絵里「数が合わない」 (42)

タモリ「数を合わせるというのは、意外に難しいものです」

タモリ「朝起きた時間から始まり、食事の品目、コンビニやスーパーでの会計、トイレの回数、会話した人の年齢……その全てを指定された数に合わせるのは、至難の業と言えるでしょう」

タモリ「ですが、私達人間は数字などに支配されることはありませんから、そんなことは気にせず自由な生活を──えっ、本番一分前!?ちょっ、聞いてないよそんなの……」

タモリ「……どうやら、守らなければいけない数もあるようです」



主演 絢瀬絵里


『数が合わない』


会社・オフィス


絵里「何回言ったらわかるの!もうこれで3回目よ!」

部下「……すいません」

絵里「私、何回も見本見せたわよね……そのたびに口が酸っぱくなるくらい言ってたこと、なんだか覚えてる?」

部下「数が合わないと困る、と」

絵里「そう!ここの計算が一つ違うだけで、他の全部が無駄になるの!ということは──?」

部下「時間も……無駄になります」

絵里「よくわかってるじゃない!なら重要な箇所は数字を出した時点で確認しないと!」

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部下「はい……すいません」

絵里「君には期待しているんだから、この程度のミスを連発して失望させないで」

部下「以後、このようなことがないよう注意します……」

絵里「もういいわ……この書類は私がやるから、君は残りのやつを片付けて」

部下「はい……失礼します」


絵里(全く、若い子はこれだから……そこはもう一度チャンスをください、でしょうが)


ことり「大丈夫?絢瀬課長も数が合わなかっただけであそこまで怒らなくてもいいのにね」

部下「南さん……いえ、自分のミスですので……」

ことり「大変かもしれないけど、頑張ってね。私、応援してるから」

部下「はい……ありがとうございます」


絵里(こ、これだから最近の若いのは……!叱られた直後にオフィスでイチャイチャなんて……なってないわ!)

飲み屋


希「えりち、今日はちょっと飲み過ぎや」

絵里「うぃーのよ別に……男はみーんな若くてピッチピチなのがいいんだから……私みたいなオバサンはアウトオブ眼中なのよ~」

希「アウトオブ眼中って……それ死語やん」

絵里「年齢がバレるからやめろって?いいじゃない……ほっといて」

希「はあ……聞いたよ、またあの子をオフィスで𠮟りつけたらしいやん」

絵里「……それがなによ。あの課を回すのが私のし、ご、と、な、の」

希「うちが言いたいのはそういうことやなくて、気に入った子にやたらと厳しく当たる癖をやめんとあかんよってこと」

絵里「気に入ってなんかいません~、ちょっとスタイルが良くてルックスが好みなだけです~」

希「ダメや……完全に酔いが回っとる。あっ、もうこんな時間……えりち、悪いけどうちもう戻らんと」

絵里「えええええ~、まだいいじゃない!もうちょっとぐらい付き合いなさいよ~!」

希「残念やけど今日は無理。はよ帰らんと数合わんくなるからね」

絵里「数って……なんの数よ」

希「ダーリンとのデート回数!うちら、週に二回は絶対デートするって決めとるんよ」

絵里「かあ~人妻はいいわよね~!そんな呑気なこと言えて!大体、結婚してるのにデートなんざする必要あるかっての!」

希「いやいや、これがうちらの長続きの秘訣なんよ」

絵里「あああああああ!!!!羨ましい羨ましい羨ましい!!!!なんで希ばっかり先に行くのよ!」

希「えりちも回りくどいことばっかりしてないと、もうちょっと直球勝負した方がええんやない?」


絵里(直球勝負か……できたら苦労しないわよ)

絵里(でも私も残り三日で三十の大台に乗るわけだし……)

絵里(どうにかしないと!)

