【ダンガンロンパ】苗木「愛の鍵?」 (48)
ダンガンロンパ1のネタバレとV3のアイテムのネタバレがありまぁす!
あとたぶんスクールモード時空
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苗木「愛の鍵?」
苗木「なんだよ、それ」
モノクマ「うぷぷ……気になる? 気になっちゃう?」
苗木「いや……どうせロクなものじゃないんだろうし」
モノクマ「やだなぁ苗木くん、分かってる癖に。とにかく、モノモノマシーンに新しい景品を入れたから興味があったらやってみてよ」
苗木「……」
苗木「モノクマに言われたからじゃないけど……新しい景品は気になるな。とりあえず、何回か……」ガチャガチャ
苗木「あれ、これは見たことないな……鍵?」
モノクマ「ビンゴーーーーー!」
苗木「うわっ!?」
モノクマ「んもう苗木くんってばこういう時はついてるんだから。まさか一回目で出てくるとは思わなかったよ」
苗木「じゃあこれが?」
モノクマ「うぷぷ……そう、それは愛の鍵。持っていると、不思議なことが起きるんだよ」
苗木「どうせロクなことじゃないんだろ?」
モノクマ「そう……それはとてもエクストリームで甘美な夢の世界……」
苗木「捨てていい?」
モノクマ「それを捨てるなんてとんでもない! 全くもう、苗木くんはボクには辛辣なんだから」
苗木「モノクマに優しくする理由なんかある訳ないだろ……」
モノクマ「これを持っているとね、君と選ばれたお友達の誰かが同じ夢を見るんだよ」
苗木「……夢?」
モノクマ「いいんだよ、ドリームだよ。その夢の中は、鍵を持っていない方の理想の妄想の世界なんだ。苗木君はそのお相手役だよ」
苗木「……理想の妄想?」
モノクマ「その通り! あぁ……思春期のケダモノ達が繰り広げる甘美な世界! これぞまさしくエクストリーーーーム!」
苗木「……盛り上がってるところ悪いけどさ。そんな覗き見みたいな真似、出来るわけないだろ」
モノクマ「もうほんとヘタレだなぁ苗木くんは。思春期だろ!? 獣を飼ってるんだろ!? 性と欲に溢れてるんだろ!? ドンと行けよ! 行けば分かるさ!」
苗木「そういう訳にはいかないだろ……」
モノクマ「あ、そうそう。手に入れてもらった以上、鍵のポイ捨ては許さないからね! 校則違反とみなすよ」
苗木「はあっ!? なんだよそれ!」
モノクマ「それともう一つ、お互いに目が覚めると夢の中で起きたことは忘れるからね。あと、君が逃げたり投げ出したりすると相手は目覚めた時に凄く苦しむことになるから、しっかり相手と設定に合わせてやり遂げ無きゃダメだよ。一体どんな夢を見るのかなぁ? うぷぷ!」
苗木「あっおい待てよ! モノクマ!」
苗木「なんて言われたけど……僕と誰かが同じ夢を見るなんてあり得るのか?」
苗木「適当なこと言っただけだ、そうに決まってる」
苗木「よし、もう気にせず寝てしまおう」
苗木「……zzz」
霧切「……」
苗木「……」
苗木(気が付くと、僕はベッドの上で横になっていた)
苗木(額の上に何か乗っている……ひんやりとしたこれは、濡れた手拭い?)
苗木(霧切さんはベッドの横に置かれた椅子の上で腕を組み、俯いている……どんな顔をしているのか、分からない)
苗木(まさか……本当に同じ夢を見ている?)
