千川ちひろ「3週間以内に1人もスカウトできなかったらクビです♪」 (31)

・『アイドルマスター シンデレラガールズ』のSSです。

・世界観はアニメ準拠ですが、他の世界観の要素も含まれております。

・地の文です。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1475251621

「……は?」

突然の死の宣告に僕は困惑した。

「いや、ちょっと待ってくださいよ。めっちゃ会社のために仕事してたじゃないですか……」

「じゃあ聞きますけど、どんな仕事しました……?」

僕の反論に死の宣告をした緑の事務員は疑問を投げつけてくる。
それなら答えは簡単だ。

「ほら、事務仕事とかかなり頑張ってたじゃないですか」

「ほら、じゃないですよ!あなたはプロデューサーとしてこの美城プロダクションに雇われているんですよ!?そりゃ、私の仕事は減っているので助かってはいますけど……それはプロデューサーさんの仕事ではありません!」

ぐぅ……!
ぐぅの音も出ないレベルで論破されてしまった。
だが、このまま引いてしまったら本当に仕事がなくなってしまう。
僕は冷静に次の言葉を紡いだ。

「ですが、スカウトと言ってもいつも他の人に先を越されてしまうじゃないですか。どうしようもないですよ、ハッハッハ!」

完璧だ。実際、ラクロスのラケット背負った美人さんを見かけたときも、身長がかなり高い低音ヴォイスの先輩プロデューサー(通称デカブツ先輩)が目の前でスカウトしてしまったりしている。

「ではこの近辺でなければいいんですよね?わかりました。経費で落とすので出張してアイドルの卵をスカウトしてきてください。」

「……は?」

ナニヲイッテイルンダコノヒトハ。
僕はすかさず反論する。

「そんなすぐに出張なんてできませんよ、色々ありますし……」

「その辺は考慮します。ですので一週間後、静岡、仙台、愛媛の何処かを選んで行ってきてください。少なくとも346の社員とはその日程でブッキングすることはありませんので」

完璧だ。流石千川さん、僕が言い返したことを解決した上で尚且つある程度の言い訳をできないような状態にされてしまった。これは完全にお手上げ侍ですね、ご愛読ありがとうございました!

〜〜〜

ーーそして、その一週間後。

僕は静岡にいた。何故静岡かというと、せっかく経費なのだから一番行ってみたい場所にしてみただけである。水族館に行きたかったんだ……。

とはいえ、諦めたわけではなく、出張までの一週間でスカウトのノウハウを先輩プロデューサーたちに聞いてきた。


例のデカブツ先輩曰く、
『スカウトのノウハウですか?そうですね……上手く言葉が出てこないのですが、おそらく世間で言うナンパのようなものでしょうか』

チャラチャラした雰囲気のサングラスかけたいかにもヤのつく人のような先輩プロデューサー(通称チンピラ先輩)曰く、
『あ?スカウトォ?そんなんナンパだよ、ナンパ!可愛い子チャンを引き込むんだからナンパのようなもんだ!でもお前、どう見てもどうt』

つまり、ナンパらしい。
チンピラ先輩が最後に何を言おうとしたのかは知ったことではないが、どんなものかとわかれば勉強しようがある。

そこで用意したのがこの"これでキミもモテモテ!?ナンパの極意-初級編-"である。流石に最初から上級編から読めないな、と思っていたのだが、どうやらこのシリーズ、上級編が一向に出ないらしい。つまり実質これが全ての極意と言っても過言ではないだろう。


さて、じゃあまずは水族館へ行こう。別に自分の娯楽を優先しているわけではない。あくまでアイドルの卵を探しに行くだけだ。決して水族館ヒャッホーウ!だなんて思ってはいない。
……ペンギンプール、楽しみです。

〜〜〜

そして出張は最終日を迎えた。

正直なところ、舐めていた。ナンパの極意を活用しているはずなのに「えっ、やだキモーイ」だとか、「うわーなにあれクスクスー」だとか、散々である。こっちから願い下げだよちくしょう(涙目)。

僕はニートになってしまうのだろうか。そんな憂鬱な気持ちで歩いていたときに確かに見た。

「身体のあるクラゲが歩いてる……」

「……流石に見たことも話したこともない人間にこんな失礼極まりないことを言われるとはね」

いや人だった。オレンジ色の髪の毛から黄色い髪の毛が触手みたくなっているように見えるが、あれは確かに人だった。

しかしこの少女、美少女である。もしかしなくともこれは運命の出会いなのだろうか。
僕は気を改めて"ナンパ"を始めた。


「へいへーい。お嬢ちゃんひとりー?僕とお茶しなーい?」

「……は?」

威圧された。何を間違えたのだろうか。まさかあの本は偽物だったのか……?ちくしょう変なもん掴ませやがって!

「……もしかして、それは俗に言うナンパというものなのかい?だったら貴方には不向きだ、やめたほうがいい。あまりにも棒読み過ぎてボクも反応に困ったぞ……」

「え゛っ」

なんということだろうか。今まで失敗していたのは僕の技術が足りていなかったらしい。ごめんなナンパの極意……僕が悪かったよ……。

「更に言うが、その台詞自体が駄目な男の典型的な一例だってボクは思うよ」

「え゛っ!?」

やはり偽物だった。ナンパの極意なんてクソ喰らえである。……良く考えれば上級編が出ない時点で怪しかったじゃないか。

だが、ここで諦めてしまっては僕の社会的人権が地に落ちてしまう。それにここまでの美少女はほとんどいない。尚且つ、この攻撃的なファッションセンスとボクっ娘、こんな娘を見逃すのは正直惜しいと思う。
僕は話を続けた。

