【デレマスss】工藤忍「親知らず」 (46)


元ネタ 親知らず/チャットモンチー

https://www.amazon.co.jp/生命力-チャットモンチー/dp/B000VJXBB0



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1475417683


忍「あいたっ!」


寮の食堂で晩御飯を食べている時、突然奥歯の奥に痛みを感じた。


穂乃香「どうしました、忍ちゃん?魚の骨が刺さりましたか?」


目の前で一緒にご飯を食べている穂乃香ちゃんが、心配そうに尋ねる。


忍「穂乃香ちゃん...今日の晩御飯ハンバーグだよ...」


穂乃香「あっ?そういえば、そうでした...」


この子はレッスンの時はキリッとカッコいいのに、それ以外では時々ぽわーっとしている。


まぁ、そこが絶妙に可愛くてずるいのだけど。



穂乃香「だとすれば、どうしました?虫歯とかですか?」


忍「かもね...うー、ご飯の後はいつも歯磨きしてるのに...やだなー...」


アイドルは歯が命だから気を使っていたはずなのに...。


プロデューサーさんに言ったらどんな反応するだろ?


『自己管理もできない忍はアイドル失格!』とか言われちゃったらどうしよう......。





嫌なことがあると嫌なイメージしか湧いて来ない。ぐるぐる嫌なことを頭の中で巡らせていると、穂乃香ちゃんがずいっと顔を近づけて言った。


穂乃香「忍ちゃん!あーんしてください!」


忍「へ?」


穂乃香ちゃんは特訓モード並みの真剣な顔。


てか、近い近い近い!!!こんなの周りの人が見たら変に思っちゃう!!


穂乃香「虫歯かどうか私が確かめて見ます!ほら、あーんしてください!」


こういう時の穂乃香ちゃんは何を言っても聞いてくれない。


私は渋々口をあーんと大きく開いた。


穂乃香「みたところ、虫歯はないようですね。すっごく歯並びもいいし、綺麗です」


うぅ//////褒められているのはわかるけど、恥ずかしい////


穂乃香「あっ!これは...」


意味ありげな反応をする穂乃香ちゃん。


忍「ふぁ?ふぁひぃはぁふぃふはっはほ?」


口を開けたままだと喋りにくい...というか顎が外れそう...。


穂乃香「奥歯の奥にちょこっと白いものが頭を出してます。これは...」


忍「ほへは?」


穂乃香「親知らずですね!」


偶然街でぴにゃこら太を見つけた時みたいに、キラキラした笑顔で報告してくれる穂乃香ちゃん。


確かに親知らずを生で見る機会なんてそうそうないもんね...。そりゃ嬉しいよね...。


でも、当人としてはすっごくブルーな気持ちです...。


###############

寮 忍の部屋

###############


部屋に戻り、鏡に向かって口を大きく開ける。


本当だ。右の下奥歯の奥にひょこっと歯みたいなものが頭を出している。


いつから生えてたんだろう?気づかなかったなぁ。


これって、歯医者さんに行った方がいいのかなぁ?


どうにも歯医者さんは苦手だ。


あのギュイーンとしたドリルも嫌だし、治療の間に口を開け続けるのも辛いし、こまめに通わないといけないところもやだ...。


抜歯後はすごく顔が腫れるっていうしね、それはアイドルとして死活問題!


うん!それだ!パンパンに顔が腫れたアイドルなんて、絶対にダメだ!


歯医者さんに行くのはやめておこう!!


別に、痛いからとか怖いからとかじゃないもん!