苗木(ここでは……相手の理想の妄想が繰り広げられる、だったはずだ)
苗木(つまり、これは霧切さんの理想と言うことだけど……どういう状況なんだろう。そもそも、霧切さんが妄想なんてするイメージが無いから全く想像がつかない)
苗木(とはいえ、このままだと夢の中で眠ってしまいそうだ)
苗木「あの……霧切さん」
霧切「……良かった。目を覚ましたのね、苗木君」
苗木「えっ? あっ、うん……」
苗木(顔を上げた霧切さんの表情は……とても穏やかで、安堵に満ちている。どうやら僕は暫く眠り続けていた……らしい)
霧切「全く……相変わらず無茶をするわね。あなたは飽くまで助手なんだから無茶しないで、と言ってあったはずなのだけど」
苗木(助手……つまり僕は探偵霧切さんの助手、シャーロック・ホームズで言うところのワトソン医師……と、いうことでいいのかな)
霧切「拳銃を持った犯人に飛びかかって、揉み合いながら滝壺に落ちていくなんて……今回ばかりは駄目かと思ったわ」
苗木「そんなことしたんだっけ、僕……」
霧切「覚えていないの? ……そうね、あれだけ高い所から落ちたのだから、少しぐらい記憶の混乱はあってしかるべきね。それよりも、あなたが無事目を覚ましてくれたことを喜びましょう」
苗木(どれだけ高い所から落ちたんだろう、僕は……)
霧切「覚えていないからと言って、また同じことをしたら許さないわよ。自分の身は自分で守れるからあなたは自分の身だけを守りなさい、と何度も言ったことを忘れたとは言わせないわ」
苗木(探偵の助手、なんてどんなことをするのかさっぱり分からないけど……モノクマの言う通りなら、僕が投げだしたら霧切さんが苦しむことになるんだよな)
苗木(僕は助手で……霧切さんの忠告を無視して犯人に飛びかかって……どんな言葉が霧切さんの理想なんだ、さっぱり分からない……!)
苗木「……あの時は、とにかく必死だったんだ。拳銃が見えて、霧切さんが危ないと思ったら……体が勝手に動いてたよ」
霧切「危ないのはあなたも同じことよ。私は生まれついての探偵、あれぐらいの修羅場は何度も潜り抜けて来たわ」
苗木「あはは……ごめん、僕は咄嗟にそこまでの事を考えられなかったよ。ただ、霧切さんを守らないと、と思ってさ」
霧切「……」
苗木(僕の言葉に返ってきたのは、普段の冷静な彼女からはあまり見たことの無い表情だった)
苗木(目を丸くして、ちょっとだけ口を開け放しにして……正に面食らった、という表情だろう)
苗木「……ごめん。生意気だったかな」
霧切「……そうね。でも……でも」
苗木(目を閉じて僅かに顔を伏した霧切さんの口元は……小さく、でも確かに笑っていた)
霧切「ありがとう、苗木君。その気持ちは……とても嬉しいわ」
苗木「……」
苗木(今度は僕が面食らう番だった。霧切さんの、僅かに困ったような……それでも、たまに見せる物よりもずっと大きな笑みに)
霧切「でも、やはり無茶は控えて。パートナーに傷ついてほしくないのは私も同じだから」
苗木(僕の顔を覗き込み、分かった? と続ける霧切さんに僕は気の利いたこと一つ言えず、ただ頷くことしかできなかった)
霧切「……本当に良かった。あなたが無事で」
苗木(霧切さんはそう言うとベッドに腰を掛け……そっと僕の背中に腕を回してきた)
苗木「うわっ、ちょ、ちょっと霧切さん!」
霧切「不思議なものね……前は一人でいても何とも思わなかったし、私は一人でいるべきだと思っていたのに。あなたが死んでしまったのではないかと思っている間は不安で押し潰されそうだったし、今こうしてあなたが目を覚ましてくれて、とても安心している自分がいるわ。初めは強引なあなたを迷惑に思うこともあったけれど……いつの間にか、私の中で苗木君はとても大きな存在になっていたのね」
苗木「霧切さん……」
苗木(そのまま霧切さんは僕の……小さな胸の中に、ぽす、と頬を寄せてきた)
霧切「ねぇ、苗木君。私が今して欲しいこと、分かるかしら。推理できるかしら?」
苗木「……うん、分かるよ、霧切さん。だって、僕は霧切さんの助手だから」
苗木(少しだけ、本当にいいのだろうか、という思いはあったけれど。僕は意を決して、霧切さんの背に腕を回した。彼女は僕の胸の中なので表情は見えないけど……抵抗は無い)
霧切「くすっ……苗木君の癖に、生意気ね」
苗木「あれっ!? もしかして違った!?」
苗木(慌てて腕を離そうとすると、僕の背に強く力が込められた)
霧切「違わない。ええ……合ってるわよ、苗木君。それで、その次は?」
苗木「えっと……次?」
霧切「そうよ。抱きしめて、その次はどうするのかしら。苗木君……ここまで言えば分かるわね?」
苗木(顔を上げ、優しく微笑む霧切さん。その笑顔に、僕は――)
苗木「ん……あれは……夢?」
苗木「夢、だったんだよな。でも、なんだか……感触が残っているような……」
苗木「おぼろげに、霧切さんの笑顔が頭の中に残っている……ような……」
苗木「いや……たまたまだろう。こんな胡散臭い鍵で、モノクマが言っていたようなことが本当に起きるとは思えないし……」
苗木「……zzz」
苗木(ここは……どこだろう。マンションの部屋……?)
