【艦これ】エラーねこのなく頃に 艦こまし編 (189)
*初投稿です。マナーやルール等が間違っていたらご指摘ください。
*地の分あり。むしろ半分くらいそれです。苦手な方はスルーを。
*タイトルの通り、某ホラー作品のパロディです。これも苦手な方はスルーを。
ホラー要素は微塵もありませんが。
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プロローグ
「あれは不幸な事故だったのよ~……」
薄暗い一室で、照明に照らされた少女がぼそりと語り始めた。
「いえ事故というよりは……災難? そう、あれは災難だったのよ」
自身に降りかかった出来事をそう断じて、まるで自分に言い聞かせるように言葉を続ける。
その表情に赤みがかかっていることに、彼女自身は果たして気付いているのだろうか。
「……そう、そうよ。いきなりだったからちょーっと驚いちゃっただけで全然、ぜーんぜんそういうのじゃないのよ~? ……あら?」
そこで少女は自分に向けられていたそれを見つけて、腰かけていたパイプ椅子からゆらりと立ち上がった。
「ちょっと青葉ちゃ~ん? 取材は仕方なく受けてもいいと言ったけれど、カメラは回していいとは言ってないわよ~?」
「あ、あのこれはですねっ、当事者のより詳細な様子を記録するために必要なもので別にやましいものでは――」
「ペンを持つその手、落ちても知らないわよ?」
「ヒイィィィィごめんなさいごめんなさいごめんなさいですぅー!!」
底知れぬ静かな迫力と共にぬるりと向けられた刃の輝きに、青葉はたまらず隠し持っていた小型カメラを少女に差し出す。
差し出されたそれを手に取って、少女――龍田はニッコリと笑顔で握り潰した。
「もう、次はないからね~?」
青ざめる青葉にとびっきりの笑顔といつもの三割増しの甘ったるい口調で最後通告。
普段の龍田を知る者が見ればその恐ろしさたるや、単艦で戦艦棲姫二体に相対するのに匹敵するものと分かるだろう。
そんな龍田の言動が、実はただの照れ隠しだったりするのは彼女だけの秘密なのであった。
鎮守府を混乱と羞恥の大渦に叩き込んだ事件。その発端は遡ること二日前――
その日の鎮守府の一日はいつもと変わらぬ平穏な朝から始まった。
深海棲艦との戦いの前線基地である鎮守府に平穏というのもおかしな話ではあるが、ともかく平穏な一日の始まりであった。
そんな鎮守府の廊下を歩いていく艦娘の姿が一つ。
「~~~~♪ ~~~~~♪」
窓から差し込む柔らかな日差しを浴びながら、自分の持ち歌を鼻歌で奏でる彼女は金剛型高速戦艦の榛名。
誰がどう見てもご機嫌な様子だと分かる彼女が向かっているのは提督の執務室である。
「今日は一日中提督とご一緒できるなんて……榛名、感激です! って、浮かれてはダメよ榛名。これはあくまで秘書艦としてのお仕事、きちんとこなさなくては……でもでも」
そこから何を想像したのか「はふ~ん」と漏れ出る幸福感を隠そうともせず、頬に両手をあてて身悶え始める榛名。彼女もまた、あの金剛の妹であることがはっきりと分かる姿であった。
などと、そうこうしてる内に榛名は執務室の前にたどり着く。
扉の前で軽く身だしなみと髪を整え、咳払いを少々。深呼吸して努めて冷静に心を落ち着かせて彼女は扉をノックした。
「提督。本日の秘書艦、榛名参りました」
扉の向こうに居るであろう提督にそう告げる。すぐさま入室の許可が聞こえて――こない。
「…………?」
いつもならすぐに何かしらの返事があるはずなのだが、それがない。
もしかしてまだ眠っていらっしゃるのかしら? と思いつつ、榛名はとりあえず執務室に入ることにした。
「提督、失礼いたします」
と、ドアノブに手を伸ばす。すると、その手が触れる前にノブがカチャリと回る。
扉が開かれ、白い軍服に身を包んだ提督の姿が現れた。
「ああ、おはよう榛名。今日はよろしく頼む」
「はい、おはようございます提督。こちらこそ、よろしくお願いいたしま……す……」
ぺこりと挨拶を交わして、提督の姿を改めて視認した榛名がそのまま固まる。
頼もしさと親しみやすさと少しばかりのだらしなさが同居した提督の姿。
見慣れたはずのいつものその佇まいが、今は一段と輝いて魅力的に見える。榛名比にして4、いや5割増しだろうか。
そんな提督から目が離せない。顔も自然と熱くなる。
要するに、見惚れてしまったのであった。
(あ、あれ……? どうしてでしょう? 今日の提督を見てるといつもより胸がドキドキします……)
その提督のキラキラさ加減ときたら、艦娘が演習10回連続S勝利MVPをとってもこうはならないだろうというぐらいの輝きっぷり。榛名にはそう感じられた。
「あ、あの……提督、ですよね? そっくりな双子のご兄弟とかではなくて……?」
「当たり前だろう。何をおかしなことを言っている」
呆れたような、それでもどこか優しげな微笑みを向けてくる提督に、榛名の顔がみるみる茹で上がっていく。
「~~~~~っ!?」
「ん? どうした榛名、顔が赤いな。熱があるのか?」
「え、あの、そういうわけではなくて――」
「どれ……」
提督の左手がスッと榛名の前髪をかき上げる。
そして間髪入れずに、露わになった榛名の額に自分の額を当ててきた。
「ふわぁっ!? はわわわわわわわ、ててて提督っ!? はははは榛名のおおおぉおでおででこここにににににぃちか、近ぁぁぁ!?」
「……ん、熱はないようだな。よかったよ」
そう言いながら提督が離れると、ズザァァッと榛名が跳び退る。顔を真っ赤にして口をパクパクと、混乱と動揺の極致である。
そして、その極致にもう一刺しが入る。
「俺の榛名が風邪でもひいたかと思って、心配したぞ?」
「お、おおおおれ俺のぉっ!?」
ポイッと投げられズドンと突き刺さった「"俺の"榛名」発言に、榛名の心理的キャパシティーがついに臨界点を迎え、頭の電探からも湯気が出始める。そこは放熱板ではないはずなのだが。
無理もない。提督のそれは普段の彼の性格からは大分かけ離れた言動であったのだ。
いつもならば、書類を処理しながら「なんだ熱があるのか。しんどいなら部屋戻って少し寝てろ」とでも言って終わりそうなものが、今やこれだ。
当然、何か裏があるのではと考えるのが普通である。頭が茹であがっていた榛名でも流石にそこははずさなかった。
「どどどどどうしたんですか提督っ!? 何かのご冗談のつもりでしょうかっ!?」
「おいおい冗談とは失礼だな。これでも本気で心配したんだが、余計だったか?」
「え……あ、あの、すいません。そんなつもりは……」
「……フフフ。いや、冗談だ。すまんな、からかい過ぎたか」
「っ!? も、もう提督っ!」
余りにもあんまりなからかわれ方に流石に榛名もたまらず憤慨する。
危うく何もない陸地、しかも鎮守府で(精神的に)大破するところだったのだから、彼女のこの怒りも当然のものだろう。
「そんなに目くじら立てるな。悪かったって。それよりまだ大分顔が赤いぞ榛名? まさか、本当に風邪ひいたか?」
「べ、別に榛名は風邪をひいているわけではなくて……あの、提督がちょっと、いつもより大胆なことをなさるから……その……」
「そうか? 俺はいつも通り、平常運転だぞ?」
暴走・爆走・激走して乙女の純情を轢き殺していくような運転である。
こんなものが平常であってたまるかと、提督の本来の平常運転を知る榛名は内心で突っ込みを入れていた。
しかしそんな提督の振る舞いに羞恥四割、疑問と困惑三割、そして残りの三割で満更でもない――むしろ喜んでいる自分がいることに気づき、榛名は顔を赤らめて俯く。
「ああでも、本当に風邪とかひいたなら必ず言ってくれ。執務を放り出してでも看病しにいくからな。つきっきりで」
「つ、つきっきりっ……!」
つきっきりの看病に伴うあれやこれやのイベントが榛名の脳内を駆け抜ける。
その魅力を前に、提督の執務をほっぽり出すという問題発言を諫めることは彼女にとって最早些事である。
「その時は勿論、誰よりも先に俺に言え。金剛達よりも先に、な」
「ふぇ? そ、それはどうしてでしょうか?」
「そんなの決まっているだろうが。金剛達に知られたら、とてもじゃないがずっと二人きりになれないだろ?」
「え――」
その言葉を榛名の頭が噛み砕いて飲み込むよりも速く、スッと再び提督の手が榛名へと伸びる。
伸びた手はそのまま榛名の顎へ添えられ、互いの視線を合わせるように彼女の顎をクイッとわずかに持ち上げる。
それはまるで、ずれた自分の帽子や眼鏡を直すかのように自然な動作で、あまりのさりげなさに榛名も反応が遅れてしまった。
そして、トドメの一撃が放たれる。
「たまには、お前を独り占めしたいからな。なんなら、風邪がうつるようなこととかしてみたりとか――なぁ、榛名?」
「……………………」
まっすぐ瞳を見つめられながら、吐息のかかりそうな距離でそんなことを言われてしまった榛名は幾秒かの沈黙(フリーズ)の後――
「…………ヒ」
「ヒ?」
「ヒエエエェェェェェェ~~~!?」
――自分が誰なのか分からなくなる程の衝撃と混乱に見舞われ、正常に熱暴走を起こし、無事轟沈したのであった。
本日はここまで。
次の犠牲者の分を書いてきます。
原作見といた方がいいのかな?
>>14
見なくても多分大丈夫です。話の大筋だけ借りてるようなものですから。
それでは投下いきましょう。
哀れな犠牲者がまた一人……
「もうっ、私としたことがあのまま執務室に忘れてきちゃうなんて……!」
長髪を揺らし、カツカツと踵を鳴らして足早に廊下を歩いていくのは妙高型の三女・足柄。
いつもきっちり着こなしている紫色の上着を小脇に抱え、今はブラウス姿の彼女だが、首元にはあの派手なスカーフが巻かれていない。
「これもあの朴念仁が悪いのよ、まったく。この私の魅力が分からないなんて、目が節穴なのもいい加減にしてほしいわ。あんなので本当に提督が務まるのかしら……」
それからもブツブツと日頃の恨み言を吐きながら執務室を目指す足柄。
榛名とは対照的に彼女が不機嫌丸出しな理由は昨日、彼女が秘書艦だったときの提督とのやりとりにあった。
昨日の事。
せっかく提督と二人きりなのに何も面白いことが起きないことに退屈していた足柄はふいにちょっとした悪戯を思いつき、それを実行した。
『ねぇ提督? この部屋ちょっと暑くないかしら?』
そんなお約束なセリフと共に、上着の前を開け放ち、首のスカーフを取り去り、ブラウスのボタンを上から3つまで外す。
そうしてはだけられた胸元には、豊満な胸によって形作られる谷間が露わになっていた。
(ほらほらどうなのよ~提督? こんなイイもの普段じゃ滅多にみられないわよ?)
滅多も何も、中・大破した艦娘達はもっときわどい姿を晒しているわけだが。
それはさておいて、自身も羞恥で顔が上気しそうになるのを抑えながら足柄は提督の反応を待った。
『俺はそうでもないが……言っておくがクーラーはつけんぞ。龍田に見つかったら、また理不尽に怒られそうだからな。それと――』
そこでチラッと足柄を一瞥する提督。
『その仕草と恰好は仕事終わりの中年サラリーマンを連想させるから気を付けた方がいいぞ。まあ、もう手遅れな感じもするが……』
眉をひそめてそうのたまった提督に、足柄は怒りと共に丸めたスカーフを投げつけたのであった。
その後、頭の上に"!かすんぷ" とでも表示されそうなくらいに腹を立てた足柄は、せめてもの抵抗とばかりにその着崩した格好のまま秘書艦業務を終えた。
そして、投げつけたスカーフを回収するのを忘れていたことに今朝方気付いた彼女だった。
「あ"あ"もうっ、思い出しただけで腹が立ってくるわ! こうなったらカツよ! この足柄の特製カツであのニブチンに喝をいれてやるわ! カツだけにね!」
そういうことを自然と口にしてしまうあたりがもう色々と手遅れであることに自覚がないまま、足柄の執務室への進軍は続く――かに思われた。
「あら? あれは……」
提督の執務室へ続く廊下の向こうから誰かが走ってくる。
長い袖を振り乱して慌ただしく駆け寄って来たのは――
「榛名じゃない。そんなに慌ててどううしたのよ? それより廊下を走るのは――」
「あ、あしがらさぁんっ!」
「わわっと、な、何よ?」
突然泣きついてきた榛名を抱きとめる足柄。
肩を揺らして息も絶え絶え。顔も真っ赤にして縋りつく榛名の様子を見るに、何かただならぬ事が起きたのは明らかだった。
「ちょ、ちょっと、何があったのよ?」
「ハァハァ、て、提督がっ……」
「提督? 提督がどうかしたの?」
「提督が……おかしくなってしまいましたっ!」
「はぁ? おかしくなったって、具体的にはどんな感じに?」
「そ、それはっ……その、あの……」
何故かそこで言葉が尻すぼみになっていき、自分の指先同士をツンツンとさせてモジモジしだす榛名。
心なしか、顔もさらに赤みを増していく。
「あの、口では説明しづらいというか……恥ずかしいというか……と、とにかく! 足柄さんも見ていただければわかると思います!」
「はあ、まあ分かったわ。ちょうど私も提督に用があったから、一緒に行きましょうか」
そう言って、あわあわしている榛名を連れて足柄は再び歩き出す。
「うーん……昨日は特におかしくもなかったし……仕事のし過ぎでついにブッとんじゃったのかしら? 提督ったら」
「随分と失礼なことを言ってくれるな、足柄」
「へ?」
しかし、その足が十歩も進まないうちに足柄達は当の本人と出くわすこととなった。
「おはよう、足柄」
「え、あ、おはようございます提と……」
咄嗟のことに少し面食らいつつも挨拶を返そうとして、足柄は"それ"を見てしまった。
それはまさしく――春のそよ風のように爽やかな、あるいは夏の太陽のように煌めく(後の足柄談)――そんな提督の笑顔であった。
(提督の笑顔が眩しい……どうして、胸が……胸が張り裂けそうなくらいドキドキするわ……!)
