新田美波「だから私は、志希ちゃんが嫌い」 (28)

・シンデレラガールズSS
・独自設定、独自解釈を多大に含みます
・百合ではありません
・一人称地の文メイン
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『お目付役』って言うのかな。
私と志希ちゃんでユニットを組むようにプロデューサーさんが指示を出した、ごくシンプルで合理的な理由。
プロデューサーさんが「勝手についてきた」と紹介してくれた新人の子、一ノ瀬志希ちゃん。

私からすれば志希ちゃんはまるで宇宙人のような存在で、時間は守らないし、目を離したら居なくなるし、振り付けは勝手にアレンジするし。
まあ、またそれがセンスがあって様になっているのだけど。

それにしたって志希ちゃんの中にスケジュールを組むという概念がないのはカルチャーショックでしかなくて、この人とは何か根本的なものが噛み合わないって思った。

プロデューサーさんは上手くやれているらしいけれど、以前から「こんな子どこで見つけてくるんだろう」って子ばかりをスカウトしてくる人なのだから今更驚くことでもないかなとも思う。

そんな風に、志希ちゃんは自由奔放が服を着て歩いているような子だけれど、レッスンになるとまさにギフテッドの名に恥じない能力を見せつけていた。

歌や振り付けも、私が歌詞を読み込み、デモ音源を何回も聞いてイメージトレーニングを行うところを、志希ちゃんは歌詞は目を通す程度で、振り付けは一回手本を見せれば覚えていた。

でも今は能力に体がついていかず、レッスンではすぐに貧血になっちゃう。
体力がないのは、今まで研究ばかりでまともに運動をしてこなかったからだという。

志希ちゃんという新しい世界に触れて。
あんまり表には出さないけど、正直に言ってしまえば、私は志希ちゃんに対して苦手意識を持っていた。
まるで価値観が違う。
今まで私は私のやり方でアイドルとして結果を出してきた。

できないことをできるようにする方法は、現状を把握すること、目標を決めて計画を立てること、手間と時間をかけるのを惜しまないこと。
その努力を、挑戦を、成功を、大げさに言ってしまえば、自分の歩んできた人生を嘲笑うかのように感じてしまった。
そしてそれは同時に、志希ちゃんへの嫉妬でもあったと思う。



「キミ、おもしろそーな匂いをしてるね!」

第一印象からして明らかに普通じゃない、可愛さと綺麗さを両立した只者らしからぬオーラを纏っていて。
さらには初対面で匂いを嗅がれた上にそんなことを言われたから、ちょっと変な子だなと思っていた。

「わかりそうで、わからない……薄皮を何枚か重ねた上から嗅いでいるような匂い……」

それからはしばらく付きまとわれた。

「美波ちゃんは、とってもキョーミ深いね!」

後になって分かったけれど、志希ちゃんの興味が数日に渡って続くは異例の事態のようで。
ありすちゃんやアーニャちゃんぐらいの年齢の子が多いこの事務所では、私はみんなよりちょっとだけお姉さんで、まとめ役を任されることも多かった。
その流れで、プロデューサーから半分お世話係のような形でユニットを組むことになった。
この事務所としては珍しく、オトナ路線となる予定。

ユニット名は『ヴィーナス・ブレス』。
女神の吐息、あるいは女神の祝福。
ギフテッドとは神様からの贈り物、神から祝福された存在、らしい。

だから、女神でもない、私のようなただのちっぽけな人間が敵うはずがなかった。



「志希ちゃん、もっとちゃんとレッスンしたほうがいいんじゃない? 本番でもたないよ?」

ダンスレッスン後、レッスン室で大の字になっている志希ちゃんに声をかける。

「いやー、体育会系の人と比べられちゃったらねぇ。体力が違うよ」

「できないことをできるようにするのは、楽しいよ?」

「ふーん。じゃあ、今の美波ちゃんの匂いはー? ハスハス~」

「あっ! ちょっと! 志希ちゃん、まだそれだけ動けるんじゃない!」

「んん~『いい汗かいた!』って感じがする、イイ匂い~」

「もう! 止めてったら~」

そんなこんなで、なんとか志希ちゃんをコントロールしたりできなかったりしながら、迎えたミニライブの当日。

志希ちゃんは現場から失踪した。



結果から言えば、志希ちゃんは事務所に(勝手に)作ったラボにいた。

私は控え室に残っていて、プロデューサーさんが志希ちゃんを連れ戻し、予定にはなんとか間に合った。

「プロデューサーさん、すみません! 私が目を離してしまったから」

私は責任を感じていたけれど、プロデューサーさんはいつもの飄々とした態度でさらりと流し、「ちゃっちゃと用意よろしく」「直前に失踪はやめろよなー」と軽い物言いしかせずに控え室から出て行ってしまったのが心底気に入らなかった。

プロデューサーさんはそれでいいんですか。
最終的に色々なところに頭を下げに行くのはプロデューサーさんになってしまうんですよ?