苗木(広い部屋だ。ソファも複数人が座れる大きいもので、テーブルには椅子が二つ……隣の部屋を覗いてみると、ダブルベッドに枕が二つ……明らかに一人暮らしじゃない)
「たっだいまー!」
苗木「この声は……朝日奈さん?」
朝日奈「そだよー、って、当たり前じゃん! ここは私達の家なんだから!」
苗木(二人の家……ということは、僕達は同棲か……結婚、してるってことだよな)
朝日奈「っていうか、誠」
苗木「誠!?」
苗木(突然の名前呼びは完全に不意撃ちだ。きっと彼女には普段通りの事なのに、過剰に反応してしまったからだろう、朝日奈さんは眉を寄せて唇を尖らせた)
朝日奈「何で驚いてるの、夫婦だから当たり前じゃん……もう、結婚して結構経つんだからさ、ちゃんと葵って呼んでよ」
苗木「ご、ごめん……えと、昔の癖が抜けなくてさ」
朝日奈「むー……」
苗木「あはは……」
朝日奈「呼んで」
苗木「え?」
朝日奈「葵って呼んで」
苗木(朝日奈さんは拗ねたように頬を膨らませている……僕が投げだしたら、朝日奈さんが苦しい思いをするんだよな……)
苗木(深呼吸をして、覚悟を決める。どうせ、目を覚ませば忘れるなら……恥ずかしがる必要も、無い筈だ)
苗木「……おかえり、葵」
朝日奈「~~~っ!?」
苗木(瞬間、朝日奈さんの日に焼けた肌が真っ赤に染まり、それを隠す様に頬を両手で覆う)
朝日奈「ちょっと待って、それ反則……! 名前で呼んでとしか言ってないじゃん!」
苗木「えっ、ごめん……まだおかえりって言ってなかったなと思って……」
朝日奈「むー……いいよ。ちょっとドキッとしたから、許す」
苗木「あ、ありがとう……」
朝日奈「あっ、それよりも……」ゴソゴソ
朝日奈「ほらっ! 金メダル!」
苗木「うわぁ……! 凄いよ、朝……葵、ついに世界一になったんだね!」
朝日奈「そうだよっ! 私は今、世界で一番泳ぐのが早い女になっちゃった……って、なんで今知ったー、みたいな反応なの? 向こうでも応援してくれてたじゃん」
苗木「それは……何ていうかさ、あの時は僕も夢心地だったって言うか……やっぱり、家で落ち着いて改めて見せてもらうと……実感が湧いてきたんだ」
朝日奈「そうだよねー……私はずっと一位だ! 金メダルだ! って喜んでたけど、こうやって誠と二人になると……うん、ホントのことだったんだって。じわじわ実感するなぁ」
苗木(遠い目をしてメダルを見つめる朝日奈さん。きっと、ここに至るまでに彼女はたくさんの障害にぶつかって、その度に乗り越えて来たのだろう。そう考えると……やっぱり、嬉しいな)
朝日奈「……誠、ありがとね」
苗木「えっ? 何が?」
朝日奈「色々。私、運動しか出来ないバカだもん。奥さんっぽいことなんて何も出来てないのに……私が頑張れるのは、誠が家の事とかやってくれて、応援してくれて、支えてくれるおかげだから。この金メダルは、二人でとったんだよ」
苗木「そんな……夫婦なら支え合うのは当たり前じゃないか。それに、葵はいつだって頑張ってるから。いつだって全力で頑張る葵のことを僕は尊敬してる。だからその手伝いがしたいって思うんだ」
朝日奈「……ずるいよ。そんなこと言われたら……嬉しいに決まってるじゃん」
苗木(口元を隠し、目を反らし……顔を真っ赤にする葵……いつの間にか、葵って呼ぶことにも慣れちゃったな)
朝日奈「……ね、誠。私、まだまだ頑張るよ。誠がずっと私の事見ていてくれるように、誠がずっと私の事を応援してくれるように」
苗木「……うん。それなら、僕は応援する。葵の事をこれからも支えていくよ」
朝日奈「……誠っ!」
苗木「うわあっ!?」
苗木(葵が僕の身体に飛びついてくる。僕と葵はほとんど同じ体格だけど、急にそんなことをされると耐えきることも出来ず……僕は、押し倒されてしまった)
苗木「いたた……」
朝日奈「ごっ、ごめん。大丈夫?」
苗木「大丈夫、だけど……その……近い、よ」
朝日奈「……ごめん。ちょっと……嬉しくて、我慢できなかった」
