チノ「絵を描きます」 (56)
[通学路] 朝
マヤ「おはよう、チノ!」
チノ「おはようございます。今日は早めに待ち合わせということですが、何かあるんですか?」
マヤ「ちょっとメグに内緒の相談があってね」
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マヤ「私の誕生日に、チノとメグがぬいぐるみをくれたでしょ?」
チノ「そうですね。リゼさんに作り方を教えてもらいました」
マヤ「だから、メグにも誕生日に何かサプライズプレゼントがしたいな~と思って!」
チノ「いいですね。もう何か考えているんですか?」
マヤ「まだ決めてないよ。せっかくだから、チノが欲しいものを聞き出してくれない?」
チノ「ええっ、私がですか?」
マヤ「私だとすぐにバレそうだからさ」
チノ(確かにマヤさんとメグさんは以心伝心ですしね……)
マヤ「さりげなくね、お願い!」
チノ「はぁ、がんばってみます」
マヤ「あっ、メグが来たよ」
メグ「チノちゃん、マヤちゃん、おはよ~」
マヤ「自然にだよ、自然に」ヒソヒソ
チノ「了解です」ヒソヒソ
メグ「なに~、内緒話?」
チノ「いえ、なんでもありません。おはようございます、メグさん」
マヤ「おはようメグ!」
マヤ「高校の文化祭はやっぱり中学とはスケールが全然違ったね」
メグ「自主性ってやつだね~」
チノ(さりげなくと言われても、どう切り出せばよいのか……)
マヤ「私たちも文化祭で勝手にお店出しちゃう? ラビットハウス出張店」
メグ「飲食店は許可が必要じゃないかな。衛生面とか」
チノ(ああ、早くしないと学校に着いてしまいます)
マヤ「こっそりすれば大丈夫じゃない? 闇市みたいな」
メグ「闇のラビットハウス。ラビットハウス・イン・ザ・ダークネスか~。表立って宣伝できなさそうだね」
マヤ「そこは口コミでさ~。チノはどう思う?」
チノ「えっ、えっと……店名はラビットハウスから変えていただけないでしょうか」
メグ「そこなの~?」
チノ「ところで、メグさんは今欲しいものとかってありますか?」
マヤ(話題転換が下手すぎる! バレバレだ!)
メグ(もうすぐ誕生日だからかな~)
メグ「今が幸せだから、永遠に続けばいいよね~。タイムマシン?」
チノ「あったらいいですよね」
マヤ「みんなで留年しようか?」
チノ「それはちょっと」
メグ「そうだ、チノちゃんの絵がほしいかも」
チノ「私の絵ですか? 何か描いてほしいものがあるんですか?」
メグ「うーん、私が望んでいるとチノちゃんが考えるもの、なんてどうかな」
チノ「望むものですか……」
マヤ「世界の半分とか?」
メグ「じゃあもう半分はチノちゃんのだね~」
マヤ「私の分は!」
メグ「マヤちゃんはチノちゃんの支配下だよ」
マヤ「ここにきて同世代間で格差が……!」
チノ(メグさんの望むもの……少し考えてみよう)
チノ(そして、二週間が過ぎた)
チノ(いくつかの題材で絵を描いてはみたけど……どれも納得のいくものじゃない)
チノ(改めて考えると、メグさんの好きな動物や食べ物さえも、そう多くは挙げられないありさまで)
チノ(それなりに長い時間を一緒に過ごしたはずなのに、少し情けなく思える)
チノ(例えば、モカさんが来た時にウサギのかぶりものを選んでいたので、動物で言えばうさぎが好きなんだろうと思っていたけど)
チノ(動物の中で一番好きなのか? あるいは、モカさんが好きだろうと思ったから選んだだけで、メグさん自身はそうでもないのか?)
