

幽霊部員「なんとかならないもんすかね……」

ロリ「……」

ここまで奮い立たせてどうなるか……部長も役目を果たしてくれたけど……

「自由天文部さーん!!お願いしまーす!」

部長の独唱から始まると、後から合わせるようにドラム、キーボード、ギター……“私”の音が重なって行く。



――最後の足掻きが始まった。







うちの学校の地区から今年のライジングロック本選に選ばれたバンドは10組。

今年の予選は様々な会場を使い、300組を1日で演奏させる。

その様子は動画投稿サイトにも配信され、視聴者にも投票権が与えられていた。

さらに凄いのは本選。

今年の本選は全部の地区を合わせて50組らしい。

その盛り上がりは予選の比では無く、投票も来場者限定と聞いた。

50組中の30組にはレコード会社がスカウトに来る程の待遇まで付いている。

そして、結論。

結論を言うと。

自由天文部の廃部は、ほぼ確実な物になった。

自由天文部は本選に勝ち進む10組の中にすら選ばれなかった。

どうにかしない限りは廃部だ。

今回の分はここまでです。

男「……」

自由天文部室には明らかに活気が無かった。部長と副部長も意外と気は使ったいたのか、盛り上げてくれていたのか……今となっては分からないな。

幽霊部員「部長と副部長とロリちゃんは部活に来なくなったっすね~」

作詞「怠け者の末路としては妥当だね」

作曲「……」

幼馴染「当然よ、あんな奴等居なくなっても」

男「あのさ、あんたらがそこまで言う必要は無いだろ」

幼馴染み「あんたに何が……!」

男「今を変える努力をせずに、幽霊部員になって不貞腐れてた奴等には言われたくないんだよ!!」

会長「男、話を聞く所によると前からおかしかったんだ。そこまで言うな」

不良「はぁ……」

男「……」

そう、聞く所によると自由天文部は数年前から目立ちたいだけの人間が集まっていたらしい。

練習を重ねずに、まともに活動をしない人間ばかりだった。

そして、会長から聞いた新事実もある。

ロリ先輩は“去年も3年生”だった。

ガララ

ピシャッ

副会長「……」

何とも言い難いタイミングで副会長のお出ましだ。

話を聞いていたのかも知れないが、彼女の表情を読み取る事は出来なかった。

何を考えているのか、どうしたいのか。

そもそもの話、どこにでもある軽音楽部が規模の大きなフェスで入賞するなんて最初から無理だったんだ。

そうだろう?副会長。

副会長「部長は引退するそうです。副部長は……っ」

副会長「……私が連れ戻します」

言い淀んだ、と言う事は副部長はもう辞めるんだろうな。
部長も副部長もロリ先輩もそこまで気負わなくたって良いだろう、ただの部活なんだから、プロじゃあるまいし。

幽霊部員「戻ってきてくれると嬉しいっすね」

副会長「……うん」

副会長「幽霊部員や先輩方はどうしてまたこの部活に……?」

うん、これは俺も一部員として気になっていた事だ。

彼女質がこの部活に来なくなった理由もはっきりと分かる気がするからだ。

また、一度離れた人間が二度離れないとは限らないからだ。音楽性の違いも有り得る、どちらにせよ理由さえ分かれば接し方も変わってくる。

一緒にいる時間が増えたとしたも、幼馴染み以外はどうにも知り得る事が出来ないでいた。鈍感?違う、個性が強いあの人達が悪いのさ。

幽霊部員「僕は単純に面白いバンドが作れそうだと思ったからっす」

幼馴染み「私は会長達がしっかりと活動していたからよ」

作詞「右に同じく、だね。それと会長だ」

作曲「すごい曲が………作れそうだから……」

幽霊部員、作詞、作曲の先輩方は会長の才能に魅せられたのか、自分本位だった。

幼馴染みは……昔から責任感の高い奴だ、そうだろうとは思っていた。

副会長「そう……ですか」

会長「副会長、その質問は余計だ」

副会長「……」

すっかりと会長がまとめ役になってしまったな、収まるべき所に収まったと言うべきか。

会長「三学期が終わるまでは軽音楽部として活動することが出来る」

会長「新たにバンドを作るのはどうだろう?」

会長「バンドを組みたい者同士で集まってくれ」

男「ん?」

どこかがおかしい。

作詞「ふふっ」クスクス

作詞先輩も微妙な違和感に気付いているかのように見える。

男「あ」

肝心な事に気付いていなかった、言った本人が気付かなければ仕方の無い問題だ。

男「会長、それだと……」
幽霊部員「ピルピルピル~テテテンッ!!」トテトテ

会長「む?どうした?どうして全員が私の周りに」

幽霊部員「そりゃあそうっすよ!今この部活に居るボーカルって会長だけっすからっ!!」ギュッ

会長「抱きつくな、重い」

幽霊部員「私、重いっすか?」

作詞「ははは、幽霊部員は胸に無駄な脂肪が多いからね?」

副会長「作詞先輩、男君が居る中でその発言は不適切かと」

作詞「少し毒づいたって良いだろう?私と幽霊部員ちゃんはとても仲良しなんだ、それに……」

幽霊部員「天才ボーカルは渡さないっすよ~」ギュッ

作詞「あの子には何を言っても無駄さ」

副会長「……ですね」ハァ

会長「離れてくれると助かる、嘘ではない」

幽霊部員の豊かな胸がこれでもかと会長に押し付けられる。

それにしてもあそこまで不機嫌な会長は珍しい、胸か?胸なのか?いや、胸だな。

会長と作詞先輩の恵まれない身体について今更言及するのもおかしな話だろう、とにかくあの二人は……

副会長「それでは全員でバンドを組むのは如何でしょうか?私はサポートに回ります」

副会長は人差し指を立てながら提案をする。それなら上手くまとまりそうだな。

作詞「私も久しぶりに弾いて良いかな?」

男「ん?」

作詞「同じギターの後輩が1人増えたからね、最上級生として後輩には何かしてあげたいと思うのが普通だろう」

会長「男、良かったな」

男「その気持ちは嬉しいけど……作詞先輩って今までサボってたんですよね?」

作詞「私は今でもこの部活で1番ギターが上手い、大船に乗ったつもりでいておくれよ」

男「1番……」

作詞「ふふふっ、信頼出来なくとも無理は無い。ぽっと出のサボり魔が偉そうに垂れる講釈を……」
幼馴染み「それじゃあバンドの構成はそれなりに大所帯になるわね」

作詞「……」

ナイス幼馴染み。

幼馴染み「ボーカルは会長、ベースが私、ギターが男と作詞、キーボードが幽霊部員、ドラムが不良……ちゃん」

幼馴染み「あとは作詞と作曲の二人が曲の制作、サポートに副会長。どうかしら?」

不良「まとまりゃいいーな」

不良が悪態をつく、楽器だけでも6人でバンドを組もうとしている、俺だって不良の気持ちは分かる。

会長「あくまでも臨時だ、自分から望んでいるとは言え、副会長にサポートばかりやらせるのも悪い」

副会長「気にしないでください、私が望んでいる事です」

会長「しかし……」 

副会長「私が望んだ事です」

作詞「副会長本人もそう言ってるじゃないか、まずは次に進むべきだね」

会長「……」

幽霊部員「流石は3年生っすね~」

作詞「ははは、まともな3年生が私ぐらいしか居ない今、誰がまとめるというのさ?」ドヤァ

作曲「会長……」

幼馴染み「同じ3年生が言うのなら間違いないわね」

作詞「……」

男「じゃあ、とりあえずは練習しませんか?」

作詞先輩のリズムに付き合っていたらいつまで経っても練習は始まらない、丁度俺も作詞先輩の1番宣言は本気かどうかも気になっていたからな。

不良「あ、私も言おうと思ってた」

会長「うん、始めよう」

作詞「真面目だね、いい事だ」

幼馴染み「しっかりと練習するのね」

幽霊部員「このメンバーだとどんな音になるんすかね~」

作詞「それじゃあ私は彼と一緒に弾こうかな」ルンルン

男「お手柔らかにお願いします」

作詞「ギターにね、お手柔らかなんて無いんだよ、まぁ……こればかりは口で言っても仕方ない」

作詞「弾いてごらん」

男「……」

まさかここに来て真面目な発言が飛び出てくるとは夢にも思わなかった。

ギュィ-ン

いつものように一番慣れ親しんだ曲を弾いてみる。初心者の下手糞と罵られても構わない、全力だ。

作詞「……」

他の部員も練習に励んでいるな、幼馴染みがどれ程演奏出来るかも気になるなぁ。

作詞「ふーん」

ジャジャンッ

これが俺の全力だ、全力かつ最善。

男「どう……ですか?」

作詞「そうだね、君のギターは棒読みの大根役者だ」

作詞「全てが楽譜通りなのは決して悪い事では無い、アドリブを効かせろとは言わない……けどね、無いんだよね、君が弾くギターの音色が、リズムが、トーンが」

男「っ……」

棒読み……アイドル時代、ドラマに出た時は何度もそれで叩かれた事を思い出すな。

あぁ……ロリ先輩に歌を聞いてもらった時にも近いな、俺にはセンスが無いのか?

現在没頭しているギターでセンスの欠落が発覚してしまうのはかなり痛い、センスが無いと言うのは間口が狭くなると言う事、現状の俺ではそれを打開する程の技術も経験も……

作詞「でも、ここまで色が無いのは返って珍しい」

男「え?」

作詞「4月に始めた初心者がたったの2ヶ月でここまで弾けるんだ、自信を持っても良いよ」

作詞「あ、そうだ、技術と上手い下手は関係ないってのも覚えてね」

男「え……」

作詞「それじゃあ次は私が弾こう」

男「謹んで、聞かせてもらいます」

作詞「堅いなぁ、私の曲まで固くなってしまうじゃあないか……っと」

ジャ-ンッジャカッ

俺と同じ曲、知ってたのか、即興なのかは分からない。けれど、俺の弾く物とは大きく違った。

自分の想像を越えた物に対しては誰もが等しく抽象的な言葉を述べてしまう。本来、抽象的な表現が苦手な俺でも、「凄い」、「想像以上」、「リズムが正確」、「聞き染みる」、そうか、ギターってこうやって弾くんだな。

副部長のギター、ロリ先輩のギターと俺の違いはコレだったのか……まだまだ差は大きいなぁ。

幼馴染み「思い出すわね」

副会長「何を……ですか?」

幽霊部員「そうっすね~」

副会長「幽霊部員まで……」

幼馴染み「私達が入部した時も男のようにひたむきに打ち込んでたなぁ……って」

幽霊部員「私、副会長、副部長、幼馴染みの4人で入部した時も男君のような感じで頑張ってたっす」

副会長「………………私はてっきり4人でバンドを組む物だとばかり……」

幽霊部員「もう遅いっすかね~?」

幼馴染み「遅くなんかないわよ……っ」ボソッ











会長「先生、今日もよろしくお願いします」カラランッ

部活終わり、通い慣れた扉を開ければいつもそこには先生が居る、最高の先生、私にとっては理想的な指導者だ。

受付「もうこんな時間かい、部活はどうだった?」

会長「ほんの少し、止まっていた物が動き始めました」

受付「うん、悪くない、止まるって事は一番やっちゃいけないからね、全ては動いている、血の巡りもそう」

会長「仰る通りです」

受付「じゃあ歌いな、はい」ポロンッ

先生がピアノでリズムを取る中、私は教えられた事全てを声に乗せる。

会長「~♪」

先生が私を叱らなくなる瞬間こそがレッスンの終わりと言っていた、それこそが昇華の瞬間だと私は確信しているが――

受付「早い!!!!」

会長「!」ビクッ

受付「もう1度」ポロロンッ

会長「~♪」

受付「遅い!!!」

会長「~♪」

受付「そうそう、そう、そのままそのまま!!やめるんじゃないよ!!あながち沢山の楽器をやって来たってのも嘘じゃなさそうだね……」

会長「~♪」

受付「なぁ、またビンタされたいのかい?」

時折、先生の指導には熱が入り過ぎてしまう事もあるが、私はそれも含めて素晴らしい先生があるのだと考えている。

受付「……」ピタッ

会長「~♪」

先生?まさか……

受付「ごほっごほっ!ごほっ!!!かはっ!!!」

会長「先生!!」

先生は前から持病を持っていたらしく、私の指導中にも発作が起きてしまう時が多々ある。

受付「――最近は良く来てくれるねぇ」

「……」

受付「近い、のかい」

「……」

会長「……」

あとは、1人とは思えない独り言、先生は時折見えない誰かと話している時がある。

受付「ごほっ!!!ごほっ!!!」

アルバイト「先生!!大丈夫!?」ガチャッ

受付「ごほっ!見えるかい?ならおめでた……」

アルバイト「御託はいいから!!」

このスタジオのアルバイトさんは会長の元教え子の1人だそうだ、練習中に先生が発作を起こした時はいつもこの人が先生を介抱する。

アルバイト「私が部屋に運ぶから会長ちゃんは待っててね」ニコッ

会長「しかし……」

アルバイト「もう、そのやり取りは飽きたよっ」グイッ

アルバイトさんは先生を簡単に持ち上げると、先生の部屋まで運んで行った。

アルバイト「先生、軽くなったね……」

先生「……」

会長「……」

この時間はいつも先生にしてあげられることは何か1つでも無いのかと長考するが、答えは見えない。

アルバイト「先生に頼まれた分私が教えるからね、安心して」ニコッ

会長「私に何か……出来る事は」

アルバイト「ふふっ、それはね~」

アルバイトさんは何かにつけて勿体振る癖がある。

アルバイト「少しでも歌えるようになる事だよっ」

会長「!」

アルバイト「妬けちゃうなぁ、先生がここまで入れ込む人って、久しぶりだから」ポロンッ








部長「よいしょっと」ドスッ

副部長「大変だねー!」

副会長「ひ、酷い……」

ロリ「おらー!キビキビ働くにょ!!」

部長「テメーも戦犯だろうが!!!」

男「元気ですね」

幼馴染み「呆れるほどね」

6月の下旬、文化祭当日、“自遊”天文部騒がせ3人組は今日も元気だ。

騒がせ3人組が戻ってきたのは先週の出来事。3人が戻って来て早々行った事は副会長を巻き込んでの土下座と謝罪だった。

更に、部長とロリ先輩は俺達に対する挑戦状を抜け抜けと叩き付けて来やがったのである、緊迫した時間を返せ。

俺と不良を含む新世代がこれからの自由天文部を引っ張って行けるかどうかを、文化祭のライブで白黒つけようと言うのである。

部長が勝つ為には何でもするとも言っていたのが気掛かりではあるが、俺と不良と会長とロリ先輩。

え、おばさんがしれっと二人居る?ロリ先輩に関してはツッコんだら負けだ。

ロリ「えいっ」バキッ

男「あ゛っ」

男「痛い!!どうして急に腹を殴るんですか!?」

ロリ「悪口を言われた気がしたからにょ」

男「エスパーかよ……」ボソッ

が、このままでは全員の収まりがつかないので、とりあえずは文化祭に関連する雑用を設営から諸々やってもらう事になった。

ロリ先輩は体が弱い事と、未経験者に教えて来た事、今までの貢献を顧みて雑用免除となったのは当然の運びだろう。

部長「まぁ、いい勝負になると良いな」

幼馴染み「さっさと運びなさいよ木偶の坊!!」

部長「んだと!?このチビ助!!」

幼馴染み「キーッ!何よ!!」

副部長「うーん……会長達に勝てるかなぁ?」

ロリ「生徒が贔屓目無しで良かった方に投票してくれるらしいからこの勝負、どうなるかは分からないにょ~」

男「待ってくださいロリ先輩」

男「部長と副部長って……友達が物凄く多い人気者だから絶対に贔屓目が入りまくりますよね!?」

不良「それって卑怯じゃねーか!!」

ロリ「悔しいなら友達を増やすにょ~」

不良「……」

男「……勝つぞ」

不良「……おう」

作詞「この学校、現生徒会長の支持率が凄い事になっていたと思うけど……」

会長「男と不良は私の事を生徒会長と認識していません、恐らくは碌でもない存在と認識しています」

副部長「設営終了~っ!!」

副会長「」

部長「」

部長と副会長との2人は仲良く伸びている、雑用自体も副部長が殆どこなしたのにも関わらずだ。こんな状態でまとも演奏なんて出来るのか?

作曲「副部長……すごい」

幽霊部員「相変わらずの化け物っぷりすね~」

「部長~っ!」

「休んでんじゃねーよバーカ!!!!」

「頑張れ副部長~!」

部長「うるせー!」ガバッ

副会長「会長、お先に失礼します」ペコッ

副部長「負けてられないよね!」

ロリ「さぁ、後輩達に私達の偉大さを見せてやるにょ!!!」

なんとか時間通りに終わったステージ設営は文化祭のメインイベントの一つ、自由天文部の演奏の始まりを予告する。

しっかりと衣装を用意した俺達とは裏腹に、部長達は制服のままステージへと飛び出した。

部長「聞いとけよ~~っ!!!」

副部長「♪」ギュイ-ンッ

副会長「……」ダンッダンッダダンッ

ロリ「……」ギュギュッキュインッ

俺達の勝負は部長達の先攻からはじまった。

部長「……」チラッ

ロリ「……」ニコッ

部長(本当は廃部が決まった瞬間、辞めようと思ってたんだけどな……無理矢理連れ戻されたけど)

部長(多分だけど副部長も)

部長(ロリ……先輩は『辞めるなら先輩らしいところを見せてから』って無茶言うしなぁ)

部長(大体、俺の先輩らしい所って何なんだよ……部長としての威厳は無い、真面目さの欠片も無い、誰も着いてこない、本職の歌も微妙)

部長(どうして、俺が部長なんだろうな)

幽霊部員「はぁ……僕の事も忘れてもらっちゃあこまるっすよ」

部長(ステージに上がるのがおせーよ、幽霊部員)

部長(いつもはサボってばかりだけど、大事な時はしっかりと来てくれる)

部長(幽霊部員みたいな天才と一緒にバンドを組めるってだけで本当にありがたい)

部長(うーん……実は恵まれてたんだな……)

部長(まだこの面子で歌いたいなぁ……)

部長(もっと真面目にやれば……クソッ)

部長(――また、チェロでも弾こうかな)

ワァァァァ

部長達の演奏は大喝采の元で終わりを迎えた。

「やるじゃん!!!」

「ロリちゃん可愛い~!」

部長「次は可愛い後輩の演奏を聞いてやってくれ!!」

部長「あ!俺はこれで引退だからさ!!投票よろしく!!!」

ドッ

「部長サイテー!!」

「みなさーん!!あの男の言う事を素直に受け入れてはいけませーん!!!」

部長「本当だっつーの!!」

部長「……」

部長(呆気なかったな、最後の文化祭)

副会長「……」

副部長「……」

幽霊部員「……」


男「そうか……皆は自由天文部がほぼ廃部って知らないのか」

それにしても下手なヤジだな、もう少し捻れば良いのに。

ロリ「ふぅ~隙を見つけて抜け出してきたにょ」

男「あ、ロリ先輩」

ロリ「ちょっと休憩だにょ」ゴクゴク

ロリ先輩は裏に置いてあるスポーツドリンクを、仰向けになりながらもだらしなく飲み干した。

男「急に戻ってきてからろくに話もしていない…… 正直に言うと聞きたい事ばかりです」

ロリ「……分かってるにょ」

男「でも、まずは勝ちたいです」

ロリ「――分かってるよ」クスッ

男「あれ、口調が――」
不良「よーし!!用意できたかー!?」

不良「って、うわ……マジかー」

会長「男を見ると女としての自信が打ち砕かれてしまうよ」

ロリ「わあぁ、本当にお姫様みたいだにょ~」

男「……」

また何かをはぐらかされてしまったかのような気分、ロリ先輩の底は知れない。




男「本当に嫌々ですからね、女装」

ロリ「じゃあ、幽霊部員達の演奏の間に私も着替えてくるにょ~」トテテ

作詞「うわぁ、女装すると本当に可愛いね。体つきも女性のようで……」

幼馴染み「?……相変わらず……女みたいな顔ね」 

幼馴染み(ソニアに……似てる?)

作曲「綺麗……」

男「はぁ……どうもご好評なようで」

女装とか、するつもり無かったんだけどなぁ。不良が『あ、そ、そうだ、お、お、おとこは女装してみれば!?』とか抜かして下さった結果こうなってしまった。ご丁寧にくどいウインクもおまけでついてきた。

不良「しっかし、フリフリだなこの衣装」

会長「派手なドレスだ」

作曲「舞踏会がイメージ……会長には仮面も……」

そうか、会長がステージに立った時のマスクが作曲先輩のインスピレーションになったのか。


作詞「作曲は何かと衣装を集めるのが趣味だからね、いつも助かるよ」

作詞「男君……似合ってる」ニコッ

男「そんな喜ばれても……あはは……」

幼馴染み「男……下着、どーなってんのよ?」

男「今回は男物だよ」

幼馴染み「え、えぇ、うん?」

不良(今回は?)

幼馴染み「アンタ普段……」

作曲「幽霊部員が……待ってる……」

幼馴染み「そうだったわね、早く行きましょ」

作詞「それでは、君達の前座を丁重に勤めさせて頂くよ」グッ

幼馴染み「ぜっっっったいに!!!勝ちなさいよ!!」ビシッ

作詞「学園生活最後の文化祭が前座なんてね、全国の軽音楽部員の中でこんなにも不幸なのは私ぐらいかな?」

幼馴染み「つべこべ言わない!!行くわよ!!」ポロッ

作詞「あ、そうだ、男君。演奏中は私の教えを少しでも思い出してくれたら嬉しいな」

男「はい、先輩」

作詞「師匠と呼びたまえ」クスッ


作詞先輩と幼馴染みが舞台へと上がっていく。
幽霊部員先輩との3人でボーカル無しのスリーピースで演奏をするそうだ。

男「あれ、幼馴染みがなんか落としていった……」ヒョイッ

男「って、これは……」

マジですか……

幼馴染みの思わぬ落し物は衝撃的だった。出来る事ならば見て見ぬ振りをしたかったのだが、そういう訳にはいかないのだろう。

男「俺、気付けよ……」

しかし、あの幼馴染みがまさか……ね。

似ているとは思っていたが、普通は誰かが勘付くだろう……俺が言うなって話ではあるが。

つい最近まで会っていなかったとは言え、これは酷い。

男「このまま上手に隠せませんかね?」ボソッ

男「ははっ……」

会長「……大丈夫か?」

男「ええ、大丈夫ですよ、大丈夫ですとも……」

不良「熱中症か?ウィッグ取るか?」オロオロ

男「大丈夫。ちょっと疲れただけ」

そうだ、俺の秘密を握っている人が居たんだったな、相談するのは気が引けるがこの人は信頼出来る……と思ったが、話したくない。

そうだ、大体この人が俺の秘密を知ったのもカマかけに近いやり口、あれ以来この人には強く言う事も逆らう事も、脅され
男「会長、後で話が」

会長「……分かった」

あ、口が滑った。

俺はどうしてしまったのかなぁ……本当。

初夏の熱が頭髪を越え、脳天に突き刺さる。自由天文部に入ってから、会長とのやり取りが一瞬にして思い起こされた。

脅された事は無かったな。

一旦ここまでです。

ここまで何か質問などございましたら、どうぞ。

更新はお待ちください、申し訳ございません

男「幼馴染、お前がツンデレだったなんて……」ボソッ

幼馴染は現在も絶大な人気を誇っているアイドルグループ、ダブルフェイスのセンター、ツンデレだったのだ。

これで幼馴染が自由天文部に顔を出す頻度が少ないのも頷ける。アイドル活動に精を出していたのだろう、作曲先輩が“仮面を出した”時から直感のような物が働いていたのは確かだが、直感が確信に変わったのは幼馴染が落としたネックレス。

男「期間限定ユニットの時は一緒に着けてたな」

合わせるとハートになる銀のネックレス。

俺が綺羅星ソニアだった頃、ツンデレにあげたプレゼントだ。

男「まだ大事にしてたのか……確かに特注の高額な物だけど」

片割れのネックレスどこにやったかな?捨ててない筈だけど、もし、万が一正体が明らかになりネックレス無くしましたじゃあ許されないだろうな、只でさえツンデレは綺羅星ソニアを狂気的に愛しているのだ、正体が幼馴染の男君でしたとなれば去勢されかねない。

青嵐が逆風となって吹き抜けるとドレスの裾が激しく靡く、遠くない未来に何かが起きるかを暗示しているかのように、夏を告げる爽快な風は新たな問題も知らせていた。

男「……」ギュッ

仮面で顔を半分隠しているとは言え、幼い時からずっと一緒にいた幼馴染に気が付かないなんてな、会長と言い化粧で変わりすぎだろ……俺も人の事は言えないが。
声と仕草が丸っきり違うのは幼馴染の演技力か、性格だけは瓜二つ。

俺は先程拾ったツンデレのネックレスを強く、恨めしく握った。
どうせなら落とさないでいてくれれば方が良かった、何も知らなかった方が……

不良「やっぱりどっか悪いんじゃ……ぼーっとしてると困るぜ男ぉっ」オロオロ

会長「考え事だろう、もし倒れたらやめよう」

不良「倒れたらおせーだろ!」

作曲「……」オロオロ

男「おっと」

みんなが心配している、早く取り繕わなければ。

男「ゴメン、ゴゴメン」

男「ちちちっと考え事をしていたで候、拙者、考え事をすすっと、ぼーっとしてしまうくせがおなーりー」

不良・会長「「カウンセリングが必要ですね……」」

作曲家「『後輩 鬱』で検索してるから……待って」

男「だだ、だいじょうぶ、ですよ僕は大丈夫」

会長「男」グイッ

会長は俺の肩を持って傍に引き寄せる。

顎が当たる、いい匂いだ。

会長「作詞先輩には色々教えて貰ったのだろう?」

男「会長」

会長「しっかりと見よう」

優しく頭を撫でられた気がした。
ぼくの、俺の気のせいか分からない。

でも、ほんのすこしだけ落ち着いたよ。

ほんのすこし、ほんのすこしだけ、お母さんを感じた気がする。

男「……離してください」

会長「いい匂いがする」

不良「……」

舌打ちのようなものがどこからか聞こえてきたのは気のせいだろうか、俺の中の何かが会長との僅かな接触を盛り立てる。



キャ-サクシサマ-

作詞「うーん、いつ見てもこの景色は最高だね、そう思わないかい?」

幽霊部員「あーそっか、作詞ちゃんは今年で最後っすね」

作詞「最後が前座でも悪い気分じゃない」

幼馴染「感慨深いかしら?」

作詞「そうだね、歌があれば完璧だったけど可愛い後輩とならば何だっていいさ」

作詞「さっ、弾こうか」

幽霊部員「盛り上がってきたっすよ~!」

幼馴染「……」

カイチョ-

幼馴染「まって」

作詞「んー?」

幽霊部員「だんだだっ、だっだっ」

幼馴染「私が歌っても良いけど」プイッ

作詞「いいよ、歌う?」

幼馴染「かるっ、それでいいの?」

幽霊部員「あー……………盛り上がっている所悪いっすけど、幼馴染ちゃんの声じゃあ私達の曲に合わないっすね」

幼馴染「早く言いなさいよ!!」

作詞「ははっ、歌まで即興になったら滅茶苦茶だからね」

幼馴染「……………」

幼馴染「――始めるわよ」ギュインッ

幽霊部員「楽しむっす」ポ-ンッ

作詞「今まで……ありがとう」

作詞「うんっ、悪くない」







そうさ、何もかもが悪くない。

私はこうして可愛い後輩に囲まれて引退出来る。

ロリ……先輩、部長(OG)、ごめんなさい。

私は本当に何も役に立てなかった。

花を咲かせずに枯れ落ちる徒花にも劣る無意味な蕾。それが私、後悔は先に立たず、時間は終わりを告げる。

その事実を噛み締めながら自由天文部の3年生として可愛い後輩に恵まれたと宣い、そんな可愛い後輩の道を閉ざすのだ、私は。

許して欲しい訳ではない、ただ、音楽を嫌いにならないで欲しい。

幽霊部員「……」ニコッ

ロリ「……」ニコッ

作詞「!」

二人が振り向きざまに私へと微笑みかける。

そうか、最後の演奏も終盤に差し掛かったのか。私は最後の最後に無意識で演奏していたのか……そうか、なら、せめて、せめて最後のソロパート、私のソロは私を音に乗せて――



キャ----

3人の天才が織り成すメロディーは音だけでも聴き入ることが出来る、実に素晴らしい物だった。

聴きやすくて、分かりやすい。
そして、何よりも特徴的なのがこの3人を表している。

スタンダードにとどまらない、彼女達なりに新しい何かを追い求めていた。

男「これも、作曲先輩が?」

作曲「ううん、私はほんの少し手伝っただけ」

男「……」

そして、作詞先輩のソロに移る。






男「そうか……うん……」

俺でも分かる。

作詞先輩は後悔している。

違う、俺だ、俺だからこそ分かるのか。

作詞先輩からほんの僅かな期間でも教わることができた俺だからこそ分かる。
音から分かるなんて大それた話ではない、即興で生まれたであろう弾き方とテンポ……何よりも表情。
先輩は鬱陶しい程に満足げな顔をして俺の隣でギターを語っていたんだ。それが何だ、部活に顔を出す回数も少なかった癖に、今まで何をしてきたのかも分からないサボリ魔があんな顔をしてしまったら駄目なことぐらい先輩だって理解しているだろ?

それじゃあまるで自由天文部のために実は頑張っていました、実はこの部活が自由天文部が――









作詞「――大好きだったなぁ」

幼馴染「最後の演奏、良かったわ」

幽霊部員「作詞ちゃんっぽくはないっすけど、いいソロだったっすよ!」

作詞「あはは、そうかい?」

幼馴染「アンコールも来てるけど……」

幽霊部員「僕はいつでもいけるっす!」

作詞「盛り上がっているところで悪いけど私はもういいかな、完全燃焼だ」

幼馴染「ホント……?」

作詞「すまない、最後の我儘だと思って聞き入れてくれないかな?」

幽霊部員「じゃあ舞台から降りるっす―」

幼馴染「このまま廃部になったら私達だって……」ボソッ

作詞「気持ちを整理したいんだ、こんな状態で弾くのは良くない」

幼馴染「え……?」

作詞「さっ、我等が誇る後輩達の出番だね。前座は前座らしく舞台から降りてしまおう」





部長「あいっかわらず、マイペースだな。」

作詞「うん。否定しないよ」

部長「どうしたんだよ、あっさりと認めるなんてらしくねぇな」

作詞「部長だっていつもは追い出されるまで舞台を独占しているじゃないか、らしくないのはお互い様さ」

部長「あ~そうだっけ?」

作曲「いつもそうだった……」コクッ


副部長「あの三人がまともに話してるの、三年生になってからは初めてじゃない?」

副会長「そう言えばそうかも……」

幽霊部員「元はと言えば仲良しっすよね~」

幼馴染「あいつ……また蹴り飛ばさなきゃ思い出せないのかしら」

副部長「あはは……去年は幼馴染ちゃんが追い出してたね」

副会長「そろそろ会長が歌うころですね……どちらが勝つと思いますか?」

幼馴染「部長のバンドの二人には悪いけど、贔屓目が無ければ会長のバンドが勝つと思うわ」

副部長「あはは……そうだよね、やっぱり観客にとってはボーカルが左右するよねぇ」

幽霊部員「全体の完成度としては私達の方が長くやってきた分上っすけど、高校生のバンドじゃあボーカルに華があればあるほど……っすね」

幽霊部員「唯一のネックである男君がどうなるか……」

副部長「……」

副会長「……」

幼馴染「まともに喋れるのね……」

>>135 訂正
幼馴染「部長のバンドの二人



幼馴染「部長のバンドの三人

です

幽霊部員「ひ、ひどいっすよ!」

副会長「幽霊部員がそう言われても仕方ないよ、普段何言ってるか分からないから」

幽霊部員「副会長ちゃんまで!?」

幼馴染「あんた達って本当に仲が良いわね。副会長の口調だって幽霊部員が居る時だけはまともだし」

副会長「私の今までの口調、変でした?……幼少の頃からの仲ですから」

幼馴染「変よ……腐れ縁ね」

副部長「そう言えば幼馴染ちゃんと男君も幼なじみだよね」





副会長「変だったんだ……」





幽霊部員「なになに?恋バナっすか?私大好きっよ恋バナ」

副会長「恋バナって言いたいだけでしょ……」

幼馴染「そうね、でも大した仲じゃないわよ」

副部長「仲悪いの?」

幼馴染「仲はすごく……良いと思うわ」

副会長「私はてっきり男君の事なんか嫌いとでも言うかと思っていました」

幼馴染「雄に一々腹を立てても仕方ないでしょ」ボソッ

幽霊部員「え?」

幼馴染「そうね、お互いに忙しいから会えなくなったりが続いているだけで特に何かがある訳でも無いわ。普通に幼なじみとして仲が良いわよ」

副部長「ふーん……」

幽霊部員「お互いに忙しいと言えば……幼馴染ちゃんってぜーんぜん学校に来ないっすよね?学校に来れない程忙しい事をしているんすか?」

副会長(皆が気にしている事を……)

幼馴染「そうね、高校に上がってからは特に忙しいわね。でも、これからはどうなるか分からない」

幼馴染「私は学校って行く意味が無いと思ってたの。でも、ちょっと勘違いしてたのかしら?」

幼馴染「身近にあるものを見落としていた……のかな?分からないや」

副会長「悩み事ですか?」

幽霊部員「天才の幼馴染ちゃんでも悩むことがあるんすね」

幼馴染「鬼才の幽霊部員だけには言われたくないわ」

副部長「何はともあれ頭がいい子は羨ましいな~学校に来なくても勉強ができるなんてずるいよ」

幼馴染「私だってこれでも苦労してるわよ」

副会長「副部長は勉強の仕方が悪いのでは……話を戻しますが、男君の事が嫌いな訳ではなく、普通にすれ違いが続いているだけと?」

幼馴染「そうね、仲に関してもあいつが勝手に暗くなったり、明るくなったり、私を遠ざけたりするだけよ」

副部長「ふーん……」

幼馴染「私は年上のお姉さんらしくアイツに接しているだけ」

幽霊部員「お姉さん……?」

副部長「それは無茶がある……かな?」

幼馴染「うっさい!!」

副会長「二人共言い過ぎですよ、本人が思っている事を簡単に否定してはいけません」

幼馴染「」

幼馴染「でも……男がギターをやるなんて思ってもいなかったわ。てっきりボーカルかと」

副部長「あっ、そう言えば最初はボーカルもやるとか言ってたよ」

幼馴染「どうして歌わないのかしら?」

副部長「分からないなぁ、気付いたら会長だけがボーカルになってるもん」

幼馴染「どうしてかしら……?」

幼馴染「家が隣だった頃に何度かあいつの歌を聞かせてもらった事があるけど、凄く綺麗な声してたの。張り詰めてて儚くて……」

幽霊部員「それって声変わりの前っすか?」

幼馴染「前よ。でも……」

副部長「声変わりの前なら男性でも声は綺麗だよね」

幼馴染「むっ……大人になっても根本の良さは残るわよ、声の高さは別として…………お稽古だって沢山してたもの」

副会長「小さな時から沢山歌ってたんですね、男君」

幼馴染「音楽一家だし……って、あいつの話ばかりじゃない……」

幽霊部員「男君は人気者っすね」

幼馴染「でも……隣町に引っ越してからは聞いてないわね、男の歌。今度久しぶりに聞かせてもらおうかしら」

副部長「あっ!じゃあ……今度さ、皆でカラオケ行こうよ!」

幽霊部員「いいっすね~!大部屋でパーリーピーポーっす!」

副部長「自由天文部の皆で……素敵ですね」 

幼馴染「……」

幼馴染「話を戻すけど」

幼馴染「この勝負の勝敗関係無しに……残った僅かな時間。そうね、精々8ヶ月あるかないかで自由天文部はどうなると思う?」

幽霊部員「そっすね、部長達にこれからの自由天文部とか言われてもピンとこないのが正直な話っすね」

副部長「ごめんね、もっと練習してれば……」

幼馴染「気にしないで、あれは練習どうこうじゃないもの」

幽霊部員「僕的には惜しかったと思ってるっす!」

幼馴染「あんたの感性はホントに分からない……」

副会長「私は……」



副会長「諦めたくない」ボソッ









男「よいしょっと……」ギュイーン

ロリ「女装して人前に立つ感想はいかがかにょ?」

男「えっ?」

男「うーん……」

と言われてもな、俺はこの舞台とは比べ物にならない人の前に立ってきた訳だから緊張をする筈がないし恥じらう筈もない。

メイクだってソニアの物とは違う。よって、ソニアバレを心配する必要がない。

男「べつに何も……」

ロリ「少しは恥ずかしがらないとつまらないにょ~」

会長「うぅむ、堂々としているな」

不良「認めろよ」

男「何をだよ」






「えっ?あれ本当に男?」

友「男だよ」

「いや流石にあれは女子だろ、綺羅星ソニアちゃん並に可愛いぞ」

「ばっか、言いすぎだろ」

友「男は綺羅星ソニア並みに可愛いから言い過ぎでもない」

「でもあのバンドのギターって男だったろ?」

友「だから男だって」

「助っ人じゃね?あいつこの前ギターは始めたばっかりとか言ってたし」

友「何回言えばわかるの?男だって」

「そっか、部長のバンドと競うから初心者はいらないって事か」

友「だから男だって、耳ついてる?」

友(あの肉付き……顔の特徴は男。メイクも男の個性を出している)

友(俺……私……は男のせいで……もっと分からなくなったよ……)









不良「そう言えばさ~リハで男のギターを聞いたけど、かなりやるようになったよなお前」

ロリ「私がマンツーマンで教えてた頃が懐かしいにょ」

男「最近の上達は作詞先輩のお陰ですね」

会長「そうか」

ロリ(へぇ……あの子が後輩に…………)

ロリ(そっか、うん)

男「で、会長。また顔を隠すんですか?」

会長「こればかりは仕方が無い。これでも進歩したんだ」

会長は自信に満ちた笑みを零す。
そんな得意気に俺を見ても困るな、仮面で顔が下の半分しか見えないから地味に怖い。

不良「どこが?」

あの酷いメイクよりは全然良いと思うけど。

不良「隠してんのは顔の上半分だけ、これじゃあまるでダブルフェイスだな」

ダブルフェイスが隠すのはは右か左のどちらかだよ。

ロリ「会長ならダブルフェイスでもやっていけそうだにょ!」

会長「いや、私は……」

男「ははっ」

あそこは何よりも性格がキツくないとやっていけないからなぁ、幼馴染なんて可愛い方だよ。


不良「あのグループ、アイドルの中でもすっごいキャピキャピしてるからな、会長じゃあ難しいだろ」

会長「少しは詳しい様子だが、好きなのか?」

不良「昔の連れがな」

会長「それは残念だ」

不良「残念?」

男「でも、歌は負けてないと思いますよ。ダブルフェイスの歌って加工ですし」

ロリ「え、マジかにょ?」

会長「え?加工?」

でもね会長、貴女の歌で人を笑顔にするのは難しい。そう、魔法、奇跡でも無い限り。

俺は踊り、演出、歌、媚び、アイドルとしての全てでようやく笑顔を見ることが出来た。が、それは俺が求めてきた物では無かったんだ。

それでも会長なら俺が見たかった物を見れるかもしれない。

会長「聞いてるか?私はダブルフェイスのファンなんだ、加工だなんて聞き捨てならないな…………本当に?」

ロリ「会長が……意外だにょ」

男「ガッツリと加工ですね」

本音では先を越されたくない、悔しいから……酷いかな?