苗木「が、我慢できなかったって……」
苗木(朝日奈さんは僕の背に回した手に、ぎゅっと力を込めた。しっかりと力は感じるけど、息苦しさは感じない)
朝日奈「ほわ~……幸せ~……」
朝日奈「……ね、誠。今日ぐらいは……夫婦っぽいこと、しよっか?」
苗木(悪戯っぽく笑った葵の顔が近づいてきて……)
苗木「……」
苗木「あれは……夢、だったんだよな……」
苗木「なんだか……感触が残っているような……」
苗木「いや、夢だ。あれは、夢だ。夢だ」
~
苗木「何だかもう寝るのが嫌になるな……」
苗木「とはいえ、寝ない訳にもいかないしな……」
苗木「……zzz」
舞園「……ん、苗木君」
苗木「……あれっ? 舞園さん……?」
舞園「どうかしたんですか? お喋りしていたら急にボーっとしはじめて……どこか、具合が悪いんですか?」
苗木「あっ、いや、そんなことはないよ。ごめん、舞園さん」
苗木(ここは……普段僕たちが通っている教室だ。窓の外は夕焼け色なので……放課後だ。僕は自分の席に座っていて、その隣の席に舞園さんが座っている。どういうシチュエーションなのか……よく分からないけど、普段たまにそうしているように、舞園さんとお喋りしていたらしい)
舞園「具合が悪くないにしても、疲れているなら無理しないでくださいね。無理は本当に駄目です、私も昔、張り切り過ぎてしまって体調を崩してしまったことがあるので……」
苗木「ありがとう……でも、大丈夫だよ。舞園さんはアイドルに学校生活に、僕よりずっと頑張ってるんだから。そんな舞園さんの前で疲れてるなんて言えないよ」
舞園「苗木君だって頑張っているじゃないですか。昨日は桑田君と本気のキャッチボール、一昨日は山田君の漫画のお手伝い、その前は葉隠君といたところを借金取りに追い掛け回されたと聞きました」
苗木「あっ……それ聞いちゃったんだ……」
舞園「はい。苗木君は、いつも誰かの為に頑張ってます。だから、無理はしないでくださいね?」
苗木「頑張る、なんて言うほどの事でもないよ。僕はちょっと運が良かっただけの、普通の高校生だからさ。超高校級の才能を持ってる皆と過ごすのは、毎日驚くことばっかりで楽しいんだ」
舞園「楽しい、と頑張る、は矛盾しませんよ。私もアイドル活動は楽しいし、頑張ってますから」
苗木「うーん、確かに……それはそうだね」
舞園「はい。超高校級の才能についていくのはとても大変なことですし……そうでなくても、癖が強い人ばかりですから。普通にお話しするだけで大変な人もいます。それなのに、苗木君は誰とでも仲が良くて……すっかりクラスの中心ですね」
苗木「そんな、中心だなんて……言い過ぎだよ」
舞園「そんなことありません。そこに至るまで、きっと色々な苦労があったと思います」
苗木「うん……まぁ、そうだね。色々あったのは、否定できないかも……」
苗木(借金取りとかね……)
苗木「じゃあ、僕は……頑張ってる、のかな」
舞園「はい。苗木君は毎日楽しそうで、頑張ってます。羨ましいぐらいです」
苗木「ありがとう、舞園さん……そんな風に言って貰えたのは初めてだよ」
舞園「いえいえ。気づいてもらえて良かったです。だから、お話を最初に戻しますね。無理しちゃダメですよ、苗木君」
苗木「分かったよ……でも、今日みたいに、舞園さんとのんびりお喋りするだけの日もあるからね。息抜きなんて言ったら、舞園さんに失礼かもしれないけど……たまにこういう日があるから、また明日から頑張れるんだと思う……よ」
舞園「それは私も同じです。アイドル活動は楽しいですし、いつも真剣にお仕事させてもらってますけど……忙しい時期が続くと、やっぱり私も疲れたりしてしまいます。そういう時に苗木君とお喋りすると、悪い気持ちがどこかへ行ってしまって。明日から頑張ろうと思うんです……ふふ、私達、似た者同士なのかもしれませんね」
苗木「……舞園さんと僕が似てる、なんて考えたことも無かったよ」
舞園「……嫌ですか?」
苗木「いや……嬉しい、かな」
舞園「……私もです」
