千早「みんなの歌」 (110)

ー765プロ事務所ー


ガチャ


春香「……おっはよーございまーす!」



千早「~~♪」


春香「あ、千早ちゃんおはよう!」

千早「~~♪」フンフーン

春香「……気づいてないのかな。ヘッドフォンで音楽聴いてるみたい」

春香「おーい千早ちゃーん」フリフリ

千早「……すっぴんぴんでもなんくるないさー♪」

千早「てんつくてんつく……」

春香「おっはよー!」フリフリ

千早「……ひゃっ!」ガタッ

千早「は、春香!?」カァァ

春香(かわいい)キュン



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千早「お、おはよう春香」

春香「いきなり声かけてごめんね? もしかして音楽に集中してた?」

千早「そ、そんなことはないわ。聴き流す程度だったもの」

春香(絶対集中してたよね。『うれしあやかし道中記』、好きなのかな?)

春香「プロデューサーさんや小鳥さんは? 千早ちゃんひとり?」キョロキョロ

千早「そうみたい。私が来た時も二人ともいなかったわ」

春香「そうなんだー」


春香「……」

千早「……」

春香「……音楽、聴かないの?」

千早「ええ。もう十分聴いたもの」

春香「ふーん」

春香「最近千早ちゃんってさ、しょっちゅう響ちゃんの曲聴いてるよね。今も響ちゃんの曲聴いてたし」

千早「そうね。我那覇さんの歌は、とても勉強になるから」

春香「響ちゃん、歌も上手だもんねー」

春香(いいなぁ、響ちゃん)

春香(私も千早ちゃんに歌を聴いてもらいたいなぁ)


春香「ところでさ、千早ちゃんは響ちゃんの曲の中でどれが一番好きなの?」

千早「えっ?」

春香「あ、えっと……別に深い意味はないんだけど、なんとなく」

千早「普段はそういう考えで聴いてないから……。それに、どれもとても良い曲だし」

千早「でも、あえて選ぶとしたら『Next Life』かしらね」

春香「あー、カッコいいよねーあの歌!」

春香「…………あなたの遺伝子が呼んでる」キリッ

千早「春香、我那覇さんに失礼じゃないかしら」

春香「なんで!?」


千早「私が『Next Life』を推す理由は、私が言うのもおこがましいけれど、あの歌には我那覇さんの全てが詰まっていると思うからよ」

春香「響ちゃんの全て?」

千早「本人の高い歌唱力のおかげで安定したボーカル、それと同等以上の素晴らしいダンス」

千早「そして、歌にとても感情の込められた表情……ヴィジュアル」

千早「あんなに難しい歌なのに『完璧』に歌いこなしてしまう我那覇さんに、とてつもないポテンシャルを感じるの」

春香「確かに。えーと……トランス、だっけ? あんな歌、私には難しすぎて歌えないなーって思っちゃうかも」

千早「それはさっきので分かったわ」

春香「ヒドい!」


春香「でも、『Next Life』の響ちゃんってすっごくクールだよね。亜美真美にイジられて『うぎゃー!』とか言ってる響ちゃんのカケラもないもん」

春香「なんだか、961プロの頃の響ちゃんを思い出しちゃうよ」

千早「……春香は、特に我那覇さんと色々あったものね」

春香「……うん、そうだね」


千早「それじゃ、春香の一番好きな曲は?」

春香「えへへっ♪ 私はねー、『shiny smile』!」

千早「そういえば、我那覇さんの持ち歌になったのよね」

春香「うん!」

春香「最初は私と千早ちゃんと律子さんの三人で歌ってた曲だったんだよね」

千早「ええ、懐かしいわね」

春香「でも、響ちゃんが765プロに来てから初めての持ち歌になって」

春香「私たちが歌ってた『shiny smile』を今度は新しく仲間になった響ちゃんが歌ってくれるんだ~って思うと、なんだかすごく嬉しくって」

春香「私、思わず響ちゃんに『よろしくお願いします!』って言っちゃった」

千早「春香……」

春香「千早ちゃんとは選ぶ理由が全然違うけど、私にとって『shiny smile』は思い入れがある歌だから」

千早「なんていうか、春香らしいわね」ニコッ

千早「でも、我那覇さんが『shiny smile』を歌っているところをあまり見ないのよね」

春香「そうなんだよねー。そこがちょっぴり残念かなぁ」


千早「でも、改めて考えると本当に我那覇さんって高い能力を持っているわよね」

春香「そうだよねぇ」

春香「歌もダンスも上手だし、胸が小さくなったとはいえ、それでもスタイルいいし」

千早「……くっ」

春香「明るくて素直で、お料理や裁縫も得意だし、おまけに動物と会話出来ちゃうし」

春香「……あれ? もしかして響ちゃんってウチで一番スペック高いんじゃ……?」

千早「身長以外は高スペックなのは確かね」


春香「……えーっと、それじゃあ次は貴音さんね?」

千早「えっ?」

春香「貴音さんの持ち歌の中で千早ちゃんが一番好きな歌は?」

千早「春香も暇なのね」

春香「うっ……」ギクッ

春香「で、でもホラ、千早ちゃんも今日は暇でしょ?」

千早「まあ、私も今日はいくらか時間に余裕はあるけれど」

千早「……分かったわ。しばらく春香に付き合ってあげる」

春香「やったぁ! そうこなくっちゃ!」


千早「……で、四条さんの曲で一番好きな曲だったわよね?」

春香「うん。貴音さんの曲もいい曲ばっかりだから迷っちゃうよねー」

千早「私は、『KisS』ね」

春香「わぁ……これはまたアダルティな」

春香「……どこにキスして欲しい……?」ウッフン

千早「春香、四条さんに謝って」

春香「そんなバカな!」


千早「『KisS』って元はフェアリーで歌っていた曲だったのよね」

春香「うん。『オーバーマスター』のカップリングで、その後で貴音さんのソロバージョンを収録したんだよね」

千早「四条さんの魅力っていえば、やっぱりあの艷やかな声と独特な息の抜き方だと思うの」

春香「もう、すっごく色っぽくて、私女の子なのにドキドキしちゃうんだよねぇ」

千早「彼女のその色気を最大限に引き出しているのが『KisS』だと私は思ってる」

千早「あの技術で四条さんは765プロ一色気のあるアイドルという不動の地位を得た、と言っても過言ではないわ」

春香「うーん……技術っていうか、狙ってやってるとは思えないんだけどなー」

千早「いいえ、あれは絶対に練習したのよ。でなければあんなに色っぽい声が出せるはずないもの」

千早「私だって練習すれば……」ボソッ

春香(……ほーう)