不良「おーい、早くしようぜー」

男「オッケー」

不良「手ぇ抜くなよ」

ロリ「な~にを言うかと思ったら……私は皆の味方だから安心するにょ」ドヤァ

不良「うぜぇ……」

ロリ「何を~!?」

男「あ、俺のソロからか」

エルボーカットを軽く叩いてリズムを作る。
作詞先輩から教わった事の一つ、案外と浸れるし音にも入り込めるのが個人的には新鮮だった。

ロリ(成長したなぁ……)

不良「……」

不良「さってと、始めますか」

続いてベースとドラムが世界観を創造する。

男「……」


部長のバンドが演奏する曲は正直言って好きな人間でないと分からない奇抜な物が多い。

だったら、こちらは王道で攻めてしまえば良いっていうのが今回の作戦だ。

会長「LAAAAAAA――」





友「うわ、好きな歌だ」

「前より上手くなってね?」

「ってかあの仮面、前回の覆面と同じ人だよな?」

友「え?そうなの?」

「……」

「なんか見覚えあるんだよな」








幼馴染「ずっる……皆が知ってる曲じゃないこれ」

作曲「私の……私の曲は?」

作詞「わた……わたしの……詩?あれ?」

副部長「きっと!きっとアンコールされたら演奏するよ!うん!」

副会長「ええ、副部長の言う通りですよ!」

幽霊部員「男君、うまくなったんすね」

部長「あーこりゃ完敗だわ。会長の野郎、まだ成長すんのな」










受付「まあまあやるようになったじゃないか」

アルバイト「ほら!会長ちゃんですよ!か~わ~いい~~~~!」パシャパシャ

受付「ふん!たかが学校行事で写真なんか……」パシャパシャ









??「久しぶりだな……ここの近くに来るの」

「おらバイト!人様の敷地に勝手に入るんじゃねえ!」

??「あっ……はい。ご、ごめ、ん……なさ……い……」

「ちっ、つまんねーやつ」

??「……」ブツブツ











演奏終了と共に割れんばかりの歓声が学校全体を埋め尽くす。
これは勝ったな、そう、アイドル時代にはこういった本物の歓声を何度も聞いてきたのだから確信がある。

男「――ふぅ」

そしてなによりも……

なんとか弾き切る事が出来た。

会長「ふふっ……」

会長は身を震わせながら不吉な笑みを浮かべる。一体この人はどうしてしまったと言うのか。

不良「どうしたの?」

会長「先生とのレッスンが功を奏しているのが嬉しくてな、つい……」

ロリ「会長らしい理由だにょ」

不良「うーんこうなるともう投票とか面倒臭いな」

男「は?」


不良は勝手に会長のマイクを奪ってこう叫んだ。

ロリ「嫌な予感……」

不良「はいはい、だまってー」

未だに興奮が冷めやまぬ様子の観客に対して言う言葉ではない、もし生徒たちの気分を害して票を入れてもらえなかったらどうするつもりだ。

不良「投票とかさ、面倒臭いから一人一人のアンコールを一票として数えさせてもらうわ」

「え?」

「まじで?」

不良「先輩たち、馬鹿が多いからさ、圧勝しても文句言われかねねーんだ」

「あはは」

「確かに部長の馬鹿なら言いかねねーな」

不良「だからこうして分かりやすい形でケリをつけようって訳」

不良「因みにアンコールしてくれたらこの時の為に作った新曲も演奏する予定だから、明らかに全員がアンコールしてくれたら全力でやるよ」

男「あいつ、まじかよ」

不良「部長達のバンドよりも私達のバンドが良かったと思ったらアンコールを頼むよ」

ロリ「手慣れてるにょ~」

不良「だからほら……アンコール!!!!」スッ

不良は高々とアンコールを叫び、マイクを会場の全員に向けた。

こいつは中学の時人気者だっんだろうな、なんだか羨ましい。

「「アンコール!」」

不良「小さい!!」

「「「アンコール!!!」」」






作詞・作曲「「アンコール!アンコール!!!」」

副部長「よかったね~」

副会長「はぁ……」

幼馴染「アホらし……」

幽霊部員「アンコール!アンコール!」ピョンピョンッ

部長「ここまで来るとすげーとしか言えねえ……」







アルバイト「アンコール!アンコール!!ほら!先生も!!」

受付「ったく……あんこーる……あんこーる…………」










不良「小せえ!聞きたくね―のか!?」

「アンコール!」「アンコール!」「アンコール!!」

「「「「アンコール!!!アンコール!!!!!」」」」

会場が一体となり、熱が辺りに蔓延する。

きっと部長派だった人間も周りの人間に流されてしまったのだろが、こればかりは仕方がない。

不良「はい勝ったーこれで文句なし~」

男「ははっ……」

会長「こんなに楽しいのは初めてだ」

不良「中学の時よりもすげーよ」

会長「よし、歌うか」

この日は俺が今まで過ごしてきたどんな日にも勝る、とても楽しい一日だった。

きっと、会長にとっても不良にとっても。






アンコールも無事に終え、それなりに楽しかった文化祭はあっという間に終わりを迎えた。

作詞「終わったね、全部」

作曲「結局、会長たちの圧勝……」

部長「え~~この度私達は……」

自由天文部はと言うと打ち上げでカラオケボックスに集まっていた。

ロリ「謝れ~謝れ~」

不良「あんたが煽ってどうすんだよ……」

副部長「本来励まなければならない部活動を蔑ろにし……」

部長バンドの全員が部員の前に立ち、謝罪を行っている真っ最中だ。

副会長「ライジングロックでの失態を招きました」

本当は早く謝りたかったからあんな勝負を挑んだのだろうをしたのだろう。

今となっては誰も見向きもしない投票箱の中にも仕切りが設けられており、部長たちにはどうやっても票が入らないように作られていたのだから。

それにしても余計なお世話だな、どっちにしろ俺らの勝ちだし。

幼馴染「そう言えばアンタ、投票箱知らない?」

男「さあね」

これ以上は無粋だろう?

幽霊部員「本当に反省をしています」

「「「「「ごめんなさい!」」」」」

ロリ「それじゃあ歌うにょ~!」


作詞「あっけらかんとしているね、でもそれがロリの良い所であり私達は昔からロリ特有のテンポに着いて来たのだからそれに関して異論を挟む余地はなく、寧ろ助けられていると言うべきか……」

副部長「じゃあ歌いまーす!」

副会長「さっそくデュエットですか!?ってこれは、私も?」

副部長「ほら!副会長も早く!」

副会長「もう……」

この二人はよく一緒に歌うらしい、やっぱり仲が良いんだな。

幽霊部員「歌え―!」

会長「私は何を歌えば……」

不良「ほら、入れてやるから歌えよ」ピピピ

会長「なっ!勝手に!」

ロリ「私も歌うかにょ~」

部長「最近の曲で頼むぜ」

幼馴染「あっ!私の曲まで勝手に……」

男「メチャクチャだな」

幼馴染「あんた、何歌う?」

男「適当に入れてくれよ、カラオケならこなせるし」

幼馴染「こなすって……そうさせてもらうわ」

副会長「ぷーりきゅー○ー」

部長「ギャハハ!!」

副部長「○リキュアー!」


会長「そう言えば男、話とは何の用だ?」

男「……」

カラオケで皆が騒いでいる中なら耳元で話しても気付かれ無いだろう。

会長の耳元に話しかける。

会長「!」ビクッ

男「ファンである貴女に言いたくはないですが」ボソッ

会長「……」コクッ

男「俺の秘密を知っている以上、話させてもらいます」ヒソヒソ

副部長「プーリキュー○ー」

男「幼馴染の奴はダブルフェイスのセンター、ツンデレなんですよ」ヒソヒソ

会長「……」カタカタッ

会長「驚きを超えて……」

会長「サインもらっても良いか?」

男「駄目に決まってんだろ」

会長「ずっとサインを頼もうとしてたんだ」

男「分かりましたから、家にあるグッズあげますよ」

会長「改めて、男は本当に綺羅星ソニアなんだな」ヒソヒソ

男「何を今更。で、本題ですが……」ヒソヒソ

男「ツンデレはガチレズで、綺羅星ソニアがおかしいほどに大好き。正体は俺、ましてや大事なペアネックレスを無くしたとなると……」ヒソヒソ

会長「最低だな、私も腹が立つ」

男「去勢されかねない」

会長「法治国家だぞここ」

男「とにかく正体がバレないように手伝ってください」

会長「可愛い後輩のためだ、任せてくれ」

男「先輩……!」

幼馴染「あんた何話してんの?」

会長「ひゃっ!ひゃい!」

会長は分かりやすく声を裏返して動揺している。初恋の乙女かあんたは。

男「言わなきゃよかった……」














人には何かを変える力があり、それを介するのもまた人である。

この出会いは、歪で、偶然、はたまた奇跡と呼ぶのか。

軌跡が導いた出会いは今までの挫折者に何を与えるのか。

幽霊部員「カラオケ楽しかったっす!」

副会長「そうだね、皆揃うと楽しいね」

部長「また行くか!」

副部長「うん!」

作曲「……人、倒れてる」

作詞「そこは救急車だね、うん。素晴らしきかな、私達には行政がある」

夜、街灯の下には全てのきっかけが倒れていた。

??「ご……ごはん……」

部長「腹減ってるらしいぞ」

副会長「男君達が居たら収集がつくのに……」

副部長「男君とかすぐに警察呼びそうだよね!」

??「行政はやめ……」

純粋な青春の名残が、後悔を呼び。

幽霊部員「なんか見覚えあるような……うーん……」

幽霊部員「とりあえず家が近いから運ぶっす!」

新しい絆が全てに立ち向かう。

部長「は!?運ぶの!?」

副会長「もうやだこの子……」

過去の楔が絆を重ね、重ねた絆は奇跡を起こす。











to be continued

第二章 笑顔の魔法 完

このシリーズも2周年です。本当にありがとうございます。

最近は多忙な事もあり、更新が滞っていますがしっかり生きています。

次が最終章でございます。このペースでは何年かかる事やら……

最終章のアナウンスは出来るだけこのスレで行いたいと思います。

いつも支援のレスありがとうございます。大変励みになっております。

何か質問があればお答えします。

おお、やっと一区切り付いたか
部内でのgdgdが片付くの待ってたのにもう最終章!?
間に何章か入れようず

>>161
最初から三部構成だったのでお許しください。

ちょっとした短編かつ番外編

その1恥ずかしくないの?


男「この部活のライブって結構人が集まりますよね」

ロリ「そうだにょ~」

男「俺は平気ですけど、大人数を前にして歌うって恥ずかしくないですか?」

ロリ「私は慣れたにょ」

あれだけ留年してたらそうなりますよね。

作詞「私は……人前に立つ事が多かったからね、そこまで気にしないよ」

この人が人前に立って何をするんだ?過去にスポーツでもやってたのかな?

作曲「私は……絶対に無理」

幽霊部員「僕はそんなの気にした事ないっすね」

考える事があるのか?

会長「顔さえ隠せばなんとかなる」

この人はなんでアイドルをやっていたんだろう。

幼馴染「慣れてるわ」

俺が思うにお前の神経はそこらのアイドルより図太いからな、学校如きのライブで緊張する訳がないよ。

部長「俺はガヤがウザかったなー」

副会長「殆どが部長と副部長の友達ですよね…!?ガヤも観客も……!」

副部長「あはは……やっぱりライブは盛り上げないとね!」

部長「あいつらって頼んでもいねぇのに毎回人集めんだよな」

ロリ「部長と副部長の友達にはいつも助けてもらってるにょ~」

作詞「観客はライブの命だからね、彼らが居ないと成り立たないけど……うん。うるさいよね」

不良「盛り上がった方が面白いじゃん」ニッ

男「目立ちたがりだな、ほんとに」ハァ

その2 不良家

自由天文部が終わるといつも歩くのが遅くなる。

不良「はぁ……」

ハッキリ言って私は自分の家が嫌いだ。

理由は……まぁ色々とある。

不良「もう着いちまった……」

ガチャッ

そんなこんなで家に帰るといつも最初にする事がある。

不良「……気付いてないな」コソコソ

ガチャッ

見られる前にヘアピンとワックスでセットした髪を治す為、シャワーを浴びる。

ジャ-ッ

不良「なんか、最近大きくなってる気がする……」

私からすれば身体を洗うのはそのついでだ。

ガチャッ

不良「ふーっ、スッキリした……」

着替えも済ませた事だし今日はもう寝よう。

ガチャッ

不良「あっ……」

不良母「きゃー♡私の可愛い可愛い不良ちゃんが帰ってきたわ!!」

こんなのをみんなに知られたら全て終わりだ。

不良母「ご飯出来てるわよ♡今日も学校であった事を聞かせてね!お手伝いさんと私で作ったのよ~」

不良母「あっ、パパが不良ちゃんと私にお揃いの時計を買った来たわよ~☆あの人ったら……///」

またよく分からない物に私の名前が刻印されている。

不良「えへへ!早くご飯食べたいなぁ!」

不良母「嬉しいわー♡早くこっちに来て♡」

不良「……うん」

不良「ママ!!」

私はこの家が嫌いだ。








男「会長、この豪邸本当に大きいですよね」

会長「昔からこの近所で一番目立つ家だな」

男「不良の家だったりして……」

会長「まさか」ハハッ

その3 プロ目線 文化祭の帰り道にて

会長「男」

男「なんですか」

会長「男」

男「なんですか」

会長「呼んでみただけだ」

なんだこいつ。

会長「ソニア」

男「……嫌がらせですか?」

周りに人が居ないとは言え、この人は何を言っているんだ。

会長「文化祭、私達は綺羅星ソニアから見てどうだった」

男「あぁ……へぇ、うん」

男「意外とせっかちですね」

会長「……っ」

俺の意見か、うーん。

幼馴染と同意見になるのかな、あいつとは見ている視点が違うのか。

正真正銘、ソロとしてアイドル業界の1位を取った俺から言わせてもらえば……

男「んー……ごほんっ」

どうだ、こんな声だったか?

なんて忘れる筈がない。

ソニア「そうだね~☆」

ソニアとして答えて差し上げよう。

ソニア「お遊戯会……かな?」

会長「ははっ……そう、だとは分かってた……けど」

会長「まだまだ先は遠いな」

ソニア「でもね」

会長「っ!」

ソニア「あと少しでお遊戯よりも上、バンドになれるよ」

会長「ソニア……」

男「俺も含めて」

男「それに………………」

男「いや、何でもないです」

会長「言うならハッキリとして欲しいが、嫌なら仕方ない」

会長「ありがとう、気になってたんだ」

男「しょっちゅうソニアを呼ばれたら困りますけどね」アハハ

会長「また呼ばせてくれ」ドヤッ

男「やめてくださいよ」ウゲェ

本音を言うと。

男「まぁ……会長以外の話ですけど」ボソッ

嫉妬でおかしくなってしまいそうだ。

……どうしてソニアとして答えてしまったんだろうな。

分からない。

ライバル視?まさか。

ソニアと会長にはまだ大きな差が存在する。

でも、それでも、いつかは……

この人、この人は……会長はどこまで行くのだろうか。

理想のままに俺が居た位置にでも立ちたいのか?

反吐が出るね、酷いじゃないかそんなの。

俺よりもずっと下に居たはずなのに。

その4 会長

会長「ただいま」

会長父「ああ、お帰り」

会長「今日はどうだった?」

会長父「ああ、今日はね」

会長父「久しぶりに来たんだよ……って覚えてないか」

会長「久しぶり?」

会長父「ああ、会長が小さい頃には凄い音楽一家が居てね」

会長父「よくうちのホールに来てたんだ」

会長「へぇ……」

普通の家、だけど。

この普通はとても大切な物だ。

普通のあり方にもよるが、今は普通の方が貴重なのだから。

その5 部長 ライジングロックの帰り道

部長「……」

ロリ先輩は帰ったのか。

また一人で泣いているのか、今の俺にかける言葉無い。

先輩の夢、叶えてあげたかったなぁ。

副会長「何か手立てがある筈です。このままでは本当に廃部してしまいます」

幽霊部員「副会長……」

部長「廃部だよ」

どうしてもっと練習をしなかったのか、やる気が無かった?時間が合わなかった?どれも違う、きっと無理だって気付いていたんだよ。

部長「俺が悪かった」

どうして気付けなかった。例え報われなかったとしても、しなければならない努力がある事に――

パンッ

部長「っ!」

副部長「最低……!」

優しい平手打ちだった。

副部長「どうして、自分だけのせいにするの!?」

副部長「皆だよ!皆!!副会長は何でもかんでも激しく叩くし、ロリちゃんは私達を置いて新しく作ったバンドに夢中、幽霊部員なんか部活にすら顔を出さない、部長は率先して練習をしない、私は……は……私は凄く下手っぴだ…………から」グスンッ

昔は何をやっても人並み以上にこなす事が出来た。

副部長「まだ……諦めちゃ駄目だよ!」ポロポロ

歌だってその例外ではない。

副部長「学校にだって掛け合って……」グスッ

副会長「作詞先輩が何回も掛け合いましたよ」

そんな俺が惹かれたのはチェロという楽器。

幽霊部員「副部長ちゃん……」

親に何度も無理を言ってやらせてもらった。

副部長「嫌だよ……新しく部員が入ったのに……」ポロポロ

そんな俺は周りよりも上達が早く、何度もコンクールに出て、気付けば……周りに追い越されていた。

才能?感覚?クソ食らえよ。

副部長「男君と不良ちゃんが可哀想だよ……」グスッ

俺には才能が無いとでも言うのか?器用貧乏?

俺に才能があったら自由天文部になんか……

「お疲れ様!!打ち上げにでも行くかにょ?」

部長「!」

副部長「ロリ……ちゃん」

副会長「……」

幽霊部員「いたたまれないっすよ……」ボソッ

部長「あ……あ……っ……あぁ……」ガクッ

自由天文部になんか……

ロリ「ごめんね……私のわがままで辛い思いをさせて」

部長「ロリ……先輩……ごめんなさい……!俺!!自由天文部を……自由天文部を……!」

ロリ「土下座しないで……私が悪いのに……ほら、涙拭いて」ナデナデ

その6 ロリ ライジングロックの帰り道



部長「ごめんなさい……ごめんなさい……」

この子も器ではなかった。

それだけの話。

むしろこの状況の中、最も重圧がかかるポジションをよくこなしてくれたとも思っている。

二年前の今、自由天文部の部長をやっていたドラムをこの子は慕っていたと思う。

この子はドラムのようになりたかったのか私には分からない。

それとも……

ロリ「立派だったよ」

私のようになりたかったのか。

ロリ「ほら、立ってよ」

最初は「モテたいから」と言って入部した彼が「この部活を残したい」と言ってくれたのには本当に驚いた。

本人が綺麗な言葉で飾ろうとも燻った感情を募らせている子だとは分かっていた。そんな癖のある子だからこそ奇跡を起こすと信じた私が自由天文部の代表に相応しいと思ったからこそ部長に指名したのだ。

そんな子に対してトラウマを更に積み重ねてしまった私は人として最低だろう。

「モテたい」というのは嘘で何かを残したい事も分かっていた癖に……

先輩ならどうしていたのかな、もう分からないよ。

ロリ「まずはたくさん休んで……それから」

ロリ「文化祭があるから、それには出よう」

ロリ「最後の思い出だからね」

先輩、ごめんなさい。

私は貴女の夢を叶える事が出来なかった。

第三章 ロリ「絆の奇跡」 始まり



男「話しって?」

打ち上げの帰り、俺は友に呼び出された。

場所は俺の家の前。

祖父と祖母にいらぬ誤解でもされたらどうするつもりなのか……

友「俺……いや、私は」

男「文化祭でテンションでも上がったのか?変な事言うなよ」

友は正直に言ってかなり変な奴だ、いつも男のように振舞っている。

学校に1人は居る痛い奴なのかと思えば普通に会話も出来るし、むしろ上手だ。

友「男が分からないんだ」

男「その言葉そっくりお返しするわ」

友「ほら、男って女として美しいけど、男として美しくもあるだろ?」

男「心外だけど、否定しないよ」

友「だからさ、そんな男を見てると俺……私はどうしたらいいのかなって……」

男「結局は何が言いたい?もっと男らしくしろとでも?」

友「ごめん、違う。俺の話なんだ。俺がどう振る舞えば良いのか……」

友「初めてなんだよ、俺と同じような人を見たのが……絶対に同類だし、仲良くなれると思ってる。だから出来るだけ男が俺と一緒に居て心地良い風にしたいんだ」

男「趣味悪いなお前」

こいつ、俺と全く同じ事を考えて居たのか。

間違いなく同類だな、だからこそ言ってやらなければならない。

曖昧な発言で友を狂わせてはならない。

男「あのさ、女なんだから女らしくしろよ。折角の高校生活、楽しまなきゃ損だぜ」

友「……わかった」

綺羅星ソニアだった時も俺が男であるように、友も女であるべきなんだ。

男「はぁ……仕方ない。ちょっと上がれよ」

友「ふぇっ!?」

こいつには俺の事を教えてもいいと思った。例え軽蔑されたとしても、友ならば良いとすら思えたのだ。

友「おっ、おお、おっ、お邪魔しますぅ……」

男「今日は誰も居ないな」

最近はこういう事が多い、二人揃って何をしているのやら。

友「誰も居ない!?」

友「……」

友「そうか」

男「……」

男「目が据わってるけど……」

友「気のせいだよ」

男「やっぱりお前おかしいって」

男「まぁいいや……」

男「こっち来て」

昔使っていた部屋に案内する。

友はよろめくような足取りで着い来た。

>>176

友はよろめくような足取りで着い来た


友はよろめくような足取りで着いて来た。

男「この部屋」

アイドル時代に使っていた部屋だ、ここで一人夜な夜なとレッスンや化粧の勉強とかしたっけな。

まぁ、化粧はマネージャーか社長が全部やってくれたから意味無かったけどな。

友「え、女物の服ばかりじゃん」

男「昔着てたんだよ」

友「?」

友「お前……マジで?」

男「違うって」

友「でも……」

男「ほら見て」ズポッ

ソニア時代のウィッグを被る。

友「!」

男「お前には知られても良いって、思ったんだ」

友「マジでぇ……?」






男「そう……俺が綺羅星ソニアだよ」

友は頭が追いつかないのか、当時着ていた衣装、超ミニのスカートをずっと握りしめている。

この衣装は着ているだけでハラハラするスカートだったな。

男「その衣装売ったら100万くらいするから」

友「ひゃっ!ひゃくまんっ!?」

テンプレートの反応ありがとうございます、ん?この衣装に不自然なシワがあるな、祖母が触ったのか?

友「あばば……」

俺の格好が男子高校生そのものであるにも関わらず、ウィッグだけでも気付いてしまう親友。

男「やっぱりわかる奴にはウィッグだけでも分かるんだな」

友「き、き、き、綺羅星ソニアさんだったんでつね……」

ここまで恐縮しなくたって良いじゃないか、遠い存在な訳では無いだろう?

男「もう辞めたけどな」

友「トップ中のトップアイドル様がどうして……?」

男「稼ぎ過ぎたのと単純に新しい道を模索したかったんだ」

友「引退したアイドルが俳優を志すのと似ている……」

男「簡単に言えばそうかもな、俺は学生生活なんて微塵も興味無いけどさ」

友「綺羅星ソニアならギターをやるにしても沢山レッスンを……」

男「おばあちゃんがさ、普通の高校生活をして欲しいってうるさいんだよ」

友「あっ、凄いほっこりする」

男「俺自身もメディアとかプロの枠に囚われない表現を実現してみたかった。てのはある」

男「そしたらさ、身近には凄い人が居るんだよな」

友「会長さんの事?」

男「そう、あの人は天才なんて言葉じゃあ測れない」

友「そんなに凄いの?」

友は会長の並外れた才能を理解していない。
同じ学生と言うフィルターが評価を落としているのか、そもそも音楽に興味が無いのか。

男「綺羅星ソニア並さ」

下手すれば越えられるかも。

友「自画自賛?」

男「とんでもない。ソニアは俺であって俺ではない」

男「俺が生み出したキャラクターだよ」

実際に綺羅星ソニアを演じている時は本当に別の人間になったかのような、夢を見ているかのような……そんな感覚なんだ。

友「キャラクター……」

友「あのさ……誰かに男の秘密をバラ撒くとかそんな気は一切無いし、墓まで持っていくつもりなんだけどさ」ガシッ

友は急に俺の手を持ってどうするつもりなのか、すごく嫌な予感がする。

友「今一信じられないから……実際に綺羅星ソニアの歌を歌って踊ってみて欲しい……………な」

凄い上目遣いでお願いをされてしまった。


男「嫌だ」

友「それが嫌だ!」

男「しつこいなぁ、嫌な物は……」

友「……」

友「だったら……」

『だったら?』
秘密をばら撒くつもりか?
友にばら撒かれるのなら許せるけど、少し残念だな……

友「絶対に!ここをどかない!」

間を空けて言う事がそれ?

男「ふふっ……あははっ……!」

なんだか馬鹿らしくなった。

友は俺が思っている以上に良い奴だ。

俺に見せて差し上げよう。

男「良いよ、聞かせてやるし………」

男「見せちゃうよ――」

男「――」




ソニア「私のステージ!!」




友「うおおおおお!!!!」

ソニア「と、その前に☆」

ソニア「お着替えしなくちゃ♡」

友「あ、はいっ。早めでお願いします」



ソニア「では、改めましてっ☆」

私、ソニアは本来ならば大勢の観客の前以外ではステージなんて行わない。

こんなにも規模が小さなステージなんてデビューした時すら無かった。

そもそもで言えばアイドルなんて引退しているけど……
唯一の親友に披露する限定ステージなら話は違うよね、うん。

ソニア「友ちゃーん!今日はありがとー!」

友「きゃあああああ!!!!」

ふーんっ。
友ってこんな表情もするんだね!

ソニア「じゃあ、1曲だけ歌うよ?……」

CD再生、ポチッとな。

友「シュール……」

うん、聞こえてきたよ。
凄く激しい曲で、ダンスも過激だったからレッスンは大変だったな~懐かしいっ!

ソニア「……っと」

そう、最初のステップが急だったね。

友「パンツ見えてる!見えてる!!」









ソニア「今日はありがとっ!」

友「アンコール!!アンコール!!」

ソニア「もうっ、だめだよー?」スポッ

これ以上踊るつもりは無いので、ウィッグを外すと……

男「めちゃくちゃ疲れたから……これ以上は無理……」

まぁ、男に戻る訳だ。

多重人格とかそんな大層な物ではなく、ただキャラクターを演じ分けているだけなのさ。

友「残念……けど、ウィッグを取っても女みたいだ……ね」

男「見た目だけな。ようやく分かってもらえたと思うけどさ、俺はれっきとした男なの」

男「だからお前も男のように振る舞う必要は無いんだよ、わかった?」

友「分かったよ……」

男「女なんだから、ソッチでも無い限り女の格好をしなきゃ勿体無いよ。折角の女子高生生活を変に楽しんでも勿体無いだろ?」

友「うん、分かった。これからは女らしくするよ」

これだけ真剣に見つめてくれるのならばもう彼女の事を心配する必要は無いだろう。

友「でもさ、えいっ」

スポッ

男「……」

友は綺羅星ソニアの物とは違う、普通のウィッグを俺に被せた。

友「どうみても女だよな」

男「もっと男らしく産まれたかったけど……この顔に産まれて感謝してるよ、おかげで金には困らない」

友「そう言えば……どうしてアイドルになったの?」

男「きっかけはスカウトだけど……思いっきり勝ちたかった……いや、勝ちたいんだ……“あいつら”に」

思い出すだけでも腹立たしい、胸を締め付ける、涙が出そうになる、悔しい、殺してやりたい、勝ちたい、勝ちたい、勝ちたい、み……

友「“あいつら”?」キョトン

男「両親と姉に……勝ちたいんだ……子供染みてるけどさ、復讐してやるためにアイドルを始めたんだ」

友「どうしてそんな……」

男「……」

男「それは……教えられないな」

友「話したくない事なの?」

男「まぁ……うん」

友「そっか……」

男「…………」





――6年前

「下手」

「もう一度歌いなさい」

男「う、うん!」ニコニコ

「……」

男「La ~♪」

母「もういいわ」

父「次は姉が歌いなさい」

近所のホールでいつものように練習、憂鬱な時間だった。

男「ごめんなさい……」

父「……」

姉「~♪」

俺はこの家で1番の出来損ないだった。

物心が付いた頃から“適正”を見る為に一通りの楽器、更には歌までも練習させられる。
ギター、ベース、ドラム等の俗に言う大衆向きは“低俗”だそうで、それを扱うジャンルは聞かせてすら貰えなかった。

傍から見たら狂っているのだろう、それに気付いた頃には全てが遅かったが。

父「うん、良い」

母「同じ兄弟なのにどうしてかしら……」

父「声が高過ぎるのか?」

母「まだ子供だから?」

父「それは姉もそうだ、更に言うと男はいつも自由に歌う癖がある」

母「そうね……どうしたらいいのかしら?この子は私達が思い描く方向と逆に行くもの」

男「……」

両親は俺の事でいつも討論する。

それを見られるのも嫌だった。

「……」ジッ

男「うっ……」

「どうしたの?」

男「なんでもないよ……」

「おうた、じょうずなんだね!」

男「う、うん」

母「男!聞いてるの!?」

男「ご、ごめんなさい!」

「……」

母「この子は……もう」

最初から両親が求める物を持っていなかったのだろう。

結果的には……ある日の事だった。

いつものように家へ帰ると……

男「ただいまー」

男「あれ?お母さん?お父さん?お姉ちゃん?」

祖母「……」

祖父「男……あのな」

祖母「いい、私が言うから……」

祖母「聞いて、男」

祖母「お母さんとお父さんとお姉ちゃんはね、引越ししちゃったの」

男「引越し……?」

祖母「少し忙しいから……」

祖母「ほんの少しだけ引っ越してるだけだから」

男「いつまで!?」

女のような奇声をあげて叫ぶ。

男「いつまでなの!?」

何度も何度も叫んだが、意味は無かった。

祖母「……」

男「教えてよ!」

子供ながらにして捨てられたって事は分かっていたが、認めたくなかった。

男「じょうずに歌うからぁ………っ………!」

その時の俺は昨日出場した歌のコンクールで起きた出来事を思い出していた。

――――

パチパチパチ

男「……」ペコッ

「では、~~番の男君。歌ってください」

男(自由に歌いたい……な)

男(いいよね?どうせコンクールは何回もやるし……)

男(本当はもっと上手に歌えるって……お父さんとお母さんに認めてもらわなきゃ)

「男君?」

男「ごっ、ごめんなさい。歌います」

「はい、緊張しないでね」

男「La~♪」

父「……」

母「どうしてこうなのかしら……」ハァ

「おお、凄い上手だな……」

「子供でこの表現力は……」

母と父は単純に率直に歌えば満足なことに対し俺はタメやアレンジを加えてしまう。

どちらも決して間違ってはいないが――

――

男「あのコンクールがきっかけだ……帰り道だって一言も……うわあぁぁぁ……!!」

祖母「ごめんね……私がもう少しまともに……!」

祖父「あの馬鹿は……」

そして……







あの頃から人として緩やかに死んでいくだけだった俺の事を……あの人が救ってくれた。

中学生になったばかりの頃だった。

「ああ……また誰もスカウトできなかった」ウルウル

男「……」

「あっ、凄い美少女だけど……ボーイッシュだな」

たまたま繁華街を歩いていた時に出会った運命の人、俺の事を変えてくれた人。

「ねぇねぇ、貴女」

男「……?」

「――アイドルになってみない?」

――現在

男「……」

友「おーい?」

男「ごめん、物思いに耽ってた」

友「絶対に昔の事思い出してたろ」

男「ふふっ……そうかもな」

友「教えてくれたっていいのに……もうっ」

男「両親からひどい扱いを受けてきたってだけだよ」

男「ほんとにそれだけ」

完膚無きまで俺の実力を見せつけてやって、姉よりも優れてるって見せつけて……謝らせて……それで……

男「許してはあげたいから」

友「そっか、うん!そうだよな!それでこそ男だ!」

友は何ともやるせない表情、捨てられた子犬を見るかのような目で俺を見る。

友「凄く仲が良くないのは分かったけどさ、そんな両親と一緒の家に居辛いとかは無いの?」

男「両親は家に居ないからさ」

友「え?」

ん?急に雰囲気変わったな。

友「じゃ、じゃあ普段は……どうして?」

男「普通におじいちゃんとおばあちゃんが居るよ」

友「はぁ……今日泊まっていい?」

男「自然な流れで泊まろうとすんな」

何が目的なんだか。

友「じゃあさ……あのさ……」ドキドキドキ

友の表情、素振り、雰囲気が急に女性らしく、今までの友を知っている俺からしたら違和感しかない。

友「好きな人とか……居るの?」

友は前髪に人差し指を絡め、すじりもじりと身体を動かしている。そこまで恥ずかしがるような質問なのか……

まぁ答えてやろう。

男「居るよ」

友「誰誰誰!!??」

友は鬼気迫る表情で俺の両手を突然掴んでから引き寄せる。
密接した状態、少し前に顔を出せば唇と唇が触れてしまうだろう。

男「ソニア時代のマネージャー」

ここまで言わされてしまったか、うん。
親友だからと言っても、限度があるのではないか?

