牧場の五十鈴は夢を見るか【艦これ】 (63)

五十鈴はぼんやりと自分が艦娘になる前のことを考えていた。

軍の訓練校で同期だった少年のことだ。
その少年は「名将」と呼ばれた裕福な軍人の息子であったが、残念ながら才能は受け継がれなかったようで、訓練校の成績は凡庸なものであった。
だが、七光り、不肖の息子とからかわれながらも、立派な提督になって深海棲艦と戦うのだ、と努力を続けていた。

五十鈴(当時はまだ艦娘ではなかったが)は対照的に、成績優秀で周囲からも期待された逸材だったが、特にこの少年を見下すわけでもなく、お互い励ましあって鍛練を積んだものだった。


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「やったわよ! 私、艦娘の適性あるんだって!」

「うわっ!? 凄いな!! じゃあ、鎮守府に配属されるんだね。エリートじゃないか!」

「ふふ、まぁ鎮守府の他の艦娘たちと競争して、主戦力にならなきゃいけないけどね。私は両親もいないし、他に頼るところないから、頑張らないと!」

「君ならなれるさ。僕も頑張って提督を目指すぞ~」


そうやってお互いの健闘を祈りながら、それぞれの道を歩んで数ヶ月。

彼はまだ「提督」をめざして励んでいるのだろうか。

(現実の壁にぶつかって挫折していないかな? ……五十鈴のように)

昔を思い出す五十鈴の顔には、その頃のような自信に満ち溢れた勝気な表情はなかった。



艦娘になって数ヶ月、はじめのうちは順調に練度を上げて「改」になったが、だんだんとその成長が思うようにならず、同期の「五十鈴」達にもついていけず、とうとう出撃からは外されるようになってしまった。

そして同期の「五十鈴」のうち一人が改二になると、提督からほかの「五十鈴」たちへの風当りが強くなっていった。

もはや対潜でも呼び声がかからなくなり、飼い殺しといってよいくらいに鎮守府の寮に押し込められていた。よく、働かざるもの食うべからず、と言われるが、フル稼働している他の艦娘からは冷ややかな目で見られ、同じ軽巡洋艦の天龍などは「このタダ飯食らいが!」と罵倒してきた。

ー4

(他の子たちはみんな耐えられずに辞めていった… 装備の電探を返上して、他の艦娘の対空値を上げて…)

少女といってよい年齢の娘たちだったが、仮にも軍の訓練を受けて戦場に身を置く誇りを持ち合わせていた。
それが戦力外通告からの飼い殺し、仲間は命を削って戦闘をしているのに、自分は役に立てないという状況に耐えられるほど図太くはなかったようだ。

ひとり、またひとりと装備を残して退役していった。最後の奉公として仲間の強化に協力してから去っていく者が多かったようだ。

それでも「五十鈴」の少女たちは、あくまで徴兵を終えて実家に帰る、といったレベルである。

(けれど…私は…)

天涯孤独の彼女には帰る場所がない。鎮守府に来て数ヶ月では独り立ちできるほどの蓄えもなかった。

だから提督に頼み込んだ。
解体(解雇)はしないでほしい。雑用でもなんでもする、だから鎮守府に置いて欲しい、艦娘「五十鈴」でいさせてくれ、と。

ふだん改二以外の五十鈴には目も向けなかった提督だが、珍しくその嘆願を受け入れた。
「それならば、自分の身の回りの世話をして欲しい。働きがよければ戦力としても使う」と約束した。

……五十鈴の肢体をねっとりと眺めながら。

五十鈴はなおも、訓練校時代や艦娘になったばかりの頃のことを考えていた。
勝気な瞳は自信に溢れ、自らの力で鎮守府を勝利に導くつもりだった頃のことを。





ベッドの上で、親子ほども年の離れた提督にのしかかられ、痛みと屈辱に耐えながら昔のことを思い出していたのだった……

「本当に、五十鈴を戦力として使ってくれるの?」

提督の私室で何度目かの奉仕を終えたあと、念を押して尋ねた。

「ああ、即戦力というわけにはいかんが、鎮守府の切札としては使わせてもらうよ」

「……」

切札、とは何か都合の良い返事だったが、実際遠征(おつかい)程度には組み込まれるようになった。

初めて身体を要求された時は、汚された屈辱とともにソレを受け入れたのは自分の意思なのだという嫌悪感に苛まれたものだが、提督が約束を守っていることがわかってくると幾分か心も晴れた。

(けど…あの子にはもう会わす顔がないわね…)

五十鈴は、提督を目指して頑張っているであろう少年を少しだけ思い出し、そしてすぐ忘れようとした。

ある日、食堂で食事をとっていた五十鈴に、周りの艦娘の話し声が聞こえてきた。
ここでは五十鈴と食事はおろか話をする艦娘もほとんどいない。人気があるのは五十鈴改二の方だ。主力として出撃するし、艦隊では僚艦として縁ができる者も多い。
ただそんな中でも、同じ長良型の名取など、優しい娘がときどき声をかけてくれることもある。

