モバP「俺は二宮飛鳥を殺す」 (74)

タイトル通りのそんなおはなし、ちょろっと長めになるかもですが、もとよろしければおつきあいくださると幸いです

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1401461960

 俺はプロデューサーという職についてから実はそれほど長くの時間を過ごしていないが、けれど世間では凄腕のプロデューサーであるらしい。

 自分の事を『あるらしい』なんて他人事のように言ってしまうのも少しおかしな話だが、事実なのでしかたがないのだ。

 就職活動に玉砕した俺は一人の男に拾われた、なんでも芸能プロダクションの社長なのだという彼が言うには、俺はプロデューサーになる素質があるのだという。

 二つ返事だった。もともと物事を深く考えるほど利口なたちでもなかったし、上京してきた手前親元に泣きながら帰ることなんてできなかったからだ。

 そして俺は次の週には『新米プロデューサー』になっていた。

 数人の担当アイドルを押し付けられる形で任されて、そして驚くべきことに才能ある彼女たちはちょこっとサポートしてやるだけであっという間にアイドルとして成功したと言って差し支えないレベルにまでこの世界の階段を駆け上がっていった。

 あれよあれよという間に、俺は『凄腕』という肩書を得ていた。 

 担当アイドルの三人をトップに昇らせた期待の超新星、凄腕。どうにも大層な肩書である。そんな呼ばれ方してしまったら、誰だって調子に乗る、俺なんてもうノリノリングだ。

『とはいえ、世の中には13人のアイドルを同時にトップアイドルにした伝説のプロデューサーもいるらしいので、慢心もほどほどにね』

 とは社長の言。正直そんな化物と比べられても困るのではあるが、慢心することは良い事ではないのは確かなのでしっかりと飲み込んだ。

 今日はそんなノリノリングがノリノリくらいになった俺は、今日も今日とて事務所へと顔をだすのであった。

 言ってしまえば俺の人生は流される人生であったのだな、と思う。

 義務教育を受け、周りに流され高校を受験して、その流れのままに大学生活を過ごした。

 そんな流れだけで生きていた俺は、当然ながら自己を推すことに本質のある就職活動に失敗、挙句の果てにまた流されることで職を得て、流されて凄腕にされている。

 なんとも数奇で、情けなくて、ちょっぴりわくわくする人生だ。

 さて、どうして俺は事務所のソファで自分の人生を振り返ってセンチメンタルに浸っているのか問われれば、それを説明するには目の前の特徴的な髪型の少女を紹介しなければならないだろう。

 我がプロダクション期待の新人アイドルであり、俺の担当アイドルである二宮飛鳥その人である。オレンジ色の髪に青いエクステでとても独特なヘアアレンジをする彼女は澄ました顔で珈琲をすすっている。

 事の発端は彼女の『人生とは』という果てしないテーマの持論を聞いていたことに起因するのだった。

 アイドルというのは『自己』をしっかりと持っている者が多い、よく言えば個性的であり、悪く言えばどこかおかしい人が多いのだ。

 もちろん全員がそうであるとは言い切れないのだが、少なくともうちに所属するアイドルの半数以上はその例に漏れることがない。目の前の彼女もまた、一人の『おかしなシンデレラ』である。

 そんな彼女の自己、つまりアイドルとしての特徴は『痛々しさ』であるらしい、自己紹介の際にそう自称されたので間違いないはずだ。

 なにより、事実、彼女はつい先ほどからとっても痛い持論を広げていた。

「――つまり、人生っていうのは人が持つ一つのイメージであるだけなのさ、だからボクは思うんだ、そもそもそんな言葉を遣ってしまうことそのものがナンセンスだってね。だってそうだろう? 人生の指し示すところは結局自分の生きた軌跡であるのだから、なら今を生きる事の出来るボク達がその言葉を遣ってしまう事には些かの違和感を覚えてしまうというものじゃないかな?」

 14歳である彼女は自他ともに認める中二病であった。

 年不相応な落ち着いた――というより達観した雰囲気とその冷たさを感じほどに凜とした容姿であって補って余りあるほどの痛々しさを滲ませながらに、彼女はくすりと俺に笑いかける。


「どうかな、理解ってもらえたかい?」

「うんうん、よくわかった」

「へぇ……やっぱりキミはボクの見込んだ通りのオトナだったみたいだね、ふふ、どうやらキミも痛いヤツみたいで、とても嬉しいよ」

「うんうん、よーくわかったぜ。本当に――二宮は実はブラックの珈琲は飲めないってことがさ」

「な!? そ、そんなことはないさ、何を言っているんだい、まったく」

 じゃあ、その埃の浮かんだすっかり冷めた珈琲はなんなんだ、さっきからすごいチビチビ飲んでるじゃないか。

 そういうと少し頬を赤らめてぷいと顔をそむけられてしまった。

 飲めもしないブラックコーヒーを飲むという行為自体には、実は俺も身に覚えがあった、というか、思春期の時にやっていた時期があった。周囲から見ればこんなにも滑稽な姿だったんだなと悶えたくなりつつ、なんとなくシンパシーを感じてフォローしてやることにする。

「なぁ二宮、俺ちょうどブラックが飲みたい気分なんだけど……」


「……だからなにさ」


「なんと手元には甘いココアしかないんだ、さっき入れるときに間違えてしまってな。よければ交換してくれないか?」


「これ、ぬるいよ、もう」


「猫舌なんだ、俺」


「……優しさが痛い、という言葉をボクは今日初めて実感した気がするよ」


「はっはっは」

 笑いながらカップを交換する。大人になった今でも決してブラックコーヒーが好きであるわけではないけれど、とりあえず交換を迫った手前ぐびっと大きく一口流し込んだ。
 広がる苦味に若干顔をしかめていると、彼女が言う。

「思春期のハートは繊細なんだ。理解ってほしいとは言わないけど、許容する余地くらいはほしいものだね」

「まずはブラックの苦みが許容できるようになってからだ、お前は」

「む、少し腹が立つ笑顔だね、それは……悔しいからボクが歪めてあげよう」

「やれるもんならやってみな、俺ももういい大人だ、そうそう中学生に――」

「関節キス」

「――ゴッフォッ」

 ――盛大にむせ返った俺の苦しそうな表情を見て、彼女はしたり顔でまたも俺に笑いかけるのだった。

ちょっと眠いので今日はここまで、まったく本筋にも入れてませんね、申し訳ない。

また明日続きを書きたいと思います。ラスト付近の書き溜めが先に出来上がっているので、そこまで行ってしまえば……

また明日(時間的には今日ですね)、お付き合いいただければ幸いです。

あ、言い忘れてしまってました。
このSSはおそらくですがちょびっとのエログロを含みます、こういうのはスレの最初に言うべきでした。

では今度こそまた明日、おやすみなさい。

おまたせしました、用事が終わり帰宅しましたので、これから少しづつ投下していきたいと思います



 二宮飛鳥はとても可愛い。

 それはファンの共通認識といって差し支えないはずだ。

 格好いいだとか、凛々しいだとか、そういったベクトルの違いはあれど少なくとも彼女をよく思っていなければファンにはならないだろうから、当然と言える。

 では、その認識はいったいどの程度この業界に、つまるところのポップカルチャー界に浸透しているのかと考えると、俺はあまり良い表情を作ることができない。

 彼女は魅力的だ。それは間違いない、自覚はないにしろトップアイドルを生み出し凄腕であるところの俺がそういうのだからきっと、おそらく、たぶん、間違いないはずである。

 恐ろしく曖昧なニュアンスであるが、一目見て『あ、イケる娘だ』という感覚があった。社長風に言うなればティンと来たのだ。

 だから彼女も、以前俺が担当していたアイドル達のようにトントン拍子でこの業界を駆け上がって行くものだとばかり思っていたのだが、現実は鳴かず飛ばずで数ヶ月を過ごすという結果にあいなっている。しまっている。

