モバP「人類は今、週末を迎える…」 (21)

※幸子SSです、飛鳥くんとrrrルァンコは出ませんごめんね


先週のモバP
モバP「何もかもが嫌になって」
http://ex14.vip2ch.com/i/responce.html?bbs=news4ssnip&dat=1473342708

同じモバPの設定ですが、特に読む必要はありません。テイストも違います。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1474129241

「………」カタカタカタ…

窓の外は街の光だけが煌々と輝き、既に太陽は地球の裏側へ回っている。

電球に照らされた部屋の真ん中、小さな閉ざされた部屋の真ん中でキーボードを叩く。

最近とにかく忙しい。
一時はとにかく参ったが、しかし今はとにかく心が軽い。

その理由として、仕事が少し回り始めた、というのもあるのだが…

「……これが終われば週末…これが終われば週末…♪」

今日は土曜日。いや、正確には既に日曜日に片足を突っ込んでいるのだが、土曜日の仕事の残業で俺は今ここにいる。

「随分ご機嫌ですねぇ」

同僚の事務員とは違う、可愛らしい声が部屋に響いた。



「ああ、もうすぐ終わる…そうすりゃ休日だからな」

「ふ~ん…明日の予定はもう決まってるんですか?」

この部屋には自分しかいないと思っていたため少し驚いたが、元々そんなにリアクションを示す正確でもないため、何ともなしに声を返す。

「予定か…折角だし昼までは熟睡したい………ん?」

俺はここでようやく声の主に違和感を覚え、無機質な画面から顔を上げた。

「ふへぇ…全くだらしないですねぇプロデューサーさんは」

「………おい輿水」

「何ですか?」

「…何でここにいる?」

現在時刻は土曜日の25時。ネオン街が自己主張を強め、人の欲望渦巻く週末の深夜。

担当アイドルの中学生が、退屈そうにソファに座っていた。

「何でって…プロデューサーさんを待ってたに決まってるじゃないですか!全くそんなことも分からな痛たたたたたた!?」

サラサラの髪を持つアイドルの頭を掌で締め上げる。確かに何でとは聞いたが下らない理由であることだけは分かった。

「親に連絡は?事務所に許可は?この後家まで帰る手段は?順番に答えろ」ミシミシ

「痛たたたた痛いですから!答えますから離してくださいって!」

小さな頭から手を離す。頭を抱えてオーバーに痛みを表現する彼女は自分とは正反対だ。

「親に連絡はしました。居残りはちひろさんに許可を貰ってます!帰りはタクシーでも拾います!」

聞いた順番通りにきちんと回答をこなす彼女。事務的な手続きまで気が回せるのは彼女の長所だ。

だが

「タクシーはダメだ」ミシミシ

「み゛ゃぁあああ゛っ!?痛たたたたたぁっ!?」


「な、何でですか!タクシーくらい1人で乗れます!」

どうやら彼女は、1人でタクシーに乗れない子供だと言われたように感じたらしい。
面倒なので訂正しなくてもいい気もしたが、彼女の性格上訂正しなければさらにゴネるだろうことは容易に予想できた。

