神父「花を?」
少女「はい、その代わりに一晩泊めて頂けたら……」
神父「構わないが、その花とはどの花かねお嬢さん」
少女「……」
< パサッ
神父「……何だね?」
少女「分かり……ませんか……?」
神父「服の下を見せられたのは分かるがね、私の知る花とは違うようだ」
少女「……お願いします、今夜だけでも泊めて頂けたら……」
神父「花を買う必要が無いのであれば、私に断る理由はない」
少女「……」
神父「入りたまえ」ギィ…ッ
少女「……」コクン
神父「案内しよう、入浴の用意もしておく」
神父「食事は取るかね?」
少女「……いえ、朝には出ていきます」
神父「ではそのように」
神父「着替えは要るかね」
少女「いえ……」
神父「そう縮まる必要は無い、私はこれでもこの教会の神父をしている身だ」
神父「遠慮はしなくて良い」
少女「……」
神父「何かね」
少女「貴方は……何も考えてない」
神父「…………」
神父「考える必要が無いからだよ、お嬢さん」
神父「入浴後の処理は私がしておこう、ゆっくりと体の汚れを落とすと良い」
神父「それなりに綺麗な様子ではあるがね」
少女「……」
< ガチャッ……
神父「……」パタンッ
神父「外を、見てくるとしよう」スタスタ…
神父「ふ、ふふふ……」
神父「ククククク…………」
──────────
───────
────
──
< ガチャッ……
少女「!」
神父「丁度良かったかね、君の寝室を用意した」スタスタ…
少女「……ソファを貸して頂けるだけで大丈夫でした」
神父「しっかりとした所で体を休めるのも良いものだ、どうかね?」
少女「……」
神父「私は今夜は寝ることが出来ないのだ、そう警戒する事もない」
少女「寝ないで、何を……?」
神父「この教会には魔除けの結界を張っているのだよ」
神父「それの強化をしなくてはと思ってね」
少女「結界……」
< パタンッ
少女「…………」
< ズルッ……
少女「もう……やだ…………」カタカタ…ッ
少女「死にたくない……っ、死にたくないよぉ……っ……」カタカタ…
少女「ぅ……っ、ひっ…ぅ……ぁぁぁあ……っ」カタカタ…
──────────
───────
────
──
ゴンッゴンッゴンッ!! >
「開けろ! この教会に人がいるのは分かってるんだぞ!!」 >
< ガチャッ……ギィ…ッ
神父「これはこれは清々しい朝に相応しくない騒がしさですな、どうされましたか」
兵士「昨夜この付近に娘が来ている筈だ、出せ」
神父「ほう、娘さんですかな」
兵士「如何にも! 恐れ多くも我が主、この国の王を殺めようとした女である!」
兵士「隠せば貴様も死罪だぞ」
神父「落ち着いて頂けるかな、ここは神に静かに祈りを捧げる聖域……そのような魔女はそも入れませぬ」
兵士「村の住民が昨夜怪しげな娘をこの辺りで見たと言っている!」
神父「怪しげな娘とは、一体何のことか」
神父「私以外にこの教会には妻しかいないのでね」
兵士「妻だとぉ?」
神父「如何にも」
兵士「その女を連れてこい、今すぐにだ」
神父「構いませんよ私は」
< スタスタ…ッ
兵士「……」
「奥方が逃亡中の『魔女』だと?」
兵士「ええ、まぁ……あの目は独り身のそれに近いと思ったんで」
「僕にはそうは見えませんでしたよ」
兵士「では異端審問官である貴方にはどう見えていたので?」
審問官「『真実しか話していないのだから無駄だ』と、そう我々を嘲るように愉悦の眼をしていました」
審問官「彼は強かですよ」
兵士「……」
少女「……この服に着替えるんですか…?」
神父「嫌ならそのままで構わないがね、どうも異端審問官が尋ねて来ている事に心当たりは無いのかね?」
少女「っ……」ビクッ
神父「……」
少女「あ、あのっ……私は……!」キョロキョロ…
神父「構わんよ私は」
少女「……え?」
神父「君が何者で、何故ここへ来たのか」
神父「私はそれを追及はしない、君が求めるその声にただ応えるだけだ」
神父「少女よ、君は何を求める?」
少女「…………っ」
< ギィ…ッ
兵士「む」
神父「お待たせしました、我が妻……『ヤミノ』と申します」
少女「……」ペコリ
兵士「…………」
兵士(この女で間違いない、件の王を暗殺しようとした女だ)
兵士(だが、なんだこの違和感は……何かが数日前に見た時と……)
審問官「ヤミノ様と言いましたか? 貴女に少しお話が聞きたいのですが」ザッ
少女「……私に、ですか」
審問官「ええ」ニッコリ
神父「……」
審問官(反応がほぼ皆無、か)
審問官(素直に服だけ着替えているだけで顔を見せてきたからには、何かあるな?)