その提督のキラキラさ加減ときたら、艦娘が鎮守府正面海域を15周連続S勝利MVPをとってもこうはならないだろうというぐらいの輝きっぷり。
足柄にはそう感じられた。
「お、おはようございます提督……なんだか今日のあなたは雰囲気がいつもと違うわね? ど、どうしたのかしら~……なんて」
「そうか? 榛名にも言ったが、いつも通りのはずだぞ俺は」
「へ、へぇ~……」
人を(悶え)殺せそうなそんな笑顔を晒しといていつも通りなわけがあるかと、内心で盛大にツッコミを入れながら足柄はぎこちなく笑っていた。
「おっと、そうだ。ちょうどいい。足柄、これを」
ふいにそう言って、提督は軍服のポケットから何かを取り出した。
きれいに小さく畳まれたそれはいくつかの国際信号旗の柄を模した布地、足柄のスカーフであった。
「あ、それ私の……」
「まったく、投げつけた上に忘れて帰るとは、お前にも困ったもんだよ」
「っ! ご、ごめんなさ――い、いえ、すいません、でした……」
肩をすくめておどけたように笑う提督。その何気ない仕草一つにも、足柄はドキリとしてしまう。
そこには最早カツで喝を入れると息巻いていた飢えた狼の姿はどこにもなく、代わりに羞恥と恋慕で身を縮こまらせる子猫の姿があった。
「まあいいさ。ほら、ちゃんと洗ってアイロンもかけておいた。ありがたく受け取れ」
「はい、ありがとうございます……」
「む……いや、やっぱりちょっと待て」
「え?」
「そのまま、動くなよ」
スカーフを受け取ろうとした足柄を制止して、提督は畳んであったスカーフをサッと広げる。
そしてそのまま至って自然な動作で、スカーフ持ったまま彼女の首に腕を回した。
「ちょ!? ちょ、ちょちょちょっと!? いいいいきなり何をっ!?」
「少し黙れ。あと動くな。スカーフ巻いてやるから」
当然そんなことをすれば互いの体の距離は密着寸前まで接近してしまうわけで。
今の足柄がそれに耐えられるわけがなかった。
「そ、そんなのいいからぁ! ちち近いっ顔が近いってばぁ!?」
「うるさい、じっとしてろ。綺麗に巻けないだろうが。ほら腕もどけろ」
「ひぅっ、ううぅぅぅ……」
そこまで言われてようやく観念し、足柄は胸の前で竦ませていた腕をしずしずと体の横につけて直立姿勢をとった。
真っ赤になった顔を俯かせ、肩を強張らせてプルプルと小刻みに震える足柄。いつもの強気な彼女の佇まいはどうやら実家に帰ってしまったようだった。
ちなみに、そんな足柄の後ろでは榛名が羨ましいやら恥ずかしいやらで赤面したままあわあわしている。
とりあえずここまで。足柄編その1です。
彼女をいじめ過ぎたせいで分量が榛名編の二倍くらいになりそう。反省。
お待たせいたしました。
さあ、投下いくでヤンス
「……フフ」
「な、何が可笑しいのよ?」
「いや、昨日とは立場が逆だな、と思ってな」
「え?」
されるがままの足柄の首に、提督が手慣れたような手つきでスカーフを結んでいく。
そして結び終わったスカーフを最後にキュッと軽く締めて、結び目をチョンと軽く叩いて提督が足柄から二・三歩離れる。
「昨日のお前は仕事前の俺の着替えを手伝ってくれて、しかもそれだけじゃなく、部屋を綺麗に掃除してくれたり、三食手料理を振る舞ってくれたり――」
「え? ちょ、ちょっと、それ何の話なの?」
足柄が困惑するのも無理はなかった。
確かに彼女は昨日の提督付きの秘書艦だったが、今しがた言われたどれにも身に覚えがなかったのだ。
提督の着付けを手伝ったことなどない。
部屋――執務室だろうか。わざわざ掃除しなくてもそこそこ綺麗だった。
朝食は食堂で済ませた。昼食は特製カツ丼を振る舞いはしたが、夕食はそもそも一緒に食べてすらいない。
(ていうか、そんなことまでする仲って……それじゃまるで……)
「ああ、すまない。昨日見た夢の話だ」
「? 夢?」
「そうだ」
そこで提督は、それはもう素敵な笑顔(後の足柄・榛名談)を浮かべて――
「お前が俺の嫁になっていた――そんな夢だ。本当に、夢だったのが残念だった」
と、おどけて言ってみせた。
「~~~~~~~っ!?」
思わぬ言葉の砲撃に、足柄もたまらず声にならない悲鳴を上げる。そしてようやく理解する。榛名もこれにやられたのだと。
そして自分もこうして他愛なくやられてしまうのだ――――いや。
(こんなところで……終われないっ!)
大破しかかった心を無理矢理奮い立たせる。実に危ないところではあった。だがしかし。
(そんな妄想(提督とのイチャイチャ新婚生活)、既に何度も通った道なのよ! 今更それでくたばってたまるもんですか!)
ありとあらゆるシチュエーションの妄想で培った精神力と対応力。虚しい悲しいと笑うなかれ。今やそれが彼女の武器なのだ。
自分はチョロい榛名とは違うのだと、キッと前を見据える。視線の先には敵(愛しい提督)の姿。
(どういうつもりか知らないけど、このまま負けてやるつまりはないわよ。その挑戦、買ったわ!)
そう、彼女は飢えた狼。
いついかなる時においても勝利に飢えている彼女にとって、今もまた例外ではないのだ。
「あ、あらあら提督ったら、そんな夢を見てしまうなんて。もしかして、この私の魅力に今更ようやく気付いたのかしらぁ?」
頭の後ろと腰に手をあて、軽く体のラインにしなを作って妖しく笑う足柄。
そうして態勢を立て直しつつ、逆襲への一歩を踏み出す。若干声が上ずって顔が赤いままだが、許容範囲だろう。
(さあ、どうくる!?)
「"今更ようやく気付いたのか"、ね…………何を馬鹿なことを言っているんだお前は」
「……え?」
しかし、強気な足柄の意気込みに反して、提督の反応は実に素っ気ないものだった。
「まったく、そんなわけがないだろうに。この馬鹿が」
「……………………」
呆れたような、失望したような、そんな顔を提督はしているように見える。
その態度をもって、足柄は悟った。悟ってしまった。
(……なんだ、ただからかわれただけなのね)
今までの一連の流れが全部そういうことなのだと判断。途端にみなぎってきた戦意も急速に萎んでいく。
心のどこかで舞い上がっていた彼女の乙女的な何かもすっかり消沈してしまった。
「……あ、あははは。そうよね、そうに……決まってるわよね」
(あの提督が私に……なんて、あるわけないのにね。だったら、らしくもなくからかうのやめて欲しいわよ、まったく。あーあ、朝からテンション下がっちゃうわもう……)
こんなことは分かりきっていたことと断じて、いつものことだと片づける。
その判断と油断が、今回の彼女の敗因だった。
「ああ、そうだとも――」
そう言って、肩を落として溜め息をこぼす足柄に提督が肉薄する。
そしてそのまま、彼女の体をそっと抱き寄せた。
腰に回された提督の右手が彼女を強く抱き寄せ、頭の後ろに回された提督の左手が彼女の顔を優しく彼の肩に押さえつける。
「…………ふぇ?」
何が起こったのか頭が追い付かず、間抜けな声を上げる足柄。
そして、そんな彼女の耳元で囁かれる一言。
「今更も何も、お前が魅力的な女なんてことは、初めて逢ったときから知ってるからな」
「……………………」
放たれたのは、46cm口径主砲級の一撃。弾着の結果は遅れて表れた。
「…………ンニ」
「ンニ?」
「ンニャアァァァァァァァァァァ~~~!?」
提督の腕の中でそんな子猫らしい断末魔の悲鳴を上げて、彼女もまた無事に轟沈したのであった。
以上、足柄編その2でした。
次の犠牲者達の分を書いてきます。しばし待たれよ。
乙乙
もろちん全員分書くんだよね?
>>39
ぜ、全員というのは艦娘全員ということでしょうか?(震え声)
流石にそこまでの文章力と妄想力は備わってませんので、あと10~15人分くらいの予定です。
ソロモンよ! 私は帰ってきたっぽい!
お久しぶりです。
長らく待っていた方には伏してお詫びを。特に待ってないよという方は過度な期待をせずに見てやってくだせぇ
それでは天龍田編その1です。
「さーてと、龍田はどこか――ふわぁ~~」
盛大に欠伸を零しながら相方を探しているのは、眼帯の軽巡天龍。
朝食の載ったトレーを手に、にぎわい始めた食堂をきょろきょろしながら歩いていると、入り口付近の席で手を振って居所を知らせる相方の姿が彼女の目に映った。
「ここに居たのか龍田。なんでわざわざこんな遠くの席にしたんだ? 他にも空いてるとこあんだろうよ」
「なんとなくよ~。特に理由はないわ~」
「ふーん……ん? そういやチビ共は?」
天龍の問いに龍田は無言で食堂の一点を指差す。
そこには彼女達の遠征艦隊の随伴を務める第六駆逐隊の四人の姿があった。
どうやら他の駆逐艦の子らと朝食をとることにしたようで、楽しげにしている話し声が離れている天龍達の所まで届いてきそうだった。
「……なーるほど。じゃいっか」
「ふふふ、な~に? 天龍ちゃんたら寂しいの? 向こうの席行く~?」
「行くかバーカ。ほれ早く食おーぜ」
「はいは~い」
ニコニコしている龍田に嘆息して天龍は席につく。
それから二人して「いただきます」と手を合わせ、朝食を食べ始めた。
「それにしても、今日も大量だったわね~」
「おーそうな。ここのところずっとこんな感じだし、調子いいよな」
「ね~。先月の遠征成績がさっき出てたけど、私達がダントツだって~」
「ま、当然だな。なんたってオレが率いる遠征部隊だからな。フフン」
「そうね~。ウフフフフ」
「この鎮守府の遠征任務はオレ達に任せとけってそんなわけあるかぁぁーーーっ!!」
「もう天龍ちゃん、お行儀悪いわよ~」
テーブルを叩いてガーッといきり立つ天龍を窘める龍田。
騒がしいことこの上ないが、漫才じみたその一連のやり取りは最早鎮守府の風景の一部なので誰も気に留めもしない。
「遠征でてっぺん取ってどうすんだよ!? オレはもっとこうバリバリ戦いてーの!」
「遠征の最中にたまに戦ってるじゃない」
「あんな輸送中を狙ってくる雑魚をワンパンすんのを戦うとは言わねーの。駆除って言うんだよありゃ」
実際、幾星霜の遠征任務を経て今や最高練度に達した彼女らにとって、遠征中に襲ってくる敵の駆逐艦や軽巡の相手など最早片手でも事足りるくらいなのである。
「そーいうんじゃなくてよ。戦艦やら空母やらをよぉ、相手の激しい攻撃をかいくぐってぶちのめすような、そんな血沸き肉躍るってーの? そーいう戦闘がしたいんだってばよぉぉオレはぁぁぁぁ……」
そうして息巻いて話していた天龍だったが、話の途中から脱力していき、そのままぐへぁーとテーブルに突っ伏してしまった。
無理もない。彼女は長時間遠征明けで体力が完全に戻っていないのだ。
ただ、理由はそれだけではないのを龍田は察していた。
「天龍ちゃん、何かあったの?」
「…………」
龍田の問いかけに天龍が突っ伏していた顔を上げる。
頬を少し膨らませてむっすーとしているその顔は普段の彼女のキャラも相まって、可愛らしいやら微笑ましいやらという感想しか出てこないような代物であった。
「……昨日、木曽の奴がよぉ、『俺この前フラルを仕留めたんだぜ? いやーあれは痺れたな。お前最近何仕留めたよ? フライか? って、それじゃ揚げ物だな。ハハハハハハ』なーんて言ってきてよー……」
「あの子、随分と面白いことが言えるようになったのね~…………あとでお話しが必要かしら」
「ん? 最後何て言ったんだ?」
「何でもないわ~」
自分の不穏な呟きを誤魔化しつつ、龍田は「それで?」と天龍に話の続きを促した。
「ほら、あいつとオレらって同期だろ? オレらがチビ達と輸送任務に励んでいる一方で、あいつは自慢の魚雷で戦艦やら何やらをポンポン沈めてんのかなぁって思うとさぁ~……」
盛大な溜め息と共に再び完全に脱力しきった天龍は、さながら夏場の路上に零れ落ちて溶け出したアイスのようだった。
(あー……これは当分引きずりそうで面倒くさそうだわ~)
本当に余計なことをしてくれたものだと、龍田は内心で球磨型の末っ子に毒づく。
ちなみに、天龍と木曽の仲は決して悪いわけではない。むしろ良好な仲である。
出会った当初は眼帯キャラがモロかぶっているという理由で何かと衝突を繰り返していたが、夕暮れの海岸の殴り合いを経て和解。今では気の置けないライバル兼悪友として収まっている。
それ故、今回のようなことも多々あるわけだが。
(いつもなら暁ちゃん達をけしかけて誤魔化すところだけど~……)
