モバP「南条光が隣の席だった?」 (19)

普段ならこれでもかと騒ぐ子らがおらず、珍しく静かな午後のひと時。
そこへ、これまた珍しく電話をかけてきた小関麗奈が開口一番そう言った。

何それ、自慢?

「んなワケないでしょ。いちいちこっちのこと気にしてきて、鬱陶しいったらないわよ」

「消しゴムのカバーは子供っぽいヒーロー物だし」

「ヒーローソングの鼻歌は聞こえてくるし」

「プリントの隅にヘッタクソな落書きしてるし」

「静かになったかと思えばヨダレ垂らして寝てるし」

ほんと、バカなんだからと呆れたようにため息をつく小関。

なんだよ、やっぱり自慢じゃないか。

「バカ」

あんたの仕込みじゃないでしょうね、とジロリとこちらを睨む。おお、こわいこわい。

期待に添えなくて悪いけど、俺はその辺はノータッチだ。


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学生組まとめての勉強合宿という事で、小関達が川島さんに拉致されたのが一昨日。

大人組から、そんな感じの催しをする、とは聞いていたが、中身に関しては一切知らない。まさかレッスンの最中に突っ込んできて、そのまま連れ去るだなんてお兄さんビックリだよ。

なんでも、アイドル活動に力を入れすぎて勉強が疎かにならないように、との事らしいのだが、教える側もアイドルと言うのはツッコミ所だろうか。
共謀者として、三船さんや木場さんも参加しているらしい。曰く、たまにはハメを外したい。だそうだ。

「トレーナーが泣いてたわよ。私の育て方が悪かったんです~って」

知ってる、フォローしたの俺だもの。実際何も悪く無いよね、あの人。

自分が担当している者では、小関と、レッスンを同じくしていた南条、三好の三人が参加している。南条と三好はともかく、小関は成績いいのにねえ。

「そうよ、アタシはその辺の愚民と違って、上に立つ者としての必要な能力は身につけてるの」

いやー、なんでだろうなーアハハ。

「どうせあの二人の巻き添えでしょ?わかりやすすぎるわよ、アンタ」

……まあ、南条と三好を対象と言っていた川島さんに、ついでに小関もと頼んだのは紛れもなく自分なのだが。


まあいいじゃないか、一人で留守番よりはマシだろ?
ところで、その二人はどうした? 部屋同じだろ?

「居残りで補習よ。これからあいつらの事、バカの1号とアホの2号って呼んでやろうかしら」

それだとお前二つを備えたV3のポジションだぞ。

「本気で殴『ただいまー!』……ああ、おかえり。おやつ?無いわよ。全部あたしが……冗談よ、泣かないで……泣くな! 冷蔵庫にシュークリームあるから! 先に手を洗ってきなさい! うがいもね! 紗南、アンタも帰ってくるなりゲーム始めるんじゃない!」

どうやら二人が戻って来たようだ。いやあ、小関を参加させておいて本当に良かった。

「あれ、麗奈電話中だった? ごめん、騒いで」

「別にいいわよ、下僕だし。ちょうど今アンタ達のバカっぷりについて話してたトコ」

「あ、本当だ。プロデューサー、ただいまー」

おう、お疲れ。居残りテストはどうだった?

「もちろん一発クリアーだよ!ゲームする時間無くなっちゃうし、コンティニューなんかしてられないよ!」

そうかそうか、うむ、よきかな。南条は?

