・地の文マシマシ、というかカチューシャ視点で進行
・劇場版のカチューシャと逸見エリカの関係から
SS初めてなので不慣れですが、よろしくお願いします。
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無情にもIS-2から白旗が上がる音が聞こえて、2両のパーシングは轟々と私達から離れていった。
全速力で走る戦車の駆動音がこんなにも空気を震わせているのに、何故かいつも撃破の音だけは耳にしっかりと突き刺さる。
できれば、もう一両ぐらいはここで倒してしまいたかった。
後方から猛烈な勢いで大洗車両を撃破して進むセンチュリオン、乗り込むのは島田流忍者戦法を使いこなす大学選抜大隊長。
ミホーシャとまほが彼女を打ち負かすとは信じている、信じてはいるけど。
「……やられちゃったわ」 私が思わず顔を伏せるので、車内の隊員が一斉に不安げな顔で私の方を振り返る。
ノンナは私のことを「この戦いに必要な人」と呼んでくれたけど、果たしてそれだけの働きができていただろうか。自信が持てない。
自分でもそんな気分になるのは珍しいと思っている。
試合では常に最善を尽くしていると確信しているし、私の指揮には自負と責任を持っていた。
今までは。
でも何故か、今日は、今日のこの試合だけはどうも心の奥から打ち寄せる後悔の波をとどめることができない。
「……心配しちゃダメよ! ミホーシャは必ずやってくれるわ。あんな小さい子の乗る戦車なんてボコボコにしてくれるに決まってるわ!」
自分に言い聞かせるように噛み締めた言葉は、どこか鋼鉄の空洞の中に虚ろに反射して響いたような気もした。
「……カチューシャ隊長、わだすは隊長のただかいかた、いがったと思いますよ」
私のIS-2の装填手が、柄にもなく芯のあることを不意に言ってきた。
「ちょっと何よ! 私を評価する気!?」
「ひええ、すみませんです……ただ、カチューシャ隊長が何か悩んでるみてえだったから」
「…………そんなことは、ないわよ」
とりあえずいつもの「カチューシャ隊長」として強がった言葉を返してみたけど、どこまで説得力があったものかわからない。
「…………」
「…………」
全員揃ってしばしの沈黙。
さすがに空気が淀むのは良くない。
「まあ、みんなご苦労様。急な試合だったけど、隊長車としては及第点じゃないかしら。……その、うん。ありがとう」
いつもの「カチューシャ隊長」らしくない言葉に、同志達は少しだけ驚いた顔をして、そのあと満面の笑みで「はい!」と返した。
今できることはミホーシャたちの健闘を祈ることだけ。
勝利こそが大洗を救う道。
私の戦車道がその轍を少しでも踏み固められたはずだと今は願いたい。
キューポラを開けて外に出ると、思わず眩しさに目を細める。
あの忌まわしき撤退戦を鉛色に染め上げていた土砂降りも、今は地面の水たまりに痕を残すのみ。
息詰まる攻防がずっと続いていたから、少しでも外の空気が吸いたかった。
黒森峰のティーガーⅡからひらりと飛び降りたところの黒森峰の副隊長と目が合った。
その奥で、大洗のポルシェティーガーの4人組は、モーターが火を噴いてしまった愛機のメンテナンスをしている。
「あら、エリカじゃない」
「カチューシャ……さん」
「ちょっと!今呼び捨てにしようとしたでしょ!?」
「ソンナコトハナイデス」
「棒読みすぎるのよ!」
逸見エリカ、黒森峰の副隊長。
西住まほの忠実な副官にして彼女もまた西住流の信奉者。
言ってしまえば忠犬。……それは言い過ぎかしら。
「あなた、さっき『スリップストリーム』が何か分かってなかったでしょ」
「……別にそんなことはないです」
「そうかしら? 『スリップするのか?』なんて頓珍漢な無線が聞こえてきたけど?」
なんかちょっとだけ彼女をからかいたくなったので、自分でも分かるぐらいにニヤニヤしながらいじり倒している。
「いまは!関係ないでしょう!! まほ隊長と、それから……みほに勝利が懸かってるんですから! 応援しましょう!」
エリカは頬を赤く染めている。なんだ、こんな可愛い顔もできたんじゃない。
「まあ、エリカの言うとおりね。応援に集中すべきだわ」