...まぁ、まだアイドル候補生なんだけどね...。



それにしても「親知らず」なんて嫌な名前。




ベットの枕元にある写真を眺める。


お母さんとお父さんとアタシの3人で撮った家族写真。


ぎこちない笑顔のお母さんと、真顔のお父さんと、仏頂面のアタシ。


アタシが上京する少し前、中学を卒業した後に撮った写真。



これよりさらに前、アタシがアイドルになるために東京の高校に行くって言って、お母さんとお父さんと大ゲンカした。


お母さんは泣いて、お父さんは怒鳴って、アタシは大暴れした。


結局地元の高校の試験は受けず、貯めてたお小遣いで東京の高校を勝手に受験して、合格通知をつきだしたら観念した。




でも、やっぱりこじれた思いはこじれたままで、絡まった絆を解かないまま、半ば家出みたくアタシは故郷を後にした。


そんなぐちゃぐちゃの中、それでも中学卒業の一生に一度しかない時だからと撮った写真がこれだ。


そんなこんなで田舎を飛び出し、夢溢れる東京に出てきたアタシだったけど、現実はうまくいかなかった。




新しい学校にはなじめないし、アイドルのオーディションは落ちてばっかり。


生活費と学費を稼ぐために始めたバイトはスケジュールがぎっしり。


あまりに辛くて、お母さん、お父さんに電話しようと何度思ったことか。


でも、やっぱり最後の通話ボタンが押せなくて。




毎日毎日泣きそうになる中、こんなぐちゃぐちゃの家族写真がアタシを支えてくれたっけ。


毎日毎日この写真を眺めて、頑張ろう負けるもんかって気合を入れてた。


そして、東京での生活にも慣れ、プロデューサーさんに出会い、アタシはアイドル候補生になった。


たくさんの仲間ができて、かけがえのない親友ができて、家族写真に頼ることもなくなった。


毎日『お母さん、お父さん元気かな?』って遠い空の下を思うこともなくなった。


その矢先にニョキッと顔を出したのが、この親知らず。


きっとこの痛みは私への罰なんだろう。


両親を傷つけたのにも関わらず、両親を思うことがなくなった、親不孝者の私への罰。


そう思うと、やっぱりこの親知らずは抜いちゃダメなんだと改めて思った。


###############

事務所

###############


忍「おはようございm」


デレP(以降、P)「忍!あーんして!」


事務所に着いた途端、プロデューサーさんがオカンの顔をしてアタシに言った。


忍「え?」


P「穂乃香から聞いたよ!親知らずが生えてきたんだって?ちょっと見せなさい!」


プロデューサーさんの後ろでは、『ごめんね』のジェスチャーをする穂乃香ちゃん。


何の気もない世間話のつもりで話したけれども、プロデューサーさんのオカンスイッチが思わず入ってしまったのだろう。


忍「プロデューサーさん、なんかオカンみたいだね」


なんとなく話題をはぐらかすために言ってみた。


P「あぁ?私はまだアラサー前半の乙女だよ」(ギロリ


しまった!逆効果だった!


プロデューサーさんの目が怖いので、観念して口を大きく開く。


ずいっと顔を近づけるプロデューサーさん。あっ、ファンデーション変わってる。


P「おー、ほんとだ。ちょこんと顔出してるねー」


昨日の穂乃香ちゃんと同じように、嬉しそうな顔のプロデューサーさん。


P「ただ、まっすぐ生えてるみたいだし、この分だと当分は大きくは痛まないだろうから差し支えはないかな」


ん?差し支えって何?ってポカーンとした顔をしていると。


P「忍!穂乃香と一緒に、アイドル昇格試験を受けてもらいます!」


穂乃香「忍ちゃん!一緒に頑張りましょう!」


文字通り口をポカーン開けたまま固まるアタシ。


えっ?昇格試験?アタシ、本当にアイドルになれるの?






ズキっと痛む親知らず。うん。アタシ、頑張るね。



###############

レッスンルーム

###############


それから試験に向けての特訓が始まった。


プロデューサーさんもそうだけど、穂乃香ちゃんがいつにも増して特に特訓モードだ。


アタシも負けじと、超特訓モードで頑張る!


休憩時間。思い出したように親知らずが痛む。


忍「穂乃香ちゃん?ちょっといい?」


穂乃香「はい。ストレッチしながらでよければ、どうぞ」


グイグイっと身体を2つに折り曲げる穂乃香ちゃん。


休憩中に話す内容ではないかとも思ったけど、やっぱり親知らずが痛むので意を決して聞くことにする。


忍「穂乃香ちゃんも上京組だよね?」


穂乃香「はい。私は仙台からです」


忍「あのさ、上京するときね、親とケンカとかしなかった?」


グイっと身体を折り曲げながら、目線をアタシに合わせて穂乃香ちゃんは応える。


穂乃香「私は、ケンカなどはしなかったです。心配はされましたが、私の思うままやりなさいと」


忍「そっか...いいね...」


ズキズキっと疼く親知らず。


アタシはどういう応えを期待していたんだろう?


