提督「嵐の山荘で」初月「二人きり、か」提督・初月(……>>安価でもするか) (51)

タイトル通りです
登場人物は提督と初月のみ
3回安価をこなしたらなんやかやで嵐は過ぎ去り夜が明けて終わります


 窓の外は激しい雷雨。

初月「どうもこれは、ダメそうだな」

提督「そうだな、ダメだ」

 秘書艦の初月と俺は、二人で霧深い山を登り、一軒の山荘に来ていた。で、1時間ほどで山は恐るべき嵐に巻き込まれてしまったわけだ。
 まあ、さすがにこの建物が崩れたりはしないだろうが、俺たちが今から山を降りることも、この後に到着予定だった艦娘たちが、嵐が止む前にここに来ることもできないだろう。

提督「どうしようか」

初月「どうもこうもない。嵐が終わるまではここで過ごせばいい」

提督「そうだよな」

 俺は少しだけ息をつく。
 ここで過ごすことに問題があるわけじゃない。電気もあれば水もあり、食べるものもあるし料理だってできる。
 問題は、ここには俺と初月しかいないことだ。

 なんか緊張する。

初月「提督よ」

提督「な、なんだ」

初月「こうして座っていても仕方が無い。何かをしよう」

提督「何かってなんだ」

初月「そうだな。例えば……」

>>2

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怪談

初月「怪談というのはどうだ」

提督「怪談? 意外だな、初月がそういう話に興味があるなんて」

初月「そうかな? そもそも艦娘なんて幽霊みたいなものだからな。身近な話さ」

提督「そんなことを言われた時点で、あんまり怖くなくなってきたぞ」

初月「余裕なのも今のうちだぞ。僕には取っておきの話がある」

 初月は妙に自信ありげだ。そこまで言うなら、つきあってみようか。

 雑貨にあった蝋燭を一本だけ灯し、電灯を消した。本格的だ。
 闇の中に、初月が炎に照らされて浮かび上がる。その端正な顔に差す光と影が不気味だ。
 外の嵐の音だけが響くが、中は物音一つない。雰囲気は最高じゃないか?

初月「これは、他の鎮守府と合同で作戦を行った時に、よその艦娘に聞いた話だ」

提督「へえ、艦娘同士で怪談を語り合っているとはね」

 そして、初月の話が始まる。

初月「これは、話した艦娘が本当に体験した話だそうだ……」

~数分後~

初月「……というわけだ」

提督「…………」

初月「どうした、提督。つまらない話だったかな」

提督「…………え、あ、いや別に」

 俺はなんでもないという風に、頬をかいた。
 初月はなぜかこちらをじっとみつめている。

初月「……」

提督「……な、なんだよ」

初月「わっ!!」

提督「うおぁわぁ!!」

 ……あっ。

初月「…………く」

提督「……おっ、おまっ!」

初月「くっ……、ふふっ」

 珍しく初月が笑う。こんな形では見たくなかった笑顔だった。

提督「ちょっとほんと……その……やめて」

初月「意外だな、提督がそんなに怖がりだったなんて」

提督「嵐のせいだ、嵐の」

 そういうことにしておきたい。
 いや、しかし初月の話はかなり怖かったと思う。なんだか鎮守府に帰るのが今から怖くなってきた。

初月「実に満足した」

 初月はとてもすっきりとした表情で立ち上がり、明かりを点けた。俺はぐったりしたまま、蝋燭を消す。

提督「なんか悔しいが、もう怪談は当分いいや……」

初月「そうか? なんなら、まだ話は残っているんだが」

提督「いい! もっと楽しいことをしたい。俺が!」

初月「ふうん。たとえば?」

提督「そりゃえーっと……」

>>4

インディアンポーカー

一レスで勝負が決まってしまうと面白くないので、3回の制限に加算しない、追加安価をしましょう



 そういえば、俺はトランプを持ってきていたのだった。早速荷物から取り出す。

初月「お、西洋かるたか」

提督「まあ、そうとも言うな」

 俺と初月は、テーブルに向かい合って座った。何のゲームをするにしても、二人ならこの形だろう。

提督「さて、何をやろうかな」

初月「道化師を持っていたほうが負けじゃないのか」

提督「二人でやるゲームじゃないな、それは……」

初月「なに、他にも遊び方があったとは……」

提督「えー。怪談の前にトランプを覚えたほうがいいんじゃないか。まあ、説明してもいいんだけど……。最初はシンプルなやつがいいか」

 ふむ、ババ抜きが得意というのは、つまりポーカーフェイスに自信があるんじゃないか?
 ではポーカー、だと複雑だよな。ならインディアンポーカーはどうだろうか。

初月「なんだそれは? 大陸の現住民族を殴る遊びか。あまり関心しないな」

提督「そんな直接的な名前の遊びではない。まあ、なんでインディアンかは俺も知らないよ。ルールを簡単に説明すると……」

1 プレイヤーが一枚ずつ、自分に見えないようにカードを取る。

2 いっせーの、せ、でカードを自分に見えないように相手に見せる。

3 相手のカードは見えて、自分のカードは見えない状態になる。ここで、勝負をするかどうかを決める。

4 勝負をする場合は互いの数を比べあって、強い数を持っていたほうが勝ち。同じ数だったのなら引き分け。
  強さは2<3<4……12<13<A<ジョーカー
  今回はハート、ダイヤ、スペード、クラブのスートは関係ないものとする。

提督「……という感じだ。何かわからないことはあるかな」

初月「なぜ1が13よりも強いんだ? さらに道化師が一番上というのは」

提督「判官びいきだよ。1が一番低くて、ジョーカーは1枚しかないからかわいそうだろ」

初月「なるほど」

提督「(信じた……)さて、まずは一度やってみるか」

初月「よし、負けないぞ」

提督「じゃ、札を一枚ずつ取って」

初月「見えないように、だったな」

 俺と初月が、山札から一枚ずつ取る。

提督「よし、行くぞ」

初月「いっせーの……」

 せ! で、一斉に札を額に当てた。初月の札は……?

コンマ
左から数えて、コンマの一桁番目のIDの文字で札の内容を決めます
数字だったらそのまま(0は10)
アルファベットだったらABが1、CDが2、……YZが13、という形で
IDは8文字と末尾なので、9か0だったら十桁の数字を参照します
コンマの両方が9か0ならジョーカーです

一応スートも決めます
01~25 ハート
26~50 ダイヤ
51~75 クラブ
75~98 スペード(微妙に確率が低いですがまあ関係ないので……)

追加安価
>>6

あ、間違えました
>>8

4

 初月のカードは……ハートの、キング。
 キングか……!

