モバP「週の半ばの燃えない煙草」 (25)

関裕美ちゃんssです。

木曜日のモバP
モバP「何もかもが嫌になって」
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土曜日のモバP
モバP「人類は今、週末を迎える…」
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上記のssの設定を引き継いでいます。
地の文あります。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1474389219

午後4時。
346プロダクション、アイドル部門に所属するアイドル、関裕美は不満そうに眉をひそめていた。

今この部屋には、彼女の他に人は1人しかいなかった。
彼女の同僚のアイドルである姫川友紀や輿水幸子、大槻唯といった面々は、レッスンやテレビ番組への出演など、それぞれ各々の事情でこの部屋にはいない。

たった2人の人間で埋めるには広過ぎるこの部屋には、ただ時計の秒針の音とパソコンのキーボードを叩く音だけが反響している。

裕美の視線の先には、この部屋にいるもう1人、このアイドル部門に所属するプロデューサーがパソコンと睨めっこしている姿があった。

正確には、その口元。
その人物の咥えている、白い紙巻き煙草を彼女は不機嫌そうに睨みつけていた。

彼女は、自分の目付きにコンプレックスがあった。
その鋭い切れ長の瞳は、どうにも周囲の人間に攻撃的なイメージを与えてしまうらしい。

今でこそアイドルという世界を知り、明るくなった彼女だが、整形手術を受けたわけでもなし、その目で睨み付ければ同年代の輿水幸子はおろか、今年成人した姫川友紀ですらすくみ上がるという。

つまるところ、彼女はその煙草を睨みつけてこそいるが、何か不満なわけでも、ましてや不機嫌なわけでもない。
ただ、怪訝に思っていただけであった。

裕美は成人するにはまだまだ幼く、自分でもまだまだ自分は未熟な子供だと理解していた。
だが、煙草の吸い方くらいは何となく知っているつもりだった。

だからこそ疑問に思ったのだ。
なぜなら、本来なら煌々と熱を持ち、白煙を上げるはずのニコチン摂取棒の先端は。

火をつけようと努力した形跡すら見られず、ただ静かにプロデューサーと呼ばれる男の口に咥えられ、弄ばれる事を良しとしていたからだ。

「…プロデューサー」

「……どうした、関」

少女からの呼びかけに、プロデューサーと呼ばれた男は視線すら動かさず応えた。
指は忙しなくキーボードを叩き、乾いた目は眼鏡のレンズ越しにディスプレイを捉えている。

「その…火、点けなくていいの?…煙草」

その問いに対する答えは、すぐには帰ってこなかった。だが、裕美も急かすような真似はしなかった。
自分は今は1日のスケジュールを終え自由の身だが、目の前の男性はそうではないのだ。
ならば自分は急かせる立場ではない。そういう考え方をする少女だった。

かくして数分後、男のキーボードを叩く指が止まった。
眼鏡を卓上に置き、大きく溜息を1つ。椅子を回し、ソファに腰掛ける少女と向き合い、男は答えた。

「関、俺は煙草は吸わない」

取り敢えず今晩は立てたかっただけなのでここまで

また次回

あと今回のssは地の文が少し多めになりそうです

どうして、と聞くのは簡単だ。
だから、聞く前に考える。

煙草を吸わないのに咥えている理由。

普段は吸っているが、ここではアイドル達に気を使って吸わないようにしている。
まず思いついた理由はこれだった。これならば確かに自然であるし、何より裕美はこの男が煙草を吸っているところは見たことがなかった。

他に2、3と理由は考え付いたが、最も自然な理由としてはやはりこれじゃないだろうかと結論付けた。

ここで1つ、懸念が産まれる。

もし本当にアイドルに気を使って吸っていないとしたら。
今この部屋にいるアイドルは、自分だけだ。
それはつまり、自分が目の前の男の喫煙を邪魔していることに相違なかった。