「……夕食後に、再追試」

アイドルがそんな表情するんじゃありません。


「アーッハッハッハ! ザマァないわね光!アンタには、栄えあるバカ1号の称号をくれてやるわ!」

「くう……まだだ! アタシは諦めない!何度だって立ち上がる!」

そうそう、その意気だ、頑張れ。

「でもさあ、大丈夫なの? 後二時間くらいで夕食で、その後すぐにテストでしょ? そんな難しくはしないって言ってたけど……」

問題作ってるの木場さんだしなあ、とボヤく三好。今の実力でギリギリ解けるくらいの絶妙なバランスの問題を出してくるのだそうだ。

「逆に言えば、出来ないレベルの問題は出ないって事だから。クリアーのしがいがあるよね!」

この辺はゲーマー気質だな。しかし、そうだとすると南条は……

「午後、寝てたからでしょ。ヨダレ垂らして」

「うう……」

マジか。起こしてやれば良かったのに。

「ハァ? 何でアタシが。自業自得でしょ?」

「いや、起こそうとしたんだけどさ、川島さんのプレッシャーが凄くて」

寝るのは構わないが、それでテストができなくても自己責任。寝るのが本人の意思なら、起きるのもまた本人の意思でなければならないという事だとか。


「アタシとした事が、一生の不覚だ……!」

「アンタの一生何回あんのよ」

「合格できなかったら、寝ずに延長試合だっけ? キツそー……」

「ま、おやつ抜きで必死にやれば何とかなるんじゃない? あたしは横になるけど」

「ええっ、手伝ってくれないのか!?」

「バカ言わないでよ、バカ1号。何でアタシが勉強教えてあげなきゃいけないのよ。ハナから人の力アテにしてんじゃないわよ」

それに、頑張ればクリアーできる程度の難易度なんでしょ?と、そっけなく付け加える。

「それはそうなんだけど……プロデューサー!」

悪いが、この後外に出る用事があってな。三好は?

「いやー、あたしは力になれるかどうかだけど……。いいや、頑張ろう、光! 満点取って、麗奈を見返してやるんだ!」

「ありがとう、紗南! プロデューサー、麗奈も、無理言ってごめんね。晩御飯の時間になったら起こすから」

「ん、後でね」

ーーー

いっそ、ご飯抜きでやる?
いや、食べなきゃおっきくなれない……!

薄い壁越しに、二人の声が聞こえてくる。

「随分とにぎやかな勉強会ね。うるさくって眠れやしない」

切らないのか?

「アンタこそ、外出て何してんのよ。仕事サボってんじゃないの?」

誰も仕事とは言ってない。外に用事があると言っただけだ。

「何それ、体のいいサボりじゃない」

いやいや、担当アイドルとの話し合いという立派な用事があってですね。小関も、眠らなくていいのか?

「アタシだって、横になるって言っただけで、寝るなんて一言も言ってないわよ」

そっか。……良かったのか?

「フン、誰に物言ってるのよ。アタシのする事が、良い事のハズないじゃない」

その心は?

「あそこで光に教えたら、それじゃ光の為にならないんだから、良い事……じゃなくて、悪い……でもなくて、ええと……どっち?」

うーむ、パラドックス。



「まあ、どっちでもともかく! 光はアタシのライバルなんだから。あの程度のハードル、越えられない訳がないのよ。そもそも、やればできるんだし」

紗南の手伝いはいいのか?

「どうせ、紗南だけ手伝うってトコまでテストのレベルに織込み済みでしょ。」

無いと言い切れないのが怖い。海外帰りってやっぱり凄い。

「ま、どんだけ凄い相手だろうと、次は勝つけどね!アタシは、どんな相手にも絶対に負けないの! だから、光だってそうじゃなきゃダメなのよ」

まさしく好敵手とでも言うのだろうか。己と対等であるからこそ、自分がそうであるように、あらゆる困難を乗り越えると信じているのだろう。
そう自信満々に言い放つ彼女の瞳は輝いていた。おでこも。

「アンタ程じゃないわよ」

……そんなにか。

「じょ、冗談だって……泣かないでよ」

じゃあもう寝るから。おやすみ。その言葉を最後に、電話が切れた。

……さて、特に用も無く外に出た件、千川さんになんて言い訳しようかな。

ーーー

千川さんは無言の土下座90分で心を折った。

現在時刻は19時半を少し回った所だ。
無駄に手の込んだ合宿のしおりには、夕食が18時から、とある。
夕食が済み次第テストならば、そろそろ終わってもいい頃だとは思うが……お、電話来た。

そ、その声は小関!?

「何を言ってるんだ君は。私だ、木場だ」

あれ、木場さん? これ小関の電話ですよね?

「ああ、そうなんだが、連絡を頼まれてね。光は無事に合格したよ。今は三人で打ち上げの最中だ」

それは良かった、一安心。でも、なんで木場さんに連絡を頼んだんだろうか。

「それなんだが、もう一つ、麗奈からの伝言があってね。オペレーションSKを発動させろ、だそうだ」

……え、今?