今日もその名取が声をかけてきた。

「あのぅ…五十鈴…姉さん? よかったら向こうで一緒にゴハン食べませんか?」

「ん、無理に姉さんと呼ばなくてもいいわよ。貴女は改二の子とのほうが付き合い長いでしょ?」

「でもでもっ! 同じ長良型のよしみです! せっかくですから皆で……ね?」

(同情じゃないってことはわかってるわ。ありがたくって涙がでるわね。けど…)

「止めといたほうがいいわ。私と一緒にいたら…」

何とか五十鈴を引きとめようとする名取を制する五十鈴。このままではそのうち…


「そんなタダ飯食らいと一緒にメシなんざ、ありがたみが薄れちまうからなぁ」


突然割って入った大声に、ほら来た、とばかりに溜息をつく五十鈴。驚いた名取が、声の主に抗議する。

「て、天龍さん! そんな言い方…」

「あぁん!?」

「ひっ!?」

抗議を試みるも、一睨みで気圧されてしまう名取。
かまわず天龍は五十鈴に向かって悪態を取り続けた。やれ、二番手の五十鈴が母港の登録人数を圧迫してるだの、命を危険に晒さず食べるメシは美味いかだの。

五十鈴は、自分がまだ鎮守府の戦力としては不十分という事はわかっていたので、それらの暴言は甘んじて受けた。というか最初から聞き流している。

ただ天龍がわめき立てた事で、食堂の衆目が五十鈴のほうへ集まってしまった。そこですかさず天龍と共にいた姉妹艦の龍田がイジワルな声を上げた。

「仕方ないわよぉ、天龍ちゃん。この子、提督のお相手で夜通し動いてたんじゃないの~? それはお腹も空くわよね~」

龍田の指摘に、食堂内がヒソヒソと静かに騒めく。
五十鈴が身体を張って、鎮守府での生き残りに努めていることは、当然公言はされていない。
だが、突然「提督の身の回りの世話」という役に就き、それに伴って出番が僅かながらも増してきた五十鈴である。火の無いところに煙はたたない。

「ハッ! 本当に提督に股を開いてまで鎮守府にしがみついてんのかよ?」

「ちょ、ちょっと天龍ちゃんも龍田ちゃんも、そんなこと言うのは、やめ、やめてください…っ」

さすがに黙っていられなくなったのか、再度名取が抗議する。それを見て、まわりでひそひそ話していた他の艦娘達もぱったりと話をやめた。
それが癇に障ったのか、天龍はさらにムキになって五十鈴を問いつめた。

「おい、だまってんじゃねぇよ!! 提督に尻をふって、股開いて媚び売ったのかって聞いてんだよっ!! 答えろ余り物!」

「……さぁ、どうかしらね? あんたに関係あるの?」

「大有りだ! こちとら命がけで硝煙のニオイを嗅いでんだぞ!」

「さすがに提督にカラダでとりいって自分の価値を高める、ってのは許せないわよねぇ」

息巻く天龍に言を添える龍田。
天龍は罵詈雑言では飽き足らないのか、料理の乗った食器を投げつけた!

「テメェなんか這いつくばって食ってるのがお似合いだ」

「ッ!」

「ひゃあっ!?」

料理が五十鈴にぶちまけられるが、悲鳴をあげたのは名取だった。五十鈴は眉をひそめながらも、何も言わず天龍を見据える。

これには再び、周囲の艦娘もざわめきだす。駆逐艦クラスの中には泣き出してしまいそうな子もいた。
それでも……それでも“この五十鈴”を救うために天龍を止める者がいないのは、やはり彼女が二番手だからだろうか。
好意的な名取さえ、おろおろと取り乱すだけであった。

やはりこれが現実か、と五十鈴は思った。いくら鎮守府内で役割を得たといっても、前線で戦う者達とは大きな差があった。今の五十鈴の実力では到底敵わない差が。

しかしこれ程の屈辱を受けながらも、それでも泣き顔ひとつ見せなかった。手のひらに爪が食い込み血が吹き出そうになるくらい握り締めながら、それでも五十鈴の勝気なツリ目が垂れ下がることはなかった。

その表情を見た天龍が、気に入らないとばかりに掴みかかろうとする。



「やめなさい、天龍」



そこではじめてストップがかかった。
声を出したのは他ならぬ「五十鈴」であった。

「あぁ? なんでテメーが止めるんだよ、五十鈴?」

五十鈴改二が天龍を制する。

「やめなさいよ。食事が不味くなるわ」

「へっ…! そりゃあ出来損ないを見てたらメシもまずくならぁな。 おら!“本物”のお達しだ。とっととオレらの視界から消えな!」

「天龍、少し黙って」

「へいへい」

五十鈴改ニにたしなめられると、天龍はもう興味がないと言わんばかりに龍田とともにその場を去っていった。すると五十鈴改二は、今度はずぶ濡れになっている五十鈴のほうを見る。

「ほら、貴女も。汚れを落としてきなさい」

五十鈴に短く告げると、近くでオロオロしている名取を落ち着かせ、さらに周りの野次馬艦娘たちを解散させる。

(これが鎮守府主力軽巡のリーダーシップか…)