 事務所のデスクで頭を抱えていると、ふいに声を投げられた。

 新人アイドルなんてみんなそんなもの、だから別に危機感を覚えるほどのことじゃない。

 我が事務所きっての凄腕事務員こと千川ちひろさんは俺にそういって笑いかける。

 無言で差し出されたドリンク。ポケットから小銭を差し出すと、緑の淑女はとても幸せそうな笑顔でそれを受け取った。

 この人は本当に、なんて呟きながら受け取ったドリンクを一口。

「んー、そんなもんですかねぇ……俺はなんだか二宮のことを腐らせてしまっている気がして、気が気じゃないんですけれど」

「そんなものですよ――と言ってしまうとちょっとアイドルのみんなに失礼かもしれませんけどね。でもきっと大丈夫ですよ、飛鳥ちゃんはとっても魅力的ですから」

「そうですよね、すっごい可愛いんですよアイツ。だからこそ人気が出ないのにぐぬぬってなるんです」

「良いことじゃないですか、がんばってくださいね、凄腕プロデューサーさん。 私も応援しちゃいますから」

 グッとガッツポーズを作る彼女に、はははと渇いた笑を返す。

「んー、あの性格からのあの人懐っこさとか、絶対みんなに受けると思うんだけどなぁ。ギャップ萌えってやつっすかね」

「人懐っこい? 私はどちらかというと群れない感じのツンした雰囲気なイメージですけれど……」

「そうですか? よく膝に乗って来るところとか、肩に凭れて眠られたりとか、からかうとちょっぴり染まる頬とか、とっても可愛い一面もあると思うんですけれど……」

「へぇ、見たことないですね。でも、ふふふ、なんだか想像したら可愛らしいですね」

「そうでしょう? あの可愛さは、まるで――」

 ――その一言は、本当になんとなしに口にした一言で。

 そこには別に、なにか大きな意味は込めてなんていなくて、文字通り大したことない言葉ーーだったはずだった。

 けれどその言葉は後に俺にとてつもない行動を起こさせるきっかけになってしまった。

 今にして思えば、ことの始まりはもっと前であったけれど、俺の殺意の源流はここであったのかもしれない。

「恋する乙女みたいな」

 ――その言葉が、俺の殺人の動機とひどく歪に絡まるのだから。





 お疲れ様、ほらスポーツドリンク。

 ん、いつもありがとう、感謝してるよ。

 それが俺達のいつもの掛け合いだった。

 アイドルというと、画面の向こうやステージの上で華やかに歌って踊っているわけだが、そんな彼女達には当然ながらそこに至るまでのプロセスがある。

 血の滲むようなレッスンも、またその一つだ。

 トレーナーさんに会釈を一つくれて、担当アイドルに労いの言葉をかければ、二宮もまたやつれ気味の笑顔で言葉を返してくれる。

「肩で息しちゃってまぁ、今日も相当しごかれたな?」

「は、はは、うん今日も今日とてトレーナさんにじっくりとね。でも不思議だね」

「なにがだ?」

「こんなにひどく身体をいじめているのに、不思議と苦痛だとは思わないんだ」

 あ、言っておくけれどボクにマゾヒストの気はないからね。そう言って彼女は続ける。

「まだたったの一度だけど、あの日のライブが忘れられないんだ、そしてあの高揚感がさ。あの非日常のためだったなら、きっとボクはどんな辛いレッスンでも苦痛だとは思わないんじゃないかな」

 数ヶ月前にやった、小さな小さな、それも決してメインではなかったライブ。彼女はそれをこれほどまでに強く心に刻んでいる。

 だというのに、未だに次のライブを用意してやれない自分がとっても歯がゆかった。

 向けられた笑顔は眩しくて、なんだか少し言葉に詰まった俺は、気がつくと彼女の頭を撫でていた。

 それが場を繋ぐための行為であったのか、はたまた特に意味のない無意識の所作であったのかは定かではないが、目の前で嬉しそうに目を細める二宮は、やっぱり可愛かった。

 一瞬でも早く彼女を輝かしい舞台へ、そう強く思った。




 休憩があけて再びトレーナーさんの元に向かう飛鳥に手を振って、トレーニングルームを出ると、そこにはレッスン用のウェアを身にまとった可愛らしい少女がいた。
 いた、と言うか、鉢合わせをした。