春香「ねえ、千早ちゃんも言ってみてよ」

千早「な、何を言っているのよ」

春香「だって、練習してるんでしょ?」

千早「そ、それは……」

春香「私、聞いてみたいなぁ」チラッ

千早「……」

春香「……」ジーッ

千早「……わ、分かったわよもう……」

千早「え、えっと……ど、どこにキスしてほしい……?」モジモジ

春香「ぐはぁ!」ズキューン

春香「私がキスしてあげるよ千早ちゃ~ん!!」ガバッ

千早「やっ……ちょ、ちょっと春香!?」ジタバタ

ーーーーーー
ーーーー
ーー


千早「……」ムスッ

春香「ご、ごめんね、千早ちゃん。少しやりすぎちゃったかも……」

千早「……」

春香「千早ちゃんがすごく可愛かったから、私、つい……」

千早「……」

春香「ほ、ホラ、あの歌でも『息がで~きなくていい♪ 死んで~も~いい~♪』って歌詞があるでしょ?」

千早「……」

春香「うぅ……」シュン

千早「……」

千早「……ウソよ。怒ってなんかいないわ」

千早「少しびっくりしたけど」

春香「ち、千早ちゃん!」パァァ

千早「その、いきなりするのはやめて。私にも……こ、心の準備が必要だから」

春香「う、うん、分かった!」


春香「それにしてもさ、貴音さんってキスとかしたことあるのかな?」

千早「さあ……どうかしら。訊いても教えてはくれなさそうだけど……」

春香「でも、実際にしたことがなきゃあんなふうに雰囲気出して歌えないと思うんだよね」

千早「それじゃ、四条さんはした事があるっていうの? さっきの私たちみたいにほっぺやおでこのキスじゃなくて……」

春香「本物の、唇と唇の……」

千早「……」

春香「……」

千早「……///」カァァ

春香「……///」カァァ


千早「そ、それはともかく、春香の好きな曲は?」

春香「えっとね、『二つの月』と迷ったんだけど……」

春香「『風花』、かな」

千早「いい曲ね」

春香「『風花』も貴音さんの色気がむんむんの歌だと思うんだけど、『KisS』とは方向性が違うよね」

千早「ええ。何かを失って、それでも迷いながらも進まなければならない。そんな心をとても上手く表現している歌ね」

春香「確かにそこにいるんだけど、その存在は希薄で儚げで、目を離したらどこか遠くに行っちゃうんじゃないかっていう危うさが普段の貴音さんのイメージと重なって……」

春香「ちょっぴり切ない歌だけど、でも一度聴いたら忘れられなくなっちゃうんだ」


春香「でも、貴音さんの魅力って色気だけじゃないんだよね」

千早「そうね。『フラワーガール』のように可愛らしい歌も歌っているし」

春香「そうそう、あれは可愛いよねー」

春香「それに、貴音さんがそういう明るい歌を歌うと、可愛いんだけどすごく上品に聴こえるんだよね」

千早「分かるわ。どこかの王族だって言われても信じてしまうほどの気品を彼女は持っている」

春香「大食いなのにスタイルはいいし、割と世間知らずっぽいところもあったり」

千早「正義感が強くて、普段はあまりしゃべることは少ないけれど、結構周りのことをよく見て気を配っているのよね」

春香「ほーんと面妖だよねぇ、貴音さんって」

千早「その不思議さが彼女の一番の魅力なのかもしれないなわね」


千早「次のアイドルは誰にするの?」

春香「うーん、やっぱり美希かな?」

千早「美希ね。美希の曲で私が一番好きなのは……」

春香「待って、千早ちゃん。私、当ててあげる!」

千早「えっ? いいけど……」

春香「千早ちゃんが美希の歌の中で一番好きなのっていったら、これしかないよ」

春香「ズバリ……『relations』!」

千早「……流石は春香ね」ニコッ

春香「えへへっ、そりゃわかるよぅ♪ だって『relations』は千早ちゃんにとっても特別な曲だもんね!」

千早「……ええ」


千早「私と美希の二人で歌っていた『relations』が正式に美希の持ち歌になると決まった時、私は、正直に言えば悔しかった」

千早「私の何かが美希よりも劣っていたのか、私の努力が足りなかったのか、ってとても悩んだわ」

千早「嬉しそうにしている美希が少しだけ恨めしかったのを覚えてる」

春香「千早ちゃん……」

千早「でもね、これはプロデューサーに聞いた話なのだけど……美希、『relations』をモノにするのにとても苦労したらしいの」

千早「自分の甘い声で悲しみをどう表現するか。たくさん悩んでたくさん練習して……」

春香「そういえば、私も聞いたことがあるよ。『この歌が自分のものになるかは君にかかってる』って、美希が作曲家の先生にプレッシャーをかけられてたって」

千早「ええ。そして美希は色々なことを乗り越えて、とうとう自分の歌にした」

千早「やっぱりあの子は天才なんだ、って確信したわ」

春香「……美希、頑張ったんだね」

春香(それなのに私は脳天気に「わっほい!」とか言ってたんだ……)

春香(うーん、罪悪感が……)


千早「それで、春香が選ぶ曲は?」

春香「私は……『Day of the future』かな」

千早「そうなの? 春香だったら『ふるふるフューチャー☆』あたりを選ぶと思ったけど」

春香「確かに『ふるふるフューチャー☆』も好きだけど……」

春香「美希の持ち歌ってさ、失恋ソングが多いよね? 『relations』とか『Day of the future』とか、あと『マリオネットの心』も」

春香「でも、その中で『Day of the future』だけは前向きな気持ちが感じられるんだよね。終わってしまった恋にいつまでも縛られていないで、新しい明日へ向かって進んで行こうっていう」

春香「私としては底抜けに明るい美希も好きだけど、何かを乗り越えた美希もステキだなって」

千早「……なるほど。それに関してはさっきの『relations』の話に通じるところがあるわね」


春香「あとね、これは前から思ってたんだけどさ、美希のソロ曲を繋げていくと一つの物語が出来るんだよ」

千早「物語?」

春香「うん。一曲目は『ショッキングな彼』。はじめはちょっと気になる男友達ってだけだったんだけど、一緒に遊ぶうちにだんだん仲良くなっていって……」

千早「あ、もしかして……次は『ふるふるフューチャー☆』に繋がるの?」

春香「そう! ついに美希は自分の恋心に気づいて、その男の子に一途な想いを抱くようになるの!」

千早「ふふっ、なんだかその光景は簡単に目に浮かぶわね」

春香「でも……」

千早「……ここからは、悲しい思いをすることになってしまうのね」

春香「うん……。三曲目は『マリオネットの心』。ラブラブだったはずの二人の心には、いつの間にか距離ができてしまっていて」

春香「いつからか彼は、美希のことをあまり見てくれなくなっちゃうんだよ……」

千早「……それでも好きだから、美希は恋心に縛られて身動き取れなくなってしまうのね……」

春香「ああ……考えてたら切なくなってきちゃった」


春香「……そして四曲目、『relations』」

千早「……」

春香「ついに彼には、美希の他に気になる女の子ができてしまった」

千早「っ……」グッ

春香「昔よりもだいぶ減ってしまった彼と過ごす時間。素っ気なくなった彼の態度」

春香「彼の気持ちが既に自分には無いとわかっていても、美希は彼を愛し続けるんだよ……」

千早「……」

春香「……」

千早「……私、納得がいかないわ」

春香「えっ?」

千早「だってそうでしょう? 美希はあんなにいい子なのに……! 他の子に乗り換えるだなんて……許せない!」ガタッ

春香「ち、千早ちゃん落ち着いて! あくまで架空のお話だから、ね?」


春香「……とまあ、前フリは長かったけど」

千早「最後にようやく『Day of the future』に繋がるのね」

春香「そう。いつまでもこのままじゃいけない、このまま彼と一緒にいても、彼も自分も前に進めない」

春香「美希は決意して……別れを告げるんだよ。彼と、自分の初恋に」

千早「美希……」

春香「でもね、千早ちゃん。美希は全然後悔なんてしていないし、彼との思い出を捨ててしまおうなんて思ってもいない」

春香「彼と過ごした時間も、好きになった気持ちも、全部自分の宝物だから。だから次は、絶対に……幸せになろうって……」ウルッ

春香「……あ、あれ……? なんでだろ……景色が滲んで前が見えないや……」ゴシゴシ

千早「……」グスッ



千早「……春香、私決めたわ。美希のことは私が幸せにする!」グッ

春香「いや、架空のお話に影響されすぎでしょ!」


春香「……まあ、とにかく。美希は可愛い歌もカッコいい歌も歌いこなす天才ってことだよね」

千早「ええ。それもただの天才じゃない。天から貰った才能を無為に持て余すだけでなく、自分の理想に近づけるための努力を知っている、本物の天才よ」

春香「千早ちゃん、べた褒めだねぇ」

千早「そ……そんなことはない、と思うけど……」

春香(……ちょっとジェラシー)


春香「ところで、美希の失恋ソングっていえば、もう一つあったよね」

千早「『追憶のサンドグラス』ね」

春香「あの歌もめちゃくちゃカッコいいよねー」

千早「ええ、でも……歌詞はとても悲しいのよね」

春香「うん……。サビの歌詞とか、切なすぎるよ……」

千早「あの歌がもしさっきの物語に入るとしたら……」

春香「『マリオネットの心』と『relations』の間くらいかな。ちょうど彼に対しての疑心が浮かんできたくらい?」

千早「……」

春香「……」


春香「……今、ふと疑問に思ったんだけどさ。美希ってプロデューサーさんに恋してるでしょ?」

千早「そうみたいだけど、それがどうかしたの?」

春香「ウチの事務所で一番の恋する乙女なのに与えられたソロ曲は失恋の歌ばかり。考えすぎかもだけど、もしかしてプロデューサーさんが遠回しに美希を拒絶してるんじゃないかなって……」

千早「……」

春香「……」

千早「……あとで、美希におにぎりを買ってあげましょう」

春香「……うん。イチゴババロアもね」


春香「……ちょっと暗くなっちゃったね」

千早「そうね。次は明るい話題を持っている人だといいけれど」

春香「じゃあ、次はやよいにしよっか?」

千早「!」ガタッ

春香(ホントわかりやすいなぁ)

春香「やよいの歌で千早ちゃんが一番好きな曲は?」

千早「春香……それは本気で言っているの?」

春香「えっ? 私、何かまずいこと言った?」

千早「高槻さんの歌う歌はその全てが等しく愛くるしいというのに、その中で優劣を付けろと? それが私にとってどんなに残酷な事か分かっているの!?」バンッ

春香「ええぇ……」

千早「一つだけを選ぶだなんて、そんなこと出来るわけがないじゃない……!」ドンッ

春香「いや、そんなに深刻に考えないでよ……。別に一つ選んだからって他の歌を否定するわけじゃないんだからさぁ」

千早「そんなこと言ったって、私にとっては身を切るような思いなのよ……!」

春香(面倒くさいなぁもう)


千早「……決定、したわ……」ゲッソリ

春香「いや、ただ好きな歌を選ぶだけなのにゲッソリっておかしいでしょ」

千早「私が……選ぶ……歌は……」

千早「『Slapp Happy!!!』よ……!」ゴゴゴゴ

春香「いや、ゴゴゴゴて」

春香「……でも意外だね。千早ちゃんは『キラメキラリ』を選ぶかと思ったんだけど」

春香「それに、『Slapp Happy!!!』って確か正式なやよいのソロ曲じゃないよね? 一応やよいがソロで歌う音源はあるけど」

千早「ええ。元々は私と高槻さん、水瀬さんの三人で歌う歌だった」

春香「そうそう。今考えるとなかなか珍しい三人だよね?」

千早「三人での収録はとても楽しかったし、歌も満足のいく出来になった。私も水瀬さんも、もちろん高槻さんも、とてもモチベーションの高い状態で歌の収録に臨むことができたわ」

千早「……高槻さんを巡って何度か水瀬さんと衝突することはあったけれど」

春香(……新しい修羅場トリオかな?)