先程天龍たちに侮辱された時は耐えたものの、五十鈴改二の堂々たる姿を見て、同じ「五十鈴」の艦娘でありながらこうも違うものか、と自信をなくしかける。

「貴女…」

五十鈴が力なく食堂を後にしようとした際、その背中に五十鈴改二が声をかけてきた。
五十鈴は振り返らずに立ち止まる。そういえばお礼も言っていなかった。一応、助けてくれたのだし、ここは礼を述べるのが筋であろう。

「あの…ありが…」

「お礼はいらないわ。せいぜい練度を上げて、役に立ってちょうだい」

「え?」

「悔しかったら、ね。言いたかったのはそれだけよ」

改二はそれだけ伝えると、早く風呂場に行って着替えてこい、と五十鈴を追いやった。
励ましなのか、情けをかけただけか、真意はわからないまま五十鈴は食堂を後にしたのだった。

その後も天龍達からの嫌がらせはあったりもしたが、提督の側に侍っている分、あまりひどいものにはならなかった。
このあたりは勝手に愛人扱いと見られているのがよいほうに作用した。
もっとも五十鈴としては、提督に告げ口して復讐しようとする気などサラサラなかったが。

そんな時、提督から任務の通達を受けた。

「鎮守府司令の研修…ですか?」

「あぁ、新しい提督の候補生がな。実際に艦娘を指揮して演習を行う」

「五十鈴は何をすればいいの?」

「特段、することはない。その新人の身の回りの世話をしてやればそれで良い。この鎮守府には不慣れだろうからな」

「要するに雑用ね」

「お前はこの鎮守府の切り札だからなぁ。今はじっくりと力をつけてもらう」

「ぐ…ホントに五十鈴の活躍する場所あるの!?」

「いずれ出てもらう。 もっとも今は夜戦の相手をしてもらうがな」

提督が五十鈴の肌をなでる。合図だ。

五十鈴は黙って提督のされるがままになるしかなかった。

(耐え…なきゃ… 結果を出すまで…っ)

そうして幾日かのち、鎮守府に新人の研修生が配属された。

(ウソ…でしょ…)

五十鈴は提督に挨拶をしている新人をみて絶句した。

「提督候補生の????です! 非才の身ではありますが精一杯やらせていただきます!」

「うむ、君のお父上は名将の誉れ高い方だ。君にも期待しているぞ」

「不肖の息子ゆえ、父は父、私は私と割り切っていただきたく」

「謙虚なことだ。まぁそれはさておき、君が配属の間、身の回りの世話をする者を用意した。五十鈴、入りたまえ」

新人としてやってきたのは、訓練校で共に励んだあの少年……五十鈴がいまの自分の姿を一番見られたくない人だった。


「えっ? キミは…」

「あの、えっと…おひさしぶり、です」

「そうか…ここの鎮守府に配属されてたんだね。今は軽巡五十鈴かぁ。すごいな!」

再会を喜ぶ少年。対照的に五十鈴の胸は痛んだ。今の自分にこの少年に顔向けする資格があるのか、と。

(見られたくない…伸び悩んでいる五十鈴を。提督に体を提供してまでチャンスを与えてもらおうとする自分を)

新人の少年の補佐についてから暫くは何もなかった。
彼は相変わらず、とりたてて才気抜群というわけではなくなんとか及第点といった所だったが、堅実に研修内容をクリアしていき、五十鈴との関係も気さくなものだった。

五十鈴は出撃しないのか? という質問をされたらどう返そうか、と考えてもいたが、提督が事前に言い含めていたのか、「五十鈴は秘密兵器扱いで使いどころが難しい」という認識だったようだ。

