西住みほ「優花里さんに首輪をつけてもらったら大変なことになりました」 (34)

私はとても後悔しました。

事の始まりは大学選抜チームに勝利した記念で行われた祝賀会。
祝賀会と言いながらも実際は愛里寿ちゃんを交えた戦車道選手たちの懇親会でした。

その中でケイさん発案の『プレゼント交換タイム』なるイベントが始まり、みんなが持ち寄った贈り物を交換しました。

大洗でしか使えない食券10枚だったり、干し芋三日分だったり、結婚情報誌だったり、プラモデルの江戸城だったり。
全部個性溢れるものであり、みんなは一喜一憂して盛り上がりを見せました。

私は運よく愛里寿ちゃんがもってきてくれた、ボコの期間限定ぬいぐるみを手に入れることができました。
嬉しさのあまり、思わず愛里寿ちゃんの手を強く握ってしまったほどです。
愛里寿ちゃんがかなり驚いていたので、反省しないと。

自分の幸運に浸っているとき、優花里さんが近づいてきたのです。

「西住殿、見てください。ナオミ殿のプレゼントが当たりました」

優花里さんは笑顔でそれを見せてくれました。

それは紛れもなく首輪。
何故、プレゼントに首輪なのか疑問でしたが、他にも奇抜なものはあったし、特段首輪がおかしなものであるという意識はありませんでした。

「いいでしょ、それ。それを付けるだけでワイルドになれるわ」

後にナオミさんがそう説明してくれたのですが、そんなことにはなりませんでした。

このとき私がもっと首輪に対して疑念を抱いていれば、あんなことにはならなかったはずなのに。

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それからしばらくして、あの日は楽しい思い出に変わりつつあったとき、夜にとあるテレビ番組を偶然みてしまいます。

ボコの特集と銘打たれた番組だったので急いで録画しました。
どうやら島田家がスポンサーとなり閉館を免れたボコミュージアムを取材するといった内容のようです。

ボコミュージアムの魅力が余すところなく紹介されていて、私のボルテージは上がり続けます。
正直なところ、戦車に乗っているときよりも興奮していたかもしれません。
最近、ボコのことを紹介してくれる雑誌もテレビ番組も激減していたので仕方のないことですが。

番組も終盤に差し掛かった頃、ボコミュージアム内にて新作のボコが売り出されるという情報が流れました。
テレビに映し出されたのはシルエットのみでしたが、その影を見る限り、私が知っている既存のボコではないことは明確に判断できました。

これは欲しい。絶対に欲しい。

抽選で100名様にプレゼントという文言を目にした瞬間、宛先をメモし、部屋にあるハガキをかき集めて応募要項を記入。
番組終了直後、計13枚のハガキをポストに投函しました。

冷静になってみれば自分でもちょっと異常かなとは思いますが、それでも新作のボコは手に入れたい。
もしかしたら愛里寿ちゃんに頼めば貰えるかもしれないけれど、そんなことは頼めない。

自分の手で、手に入れないとボコに怒られてしまうから。

当たったら何をしようかなんてことを考えつつ、その日はベッドへ。

しかし、一週間待っても、二週間待っても、新作のボコが届くことはありませんでした。
どうやら100人の中に入ることはできなかったようです。

愛里寿ちゃんのプレゼントが当たったのだから、それ以上の幸運を求めるのは贅沢すぎるし、プレゼントに縋ることはやめよう。

なので私は日曜日に沙織さんたちを誘ってボコミュージアムに向かいました。

改装が行われたようで、最初に来た時よりも全てが眩く輝いていました。
生ボコの動きのキレだって見違えるほど良くなっています。

「みぽりん、早くいこーよ」

沙織さんの声で我に返り、急いでショップの中へ。
本日最大の作戦、新作のボコぐるみ入手作戦を成功させなければ。

華さん、麻子さん、優花里さんも一緒になって棚という棚を見て回ります。

「みほさん、カゴがいっぱいになっていますよ?」

華さんの指摘で手にあったカゴを見てみると、そこにはいつの間にか大量のボコグッズが。
誰が、一体、何のために……。

「それ、自分で入れたからな」

あ、そうなんだ。
麻子さんも若干、呆れてしまっているみたい。ごめんなさい。ついつい、夢中になっちゃって。

「別にいいんだが、手持ちのお金は足りるのか?」

「ええと、一応5万円は用意したからなんとかなると思うな」

少し足りないかなと思っていたけど、麻子さんの反応を見る限り多すぎたみたい。

「流石、西住殿ですぅ。備えあれば憂いなし、ですもんね。より良い装備で戦闘に臨まなくては、一流とは言えません」

優花里さん、ありがとう。そこまで褒めてくれるのは優花里さんだけのような気がする。

「ねえねえ、これじゃない?」

沙織さんが指差している場所へ行くと、そこに新作ボコ誕生と書かれたコーナーが。
駆け寄ってみると新作ボコの写真が飾られていて『オイラ、新しいぜ!』とのコメントが添えられていました。

