【スペース・コブラ】古い王の地、ロードラン (776)
古い時代。
世界はまだ分かたれず、霧に覆われ
灰色の岩と大樹と、朽ちぬ古竜ばかりがあった。
だが、いつかはじめの火がおこり
火と共に差異がもたらされた。
熱と冷たさと、生と死と、光と闇。
そして、闇より這い出た幾匹かが
光に寄る羽虫のように、偉大なるソウルを見出した。
最初の死者、ニト。
イザリスの魔女と、混沌の娘たち。
太陽の光の王グウィンと、彼の騎士たち。
そして、誰も知らぬ小人。
それらは王の力を得、古竜に戦いを挑んだ。
グウィンの雷が岩の鱗を貫き
魔女の炎は嵐となり
死の瘴気がニトによって解き放たれた。
そして、ウロコのない白竜、シースの裏切りにより、遂に古竜は敗れた。
火の時代の始まりだ。
だが、やがて火は消され、暗闇だけが残る。
今や、火はまさに消えかけ
人の世には届かず、夜ばかりが続き
人の中に、呪われたダークリングが現れ始めていた…
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1473930004
コブラ「はぁ~あ~…」
コブラ「……ダメだレディ。今回ばかりはお手上げだぜ」
レディ「あら、珍しいこともあったものね。いつもの貴方なら何とかなるさって言うところよ?」
コブラ「オレもそう思ってたよ。コイツを地球の美術館から盗み出す前まではな」
コブラ「実際この『古い時代の1節』については、てんで手詰まりさ」
コブラ「分かってるのはこの一文が地球で、しかも機械では計れない程の超古代に書かれたってコトと、人種や文化に関係無く、何故だか誰にでも読めるって事だけで、それ以外はサッパリだ」
コブラ「いつ、どこで、誰がなぜ書いたのか。何が記されているのか。そして何故この一文が記された金属板だけが、全く劣化せずに地球の地層奥深くに残っていたのか…」
コブラ「宇宙のありとあらゆる芸術品を知り尽くしたと思っていたんだが、そいつはとんだ自惚れだったみたいだ」
レディ「私はそうは思わないわ。 貴方に盗まれるものは、貴方の眼に適った物だけだもの」
コブラ「オレがコレに何かを感じたって?」
レディ「ええ。だから盗んだ。違うかしら?」
コブラ「いいやあ、違くないさ」
コブラ「ただ、こうまで人見知りされるのは初めてなんだ」フフッ
レディ「ようやく調子が出てきたみたいね。もうすぐ目的地よ」
草木一つ生えない不毛の地に、ところどころ穴が開いている。
その穴は全て深く大きいが、不毛の大地と同様に、暑い太陽に照らされても何があるわけでもない。
知識欲と発見欲に魅せられた者達がこの地を掘ったが、遂に一枚の金属片以外の発見がないまま、作業は惰性の中続けられている。
その不毛の地に、一隻の宇宙船が着陸した。
作業着に身を包んだ男は、宇宙船から降りてきた男に歩み寄り、握手を求めた。
コブラ「すみませんね。道が混んでたもので」
発掘責任者「いえいえ、よくぞ来てくれましたギリアン博士」
コブラ「ジョーで構わないですよ。こちらは私の助手のレディ。早速で悪いとは思いますが『古い時代の1節』が発掘された地点というのは?」
責任者「はい、こちらです。ついて来て下さい」
宇宙船から降りてきた男と女は、作業着姿の男との握手を終え、彼の後ろを付いて行く。
コブラ「話には聞いてましたが、遺跡というよりかは、まるで洞窟と言った風情ですね」
責任者「ええ。ここにあるどれもこれもが、長い年月の中で朽ちてしまっていましてね。意識的に見れば石畳や柱に見えない事もないような土塊や、ちょっとの風で崩れる灰の塊ばかりでして」
責任者「お偉い学者先生が例の金属板には計り知れない価値がある『かもしれない』と言い、更にはその金属板がもっと出てくる『かもしれない』らしいので、こうやって一応発掘作業は続けてますけどね…私のような者からしてみりゃとんだ赤字……おっと失礼。口が滑りましたな」
コブラ「いえ、お気持ちは分かりますよ。考古学なんてのは、言って見ればバクチみたいなものですからね。ハズレだって引くんですよ」
責任者「おお、話が分かる方で助かりますな!はっはっは!」
そうは言いつつも、コブラはあの金属板には何かがあると確信していた。
それが何なのか、形がしっかりと把握出来ていないため弱音こそ漏らしたが、見限ってはいない。
責任者「着きました。ここですよ。ここで例の金属板が見つかったんです」
作業着姿の男がそう言って指差した場所には、黒々とした粘土状の窪みがあり、その窪みの中心には泥炭のような大きな板が敷いてあった。
責任者「この板……スキャンの結果、デカイ剣のような形をしていましたんで、我々は『剣』と呼んでいるんですが、その剣の刀身部分にはめ込まれるようにして、例の金属板があったんです。 まるで剣の一部のように」
コブラ「まさかとは思いますが、ここが鍛冶屋だったとでも?」
責任者「そうは思いませんが…なんにせよ、この有様じゃ用途の特定は不可能ですよ。触れば崩れる。太陽光並みの光であっという間に変質する。全くお手上げです」
コブラ「………いや、出来ることが全く無いってわけじゃ無いかもしれませんね」
責任者「え?」
コブラ「しばらく外に出てもらえませんかね?この調査には集中が必要でして」
責任者「!? そりゃ困りますよ!何かあったら…」
コブラ「お願いしますよ。それとも、私の代わりに宇宙考古学とその芸術史に長けた、専門的な調査ってものを貴方が代わりにやってくれるんですか?」
責任者「いえ…それは無理ですが…」
コブラ「だったらお願いしますよ」
責任者「は、はい…」
コブラの有無を言わさない物言いに、作業着姿の男はすごすごと退散した。
だが現場から離れたわけではなく、遠くからコブラとレディを見つめている。
コブラ「さーってと、ああは言ってはみたが、どうしたもんかねコレ」
レディ「考えてみれば何か思いつくかもしれないわよ?宇宙考古学と芸術が、貴方の味方になってくれるわ」
コブラ「それがなレディ、残念ながら散々考えたせいで、考古学も芸術も俺を見放しちまったらしい」
コブラ「今思い浮かぶのは、金星の美女達の腰に手を回したあの感しょ…」
コブラ「ん…まてよ」
レディ「どうしたのコブラ」
コブラ「触れただけで崩れるくらい、この剣とやらは脆い…」
コブラ「なのにこの金属板を剥がしたにも関わらず、この剣は形を保っている。普通こういう物は形が変わるだけでも、内部の構造に歪みやほころびが生まれて、あっさり崩れちまうものだ」
スッ
レディ「それは金属板?持ってきていたの?」
コブラ「念のためってヤツさ。とにかく、コイツとこの剣には、何か特別な関係があるように思える」
コブラ「行き詰まってる以上、それならやる事は一つだ」
コブラ「まあ、何も起きないだろうが…」スッ…
カチッ…
コブラ「!」
レディ「はまったわ」
コブラ「ああ。しかもさっきの音から考えて、この剣は金属板を受け入れた瞬間にのみ、硬度をあげるらしい」
コブラ「……だが、何も起きない所を見ると、罠でも無い…」
責任者「ギリアン博士?一体何を…」
ボッ…
レディ「あっ!」
コブラ (火が点いた!やはり罠かっ!)
ボボボッ…ボボ…
コブラ「………」
レディ「コブラ!何をしてるのっ!?手が焼けて…」
コブラ「いや…これは罠じゃない…この火には熱も煙も無い」
レディ「…じゃあ、これはホログラム?」
コブラ「そうとしか思えないが、こんな豆電球程度の明かりじゃ受験勉強も出来ないぜ」
責任者「ギリアン博士!その光は何なんですかっ!?」
コブラ「なに、ちょっと葉巻が吸いたくなってね」
ボウッ!
レディ「火が強くなったわっ!」
コブラ「あ、あら?」
ゴオオオッ!
コブラ「お、おいおい、確かに葉巻は吸いたかったがこりゃお節介だ…」
責任者「か、火事だ!おーい火事だーっ!誰か来てくれーっ!」タッタッタッ…
レディ「コブラ、本当に熱くないのっ?」
コブラ「ああ、熱くは…」
コブラ「いや…あっ!アチチッ!熱くなってきたっ!」
ゴワッ!!
コブラ「逃げろレディ!コイツはホログラムなんかじゃ…」
グ ワ ッ ! !
瞬間、小さな種火は大きな火の球となり、2人を飲み込む。
その炎の中で、実体を失くしたコブラに語りかけるものがあった。
「永らく待っていたぞ。稀なるソウルを持つ者よ」
コブラ「!」
「お前を待っていた」
コブラ「待っていたにしても歓迎が熱烈すぎるな!」
コブラ「おたくにワープホールへ招待される覚えはないぜ!」
「招待ではない。これは願いだ」
コブラ「願い?」
コブラ「よせよ。願いならサンタにでもするんだな。オレの専門じゃない」
「それが通るのならば、そうも出来よう」
「だが、お前にしか出来ぬ」
炎の輝きが薄れていく。 コブラの実体が再び生を帯びはじめる。
コブラ「待ちなよ。人に願いを押し付けるんだ、せめて名前ぐらいは名乗ってもいいだろ?」
「火となった我が身に、もはや真名など無く、もはや語り名のみが遺される」
「我が名は薪の王」
「世界を救え」
炎はただそれのみを言い残し、消えた。 コブラは戻った感覚で辺りを見渡し、音を聴く。
足元には蛆が湧く石畳。周りは寒々しい石壁と鉄格子。 頭上から吹き込む風には雪が交じり、コブラの火照った体を冷やす。
レディ「コブラーっ!何処にいるのーっ!」
コブラ「ここだよレディ。牢屋の中だ」
ドグァーッ!!
コブラを見つけたレディは鉄格子を掴むと、力任せに引っ張って石壁ごと鉄格子を外した。
ドゴーッ!!
それと同時に、コブラは頭上から降ってきた干からびた死体を、サイコガンで蒸発させ、死体を蹴落とした騎士を驚かせた。
上級騎士「なっ…!?」
レディ「どうしたのコブラ?」
コブラ「早速お出ましらしい。気をつけろレディ!」
レディ「分かったわ!」
ピシュッ カッ!
リストバンドからワイヤーフックを射出したコブラの照準は、騎士の足元に定められていた。
小型ウィンチが生む猛烈なパワーで引き上げられ、コブラは騎士に猛スピードで接近する。
サッ
そしてコブラは、接近と同時にサイコガンを放っていた。
ドウドウドウーッ!!
グ ワ ッ ! !
騎士「オオオーッ!」
3発のサイコエネルギーは騎士の足元の石積みを吹き飛ばし、剣と盾を弾き飛ばす。
騎士はもんどりを打って尻餅を着いたが、レディはその隙を見逃さなかった。
ササーッ!
上昇するコブラを追い越す程のスピードでかの女は駆け上がると…
ガキーッ!
プレートアーマーの胸元が捻れる程の力で、騎士の胸ぐらを掴み上げた。
騎士「まっ、待ってくれ!話を聞いてくれ!頼む!」ジタバタ
コブラ「そりゃ聞くだけ聞くさあ。なんで死体なんかを落としてきたのか、その訳を是非とも聞かせてほしいね」
コブラは葉巻をくわえると、ジッポライターで火を点けて、寒空に煙を吐いた。
コブラ「とりあえず中で話そうぜ。ここじゃ腹が冷える」
レディ「……」ゴソ…
レディ「あったわ。確かにここの鍵のようね」
コブラ「やれやれ、鍵だけ落とそうとは思わなかったのか?」
騎士「すまない…」
コブラ「まあいいさ。オレもあんたを殺しかけた。割に合わんと思うがこれでおあいこにしよう」
コブラ「で、なんでオレを助けようとしたんだ?」
騎士「………話せば長くなるが、それでも聞いてくれるか?」
コブラ「分からない事は聞いて覚えろってママに言われてるんだ」ニッ
騎士「そうか…ありがとう…では聞いてくれ」
騎士「私の家の言い伝えに、不死の使命というものがある」
コブラ「不死の使命?」
騎士「そうだ。その使命を帯びた者には不死の印が現れ、この不死院から古い王達の住まう地への巡礼が定められる」
騎士「そして巡礼者となった不死は目覚ましの鐘を鳴らし、不死の使命を知る事になる…と」
コブラ「待ってくれ。不死ってのは、文字通りの不死身って事なのか?」
騎士「あ、ああ。不死に死は訪れない。死ぬ度に自分の全てを少しずつ失なっていくが、キミも私も消える事は出来ないんだ」
騎士「例え骨になり、灰になろうとも」
コブラ「………」
騎士「しかし妙なことだ…ここまで来ておきながら、不死について知らないとは…」
騎士「…まさかキミは、一度も死ぬ事なくここまで来たのか?」
コブラ「いや、そもそもオレは不死なんかじゃないんだ。不死身と呼ばれた事はあるがね」
騎士「驚いたな……まさか人の身のままこの地に来るなんて…一体どうやったんだ?」
コブラ「なあに、一眠りすれば直ぐだったよ」フフッ…
コブラ「それより、面倒だがこりゃあやるしかなさそうだな…」
騎士「やる…不死の使命を、キミが?」
コブラ「ああそうさ。そうでもしないとパパが家に帰してくれないらしい」
コブラ「それにオレ自身、自分を不死身だと思ってるからな」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
コブラのリストバンド
さりげなく着用しているように見えるが実は多機能。
ライトが点いたり、ワイヤーが伸びて引っ掛けたり、
回転するカッターが収納されていたり、GPSや通信に使えたり。
もっとも活躍するのは爆弾などに反応する探知機であり、
様々な機能でコブラをサポートする。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
バキィ!
亡者「グエエーッ」ドターッ
コブラ「ふう…まるでB級ホラーだなこりゃ。不死というからどんなものかと思えば、これじゃゾンビだぜ」ガスッ!
騎士「 さっきからキミは何を言っているんだ?」ズバッ!
コブラ「別にい何も~?」ボグッ!
レディ「コブラ、この扉の向こうから音がするわ。何かの唸り声みたい」
グルルルル~ッ グルルルル~ッ
コブラ「開けてビックリ玉手箱って事か。そんな上品じゃなさそうだが」
騎士「………」
コブラ「レディ、準備はいいか?」
レディ「いつでもOKよ」
コブラ「じゃあ、あんたはどうなんだ?」
騎士「そうだな…少し怯えているよ」
コブラ「よし、じゃあ一二の三で扉を蹴破るぞ」
コブラ「1…2…3!!」ドガーッ!
グワォーッ!
不死院のデーモン「グアアアアアアアアアアア!!」 ズバーッ!!