自分なんかが立派に働いている、自分の尊敬している男性の邪魔をしている。そう考えるとゾッとしない。

彼女は慌てて帰り支度を始めた。

「ご、ごめん…私帰るね」

その一言で、男はこの少女が何を考えたのかを察した。

「…関、そんなに慌てなくても、俺は元々煙草は吸わないし、お前に気を使ってるわけでもないぞ」

男は表情1つ変えずに、呟くようにそういった。

「え、あ…っと…そ、そうなの…?」

少女は驚いたような、疑問は晴れたが新たな疑問が出てきたような、そんなスッキリしない顔をしていた。

「…いや、もちろん帰ると言うなら止めないが…どうやって帰るつもりだ」

「…どうやって……あっ」

そう問われて初めて、外の天気と自分の置かれている状況を思い出した。

レッスンを終え、いつもなら特に用事がなければここに長居することもあまりない彼女だが、今日ばかりはこのビルから出られずにいた。

窓の外は強い風と雨が飛び交っており、出歩こうものならば即座に濡れ鼠、傘など無力と言わんばかりの台風だった。

プロダクションからそう遠くない裕美の家だったが、この空模様では歩いて帰ることは困難である。

そこでプロデューサーから「一区切り付いたところで車で送るから、それまで待っていてほしい」という提案を受け入れ、今に至るのである。

窓の外を見て、プロデューサーの顔を見て、それから申し訳なさそうに少女は再びソファに腰を下ろした。

結局自分がしたこととは、自分を送り届けてくれる男を急かしただけであった。
少女は思わず赤面し、顔を伏せる。

「えっと…ごめん、急かしてるわけじゃ、ないから…」

「ああ、分かってる」

素っ気ない返事だったが、少しだけ優しい響きがして、気が軽くなるのを少女は感じた。

しかし、相変わらず疑問は浮かぶ。

普段は吸わないというのに、何故今日ばかりはそんなものを咥えているのか。
そして、何故火を灯さないのか。

それはまるで、インクを入れていない万年筆を握っているようなものだ。と少女は思った。

「…気になるか?」

少女は思考に耽っているうちに、自然と視線が再び煙草へと吸い寄せられていた。
だからそう質問させてしまったことに少しだけ後ろめたさを感じながらも、少女は頷いた。

男は溜息を1つ漏らしてから、呟くように語り出した。

「火のついてない煙草なんて、何の役にも立ちはしない。…まるで、インクの入ってない万年筆みたいなものだ」

男はそういった。寸分狂わず同じ喩えが出てきたことに少女は驚き、そして同時に少しだけ嬉しかった。

男は続ける。

「火のない煙草と、中身の無い万年筆。役に立たない以外でも共通点がある。……分かるか?」

「……うん…その、格好良い…とか…?」

何気なく言ったその答えだったが、どうやら男の欲しかったもので合っていたらしい。「そうだ。」と話を続ける男の様子を見て、少女は安心した。

「…要するにただの格好付けだ。一々気を遣ってばかりいたら自分が磨り減るぞ」

要するに「気を遣う必要は無い」というだけの話なのだ。それだけの会話にこれだけ長々と時間を掛けるとは、余程の阿呆か、何なのか。

そう思ったのは、男の方である。

男はもう1つ溜息が漏れそうなのを今度は堪えて、仕事に戻ろうとした…が、まだ何か言いたげな少女が目に付き、回しかけた椅子を止めた。

「……えっと、その……その、ね」

普段から言葉を選びがちな彼女だが、ここまで言い淀むのはただそれだけではないだろう。

もしかしたら何か事情があってもう帰りたいのかもしれない。
そう考えた男は何も言わず次の言葉を待った。

そもそも仕事の区切りなど男の気持ちの問題であって、帰りたいのならそう言ってくれればいつでも送っていく準備は出来ていた。
どうしても気を遣ってしまうのは彼女の美徳だが、それで彼女が損をしてしまうことを、男は良く思ってはいなかった。