ちらりと六駆の子らの方を窺って、楽しそうにしているのを邪魔するのもどうかと頭を捻る龍田。
しかしそこでふと、自分が食堂の入り口付近のこの席を選んで座った理由を思い出し、彼女は薄く笑った。
「そうね~……じゃあ天龍ちゃん、こうしましょう」
ポンと手を打って、朗らかに龍田は提案する。
「提督に私達の大規模改造をおねだりしちゃいましょう」
「へ? 大規模改造?」
「だって私達ってまだ未改造でしょ? 今のままじゃ木曽ちゃんみたいに戦艦や空母を相手にするのは流石に骨が折れると思うの~」
「そりゃそうだがよ……」
あの木曽も二度の大規模改造を経て、強力な先制攻撃が可能な重雷装巡洋艦へと進化し、敵戦艦らと渡り合えるようになったのだ。
ならばこちらも同様に戦果を上げるには、改造を経て戦力の増強を図るのは道理である。
「でもよ、あの提督が許してくれると思うか? オレが今まで何度も頼んでも、あいついつも『燃費が悪くなるから却下』の一点張りだったじゃねーか。お前も知ってんだろ?」
「あれは頼むというより、天龍ちゃんの一方的な駄々こねだった気がするけど~」
「だ、駄々なんてこねてねーし! 至って冷静だったし!」
提督に呼ばれた神通に首根っこを掴まれ、「いーやーだー! かいぞーしーろーよーっ!」と喚きながら引きずられていく天龍の姿を目撃したこともある龍田には、微笑ましく聞こえる反論だった。
「まあまあ。とにかく、次は私も一緒に説得してあげるから~……ね?」
交渉の基本の一つは、相手にこちらの要求を呑むと得られるメリットを提示するか、呑まないと降りかかるであろうデメリットを提示するか。
前者はそこそこに、しかし後者に関しては最早十八番である龍田の交渉術という名の脅迫と言外の圧力に対抗できる者は少ない。
そんな龍田が説得に加われば、提督が膝を屈する未来も見えてくるというもの。
ちなみに、妹がそんなおっかない存在であることに天龍だけが気付いていない。
「そうか……そこまで言うなら、いっちょ行くか! あとで報告書出すついでにガツンと言ってやろうぜ!」
「そこまで待つ必要はないわよ~。提督ならもうすぐここに来るから、その時に言っちゃいましょう」
「ありゃ? そうなのか?」
「うん。いつもこの時間帯に朝ご飯に来るから、食堂に入ってきたら速攻でしかけましょう。ご飯が食べたかったら私達を倒していけ~って感じで~」
そう言って笑う龍田は、まるで気になる男子にどうちょっかいをかけてやろうかと楽しく考えを巡らせている少女のようであった。
それを見て天龍は――
「はぇー……龍田お前、ホント提督のこと好きなのな」
――などと、身も蓋もないことを言ってしまうのだった。
「…………はい?」
「だってよー、提督が飯食いに来る時間なんてずっと気にして見てねーとフツー分かんねーし覚えねーだろ? それこそ毎日秘書艦やってるとかなら分かっけど、オレらそもそも秘書艦なんか全然やらねーしさ」
「………………」
「お? もしかしてあれか? 入り口に近いこの席選んだのって、提督が来たら真っ先に挨拶できるようにとか、あわよくばちょっとちょっかいかけてやろうとか――って、龍田? どうした手に塩なんてのせて――」
「そ~れっ」
「ちょ、おま、わぷっ!? うぇっ、ペッペッ! 何で塩投げつけてくんだよ!?」
「ごめんね~。天龍ちゃんの頭にイ級の亡霊がくっついてたから~つい~」
「お前もうちょっとマシな言い訳しろよな!?」
「天龍ちゃん、あなた憑かれてるのよ~」
「お、おいっ、待て待て待て龍田コショウは流石にヤバいって――」
そこから繰り広げられる二人のドタバタ騒ぎもまた、この鎮守府の日常の一幕であり、平穏な朝の景色であった。
今日もこの喧騒から一日が始まる――この場にいる誰もがそう思っていた。
そして、その平穏を薙ぎ払う混沌の足音が今まさに近づいてきていることなど、誰も知る由もなかった。
以上、天龍田雑談編でした。続きは近いうちに。
劇場版の天龍ちゃんがクソカッコよすぎでほっこり。
そして四姉妹の中で榛名だけ影が薄くてガッカリ。
さあさあ、行きましょう
天龍田編其の二。まずは一人目
その先触れは、食堂の入り口から静かに入ってきた。
「ぐぎぎぎぎ……あ、おい龍田っ。誰か、誰か来たって! 提督かもしれねーぞ!? てーいーとーくっ!」
「あはははは~天龍ちゃんたら、気を逸らそうとしてもダメよ~?」
「いやいやいやいや! ホントだってほらっ……ありゃ?」
「もう~何なの天龍ちゃん……あら」
当然、それに真っ先に気づいたのは入り口付近で取っ組み合いをしていた天龍達であった。
全ての蓋を取り去ったコショウの瓶を笑顔で振りかざす龍田と、それを必死に抑える天龍。
二人して入り口の扉を方を見ると、そこにいたのは――
「あら~榛名さんと……」
「足柄姐さんじゃねーか。どうしたよ、何か……やつれてね?」
「「………………」」
やつれてると言われるのも無理はなかった。
提督による一撃轟沈級の言動の数々から心のダメコンを駆使して逃げ延びた二人。今だショックが抜けきらない足柄に至っては榛名に曳航――もとい肩を貸してもらっていた。
大破した艦の撤退護衛は本来駆逐艦の役目だが、そうも言っていられないわけである。そのせいで二人とも今や赤疲労状態。
しかし何故か、わずかながらもキラキラしているようにも見える様子であった。
「二人ともホントにどうしたんだよ? ただ事じゃねー感じだけど」
「……あの……て、提督が」
「提督? 提督がどうしたの~?」
口ごもる榛名。だがその代わりと言わんばかりにうなだれていた足柄が勢いよく顔を上げた。
「てっ、提督が壊れたのよぉっ!!」
「「はぁ?」」
大分ぶっ飛んだ足柄の発言に揃って間の抜けた顔になる天龍姉妹。数分前、榛名の話を聞いた足柄がしていた顔と同じ顔である。
「そ、そうなんですっ。提督がおかしいんです! 何かタガが外れてしまった感じといいますかっ! いつもと一味違うといいますかっ!」
「そうそう! あんな提督見たことないわっ。本当にあれ提督なの!? そっくりさんとか双子の兄弟とかじゃないわよね!?」
「ちなみにどういう風におかしかったの~?」
「「ううっ……!?」」
龍田の問いに、榛名と足柄の顔が瞬沸した。本当に湯気が沸き出ているかのように見える程の赤面っぷりである。
「おい、一体どうしたんだ? 二人とも顔真っ赤だぜ?」
「ふぇっ? あ、ああ、ううん! えっと、その…………いつもより、カッコよかった……みたいな?」
「うぅ……そのぉ~……いつもの提督よりかなり積極的だったていうか、肉食過ぎて食べられかけたっていうか……」
「? ますますわけ分かんなくなったぜ」
いまいち要領を得ない二人の話に頭を捻る天龍。
榛名と足柄もこれ以上はどう言っていいものか分からないようで、赤らめた顔を俯かせてやたらモジモジしていた。
当然だろう。これ以上話すと自分達の身に起こったあれやこれやを赤裸々に語らなければならなくなるかもしれないのだ。そうなれば色んな意味で公開処刑間違いなしである。
「まあ、提督もどうせここに来るでしょうし、その時に様子を見てみましょうか~」
「それもそうだな。しっかし提督がなー……仕事のし過ぎでついに頭のネジでも飛んだとか? …………って、そーだ」
「? 天龍ちゃん?」
ニシシシと悪戯っぽく笑って、天龍は小走りでその場を離れ、食堂内に設置されているウォーターサーバーへ向かう。
そしてプラスチックのコップに水を注ぎ、それを手に戻ってきた。
「天龍ちゃん、それどうするの~?」
「ちょーっとな。提督のやつの頭でも冷やしてやろうかと思ってよ」
「あら~」
それだけで天龍が何をしようとしているか察したのか、ニコニコと笑う龍田。まるで止めようとしないあたりに彼女の性格が窺える。
そうこうしてると、入り口のドアが静かに開き始める。
「あわわわわ……」
「き、来たっ!」
「よーしよしよしよし……」
「うふふふふ……」
狼狽える榛名。恐れ慄く足柄。虎視眈々な天龍。ひたすらニコニコな龍田。
四者四様の視線の先、開いたドアの間から白い軍服が見え始めるやいなや――
「おぉぉぉっと手が滑ったぁぁぁっ!!」
盛大な掛け声と豪快なフォームで、水入りコップが天龍の手から射出された。
本当に故意でないとするなら、それはまさにボブスレー並みの手の滑りっぷりであった。
飲み口を正面にして飛翔するコップは、ちょうどドアから現れた提督の顔面めがけて狙い違わず飛んでいく。
「…………ん?」
自分に向かって飛来するそれに気付いた様子の提督。
しかし既に遅し。最早直撃は避けられないと誰もが思った――が、しかし。
「――ッ」
まるで最初からそうするつもりであったかのように、提督が体を僅かにスライドさせた。すると当然、提督の顔面がコップの射線上から外れる。
そのままコップが提督の顔のすぐ側を通り過ぎていく――かと思いきや。
提督の手が目にも止まらぬ速さで動き、今まさに自分を通り過ぎようとしているコップを掴み取る。そしてその慣性を殺さぬよう自身を中心に大きな円を描くようにコップを振り回し始める。
始めは速く、そして段々と緩やかに。慣性が遠心力に変換され、やがて静止する。
「…………フゥ」
一滴も水をこぼさず飛んできたコップを捌ききって一息。提督はそのまま手にした水を一気に飲み干した。
『おおおおおおお……!』
「へ……?」
一部始終を見ていたギャラリーから小さな歓声が上がるなか、下手人である天龍の口からは間の抜けた声が漏れていた。
「ふむ…………さて」
「うっ……」
「おはよう天龍。朝っぱらから随分な挨拶だな」
コップを手近なテーブルに置いて悠然と歩み寄って来る提督に、天龍はギクリと身を強張らせた。
「よ、よう提督。悪ぃな、ちょっと手が滑ってよ――ってかあれだな、お前さっきのすごかったな。やけにキレッキレな動きだったてーか――」
「そうやって何とか誤魔化してうやむやにしようとするいつものやつ、俺に通じたことが今まであったか天龍?」
「うぐっ……」
顔を引きつらせて言葉を詰まらせる天龍。これから自分の身に起こるであろう因果応報(主に脳天への鉄拳)に冷や汗が止まらないでいる。
しかしそんな彼女の予想に反して――
「まあ、お前らしいではあるか。お前のそういうところも俺は好きだぞ」
「~~~~っ!?」
などと言って微笑む提督。
そのキラキラと輝く笑顔に天龍の顔がボッと音をたてて赤くなった。
(な、何だよこの胸の高鳴りはよ……!? 今日の提督はいつもより一段と男らしく感じるぜ……?)
その提督のキラキラさ加減ときたら、間宮と伊良湖の甘味セットを5セット食べてもこうはならないだろうというぐらいの輝きっぷり。天龍にはそう感じられた。
「だが、もちろんお咎めなしというわけにはいかない。皆に示しがつかんからな。一発……覚悟はいいか?」
「……はぇ?」
提督の言葉に、彼の笑顔を見ていられず俯かせていた顔を天龍が上げると、目前に迫る提督の右手。ピシッと彼女の額に小さな衝撃が走った。
「ッツ…………?」
どうやらデコピンをされたらしいこと自体にはすぐ頭が追い付いたものの、いつもなら脳天にもっとゴツい衝撃が着弾していたことを思うと、この程度で済んだことに天龍は頭に疑問符を浮かべていた。
それから地味にヒリッとする額に思わず左手をやろうとして――その手が提督の右手に掴まれる。
さらに続いて提督の左手が天龍の前髪をかき上げ、指で弾かれて中央が少し赤くなった額を露わにされる。
そして天龍の理解よりも速く、露わになった彼女の額に提督が口づけを施した。
そう、いわゆるデコチューである。
「………………ぇ?」
瞬間冷凍。天龍を爆心地として凍り付く周囲。
「……ああ、これじゃ二発になってしまったな」
口づけていた額から顔を離し、そんな至極些末なことを気にする提督。
そこからさらに、何の事もなげに大口径級の一言が放たれる。
「今日のお前はなんだか可愛く見えてな、ついやってしまったよ。すまんな」
『えええぇぇぇぇぇ~~~~!?』
「あああ、天龍が、天龍が~~!?」
「え、どゆこと? どゆことぉ!?」
「ハラショー……」
「ってか何やってんのよあのバカァ!!」
冷凍が一瞬で解けるほどの沸き上がりを見せるギャラリー。
「デ、デデデデデコテュぅぅぅ!?]