千早「でも、その後高槻さんのソロを聴いて衝撃が走ったわ」

春香「うん、わかる。私も『やよいは可愛いなぁ』って思いながら聴いてたけど、やよいを溺愛してる千早ちゃんじゃ相当だろうね」

千早「相当どころの話ではないわ。これはアイドル界に革命をもたらす歌だとさえ思ったもの」

千早「もしかしたら、あの日高舞の『ALIVE』に匹敵……いえ、それ以上かも……って」

千早「歌自体の明るさは『キラメキラリ』のそれとは少し方向性が違っていて、どこか優しい明るさなのよ。そうね、例えるならば『キラメキラリ』が夏の太陽だとしたら、『Slapp Happy!!!』は春の太陽、といったところかしら。AメロからBメロへ向けて徐々に上がっていくメロディ、そしてそれはサビで一気に開花するのよ。……そう、まるで花が咲くように。優しいけれど元気を与えてくれるメロディと歌詞は、まさに高槻さんそのものを表しているといっていいわね。それに、高槻さん自身の技術の進歩にも目を見張るものがあるわ。あの歌のサビには1オクターブ上がる場所が何ヶ所かあるのだけど、難しい音程差にも関わらず高槻さんは上手に歌いこなしている。その高槻さんの高音と言ったらもう……。聴いているだけで脳から変な汁……ではなくて、心が温まる思いだわ。あと、忘れてはならないのが……」

春香「わかったわかった、わかったからちょっとストップ、千早ちゃん!」


千早「どうして止めるの? 高槻さんの可愛さをまだ語り尽くせていないのだけど?」

春香「いや、十分伝わったかなーって」

千早「まあ、確かに今はそんなに時間がないものね。……分かったわ。春香、今日はうちに泊まりに来てちょうだい」

春香「えっ?」

千早「一晩かけて高槻さんの魅力を語り合いましょう」ニコッ

春香「orz……」


春香「でも、千早ちゃんもまだまだだね」

千早「……どういうことかしら?」

春香「確かにやよいと言えば明るさ、っていうのはわかるよ。でもそれだけがやよいの魅力じゃない」

千早「……何が言いたいの?」

春香「私がやよいのソロ曲で推す歌は……」

春香「ズバリ、『私はアイドル REM@STER-A』だよっ!」バーン

千早「!!!」

千早「……そ、その歌は……で、でも、REM@STERシリーズは卑怯だわ……!」

春香「やよいのソロであることには変わりはないよね? それに、千早ちゃんの選んだ『Slapp Happy!!!』だって正式なやよいの持ち歌ではないでしょ?」

千早「……くっ」


春香「『私はアイドル REM@STER-A』を初めて聴いた時、私、千早ちゃんがやよいを溺愛する気持ちが理解できたよ」

春香「普段の明るいやよいとは違って、どこか落ち着いてしっとりした大人っぽい雰囲気の……まあ、それでも愛くるしいことには変わりないんだけど……とにかく、そこにはいつもと全然違うやよいがいた」

千早「……あの歌の一番のポイントは、いつもは元気いっぱいの歌声の高槻さんのウィスパーボイスが聴けることよ……」

春香「うん。やよいの新しい魅力が詰まってる、とってもステキな歌だよね」

千早「負けたわ、春香。(高槻さんに関しては)あなたがナンバーワンよ」

春香「ううん、勝ち負けなんて関係ない。可愛いは正義だよ、千早ちゃん」 

千早「春香……!」ダキッ

春香「千早ちゃんっ!」ヒシッ



春香「私、やよいの他の歌も好きなんだよねー。『キラメキラリ』は言わずもがなだし、他にも『おはよう!!朝ごはん』とか『ゲンキトリッパー』とか『スマイル体操』とか……」

春香「どれもすっごく元気が出る歌で、千早ちゃんが選べないって言ってた気持ちも分かるなぁ」

千早「でも、それはみんなに言えることよね?」

春香「えへへ、そうだねっ!」ニコッ

春香「あ、でもあえて言わせてもらっていいかな?」

千早「何を?」

春香「やよいってかなりバンドサウンドとの相性がいいって思うんだ」

千早「もしかして、『ゲンキトリッパー』のことを言ってるの?」

春香「うん。爽やかな曲調とやよいの健気な歌声がすっごく合って、上手く言えないんだけどこう、BGMと一緒に走り抜けていく爽快感っていうか……」

千早「分かるわ。確か歌詞も躍動的な表現が多かったものね」

千早「高槻さんなら『Vault That Borderline!』とかも合うかもしれないわね」

春香「うんうん! きっとピッタリだよ!」


千早「……ふぅ、とても充実した時間だったわね」ニコッ

春香「千早ちゃんが喜んでくれてなによりだよ」

春香「じゃあ、次は元気つながりで亜美はどうかな?」

千早「ええ、いいわよ」

春香「亜美の歌はなんていうか、ハチャメチャな歌が多い気がするよね」

千早「そうね。他のみんなとは趣向が違うというか……人を選ぶ歌が基本的に多いわね」

春香「完璧に歌いこなせるのは亜美か真美くらいしかいないんじゃないかって思うよ」

千早「そんな中でも、私は『YOU往MY進』が好きね」

春香「あー、あれもすごい歌だよねー。ルール無用っていうか」


千早「そう。亜美の魅力といえば、型にとらわれないというか、ルールに縛られないところだと思う。普段からたくさんイタズラをしたり、どんなことも遊びに変えてしまったり」

千早「そういう亜美のユーモアが溢れている歌ね」

春香「そうだねぇ。曲だけじゃなくて歌い方もすごいもんね。あんなの絶対マネできないよ」

千早「真美もそうだけど、まだ中学生になったばかりだというのにあんなに難しい歌を歌いこなせるのは素直にすごいと思う。二人とも美希とは違った意味で天才なのね、きっと」

春香「亜美も真美も将来有望だよね」

千早「でも、それだけではないわ」

千早「さっきの高槻さんとは少し違うかもしれないけれど、亜美の歌も聴いていると元気が出てくるわよね?」

春香「……まあ、亜美の場合は有無を言わさずいつの間にかそういうテンションに引っ張られてるっていうかね」

千早「それでも聴いている人にパワーを与えてくれるのは間違いないわ。そしてそれは、普段の亜美にも同じことが言えると思うのよ」

春香「どういうこと?」

千早「例えば、仕事で失敗したりオーディションに敗北してしまったりした時。そういう気持ち的に落ちている時に、亜美は決まってイタズラをしてくるのよ」

春香「……そういえばそうかも。でも、それが元気づけることになるの?」


千早「亜美が悪気があってイタズラをしているのではないということは、春香も分かっているわよね?」

春香「うん、それはもちろん」

千早「亜美はね、笑顔になって貰いたいのだと思う。だから、落ち込んでいる人にイタズラを仕掛けるの。笑わせる為にね」

春香「あっ……なるほど」

千早「亜美も根は優しいから、きっと亜美なりの励ましなのよ」

春香「そっかぁ……」

千早「そしてそれは、『YOU往MY進』の歌詞にも表れているわ」

春香「そういえば、曲調が特徴的すぎて気づきにくいけど、歌詞は応援メッセージって感じなんだよね」

千早「応援というよりは叱咤激励の方がイメージが近いかもしれないけど」

春香「なんかすごいね、千早ちゃん。いつも素っ気ないようだけど、本当はみんなのことをちゃーんと見てるんだね?」

千早「た、たまたまよ」カァァ

春香(可愛いなぁもう)


千早「じゃあ、今度は春香の番よ」

春香「うん。私が選ぶのはー……」

春香「じゃじゃーん! 『トリプルAngel』!」

千早「これはまた……癖の強い歌を選んだわね」

春香「そうだけどさ。でもこの歌、聴いていると楽しくなってこない? もう私、どんどん頭の中がパヤパヤしてきちゃってさー」

千早「まあ、分かるけど。完璧に亜美の術中にはまっているわね」

春香「いいのいいの、楽しいから」

春香「亜美って遊びにはいつも本気でしょ? そういうのがすごく伝わってくる歌だなって思うんだ」


春香「パパパパパッとピピッとププッとパヤパヤパー♪」

春香「ほら、千早ちゃんも一緒に!」

千早「……ぱ、パヤパヤパー」

春香「ほっぺをぷーっとするヒマーがありゃ~♪」

千早「ぎゅーにゅうを飲みーま…………くっ」

春香「…………あ」


春香「……と、とにかく、亜美は楽しい雰囲気を作り出す天才だよね!」

千早「……そうね」

春香「たぶんさっきの歌詞も千早ちゃんのことを言ったわけじゃないと思うよ?」

千早「……」

春香(……ダメだ、フォローになってないや)

