月が綺麗な夜だから (14)

深夜の、何気ない時間。
ありふれた、なんでもあって、なんでもない時間。

そんな時間は、テレビのチャンネルを何気なく回してみたりするんだ。

特に見たい番組があるわけじゃあないんだけれど、いろんな番組が流れていく様が寂しさを紛らせてくれるような気がするから。

でも、そんな期待は検討外れで。
テレビを点けたところで寂しさが易々とどこかへ消えてくれるわけなんかなくて。
いつも液晶越しの喧騒が現実の静けさとの対比を加速させて、空しさや寂しさに拍車をかける。

空しさや、寂しさや、よくわからない不安。
そんなものがごちゃごちゃになって、ぐっちゃぐちゃになって、ミックスジュースになっていくような感覚。

そんな感覚が好きな訳じゃない。

好きな訳じゃないけれど、そんな深夜独特の感覚に、ふっと自ら飛び込んでしまうことがときどきある。

何故かって?何故だろう。
深い意味なんてないんだと思う。

テレビが垂れ流す内容にも、こんな不毛な時間を過ごしていることにも。

意味や理由はないけれど、確かにそんな感覚や時間はここにあって、きっとどこにでもあるのだろう。

これは、そんな深夜の話。
毒にも薬にもならないような、深夜の話。

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ふと、窓の外を見ると月が輝いていた。

暗闇に落ちた部屋の中でも、テレビをさっきまで眺めていたもんだから目は暗闇に慣れているとは言いがたいのだけれど、それでも月がやけに大きく、輝いて見えた。

スーパームーンだなんて言葉をたまに見かけはするけれど、ここ数日はそんな単語を目にした覚えはなかったから、あれ。今日スーパームーンなんだっけ、と思ったけれど、Googleなんかで調べる気にもならなくて、なんとなくそんな綺麗な月を眺め続けていた。

少し眺めているうちに、テレビの光と音がなんだか煩わしくなってきたもんだからスイッチを切ったんだけど、喧騒から一転、沈黙に包まれた部屋の中は夜に沈むようだった。

だんだんと目が暗闇に慣れるにつれて、月が輝きを増していった。
周りの星も少しずつ数を増やしていったけれど、さして多くなりはしなかった。

この辺りは都会と田舎の中途半端さを濃縮したような場所だから、仕方ない。

窓の外を眺めながら、星が見えないぶん月の輝きがより一層映えるように思えた。

月が明るいと、それのおかげで恒星たちの光は見えにくくなるのだけれど、それはもしかすると星たちが月のためにステージを用意しているのかもしれない。

月が、太陽のスポットライトに照らされている様が実にそれらしい。

月を見ていると、無性に外を歩きたくなって、俺は部屋にかけてあったパーカーに袖を通した。

これは、俺だけなのか、そうでないのかはまったくもってわからないのだけれど、星を見るために外に出ることが多々ある。

別に目的がないのに外に出ることは珍しいことじゃないと思うんだ。
新しい靴を買ったら履きたくて外に出る人もいるだろうし、新しい自転車を買ったら乗りたくて外に出る人もいるだろう。
スマートフォンに新しい音楽を入れたらイヤホンで耳を塞いで散歩に出る、なんて人もいるだろうし、なんなら最近流行ったポケモンGOもそうだ。

それらとなんら変わらない。

ぼくには星が見たくて、外に出ることがたまにあるんだよ。

オリオン座が見え始めるような季節には特にね。

ぼくの家からは、数分歩くと自販機があるんだ。

ぼくは宛のない散歩をするときはその自販機を目的地としている。

夏の夜はそこで炭酸飲料を買うし、いまのような涼しい季節、寒い季節なんかはホットコーヒーを買って、近くのベンチで缶の中身がなくなるまで星を眺めたりするんだ。

一見すると、深夜に一人で自販機横のベンチに座っている様というのはそれなりに寂しい絵面なんだと思うけれど、自販機が一緒にいてくれるからだろうか。家にいるよりはずっといろんなものが紛れるんだよ。

