5000万円 or 触れたものが鯖になる能力 (113)

まとめサイトで見た、もしもシリーズの能力たちでバトルロワイヤルをしたら、面白いんじゃないかと思ってこのSSを書こうと思いました。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1478252098

 それはいつものようにネットサーフィンを楽しんでいる時の出来事だった。

「何だこれ……? 新手の広告か?」

5000万円と振れたものが鯖になる能力。貴方はどちらを選びますか? 

画面にはそう表示されていた。大抵、この手のものはクリックしたらワンクリック詐欺のページに飛んでいくというのが定石で、

碌なことにならないと知っていたがほんのきまぐれと好奇心から、俺はそのアンケートに乗ってやることにした。

「そんなの、鯖にする能力に決まってるだろ!」

俺は迷わずにそのボタンを押した。鯖を売れば5000万なんてすぐに稼げると思ったからだ。

画面に、本当によろしいですかと表示される。もう、迷いなんてない。そもそもこれはただの暇つぶしだ。

俺は、右手に力を乗せてエンターキーを押した。

・・・・・・。

ほら、やっぱり何も起きない。まあ、知っていたけれどいい暇つぶしにはなった。

おめでとうござます! 貴方は、選ばれました! と表示されている画面を俺は閉じようとマウスに触れた。

「うわっ、冷たっ! しかも、なんかぬめぬめする……」

さっき、致した時に出したローションでもついたのかとマウスを見るとそこには、魚の頭が横たわっていた。

「うわっ! 何だこれ!」

とりあえず、匂いを嗅いでみる。うん、生臭い。どうやら本物の魚らしい。しかし、何故こんなところに魚が……?

俺は一旦あたりを見回して、手がかりを探す。

天井に穴は開いていない。窓も開いていない。つまり外部から持ち込まれた可能性はゼロだ。

これが意味することはつまり……。

「本当になっちまったのか……。鯖にする能力者に……!」

こうなってしまった以上、迂闊にものに触ることが出来ない。能力の性質も分からぬまま、触れてしまえば、最悪地球そのものを鯖にしかねない。

「pdf…?」

ブラウザの下方部に、pdfファイルがダウンロードされたようで、しかもご丁寧に触れたものを鯖にする能力説明書と書かれている。

しかし、ここで一つ問題が発生した。

俺はどうやってパソコンを操作すればいいのだろうか……?

マウスがなくても、ある程度操作は可能だ。しかし、触れたものが鯖になってしまう言う事はこのパソコン自体が鯖になる可能性がある。

そうなってしまえば、この能力についての説明が読めなくなってしまう。

待てよ……。だったら、すでに鯖になっているもので叩けば大丈夫なんじゃ……。

マウスだった鯖を持って、キーボードに恐る恐る触れてみる。どうやら大丈夫みたいだ。PCが生臭くなるだろうが、そこは背に腹代えられない。

「これだな」

説明書と書かれているファイルを開いた。

触ったものを鯖にできる能力(タッチアンドチェンジトゥーサーバ)

