武内P「凛さんの朝」 (556)

ワアァァァァァァァァァ…!!

  すごい熱気……!

  美嘉ねぇ達が、しっかりお客さんあっためてくれたもんねっ!


  ? おやおやぁ、しぶりんひょっとしてまた緊張してる~?

  手、震えてるよ?


  武者震い、ですか……大一番のフェスですもんね!

  大丈夫ですよ、凛ちゃん。私達、一緒に頑張ってきたんですから!

  そうだよ! じゃあ今回もいっちょ、ハデにやっちゃいますかっ!!

  はいっ!! 凛ちゃん、いつもの掛け声、よろしくお願いしますっ!!



  ? ……凛ちゃん?

  しぶりん、どうしたの?


――――――

――――――――――――


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~346プロ 執務室~

ガチャッ!

早苗「だっはぁー、今日もよく働いたわー! 楓ちゃんビール飲も!」ドサーッ!

瑞樹「少しは慎みなさい、早苗ちゃん。スカートの中、見えちゃうわよ」

早苗「いいじゃん細かいこたぁ。どーせあたし達しかいないんだし」パタパタ


武内P「……本日はどうも、お疲れ様でした」ペコリ

早苗「うん、お疲れーP君」パタパタ

瑞樹「早苗ちゃん」

武内P「明日は、川島さんはブーブーエスTV系列のグルメレポート番組の収録が、
    高垣さんは、新曲のプロモーションのお仕事がございます」

武内P「片桐さんは、明後日にセクシーギルティでの営業が表参道…」

早苗「そっか、明日はオフねっ! じゃあ今日は思いっ切り飲むわよー!」ガッツ!

楓「ぜひ、お供させてください」

瑞樹「まったくあんた達ときたら……」


早苗「当然、瑞樹ちゃんも行くでしょ?」

瑞樹「そりゃあ、まぁ、断る理由も無いしね」

早苗「ワハハ、そうっしょそうっしょ! 今日はあたしの奢りよーなんつって!」



武内P「それでは、明日もよろしくお願い致します」ペコリ

ガチャッ バタン

楓「…………」

早苗「……相変わらず、P君って事務的ねぇ。機械みたい」

瑞樹「ああいう人の方が合ってるんじゃない?
   機械的に業務を整理してもらえた方が、今の私達にとってはやりやすいわ」

早苗「おかげさまで、ひとまずは今の地位で安定してるしねぇ、あたし達」


楓「…………」スッ

早苗「あら、楓ちゃん?」

カタカタ カタカタカタ…

武内P「…………」カタカタ カタカタ…


ガチャッ

楓「失礼しまぁす」ソロォ-…

武内P「……高垣さん。どうかされましたか?」

楓「いいえ」


楓「これから、皆でちょこっと飲みに行こうかなぁって、話しているんですけど……」

楓「よろしければ、プロデューサーもご一緒に、いかがですか?」


武内P「片づけなければならない業務が、残っておりますので」

楓「……そうですよね」

武内P「申し訳ございません」

楓「いいえ、こちらこそ」

ガチャッ

楓「…………」バタン

瑞樹「ダメだって?」

楓「はい」


早苗「ノリ悪いわねぇ~」

瑞樹「あなたみたいな人の介抱をしたくないんでしょ、わかるわ」

早苗「なっ、何よその言い方!
   この間なんて、むしろ楓ちゃんの介抱してあげてたじゃない、あたし!」プンスカ!

瑞樹「その前はあなただったでしょう。その前も、その前も前も…」


楓「…………」

瑞樹「楓ちゃーん、行くわよー」

楓「あ、はい」

スタスタ…

――――――


武内P「…………」カタッ カタカタ…

カタカタカタ…

武内P「………………」カタカタ…



カタカタ タンッ…


武内P「………………」フゥ…



ギシッ

武内P「…………」ンー…

コキッ コキッ…



ガチャッ バタン

コツ コツ…

武内P「………………」コツコツ…


武内P「…………?」ピタッ



美城常務「更衣室も見ておきたいのだが」コツコツ…

役員「はっ。こ、こちらです……」スタスタ…



武内P「…………」


同僚P「まったく、こんな遅くまで。よくやるよなぁ」ヌッ


武内P「…………」

同僚P「よぅ。お前もこんな時間まで残業か?」ポンッ

武内P「はい」

武内P「……あの方が美城常務、でしょうか」

同僚P「あぁ。会長のご息女で、アイドル部門の新しい統括重役。
    アメリカから帰国してソッコーこっち来て、ウチの設備を見て回ってるんだと」

同僚P「見ろよ。お付きの役員連中の方がヘバッてやがる」

武内P「そのようです」

同僚P「とりあえず、お前も気をつけといた方が良いぜ」


武内P「……気をつけろ、とは?」

同僚P「欧米帰りの新任女社長なんて、ロクなもんじゃねぇって事さ」

同僚P「実力社会で勝ち残ってきた自負と地位、さらにフェミニズムを笠に着て、
    俺達のようにうだつの上がらねぇ社員を冷遇しにきてもおかしくねぇ」

武内P「正確には、社長ではないのでは…」

同僚P「雲の上っつー意味では同じだろうが、頭かってぇなお前はホント」

同僚P「とにかく、あれだけバイタリティのある女は何をしでかすか分からん。
    お前のためを思って言うが、覚悟はしとけよ」

同僚P「ぶっちゃけ、今のお前はアイドルに仕事を与えるどころか、
    逆にトップアイドル達に仕事をさせてもらってるようなもんだ」

同僚P「新規プロジェクトで冒険する必要が無いアイドル達の、
    身の回りを世話するマネージャーという、な」

武内P「…………」


同僚P「ま、担当事業が伸び悩んでる俺も、他人の事を言えたクチじゃねぇけどさ」

同僚P「お互い、頑張ろうぜ」ポンッ

テクテク…


武内P「………………」

――――――――――――

――――――


  頑張って、どうしろっていうの?

  いっぱいレッスンして、お仕事して、売れて有名になって……

  そんなの全部、私達じゃなくて、“この会社”がやりたい事じゃない!


  確かに、あなたの言う事を聞いていれば大成できるのかも知れないわ。

  でも、私達が夢見ていたものと、それは違うよ。

  もっと、皆に夢を与える事をしたかった……それなのに!

  会社の言いなりになって、訳も分からず走らされるのはもうイヤなの!!



  私達は、あなたのお人形なんかじゃないっ!!


――――――

――――――――――――

――――――――――――

――――――


武内P「………………」


チュン チュンッ… ピヨッ



武内P「………………」

~346プロ エントランスホール~

ウィーン…

受付嬢「おはようございます」ペコリ

武内P「おはようございます」


ザワザワ…

武内P「……?」

ザワザワ… オイオイ…



タッタッタッ…!

同僚P「おい、お前聞いたか!?」

武内P「おはようございます。何かあったのでしょうか」

同僚P「暢気にしてる場合じゃねぇ! その様子だとまだ知らねぇようだな」


同僚P「あの新しい常務、さっそくしでかしやがった。個人面談だとよ」

武内P「個人面談?」

同僚P「幹部や役員連中だけじゃなくて、現場で働くプロデューサー達も対象らしい」

同僚P「さすがにアイドル達まで声がかかってはいないようだが…」


社員A「おい、聞いたか? 川島瑞樹の話」

社員B「あぁ、常務に呼ばれたんだろ?」

社員A「実力のあるアイドルは、名指しで面談を行ってるようだな」

社員B「ウチの会社もワンマン経営になりそうだな。やれやれ……」


武内P「アイドルも、ですか」

同僚P「……みたいだな」


同僚P「とにかくだ。噂では、この面談で事業仕分けが行われるらしい」

同僚P「実績が上がらない事業があるなんて知られたら、どうなる事か…!」ソワソワ…

社員C「あのー、そこのお二方」

同僚P「は、はいっ!?」ビクッ!


社員C「常務がお呼びだそうです」

~常務の部屋の前~

同僚P「…………!」ゴクリ…

武内P「…………」


同僚P「ま、まずは俺からのようだな……」

同僚P「ハハ、ハ、な、なぁに大したこたぁねぇ。
    相手はたかだかこの間来たばかりのし、新人だ。ちょ、ちょちょいと適当に…」

武内P「あの……」

同僚P「し、ひ、心配す、すんな。
    じゃあ、ちょ、ちょっと行ってくらぁ」カチコチ…

コンコンッ

「どうぞ」

同僚P「……し、失礼します…」ガチャッ

バタン


武内P「ネクタイが、曲がっていたようですが……」

チク タク…

武内P「………………」



チク タク…

武内P「………………」



武内P「………………」



ガチャッ…

同僚P「失礼しましたぁ……」フラァ…

バタン


武内P「どうもお疲れ様でした」ペコリ


同僚P「へ、ヘヘ……あとは、たのんだぜ……」ニヤッ

フラフラ…


武内P「……?」

武内P「…………」


武内P「……」キュッ


コンコン

「入りたまえ」

武内P「……」ガチャッ


武内P「失礼致します」

バタン ペコリ



美城「なるほど、君がそうか」

武内P「……?」

美城「どうぞ、こちらに」


武内P「……失礼致します」

美城「…………」ペラッ

武内P「…………」


美城「……現在は、川島瑞樹、片桐早苗、高垣楓の三名を中心に担当」

美城「安定的に得られる仕事の依頼を、堅実に捌く実直なプロデューサー、か……」

美城「新しいプロジェクトを企画しないのは、する必要が無いからである、と?」

武内P「はい」

美城「なるほど。それで彼女達も満足しているのなら、確かにそうだろう」


美城「だが、君が今行っている事は、多少の処理能力があれば誰でもできる事だ」

美城「プロデューサーという肩書きでありながら、やっている事はマネージャーのそれだな」

美城「つまり、君はプロデューサーとしての本来業務を果たしているとは言えない」

美城「今の君に代わる者はいくらでもいるという事だ」



武内P「……承知しております」

武内P「自分が、この会社に必要とされてはいないであろう事は」

美城「自覚はあるようだな」

武内P「自慢できる事ではありませんが……」


武内P「残念ですが、これ以上、346プロにご迷惑をお掛けする訳にもまいりません」

武内P「どうか、私以外の誰か優秀なプロデューサーを…」スッ

美城「待ちなさい」

武内P「?」ピタッ


美城「私個人としては、君が自覚した通りの考えを君に対して持っている」

美城「しかし、自覚した事が必ずしも正しいとは限らない」



美城「とあるアイドル……そして、君の前に面談した先ほどのプロデューサーから、
   ぜひ君を担当として選任してほしいと要望されたプロジェクトがある」

武内P「えっ……」


美城「なぜ、プロデューサーらしからぬ考えを持つように至ったかはともかく、
   “本来業務”をこなす君の姿を見たいと願う声がそうあっては、無下にはできない」

美城「君が、我が社が必要とすべき人材かどうか、見極めさせてもらおう」

ガチャッ

武内P「失礼致します」ペコリ

バタン


武内P「…………」


同僚P「おぅ、終わったか?」ヒョコッ


武内P「…………」

同僚P「そ、そんな怖い顔すんなよ。あの状況じゃ仕方が無かったんだ」

同僚P「俺が継続してたんじゃ、今やってるプロジェクト、潰されそうだったからよ。
    とびきり優秀なプロデューサーが同期にいるから、そいつに任せてほしいってな」

武内P「そう言われましても…」

同僚P「だぁー細かい事は言いっこなしだぜ!!
    頼む! 哀れな同期とそのアイドル達のためと思って、一肌脱いでくれ!」ペコッ

同僚P「事務室はロビー奥の通路を地下に降りてすぐの所だ、じゃあな!」ダッ!

タタタ…



武内P「………………」ポリポリ…

コツ コツ…

武内P「…………」コツコツ…


コツ コツ…



ピタッ



武内P「………………」



武内P「“シンデレラプロジェクト”……」

武内P「……」スッ

ガチャッ


莉嘉「やったぁー!! 新しいモンスターゲットー!!」カシャッ!

武内P「!?」ビクッ!

みりあ「莉嘉ちゃんずるーい! みりあもやりたいー!」ピョンピョン!

莉嘉「えっへへーん、アタシのケータイだもーん☆」ドタドタ…

みりあ「あっ、待ってよぉー!」ドタドタ…


武内P「……?」ポカ-ン

智絵里「あ、あの……」

武内P「えっ?」


智絵里「な、何か……御用でしょうか?」オドオド…

武内P「えっ……あ、あぁ。これは失礼しました」

武内P「私、この度こちらのプロジェクトを担当する事となりま…」スッ

きらり「杏ちゃーん! 寝てばっかりは体に良くないにぃ☆」ガドーン!

武内P・智絵里「!?」ビクッ!


杏「えぇぇ……どうせ今日もやる事無いでしょ」ムニャムニャ…

きらり「やる事はぁ、皆で見つけて頑張ろう? そしたら皆でハピハピ!」

アーニャ「ダー。皆でできる事を探す、とても大事な事です」

きらり「にゃは! さっすがアーニャちゃぁん分かってゆぅ!」ダキッ!

アーニャ「おうふっ! き、キラリ、苦しいです…」ギューッ…!


武内P「……元気のある方ばかりですね」

智絵里「そ、そうですね。私も見習いたいんですけど……」


かな子「あれ、お客さんですか?」

智絵里「あ、かな子ちゃん」


武内P「前任に代わり、本日よりこちらのプロジェクトを担当させていただきます」スッ

かな子「えっ……ぷ、プロデューサーさんですか!? それも新しい!?」

智絵里「そ、そんな! すみません、私、すっごく失礼な事を…!」ペコペコ…!

武内P「い、いえ、お気になさらず…」


ガチャッ!

李衣菜「だからしょうがないじゃん! 壊したくて壊したんじゃないんだしさ!」プリプリ!

みく「しょうがないで済むなら警察は要らないにゃ!!」プンスカ!

のっしのっし…!

李衣菜「みくちゃんはいちいち気にしすぎだよ!
    あんなのせいぜい千円ちょいなんだろうし、私が買えばいいんでしょ!?」

みく「“あんなの”じゃないにゃ! 猫耳はみくの商売道具なの!
   人が大切にしてる物に乱暴をした事に、弁償よりもまずは謝るべきでしょ!」

みく「大体李衣菜ちゃんはいつも…!!」ガミガミ…!

李衣菜「そっちこそ…!!」ガヤガヤ…!


かな子「ちょ、ちょっと二人とも、事務所に来るなりケンカはダメだよぉ!」

智絵里「そ、そうだよぅ! 新しいプロデューサーだって来てくれてるんだよ?」

李衣菜「新しい?」

みく「プロデューサー?」クルッ


武内P「初めまして。前川みくさんと、多田李衣菜さんですね?」

李衣菜「えっ?」ドキッ

みく「な、何でみく達の名前を知ってるにゃ!?」

武内P「名簿は、事前に確認しておりましたので……」

みりあ「えー、新しいプロデューサーが来たのー?」

杏「その人、川島さん達のプロデューサーだった人?」

莉嘉「うぇっ、杏ちゃん知ってるの?」

杏「前に川島さんと愛梨さんがMCやってる番組に出た時、袖に立ってた」

智絵里「よ、よく覚えてるね杏ちゃん。私なんて、緊張しすぎて余裕が無かったから…」


きらり「にょわーっ、そんなすっごい人達のプロデューサーが来てくれたのー!?」

アーニャ「オー、それはオブナドェジヴァユシィー、とても心強いです」

武内P「いえ、私は…」

李衣菜「だったらさ!」ズイッ


李衣菜「その優秀なプロデューサーさんに、ジャッジしてもらおーじゃん!」ビシッ

みく「上等にゃ!」フンスッ

武内P「え?」

みく「李衣菜ちゃんが乱暴にギター置いたせいで、みくの猫耳が壊れちゃったの!
   弾けもしないギターを!」

李衣菜「何さその言い方! ギターが勝手に猫耳の方に倒れちゃったんだよ!」

みく「あんな雑な置き方したら倒れるに決まってるにゃ!!」

李衣菜「疲れてたんだから雑になるのはしょうがないでしょ!!
    大体、みくちゃんが場所取りすぎて私の荷物置く所無かったじゃん!!」

みく「もーラチが明かないにゃ!!」

李衣菜「こっちの台詞だよっ!!」


みく・李衣菜「で!?」「悪いのはどっち!?」ズイッ

武内P「い、いえ、あの……」オロオロ…


武内P「……ところで、メンバーが全員揃ってはいないようですが」

アーニャ「! ……」

莉嘉「あ、えと……」

かな子「え、あの……ら、蘭子ちゃんなら、ボーカルレッスンをしています!」

武内P「様子を見てきます。皆さんは、ひとまず今日は予定された事を…」スッ


みく「ちょっと待つにゃー!! 話が終わってないー!!」ジタバタ

智絵里「み、みくちゃん、落ち着いて~!」

みりあ「何でいつもそんな重いギター持ってるのー?」

李衣菜「己を犠牲にしてでも、譲れないもんがある。それがロックってヤツさ」

杏「弾けないのに持ってても意味ないんじゃない?」ボリボリ

みく「ごもっともにゃ」

李衣菜「何さみんなしてもー!!」

きらり「ケンカはダァメー! きらりんバリヤー☆」メゴォッ!

莉嘉「わ、わぁーい! きらりちゃんすごーい、壁がへっこんだー!」


武内P「…………」ガチャッ

バタン

~ボーカルレッスン室~

ジャーン♪

蘭子「アーアーアーアーアー♪」

トレーナー「喉から出さないでお腹からーーはいっ」

ジャーン♪

蘭子「アーアーアーアーアー♪」


ガチャッ

蘭子「?」

トレ「あら?」

武内P「失礼致します」バタン


トレ「あぁ、プロデューサーさん。お疲れ様です」

武内P「この度、そちらの神崎蘭子さんが所属するプロジェクトを、担当する事に」

トレ「そうだったんですか。どうぞ、よろしければ見学されていきますか?」

武内P「はい。ご迷惑でなければ」


蘭子「闇に飲まれよ!」バッ!

武内P「!?」ビクッ!

蘭子「ククク、貴方が私をいざなう新たなる『瞳』の持ち主、という事ね」

蘭子「凍れる時は終わりを告げ、果てしなき天空への階段を照らす暁光が今、
   我が心を慰む供物とならん!」

蘭子「血の盟約に従い、共に覇道を歩もうぞ、我が友よ!!」バーン!


武内P「…………」ポカーン

トレ「あ、あはは、あのー蘭子ちゃん? 初対面で、そういうおふざけはちょっと…」

蘭子「えっ!? な、あの、私が戯言を言っていると言うのか!」

トレ「私は、少し分かりますけど、ほら……プロデューサーさん、混乱してますよ?」

トレ「前のプロデューサーさんにも、言われてたじゃないですか。
   そういう路線はイタイキャラに見えるから、あまり多用すると危ないって…」

蘭子「路線とかじゃないもん!」

蘭子「……ハッ!? こ、コホン!
   偽りの仮面を被り、我が身を殺して大勢に取り入ろうなど愚の骨頂よ!」

蘭子「テュポンの暴風が我が翼を切り裂こうとも、
   立ち向かう事を諦めては美しき華の開花など夢幻の彼方に消えよう」

蘭子「堕天使の飛翔を導くのは、彼の者の務め、そう……今こそ、創世の時!!」バッ!


武内P「……ちょっと、急用を思い出したので、失礼致します」ササーッ

蘭子「えぇーーっ!?」ガーン!

~休憩スペース~

ピッ!

ウィーン ガコンッ  コポコポコポ…


武内P「…………」スッ

武内P「……ッ」ズズ…

武内P「………………」ハァー…

ガックリ…



テクテク…

楓「……あっ」

武内P「! ……高垣さん、お疲れ様です」

楓「お疲れ様です、プロデューサー」


楓「休憩中ですか?」

武内P「えぇ……はい」

楓「じゃあ、私も。お隣、良いですか?」

武内P「え、えぇ。どうぞ」ギシッ

楓「失礼します」スッ



武内P「……大した引継ぎもできず、後任のプロデューサーもさぞ困っているかと思います」

武内P「ご迷惑をお掛けする事となり、申し訳ございません」ペコリ

楓「ふふっ。確かに、後任の方は面食らっていますね」

楓「こんな仕事量を、たった一人でこなしていたのか、って」

武内P「大した事ではありません。
    一方で、今のプロジェクトは人数が多い上に、皆さんとても個性的で……」

武内P「私のような人間に、果たして上手く導く事ができるものか……」


楓「慣れますよ」

武内P「えっ?」

楓「それに、プロデューサーなら、あの子達もきっと慕ってくれます」ニコッ

武内P「…………?」



コツ コツ…

後任P「高垣、ここにいたか。そろそろ時間だ」

楓「あ、はい……」

楓「じゃあ、私はここで」スッ

武内P「はい。お疲れ様です」

後任P「……」ペコッ

武内P「……」ペコリ

テクテク…


武内P「………………」



ドタドタ…!

李衣菜「あ、いたーっ!! みくちゃんこっち、見つけたよ!」

武内P「!!」ギクッ!

みく「良くやったにゃ、李衣菜ちゃん!」ドタドタ…!


みりあ「かくれんぼ、もう終わったのー?」トテトテ…

きらり「事務所、すーっごく広いけどぉ、みーんなで探せば楽チンだにぃ♪」ドタドタ…

杏「杏まで引っ張り出すのやめてくんないかなぁ」

みく「さぁ、いい加減にお縄につくにゃ!」

李衣菜「私とみくちゃん、どっちが悪いのか、決めてくださいよ!」


武内P「…………あの、お言葉ですが……」ポリポリ…

武内P「どちらが、どう悪いとは、私には判断しかねます」

みく・李衣菜「えっ?」


武内P「前川さんの猫耳も、多田さんのギターも、等しく譲れないものであるなら……」

武内P「きっと遅かれ早かれ、いつかは起きてしまう事だったのではないかと思います」

武内P「仮に、私が今、前川さんの猫耳を壊したギターを取り上げたとしても、
    多田さんは納得されないでしょうし、その逆も同様でしょう」

武内P「大事なのは、どちらが悪かったのかではなく、譲れない事項を鑑みた上で、
    これからどう回避すべきかだと考えます」


李衣菜「……意外、ですね。私が怒られるのかな、って思ってたけど…」

みく「えっ、そうなの?」

李衣菜「前のプロデューサーなら、たぶんそうだったと思わない?
    ロック、ロックって、視野を狭めると可能性を潰すぞーってよく言われてたし」

みく「うーん……猫耳に固執するなーって、みくも言われてたしにゃあ。
   元はと言えば、大事にするはずの猫耳を床にポイッてしてたのもみくだし……」

杏「後ろめたかったんなら最初から二人とも謝れば良かったじゃん」

みく・李衣菜「ぬぁっ!?」

かな子「ぜぇー、はぁー……ケンカは、良くないよぉ」

アーニャ「お互いにイズヴィニーチェ、ごめんなさいを言って仲直り、ですね?」ニコッ


李衣菜「……ごめん」ポリポリ…

みく「ふぇっ!?」ドキッ

李衣菜「私、弁償するから……次から、気をつけるね」

みく「ちょ、きゅ、急に謝らないでよ! みくのせいでもあったんだし、その……」

みく「みくも李衣菜ちゃんの荷物置くスペース、全然考えてなくて、ごめんなさい」ペコッ


莉嘉「あれれー、何だか新しい展開ー?」

智絵里「そういえば、二人がまともに謝ってるの、見た事ないかも」

きらり「二人とも、ちゃぁんと素直な気持ちになれてハピハピ気持ちいぃ☆」

李衣菜「き、気持ち良くはないけどさ……!」


ザッ!

ベテラントレーナー「こらぁーっ!! 前川ぁ、多田ぁっ!!」

みく・李衣菜「うひゃあっ!?」「げっ!」

ベテトレ「いつまで経っても来ないと思ったら、こんな所で油を売って……!」

ベテトレ「ダンスレッスンの時間は過ぎてるぞ! さっさと着替えて来い!!」

みく・李衣菜「すみませぇーん!!」ペコーッ!

スタスタ…


武内P「……猫耳は、経費で落としますので、ご安心を」

李衣菜「あ、はい……じゃあ、行こっか」

みく「うん」

テクテク…


みりあ「私達、何をすればいいのー?」

きらり「お部屋のお掃除してぇ、レッスン終わった皆のドリンク作ってぇ、
    やれる事はいーっぱいあるにぃ☆」

アーニャ「ダー。ランコも、ミクも、リイナも、疲れが取れるようなお部屋にしたいです」

かな子「皆が帰って来た時用のお菓子も必要だよねっ」ズイッ

智絵里「そ、そうだねー」



武内P「そういえば……本田未央さんら、ニュージェネレーションズの皆さんは?」

一同「……!」ピクッ


武内P「そして、確か、新田美波さんも、このプロジェクトのメンバーだったのでは……」

武内P「その4名の姿が見えないのですが、本日はどちらにいらっしゃるのでしょうか」

武内P「本来であれば、私が把握しておくべき事なのですが……
    力が及ばず、申し訳ございません」ペコリ

智絵里「そ、それはしょうがないですよ! 今日来たばかりなんですし…」アタフタ…

武内P「いえ……」



一同「………………」


杏「……プロデューサー、知らないんだね」

武内P「?」


アーニャ「ンー、ミナミ達は……ちょっと、お出かけしています」


武内P「……どちらに?」

~常務の部屋~

今西部長「就任早々、大した働きぶりだねぇ」

美城「……皮肉で仰っているのでしょうか」

今西「そんなつもりは無い、が……些か性急、とも思うかな」


美城「“今”ばかり注視しては状況に囚われ、判断を執るべき機会を逸します」

美城「経営者の仕事は“先”を見据え、然るべき舵を取る事。
   今など、せいぜい現場の人間が大事にすれば良い」

美城「逆に言えば、今を任せられないようなスタッフなど、組織に必要ありません」


今西「……フーム、という事は…」

今西「彼の事を切らなかったのは、それなりに彼を買っているから、という事かい?」

美城「曲がりなりにも、我が社のトップアイドルを三名世話していた人物です」

美城「それに、元々解体するつもりだったプロジェクト……
   数ある砦のたかが一つ、たとえ陥落しようと主郭に何ら支障はありません」

美城「自由にやらせ、その力量を試すには、渡りに船だったという事です」

今西「当て馬に利用してリスクヘッジか、やれやれ……君は抜け目が無いね」


今西「となると……彼女の事は、どう考えているのかね?」

美城「活動が無いまま、例のプロジェクトに登録されているというアイドルですか」

今西「もう半年以上にもなる」


美城「言うまでも無く、アイドル事業は慈善行為ではありません。
   それはファンのみならず、アイドル自身にとっても」

美城「これまでは過保護にアイドル達の面倒を見てきたようですが、
   それに掛かるランニングコストは到底無視できるものでは無い」

クルッ


美城「たとえ彼女の保護者から頼まれたとしても、復帰が見込めなければ、
   一アイドルのために346プロがこれ以上の扶助を行う理由など、ありません」


今西「……君なら、そう言うだろうね」

~美城グループ附属総合病院~

コツ コツ…

医師「当院の病床数は692床」

医師「そのうちICU、すなわち重篤な患者の集中治療に供する病床は18床あります」


武内P「……その患者は、いつからこちらに?」

医師「およそ半年以上前でしょうか。
   あるフェスで、本番直前に意識を失い、こちらに搬送されたのです」

武内P「その後の治療は?」


医師「医者として恥ずべき事ですが……ここは、もはや庭です」

医師「定期的に水と栄養を与え、身辺の世話をするだけ」

医師「文字通り植物人間と化した彼女に対し、治療と呼べる治療など、
   ほとんどロクに進んでいないのが現状です……」

武内P「…………」


ウィーン…

医師「こちらが、集中治療の病棟となります」

医師「彼女の病室はこの少し手前、HCU……準集中治療室という部屋です」

武内P「? ……“準”とは。集中治療室ではなく、ですか?」

医師「申し上げた通り、ICUに居させても手の施しようが無いのです。
   しかし、一般病棟に移しては、他の患者を刺激する事にもなります」

医師「個室を宛がい、かつ経過を観察するのに最も好都合なのが、HCUという訳です」


武内P「……隔離病床である、と」

医師「…………」



タッタッタッタッ…!


ドンッ!

武内P「ッ!」

卯月「……ッ」タタタ…!


未央「ま、待ってしまむー!!」タタタ…!


武内P「…………」

タタタ…!

美波「……あっ、す、すみません!」ペコッ

武内P「いえ……」

美波「……!」ペコッ

タタタ…



医師「……患者と親交のあったアイドル達です。面会に来ていたのでしょう」

武内P「存じております」

医師「えっ?」

武内P「彼女達の、プロデューサーですので」

医師「……そうでしたな」


コツ…



医師「ここが、彼女の病室です」

ガララ…

ピッ… ピッ… ピッ…



武内P「………………」



武内P「…………目と、口が開いていますが、意識は……?」

医師「……」フルフル

医師「抗NMDA受容体抗体脳炎……我々による、一応の診断結果です」


医師「症例は少ないのですが、若年女性に好発する急性型の脳炎であり、
   主に卵巣に奇形の腫瘍を併発している例が多いという特徴があります」

医師「その卵巣奇形腫に脳組織が含まれた場合、これに対する抗体が生じ、
   それらが中枢神経系を攻撃してしまう事で発症する、というのが主な症例です」


武内P「……不勉強で恐縮ですが、脳組織が腫瘍に含まれる、とは一体…」

医師「腫瘍中に脳組織が生成される、と言えば分かりやすいでしょうか」

医師「卵子や精子という細胞は、人体を構成する全ての細胞の大元であり、
   これら胚細胞の、さらに元となる細胞が暴走して腫瘍化したものが奇形腫です」

医師「生殖細胞の暴走により奇形腫にて生成されるのは、ほとんどが皮膚や髪、骨ですが、
   稀に一部が神経管を形成し、脳や脊髄等の元となる組織が生成されるのです」

医師「この脳組織に対し発生した抗体が悪さをする……自己免疫疾患というヤツですな」


医師「つまり、その抗体の供給源である奇形種が大きな原因の一つであるという事です。
   事実、診断の結果、彼女の卵巣にも奇形種が認められておりました」

医師「これについては、外科手術により既に切除済みです。
   以後は、薬物治療により快方に向かうだろうと目されていたのですが……」


武内P「……半年以上経った今でも意識が戻らない、と?」

医師「はい……」

医師「食事も満足に行えないほど意識レベルが低いため、
   ご覧の通り、鼻からの経管栄養により延命処置をしている状態ですが……」

医師「ステロイドや免疫グロブリンを投与しても、血漿交換を行っても、
   類似の症例で有効とされた抗がん剤さえ、いずれも効果は見られません」

医師「考え得る手を尽くしても、原因の特定すらできない……八方塞がりなのです」


武内P「………………」


ピッ… ピッ… ピッ…

~病院の中庭~

美波「気分は落ち着いた?」

卯月「はい……すいません、取り乱しちゃって」

美波「ううん、いいの。凛ちゃんの事だもの、慌てちゃうのも無理はないわ」

卯月「…………」


未央「大丈夫大丈夫! しぶりんいつか絶対治るって!!」

卯月「未央ちゃん……」

未央「私達にはよく分かんないけど、フツーに考えておかしいじゃん。
   何にも悪い事してないしぶりんが、急にあんな事になるなんてさ」

未央「別に神様がなんとかーってな話、するワケじゃないけどさ。
   私達にできるのは、しぶりんが復帰した時に、いかに盛大に迎えてあげられるか!」

ピョンッ! スタッ

未央「いよっと!
   それを考えといてあげるのが、親友の務めであろーと思うのであります!」


卯月「でも、もしこのまま凛ちゃんが…」

未央「だーもうその話はヤメヤメ!! 何でそういう話ばっかりするかなー!」

ギュッ!

卯月「うぇっ!?」

未央「減らず口を言うしまむーのお口なんてこうだ! えい、えいっ!!」ギュギューッ!

卯月「い、いひゃひゃひゃっ!! いひゃいいひゃいっ!!」ジタバタ!

美波「ちょ、ちょっと二人とも、病院の中で騒いじゃダメでしょう!」オロオロ…

卯月「それじゃあ、私と未央ちゃんはレッスンあるので、ここで……
   美波さん、すみません。後はよろしくお願いします」ペコリ

美波「えぇ。もう少し、凛ちゃんの様子を見ていくわね」

未央「頼んだぜーみなみん! じゃあまたねー!」フリフリ

テクテク…



美波「……ふぅ、さてと」

ザッ…

美波「……?」クルッ


武内P「新田美波さん、ですね?」ヌッ

美波「う、うわっ!?」ビクッ

武内P「新しく、シンデレラプロジェクトのプロデューサーを務める者です」スッ

美波「え? ……あ、あら、そうだったんですか。す、すみません……」


武内P「渋谷凛さんの事で、少しお話をお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」

サラサラ…


美波「最初は、手が少し震えてるのかな、って思う程度の事でした」

美波「ニュージェネの未央ちゃん、卯月ちゃんが、そう言っているのを聞いて……
   私達も、最初は気のせいだと思っていたのですが、言われてみればそうかもって」

美波「凛ちゃん本人は、気にする事無いって、知らんぷりしていました。
   本番が近づいて来たりすれば、武者震いだよって」

美波「今にして思えば……ああいうのも、誤魔化していたのかなって思います。
   私達に、要らない気を遣わせないように……」

武内P「…………」


美波「でも、凛ちゃんの手……ううん、手だけじゃなくて、体の震えは、
   日を追うごとに大きくなっていくようで……」

美波「携帯のメールも、打ち間違いが多くなったり……
   レッスンも、凛ちゃんらしくないミスが多くて、よく自主練していました」


美波「そして……昨年のサマーフェスで、凛ちゃんは、倒れました」

美波「私達は、それまで知らなくて、凛ちゃんのご両親から聞いた事ですが…」

美波「フェスの前日、凛ちゃんの手は……
   自分で字が書けないほど、ひどく痙攣していたそうです」

武内P「! あのフェスの……」


美波「凛ちゃんの家、お花屋さんで……
   伝票を書くよう頼まれても、凛ちゃんは、頑なに拒否したんだそうです」

美波「それで、お父さんが、無理矢理手を取って……
   鞄の中の凛ちゃんの手帳は、とても読めるような文字で書かれていなかったと」

美波「フェスで緊張してるんだからほっといて! って……
   その日は凛ちゃん、自分の部屋に閉じこもっちゃったそうなのですが……」


美波「その事を知った未央ちゃんと卯月ちゃんは、すごく自分を責めていました。
   何であんなに一緒にいて、気づいてあげられなかったんだろうって」

美波「それは私達、他のメンバーも同じです。あの子の異変に、気づくべきでした」

美波「凛ちゃんが倒れたあの日から、メンバーの皆にも、良くない空気が流れています」

美波「私も、年長者ですし、こうして二人の付き添いでお見舞いに来たり、
   何かできる事をしなくちゃって思うんですけど……」


ギュッ…

美波「私の力じゃ、どうしようもできなくて……」

美波「未央ちゃんが言っていたように、いつでも凛ちゃんが帰って来れる場所を、
   守らなくちゃって、思っているのに……!」

美波「どうしても、暗い雰囲気に、なっちゃって……
   皆も、何とかしようって、思っているけど、何にもならないんです……!」ジワァ…


武内P「………………」

美波「う、うっ……うぅ……!」ポロポロ…



武内P「…………」

武内P「……美城常務にお会いした事はありますか?」

美波「えっ……?」

武内P「この春より新しく、我が社のアイドル部門の統括重役に就任された方です」


武内P「346グループの附属病院に入院し、手当を受けている実情を見ると……
    渋谷さんの医療費は、346プロからも支出されているのでは?」

美波「え、えぇ……凛ちゃんの家が負担するお金以外に、プロジェクトの経費で……」


武内P「だとすると、今の美城常務は、遠からずその支出を打ち切ると考えられます」

美波「!?」

武内P「効率的な会社の運営を第一に考え、不必要と判断すれば切り捨てるものと…」

美波「そ、そんなっ! それじゃあ凛ちゃんはどうなるんですか!!」

武内P「つまり、渋谷さんが今後もう、医療費を支払う必要が無い……
    そういう状況にしていかなければならないと考えます」

美波「えっ……」


スクッ

武内P「皆さんが、支障無く仕事やレッスンに打ち込めるようにする事が、
    プロデューサーである私の務めです」

武内P「任命された以上、私は、その職責は全う致します」

~夜、346プロ シンデレラプロジェクト事務室~

武内P「………………」カタカタカタ カタカタ…

武内P「…………」カチカチ…

武内P「………………」カタカタカタ カタカタカタ…



ガチャッ

ちひろ「……お疲れ様です、プロデューサーさん」

今西「邪魔するよ」


武内P「…………ッ」ガタッ ペコリ

今西「あぁ、いい。そのまま業務を進めてくれたまえ」

武内P「はい」ギシッ

カタカタカタ…



今西「……話は、聞いているかね?」

武内P「……事務所に戻って早々に、常務よりお伺いしております」カタカタ…

今西「そうか……私も、考え直すように言ったんだがねぇ」

ちひろ「前任のプロデューサーさんも、直談判をしに来られたのですが……」

武内P「…………」カタカタ…


カタカタ… カタカタ…


今西「君は、どうするのかね?」

武内P「え……?」カタ…

今西「快方に向かう兆しが見られない彼女を、まだプロジェクトに存続させる気が?」


武内P「午前中の皆さんの表情、そして、新田さんのお話を聞き……
    渋谷さんあってのプロジェクトである、という事が分かりました」

武内P「彼女の容体が、プロジェクトのメンバー全体の士気に関わっている以上、
    今やるべき事は必然的に限られてきます」カタカタ…

カタカタカタ… カタカタ…


ちひろ「そう……そうですよね!」

今西「うむ」ニコッ

~翌朝、346プロ シンデレラプロジェクト事務室~

莉嘉「ええぇぇぇっ!?」

かな子「これから当面、新しいお仕事は全然取らないんですか!? 一つも!?」

ザワザワ…!


武内P「今のモチベーションのまま、対外的な活動を行っても、
    良い実績をあげられる見込みは薄いと思われます」

武内P「渋谷さんが戻られるまでの準備期間として、皆さんにはしばらくの間、
    基礎レッスンを中心に行っていただきたいと考えております」

みく「そんなの、いくらなんでも無茶苦茶にゃ!!
   いきなりお仕事しなくなったら、みく達の業界からの信用に関わるにゃ!」

李衣菜「そ、そうですよ!
    ただでさえお仕事少なくなってきてるのに、何もしないなんて…!」


武内P「関係先へは、私がこれから一件ずつ赴き、ご了解をいただいてまいります」

武内P「今度のサマーフェスで結果を出すという事を条件に、ですが」

一同「!?」

みりあ「サマーフェスって、8月の、夏休みの終わりにやるヤツのことー?」

智絵里「もうあと4ヶ月半くらいしか無いじゃないですか!」

武内P「渋谷さんの医療費が、プロジェクトの経費で落とせなくなった今となっては、
    いずれにせよ時間が無い事に変わりはありません」

卯月「えっ……!」


美波「やっぱり、凛ちゃんの医療費はもう、打ち切りに……」


武内P「渋谷さんを除名し、全く新しいプロジェクトとして再スタートを切るのなら、
    よりじっくりと時間をかけて方針を決定していく事も可能です」

武内P「ですが、それは…」

未央「そんなの、できっこないじゃん!!」ガタッ!