そのまま言葉を繋げられずにいると、穂乃香ちゃんはアワアワし始めた。


穂乃香「あのですね、私の場合は、バレエで行き詰っていて、それで、落ち込む私を両親が見てて、それで」


穂乃香ちゃんはアタシが半ば家出少女だということ、まだ親と和解できていないことを知っている。


頭の中の言葉を必死に探して、かけるべき適切な言葉を探しているのだろう。


最適な言葉を選べないまま、アワアワあわてふためく穂乃香ちゃん。


不器用ながらもとても優しい子。アタシはやっぱり素敵な親友と出会った。




そんな子を困らせた罪悪感を紛らわすよう、できるだけ明るくアタシは言った。


忍「やっぱ変なこと聞いてごめんね!よーし!レッスンに戻ろう!絶対、試験合格するんだからね!!」




ズキっ。痛むのは、親知らずかアタシの心か。



###############

公園

###############


ある日の日曜。


超特訓モードだったアタシだけど、プロデューサーさんに無理やりお休みを取らせられた。


朝10時に公園に待ち合わせをして、今はカフェでお茶をしている。


忍「むー」(プクー


P「忍、可愛い顔が台無し。ふくれっ面してないで、ほらケーキでもお食べ」


ニコニコケーキを差し出すプロデューサーさん。


もう子供じゃないんだし、その手には乗るもんか!