名前のネーミングセンスについては、ちょっと置いておいて読み進めることにしよう。

サバ以上の大きさのものは数匹のサバになり、
大きすぎるものは一度にサバ化できない
人間サイズが限界

意識して直接触れたものが全て鯖になってしまう。
一度鯖となったものを元に戻すことはできない。

一ページ目に書かれていたことは、以上だ。この能力はオンオフの制御が可能だと分かったので良かった。

後のページは、この能力の制約や詳しい説明について書かれているみたいだ。

要約すると大体こんな感じだ。

鯖の産地、旬の状態は能力者がある程度制御可能。

作った鯖は、釣りたての状態であり、寄生虫も存在しないし、食べることが可能。

気体等、密度の小さいものは鯖にすることが出来ない。
物体以前の性質は引き継がれず、ただの鯖になる。ただし、エネルギーは保存される。

鯖より小さいかったり、軽かったりするものは、不完全な鯖になってしまう。

マウスが、鯖の頭だけになってしまったのはこれが原因だろう。

物体の一部分を鯖にすることや、意図的に不完全な鯖を作ることが出来る。

と大体、こんな感じだ。

オンオフの制御が可能であるという事が分かったのは、かなりの収穫だったと思う。今日はもう夜も遅いし、寝ることにしよう。

……………

「おい! 起きろ、馬鹿者め」

耳元で誰かの声が聞こえて、俺は布団から顔を出すと、鼻にすごい匂いが襲ってきた。

「生臭っ!」

それは、さながら漁港だ。俺の家がプチ漁港と化している。それにしても臭い。
もしかして、何か鯖に変えてしまったのか……!?

恐る恐る卓上ライトをつけると、枕元に服を着た大きな鯖が俺を覗き込んでいた。

「う、うわぁぁぁぁっ!」

まさか、人間を鯖にしてしまったのか……!?

ギョロッとした魚の目が俺を睨みつける。

「とりあえず、冷蔵庫に仕舞おう……」

こうなってしまった以上、仕方ない。どこの誰かは、鯖になってしまった以上分からない。

だから、せめてもの償いとして責任もって食べてあげよう。

「貴様、我をどこへ持って行くつもりだ?」

「しゃ、喋った……! ごめんなさい! 悪気はなかったんです!」

「何か勘違いしているようだが、我は神だ」

鯖は自信を神様だとそう言った。

確かに、言われてみれば神社とかで見た事がある衣装を着ているし、どことなく人間とはかけ離れた雰囲気を感じる。

「それで、神様が俺に何の用ですか?」

「大体、察しはついているだろう? 貴様の能力、それの対価を貰いに来た」

対価だって? 冗談じゃない、そもそもそんなことどこにも書いて書いてなかったじゃないか。こんなの契約を勝手に結んでおいて、対価を得ようだなんて勝手すぎる。

もしも、これが普通の神様ならば鯖にする事で対抗できるだろう。しかし、相手は鯖。俺の能力が全く通じないことになる。

そもそも、神様を鯖にできるのか疑問だ。

「対価は5000万円でいい」

「そんなお金あるわけないだろう!」

でも、普通に考えれば鯖を売れば手に入るお金だ。と、考えれば悪くない契約なのだろうか?

「少しだけ待ってくれないか? この能力があれば、鯖を売ることで無限にお金が手に入るだろう? 倍の金額を支払う。これでダメか?」

鯖の男は、少しの間唸ってから駄目だと答えた。

「そうだな。一匹千円で売ったとしよう。そうなると一億の売り上げをあげるために何匹売る必要があるともう?」

「10万匹……」

さらに鯖は続けて言った。この能力で作る鯖は最高級品のもので、それが大量に市場に出れば鯖の価値は下がり売上が下がるだけじゃなく、

漁師の人間に大きな影響が出てしまうからダメだと言われた。

「だったら、こんな能力いらないよ……」

「おっと、今更引き返そうなんてできると思うなよ」

「クーリングオフもねーのかよ……!」

何でも、鯖が言うにはこれは神の力を譲渡したことになり、一度譲ったものはその当人が死ぬまで取り返すことが出来ないらしい。

「じゃあ、どうすれば……?」

5000万円なんて大金を貸してくれるのは、闇金業者ぐらいしか思いつかない……。

こんな能力のために命を懸けるまでの価値はあるのだろうか……?

