佐城雪美「ハーモニカのお兄さん」 【ウルトラマンオーブ×シンデレラガール】 (53)


―――1日目

 のどかな初夏の公園。

 緑の葉を青々と茂らせたイチョウの木々が敷地内を隠すように並び立っている。
 遊具は狭い砂場と錆の色が目立つブランコのみ。ひとけもなくひっそりとしたこの場所は、都会の中の隠れた秘境のようだった。

 その入口から少女がひとり入ってきた。足元には纏いつくようにして歩く黒猫が伴われている。
 少女は辺りをゆっくり見回して人がいないことを確認すると、猫と共にベンチに向かい、ちょこんと腰掛けた。

 静寂の中に流れ出すハーモニカの音。
 二音が混じり、細く小さく、たびたび途切れる拙い音。

 演奏が止まる。
 はあ、と、これまた小さな溜め息が落ちた。



※ウルトラマンオーブ×シンデレラガールのSSです

※オーブの世界に346プロがあるという設定です

※時系列的には、6話「入らずの森」と9話「ニセモノのブルース」の間という設定です

※雪美ちゃんは[マーチング☆メロディー]の際の設定と似ていますが、背景的には別という設定です
(同じにするとキャラの心情的に無理が生じてしまうという感じです)

※主な登場アイドル
佐城雪美(10) 佐々木千枝(11) 橘ありす(12)

http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira120731.png


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1474813850


―――大気圏外、惑星侵略連合の宇宙船

メフィラス星人ノストラ「さて、会議を始めよう」

メトロン星人タルデ「我々の地球侵略を実現のものとするにはウルトラマンオーブの抹殺は必要不可欠」

ナックル星人ナグス「んなこたぁ分かっている。どうやるかが問題って話だ」

タルデ「こういうのはどうだろう。宇宙ケシの実を使ってオーブを暴走させるのだ」

ジャグラー「フフッ……」

タルデ「何がおかしい」

ジャグラー「奴はそんな安い罠に引っ掛かるタマではありませんよ」

ナグス「フン。なら正面突破だろ。俺のブラックキングで粉砕してやる」

ジャグラー「その自信が空回りにならなければいいんですがねぇ」

ナグス「何……!」

ノストラ「随分奴の肩を持つじゃないか、ジャグラー。それなら君に何か良い案があるというのかね?」

ジャグラー「フフッ。いえ、新参者はまず見守らせてもらうとしますよ」

ナグス「ケッ。なら余計な口出しすんなってんだ」


ノストラ「よし。レギュラン星人ベンゲル!」

 ノストラが声を張り上げると、廊下の奥からレギュラン星人が現れた。

ベンゲル「お呼びでしょうか、ドン・ノストラ」

ノストラ「宇宙一の嫌われ者であるレギュラン星人よ。ウルトラマンオーブの弱みを突き、抹殺するのだ」

ベンゲル「はっ。レギュラン星人の名に懸けて」

 ベンゲルが敬礼すると、その身体は一瞬の光と共に消えていなくなった。

ジャグラー「…………」

タルデ「悪質な手口で銀河に名を轟かす奴のことです。成否はともかく上手くやるでしょう」

ノストラ「フフ。これはテストでもある。人間とウルトラマンオーブの絆を試すテストでもな……」

ジャグラー「……………………」

 不気味に笑い合う幹部たちをジャグラーは剣呑な眼つきで眺めていた。


―――2日目

 346プロダクションのレッスンルーム。
 総勢17人の少女たちが一堂に会し、トレーナーの指揮の下で楽器の演奏をしていた。

 ある者は鍵盤ハーモニカ、他にもリコーダー、オカリナ、太鼓など様々な楽器を抱えている。
 彼女らは【L.M.B.G】(リトル・マーチ・バンド・ガールズ)というユニットで、今度のライブで披露する合奏の練習をしているのだ。

雪美(…………)

 その中で、佐城雪美はハーモニカの担当をしていた。

明「ストップ!」

 指揮の声で演奏がピタッと止まった。

明「雪美ちゃん。そこハーモニカが目立つ場所だから、もっと音量上げていいからね」

雪美「……………………」

 こくりと、雪美は頷いた。

明「あとみりあちゃん。サビのラッパはメリハリをつけるように意識してみて。
  光ちゃんは歌声もうちょっと滑らかに。あと、若葉さん少しタイミングずれてるので…………」

雪美(…………)

明「…………ということで、そこを意識しながらもう一回初めから!」


 ・
 ・
 ・

薫「ふぅ~疲れたぁ」

 レッスンを終えた【L.M.B.G】はぞろぞろと自分の部署の部屋へ向かっていた。

千枝「でも、最初のレッスンよりはみんなの息が合ってきた気がしますっ」

ありす「そうですね。最初の頃は本当にバラバラでしたし……あ、雪美さん」

 ひとりだけエレベーターに向かおうとしていた雪美の背に声を掛ける。
 ゆっくりと彼女が振り返ってありすの方を見る。微妙に視線がずれていた。

雪美「…………」

ありす「良ければこれから自主練しませんか? 時間があればでいいんですけど」

雪美「…………………………」

 じっと考え込むにつれて視線が徐々に逸れていって、

雪美「…………ペロ……迎えに行く…………から…………」

 ひとりごとのように言うと、決まり悪げにその場を後にした。


 部屋からペロを連れ出し、雪美は事務所の玄関を出た。
 ペロを抱き上げ、建物の裏へとひとり黙々と歩いていく。

 346プロ本社は豪壮でモダンな佇まいで、街中でも強い存在感を出している。
 が、その裏に小さな公園があることはあまり知られていない。
 とはいえ高い建物の影に覆われ、イチョウの木々に囲まれているので、それも無理はない。

 雪美は最近頻繁にその場所に赴き、ひとりでハーモニカの練習をしていた。
 今日のように自主練に誘われることはあるのだが、自分だけ上達していないのに混ざるのに何だか気後れがあったのだった。

雪美(……………………あれ……)

 しかし、雪美が公園の入口についた時だった。
 そのベンチに人がいた。焦げ茶色のジャケットとブルーのジーンズで、顔の上に黒いパナマ帽が乗せられている。
 ベンチいっぱいに足を伸ばし、頭の後ろに手を組んで、寝転がっているのだった。

雪美(……………………)

 いつもなら人なんておらず、鳩や雀や烏や猫やしかいないものなのだが。
 珍しいこともあるものだと思いつつ、雪美は困った。

雪美(このままじゃ…………練習……できない……)


 と、そんな時だった。

雪美(………………?)

