モバP「カミさんとピクニック」 (26)

どこかの夫婦のお話、続き物です

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 俺が中心となって動いていたプロジェクトもとりあえずの成功を収め、久方ぶりの休日を明日に控えた夜のこと。

「明日は天気がいいらしいからピクニックに行こう」

「また唐突だなー、おい」

 ずっと家でグータラ寝ていても良かったのだけど、折角いい天気なんだから外に行こうとアニメのBlu-rayを持ったままのカミさんを誘ってみる。

「行くってどこに行くんだよ?」

「自然公園。今ならちょうど落ち葉でいい感じになっていると思うぞ」

「ああ、あそこか」

 時間が許すのであれば京都に行って鮮やかな紅葉を見たいって気持ちもあったが、日帰りだと却って疲れてしまうだろうと思って近くの公園を選んだのだ。電車でひと駅の距離だけど歩いて30分くらいかな。ちょうどいい運動にもなるかもしれない。

「俺もここんとここ事務所やスタジオに篭もりっきりだったし、そろそろ光合成しないと」

「光合成って。植物かっての」

 心なしか激務の中で体も縮こまったように思える。俺も良い歳なんだし、定期的に体を動かさないと錆び付いてしまう。

「俺雄しべ、お前雌しべ、公園行くべ」

「小学生レベルの下ネタかよ!」

 といった経緯でカミさんを連れてピクニックに行くことになりました。


「んん……」

「おーい、起きろよなー。言いだしっぺはそっちだろ?」

「にゃお……もう少し寝かして……」

「全く……そらっ!」

 ピクニック当日。いつものようにカミさんは俺よりも早起きだ。温もりの沼と化した毛布にくるまった俺をゆさゆさと揺らすが、一向に出てこないからか勢いよく毛布を剥ぎ取られる。

「おはよ……ふぁーあ」

「おはよ。ご飯出来ているから顔洗って来なよー。すっごくだらしない顔してるから」

 ウトウトしながらも洗面台へ到着。冷たい水を顔に浴びせると一気に眠気が飛んでいく。うん、いつもの顔だ。だらしなさなんてどこにもない。

 朝ごはんを食べて歯を磨いて着替えて。ピクニックに行く準備は万全。後はカミさんの着替えを待つだけだ。外の空気はすっかり冬が来たように冷たいけど、柔らかな陽の光が降り注いでいて心地よさがある。キュートでアホ毛な彼女みたいに日向ぼっこをするのも悪くなさそうだ。

「お待たせ、行こっか」

「ん? そんな服持ってたっけ?」

「あー、こないだ買ったんだよ」

 ドアの鍵を閉めるカミさんは所謂秋コーデと呼ばれる服を着ていた。俺も仕事柄女性の服装の流行には機敏である自信があるのだけど……。

「それ、どちらかというと女子高生向けの服じゃないか?」

 カミさんが着ているのは10代の女子に人気のあるファッションでして。

「あ、あたしだってそう思ったよ!? でも凛と加蓮がさぁ……」

 なるほど、あの2人と買い物に行った時に乗せられて買っちゃったわけだな。


『これすっごく似合うって! 着ちゃいなよ!』

『うん。奈緒にピッタリだと思う』

『いやいやいや! これ女子高生向けのコーデだろ!? あたし25歳の人妻だから! 四捨五入してみろよ!?』

『四捨五入しても私達20歳だし~♪』

『それで傷つくのはこの場だと奈緒だけだよ』

『チクショー!!』

 実に容易く想像ができるな、うん。

「あたし人妻だぞ? なのにこれ若すぎるって」

「でも着てきたってことは、俺に見せたかったってことでしょ? 似合っているよ、カワイイ」

「にゃ!?」

 25歳主婦が女子高生向けのコーディネートをしている、と文面だけ見るとアレな気もするがそこは自慢のカミさん。滅茶苦茶似合ってらっしゃいます。選んだのも着ているのも元トップアイドルなだけあって違和感はないしむしろ若々しく見えてくる。

「着替えてくる!」

「おいおい! イイじゃんかー。その服お似合いだぞ?」

「あたしのメンタルがどうにかしそうだよ!」

 顔を真っ赤にして着替えに行こうとするカミさんをなんとか説得して、公園へと歩き出す。

「こんな格好で歩いていちゃ絶対皆に笑われるよ……」

「そうやってもじもじしている方が余計目立つと思うけどなぁ。大体この辺の人は奈緒の事知っているんだし、今更じゃない?」

「そうだけどさぁ……」

 奈緒と結婚してからすぐに一軒家を建てたんだけど、引っ越してきたばかりの頃はというと、それはもう凄かった。あまり騒がしいのは嫌だから、と静かな郊外の町を選んだのは良いものの、結婚による電撃引退をやってのけた元トップアイドルと敏腕プロデューサーの夫婦が来たもんだからさぁ大変。近隣の方々にサインをおねだりされたり、家の子をアイドルにしてください! とむちゃぶりをされたり……今では笑い話で済むけど、すぐに引っ越そうか真剣に考えたぐらいだった。