扉を蹴破ると同時に、騎士とレディは身構え、コブラは義手を抜いてサイコガンを放った。
飛び出したサイコエネルギーは怪物の額に握りこぶし大の風穴を空け、怪物はその手に持った巨大な棍棒を構えることもなく息絶えた。
コブラ「あらら…」
騎士「………」
ドズーン……サアアァァァ…
レディ「死体が消えていくわ。まるでゾラ星人ね」
コブラ「思った以上のバケモノだったな。一撃で倒せてなかったらと思うとゾッとするよ」
騎士「信じられない…あのデーモンが一撃で…」
コブラ「デーモン?」
騎士「この怪物の事だ…地の底から湧き出し、命ある者を襲い、ソウルを奪う者達…」
騎士「そのほとんどは人の手には負えぬ強さ…で、あったはずなんだが……」
コブラ「その人ってのが、サイコガンを構えたオレだったって事が、コイツの不幸だな」
コブラ「………」フラッ
レディ「コブラ?」
コブラ「…さあ、早いとここんな場所からはオサラバしようぜ」
ガコン…ギギギギギ…
コブラ「あたり一面雪景色で、おまけに断崖絶壁……いよいよ異世界探訪の始まりか」
コブラ「…へっ…ヘーックショイッ!にしても、 この寒さってヤツには参ったね…」ズズッ
レディ「貴方が風邪?今日は珍しい事の連続ね」
コブラ「金属板とにらめっこしてるうちにインドア派にでもなったかな?」
騎士「この先の崖に立てば、王達の地に行ける」
コブラ「…不死の使命の始まりだな」
騎士「ああ。言い伝えが正しいのなら、そのはずだ」
騎士「そして、その崖に立てる者は、選ばれた者だけだ」
騎士「それには恐らく…認めたくないが、私は含まれないのだろうな」
コブラ「行かないつもりなのか?」
騎士「行かないのではなく、行けないんだ……私では、使命を見つける事も出来ない…」
騎士「こう言ってはなんだが、私は石壁を飛び越える事も出来ないし、腕から得体の知れない呪物を出して、デーモンを即死させる事も出来ない。剣が扱えるだけの、ただの死なない男だ」
コブラ「呪物ねえ……ある意味呪いに掛けられてはいるか」
騎士「私より、キミの方がよっぽど使命を全うするのに相応しい。キミに道を譲ろう」
恐らくは貴族階級にあったであろう騎士は、不死院を出てすぐの瓦礫に腰を降ろした。
デーモンと神々が跋扈する地に脚を踏み入れるには、力が全く至らない。 そう判断した彼は苦渋の選択をし、結果を受け入れた。
コブラはレディを連れて崖の際に立ち、そんな失意の中にある騎士に語りかける。
コブラ「そういやあ、あんたの名前を聞いてなかったな」
騎士「……オスカーだ」
遥か遠くから、風を切る音が響く。 突風とも、鳥の羽ばたきとも取れる音が。
コブラ「オスカー。使命は授けられる物じゃない」
コブラ「使命ってのは、こっちから迎え撃つ物じゃないのかい?」
オスカー「………」
コブラ「授けられるのをただ待ってたんじゃ、それは使命なんかじゃないのさ」
バ サ ッ !
オスカー「!」
騎士へと振り向いたコブラとレディを、瞬間、巨大な鴉が連れ去った。
オスカー「…コブラ……」
こうして、不死院からまた2人の巡礼者が現れたが、かの者らは不死ではなく、伝承にすら予見されていなかった。
かの者らは、かの地へと向かう。 古き王達の地…
ロードランへと…
ヒュォォ…
バサバサッ! ドサーッ!
コブラ「イッテテテ……ファーストクラスにしときゃ良かったかな」スリスリ
レディ「あそこに止まっている鳥が私達を運んできた鴉のようね。次の巡礼者を待ってるのかしら?」
コブラ「なんにしても、ここの飛行機じゃ割引は効きそうにないな」
「お、おい…なんなんだよ、あんたら…」
コブラ「ん~?」
心折れた戦士「………」
コブラ「おおっとぉ…」
身体に付いた土埃を落とすコブラの前に
鎖かたびらを着込み、帯刀をした男が、剣の鞘に手を掛けていた。
男の視線は二人に、特にレディに対して不信感を抱いているようで、それを隠そうともしていない。
コブラ「あ~…おたくの言いたいことも分かるが、その前にちょっと冷静に…」
心折れた戦士「なんなんだって聞いてんだ!」
コブラ「別の世界から来た宇宙海賊……なあんて言っても分からないだろ?」
心折れた戦士「???」
コブラ「あー、まあ、分からないからこそ幸せって事もある。忘れてくれ」
コブラ「それよりあんた、ここいらに目覚ましの鐘ってヤツがあるらしいんだが、何処にあるか知らないかい?」
心折れた戦士「…それなら、こっから上に登って行けば、見つかるだろうけど…」
コブラ「ありがとよ」クルッ
タッタッタッ…
心折れた戦士「お…おい!何処に行くんだ!」
コブラ「賛美歌を歌いに行くのさ!」
心折れた戦士「さん、なに?」
心折れた戦士「………行っちまいやがった」
心折れた戦士「なんだったんだ?あいつら」
亡者達「ウオオォ…」
コブラ「ひーふーみー……こいつは素手でやるにはキツそうだな」
レディ「余計な心配じゃなくって?貴方にはサイコガンがあるのよ?」
コブラ「それなんだが、あの雪山から何となく気だるいんだ。本当にインドア派になったのかもなあ」
レディ「サイコガンの調子が悪いのね…タートル号があれば調整も出来るのだけれど」
コブラ「ま、なんとかなるさ」
ダッ
亡者「!!」
ガッ!
岩陰から飛び出したコブラは、反応の遅れた亡者から直剣を跳ね飛ばし、殴り倒すと、もう一人の亡者を倒すべく走る。
しかし、投げつけられた何かによって、進路を炎に阻まれる。
コブラ「爆弾…いや、火炎瓶か」
コブラ「レディ!上の不死を…」
レディ「任せて!」ヒュッ!
だが、コブラに向けて火炎壺を投げた亡者は、レディの投げた直剣を受けて事切れていた。
コブラ「さすがだなレディ!」
レディ「当たり前よ。いつから貴方の相棒をしてると思ってるの?」
投擲を受けた亡者に反応して、他の亡者達がコブラの存在を察知し、盾を構えはじめる。
コブラとレディはその中へ突貫していった。
亡者達を倒し、汚水路を抜けた2人は、更に襲いくる亡者達の群れを切り抜ける。
その途中でコブラは使えそうな剣を亡者から奪い取り、盾として使えそうな木の板も手に入れていた。
しかし、調子よく事が運ぶなど、コブラは考えもしない。
そして実際に、拍子よく事は運ばなかった。
ドドドドーッ!!
コブラ「おお!?」
レディ「こ、これは…!」
前触れなく降ってきた巨大な『赤い塊』には、大きな翼と爪があり、槍のような鱗があった。
胴体から伸びる尾は長くしなやかで、剣のような鋭さを持っている。
コブラ「悪魔の次はドラゴンか…」
コブラ「だが生憎、オレは天使役にはならないぜ!」
飛竜ヘルカイト「ゴオオオォォォ…」
レディ「竜の口がっ!」
コブラ「花火を撃つ気だ!潜り込めっ!!」
ド オ ッ ! !
大きく開かれた竜の口から、灼熱の炎が噴き出された。
コブラに討たれた亡者達の亡骸はその炎に焼かれ、瞬時に塵と化す。
しかし、竜は肝心の獲物を取り逃がし、懐を晒してしまった。
ガキィン!
だが、股下に潜り込んだコブラが腹に突き立てた剣は、硬い鱗に阻まれて折れた。
レディも拳を突き上げはしたが、やはり、鱗を貫くには至らない。
レディ「逃げるのよ!ここは危険だわ!」
グワッ…
腹部に生じた違和感に苛ついた竜は、大きく足を上げるが、既にコブラはワイヤーフックを民家の屋根に打ち込んでいる。
ド ゴ ン !
竜の足元から土埃が上がるのと、コブラとレディが屋根に着地するのは、ほとんど同時だった。
コブラ「なんて野郎だ。何食えばあんなに腹が硬くなるんだ?」
レディ「今回は逃げてみてもいいんじゃない?」
コブラ「いやあ、まだ手はあるさ。相手が竜なら、こっちも竜の気持ちになればいい」
レディ「えっ?」
コブラ「レディ!オレがあいつに躾をしてやる間、屋根の裏に隠れていてくれ!」
レディ「何をする気なのっ?」
コブラ「虫歯にしてやるのさ!」ニッ
レディ「?」
コブラはなにかを確信したように、不敵な笑みを浮かべると…
レディ「!? コブラーッ!?」
竜の首筋にワイヤーを引っ掛けて、棘状の鱗に飛びついた。
ヘルカイト「ギャアアアアアアアアアアアアア!!」
コブラ「カーッ!キンキンわめくんじゃねえや!口うるさいと女にモテないよぉ!」
犬が纏わりついてくる虫を振り払うように、竜は身体を捻ったり、声を張り上げるなどをして抵抗する。
コブラは右手で耳を塞いで苦い顔をしつつ、しかし両足でしっかりと鱗にしがみついており、左手のリストバンドはワイヤーを巻き戻していた。
バサァッ! バサァッ!
翼が起こす風は民家の瓦を吹き飛ばし、朽ちたドアや窓を割る。
しかし、足場を激しく揺すられる以外に、コブラにはなんの被害も無い。
コブラ「それーっ!」 ピシィ!
ヘルカイト「ギャウッ!」
それゆえに、再び放つワイヤーフックで竜の弱みを握る事も、容易かった。
ズ ズ ー ン …
コブラ「レディ、ゲームセットだ」
レディはコブラの合図を聞き、屋根の裏から身を乗り出す。
レディ「やったのね、コブラ!」
コブラ「ああ。」
コブラの放ったフックは竜の首に巻きつき、下顎の裏にある弱点に引っかかっている。
その部分を強く引っ張られているため、竜は火を吹く事も出来ず、痛みに身を丸めるばかり。
ヘルカイト「………」
コブラ「まさかと思ってやってみたが、こんなに大人しくなるとは思わなかったぜ」ギュウ…
ヘルカイト「!!」フルフル…
レディ「凄いわね……貴方、魔法は苦手じゃなかったかしら?」
コブラ「魔法だなんてとんでもない。オレは虫歯に爪楊枝を突っ込んだだけさ」
コブラ「竜には必ず弱点がある。酒だの美女だの宝石だのなんかより、よっぽど即効性があって確実な物だ」
コブラ「逆鱗だよ」
レディ「逆鱗…」
コブラ「地球の文明に古代から伝わってる伝説によれば、ドラゴンってのは逆鱗に触れられるだけで顔を真っ赤にして襲いかかってくるんだ。そこを刺して引っ張ってやれば、さぞかし堪えるだろう」
コブラ「まあ虫歯にしちゃあ、ちょっと度が過ぎてるが。へへ…」
レディ「でも、何故この竜に逆鱗があるなんて分かったの?」
コブラ「コイツの下を潜る時に、バッチリと」
コブラ「さてと、今度の飛行機の乗り心地はどうかな?」
レディ「チケットが無いのだけれどいいかしら?」
コブラ「構いませんよ、お姫様」
バサァッ! バサァッ!
コブラ「うおっとぉ!」
コブラ「少し荒っぽいが、まあイケるかあ」
コブラ「これでエイトビートのロックでも聞ければもっとマシ…」
ヘルカイト「ギャアアアアアアア!!」
コブラ「……なんだが、これじゃ期待できそうもないか…」
レディ「この子で鐘を鳴らしに行くのね?」
コブラ「それが出来りゃあ良いんだが、この分だと鐘を焼きそうだぜ」
コブラ「さてと、それじゃあ発進しますかあ!」グン!
ブ ワ ァ ッ ! !
コブラ「イヤッホォーーーイ!!」
コブラ(それにしても驚いたぜ…一か八かでやってみたが、まさか地球の伝承のとうりとはな)
コブラ(とすると、ここは太古の地球なのか?もしそうなら恐竜がドラゴン伝説の元になったっていう説が、真っ向からひっくり返る事になる)
コブラ(いやそれだけじゃない。ここは文明のレベルも世俗のレベルも、確かに太古の物と言っていいものだが、石器時代ではない。かと言って人類誕生以前に地球を支配していた、古代火星文明とも全く違う)
コブラ(…まさかあの金属板が作られた時代は、神話の時代…それも本当にあった時代なのか?)
コブラ「………」
コブラ(もしそうだとしたら、今回ばかりは死ぬかもしれないな)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
コブラのブーツ
コブラの強力な足腰に合わせて作られた特製のブーツ。
踵には強力なスクリューが仕込まれており、水中での移動に使用できる。
また、コブラは多くの場合、パイソン77マグナムをここに隠している。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
太陽。
あるものは、それを神の力の象徴とも言い、あるものは、それそのものが神であるとも言う。
だが、それらの説にも、遥か昔には答えがあった。
太陽は火であるが、世界を支える火は別のところにあると。
その火に神々は惹かれ、その相克に人は惹かれるのだと。
しかしこの地に来た一人の男は、この地に来る多くの不死とは違い、火にも、その相克にも惹かれなかった。
彼の求めるもの、それは『偉大さ』だったからである。
太陽の戦士ソラール「………」
ソラールは、考えに耽っていた。
鐘を鳴らし、偉大なる使命を帯びるためにこの地に来たまでは良かったが、
長く広い石橋を前にして、彼は立ち往生をしてしまっていた。
ソラール(あの橋から飛竜が去ってから、時間は経ったが…)
ソラール(再び俺が橋を渡ろうとすれば、竜はまた現れて、橋の上を焼き尽くすだろう)
ソラール(まあ橋を焼かれる前に渡り切れればいいのだが…脚には自信がないからなぁ…)
ソラール「………」
ソラール「……いや、ここはやるしかないだろう」
ソラール「我が偉大なる太陽よ。どうかご加護を!」シャリィーン!
覚悟を決め、太陽の戦士は自慢の剣を抜いた。
そして盾を構えて、橋の上に一歩踏み入る。
バサァッ!
その直後に、彼の頭上を巨大な影が飛び越えていった。
ソラール「もう来たのか!やはり走り抜けるしか…」
ソラール「…いや、あれはなんだ…?」
だがその巨大な影は、前に彼が見た影とは違い、奇妙なものを幾つかくっつけていた。
コブラ「あれだレディ!鐘だ!」
それは、風を切る飛竜の背に乗る、
全身赤ずくめの男と…
レディ「教会のようね。でもあそこまでたどり着けるかしら?」
コブラ「コイツに喘息の気でもあるんなら無理だろうが、喘息なら火なんて吹けないはずさ!」
その男の後ろに座って、
男の腰に手を回している、重鎧を着込んだ女と…
牛頭のデーモン「ムオオオオオオオオオオオオオ!!」
飛竜の脚にしがみついて、宙ぶらりんとなっている巨大なデーモンだった。
ソラールは咄嗟に脚を止めたが、数瞬考えた後に、
眼前にある光景に湧いた疑問を一旦棚に上げて、橋を渡ることに専念した。
ソラール「………」
進んでは退いてを繰り返させた大橋も、渡ってみれば呆気ないものと、彼は思った。
ブワッ! ブワッ!
レディ「高度が下がってるわ。やっぱりくっついてきたみたいね彼」
コブラ「やれやれ大したジャンプ力だね。ドラゴンの脚に飛びつくあたり、趣味の方はちょっとイケないな」
レディ「またそんな事言って。どうするの?」
コブラ「乗捨てってのも手かな?」
牛頭「ブモオオオ!」ガリ!
ヘルカイト「ギャアアアアアアアアアアアアア!!」バサバサッ!
コブラ「おっ!?」
牛の頭と屈強な体躯を持つデーモンにとって、コブラとレディは魅力的な糧に見える。
この辺りの不死は絞り尽くし、新たな巡礼者も絶えて久しい今、
一度も死んでいない者の『ソウル』と、それに含まれぬ『何か』を、デーモンは渇望していた。
普段は決して挑まない飛竜の脚にしがみつき、牙をめり込ませるほどに。
バジィン!
飛竜が高度を下げ続け、デーモンの足が石畳に着く寸前、デーモンの背中に雷が突き刺さった。
その雷は、橋を渡りきった先の建物の入り口付近から発射されていたが、
コブラもレディも、飛竜の体勢の維持に気を取られており、発射の瞬間を見逃していた。
レディ「今の音…まさか、レーザーガン!?」
コブラ「レーザーガンだってえ?しっかりしてくれよレディ。そんなものどこにあるって…」
バジィン!
コブラ「!」
コブラ(いや…確かにレーザーガンの着弾音に聞こえる…!)
コブラ(しかもそれなりに強力な出力だ。しかしこんな世界でそんな代物をぶっ放すヤツが、オレ以外にいるとは思えない)
コブラ(そうすると…)
理解しがたい光景にソラールは初めこそ怯んだものの、彼の正義感と人の良さが、怯みを打ち消した。
正体の分からない男女が、いかにして凶暴な飛竜を手懐けたのかは、彼には分からない。
二人が良いものなのか、それとも悪しきものなのかも、彼は知りようもない。
ただ太陽の戦士の目には、彼らが危機の中にあるという事だけが映っていた。
バジィン!
牛頭「グモオオオオオオオ!!」
牛頭のデーモンを、またしても雷が貫く。
デーモンは断末魔の叫びを一声上げると、飛竜の脚から手を離し、橋に墜落したが…
ボファアア!