「余計な金がかかる。フットワークが重い。そもそもこんな時間までここに残るな」

「ぐっ…で、でもプロデューサーさんが…」

「俺は大人だ。…お前は子供だ、輿水」

「っ………」

厳しく言い過ぎた、とは思う。それに彼女を頭ごなしに子供扱いしたことに関して、俺は深い後悔を覚えた。

…折角の週末だというのに、こんな気持ちではゆっくり休めない。
溜息が1つ漏れた。

「…帰り支度をしろ、輿水」

「は、はい…で、でもタクシーがダメならどうやって…」

「……まぁ、待たせたのは俺だ。送るくらいはしてやる」

「…っは、はいっ!…も、もう仕方ないですねぇプロデューサーさんは!ほんとこんな時間まで待たせて…!」

横目に夜更かし少女を軽く睨むが、軽口が止む気配はない。俺が本気で怒っているわけでないことが分かっているのだろうか。

何だかそれはそれで癪なので「行くぞ」と頭を1発はたく。彼女はやはりオーバーにリアクションしながらも、まとめた荷物を持って後ろに付いてくる。

部屋の電気を消し、鍵を掛ける。社内にはもう人は居ないのか、電灯から響くノイズがやけに大きく聞こえる。

「……な、何だか不気味ですねえ」

「早く来い、常務の生霊に喰われるぞ」

怖がらせるつもりなど欠片もない冗談だったが、彼女は真に受けたのか「こここ、怖いこと言わないでください!」とこちらをペシペシと攻撃してくる。

掴まれたスーツの袖は、振り払わないでおいてやった。


車に乗り込み、エンジンを掛ける

「で、何で今日に限ってこんな遅くまで待ってたんだ」

「そ、それは…」

問い詰めるつもりはないが、聞いて欲しくないことなのだろうか。

「……プッ、プロデューサーさん!明日、暇なんですよね!?」

「社会人は休むのも仕事だ」

「暇なんですね?だったらそんな灰色なプロデューサーさんに素敵なお話がありますよ!」

「断る」

「まだ何も言ってませんよ!?」

正直、家で寝てていい、以上の素敵な話というのは思いつかなかった。

この横ハネ少女の性格上、聞いてしまったら了承するまでゴネるだろう。だから聞く前に断るのがいいと判断した。


彼女はナルシストだが、傲慢ではない。人が嫌がっていることはしないし、よく周りが見えていて気が効く。

彼女のそういうところは評価しているし、好ましく思っている。

だから、少し驚いた。

「…ふふーん!断ったってムダですよ!プロデューサーさんは明日、ボクと一緒に買い物に行くんですから!」

彼女がワガママを押し通そうとすることは珍しい。…珍しいというか、断られてもなお、というのは初めてだった。

車が信号で止まる。
助手席の少女を見つめる。

「な、何ですか?そんなにボクと出掛けられるのが嬉しいんですか?ふふーん、全くプロデューサーさんは…

「何かあったのか」

彼女の表情が固まる。

「…あの…え、っと…」

彼女の眼が泳ぐ。それは何かを隠そうとしているではなく、何があったのか聞いて欲しい。そんな様子だった。

信号が青になる。

「……………」

彼女から目を逸らし、アクセルを踏む。
「何も聞かない」そう態度で示した俺を、彼女はどう思っただろうか。

助手席の様子は分からない。運転中は意外と視野が狭まるな、という取り留めのない思考が浮かんだだけだった。

それからしばらく無言が続いた。

彼女の家は知っている。事務所からそう遠くない住宅街の、そこそこ大きな一軒家。

まだ少し時間がかかるだろう。



「……コンビニ、寄るか」

「…いいんですか、早く帰りたいんじゃ…」

「お前送ってる時点で変わらないよ」

ぶっきらぼうに答えてコンビニの敷地に車を停める。

何か買ってやる、と言ったが、素っ気ない返事と共に彼女は車の中に残った。
酒とツマミ、菓子とコーヒーを2つ。コンビニ袋の中身は彼女に言わせてみればさぞかし「カワイくない」ことだろう。