「そんな貴様に良い話がある」

「いい話?」

鯖はポケットのようなところから、小さな端末を取り出して俺に手渡した。触ってみるとなんだかぬるぬるしていて、しかも生臭い。

「これは、20メートル付近に貴様と同じような能力者がいれば教えてくれる端末だ」

「これを使ってどうしろと?」

「貴様には、その能力者と殺し合いをしてもらう。何、簡単な事だろう? 貴様は、相手に触れさえすれば勝ちなんだから」

魚が提示したルールはこうだ。

能力者同士で、殺し合いを行い。勝った人間は、負けた能力者の支払う金額の十分の一が手に入るというものだ。

戦いに特にルールはなく、とにかくどんな手を使ってでも、相手を殺す。これがゲームのルールだ。

「負けた人間はどうなるんだ?」

そう聞くと、鯖は負けなければいい事だと言って答えなかったが、敗北の先にある末路はきっと、人間の想像をはるかに超える絶望が待っているんだと理解した。

「最期まで生き残ったら、対価を帳消しにして、なおかつどんな願いも叶えてあげよう」

「そう言って、また対価を得ようとするんじゃないのか?」

この一連のやり取りで、俺は神様という存在を信じることが出来なくなっていた。

俺の中の神様は、優しくて暖かい存在だったのに、実在した神はこんなにも冷酷で、しかも生臭い。

しかも、顔面が鯖。俺の神様像にかすりもしない存在だ。

「対価は頂かないさ」

「本当だな?」

「我は神様だ。嘘はつかないさ」

信用は全くできないが、鯖にも神様としての矜持は多少なりともある筈だ。だから、悪いようにはならないと思う。というか、そう思いたい。

「という訳でゲームスタートだ。まあ、せいぜい頑張ることだな」

鯖はそう言い残して姿を消した。

とりあえず、今度こそ寝ることにしよう。仮に能力者が近くに来てもこの端末が教えてくれるのだ。眠っている間に殺されるなんてことはないだろう。

相手が街ごと消滅させるような能力者でもない限りは……。

―――。


冷たい床と、生温かい鉄の味。物心ついた時からずっとこの感覚を味わっていた。

与えられるのは、暴力と暴言くらいで、いつもはずっと放置されていた。いわゆる、ネグレクトというやつだ。

お風呂なんて、めったに入れさせてもらえなかったから、当然体は臭くなっていった。それで、両親から暴力を受けたし、学校のクラスメイトからいじめを受けた。

そんな時だった。一人の男の子が俺の前に現れてくれたのは。

そいつは、俺を助けてくれた。手を握ってくれた。その時、俺は初めて人の暖かさというやつを知った。

でも、俺のいじめを止めたせいで代わりにそいつがいじめられるようになってしまった。

でも、俺にはそいつみたいにいじめを止めることが出来なかった。怖くて足がすくんで動けなくて、俺は逃げ出してしまった。

それなのに、そいつは何も言わなかった。ただ、笑っていた。そいつは、誰よりもきっと強かった。

「僕は、ちっとも強くなんかないよ。最初は、見てるだけしかできなかったから。それに、本当に強かったらいじめられることなんてないんだからさ」

そいつは、なおも笑っていた。どれだけ殴られても、どんなに酷いことを言われても、そいつはけして笑顔を絶やさなかった。

そんなそいつを見て、俺は強くなりたいと覆うようになった。そいつが無理して笑わなくても済むようにしてやりたいと思うようになった。

そのために、どうすれば強くなれるか色々考えた。強くなりたくて、沢山努力した。

そして、俺は強くなった。誰よりも、何よりも。