「マスコミよりもすごかったもんね」

「悪意がない分無碍にできなかったしなぁ……」

 今でこそ奈緒フィーバーも落ち着いてはいるから静かに暮らせているけど、それでもテレビの向こう側の存在だと思われていたカミさんがこの街にいるというのは結構異質なものだろう。俺にとっては当たり前のような存在なんだけどね。

「おはようございまーす!」

 俺たちの隣を半袖半パンの小学生たちが駆け抜けていく。肌寒いというのに、元気なことだ。

「元気なことで。若いのう」

「何ジジくさいこと言ってんだよー」

「30歳におじさんには身に堪えるものがあるんですよ」

 俺も小学生の頃は意味もなく冬でも半袖半パンでいたものだった。子供は風の子元気の子とは言うけど、あの時の俺は紛れもなくそうだった。1年間薄着で過ごしたからって褒められるわけでも何か貰えるわけでもないのに、ただただ元気が有り余っていたんだろう。
 そんな小学生時代の俺に、今の俺を見せたらなんて思うだろうか。

「子供の時の夢って、覚えてるか?」

「夢? どうした、急に」

「いや、ふと思っただけだよ」

 何となく、ノスタルジックな気持ちになっただけだ。


「子供の頃って何でも出来る! って思っていたんだよ。野球なんてやったことがないのにプロ野球選手になって綺麗な人と結婚したい、とか警察になって悪い人を捕まえて綺麗な人と結婚したい、とかカリスマ美容師になって綺麗な人と結婚したい、とか」

 言うまでもなく、小学生の頃の俺はアホだった。

「どんだけ綺麗な人と結婚したいんだよ!」

「でもその夢は叶ったからなぁ」

「~~!!」

「はは、かわいいやつめ」

 見る見るうちに顔を赤らめていくカミさんは実に愛くるしい。しかしあれだな、『アイドルになって綺麗な人と結婚したい』という夢を一時期持っていた俺だったけど、アイドルのプロデューサーになるなんて思ってもなかったし担当アイドルと結婚するなんて小僧の俺が聞けば卒倒するんじゃなかろうか。