ツカツカ…!

未央「プロデューサー! しぶりんの病気の事、知ってるんだよね!?」ビシッ

武内P「はい」

未央「知っててしぶりんを取り戻すって、そう言ってるって事でいいんだよね!?」

武内P「他に執るべき手段は無いと考えます」

未央「だったら!!」

ガタッ!

未央「しぶりんが戻って来てくれる事を信じて、私達も待とうよ!」

未央「皆で笑って迎え入れられて、サマーフェスで一緒にガーンとぶちかませるように、
   たっくさんレッスンに打ち込もう!!」

卯月「未央ちゃん……!」


武内P「皆さんの合同による、新曲の手配も検討中です」

莉嘉「ええぇぇ、ホントに!? やったねきらりちゃん!」ピョインッ!

きらり「うっきゃー! ますますウカウカしてられないにぃ!」ガッシィ!

みりあ「この間皆で歌えなかった分、今回は皆で歌えると良いね!」

蘭子「束の間の隠遁……それは休息ではなく、より高く飛び立つための修練の時!」



かな子「…………」

李衣菜「うーん……」ポリポリ…

未央「あ、あれ……おーいみくにゃん達、どうしたのかなー?」

未央「かな子ちんとちえりんも、杏ちゃんもなんか反応薄いよー?」

杏「そりゃあ、だって……」


美波「あまりにも……調子が良すぎじゃないでしょうか」


武内P「…………」


美波「頑張れば大丈夫って、私達を元気づけてくださろうとしているのは分かります」

美波「でも、何事も、頑張りさえすれば済む、っていうものでもないんです」

美波「綺麗事を言って、絶望を乗り越える事ができるんですか?
   私達、もうこれ以上何を頑張れって……!」

美波「昨日今日来たばかりのあなたに、軽々しく何を頑張れって…!」グッ…!

アーニャ「ニェット! ミナミ、それ以上、言ってはいけません」


卯月「………………」

美波「卯月ちゃん……ごめんなさい、アーニャちゃん、皆」

美波「私、皆の事、何も考えないで、勝手な事…」

未央「ううん、全然! 皆不安なんだもん、しょうがないよ」

未央「だからプロデューサーだって、私達を奮い立たせてくれてるんじゃん、ねっ?」


武内P「……お言葉ですが、綺麗事を言っているつもりはありません」

武内P「また、皆さんを鼓舞するために言っているのでもありません」

一同「!?」


武内P「事実だからです」

武内P「渋谷さんありきのシンデレラプロジェクト。
    彼女が復帰し、共にサマーフェスを成功させる事ができるのか」

武内P「あるいは復帰できず、346プロの仕分けの対象となるのか」


武内P「彼女と運命を共にするのなら、私達が歩むであろう道は、二つに一つです」

~ダンスレッスン室~

莉嘉「事実だからです」キリッ

莉嘉「だぁってぇ~。フツーそんな事言う~?
   ウソでも「きっと大丈夫です、頑張ろうね」とか言わないもんかなぁ~」

莉嘉「アタシやみりあちゃんみたいなコドモだっているんだしさ~ぁ?」グデー


みりあ「みりあ達、辞めさせられちゃうの……?」

きらり「うーん、今度のプロデューサーは、ちょぉっとだけコワ~イ人かも知れないにぃ」

きらり「でもだいじょーぶい♪ ツライのみんなみぃーんな同じ。
    だから、みんなで乗り越えちゃえばハピハピなフェスが待ってゆ☆」

杏「解体してもやってけるように杏達をレッスンさせてんじゃないの?」

きらり「杏ちゃーんっ!」ムンズッ

杏「うわぁ!? は、放せぇ解放しろぉっ!」ジタバタ


みく「はぁ~あ……でも、ぶっちゃけ杏ちゃんの言う事当ってると思うにゃ」

きらり「みくちゃんまでぇ……!」

みく「いざって時が来てみく達がバラバラになっても、ちゃんと皆自立できるように、
   実力をつけさせるためのレッスンだよ、これきっと」

李衣菜「絶対そうは言わないにしろ、本心はそっちっぽいよね。
    こう言っちゃ悪いけど、凛ちゃんの復帰を本気でアテにしているようには……」

きらり「う、うにゅぅ~~……!」


みりあ「皆は、プロジェクト、解散したいの?」

みく「えっ?」


みりあ「私、もっと皆と歌ったり、踊ったりしたいなぁ……」


李衣菜「ち、違うよみりあちゃん! あの人がそう思ってるかもって話してるだけでさ。
    私達はちょっと不安なだけで、解散なんて嫌だよ。ねっ、莉嘉ちゃん?」

莉嘉「当ったり前じゃん! アタシも皆の事が大好きだし、
   凛ちゃんの復帰を信じてレッスン頑張っちゃうよー☆」

みりあ「そうだよねっ! うん、みりあも頑張るー!」ピョンッ!

きらり「……うぇへへ、みりあちゃんイイ子イイ子~♪」ナデナデ


杏「……まぁ今はそれでもいっか」

みく「それもそうにゃ」

ベテトレ「気持ち、落ち着いたのならレッスン再開するぞー」

~ボーカルレッスン室~

トレ「はい、それでは少し休憩しましょう」


かな子「ひあぁぁぁ……」グデー

智絵里「かな子ちゃん、大丈夫? 結構、ボイトレもハードだよね…」

かな子「うぅ、凛ちゃんと一緒にステージに立つまではこれしきぃ~……!」パカッ

未央「あ、新しいお菓子を解放した」

蘭子「禁断の果実も、明日を繋ぐ希望」サッ

アーニャ「カナコ、ランコにも一つあげてください」



卯月「あ、うぅん……あ、アーアーアー♪」


美波「卯月ちゃん」

卯月「あっ……」

美波「休憩しましょう?」

美波「はい、ドリンク。それと、かな子ちゃんのお菓子ね」スッ

卯月「ありがとうございます」

美波「ちょっと、何考えてるか分からないプロデューサーさんよね。ふふっ」

卯月「え、えへへ……あの、そうですね」


未央「おりゃあーっ!! 未央ちゃんイッキ食いー!!」モモロ-!

かな子「あ、あぁあぁぁっ!! 何て羨ましい…!」

アーニャ「ハラショー!」パチパチ


美波「でも、今は信じて待つ事しか、出来ないんだと思うの」

美波「あのプロデューサーさんと……凛ちゃんの事をね」

卯月「…………」

美波「だから、卯月ちゃんだけが根を詰めなくてもいいのよ。
   辛い気持ちは、お互いに分け合えるのが仲間だって思うから」


智絵里「の、喉痛めちゃダメだよぉ。未央ちゃん、お水…」

未央「サンキュゥーちえりん!
   うーん、口ん中パッサパサだねこりゃ! わっはっはっはー!!」


美波「未央ちゃんも、きっと不安なのね。あんなに大声を出して……」

卯月「はい……未央ちゃん、すごいです」

卯月「あんな風に、自分の気持ちを抑えて、皆を盛り上げるなんて……
   私には、とても出来ないなって、思います」

美波「そうね、でも……」

美波「卯月ちゃんにだって、誰かの力になれる事がきっと、あるんじゃないかしら」

卯月「えっ?」


未央「しまむー! みなみんもこっちに来なよー!
   かな子ちんのお菓子を何枚口に入れられるか、いざしょーぶしょーぶ!!」

かな子「人のお菓子で遊ばないでぇ~!」

蘭子「あんふぉふはひへんひはひほひはーほ(安息無き天使達の聖戦)」モムモム

アーニャ「ランコ、リスみたいでプリリェースヌィ、可愛いです」


美波「未央ちゃんにも、卯月ちゃんにも、私や皆の誰にも。ねっ?」

卯月「美波さん……」

美波「さぁ、皆の所に行きましょう。休憩できるか分からないけれど」ニコッ

卯月「……えへへ。はいっ! 未央ちゃーん!」タタタッ

未央「いよっし! かかって来るがいい、しまむー!!」

~某イベント会場~

スタッフ「う~ん……」ポリポリ…

武内P「…………」

スタッフ「……まぁ、急に空きが出てもウチは何とかなるんですがねぇ?
     他の事務所さんに営業かければ使ってもらえそうですから、えぇ」

武内P「ご面倒をお掛けする事となり、誠に申し訳ございません」ペコリ

スタッフ「あぁいえいえ、346さんにはお世話になっていますし」


スタッフ「そちらさんも大変でしょう?
     今度就任された社長、かなりのヤリ手だって聞いてますよ」

スタッフ「何とも緊張感のある職場になりそうですねぇ、わははは」

武内P「…………」

スタッフ「……あはは、冗談です」

スタッフ「サマーフェス、期待していますよ」


武内P「それでは、失礼致します」ペコリ

ウィーン…



スタッフ「ちぇっ……大手だからって好き放題しやがって」

ガヤガヤ… ププーッ…!



コツ コツ…

武内P「はい……えぇ、仰る通りです。その件につきましては……」コツコツ…


武内P「これからも……いえ、とんでもございません。ありがとうございます」ペコッ


武内P「はい……ご面倒をお掛けします。どうかよろしくお願い致します」ペコッ

ピッ!


武内P「…………」フゥ…



武内P「………………」



武内P「…………」スッ


ブロロロ… キキィッ

ガチャッ


武内P「美城総合病院へお願いします」

タクシー運転手「はいよー」

バタンッ ブロロロロ…

~美城グループ附属総合病院~

看護師「当院の医師より、こちらのネームプレートをお持ちいただければ、
    次回からはご署名いただかなくても大丈夫との事ですのでー」

武内P「ありがとうございます」ペコリ



コツ コツ…

武内P「…………」コツコツ…



ピタッ


武内P「………………」

ガララ…

武内P「…………?」



ピッ… ピッ… ピッ…


凛母「今年は何だか、寒暖の差が激しくてねぇ。
   仕入れに行っても、あまり良い顔をした花が手に入らないのよ」

凛母「一日中、病院の中にいるあなたには、分からないのかも知れないけれど」


凛母「あら……髪も、少し伸びたかしら」

凛母「今日はお花しか持って来ていないの。
   髪は、また今度にしましょう。ごめんなさい、良い子ね」ナデナデ


武内P「し、失礼」

凛母「? ……え、えぇと、どちらの…」

武内P「私は、こういう者です」スッ

凛母「? あ、あぁ凛の事務所の方。失礼して申し訳ありません」ペコリ

武内P「いえ、こちらこそ……近くに寄ったもので」ペコリ

武内P「綺麗な花ですね」

凛母「カルミアという花なんです。
   “大きな希望”とか、“爽やかな笑顔”という花言葉が」

武内P「笑顔……」

凛母「この子、あまりこういう派手な花は好みじゃないのだけれど、
   こういう時くらい、そばに飾ってあげたくて」

武内P「凛さんは、花に関心が?」

凛母「花屋をやっているもので…」

武内P「あ……存じ上げておりました。これは、失礼」ペコリ

凛母「ふふっ、いいえ」


武内P「凛さんとこうして、毎日何かお話をされているのですか?」

凛母「本当は毎日来たいのですけれど、お店があるものですから……
   それに、この子はもう、お話をできる状態ではありませんもの」

武内P「そう、ですね……申し訳ございません」

凛母「いいえ、いいんですよ。そんな謝らないで」


武内P「いえ……」

武内P「我が社が、凛さんの医療費をお出しできなくなった事が、心苦しく……」ペコリ

凛母「それは仕方ないわ。いつまでも346プロさんに甘える訳にもいきませんもの」

凛母「それに、実はもう転院、というより……退院の手続きも、進めているんです」

武内P「退院?」


凛母「専門治療を止めて、経管栄養だけを続けるのなら、家でも行う事ができると」

凛母「もちろん、服の着替えやトイレ、お風呂とかの介護は、
   私と夫でしなくてはならなくなりますけれど」

武内P「し、しかしそれは、渋谷さんの快復を諦めるという事に…」

凛母「えぇ、そうなるでしょうね」

武内P「それで、本当に良いのですか?」


凛母「…………」

武内P「……! も、申し訳ございませんっ!」ガバッ!


凛母「……もちろん、私も夫と散々悩んだわ」

凛母「でも……それでもこの子には、一日でも長く、生きていてほしいと思うんです」

凛母「たとえ、一生このままであろうと、一日でも長く、そばに……」

武内P「…………」

凛母「なぜ、と言ったご様子ね」

凛母「人形のように、一切の心が消えた状態で生き長らえさせる意味があるのか、と」

武内P「いえ……」


凛母「失礼ですが、子供はいらっしゃいます?」

武内P「いえ、いません」

凛母「そう……では、愛する人や、大切な人を持った事は?」

武内P「……分かりません」


凛母「そういう人ができれば、きっと分かるわ」スッ

ガララ… ストン



ピッ… ピッ… ピッ…


武内P「………………」

~図書館~

ペラッ…

武内P「“非定型統合失調”……」


ペラッ…

武内P「“非定型転換性障害”……」


ペラッ…

武内P「“非定型神経障害”……」


ペラッ…



武内P「…………“嗜眠性脳炎”」


武内P「“謎の眠り病” ……」

~夜、346プロ シンデレラプロジェクト事務室~

カタカタカタ カタカタ…


  ――“嗜眠性脳炎、各地で蔓延 魂の不在”

武内P「…………」カタカタ…



  ――“忘れられた1920年代の流行病 『A型脳炎』と呼称”


  ――“後遺症研究 一ノ瀬医学博士 ドパミン投与による治療法の有用性を実証”


  ――“耐性の発現による有効性の減退 不随意運動の再発”



武内P「………………」


武内P「…………」カタカタ…


――――――

――――――――――――

――――――――――――

――――――


武内P「…………」カタカタ…

武内P「……?」カタッ…


李衣菜「あのー……プロデューサー?」

武内P「……何でしょう」

李衣菜「何というか、その……ひょっとして、ここに住んでます?」

武内P「は?」


卯月「私と未央ちゃんが、夜遅くにコッソリ忘れ物を取りに来た時も、
   真っ暗な部屋の中に、一人でカタカターッ、ってパソコンを叩いてたり……」

未央「私の終電無くて、しまむーん家に泊めてもらった日だよね」


美波「それに、以前は私が、朝この部屋の鍵を開ける当番だったんですけれど、
   最近はプロデューサーさんがずっと、朝一番に来ていらっしゃいますし」

きらり「Pちゃん、この二週間くらいずーっとだにぃ」

武内P「ぴ、Pちゃん……」

武内P「? …………」クンクン

みく「お風呂に入ってないのを疑ってるんじゃないにゃ」

智絵里「私達、その……何してるのかな、っていうか、心配で……」


かな子「あの、良かったらコレ、食べてください。
    少しでもおいしいもの食べて、元気を出さないと」サッ

武内P「ど、どうも……ただ、自宅には帰っておりますし、体調は問題ありません」

アーニャ「そんなに、今のお仕事は大変ですか?」

蘭子「時空をも歪ませんとする慈悲無き求道の先に、一体何が?」


武内P「今は専ら、渋谷さんの病気を治す方法を検討中です」

一同「!?」

武内P「やらなければならない、というだけです。大変ではありません」


武内P「それでは、外回りに行ってまいります」ズッシリ

武内P「新田さん、レッスンの方はよろしくお願い致します」

美波「あ、はい……」

ガチャッ バタン


みく「……何で外回りに行くのにあんな大荷物なん?」

李衣菜「さ、さぁ……」

みりあ「さっき見たけど、あの袋の中、おもちゃっぽいのが入ってたよ?
    カードとかラジカセとか、ボードゲームみたいなのとか」

杏「え、なに、全力で仕事をサボりに行くスタイル?」

莉嘉「むー、怪しい……」


卯月「でも、プロデューサーさん、すごく頑張ってます」

一同「……!」


卯月「プロデューサーさんの机、ちょっと見ない間に、
   色々な難しい本や、資料が、どんどん増えていくんです」

卯月「凛ちゃんの病気を治すために、頑張っている……それだけは、分かるんです」

美波「……えぇ、そうね」


未央「……さぁさ! それじゃあ今日も元気にレッスン始めよーう!」ガッツ!

一同「おーっ!!」

~346プロ スタジオ~

スタッフ「はい、オッケーでーす!」

美嘉「ありがとうございまぁーす!」


カメラマン「美嘉ちゃん今日も良かったよ~、相変わらずキレてるねぇ~」

美嘉「あ、はいっ。そうでしょう? へへーん★」

カメラマン「今度おじさんにもポージング教えてよ。こう中腰で、クイッてかい?」クイッ

美嘉「アハハ、イイ線行ってますよ。後は性別さえ何とかなれば、かなー」

カメラマン「ははは、努力するよ。それじゃあ今日はお疲れ様」

美嘉「あ、はぁーい! お疲れ様でしたぁー!」ペコッ


コツ…

美嘉「あっ! どうもお疲れさ…」


美城「撮影は順調に済んだようだな」

美嘉「あ……えぇと、どうもお疲れ様です、常務」ペコリ

美城「これが“カリスマギャル”の現場か……スタッフとの人間関係も良好」

美城「派手な外見に似合わず、最低限の接遇を持ち合わせていればこそ。
   ひとまずは合格点といったところか」

美嘉「……アタシに、何か用ですか?」


美城「用件は二つある。一つは、君の仕事の様子を見に来た事、そして……」

美城「君の妹の事だ。より具体的に言えば、妹が所属するプロジェクト」

美嘉「シンデレラプロジェクトの事?」

美城「うむ……何か、最近の活動について、妹から聞いていないかと思ってな」


美嘉「うーん……最近はレッスンばっかりでつまんないってボヤいてたなぁ」

美城「レッスン?」

美嘉「お仕事を全然、入れてもらえてないんですって。
   レッスンだって大事な仕事なんだから、グチグチ言うなって叱ったんですけど」


美城「…………?」

美城「………………」

美嘉「? あのー、常務、どうかしたんですか?」

美城「ふん……なるほど」

美嘉「え?」


美城「オール・オア・ナッシング、という訳か……」

美嘉「…………??」


美城「ご苦労、邪魔をしたな」クルッ

美城「今後の君の活躍に期待している」

コツ コツ…



美嘉「……なんか怖いな、あの人」

美嘉「一応、莉嘉にメールしとこっと。美波ちゃんにも教えといた方がいいかな」

美嘉「大丈夫かな……あの子達」

~美城グループ附属総合病院 病室~

武内P「………………」


ピッ… ピッ… ピッ…



武内P「……こんにちは、渋谷凛さん」

武内P「私は、こういう者です」スッ


ピッ… ピッ… ピッ…


武内P「………………」

武内P「……この春より、シンデレラプロジェクトを任される事となりました」


武内P「あなたの病気について、知りたい事があります」

武内P「あなたは、本当に心を失っているのか……それを、確かめさせていただきたい」

武内P「そこで……」ゴソゴソ…


武内P「こういったものを、ご用意させていただきました」

武内P「これは、アイドルの方々を写したカードです。
    346プロに限らず、他の事務所の方々のものもあります」

武内P「今から、これをあなたに一枚ずつお見せします」

武内P「自分の写真だと思ったら、何か、返事をし…」

武内P「…………」


スッ

武内P「私の手を、握り返してみてください。よろしいでしょうか」

武内P「では、始めましょう」

武内P「…………」スッ


スッ……



スッ……

スッ……


武内P「…………」スッ


武内P「………………」



スッ……



スッ……



武内P「…………少し、手法を変えてみましょうか」

武内P「今から、私があなたに対し、名前を呼びかけます」

武内P「自分の名前を呼ばれたと思ったら、私の手を握り返してください」


武内P「あなたの名前は、五十嵐響子さん」


武内P「……如月千早さん」


武内P「……高森藍子さん」



武内P「…………渋谷、凛さん」



武内P「………………」



武内P「……北沢志保さん」

武内P「……我那覇響さん」


武内P「……水谷絵理さん」


武内P「……真壁瑞希さん」


武内P「……渋谷凛さん」



武内P「………………」



武内P「…………それでは、これをやってみましょう」ゴソゴソ…

武内P「ご覧になった事はあるでしょうか? 私も、今日初めて使います」


武内P「これは、ウィジャボードと呼ばれるものです。
    文字が書かれた木製盤の上にポインタを置き、それに手を添えて文字を指し示す」

武内P「コックリさんのようなもの、と解釈すると分かりやすいかと思います」

スッ……

武内P「さぁ、手を添えて……まずは一文字目だけ、私が動かしてみせます」

武内P「“しぶやりん”さんの、“し”」ズ…

ズズ…


武内P「そう。次は“ぶ”ですね……“ふ”に向けて動かしてみましょう」

ズ…


武内P「……渋谷さん、“ふ”です。動かしてみましょう」



武内P「…………渋谷さん」


武内P「………………」

武内P「次は、体を動かす必要はありません。聞いていただくだけで結構です」ゴソゴソ…


ゴトッ

武内P「電波を発しないものであれば、ラジカセを持ち込む許可も得ております」

武内P「これからかける曲は、渋谷さんならきっと分かるはずです」

パカッ カシャン


武内P「『できたてEvo! Revo! Generation!』……」

武内P「あなたが昨年のサマーフェスで、歌っていたはずの曲です」

カチッ


~~♪

  めーのーまえーにあーるーのーはー みちへのーとびらー♪

  きみも! ぼくも! みんなっ!

  おいでよーC’mon~!


  でーきたて エーボリュ~! レーボリュ~! ジェーネレッエッショ~ン!

  ハージーメ マシーテー! Baby my dream!

~~♪



武内P「…………」


武内P「………………」



ピッ… ピッ… ピッ…



武内P「………………」

ピッ… ピッ… ピッ…


武内P「………………」

武内P「……外回りに行ってまいります」スクッ


武内P「……?」ピタッ

武内P「…………」


  ――本当は毎日来たいのですけれど、お店があるものですから……


武内P「……花の水を、入れ替えてきましょう」スッ

武内P「おっと……」カタッ

ヒラヒラ…


パシッ


武内P「…………!?」



武内P「花びらを…………?」

武内P「…………」スッ

つ 花びら

武内P「………………」


武内P「……」パッ

ヒラヒラ…


パシッ


武内P「…………カルミア」

  ――“大きな希望”とか、“爽やかな笑顔”という花言葉が……



武内P「渋谷さん……」

武内P「その手に掴みたい……今のあなたは、そう願っている」

武内P「そう解釈して、良いのでしょうか……」


ピッ… ピッ… ピッ…


――――――

――――――――――――

――――――――――――

――――――


莉嘉「やーだー! もうレッスン飽きたー!」

きらり「莉嘉ちゃぁん? そんな事言わないで、ねっ?」

莉嘉「だっていつまで経ってもおんなじ事の繰り返しじゃん!
   新曲の練習ならまだいいけど、もう何のためのレッスンなのか分かんないもん!」

アーニャ「ンー、不安になるの、分かります。でも……」


ベテトレ「……渋谷の事、あれから何も進展が無いのか?」

智絵里「は、はい……」

李衣菜「プロデューサーに聞いても、「現在検討中です」としか言ってくれなくて……」

みく「何かしら、目途とか教えてくれれば、みく達もまだ頑張る気になれるのに」

みりあ「最近、プロデューサーと話してないなぁ……」

杏「元からそんな話す人じゃないし」

かな子「もう、サマーフェスまで三ヶ月と少ししかないよぉ……」

卯月「……未央ちゃん、私達…」

未央「分かってる。私達は、プロデューサーとしぶりんを信じるしかないんだ」

美波「でも、皆のフラストレーションも、少しずつ溜まってしまっているのも事実ね……」

蘭子「先が見えない不安……私も、どうしたら良いんだろう、怖いなって……」

未央「らんらん……」


ベテトレ「プロデューサーは、今日はどこに行っているんだ?」

美波「あ、はい、あの……外回りですが、確か講演を聞きに行くって」

ベテトレ「こうえん?」

美波「何だか、医療の関係の……詳しくはよく分からないのですけれど、そちらに」

ベテトレ「……よく分からんな、確かに」


ベテトレ「だが、私もプロデューサーからお前達の事を任されているんだ」

ベテトレ「不安だなんだというのがレッスンをしない理由にはならんぞー!」

一同「うええぇぇぇっ!」

ベテトレ「うえぇじゃない、観念してさっさと配置につく! 返事は!?」

一同「はいっ!」

~某講演会場~

女の子「……んー、どうでしょ。皆さんは最近、やる気ってありますか?」

女の子「あたしはあまり無いですねー」

ハハハハ…

女の子「なんていうのは冗談で、やる気っていうのはアドレナリンとか、
    神経伝達物質の働きによるものというのは皆さんご存知かと思いますが……」

女の子「そのアドレナリンの基となるドパミン、の前駆物質『L-DOPA』……
    通称『レボドパ』なんて、サプリメントとかに含まれるスマートドラッグです」

女の子「あ、でも麻薬とかとビミョーに似てたりするので危険っちゃ危険ですよね?
    よーするに気分をハイにしてイケイケハッピーにしちゃうので」

女の子「まぁそれは置いといて、このレボドパっていうのが、
    パーキンソン病の初期治療のスタンダードだったそうです」

女の子「ん? ねぇドクター、この先もあたしがプレゼンしていいんだっけ、代わる?」

女の子「おーぅ、りありぃ。やれって言われたので続けますねー」

ワハハハハ…

女の子「いや~あたし薬学専攻だから、臨床医学をしたり顔で語って良いのかなーって」

女の子「ともかく、現在はプラミペキソール等のドパミン作動薬を用いるのが主流です。
    あ、パーキンソン病の治療の話ですね」

女の子「レボドパは、神経の変性そのものを止める根本的な治療薬ではなかったそうで」

女の子「今回、あたし達が国と共同して考案した薬は、A-10神経系に直接作用して……」

パチパチパチパチ…!


ガヤガヤ…

聴講者A「博士、大変楽しく有意義な講演でした。ありがとうございます」

博士「ありがとうございます。こちらこそお招きいただきまして、えぇ」

聴講者B「博士、ぜひ今度ウチの大学でも講義をお願いできないでしょうか?」

博士「いえいえ、それは結構ですが、ご依頼は私のオフィスを通して……」

聴講者C「博士、ところで彼女は一体何者ですか? 随分とお若いのにこのような研究を…」

博士「いやぁ、彼女こそ我が大学が誇る天才ケミストでしてね?
   若干18歳ながら、先日キャンベラで開かれた国際大会に我らを代表…」

博士「ん? あ、あれっ!?」


女の子「ふあぁぁつかれたぁー。ちょっと一旦退却~」テクテク…

博士「お、おいどこへ行く!? 勝手にウロウロするんじゃない!」

女の子「トイレだよ。レディーに言わせる事じゃないっしょそんなのー、にゃはは♪」

女の子「というワケで、ばいばーい♪」フリフリ


博士「ま、待ちなさい! 時間までに戻れ、必ずだからな! シキ!!」

テクテク…

志希「~~♪」プラプラ

志希「おや?」

トトト…


志希「ほぉぉこりゃすごい、こんなコンモリポコポコって咲くものもあるんだね~」

志希「どれどれちょっと拝借、ハスハス」クンクン…

志希「むむっ。ほんの少し甘いくも爽やか~な香り、結構好きかも。にゃふふ」


志希「しかし、こんな広いラウンジにデンッて仰々しく飾られてるのに、
   誰からも見向きもされないもんなんだねーキミは」チョンンチョン

志希「目立ちすぎるが故に目立たないとゆーのも、矛盾しているようで、
   その実論理的帰結を得ているのかにゃ?」

志希「背景と同化するのがキミのおシゴトなら、それも納得だよねー」



武内P「カルミアという花だそうです」

志希「?」クルッ

志希「コレ? ていうかあたし?」

武内P「はい。花言葉は…」

志希「“笑顔”とか“希望”とかそういうのでしょ? 知ってるよ」

武内P「……!」


志希「知識っていうのは、それが新鮮かつ扇情的であるほど人を衒学的にさせるけど…」

志希「キミの場合、誰彼構わず知識をひけらかしたいのとは違う目的がありそうだにゃ」

志希「ぶっちゃけ聞くけど、ナンパ?」


武内P「……強い否定は、できないのかも知れません」

志希「わぉ、本当だったんだ潔いねー。そういうの嫌いじゃないよ、ちょうどいいし」

武内P「ちょうど良い?」

志希「ん、その前に念のためちょっと失礼、ハスハス」クンクン…

武内P「……!?」


志希「うん、あたしの嫌いな人じゃなさそーだから良し!
   とりあえずさ、ここからあたしを連れ出してよ。失踪させて?」

武内P「……は?」

志希「ていくみーあうぇいふろーむひあ、らいとなーう。おーけー? にゃははー♪」

~とある喫茶店~

志希「そっかぁー講演聞いてたんだねー。ん~~、んまんま♪」モグモグ

武内P「あ、あの……大丈夫なのでしょうか」

志希「ん、タバスコかけ過ぎだって? 結構イケるよ、食べる?」サッ

武内P「い、いえそうではなく、その…」

志希「支払いなら気にしなくていいよ。
   あたしこう見えていくつか特許持ってるから、お金には大して困ってないんだー」

武内P「いえ、その……あなたの博士に連絡を取らなくて、良いのでしょうか?」

志希「あー、そっち? いいワケないけど、いつもの事だしね」

武内P「はぁ……」ポリポリ…


志希「それに、あたしに用があったのは、キミの方じゃない?」

武内P「えっ。あ、はい……申し遅れました。私は、こういう者です」スッ

志希「……346プロダクション。へぇ。
   芸能事務所の人って事は、ひょっとしてスカウトかにゃ? なんて、にゃはは♪」


武内P「あなたのお爺様は、嗜眠性脳炎患者にドパミンの補充療法を行ったと」

志希「! ……」ピクッ

武内P「しかし、残念ながら病気の根本的な治療には至らなかったと、
    過去の報道資料によりお伺いしております」

志希「……いやぁビックリ。
   まさか初対面の芸能関係者から、いきなりおじいちゃんの事を聞かれるなんてね」

志希「確かに、あたしのおじいちゃんはお医者さんで、
   レボドパ補充療法の効果を実証しようとしたんだよね」

志希「でも、レボドパはパーキンソン病には一定の改善効果が見られたのだけど、
   パーキンソン症候群には有効でなかったのだ」

志希「嗜眠性脳炎の一時的な症状快復には効果があったみたいだけど、
   やがて体に薬への耐性ができちゃって、長続きはしないんだってさ」

志希「で、それがどうかしたの?」


武内P「あなたが講演の中で仰られていた、国と共同開発したという新薬ですが……」

志希「一応断っとくと、作ってないよ? あたしが提唱したのはあくまで理論であり概念」

志希「実際に、パーキンソン病の患者に対してどれだけの効果があるのかは分かんない」

武内P「では、嗜眠性脳炎患者にはどうでしょうか?」

志希「それこそもっと分かんないよ。
   嗜眠性脳炎自体、半世紀以上、事例そのものが無いらしいしさ」スッ

志希「臨床試験を行う事なんて、ほぼ不可能なんじゃないかなー」チュー


武内P「もし、嗜眠性脳炎患者が今いたとしたら、どうでしょうか?」

志希「……?」

武内P「よろしければもう少し、お付き合いいただけないでしょうか」

~美城グループ附属総合病院 病室~

ピッ… ピッ… ピッ…


志希「……この子が?」

武内P「はい」

志希「ふぅーん……」ヒョコッ

志希「それで、この子の治療にあたしの新薬を使いたいって事かぁ」


志希「いいよ♪」

武内P「えっ? そ、そんなあっさりと…」

志希「たぶんドクターだって、薬の効果が実証されればハクが付くって喜ぶだろうし、
   何だったら、あたしの特許の持ち分をあげるって言えば絶対いいって言うよ」

志希「それに何より……」クンクン…

志希「あたしの興味をここまで引く対象ってそうそう無いなーって。にゃはっ♪」

武内P「そ、そうですか……」ポリポリ…


ガララ…


医師「一体、何の話ですかな?」

武内P「先生、お邪魔しております」ペコリ

志希「誰? あー、この子のお医者さんか」


医師「一ノ瀬志希さん。あなたのご祖父上とお父上は、私も良く存じていますよ」

医師「彼らに憧れ、私も医学の道を志したようなものだ」

志希「それは、んー、ご愁傷様です? 違うか、ゆあうぇるかむ」


医師「もちろん、あなたが提唱した新薬『Bu-DOPA』も知っている。
   若くしてあまりに完成し尽くされた理論、実に素晴らしい」

武内P「先生……この新薬を、渋谷さんの治療に使ってはいただけないでしょうか」


医師「いえ、反対です。薬学士の綿密な実験結果を待つべきだ」

医師「彼女が評価されているのは、その着眼点と緻密な論理構成。
   実証データすら無い薬そのものが評価されているのではない」

志希「しゅだのーん」

武内P「えっ?」

志希「“だよねー”って意味。そりゃ実証データの無い薬なんて、怖くて使えないよね」


武内P「しかし、これは国の研究でもあり、治験として処方する事になると考えられます。
    国や研究機関が医療費の大半を負担する事になれば、渋谷さんの経済的な…」

医師「金の話を論じているのではない!」ドンッ

医師「彼女が嗜眠性脳炎であると決まった訳でもなければ、
   ドパミン療法が嗜眠性脳炎に効果があると立証されている訳でもないのです」


武内P「これは従来のドパミン補充療法とは違います」

武内P「脳のドパミン生成組織を活性化させる効果があるとの事です。
    そうですね、一ノ瀬さん」

志希「うん、まぁね」

医師「……ふん。素人にしては、あなたもそれなりに勉強されたようですな」

武内P「…………」


医師「それでも、私は手放しで同意する事はできません」

医師「我々医療従事者が、最も行ってはならない事……何だか分かりますか?」

医師「飛躍と思い込みです」

医師「無論、切迫した状況下では早急な決断が求められるシーンもありますが、
   強引に関連付けを求めては、患者を危険に晒しかねません」


医師「ドパミンの生成……すなわち、脳の黒質を活性化させるものとお見受けしたが…」

医師「治療と破壊は、常に紙一重です。
   そして、一度破壊された脳組織は二度と元には戻らない」

医師「覚せい剤がなぜ危険であるか、お分かりですか?
   この薬は、脳組織を変質させかねない。我々の責任は、それだけ重いのです」

志希「だってさ、どうする? ふわぁ……」フニャー…



武内P「……これをご覧ください」ピッ

つ 花びら


医師・志希「?」

武内P「……」パッ

ヒラヒラ…


パシッ


医師「!? なっ……!」

志希「おぉ……すごい」


武内P「渋谷さんはこのように、落ちてくる花びらを掴む事ができるのです」

武内P「“希望と笑顔”の、カルミアの花びらをその手に。何度でも」


医師「……しかし、それはただの反射という可能性もある。意識が働いたとは…」

武内P「この半年以上、微動だにしていない彼女が、花に反応を示したのです。
    無意識的な行為だとは、私には思えません」

医師「…………」

武内P「渋谷さんは、希望や笑顔を渇望する心を、カルミアを通し我々に訴えています。
    彼女は、内部では正常なのです」

武内P「つまり、彼女が抱えている障害は、意思を身体へ伝達し動かす仕組みの障害…
    例えば、パーキンソン病のような何かだと考えます」

武内P「魂の不在などではありません。彼女の心は、生きています」


志希「……へぇ」ニコッ



医師「………………」

医師「……どうしてもその新薬を使ってほしいのなら、二つ、条件があります」

医師「一つは、家族の同意を得る事。そして、もう一つは……」

~346プロ 常務の部屋~

美城「兼業命令書……」

美城「つまり君は、346プロのプロデューサー兼、
   美城グループ附属病院の非常勤スタッフとなるよう、先方から依頼を受けた訳か」

武内P「はい」


美城「この書類に、判を押す事はできないな」

武内P「……!」

美城「要するに相手は、何かあったら責任を君に、
   ひいては346プロ側に押しつけるために、君を関係者にしたいのだろう?」

美城「一アイドルのために、我が社がそれだけのリスクを負う理由など無い。
   君も、先方の提案を鵜呑みにして、よくもノコノコと私の元へ来れたものだな」

武内P「…………」

美城「本来業務をすっぽかして、何をしているのかと思えば……
   専門家の意見を聞かず、出しゃばった真似をするのは利口な人間のする事ではない」


武内P「お言葉ですが、私はシンデレラプロジェクトのプロデューサーを担当するよう、
    あなたに任命され、その職責を全うすべく動いています」

武内P「そして、当プロジェクトには彼女が必要です」

武内P「私に任す気など初めから無いと仰るのなら、
    この場で私の首をお切りいただいてはいかがでしょうか」

美城「! ……」


美城「……随分な口の利き方をするのだな、君は」

武内P「私は“本来業務”をしているに過ぎません」

美城「ふん……面白い、そこまで言うのなら君の好きにするがいい」

美城「だが、もし結果が伴わなければ……」スッ

武内P「分かっております」

ギュッ…

~夜、346プロ シンデレラプロジェクト事務室~

カタカタ…

ちひろ「その、家族の同意書というのは?」

武内P「先日渋谷さんのご自宅にお伺いし、ご両親からの了解を得ました」カタカタ…

今西「そうか……それは何よりだったね」


カタカタカタ…

今西「……それは、何をしているところかね?」

武内P「先方の……美城病院の職員登録に必要な手続き書類の作成です」カタカタ…

武内P「それと、臨床期間中は、日毎の経過報告と、
    毎週の記録映像の撮影を義務付けられておりますので、その準備を…」カタカタ…

今西「ふむ……」



今西「美城常務から聞いたよ。言い争いをしたそうじゃないか」

武内P「…………」カタカタ…

今西「今回の渋谷君の治療に際し、病院の医師との話し合いが、
   あまり穏やかでなかったという噂も聞いている」

今西「それに、シンデレラプロジェクトのメンバーである彼女達も……
   一向に活動の展望を示さない君に対し、不安を抱きつつあるようだ」

今西「いくら、プロジェクトを前に進めるためとはいえ、
   君のやり方も……あまりスマートとは言えないのではないかね」

武内P「…………」カタカタ…


今西「今の君は、これが自分の仕事だからと割り切る、というより、
   悪い意味で開き直ってさえいるように見える」

今西「周囲に目と耳を傾け、その意を汲む事も時には重要だ。
   自分の心を殺し、事業の歯車になる事に終始するのは良くない」

カタ……


武内P「……私に歯車になるよう諭してくださった方が、過去にいた気がしてなりません」

武内P「お言葉ですが、今西部長……それは、あなたではなかったでしょうか」

今西「!」


武内P「…………」カタカタ…



ちひろ「プロデューサーさん、あの時の事を……」

~数日後、美城グループ附属総合病院 病室~

医師「薬は、通常の経管栄養にて投与する栄養剤に混ぜてあります」

武内P「はい」


凛母「あ、あの……」

武内P「……?」


凛母「本当に、これで凛が元気になってくれるのでしょうか?
   何だか私、脳をどうにかするって聞いて、不安で……」

凛父「もう既に我々も同意した事だ。今さらこの人達を困らせるんじゃない」

凛母「分かってるわよ。それでも、いざやるってなると、どうしても……」


博士「私が開発した『Bu-DOPA』に、問題はありません。きっと良くなりますよ」ニコッ

志希「そーそー、ドクター“が”開発した『Bu-DOPA』にはねー」


武内P「凛さんは今、眠っているだけなのです」

武内P「私達は、彼女を眠りから覚ましてやれる事ができればと、そう思っています」

凛母「はい……」

凛父「どうか、よろしくお願いします」ペコリ

【経過報告】
 報告日:5月22日
 報告者:P

  博士より受領した新薬『Bu-DOPA』の投与開始。
  栄養剤に200mgを投与し、経過を観察するが、外観、脳波共変化無し。
  一週間程度、同量にて継続して投与を行う予定。
  他、特記すべき事項は無し。
  以上

――――――――――――

――――――


ドタドタドタ…!