普段からの不満が積み重なったためだと思うけど、私は自分でも驚くくらい珍しく志希ちゃんに食ってかかっていた。

「志希ちゃん! 何してるの!?」

「ナニって、ステージ用の香水作ってたの」

「そんなことより優先することがあるでしょう!?」

「ふむふむ、ハスハス……あ、やっぱり」

志希ちゃんは見るのが腹立たしくなるくらいに口を歪めた。

「わかってきたよ、美波ちゃんの匂い」

「……? 何を言ってるの……?」

「美波ちゃん。新田美波。優しくて、頼れる、みんなのお姉さん」

志希ちゃんの口から言葉が紡がれ、香水のように、毒のように、私の体に少しずつ染み込んでいく。

「でも、匂いでわかるよ。もっと深ーいものが隠れているね。美波ちゃん自身も気付かないような、何かが」

こんなやりとりをしている状況ではないのに。
志希ちゃんの言葉から耳を離せない。

「キミの本質は? 本当の匂いは?」

志希ちゃんの意図に気付いた瞬間、爪が食い込むほどに拳を握り締めていた。

「もしかして、そんなことを知るのために失踪したの!?」

「そうだよ」

さも当然のように、志希ちゃんはケラケラと笑いながら返事をした。

「いい加減にして!」

憤りを感じていた。
常識外れの行動に対して。
世間一般的に言えば『真面目に』行動してきた自分を否定する事象に対して。

能力があるから?
そういう性質だから?
自由奔放な振る舞いが許されるというの?

「そんな個人的な理由で、みんなに……プロデューサーさんやスタッフさんに迷惑をかけてるんだよ!?」

「んー。それもそっかー。ごめんね」

感情がごちゃ混ぜになって掛ける言葉が見付からず、最終的にはプロデューサーさんが私達を呼びに来たので、その場は一応は収めることになった。



プロデューサーさんからは「あれが志希だから、あんまり気にすんな」とは言われた。
今のコンディションは良いとは言いがたい。
とはいえ、気持ちを切り替える位の余裕は戻ってきた。

決して大きくはないデパートの屋上でのミニライブ。
薄暗い舞台袖からでもお客さんがそこそこ来てくれているのがわかる。
私は既にソロデビューは果たしているけど、志希ちゃんは今回が初の歌の御披露目。

「ふっふ~。アイドル志希ちゃんデビュー! まだ誰も見たことないアイドルの才能、そのエッセンスを見せてあげよー!」

口調こそいつも通りだけど、その雰囲気には違和感があった。
眉の動きの、口角の、肩の力の入り具合を。
嫌というほど見させられて、どうにか越えられないかとする、現実の象徴。
だから、違いには気付いた。

「志希ちゃん、手、握ろっか」

「えっ」

「震えてるね。それに、すごく冷たい」

「……ホントは、ちょっと怖い、かも」

「大丈夫?」

「へーきへーき。大勢の前で何か披露するなんて、学会で慣れてるから」

「嗅ぐ? 私の匂い」

咄嗟に頭の中で言葉が弾けて、いつの間にか口から出ていた。
さっきから自分自身に驚かされてばかり。
志希ちゃんと居ると、なんだか調子が狂うみたい。

志希ちゃんは瞳孔の開いた猫のようにびっくりした表情を見せてから、ニヤリと擬音が聞こえそうな程に唇の端を引き上げた。

「美波ちゃんが言うならしょうがないな~、ハスハス~」

勢いよく胸に飛び込まれた。
志希ちゃんの吐息を感じる。
匂いの好みはDNAによるものらしい、なんてことを思い出して。
だからなのか、嗅がれるというのは、魂の奥底まで覗かれたような気恥ずかしさと、どこか背徳的なゾクゾク感があった。

「ふっふ~。爽やかな香りで、トリップしちゃう~」

才能に溢れ、それなのに、どこか不安定な子。
特に理由はなのだけれど、なんとなくそうしないといけないような気がして、私は志希ちゃんを優しく抱きしめていた。
こんなに腹立たしい相手なのに。

その肩は思っていたより細くて、震えていて、力を込めたら折れてしまいそうだった。



その後、志希ちゃんはいつもの調子を取り戻し、ミニライブは成功となった。
ライブが終わった後、志希ちゃんは片付けの現場を眺めていた。
ぽつんと立ち尽くした後ろ姿は、どこか浮き足立っているようで、風が吹いたら倒れてしまいそう。