「ったく、未成年なのに煙草かい?」

「いいんだよ。何たって俺は筋金の悪だからな」

煙草の煙が夜空に昇っていくのを眺めながら、煙草を吸う。

「今日も学校を休んだだろ? 全く、あんまり休み過ぎると進級できなくなるぞ……」

そいつは少しだけ悲しそうな表情で、俺を見た。そいつと俺は。小学校時代からの親友で、そいつは超がつくほどの優等生で、今や誰もが慕う高校の生徒会長だ。

方や俺は、留年ギリギリの不良。

一緒にいれば、そいつの評判は悪くなってしまう。だから、歳があがるにつれて俺は、できるだけそいつと接触を避けるようになっていた。

それでも、そいつはしつこく付きまとってくるから関係はずっと続いているのだが……。

「明日は行くよ」

「本当か!? お前がこんなことを言うなんて明日は槍でも降るんじゃないか……」

嬉しそうな顔をしているそいつに、俺は少しだけ安心感を覚えた。いつまでも変わらないそいつに。

「ただの気まぐれだよ。気まぐれ」

本当は違う。もしかしたら、俺は明日にでもいなくなってしまうかもしれない。だからこそ、後悔の無いようにしたいと決めたのだ。

「そっか、でも嬉しいよ。僕が毎日しつこく誘いに来たおかげかな?」

「自覚はあったのかよ……」

「そうでもしないと、絶対来ないだろう? それに、ひとりぼっちは寂しいだろう?」

そうだなと、答えるとそいつは意外そうな顔を浮かべて驚いた。

「なあ、一本貰っていいか?」

そいつは俺の持っている煙草の箱を指差した。

「おいおい、優等生さんがそんなこと言っていいのかね?」

「いいんだよ。僕は筋金の悪だからね」

何だそりゃ……。俺はそいつに煙草を手渡して火をつけてあげた。

「ゲホッ、ゲホッ」

「あーあ、初心者が無茶するからそうなるんだよ」

「やはり、無理だったか……」

それでも、諦めきれないのかそいつは何度も挑戦しては、むせていた。

「今まで、色々ありがとな」

「どうしたんだ、急に?」

何度も挑戦したおかげで、まだまだ不恰好ではあるがだいぶ吸えるようになったみたいで煙草を咥えながら、月を眺めていた。

「言っただろ、今日の俺は気まぐれなんだって」

「そういえばそうだったな」

月夜の下、二人で吸った煙草の味を俺はきっと忘れないだろう。

―――。


翌朝、概ねいつも通りの時間に目を覚ますと、やっぱり、机の上には例の端末が置かれていた。

「夢じゃなかったんだな……」

試しに、冷蔵庫に入っていた大根を触ってみると鯖に変化した。とりあえず、今日の朝食は鯖の塩焼きにしよう。

旬でなおかつ、新鮮という事もあって鯖はかなりの美味しさだった。当面の食糧問題はこれで何とかなりそうだ。おかげで他の所にお金をかけられる。

さて、そろそろアイツが来る時間だ。学校に行く準備をしよう。

とりあえず、うっかり鯖化させないように手には某先生みたく手袋をはめておいた。

これで、直接触れてうっかり鯖化させるなんて自体にはならない筈だ。

「っ!」

ポケットに入れておいた端末から音が鳴った。能力者が近くにいる……。
よりにもよって、アイツが来るときに限ってだ。

とりあえず、今日は先に行ってもらうようにしよう。アイツをこのくだらない戦いに巻き込みたくない。

そう思って、携帯を取り出しメッセージを送ろうとすると向こうから、今日、日直だから先に行くとメッセージが送られてきていた。

俺は、アイツと同じクラスだ。今日の日直はアイツじゃなかったはずだ。だとしたら、誰かに頼まれた……?