ガララッ!

未央「しぶりんっ!!」

武内P「!?」ビクッ

志希「おっ?」


未央「はぁ……はぁ……はぁ……!」

武内P「ほ、本田さん……皆さんも」

未央「プロデューサー、何で私達に言ってくれなかったのさ!!」

みりあ「凛ちゃん、やっと元気になれるんだよね? そうだよね!?」


武内P「まだ、結果がどうなるかは分かりません」

武内P「不確定的な事を申し上げて、いたずらに皆さんを混乱させるような事をし…」

未央「私はしぶりんの親友なのっ!!」

卯月「私もです!」

武内P「! …………」

美波「何より、私達は凛ちゃんと同じプロジェクトの仲間なんです」

美波「もちろん、プロデューサーさんも」

武内P「新田さん……」

莉嘉「杏ちゃんなんて、プロデューサーが仕事サボってるって信じて疑わないから、
   すーっかり最近はグダグダ~ってしてたもん、ねっ?」

杏「杏、プロデューサーを信じてたのに……!」

智絵里「そ、そういう言い方はどうだろう」


みく「まったく。こういう事ならさっさと言ってにゃあ」フンッ

きらり「ちゃぁんと凛ちゃんの事、考えてゆ! Pちゃんおっすおっす! うぇへへ☆」

武内P「ぴ、Pちゃん……」

李衣菜「部長さんから色々聞きました。
    常務や病院のお医者さんともやり合ったなんて、すっごくロックですね!」グッ!

蘭子「反逆の強手が紡ぐ、解放の序曲よ……!」


アーニャ「ところで、その子は誰ですか?」

武内P「えぇ、この人は……!?」

みく「にゃあああああああああああっ!!」

志希「さっすがアイドル! 皆ユニークな匂いだねー。もっとハスハスさせて~♪」ワシワシ

みく「やめてぇっ!! 何なんこの子ヘンタイにゃあ、助けてぇっ!」ジタバタ!

李衣菜「た、楽しそうだねみくちゃん…」

みく「どこ見て言ってるにゃっ!!」クワッ!


武内P「……渋谷さんに投与している新薬の、理論の基礎を提唱された方です」

莉嘉「え、えぇぇっ!? それって、お姉ちゃんが凛ちゃんの薬を発明したの!?」

志希「そうだよー♪ と言っても、もうその薬の特許は譲っちゃったから、
   あたしは処方のアドバイスがてら観察に来てるだけだけどね」

卯月「か、観察ですか?」

志希「うん。それにしても、これだけの子達に慕われてるなんて、
   この凛ちゃんって子も幸せ者だねー」

志希「やはり、この志希ちゃんの感性に狂いは無かったのだ。
   すんごいいい匂いするんだよねーこの子、にゃはっ♪」ツンツン

かな子「えぇ……凛ちゃん良い匂いするんだぁ。わ、私も、ちょっと失礼…」ソォー…

きらり「かな子ちゃーんっ!」グワシィッ

未央「何だか心配事が多そうだから、私もしぶりんの事、見守るからね」

卯月「私にもお手伝いさせてください。どんな事でも、精一杯頑張りますっ」ギュッ

武内P「……皆さん。ご連絡が遅くなり、申し訳ございません」ペコリ

美波「い、いいですってそんな、私達相手にそんな、畏まらないで…」

卯月「あれ?」


武内P「……?」

未央「しまむー、どうしたの?」

卯月「いえ、あの……」


卯月「凛ちゃん、いつも目が開いてたのに……閉じてます」

志希「お、良く気づいたね。昨日からかなー」

武内P「……!」

志希「あれ? ひょっとしてキミは気づいてなかった?」

武内P「…………」ポリポリ…

【経過報告】
 報告日:5月28日
 報告者:P

  渋谷凛の外観に変化有り。
  それまで夜間以外開眼していた目が閉じる。脳波には大きな変化無し。
  明日以降、投与量を300mgに増加予定。
  以上

――――――――――――

――――――


博士「400mg……」

武内P「…………」

志希「よっと」カチャカチャ…


凛母「プロデューサーさん。娘の様子は、その……」


武内P「……以前まで開きっぱなしだった目と口が、閉じるようになりました」

武内P「自発行動の発現、つまり意識レベル回復の兆候有り……でしょうか、先生」

医師「えぇ……その可能性はあります」

凛母「……!!」パァッ


医師「ですが……以後、薬の量を増やしても特に変化が見られません」

凛母「…………そう、ですか」

未央・卯月「…………」

~夜、346プロ エントランス前~

コツ コツ…

武内P「…………」


武内P「……?」



楓「…………」

楓「こんばんは、プロデューサー」

武内P「高垣さん。どうも、お疲れ様です」ペコリ


楓「私も、何度か凛ちゃんのお見舞いには行ったのですけれど、すれ違いになったみたいで」

武内P「そうでしたか……申し訳ございません」

楓「いえ、お気になさらないでください」



楓「凛ちゃんの様子、どうですか?」

武内P「……分かりません。果たして良くなっているのか、いないのか……」

武内P「そろそろ、フェスの準備も進めなくてはならない時期です」

武内P「元々、渋谷さんはブランクがあるため、フルに起用する予定はありません」

武内P「ですが、たとえ踊れずとも、彼女がステージに立つだけで他の皆さんの士気が……
    そして、ファンのボルテージが格段に違う事は、過去のライブ映像から明らかです」

楓「プロデューサーには、その確信があるんですね?」

武内P「はい。彼女には、皆から必要とされるだけのカリスマ性があります」

楓「えぇ」


武内P「あと二週間程度、様子を見て……もし展望が開けないようなら……」

楓「……解散、ですか?」


武内P「無論、渋谷さん抜きでフェスに臨む事も可能ですが……
    彼女達自身、それを良しとしません」

武内P「そして、彼女達が解散しても自立できるよう、相応の実力を身につけさせる事も、
    基礎レッスンを行っていただいた理由の一つです」

武内P「おそらく、彼女達も既に気づいている事でしょう」

楓「…………」

武内P「今にして思えば、常務が仰ったように、
    専門家でもない私が首を突っ込むべきではなかったのかも知れません」

武内P「ですが、結果を出せない者は、排除されればそれで良い。
    組織の中で生きる事を決めた以上、覚悟はできています」

武内P「あとは、彼女達が路頭に迷わないよう、他のプロジェクトへの引継ぎを…」

楓「本当に、それで良いんですか?」

武内P「…………」


楓「凛ちゃんは、生きています」

楓「まるで、失敗する事を決めつけるような言い方は、可哀想だなって思います」

楓「凛ちゃんも皆も……プロデューサーにプロジェクトを託した同僚の方も、常務も」

楓「プロデューサー自身にとっても」

武内P「? ……私が?」


楓「きっと、プロデューサーが助けるのは、凛ちゃんだけではありません」

楓「凛ちゃんの快復をお祈りします」

ペコリ スタスタ…

武内P「…………?」



ヴィー!… ヴィー!…

武内P「! ……もしもし」ピッ

武内P「はい……はい、資料を取りに事務所へ行った所です。
    これからそちらへ……はい、30分ほどで戻ります」

武内P「はい……いえ、こちらこそ。では、失礼致します」

ピッ!



武内P「…………」コツ…

コツ コツ…

~美城グループ附属総合病院 病室~

志希「容体は依然、変化無し、だね」

武内P「……そうですか」


ピッ… ピッ… ピッ…


医師「では、すみませんが、私は今日はこれで……」

武内P「はい。当直は私が行います」

医師「えぇ。よろしくお願いします」ペコッ

武内P「お疲れ様でございました」ペコリ

ガララ… ストン

志希「……ふわあぁぁ」ムニャムニャ…

武内P「一ノ瀬さんも、今日はどうかお帰りください」

志希「ふにゃ?」

武内P「観察するためと言いながら、毎日遅くまでお残りいただいて、大変でしょう」

志希「ううん……確かに臨床試験って初めてだから、無意識に緊張してたのかもね」


志希「それじゃあお言葉に甘えて、志希ちゃんも帰るねー♪」ピョインッ

武内P「どうも、お疲れ様でした」ペコリ

志希「うんっ。キミもあんまり無理しない方がいいよ? それじゃあねー」フリフリ

志希「かえろかなー、かえろかなー♪」

ガララッ ストン



武内P「………………」

スッ

武内P「……自分の名前を呼ばれたと思ったら、私の手を握り返してください」

武内P「では、始めましょう」



武内P「あなたの名前は、四条貴音さん」


武内P「……佐藤心さん」


武内P「……最上静香さん」



武内P「……渋谷凛さん」

ピクッ

武内P「…………?」



武内P「………………」

武内P「……荒木比奈さん」


武内P「……舞浜歩さん」


武内P「……天海春香さん」



武内P「……渋谷、凛さん」

ピクッ



武内P「…………」



ピッ… ピッ… ピッ…



武内P「………………」

――――――――――――

――――――


  良く戻って来てくれたね。

  彼女達の事は、そう気に病む必要は無い。

  たまたまあの子達に、我々の想いが上手く伝わらなかった。それだけの事だ。


  ……何を言っている。もうプロデュースをしたくないだと?

  いいかい。仕事をしているのは君ではなく、君の“役”がやっているんだ。

  君は一プロデューサー。私はアイドル部門の一課長。

  誰もが皆、その仮面を被り、舞台の上で与えられた役を演じているにすぎない。

  組織で働く、歯車になるというのはそういう事だ。

  歯車にさえなれば、仮面の下に隠れた君という個人が傷つく事は無い。


  どうしてもというのなら……よろしい。何とかしよう。

  仕事量は多くなるだろうが、君にならほとんどルーチンとしてこなせるはずだよ。


――――――

――――――――――――

――――――


武内P「…………」ウトウト…



武内P「……!」ハッ!


ピィ------ッ…


武内P「…………!?」キョロキョロ

ガタッ



武内P「渋谷さん…………?」キョロキョロ



武内P「………………」



ガララ…

~病院の中庭~

テクテク…

武内P「…………」キョロキョロ


武内P「…………」キョロキョロ


ピタッ



武内P「………………!」

ヒュオォォォォォ…  サラサラ…







凛「……………………」





武内P「………………」


スッ…

ザッ…

凛「………………?」


武内P「………………」



凛「…………暗いね」

凛「それに…………とても、静か」



武内P「……今、午前3時38分です」

武内P「あと、2時間ほどで、朝日が昇るかと思われます」


凛「…………ふーん」


凛「……それで、アンタは、誰?」



武内P「渋谷、凛さん……ですね?」


凛「私の名前……」

凛「何で、アンタが私の名前を……?」

武内P「シンデレラプロジェクトの、担当プロデューサーとなった者です」ゴソゴソ…

武内P「この春より……」スッ

凛「春……?」


凛「……そうなんだ。私、あの日から、ずっと…………」



凛「……それで、アンタが私の、プロデューサー?」

武内P「はい」


凛「ふーん……まあ、悪くないかな」

凛「私は、渋谷凛。よろしくね」


武内P「存じております」

武内P「私は、あなたのプロデューサーですから」



凛「…………そう」ニコッ


武内P「…………」ニコッ

~翌朝、美城グループ附属総合病院 病室~

医師「まさか、信じられん……!」


凛「…………」

武内P「あなたのお母様が、幾度となく水を替えに来られていました」

凛「カルミア……か……」



ドタドタドタ…!

ガララッ!

未央「しぶりんっ!!」

卯月「凛ちゃんっ!!」

莉嘉「起きてる……凛ちゃん起きてるよーっ!!」

みりあ「やったぁーーっ!!」ピョンピョンッ!

凛「卯月、未央……! ……皆まで」


卯月「凛ちゃん……凛ちゃんだぁ…!」ジワァ…!

未央「もう……しぶりんったら、寝坊しすぎだよっ!!」ダキッ!

凛「ちょっ、未央。苦しい……痛いってば…」


未央「バカ。しぶりんの、バカぁ……う、うあぁぁ……!!」ポロポロ…

卯月「良かった……本当に、夢みたいですっ……!」グスッ

凛「……なんか、ごめん」


蘭子「ごめんなさい……私、こういうのに弱くてぇ」ズルズル

みく「ら、蘭子ちゃんそれみくの服! 鼻水拭かないでっ!」

李衣菜「こっちまでもらい泣きだよぉ。ふえぇぇ…」グスッ

杏「何はともあれ、一件落着って事でいいんだよね」

アーニャ「ダー。リンが元気になって、とても嬉しいです。ラーダスヌィ…」ホロリ…


智絵里「……あれ?」キョロキョロ

かな子「ぐすっ……智絵里ちゃん、どうしたの?」


智絵里「プロデューサー、どこに行ったのかな……?」

武内P「………………」



コツッ…

凛母「あ……」


武内P「…………」ペコリ

武内P「凛さんは、こちらの病室の中にいらっしゃいます」


凛父「この度は、本当に……何とお礼を言ったら良いのか」ペコリ

凛母「ッ……」ペコッ

武内P「いえ……」


ガララ…

きらり「あ、いたぁ。Pちゃん?」

美波「どうしたんですか? 中に入らなくて……あっ、どうも」ペコリ

凛母「……」ペコッ


武内P「いえ……私がいたら、お邪魔ではないかと思い」

美波「邪魔だなんて……!」

きらり「えいっ!」ガッシィ

武内P「うっ!?」


美波「凛ちゃんの……私達の恩人を、どうして私達が邪魔に思うんですか」

凛父「彼女の言う通りです。我々と共に、凛の快復をお祝いしてください」

きらり「Pちゃんも主役なんだよ? さぁさ、皆と一緒にハピハピするにぃ♪」グイィーッ!

武内P「う、うぉ、あの……」

ガララッ!

莉嘉「あ、いたーっ!」

みりあ「プロデューサー、かくれんぼ好きなんだねー」

武内P「み、皆さん……」


一同「……」ニコニコ


凛「プロデューサー」

武内P「は、はい?」

凛「いや、あの……ありがとう」ポリポリ…

凛「私なんかのために、色々走り回って、頑張ってくれてたんだって、皆から聞いて……」

凛「ずっと寝たままだったなんて、今でも信じられないけど、こうして治してくれたんだね」


凛「皆にも、すごく迷惑かけちゃったね……ごめん」

未央「……っ」フルフル


凛父「…………凛」

凛「! お、お父さん……お母さんも」

凛母「…………ッ」ギュッ

凛「えっ……やだ。お母さんちょっと、恥ずかしいよ……!」

凛母「凛……本当に、おかえりなさい」

凛「……た、ただいま?」


凛「も、もういいでしょ。ほら、離れて」

凛父「なんだ、凛。皆さんには素直になる癖に、我々に対しては随分だな」

凛母「少なくとも、精神的には入院前より健全のようで、安心したわ。ふふっ…」グスッ

凛「ふ、普段と変わらないよっ! からかわないで!」

ハハハハ…!


ガララ…

志希「ぐっもーにぃーん…」

志希「? う、にゃあっ!? ひ、人がいっぱい……?」ビクッ

みりあ「あっ、志希ちゃんだー!」

蘭子「天使の眠りを覚まさせし救世主がここに!」

志希「え、えっ?」


武内P「一ノ瀬さん。メールは、ご確認いただけましたか?」

志希「メール?」スイッ

志希「……あれ、既読になってる。寝ぼけながら携帯いじってたのかにゃ?」

武内P「とにかく、ご覧の通りです」


凛「この人が、私の薬を作った人……」

志希「……おぉ~~っ!」プニプニ

凛「!? なっ、う……」

志希「起きたんだねー、ぐっもーにん凛ちゃ~ん。まさに光芒一閃」プニプニ

志希「滴定曲線よろしく、急激な変化が見られるのは想定の範囲内ではあったけど、
   こうして間近に観察できるとちょっとカンドーかも」

志希「どれ、匂いもみてみよう。ちょっとハスハ…」

みく「ご両親いる前で何してるにゃーっ!!」

凛母「本当にありがとうございます。
   もう駄目かと何度も思って、それがあなた方のお薬で無事に治って…!」ペコペコ

志希「い、いえいえどういたしまして。あたしは興味があったから観察してただけで。
   ウチのドクターも喜ぶと思います、はい」フリフリ


志希「あ、それで。この後の治療はどんなカンジになりそーですか、先生?」

医師「えぇ、そうですな……最低でも一ヶ月は入院を続け、経過観察が必要でしょう」

莉嘉「えっ、もう退院じゃないの?」

医師「水を差すようで恐縮ですが、油断は禁物です。
   快方に向かっているとしても、半年以上も眠っていた凛さんの体は衰弱しています」

医師「脳だけでなく、筋肉や臓器も……
   精密検査を行いつつ、軽い運動訓練を、食事は流動食から試していきましょう」

武内P「はい」

志希「しゅだのーん」

かな子「しゅだのん?」

美波「“Should have known.”?」

志希「そーそー♪ ロシア語だと、んー、プラーヴィリナ? あ、ニサムニェーンナ?」

アーニャ「ダー。シキ、ロシア語もすごく上手です」

志希「あっちの大学にロシア人もいたからねー」

卯月「じゃあ、今度のサマーフェスに、凛ちゃんは……?」

凛「やれるだけやってみるよ。心配しないで、卯月、未央」

未央「心配するのなんてもー飽き飽きなのっ! しっかり治してよ、しぶりん!」

凛「ふふっ……うん」ニコッ


志希「んー、まぁひとまず凛ちゃんの臨床については一応の成果を見たとゆー事で。
   志希ちゃんのお役も御免なのかにゃ?」

智絵里「えっ、そ、そんな事無いですよぉ。私達、まだ感謝を伝えきれてないし…」

志希「いや~致命的な事に、結果が見えてる物には志希ちゃんの興味は薄れちゃうんだよ。
   普段あたし3分しか興味持続しないんだから、これでも驚異的な記録だよねー♪」

李衣菜「いやそんなウルトラマンみたいな事言わないでさ」


武内P「…………」

武内P「一ノ瀬志希さん」

志希「ん? 何でフルネーム?」


武内P「アイドルに、興味はありませんか?」


志希「…………?」キョトン

【経過報告】
 報告日:6月25日
 報告者:P

  渋谷凛は順調に快復。
  日常生活に支障の無い程度の運動は可能。
  脳波は安定しており、便の状態も良いとの事。
  『Bu-DOPA』の投与については、量を200mgに減らし、今後も経過を観察。
  以上

――――――――――――

――――――


タンッ タンッ タンッ…!

ベテトレ「1、2、3、4、1、2、3、4、1、2……」パンッ パンッ!

ベテトレ「ストーップ! ほら、またズレだしたぞ!」パンパンッ!

ベテトレ「目で追うな! 互いの動きを拍数とイメージで捉えろ!
     同じ事を何度も言わせるんじゃない!」


みく「はぁ、はぁ、だって……!」

李衣菜「しょうがないじゃん……!」


みく「何でみくと李衣菜ちゃんがユニット組まされるハメになるにゃっ!!」

李衣菜「こっちの台詞だよ! この子とは絶対合わないのに合わせろなんて無理です!!」

ベテトレ「そうか? 私は、お前達ほどお似合いのユニットはいないと思うがな」

みく・李衣菜「はあぁぁぁあっ!?」

美波「私が、アーニャちゃんと組んで……」

かな子「私は、智絵里ちゃんと杏ちゃん」

みりあ「私は莉嘉ちゃんときらりちゃーん!」

きらり「にょわーっ! きらりんトース☆」ガシッ ポーイ!

莉嘉「きらりちゃん怖い怖い怖いっ!!」


智絵里「プロデューサーなりに、考えてユニットを組み直してくれたんだよ、きっと」

李衣菜「でもよりにもよって…!」
みく「この子とだけは…!」

李衣菜「何、文句あるの!?」

みく「そっちこそ不満タラタラのクセにっ!!」

みく・李衣菜「むうぅぅぅ~~~っ!!」ワナワナ…


アーニャ「アー……嫌よ嫌よも好きのうち、ですね?」

みく・李衣菜「違うっ!!」クワッ!

卯月「個性……かな?」

李衣菜「えっ?」

志希「ふむふむ、皆の個性が際立つように組み直してるってこと?」


莉嘉「なるほどー。美波ちゃんとアーニャちゃんはアタシ達のキレイ目担当でー?」

美波「キレイ目というのは、ともかく……莉嘉ちゃん達は、その見た目の凸凹具合ね」

杏「どーも、自宅警備担当です」

かな子「せ、せめておっとり担当とか!」

きらり「Pちゃんはぁ、きらり達の事すっごくすっごく考えてくれてるにぃ♪」

みく「にしたって……じゃあ何、みく達はこうしてケンカしてるのが個性ってこと?」

未央「そりゃあ賑やかしとして強烈な個性だよねー、にひひー♪」

李衣菜「笑わないでよ、こっちは死活問題なんだから!」


ベテトレ「死活問題と言えるほど立派なハードルがあるなら上等じゃないか」

ベテトレ「前進してなきゃ躓く事もできないんだ。
     お前達の目の前にある壁なんて全部扉だと思え! さぁレッスン再開するぞ!」

みく・李衣菜「うわあぁぁんっ!!」

志希「ふぅーむ……個性、個性かぁ」

卯月「志希さん、どうかしたんですか?」

志希「いや、前のプロデューサーは、そんなに個性を重視してなかったんだよね?」

未央「あー、確かにみくにゃんの猫耳とかリーナのロック、
   あとらんらんの、こう、ぶわっ! っていうのも抑え気味だったかなー」

蘭子「ぶわって……」


志希「化学って、方法と状況さえ同じなら、誰がやっても同じ結果になるんだよね」

志希「でも、アイドルの世界はそうじゃない。誰がやるかで全く異なる事象が導かれる」

志希「でもさ、取り巻く環境を制御して望んだ事象を手繰り寄せるってアプローチ?
   そこは同じなんだよねー。何でだろう、逆に新鮮でさー♪ にゃははーっ!」

卯月「はぁ、そ、そうですね……えへへ」


志希「ところで、あたしは誰とも組まずにソロなんだ?」

杏「組まなくても十分キャラが立ってると思われたんじゃない?」

志希「あー……」チラッ

蘭子「?」


志希「……あぁ~~」ウンウン

蘭子「イヤミかッッ!!」

~常務の部屋~

今西「良かったねぇ。彼女の容体は、その後も順調に快復しているそうじゃないか」

武内P「はい」

ちひろ「プロデューサーさんの献身的な姿勢があってこそ、ですね」ニコッ


美城「だが、サマーフェスまでは残り二ヶ月ほどしかない」

美城「無事に退院を果たしたとしても、渋谷凛はフェスまでに仕上がるのか?」

武内P「……おそらく、難しいだろうと思います」

美城「君らしくもない。随分と弱気だな?」

武内P「心残り無く、メンバーが共通の目的に向かって走り出せる……
    彼女の快復には、元々それだけの意義がありました」

武内P「あとは、持てるカードでフェスに臨むだけです」


美城「なるほど……断わっておくが、今回の一件について、私は君を高く評価している」

美城「だが、くれぐれもメンバーの動向には注意することだ。
   仲間思いが多いプロジェクトなら、なおさらな」

武内P「……?」


ちひろ「一大イベントの前には、無理が祟って倒れる人が多いんです……」

~美城グループ附属総合病院 病室~

美嘉「すっかり元気になったみたいだね。安心したよ」

凛「美嘉までお見舞いに来てくれてたなんて……わざわざごめんね」

美嘉「ぜーんぜんっ★ 莉嘉から聞いたよ、そろそろ退院なんでしょ?」

凛「うん。あと二週間くらい様子を見て、何も無ければ、って」

美嘉「そっか……」


凛「? どうしたの、美嘉?」

美嘉「いや……なんか、本当に治ったんだなぁって、実感が湧いちゃってさ」グスッ

凛「やだ。泣かないでよもう、ふふっ」

美嘉「アハハ、ごめんごめん。それじゃ、アタシそろそろ帰るね?」

凛「ラジオの仕事だっけ? 頑張ってね」

美嘉「ありがとっ★」ガタッ


美嘉「あっ、何か皆に伝える事、ある?」クルッ

凛「私のお見舞いに来てる暇があったら、ちゃんとレッスンしてって言っといて」

凛「特に卯月と未央。あの二人、ほとんど毎日のように来るんだから」

美嘉「えへへ、オーケー★ それじゃあね、お大事に!」フリフリ

凛「うん。ありがとう、美嘉」

ガララッ ストン

テクテク…

美嘉「いやー、本当に治っちゃったねー」ルンルン

美嘉「トーヘンボクっぽいプロデューサーだと思ってたけど、見直さないとなぁ」

美嘉「……ん?」ピタッ



ピッ! ウィーンガコン


楓「…………スポーツ、す、すぼ……すぽーく……」ブツブツ…

美嘉「か、楓さんっ!?」

楓「? あら、美嘉ちゃん。お疲れ様です」ペコリ

美嘉「お、お疲れ様です……え、ひょっとして凛のお見舞いに?」

楓「えぇ。凛ちゃんの様子、どう?」

美嘉「いや、それはもう、あの、フツーに元気というか……」

楓「そう、それは良かったわ。それじゃあ、私も行ってきますね」ニコッ

美嘉「は、はい……どうも」

スタスタ…


美嘉「か、楓さんまで気に掛けてたんだ……凛も大物になったんだなぁ」

ギュッ…

凛「…………」クイッ ギュッ…


コンコンッ

凛「!」

バタバタッ ササッ ギシッ

凛「…………どうぞ」スッ



ガララッ

楓「……運動の後は、スポーツ飲料が、すごーく良いんよう?」ヒョコッ

凛「なんだ、楓さんか……」

楓「ふふっ。調子はどう、凛ちゃん? はい」コトッ

凛「どうも……いちいち毎回違うダジャレ考えてこなくても良いですからね?」


凛「仕上がりは、まぁまぁです」

楓「私が聞いているのは、体調の方。無理はしていないかしら?」

凛「…………」

楓「焦る気持ちは分かるけれど、無理は禁物ですよ?」

凛「……自分では、別に無理だと思っていません」

凛「これまで皆に迷惑かけた分、少しでもフェスまでに皆に追いつかないと」


楓「……新しいプロデューサーって、どんな人だか知ってる?」

凛「? 事務的な事しか話してないから、あまり……」


楓「プロデューサーはね……とっても親切で、誰よりも人を愛している人」

凛「えっ……?」

楓「自分の事より、いつも他の誰かの事を優先的に考えて行動しちゃうの。
  自分では、気づいていないみたいだけれど」

楓「だから、あまりプロデューサーを心配させるような事、しちゃ駄目ですよ?」ニコッ

凛「……詳しいんですね、プロデューサーの事」

楓「ふふっ……それじゃあね」スッ



凛「楓さん」

楓「?」


凛「……ごめん」

楓「…………」ニコッ

~夜、美城グループ附属総合病院 裏庭~

タンッ タタンッ タンッ…!


タタンッ タッ タンッ…!


タンッ タンッ!



凛「くっ…………はぁ、はぁ……!」スッ


キュッ クイッ

凛「んぐ…………ふぅ。よしっ」

未央「よしじゃないっ!!」

凛「!?」クルッ


未央「と、プロデューサーが申しております」ササッ

武内P「わ、私ですか?」

卯月「凛ちゃんっ!」

凛「未央、卯月……ぷ、プロデューサーまで!?」


武内P「そのトレーニングウェアは、高垣さんからもらったそうですね」

凛「…………」

武内P「お気持ちは分かりますが、あまり褒められた事ではありません」

凛「……別に褒めて欲しくてやってるんじゃない。私がやりたいだけだよ」

凛「楓さんにだって、私の方からお願いして服とか靴とか買ってもらっただけ。
  他の皆だと、たぶん心配して協力するどころじゃないだろうから」

未央「当たり前だよ! 安静にしなさいって先生も、しきにゃんだって言ってたじゃん!」


卯月「凛ちゃん……凛ちゃんは、私達の事が頼りないですか?」

凛「卯月……」


卯月「大丈夫です。
   凛ちゃんがいつもの調子が出せなくても、私と未央ちゃんでフォローしますから」

未央「ニュージェネのリーダーたるもの、しぶりんがちょっとやそっとミスしようが、
   それをカバーするくらい造作も無いのだよ」

未央「だから、しぶりんはちゃんと休んで。寝過ぎだったけど、もう少しだけ。ねっ?」


凛「やだ」

卯月・未央「えっ」

凛「二人がどう思ってくれてるかなんて関係無い。
  私が二人や皆の足手まといになるのが嫌でやってるんだから、邪魔しないで」

未央「ちょ、ちょっそんな子供みたいな事…!」

凛「子供でも何でもいい。ほら、帰らないならせめて拍数数えてよね、卯月」

卯月「え、うえぇぇっ!?」


武内P「渋谷さん、しかし…」

凛「止めてもやるよ。気に食わないなら私を除名でも何でもすれば?」

武内P「!?」


凛「悔しかったら、私の身体に異常を見つけてからにして」

凛「私の事を何でも思い通りにできると思われるの、嫌だから」

【経過報告】
 報告日:7月13日
 報告者:P

  運動機能、臓器、脳波とも異常無し。
  予定通り、明日退院する見込み。
  退院後は、『Bu-DOPA』の錠剤を渋谷凛に渡し、継続投与する予定。
  加えて、定期的な通院と精密検査の受診が義務付けられる事となる。
  以上

――――――――――――

――――――


ベテトレ「渋谷、そろそろ休憩しよう」

凛「いえ、まだ勘が掴めていません。もう一度だけ…!」

ベテトレ「本番が迫る中、無理をして体を壊しては良くない」

ベテトレ「これはお前だけじゃなく、皆にも平等に言っている事だ」


凛「…………はい」

スッ ギシッ

凛「…………」ギュッ…



ヒョコッ

志希「やっほー、りーんちゃん! にゃはっ♪」ピョインッ

凛「……志希、さん?」

志希「呼び捨てでいいよー♪ あっちではずっとファーストネームで呼び合ってたし」

凛「……そういう志希は、私の事ちゃん付けなんだね」

志希「にゃははーっ。だってキミ、かわいいんだもん」

凛「からかわないで」

志希「ありゃりゃー? なぁに凛ちゃん、ひょっとしてムズカシイお年頃?」ツンツン

凛「やめてったら!」バシッ

志希「にゃっ?」


凛「……! ご、ごめん……命の恩人なのに、私…」

志希「んーん、全然気にしなくていーよ♪ 恩人でもないしさー」


志希「なるほどー。キミは頑固で熱血でストイックで、年相応に悩める少女なんだねー」

志希「心理学上、9割の人は見た目で他人の性格を判断するそうだけど、
   やっぱダメだねー、自分の物差しをアテにするのって」


凛「よく分かんないけど……志希は、悩みが無さそうでいいね。
  他の皆や、トレーナー達からの評価も良いみたいだし」

志希「ギフテッドっていうんだって、あたし。天からの授かりもの、いわゆる天才」

凛「ふーん……」


志希「でもさー、難しいねーアイドルって。正解もゴールも無いんだもの」

凛「えっ?」

志希「今度あたしが歌う曲ね?
   音程もリズムも覚えたし、振り付けも止まらずに踊れるようになったんだー」

志希「でも、それで完成するものじゃあないんでしょ? 音楽って。
   奏者が気持ちを乗せる事で、初めて聞く人、観る人の心に響くんだって」

志希「あ、あのこわーいトレーナーさんが話してた事だけどね?」

凛「……あぁ、ベテトレさんね」


志希「で、あたしにはそういう気持ちを育む機会が無かったの。青春ってヤツ」

志希「学園生活も反抗期も、留学と飛び級で全部すっ飛ばしちゃったあたしには、
   悩み苦しみながら、一つの目標に向かって頑張る気持ちってのが分からなくてさー」

志希「いつだっていち早くゴールにたどり着く事ばかり考えてた一ノ瀬志希は、
   過程を丁寧に積み重ねる意志みたいなのが欠落しちゃったのかなーって自己分析?」

凛「…………」

志希「だから……本番でちゃんと気持ちを乗せられるように、
   今抱えてる悩みや苦しみは、大事にしたいかなー、なんてね」


凛「……ごめん、志希。知った風な口を聞いて…」

志希「気にしないでってばー。あたしも悩み聞いてくれて嬉しかったよー」

志希「あ、ひょっとしてあたしの悩みをマジメに聞いてくれたの、キミが初めてかもー♪
   にゃははーっ! メモリアル凛ちゃんハスハス!」ムギュッ!

凛「そ、そっちが勝手に話したんじゃないの!?」

ガチャッ

トレ「志希さーん、そろそろ再開しましょうか」

志希「もートレさーん。あたしの事はちゃん付けでいいってばー」スクッ

凛「呼び捨てでいいって言ってなかったっけ、さっき!?」

志希「ん、そうだっけ? にゃっはっは、志希ちゃんは猫のように気まぐれなのだー♪」

トレ「はいはい。それじゃあ志希ちゃんさん、レッスン始めますよ?」ニコッ

志希「な、なおもさん付けだとぅ!? トレさんも意外と強情だね、見た目に寄らず!」

ガチャッ バタン



凛「………………」


凛「悩み苦しみながら、一つの目標に向かって頑張る、か……」

凛「それってきっと……良い事なんだよね……?」

~夕方、シンデレラプロジェクト事務室~


ジィィ----…

未央「おはようございまぁ~~す……(小声)」

莉嘉「おはよーございまぁーす……ふっふっふー」ヒョコッ

未央「今ぁ、私達はぁ……シンデレラプロジェクトの事務室にぃ…」

未央「来ていまぁ~~~す……♪」フリフリ

未央「あ、ちえりん、カメラあっち。しぶりん写して」チョイチョイ

智絵里「あっ、はい!」クルッ ジィィ---…


凛「…………」

未央「これからぁ……しぶりんにぃ…」

未央「寝起きドッキリを、仕掛けてみまぁ~~~す……!」

莉嘉「イェーーイ……!」

凛「いや、起きてるんだけど」

卯月「楽しそうですっ」ワクワク

未央「さぁ、しぶりんはというとぉ……」

未央「おやおやぁ、グッスリと、眠っているようです……」

凛「ねぇ」

未央「そんなしぶりんにぃ……今回はぁ……」ゴソゴソ…

未央「この、ティッシュで作ったコヨリでぇ……耳をくすぐってみたいと思います…!」

莉嘉「一体、どうなってしまうのか……!」ウシシ…!


未央「ではぁ、さっそく…」スッ…

凛「……」スクッ スタスタ

未央「あ、あぁっ!? ちょっとしぶりーん、そこはノリツッコミでしょー!」

凛「悪ふざけもいい加減にしなよ、未央」

凛「一応それ、病院への報告用なんでしょ?」

未央「えー、だからこそでしょ。元気になったぞーってアピールしなきゃ!
   ねぇしまむー?」

卯月「はいっ! 凛ちゃんの元気な姿、ちゃんとビデオに収めましょう!」ギュッ

凛「コヨリで耳をくすぐられるのが元気アピールになるとは思えない」

未央「よぉーし分かった! そこまで言うなら、ちえりん、しぶりんにズームイン!」

智絵里「はい!」クイッ ジィィ---…

凛「えっ?」

未央「しぶりんが考える元気アピールまで3秒前、はい3、2、1、キュー!」

凛「いや、ちょっ……」


凛「……えー、7月15日、午後17時半、晴れ。シンデレラプロジェクト事務室。
  渋谷凛、特に異常ありません」

凛「……えーと、お、おしまいっ」

未央「喋りがアレだったら、今度の曲の振り付けとかは?」

凛「ここで? そんな気分になれないんだけど」

卯月「ダメです未央ちゃん、無理をさせちゃ良くないですよっ!」

凛「無理なんかじゃないよ。見てて」スッ

未央「さっすがしまむー! しぶりんを手なずけるの上手いねー」

凛「ふーん、卯月まで私の事をからかうんだ」

卯月「わ、わっ! ち、違いますってぇ!」アタフタ…!

美波「仲良いわねぇ、本当に」

未央「そういやぁさ、プロデューサー?」

武内P「? 何でしょう」カタ…

未央「しぶりんが退院した後って、例の経過報告、誰が書いてんの?」

武内P「私ですが……」


みく「それはあまり良くないと思うにゃ」

みく「Pチャンだって、いつも凛ちゃんのレッスンやお仕事に同行できる訳じゃないし、
   状況に応じて誰かにお任せする事も考えるべきじゃない?」

李衣菜「おー……みくちゃんって、意外としっかり者だよね」

みく「意外とは余計にゃっ!」


莉嘉「でも、あたしそれさんせー☆ なんか楽しそーだし!」

みりあ「みりあもやるー!」ピョンッ

武内P「あ、遊びではないのですが……」

凛「それってさ、本人が書いてもいいの?」

武内P「えっ」

【経過報告】
 報告日:7月18日
 報告者:本田 未央

  運動機能、異常無し。
  筆者と対象者と島村氏とでランチを食べた際、しっかり筆者のチョコパフェを
  つまみ食いしていたので、臓器の異常も無し。
  あと、トイレにはちゃんと行っていた。島村氏の方がトイレは近いようだ。
  対象者は、しっかり筆者のボケにようしゃ無いツッコミを入れていたので、
  脳波もたぶん異常無し。
  むしろ筆者のワキ腹が危ない。

  全ては順調に進んでいる。約束の時は近い。
  もし、この文書が誰かの目にとまる事があったのなら、島村氏にこう伝えてほしい。
  サマーフェス、必ず成功させなければPが断髪させられるらしい、と。

  言い忘れていたが、対象者は薬はちゃんと飲んでいた。
  胃の中でチョコまみれになったであろう薬に、果たして効き目はあったのだろうか。
  優しさは含まれていたのだろうか。
  継続的な捜査が待たれる。

  以上

【経過報告】
 報告日:7月19日
 報告者:島村 卯月

  今日は、午前中は凛ちゃんと未央ちゃんと、ニュージェネの曲のレッスンをしました。
  午後は、シンデレラプロジェクト皆での合同曲『Shine!!』の全体練習です。

  凛ちゃんは、ブランクがあるはずなのに、しっかりこなせていてすごいです。
  何でもないよって、凛ちゃんは言うんですけど、凛ちゃんが本当にすごいのは、
  こっそり自主練をしている所です。それも毎日です。

  無理をしていないかと、ハラハラするので、私達も一緒に付き合うようにしています。
  差が縮まらないからやめて、って凛ちゃんは言いますが、そういうわけにもいきません。

  誰かのために、何かをしたいという気持ちがあるのは、凛ちゃんだけではありません。
  凛ちゃんには、どうかそれを分かってほしいなぁと思います。
  たとえお薬を飲んでいても、体が万全とは限らないんですから、
  いざって時はどうか休んでほしいです。
  その分、私達が精いっぱい頑張ります!