初月「どうした、提督」

提督「い、いや、なんでもない」

 大分勝ち目が薄い!
 俺のカードは一体なんだ。初月の様子をじっと見てみる。

初月「なんだ、僕の顔なんか見て。大切なのはこのカードじゃないのか?」

提督「ぐ……」

 初月がひらひらと、額のカードを振ってみせる。俺の動揺はすでにバレているな。

初月「降りる、というのならそれでも構わないよ」

 余裕だな。いや、余裕と見せかけて俺を降りさせようとしているのか?
 ……そんな高度な駆け引きをする必要はあまりない気もする。
 まあ、まずはルールを把握するための一回目だ。とりあえず勝負をしてみようか。

提督「いや、勝負だ」

初月「ほう」

 そんなカードでか? といわんばかりの表情。いや、俺の錯覚か。どっちだ。
 ……勝負すると決めてから考えるのも空しい。ここは行くだけ。

提督「じゃ、タイミングを合わせてカードを出すぞ」

初月「ああ、いいとも」

 いっせーの、せ!
 俺の、カードは……!?

追加安価
>>6と同じ形で決めます

>>10

Oh 更新をしていなかったら>>9に書き込みが……
>>12でいきましょう

まかせろ

18のM4zgjZwvo
vなので11、18なのでハートです



 俺のカードは……! ハートの、ジャック!