言い淀んでいた彼女だが、何も言わず次の言葉を待つ男に安心し、意を決して何とか言葉を紡いだ。

「…で、でも私は…その、格好良いと思う……よ…?」

男の表情が、ほんの少しだけ驚きの色を示した。

少女としては、気を遣ったつもりはなかった。
ただ、素直に思ったことを言っただけだった。

それだけのことが、最近出来るようになったから。
目の前の男が、自分をそうしてくれたから。
自分でも柄ではないと分かっていたが、それでも言わずにはいられなかった。
少女は、自分の心臓の鼓動が早まるのを感じていた。


男は、今度は心の中で飛び切り大きな溜息をついた。
その心中は複雑だった。様々な感情が、ハッキリと浮かんでは消えていくのを感じていた。
喜びと、哀しみ、そして後悔。

相手はまだまだ大人とは言い難い少女だと分かっているが、それでも褒められて悪い気はしない。それもこんな可憐な少女となれば。
だが、同時に悲しかった。彼女が、また気を遣ってしまったことに。
そして後悔した。自分が彼女に気を遣わせてしまったことに。

「…関、そろそろ送ろう」

言葉を絞り出すのに苦労した、男はそんな自分に驚いた。

「煙草はもういいの?」

ちょうど車を走らせ始めたところで、少女はそう言った。

「ああ、咥えておいて欲しかったか」

そう聞くと、曖昧な笑顔が返事として帰ってくる。
先程の発言が今になって恥ずかしくなってきたのだろう。そう思った男はそれ以上追求することなく運転に集中する。

車内は無言だ。

カーステレオからは、いつかの時代のどこかの音楽が流れている。

窓の外の天気は未だに激しく、止む気配はない。

「…気を遣うことって、そんなにダメなのかな」

少女はふと呟いた。

男は答えない。

答えないというより、その質問に対して、明確な答えを返せずにいた。
ただ、

「神様は人を助けるが、人は神様の心配なんてしない」

そう返した。

気を遣われた人間は、気を遣ってくれた人間を慮りはしない。と言いたかったのだろう。
実際にそれは伝わったが、自分が神様と例えられたのが何だか面白くて少女は少し笑った。

「…それなら…私にとっての神様はプロデューサーだね」

「馬鹿言え」

男は無表情に否定する。
そして、付け加える。

「…逆だ」

「…プロデューサーは、私が周りに気を遣いすぎだって言うけど…私から見れば、プロデューサーの方がそうだよ」

「……………」

男は応えない。

「私はいつもみんなに助けてもらってばっかりだから…なにか出来ることないかな、って思ってるだけ。全然、苦なんかじゃないよ」

「……………」

男は応えない。

「プロデューサーは…Pさんは。今日だって、そんなに疲れてるのにわざわざ送ってくれて……っ。…このままじゃ、Pさんが擦り切れちゃうよ…」

「…………」

男は応えない。

ラジオは今の時刻を伝え、次の番組の時間だと、話を締めにかかった。

雨は、止む気配はない。

車が信号で止まった。

この場所の信号に引っかかると長いことを知っている男はサイドブレーキを引き、ハンドルから手を離す。

そして大きな溜息と共に、小さく笑いながら、ようやく答えた。


「…俺はいいんだよ」


その一言に、どんな意味が込められていたのか。
少女には分からない。自分如きがこの男の苦労を計り知ることは出来ないということは知っていたから。

だから、少女の瞳からは



「…何で、お前が泣くんだよ」



大粒の涙が零れ落ちた。

「Pさんが泣かないからだよ」

「俺は大人だ。泣いてる暇はないんだよ」

「私だって泣きたいから泣いてるんじゃないよ」

「じゃあどうしてだ」

男はそう聞くが、答えは分かっていた。
彼女は自分のために泣いてくれているのだ。
言葉通り、泣かない自分のために泣いているのだ。
そう思うと、確かにほんの少し、救われた気持ちになる。