「あ、プロデューサーさん! お久しぶりですね!」

「と言っても、二日ぶりだけどな」

「えへへ、そうでしたね」

 目の前で可愛らしく笑う彼女こそ、トップアイドルの名前を冠する我がプロダクションのエース、島村卯月その人であり、俺の元担当アイドルである。

「あとあれな、元プロデューサーさんな。今の担当が可哀想だろ、その呼び方してると」

「でもでも、やっぱり私にとってはプロデューサーさんですし!」

 今アイドルやれてるのプロデューサーさんのお陰ですし!なんて笑う彼女だが、彼女に関してに限れば俺は本当の意味で『なにもしていない』。

 3人の担当アイドルのうち、他の二人には微々たるものながらそれなりに手を尽くしたと胸を張れるのだが、しかしながら彼女、島村卯月に関してはその限りではない。

 一時伸び悩んでいる時期もあるにはあったが、それについても俺が何かのアクションを起こす前に、なにやら自分で解決して吹っ切れていた。

 ただひたむきに頑張る彼女の姿に惹かれた人々が、そしてそんな彼女が上げた成果に魅せられた人々が彼女をトップアイドルにしたのである。

 と、何度説明しても結局律儀にお礼を言うそんな彼女は、とっても彼女らしかった。

 そんなあざといまでの可愛さがあざとく見えない、純粋無垢な正統派アイドルこそが島村卯月であった。

「これからレッスンか?」

「はい! 最近はお仕事で忙しくってなかなかレッスンの時間が取れなかったので、いつもよりもっとがんばりますよ!」

「いいねいいね、昔っから変わらないその前向きで直向きな島村のスタンス、俺は好きだよ」

「――ッ ……もー、なんだかそこはかとなくバカにしてませんか?」

 そんな調子で談笑するのこと数分、彼女はトレーニングルームへ入って行った。

 彼女の持つ独特の雰囲気は、不思議と周囲の物事をいい方向へ引っ張るきらいがある、願わくば二宮にも良い影響があればいいな、そんなことを思った。

 と、同時に俺は彼女について少しばかり不安要素を抱いている。

 いや、不安といってしまうには少しばかり漠然としすぎているのかもしれない。

 ただ、ごく稀に、思う時があるのだ。

 彼女の笑顔には、影が差す時がある、と。




間違えて地文の最初のところ飛鳥って書いてしまってますね

飛鳥→二宮

でお願いします。







 伸び悩む、という言葉がしっくりときた。

 ただ、ただただ、不思議だった。

 二宮飛鳥というアイドルは、あれからまた数ヶ月の時を経て、未だに飛ぶことのできない鳥であったことが、信じられなかった。

 そしてなにより、その事を一切嘆かない彼女のことも、また、わからなくなりかけていた。

 いや、違う、そんなことを考えてはいけない。
 きっと彼女は島村卯月のように直向きなのだ、きっとそうだ、だから彼女を理解できないなんてそんな悲しいことを担当プロデューサーである俺が考えるべきではない。


 …………はたして本当にそうか?


 時間にして半年以上が経過している今、はたして本当に、直向きであるなどという簡素な言葉で片付けられるものなのか?

 彼女は、二宮飛鳥は間違いなくアイドルとして一定水準レベルに達している。

 容姿だけではない、ダンス、歌唱力、肉体的にも精神的にも、間違いなくトップアイドルクラスの者に引けを取らないほどだ。

 メディア的な露出だって、きっちりしているはずだ。誰かの目に止まって人気を博すに十分であるはずだ。

 じゃあ、なぜ?

 原因は俺にあるのか、だがちひろさん曰く俺は凄腕で、問題なく、むしろ良くやれているのだという。

 その言葉を信じるならば、では二宮には――アイドルとして活動する意思が――いや、それこそあり得ない。

 俺の目から見ても、二宮はこれ以上ないほどに意欲的だ。あんなに楽しそうにアイドル活動する女の子なんてそれこそ島村くらいのものだ。

 では――――








 決して多くいとは言えないテレビ出演の仕事を終えて、二宮は控え室前でまつ俺の元へ帰ってきた。

 最近ではTVなんかにもそこそこ出演することができるようになってきている、けれどそれは決してアイドルとしての大成を意味するものではなく、俺の所属するプロダクションのコネ、つまり売り出したいアイドルを出演させる枠を使っているだけだ。

 まったく人気が無いわけではなく、けれど大人気とは呼べない半端なポジション。

 俺の目の前の魅力的な少女は、なぜか実力に対してそんなところで燻ってしまっている、とても歯がゆい限りだ。

「おかえり、二宮。今日も良かったぞー。この調子でがんばって行こうな!」

 事実、彼女はそれだけの賞賛に値する仕事ぶりを見せていた。そのことを考えると、やはり原因は俺にあるのだろうか。

「ふふ、ありがとう。ボクとしてもキミに喜んでもらえて嬉しいよ。さぁ、事務所に帰ろうか、今日も運転をお願いするよ」

「おう、車回してくるからちょっと待ってろよ。あ、携帯にメールするから見てから来てくれな」

 そう言って二宮と別れる。着替えとかもあるし、少し時間に余裕を見ながら車を回してくるとしよう。



 そういえば、プロデューサーが送迎するというのも変な話だが、ウチの方針であるのだから仕方がないよな。なんてそんなことを考えていたら、販売機の前で飲み物を飲む明るい印象の少女が目についた。

 目についた、というか、鉢合わせした。

「おお、元プロデューサーさんじゃん! お久しぶり! 元気してたー?」

「とはいえ一週間ぶりだけどな、元気だよ。収録かなにかか?」

「うん収録。そっか元気か、そりゃあよかった」

 元担当アイドル2号こと、本田未央その人であった。

 あったので――

「それじゃあな」

「え!? ちょっとちょっと! それはちょっとばかし寂しぎるんじゃないかねーキミー」

 肩を掴まれた、さすがアイドルだ、ダンスで鍛えた瞬発力だろうか。

「いや、ごめん。急いでんだよ、俺は」

「むー、アイドルに声をかけられてその態度は少しバチ当たりだと思うなぁ、男として」

「他のアイドルに現を抜かして担当アイドルを待たせるのはどうかと思うんだ、プロデューサーとして」

「なるほど、ならしょーがない、今度デート一回で許してしんぜよう」

「いや、アイドルとデートとかそれこそダメだろ」

「じゃあなんか奢ってよ! パフェがいい!」

「本性が出た!?」



 いい意味でサバサバしていている。明るく、ノリがよく、一緒にいて自然と笑顔になれる、どころか眺めているだけでも元気になってさえしまう。そんな素敵で活発な少女、それがアイドル本田未央である。

 彼女は俺が担当していた当時から本当になにも変わってない。

 空気を読まず、空気を変えることのできるその天真爛漫さを武器にトップアイドルとして名を馳せる彼女は、指を顎において、そう言えば、ときりだした。

「元プロデューサーって今担当してる娘となんかあったりした?」

「え、なんでだ?」

「んー、なんにもないならいいんだけどさ」

「なんだよ気になるな、教えてくれよ」

「いや、実は私もよくわかんないんだけど、しぶりんがなんかそんなこと言ってたんだよねー」

 しぶりん、とは3人目の元担当アイドルである渋谷凛へと呼称だったと記憶していた。
 渋谷がなにか言ってた?

「あ、そういや俺、最近全然渋谷に会えてないかも……」

「え? そうなの?」

「うん、具体的には2ヶ月くらい」

「2ヶ月!? なんで!?」

「いや、本当にたまたまだよ、仕事とかの関係で事務所で鉢合わせってことがなかったんだ。アイツも俺も忙しいし」

 そう考えると必ず2日とあかずに再開できている島村とは何かの縁があるのもしれない。

 担当を外れてからも、不思議と彼女とはよく顔を合わせている気がする。

 これはいい機会だし、今度タイミングを見つけて会いに行こう。そういうと本田もそれがいいと頷いていた。

 ――と、ポケットから振動。取り出せば携帯にメールが入っていた。

 『まだかい?』

「あ、やばい」

「担当の娘?」

「おう、それじゃあな!」

「あ、ちょっと! こんど奢りだからねー!? パフェだからねー!」

 廊下を走り去る俺の背中にぶつけられる少女特有のソプラノボイス。

 わざと聞こえないふりをしたのは、ここだけの内緒である。






 『わるいな二宮、今ちょうど車を回したよ』

 『キミが時間にルーズになるのは珍しいね、どうしたんだい? なにかあった?』

 『いや、ちょっと以前担当だったアイドルと話しこんじゃってな』

 『……ふーん、ボクより大切なんだね、その娘が』

 なんだか変な言い回しだ。もしかしたら二宮も最近の自分の状況に思うところがあるのかもしれない、フォローを入れておこう。

 『大切っていうか……まぁ、これはこっちに落ち度があるよな、すまん。でも俺はなにより担当アイドルであるお前を大切に思っているよ』

 『そうでなくちゃ困るさ、ボクはそのために頑張ってるんだから』

 そうだ、二宮もトップアイドルになるために頑張っているんだ。必ずその頂に立たせてやろう。本当に、絶対に。

 開いていた携帯を閉じて、視線を上げると二宮がガラス製の自動ドアの向こう側に見えた。手を振りながら歩いてくる彼女に不思議な違和感を覚えた俺は、はたしていったいどうしたのだろうか。