石畳に激突する瞬間に、霞のようになって消えた。
コブラ「!」
それと全く同時に、コブラは何かを感じた。
ヘルカイト「グギャアアアアアアアアアアアアア!!!」
レディ「!」
牛頭のデーモンが消えた事により飛竜は浮力を取り戻したが、
デーモンを振り落とすために力を込めた翼が、過剰な推進力を作り出してしまっていた為に、
飛竜は空へ向かって垂直に飛び上がった後に、バランスを崩して背中から石橋に堕ちた。
レディ「あうっ!」ザザッ!
コブラとレディも空中に投げ出され、飛竜に押し潰されはしなかったものの、やはり墜落は免れず、
橋の終わりの左右両側にある出っ張りに落とされてしまった。
コブラ「クソッ…油断したぜ…」
レディ「ワイヤーが外れたのね…」
背中から落ちたコブラは、レディに肩を支えらつつ、悪態をついて起き上がる。
しかしその悪態とは反して、彼の身体は再び軽快さを取り戻しており、気だるさも消えていた。
背中の痛みも既に無い。
コブラ(今のは一体なんだったんだ?……まるで夢から醒めたみたいだったが…)
レディ「コブラ、見て!」
自分に何が起きたのか、彼は一瞬考えたが、相棒に呼ばれて気を持ち直し、
彼女が目線を送る場所を、目で追った。
そして思いもよらない光景に出くわし、驚いたが、しかし彼の中で何かに合点が入った。
コブラ「フフッ…なるほどそういう事か」
コブラ「ありゃレーザーじゃなくてプラズマだ」
コブラの眼前には、巨大な竜と、それと対峙する『雷を持った男』が居た。
時間が取れたから復刻ついでに修正入れてます。
自治スレ見てなかったからスレ落ち待ちの期限が三ヶ月から一ヶ月に変わってた事に気付かなかった。
縛から解かれた飛竜は怒り狂い、猛っていた。
己を捕らえて痛みを負わせた者を焼き、ソウルを食らう事だけが、怪物の目的となっていた。
ヘルカイト「グギャアアアアアアアアアアアアア!!!」
だが、かの竜達の『出来損ない』としてこの世に生を受けた者には、知恵など無く、
ただ目の前の戦士にのみ、敵意を向けていた。
ゴワァ…
真っ黒に開かれた飛竜の口内から、熱がせり上がる瞬間、ソラールは雷を投擲する。
バジィン!
ヘルカイト「ギャウウウッ!」
放たれた雷は飛竜の右目を射抜き、黒煙と共に眼球を焦がした。
しかし飛竜は倒れず、頭を大きく振って痛みを紛らわせる。 ソラールは二投目を行う為に、掌にあるタリスマンに祈りを込める。
バッ!
ソラール「!!」
そしてソラールの手に雷の槍が現れはじめた時、 飛竜は予想を超えた速さで、ソラールに照準を向け…
ド ゴ ー ー ッ ! !
山と積まれた火薬が炸裂するような音を立てて、その鱗が密集した背中を爆発させた。
ソラール「おおっ!?」
おびただしい量の鱗を撒き散らしながら、飛竜は崩れ落ちる。
口からは火柱ではなく火の粉を散らせ、全身から黒煙を上げながら、竜の残骸は徐々に形を霞ませていく。
やがて霞が晴れる頃、太陽の戦士の視界に、 跪いた男と、その男を支える鎧姿の女が入った。
コブラ「よお…ちょっとタバコくれないか…?」ゼェゼェ…
ソラール「………タバコ?…」
顔色の悪い男はそう言うと、力なくニヤリと笑ったが…
スッ…
急に演技をやめた役者のように、みるみる元気になって立ち上がり、頭を掻いた。
コブラ「なんだぁ?急によくなっちまった」ポリポリ…
レディ「…なんか、だんだん貴方が仮病を使ってるように思えてきたわ」
コブラ「よせよぉ、そんな目で見ないでくれ。オレにもサッパリ分からないんだ」
コブラ「それにしてもアンタ、危なかったな。もう少しでバーベキューになるところだったぜ?」
ソラール「ん……あ、ああ…そうだが…」
奇抜としか言いようの無い格好をした男に無闇に話しかけられ、ソラールはまたしても困惑した。
レディ「あそこの建物の中に焚き火があるわ。少し休憩しましょう?」
コブラ「そうだな。さっきからオレも働き過ぎのせいか青くなったり赤くなったりで、少し休暇が欲しかったんだ」
コブラ「アンタはどうだい?」
ソラール「う、うむ。俺もあの篝火が目的だったんだ」
コブラ「そうかい。なんなら世間話の一つでも聞かせてくれると有り難いね」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
コブラのベルト
コブラが身につけている特製のベルト。
バックルにはカード状の物を収納するケース、カメラ、
着脱式双眼鏡といった機能が仕込まれている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
パチパチ……
コブラ(不思議な炎だ……当たっているだけで心身の疲労が消えていく…)
コブラ(燃え方もおかしい……ただの炎じゃないってことか)
コブラ(…まさか、あの時オレたちを飲み込んだ炎ってのも、もしかすると…)
ソラール「温かいだろう」
コブラ「ん? 」
ソラール「この火は良い……俺のような不死ですら、太陽のように包んでくれる」
コブラ「………」
コブラ「そうかい、アンタは不死だったのか」
ソラール「……その口振りでは、まるで貴公は不死ではないような言いようだが」
コブラ「そういうおたくこそ現地人には見えなかったぜ。手からプラズマ砲を撃つなんて、未来人にしか出来ないはずだからな」
コブラ「ま、そのアテも外れちまったよ」
ソラール「………さっきからなんの話をしているんだ?ぷらずまとはなんだ?ばーべきゅうとは?」
コブラ「あー…アンタにとっては、遠い未来の話さ」
コブラ「…いや、そもそもここが過去なのか、それともどっか別の次元なのかってのも、オレたちには分からんがね。推測は出来るが、確証には至らずってヤツさ」
ソラール「………そうか、貴公らも別の世界から来たのか」
コブラ「意外だなぁ。もっと驚くと思ってたが、案外話が通じるじゃないか」
ソラール「この地においてはさほど不思議でもない。このロードランには正しい時間などは存在しないからな」
コブラ「時間が存在しない?」
ソラール「ああ」
ソラール「この地の時間はすぐにズレていく。100年以上前の伝説が目の前に現れたかと思えば、見たこともない、貴公のような未来の者が姿を見せる事もある」
コブラ「………」
ソラール「なんといったら良いか……あらゆる時間や物事が、この地を中心に混然一体となってると言えば良いか……とにかく、俺と貴公が存在している世界が、いつまで繋がっているかも分からないんだ」
コブラ「ちょっと待ってくれ。じゃあ仮に俺達とアンタの世界が切れたら、俺達は元の世界に帰れるって事か?」
ソラール「帰れる。帰れはするが、そこは貴公が望む世界ではないだろうな」
コブラ「なに?」
ソラール「鴉に落とされた場所に、騎士が一人座っているだろう」
ソラール「彼は不死の使命を果たして自由になると言っていたが、飛竜や骸、仮面を被った恐ろしい闇霊などに阻まれて、希望を失ってしまった」
ソラール「だからなんだろうが、彼は使命を果たす事より、このロードランから抜け出す術を探し続けた」
ソラール「俺も力を貸した。助けになりたくてな」
ソラール「だが……」
戦士「お、おお…見ろ…俺の体が透けていく…」
戦士「どうなってるんだ…?」
ソラール「見当もつかない…痛みはあるか?」
戦士「いや、痛くはない……だが、どこか懐かしい感じがするんだ…」
戦士「俺は今度こそ帰れるのか…?」
試せる事を全て試した後に、彼はしばらく項垂れていたんだが、その時に異変が起きたんだ。
今思えば、アレはただ彼と俺の世界が再び離れ始めただけだったのだが、 あの時の俺は、そんな事思いもしなかった。
戦士「見える…今見えてる景色に、別の景色が重なってる…」
戦士「あれは……俺の…」
ソラール「なんだ!何が見えるんだ!」
戦士「あれは俺の……俺の家…」
彼が何を見たのか、俺には想像しか出来なかったが、
彼が消える瞬間に言い残した言葉を聞いて、安心したよ。
少し寂しい気もしたが、彼は故郷に帰る事が出来たんだと思うと、その寂しさも消えた。
だが、彼は故郷には帰れなかった。
俺は、鐘を鳴らしにまた不死街に入った。
街の中は相変わらず亡者だらけだったが、あいつらを倒すのにも、もう慣れていたな。
ソラール「……?」
しかし、いつもと同じ景色の中にあって、一つだけ変化した物を見つけた。
開けたはずのない扉が開いていた程度のものだったが、用心するに越した事はないからな。
俺は剣を構えながら、足音を立てないように、民家に入った。
戦士「………」
そこには血塗れになった彼が立っていた。
棚や机は叩き壊され、壺は割られ、床で蠢く亡者は食器棚の下敷きになっていた。
俺に背を向けて立っていたから、彼の顔は分からなかったが、
彼に何が起こったのかくらいは、俺にも想像がついたよ。
俺は何も話しかけられなかった。
彼も何も話さずその家から出て、去って行った。
俺とは目も合わさずにな。
ソラール「あれ以来、彼はあそこに座ったまま、何もしようとしない」
ソラール「使命を見出し、それを果たさぬ限り、何をしようとロードランからは出られない………仮に他者の時の流れから抜け出しても、抜け出した先にある自分の世界は、やはりこの地のみなのだ……と、悟ってしまったんだ」
ソラール「この地にある偉大な力……その力がここに来る者達を縛り付ける。彼はそれに屈してしまい、心を折ってしまったということだ」
コブラ「………」
ソラール「貴公らは、見るからにロードランでも俺の居た『人の世界』でもない、どこか別の世界から来たと見えるが、ここでは甘い希望は捨てた方がいい」
ソラール「ここで出来ることは、諦めて亡者になるか使命を果たすか、それだけしかないんだ」
コブラ「ふーん」
ソラール「………」
ソラール「ニヤつかないで真面目に聞いてくれ。不死ではない貴公にとっては…」
コブラ「ああ、スマンね。どうせそんな事なんだろうなと薄々は予感してたんでね」
ソラール「なに?」
レディ「つまり、いつもの事ってことよ。彼にとってはね」
コブラ「体に時限爆弾を仕掛けられるよりは気楽な話さ。なぁレディ?」
レディ「そうね。にやけ顏でそんな事言えるのは、貴方ぐらいなものって所もね」
ソラール「………そちらの騎士殿に聞きたいのだが、じげんばくだんとは一体…?」
レディ「いつ爆発するかを予め決めておく事ができる爆弾よ。簡単に言えば、導火線のついた火炎瓶の高級品ってところかしら」
ソラール「…うむ……」
コブラ「………」スッ パッパッ
レディ「どうしたの?」
コブラ「どうって、ズボンの埃を落としてるのさ。いつまでもここでアウトドアをしてる訳にもいかないだろ?」
レディ「それもそうね。行きましょう」
コブラ「アンタはどうする?一緒に来るか?」
ソラール「いいのか?」
コブラ「よかなきゃ誘わないよ。こっちとしても戦力が欲しいからな。もっとも、来ないってんならそれもいいさ」
ソラール「いや、俺と貴公らの世界が重なったのも何かの縁だ。是非とも同行させてくれ」
コブラ「決まりだな。レディもいいだろ?」
レディ「ええ、OKよ」
ゴゴゴゴゴ… ガコォン
コブラ「レバーで開く城門がしっかり動くって事は、この先にも間違いなく何かいるな」
ソラール「それはどういう意味だ?」
コブラ「気付かないのか?錆まみれな城門にしては動きが滑らか過ぎる。最近まで誰かが整備していた証だ」
亡者戦士「グォア!」ブン
コブラ「おっと危ない」ヒョイッ
ソラール「ふん!」
ドカッ! ドシャアッ…
コブラ「ヒュウ……盾ごと叩っ斬るとは恐れいったな。今更だが、アンタ何者なんだ?」
ソラール「名はソラールと言う。太陽の戦士だ。太陽を信奉し、偉大なものを目指す者」
コブラ「ソラールか……古代スペイン語で太陽に依るという意味だ。アンタにピッタリだぜ」
ソラール(すぺいん語?)
コブラ「紹介が遅れたが、俺はコブラだ。彼女はレディ」
レディ「よろしくお願いね」スッ
ソラール「む、こちらこそ」ギュッ…
ソラール(なんと滑らかな手なんだ……これが手甲をつけた者の手だというのか?)
ソラール(それに鎧もやけに身体を浮き立たせて……いや、密着しているのか?瞳もまるで真珠のようだ)
ソラール(……大沼という地に住まう者が、呪術を用いて身体を鉄に変える術を編み出したと聞くが…この者らはもしや呪術師なのか?)
ソラール(そう考えれば、竜を焼いた巨大な爆発にも納得がいくが…)
コブラ「んー?」
レディ「分かれ道ね。どうするの?」
コブラ「空から見た限りじゃこのまま進んでも問題無いが、手ぶらで行くのも手元が寂しい。どこかでお土産でも買いたいなぁ。とびきりイカした剣とかね」
レディ「右に行くのはやめておいた方がいいと思うわ。なんだか嫌な臭いがするもの。もしかすると下水に繋がっているのかも…」
ソラール「いや、待て。この先を見てくれ」
レディ「?」
アーマードタスク「………」フーッ フーッ
レディ「サイボーグ!?なぜこんな所に!?」
ソラール「さい…なんだ?」
コブラ「おいおい勘弁してくれ……悪魔とドラゴンとミノタウロスと来たのにここでサイボーグはないだろ。この世界の神様とやらも酷く酔い潰れてるようだぜ。しかもあの体格を見るに、やっこさんは相当に高出力だ。アイドリングもふかして準備も万端。嫌な相手さ」
レディ「サイコガンで倒せないかしら?」
コブラ「倒せるだろうが後に続かないだろう。今日の俺はコンデションが最悪で、サイコガンを一発撃つたびに二日酔いになっちまうらしい。それに見ろよレディ」
弩兵亡者「………」
ソラール「狙撃兵……」
レディ「貴方の雷ではどう?」
ソラール「恐らく厳しいだろうな……破壊力はあるが練るのに手間取るから、先ほどコブラ殿の言ったような事になるだけ…」
コブラ「ソラール!レディ!後ろだ!」
レディ「えっ?」
ガッキィーーン!
ソラール「うおおおっ…!」ギリギリ…
黒騎士「………」ギリギリ…
3人の背後に忍び寄っていた黒い巨躯の騎士は、自身の身の丈ほどもある巨剣を振り下ろしたが、その剣はソラールの円盾に受け止められていた。
しかし、屈強な太陽の戦士に膝をつかせるほど、黒い騎士の巨剣は重く、その威力がソラールから体力を根こそぎ奪ってしまった。
ドガシャッ!
間髪を入れない黒騎士の剣勢は、ソラールを盾ごと吹き飛ばし、石壁に叩きつける。
コブラは黒騎士の側から飛び退くと、ブーツからマグナムを抜く。
ゴァン!
だが、マグナムが火を噴く前に、レディのダブルハンマーが黒騎士の兜の角を叩き折って、頭頂部に食い込んだ。
その勢いに体勢を崩され、黒騎士は白い灰を頭から吹きながら転倒する。
しかし、コブラは抜いたマグナムをしまわない。
アーマードタスク「ブゴオオオオオオ!!」
レディ「気付かれたわ!」
コブラ「サイボーグが来るぜ!レディ!ソラールを連れて右の通路に入れ!」
レディ「わかったわ!行きましょう!」ガシッ
ソラール「す、すまん…」
コブラは、レディとソラールが避難するのを見送ると、面倒な事態に気付いた。
パイソン77マグナムに使用される特製のマグナム弾の製造には、当然ながら複雑な工程と器具を必要とする。
そんな工程をこなせる人間も、工程を簡易化する器具を用意する人間も、ロードランにはいないようにコブラには思えた。
コブラ「切り札ってのは、やっぱり最後に取っとくものって事か」フフ…
コブラはマグナムをゆっくりしまうと
倒れた黒騎士が手放した『黒騎士の特大剣』を担ぎ上げ、その剣で肩をトントンと軽く叩いた。
鉄の猪は一直線にコブラに向かって突進していく。
コブラ「つまり、お前は俺の最期じゃない」
遥か彼方の世界に、ラグボールという競技がある。
いにしえから連綿と受け継がれし二つの球技を、宇宙的複雑さに至った人種の誰しもが享受しえる形に縫合し、先鋭化させたもの。
それはスポーツと呼ばれた娯楽の中でも一際過激であり、死人が出てさえも観衆は冷めず、競技者は情熱的な熱波となるものだった。
コブラはその球技を知り、楽しみ、そして参加の経験を持っていたからこそ、迫る鉄の猪に対しても冷静でいられた。
死を恐れぬ荒くれ者は、少なくとも凶暴さと重武装を兼ね備え、なおかつ上回るのだから。
コブラ「バッターコブラ、ボックスで構え…」ザッ!