「Pさんは神様なんかじゃないから。だからだよ…心配だから」

少女は嗚咽を漏らしながらそう言った。

男は、周囲に自分たちの他に車が無いことを確認してから、エンジンを切った。

「裕美」

名前を呼ばれた少女は俯けていた顔を上げる。
背もたれに身体を預けている運転席の男と目が合った。

「ありがとう」

目元に深い隈を刻んだ男は、僅かに笑ってそう言った。

「うん」

少女はそれだけ返した。
それ以外に返す言葉は見つからなかったし、きっとそれ以外に何も言う必要は無かった。

会話は途切れた。しかし車は動き出さない。

信号が青に変わり、赤に変わり、再び青になり、また赤になる。

その間、車内では一切沈黙が破られることは無かった。

けれど、少女は悲しくなかった。
涙は、自然と止まった。

信号がまた青に変わった時、車には再び火が灯り、低く嘶き始めた。

「行くか」

男はそう言った。

「うん」

少女はそうかえした。

今は、この沈黙が心地良かった。

いつの間にかラジオは次の番組が始まっていた。

パーソナリティの声は、随分と聞き慣れたものだった。

「あ…友紀さんの声…」

少女がそういうと、男は「ああ、もうそんな時間か」と独り言のように呟いた。

元気になる声だ。と少女は思った。
思ったことを誰にでも正面からぶつけられる彼女もまた、少女は尊敬していた。

「…今度のライブ、一緒に頑張ろうな」

車を走らせながら、男は少女にそう言った。

少女からの返事は苦笑とともに。

「うん。…Pさん、また私に気を遣ってる」

「…俺はいいんだよ」

男はさっきと同じ言葉を返した。
けれど今度は、少女も男も、少しだけ笑えた。

車が止まった。
車は、ある住居の玄関前でハザードを点滅していた。

「…Pさんが気を遣うのはいいのに、私は駄目なの?」

少女は少し、意地悪な言い方をした。
男は少しバツの悪そうな顔をして返す。

「俺は大人だ。大人は子供に気を遣われちゃ駄目なんだよ」

「どうして?」

「……どうしてだと思う?」

曖昧な返しだった。
それは、事務所でのやりとりに似ていた。

「…格好悪いから?」

少女はそうかえした。
きっと、これが男の欲しい答えなんだろう。

「…その通りだ、だから…

「Pさん」

少女は半ば強引に、男の言葉を遮る。
そして、少女は素直に自分の答えを返した。


「そんなこと、ないよ」


「格好悪いなんてこと、ないよ」

「……………」

気を遣うな。そう言おうとした。
だが彼女の真剣な瞳を前にして、これ以上そんな巫山戯たことは男には言えなかった。
だから散々逡巡した挙句、

「…ありがとう」

それだけ返した。

彼女は「送ってくれてありがとう」と言って、傘を開きながら車から出た。
助手席のドアが閉まったのを確認して、エンジンを掛け直す。アクセルを踏もうとしたところで、助手席の窓がノックされた。

音の方向に目をやると、男の予想通りの彼女だった。
忘れ物でもしたのだろうか、男は窓を下ろした。

「Pさん」

「忘れ物でもしたか」

「ううん…えっとね」

彼女は遠慮がちに、だけれど強い意志を感じさせる瞳で。

「私、頑張るから…だから、一緒に頑張ろう…ね」

彼女はそれだけ言って、返事も待たずに家の中へと消えていった。

男はブレーキを踏んだまま、背もたれに身体を投げた。
全く、やっぱり格好悪い。

けれど、彼女をあんな素敵な笑顔に出来るなら。
きっとこれでも安過ぎる。

男は疲れた身体に喝を入れ、事務所に向かってアクセルを踏む。

濃い隈を刻み、眉間に皺を寄せ。
だけれど口元には、隠し切れない笑みを含んで。

終わりです。
長引いてしまって申し訳ない。

こんな鬱々としたssを読んでいただいてありがとうございました。

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