そのボコは今までにないボコでした。
頭に巻かれた白い包帯の隙間から丸い耳がひょこっと出ていて可愛い。
右腕、左足、お腹にかけても包帯があり、ここまでは既存のものと大差はありません。

ただ一点違うのは首輪をしていたことです。

首輪をしていることでボコがより勇ましく見えます。
それでもボコはボコボコにされてしまうんだけど、それがもうたまらなく可愛い。

この首輪の意味は、きっと誰の飼いクマにはならない。俺は俺だけが飼えるんだぜ。といった意志があるはず。
誰にも縛られず、自分の信じる道をボコられながらも進んでいくその姿に私の心は撃破されたといってもいいです。

早く連れて帰りたい。その気持ちに身も心も支配されていくのが分かります。

「あら、どこにも見当たりませんね」

そのときの私は華さんの声は耳に入らず、無心に新作コーナーを物色していました。

これは持っている。これも先日手に入れた。このボコは買おう。そうしてひとつのカゴでは入りきらなくなるころに沙織さんに止められてしまいます。

「みぽりん、ダメ。それ以上、女の子としてダメだと思うよ。冷静になろう。ほら、深呼吸して」

何がダメだったのかは分かりませんが、沙織さんの言うことは素直に聞き入れ、一度深呼吸します。

熱を帯びていた自分が徐々に冷めてきたと同時に驚愕の事実を知ることになりました。

『売り切れだ ごめんな~』

ボコの切り抜き写真に吹き出しがあり、そこにそんなコメントが書かれていました。

売り切れ? どういうこと?

「西住さん、どうやら新作ボコは好評みたいだ」

麻子さんの冷静沈着な分析結果にようやく事態を把握しました。
売り切れ。新作のボコはない。という現実。

肺の空気が重々しく口から出ていく。
欲しかったけど、それだけボコが色んな人に愛されているということ。
それが分かっただけでも、今日は十分かもしれない。

自分にそう言い聞かせて、顔をあげると、みんなが心配そうに私を見つめていた。

「みぽりん、大丈夫?」

「あとで外のお店も覗いてみましょう。ぬいぐるみ屋さんなら置いてあるかもしれませんし」

「西住殿、諦めないでください」

「最後まで付き合ってやる」

みんなの優しさが嬉しくて、申し訳なくて、言葉が見つからなかった。

「ありがとう」

簡単なお礼を言うのが精一杯だった。

結局、ボコミュージアムを堪能して、この日は解散することにしました。
沙織さんたちは最後まで一緒に探すと言ってくれましたが、そこまでみんなを付き合わせることはできません。
その気持ちだけで十分だったから。

「みぽりんがそういうなら、良いんだけどね」

沙織さんは私の気持ちを汲んでくれたようですが、やはり残念そうでした。

「私たちのほうでも、探してみます。何か情報が入れば西住殿にもお伝えしますね」

「うん。ごめんね、優花里さん」

「いいんですよぉ。私も新作のボコ、見てみたいですし」

きっと優花里さんにとってボコは興味の外にあるはず。
それでもここまで真剣になってくれるなんて……。
この大洗を守れて、本当に良かったな。

夜には大洗の学園艦に到着し、それぞれの寮へと戻っていきました。

一応、インターネットなどを使い新作ボコのことを調べてみましたが、どうやらあれはボコミュージアム限定商品らしく、他のショップでは売り出されてはいないようです。
加えて、かなりの少数生産であり、全国のボコファンが買い漁ってしまい、既に首輪ボコは絶滅危惧種に指定されるほどになっています。

出遅れた。

自分が特別だなんて思わず、あの番組を見た翌日にでもボコミュージアムへ足を向けていれば、この結果は変えられたかもしれない。
そう考えると何だか悔して、泣きそうになります。