 入口付近の木の影でそっと中を窺っていると気付いた。
 雪美がいるのとは真逆の角にある入口の側の木に、同じようにして隠れている人影――らしきものがあったのだ。

雪美(……………………)

 でも、人――ではない。ドラム缶が大きく捻れたような菱形のシルエット。
 大きさは大人と同じくらいで、手も足もあるように見える。が、どう見ても人間ではない。その全身は宇宙服のような銀色をしていたのだ。

雪美(……………………)

 その異様な物が公園に立っている光景に頭が空っぽになる。
 いつでも全くひとけがなかった場所。それなのに、今日はこうして妙な先客が二人もいる。

雪美(………………!)

 銀色が動き出した。そろそろと、足音を立てないように歩き出す。
 びくりと身体が硬直したが、雪美に気付いたわけではないようだった。目当ては、ベンチに寝ている男。

 よく見ると銀色の背中には金属らしい長い棒が背負われていた。
 それを手に取り、ベンチに近づく。ゆっくりとした動作でそれを振り上げる。雪美は息を詰めてそれを見る。

 その時――


男「やめておけ」

銀色「――!!」

 てっきり寝ていたと思っていた男が大声を出したのだ。
 銀色の動きが止まる。男は頭に被せていた帽子をのけながら、更に言葉を繋げた。

男「寝首を掻くような奴は雑魚だって昔から相場が決まってる。怪我したくないんなら大人しく帰るんだな」

 離れた場所にいる雪美の耳にも届くはっきりとした明朗な声だった。

銀色「――舐めるなァァァッ!!」

雪美「!」

 銀色が叫んだ。中段まで持ち上げられていた金属の棒を一気に振りかぶった。
 雪美は顔ごと目を逸らした。

 ――ギャイィィィンッ!!

 静まり返った空間に金属音が響き渡った。
 同時に、胸の中で何かがビクビクッと反応した。――ペロだ。雪美に抱かれていたペロが驚いて文字通り飛び上がっていた。


 雪美の腕を飛び出し、公園とは逆方向に走り出す。その方に顔を向けて、雪美は口走ってしまった。

雪美「ペロ――」

銀色「――何者だ!!」

雪美「!!」

 ペロの反応に感付いたのか、雪美の小さな声を耳ざとく聞きつけたのか。
 どちらにしろ、銀色の方の声が、明らかに雪美に対して放たれていた。

 全身が硬直する。これから何が起こるか皆目分からない。
 だが、その正体不明さが思考を遮断する。「何」「何」「何」で思考を止める。
 「をされるか」「が起きるか」「をすればいいか」に全く繋がらない。
 ただ、凍らせたように身体を止めて、または止まって――その先を待つのみ。

銀色「誰かいるな! 生かしては――ぐはぁっ!?」

 突然、苦悶の声が銀色の声を遮った。

男「お前、さっき言ったことが聞こえなかったのか?」

銀色「ぐふ……卑怯だぞ貴様……」

男「人が寝ているところを襲おうとした奴に言われたくねえな」

銀色「チッ……憶えていろ!」


 すると、キーーーンという耳障りな音がした。
 風が吹く。ざあああ……っとイチョウの葉が波のような音を立てる。

雪美「……………………」

 おそるおそる、背後を振り返る。
 公園にいたのは男が一人だけだった。

雪美「……………………」

男「……」

雪美「……………………!」

 男がこちらに顔を向けていることに気付いた瞬間、雪美はペロのように一目散に逃げだしていた。

雪美「はぁ、はぁ、はぁ…………」

 路地を抜け、事務所の前に出る。濃い影がさあっと晴れて、目が痛いほど眩しい。

 ふみゃあ、と、甘えるような声がした。
 足元にペロがすり寄っていた。


―――3日目

雪美「……………………」

 雪美は入り口付近の木に隠れて、例の公園の中を窺っていた。

雪美(…………誰も……いない)

 周りの木の影に誰かいないかも入念に確かめる。
 ――大丈夫。たぶん、誰もいない。

雪美「……………………」

 中に入るだけでも妙に緊張した。
 一昨日までは心から落ち着ける憩いの場であったというのに。昨日あんなことがあってからは――

雪美「……………………」

 それにしても、昨日のあれは一体何だったのだろう。
 家に帰って落ち着いてから色々考えてみたが、白昼夢説やら見間違い説やら変なスーツを着た不審者説やら、納得できる答えが出せなかった。

雪美「……………………」

 とにかく、と気を取り直して、バッグからハーモニカを取り出す。
 唇に当てて練習を始める。今日も同じところを注意された。早く直さないと、皆の迷惑になってしまう。


雪美(…………ミス……)

 一旦止めてもう一度。しかし同じところで音が重なってしまう。
 ハーモニカを離して、はぁ、と息をついた。足元でごろついているペロの背中を撫でた。

雪美(…………)

 背もたれに身体を預けてふとベンチを眺めると、気付いたことがあった。

雪美(…………これ……)

 雪美が座っていたのとは反対側の肘掛け。金属製のそれが、大きく凹んでいた。

雪美(昨日の…………)

 昨日、あの銀色の変な物が棒を振り下ろして、標的にされた男はそれを躱したのだろう。
 つまりあの時の大きな金属音はあの棒が肘掛けに叩きつけられた音だったのだ。

雪美(……やっぱり……夢じゃ……なかった……)

 では、あの二人(?)は一体――
 と、思ったところだった。風が吹いて、木の葉がざあああっ……と揺れた。


雪美(…………?)