「な、なんてけしから羨ましいことをぉ!?」
悲鳴のような奇声を上げる榛名と、嫉妬と羨望をぶちまける足柄。
「………………」
そして、額と精神にある意味一式徹甲弾よりも強力な一撃をそれぞれもらった天龍は、あまりの出来事に尻もちをついて虚空を見つめていた。
顔はこの上なく真っ赤で、自慢の電探は火花と煙を噴いて床に転がっている。また、半開きの口からはか細い断末魔の声が今なお漏れ出ていた。
どう見ても(精神的に)瀕死の重態であった。
今回はここまで。
引いたコマフィルムが無難なもので少しホッとした。
さあさ聖夜も終わったよ。龍田+α編いきます
「まああれだ、厳重注意を兼ねた罰だとでも思え。これに懲りたら――」
「あらあらあらあら~…………これはどういうことかしらぁ~?」
そこへ、どこまでも甘ったるい――そしてどこまでも底冷えのするような声が聞こえてきた。
途端に周囲の興奮もサーッと静まり冷めていく。
「うふふふふ……提督ったら、朝っぱらから何を愉快なことをしているのかしらねぇ~?」
朗らかな笑みでそう問いかける龍田。
確かに笑顔を浮かべてはいるのだが、その内心で黒々とした怒気が暴れまわっているだろうことはこの場にいる誰もが感じ取っていた。
ともすれば、その黒い何やらが彼女の体外に滲み出ているような錯覚さえ覚えるまであった。
"鎮守府シスコン艦娘ランキング(重巡青葉調べ)"の上位ランカーである彼女の目の前で、姉である天龍にあのような暴挙に及んだのだ。
結果どんな目に遭うか考えるのも恐ろしい。
それ故、冷静になった艦娘達の誰もがこう思った。"あ、これ提督死んだわ"と。
そんな極低温と地獄の業火が同居したような龍田の笑顔(さつい)を向けられた提督は――
「ん、龍田か。おはよう」
――と、至って普通に朝の挨拶をしていた。
「は~い提督。おはようございます。それで、天龍ちゃんに一体何を――」
「ああ、その前に……」
龍田の言葉を遮って、唐突に提督が彼女の目の前で片膝をついた。
「なぁに? 土下座でもするの~?」
「似たようなもの、だな」
その返答に龍田は怪訝そうに首を傾げた。
するとすかさず提督は自然な動作で龍田の手をとり、その手袋越しの手の甲にキスをした。
再び瞬間冷却される食堂。しかも今度は過冷却のあまりピシリと何かに亀裂が走ったかのような気さえするほど。
「ッ!?」
当の龍田はキスをされた瞬間、ビクリと体を大きく震わせ、いつものどこか眠たげな半目を丸く見開いていた。頭上の電探も警報でも発しているのか赤く点滅している。
「挨拶が遅れた詫びと、処罰とはいえお前の姉に粗相をしてしまった謝罪だ。すまないな、龍田」
「……本当に、こんなことまでする必要、ありましたか?」
「そう言われてしまうと何とも言えないのだが。今朝は何となくそういう気分だったんだ……嫌だったか?」
そう言って片膝立ちのまま見上げてくる提督。
その煌めく優しい微笑みに龍田の本能と理性が同時に警鐘を鳴らす。"これ以上はマズい"と。
「――ッ!」
掴まれたままだった左手を振り戻し、龍田はどこからともなく取り出した愛槍を瞬時に提督の眉間の寸前に突き付けた。
「天龍ちゃんだけじゃ飽き足らず、この私にまでこんな不埒な悪行を働くなんて~……手じゃなくて頭を落とした方がいいかしら~?」
実は天龍の前に既に二人ほど不埒な目に遭っているのだが、今の龍田にそれを察する余裕はなかった。
ニッコリと槍を構える彼女のその静かな佇まいたるや、突きつけているのがまるで実艦サイズの14cm口径砲であるかのような迫力さえ感じられる。
しかし、彼女は自覚しているのだろうか。自身が提督に突き出している槍の刃先がカタカタとわずかに震えていることに。
当然、それに提督が気付かないわけがない。
「まったく、どうした龍田? いつものお前らしくないな」
「何を言ってるの? 私はいつも通りよ~?」
"むしろいつも通りじゃないのはそっちだよ"と、この場の艦娘の誰もが思った。
龍田のそんな反応を見て、提督は溜め息をついて立ち上がる。
その動きに龍田も一瞬肩をビクリとさせてから刃先を追随させる。
「いいや、いつもなら不意をつかれたとはいえ手を取らせることなどないだろう。今だって、立ち上がろうとしたら即座に眉間をサックリやりそうなものだろうに……まあ、あまり褒められたものじゃないが」
「…………」
「それに、今のお前は隙だらけだ。これが一番らしくない」
「隙? 私に?」
眉をひそめて聞き返す龍田に「ああ」と笑みを浮かべる提督。
すると、まるで暖簾をかき分けるような軽い動作で、向けられている槍の刃を払って提督が一歩を踏み出す。
相手の意識の隙を縫うように接近する武術めいた動き。当然いつもの龍田ならそんなもの小細工と斬って捨てるところだが、残念ながらいつも通りではない今の彼女は反応が遅れてしまう。
その結果、彼女は頬へのキスを許してしまうことになった。
「ほれ、この通り」
「………………」
槍を取り落とし、キスをされた左頬に手をあて、油の切れた重機のようなぎこちない動きで提督へ顔を向ける龍田。
周囲は絶対零度まで落ち込み、息をするものがいなくなるまでになった。
そして、全てが死に絶えたその空間ごと龍田を打ち砕く本日四発目の砲撃が放たれる。
「あまりそういう隙を見せるようなら……今度は口に"する"からな。気をつけろよ?」
妖しくそう囁かれ、龍田の虚勢がついに瓦解する。
「~~~~~~ッ!?」
腰が抜けてぺたんと床に女座りになり、赤熱した顔を両手で覆って龍田は声にならない悲鳴をあげる。傍から見ると罵詈雑言を投げつけられ、泣き崩れてしまったかのような絵面だ。
何にせよあの龍田がこうなる姿を衆目に晒すなど前代未聞であった。
『うぇええぇぇぇ~~~~!?』
「ヒエ~~!?」
「まさか、あの龍田が……」
「ハラショー!?」
「あ、あのクソ提督~~!!」
息を吹き返したギャラリーもあまりの予想外な出来事に驚愕やら困惑やら怒りやらで沸き立っていた。
最早収拾がつきそうもない。
「あわわわ、ど、どどどどうしましょう!?」
「ど、どうするって言われても……」
取り乱す榛名と困り果てる足柄。
この状況を鎮めるには否が応にもあの提督と相対しなければいけないわけで。もしそうなれば、悶え苦しんだ末にこの場に屍がもう一つ転がることになるのは間違いだろう。
それがよく分かっているからこそ、榛名も足柄も手が出せないでいるのだ。
(あんなのどうにかできる艦娘なんて……それこそ――)
食欲を満たすことしか興味のなさそうな赤城か、体を鍛えることしか興味のなさそうな武蔵か、駆逐艦にしか興味のない長門か。
あるいは――
「朝っぱらから一体、これは何の騒ぎですか?」
足柄がちょうど昔なじみの同僚のことを思い浮かべていると、その当の本人――大淀が食堂にやって来ていた。
「お、大淀……」
「あら足柄さん。榛名さんも。おはようございます。それで、これは何なんですか?」
ざわついている周囲を見渡して、執務用のファイルを小脇に抱えた大淀が尋ねる。
朝の食堂がそこそこ騒がしいのはいつものことだが、今朝のそれはどこか雰囲気が違うことに気づいたようだった。
「あの、その……提督が」
「提督? ああ、いらしてたんですか。ちょうど良かった。明日のことで確認したいことが――」
「ちょ、ちょぉっと待って大淀さん! 今はダメ! 今は提督に近づいちゃダメです!」
「? 一体どうしたというんですか榛名さん?」
「あのあの、えーと、えーっと……」
「あー気にしないで。ほら早く行っといで」
「……なんだかよく分かりませんが、そうします」
怪訝そうな顔で尋ねる大淀に、どう説明したものかと言葉を詰まらせる榛名。そんな彼女を遮って足柄が大淀の背中を押していく。
「ちょっと足柄さん!? あんなところにみすみす大淀さんを行かせる気ですか!?」
「まあまあ見てなさいな。多分大丈夫よ」
「何を根拠にそんな」
「私の勘よ」
「ええぇぇ……」
言い切る足柄に榛名は不安を隠せなかった。
本日はここまで。よいお年を
やっべよく見たら誤字あるでやんの。恥ずかしっ
>>88
この場に屍がもう一つ転がることになるのは間違いだろう→×
この場に屍がもう一つ転がることになるのは間違いないだろう→○
皆様、明けましておめでとうございます
さあ、大淀編です
榛名の心配を他所に大淀は提督のもとへ向かう。
「大淀、おはよう」
「あ、はい。おはようございま……す提督」
何故か床で轟沈している天龍姉妹に眉をひそめつつ大淀は挨拶を返そうとして、そのまま固まった。しかしそれも数舜のことで、すぐに何事もなくお辞儀をする。
その数舜の間に、提督の纏う雰囲気がいつもとは異質なこと。そして恐らくそのせいで周りがざわついているのだろうと彼女は現状を大まかに把握。
これを抑えるには天龍姉妹のことも含めてそれらには極力触れないようにし、さっさと自分の本題を切り出して一度流れを変えてしまう方が賢明であると判断した。
「早速で申し訳ないのですが提督、実は明日の大本営からの査察の件で確認したいことがいくつかありまして」
「ん、何だ?」
「はい、まず――」
手にしていたファイルを開いて大淀が話し始める。
そこから始まったのは、いつも執務室で見られる提督と彼女の仕事のやり取りだった。
淡々といつも通りに進められていくそれに、"何でこの状況で仕事の話ができるんだろう"と誰もが思った。ただ、その光景があまりにもいつも通り過ぎたためか、周囲のざわつきも徐々に平静を取り戻していく。
「す、すごいですっ。あの提督相手にあんなに堂々と……!」
「フフフ、やっぱりね。流石は鉄壁にして絶壁の女・大淀。仕事モードのあの娘に色恋の類がつけ入る隙はないわ。ま、人目のない二人きりの時はもうちょっと違うのかもしれないけど」
ともかく、これで大丈夫でしょ。と力強く頷く足柄。
そう、軽巡洋艦大淀――彼女は伊達に長いことこの鎮守府で艦隊運用の補佐をしてはいない。
研ぎ澄まされた観察眼と情報処理能力に、連合艦隊旗艦をも務めた経験と実績をもってすれば、この程度の状況把握と解決へのアプローチなど彼女にとっては造作もないだろう。
内心で自分の戦友をそう評して、ようやく訪れたつかの間の平穏に足柄はホッと安堵の息を零した。
だが、彼女は失念していた。
今日の提督の猛威がこの程度で済むわけがないのだということを。
「ん、分かった。それはこっちで用意しておこう」
「よろしくお願いいたします、提督。えっと…………確認事項は以上ですね。お手数とお時間を取らせてしまい、申し訳ありません」
「いいよ、この程度。大した手間でもない」
「ありがとうございます。それでは、私はこれで失礼します。また後ほど――」
「ああ待て大淀。その前に一ついいか?」
「はい、何でしょう?」
提督に呼び止められ小首を傾げる大淀。
その彼女にそっと近づき、提督は彼女の眼鏡を取り上げた。
「え……あの、提督?」
「眼鏡のここ、汚れがついてるぞ。気付かなかったのか?」
「えっ……あ……!」
彼女の眼鏡の左目側レンズの上部にほんの指先サイズの油汚れのような染みが付着していた。かけている本人には若干見えづらく、外からはよく見ると目につく程度の汚れである。
「す、すいませんっ。みっともないものをお見せしてしまって……!」
「ああ、いいからいいから。俺が拭こう」
「あ……はい」
頬を赤らめ慌てて眼鏡を取り返そうとする大淀を片手で制し、提督は制服の胸ポケットからハンカチを取り出した。
それから眼鏡を拭き始めた提督を前に、大淀も項垂れてしまった。
(おや? なんだかイヤな予感が……)
それを見た足柄の顔が少しばかり渋くなる。今の大淀の状況が先ほどの自分のそれとダブって見えたのだ。
「几帳面なお前らしくないな。今朝は寝坊でもしたのか?」
「いえ、そういうわけではないのですが……少しボーっとしていたのかもしれません」
「なるほど…………そういうことか」
手元の眼鏡から視線を外して大淀の顔をジッと見つめ、提督は眉根をわずかにひそめた。
「どうやら、またお前に無理をさせてしまっているようだな」
「いえそんな。無理なんて私は――」
「今のお前が何を言っても説得力が足りないな。眼鏡のこともそうだが、なにより顔に疲れの色が出ている。ちゃんと休んでるのか?」
そう言われて、大淀ははたと自分の顔に触れる。何かしらの心当たりがあるのだろう。
「……そんな顔してましたか、私?」
「少なくとも、普段お前が自分の顔を鏡で見るよりも俺がお前の顔を拝む機会の方が多いわけだからな。そんな俺が言うんだ。察して欲しいな、色々と」
「それもそうですね……」
苦笑いする大淀。
対して提督は、拭き終わった眼鏡を天井の明かりにかざし、汚れのチェックをしている。
「それでも提督、私はこの鎮守府の管理運用の補佐に携わる身として――提督のお側に控える者として、職務には全力で当たりたいと思っているんです。特に今は大規模作戦の後処理や大本営の査察の事もありますし、多少の無理は見過ごしていただければ幸いです。もちろん提督や艦隊の皆さんにご迷惑はおかけしません」
「……まあ、そう言うだろうとは思ったよ。本当にそういうところは固いなお前」
「申し訳ありません。こういう性分ですので」
「別にいいさ。それに俺も偉そうなことを言っといてなんだが、お前のその無理に甘えてしまっている節があるからな。無理をするな――なんて安易なことは言いたくても言えんよ。というより、いっそ無理してぶっ倒れてくれた方がかえって休んでもらえそうだからな、お前の場合」
溜め息を一つ吐き、かざしていた眼鏡を下ろして、提督は大淀に優しく微笑みかけた。
「だからな、大淀。俺はお前に無理をするなとはあえて言わない。むしろ気の済むままやってよしと言おう。だが、その無理に対する報奨を俺にちゃんと払わせてほしい」
「? 提督、それはどういう――」
提督は大淀に歩み寄り、手にしていた眼鏡を持ち主のそのキョトンとしている顔にかけた。
そしてそのまま、大淀の身体をそっと抱きしめた。
父親が幼い娘にするような、あるいは男が恋人にするような――そんな優しい抱擁。
いつも通りの視界に大淀の目が慣れるのと同時に、彼女の周囲が一斉に息を呑んで硬直する。
「………………え?」