こんな日はお気に入りのボコを抱きしめながら寝ることにします。

翌日、教室に入ると沙織さんと猫田さんが話しているのが目に入りました。
二人が話しているのが珍しいってわけでもないけど、なにやら真剣に話しているようで、挨拶するのを躊躇ってしまいます。

「おはよ、みぽりん」

「お、おはよう、西住さん」

「おはよう。何、話してたの?」

「新作ボコの入手方法。レアなやつなら猫田さんのほうが詳しいかなって思って」

沙織さんも昨日、調べてくれたんだ。

「あの首輪をつけた、ボコのことだよね?」

私が頷くと、猫田さんは表情を曇らせた。

「ボクもさっきちょっとだけ調べてみたんだけど、テンバイヤーが買い込んだみたい」

テンバイヤーってなんだろう?

「あ、あ、て、転売屋さんのこと。あの新作ボコ、今はオークションで高値で取引されてる」

ボコをオークションにかけるなんて……。

「相場はいくらなのかな?」

反射的にそんなことを質問してしまった。

「買う気なの、みぽりん!?」

「に、西住さん。テンバイヤーからは買わない方がいいよ。ああいうのを調子に乗せたら駄目だと思うし」

「でも、それでしか手に入らないなら……」

「再販される可能性は十分にあるよ。定価の倍以上するみたいだし、絶対にやめたほうがいい」

猫田さんはまっすぐに私を見つめて、強く言いました。
そこまではっきり言われてしまうと、オークションからボコを引き取り難くなる。
暫く待った方がいいのかな。

「待ちなよ、みぽりん。入荷したらまたみんなで一緒に行こうよ。ね?」

沙織さんの励ましに首を縦に動かす。
なにより、また皆でボコミュージアムに行くというのが魅力的に感じました。

「あ、あの……ボ、ボクも……」

猫田さんが控えめに手をあげ、俯き気味でそう言います。
優花里さんも最初はこうだった気がする。

「うん、みんなで行こう」

私の声に猫田さんは照れながらも微笑んだ。

またみんなでボコミュージアムに行けるのならそれまで待つのもいいかもしれない。
人数が多ければ多いほど、絶対に楽しいはず。
いっそのこと戦車道受講者の全員で行くのもいいかもしれない。
ウサギさんチームやカバさんチームも来てくれるかな?

そんな妄想をしているうちに一限目のチャイムが鳴りました。

再販の情報が飛び込んできたのは、あれから二週間後のことでした。
情報を持ってきてくれたのは意外にも丸山さんでした。

丸山さんによれば次の土曜日にボコミュージアムにて再販されるようです。
こうしてはいられません。

私は丸山さんからの情報を聞くや否や、急いでメンバーを集めます。
メンバーとは勿論、ボコミュージアムへと進軍するメンバーのことです。

選出されたのは、戦車道受講者全員です!

念願の全員でボコミュージアムが実現しました。
そして皆は時間を割いて私のお願いに付き合ってくれるというのですから、なんとか成功させなければいけません。
楽しい一日になるように。戦車道の試合で勝ち抜いた思い出にも匹敵するほどのものにしたい。

どうすればいいのか思案していると、河嶋さんからはタイムスケジュールを作り、遠足のしおりのようなものを作成したほうがいいとのアドバイスをもらいました。
なんとか一日かけてしおりを作成したので会長に見てもらうと、