 それに乗って聞こえてくる音。切なさや物悲しさを思い起こさせるハーモニカのような音――

雪美(……………………)

 ペロがぴくっと顔を上げた。
 その視線の先、公園の入口に人影が立っていた。

雪美(………昨日の………人……)

 焦げ茶色のジャケットとブルーのジーンズという、昨日と全く同じ出で立ち。
 帽子を目深にかぶり、表情が窺い知れない顔の口元には何か楽器のようなものが当てられている。

雪美(……………………)

 雪美はぼうっと、その演奏を聴いていたが、

雪美(……………………!)

 彼がおもむろに顔を上げたのを潮に理性が戻り、

雪美(……っ)

 ペロを抱き上げて咄嗟にその場を逃げ出した。


―――4日目

雪美「…………あれ……」

 レッスンが終わって部屋に戻ってきた時のこと。
 呼んでも探してもペロが出てこないことに雪美は首をひねった。

ありす「どうかしたんですか?」

雪美「…………ペロが、いない」

ありす「ペロが? 部屋を出て行っちゃったんでしょうか……」

千枝「二人とも、どうかしましたか?」

ありす「ペロがどこか行っちゃったみたいで」

千枝「えっ。建物のどこかにいるのかな……」

ありす「みんなに声を掛けて探してみましょうか」

千枝「うん。こういう時、大人数のユニットって便利ですね」

雪美「……………………」


 そうして【L.M.B.G】総出でペロの捜索が始まり――

薫「ねぇねぇ! あそこのスタッフさんがペロを見たってー!」

千佳「撮影スタジオに乱入してつまみ出されたって聞いた!」

小春「清掃員の方が目の前を通り過ぎて不吉に思ったって証言してました~」

 最終的に――

麗奈「……ねえ。警備員が迷い猫と間違えてつまみ出したって言ってたけど……」

ありす・千枝「「えぇっ!?」」

雪美「…………!」

千枝「あっ、ちょっと雪美ちゃんっ」

 麗奈の言葉を聞くや否や、雪美は事務所を飛び出した。
 もちろん、心当たりがあったからだ。


雪美「はぁ……はぁ……」

 息を切らしながら到着したのは例の公園だった。
 入ろうとして足を止める。ベンチにあの男の人が座っている。

男「よしよし、ここが気持ちいいのか? そうかそうか」

 しかも悪いことに、ペロが彼にじゃれついているのだ。
 撫でられて気持ちよさそうにごろごろと喉を鳴らしている。

雪美「…………ペロ……」

 呟き落としたその一言で気付いたのか、男はふいと雪美に顔を向けた。

男「こいつは嬢ちゃんの猫かい?」

 疲れているところを急に声を掛けられて言葉に詰まる。
 しかし、人の良さそうな笑みにどことなく安堵して、まずは深呼吸をした。

雪美「…………うん」

男「そうか。ほら、ご主人様のお帰りだぞ」

 男がペロを持ち上げて雪美に身体を向けさせると、ペロはすぐさま脇目も振らずこちらへ駆け寄ってきた。


雪美「……ペロ……ここ……いたの……?」

雪美「何も……なかった……?」

雪美「あの人…………いい人…………?」

 雪美の問いにペロは鳴いて答えた。
 相槌を打ちながらそれを聞いていた雪美は、そろそろとベンチの方へ進んだ。

雪美「…………」

男「どうした?」

雪美「…………ありがとう……」

 目を微妙に逸らしながらの感謝に、男はふっと笑った。

雪美「……ここ……私の……練習場所…………いい?」

男「ああ。……ハーモニカか?」

雪美「うん……」

 雪美は男の隣に座ると、ハーモニカを奏で始めた。


 ……とはいえまだ上達はしていない。
 ミスしてつまずき、最初からやり直し、そしてまた同じ場所で止まる。

 それを繰り返していると、突然、

男「嬢ちゃん。マウスピースの表面を軽く濡らしてごらん」

 隣からそう言われて、雪美は驚いた。
 が、言われるまま水飲み場の水で濡らし、戻ってきて吹くと、見違えるように音が出しやすくなった。

雪美「……すごい……。どうして……?」

男「唇が上手に滑らなくて息が同時に二つ以上の箇所に吹き込まれてたんだ。濡らしてやれば滑りが良くなって一か所に集中しやすくなる」

雪美「…………へえ…………」

 もう一度始めから演奏してみる。ミスしていたところを難なく乗り越えて、最後まで通すことができた。
 自然と顔がほころぶ。もう一度男に礼を言おうとしたところ、

薫「雪美ちゃーん!」

 見ると、公園の入口に【L.M.B.G】のメンバーが集まっていた。


千枝「探しました……ハーモニカの音が微かに聞こえたので分かったんですけど」

雪美「……ごめん……」

ありす「それはいいんですけど……この方は?」

 ありすが男に顔を向ける。口ぶりこそ丁寧だったが、明らかに胡乱なものを見る目だった。

雪美「この人……は…………。……………………」

 口籠る雪美。そういえば、この人のことを何も知らない。
 ペロの様子からして悪い人ではなさそうだが、名前も知らない。一昨日のこともある。

 雪美が考え込む時間が長引くにつれて、ありすだけでなく、他のメンバーの表情も疑わしいものになっていた。
 じーーっとそんな視線を一斉に注がれて男は焦った。

男「い……いや、待て。俺は別に怪しい者じゃ……」

ありす「じゃあ、何者なんですか?」

男「…………ハ、ハーモニカのお兄さんだよ。ただの。ハハハ……」

 しかし誰も笑う者はおらず、不審げな表情は更に色濃くなっていった。


ありす「……雪美さん、どうなんですか? この人、怪しくないですか?」

雪美「え…………うーん…………」

ありす「通報ですね」

男「おい!?」

薫「せんせぇにも知らせた方がいいかな?」

光「その前に、みんな下がるんだ! この男に近づいちゃいけない!」

男「い、いやいや待ってくれ俺は」

ありす「もしもし。346プロダクション裏の公園に今不審者が……」

男「……。冗談じゃないぜ……!」

千枝「あっ、逃げました!」

光「深追いはするな! 罠かもしれない!」

雪美「……………………」

 男の背中が見えなくなると、雪美は人差し指で髪をいじくった。

雪美(……悪いこと……しちゃった……かな)