審問官「少々失礼ではありますが、貴女はいつからそこの神父の妻となりましたか?」
少女「……」
審問官「結婚となれば『西の国』が誇る聖教の教会に許可を得る手続きが必要となります」
審問官「時間はかかりますが、対象の教会に連絡を取りまして……」
神父「私がその教会の聖教審問官だが?」
審問官「……」
審問官(馬鹿な……嘘を言っていない)
神父「記録帳なら取ってこれるが、どうする」
審問官「念のため拝見を」
神父「ではお持ちしよう」スタスタ…
兵士「……おい、女」
少女「っ、……っ!」ビクッ
兵士「王に楯突いた事を必ず後悔させてやる、貴様が魔女なのは事実だ、絶対に逃げられねえし逃がさねえからな……ッ」
審問官「やめなさい兵士」
兵士「あの男もお前のせいで処刑される、覚えておけよ」ペッ
少女「……」カタカタ…ッ
審問官(馬鹿が、これで本当に聖教の一員の妻だったとなればこの場で殺されても文句は言えないというのに)
審問官(とはいえこの怯え様はやはり例の娘で間違いない)
審問官(この場で捕らえようにも、何のつもりか僕と同じ立場にある者の庇護下にあるとなっては……)
審問官(これも魔女の力か?)
神父「遅くなって申し訳ない、記録帳をここに」スタスタ…
少女「……」カタカタ…ッ
神父「…………」
審問官「……何か?」
神父「いいや何も」
審問官「では確認させて頂きます」
審問官(……聖教の暗号、記録帳の表紙に常に上書きされる時空間振動数……)
審問官(まるで本物……いや、本物なのか? 記載されている審問官への暗号も解読出来ないように王からの特別指示が……)
審問官(………………)
審問官「記録だけで見れば、疑うべき点があります」
神父「何の話かな」
審問官「あなた方が結婚されたのは『四十三年前』だ、これはどういう事でしょう?」
神父「何か問題がありましたかな」
審問官「驚くべきことに、記録帳に記されている『生命烙印』の灯火は残っている」
審問官「……どちらも貴方と、そして奥方の灯火と一致している」
兵士「嘘だろ……ッ」
少女「……!?」バッ
神父「……」
審問官「故に問わねばなりません、四十三年も経過して全くと言って良い程に……いいえ、見る限り間違いなく不老の類いだ」
審問官「これは逆に言えば伝説の『魔女』と同じでもある、異端審問官として充分に奥方が逃亡中の娘だと断言出来るほどに」
神父「ほう」
審問官「……その態度だ、貴方も異端審問官である以上は何かしらの考えがあると見えます」
神父「考えとは恐れ多い、私はただ妻と共にこうして変わらぬ日々を過ごしていたに過ぎない」
審問官「では……」
神父「ただ、私から言える事は妻は王に会うことができないという事だけだ」
神父「聖教における特例事項の一つ、『王の影』の一人なのだ彼女は」
審問官「………………」
兵士「……? 審問官?」
審問官「…………」
審問官「大変な無礼をしたこと、御許しを、後日陛下に確認をした後にまた訪問させて頂きます」
兵士「おい……っ!?」
審問官「黙りなさい」ギロッ…
兵士「!……」
神父「秘匿されている事である以上、ここまでの手間がかかるのは仕方の無いこと」
神父「再びこの教会にてお会いしましょう」スッ
審問官「……ええ、そうですね」スッ