 渋谷凜という少女は、俺が担当していた三人のアイドルの中で一番手を焼いたアイドルであった。
 とはいえ、俺が手を焼かれたのは本当に最初だけの話。
 才能を秘めた原石でありながら、それを磨くことにあまり積極的ではなかった彼女は、だがほかの二人と触れ、アイドルというものを明確に目指すようになるにつれて本来もっていたポテンシャルを十全に発揮し、文字通りのトップアイドルへと上り詰めた。
 とどのつまり、俺の出る幕なんてないくらいに、彼女達三人の絆は偉大で強大であったのだった。
 買い被る節のある島村卯月、軽んじる傾向にある本田美央に対して、渋谷凜はしっかりと物事を見据えている。上に見るでも下に見るでもなく、確かに其処を見据えることができる。
 だからこそだろうか、俺は渋谷の事がちょっぴり苦手である。流されて、だらりだらりと生きてきた俺は渋谷のまっすぐで鋭く凛々しい瞳に見つめられると、なんだか自分が酷くしょうもないものにでもなったかのような気持ちになってしまうのだった。
 まぁ、全部ただの被害妄想なんだけれども。

「久しぶりだな、渋谷」

「久しぶり」

 事務所近くの人気の少ないこの喫茶店は、たまにアイドルとプロデューサーが今後についての方針について話すときなんかに使われることがあるのだが、今回は決してそんなにお堅い話が目的ではない。
 しばらく会っていなかったから、たまにはお茶でもどうだ。そう声をかければ、渋谷は快く誘いを受けてくれた。
 いつもツンと澄ました表情でいるから勘違いされがちではあるが、彼女はとても優しい少女であるのだった。
 待たせてしまったことに一言だけ詫びを入れて、アイスティーを注文。渋谷はもともと飲み物は頼んでいたようで、追加でケーキを注文していた。

「もちろん奢りだよね?」

 しっかりしてやがる。
 とはいえ、相手は高校生だ、大人の立場もあるので笑顔で了承することにした。

「いいさ、好きなだけ食え」

「ありがと」

 にこり、と笑う。
 少しばかり歯が浮くセリフだが、今の表情を見るためのケーキ代(820円)ならばきっと安いはずだ。アイドルの微笑みとかきっとその筋の人ならもっとお金を積むだろうし。

「アイドルってすげぇ……」

「いきなりどうしたの」

「あ、いやいや、ごめんなんでもない。――と、そうだ今日会おうって言ったのには理由があってさ」

「なに?」

「実は本田から聞いたんだけど――――」



改行を忘れてしまっていました、もうしわけないです。
修正してもう一度投下しますね。






 渋谷凜という少女は、俺が担当していた三人のアイドルの中で一番手を焼いたアイドルであった。

 とはいえ、俺が手を焼かれたのは本当に最初だけの話。

 才能を秘めた原石でありながら、それを磨くことにあまり積極的ではなかった彼女は、だがほかの二人と触れ、アイドルというものを明確に目指すようになるにつれて本来もっていたポテンシャルを十全に発揮し、文字通りのトップアイドルへと上り詰めた。

 とどのつまり、俺の出る幕なんてないくらいに、彼女達三人の絆は偉大で強大であったのだった。

 買い被る節のある島村卯月、軽んじる傾向にある本田美央に対して、渋谷凜はしっかりと物事を見据えている。上に見るでも下に見るでもなく、確かに其処を見据えることができる。

 だからこそだろうか、俺は渋谷の事がちょっぴり苦手である。流されて、だらりだらりと生きてきた俺は渋谷のまっすぐで鋭く凛々しい瞳に見つめられると、なんだか自分が酷くしょうもないものにでもなったかのような気持ちになってしまうのだった。

 まぁ、全部ただの被害妄想なんだけれども。

「久しぶりだな、渋谷」

「久しぶり」

 事務所近くの人気の少ないこの喫茶店は、たまにアイドルとプロデューサーが今後についての方針について話すときなんかに使われることがあるのだが、今回は決してそんなにお堅い話が目的ではない。

 しばらく会っていなかったから、たまにはお茶でもどうだ。そう声をかければ、渋谷は快く誘いを受けてくれた。

 いつもツンと澄ました表情でいるから勘違いされがちではあるが、彼女はとても優しい少女であるのだった。

 待たせてしまったことに一言だけ詫びを入れて、アイスティーを注文。渋谷はもともと飲み物は頼んでいたようで、追加でケーキを注文していた。

「もちろん奢りだよね?」

 しっかりしてやがる。

 とはいえ、相手は高校生だ、大人の立場もあるので笑顔で了承することにした。

「いいさ、好きなだけ食え」

「ありがと」

 にこり、と笑う。

 少しばかり歯が浮くセリフだが、今の表情を見るためのケーキ代(820円)ならばきっと安いはずだ。アイドルの微笑みとかきっとその筋の人ならもっとお金を積むだろうし。

「アイドルってすげぇ……」

「いきなりどうしたの」

「あ、いやいや、ごめんなんでもない。――と、そうだ今日会おうって言ったのには理由があってさ」

「なに?」

「実は本田から聞いたんだけど――――」





「ああ、その話?」

 なんだか気だるげ調子で、渋谷はそういった。さっきまで笑顔だったのに、なんだか気持ちムスっとしている気がしないでもない。

「うん、その話。俺と二宮になにがあったんだ?」

「その質問の仕方はどうなの?」

「なるほど、一理ある」

 からん、とアイスティーの氷が音を立てた。

「んー、いや、どうしようか……私から言っていい事なのかどうか……」

「らしくなく歯切れが悪いな、なんか問題があるのか?」

「んー、下手に話すと人間として最低の屑になっちゃうかもしれないし」

「え!? まってまって、俺そんなすごい事要求してるか?」

「馬に蹴られて死ぬのもやだしなぁ」

「命まで!?」

 俺の戦慄をどこ吹く風と言った様子で眺めながら、渋谷は先ほど届いたショートケーキをはむりと口に運んでいた。おいしかったようで表情が少しばかり綻ぶのを確認できた。

「まぁ、冗談もほどほどにして」

「あ、冗談だったのか」

「半分ね」

 半分なのか……いったいどこからどこまでなんだ? と、そんな風に言葉を吐こうとして、俺はその言葉を飲み込んだ。

 理由としては至極簡単で分かりやすいものがあった。

 目の前の少女、渋谷凜の表情が先ほどまでとは明確に違い真剣なものになっていたからである。アイドルとして活動している時とはまた違って真剣さが容易に見て取れるほどに、その瞳には力が籠っていた。