その可能性は、十分にあり得る。でも、このタイミングに送ってきたということは、アイツが能力者という可能性もあるのだ。

「お前もなのか?」

一見、何の変哲もない変なメッセージ。でも、分かる人間には別の意味が込められている。

既読がつくとすぐに、向こうから電話が掛かってきた。

「ねえ、一つ聞いてもいい? 私もっていうことは、千利も持ってるってこと?」

信じたくなかった。でも、どうやらそう言う事らしい。

「そうだよ。未来、俺もゲームの参加者なんだ」

電話口から、明らかに消沈した声が聞こえてきた。

それはゲームのルール上、俺達は最終的にどちらかを殺めないといけないからだ。

「とりあえず、俺の家まできて、それから色々話し合おう」

一旦、今日はここまでにしておきます。
明日の、同じ時間帯にまた投稿します。
それでは、また明日


 私の最初の記憶は、薄暗いところで空を見上げている夢だった。どこで生まれたのかも、自分の名前も知らないそんな人間だった。

所謂、捨て子というやつだ。私が住んでいた街には、私と同じような人間が沢山いた。

彼らは、私に「ハナ」という名前を付けてくれて、私を家族だと言ってくれた。そんな彼らが私には眩しく見えたのを覚えている。

そんな私たちが、生きていくには方法が限られている。店の商品を盗んだり、財布を盗ったり、虫や雑草なんかを食べたりしたこともあった。

そんなギリギリの生活を送っていたが、それでも幸せだった。

けれど、ある日誰かが言った。もっと、別な暮らしがしたかったと、何故産まれた場所が違うだけなのに、こんな思いをしなくてはいけないのかと。

外への憧れは妬みや憎しみへと変わって、私たちは、とうとう人を殺めるようになるまでに堕ちてしまった。

どれだけ殺しても、奪っても、私たちの生活は何一つ変わらなかった。

あの時感じていた暖かさも、眩しさも、もう感じなくなっていた。

その時の私は、まだ引き返せるなんて思っていた。家族だと笑い合える日々に戻れると信じていた。

けれど、そんな日々が戻ってくることはなかった。私が、終わらせたのだ。

それは、誰かの一言だった。

「俺はお前を家族と思ったことなんて一度もない」

その言葉を聞いてからの事は、何も覚えていなかった。気が付けば、私は家族だったものが変わり果てた姿になったものの周りに立っていた。

家族が死んだはずなのに、涙は一滴たりとも出てこなかった。それを何故か何日も考えて、一つの結論に辿りついた。

私たちが、本当の家族じゃなかったから。

何せ、私たちは血が繋がっていないのだから。

だから、私の血を媒介にして、この世に生を受けたスカーレットは私にとって、初めて家族と呼べる存在になったと思う。

スカーレットが死んだらという想像をすると、私は怖くて怖くてたまらないし、死んでしまえば私は泣いてしまうだろう。

目の前で、繰り広げられている戦いではスカーレットの方が優勢だった。

男の方が、普段の力とあまりにも違いがありすぎるためだろう。それでも、少しずつだが、男がスカーレットを圧倒し始めた。

それどころか、男にはまだ余力を残しているようにも見える。

「段々、あなたの攻撃が見るようになってきましたよ」

やがて、スカーレットの攻撃は全く当たらなくなっていった。

不安がどんどん大きくなっていく。自分に、スカーレットは必ず勝つと言い聞かせる。

「ぐうっ……」

スカーレットの巨体が吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

「楽しかったよ。ありがとう」

―――。

「な、何だ!」

地響きのような音で、静かだった街が騒ぎ始めた。木々は嵐の起こす風のように激しく揺れ、窓ガラスはガタガタとその音に共鳴し揺れている。

窓を開けて、外を覗くとそこには伝説上の生物ドラゴンが飛んでいこうとする姿と、それに必死にしがみついている人間の姿があった。

「何だよあれ……」

外の現状を目撃した今でさえ、何が起きているのか全く理解できなかった。とりあえず、頬を抓って見るが、やはり痛い。

つまり、紛れもない現実ということになる。

ドラゴンは体躯が大きい分、俺の攻撃があてやすい。一発では仕留めることはできないが大きなダメージを与えることが可能だ。

しかし、ブレスを吐かれれば俺の身体は、たちまち炎に焦がれてしまうだろう。

だが、今闘っている隙をつけば何とかできるかもしれない。

「駄目、行かないで……!」