「かといって、この位置からじゃ戦況は全然見えませんけどね。私で見えないんだからあなたの場合尚更でしょう」
「ちょっとそれどういう意味!?」
なかなか煽ってくるじゃないこの子。
フラッグ戦にしろ、殲滅戦にしろ、戦車道の試合で撃破された後というのは当然暇になる。
高校生の公式試合は普通フラッグ戦で行うから、隊長である私がこうして撃破されて暇になるなんてのは随分と久しぶりの感覚だった。
それだけに、最後まで戦いきれなかったという感情がどうしても付きまとう。
「できれば、最後まで戦っていたかったわ」
純粋な私の気持ち。
「それは私も一緒ですよ。隊長のそばで一緒に戦いたかった……」
「あなた、本当にまほのことが好きなのね」
「……当然です」
そう言ってエリカはまた顔を赤らめる。
やっぱり前言撤回。忠犬以外の何者でもないわ。
「さっき高地を登るときだって、まるでおあずけを食らった飼い犬みたいだったわ」
「なっ……! ……それなら、あの時のあなたなんか『203高地ね!』だなんて、ソ連だのロシアだのがそれ言っちゃ死亡フラグなんですよ。ほら案の定こうなったじゃないですか」
「あ、案の定とは何よ! プラウダは最善を尽くしたわ!」
「そんなこと見りゃわかりますよ。さっきの『体当たりでもいいから止めろ』なんて、あの場合じゃ最上の策です」
「へっ?……当たり前じゃない! 私を誰だと思ってるの? カチューシャよ!」
「はいはい」
慣れたもののようにさらっと流される。
何かしら、言葉は強いけど、私のこと評価してくれてるのかもしれない。まあ悪い気はしない。
しばらく私達の間に、昼過ぎの緩んだ風が流れる。
次に口を開いたのも私だった。
「……ねえ、『信じるのと崇拝するのは違う』って、高地の麓でまほが言ったこと覚えてる?」
「覚えてますよ」
「あなたはまほのことを信頼してる?」
「そりゃあもちろん……って、なんですか、崇拝してるだけじゃないかって言いたいんですか」
「いや別にそうじゃないけど」
「じゃあ一体なんですか。何か引っかかることでも?」
言葉の節々から突き出た棘を、一切隠すこともなく突き刺してくる。
だからこそ、エリカなら今の私の心を突き破ってくるような言葉を言ってくれるのではという期待があった。
「プラウダは、みんな私を庇って倒された。優秀なチームメイトがみんな私のT-34を逃がすためにあそこでやられた。
クラーラは状況の判断に優れてて作戦理解度も高い。ニーナやアリーナ達はまだ一年生なのに、KV-2という取り回しの難しい戦車を上手いこと使ってるわ。
それに……ノンナ。
あの子がIS-2の砲手だったから今まで何度もピンチを乗り越えられた。
見た? 最後のパーシングへの一撃、大雨で視界が悪い中よく当てたわ」
そこまで一息で言ったような気がする。エリカは、目を正面に向けたままで、ふぅと息を吐いた。
「プラウダの隊員たちがいかに優れているか、なんてよく知ってますよ。去年私達がどこに負けたと思ってるんですか」
「まあ、そうなんだけど……そうなんだけどね」
エリカには嫌味に聞こえたのかもしれない。
それでも私がどこか気の乗らない返事をしたから、何かが引っかかったのかもしれない。
ここでエリカはようやく私の方を向いた。
厳密に言えば、私の方へと「視線を下げた」。
「なにか、気になることでも、あるんですか」
「ねえ、エリカ、あなたは私が『カチューシャとして』どうすべきだったと思う?」
「え?」 彼女はいまいち質問の意味を測りかねているようだった。
「私の周りにはたくさんの優秀な人がいた。その人達はみんなあの雨の中で去っていった。
それは全て私の車両を守るため。
私が言うとエゴみたいだけれど、みんな自分のことじゃなく、カチューシャこそがこの場に残るべきだとそう判断したのよ。
でも、なんだか分からなくなっちゃった」
戦車に乗っている間は必死に戦っていたから見えなかった。
でも今、地に足をつけて立っているとじわりと滲んでくる。
人の上に立ち率いる者が受ける眼差しとその痛み。
「ノンナは私のことを『この戦いに必要な人』と言った。でもそれってノンナが私のことを崇拝していたからじゃないかって。