  あ、でも今のところ凛ちゃんは、前までと同じくらい元気に見えます。
  異常無し、です。


  P.S. 未央ちゃんへ
  いい加減な事を書くのはやめてください!

――――――――――――

――――――


医師「……あのねぇ。交換日記じゃないんですよ」

武内P「申し訳ございません……」ペコリ

未央「あー、何これ!? しまむーすっごい普通じゃん!
   私、プロデューサーのをマネて、ちゃんと報告書っぽい文章にしたのに!」

卯月「ええぇぇ……未央ちゃんはふざけすぎですよぉ」


ガララッ

凛「検査、終わったよ」

武内P「お疲れ様です。いかがだったでしょうか」

博士「脳波、臓器ともに異常は見られません、至って順調です。こちらを」スッ

医師「……ふむ。お若いだけあって、回復力は目覚しいものがありますな」ペラッ


博士「ん? ほう、経過報告をお仲間の皆さんで書いているのですか」

未央「へっへぇーん! どうですコレ、ばっちしでしょ!」

博士「ふむふむ……ややおちゃらけた所はともかくとして、
   報告の内容としてはそう悪くないと思いますよ」

医師「えぇー、そうでしょうか?」

博士「お二方が、渋谷さんの事をとても良く観察されているのが伝わってきます。
   活動の内容が詳しく示されていて、経過が分かりやすい」

未央「やったぁー! しまむータッチ!」

卯月「タッチ!」パチンッ!

凛「いや、未央はもう少しマジメに書こうよ」


未央「いやいや、むしろプロデューサーがしゃんとしなきゃだよ」

武内P「わ、私ですか?」

未央「数行だけサラサラって書いて「以上」じゃなくてさ?
   博士さんが言ったように、ちゃんとしぶりんを見てあげなきゃ」

凛「えっ」

卯月「凛ちゃんがどうしていたとか、どんな事を考えていそうとか……
   それに、プロデューサーさんが考えている事だって、書いていいと思います」

武内P「私の考え、ですか……ま、前向きに検討致します」ポリポリ…

【経過報告】
 報告日:7月24日
 報告者:諸星きらり☆

  にゃっほーい! きらりの番だにぃ☆
  なに書こうかなー? 今日もいろんなことがあって楽しかったんだぁ。

  えっとね、レッスンは午前中で終わったの。
  りんちゃんは、それでも続けてやろうとしてたけど、ムリはダメー!!
  こういう日は、みんなでハピハピなことするのが良いんだにぃ♪

  駅前のアイス屋さんに、りんちゃんみくちゃん、うづきちゃんとりいなちゃん、
  それにみりあちゃんとらんこちゃんときらりで行ったよ。
  冷た~~いアイス、レッスンの後にはサイコー!

  それから買い物して~、カラオケして~、太鼓のゲームして~…
  ゾンビをばきゅんばきゅんするゲーム、らんこちゃんすっごく上手だったにぃ!!
  キハクがすごかったぁ。

  フェスの練習、大変だけど、ツライこともムズカシイことも、
  みぃ~んなと一緒だから、いっぱいいっぱいがんばれるし、楽しくなれるんだよ。

  きらりは、りんちゃんがみんなと一緒になってくれて、本当にうれしいのです☆
  きらりももっともっとがんばゆ!!
  えいえいおー!!!

【経過報告】
 報告日:7月27日
 報告者:前川 みく

  今日の凛ちゃんは、かなり機嫌が悪そうだった。
  元々凛ちゃんは、そんなに感情を表に出すような子じゃない。
  でも、気持ちが前に出すぎている、ってベテトレさんに言われてからの凛ちゃんは、
  すっごくムスーッとしてたにゃ。

  確かに、トレさんの言うことは当たってると思う。
  生き急いでる、って書くと大げさだけど、なんか色々と焦ってる気がする。
  みくだって、今度のフェスへの危機感はそれなりに持ってるつもりだけど、
  凛ちゃんのそういう姿勢を見ると、何だかこっちもソワソワしてしまうのだ。

  ああ見えて凛ちゃんは、すっごくストイックで、人一倍の熱血屋さんだ。
  たぶん凛ちゃんは、、気持ちを乗せる事の何がいけないのか、って思ってる。
  ライブって、ハートで伝えるもんなんだよ、って李衣菜ちゃんが言ってて、
  その知ったかぶりは鼻に付くのだけど、それはまぁ、間違ってないとは思う。

  でもね。凛ちゃんの、こう……
  うまく文章で表現できないけど、こう……クイッと。
  (↑両手を顔の横で揃えて前に突き出すポーズ。分かる?)

  何が言いたいかというと、熱中しすぎて周りが見えなくなるきらいがあるのだ。
  凛ちゃんのそういう所、ある意味良い所ではあるけど、あまり良くないとも思う。

  サマーフェスまであと一ヶ月ちょっと。
  さっき、ソワソワしてしまうと書いたのは、みく達も頑張らなきゃという気持ちと、
  無理しないでね凛ちゃんという気持ちの両方である。
  成功させたいのはもちろんだけど、ここまで来たら、皆で笑顔でステージに立ちたい。
  どうかそれを無事に実現できますように。

【経過報告】
 報告日:7月28日
 報告者:赤城 みりあ

  夏休みまっさかり!
  プールにも行きたいし、お祭りでかき氷もいいなー。

  りんちゃんは、夏休み何するの?って聞いたら、
  レッスンとかの日以外は店番だって。うわーまじめ!

  みおちゃんにそれを言ったら、それはゆゆしきじたいだ!って言って、
  すぐに遊ぶ用事を作ってくれるって!

  りんちゃんのたんじょう日も8月にあるし、今からワクワクするね!
  みんなで相談して、どこに行きたいとか言い合うの、とても楽しかった。

  プロデューサーも、バーベキューとか、きも試しとか、海とか連れてってほしいなー。

【経過報告】
 報告日:7月31日
 報告者:P

  依然、渋谷凛の体調は問題無し。
  インターネットでの評判を見るに、渋谷凛復帰への期待感は大きい模様。
  彼女の成長は目覚しく、フェスまでの仕上がりも間に合う見込み。
  サマーフェスに向け、メンバーによるPR活動を明日より開始予定。
  ボーカルやダンスの練度の高いユニットから順に起用。
  他、薬の処方等、特記すべき事項は無し。
  以上

【経過報告】
 報告日:8月9日
 報告者:S.I

  いじょうなし! NP.

――――――――――――

――――――


コツ コツ…

武内P「さすがにもう少し、書いていただけなかったでしょうか」

志希「だって本当に何も書く事無かったんだもん。
   至って健康そのもの。問題無さすぎてつまんない」

武内P「それでしたら、一緒に営業に行かれた時のご様子などは……」

志希「あれも皆で挨拶して、あたしが持ち歌歌って、凛ちゃん復活パチパチー!
   でおしまいだったでしょ?」

志希「あたしがちょっと緊張したって話をしたって、凛ちゃんの報告とは関係無いしさー」

凛「志希でも緊張するんだね。ステージはすごく良かったけど」

志希「んふふー、ありがと♪」

凛「ところでさ、プロデューサー」

武内P「何でしょうか?」

凛「生意気な事、言うかも知れないけど……
  私が復帰する事について、あまり大々的に宣伝しないでもらえるかな」

武内P「! ……しかし、あなたの復帰を心待ちにしていたファンもいらっしゃいます」

凛「大事なのは今までどうだったかじゃなくて、これからの私がどう活躍できるかでしょ」

凛「そもそも倒れる前の私だって、そんな威張れるほど結果を残せてないし……
  ファンの人達には、色眼鏡で私の事を見てほしくない」

凛「ましてや、可哀想だなんて、絶対思われたくないから」


武内P「……なるほど。分かりました」

武内P「申し訳ございません」ペコリ

凛「いいって、そんな謝らなくて」

志希「凛ちゃんはほんっとーにストイックだねー」


志希「さ、そんな一方で事務所はどうなってるかにゃ?」

ガチャッ

みりあ「あ、やっと来た!」

莉嘉「三人とも遅いー!」

志希「ごめんごめん。あれ、ひょっとしてあたし達を待ってた?」

みく「主役がいないのに始められるワケないにゃ!」

アーニャ「ダー。さぁ、プロデューサーもこれを持ってください」

武内P「は、はい」



未央「せぇーの……」

未央「しぶりん、誕生日おめでとぉーっ!!」

一同「おめでとーーっ!!」

パンッ! パン パパンッ!


凛「ありがとう……さっきの未央の“せぇーの”って掛け声、いる?」

李衣菜「ぶっつけで合わせたから、何言うか決めてなかったしね」

杏「おめでとーだけ辛うじて揃ったから良かったけどさ」

未央「いいじゃん別に! さぁさ、フーフーしたまえよしぶりん」

卯月「一息ですよ! 凛ちゃん、頑張ってください!」

凛「まかせて」

かな子「いよいよフェスまであと三週間かぁ」

きらり「凛ちゃんが元気になってから、あーっという間だったにぃ」

美波「まだ終わっていないわよ、きらりちゃん。
   ここまで来たら、ファンや私達のためにも、絶対成功させなくちゃ」

智絵里「うぅぅ、い、今から緊張が……」

蘭子「迫りくる、決戦の舞台……そして訪れる審判の日」ゴクリ…

莉嘉「ちょ、ちょっとそこの皆ー? せっかくのパーティーなんだからそんな…」


コンコン…

莉嘉「ん?」


ガチャッ


楓「あのぉ……ごめんください」スッ

卯月「え……ええぇえっ!?」

未央「か、楓さんっ!? 高垣楓さんだぁ!」

楓「高垣楓です。凛ちゃんの誕生日だと聞いて、差し入れを」


凛「楓さん、わざわざ来てくれてありがとう」

楓「凛ちゃん、お誕生日おめでとう。はい、これ」

凛「どうも……なにこれ、お酒?」

楓「凛ちゃんが生まれたのと同じ年のワイン♪」ニコッ

凛「飲めないんですけど。私どころか、この部屋にいるほとんどが」


みく「な、何で凛ちゃん、高垣楓さんと普通に話せてるん……?」ガタガタ…

李衣菜「し、知らないよ……すごい、ロックすぎるよ凛ちゃん」ブルブル…

凛「目上の人と話すのがそんなにロックかな」


凛「楓さんは、私が入院してる間、頻繁にお見舞いに来てくれてたってだけだよ」

凛「……だけ、って言い方も失礼だし、何であんなに来てくれたかは分からないけど」

凛「本当に、あの時はありがとう、楓さん」

楓「いいえ、いいのよ」

武内P「高垣さん。お忙しい中お越しくださり、ありがとうございます」ペコリ

楓「こちらこそ。ご無沙汰しています、プロデューサー。
  調子はいかがですか?」

武内P「はい。今のところ、順調に進んでおります。
    懸念されていた渋谷さんの健康状態も、心配すべき点は特に見当たりません」

楓「そうですか……ふふっ」

武内P「? ……何か?」

楓「いえ。やっぱり、変わらないなぁって」

武内P「はぁ……」


智絵里「あ、あわわわ……」カタカタ…

楓「……智絵里ちゃん、どうしたの?」

智絵里「ひゃ、ひゃいっ!?」ビクッ

未央「なんかちえりん、フェスの前だからって緊張してるみたいなんです」

楓「まぁ」

楓「私も、ライブやフェスの前はとっても緊張するの」

楓「どんなステージでも、必ずね」

李衣菜「そ、そうなんですか!? ちっちゃいライブでも!?」

みく「いやいや、楓さんが今時小さいライブなんてもうやるワケないにゃ~」

楓「地方のイベントでのミニライブなら、今もやっているのよ?」

みく「うえぇえっ!?」


楓「お仕事に、大きいも小さいもありません」

楓「どんなものであれ、本番が近づくにつれて緊張するという事は、
  それだけ自分が真剣に向き合い、頑張ってきた証」

楓「だから、自信を持って。
  一生懸命頑張ってきた皆にとって、緊張感はきっと味方になるはずですよ」


智絵里「か、楓さん……」ジィ-ーン…

楓「どんなに緊張しても、いつも通り慎重に、ねっ?」ニコッ

智絵里「はい……へっ?」


未央「……ひょ、ひょっとして今の、ダジャレ?」

凛「楓さんの良くない所だよね、それ。ダジャレさえ言わなけりゃカッコ良かったのに」

楓「ふふっ、そうかしら」

楓「でも、今言った言葉は、ある人からの受け売りなのよ」

卯月「そうなんですか?」


楓「ねっ?」ニコッ

武内P「……?」

志希「おっ、キミが昔楓さんに言ったとか? なかなかキザだねぇー♪」ツンツン

武内P「いえ。そのような事はありませんが……」

楓「……ふふ」

楓「それじゃあ、私はこれで」

かな子「えっ、もっとゆっくりされていかれないんですか? ケーキも…」

楓「これから、ちょっとだけお仕事が残っているの。ごめんなさい」

美波「いえ、そんな。本当にありがとうございます、すごく励みになりました」

みりあ「また遊ぼうねー!」ピョインッ

楓「ふふ、そうね。じゃあ、失礼します」ペコッ

武内P「お疲れ様です」ペコリ

ガチャッ バタン…


未央「……いやぁ~、楓さんが来てくれたなんてちょっとカンドーだよぉ!」

卯月「はいっ! 一緒に写真撮れば良かったです!」

きらり「きらりんパワーチョー充電完了っ!」ブルルイ

凛「……ねぇ、プロデューサー」

武内P「はい」

凛「楓さんとは、昔何かあったの?」

武内P「このプロジェクトを担当する前、彼女の担当プロデューサーでした」

凛「それだけ?」

武内P「はい。そうですが……」



凛「ふーーん……」

【経過報告】
 報告日:8月24日
 報告者:三村 かな子

  とうとう、フェスの本番一週間前になってしまいました。
  あまりの緊張で、二、三日前からお菓子がのどを通りません。

  でも、レッスンやお仕事は、とても充実しています。
  凛ちゃんは、宣伝するのはやめてとプロデューサーに言ったそうですが、
  営業先で凛ちゃんが登場する度、ファンの人達がうわぁ~って喜ぶんです。

  口では言わないけど、凛ちゃんは絶対に嬉しいはずです。
  楽しみにしていた人がこんなにいたんだって、私まで嬉しくなります。

  緊張は友達。
  何かのマンガで見たような言葉ですが、今の私は、緊張に勇気づけられています。
  フェスが終わったら、皆でいっぱいお祝いしようね!

【経過報告】
 報告日:8月27日
 報告者:リカ☆

  もうチョー疲れた・・・
  最後の追い込みだーって、さいきんすっごく大変。
  家に帰っても、お姉ちゃん、本番が近づくとチョーシンケンになってこわいんだもん。

  ま、カリスマギャルはこんなんでへこたれないけどね→☆
  ていうかこんなにがんばってるんだから、ぜったい上手くいくもん!

  りんちゃんは、あいかわらず残ってうづきちゃん達と自主練してるみたい。
  リカでさえへろへろなのに、本当にすごいなぁ。
  今度はリカも、いっしょにつき合ってあげなきゃ。

  ダメ、ねむいのでねる。おしまい。

【経過報告】
 報告日:8月30日
 報告者:P

  検査、特に異常無し。
  言うまでもなく、渋谷凛だけでなくメンバー全員のモチベーションは高い。
  渋る彼女達を早めに帰宅させ、明日のフェスに臨む。
  他、特記すべき事項は無し。
  以上

――――――――――――

――――――


武内P「セットリストは、このようになります。音源は、ここに記されたタイミングで…」

スタッフ「了解しましたっ」


卯月「プロデューサーさん!」

武内P「皆さん、お疲れ様です。体調はいかがですか?」

蘭子「ふっふっふ……我が心を荒らし狂う暴魔の如き雷も、今となっては歴戦の友!」バッ!

凛「調子は万全だよ。いつでもいける」

智絵里「はい……!」ギュッ


武内P「本番までは、まだ時間があります」

武内P「皆さんはそれまでの間、少し会場の様子をご覧になったり、
    楽屋でリラックスされるのがよろしいかと…」

スタッフ「プロデューサーさーん! こっちの照明の配置はどうしましょーう!?」

武内P「今行きます」スッ

スタスタ…

李衣菜「あぁして見ると頼もしいよねぇ、プロデューサー」

かな子「楓さんだけじゃなくて、川島瑞樹さんや片桐早苗さんも担当してたんだって」

蘭子「マジでっ!?」

未央「らんらん、素が出てる出てる」


みく「よくよく考えたら、みく達だって全くの素人じゃないんだし…」

莉嘉「頼りになるPくんもいるし、センパイのお姉ちゃん達だって出るんだもんね☆」

志希「何だか不思議な気分―。気づいたら、あたしもすっかりアイドルになっちゃった」

きらり「えへへ、志希ちゃんアイドル楽しんでゆ?」

志希「楽しいのもそうだけど、面白い? 研究し甲斐があるよねー、にゃははーっ♪」

杏「杏、このフェスが終わったら、巨額の不労所得を得るんだ……!」


美波「…………」

アーニャ「ミナミ、どうしました?」

美波「ううん、ちょっと……何でもないの」


未央「よぉーし、それじゃあ先輩達に挨拶しに行こーう!」

一同「おぉーっ!」

まゆ「キュートな猫チャンアイドルさんって、みくさんの事だったんですねぇ」

まゆ「アイドル活動に対する一途な想い、まゆも負けません。そう、一途な、ね?」ニッコリ

みく「えっ? あ、はい」



愛梨「この間のマッスルキャッスルの収録、あれ評判だったらしいんですよ」

きらり「えぇっ? あの、きらり達がスイカ割りしたヤツのことぉ?」

幸子「久々に殺されるかなと思いましたよ、えぇ」



友紀「今日もかっ飛ばしていこー!!」ゲッツー!

未央「おぉーっ!! ユッキーもよろしく頼むっぜぇーぃ!!」ウォンチュッ!

志希「何か仲良いね?」

卯月「この間、二人で一緒に野球観に行ったみたいです」

加蓮「凛っ」

凛「……! 加蓮、奈緒も」


奈緒「へへっ、気合十分って顔してるな。
   今日はあたし達、出番無いけど、その分しっかり勉強させてもらうぞ!」

加蓮「病み上がりを言い訳に下手なステージ見せたら、承知しないから」

凛「……まさか、加蓮からそんな事を言われるなんてね」ニコッ

加蓮「それって嫌味? ふふ」


かな子「この間話してた、新しく346プロに入ったっていう子達?」

凛「うん。先輩として、少しは私達、カッコいい所を見せてあげないとね」

李衣菜「まっかせてよ! この私がサイコーにクールでロックなステージ見せるからさ!」

奈緒「お、おう……」

李衣菜「どういうリアクション!?」


美嘉「今度もアタシがちゃんと会場温めてあげるから、しっかり楽しんで来な」ナデナデ

莉嘉「うんっ! えへへーっ☆」ニコニコ

早苗「そういえば、P君は元気?」

みりあ「うん! プロデューサー、皆の事をすっごくお世話してくれるんだー!」

瑞樹「へぇー……あの人も無愛想だけど、面倒見は良かったものね」

早苗「もうちょっと付き合い良けりゃあ言う事ナシなんだけどねー? ワハハハ!」

智絵里「は、はぁ……」


雫「それで、そのプロデューサーさんは今、どちらにいらっしゃるんですかー?」

アーニャ「今は、本番前の準備をしてい…」

裕子「おっとアーニャちゃん、それ以上は無用! このエスパーユッコにお任せあれ!」サッ

アーニャ「えっ? ……スプーン?」


裕子「私のパワーで、見事プロデューサーの居場所をズバリ当ててみせましょう!」

裕子「むむむーん! サイキック念写ぁッ!!」グッ


裕子「むんっ? ふ、ふんぎぎぎ……うおぉぉぉ…!!」ググーッ…!

瑞樹「まーた始まったわ……」

ポキンッ

裕子「あっ」

カチャン カラカラカラン…



美波「…………!」

早苗「あらら、折れたのなんて初めてじゃない?」

雫「いつもは曲がったり曲がらなかったりしますねー」

裕子「し、失礼ですよ雫さん! 普段は私、パワーを制御してるんです!
   ただ、今回はちょっと良い所を見せたくてつい力が…!」

瑞樹「念写なのに、スプーンを物理的に曲げる意味があるのかしら」


ダッ!

アーニャ「あ、ミナミ……?」

タッタッタッ…!


スタッフA「あぁ、その人なら確か衣装部屋に行きましたよ」


タッタッタッ…!


スタッフB「え、こっちにはまだ来てないですねぇ。ていうか衣装まだかなぁ?」


タッタッタッタッ…!


スタッフC「さっきようやく届いたんですよ。お部屋へ運ぶのを手伝ってもらってます」

美波「はぁ、はぁ……!」タタタ…



コツ コツ…

今西「彼女達なら、この奥にいると思うのだが…」

美城「会場全体に、緊張感が足りないように思えます」

今西「落ち着いているとも言えるのでは?」


タッタッタッタッ…!


ドンッ!

美城「むっ」

美波「あっ! す、すみませんっ!!」ペコリ!

今西「あ、おい君…」

タタタ…!


今西「彼女……新田美波君といったか。ただ事では無かったようだが……」

美城「…………」

美波「はぁ……はぁ、ぷ、プロデューサーさん……!」タタタ…



美波「……!!」ザッ…!


美波「ぷ、プロデューサー、さん……?」



美波「プロデューサーさん……プロデューサーさん!!」ユサユサ…

美波「しっかり!! しっかりしてください、プロデューサーさん!!!」ユサユサ!


美波「誰かっ!! 誰か来てくださいっ!!」

美波「人が倒れているんです、誰かぁ!! 早くっ!!!」


美波「プロデューサーさんっ!!!」ユサユサ!

――――――――――――

――――――


  ぷ、プロデューサーっ!

  あ、あの……

  良かった……ライブが終わった途端、気を失うなんて、そこまで疲れて……


  い、いえ、あの……お客さんの人達……とても、楽しんでくれたみたいでした。

  私の歌、良かったよって……またここに来てねって、言ってもらえて……


  プロデューサーの言葉のおかげで、私、とても楽しむ事ができたんです。

  キラキラと眩しくて、私の歌が、ステージに溶けていくようで……素敵だなぁって。

  私の歌が、あんなに喜んでもらえるなんて、思っていなかったから。

  私、すごく嬉しいですっ。えへへ。


  本当に……ありがとうございます、プロデューサー。

  この次は、ちゃんとしっかり私の歌、聞いてくださいね?


――――――

――――――――――――

――――――――――――

――――――


武内P「………………」パチッ

茜「ボンバァァァァァァーーッ!!!」ゴアッ!

武内P「!?」ビクッ!


智香「ゴー、茜ちゃんゴー!! あともう一息ですっ!!
   起ーきろ! ウェイクアップ! プーロデューサーーッ!!」フリフリ!

未央「お願い茜ちんともちん!! 私達のプロデューサーを助けてっ!!」

智香「言われるまでも無いですよ! ここで応援しなきゃどこでやるっ!!
   ゴーゴーレッツゴー、あ、か、ねぇーーーッ!!!」フリフリ!

茜「うおおおぉぉ、応援が力に変わりますっ!!
  そしてこのパワーをプロデューサーにぃぃぃっ……!!」ググ…!

ガシィッ!

茜「ボンッバァァァァァァァァァァァーーーッ!!!」ゴアッ!

武内P「あの……ち、近いです」

凛「プロデューサー!」

武内P「……私は、気を失っていたのですか」

卯月「美波さんが見つけてくれてなかったら、どうなっていたか…!」

みく「アイドルに気を遣いすぎて自分が倒れるなんて、笑えないにゃ」

武内P「……ご心配をお掛けしてしまい、申し訳ございません」ペコリ

杏「働き過ぎだよ、プロデューサーは」


志希「それにしても、良く気づいたねー美波ちゃん」

美波「私も以前、フェスの直前に倒れた事があって……嫌な予感がしていたの」

アーニャ「経験者は語る、ですね。ミナミ、グート ゲマハト! 良くやりました!」

裕子「私の力が、人を救う一助となった……サイキック冥利に尽きます」

奈緒「フィジシャン、ヒール・ユアセルフってヤツだな」

加蓮「何それ?」

奈緒「いや、この間見たアニメの一節」

ガチャッ

武内P「……!」


今西「やぁ」

武内P「今西部長……美城常務も、どうもお疲れ様です」ペコリ

美城「先ほどまで、倒れていたそうだな」

武内P「……はい。お恥ずかしい限りです」


美城「アイドルには代わりがいるが、プロデューサーはそうもいかない。
   今後は気をつけるように」

武内P「! ……常務、お言葉ですが、私達のアイドルに代わりなど…!」


凛「代わりはいます」

武内P・美城「!?」「……?」

みく「Pチャンが育ててくれたみく達だもの」

未央「プロデューサーならどういう時にどう考えるか、分からない私達じゃないよっ」

かな子「だから、プロデューサーさんがちょっと体調崩したからって、
    何もできなくなるような、そこまで情けなくは私達、ありません!」

きらり「きらり達みぃーんなで、Pちゃんの代わりになれば良いんだにぃ☆」

アーニャ「ダー。支え合うのが、私達の強さです」


美波「だからプロデューサーさん。どうか大人しく、医務室で休んでいてくださいね」

武内P「皆さん……」


今西「ははは。一本取られたようだな」

武内P「…………」ポリポリ…


武内P「……?」



楓「……」クスッ

ガヤガヤ…

ちひろ「いよいよですね……!」ワクワク


ザッ

ちひろ「あ……プロデューサーさん」


武内P「現場にいない事には、話になりませんので」


ちひろ「……本当にプロデューサーさんは、お仕事の虫ですね」



瑞樹「さぁ、楓ちゃん。掛け声をお願いね」

楓「はい」

凛「ダジャレは禁止だよ、楓さん」

楓「……茜ちゃん、代わりにお願いします」

茜「おぉっとキラーパスですねっ!? ありがとうございますっ!!」


茜「346プロおぉぉぉっ!! ファイトおぉぉぉぉぉぉっ!!!」

一同「おおーーーっ!!」
茜「いっぱああぁぁぁぁぁぁぁぁつっ!!!」

一同「えっ?」

ワアァァァァァァァァァ…!!

卯月「凛ちゃん……」

未央「リベンジする時が来たよ、しぶりん」


凛「卯月、未央……今までずっと、待たせてごめん」

凛「これからも、ずっと、よろしくね」

卯月「……はいっ!」ギュッ

未央「今まで溜めてた分! ニュージェネらしくハデにぶちかましちゃいますかぁっ!!」

凛「うん……!」コクッ



三人「チョコッ!!」タッ


三人「レイッ!!」タッ


三人「トオオォォォォーーーーーッ!!!」タンッ!


ワアアアアアァァァァァァァァァァァァァッ!!


――――――

――――――――――――

――――――――――――

――――――


ガチャッ


凛「…………」バタン…



凛「誰も来てる訳ない、か……」



ヒョコッ

卯月「凛ちゃんっ」

凛「わっ!? う、卯月……!」


卯月「今日はお仕事、お休みですよね?」

凛「うん、でも……何となく、事務所に来たくなっちゃって」

卯月「私もです、えへへ」

凛「ふふっ」

卯月「誰も来ないですね……未央ちゃんも、家遠いし」

凛「寂しい?」

卯月「ううん」フルフル


卯月「凛ちゃんがいなかった時の方が、寂しかったです」

卯月「当たり前のようにいてくれた人がいなくなって、未央ちゃんも、皆、
   賑やかにしてくれてはいるけれど、とても沈んでいて……」

凛「…………」

卯月「凛ちゃんがいてくれたから、昨日のフェスは皆、あんなにも楽しめたんです」


凛「私の方こそ、皆に感謝しないとね」

凛「私の事をずっと待っていてくれた、シンデレラプロジェクトの皆……
  もちろん、私を救ってくれたプロデューサーと志希」

凛「何より、夢みたいに楽しいあの時間を、共に分かち合ってくれた事に」


卯月「凛ちゃん……」

凛「でも、卯月……ありがとうは、言わないよ」スクッ

卯月「えっ?」

凛「ありがとうって、一度言ったら、それが最後になっちゃう気がするから」

凛「しきれないはずの感謝を、これまでもこれからもしていくのに、
  ありがとうの一言では、とても表しきれないから……」


凛「だから、私は態度で示す事にする」

凛「皆からもらった励ましの心を、私も誰かに与えていきたい」

凛「こんな私でも、誰かを元気づける事ができるなら……眩しく輝かせる事ができたなら」

クルッ

卯月「……!」


凛「どんなに嬉しいだろうって、思えるようになったんだ」

凛「卯月や、皆のおかげだよ」ニコッ


卯月「凛、ちゃん……」

凛「ありがとう、うづ…」

凛「あっ! い、いや……今のはナシ、ナシだから」ブンブン

卯月「……ふふっ、凛ちゃん今ありがとうって言いましたよね?」

凛「言ってない! 思っただけ!」

卯月「えへへへ」ニコニコ

【経過報告】
 報告日:9月1日
 報告者:多田 李衣菜

  おはようございます。
  すみません。つい疲れすぎて寝ちゃって、昨日の報告を書けませんでした。

  昨日のフェスは、文句ナシの大団円!!
  CPの一番手、志希ちゃんの『秘密のトワレ』でイッキにフルスロットルになって、
  それからキャンディアイランドの『Happy×2 Days』、
  凸レーションの『LET'S GO HAPPY!!』、
  蘭子ちゃんの『LEGNE』、
  もうずぅーっとコールコールの嵐で、すっごかったんです!

  でも、何といっても一番の目玉は、未央ちゃん達でした。
  これまでの営業で、だいぶ凛ちゃんの事が広まってたのかな。
  ニュージェネがステージに立った時から、歓声がおおぉぉーー、って。
  それに、私から見ても、ステージの完成度はニュージェネが一番でした。
  ボーカルの伸びも、ダンスのキレも。
  何より、凛ちゃん達の本当に楽しそうでうれしそうな顔!
  もーこっちまでうれし泣きだよ。卯月ちゃん未央ちゃん良かったね、本当に。

  逆に私とみくちゃんがその次やりづらくなっちゃって、少しヘマしたぐらいです。
  美波ちゃんとアーニャちゃんが、しっかりフォローしてくれたけどね。

  本当に夢のようなステージでした。
  皆でがんばれて、本当に良かったなぁ。
  凛ちゃんが、皆がいてこそのCP。
  諦めずに凛ちゃんを救ってくれたプロデューサーや、志希ちゃんに感謝です。
  むしろプロデューサー、体調は大丈夫かな?

【経過報告】
 報告日:9月2日
 報告者:渋谷 凛

  少し筋肉痛は残っているけれど、体調は普通です。
  薬もちゃんと飲んでいます。

  実は昨日、学校が午前中で終わった後、帰りに事務所に寄りました。
  もちろん、元々休みの予定だったから、誰もいるはずがないんだけど、
  何だか無性に行きたくなって。
  前の日の興奮が、まだ残っていたのかも知れない。

  プロデューサーもいない事務所で、同じように来ていた卯月と雑談。
  その後、ちひろさんにたまたま会えたから話をしたけど、次の日も休ませるとのこと。

  でも、今日来てたよね、プロデューサー。
  休む時はしっかり休むのがプロの務めだと思う。

  あの時、常務の言い方にカチンと来たから、つい口走っちゃったけど、
  代わりになれるからと言って、どうでもいい訳じゃないんだよ。

  私なんかに言われる筋合いは無いかも知れないけど、
  ちゃんと、体は労わってほしいと思う。
  私達のプロデューサーなんだから。

【経過報告】
 報告日:10月6日
 報告者:P

  渋谷凛の健康状態に支障は無し。薬も適正に処方しているとのこと。

  346プロにて、アイドルプロジェクトの大幅な見直しが行われる模様。
  一斉に解体を迫られるものではなく、新たな可能性を追求するという名目で、
  プロジェクト間の枠を超えたユニットの結成が常務主導で検討されていく予定。

  当シンデレラプロジェクトも例外ではなく、実績あるアイドルより優先的に、
  常務率いるプロジェクトチームからスカウトされていく見込み。
  関係者より得られた情報によると、現在までに予定されたアイドルは下記の通り。

   ・一ノ瀬志希
   ・渋谷凛
   ・アナスタシア

  アイドル達にその旨を周知したところ、当初は戸惑いこそあったが、
  概ね好意的に受け入れている様子。
  結束の強いニュージェネレーションズのメンバー、本田未央と島村卯月も、
  これを渋谷凛のさらなる成功の足掛かりと捉え、応援する姿勢を見せている。
  一方で、プロジェクト運営の根幹に関わるため、状況を着実に精査した上で、
  慎重な判断が求められる。

  三日後、高垣楓のミニライブの応援にニュージェネレーションズを配する予定。
  高垣楓より直接のオファーがあったため。
  なお、彼女も件のプロジェクトに声が掛かっているアイドルの筆頭である。
  より良い経験とモチベーションの維持に繋がる事が期待される。
  以上

21~22時頃まで席を外します。
あと半分ほどあります。4時頃までに終われれば良いなぁと思います。長くてすみません。

――――――――――――

――――――


美城「…………」ペラッ

美城「仕事に大きいも小さいも無い、か……」


今西「奇しくも今日は、彼女がその言葉を得た会場でのミニライブがあるそうだ」

今西「シンデレラプロジェクトの子達、そして彼をわざわざそこに呼んだという事は、
   彼女自身、それだけ思い入れがあるという事だろうな」


美城「……彼は、彼女のプロデュースを担当していましたが、何か関係が?」

今西「うん。それはあるだろうね」

美城「マネージメントのみに徹し、ロクにプロデュースらしい事をしていなかった……
   強い思い出を抱かせるシーンなど、あり得たのでしょうか」


今西「ふむ……おそらく、無かっただろう」

今西「無口な歯車に変わった後の彼に対しては、ね」

~ミニライブ会場~

ブロロロロ… キキィッ

ガチャッ

未央「いよっと! 楓さん、もう着いてるかな?」スタッ

卯月「早く行きましょうっ!」ダッ!

未央「あっ、しまむーズルい!」ダッ!


凛「何で楓さん、私達を応援に呼んだんだろう」

武内P「正確には把握しかねますが、やはり、事務所の後進に経験を積ませようと…」

凛「……違う」

武内P「えっ?」



クルッ

凛「プロデューサー。本当に楓さんと、何も無いの?」

武内P「何も、とは……アイドルとプロデューサーですので、何、という…」

凛「別にいかがわしい事聞いてるんじゃなくてさ!」


凛「気づいてるでしょ? 楓さん、ずっとプロデューサーの事見てるよ」

凛「今日だって……絶対、何か理由があるんだよ、きっと」

凛「気づいてあげなきゃいけない事、本当に、何も無いのかな……」


武内P「………………」

~控え室~

楓「サインをしなさいん♪」サラサラ-


ガチャッ

楓「……あっ」

一同「お疲れ様ですっ!」ペコッ


武内P「……どうも、お疲れ様です」ペコリ

楓「お疲れ様です。今日はよろしくお願いします」ペコッ

武内P「こちらこそ」


未央「あれっ? うわぁ、直筆サイン入りうちわだーっ!!」

卯月「本当ですっ! お土産に、ぜひ一枚だけ……!」

凛「バカ。みっともないからやめようよ」


ガチャッ

スタッフ「すいませーん! ちょっと物販スペースの応援お願いできませんか!?」

卯月「うえぇっ、まだ開場の三時間以上前なのに、そんなにお客さん来てるんですか?」

未央「楓さんクラスだと、ミニライブでもグッズの倍率はハンパじゃないんだね。
   うちわの配布だって控えてるのに」

武内P「かしこまりました。すぐに行きま…」

凛「待って」

武内P「?」


凛「物販の応援なら私達でもできるから、私達で行くよ。ねっ、卯月、未央?」

卯月「へっ?」

未央「おっ、それもいいねー!
   学園祭のたこ焼き店で慣らした、未央ちゃんの売り子術にお任せあれ!」フンスッ

武内P「し、しかし本番前の…」

凛「プロデューサーは、よく分かんないけどほら、楓さんと打合せとか、あるでしょ?」

楓「えっ?」

凛「それじゃあ行こう、卯月、未央」

卯月・未央「はいっ!」「合点承知の助!」

タタタ…



武内P「…………」

楓「……ふふっ、何だか分かりませんけれど、気を遣わせちゃいましたね」

武内P「えぇ……そのようです」


楓「調子は、いかがですか?」

武内P「えぇ。渋谷さんは、ご覧の通りすっかり良く……?」

楓「……ふふっ」ニコッ


武内P「…………私の体調、ですか?」

楓「凛ちゃんの誕生日の時も、本当は、そっちをお聞きしたかったんですよ?」

楓「自分の事には気を配れない所……本当に、変わらないんですね」


武内P「……ところで、あなたにお伺いしたかった事が」

楓「はい」

~物販スペース~

客A「えーっ、もうTシャツ売り切れっすかぁ!?」

客B「散々待たせておいてそりゃないよぉ!」

客C「ていうか誘導ヘタすぎるでしょー!」

ブーブー…!


スタッフ「じゅ、順番にご案内しておりますのでどうか焦らずゆっくりとー!」


タタタ…!