千早「いいのよ、春香。私はまだ諦めたわけではないから」

春香「あっ、そ、そうだよ! 毎日牛乳を1リットルくらい飲めばそのうちどーんと成長するよ、絶対!」

千早「毎日2リットル飲んでるわ」

春香「……ホントごめん」


春香「それにしても、亜美の歌ってほとんどそうだけど、特に『トリプルAngel』はなんとも形容しがたいよね。歌詞はそれっぽいけどラブソングってわけでもないし」

千早「一応コミックソングという括りになるのかしら。たぶん歌っている本人は大真面目だと思うけれど」

春香「あはは、そうだねきっと」

春香「でも、そんな亜美にも持ち歌にバラードがあるんだよね」

千早「『微笑んだから、気づいたんだ』ね」

千早「あの歌にはとても驚かされたわ。こんなことを言うと失礼かもしれないけれど、亜美があんなにまともにバラードを歌い上げるとは思っていなかったから」

春香「たぶん、みんなそう思ってたんじゃないかな?」

千早「ええ。亜美はいい意味で期待を裏切ってくれたと思う」

春香「ただの遊びの天才ってだけじゃなくて、ちゃんと決めるところは決める」

春香「あーもうほんっと亜美可愛い! 妹にしたいって思っちゃうくらい可愛い!」

千早「可愛いっていうのには同意するわ。あの満面の笑みを見たら、大抵のイタズラは許せてしまうものね」ニコッ

千早「だけど、亜美を妹にしたいだなんて真美に怒られるわよ?」

春香「あ、そっか」


春香(……よし、そろそろこの辺りで私の歌の話題を振ろうかな)

春香(千早ちゃん、私の歌の中で何が好きなんだろうなぁ)

春香「それじゃあ次はわた」

千早「あ、そろそろ時間みたい」

春香「……えっ?」

千早「言ったでしょう? いくらか時間はあるけど、って。私、もうレッスンに行かないと」スクッ

春香「あ、うん」

春香(タイミングを逸した……)

千早「春香はどうするの? 今日の予定は?」

春香「え? あ、ああ、プロデューサーさんと歌番組の収録だよ」

千早「そう。頑張って」

春香「うん、ありがと。千早ちゃんもね」

千早「ええ。それじゃ」


ガチャ バタン


春香(……はぁ。仕方ないか。千早ちゃんだってずっと暇してるわけじゃないし、事務所におしゃべりしに来てるんじゃないもんね)

春香(……でも、私の歌も千早ちゃんに褒めてもらいたかったなぁ……)

春香(やよいみたいに、『春香の持ち歌の中で一番なんて選べないわ。だって全部好きだもの』なんて言われてみたかったなぁ……)

春香(後日改めて訊いてみる? ……いや、ちょっと不自然だよね、いつまでもこの話題を引っ張るのは)

春香(こんなことならもっと早く訊いておけば良かったかも……)シュン


ガチャ


千早「……春香」

春香「あれ? 千早ちゃんどうしたの? 何か忘れもの?」

千早「今日は何時頃にうちに来るのか訊きそびれたから。ほら、泊まるって話をしたでしょう?」

春香「あっ……!」

春香(そうだよ、忘れてた。まだチャンスはあるじゃない!)

春香「えっと、えっとね、たぶん夕方の5時くらいには行けると思う!」

千早「わかったわ。夕飯は簡単なものでもいいかしら?」

春香「あ、いいよ。私材料買ってって作るから!」

千早「それは悪いわ」

春香「ううん、私が作りたいからいいの!」

千早「そう……。それじゃ、お風呂を用意して待ってるわね」

春香「うんっ!」


ガチャ バタン


春香「……なんか、やる気出てきた!」グッ

ーテレビ局ー


P「お疲れ様」

春香「あ、プロデューサーさん!」

P「歌、良かったじゃないか。スタッフもみんな褒めてたぞ?」

春香「えへへ、私だってやればできるんですよ?」

P「その調子で頑張ってくれな」

春香「はいっ!」

P「ところで、今日は千早の家へ送って行けばいいんだよな?」

春香「そうです! 今日はお泊り会なんですっ!」

P「あんまり夜更かしとかするなよ?」

春香「わかってますよぅ♪」

春香「あ、そうだプロデューサーさん、美希って今日は事務所に戻ってきますか?」

P「たぶん戻るのは遅いと思うぞ。夜になるんじゃないかな」

春香「そうですか。じゃあこれ、美希に渡しておいてください」スッ

P「……おにぎりとイチゴババロア?」

春香「それと、プロデューサーさんはもっと美希のことを大切にしてあげてくださいね?」

P「? ああ、うん……」

ー千早宅ー


千早「待ってたわ、春香」

春香「えへへ、ただいまー……なーんて」

千早「ふふっ、お帰りなさい」ニコッ

春香(……あ、なんか今幸せを感じた)

千早「ご飯にする? お風呂にする?」

春香「えっ」

千早「それとも……」

春香「っ……」ゴクリ

千早「高槻さんについて語る?」

春香(……嗚呼)


春香「私、とりあえずご飯作っちゃうから、千早ちゃんは先にお風呂入っちゃいなよ」

千早「それは悪いわよ。私も手伝うわ」

春香「でも、今日はお鍋だから野菜切るくらいしかやることないよ?」

千早「いいの。一緒にやりましょう」

春香「ん~……ま、二人で作る方が楽しいか」

春香「じゃあ、さっそく始めよう!」


春香「い~ざすーすーめーや~キッチ~ン♪」

春香「フンフフーン♪」トントントン

千早「それ、コロッケの歌じゃなかった?」ザクザク

春香「まあまあ、楽しければよしってことで」

千早「それにしても春香、たくさん買って来たのね。二人で食べ切れるとは思えないのんだけど」

春香「自分で作る時ってついつい買いすぎちゃうんだよねぇ。あれもこれも入れたい! ってなっちゃって」

春香「残ったら明日の夕食にでもしてもらえれば」

千早「そうね、そうさせてもらうわ」


千早「……それで、昼間の話の続きなんだけど」

春香(……おっと、いきなりチャンスが訪れた)

春香(よし、ここはさり気なく……)

春香「……ああ、みんなの歌について話してたやつだよね? えーっと、あと話題に出てないのは誰だっけ。確かわた」

千早「あの後、レッスン中も一人で考えていたのよ。他のみんなの歌について。それで春香の意見も聞かせてもらえたらと思って」

春香「うん、もちろんいいよ」

春香(……大丈夫、焦ることはないよね。この流れならそのうち私の話になるはず)


千早「萩原さんの歌についてなんだけど、どうしても一曲を選ぶことができなくて」

春香「雪歩の歌かぁ。王道なら『Kosmos Cosmos』とかかなぁ」

千早「確かに『Kosmos Cosmos』はいい曲だし、落ち着いた雰囲気が萩原さんにピッタリだと思う」

千早「でも、『Little Match Girl』の静かに燃えるような情熱も捨てがたいのよ」

春香「あー、『Little Match Girl』の雪歩って普段と違ってすごくカッコいいもんね。それに両方とも雪歩の代表曲って感じで知名度も高いし」

千早「萩原さんの透明感のある歌声は、どちらにも合っていると思うの」

春香「難しいね。もうそこは好みの問題じゃない?」

千早「そうよね……」

千早「じゃあやっぱり私は選べないわ。だってどちらの歌を歌っている萩原さんも好きだから」

春香「そっかぁ」

春香(雪歩ズルい! 私も千早ちゃんに「選べない」って言われたい!)

千早「……食材、切り終わったわよ」

春香「あ、うん」


グツグツ

春香「わぁ、いい匂~い」

千早「美味しそうね」

春香「千早ちゃんのためにちゃんと豆乳鍋にしたからね!」

千早「……なんだか納得いかないわ」



千早「春香は萩原さんの歌の中でどれが好きなの?」

春香「私は『何度も言えるよ』だね」

春香「……はむっ」

春香「ん~♪ おいし~!」モグモグ

千早「……なるほど、あの歌もいい歌ね」スッ

千早「モグモグ」

千早「……ゴクン」

千早「春香って、基本的に明るい歌が好きなのね」

春香「どっちかっていうとね。やっぱりせっかく聴くなら楽しい方がいいもん。それにこの歌、歌詞がどことなく雪歩っぽいし」

千早「そうね。好きな人に告白したいけど、なかなかできない。でも、勇気を出して前に進もうとする感じが彼女っぽいかもしれない」

春香「前向きになった雪歩って最強だと思うんだよね」

千早「確かに、萩原さんに足りないのは勇気だけなのかも」


春香「……そういえばさ、『First Step』って歌あるでしょ」

千早「ええ。あの歌もまた彼女らしい真っ白なバラードよね」

春香「あれ、雪歩が作詞したんだって」

千早「えっ? それは本当なの?」

春香「うん。『雪歩には言うなよ』ってプロデューサーさんに教えてもらったんだ」

千早「詩を書くのが趣味だとは聞いていたけど、まさか作詞までしてしまうなんて……」

春香「すごいよねぇ。アーティストだよ、アーティスト!」

千早「……やっぱり只者ではないわね、萩原さんって」

春香「その言葉を雪歩に言ったら、きっと埋まっちゃうんだろうなぁ」

千早「その控えめさもまた、彼女の魅力なのよね」


千早「モグモグ」

春香「モグモグ」

千早「……本当に美味しいわね」

春香「ね。最近寒くなってきたし、お鍋にしてよかったね」

千早「ええ」

千早「お鍋っていいわね。……なんだか私たちみたい」

春香「私たち?」

千早「定められた器にそれぞれ違った味を持った食材たちが集まって、一つのハーモニーを創り出している」

千早「まるで765プロのようだわ」

春香「千早ちゃんってたまに変わったこと言うよね」



千早「……さて、萩原さんとくれば次は」

春香「あ、次は同じ17才トリオのわ」

千早「真ね」

春香「うん、そうだよね」

春香(焦らすなぁ千早ちゃん)