神父・審問官「「 汝にも女神の加護を 」」
< ギィ…ッ
< パタンッ
神父「……」
少女「……っ、はぁ……」へたんっ
神父「よく話が終わるまで立っていられたね」
少女「……神父様が、傍にいたから」
神父「様はいらない」
神父「ではこれで二日は猶予が出来た、次の行動に移るとしよう」
少女「次の行動?」
神父「私が用意していた手札はあれで全てなのでな、一時的な誤魔化しに過ぎない」
少女「……」
神父「君は私の妻とは違う」
神父「そしてあの審問官に言った内容も、私が王の近衛騎士だった頃にかじった機密をハッタリに使っただけだ」
神父「二日もあれば大勢の異端審問官と騎士を連れてここへ押し寄せるだろう」
少女「それって……大丈夫なの?」
神父「私はただの神父である以上、限度はある」
神父「そこで次に君に問うのは簡単な事だ」
神父「少女、君は何処へ行きたい?」
──────────
───────
────
──
< ザザッ……
< ザッザッ……
兵士「教会内部に侵入するには正面の入り口と裏側に位置する別館東口と南門、この三ヶ所だ」ザッ
< 「窓からの侵入は?」
兵士「審問官殿の話では多重に結界が張られている、ご丁寧にも侵入者を細切れにする術式だ」
< 「多重結界……相手のプリーストは余程の実力者だったので?」
< 「神父一人と聞いていますがそれも信用して良いのですかねぇ」
< 「魔女と聞いている娘はどういった『力』を持っているんだ?」
兵士「……落ち着け、審問官殿は聖教内でも武闘派であり目は確かだ」
兵士「そして聖教の騎士団に通達されている魔女に関する情報は『毒は使うな』とだけだ」
兵士「神父も、魔女も、異端審問にかけるまでもなく今夜我々アサシンが抹殺する」
アサシン達「「……御意……」」
少女「……部屋を出ちゃダメ……?」
神父「ああ、今夜は荷造りの為に掃除をしようと思ってね」
神父「私はともかく、君はネズミが好きかね?」
少女「……」フルフル
神父「ふ、そうだろう」
神父「直ぐ終わる、君は明日下見に行く場所を調べておくと良い」
少女「……」
神父「何かね」
少女「貴方は……どうして私を」
神父「君がそれを知る必要はない」
少女「……」
神父「君は私の妻ではない」
神父「これは、私が神父であるが故にやっている事だ」
神父「君が気にすることはない、少女よ」スタスタ…
少女「…………」
< ガチャッ……パタンッ
少女「…………」
少女「貴方は魔女を、私を……どうしてそんなに悲しい目で見るの……」
────────── ギィィイ・・・ッ
アサシンA「…………」
アサシンB「A、これは……」
アサシンC「チッ……元近衛騎士と聞いていたが、正面からお出迎えとは」
神父「こんな夜更けに何用かね、客人」
< 「東口担当、何か問題か、正面」
アサシンC「正面担当、大問題だってェのッ……例の神父が……」
ドンッッ…!!
ゴチャァッ!
アサシンA「ァ…ゴェ……ヴグゥゥ…ッ!!?」ビクッビクビクンッ
神父「まず、一匹」ブンッ!!
< グシャァアッ!!
アサシンB「 なッ ───────!! 」
アサシンC「嘘だ……ろ」
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