友「……」

友「えっ?」

友は呆気に取られ、俺が何を言っているのか今一理解出来ていなかった。

男「本当だよ、うん。だってさだってさ、凄く可愛らしいんだよ」

友「歳……いくつなの、その人」

男「21……」

友「ほぼ6歳差!無理だよ!!」

この女、男のように振る舞う割にはまともな事を抜かしやがる。

男「ワンチャンあるかも知れないだろ!」

友「諦めて!!」

男「いやだよ!」

友と他愛も無い口論を数十分も続けた後、家に返した。

帰りたくないと喚いていたのだが、文化祭の帰りに女子を家に泊めるのは問題しかない。

男「ギターもしたかったし……」

リビングにはお父さんとお母さんが座っている。
今日は何があったのか話してあげないと、とっても楽しかったって。

男「うん……そうだよ、友がね、とっても面白くってさ」

男「可愛い女の子なのに男のように振舞おうとしているんだよ。でも、それは僕に合わせようとしているだけでさ、本当は人と違う訳じゃないんだって」

男「話聞いてる?え?」

男「歌え?どうして?」

男「いやだよ?もう歌わなくて良いって、無理矢理歌わせてごめんって、謝ってくれたよね!?」

男「……」

仕方なく歌った。

精一杯、下手くそなりに……




下手くそ?

どこが?

男「ははっ……」

笑いがこみ上げてくる、これはたまらなく痛快な喜劇だ

男「あっははははは!!」

おとうさんとおかあさんはそれでも下手糞と、期待外れと、心のない一言が僕を、私を、俺を傷つける。

男「うるせぇよ!!」

男「下手糞はてめぇら、あんた達だろ!!」

男「俺の何がいけなかった!?」

何も答えない。

男「表現は自由だろ!?」

男「どう聞いたって俺の歌は上手だろ!!??」

男「お姉ちゃんよりも!!ずっと、ずっと!!」

俺の方がずっと魅力的に歌えると子供の頃から今までずっと思ってきた。それでも2人は姉を選ぶ。

男「俺を“こうした”のは誰だ?男性として歌えなくしたのは誰だ?」

男「女物のウィッグを被らなければ歌えなくしたのは誰だよ!?」

友に被せられたウィッグをまだ被っていたから歌えているだけだ、綺羅星ソニアの姿なら歌えるってだけではない。

男で無ければ歌えるのだ。

男「女に扮する事でしかまともに歌えないって……馬鹿みたいじゃん」

それでも……それでも……

男「歌えるのならそれでいいや」

男「あははは、きゃはははは!」

奇声のような笑い声は女性そのものだった。


同時刻

近所では少しだけ名が知られている会員制のレストラン。本日のメインとして招待された若手のジャズバンドが小気味よい即興演奏を行い場を湧かせる最中、ある1つのテーブルでは場違いとでも言わんばかりに聞いていても心地の良くない会話が繰り広げられていた。

周囲の目も憚らず、テーブルには男の両親と姉、祖父母が一堂に会している。

母「お母さんとお父さん、良い音よ。これを家族で聞く為に今日は集まった筈でしょ?」

父「お義母さんとお義父さん、良い音ですよ。いやー今日は記念すべき日ですね。こうしてまた集まれた」

祖母「あなた達にお母さんと言われる筋合いはありません」

祖父「2人揃ってお母さんとお父さんなんて気持ち悪い、どうした?言いたい事は何も無いのか?」

祖父母が出す険悪な雰囲気に対して父と母は何処吹く風だ。
最初からまともに取り合う気も無いかのように。

姉「……」

祖母「どうして今更顔を出したの?」

母「実はね、姉は今度行われるフェスに出場する事になったの」

祖母「フェス……よく分からないけど、凄いのかしら?」

父「ええ、ジャンルを問わずにインディーズの若手実力派が集まります」

祖父「いんでぃーず?」

父「ふっ……まぁ、プロではない若手ミュージシャンの祭典と言ったらわかりやすいかと」

祖父を小馬鹿にした態度をほんの一瞬、わかりやすく出してしまう。

これが父という人間のほん一端、決して悪気があわる訳では無い。

祖父「あ?今鼻で笑ったか?」

母「気のせいよお父さん」

祖父「お前は黙ってろ!」

祖母「やめてよこんな所で……」

祖父「ちっ……」

父「私のツテで参加出来るようになりまして……」

母「この子の実力だって立派よ、きっと良い結果を残すわ」

祖父「そうか、それは良くやったな」

祖母「おめでとう」

祖父母の言葉は心からの本心、姉だって可愛い孫の1人なのだから。

姉「……」エッヘン

が、どうしても気になる事がある。

祖母「……」

聞いても録な事が無いだろう。
このレストランに来てから2時間弱、本当に話すべき事を話さずにずっと無言の食事をしていたのだから。

祖母「男は……気にならないの?」

母・父「……!」

父「あ、あぁ、男は元気にしてますか?」

母「ずっと気になってたの、しっかりご飯食べてるかしら」

祖母・祖父「……」

2人は年の功なのか、人の親としてなのか、今の反応だけでこの2人と男が再び笑い合える日が来る事は二度と無いと理解した。

今日、この場に男を連れて来なくて本当に良かった。

あまりにも惨い。

祖母「姉に対する愛情を少しだけでもいいから男に分けてやれなかったの?」ボソッ

祖父「……」

呪詛のように小さく呟かれた言葉が祖父以外に届く事は無かった。

姉「男に会いたい……」

母「……そうね」

母「音のセンスがなくたって男は私達の……」

母「家族だから」

父「だな……」

母は真っ直ぐな瞳で祖母を見据える。
母の言葉は常識でこそあるが、心からの嘘偽り無く望んでいる事ではない。
普通の人間なら2人と男を近付けたくもないだろう、せめて父と母の覚悟を推し量る為にも1度は突き放すだろう。
祖母は理解していた。
試しに突き放したとしても父と母が食い下がる事は無いと。
『はい、そうですか』と待っていましたとでも言わんばかりの反応を取り、自分達が悪者ではない、むしろ普通の人間である事を体良く表現するのが目的だと。
今は会いたくても会えない、それならば昔は?どうして?
祖母は考える事すらも馬鹿らしくなり、仮にも腹を痛めて産んだ筈の子を小さく鼻で笑ってやった。

祖母「……」

祖母「綺羅星ソニアって知ってる?」

こんな茶番を繰り広げるよりも別の事を話した方が良い、自分の娘で無ければ思い付く限りの罵倒雑言を浴びせてやりたかった。

母「えぇ、有名ね」

父「アイドルとは思えない歌唱力ですが、どうして?今はそれどころでは……」

祖母「……」

あの時の事は少し行き過ぎた教育だと思っていた。
男に対する情熱が間違えた方向に行ってしまっているだけだと、祖母はひどい勘違いをしていた。
目の前で座っている2人は男を道具かなにかと勘違いしていたのだ。
その結果、男は屈折した感情を今でも持ち続けている、理由は言うまでもない。

祖母「気づくわけない……か」

これで分かった。

この二人は男の親ではない。

分かってはいた。

言うまでもない。

それでもやりきれない。

祖母「姉は今幸せかな?」

綺羅星ソニアが男だと分かっていたのなら、ほんの僅かな可能性があったのかも知れない。

姉「はい、とっても」

祖母「お父さんと、お母さんみたいになっては駄目よ?」

何も期待出来なかった。

ジャズバンドの演奏が終わると同時に言い放つ。

祖母「あんた達と男は会わせないよ」

パチパチパチパチ

その声が拍手と共に掻き消されていたとしても関係無い。

お代だけを置いて祖父とレストランを後にした。

同時刻。

「あはは……ごめんね、たくさん食べちゃって」

幽霊部員の家には部長、作詞、作曲、副会長、副部長までもがお邪魔していた。

幽霊部員「いいっすよーそれくらい」

副会長「この人、常識と言う物が……」ピクッピクッ

名も知らぬ女性は幽霊部員の家にある炊飯器を全て平らげる。
その行いは副会長の琴線に触れるのに充分だった。
空腹で倒れていたとは言え、マナーが無いと副会長は考えていたのだ。

しかし、気にしていたのは副会長だけであり、他の部員達はその事を気にしてすらいなかった。

作詞「君は相変わらずだね、副会長」

副会長「かいちょ、作詞先輩……しかしですね」

作詞「そう、この女性の行いは明らかに非常識。しかし、それをもってしても余りある空腹が彼女を苦しめていたのだろう。本来ならば限界を迎えてしまったであろう人間を助けたと言う事実こそが今の私達に」
副部長「どうしてご飯も何も食べずにあんな所で倒れていたんですか!!??」

作詞「必要であり……」

部長「珍しく折れたな」

作曲「眠い……」

「お金が無いから、です」

「うん、そう、お金が無い、から……あはは」

この女は感情が無いのかどうなのか、口は笑っても目が笑っておらず、どうしても心象が悪い。

一言で言うと気持ちが悪いのだ。

副会長「……お名前は?」

作詞「折れた訳では無いよ、副部長の
無神経にほとほと呆れ果て……」

幽霊部員「作詞ちゃんうるせーっす」

幽霊部員の言葉はシンプルに作詞の言葉を遮った。

作詞は静かに腕を組み、横目で幽霊部員を見ながら笑っている。
この状況では仕方が無いと言った様子だ。

「その前に、聞いて……いい?」

部長「あぁ、どうぞ」

質問を質問で返しても気にする素振りは無く、あっけらかんとした様子だ。

部長「……」

部長は静かに目の前の女性を分析していた。

前髪は口元、襟足は腰までの好き放題に伸びきった髪の毛を無理して金髪にしたからなのか、髪は痛みきっている。

人として常識の無い姿に隠してはいるが、嫌悪感を抱いている。
その全てをひっくるめて気持ち悪いと言うのが彼の素直な気持ちだった。

そう、部長の見る目は正しくもないが間違ってもいない。
目の前で座っている女は人として死んでいると言うのが正しい。

「……あのさ」

痛みきった髪を指先で弄りながら質問する。

「――自由天文部なの?」

前髪の隙間から覗く、暗く淀んだ目で部長の事を見据える。

部長「え?あ、そうっすけど……」

「楽器持ってるからね……そうかなって」

小さな声でぽつりぽつりと語り出す。
耳を凝らさなければ聞こえない。

「OG……だから……君たちの学校にも通ってたし」

部長「え?マジすか?」

作詞「!」

幽霊部員「どっかで見た事ある気がしたんすよねー!」ドヤッ

「毎日のように……ううん、サボってばかりだったけどね」

作曲「あ……でも……」

「まだ潰れてないのが不思議なくらいだよ」

作曲「違います……」

作曲「三学期中に廃部します……」

「……そっか」

静かにタバコを取り出し、火をつける。

「ごめんね、ちょっとだけ」

幽霊部員「お姉ちゃんも吸うから良いっすよ」

「お姉……ちゃん……そっか、一緒に……住んでる……の?」

自信の無い掠れた声で質問する。
ここに居る全員が彼女の声を聞き取るのに必死だった。

幽霊部員「そうっすよ!今はイギリスでホームステイしてるっす!」

「そっか」ニチヤァ

口角だけを上げた気持ちの悪い笑みを浮かべる、不自然かつ気味が悪い。  
誰から見ても彼女が人とまともに会話をしてこなかったの事が伺えたのだった。

部長「なぁなぁ……」ヒソヒソ

部長は幽霊部員の部屋に立て掛けられていた写真をこっそりと副部長と作詞に見せる。

副部長「んー?」

写真には過去の自由天文部が写っていた。

部長「これって昔の自由天文部だよな?」

作詞「そうだね。見た所によると写真の隅に立っているのがロリ先輩で、中央でピースをしているのが自由天文部を作った伝説の先輩だろう。幽霊部員の姉も写っている」

「私は女……です……」

幽霊部員「女……聞いたことないっすね」

女「サボってばかりだったから……」

二人の会話を横目にして話は盛り上がる。

副部長「うーん、女さんは顔が隠れてるから誰か分からないや」

部長「だよなー世代違いか?」

作詞「どうだろう?幽霊部員のお姉さんを知っていた素振りはあったからね、私からはこの写真に女先輩は居ないとしか言えないな」

幽霊部員「ちなみに今住んでる家はあるんすか?」

副会長「幽霊部員!こんな所でお人好しを発揮してどうするの!?」

部長「でた、幽霊部員にだけタメ口」

女「無い……追い出された」

女「荷物もなにもかも……うん」

女「家賃未払いだからって荷物まで没収は酷い……よね?ははっ」

副会長「それだけで済んで感謝する所でしょう……」ハァ

女「とり、あえずはお金を稼いで……未払い分の家賃を払わなきゃ……」

作曲「逞しい……意外」

幽霊部員「それまでうちに泊まるっすか?」

副会長「幽霊部員!!」

部長「あいつ、本当に何考えてるかわかんねーわ」

作詞「ふふっ……」

副部長「本当に変な子だなー」

幽霊部員「どうするっす?お姉ちゃんが帰ってくるまでの間っすけど」

女「……お言葉に……甘えて……」

幽霊部員「決まりっす!ちゃちゃん!」

女「本当に似ている……」ボソッ

部長「じゃっ、帰るか。また来週」

そして、平等に夜が更けていく。











3日後

ロリ「夏休みぃぃぃ!!」

幽霊部員「あと少しで夏休みっすよ!」

男「どうします?俺達が狙えるとしたらこのフェスが……」

会長「そうだな、うまくいけば……」

副会長「会長を中心に据えていくのは当然として」

月曜日の放課後、全員が部室に集まっている。

自由天文部は新たなスタートを切った。

>>206訂正




そして、夜は平等に更けていく。











3日後

副部長「夏休み!!!!」

幽霊部員「あと少しで夏休みっすよ!」

男「どうします?俺達が狙えるとしたらこのフェスが……」

会長「そうだな、うまくいけば……」

副会長「会長を中心に据えていくのは当然として」

月曜日の放課後、全員が部室に集まっている。

自由天文部は新たなスタートを切った。

部長「そう言えばうちのOGに会ったぜ」

不良「ふーん、どんな人だったの?」

部長「うーん……口では表しにくいな」

作曲「暗い……人」

部長「お前がそれ言う?」

幽霊部員「頑なにパートを教えてくれないんすよね、センスありそうなのに」

幼馴染「サボってばかりだから言えないんじゃないの?」

部長「お前もそれ言う?」

副部長「ねぇねぇ知ってる!?ダブルフェイスのツンデレちゃんが脱退だって!!」

男「ごはぁっ!!!?」ブ-ッ

どういう事だ?現状で言えばトップアイドルだったのに自らそれを捨てるか!?

会長「本当か!?残念……だな」

作詞「驚くのは結構だが……かかっているんだよね、男君が飲んでいたジュース」ピクッピクッ

男「あっ……」

男「ご、ごめんなさい……」

咄嗟にタオルを取り出し、濡れてしまった作詞先輩に手渡した。 

シャツにコーラがかかり、若干ではあるものの透けてしまった……なるべく作詞先輩の事を見ないように務める。

作詞「うん……困ったね。これでは恥ずかしいよ」

部長「俺のTシャツ貸してやろうか?」

作詞「すまない。今日は制汗剤を持っていないからね、部長の体臭は耐えられそうにないよ」

部長「風邪引いちまえ」

作詞「男君。なにか肌着でもいいから持ってるかな?」

作詞先輩はくすみがかった銀髪を結ってから身を乗り出すと、テーブルの向かい側で座る俺の眼前まで顔を近づける。

作詞「濡らした君が責任を取るべきだよね」

人差し指と親指を使い、俺の顎を掴む。
挑発するかのような仕草は俺の事をからかう為だろう。

会長「む」

男「あっ、あー……バッグに入ってますね。待ってください」ゴソゴソ

衣替えが始まってしまったからなぁ、夏服になってから着替えも持ち歩かなくなったけど……

確かスクールバッグの中に……あ、あった。

不良(こいつ、どうしてカツラを持ち歩いて……私にしか見えていないよな?これ)

男「着てない体操着の上、ありましたよ」

作詞「ありがとう。着替えてくるかよ」

作詞先輩は俺の体操服を持ち、どこかへと着替えに行ったのだった。
どうせトイレ辺りだろう。

副部長「貸そうと思ってたのに行っちゃった」

幼馴染「ソニアの顔面プリントTはキツいと思う、私でもね」

>>209
作詞「ありがとう。着替えてくるかよ」

作詞「ありがとう。着替えてくるよ」

男「気になってましたけど」

男「ツンデレ脱退てマジですか」

話が脱線していたが、どうしても気になっている。先程からぐわんぐわんと頭が揺れ、冷や汗が止まらない。

作詞先輩が席を外しても変調が続くという事は、口に含んでいたジュースを作詞先輩にかけてしまったのが変調の原因ではないと言う事だ。

幼馴染「馴れ馴れしいわね」

男「アイドルくらい呼び捨てさせろよ」

幼馴染「先輩の言う事を聞かないなんて……いつからここまでひねくれたのかしら」

この女……白々しいな。

幼馴染「芸能活動自体も休止らしいよ」

男「芸能活動まで!?」

幼馴染「……」

幼馴染「なによ、アンタ……そこまでアイドルに興味があるの?」

男「あっ……いや、その……」

幼馴染は怪訝な表情で俺を見据える。
なんと説明をすれば良いのやら、幼馴染はやはり面倒だ。
疑い、興味、洞察をこの部活の中ではしっかりと持っている部類の人間。

副部長「男君はソニアちゃんが大好きだからね!」

副部長「入部したばかりの頃もソニアちゃんに関するすごーい考察を聞かせてくれたもん!」

副部長ナイスです!やっぱり持つべきはファンですね!
考え方がどうかしているけれど。

幼馴染「えっ?そうなの?てっきり興味が無いとばかり思ってたわ」

男「まぁ、存在がミステリアスだからな……正体不明のアイドル」

男「テレビにも良く出ていたし」

会長「しかし、正体は不明のままだった」

男「気になっちゃうだろ、そんな煽り見たら」

幼馴染「……私だってソニアの正体は気になるわ」

毎日のように約束を取り付けようとするぐらいだからな。
返事をするこっちの身にもなって欲しい。

男「……」

副部長「わたしも……だね」

そもそも、会長、俺、幼馴染の正体が明らかにならない事が奇跡だろう。

3人共顔が割れないような売り方をしているのも共通している。

会長は別としても、だ。
そもそもあの人だけ無名な癖に才能だけは人並み外れているのが気に食わない。

会長がアイドルとして成功しなかったのは巡り合わせ次第ではあると分かっている。

おっと、嫉妬になってしまったな。
早く俺が活きる道を切り開かなければ。



そう、幼馴染がどうしようが俺には関係ない。

男「そんな事よりも……この部について考えよう」

幼馴染「そうね、そっちの方がずっと大事」

幼馴染「アイドルの事なんて今はどうでもいいでしょ?」

会長「そうだな……どちらにせよ今のままでは……うむ」

副部長「あっ、そうだ!」

副部長「動画サイトに配信してみない!?」

部長「YouTu〇er的なノリだな」

会長「学校の許可さえ貰う事が出来たら可能だが……」

男「話題作りか」

副部長「うん!これでTVや雑誌の取材が来たら学校側もうちの部活の事を放っておけないよね!」

作詞「何かしらの成果には当てはまりそうだね」

会長「人前に出る訳では……うん」 

不良「さっさと許可取ってやろうぜ」

作曲「出来ることは、全部……」

部長「勿論却下な」

男・幼馴染「「同じく」」

副部長「えー!?どうして!?」

不良「どーしてだよー」

不良は顔を膨らせて不満を露わにする。

会長は俺と幼馴染の発言待ちといった所だろう。

作詞「方向性は悪くないけれども、動画メインはよろしくないかな」

作曲「……」

作曲先輩はじっと作詞先輩を見つめる。ついさっきまで話に乗っかっていただろうにと言った表情。

作詞「そんな目で見ないで欲しいな、今から100万再生なんて目指すのはいささか現実離れしている。自分達で配信するのにも」

幼馴染「機材ね、揃わないでしょ」 

作詞「……」

また話を切られたなこの人。

会長「素人をメインに取り上げている配信者に取り上げてもらうのが無難だな」

男「そうですね」

俺と幼馴染が考えている事は全く同じだろう、動画配信はテレビと違うハードルがある。

中でもコメントが厄介なのだが……これ以上はもういいか。

部長「フェスで結果を残す。そう決めただろ?」

副会長「その通りです」

部長「ロリも反対する……と思うし」

副部長「ねぇねぇ……部長ってさロリちゃんの事……」コソコソ

幼馴染「放っておきなさいよ」ハァ

男「ちょっといいですか」

次に出るフェスの目星はついているだろう。
審査性のイベントともなれば数は絞られる。

重要なのはそこでどのような結果を残すか。

男「少し考えました」

男「自由天文部に足りないのって歌とか演奏力とかでは無く、本番慣れだと思います」

幼馴染「……」

幽霊部員「ぶっつけでは限界があるってことっすね?」

男「あー文化祭や学内での催しはやってますけど……」

そんな学生行事は本番の内に入らないって言ったら怒られるかなぁ……なんて言ってやろうか。

幼馴染「結局うちの学生は味方でしょ?雰囲気が温いのよ」

不良「箱でやんのか?」

作曲「ライブハウス……」

作詞「周りが他人と言う環境の中、実質敵地とも言えるであろう場所で僕達はどのように演奏出来るのか?実力がため」

幽霊部員「ずーっとやってみたいと思ってたんすよ!盛り上がってキター!ぴゅーぴゅーぴゆーぴゅるるるる!」

作曲「お金は?」

不良「チケット代だよな、私は友達すくねぇからなぁ……」

部長「何度も呼べるかは自信ないけど、任せろよ」

副部長「同じく!」

会長「では、これからどうするかを改めて確認しよう」

会長「私達が目指すフェスの目星もついた」

副会長「8月20日のロック・スターと呼ばれるフェスです」

副会長「若手実力派インディーズバンドの祭典ですが、学生もそれなりに出場しています」

会長「それでいてなおかつ学生も入賞している」

副会長「しかし……私が見た所によるとライジングロックよりハードルが高いと思います」

副会長「私達よりもずっと歳上の実力派も出ているのが厄介です」

副会長「演奏力がもう若手とは比べ物になりません」

副会長「若手もこれから台頭する事を目指している方ばかり」

不良「不足はねーな」

副部長「大丈夫かな?また駄目だったら……」

会長「副会長、一番大事な事を」

副会長「あっ……」

会長「いい、私が言う」

副会長「すみません」

会長「このフェスはな、ジャンルを問わない」

部長「はぁ!?」

副部長「なんでもありって事?」

会長「そうだ、正確には音楽のジャンルを問わない」

幼馴染「あ……だから私達にもある意味チャンスがあると」

会長「暗黙ではあるけれど学生バンド枠もある」

作詞「これは驚いたね」

男「ちょっと悩みましたけどこれしかないですよ、学校としての成果を認めてくれそうな所」

会長「私と男と副会長で決めた。You○uberを目指すよりは現実的だと思う」

周りを見ても満場一致だった。
ロリ先輩を除いては。

部長「決まりだな、ロック・スターを目指していく」

副会長「その為には沢山歌う、弾く。特に本番で」

幼馴染「あれ?ロリは?」

部長「……今日は体調不良だってさ」

副部長「最近多くない?大丈夫?」

作詞「……」

作曲「……大丈夫」

メモリ~キミトワタシノ~♪

幼馴染「っ」ピクッ

男「……」

ツンデレと期間限定ユニットを組んだ時に歌った曲『memory』これって凄く売れたんだよな、特に女性層の受けが……

副部長「あ、ロリちゃんから電話だ」

やっぱり副部長の着信音だったのか

部長「出なくていい」

作詞「そうだね、どうせ他愛もないくだらない話だから」

作曲「出なくていい……」

不良「気色悪ぃな、今決めたことをロリに言わなくてもいいのかよ?」

副会長「不良さんの言う通りです、ロリさんがあってこその自由天文部です」

男「そうですね、何をするにしてもあの人の確認を取ってからにしないと」

会長「出て欲しい」

副部長「もしもしー!?」

部長「おいっ!」

部長が本気で叫んだ所を初めて見たかも知れない、ロリ先輩と喧嘩でもしたのか?

作詞「部長、やめよう。そうさ、全員が知るべきなんだ」








  
   




ロリ「あっ……」

ここは?

どこ?

なんて惚けて見せたけど

ロリ「んー」

どうせ病院のベッドだろう。

ロリ「もう卒業は確定だから良いけど……」

ロリ「◯回も留年するハメになった割には呆気なかったなぁ」

色々な子と出会ってきた、全員を泣かしてしまった。

私だけが変わらない思い出を見ると本当に申し訳がないと思う。

最後の世代には悪い事をした。

トラウマにならなければ良いけど。

先輩『もう諦めんの?まだやれるっしょ』

月日が経つ毎に頻度を増す先輩のまぼろし。

ロリ「もう……無理だよ」

先輩『そっか………』

先輩『でもさ、ありがとう。ロリ』

先輩『ロリのおかげでここまで自由天文部が存続したんだ!』

私の身体が危うくなっていく程、色濃く映る先輩。

もう居ない先輩。

聞こえが良い言葉、私が望む言葉をかけてくれる。

先輩『でもさ、まだやれるでしょ?』

私は知っている、先輩はそんな事を言わない。

先輩『どうせ死ぬなら、全力を出してから!って相場は決まってるでしょー』

私が留年している間に医学は進歩しているらしく、外国で手術を受けたらまだ助かる見込みがあるらしい。

ロリ「そうだね……」

もう限界だろう。

ロリ「……」

可愛い後輩達は私が留年を繰り返していると知っても、距離を置かずに接してくれる。

素晴らしい部だ。

先輩が作った自由天文部は如何なる状況に置かれても、それぞれの年代が色褪せることなくも素晴らしい。

揺れる視界の中でまどろむ私は、今の自由天文部では唯一私の身体について知っている3年生達に連絡する。

もう、無理だと伝えるつもりだ。

私は先にリタイアをする。

もう、十分がんばったよね?

皆。

ロリ「……」

何度目だろうか、あの時を思い出すのは――





◯年前、私は1人だった。

幼い頃から友達も居ないし、喋らない。長くは生きられないと告げられてからは以前よりも増して人と関わらなくなってしまった。

外見も人より優れ中でも勉強はずっと1番、体が弱いから積極的に取り組もうとはしないものの運動だってその気になれば簡単にこなすことが出来た。
そのせいか私の人生は退屈かつ簡単、どのようして死ぬか考えなかった日は無い。

ただ、音楽は少しだけ好き。
初めて両親に頼んで買ってもらったのはベースという楽器で、1番難しそうと言うのが購入の理由。

だが、すぐに上達してしまった。

死ぬまでには完璧になっているのかなと思うと少し寂しい、そもそも私は簡単に出来てしまう物なんて求めていなかった。

高校2年生になった時、また1歩死に近づいたと思うとどうしようもない不安が体の芯から外へぶわっと広がっていく。

ロリ「このバンド、ちよっと下手くそ」

私は毎日のように中庭の隅で座って音楽を聴いている。

ロリ「男子は沢山走るなぁ……」

無邪気に走れる人が1番羨ましい、この時の私は全力で走る事さえ出来なくなってしまっていた。

ロリ(1人で過ごす休み時間は特に楽しい)

「ねぇ、君は今何してるの?」

そして事件が起きた。

ロリ「え?」

「いっつもイヤホンしてるよね?」

「音楽聞いてるよね?」

「何年生?私3年生!!」

ロリ「イヤホンは挿してるだけ」

ロリ「……2年生、です」

「え?うそだ!めっちゃ、音漏れてるよ!?」

ロリ「っ!」ビクッ

「はーん、ひっかかったね?」

ロリ「……」

正直な第一印象は私と正反対。

不意に現れた見ず知らずの人は太陽を背にしているからなのかとても眩しく見えたが、それ以上に鬱陶しかった。

「ねね、やろうよ」

ロリ「なにを?」

「バンド!!」

茶色混じりの金髪が太陽の光に当たり、ただでさえも鬱陶しく、眩しく見えた先輩はさらに眩しく感じた。

この時にはもう鬱陶しいとは思っていなかったかも。

ロリ「お断りします」

「即答!?」ビクッ

この時にはもう人と関わるつもりが微塵も無かった。

ロリ「どうして私を……」

「へ?音楽が好きそうだから?あと、タメ口でいーよー堅苦しいの嫌いなんだよねーーー!!!」

ロリ「……」

「私の名前は△〇☆▽!!君は!?」

ロリ「……ロリ」

「じゃあロリだ!!私の事も名前で呼んでよ!!」

ロリ「……先輩で」

先輩「たはーっ!!壁を感じるぅー!」

キーボード「くるくるー、何してるの?」

ドラム「誰このガキ?」

ロリ「ガキ……?」ピクッ

ロリ「凄く失礼……」

初めて先輩とキーボードとドラムに出会った時、私の人生、いや、違う。
青春は大きく変わり始めた。

キーボード「あっ!ぴっっこーん!!!進入部員だよこれきっと!」

ロリ「違う!」

ドラム「えっ!?マジ!?もう人数揃うの!?」

先輩「天文部活動も忘れんなよー」

ロリ「天文部?」

ドラム「どーせ結果残せなきゃ廃部だろ!?」

先輩「ざんねーん、天文部としては結果残せてますー」

キーボード「ぴるぴる。ライジングロックで入賞しなきゃどうせ廃部だよ?」

先輩「あはは!難しいよねー!!」

ロリ「何部ですか?」

先輩「それはねー」




先輩「自由天文部!!」

興味本位で案内された部室には賞状が綺麗に飾られ、星の本?等が机の上に沢山積まれていた。

先輩「元々はふっつーの天文部なんだけどね、部員が一人だけだったから私がこの学校に存在しない軽音楽部も兼任させたの」

先輩「やっぱり軽音楽部はやってみたい人が居るみたいでさ、簡単にアホが釣れた訳よ!」アハハ

ロリ「……」

果たして、私もアホの一員なのだろうか。

先輩「まぁ、ホントの事を言うとさ」

先輩「最初は普通の天文部としてやっていくつもりだったんだけど……元々居た一人の部員も卒業してね、このままじゃあ同好会以下になってしまう」

先輩「という訳で!!!」

ロリ「」ビクッ

先輩「軽音楽部やってみました!!」

先輩「あはは!!」

ドラム「こいつが最アホな」

キーボード「トゥンク……元から居た先輩が好きだから天文部に入った癖にー」 

先輩「はぁ!?好きじゃないし!!あんな陰キャ別になんとも思ってないから!!」

ロリ「好きな先輩がきっかけ……」

先輩「ちがうっての!!」

ドラム「頭おかしいよな、こいつ」

ドラム「好きなだけでそこまでやるかよ」

キーボード「じーーーーーーっ」

ドラム「な、なんだよっ」

キーボード「べつにっ」

先輩「こほんっ……まぁ、どうしていつも一人なのか分からないけどさ……良かったら私達と無理難題に挑戦しよーよ」

ドラム「ライジングロック入賞!」

キーボード「確かに無理難題だよねー」

先輩「音楽の魔法、見せてやる!」

ロリ「!」

凄く、心惹かれる言葉だった。

ロリ「……良かったら何か演奏してみて」

先輩「勿論!」

私は心を踊らせて先輩達の演奏に耳を傾けた。
自分の中で変わりつつある何かに、今まで感じたことの無い何を知るために――

ギュイ-ン

バンバン

ギィギィギギギ

ポン……ポンチャ-ンッ

現実は厳しい。








ロリ「下手過ぎ!!!」ガ-ンッ

ロリ「ここもっと強く弦を押さえて!!」

先輩「弦とは?」

ロリ「はぁ!?」

ロリ「もっと優しく叩いてよ!」

ドラム「は?全力だろ何事も」

ロリ「脳味噌筋肉なの?馬鹿なの?猿なの?」

ロリ「楽譜からやろう、多分すぐ覚える……と思う」

キーボード「ピンポーン、りょーかいっ!」

ドラム「扱い違くね?」

先輩「ほんとね、おかしいよこれ」

ロリ「こいつら……」

先輩「歌は負けないからな!」

そう言えば誰も歌っていなかった事を思い出す。
先輩が歌う様子だが、あの演奏を聞く限り私は期待なんか出来なかった。

先輩「じゃあ適当にあの歌で」スゥッ

ドラム「やったれ!」

なんて言えば良いのだろうか、素晴らしい?上手?凄い?いい声?素人にしては?