―――5日目

 そして、翌日。この日はオフだったが、雪美は再び例の公園に足を踏み入れていた。

雪美(…………いない……)

 先日あんな騒ぎになってしまったからか、あの男の姿はなかった。

雪美(……名前……聞いておけば……よかった)

 ハーモニカのコツを教えてくれたことへの礼も言っていない。
 自分がハキハキと物が言えないばっかりにあんなことになってしまって、少し罪悪感があった。

雪美(……………………)

 ベンチに座り、いつものように練習を始める。
 前より格段に演奏しやすい。あとは、音を強く出すだけなのだが。

雪美(………………あ……)

 まるで、その音に惹かれるようにして。
 あの人は姿を現した。

 演奏をやめようとすると、手つきで続けるよう促された。
 上達したのを見せる意味も兼ねて、再開する。


雪美(…………?)

 すると男はジャケットの内ポケットからハーモニカのような楽器を取り出し、口に当てた。
 彼もまた演奏を始める。雪美の奏でる旋律に合わせて。

雪美(…………きもち、いい…………)

 雪美の拙い音にも合うように気を遣った演奏だった。
 彼女の音を消さず、かと言って自分の存在感が消えることはない、程よく、心地よい演奏。

 最後まで終えると、男は楽器を仕舞って、ささやかに拍手をした。

男「いい演奏だった」

雪美「…………ありがとう……」

男「何ていう曲なんだ?」

雪美「…………『ハイファイ☆デイズ』…………」

男「ふぅん。お前さんは――」

雪美「雪美……」

男「え?」

雪美「私の……名前…………。佐城……雪美…………」

男「そうか。……俺はガイ。クレナイ・ガイ」

 クレナイ・ガイ。雪美は口の中で復唱した。

雪美(…………。変な名前……)


ガイ「で、お前さん――……雪美は、どうしてこんな場所で練習してるんだ?」

雪美「…………」

ガイ「アンサンブルの練習か?」

 雪美は黙ったまま頷いた。

ガイ「昨日のあいつらと一緒に? 楽しいだろうな。あんな大人数と演奏できたら」

 ガイは明るい声を出したが、雪美の表情に落ちた影に気付いてか、言葉を切った。

ガイ「……お前さんがひとりで練習してるのは、そういうことなのか」

雪美「…………うん…………」

ガイ「…………」

 ガイも口を閉ざして、公園はいつも通りのひっそりとした静けさに戻った。
 雪美に寄り添って丸くなっているペロの背中を撫でながら、目を閉じた。

雪美(………………)

 この人は一体何者なのだろう。素性を全く知らないのに、何故だか話していると安心できて。
 雪美は猫と話すときは普通の人のように喋れるが、その意味でガイもまた人間じゃないようだった。


 風が吹いて、ざあああっ……と葉擦れの音が鳴った。

ガイ「……よし!」

 するとガイはそう言って、再び例の楽器を取り出した。
 そして雪美の顔を見詰めて、こう言った。

ガイ「その曲は歌もあるのか?」

雪美「え……」

 戸惑いながらも頷く。ガイはふっと微笑して、

ガイ「じゃあ、今から俺が伴奏するから、歌ってみな。行くぞ――」

雪美「え…………ま、待って……」

 しかし聞く耳持たず、ハーモニカのような音が流れ出す。
 ちょっと聞いただけなのにもう曲の全体が分かったのか、ちゃんとした伴奏になっていた。

雪美「…………お気に入りのスニーカー、紐結んだら――」

 雪美も小さい声ながら、それに乗せて歌い出した。


雪美「刻んでいくストーリー、Hi-FiなDays――」

 歌が終わり、演奏も終えると、ガイは楽器を下ろした。
 前を向いたまま、呟くように言う。

ガイ「『昨日の涙は今日の勇気』……か。いい歌だな」

雪美「…………」

ガイ「……勇気を出すのは、難しいよな」

雪美「…………」

 ガイは軽く溜め息を吐くと、腰を上げながら言った。

ガイ「だけどな。涙があるからこそ勇気があるんだ。どんな困難だって、逃げてたら何も始まらない」

雪美「…………うん」

 ペロがぴくりと耳を動かした。
 その頭を一回撫でると、ガイは帽子を被り直して歩き出した。

ガイ「またな」

雪美「…………また…………」

 その背中を見守りながら、雪美はガイの言葉を思い返していた。
 『逃げてたら何も始まらない』――確かにそうだ。それはわかっている。

 だけど、ほんのちょっとの勇気がほしい。

 自分の足だけで進めないときは、誰かに背を押してほしい。
 何かのきっかけがあれば。一度だけでいい。小さな勇気の火を熾してくれる灯があれば――

 雪美は瞼を下ろした。その裏で木々のざわめきを聴いた。
 風は、なかなかやまなかった。


―――6日目

明「薫ちゃん、リズム安定させて! 麗奈ちゃんはもっと周りの音を聴いて!」

 今日は合同レッスンの日。
 本番まであまり日がなくなってきたからか、トレーナーの指示も熱を帯びていた。

明「じゃあ続きから――」

 指揮と共に演奏が再開される。
 が、いくらも経たない内にまたストップがかけられた。

明「ストップ! 雪美ちゃん、そこもっと音量を!」

雪美「…………」

 こくりと頷くのを見て再び明が指揮を始める。

雪美(音量…………)

