モバP「アイドル白坂小梅」 (25)
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ある日突然、それは起こった。
白坂小梅が歌えなくなった。
白坂小梅が踊れなくなった。
歌えはする。歌詞は覚えている。
しかし、それは今までの小梅の歌ではなかった。
声は小梅に間違いない。
それがまるで、小梅そっくりな声の素人が歌っているように聞こえるのだ。
これまでのレッスンが全く生かされていない。素人レベルの歌唱力。
踊れはする。振り付けはぎこちないながらも覚えているようだ。
ただ、ぎこちない。見様見真似で踊っているように見える。
振り付けだけを頭で覚えて、ぶっつけ本番で踊っているようなダンス。
何があったのかと聞いても首を振るだけ。
やる気が無いというわけもなく、急遽呼び出されたトレーナーのレッスンを熱心に受けている。
そのレッスンを見ていたプロデューサーは確信する。
彼女は白坂小梅ではない、と。
尋ねれば全ての質問に答えた。
小梅しか知り得ないことも知っていた。
小梅が他のアイドル達と交わした言葉の内容も知っていた。
ただ話すだけならば、白坂小梅以外の何者でもない。
ただ、一つのことを除けば。
話し方が少し変わっていた。ほんの少しだけ。
気付いたのはプロデューサーだけでなく、幸子、乃々、輝子の三人。そして涼も。
ほんの少し、しかし拭えない違和感。
それでも仕事は続けなければならない。
歌えない、踊れない。
いつかは歌えるようになる、踊れるようになる。
そう信じるしかない。
マスコミには白坂小梅の急病と発表された。
そしてプロデューサーは動く。
小梅に何が起こったのか。
何が、起こらなかったのか。
――なあ、小梅。何があったんだ
「何も……ないよ?」
――単刀直入に聞いて良いかな
「……うん」
――お前、歌とダンス、どうした。ありゃあ、なんだ
「ごめんなさい」
――謝らなくていいよ。理由があるなら……思い当たる節があるなら言ってくれ
「ごめんなさい」
――おい
「ごめんなさい」
――お前、このままだと引退になりかねないぞ
「……ごめん……なさい」
――緊急入院ってことで少しは時間は稼げる。その間にレッスンしなおすか、理由をはっきりするか
「……はい」
そこは事務所の息のかかった小さな病院だった。
入院患者がこっそり抜け出してレッスンを続けるのは難しくない。
むしろ、そのための病院と行ってもいい。
トレーナーは首を傾げたが、それでも小梅は初歩からのレッスンを開始した。
そして、誰が見てもオーバーワークだと思えるほど、小梅は身体を酷使した。
まるで、素人から一気にプロになろうとでも言うように。
無理がある。
誰もが、そう見えていた。
――お疲れ
「……プロデューサーさん」
――ああ、そのままでいい。なんなら、寝ちまっても良いくらいだ
「うん」
――あれ、なんだ、そのアクセサリー
「触らないでっ!!」
「あ、あの……ごめんなさい」
――いや、俺にデリカシーが無かった。すまん
「ごめんなさい」
――見たことあるなそれ、似たようなものを
「……ドリームキャッチャーだよ」
――思い出した。ネイティブインディアンに伝わってるってやつか
「うん」
――悪夢から守ってくれる魔除けだっけ
「……これは、ドリームキャッチャーとは、違うけど、守って、くれるよ」
――何かに襲われたのか? それでダンスや歌が
「それは、違うけど」
――だったら、その魔除けと何か関係あるのか
「……」
――その魔除け、少し借りても良いか?