違う。

先輩の歌を表現する言葉は見つからないけれど、これだけは言える。

魅了された。

ロリ「うん、歌は通用するかも」

4人だけしか居ない部室で聞いた歌は私の考えを変えた。

先輩「凄いだろ?お母さんから昔教わってたんだよ」

ドラム「こいつとカラオケ行くとさ、しらけんだよなーうますぎて」

キーボード「ぽっぽっぺー、これで練習したらそこそこいいとこ目指せそうな気がするよー?」

ロリ「でも……楽器が初心者だと……」

先輩「……」

ロリ「どちらにしたって」







先輩「ねぇ、知ってる?」

ロリ「……?」


先輩「音楽にはね、魔法があるんだよ」

先程も先輩が言っていた言葉。

どうしてか分からないけれど私が惹かれた言葉。

音楽の魔法。

ロリ「魔法?」

そう、音楽の魔法。

魔法とはそもそも人知の及ばぬ事を表していたり、子供向けの言葉であったり、定義が曖昧な事象を……

先輩「教えてあげよっか?」

指すのだが……

でも、知りたい。

ロリ「教えて欲しい」

本当にあるのなら。

先輩「どうしようかな~?」

どうしても知りたい。

ロリ「酷いと思う」

こうして人をからかう人間なのだろう、私としては凄く腹立たしい。

先輩「あはは、ごめんごめん、教えてあげる」

先輩「……音楽にはね」

ロリ「……」





先輩「――人を笑顔にする魔法があるんだよ」   

ロリ「人を笑顔にする魔法、ふーん」

先輩「私の先輩は笑顔になったよ!うん!」

ロリ「音楽で笑顔になった事は無いから私には分からない」

先輩「私もさ!音楽なんて退屈でくだらないって思っていた……けど」

ロリ「けど?」

先輩「私の先輩はさ、私の歌を聞いて笑顔になってくれたんだ」

ロリ「馬鹿にされたとか?」

あの歌を馬鹿にするなんて、そうそう出来る事ではないと分かっているけど。

先輩「私の先輩はさ、私の歌になら天文部を任せられるって言ってくれたんだ」

先輩「いつも無表情だった先輩が――」

先輩「だから、奇跡は起きるって!!ね!?」

ロリ「ふーん……うん?」

ロリ「それって音楽じゃなくて、歌の魔法では?」

先輩「あ゛!!」

ドラム「俺不要だな、これ」

キーボード「プシュン、ほんとそれー」

先輩「違う!違う!先輩如きじゃ足りないでしょ!?」

ロリ「如きって……」

どのような関係性なのだろうか。

先輩「足りないって思ったんだ、私1人じゃ先輩1人しか笑顔にできないし……」

先輩「歌も含めて音楽にしたらもっと
多くの人を笑顔……というか。奇跡が起きる気がしたんだ」

ロリ「言い訳としてはかなり苦しいけれど……話半分で聞いておく」

先輩「いつかわかる時が来るから!!いつか」

ロリ「……」

先輩「〇〇年後とか!」

ロリ「そう……」

その時には死んでいるかなぁ、きっとこの世に居ないだろう。

ドラム「信じてやってくれよ、あいつアホだから失言ばっかなんだよな」

先輩「アホじゃないし!卒業はギリギリ?出来るから……たぶん、きっと……」

キーボード「ひとはーそれをーアホと呼ぶ~イエーイ!」

ロリ「はぁ……いいよ、やってみよう」

先輩「!」パアァァァ

ドラム「よっしゃ!」グッ

キーボード「テレレレッテレーッ!」ピョンッ

私もアホ……なのかな?








朧気な意識。
そうか、私は寝ていたのか。

また眠ればあの時の事を思い出せそうだ。

だけど、その前にやる事がある。

ロリ「……」

3年生にこれからどうするのかを伝えよう。

ロリ「メッセージだけでいいかな……」

途中で打ち上げを抜けていたからか、自由天文部の面々からは沢山のメッセージが送られている。
皆には心配をかけてしまったなぁ。

ロリ「……よし」

3年生のグループチャットにメッセージを残す。
今日も倒れてしまった事、これから私はどうするかをはっきりと伝えた。

ロリ「先輩……」

もう一度眠りにつく。

次はどこまでかな。

先輩「いえええええええい!!!!」

ロリ「!」

初めてのライブだ。

寝る間も惜しんだ甲斐があり、初心者ばかりが集まったこのバンドも著しく成長した。

先輩「みんな!これからも“Starry sky”をよろしくね!!」

先輩のゴリ押しで決まったバンド名、安直だしセンスもカルチャーも無い。

ナンテイミ-?

先輩「星空!!!!」

ヘ--

先輩「リアクション!!」

ドラム「そりゃどうでもいいわ」

ドッ

キーボード「早く次の曲いこーよ」

場を沸かすドラムと周りに興味が無い二人は私の目からは対照的に映る。
そんな二人の上達は目覚しい物があった、本当に向いているのだろう。

先輩のギターは……まぁそれなりにまともになったかな。

先輩「じゃあ私のソロから……」

ソロなんか10年早いけれど。

ドラム「やめろ」

キーボード「それだけはない」





 
「てかこいつら下手糞じゃね」



はーいるよね、こういう人はどこにでも。
学生だからしかたないかな。
ムカつくけど。

ドラム「あ?」

キーボード「テンテンテン……ちょっと向きにならないでよーー」

キーボード「って、あ!」

先輩「なに?私が何かした?」

「は?」

先輩は誰よりも早く心無い言葉を放った張本人の元へ駆け寄っていた。

誰よりも感情的な人だった。

キーボード「あちゃー……止めてよドラムー」

ドラム「あいつキレるとめんどくせーから嫌なんだよ」

先輩「馬鹿にするなよ、こっちは本気なんだから」

「うっぜ、てか痛いんだけど。恥ずかしくねーの?」

先輩「ふざけるな!」

ゴンッ

「おごっ」

ドラム「あっ、金的」

先輩「お前に先輩の何が分かる!」ゲシッゲシッ

 「ごめん!ごめん!ほんとごめん!」

先輩「じゃあいいよ」ニコッ

「えっ、あっうん」

先輩「君も良かったら自由天文部においでよ」

「え……そんな……」

先輩「よーし!演奏再開!」

「……///」

すごくモテるらしい。

“あの子”は先輩の事が好きだったのだろうか。

まだ分からない。




先輩「みんな゛っ!!」バンッ

ロリ「わっ……!」

ドラム「まさか……」

一悶着もあったが初めてのライブは無事に成功を収めた私達は勢いのままライジングロック予選に参加する事が出来た。

先輩「はぁーっ……はぁーっ」ゼェゼェ

先輩は勢い良く部室の扉を開けて私達の前に現れた。
走ってきたのだろう、息が荒く今にも倒れてしまいそうだった。
そんな先輩の様子から察するに、ライジングロックの結果が出たのだろう間違い無い。

演奏レベルでは負けていると分かっているけれど、先輩の歌はそんな私達の演奏も押し上げてくれる。

だから信じてる。

私も……ドラムとキーボードだって。








先輩「ライジングロックの予選……通過ああああああ゛あ゛あ゛!!!」

ドラム「よっしゃあああああああああ!!!!」

キーボード「きゃーーーー!!やったよーーーー!!!」

ロリ「あはは……夢みたい……」

先輩「~♪~♪~♪」

ロリ「歓喜の歌……こんなのも歌うんだ…… 」

叫んだから?先輩の声が掠れているような?

先輩「歌は゛さ……お母さ゛んから無理矢理叩き込まれたんだ」

先輩「昔ば……お母さんのぜい゛…で…歌が嫌いだったけど……今じゃ……感謝してる……よ゛……」

ドラム「まてよ、お前声が……」

先輩「あ゛はは……声出しすぎたね」

キーボード「病院……行ってよね……これ、おかしいよ」

先輩「え゛、練習しなき……ゃ゛」

ロリ「今すぐ行って!!」

先輩「!」ビクッ

私がこんなにも声を荒らげたのは初めてだった。
明らかに先輩の喉は酷使されていた、毎日のように練習していたのだろう。

もし、先輩の喉に大事があるのならライジングロックも辞退しなければならない。

嫌な予感がする。

先輩「……分かった」

先輩に何が起こっているのかはその日の内に分かった。

ドラム「あいつの喉大丈夫かな……」

キーボード「ピコピコ……ライジングロック本番は1週間後だから心配だなー」

ドラム「軽い風邪ならいいんだけどな」

今一身が入らない部活動を終えた後、自由天文部共通の帰り道の中央で先輩は立ち尽くしていた。

住宅街の路地とは言え道の中央で立っているのは危険だ、車が来たらどうするつもりなのか。

ロリ「先輩……」

先輩「……」

ロリ「……!」ハッ

喜怒哀楽のどれにも当てはまらない。
無表情、どこを見ているのかも分からない。

鼓動が早くなる。
嫌な予感――

先輩「大丈夫!」ニッ

ギュッ

先輩は満面の笑みで私達全員を抱き締めた。

先輩「入賞……しようね」

ロリ「先輩……良かった」

キーボード「できる」

ドラム「ちっ、少しは弱い所を見せろよ」

先輩は先輩という物語の主人公だと私は思い込んでいた。

>>242

先輩に何が起こっているのかはその日の内に分かった。

ドラム「あいつの喉大丈夫かな……」



ドラム「あいつの喉大丈夫かな……」



訂正です

ライジングロック当日。

先輩は喉の調子を整える為、部活に参加する事は1度も無かった。

1度きりの本番、リハーサルにも参加しないらしい。

先輩「てかさ、ライジングロックって名前がもうダサいよな」

ドラム「あ、分かる」

キーボード「ドゥドゥン、もう少しオシャレにして欲しいよねー」

ロリ「はぁ?何を今更……」

先輩「いやー少しは悪態をついてやろうと思ってさ」

ドラム「このライジングロックに振り回されてきたからな、分かるわ」

キーボード「まじムカつくよねーこの催し」

先輩「大体さ、学生バンドに序列なんか付けるなっての!」

ドラム「俺らのようなズブの素人が通る時点で採点基準がほぼ歌だって丸わかりだし!」

キーボード「それ言っちゃうー?でもさ、ほんとにそーだよね!」

ロリ「あは、あはは!あははははっ!」ケラケラ

この人達……

先輩「どーしたの?」

本当に最高だ。

先輩は本当に主人公だ。

この私を心から笑わせてくれるなんて、私の世界を変えてくれるなんて、色を付けてくれるなんて。

私は音楽の魔法をこの時初めて知った。

ロリ「なんでもないっ!」ニコッ

先輩「……持ってよね」

ドラム「順番が来たぞ」

ロリ「絶対に入賞しよう」

キーボード「ねぇねぇ」

先輩「どうしたっ゛……の?」

キーボード「ありがとう」

先輩「え?」

キーボード「〇のおかげでかけがえのないものものに、大好きなものに出会えたからさ」

ドラム「面白い高校生活だったけどさ、〇のおかげでもっと楽しくなったわ」

ロリ「ねぇ、先輩……」

女「……名前で呼んでよ」

ロリ「……」

ロリ「〇」

ロリ「〇のおかげでね、まだ生きたいって思えたんだ……」

女「あはは……っ」

女「そんなの、あたりまえじゃん」

ロリ「でね、音楽の魔法にはつづきがあるって分かったんだ」

笑顔から絆が生まれて。

女「……後で聞かせてよ」

――奇跡が起きる。

女「さーって、これを終わらせたら」

ドラム・キーボード「「先輩に自由天文部存続を知らせなきゃ」」

女「……うん」

>>246
訂正 正しくはこちらです

先輩「……持ってよね」

ドラム「順番が来たぞ」

ロリ「絶対に入賞しよう」

キーボード「ねぇねぇ」

先輩「どうしたっ゛……の?」

キーボード「ありがとう」

先輩「え?」

キーボード「“女”のおかげでかけがえのないものものに、大好きなものに出会えたからさ」

ドラム「面白い高校生活だったけどさ、“女”のおかげでもっと楽しくなったわ」

ロリ「ねぇ、先輩……」

女「……名前で呼んでよ」

ロリ「……」

ロリ「女」

ロリ「女のおかげでね、まだ生きたいって思えたんだ……」

女「あはは……っ」

女「そんなの、あたりまえじゃん」

ロリ「でね、音楽の魔法にはつづきがあるって分かったんだ」

笑顔から絆が生まれて。

女「……後で聞かせてよ」

――奇跡が起きる。

女「さーって、これを終わらせたら」

ドラム・キーボード「「先輩に自由天文部存続を知らせなきゃ」」

女「……うん」

ワアア

女「下馬評は低いなこりゃ」

先輩は苦笑いで観客席の反応を確かめていた。

ドラム「こういうのは大抵、実績を残している学校が目立つもんだよ」

キーボード「カッキーン。学生スポーツとは違うのにねー」

女「スポーツでも番狂わせくらいあるでしょ」

ロリ「ほんの僅かだけど……」

女「見せてやろうよあいつらにさ」

女「私達の実力を」

女「かましてやろうよ、この歌で」

私が作曲して先輩の先輩、自由天文部の設立者が歌詞を書いた曲。

所々不完全な面があるけれど、現時点の私達が出せる最高の曲だ。

女「よし、始めよっか」

最高の舞台。

先輩の絶叫がその舞台の上から会場全体に響き渡る。

ロリ「……」

凄い、最高潮だ。

私達の演奏は今までに無い程の出来だった。
全てが噛み合っているかのような、全員が同一人物ような……つまりは出来過ぎている。

気がかりな事がある。

『かましてやろうよ、この歌で』

この発言に私は違和感を覚えている。

いつもの先輩ならば歌とは言わずに曲と言っていた筈なのだ。

ずば抜けた歌唱力を持っている先輩は、楽器の力があってこその歌があるというポリシーを持っている。
歌と演奏が合わさって曲になる。
そう言っていた筈なのに――

いや、気にする必要は無い。

私達が持てる限りの力で、先輩を――

女「っ゛!!」

ロリ「!」

ドラム「おいっ!」

キーボード「女!?」

女「そ゛ら゛に゛――」

ロリ「……」

一瞬だった、ほんの一瞬の出来事で全てが決まった。

先輩の夢は潰えた。

ドラム先輩とキーボード先輩は泣いていた。

それでも辛うじて演奏を続けていた。

先輩は無表情で掠れ掠れの声、先輩の本来の声からはかけ離れた醜い歌を続けていた。

これまでのやり取りは全て虚勢だったのだろう。
先輩の喉は限界だったのだ。

先輩の事だから皆には喉の事を話せなかったのだ、医者に無理を言って……この日の為だけに照準を合わせて……手術が必要なら手術を先延ばしにして……

先輩が大好きな人の為に……最大の機会を逃さずにはいられなかった。

私には分かる。

辛いよね、ごめんね、無理をさせて。

先輩一人に背負わせ過ぎてしまった。

女「――゛――゛♪゛」

声が掠れてしまってからの先輩は仕方が無く歌っていた。
せめてもの意地だろう。
この舞台に立っていると言う責任が、この舞台に私達を連れて来たと言う責任が先輩を晒し者にしていた。

先輩「……ありがとうございました」

曲が終わり、私達は不測の事態に騒然とする会場を後にした。

アンコール?あってたまるものか。

ロリ「先輩?」

ロリ「先輩!?」

ドラム「おい!気にするなよ!?」

キーボード「大丈夫だよ!大丈夫だから!」

ロリ「私が自由天文部を存続させるから!先輩!!??」

先輩は無表情のまま私達の呼び掛けにも答えず、瞳から涙を零しながら覚束無い足取りで全てを遮断するかのように私達から離れようとしていた。

狂ったのか壊れたのか、ぶつぶつとお経のような独り言を垂れ流している先輩は無表情……能面を保っていた。

ドラム「おい!」

キーボード「待って!!」

ロリ「先輩!!」

急に私達をふり払うと、宛もなく一人で歩き始めた。

これ以上私達には止める気力が無かった。
私とドラムとキーボードも限界だったのだ。

私は気丈に振る舞うと決めていたのに……泣き崩れてしまった。

あれから先輩は学校に顔を出す事が無かった。

単位がどうなのか、中退なのか退学なのか卒業出来たのか私には分からなかった。

ドラムとキーボードもあれから先輩がどうなったのかは知らない。

喉が無事だと良いな……それだけで私は満足だから。

ロリ「……」

ドラムとキーボードが卒業し、誰も居ない自由天文部で私は一人で表情を作っていた。

私には人を惹きつけるキャラクターが無い、それならばキャラクターを作ればいい。

ツッコミ所があり、だれからも愛される。
そんな存在になる為には別の自分を演じるしかなかった。
自由天文部の存続の為には――

ロリ「うん、この口調でばっちりだにょ?」

きっと私も先輩と同じ様に壊れていた。

このまま一人で卒業するのだろう、先輩の夢は叶えられないのだろう。

ガチャ

「えーっと、新入部員募集してる?」

信じられなかった。

ロリ「!」

初めてのライブで悪口を吐いた人間が新入部員になるのだ。

ロリ「……どうして?あの時、先輩に打ちのめされたのに?」

「……///」

「それでもさ、単純に楽しそうだったんだよ」

ロリ「え?」

「あのライブを見てさ、俺もあそこに立ちたいなって……女先輩のようになりたいって」

ロリ「……」

「おい!泣くなよ!」

ロリ「……」

ロリ「――歓迎するにょ!」

私は決めた。

自分を偽ってでも、犠牲にしてでも、余命を先輩が望んだ自由天文部存続の為に捧げると――

先輩の意思は波及する。

先輩は主人公。

跡を継ごうとする人が現れる。

そう信じていた。

だからこそ新入部員が来てくれた。
あの時の私には一人だけでも十分だった。

だからこそ留年する勇気を貰えた。

あれから世代の移り変わる様を私は見守ってきた。

道化を演じてでも私は自由天文部を存在させたかったのだ。








ロリ「……」

こうして目が覚める。

3年生のグループチャットには私の正気を疑うメッセージが残っていた。

私は本気だ。

部長に電話をかけても出ようとしない。
優しい子だ、部長はいつも私が無理をして動くのを止めようしてくれる。

それでも今回の私は止められない。

私は電話をかけ続けた。

死んでも良い。
私は諦めない。

『もしもしー!?』

『おい!』

繋がった。




 



作詞「もういいよ部長、作曲」

作詞「そもそもロリの事を止めようとする事自体がお門違いだったんだ」

男「ロリ先輩……」

副部長「え?うん!分かった」

『聞こえるかな?』

副部長は通話をハンズフリーに切り替えた。

今回のロリ先輩はいつもと違った。

『実はもう長くないんだ』

真剣なトーンで会話を進め、変な語尾も使う事が無い。
いつもと違うロリ先輩。
しかし、それが本当のロリ先輩かのように俺の目には映った。

不良「長くない?」

『うん。このままだと長くない』

『すぐにでも外国で手術を受けなければならないけど、後回しにするよ』

副部長「!?」

『次に出場するイベントが終わるまでは頑張りたいな』 

部長「やめろよ……!そうやって自分を犠牲にするなよ!お前が頑張ったって変わらねぇよ!今は俺達が……!」

ロリ『違う、わたしのわがまま』

ロリ『私の挑戦に皆を付き合わせているだけだよ』

部長「どうしてそこまでして自由天文部に拘るんだよ!?」

ロリ『残したいんだ……先輩が好きな自由天文部を』

部長「……ばかじゃねーの」

部長「俺はお前に……ロリ先輩に死んで欲しくない」

部長は涙ながらに訴えた。
この人がここまでも感情を露わにするのは初めて見る。

作曲先輩と作詞先輩はやるせない表情に涙を浮かべながら副部長のスマートフォンを見つめていた。

『あはは、大丈夫だよ』

『次に出るイベントは何?』

作詞「ロック・スター」

『大丈夫。ロック・スターで入賞したらすぐに手術を受けるから』

会長「どうして今まで明かさなかった自分の寿命を伝える気に?」

『ケジメかな?隠し事をしてはいけないって反面教師が居たからね』

『それと決意表明』

『私が足を引っ張らないって』

『この部活でも噂する子が居る、部長のバンドか真剣に活動していないって』

幼馴染「……」

『本当はあの活動の量でも正解』

『私が休みがちだったから』

男「それに関しては聞いていましたけど結果が全てですから」

不良「お前……ちょっと引くわ」

男「お前も俺側の人間だろ」

現状に対して部長達がどのような行動を起こしたのか俺には分からない。
ロリ先輩が部長達を庇うというのならば、それなりに取り組んでいたのだろう。

『ごめんね、私が足を引っ張ってた』

『その癖会長達に付きっきりだったから』

『上手くいかないよね……』

男「……」

ただ練習に励むのが正解なのかも分からないのも事実、個々のスキルだって周りと比べても遜色が無い。

『会長の歌を初めて聞いた時の事は今でも思い出すよ……正直に言うと衝撃的だった』

不良「あぁ……覚えてる」

『それでも会長の入部時期が遅かった。もっと早かったら色々と教えられたのに』

作詞「……」

『嫌味や飾りが無い歌……それって本当に凄い事なんだ。もう少しでもうちに入部してくれるのが早かったら……ライジングロックに参加してもらってたよ』

この人は上級生を気に掛けるタイプだと思っていけど俺の見当違いだったようだ。

現実主義者。

会長の入部がもう少し早ければ、部長よりもずっと上手に歌えるようになるのが早かった場合は平気で部長の代わりに会長を据えていただろう。

会長に付きっきりだったのも会長の成長度合を確かめる為だ。

結局部長を起用したのは損切りだろう、会長と部長のどちらを起用しても結果は変わらないと踏んだロリ先輩は思い出作りの為に上級生を起用した。

ロリ先輩の思い描いていた結果は……そういう事だろうな。

>>257
この人は上級生を気に掛けるタイプだと思っていけど俺の見当違いだったようだ。

この人は上級生を気に掛けるタイプだと思っていたけど俺の見当違いだったようだ。

以上、訂正です。

『諦めようと何度も思ったけど……ズルズル言っちゃったよアハハ』

本当のロリ先輩、俺達が知らないロリ先輩と呼ぶべきなのだろうか。
話し方で分かる。
本当の彼女は陰険だ。

部長「おかしいだろ。留年を繰り返してまで、時間を無駄にしてまで……余命を削ってまでうちに固執するなんて」

『話が二転三転して申し訳ないけど、本当はね』

『先輩が建前、自由天文部そのものが私の一部になっちゃったんだ』

『私にとっては我が子同然だから諦められないんだよね』

『何度もやめようと思ったけど……』

『可愛い可愛い後輩達が卒業する度に頼まれてきたから……ね?』

部長「っ!」

男「俺は……尊敬します」

『ありがとう』

『男は私とそっくりだよ、うん』

『ロック・スターで入賞しようね』

『すぐに復帰するから、また頑張ろう』

部長「迷惑かけるなよ」

部長なりの虚勢、この人は今にでも泣いてしまいそうだった。

『大丈夫、私は皆を頼るから』

『会長なら先輩を越えられると信じてる』

会長「……」

プツ……ツ-ツ-

電話が切れると同時に部長はその場で崩れ落ちると同時に言葉にはならないうめき声をあげていた。

部長はロリ先輩の事が好きなのだろう、俺にだって分かる。

ロリ先輩は例の先輩が好きだって分かるが……未だに人物像が捉えられない。
話にはよく出るのだがこれでは何が何だか分からないままだ。

会長「今日は解散しよう、男。帰るぞ」

男「え?」

男「えっ?ちょっと急じゃ……」

会長「活動にならないだろう」

会長「私が指揮を執るのも今日までにして欲しい」

会長「部長、分かるだろう?」

会長は膝を着いて部長に語りかける。

部長「……」

見かねた会長は部長の肩に手を置くと、付け加えるように優しく囁いた。

会長「ほぼ1年前……初めて自由天文部のライブへ行った時、部長と会った時の事は今でも思い出します」

会長「むせ返るような暑さの校舎隅で当時の3年生と一緒にグラウンドを盛り上げていた。夏休みでしかも無許可。ふふっ……先生に呼ばれた時は驚いたな」

会長「当時、思い描いていた夢と大きくかけ離れた現実を叩きつけられてもがき苦しんでいた私にとって、自由気ままに歌いたいように歌う貴方は本当に眩しかった」

会長「子供の時から習い事で楽器を嗜んでいたが、あの時はとある事情で音楽に関わる物全てが嫌いになっていた」

男「……」 

アイドル時代か。

会長「あの時の部長が居たからこそ、私は嫌いになってしまった音楽をもう少し頑張ろうと思ったんです」

会長は部長の前から踵を返して立ち上がると俺の手を引っ張って部室を後にしようとしたが、扉の前で立ち止まる。

男「ちょっと……!」

会長「明後日の放課後から夏休みだ、四限が終わったら各自でこの部室に集合すること」

と、一言を付け加えて部室を後にした。

男「ちょっと!会長!」

校門の前まで来てしまってはどうしたらいいのか分からないが、やっと手を振り払う事が出来た。

男「良いんですか?あのまま解散させて」

会長「3年生が憔悴しきっていたから無理だ。放っておこう」

男「でも……」

会長「男は強いが……周りも尊重した方がいいと思うよ。全員が全員が同じペースで走れる訳が無い」
 
男「ペースを合わせろって?」

会長「少し引っ張ってやるくらいでいい」

男「俺からしたら貴女の方が……」

会長「私だって皆と走りたいさ」

テス
やっと復活した、、、

会長「放っておくのが正解かは分からない」

会長「それでも下手に構うよりかはマシだと思うんだ」

男「良いんですか?あのまま来なくなっても」

会長「良いよ、そうなるとは思えない。そうなってしまうのならハナから無理な話」

会長「凄く立派な人だから大丈夫さ」

男「ふっつーの学生だと思いますけど?」

会長「そんな事はない。バイタリティは誰よりもある」

男「だからと言って、今回は様子がおかしいでしょ」

男「あのまま不貞腐れておしまい……」

会長「部活動とは言え私だってすぐやり直せたんだ、部長ならすぐ立ち直るさ」

男「やり直すのが今だとしたら、その前のアイドル時代ってそんな辛かったんですか?」

ふざけたメイクが印象的な会長のアイドル時代。
ちょっとした嗜虐心がそれを掘り起こそうとする。

会長「あれでも本気だったんだ」

会長「でも、違った」

男「違う?」

会長「方向性の違う努力、自分に合わない目標はただただ自身の首を絞めるという事を私は知らなかった」

今の俺なのかな、それ。

陽射しよりも身に染みる。

会長「ダブルフェイスのようになりたかったんだ。正体不明でも実力で輝けるような圧倒的な存在」

男「顔を半分しか晒していないのにあの人気は信じられませんから。ただ、全てが優れてた」

加工とはいえ歌もダンスもトークも仕草もファンサービスも何もかもがトップだったと……思う。

綺羅星ソニアの座がいつ脅かされてもおかしくない存在だった。

会長「思い描いていたんだ曖昧な偶像を漠然と輝いている姿を」

会長「現実は違った。歌はとにかく、周りに知られたくない一心で厚塗りしたメイク、一向に上達しないダンス。失敗するに決まっていたんだ」

会長「逃げるように離れておいて言うのもなんだが、私の居場所では無かった」

男「居場所を作る努力しました?」

会長「してなかったな」

嫌味で言ったつもりだがこの人はとっくに切り替えている。

過去の事は振り返らない。

会長はいずれどうなって行くのだろうか、これからもずっと音楽に関わるつもりなのか。

俺は……

会長「今の状態がどれだけ続くかもわからないから楽しみたいんだ」

男「ずっと続きそうですけどね」

たとえ上体が悪くなったとしても上達し続けてしてしまいそうな人だ。

会長「皆、私の事を過大評価しているよ」

会長「砂上の楼閣だよ」

男「……その原因って」

会長「色々あるよ、簡単に言ってしまっても良い事ではない」

会長「いつ追いていかれてもおかしくはない……かな?」

男「ずっと先に行ってる癖に……」

会長「それなら、追いついてくれるか?」

男「!」

会長「皆と一緒に私の所まで来てくれるのか?」

男「……」

はいと返事をすればいいだけなのに、それだけなのに。

自信が無かった。
俺自身が会長に追いつけるかどうかも、自由天文部の全員で会長に追いつけるかも。

返事が出来なかった理由である会長の言い草、それは俺自身が自由天文部を導けば良いかのような口振り。

男「はい……」

少しだけ覚悟を決めた。

いいたいことはたくさんあるけれど。

会長「そうか、男の事だからとんでもない事をしてくれると信じてるよ。私の予想を遥かに上回るような……」

そうなるのかも知れない。

男「今弾いているギターだって怪しいのに……会長ってたまにロリ先輩のような事を言いますよね」

男「勝手な期待とか特に」

会長「……少し付き合え」

訂正

>>266
たとえ上体が悪くなったとしても

状態が悪くても

数十分後、予想もつかない場所に連れて来られた。

男「どうしてここに?」

会長「た、たたたた、たっ、たまには息抜きも必要だと思ってな!」

男「遊園地でしょこれ」

会長「1度行ってみたかったんだ」

男「だれかと……あっ、友達居ないんだった」

会長「……居るからな」

男「え?」

会長「男と行ってみたかっただけだからな、私にも友人は居る」

会長「むしろ、男こそ友達が居るのか?」

男「居ます!居ますから!友とか不良とか!!」






友「男の跡を着いて行ったら……あの女……やっぱり男の事を……」コソコソ

会長「もしかしてそれだけしか?」

男「さてと……」

男「ジェットコースターとかどうですか?」

会長「……」ジト-ッ

男「うぐっ」

自分からけしかけておいてこれは非常に恥ずかしいのだが、無理にでも話を逸らすしかない。

友達……当時の俺が唯一、人間関係を築けそうな同業アイドルも男である事がバレてしまうのを嫌った結果、親しい間柄になれたのは結局ツンデレもとい幼馴染のみとなってしまった。

幼馴染に正体を隠し通すなんて今考えれば信じられないな。ゾッとする。

だからと言って友達が居ないと言うわけでは決して。

ギュッ

男「ふぇっ?」

会長「ジェットコースター、乗るぞ」

そ、そんな俺の手を握り引っ張ってまで乗りたいのか?

会長「はやく」

駄目だ。

普段の会長からは考えられないほどに目が輝いている……

全てのアトラクションを楽しんでいる内に気が付いたら日が沈んでいた。

男「うーん……」

会長「まぁ、こんなレベルだとは思っていたよ」

分かりきっていたことだが、感想としては

男・会長「「普通」」

男「でしたね」

会長「否定しないよ」

男「会長は楽しかった?一緒に居ましたけど、どうでした?」

普通と楽しいは違う。

男「俺は、どうだろう……正直に言うと……会長はどうしてくれますか?」

女々しい奴だとは思う。
会長の事なんかこれっぽっちも興味が無いのに思わせ振りな態度をとってしまう。

更に言うと1人の男性とは思えない答えだな、女性優先に話を進めようとする。

ひとりで勝手に話を進める癖に答えを求める。
ただの自己中心的な人間だ

会長「男と一緒だとすると」

会長「うん、楽しかったよ」

男「俺もたのしかったですよ」

会長「それに、どうしてくれるかと言われても分からないよ」

会長「どうしたらいい?」 

男「さあ?」

会長「嫌な奴だな」

男「またこうして遊べるといいですね」

会長「皆とも行きたいな」

男「うわっ……サイテー」

会長「え?そうなのか?」

男「かなり」

会長「本心だが」

男「しっかりとしているのか、抜けているのか……」

この人にとっては俺をこの場に誘うだけで精一杯だったのか、一度アトラクションに乗った後はずっと無愛想ないつもの会長だった。

会長「明後日、来てくれるかな」

男「……」

平気そうに取り繕っていたのは演技か。

本当は会長も不安だった。

男「来ますよ、皆ロリ先輩の事が大好きだから」

男「とりあえずロリ先輩が居ても楽な空間づくりをしなければいけません」

会長「……」

会長「本音を言うとあの人にはこれ以上無茶をして欲しくない」

男「それは無理な相談ですよ、あの人は目標を達成するまでは死ぬまで無茶をする」

会長「どうして分かる」

男「俺と幼馴染とロリ先輩って少し似ていると言うか……」

だからこそ今まで静観を保って来た幼馴染が理解出来なかった。

ダブルフェイス解散はお前なりの禊なのか?だったのなら理解出来る。

男「少なくとも俺がロリ先輩なら同じ事をします」

会長「男のそういう所、理解出来ないな。うん」

男「うーん、そうですか?」

男「まぁ、理解されようとも思っていませんよって……」

男「!」

会長「男?」

友「ん……?男の様子がおかしい」コソコソ

男「マネージャー……!」

会長「マネージャー?」

マネージャー「あれ?ソニア?って……今は男だったね」

男「プロデューサーは?」

男「もしかしてまた1人でスカウトさせられてるの?」

マネージャー「あはは……バレたか」

マネージャー「男をスカウトしてからずっとこうだよ……でも中々いい子が居なくてさ……ってあれ隣の子は彼女?」

男「ちがいます」

マネージャー「食い気味だね……」ハハッ

会長「はじめまして、男とは同じ部活です」

マネージャー「お名前は?」

会長「会長と言います」

マネージャー「アイドルに興味ある?可愛いからアイドルに向いてるよ?」

会長「御遠慮します」

マネージャー「そんな!声も綺麗なのに!」

マネージャーの見る目は間違っていない。
会長はアイドルにも向いている。

男「あれ?プロデューサーは?」

マネージャー「今日は会議に出てるよ!」

会長(今日の男はよく喋るな……)


マネージャー「あっ……ソニアって言っちゃってたよね?私」ゾワツ

男「今更?」フフッ

男「安心して、この人は知ってるから」

マネージャー「嘘……?」

マネージャー「どどどどどどうして!?」

男「ソニアと俺を見たら分かったみたい、うん」

マネージャー「内緒にしてください!お願いします!事務所が潰れちゃう」

会長「土下座しないでください……顔をあげて……」

マネージャー「おおおお、お命だけは……」

会長「取りません」

会長は土下座するマネージャーの脇を持ち上げてなんとか立ち上がらせようとするが、マネージャーは宙吊りのマリオネットのようになっても抵抗する。

マネージャーが抵抗すればするほど人の目が増える。
この場に居るのが苦痛になってしまう。

男「マネージャー、大丈夫。」

男「この人はいいひとだから」

会長「……」ムッ

マネージャー「そっか……」

マネージャーはようやく立ち上がった。

マネージャー「男がそんな表情をする人、私以外で初めて見たな」

男「そう?」

マネージャー「うん!昔はすっごくムスッとしてて扱いに困ったなぁ」

マネージャー「あっ!」

マネージャーは何かを閃いたかのように人差し指を立てる。

マネージャー「思い出した!デパートの子だよね?」

男「――!」

驚きを隠せなかった。
ほぼ別人と言ってもいいアイドル姿から会長を見抜くとは。

デパートの時にマネージャーは居なかったので、きっと映像越しに見たのだろう。
そもそも映像越しで分かるか物なのか?

会長「あはっ、ははは、分かるのか?」

会長「どどど、どうっ、どうして?」

会長の驚き方もまた尋常ではない。
俺の正体が会長に気付かれてしまった時だってそこまで動揺していない。

会長「私の黒歴史が……」

黒歴史だったのか。

マネージャー「そんな事ないよ?」

マネージャー「必死に頑張ってたでしょ?」

会長「うっ……」

男「努力の方向が違ってただけ」

男「今では会長も凄いボーカルなんですよ」

マネージャー「え?男は歌わないの?」

マネージャー「ギターなんて背負っちゃって……」

男「えっと、それは……まずはギターを覚えようとしているから歌は一旦置いといているだけで」

マネージャー「噓、歌わないと勿体無いよ」

マネージャーは幾つになっても無垢な瞳で俺の事を見ている。
奥の奥まで見透かされている気がして、俺はいつもその予想を覆そうと――

男「歌う」

会長「え?」

男「あっ」

マネージャー「やった!」

言ってしまった。マネージャーに言ってしまったからにはもう後戻りは出来ない。
俺の、僕の、私の中ではそう決まっている。
それが綺羅星ソニアとしての矜持、会長とは決して違うのはそこだ。

マネージャー「今度は二人の歌をきかせてね?出来たら男の歌が良いな……いつかきっと」

男「ライブがあったら呼ぶよ」

マネージャー「あっ!これからオーディションの時間だ」

男「あっ、俺が辞めてから良い人は見つかった?」

マネージャー「会長ちゃんかな?」

男「!」

俺の決意はここで固まったと思う。

マネージャー「じゃーね!」

会長「ま、また今度!」

嵐のように去っていったマネージャーはしっかりと爪痕を残した。

会長「歌うのか?」

お前が聞くなよ。

妬ける。

男「はい、これから夏休みだし良い機会だ」

会長「そうか、やっと……歌う気になったのか」

会長「もう男が歌うつもりが無いとばかり」

そうか、この人はロリ先輩とは違う。
俺は何かを勘違いしていた。

ロリ先輩なら俺が女装しなければ歌えないという事実も理解してくれていた筈だ……

男「勿体ないでしょ?」

女装しないと歌えないからって、どう説明したら良いのか……ソニアの時とは化粧を変えて男と分かるようにしたらソニアとバレることもないだろう。

会長「その通り、綺羅星ソニアが居るのなら」

男「ロック・スターなんて簡単、ですよ」

男「最初からそうしていれば自由天文部の問題なんてすぐに解決する」

会長「百人力と言うつもりだったのだが」

もう、ライバルなんだ。
言ってしまえ。

男「あんたより俺の方が歌えるんだよ」

夏休みだから偽れる。

それはすなわち。

歌えるという事。

俺は最初から認めていなかった。

会長のほうがぼくよりもうたえるんだっていうことを!!