 いったいなにがそれを生んだのかは定かではないが、とにかく空気を察した俺は黙ることくらいはすることにする。

「元プロデューサーさ、卯月について、気がついてる?」

「……まて、言葉が足りなすぎやしないか?」

「はぁ……」

 いや、溜息を吐かれても困る。

「そうか、やっぱりそうだよね。卯月はまだ話してないか、じゃあ私から話しちゃうのもちょっと問題があるかも」

「いや、ごめん、本当にわからないから、頼むから意地悪しないで教えてくれないか?」

 そういうと、渋谷はその場でむむむと腕を組んで唸りだした。相当悩んでいるらしく、そのまま一〇数秒唸った後、溜息とともに口を開く。

「ごめんねプロデューサー、私もプロデューサーには感謝しているけれどこればっかりは言えないや」

「……そうか」

「でも一つだけ、忠告というか――ううん、ちょっとした意地悪」

「意地悪? ひどいな、悲しくなっちゃうぞ」

「いい気味だよ、私の友達を散々苦しているバツ」

 苦しめてる? 俺がか? いったいどういうことだ、それは。
 心当たりがない、もし万が一誰かを意識せずに傷つけていたとして、けれど渋谷の言い方ではつい最近の事ではない様子だ。それに未だ継続的に苦しめているような物言いも気になる。

「ちょっとまて、いったいなんの――」

「言えないよ。残念だけど私はそれ以上は言わない。私が言えるのはこれから言う意地悪な言葉だけ」

 そういう、目の前の少女は、本当に意地の悪い笑みを浮かべて言った。

「このままだったら、二宮飛鳥は殺されるよ、間違いなく、必ずね」

書き溜め終了、続きは風呂あがったら書かせていただきます

少しばかり待っていただければ幸いです

すいません、用事が入りました

次の投下は明日になりそうです。明日には必ず終わらせますので、ご容赦ください。

おまたせしました、今からぼちぼち書いていきたいと思います。

ラストは既に書き終わっていますので、そこまでのつなぎの部分を執筆していきたいと思います。

いましばらくお待ちいただければ幸いです。





 頭の中をスプーンで抉り出されて、泡だて器でぐちゃぐちゃにされたような感覚。

 そんな、奇妙で吐き気だって覚えそうな感覚。一瞬めまいだってした、意味が理解できなくて、ただただ交錯する思考の中でやっとの思いで吐き出した言葉は――
 

「な、なんだって……?」

 そんな、現状を再度確認するための甘えた言葉だった。

「だから、殺されるんだって、あの娘」

「……おどろいたな、渋谷はそういう冗談は言わないタイプだと思ってたんだが――」

「冗談でも、嘘でもないよ、本当のこと」

「――ッ」

 言葉を失う――その表情が、本当に一切笑ってなんていなかったから、なにより悲しい事にその表情は彼女がトップアイドルになると俺に宣言した、あの時とまったく同じものだったから――それが真実であると、いやでも理解ってしまったから。

「渋谷……よくわからないよ、まったく意味が解らない。悪い冗談じゃなくて、それで殺すとか死ぬとか、そういう話がでてくるような世界じゃないぞ、ここは。少なくとも俺はそういう世界を生きてるはずだ」

「……まるで、元プロデューサーが一度も人を殺してないみたいな言い方だね」

 静かな怒り、そんななにか。

 その呟きには確かにそれが含まれていた。

「は!? まてまてまて、追いつかない、全然考えが……俺が人殺し? するわけないだろう! そんなこと!」

 混乱、錯乱、掻き乱される。

 目の前でそれを言う人物が、いっそ知らない人間であったならば、気でも狂ったのかと一笑にふして帰ることができただろう、けれど今目の前にいるのは、俺という人間一定以上の信頼関係を築いた事を自覚している渋谷凜という少女である。

 だから、彼女のいう事が正しい事と、俺の考えもまた正しい事がわかる。

 俺は人を殺すような度胸もなければ、馬鹿でもない。人生二〇年も生きていれば人に殺意を覚えたことはあるにしろ、それを行動に起こしたことは一度もないのだ。

 ――じゃあ、なんだっていうんだ。

 混乱してただ立ち尽くす俺を現実に引き戻したのは、その元凶である少女だった。

「酷い顔してるよ、元プロデューサー」

 ぽん、と肩に手を置かれる。

 その表情はとても優しくて――ああ、そうか、やっぱり冗談だったんだな、よくわからないことを言って俺を困らせたかったんだな、まったく――

「いい気味だね」

 そう言い残して、彼女は――渋谷はケーキも食べかけで喫茶店を出て行った。

 全身の力が抜ける感覚、危ないと思った時には俺は盛大に椅子に尻をぶつけていた。

 からん。とけた氷が音を鳴らす。

 テーブルに残ったアイスティーと、上品に食べていたのだろう綺麗に削られているケーキが、なんだか今の俺の心情を表している気がして、思わず乾いた笑みが漏れる。

 ――置いていかれた、二重の意味で。

 だというのに質が悪い事に、なにか重大であるという漠然とした危機感だけは、しっかりと楔の様に打ち込まれていた。










「プ、プロデューサー?」

 物言いたげに俺を呼ぶ二宮、窓から差し込む夕焼けのせいなのか、はたまた羞恥からなのかその頬は朱色にうっすら染まっていた。

「なんだ?」

「いや、なんだじゃあなくてさ、なんでさっきからボクのことをずーっと見ているのかな?」

「見てない見てない」

「嘘を吐いたって無駄だよ、ずっと見ているじゃないか。仕事中もこうして事務所でソファに座っていたって、ずーっと」

「気のせいだって」

「セクハラかい?」

「酷い言われ様だ。プロデューサーとして信じてもらえてないなんて悲しいな」

「信用することと、盲信する事は別さ。物事を受け入れる事しかしない人間が行き着くのは、総じて破滅なんだから、ボクはしっかり信頼を元に疑心を捨てはしないことにしてるんだ」

「つまり?」

「キミが中学生に欲情する変態である可能性がたった今浮上したってことさ」

 そういうと、二宮はソファから立ち上がった。

「さて、そろそろボクは仕事があるわけだけれど、確か今日は――」

「ああ、場所が近いからお前一人で向かって欲しいって話だったんだが……」

「なにを不安がっているんだい、これでもそれなりに長くアイドルをやってきているし心配は無用だよ、それじゃあ行ってくるからね。 キミの期待に応えられるように、がんばってくるさ。」

 二宮は事務所を出て行った。

 一瞬、後を追おうかとも考えたが、思いとどまる。本当に変態扱いを受けても困るし、なにより本当に二宮が殺されるなんて、そんなこととてもじゃないが信じ切れていないからだ。

 あの一件から早三日、目の届く範囲で二宮をずっと見守ってみたが、時折こちらの視線にもじもじとする以外は至って平常であった。

 アイドルという存在は、嫌でも目立つ。最近ではそこそこのメディア的露出をしている二宮もその例には漏れない、ならばトチ狂った考えの輩がそういった行動に出ないとも限らないと言えばそうであるが、だがそれではそれを渋谷が知っている道理がない、そしてそれを良しとするとも思えなかった。