休日・エリチカハウス


絵里「やっべー、なんにもする気しない」

絵里(ネトゲも飽きたし、かといって外で遊ぶにも希は旦那に付きっきりだし……)

絵里(でも家に籠ってても暇だしな~)

絵里(……明日は私の誕生日だっていうのに)

絵里「…………」

絵里「あーマジで画面の中入れないかなー、できたらエオルゼアに永住するのに……」

絵里「……なに言ってんだろ、私」

絵里(独り言をぶつぶつぶつぶつと……)

絵里(……うん、外に出よう。気晴らしに喫茶店でも行こ)

in喫茶店


絵里(で、来たはいいものの)

絵里(なんか一人だと微妙に息苦しいのよね。しかも心なしか客の視線が私に集中しているような……)


梨子「あの、お客様……」

絵里「ひゃ、ひゃい!?」


絵里(ま、まずいわ!気が抜けてるときに声かけられたから、リアクションが大袈裟になってしまった!)


梨子「お連れの方はいつ頃来店されるのでしょうか?」

絵里「つ、連れですか!?えっ、でも私今日は一人なんですが──」

梨子「それは困ります。一人では数が合いませんので、注文はお引き受けできません」

絵里(はあ!?一人じゃ注文できないってどんな喫茶店よ!)

絵里「あの、それはどういう意味ですか?」

梨子「どういう意味、とおっしゃいますと?」

絵里「だから……数が合わないと注文できないっていうのはどういう意味ですか!」

梨子「数が合わないのは、数が合わないという意味です」


絵里(はあ……そう来たか。私が店の雰囲気に合わないから無理矢理退店させようとしてるのね)

絵里(そうはいかないわよ……)


絵里「あのね、いくら私がこの店の雰囲気に合わないからって、注文まで受け付けないなんて許されると思うの?」

梨子「で、ですから当店といたしましては、数さえ合わせてくだされば結構ですので」

絵里「いいわ、どのみち今日は暇だからあなた達の戯言に付き合ってあげる……数を言いなさい!合わせてあげるわ!」


絵里(決まったあああ!!決まりましたああああ!!!!今、私は店の注目の的!みんなの視線を根こそぎゲットよ!)


梨子「それはお答えできません」

絵里「は?」


絵里(なに言ってるのこの人?頭大丈夫かしら……)

絵里(しかも周囲の客はみんな私を見て笑ってる……店員もアレなら客もアレね……)


絵里「聞こえなかった?数を合わせてあげるって言ってるの!」

梨子「はい、よろしくお願いいたします。では数が合い次第、お声かけくださいませ」

絵里「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

梨子「……なにか?」

絵里「だから……このままじゃどの数に合わせればいいかわからないじゃない!」

梨子「存じ上げません」

絵里(は、はあああああ!!??なにあの態度!あんなの店員として許される接客レベルじゃないわよ!)


絵里「い、いいわ……受けて立ちましょう。必ず注文してみせるわ」


絵里(落ち着け、冷静になれ……絢瀬絵里。この謎ルールが適用されるのは、客が注文するとき……)

絵里(なら周りの客も同じルールに則って注文してるに決まってる……)

絵里(で、他の客は何人来てるの?2,4,6,2,2,4……はは~ん、なるほどね……)


絵里「──見切ったわ!ちょっと、そこのあなた!」

海未「わ、私ですか!?」

絵里「そう、そこのあなた!私は絢瀬絵里よ、あなたは?」

海未「園田海未と申します」

絵里「海未……良い名前ね。で、そんなあなたに頼み事があるんだけれど、いいかしら」

海未「……内容によりますね」

絵里「数を合わせるのに協力してほしいの。ホントにちょっとだけでいいから、私と同じテーブルに座ってくれない?」

海未「はあ……少しでいいなら構いませんが」

絵里(よし、私の考えが正しいなら、これで注文ができるようになったはず)

絵里「オーダー!アイスティーとシナモンロール一つ!あ、それとあなたもなにか頼んでいいわよ。これ、私の奢りだから」

海未「ではレモンティーとチーズケーキで」

梨子「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

絵里「ふっ、まあ私にかかればざっとこんなものね」


絵里(勝利……圧倒的勝利……!)