アーマードタスク「ブゴオオオオオオオオオオオ!!」ドドドド!
ラグボールにはバッターという役割がある。
敵から放たれた豪速球を金棒で跳ね飛ばし、球が中空を舞っている間にバッターボックスから離れ、塁を制し、得点を手にする役割だ。
そのバッターボックスに立っている以上、欲深なコブラが狙う得点は鉄の猪である訳がなかった。
ホームランをかっ飛ばせば、余裕を持って塁を回れるのだ。
コブラ「もらったーーーッ!」
ズガーッ!!
コブラが渾身の力で振ったバットは、銀色の弾丸の額に命中し、大きな火花を散らした。
瞬時に絶命したアーマードタスクにとって不幸だったのは、コブラの振った得物が競技用に小型化されたバットではなく、芸術の域にまで鍛え上げられた、重量100キロを超える巨大な鉄塊だった事だ。
猪の頭は針を刺された水風船のように炸裂し、猪の身体は塁に飛び込むバッターのように地面を滑り、槍を構えた亡者を轢き潰した。
鉄塊に打たれた獣牙の鉄兜は弾け飛んで、遠くの門番へ向かって飛んでいく。
門番の亡者「!」
門番は飛来する鉄兜に気付き、門を開閉するレバーに手を伸ばしたが…
グシャアァァ!
下顎から上を散らされ、息絶えた。
コブラ「へへへっ、また客席を抜いちまったか」
ソラール「なん……なんと剛力……何をすればこのような膂力を?…」
コブラ「知らないね。少なくともサプリメントのお陰じゃないぜ」
レディ「……」ヒュッ!
グサグサッ!
コブラ「あっ」
狙撃亡者達「……」ドサドサァッ
レディ「気を抜いちゃダメよ二人とも」
コブラ「スマンね。ついうっかり」
ソラール「今のは…?」
レディ「この猪の兜が弾けた時、牙が二本転がってきたから、丁度いいと思ったのよ」
ソラール「…………」
ソラール(猪の牙を投げつけて亡者を倒すとは……先ほどの騎士への立ち回りといい、なんと出鱈目な戦い方だ)
ソラール(それに、このコブラという男の力…人間のものではない。伝承にある勇者達、もしくは彼の王の騎士達の残した伝説に比肩し得る)
ソラール(断じてただの呪術師などではない。呪術に頼る者には腕力は不要なはずだろう。逆も然りだ)
ソラール(何者なのだろうか……)
ソラール(…いや、何者であろうと構わない)
ソラール(今まで俺を導いた太陽が、恐らくまた導いているのだ)
ゴォーン ゴォーン
レディ「? 鐘が…」
コブラ「おっ?」
ゴォーン ゴォーン
コブラ「妙だなぁ、俺はノックもしてないぜ」
ソラール「別の世界の誰かが、自分の世界の鐘を鳴らしたのだ。見てみろ」
コブラ「ああ、なるほどね。確かに鐘は止まったままだ」
レディ「じゃあ何故音だけが私達の世界に?」
ソラール「分からん。他の世界に何度か行き来した事はあるが、時間のずれに決まりがあるとは思えん」ポリポリ
バルデル騎士達「………」ゾロゾロ…
コブラ「?」
ソラール「気をつけろ。赤いマントの騎士達は手練れだ」チャキッ
バーニス騎士「………」ぬおおっ
コブラ「…騎士って言うには、ちっとばかし上品さに欠けると思うがね」
バーニス騎士「………」ブォーン!
コブラ「!」サッ
ドゴーン!
コブラ「ふぅー危ねえ。ホラ見ろ、騎士様のお戯れにしてもタチが悪いぜ」
ソラール「多勢に無勢か…」
レディ「それならやる事も一つね、コブラ」
コブラ「大当たり」
バーニス騎士「ヌオオオオオ!」
コブラ「逃げろ!」ダッ
ソラール「!?」
レディ「さあソラール!貴方も早く来て!」
ソラール「う、うむ」ダッ
タッタッタッタッ…
タッタッタッタッ…
ソラール「はぁ、はぁ…」
コブラ「頑張れソラール!一等に美女が付いてくると思えば力も湧くぜ!」
ソラール「そ、そういう事では…」
ガバッ
ソラール「ぬおっ!?」
レディ「私が抱えて走ればいいことよ。急ぎましょうコブラ!」
シュイーン! バシッ!
レディ「グッ!」ドサッ
ソラール「むぅ!」ゴロゴロ…
コブラ「!? どうしたレディ!」
レディ「せ…背中を撃たれたわ。でも、そんなに深手ではないみたいね…」フラッ…
伝道者「………」ヒュイイイ…
コブラ「レーザーライフル!?」
シュイーン!
コブラ「おわっ!」ヒョイッ
バシィン!
コブラ「まったくなんて奴だ。教会では銃を抜いちゃいけないって誰かアイツに教えなかったのか?」
コブラ「ソラール!レディを抱えて教会を出ろ!こいつらは俺の客にする!」
ソラール「しかし…!」
レディ「心配しないでソラール。彼の言う通りにして」
ソラール「わ、分かったっ!」
ガバッ タッタッタッタッ…
コブラ「さてと…」
バーニス騎士「………」
コブラ「懺悔室がどこにあるのか…教えてくれたら嬉しいんだがね」
バーニス騎士「………」ブン!
カーン カーン
ソラール「はぁ、はぁ、はぁ…」
ソラール「こ、ここまで来ればもう大丈夫だろう…それで、怪我はどうなってるんだ?診させてくれ」
レディ「それは構わないけれど、診ても分からないと思うわ」
ソラール「そうとは限らないだろう?これでも不死になる前も戦士だったんだ。傷の手当くらいは出来る。さ、見せてくれ」
レディ「………」スッ…
ソラール「………」
レディ「どう?」
カーン カーン カーン
ソラール「すまん…貴公の言う通りだ。力になれそうもない…」
レディ「いいのよ。その気持ちだけでも嬉しいわ」
コブラ「………」ズサーッ!
レディ「どうだったの?上手くいった?」
コブラ「それがもうキツイのなんのって……赤マントは全員倒したんだが、二階から亡者が雪崩れ込んできてね…」ゼーゼー
コブラ「尻尾を巻いて逃げてきたって訳……葉巻あるかい?」フゥー…
レディ「残念、葉巻はタートル号の中よ」
コブラ「なんてこった、まったく」フフ…
カーン カーン カーン
コブラ「で、この音はなんだ?試合終了の合図だと嬉しいね」
シーン…
コブラ「………」
レディ「止まったわね」
ソラール「ああ」
ギシッ… ミシッ…
ソラール「階段を登ってくる……貴公らも構えておけ」シャリン
コブラ「やれやれ、第2ラウンドか」
ミシッ…
鍛冶屋アンドレイ「おお、やっぱりか!まともな不死も久しぶりだぜ」
ソラール「…?」
アンドレイ「ここ最近は亡者も寄り付かなくてな。まぁ上がってくれ。篝火もあるんだ」
亡者と化した騎士達の剣勢をすり抜け、打ち倒し、飛び交う矢をかわしつつ、コブラがやっとの思いで滑り込んだ廃墟の中には、白い髭を蓄えた筋骨隆々な男がいた。
その男はコブラ達を招き入れ、篝火の側まで案内すると、煤にまみれた掌をすりすりと擦り合わせて煤を払い落としつつ、決めた誰かに言うわけでもなく喋り始める。
アンドレイ「外にいる亡者どもは誰彼構わず襲うが、此処までは来ねえんだ」スリスリ
アンドレイ「きっとこの火が大事なんだろうなぁ」スリスリ
ソラール「………」
アンドレイ「あんたらも不死の使命を知る為に来たんだろうがよ。あの教会の鐘を守ってるのは、牛野郎どころじゃねえ化け物だ」
アンドレイ「二本の剣と一枚の盾、それに全身鎧二着と素手じゃ、分が悪いってもんだぜ」
アンドレイ「俺はアストラのアンドレイ。ここで鍛冶をやってるんだが、どうだい」
アンドレイ「ここで武器を一式揃えるってのは」
アンドレイと名乗る男の提案に、ソラールの緊張した雰囲気が少し和んだ。
しかし、コブラは眉を潜めて自嘲し、両手をズボンのポケットに突っ込むと…
コブラ「せっかくのお誘いもありがたいんだが…」
アンドレイ「なんだ、どうした?」
コブラ「あいにく今は無一文でね。鼻毛一本ありゃしないんだ」
ポケットの内側をひっくり返して、ポケットの中の埃を床にパラパラと落とした。
ここの通貨単位を知る者はアンドレイを除いておらず、そもそも通貨があること自体、コブラには疑わしかった。
だが正に、予想を超えた返答が来て、コブラは困惑する。
アンドレイ「ウワッハッハッ!何言ってんだアンタ、ここでは金なんかよりソウルが大事なんだぜ?」
コブラ「ソウル?」
アンドレイ「ああ。不死人なら常識だと思うが、飯も睡眠もいらないかわりに、不死は何もしないでいるとソウルと人間性が枯れちまう」
アンドレイ「だから不死人同士の取引はソウルでやるんだ。ソウルがあれば亡者にもなりにくく、人間性も留めておける」
アンドレイ「まさか知らずにここまで来たわけでもないだろうが……そんな調子だとアンタ、鐘を鳴らす前に亡者になっちまうぞ」
コブラ「亡者ねえ…確かに、あんな老け顔になるにはまだ早いかな」
コブラ「ま、不死じゃない俺には関係無いことだがね」
アンドレイ「なに?」
レディ「私と彼は不死じゃないわ。私達の中で不死はソラールだけなの」
ソラール「その通り。亡者になるとしたら、俺だけだ」
アンドレイ「………」
アンドレイ「そ…そいつは驚きだ…」
アンドレイ「どうやってロードランに来た?不死人以外に巡礼が許されるなんざ稀にも稀だろう?」
アンドレイ「それにもし来れたとしても、とうに竜に焼かれてるだろうに…」
コブラ「その竜なんだが、多分もう出てこないだろうぜ。焼き鳥にして食っちまったからな」フフッ
アンドレイ「!?」
ソラール「貴公、嘘は良くないぞ」
コブラ「冗談だっつうのにもぉー、シャレが通じないってのは損するぜ?」
ソラール「むぅ…」
コブラ「それにしても、ソウルねぇ………悪魔に魂を売った連中は何百と見てきたが、まさか俺が悪魔以外と魂の取引をする事になるとは思わなかったぜ」
アンドレイ「……妙な事言うなアンタ。デーモン共は取引になんか応じねえぞ。ヤツらは奪うだけだ」
ソラール「すまん、この男はなんというか、トボけたところがあってな」
レディ「トボけたところですって」ウフフッ
コブラ「やれやれ…会話教室に通っときゃ良かったな…」
アンドレイ「で、どうするんだ?鍛治仕事なら今からでも取り掛かれるぜ?」
アンドレイ「アンタはどうだ?悪い仕事はしないぞ」
ソラール「それなら、俺はこの剣を預けよう。自己流に鍛え上げてはいるが素人の技には限りがあるからな」
アンドレイ「おう、任せとけ。アンタは……」
コブラ「ん?このデカブツに用かい?強くしてくれるんなら、是非ともお願いしたいところだね」
アンドレイ「そいつは黒騎士共が持つ大剣でな。鍛えるには光る楔石が必要なんだが………持ってるかい?」
コブラ「光る楔石?そういう特別な光り物が道端に落ちてたんなら俺のポケットにも入ってるはずだがね。こう見えて目が肥えてるんだ」
レディ「鍛える必要があるようには思えないけれど?」
アンドレイ「まぁ、確かにそいつは素のままでも良いものだ」
アンドレイ「斬ってもいいし、突いてもいい。両手で持てば相手の盾も跳ね除けられる。そのまま使っても大丈夫だろう」
コブラ「……そうは言っても、個人的な話になるが剣にはろくな思い出がないもんでね。気弱な俺にはちっとばかし信用が置けなくってな」
コブラ「それに俺は剣を使うよりも、剣に使われる方が気楽でいいんだ」
アンドレイ「呆れたヤツだな。武器に使われる戦士なんて聞いた事ないぜ」
アンドレイ「まぁ、そんなに剣が信用出来ないってんなら、そこらで試し斬りでもすりゃあいいんじゃねえか?」
アンドレイ「なんなら表にいる亡者で一発試すってのもアリかもな。ウワッハッハ!」
コブラ「おいおい、俺は浪人じゃないぜ?正当防衛って奴が好きなんだ」
アンドレイ「構いやしねえさ。不死共はもう痛みさえ感じず、なんで自分が剣を握って突っ立ってるのかも分からなくなっちまってる。いっその事斬りまくって骨片にしてやった方が、あいつらも休まるってもんだ」
コブラ「確かにいかにも寝不足ってツラしてるが……俺としちゃあ気が乗らないかなぁ」
アンドレイ「まあやってけよ。アンタをその亡者にしないために俺は言ってるんだ」
コブラ「うーん…」ポリポリ…
ズカーッ!