初月「……なに、勝ったのは僕か?」

 初月は驚いて自分のカードを見ている。
 あんなに余裕に見えたのに、実は負けを覚悟していたようだった。確かにジャックは強い。

提督「やっぱり負けたか」

初月「ふむ、11以上の数を相手に勝負しようとするとは思わなかったよ」

提督「いきなり降りても興ざめだと思ってね」

 俺は、カードを置いた。
 負けたなー。

初月「ふうん、なかなか面白いじゃないか」

提督「だろ? ババ抜きとはまた違う心理戦だ」

 しかしまあ、これはルールが単純すぎて何かを賭けていないとあまり面白くないかもしれないな。何度もやるゲームじゃない。
 賭ける、か。

初月「提督、次は何か勝者に報奨を用意してみてはどうだろう」

提督「お? 初月から言い出すとは思わなかった」

 気がつけばずいぶんと身を乗り出している。楽しそうで何よりだ。
 さて、何を賭ける……いや、報奨とするかだな。

提督「何か希望はあるか?」

初月「そうだな……。勝ったほうが、負けたほうの希望を叶える、というのは?」

提督「なるほど、定番だな。いいぜ」

 カードをシャッフルしなおして、俺は次の勝負に備えた。

~~~~~



 提督が西洋かるたを混ぜ始めた。ずいぶんとなれた手つきだった。
 この道具にこんな遊び方があったなんて、知らなかった。提督の口ぶりからすると、まだまだたくさんの遊び方があるのだろう。
 自分もまだまだ生まれたばかり……いや、生まれなおしたばかりなのだと実感した。

提督「よし。カードを取ってくれ」

初月「ああ」

 僕は手を伸ばして、カードを取る。提督も同じように取った。
 そういえば、報奨があるのだから灰色の決着にも何か対策が必要になる。

初月「そうだ。引き分けか、相手が降りた場合はどうすればいい」

 僕の言葉に提督は少し考えて、応えた。

提督「そうだなあ……。そもそも一回勝負じゃあっさりしすぎてるから、10点先取にするかな?

初月「ふむ」

提督「お互いが降りた場合は互いに1点ずつ。
   片方が降りたら、降りなかったほうだけに2点。
   普通に勝負したら、勝った方だけに4点。
   勝負して引き分けならお互いに2点」

 すらすらと解決法が出てくる。さすがは提督だ。
 僕にとって、提督はもっとも身近な大人と言える。なにせ、艦娘は身体の大きさに関係なく、誰もが生まれなおしたばかりなのだ。
 しっかりしていると見えた人が、意外なくらい常識的(もちろん僕にとっての、だけど)な知識が抜け落ちていたりもする。
 ……でもまさか、提督が怪談に弱いとは思わなかった。そういうところも好ましいと思えるのが不思議だ。

 僕は、提督に頷いてみせた。

初月「わかった。それでいこう」

提督「よし。行くぞ!」

 提督と僕が、お互いに札を取る。
 僕は勝ちたい。……僕だけではなく、提督も勝ちたい、と思っているのがわかる。それが嬉しい。


……しばらく後……


提督「まさか、ここまでもつれるとはな……」

初月「次が最後の勝負か」

 お互いに9対9。ずいぶんと長い時間、戦っていた気がする。こんなに提督の表情を見たのは初めてだ。
 互いに疲労の色が濃い。そもそも、この勝負の前に、山奥まで歩いてきているのだから当然といえば当然か。
 でも、楽しかった。

提督「ここまでやって、互いに降りて引き分けもないだろ。カードを引いたら相手に見せる手順は飛ばして、せーので表にする、でいこう」

初月「よし……。まずは僕から引かせてもらおう」

 一枚、札を引いて、そのまま置く。泣くか笑うか、全てはこの札次第だ。
 提督も手を伸ばして、札を置いた。
 互いに視線を重ねる。鼓動が知らずと早くなった。外の嵐の音が聞こえなくなる、緊張の静寂。

提督・初月「せー……の!」


>>6のルールでカードの内容を決めます

初月の札
>>15

提督のカード
>>16

64のPM3ed+hto
クラブの3

41のdUDdDnCE0
ダイヤの2


初月「……!」

 僕の札は、クラブの3。よりによって、ここでこの数字が……!

提督「……」

 と思ったら提督はダイヤの2だった。
 提督が、顔をテーブルに突っ伏す。がつん、と割と痛い音がする。

提督「まーじかー」

初月「……紙一重の勝負だったね(札だけに)」

提督「ここで2を出す俺の勝負弱さよ」

 提督は顔を上げて、イスの背もたれにおもいきり体を預けた。腕を背に落として首を上げる。

提督「くー、なんかどっと疲れた。……今、何時だ?」

 僕と提督は、同時に壁にかけられた時計に目を移す。……もうこんな時間か。

提督「やれやれ、そろそろ寝ないとまずいかな……。明日の天気次第だけど」

初月「多分、明日には止んでいるだろうな。快晴が来るよ」

 窓の外を見て、そう思う。何度か嵐の中を抜けたこともある経験から、なんとなくわかるのだ。
 提督は僕の言葉を聞いて、息をつく。

提督「じゃ、やっぱり起きてるわけにはいかないか? ……初月、どうする?」

初月「え? 僕が決めるのか」

提督「勝ったのはお前だろ」

 そう言って提督は笑った。
 ……そういえばそうだったっけ。勝ったほうが負けたほうに、希望を聞いてもらえる。
 どうしようかな。すぐに使いたい気持ちもあるし、後に取っておきたい気もする。

提督「ま、好きにしてくれればいい。……夜は結構短そうだ」

 窓の外を見ながら、彼はそう言う。その手は西洋かるたを手に取り、混ぜている。鮮やかな手つき。
 ……なんとなく、どうしたいか決まった気がする。僕は……。


最後の安価です(追加もないでしょう恐らく)
>>18

抱きしめる

ワンナイトビズといきたかったのですが、ちょっと時間的に限界が来てしまいました
続き、そしてラストはまた明日投下します



初月「抱きしめてほしい」

 提督の手元から、札がぱらぱらと音を立てて落ちた。

提督「な、なんだって?」

初月「抱きしめてほしいんだ。僕を」

提督「…………ど、どうした初月。上官をからかってはいけないよ」

初月「そういうつもりはないが」

提督「え、ほんとに……」

初月「だめかな」

提督「だめではないです」

 し、しかし俺はアレでうおー、とかなんとか提督は言っている。
 僕はそんなにおかしなことを言っただろうか。親愛の想いを、身体を触れ合わせて伝えるのは艦娘同士では普通のことだ。

 そこで僕は気づいた。
 ひょっとすると、提督は艦娘ではないから、人を抱きしめるやり方を知らないのかもしれないな。
 なら、しかたがない。
 僕は立ち上がる。

初月「提督」

提督「え」

 僕はまだ何かをつぶやいている彼の後ろから、背もたれごしに提督を抱きしめた。
 肩の上から腕を回して、彼の胸の前で手を結ぶ。
 そうして、両腕と自分の身体でつつみこむように、提督の身体へやわらかく力を篭める。

