「ベル凛の壁」 (65)

デレマスSSです。
書留あり

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加蓮「え!次のロケって海で撮影なの!」

あたしの声が事務所のプロジェクトルームに響き渡る。それほどあたしは期待に胸を高ぶらせていたのだ。

P「ああ、そうだぞ!夏だから、アイドルは海に行かなきゃな!」

Pさんは理屈にならない理屈を言う。

加蓮「もしかしてさ、撮影の衣装って……」

P「そのもしかしてだ!水着だぞ!水着!」

加蓮「やったー!」

私は柄にもなく歓喜の声を上げる。

『Do you know venus? Be your venus』

ヴィーナスシンドロームの歌がプロジェクトルームに響き渡る。

P「おっとすまん、美波から電話だ。」

ヴィーナスシンドローム

確かジャケットは確か水着姿の美波さんだった。

これはまさに神様が私に海で、水着で、日焼けをしろ!と背中を押してくれているような気がした。
あこがれの水着日焼けだ。

P「……ああ、ラブライカの新曲か。準備は順調に進んでるぞ。テーマは騎士と姫だ。……違う、姫騎士じゃない。……くっ殺でもない。まあ聞け、今回は衣装に特にこだわっている」

私はこの喜びを誰かに伝えたくて、凛に電話をかけることにした。

加蓮「もしもし、凛?加蓮だけど」

P「そうだ、アーニャのクールさと可愛さを両立するには騎士の衣装が一番だと思ってな。衣装さんにお願いしたんだよ。」

加蓮「次の撮影でさ、あたし水着を着ることになったんだよ!水着だよ、み・ず・ぎ!……は?川島さん?どうしてそこで川島さんの名前がでてくるの?……だから嘘じゃないって、本当だよ。Pさんに聞いてみる?」

P「美波はお姫様という方向性はいつも通りではある。しかし美波はただ守られるだけの姫じゃない。おしとやかさだけでなく、自分で道を切り開く強さを持っている。そこのところを強く衣装さんに伝えたんだ。その結果――」