亡者戦士「グゥオ…」ドサァ
アンドレイ「どうだい。なかなか良いだろう?」
コブラ「確かに…いい武器かもな、こいつは」
アンドレイ「なんなら、今回限りオマケで鍛えてもやれるぜ。長いことまともな奴が来なかったから楔石が余っちまってるんだ」
コブラ「そりゃあ助かるね。で、料金はいくらだ?タダでやるような慈善事業でもないんだろ?」
アンドレイ「簡単だ。ソウルを分けてくれりゃいい」
コブラ「問題アリだな。エクソシストを呼ぼうにも電話が通じない。それに鉄板一枚のために命をくれてやれる程、俺は安くはないな」
アンドレイ「?……何言ってるのか分からんが、ソウルならアンタの中に残ってるじゃねえか」
コブラ「なんだ本当に死ねって言うのか?高い買い物だなぁ」
アンドレイ「そうじゃない。アンタがここに来るまでに倒した連中のソウルを、俺に分けてくれるだけで済むんだ」
コブラ「……確かに、ここに来るまでに結構派手にやったが…」
ソラール「手に入れたソウルの使い方がわからないのか?」
コブラ「それもあるが、俺はこういうオカルトな事は苦手なんだ……ほら居るだろ?雷が鳴ったらヘソを隠しちまうタイプとか。俺はそういう人種なんだ。へへ……」
ソラール「ヘソを隠しただけで、神の力である雷を防げるとは思えんが…」
レディ「いちいち気にしないでいいのよ。彼、心霊とか魔法とかに凄く弱いから、こう言って誤魔化してるの」
アンドレイ「そいつは難儀だな。この先苦労するぜ」
コブラ「あー分かった分かった!とりあえずそういう事だから……あー、なんだ、まずはソウルの使い方を教えてくれ」
ソラール「よし。じゃあまず………そうだな…」
ソラール「目を閉じて、ここに来るまでに殺した者達について、考えてみてくれ」
コブラ「…………」スッ…
ソラール「考えてるか?」
コブラ「バッチリさ。今は懺悔室に居る」ニィッ
ソラール「では次に、思い浮かべた者達を、左右のどちらでも構わないが、掌に追い詰めるんだ」
コブラ「掌ね。どーぞ」
ソラール「よし。目を開けて良いぞ」
コブラ「………」パチッ
ソラール「左手を見てみろ。今なら見えるはずだ」
ヒュオオオ…
コブラ「この白く光ってるのがソウルなのか?」
ソラール「そうだ。貴公が敵から奪ったソウルの集まりだ。しかし妙だな……あの飛竜と牛頭を倒しておきながら、たったのコレだけとは…」
コブラ「お二人さんとも、あまり他人を恨むようなヤツらじゃ無かったのかもな」
ソラール「ソウルを幽霊か何かと勘違いしているようだが、それほど恐れるような物でもないぞ?」
コブラ(何万人も殺してると、そういう所が気になってくるのさ…)フッ…
コブラ「で、これをアンタに渡せば、取引成立ってわけか?」
アンドレイ「ああそうだ」
アンドレイ「まあ、全部はくれなくていい。こいつは………上半分くらいだな」スッ…
フワッ
コブラ「!」
アンドレイがコブラの掌からソウルをすくい取った瞬間、コブラの中で小さな変化が起こった。
その変化は、ロードランに来て以来初めて経験するものではなく、今までのコブラの半生において、幾度となく顔を見せていた。
それも、決まって彼が窮地に追いやられた時だけに。
コブラ「………」
コブラ「…レディ」
レディ「なあにコブラ?」
コブラ「どうやらいつの間にか、俺は持病を抱えちまったらしい」
レディ「えっ…!?」
アンドレイ「?」
ソラール「?」
コブラ「ま、今は仮説の段階だ。確証を得るのに時間はかからんだろうがね」
コブラ「じゃ、コイツを頼む」ゴトッ…
アンドレイ「おう」
コブラ「ソラール、俺は先に行ってるぜ」
ソラール「!? 武器も無しに何処に行くんだ!?まさか鐘を鳴らそうっていう訳じゃないだろう!?」
コブラ「いや、悪いがそうさせてもらう。ソウルに振り回されるのは、何も不死に限った事じゃ無いかもしれないんでな」
ソラール「?」
コブラ「なーに、今生の別れじゃないんだ。目的が同じなら、また会うこともあるさ」
ソラール「…………」
コブラ「あと聞き忘れてたが、アンドレイ」
アンドレイ「なんだ?」
コブラ「不死じゃないヤツ……例えば俺なんかが死んだ時、この世界ではどうなると思う?」
アンドレイ「細かい事は分からんが、そりゃあ亡者になるんじゃねえか?……不死じゃないヤツが死んだところなんざ見た事ねえから分からんが…死んで亡者以外になったヤツも見た事がねえ」
ソラール「………」
アンドレイ「まあなんにしてもだ。死ななけりゃいいのさ」
コブラ「ああ。そのとおりだよ」
コブラ「じゃ、ぼちぼち行きますかぁ」
赤いマントを羽織った三人の騎士達は、みな教会の一階に設けられた信者席の近くで倒れている。
一人は骨と皮だけとなった顔を砕かれ、二人目は如何なる膂力によるものか、鎧ごと胴体を貫かれている。
三人目は教会を内部から支える石柱に後頭部を叩きつけられたせいか、へたり込んだまま、ただ目から血を流すばかり。
彼らを助け起こそうとする者は誰一人としていない。
巨大な鎚を担いだ騎士は、顔を砕かれた騎士をゴミクズの如く踏みつけたまま微動だにせず、粗雑な布を纏った亡者達は皆一様に徘徊を続ける。
そしてその亡者達を見下ろす六目の伝道者も、彼らを諌めようとはしない。
その必要はないし、それらを肯定する倫理や道徳などもとうに失われていたからである。
だからこそ、彼らは敵の侵入を再び許してしまった。
ビュン!
バーニス騎士「!」
ガァン!
不意に飛んできたロングソードを、大鎚を持った騎士は咄嗟に、左手に持つ大盾を前面に押し出す事で防いだ。
彼が持つ大仰な盾は分厚く、一本の剣などは小石のように弾いた。
当然、それこそがコブラの目的だった事などは知る由もない。
コブラ「よぉ、元気かい」
二度目の不意は騎士の背後からだった。
騎士はもはや本能的と言っていいほどの反応をコブラに示す。
ブォオオン!
振り向きざまに、顔面目掛けた一撃必殺を叩き込む。
はずだったが…
ガキーッ!! ドシャーッ
コブラ「……じゃなさそうだが、病院には一人で行ってもらうぜ」
勢いをつけた顔面にコブラの放った全力の右ストレートがブチ込まれ、騎士は錐揉みに回転した後、地に伏せ、動きを止めた。
六目の伝道者はその一部始終を見て、侵入者に対しての値踏みを終わらせ、異形の矛を手に踊りを始める。
コブラ「その様子だと、降参って感じじゃあ無さそうだなぁ」
コブラはバーニス騎士に目掛け投げ込んだ剣を拾い上げ、刃の側面をそっと指でなぞる。
そんなコブラに隙ありとばかりに、一人の亡者が斬りかかった。
キィーン!
亡者の握った直剣とも呼べぬ粗悪な得物は、剣に弾き飛ばされてあらぬ方向を虚しく斬った。
しかしコブラはその手に残った感触に、ここに来るまでに防いできた亡者の剣撃とは違う、歪んだ強さを見た。
伝道者の踊りはより一層狂騒的となり、亡者達の眼は爛々とした輝きを放ち始める。
希望や生命力ではなく、闘争心一色に染められた輝きを。
コブラ「そうかい、シャーマンってヤツか。西洋の教会でシャーマニズムの儀式をするとは、教養が足らんなぁ」
亡者達は湧き上がる闘争心に従い、一斉にコブラに襲いかかった。
スカッ!
だが亡者達の剣が、空中を舞うコブラに届く事は無かった。
伝道者は自身のすぐ右横にある石柱に突き刺さった、細い金属製の紐に疑問を感じ、ふっと踊りをやめてしまった。
ドカッ!
伝道者「グエッ!」
コブラがその隙を見逃すはずも無く、伝道者は背後から蹴り飛ばされ一階の広間にある信者席に墜落した。
そしてコブラは二階に積まれた樽や椅子を急いでかき集め…
コブラ「そらーっ!」 ガシャーン!ガラガラ…
広間に向かってそれらを投げ落としはじめた。
ドガシャーン!ドォーン!
レディ(上手くいってるみたいね)
コブラが教会の敵を相手にしている間に、レディは教会の壁を登って二階に入り、樽と椅子を投げまくるコブラの背後を通って、三階へ向かう。
壁を登って直接教会の屋根まで行き、鐘を鳴らすという選択肢もあったが、構造上屋根の全景を見渡して様子を伺えるこちらのルートの方が安全だと、レディは判断していた。
その選択は正しかったようで、レディは教会の屋根へと続く梯子を登り、行く手を阻む謎の霧の手前までたどり着いていた。
レディ「コブラ、今時間あるかしら?」
コブラ「コイツらしだいさ!長い事暇だったんで欲求不満なんだろう!」ガガーッ!
コブラ「そおおりゃーっ!!」ブーン!
ドグワーッ!!
コブラ「ハァハァ…どうだい少しは満足したか…」
コブラ「で、俺に用ってのは?」 フー…
レディ「屋根へ行く入り口に霧が掛かってるんだけれど、それが妙なのよ。手で触れてもまるで低反発の衝撃吸収材みたいに弾くの」
コブラ「衝撃吸収材?ここは宇宙船なのか?」
レディ「一応、強く押してはみるけれど…」ズブブ…
霧は不可思議な粘性を持ち、レディの手を押し返しつつも、彼女の手に纏わりつくようにうねっている。
だが強固な壁というわけでは無く、力を込めるとその分だけ薄く、儚く散っていくようだった。
レディ「通れるみたいだわコブラ。貴方も来てくれる?」
レディはコブラにそう話しかけると、彼の元へ降りるために梯子に右手を掛けた。
ガシッ!
レディ「えっ?」
しかしその手を掴んだ者がいた。
闇霊「鉄の身体か……珍しい呪術を使うのだな」
その者は赤黒い光に包まれ、輪郭こそぼやけていたが、確かに人間の男だった。
上半身には何も着ておらず、腰にも布を一枚巻いただけという異様な出で立ちの男はしかし、レディの手を掴んだ右手に炎を宿らせ、炎はレディのライブメタル製の手を赤熱化させていた。
レディ「ぐううぅ…!」
レディは身を捩って男の手から右手を引っ張り出そうとしたが、男の尋常ではない握力はそれを許さない。
コブラ「その手を離した方がいいぜ」
闇霊「ん?」
コブラ「女性のエスコートの仕方は俺が教えてやる」
鼻につく声を聞いた男が下げた視線の先には、聞き慣れない声を聞いて駆けつけた、赤い衣装を纏った男が立っていた。
闇霊「なんだお前は。妙な格好をしやがる」
コブラ「自分に当てはまる事を人に言っちゃいけないぜ。口喧嘩が下手なタイプだなアンタは」
闇霊「俺はお前の仲間を人質に取ってるんだぞ。分からん奴だな」
コブラ「ほらこれだ。またアンタに当てはまったぞ」
闇霊「なに?」
コブラ「聞こえなかったか?」
コブラ「分かってないのはアンタの方さ」
バキーッ!
レディの水平チョップが男の鼻ツラに一閃され、男は顔面から赤い霧を吹きながら転倒した。
レディは梯子に掛かっていた右手を手すりから引き剥がすと、コブラのいる方へと飛び降りた。
タッ
コブラ「大丈夫かレディ」
レディ「右手の感覚が無いわ……どうやら面倒な事になったみたいね…」
コブラ「そいつはまずいな…アンドレイが古代の火星機械工学に精通してりゃあ良かったんだが」
レディ「そんな事あるわけないでしょ」フフッ
ブォオオーッ!
レディ「あっ!」
コブラ「あら!?」
ボゴオオーン!
負傷を確かめ合う二人に向けて放たれた火の玉は、火炎壺とは一線を画す熱量の爆発を生じさせた。
しかし投擲物としては遅い弾速が二人に味方をし、コブラもレディも丸焼けになる事なく難を逃れていた。
コブラ「ケッ、今さらファイヤーボール如きじゃ驚かないぜ。ドラゴンのブレスに比べりゃマッチみたいなもんだ」
レディ「それよりどうするの?あんな所に立て篭もられたら手出し出来ないけれど」
コブラ「いいや出来るさ。手は出さないけどな」
闇霊「クソッ…やるなあの女…」
手痛い反撃を貰った男は、奇妙な緑色の瓶を口に着け、中に溜まったの太陽色の液体を一口飲んだ。
するとみるみる内に曲がった鼻が形を戻し、赤黒い霧の流出は止まった。
闇霊(鉄の身体にしては動きが速すぎる……それにあの身のこなし…)
闇霊(なるほど、東国の忍びか。それならあの奇妙な呪術もいくらか納得できる)
敵の戦力を推測し、胸に沸いた疑問と困惑を払拭した男は、今度は戦法について考えを巡らせる。 しかし、思考は完璧と言える程の己の戦績の前に、呆気なく崩れて消えた。
己が選ばれたと自惚れる不死達を、男は幾人も灰に変えてきた。 梯子の上で待っていれば今度もそうなる。 まさしく、今まで男が焼き殺してきた不死と同じく、男もまた自惚れていたのだ。
シュッ
闇霊「?」
クルクルッ ギューッ!
闇霊「ぐえっ!?」
しかし、自惚れていようがいまいが関係の無い理不尽が男を襲う。
人の手首から高速で撃ち出された鞭が、長距離を一直線に自分の首目掛け飛んできて巻きついてくるなど、突飛な想像家でもない限り考えない。
今まで一方的な攻勢にしか自分を置かなかった者は尚のこと。
コブラ「火遊びはおしまいさ」
闇霊「ググッ……き、貴様…」
コブラ「おおっと、遠くから文句言われてもこっちは聞こえやしなぜ」カチッ
キイイィーッ
闇霊(ひ、引っ張られる…!)
コブラ(このウインチもいつまで動いてくれるんだか……この調子じゃ先が思いやられるってもんだな)キリキリキリ…!
コブラ「レディ、そこにいたらむさ苦しい親父に抱きつかれることになるぜ?」
レディ「それなら都合が良くってよ?この手の借りを返したいの」
コブラ「なんてこった、この先どうなるか読めちまった。今から線香でも上げといてやろうかな」
ズルッ
闇霊「うわぁーーっ!!」ヒューッ
ワイヤーの牽引力に堪えられず、男の足は床から離れた。 そのまま男は落下しつつ、ワイヤーの生む加速によってその速度を上げていった。
コブラは線香を上げる代わりに空いている手で十字を切ったが、切り慣れていないために逆さ十字を切った。
ゴワシャーッ!!
男の標高とレディの標高が重なる瞬間、レディのアッパーカットが男の下顎向け振り上げられ、男は身体中から赤い煙を吹きながら錐揉みに舞い上がり、銃口から吹かれた硝煙のように消えた。
コブラ「バカなマネをしたもんだ。レディを怒らせるなんて酔った俺でもしないぜ」
レディ「そんな事言って…貴方が思うより私は覚えてるのよ?」
コブラ「ほーらこれだ。だから女は怖いのさ」
コブラ「おっ!」
レディ「どうかしたの?」
コブラ「まただ。これで確信がいったぜ」
レディ「確信?」
コブラ「ああ。さっきの赤い幽霊みたいな奴が消えた時、ハッキリと感じたのさ」
コブラ「ヤツが消えた瞬間、俺の身体に溜まってた疲れが綺麗さっぱり無くなっちまった。一日中寝たってこうはならないだろう」
レディ「…それって、他人の活力……いや、サイコエネルギーを貴方が吸収してるって事?」
コブラ「ここじゃソウルと呼ばれてるがな」
レディ「驚いたわ…いつからそうなっていたの?」
コブラ「ここに飛ばされた時と同時だろう。それ以外に思い当たるものが無い」
コブラ「ま、ここの水が合わないだけとでも思えばいいのさ」
レディ「それで済めばいいんだけれど…」
コブラ「俺もそう願ってるよ」
コブラ「さ、教会の鐘まであと少しだ。さっさと鳴らしてランチにしようぜ」
ボファアア…
霧を潜ったコブラとレディの前には、広く敷き詰められた屋根瓦と、その向こうに建つ鐘楼が見える。
敵はどこにも見えない。
コブラ「着いたかぁ。全くロクでもない道中だったぜ」
レディ「ええそうね。私のボディーの修理は誰がやってくれるんでしょ」
二人は談笑しながら鐘楼へ向かって歩いていく。
地上にいた弩兵は既に全滅しており、ドラゴンなどの空を飛ぶ敵対者もいない。
「変わった連中だとは聞いていたが、本当に妙な格好だな」
コブラ「?」
抱かれの騎士ロートレク「フフッ…クククク……」
鐘楼の入り口の奥に、くすんだ黄金色の鎧を着込んだ男が立っていた。
両の手には鉤状に曲がりくねった剣を握っている。
コブラ「やれやれ、今日は口喧嘩が下手なヤツとよく出会うな」
ロートレク「なるほど、口が減らない所も話の通りか」
コブラ「で、その話ってのは一体誰がしてるんだ?みんなで俺の噂なんてするもんだから、こっちは風邪ひいちまったんだ」
ロートレク「誰が貴公らの噂をしているかなど、今はどうでもよいだろう。そして実際に貴公らの活躍ぶりを見るに、俺の仕事は貴公らの抹殺だが、俺一人の手には余るようでな」
レディ「抹殺!?」
コブラ「なるほど……俺はこっちでも人気者になっちまってたらしいや」
ロートレク「貴公のその減らず口もここまでだ。そして、俺はその負けん気の強い減らず口に感謝している」
ロートレク「ガーゴイル共が動き出すだけの時間が稼げたのだからな」
鐘楼の上部に鎮座する魔除けの銅像から、砂埃が零れ落ちる。
砂埃は風に削られ、微細な物は風に流され、粒状の物はそのまま落ち、コブラの頭に降った。
鐘楼の入り口には濃く、そして岩のような硬さを予感させる霧が張られ、奇妙な鎧を着た騎士を隠した。
コブラ「あーあー。あの一文を盗んで以来、どうも後手後手に回るなぁ」
グギャアアアアアアアアア!!
