真姫「雨とわたし」 (22)

─部室─

「……ごめんなさい」

ああ、……やっぱりね。いつからか抱き続けていた私の想いがあっさりと砕けたのに、最初に頭の中で浮かんだのはそんな言葉だった。

「にこは、アイドルだから」

別に、付き合いたいとかそんなんじゃない。
ただ、気持ちを伝えたかっただけ。
なんて言うと自分に嘘付くことになるのかしら。

ああ、私は何がしたかったのだろう。
彼女、にこちゃんとの関係を壊すことになると分かっていたのに

「あのね、にこは 」

私が惹かれた彼女のその瞳の奥には戸惑いの色が見えた。
……本当、馬鹿なことしてしまったわね。

その後もにこちゃんが何か口にしていたけど、私には何も聞こえなかった。

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ポツポツと、雨粒が落ちる音。
今日は雨、地味な室内練習で不満を言う凛と穂乃果に海未が随分ご立腹だったわね。

そんな事を考えながら、音ノ木の校舎を後にする。

──振られたのね、私は。

不思議と涙は出てこなかった。なんとなくこうなることがわかっていたから。

胸にポッカリ穴が空いたみたい
まるで、感情を無くしてしまったかのように

ああ、いっそこの雨がこの穴を満たしてくれたらいいのに


穂乃果「今日も雨かー……」

凛「雨だにゃー……」

海未「今日も室内練習ですね」

穂乃果「えー、3日前にしたばっかなのにー」

絵里「まあまあ、室内トレーニングでの体力づくりも大事な事よ」

穂乃果「むー……」

海未「内容は以前と同じですね、主に筋トレを中心にやっていきましょう」

皆『はーい』

海未「あ、私は弓道部の方に用があるのでこれで失礼します」

絵里「ええ、あとはまかせて」

穂乃果「えー、海未ちゃんずるーい」

海未「もちろん、私も家で同様のメニューをこなしますので」

海未「穂乃果もしっかりやるのですよ」

穂乃果「……はーい」

真姫「あの」

海未「はい?」

真姫「私も家でメニューこなすから、今日は音楽室行っていいかしら」

真姫「なんとなく、曲のイメージが湧いてきそうなの」

海未「まあ、そういうことでしたら、構いませんよ」

海未「真姫は信用できますから」

真姫「えぇ、ありがとう」

穂乃果「じゃあ、穂乃果もお家でやるから……」

海未「駄目です」

穂乃果「えー、なんでなんでー!?」

海未「貴方のことですから、サボるに決まってますっ」

穂乃果「むぐぐっ……」

真姫「ふふっ、まあ、いい曲期待しててね」


───あれから3日、意外な事ににこちゃんとは普通に会話をしている。

なんだかんだ同じμ'sの一員として、気にかけてくれているみたい。

でも、やっぱり少し気まずい。
今日も、ついこの間の事を思い出してしまって
思わず曲が思い付いたなんて、嘘を付いてしまった。

逃げてるのかしらね、私は

ガラガラと、音楽室の扉を開ける。
誰もいないその空間がひどく落ち着く。

近くの椅子に腰掛け、私は目を閉じる。
ザーッという音が耳に伝わる。

まだ、雨は止みそうにない。


──────

「では、失礼します」

「うん、お疲れさまー」

備品整理を終えて、弓道部を後にする。
──真姫はまだ、音楽室にいるだろうか

彼女の様子がおかしい事に気付いたのは、一昨日からでしょうか。
真姫の笑顔に違和感を覚えました。
無理して作っている、そんな風に

何かあったのでしょうか。
彼女は1人で抱え込んでしまうところがありますから
私が何か助けになれれば、良いのですが……

いや、真姫には私などより、きっと……

気づけば、音楽室の前まで来てしまいました。
……電気が付いていませんね。

そういえば、ピアノの音もしませんでした。
もう帰ってしまったのでしょうか。

そうは思ったものの、一応中を覗いてみる。

──そして


真姫「……はぁ」

気がつけば、辺りも薄暗くなっていた。
もう帰ろうかしら。

結局、ピアノには全く触れていない。
やる気が、でない。

無気力、空っぽ。

今日は気分転換に星でも見ようかしら
……って雨じゃない。
そうだ、凛と花陽を誘って何処か寄り道でもしようかな。甘い物でも食べたい気分ね。

大丈夫、私はまた明日から頑張れるから
たまには、こんな日があってもいいんじゃない?