絵里(偶数に揃えるだけでいいなんて、チョロ甘もいいとこだわ)

絵里(数を合わせる程度、私にかかればお茶の子さいさいよ)


絵里「ふ、ふふっ、ふふふふふふ……ハラショー!!!!」

海未「この人……本当に大丈夫でしょうか」

ショッピングモール 服屋


絵里(最近忙しかったから秋物見れてないのよね……)

絵里(ちょっと寄ってみましょうか)


穂乃果「いらっしゃいませ!!」

絵里「──っ!?」

穂乃果「お客様、どうかなさいましたか」

絵里「い、いえ、別になんでもないので気にしないでください」


絵里(ふう、危ない危ない……さっきの店で謎ルールを押し付けられたせいか、店員に対しての警戒心がえらいことになってるわ)

絵里(挙動不審にならないよう気をつけないと……)


絵里「……へえ、新作結構いいのあるじゃない。値段も悪くないし、ここでまとめ買いしとこうかしら」


絵里(じゃ、早速試着に──)

絵里(……いや、ちょっと待って。なんだか嫌な予感がするわ)

絵里(まずはちゃんと確認をとってからにしましょう)


絵里「あの、すいません……」

穂乃果「はい、どうかいたしましたか」

絵里「この店って、その……試着に変なルールとかありませんよね」

穂乃果「変なルール、ですか?」

絵里「ええ、例えば……数を合わせなくちゃいけない、みたいなルールとか──」

穂乃果「よくわかりませんけど、そんなルールはないと思います」

絵里「そ、そうですか……ありがとうございます」

穂乃果「いえ、どうぞごゆっくりご観覧くださいませ!」

絵里(そうよね……あんな店ばっかりだったら、今頃日本経済は低迷どころか氷河期の真っ只中よ)

絵里(よし、サイズもピッタリね。あとはこの服をカウンターに持ってってと──)


絵里「お会計お願いします」

曜「お預かりいたします!では早速……あら?」

絵里「えっ、まさか──」

曜「お客様ー、これ数が合ってないからお会計できませんよ」

絵里(また!!??はあ??今度はなんの数が合ってないっていうのよ!!)

絵里「どう合わせればいいのかは?」

曜「お答えいたしかねます!」

絵里「ですよねー!」


絵里(どうすればいいのよ、これ。後ろも列ができてるし、あんまり長引かせるわけにはいかないわ)

曜「あの、お客様……できれば数を合わせてからもう一度お越しいただければ、こちらとしても大変助かるんですが」

絵里「……わかりました」


絵里(まあいいわ……他の客の会計を見てればすぐにはっきりするはずよ)

絵里(服の数?いや、違う……みんな数もバラバラだし、共通点は見受けられない)

絵里(なら一体どの数が──ん?三千円、二千円、九千円、六千円……)

絵里(会計の合計金額を下三桁はゼロで合わせないといけないの!!??それじゃあこの服なんて買えるわけないじゃない!!??)


絵里「もういいわ……これ戻しといて」

穂乃果「はい、またのご来店をお待ちしております!」


絵里(誰が決めたのよ、この謎ルール)

絵里(なんだかどっと疲れたわ……もう帰ろ)

電車内


絵里(ふう、それにしてもあの意味不明なルール、流行ってんのかしら)

絵里(みんな数を合わせるのに必死すぎよ。ちょっとずれたって多めに見てくれてもいいじゃない)


アナウンス「えー、次は音ノ木坂学院前、音ノ木坂学院前──」


絵里(次か……今日はもう家で大人しくしてよう)


アナウンス「のっ、予定でしたがとある車両の数が合っていないため、この列車は次の駅で停車いたしません。各駅停車のためには数を合わせるよう、お願いいたします──にこっ!」

絵里「はああああ!!??」


絵里(ふざけんじゃないわよ!これじゃお家に帰ることもできないわ!)


絵里「こんなこと許されると思ってるの!誰よ、こんなルールを作った人は!車掌、車掌を呼びなさい!」

果南「まあまあお姉さん、ちょっと落ち着いて……」

絵里「っぐ、なにするのよ!離しなさい!」

絵里(凄い力……腕が捩じ切られそう)

果南「ほら、他の人も見てるよ」

絵里「うっ、なによ……こっちを見ないで!」

絵里(聞く耳を持つつもりはないみたいね。なら──)

絵里「いいわ、合わせればいいんでしょ……やってやるわ!」

絵里(この車両に乗っている人は十五人。手持ちの荷物を合わせるっていうのが最悪のパターンだけど……多分それはないわね)

