男「いい天気だなぁ」 幼女「こんにちはー!」トコトコ (37)

男(なんだあの子……どうしてこんな山奥に?)

男は半年前に、山奥に建つこの家にひとりで引っ越してきた。家の周りには木ばかりが立ち、他に家などなかった。町の喧騒が聞こえないこの家を男は気に入っていた。

彼は平日は朝早くから車に乗り、町中にある役所まで仕事をしに通っていた。その日、男は一週間ぶりの休日を過ごしていた。

幼女「こんにちは!」

男「はい。こんにちは」

幼女「えへへ」ニコニコ

男(ここから町までけっこう離れてるぞ……。こんな小さな子がひとりで来れるはずがない。もしかしてはぐれたのか?)

男「ひとりで来たの?お母さんは?」

幼女「お母さんもいるよっ!」クルッ

幼女「……あれ?」

男「……」

幼女「お母さん……?」

男「……お母さんも来てるの?」

幼女「……うん。さっきはいたの……」

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男(やっぱりはぐれたのか……。どうしたものかな。母親を探すにしても、こんな小さな子どもを連れて山を歩くのは危ないだろうし……)

男「お母さん、どこ行ったのかな?」

幼女「さっきまでいたんだよ。たんぽぽがいっぱい咲いてたの一緒に見たもん」

男(ということは、母親も近くまで来てるな。取りあえずは大丈夫か)

男「……ん?」

幼女「どこ行ったんだろ……」キョロキョロ

男「足ケガしてるね。どうしたの?」

幼女「転んだの」

男「痛かったでしょ。待っててね、いま絆創膏持って来るから」

男は急いで家に戻った。玄関に入ると、廊下が右から伸び、目の前で直角に曲がって奥の方で止まっていた。その廊下の両脇に部屋が二つある。右の部屋は寝室、左は居間だ。居間の奥に台所があった。

男は台所に入って消毒液と絆創膏を探し当てると、再び外に出てきた。

男「消毒するけど、ちょっと染みるよ」チョンチョン

幼女「んふ~ジクジクするぅ~」

男「あはは。はい絆創膏」ペタッ

幼女「ありがとう、おじちゃん!」

男「どういたしまして。……おや、あれは?」

母親「幼女ー。幼女ー」

幼女「あ、お母さんだ!おーいお母さーん!!」

母親「幼女ー」スタスタ

母親「急にいなくなるからびっくりしたんだよ。ひとりで歩いていったら駄目でしょ」

幼女「うん!」

母親「もう。あ、すみません。突然お邪魔して」ペコッ

男「いえいえ」

母親「本当はそこまで散歩して帰ろうと思っていたんですけど、ちょっと目を離したらこの子がいなくなってしまって」

男「そうでしたか」

母親「どこへ行ったのかと心配していたんですが……。見つかってよかった。ありがとうございました」

男「こんな山奥に突然小さな女の子がやって来たので私も驚きました。こうして再会できたようですし、なによりです」

母親「ええ本当に。さ、幼女も。ちゃんとお礼言いなさ……。あら?その絆創膏どうしたの?」

幼女「おじちゃんに貼ってもらったの!」

男「ちょっと転んでしまったようで。ケガをしていたので消毒をして絆創膏を貼りました」

母親「まあすみません。そんなことまでしていただいて。本当にありがとうございます」ペコッ

幼女「ありがとうございますっ!」ペコッ

男「いえいえ。幼女ちゃんは大丈夫?足、痛くない?」

幼女「大丈夫、痛くないよ!」

男「なら安心だ。帰りは気を付けるんだよ」

幼女「うん!」

母親「お騒がせしてすみませんでした」ペコッ

男「いえいえ」

幼女「おじちゃん!」

男「なんだい?」

幼女「また来ていい?」

男「ああいいとも。来週またおいで」

母親「もうこの子ったら……。うるさくてすみません」

男「いいんです。私はひとり者ですから。よければまた幼女ちゃんと遊びに来てください」

幼女「また来る!じゃあね、おじちゃん!」

母親「失礼します」ペコッ

男「ふふっ」

深夜

男「グガーグガー」ムニャムニャ

男「ウーン……フライパンは食べられないよ……」ムニャムニャ

その日の夜も静かだった。半年この家に住んでいるとはいえ、やはり夜は寂しいものだった。しかし今日は、昼にやって来たあの親子を思い出すことで、その寂しさを和らげることができた。そのため、いつもより安らかな気持ちで眠りに就いたのだった。

男「いや……だってパンじゃないでしょ……」ムニャムニャ

男「……」スピースピー

キャハハ キャハハハハ

男(ん……?)