忍「試験に向けてやる気マンマンだったのに、どうしてアタシだけお休みさせられてるの?」


P「だから言ったじゃない。忍はおとなし目の可愛い顔して、意外に猪突猛進パッションタイプだからね」


P「無理しすぎて怪我でもしたら、元も子もないでしょ」


うぅ、なんかその言い方だと、アタシが加減の知らないおバカさんみたいじゃん...。




親知らずが痛む。あぁ、確かにここにいる経緯を考えれば、そうなるのか...。


でも、まだ納得いかないことがある。


忍「穂乃香ちゃんだって、ずっと特訓モードだよ。休ませなくていいの?」


P「あの子はあぁ見えて、きちんと自分の身体をモニターしながらレッスンしてるよ」


P「自分の限界を理解して、そのラインは絶対に超えないようにレッスンしてる」


P「あと、身体のケアも丹念にしてるし。流石、バレエで有力選手だった子だ」


知らなかった。レッスンの取り組み方、毎日の身体のケア。アイドルにはそういうことも大事なんだ。


上京する前にアイドルについてたくさん調べたつもりなのに、まだまだアタシの知らないことばかりだ。


忍「わかった。今度、穂乃香ちゃんにいろいろ教えてもらうから」


ひょいっとプロデューサーさんからケーキを奪い、ガツガツと食べる。


P「ケーキを勧めた私が言うのもアレだけど、試験までにスタイルの管理もするんだよ!」


忍「ちょ!それひどくない!?もうまるまる1個食べちゃった!」


P「なぁに、それくらい明日のレッスン量を増やせばなんてことはないよ」


そんな風にカフェでまったーりしてると、窓の外で泣いている5歳くらいの女の子見えた。


忍「プロデューサーさん。あの子」


P「あぁ、迷子かな?よし、お店でよう」




お店を出て、早歩きで女の子に近づく。


ひょいっとしゃがんで、女の子に目を合わせる。


忍「こんにちは!」


女の子「うえええええぇぇぇぇぇ」


忍「どうしたの?お母さんとはぐれちゃった?」


女の子「うえええええぇぇぇぇぇお母さあああああああああん」


忍「ねぇねぇ。どの辺から来たの?」


女の子「お母さあああああああああんどこおおおおお?」


やれやれ。全然話できないや。


えいっと、両手で女の子のほっぺを優しく挟む。


忍「こんにちは!お姉ちゃん、工藤忍っていいます!キミをお母さんのとこに連れてってあげるから、お姉ちゃんの言うことを聞いてください」


ねっ☆とアイドルスマイル。


笑顔の練習しといてよかった。女の子はグズってはいるけど、なんとか泣き止んでくれた。


母親「ありがとうございました...本当になんとお礼していいか」


忍「お礼なんていいですよ。アタシも娘さんとおしゃべりできて楽しかったですし。ねー」


女の子にウインクをすると、嬉しそうに女の子はウインクを返してくれた。


女の子「うん!楽しかった!またねー!」


お母さんに連れられながら、こっちを向いてブンブン手を振る女の子。


バイバイって手を振り返す。


あっ、親知らずが痛んだ。


親子と別れて手持ち無沙汰になったので、プロデューサーさんと2人で公園をぶらぶらお散歩。


P「いやー驚いたよ。泣く子を黙らせて、個人情報を聞き出すなんて」


忍「ちょっとその言い方やだ!」


すまんすまんとケタケタ笑うプロデューサーさん。


ズキズキっと痛む親知らず。



忍「あのね、小さい頃はアタシ、やんちゃだったんだ」


P「うん。今もだけどね」


忍「もう!ひどい!」




さっきの女の子見てたら思い出しちゃった。


アタシが小さい頃。お母さんと2人で行った、スーパーからの帰り道。


たいていお母さんは知り合いと会って、井戸端会議をしだすんだ。


暇なアタシはキョロキョロと周りを見渡して、


遠くに可愛い猫なんてみつけると、お母さんの手を離してダッシュでかけて行って、


いなくなったことに気がついたお母さんが、必死でアタシを探す。


見つかったら怒られて、


怒られるのがわかってるのに何度も同じことを繰り返して。




忍「思えば、随分遠くまで来ちゃったもんだね」


もうここまでくれば、怒りに来ることもできないよね...。


ボソッと呟いたアタシの独り言は、秋の風に飛ばされ掻き消えた。


広い公園をあてもなくぶらぶら歩く。


プロデューサーさんの歩幅は広くて、アタシは早歩きで隣を歩く。


それがなんだか懐かしくて、親知らずが痛んで、アタシは不意に尋ねてみる。


きっとプロデューサーさんは応えに困っちゃうだろうな。


忍「ねぇ?プロデューサーさん?」


P「ん?どした?」


忍「例えばの話ね、プロデューサーさんがお腹を痛めて産んだ可愛い可愛い一人娘がいるとします」


忍「プロデューサーさんは、その子を目に入れても痛くないくらい可愛がるの」


P「失礼な!私はまだそんな歳...でもないこともないか」


P「周りの友達は結婚して子供を産んだ子もいるしあぁ来月また結婚式があるんだったきっと幸せそうな顔で幸せのおすそ分けみたいなこと言うんだろうなちくしょうみんな私を置いて行って幸せになるんだ」