 呼吸を大きくすることを意識する。しかし何故だか息が震えてしまう。ハーモニカの音も揺れる。

明「雪美ちゃん、落ち着いて! みりあちゃんはもっとメリハリを! 光ちゃんと桃華ちゃんは――」

雪美「…………」

 他のメンバーへの指示が飛んでいる間、雪美は小さく溜め息を吐いた。


明「それじゃ、みんな指示されたところを注意しながらもう一度最初から――」

 仕切り直しの演奏が今にも始まろうとしていた、その時。
 バタンッ! と大きな音と共に、レッスンルームのドアが開けられた。

明「わ。ちひろさん?」

 そこにいたのは事務員の千川ちひろだった。
 しかし様子がおかしい。片手を壁について、もう片方は膝に当てて、上半身を折り曲げて荒い息を繰り返している。

薫「ど、どーしたの?」

千枝「体調でも悪いんですか……?」

 ぶるぶるとかぶりを振って、ちひろが顔を上げる。蒼ざめた顔で部屋内を見回す。
 その視線が雪美とぶつかると動きが止まった。

ちひろ「ゆ……雪美ちゃん」

雪美「…………?」

 首をちょこんと傾げると、ちひろは顔を引き攣らせた。そんな場合じゃない、とでも言うように。


明「ちひろさん、どうしたんですか。みんな驚いてますよ」

ちひろ「はぁ、はぁ……そ、それが……」

舞「ちひろさんっ、お水いりますか?」

ちひろ「あ、ありがとう舞ちゃん」

 差し出されたペットボトルの水を飲むと、ちひろはようやく落ち着いたようだった。

明「で、どうしたんですか?」

ちひろ「雪美ちゃん。ペロが――」

雪美「……え……?」

ちひろ「い……いきなり、部屋に変な……銀色の、宇宙人みたいなのが入ってきて、ペロを……」

 雷光が落ちるように雪美の脳裏に先日の光景が蘇った。
 ガイに襲い掛かっていた銀色の変なモノ。ちひろの話と一致する容貌だ。

ちひろ「ペロを、連れて行っちゃって――取り戻してほしければ、例の場所に、こ、来いって……」

 それを聞いた途端、雪美は走り出していた。


ありす「雪美さんっ!」

明「待って、雪美ちゃん!」

 部屋の中から聞こえてくる制止の声も無視して廊下を駆ける。
 息を切らしながら事務所を出、一直線に公園に向かう。指定の場所はそこしか考えられない。

雪美「はあ……はあ……」

 着いた時には息が切れていた。入口から見える公園の内部。そこに、「宇宙人らしきもの」がいた。
 唾を飲み込む。公園に足を踏み入れると、「それ」は振り返った。

銀色「良い子だ、よく来たな」

雪美「………………っ」

 その胸にペロが抱かれている。いや、抱かれているというより、抑えつけられていた。

銀色「俺はレギュラン星人ベンゲル。交換条件だ。こいつを離してやるから、お前が人質になれ」

雪美「…………人質……?」

ベンゲル「その通り。もし応じないというのなら――」

 腕の中でペロがびくりと動く。まるで自分の身体が締め付けられたような痛みを雪美は覚えた。


雪美「ま…………待って」

ベンゲル「ふん?」

雪美「なる……なる、から…………ペロ……離して……」

ベンゲル「ああ。お前がちゃんとこっちまで来たらな」

 ぎこちなく頷いて、一歩前に出た。足が震えていた。
 二歩目が踏み出せない。足の震えが全身に伝播したかのようだった。

ベンゲル「どうした? ――まあ、逃げても構わんぞ? そうしたらこいつが死ぬだけだがな」

 壊れた自動人形のように激しく頭を横に振った。

ベンゲル「ハッハッハ。なら早く来い」

 ぐっ、とお腹に力を入れて、自分の身体を制御しようとしながら。
 雪美は二歩目を踏み出した。

 あと十歩くらい距離がある。果たして本当に辿り着けるのか。
 頭の中が霞んで思考が消えてしまいそうになる。泣き出しそうになりながら、足を動かした。


ベンゲル「おい、早くしろ!」

 ようやく四歩目が終わったところで、苛立ちが隠せない声がした。

ベンゲル「いつまでノロノロ歩いてやがる! 時間稼ぎのつもりか!」

 そんなつもりはなかった。怒りを買えば何をされるかわかったものではない。雪美は首を横に振る。

ベンゲル「ああもう面倒くせえ。待つのはやめだ」

雪美「!」

 ベンゲルが大股でこちらに向かってくる。腰が引ける。思わず後退しそうにさえなった。

雪美(…………ペロ……?)

 それを押しとどめたのは、ペロの視線だった。
 丸い瞳で雪美をじっと見詰めている。まるで、何かを伝えようとしているかのように。

雪美(……!)