部屋から出ると、未来が抱き着いた。

「行けば、必ず死んじゃう……」

「俺は死なないよ」

自分に言い聞かせるように、未来に囁いた。あんなものを人間一人でどうにかしようというのは恐らく不可能だ。

それでも、何となく行かなければならない気がした。まるで誰かが自分を呼んでいるみたいに、そう感じたのだ。

「無理だよ……。勝てっこないよ」

「それでもいかなくちゃ……」

未来を引きはがして、ふらふらと玄関へと向かう。自分が自分じゃないようで、何となくふわふわしたような気持ちだ。

でも、それが心地よくてなんだか気分がいい。

「待って!」

未来の制止を振り切って、家の外へと出た。大きな音に地響きに、強い風が吹きつけてくる。

玄関の方を一度見つめて、俺はこの戦いの渦中へと足を踏み入れようとしていた。


走る。

ただ、乱暴に起こされた街の中を駆け抜けていく。

この大通りを行けば、ドラゴンがいる場所だ。走って、走ってたどり着いた先で見た光景は、血に濡れた惨劇だった。

「ハナ……! どうして……?」

女の心臓を男が貫いている。女はもうすでに死んでいるのか、何も喋らない。しかし、女はどこか幸せそうな顔をしている。

まるで、人生を謳歌し満ち足りた人生を送った老人の最期のような表情をしていた。

「あ……。あぁぁ」

ドラゴンはみるみる小さくなって、小さな女の子の姿に変わって、死体に縋りついた。

「どうして、私を庇ったの……? 私は、本当はここにいるべき存在じゃないのに……」

けれど、女は何も答えない。ドラゴンにはそれを知る術はないのだ。

「本当ですよ。貴方なんて、所詮はただの道具にすぎないのに」

血に濡れた男が、ドラゴンに語りかける。ドラゴンは男を睨むが男はそんな事気にも留めず言葉を続けた。

「まあ、この女は犯罪者ですから当然の報いでしょう。罪を犯した人間には罰を与えなければならない」

「驕るなよ。人間風情が……」

周囲の空気が一気に冷え込むのを肌に感じる。それに何となく空気が重い。

その発信源はドラゴンだ。彼女の表情は、怒りでめちゃくちゃになっていた。身を焦がすほどの怒りと恨みが彼女を包み込んでいく。

「何だこれは……!?」

怖くて全く足が動かせない。立って、その場面を見ることしかできなかった。

男は焦って、ドラゴンを倒そうと手を出そうとしたが、男の攻撃は全く通用していない。

ドラゴンの形状が大きく変化していく。

頭は七つに別れ、その頭には冠を被り、角を10本持つ大きな赤い龍がそこに姿を現した。

ただ、自分の中に恐怖と絶望で満たされていくのを感じ、世界の終焉が頭をよぎった。

「分が悪い勝負はしない主義なんでね。逃げさせてもらいますよ」

男はそう言ったが、そこから一歩たりとも動かなかった。赤い龍の大あごが男に少しずつ迫っていく。それでも、男は一歩も動かない。

いや、動けないのだ。

「何故、俺は逃げられない……!?」

「それはね。私が君の“逃げる”という選択を奪ったからだよ」

赤い龍は男を顎で咥えこんで、徐々に力を強めていく。

最初は男も何とか抜け出そうとしていたが、やがて動かなくなって、最終的に下半身だけが地面へと落下した。

赤い龍は目的を達成したからなのか、みるみる縮んで人の姿へと戻った。その姿は先ほどの女の子の姿ではなく、誰が見ても美しく、魅力的だと思う乙女の姿をしていた。

「ハナ……」

ハナと呼ばれた女を抱きかかえて、涙を流していた。

やるなら今だぞ。

心の中の悪魔がそう囁いた。

だが、目の前にいるのは悲しみに暮れる乙女だ。

いつか倒さないといけないんだったら今倒すべきなのかもしれない。

「ごめん……」

裏路地を回り込んで、後ろから走ってその乙女に触れた。

しかし、乙女は鯖に変わらなかった。

能力をイメージして触れてもダメだった。試しにほかの物体を触ってみたが、ちゃんと鯖に変わった。

けれど、この乙女だけは変えられなかった。

「無駄だよ。私に対して“能力を使う”っていう選択はできないから」

乙女はゆっくりとこちらを向いた。その顔には、何の感情も感じられなかった。

「あ、そういえば。最後まで生き残れば、何でも願いが叶うんだったよね。君は生き残らせてあげるからさ、私の願い叶えてよ」

乙女の願いは、パートナーであるハナを蘇らせることだと言った。

そして、乙女の能力の一つである選択を強制させる能力がある以上、逆らうという選択はなく、ただそれを受け入れることしかできないのだろうか……?