キャハハ キャハハハハ

男(子どもの声……?なんで……。あれ?)

男(目が開けられない。体も動かないぞ)

男の耳には確かに子どもの笑い声が聞こえていた。体を動かすこともできず、眠気で頭がぼんやりしていたが、周りの音だけはよく聞こえていた。

タッタッタッ

キャハハ キャハハハハ

男(この部屋に近付いてくる?)

ドタバタドタバタ

キャハハキャハハ

男(いや、もう部屋の中にいるのか?)

男(ふすまを開ける音が聞こえなかった)

男(まあいいや。起きないと)

だがいくら力を入れても、男の体はどこも動かなかった。それどころか、声を出すことすらできない。

男(なんだこれ……。どうなってんだ)

その時、部屋中を走り回っていた足音が、男の枕元で止まった。

男(なんだ?なにやってんだ?)

ぺたっ、と。男の頬に何かひんやりとしたものが触れた。男は驚いたが、それでも体は動かなかった。

キャハハキャハハ

ドタバタドタバタ

足音は遠ざかった。それとともに、男はまた眠りの世界へ導かれていった。

翌朝、男が目覚めると家の中はどこも変わっていなかった。

男(変だな……。確かに子どもの騒ぐ音が聞こえたんだが……)

男(ただの夢か?)

男(その割りには布団の感触とかほっぺた触られたのとか、リアルだったな)

男(なんだったんだ?)

職場

男「そう言えば今日変な夢見たんですよ」

先輩「変な夢?」

男「なんか部屋で子どもがすごい暴れてたんです。注意しようと思って体起こそうと思ったんですけど全然動かなくて。声も出なかったんですよ」

先輩「ふーん」

男「変だなぁと思ったんですよね。夢の割りには布団の感触とかリアルだし。あと、ほっぺたも触られたりして」

先輩「ふむふむ」

男「なんだったんですかねぇ」

先輩「それあれじゃねぇか?金縛り」

男「金縛り?」

先輩「金縛りにあってるときって結構幻覚見るらしいぞ」

男「そうなんですか?」

先輩「ああ。あるいはあんな山奥に住んでるもんだから、キツネかタヌキにでも化かされたか。はっはっはっ」

男「どうなんですかね」

男(あれが金縛りか……)

休日

その日は晴れていた。木々の葉が太陽の陽射しに照らされてきらきらと光っていた。

男「今日もいい天気だな」

幼女「おじちゃーん」

男「あれは……幼女ちゃんだ。本当に来てくれたのか」

幼女「おじちゃんこんにちは」

母親「すみません。どうしても来たいって聞かなくて」

男「いえいえ。いらっしゃい、幼女ちゃん」

幼女「えへへ」ニコニコ

母親「あの、これどうぞ」

男「あ、お菓子ですか。わざわざすみません」

母親「知り合いのお店で買ったんですが。よければ食べてください」

母親「あら?幼女はどこ行ったのかしら」キョロキョロ

幼女「お母さーん!」

母親「あ、こら!あんまりウロチョロしないの」

幼女「あっちにも道あるよ!」

母親「道って……。あっちは山じゃない」

男「幼女ちゃん、あっちに行ってみたいかい?」

幼女「うん。行きたい」

男「じゃあおじちゃんと一緒に行ってみようか」

幼女「うん!行く!」

母親「ちょ、ちょっと幼女……」

男「大丈夫ですよ。あっちもちゃんとした道ありますし。私も付いていきますから」

母親「そ、そうですか」

幼女「おじちゃん早く行こう!」

男「うん。行こうか。あ、お母さんも一緒にどうですか?」

母親「いえ、私は……。ここまで来るのに疲れてしまって」

男「そうですか」

幼女「おじちゃーん」

男「はいはい。じゃあお母さんはこの家でゆっくりしていてください。早めに帰ってきますから」

母親「はい。よろしくお願いします」

男「さあ、行こうか幼女ちゃん」

幼女「うん!」

山の中

幼女「わーい」タッタッタッ

男「楽しい?」

幼女「うん!」

男「幼女ちゃんは山が好きなの?」

幼女「大好き!」

男「そう」

幼女「あのお家も好きだよ!」

男「うれしいなあ。いい家だろう」

幼女「うん!」

男「今度来るときは幼女ちゃんのお父さんも連れてくるといいよ」

幼女「お父さんは来られないの」

男「え?どうして?」

幼女「お父さんは遠くにいるの」

男「遠く?」

男(海外かな?)