「それだけ言えば分かるとの事だったが、大丈夫か?なんなら麗奈を読んでこようか?」

ああいえ、大丈夫です、わかります。今テレビ通話にしてもいいですか? 構いませんか、ありがとうございます。えーと、どこやったかな……あ、あった。ちょっとこのモニター見ててもらえます?……ええ、お願いします、すぐ済みます。では、どうぞ。

……どうなっても知らねえぞ。



「ミミミン!ミミミン!マーナミン!」

ピンクのフリフリの衣装を着て、メルヘンデビューをしているマナミン星人がそこに映し出されていた。

「なっ……あっ、これは……!?」

おお、珍しく狼狽している。

説明しよう!これは、以前の大人組の飲み会で、酔った三船さんのゴリ押しにより実現した奇跡のワンシーンである!
片桐さんが撮影していた物を、小関がどうにか譲り受けた物らしい。オペレーションSKはその頭文字。相当な対価を払ったとの事だが、それでいいのか元警察官。

しかし、酒の場での披露とはいえ、歌もダンスも完璧だ。この辺りはさすがと言うべきか。

今現在、当の木場さん本人は口を開け、呆然と言った表情で硬直している。まあ無理もない、俺も初めて見せられた時は一瞬固まり、数秒後爆笑し、数分後に命の危機を覚えたものだ。

大丈夫かなあ、俺殺されないかなあ。何で今やるんだよバカじゃねえのあいつ。
そのような事を考えていると。

パシャ!

フラッシュと、カメラ音が響いた。

「アーッハッハッハ!ついに撮ってやったわ、驚いた瞬間を!これでアタシの勝ちね!アーッハッハッハッ……ゲホゲホ」

「……ほう、やるな。気付かなかったよ」

数秒前の表情を消し飛ばし、いつもの余裕たっぷりの笑顔を見せる。

「フン、衰えたんじゃない? 見なさいよ、このアホヅラを。口開けてボーッとしちゃってさ」

「動画の出所はどうでもいい。当たりもつくしな。だが、麗奈。君が持っているのは問題だ。すぐに消すか、さもなければ……おっと、聞いているだろうが、君もな」

っス、今消しました即消しました。何ならHDD叩き割ります。

「懸命だ。さて、君はどうする? 麗奈。アイドル同士、あまり手荒な真似はしたくはないが……」

「な、何よ!脅そうったって無駄よ!事務所内で許可されてるお仕置き程度なら甘んじて受けるわよ。あまり酷いとちひろが飛んでくるしね」

「なるほど、確かにその通りだ。イタズラには適度なお仕置きを持って反省を促す、度を越した物には抑止力が働く……事務所の規則だ。だが、抑止力として千川さんがここに来るまで、少なく見積もっても数分はかかるだろう。その数分間……誰が、君を守るんだ?」

「ヒッ……」

あ、ヤベェこれ。木場さん、ちょっと落ち着いて……

「待ってくれ、真奈美さん!」

ーー光!?


小関を捉えようとした木場さんとの間に、南条が割り込む。

「そこをどけ、光。麗奈にはお仕置きが必要だ」

「ダメだ、どけない。今の真奈美さんは、麗奈をやっつけようしている。それじゃダメなんだ!」

「ふっ、言うようになったじゃないか。いいだろう、来い。どうやらまとめてお仕置きが必要なようだ」

電話を置き、構える木場さん。

「確かに麗奈は悪い事をした。だけど、叱られればちゃんと謝るし、反省もする!」

「ほう?」

「悪は倒すんじゃなく、止めるんだ! 怒りを抑える事を教えてくれたのは、真奈美さんだろ!? 今の真奈美さんは、怒りで目が曇っている!だから……アタシが止める!」

「ふむ、よく言った。……では、行くぞ」

その言葉の直後、踏み込む木場さん。踏み込み速すぎ。ありゃ勝てんわ。
おーおー、転がされとる。どうすんの?小関。

「どうするって、アタシは……」

ちらと二人の方を見る。

「まだまだぁ!」

「そうだ、もっと来い! お前の力を見せてみろ!」

「うおおお!」

おお、跳んだ。が、木場さんは涼しい顔して受け止めて、ダメージが無いように優しく落としてくれてるな。完全に遊ばれてる。
しかし、ダメージは無くともそろそろ南条の体力が尽きそうだ。息切れが激しい。

「どうした! その程度で私を止める気か!」

「くっ……! まだだ、まだやれる!」

「もうやめて!」

お?