苗木(舞園さんはそこで、ニコッと笑ってくれた。天使だとか、可憐だとか……そんな言葉は全部、舞園さんの為にあるんじゃないか……なんて、ことを考えてしまう)
舞園「……苗木君、明日の土曜日はお暇ですか?」
苗木「え……うん、明日は特に予定はないけど……どうして?」
舞園「ふふふっ。私、明日は久しぶりにオフで……行ってみたいお店があるんです。ケーキが美味しいって噂で……二人で食べに行けば、シェアして二つのケーキを味わえますから」
苗木「えっと……僕でいいの? 折角のお休みなんだし……誘ってくれるのは凄く嬉しいけど、僕とは今日こうして会ってるし」
舞園「私は、苗木君が良いです」
苗木(言葉の始めは笑顔だったけど、次第にその表情は真剣な物へと変わっていって……終わりには、大きな瞳がまっすぐ僕を見つめていた)
苗木「……うん、分かった。誘ってくれてありがとう、舞園さん」
舞園「約束ですよ? 寝坊なんてしたら私、イジケちゃうかもしれません。そしたらお仕事にも影響が出てしまいます」
苗木「あはは……絶対遅れないようにしなくちゃね。気を付けるよ」
舞園「……」
苗木「……舞園さん?」
舞園「苗木君は……本当にいつだって苗木君ですね。でも、それがきっと、苗木君の素敵なところなんだと思います」
苗木「えっ? えっと……それって……どういうこと?」
苗木(言葉だけ聞けば褒められてる……と思ったかもしれないけど、舞園さんは困ったように笑っているのできっとそれだけじゃない。だけど、僕にはその意図が分からない)
舞園「……苗木君。以前、私が好きな人がいると言ったこと、覚えていますか?」
苗木「え……うん。覚えてるけど……」
舞園「私は……その、あまり自分で言いたくはないんですけど……超高校級のアイドルです。スキャンダルには気を付けてます。パパラッチを撒くことと変装には自信はありますけど……本当は、オフに同い年の男の子と二人でお出かけなんて、しちゃいけないんです」
苗木「うん、そうだよね……やっぱり、明日は止めておこ――」
舞園「違います。そういうことじゃないんです」
苗木「えっ……」
舞園「苗木君……お誘いのお話、好きな人がいるお話、ホントはイケナイ事だというお話。これが意味すること……分かりますか?」
苗木「えっと……」
苗木(僕だって、そこまで鈍い訳じゃない。舞園さんの言葉の意味は、分かっている……筈だけど)
苗木(そんな筈が無い。信じられない。だって、舞園さんは超高校級のアイドルで、僕は人より少し明るいことだけが取り柄の、普通の男子高校生で)
苗木(……これは舞園さんが僕を相手に繰り広げている妄想……のハズなのに、これまではまるでいつもの僕達だった。これが舞園さんの理想ということは……やっぱり……)
苗木「……舞園さん」
舞園「はい」
苗木「分かるよ……舞園さんが言いたいこと、分かるよ。でも……舞園さんはアイドルで、僕は普通の高校生」
舞園「……はい」
苗木「それはきっと、口にしてはいけないことだから。そうしたら……きっと、僕が舞園さんの重荷になってしまうから」
舞園「…………はい」
苗木(顔を伏し、目は前髪で隠れ……口元を、ぎゅっと結んで)
苗木(舞園さんは、制服の胸元についている大きなリボンを……きっと強く、握りしめている。皺の寄り具合で、分かってしまう)
苗木「だから、僕は……何も答えることが出来ないよ。舞園さんの言葉が分かっても……僕も、答えを口にすることは出来ない」
舞園「……はい。きっと、それでいいんです……ごめんなさい、苗木君。私、苗木君が分かってくれることも、答えてくれないことも分かってました。それでも、思わせぶりなことを言ったのは……ただの我儘です」
苗木「いいんだ。言ってくれなかったら、僕はきっと知る事すらなかったから……ありがとう、舞園さん……僕はずっと、このことを誇りに思うよ」
舞園「ありがとうございます……苗木君が私の想いを覚えていてくれるなら……叶わない夢も、無駄な物ではありません」