「スケジュールで縛るより自由にしたほうが面白いんじゃない?」

会長はきっぱりと言い放ち、干し芋を頬張りました。
確かにねぇ、と小山さんも賛同しているようで、その隣では河嶋さんが複雑な顔をしているのが見えました。

悩みましたが、私は断腸の思いでスケジュール表を破棄しました。
ごめんなさい、河嶋さん。

「気にするな。会長の言うことのほうが正しい」

そう言い残した河嶋さんの目は潤んでいました。

そんなこんなで土曜日。
港から各チームの戦車で進み、ボコミュージアムに到着しました。

「戦車を使用することはちゃんと許可とってるんでしょうね?」

「私に聞くな、そど子」

園さんの心配も分かりますが、会長自身が戦車で行こうと提案したので何も問題はありません。

ふと三突のほうを見てみると、4人がボコミュージアムの建物を見上げていました。

「ここが例の熊の根城でござるか」

「クマの名を持つベルンハルト・ルストも称えられているだろうか」

「三毛別羆事件という恐ろしい事件を思い出したぜよ」

「コロッセオではグラディエーターがクマとも戦ったと聞く。人間でも勝てるなら問題ない」

「肥前の熊と呼ばれた龍造寺隆信に勝てるやつはいないだろう」

左衛門佐さんの発言に3人は「確かにな!」と声を揃えています。
あの4人はいつも仲が良くて微笑ましいです。

「西住さん、そろそろ入らないとまた売れきれちゃうんじゃない?」

ナカジマさんが入館を促し、園さん率いるカモさんチームが指示を出し、綺麗な隊列を組んで中へと入ります。

新作ボコ、今度こそ手に入るといいな。

開館と同時に入りました。
ショップへも殆ど時間を空けずにいきました。
見たい場所、皆と一緒に遊びたかったアトラクションにも目もくれず、真っ先にショップへと入ったのです。

『売れきれだ ごめんな~』

いつかみた無情な文言がそこにありました。
世界から色が抜けていくような感覚。
絶望とはこうした状況で使う言葉かもしれない。30輌対8輌で試合をしてもらうと言われたときに勝るとも劣らない。

「あの、すみません! 新作ボコが入荷したって聞いたんですけど!」

私が呆けている間に、澤さんが店員さんに叫んでいました。

「すみません。売り切れてしまって」

若い店員さんが申し訳なさそうに頭を下げる。

「そんなのおかしい!」

「そうですよぉ。わたしたち、すぐにきたのにぃ」

大野さんと宇津木さんも抗議し始め、遂にはウサギさんチーム全員で納得できないと詰め寄っていきます。
店員さんも対応に困っている。お客がいくら懇願しようとも、品物がなければ出すことはできない。
ただそれだけのことです。

「みんな、もういいよ。ごめんね」

そういうと、一年生の皆は力なく俯きました。
こんなにも想われているのだから、それでいい。新作のボコよりももっと大事で掛け替えのないものを私はたくさんもっていることに気が付いた。

新作ボコのことは忘れ去るつもりでミュージアム内のアトラクションを満喫しているとあっという間に夕方になりました。

「みんな! 家に帰るまでが遠足だからね!」

園さんの一言に麻子さんが鼻で笑いましたが、注意しなくてはいけない。
無事に1日を終えないと、きっとこの日は良い思い出にならないから。

戦車で学園艦まで戻り、大洗女子学園へ。
車輌全てを入庫させ、全員解散と河嶋さんの号令によって楽しかった1日はとりあえず終了となりました。

「今日は残念でしたね、西住さん。けど、私たちバレー部でもボコのこと調べておきますから。なにか分かればすぐに伝えます」

帰り際、磯辺さんまでもがそう言ってくれた。
元気に振る舞っているつもりだったけど、表情にでていたのかな。
隊長としては失格。お姉ちゃんに叱られるな。

みんなに気遣われる長ではなく、頼られる長になれ。
お姉ちゃんの教えを思い出していた。そういえばこの前の懇親会でも同じような注意をされたっけ。それでも試合での私の動きは褒めてくれてたなぁ。

その時、脳内に電気が走った。

そういえばあの首輪。優花里さんが私に見せてくれたあの首輪。
新作ボコのものに似ている。

何も考えずに優花里さんを呼び止め、あの首輪のことを聞いていた。

「勿論、家にありますよ」

自分でもどうしたいのか分からないまま、優花里さんと一緒に学校を後にした。

夜分にもかかわらず優花里さんのご家族は私を快く迎え入れてくれました。
優花里さんと同様に、とても優しいです。

「これです」

優花里さんの部屋にある棚に飾られていた首輪。
やっぱり似ている。あのボコの首輪に。

「すこしだけ借りてもいいかな?」

「はい。どうぞ」

首輪を手にして今日購入したボコのぬいぐるみに合わせてみる。
けれど、首輪は人間につけるためのもの。ぬいぐるみには到底合うはずもなく、ボコが簡単に輪をくぐってしまう。
これでは新作ボコに近づかない。

「やはり、あのボコが気になるんですね」

優花里さんに気を遣わせている。そんなことは分かっているのに、けれどどうしても誤魔化せなかった。
やっぱりどうしてもあのボコが欲しい。

「あの、気休めにもなるかは分かりませんが、ちょっと待っていてください」

そういって優花里さんが部屋を出て行き、5分もしないうちに戻ってきた。

「さぁ、西住殿。右腕と左足、それからお腹に頭を包帯で巻いてください」

何をしたいのか、すぐに察した。
優花里さんは私のためにボコになろうとしている。
大切な友達をボコにするなんて……。

私の戸惑いを感じ取ったのか優花里さんは続けました。

「現状ではこの程度のことしかできないのですが、それでも西住殿の気が僅かでも紛れるなら本望です」

お願いします。と優花里さんは頭を下げた。
頭を下げなければいけないのは私のほうなのに。どうしてここまでしてくれるの?