絵里(他の車両の人の手荷物を一つ一つ合わせてたら、時間がいくらあっても足りないもの。けど、だとしたら一体なんの数字を合わせれば──)


ルビィ「お姉ちゃん、次の駅はまだかな……」

ダイヤ「大丈夫、もうすぐですわ」

絵里(妙ね……この車内、座っているのはあのツインテの娘だけ)

絵里(もしかして──)

絵里「ちょっといいかしら」

ルビィ「ピギャ!は、はいっ、なんですか?」

絵里「ちょっとだけでいいから、席から立ち上がってみてくれない」

ルビィ「そ、それはちょっと……」

絵里「ねえ、本当にちょっとだけでいいの!私を助けると思って!ねえ、お願いよ!」

絵里(多少強引に攻めないといつまでたっても帰れないわ!この娘には悪いけど、早く立ち上がってもらわないと!)

ダイヤ「お待ちなさい!どこの誰だか知りませんが、うちのルビィに乱暴なことをするのは許しません!」

絵里「へ、変なことをするつもりはないの……ただほんの一瞬立ち上がってほしいだけで」

ダイヤ「こんなに車内が空いているのに、どうして立ち上がらなければいけませんの?それに、ルビィはこないだ足を捻挫して弱っていますのよ。あなたのような無礼な人の指示に従う必要なんか──」

ルビィ「お姉ちゃん!」

ダイヤ「ど、どうしたのです、ルビィ」

ルビィ「その人、多分悪い人じゃないよ……それに、ちょっとぐらいなら平気だから」

絵里(やったー!!立った!!)

アナウンス「えーっ、数が合いましたので、次は予定通り音ノ木坂学院前に停車いたします」

絵里(座席に座っている人の数をゼロに合わせる……正解だったみたいね)

絵里「ありがとう、ルビィちゃん!おかげでお家に帰れるわ!」

ルビィ「うゅ、よくわかんないですけど……お力になれて良かったです」

ダイヤ「人助けをしてなお謙虚──さすが私の妹ですわ」

ルビィ「えへへっ……お姉ちゃん、くすぐったいよ」


絵里(姉妹か、そういえば亜里沙元気にしてるかしら)

絵里(あとで電話でもしてみよ)

駅前広場


絵里(やっと帰って来れた……もう数合わせなんてこりごりよ)

絵里「今日は散々だったわ……ん、なによあれ──!」


花陽「だ、誰か助けてえええええ!!!!」

善子「動くな!動くとこのリトルデーモンの柔肌が、鮮血で彩られることになるわよ」


絵里(はあ!?駅前で白昼堂々なにやってのよ!)


善子「動くな、動くなって言ってんでしょ!んっ?そこの金髪のあんた……なに見てんのよ」

絵里「い、いや、私はただここを通り過ぎようと……」

善子「黙りなさい!ああ──そうね、ちょうどいいわ……あんた、ちょっとこっち来なさい」

絵里「あ、あのだから私は……」

善子「口答えしてると、この娘が地獄の業火に焼かれるハメになるけど……いいのね」

絵里「ダ、ダメよ!その子を離しなさい!」

善子「なら言うことを聞くことね。ほら、さっさとこっちに来るの!」

絵里「……わかったわ。行くから落ち着いて」

絵里(犯人は興奮してるし、向こうは人質を取ってる)

絵里(素人の私に説得は困難だわ)


善子「よーし、いい子ね。あんた、そこで警察と交渉しなさい」

絵里「私が……警察と?」

善子「そう、あんたが警察に身代金とヘリの要求をするの」

絵里「な、なんで私がそんなこと!?」

善子「ふふっ、これであんたとヨハネは一蓮托生ね。ミスったらあんたも共犯として一緒に豚箱行きよ……あははははは!!」

絵里「くっ、この卑怯者!」

善子「なんとでも言いなさい。私はこの国から脱出して、新たな宗教の祖となるの……新ヨハネ教の開宗は近いわ」

絵里「無事に逃げられるわけないわ!諦めて自首した方があなたのためよ!」

善子「うるさい!どうせもう後戻りなんかできないのよ……さあ、早く電話しなさい!こいつがどうなってもいいの!」

花陽「うっ、く、苦しい……」

絵里「待っ、待って!ちゃんと電話するから──」

絵里(こんな一目がつくところで犯行に及ぶなんて、周りが見えてない証拠だわ)