会長「バンドはどうするつもりだ?」

男「問題なく続けますよ」

男「それに……ロック・スターに限った話ではないけれど、女装した俺は特定の人物を除いて簡単には見抜けない。バレてしまったとしてもロック・スターはライジングロックとは違い、学校毎の参加ではなくバンド毎の参加だからメンバーの重複は意にかえしませんよ」

会長「なら私が歌う必要は」

腹が立つ、こうやって一歩引いてしまう所が特に。

男「あるんだよ、あんたに勝ちたいから俺が歌うんだ」

そして夏休みが始まった。

部長「うぃーすっ」ガチャ

誰も居ない部室、俺の言葉だけが響く。
夏休みからではあるけど誰よりも早く来て準備する。
会長が歌に専念できるように、これが俺が出来るせめてもの努力。

部長「なんだよ、誰も居ねーのな」

会長に全てがかかっている。

部の存続のためなら、三年の夏を全て捧げるつもりだ。
今まで散々足を引っ張ってきてしまったのだから、この程度の事は――

男「とか思ってんだろうな」

部長「はぁ!?」

男「部長、誰かのお膳立てで最後の夏を終わらせるつもりですか?」

部長「お前誰?女子なのに制服が男子だけど」

男「誰って、そうか。分からないですよね」

男「男です」

部長「は?」

男「声で分かりますよね?鈍い人はいつも誰かの後塵を拝する」

男「俺、会長のバンドを抜けますから」

部長「……」

ウィッグの毛先が肌に刺さった気がした。

部長「自由天文部をやめるの?」

男「軽音部にするつもりで頑張りますよ」

部長「ほんと合わねぇな、自由天文部はずっと自由天文部だ」

男「それでもいいですよ」

俺にとっては関係の無い事でも部長にとっては大きな意味があるのか、明らかな苛立ちは舌打ちという形で現れた。

部長「お前さぁ、今のバンドから抜けてどうするつもり?カツラを被ってまでして何がしたいんだよ」

次は溜め息。
怒りを抑えて後輩の暴走をなだめてやろうとしているのだろう。
俺は至って冷静だ。

男「本当はね、歌いたいんですよ。やったことの無いギターをやりたかったのも本当です」

男「ギターを弾くよりも歌いたいんです」

部長「ロリから歌えないって聞いたけど?」

男「歌えますよ」

部長「はぁ?意味わかんねぇ」

性別を偽っていると歌えるなんて誰が信じる?
良いさ、歌って黙らせよう。

男「何聞きます?洋楽?邦楽?ジャンルは?」

部長「……貶されても文句言うなよ」

きっとこの男は自分の方が歌えると思っているけど無理もない話だ。

部長「邦楽バンド、流行りの奴なら良いよ」

男「女性ボーカルだったらあそこだな……歌います」

アカペラで十分だ。

部長「女性の歌?」

男「~♪」
















部長「……」

男「~♪」

綺羅星ソニアとは違う女性の歌。
男性として、男としては歌えない。
けれど、外見を偽ってなら誰よりも、会長よりも歌える。

歌ってみせる。

男「~~♪」

この曲は簡単だ、歌い込まなくても声だけで誤魔化せる。

ソニアなら、綺羅星ソニアの曲なら全てを完璧に歌えるだろうけどそれでは俺自身がつまらない。

それに、多少のアレンジを加える事だって出来る。
ちょっとした抑揚で部長の反応が伺える。

部長「会長以上……」

何か聞こえた気がする。
その瞬間に最高潮を迎えた。


男「歌えるでしょ?」




部長「悔しいけど本物だよ」

部長「俺なんかよりずっと……な」

男「このまま俺を置いておくのは勿体無いと思いませんか?」

男「ギターはまだ弾きたいけど、俺の実力では足を引っ張ってしまう」

部長「……」

何も言わないが暗に肯定している。

男「作詞先輩の方がずっと向いている」

部長「う~ん……あいつが承諾――」


作詞「するに決まっているだろう?」

部長「めんどくせ」

作詞「今言った事は水に流してあげよう。何故なら今の私の機嫌がとても良いからだ、男君の歌は女性の中でもトップクラスの魅力持っている。現時点では会長よりもずっと上、これからは男君が自由天文部を引っ張り会長がその後を追うだろう。しかし、私は男君にギターを教えたように完成品には興味が無いのであって可能性を秘めている方が共に歩んでいくには」

部長「つまり?」

作詞「弾は二発あった方が良い。どうせロリはまともに動けないんだ。ある程度の配置換えは必要さ」

作詞「文化祭の時とは状況がは違うからね」

部長「急だろ、色々とさ」

男「一昨日、部長はもう部活に出ないと思ってた」

男「でも違った。1番に来た」

男「良いですか?俺が一緒にバンドはやりたいと思ったメンバーを言っても」

いつの間にか部室に居た作詞先輩は俺の代わりになってもらう。
はっきり言って会長のバンドは更に輝きを増すだろう。

男「どちらかと言うと燻っている人の方がやりやすい」

副部長「何何!?すっごく素敵な歌声が聞こえたよ!?って~!!何このお人形さん!?誰!?何年生!?何組!!!!???」ガチャ

男「ギターは副部長」

副会長「ちょっと副部長……落ち着いて?ね?」

男「ドラムは副会長」

ガチャ

幼馴染「誰?あんた」

男「ベースは幼馴染」

作曲「男……君?」

男「キーボードは作曲先輩が良いな、出来ると思う」

作曲「楽器は出来ない」
男「嘘だね、出来ますよ。幽霊部員程ではないけど」

作曲「っ……」

男「“メイン”ボーカルは――」

男「部長、お願いします」

部長「はぁ!?」





男「俺と歌ってもらいます」

部長「言っても俺なんかお前や会長と比べても」

男「てんで魅力が無いけど。貴方が必要なんだ」

男「可能性がある」

足手まといが居た方が良い。
会長よりも俺の方が優れている明確な証拠になる。

幼馴染「こんな可愛い子居たかしら?聞いてないわよ?」

男「俺だよ、幼馴染」

幼馴染「あんた本当に男なの……?」

男「声で分かるだろ?小さな時に暫く会わなかった内に女声の方が得意になったんだ」

男「それよりもベースやってくれよ、得意だろ?」

幼馴染「私はロリの代わりに会長のバンドで弾くつもりで、ましてや掛け持ちなんて」

男「ロリ先輩は必ず来るよ、本番だけでも」

部長「すぐに復帰するって言ってたな」

幼馴染「そうね……そうだったわ」

幼馴染「良いわよ、あんたのワガママに付き合ってあげる」

幼馴染「死ぬ程嫌だけど!!!なんかムカツク!」





男「死ぬ程嫌がられる意味が分からないけど助かるよ」

幼馴染の鼻の下が少しだけ伸びている。
紫がかった黒髪ロングのウィッグが幼馴染のタイプだったのか。
俺の顔がタイプなのか。

幼馴染「本っ当に可愛いわね……メイクも少しだけ」

近くでまじまじと見つめられても困るな、俺が綺羅星ソニアと分かる筈は無いが正直緊張する。

幼馴染は女の子の方が好きだと思う。
ただ、幼馴染が一番好きであろう綺羅星ソニアは俺なんだけどね。
笑えないよね。

男「あ、そうだ。」

男「部長と作曲先輩は協力する気が無かったら別に参加しなくても大丈夫ですよ」

部長は今日一番早くに来た、この人が一番燻っているのは間違いない。
問題はそれをどこに向けるかだ。

作曲先輩の本職がキーボードだって事は何となく分かる。
曲調と曲が流れている時の手の動きは鍵盤を叩く動きだった。
癖だろうけど。

部長「俺はやるよ」

男「ならお願いします」

部長「あ゛」

明らかに怒ったな、この男は暴力に訴える事をしない分扱い易い。

副部長「あっさり……男君ってこんなキャラだっけ?」

副会長「今までは猫を被っていただけかと」

そう、猫を被っていただけ。
今までの俺はソニアと同じように猫を被っていた。

だからこそ酷い言葉を使って二人を試す事になんの躊躇いもない。

男「作曲先輩?」

副会長「男君、もう少し後輩らしく………」

教室の隅で俺の出方を伺うだけの作曲先輩、違うだろ。
貴女はもっとエゴのある人間だ。

男「そうですか、だったらこのバンドのキーボードも作曲も全部幽霊部員先輩にやってもらおうかな」

作曲「!!」

作曲「っ……やる……やらせて……」







笑いがこみ上げてくる。
そう、このバンドは誰かよりも劣っている人間がいい。
会長には完成品を押し付けてやる。

ギターは副部長より作詞先輩のがずっと上手、副部長は本当に普通の音しか出ない。

ドラムの副会長と不良なんて比べるまでも無い、不良のがいい音をだす。
副会長には遊び心って奴が無い。

作曲先輩は幽霊部員先輩に勝てなくなった結果、音を作る事を選んだのだと思う。
作曲先輩が気を病むのは仕方がないと思う、幽霊部員先輩だけは正直言ってプロの域に達している。
音楽で一生食べていける人間。

部長と会長なんて比べるまでも無い、会長はステージが違う。
そう、綺羅星ソニアの域へ向かってる。

幼馴染?
世間の評価で言えば俺に勝てなかったアイドル。
絶頂期の人間が負けたままアイドルを辞めるって事は、本当に負けたままって事になる。
そう言う意味でも幼馴染がロリ先輩を超える人材とは思えない。

男「はっきり言います」

男「仲良しこよしでは会長、会長のバンドどころか一発勝負のロック・スター入賞なんか夢のまた夢」

男「会長のバントを超えるつもりでこのバンドは動きます」

そう、会長だけではない。
プロになる資格がある人間、大人になってもひたすら努力を重ねている人間、同年代の天才もライバルになる。

期待に胸が踊る、このメンバーがどのよう成長するのかが俺にはまだ分からないのだから。








1時間後、遅れて来た会長は明らかに動揺をしていた。

どうやらこの先も俺とバンドを組めると思っていたらしい。
そんなもの通る訳が無い、俺自身が敵意を剥き出しにしたのを貴女は見ていただろう?

ずっと俺の事を睨んでいるが、ギターは俺よりも作詞先輩の方がずっと上手。
どうして怒っているのか。

歌詞の事は全く分からないが、作詞先輩のギターは飛び抜けている。

この人から教わったからこそ分かる。
2年生でまだ先がある会長とは違い、3年生であるこの人は燃え尽きる場所を探している。
生真面目すぎる会長にはこういう人の方が合う。

こんな機会をずっとまっていたんだろう?作詞先輩。

会長「私は認めたくない」

男「部の為です。勝負する弾は多い方が良い」

不良「男、私は反対しないけどさ」

不良「お前、ギターやめるの?」

男「……やめないよ」

不良「そっか、なら頑張れよ」

この部の中でも不良だけは俺の事を分かってくれている気がする。

幽霊部員「会長!これからよろしくっす!」

作詞「どうせ短い付き合いさ、よろしくね」

会長「……どうして?」

男「俺が歌う方が部の為だと思ったから、俺のギターでは幽霊部員先輩が納得しないから。なによりもこの部の為に」

何も嘘は言っていない。
その通りなのだから、会長のバンドで足を引っ張っていたのは明らかに俺。

会長「男なら幽霊部員だって……」

幽霊部員先輩は自分自身が気に入った人間としか演奏しないのは目に見えていた。
会長に対しては幾度も賞賛の言葉を浴びせていたのにも関わらずバンドに入ろうともしなかった。

男「幽霊部員先輩」

幽霊部員「男君の言う通りっすよ」

会長「……!!」

男「ほらね」

幽霊部員「会長の事は気に入っていたんすけど、どうしてもバンドに入る気がしなかった」

幽霊部員「それこそ成り行きや、強制でないと」

幽霊部員「それでも良かった。でも嫌だなって……歌はすっごく魅力だけど、今の男君のギターテクは正直に言うと会長のバンドの基準に達していないっすよ」

“今の男君”ね……まるでいつかは基準達する事ができるかのような言い方だな。
本人は言葉を選んでいるつもりなのだろうが癪に触る言い方だ、それでいて本当の事を臆する事も無く話す。
幼馴染や作詞先輩とはそれでも問題が無かったのだろうが、その前は?まともな感性を持った人なら一緒にバンドを組む事は疎か、仲良く話す事も難しいと思う。

副会長「幽霊部員!貴女はいつも空気を……どうして!?」

幽霊部員「あっ……ご、ごめんなさい」

不良「謝んなよ、逆にカンジ悪ぃ。そもそも男のギターは悪くないっての」

幼馴染「男、幽霊部員と副会長を入れ替えても良いかしら?」

男「ダメだね、俺達のバンドには副会長と幼馴染が居る分揉め事が少なくて済むだろうけど仲良しこよしでは無いってさっきも言っただろう。ねぇ?部長」

部長「あぁ、そうだな」

部長は本当に器が深い、ありとあらゆる人間を自由天文部に受け入れている。幽霊部員先輩を筆頭に“実力のある問題児”を制した事も無いのだろう、だからこそ今ここで先輩として敢えて厳しく接するように仕向けた。
この男だって幽霊部員先輩自身の問題に気付いている筈。
かっこいいね、面子が砕かれても後輩の事を思うなんて。

作詞「幼馴染、大丈夫さ。私が居るよ」ニコッ

幼馴染「……そうね」

幼馴染と作詞先輩と幽霊部員には同じバンドだからとか、友達だからとか、そういったものとは違う奇妙な絆がある。



男「それに、あれだけ言われたんだ」

男「絶対に嫌だね、気に食わない」ボソッ

幼馴染「……困ったちゃんばっか」

部長「早く練習するぞ、これ以上はやめよう」

男「完全復活って奴?ちょっと前までは死にそうな顔してたのに」

部長「お前のおかげさんでな」

男「ふーん」

部長「急に馴れ馴れしいな」

会長「待て」

会長「歌を聞かせてくれ、その上で考える」

この人もしつこいな、周りだって納得している。形はともあれ全員が貢献出来る様になった今ではわがままを言っているのは明らかに会長のみだ。

男「練習の時に聞けますよ、行きましょう」

会長「……」

作詞「男君ばかりに執着されると傷つくね、私だって居るんだよ?決まった事はもう覆せないのだから今居るメンバーを大事にして欲しいね、うん」

不良「ロリ無しでもやるしかないな」

会長「仕方ないな、違和感はあるけど始めよう。男の言っていることは正しい」

作詞「うん?慣れているから怒らないけど本当はショックなんだよ?聞いてるかな?何回無視するんだい?」








不良「……滅茶苦茶引きずってんじゃん」

会長「なにが?」

作詞「男君の事に決まっているだろ。全く君は昔から意固地になる癖がある」

作詞「もう少し周りとの協調性を持って欲しい所だが……もう治らないのかな?」

会長「協調性はあると思ってます。生徒会とかそういった物は関係なく高校生活で」

作詞「そういった物って自由天文部の事だろう?全く、やはり見当違いだったかな?」

会長「見当違い?私を会長に推薦したのは貴女でしょう。私は書記で満足だった」

作詞「対抗馬が居ないのさ、幽霊部員にほんの少しの社交性があれば幽霊部員にしていたかもしれない」

作詞「例えばだ、私と会長で生徒会総選挙を行うとしよう。」

作詞「大差で私が勝つよ」

男「……」

それは嘘だろう、会長はカリスマって奴だ。
作詞先輩は何をけしかけているのか。

作詞「君はなんの取り柄もない私に負けるよ」

作詞先輩は自己評価が恐ろしく低い。
きっと自分では気付いていないのだろうか、俺には分からない。
作詞先輩も会長には劣らない物がある。
カリスマとか曖昧な言葉を何度も使いたくはないが、きっとそうだろう。

会長「そうですね、生徒会だって貴女よりまとめられていない」

副会長「会長、決してそんな事は……」

男「敵を心配する必要はありません。早く練習しましょうよ、時間の無駄」

作詞「そうかいそうかい、自由天文部の君は私よりも上だよ。みんなをその気にさせてしまったのだから」

男「……」



不良「上とか下とかバカじゃねーの」

作詞「むっ」

不良「生徒会の時は~自由天文部では~ってギスギスしても仕方ないだろ?」

不良「今を全力でやろうぜ」

不良「私は男に勝ちたい」

幽霊部員「ちゃかちゃん、とんとん」

幽霊部員「会長に合わせた音……うーん困るっす」

不良「とりあえずセッションするか」

作詞「そうだね。らしくないな……私も」ボソ





~♪

男「向こうも始めた事ですし、こっちも始めましょうよ」

男「部長、お願いします」

部長「俺が仕切るのかよ……」

部長「うーん、このメンバーで演奏した事ってそもそも無かったよな」

部長「作曲も2年生になった途端、キーボードをやめるし」

やっぱり幽霊部員先輩の影響だな。

部長「幼馴染も副部長、副会長とは数える程しか演奏してなかったんじゃないか?」

部長「作曲のキーボードなんか俺を含めて今の3年生しか知らないだろ?お前、よく作曲がキーボードやってたって分かったな」

男「たまーに鍵盤を叩くように指を動かしていましたから、もしかしてと思って」

部長「作曲も本当に良いのか?」

作曲「やる……うん」

部長「じゃあ一度演奏してくれよ」

部長「曲決めてさ」

幼馴染「副部長、副会長、足引っ張らないでね」

男「……は?」

副部長「……」

男「急に毒づくなよ」

幼馴染「事実よ、一年生の時なんてほんと酷かったものね」

幼馴染「だからバンドなんて組みたくなかったもの、今はどうかしらね?」

刺々しい物言いだが柔らかな口調から敵意のような物は感じられない。

発奮しているつもりか。

副部長「入部したばかりの時、幼馴染ちゃんは可愛くてベースが上手で可愛くて……本当に遠い存在だった」

可愛くてが重複してるけど。

副部長「あれからたくさん練習して……」

副部長「その結果副部長を任されたんだから、足なんて引っ張らないよ!」

幼馴染「そう、なら」チラッ

男「!」

幼馴染「良いけど」

むしろ気にされていたのは俺の方だったのか、一瞬だけこちらを向いた影響で幼馴染のツインテールがふわりと揺れた。

幼馴染の奴、大きな勘違いをしているな。
俺は最初から副部長、副会長、作曲先輩に期待なんかしていない。
割り切っているんだよ、お前もプロなら分かるだろう?
あのお遊戯会の仲良しこよしをやるつもりは無い。
駄目なりにも最善を目指さなければ。

~♪

やっと始まったか。


男「ん~」

このメンバーで曲を弾いたの初めてだそうだが、特筆して悪い訳でもない特に作曲先輩。

この人も技術だけなら幽霊部員にも負けていない。
どうしてキーボードをやめてしまったのか……と考えた時、作詞先輩の言葉が脳裏に浮かび上がった。

『あ、そうだ、技術と上手い下手は関係ないってのも覚えてね』

先輩は偉大だ、幽霊部員先輩と作曲先輩の大きな差はセンスって奴だろうか。

作曲先輩程のレベルでも諦めさせる幽霊部員先輩はやはり恐ろしい。

部長「お前キーボードの事分かるの?」

男「どうしてそんな質問を?」

部長「ずっと作詞の事見てるからだろ」

男「ああ、技量を見てました。ピアノ弾いてた時もあったので少しは分かりますよ」

部長「ふーん、副部長と副会長はどうなのよ?」

男「ギターはとにかく、ドラムの事なんか分からないからなぁ……」

副部長は勿論俺よりも上手で個性もある、強すぎる。
副会長も不良程の腕は無いけど激しいんだよなぁ、音楽の事になるとじゃじゃ馬で手がつけられそうに無い。

男「指導が必要ですね 」

部長「俺が言うか?」

男「頼もしいけど大丈夫です」


部長「あんまり言いすぎるなよ」

男「一番指導が必要なのは部長ですので悪しからず」

部長「……何すりゃ良いんだよ」

男「とりあえず腹筋」

男「テクニックとか大事なことは後で教えますけど、根本的に肺活量が足りてません。腹筋の次は走り込み」

部長「げっ」

男「皆上手ですね」パチパチ

男「副部長のギターも良かった、やっぱりバンドの花形であるギターがしっかりしてないとね」

男「それをふまえて練習に取り組みましょう」

幼馴染「やけに知ったような口を効くわね、間違ってはないけど」

男「いちいち答えるほど暇じゃない」

男「副会長、早く叩けるのは良いけどリズムが正確じゃない。正確に早く叩けるようになってください」

副会長「……どうしても?」

男「そこでごねる意味が分からない。貴女の欠点は丸分かりですよ?ロリ先輩なら長所をどうとか言うかも知れませんけど、このバンドは違う」

副会長「しかし、今更低速からなんて」

男「その低速もおざなりでしょう」

男「次、副部長。俺の方が下手な分言い辛いですけど」

副部長「大丈夫!気にしないで!」

男「なら言わせてもらいます。もっと丁寧に目立ってくださ」

副部長「難しい……」

男「演奏に力強さがあるけどたまに少しだけズレてるのズレてるのを見かけます、あとは前から周りに遠慮しすぎ


男「ギターだし俺のように下手くそじゃないんだから、もっと周りを引っ張ってください。パフォーマンスでも演奏でも一番になるつもりでね」

部長「曖昧なご指摘じゃね?」

幼馴染「そうね、でも間違ってはいないわ」

男「そこをどう認めさせるかが俺の仕事だと思っていますけど、悔しくないんですか?」

男「強い個性をさらに引き出す方向にしたのは間違いか……うーん」

男「そもそも副会長にセンスがあるのか……」

部長「こいつさ、感覚的な事ばかりを話しているんだけど」

幼馴染「だから不安なのよ、頭ごなしに」

男「てかさ、副会長に至っては自分の欠点が明確ですよね」ハァ

副会長に関してはとことん煽ってやろう、学業を真面目にする人間の癖して音楽は適当?舐めてるのか?こいつ。

男「勉強と同じように弱点を補ってください。やる気あるの?勉強と一緒でしょ?お遊びのつもりですか?」

副会長「……」

男「副部長」

副部長「はっ、はい!」

男「自分よりも上手な人に教わってください」

男「作詞先輩に」

俺には無理だ、ごめんなさい。

部長「……」

幼馴染「サイッテー」



副部長「うん!分かったよ!!」

作詞「うん?全部聞こえているからね?筒抜けだよ?この部室狭いから、君達が演奏を始める時に僕達は黙ってその場からどいていたからね?流石に図々しくないかな?」

男「うそ?まじで?本当に聞きに行くの」

幼馴染「何自分で言って驚いてるのよ」

作詞「頼む側の癖に無視とはこれ如何に?もっと話しても良いけど、どうせ無視するだろうね」

男「俺の方がギターヘタクソだし」

副部長「作詞先輩、ギター教えて!」

作詞「駄目に決まってるよね?私だって練習があるんだから昔のように教える事は出来ないよね」

男「教え子だったんだ」

副会長「副部長は入部当初、殆ど初心者でしたから」

男「そうなのか……」

この人、あれだけ言っても平然としているな……

いや、そんな事よりも副部長のスキルアップが問題だな。

副会長は考えて行動する力があるけれど、副部長は標識を立ててあげないと動けないタイプの人間だ。
何とかしないと……






部長「今日の練習、終わりー」ゼェゼェ

日が落ちた頃になって、汗塗れの部長が顔を出した。
授業後もしっかりとメニューをこなしたようだ。

男「疲れてますね」

部長「お前は、走らねーのかよ……」ゼェゼェ

男「メインで歌う箇所が多いのは部長ですよ?その分俺はテクニックとリズムを磨いておいた方が効率的ですよ」

本当はもっとこなしたかったな。
授業を挟んだとはいえ圧倒的な練習不足……交代交代で機材を使うのは非効率極まりない。
仕方ないな、明日からは俺の家を使おう。

不良「午後からお前ん家使えば良かったじゃん、どうしてやんねーの?」

様子を伺う事が大事だった。
お互いに誰が仕切って行くのかを見定める必要があった。
互いに新バンドで息が合わないなんてなったら本末転倒だからな。

会長のバンドは作詞先輩がまとめてくれていたが、今日1日ずっと不機嫌だった会長も放っておけばしっかりとするだろう。
歌も聞いていて不調だった。

俺達のバンドはまぁ、俺と部長だろうな。部長が全面的に俺の事をフォローしてくれている内は問題無い。
部長は吹っ切れていた。
本当は俺1人で歌うつもりだったけれども部長の熱意って奴を買った。
……会長、部長に説教をした貴女はどこへ行ったんですか?

男「連れて来たじゃないか」ボソッ

不良「は?」

男「あっ、違う違う。明日からは俺の家に連れて来ようと思って」

不良「だよなー、お前達のが連取量多くなるからフェアじゃねーよ」

男「そうでも無いよ、人間の集中力なんかたかが知れているし」

不良「男らしい事言うよな、じゃあな!」

不良は足早に去っていった。
用事でもあるのだろうか。

男「さてと、帰るかー」

授業前と授業後でメイクと服を切り替えるのは大変だった。
明日から女装だけで良いとは言え、今日は本当に疲れた。

男「……」ゴソゴソ

お守りとして持ってきたソニアの時代のウィッグを被る。
ほんの僅かな高揚心が、誰も居ないからと言う理由でとんでもない行動をさせた。

男「ははっ、何やってんだよ俺は」ゴソゴソ

ものの数秒でソニアのウィッグを外して元々被っていたウィッグに切り替える。
メイクの違いはあれど、ウィッグを被れば簡単にバレてしまうな。

副会長「……何をやっているんですか?」

男「っ!」

副会長~っ!?
よりによって最も険悪な人間に!?
何時から!?いや、まだ見られているとは限らない。ソニアのウィッグはすぐにしまった。

男「いやっ、ちょっと考え事を」

副会長「話したい事があったので戻ってみたのですが……」ズイッ

副会長「少し、付き合ってくれますか?」

距離が明らかに近くなる。
どういう事だ?

副会長「この部活、やめて貰えますか?」

とんでもない話しだな、何を言い出すのかとおもったが勿論答えは――

副会長「綺羅星ソニアさん」ニコッ

イエスかなぁ……






男「俺が綺羅星ソニア?何を根拠に?」

副会長「写真、間に合ったので事務所に送りますね」

男「それはやめて貰えますか?」

副会長「写真なんて撮ってませんよ……それよりも認めましたね」

男「……信じる人の方が少ないと思いますけど」

くそっ、まんまと騙された。

副会長「まあ、部活動を辞める必要は無いですけど……ただの脅し文句ですから」

男「ほっ……」

副会長「私、夢があるんです」

男「夢?」

なんだ?お堅い副会長の事だから何かしらの大企業とのコネか?
確かに出来ない事も無いが、どうせ通うであろう大学を出た後の話しになるのでは?

副会長「それに協力してくれたら何も言いません」

男「出来る範囲なら……」

副会長「声優になりたいんです」

男「本気ですか!?」

副会長「と言うのも、男君と会わなければ諦めていた夢でした」

副会長「最初は男君の家にある機材を使わせていただくだけのつもりでした」

確かに必要な物は一通り揃っているからなぁ。

副会長「しかし、考えが変わりました」

さっきの出来事だな。

副会長「全面的なバックアップを得たい、と」

男「でしょうね……けど」

男「この部活は?どうでも良いんですか?」

1番知りたいのはそこだった、それ次第でどういう人間か分かる。

副会長「私が子供の頃に流行ってたアニメが音楽物で、特にドラムがカッコよくて」

副会長「あっ、私はオタクですよ」

男「話を途中で変えない」

副会長「その影響でドラムを始めましたけど、続けて行く内に本当に好きだった物が何かと自問自答をしていました」

副会長「ああ、キャラが好きなんだ。キャラクターを声だけで表現するなんて憧れるなと」

副会長「そして声優になりたいと漠然と考えながら、日々が過ぎて気がつけば男君と出会いました」

副会長「居てもたったも居られなくなった私は……どちらかに専念する必要なあるとも……考えています。だから」

男「……分かりました」

男「今すぐに自由天文部をやめて声優に専念するか、ロックスターが終わった後に声優に専念するか……ですね。弱みを握られた以上は強力はしますよ。けど、副会長はこの部に必要です」

明らかに未練があった、夢を追いかけるのは自由だがこの人が抜けたら困るのも事実。

副会長「分かりました、ロックスターが終わった後に取り組みましょう。その方が踏ん切りがつきます」

もしかしたらこの人は俺にそう言ってもらいたかっただけなのかも知れない、心の整理がつくような言葉をだ。

男「本当に声優を目指しているんですか?」

副会長「ええ、勿論」

男「嘘でしょ、普通ならすぐに専念する」

副会長「……」

副会長「どうせ廃部になるこの部活に未練はありません。けど、見届けないとバツが悪いので」

男「廃部か……」

今は廃部になっても良いと考えている。
どうでも良いんだ、会長に勝つ事さえ出来たら。

副会長が本当に考えている事は分からないが、全力で練習に打ち込んでくれると助かるよ。

翌日、バンドのメンバーを自分の家に集まるようにした。

昨日から呼び掛けていたので集まりは良かった。

男「副部長だけが来ません。部長は一体どのような教育をされてきたのでしょうか?理解に苦しみます」

部長「うるせーな、今着くって言ってたし……って、うわぁ!!!」

男「っ」ビクッ

副会長「副部長、物音くらいは立てて
ください」

副部長「あっ……ごめんね。ついうっかり」

様子がおかしい。
目の焦点が合っていない。
副部長が挙動不審なのは初めて見るのかも知れない、この人はいつも脳天気にどうどうと振舞っていた。

その前にどうやって玄関を開けた。

副部長「あのね、私……皆の足を引っ張ってるって思うから辞めようと思ってるの」

幼馴染「!!」

予想の範疇だった。

ここで副部長が抜けるのは正直に言ってかなりの痛手だ。

作詞先輩の掛け持ちを視野に入れなければならない。
最悪の場合は俺自身が弾く事に?──

男「昨日の幼馴染が言った事を気にしていますか?本人がいる前で言うのも何ですけど、あれは悪気がないしなんなら副部長を勇気付けようとして」
副部長「違うよ」

俺が原因だな、

副部長「作詞先輩に教えて貰って気付いたんだ、私は居ても意味が無いって」

副部長「私よりも作詞先輩が、たとえ掛け持ちになってもこのバンドでギターを弾いた方が良いと思うし、ずっとがむしゃらに練習してきたけど上手になれない。個性も無い、技術もない、ぽつんと浮いてい」
男「そうですか、それならお疲れ様です。今までありがとうございました、副部長にギター教えて貰った時の事は忘れません」

幼馴染「?─?─っ!」

ポカッ

男「えっ?」

優しく頭を殴られた。

ポカポカポカッ

握り拳が俺の頭を弱い力で何度も何度も叩く。

副会長「もう少し優しくしても良いでしょ!?」

副会長「どうして!?折角新しいスタートを切ったのに、簡単に人を切れるの!?」

部長「久しぶりにキレたな」

幼馴染「私、こんな副会長知らない。敬語キャラだったし」

部長「たまたまお前が居ない時にあるんだよこんな時が。それに……幽霊部員の話じゃ敬語を使うようになったのは高校生になってからだって聞いてるぜ?」

幼馴染「悪かったわね、知らなくて」

作曲「……」

副会長「副部長もどうしてここまで来て諦めるの!?」

副会長は力が抜けたようにへたれこんだ。
目には涙を浮かべている。

副会長「悲しいよね?そんな簡単に諦めたり割り切れたり……どうしてまとまる事ができないの?どうして!?」

昨日の今日でそんな事を思うのは安直なのかもしれないが、素直に感じた。

副会長は未練なんかでは無い。

自由天文部、自由天文部の全員が大好きなんだ。




副会長は副会長らしく、物事を現実的に見ているフリをしなければならない。
生徒会の一員である事を自分自身の中で誇大解釈しているのかも知れない。

だからこそ何が起きても冷静なフリをしなければならない。

このように振る舞うようにした理由もきっかけも分からない。
真面目に生きる美徳があるのだ。
だからこそ自由天文部ではまぁまぁ貢献している様には見えるけど自分自身での限られた範囲内でしか動けていなかった。

それを反省したからこそ俺に接触しようとした。
今までろくに話したことが無いのにも関わらず……

俺が今見ているのは副会長と言う人間そのものだった。

――が、副部長の退部願いとは全く関係ない。

副部長「……」

副部長「ごめんね」

副部長「私、まだ頑張るよ」

何言ってるんだこの人。

男「ハァ!?ここまで来て!?どうして?」

副部長「副会長を見たら頑張らなきゃって思ったんだ!まだ必要とされてるんだって!」

この人……
マネージャーにそっくりだ。
中身も、見た目も同一人物と思うほど。

副会長「副部長はどうしていつもこうして皆を困らせるのかな~!?」

副部長「ごめんね、私って本当に要らないのかなって思ってた!」アハハ

あっけらかんとしてやがる。
本当に言葉の通りの事を考えている。

男「部長……」

部長「あ?」

男「疲れた……」

部長「あぁ……うん」

幼馴染「それよりも男、あんた副部長の事を簡単に切り捨てようとして――」

副部長「さぁ!練習しよー!」

あなたのおかげで出来てなかったんだよ。

それにしても少し見直す必要があるな、練って考える必要がある。
副部長、副会長が何を思っているかを。

作曲「……」

あなたもね……

部長「副部長はずっと人の前に立ってきた人間なんだよ、だから人を試す」ボソッ

男「俺だけに聞こえるように話してくれてどうも、おたくのバンドって意識高い系ばかりですね」ボソッ

部長「まぁ、今時の高校生って奴だろ?」


男「副部長は俺の事をどう考えたか分かりますか?」ボソッ

部長「ロリに似てるとか?」ボソッ

男「……」

部長「前にも同じ様な事があったんだよ、本当に」ボソッ

部長「当時のロリはお前のような反応だったよ」ボソッ

男「ロリ先輩……」

あの人は普通の人とは異なっているけれど、俺に似ているとも考えた事がない。
ただの病弱な留年生。
けれど、自由天文部にかける思いだけは誰にも負けない。
そう思っていた。

けれど、二面性があった。

あるのは分かっていたけれど、見えない。ひとつは陰険としか分からない。
そして、今も尚この人の影が大きく残っている。
ロリ先輩……助けてくれよ。

あなたは俺に似ているのか?教えてくれ。

ロリ先輩はこういう時にどうする?