チノ(また、前に一緒にマヤさんとリゼさんを尾行したときにイチゴ味のアイスキャンディーを選んでいたので)
チノ(アイスではストロベリーが好きなのかと思っていた)
チノ(ボーイッシュなマヤさんと対照的に、おっとりしたお嬢さんという雰囲気のメグさんには)
チノ(果物の中でも、小さくて赤くかわいらしい印象のイチゴはとても似つかわしい)
チノ(しかし、メグさんはそれを明言したことは、おそらく無く)
チノ(一番好きな味のアイスを前の日にでも食べていたため、きまぐれに違う味を選んだのかもしれない)
チノ(そういうことを考え始めると、今まで私の中にいたメグさんの像が、急にぼやけて見え始めてきた)
チノ(自分のことについては、そうと決めてしまえばそれが事実になる)
チノ(でも、他者は……)
[学校] 昼休み
メグ「ちょっとお手洗いに行ってくるね~」
マヤ「いってらっしゃい」
マヤ「ねぇチノ~」
チノ「なんでしょう?」
マヤ「絵がまだできてないんでしょ」
チノ「うっ、それは……そうです」
マヤ「最近、上の空のことが多いからまるわかりだよ」
チノ「そうでしょうか」
チノ「何を描いていいかわからないんです」
マヤ「チノの描くものだったら、なんだって喜んでくれると思うよ」
チノ「そうでしょうね。でも、『望むもの』とリクエストされましたから」
マヤ「それはそうだけどさ~」
チノ「マヤさんは何がいいと思いますか?」
マヤ「それは答えるわけにはいかないな」
チノ「何故です?」
マヤ「何故って、それをしてしまったら、なんというか、親子丼なのに豚肉を使ってしまったみたいなことじゃん」
チノ「意味わかりませんよ……。じゃあ、マヤさんだったら何を描きますか? 私はそれにはしないので」
マヤ「そうだな~、チノの変顔とか?」
チノ「私、変顔なんてしたことないです」
マヤ「じゃあ、今してみよう。ほら、キス待ちの顔してみて。ココアを想像するんだ!」
チノ「なんですかそれ。というか、なんでココアさんが出てくるんですか」
マヤ「こうだよ、こう!」チュー
チノ「アヒルみたいです」
メグ「ただいま~。えっ、マヤちゃん何してるの!?」
チノ「メグさん、おかえりなさい。これは……」
メグ「まさか、二人はそういう関係だったの?」
マヤ「チノってば人目があるのに欲しがってくるからさ~」
メグ「チノちゃん大胆だね~」
チノ「違いますから!」
チノ(さらに一週間が経過した)
チノ(やはり難題であることには変わりはない)
チノ(何しろ数学のように、客観的な正解などないのだから)
チノ(そのことはむしろ救いなのかもしれないけど……)
チノ(時間の経過は焦燥を生む)
チノ(最近は、会話の端々からメグさんの好きなものを読み取っては絵にしてみるということを繰り返している)
チノ(だけど、この方法もどうやらうまくはないようだ)
チノ(つまりは私がメグさんを信用できていないということになるのかな)
チノ(そういうことを寝る前にベッドの中でぼんやりと考えていると、なんだか友人を裏切っているみたいに思えてきて)
チノ(私の中の空洞に透明な悲しみがじんわりと染みていくように感じる……)
[ラビットハウス] 夕方
チノ(仕事中にもつい考えてしまって、ミスが増えてる)
チノ(よくないな)
チノ(そういえば、学校から帰って来た時に取り出した絵を出しっぱなしだった)
チノ(片づけておこう)
ココア「あ、チノちゃん」
チノ「ココアさん。なぜ私の部屋に」
ココア「一緒にお風呂に入ろうと思って」
ココア「最近チノちゃんよく絵を描いてるね。うむ、どれもいい絵だ」
チノ「ダメですよ……こんな絵では、ダメなんです」
ココア「なんで? どれもよく描けてるよ。これはウサギ、これは笑ってるメグちゃんで、こっちは教室かな?」
チノ「そうです。片づけるので、それ返してください」
ココア「そうだ、お店に飾ったらどうかな? いい雰囲気になるよ」
チノ「いい加減にしてください! 私がダメだと言ったらダメなんです!」
ココア「えっ、チノちゃん?」