絵里(視界も広いし、警察さえ来てくれればなんとかなるかもしれない)


絵里「あーもしもし、警察ですか……ええ、はい、緊急の用事で電話したんです。ナイフを持った女が人質を取っていまして、身代金とヘリを……えっ、到着まで時間がかかる?いやーそれだとちょっと困るかもしれなくて──」

花丸「警察ずら!大人しく人質を解放しなさい!」

絵里(よっしゃあああああ!!!!ナイスタイミング、ハラショーよ!)

絵里(これでもう私はお役御免で解散でき──)

善子「ふっ、随分と遅いお着きじゃない……ずら丸」

花丸「また罪もない人を巻き込んで……ホントに懲りないね、善子ちゃん」

善子「善子じゃなくて、ヨ、ハ、ネ!何回言ったらわかるのよ!」

花丸「そんなのどっちだっていいずら!どうせなにをしたって逃げられないんだから、潔くお縄を頂戴しなさい!」


善子「やなこった!数も合ってないのに解放なんかしてやるもんか!」

絵里「は?」

絵里(また?ねえまたなの?もういい加減、数合わせも嫌気が差してきたんだけど)

絵里(ていうか数で解放ってなによ!さっき極悪犯らしく身代金とヘリ要求してたじゃない!)

絵里(軸がぶれぶれにもほどがあるでしょ!)


善子「ほら、そこの金髪!さっさとしないと──」

花陽「いやああああああ!!助けてええええええ!!」


絵里(ちっ、適当に演技してる時間はないわね)

絵里(考えろ、考えろ……今回合わせる数はなんなの)

絵里(あー、気が散って考えがまとまらない!せめて人質だけでも解放されていたら……)


善子「例え失敗したとしても、これを機に世界中のリトルデーモンがヨハネを崇拝することになる……ふふっ、素晴らしいわ」


絵里(こんなときになに言ってんのよ……あれ、もしかして厨二病ってやつ?)

絵里(ん、厨二病?ヨハネってヨハネの黙示録のヨハネよね……あれから引用してるのだとしたら獣の数字もそのままのはず──!)

絵里「ええ、はい……犯人は身代金666万円と脱出用のヘリを要求しています。はい、大至急用意していただけますでしょうか」

善子「おっ、あんたわかってるじゃない……そう、666とは禁断の文字列──決して触れてはならない獣の数字。堕天したヨハネに最も相応しい数よ」

絵里「それは良かったわ。さあ、あなたの要求には答えたんだから早く人質を解放して」

善子「……ダメよ」


絵里(まさか、もしかして読み違えた──!)


善子「数は合ってる……でもダメ。このリトルデーモンにはある程度、魅了の力が備わっているから、私の布教に協力してもらうことにするわ」

絵里「この後に及んで手の平を返すなんて……!あなた人として恥ずかしくないの!」

善子「人じゃない……私は人を超越した存在、ヨハネよ!」


絵里(知るか、そんなこと!)

絵里(でも数が合ってるのに解決しないなんて……これからどう動けばいいか検討もつかないわ)

絵里(…………万事休すか)

凛「そこまでにゃ!」

善子「なっ──!いつの間に!」


凛「警察にゃ!」

真姫「警察よ!」

千歌「警察だよ!」

鞠莉「警察デースゥ!」


善子「どこ触ってんのよあんた達!痛っ、は、離しなさいよ!」


凛「かよちん、もう大丈夫だからね」

花陽「絶対助けに来てくれるって信じてたよぉ」

凛「かよちん……」

花陽「凛ちゃん……」


花丸「ほら、とっとと立てずら!二度とこんな過ちを犯さないよう、署の方で徹底的にしごいてやるから覚悟するずら!」

善子「ああ~もうやだああああ~!!!!!!」


絵里(悪は滅びたようね)

絵里(私がなにも手を下さずとも、数を合わせれば自然と問題は解決する……)

絵里(ようやくこの謎ルールのカラクリが掴めてきたわ!)