鐘楼頂上からけたたましい咆哮が響く。
コブラとレディは鐘楼から離れ、瓦屋根の中心まで後退する。
ガシャーン!
直後、コブラが元いた場所に巨大な青銅の怪物が落下した。
ガーゴイルと呼ばれるからには、怪物は退魔の役割を仰せつかっているはずだが
その外見は、むしろ忌まれるべき怪物のそれであった。
コブラ「レディ、あの化け物が俺に夢中になり始めたら、ヤツの背後に回り込め」
レディ「OK、コブラ」
鐘のガーゴイル「グエエエアアアアアア!!」ドガッ!
翼を羽ばたかせ、瓦を蹴散らして、ガーゴイルは飛び出す。
コブラは素早く瓦屋根に張り付くようにしてガーゴイルの突撃を潜ると、その場から飛びのいて体勢を立て直す。
コブラ「やかましいヤツだな。翼の生えた化け物はみんなこうなのか?」
ブン!
コブラ「おおっとぉ!」サッ
ブン!
コブラ「おっほっほー」ピョン
ガキーン!
ガーゴイル「グオオオオオオ…」
コブラ「カマーン!俺を捕まえる気ならもっと真面目にやらないとなぁ!」
ブワァッ!
コブラ「飛んだか!」
攻めあぐねたガーゴイルは、一気に決着する事を狙った。
翼を広げて高く飛昇すると、手に持つハルバードを掲げ、コブラに向かって突撃する。
しかし、コブラは動かなかった。
ズガアァーーッ!!
ガーゴイルはコブラに突撃すること無く、錐揉みに回転しながらコブラのすぐ右横に墜落した。
コブラ「まぁ、真面目にやり過ぎるのも考えものだがな」
高速で飛行する物体は、他方向からの妨害に弱く、少しの衝撃で容易くその軌道を逸らす。
浮力を生み出す動力に穴を開けられれば、軌道の維持はより困難を極める。
レディ「こんなものかしら?コブラ」
ガーゴイルの翼膜は薄い青銅で出来ており、経年劣化もあってか、その強度はかなり脆い。
それを貫くには、瓦の一枚でもあれば事足りた。
コブラ「上々だよレディ」
そう言ってコブラはポケットに手を突っ込んだが、その顔は調子のいい笑顔から落胆の顔に変わった。
ポケットにはライターがあれど葉巻は無い。葉巻が無いことはこれほど虚しい事なのかと、コブラは痛感せざるおえなかった。
ガーゴイル「グオオオ!!」ガバァッ!
コブラ「!」
瓦屋根に埋もれたガーゴイルは、頭を振り上げてコブラに掴みかかろうとした。
コブラは瞬時にニヤけ顔を止めて飛びのいた。
しかし一瞬遅れたコブラは、ガーゴイルに首を掴まれた。
レディ「コブラ!」
レディは窮地に陥ったコブラを助けるため、駈け出す。
ズドーン!!
レディ「なっ!?」
翼の無いガーゴイル「グエエエエエエエエエエ!!」
しかし彼女の行く手を予想外の脅威が阻む。
それは、二匹目の存在であった。
ガギィーン!
レディ「ぐぅうう!」
黒騎士を一撃で屠る程の出力、もとい腕力を誇る彼女にも不利な状況だった。
片腕が使えず、背中にも傷を負っている彼女には、ガーゴイルのハルバードは余りにも重かった。
コブラ「こ…コイツは面倒な事になったぜ…!」ミシミシ…
一匹目に対するコブラもまた、窮地に陥っていた。
もちろんこの危機から脱する事は出来る。マグナムの弾はまだ一発も使われておらず、左手が自由である事から、サイコガンを使うという選択肢も残されている。
しかし使った後の事を考えると、それらの選択肢にもあと一つは欲しいところだった。
コブラ(考えてる余裕も無いか……クソッ、目が霞んできた…)
コブラ(しょうがない、こうなりゃ成るように成れだ!)
ズァッ
コブラはサイコガンを抜くと、銃口を眼前にあるガーゴイルの口に突っ込み…
ドギュゥウウーーッ!!
エネルギーを迸らせた。
恐るべき破壊力を秘めた一閃の輝きは、一匹目の顔面を粉々に打ち砕くと、まるで意思を持つかのように空中で身を翻し…
ズバーッ!!
レディ「!」
翼の無いガーゴイル「ガッ!」
二匹目の胴体を貫通し、消滅した。
束縛を解かれたレディは、倒れこむガーゴイルを躱し、コブラのいる方向に視線を走らせた。
コブラ「………」
コブラは消えゆくガーゴイルを眺めながら…
コブラ「………」フラッ…
ゆっくりと、瓦屋根に倒れこもうとしていた。
ドサァ
コブラ(…やっぱりな…)
コブラ(サイコガンを撃つたびに俺はソウルを消費してたって訳だ…)
コブラ(レディ…)
倒れたコブラの周りは異様な程静かだった。
もっとも、そよ風は吹いているし、木々もその風に揺らされ、さざなみを打っているが、コブラには聞こえなかった。
太陽の輝きさえ、コブラから遠ざかっていく。
「コブラーっ!!」
コブラ(誰だ?俺を呼ぶのは…)
コブラ(俺は眠いんだ…眠らせてくれ…)
コブラの名を叫んだのはレディだったが、その声もコブラには届かない。
抱き上げてもいるが、コブラは感じなかった。
ただ、ひたすら暗い穴の中を、深く深く、堕ちていくだけだった。
そしてコブラは穴の底で垣間見た。
ガーゴイル達を誰が作り出し、何をもって置かれ、時が経ち、忘れられていったのか。
破魔の銅像が何を打ち倒し続け、何を守り続けたのか。
二匹のソウルの始まりと充実。衰退と終焉を、コブラは瞬時に体験した。
コブラ「はっ!」ガバッ
その夢と思しき体験が過ぎ去った時、コブラの身体に活力が戻っていた。
レディ「気が付いたのね!コブラ!」
コブラ「ああ、すまないレディ。今のはちょっと俺らしくなかったな」ニッ
レディ「もう……本当に貴方は女を飽きさせないわね」フフッ
一見して変わらないように見えるレディの表情に、コブラは確かに安堵を感じ取る。
周りを囲む闇は、すでに晴れていた。
コブラ「あらよっ!」ヒョイ!
レディ「あっ」
バク転に近い形でコブラは立ち上がると、大きく伸びをする。
レディ「もう平気なの?」
コブラ「ああバッチリさ!幾分夢を見ていたようだがな」
レディ「夢?」
コブラ「ああ。夢の中身は一瞬の事で半分くらいしか覚えちゃいないが、少なくとも、俺とソウルの関係については分かった」
コブラ「俺はサイコガンを撃つ時に、身体に溜まったソウルを消費しているらしい。そして消費されたソウルを回復する方法はただ一つ」
コブラ「他の誰かから、ソウルを奪うことだ」
レディ「ソウルを奪うですって?それじゃあ…」
コブラ「ようするにサイコガンは迂闊に撃てなくなり、俺の精神力も有限って事になっちまったらしい」
コブラ「それ以上に、他人の魂でもって動かなきゃならなくなったこの身体に、気色の悪いものを感じるぜ」
レディ「コブラ……」
コブラ「なあに、この身体がいじくり回されたのは一度や二度じゃない。人間、何事も慣れってヤツさ」
コブラ「さてと、ウォーミングアップも兼ねて、まずは俺たちをハメてくれたヤツにお灸をすえに行くとするか!」
レディ「え、ええ、そうね」
レディはコブラの調子が全く変わらない事に、かえって一抹の不安を覚えた。
しかしレディはそれを表に出さないように努めつつ、鐘楼へと走っていくコブラの後を追った。
鐘楼の中には四方に高く積まれた石壁と、鐘のある頂上まで伸びる一本の梯子があるだけで、謎の騎士の姿は影も形も無い。
コブラ「逃げ足の速いヤツだ。そんなにオレのお仕置きが怖かったのか?」
レディ「いない者を追っても仕方ないわコブラ。それより鐘を鳴らしに行きましょう?」
コブラ「しょうがない、次会った時はお尻ペンペンだ」
二人は一応の警戒をしつつも、長い梯子を登った。
コブラ「ふぅー、こんなに長い梯子を登ったのも久しぶりだ」
鐘楼の頂上まで登りきったコブラ達の前には、一枚の絵画のような絶景が広がっていた。
だがその景色には重要な物が抜けていた。
生き物が必要とする決定的な何かが、まるで元から無いかのように欠けているのだった。
レディ「綺麗ね……でもなんだか変よ、この景色」
レディ「まるで人工庭園だわ」
コブラ「季節が無いのさ」
陽の光は春のような暖かさを放つが、風は秋のように静かで涼しげだった。
木々は真夏を謳歌するが如く生い茂っているが、石畳の冷たさは冬の到来を告げていた。
空の色は、四季に映る全ての模様を備えた青色を、全く変えない。
コブラ「この鐘を鳴らせば、使命への道が半分だけ開かれる」
コブラ「準備はいいか?レディ」
レディ「そうね…出来れば遠慮したいのだけれど」フフッ
コブラ「そうだな」ニッ
コブラはレディと共に笑みを浮かべると、その右手を、鐘を動かすであろうレバーに置くと、強く握り…
グンッ
引いた。
ボキッ
コブラ「は?」
レディ「あっ!?」
だがレバーは鐘を動かすことも無く、粗末な音を上げて折れた。
唖然としたコブラの手には錆びた握りが残り、その握りの折れ口からは銅粉が漏れている。
コブラは「力を込めても動かないのは、レバーが錆びているからだ」と思い、込めた力を強めただけだった。
たったそれだけの事で、鐘を鳴らすレバーがただのスクラップになってしまったのである。
レディ「あらら、やっちゃったわねコブラ」ウフフフ
コブラ「人がせっかくカッコつけたっていうのに、やれやれコレじゃ締まりが悪いぜ」トホホ…
レディ「どうするの?鐘つきでもしようかしら?」
コブラ「この際それもアリだが、そいつは俺にやらせてくれ。見せ場をオシャカにされたままじゃ立つ瀬が無くなる」
コブラは折れた握り手で、アーマードタスクを打ち破った時と同じ姿勢をとった。
しかし短すぎる握り手はバットの代用にはならなかったのか、コブラは握り手を捨てると…
コブラ「バカヤローっ!」シューッ!!
ゴアァァーーン!!
握りこぶしで思いっきり鐘を殴った。
ゴン!ゴン! ゴアァン! ゴアーン……
鐘は屋根の辺に三度ほどバウンドすると、勢いを無くして静かに音を響かせながら、その動きを止めた。
コブラ「全く、この教会は何から何まで野暮の塊みたいな場所だな」
レディ「何はともあれ、コレで不死の使命とやらは分かるんじゃない?」
コブラ「そうでなきゃ困る。この分だと、その使命もロクなものじゃなさそうだがね」
コブラ「せめて使命の先に財宝と美女が手招きしていると知れたなら、少しはやる気も起きるんだがな」
レディ「その美女がしわくちゃの亡者だったら、貴方はどうするのかしらね」クスッ
コブラ「その時は酒でも飲んで忘れるさ」
コブラは笑みを浮かべつつも、ややふてくされた表情のまま、梯子を降りていった。
レディもそのコブラに続くが、鐘が視界の上から途切れる寸前、彼女は小さな違和感を覚えた。
レディ「………」
しかし、その違和感は推測や疑問に成長する程のものでは無く、レディは違和感を無視した。
跡には、コブラの拳がしっかりと刻印された、巨大な釣鐘が残った。
訂正ですー
>>60の
コブラ「この鐘を鳴らせば、使命への道が半分だけ開かれる」 は
コブラ「この鐘を鳴らせば、使命への道が開かれる」 でした。コブラはまだ鐘が二つあることを知らない。
鐘が鳴り終わり、鐘を鳴らした者達もいなくなった頃。
鐘楼の影の中から黒い聖職衣に身を包んだ男が抜け出てきた。
男は鐘を鳴らした者達と彼らを罠にはめた騎士のやりとりや、鐘の出した乱雑に過ぎる音色を思いながら、それらに関わる者達を嘲笑していた。
カリムのオズワルド「あんな調子で使命が務まるんですかねえ…鐘はまだ不浄の地下にもあるというのに……ンフフフフ…」
男は不死であったが、不死の使命などには興味は無い。
男の使命は、罪の女神ベルカの名の下に罪を許し、または因果を帰結させる事にある。
罪人が醜く落ちぶれ亡者になるか、浅ましく業の深いまま、のうのうと生き延びるか、その模様を嗜む事こそが男の最上の喜びであった。
ソラール「失礼。貴公に問うが、ここに赤い衣をまとった金髪の男と、青というか銀というか…よく分からんが、全身鎧に……いや全身鎧でもないなアレは…」
そんな男の前に、おおよそ罪という罪からは縁もゆかりも無いであろう男が現れた。
オズワルドはそんな面白みも何も無い男にもまた、嘲笑が出来る男だったが、面白みが無いゆえに言葉に表す事も無かった。
オズワルド「分かりますよ。盗み聞きした訳では無いのですが……そうですねえ、男の方はコブラ、女の方はレディと言いましたかねえ。名前も変わっていましたよ」
ソラール「おお、その二人だ!その二人がここを通らなかったか!?」
オズワルド「ええ通りましたとも。鐘の護りを倒し、鐘を鳴らして去って行きましたよ。ちょうど貴方が歩いてきた方角へね」
ソラール「そうか…世界がズレてしまったのか…」
オズワルド「ズレたと?それは早合点なのではないですかねぇ」
ソラール「いや、確かにズレている。ここを守る怪物なら私も倒した。確か二匹の怪物だった。まったく骨が折れたものだ」
オズワルド「おやおや、それはやはり変ですよ。フッフッフッ…」
オズワルド「鐘のガーゴイルを倒した貴方がいる世界に、鐘のガーゴイルを倒した者達を知る私がいるはずないじゃありませんか。ンフフフフ…」
ソラール「……それは…どういう事だ?」
オズワルド「本来ならば、貴方の世界にはコブラとレディなる人物について、何も知らない私がいるはずでしょう?」
オズワルド「それなのに、ほら、私はここにいる」
ソラール「…………」
オズワルド「失礼を承知でお聞きしますが……もしかして、亡者化が進んでいるのではありませんか?」
ソラール「…………そんな訳は無い」
オズワルド「お認めなさい。無知もまた罪である以上、知らぬ事は自刃を意味しますよ?」
ソラール「そんな事はありえない。俺は亡者では無い。亡者になるには、まだ早すぎる」
ソラール「俺には目指すものがあるんだ…」
オズワルド「お認めになりませんか……まぁそれも良いでしょう。罪への身の置き方はそれぞれです。強制はしませんよ」
ソラール「………」
ソラールは酷く心をかき乱されたような気がした。
偉大な男になるという夢は潰えることは無いが、その夢が叶うまでこの身が持つという保証は無い。
彼は本来は能天気な男だが、それでも不安は消える事は無く、夢で紛らわせるしか無かった事もまた、確かだった。
ガッ
ソラールは梯子の手すりに手を掛けると、その長さと高さに全く臆せず、登り始めた。
そして梯子を登りきったソラールは、鐘の前に立った。
しかし鐘を鳴らそうとはしない。
ソラール「俺はおかしくはなっていない」
ソラール「不死の使命は、不死一人につき一つ与えられるが、皆同じだ」
ソラール「鐘を鳴らし、使命の中身を知る事」
ソラール「この地の時は歪んでいる。いや、もしかすると同じような世界が無数に連なっているだけかもしれないが…」
ソラール「ともかく、使命を継げる不死は、一つの時間に一人だけだ」
ソラール「俺は亡者にはなっていない」
ソラール「なっていないが……コレは大変な事だぞ…コブラ…」
ソラールの目の前の鐘は、大きく歪んでいる。
鐘を揺らすための仕掛けも破壊されており、釣鐘を下げる屋根の四辺は削れている。
ソラールの足元には短い青銅製の棒が落ちており…
ソラールの目の前には、拳の形の窪みを持った、ひび割れた釣鐘がぶら下がっていた。
カーン カーン カーン
アンドレイ「そいつはお気の毒様だな!ワハハハッ!」
コブラ「あの教会が廃れてるのも納得だ。あそこはサービスが悪すぎる」
レディ「でも良いじゃないコブラ。鐘も鳴らしたんだし、あとは使命を果たすだけじゃない」
アンドレイ「? もう二つとも鳴らしたのか?」
コブラ「二つ?」
アンドレイ「おう二つだ。……さては上の鐘を鳴らしただけで終わりと思ってたんだな?」
コブラ「ちょ、ちょっと待ってくれ!二つだってぇ!?」
アンドレイ「ああ二つだ。不死教会の鐘と『病み村』の鐘。この二つを鳴らさなきゃならねえ」
コブラ「お、おいおい聞いたかよレディ…使命どころじゃないぜ…」
レディ「まぁ…そういう事もあるわよコブラ」
コブラ「ハァ……そういう事ねぇ…」
レディ「そうそう。そういう事よ」フフ…
アンドレイ「病み村は祭祀場より下にある。詳しい場所は知らんが、とにかく下に行けばなんとか着くだろう」
コブラ「簡単に言ってくれるなぁ」
レディ「その祭祀場にはどうやって行けば良いの?」
アンドレイ「なんだ祭祀場も知らねえのか?祭祀場ってのは、この地に訪れる不死が最初に降りる場所だ。篝火もあるのもあってか、あそこを根城にする不死も多いぜ」
レディ「篝火もある……そう、あそこね」
レディ「ほら、最初の鐘がある所を教えてくれた人が居た…」
コブラ「分かってるよ。デカイ烏が巣を作ってた遺跡だろ。ちょうどあの教会の中から行けるはずだ」
レディ「いつの間にそんなルートを見つけていたの?」
コブラ「見つけちゃいないさ。ただあの場所からここまで来るのに掛かった時間、曲がり角の数と向き、更には場所の高低差から推測して、ショートカットでも出来るんじゃないかと思ったのさ」
コブラ「もっとも、近道をするためにはエレベーターみたいな物が必要だが、その点も問題は無さそうだ」
レディ「その根拠はなんなのかしら?」
コブラ「カラクリだよ。この街と言っていいのかは分からんが、ここはどうも文明技術に差があり過ぎて、整合性が無いんだ」
コブラ「壺や樽などの生活用品は最低限の組み方、もしくはそれすら満たさないテキトーなものばかりだが、それに比べてカラクリの作りはとんでもなく精巧だ。鐘の仕掛けは壊れていたが、もし動くのだとしたら俺たちの時代でも立派に通用していただろう。もちろん、アンティークとしてはだがね」フフン
アンドレイ(仕掛けが壊れてる?あの鐘は鳴らんのか?)