初月「こうやるんだよ」

提督「 う、あ 、お、  え」

 しばらくそうしていたけれど、彼は固まったままだった。
 とてもわかりやすく教えたつもりなのに、まだわからないのだろうか。

 そういえば。
 大人は色々なことを知っているぶん、新しいことを覚えるのが苦手なんだ、と提督が言っていたことがあったのを思い出した。
 そういうことなら、もっとしっかりと教えてあげないといけない。
 僕は彼から身体を離して、その眼前へと周った。

提督「……はっ。お、俺は一体……は、初月?」

初月「しっかりと覚えてくれ」

提督「お、おぼえ、る?」

 何か呆然としているような提督の前に立った僕は、足をあげて提督のふとももにひざをかけた。
 このイスはてすりがないからちょうどいい。そのまま身体を提督に密着させた。
 彼はまた固まる。さっきもそうだった。
 これは集中して、新しいことを覚えようとしているというしるしなのかもしれない。

提督「初月ちょっとこれは……!」

初月「そんなに難しくはないはずだ。僕もすぐに覚えた」

提督「いやいやいや覚え、って、え!?」

 そうして、両足を完全に提督のももの上にのせ、両ももを重ね合わせる形になる。
 僕は足を開いて、提督の両足と腰をはさんでいるような状態だ。
 そして、また彼の身体に腕をかける。今度は彼の脇の下から腕を回して、背中を両手で押すように力を入れる。
 力はそんなにいらない。柔らかく、相手を安心させるようにするのがコツだ、と言っていた。

提督「 い、  や、いや  、 いやいや、 さすがにこれは」

初月「大丈夫。わかるまで、何度でも……」

 僕はできるだけ優しく、提督の耳元で囁こうとする。もっとわかりやすく、聞こえやすく。

(ぷちん)

提督「初月……!」

初月「わ」

 提督は急に動いて、僕を抱きしめた。右手は顔を抱くように、左手は僕の腕の下を通って、背中を優しく押す。
 やっとわかってくれたんだ。

初月「そうだよ、それでいいんだ」

提督「ああ。これでいいんだな」

 提督は少しだけ体を離して、僕の顔をまっすぐと見つめた。……なんだか、恥ずかしい。
 不思議だ。さっきまでの勝負では、相手の感情を知ろうとしてあれだけ互いの瞳を読みあっていたのに。どうして今は恥ずかしいんだろう。
 そう、今はなんだか……お互いの気持ちがわかりすぎる、ような気がする。
 でも悪い気分じゃない。顔が自然と、笑みの形になった。

 提督の瞳が揺れた、と思った瞬間、彼の唇と僕の唇が触れていた。

 ……? なんだろう、これは。
 少しだけ触れたと思ったら、すぐに離れていた。なぜか提督は顔をそらしている。

提督「すまない」

初月「提督」

提督「いや、だからすまない……」

初月「今のはなんだ」

 ものすごい速度で提督の顔がこちらに戻った。

提督「な、なんだってなんだ」

初月「そのままの意味だ。抱きしめて親愛の情を伝えるのは知っているけど、さっきのは知らない」

提督「……? えーっと?」

 提督は少し上を向いて、何事かを考えた。2秒で愕然とした顔になる。そのまま顔を後ろに倒して、両手で自分の顔を隠した。

初月「どうしたんだ、提督」

提督「ごめんなさい、全宇宙にごめんなさい」

初月「それではわからないぞ」

提督「ちょっと海の様子を見てくる」

 そう言って僕をやさしく降ろすと、立ち上がって歩き始めた。僕はあわててついていく。

初月「何があったんだ、提督」

提督「何もなかった。全てを忘れて幸せになってくれ」

初月「そっちは玄関だぞ」

提督「そうだ、俺は川で一泳ぎしてくる。そうすればすぐに海に着く」

 提督がカギを開けて、ドアに手をかけた。ここで僕は、彼が本気で出て行くつもりなのを悟った。
 何を考えているんだ……!?
 僕は彼の腕を掴んでひっぱった。僕は駆逐艦とはいえ艦娘なので、一人で提督を抑えることなどわけはない。
 わけはないが、提督が本気で抵抗して困った。

提督「はなせー! 俺は生きていてはいけない存在!」

初月「わけのわからないことを言うんじゃない」

提督「俺はダメな男だ、提督どころか人間として失格だ! そう、川に飛び込まねば!」

初月「落ち着け」

提督「落ち着いたら死にたくなくなるかもしれないだろう!」

 突発性の恐慌状態だろうか? 提督や大人というのはやはり大変なのだ。僕がなんとかしなければ。

初月「それなら、なお落ち着くべきだ」

 僕は彼の頭に腕をかけて、抱き寄せた。身長が高い彼の頭をひきよせたから、彼が膝をつく形になる。
 そのまま両腕でしっかりと頭を固定して、つつみこむ。
 こうすると、人は安心するのだと聞いた。鼓動の音が心を落ち着かせるとか。
 僕の目論見どおり、提督が固まった。安心しているのかどうかはわからないけれど、とりあえず止まってくれてよかった。

初月「落ち着いたか」

提督「……はい。あー、もう死ぬつもりは無くなったから、離してくれるか」

 言われたとおり、腕を解く。提督はゆっくりと立ち上がった。
 僕は彼に、できるだけ優しく言う。

初月「大丈夫だ。もしもお前が死にたくなったら、僕に言ってくれ。いつでもこうして安心させてあげるから」

提督「……わかった。どうも俺が死ぬくらいじゃ償えないな」

 何を言っているのかはわからないが、落ち着いたならいいか。
 僕たちは部屋に戻り、ソファに並んで座った。また何かあるといけないので、僕は彼に出来るかぎりくっついていることにする。
 提督はなぜかそわそわと居心地が悪そうだ。また同じような症状が現れるのかもしれない。これはますます離れていてはいけない、と決心を堅くした。
 とりあえず、落ち着いたところで疑問を解消しておきたい。

初月「ところで提督、さっきのはなんだったんだ」

提督「さっきの:とは」

初月「唇を触れさせただろう」

提督「…………あれか」

 提督は何だか落ち込んでいた。そういえば、彼はなぜか僕に謝っていた。どうしてだろう。別に、僕は嫌がったりはしていなかったと思うんだが。

提督「あれは、あー、俗に言う、キス、接吻、くちづけ、まあそういうものだ」

初月「ふうん。なんのためにする行為だ」

提督「…………愛情表現かな」

初月「なんだ。それなら全然構わないぞ」

提督「いや、いやいや。構うんだ」

初月「なぜ」

提督「……この話は複雑だから、また今度にしよう。初月も疲れただろ」

初月「まだ僕は……いや、わかった。そうしようか」

 僕はそこまで差し迫って疲れたわけではなかったけど、むしろ提督のほうが辛そうだったので、今度にすることにした。

 二人でそのまま軽い食事をして、もう一度お湯を浴びる(一緒に入ったほうが安心だと主張したが、断られた)。
 そして、二人で並んでベッドに入った(これも断られたが、自分が眠っている間に死なれては困ると強く主張して押し切った。提督はなんとなく複雑な顔で了承した)。