 ともあれ、どうあれ、この件はこのままでは終わらせることはできないのは明白だ。当然、俺は次の行動を起こしている。

 少なくとも明日、なにか進展があるはずだ。
 
「ちひろさん、今日は二宮のヤツ直帰ですし、俺も仕事もうないんで帰りますねー」

「わぁ、明るいうちにあがりなんて羨ましいですね」

「はっはっは、そうでしょう」


 脱いでいたせびろを羽織って鞄を持つと、俺は携帯を手に事務所の扉に手をかける。

 登録されている電話番号から、目当てのものを見つけると同時にコール、明るい声の受け答えを期待しつつ、オレンジ色の世界を歩きだした。

 この際御法度なんて知ったことか、俺は彼女と――本田未央とデートをする。






 ちょこっとだけお高めの家賃のアパート、その201号室が俺の家。

 スタンドライトだけが灯る薄暗い室内、就寝前のベットの上で考えるのは、つい数時間前に聞いた本田の言葉。

『しぶりんが話したのは意外だったけど、やっぱり私はなんにも言わないことにするよ、でもしぶりんにならってちょこっと意地悪しちゃう』

『実際、私も少しだけやるせないしね。八つ当たりだっていうのは本人か一番わかってそうだけど』

『一週間、きっとあとそれぐらいだよ。それ以上はきっと我慢できないと思うよあの娘』

 結果から言えば、デートの結果は財布を軽くした対価として可愛い女の子とパフェを食べて、その後にまた楔を打ち込まれるだけに終わった。

「ああ、くそっ!」

 大人げなく壁なんて殴ってみても、右手の痛み以外は何も得られない。

 渋谷だけでなく本田まで、それもまたあの表情で、至極真剣な表情で、俺の担当アイドルが殺されるなんて馬鹿げたことを言い出した。

 ――いや、真に問題であるのは、それが馬鹿げたことであると切り捨てられないこの状況である。

 もしも、過程の話だが、本当に二宮が殺されるのだとすれば――それは絶対に阻止しなければならない。

 提示されたリミットは一週間、それも最長でというニュアンスでの言葉を吐いた。

「なんだってんだ……どういうことなんだ……」

 例えば、二宮飛鳥を付け狙う殺人鬼がいたとして――ではなぜあの二人がそれを知っているのか、そして協力的であるのか、そういう疑問が浮かび上がる。だからこの線は薄い。

 あの二人がなんの正当性もない悪事を許容するような性格ではなことを俺はよく知っている。

 なにもわからない――ッ

「着信……? いや、メールか」

 枕元の携帯電話が振動している、バイブレーションの短さからいって、メールだろうと判断して、緩慢な動作で手を伸ばして開く。

『事務所で待ちます。会いたいです。』

 そう二言だけ。

 そのメールには、その二言だけが書いてあった。絵文字もなければ顔文字もなく、件名は無記名のとても簡素な物。

 驚いて体を起こすと、時計を確認する、時刻は午後の23時を過ぎていた。

 構うものか。『アイツ』にはこちらにだって用がある、このタイミングでの誘いはむしろ望むところ。

 就寝する気でいたために着ていたジャージを適当な洋服に着替えて念のためにとちひろさんから渡されていた鍵と、財布と携帯電話をポケットに詰める。

 車を飛ばせばほんの十数分でつく、今すぐに向かうとメールを手短に打ち返して俺は家を後にする。






 もとより、わかりきっていたことだった。

 あの二人の共通の友達であり、俺の知人。

 認めたくないことだったが、けれど認めざるを得ない。

 ――島村卯月。俺を呼び出した彼女が、きっと全てを知っているのだろう。


 今日は月が出ていないんだな。

 そんなことを思ったのは事務所の扉の前に来た時になってからだった。今まで車を運転してきていたというのに、そんな事にも気がつかないほどに俺は動転していたようだ。

 動転していたと言えば、そもそもどうした島村は俺を事務所に呼んだのだろうか。

 もし話をするだけなら別にもっとたくさんいいところはあっただろう。

 ――いや、それ以前に、なぜ島村は事務所に入れるのだろうか――あっ

「ってことは、鍵はいらなかったってことか?」

 案の定、鍵を差し込むまでもなく事務所のドアは開いた。仲に島村がいるのだからそれもまた当然と言えば当然である。

 ちひろさんも、よくアイドル一人で事務所に残ることを許したな、こんどあったらその辺じっくり問い詰めよう。

「ん、なんだ真っ暗じゃないか」

 開けっ放しで事務所を出ていくとは考えにくいし、中にいるのは確かだと信じたいが、一切の明かりのない事務所には、それはそれはで違和感を覚える。

 人を待つのに明かりを断つ必要なんてないはずなのだから。

「島村ー? あれ、マジでどうなってんだ……ん、またメールか」

 ポケットでまたも振動する携帯電話、真っ暗な事務所で俺は電気もつけずに携帯電話を確認した。





『ごめんなさい』




 記された文面はまたもたったの一言、件名の無いメールは島村がいつも送ってくる可愛らしいメールとは似ても似つかない。

 先ほども感じていた違和感、それを考察する時間すらも与えられずに、俺は背後から感じた衝撃に俯せに倒れた。

ちょっとごはん食べてきます。

「――ッ な、なん!?」

 例えば、一撃で気を失わせるような打撃じゃなくて、相手を突き飛ばすことが目的であるかのような、そんな衝撃。

 俯せに倒れた俺の視界は当然ながら床のタイルで埋まっている、状況を把握できていない。

 ただ一つだけわかっているのは、ナニカがいるということ、そしてそれが島村卯月であるはずだということ。

 パタン、と、ドアが閉められる音がする。慌てて転がって仰向けになってみてもやはりそこに外のが見える長方形はない――閉じ込められたという事だろうか。

 もしも、暗闇にいるのが島村であったとして、ではなぜそんなことをする必要があるのだろうか。

 真っ暗な事務所、その空間は未だ暗闇に目の慣れない俺の恐怖を、ただただ増幅させる。

 殺す、殺される、死ぬ。

 そんな非日常的な単語を、ここ最近よく耳にしたことを嫌でも思い出してしまう。

 ――つまり、そういうことなのか?