加蓮「ねえねえPさん、凛が疑い深くってさ。言ってやってよ、今度の撮影の衣装は何なのか」

あたしはPさんに携帯を近づける

P「しょうがないな……取り込み中だから一度しか言わないぞ。よく聞けよ、今度の衣装はなんと水着だ!」

Pさんの声が部屋に響く

加蓮「ほら、言ったとおりでしょ!疑った罰として今度ポテトおごってよね」

P「すまん、美波……ちょっと加蓮が……おい美波?……駄目だ切れてる」

加蓮「それじゃあねー」

P「互いに電話が終わったか……そういえば加蓮。撮影用の水着はこっちで用意すればいいか?それとも自分で用意するか?」

加蓮「うーん、せっかくだし自分で用意しようかな」
そう答えた後に気付いた。あたしは水着を選ぶ経験に乏しい。

そうなると誰かに教えてもらうのが手っ取り早い。

後でまた凛で電話しよう。水着の買い物に誘うんだ。

あたしは楽しみが増えたような気がした。



美波「聞いて、アーニャちゃん。これは仕方のないことなのよ」

346カフェの一角で、私とアーニャちゃんはラブライカの新曲について相談をしていた。

アーニャ「Это для меня китайская грамота。わかりません!アーニャには美波の言っていることがわかりません!」

アーニャちゃんは聞く耳を持たない。

美波「私も最初聞いたときは驚いたわ。でもPさんだもの、きっと何か考えがあるはずよ」

ほんとうに考えがあるのかはわからないが、私は自分にも言い聞かせるようにそう答える。

アーニャ「アーニャには意味が分かりません。どうして美波のおしとやかさと強さを表現したら衣装が水着になりますか?お姫様じゃなかったのですか?」

美波「それは……」

それは……私にも分からない。水着に防御力があるならば、それは最低ランクだろう。

アーニャ「私の衣装だけ拘って、美波の衣装は手を抜いたとしか思えません。そんなの不公平です!」

確かに騎士と水着の姫じゃミスマッチングだ。でも――

美波「アーニャちゃん!Pさんのことを悪く言っちゃダメよ!」

アーニャ「美波はアーニャとプロデューサーどっちの味方ですか?ラブライカとして共に歩んだ蓄積は嘘でしたか?」

美波「……」

私は俯く。答えに窮したのではない。答えは決まっているが、答えてはいけないと思ったからだ。

アーニャ「!……もういいです美波。……ごめんなさい」

美波「え、どうしてアーニャちゃんが謝るの?」

アーニャ「一番つらいのは美波なのに、アーニャ、美波を責めるようなことを言ってしまいました。」

美波「アーニャちゃん……」

アーニャ「アーニャ、少し頭を冷やしてきますね」

アーニャちゃんが入り口に向かって駆け出す。その横顔は涙で濡れていた。

どちらが大事かなんて答えは最初から決まっている。

私の中で行動を起こす覚悟が決まった。



346カフェには柱とパーテーションに囲まれたテーブル席がある。

他方からの攻撃に備える要塞のように、他の客や店員の視線が遮られているこの席は、店の中に存在する特異な空間のように思えた。

しかし集中して作業をしたい人にはうってつけの席である。

ただ、注文をしたい時になかなか店員に気付いてもらえないという問題点は存在するが。



346カフェには柱とパーテーションに囲まれたテーブル席がある。

他方からの攻撃に備える要塞のように、他の客や店員の視線が遮られているこの席は、店の中に存在する特異な空間のように思えた。

しかし集中して作業をしたい人にはうってつけの席である。

ただ、注文をしたい時になかなか店員に気付いてもらえないという問題点は存在するが。

私もテスト前にはこの席を利用する。

いつの事だったか私はこの席で冷戦期の世界史を勉強していた。

ぼんやりと世界地図を眺めていたその視線は、とある国で釘付けになった。

東ドイツだ。そして東ドイツの中に陸の孤島として存在し、ベルリンの壁で東ベルリンとの行き来が遮られている西ベルリンが、私が座っている席と重なって見えた。

そして私はこの席を“西ベルリン”と呼ぶことに決めた。

とある日。ソロでの仕事が終わり、私は346カフェに立ち寄った。

菜々「凛ちゃん、いらっしゃいませ!お仕事お疲れ様です!」

凛「菜々さんもお疲れ様。」

菜々「凛ちゃん御一人ですか?席はどこか希望はありますか?」

凛「うん。それじゃあ“西ベルリン”で」

菜々「ふぇ?西ベルリン?……ああ!あの席ですね!西ベルリン、言い得て妙です」

凛「さすが菜々さん。よくわかったね」

菜々「印象に残ってますからね~。菜々は当時ベルリンの壁が崩壊する映像を見て、一つの時代の終わりを感じた物です……って菜々は永遠の17歳ですから、当時の事なんて伝聞でしか知りませんけど!」

凛「う、うん。そうだよね……」

菜々「そういえば凛ちゃんはベルリンの壁が崩壊した理由を知ってますか?」

凛「いや……知らないかな」

そういえば教科書には載ってなかった気がする

菜々「実はですね、当時の報道官の誤解が原因なんですよ」

凛「誤解?」

菜々「はい。東ドイツの報道官ギュンター・シャボウスキーが原稿にあった東ドイツ市民の西側諸国への旅行の“規制緩和”を“今から完全に自由化された”と誤解して報道してしまったんです」

凛「なんてミスだ」

なんてミスだ

菜々「その夜のうちに数万人の東ベルリン市民が西ベルリンへ出国しました。そしてさらに、浮かれた東西ベルリンの市民はハンマーを持ち寄り、彼らの手によって分断の象徴であるベルリンの壁が壊されることとなりました。これがベルリンの壁崩壊の顛末なんですよ」

凛「すごいね……」

菜々「はい、ささいな誤解が世の中を大きく動かすんです。でもあくまでこれはきっかけに過ぎなかったと菜々は思います。たぶんそこには蓄積されてきたいろんな思いがあったんです。だから人々は警備兵がいるベルリンの壁に向かっていけたんじゃないですかね」