 思えば、誰かと同じ寝具に入って眠るのは初めてだな。なかなかいいものだ。
 これからは毎日提督と一緒に寝てもいいかもしれない。早速提案してみようか。

初月「提督」

初月「……提督?」

初月「眠ったのか」

 相当に疲れていたらしい。あっというまに彼は眼を閉じて、微動だにしなかった。
 僕も眼を閉じて、嵐と彼の息の音だけが聞こえる闇の中にもぐりこんだ。
 ……提督が温かい。なんだか、安心する……。

 その夜は、とてもいい夢を見た気がする。

 ……そして翌朝。俺たちは着替えを済ませて、朝食前の体操をしていた。 

提督「すっかり晴れたな」

初月「ああ」

 空には文字通り一点の曇りもない、青々とした蒼穹が広がっている。嵐の欠片も残っていない。

初月「さっき連絡があった。もうすぐみんなが到着するそうだ」

提督「そうか。それはよかった」

 これ以上初月と二人きりでいると、俺は割とアレしそうでアレだった。自分がどれほどダメな最底辺のクズなのかわかる。発作的に山を転げ降りてしまいたい衝動がちょっとある。
 そんなことを考えていると、じっと俺を見詰めていた初月がなにか眉をひそめた。

初月「提督、また何か変なことを考えているんじゃないか」

提督「そ、そんなことはないぞ」

 今日の朝から、どうも初月の様子も少しおかしい気がする。心配をかけすぎてしまったか、俺のほうをちらちらと気にしている。まるで何かの機会をうかがっているようにすら見える、というのは俺の気にしすぎか。
 ともかく、これではいかん。初月に心配をかけるほど、ますます俺がやばいことになりそうだ。いや、俺はこのさいどうでもいいんだけど、初月によくないことをするわけにはいかない。
 体操で自分の中のもやもやを追い出すことにする。いちにー、さんしー、いちにー、さんしー。

初月「提督……やっぱり不安がある」

提督「ん?」

 どういう意味、と問い返す間もなく、俺は後ろから初月に抱きつかれていた! な、なに!?
 下から俺の胸に手を回したまま、初月が言う。

初月「もう一度落ち着いておくといい」

提督「だ、大丈夫だって! というかそんなに簡単に抱きついてはいけない。ほら、俺は男で初月は女の子なわけで」

初月「男女差別はよくない」

提督「いやそういうわけじゃ、というか男ならいいってわけでもない!」

初月「難しいな、提督の言っていることは」

 そう言いながら、初月はずっと俺にくっついたままなのだった。全く離してくれる気配がない。
 ここで初月の声がなんだか、妙にうれしそうに弾んでいることに気がついた。ひょっとして、昨日一日のあれそれで、おかしなクセがついてしまったのか!?

初月「大丈夫だ、落ち着いてくれ」

提督「実はそれは俺のセリフでは?」

初月「前から抱きしめたほうがいいのかな」

 初月はくるりと前に回って、ぴょんと飛んで俺の首に腕を回してきた。

初月「これでどうだ」

提督「どうって何がだよ!」

初月「提督も僕に腕を回してくれ。そうした方が安心するはずだ」

提督「何一つ安心できないって……」

初月「そんなことはない、昨日はこれでうまくいった。もっと密着したほうがいいかな」

 そう言うと初月は、なんと両足を俺の身体に、ってやめてーそれはやめてー。倫理的にまずい体勢はやめてー。

 ……結局こんな調子で俺は、数分後にみんなが到着するまで初月に抱きつかれたままだった。到着したら、なぜかみんなが抱きついてきて更に大変だったのだが。
 ……鎮守府に帰るのが、昨日の怪談とは違う意味で怖くなってきた……。


初月「提督」

提督「な、なんだよ」

初月「昨日のキスとか接吻とか口付けかいうのはもうしないのか」

提督「えええ」

初月「僕は構わないぞ。愛情表現なんだろう」

提督「…………あー、また今度ね!」

初月「今度というのは今の度と書くな」(ぐいっ)

提督「や、やめー……っ……」


おわり

安価をくださった方、読んでいただいた方、ありがとうございました
軽く安価でひとつというつもりが、創作怪談をひとつでっちあげたり(完成の気配がないので飛ばしてしまいましたが)、
トランプの札を安価から作り出すルールを考えたり、
長々と抱きつくだのキスだののやりとりをしたりと、なかなか大変でした
苦労が作品に反映されているかどうかはわかりませんが、楽しんでいただけたなら幸せです。改めてありがとうございました。

>>3

『暗い鎮守府』

 これは、話をした艦娘の体験談だそうだ。

 その日、艦娘……仮に、Aとしよう。まあ、名前を隠すのはこういう話をする時の礼儀のようなものだ。

 彼女は駆逐艦娘で、他の数人の艦娘と一緒に遠征から帰還したんだ。
 鎮守府に到着した時、もうすでに時間は深夜をまわっていた。とはいえ、夜だからといって鎮守府が静かになるわけじゃない。昼よりは寝ている人間が多いが、むしろ夜のほうこそ本番、という鎮守府も多いらしいな。
 と、これは言うまでもないことだったか。

 この鎮守府も多分にもれず、いつも夜になっても騒がしく艦娘たちが走り回り、提督も遅くまで仕事をしている。
 そのはずだった。

 ……Aたちは航行中に、無線でもうすぐ到着する旨を伝えていた。その時はごく普通に返信があり、帰還を歓迎された。
 しばらく航行すると、肉眼で鎮守府が見えてきたんだが……。様子が何かおかしい気がした。いつもとどこかが違う。
 すぐには彼女たちもその違和感の正体に気づかなかったらしい。だけど、鎮守府に近づき、もうすぐ着く……というところでわかった。

 明かりが、ひどく少ないんだ。

 全て真っ暗、というわけじゃない。それならすぐにわかっただろうな。
 完全に暗いわけじゃなく、ぽつぽつとあちこちの窓や、海を照らすライトには明かりがあるんだ。
 ただ、今日だけは明らかにわかるほど、それらがいつもより少なかった。

 だからどうした、と思うか? 確かに、たまたまそういう日もあるかもしれない。それはそうだ。
 これまでなかったからと言って、明かりが少ない夜がありえないわけじゃない。
 もちろん彼女たちもそう思った。

 だから、特に疑問に思うこともなく、Aは桟橋へと航行し無事に上陸。ここで連絡を入れた。
 担当者に輸送してきた資源を確認後、倉庫へと運んでもらうためだ。僕たちの鎮守府と同じいつもの手順だな。

 ただ、ここで奇妙なことが起こった。おかしなことに、無線がうまく通じないんだ。妙なノイズが入るばかりで、ちっとも応答がない。
 なぜだ? 海の真ん中や、敵地の近くならわかる。でもここは鎮守府の桟橋だ。こんなことはこれまでには一度もなかった。明かりが少ない、なんてことよりずっと大ごとだな。
 彼女たちはもちろん故障を疑った。しかし、Aたちは戦闘を行ったわけでもないし、今回は波や嵐をつっきってもいない。隊内での通信も問題はない。そもそも、先ほど連絡をした時は普通に通じていたんだ。