早く出番があるといいね、と励まされたものだから、いつでも実力を発揮できるように調整している、と曖昧に答えたのであった。

しかしーー

「はっ! その出来損ないに出番なんかあるかよ!」

横槍を入れてきた者がいる。天龍だ。
彼女は五十鈴のみならず、演習で派手な戦績を残さなかった少年のことも見下していた。

「天龍、また…」

こんな時に、いやこんな時だからちょっかいをかけてくるのか。五十鈴は適当に取り合って遠ざけようとした。が、その前に少年が天龍に口を出した。

「天龍さん、たしかに僕の戦績は芳しくないですけど、天龍さんの戦闘パターンもよろしくない所がありましたよ。五十鈴だけを出来損ない扱いは酷いんじゃないですか?」

「あぁ!!?」

「ちょっ!?」

「天龍さんの行動は乱雑な部分が多い。もう少し丁寧に動きをとればより良く…」

「おいおい…ヲイヲイヲイ…新人さんよぉ~。戦場では巧遅より拙速が勝るんだぜ。教科書通りやってるだけならなぁ…」

実績もない新人少年の物言いに怒髪天を衝いた天龍。反論を言い終わる前に少年に向かって踏み込んだ。

五十鈴が「危ないっ」と警告する前に、天龍と少年の距離が一気に縮まった。

「こうやって突然斬りかかられたらどう対応するんだ!あぁ!?」

天龍の刀が少年に迫る。



ガキィッッ



天龍は峰打にして相手をビビらせ、格の違いを教え込んでやろうとした。

…はずだった。

「だから…動きが乱暴なんです。一直線に斬りかかったら、対応できますよ、陸上なら」

少年の軍刀が天龍の刀を弾き飛ばしていた。

「五十鈴の実力をどうこう言う前にやらなきゃいけないことがあると思いますよ、天龍さん」





天龍は湯気が出るほど顔を歪ませ、何やら毒づきながらその場を後にしていった。

「あ、ありがと…」

「五十鈴が頑張ってるのは訓練校から見てきたから。出番がきたら絶対活躍できるさ!」

少年は屈託なく五十鈴を励ます。その気持ちが五十鈴には嬉しくもあり苦しくもあった。

そのような小さな諍いはあったものの、新人の研修はつつがなく終了し、五十鈴は最終日に提督のもとへ報告にあがった。

「…という次第で、新人研修は終了しました。明日には彼も出立する予定です」

「そうか…ふふ。お前の落ちぶれた様は露呈せずに済んだか?」

「…ッ。提督が口裏を合わせてくれたんでしょう?」

「そうとも。感謝してもらいたいくらいだな」

「それは、どうも…」

「フ」

提督はやおら立ち上がり、五十鈴の体を引き寄せる。

「な、なに…?」

「しばらく相手をしてなかったからな。楽しもうじゃないか」

「や…嫌ぁ、せめてあの人が去ってからに…」

「なんだ? あの男に惚れたか?」

「ちが…」

「汚れた手を使ってるようで居た堪れない、か? そう卑下することはないさ。体を使うのも立派な一手。提督と情を交わすのも時に艦娘の力を底上げする手段となる」

「そんな…っ」

「それも教えなくてはいけないな。“研修”の最後に」

「は?」


コンコン


ノックの音。

「失礼します」という聞き覚えのある声。

五十鈴の顔からサッと血の気が引いた。

「いす…ず?」

部屋に入った少年は絶句する。
五十鈴が衣服を乱され、提督の手によってまさぐられている。
ぎゅっ、と唇を噛み締め、小さく体を震わせている五十鈴は「見ないで」と告げた。

提督と五十鈴の関係をはかりかねた少年は部屋のドアを開けたまま立ちすくんでしまう。

だが提督はこともなげに少年へ声をかける。

「どうした?入りたまえ。 艦娘の乗りこなし方を教えておこう。提督たるもの必要なスキルだ」

やめろっ、と少年が声をあげる。

「ふふ、目上に対する口のきき方には目をつぶろう。だが、君にはこの光景を目に焼き付けておいてもらわなくてはな…」

提督は五十鈴をかき抱くのとは反対側の手を上げて合図を送る。

その途端、少年の左右から突如人影が飛び出した。不意を突かれた少年が二人がかりで押さえつけられる。

「ははっ!前みたいにはいかなかったなぁ」

「あの娘の艶姿にあてられちゃったのねぇ」

「ふふ、そこで見ていたまえ。提督は艦娘を乗りこなせてこそ一人前だ」

五十鈴の身体を触りながら、提督は這いつくばる少年を見下ろす。

「やめろぉっ!五十鈴はそんな事をするために鎮守府にいるんじゃない!」

少年は自分を押さえつける天龍と龍田を振り払おうともがくが、二人は艦娘の力を発揮しているのかビクともしない。

「はっ! 黙って見てろよ! アレがあいつの役目なんだよ。身体で提督に擦り寄って、腰を振るのがなぁ!」

天龍の嘲笑が響く中、提督が五十鈴を弄ぶ。
見知った異性の前で辱められることには五十鈴も当然抵抗する。けれども不思議な事に五十鈴の力では提督を振り払えない。天龍たちは少年を押さえ込んでいるというのに。

それを説明するかのように提督は少年に語りかける。

「わかるか? この力、艦娘をいいようにできる力こそが提督の証だ! キミもいずれこれ位はできるようにならんとなぁ!」

勝ち誇る提督が肉欲のままに五十鈴の身体をむさぼる。提督に身体を汚されるのはいつもの事とはいえ、五十鈴は少年の目の前で恥をさらすことには耐えられなかった。

「やめ…てぇ… 見ないで…っ」

「別に君たちは深い仲、というわけではないのだろう? 俗にいう寝取られというわけでもない」

「だからってそんな事… くそぅっ!五十鈴を離せぇ!」

「お願い…こんなこと嫌ぁ」

「ふむ…少年くんに見てもらうことが今回の目的だがな。五十鈴がそうまで言うならば仕方ない」

ひとしきり五十鈴を弄んだ後、提督が天龍たちに合図をする。それを見て天龍と龍田は少年を押さえつけるのを解除する。突如、解放された少年は一瞬戸惑うものの、すぐさま五十鈴を助けようと駆け出した…いや、駆け出そうとした。

その動きは、しかし提督の一声によって止められてしまう。

「向かってくれば鎮守府に対する反乱とみなす!」

「なっ!?」

「一士官候補の提督研修生が、鎮守府提督から力ずくで艦娘を強奪。危険極まりない行動だ。軍法会議ものだぞ。君自身の未来も、お父上の立場も失くなるだろう」

「ぐっ、父は関係な…」

「どうだろうね。君の父が息子を使って鎮守府を乗っ取ろうとした、と。そんな筋書きも考えられるぞ? さぁ、これ以上、私と五十鈴を見たくないなら立ち去るといい。それだけの事だ」