蓄積か。今現在、アイドルとして輝いている菜々さんにぴったりの言葉だ

凛「なるほど……菜々さんの大人な物の見方にはいつもみんな感心させられるよ」

私は菜々さんが眩しくて、ついお茶を濁すようなことを言う


菜々「だから、菜々は永遠の17歳で――」

客の来店を知らせるベルが鳴った。

菜々さんは私との話を切り上げ、そちらの対応に回る。

菜々「アーニャちゃんと美波ちゃんですか、いらっしゃいませ~」

私はカウンターでメロンソーダが入ったグラスを受け取ったあと、“西ベルリン”へ向かう。


しかし“西ベルリン”には既に先客がいた。

凛「文香」

文香は私に気付いていないようだ。

取りあえず私は“西ベルリン”とパーテーションを挟んで隣にあるテーブル席、”東ベルリン“に腰を下ろして文香を観察することにした。

文香は読経をする僧侶の如く真剣な眼差しで、左手でお経の代わりに持った文庫本に目を通している。ちなみに右手には木魚を叩く代わりにティーカップが握られている。

……文香のストールが袈裟に見えてきた

文香は数ページ読むごとにカップを口へ運んでいる。

何を飲んでいるのかと文香のカップの中に目を遣る。

ティーカップの中は空になっていた。

文香は数ページ読んでは、空になったカップを口に運び、喉をならす作業を機械的に行っている。

中身の意味を問わず、プログラミングされた通りの行為を繰り返す文香は見ていて不安になる光景だった。

この作業は文庫本を読み終わるまでずっと続くのだろうか。

『神様がくれた時間は零れる』

私の携帯から加蓮の歌声が流れる。私は電話をとった

凛「はい……うん、え、水着?また嘘じゃなくて?……いやそこまでしなくたって、はいはいわかったよ。それじゃあね」

加蓮の水着報告を聞き終え、私は一口も口をつけていないメロンソーダに手を伸ばそうとした。

そこに軽快な足音を立てて、カウンターの方角から橘ありすが“西ベルリン”にやってきた。

ありす「文香さん、ダージリン持ってきましたよ!」

ありすは”東ベルリン“にいる私の存在に気付いていない。そして”西ベルリン“にいる文香もまたありすの呼びかけに対して無反応だった。

しかしありすにとってそんなことは織り込み済みだったのだろう。

ありす「今、ティーカップを取り替えますね」

文香のカップを握る指を器用にはずし、新しいカップを握らせる。

そして文香は数ページ読んだ後、プログラミング通りにカップを口に運ぶ。

文香「熱っ……」

文香はカップをテーブルの上に置いて、俯きながら硬直している。

どうやらプログラムにエラーが生じたようだ。

これで文香の意識が本からありすへと向けられるだろうか

ありす「ああっ、すいません文香さん!今、ふーふーしますから!」

と思ったらありすによって、即座に例外処理が行われ、文香はまた規定された通りにカップを口に運ぶ行為を再開しだした。

それでいいのか、ありす……

私は携帯を取り出しある番号へ電話をかける。非通知でだ

『生き残れ~!!胸が~!!』

生存本能ヴァルキュリアの歌が流れる。

ありす「ああ、私のタブレットですかね。ちょっと外で電話に出てきます」

ありすはタブレットを持って、とことこと入口のほうへ駆け出す。

私はありすの姿を見送ると、“西ベルリン”に密入国し、空になって置いてあるカップの中に私のメロンソーダを気を付けて注ぐ。こういうカフェのカップはサイズが非常に小さいからだ。