千早「真といえば、まず頭に浮かぶのが声の圧倒的存在感」

春香「カッコいいよねー、ハスキーで力強くって。ユニットで歌ってても真の声ってすごく通るんだよね」

千早「そう。そんな存在感のある真は、鍋65プロの中で言えばこの鰤ね」スッ

春香「……ちょっと待って千早ちゃん。鍋65プロって?」

千早「さっき説明したじゃない。この鍋はまるで765プロのようだって。だから、鍋に入っている具の中でぷりぷりとして身が引き締まっていて、一番の存在感を持っている鰤こそが真なのよ」

千早「……あ、だとしたらその隣の人参は高槻さんね。ふふっ、人参さん可愛い」

春香(千早ちゃんが迷走MINDすぎる)


千早「真って普通に会話する時もお腹から声を出しているみたいだし、きっと腹式呼吸が自然と身についているのよね」

春香「だからあんなにいい声が出せるんだね」

千早「私も負けていられないわ」

春香「そういえば千早ちゃん、日課の腹筋はどうするの?」

千早「もちろん後でやるわよ。春香にも付き合ってもらうから」

春香(余計なこと言わなきゃよかったなぁ)


春香「まあ、それはそれとして。千早ちゃんが真の曲で好きそうなのは『tear』辺りかな?」

千早「よく分かったわね。春香は……そうね、『自転車』かしら?」

春香「わ、正解!」

春香「えへへっ♪ 私たち、なんか通じ合ってるねっ」

千早「ええ、そうみたいね」

千早「でも、真の一番の魅力は『tear』に詰まっている。これは譲れないわ」

千早「歌の入りのインパクトも流石だけれど、持ち前の声量を活かした歌の内容もとても素晴らしいものだわ」

千早「何より、一見恋愛にあまり縁の無さそうな真が濃厚な失恋ソングを歌っているというところが大きなポイントよ。この歌で彼女の本当の色気が覚醒したと言ってもいいほどだと思う」

春香「んー、確かに『tear』を歌ってる真は普段と違って色っぽいけどさ、真の魅力って言ったらやっぱり爽やかさじゃないかな?」

春香「『自転車』の主人公みたいに全力で恋をするのが真には似合ってるって思うけどなー」

千早「いいえ、大人の女性の色気に目覚めた真こそが至高なのよ」

春香「ううん、不器用ながらもありのままの自分で相手にぶつかっていく真の方がしっくりくるよ」

千早「……」

春香「……」


千早「……春香。普段から真がどれだけ恋に強い憧れを持っているかあなたも知っているでしょう?」

千早「その真がようやく手にした恋が、散ってしまったのよ。とても大きな悲壮があの歌には込められているの。その悲しみがどれほどのものだったかあなたに理解できるの?」

春香「千早ちゃんこそ、相手のことを想いながらワクワクしたりちょっぴり自信を失っちゃったりしながらも、自分らしい答えを出していく真の気持ち、わかる?」

千早「……」

春香「……」

千早「春香は分かっていないわ」

春香「千早ちゃんだって」

千早「……」

春香「……」

グツグツ


ボコッ ボコッ

千早「…………あっ」

春香「どうしたの?」

千早「鰤の身が、ほぐれてボロボロに……」

ボコッ ボコッ

春香「わああ! 煮立ってる煮立ってる! ち、千早ちゃん火止めて! 早く真……じゃなかった、ブリを救出しなきゃ!」

千早「真が! 真が!」

ーーーーーー
ーーーー
ーー


千早「……」

春香「……」

千早「犠牲者が出てしまったわね……」

春香「私たちが鍋を放ったらかして言い争ってたから……」

千早「きっと真は、その尊い命を犠牲にして私たちに教えてくれたのよ。喧嘩は良くないって」

春香「犠牲になったのはブリだけどね」

千早「春香、ここは痛み分けということにしましょう」

春香「うん。こんなことで私たちがケンカしても真も喜ばないもんね」

千早「真は爽やかさも隠された色気も併せ持つ魅力的な女の子だけど、自分の魅力に気づかないで時に迷走してしまったりすることもある」

春香「そこがまた真の可愛いところなんだよね!」



千早「……でも、正直あまりキャピキャピした服は真に似合わないわよね」

春香「うーん……まあ、落ち着いた衣装の方が似合ってるのかも」


春香「……ふぅ、食べたー。ごちそうさまー」

千早「一人だと鍋なんてやらないから、今日は春香が来てくれて良かったわ」

春香「千早ちゃんが私を必要としてくれるなら、いつでも駆けつけるよ!」

春香「でも、良かったの? やよいについて語りたいんじゃなかったっけ?」

千早「ううん、いいの。765プロのみんなの歌について誰かと話す機会なんて、今までなかったもの」

千早「こうして改めて自分以外の意見を聞くのもなかなか興味深いわ」

春香「そうだね。こういう話をするのも楽しいかも♪」

千早「それじゃ春香、続きはお風呂で話しましょうか」

春香「えっ? い、一緒に入るの?」

千早「……ダメだったかしら? 春香がいやなら無理にとは言わないけど」

春香「そ、そんなことない!! 是非お供させていただきますっ!!」

千早「そう。じゃ、食器を下げるの手伝ってもらってもいい?」

春香「喜んで!」


ジャー

千早「悪いわね、洗い物まで手伝わせてしまって」カチャカチャ

春香「全然気にしないで。家でもいつもやってることだし」キュッキュッ

千早「いつも? 偉いのね」

春香「あ、えっと、時々……かな」

千早「ふふ。まあなんにせよ、偉いと思うわ。一人暮らしした時にきっと役立つだろうしね」

春香(……明日からもっとお母さんのお手伝いするようにしよう)



千早「それで、あと残っているのは誰だったかしら?」カチャカチャ

春香「うーんと、あずささんに伊織、真美、それからわた」キュッキュッ

千早「じゃあ、次は水瀬さんにしましょうか」

春香「うん、いいよ」

春香(まだ焦るような時間じゃない)


千早「水瀬さんと言えば……」

春香「やっぱり……」

春香・千早「……『フタリの記憶』」

春香「あっ」

千早「ハモったわ」

春香「千早ちゃんも同じこと思ってたんだね!」

千早「ええ。水瀬さんが長いこと歌っている歌の一つでもあるし、『フタリの記憶』を歌っている水瀬さんがとても優しくてか弱くて、普段の彼女からは想像できないくらい儚げで……」