自販機に友情を求めるほど酔狂ではないつもりなんだけどね。

外に出てみると、随分と冷え込んでるものだから、白くなりやしないかと半ば期待めいたものを抱きながら大きく息を吐いてみたんだけど、どうにも期待はずれのようだった。

夏の足音は遠ざかってゆくけれど、冬の足音もまだ少しばかり、遠いらしい。

ぼくはパーカーのポケットに手を突っ込んで、自販機へと歩き出した。

音楽を聴くかどうかは日によってまちまちなんだけど、このときは聴かなかったな。

「あれ?キシくん、何やってんの?」

自販機に着いてみると、先客がいた。

クラスメイトのスダさんだ。

スダさんは、自販機から取り出したホットココアを大事そうに両手で握り、暖まっていた。

「スダさん、夜に出歩いたりとかするんだね」

「まぁ、たまにはね」

ホットココアの開栓音を聞きながら、ぼくは自販機の中からホットコーヒーを選んだ。

「コーヒーとか飲むんだ」

「まぁ、たまにはね」

そう返しながらぼくも缶を開栓して、一口飲む。

「うぇ」

「どうしたのキシくん」

「なんでもないよ」

三泊ほど、置いてスダさんは言う。

「ふぅん」

その目は、ぼくがかっこつけて買った ブラックコーヒーが飲めないことを見透かされているようだった。

「キシくんは、こんな時間に何をやってるの?」

ホットココアを飲みながらスダさんは問う。
ぼくもホットココアにするべきだったな。

「あれ」

ぼくは目の前に輝く月を何気なく指差して言う。

「あぁ。なるほど。綺麗だね」

納得がいったからか、少し微笑んでそう言う彼女の表情は街灯のせいか、月明かりのせいか、なんだかやけに明るく見えた。

「夏目漱石かな」

「月が綺麗ですね、とは言ってないよ」

「それは残念」

スダさんは少しばかり間を置いて、ココアを飲んでから続ける。

「わたしは月の綺麗さよりも、もっと身近なものを共有できたらそっちの方が楽しくていいな」

「身近なもの?」

ぼくがそう問うと、彼女は微笑んだだけで何も答えやしなかった。

「そうだ。わたしのココア、飲む?」

「遠慮しておくよ。コーヒー、飲むかい?」

「うーん。ブラック、飲めないんだよなぁ」

奇遇だね。ぼくもだよ。

言えやしないけどね。

「夏が終わるんだねぇ」

ふとスダさんがそんな一言を漏らした。

「もう終わったんじゃない?」

テレビの前とは違う寂しさを抱きながらそんな返答を返す。
ぼくらはきっと、悲しみや寂しさみたいな、そんなものから逃げられやしないんだろうな。
隣に誰かがいたって、感じてしまうんだから。

「なんていうか、早いね。月日の流れって」

「そうだね。こうやってスダさんと話してる時間もきっと一瞬だよ」

「話してるから、一瞬になっちゃうんじゃないかな」

「どういうこと?」

「わたしたちが流れて欲しくないなーって思ったり、昔に戻りたいなーって思えば思うほど時間の流れってずっとずっと、はやくなっていくんだよ」

「なにそれ。あまのじゃくだね」

ぼくは、少し笑いながら返す。なんだかへんてこな価値観だったから。
でも、不思議とどこかわかるような気がして。

「世界はいじわるだよ。わたしたちが思ってるよりずっとずっと」

そんな言葉を放つ彼女の表情は極上の月明かりに照らされていても、不思議な暗さを感じたんだ。

「これからわたしたちは幾星霜を重ねていくんだろうけれど、重ねれば重ねるだけ"過去"に思いが残っちゃって、戻りたい時間がどんどん増えてって、"現在"が加速していく」

ココアを一口飲んで、彼女はさらに一言を添えた。

「それってなんだか理不尽だよね」

ぼくは半分ほど飲みきったコーヒーを一口飲みながら彼女の話に耳を傾ける。

「もっと甘くなればいいのになぁ」

ぼくがそういうと、彼女はふふっ、と笑って続けた。

「そうだね。もっとみんなみんな、甘くなればいいのに」

「たとえば、このコーヒーとかね」

こうして、ぼくらの夜は加速していく。

加速していく。

これは、そんな深夜の話。

毒にも薬にもならないような、深夜の話。

とりあえず、>>3 で一人称がぶれました。ごめんなさい。

読んでくださった方はお付き合いありがとうございます。

ゆきの(Twitter:@429_snowdrop)からのお届けでした。

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