私が、プラウダに強権をしく小さな暴君だったからじゃないかって。
そう考えたらどうしても、震えが止まらなくなっちゃった。
私がカチューシャである、それだけのことで、みんなが犠牲になったんじゃないかって思ったの」
エリカは黙って聞いてくれていた。そして事も無げに口を開いた。
「プラウダの『隊長』はあなたですから。私が同じ状況であってもそうします」
エリカは涼しげな顔をして言う。
まるでそれが自分の生まれながらの責務だみたいな真っ直ぐな瞳で。
「……エリカならそう言うわよね。あなたも忠実だもの」
「そんな意味じゃない!」
エリカが私の目をしっかり捉えて突然声を荒げた。
鋭い眼光が私に突き刺さるようで、思わず「ひっ」と声を漏らしてしまった。
私としては何気なく返した「忠実」という言葉だったが、これがどうもエリカの琴線に触れたらしいことはわかった。
「ああもう! 面倒だから敬語なんてやめるわ! どいつもこいつも忠犬だ駄犬だと!」
「私はそんなこと言ってないけど……」
言ってはいないけど思っていたのは秘密。
「違うのよ! 隊長が私の飼い主だから付き従ってるんじゃない。
隊長が隊長として筋を通してて、私の戦車道を前に進めてくれる人だから私は隊長についていこうと決めたのよ。
ノンナさんもクラーラさんも、他のプラウダの人だって、みんなカチューシャの戦車道が何かを見せてくれることを期待してる。
それが『信じる』ってことじゃなかったら何なのよって言ってんの」
エリカにまくし立てられた私は何も言い返せなかった。
いや、言い返す必要はなかった。
「あなたは信頼されてるのよ。この試合を勝利に導く存在として信頼されてる。
今にその結果をまほ隊長とみほが出してくれるわ。
だから静かに状況を見守ってなさい」
私のぐらついた心を固め直すには完璧すぎる言葉だった。
「……なかなかやるじゃない、エリーシャ」
「は?」
「このカチューシャ様が直々に褒めてあげるわ、エリーシャ」
「なんなのよそのエリーシャって」
「カチューシャ様は寛大だから、私をカチューシャと呼ぶのを許してあげる。だから私はあなたをエリーシャと呼ぶわ。私がそう呼ぶと決めたのよ、感謝なさい」
「はあ、まあ勝手に呼べばいいけど」
「いつもの」カチューシャが私の中に帰ってきてくれた気がした。
むしろエリカが、「いつもの」私を、どこからか引き連れてきたような気もした。
「いつもの」私が、ここでふと一つのアイデアを思いついた。
私らしいと言えばそうだし、私らしくないとも言える。
「……ところで、ここからだと周りの様子がよく見えないわ」
「……それはあなたの背が小さいからじゃないの」
「ぐっ、そ、そんなことないんだから! 小さくなんかないわよ! ……でも今はノンナもいないし、もう少し高いところから見たいなって」
「戦車の上でも登りなさいよ」
「違うわよ、もっと簡単な方法があるじゃない」
「戦車に登ることの何が難しいのよ」
「私にとってはそこそこ難しいわよ、でも問題はそこじゃないの!」
「じゃあどうしろと」
「…………肩車、してくれない?」
「はあ?」 エリーシャが見慣れた呆れ顔を見せる。
「あなたと一緒に戦って、そして今あなたと話をして、割と楽しかった。それ以上の理由が必要?」
「なんでそれで肩車になるのよ」
「これでまだ不満だって言うなら、それじゃあお返しに、私があなたを肩車してあげてもいいわよ」
私のこの言葉にエリーシャはフフッと噴き出して笑った。
彼女がこんなちゃんと笑顔になるのを見たのは初めてだった。
「何がおかしいのよ」
私としては真剣な申し出に対して、おかしみを込めた笑いが返ってきたから少しだけムッとする。
だけどエリーシャは意に介さない様子だし、どうも何故か気が変わったらしい。
「それは無理よ……ふふっ、仕方ないわね、少しだけよ?」
そう言ってエリーシャが膝を折る。
ノンナよりも少しだけ華奢な身体に、私は体重を預けて、エリーシャの頭に手を置いた。
当然かもしれないけど、彼女はそうそう人を肩車することに慣れてはいないみたいで、ちょっとふらついた後にゆっくりと背を起こした。
「あなた、体重もまるで子供みたいなのね」