「志希ちゃん、どうしたの?」

「なにこれ……?」

志希ちゃんの艶のある唇から、言葉は零れ落ちて。

「なんなのこれ……アイドル……」

うわごとのようなそれは、夕焼けの空気に流れていってしまうのだけど、たしかに熱を持っていた。
その熱の理由を、私はきっと知っている。

「アイドル……わかんない……理解できない」

志希ちゃんはゆっくりと私に向き直る。
その瞳は夕焼けに負けないくらいに赤く輝いていた。
そして、一言一言を、噛み締めるように。

「でも面白い。あたし、これを解き明かしたい!」

志希ちゃんは新しいオモチャを与えられた子供みたいに、好奇心と高翌揚で目を光らせていた。
それなのに、私の心は決して晴れやかでなく。
嫉妬、劣等感、怒り。
色んな感情が言葉として溢れ出した。
今、鏡を見たらきっと、相当歪な笑顔が映ったと思う。

「へぇ……今頃、やっと、わかったんだね。アイドルの楽しさに」

とっくに知ってる。
そんなことは。
アイドルは、一生懸命打ち込む価値があって、新しい刺激に満ち溢れていて、楽しいものだと。

さっきまでの勢いはどこへ行ったのか、志希ちゃんは口を丸く開けている。

「……美波ちゃんってさー、あたしには辛辣だよねー。対応が他の子と違うよね」

「そうかな?」

「にゃははっ。でも、今いい顔してるじゃーん。ようやく優等生の仮面が剥がれてきたね」

自分でも気付かなかった、というより、無意識に見て見ぬふりをしてきた一面。
それを知ってしまったら。

「そうだよ……これが、志希ちゃんがライブ前に言ってた、私の本質。つまらない感情に振り回される、何も持たないつまらない人間だよ、私は」

スケジュール帳を書き込んで、資格を取って、レッスンをして、隙間を埋めて。
化粧と衣装と硝子の靴で着飾った、ハリボテのシンデレラ。

志希ちゃんは、そんなものをすり抜けるように、スルリと私に抱き付いてきた。

「でも、今の美波ちゃんの匂い、好みだね」

「そう、なんだ。ありがとう、って言っていいのかな」

「うん。美波ちゃんはもっと我が儘言っていいと思うんだ。泣いて笑って怒って喚いていいと思うよ」

そんな簡単に、なれたら良いのに。
そんなことは、きっと望まれてはいないから。
自由に振る舞えることって、一種の才能だと思う。

私は返す言葉を持っていないから、代わりに志希ちゃんの隙だらけな脇腹をくすぐってみた。
一方的に言われっぱなし、ハスハスされっぱなしも癪だし、今まで散々被ってきたことへのお返しみたいなものだ。

「わっ、ちょっとっあっははっ! くすぐったい~!」

まさか私がこんなことをするとは思ってなかったのか、志希ちゃんはくねくねとオーバーリアクションを見せる。
ちょっと楽しい。
相手を困らせて喜ぶなんて、まるで志希ちゃんみたい。
志希ちゃんの身体が艶めかしく捩れる度、波打つ髪からは甘く、蠱惑的な香りがふわりと漂う。
ドキリと、少し心臓が跳ねて、また口元が緩む。

「にゃーはっは! やっぱり美波ちゃんは、キョーミ深いね! そういう新しい表情、もっと見せてよ!」

私達は多分、決して相容れない。
だけどきっと、この子と私は、実は似ている。
飢えていたんだ。
欲していたんだ。
新しい『何か』を。

志希ちゃんと触れ合うことで、私も知らなかった私へと変わっていく。
志希ちゃんの言う『優しくて、頼れる、みんなのお姉さん』の新田美波は死んで、新しい新田美波が生まれ変わり続ける。

怖い。
そう、これは、恐らく、いけないことなんだ。
だけど。
この胸の高鳴りは。

「にゃっはははっ! 息、苦しい! 美波ちゃん、そろそろ、止めて!」

「だーめ」

嫌い。
嫌い。
志希ちゃんが嫌い。

私が持っていない、沢山の才能を持っているから。

これ以上、志希ちゃんといたら、どんどん私が私じゃなくなってしまうから。

だけど私は、きっとそれを楽しんでしまうから。

だから私は、志希ちゃんが嫌い。




おわり

読んでいただきありがとうございました。

美波が登場する過去作です。世界線は別となっています。

新田美波「時の蝕み」
新田美波「ミーナミン! キャハっ☆」

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