プロデューサーさんがブツブツと呪いの言葉を吐き始めた。あぁ、なんか地雷踏んじゃったかも...。


忍「プロデューサーさん!例えばの話ね、例えばの話!」


P「あぁ、ごめん。アラサー中盤戦に差し掛かる乙女にはタイムリーな例えだったから...」


そう言って笑顔を作ろうとするプロデューサーさんの顔はぎこちなくて、


プロデューサーさん...いつか、いい人が見つかるといいね...。


忍「でね、そんな娘が夢を見つけたって言って、プロデューサーさんを捨てて遠いところに行っちゃうの」


忍「プロデューサーさんが泣いて怒って反対しても、全然言うことを聞かなくて結局家出しちゃうの」


忍「そんな娘に、プロデューサーさんはどうする?」




プロデューサーさんは立ち止まって、少し考える。


例えるまでもなく、誰のお話かは一目瞭然。


応えを待ってるアタシの奥歯の奥、やっぱりズキズキ痛む。


P「三日三晩泣く。喚く。暴れる」


返ってきた応えに、やっぱり親知らずは疼いてアタシに痛みを与える。


そうだよね。そうなるよね。


こんなことを聞いて、こんな応えが返って来ることなんて分かっていたのに。


やっぱりアタシはブルーになる。




P「でも、4日目には娘を応援するよ。毎日無事を祈って、幸せを祈って、電話の着信を気にして、名前をググる」


プロデューサーさんの顔を見ると、ニコッと満面の笑みだった。


P「可愛い娘だもん。当たり前だよ」


あぁ、この笑顔。


ブワッといつか見た光景がアタシの目の前に広がる。




運動会で一等賞が取れなくて、悔しがるアタシの頭を撫でてくれた。


学校で悪さをすると、一通り叱った後に抱きしめてくれた。


お誕生日には、美味しいケーキを作ってくれた。


学芸会で、ビデオ片手に必死にいいアングルを探してた。


成績が上がると、ご褒美に美味しいハンバーグ屋さんに連れて行ってくれた。


夏休みには旅行に行って、冬休みには雪だるまを作って、春休みにはピクニックに行った。




夢を反対されて、喧嘩して、


上京してから思い出す二人の顔は暗い顔が多かったけど、


記憶の奥の奥は、笑顔の二人ばっかりだ。




プロデューサーさんの顔が、笑顔から少し迷った顔に変わって、それでアタシに優しく言った。


P「今更言うとね、忍のオーディションは合格点をけっこう大きく下回ってた」


P「私以外の審査者の点数はね」


忍「え?」




初めて聞く事実。


おどろくアタシに、プロデューサーさんは言葉を続ける。


P「工藤忍には、他の子を圧倒する魅力はないってさ。もしかすると磨けば光るかもしれないけれど、そんなリスクをとるのはウチの方針ではないって」


P「私はあの時ほど、目の前の成功しか見えていない、未来のない盲目ジジイどもに絶望した時はなかったよ」


P「今すぐ退職願を叩きつけて、忍と一緒に新しい就職先を探そうかと本気で思ったくらい」




出来るだけアタシが傷つかないよう、柔らかく優しくプロデューサーさんは言葉をつなぐ。


P「私は忍の真っ直ぐさ、覚悟に惚れた。んで、満点をつけたらギリギリ合格点を超えて、ジジイどもに説教された」


P「私はありったけの熱意を込めて、ジジイどもを黙らせたよ」


P「今のところそれが、自分の誇れる仕事のナンバーワンだ」


知らなかった。アタシのオーディションにそんないきさつがあったなんて。


P「忍の頑張りを見るたび、確信するんだ。この子は絶対にいいアイドルになるって」


P「忍を見てると無性に応援したくなる。私も頑張ろうって勇気をもらえる」


忍「プロデューサーさん...」


どうしようもなく、心があったかくなる。


アタシ、こんなにプロデューサーさんに思ってもらってたんだ。


P「忍はいい親御さんに、愛情たっぷりに育ててもらったんだなって思うよ」


P「だからね、大丈夫だよ」


プロデューサーさんには、全部お見通しなんだね。


気がつけば、頰をあたたかいものが伝っていた。


P「おっ?感動した?私いいこと言った?」


得意げに茶化すプロデューサーさん。


なんだか悔しいので、正直に応えるのはやめておくことにしよう。


忍「違うよ。親知らずが疼いて痛いの」



################