今文香が手に持っているカップと、メロンソーダを注いだカップとを先ほどのありすの要領で入れ替えた。

まるで敵国に侵入し破壊工作を行うスパイになった気分だ

私はすぐに東ベルリンへ戻る。

『もしもし、橘ですけど、もしもし?いたずら電話ですか?』

携帯からありすの声が聞こえる。

凛「街は歪んだラビリンス。君を見失うありす」

『はあ?何を言って――』

私は携帯を切った。

少しして、ありすが小走りに“西ベルリン”へと戻ってきた。

ありす「すみません、文香さん。いたずら電話でした」

文香は無反応だ。しかしタイミングよく文香がカップを口元へ運ぶ。

私の計算では、これで今度こそエラーが発生し、文香の意識がありすへと向くはずだった。

2人が熱い抱擁を交わす姿が目に浮かぶ。

しかし――
そこにあったのは、ありすの顔面にメロンソーダを勢いよく吹き出す文香の姿だった。

文香「けほ!けほ!……なんでこんなにしゅわしゅわ……ってありすちゃん!」

ありす「ふぇえ!文香さん!いったいどうしたんですか!?」

文香「ああ、ごめんなさいありすちゃん!」

文香はハンカチでありすの顔を拭う

ありす「い、いえ大丈夫です。それより文香さんの方は」

文香「大丈夫です。ですが紅茶が妙にしゅわしゅわして……味は……メロンソーダでした」

ありす「まさか、文香さんを狙った犯行!?もしかして先ほどのいたずら電話も関連しても!?」

鋭い

文香「ありすちゃん?」

ありす「文香さんを狙うなんて許せません!私、犯人を捜します!犯行時間は短かったはずですから。犯人はまだ近くにいるはずです!」

まずい。私のグラスにはまだまだメロンソーダが残っている。証拠隠滅をはかって飲み干すには量が多すぎる。

ありす「文香さんはここで待っててください。すぐに戻ってきますから!犯人と共に!」

私は万事休すかと思った

ありす「あ!いま入口の方に走っていく怪しい人物が!」

入口に目を遣ると確かに走って出ていく人影がある。

ありす「追いかけます!」

ありすはその人影を追いかけていった。

助かった。これで一安心かな。そう安堵した矢先――

美波「大切な人を泣かせる人が、本当に強いお姫様?……それは、断じて否よ!すいません、このパーテーションお借りします!今から店にバリケードを構築するわ!プロデューサーと徹底抗戦するんだから!」

凛「え、美波?」

美波によって“東西ベルリン”をわけるパーテーションが取り払われる。

ベルリンの壁の崩壊だ。

凛「ちょっと美波、何をやろうとしてるの!?」

私の肩に手が置かれる。私は振り返る。

文香「凛さん、少しよろしいですか?」

凛「ふ、文香」

文香「凛さん……そのグラスに入ってるの、もしかしてメロンソーダですか?」

凛「いや、その……」

『神さまがくれた時間は零れる』 

加蓮からの電話だ。文香を見る。首肯で合図された。出ろということか

凛「はい」

加蓮『あ、凛?加蓮だけど、水着っていつもどこで買ってる?あたしあんまり買ったことなくてさー』

凛「え?水着?」

美波「水、着?」

美波に携帯を奪われる。

凛「あ……」

美波「水着がそんなに嬉しい?」

加蓮『その声は美波さん!?うん、嬉しいよ、夢だったからね!』

美波「駄目よ加蓮ちゃん隙を見せちゃ。プロデューサーはね、夢だろうとなんだろうと色々理由を付けて水着を着せてくるんだから。私たちの次の新曲だって……」

加蓮『そうそう、ラブライカの次の新曲の衣装すごいね!特に美波さんのはお姫様のようなおしとやかさの中に、自分で道を切り開く力強さが共存した美波さんらしいドレスでさ』

美波「え?ドレス?水着じゃなくて?」

加蓮『え、水着?水着を着るのはあたしだよ。美波さんはドレスでしょ』

美波「え?だって、プロデューサーは私の衣装は水着だって、一度しか言わないからよく聞くようにって……」

加蓮『ああ、それはね、凛に言ったんだよ、私の水着衣装を疑った凛にプロデューサーが』

美波「え?凛ちゃん?ごめんちょっと電話切るわね。」

勝手に切られた。美波はうつむいてぶつぶつ唱え始めた。

どうやら美波の暴走は誤解の解消とともに防がれたらしい。

凛「そうだよ文香。すべては誤解なんだよ、きっと美波も文香も誤解をしてるんだ」

美波「そうね、誤解だった。そして全て解けて見えて来たわ。だれが誤解の原因をつくったのか」

文香「私の場合は誤解も何もないと思うのですが……」

2人の眼差しが私を射抜く

凛「え、美波の誤解の原因を作ったのって私!?」

まったく身に覚えがない

美波「とにかく凛ちゃんには」

文香「お説教が必要なようですね」

それからアーニャとそれを追いかけたありすが戻ってきた。

“東西ベルリン”を分けていたパーテーションは誤解によって取り払われ、文香とありすの菜々さんへの説得によって店の奥にしまわれた。

私は“東西ベルリンの境界”があった位置に立たされ、4人からみっちりお説教をされることとなった。

お説教の後に、事の顛末を菜々さんから聞いたのか、いまだ同じ位置で立ち尽くしている私に楓さんが近寄ってきてこう言った。




楓「まるでベル凛の壁ですね」




これにて完結です。

よろしければ過去作もご覧になってください。

貴音「麺たりずむ」
http://456p.doorblog.jp/archives/49201040.html

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