 唾を飲み込んで、雪美は足を踏ん張った。その場に立ち止まって、星人が近づくのを待つ。


 雪美が大人しくなったからかベンゲルは歩を緩めた。
 徐々に近づいてくる。僅か数秒の間、しかし感覚的には何百倍にも感じられた。

 そして遂に目と鼻の先まで来た。
 ともすれば発狂してしまいそうな頭を懸命に動かして、雪美は言った。

雪美「ペ……ペロを……離して」

ベンゲル「ふん」

 もういいと踏んだのだろう、腕の力を緩めた瞬間――

雪美「――ペロ!」

 雪美が叫び、ペロが飛び上がった。

ベンゲル「ッ!?」

 締め付けから抜け出して腕に乗り、星人の顔らしき場所に、爪を立てて飛びかかった。

ベンゲル「ギャアア!?」

雪美「!」

 爪を突きたてられて悶絶するベンゲル。その身体を離れてペロが着地する。
 同時に雪美は反転して走り出していた。後は、この場から逃げれば――


 しかしそうは問屋が卸さなかった。

ベンゲル「舐めるなガキがァァァッ!!」

 視界の端を、稲妻が走った――ように見えた。
 次の瞬間、轟音と共に目の前に閃光が満ちた。思わず目を瞑る。爆風と共に、瞼の裏に砂礫がぶつかる。

 ペロが突然、威嚇の声を上げた。かと思うと――

雪美「っ!」

 雪美の身体は後方に吹っ飛ばされていた。
 地面にぶつかってバウンドし、猛スピードで転がり、十メートルほどして止まった。

雪美「………………」

 何が起こったのかわからなかった。身体を起こそうとする。
 しかし全身に激しい痛みが走った。思考が鈍麻し、意識が遠くなる。

ベンゲル「人質にしようと思っていたが、俺様をコケにした報いだ」

 頭上で声がした。シャッ、と金属音がした。空気が動いた気がした。
 見えていなかったが分かった。あの棒状のものを振り上げたのだ。振り下ろし、雪美にトドメを刺すために。

雪美「――――っ!」

 思考が突然に鮮明になる。走馬灯とは違った。頭に思い浮かんだのは、【L.M.B.G】の皆の顔だった。

ベンゲル「死ね――――!」

 目を強く瞑る。しかし――


雪美「……?」

 いつまで経っても振り下ろされる気配がない。
 こわごわと目を開くと、ベンゲルが頭を抱えて呻いていた。

ベンゲル「グッ……グアアアッ……!!」

 さっと、風が吹き抜ける。ざわめきに乗って流れてくる旋律――

雪美「……!」

 ベンゲルの背後。例の楽器を奏でながら歩いてくる、ガイの姿があった。

ベンゲル「! き、貴様ッ!」

 ベンゲルが振り向く。ガイが楽器を下ろす。目深に被った帽子の下から、鋭い眼光が煌めいた。

ガイ「今度は子供苛めか。救いようがねえ奴だな」

ベンゲル「……はん。それも全て貴様のせいだ。貴様を抹殺するための餌なんだからな、こいつは!」

ガイ「…………」

 その言葉を聞いた次の瞬間――ガイの姿が見えなくなった。


ベンゲル「げふっ!?」

 ベンゲルの声が、何故か雪美の後方から聞こえた。続いて、どんっという重い音が。

雪美「……?」

 気付くと、目の前にガイが立っていた。急いで屈み、雪美の顔を覗き込む。

ガイ「大丈夫か!?」

雪美「…………う、うん……」

 全身がじんじんと痛むが、何とか立ち上がる。服が砂だらけになっていた。
 振り返ると、ベンゲルが木の根元に倒れ込んでいた。

雪美「あれ…………」

 あれは一体何、と訊こうとした時だった。
 ベンゲルがよろよろと立ち上がった。

ベンゲル「貴様ら……もう許さん……」

 獣のような声で叫び出すベンゲル。するとその身体が光に包まれ、みるみるうちに巨大化していった。


ガイ「…………」

 イチョウの木を優に超え、そばに立つ事務所のビルと比べても遜色ない、目測60mはあるかと思われる巨体。
 高層ビルと並び立つ大きさになったベンゲルは、足元の雪美とガイに視線を向けた。

雪美「…………!」

 その掌に赤い光が帯びる。球体となったエネルギーの塊。
 逃げ出す隙も与えず、それが二人に向けて放たれた。

 ――ドオオオオオン!!!

雪美「っ!」

 爆音が耳をつんざく――
 かと思われたのに、やけに遠い場所から聞こえた。
 耳が外れてしまった? それとも――

雪美「……?」

 肌に吹きつけられる疾風。これは一体?
 無意識に閉じていたうっすらと目を開けた。するとそこは――


雪美「…………!?」

 雪美は目を見開いた。そこは、空の中だった。
 下に広がるのは街並み。目を動かすと、すぐ上にあったのはガイの顔。

 ガイに抱きかかえられて、雪美は空を飛んでいたのだった。

雪美(…………!?)