「いえ、その、すみません……。コミュニケーションというものが不慣れでして……」

「安心していいよ、初対面で身体のあるクラゲと言われた時点で察していた。それで、ボクを"ナンパ"しようとした理由は何?見たところ、貴方はそのような人間では無さそうだけど」

やべえ、最近の子供ってみんなこうなの?変な大人に騙されたりしない?今は僕が完全に変な大人だけど。
とはいえ話を聞いてくれそうだ。

「実は、僕は美城プロダクション アイドル部門でプロデューサーをやっている者です。あ、これが名刺です」

「……美城プロダクションというと、あの高垣楓が所属している会社?ボクはそういった流行り物には疎いが、それでも知っているようなアイドルが所属しているのかい?」

「はい。とはいえ、僕にはまだ担当アイドルがいません。そこで、貴女をスカウトしようかと」

「……そう簡単には信じられないね、ボクがアイドルとしてスカウトされる理由も理解らないし、貴方には担当アイドルがいない。確かめようがないじゃないか」

そりゃそうだ。ウチの会社を検索しても担当のいない僕の名前は決して出てくることはないだろう。……あれ、これどうすればいい?

「……実は僕、この出張で一人もスカウトできなければクビになってしまうんですよ」

もう正直に話すことにした。職がなくなることに比べれば、子供に自分が社会で失敗しそうなことを話すくらい安いものである。最悪スカウトできなくても一度恥をかくだけだ。

「……それで?だからたまたま出会ったボクをスカウトするの?それはあまりにも不合理で不条理だ。全ての物事に理由を求めるわけではないが、明確な理由はあるのかい?」

それなら簡単だ。今話していて更に理由が増えたまである。

「……言い方はどうかと思いますが、おそらく一目惚れですね。最初はクラゲだの言いましたが、貴女はカッコよくて可愛らしい。そして、今話していて理由が増えました。この出張で初めて僕の話をマトモに聞いてくれた優しい少女を輝かせてみたい。何より……いえ、これはまだ推測ですが、貴女の求めているであろう非日常へ連れて行きたい。など、ですかね」

「……驚いた。もしかして、キミも"痛いヤツ"だったりするのかい?」

「いえ全く。僕そういうの卒業しましたのでホントに」

「えっ即答?」

あまりにも即答したので困惑している目の前の少女がなぜ非日常を求めているのではないか、と思った理由なのだが、先ほども言ったように推測だ。

まず、今は17時半、とっくに学生が下校しているであろう時間だ。
そしてここは沼津駅前、静岡でも割と都会のほうだ。そんな場所で一人でいるということは、おそらくクラスメイトとは一線を引いているのだろう。
最後に彼女の言動。明らかに普通の日常を求めていたら身につくような言葉の選び方をしていない。

以上の曖昧な理由から推測したため、外れていたら赤っ恥である。


「……まぁいい。その、偶像……"アイドル"の件について詳しく聞かせてもらっていいかい?キミがプロデューサーとして共にいてくれるのなら退屈しないかもしれない。そう思えたんだ」

「本当ですか?ありがとうございます!では、そこの喫茶店でいいでしょうか?」

「ああ、構わないよ」

やった!首の皮一枚繋がった!クビだけにね!
……寒い?うるさいよ僕はボキャブラリーが常に寒いんだ。我慢してもらう。

僕は彼女にアイドルとはどんなもので、どのようなことをするのか話した。

「……といったものです。どうでしょうか?」

「……うん、やってみる価値はありそうだ。確かに非日常が待っている気がするよ」

彼女は僕の話をしっかりと聞いてくれた。その上でこの話を受けてくれた。

……ところで、名前をまだ知らない。

「あの、名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「ボクはアスカ、二宮飛鳥。スキに呼んでくれ。キミとボクの出会いが、これからどのような非日常となり、いつかの日常となるのか楽しみにさせてもらうよ」

「ええ、これからよろしくお願いします。二宮さん」

ーーーこれが僕と二宮さん……二宮飛鳥との出会いだった。

〜〜〜〜

「ところで、この件はボクの家族にも話すのだろう?ボクからも話すけど、キミのことは検索しても出てこないから信憑性が欠けてしまうんじゃ……」

「えっ、あっ……。そ、そうだ!……もしもし千川さん?実は……」

その後、千川さんに急いで静岡に来てもらい、二宮さんの家族に説明をしてもらった。千川さんは事務員の中でもかなり偉いほうなので検索すれば出てくるため、信憑性のほうも問題がなかった。

結果、二宮さんの家族も話を聞いてくれて、
『飛鳥のやりたいことなら俺は背中を押すまでだ』と父上氏、
『心配ではあるけれど頑張って欲しい。応援してる』と母上氏。
晴れて二宮さんはアイドルになることが決まった。

二宮さんは後日、346の所有する女子寮に来ることになったようだ。昨日の今日でこちらに来れるはずがないから当たり前である。
僕たちは二宮一家に別れを告げ、東京へ帰ることとなった。

「……プロデューサーさん」

「何でしょうか千川さん」

二宮さんの家から出てすぐ、千川さんが声をかけてきた。僕がスカウト成功させたことを喜んで褒めてくれたり?

「今回の私の交通費、プロデューサーさんの給料から天引きさせていただきますね」

「え゛っ!?そんな!」

「当たり前です!急なことだったので経費出なかったんですよ!?ウチの会社は事務員への経費はかなり厳しく申請がないと出ないんですから!!」

……クビにはならなかったが、前途多難である。

とりあえず終わりです。
スカウトしたアイドルが飛鳥なのは完全に僕の担当だからです。
続くかもしれないので、書いたら新しいスレにて。

ありがとうございました、ではまた。

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