卯月「お待たせしましたぁ!」

スタッフ「あ、ありがとうございます! って、えぇっ!?」

未央「ふっふーん、さぁ私達が来たからにはもう大丈…」


凛「あ、あれ……アンタ……?」



同僚P「り、凛……お前達……!!」

一同「(元)プロデューサーさんっ!?」

ガヤガヤ…


同僚P「いやぁ捌いた捌いたっ! 本当助かったぜ、ありがとな。はいジュース」サッ

未央「ありがとー、プロデューサー!」

同僚P「よせやい、俺はもうお前達のプロデューサーじゃねぇんだ」

同僚P「いや……むしろもう、プロデューサーですらないんだけどな」

卯月「えっ?」


同僚P「346の子会社のイベント屋に出向さ。左遷ってヤツだ」パコッ

同僚P「ま、社長に盾突いたバツだな。悔いはねぇけどよ、ハハハ」グビグビ…


凛「ひょっとして……話、聞いた事あるんだけど、私の医療費の事で?」

同僚P「まぁ色々あるが、一言で言えばオトナの事情だよ。気にすんな」

凛「…………」


同僚P「それにしても……」グスッ…

凛「……?」

同僚P「本当に……本当に良かったなぁ、凛よぉ……お前本当に、よく…!!」ボロボロ…

凛「や、やめてよ! なんか鼻水すごいっ!」

未央「おぉ、どうどう。よしよし」ナデナデ

同僚P「ヒック、ヒック……おう、うぉう……」

凛「大の大人が女子高生に介抱されてるよ……」

卯月「それだけ凛ちゃんが元気になった事が嬉しかったんですねっ」

凛「まぁ……そうなんだろうけどさ」


同僚P「ところで、お前達はアレか? 高垣楓の前座か何かで呼ばれたのか?」

未央「うん、そうだよ」

同僚P「ふぅーん、彼女も随分とCPの肩を持つんだなぁ」

卯月「何か、あったんですか?」

同僚P「ん? いや、何……」


同僚P「俺がCPを離れる時、俺に代わってアイツを担当にしてくれるよう、
    俺から常務にお願いしたんだけどよ」

同僚P「もう一人、同じお願いを常務にしたアイドルがいたらしいんだよな」

同僚P「で、そのアイドルってのが……」

凛「えっ……」

~控え室~

武内P「やはり、そうだったのですね」

楓「余計なお世話、だったでしょうか?」

武内P「…………」

楓「自らプロデューサーとしての道を閉ざして、私達の単純な世話役に徹して、
  抑揚の無い日々を求めて……」

楓「そんな折、未来ある子達が生み出す激動の渦になど、巻き込まれたくなかった?」


武内P「……ありがた迷惑、と思っていました」

武内P「それを言い渡された当初の私には」


武内P「ですが、今では……充実した日々を送れる事に、心から感謝しています」

楓「……良かった」ニコッ


武内P「加えてお聞きしたいのですが……なぜ、私を推薦したのですか?」

楓「昔のプロデューサーを、取り戻してほしかったんです」

武内P「えっ?」


楓「今日のライブが終わる頃には、思い出してもらえると良いなぁって」

楓「だから、シンデレラプロジェクトの子達を……凛ちゃん達を呼んだんです」

楓「プロデューサーにも、来てほしかったから」


武内P「…………」

楓「ちょっと、大人げなかったですよね」



スタッフ「高垣楓さーんっ! そろそろうちわの配布をお願いします!」

楓「分かりました」


楓「それじゃあ、またライブで」ペコッ

スタスタ…



武内P「…………ここは……」

~物販スペース~

同僚P「とまぁ、俺が知ってんのはそんなところだ」

卯月「ほえぇ~……意外、です。楓さん、そこまでシンデレラプロジェクトに…」

未央「チッチッチッ、しまむーは本当にお子ちゃまだねぇ」

卯月「えっ?」


ズイッ

未央「楓さん、プロデューサーにゾッコンのデレッデレなのだよ。分かんない?」

卯月「!? え、ええぇぇぇっ!!? そ、そんな私は…!」アタフタ…!

凛「何で卯月がうろたえてんの」


同僚P「俺もそう思ったけどよぉ。
    アイツはマジで仕事が恋人だから、本気でくっつけようとするならホネだぞ?」

未央「なぁにを弱腰になる必要があるのさ!
   世話になったプロデューサーのため、一肌でも二肌でも脱ごうじゃん!」ガバッ

卯月「未央ちゃんっ! 私も頑張りますっ!」ギュッ


スタスタ…

楓「お疲れ様ですー」

未央「ちゃああぁぁぁっす!!」ペコーッ! (←90°)

楓「!?」ビクッ!

卯月「楓さん、一緒に頑張りましょうっ!!」ギュッ!

楓「え、えぇ、そうね?」


同僚P「それでは、これから高垣楓のサイン入りうちわを配布しまーす!
    焦らずゆっくりと、こちらから一列にお並びくださーい!」



凛「……ねぇ、楓さん」

楓「なぁに、凛ちゃん?」


凛「私のお見舞いに足しげく来てくれていたのも、プロデューサーに会うため?」



楓「きっと、それもあったでしょうね」

~ライブ会場~

ワアァァァァァァァァ…!! パチパチパチ…


タタタ…!

未央「プロデューサー! どう、バッチリだったでしょ!?」

武内P「はい。いつも以上に、気迫を感じられる、良いステージでした」

卯月「持てる力を振り絞って、一生懸命頑張りましたっ!」ブイッ!


未央「さぁ、お次は楓さんの番だね! しまむー、ペンライト!」

卯月「はいっ!」ササッ

武内P「はっ?」


未央「しまむー、しぶりん!! いざ出陣じゃあっ!!」ダッ!

卯月「ムード盛り上げ楽団、ニュージェネレーションズの出番ですっ!!」ダッ!

武内P「あ、あの! あまり目立つような行いは…」

タタタ…!

武内P「一体、何を……?」

凛「楓さんのステージを最高に盛り上げてやるんだ、ってさ」

武内P「現役のアイドルが、表立って客席で目立つような事をするのはまずいかと…」

凛「分かってる。ちゃんと後ろの方にいるよう、私が二人を抑えておくから」

武内P「お願いします」

凛「じゃあ、私も行ってくるね」ポロッ

武内P「あっ」

ポトッ コロコロ…


武内P「……ペンライト、落としました」スッ

凛「あ……ごめん、ありがとう。それじゃあ」

タタタ…


武内P「………………」



ワアァァァァァァァァァァァァァ!! パチパチパチパチパチパチ…!!


楓「今日は、本当にありがとうございます」

「楓ちゃーーんっ!!」「こっち向いてー!」「綺麗だよーーっ!!」

未央「楓ちゃぁーん、俺だーーっ!! 結婚してくれぇーーっ!!(重低音)」ブンブン!

卯月「キャーーッ!! 楓様ぁーーーっ!!(怪鳥音)」ブンブン!

凛「……ッ!!」ポカッ! ポカッ!

未央・卯月「痛いっ!」


楓「……」クスッ



楓「あの日、あの時と同じ……このステージを、覚えてくれている人はいますか?」


武内P「…………!」


「覚えてるよーーっ!!」ワァァァッ!!


楓「ありがとうございます」



楓「ここは、私がデビューして初めて立ったステージです」

楓「心細くて、不安でした。でも……」

楓「そんな私を応援して、共に笑ってくださる皆さんと出会いました」

楓「そんな大事な場所で、こうしてまたライブをできることが、何より嬉しいです」

楓「楽しんでいってください……」スッ


ワアァァァァァァァァァァァ…!!


~~♪



武内P「………………」

  ――歯車にさえなれば、仮面の下に隠れた君という個人が傷つく事は無い。


  ――私達は、あなたのお人形なんかじゃないっ!!



  ――あの、ぷ、プロデューサー……私、ダメかも知れません……

  ――こんな、小さい会場なのに、緊張でこ、声が……声だけじゃなくて、体も……!


  ――えっ? …………仕事に、大きいも小さいも無い……

  ――緊張は、味方……いつも通り、慎重に……?

  ――ぷっ……ふふ、あははっ。ダジャレだなんて……あははは!



  ――プロデューサーの言葉のおかげで、私、とても楽しむ事ができたんです。


  ――本当に……ありがとうございます、プロデューサー。

~~♪

楓「~~~~♪」

楓「~~~~~~ッ!!♪」


武内P「………………」



ワアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!! パチパチパチパチパチパチ…!!


未央「うわあぁぁぁん……楓さぁ~ん、結婚してぇ~~~……!!」ボロボロ…

卯月「ひっぐ、えぐっ! か、楓さん、凄すぎますぅ~~……!」ボロボロ…



凛「…………」パチパチパチ…!

ガヤガヤ…


未央「……はぁ~~泣いた泣いた。良いモノ見せてもらったよぉ」

卯月「楓さん、綺麗でカッコ良くて、素敵でした」



武内P「本日はどうも、お疲れ様でございました」ペコリ

同僚P「よ、よせよ仰々しい。こっちの立場からすりゃ、お前はご依頼人様なんだしさ」

武内P「しかし、相変わらずお元気そうで何よりです」

同僚P「そう言われんのも腹立つな。左遷だって分かって言ってんだろ?」


同僚P「ま、どのみちお前には頭が上がらねぇや。あの子達の事、しっかり頼むぜ」ポンッ

武内P「はい」

武内P「それと……高垣さんは、どちらに?」

同僚P「あん? あぁ、そういやお前、あまり彼女の現場に行った事無かったっけか」

同僚P「3階のラウンジじゃねぇか?
    あそこ、人が少なくてゆっくりできるから、彼女のお気に入りみたいでよ」

武内P「分かりました。ありがとうございます」スッ

コツコツ…



コソコソ…

未央「ウッシッシッシ……!」

卯月「本当に良いのでしょうか?」

凛「良い訳ないと思うけど……」

同僚P「心配だから俺もついてく」

コツ コツ…

武内P「…………」コツ…


楓「あ、プロデューサー」


楓「ホットコーヒーで、一緒にホッとしましょう?」

楓「……イマイチ、ですね」


武内P「高垣さん。どうも、お疲れ様でした」ペコリ

楓「ふふっ。ひょっとして、まだ思い出されていないんですか?」

武内P「いいえ……ハッキリと、思い出しました」


武内P「私はどうやら、心の奥底に過去のトラウマを隠し、鍵を掛けていたようです」

武内P「そして、その鍵も気づかぬうちに、どこかへ失くしてしまっていた……」


楓「先輩の方々が一斉に辞めてしまわれて、体調不良でしばらく休職された後……」

楓「プロデューサー、私と再会しても何も反応が無かったのは、
  結構ショックだったんですよ?」

武内P「それは、その……申し訳ございません……」ペコリ

楓「いいんです。昔と違って、私も大人ですから」

楓「早苗さんや瑞樹さんと一緒に、私も担当としていただけるよう、
  今西部長に頼んだりもしました」

武内P「そうでしたか」


楓「でも、結局……私は、プロデューサーの心を開く鍵に、なれなかったんですね」

武内P「? ……いいえ、そんな事はありません。あなたは…」

楓「ううん」フリフリ


楓「直接のきっかけとなってくれたのは……鍵になったのは、凛ちゃんです」

楓「彼女の治療に真摯に向き合う事で、きっとプロデューサーは、
  情熱に溢れていたあの頃を思い出せたんだと思います」

楓「私は、ただ背中を押しただけに過ぎません」

武内P「…………」


楓「ふふっ、でも……まだもうちょっと、ですね?」

武内P「えっ……?」

楓「昔のプロデューサーは、私の事を下の名前で呼んでくださっていたんですよ?」

武内P「!? い、いや、そんなはずは…!」

楓「ふふふっ」ニコニコ



ヒョコッ ヒョコッ

卯月「何やらとっても、良い雰囲気です……!」ワクワク…

未央「いけっ、そこだ……ガッとやれ、チュッと吸ってしまえー……!!」ソワソワ…!

同僚P「発想がおっさんじゃねぇか……」

凛「…………」

楓「もう少し、心が開き切るには、時間が必要みたいですね」

楓「でも、今日は本当に良かったです」


武内P「お招きいただき、ありがとうございました」

楓「こちらこそ。また、一緒にお仕事したいですね」

武内P「ご要望があれば、ぜひまた当プロジェクトのメンバーをお呼びください」

楓「その時は、プロデューサーも?」

武内P「善処します」

楓「ふふっ……はい」スッ

未央「あ、あれ……?」

同僚P「まずい、こっち来るぞ、隠れろ!」コソコソ…

卯月「隠れる所無いですよぉ……!」コソコソ…

凛「マネキンが……」


楓「それじゃあ、失礼します」ペコッ

武内P「はい」

スタスタ…



卯月・凛「…………」 ←マネキンのポーズ

未央・同僚P「…………ッ」プルプル…! ←水魚のポーズ


スタスタ…

同僚P「…………行ったか?」

卯月「はい……」

未央「だっはぁー! はぁ、はぁ……危なかった、被り物が無かったら即死だった」

凛「無理な体勢でいるからだよ」

未央「でも惜しかったなぁ。せっかくプロデューサーと楓さんが良いカンジに…」

武内P「…………」

未央「あとちょっとで、むっちゅ~~って出来たかも知れないのにさー。
   ねぇプロデュ…」

未央「うわあああああああっ!!」ガタガタ-ッ!



武内P「あまり大人をからかうものではありません」

未央・卯月「はい……」シュン…

武内P「あなたも、彼女達の元保護者として、節度ある振る舞いをお願いします」

同僚P「ごめんなさい……」シュン…


武内P「それでは、駅までお送りします」

ブロロロロ… キキィッ

ガチャッ


武内P「私はこのまま、諸星さん達の現場へ行って彼女達を拾い、事務所に戻ります」

卯月「今日も一日、お疲れ様でしたぁっ!」ペコリ

未央「楓さんとの馴れ初め話、今度じっくり聞…」

武内P「本田さん」

未央「う、ウソウソ冗談! アハ、アハハ……」ブンブン


武内P「それでは、お疲れ様でした」

バタン  ブロロロロ…



凛「ふぅ……さて、帰ろうか」

卯月「そうですね」

テクテク…

未央「うぅーーん……やっぱり諦めきれない」

凛「まだ言ってるの?」

未央「だってさ、どう見ても相思相愛じゃん! お似合いじゃんっ!」

卯月「お二人がとても楽しそうにお話されている様子、すごく素敵でした」


凛「それはそうかもだけど……アイドルとプロデューサーだよ?」

凛「大体、私達アイドルって恋愛がご法度なのは、業界の常識だと思うけど」

未央「む、むぐぐ……!」


未央「……あぁーーー分かったっ!!」

凛「?」

未央「しぶりんもプロデューサーの事が好きなんだーーっ!!」ビシ-ッ!

凛「!? ……はぁっ!?」

未央「だから楓さんとプロデューサーがくっつくのが面白くないんだぁーっ!!」

卯月「うええぇぇぇぇっ!? り、凛ちゃん…!」

凛「ちょ、ちょっと馬鹿言わないでよ! そんな訳ない!!」


未央「そりゃそうだよねー、覚めない眠りから救ってくれた、
   しぶりんにとってはまさしくシンデレラの王子様だよねー」ウンウン

卯月「未央ちゃん、それを言うなら白雪姫とか眠り姫ですよ」

未央「あそっか。でもそういう事だよねーそりゃあ好きになるのはしょうがないよねー」

凛「いい加減にして!! 確かにプロデューサーには感謝してもしきれないけど、
  そういうのとコレとは別だからっ!!」

未央「本当に?」

凛「ほ、本当だよ」

未央「なら楓さんとプロデューサーがラブラブになっても別に気にしないよね?」

凛「当たり前でしょ! 勝手にすれば!?」


未央「じゃあさ! 今から買い物に行こーっ!!」ガッツ!

凛「えっ?」

未央「名付けて!
   『楓さんのハートを鷲掴み! Pから送るプレゼントをプレゼント』大作戦~!」

卯月「わぁーーいっ!!」バンザーイ!

~美城グループ附属総合病院 医務室~

志希「…………」


医師「これを……」

博士「うむ…………」



博士「だが…………止むを得ませんな」

医師「えぇ……」


博士「……シキ。君の意見も聞かせてもらえないだろうか」



志希「………………」

~駅前のデパート ホール~

未央「さぁさぁやってまいりました、高垣楓のハートを掴みとれ!
   Pと楓のキューピットプレゼント大作戦の火蓋が切って落とされます!」

卯月「はいっ! 楓さん好みの贈り物、バッチリ当てちゃいますっ!」フンスッ

凛「名前変わってる」


未央「ルールは簡単!
   プロデューサーから楓さんに渡す用に一番良いプレゼントを見つけた人の勝ち!」

未央「制限時間は30分!
   予算は私達三人で出し合うとして、イチゴー(1万5千円)くらいでどう?」

卯月「一人5千円ですか」

凛「予算は別に制限つけなくて良くない?
  良い物があったら、それが私達で買えるものかどうか、皆で相談すればさ」

未央「おっ、良い事言うねー! 意外とノリノリか渋谷ぁ?」ウリウリ

凛「…………」ハァ…

未央「じゃあ30分後にまたココでっ! じゃ、スタートぉ!」ダッ!

タタタ…!


卯月「未央ちゃん、楽しそうですね」

凛「プロデューサーと楓さんをネタにふざけているだけにしか見えないけど」

卯月「ううん、未央ちゃんは、皆で楽しくなるのが大好きなんです」

卯月「凛ちゃんが倒れていた時も、ずっと未央ちゃん、私達の事を……」

凛「…………」

卯月「だから、たとえ悪ふざけでも、こうして凛ちゃんとまた一緒に楽しくできるのが、
   すごく嬉しいんだと思うんです」


クルッ

卯月「ありがとうは、最後になりそうだから言わないって、凛ちゃん言ったけど……」

卯月「私は、今この瞬間どうしても言いたいし、この先も何度だって言おうと思います」


卯月「元気になってくれて、本当にありがとうございます、凛ちゃん」

凛「……時間、気にしなくていいの?」

卯月「あ、えっ!? そ、そうだ私も早く探さないと…!」

卯月「じゃあ、凛ちゃんも頑張りましょうね! 負けませんよっ!」ギュッ!

タタタ…



凛「頑張りましょう、負けませんって……どっちなの」クスッ

凛「それに、ありがとうございますなんて……」

凛「……感謝しなきゃいけないの、こっちなのに」

テクテク…

凛「…………」プラプラ…



【季節の贈り物 『秋』ギフトキャンペーン!】

【お世話になった方への感謝の気持ち 喜ばれる秋の味覚プレゼントコーナー】



凛「ふーん…………」



凛「プレゼント、何か買おうかな……卯月と未央用に」


凛「花……お菓子、いや……うーん」

女「ねぇ、これなんかどう?」


凛「……?」クルッ


男「うーん……俺は、こっちの方がお前らしいと思う。それは少し派手すぎないか?」

女「そうかなぁ。特別な時にしか付けないんだし、ちょっとくらい派手でも良くない?」

男「それもそうか」

店員「よろしければ、ご試着されてみますか?」

男「あ、はい。じゃあ、これを……」



凛「……アクセサリー、か」



テクテク…


店員「いらっしゃいませ」

凛「…………」ジィーーッ…


凛「…………うーん」


店員「何か、お探しでしょうか?」


凛「あ……あの、ちょっと、友達へのプレゼント用に、何か良いのないかなって」

店員「ご友人の方へのプレゼント用ですね? ちなみにご予算は…?」

凛「えっと、特には決めてなくて……」

店員「かしこまりました」


店員「そうしますと、イヤリングなどはいかがでしょう?」

凛「イヤリング……」


店員「今、お客様がお召しになられているピアスとペアになるようなものですと……」スッ

店員「例えば、こちらのアイオライトをあしらった小さいお花型のものであれば、
   派手な印象は与えませんし、可愛らしさもアピールできますよ」

凛「アイオライト?」

店員「“誠実”とか“初めての愛”“癒し”などといった石言葉がございます」

店員「お値段も比較的控えめですので、当店の人気商品となっております。
   あっ、失礼ですがご友人の方は女性、それとも男性で…?」

凛「あ、いえ女! 女二人、です」

店員「かしこまりました。それであれば、ご友人の方々にも気軽にお付けいただ…」

凛「あ、いや……三人、いや……?」

店員「?」


凛「薬を作ってくれた志希……あとプロデューサー……は付けないか」

凛「他の皆にも、何もしない訳には……」ブツブツ…

凛「でも、全員に買ったらお金が……かと言って、差別するのも……」ブツブツ…


凛「……~~~~ッ!!」ワシャワシャーッ!

店員「あ、あの……よろしければ、ご試着されてみてはいかがでしょう?」

凛「えっ? あ……そうですね」

店員「はい、ではこちらになります」スッ

凛「ありがとうございます」

凛「…………」スッ 

スチャッ

凛「…………ふーん」チラッ

店員「大変、良くお似合いですよ」


店員「ちなみにご友人の方は、他にお好きなアクセサリー等はございますか?」

凛「いえ、何も……でも、これならたぶん、そんなに抵抗無く付けてもらえそうかな」

店員「ありがとうございます」


凛「じゃあ、これを。とりあえず、自分用も含めて、三つください」 

店員「かしこまりました。ありがとうございます」

店員「お支払は、現金になさいますか?」

凛「あ、はい……あっ」ゴソゴソ…

店員「?」

凛「あ、あの……お金をおろしてなかったから、やっぱり今日は…」

店員「あぁ、構いませんよ。それでは、またの機会にお待ちしていますね」

凛「すみません、ありがとうございます。あ、イヤリング返します」スチャッ

凛「あっ」ポロッ

カチャンッ!

凛「あっ、す、すみません!」

店員「あぁいえ、大丈夫ですか? ……うーんと」フキフキ…

凛「あっあの、やっぱりそれ、買います。一つだけ」

店員「あぁいえいえ、大丈夫ですよ。特に傷は付いてませんし、お気になさらないで…」

凛「いえ、どうせ自分用ので買いますから。それ、自分用にください」

店員「か、かしこまりました。それでは、今お包みしますので少々お待ちください」スッ

スタスタ…


凛「やっぱ、貯金確認しとこう……」

凛「はぁ……」


奈緒「おーい、りーんっ!」

凛「……?」クルッ


加蓮「奇遇ね。こんな所で会えるなんて思わなかった」

凛「奈緒、加蓮。何か買い物に来てたの?」

奈緒「あたしは興味無いって言ったのに、加蓮がネイルやらせるってうるさくてさぁ」

加蓮「いいじゃない。何だかんだで、奈緒も最後の方はノリノリに見えたけど?」

奈緒「の、ノリノリっていうか! あそこまで勧められたら普通断れないだろ」


奈緒「で、あたしらの話は置いといて……へぇー、凛はこういうのに興味あるのか?」

凛「うん、ちょっとね」

加蓮「ひょっとして、誰か気になる人でもいるの?」

凛「お生憎様。自分用だよ」

加蓮「なぁんだ、つまんないの」

奈緒「加蓮、お前なぁ……」


加蓮「それより、凛……ちょっとこの後、時間ある?」

~ホール~

未央「遅いなぁ、しぶりん」

卯月「きっと、悩んでいるんですね。凛ちゃん、仲間思いですから」

未央「それは私達だって同じだよぅ、しまむー」


未央「まぁそれはそれとして、しまむーは何を選んだの?」

卯月「はいっ。私はコレです!」つ 写メ


卯月「じゃじゃーん! ちょっと高級アロマディフューザー!(税込16,200円)」

未央「おぉー、ちょっと何これオシャレ!」

卯月「えへへ、でしょっ!? 綺麗な楓さんのイメージにもピッタリかなって」

卯月「それに、ミストがこう、ポワポワッてちょっとずつ出てくるのがかわいくて!」

未央「うんうん、確かにコレいいかもー! デザインも楓さんっぽいね!」


未央「あ、でも一つ思ったんだけど……これ、既に楓さん持ってそうじゃない?」

卯月「えっ……」

卯月「あ、た、確かに……すごくしっくり来ます」

未央「ふっふーん、しまむーはちょーっとその辺、詰めが甘かったかな~?」

卯月「ま、まだ持ってるって決まった訳じゃありません!
   そういう未央ちゃんは、何を選んだんですか!?」

未央「よくぞ聞いてくれた! この未央ちゃんが選んだのは……コレだぁ!」つ 写メ


未央「えーと……金の井酒造『綿屋』純米大吟醸~(税込11,340円)」

卯月「うえぇぇぇぇっ!? お、お酒ー!?」

未央「日本酒党との噂に名高い楓さんに送る、料理と響きあう銘酒、綿屋。
   柔らかく丸みのある芳醇な香りと、東北のお酒らしいキレの良い後味が奏でる…」

卯月「だ、ダメですよ未央ちゃん! 私達未成年だから買えないんじゃ…」

未央「チッチッチッ、やっぱしまむーはお子ちゃまだねぇ。
   そんなの、学校の先生へのプレゼントですー、とか言っとけば問題無いっしょ!」

卯月「あ、なるほどーっ!」ポンッ


卯月「で、でもこれ、女の人へ渡すプレゼントとしては、どうなんでしょう……?」

未央「あ……こ、このお酒を、今夜貴女と共に飲み交わしたいのです、的な?」

卯月「ムードが……女の人って、意中の男性に酒飲みだって思われたがるものかなぁ」


卯月・未央「う~~~ん……」

凛「卯月、未央」

卯月「あ、凛ちゃん!」

未央「遅いよしぶりん! 一体何をそんなに悩ん……?」


奈緒「おー、お疲れー二人とも」

卯月「奈緒ちゃん! 加蓮ちゃんも、ここに来てたんですね」

加蓮「ごめんね。私達がちょっと、時間を取らせちゃって」

凛「ううん、そんな事無いよ、私が元々遅れてただけ」

未央「えへへー、なるほどぉ。
   二人がしぶりんのプレゼント選びを手伝ってくれてたんだね?」


奈緒「いや、うーんとさ……そうじゃないんだよな、コレが」ポリポリ…

卯月「えっ?」


加蓮「ちょうど良かった、って言ったら失礼かも知れないけど……
   二人にも、聞いてもらいたい話があるんだ」

加蓮「この後、もし良かったら駅前のどこかのお店にでも、一緒に来てくれる?」

凛「…………」コクン

未央「……?」

~駅前のファーストフード店~

卯月「賛成ですっ!」

加蓮・奈緒「えっ!?」


未央「なぁーんだ、プロデューサーが言ってた例のユニットがっちゃんこの話かぁー。
   心配して損したよー」

卯月「凛ちゃんと一緒にユニットを組んでくれる人って、お二人だったんですね。
   常務に選ばれるなんて、凄いです!」


奈緒「で、でもお前達三人の活動が減っちゃうかも知れないんだぞ?
   あたし達、悪いかなぁって思ってたのに、そんな簡単に受け入れてくれるのか?」

卯月「それは、確かに寂しくないって言ったらウソになりますけど……」

卯月「でも、それ以上に、凛ちゃんがもっと活躍してくれる嬉しさの方が大きいんです。
   ね、未央ちゃん?」

未央「しまむーの言う通り!」ウンウン


加蓮「…………」

未央「にっひっひ、ひょっとして私達が、
   「しぶりんはお前達にやらん!」って言うと思った? 腕とか組んじゃってさ」

加蓮「う、うーん……まぁ、ね」ポリポリ…

加蓮「でも、そんなに自信満々に送り出してくれるって事は、
   それだけニュージェネの絆の強さを信じてるって事だよね」

未央「そうとも! 浮気の一つや二つ、許してやれない未央ちゃんじゃないのだよ」

奈緒「ほー、さすがニュージェネのリーダー! 器がデカいなー」

卯月「未央ちゃん、カッコいいです!」


加蓮「……ちょっと、うらやましいな」

加蓮「でも、逆に燃えてきた」

奈緒「加蓮?」


加蓮「逆に私達の方が、もっともっと凛と強い絆を作って、見返してやろうよ」

加蓮「どうせ最後はニュージェネに戻るんだ、なんていうその態度、面白くないしさ。
   どっちがメインかを、これから思い知らせてやるのも楽しそうかなって」

奈緒「お、おい加蓮! そんなケンカ売るような事言っちゃダメだろ…!」

未央「ホッホッホ、高見の見物といったところかのぉ」ニヤニヤ

卯月「み、未央ちゃんも挑発しないでぇ!」オロオロ…

加蓮「ふふふ」ニヤリ



凛「……皆、ちょっといいかな?」

奈緒「ん?」

卯月「?」


凛「あの……まだ私、ちょっと悩んでるんだ」

未央「えっ、そうなの?」


凛「ニュージェネの二人と離れ離れになりたくない、っていう気持ちが無い訳じゃない」

凛「でも、そういうのより……
  あちこち、色々な事に手を付けて、どれも中途半端になると嫌だな、って思ってさ」

凛「やるからには、ニュージェネも加蓮達とも、全力でやりたい。でも、だから……」

凛「それが許される実力が、自分でちゃんと付いたっていう自信ができるまで、
  加蓮と奈緒には、もう少し待っていてもらいたいんだ」


卯月「凛ちゃん……」

未央「ブレないねーしぶりんは」


加蓮「……分かった。凛自身がそういう思いなら、仕方がないよね」

奈緒「美城常務には、あたし達の方から言っておくよ。
   ていうか、凛の気持ちも聞かないで好き勝手言いすぎだよな。ごめん」ペコッ

凛「ううん、私こそ」

~駅~

ガヤガヤ…  プルルルルル…!

奈緒「じゃああたし、こっちの線だから」

卯月「加蓮ちゃんと未央ちゃんは同じ方向ですね。どこまで行くんでしたっけ?」

加蓮「私は秋葉原まで出て、そこから日比谷線かな」

未央「じゃあそこまで一緒に帰ろっか! じゃ、今日は皆ありがとー!」フリフリ

奈緒「うん、またなー!」フリフリ

テクテク…


卯月「さてと……じゃあ私、こっちなので。また明日からも頑張りましょうねっ」

凛「うん」


凛「あ、あのさ、卯月」

卯月「はい?」

凛「もしも、だけどさ……」

凛「仮にだけど……私のせいで、ニュージェネが中途半端になっちゃうとしたら、
  その時は……」

凛「………………」


凛「ごめん……やっぱこんな事言うの、どうかしてるよね。気にしないで…」

卯月「凛ちゃんは、私の親友です」

凛「……!」


卯月「ニュージェネの仲間である以上に、私達の親友なんです」

卯月「どんな結果になろうと……もし、ニュージェネが大変な事になっちゃうとしても、
   私と未央ちゃんは、いつだって凛ちゃんの味方です」

卯月「それだけは、忘れないでくださいね?」ニコッ

凛「卯月……」


卯月「えへへ、それじゃあ、今日はお疲れ様でした。バイバイ、凛ちゃん!」フリフリ

凛「うん……!」フリフリ

タタタ…



凛「えへへ……」

【経過報告】
 報告日:10月15日
 報告者:Анастасия

  プロジェクトクローネという企画が、本格的に始まろうとしています。

  私と志希と凛は、一緒に美城常務から、プロジェクトの説明を受けました。

  私はソロで、凛はトリオ、志希はなんと、5人組み。クインテットだそうです。

  少し不安ですが、美波が勇気づけてくれるので、私は参加しようと思います。

  志希も、興味があるようで、たぶん参加することになりそうです。

  凛は、悩んでいます。

  本人の意思が大事なので、これは凛の気持ち次第です。

  でも、未央も卯月も、もちろん他の皆も、凛の事を応援しています。

  Не беспокойся! Всё будет хорошо!

  きっと、全てうまくいきます。心配しないでください。

【経過報告】
 報告日:10月16日
 報告者:神崎 蘭子

  不安に揺らめく 乙女子が
  神秘の衣を 纏う時
  非情の大地を 照らし出し
  世界をあまねく 救い出さん

  来たれ希望の 燈火よ
  驟雨の如き 憂心を
  光明一閃 切り裂かん
  広がる未来に 事は無し


  ~ (天使みたいなものが、空を舞っている絵) ~



  薬はちゃんと飲んでいました。
  レッスンも受けていたけど、今日は少しミスが多かったかも・・・
  でも、凛ちゃんは元気です。

――――――――――――

――――――


凛「あっ……!」ドンッ

卯月「うわぁっ!?」グラァ

ドテッ!

凛「う、卯月ごめん! 大丈夫!?」

卯月「えへへへ、だ、大丈夫です……凛ちゃんは平気ですか?」

凛「私は、何も……」


ベテトレ「渋谷っ」

凛「は、はいっ!」

ベテトレ「今日はもう上がれ」

凛「えっ……」


ベテトレ「上の空の状態でレッスンしても意味が無い。少し頭を冷やしてこい」

ベテトレ「本田、島村、お前達もだ。プロデューサーともよく話してみたらどうだ?」

ベテトレ「半端な気持ちじゃ、掛け持ちなんていつまで経ってもできないぞ」

トボトボ…

凛「…………」

未央「し、しーぶりん? ほら、カントリーマアムだよ~。チョコ味だよ~」チラチラッ

卯月「元気出してください、凛ちゃん。あれくらい、よくある事ですから、ねっ?」ヒョコッ


凛「……ごめん、二人とも」

凛「ちょっと、一人にさせてもらえるかな」

凛「本当に、ごめん……」


未央・卯月「…………」



ダダダダ…!

卯月「……あれ?」


志希「凛ちゃんの後ろからーー……!」ダダダ…!

志希「がばぁーっ♪ にゃははーっ!!」ガシィーッ!

凛「!?」ビクッ

未央「し、しきにゃんっ!?」


志希「にゃーはっはっはっ! 凛ちゃんの匂い、何だかご無沙汰かもー♪」スリスリ

凛「ちょ、ちょっと志希……!?」

志希「ふむふむ、この感じ。ひょっとして、凛ちゃん何かお悩み事かにゃー?」クンクン…

卯月「えっ、に、匂い嗅いだだけで分かるんですか!?」

志希「大体ねー。悩んでもしかたない、ま、そんな時もあるさ あしたは違うさー♪」


志希「そうやって悩みを抱えてウジウジしてちゃ、一度きりの人生、もったいないよ?」

志希「だから、パァーッと人生エンジョイしちゃお♪ 何でもいいからさー!」

志希「目一杯楽しんで、幸せになんなくちゃっ! ねっ? にゃははーっ!」ガシィッ!


凛「志希、どうしたの? 何か今日変じゃない?」

志希「変なのは元から~、何故ならギフテッドだから~♪」スリスリ

未央「相変わらずブッ飛んでるねー! しきにゃんのそういうトコ好きよー♪」

志希「ふははは、志希ちゃんギフテッドであるぞー!
   ヒトというスペクトルの極限であるぞー! 良くない意味でー!」

卯月「よ、良くない意味でっ!?」

志希「にゃはははーっ!」

志希「で、悩みって?」ケロッ

凛「早いな切り替えが……別に、何でもないよ」

卯月「ちょっと、美城常務のプロジェクトの事が、気になってるみたいで…」

凛「卯月、余計な事言わなくていいから!」

志希「おーアレね、別にどうなったっていいじゃん、やってみなきゃ分かんないし」

凛「うん、そうだよね。だから私悩んでないから、気にしないで」


未央「いやー、実はしぶりん、最近恋の悩みがねぇ~?」

凛「未央っ!!」

志希「おっ? おぉーー恋っ! 恋かぁいいねー!!」

志希「まさしく幸福感を司る最大の因子、これを活かさない手はなぁいっ!」


凛「あのさ志希、ちょっと待って…」

志希「お相手は誰? あぁ言わなくていいや、あたしの知ってる人?」

未央「モチのロンだよ、しきにゃん!」

志希「ふふーん、だとすると十中八九プロデューサー…」


志希「あ、いやいやいや……ひょっとして、ソッチ?」

凛「……え゛っ」

未央「そ、そっち……!?」ワナワナ…!

志希「女子校男子校とか、ここも同じようなものだと思うけど、
   同性が集まるコミュニティであればそういう人達も多いとゆー」

志希「もちろん、今日日セクマイを引け目に感じる必要は全然無い訳でさ?」

卯月「せ、せく……!」カァァ…!


志希「あたしは別にソッチじゃないつもりだけど、
   フツーの人よりかは多少アブノーマルだってのも自覚はあるし…」

志希「ほれっ、凛ちゃんの本命の人のためなら、いくらでもこの志希ちゃん、
   クラスチェンジして練習台となる事もうぇるかむだよー! かもーん!!」バーン!

未央「そ、それは暴言でございましょう!!」


凛「悪いけど、付き合ってられないよ」スタスタ…

未央「あ、ちょっとしぶりーん!」



卯月「あー、行っちゃいましたねー」

志希「…………」

未央「ちょ、ちょーっとしぶりんには、刺激が強すぎたかなぁなんて? アハハ……」

志希「ねぇ、卯月ちゃん、未央ちゃん」

卯月・未央「はい?」「うん?」


志希「今みたいな絡み方って、やっぱり凛ちゃん、嫌だったかな?」

志希「楽しいとか、気が紛れたり、出来なかったかな」

未央「そんな事ないよ、しきにゃんすっごく楽しかったよ!」

未央「しぶりん、ちょっとすましててリアクション薄いんだけど、
   あれくらいガツガツ行ってあげた方が、しぶりんは喜ぶよ!」

志希「そう?」

卯月「はいっ! 友達に構ってもらえるのを、凛ちゃんが悪く思うはずがありません!」


志希「そっか……うん、よしっ」

志希「ありがとう! じゃあまたねー!」フリフリ

テクテク…


未央「……でもさ、いつにも増してテンション高くなかった、しきにゃん?」

卯月「うーん、そうですねぇ」キョトン

スタスタ…

凛「ふぅ、まったく……」ゴソゴソ…


チャリンチャリン

凛「……」ピッ!

ウィーン ガコン!