にやり、と笑う提督を見て、五十鈴は悟った。
五十鈴をダシに少年を嬲るつもりなのだ。少年が五十鈴を助けようと動けば反逆に、助けずに立ち去れば彼の性格上、後悔と屈辱に苛まれるだろう。

(立ち去って…)

と、五十鈴は願った。五十鈴と少年は別に恋人でも何でもない。ただ旧知の仲というだけだ。彼が五十鈴を助けなければならない理由はないのだ。

(出てって)

そもそも五十鈴が提督に身体を差し出したのは、鎮守府に残るため。実力不足の五十鈴がチャンスを得るために自分で決めたことなのだ。そのために股を開くような自分を助けるために、彼が未来を捨てていいわけがない。

(五十鈴は…牧場の家畜なんだ…こうやって鎮守府にしがみつくしかない女なのよ)

五十鈴の視線の先に、それでも五十鈴を助けようと決意した少年が足を踏み出そうとする。

来させては、いけない。

「来ないで!」

できるだけ声は震えないように。

「もうわかったでしょ? 五十鈴はこうして提督にお仕えしているのよ? あなたに助けてもらう必要なんてないの」

「い、五十鈴?」

「でも流石に貴方に見られるのは恥ずかしいわ。出てってちょうだい」

嗚咽が漏れそうになるのと、涙がこぼれそうになるのをこらえて。

「ぐっ、うぅ…」

提督や天龍、龍田の嘲笑が響く中、少年は唇を噛み締めてドアのほうへ踵を返した。五十鈴の態度を見て愛想をつかしたのか、冷静に今抵抗することの不利を悟ったのか。

(これでいいのよ。彼はこの鎮守府での研修自体は完了させてる。最後にちょっと嫌がらせを受けただけ…)

そう…今夜あった災難は忘れて、何事もなかったように進めばいい。あとは彼の才覚次第だ。だから…

「…………立派な提督になりなさいよ」

誰にも聞こえないように小さく呟いた。

部屋を出ようとしている少年にその声は聞こえるはずもないだろうが、彼は一瞬だけ立ち止まり、そして執務室を後にした。

「フフフ…傑作だなぁ、おい。あんだけカッコつけといて」

「女の子放って逃げちゃうなんてねぇ」

「ま。こんな淫売の役立たず、助ける気も起きねぇかもな」

天龍がケッ、と唾でも吐き掛けるように五十鈴を見下す。龍田もバカにした笑いを隠そうとしない。

普段の五十鈴なら、こんな時は相手を睨み返し血が出るほど拳を握りしめて雪辱を果たすためのエネルギーに変換するだろう。

だが今はそんな気にはなれなかった。

抱き寄せる提督のなすがまま、その求めに無表情で応じるだけだった。

(ホント…家畜よね。 鎮守府っていう牧場の……)

少年の研修からひと月ほど。

その間も五十鈴は提督に奉仕を要求された。ただ提督は身体を捧げた代償には律儀に応じ、五十鈴には艦娘本来の役割も与えられた。

あれほどの恥を晒して鎮守府にしがみついたのだ。艦娘として役に立たなければ死んでも死に切れない。

そしてついに五十鈴にも前線へ向かう機会が来た。

(前線で戦う主力艦隊への援軍、か。横合いから攻撃を入れ、主戦力の後退の援護をするのね)

五十鈴も演習や実戦で練度を上げてきた、つもりだ。味方が後退、ということはそれだけ敵が強力という事だろうが、そういう場面で投入されるならば、相応の実力があると判断されたのだろう。

出撃している主力艦隊には天龍や五十鈴改二もいる。今こそ成長した姿を見せつける時だ。

(やってやる…意地があるのよ、牧場の家畜にも!)

「五十鈴、出撃するわ!続いて!」

そしてーー

戦場に着いた五十鈴は両陣営の横合いから砲撃を放ち、深海棲艦側に隙を作らせる。

その間に、五十鈴とともに出撃した僚艦の艦娘たちが主力艦隊のフォローにまわり、撤退の準備にはいった。

「よし、やれる! 五十鈴にもやれるわ!」

今までの鬱屈した日々を払拭するかのように敵を攻撃していく。

だが、調子が良かったのは始めのうちだけで、態勢を立て直した深海棲艦の反撃が次第に増し始めた。

「忌々シイ!」

「きゃっ!? 攻撃が通らない? そんな…」

「急襲ニ取リ乱シタガ、コイツノチカラ、大シタコトナイナ!」

深海棲艦の言葉は間違ってはいない。不意をついた初撃はともかく、真っ向勝負では攻撃が効いていない。

悔しかったが無理は禁物だ。それでも役割は十分果たした。あとは準備が整ったみんなと合流して撤退を……

そして後方を振り返った五十鈴は見た。




「は?」

そこに味方はいなかった。

わかるのは既に小さくなった味方の姿が全速力で後退して行っている事だけ。

つまり…

五十鈴は今、置いてけぼりをくったということ。

(は、はぁ? 嘘でしょ? そんなのブリーフィングでも聞いてないわよ?)

