女「好きだよって…それだけ」男「そっか」 (31)
恋をした。
好きだった。
それはもう何年か前の話。
私が恋をした彼は不思議だった。
そこにいるようでいないような、
どことなく哀しげな雰囲気で、
またあるいは貴族のように気高く、
ときどき天使のようにふわっとしていた。
彼の持つ世界観がそうさせていたのだろう。
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私はそんなことはなく、
ただただ平々凡々とした、
お世辞にも多いとは言えない数の友人と
喋るのが下手な口を持っているばかりだった。
女「ねぇ、男くん…」
男「あれ?どうしたの女さん、めずらしいね」
女「あの…文化祭の係一緒になったじゃない?」
男「あーそっか。ぼーっとしててあんま聞いてなかったから後で誰と一緒になったか委員長に聞こうと思ってたんだよね。よろしく」
女「あ…うん、よろしく」
女「それで準備のことなんだけど…」
男「教室の前の看板のデザインだっけ?」
女「うん…一応和風ってことでだいたいのイメージは渡されたんだけど…」
男「ちょっと見せてもらえる?」
女「あ、ごめん…はい」
男「あーこんな感じかー。自分たちはこんな風に作ればいいんだよね?」
女「うん…えっと、それで男くんにはレタリングを頼みたいなって思ってて…美術の授業でやったのすごく上手だったから…」
男「いいよ。女さんは?」
女「あ…私はその絵を…」
男「そっか。ここでやるの?」
女「あっと…たしか美術が開放されてて…色塗りなんかはそこで…下書きまではここで」
男「わかったありがとう。それじゃあやろう」
>>3 最後の女の台詞、美術じゃなくて美術室です。すみません
集中しているときの彼はとても素敵で、
気を抜くとすぐに見とれてしまった。
話をするのは初めてではなかったのだけど、
こうしてちゃんと話をするのは初めてだった。
教室では他の生徒たちも買い出しの計画を立てたり、
機材の調達の算段を立てたりで賑やかだった。
男「ふぅ…」
女「あれ?終わったの?」
男「一応ね。女さんは?」
女「あう…あと少し…」
男「そっか。見ててもいい?」
女「えっ…あっ…あの…うん、いいよ…」
男「ありがとう」
見ててもいい?なんて勘違いしてしまうに決まっている。
見られるのは慣れていたのだけど、
相手が想い人だと違うらしい。
結局終わったのはもう少し、と言ってから15分ほど経ってからだった。
女「おまたせ…」
男「ううん、女さんが一生懸命絵を描いてるのを見てたからあっという間だったよ。すごいね、あんな上手な絵を描けるなんて」
女「う…そんなこと…あ、ありがと……」
女「そんなことより美術室に…」
男「おっ、ラッキー誰もいない」
女「ほんとだ…うちのクラス早いみたいだね」
男「サクッと終わらせちゃおっか?」
女「うん…そうだね…」
このまま2人でいたいから、少しゆっくりやりたいな、なんて言えたらどれだけ良かっただろう。
そんな甘酸っぱいことは言えず、1時間ぐらいで終わってしまった。
でも2人で作業をできた、という事実だけで1時間という短さは関係ないぐらい大切な時間になった。
男「んーとこれどうするの?」
女「美術の授業の時みたいに乾くまであそこの金網の棚に…」
男「なるほど…えっとここでいいかな?」
女「いいと思う…うん…戻ろっか」
男「少し待ってもらっていい?」
女「えっ…どうして……?」
男「美術室にある石膏像とか授業中にはほとんど見れなかったからさ、少し見ておきたくって」
女「…そっか、たしかに見る機会も時間もないもんね…」
淡い期待を抱いた自分がバカだった。
期待外れだったからといって残念そうな顔をしていないだろうか。
そんなことばかりが気になってしまって残りの時間は上の空だった。
男「女さん今日はありがとね、なんか付き合わせちゃって」
女「ううん、私も見たいものがあったから良いの」
男「そうだったんだ?なら良かったんだけど…じゃあまた明日」
女「うん…また明日ね」
私は美術室に置いてある
出番があるのかも怪しい石膏像なんかを
興味津々で見ている男くんを見たかったのだから
嘘ではない、と思いこむことにした。
それに、どうやら期待外れだったことは、
表情には出てなかったみたいだったし、
また明日、なんて心ときめくことまで言われたので、
その日は寝るまで上機嫌だった。
男「あ、女さんおはよう」