「奈緒の方は、どんな夢を持っていたんだよ」

「憶えているけど……ダメだ、絶対に言わないからな!」

「えー、なんでだよ」

 カミさんのことだ。きっと聞けば笑うと思っているのだろう。なんとなくだけど、奈緒の性格を考えれば一つ心当たりがある。

「魔法少女とか?」

「あーーーー! あーーーー!! 聞こえませーーーーん!!」

 あっ、図星だったか。


「わ、悪いか!? 魔法少女になりたいなんて夢を持ってて悪いか!?」

「いや、誰もそんなことは言ってないだろ!」

 魔法少女に憧れてアイドルになって8年、魔法少女アニメの主人公の声優を実力で勝ち取った担当アイドルもいるんだから変な話でもないし、何よりかわいいじゃないか。

「実際それで比奈さんや千佳ちゃんと仲良くなったんだし……魔法少女はな! 人と人とを繋げるんだー!」

「分かった分かった!! だから落ち着こう、な?」

 興奮気味のカミさんの機嫌が治るまでの間、俺は彼女の話す魔法少女談義に相槌を入れることだけしか出来なかった。

 自然公園に着く頃にはカミさんもすっかり上機嫌になっていた。着く前に買ってあげた焼き芋が美味しかったというのもあるかもしれないけど。

「こうやって見ると壮観だなあ。落ち葉の絨毯ってやつ?」

 カミさんが言うように、落ち葉にあふれた場所はふかふかの絨毯にも見えて暖かそうだ。

「で、どうするの? お昼にはまだ早いんじゃないか?」

 お弁当を作ってきてくれているけど、確かにまだ食べるには早い気もする。公園内をブラブラするのもいいけど、運動もしておきたいので。

「そんなこともあろうかと、バドミントンのラケット持ってきていました」

 買ったのはいいものの今まで使う機会が中々なかったバドミントンセットを物置の中から出しておきました。

「おお、準備がいいこと。でも大丈夫かー? 運動不足の30歳にはちょっと辛いんじゃないの?」

 カミさんはラケットを持ってニヤニヤと煽るようなことを言う。確かに30歳で体力も落ちてきているなあってのは身を持って感じてはいるけども。

「むっ、言ってくれるじゃないか。これでも高校時代はテニス部だったんだぞ」

「あたしだってダンスに自信があるんだぞー。バトミントンにイマイチ関係ない気もするけど」

 それは担当Pであった俺が一番知っている。トライアドの三人でも一番動けていたのはカミさんだったし。インドアな趣味を持っているけど、運動神経は良いんだよな。

「そうそう、奈緒。バトミントンじゃなくてバドミントンだぞ」

「どっちでも同じだろ!?」

 バドミントンやってる人が聞けば間違いなく怒りそうなことを大声で言ってのける。内心俺もどっちでもいいだろとは思っちゃいるけど。

「そらっ! ツイストサーブ!」

 と言いながら普通のサーブを打ちお昼前のバドミントン対決が始まった――。


「ま、負けました……」

「おいおい、大丈夫かぁ? 息も切れ切れだぞ?」

 30歳と25歳の真剣勝負は若い方が勝者となった。あれ、こんなに疲れるスポーツだったっけ? すっかり息も絶え絶え、後日筋肉痛もきそうな……。

「あんまり無理するもんじゃないだろー。それなりに良い歳なんだから」

「やっぱり、定期的に運動しなきゃだな……ってて……」

 仕事にかまけてばかりで体を動かすことをほとんどして来なかったツケが今来ている。カミさんの前で格好の悪いところを見せてしまったなこりゃ。

「ほら、横になりなよ。マッサージしてあげるから」


 カミさんに言われるままに落ち葉の絨毯に寝転がる。思っていたよりもふかふかして気持ちがいい。ぎゅっぎゅっと背中に感じるカミさんの重みが硬くなっている体を解していく。

「んっ……」

「何色っぽい声出しているんだよー」

「いや、結構うまいなって思って。力加減が絶妙だ」

「そう? えへへ、褒められるのはやっぱり悪い気がしないな」

 昔からそうだけど、カミさんは褒められるとノリにノってくるタイプだ。ただやりすぎるとフニャフニャになってしまうのでアメとムチのバランスを取るのが中々に難しい。プロデュースしたての頃はお互い苦労したっけか。

「レッスンであたしが疲れて横になっている時にさ、マッサージしてやるとか言って変なところ触ってきたことは未だに忘れてないからな」

「うっ……あ、あれは事故ですって、はい」

 そんなこともあったなあ、と笑いながら時間はのんびりと過ぎていく。カミさんのマッサージのおかげで体も少し楽になった気がする。時計を見ると12時を回っていて、お腹もいい具合にすいてきた。

「今日はピクニックだからな」

 とカミさんが開けたお弁当箱にはまん丸なおにぎりに卵焼き、タコさんウインナー、からあげ、フルーツ……。

「どうよ! 小学校の時の遠足ってこんな感じじゃなかった?」

「タコさんウインナーとかすっごくわかる」

 いつもは栄養にこだわって作ってくれるカミさんだけど、今日は遊び心が優ったらしい。

「おやつって何円までだった?」

「300円。駄菓子屋に行って安いのたくさん買ったよ」

「あたしも。でバナナ持ってくるやついたりしてさ」

「先生! バナナはおやつに入りますかー!? って言う人がいるんだよ実際に」

 朗らかな陽気に包まれて食べるお弁当はどんな高級料理よりも美味しく感じる。それもこれも、作ったのがカミさんで一緒に食べているからこそなんだろうな。

「こうやってお昼を一緒に食べるのも、久しぶりだよなー」

「そうだなぁ。休みなんて殆どなかったから」

「……ちょっと、寂しかったから」

「ごめんな」

「んっ……」

 甘えるように俺の肩に頭を預けてくれると甘い香りが風に乗る。俺は彼女が望むがままに頭を撫でてやる。今まで寂しい思いをさせた分を取り戻すぐらいに何度でも何度でも。


「ふぁあ……寝てたのか」

「奥さん残して寝ちゃって、薄情な旦那様だぜ」

「悪い奈緒!」

「いいよ。寝顔見ているだけでもあたしは楽しかったし。退屈してないよ」

 どうやら俺は眠りこけていたらしい。一体どれだけの時間が経っていたのだろうか、すっかり日も暮れかかっている。カミさんの膝から頭をどけて立ち上がる。

「折角来たのに、何もしていなかったな」

 やったことといえばバドミントンしてマッサージしてもらってお弁当食べて。スワンボートもあったしバードウォッチングだって楽しめたかもしれないのに、眠ってしまうとは。


「でもその方があたし達らしくないか?」

「それもそうか」

 なんだか悪いことしたな、と思う俺とは対照的に奈緒はあっけらかんとしている。ただそれだけで、俺は今日ここに来てよかったと思えたんだ。きっとこんな緩やかな夫婦関係に、お互い居心地の良さを覚えているのだろう。

「また一緒に来たいな」

「だな。んじゃ帰りますか、晩ご飯の用意もしないといけないし」

 カラスが鳴くから帰ろうか。自然と手をつないだ2つの影は家路へと消えていくのだった。

以上になります。お付き合いいただいた方ありがとうございました。それでは失礼いたします。

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