「西住殿のためであれば、この程度のことなんでもありませんから」

本気だと思った。ここまでの覚悟をしてくれている優花里さんに対して、断るなんてことはできなかった。
私は求められるままに優花里さんの右腕を、左足を、お腹を、頭を白い包帯で巻いた。
頭の包帯から耳はでないけど、優花里さんの髪がはみ出ている。

「どうでしょう? ボコっぽいですか?」

私のためだけにこんな格好をしてくれる友達に私は「うん」と答えた。
ボコとは似ても似つかないけど、彼女の行為だけで胸がいっぱいだった。

「あとは首輪をつければいいですね」

そういって優花里さんは自分から首輪を装着する。

「じゃーん。新作ボコ、秋山優花里バージョンでぇす!」

思わず、見惚れました。
私が昔から好きだったボコじゃないけど、わたしだけのボコが生まれたような錯覚を起こした。

「優花里さん、明日、私の部屋に遊びにこない?」

気が付けば優花里さんを誘っていました。

翌日。戦車道の練習が終了した後、私は急いで寮へと戻り、準備に取り掛かりました。

一応、ボコに成りきれるパジャマもあるけれど、それを引っ張り出すつもりはなかった。
そもそも愛里寿ちゃんぐらいの背丈でなければあれは着ることができない。
仮に優花里さんでも着用できるサイズだったとしても、きっとこのときの私は出さなかったと思う。

あの首輪をつけたボコ。私の為だけに変身してくれた優花里さん。
求めているのはきっと……。

不意にインターフォンが鳴った。

「どうも、西住殿」

覗き穴の向こうには、私服姿の優花里さんがいた。
優花里さんを招き入れ、しっかりと鍵をかける。

「お邪魔します」

リビングに通すと、優花里さんはテーブルの上におかれた変身セットに視線を向ける。

「これって……」

「ごめんなさい、優花里さん。どうしても、どうしてももう一度、ボコになってほしいの」

制御はできていなかった。ボコに会いたくて駄々をこねているだけの子どもになっているけれど、どうしようもなかった。

「はいっ。了解でぇす」

優花里は笑って右腕を私に差し出した。包帯を手に取り、私はゆっくりと巻き始めた。

「新作のボコ、まだ再販される予定がないみたいで」

「そうなのですか」

他愛もない会話を交わしつつ、私は優花里さんの頭に包帯を巻く。
これであとは首輪をつけてもらうだけでいい。

「もってきてくれた?」

「はい、約束でしたので」

放課後、「首輪だけは忘れないで欲しい」と言ってしまった。
この時点で優花里さんは殆ど気が付いていたはずだけど、何も言わなかった」

「私がつけてもいいかな?」

「どうぞ」

首輪を手にして、優花里さんに装着する。
このときに私の中にあったのはなんだったのか。
罪悪感? 好奇心?
判別はつかないけれど、心拍数だけははっきりと上がっていた。

「どうですか?」

ボコとなった優花里さんが目の前にいる。
私の部屋の中にいる。

当然とばかりに私は優花里さんの後ろに回り込んだ。

「あ、あの、西住殿?」

当惑の声が聞こえても、私はお構いなしに後ろから抱きつき、ベッドに座る。

「これは、ど、どういう?」

私は優花里さんの肩に顔を置き、何も言わずじっとする。
新しいボコが来たら必ず行う儀式のようなもの。
小一時間ぐらいはいつも抱きしめている気がする。

「ええと……に、にしずみどの……」

ぬいぐるみにはない人の体温がとても心地よかった。
どのボコよりも心が落ちついている。

思えばいつだって私の心にはボコがいた。

戦車道が嫌になり逃げだしたいと思ったとき。

お母さんに叱られて落ち込んだとき。

お姉ちゃんとの力の差に塞ぎこんだとき。

ボコは私の傍にいて、ずっと抱かれていた。
どんなに負けても、どんなに傷つけられても、ボコは立ち向かっていく。
そんなボコを抱きしめていられることが私の心の支えでもあった。