春香「いつも強気な伊織の隠れた一面が見られるんだよね」

千早「それに、水瀬さんの声との相性もとても良い歌だわ」

春香「うんうん。ホントいい組み合わせだよね」

春香「『Here we go!!』とか『リゾラ』も好きだけど、やっぱりあのギャップが好きだなぁ」


千早「逆に一番水瀬さんらしい曲は『DIAMOND』かしら?」

春香「うーん、それとも『全力アイドル』とか?」

千早「どちらもイメージがピッタリ重なるわね」

春香「なんか伊織の曲って基本的に上品な雰囲気の曲が多いよね。『プライヴェート・ロードショウ』とかもそうだし」

春香「育ちの良さが滲み出てるって感じで、伊織のイメージにピッタリな気がするよ」

千早「そうね。でもそれは水瀬さんに限ったことではないわ。他のみんなの曲も、それぞれのイメージに合っている曲が多いもの」

千早「きっと作曲家の方は、765プロのみんなの個性を大切にしてくれているのだと思う」

春香「個性かぁ。確かにそうかも」


春香「話変わるんだけどさ、伊織って『my song』をよく歌ってる気がするんだよね。持ち歌ってわけでも竜宮の歌ってわけでもないのに」

千早「そういえばそうね。ライブでソロで歌ったりもするし。もしかしてお気に入りなのかしら?」

春香「そうなのかもね。結局伊織ソロの『my song』もその後出たし、今じゃ伊織の持ち歌ってイメージだなぁ」

春香「千早ちゃんはある? 自分の持ち歌じゃないけど好きな歌って」

千早「そうね……。『edeN』は結構好きかも。あと、『白い犬』とか」

春香「へー、『edeN』はすごくカッコいい曲だから千早ちゃんに似合いそう。でも『白い犬』はちょっと意外かも」

春香「……あ、やよいが歌ってるからか」

千早「ふふ、あの歌は高槻さんが作詞をしたのよ」ドヤッ

春香「そこで千早ちゃんが誇らしげになるのはちょっと違うような……。しかもあの歌ってやよいだけじゃなくて律子さんと亜美真美と4人で歌詞を考えたんでしょ?」

千早「まあ、それはそうだけど」

春香「でも、『白い犬』って『黒い犬』との対比が面白いよねー。メロディは同じだけど歌詞がちょっと違ったり」

千早「そうね。同じメロディなのに歌の雰囲気が変わるというのは、確かにすごいかも」


千早「じゃあ春香は? もしかして『黒い犬』?」

春香「『黒い犬』も好きだけど、私は『シャララ』と『愛LIKEハンバーガー』が好きかな」

千早「どちらもいい曲ね」

千早「……ん? よく考えたら、どちらもデュオの歌でメンバーに律子がいるのね」

春香「そう! 『シャララ』はあずささんと律子さんのデュオで『愛LIKEハンバーガー』はやよいと律子さんのデュオだけど、両方とも掛け合いの歌なんだよね」

春香「片やしっとり系の落ち着いた曲、片やミュージカル系のダンサブルな曲。どちらもしっかり歌いこなせる律子さんはすごいなーって」

千早「春香の言うとおりだわ。しかももっと言うと、両方とも歌唱力やダンスの技術だけでなく演技力もかなり必要になってくる、とても難しい歌なのよね」

千早「竜宮小町のボーカルレッスンやダンスレッスンも律子が携わっているらしいし、やっぱり律子にはそれだけの力があるってことなのね」

春香「律子さん、アイドルに復帰しないのかなぁ」



春香「……今さらなんだけどさ、私ずっと『愛LIKEハンバーガー』って『ハンバーガーが大好きです!』っていう歌なんだって思ってたんだけど、本当は『ハンバーガーのような愛』っていう意味だったんだね」

千早「たぶん、両方とも間違ってないんじゃないかしら」


春香「ふー……」チャプ

春香「はー、気持ちいー……」

千早「ごめんね、春香。本当は一人で入った方がくつろげるのに」ゴシゴシ

春香「全然気にしないでよー。私、すっごくリラックスしてるよ?」

千早「そう。なら良かったわ」

千早「先に身体を洗ってしまうから、少し待ってね。本当は二人で湯船に浸かれればいいのだけど……」

春香「……へっ?」

千早「その、うちのお風呂、狭いから」

春香(千早ちゃんとせまい湯船……うぅ、ちょっと魅力的かも)


千早「……」ゴシゴシ

春香「……」ジーッ

春香(千早ちゃんのスラリと伸びた長いおみ足、ちょっと抱きしめたら折れちゃいそうな華奢な背中……)ゴクリ

春香(……あーもう、私何考えてるんだろう。千早ちゃんのことを変な目で見ちゃうなんて)ブンブン

春香(でもせっかく一緒にお風呂に入ってるんだから、ちょっとだけスキンシップしたいなぁ、なんて)

春香(……あ、そうだ!)

春香「千早ちゃん、背中流してあげるよ!」ザバッ

千早「えっ、い、いいわよ別に。自分で出来るわ」

春香「まーまー、これは日頃の感謝の気持ちだと思ってさ」

千早「……もう、強引なんだから……」


春香「ふんふーん♪」ゴシゴシ

千早「……」

春香「どう? 気持ちいい?」

千早「え、ええ、まあ」

春香「えへへ、良かったぁ♪」



千早「……春香、そろそろ歌の話に戻りましょう」

春香「そうだね。じゃあ次はそろそろわた」ゴシゴシ

千早「真美はどうかしら」

春香「……あ、うん」

春香(千早ちゃん、私のこと忘れちゃってないよね?)


千早「真美は、ようやく報われた、という感じよね」

春香「そうだねー。最初の頃は亜美と二人で半分ずつのアイドル活動だったし、名義も亜美名義だったし」ゴシゴシ

千早「自分だけの持ち歌も無かったものね」

春香「うん。まあ二人で歌ってたわけだからもちろん亜美も立場的には同じだったんだけど、亜美が竜宮小町に入ってからは真美もずっとやきもきしてたと思う。同じ双子なのにーって」ゴシゴシ

千早「でも、ついに真美にも念願の持ち歌が出来た」

春香「しかもどの曲もほんっと可愛くていい曲で、それまでの苦しい時代を覆すくらい目立つようになったんだよね」ゴシゴシ

千早「ええ。本人もとても喜んでいたわ」

千早「その中であえて選ぶとしたら、やっぱり彼女の最初の持ち歌でもある『ジェミー』かしら」

春香「あー……すっごくすっごく可愛いよね! もう言葉にできないくらい可愛い! 成長の過程で思い悩む真美可愛い!」

千早「可愛いしか言ってないじゃない」

春香「だって、それしか出てこないんだもん。『ジェミー』を歌ってる真美が可愛いのは間違いじゃないでしょ?」

千早「それはそうだけど、でもそれだけではないわ」

千早「真美自身、最初の持ち歌ということもあって『ジェミー』をとても想いを込めて歌いあげている。技術云々の前にまずそこに注目すべきね」

千早「それに、亜美もそうだけど真美の表現力も天才的だわ。歌に魂が篭っている、と言えばいいのかしら。遊び心とともに思春期の少女の気持ちがすごく伝わってくる」

春香「真美もそろそろ思春期だもんねー」ゴシゴシ


春香「……はい、洗い終わったよ」

千早「ありがとう、春香」

春香「前も洗ってあげようか?」

千早「え、遠慮しておきます」



千早「じゃあ、今度は私が春香の背中を流すわ」

春香「えへへ、お願いしまーす♪」

千早「……」ゴシゴシ

春香「……」

千早「……」ゴシゴシ

春香「私も『ジェミー』は大好きなんだけど」

千早「ええ」ゴシゴシ

春香「千早ちゃんが選んじゃったから、私は『WOW! I NEED!! ~シンギングモンキー 歌唱拳~』にしようかな」

千早「とても盛り上がる歌よね」ゴシゴシ

春香「そうそう、こう、なんていうか、中国4000年の歴史と乙女心がアチョー!! って感じで!」

千早「ふふ、説明になってないようでなっているのが不思議ね」

春香「そりゃ乙女功夫も炸裂するってもんだよ!」

千早「アグレッシブに恋をする女の子は、やっぱりああいう気持ちなのかしらね」ゴシゴシ

春香「そうかもねー。美希とかあんな感じっぽいなぁ」


千早「ところで春香、なんで『WOW! I NEED!!』というタイトルなのか気づいてた?」ゴシゴシ

春香「えっ? 『I NEED YOU』とか恋愛ソングによくあるフレーズだよね? あなたが欲しい、みたいな」

千早「それだけではないの」

千早「ほら、私たち765プロの歌って、タイトルや歌詞に言葉遊びやシャレのようなものが散りばめられた歌が多いでしょう? 『WOW! I NEED!! ~シンギングモンキー 歌唱拳~』もタイトルがダブルミーニングになっていて、ある言葉が隠されているのよ」

春香「そうなの? なんて言葉なの?」

千早「中国語で『愛してる』を調べれば分かると思うわ」

春香「へー、今度調べてみようっと」


春香「そういえば、真美ってさ」

千早「ライブに向けて頑張っているわね」

春香「だいぶ気合入ってる感じだよねー」

千早「いつもと違う気迫を感じるわ」

春香「すごいなぁ。私も頑張らなきゃ」

千早「気持ちで負けないようにしないとね」


春香「……はー、さっぱりしたー」

春香「これでもうあとは寝るだけだね」

千早「何言っているのよ。まだやり残したことがあるわ」

春香「えっ? やり残したことなんてあったっけ? ご飯食べたし、使った食器も洗ったし、お風呂にも入ったし……」

春香「あ、もしかして歯磨き?」

千早「それももちろんそうだけど。腹筋、付き合ってって言ったでしょう?」

春香「あっ……」


千早「ふっ……ふっ……」グッ

春香「ひぃ、ひぃ……」グッ

千早「ふっ……ふっ……」グッ

春香「ぜぇ……ぜぇ……」グッ



千早「……春香、日頃から腹筋はやっておいた方がいいわよ? 腹式呼吸は歌の基本なんだから」グッ

春香「ぜ……善処、します……」グッ

春香「ていうか……千早ちゃん……」グッ

春香「なんで……腹筋しながら……普通に……話せるの……」グッ

千早「慣れれば簡単に出来るわよ? 春香はまだ慣れてないようだから、まずは一日100回くらいから始めるのがいいわ」グッ

春香「せ……せめて、その……半分で……」グッ


春香「……はぁ~……」グタァ

春香「うぅ、まだお腹に違和感が……」

千早「お疲れ様、春香。これでもう本当に寝るだけね」

春香「今日は深い眠りに就けそうだよ……」

春香「でも、嬉しいなぁ。千早ちゃんと一つのベッドで寝られるんだもん♪」

千早「ろくに家具を揃えていないから、ソファすら無いのよ。狭くても我慢してね?」

春香「ううん、全然平気だよっ」


春香(……さて、もう寝るまでの数分しか時間は残されてないんだよね)

春香(それまでに、なんとか私の歌の話題を……)