慌てて味方へ無線をつなぐ。応答がない。

(何よ、何よっ!! どういう事? こんなところで一人なんて…)

何とか敵から距離を取り、必死に味方に通信を試みる。

『…すず、い…ず、きこ…え…』

「…っ! 繋がっ…」

『いす…五十鈴か? まだ無事のようだな』

「提督っ!!」

聞きなれた声。五十鈴を好き放題してくれた男だが、今となっては頼りにすべき者の声であり、五十鈴はわずかに安堵した。

『よくやった。予想外の働きだ』

「あ、当たり前でしょ。でも味方と離れてしまって。みんな撤退を急ぎすぎよ。少しの間、速度を緩めるよう指示して? すぐ追いつくから…」

『………』

「ちょっと? 提督? 聞いて…」

『残念だがそれはできん。皆、全速力で撤退し鎮守府へ既に帰投している』

提督は、鎮守府の軍港で帰投する艦隊を迎えながら五十鈴との通信を行っていた。



「五十鈴、お前はもうこの鎮守府から処分する」



モニターの向こうで五十鈴の表情が凍りつく。提督は構わずに続けた。

「お前の体も十分堪能したしな。そろそろ捨て時だ。最後に主力艦隊の撤退のための捨て石にさせてもらった」

「ヒャヒャヒャ! 出来損ないのタダ飯ぐらいを置いとく余裕はもうないってよ! 」

提督の通信に天龍が割り込む。

「良かったじゃねーか!最期に艦娘として“オレたちのために”礎になれてよぉ。面倒くせえからそのまま敵を道連れに沈んでくれや」

天龍は厄介者がいなくなって心底スッキリした、という表情で五十鈴につげた。そこに仲間に向ける敬意は微塵もない。
彼女にとって、五十鈴は…いや通信先の相手はただの唾棄すべき艦娘である。「五十鈴」といえばともに戦っている「五十鈴改二」のほうである。

その五十鈴改二が天龍をたしなめる。

「止めなさい天龍。理由はともかく、あの子は私たちの撤退を援護してくれたのよ」

「そ、そうだよっ! そもそも…置き去りなんて…あんまりだよぉ…」

五十鈴に好意的だった名取も便乗して胸の内を吐露する。名取も主力艦隊として出撃していたが、優しい彼女は最後まで五十鈴を助けに行こうと主張した。周りに半ば拘束される形で、無理矢理撤退させられたのだ。

「はっ! だったらお前一人でもあの場に残りゃ良かったじゃねーか。みんなと一緒じゃなきゃ助けに行けないなんて言わないでよぉ?あぁん?」

「う…ひぐっ ぐすっ。 五十鈴ちゃん…」

「名取」

泣き崩れる名取をなだめ、五十鈴改二が続ける。

「あの子は、どんな目に遭っても逃げ出さなかったわ。そう簡単に神様は見放さないわよ」

「ケッ」

天龍は付き合ってられない、とばかりに鎮守府の建物へと足を向ける。

そして提督が最後の通信を送った。

「五十鈴、お前は本日をもって除隊とするが…見苦しく敵に命乞いなどして我が鎮守府の名を汚してくれるなよ」

(これが現実なのね)

五十鈴は提督からの通信が切れた後も、凍りついた表情を貼りつけたまま、しばらく立ち尽くしていた。

(必死で勉強して、艦娘になって…体を差し出してまでしがみついた結果が…)

ぼんやり考えを巡らしながら、五十鈴は最期を迎えようとしていた。

既に深海棲艦には距離を詰められ、捕捉されている。相手の数を考えれば、逃げおおせることも不可能だろう。

(私、何のために艦娘になったんだっけ? なんであんなに必死になって鎮守府に残ろうとしたんだっけ?)

五十鈴は初めて鎮守府に着任した時のことを思い出そうとした。

(ああ…そうだ)

ーーー

『五十鈴です!水雷戦隊の指揮ならお任せ!全力で提督を勝利に導くわ!』

ーーー

(あはは…提督を勝利に導くどころか…信頼すらされてなかったじゃないの…)

周りにはもう深海棲艦の駆逐艦が寄ってきている。いよいよ最期の時が来たようだ。
それでも五十鈴にはもう抵抗する気力は残っていなかった。

(所詮は牧場の家畜かぁ…捨てられたら実戦では生きていけない、よね)

ゆっくりと目を閉じる。
心が最期の思い出を引き出したのだろうか、あの少年の姿が瞼に映った。

(あの時、助けて、って言ったら…どうしたかな? ふふっ、未練がましいったら… せめて貴方は立派な提督に…)

願い終わる前に耳をつん裂くような砲撃音が鳴った。

その頃、鎮守府にて、五十鈴へ最後の言葉を一方的に言い終わった提督は、もう興味はないとばかりに通信を切った。

その後、傍にいる五十鈴改二に話しかける。

「不服か?」

「仮にも同じ名を持つ艦の艦娘よ。穏やかではいられないわ」

「心配するな。お前の実力なら“こう”はならん。俺は力ある者には敬意をはらうよ。健気に体を差し出してきたやつにもな。だから最後に役目を与えてやったんだ」

「その役目が捨て石?」

「危機に陥った主力艦隊をその身を挺して逃したことには変わりはない。はたから見れば立派な功績だ」

「あの子、化けるわよ」

「化ける? 深海棲艦に化けて出るか? 面白い。復讐にきたなら返り討ちにしてくれる」

本当に深海棲艦も艦娘も捻り潰しそうな闘気を放つ提督。五十鈴改二も陸上では敵わない。だからこそ、天龍は提督を気に入り、五十鈴改二も名取も強引な提督の命令に従うのだ。
だが、彼女が化けると言ったのは、復讐の意味ではない。しかし、その真意は提督に教えず、ただ空を見て祈った。

(間にあって)

と。

海上にて五十鈴は、耳をつん裂くような砲撃音を聞いた。
それがこの世の最後の記憶になる。


はずだった。


「何…どこからの砲撃?」

五十鈴はまだ健在だ。吹っ飛んだのは深海棲艦だ。では撃ったのは?