 キャアアアアアアア……という甲高い音が耳に響く。
 何の音、と思う間に、今度は下降し始めた。音が更に大きくなる。何故か、喉が痛くなる。

 地面に墜ちる。その寸前、ふわっと、重力が収まった。
 そのおかげで身体が痺れることもなく、二人は無事にアスファルトの上に着地した。

ガイ「大きい声も出せるんじゃないか」

雪美「…………え」

 雪美とペロを下ろしながらガイが笑った。
 それでようやく気付いた。さっきの甲高い音は自分が出していた悲鳴だったことに。


ありす「あ、雪美さん!?」

千枝「雪美ちゃーん!」

 逃げ惑う群衆に混じってユニットメンバーが道路の向こうから走ってくる。

ガイ「お前はみんなと一緒に逃げろ」

雪美「…………ガイ……は……?」

 軽く微笑を返すと、ガイは群衆とは逆方向に駆け出した。
 その先には暴れるレギュラン星人ベンゲルの姿が。

雪美「待って……!」

 しかし人の波に紛れてすぐ見えなくなる。
 呆然と立ち尽くしていると、急に腕を引っ張られた。

ありす「雪美さん、何してるんですか! 早く逃げましょう!」

雪美「で、でも……」

光「! みんな、あれ!」

 光が声を上げた。指差した方を目で追う。
 空から柔らかな光が降ってきていた。紫色のリング状の光が弾け、その正体が明瞭になる。


 それが降り立つと同時に砂埃が派手に立ち昇り、地面が揺れた。
 銀と赤、紫と黒が流れる背中。肩にはまるで翼のような金色のプロテクターが見える。

光「オーブだ! ウルトラマンオーブ!」

雪美「…………!」

 静かに佇む光の巨人。その、厳かな背中。
 雪美はそこに重なる幻像を見た。それは――

オーブ「――ハァッ!」

 オーブが地面を蹴る。レギュラン星人と格闘を始める。
 雪美は腕を引っ張られて我に返るまで、息を詰めてそれに見入っていた。


ベンゲル「ゲエエヤッ!!」

 振り下ろされたチョップを躱し、オーブが逆に手刀を叩き込む。
 続けて蹴りを入れ、突き飛ばす。呻く相手に対してファイティングポーズをとる。

オーブ「シュワッ!」

ベンゲル「シャアッ!」

 ベンゲルが掌中から赤い光弾を連射する。オーブは咄嗟にバリアを展開し、それを防いだ。

ベンゲル「グ……」

オーブ「フッ! デ――イヤッ!」

 ジャンプし、その勢いでパンチをするが、素早い回避に空を切る。

ベンゲル「ヴァァッ!!」

 伸ばしたその腕を掴まれ、下に引き落とされる。釣られて隙ができた懐にベンゲルのキックが入る。

オーブ「グッ――」


ベンゲル「ハァッ!」

 後退したオーブに向けてベンゲルが光弾を放つ。
 オーブも咄嗟に光輪を投げた。光弾を切り裂くが、ベンゲルは飛び上がってそれを躱した。

ベンゲル「ヌゥ……デアアアアアッ!!!」

 空中からベンゲルが光弾を放つ。オーブに向けてではない。街に向けてだ。

オーブ「!」

 オーブの体躯の紫の部分が光る。残像を空中に描きながら飛び、その連撃を受け止めた。

ベンゲル「――ヴァアアアアッ!!」

 するとベンゲルが突撃してきた。その手には、ギラリと光る槍の切っ先が。

オーブ「デアッ!」

 辛うじてそれを回避する。構わず連続で刺突を繰り返すベンゲル。

ベンゲル「ハァァッ!! ヌアアアッ!!」

オーブ「!」

 オーブの紫の光が消えると同時に槍がその胸を襲った。

オーブ「グ……ッ」

 バランスを崩して墜落するオーブ。
 群衆が下から心配そうな目で見つめる中、額のランプとリング状のカラータイマーが光った。


ガイ『――ジャックさん!』

『ウルトラマンジャック!』

ガイ『ゼロさん!』

『ウルトラマンゼロ!』

 二枚のカードをリードしたオーブリングに緑と水色の光が半分ずつ灯る。

ガイ『キレのいいやつ――頼みます!』

 そして勢いよく掲げ上げると、それらが混じり合い、深いブルーの光が満ちた。

『フュージョンアップ!』

『ウルトラマンオーブ ハリケーンスラッシュ!』


 空中を堕ちてくるオーブの全身が淡い光に包まれたかと思うと。
 辺りに突風が吹き荒れ、それに流されるようにして青白い光芒が飛び交った。

 その真ん中に佇む光の巨人。
 先程までの紫の体躯とはまるで違った、青を基調とした姿に変身していた。

オーブ『光を超えて――――闇を斬る!』

 オーブが宙を蹴りつける。
 指差したレギュラン星人向け、猛スピードで空中を駆け走った。

ベンゲル「ヴァアッ!」

 槍を振り回すベンゲル。しかしオーブは軽やかにそれを躱していた。
 それどころか相手の槍を掴み、それを支えにして空中で回し蹴りを繰り出した。

ベンゲル「グオッ!」

オーブ「ハァッ!」

 蹴りの反動を利用して宙返りし、今度は踵落としを見舞う。
 しかしベンゲルも反撃する。近距離からの光弾が命中し、オーブの身体が吹っ飛ばされる。


ベンゲル「ギィィ……」

オーブ「……ジュアッ」

 互いに空中に浮かびながら距離を取り、睨みあう。

ベンゲル「ヴァァッ!!」

オーブ「――シュアッ!」

 ベンゲルが光弾を放ったのと時を同じくしてオーブが突っ込んだ。
 頭部の二本のスラッガーに手を当て、投げる仕草をすると、刃状光線“オーブスラッガーショット”がそれぞれから発射された。

オーブ「オォッ、シャァッ!!」

 オーブのコントロールするそれが襲い来る光弾の雨を次々と弾き飛ばす。
 埒が明かないと思ったかベンゲルは両手にエネルギーを溜め、紅い光線を放った。

ベンゲル「ヴォアアアッ!!!」

オーブ「……デアッ!」

 オーブの声でスラッガーショットが直線状に並び、回転しだす。
 その渦がバリアとなり、光線を防いだ。


ベンゲル「グッ……!?」

オーブ「――ハァァッ!」

 オーブがスピードを上げる。腕を伸ばし、スラッガーショットの渦に手を突っ込んだ。
 その掌中に光の槍が出現する。二つのスラッガーが先端に備わる、青い槍――

オーブ「――オーブスラッガーランス!!」

 それを握りしめ、星人に突撃する。ベンゲルもまた槍を構える。

オーブ「ジュアッ!」

ベンゲル「ヴァァァッ!!」

 刃が交わり、空中に火花が飛び散る。激しく切り結び、柄を叩き合わせる。

ベンゲル「グゥゥゥ……!」

オーブ「ハアァ……!」

ベンゲル「フッ!」

オーブ「ハッ!」

 そして両者は示し合わせたように、同時に飛び退いた。


オーブ「!」

 オーブがスラッガーランスのレバーを引くと、その先端にエネルギーが漲っていく。

ベンゲル「ゲェアッ!」

 ベンゲルもまた槍のレバーを引いた。
 柄に取りついた風車がカラカラと音を立てて回り、その動力によってエネルギーがチャージされる。

オーブ『――オーブランサーシュート!!』

ベンゲル『――ヅウォーカァランサーシュート!!』

 互いの槍から光線が放たれ、激突した。
 そこを中心にして衝撃波と爆風が吹き荒れる。オーブはすかさずその風を突っ切り、槍を携えて飛び込んだ。

ベンゲル「!」

 迎え撃とうと再びレバーを引くベンゲル。しかし――

ベンゲル『……な、何!? 何故反応しない!?』

 爆風によって風車が異常な回転をし、内部との連動が壊れてしまっていた。
 その隙を突いてオーブが距離を詰めていた。ハッとなった時にはもう手遅れ、二本の刃が迫っていた。