チノ「……すみません、少し一人にしてください」
ココア「うん、わかった。ごめんね、お風呂先に入ってるから」
チノ「はい……」
チノ(八つ当たりしてしまった)
チノ(最悪だ……)
チノ(あとで改めて謝ろう)
チノ(そういえば、去年のクリスマスにもココアさんはプレゼントをくれた)
チノ(サンタになりたかったとも言っていた)
チノ(相談すれば、何かコツみたいなものを教えてもらえたりするかな)
チノ(お願いすれば、題材を一緒に考えてくれるかもしれない)
チノ(でも、メグさんとは私の方が長く一緒にいるはずなのに、ココアさんのアイデアでうまくいってしまったら)
チノ(それは多分悲しいと思う)
チノ(いや、きっとそれではうまくいかないんだろうな……)
[通学路] 放課後
チノ(今日はマヤさんが委員会の仕事があるので、メグさんと二人で帰ることになった)
メグ「今日は秋晴れって感じだね」
チノ「空気が澄んでいます」
メグ「なんだかマヤちゃんを追跡したときのことを思い出すね~」
チノ「あの時は、いつの間にかココアさんたちまでいましたね」
メグ「青山さんもいたね」
チノ「青山さんが神出鬼没なのはいつものことです」
メグ「そうなんだ~。確かに、気づいたらお店にいるよね」
チノ「いつも原稿は進んでなさそうですが、グルメレポの連載を持っていたり、結構な頻度で小説を出したり、よくわからない人です」
メグ「能ある鷹は爪隠すってやつだね」
チノ「余裕のある大人ですね。凛さんは大変そうですが」
メグ「あ、そうだ。本屋に寄ってもいいかな?」
チノ「いいですよ。絵本ですか?」
メグ「あれ~、バカにしてるのかな~?」
チノ「冗談です」
メグ「さっきの話で思い出したんだけど、青山さんの新刊だよ。魔法少女カプチーノっていうんだけどね……」
[本屋]
メグ「そういえば、最近この本読んだんだけど、結構面白かったよ」
チノ「『シロウサギの弁明』……難解そうな本です」
メグ「ソクラテスっていう頑固なウサギさんが、他のウサギさんたちと子供の教育方針で揉めるお話だよ」
メグ「ワシは、ものを知らないことを自覚しているだけ、他のウサギよりマシなんじゃ~って」
チノ「予防線みたいですね。屁理屈っぽいです」
メグ「正義に燃えるおじいさんウサギだよ」
チノ(そういえば、青山さんの本を私たちの中で最初に知っていたのはメグさんだったし、読書家だったんだな)
チノ(なんだか、メグさんのことを考えるたびに知らない部分が出てきて、どんどん遠ざかってしまっているように感じる)
チノ(それに、人間というのは移ろいゆくもの)
チノ(全てを知るなんて、不可能なんじゃ……)
チノ(それでもこの本を読めば、少しはメグさんがわかるでしょうか)
チノ「そうなんですか。じゃあ、せっかくなので私も買います」
メグ「この本なら、この後家に寄ってくれたら貸すよ? それより、青山さんの本が上下巻だから、片方ずつ買わない?」
チノ「後で読み直したくなったら困りませんか?」
メグ「そのときは、また貸してあげるよ」
チノ「あ、なるほど……そういうことですか。いいですね、そうしましょう」
メグ「これで私たちは、分かたれし本を授けられし者たち。刑事課の二匹兎改め、魔法少女同盟ここに結成!」
チノ「なんだか私たちが変身して戦うみたいですね」
メグ「マスコットはティッピーだね~」
[街路]
メグ「本を買って帰るときの重さっていいよね~」
チノ「これから過ごす楽しい時間が、本に詰まっているみたいに感じますね」
メグ「読み終えたときの重さもまた格別……。あ、あの雲、変な形」
チノ「上を見ながら歩くと転びますよ」
メグ「大丈夫だよ~。涙もこぼれないし、いいよね。あ、すき焼き食べたくなってきた」
チノ「なんですか、それ」
メグ「チノちゃんは何に見える?」
チノ「あれはクロワッサンみたいですね」
メグ「チノちゃん腹ペコ?」
チノ「すき焼きと言うので、つい。おなか空きましたね。メグさんは何に見えますか?」