「徹底的にやっちまうのね!」

ピンクの髪を二つにまとめた駆逐艦が颯爽登場し、敵艦を次々と叩いていく。

身のこなしも只者ではないが、特に目につくのが主砲だ。いや主砲自体は通常の形だが、その上部に何とウサギが乗っている。そのウサギが深海の恨みもかくや、という恐ろしい形相で深海棲艦を睨むものだから、敵駆逐艦などはその視線にすくみあがり、砲撃のいい的になってしまうのだった。

なんとも不思議な駆逐艦娘(とウサギ)だった。

さらに驚いたのはその後だった。
後続に立派な軍艦が続いてきたのだ。

「五十鈴ーっ! 無事かっ?」

「うそ…なんで?」

その軍艦から小型艇が発進し、そこに乗っていたのはあの少年だった。

夢を見ているのではないか?と状況が飲み込めない五十鈴に少年が手を差し伸べる。五十鈴がおずおずとその手をとると、少年は意外にも強い力で五十鈴を小型艇の上に引き上げる。

「良かったぁ、五十鈴が無事で。 実は…」
「ご主人さまぁ!! 感動の再会もいーですけどね! こっちは漣ひとりで敵を相手にしてるんですからねぇ! 時間かけてたら敵の本隊が来ちゃいますよ! 巻いて巻いて!」
「……」

漣の言う通り、再会の言葉を交わす間もない。
五十鈴にとっては何が何だかわからないが、こんな状況でも研修の時の出来事のせいで、少年の顔を見ることが出来ない。
少年の方はどう思っているのか、伺い知ることもできないが、当の少年は手短に言葉を並べる。

「うぅ、確かに時間はかけられないな。五十鈴、単刀直入に言う。僕の麾下として戦ってくれ」

「な、何言って…… そんなの……無理、よ」

「指揮権のことなら問題ないよ。僕はもう正式に提督になった。君には突然のことで戸惑うかもしれないけど、艦娘の指揮ならとれ…」

「無理よ!! 私は無能な役立たずなのよ!! 貴方も見たでしょ…っ!? “あんな事”して提督の言いなりになる位しかできない女よ…っ! 出撃してみればこのザマよ?」

膝をつき、うつむいたまま五十鈴は胸の内を吐き出す。
いつか結果を出して実力を見せつける、提督に汚され、天龍に見下される日々を送っていた五十鈴が溜飲を下げるためにはそれしかなかった。

だが結果は… 深海棲艦には力負けし、味方には見捨てられた。屈辱に耐えきれなかった五十鈴の心はポッキリと折れてしまった。

「五十鈴は…艦娘じゃなくて家畜よ… 牧場で飼い主の言いなりになるくらいしかできないのっ…」

下を向く五十鈴の目から涙がこぼれ落ちる。

少年はそんな五十鈴の頭に手を乗せる。

びくり、と怯えたように震える五十鈴。

構わず少年は五十鈴の頭をなでながら語りかける。

「五十鈴がもし自分のことを家畜だって考えてるなら……僕が五十鈴を人間にしてやる!」

ぎゅっと五十鈴の手を握り、そのまま立ち上がらせる。

「あ……」

ここで五十鈴は、再開後はじめて少年と目があった。彼は五十鈴をまっすぐ見つめ、艦娘用の武装を手渡す。そして力強く言った。

「だから五十鈴は艦娘として僕をーーー提督を勝利に導いてくれ」

「!」

(そうだ… 私は…五十鈴は…)


ーーー

『五十鈴です!水雷戦隊の指揮ならお任せ!全力で提督を勝利に導くわ!』

ーーー






五十鈴は少年の檄におされ再び敵に立ち向かった。
新しく手渡された武装は、初めて装備するものながらしっかりと馴染み、彼我の実力差を埋めて余りある性能だった。

少年の指揮の下、漣との即席コンビで深海棲艦を押し返し、敵本隊が到着する前に離脱に成功するのだった。



そうして少年が着任している鎮守府へと連れてこられた。

「いやぁ、やっとこさ帰ってこられましたなぁ、わが鎮守府に~」

はにゃー、とお気楽な声をあげ、漣が陸地へ乗り上がる。

少年ーーこの鎮守府の主である若手提督といった方が良いか、彼も艦から上陸し、五十鈴をまねきいれようとした。

しかし五十鈴は上陸の前に逡巡する。

「ねぇ、五十鈴はホントにここに所属していいの?」

「ん? もちろん。君のとこの五十鈴改二から密かに救難信号が入ってさ。五十鈴が捨てられるから、拾って自分のところのものにしろ、って」

「あ、あの子が…? そっかだからあんなにタイミングよく。 …でも私は」

「なぁ~にを仰る! 五十鈴さん! 漣とも良いコンビだったではないですか~」

漣はいつもこんな調子なのか、五十鈴をごく自然に迎え入れようとする。

「あ、漣はここの初期艦ですけど、別に先輩扱いはいらないですヨ。なんせご主人様、漣と会った第一声が『助けたい女がいる。手を貸してくれ(キリッ)』ですからね。ほんともぅ嫉妬するやら羨ましいやら」