「やめてよ、光! アンタは関係無いじゃない!」

「関係無くない!」

南条が吼える。


「友達じゃないか。今まで、麗奈は何度もアタシを助けてくれたろ? だから、今度はアタシが助ける番だ」

「光……」

グッと涙を堪え、小関が木場さんに向き直る。

「真奈美……さん、ごめんなさい」

そう言って、頭を下げた。

「お仕置きならアタシにしてよ。光には手を出さないで」

「よし、わかった、許す。」

「ホント!?じゃあ、光も……」

「では、光。そろそろフィニッシュにしようか」

「うん、ちょっと待ってて、取ってくる!」

そう言って走り去る南条。

「……ん? え? アタシ今謝ったわよね?」

「ああ、確かに。そして、私はそれを持って許した。事は終わりだ」

「じゃあフィニッシュって……?」

「お待たせ!」

息を切らせて戻ってきた南条は、おもちゃ? の剣を持っていた。何それ。

「蒼竜神清刃剣マヴェルカタナ」

何それ?

「さあ来い光! 実は私は一回切られただけでやられるぞ!」

「うおおお! スピリットリヴァイヴ! 蒼竜究極奥義、斬灰疾風煌臥剣!!」

何それ!?

「くっ……やられたか。強くなったな、光」

「全部、真奈美さんが教えてくれたんだよ。アタシは大丈夫。だから……もう、休んでて」

「ふふ、そうだな。そうさせてもらうよ。君の勝利を……信じて……」

「真奈美さん……真奈美さぁぁぁん!!」

「……え、何この茶番」

まあ本気じゃないだろうとは思ってたけど、いい出汁にされたな、小関。


「わかってたの!?」

木場さんが通話を切らず、わざわざ見やすい位置に電話を置いた時点でな。

「ふむ、さすがにバレるか」

ムクリと木場さんが起き上がる。

「とは言え、途中まで怒りがあったのは事実だ。来てくれて助かったよ、光」

「ううん、アタシこそ! 麗奈を許してくれてありがとう! 」

「~~~っやられた! アタシが完全に道化じゃない! 謝って損した!」

「いや、麗奈はちゃんと反省して頭を下げたんだ! 成長してる証拠だよ! 損なんてしてない!」

にしても、随分とあっさり許しましたね?木場さん。

「まあ、動画を撮られている事は知っていたし、何人かに見られているだろう事も承知していたからね」

さすがに麗奈が持っているとは思わなかったが、と苦笑交じりに続ける。

「麗奈、できればデータは消しておいてくれ。無いとは思うが、不用意に拡散されたらいくら私でも些か照れる。写真に関しては持っていてくれて構わない。君が私に勝利した証だ。……次からは、私が挑戦者だな」

「……一発限りのネタだしね。データは消しておくわよ。それと、そうね、いつでもかかってきなさい! 返り討ちにしてやるわ!」

「ああ、楽しみにしているよ。……さて、それはそうと、前言を忘れてはいないだろうね?」

「前言? アタシ、何か言ったっけ?」

「お仕置きならアタシにしてよ。と、言ったろう? 忘れない内にしておこうと思ってね」

そう言って、小関の頭に手を乗せる。

「ちょっと、やめてよ、子供じゃないんだから。……え、力強。取れなっ、くっ、この! 光!」

「麗奈、悪い事をしたんだから、お仕置きは受けるべきだ。もうしちゃダメだよ」

「あっさり見捨てるな! プロデューサー、何とかしなさい!」

電話越しの人間に、何ができると言うんだね。いい薬だ、反省しとけ。

「マナミチョップはパンチ力、マナミキックは破壊力。ビームやカッターは出ないが、マナミクローは岩を砕くぞ」

「へ? あ、ヤダ、ちょっ……痛い痛い痛い!」

おお、あれが以前桐野が言っていた真奈美式アイアンクローか。浮いてる浮いてる。

「はっはっは、反省したまえ」

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