メグ「エンゼルフィッシュにも見えるよ。マヤちゃんなら何て言うかな」
チノ「バックドロップをきめている人……なんてどうでしょうか」
メグ「なるほどね~」
チノ「メグさんは何か思いつきますか?」
メグ「あ、なんだか、さっきと形がちょっと変わってきたね。そうだな~、カスタードクリームとか?」
チノ「ふふ、それだとどんな形でも当てはまりますね」
メグ「でもきっと本物のマヤちゃんは、私たちの言ったことと違うことを言うんだろうね」
チノ「それはまぁ、そうかもしれませんね」
チノ(マヤさんとメグさんは以心伝心だと思っていましたが)
チノ(そうか、私たちはマヤさんではなかったんだった……)
チノ「あっ!」
メグ「チノちゃんあぶない!」ガシッ
チノ「すみません、空を見ていたので、段差につまずいてしまいました」
メグ「チノちゃんも、うっかりすることってあるんだね~」
チノ「メグさんが手を引いてくれたおかげで助かりました。ありがとうございます」
メグ「いいよ~。そうだ、今日はこのまま手をつないで帰ろうか?」
チノ「えっ、それは」
メグ「イヤ?」
チノ「いえ……よろしくお願いします」
メグ「うん! こちらこそ、家までエスコートよろしくね!」
チノ(メグさんは冷え性なんだ。それとも、私の体温が高くなっているのかな……)
チノ(小さくて柔らかくて、かわいい手)
チノ(そんなことを考えていると、私の手の汗が気になってきた)ドキドキ
メグ「チノちゃん、どうかした?」
チノ「い、いえ。なんでもありません」
メグ「そう?」
チノ(手をつなぐと、手のひらの熱と一緒に気持ちまで伝わってしまいそうだ)
チノ(メグさんの優しさも、今なら確かに見える気がする)
チノ(そういえば、誰かと手をつなぐのは随分と久しぶりかもしれない)
チノ(昔はよく、お母さんやお父さん、おじいちゃんと手をつないで出かけたりしたな……)
チノ「メグさんは、昔はマヤさんと手をつないだりしたんですか?」
メグ「うん、本当に小さい頃はね~。どうして?」
チノ「なんとなくですが、ひとと手をつなぎ慣れていそうだったので」
メグ「ふっふっふ、ナンパの達人と呼んでもらおうか~……って、私はそんなに誰彼構わずじゃないよ!」
チノ「そこまでは言ってないです」
メグ「あはは。マヤちゃんはすぐどこかに行っちゃってたから、つなぎとめてたんだ」
チノ「犬の散歩みたいです」
メグ「今はそんなことないけどね」
チノ「お二人は、今は心をつないでいるんですね」
メグ「ふふ、詩的な表現だね」
チノ「言わないでください。言った後で、なんだか恥ずかしくなってきました……」
メグ「照れてるチノちゃんもかわいいよ~」
チノ「そのセリフ、ナンパの達人っぽいです」
メグ「えっ、本当に? じゃあ今のはナシで」
チノ「おあいこですね」
メグ「そうだね~」
チノ「寄り道していたら、すっかり遅くなってしまいましたね」
メグ「影もこんなに長いね。そうだ、ここからは影だけを踏んで帰ろうか」
チノ「手をつないでそれをするのは厳しいのでは」
メグ「一人がもう一人を抱っこすれば大丈夫かも」
チノ「リゼさんじゃないんですから無理です」
メグ「お姫様になってみたいな~」
チノ「無理です」
メグ「ふふ、そっかぁ」
[高台]
メグ「夕焼けがきれいだね~」
チノ「ええ、そうですね」
チノ(私はきっと、夕焼けに照らされてきらきら光る彼女の瞳を忘れないと思う)
チノ(彼女の瞳の美しさは、彼女自身には知ることができないということ)
チノ(私だから、知ることができたということ)
チノ(そのことを考えると、胸の奥がぽかぽかと暖かくなるような気がした)
メグ「ふふふ」
チノ「どうかしましたか?」
メグ「チノちゃんは、笑っている方が素敵だよ」
チノ「え、私にやけてましたか?」ペタペタ
メグ「そんな、顔を触って確かめなくても」
チノ「メ、メグさんだって笑顔の方が似合いますよ」
メグ「なんだか顔が赤いよ?」
チノ「夕日のせいです」
メグ「ほんとかな~」
チノ「夕日のせいですから!」
メグ「ふふふ」
チノ「うぅ……」