アンドレイ(いや、そんなわけねえな。しっかり鳴ってたしよ)
コブラ「コイツは俺の想像だが、ここのカラクリを含めたインフラを作った奴らが、あの鐘とガーゴイルを作ったんじゃないかねぇ」
レディ「それは想像力がたくまし過ぎるんじゃなくて?」
コブラ「いいやぁレディ。こう考えると辻褄が合うのさ。今までの道中の、出来過ぎてるくらいの多難ぶりのな」
コブラ「この不死の使命ってのは、俺たちが思っている以上に性悪かもしれないぜ」
カーン!
アンドレイ「よし完成だ。握ってみてくれ」
コブラ「お、いいタイミングだな」
ギュッ
コブラ「んー?」
アンドレイ「どうだい。良いだろう」
コブラ「あー…打ってもらってこう言うのもなんだが、どこが変わったのかイマイチ分からないんだな~コレが」
アンドレイ「見た目も重さも変わらんさ。変わったのは武器の質だぜ」コロッ…
アンドレイは足元に落ちていた石ころを拾うと
コブラが持っている特大剣の刃にくっ付け、石ころを軽く指で弾いた。
パキン
コブラ「!」
すると石ころは刃に沿って綺麗に割れ、コブラの足元に転がった。
コブラ「なるほどねぇ。コイツは物騒だ」
アンドレイ「楔石を使った鍛えは、ちぃとばかし特殊でな。重くもせず軽くもせず武器の性質だけを高めていくもんなんだ」
アンドレイ「メイスはより硬く、剣はより鋭く。打ち手と使う種火によっちゃあ、炎や雷を潜ませる事だって出来るぜ」
コブラ「炎や雷か……その楔石ってのは妖精さんなのかい?」
アンドレイ「妖精?だっはっはっ!そんなのいる訳ねえじゃねえか!ワッハッハッハ!」
コブラ「やれやれガーゴイルはいて妖精はいないのか…さっぱり読めないなぁ」
レディ「帰ったら絵本でも買ってみましょう?少しは読めるようになるかもしれないわ」
コブラ「そうしてくれ。この分じゃジャックと豆の木は役に立ちそうにないがね…」
アンドレイ「それでだ、コイツを持ってどこに行くんだ?やっぱり鐘を鳴らしにかい?」
コブラ「当分はそうするつもりさ。行き詰まったら、その時は愚痴でもたれに来るから、酒でも用意しててくれ」
アンドレイ「不死は酒なんて飲めねえよ。ワハハハッ」
コブラ「そいつはお気の毒だな」
コブラとレディは、アンドレイのいる鍛冶場から出て教会へと再び向かった。
アンドレイはいつものように、また作りかけの武器を打ち始める。
頭の中には二人の道中への不安があったが、槌を振るうたびにその不安も薄れ、剣を水桶に漬ける頃には、いつものようなアンドレイに戻っていた。
心折れた戦士「………」
祭祀場の篝火に当っている鎖帷子を着た戦士は、迷っていた。
鳴るはずの無い鐘が鳴った事で、絶望一色だったこの男の心に、一筋の光が射していた。
だがその光は弱く、男に行動を起こさせるほどの希望をもたらしてはおらず、かえって胸中の焦燥感を煽るだけとなっている。
コブラ「なんだ、アンタまだそんなとこにいたのか」
心折れた戦士「!」ビクッ
コブラ「お尻に根が生えるにしてもまだ早いと思うがね」
心折れた戦士「……あんたに何が分かるってんだ」
コブラ「何も分からんさ。ソラールのヤツから色々聞いてはいるが、そんな話でアンタの事なんて分かるわけないだろう」
心折れた戦士「………」
コブラ「ソラールと合流できなかったから、代わりにアンタと病み村に行こうと思ってたんだがね。とんだ期待外れだ」
コブラ「臆病でいるのも一向に構わんがね。俺達も、この地の誰も、アンタのママにはなっちゃくれないぜ」
コブラ「行くぞレディ。冒険心を失った男は終わり以前の問題だ。構うだけ無駄だろうよ」
レディ「ええそうね。さようなら戦士さん」
ザッザッザッ…
心折れた戦士「………」
レディ「本当に上手くいくの?言い過ぎてるんじゃなくて?」
コブラ「言い過ぎてるのがいいのさ。少なくともあいつは自分のために努力が出来るくらいの矜持は持ってる。努力する方向を見失っちまったからダメになってるだけで、希望が見えている今は、失望にしがみついてる必要も無い」
戦士「ま、待ってくれ!俺も行く!」タッタッタッ…
コブラ「ホラきた」ニッ
レディ「口のうまさは天下一品ね」フフ…
戦士「待ってくれ!お、俺はどうすりゃいい!?」ハァハァ…
コブラ「どうすれば良いって?そんなの自分で考えてくれ」
レディ「いいじゃないのコブラ。太古の地球文学日本国文書にもあるでしょう?『先達はあらま欲しき事なり』ってね」
コブラ「ずいぶん古いところから引用するんだなぁ。俺はタイトルも忘れちまってたよ」
コブラ「なぁ、アンタ、病み村って所へ行く道は知ってるかい?」
戦士「あ、ああ、知ってる。知ってはいるが…」
戦士「と…取り敢えず行く道は、俺が知ってるだけでも二つある」
コブラ「また二つか。二択クイズじゃあるまいし」
戦士「一つは、道のりが険しく、危険だが、噂が正しければ病み村にたどり着ける道。もう一つは、短くて危険も少なく、病み村にたどり着けるが、絶対に通れない道だ」
コブラ「なんだそりゃ?」
レディ「本当になぞなぞみたいね」
戦士「なぞなぞなんかじゃない。これは真剣な話だ」
戦士「一つ目の道は、最下層にいる悪食の竜が飲み込んだと言われている鍵を使って、最下層から病み村に入る道だ。最下層には人喰いの女もいるし、恐らく無傷ではいられないだろう…」
戦士「二つ目の道は、ここの真下にある『小ロンドの遺跡』を一瞬通った所にある鉄の格子扉から、病み村に入る道だ。道中にはすすり泣くだけの亡者達がいるだけで危険は無いが、扉は決して開かないし、開けるための鍵がどこにあるかも分からない…」
戦士「言わせてもらうが、どっちを通るにしたって気が遠くなるような道のりだ」
コブラ「だってよレディ。どうする?俺は二つ目がいいな」
レディ「貴方がそういうならきっと大丈夫でしょうね」フフッ
戦士「なっ……しょ、正気で言ってるんじゃないよな!? あの扉はあか…」
コブラ「そこだよ」
戦士「?」
コブラ「アンタの悪い所だ。賢すぎるんだ」
戦士「賢すぎる…?」
コブラ「そうだ。行き詰まったらバカをやる事こそが必要なのさ。特に冒険をする事に関しちゃあな」
コブラ「しかもだ、アンタは不死だ。亡者を倒し続けてさえいれば、何度死んだってチャンスがある。諦めない限り旅路が保障されてるなんて気前のいい話だとは思わないのか?」
戦士「それは…確かにそうなんだろうが…」
コブラ「それについて行きたいって言ったのはアンタだぜ?なのに行きたくないと駄々をこねられたんじゃ、俺としては閉口ものだがね」
戦士「す、すまん、悪かった。ただいつもの癖が出ちまったんだ…」
戦士「長いこと何もしないでいると、何かするのが怖くなるんだよ…」
コブラ「なあに、それが自分の弱みだって事を自覚してるんだ。どうにかなるさ」
コブラ「さてと、そうと決まれば、まずは扉探しだ」
新たな同行者を連れたコブラは、祭祀場の真下にある昇降機を使って小ロンド遺跡に降りた。
コブラ「陰気な所だねえ……これじゃ地獄の悪魔も寄り付かないぜ」
一面が薄暗闇に包まれた遺跡は、冷たい湿気を広大な空間いっぱいに漂わせていた。
足元の濡れた石畳には砕けた幾つかの骨が転がっており、水分を含んだそれらは歩くごとに音を立て、しなるように折れた。
正気を無くした亡者達は、コブラを襲うことはない。
祈る者、壁にすがりついてむせび泣く者、白骨の前にへたり込んで動かぬ者達の心に、そんな余裕は無いのである。
戦士「悪魔か…ここにはデーモンより恐ろしいヤツがいるって話だ。あんまり関わっちゃ、それこそ命がいくつあっても足りねえよ」
コブラ「やっぱりな。だろうと思った」
冥界の如き闇の世界を眺めながら、コブラは格子扉を目指して歩みを進めた。
だが、その格子扉は意外なほど呆気なく、コブラの前に現れた。
それも、見た目も等しく、呆気の無い形で。
コブラ「はぁ?これがその格子扉だっていうのか?」
レディ「思ったほど頑丈そうには見えないわね」
戦士「嫌なものから目を背けるための悪あがきだ。封印なんて、大体はこんなものなんだろうさ」
コブラ「封印?」
戦士「病み村は名前の通り病に蝕まれている。そこから来る亡者共も病んでいるから、そいつらを遠ざけるのも当然だろう。決して治らない病に侵される事ほど、不死として恐ろしい事は無い」
戦士「そう考えた者が急ごしらえでこの格子扉を作ったのさ。魔法を掛けて造りを強め、鍵を使わない限り開かないようにした上で、鍵をどこかにやってしまった」
戦士「おかげで、俺はとんでもなく面倒な目に遭っちまったよ。ハハ…」
コブラ「それにしたって、そんなに頑丈そうには見えないがね」
戦士「まあ見てなよ。見てれば分かる」
案内役はそう言うと、懐から黒い小壺を取り出し、その壺から蓋を取り去ると、壺を格子扉の握りに被せた。
壺からは黒い油のような物が滴れ、握りを黒々と塗りつぶしている。
戦士「こいつは俺が考え出した方法でな。これで壺を剣で叩けば、大体の扉は壊れるんだ。この扉より頑丈そうな鉄扉だって壊したことがある」
戦士「だがこいつは…っ!」シュッ!
ボン!
案内役が剣を振り下ろした瞬間、格子扉の握りで小さな爆発が起こった。
壺は割れ、握りには火が着いてるが、損傷はどこにも見られない。
戦士「このとおりだ。ビクともしない」
コブラ「ふーん…」
戦士「ほら、諦めて鍵を探すか、別の道を行くかしよう。俺の決心が揺らぐ前になんとか…」
コブラ「レディ、この剣の刃先を扉に挟めてくれ。俺は他に使えそうな物を探す」
レディ「任せてコブラ」
戦士「おい見てなかったのか?ここは通れないんだよ!」
コブラ「いや、通れるね」
戦士「?…通れるだって?…何を根拠に…」
コブラ「まあ見てなよ。見てれば分かるさ」
コブラ「それっ!…んぎぎぎぎ…!」ガコッ…
戦士「!?」
レディが黒騎士の特大剣を格子扉の淵に差し込んでいる間に、コブラは石積みの隙間に指を入れ、石塊を壁から抜き出していた。
戦士「お…おい…」
ボコッ
コブラ「ひーひー…はぁ~しんど…」
石塊の大きさは人ほどの大きさもある。
コブラ「さってと、もうひと踏ん張りするかな!ダァーーーっ!!」ダッ!
そして、コブラは石塊を高く掲げて、格子扉へ向け走り出し…
ドグワァァーーッ!!