凛「……」ガチャッ

凛「…………」グッ

パチン



凛「…………?」

カチッ パチッ

凛「……ッ」ガチッ パチッ


武内P「どうかされましたか?」ヌッ


凛「あ、プロデューサー……ちょっと、蓋が開かなくて」

武内P「よろしければ、私が」

凛「……うん」スッ


武内P「……」グッ パコッ

武内P「どうぞ」スッ

凛「ありがとう……ちょっと、レッスンで手が疲れちゃったみたいでさ」

武内P「そうですか」


凛「今日は、もう帰るね」

武内P「はい、お疲れ様でした」ペコリ

凛「うん、また明日」

スタスタ…

【経過報告】
 報告日:10月19日
 報告者:あんず

  ニュージェネといっしょにレッスンをしたけどすこしながびいた
  あんずはかえってゲームをしたいのにちょっとつかれてしまった
  りんちゃんもあんずみたいにだきょうしていきられないだろうか
  おしまい

【経過報告】
 報告日:10月20日
 報告者:緒方 智絵里

  お仕事は順調です。
  今日は私達キャンディアイランドとニュージェネレーションズとで、
  一緒にCDショップでのイベントに参加してきたんです。
  あっ、お仕事先では、セクシーギルティの方達も一緒でした。

  音楽の違法コピーぼくめつ運動という、ちょっと怖いイベントでしたけど、
  裕子ちゃんや早苗さん、雫さんのキャラもあってか、終始楽しく進みました。

  それにしても、すごいのは未央ちゃんのトークスキルです。
  私やかな子ちゃんがウッカリ変な事を言ったら、すかさずそれを拾って、
  おどけてみせて、会場の人達を楽しませるんです。
  ボーッとしている凛ちゃんにもすかさずパスを出して、
  リアクションが薄ければ自らオーバーリアクションしに行って。
  杏ちゃんも、絶妙なタイミングでキレのあるツッコミを……あぁなんという。

  何でやねんってツッコミを、以前未央ちゃんに教えてもらった時もありました。
  あぁこういうのを目指さないとなぁ、なんて……
  でも、アイドルというより、あれは芸人の域だったんじゃないかとも。

  未央ちゃんの話ばかりになってすみません。
  凛ちゃんは、少し元気無さそうですけど、いつもの凛ちゃんだったと思います。

  プロジェクトクローネの事で、少し気が張っているのかな。
  来月から始動していくそうで、それまでに参加の意思を固めるとか。
  まだ、迷っているのかも知れません。

――――――――――――

――――――


医師「何か、娘さんに変わった所は無いですか?」

凛母「いえ、あまり見受けられないですけれど……」

凛父「仕事が雑になった」

凛父「剪定も手入れも行き届いていないし、花を束ねたりリボンを結ぶのも、
   最近は細かい作業が全体的におざなりだ」

凛母「そういえば、最近いつもムスッとしてるのよねぇ。今に始まった話じゃないけれど」


ガララッ

凛「悪かったね、愛想悪くて」

武内P「検査は、どうでしたか?」

凛「……問題無いよ」

博士「えぇ、こちらを」ピラッ

医師「……支障の無い水準内に収まっていますが…」

医師「精密な動作と集中力を測るテストに、前回から少しミスが増えているようです」

凛「面倒くさいんだよ、いちいち細かい迷路を解かされるなんて」

凛「集中したい事が別にあるんだから、こんな検査なんて放っておきたいんだけど」

凛父「凛。お前先生方に向かってその口の利き方は何だ」

凛「…………」


凛父「お前が仕事で何か悩みを抱えているのも分かる。
   何かあれば、私達もいるのだから、相談したい事があれば遠慮無く言いなさい」

凛父「押し殺して、不満そうな態度だけを表に出すのは良くない」

凛「やめてよ、他の人達の前で身内の説教なんか…」

凛父「だったらそのだらしない態度を少しは改めたらどうなんだ!」

凛母「あなたっ! 病院なのだから少し落ち着いて……」


凛「あーあ……プロデューサー、次の仕事控えてるでしょ」

凛「先に車の前で待ってるね」スタスタ

武内P「えっ、あ……」

ガララッ ストン

凛父「ふん、まったく……すみません、至らない娘で」

武内P「いえ、私の方こそ、上手く彼女を導く事ができておらず……」


博士「まぁ、凛さんは確か16か17歳でしたね?」

博士「私にも同じ年頃の娘がおりますが、思春期の子供には良くある事です。
   ましてやアイドルという特殊な環境下ですし、外界からの刺激も多いでしょう」

医師「自身の将来に言い知れぬ不安を覚えて、周囲に当たり散らすというのも、
   一種の自己防衛機制と言えるのだと思います」

医師「迷いが消えるまで傍に寄り添い、暖かく見守るのが、我々大人の務めでは?」

凛母「えぇ……そうですね」

凛父「まったく、未熟者の癖に根性とプライドだけは一丁前だから始末が悪い。
   誰に似たんだか……」

凛母「本当よねぇ」



武内P「では、次の仕事へ凛さんをお連れしなくてはなりませんので、ここで」ペコリ

~都内の公園~

パシャッ! パシャッ!

カメラマン「凛ちゃーん、ちょっと表情硬いかなー?」パシャッ!  パシャッ!

カメラマン「誰かイイ人と遊びに来た的な感じでさ~。好きな人とかいない~?」パシャッ!

凛「…………」



武内P「どうも、お疲れ様でした」ジィーーッ…

凛「あの人、何かいやらしくてムカつくんだけど」ドサッ

武内P「……特に悪気がある訳ではないと思われます。お気になさらずとも大丈夫かと」

凛「ふーん……」


凛「…………」ジロッ

武内P「……何か?」ジィーーッ…

凛「それ、今撮ってるビデオ、病院への報告用?」

武内P「はい」ジィーーッ…

凛「まだ続けてたんだ」

武内P「ひとまず、今年度末までは」ジィーーッ…

凛「ふーん……」


凛「……あのさぁ、突っ立ってないでこっち座ったら?」

武内P「えっ? いえ、私は特に……」

凛「アンタがどうとかじゃなくて、私が落ち着かないの。そこにそうしていられると」

武内P「……これは、失礼しました」


ギシッ…

凛「…………」

武内P「……最近、お仕事やレッスンはいかがですか?」

凛「……いかがって?」

武内P「もしかしたら、あまり楽しめてはいないのではないかと」

凛「結構ハッキリ聞くんだね」

凛「……楽しくない、というか…」

凛「何というのかな……楽しまなくちゃっていう気持ちは、きっとあるのに」

凛「どうすれば楽しめるのかとか、楽しいって何だろうとか、
  分からなくなっているというか、その……」


凛「……そもそも、私がアイドル始めたのって、スカウトだったんだよね」

武内P「…………」


凛「楽しいから、違った未来が広がっているから、って言われて……本当にそうだった」

凛「卯月や未央、他の皆とも、誘われるまま色々な事をして、可愛い服も着れたり……
  それで喜んでくれる人達もいるし、嬉しくなったんだ」

凛「だから……美城常務の、あのプロジェクト」


凛「無理強いはされていないよ。でも……」

凛「いや……だからこそ、自分の気持ちで選択しなくちゃならないんだよね」

武内P「……差し迫る未来を、恐れていると」

凛「…………」

凛「そんなの、ここに来て……というより、たぶん自分の人生で初めてでさ。
  高校だって、家から近いってだけで決めたし」

凛「本気で自分の将来について、こんなに考えた事って無かった」

凛「今までは分かりやすい判断基準があって、それに寄りかかっていられたけれど、
  今回は、あまりに私にとって自由すぎるんだ」

凛「卯月や未央が、絶対嫌だとか言ってくれたら……
  いっそ常務が、これは命令だとか、言ってくれたらどんなに楽だろうなんてさ」

凛「自由って、こんなに怖いものなんだって、思って……どうしようもなく不安、かな」


武内P「自由には、責任が伴います。それは仕方が無い事です」

武内P「ですが、どのような選択をしたとしても、決して無駄にはなりません」

武内P「失敗も成功も、積み重ねて人は大きくなるものだと、私は教えられてきました」

凛「誰に?」

武内P「あなた方、アイドルの皆さんにです」


凛「……そういえばさ、プロデューサー」

武内P「はい」

凛「アンタは、何でプロデューサーになったの?」

武内P「そうですね。強いて言えば……」


武内P「夢を追いかける人々を、応援したかったのだと思います」

武内P「誰かの手助けをしたい、役に立ちたい……寄与したい、と」

凛「人が、好き?」

武内P「そうでなければ、出来ない仕事ですので」


凛「ふーん……なんか、意外だな」

凛「プロデューサー、私達の事なんて、仕事上の付き合いだけって思ってそうだったから」

武内P「意図的に、そういう姿勢を取ってきました」

凛「……?」



武内P「過去に、厳しく指導し過ぎた余り、多くのアイドル達を潰した事がありました」

武内P「皆さんのためと思い行ってきた事が、逆に彼女達を苦しめていた……
    それを言われるまで、私はエゴを押しつけている事に気づけもしませんでした」

武内P「自分は、何と独りよがりな人間なのだと、その時ようやく分かったのです」

凛「…………」

武内P「それからは、出来る限り人との距離を置くようにしました」

武内P「シンデレラプロジェクトにおける、個性を伸ばすという育成方針も、
    アイドル達の自由にさせる事で、不必要な反発を避けるためです」

凛「皆はそれに感謝しているよ。みくと李衣菜は……最初は、反発凄かったけど」

武内P「自身に都合の良い距離感を保ちたかったのです。感謝する必要などありません」

武内P「私は、独善的な人間です」



凛「楓さんの意見は、違うよ」


武内P「? 高垣さん……彼女が、私の話を?」


凛「プロデューサーは、とても親切で、誰よりも人を愛しているんだ、って」

凛「そう言ってた」

武内P「…………」


凛「あまり、私が偉そうに言える立場じゃないけどさ……」

凛「人が好きだっていうんなら、ちょっとはそういう態度を表に出してくれたって、
  良いんじゃないのかな」

武内P「…………」

凛「……!? あっ、いや、私にって訳じゃなくてさ!」ブンブン!

凛「誰かに拒絶されるのが怖いって……そうやって人のせいにするの、ズルいと思う」

武内P「……!」


凛「好きなら、もっと気にせず歩み寄ってあげても、良いと思うんだ」

凛「あの…………か、楓さん、とか?」

凛「もちろん、他の誰か…………み、皆にでも、良いと思うけど……」


武内P「……ぜひ、前向きに検討させていただきます」

武内P「ありがとうございます、渋谷さん」ペコリ

凛「えっ!? あ、いや、私なんて別にどうだって…!」ブンブン!

スタッフ「すみませーん、写真のチェックをお願いしまーす!」

武内P「かしこまりました」スッ

スタスタ…


凛「…………はぁ、何言ってんだろ私」


凛「? あれ……」

武内P「お待たせしました、次の撮影を…」

凛「! ……は、はいッ」バタバタ!

武内P「……どうかされましたか?」

凛「何でもないよ。プロデューサー、ビデオ回しっぱなしだったから切っただけ」

武内P「それは、失礼致しました」ペコリ

凛「ボーッとしてちゃダメだよ、疲れてるんじゃない? 体には気をつけないと」

武内P「善処します」

凛「もう……じゃあ、行ってくる。見てて」スッ

武内P「はい」

テクテク…



カメラマン「おぉ、凛ちゃーん、いいよ表情すっごく良くなってるよ~!」パシャッ!

カメラマン「さっきとは別人みたいだね~、何かイイ事あったの~?」パシャッ!  パシャッ!

パシャッ! パシャッ!…

~346プロ エントランスホール~

ウィーン…

凛「ちょっと、疲れたな……事務室で記録取ったら、すぐ帰っていい?」

武内P「えぇ、構いません。今日もお疲れ様です」


未央「……あっ、来た!」

智香「いよしっ! じゃあさっそく!」

卯月「はいっ!」


凛「……!?」ギョッ!


茜「それではぁ~~ッ!! シンデレラプロジェクトが誇るクール・ボンバァー!!」

茜「渋谷っ凛さんの益々のご発展をぉ~~ぅ!! 応援致したくぅ~~!!!」

茜「我々、新生チアフルボンバーズより、エェーールを!! 送らせてぇ~~!!!」

茜「いただきますっ!!! 掛け声よぉ~~いっ、ハイッ!!!」


智香・未央・卯月・志希・友紀「フレーッ! フレーッ! し、ぶ、りぃーーん!!」ドンガドンガッ!

智香・未央・卯月・志希・友紀「L、O、V、E、し、ぶ、りぃーーん!!!」ドンガドンガッ!

凛「……何してんの?」

卯月「強力な助っ人をお呼びしました、凛ちゃんっ!」

凛「は?」

友紀「チームメイトの恋路を応援したいなんて聞かされたら、黙ってられないっしょ!」

茜「全身全力でっ!! 凛ちゃんのために身を粉にパワーを送らせてくださいっ!!」

凛「いや、何で茜だけ学ラン鉢巻と白手袋なのかも気になるけどさ」

未央「6人全員チアだと面白味が無いかなっていう、私としきにゃんの意見だねそれは」

智香「格好じゃありません。応援は気持ちですよっ、凛ちゃん!」


茜「フレェェェェーーーッ!!! フレェェェェェーーーッ!!!」ビシィーッ ビシィーッ

凛「いや、ちょっと恥ずかしいから本当に止めて」

志希「にゃっはっはー! こうして誰かを応援するってのも気持ち良いにゃー♪」

凛「ひょっとしなくてもコレ、志希の差し金でしょ」


凛「本当に、どうしたの?」

志希「じゃあ、あたしから説明しよーか。このエールの崇高なる目的を」

未央「いよーっ、しきにゃーーん!!」

武内P「…………」


志希「まずさ、最近のニュースや新聞の記事を見てごらんよ」

志希「誰かが誰かを攻撃したり、批判したり、悪い事ばかり載ってるでしょ?」

志希「皆、生きる事の素晴らしさを忘れてると思うんだよね」

志希「今こそあたし達は思い出さないといけないんだよ。人生とは喜びであると!」

志希「かくも尊き贈り物であると! 人生は自由で、素晴らしい!」

未央「そうだそうだー!」

卯月「そうだそうだー!」

凛・武内P「…………?」ポカーン


志希「要するにだねー、もっとポジティブにならないとって事!」

志希「今まさにプラスに向かおうとしてる人がいるなら、それを後押ししなくちゃ!
   ねっ、分かるよねっ!?」

友紀「いいぞー、良く言った志希ちゃんっ!」

智香「ノーエール、ノーライフ!!」

茜「ノーボンバー、ノーボンバー!!!」

志希「仕事、趣味、友人、家族、何でもいいからさ」

志希「何かに感謝して、寄与して、手を取り合って、前に進もうよってさ♪」

志希「そうして人は幸せを手にするのであると、この一ノ瀬志希は考えるのだーっ!!」

一同「よぉーーっ!」「大統領ッ!」「結婚しようっ!!」


志希「と、いうワケでもっかい凛ちゃんの…!」

凛「志希」

志希「んにゃ?」


凛「何をそんなに焦ってるの?」

志希「……!」ピクッ


凛「…………」

志希「にゃっはっは、面白い事を言うねぇ凛ちゃん。志希ちゃんぜーんぜん焦った事…」

凛「嘘。絶対隠してる、自分の本心」

志希「そう言われてもにゃあ~?」

武内P「…………」

凛「ふーーん……」

志希「にゃっはっは、さぁさ凛ちゃん、分かってくれたらそこに…」

凛「いい。そうやって腹の底を見せようとしない仲間の話なんて、聞きたくない」クルッ

志希「……」

凛「帰るね」

スタスタ…


武内P「…………」

友紀「あちゃー、ちょっと気を悪くさせちゃったかなぁ」ポリポリ…

智香「気持ちを伝えるって、とても難しい事ですね……」


卯月「どうしましょう……凛ちゃんのためになるかなって、私…」

未央「大丈夫、しぶりんは分かってくれるよ。何だかんだツンデレだしさ?」

茜「伝わらなければ、もっと強い気持ちをぶつけていきましょうっ!!」ガッツ!


志希「…………」

武内P「一ノ瀬さん、あの…」

志希「みんなーっ! 集合~~♪」フリフリ

未央「おっ?」

智香「何ですか、志希ちゃん?」ゾロゾロ…


志希「ふむ、集まってくれた所悪いのだが……」

志希「特に無しっ! 解散っ!!」

茜「はいっ!!!」

友紀「いやいや、そこはツッコむけど!?」

志希「でも、今日は本当にありがとう! 凛ちゃんをもっと応援したい人ーっ!?」

一同「はぁーーいっ!!」

志希「よーしっ! 次の参集があるまで各々待機しててくださいにゃー♪」

志希「じゃあ、志希ちゃんこれから秘薬の調合しなくちゃいけないからここで」

卯月「ひ、秘薬!?」

志希「怪しくない方のだから心配しないで。いちおー合法だよ? じゃ、あでゅっ!」サッ

ダバダバ-…!


友紀「あ、嵐のように気移りしやすいんだねぇ志希ちゃんって」

武内P「………………」

~常務の部屋~

ちひろ「こちら、今回のプロジェクトに参加の意思を示したメンバーのリストです」スッ

美城「…………」ペラッ


美城「……例の三名のうち、アナスタシアは参加すると言っているそうだが…」

美城「渋谷凛、一ノ瀬志希。この二名はどうなっている」

ちひろ「プロデューサーさんのお話によれば、
    志希ちゃんは間もなく意向を固める見込みとの事ですが……」

美城「……渋谷凛は、体調面での不安、という事か?」

ちひろ「いえ、確か自分の将来に関わるとの事で、悩んでいるみたいです」


美城「? ……渋谷凛は、自分の体調を何も不安視していないという事か?」

ちひろ「えっ? えぇ、そういう話は、本人からもプロデューサーさんとも、
    特に話題に上りませんが……」


美城「…………美城総合病院の連絡先を」

~346プロ 中庭~

テクテク…

志希「…………」


ヴィー!… ヴィー!… 『ハッダッカーニ ナッチャオッカッナー ナッチャエ! ハッアットー…♪』

志希「! …………」ピッ

スイ スイッ…


   From: Doctor
   To: Shiki Ichinose
   Subject: 10.25検査結果
   Data20161025.pdf



志希「…………」

志希「………………」



テクテク…



菜々「あっ、いらっしゃいませぇー!」

志希「このお店で一番から~い飲み物くーださい♪」

菜々「辛い物ですかっ!?
   と、当店は地球と肝臓に優しいものしかお取り扱いしてないんです」

志希「ふーむ……たまにはいっか。じゃあ、一番あま~いので!」

菜々「やったぁ! まっかせてください!
   ウサミン星分た~っぷり込めたスペシャルドリンク、お持ちしますね!」キャハッ!

菜々「ナナ特(※)入りましたぁー!!」ルンルン♪
   ※『ナナ特製グァバと豆乳のコールドプレスジュース~No Border, USAMIN~』の略


志希「…………」


フンフンフフーン…♪


志希「…………?」


フンフフ-ンフーン…♪ カキカキ…



女の子「フンフンフフーンフンフフー、フレデリカーっと♪」カキカキ…

女の子「んー、ちょっとシクった? まぁいっか、失敗は何とかのアレ♪」


フレデリカ「フンフンフフーン……♪」カキカキ…

志希「…………♪」ニコッ

ガタッ トトト…


ギシッ


志希「ハスハス……んふふ~♪」クンクン…

フレ「フンフンフフーン、フンフンフーン♪」カキカキ…


志希「ねぇねぇ、何描いてるの?」ヒョコッ

フレ「んー、コレー? 実はねーアタシにもよく分かんないの」

フレ「でもさー、そろそろ学校行かな過ぎてヤバッ! てなってねー?
   とりあえず何でもいっかって今描いてるの。フレちゃんマジ大ピンチ♪」

フレ「あっ、課題ねコレ課題。何の課題か忘れちゃったけど」

志希「ふーん。あっ、でもココ、猫ちゃんの耳に似てない?」

フレ「えっ? あー、すごいホントだ猫だ! そこに気づくとは、天才!?」

志希「にゃははー、志希ちゃんギフテッドな上に猫好きだからねー♪」

フレ「ギフテッドって? 何かデパートのチラシ的な?」

志希「デパート? あっ、ドリンクこっちくださーい」フリフリ

フレ「贈り物ギフトプレゼントとか、ザキヤマ春のパン祭りとかあるでしょ?」

志希「まー似たようなもんかな? 一応おめでたいって意味では、志希ちゃん」チューッ

フレ「そいつぁーお祭りだねー。季節で変わりそう、四季折々のシキちゃん!」

志希「ひゃー甘っ! 興味の対象ならしょっちゅう変わるよ? 3分毎に」

フレ「本当に!? うらやましーカップラーメン食べ放題じゃん!」

志希「にゃはははー、しかも一口ずつしか食べないとゆー暴挙! 飲むコレ?」

フレ「ありがとー! ……おふっ、すっごい甘いねコレ、アタシ好きかも」

フレ「残ったラーメンも、こうして他の誰かにあげちゃえばウィンウィンだよねー♪」

フレ「あっ、でもそれだと『シキちゃんの間接キス入り』って書いとかないと、
   表示の何とかで犯罪? フレちゃん逮捕?」

志希「いたいけな女の子の唾液を商売に使う時点でアウトだから今さらだよ♪」

フレ「ならいっか、でもえっ、いたい家って? シキちゃんの苗字イタイさん?」

志希「のんのん。うーん、幼いとか幼稚なとか、未熟なとか。英語だといのせんと」

フレ「全然天才じゃないじゃん、アハハハ! チョーおかしいフレちゃん大爆笑!」

志希「にゃははーっ! まんまと騙されたねーフレちゃん?」

フレ「タイホだタイホー! シキちゃん逮捕、えいーっ!」ガシーッ

志希「おーまいがーっ! へるぷみー!」ニャハハーッ!



奏「……何をしているの、フレデリカ?」

フレ「あっ、奏ちゃんシューコちゃん。フレちゃんシキちゃんと学校の課題やってたの」

周子「いやいや絶対やってなかったやん。何、逮捕って?」


志希「えーと、誰だっけ? ふーあーゆー?」

奏「一ノ瀬志希さんね。さっき、美城常務から話は聞いたわ」

周子「フレちゃんも来るって思ったのに、こんな所で油を売ってたなんてねぇ」

フレ「あれ、ひょっとしてアタシ、シキちゃんと初対面?」

志希「お互い名前知ってるんだから、初対面じゃないんじゃない?」

フレ「あ、そっか!」ポンッ

奏「ハァ……まぁ、そういう事でいいわ」


奏「私の名は速水奏。あなたとクインテットを組ませてもらう者の一人よ」

周子「あたしは塩見周子。シューコって呼んでくれればいいから♪」

志希「あー、常務のヤツかー。あれどうしよっかなーって」

周子「えっ、やんないの?」

志希「ソロで気ままにやらせてもらってたからねー。ユニットって面倒そうでしょ?」

奏「それならそれで、早めにプロジェクトスタッフに申告するべきだわ。
  今後の活動方針にも関わるから、私達としても困るのだし」

フレ「アタシはやるって事でいいんだよね?」

周子「常務怒ってたよー? カリスマギャルの子はお仕事だったからしょうがないけど」

奏「おそらく本人にはその気はあるでしょうと、ひとまずは伝えておいたわ」

フレ「その気?」

奏「何でそこを聞き返すのかしら」


志希「カリスマギャル……莉嘉ちゃんのお姉ちゃんの、城ヶ崎美嘉ちゃんかー」

奏「さすがに彼女の事は知っているのね。実績は私達の中でも抜きんでているし」

志希「んー、というより凛ちゃんのお見舞いにちょくちょく来てたからね」

周子「そっか、そういやその凛ちゃんも常務にお呼ばれされてんだよね?
   加蓮ちゃんと奈緒ちゃんと、ユニット組むって話だったっけ」

志希「そーそー、凛ちゃんもちょっと悩み中らしいけどねー」

フレ「りんちゃんって?」

志希「あたしのいるシンデレラプロジェクトのメンバーだよ。
   長い事入院してたけど、今はフレちゃん達と同じ常務のプロジェクトに…」


志希「…………」

フレ「? シキちゃんどうしたの、ケータイ無くした?」


志希「ううん。フレちゃんならきっと、凛ちゃんとも仲良くできるかなって♪」ニコッ

~凛の家~

凛母「ありがとうございましたー。またのお越しをー」



凛「ただいま」

凛母「あら。お帰りなさい凛、病院とお仕事はどう?」

凛「別に。なんか疲れたから、お風呂先入るね」スタスタ…

凛母「それは構わないけど、まだ沸かしていないわよ?」

凛「いい、シャワーで」ガチャッ

バタン


凛母「ふぅーん……」

凛父「凛が帰ったのか? 配達に出たいから、店番をさせたいんだが」

凛母「私が店番をしておくわ。あの子疲れてるみたい」

凛父「甘やかしていたらあいつのためにならんぞ」

凛母「大丈夫、あの子はそこそこしっかりしてますよ。お届け物はどれ?」

凛「…………」ヌギヌギ…

凛「…………?」ヌギ…


凛「…………」プルプル…



サアァァァァァ…!


凛「…………」プルプル…

凛「……ッ」ガシッ


ブルブル…


凛「…………」ブルブル…

凛「…………何、これ……」ブルブル…


凛「くっ…………」ブルブル…


サアァァァァァ…!

【経過報告】
 報告日:10月26日
 報告者:島村 卯月

  凛ちゃんは、ようやく決心したそうです。
  プロジェクトクローネという企画に入り、加蓮ちゃん、奈緒ちゃんと、
  新しいユニットを結成する事が決まりました。
  ユニット名は、これから決めていくんだそうです。

  本当は、シンデレラプロジェクト皆での、正式なお祝い会もしたかったんですけど、
  凛ちゃんの希望もあって、やっぱりやめました。
  でも、今日は私と未央ちゃんとで、凛ちゃんのお祝い会をファミレスでしました。
  お祝いする事なんて無いよ、って凛ちゃんは言いますが、私達にはあるんです。

  きっと、凛ちゃんはこれから色々な経験をして、すごいアイドルになる気がします。
  私には、それが今から楽しみで、うれしくて仕方がありません。

  ファミレスでは、凛ちゃんは珍しく、カレーを食べました。
  せっかく私達がごちそうするから、普段食べない物を食べたかったんだそうです。
  あまり辛い物は苦手なのに、チャレンジする凛ちゃんはすごいと思います。

  あっちの活動をする間、いつも通りに連絡を取り合うのは難しいかも、
  と凛ちゃんが言いました。
  それはしょうがないよって、私と未央ちゃんも思います。

  でも、できる限り会う時間を作って、どんな事をしてるか、教えてくれるそうです。
  なので、これからもこの経過報告はできると思います。

【経過報告】
 報告日:10月27日
 報告者:本田 未央

  レッスン終わりにしぶりんと会ったけど、いつもと変わらない感じだった。
  そりゃー昨日あったばっかりだし、変わるワケないよね。
  しぶりんに聞いても、同じこと言ってた。
  今日初めて一緒にレッスンしたばかりだって。

  かれんとかみやん(←こう書くと、ぐりとぐらっぽい)はどう?って聞くと、
  二人は事あるごとにケンカしたり笑ったりしててにぎやかだって。
  ケンカというより、かれんが一方的にかみやんをイジるんだそう。
  かわいそうに。私も会いたいねぇ。

  あっ、そうそう、ユニット名は?
  そう聞くと、しぶりんはちょっとキョドりつつ、

  「ぷ、プリンセスブルー……」

  とか言って、すっごく笑っちゃった!
  しぶりんが考えたんだって!

  カッコいいー!ってしまむーはひたすらホメてたけど、自分でプリンセスて。
  言ってる本人は顔真っ赤だし、もうお腹がいたすぎて死ぬかと思った。

  いつか絶対、ぜったい私が何かの番組のMCをやって、
  しぶりん達をゲストに呼ぶ時があれば、絶対高らかに叫んでやるんだ。
  手を取りながらプリンセスブルゥー!ってコールして、茶化しちゃおう。

  絶対楽しい、間違いない。
  早く有名になるのだ、しぶりん。筆者も頑張るぞい。

  以上

――――――――――――

――――――


コンコン

ガチャッ

ちひろ「失礼します」

ちひろ「常務、本日の11時より予定されておりますプロジェクト・クローネの…」

ちひろ「あら? ……お留守かしら」



ちひろ「すごい資料……常務もお勉強屋さんねぇ」

ちひろ「とりあえず、今日の資料をキーボードの上にでも置いて、付箋を……」


ちひろ「…………?」ペラッ



ちひろ「!! ……こ、これは…………!!」

~346プロ 中庭カフェ~

フレ「オーノー、ディスイズアッペーン!」

志希「いえーす、ゆーはぶあぺーん! ぷりーずどろーみー!」

フレ「ドロー? ドロー、ユー?」

志希「いえすおふこーす! らいとひあ、らいとなーう! はーりあっぷ!」

フレ「イエッサー! ドロー!」デュクシ!

志希「うぅーぷす! ほわっとあーゆーどぅーいんぐ!?」

フレ「ドロー シキチャン! カードヲ 1マイ フセ、ターンエンド・ダー!」

志希「じーざす! ゆーあーきでぃんぐみー!」

フレ「ノー! アイアムフレチャーン!」ウィー!

志希「おーけー、ゆーあーフレちゃん。ぜぇん? ほわったーいむいずいっなーう?」

フレ「んー? イッツナーウ」

志希「なーう!? にゃっははは、しゅだのーん!」グ-ッ!

フレ「しゅだのーん!」ゲッツ!

志希・フレ「アハハハハハハハッ!!」


ツカツカ…!

美嘉「こんな所にいたっ! あーもう、奏ー周子ー、いたよー見つけたーっ!!」

志希「ふむふむなるほど、これは使えるにゃ」メモメモ…

奏「使えるって?」

志希「うんにゃこっちの話。で、どうかした?」

美嘉「どうかしたじゃないよ! 時間、チョー遅刻してるんですけどぉ!?」

周子「ん、美嘉ちゃんって意外とマジメちゃん?」

美嘉「プロとしての常識だからコレくらい! 何してんの!?」


フレ「フレちゃん英語はペラペラなんだけど、意味は分かんないからさー?
   だからシキちゃんと英会話ごっこ♪」

志希「今度また、凛ちゃんとか混ぜてやろうね。テキトー英会話ごっこ!」

フレ「略してフレ語ね!」

志希「略せてないし! にゃはは、もーフレちゃんホントサイコー!」

美嘉「くだらない事グダグダ言ってないでさっさと行くよっ!!」ムンズッ!

志希・フレ「あれれ~」ズルズル…

奏「頼りになるわね」

~常務の部屋の前~

テクテク…

美嘉「あーもう、のっけから不安だなぁ……」

奏「順当にいけば美嘉、あなたがリーダーになりそうだけど」

美嘉「絶対に嫌っ!! こんな問題児二人の面倒なんてアタシ見たくない!
   なんなら奏がリーダーやってよ!」

奏「それは構わないけれど……あの二人の世話役は、あなたに任命する事になるわよ?」

美嘉「奏、アンタねぇ~っ!」ワナワナ…!

フレ「どーうどう、ミカちゃんどうどう。カルシウム的なものでもどう?」つ ナナ特

美嘉「いらんわ、ナナ特なんぞ!! そもそもカルシウムそんな無いでしょそれ!」

志希「イライラを抑えたいなら、カルシウムよりセロトニンだけどねー♪」

美嘉「知るかっ!! ていうかそこ撮るなぁ!!」

周子「えー、楽しいやん」ジィーーッ…


フレ「楽しそうだねーシキちゃん」

志希「うん! 良かった入ってー」


奏「志希。そういえば、あなたはなぜ急に参加しようと思い立ったのかしら?」

周子「そうだよね。この間までユニットめんどい~って、言ってたのにさ」

美嘉「本っ当にね」

志希「んー? 別にー、志希ちゃんは猫のように気まぐれなだけー♪」

奏「やれやれね。いつか本当の理由を聞ける日が楽しみだわ」

志希「そんなん無いってばー」

志希「ん?」



ちひろ「……!! …………!!」

常務「…………」



周子「あれ……ちひろさんと、常務?」

美嘉「何か、すごく険悪な雰囲気……何話してるんだろう」

フレ「ナナ特の出番?」



ちひろ「……!! …………ッ!」クルッ

タッタッタ…!

美嘉「あっ!?」

周子「ちひろさん、走ってっちゃった……」



常務「…………」

常務「……? あぁ、遅かったな」

常務「今のは君達が気にする事ではない。さぁ、中に入りたまえ」ガチャッ


一同「失礼しまーす」

バタン

アーニャ「あっ。ズドゥラーストヴィチェ。こんにちは、皆さん」ペコリ

志希「アーニャちゃん!」ピョンッ

アーニャ「シキ、久しぶりに会えて、嬉しいです」ギュウッ

志希「アーニャちゃんの透き通る匂いも久しぶりだにゃー♪ ハスハス」スリスリ…


奏「匂いって、透き通るようなものかしら」

美嘉「アタシに聞かれても困るかなぁ」


美城「アナスタシアは仕事の都合で遅れたのは了承しているが……」

美城「君達5名は、どのような理由があったのか後でじっくり、聞かせてもらうとして…」

美城「さっそく本題に入ろう」

フレ「せんせーしつもん」サッ

美城「常務だ。何かあるなら手短に」

フレ「他の子達はもう来てたの?」

美城「来ていた。先に全体のガイダンスを終え、別室で個別にミーティングを行っている」

志希「はぁ~いてぃーちゃー」サッ

美城「常務だ。今度は君か、何だ」


志希「他の子達ってどんな子がいたんでしたっけー?」

常務「そんな事か」

常務「ここにリストがある。見るがいい」ピラッ

志希「わぁーいありがとー♪」

志希「…………」


志希「………………!?」



周子「なになに、気になる子でもおったん?」ヒョコッ

奏「こうして見ると意外と少ないのね」

志希「……して…………」

周子「えっ?」



志希「どう、して…………?」

タッタッタッ…!



楓「……柔軟剤、じゅうなんざい…………あっ」

楓「ちひろさーん、今度の“早苗会”のお店なんですけれど…」フリフリ

ちひろ「……ッ」

楓「あら?」

タッタッタッ…!



楓「どうしたのかしら……」

~346プロ スタジオ~

スタッフ「照明、スタンバイオッケーでーす!」

スタッフ「セット足りてないよー! どうなってんのー!?」


武内P「のびのびと、普段通りの皆さんでいていただけたら良いのです。
    どうか、楽しんできてください」

年少アイドル達「はぁーい!!」


莉嘉「……なんかPくんさー」

武内P「はい」

莉嘉「顔変わった?」

武内P「えっ?」


みりあ「うん! 何だか怖くなくなったねー!」

武内P「そ、そうでしょうか」

きらり「Pちゃん、すぅーっごく表情が柔らかくなったにぃ☆ ぷにぷにぃ♪」

杏「こういう現場だからじゃないの? ひょっとしてプロデューサー、ロリコ…」

きらり「杏ちゃーーんっ!!」ガバォッ

武内P「そうですか……変わったと言われれば、そうなのかも知れません」

武内P「皆様方、アイドル達から教わる事も、とても多いですから」ニコッ

きらり「!」

杏「わ、笑った……だと……!」

莉嘉「いや、たぶん笑ってはいたけどね、前からちょいちょい」

みりあ「この番組も、色々なこと教えてくれるから楽しいー!」

武内P「えぇ、そうですね」

きらり「うぇへへ……Pちゃん、お仕事楽しめてゆ!」


タッタッタッ…!

ちひろ「ぷ、プロデューサーさん!!」

武内P「? 千川さん、何か?」

ちひろ「はぁ、はぁ、た、大変ですっ!! これ……!」スッ

武内P「? …………」


武内P「!? こ、これは……!」

~シンデレラプロジェクト 事務室~

未央「すぃーまむぅー……」

卯月「何ですか、未央ちゃん?」

未央「なんでもなぁーい……」

かな子「クッキー焼いてきたよ、食べる?」

未央「たべるぅー……」


みく「んもうっ! 凛ちゃん達があっち行ってから露骨にだらけすぎにゃっ!」

蘭子「我らを鼓舞し、彼の地へと導いてきたのは気高き天使。
   彼の者が降り立たぬ荒野は、魂を吸われた愚者の……うーんおいひい」モグモグ

智絵里「凛ちゃん達、元気にしてるかなぁ……」

美波「大丈夫よ、凛ちゃんもアーニャちゃんもすごく頑張り屋さんだもの。
   どんな所でも、自分を見失わずにしっかり結果を残せると思うわ」

智絵里「志希ちゃんは?」

美波「し、志希ちゃんは、う~ん……」

美波「だ、大丈夫よ! あの子はきっと大丈夫、ギフテッドだし、うんっ!」

李衣菜「誤魔化したよね!?」


ガチャッ

加蓮「失礼します」

奈緒「失礼しまーす……あれ、いないな」


みく「あっ、加蓮ちゃんに奈緒ちゃん。いらっしゃいにゃ」

加蓮「凛、いる? お世話になったし、ちょっと挨拶でもしようかと思って」

卯月「あれ、一緒じゃないんですか?」

奈緒「ん? いや、ここにいるかと思ったんだけど?」


未央「えっ? だってプリンセスブルーで今月からやってくんでしょ?」

加蓮「プリンセスブルー?」

奈緒「何だそりゃ? お前達こそ、何でニュージェネで一緒じゃないんだ?」


卯月・未央「へっ?」

加蓮・奈緒「えっ?」


未央「いや、え……ちょ、冗談キツイなぁ、だって私達しぶりんからそう…」

加蓮「私達の方こそ、凛からはニュージェネ一本でやるから、って断られたんだけど」



卯月「どういう、事ですか……?」

   ・大槻 唯
   ・鷺沢 文香
   ・橘 ありす
   ・アナスタシア
   ・速水 奏
   ・塩見 周子
   ・宮本 フレデリカ
   ・城ヶ崎 美嘉
   ・一ノ瀬 志希
   ・北条 加蓮
   ・神谷 奈緒



志希「どうして……凛ちゃんは……?」

アーニャ「!? な……そんなはずありません! リンは参加するとミオ達が…!」

美嘉「凛? あの子も呼ばれてたの?」


常務「渋谷凛か……」

志希「常務、どういう事……!?」

常務「今回は辞退させてほしいと、本人から申し出があった旨、
   北条加蓮、神谷奈緒から聞いている」



加蓮「だから、私と奈緒二人でデュオを組む事になったんだけど、
   先輩である凛から色々とアドバイスももらったりしてたんだ」

奈緒「でも、何でアイツは、あたし達と違う事を未央達に言ったんだろうな?」



武内P「『Bu-DOPA』の投与中断……既存のドパミン作動薬への切り替え!?」

武内P「黒質の、変質の兆し有り……なっ……!」


ちひろ「凛ちゃん、今……どこにいるんでしょうか!?」

武内P「すぐに美城病院へ向かいます。諸星さん、千川さん、すみませんが…!」ダッ!

きらり「ここはいいから早く、Pちゃん!!」



未央「ッ!!」ダッ!

奈緒「あっ、おい未央!?」

卯月「未央ちゃん、私も行きます!!」ダッ!



常務「むっ? 待ちなさい一ノ瀬志希、どこへ行く」

志希「志希ちゃんやっぱやる気無くしちゃったー、帰るねー」クルッ

周子「ちょ、えぇぇっ!? ここに来てドタキャンとかそんな…!」

志希「ごめんねー失踪は志希ちゃんの趣味だからさー、それじゃバイバーイ♪」ガチャッ

フレ「また明日ねー♪」フリフリ

バタン

志希「……!!」ダッ!

ピッ ピッ

プルルルルル…

プルルルルル…


ガチャッ

『もしもし、シキか』

志希「ドクター、今日の検査結果は!? もう終わってるはずでしょ!?」


『それが、まだ彼女が病院に来ていないのだ。何か聞いていないか?』

志希「……!!」

プツッ!

タッタッタッ…!

武内P「……!」


未央「あっ……プロデューサー!!」

卯月「はぁ、はぁ、ぷ、プロデューサーさん……!!」

武内P「本田さん、島村さん……!」


タッタッタッ…!

志希「!? はぁ、はぁ……!」

未央「しきにゃん……!」



武内P「皆さん……」

武内P「どうぞ私の車へ。ひとまず、至急病院へ向かいましょう」

~車の中~

ブロロロロロ…!