互いの心音や息遣いが聞こえてくるほど提督と密着している事実に三秒ほど遅れて大淀の頭が追い付く――よりも速く、その言葉は告げられる。
「お前の頑張りに報いるためなら――大事なお前のためなら、俺は何でもできるぞ? だから何でも遠慮なく言ってくれ」
それはまるで、夜の海の波に紛れて走る酸素魚雷のように、静かにドッスリと大淀に突き刺さっただろう。
『あ"ま"ぁぁぁぁぁぁ~~~~!?』
「キャーキャーキャー!!」
「今日の提督……ヤバくない?」
「хорошо……」
「ん? 今何でもするって言った? ってホントに言ってるよご主人さまぁぁぁ!?」
再び盛大に色めき立つ食堂内。動物園でもここまで騒がしくはないだろう。
「榛名、もう見てるだけで体が火照ってしまいます……」
「クッ……私ならともかく、大淀にあれは……っ」
あまりの興奮にふらふらする榛名と、親友の身を案じて歯噛みする足柄。
この場にいる艦娘全員の視線の先。提督は抱きしめていた大淀をすでに離しており、対する大淀は顔を俯かせている。
そして彼女は、おもむろにその顔を上げて――
「そうですか。それでは、そのうちにお願いしますね」
――と、至って素の笑顔を浮かべてそう言ったのだった。
『おおおぉぉぉぉぉぉ……!』
前二人の例に漏れず、崩れ落ちるか動揺の極みを晒すかするだろうという大多数の予想に反して、自然体な姿を見せつけた大淀に静かな喝采が上がった。
提督の攻撃のインパクトが大きかった分、それに耐えきった大淀の精神的な頼もしさたるやビッグ7や大和型にも比肩、あるいはそれ以上のものに感じられたのだろう。
「おぉう……まさかこれほどとは思ってなかったわ」
「あんなことされてもまったく動揺しないなんて。榛名、大淀さんのこと尊敬しちゃいますっ」
「私はむしろ同じ女として心配になったわよ」
何はともあれ、提督の猛襲を抑えられる大淀がいる以上、ここから事態が悪化することはまずないだろう。
そう誰もが心のどこかで思っていた。
が――
「ああそうでした。提督、実は確認事項がありまして」
「ん? 何だ、まだ何かあったのか」
「はい、えっと――」
再びファイルを開き、大淀は言う。
「明後日の大本営からの査察についてなのですが――」
「大淀? 査察は明日のはずだが。お前もさっき自分でそう言ったろ?」
ピタリと、大淀の動きが止まる。
「…………失礼しました。では本日の演習の編成ですが――」
「今日は演習の予定はないぞ? これは昨日も確認したはずだが」
再び大淀の動きが止まる。
この時点で、周りも「おや?」と疑問符を浮かべ始める。
「………………失礼しました。では明日の東京急行遠征の予定ですが――」
「東急任務のノルマは昨日で達成したから、来週まで東急系遠征の予定はないぞ。お前も知ってるだろうに…………大丈夫か、大淀?」
三度、大淀が止まる。
今更ながらよくよく見ると、彼女の見ているファイルは上下逆さになっている。
「…………フゥ」
大淀は目を通していたらしいファイルを静かに閉じ、一息ついて天井を仰ぎ見た。
「……………………」
何秒かそうしていた彼女はふいに踵を反し、提督に背を向けて歩きだす。
向かった先は榛名のところだった。
「……榛名さん、今日の秘書艦はあなたでしたよね?」
「え? あ、は、はい。そうですけど……」
唐突に自分のもとへやってきた大淀に戸惑いを見せながら、榛名は質問に答える。
すると大淀は無言で持っていたファイルを榛名に差し出した。
榛名は何だかよくわからないまま、とりあえずそれを受け取ることにした。
そして、困惑しながらもファイルを受け取る榛名を見届けた大淀は儚げな笑顔を浮かべ――
「あとのことは……よろしくお願いしますね?」
――そう言い残して、鼻血を吹いて卒倒した。
「え、ええぇぇぇ!? ちょ、大淀さぁんっ!?」
「ヤダっ、この娘ったら見た目の割に重傷だったというの!? なんてウブな――って、ああっ血がっ、出血がひどい!!」
床に仰向けでぶっ倒れ、ドクドクと鼻血を垂れ流す大淀。
しかし、その顔はこの上なく幸福が満ち足りたような笑みを湛えていた。
「まったく、早速倒れてみせるとは。よほど無理をしていたようだな。仕方ないドックまで連れていくか」
目の前の惨状に対し至って冷静にそう呟いて、提督は倒れている大淀のもとへしゃがみこみ、彼女の背中と膝裏に腕を回してそのまま身体を抱き上げた。
お姫様抱っこである。
「カハッ……!」
「ああっ!? 大淀が吐血したぁ!? 提督待って! 今の大淀にそんなことしたら大淀死んじゃうからぁ!!」
「何訳の分からんことを言ってるんだ足柄。何にせよ、早くドックに連れていかないと――」
「それ私が行くから! 私が抱えていくからっ、早くその子こっちに渡して!」
「重ね重ね馬鹿なことを言うな。普通のか弱い女と変わらない、艤装を着けてない今のお前に俺がこんな力仕事をさせると思うか? あまり見くびってくれるなよ」
「キュン――って、あ"あ"ぁぁぁぁも"ぉぉぉぉ~~~!!」
「…………もう、好きにしてください」
提督の男の色香と親友の窮地の板挟みに身悶える足柄と、死に体の大淀。
それを前に周囲の艦娘達もようやく事の重大さに気づき、それぞれ動きを見せる。
巻き込まれちゃたまらんと、そそくさと逃げ出す者。
提督にもの申さんと突撃しようとする者。
突撃しようとする者を必死に抑える者。
未だ羞恥のあまり赤面しながらも提督の方をチラチラと窺う者。
その他諸々。
「……ああ、なんということでしょう」
朝のウキウキ気分もどこへやら。大淀の遺志を託された榛名は、今日一日あの提督の秘書艦という前途多難な任務を前にただただ茫然としていた。
「榛名、一体どうしたらいいのでしょうか……?」
その呟きに答えてくれる者は、誰もいなかった。
「ああ……なんだかエラいことになってる…………こうしちゃいられないっ、早く何とかしないと……!」
物陰から慌ただしく駆けていく者。
走り去っていくその後ろ姿を見た者もまた、誰もいなかった。
ハァイ、これで今回は終わりです。これで起承転結の『起』の部が終わりました
元ネタ知ってる人は何となくオチが分かると思います。多分概ねその通りです
知らない方はまあ、期待不安をごちゃ混ぜにして楽しみ(?)にしててください。多分悪いようにはしません(ゲス顔)
それで次回以降ですが、手あたり次第に艦娘を堕としていくフリークエストタイムに突入します
なのでSSスレらしく堕とす相手を安価で――といきたいところでしたが、残念ながら私にそんな即応性と文才と妄想力は備わっておりません
ですので、ここからも私の独断と偏見と性癖と嗜好と妄想に基づいて堕とす相手が決まります。ご了承を
こんなんで良ければ暇つぶしにまた見てやってください。それでは、また近いうちに
さあ、いきますネ
帰国子女編デース
『テェェェェイィィィィトォォォォクゥゥゥゥ~~!』
ドドドドドと廊下を鳴らしながら、騒がしい何かが近づいてくる――と提督が気付いた頃にはそれはもう扉の前までやって来ていた。
「ヘェェイッ、テイトクぅ!! 一体どういうことネーッ!?」
ズバーンッと扉を吹き飛ばさんばかりに開け放ち、執務室に高速戦艦金剛が弾着した。
やはりというべきか、先陣を切ってブッこんで来るのは彼女なのであった。
「騒がしいな金剛。せめてノックをしてくれ。あと廊下は走るな」
「それどころじゃないデース! どういうことか説明してもらうデース!」
カツカツと足早に歩み寄り、現在執務中の提督の執務机に金剛は勢いよく両手をついた。まさに怒り心頭といった面持ちである。
「説明って、何をだ?」
「とぼけないでくだサーイ! 比叡から話は聞いてマース! ワタシがいないところで他の娘達にとんでもないちょっかいかけるなんテ!」
この金剛、朝の食堂での騒動の場には運悪(良)く居合わせなかったため、あの提督無双を目にしていなかったのである。
そのため、あの一件について彼女は知る由もない――なんてことにはならなかった。
それもそのはず。
提督があれだけのことを不特定多数の艦娘が見てる前でやらかしてしまった以上、その噂が鎮守府内を島風よりも速く駆け抜けていくことになるのは至って自然な流れであり、それが金剛の耳に駆け込んでくることになるのも当然の帰結であるのだから。
結果。
彼女は事実確認のためにそのとき食堂に居たという次女を問い詰め、今に至る。
「Oh淀や天龍龍田にHugやキ、kissなんて、Crazyにもほどがあるヨ!?」
「大淀な。そうは言うが金剛、よその国じゃあの程度挨拶みたいなものだろう? クレイジーは言い過ぎだろう」
「チッチッチ。テイトクぅ、確かにここは辺鄙なIslandの鎮守府だけど、一応JapanのAreaネ。この国でそんなトチ狂った挨拶フツーしないネー」
そう言ってやれやれと肩をすくめる金剛。
朝一で提督に挨拶と称してタックルハグをかましてくるトチ狂った戦艦のセリフがこれである。
「とにかーくっ、ワタシにはそんなこと全然してくれナイのに、あの三人とは平気でイチャイチャチュッチュするなんて、流石のワタシも激オコなんだからネ!」
「……ふむ、なるほどな。つまり、こういうことか――」
そこで提督は唐突に席を立ち、執務机を周って金剛のもとへ歩み寄る。そしてそのまま、ムッスーとしている彼女に近づきその頬に手を添えた。
「――ッ!?」
「自分にもあいつらと同じことをしろ――と、そういうことか。まったく、わがままなお嬢さんだよお前は」
「え、ちょ――」
呆れたような表情のまま、提督の顔が金剛に接近する。
その唇が彼女の頬に触れる――
「……イイ加減にするネー!!」
――その寸前で、金剛は提督を突き飛ばした。
「おっとと……一体何だ金剛?」
「何だじゃナイヨ! ワタシをナメるのも大概にするネ!」
耳まで真っ赤にした金剛がそう言い放つ。
その顔が赤いのは、どうやら羞恥によるものではないようだった。
「他の娘にHugやKissして、それをごねられたから"じゃあ仕方ないからお前にも"っテ――そんなおざなりに扱われるほどテイトクにとってワタシはCheapな女なんデスカ!?」
怒りを露わにして捲し立てる金剛。その目尻に涙を滲ませながら、なおも続ける。
「ワタシにだって、ちゃんと女としてのPrideがありマース。こんな風にされるくらいなら、いつものニブチンな提督に雑に扱われてた方がずっとマシデスヨ!」
「金剛、俺は――」
「もうイイデース! よーくわかりまシタ」
提督の言葉を遮って、金剛は踵を反して彼に背を向ける。
「テイトクがワタシなんかに興味がNothingなことは…………よく、わかったのデース」
最後にそう呟いて、金剛は開けっ放しになっている扉に向かって走り出す――
「ほう、随分と面白いことを言ってくれるな……金剛」
――前に、足が床に縫い付けられたように動かなくなった。
「なるほど確かに、俺の行動が軽率だったことは謝ろう。すまなかった。なんなら土下座でも何でもしてやろう」
「え……テイト、ク?」
振り返った彼女の目に映ったのは、静かにこちらを見据える提督の姿。
「だが、"俺がお前に興味がない"だと? ……何だそれは」
「ヤ、あの、その……」
触れれば凍傷を起こしそうな冷たささえ感じられるその声音に、金剛もたまらずたじろぐ。
提督がそんな声音で話すとき――それは珍しく大層機嫌が悪いときなのだ。ブチ切れる寸前と言っても過言ではない。
金剛の足を止めたときの言葉もそう。付き合いの長い彼女もそれがわかってしまったからこそ、反射的に足を止めざるをえなかったのだ。
「言うに事欠いてそれとは、聞き捨てならんな。まったくもって度し難い。今すぐ撤回しろ」
「ヒゥッ……で、でもっ、だって……ううっ」
提督の有無を言わさぬ物言いに、先ほどとは違う意味合いの涙を目尻に溜めて金剛は縮こまってしまった。
「…………ハァ」
それを前にして提督は溜め息を一つ。発していた威圧感を霧散させ、一転して微笑を浮かべる。
「いいか金剛。これから言うことをよーく聞け。よぉーく、な」
「ふぇ……? な、何デスカ?」
急に柔らかくなった提督の雰囲気に戸惑いつつ金剛は顔を上げると、まっすぐに見つめてくる提督の目と目が合った。
「俺はな――お前のいつも笑顔を絶やさないところが好きだ」
「~~~~ッ!? い、いきなり何を言い出すネ!?」
突然の告白に顔を真っ赤に、そして目を白黒させる金剛。
だがそんなこと知ったこっちゃねぇとばかりに提督の告白は続く。
「MVPをとって子供みたいに褒美をせがんでくるところが好きだ。新入りの艦娘に率先して世話を焼きにいくところが好きだ。砲弾の雨をかいくぐっていく凛々しい横顔が好きだ」
「あわわわわわわ……テ、テイトクゥ~~……」
言葉を尻すぼみにさせながら金剛は上気した顔を両手で覆う。
だが、やはりそんなこと知ったこっちゃねぇとばかりに提督の告白は続く。
「比叡と馬鹿みたいに騒ぐお前が好きだ。榛名と一緒に真剣にファッション誌を読み耽ってるお前が好きだ。霧島の眼鏡をひったくってはしゃぐお前が好きだ。迷惑そうな顔しつつもアイオワに付き合うお前が好きだ。ウォースパイトと優雅に紅茶を嗜んでいる姿が好きだ。ああ、あとそれから――」
「Wait! ウェェェイトッ!! もういいもういいデース! これ以上は耐えられないデ~スッ!」
提督の歯に衣着せない告白の連射に精神のキャパシティーがついに限界を迎え、たまらず提督の告白を遮る金剛。両手をワタワタと振り回し、見るからに余裕のない様子である。
「む。何だ、あと二十は言えるのだが」
「い、一体なんなんデスカ~~!? いきなりワ、ワタシのこと……その……」
「お前が馬鹿なことを言うから、俺がいかにお前のことを想っているかを聞かせたんだろうが。まだまだ全然言い足りないが……わかってもらえたか?」
最後の一言をからかいつつ諭すような声音で尋ねる提督の笑顔を見て、金剛の心に衝撃が走る。
彼女は執務室にやって来てから怒りやら失望やら動揺やらで普段より感情の起伏が激しい状態にあったため、今になってようやく落ち着いて提督の顔を見ることができたのだ。
そう、見てしまったのだ。
(ど、どどどどどういうことネ!? テイトクのSmileがいつもよりずっと素敵に見えるヨっ。Heartがキュンキュンするネ……!)