「西住殿、えっと、私は、ど、どうしたらいいのでしょうか?」

だからいつまでもこうしていたいと思ってしまう。それがただの現実逃避だと知っていても。

「にしずみどのー」

でも、今は逃げなくてもいい。私には信頼できる友達がいる。
一緒にボコミュージアムに言ってくれる人たちがいる。

「うぅ……」

だったら、どうして私は今、優花里さんを抱きしめているのだろう。
逃げる必要がないのなら、すぐに離れるべき。何より優花里さんがとても困っている。

しかし、私は離す気になれなかった。

「どうしていいのか、わかりません……」

優花里さんの困惑が直に伝わる。
体温も上がってきているのが分かる。
早く解放しないと。優花里さんだって晩御飯はまだのはず。

――ダメ。優花里さんを離せない。

私は後悔しました。

友達になんてことをしてしまったのでしょうか
友達だからこんなことをしてしまったのでしょうか。

友達にだけは頼ってはいけなかったはずなのに。
ボコのぬいぐるみで満足しておかなくてはいけなかったのに。

どうやってこの沼地から脱することができるのか。

優花里さんに首輪をつけてもらったら大変なことになりました。

私がずっとこうしていたいと思ってしまっている。
何故か?

理由は明白です。

「優花里さん」

「な、なんでしょうか」

「もう少しだけ、こうしていてもいい?」

「か、構いませんが」

「ありがとう」

優花里さんをただただ離したくなかった。
それは優花里さんがボコになったからではなく、ボコになってくれた優花里さんだからです。

加えて首輪を私がつけたのです。
新作ボコは自らの意志でつけたけれど、優花里はその逆です。

優花里さんの行動一つ一つが私を沼に嵌めていく。

大事な友達のぬくもりを感じていたくて、こうしている。

果たして私は優花里さんから離れることができるのか。
段々と抜け出せなく自分に戦慄するしかありません。

何分が経過したか。
時計の秒針の動く音と優花里さんの息遣いしか聞こえない部屋。
静かで心休まる空間。

きっともう私は抜け出せないんだろうな。
このまま友達に依存してしまうのだろうか。

「西住殿」

優花里さんの優しい声がする。

「私もずっとこうしていたいと思います。実際、西住殿に抱きしめられて嬉しいですし」

腕に力が籠る。

「けど、こうしていたら戦車に乗れません」

離れたくない。離したくない。

「私は西住殿に抱きしめられるよりも、西住殿と戦車に乗っていたいです」

私の心の支えはボコだった。
ボコしかいなかった。

今はどうなんだろう。
ボコになってくれる優花里さんがいる。
それで十分じゃないのかな。
優花里さんとこうしていられたら、もう何も……。

「西住殿にとってのボコは私だけじゃないはずです」

目を見開く。
いつものように優花里さんが笑っていた。

「武部殿も五十鈴殿も冷泉殿も、いえ、みなさんが西住殿を支えていたはずです」

気を遣われている隊長。お姉ちゃんがいうダメな隊長。
それが分かるから、私はこうして現実逃避する。
好きなものを抱いて、眠りにつこうとする。

「もうボコだけじゃないですよ。西住殿」

優花里さんの言葉で、体が離れた。

「みなさん、西住殿のことを頼りにしています。だから、みんなで西住殿のために笑ったり、怒ったり、困ったりできるんですよ」

1年生たちの顔が浮かんだ。店員さんに食い下がったときのみんなのことが脳裏に過る。

「私だけを特別扱いしてくれるのは身に余る光栄なのですが、私一人ではきっと今まで西住殿を支えてきたボコと何も違わないですよ」

新作のボコを必死に探してくれた猫田さん。今もきっと探してくれている磯辺さん。
上手くいくようにアドバイスをくれた河嶋さん。楽しく過ごす方法を提示してくれた会長。

「ダメな隊長なんかじゃありません。西住殿は日本一の隊長なんですから」

いつの間にか、みんなを頼っていただけの私がみんなに頼られていた。
ボコを求めていただけなのに、こうして別の何かまで与えてくれた。

私はどれだけ恵まれているんだろう。

「ここまで褒めてくれるのは本当に優花里さんだけ。でも、支えてくれるのは優花里さんだけじゃないんだね」

泥濘から足を出せた気がした。
ずっと心に引っかかっていたなにかが抜けていく。

とっくに分かっていたはずだった。
みんなが私を頼り、支えてくれているのは。

それでも困ればボコに縋り、辛ければボコを抱いていた。
友達よりも仲間よりもボコを信頼してしまっていた。

初めてボコになってくれた優花里さんを離したくなくなってしまったのもそれが原因。
ボコになってくれたことで、私は安心して身も心も優花里さんに預けた。
抜け出せなくなるところまで行こうとした。