俺は俺のやり方を貫く事しか出来ない。

男「副部長、次に問題発言をしてしまう場合は本当にやめてください。貴女の機嫌を伺ってまでバンドを続けたくない」

副部長「ごめんね……」エヘヘ

全く、何を考えているのか……

作曲「男君……」

男「?」

作曲「女の子の格好は続けるつもりなの?」

女装をしていないと上手に歌えないって言っても信じて貰えないだろう………
女性の歌になるが。

男「まぁ、これが一番調子出るので」

幼馴染「ほ、本人の好きにさせれば!?仕方ないじゃない」

鼻の下を伸ばしながら庇うな。

早い所で話を逸らして置くべきか。

男「と言うか、部長はどうしてぼけっと突っ立って居るのでしょうか?この部の部長ですよね?」

部長「へ?」

男「部長以外は皆、機材の準備をして練習に取り掛かる所ですよ?」

部長「いや、あいつらも丁度今始めた所……」

男「一番の足手まといが人と同じでどうするんですか?」

部長「……」ムカッ

男「仕方ない……今日は歌い方を教えましょう」

部長「えっ!?マジ!?」

まぁ、この調子でしっかりと練習を続けたらきっと悪くない結果を残せる筈……





同時刻。

女「外……無理……やだ」

幽霊部員「もうすぐ部室っすから!!ワガママ言ってると住ませてあげないっすよ!!」

女「それは嫌~」エヘヘ

幽霊部員「下手な愛想笑いは禁止!」

幽霊部員「ほらっ!着いたっすよ!!」ガチャッ

幽霊部員「おはようっす!!」

会長「おはよう、この人は……?部外者なら立ち入り禁止だが」

幽霊部員「OGの女さんっす!」

女「サボり魔だけどね……どうも、女です……あはっ」アハハ

作詞「おや、大先輩じゃないか。どうもどうも、おはようございます」

不良「誰だよ、この人……変なの」

幽霊部員「ずっと部屋に置いていると酒とタバコだけでもうっ!見てらんないんすよね!」

女「あれ?怒ってた?」

会長「まぁ、OGなら良いか……」

不良「基本的にはここに先生も来ないし」

女「あ、ごめんね。タバコの時間」スパ-

会長「」ピキッ

幽霊部員「携帯灰皿は?」

女「ある……」

幽霊部員「偉いっすねー!」

作詞「まぁ、この部室には探知機なんて無いけど……マナー違反なのではないかと思うよね。喫煙所があるからそこで吸って欲しいという気持ちは正直に言うとあ」

幽霊部員「女さんは他人が苦手なんすよ」

作詞「また切ったね?これで何回目かな?君はよく私の話を切るよね?」

会長「まぁ、邪魔をしないのなら……許容しようか」

プシュ

ゴクゴクッ

女「ふぅ~っ缶チューハイは最高っ……あっ、持ち帰るからね?」

幽霊部員「僕のうちなんすけどね……」

会長「さぁ、練習しよう」

不良「あ、現実逃避したな」

作詞「ベースが居ないから個々の練習になるけどね」

不良「ロリ先輩が元気な時にはできるだけ音を合わせたいな」

女「……」ゴキュッゴキュッ

会長「~♪」

幽霊部員「あっ、もう練習してる」

不良「相変わらず上手だな、さっさと歌手にでもなった方が良いんじゃね?そうじゃね?」

作詞「昨日とは違って鬼気迫る物があるね」

女「……下手」

不良「は?マジで言ってんの?」

女「感情の出し方が下手っぴ、これじゃあ誰も着いて来ないよ」

会長「っ、」ピタッ

会長「申し訳ない、邪魔をするつもりなら帰って頂きたいのですが」

女「なんだ、感情あるじゃん」

女「歌う時もそうしなよ」

会長「……」

女「あのね、今時仏頂面で歌う人なんて居ないよ?」

女「周りは君の歌を聞いていると同時に君の事を見ているんだから」

会長「!」

女「なんてね、ごめんね邪魔して」ゴキュゴキュ

プシュ

幽霊部員「流石っすね……」

会長「私の事を……」

会長「~♪」

不良「顔がひきつってるぞー」

作詞「幽霊部員、あの人は全然部活に出ていなかったんだろう?随分と分かったように話すじゃないか?」

幽霊部員「あー……分かってるんすよね、色んな意味で」ボソッ

幽霊部員「お姉ちゃんが帰って来てからは特にっすけど」

作詞「? すまない、もっと私にも分かるように話してもらえないかな?」

幽霊部員「うーん、私と一緒で才能があるんすよ、きっと」

作詞「自負が凄いね、事実たけどさ」

作詞「まぁ、相変わらず会話が通じていないけれど、女先輩について何か知っているのかな?」

幽霊部員「!……何かって何すか?」

作詞「さぁ?」

幽霊部員「ほんと、読めないっすね」

作詞「お互い様だろう?お互い部活に出ていなかったんだから、サボっている間は何をしていたのかな?あっ、また深掘りもせずに意味深な発言をしたね?」

不良(二人共楽器の練習だか作詞だかしてたんだろ。そもそもお前らの会話には誰もついてけねぇしよ、本当にめんどくせぇ)

不良「あ~~~男が居る時が一番楽しかったな、ロリも居ないし」

不良「会長は……単純に様子がおかしいんだよな。朝からだけど、昨日からだけど」






会長「今日はこれくらいにしようか」

作詞「おや?急に仕切り出したね?私が前に出る必要は無いのかな?」

会長「お節介はやめてください、この前の失態は反省しています」

作詞「復活かな?うん」

幽霊部員「今日の会長……目がギラギラしていて怖いっす……」
不良「お前本当に空気読めないのな、そんな事皆分かってんだよ、今日は本当に気色わりぃしよ」

作詞「ん?今の言葉は言う必要があるのかい?」

幽霊部員「……気色悪いとまでは言ってないっすよ」

女「若いな~」スパ-ッ

作詞「煙草はひかえて欲しいなぁ……」

不良「言いすぎたか……でも実際に様子はおかしいだろ」

会長「私を差し置いて好き勝手言ってくれるな……帰るぞ」





会長(なんだかんだで解散はしたものの、私の中では様々な感情が渦巻いている)


会長(男……)

会長(自由天文部……)

会長(ロリ先輩の体調……)

会長(何よりも――)

会長(先生)

会長(昨日の事は――)




会長(うん)

昨日 夜

会長「先生、今日はどのようなレッスンを……?」

受付「……え?」

会長「先生?」

受付「誰……?」

アルバイト「あのね、落ち着いて聞いてね?」

アルバイト「前から体が悪いのはわかっていたと思うけど……あの、ごめん、分かってたけど……ウッ……どうして先生が……ウッ……」

会長「認知症……ですか?」

アルバイト「うぅん……違うよ、アルツハイマー……ここ最近で急に悪化していって……先生もまだまだ若いんだよ?」

会長(愕然とした、この人が居なかったら今の私は居ないだろう。私は男の事で気を悩む余裕なんてないと薄々と感じた)

会長「持病の方は?」

アルバイト「相変わらず悪いよ……もう、長くないって聞いていると思うけど…… やり切れないよね」

受付「早く歌いな、あんたは将来的には業界を――」

受付「賞を……」

会長「任せてください、賞を取りますから」

アルバイト「っ!」

アルバイト「そうだよね、最後の教え子だもんね……先生、ごめんね。私、なんの役にもならなかった」

会長(使命だ)

会長(前々から予兆があった、変に感情を爆発させる事が多々あった)

受付「可愛い私の娘~♪」

会長(話も合わなかったことが多い。けど、私は先生に大切な事を教わった)

受付「ああ、私の可愛い、可愛い……」

アルバイト「もう、娘さんは帰ってこないのに……」

会長「絶対に先生を喜ばせる、賞を取る。アルバイトさん、見ていてください。先生が生きている間に私と言う存在を見てもらいたい」

現在

会長(私は決めた)

会長(必ずライジングロックで入賞すると)

会長「先生、見ていてください」

会長(必ず……)

会長(今までの成果を見せます)

不良「……」

会長「男……」

不良(急に男を呼ぶのかよ)

会長「私には時間が無いんだ」

会長「待ってろ、またバンドを組もう」

不良(……男はあんたとバンドを組みたくないと思うけどな)

不良(コンプレックスの原因だろ、正直に言って)

不良(正直、男はずっと会長に対してコンプレックスを抱いていたと思う。劣等感とかそう言うのは分からないけど……男と会長がまたバンドを組む事は無いと思う)

不良(――“私達”のように)

会長(男とまたバンドを組めるとしよう、その為にはライジングロックで私が男の隣に立てる存在だと認めさせる必要がある。先生が望む“入賞”も出来る。一石二鳥だ)

会長(が、しかし)

会長(先生は私が何をしても分からない……?先生は今、居ない娘と私を重ねている?今の先生には私が入賞したとか何だとか、分かる筈が無いんだ)

会長(一石二鳥なんて、あまりにも失礼な発想だ)

会長(だからこそ分かる。嫌な程分かる。私はもう、先生から歌を教わる事が出来ない……)

会長(取り返しがつかない程に身体を壊している事は知っていたが、まさか脳まで――)

会長(どうして先生が?)

不良「ほら、帰るぞ」

会長(私はどうしたら?)

会長(そもそも娘、お子様は生きているのか?何をしているのか?)

会長(先生――)

不良「帰るぞ!!!!!」ガアアア

会長「わっ!!すまない!」

不良「たくっ……」

不良「色々と鈍感なんだよ、あんた」




男の事、受付の事、練習が終わり、下校の道を歩いている今尚も会長は悩み続けていた。

受付に対しては答えが出ていた。
絶対にライジングロックで入賞する。

会長は受付の言葉を思い出していた。


『 私のレッスンが終わる頃に、あの子達があんたを忘れたって良いじゃないか』

『 その時にはあんたの歌を聞かせてやればいい。それだけで、元通りさ』

なんて立派な人なんだろう、本当に一人一人を見ていた。

会長は気付いた、今の受付は自分を叱らない。
レッスンは終わったのだと、そう思うとこれまであった感情が波のように押し寄せてきたのだった。

男に対する色恋と混ぜていた自分が恥ずかしいが、それ以上に悲しかった。

ただただ苦しかった。

もう受付から教わることは二度と無いのだと、大切な人と関われなくなるのだと、もっと甘えれば良かった、話せば良かった。

しかし、二度とまともに話す事は出来ないのだ。

会長(私に出来る事は――)

会長(今よりも更に歌えるようになる事だ……っ!)

不良と二人で帰っている今、みっともないタイミングで来てしまった。
感情の渦。

大切な人を失った事実は、会長の心に遅れてのしかかってきたのだった。

帰り道半ばで膝を崩して泣いてしまった。
受付が亡くなるまでは泣かないと決めていた。
好きな人から拒絶されるのも辛かったが、それ以上に受付の現状は会長の心を感情の濁流で飲み込むには充分だった。

会長「うっ……うわあああああぁぁ!!」

不良「会長……大丈夫か?どうした?水買ってくるからさ、落ち着けよ」

波と渦と濁流が同時に会長の心を襲う。

会長自身も訳が分からなくなっていた。

少しでも感情を声にして出さないと死んでしまいそうだった。

不良「どうした?男か?」

会長「ちがう……」

不良「ならどうして?」

会長「先生が……」

不良「先生……あぁ、あんたに歌を教てたあの……受付ね」

会長は叫ぶように現状を説明した。
受付の事を全て、例え不良達にとっての印象が悪くても関係なく話した。

不良「立派な人だったんだな」

理解せざるを得なかった、会長が知っている以上に受付の人間性は優れていた。

だからこそ不良の脳裏にロリがよぎる。

ロリも体が悪く、いつどうなってもおかしくない状態。

会長自身が認識していなくとも、ロリの件も会長に多大なストレスを与えているのは明らかだった事を不良は分かっていた。

不良「ロリはまだ生きているし、自分を保っている」

だからこそ言える。

ロリ「手っ取り早くロリに楽をさせてやろーぜ?」

会長「!」

自然と涙が止まった。

ロリはまだ生きている。

会長は不良に諭されてようやく分かったのだった。
大事な人が沢山居る。

そして、会長としてでは無い自由天文部としてロリと受付に“入賞”を知らせる必要があると――

会長(ロリ先輩に知らせる?)ハッ

会長(そもそもロリ先輩は舞台に立てるのか?)

不良「なぁ、病院抜け出してきたの?」

ロリ「さっさと私に楽をさせろっつーの、だにょ」

不良「語尾変、語尾変」

入院をしている筈のロリは会長と不良の前に胸を張って立っていた。

会長「い、いつから?」

ロリ「内緒だにょ」

ロリ「私を楽にしてやろーぜって言ったのに無視するなんて酷いにょ」

不良「……」

不良は訝しむように、じっとロリの顔を見詰めている。

不良(化粧で誤魔化しているけど、明らかに弱ってんな……)

ロリ「そろそろここを通ると思ってたにょ~」

不良「はぁ~、早く病院に戻れよ」

街灯がロリを照らしつける。
強い光が更に厚手の化粧を映やすがそれ以上目立っているのは衰弱しきった身体。

ロリ「そうもいかないにょ」

意志の怪物。
女が去ってからはずっとやりたいようにしてきた。
背負う物も増えすぎた。
意志半ばに去った人の分も抱えていた。

ロリ「ここまでの話は色々と聞いているにょ」

ロリ「体制を変えるなんて思い切った事を男はまぁよくも……」

ロリ「う~ん、まぁいい、同じバンドのよしみだにょ」

ロリ「そこでまぁ、提案……お願いだにょ」

ロリ「私個人として……」

ロリ自身が持つ朗らかで甘い雰囲気が一転、棘のように鋭くなった。

ロリがこれから話す言葉を会長と不良は何となく予想が出来ていた。
しかし、それは気持ちよりも準備が足りていない事だった。

ロリ「お願い、私の代わりにベースを担当して」

出てきた言葉は無理だとか出来るとかではなかった。

会長「ロリ先輩と舞台に立ちたかった……」

不良「ほんとそれな、一人だけ抜けやがってさ」

ロリ「二人共、ごめんね……」

今の二人がロリの口調を気にするはずが無かった。
どうでもいい些細な問題だった、会長のベーステク、全体への報告、セッション、二人はこれから起こるであろう問題なんて気にしていなかった。

会長が一通り泣いた後に自分よりも強い人を見た。

会長は泣いている場合では無いと思った。

不良は負けていられないと思った。

ロリ「じゃあ……」

会長「お願いです。私にベースを教えてください」

こちらから言わないといけないと思っていた。ロリの体調が悪いのは百も承知だ、会長はそれでも教わるのならロリが良かった。

ロリ「勿論!」

あっけらかんとした即答、いつも通りのロリに戻っていた。

不良「は?体悪いんじゃねーの?大体病院で楽器なんて弾けないだろぉ?」

会長「不良、きっと文章で教えるつもりだろ」

不良「そんな一朝一夕で楽器が出来るかよ、」

ロリ「今日から自宅療養を始めたにょ、私はベッドで横になりながら教えてあげるから安心するにょ」

不良「あ~大丈夫なのか?それで」

ロリ「ロック・スターまで持てばそれで充分……」

ロリ「会長と不良達がロック・スターで勝って、私が手術を成功させる!!それで万事解決だにょ!」

ロリは今、こうして話している内にも倒れそうだった。
全身の血が引いていく感覚がずっと続いている。
身体は今まで以上に悲鳴を上げていた。

ロリ「じゃあ、明日からはしばらく私と練習だにょ。暫くは部室に顔を出す事を禁止、毎朝私の家に来るにょ」








男「……」

今頃、会長とロリ先輩が会っていることだろう。

19時10分、いつもの帰り道で待っているから久しぶりに会わないかとの誘いがあった。
俺は大事な用があるのと、何となくバツが悪いのもあって断ってしまった。

大事な用とは……副部長を知ると言う事だった。

今のバンドで成長のきっかけ、人間性、思考を掴めないのはこの人だけだった。

だからこうして今、副部長の帰りを送っている。

副部長「……あ、ありがとうね?送ってくれて」

男「いえいえ、色々と聞きたい事が山積みですから」

今からの俺は副部長を死ぬ覚悟で“攻撃”する、一度でも殴られたら終わりだろう。

はっきり言って貴女には困らされているんだよ、さっさとその醜い本性を表せよ猫被り。

副部長「聞きたい事?なにかなぁ?」ン-?

男「どうして皆に一番迷惑をかける時に後先考えずに自己中心的な思いをぶちまけるような考えに至ったのはどうしてかなって?」

あ、言い過ぎたかも。

>>324
訂正


それにしても少し見直す必要があるな、練って考える必要がある。
副部長、副会長かが何を思っているかを。

それにしても俺は今一度見直す必要があるな、更には練って考える必要がある。
まず最初に、副部長が何を思っているかを。

男「迷惑なんですよね、空気読めてます?」

副部長「ご、ごめんね……」

副部長「必要とされているのかが分からなくて」

男「状況的に必要でしょ、俺よりもずっとギターうまいし」

副部長「でも作詞先輩ほどでは無いよね?」

男「そうだけども、まぁ……そこは何とかなるんじゃないかなぁ」

副部長「私って平凡なんだよね、何をやらせても中の上で人の目を気にしてしまう」

副部長「男君にギターを教えたのも何かしらの存在感を出す為で、男君の為なんて一つも考えてなかった」

こいつ、恥ずかしげも罪悪感も無い。
人としての感覚を疑うような事を平気で……

男「自由天文部の事はどう考えてます??自分の為?目立てるから?」

副部長「そんな自己中では無いよ。うん、大事……自由天文部が無ければきっとつまらない生活を送ってた」

男「そうか……自由天文部で役に立ちたい……とか?」

副部長「自由天文部で一番役に立ちたかったなぁ」

この言葉で俺は気付いた。
あぁ、エゴの塊なんだと。
自由天文部が好きな事は前提にあるけれども、これからの出来事でも先頭に立ちたいのだ。

文化祭ではどのような感情だったのだろうか、きっと良いものでは無い。
純粋に嫉妬をしている、きっと自由天文部もその部員全員の事も大好きなんだろう。

幼馴染以外は使い物にならないと思っていたが、とんでもない逸材がここに居るじゃないか。

男「――副部長」

男「このバンドの主役になりませんか?」

副部長「えぇ!?どうして私なんか!?」

心底嬉しい癖に謙遜をしておられる。

そんな事はどうでも良いけれどこの方はサイコパスの分類に入るタイプの人間だ。
間違いない、俺はアイドル時代に同じような人間を沢山見てきた。成功の為に他者を潰しても何とも思わないタイプ、人の気持ちを何一つ考えないタイプ、結果至上主義。

副部長は自身の過度なエゴイズムを守るために平然と嘘を吐いている、俺に言われるまでの今まではずっとこうしてきたのだろう。自分からは言えないけど誰かが自分自身を囃し立てるのを待ってきたが、それに相応する実力が無い事もきっと理解しているだろうが俺にとってそこは問題ない。
この手のタイプは他者との協調力が芯の部分で欠けている所為で才能を使う向きを間違えてしまう人間ばかりだが、俺が正してやれば良い。

技術だとか才能だとかと人は言うけれど、この人は違う。
“没頭”させればさせる程人を凌駕するタイプの人間、何人も見てきた。

何よりもルックスが万人受けするのも主役に立ってもらう理由の一つ、どうしても目立つのはボーカルになってしまうのだろうが副部長のソロパートを増やしてステージでも前に立ってもらう。
メイクと衣装選びは全て俺自身が手がける事にした、俺が主役にする。

問題はギターのテクニック、一人で上達するには限界があるタイプ。
付きっきりで見ていたいからこそ一人で作詞先輩の元に行かせる事なんて絶対にしたくは無かったからどうにかして現状の解決策を見つける必要があるのだが……

「あれ?君たちはもしかして自由天文部の子?」

男「え?」

副部長「そうですけど……」

気がつけばギターを背負っていて尚且つ派手な風貌をした金髪の青年が目の前に立っていた、年齢は俺や副部長よりもずっと上の二十代前半だろうか。

口振りからすると自由天文部のOB――

「あっ、ごめんごめん」

ギター「俺はギター、元自由天文部でロリとタメだな」

副部長「えっ!?聞いた?男君!ロリちゃんと同級生だよ!伝説の先輩の事も知ってるのかな!?」

ギター「あ~、蹴られた記憶しか無いし俺が入る時にはもう辞めてたよ」

副部長「???」

ギター「まぁ昔話は置いといて、君たちはギターかな?」

男「まぁ一応は」
副部長「ギターです!」

ギター「じゃあさ、弾かない?一緒に」

副部長「怪しい人じゃないよね……?」ボソッ

男「たとえそうであったとしても副部長先輩の前では何の意味も無いと思うのですが……」

ギター「?」

ギター「俺、こう見てもさ一応はプロのギタリストだから何かしらのアドバイスは出来ると思うんだ――」
男「行きましょう」

そうして前にも行ったスタジオに足を運ぶ事になった、会長は今でもあの受付に歌を教わっているのだろうか。

アルバイト「いらっしゃいませー」

男「ん?」

副部長「どうしたの?」

男「いえ、何でも」

前に居た受付と違う人だった、別の場所で会長を教えているのだろうか。
まぁ、俺には関係無い事だが。

ギター「まぁ、一時間でいっか」

アルバイト「かしこまりましたー」

ギター「あっ、俺が出すから先入って」

アルバイト「あちらのお部屋になります」

自分よりも確実に金を持っていないであろう人間から奢られるのは何とも言い難い罪悪感が芽生えてしまうのだが、大先輩のご好意は甘んじて受けるとしよう。

副部長「ありがとうございます!男君、行こ!」

副部長は俺の手を持って案内された部屋に引っ張っていった、力強っ!手がちぎれるよ!

ガチャ

ギター「よーし、なんか弾いてみてよ。ギターを持ってない君には俺のギターを貸そう」

わざわざ隣駅まで来たんだ、どんな形でも良いから何とかして副部長の次に繋がる物を持ち帰りたい。

男「じゃあ、ロック・スター用の曲を何でも良いから1曲弾いてください」

副部長「えっ、男君は?」

男「副部長の後に弾きますよ」

重要なのは俺よりも副部長、この人を見てもらう事こそが大事なのだ。

副部長「じゃあ、弾きます……」

副部長の演奏が終わるとすぐに俺も弾くことを促されて、弾かせられてしまった。

男「久しぶりに弾くと緊張しますね」

今は弾いている場合では無いのだが、久しぶりに弾きたくないと言うのは嘘になる。

ギター「うーん、二人とも雑だよね。なんて言うか生き急いでいる感じがする」

ギター「ライジングロックはもう終わっただろ?他に何か目指している物でもあるの?」
ギター「いや、今はロック・スターがあったな。でもあそこのハードルは高いからなぁ」

副部長「ライジングロックは駄目でした……」

ギター「そうか、ロリとバンド組んでたんだな」

男「分かるんですね」

ギター「あいつはライジングロックには必ず出たがってたし、当時は俺も一緒にライジングロックで挫折した口だからさ、痛い程分かるんだよね。ほんと、当時にロック・スターがあればなぁ……」

ギター「名前は?」

男「男です」
副部長「副部長です」

ギター「最近の話は聞いているけどさ、あいつ……ロリはまだ諦めて無いのか?」

男「これっぽっちも諦めていませんよ」

ギター「そうか……」

男「今日はロリ先輩に言われて?」

ギター「いやぁ、今の話を聞いていただけで会えとかどうしろとかなんてのは一切無いよ」

ギター「本当に偶然だけど、このギターじゃあね……ロリが泣くわ」

ギター「バンドも解散してしまった事だし……」

ギター「ロックスターまで“お前ら”二人共仕込んでやるよ、明日から毎日教えてやるから毎日この時間に来い」

男「俺も……?」

ギター「サービスな」

男「報酬は?」

ギター「要らねぇよ!」

男「まぁ、お金が勿体ないので俺の家に来てください。はい住所」

ギター「お前、家での迷惑とか考えないのか?」

副部長「男君の家、すっっっっごくお金持ちだからスタジオまであるんだよ!」

ギター「へ、へ~」

分かりやすい薄ら笑いだ、そうだよなこれではわざわざこのスタジオ代を払った意味が分からないからな。
もっと早く切り出してやるべきだった。

男「あまり売れてないんですか?」

ギター「実力と稼ぎが釣り合わねぇのよ、ほんと」

ギター「前居たバンドも上達しねえ奴ばかりでさ……」

男「授業代、出しますよ?」
男「二人分、一回一万五千円で」

ギター「……」

ギターさんは口は膨らませながら瞳を回している。そこまで混乱してしまう事を言ったのだろうか。

副部長はと言うと呆れてため息をついていた、おかしいのは俺の方なのか?

結局五千円に落ち着いてしまった。
ギターさんは最後の最後まで自分自身と戦っていたが俺自身は金で釣る気は一切無かった。
短期間でみっちりと教えて貰えるのだ、正当な報酬と言っても過言では無いだろう。

ギター「あっ、そうだ。俺がどれだけ弾けるかだよな」ギュイ-ン

一番の疑問は早速解消しそうだった。
俺も興味があるし、副部長のついでに教えて貰えるのだからギターさんのテクニックがどれほどの物かを拝見したかった。

ギター「じゃあ即興で10分」

副部長「え゛?」






本当に弾き切ってしまった。

この人、本物だ。

10分間、ずっとミスをしなかった。
コード、リズム、音程、何一つ間違えていなかった。
何よりもキャラが立っている。

ギター「俺も自由天文部に入ってから始めたんだけどな、ずっと続けてりゃ俺のようになれるかもな。今回は出来すぎかもだけど」

遅ればせながらあけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

仕草の一つ一つ、体の挙動はステージの上で観客を魅了するには必要だと思う。

この人のギターは格好良い。

男「副部長、ただ立って演奏するだけでは足りませんよ。この人を見習ってください」

ギター「お前もな」
男「俺はこのバンドではボーカルなので片手間で教わる事になってしまうと言うか……」

ギター「は?てかお前声からして男性だよね??そうだよね?なんで女の格好してんの?」

男「着替えるのが面倒で」

ギター「相変わらず変なやつばっか集まってんな~自由天文部」

ギター「でもな、“男”ならギターもボーカルもこなして見せろ。2人まとめてかかって来いよ」

男「……頑張ります」

副部長「凄い!ギターさんは凄いっ!」

副部長「2回しかミスしなかったし全然気にならなかったなー」

ギター「……」

副部長「でもどうして10分って言ったのに9分しか演奏してないの???」

男「え?本当に?」

そもそも副部長はどうしてミスの回数と実際の演奏時間を把握出来たのだろうか、そこまで細かく人を見るキャラクターだったか?
今まで本性を隠してきた節はあるけれども、会長達と演奏をした時も同じように気付いて居たのだとしたら腹立たしい事ではある。

ギター「お前、見所あるよ」

“ギターさん”は明らかに苛立ちを見せている、自分を上に見せたい気持ちは当然あるとしてもここまで見抜かれていたのだとしたら教える気も失せてしまうだろう。

ギター「未だに下手くそなのが理解できねーよ」

本音と反撃だ、初対面同然の後輩にそこまで言うのは大人気ないだろう。

副部長「……」

副部長「――私だったら6分も持たないし数えきれない程のミスをする」

副部長「だから……教えて下さい」

副部長「これ以上は下らないプライドと承認欲求の狭間で泣きたくない」ツ-ッ

副部長の頬に涙のが零れる、化粧も何もしていないであろう肌には分かりやすく雫の道筋が残っていた。

副部長「今の私にとってこれ以上にないチャンスだと思ってます……」ポロポロ

彼女の涙はもう止まない、枷が取れたかのように涙が溢れ出してしまった。
折角の魅力的な顔もこれでは台無しだ。

ここまで考えている人間に対して俺は言いすぎてしまっていたのだ、本当に悪い事をしてしまっていたとの罪悪感が俺自身の奥底を締め付ける。

副部長「いつかきっと必ず、何をしても授業料を返すから教えて下さい、私にギターを教えて下さい」ポロポロ

ギター「ヘラヘラしてると思ったら……」

ギター「次」

副部長「……はい」ポロポロ

副部長は涙でぐしゃぐしゃの酷い顔で“ギターさん”の呼び掛けに対して睨み付けるように答えた。

ギター「ロック・スターが終わった後に泣いたら許さねぇからな」

ギター「全力で教えてやる」

翌日の早朝、早めに起きたはずだけれども寝起きには疲れる光景がリビングにはあった。

ギター「男君のおばあちゃんとおじいちゃんっすか!?若いな~、20代にしか見えないのってどうかしてないっすか?」

祖母「あらやだ~」ウフフ

祖父「ははは!うちは代々美男美女だからな!!」

昨日知り合ったばかりの“ギターさん”と祖父母の談笑を寝起きで見かけるのは中々堪えるだろう?俺だけか?なぁ、副会長。

副会長「ロリさんの同級生なんですね、通りで奇抜だと思いました」ウフフ

朝から皮肉とかやめてくれよ、今日も俺が沢山皮肉を言う予定なんだからさぁ……

男「二人とも早いですね、迷惑なので集合時間の30分前に着くとかやめてくれません?」

副会長「男君とは話したい事があったので、ほら、男君は少し変わってるので気になる事が沢山あって」クスクス

俺としても話したい事は沢山あるけれど、夏休み中にも関わらず学園の制服を着て来る貴女は紛うことなき変人ですよね、私服で良いでしょう。

ギター「あー、起きてもやる事ねぇから来ちまったんだよ。どうせ毎日通うから」

しっかりと30日分働いて15万もらうつもりだな、働けよ。

副会長「では、二人きりで話しましょう」グイッ

男「ちょっと、皆が見てるんだからやめてくださいよ」

引っ張られるように俺は副会長に俺の部屋へと連れ込まれてしまった、俺の部屋なのに。

祖父「オオォ~!?隅に置けんなぁ~?」

ギター「あれー?男君ってああいう子が好きなの~?」ケラケラ

バキッ!!

祖母「……男を茶化すと許さないよ」

祖父「……すまん」サアァ

ギター「ははっ、怖いっす。冗談ですからほんと。男君のおじいちゃんの様に俺を殴らないでください、勘弁してくださいマジで」

男「で、どうしたんですか?」

副会長「俯きながら話さない」

副会長「そもそも、あの人誰ですか?」

男「ロリ先輩の同級生、OBって奴?」

副会長「さっき聞きました」

副会長「そんな方がどうして……」

男「プロのギタリストなんだけど、仕事が無くて暇だから俺と副部長を教えてくれるって」

副会長「あぁ……そんな簡単に話す情報量ではないですよこれ、ほんとに変な人しか居ない」

男「あんたも大概だけどなぁ」

副会長「で、昨日は副部長と話しましたけど……」

男「それはギターさんに会った後になるな……しっかり寝てくださいよね、割とハードな毎日になるんだから」

副会長「そんな事はどうでもいい……泣いてました」

男「まだ泣いてたのか」

副会長「泣かしたんですか?」

男「いや、全然。むしろ泣きたいくらいです」

貴女達のお守りに加えてギターの練習までする羽目になったんだ、寝不足確定だよ。

大体、副部長と副会長はどのような会話をしたのか。
どうして会話をする事になったのかが分からない。

副会長「昨晩、副部長から通話がかかりました」

副会長「寝る直前だった私は仕方なく出ましたよ、昨日の朝にはあんな事があったのだから」

男「あんな事、ね」

副会長「副部長は泣きながら言っていました。このバンドの主役を任されたと、これからは後悔をしないように頑張ると……簡単に言いましたよ?」

男「いい話じゃないですか」

副会長「“男”の口八丁で副部長を追い詰めたのではないかと思いましたよ、大体歌いもしない副部長を主役に据えるとか甘い事を言って騙して……全員の気持ちを考えもせず勝手に物事を進める」

ついに呼び捨てか、まぁその方が俺としても話しやすい。

男「騙してません。単純に向いていると思ったからです」

男「居るでしょ、主役が向いている人って」

男「それともバンドは全員が主役とか言ってしまうタイプですか?」

副会長「全員が主役とは言いません、一人を過剰に持ち上げるかのようなやり方がいけません。全員が切磋琢磨して行く内に主役が産まれたって……」

男「なるほど、健全な競争の中で自然と主役が産まれると。それも悪くない」

男「でも時間が無いじゃないですか」

副会長「っ……時間は認めます」

男「加えて断言しますよ、副部長は俺とやって行く以上は必ずこのバンドでメインになります」

男「どうして分かるかって?当然でしょ?自分でこう言うのもなんだけどさ、あんた達とはレベルが違うよ。釈迦に説法」

男「アイドルでもバンドでも大抵の所は先に主役を決めるでしょ?人気になりそうな奴、すなわちは金になりそうな素材を全面に売り出す」

副会長「……」

男「先に言うけど俺が言う事に当て嵌らないグループもあるし、当然当て嵌るグループもある。それでも大前提としては何かしらの競走に身を置いて来た人間達が集まるのがプロです」

男「俺達はろくな競走をしましたか?部活動でしょ?特筆して楽器が上手とかもあるけど、カリスマ、キャラクター、万人受けするルックスなんてものには競走なんて大して関係ない」

男「皆、ルックスもキャラクターも良いんですよ?本当に」

男「でも、副部長程では無い」

副会長「副部長が本当に貴方の目に止まったのならば凄い事ですよ、本当なら」

男「本当ですよ。正直に言うと各々がどう成長するかを見てからメインを決めたかった」

男「それでもさっき言った通り、メインは必ず副部長になる。時間が無い!だらだらやってる暇は無いんだよ!」

副会長「分かりました……でも、どうして副部長が適任と?」

男「うーん、サイコパスだから?」

部長「だって」

副部長「えっ!私ってサイコパスなの!?」

幼馴染「言ってる事は正しいんだけど、ムカつくわぁ……」

男・副会長「「!」」ビクッ

男「えっと、いつから?」

部長「ろくな競走のとこ」ケラケラ

男「部屋に入ったなら言ってくれよ……」ハァ

男「ピンと来ない人も居ると思うから言っておきますよ、このバンドのメインは副部長になるので」

副部長「さっき言っといたよー!」

部長「聞かされ過ぎて耳痛てぇ……」

幼馴染「私はてっきり男がメインになるのかと思ってたわぁ?」ニヤッ

出来る物なら幼馴染をメインにしたいよ、正体が人にバレてないからって好き勝手してさ。

副会長「……」グイッ

男「っ!」

男「なにを……!」

副会長は俺の後ろ襟を引っ張ると、俺にしか聞こえない声で囁いた。

副会長「会長に勝ちたいだけでしょ……?」 ボソッ

副会長「出来損ないを使って勝ったって言う証が欲しいだけでは?」ボソッ

男「……違いますよ」

副会長「そう……ですか」パッ

やっと離して貰ったのはそうとしても副会長は会長と同じ生徒会。
俺がどのような人間か、会長と俺の間で起きた出来事の情報を共有している可能性もある。

正体がバレている以上はどうしようもないが、俺自身を見透かしたかのような態度はやめて貰いたい。

副会長「本当に、お子様だ……」ボソッ

男「え?何か言いました?」

幼馴染「?」

部長「何だよ、急に喧嘩すんなよ」

男「してませんって」

副部長「練習しよ!しよ!」

ギター「うぃーっす、そろそろ混ぜろよ」

幼馴染「……だれ?この人」

男「あ~っ……また面倒臭い」

今日もこうして練習が始まった。
心配事は毎日増えて行く、俺の心が見透かされるなんてそう簡単には……

一週間後

カンカン照りの日差しが勢いを増す一方で部員達の熱は恐ろしく冷めていた。

不良曰く、会長が居ないバンド練習はただただ苦痛との事。

俺達はと言うと単純に飽きが来ていたし、進歩を感じられていなかった。

自由天文部の全員が青々と茂った木の葉よりも先に枯れ果ててしまいそう、枯れていた。

そんな時、俺は妙案を思いついた。
そうだ、ライブハウスに行こう。
出来るだけ規模が大きい所が理想、学生は多い方が良い。

同じ立ち位置、同じ目線で競える人が欲しかった。

そしてギターさんを頼った結果。
今俺達自由天文部は都心のライブハウスに居る。

部長「ここ立っていい存在なのかな?僕達って」

男「今日は学生が多いですからね、上手い人達だけど。そうだ、気持ちで負けたら許しませんから」

幽霊部員「ワクワクしてきたっす!!」

男「多少は仲良く出来ました?人に不快感与えてません?」

幽霊部員「ぜんっぜん!むしろ音楽を通じて仲良くなれたまであるっすよ!チャララー」
男「あはは、何言ってるか分からない」

不良「私達は割と上手くいってるぜ、喧嘩ばっかだけど」

作詞「喧嘩?そのような無粋な行動を我々が取るのだろうか?違うよ、これは必ず必要な事でこれから輝かしい道を歩む私たちの未来へのステップのひと」

不良「原因こいつな」

男「分かるー」

男「まぁ、皆もギターさんに感謝してください」

男「あの人の紹介が無ければここで歌うなんて出来ませんか――」

「はやくしよー」

「本当に退屈、てか私達なら余裕でしょ」

不良「!!」

「……どいてもらえるかな?」

男「すみま……せん」

「いいよ……可愛い」

男「……」

言葉を失ってしまった。
こんな事が起こりうるのかと本当に驚いてしまった。

今、俺の前を通った人間は俺の姉だった。
正真正銘だ。

姉は女の格好をしている俺に気付く筈は無い……男の俺にも気付く訳も無いか。
あれ以来ずっと会って来なかったけど、覚えているのは皮肉な物だ。
俺の想像通りに成長しているからかな。
これではもう、リビングでは会えないかもな。
想像の家族に。

不良「おい!!不良3不良2!!どうしてライジングロックに!」

不良2「!」
不良3「やば……逃げよ」
不良2「そうだねーめんどくさいわ」
姉「どうしたの?」
不良2「早く控え室に行こ!先生待ってるし!」
不良3「おー!!」

男「……」

男「姉……さん……」

心底後悔していた、思いっきり罵倒してやりたかった。
俺は綺羅星ソニアだ!!お前は何?まだアマチュアのお遊びをしているのか!!??
俺の方が上なんだ、優れているんだ!!
そう叫びたかった。
悔しい。

姉が対バンの相手なら不足はない、負けるとも思えない。徹底的に負かしてやる。

不良「あいつら……」

幼馴染「友達かしら?そうは見えないけど……」

不良「友達だよ……ちょっと喧嘩してるだけでさ」

不良(ライジングロックにあいつらは居なかった。男の話によると今回演奏するのは全員ロック・スターに出場するバンド)

不良「ハブられてた……のか」

不良2「不良が通う高校、軽音部ないって聞いてたけど」

不良3「うっ、うるさいな!何かの間違いだよ!」

不良2「どちらにせよもう他人なんだからさ、昔の私達とは違うって見せてやろーよ」

不良2「会うのが嫌だからライジングロックは避けたんだけど、うっぜえ」

不良3「今の私達を見たらおどろくだろうなー」

姉「もう始まる……早くして」

「先生、この部分ですけど」

講師「君が私にドラムの事なんて聞く必要は無い。曲の事なら話は別だけどね?眼鏡くん」

眼鏡「ドラムで話なんて聞きませんよ、僕が気になるのは姉のソロパートが多すぎる事です。このバンドで1番優れているのは僕なんだから、僕のソロパートを増やすべき」

講師「姉は私の最高傑作なんだからここいらで派手にお披露目させてよ~意地悪しないでさ~」プンプン

眼鏡「30歳にもなって……」

不良2「早く行くよ、クソメガネ。細かい事言ってんじゃねーよ」

眼鏡「うるさいな、暴力女」

不良3「眼鏡君、行こっ!」

眼鏡「はぁ……まぁいいよ、ドラムで僕に勝てる人間なんて居ないから変にアピールする必要も無い」

今回集まっているバンドは全て、ロック・スターに出場するバンドだった。
高校生なんてのは少ない方で、社会人や大学生の方が多かった。

ギターさんが言うには夢を叶える為にフリーターをやりながら出場している人も居ると言う、生活が苦しい状況でも夢を追いかけている。

俺から言わせれば……まぁ、うん。
言っていい事と悪い事がある。

これからの人生、舞台袖で姉の歌を聞く機会があるなんて思いもしていなかった。
どうせ大した事無いだろう、あの両親から教わってきたのなら伝統主義のつまらない歌しか歌えないに決まっている。

対バン形式は集客力が無い俺達にとってはありがたい事だった。
なんとか部長達の友達で賄う事が出来た。

カワイイー

衣装を用意している俺達とは対照的に姉達は制服。あの反応を見るに、観客達にとっては制服が新鮮に映っているのだろう。

姉「――えっと」

気怠い雰囲気で語り出す。
初々しい所信表明のつもりなのか、年齢層が上の観客はまたかと退屈そうにしていた。

姉「正直、出るつもりが無かったんですけど先生がうるさくて」

ドムドム

もうドラムを叩いてる?