[メグの家の前]
メグ「じゃあチノちゃん、これ」
チノ「では私はこの下巻をどうぞ」
メグ「こっちも読み終わったら貸すからね」
チノ「ありがとうございます。私も帰ったら早速読みますね」
メグ「ゆっくりでいいよ。私、読むの遅いから」
チノ「そうですか」
メグ「じゃあチノちゃん、また明日ね」
チノ「ええ、また明日、学校で」
チノ「……あの!」
メグ「あれ、渡す本を間違えてた?」
チノ「いえ、その……今日はありがとうございました。楽しかったです」
メグ「私もだよ。たまには二人もいいね」
チノ「はい! 呼び止めてすみません。では、今度こそ、さようなら」
メグ「うん。バイバイ、チノちゃん」
[ラビットハウス] 夕方
チノ(メグさんから借りた本を少し読んでみた)
チノ(徹底して理論的な議論……こういう本もあるとは知らなかった)
チノ(すこし興味が沸いた)
チノ(この本は普段のメグさんのほんわかした印象からすると意外だ)
チノ(意外と言えば、今日のメグさんは、なんだかいつもより積極的だった)
チノ(いや、マヤさんがいると目立たないだけで、元からそうだったのかもしれない)
チノ(あるいは、私を元気づけようとしてくれたのかも。顔に出てたのかな)
チノ(でもきっと、もう私は大丈夫)
[ラビットハウス] 夜
チノ「ココアさん、お風呂に入りませんか」コンコン
ココア「チノちゃんからのお誘いとは珍しいですな~。これは私のお姉ちゃん力が上がったということかな!?」
チノ「あるいはチノちゃんの甘えんぼ妹力が上がったとか」
チノ「姉妹は相対値だったんですね……」
ココア「一人では姉妹にはならないからね」
ココア「いいよ~、チノちゃんを隅々までピッカピカに磨き上げちゃうからね。目指せ、つるつるを通り越した、ぬるぬるの肌!」
チノ「カッパですか。やっぱり一人で入ります」
ココア「待って! 扉を閉めないで!」グググ
[お風呂]
チノ「ココアさん、この前は、八つ当たりしてしまってすみませんでした」
ココア「絵のこと? あれは勝手に見た私も良くなかったし、大丈夫だよ。それに、前にも謝ってくれたし」
チノ「実は、あの絵はメグさんにプレゼントするために描いていたんです」
ココア「だから、あんなにこだわっているんだね」
チノ「ええ。あの時は全然うまくいっていませんでした」
ココア「人にものをあげるのって、難しいよね」
チノ「本当にそうです」
チノ「でも、その時は考え違いをしていたことに、今日気づいたんです」
ココア「どんなことか教えてくれる?」
チノ「結局、私はメグさんにはなれないということです」
チノ「メグさんの目を通して、物事を観ることはできない」
チノ「私は、私でしかない。そこには確かな断絶があります」
チノ「メグさんには、『メグさんの望むもの』を描いてほしいと言われていると思っていたんです」
チノ「ですが、それは違いました」
チノ「『親しい』とは、相手を『知っていること』ではなく『知ろうとすること』」
チノ「メグさんの言っていたのは、正しくは、メグさんが望んでいると『私が考えるもの』」
チノ「私が、メグさんのことをどう思っているのか、それがメグさんは知りたいのだと思います」
チノ「なんて、独りよがりでしょうか」
ココア「ううん、そんなことないよ」
ココア「そっか。真剣に考えたんだね」
ココア「確かにそうだね。見えてるものは、違って見える」
ココア「でもね、私とチノちゃんが違うものだから……チノちゃん、手を出してごらん」
チノ「手ですか? はい」
ココア「こうやって、ふれ合える。それって、素敵なことだと思うな」ギュ
ココア「ふれてるものは、応えてくれるんだよ」
チノ(ココアさんの手はメグさんよりも少し大きくて、しなやか)
チノ(メグさんも、ココアさんも、お母さんも、思えばみんな違った手をしていた)
ココア「つまり、絵筆を通じてメグちゃんにふれたってこと」
ココア「喜んでもらえるといいね」
チノ「ええ、そうですね。今なら、いい絵が描ける気がします」