首輪を私がつけたことで抱いたのは、罪悪感でも好奇心でもなく、安心感。
もう私から離れない存在。
生涯友達といえる人ができたことに対する安堵。

何故、疑っていたのだろう?
どうして沙織さんのことを、華さんのことを、麻子さんのことを信じられなかったのだろう。

ずっと前からボコ以上の存在だったはずなのに。

「ごめんなさい」

謝るしかなかった。
他の言葉は全部嘘っぽくなる気がして。

「もう私を抱きしめなくても大丈夫ですよね」

私は小さく頷いた。

「包帯もとっていいですか」

私は何も言わなかったけれど、優花里さんは包帯を外していく。

「首輪も外します」

優花里さんが首輪をテーブルに置く。これを付けることはもうないはずです。

「西住殿、お腹すきませんか?」

時計を見るともう8時になろうとしている。優花里さんが来てから2時間近く経っていることになります。

「ごはん、用意するね」

慌ててキッチンに向かい、冷蔵庫を開けてみても、食材はなし。
買い物も行かず、優花里さんの到着を心待ちにしていた結果です。

「優花里さん……」

「では、買いに行きましょうか」

状況を察知してくれた優花里さんはすぐに財布の中を確認した。
けれど、どうにも軍資金に難があるようです。

「私が驕るから」

「そ、そういうわけにはいきません!」

果ての無い押し問答を繰り返しながらコンビニまで行き、結局折半することにしました。

ご飯を食べ終えた頃には午後9時前になっていました。

「流石に帰らないと怒られてしまいますね」

もう遅いし、泊まっていく?
とは言えません。明日も学校があります。
ここでまた優花里さんに抱きついてしまうと元に戻ってしまいます。

「うん。そうだね」

精一杯の虚勢で優花里さんを玄関まで見送る。

「それではまた」

「うん」

ドアが閉まると、室内の温度が下がった気がした。
適温のはずなのに。

床に座っていたボコを拾い上げ、ベッドへ。
しばらくボコと見つめ合い、枕元に置いた。

さぁ、歯磨きして、明日に備えよう。

ボコから勇気をもらう必要はもうない。

抱いて眠ることもない。

だって、明日またみんなに会えるから。

「みぽりーん!!!」

翌朝、校門近くで沙織さんが駆け寄ってくる。手には何かのチラシを持っていた。

「これみて!」

渡されたチラシには首輪ボコ入荷の文字が躍っている。お店はどうやら学園艦内にあるみたい。

「放課後、いかない?」

私はちょっとだけ考え込む振りをしてみた。

「ううん。大丈夫だよ」

「え?」

予想外だったと思う。沙織さんは私が行くものだと思っていたはずだから。

「い、いいの?」

「うん。もう、いいの」

そう言ったとき、丁度遠くから優花里さんが歩いてくるのが目に入った。

「ゆかりさーん!」

大きく手を振ると優花里さんが振り返してくれる。
ボコは好きだけど、もう必死になることはない。だって、勇気はいつだってもらえるから。

―END―

おつ

心が浄化された乙

久しぶりに見た、綺麗な話だった

一見いい話だけどみぽりんの闇は深いな…

乙乙です!
いい話だった

イイハナシダナー、乙!

―END―


へー
これからはこの書き方でいくんだ

シスターズと写真は?
みんな待ってるよ?

で?
どうして最近は地の文入りのを書いてるの?

まあどうせいつものこの人のパターンで
ネットで何か見て発狂しちゃったんだろうね

ネットで何か見て
「僕ちゃんにだってこういうの書けるんだもん!」
って発狂しちゃったんだろうね

やり方変えさせられたって言われたら発狂して
すぐやり方を固定しようとしたり
分かりやすい人だね

御苦労様www

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