時間差で訪れた提督の魅惑の毒が先程の告白と相まって金剛を攻め立てる。今や顔の赤熱で紅茶を淹れるお湯が沸かせそうな有様である。
「どうやら、わかってもらえたようだな。では改めて……」
そして、スルリと死神は動き出した。
「フニャッ!? テ、テイトクッ!? ワ、What's!?」
「何って、朝の"挨拶"の続きをしようかと」
再び密着寸前にまで近寄られ、今度は両手で優しく顔をホールドされる金剛。ハートを鷲掴みどころか龍掴みにされている今の彼女にそれを押しのけることは不可能だった。
「おっと、そういえば。もう一つ訂正しておこう金剛。さっきのもそうだが、俺がお前にこうするのは決して"仕方なく"ではないからな」
そこで提督は極上の爽やかスマイル(後の金剛談)を浮かべて告げる。文字通りの殺し文句を。
「お前のことが愛おしくてたまらないから。俺がこうしたいからするんだ――わかったな?」
「――――――――」
命を刈り取る大鎌の一振りのごとき言葉に、金剛の精神がついに事切れる。
過剰加熱のあまり、妹の榛名同様、頭の電探からは湯気が上がっている。そこは放熱板ではないのだけれど。
そしてやはり、そんなこと知ったこっちゃないと提督は――
「では、大分遅くなったが――おはよう、金剛」
――そう言って、金剛に"念入り"な"朝の挨拶"を施した。
「ニョオオオオォォォォなのネェェェェ~~~~~~!?」
開け放たれたままだった執務室の扉から、断末魔の叫びが虚しく廊下に響いていた。
「ちょっと霧島っ、もっと急いで!」
「そうは言いましてもお姉さま、廊下を走るのはいかがなものかと――」
「そんな悠長なこと言ってられないの! 事は一刻を争うんだから! 早くしないと、金剛お姉さまが……ッ!」
慌ただしく廊下を行くのは金剛型戦艦の比叡と霧島。
彼女達は現在、金剛が突撃しにいったであろう提督の執務室へと足早に向かっていた。
「しかし、にわかには信じられませんね。あの朴念仁に手足を生やしたような生き物といっても過言ではない司令がそんなことを、なんて」
「確かに信じられない話だけど、あの司令ならやりかねない。ホント、今朝の司令はものスゴかったんだから」
「はあ、そうなのですか」
「あんな司令に向かっていったら……流石の金剛お姉さまも爆発しちゃうかも」
「爆発だなんてそんな。陸奥さんじゃあるまいし――っと、あれは……」
「え? ……ああっ!」
彼女達の進行方向。その先の廊下の隅で誰かがペタリと腰を下ろしていた。
力なく項垂れているのは勿論、金剛である。
「お姉さまっ!? そんなっ、もう遅かったの!?」
「まさか本当に……いや、それよりもっ」
慌てて比叡と霧島が駆け寄る。
間近で見る金剛は真っ白に燃え尽きたような面持ちで、目から光が消えていた。
「金剛お姉さまっ、お姉さま!」
「お姉さま、お気を確かに!」
「……その、声は……比叡と、霧島……? そこにいるノ?」
二人の呼びかけに、金剛は顔を上げて虚空に向かって手を弱々しく伸ばす。
そのふるふると震える手を比叡が両手でしっかりと握った。
「はいっ、比叡はここにいます!」
「霧島もここにいますよ、お姉さまっ」
「ああ、良かった……最期に、二人に会えて…………」
「最期だなんて、縁起でもないこと言わないでくださいっ」
比叡の悲痛な声に、金剛は静かに首を横を振った。
「ワタシ、今とってもHappyな気分なんデース……でも、このHappinessはワタシには眩しすぎて、熱すぎて……Maybe、ワタシもうダメみたい」
「そんな……っ! お姉さまぁ!」
「お姉さまっ、しっかりして下さい!」
悲鳴をあげる比叡と金剛の肩を揺さぶる霧島。
そして金剛は、そんな妹達に儚げに微笑みかけた。
「二人とも……ワタシ……ヴァルハラから見ているネ……」
その言葉を最後にカクリと脱力し、彼女は再び物言わぬ骸になり果ててしまった。
それはそれはもう、幸せそうな笑みのまま。
「お姉さまぁぁぁッ!!」
「クッ…………!」
絵面だけを見るならシリアスそのものなのだが、実情を知っている者から見れば「何この茶番」と思うこと請け合いな場面だろう。
そんな中、悲しみ(?)に沈んでいた比叡がおもむろに立ち上がる。
「…………霧島、お姉さまのことをお願い」
「え? 比叡お姉さま、一体どちらへ?」
「司令のところ……早く何とかしないといけないから」
「そんな!? 無謀です!」
「それでも行かなきゃ! これ以上、被害を出すわけにはいかない。金剛お姉さまの犠牲を無駄にはしたくないの」
「ッ…………わかり、ました」
すると霧島も立ち上がり、毅然とした表情で比叡を見据えた。
「でしたら、私も行きます。その方がより確実でしょう」
「霧島、でも――」
「お姉さまだけにいい格好はさせませんよ?」
「……わかった。二人で行こう」
二人は頷き合って、安らかに眠っている金剛に今一度振り返った。
「少し待っていてください。金剛お姉さま」
「すぐに帰ってきますから」
「気合い! 入れて! いきます!」
「出撃よ! さて、どう出てくるかしら?」
そして彼女たちは勇ましく、執務室へ向かって踏み出した。
その十数分後、比叡と霧島も無事にヴァルハラへと召されることとなった。
金剛編終了デース
それではまたいつか
長らくお待たせしました
加賀編です
「提督、一航戦加賀。参りました。入室してもよろしいですか?」
静かな、しかしそれでいて芯の強さを感じられる声がそう告げる。
執務室の前に凛と佇むのは、天下の一航戦が片翼・加賀だった。
「ああ、入っていいぞ」
「失礼します」
扉越しの提督の許可を受けて、加賀が入室する。
そして彼女は正面に座る提督の姿を前にして、その異様さをすぐさま察知した。
(なるほど。これは確かに………………気分が、高揚しますね)
前もって事の噂は、朝の食堂に居合わせていたという姦しい同僚達(二航戦)から聞き及んでいた加賀だったが、普段の提督をよく知る彼女もまた、その話には半信半疑にならざるをえなかった。
しかしこうして実物を目の当たりにしてみると、なるほど納得。
ただ居るだけで発散される提督の謎の色気に、知らず彼女の心臓は跳ね上がった。
早くなる鼓動と共に、顔まで上がってきそうになった熱を気力と理性を総動員して加賀は平静を保った。
"鎮守府クールな艦娘ランキング(重巡青葉調べ)"前年度一位の肩書きは決して伊達ではなく、内心とは裏腹に彼女は眉一つ動かさない。
「提督、おはようございます」
「おはよう加賀。それで、どうした?」
「五日後のサーモン海域北方攻略作戦、参加空母の装備編成表を提出しに来ました。確認を。よろしければそのまま受理してもらえるかしら」
「ん、分かった。確認しよう」
「こちらです」
そう言って、加賀は手にしていたA4サイズ程の茶封筒を提督に手渡した。
それを受け取った提督は封を切り、中に入っていた書類に目を通し始めた。
「ふむ……参加空母は、一航戦赤城・加賀、大鳳、サラトガの四隻。艦載機は…………なるほど、制空確保目的の堅実な編成といったところか」
「はい。あの海域の敵空母は油断ならない相手ですので、制空権は可能な限り確実に確保しておきたいと考えました。艦戦が少し過剰かもしれませんが」
「いや、現状の装備ならこれが最適解だろう。文句なしだ…………しかし、だ。手間をかけるようですまないが加賀、再提出を頼みたい」
「? それは何故でしょうか?」
「実は昨晩、お前から依頼のあった"零戦虎徹"の最終改修が終わったと明石から報告があった」
「……本当ですか?」
「ああ。大分難儀していたらしいが、作戦までには間に合わせると明石も頑張ってくれたようだ」
「そうでしたか。あとでお礼を言っておきます」
「そうしてやってくれ。で、だ。あれの改修が終わったとなれば、この編成にも変更があると思うのだが、どうだ?」
「確かに。そういうことでしたら再考の余地がありますね」
「その再考、今ここで聞かせてもらうことはできるか?」
「…………そうですね――」
顎に手をやり、考えに耽る加賀。といっても、そんなに難しく考えることは実はあまりなかったりする。
敵航空戦力と現状戦力は把握済み。その上で、最高クラスの制空力を誇る零戦虎徹の最大改修機の運用が可能という条件が加われば――真っ先に思いついた代案は一つ。
「大鳳とサラトガを支援艦隊に。その代わりとして、五航戦の二人を攻略編成に加えて制空と火力を両立……差し当たって、こんなところでしょうか」
ほんの僅かばかりの不安。そして加賀自身も自覚していないであろう期待と安堵。そういったものがこめられた代案であった。
とまあ、要するに小生意気な某後輩のための代案だったりするのだ。しかも戦意高揚のために姉も一緒に、という抜かりのなさ。
当然それは分かる人には分かってしまう彼女なりの気遣いで、提督は"分かってしまう"側の人であった。
「ハハハ、なるほど。まあ、そうなるよな」
「なんですか。何かおかしなところでも?」
「いやいや。お前は本当に後輩想いだな、と思ってな」
「……一体、何のことでしょう?」
「あいつ、この作戦出たがってたからな。制空と搭載数の関係で俺も少し厳しいと思っていたが、虎徹の改修が終わったのなら出撃させても問題なさそうだ。お前もこれ見越して改修を頼んだんだろ?」
「単純に戦力の増強になればと思っただけです。別に瑞鶴のためとかではなく――」
「おや、そこで瑞鶴の名前が出てくるのか。俺は瑞鶴とは一言も言ってないが」
「………………」
してやったりという笑みの提督に、思わず顔が赤くなりそうになる加賀。
しかしそこは流石の一航戦の青い方。気力と理性と表情筋をフル稼働させて彼女は何とか平静を保った。
「零戦虎徹。誰に積んでも十分な戦力になるが、やはり相性が一番いいのは瑞鶴だからな。機体の動きも他の空母に積んだ時とまるで違う。本人は気付いていないみたいだが」
「気付かれても困ります。それが慢心につながることもありますから」
「そうならないよう、お前が見てやってくれ」
「…………いつも、そうしています」
「フッ。まったく、お前は本当に不器用な奴だよ。でもまあ――」
ふいに姿勢を正し、提督が加賀の目をまっすぐに見据える。
それから優しく微笑んで――
「不器用なりに真摯に仲間を思いやる。お前のそういうところ、俺は好きだよ」
――などと、普段は絶対吐かないような気障なセリフを平気でぶっ放したのであった。
そして、その効果は覿面であった。
「ッ…………」
不意の衝撃に頭頂部まで熱が上りそうになる加賀。
しかし、やはりそこは流石の一航戦の急に歌う方。気力と理性と表情筋と全身の筋肉を限界寸前まで酷使して彼女はかろうじて平静を保った。
頬が一瞬だけひくりとしたが、許容内だろう。
しかし恐らく次はない。直感的にそう判断し、加賀は早めに撤退することを決断した。
「……それでは、装備編成の見直しをしてきますので」
「ん? ああ、そうか」
加賀が左手が差し出されるのを見て、提督は見ていた書類を封筒に戻し、それを手渡そうとして――ふと動きを止めた。
「…………? あの、提督――」
その言葉を遮るように、提督はそっと加賀の左手を取った。
これには加賀もたまらずにビクりと体を震わせる。
「あの、提督……何か?」
「ああいや……改めて見て、綺麗な手してるな、と思って」
「ッ!?」
突然の事に、加賀は音速を超えそうな勢いで左手を引き戻し、胸に掻き抱いた。動揺を隠す余裕もあったものではない。
ただそれは手を褒められたのが嬉しくて、というわけではなかった。
「…………冗談も、大概にしてほしいものですね」
「? 冗談ではなく本気で言ったつもりだが」
「それなら尚更タチが悪いわ…………こんな手が、綺麗なわけがないでしょう」
加賀は自分の左手の平を見て、そう呟いた。
その掌はマメと厚くなった皮でごわついており、一般的な女性らしい柔らかく綺麗なそれとはかけ離れていたのだ。
掌が荒れているのは何も加賀に限った話ではなく、これはいわば艦娘の職業病のようなものであった。と言っても全員が全員そういうわけではなく、手持ち型の艤装を用いる者に限ったものだ。
基本、実戦や演習で負った傷は入渠すれば完全に癒える。
だが実戦や演習以外にも日頃の砲撃訓練等で艤装を振り回す艦娘達の手は、その回復が追い付かないことがよくあるのだ。
ちなみにそれに対する処置は艦娘によって様々で、「手荒れるとかあり得ないしー」とこまめに手をケアする者や、「治ってもどーせまた剥けちゃうしねー。別にいいやー」とあえて放置する者、「痛いな。でも、悪くない」とキラキラする者など様々である。
そして、この手荒れが最も顕著なのが空母勢――特に南雲機動部隊の面々と五航戦であった。
実戦・演習は言うに及ばず、日頃の鍛錬でもストイックに弓を握る彼女達の左手の荒れようは他の追随を許さない。