女「あ、お、おはよう」
男「もう乾いてるかな?」
女「うん…だと思う…行く?」
男「行こう」
男「そういえば女さん今日は少し機嫌良いね。良いことあったの?」
女「そ、そうかな…特にないよ」
男「気のせいかー」
なんとなく笑顔が溢れてくるのを必死で抑えながら、
悟られまいと嘘をついた。
ここで本当のことを伝えて、あるいは知られて、
拒絶されたら立ち直れないと思ったから。
女「あ、よかったちゃんと乾いてるね」
男「お~すごい。女さん本当に絵うまいね。すごいと思う」
女「ありがと…じゃあこれ教室に持って帰ろう?」
昨日とは違って、何組か美術室にいた。
4~5人のグループだったりカップルらしきグループもいて、
そのカップル達を横目で見てから教室に戻った。
男「…っと…こんな感じかな?」
女「すごくいいよ、できたね…」
男「うん…意外とあっさりできちゃったね?」
女「あははっ、そうだね」
元々できていた板に私たちの「かいた」絵と文字を貼った。
あっさり、なんていう彼は、
私の気持ちなんて知らないのだろうと思うと
なんだか悲しくなって、それを隠そうと笑った。
好き、好き、大好き。
そんな感情がどんどんと私の心に積もっていった。
拒絶されるのが怖いから、拒絶されるぐらいなら、
それなら誰にも知らせずに、
このまま心ごと私の奥深くに沈めてしまおう、
そんな風に考えていた。
でも私の心と行動は一致しなかった。
あろうことか、大胆にも、
それも私にとって、ではなく、
世間一般から見ても、だった。
女「あのさ…、よかったら文化祭当日、一緒に回らない?」
男「えっ、うーん…いいよ。でもどうして?」
女「あっ…その…えぁ…男くんがんばってくれたからお礼がしたいなって…」
男「そっか、ありがとう。じゃあ当日よろしくね」
やっぱり唐突すぎただろうか。
言い訳が苦しすぎたのではないか。
いっそのことその場で告白をしてしまえれば…。
男くんが友人の元へ行って1人になってから
そんなことを考えてもう一度笑った。
今度のは自分への嘲笑みたいだった。
文化祭までの2日間。
当日までどうしたら良いのか分からず、
男くんとも挨拶ぐらいしかせずに過ぎてしまった。
なぜ自分は誘ったのだろう?
何を話して場を持たせるのだろう?
仮に告白をしたとしてその先どうするつもりなのだろう?
今まで欠片も考えたこともなかったような問題が、
とつぜん山のように目の前に現れて、
夜もあまり眠れず、昼間も上の空だった。
バカ、私と男くんじゃ釣り合わないじゃない。
拒絶されるのだって怖いじゃない。
だからこの気持ちはどこかに沈めて、
そのまま知らんぷりをしていた方が楽じゃない。
必死に自分に言い聞かせた。
それでも自分のどこかで抵抗する勢力がいた。
恋をした。
大好きなの。
それで良いじゃない。
だからせめて気持ちは伝えたいの。
そのままにしておこうよ。
気持ちを伝えてそれで終わり。
ね?そうすれば傷つかないですむよ?
終わりぐらい自分で決めて何が悪いの。
決めた。伝えよう。
それで終わり。
断られて終わり。
これは意地だ。
自分で自分に
「こんな私でも恋ができるんだぞ!!!」
ってのを知らしめてやるんだ。
何も言わなかったら、
このまま知らんぷりをしていたら、
それは恋をしなかったのと同じだから。
この気持ちはそんな軽くない。
嘘をつきたくない。
だから言おう。
そう決めて目を閉じた。
夜明けはすぐそこだった。
朝。ほとんど寝ていないのに不思議と眠くはなかった。
いつもは意識をしないようなことに気づく。
雲ひとつない青空。
朝日を浴びる街路樹。
精いっぱい羽ばたく鳥たち。
そのどれもが美しかった。
そうか、こんなにも美しかったのか。
そう思った瞬間に意識が自分に向く。
呼吸は普段より浅く、鼓動はいつもより大きく、
そして両方ともが恐ろしく早かった。
朝食はさすがに食べられず
いつもよりすっぱいオレンジジュースだけを飲んで、
深呼吸をして家のドアを開けた。
学校に着いた。
去年と同じようにお祭り気分で学校中が浮かれていた。
教室までの足取りが重かった。
女「ふぅ…」
男「あっ!女さんおはよう!」
女「あっ…おはよう」
教室に着くと男くんが挨拶をしてくれた。
ここ数日の挨拶より遥かに元気に。
うまく笑顔で返せただろうか。
男「今日たのしみだね」
女「うん…!」
一言、二言交わしてすぐに男くんは当日の配置に着いた。
下手なことを言う前に会話が終わったのは幸いだ、