春香「……あのね、千早ちゃ」

千早「ねえ、春香」

春香「……なに?」

千早「あずささんって、どう思う?」

春香「あずささん?」

春香「えーっと、とっても優しいお姉さんで、物腰が柔らかくって、ちょっぴり天然だけど、歌が上手でスタイルも抜群で……」

千早「……」

春香「……あ、ご、ゴメン。千早ちゃんに対しての当てつけってわけじゃないんだよ?」

千早「いいの。真実から目を背けるつもりはないから」

春香「千早ちゃん……?」


千早「あずささんは私に無いものをたくさん持ってる。優しさも、柔軟な考え方も、自虐のつもりはないけれど、女性らしいスタイルも」

春香「……」

千早「それに、私なんかが太刀打ち出来ない、素晴らしい歌唱力も」

春香「そんなことないよ! あずささんの歌はとてもステキだけど、千早ちゃんの歌だってすごいもん!」

千早「流石に私も分は弁えているわ。今の私の歌があずささんの歌のレベルに届いているとは思わない」

春香「ち、千早ちゃ」

千早「昔の私だったら、あまりの力の差に心を挫かれてしまっていたかもしれない。彼女は別次元の人間で、自分はその次元まで到達することが本当にできるのか。もしかしたら敵わないんじゃないか、って」

千早「でも、今の私は……」

千早「……いえ、やめておきましょう」

春香「えっ……?」


千早「あずささんの歌について話しましょうか」

春香「う、うん、それはいいけど」

千早「あずささんの歌はどの歌も完成度が高いわ。曲だけじゃなくて、もちろん歌い手の完成度も」

千早「音程、リズム、音域の広さ、声の強弱の付け方、ファルセット、高音へのアタック、声量、声のスタミナ……」

千早「歌っている時の表情の作り方、声色の付け方、想いの込め方……」

千早「技術的なものから精神的なものまで、聴く人に歌をしっかりと届ける上で必要なものを、あの人は全て持っている」

千早「そしてあの人は、その力を力みすぎずにリラックスした状態で発揮することができる」

千早「あれほどの才能を持っている人に、今まで出会ったことがない」

千早「……いいえ。こうして出会えたことを、運命に感謝すべきなのかもね」

春香「……」

千早「あ、ごめんなさい。私ばかり喋っているわね」

春香「ううん、いいの」

春香(歌のことを話してる千早ちゃんを見てるの、好きだから)


春香「千早ちゃんはさ、あずささんの歌で何が好きなの?」

千早「私は……」

千早「やっぱり『隣に』の壮大さが好きね。あの曲を聴くと、なんというか……」

千早「うまい言葉が見つからないけど、映画を一本観た後のような余韻に浸れるから」

千早「技術的な部分は、私が口を挟めるレベルではないわね」

春香「……」

春香(千早ちゃん、やっぱり……)

千早「春香は?」

春香「私は、『晴れ色』が好き。ゆったりとして優しい感じで、すごくあずささんらしさが出てるなって」

春香(お願い、気づいて、千早ちゃん)

千早「春香らしい感想ね」

千早「『晴れ色』ってサビの部分の音の取り方が結構難しいのよね。でもそれを全く感じさせないのは、流石あずささんだわ」

春香(違うよ、千早ちゃん……)

千早「あずささんの歌は、『ラブリ』、『9:02pm』、『嘆きのFRACTION』、『コイ・ココロ』とどれも違う表情を持っているけれど、その違いをしっかりと歌で表現してみせるのは、流石の技術ね」

千早「そしてあずささんの歌の中でも異彩を放つのが『mythmaker』」

千早「あの歌は特に表現が難しくて、あずささんでなければ歌いこなせないと私は思っているわ」

千早「いえ、もしかしたらあずささんではない別の誰かが憑依しているのかも。そう思わせるくらい、『mythmaker』を歌っている時のあずささんには鬼気迫るものを感じるの」

春香「……うん、それには私も同意だけど」

千早「やっぱり、歌の技術であの人に勝てる人はいないのね」

春香「……」


春香「……ねえ、千早ちゃん。千早ちゃんは歌が好き?」

千早「え? ええ、好きだけど……。それがどうかしたの?」

春香「千早ちゃんってさ、歌が上手だし音楽の知識もたくさん持ってるし、きっと私には見えないものがたくさん見えているんだと思う」

春香「だから、技術的な面に目が行って、勝ち負けみたいなものを自分の中で決めちゃってるんじゃないかな」

千早「春香、私は」

春香「聞いて、千早ちゃん」


春香「私は、『蒼い鳥』が好き」

春香「『目が逢う瞬間』が好き」

千早「春香……?」

春香「『arcadia』も『Fly High!』も、『細氷』も『just be myself!!』も、『Snow White』も『眠り姫』も」

春香「全部、全部大好き」

千早「……」

春香「私ね、千早ちゃんの声だけじゃなくて歌い方も好きなんだよ?」

春香「『a』の音がすごく聴き取りやすかったり、『u』の音で伸ばす部分がすごく特徴的だったり」

春香「カッコいい歌をカッコよく歌いこなす千早ちゃん。悲しい歌を本当に悲しそうに歌う千早ちゃん」

春香「可愛らしい歌を、『私には似合わないわ』なんて言いながらも試行錯誤しながら一生懸命に歌う千早ちゃん」

春香「歌っている時の『らしさ』が出てる
千早ちゃんが、私は大好きなんだ」

千早「春香……」

春香「私は知ってるよ。千早ちゃんがどれだけ歌を大切にしてるのか」

春香「だから、負けるのは悔しいんだよね」

千早「それは……」

春香「音程がどうとか、高音のアタックとか、技術的な面は正直私にはまだまだ分からないところはたくさんある」

春香「でも、千早ちゃんの歌に懸ける情熱は知ってるから」

春香「千早ちゃんの歌には、強い想いが込められてるって、私知ってるから」

春香「だからっ……」ウルッ

千早「春香……」


春香「ご、ごめ……泣くつもりなんてなかったのに……」ゴシゴシ

千早「……春香、私、あなたを不安にさせてしまった?」ナデナデ

春香「ううん、千早ちゃんのせいじゃないよ。私が余計なことを考えちゃっただけだから」

春香「千早ちゃん。もっと自分の歌に自信を持って」

千早「えっ?」

春香「千早ちゃんが大変な努力をしてるの、私知ってるから」

春香「歌に真摯で、本当に真面目な千早ちゃんのその努力が報われないなんて、絶対に嘘だと思うから」

春香「……って、私が偉そうに言うのも変だけどね」

春香「えへへ」ニコッ

千早「……ありがとう、春香」


春香「さ、そろそろ寝よっか? 明日もお仕事頑張らなきゃだし」

千早「……いいの? だってまだ……」

春香「いいのいいの。ほら、もう日付変わっちゃうよ?」

千早「分かったわ。春香がそう言うなら、寝ましょうか」

春香「うん。おやすみ、千早ちゃん」

千早「おやすみなさい」



春香(本当は千早ちゃんに私の歌を褒めてもらう予定だったんだけど、もうそういう空気じゃなくなっちゃったし、今褒められたらたぶん私、泣いちゃうから)

春香(千早ちゃんといろいろ話せて良かった。明日からまた頑張ろうね、千早ちゃん!)


ーーーーーー
ーーーー
ーー

ー翌朝、千早宅ー



春香「……ごめんね、なんか一緒に起こしちゃったみたいで」

千早「いいのよ。私も今日は早く起きようと思っていたところだし」

千早「それより春香、転ばないように気をつけてね?」

春香「大丈夫だよぅ。昨日たくさん転んだから、今日はあんまり転ばない気がするんだ!」

千早「それでも絶対転ばないわけではないのね……」



春香「じゃあ、また事務所でね!」

千早「ええ。また後で」


…バタン


ー駅ー


春香「始発はやっぱり人が少ないなぁ」キョロキョロ


春香「えーっと、定期定期……」ゴソゴソ

春香「……よっと、あったあった」

…カサッ

春香「……あれ? 定期入れに何か挟まってる」スッ

春香「これは……」


『春香へ』


春香「……千早ちゃんの字だ」

春香「……」ピラッ


『本当は直接伝えるべきだったのかもしれないけれど、面と向かって言うのは少し恥ずかしかったので手紙にしました』


春香「千早ちゃん、いつの間に手紙なんて……」


昨日は楽しかったわ。春香といろいろ話せて本当に良かった。

春香が昨日心配してくれていたことだけど、心配は要りません。
なぜなら、落ち込んだり自信を無くしたりした時は、いつも春香を見て元気をもらっているから。
春香は私に対して情熱を持っている、と言ったけれど、私の情熱の炎は、あなたに焚き付けられたものなの。
あなたの歌にひたむきな姿勢が、私に頑張ることを教えてくれました。
いつも私は春香からもらうばかりで何もしてあげられていないので、せめてお礼を言わせてください。
ありがとう、春香。
本当はあずささんの話をしている時に言おうと思っていたのだけど、言いだせなくて。
ごめんね。

私は、「乙女よ大志を抱け!!」が好き。
「さよならをありがとう」が好き。
「笑って!」も「キラメキ進行形」も、「I Want」も「ステキハピネス」も、「START!!」も「太陽のジェラシー」も。
全部、全部大好き。

私のiPodに入っている曲って実は、自分の曲よりも春香の曲の方が多いのよ。

今度休みが合った時に、みんなを誘ってカラオケにでも行きましょうか。


千早


春香(千早ちゃんっ……!)