しかし彼女達はそのことに大して頓着せず、"日頃の鍛錬の証"ぐらいにしか考えていなかったりする。
当然加賀もこの例に漏れず、荒れてごわつく手を何ら恥じることもなく、艦娘として為すべきを為している証明なのだと誇らしくさえ思っている。
ただそれは"一航戦"加賀としての心境。
"乙女"の彼女としては、こんな武骨な手を提督に見られるのは引け目を感じるというか、気恥ずかしいのであった。
あまつさえそれを綺麗などと言われれば、からかっているのではと考えるのは当然の反応である。
が、そんなことを知ってか知らずか――否、知っている上で提督は加賀への侵攻を開始する。
「こんな手、なんて言ってくれるなよ加賀」
嘆息して提督は静かに席を立った。
それから加賀のもとまで歩み寄り、やや無遠慮気味に再び彼女の左手を取った。
いつもとはベクトルの違う彼の強引さに、加賀は身体を強張らせる。逃げ出そうにも足が痺れたように動かないのでされるがままである。
「……この手は、お前の今までの積み重ねだ」
その言葉と共に、提督の指先が加賀の掌に優しく触れる。
「……ッ!?」
掌から伝わる甘い痺れに、加賀の身体が硬直した。
ついでにただでさえ高めの彼女の体温が2~3℃は高くなったかもしれない。
「敵を討つため、仲間を守るため、そしてその為の力をつけるため。何千何万回と矢を射ってきた――そんなお前の誇りと想いが表れた手だ。それが、綺麗じゃないわけがないだろ」
「………ですが――」
「見た目がどうのこうのは俺にとっては些事だ…………もう一度言うぞ加賀」
握った手を目線の高さまで持ち上げて、その手越しに提督は加賀の目を見つめて――
「お前の手は力強くて綺麗な――俺の好きな手だよ」
――そう告げた。
「~~~~!?」
それが決め手になった。
艦攻・艦爆はおろか艦戦まで全て落とされ、制空権ならぬ制心権を喪失した加賀に最早平静を取り繕うことなどできるはずもなく、顔は炎上しているかのように赤熱していた。
一航戦の赤い方とは果たしてどちらを指すのか、といった具合である。
このままでは轟沈待ったなし。
だが、しかし、それでも彼女は誇り高き一航戦。
艦載機が全て落とされたのなら、飛行甲板をブン投げてでも一矢報いる。それが一航戦クオリティー(?)。
「…………呆れた。今朝の食堂でも、他の娘達にこんなことをしていたのですか。まったく正気を疑いますね」
心を可能な限り落ち着かせ、握られていた手をほどき、蔑むような目で提督を睨む加賀。しかし顔は赤いままなのでその攻撃力は半減している。
その顔では呆れているというよりは、嫉妬してむくれているようにしか見えなかった。というか実際その通りだった。
朝の食堂では天龍・龍田姉妹に大淀。加えて榛名と足柄も何やらされたらしい。そんな話を聞いて、意識してないところで溜まりに溜まった不愉快と不機嫌を引きずりながらここに来た加賀である。
それが今まさに噴出したわけだが、こんなことを言ってもどうせこちらの内心など意にも介さず"え? 俺何か悪いことした?"みたいな反応しか提督は示さないだろう。そう彼女は思っていた。
だが、今日の提督はその予想の斜め上を飛翔していく。
「ん? なんだ嫉妬してるのか?」
「ッ……何を言っているんですか。そんなわけありません」
図星である。この上ない図星である。
「いーや、その顔は妬いてる時の顔だな」
「赤城さんならともかく、どうして提督にそんなことがわかるというの。いい加減なことを言わないで」
「おいおい心外だな。俺を見くびるのも大概にしろよ加賀。わかるに決まっているだろうが」
「何を根拠に――」
なおも反論を続けようとした加賀の頬に、そっと提督の手が触れる。
「お前のことを、俺は今までずっと見てきたんだ。お前がどんなこと考えてて、その時どんな顔するかなんて……俺だってよくわかるさ」
「え……あの――」
そして息がかかりそうなほど、顔を近づけて――
「お前のことを大切に想う気持ちは、赤城にだって負けない自信があるぞ?」
――心臓をぶち抜く一言を撃ち放った。
「ッ!? ~~ッ!? ~~~~ッ!?」
あまりの衝撃に、もう何が何だか。加賀は声にならない悲鳴を上げた。
ブン投げた自分の飛行甲板をサーフボードにして、ヲ級がサーフィンしながら大波にのって反撃突貫してくればこのくらい混乱するのだろうか。いや、しないだろう。
しかし、混迷を極めるそんな加賀など知ったこっちゃないとばかりに、提督は追撃戦に移行する。
事ここに至ると、加賀は的にしかなれない。
「それで? 食堂の時の誰に嫉妬したんだ? そいつにしたことと同じことをお前にもすれば、嫉妬も何もないだろ? 何をして欲しい?」
「えっ、何、誰に――」
その問いかけに、滅茶苦茶だった加賀の思考にわずかな方向性が生まれた。
一体提督は何の話をしている?――おそらく朝の食堂でのこと。
嫉妬している?――正直なところ、ものすごくしている。
誰に?――天龍? 龍田? 大淀? いいえ私は――
「なんだ、"三人共全員"に、か。なら一通り全部しておこうか。俺としても望むところだ。しっかしお前、クールな顔して欲しがりだよな本当に」
「え、や、違――」
「でもまあ、そういう欲張りなところも――可愛くて好きだよ」
そうして"キス"・"ハグ"・"お姫様抱っこ"のカットインが、発動しかけだったダメコンごと加賀の精神を吹き飛ばしたのであった――
「待ってなさい一航戦。こうなったら、提督さんに直談判してやるんだからっ」
せわしなくツインテールを揺らし、早足で廊下を歩いていくのは五航戦・瑞鶴。
彼女の目的はただ一つ。次回のサーモン海域北方攻略作戦の攻略艦隊に自分と姉を加えてもらえるよう、現在執務室にいるであろう加賀や提督と交渉することだった。
「いざとなったら執務室を爆撃してでも……」
それはもう交渉ではなく脅迫である。
そんな馬鹿げた恐ろしいことを呟きつつ、彼女は執務室へと向かっていた。
「それにしても、さっきのは何だったんだろ……?」
ここまで来る途中に見かけた、まるで抜け殻のようになって休憩所で転がっていた金剛型姉妹(榛名を除く)のことを思い出し、瑞鶴は首を傾げた。
この時間帯、いつもの彼女達なら精力的に(やかましく)動いているはずで、間違ってもあんな風に寝くたばっていることなど滅多にないのだ。
「それになーんか妙にキラキラしてたし…………そういえば、飛龍さん達が何か言ってたような――ん?」
加賀の居場所を聞いた時に二航戦の二人が話していたことを瑞鶴が思い出そうとする前に、彼女の目が"それ"を捉えた。
「え、ちょっと……加賀さん!?」
「……その、声は……五航戦?」
それは、壁に手をつき胸に手を当て息も絶え絶えで今にも死にそうなほど憔悴しきった加賀の姿だった。
「一体どうしたの――って、わわっ」
駆け寄った瑞鶴に崩れるように加賀がもたれかかった。
瑞鶴はなんとかそれを受け止め、加賀をその場に座らせた。
「フフ……いつも、偉そうにしてるくせに、こんな無様な姿を晒すなんて…………情けないと、思っているのでしょうね……」
「そんなのいいからっ、何があったの?」
「提督に、少し……ね。まさに鎧袖一触、だったわ……」
「提督さん? 提督さんに何かされたの?」
「………………」
その問いに返って来るのは沈黙。
ただその代わりに、加賀は瑞鶴の肩に弱々しく手を置いて言う。
「いいこと五航戦――いえ、瑞鶴……これが、最期になるかもしれないから……よく、聞きなさい」
「ちょっと、なに縁起でもないこと言ってんのよ!? しっかりしなさいよっ!」
「いいから……黙って、聞きなさい」
死に体ながらも有無を言わさぬ口調で、加賀は言葉を続ける。
「瑞鶴……あなたは、本当に、よくできた後輩よ。もう私から教えられることは、何もないくらいに…………だけど、これだけは約束して。いついかなるときも、絶対に、慢心しては駄目よ」
「………………」
「力をつけると、誰しもがその上に胡坐をかいてしまう……私も、私達も、昔はそうだった。その結果がどうなったかは……分かるでしょう?」
「…………加賀さん」
「あなたには、あなた達には、そうなってほしくないの…………だから、ちゃんと胸に刻んで。自分の力を誇るのはいい。でも、驕っては駄目…………分かったかしら?」
「……はい、加賀さんっ」
瑞鶴が頷くと、加賀は儚げに微笑んだ。
「それと、最後にもう一つ……あなたに、言っておかないと、いけない、ことが……」
「もういいからっ。それは後で聞くから、今は早くドックに――」
「いいえ、言わせて。じゃないと、きっと後悔するから……」
「ッ…………何、加賀さん?」
その言葉に、加賀は今にも燃え尽きそうな蝋燭の火のように声をかすれさせて告げる。
「五日、前……あなたが、とっておいてたケーキ……食べたのは、私よ。ごめん、なさい……ね……――」
そして加賀は力尽きた。
「って、そんなしょうもないことが最期の言葉でいいの加賀さぁぁんっ!?」
体を揺すっても加賀は目を開けない。幸せそうな顔で灰になっている。
それを前に、瑞鶴は盛大に溜め息を吐いた。
「……あー何だか分からないけど、とにかく提督さんが悪いのよね?…………分かった。待ってて加賀さん、ちょっと仇をとってくるから。帰ったらちゃんとケーキ奢ってもらうんだからね」
悪戯っぽく加賀に笑いかけて、瑞鶴は立ち上がった。
「さあ……五航戦、瑞鶴出撃よ!」
そう勇ましく宣言し、彼女もまた執務室へと赴くのであった――
数分後、瑞鶴はターキーどころか消し炭になって戻ってくることになった。
以上、加賀編でござんした。そこ、ワンパだなこれとか言わない
【艦これ】禍福は絡み合う触手の如し ~鎮守府水着の乱~
【艦これ】禍福は絡み合う触手の如し ~鎮守府水着の乱~ - SSまとめ速報
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こちらも並行して進めるつもりです。よろしければ暇つぶしに
同じ鎮守府が舞台です
大変長らくお待たせいたしました
引っ越しやら人理修復やらが忙しくてつい
叢雲編です
「ちょっとアンタぁぁぁぁッ!!」
威勢のいい怒声と共に、執務室の扉が乱雑に開け放たれる。
声の主はボリュームのある銀髪を揺らし、足早に丁度本棚の前に立っていた提督の側までやって来た。
「おはよう叢雲。ノックぐらいしてほしいものだが」
「そんなことはどうでもいいのよっ! 聞いたわよ! アンタとんでもないことしてくれたみたいじゃない!」
「とんでもない? 一体何のことだ?」
手にしていたファイルを棚に戻し、微笑みながら首を傾げる提督を前に、駆逐艦・叢雲の怒りのボルテージが血の気と共に上がっていく。
「朝食堂にいた白雪達から話は聞いてんのよ! アンタが天龍達や大淀に…………キ、キスとか、しまくってたって!」
「またそれか。やれやれ。いいか叢雲? さっき金剛にも言ったが、あれはただの挨拶だ。そんな目くじら立てるほどのことじゃ――」
「そんな破廉恥な挨拶が許されるのは他所の国の話でしょうがっ! 寝ぼけたこと言うのも大概にしなさいっ!」
「失敬だな。寝ぼけてない。俺はちゃんと起きてるぞ」
「なおさら悪いわよ!」
「そうか?」
「そ・う・よ! 大体なんなの!? アンタこういうこと死んでもやらなかったくせに、今日に限ってこんな節操なしになって何考えてんのよ!? 仕事のしすぎでついにおかしくなったわけ? だから言ってんでしょ――」
そこからはもう、叢雲の独壇場であった。
日頃の仕事の効率の話。秘書艦の仕事内容についての話。駆逐艦や潜水艦連中を甘やかし過ぎな話。最近少しデレデレしてんじゃないの疑惑についての話等々――立て板に高圧放水をぶっかけるように彼女は矢継ぎ早にお説教を繰り出した。
このように、この鎮守府において提督に対して当たりのキツい――もとい物怖じしない艦娘は数多くいる。その中でも叢雲は別格の存在と言えた。
それもそのはず。彼女は提督の初期艦なのだ。
執務に慣れていなかった提督を叱咤激励し、戦闘指揮をトチったときは蹴りを入れ、大規模作戦完遂に浮かれていたときは釘を刺しつつ共に喜ぶ――最初期の頃からそうやって、彼女はこの鎮守府にいる誰よりも長く彼と共に歩んできた。
そして、今なお繰り広げられる一見すると罵詈雑言でしかない容赦のない言動の数々は、そんな彼女が長年育んできた提督への信頼と初期艦としての義務感に基づいたものである――はずなのだが、どうにも私情が多分に含まれているようだった。
要するに八つ当たりである。
なんてことはない。彼女もまた例に漏れず、ちゃんとした乙女だったというだけの話であった。しかも提督とは誰よりも長い付き合いがある分、その想い入れも一入である。
(ああもう何かわからないけどイライラするっ。ものすごくイライラするわ! 何でかまったくわからないけどっ!)
