男「手を離したら食われる」(15)

男「こえぇぜ」

俺の幼なじみ、女。
幼なじみといえば聞こえはいいが
つまりは腐れ縁というやつだ。

そんな腐れ縁の女が
ある日俺に言った。

『私ね、バケモノになっちゃった』

曰く
現代の医学や科学ではどうにもできない、説明できない
突然変異とのことで。

残念ながら俺の残念な頭では理解できなかった。
バケモノとはなんぞや?
いきなりそんな事を言われても。
女は続けて言った。

『ママとパパ…食べちゃった』

女は泣いていた。

俺はさぁ、と血の気が引く音が聞こえた。
揶揄でなく、本当に聞こえた。

体温が無くなったのではないかと
思わず自分の首筋に手を当てて
どくどくと打つ脈に
ようやく自分の体温を感じ安堵した。

はぁはぁと息を
酸素を酸素を酸素を欲する俺。
だって
理解が追いつかないのだもの。

『お、俺も…たた、食べるつもりか』

どもりながら
ようやく出た言葉が、これかよ。
我ながら情けなくなった。

『食べたくなんか、ないよ』

『でも、分かんない』

『食べちゃう、かも、しんない』

俺は、食べられてしまうのかもしれない。
圧倒的に情報が足りない中で
それだけは、分かっている事実だった。

食べられてしまうのかもしれない、という事は
食べられてしまわないのかもしれないし
やっぱり食べられてしまうのかもしれない。

二択なら50%なのでは。
そんな果てしなくどうでもいい事を思った。

『…』

泣いている。
女が、泣いている。

さて、俺は目の前のこいつを
どうやら捨て置け無いらしく
近づこうと一歩歩んだ。

『駄目!』

『今の私…何するか…分かん、ない、から』

でしょうね。
俺の方も何されるか分かんないもん。
怖いったらありゃしない。

でも、まぁ…なんつうか
ありがちな話だけど
長い付き合いだし
つまり、こいつの事が好きな訳だし。
やっぱり、放っておけないわなぁ。

『だ、め…』

『来ちゃ…』

『本当に…』

『私…』

とかなんとかやっているうちに
手が届く距離に。

震えてるなぁ、手。
どうしようか、どうしよう。
とりあえず、できる範囲で
できる事をしようか。

『!』

震える女の手を握った。
こんな事したところで意味は無いのかもしれないが。

『…』

女の表情が少し和らいだ…気がしないでもない。
意味はあったのかもしれない。

なら
この手は離さないでおこう。

決して
この手は離さないでおこう。

意味は無くとも
この手は離さないでおこう。

・ ・ ・ ・ ・

それから女は
俺を食べはしなかった。
けれども女は
人を食うのを止めはしなかった。

この手は離さない。
決して離さない。

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