「おいっ!? 漣」

いきなりコントを始める主従を前にしても五十鈴の顔は晴れなかった。
先ほどは若手提督のお陰で戦う意思を持てたが、戦闘が終わり、実際にこちらの鎮守府までやってくると不安が大きくなってきたのだ。

「貴方も見たでしょ? 五十鈴は…解体されないようにするために、あんな事… はっきり言うわ、股を開く女よ。そんな汚れた五十鈴を貴方は側に置いておけるの?」

「汚れた、って… あれはあの提督が強要したものだろ?五十鈴が恥じる事は何もないじゃないか」

「ちが… 最初は… 自分から…っ」

「心配しないでください五十鈴さん。ご主人様は処女厨じゃありませんから。むしろ中古好きですから!」

「えぇい、黙ってろ」

「まぁ、それで漣“も”だいぶ救われましたけどネ」

「あなた“も”?」

「ま、みんなそれぞれイロイロあるってことですヨ。それに汚いっていえばご主人様も相当汚いですからね」

「えっ」

汚い、と指摘された若手提督はバツが悪そうに頬をかく。
五十鈴が見る限りでは別段汚くはない、外見もサッパリしている。潮の香りを漂わせているのはお互い様だ。
内面の話をしているなら、五十鈴の知る彼はそれこそ努力家で真摯な男のはず。

「あー… 自分で言うのもなんだけど…さ。 この鎮守府、立派だろ?」

「??? そうね? 大きいし、軍艦もあったし、裏方の軍人さんもいっぱい… あれ?」

そう、立派すぎるのだ。そして若手提督はほんのひと月前まで五十鈴のところで研修生の身であった。

「ね、ねぇ? 貴方は提督としては新米も新米なのよね?」

「うん、ほら!僕は父親が海軍で顔がきくから…まぁ…その…」

「ご主人様ってばボンボンの特権を利用して、資材から武装から人員から、なんでもアリで優先的に回すように仕向けたんですヨ」

「はあっ!? あ、貴方…」

意外だった。五十鈴の記憶の中では、彼はそういう七光りと呼ばれることが嫌いだったはず。

「まぁ、あまり褒められたやり方でないのはわかってる。けど、今のままじゃなれないからさ、『立派な提督』に」

「あ…っ」

ーーー

「…………立派な提督になりなさいよ」

ーーー

あの時。屈辱にまみれた二人の別れの際に、五十鈴が呟いた言葉は彼に届いていた。
そして ーやり方はどうあれー 彼は力をつけて五十鈴を迎えに来たのだ。

「馬鹿ね…そんな手を使うなんて、って五十鈴が言えることじゃないわね」

「君が自分のことを汚いって言うなら、僕だって似たようなものさ」

カラカラと自分のやり口を笑いながら話す若手提督。その様につられて五十鈴も笑みがこぼれる。

「ふふっ」

「えへへー、五十鈴さん、ようやく笑ってくれましたねー。良かったですね。ご主人様!」

「そうだね。五十鈴がもっと自信をつけられるように、五十鈴の元提督も出し抜いてギャフンと言わせてやらなきゃな」

「えっ? ちょっ…」

「あの提督や天龍には僕も借りがあるからね。クク、ククク…」

「おー、ご主人様わるい顔~。けどそこに痺れる憧れるぅ!」

せっかくの五十鈴の笑顔も台無しにするような、どす黒いプレッシャーを放つ若手提督と悪ノリする漣。

五十鈴も呆れるが見返してやりたいという気持ちは以前からある。一人ではできなかったことだが彼とならできるかもしれない。

なにせ汚れた艦娘と汚い提督だ。何だってできる気がする。

そして新しい鎮守府へむかうため、一歩を踏み出すのだった。



「あ、ひとつお願いがあるの」

「え?何?」





「どんなに汚い手をつかっても、艦娘牧場だけはしないでね。お願いよ」

おまけ

五十鈴「ねぇ漣? ホントに五十鈴がいていいの?」

漣「はにゃ? なんでそんな事を?」

五十鈴「だって、提督が五十鈴を助けるためだけに貴女を鎮守府に連れてきたみたいで」

漣「あー、アレはちょっと大袈裟に言っただけなんです。お気になさらず~」

五十鈴「けど…」

漣「漣は、ご主人様が構ってくれれば2号でも… いやトライサイクロンの3号でもスカイサイクロンの4号でもいいのですよ~。けど銃使いだけはカンベンな!」

五十鈴「?」

終わる

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年12月03日 (土) 12:03:15   ID: X1ZLj6fo

米軍「今日の実弾訓練の標的はあの鎮守府の奴等に決まりだな」

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