試験会場 控え室

################


そしてとうとう試験の日。


大袈裟かもだけど、今日でアタシの運命が決まるんだと思うと、身体の震えが止まらない。


夢を願って、育てて、それを掴むために大事なものを捨てて。


そんないろいろは全部、今日のためにあったんだと思う。




カバンの中から写真を取り出す。


ずっと枕元でアタシを見守ってくれていた家族写真。


ボーッと写真を眺めていると、いきなり肩を叩かれた。


忍「うわあああああ!!」


穂乃香「ごっ、ごめんなさい!驚かせてしまって!」


忍「はぁはぁ。うん、なんか、こっちこそ、ごめんね」


穂乃香「いえいえ、こちらこそごめんなさい」


穂乃香「それ、写真ですか?」


忍「うん、家族写真」


穂乃香「わぁ。見てもいいですか?」


ぱぁぁと明るい笑顔でお願いする穂乃香ちゃん。


あまり他の人が見て心が豊かになる写真ではないけど、穂乃香ちゃんがあまりにも見たそうなので見せてあげる。


忍「はい。3人ともひっどい顔でしょ」


穂乃香「いえ、確かに3人とも楽しい笑顔ではないですが、いい写真だと思います」


穂乃香「お母さんの優しさ、お父さんの真面目さ。それぞれを受け継いだ忍ちゃん」


穂乃香「こんなに素敵な忍ちゃんのご両親です。素敵な人なんだって、よくわかります」


穂乃香「本当に忍ちゃんが忍ちゃんの両親から産まれてきたんだなって、よくわかります」


忍「なにそれ、当たり前だよ」


間の抜けた穂乃香ちゃんの言葉に、自然と笑みが出てくる。


でも、穂乃香ちゃんの言いたいこと、伝わったよ。


P「おおおおおおおおおまえらじゅ、じゅんびはいいか?」


穂乃香ちゃんとお喋りしてると、青い顔したプロデューサーさんが部屋に入ってきた。


穂乃香「はい!問題ありません!」


忍「てか、プロデューサーさんの方が大丈夫?顔色悪いし、目の下のクマ...」


P「いやね、昨日の夜は緊張で寝れなくて。今もチョー胃が痛い...」


穂乃香ちゃんとお喋りして緊張は和らいだけど、プロデューサーさんを見てるともうそんなの完全に消えちゃった。


まさかプロデューサーさんこれを見越して演技を...ってそりゃないか。ロクにメイクもできてないしね。


忍「プロデューサーさん、そんなんじゃ困るよ。今日は、アイドル綾瀬穂乃香と工藤忍の記念すべきファーストステップなんだから!」


穂乃香「はい!しっかりしてください!」


P「うぅ...眩しい...眩しいよアンタたち」


忍「よーっし!行きますか!」


穂乃香「はい!頑張りましょう!」


プロデューサーさんと穂乃香ちゃんとハイタッチして控え室を後にする。




ズキズキッ!


もうすっかり慣れてしまった、親知らずの痛み。


うん、大丈夫。


工藤忍、頑張ります!



################

事務所

################


昇格試験が終わって翌日、正午の結果発表まであと5分。


穂乃香ちゃんとアタシは、ソファーに座ってプロデューサーさんを待つ。


穂乃香「あの、忍ちゃん。その、貧乏ゆすりが...」


忍「うわっ!ごめん、なんか落ち着かなくて」


胃がキューって縮む。喉がカラカラだけど、水を口にすることさえできないほど。


頭をがーって掻きむしりたい気持ちを我慢する。アイドルだもんね。


そんなアタシと対照的に、穂乃香ちゃんは落ち着いてる。


忍「穂乃香ちゃんは、わーってならない?この空気?」


穂乃香「確かにドキドキはします。でも、全力を出し切った結果ですので、どうであれ受け止められると思います」


そう言って、ニコッと微笑む。


すごいなぁ、きっと穂乃香ちゃんは何回もこんな場面を乗り越えてきたんだ。


アタシも負けてらんない。キューキュー縮む胃を無視して、優雅に微笑みを。


忍「うん、そうだね。アタシたち、ゼッタイにぎょうきゃく!」


忍「...」


穂乃香「...」


噛んだあああああああああああ!




穂乃香「緊張とか不安とか、表に出さないようにするのは逆効果だって昔習いました。貧乏ゆすりを少し弱めて欲しかっただけで、無理する必要はないですよ!」


ぐぬぬぬぬぬぬ。いつか、穂乃香ちゃんみたいに心が豊かなアイドルになってやる!