オーブ「シュアッ!!」

ベンゲル「ヴァアアッ!!」

 刃がベンゲルの身体に突き刺さる。オーブはそのまま柄を握りしめ、回転した。

オーブ「オオオオオオ……!!」

 ジャイアントスイングの軌道に沿って青白い光を伴った竜巻が発生する。
 オーブは星人を振り回しながら、スラッガーランスのレバーを二度引いた。

オーブ「――デェアッ!!」

 槍を手放す。慣性に従って空高く吹っ飛ぶ星人を指差しながら、オーブは掛け声を上げた。

オーブ『――ビッグバンスラスト!!』

 大気が震撼する轟音と共に、空中に爆発が巻き起こった。

オーブ「フッ」

 オーブが振り返る。背後の爆炎を切り裂いて飛んできたスラッガーショットを頭部に収め、

オーブ「シュワッ!」

 そのまま空の彼方へ飛び去っていった。


光「ありがとうー! ウルトラマンオーブ!!」

 無邪気に手を振る光の後ろで、雪美はオーブの姿をじっと見詰め続けていた。

雪美「……………………」

 どんどん小さくなっていく。色もわからなくなっていく。
 針で穿った小さな穴のようになっても瞬きすらできずにいた。

雪美「……………………」

 遠ざかっていくその背中に重なる幻像。
 何だか妙な胸騒ぎがして、……最後の最後まで目を逸らしてはいけない気になったから。

雪美「…………ありが……とう…………」

 誰にも聞こえないような小さな声を、口の中で呟いた。
 同時に、オーブの姿は大空の色に掻き消えて見えなくなった。


―――7日目

 ウルトラマンオーブが宇宙人と空中戦を繰り広げた翌日。
 事務所近くでの騒ぎだったので流石に予定されていたレッスンは取り止めになったが、雪美は例の公園に来ていた。

雪美(………………)

 ベンチに座ってもう三十分ほどしただろうか。
 ガイは一向に現れず、雪美はずっと膝の上のペロを撫で続けていた。

 目を閉じて、ぼうっとする。しかし無為に時間が流れるだけ。
 その時、ざぁっ……と木々がざわめいた。弱い風が公園を吹き抜けて、すぐさま止んだ。

 おもむろに目を開いた雪美は公園の入口を見やって、小さく溜め息を吐いた。

雪美(………………)

 ハーモニカを吹けば。そう思ってバッグの口を開けた。

雪美(………………)

 ――雪美は、黙ってバッグを閉じた。
 ペロを足元に下ろし、腰を上げた。

雪美「ペロ。……行こう」


 事務所の部屋に入った雪美は驚いて目を見張った。

千佳「あ、雪美ちゃん!」

薫「雪美ちゃん、おっはよー!」

 部屋に【L.M.B.G】のメンバーが集まって、それぞれ担当の楽器を手にしていたのだ。
 今日のレッスンは休みになったはずなのだが。

ありす「自主練のつもりで来たのに、結局みんな揃ってしまっていたんです」

千枝「で、どうせだからみんなで一緒に練習しようって」

雪美「…………」

 雪美は唾を飲み込んで、ゆっくりと言った。

雪美「……………………私……も……練習……」

 やっぱりどことなく緊張気味で、目は逸らしがちだが、それを聞いたありすと千枝は顔を見合わせて笑った。

雪美「…………いい…………?」

ありす「もちろんですよ。さあ」

 手を握られて促されて、雪美は固い表情をほんの少し和らげた。

雪美「…………ありがとう…………」


 事務所の前の歩道。
 塀に寄りかかっていたガイは、事務所の一室から聞こえてくる演奏を人並み外れた聴力で聞き取っていた。

ガイ(……出せたな。勇気)

 笑みをこぼしたガイは懐からハーモニカ型の楽器“オーブニカ”を取り出して口に当てた。
 いつもの切なげなメロディーを奏でながら往来を歩いていると――

「君」

 ぽん、と、後ろから肩を叩かれた。
 振り向くと、警官が立っていた。

ガイ「あ、お勤めご苦労さんです」

 オーブニカを仕舞い、笑顔で立ち去ろうとするガイだったが、肩を掴んだまま引き戻された。

警官「最近ね、この辺りに『ハーモニカのお兄さん』を名乗る不審者が出没しているって通報があってね」

ガイ「えっ」

警官「ちょっと、話聞かせてもらえるかな?」

ガイ「…………えっ?」


おしまい


[登場宇宙人]

“悪質宇宙人”レギュラン星人ベンゲル
・体長:60m
・体重:52,000t

ドン・ノストラ率いる惑星侵略連合のメンバーの一人。
自他共に認める「宇宙一の嫌われ者」であり、やることなすこと全て嫌がらせじみていて連合メンバーからも白い目を向けられている。
ガイを抹殺するため仲良くなっていた雪美を誘拐するという計画を立て、そのためにまず飼い猫のペロを誘拐したが、最終的に失敗した。

母星の偉人ヅウォーカァ将軍に憧れており、彼のトレードマークである風車をモチーフとした槍「レギュランヅウォーカァランス」を使う。
しかし対ウルトラマンは想定していなかったためか、すぐ壊れてしまった。

元は『ウルトラマンティガ』第7話「地球に降りてきた男」に登場したレギュラン星人。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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