苗木「……ねぇ、舞園さん」
舞園「何でしょう、苗木君」
苗木「明日のお誘い……僕は、勘違いするよ」
舞園「勘違い……ですか?」
苗木「うん……クラスの女子に、二人だけでのお出掛けに誘われた。これはきっと、デー……いや、そういうことだって。僕が勝手に勘違いする分には、きっと問題ないから」
舞園「……ありがとうございます」
苗木「……ごめん。僕には、そんなことしかできないから」
舞園「いいえ……良いんです。それできっと、良いんです……苗木君」
苗木「何?」
舞園「……最近忙しかったので、少しだけ羽目を外したい気分なんです。明日は……ケーキ屋さん以外にも……目一杯、付き合ってもらっても……いいですか?」
苗木「うん。勿論だよ」
舞園「ありがとうございます……ふふ、相手が苗木君で、本当に良かったです。明日が楽しみだなぁ――)
「……ん、苗木君」
「う、ん……」
肩を揺らされて目を覚ます。
眠りから覚めたばかりの視界は、滲んだ橙色。
二度三度、瞬き。
並ぶ机と椅子のセット。
チョークの粉でうっすらと化粧した黒板。
橙色は、窓から差し込む夕焼けの色。
「おはようございます、苗木君」
声の聞こえた方へ慌てて顔を向けると、そこに。
「まっ……舞園さん……?」
艶やかで黒いロングヘア。
少しだけ丸みを帯びていて大きい瞳があどけなさを残しつつ、でもスラリとした彼女のスタイルはどこか大人びて見える。
超高校級のアイドル、舞園さやか。
彼女が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
「はい、舞園さやかです。もしかして、私の事を忘れてしまったんですか?」
くす、と小さく笑う舞園さん。
頬からさっと血の気が引いて……すぐに恥ずかしさで熱が戻ってくる。
「いやっ、そんな……ごめん、舞園さんに起こして貰えるなんて、思わなかったから」
現状が理解できなくて、しどろもどろ。
言葉が上手く出てこなくて、より恥ずかしさが増してくる。
「駄目ですよ、こんなところで眠ってしまっては」
「あはは……ごめん、どうしてこんなところで寝ちゃったんだろう……」
恥ずかしさを誤魔化すための苦笑い。
ふと机に視線を向けると……ぐしゃぐしゃになったノートが開かれていた。
……そうだ、宿題をやっている内に眠ってしまったらしい。
それを見て、舞園さんが小さく声を出して笑っている。
恥ずかしさがより一層増していって……顔が、見て分かるぐらいに赤くなってなければいいんだけどなぁ。
「なんて偉そうなことを言いましたが、実は私も今起きたところなんです」
「えっ? 舞園さんも寝てたの?」
「はい。忘れ物を取りに来たのですが……苗木君が気持ちよさそうに眠っていたので。つられて私も眠くなってしまって」
「ええっ!? 見てたの!?」
「はい。幸せそうでしたよ」
ああ、もう、無理だ。
今、僕の顔は真っ赤になっている。
舞園さんは、そんな情けない僕を……表情は笑顔のまま、でも笑わずに見つめていた。
「えっと……舞園さん、今日はお仕事は終わったの?」
「はい。実は、明日もオフなんです」
「そうなんだ……最近忙しそうだったから、久しぶりにゆっくり出来るんだね」
そう言った時に……何か。
何かが、僕の脳裏に引っかかった。
何かが……大切な約束が、あったような。
「苗木君。約束、忘れないでくださいね」
「……!」
そうだ。
まだ、微かに覚えている。
夢の中で、僕は舞園さんといつも通りお喋りして……ケーキを食べに行く約束をした。
そして、その後の……彼女の言葉も……想いも、思い出した。
「明日は無理ですけど、ここから出たら……私と、お出かけしてください」
「う、うん。それは勿論、だけど……どうして?」
聞きたいことがあり過ぎて、どうして、の前に質問を付けることが出来なかった。
あの夢の事は目を覚ませば忘れる筈で……舞園さんは、どうして覚えているんだろう。
今までの夢は全く覚えていないのに、これは一体……どういうことなんだ?