「あ、おかえりなさい」

車に戻ると彼女はそういった。一人暮らしも長い。随分久しぶりに言われた気がする。

「これ、飲め」

袋の中から缶を2つ取り出す。1つは彼女に、1つは自分に。

「あつ、あつっ…」

もうこの季節、夜は冷える。

「コーヒーってはホットが美味いんだ」

そういうと彼女は曖昧に笑った。

どうやら同意は得られなかったようだ。

「…何も聞いてくれないんですね」

缶の中身を啜りながら彼女は言った。

「聞くまでもないからな」

「……プロデューサーさんは…プロデューサーさんも…どうして、何も聞いてくれないんですか」

彼女の肩は震えている、夜は冷えるが、寒いからじゃないことはきっと彼女自身でもわかってるはずだ。

「聞くまでもないからだよ」

彼女の缶を握る手に力が篭る。俯いてるその表情は分からないが、覗き込むより楽な方法はある。



「…幸子」


彼女の名を呼ぶ。
彼女は驚いた顔でこちらを見た。

しまった、これではさっきまでの表情は分からない。

「…お前が何で悩んでるかなんて、聞くまでもない」

「っ……」

彼女の表情が悲しみに歪む。
俯いていた時の表情と同じだろう。
予想通りだ。

「親と喧嘩した」

「っ!」

「アタリだろ?」

そう、わざわざ聞くまでもない。
彼女の悩みなんて、聞かなくても分かってやれる。
それがプロデューサーってものだ。

「親と喧嘩して、家に帰りにくい。だから俺をダシにして出来るだけ長いこと事務所にいた…ってとこか」

「ダシに…って…そんなことは…」



「まぁ、そこは何でもいいさ。…それで、どうする?」

「…どう、するって…それは…」

彼女は再び目を伏せる。我ながら性格の悪い聞き方だと思う。
まるで中学校の嫌味な先生だ、と心の中で苦笑する。

「………」

彼女は何も言わない。
だから、俺が言う。

「輿水の両親はお前のこと、多分お前以上に分かってるぞ」

「…………」

「親ってのは子供が可愛いもんだ。お前以上にお前のことが好きなんだぞ」

「……………」

「…………」

「……………」

「……ね、寝てる…!」

「寝てません」


「……………」

コーヒーの缶を仰ぎながら、横の少女を横目に見る。

彼女は小さな両手に缶を包み込み、難しい顔をしている。

「…………」

「……………でも」

彼女が呟く。声色に少し、涙を乗せて。

「…だったらどうして…!」

「待て」

「……へ…?」

今にも泣き出しそうな彼女を制止する。コーヒーを飲んで落ち着くよう促すと、彼女は納得いかないような顔をしながらも従う。

「…輿水、その続きは俺じゃなくて、両親に直接言ってやれ」

「…え…でも…」

「…いいんだよ。今はちょっと誤解してるだけだ、お前と両親、お互いな。だからお前の思ってることは、きちんと両親にぶつけてやれ」

「…でも…」

「大丈夫だ。人間何やったって案外大丈夫。お前も大丈夫って言ってみろ」

「…大、丈夫…」

「ああそうだ。だから安心して喧嘩してよく話し合って寝ろ。そうすれば今晩は快適な睡眠がお前を待ってる」

エンジンを入れながらそういうと、彼女はやはり泣きそうな顔をして、それでも少し呆れたような顔をして見せた。

「…こんな時でも、寝る話ですか。まったくとんでもなく暢気なプロデューサーさんですね…」

「今何時だと思ってるんだ。もう大概眠いんだよ」

「やれやれしょうがないですねぇ、事故だけは起こさないで下さいよ。カワイイボクの為にも!」

「その元気があれば大丈夫だな、なら帰るぞ」

つまるところ、「為『にも』」という部分に彼女の良いところというか彼女らしさが表れている気がして。

自然と口元が綻んでしまう。コーヒーを口元に運び、無理矢理表情筋を引き締める。

・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

玄関の前で少女を降ろす。当然というか何というか、彼女の面持ちは暗い。

そんな彼女とは裏腹に、輿水家のリビングは明るい。こんな時間まで起きているのには、きっと理由があるはずだ。

玄関の前でいつまでも家に入ろうとしない彼女に、部外者なりに気持ちを軽くしてやろうと思う。

「輿水」

「は、はい」

「明日の買い物、車出すから何時から行くか決めとけよ」

思わず笑ってしまった。こんなに彼女がポカンとした間抜けな顔をしたのは初めて見る。

「だからその為に今日は早く寝ろ。ちゃんと両親と仲直りしてからな」

「プロデューサーさん…」

まさか帰るのにこんな道草を食うとは思わなかった。

「あの、プロデューサーさん…ありがとうございました!」

まったく、明日は折角の休みだってのに。

「お、やっと笑ったな。その調子で行け。お前はカワイイんだから笑っときゃなんとかなる」

しかもその折角の休みも目の前の小悪魔につぶされることになってしまった。

「ふふーん!当然です!ボクがカワイイのなんて、生まれる前から分かってたことですから!」

全く、飛んだ迷惑だ。

「はいはい。また明日な、輿水」

仕事は嫌い、上司も嫌い、できれば働きたくない。
でも

「プロデューサーさん!」

「どうした?輿水」

「幸子です!」

「は?」

「プロデューサーさんは特別ですからね!ボクのこと、幸子って呼ぶ権利をあげます!」

「…はいはい、考えとくよ」

「…まぁ今はその返事で良しとしましょう!それじゃあ明日の約束忘れないで下さいね!」


でも

アイドルは大好きだ。
明るく元気な自称カワイイ少女の後ろ姿を見て、やっぱりそう思った。

たまには、休めない週末というのも良いのかもしれない。

明日休みだとこんな時間まで起きれる
幸せ


おやすみ

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