帰り道


絵里(なんかどっと疲れた……帰ったら寝よ)

絵里(夕食はコンビニで買い溜めしとけばいいかしら……)

絵里(いやっ──!待って、待つのよ、絢瀬絵里!)

絵里(今コンビニになんか入ったら、まず間違いなくなんらかの数合わせを要求されるわ)

絵里(今日はもう家にあるもので我慢しましょう……)


絵里「はあ……ついてないわ」


絵里(この数合わせ、いつになったら終わるんだろう)


部下「おかげ様でいい買い物ができました、ありがとうございます」

ことり「ううん、お役に立てて良かったよ」


絵里(なっ、なにー!!??なんであの二人こんなとこにいるのよ!!)

絵里(しかもめっちゃ仲良さそうにしてるし!出来上がったばっかりのカップルみたいな雰囲気醸し出してるし!)

絵里(お家帰るにはこの商店街を突っ切るのが一番の帰り道なんだけど……遠回りするしかないわね)

絵里(見つからないように、抜き足差し足で慎重に……)

ことり「あっ、絢瀬課長!」

部下「こんなところで会えるなんて奇遇ですね」

絵里「は、はは、どうも──」


絵里(なんで速攻見つかるのよ!!!!タイミング悪すぎだわ!!)

絵里(ああ、気まずいなあ……二人が付き合ってたなんて知らなかったし、どんな顔して話をすればいいんだろ)


絵里「め、珍しいわね、こんなところで会うなんて」

ことり「はいっ、私もびっくりしちゃいました。こんなタイミングで会えるなんて、ちょっと運命感じちゃいます」

部下「み、南さん!ちょっと──」

ことり「ダメだよ!いい機会なんだから、ちゃんと言っておかないと!」


絵里(あーはいはいごちそうさまです。もうお腹いっぱいで食べられませんよーっと)

絵里(………………)

絵里(──これじゃあ、密かにアピールしてたのがバカみたいじゃない)


絵里「いいえ、二人の仲良さそうなところはちょくちょく見てたから、察しはつくわ」

部下「あ、絢瀬課長?」

絵里「みなまで言わなくても結構よ。それじゃあ二人とも、お幸せに──」

部下「絢瀬課長!ちょっと待ってください!」

絵里(いいのよ……どうせ私はいつまでたっても一人者の寂しい女)

絵里(そんなこと、ずっと前からわかってたはずなのになあ)


ことり「部下くん、早く追いかけて!」

部下「で、ですが、今日は目的の日ではありませんし──」

ことり「そんなの関係ありません!女の子を待たしちゃダメ!」

部下「は、はいっ!」

公園・噴水広場前


絵里(全然走ってないのに、胸が苦しい……運動不足のせいかな)

絵里(つらいわけないのに……今まで通り忘れてしまえば楽になれるのに)

絵里(──私、どうして泣いてるんだろう)


絵里「はっ、はっ、はっ、はっ、はあっ──」

部下「絢瀬課長!待ってください!」

絵里「やめてっ!手を離してよ!」

部下「離しません!」

絵里「どうして!?私なんか放って、あの子と幸せになればいいじゃない!」

部下「課長は勘違いしてます!私は南さんと交際なんかしていません!」

絵里「えっ、それってどういう──」

部下「南さんには、ちょっと買い物に付き合ってもらっていただけです……その、えーっと……女性用のプレゼントなんてあまり選んだことがなかったものですから」

絵里(綺麗な包み……あまりサイズは大きくないけど、中になにが入ってるのかしら)

絵里「……これを、私に?」

部下「本当は明日渡すつもりだったんですが、仕方ありません」

絵里「開けてもいいかしら?」

部下「はい……どうぞご覧になってください」


絵里(結構有名なブランドの箱じゃない……これそこそこの値段するわよ)

絵里「水色のネックレス……凄く綺麗」


部下「いきなり身に着けるものはどうかと思ったんですが、南さんがどうしてもおっしゃるので……以前、水色が好きとおっしゃっていたと思うのですが、お気に召しましたでしょうか?」

絵里「ええ、水色は好きよ……でも、こんな高そうなものもらってもいいの?」

部下「はい、それは絢瀬課長へのプレゼントとして選んだものですから」


絵里(私のために……こんな高そうなプレゼントを?)