卯月・未央「…………」

志希「…………」


武内P「…………」

武内P「……一ノ瀬さん」

志希「…………」


武内P「あなたは、何か……」

武内P「渋谷さんの容体、あるいは……治療方針の経緯について、ご存知でしょうか?」



志希「………………」


志希「……『Bu-DOPA』の投与が中断されたのは、ちょうど一ヶ月くらい前」

~美城グループ附属総合病院 医務室~

医師「脳のドパミン生成組織を活性化させる作用があるというのは、
   以前にもお話をしたかと思いますが……」

医師「こちらをご覧ください」

医師「脳の黒質と呼ばれる部分……ここが、肥大化の兆候を見せていたのです」


博士「若干16歳という子供の身体に、薬による負荷が耐えられなかったのか…」

博士「あるいは『Bu-DOPA』自体が強すぎる作用をもたらすものなのか、
   それは現段階では分かりかねます、が……」

博士「これ以上の投与は危険と判断し、従来のドパミン作動薬、
   プラミペキソールの投与に切り替えたのです」

博士「以降、経過を注意深く観察している所なのですが……」


武内P「なぜ、私にそれを教えてくださらなかったのですか」

医師「…………」

武内P「私は彼女のプロデューサーであり、この病院の非常勤スタッフです。
    そう要求されたのは、あなた方のはずでしょう!」


ガララ…

看護師「失礼します。先生、先ほど渋谷さんが……」

タタタ…

未央「しぶりんっ!」

卯月「凛ちゃ……!?」



凛「ウアアァァァッ!! イヤだ、はなしてっ!!」ジタバタ!

凛父「大人しく、検査を受けなさい! くっ……!」

凛「なんでもないっ!! こんなの、なん…!!」ブルブル…!

凛「ウウゥゥゥゥァァァァッ!!」ジタバタ…

ズルズル…



志希「……ッ」


卯月「凛ちゃん……?」

未央「は、はは、え…………なにあれ」

凛母「病院に行ってくると言って、一人で出て行って……」

凛母「でも、いつも持って行くはずの検査証が、部屋のゴミ箱に捨ててあったので、
   おかしいと思ったんです」

凛母「携帯に電話しても、あの子、全然出なくて……」


凛母「あの子は、家から5駅ほど離れた公園にいました」

凛母「ママ友の人達から……ツイッターって言ったかしら。
   あの子の目撃情報が無いか、調べてもらって」

凛母「特に変装もしないから、すぐに見つかったんです。それで、夫と迎えに……」

凛母「そしたら、あの子、すごく抵抗して……!」

武内P「…………」


凛母「凛は……!」

凛母「凛は、お世辞にも愛想なんて良くないけど、礼儀正しくて行儀の良い子よ!」

凛母「控え目で、私達にあんなに逆らった事なんて……!」

凛母「まるで別人みたい、あの子もそう感じているわ!」

医師「…………」


凛母「あの子を変えてしまったのね!」

~病室~

未央「し、しぶりん……」

卯月「…………」


凛「みっともないとこ、見せちゃった、ね」

凛「でも、大丈夫。心配、しないで」ギュッ

ブルブル…


卯月「凛ちゃん……体が、震えて……」

凛「心配ない! ってば……気分は、これでもすごく、良いから」

凛「……」ガクガク…



未央「お願い、しぶりん……本当のこと、言って?」

凛「……」ギュゥ…

凛「私が……嘘を、ついてる、って、言いたいの?」

凛「あぁ、そうだ……二人に、渡したいものが…」ゴソゴソ…

未央「かれんから聞いた!」

未央「プリンセスブルーなんて、しぶりんがその場で私達に言ったでまかせだって!」

未央「私達、しぶりんがもっと活躍していくんだって、本当に嬉しかったのに……!」


未央「何でそんな嘘つくのさ!! そんなに心配されたくない!?」

未央「ふざけないでよ、いつもそうやって隠して平気ぶって、私達を信用…!!」

凛「これ、この間、買ってさ。とりあえず、片耳ずつ…」スッ

未央「話を聞いてよっ!!」バシッ!

凛「ッ!?」

ガチャンッ! ポロッ…


卯月「あ……い、イヤリン、グ……?」

凛「…………!!」ブルブル…!

未央「あ……ご、ごめん」

凛「未央……!!」

未央「イヤリング、買ったんだ……へぇ、ちょっとかわい…」

ガッ!

未央「うっ! わあっ!?」


凛「うるっ……さいっ!!!」グアァッ!

ドカァッ!


未央「!! ウアッ……ぐっ……!!」

卯月「……!!」

卯月「未央ちゃんっ!!!」ガバッ

卯月「未央ちゃん、大丈夫ですか!! 頭を……未央ちゃん、しっかり!!」

未央「え、えへへ、だ……大丈夫、未央ちゃん石頭、へへ、へ……っ!」


凛「……ッ」クルッ

凛「…………」プルプル…


卯月「凛ちゃん……」ポロポロ…

~医務室~

博士「……検査の結果は、お世辞にも楽観視できるものではないと言わざるを得ません」

武内P「…………」

博士「集中力の低下、痙攣等不随意運動の発現……
   パーキンソン病の初期症状によく似た症状が、見受けられます」

博士「薬の、副作用によるもの……の可能性がある、という事しか現段階では…」

凛父「そんな無責任な言い方があるか……!」

ガタッ!


凛父「お世辞にも楽観視できないだと!? ふざけるんじゃない!」

凛父「あの子を苦しめる薬だと知っていれば、我々は同意書にサインなどしなかった!」

医師「……お気持ちは分かります、ですが落ち着いて…」

凛父「落ち着け!? よくもそんな台詞をのうのうと言えたものだな!!」

凛母「……ッ」グスッ…


凛父「納得できるか!? 希望をチラつかされておいて、
   あの子は今まさに絶望に叩き落とされようとしているんだ!」

凛父「こうなったのは誰の責任だ、えぇ!? 先生か!?」

医師「うっ……!」

凛父「それとも博士さんか、芸能事務所の人か!? 誰なんだ、答えろっ!!」

博士「わ、私はただ……!」オロオロ…

武内P「…………」



志希「はぁ~い、あてんしょんぷりーず?」ヒョイッ

一同「……!?」


志希「こうなった原因、たぶんあたしでーす♪ にゃははー」ヒラヒラ

凛父「な……」

武内P「一ノ瀬さん……?」


志希「いやー合法的にトリップできるお薬を作れないものかにゃー、ってずーっと。
   あっちに留学してる頃からずーっと考えててねー?」

志希「今まで色んな研究に駆り出されて論文書いてきたけど、その裏では志希ちゃん、
   人目を忍んでコッソリ研究してたんだー」

志希「でもさー、研究と関係無いものを経費で落としたらバレちゃうでしょ?
   かと言って、あたしのポケットマネーだけでお薬調達していくのもシンドイし」

志希「うーんどうしたもんかにゃと、そう思ってた矢先!
   A-10神経系に関する薬について、国からの委託研究をやってる大学が日本にある!」

志希「そう聞いて、あーやっと堂々と脳にイイお薬を作れるチャンスだーって!
   それからのケミストライフはとても充実したものだったにゃー♪」

志希「あ、でもここで一つ問題が……作ったお薬を人体実験できる機会が無い」

志希「そこでまた、うーん困ったにゃー、って思ってたら……」ニヤッ


志希「そこのプロデューサーが声掛けてくれてね」

志希「おあつらえ向きに良い子がいるよーなんて。らっきーらっきー、にゃははー♪」ニコッ

凛母「狂ってる……あなた、悪魔よ……!」

志希「んまぁー化学の発展に犠牲はつきものだしー、
   せっかくお友達になれた凛ちゃんには申し訳無いとは思ってるよ? ホントに」

志希「と言っても、世界中のハイになりたい老若男女の希望のため、
   ここは一つ礎になってもらうしかないかにゃー?」

凛父「きっさま……!!」ガタッ!

医師「お、お父様、お待ちを…!!」ガシッ


志希「にゃっはっは、納得なんてできないよねー、求めてもないし。でもさー」ヒクッ

志希「あたしみたいなクレイジーがいて初めて進歩する技術も、あるって事でぇ…」カタカタ…

武内P「……?」


志希「にゃっはっはー……」ガタガタ…

志希「…………ッ」ガタガタ…

博士「シキ……お前……」

凛母「ヒザが、震えて……?」


志希「…………ッ」ガタガタ…


志希「あ、あたし……あたしは…………!」ガタガタ…

志希「わるいこ、だから…………わるいこ、おこって、おこ……」ガタガタ…



武内P「一ノ瀬さん」スッ

志希「! ……」ビクッ


武内P「強がる必要は、ありません」

武内P「あなたが全て、背負う必要など……」

志希「ひ、いっ…………」ガタガタ…



博士「…………」

博士「……『Bu-DOPA』に関する特許は、彼女にありません。私が持っています」

博士「この薬による治療の責任は、全て……私にあります」スッ…

凛父・母「………………」

~夜、中庭~

武内P「……先ほど、渋谷さんのご両親がお帰りになられたようです」

志希「………………」


武内P「……本田さんと島村さんから、お聞きしました」

武内P「渋谷さんを楽しませようと、様々なアプローチを試されていたようだったと」

武内P「中には、少なからず過激な内容のものもあったそうですが……」

志希「…………」


武内P「幸福感は、脳の黒質を刺激し、ドパミンの生成を促進すると」

志希「…………」


武内P「一ノ瀬さん、あなたは……
    渋谷さんに幸福感を与え、症状の進行を食い止めようとされたのでは?」



志希「……プロデューサーや皆に、内緒にしようって言ったの、あたしなんだ」

志希「細かい話を言っても、皆よく分からないだろうし、不安にさせるだけだろうから」

志希「まだ悪くなるって、決まった訳じゃないからって、私が、ドクター達に……」

武内P「…………」

志希「何であたしが、これの研究していたかって、言ったっけ?」

武内P「いえ……」


志希「この研究ね……元々、ダッドがやってて、挫折したものだったんだ」



志希「あたしの両親は、赤ん坊の頃からあたしの事、何でも褒めてくれた」

志希「天才だ、神に愛された子だ! って、あたしが何かをする度に一喜一憂するの」


志希「お箸を持てばオーブラボー、四元数の演算を解けばワンダホー。
   子供の頃のあたしにとっては、どっちも難易度変わらないのに喜んじゃってさ」

志希「あたしも、二人が喜んでくれるのが嬉しかったから、何でもやってみせた。
   その度に、ご褒美もいっぱいもらえた」

志希「美味しいケーキも、可愛い服も、おもちゃもお人形も……」


志希「最初のうちは、それで良かった……でも、後になるほど、だんだん辛くなって……」


志希「あたしのダッドも、天才なの。たぶん、あたし以上に」

武内P「……お父様からの要求が、高くなっていった?」


志希「応えられなかった事なんて無かったよ」

志希「未だこの国で流通されない、花粉症を即根治させる特効薬だって非合法で作ったし、
   四色定理の証明だって解いてみせた」

志希「何でもやってみせたし、ダッドはいつもあたしを褒めてくれた。
   怒られた事だって無かった。だから……」


志希「どんどんレベルが高くなって、いつか、解けない問題を突きつけられたら……
   ダッドの期待に応えられない時が、いつか必ず来るんじゃないかって」

志希「結果を出さないあたしに、ダッドはどんな顔をするんだろうって、怖くなって……」

武内P「…………」


志希「ダッドが突然、外国に行く事になった時、あたしも誘われたんだけど、断ったの」

志希「断って、全然違う国に留学したんだ……それから先は、連絡なんてしてない」

志希「たまたま受けた大学で特待生扱いされて、さらに違う大学に点々と引き抜かれて、
   適当に特許取って生計立てて……」

志希「したい事なんて、何も無かった」

志希「どうでもいい人達から寄せられるしょうもない期待に適当に応えて、
   安い優越感を得るのが自分の幸せなんだって、信じたの」

志希「あたしに過度な期待を寄せるダッドとは、もう会う事は無いんだからって、
   そう思ってたのにさ……」


志希「おじいちゃんがやってたパーキンソン病の薬物治療法を、ダッドが研究し直して、
   ニューデリーかどこかの学会で発表したっていうニュース、見たんだ」

志希「ちょうど一年くらい前かな……皆から、笑い物にされたみたい」

志希「“幸せ因子”など絵空事だとか、麻薬や覚せい剤と何が違うんだとか」

志希「ドクター一ノ瀬の息子も、ついにヤキが回ったとか、ね……」


武内P「……言葉は悪いですが、あなたの研究は、お父上の敵討ちだったと?」

志希「にゃははは! そんなリッパなもんじゃないよー」


志希「あたしはただ、ダッドに褒められたかっただけ」

志希「ダッドでさえ解けなかった難問を、文句の付けどころが無いくらいに、
   見事スパッと解いてみせたら、どんなに喜んでくれるだろうって」

志希「ふふ……ちょっと前まで、ダッドに会いたくないなんて言ってたくせに、
   自分勝手だよね」

武内P「…………」

志希「そこで、似たような研究やってる機関を片っ端から調べて、
   一番設備の整ったこの国の大学を見つけたの」

志希「国からの委託研究だったから、それなりにお金も使えたしね」


志希「そして、あたしは『Bu-DOPA』の理論を完成させた」

志希「自信はあったんだ……ちょうど良い所に、その薬を欲している人まで現れた」

武内P「…………」

志希「悪いけど、本心だったよ」

志希「どんどん良くなっていく凛ちゃんを見て、自信は確信に変わっていって……」


志希「でも、ある時、重大な欠陥を見つけてしまったの」

志希「『Bu-DOPA』は強すぎた……治療と破壊は紙一重なんて、あの先生もうまいよね」

志希「黒質を活性化させ、働かせすぎて、脳の寿命を縮めてしまうものだった」

武内P「……!」



スッ

博士「…………」

志希「だから、一旦『Bu-DOPA』の投与を取りやめる事を提案したんだ。
   その後凛ちゃんに渡してたのは、中身は塩酸プラミペキソールってヤツ」

志希「でも、たぶん恒常的な効果は期待できない。このままじゃいずれ終わりが来る。
   だから……」


武内P「渋谷さんを楽しませようと、わざと大袈裟な行動に出た、と」

武内P「プロジェクトクローネに参加するのも、渋谷さんを見守るため……」


志希「……フレちゃんっていう、最近できた友達がいてね?」

志希「346プロのカフェでいつも話すんだけど、本当に楽しいんだー♪」

志希「くだらないのに刺激的で、実のある話なんて何一つ無いのに、夢中になるの」

志希「あたしの悩みなんて、全部忘れさせてくれちゃうくらいに」

武内P「…………」

志希「で、そんなフレちゃんの事、あたしは本心ではどう思っていたかと言うと……」


志希「“使える”って、言ったの……フレちゃんの事、あたし」


志希「フレちゃんだけじゃない。
   智香ちゃんも友紀ちゃんも茜ちゃんも、ニュージェネの二人も皆……」

志希「あたしの失敗をフォローするための、道具としか思ってなくて……!」ジワァ…

武内P「一ノ瀬さん……」

志希「いつも結果を求められた。それが当たり前だった」

志希「結果を出せない子は、悪い子なんだって、ずっと感じてた」

志希「頑張ったんだよ? ダッドの研究やれば、ダッドも、見てくれる、かなって……」


志希「でも、う……結局あたし、自分は頑張ったって、え、ぐっ、思いたいだけで…!」ポロポロ…

志希「ひっぐ、あ、あたしは、何も、なにも、できな、かっ、あ、うぅ……!!」ポロポロ…


志希「ごめんなさい……う、ご、ごめんなさい……!!」ポロポロ…



未央「あ……」

卯月「志希さん……」


武内P「…………」

志希「ひ、い……う、うあぁぁ……!!」ポロポロ…

武内P「結果を出す事が、全てではありません」

志希「え……」

武内P「私達のいる世界は、結果だけで回っているのではありません」


武内P「あなたが渋谷さんのためを思い、行動した事に意味があるのです」

武内P「あなたは頑張りました……それが、何より尊い事です、一ノ瀬さん」

志希「………っ!」



卯月「プロデューサーさん……」

武内P「……お疲れ様です。渋谷さんのご様子は、いかがでしたか?」

未央「うん……ちょっと、一人にしてあげた方が良いかも」

武内P「そうですね……」


武内P「これ以上遅くなる前に、事務所に一度戻りましょう」

武内P「さぁ、手を……一ノ瀬さん」

志希「…………」コクン

~346プロ 常務の部屋~

今西「うむ……そうか」

今西「分かった。今日の所は、もう休むといい……うむ、お疲れ様」

ピッ!


今西「……やはり、容体は良くなかったようだ」

美城「そうでしょうね」


ちひろ「…………ッ」ギュッ…!

常務「私を恨むか?」

ちひろ「! い、いえ……」

常務「本来、彼が最初に気づくべき事だった。私が節介を焼いてやる義理など無い」

ちひろ「でも、凛ちゃんの命がかかっていたかも知れないんですよ!?」

常務「その命を救うのは我々ではない。医者の仕事に首を突っ込むなどナンセンスだ」

ちひろ「……~~ッ!」


今西「資金面の援助は、首を突っ込む事にはならないのかな?」

ちひろ「えっ……?」

美城「……今西部長。何を仰っているのか、分かりかねますが」

今西「ふっ、説明しないとダメかい?」


今西「国から交付される補助金というのは、大抵の場合、事業終了後の清算払いだ。
   そしてその上限額は、事業開始前の申請に基づいて予め枠が定められる」

今西「第3四半期をも過ぎてから、追加で補助額を得ようとするのは、
   他の事業から流用するとか、余程の事でない限り認められないだろう」

今西「一方で、彼女の再入院や今後行われるであろう諸々の検査、治療にかかる費用を、
   当初の交付申請の段階で見積もられていた可能性はおそらく低い」


今西「彼女の入院がスムーズに決まったのは、つい先日、我が社から先方に、
   有事における費用負担についての協力が約束されていたからなのだそうだ」

今西「おそらく、手を回したのは君だろう。違うかね?」

美城「…………」

ちひろ「じょ、常務……」


今西「わざわざ一アイドルのために自ら病院に連絡を取り、検査記録を入手するほどだ」

今西「慈善行為ではないと君は言っていたが……
   やはり、何かに寄与したいと願うのが、人の本質なんだろう」

今西「電話口で、彼は最後に、君に感謝していたよ」



クルッ コツ…


美城「扶助を行う理由など無かった……ですが、今は違う」

美城「私は経営者として、私のやり方で舵を取る。それだけです」

~346プロ シンデレラプロジェクト事務室~

ガチャッ

未央「ふぁ~……何だか、疲れちゃったね!」

志希「…………」


武内P「? ……本田さん、右の側頭部に…」

未央「ん……あぁ、これ? えへへ……ちょっと、転んで頭ぶつけちゃって……」

卯月「…………」


武内P「……そうですか」

武内P「…………」ピラッ

卯月「それは?」

武内P「……本日分の経過報告です。新田さんが書いてくださったようです」

未央「帰り、遅くなると思って、代わりに書いてくれたんだね」

武内P「…………」

武内P「……渋谷さんのお仕事についての、諸々の関係先との調整は、
    私が明日以降、行ってまいります」

武内P「皆様は、今日の所はお帰りください」ギシッ

卯月「いえ……」

武内P「?」


卯月「今日は何だか……色々な事がありすぎて、頭がいっぱいです」

卯月「本当は、病院にずっといたかったですけど、凛ちゃん、あんな状態だったし……」

卯月「でも、少しでも凛ちゃんを感じられる所にいないと、落ち着かないかなって……
   えへへへ……」

未央「分かるよ、しまむー」


志希「今日はさ……ココに皆、泊まろっか」

武内P「えっ?」

未央「さんせーいっ!」

卯月「杏ちゃん専用のフカフカ椅子、私使いまーす!」ボフッ!

未央「あっ、ズルいぞしまむー! 半分こしろー!」グイ-ッ

志希「あたしはこのカッチカチのソファーでいいやー。毛布無いー?」モゾモゾ…


武内P「あ、あの、皆さん……」

卯月「プロデューサーさん。今さらダメだなんて、言っちゃダメですよ?」

未央「ご家族が心配されるので、どうかお引き取りください。なんて言わないでよ?」

武内P「いえ、あの……」


武内P「レッスン室そばのシャワールームは、24時間使えます」

武内P「それと、毛布であれば、エステルームの管理者に連絡すれば、何枚かは……」


志希「! ……にゃははーっ、否定しないのかーい!!」ツンツン!

未央「プロデューサーのエロオヤジめーい、このこのー!!」デュクシデュクシ!

武内P「お、オヤ……!」

卯月「あわわわ、プロデューサーさんはオジさんじゃないですよぉ……!」オロオロ…

~美城グループ附属総合病院 病室~

凛「…………」ブルブル…

凛「……ッ」プルプル…


つ イヤリング


凛「……」プルプル…

凛「くっ…………」プルプル…


プルプル…

カチャッ

カチ… ガチン



凛「うっ、あ…………!」プルプル…

凛「……ん…………いっ!」ギュウ…!


凛「…………ッ」カタカタ…

【経過報告】
 報告日:11月1日
 報告者:新田 美波

  凛ちゃんは、即入院する事になりました。
  公園にいる所をご両親に見つけられ、病院に連れられたのだそうです。
  その日のうちに入院するという事は、検査の結果がかなり深刻だったと思われます。

  未央ちゃんや卯月ちゃんに、プロジェクトクローネに入ると言っていたのが、
  二人を心配させたくなかったからであろう事は、想像に難くありません。

  ですが、誰にも打ち明けず、一人病気と闘う凛ちゃんの辛さはどれだけでしょう。
  刻一刻と症状が進行する自身の体を見つめる恐怖は、いかほどだったでしょう。

  私は、もとい私達は、また同じ事を繰り返してしまいました。
  またしても、気づいてあげる事ができませんでした。

  凛ちゃんに掛けてあげられる言葉が、今の私には何一つ思い浮かびません。
  今はただ、凛ちゃんが無事に回復し、もう一度元気な姿を私達に見せてくれる日が、
  いち早く来る事を祈るばかりです。

――――――――――――

――――――


チュン チュンッ チュン…


カタカタ… カタカタカタ…


卯月「…………んんぅ~~~~……」モゾモゾ…

卯月「あれ……」


武内P「…………」カタカタ…

武内P「……おはようございます。眠れましたか?」ギシッ

卯月「プロデューサーさん……」


志希「キーボードがカタカタうるさくて全然寝れなかった……」ワシャワシャ…

未央「同じく……もー、プロデューサーさぁ?」

武内P「も、申し訳ございません……」


卯月「病院、行きませんか……?」

武内P「えぇ……準備ができ次第、出発しましょう」

~美城グループ附属総合病院~

ブロロロロロ… キキィッ


未央「ここ……裏門?」

武内P「時間的に、正門は閉まっていますから、職員用の通用口から入る事になります」

卯月「早く来すぎちゃったでしょうか」

志希「夜が明けてすぐだもんね」

ガチャッ バタンッ



武内P「……」ピッ

ガチャッ


武内P「どうぞ、中へ」

コツ コツ…

武内P「…………」コツ コツ…


未央「また、ここに来る事になるなんて……」

卯月・志希「…………」


コツ コツ…



武内P「…………こちらでしたね」


ガララ…


武内P「…………!?」

凛「う、うっ…………」


未央「!? し、しぶりんっ!!」ダッ!

卯月「凛ちゃんっ! 床に倒れて……!?」


凛「み、お……うづき……?」

未央「どこか痛いの!? 脚、大丈夫!? それともお水!?」

卯月「お、お水っ! 私、すぐに…!」ダッ!

志希「待って!」

卯月「!」


武内P「渋谷さん……」スッ

凛「ぷ、ぷろ、デューサー……はぁ、はぁ……」ブルブル…


武内P「手に、何か……?」

凛「…………ッ」ブルブル…

武内P「そっと、手を開いて……力を抜いてください……」グッ

凛「う、うぅ……!」ググ…

ジワッ…

未央「て、手に血が……えっ?」


凛「はぁ、はぁ…………」プルプル…

未央「これ……昨日の、イヤリング……?」



凛「昨日、渡し、そびれちゃった、から……」

凛「壊れちゃ、たから……さっきまで、直そう、としてて……」


未央「……私達のために?」

凛「未央と、卯月……え、えへへ……志希の分、は、また今度……」

志希「……」フルフル

卯月「凛ちゃん……!」


凛「う、ふふ……ご、ごめんね」

凛「汚く、なっちゃって……ごめん、ね……?」

未央「……ッ!!」ガシッ!

ギュウッ…!

未央「バカッ!!」

未央「しぶりん、ほんっとに……バカぁ!!」ポロポロ…

凛「痛いよ……未央、痛いよ……」


武内P「…………」

卯月「プロデューサーさん……お願いです」

卯月「助けてください……!」

卯月「凛ちゃんをどうか、助けてくださいっ!!」

武内P「………………」


武内P「肩を、渋谷さん……立てますか?」スッ

凛「はぁ、はぁ…………」

武内P「ベッドに横になって……」



武内P「必ず何とかします」


武内P「一緒に、頑張りましょう」

~医務室~

医師「馬鹿な。これ以上の投与は危険だ」

志希「従来の『Bu-DOPA』であればの話です」

医師「……何だと?」


武内P「彼女は『Bu-DOPA』の欠陥を誰よりもいち早く発見し、
    その改善に向けた研究開発を、水面下で続けていたのです」

志希「と言っても、まだ試用のレベルにも至っていないですけどねー♪」

医師「あなた方は人の命を軽々しく見過ぎている! 世迷言もいい加減に…!」

ドンッ!

医師「!?」ビクッ

武内P「……?」


志希「……ドクター?」


博士「シキはウチの大学が誇る偉大なケミストだ」

博士「そして、彼女以上に今回の臨床に真摯に向き合っている者はいない」

博士「責任は全て私が取ります。どうか、彼女の話を聞いていただきたい」

医師「………………」

医師「……良いでしょう。どうせこのままでは負け戦だ」


志希「ドクター……」

博士「先ほどチラッとモノを見せてもらったが、つまりは薬効を薄めたものだろう?」

志希「うん……半分以上薄めた、カプセル状の経口薬を考えてるけど」


博士「プロデューサーさん……医学的には強いお勧めはできません」

博士「ですが、どうか彼女の…」

武内P「存じております」

博士「えっ?」

武内P「私は、一ノ瀬さんのプロデューサーでもあります」


武内P「一ノ瀬さん……開発中のものが試用できる段階になるまで、
    あとどれだけの日数が必要ですか?」

志希「一週間はあると嬉しいかなー。最適な触媒の検討にはまだ時間かかりそうだし」

志希「でも、三日でやれって言われれば志希ちゃん頑張っちゃうけど、どうする?」

武内P「それでは、二日でお願いします」

志希「Should've known.」ニコッ

【経過報告】
 報告日:11月4日
 報告者:P

  渋谷凛より、今後の報告用記録映像の撮影を、週に一度ではなく、
  必要に応じてこまめに撮影するよう申し出有り。
  自身の病状を逐次記録に残す事で、後世の治療に役立ててほしいとの事。

  そのため、有事の際に都度彼女の様子を撮影できるよう、
  スタッフはハンディカメラを常に所持。
  スタッフ不在時における、面会人への撮影代行の依頼も今後要検討。

  それまで健康だった彼女を再び襲う病気に向き合う事は、
  彼女自身のみならず、周囲の人々にとっても相応の心的負担が想定される。

  一方で、シンデレラプロジェクトのメンバーは本臨床に非常に意欲的である。
  過去に渋谷凛が倒れた際、力になれなかったという意識が大きいためと思われる。

  彼女達の意志は、ある種危険と考える。
  罪の意識に囚われ、自身を過剰に責める余り、心が押し潰されかねない。
  言うまでも無く、スタッフが率先して渋谷凛の臨床に携わる事が望ましい。

  一ノ瀬志希による新薬『Bu-DOPA』改良型の試作品が完成。
  明日より投与を開始し、経過を観察。
  以上

【経過報告】
 報告日:11月7日
 報告者:P

  重度の痙攣。
  手、口腔顔面だけでなく、体全体が大きく振動。

  薬の効果は目覚ましく、投与から2、3時間ほどでこれらの症状が緩和。
  一方、効果が持続する時間は2錠服用して約半日程度。

  改良前と比べ薬効は薄いが、投与量が増えれば副作用の恐れも大きくなる。
  脳へのこれ以上の負荷は危険であるため、投与については慎重にならざるを得ない。

  先日、歯磨きを上手く行えず、口内を傷つけた模様。
  ひとまず毛先の柔らかい歯ブラシに取り換えたものの、依然苦しんでいる。
  どうか気にしないでほしいと彼女は言う。

  以上。

――――――――――――

――――――


武内P「このところ、事務を行う事ができず、ご不便をお掛けしております」

美波「良いんですよ。皆、意欲的に自分達のお仕事に向き合っています。レッスンも」

武内P「私が心配しないように、ですね」

美波「でないと、プロデューサーさん、凛ちゃんの治療に集中できないでしょう?」


凛「ふふ……どっちがどっちを心配してるのか、分かんないね」ニコッ

武内P「うっ……」

みく「あはは、それもそうにゃ! 凛ちゃん相変わらずツッコミ上手いねー」

凛「喜んでいいのかな、それ」

李衣菜「私だったら素直に喜ぶと思うなー。
    ツッコミが上手いってのは、それだけ物事に敏感に気づくって事だし」

みく「ふふーん、さすが李衣菜ちゃんは自分の事良く分かってるにゃ」ニヤニヤ

李衣菜「は、どういう意味?」

みく「ニブい李衣菜ちゃんはツッコミには向いてないって事。
   自分で言ってて分かんない?」

李衣菜「な、そんな事無いよ!
    気づいててもあえて受け入れるってのがロックなんだしさ!」

みく「ロックを言い訳にするの、そろそろ止めたら~?」

美波「ふふっ、確かに漫才なら李衣菜ちゃんがボケで、みくちゃんがツッコミね」

みく「ほら、美波ちゃんもそう言って……ん?」

みく・李衣菜「漫才じゃないからっ!!」

武内P「ふっ」

李衣菜「あーっ、プロデューサーまで笑ってるー!」

武内P「あ、いえ……!」

みく「ヒドいにゃ、勝手にコンビ組んどいて! ねぇ凛ちゃんもそう思うでしょ!?」

李衣菜「こんな事が許され……」


美波「…………凛ちゃん?」ユサユサ

『凛ちゃん、どうしたの?』

『凛ちゃん……凛ちゃんってば!』

『えっ……あ、あぁごめん。何?』

『何じゃないにゃ! ひょっとして、さっきの話聞いて無かった?』

『え、と……ごめん、その……』

『あ、うん、謝らないで。大丈夫、そんな大した話じゃ……』



凛「ビデオ撮っていると、色々な事が分かって面白いね」

凛「さっきまで会話に参加してたのに、私……こんなに唐突に、気を失ってたんだ」

武内P「…………」


凛「気にしなくて大丈夫だよ」

凛「別に気分が悪い訳じゃない。ただ……何も感じない」

凛「死んだように、何も……」


凛「何か、不思議な気分だね……魂が無い自分を、見るのってさ」

凛「以前の私も、ずっと、こうだったんだよね……」

~夜、病室~

武内P「渋谷さん、それは…」

凛「大丈夫だよ、歯磨きくらい自分でやる」ブルブル…

凛「おかげで、この痙攣にも、大分慣れてきた所だから」ブルブル…


グッ…

凛「……ッ」ゴ… ゴシゴシゴシ…!


ゴシ… グリグリ…! ゴシゴシ…!


ゴリゴリ…! ゴシゴシゴシ…

凛「…………ッ!」ゴリゴリ グギ…!

凛「ぶっ!」ベチャッ!

武内P「渋谷さん!」

ジャアアアーーッ…!


凛「はぁ、はぁ……」

凛「ふふ……これじゃあまるで、痙攣の塊だよね」ブルブル…

武内P「…………」


凛「気にしないで。結構、面白いよ」ブルブル…

凛「どっちがこの体を、支配しているのか……
  絶対、分からせてやる。こんなのに負けてたまるか、ってさ」


凛「ただ……寝る事だけが、怖いんだ」

凛「一度目を閉じて、もしそのままずっと、起きる事が無かったら……」


武内P「大丈夫です、渋谷さん」

武内P「目を瞑って、もう一度開けたら、明日の朝です」

凛「……うん」

【経過報告】
 報告日:11月18日
 報告者:P

  発作は何の前触れも無く、突然やって来る。
  そして、何かの拍子で戻る。
  誰かが触ったり、呼びかけたりすると、突然また普通になる。

  11月12日頃からこの繰り返しが確認されるが、その頻度と間隔は、
  日を追う毎に多く、長くなっている。

  一ノ瀬志希を交え、スタッフ同士で協議し、投薬量の増を決定。
  一方、薬に耐性が出来ているのか、薬そのものの効き目が薄くなっている模様。
  脳組織の変調は特に見受けられないとの事。

  以上。

【経過報告】
 報告日:11月20日
 報告者:一ノ瀬 志希

  ・朝食の食べ残し有 ご飯、おひたし、各半分程度

  ・8:10 『Bu-DOPA R』投与 450mg
  ・8:15~ 中庭の散歩

  ・9:43 発作

  ・9:58 トイレ
  ・10:05~ 読書

  ・12:00 昼食 完食
  ・12:51 トイレ
  ・13:00~ 睡眠

  ・13:54 発作

  ・14:00~ 面会人来訪
  ・前向性健忘の疑い有

  ・GCS  E 3pt、V 5pt、M 5pt、Total 13pt
  ・黒質 特に変化無し

  ・16:08 トイレ
  ・16:15~ DVD視聴 CPライブ映像

  ・17:40 Meeting 特記すべき事項無し

  ・薬効に対する耐性発現の兆し有

――――――――――――

――――――


凛「見て、皆」スッ

凛「入院生活があまりに暇でさ。未央からもらって、プラモデル、作ってみたんだ」

みりあ「うわぁー! すごい、すっごく本格的だね!」

武内P「とても、良く出来ていると思います」

きらり「こぉんな細かいの、良く作れたねぇー凛ちゃんすごぉい☆」


美嘉「何か見た事あるんだよねーコレ。アニメのだよね、何てヤツだっけ?」

莉嘉「えーっ、お姉ちゃんゼノグラシヤ知らないの? 遅れてるぅー!」

美嘉「はいはい、今度教えてね、莉嘉」

凛「あ、奈緒からDVDももらったんだよ。良かったら貸そうか?」

莉嘉「すごい、いいなぁ奈緒ちゃん!」

美嘉「ありがとう。ごめんね気を遣わせちゃって」

凛「いいよ、確かこの辺に……」ゴソゴソ…


凛「ん……あれ……?」ゴソゴソ…

美嘉「あ……あのさ、別にいいよ? 今度来た時でも…」

凛「いや、確かにここに入れて……」ゴソゴソ…


凛「……ッ!!」ガクガク…

凛「う……あぃ……ぎ……ッ!!」ガクガク…


きらり「凛ちゃんっ!?」

武内P「注視発作です…!」

凛「は、早くカメラを……ッ!!」ガクガク…

凛「撮って、わたしを……は、やくッ!!」ガクガク…

武内P「……!」カチッ ジィーーッ…

凛「……ァァアアアァァァァァァァァァァアアッ!!!」ガクガク…


みりあ「凛ちゃん!? 大丈夫、凛ちゃんっ!!」

美嘉「みりあちゃん、莉嘉、見ちゃダメっ!! 外へ……!!」

凛「ミカッ!! ……」ガクガク…

美嘉「!?」ビクッ!

凛「見て、わたし……み、みてみて、みて、みれ、みれぇ!!」ガクガク…

美嘉「り、凛……!」


武内P「…………」ジィーーッ…

武内P「……駄目です、渋谷さん」スッ

武内P「とても……とても、撮影する事はできません……!」


凛「ウアアアアァァァァァァァァッ!!! ガァッ、アッ、アッ……!!」ガクガク…

凛「見て、みれぇ!! わたし、をっ!! み、み……!!」ガクガク…

凛「撮ってとってとってとってとってとって…!!!」ガクガク…

凛「わたしのために、早く、とっ、て……みえ、みて、み、いれぇ……!!」ガクガク…


きらり「Pちゃん……お願いっ…!」


武内P「………………ッ」



スチャッ ジィーーッ…

~医務室~

武内P「お願いです。どうか……」

武内P「『Bu-DOPA R』の投薬量の増加を、ご検討いただけないでしょうか」

医師「…………」


志希「……これ以上増やしたら、薬効を薄めた意味が無くなっちゃう」

武内P「!」

志希「副作用の無い薬は無いの……だから……」

志希「今の『Bu-DOPA R』では、投薬量はこれが限界かな、って思う……」

武内P「そんな……」


志希「今の『Bu-DOPA R』では、ね」

志希「あたし、何とかするよ」


医師「……無茶です、一ノ瀬さん」

医師「いつから寝ていないのでしょう。あなたも体を休ませなければ…」

志希「んー、それ今の話と関係あるー? にゃははー」

博士「! お前……」


志希「止められてもやるよ。研究も、介護も」

志希「青春だもの……なんてね」ニコッ

【経過報告】
 報告日:11月24日
 報告者:高垣 楓

  今日は、プロデューサーさんもシンデレラプロジェクトの人達も来られないそうです。
  凛ちゃんとも相談し、差し出がましいとは思いますが、代わりに報告します。

  ご飯を食べるのにも難儀するほどに、体のけいれんが深刻であることは、
  事前に卯月ちゃん達から聞いてはいました。

  リンゴをむいてあげましたが、凛ちゃんは手からリンゴを落としました。
  新しく切り分けても、その度に、何度も落としてしまいます。

  凛ちゃんが謝るので、気にしなくていいわよと私は言いました。

  アネモネの花が添えられていたので、水を入れ替えに病室を出て、
  また戻ってくると、凛ちゃんは泣いていました。

  とても悔しそうに、泣きながら、布団の上に落ちたリンゴを拾おうとしていました。

  私は彼女の事を、傷つけてしまったのかも知れません。

【経過報告】
 報告日:1|月ZS日
 報告者:レ,う、"やリ∠

  ~―~へ~へ__い_/Z―くてーへ

  >ーーし=う、し|こTこし\

  て゛=し、フ゜口ラ゛ェ―ケー、つうい/つラ、十つ\キらめTよし\

  ~~へ________

――――――――――――

――――――


『さぁ、視聴者の皆様方から凄い勢いで投票されていきますが、あぁっと!?』

『えっ、な……佐久間まゆさんと双葉杏さんにもかなりの票が集まってきています!
 誰もが及川雫さんの独走を信じて疑わない中、これは意外っ!』

『さぁ、ここで問題です! この投票のお題は、一体何でしょうか?』

『私が三人の中で独走になれそうな事って、あるんでしょうかー』

『うふふ。雫さん、それはひょっとしてギャグで言っているんですかぁ?』



凛「…………っ」ガタガタ…

杏「…………」

かな子「ほら観て……ここの杏ちゃんの一言で、会場がすっごく盛り上がったんだよ?」


凛「…………く……!」グラグラ…

凛「……うぅ…………!」グラグラ…

凛「もぅイヤだ…………みれない…っ」ブルブル…

凛「一か所をじっとみれない……!」

蘭子「凛ちゃん、いいよ。ムリ、しないで大丈夫だよ……?」


凛「やっぱり、ダメなんだ……」

智絵里「凛ちゃん、やめて!」

凛「もう、治らないよ……」グラグラ…

アーニャ「リン……ニェット。リン、そんな事を言わないでください……!」

アーニャ「諦めちゃダメです!」ポロポロ…

凛「無理だよ、私を見ないで、こんなの、みじめだ……」グラグラ…

武内P「渋谷さん……」


凛「こんなの私じゃない……」

凛「こんなのわたしじゃない……」

凛「こんなのわたしじゃない……うぅ……!」

~医務室~

凛母「私達があの子のライブを見に行くのを、あの子はとても恥ずかしがっていました」

凛母「子供の頃の、学校の授業参観の時からそう……
   でも、そういう時にはいつも、あの子は普段以上に張り切っていたそうです」

凛母「プライドが高く、見栄っ張りというのもありますけれど……
   何だかんだで、親が見てくれるというのを、喜んでくれていたのだと思います」


凛母「でも……」

凛母「今のあの子は、私達がお見舞いに来ると、本当に苦しそうな顔をするんです」

凛母「みじめな姿を親には見られたくないという気持ちが、
   表情や言動から滲み出て見えるようで……」

医師・博士「…………」


凛父「私達にはもう、あなた方にお願いをする事しかできない」

凛父「情けない話ですが……どうか何とかして凛を、救ってください」

凛父「この通りです」スッ

武内P「……彼女は、闘っています」


凛父「あなた方は、どうなんですか」

【経過報告】
 報告日:12月2日
 報告者:一ノ瀬 志希

  ・朝食 ほとんど手をつけず
  ・8:09 『Bu-DOPA R』投与 675mg

  ・8:59 発作

  ・9:11 トイレ 軟便
  ・首と胸に裂傷 自傷行為?