いや、乙女は言った。「私に能力を使う事は出来ない」と。

だったら……。

「無駄だって言ったのが分からないの? 私に“能力を使う”選択はできないんだよ?」

「知ってるよ。だから、こうするんだ」

右手を自らの顔面に当てた。その瞬間に痛みはなく。気が付けば、どこまでも真っ白な空間にいた。

「ここが死後の世界なのか……?」

三途の川や、お花畑を想像していたが、どうも死後の世界には何もないらしい。どこまでも無が続いている。

「いや、ここは死後の世界じゃない。正確に言うならば、生と死の境界といったところだね」

真っ白な世界に見覚えのある人物が立っていた。俺が鯖に変えたはずの人物。

「文乃……なのか?」

「そうとも言えるし、そうでないとも言える」

文乃の話は相変わらず分かり辛い。だが、その分かり辛さは文乃そのものだと思う。文乃は何もない空間に椅子を作り出して座り込んだ。

「私は有事に備えて作っておいた坂下文乃のバックアップってやつさ。いわゆるコピーってやつだね」

文乃の右手には、古ぼけた本に変な絵と見た事ない文字の羅列が並んだ本が現れた。

ヴォイオニッチ手稿。文乃はその本の名前をそう呼んだ。この本には、魂のバックアップ方法について書かれているらしく、生まれ変わりに使う肉体に使うことが出来ると文乃は語っていた。

「そういえば、あの日の二人で話せないかって言っていたのは何だったんだ?」

「すまない。私が最後にバックアップを取ったのは、そのメッセージを送る前なんだ」

結局、あの日文乃が俺に何を伝えたかったのか。それは結局謎のままという事らしい。しかし、文乃なりに考えはあるらしく、いくつかの仮説を提唱した。

あの日のメッセージは敵が仕掛けた罠だった。

これは俺自身が感じたことだ。しかし、ここでいくつか謎が残る。

ゾンビを操れる能力を持つはずの敵が何故、本棚を放置しておいたのか。何故、文乃一人だけを残しておいたのか。という点だ。

罠にはめるのが目的なら、一人で待ち伏せするよりも複数で待ち伏せしたほうが効果的なはずだ。

そして何より、本棚が倒れて行動不能になるなんて事態は回避できたはずだ。

以上の事から考えると、文乃は何か重要な秘密を知ってしまい始末された。そう考えるのが自然だと文乃は言った。

「そしてその重要な秘密とは、これしかない」

文乃の手にはMDが現れた。あの日、文乃が見たはずだった。未来のMD。

「じゃあ、文乃は未来が犯人だって言いたいのか?」

文乃は首を横にも縦にも振らなかった。

「それは分からない。だから、君がそれを確かめるんだ」

「でも俺はもう……」

自らの能力で体を鯖に変えたのだ。仮に生き返ったとしても鯖。闘う事なんてできっこないじゃないか……。

「君は自分の姿が鯖になったのを見たのかい?」

そんなの見れるわけがない。鯖になった時点で意識はもうないんだから。

「もしかしたら、君が自分を鯖に変える前に、敵に攻撃を受けたのかもしれない。そう言う可能性もある」

君がどうなったか観測したものは、まだいない。だから君が思うように世界を作りかえればいい。

都合がいいように。だって、それが君に与えられた特権だろう?

文乃がぼやけて消えていく。結局、文乃の行っていることのほとんどは理解できなかった。

真っ白だった世界は、真っ暗に変わり強い力に引っ張られてどこかに落ちていく。

落ちていくその先に強い光が見えた。強い光は俺を飲み込んで、大きくなって広がっていく。

その光に、やがて色がついて、音が聞こえ始めて、匂いもするようになってきた。

「やっと目が覚めたんだね」

誰かが、顔を覗き込んでいる。そうだ。俺はこの子と闘おうとしたんだった。そして、あっけなく敗北したんだ。

何とかして、あの子を倒さないと……。

全ての真実を知る。そのために……。

更新が非常に遅れてしまい申し訳ないです。
少しポケモンに熱中しすぎてしまいました……。
ですが、もうクリアしてしまったので更新再開させます。
次こそ予告どうりに更新したいです。
因みに、次回の更新は土曜日になります。

それでは、また土曜日に

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