姉「私は今日出てる中では一番歌が上手いつもりなんですけど……来てくれてる皆はそう思っていませんよね?」

不良2「大人に混ざってるからっしょ」

ギュイ-ン

ベースまで弾き始めている、まだ前座の最中なのに。

そもそもこいつら含めて高校生が前座の筈だろう。
よくも偉そうに前座の前座を……

姉「もうやだ……帰りたい……」

不良3「ほらー笑顔笑顔。笑ってよ~」

ギュイ-ン

次はギター。
間違いない、これは全て曲の一部だ。

姉「これで一番上手だったらどうします?特にドラムなんて……」

眼鏡「早く始めろ!!」ドンドンドンッ

姉「……」スウゥ

姉「大人達は~」

姉のソロから始まった演奏は次を控える自由天文部の歯車を乱すには十分な程のクオリティだった。

その演奏によって俺自身が今まで抱えていた姉像は間違いなく崩壊した。
そもそも両親の言う通りになっていたらこの場には居なかったのだ、いつも大人しかった姉が人並みに成長してポピュラーな音楽、大衆に合わせているという事実は何よりも耐え難い事実だった。

作曲「サブカル……寄り」

作詞「だけど、完成されているね」

ギター「どちらかと言えば拗らせ系だな」

ワアァ

ギター「でも、ここに来るような奴らが嫌いな訳ないよなぁ」

ギター「自由天文部が負けているとは思わないけど」

ギター(客を味方にしちまった)

ギター(今までの練習を見てもあいつ等が負けているとは思わねぇ、けど)

ギター(いつだって勝つのは客を味方に出来る方なんだよな、審査員とかいうよく分かんねぇ奴等が居てもそれは変わらない)

ギター(俺も高校生の時、客を味方に出来たらなぁ……)

ギター(勉強出来て良かったじゃねぇか、副部長……)

ギター(男はこういう事を教えたかったのかもな)

ギター(会長がどうするかってとこだけど)

ギター(ベースに手間取っているようじゃあな)

プロデューサー「ギター君がイチオシの自由天文部が始まるけど、実際どうなの?」

ギター「駄目かも……あはは」

プロデューサー「君が推すから用意したってのにそんなのある!?」

ギター「まぁまぁ、どちらにせよ枠は空いてたじゃん」

プロデューサー「だからって!」
ギター「ほら、出てきた」

プロデューサー「って、あれ……」

プロデューサー(男じゃん……アイドルやめてこんな所に……?)

プロデューサー(マネージャーからは元気にしていると聞いたけど本当なのか?)

ギター「あっ、始まった!ほら!」

プロデューサー(あれはまるで初めて会った時の男)

プロデューサー(全部嫌いだ!死んでやるっ!って目をしていた時の男だなぁ、若いって良いな。感情の起伏がご盛んな事でさ)

ギター「ちっ、無難だわ。しょーもなっ」ハァ-

プロデューサー(この子はそろそろ落ち着いて欲しいな……喧嘩してバンドを解散させるわ……せっかく人が金から何まで用意したって言うのに)

プロデューサー(でも、女声をやらせたら相変わらず天下一品だ。才能なんかでくくれるもんじゃない、怪物)

プロデューサー(その癖サブボーカルなんかやっちゃってさぁ、気取ってるのか、どうしてメインをやらないのか呆れたね)

ギター「さーせんっどーやらダメみたいっすね」アハハ

プロデューサー「あのサブボーカルの“女の子”……凄いね。知り合い?」

ギター「まぁ、弟子って奴?」

プロデューサー(むしろ教わって欲しい位だよ)

ギター「あいつ実は男なんですよ、信じらんないっしょ!?」

プロデューサー(知ってるよ)

プロデューサー「忙しいからもう帰ろうかな……」

ギター「ちょっと待って下さい!!まだもう一つ残ってるから!!」

プロデューサー「もういいよ、別に」

プロデューサー「さっきのバンドが悪かった訳じゃ……ベースボーカル?」

ギター「そうそう!男が言うには凄いらしいから聞いて!ね!?」

プロデューサー「はぁ……最近増えてるけど難しいからねぇ、特にまだ高校生じゃあね」





不良「――」スウゥ

不良「聞けおらあああああ!!!」

不良(不良2、不良3、あのメガネ野郎が私より上手いからって……負けてられねぇ!)

幽霊部員「うわっ、刺激的ィ」

会長(ベースと歌の両立も慣れてきた、今日の分の演奏ならなんとかなる)

会長(男は不調だったな、私と会話しようとも)

不良「おいっ」

会長「どうした?」

不良「やれるな?」

会長「勿論だ」

作詞「ふふっ……」

プロデューサー「うわっ、あの女の子野蛮だね」

ギター「如何にもって感じっすよね」

プロデューサー(君が言うかぁ)

プロデューサー「会場は冷めきってるよ」

プロデューサー「それだけさっきの演奏は酷かった」

プロデューサー「一番手の時はあれだけ盛り上がっていたにも関わらず、これじゃあねぇ……」

ギター「俺もあのバンドに関してはノータッチだから分からないけど、凄いらしいっすよ」

プロデューサー「さっきから凄い凄いってだれのこと――」

ギター「ほら、あの黒髪ロングの――」

ザワッ





会長「~♪」

幽霊部員(うわっ、絶好調)

作詞(声がそう、まるで突風のように――)

作詞(まだ、夢を見させて貰えそうだ)

プロデューサー「~っ!」

ギター「おいおい……先に聞かせろよ」

ギター(男と同等だよ、あの人クラスが二人も居やがる)

プロデューサー(初めて男の歌を聞いた時、タイプが違うな……あの人の歌を初めて聞いた時以来の衝撃だ)

プロデューサー(それでもあの人程では無いけれど、もしかしたら……)

プロデューサー(――貴女は今何をしていますか?)

プロデューサー「ギター君、ボーカルの子の年齢は?」

ギター「高二って事しか分かんねぇ……」

プロデューサー「ありがとう、今日は来て良かったよ」

ギター「……」チッ

ギター「なら良かった――」






眼鏡「……あのどう見てもお前達と同類の女」

不良2「実際友達だったし」

眼鏡「知り合いだったのか、似てると思ったよ」

不良3「また上手くなったし、ムカつく」

眼鏡「僕程じゃあ無いけどね」

不良2「お前はうますぎるんだよ」

姉「……」

不良2「ベースは残念だなぁ、同じ高校ならさっきのツインテールにやって貰えば良いのに」

不良3「分かる~あんだけ歌が上手いのにあれじゃあね」

講師「あのベースボーカルの子、歌はとんでもないね」

講師(先生を思い出す……なんだか似てるな)

眼鏡「結局白けてましたけどね、ロック・スターでは負ける気がしないな」

講師「ちょっと見ない間にうまくなってるかもよ?」

不良2「ないない」アハハ





俺達は逃げるようにライブハウスの出口で集まった。

会長「完敗だな、私のベースが完璧だったとしても負けたよ」

男「会長は本当にベースやるんだ」

随分とまぁ、お上手になったもんだ……それでも本番には時間が足りないだろう。

男「またあのバンドと競うなら勝ち目は無いな、俺が審査員なら間違いなく学生枠はあの人たちだよ」

不良「やけに饒舌だな、次は分かんねーよ」

男「ないない」アハハ

不良「はぁ?」

笑いが出てくる、姉はなに好きなように歌ってんだよ。
これじゃあまるで俺だけが両親に差別されていたかのように、嫌、きっと差別されていて嫌われていて尚且つ見捨てられていたんだろえな。
何を思い描いていたんだよ、何を目指していたんだ。
冷静になればなるほど自由に歌っている姉が脳裏に浮かぶ。

不良「何簡単に諦めて……オイ!」

不良「男!聞いてるのかよっ!!??」

違う、本当は気付いていたんだ……父と母が普段足を運ぶ筈もない“低俗”な集まりで姉を応援していたという事に。
俺は偶然にも見てしまった、目が見えなければ良かったのに。

男「笑ってた……」ボソッ

不良「どうしちゃったんだよ…… もう」

男「加えて大人達の演奏、凄いよなぁ、すごい盛り上がってるし」

男「この人達よりも優れていなければならない、学生バンド枠なんて考えていたら論外だよ。あいつらは大人達と同等……それ以上だった」

男「だから言っているんだよ、無理だって」

…………

無理なんだ。

作曲「で?それだけ?」

男「――えっ?」

普段の作曲先輩からは考えられない鋭くて端的な物言い、正直に言うと呆気に取られてしまった。

作曲「私、今までずっと諦めてたんだ……でも……もう諦めるのは嫌!!」

部長「っ!」

作詞「……あんな作曲は初めてだよ」

作曲「責任取って…………私を……皆を本気にさせた」

何も言い返せないけど、もう限界だった。

不良「これで終わりなのか?」

男「……お前、友達に無視されたのにどうして平気なんだ?」

不良「どうせ仲直り出来るからな、あいつらもちょっと変な事考えているだけでさぁ……お前に心配されなくとも大丈夫だっての……そんな事気にすんなよ」

俺と両親は――

幼馴染「馬鹿ね、良くあるでしょ?」

ダブルフェイスもそうだった、あれだけ険悪だったにも関わらず最後には仲直りしていた。

俺は仲直り出来るのだろうか、認めて貰えるのだろうか。

分かって貰えるのだろうか――

副会長「私、このままでは悔しいです」ギュッ

悔しいか、贔屓目なのかも知れないけれど確かに副会長は必死に叩いていた。

会長「わざわざ男の手を握る意味があるのか?」

副会長「手が震えていたので不安なのかと思って……すみません」

会長「……そうなのか」

不安?

俺は不安なのかな。

男「幼馴染は会長のバンドで弾けよ、その方が良い。会長のベースよりも可能性がある」

幼馴染「嫌よ、あんたいつまで弱気になってるの?いつも通り、偉そうに講釈を垂れながら改善点を指摘しなさいよ」

男「今のままで居ても意味なんて――」

幼馴染「あるに決まってるじゃない、私今のバンド気に入ってるもん」

男「気に入ってるってお前……そんな軽い気持ちで……」

幼馴染「自分のお姉ちゃんに負けたの、そんな悔しいの?」

男「っ!」

幼馴染は気付いていた。

男「違うよ……」

幼馴染「そう?ならどうして?」

何を言っても苦し紛れになってしまいそうだった。

幼馴染は何も言わずにじっと見つめ、副会長は俺の手を優しく握ってくれていた。

男「どうやっても無理だと思ったんだ、勝てる気がしない。全員が上手だし何よりもあのドラムがあまりにも凄いから……」

部長「……」

幼馴染「無理な訳ないわよ」

幼馴染「努力でなんとかなるなんて綺麗事を言うつもりは無いけれど、寝ないで頑張って来たじゃない」

男「しっかりと寝てるよ」

幼馴染「気付いてると思うけど……目のクマが酷いから」

それでも毎日3時間は寝ているんだ、知ったような口で……

男「目を擦りすぎただけだよ、それでも毎日3時間は寝てるよ」

幼馴染「馬鹿なの!?もっと寝なさいよ!!」

男「終わったらしっかり寝る予定だったんだよ!」

幼馴染(ソニアみたいに自分を削って……男はやっぱり外見も性格もソニアに似てるわね)

男「時間が無いんだよ!!曲とか演出とか誰のどこを直すとか考えていたら時間がいくつあっても足りない!!」

男「お前と作曲先輩はとにかく!他の三人は……」

副会長「……いつものように言ってください。お気になさらず」

男「……」

副部長「頑張るから大丈夫……だよね?」

男「……」

部長「今更気にすんなよ」アハハ

言える訳が無い。
全員が努力しているんだ、嫌な思いを沢山してからあのステージに立っている。
そんな人達を侮辱する権利なんて今の俺には一つも無い。

幼馴染「最低……」

部長「いや、俺が悪い。正直に言うと俺が足を引っ張っている事には気づいているよ」

作詞「そうかい?部長の歌に関しては前よりもずっと上達しているように見えるよ」

作曲「部長だけではない……全員がそう。私だって……」

不良「大体よぉ……」

不良「お前の姉だからとか、どうとかは知らないけどよぉ……今の自由天文部を取り巻く環境を作り出したのは男なんだからさぁ」

不良「責任?取るべきだろ?」

男「責任……」

今こうして各自が上達しているのは俺のおかげで、俺が居なければ今の状況なんてありえなかった。
それなのにも関わらずこの人たちは心が折れてしまった人間に対しての責任を求めている。

責任とはなんだ……?

男「なんだよ責任って?俺のおかげでここまでやれるようになったくせにさ」

不良「最後まで引っ張れって事だよ」

男「っ」

部長「俺が言うのもなんだけどさ、お前が居なくなったら自由天文部は終わりだよ」

副部長「そうだね!私もまだメインとして輝けてないよ」

幼馴染「見返してやりなさいよ、姉の事」

男「……」

元々は会長に勝つ為に始めた事だった事を思い出した。
そうだ、俺のエゴで始まった事なんだ。

会長はとにかく姉にはどうしても勝てる気がしない。

そもそも勝つとはなんだ?


男「姉は俺よりもいい歌手だ、現段階ではとても……」

会長「え?そうなのか?」

なんだ?この人はまたとぼけているのか?
怪訝そうな顔で俺を見ないでくれ、腹が経つ。

部長「自己評価低いのな」

幼馴染「あ~……通り一人勝手に諦めていると思った」

幽霊部員「男君のお姉ちゃんが居るバンドはバンドとして優れているだけで、男君個人は――」

ワアァァァァ

幽霊部員「あっ、いい曲っすね」

部長「すげぇ……」

新しい演奏が始まる。
客が盛り上がっている中で喧嘩をしているのは俺達だけだった。
皮肉にも盛り上がりは最高潮に達しようとしていた、ロック・スターの本命バンドだ。

「今日はありがとう!」

「ロック・スターでも頑張るよ!」

ワアァァァァ

「今日は学生もいい演奏してたしさ、せっかくの機会だ!」

幽霊部員「こほん……話を戻すとして」

「各パートで今日一優れてた奴で即興のバンドを組もうぜ!」

ワァァァ!!!!

幽霊部員「――男君個人はお姉ちゃんよりも」

「ギターは俺で、キーボードは〇〇さんで、ベースはお前だな……で、ドラムはメガネ君かな?恥ずかしがってないで早く来いよ!」

「ボーカルはもちろん」






幽霊部員「――ボーカルとして上っす」


「そこの可愛い女の子にやってもらおう」ビシッ





会場がどよめきと共に騒ぎ出す。


観客全員が俺達の事を見ている。
出口に立っているのは不味かったか?

部長「ボーカルで可愛い女の子だってさ、俺たちの方を指さしてる」

男「会長、呼ばれてますよ?」

「ごめん!名前が分からなくて!ほら!早く来て!」

会長「男、呼ばれてるぞ」

男「え?俺?」

副会長「男君以外居ませんよ」

副会長の手がするりと解けた。
潤んだ瞳で見据えられている。

「ほら早くステージ上がって!」

思わず自分自身を指さしてしまったがそもそもなんの事かが分からない。
どうして呼ばれているのかも俺に注目しているのも全く理解出来なかったが、言われるがままに再びステージへと上がった。

「今日イチ良かった奴で即興バンドするって事にしたんだよね、何歌える?」

「ロック・スターでは負けないぜ!」

男「!」

男「――なんでも歌えますよ」

>>306
訂正

幼馴染「男、幽霊部員と副会長を入れ替えても良いかしら?」

男「ダメだね、俺達のバンドには副会長と幼馴染が居る分揉め事が少なくて済むだろうけど仲良しこよしでは無いってさっきも言っただろう。ねぇ?部長」

幼馴染「男、副会長と不良を入れ替えても良いかしら?」

男「ダメだね、俺達のバンドに副会長が居る分揉め事が少なくて済むだろうけどあくまでも仲良しこよしでは無いってさっきも言っただろう。副会長と不良と入れ替わったからと言って揉めることが無いなんて言えないだろう?部長」

ステージの上……

つい先程、俺はこの場所に立っていたがまるで見える景色が違う。
澱んで見えた照明、崩れた泥人形だと思っていた観客達が今では鮮明に人間に。

あぁ……俺は優れていた。
この場に居るボーカリストの誰よりも優れている。
歌だけでは収まらないだろう、華だってあるに決まっている。
華よりも華らしいさ。

「ねぇ、どうしてサブなの?」

「君ならメインやったほうがいいっしょ」

男「簡単ですよ、そんな事」

答えてやろうかと口を歪めた瞬間にけたたましいギターの音色が会場中に響き渡った。

「ごめん!始めちゃった!」

男「……」ニコッ

姉が見ている。

姉(かわいい)

今こうしていられるのも今の内だ。俺と競った事、産まれてきた事を必ず後悔させてやる。

俺だけが勝っても意味はない、勝つなら全員で完膚なきまでに“足手纏いの部長達”がいる状況で勝たなければ何ひとつも意味が無い。

おっと、もう俺の番が来たようだ――

翌日、メンバーに対する俺の要求は更に増えた。

男「幼馴染、昨日の威勢はどうした?もう嫌いになってしまったか?」

幼馴染「一人で勝手に凹んではしゃいで、あんたどうしようもないわね」

男「俺が悪かったからこのパートをもっとスムーズに弾いてくれよ」

幼馴染「待ちなさいよ、出来るようになるから」

男「幼馴染、お前は愚か者とお利口さんのどっちになりたい?」

幼馴染「お利口さんに決まってるじゃない」

男「今のお前は愚か者だよ、どうして“あとどれ位で出来るのか”を具体的に答えない?」

幼馴染「なっ…」

男「もういいや、おまえなら後30分もあれば出来るだろう」

幼馴染は出来るだけ焚き付ける。
幼馴染の性格上、ストレスを与えれば与える程発奮するのも分かった。

必ず姉達には勝たなければならない、俺の歌だけでは微かな可能性のみになってしまう。
だからこそ他のメンバーにはなんとしてでも上達してもらわなければならない。

>>380
訂正

だからこそ他のメンバーにはなんとしてでも上達してもらわなければならない。

だからこそ他のメンバーにはなんとしてでも上達してもらう。

男「部長、昨日はどう思いましたか?」

部長「負けたなって」

男「悔しくないですか?」

俺は分かって聞いている。

部長「そりゃあ……」

男「何も感じないなぁ、悔しさ」

男「普通なら足を引っ張っているなんて口が裂けても言えませんよ?」

部長が変わるのは時間の問題だと思っていたが、思っていたよりも“ 遅い”。

声も良いし歌もそれなりに出来るのにこの体たらくを続けているのは正直に言って理解に苦しむ状況だった、部長だって才能はあるのだから俺がどうにかしてあげなければならない。

男「事実ですけどね」

部長「……」

男「もしかしてメインボーカルやってるの嫌なんですか?」

部長「んなことねぇよ」

部長はここまで言われるとようやく苛立ちを見せた。

男「部長」

俺は正直に言うと部長の事は尊敬している。
最初は無計画で外面だけの木偶の坊、実力も無ければやる気もない人間だと思い込んでいた。
しかし、俺が知らない部長は環境に振り回されて、もがいて、しがみついていた。それでも部員間の距離は開く一方で、肝心である練習もロリ先輩に合わせた結果は言うまでもない……

部長「ちっ、次は何すればいい?」

作詞先輩は要領がいいからこそ、この男の優しさに嫌気が差していたのだと思う。どう考えても作詞先輩の方が人の上に立つべき人間、作詞先輩が仮にこの部活の“部長”になった場合真っ先に行うべき事がある。

それはロリ先輩を切ってからライジングロック出場バンドのメンバーを実力者で固めてしまい、練習をそのメンバーだけで行うと言うもの。
俺のイメージする“本当の”作詞先輩は恐らくそうする。
人を見る目には自信がある、あの人は必ずリスクを切る合理主義。

それでも練習に関しては狙ったのか狙わなかったのか、その通りになっていた。
作詞先輩の狙いなのか、はたまたロリ先輩の狙いなのかは分からない。
きっと部長は全員で練習しても良いと考えていたと思うけど、知らずの内にそういった状況が作り出されていたのだろう。

男「部長なんだから部長らしくしてよ」

そんなどうしようもない状況で部員達から悪態を突かれてなおかつ不信の目で見られても自分自身で全てを抱え込み、一度は何も言わずの去ろうとした本当の意味で優しい人間を尊敬できない筈が無い。

そんな部長を見てきたからこそ分かる。
部長は自由天文部の良心、“部長”になるべき人間。
卒業していった先輩方が選んだのだ、自由天文部の部長としてこれ以上相応しい人は居ない。

部長「あっ、あぁ……?」

きっと一番悔しいのは部長本人だ。

この人は必ず物になる筈だと俺は信じている。







同時刻、部室。

作詞「昔、私はねロリちゃんを追い出そうとしていたんだ」

会長「どうしたんですか、急に」

作詞「そろそろ話しておこうと思ってさ」

不良「以外とえげつねーなお前」

会長「貴女ならやりかねませんね、当時の副会長の気持ちを思うだけで心が苦しい」

作詞「あはは、面白い事を言うね。そう見えるかな?」

会長「少なくとも生徒会長時代のあなたを知っていたらそう思いますよ」

不良「え?こいつ生徒会長だったの?」

幽霊部員「生徒会長として話す時とこの部室にいる時は全然キャラがちがったんすよ~?あっ、部室では今みたいな感じっす」

幽霊部員「前はどうしてか部長と喧嘩ばっかだったっすね、気に食わなかったんすか?」

作詞「ふふっ、私は彼の優しさが大嫌いだったのさ」

作詞「でも、その優しさが結局は正しかったな――」

作詞「この部の部長だって本当は私が務めると“思い込んでいた”のさ」

不良「ふーん?」

作詞「そう、あの時は――」

会長(いつもは作詞先輩の長い話を聞く人間なんて一人も居なかった。けど、今から明かされる過去だけは別だった)





一年前

作詞「君、この資料は何?」

「へ?」

作詞「三箇所も誤字がある」

「あ、す、すみません」

作詞「私はこれから用事があるのにも関わらず君の手助けをしなければならない。生徒会長だからね?分かるかな?」

「あ……ぁあ……うぅ……」

作詞「それに比べて見てごらん?あの二人は真面目に仕事をこなしているよ。同い年だよね?」

「ひぃ……」

作詞「見てごらん?」

「え?」

作詞「ほら、簡単なところで間違えてしまってる。君は抜けが多いからしっかり書類を見て書けば良いだけだよ、普段は真面目なのに勿体ないじゃないか?」

「かいちょお……」ウルウル

作詞「ほら、涙拭いて鼻かんで。ほらハンカチ」スッ

「……」チーン

作詞(私のハンカチで涙を拭くのはいいけど鼻をかむのはおかしいよね?……)

作詞「急いでいるから先にいくよ、ハンカチはあげる」

「ありがとうございますぅ……」

作詞(生徒会長が私の役割、求められる仕事をこなして求められる人であろうとする)

作詞(とんだピエロだよね)

作詞(だけれどもあの場所、自由天文部なら私は私らしくなる事ができる)

作詞(今回のライジングロックは散々だったそれでも次、廃部がかかっている来年こそ――)





作詞「やぁ」ガチャ

部長「よう」

副部長「あっ!作詞ちゃん!待ってたよ!早くギター教えて!」

作詞「ふふっ、仕方がない後輩だね?私の練習時間を平気で奪おうとする。しかし、それでも私は構わないよ、何故なら君の上達こそがこの部の未来を左右すると言っても過言ではないのだからこそ私は今こうし――」

幽霊部員「あっ、幼馴染ちゃんが珍しく来てるっす」

幼馴染「あんたにだけは言われたくないわよ」

副会長「すみません、遅れました」ガチャ

作詞「珍しいね、どうしたの?」

副会長「珍しくあの人が生徒会を休んだから、私が代わりをこなしたのもあったので」

作詞「へぇ……そういえば珍しく居なかったね。どうしたんだろう?」

作曲「……」

幼馴染「あれ?ロリはどうしたの?珍しく居ないわ」

「えっとまぁ、なんだ、今日は休みだよ」

作詞(この時、ロリちゃんが病魔に侵されている事も留年を繰り返している事も知っているのは二年生と三年生だけだった。そして今日は先輩方が引退する日でもあった)

「こほんっ」

部長「先輩が話したいってよ」

副部長「あっ!ごめんね先輩!」

「こいつら……まぁいいや」

「今まで後輩に恵まれてきたと思うよ」

部長「なんだよ急に」

「私達もやめることになるから改めてな」

作曲「最後だけ良い人……」

部長「あんたに殴られてきた事は忘れないわ」

「やかましいわ」

「それで、まあ次の部長だけど私たちは三年生誰かにやってもらいたいと思っている」

作曲「私は論外」

幽霊部員「そのとーり!」

幼馴染「作曲だけは無いから事実上、部長か作詞ね」

「作曲はそう言うと思ったけどたまにはお前も怒れよ?」

作詞「私と部長……」

部長「俺パスー」

「最後まで聞けって、殴るぞ」バキッ

部長「殴ってる!殴ってる!」

作詞(正直言って私が適任だろう。人をまとめる事は得意だし来年に向けての指針も固めている)

「そこでだ」

「作詞、前に言ってた事は本気なのか?」

作詞「はい」

作詞「体調を壊しがちでよく休むロリ先輩を今後一切練習に含めない事」

幼馴染「何それ?どうせ卒業でしょ?」

副部長「過激だねー、もう引退だよね?」

副会長「理解が追いつきません。副部長の言う通りでは?」

作詞「いや、彼女は来年も居るよ?どうせ留年だからね」

「おいおい、やめろっての。こっちから話す」

作詞「続けますね」

作詞「今後活動するメンバーはメインだけでやりたい」

作詞「私、部長、幼馴染、幽霊部員、副会長……あとは作曲担当、よろしくね?」

作詞「幼馴染と幽霊部員は出来るだけ出てね?」

作曲「……」

部長「おい、黙って聞いてれば好き放題……何考えてんだお前?」

作詞「何って現実さ、こうした方が良いに決まっている。時間は残されていないのに“今までのように”無駄な時間を過ごすつもりかい?」

部長「……てめぇ!」

部長「副部長はどうする!?たった一人で……」

作詞「皆を手伝えば良いじゃないか?それとも私よりも上手くなれるのかい?」

作詞「たったの一年で」

部長「分かんねぇだろ……そんなの」

作詞「分かるさ」

副部長「あはは~」

作曲「……」ナデナデ

副部長「ありがとう作曲ちゃん……分かってるけど悔しいね」

部長「ダメだ、全部許せねぇよ」

作詞「ロリについても許せないのかい?」

部長「当たり前だ、あいつが居てこその“自由天文部”だろ」

作詞「そのロリのためなのにどうして?」

部長「俺達にはあいつが必要だし、あいつ抜きには何も進まねぇ。お前がロリに誘われなきゃ今こうして話してなかった」

部長「せめてロリを居させてやれ」

作詞「呆れたよ……また倒れ――」
「やめろ!」

作詞「……」

部長「……」

「私達、卒業していった人達もお前と同意見だよ」

作詞(先輩達全員が部長を見ている)

「お前が部長をやれ、作詞は部長を支えてやれ。じゃっ帰るね」

部長「……」

作詞(帰ってしまったか)

作詞「部長、今からでも遅くない。お互い頭に血が上っていたんだ。私の言う通りにしよう、必ず結果が出るさ」
部長「断る」

作詞(こうなってしまった以上、部長は頑なだ。何を言っても無駄)

作詞(正直に言うと私の方が言っている事は正しいと思っている。ロリちゃんにこれ以上無理させないためにも)

作詞(あっ……そうか)

作詞(私は自分自身が考えている本当の気持ちを何一つ話していなかった)

作詞(副部長にはこれから入る新入生と頑張って欲しい、次の部長を任せたいなんて一度でも話したか?)

作詞「ち、違うんだ……私は決して」

部長「正直さ……お前ってギターもすげぇ上手だし頭も人一倍キレるから尊敬してたよ。でも、今日は流石に軽蔑したわ」

作詞(自由天文部でならありのままで居られると、本当の自分で人と向き合えると思い込んでいた)

作詞(でも違った)

作詞(周りに甘えていただけだ)

作詞(勘違いした結果がこれだ)

幼馴染「私は誰が上でも良いし私には関係無いけど……ロリの事は見てあげてよね」

幼馴染「私は他の事で忙しいからこれからも顔を出せる回数は少ないわ、じゃっ」

ガララッ

作曲「私も……気にしない……曲はこれからも家で作るから安心して」ニコッ

作詞「えっと……うん……今回の所は去ることにするよ。ただ、これからの活動は嫌でも君達のみになってしまいそうだね」ハハッ

部長「好きにしろよ」

幽霊部員「え~!?辞めるんすか!?幼馴染ちゃん含めた三人のバンドはどうするつもりっす!?」

作詞「……辞めないよ、ただでさえ人が少なくて廃部の危機なんだ。ライジングロックを見届けるまでは辞めない。それに、これからは作詞に専念しようとも考えていたんだよ。副部長はライジングロック頑張ってね」

幽霊部員「なら良かったっす~」

作詞(当てつけのような言葉を吐いてしまった。最低だ、私は)

副部長「そんな……」

作詞「じゃあね、暫くは頭を冷やしてるよ」

作詞(このままここに居たら泣いてしまいそうだ。どうして私は……)





現在

幽霊部員「そんな事があったなんて……」

作詞「君はあの時居たからね?どうして覚えていないのか逆に聞きたいよ」ピクッ

幽霊部員「う~ん、思い出せない」

不良「あんたも前はキツいとこあったんだな、ロリに出るななんて普通は言えねーよ」

作詞「うん、あの時の私はどうかしていたし実を言うとロリちゃんの身体も今程悪いとは考えていなかった」

作詞「当時の私は自分自身の事しか考えていなかったんだよ」

会長「結果的には正解だった」

作詞「結果論さ、部長たちの停滞もね」

不良「そういや幽霊部員はどうして、今までは部に出なかったんだ?」

幽霊部員「……」

幽霊部員「自由天文部の事は大好きっす。でも、部長のバンドには何も惹かれる物がなかったんす」

幽霊部員「毎日顔を出すのが苦痛で苦痛で……」

不良「聞いといて悪いけど想像通りで安心したわ」

幽霊部員「怒らないんすか?」

不良「もう慣れたわ、少なくとも今は気に入ってんだろ?」

幽霊部員「……優しいっすね」

不良「はぁ!?気色悪いわ!」

作詞「ふふっ……このバンドで良かったな」

会長「……」

作詞「全員が愚直だよ、こんな事は滅多に無い」

不良「愚直って……そんな立派なもんじゃねーよ」

不良「色々あって追いつけてないだけ……」

不良「それに最初は男、会長、ロリと一緒にやってたのが今では最近まで知らなかった奴らとやってるからな。ほんと、何があるかわかったもんじゃねーよ」

会長「全くだ」

幽霊部員「それはそうと男君は急にどうしちゃったんすかねー?」

作詞「女の子の真似をするようになったよね」

不良「前から気付いてたけど……吹っ切れるなんて……」ボソッ

会長「何か言ったか?」

不良「い、いや!何も!」

幽霊部員「気分的に女の子の格好をしないと歌えないんすかね?女性の歌ばっかっすよね」

会長「どうだろうな」

作詞「それにしても男君は素晴らしいよ、今の体制をいとも簡単に作ってしまった」

不良「あんた的には正解なのか?」

作詞「うん、私が過去にしようとした事をなんのわだかまりもなく実現した」

会長「わだかまりか……」

作詞「あれ以来会長は男君と話していないね、喧嘩しているのかい?」

会長「……分からない」

不良「男も変わったからな、会長に対しての当たりは特にキツいわ」

幽霊部員「分かるっす!ツンツンちょいデレがツンツンツンっすよね~!」

作詞「ははっ、思春期男子だね」

会長「……」

会長「結果的に全員が団結しているのは男のおかげだが」

作詞「露骨に話を逸らさないでよ、今気付いたけどタメ口と敬語のどちらなのかハッキリして欲しいな。聞いてる?」

不良「最近は男の事になるとすぐにおかしくなるんだよな」

幽霊部員「ふーん」ニマニマ

幽霊部員「好きなんすか?好きなんすか?」ネェネェ

会長「うっ、うるさいな……好きとかそんな事では……ない……だろう」モニョモニョ

女「うーん……青春って奴だね」

不良「居たのかよ!」

幽霊部員「最初から一緒だったじゃないっすか」

女「好きとかだか聞いてると……懐かしいな」ボソッ

作詞(それよりも気になるのはこの人は一体誰なのかと言うこと、間違いなく私の一年二年ちょっと上ではない)

作詞(もっと上?ロリちゃんなら知っているとは思うけど中々聞き出せない)

幽霊部員(あ~、作詞ちゃんが勘繰っている……お姉ちゃんから全部聞いているなんて言い出せないしなぁ)

会長(私が男を好き?そんなはずある訳ない。男が私を心配させるのが悪いだろう、同じバンドのメンバーだから気になるに決まっている……)

会長(同じバンド……?)