 何か、おかしいことが起こっているんじゃないか。Aは初めてここでそう思った。

 その時だ。同行していた別の艦娘……仮に、Bとしよう。……別にAやBが、彼女たちの頭文字ってわけじゃないよ。
 Bが、不思議なことを言い出した。

「何か、聞こえる」

 Bは無線を使っていた。その『何か』が、ノイズの向こう側から聞こえると言うんだ。
 Aをはじめとしたほかの艦娘も試してみたけれど、わからなかった。聞こえたのはBだけだったんだ。
 いや、ノイズは聞こえるんだから、何も聞こえないわけじゃない。ただBは、ノイズ以外の『何か』を聞いたと主張した。
 もちろんAはこう聞いた。

「……何かって?」

 でも、BはAの問いかけに……何が聞こえたのか、という問いに首を振ったんだ。

「……わからない」
「どういうこと? 何かが聞こえるって言ったのはあんたじゃない」

 『何か』を聞いたはずのBは、どうも自分が聞いたものがなんなのかわからないようだった。
 声? 物音? 音楽? そのどれでもない、『何か』? 一体なんなんだ、それは?

 うん。もちろんAたちは、Bの空耳じゃないかと思った。ノイズが意味ありげなものに聞こえるなんてのは、よくある話だから。
 Bはそうじゃないと思っていたみたいだけど、確かな反論をできるわけでもないので強くは言えず、黙った。
 それよりも、今はやるべきことがある。

 通信が使えないのなら、直接担当者の元へ出向けばいい。
 彼女たちは艤装をつけたまま、倉庫のほうへと向かって明かりの少ない鎮守府を歩き始めた。

 その日の鎮守府は妙に静かだった。暗くて人影がない。誰にも会うことなく、彼女達は歩いていく。……みんな、寝ているんだろうか。それなら静かで当然だ。
 しかし、こんなに人が少ないなんてことがありえるんだろうか? 鎮守府には休日があるわけじゃないんだ。深夜でも、誰かが常に仕事をしているはずさ。
 なのに静かだった。耳が痛いほどの静寂。Aたちはどんどん不安になってきた。明らかにいつもと違う、何かが起こっている。

 そんな焦燥をかかえたまま、Aたちは倉庫の詰め所にたどりついた。ここに担当者がいるはずだ。
 なのに……そこには、明かりがなかった。ここには、四六時中誰かがいるはずなのに。
 彼女たちは顔を見合わせた。全員の顔に、なんとも言えない感情が張り付いていた。深海棲艦との戦いとは、また違う形の恐ろしさだな。

続きは書けたら……

 彼女らは、少し外から中の様子をうかがってみることにした。窓をのぞいてみたり、物音がしないか聞いてみたり。まあ、暗い部屋の中はよく見えなかったけれど。
 しかし、やはり中に人の気配はない。いくつか明かりがついている部屋もあったけど、たまたま席を外しているのか、点けっぱなしにしてあるのか、誰もいないようだった。
 ……だからといって、ここで引き返すにはまだ早い。

「とにかく、はいってみよう」

 艦娘の一人がそう言った。
 ならば、とAは先頭に立った。ドアに手をかけると、カギは開いているようだった。これはいつもどおりだな。倉庫そのものではなく、詰め所にいちいちカギをかけてはいない。
 ただ、ドアを開いた向こう側はいつもと違う、真っ暗な廊下だ。物音もない。
 暗闇を妙に肌寒く感じる。しかし、暗いからと言って立ち去るようでは艦娘にはなれない。Aを先頭にして、彼女たちは歩き始めた。

 確か、入ってすぐの壁に電気のスイッチがあるはずだ。Aは手探りでそれを探した。すぐにみつかったよ。
 かちっ、と音がして電気が点いた。……いつも通りの廊下だ。当たり前の光景に彼女たちはほっとしただろうな。
 そのまま、担当者がいるはずの部屋に歩いていく。
 玄関からはすぐそこだ。何事もなく、部屋の前についた。ドアの隙間から光がもれていないから、中に明かりはついていないようだ。
 彼女たちは顔を見合わせて、頷きあった。やはり先頭を歩いていたAが、ドアに手をかけて、開いた。廊下から入る光が中を照らして……。
 そこには、何があったと思う?

 ……はは、想像力が豊かだな。でもまあ、そんなに面白いものがあったわけじゃない。

 実は部屋の中には、普通に担当者がいたんだ。
 彼女はAたちもよく知っている艦娘だった。
 逆にびっくりしたAたちに向かって、彼女はきょとんとした顔で問いかけてきた。

「どうしたんですか? 何か、用事でも?」

 ……と、まあ、ごく普通にいつも通りの彼女だったらしいよ。
 何か出るかもと、身構えてはいたけれど……。普通に担当者がいたのだから、彼女たちもまたごく普通に、無線が通じなかったので出向いた事情を説明した。

「そういうことでしたか。わかりました、すぐに手配します」

 そう言って担当者が連絡をすると、すぐに資源を回収し運び入れる人員が出てきたよ。もちろん見知った顔ばかりだ。何事もなくね。
 これには彼女たちも、心からほっとした。奇妙なことはいくつかあったけれど、いつも通りの鎮守府だったんだ。
 彼女らと一緒に詰め所の外に出た担当者は、彼女たちに言った。

「こちらは大丈夫ですから、執務室へ行って、提督に帰還の報告をしてはいかがですか?」

 これもまた当然の対応だな。
 Aたちは頷いて、いつも通り執務室へと向かう旨を通信した。そういえば、さっきはなぜか無線が通じなかったのだった、と思い出したのは通信の後だったよ。
 何事もなく無線も復活していた。これで全ていつも通りだ。そう思って、Aは隊の仲間たちの顔を見回した。みんな笑顔だったよ。

 けれど。
 一人だけ、笑っていない艦娘がいた。いや、笑っていないどころじゃない。その顔は驚愕と恐怖に強張っていたんだ。
 ああ、そうだ。
 Bだよ。彼女もまたみんなと同じように無線を繋いで……そして、そのままの姿勢で固まっていたんだ。
 A以外の艦娘たちも彼女の異変に気づいた。
 どうしたの? 何があったの? また、何かおかしなものが聞こえた? 口々にAたちは聞いたけど、Bの顔は強張ったまま、何も言わない。『何か』に聞き入っているように。
 詰め所の担当者も当然心配していた。

「どうしたんですか? 大丈夫ですか?」

 そう言って、Bに一歩を踏み出した。
 次の瞬間、Aたちの心配そうな言葉に微動だもしなかったBが、激しく反応したそうだ。

「近づかないで!」

 そう言って、彼女は後ろにすごい勢いで下がった。
 あの時はみんな驚いていた、とAは言ってたな。Bは、普段からそんな大きな声を出したり、強く相手を拒絶する姿を見せる娘ではなかったらしいから。
 さらにBは担当者を指差して、叫んだ。

「みんな、そいつから離れて!」

 Aたちは困惑した。Bはどうしてしまったんだ? ひょっとして、無線から聞こえたという『何か』が彼女をおかしくしてしまったのか。いや、そもそもその『何か』を聞いたのは彼女だけだ。彼女自身が知らないうちに、おかしくなってしまったんじゃ……?