チノ「……絵筆で触ったら、くすぐったそうですね」
ココア「あはは、そうかも」
チノ(描き始めた頃の私ならもしかすると、何をあげても表面上は喜ぶだろうなんて嫌なことを考えてしまったりしたのかもしれない)
チノ(でも、そうではない。全くそういうことではなかった)
チノ(なにせ私たちは刑事課の二匹兎であり、魔法少女同盟であり、もっと言うとチマメ隊なのだから)
[学校] メグの誕生日
マヤ「メグ、はい、これあげる」
メグ「わーい、ありがとうマヤちゃん。でも、どうして急に?」
マヤ「もう、今日はメグの誕生日でしょ!」
メグ「あ、そうだった~。早速開けていい?」
マヤ「いいよ。気に入るといいけど」
メグ「なにかな~……これは時計かな?」
チノ「懐中時計ですね。大人っぽいです」
メグ「上品で気に入ったよ~! 早速使うね」
マヤ「そう言ってくれると、選んだ甲斐があったよ」
マヤ「手巻きだから、いつでも止められるからね」
チノ「止めるんですか?」
マヤ「そう。絶対に忘れたくない瞬間があったら、もう巻いたらダメだよ。そうしたら、時計を見るたびに思い出すでしょ?」
メグ「なるほどね~」
マヤ「それまでは、なるべく巻いてあげてね。じゃあ、巻き方を教えるね……」
メグ「ああ、それなら大丈夫だよ」
マヤ「あ、もう知ってた?」
メグ「ううん、もう巻かないから」
マヤ「え?」
メグ「忘れたくないから」
マヤ「えっと、それはどうなんだ? 一回くらい巻いてみても……いや、いいのか?」
チノ(マヤさんが翻弄されている)
メグ「えへへ」ニコニコ
マヤ「うーん」
マヤ「まあ、いいか。やったー!」
チノ(あ、受け入れた)
メグ「うふふ、ありがとう、大事にするね」
チノ「あの、メグさん……。これ、私からです。どうぞ」
メグ「ありがとう、チノちゃん。いい筒だね!」
チノ「絵です! 前に言ってたじゃないですか!」
メグ「ああ、そうだった~。見てみてもいいかな?」
チノ「ええ、どうぞ」
チノ(誰かに絵を見てもらうのって、緊張するな……)
チノ(喜んでくれるかな)
メグ「わぁ、私たちの絵だ!」
マヤ「うん、あったかそうで、いい色彩センスだ!」
メグ「やわらかそうなタッチだね~」
チノ「あ、ありがとうございます」
チノ(良かった、喜んでもらえた……)
マヤ「自然なチマメ隊らしいリアリティ、すなわちチマメティーがにじみ出てるね!」
チノ「なんですかそれ。お茶ですか」
メグ「真っ赤なお茶なのかな~」
メグ「そっか……。チノちゃんは、こう考えたんだね」
チノ「高校は別かもしれませんしね……。ココロはそばにいるよ、ということで」
マヤ「いいな~、私もチノの絵が欲しい!」
チノ「かまいませんよ。同じモチーフでいいですか?」
マヤ「いや、リゼたちも入れて『最後の晩餐』みたいにしよう。キリストはチノで!」
メグ「ココアちゃんたちは給仕でもいいかもね。ラビットハウスの制服で」
チノ「あの絵に給仕っていましたっけ? というか、それだと私が次の日に死ぬじゃないですか!」
マヤ「女神チノの爆誕!」
メグ「女神ユノみたいだね。私もそれほしいな~。バレエ教室で布教するよ?」
マヤ「バレエ教室の壁に描いたらいいんじゃない?」
メグ「宗教画として文化遺産になるかも!」
チノ「話がどんどん壮大に……」
メグ「ふふふ。ありがとう、チノちゃん。大切にするからね」
チノ「ええ、私もすごくいい時間が過ごせました」
チノ「こちらこそ、大切にしますね。あと、あの本も」
メグ「そうだね、私も~」
マヤ「えっ、何々? 何の本?」
チノ「秘密です」
マヤ「そういわれると、余計に気になる!」
チノ「秘密の宝物ですから」
メグ「ね~」
『みえないものをみる術は』
おしまい
chimame march がすごくよかったので書きました。
ごちうさは楽曲に恵まれていますね。どれもいい曲です。
拙文にお付き合い頂き、ありがとうございました。
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