 ひたり、ひたり、と音がする。

 足音だ、間違いない、それがこちらに近づいてきている――

「し、島村……な、なんだよな? おい、これはいったいなんの……」

 ぶぶぶ、と。暗闇の中でバイブレーションの音を聞いた。先ほど倒れた時に投げ出してしまったようで、ギリギリ手の届かない距離に落ちている携帯電話、メール画面を開きっぱなしにしているそれに、メールの着信を意味する文字が映し出されていた。
 差出人は、島村卯月である。

「メールでってことか?」

 うっすらと、携帯端末の光が暗闇に浮かび上がる、宙に浮いているようなそれはきっと、島村がもっている携帯の者だろう。その光が頷くように縦に振られた。
 ――いったいどういう事なんだ。けれどとにかく、俺は自分の携帯電話を這って取りに行く。

『すいません、痛かったですよね』

 一見して敵意のない文面だった。一安心――と言いたいところが、むしろそれが不気味さを煽っていた。
 未だに目は慣れない、たぶんあと数分はかかるだろう。ただ一つ分かったのは、島村の名を語る誰かによる襲撃や、島村を巻き込んだ襲撃ではないということだ。それだけで、いくばくか状況は好転した気がした。

「なぁ、島村……ちょっと説明するには長くなるんだけど、俺は今ちょっと動転してるんだ……だからこんなことされるとなんというか、とても怖いんだよ。ちょっとした茶目っ気からくるイタズラとかなら、今すぐにやめて欲しいんだけど、駄目かな」

 沈黙が数秒、忙しなく動く携帯の光からきっとメールを打っているのだろうと思われた、つまりそれは回答を聞くまでもなくそういうことなのだろう。

『すいません、それはできません』



「そうか――」

 考える。

 考えたくないが、それでも無理矢理に考えてみる。

 目の前の卯月がどういった事情を抱えているかはわからないが、けれど一つだけはっきりしているのは、いつもの俺の知る『島村卯月』とは少しばかり違ってしまっているということだ。

 ただでさえ物騒な言葉を散々聞かされているのだ、ここで相手の思惑通りに動くのはよろしくなく思える。

 いいや、違う、取り繕うのはやめよう。単純に、今の俺は理解できないことが多すぎることに対する恐怖で疑心暗鬼気味になっているのだ、そしてそれは、そうであると理解できたからと言ってどうにかなるものでもない。

 幸い、島村の位置は携帯の光でわかっているのだ。まだ目は慣れていないが――相手が少女であるならば捕まえて、安全を確保したうえで会話をすることだってできる。

「悪く思うなよ島村……」

 一気に立ち上がり、床を踏み込む。最近運動不足気味であったが、なんとか体は動いてくれた。

 あくまで捕まえるだけ、けがをさせることはしてはならない、だからそれなりに配慮して卯月の体があると思われる辺りに手を伸ばす。

「キャッ」

 柔らかな感触、少女の体のそれだろうことはすぐにわかった。加えて、可愛らしい悲鳴も聞くことができた。間違いはないだろう、と同時に成りすましているという可能性は完全に消えた。

 後でなにを言われるかは分かったものじゃないが、背に腹は代えられない、そのまま両手で抱きこむようにして島村を拘束する。これならけがをさせてしまうことも無いと思ったからだ。

「悪いな、本当にごめんな、でも俺も気が気じゃないんだ」

 もぞもぞと手の中でもがく島村に、そう言い聞かせるようにそういう。

 一度落ち着かせたら電気をつけて、この行動を謝って、許してもらえたならソファでゆっくり話を聞かせてもらおう。

 混乱気味の頭で精いっぱい今後のプランを考えた。

 考えていたが、けれどそれは直後白紙になることとなった。

「プロデューサーさん……」

 声が聴けた。

 けれどそれに対する安堵よりも先に、また俺を混乱が襲う。




 唇に、なにかが触れた。

 湿った何かが、触れたのだ。

 それは紛れもなく、島村の――


一瞬、本当になにも考えられなかった。
 驚きで力が緩む、その際にまたも押し倒されてしまった。後頭部を床に打ち付けた痛みで、やっと我に返る。

「し、島村お前、な、なにを……」

「……メですか? …………たら」

 聞き取れなかった声は、それでもとても震えているということだけが聞いて取れた。
 間違いじゃない、気のせいでもない、今俺は島村に――キスをされたのだ。
 理解が追いつかない事が多すぎて、この数日は本当に――それこそ吐き気だって覚えたりした、でもそれと比べても今の状況はあまりにも予想外過ぎる。
 それだけではない、今俺は押し倒される形に、つまり島村に馬乗りにされている。先程までの思考に基けば、一刻も早く脱さなければならない状況であるというのに、動転を通り越して停止してしまっている今の俺の思考ではそれすらも考え付かない。
 いや、事実今そう思えているのだから考えることはできている、けれど体が動かない。

「ダメですか? 私がキスしたら」

 暗闇に目が慣れ始めていた。
 はっきりとわかった、今俺の上で涙を流す少女がだれであるかが、けれどそれだけだ。そこにいる少女は、俺の知るトップアイドル『島村卯月』ではない、なにかがずれた、俺の知らない島村卯月がそこにはいた。

「だ、駄目に決まってるだろ! お前はアイドルなんだか――」

「わかってますよ!」

「がふっ」

 怒声と共に首を絞められた――息ができない、苦しい。
 まずい――これはまずい。
 幾度となく考えてしまっていた可能性が頭の中に映像として思い浮かぶ、このまま窒息してしまう自分の姿が想像できた。

「ねぇ、プロデューサーさん、私ね、私……」

「――人を殺したことがあるんですよ」






 意識が薄れていく、このままではまずい。

「ぐ、うが」

「苦しそうですねプロデューサー、手、どけますね」

 首に食い込んでいた細い指がどかされる。涙目になりながら咳き込むと心配そうに島村が語りかけてきた。

「大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫に見えるか?」

 皮肉と同時にキッと睨みつける、未だ信じられないが、今たしかにコイツは自分から自分が人殺しであると告白した。どういった経緯があるのかは知らないし、わからないが、とにかく今最優先するべきなのは、俺が殺されないことと、二宮が殺さないことである。

 だからまずは――そこまで考えて、また一つ、おかしな点に思い当たった。

「おい、お前なんで――」

 暗闇に目が完全になれたからこそ分かった。

「――そんなに、悲しそうな、苦しそうな顔してるんだよ……」

 島村卯月の、今にも死んでしまいそうなその表情が、しっかりと見えた。

「なんでだと思いますか?」

「わかるわけないだろ、だから聞いてるんだ! くそ! なんだってこうも俺に解らない事ばかり……でもな島村、お前が抱えてる事情は知らないけれど、俺はお前のためになることならなんだって協力してやれるぞ、なんたって元プロデューサーだからな、だからもしもこんなことしたのになにか理由があるならきっちりと話せ、な、頼むから聞かせてくれ」

「なんだってですか? じゃあプロデューサーさん……一つだけ、お願いしてもいいですか」

 そういうなり、島村はゆっくりと俺の体に自分の体を絡めるようにして抱きついた。その行動の意味は理解できないが、目的はなんとなく察することができた。

 とても自惚れた考えだが、でも、つまりこれは――

 息がかかるほどの距離、ちょっとでも動いてしまったら鼻先が当たってしまうような距離に、少女の顔がある。島村のとても可愛らしい顔がそこにある。心なしか良い香りまでするものだから、俺はもうどうしていいのかが解らなくなっていた。