「あの、Bさんはどうなさったんですか……?」

 担当者は困惑した顔で、Aに近づいた。Aもなんと言っていいのかわからず、担当者のほうを見た。

 そのときだ。Bが風のように動いた。とんでもない勢いで飛びかかり、腕を振り上げて、叩き降ろした。

 ……いやそうじゃない。担当者に、ではなかった。その場を照らしていた、ライトに向かってだ。
 光源が叩き壊されて、光が消えて闇が満ちた。

 そして、Aは見た。

 目の前の担当者が、一瞬で……違うモノに変わるところをね。
 それをどう表現すればいいのか、Aは悩んでいたよ。彼女の言葉をそのまま借りよう。
 泥ともぼろ切れともつかない何かが、表面を流動する人型大のかたまり。あちこちから、赤い何かがのぞいている。眼、じゃないか、と彼女は推測していた。なぜなら、それらはそのモノの体表を流されるように伝って、彼女たちのほうへと動いていたから。足らしいものはない。ナメクジかカタツムリのようにずるずると、ひきずるようにAに近づいていた。

 彼女たちの反応はもちろん早かった。
 なにせ艦娘だ、どんなに不可解でも危険には慣れたものさ。彼女らは考えるより早く艤装を構え、撃っていた。この距離では外すも何もない。
 だが、砲弾はそのモノに当たると、何事もなく吸い込まれるように消えた。まるで奈落の底へと向かって撃っているようだった、とAは言っていたね。
 どうすれば、と判断するよりも早く叫んだのはBだ。

「みんな、逃げよう!」

 そして、彼女たちは一目散に走りはじめた。
 元担当者も、そのまま追いかけてきたよ。その速度は思っていたよりもずっと早くて、彼女たちの背筋を凍らせた。
 触られたら危ない、と思った。ソレは明らかに彼女たちに触れようとしていたからね。手を伸ばしたりはせず、ただただ形を変えながら移動して、身体をぶつけようとするらしい。
 Aは走りながら、奇妙な声を聞いた。

「どうしたん」
「なにがあっ」
「ぜにげるの」
「てください」

 Aは振り向いて、見た。そのモノは切れ切れの光があたる度に、その姿を担当者のものに切り替えていたんだ。いや、担当者が闇に入り込む度に変貌するのか。まあどちらでも同じさ。
 そして人の姿に変わるたび、切れ切れの声を発していたんだ。
 これを見たときは、頭がおかしくなりそうだったとこぼしたよ。明滅するように見知った人と怪物の姿を切り替える様子は、正気を削り取るのだと。

 だけど、これで終わりじゃなかった。
 彼女たちの砲撃の音を聞いて、鎮守府の人々が集まってきたんだ。……みんな、知りあいだ。あの娘も、その人も、この友達も。
 例外はなかった。彼ら、彼女らは、光の中では人の姿を、闇の中では怪物の姿を取り、切れ切れにAたちに語りかけた。

「にをしている」
「とまれ、でな」
「じじょうをせ」
「ちゃん、かえ」
「くこちらにき」

 さっきまで気配もなかったのに、どこにこんなに潜んで、と考えて彼女たちは思い出した。暗い鎮守府の光景をね。
 そうだ。担当者の部屋はAがドアを開ける前は真っ暗だった。でも、明るい部屋には誰もいなかった。
 逆だったんだ。明るい部屋には誰もいない。そして、暗い部屋には恐らく、みんなが……怪物の姿で。
 海から見たこの鎮守府には、どれだけの暗がりがあっただろうか。あの闇の中全てに、こいつらが詰まっていたのだとしたら……。

 走りながら推測を語り合った彼女たちの足は萎えていった。もしも、鎮守府の全て……いや、この鎮守府の外の世界も、全てがこいつらで埋め尽くされているのだとしたら、どこへ逃げればいいんだ?
 もうどこにも行き場はないんじゃないか。逃げたとして、どう生きればいい。何のために?
 絶望感がその場を包んだ。その空気を吹き飛ばすように叫んだのは、やっぱりBだった。彼女は未だに無線を開いていた。

「海に逃げよう」

 この異変の始まりは、帰還中に闇を孕んだ鎮守府を見た時から始まっていた。もしも自分達が海からおかしな世界に入り込んでしまったのだとすれば、逆に海から逃げればこの世界から脱出できる……かもしれない。
 それは彼女の考えなのか? それとも、さっきから彼女を動かしていると思しき『何か』が伝えているのか。
 それはわからなかったけれど、他にすがるものもない。彼女らは海へと走ったよ。

 しかし、それも叶わなかった。
 彼女たちはどこからか回り込んできた怪物たちに、前を塞がれてしまったんだ。もはや海側には明かりもない。怪物の姿をしたまま、自分達に近づいてくる。足音と、何かを引きずるような音が混ざったものも、後ろから迫ってきていた。
 必死で逃げたけど、ついに細い道で彼女たちは完全に挟まれ、道をふさがれてしまった。脇道もなく、砲撃も怪物には通じない。仮に壁を破って建物の中に逃げ込んでも囲まれれば無駄だろう。打開策はもう無いように思えた。

 ……そこで、Aは覚悟を決めたそうだ。

 ……そこで、Aは覚悟を決めたそうだ。

 同じ隊の艦娘たちの一人に、彼女は手を伸ばした。彼女は探照灯を持っていたんだ。
 Aは探照灯を取って、前から迫る怪物たちに浴びせた。その姿が人のものになる。
 前を塞ぐ人影たちの先頭にいたのは、さっきまで話していた詰め所の担当者だった。

 ……Aは彼女を撃った。

 その砲弾は彼女の胸を貫いた。赤い液体が炸裂した火花と一緒に飛び散って、壁と地面を点々と彩る。
 彼女は血の気を失った顔でAを見て、驚きと悲しみと困惑の表情と共に、倒れた。
 その唇が、どうして、と呟いたのが見えたそうだ。胸を吹き飛ばされていたから、声は出なかったけれどね。
 あの光景は二度と忘れられないだろう、と言っていたよ。
 倒れた彼女は血の海の中に沈んだ。……陸の上で海に沈む、というのも皮肉よね、と話をしていたAは自嘲したように呟いた。

 ……もちろんAがこうやって落ち着いて話ができるようになったのは、後のことだ。
 その時、Aは自分がとんでもない間違いを犯してしまったんじゃないかと思い、がたがたと震えた。Aの持った探照灯の光の中で、怪物だったものたちは倒れた担当者に駆け寄り、口々に悲痛な声を上げた。

 なんで、どうして、しっかりして、こんなことって。

 そして、Aのほうを向いて。

 いったいなんで、仲間を撃つなんて、こんなことは許されない。

 と、そう言いながら彼女たちは近づいてきた。
 近づかれてはいけない、とわかってはいても、Aは担当者を撃った姿勢のまま、固まって微動だにできなかった。

 だから、近づいてくる彼女たちを撃ったのは他の艦娘だった。Bも、探照灯を持っていた艦娘も、他の子も。撃ちまくった。

 その後の記憶は曖昧らしい。
 仲間たち、としか見えないものに砲弾が突き刺さり、赤いものが弾けるたびに道が開いていった。その場にいた誰もが何かを叫んでいた。Aも走りながら撃って喚いた。砲撃の炸薬とは違う、熱いものが全身を染める。不思議と顔が特に熱くて、多分泣いていたんじゃないか、って言ってたな。