穂乃香「私も緊張や不安を感じてないように見えるかもしれないですが、ほら」


すっと、穂乃香ちゃんがアタシに掌を見せる。


穂乃香「流石に、手汗まではコントロールできないですね。まだまだ精進しないと」


確かに、穂乃香ちゃんの掌は少しじとっと湿っているようだった。


穂乃香「今回は忍ちゃんが一緒ですから、絶対に二人で合格しないと嫌だって思うと///」


ホンネで話すのが恥ずかしいのか、少し耳が赤くなる穂乃香ちゃん。


何この可愛い生き物!


思わずぎゅっと穂乃香ちゃんの手を握る。


穂乃香「きゃっ!忍ちゃん、私の手は汗で...」


忍「ゼッタイ!ゼッタイ二人で合格しようね!ねっ!」


今更気合いを入れ直してもどうしようもないけど、願掛けのように穂乃香ちゃんの手を握ったままブンブン腕を振る。


一時のハイテンションが収まり、冷静になった頃、プロデューサーさんが思いっきりドアを開けて入ってきた。


って、えっ!プロデューサーさんベロベロ泣いてる。メイク全部落ちてる!


P「おは...よう...あのね...試験ね...二人ともね...」


しゃくりあげてもう言葉になってない。


これが喜びの涙か、悔しさの涙か困惑していると、








P「合格だああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


プロデューサーさんが絶叫した。


P「本当に、申し訳ないと思っています...」


私たちの目の前で、土下座しそうなくらいの勢いで謝るプロデューサーさん。


P「アンタたちが喜ぶ場面なのに、私がベロベロに泣いてしまったばかりに喜ぶタイミングを逃させた罪は重いと自覚しております」


何かの会見のように、うつむいてボソボソ謝罪をするプロデューサーさん。


穂乃香「そっ、そんな。私たちのこと、そんなに喜んでくれるなんて嬉しいです」


穂乃香ちゃんが必死にフォローするけど、プロデューサーさんはまだブツブツと誰にあててるかわからない謝罪の弁を繰り返す。


忍「そうだよ、プロデューサーさん。だから笑って、ね」


ギューっとプロデューサーさんを抱きしめる。


あぁ、人の温もりって、こんなに温かかったっけ?