「ムキーッ! そうやって馬鹿にして、私は高3であなたより歳上なんだから!」
「だったら降りて一人で立って」
「ち、違うの、ごめんなさいごめんなさい」
私をふるい落とそうと揺すぶるから、必死でエリーシャの頭に掴まった。
良くも悪くもノンナには絶対してもらえない行為なので、どこかちょっと楽しかった。
「おーカッちゃん、ノンナさんから乗り換えたの?」
大洗の自動車部がじゃじゃ馬ポルシェティーガーをどうにか手懐け終わったらしくこちらの方へ歩いてきた。確かこの人は、ナカジマ。
「違うわよ、それにカッちゃんって呼ばないで」
「じゃあ浮気?」私に声が似ているこの子は、ホシノ。
「それだとノンナさんをキープしてることになるんじゃない?」 一人だけ年下のツチヤがにこやかに返す。
「ってか逸見が肩車なんて似合わないなあ」 背の高いスズキがエリーシャを茶化す。
「別にしたくてしてるわけじゃない」
エリーシャはいかにも不機嫌そうな表情を作りながら愚痴る。
「私がエリーシャにしてほしくて頼んだのよ。ノンナほど背は高くないけど、この場所も温かくて好きだわ」
そう言って私はエリーシャの頭にもたれかかる。エリーシャの身体が少しだけビクッと震えたのが伝わってきた。
「あれ、逸見照れてんのー?」 ナカジマがへらへらと笑いながらエリーシャの顔を覗き込む。
「そんなわけ、ない!」
と言いつつエリーシャは顔を見せないように背けている。
エリーシャの反応の大袈裟さは、なんというか、こう微笑ましい。
ところで、エリカ程度の背の高さじゃ、遊園地中央部で戦っている二人の様子は全然わからない。
時々ドーンとかバーンとか砲撃音が聞こえてくるけど、さすがにそれだけじゃ判断はつかないし。
「結局、ミホーシャたちの戦況はよく見えないわ」
「だったら何のためにやってるのよこの肩車」
「そんなのもちろん、エリーシャと私が仲良くなるための大事なワンステップよ」
「そう言われたら、まあ悪い気はしないけど」
昼過ぎの太陽は傾き始めたあたりから、秋が見え隠れするように透き通った日差しを私たちに浴びせかける。
「ところでこの髪の毛、銀色でキラキラして綺麗ね。染めてるの?」
「……地毛よ」
エリーシャがぼそぼそと呟くのを聞いて、ホシノあたりが「カッちゃんに髪褒められてやっぱ照れてるよ」などと茶化したから、エリーシャは例によってまた
「照れてなんか、ない!」
と両腕を掲げて地団駄を踏むようなポーズをしている。
このご時世にこんな怒り方する女子高生なんていたんだ、ってなんで謎の感慨に浸ってるのかしら私。
ついでにいうと私を肩車したままそんなポーズができるエリーシャの体幹は凄い。
私の率直な感想が、やっぱり逸見エリカの琴線のどこかに触れたのかもしれない。よくわからないけれど。
気がつくと遠くの砲撃音が止んでいた。
状況を確認しにきたと思われる、戦車道連盟の飛行機が上空をバラバラと飛んでいた。
「終わったみたいだね」
「西住隊長、上手くやったかなあ」
「……まほ隊長とみほのチームワークなら負けることはないわよ。一番近くで見てきたのは私なんだから」
エリーシャが少しだけ自負を込めた口調で言う。
「やぁーっぱり、あなたはあの二人のことを信頼しているのね!」
私の得意満面の笑みに対して、今度のエリーシャは落ち着きはらって、こちらも得意満面な微笑みで
「当然よ」
と振り返ってみせた。
このすぐあと上空から降ってきた決着のアナウンスに、そこに居た全員が歓びの声をあげたのはよく知られた話。
奇跡の勝利と言われることもあるけど、今思い返せば、みんながみんな自分に出来ることをした、ただそれだけの話。
だけど、その勝利の瞬間に何故私が「あの場所」にいたかと言えば、こちらこそむしろ「奇跡」に近いのかもしれない。
地吹雪の暴君と、銀髪の番犬が、何故か心を通わせてしまった。
そんなハートフルストーリーだと言ったらみんなは笑うでしょうけど。
かくして、私は逸見エリカの肩の上に収まった。
以上です。
読んで下さった方、本当にありがとうございました。
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