絵里「とても嬉しいわ。でも、どうしてこれを──?」

部下「明日が誕生日だと聞いていましたので、いつもお世話になっていますし、感謝の意味も込めて少し高価なものを送ろうと思ったんです」

絵里「……本当に、それだけ?」

部下「そ、それは……その、絢瀬課長には仕事だけじゃなくて色々な面で助けてもらっていますし、それに──」

絵里「……それに?」

部下「絢瀬課長は、私にとって特別な女性ですから」


絵里(えっ、なにこれ!?なんなのこの展開!?)

絵里(あとちょっとで告白されそうな流れじゃない!)


絵里「特別、か……ふふっ、仕事じゃないんだから、もっと砕けた話し方でいいのよ」

部下「いやしかし、この話し方が癖みたいになっていまして……」

絵里「ならせめて課長はやめてちょうだい」

部下「では、絢瀬さんでいいでしょうか」

絵里「そうね、まずはそこらへんから始めましょうか」

部下「そ、そうですね」

絵里「………………」

部下「………………」

絵里(ああ、じれったい!こっちは準備オッケーなんだから、あともうちょっとぐらい攻めてきてよ!)

絵里(でも部下くん、奥手みたいだし……ここは一つ、年上として助け舟を出してあげますか)


絵里「奇遇ね……私も同じこと考えてた」

部下「えっ?」

絵里「私も、君のことを特別だって思ってる」

部下「絢瀬さん……」


絵里(ああ──長かったわ)

絵里(苦節二十九年、ようやく私にも春が来たのね!)


絵里「私達、きっと上手くやっていけるわよね」

部下「ええ、きっと上手くいきます」










絵里「じゃあ、これからは上司だけではなく彼女としてもよろしくお願いします!」

部下「ごめんなさい、それは無理です」

絵里「は?」









絵里(はああああああ!!??なにせっかくの雰囲気をぶち壊しにしてくれてんのよ!!)

絵里(人がせっかく自分から告ってあげてるのに!)

絵里(あの思わせぶりな台詞はなんだったのよ!)


絵里「……ごめんなさい、さっきの返事よく聞こえなかったから、もう一度言ってもらってもいいかしら」

部下「ごめんなさい、付き合うのは無理です」

絵里「Ёб твою мать!Иди на хуй!(このクソッタレ野郎!くたばれ!)」


絵里(なんでよ!!最高の雰囲気だったじゃない!!)

絵里(もうこれ以上ないくらい絶好のシチュエーションだったのに──)

絵里(はっ!?もしかして……またアレ!?)


絵里「ねえ、悪いんだけど……私じゃダメな理由を教えてくれない?」

部下「いえ、その私の口からは申し上げにくいといいますか──」

絵里「いいからとっとと答えなさい!今すぐ!」

部下「は、はいっ!数が合わないからです!」


絵里(またそれか……どんだけ数合わせが好きなのよ)

絵里「いいわ、やってやろうじゃない!今日は数が合うまで残業よ!」

部下「いえ、今日は職務時間外なので仕事は──」

絵里「黙りなさい!!!!」

部下「ひっ!?」

絵里「上司に楯突くなんてとんだ部下もいたものだわ!きっちりしつけをする必要がありそうね!」

部下「……お手柔らかにお願いします」


絵里(とは言ったものの、今回はどんな数に合わせればいいのかしら?)

絵里(なにかヒントさえあればいいんだけど……)

絵里(いや、今日あれだけ数を合わせたのよ!今の私ならやれる!)

絵里(必ず合わせてみせるわ──おばあさまの名にかけて!)