とりあえず、みんなのところに戻らないと……

真姫「……っ!?」ビクッ

突然ドアが音を立てて開いた。


海未「真姫……?」

そこには、心配そうな顔をした海未が立っていた。

海未「……なにかあったのですか?」

真姫「いや、別に、なにもないわよ」

真姫「ただ、結局、曲作りが捗らなくて…」

平静を装って、その場を取り繕う。
暗い教室で1人で座っていたから、不審に思われたかもね。

海未「そうなのですか?」

真姫「実は、今朝から調子悪くて」

嘘を付いた。

海未は、鋭いところがある。
だから、きっと、この嘘だってバレてるわね。
でも、厳しくても優しい人だから、海未は。

そんな彼女だからこそ、嘘だって気付いてても私の事を気遣って何も言わないでくれる、そんな気がするの。

でも、今日は違ったみたい。


海未「一昨日……いや、それより前かもしれませんね」

海未「にことなにかありましたか?」

え、なんで?どうしてにこちゃんの名前が出てくるのよ。
もしかして、あの時聞いていたの?
いやそんな訳ない。でも、何故、もう意味分かんない

真姫「……そ、それは」

不意を突かれて、言葉が出て来ない。
大丈夫よ、私。冷静にこの場を切り抜けるの。

海未「ねえ、真姫」

なんて言おうか。喧嘩した、そう言ってはぐらかせばいいのよ。

海未「真姫は頑張り過ぎだと思うんです」

そう、私とにこちゃんの問題だから、私が解決するからって。

海未「もう少し、弱さを見せていいんですよ」

実際、そうじゃない。これは私の問題。
海未には関係ないの。


海未「もう少し、甘えてもいいんですよ」

何を言ってるのかしら。
私は大丈夫だから、1人でも大丈夫なんだから

何か言い返さないと、と顔を上げると海未が
優しい瞳で、今にも泣きそうな瞳でこちらを見ていた。

真姫「わ、私は……」

ようやく絞りだしたその声は、その身体は
自分でも驚く程、か細く震えていた。

ああ、どうしよう。私はこの人の前では……
わたし、私は……

海未「……」ギュッ

突然、身体強く抱き締められた。
そして、混乱する私に、彼女は耳元でこう囁くのだ。

「私じゃ、駄目ですか?」

「……私にくらい甘えてもいいんですよ」

ああ、ずるい。
この人はなんて。なんてずるくて、そして優しいの。

「………………うぅ……海未っ……」

涙が溢れてくる。
久々に流れた涙は今日の雨のよう止まる気配がなかった。


──────

真姫「…………グスッ」

海未「落ち着きましたか?」ニコッ

真姫「……」コクッ

海未「ほら、鼻水でてますよ」スッ

真姫「……」ズルズル

海未「雨、止んだみたいですね」

────やっぱり、にこと何かあったのでしょうか。
何も話したくなさそうな真姫に、私は鎌をかけた。

……何があったかは聞くべきではないですね。
とりあえず、彼女には元気を出してもらわないと。

海未「どこか、気晴らしにでも行きませんか?」

真姫「……え?」

海未「こんなときは何か甘いものでも食べるのが一番です」

真姫「えっと、2人で?」

海未「ええ、もう他のみんなも帰ったようですし」

真姫「……あ」

辺りはすっかり暗くなっていた。
さすがに下校時間はもう過ぎていることに、真姫もようやく気付いたようだ。

海未「どうです?」

真姫「……うん」

さて、何処に行きましょうか。
あまり遅くなってはいけませんし……。

近くにクレープ屋がありましたね。確か。



─少し前─

気まずい。
気まずいわね。
廊下を歩きながら私はそう考えていた。

にこ、真姫を呼んできてくれないかしら?

絵里からのその頼みを断るに断れず、私は音楽室に向かっていた。

練習も終わったし、一応声くらい掛けておこうということなのだろうけど、なんで、私なのよ。

真姫から告白されて、2日たった。
表面上は普通に接してても、気まずいのは気まずいのよ。

突然の告白。
にこは驚いた、それはもう。
だって、あの真姫ちゃんが、にこのことを好きだなんて。

──私は真姫のことを、

いや、それは考えちゃ駄目よ。
私はアイドルなんだから。
だから、私は告白を断ったんだから。


それに、私は真姫とは釣り合わないの。
真姫一緒にいたから分かる。いやでも気づいてしまう。
真姫はすごい子なんだって。

ねえ、真姫
あなたはにこに何を求めるの?
私には何もないのよ?

そんなことを考えていると、
音楽室の前に来ていた。
電気も付いてないし、ピアノの音もしないわね。

なんだ、帰っちゃったんじゃない。

でも、なんだか少し気になって中を覗く。
覗かなきゃよかったのに。



真姫は、まだ教室の中にいて

そして、海未に抱き締められていた。


「……え?」

なに、やってるのよ。

海未、あんたは弓道部に行くって
そう言ってたじゃない。

ドクドクと心臓が高鳴るのを感じる。
胸がギュッとして、苦しい。

なによ、これ。

扉に手を掛けようとしたけど、やめた。

にこが入っていけるような空気じゃなかったから。
早くここを、離れたかったから。

急いで、来た道を戻る。
走ったからだろうか、まだ胸が苦しいのは。

──それとも

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