「駄目」
素早い返事。一度目の大声が無ければ、これも大声だったのだろうなと思えるほどの強い口調。
関係あるのは確かじゃないか、とは口にせず、プロデューサーはその場を退く。
――わかったよ。まあとりあえず、二三日はゆっくり休め。精神的な疲れかもしれないしな
気休めを言い、病室を出る。
少し歩くと、涼がいた。
声を掛けるのはほとんど同時。
話そうとした内容もほぼ同じ。
当たり前のように、小梅のこと。
涼は尋ねる。
あれは本当に白坂小梅なのかと。
プロデューサーは尋ねる。
何故違うと思うのかと。
涼は答える。
わからないと。
わからないが何かが違うと。
プロデューサーは答える。
小梅の物真似が異常に巧い誰かだと。
涼の表情が変わった。
プロデューサーの言葉が腑に落ちた。そんな表情に。
では、誰かとは誰なのか。
二人は同時に問うた。
答えはない。
小梅の物真似、だけならば候補はいる。ファンの中にもいるだろう。
だが、それだけではない。
物真似だけでは説明のつかないレベルの類似性。
私生活の細かい部分まで知っている。
普段の行動、他のアイドル達との会話、食事の仕方、歩き方。
全てが似ている。しかし本物ではない。どこかがぎこちない。
紛れもない小梅の動きであり行動であり言葉でも、何かが違う。
箇条書きにしてそれぞれを個別に挙げてみるならば、全てが紛れもない小梅の言動。
しかし繋げるとそれは、途端に色褪せて別人の行動となる。
小梅に詳しい。本人と見紛うレベルで詳しい。
まるで、その一挙一動の全てを普段から間近で観察しているように。
全てだ。アイドル活動だけではなく、プライベートも含めて。
いるじゃないか、と言うプロデューサーに涼は首を傾げ、何かに思い至る。
小梅の普段の言を全て信じるならば答えは一つ。
“あの子”
“あの子”が、今の小梅の正体。
小梅にとりついた、あるいは入れ替わった。
“あの子”なら、小梅の一挙一動を全てすぐそばで見ていた。
小梅をこの上なくよく知っているだろう。
踊れなくなった日。
歌えなくなった日。
それが入れ替わった日だというのなら。
――いいか、小梅
――最初に言っておく、俺はお前の味方だ
――だから、正直に答えて欲しい。誰のためでもない、お前を守るためだ
――何があった。お前と“あの子”の間に
小梅は何も言わない。
が、表情が何かあると言っていた。
――頼む、小梅。俺を信じてくれ
――お前と、お前のファン達のために
しばらくの説得の後、小梅の口が開いた。
自分は、間違いなく白坂小梅である、と。
プロデューサーはその続きを待った。
小梅は続けた。
自分は白坂小梅だが、アイドルをしていたのは自分ではない、と。
正確には、自分だけではない、と。
「“あの子”と、時々入れ替わってた……」
「“あの子”はアイドルが好きだったから、よくアイドルになってた……」
「でも……」
デビューの少し後に、小梅は旅行先のお土産として魔除けをもらった。
ただの民族意匠のお土産、つまらないアクセサリーのはずだった。
それは偶然か、魔除けは本当に力を帯びていた。
「あれがある限り、入れ替わりは出来ない。“あの子”は私の中には入れなくなる」
その逆もしかり。小梅が身体を取り返すことも出来なくなるのだと。
入れ替わることが出来るのは寝ているときだけ。
つまり、寝ている間は魔除けを枕元に置いておけばいい。
最初に動いたのは“あの子”だった。
小梅から身体を奪った“あの子”は、その日から枕元に魔除けを置いた。
小梅は身体を戻してもらうために、ずっとつきまとっていたのだという。
――アイドルとして活躍していたのは“あの子”だったのか
「だけど、ようやく……」
その夜、別のアイドルの悪戯で、枕元に置いていたはずの魔除けが動かされていた。
それに気付かず、“あの子”は眠りについた。
「取り戻すことが、できたの」
ずっとそばで見ていたから、振り付けは覚えている。
歌の歌詞だって覚えている。
“あの子”に出来て小梅にできないはずはない。
小梅の言葉にプロデューサーも頷いた。
――ああ、わかった。それじゃあ復帰は期待できるな
「はい」
――自分の身体を取り戻したんだから、頑張ってくれよ
「はいっ」
その夜、プロデューサーは眠る小梅の枕元から、魔除けを持ち去った。
――おはよう
「お、おはよう」
――起き抜けに悪いが、歌とダンスの調子見せてくれ。そうだな、二時間後ぐらいで行けるか?
「どうして?」
プロデューサーは笑った。
言うまでもない、と思ったからだ。
「……そうだね」
プロデューサーは、魔除けを小梅に差し出した。
――もう二度と、手放すなよ。次は無いぞ
「うん」
アイドル白坂小梅の快癒は、その翌日発表された。
プロデューサーにとっての白坂小梅とは、アイドル白坂小梅である。
歌い、踊る、白坂小梅である。
それ以外の、何者でもない。
以上、お粗末様でした
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