春香(私こそ千早ちゃんにお礼を言いたいよ。だって、私も千早ちゃんにたくさんのものをもらってるもん)

春香(あ、ダメだ、涙が出そう……)グスッ

…ガサッ

春香「……あれ? 2枚目がある?」ピラッ

P.S.

書き忘れたことがあったので。

さっき、春香のひたむきさに影響を受けた、と書いたけど、まず春香は、ほんの一年足らずの間にとても技術が進歩したわね。リズムやブレスのタイミングや音の伸ばし方も然ることながら、一番大きな進歩を遂げたのは音程だと思うわ。以前は苦労していた『太陽のジェラシー』も、今では見違えるほど上手く歌いこなすようになったもの。そもそも、あまり気づかれていない事実かもしれないけれど、あの歌は難易度がかなり高い歌なのよ。音程が取りづらいというのもあるけれど、リズムが単調だということも要因に挙げられるわ。リズムが単調だということは、ただ単に歌うだけではつまらない歌に聴こえてしまうということ。そうならない為の工夫を春香はしっかりとやっているみたいね。その様子を側で見ていて、私もいい刺激になったわ。
難易度が高いと言えば、『I Want』も相当難しい歌ね。春香の歌の中ではかなり異色だけれど、ああいう黒い春香も私は好きよ。あの春香に命令されたら断れる人なんていないんじゃないかしら。いつも明るい春香とのギャップが素晴らしい歌だと思う。
でも、やっぱり春香の真骨頂は『ステキハピネス』や『START!!』、『キラメキ進行形』のような明るくノリのいい歌なのだと思う。聴いているだけで元気をくれる、溌溂とした歌声がとても歌に合っているわ。


余談だけど、私は春香が歌う『キミ☆チャンネル』も大好きなの。あんなふうに挑発されたら、私はもうチャンネルを春香に合わせざるを得ない。たぶん、その後はずっとチャンネルを変えることはないと思う……。

……話が逸れてしまったわね。
春香の持ち歌は、定番のアイドルソングやノリの良い歌だけではないのよね。『さよならをありがとう』と『笑って!』。この二曲に関しては私もだいぶお世話になったわ。辛い時や落ちている時に何度も何度も繰り返し聴いて、「私も春香みたいに頑張らなくては」という気持ちになることができた。やっぱり春香は、私たち765プロの中の笑顔担当なのだと思う。
ただ、単純に笑顔担当と言っても、高槻さんや我那覇さんも似た役割を持っているから、ここで明確な役割分担をしておきましょうか。
まず、高槻さんの笑顔についてなのだけど、喩えるならば夏の太陽に向かって元気いっぱいに咲く向日葵ね。そしてその太陽は我那覇さん。春香は……そうね、夏の暑さの中で時折吹く涼やかな風、といったところかしら。私たちに癒しを与えてくれる、重要な役割よ。
そしてこの三人が生み出すエネルギーこそが、月となる四条さんとのパワーバランスに基づく因果律を示す手がかりとなる云々かんぬん……。




春香「………………長い!」

春香「気持ちは嬉しいけど長いよ!! 追伸なのに!」



おわり

おわり
一応事務員さんの歌については>>78でちらっと触れています

あれ?律子は?

律子ソロ曲の話してなくない?

ー後日、天海家ー


春香「恋がいちっばーん♪ だいすっきー♪」

春香「フフフンフーン♪」シャカシャカ

春香「……よし、できた!」

春香「あとはこの生地を焼いたら完成だね」

春香「明日の朝一番で焼こうっと」

…マックラモーリーノー♪

春香「……おっと、こんな夜に誰だろう」

春香「あ、千早ちゃんだ」

ピッ


春香「もしもし?」

『……良かった、起きていてくれたのね』

春香「うん、ちょうど明日の分のクッキー作ってたところだよ」

『そうだったの……。ごめんね、こんな夜遅くに』

春香「ううん、それは平気だけど、どうかしたの?」

『私、大切なことを忘れてしまっていて』

春香「大切なこと? えっと、それって私も関係してること?」

『ほら、この間765プロのみんなの歌について話をしたでしょう? その時に律子の持ち歌について言及していなかったから』

春香「あー、そういえば律子さんについてはデュオ曲の話しかしてなかったかも」

春香「でも千早ちゃん、それで電話してきたの?」

『ええ。考え出したらどんどん気になって。このままでは眠れないのよ』

春香「そ、そうなんだ」

春香(ホント、千早ちゃんって歌が好きなんだなぁ)


『少しだけ時間、いいかしら』

春香「うん、あまり遅くならないなら」

『ありがとう。それじゃさっそくだけど……』

春香「律子さんの持ち歌の中で一番好きな歌?」

『ええ。春香から聞かせてもらってもいい?』

春香「うん。えーっと……」

春香「うーん……」

春香「迷うなぁ……」

『急に訊かれてもすぐに出てこないわよね。ごめんなさい、やっぱり私から言うわ』

春香「ごめんね、そうしてくれると助かるかも」

『とは言っても、私も実は一つに決められなくて悩んでいるのよ』

春香「あ、千早ちゃんもそうなんだ」

『「livE」と「LOVEオーダーメイド」のどちらにしようかと悩んでて』

春香「ふーむ、なるほど。千早ちゃんはそんな感じの選曲なんだね」

春香「その二曲だったら『LOVEオーダーメイド』……いや、カッコいい律子さんも捨てがたいなぁ」

春香「うーん……」

『ごめんね、春香まで悩ませてしまって』

春香「全然平気だって」

春香(むしろ千早ちゃんが大切にしている「歌」のことで私を頼ってくれるのが嬉しいもん)


春香「ねえ千早ちゃん、ちょっと考えたんだけどさ。律子さんの持ち歌ってなんかこう、アイドルーって感じの歌が多いよね?」

『それは……確かにそうね。律子のアイドル時代からの「いっぱいいっぱい」、「魔法をかけて!」をはじめ、正統派アイドルソングが多いわね』

『しかも、どの歌もだいたい恋がテーマになっていて、実は恋愛に興味津々な律子らしいラインナップといえるかもしれない』

春香「あ、そういえばこないだ真が事務所に持ってきた少女マンガを律子さんが隠れてこっそり読んでたっけ」

『ふふっ、堂々と読めばいいのに』

『プロデューサーという立場上、そんな女々しいものを読んでいたら箔がつかない、とでも思っているのね、きっと』

春香「……ん? なんかおかしくないかな?」

『おかしいって、何が?』

春香「だって、律子さんはもうアイドルじゃなくてプロデューサーなのに、ソロ曲がリリースされ続けてるんだよ?」

春香「プロデューサーが曲を出すって、そういうこともあるのかなぁ、って」

『春香、そこに触れてはダメよ。でないと宇宙の法則が乱れるわ』

春香「えっ、そんなにスケールの大きい話なの!?」


『まあ、それはともかく』

春香(あっ、スルーされた)

『今ではプロデューサーという立場だけれど、たまにゲストとして私たちのライブに出てくれたりもするし、律子もなんだかんだ言ってステージを楽しんでいるのだと思う』

『でも、律子自身アイドルを引退したことを後悔している素振りも見せないし、プロデューサーという仕事に対してのモチベーションは言うまでもないわ』

『事情を知っている人は「アイドル兼プロデューサーなんて無茶だ、両方とも中途半端になるに決まってる」なんて思う人もいるのかもしれないけど、それでも私は「今の律子」を応援したい』

『だって、アイドルとしての律子も、プロデューサーとしての律子も、どちらも本当に楽しそうだから』

春香「そうだねぇ。カッコいい律子さんも可愛らしい律子さんも、どちらも必要とされてるもんね」

春香「…………あっ」

『どうしたの?』

春香「千早ちゃん、私、決まったよ。律子さんの持ち歌の中で一番好きな歌」

『えっ?』


春香「律子さんはね、魔法の解けないシンデレラなんじゃないかな?」

『魔法の解けない……? どういう意味?』

春香「普段はプロデューサーとしてバリバリ仕事して、たまーにアイドルとしてライブにちょこっと出て」

春香「でも、そのちょこっとはこれからも続いていくんだよ。きっと、律子さんがドレスを着ることを望む人がいる限り」

『……とても、ロマンティックな話ね。律子に聞かせてあげたいわ』

春香「だから、私が選ぶ歌は……」

『…………「魔法をかけて!」ね』

春香「うんっ!」


『ありがとう、春香。あなたのおかげで胸のつかえが取れたわ』

春香「えへへ、どういたしまして!」

『それじゃ、そろそろ……』

春香「そうだね、もういい時間だし。じゃあまたあし」

『第二ラウンドといきましょうか』

春香「………………えっ」

『この間語り尽くせなかった高槻さんの歌について、存分に語りましょう』

春香「」



おしまい

一度締めたスレにこんなふうに書き込むのはルール違反なのかもしれないけど、>>100 >>101の言うとおりりっちゃんのソロ曲だけ話題に上がらないのはかわいそうだと思って付け足しました
今度こそおしまい

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