幼女「それでね、幼女とお母さんのことを待ってるんだって」

男「……?そうなんだ」

幼女「うん」



山から帰ると、母親は庭で花を眺めていた。

幼女「お母さーん」

男「ただいま」

母親「あ、お帰りなさい。幼女、楽しかった?」

幼女「楽しかったよ!」

母親「そう。よかったね」

男「あの……。よかったらうちに上がっていきませんか?お茶も出しますから」

母親「え、そんな。これ以上お邪魔するわけには……」

男「邪魔じゃありませんよ。こんなところでひとり休日を過ごすのも寂しいですし、来ていただいて私もうれしいんです。どうぞ上がってください」

母親「そうですか。すみません本当に」

家の居間

男「今お茶の準備しますから」

母親「あ、すみません」

男「幼女ちゃんは麦茶でもいい?おじちゃんの家ジュースないんだ」

幼女「うん」

カチャカチャ

男「どうぞ。さっきいただいたものですが、このお菓子も」

母親「ありがとうございます」

幼女「ありがとう!」

パクパク

ゴクゴク

男「幼女ちゃんはいま何歳?」

幼女「5歳!」

男「じゃあ来年には小学生だ」

幼女「うん」

母親「もうあっという間で。気づいたらそんな時期になりました」

男「子どもは成長速いですもんね」

幼女「ちょっとトイレ」タタタ

母親「いってらっしゃい」

男「……」

母親「……」

男「あの、いつかご主人もご一緒においでください」

母親「え、ええ……。ありがとうございます」

男「さっき幼女ちゃんも言ってましたが、ご主人は遠くにいらっしゃるんですか?」

母親「実は……主人は少し前に亡くなったんです」

男「え……」

母親「交通事故で……。もしかしたら幼女はそのことがよくわかっていないのかもしれません」

男「そうでしたか……」

母親「それにしても、いいお家ですね」キョロキョロ

男「あ、ええ。安くて私でも買えました」

母親「安かったんですか?こんなにきれいなお家なのに」

男「きっと大切に使われてきたんでしょうね」

母親「……」

男「そういえば昔、この家にはある3人家族が住んでいたそうです。その家族は……」

男は不動産屋との会話を思い出した。

不動産

男「安いほどいいんですけどね」

不動産屋「特に安いのはこの家だけどねぇ……」

男「ああいいじゃないですか。この家にしますよ」

不動産屋「でもねぇ……おすすめはしないかなぁ」

男「どうしてですか?」

不動産屋「いや、実はね……。この家すごく人気があるんだけど、売れてもしばらくすると戻ってきちゃうんだ」

男「……?どういうことですか?」

不動産屋「よくわからないんだよねぇ、それが。なんでか聞いてみるんだけど、みんな口々に『この家はおかしい』ってだけ言って詳しく教えてくれないんだ」

男「たしかによくわかりませんね」

不動産屋「……」

不動産屋「これは聞いた話だから本当かどうかわからないんだけど」

不動産屋「その昔、この家では心中があったらしい」

男「心中……」

不動産屋「元々は親子3人暮らしだったみたいなんだけどね。ある日父親が仕事から帰る途中で事故に遭って死んじゃったんだ」

不動産屋「遺された奥さんはショックだったんだろうね。外にあまり出なくなった。日に日に生活資金がなくなる。最後は家具や服を売って生活していたそうだ」

男「……」

不動産屋「なにもかも売っちゃったようだけど、この家だけは決して売らなかった。3人で楽しく暮らした思い出のあるこの家だけは、手放せなかったんだろう」

男「……」

不動産屋「結局、母親は娘と心中したらしいけどね」

男「そんなことが……」

不動産屋「まあ単なる噂さ。それで、この家にするのかい?」

男(今の話はよくわからないが、この価格は捨てがたい。こんな安く買える家なんてそうそう見つからないだろう)

男「ええ。ここにします」

不動産屋「そうか……」

家の居間

男(この話題はよくないか……)

男「……」

母親「……?」

幼女「ただいまー」タタタ

母親「おかえり。ちゃんとしてきた?」

幼女「大丈夫だよ」

男(……あれ)

男「そういえば幼女ちゃん、トイレの場所わかった?」

幼女「うん、わかったよ。だって前に来たことあるもん」

男「そう」

男(前に来たって、先週のことか)

その日、幼女と母親は日が暮れる前に帰った。

深夜

男「グガーグガー」ムニャムニャ

男「ウーン……。布団が吹っ飛ぶわけないだろ……」ムニャムニャ

この一週間、男は毎日のように金縛りにかかっていた。

キャハハ キャハハ

男(ん……。またか)