数時間後……


絵里「ダメね、全然わからない」

部下「絢瀬さん、今日はそろそろ諦めませんか?もうとっくに終電も過ぎていますし──」

絵里「嫌よ!絶対に嫌!」

部下「ですが、このままだと切りがありません」

絵里「それでもよ!私はこれぐらいのことで君を諦めたくないの!」

部下「絢瀬さん……わかりました、最後までお供します」

絵里「……ありがとう」


絵里(でもこのままだと埒が明かないのは事実)

絵里(携帯電話の番号……今から合わせるなんて不可能ね。身長を合わせるのはもうやったし、脈を合わせるなんて意図してできるわけないから、これも除外)

絵里(考えられることは大体やった……でも、違う)

絵里「数が合わない」

部下「……絢瀬さん」

絵里「なんで合わないの!一番大事な……どうしても合わせたいときに限って何故合わないのよ!これさえ合えば、他のことなんてどうだっていいのに!!」

部下「絢瀬さん、落ち着いて!」

絵里「はあっ、はあっ……ごめんなさい、少し取り乱してしまって」

部下「いえ、構いません。私もなにか力になれたら良かったのですが……お力になれなくて申し訳ないです」

絵里「いいのよ……あなたはなにも悪くない。必ず合わせるから、見てて──」

部下「……一つ、わかったことがあります」

絵里「なにかしら?」

部下「私は多分、絢瀬さんのそういうところに惹かれたのでしょう」

絵里「ちょっ、突然なに言い出すのよ……」

部下「強引だけど、前向きで……ここぞというときは絶対に諦めることのない強い意志を持っているあなたは、とても魅力的でした」

絵里「……君はこんな年上のおばさんでいいの?」

部下「私達ぐらいの年齢差なら、大した壁ではありません。それに、絢瀬さんは他の女性達よりずっと若くてお綺麗に見えます……少なくとも、私の目には──」

絵里「お世辞だとしても、とても嬉しいわ。君……口説くのが上手なのね」

部下「い、いえ、自分はそんなつもりは──」

絵里「口説くつもりはなかった?」

部下「……いえ、あります」

絵里「良かった、それを聞いて安心した」

絵里(だから……必ず合わせないとね)

絵里(数を合わせてから、もう一度きちんと口説き落としてもらわないと)


部下「もうすぐ日付が変わります」

絵里「ははっ、あと少しで二十台ともお別れか……こんなことになるのなら、もっと早く君に気持ちを伝えれば良かった」

部下「同感です……ですがどれだけ時間が過ぎても、変わらないものはあると思います。私はそれを信じます」

絵里「どれだけ時間が過ぎても変わらないもの、か……なんの意味もないかもしれないけど、それって凄く素敵なことね」

部下「はい、きっと素晴らしいものだと思います」


絵里(まだ数が合ってないのに、私──最高に幸せよ)

絵里(誰かと想いが通じ合うことで、これほどまでに暖かくなれるなんて……知らなかった)

絵里(碌なことがない二十台だったけど、これで帳消しにしてしまえそう)


絵里「んっ、ちょっと待って……今なんて言った?」

部下「どれだけ時間が過ぎても、の件ですか?」

絵里「違うわ、もっと前よ」

部下「日付が変わる、ですか?」

絵里「そう、それよ!」

絵里(なんでこんな単純なことを見落としてたのかしら)

絵里(そうよ、私あとちょっとで三十歳になるんじゃない!)

絵里(時間だけが解決してくれる、操作するのは絶対に不可能な数──!)

絵里(つまり年齢よ!)


部下「あと十秒です!」

絵里「あと十秒っ!?」


絵里(数が合えば、私が手を下さなくても問題は解決してしまう──)

絵里(待って、まだ心の準備ができてないわ。あと少しでいいから時間をちょうだい!)


部下「日付、変わりました!」

絵里「なにか変わったことは!?」

部下「いえ、特には……」

絵里「そんな、もう他に見当が……これは、雪?」


絵里(十月に雪なんて、いくらなんでも早くないかしら)

絵里(ということはもしかして──)

部下「……綺麗ですね」

絵里「そうね、ちょっと季節外れだけど」

部下「ですが、こういうのもたまには悪くありません」

絵里「ええ……本当に綺麗だわ」


絵里(不思議ね。この雪を見ていると、君を求める気持ちが段々強くなってくる)

絵里(まるで空から降ってきたみたい)

絵里(身体が微熱に急かされてる……ええ、わかってる、ためらってもダメね)

絵里(もう数なんて関係ない)

絵里(この気持ちを、私の口から伝えないと!)


絵里「ねえ聞いてくれる?」

部下「……はい」



絵里「私、ずっと前から君のことが──」




終わりです
深夜テンションのまま書き上げることができたので、投稿しました
また暇になったら書きます

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