  ・12:00 昼食 半分程度
  ・13:21 トイレ 嘔吐
  ・13:44 発作

  ・14:21 トイレ
  ・14:54 発作

  ・15:00~ 面会人来訪

  ・GCS  E 3pt、V 4pt、M 4pt、Total 11pt
  ・黒質 特に変化無し

  ・15:57 トイレ
  ・16:30~ ラジオ視聴 Magic Hour

  ・17:30 Meeting
   今後、カトラリーをプラスチック製スプーンのみに統一

  ・18:00 夕食
  ・注視力低下の疑い有
  ・19:18 発作
  ・22:14 発作

【経過報告】
 報告日:12月5日
 報告者:P

  下降。
  自身を取り巻く何もかもを投げ出し、関わりを断ち切りたい旨を吐露する事しきり。
  一方で、記録を極力残し、今後の医療に寄与する事も彼女の望みである。
  激しい矛盾を抑えながら臨む臨床は非常な負担となり、彼女と周囲を苦しめる。

  一ノ瀬志希が体調不良により昏倒。
  新薬の改良研究と渋谷凛への献身的な介護を並行して行う事への無理が祟ったため。
  これ以上『Bu-DOPA』の改善は望めない。
  当然、投薬量も現状維持を余儀なくされる。

  渋谷凛自身にも、回復の兆しは見えない。
  眠る事への恐怖を日増しに感じている模様。

  以前は絶望を感じる間も無く長い眠りについた彼女が、今度は再び、
  よりハッキリと迫り来る絶望を知覚した上で、眠りの世界に戻ろうとしている。
  それを彼女は極度に恐れている。

  自身の無力さを強く感じる。
  だが、諦める訳にはいかない。

――――――――――――

――――――


凛「…………」ガタガタ…

凛「ぷ、プロデューサー……」

武内P「はい」


凛「今日は、卯月と、未央が……お見舞いに、来てくれる、って」

武内P「はい……その予定です」

楓「…………」



凛「お化粧、したい」

武内P「えっ……」


凛「今日は、二人に、大事な話……したいから」

武内P「引き出しの中に、ご自宅からお持ちいただいた道具類が……」ガラッ


武内P「……どうぞ」コトッ

凛「ありがとう……」


凛「……」ブルブル…

スッ ガシッ

プルプル…

凛「……ッ …………!」ブルブル…

カチャッ… ガチャン

グッ…


ガチャンッ! ポトッ


凛「はぁ……はぁ……くっ!」ブルブル…



スッ

凛「…………?」ブルブル…


楓「お手伝い、させてもらえないかしら?」ニコッ

凛「い……いい……一人で、やら…!」ブルブル…

楓「ううん、お願い」フルフル

楓「こんな時くらい、私も何か役に立ちたいから」

凛「…………」プルプル…

楓「目を閉じて」


凛「…………」コクン


楓「………………」スッ



楓「…………」

楓「綺麗な肌ね」

凛「そんなこと、ない……カサついてるし……」

楓「自信を持って。自分なんかダメだなんて、思わないで」

凛「! ……」


楓「………………」

楓「……はい、おしまい」

楓「凛ちゃん、いつも薄化粧でしょうし、しなくても十分に綺麗だから、
  あまり手を加えなかったけれど」


凛「…………」スッ

凛「……ありがとう、楓さん」

楓「ううん。どうです、プロデューサー?」

武内P「えぇ……とても綺麗です、渋谷さん」

凛「プロデューサー、私をからかってる……」

武内P「いいえ」

楓「ふふっ」


コンコンッ

凛「あっ……」


楓「……それじゃあ、私はこれで」ペコリ

武内P「えっ? 高垣さん……」


ガララ…

未央「しぶりーん、ってうわっ!?」

楓「未央ちゃん、卯月ちゃん。お先に失礼しますね」ニコッ

卯月「あっ、あの…」


楓「プロデューサーは、一緒にいてあげてください」


スタスタ…


武内P「…………」

凛「……大事な話、だから、プロデューサーも、一緒にいて」



武内P「……了解しました」

未央「あ……しぶりん、いつもよりちょっとキレイじゃない!?」

凛「そ、そうかな? 楓さんに、お化粧、してもらって……」ガクガク…

卯月「とっても可愛いですよ、凛ちゃん!」

凛「卯月には、敵わない、よ……」


凛「最近、事務所は……どう?」ブルブル…

卯月「はい! えーと……クリスマスフェスに向けたレッスンで、大忙しです!」

未央「そうそう! しきにゃんが出れるかちょっと微妙だったんだけどさ。
   この間復帰した途端、いつもの調子でバババーッ! ってかき乱してもー大変!」

卯月「はいっ、すーっごく元気になっててビックリしちゃいました!
   クローネの人達とも合同ですから、皆もいつも以上に張り切っているんですよ!」

未央「大槻唯ちゃんって子知ってる? このゆいゆいがまた面白くてさー。
   私のアイデンティティーを脅かす勢いだよぉ本当、アハハハー!」


凛「それは、良かったね……」

凛「私も、参加、したかったなぁ……」ブルブル…

未央「できるよ、しぶりんも」

凛「ふふ、未央……」

凛「慰め、なくていい……私は、ずっと……」ガクガク…

凛「このまま、この病院で、暮らすんだ……」

未央「…………」


凛「あの、ね……?」

凛「……ぁ……っ」ガクガク…

凛「皆に、会えると、すごく……気分が、良くて、うれしい」ブルブル…


凛「ッ………………」ガクガク…



凛「これまで…………ありがとう……」

卯月「!! り、凛ちゃん……?」

武内P「…………」



凛「…………」ガクガク…



凛「…………ぅぁ……」ブルブル…


未央「しぶりん……」



凛「……ぃ…………」ブルブル…



凛「………………もう……」ブルブル…

凛「会うのは…………」



凛「今日で、もう…………!」





凛「最後に…………」



卯月「凛ちゃん……!」


未央「……ッ!!」ガシッ!

凛「!? う、わ……」グイッ


未央「プロデューサー!! 今すぐしぶりん連れて裏庭に来てっ!!」

武内P「えっ……!?」

未央「しまむー!! 音源持ってるよね!?」

卯月「はいっ!!」

未央「じゃあダッシュで準備しよっ!! プロデューサー達も後で来てね!」ダッ!

卯月「凛ちゃんに絶対、絶対見てほしいのがあるので、裏庭で待ってますっ!!」ダッ!

ガララッ! タタタ…



凛「………………」ブルブル…


武内P「……外は冷えます。このコートを」スッ

凛「あっ…………ごめん」

武内P「歩けますか? 私の腕に、捕まってください」

凛「う、ん…………」ブルブル…

~中庭~

ザッ…

凛「…………」ガクガク…

武内P「寒くは、ないですか?」

凛「ううん、平気…………ただの痙攣、だから……」ガクガク…

武内P「はい……」


凛「卯月……未央、どこ……」



パッ!

凛・武内P「!」

未央「しーぶりん! こっちこっちー!」フリフリ

未央「ジャジャーン、どう!? 二人で作った渾身の即席ステージだよーー!!」

卯月「と言っても、ライトは懐中電灯で、音源はラジカセですけどね。えへへ」


未央「プロデューサー、ちゃんとビデオ持ってきた!?」

武内P「は、はぁ……えっ?」


凛「二人とも……ライブの、衣装……?」


未央「それじゃあ参りましょう、しぶりんのためにご用意したスペシャルステージ!」

卯月「お送りするのは、皆で歌ったこの曲!」カチッ


~~♪


未央・卯月「新たなヒーカーリーにー 会ーいーにぃー行こうー♪」

未央・卯月「生まれたーてのー 勇気をー 抱ーきしーめーてー♪」

未央・卯月「走り出ーそうー♪」


凛「…………!」

武内P「『Shine!!』……」

タンッ! タタンッ

タン タンタンッ キュッ! タンッ!


未央「~~~~ッ♪」

未央「……へっへっへ」ニヤッ


グイッ!

凛「!? えっ……ちょ……」

未央「さぁさ、一緒に踊ろうぜーしぃーぶりん!!」グイグイ

凛「そ、いや……私、踊れな…!」

卯月「私達でフォローするから大丈夫っ!! ねっ!?」


武内P「…………」コクッ

凛「……ッ!」キュッ

タン タンッ

ズッ…

凛「ふ、く……うぅ……!」

凛「う、あぁ!」ドテッ!



未央「ねぇー 捜してーいたーのーはー♪」ニコッ

凛「……未央」

卯月「12時ー過ぎーのー 魔ー法 そーれは♪」

未央・卯月「この自分のー靴でー♪」

未央・卯月「今進んでー行けるー 勇気でしょうー!?♪」スッ

凛「卯月……!」


 新たなヒカリに会いに行こう
 生まれたての希望を抱きしめたら

未央・凛・卯月「新たなじーぶーんーにー 会ーいーにぃー行こうー♪」タン タンッ

未央・凛・卯月「このえがーおがー 君ーまでー♪」タンッ タタン

未央・凛・卯月「とーどぉーくぅーよーうーにー はーしーれー!♪」タンッ スゥー…



凛「はぁ、はぁ、はぁ……!」プルプル…

凛「……っ」グラッ…

ガシッ!

武内P「大丈夫ですか、渋谷さん」

凛「プロデューサー…………」ブルブル…

武内P「素晴らしいステージでした。とても……本当に」


卯月「凛ちゃん……とても、楽しかったですね」ニコッ

未央「言ったでしょ? しぶりんのフォローくらい、いくらでも私達、できるんだから」


未央「だから、諦めないで……最後だなんて、バカみたいな事言わないで、ねっ?」

凛「ふ、ふっ…………はぁ、はぁ……」ブルブル…

凛「二人とも……ありがとう、でも…………」


凛「やっぱり、私…………無理だよ……」

未央「!? そんな事…!」

凛「未央、ごめん……」

凛「この顔を、見て…………」ヒク…


未央「……しぶりん」


凛「私は、もう……笑えない……」ヒクヒク…

凛「ダンス、だけじゃ、なくて……アイドルとして、一番、大事な……」


凛「笑顔でさえ……誰でも、できる、こと、私……」

凛「どんどん、できなくなってるんだ……」ブルブル…

武内P「…………ッ」

凛「今まで、プロデューサーも……ありがとう……」

凛「こんな、私、治る見込み、無くても……」ヒクヒク…

凛「志希と、一生懸命……付き合ってくれて、うれしかった……」

武内P「そんな事はありません。今、先生方と検討中の新しい治療法が間もなく…!」

凛「うそ……下手だよね、ほんとうに……」ブルブル…

武内P「……ッ!」


凛「誰でも、できるのに……笑顔なんて……」

凛「それすら、できないんだもの……」

凛「もう、私には、なにも……なにもない……!」ブルブル…


ガシッ

凛「……?」



卯月「誰でも出来るなんて、言わないでよ……!」

卯月「だって、私……嬉しかったもん」


卯月「凛ちゃんが、私に笑顔で語りかけてくれて、嬉しかったんですっ!!」

凛「えっ……」

卯月「誰かを元気づけられたら、眩しく輝かせる事ができたら、どんなに嬉しいって…」

卯月「私や皆のおかげで、そう思えるようになったんだって、凛ちゃんが言ってくれて、
   私……!」

卯月「すごく勇気づけられたんですっ!」ジワァ…

卯月「あぁ、私みたいに、何の取り柄の無い人でも、凛ちゃんや、
   誰かを励ます事、できたのかな……」

卯月「誰かの力になる事が、私にも、できるのかなって……!!」

卯月「あの時の、凛ちゃんの笑顔がキラキラで、眩しかったから……
   ひっ、あ、あの笑顔があったから、私……!」ポロポロ…

卯月「う、うえぇぇ……!」ポロポロ…

凛「…………卯月」


未央「ッ……」グッ

未央「いよっと!」ガバッ!

凛・卯月「わっ!?」「うっ!」

未央「私ね……? 前にしぶりんがこの裏庭で、一人で練習してるのを見て…」

未央「やめてほしい! とは思ったんだけどさ……実は、嬉しかったんだ」

凛「……!」

未央「ニュージェネや、シンデレラプロジェクトの事、大事に思ってくれている……」

未央「あぁ、一度言い出したら聞かないしぶりんが、戻って来たんだなぁって。
   えへへ! なんかさ、実感が沸いたっていうか」

未央「じわじわ―って心があったかくなったんだよね」

未央「だからさ? しぶりん……」


未央「お別れ以外のワガママだったら、これまで通り、いくらでも言ってよ」

未央「おしまいになんて私、絶対にしたくない……!」

未央「しぶりんが私達の事、何度突き放そうとしたって、何度でも手を繋ぎに行くよ」

未央「今度は私達が、何度でもこの裏庭に連れて行くから」


未央「また……一緒に、踊ろう?」

凛「未央……う、あ……」ブルブル…


プルプル…


……




凛「………………」ツー…

凛「うん……」


凛「うん……!」ニコッ


卯月「凛、ちゃん……!」

未央「ふふ、えへへ……!」ジワッ…

未央「いい笑顔だよ、しぶりん……ね、プロデューサー?」


武内P「はい……」

武内P「とても……良い、笑顔です……」

~夜、病室~

凛「プロ、デューサー……」

武内P「はい」


凛「二人……かえった…………?」

武内P「はい。先ほど、お帰りになられました」



凛「そう………………」



凛「プロ、でゅ……さー…………?」

武内P「はい、ここです」

武内P「私は、ここにいます」ギュッ


凛「ぷ、ろ……でゅ……さー…………」



凛「ぷ……ぉぅ……さ…………」

武内P「はい、いつでもそばにいます」

凛「うー…………ぁー…………」

武内P「はい、私はプロデューサーです」



武内P「私は、あなたのプロデューサーです」

武内P「これまでも、これからも、ずっと、そばに居続けます」





  どうして?

「どうして……?」


  そういう仕事なの?


「そうですね……本来業務とは、言えないのかも知れません」

「ですが、私は……」

「私だけのために、一日でも長く、あなたのそばにいたいと思います」


  他の子の方がいいよ。私なんて――


「愛さない、愛されないようにする理由を、誰かのせいにしてはならない」

「それを、あなたは私に教えてくれました」


「たとえ独りよがりであろうと……私は、あなたを想い続けます」





  ありがとう、プロデューサー――


――――――

――――――――――――

――――――――――――

――――――


チュン  チュン チュンッ…


武内P「………………」


武内P「…………!?」



武内P「し、渋谷さん…………」


武内P「渋谷さんっ!!」





武内P「渋谷さん………………」

凛「  」







――――――

――――――――――――

――――――――――――

――――――


志希「あともう少ししたら、クリスマスフェスだね」

志希「心配しないでいーよ。もうそろそろ、復帰できると思うから」


志希「卯月ちゃん達から、聞いたよ」

志希「すごく良い笑顔だった、って……」

志希「一時的に痙攣がおさまったのも、ニュージェネの二人が、
   あの子に幸福感を与えてくれて、脳内でドパミンが生成されたからなんだと思う」



志希「………………」


志希「ごめんね…………私、何も力に、なれなかった……」


――――――

――――――


未央「……そっか」

未央「仕方ないよ、やる事やったんだもの。そんな事よりさ、フェスのセトリを…!」


未央「そんな事より……?」


未央「そんな、事……」

未央「なワケ……ないじゃん…………う、うぅぁぁ……!!」



卯月「頑張って、治しましょう……!」

卯月「もう一度、凛ちゃんを迎えてあげましょう、プロデューサー!」

卯月「ねっ? ぷ、プロデューサー……」


卯月「はい、って……言ってください…………」


――――――

――――――


美城「先日、渋谷凛の両親が事務所を訪ねてきた」

美城「辛辣な言葉をぶつけてしまった……
   娘に親切の限りを尽くしてくれた君に、心からお詫びをしたい、と」

美城「平身低頭して、謝辞を述べて行ったよ」


美城「……君には、しばらく休暇を与えようと思う」

美城「フェスまでの代役には、外部に出向させていた彼を引き戻しておくとしよう」



美城「君は良くやってくれた」

美城「プロジェクトにおける業績だけの事を言っているのではない」


美城「自分を責めるのは、やめなさい」


――――――

――――――――――――

――――――――――――

――――――


『……ァァアアアァァァァァァァァァァアアッ!!!』

『見て、わたし……み、みてみて、みて、みれ、みれぇ!!』

『……駄目です、渋谷さん』

『とても……とても、撮影する事はできません……』

『ウアアアアァァァァァァァァッ!!! ガァッ、アッ、アッ……』

『見て、みれぇ!! わたし、をっ!! み、み……』

『撮ってとってとってとってとっ』

ピッ!

カチ カチッ…

ピッ!



『…………』

『……それで、何喋ればいいの?』

『自己紹介って……もう、分かったよ』

『コホン…………どうも、渋谷凛です。8月10日生まれ。好きな食べ物はチョコレート』

『よく分からないけれど、私は随分長い間、眠ったままだったそうです』

『これからは、寝坊しないように気をつけます』

『ハハハハ…!』



武内P「………………」



『ではぁ、さっそく…』

『あ、あぁっ!? ちょっとしぶりーん、そこはノリツッコミでしょー!』

『悪ふざけもいい加減にしなよ、未央。一応それ、病院への報告用なんでしょ?』

『えー、だからこそでしょ。元気になったぞーってアピールしなきゃ! ねぇしまむー?』



『莉嘉、大丈夫? 無理して付き合わなくていいよ』

『へ、ヘヘ……病み上がりの凛ちゃんに心配されるほど、アタシへばってないもんねー☆』

『まったく、頑固だね莉嘉は』

『それ、凛ちゃんが言う事じゃなくなーい? にゃははーっ♪』

『な、それどういう意味!?』

『アハハハハハ…!』

ガチャッ


バタン…



楓「……失礼します」



武内P「………………」



楓「……やっぱり、ありますね」

楓「きっと、まだあるだろうと思って、グラス、買ってきました」

楓「凛ちゃんの誕生日に買った、ワイン」


楓「残しておくのもアレですし……飲んじゃいません?」

トクトクトク…


『めーのーまえーにあーるーのーはー みちへのーとびらー♪』

『きみも! ぼくも! みんなっ!』

『おいでよーC’mon~!』

『ワアアァァァァァァァ…!!』



楓「素敵なステージですね」

武内P「………………」

楓「ふふ、心から楽しんでいるようです。凛ちゃん達も、お客さん達も」



武内P「…………あなたは、私を“親切な人”と?」

楓「…………」

武内P「渋谷さんから、お聞きしました……」


武内P「命を与えて、また奪うのが、親切な事でしょうか?」

武内P「闇から拾い上げ、認識させた上で再びそこに突き落とす事が、
    親切であると言えるでしょうか」


武内P「仮初めの希望など初めから無ければ、自分が絶望の淵にいる事を、
    彼女は知らずに済んだのです」

武内P「私は、彼女に対し……死よりも残酷な仕打ちを与えてしまった」

武内P「そう思えてなりません…………」



楓「……そうですね」

楓「ある意味では、そうなのかも知れません」

武内P「! …………」


楓「人は、何かを与え合い、奪い合って生きるものだと思います」

楓「結果として、凛ちゃんの命を奪ったのだとしても……」

楓「きっと、プロデューサーが凛ちゃんに与えたものだって、少なくなかったはずです」


『いいよ未央、こんな所まで撮らなくて。恥ずかしいよ』

『何言ってんのさ、この先一世を風靡するトリオ結成前の、貴重映像になるかもよー?』

『ふふ、ニュージェネなんて目じゃなくなるくらいにね』

『だから加蓮、お前なぁ…』

『えへへ。三人とも、ピースです、ピィースっ!』



武内P「……それは、詭弁です」

武内P「たとえ、どれだけ渋谷さんが掛け替えのない喜びや、
    数えきれないほどの思い出を得られたとしても、私が……」

武内P「私が渋谷さんを苦しめた事に、変わりはありません。
    まして、それが帳消しになる事など……!」


楓「凛ちゃんは、どうだったでしょうか?」

武内P「えっ……」

楓「凛ちゃんは、プロデューサーから何を得て、何を与えたのでしょうか」


『業火に灼かれし欲望が今、我が前に来たれり!!』

『らんらんハンバーグ大好きだよねぇ。プロデューサーもいいよ、先食べて食べて』

『そ、それではすみません。お先に失礼します』

『にょわーっ! Pちゃんすっごい食べっぷり!』



楓「掛け替えのない喜びや、数えきれないほどの思い出を得たのは、
  凛ちゃんだけでしょうか?」

楓「そんな事はありません。プロデューサーが、大切にしてあげられる限り……」

楓「凛ちゃんが与えてくれた命はずっと、生き続けていくはずです」

武内P「………………」



『プロデューサー、口にソース付いてるよ』

『えっ、あ……ありがとうございます』

『ヒューッ!』

『ふふ。まるで二人は、オシドリ夫婦、ですね?』

『ちょ、な、何言ってるの!? そんなんじゃないから!!』

『凛ちゃん、顔赤いよー? 熱あるのー?』



楓「……プロデューサーは、親切な人です」

楓「だって、プロデューサー……こんなにも、凛ちゃんのために苦しんでいます」

楓「…………」スッ


ガチャッ  バタン…



ポタッ…


武内P「………………ッ」グッ…





『……あのさぁ、突っ立ってないでこっち座ったら?』

『あまり、私が偉そうに言える立場じゃないけどさ……』

『人が好きだっていうんなら、ちょっとはそういう態度を表に出してくれたって、
 良いんじゃないのかな』

『あっ、いや、私にって訳じゃなくてさ!』

『誰かに拒絶されるのが怖いって……そうやって人のせいにするの、ズルいと思う』


『好きなら、もっと気にせず歩み寄ってあげても、良いと思うんだ』

『あの…………か、楓さん、とか?』

『もちろん、他の誰か…………み、皆にでも、良いと思うけど……』

『……ぜひ、前向きに検討させていただきます。ありがとうございます、渋谷さん』

『えっ!? あ、いや、私なんて別にどうだって…』

『スミマセーン! シャシンノ チェックヲ オネガイシマース!』

『かしこまりました』


『…………はぁ、何言ってんだろ私』

『? あれ……』

『付いたままだ……どうやって消すんだろう、これ』



『…………コホン……えー』

『こ、こんにちは』

『ってあーもう、何だかさっきから調子狂うなぁ……』


『……私が言いたかったのは、もっとプロデューサーは、自分本位になって良いんだって事』

『自分の思うようにしたいって願うのは、エゴでも何でもないよ』

『好きになりたい人がいるなら、自分の気持ちを大切にするべきなんじゃないかなって』


『……何偉そうに説教してんだろう。ごめん』

『でもさ、皆はもっと、プロデューサーと仲良くしたがってるんだよ? だから…』

『……なんて。皆のせいにするの、ズルいよね』


『私だって、もっとプロデューサーと、色々な思い出を築いていけたらって、思う』

『手は、繋ぐために、あるんだって思うから……』


『……えー、もう。何言ってんだろう、本当……あ、あのさ、ところで…』

『実は、この間のライブの帰りに見つけたジュエリーショップで、
 こっそり注文していたヤツがあって…』

『あ、いや、プロデューサーのじゃないよ? 絶対似合わない…』

『あぁいや! そういうの、プロデューサーどうせ付けないの、分かってるし……』


『楓さん用に、ブローチを買ってあるんだ』

『未央が言い出した馬鹿みたいな企画に、つい乗っかっちゃってさ。
 アイオライトって、知ってる?』


『いつか取りに行って、プロデューサーに渡すからさ……
 何かの機会に、食事にでも誘ったら? 楓さん、喜ぶと思う』

『大人な楓さんには、似合わないかも知れないけど……
 そんなに高い物じゃないし、もしダメそうだったら、捨てちゃっても構わないから』


『あの……応援、してるから。未央達だけじゃなくて……私も、本当…』

『お待たせしました、次の撮影を…』

『! ……はッ』

プツッ


――――――

――――――――――――

――――――――――――

――――――


ガチャッ…

同僚P「ふむふむ、セットリストはこんな所だな。それと合同曲の編成だが…」

智絵里「あっ……」

同僚P「……?」クルッ


同僚P「おう……待ってたぜ」

同僚P「お前が素直に有休を消化しきるとは思っていなかったからな」

同僚P「その様子じゃ、何か皆に話したい事、あるんだろ?」


未央「プロデューサー…………!」



武内P「お疲れ様です、皆さん」

武内P「……素晴らしい夏でした」

武内P「我々にとって、命の甦りと無垢なる喜びに満ちた、奇跡の夏でした」


武内P「しかし、魔法が解けた先に待っていたのは、重い現実でした」


武内P「薬の副作用のせいだと、決めつける事は簡単です」

武内P「元々、判例が少ない病気です。原因不明の特異な症状が起きてしまった、とも」

武内P「しかし、実際の所……我々の選択は、何が正しくて、間違っていたのか、
    未だに分かっておりません」

一同「…………」


武内P「ただ一つ言える、確かな事は……」

武内P「この治療によって、一つの目覚めがあった事です」

武内P「人の持つ優しさは、どんな薬よりも強く、人を動かすものであると……」

武内P「その心をこそ、大切にしなければならないのだと、気づかされました」

武内P「改めて思い出しましょう。人生とは喜びであり、尊い贈り物であると」

武内P「仕事、趣味、友人、家族……
    何よりも大切なものに感謝し、寄与して、手を取り合いましょう」

武内P「それに目覚めさせてくれた、彼女のために……」


武内P「綺麗事であるのは、分かっています」

武内P「しかし、綺麗事で終わらせるつもりはありません」

美波「プロデューサー……」


武内P「これまでも、これからも……彼女はシンデレラプロジェクトの、メンバーです」

武内P「彼女が再び目覚める日まで、皆さんの力を貸してください」

武内P「今後とも、どうかよろしくお願い致します」ペコリ


パチ…

パチパチパチパチ…!


卯月「プロデューサーさん……また一緒に、頑張りましょうね」ギュッ


――――――

――――――――――――

――――――――――――

――――――


ワアアアァァァァァァァァァァァ…!!!! パチパチパチパチパチ…!!

美嘉「みんなぁーーー!!! 今日は来てくれてー、本当にありがとーーっ!!!」

愛梨「これからも、私達346プロをー!!」

「よろしくお願いしまーーすっ!!!!」

ワアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ…!!!!



裕子「サイキック・クリスマスフェス!! 大・成・功、でしたねっ!!」ボキィッ

奈緒「変えるなよ名前を。そしてスプーン折れてる!」

きらり「幸子ちゃーんっ!! 今日の幸子ちゃんも最高にかわいかったにぃ☆」ボゴォッ!

杏「きらり、それたぶん幸子死んだよ」

未央「さ、て、と!! それじゃあ打ち上げ行きましょうかねー!!」

一同「おぉーーっ!!」

李衣菜「ジォジォ苑に行ってみない!? 一度は私、行ってみたいなぁって!」

同僚P「お、おーい、その店高いから普通の焼肉屋さんにしようよ」

かな子「おいしいから大丈夫ですよー」ニコニコ

同僚P「何一つ大丈夫じゃねぇよ!! 俺今手持ち無いんだって!」

加蓮「カードくらい持ってるでしょ? 手持ちが無くても払える魔法のカードをさ」

同僚P「翌月になると魔法が切れるの! 本当助けて…!」


同僚P「あ、あれ、アイツどこ行った!?」キョロキョロ…

周子「あぁ、あの人ならまだ中に……」


卯月「今日はたぶん、お邪魔しちゃ悪いと思いますよ? えへへ」

武内P「本日はどうも、お疲れ様でした」ペコリ

スタッフ「お疲れ様でしたー! いやー346プロさんの子達ホント良い子っすねー!」

武内P「ありがとうございます。ぜひ、今後ともご贔屓に」


楓「プロデューサー、あのー……」

武内P「あ、高垣さん……」


楓「いえ……お先に、失礼しますね」

武内P「はい」

楓「…………」ペコリ

スタスタ…


スタッフ「あぁ、あとニューイヤーライブもありますよね? そっちの段取りもそろそろ…」

武内P「えぇ、そうですね……」


武内P「………………」



武内P「……それはまた、次の機会に。失礼致します」クルッ

ダッ!

スタスタ…

楓「…………」



武内P「た、高垣さんっ!!」


楓「!?」クルッ


武内P「はぁ、はぁ……す、すみません。急に呼び止めてしまって」

楓「い、いえ……」


武内P「今日は、クリスマスですので……」ゴソゴソ…

楓「……?」

武内P「実は、これを……あなたに、渡したくて…………」スッ

パカッ


楓「! ……ブローチ…………」

武内P「きっと、お似合いになるかと」


楓「嬉しい……!」

武内P「そ、それと……今日は、その……」

楓「?」

武内P「何かご、ご予定は……もしあるなら、その、いいのですが……」


楓「? ……いえ、この後は何も」

武内P「な、何も……?」

楓「えぇ」

武内P「何も、な、無いなら……もし、良かったらで、良いのですが……」

武内P「私達……つまり、わ、私と、かっ、か……」


武内P「楓さんと……一緒に、どこか……!」

楓「…………!!」パァッ

武内P「ちょっとだけ、どこかに……」



早苗「おーい、お二人さーーん!?」

楓・武内P「!?」ビクッ!

早苗「なぁに抜け駆けしようとしてんのー? あたし達も混ぜなさーい!」

瑞樹「あーあ、絶対良い雰囲気だったのにぶち壊してもう」

早苗「何言ってんのよ、楓ちゃんはあたし達の後継者としてじっくり育ててやるんだから」

瑞樹「何よ後継者って! それに私は入ってないわよ!?」


楓「……ふふっ、それじゃあ皆で行きましょうか」

武内P「えぇ、さっそくお店を探し……っ!?」グイッ

楓「ふふふっ♪」グイーッ


早苗・瑞樹「おっ?」「まぁ」

楓「美味しい鳥のお刺身を出してくれるお店があるんですっ」

楓「鳥刺しをつっつき合うの、ひトリでは出来ませんから、
  今夜はトリあえず、朝まで付き合ってくださ~い♪」ルンルン

武内P「は、はぁ……え、朝まで、ですか?」

楓「もちろん。日本酒、お好きでしたよね?」ニコッ


早苗「あちゃー……P君、ご愁傷様」

瑞樹「あれはヤバイわね。いざって時は、私達で二人を介抱しましょう」

早苗「はーい、やれやれ……」


楓「ふふふっ、今日は深酒しますよー♪」

武内P「お、お手柔らかに……」


――――――

――――――――――――

――――――――――――

――――――


志希「……『つぼみ』」

武内P「他のメンバーは現在検討中ですが、この曲は、あなたにこそふさわしいかと」

志希「ふふっ……『Bu-DOPA』の“Bud”、って事?」


志希「すごく嬉しい、けど……この曲、あたしには歌えないや」

志希「なぜかとゆーと、志希ちゃんこれから失踪するから♪ にゃははーっ!」

武内P「えぇ、お待ちしております」

志希「……人の話聞いてる?」


武内P「お父様に、会いに行かれるのですね?」



志希「……年末年始は里帰り、ってのがこの国の風習でもあるじゃない?」

志希「どこにいるのか見当もつかないから、世界中を探し回る事になりそうだけどさ」


志希「やっぱり、ダッドにちゃんとこれまでの事、話したいんだ」

志希「それに……凛ちゃんを助けるための知恵を、あの人からも借りたい」

志希「研究の事だけじゃなくて、こっちでの生活、アイドルの仕事、私の未熟さ……」

志希「皆と出会えて考えたり感じた事、全部を……怒られるかも知れないけどね」

武内P「きっと、それが良いのでしょう」

志希「そう思えたのも、キミのおかげだよ」


武内P「この事は、皆さんに?」

志希「美波ちゃんと、卯月ちゃん未央ちゃんには伝えといたよ」

志希「それと……チアフルボンバーズの三人と、フレちゃんには謝っておいた」

志希「あたしのエゴで、皆の事、利用してしまって、ごめんって……英語でさ」

武内P「皆さんは、何と?」


志希「うん……ちゃんと、日本語で話せば良かったなぁ。何で素直に謝れなかったんだろう」



志希「…………ぷふ。くくく……!」

茜「志希さんっ!! ここは、日本です!! 日本語で話しましょうっ!!!」

フレ「あーいいのいいの茜ちゃん、これフレ語だから」

茜「えっ!? フレデリカさんには今の言葉が分かるんですか!?」

フレ「んー、グッドとナイスと、あとフレンドってのは分かったよー? うん♪」

茜「ペラペラですねっ!!」


智香「志希ちゃんが謝った意味……未央ちゃんから聞いてて、何となく分かっちゃいました」

智香「アタシ達に対して、申し訳無いなんて気持ち、持たなくて良いんです。だって…」

智香「誰かを応援したい、助けたいって気持ちに、嘘なんて無いんだからっ!」

友紀「そうそう! あたし達を利用するだなんて、そんなのいくらでもばっち来いだよ!」

フレ「シキちゃんはアタシに良いコトとか、楽しいコトしかしないからねー。
   だから、よく分かんなくても、まいっかシキちゃんだし♪ ってなれちゃうの」

茜「やる事は常に一つ!! 志希さんも私達も、共に頑張りましょうという事だけです!!」


一同「いっちーのせぇー、しーきっ!!」「ボンバァァァァッ!!!」ドンガドンガ!

一同「かっせぇーかっせぇーしーきっ!!」「ボンッバァァァァァッ!!!」ドンガドンガ!



志希「にゃはははーっ!! How crazy they are, you know?」

武内P「ふふ、そうですね」

志希「ふぅ……さってと、じゃあそろそろ行くね?」

武内P「えぇ。行ってらっしゃい、志希さん」

志希「……I'll see you when I see you.」

武内P「We'll be right here.」

志希「Should've known♪」

ガチャッ

バタン…



ガチャッ

みく「おはようございますにゃー」

武内P「おはようございます、みくさん」

みく「へっ?」

みく「……ま、まぁいいや」


みく「さっき、大きな荷物持った志希ちゃんとすれ違ったけど、どこかお仕事?」

武内P「えぇ。失踪すると」

みく「は!?」

【経過報告】


美波「スターチス……とても綺麗な花ね。ありがとう、まゆちゃん愛梨ちゃん」

愛梨「花言葉は、“変わらぬ誓い”だそうです。ね、まゆちゃん?」

アーニャ「マユが選んだのですか? リンもきっと、喜びます」

まゆ「お花はまゆも大好きですから。うふふ」


  あれからいくつもの季節が流れ――


奈緒「おーいプロデューサー。外で楓さんが待ってるけど良いのかー?」

武内P「りょ、了解しました、奈緒さん。今日もですか……」

ちひろ「頑張ってきてくださいね? これ、ウコン入りのエナドリです☆」コトッ


  いくつもの喜びや思い出が生まれていった。


フレ「見てみてー! シキちゃんからメール来たよー!」

周子「おー、元気そうなん? どれどれ……おうふ、ぜーんぶ英語っ」

美嘉「写メを見るに、この人がお父さんなのかな。どんな内容か分かる、奏?」

奏「たぶん、英語は彼女の照れ隠しなのでしょうね……『Bu-DOPA W』って何かしら」

フレ「笑ってるし、何でもいいんじゃない? 嬉しそうだねーシキちゃん!」

  今でも私は、彼女の治療に携わっている。


菜々「新メニューです!
   その名も『ナナ特製バナナとサツマイモのスムージー~No Fate,USAM…」

雫「つまり、“ナナ特2”って事ですねー」ジュー…

瑞樹「アンチエイジング尽くしね、わかるわ」デュー…


  しかし、美城グループ附属病院の非常勤スタッフではなく、一個人として。


ワアアアアァァァァァァァァァ…!!

ファンA「ニュージェネの二人、バラードも最高だなー! 『心もよう』いいわー」

ファンB「ライブの時、イヤリング片耳ずつ付けるようになったのって、お前気づいてた?」

ファンA「えっ? あ、本当だ、いつからだろう。まいっか、未央ちゃーん!!」



未央「お疲れっ! 今日もバッチリだったでしょ、プロデューサー!?」

武内P「はい、未央さん、卯月さん。良い笑顔です」

卯月「えへへへ。それが私達の取り柄ですから!」ブイッ!


未央「今日も病院行くんでしょ? じゃあこの花束、しぶりんにあげといて!」

卯月「私からはコレです! まだ病室に持って行ってない写真をまとめておきました!」

武内P「ありがとうございます」ニコッ


  彼女は、あの時以来、まだ目覚めた事は無い。



武内P「お疲れ様です。凛さん」

武内P「今日も、皆さんからいただいた、あなたへのお土産がたくさんございます」

武内P「お話したい事も、たくさん」



  今は、まだ――



武内P「自分の名前を呼ばれたと思ったら、私の手を、握り返してください」

武内P「さぁ、始めましょう」


~おしまい~

タイトルと大まかなプロットの元ネタは、オリバー・サックスが著した
同名の医療ノンフィクションを基とする洋画『レナードの朝』(原題:Awakenings)です。
ただただ長くなってしまった上、医療関係のシーンや英語等、たぶん合っていない描写も
多い事と思います。すみません。

元ネタの映画は、ロバート・デ・ニーロ、ロビン・ウィリアムズの演技が素晴らしい名作です。
このSSではとてもその魅力を伝えきれておらず、プロット自体もあまり正確ではないので、
まだご覧になった事の無い方は、この機会にぜひご覧いただければと思います。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
それでは、失礼致します。

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