会長(今は違う)

会長(元、だ。恥ずかしい……いや、そもそも何が恥ずかしいのか分からない――)グヌヌ

作詞(そもそも今のロリちゃんは会長だけに身を捧げている気すらしてしまう)

女「ねぇ、会長……だよね?名前」ゴキュ

会長「……はい」

幽霊部員「あっ、また変なの飲んでるっ」

女「水筒なら酒ってバレない……」

幽霊部員「アル中っすね」

女「私も好きな人、居たんだ」

会長「私も?言い方がおかしい気はしますが、続きを聞きましょう」

幽霊部員(それは……気になるっす。同じ自由天文部の初期メンバーっすかね?)

女「今のこの時間も、場所も私が作った……作ってしまった……」ボソッ

作詞「えっ?」

女「なんでもない」

女「それよりも……好きな人には告白した方が良いよ。何かを達成したらなんて特にね……勇気を出すためにある目標なんていうのは目標が大きければ大きいほど叶わない」

女「つまりさ、高校生なんて付き合った後からでも仲良くなれるよ……」

女「当たって砕けよう?」

会長(……目が澱んでいる)

会長(嫌な事ばかりを経験してきたのか、そんな目が信ぴょう性を持たせている)

幽霊部員「悪い奴に見えるっすよ」

会長(そもそも私は好きな人なんていないから全くもって見当違いな話なのだが)

作詞「これは参考にしない方がいいよ」

会長(酔っぱらいとは皆こうなのか、歳は取りたくないな)

会長「そもそも、好きとかそんな訳がない」

女「……」ジロッ

女「ねぇ、ベースは君がやるの?」クルクル

会長「やむを得ず、私がやる事になりました」

幽霊部員(あぁ~!なんだか恥ずかしいっす~っ!ゾクゾクする~っ)ワシャワシャ

幽霊部員(それもこれもお姉ちゃんのせいっす……帰ってこなければ良かったのに~っ)

幽霊部員(聞かなきゃ良かった……聞かなきゃ思い入れなんて何一つなかったのに)

幽霊部員(らしくないっすよ、ほんと)







数週間前

女「幽霊部員……今までありがとう……じゃっ」ググッ

ズルズル

幽霊部員「ちょっと!どうしてお姉ちゃんが帰って来るって言ったら急に出て行こうとするんすか!」ググッ

女「お姉ちゃん……は関係……ない」ニヘラッ

幽霊部員「笑顔が凄くギギギッてなってるっす!!それにうちを出ても野垂れ死ぬだけっすよ!!」ギュゥゥ

女「それもまた……一興」ググッ

幽霊部員「お姉ちゃんから逃げ出す事をあたかも大河ドラマの主人公みたいにカッコつけんなーっ!」グイッ

女「べ、別にキーボードは関係無いし……引っ張って止めないでよ……服が伸びる」グイ-ッ

幽霊部員「私の体操着を着て何言ってんすか!!!って、ほら!やっぱりお姉ちゃんの名前知ってる!!なんで知ってるんすか!!あんた誰っすか!!?」ググッ

ガチャッ

キーボード「ドアがちゃー!おろ?幽霊部員は玄関でなにして……って女ぁ!?」

女「」

幽霊部員「ねぇちゃんもやっぱり知ってんすか?」

幽霊部員(あっ、空気が変わった)

幽霊部員(他人が怒ってたり悲しんでたりしても分からないけど、お姉ちゃんは別。些細な感情の変化でさえ分かる)

キーボード「いままで何してたのかい?」

女「どちら様?」

キーボード「ぴきりっ、女でしょ?」

女「人違いですよ、私と貴女は他人です」

幽霊部員「自分で女って言ってたじゃないっすか」

女(少しの間タダ飯にありつけたら良いと考えていたけど、居座るタイミングを完璧に間違えたな)

キーボード「幽霊部員、“コレ“が自由天文部を作った人」

幽霊部員「まじっ?“コレ”が伝説の先輩?」

キーボード「ピッコーン。ロリも現役達に名前までは教えなかったみたい、よかったね」

キーボード「全く、勝手にひきこもって退学してさ連絡一つも寄越しはしない」

女(あーあ、そりゃあキーボードも怒るよな)

女「……ごめん」

キーボード「謝らなければいけないのは私たちの方だよ、いろいろ背負わせてごめん」

女(嘘だ、“あの時”盛大に過ちを犯した私に怒らない訳がない)

キーボード「ロリもドラムも女に謝りたいって、ずっと言ってる」

女(吐きそうだ、今更どの面を下げて会えばいい)

女「……ごめん」カタカタ

幽霊部員(震えている、ロリちゃんやお姉ちゃんから聞いていた“伝説の先輩”とはかけ離れた姿。少なくとも私たち現役の部員が聞いてきた上での女先輩像はもっと豪快で自信に満ち溢れている印象を全員が持っている)

女「会いたく……ない、ほんとにごめん」

幽霊部員(実際にはあまりにも弱々しい)

キーボード「そっか、仕方ないよね。うん」

キーボード「――吸う?」

女「……うん」

幽霊部員「あー!リビングでたばこ吸ってる~」

キーボード「モクモク。今日だけ今日だけ、どうせお母さんもお父さんも帰ってこないしー」

幽霊部員「プンプン。今日だけっすよ」

女「……」

幽霊部員(二人とも落ち着いたようにようには見えるけれど吸うペースが異常に早い。本当は緊張をしているのだろう)

キーボード「クルクル。変わったね」

女「……」

キーボード「女」

女「あぁ、私?」

キーボード「うん、顔と声以外全部変わった」

女「そうだね」

キーボード「……」

女「……」

幽霊部員(興味半分でこの場所にいるけれどすっっっごく居心地が悪い……コンビニでも行こうかな)

女「キーボードも変わったね……昔よりずっと落ち着いている」

キーボード「うん……よく言われる」ニコッ

キーボード「あれからなにを?」

女「あー……先輩に会わす顔が無いと思ってさ、ずっと逃げてた」

キーボード「逃げてたか……先輩って、あの創設者の?」

女「うん、無理やり歌詞まで書かせたし」

幽霊部員「キョトン。創設者?女さん以外に居るの?」

キーボード「ふっふっふ。本来の天文部としての元祖創設者が居るのだよ、女は“自由”天文部の創設者」

女「元々は普通の天文部だけど、部員が足りないから軽音楽部を混ぜたんだ」

幽霊部員「そっ、そういうことだったんすね……」

女「先輩が好きな天文部を残すためにね……でも廃部の危機なんだよね」

キーボード「女、それがね……」

幽霊部員「それだったら話は早いっすね、“天文部”は残るっす」

女「……え?」

キーボード「私の妹、すっっごく頭いいから奨励賞とか最優秀賞とか総ナメにしてさ」

幽霊部員「顧問のおかげっすよ~」

女「って事は、当初の目的は……達成?」

キーボード「図らずしもそうなるけど……」

キーボード「自由天文部は無くなるんだよ?」

女「そういう事か……まぁ私としては……」

キーボード「ふんす。ロリが今も待ってるのは知ってる?」

女「うん、でもべつにもう良い……」

キーボード「――ワケ」

幽霊部員「あっ、完全に怒った」

キーボード「良い訳無いでしょ!!!」

女「……」

キーボード「ロリが今までどんな気持ちで待ってたか分からないの!?」

キーボード「貴女が何も言わないから“自由”天文部を残そうとして何度も何度も留年してたんだよ!?」

キーボード「どうしてか分かる!?」

キーボード「“女が”作った自由天文部を残すためだけに!!それだけのために人生賭けてたんだよ!?」

女「べつに、そこまで頼んじゃ」

キーボード「!」

幽霊部員(乾いてるけど凄い音……お姉ちゃんが人の顔を叩いた所なんか初めて見たっす)

キーボード「……ごめん」

女「いいよ、母親で慣れてる」

キーボード「これだけは言わせて貰うけど……ロリの身体が悪いのは知ってるよね?詳しくは聞いていないけど、ドナーが見つからないと死んじゃうって」

女「えっ?」

キーボード「この前、倒れちゃってもう楽器も弾けないんだってさ」

女「あいつ……どうして……」

キーボード「無理に会えとは言わない、でも」

キーボード「女の後に入った後輩達も皆、全員が女の、あなたの夢にかけて……破れていった」

キーボード「ロリは皆の涙を見てきたの……本当に強い子だよね」

女「……」

幽霊部員(女さんは黙りきってしまい、私達に背中を向けると更にもう一本たばこを吸った)

女「馬鹿……」

キーボード「どうするの?まだしばらくは匿うけど、このまま逃げ続けるつもり?」

女「現役に一人、センスある子が居る……」

幽霊部員「会長の事っすね」

幽霊部員「ちなみにベースも会長がやる事になったっすよ」ニコ-ッ

女「!」

女「……その子に歌くらいは教えてあげようかな……それしかできないし」

キーボード「――!」

女「あっ、お酒は用意してね……」

キーボード「喉は大丈夫なの?」

女「母親が……すぐに病院に連れてってくれたおかげで無事……」

女「キーボードとドラムはあれから何を?」

キーボード「私は留学したりして、外国で演奏してるよ」

キーボード「ダンッバンッ。ドラムは会社員やりながらソロで活動中……私達は待ってるよ、女の事」

女「もう、ギターなんて弾けないよ……」




現在

幽霊部員(あんな事を聞いたらそりゃ、この部のために尽くさなきゃって私ですら思うっすよ……ほんと)

女「ねぇ、歌って誰から教わってるの?」

会長「え?」

女「いや、もしかしてとは思うけど……うぅん、なんでもない」

会長「○○駅のスタジオの――」

女「っ!」

女「そう、いいよもう」

会長「自分から聞いておいてその言い草は些か理解に苦しむが――」

女「ごめんごめん、なるほどね、うん納得」

ゴキュゴキュッ

クシャッ

幽霊部員「あっ、飲み干した」

作詞「なんなんだい?あの人は全く……」

女「歌、全然ダメだから教えてあげるよ」

女「本腰を入れて……ね」

会長「……お言葉ですが、貴女に教わろうとは全く思わない」

会長「普段の貴女からは何も魅力を感じないし、借りを作りたくも無い。破綻者から教わることは何もない」

女「言ってくれるね、私のセンスと実力……感覚で分からない?」

作詞「私も会長と同意見かな」

幽霊部員「前、聞いた事あるけどあの人は会長より歌やべーっすよ」

女「~♪」

会長「!!」

会長「あれは……先生がいつも練習の時に歌う曲」

会長「偶然か?」

女「まぁ……まだ私の方が歌えるね」

会長「……正直驚いてます」

女「そうかな?じゃあ……教えるよ?」

会長「これは……真面目に聞くしかないようですね」

女「自分より出来る人から教わるのは当然の事、世の常だよ……ちなみに音楽が凄い人は皆破綻者……」

作詞「偏見が凄いね、実力は認めるけど」

幽霊部員「なるほど、作詞ちゃんのギターが凄いのも…… 」

作詞「ん?君のキーボードほどでは無いよ???」

会長(あの歌い方……先生と瓜二つ、まるで生き写しかのようだ)

作詞(凄く荒荒しく歌っていたけれど並々ならぬ下積みがある。技術がある上で激しくしている)

幽霊部員(凄い声量、窓が割れるかと思った……何はともあれ)

幽霊部員「会長!女さんの言う通りにした方がいいっすよ!」

会長「分かってる!」

作詞「音楽以外でも素直だと可愛いんだけどねぇ……ははっまぁ彼女には土台無理な話かな」

幽霊部員「作詞ちゃんと不良ちゃんもうかうかしてられないっすね」

不良「やっと名前で呼びやがった」

作詞「君に言われるまでも無いよ」

幽霊部員「うーん、なんか違うんすよね~エモさが無いというか、曲に対する思いが足りないと言うか……このままだとダメな気がするんすよ」

幽霊部員「キリッ!じゃなくて、グイッて感じ?顎クイじゃなくて壁ドンみたいな」

不良「なに言いたいのこいつ」

作詞「急にやる気を出しても何を言っているか分からないのが玉に瑕なんだ」

不良「言うほど玉にか?」

幽霊部員「言語化すると、不良ちゃんはもっと力強く鳴らすことも覚えた方がいいって事っすね。例えばだけど二曲目予定のサビの切り返し部分でいつも曲に似合わない繊細な叩きになってるんすよ」

幽霊部員「作詞ちゃんは単純にBをB7にしないでBでやりきって欲しいっす。作詞ちゃんなら弾けると思って作曲ちゃんも忙しい中でこの曲を作ったんすよ!きっと寝不足っす!」

作詞「うっ……痛い所を……皆の歌詞を書いてる私も寝不足だけどね」

幽霊部員「つべこべ言わないでやるっす!」

不良「ちゃんと話せるじゃん」

不良(しっかし、まぁこいつが天才とか言われてる理由が分かる気がするな)

不良(センスが段違いとしか言いようがねーよな)

不良(あのいけ好かない眼鏡野郎と同じ……私はアイツに勝てるのか?)

不良(いや、勝つか負けるかじゃねぇだろ)

不良(――全員でやってやるんだ)

作詞(私達なら本当に成し得てしまうかも……ね)

作詞(しかし、最大の長所は会長であると同時に最大の短所も会長だ)

作詞(ベースはロリちゃんの指導の賜物かな、本当に上手になった。しかし、それでもロック・スターのレベルではない)

作詞(会長が1番わかっているのは重々承知の上だけど私は心配だ、歌っている場合なのかどうかね)

作詞(違う……全員で補っていかなければならない、なにも会長だけに当てはまることでは無い)

作詞(会長も不良も幽霊部員も私自身も、全員が互いを支え合わなければならない)


翌日、部長の友人がライブハウスで演奏する機会を作ってくれた。

枠が中々埋まらないため、チケットを捌かないでもいいから演奏して欲しいとの事情を聞いた俺たちはその誘いを喜んで受け入れた。

俺達に足りないのは場馴れだろう、俺と幼馴染と作曲先輩はとにかくとして部長と副部長と副会長は本番にどうしようもなく弱い。

今回を機に出来るだけ本番に慣れて欲しいのが本音だ。

友「こんにちは~」

ライブハウスのすぐ側にあるファストフード店に少しだけ遅れてやって来た友は背筋を伸ばしながら深々と礼をした。

幼馴染「男、この子は誰なの?」

男「幼馴染も挨拶くらいはしろよ、俺の親友だよ」

友「私は友って言います、男と同じクラスで仲良くやってます。雑用とか煩わしい事は全部任せてください」

幼馴染「アンタ、親友に雑用をやってもらう訳?本当に親友なのかしら?」

男「違う、友から申し出てくれたんだよなぜ疑う」

俺と友は毎日のように連絡を取り合っている仲でふとした拍子に自由天文部の状況を話した結果、友の方から是非とも自由天文部を手伝いたいと申し出てくれた。
俺はしみじみと感じた、持つべき友だと。

友(男……私ほど良いお嫁さんにになれる人間は居ないからな?分かってくれるよな?)

部長「何この子、めっちゃ可愛いんですけど……男の友達?」

作曲「……友達居たの?」

男「あ?」

副会長「意外ですね」

部長「だから言っただろ同い年の友達の一人や二人は居るって」

副部長「まとめて言うと男君に不良ちゃん以外の友達が居ないなんて皆は冗談のつもりで思ってただけだよ!」

男「それは完全にトドメですって……絶対に本気で友達が居ないって思っていただろ、先輩でも許せないって」

副部長「あはは!ごめんね!」

男(今笑ったのってどういう意味だろうか)

友(男ってやっぱり友達が居ないと思われていたんだなぁ……ところでさ、不良って誰だよ)

男「偏見も甚だしいなぁ……」

副会長「偏見?客観的に見た事実では?もしかして人の事は散々好き放題言う癖に自分自身の事は客観的に見れないとでも?」

男「そこは掘り下げないでください。分かってるって」

作曲「分かってる……」

男「……全員揃ったから話します。このバンドだけで演奏するのは初めてですよね?」

男「いつもは会長たちが居る、同じ部員同士で平等に取り組もうとしている」

部長「だな」

男「今回のように外部での演奏は全員がが揃っていた方が勇気も出るし頑張れると思います」

副会長「そうですね、もう一つ枠があったならとは思います」

副部長「みんな揃った方が楽しいよね!」

男「でもね、それって凄いチャンスなんですよ」

幼馴染「ケッ」

男「おいおい、幼馴染……口が悪いぞ?どうしてわかりやすい舌打ちをした?」

幼馴染「馴れ合いはいらないって話でしょ?分かりやすいわね」

俺の話に対して徹頭徹尾、不快感を顕にした幼馴染は目を合わせようともせずに彼女自身が思っている事を言い切った。

彼女の不快感を後目に俺は言いきった。

男「その通り!周りに気を使う必要なんて無い!」

グループアイドルをやっていた影響だろう、だからこそ幼馴染は一番になる事ができない。周りを気にしてしまうから綺羅星ソニアよりも高い評価を得る事が出来なかったのだ。

上に立つ人間は周りの目なんて気にしない。その事は幼馴染、ツンデレ自身が一番分かっている事だろう。

男「正直、俺達自由天文部が青春物語の一部なら会長達だって何一つ文句を言わずに合わせてくれていたと思いますよ」

男「しかし」

男「実際にそんな事は有り得ません」

男「改めて言いますけど、自由天文部同士もライバルです。きっと会長達は俺達を出し抜いていますよ」

男「ほら、どうせなら自分が主役になりたいでしょう?」

あっけらかんと言い切ってやった。
本当に同じ事をしているかは分からない、けれども俺達は同じ人間。同じ人間だからこそどこかしらで“周りを差し置いて”演奏している筈だ。

人間である以上は“清く正しく競い合う”事なんて無いのだから。

男「俺達が与り知らぬ所でライブをしていますよ、俺はそれが悪い事とは思わないし自由にすればいいと思う」

あたかも会長達を誘ったかのような口ぶりで話しているが、実際には俺が握り潰した。
部長にも釘を刺し、俺たちの中で話を留めた。
ライバルなんだ、事実上ひとつの枠を争っている以上は当然のことだと思う。

全員が黙り込んでいる。
良心の呵責とでも言うのだろうか、部長なんて今にも死んでしまいそうだ。

今すぐにでも消えてしまいたいと言った顔をしている。

幼馴染「待って、アンタまさか――」

男「あっ」

しまった、これでは俺が握り潰した事が全員に気付かれてしまう。
言葉選びを間違えてしまったのは明らかだ。
あまりにも迂闊だった。

幼馴染「間抜けな声出して……化けの皮が剥がれたわね」

副会長「幼馴染、私が言います」

副会長が幼馴染を制すると幼馴染は嫌々口を噤んだ、

副会長「男君、人として最低ですよ」

薄ら笑いを浮かべる副会長の瞳はどこまでも冷たい、俺を軽蔑しているかのようだった。

副会長「私は他人を蹴落としてまで上に行きたいとは思いません」

副会長「いつもこうして来たのでしょうか」

違う、そんな事は無い。
正直に言うと初めてだ、ここまでしなければ勝てないと思ったのも、露骨に人を蹴り落とそうとしたのも初めてなんだ。

副会長「先程は会長も同じような事をしていると話していましたね、訂正してください」

副会長「会長が私たちに隠し事なんてする筈がありません」

男「……すいません」

部長「あ~っと、もう時間だぜ?早く行こうぜ」

友「そうだな……ですね、早く行こましょう」

副部長「絶対に敬語下手だよね?無理しなくていいよ?行こましょうって中々出ないよ?」アハハ

友と部長の気遣いが俺の心をさらに締め付ける。
自分でも気づいているのにも関わらずウィッグの毛先の束を指で何度も巻いてしまっている、分かりやすい逃避行動だ。

副会長「正直に言うとそんな気分では」

副部長「空気悪いけどね……」

「「駄目」」

男「だ……」
幼馴染「よ……」

男・幼馴染「「……」」

幼馴染「用意してもらったステージには必ず立たないとダメ、観客は私たちのいさかいなんて知ったこっちゃないもの。枠がある以上は割り切らなきゃ」

男「何があろうともステージには立つ、それだけは譲れません」

作曲「……」キョトン

友「……」イラッ

友以外の全員が呆気に取られた表情で俺と幼馴染を見つめていた。
幼馴染がツンデレって事を忘れてしまうところだった、アイドルを辞めたとしても失われることのない誇りと矜恃は常にアイツの中にあるのだろう。

幼馴染「男……噛んだら許さないわよ」

男「分かってるよ」

各自思うことはあるのだろうが、揺らめく感情を胸にしまいこんでライブハウスへ向かった。

昼下がり、茶色く錆びたガードレールを越えた先にあるライブハウス。入口手前の地面からは陽炎がのぼり、アスファルトの隙間から生える雑草まで揺らめいて見えた。

数十分後、俺達は帰路についていた。
駅のホームのベンチでは全員が何も話すこともなく、俯いていた。

ライブの結果としては普通、良くも悪くも無い。悪ければまだ何かしらの起伏や改善点を発見することが出来ていのだが、俺達メンバーは冷静に、面倒な作業をこなすかのように演奏を終えていた。

このバンドは完全に終わった。
心が離れてしまったのなら俺に取り返す術は無い。

全ては俺自身の責任。
俺以外の全員は主役になることなんて考えてすらいなかった、自由天文部が存続さえしたらそれだけで十分だったのだ。

副会長達にとって男という人間はさぞかし傲慢に見えただろう、その通りだ。
音階の低い歯ぎしりのような音が煩わしくこだまして、やがて無音になる。
地獄に叩き落とされたかのような時間が無限に続いているかのように思えた。

ぷしゅうと扉の開く音がしてからは早かった、電車に乗ろうと立ち上がった頃には同じ音がした。

ホームには俺と……作曲先輩だけが残されていた。

テス

作曲「みんな……帰ったね」

男「……」

どうすれば良いのか分からない。
言葉の発し方を忘れてしまったかのようだった、口を閉じているのにも関わらず口の中が乾いて仕方がない。

男「ぁ……うんっ……ごほっ!」

作曲「男君はどうしてこの部活に入ったの?」

やたらと話す。
いつもは喋ることもままならない作曲先輩も俺の失態を見てさぞかし気分が良いのだろう。
俺としては感謝してほしいくらいだね、貴女に言葉を与えたのだから。

冗談はさておき間の悪い質問に答えることにしよう。

男「会長に連れられて……あれ?」

会長に勝つため?
違うはずだった、俺はもともとは負けず嫌いの子供じみたことなどは考えていなかったはずだ。

男「わからない……忘れました」

作曲「男君なら必ず明確な答えを持っていると思っていたよ、どうしちゃったのかな?」

男「おかしいな、あはははは、あは」

作曲「気にしないでいいよ、ちょっと驚いただけだから」

作曲「私はね、中学2年生の時から不登校だったの」

作曲先輩は空を仰いでいた。
どのような表情をしているのかは分からないが、俺には泣くことを我慢しているかのように見えて仕方がなかった。

いじめがきっかけの不登校は今更珍しくともなんともないと思う。
人と関わる事が苦手でも多種多様の人物を押し込める箱で過ごさなければならないのが学校。
子供達はその箱の中で最低限の社会性と教養を身に付けていかなければならない。
人間として未成熟な子供が集まれば当然の話、いじめも起きてしまうのだ。

作曲「クラスの人気者で勉強も運動もできたのに馬鹿だよね?」

男「え?」

失礼な考えに思い耽っていたようだ、人をガワだけで判断するなんてことはしてはならない。

作曲「負け続きなんだよね、好きなことだけ」

作曲「最初はピアノ、近所ではかなり賞をとっている方で自分のことは当然のことを天才ピアニストだと勘違いしていたよ」

作曲「そんな自信に満ち溢れていた私の心を粉々に砕いたのが幽霊部員」

男「幽霊部員先輩ですか……」

幽霊部員「思ったよりも合うのが早いと思ったでしょ」

図星、俺の中では作曲先輩が幽霊部員先輩より劣っていることに気付いた結果作曲の道を選んだと断定こそしていたが、中学生の頃から因縁があるとは考えもしていなかった。

作曲「この時からだよ」

作曲「――たった一人の人間に負け続けることになったのは」

作曲「勘違いをしていた私は少し大きいコンクールに出ることにしたの」

作曲「当時の友達もたくさん来てたっけな、今思い出しても憎たらしいよ」










数年前

すべてがつまらないしくだらない。
県上位クラスと聞いて期待をしていたが、はっきり言ってこれではレベルが低い。
私が金賞をとって終わりだろう。

金賞は友達にあげることにしよう。
そうして喜びを分かち合えると思うと尊い気持ちになる。

幽霊部員「みんな素敵っすね~」

たまに居るマナーを知らない子、一人?
襟も崩れているし本当にだらしない。

作曲「もっと小さな声で話さないと駄目だよ?」

小さな声で優しく教えてあげることにした。
これで少しはおとなしくなるだろう。

幽霊部員「あっ、呼ばれた」

人の好意を知ってか知らずか、マナーの悪い子は席を立ってステージへと上がっていった。

作曲「……」

次の番は私。

いつからか人前で演奏をすることに対して緊張することが無くなってしまっていた。
緊張はすること自体は非常に大事なこと、ある一定の緊張がなければ良い集中は得ることができない。
停滞を感じているのは間違いない話、もっともっと高いレベルに身を置かなければならな――

作曲「なに……これ?」

私は耳をほんの少しだけ傾けた。傾けなければよかった。

技術の差というものはこれほどまでに残酷な現実を突きつけるのか、私は今この瞬間になって初めて本物の天才と出会った。

僅かな強弱が凡百との旋律に大きな差を、絹糸を結うかのように滑らかかつ繊細な手指の動きが旋律に命を吹き込んでいた。

幽霊部員「♪」

演奏が終わったあとには中学生の演奏とは思えないほどの歓声が沸き上がっていた。
私が今まで経験してこなかったことばかりだ。

今にも崩れ落ちてしまいそうな足を精一杯の力でステージまで運ぶ私の姿はさぞかし滑稽だっただろう。

幽霊部員「あーあ」

歓声の中ですれ違う凡百と天才。
天才はすれ違いざまに信じられないことを吐き捨てた。

幽霊部員「久しぶりに弾いたけどまあまあうまく弾けたっす」

作曲「えっ――」

思わず足が止まってしまった。
無視してしまえばどれほど幸せだったことか。

作曲「ぃ……いっ……いつぶりなの?」

幽霊部員「1年ぶり?くらいっすね」

現在



作曲「――これが中学生の時」

幽霊部員らしい話だと思った。
中学生のときから人の心が分からない。
図に乗るような素振りや見下すことをしない事がかえって人を傷つける。

男「腹の立つことに天才ですからね、向きにならない方がいい。相手にない要素を真剣に突き詰めていった方が身のためになる」

作曲「そうだよね。わかっているけど未熟な私にはあの怪物の存在を受け止めきることができなかった」

作曲「悔しくて悔しくて……でも分かるよね?」

男「自分なんて眼中にもなかった」

作曲「うん……その事実が何よりも耐え難かった」

話が見えてきた。
これから何が起きるのかも、作曲先輩が今の道を選んだ理由も何もかもが俺には分かってしまったのだった。

数年前



引きこもっていた間も勉強だけは欠かさなかったこともあり、無事に高校へ入学することはできた。

作曲「……」

昔の友だちがいないであろう高校に進学できたことはよかったけれど、これからどうしていけば良いのかがわからない。
中学生の私が途中までの間、学生生活を満足に送ることを出来たのは友達の存在と私個人の能力が大きい。
今現在、友達は一人も居ない。
運動は引きこもり生活で鈍っているだろうし勉強も上には上が居る……

作曲「憂鬱……」

「君、一人……?」

作曲「えっ……あっ、その、えっと」

人とまともに話す機会が減ったせいか、言葉を発することにも一苦労してしまうことになっていたのには私自身たった今気付いたのだった。

「楽器は弾ける?」

軽いカールのかかった金髪ロングの小柄な女生徒、上履きを見る限りでは三年生だ。
彼女の外見とは裏腹にとても大人びた印象を受けていた。

作曲「……ピアノなら」

大人しい彼女なら私も心を開くことができるのではないか、そんな勘違いを胸に答えてはいけないことを答えてしまったのだ。

ロリ「ウェーイ!!!」

「よっしゃラッキー!!」

ロリ「3人目ゲットだにょ!」

騙された。
つい先程までは私と同じ種類の人間かのように振る舞っていたのだが……

ロリ「私達は『自由天文部』だにょ、かんたんに言うと軽音楽部!」

「目標はライジングロック入賞!!」

ロリ「君達新入部員がこの部の未来なんだにょ~」

「私達の時も言ってたよなそれ」

ロリ「弾いてみてほしいにょ」

分からない単語。
勝手に未来を託される。

作曲「キーボードなんて……」

ポーン

作曲「……」

世界が変わった気がした。
この瞬間、自由天文部は私の干からびた心を満たしてくれる十分な居場所になった。

必要とされる以上、全力応えたいと思った。
ピアノの次はキーボードに没頭していくのだった。

『彼女』が現れるまでは。

1年後

作詞「今日は新入部員が入るって聞いたかい?そう、かなりの天才児かつ問題児らしい。なんでもロリちゃんの友達の妹だとか。おっと勘違いしないでいただきたいけれど私は天才などという言葉は嫌いだけどね私の経験上天才とい」
作曲「私も嫌いだけど……見たことがあるよ」

作詞の話はいつも長くなりがちだった。
自信家で曲がったことが大嫌い。そんな彼女だからこそ私は長話も苦ではないし心地が良い。
高校生になってからできた初めての友達、いつまでも大事にしたいしこれからも話を聞きたい。

作詞「私は無いのかもね。わからないよ」

作詞「例の天才児は作曲と同じキーボードらしい。うかうかしていられないね?」

作曲「負けない……」

作詞「うん、心配には及ばないね」

自由天文部に入ってから心が満たされていくのを感じていた。
また1からやり直せる。
キーボードという楽器が私を変えてくれた。

作詞「さぁ着いたよ」

作詞「可愛い後輩の顔を拝むとしよう」

ガチャ

部室の扉を開く音も好きになっていた。
自分で開けるよりも誰かが開ける音のほうがが好き、鉄の軋む音がこれ以上になく心地良い。

作詞「やあ、初めまして私は作詞」

「初めましてっす!幽霊部員っす!」

作曲「……」

先輩達が泣く姿を見て私も頑張ろうと考えていた。
キーボードとしてライジングロックに立つ姿も想像していた。
入賞して廃部を免れて、皆で笑って卒業できると思っていた。
ロリちゃんのことを聞いてからは必ず役に立ちたいし立てると思い込んでいた。

そんな浅ましい私のすべてが音をたてる間もなく崩れ去っていった。

作曲「ひ……久しぶりだね」

幽霊部員「えっと……会ったことあるんすか?」

吐き出してしまいそうだ。
そんなことが許されるはずが無い、何も覚えていないなんてふざけた話があってたまるものか。

今まで私がどんな気持ちで――

作曲「……」

幽霊部員「???」キョトン

作曲「ううん、私の勘違いみたい」

作詞の話によれば、私は無表情を保ちながら涙をこぼしていたらしい。

現在

作曲「……」

作曲先輩は俯いたままだ、正直なところこれ以上口を開くのかも怪しい。

男「これ以上は察しろと?」

俺は作曲先輩がこれ以上何を話したいかも分かっていた。

作曲「うん。喋るのに疲れた……」

男「……」

作曲先輩は幽霊部員の存在によってキーボードを諦めたのだ。持て囃されてきた秀才の自信と積み重ねはたった一人の天才によっていともたやすく崩れ去ったのだ。

男「どうして曲を作るようになったのかは教えてもらえますか?」

作曲「適材適所ってやつだよ」

重々しい口取りで言葉を連ねる。

作曲「やる人が居ないしこれ以上自分の居場所から逃げたくなかったから」

鉄の摩擦音が鳴り響く。かける言葉が思い浮かばない俺の心をまるで気遣うかのように電車が通りすぎた。

作曲「正直に言うとピアノよりもキーボードよりも死に物狂いで打ち込んだと思う……ほんの少し覚えがあるだけで好きでもないことに私は打ち込んでいた」

俺にとってのアイドルと同じだった。

作曲「馬鹿みたいだよね?自分で手放したくせにまた欲しがって……」

作曲先輩の場合、それは居場所だ。

この人は自由天文部に本当の居場所を見出していたのだ。

作曲「初めて作った曲を……」

作曲「幽霊部員は褒めてくれた……って信じられる?」

皮肉な話だ。
幽霊部員が褒めるという事は本当に良かったという事になる。あの人は音楽に関しての嘘をつくことがない。
俺自身も作曲先輩が作る曲には非凡なものを感じていた。

男「信じますよ、うん」

作曲「だからこそ今も曲を作り続けることができたと思う」

作曲「そうだ」

作曲「会長達とロックスターに向けての意見を交換したよ、恥ずかしげもなく話してくれた。喜怒哀楽のすべてを」

何を勝手に行動しているのかと訝しむが無理も無い事だった。
自由天文部の楽曲すべてを作曲先輩が担当しているから当然のことだろう。
各バンドが意見を言うことがあっても基本的には作曲先輩が形にする。作詞先輩の作詞も然りだ。

作曲「会長たちはロックスターに向けての曲作りがしたい。新曲を披露したいからって私に連絡してくれた」

恥ずかしいことに人を貶めてまで勝ちたいと思っていたのは俺だけだった。
遠回しに思い知らされた気分だった。俺は自分自身のことしか考えていなかったのだ。
愚直にやってきたつもりだった。競争を促して仮想敵を作り出すことによって奮起を促すことができればと考えていた。

作曲「とても良い曲ができたと思う。贔屓目なしにロックスターでの入賞も夢ではない……よ」

このSSまとめへのコメント

1 :  MilitaryGirl   2022年04月20日 (水) 03:46:21   ID: S:ULO4qT

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