 頬に島村の長い髪が触れる。

「プロデューサーさん、私ね、殺したんですよ」

「…………なぁ、それって――むッ!」

 唇を、塞がれた。
 唇で、塞がれた。

「――はぁ、お願いです、一度、全部話させてください。その後に、全部答えますから」

 耳元で囁かれる。背筋がぞくりと震えた。それは決して恐怖からくるものではなく、妙に熱っぽい声で囁かれたことに対するむず痒さからである。

 もぞもぞと島村の体が動くたび、こんな状況で、柔らかな感触を心地よく思う自分が酷く醜く思えた。

「私は、プロデューサーさんが――」




 その日、その夜、その場所で、俺が聞かされた事実はとんでもないものだった。
 話の最後に、島村は俺に言った。
 すべてを話した後で、俺がすべてを理解した後で、確かに俺に、そう言ったのだった。

「だから、だからプロデューサーさん……二宮飛鳥を殺してください」

 そしてその頼みを、俺は――



あと少しで終了です、ちょっと風呂入ってきます






 『二宮飛鳥』というアイドルは、『それなり』の人気を持つアイドルである。

 プロデューサーである俺の目からすれば、その評価は不当なものであると思う、彼女の持つ魅力と技術は既にトップアイドルと比べても劣らない物であると、そう思っている。贔屓目なしにだ。

 いつもライブ中の彼女はこれ以上ないほどに輝いていた。見てくれている人に対する彼女の気持ちが全面に出されているかのような、そんな素敵なパフォーマンス。技術的にも申し分ないそれはキラキラと輝いているのだった。

 彼女は本来、もっと上にいるべきアイドルであると、俺は思っている。

 そんな彼女のライブに、俺は今日来ていた。

 いつもならば控室側から覗いているライブも、観客席から一般客に混ざってみるとなると、とても新鮮な物に感じられた。思えば二宮の事をこちら側から眺めたことなんて一度もなかったからなおさらである。

 そして、それこそが俺のもっとも大きな過ちであったのだと、島村は言った。

 ――アナウンスが流れる、ライブの開始を合図する。ファンの皆が完成を上げ、スポットライトに照らされた彼女が壇上に上がった。

 

 




 嗚呼、なるほど。

 確かに俺は過っていた。

 これは違う、これではおかしい、これでは『二宮飛鳥』は――――







 ライブ会場から出た俺を待っていたのは、島村卯月その人だった。

 あの夜の時とは明らかに違う顔つきの彼女。それが本来あるべき姿であり、それは本来彼女の望むものではないものだったはずだった。

「どうでしたか?」

「ああ、俺が間違ってたよ、島村の言うとおりだった。なんで俺はこんなことにも気がつけなかったんだろうな」

「大丈夫ですよ、気を落とさないでください! まだ間に合いますって! 頑張っていきましょう『元』プロデューサー!」

「ああ、そうだな、まだ間に合う」

 空を見上げる。月が出ていた。綺麗な月だった。あの日は月が出ていなかった、だからつまり俺はそれだけの時間をあの日から過ごしたことになるんだろう。

 確信を得るのが怖くて、わざわざライブを見るまで引き延ばしていたのだ。

 17歳の少女がたった一人でやってのけた事、俺はそれをするにもこんなにも勇気を振り絞らなければならない、まったく何が凄腕だ、笑ってしまう。

 けれど、だからこそきっちりと、俺の手で終わらせる。





「――俺は二宮飛鳥を殺す」






「お疲れ様二宮、どうだった今日のライブは」

 二宮に一度事務所へ返ってくるようにと伝えておいた俺は、彼女が帰ってきて開口一番にそう聞いた。

「しっかり成功させてきたよ」

 どこか不機嫌そうに彼女は言う、いつもならば俺がそう聞けばこれ以上ないほどに瞳を輝かせて感想を述べてくれるのに、俺に笑顔を向けてくれるのに、なのに今日に限ってこんなにもそっけない。

「なんだ、なんだか不機嫌だな、なんかミスでもしたのか」

 ――理由は知っていた。

「まさか、ボクがプロデューサーと一緒に頑張ってきた結果を、そんな風に台無しになんてするもんか。しっかりとボクという個性を、皆に響かせてきたよ――って、どうしたのさ、なんで鍵なんて閉めているんだい?」

 ドアの鍵を閉める、誰も入ってこれないように――誰も出れないように。

「いや、ちょっとな。なぁ、二宮……これから俺はすごい気持ち悪い事を言うけれど、いいか」

「なんだい? 痛いことを言うのはお互い様だろう? ましてボクが、ボクをこの世界に――非日常に連れ出してくれたキミの事を今更言葉なんかで嫌悪したりはしないよ」

「そうか、じゃあ安心だ。安心して――殺せる」

「――え?」






 島村卯月は、普通の少女であった。

 17歳の彼女は、普通の女の子らしく、普通にアイドルに憧れて、普通にアイドルになりたいと思った。少しだけ普通じゃなかったのは、そこから先の覚悟。憧れでは終わらせなかった強さ。

 彼女はアイドルになるための行動を起こした。そして、彼女は俺――プロデューサーと出会った。

 活動を始めたばかりの彼女は、最初こそ人気はなかったが、彼女は普通に頑張って、普通に苦労して、だからこそ普通に、当たり前に、たくさんのファンの支持を得た。

 そうして誕生し、育ってきた『アイドル島村卯月』は、けれどある日気がついてしまった、彼女の中にはアイドルとして決してあってはならない自分がいたことに。

 『恋する少女である島村卯月』が、そこにいた。

 恋心の矛先は担当プロデューサー――つまり、俺であったのだという。

 思えば年頃の少女が年上の男に憧れにも似た恋心を抱くことは、大して珍しくことではないのかもしれない。実際彼女がどの程度深く俺に好意を向けていたのかは定かではないのだが。

 彼女はその自分をイケナイものだと理解していた、けれど感情に蓋をすることなんてできはしない、一緒になってアイドル活動をするうちに、ふと彼女は気がついたのだと言っていた。

 目的が変わってしまっていることに、気がついたのだと言った。

 純粋にアイドルを目指していた彼女、アイドルとしてファンの皆に幸せを届けたいと願っていた彼女、そんな目的がいつのまにか『プロデューサーの期待に応える』ことへ、そして『ファンのため』が『プロデューサーのため』にすげ変っていたのだという。

 恋する少女は盲目とは、なかなかどうして言い得て妙である。

 今にして思えば、一度『私、プロデューサーのためならなんだってできます!』なんて言われたことがあったが、まさかそんなにも深刻な問題であったとはつゆ知らず、俺はただ信頼関係が築けたのだとばかり思っていた。

 彼女が伸び悩んでいた時期、それこそが、これにあたったのだろう。きっと俺が力になってやらなければならなかったのだろう。だが俺は、結局何もしてやれなかった。

 だが、それでも、彼女は強かった。

 感情に蓋をできない事を悟ると、彼女は昔からの夢であるアイドルと自分の大切な恋心を天秤にかけて――恋する少女であるところの『島村卯月』を――殺したのだ。




 ――ここで本当に殺せていれば、きっと、彼女は苦しむことも無かったのだろう。


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