幻覚の内容はいつも同じだった。

タッタッタッ

キャハハ キャハハ

男(そろそろこの部屋に来るぞ)

ドタバタドタバタ

キャハハキャハハ

男(そら来た)

走り回っていた足音は男の枕元で止まり

ぺたっ。

男(冷たっ)

キャハハキャハハ

ドタバタドタバタ

男(なんだろうなこれ……)

男「……」スピースピー

日々は何事もなく過ぎていった。金縛りは毎晩のように起こったが、男は大して気にしていなかった。

平日は役所で仕事をし、休日になると幼女と母親が遊びに来る。特に趣味を持たない男にとって、彼女たちの訪問はいい気分転換になった。

ある日、男はあることに気が付いた。それは、幼女が男の家とその周辺についてよく知っているということだった。どの部屋に何があるのか、あるいは山の中に祠があるのだが、その場所についても、男が教えていないのに幼女は知っていた。

気になった男は、そのことを幼女に聞いてみた。

男「幼女ちゃんはこの辺りのことをよく知ってるね。どうして?」

幼女「だって、このお家は私のお家だもん」

男「ああそっか」

男(今のはどういう意味だろう。この子はたまに不思議なことを言う)

男(単にうちが気に入ったってことかな)

男(それなら嬉しいけど)

深夜

数ヵ月が経った。その間に、夜中の金縛りは日に日にひどいものになっていた。

キャアアアアアアアアア

子どもの笑い声はいつしか悲鳴へと変わっていた。

男(今日もか)

ダダダダダ

キャアアアアアアアアア

走り回る音は力強くなり、速くなっていた。

ドタバタドタバタドタバタ

キャアアアアアアアアア

男(うう……うるさい)

男(いい加減にしてくれよ……寝られやしない)

部屋を走り回る音が止まった。しかし、最近では枕元ではなく、右腕の肘の辺りで止まるようになっていた。

男(さあ来るぞ)

ズシッ

男の腹の上に何かが乗った。それはそのまましばらく動かない。

男(早くどいてくれないかな……息苦しくてしかたない)

ふいに男の首にひやりと冷たいものが触れた。

男(ああ来た)

子どもの手のように小さいそれは、男の首を包むように広げられる。

男(……)

だがそれ以上のことは起こらなかった。突然、腹の上が軽くなる。

キャアアアアアアアアア

ダダダダダ

男(やっと行ったか)

男(これで寝られる)

深夜

ある夜、例によって金縛りにあったあと、男はどうしても寝ることができないでいた。

男(完全に目が冴えてしまった)

男(まいったもんだ。最近は金縛りが特にひどい)

その夜の空には雲がひとつもなく、月明かりが寝室の中まで射し込んでいた。

男(……水でも飲もうかな)

男は起き上がると、廊下を伝って台所まで歩いた。水道からコップに水を注ぎ、一口に飲み干す。

その時、外でなにやら物音がした。男はコップを持ったまま台所の窓から庭を覗いた。すると、小さな黒い影が庭を横切るのが見えた。背丈は子どもくらいだろうか。

キャアアアアアアアアア

ダダダダダ

その声は金縛りにあっているときに聞こえる声と同じだった。驚きのあまり男は危うくコップを落とすところだった。

男(今の……もしかして……)

それ以上のことは考えることさえ不気味だった。

男は流し台にコップを置くと、急いで寝室へと戻った。

休日

その日は曇りだった。天気予報によると、夜中には雨が降るらしい。

男は平日に終わらせることのできなかった仕事を片付けていた。

男(ああめんどくさい)

男(ちょっとコーヒーでも淹れるかな)

男がコーヒーを飲みつつ仕事をしていると、幼女がやって来た。

幼女「おじちゃーん」

男(お、この声は幼女ちゃんだな)

男が庭に出ると、幼女がいた。この頃、幼女はひとりで男の家に来るようになっていた。初めは男も心配していたが、幼女は迷うことなく家にたどり着いた。母親は幼女が帰る夕方頃に迎えに来た。