何に対してのどうして、だったのかすら纏まらないまま、舞園さんに視線を向ける。
彼女は珍しく、悪戯っぽく笑っていて。
僕は舞園さんが次に何を言うか、その表情で理解した。
悪戯っぽく笑って右目でウィンク。
人差し指を唇に当てて、僕に何も言わなくていい、と意思表示してから口にするのはいつものあの言葉。
「ふふっ。だって私、エスパーですから」
終わりです。読んでくださった方がおられましたらありがとうございます
キャッチボールとか漫画のアシスタントはともかく借金取りに追われるのはスクールモード時空でも無理だと書き込んでから気づきました。
すまんの
以下スクールモード時空でも無理なので本編に入れられなかった戦刃さんです
「……」
正確なリズムで続く振動で気が付いた。
僕は誰かに背負われている。
顔を上げると、その人物の頭部が良く見える。
短い黒髪に、白い首筋。
視線を下げると、迷彩柄のベストが目に留まる。
「……戦刃さん?」
「……苗木君。気が付いたんだね……良かった」
ちらり、と戦刃さんが横目でこちらを見て、すぐに前方へと視線を戻した。
戦刃さんは何も言わず、僕を背負ったまま……瓦礫があちこちに散乱する道を、歩きにくそうに進んでいく。
……瓦礫?
辺りを見渡してみると……ゴーストシティ、とは少し違うような気がした。
ボロボロになり、一部崩れていたり、何かが陥没していたり、煤だらけになっていても、これらのビル群は……比較的新しいというか、時間経過による砂っぽさと言うか埃っぽさ、朽ちた感じが無い。
「えと……戦刃さん、ありがとう。大丈夫、もう歩けるよ」
「……駄目、だよ。無理しないで、傷はちょっと深い、から」
「えっ!?」
慌てて自分の身体に手を当てる……が、どこも痛くないし、怪我をしている訳ではなさそうだ。
これは、戦刃さんの理想の妄想のハズだけど……とにかく、戦刃さんの中で僕は重傷らしい。
……夢の中で痛みまで再現されなくてよかった。
「大丈夫。簡単に手当はしたし、安全な場所にもうすぐ着くから……死ぬことは無い、と思う」
「断言してはくれないんだね……」
「あっ……ご、ごめんなさい」
「ううん、気にしないで。戦刃さんはこれまで、僕の知らない厳しい世界で生きてきたんでしょ? きっと……そこではちょっと運が悪いだけで死んでしまった人もいたと思う。絶対、なんて気安く言えないよね」
「……えっと」
「それでも、戦刃さんがそう言ってくれるってことはそう簡単には死なないってことだから。かえって安心したよ」
「あっ……うん。たぶん、大丈夫だから」
何だか歯切れが悪い物言いだ。
……もしかして、そこまで深い意味は無かったのかな。
だったら恥ずかしいな。
「……ごめんね、苗木君。こんなことに巻き込んじゃって……それに、私を庇った所為で怪我までさせちゃって……」
戦刃さんは歩を進めながら、ポツリポツリと言葉を零す。
設定はイマイチ読めないけど……どうやら、何か事件が……戦刃さんだから、もしかしたら戦闘に巻き込まれたのかもしれない。
とにかく僕は戦刃さんを庇って怪我をしたらしい。
「気にしないでよ。戦刃さんには命を助けてもらったこともあるし……僕が戦刃さんの役に立てることなんて滅多にないから。戦刃さんが無事なら、嬉しい……かな」
そう言うと戦刃さんの足が一瞬、止まって……すぐに、再び動き出した。
「……優しいね、苗木君」
「えっ……そう、かな?」
「うん。私は……超高校級の軍人。正直、苗木君みたいな……普通の、日本での平和な暮らしって良く分からないし……人を撃ったこともあるよ。何回もある。たぶん、これって普通の人から見たら怖いことだと思う……なのに、苗木君は私に笑って話しかけてくれた」
この話は……重いな……!