なんて思う自分がいるのに気づいた。
男「ふぅ~…あっ、じゃあ女さん次お願いね」
女「う、うん…」
男くんと持ち場を交代する。
自分の番が終わったら2人とも自由だ。
一緒に回る時間が近づいていると思うと、
だんだんと不安が大きくなってきた。
女「はぁ…おわった…」
男「女さん、お疲れさま」
女「あっ、ありがと…」
男「じゃあ行こっか?」
この段階で既に心臓が破裂しそうだった。
私がリードしようとしてたのに、
男くんに先を越されてしまった。
男くんが言ってくれたのは嬉しかったけど、
ペースを持っていかれたのは少し悔しかった。
男「毎年あるけどジャガバタと焼きそばは外せないね」
女「あ…うん…そだね…」
どんどん口数が減っていく。
うまく笑えていないのもわかった。
女「あっ!あのさ!少し美術部の展示見に行かない?」
男「うーん…いいよ、行こう」
なるべく人気のないところへ誘うための口実だった。
校舎に入って美術室へ。
私は男くんが展示作品を見ている姿しか見ていなかった。
男「すごかったねー。特にあの出口のとこの大きな絵とかさ」
女「うん……あのさ………」
男「うん?どうしたの?」
女「ちょっとあっちの方行かない?」
私が示したのは明らかに文化祭とは関係のないエリアだった。
ここまで来たらばれてしまっても構わない。
気づかれて行くのを拒否されれば面と向かって
拒絶されるよりは幾分かマシだ、なんて考えていた。
でも男くんは違った。
何かを察したように少し微笑んで軽く頷いた。
どくん、と大きく胸が鳴った。
廊下、階段、踊り場、そしてまた階段。
屋上へ続く扉の前まで行く間、
2人の足音だけがやたら大きく響いていた。
屋上の扉の前。
男くんの方を向く。
やっぱり?なんて言葉が聞こえてきそうな表情をしていた。
口の中が異常に渇く。
普段来ない場所というのもあって、
それ以上に、これから人生で初めての告白をするのだと、
そう思うと周りの空気が粘着質に絡みついてくる気がした。
言葉が出ない。
沈黙。
まだですか?
もう少し待ってください。
なぜかそんなやり取りをしたような感覚に襲われた。
息を大きく吸う。
吐き出す。
そのまま男くんを見つめた。
女「こんなとこまでごめんね…?」
男「ううん、大丈夫。それで?」
女「あのね…、ずっと言おうと思ってたんだ。好きです。大好きですって…」
男「あー……そっか………うーん…」
言ってしまった。
男くんはそのまま黙ってしまった。
体内時計はまるっきり狂ってしまっているので
何分経ったのかも分からなかった。
男「ありがとね。俺さ、人から告白されるのなんて初めてだからなんて言ったら良いのか分からないんだけどさ…」
やっぱりダメだったか。
涙が溢れそうになる。
泣くな、泣いたら気を遣われてしまう。
男くんは優しいから、きっと気を遣ってくれる。
その優しさに甘えてはいけないよ。
都合の良い妄想を無理やりねじ伏せる。
男「ありがとう。俺も女さんのこと好きだったから…、俺と付き合ってくれますか?」
まさか。
こんなことあるわけない。
絶対にないと決めつけていた、
最高のルートが今、目の前に現れたのだ。
いや、最高のルートどころか
告白されるというサプライズプレゼント付きで、
なんと形容したら良いのかも分からなかった。
女「ほんと…?」
男「うん、本当だよ。付き合ってください」
この時の私は涙でひどい顔になっていただろう。
この後はひたすら泣いた。
男くんが優しく抱きしめてくれて、
その大きくて温かい胸で夕方まで泣いていた。
赤い目をして泣き腫らした顔の私と教室に戻った男くんは、
彼の友人たちや、ゴシップ好きの女子たちに
「女を泣かせるなんて」
と言われて弁明にちょっと苦しんでいた。
途中で私が誤解を解こうと
事情を説明しに入ったけど、
そこでもやっぱり泣いてしまって
事態をさらにややこしくしてしまったのは秘密だ。
男「せっかくだから一緒に帰らない?」
女「うん…!」
夕暮れに包まれる帰り道で
そっと手を伸ばして男くんの手を握った。
女「……ねえ」
男「どうしたの?」
女「好きだよって…それだけ」
男「そっか」
悪戯っぽく微笑んだ。
男くんも笑ってた。
おしまい
これで終わりです。至らない点などご指摘いただければ幸いです。ありがとうございました
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