幼女「おじちゃん遊ぼう」

男「ああいいよ。今日はなにしよっか」

幼女「かくれんぼ!」

男「よしじゃあオニを決めよう。じゃーんけーん……」

幼女「オニはおじちゃん!」タタタ

男「行っちゃったよ……」

男「ふふっ。やれやれ」

幼女は家の中に入っていった。男は適当に10秒数えた後、幼女を追って家に入った。

男「幼女ちゃんはどこかな~」

男「ここかな~」ガラッ

男「こっちかな~」バサッ

男が家の中を歩き回っていると、仕事部屋の前に着いた。さっき閉めたはずのドアがわずかに開いている。幼女はこの部屋に隠れているようだ。

男「幼女ちゃんはここかな~」ガラッ

扉を開けたのと同時に、机ががたんと動いた。よく見ると机の下に幼女の足が見える。

男はとっさに大声を出した。

男「あ、こら!そこは駄目だ!」

机の上には仕事に関する重要な書類が置いてある。そのすぐ脇には飲みかけのコーヒーが入ったカップがあった。もしカップが倒れて書類が汚れたら上司にこっぴどく叱られる。

男は再び大声で言った。

男「早く出なさい!」

すると幼女は大人しく出てきた。心配そうな表情をしている。

男(しまった。つい大声を……)

男「大事な書類があるからそこは駄目だよ」

できるだけ優しく言ったが、手遅れだった。幼女の顔はみるみる歪み、泣き出してしまった。

幼女「うわ~ん」タタタ

男「あ、幼女ちゃん!」

幼女は男の脇をすり抜け、部屋から出ていった。

男「幼女ちゃん、待って」

男はすぐさま追いかけたが、幼女の姿は家の中のどこにもなかった。外へ出てもやはり幼女は見当たらない。

男(しまった……。もしかして山に行ったんだろうか)

男(探さないと)

男は必死に山の中を歩いた。

男「幼女ちゃーん!幼女ちゃーん!」

しかし幼女は一向に見つからない。山を歩き回っているうちに、辺りはすっかり暗くなってしまった。

男(これじゃあ俺ひとりでは無理だ。いったん帰って警察に連絡しよう。それに、そろそろ幼女ちゃんのお母さんも迎えに来ているはずだ)

男はいったん家に帰ることにした。

家は真っ暗だった。幼女の母親はまだ来ていないらしい。

男(急いで電話しないと)

そう思いながら玄関に入ると、見覚えのある靴が2足置いてあった。

男(なんだ?)

一瞬気を取られたものの、男は急いだ。居間の扉を開けて中には入る。

男(ん?誰かいる……?)

真っ暗な居間の中、目を凝らすと人がふたり立っているのが見えた。しかし、顔までは見えない。

男(取り合えず電気点けないと)パチッ

居間全体が明るくなる。そこにいたのは幼女と母親だった。

男「ああ……!よかった!どこにいったのかと探したよ!」

幼女「……」

母親「……」

男「幼女ちゃんどこにいたの?おじちゃん山の中まで探しに行ったんだよ」

幼女「……」タタタ

ふいに幼女が男に駆け寄った。表情のない顔で男の体に抱きつく。

男「さっきはごめんね。恐かったろう。脅かすつもりじゃなかったんだけど」

ぎりぎりと。幼女は男の体を締め付けていた。苦しいくらいだった。両腕もいっしょに抑えられていたため、男は少し上体をひねった。

男「ちょっと、幼女ちゃん?」

幼女「……」ギリギリ

母親「……」

男「お母さんもすみません。家を空けてしまって」

母親「……だ」

男「え?」

母親は何事か呟きながら男にゆっくりと近づいてくる。母親もまた表情が読めなかった。うつろで血走った目に、小さく動いている唇。男は急に不安になった。

男「お母さん?大丈夫ですか?」

母親「……が出ていけ」

男「……?」

母親「お前が出ていけ」

男「は?」

母親「ここは私たちの家だ。お前が出ていけ」

男「ちょっと!なにするんですか!」

母親は男の前まで来ると、両手を男の首にかけた。そのままぐぐっと持ち上げる。

男「ちょ、お母さん……!」

抵抗しようにも幼女が体にしがみついていて身動きが取れない。男は幼女を引き剥がそうとしたが、無駄だった。

男「うっ………ぐっ……」

母親「お前が出ていけ」グググ

男の首を締め付ける力はますます強くなっていく。一寸たりとも動かすことのできない体から、力が抜けていくのを感じた。

男「かっ……」

天井の裸電球が見えた。それきり、男は意識を失った。

次の週の月曜日、男は職場に現れなかった。連絡もつかず、不審に思った上司が男の家に行くと、男が台所で倒れているのが見つかった。もはや意識はなかった。首には絞められた跡が見つかったが、犯人は見つからなかった。

以降、その家が売りに出されることはなくなり、山奥に建つ一軒家の存在を人々は忘れてしまった。



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