「そうだね……正直、戦刃さんのことを初めて知った時は少し怖いと思ったかもしれない」
「……うん。それがたぶん、普通ってことなんだと思う」
「でも、戦刃さんは悪い人とか、乱暴な人には見えなかったし……折角同じクラスになったんだから、仲良くなりたいし」
「……」
内容が内容なので、慎重に……真剣に言葉を選んで言ったけど、戦刃さんからの返事は無かった。
ただ、戦刃さんの足音だけが聞こえる。
暫く静かな時間が続き、戦刃さんは小さな小屋の中へと入った。
家具も何も無い、ただの部屋……そこの中心を、戦刃さんはダンッ! と大きな音が鳴る程に踏みつける。
ビクッと僕の身体が跳ねるのと、戦刃さんの目の前の床がスライドしたのは同時だった。
ぽっかりと穴が開いて……いや、階段だ。
驚きに僕を無視するかのように、戦刃さんは暗い階段を下り始め……降りた先の、ドアを開いた。
「ここは……?」
「私の秘密基地。ここなら安全」
その部屋に、家具は机と椅子、棚に何か色々詰め込まれているけど、後はベッドぐらいしかない。
しかし壁には僕が持つことも出来なさそうな重火器やナイフがいくつも掛けてある。
何というか……戦刃さんらしいなぁ、とは思う。
戦刃さんはまっすぐにベッドに向かうと、ようやく僕を降ろしてくれた。
「待ってて。ここでなら、もう少しまともに手当てできるから」
棚に向かうと戦刃さんは包帯やらガーゼやら消毒液やらを抱えて戻ってきた。
「ありがとう、戦刃さん」
「……ねぇ、苗木君」
「どうしたの?」
手当の為か、ベッドの横に膝を突き包帯を広げ始めた戦刃さんが、視線は手元に向けたまま僕の
名前を呼ぶ。
「……日本に帰ったら、私と……友達に、なってほしい……んだけど……」
「えっ? 僕達友達じゃなかったの!?」
「えっ? 私達友達なの?」
大きく開いた目を見合わせて、瞬きを繰り返す。
「えっと……僕はずっと戦刃さんのこと友達だと思ってたんだけど……」
「ご、ごめんなさい……私、盾子ちゃん以外に仲の良い人いないから……そういうの、よく分からなくて……」
「うーん……確かに、なろうっていって友達になることもあるだろうけど……一緒に時間を過ごしていけば、自然となるものでもあると思うよ。僕達は……うん、友達、だと思う」
「そっか……私達、友達だったんだ」
そこで戦刃さんは……小さく、笑った。
……初めて見たかもしれない、戦刃さんの笑顔は。
「それじゃあ、苗木君。服を脱いで」
「えっ?」
「服を脱いでもらわないと、ちゃんと手当て出来ないから」
「えっと……上を脱げばいいのかな?」
「全部」
「全部!?」
「……その、手当の為だから。お願い」
「……全部は、ちょっと」
「脱げないの? じゃあ、私が脱がすね」
言うが早いか、戦刃さんは僕の服に手をかけて――
苗木「……夢、かぁ」
苗木「……」
苗木「……僕はどこを怪我してたんだよっ!」
おわり
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