 残酷なことに、一度死んだ彼女たちは、光から外れても怪物の姿には戻らなかった。仲間殺しの罪を糾弾するかのように、死体はうつろな眼でAたちを見る。それでも血だまりを、肉を、骨のかけらをAたちは踏みつけながら走った。

 本当におかしくなったのはどっちだ? この鎮守府か? 自分たちか?

 彼女たちが文字通りに血路を開いた結果、ついに海が見えた。次々に彼女らは暗い海面へと飛び込んでいったよ。
 そして、全速力で明かりが少ない鎮守府を後にする。何度も後ろを振り返ったけれど、追っ手は出なかった。

 しばらく航行した後、やっと彼女たちは落ち着いたそうだ。お互いの姿を見れば、誰も彼もが血まみれだった。全て返り血だ。
 よくもまあ、これだけ殺したものだ。もしもあれが新種の深海棲艦だったなら、大殊勲だな。……そんな風に思うとなんだか急に、Aは笑いがこみあげてきた。
 Aが笑うと、Bも笑い、ついにはみんな笑い出していた。やっぱり自分たちは狂っていたのかもしれない、とAは思った。そうだったとしても戻る気にはならなかったけれど。

 とにかく、生き延びたことに、みんなは本当に安心していた。これからどうすればいいのかはわからないけれど、まずは生きている。
 そこで、海から元の世界に戻れるかも、と言いだしたのはBだったことをAは思い出した。彼女ならこれからどうすればいいのか、わかるかもしれない。

「ねえ、B……」

 と、彼女はBのほうを向いて話しかけると……Bの様子がおかしかった。
 その顔には表情がなかった。
 ひどく醒めた眼には何も写っておらず、顔のあらゆる部分から意志というもの全てが抜け落ちたように見えたんだ。
 また彼女は『何か』を聞いたのか? 今度は一体何を?
 そう思ったAは彼女に近づこうとすると、突然Bが動いた。
 がくん、がくん、と、まるでその身体の内側の何かが跳ねているような動き。そのくせ、Bの顔は虚ろで、口がわずかに開いていた。

 ……そこで気づいた。

 彼女の足に、何か、黒いものが。
 なにかが巻きついているような、いや、掴んで……?

 そこまで見たAはすぐさま探照灯で足元の海面を照らした。いる。海面の下に。
 当然、知っている顔がそこにはあった。同じ鎮守府の、潜水艦娘たちだ……光を当てた時だけは、ね。
 そのうちの一人が、Bの足を掴んでいた。いや、Bだけじゃない。彼女たちは、自分を含めた全員に手を伸ばしつつある。
 Aたちの判断は早かった。すぐさまあるだけの爆雷をその場に投下して、Bをつかんで全力で逃げた。背後で爆発音。探照灯を当て続けるため、振り返ったAは、水柱の中に千切れた手足が飛ぶのが一瞬だけ見えた。……まあ、駆逐艦娘には見慣れた光景ではあるけどさ。

 Aの肩にもたれかかったBは、がくがくと痙攣を繰り返していた。表情は変わらず無いまま、言葉も発しない。
 泣きそうになりながら、Aたちは必死で速度を上げた。行くあてはなかったけどね。

 ……どのくらい航行しただろうか。暗い水平線に、光のきざしが見えた。夜が明けようとしている。
 すでに現在地は見失っていたけれど、とりあえず方角はわかったから、そこで彼女たちは、恐らくこちらが陸だと思われるほうへと向かった。

 そして、陸が見えてきた。そこにあったのは……見覚えのある建物、よく知っている鎮守府だ。
 戻ってきてしまったのか? 彼女たちは驚き、その場で停止し、様子を見る。
 だけど、まだ空に夜が残る中、そこには明かりがあった。……あの、暗い鎮守府とは違う、と思えた。

 そうして彼女たちは自分たちの在るべき場所へと、帰ってこれたわけだ。めでたしめでたし。

 ……と、まあ、お話ならここでお終いなんだけど、現実ではそうもいかない。
 彼女らは帰還後、ありのままを報告した。……身体にあれだけ着いていた血はいつの間にかに消えていたけれど、撃った弾薬は消えていたし、Bは意識を失ったままだった。もちろんこの状況に、報告を受けた提督たちも困惑していたらしい。
 最初にAたちはが帰還の通信を行っただろ? その後、彼女らの消息はばったりと途切れてしまった、ということになっていたんだ。奇怪な鎮守府にたどり着いたのはその後だったというわけだな。

 とにかく、この事件に関する調査が行われることになった。もちろん、Aたちの精神状態も含めてね。
 結果は彼女らには異常なし。そして同時に、彼女たちの報告を裏付ける証拠も何一つ見つからなかった。
 Aたちが撃った艦娘たちも、みんな普通に過ごしていた。Aは詰め所の担当者だった艦娘たちに飛びついて、泣きながら謝ったそうだよ。……謝られた彼女は何のことかわからず、きょとんとしてたらしいけどね。
 ……ただ、意識を取り戻した後も、Bは言葉にならない言葉をつぶやきつづけ、今でも入院しているそうだ。彼女は光を異様に恐れるようになっていたという。

 結局、何もわからないまま、原因不明の弾薬遺失とBの心神喪失状態ということで決着した。そうするしかなかったんだろうな。
 Aたちはこの事件を口外することは禁止された。ま、何の根拠もなくみんなを不安がらせてはいけないということだ。
 ただ、出撃前には必ず非常用装備の電灯の作動を確認する習慣が、その鎮守府では根付いたのだという。

 ……ん、どうして僕がこの話を聞けたのかって?
 おいおい、これはただの怪談だよ。本当にあった、自分が体験した、で始まるのは怪談の決まりごとのようなものだろう? 誰がその真偽を判断できる?
 ……いやいや。最初に言っただろう? この手の話をするのに、名前を隠すのは礼儀だって。そう、どうして艦娘が「怪談」を語りあうのかわかったかな。
 いくら上層部に無かったことにされたって、同じような事がいつ、誰に起きるかはわからない。こうやって「怪談」という形で情報を交換して、そういった事態に備えているのさ。
 ……なんてな、これも、いかにも話を本当っぽく聞かせる枕だと思ってくれよ。

 まあ僕も、似たような……いや、似てはいないけれど同じように説明がつかない現象に遭遇したことはある。だから、こういう話を集めているのさ。
 聞きたいかい? でも、それはまたいつかにしよう。

 さて、なぜこんな話をしたのか、読み取ってくれたかな。
 もしも提督が鎮守府に帰った夜、明かりが少ないと感じた時は気をつけてくれよ。
 言っただろう、いつ誰に何が起こるかはわからないんだ。電灯と拳銃は持ち歩いているか? しっかり動作も確認しておくといい。

 


 ……そうだ。もしも僕のフリをしたモノに会ったら、遠慮なく撃ってくれていいからね。自分と同じ姿をしたバケモノなんて、気分が悪いだろう?
 ……だから気にしないでくれよ。……頼んだよ。……フ、フフ……。




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