しかしながら、叢雲本人にその自覚はない――あるいは無意識にその想いを押し殺してしまっているため、胸を締め付ける正体不明のイライラ感(嫉妬)に駆られるがまま、とりあえず提督の取るに足らない日頃の揚げ足を取りまくっているのが現状である。
金剛らのようにあからさまな愛情表現ではないが、見る人が見ればなんとも微笑ましい光景だと分かるだろう。
だがそんなことなど知る由もない提督にとっては、何やら突然長々といちゃもんを投げつけられ、辟易とするハメになる。
いつもの提督ならば、そうなっただろう。
「大体アンタはね――って、何ニヤニヤしてんのよ」
「ん? そんな顔をしてたか?」
「してたわよ。何? そんな愉快な話をしてたつもりはないわよ」
「ああいや、すまない。そういうつもりはなかったんだが」
「じゃあどういうつもりよ。聞かせてもらいたいわね」
そんな棘のある叢雲の追及に対し、提督はやはり笑顔だった。
「こうやってお前に説教されるのは随分と久しぶりだったから、こう、なんというか、懐かしくなった……のかな? 正直言うと少し嬉しく思ってしまったんだよ」
「……ッ!?」
ドキリとして、叢雲は胸を押さえた。
提督が着任してから早数年。
初期の頃はミスも多々あった彼の艦隊運用も今や手慣れたもので、最近はミスらしいミスも滅多にしなくなった。
そのため叢雲の説教係もほとんどお役御免となっていた。
そんな提督の成長は彼女にとっては誇らしいものであり、同時に寂しくもあるものだった。
だからだろう。提督のその言葉に、叢雲の心は図らずも高揚してしまったのだ。
「バ、バカじゃないの!? 叱られて嬉しいとか、それじゃただの変態じゃない!」
「そういうことじゃなくて。ほら、俺って今じゃこんな立場だから、面と向かって説教してくるやつなんて最近ほとんどいなくてな。だから昔と変わらないお前のその態度がむしろ有り難いというか…………まあ、そうだな。今更ながら、あえて語弊があるのを覚悟して言うが――」
そこで提督は気恥ずかしそうな顔をして、事もなげに言う。
「白状すると、お前に怒られながら仕事するの――実は結構好きだったんだよ」
「ッ!?」
ボゥッ、と叢雲の顔が発熱した。
「え? え? ちょ、ちょっと待って――」
「お前ときたら、出会ったときからずっと不機嫌そうな面してて。で、実際ほとんど怒ってばっかで、何だこいつと最初は思いもしたが……一生懸命なのはちゃんと伝わってきたからな、それで俺も負けじと頑張ろうという気になって――」
「ね、ねぇ? だから、ちょっと――」
「お前のその一生懸命をぶつけられながら仕事して戦果を挙げて、昇進しても調子に乗るなとドヤされて――そういう気の置けないやり取りがなんだか楽しくてしょうがなかった」
「ちょ……っと……」
「こればかりは多分、他の初期艦候補だった艦娘じゃできなかっただろうな…………だから、今では心からこう思えるんだ」
そして提督は、今まで叢雲に見せたことのない爽やかな笑顔で――
「お前が初期艦で本当に良かった、とな」
――などと、恥ずかしげもなく言って見せたのだった。
実のところ、叢雲自身も気に病んでいたのだ。
初期艦故の遠慮のなさを差し引いても、姉妹や他の駆逐艦達(一部を除く)と比べると、自分の提督に対する態度や言動はやはり辛辣過ぎるのではと。
こんな部下が初期艦で、提督は今まで実は相当なストレスを抱え込みながら執務をこなしていたのではないかと。
自分なんかより、もっと当たりの良い娘が初期艦だった方がもっと戦果を挙げられるようになれたのではないかと。
とりとめもなく、考えだしたらきりがない。そんなことで頭を悶々とさせる日が何度もあった。
だからこそ、そんな彼女にとって提督のその一言はまさにCritical hit!な一撃として胸に突き刺さった。
それはもうブッスリと、大破間違いなしだった。
「~~ッ!? ~~~~!?」
(な、何よそれ~~!? 何で今更そんなこと言うのよ~~ッ!?)
即座に提督に背を向け、叢雲は口元を押さえた。
真っ赤になった顔を見られたくはなかったし、こうでもしないと嬉し泣きが溢れそうだったからだ。
それでもかなり狼狽えているのは最早隠しようがないのだが。
しかしそれでも彼女は紛うこと無き鎮守府最古参。そんな動揺は長引かせまいと、そこから深呼吸三回ほどで何とか平静を取り戻すことができた。
そして何事もなかったかのように振り返り、提督と向き直った。
「フン、突然何を言い出すかと思えば……まあそうよね。アンタみたいな不器用なのをここまで育てられるのなんて私ぐらいのものだし、当然よね。せいぜい私に感謝しなさい」
ニヤけそうになる口元をヒクヒクさせて、頭の電探(?)を赤く点滅させつつも、叢雲は腕組みして得意げにふんぞり返った。
そのぶれない立ち振る舞いは、他の艦娘達の良き見本となれるだろう。良い意味でも悪い意味でも。
「フフ、そうだな。ああ、あとあれだ。お前の怒り方、なんだかうちの母親みたいでちょっと安心するんだよ。実家のような安心感、とでも言えばいいのかね」
「ハァ? 何よそれ。私がアンタの母親に似てるっていうわけ?」
「俺を一切甘やかさないところと、なんだかんだで面倒見のいいところとか、特にな。どうする? これからお前のことを"母さん"と呼ぼうか?」
「ちょ、やめてよ。アンタの母親とか……冗談じゃないわよ」
と、口では言いつつも、叢雲としてはそれはまんざらでもない響きだった。
いやむしろ良い。喜びで小躍りしそうになるまであった。
母親のような――つまり母性を感じられる艦娘といえば鳳翔や大鯨、間宮などが真っ先に思い当たる。そして叢雲と同じ駆逐艦にも、浦風や夕雲といった大人びた雰囲気を醸し出す面々がいる。
おおらかというか、大人の余裕というか。プライベートでも提督に一目置かれる彼女達の立ち振る舞いに、叢雲は少しばかりの憧れを持っていた。
一方、そんな彼女らと比べれば自分はせいぜい"口やかましい近所のおばさん"ぐらいだろうと、自分の気質をよくわかっている叢雲は思っていた。
それ故、たとえ冗談であろうとはいえ提督に"母親みたいで安心する"などと言われれば、彼女にとってはちょっとした名誉である。あとで姉妹達に遠回しに自慢してやろうかと考えるくらいには。
そんなこんなで、叢雲は内心舞い上がっていたのだ。
が――
「それは良かった。俺もお前を母親扱いするなんて、たとえ冗談でも絶対に御免だからな」
「な……」
そうして舞い上がっていたところを突然叩き落とされたのだった。
「……ふ、ふーん。そう…………何? それ照れ隠しのつもりかしら?」
「いいや。心からの本音だとも。お前が母親だなんて本当に勘弁してほしいな。考えただけでもゾッとする」
「…………」
絶句であった。
"初期艦お前で良かった"発言から高揚しっぱなしだった気分が一気に落ち込む叢雲。叩き落とされて地中にめり込んだまである。
頭上の電探(?)もそんな彼女の心境を表してか、うさぎや犬の耳のように垂れて下がっていた。
(フン、何よ。散々持ち上げといて結局これなわけ……)
「…………あーあ、何か馬鹿みたい。私」
ボソッと、自分にしか聞こえない声でそう呟いて、もう執務室を出ようかと叢雲は考えた。
その時だった。
「だってそうだろ、叢雲」
「え?――きゃっ……!?」
不意に腕を優しく掴まれ、叢雲はそのまま提督に抱き寄せられた。
そしてその事実が彼女の頭に追い付く前に、耳元でそっと囁かれる。
「"母親"が相手じゃ、"恋人"にはなれないからな。そんなのは嫌だぞ」
「へ………………ひぅ!?」
その意味するところが遅れて頭に浸透して、叢雲の顔は火を噴いた。
「あ、あああアンタ何言ってんのよ!?」
「何って、流石に母親相手に劣情を催せるほど俺の性癖は倒錯してはいないからな。当然だろう?」
「そこじゃなくてっ!」
電探から煙を吹きながら、叢雲がツッコむ。
さきほどの平静も落ち込みもどへこへやら。最古参の余裕もどこかへ吹っ飛んでいった。
そんな叢雲に構わず、提督の手が彼女の頬を優しく――妖しく撫でる。
それと同時に向けられる彼の笑みに、彼女の精神の最終防衛線に亀裂が走る。
そうして彼女はようやく理解した。
この提督はヤバい。これ以上関わると大変なことになる――
「ああでも、俺とお前の子供の母親になってくれるっていうなら――俺はとても嬉しいな」
――ただ、その判断をするにはもう遅かったのだが。
「なー白雪初雪よー。そんなにすごかったのかー? 今日の司令官」
「ええ。あれはもう、何というか……筆舌に尽くしがたいものでしたね」
「うん……あの司令官は……ヤバい」
「そ、そんなに……?」
「……叢雲ちゃん大丈夫かな?」
「きっと大丈夫ですよ! あの叢雲姉さんですし!」
セーラー服の集団――深雪・白雪・初雪・磯波・吹雪・浦波の六人が廊下をぞろぞろと歩いていた。
彼女らが向かっているのは提督と叢雲がいるであろう執務室である。
白雪と初雪の話を聞いて飛び出していった叢雲を心配して、その様子を吹雪型全員で一応見に行ってみようということになったのだ。
「大体、あの司令官が叢雲口説くとこなんかぜーんぜん想像できないよな」
「う、うん。でも、そんなことしたら、叢雲ちゃんものすごく怒りそう……」
「そうかな? 叢雲ちゃんそういうの結構喜びそうだけど」
「そーなー。あいつ表ではツンツンしてっけど、内心デレッデレになってそう。ちょっと面白そうだな」
「そんなこと……言ってられるの……多分、今のうち」
「はい……そうですね」
そうして恐々としている初雪と白雪を深雪が笑い飛ばしていると、彼女らの進行方向から何かが駆けてくるような音が聞こえてきた。
それの正体に真っ先に気づいたのは浦波であった。
「……ん? あれ叢雲姉さんじゃないですか?」
「あ……本当だ」
「どうしたんだろう? 廊下を走るなんて叢雲ちゃんらしくないね。おーい、叢く――」
手を挙げて呼び止めようとした吹雪達の横を、叢雲は脇目も振らず一目散に駆け抜ける。
両手で顔を覆いながらも器用に走り、そのまま彼女は吹雪達がやって来た方向へと走り去っていった。
「……ど、どうしたんだろう?」
「顔を覆ってましたけど……もしかして泣いていたのでしょうか?」
「いーや浦波。ありゃあ恥ずかしがってると見たよ。まさかあの叢雲がああなるとは……なるほど、こりゃ確かにちょっとヤバそうだ」
「どうしましょうか? 吹雪ちゃん」
「うーん……そうだね……」
顎に手を当て考え込む吹雪。しかしそれは数秒程で、彼女はすぐに頭を上げた。
「とりあえず、初雪ちゃんと磯波ちゃんと浦波ちゃんは叢雲ちゃんの様子を見てあげて? 私と白雪ちゃんと深雪ちゃんで司令官の所に行って事情を聞いてみよう」
「お、そうかい! じゃあ早く行こうぜ吹雪、白雪」
「あ、ちょっと深雪ちゃん待って、先に行かないでっ……叢雲ちゃんのことお願いね?」
「ん、分かった……」
「叢雲姉さんのことは任せて下さい!」
「き、気を付けてね」
「うん! じゃあ白雪ちゃん、深雪ちゃん、行こう」
「はい……少し、気乗りはしませんが」
「よしよしレッツゴー!」
そして吹雪・白雪・深雪は引き続き執務室へ向かっていった。
十数分後。
やはりと言うべきか、執務室に向かった三人は揃って顔を真っ赤にして自室に引きこもることになった。
加えて、それを目の当たりにした残りの三人も真相究明のため果敢に執務室に向かい、同じ末路を辿った。
かくして吹雪型は全滅した。
これが本当の芋づる式
今回はここまで
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