穂乃香「わっ、私も!えいっ///」


結局、最後は3人でぎゅっとして、気の済むまで泣いちゃっていた。


################

女子寮 忍の部屋

################


アタシと穂乃香ちゃんが正式にアイドルになって、数週間がたった。


季節はすっかり冬になり、外ではクリスマスソングなんて流れている。


アイドルになってもアタシの毎日は変わらず、学校に行って、レッスンをして、穂乃香ちゃんとプロデューサーさんとお話しして、部屋に帰って。


でも、そろそろお仕事が取れそうだとプロデューサーさんが鼻息荒くしてた。


初めてのお仕事、楽しみだなぁ。


変わらないことといえば、親知らずは抜いていない。


アイドルになった事を両親に伝えようと思ったけど、結局勇気が出ずに伝えられなかった。


アイドルとしてきちんとスケジュールを埋められるようになってから、両親には電話するんだ。




だから、時々痛むアタシの罰ともう少しだけ一緒にいることにする。


今はこの家族写真で十分だ。


そうやって、アタシはまた予定を先送りにする。



ピンポーン。


部屋のチャイムが鳴る。誰だろう?お休みの朝に。


ピンピンピンピンピンピンポーン。


ゆっくりと布団から出ていると、チャイムの音が急かしてきた。


忍「はいはーい、今出ますよー」


ガチャっと開けると、知らない子が2人で段ボールを持っていた。




???「白猫ヤマトですが、工藤忍サンの部屋はここカナ?」


フード付きのパーカーを着た子が、悪戯な笑顔で尋ねる。


訳がわからなくてポカーンとしていると、フードっ子の向かいのポニーテールの小ちゃい子がこれまた可愛い笑顔で挨拶をする。


???「白猫ヤマトですが、工藤忍さんの部屋はここ?」


忍「...あ、はい」


アタシが返事すると、2人は嬉しそうに応えた。


???「ふー、重かったよー。あっ、白猫ヤマトっていうのは嘘で、柚は喜多見柚だよ☆」


???「白猫ヤマト大作戦成功だね!あずきは桃井あずき☆」


柚・あずき「「新しいアイドル候補生です!よろしくお願いします!!」」


ペコリと頭を下げる2人、知らない子だと思ったらどうやら新人さんらしい。


忍「こっ、こちらこそ、よろしく。アタシは工藤忍!」


ということはアタシが先輩かぁ...なんかいいね先輩って...。


柚「で、その段ボールの中身は何カナ?結構重かったから、食べ物だと思うんだ☆」


あずき「いい匂いもしてたしね、これは果物だと思う♪」


おすそ分けを期待してるのか、キラキラした目で段ボールの中身を気にする2人。


お生憎様、アタシの知り合いには果物を送ってくれる人なんて...。






...まさかっ!






送り主の名前を確認する。心臓がドクっと跳ねる。親知らずがズキっと暴れる。


その場に段ボールを置き、ダッシュでカッターを見つけ、蓋を開ける。






中にはたくさんの林檎と、その上に一通の手紙と可愛いリボンが置いてあった。




あずき「うわー!すごい!林檎がいっぱい!おいしそー!!!」


近くにいるはずなのに、あずきちゃんの声が遠くに聞こえる。


柚「あずきちゃん、ここは退散しよう」(ボソッ


そして、遠く遠く。ドアの閉まる音がした気がした。






1人っきりの静寂、シーンという音が聞こえる。


この手紙、リボン、林檎、お母さんとお父さんからだ!


ようやく頭で理解することができた瞬間、アタシは玄関にペタリとしゃがみこみ、


溢れる涙を堪えきれずに、1人で大泣きした。




忍へ


プロデューサーさんから聞きました、アイドルになったそうですね。おめでとう。


ご飯はきちんと食べられていますか?


身体を壊してはいませんか?


友達はできましたか?


背は少し伸びたでしょうか?


髪型も服装も変わりましたか?


あなたに聞きたいことはたくさんあるけど、なかなか電話ができずにいました。


そんなとき、プロデューサーさんからお手紙が来て、あなたが頑張っている事を教えてもらいました。


それを読みながら、2人で話し合いました。忍の夢を応援しようって。


ずっと2人で後悔してたんです。あなたが出て行く日、笑顔で「行ってらっしゃい」って言えなかったこと。


いつかあなたが青森に帰って来てくれる日が来たら、今度は笑顔で「おかえり」って迎えます。


厳しい世界だとは思いますが、頑張りすぎないようにしてくださいね。


林檎、プロデューサーさんやみんなと食べてください。


リボン、あなたに似合うかなと思って送りました。気に入ってくれたら、嬉しいです。



父・母より



手紙が涙で濡れないよう、ぎゅっと抱きしめる。




お母さん、お父さん。


アタシ、話したいことたくさんあるよ。


寮のご飯は美味しくて、部屋もすごくいいところだよ。


背は少し伸びたけど、髪型も服装も変わってないんだ。


授業もほとんど寝ずにきちんと受けてるよ。


お姉ちゃんみたいな優しいプロデューサーさんと出会えたよ。


一緒に頑張れる親友もできたんだよ。


上京したてのときは寂しくて、ひどい顔の家族写真に励まされてたんだ。






上京する前、ひどいこと言ってごめんなさい。


2人の思いに気がつかなくて、ごめんなさい。


電話しようと思っても、勇気が出なくてごめんなさい。






アタシを産んでくれてありがとう。


アタシを育ててくれてありがとう。


アタシ、2人の子供で本当に良かったです。



今度はすんなり押せた通話ボタン。


コール音がひとつ、ふたつ。


伝えたい想いが溢れすぎて、拾いきれなくて、


電話がつながった瞬間、アタシは変な事を話してた。


忍「お母さん、アタシね、親知らずが生えたんだ」




E N D



終わりだよ~(AA略


何番煎じかわからない忍の上京ネタですが,久しぶりに「親知らず」を聞いたら降りてきたものがあったので殴り書きしました。




フリルドスクエアに声がついて,ツアーとかで東北ライブできるときとかくればいいのに・・・

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom