事件の概要は至ってシンプルなものだった。
地上七階建てのマンションの屋上から、一人の青年が転落し、全身を強く打ちつけて死亡。
屋上には被害者である青年ともう一人、彼の友人がいた。
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この友人はまもなく重要参考人として警察に呼ばれ、青年を落としたのは自分であることを認めた。
「頭が真っ白になってしまって、あの時のことはほとんど覚えていないのですが、
屋上から彼を転落させたのは間違いなく私です。
自分でもなんでこんなことをしたのか分かりませんが、いさぎよく罪を償うつもりです」
青年の衣服からはこの供述を裏付けるように、友人の両手の指紋が検出された。
友人は逮捕された。
記憶がはっきりしないため動機はいまいち不明瞭だが、
友人による犯行であることは明白、証拠も揃っている。
あとは裁判をして、友人の量刑が定まれば、この事件はめでたく幕を下ろす、と思われた。
ところが――
事件当時、現場近くをビデオ撮影していたという男が名乗り出てきた。
野鳥観察が趣味だとのことである。
彼は偶然、まさに転落する寸前である青年と、まもなく加害者となる友人の姿を撮影していた。
(映り込んでいた、というのが正確か)
撮影者曰く、肝心の転落するシーンは目撃も撮影もしていなかったので、
この時映っていた二人と、今話題になっている事件を結びつけるのが遅れてしまったとのことだ。
むろん、この映像は証拠として採用された。
この映像が公開されるや否や、終息を迎えつつあった事件は大きく舵を変更することとなった。
裁判所も、検察も、弁護士も、マスコミも、世論も、青年の遺族でさえも、
「友人が青年を転落死させたのは仕方のないことである。
それどころか、いたって正当な行為である。無罪にすべき」
との考えを示したのである。
こうまで意見が一致しては、いかに加害者に罪を償おうとする意志があろうと抗えるものではない。
被告人である友人は瞬く間に無罪となった。
なぜ、事件はこのような結末を迎えたのだろうか。
無罪の決め手となった映像には、一体なにが映っていたのだろうか。
ビデオ映像の中で、マンションの屋上の端に立った青年は、こう叫んでいた。
「押すなよ! 絶対押すなよ!」
― 終 ―
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