その勢いのまま、格子扉へと石塊を叩きつけた。
扉は派手な音と火花を散らしてくの字に曲がり、ゴロンと倒れこんだ。
戦士「………」
コブラ「ふぅー…テコの原理と古今東西のエセ武道の応用だ。ちょいと隙間を開けた所にべらぼうに強い衝撃を加えれば、まあこんなもんだ」
レディ「魔法で強くなったとは言っても限界はあるようね」
コブラ「そうでないと困る。五芒星をいちいち消してたんじゃどっちが魔法使いか分かったもんじゃない」
コブラ「で、こうして扉は開いたわけだが、できれば感想なんかを聞かせてもらいたいね」
戦士「………?」
コブラ「へへ、驚いて声も出ないか」
コブラ「まぁ何はともあれ、これで病み村への道が開かれた訳だ」
レディ「でも大丈夫なの?病み村と言うくらいだから、衛生環境は最悪のはずよ?何か対策を考えないと」
コブラ「そこなんだよなー…なぁアンタ、なんかいい話は知らないか?」
戦士「いい話?……そう、だな……」
戦士「鍛冶職人のアンドレイが住んでいる、古い小教会があるんだが…そこの裏手で解毒の苔が手に入るはずだ。まぁ、あそこもロクなもんじゃないけどな…」
コブラ「よぉし、そうと分かれば早速出発だ。どうせロクなものなんてココにあるはずも無いんだ。開拓者精神でもって臨もうじゃないの」
戦士「な、なぁ、ちょっといいか?アンタ一体何者なんだ?山羊頭の奴にもあんな真似出来な…」
案内役の男が混乱した口調で、コブラに矢継ぎ早に疑問を叩きつけた。
だがコブラは目を伏せてほくそ笑むだけで、彼の質問の波には答えなかった。
>>80
「石塊の大きさは人ほどの大きさもある」ってなんか表現としておかしいんで
「石塊の大きさは人ほどもある」に修正します
鬱蒼とした茂みの中に、陽の光は無い。
蛙や鳥の鳴き声や、川のせせらぎが小さく聞こえる森は、明けない夜に包まれている。
それらを照らす月光は決して曇らず、冷たい輝きを放っている。
異端の魔女ビアトリス「………」ファサッ
傷を負った魔女は、苔むした石壁の陰で大きな尖り帽子を脱ぎ、傷口を確認する。
一閃を浴びた右脇腹は出血し、刺すような痛みを伴っている。
魔女は緑色の瓶を取り出すと、中にある液体の残量を確認した。
ビアトリス「…これを飲んだら、あと一口か…」
太陽色の液体を魔女が飲むと、魔女の傷は霞のように薄くなり、消えた。
ビアトリス(こんな森の中で闇霊に出くわすとは…運が無いね…)
ビアトリス(白のサインも見当たらないし、どうしたものだろう)
焦りを覚えつつも、ビアトリスは冷静に事を捉えていた。
野にあって上位の魔術を体得するほどの才女である彼女は、不死についてもまた見識を深めている。
それゆえに、正気を失わない限り、窮地は一時のものに過ぎないという事にも確信を持っていたのである。
「はぁー空気が上手いなぁ。湧き水も美味いし、なかなか悪くないなぁ」
ビアトリス「?」
「おたくみたいな野暮が襲ってさえこなけりゃ、もっと良かったのになぁ」
「ひ、ひぃ!待ってくれ!悪かった!今すぐ戻る!戻るから勘弁してくれ!」
「戻る戻らないはどうでもいいんだよ。俺は喧嘩を売られる理由を知りたいだけなんだ。先に言っとくが、俺の機嫌がいい間に答えておいた方がいいぜ。やろうと思えばあんたの頭を兜ごと握り潰す事もわけないんだ」
「コブラ、こっちにも苔玉があったわ。白い花が咲いてる物からは、より良い効能が得られるそうよ?」
複数の人物の話し声が、壁越しにビアトリスの耳に届いた。
人数は4~5人といったところで、そのうちの二人が物騒な状況の中にいるらしい。
だがその二人の片方の声は、ビアトリスを襲った闇霊のものであった。
ビアトリスは好奇心と嘲笑の誘惑に負け、石壁の隙間から向こう側を覗いた。
ビアトリス(愚かな男だ。ソウル欲しさに目移りしたか)
闇霊「り、理由!?だからそんなの無いって言ってるだろ!ただアンタのソウルが欲しかったから…だから奪おうとしただけだ!」
コブラ「そのセリフで俺が納得しないからこうなってるって分からないのかねぇ」
レディ「この赤い苔玉はなんなの?」ガサガサ…
戦士「それは出血を止める効果があるらしい。話によると怪我の予防にもなるらしいんだが、本当かは分からないな。俺も使ったことが無いし」ガサガサ…
レディ「じゃあ……とりあえずは取っときましょう。他にも使い道があるかもしれないし」ガサガサ…
コブラ「それじゃあ質問を変えてもう一度だけ聞く」ジャキッ
闇霊「ひぃっ!?」
コブラ「金色の悪趣味な鎧を着た騎士はどこだ?素直に言わないと、この大剣を持つ手が気まぐれを起こしちまうぞ」
闇霊「しっ…知らねえ!俺は何も知らねえ!!」
コブラ「………」ブオン!!
闇霊「あっ」
ピタッ
闇霊「……えっ……?」
ビアトリス(お優しい事だな)
コブラ「行きなよ。小者に用はない」
戦士「おい!なんで逃すんだ!?」
コブラ「なんでかって?気分じゃないからさ」
コブラ「こいつの魂が俺の中に入って血となり肉となるんじゃあ、まるで食人鬼にでもなってるような気がしてくるんでね」
戦士「そんな事をどうでもいいだろう!?ここまで来て今更そんな事言うなよ!」
コブラ「それはアンタの問題であって俺の問題じゃない。コレは俺の問題なんだ」
コブラ「ホラどうした!さっさと行かないと本当にとって食っちまうぞ!」
闇霊「ひえーっ!!」ダッ
戦士(知らねえぞ…後でどうなったってよ…)
コブラ「あらあら、もうあんな所まで逃げちまいやがった」
レディ「あれだけ脅かせばもう襲ってはこないでしょうね。賢かったらの話だけれど」
ビアトリス(甘いな……)
ビアトリス(奴らに恐怖はあっても、諦めの文字は無い。必ず戻って来るぞ)
コブラ「そこのお嬢さんも出てきたらどうだい?」
ビアトリス「!?」
コブラ「なぁに、さっきアイツに言った言葉は冗談さ。こっちに来て見てみるといい。狼の耳も生えてやしないぜ」
障害物を隔て、しかもコブラとの距離は少なくとも20メートル以上は離れているというのに、コブラはビアトリスを探知していた。
もっとも性別までは特定できていなかったが、それに関しては、コブラの願望が反映されていた。
彼の旅路にとって最も必要な要素である『現地の美女』という願望が。
ビアトリス「いい勘をしているな。隠れる事に関しては自信があったのだが」スッ
コブラ「なんせコブラと呼ばれてるんでね。アンタみたいな美人に対する俺の感度を舐めてもらっちゃ困る」フフフ…
戦士(何ニヤついてやがんだ!それどころじゃねえだろ今は!)
ビアトリス(よくもまぁ……歯の浮くような台詞を堂々と言えたものだ…)
ビアトリスの中に芽生えつつあった警戒と尊敬の念は、闇霊を逃したことも相まった、コブラのあまりに能天気な雰囲気の前にたやすくかき消された。
とうのコブラ本人は呆れられているとは思っていないが、案内役の男の焦燥が頂点に達しつつある事には気付いていた。
そして気付いた上で面白半分に無視していたが、男の焦燥の元は早くも現実の物となる。
魔手から逃れたとみるや、闇霊はその俊足を活かして森の中を駆けた。
そしてコブラが通った道に出ると、道筋にそってまた走り、コブラの裏を取った。
足音が出ないという霊体の利点を最大限に活かした、単純だが優れた戦略だった。
ドスッ!
ビアトリス「あっ!」
戦士「!!」
闇霊の持った短刀が、コブラの背中に深くめり込む。
傷口から即座に流れ出す血が、傷口の深さを物語る。
闇霊「ヒ、ヒヒヒッ!馬鹿な野郎だぜ。脅すだけ脅して逃すとは、そんなヤツは初めて見たぜ!」
戦士「クソッ!言わんこっちゃない!」シャリン
コブラ「よしなよ」
戦士「!?」
闇霊「なに!?」
コブラ「思った通りだぜ。やっぱり俺は狙われているらしい」
闇霊「な……何故だ?…何故死なない!?どうして生きてるんだ!?」
コブラ「死なない奴らを相手に強盗を働いていたヤツの台詞じゃないぜ。アンタはむしろ、自分の無謀さに驚くべきだ」
背中にナイフを刺したまま、コブラは振り向くことなく闇霊に話しかけた。
必殺の一撃を受けてなお、怯むどころか語りかけてさえ来る男に、闇霊は恐怖を感じざるを得なかった。
闇霊「ばっ、化け物だーーっ!!」
再び踵を返して逃亡を謀る闇霊に…
ドガァーーッ!!
それこそ必殺と言える、恐るべき一撃が叩き込まれた。
驚異的な膂力で振り抜かれた黒騎士の特大剣は、闇霊の胴体を一刀両断し、二つの闇霊だったものはビアトリスの両横を掠め、消えた。
ビアトリス(なんという……これでは滅茶苦茶だ…)
ビアトリス(この男、本当に人間か?外見上は確かに人間だが…)
ビアトリス(………まさか、太古の神々の末裔?手に持つ大剣も、伝承にある神々の遣いが振るったという剣に似過ぎている)
レディ「貴方の心配が本当に当たってしまったのね」
コブラ「みたいだな。アイツは襲えるヤツなら誰でもよかったと言っていたが、そうじゃない」
コブラ「本当に誰でもいいなら、俺ではなくあそこに居る彼女を狙ったはずだ。二人の仲間を引き連れた俺ではなく、より反撃される危険が少ない彼女をな」
コブラ「だが俺を殺すために派遣された専門の殺し屋でもなかった。おそらく、どこかで俺の首に懸賞のような物を掛けたヤツがいて、その懸賞欲しさに、偶然出会った俺に剣を向けた……大方そんなところだろうな」
レディ「懸賞って……貴方、もうここで懸賞を掛けられるような事をしたの?」
コブラ「さあね。デーモンとドラゴンに遺族でもいたんだろう」
ビアトリス(いや、古き神々ではなさそうだ。話が俗っぽすぎる)
ビアトリス(それとも、私の神々への神聖視が過分に過ぎているだけなのだろうか)
ビアトリス(頭の硬いヴィンハイムの学徒共に、少々毒されているのやもしれんな…)
コブラ「ところでお嬢さん。こうして巡り会ったのも何かの縁だ。どうだい?デートのついでに使命を継ぐってのも悪くないと思うがね」
ビアトリス「………」
戦士「な、何をまた変なことを!身も知らん不死を信用するのか!」
レディ「何か都合が悪くって?」
戦士「悪いも何も、少し考えれば分かるだろう!?」
コブラ「考えた結果分かったのさ。彼女は敵じゃない。そうだよなぁ魔女さん?」
ビアトリス「ああ。確かに貴公の言う通り、私に敵意は無い」
コブラ「ほらな?」
戦士「…あのなぁ…」
コブラ「おまえさんは先入観に囚われすぎだ。彼女が敵で、しかも魔女なら、炎なり雷を撃ってくるはずだ。そのための杖もあるしな」
コブラ「しかも俺は手負いでレディも片腕の自由が利かないと来てる。彼女がさっきの強盗と同じなら、今頃はここで銃撃戦さ」
戦士「じゅうげきせん…?」
レディ「言ってみれば弓矢の打ち合いね」
ビアトリス「炎は呪術!雷は神の技だ!魔法ではない!」
コブラ「!?」
コブラ「あ、ああいやいや、ちょっと誤解があったみたいだがね。さっきのは例えであって…」
ビアトリス「一瞬、貴公らが太古の神々の末裔なのではと勘ぐったが、どうやらそうでは無いらしいな!」
ビアトリス「しかも言うに事をかき、弓矢の打ち合いだと!?貴公らも武器を強くする以外に興味の無い魔法剣士気取りの粗暴な輩や、魔法を単なる道具としか見ない怠惰なヴィンハイムの学徒共と同類か!!」
レディ「そういう意味で言ったわけではないのよ?コブラも言ったとおり、さっきのは唯の例えと言って…」
ビアトリス「その例えというのも気にくわない!物の本質を説きたいのなら例えなどするものでは無いわ!」
ビアトリス「貴公、コブラと言ったな!」
コブラ「へ?」
ビアトリス「この巡りあわせが運命のなせる技であっても、その技は悪ふざけで振るわれたものだと思うんだな!」クルッ
ザッザッザッ…
コブラ「フラれたなぁ、こりゃ」
レディ「フラれただけなら良いけれど」
戦士「これだから面倒くさいんだ。トンガリ帽子の魔法使いは」
コブラ「なんだ?知り合いなのか?」
戦士「知り合い?馬鹿言うな。誰が偏屈ジジイのビッグハットを信奉するようなヤツと知り合いになるか」
コブラ「ビッグハット?」
戦士「ビッグハットも知らないのかぁ?あんた世捨て人でもしてたのかよ……」
戦士「ビッグハットってのは、簡単に言えば大賢者さ。魔法を極め、人の世においては並ぶものの無い知恵者ってジイさんで、剣術以外に食う道の無かった俺でも知ってるぜ」
戦士「魔法以外に興味が無く、親が死のうが弟子が死のうが、学院から追放されようが御構い無しで、研究が過ぎて何度か気が触れかけた事もあるらしい。だが一部のクソ真面目な魔法使いに崇められて、一時期囲いも出来かけてたが、ビッグハット御自らが囲いを破りなさり、行方知れずあそばされたそうだ」
戦士「そして、その信奉者の誇りであり証だったのが…」
コブラ「あの大きい帽子か」
戦士「そういう事だ。なんであれ、世の中のはみ出し者って事には変わりない。不死の身であれば尚のことな」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
コブラのスーツ
コブラが身につけている、刺激的な赤色をしたスーツ。
伸び縮みする薄い素材で作られた、上下人組の服であり、
物理的な防御効果はほとんど無いに等しい。
ただし気温の変化をはじめとした様々な環境変化には強く、
また、摩擦の類に高い抵抗力を持つ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
上下人組とか絵面がグロそう。正しくは「上下一組」でした。
ローディング画面のキャプションさえ誤字るとか今日は限界ですね。
コブラ「それにしたっていきなり怒るこたぁないよなぁ」
戦士「異端になるには、それだけの理由があるのだろうさ。魔術を本気で習いたいっていうヤツは、大抵が『ソウルの業を究める』だの『世界の真理に到達する』だのに想いをはせるような夢想家気取りだろうから、俺からしてみりゃ全員異端、というか変人共だがね」
コブラ「随分詳しいじゃねえか。オタクも子供の頃はその夢想家だったクチかい?」
戦士「そんなんじゃねえよ。ヴィンハイムの連中が色んな国に『布教』するもんだから、連中の謳い文句を覚えちまっただけだ」
コブラ「どこの世界も宣伝のやり方は一緒か。CMがつまらんわけだ」
戦士「しーえむ?」
レディ「コブラ、あそこに誰かいるわ」
コブラ「ん?」
レディ「あの鎧…まさか…」
森の奥深く、木々の間に、鎧姿の人物が腰を降ろしていた。
しかし、その姿勢はあまりに力が無く、釣り糸を切った操り人形を、無造作に落としたかのような無気力感を漂わせていた。
そして、コブラはその騎士鎧に見覚えがあり、頭の中に浮かんだ人物の事を思うと、走りださずにはいられなかった。
コブラ「オスカー!」ダッ!
戦士「あっ、馬鹿!そっちは危ねえ!」
案内役の男が制止する間も無く、コブラは騎士に駆け寄った。
だが、騎士の甲冑に触れる前に、コブラは悟った。
コブラ「おおっと、またやっちまったかぁ?」
騎士の鎧は空洞だった。しかし、仕掛けられた罠という訳ではなく、鎧の中には朽ちた白骨が確認できた。鎧の表面にも薄く苔が張っている箇所があり、青いサーコートに縫われた金の刺繍も、朽ちかけてはいるものの、オスカーの鎧に縫われている紋章とは違う形をしているという事が確認できる程度には、原型を留めていた。
戦士「ああああ…こいつはまずい…」
ズボン! ズボッ! ズボッ!
鎧は仕掛けられた罠では無かったが、天然の罠ではあった。
騎士の亡骸の周囲の地中から、草の身体を持ったヒトガタが多数現れ…
ガジャン…ズズン…メキメキ…
木々の根に絡まった岩石と思われた物の幾つかが、その身を起こして正体を露わにする。
苔むした岩は巨大ではあるが、その体躯は要所の衛士を思わせるもので、巨大な剣と円盾を構えた姿は、まさにその役割を体現していた。
コブラ「やっぱりやっちまったか!逃げるぞ!」ダッ!
戦士「畜生!だから危ねえって言ったんだ!」ダッ!
レディ「急いでコブラ!あの建物に逃げ込みましょう!」ダッ!
コブラ達は、ビアトリスが入って行った石造りの建造物に避難する事にした。
ビアトリス(とんだ浅知恵者もいたものだ。呪術と奇跡と魔法の違いなどそこらの子供や浮浪者でも知っているだろう?)
ビアトリス(しかもあの惚けた態度……何から何まで私を侮辱しているとしか思えん、どうせ自らの才気に自惚れて、この地に来るまで他者を見下して生きてきたんだろう)
ビアトリス「………ダメだな…何を心をかき乱されているんだ。こんな事ではこの先にいる月光の蝶に負けてしまうぞ」
ビアトリス「今の私にはソウルが必要なんだ…」
ガギーン!!
ビアトリス「!? なんだ!?」
石造りの建造物の中に、石同士が激しくぶつかり合うような音が響いた。
とっさに身構え、音の出どころへ振り向いたビアトリスの眼前には、殺到する怪物達と、それらから逃げるコブラ達の姿があった。
ビアトリスは建物の上部に位置し、コブラ達は建物の入り口付近から上部への階段を駆け登ってくる。
つまりコブラ達を追う怪物達も、ビアトリスの元へ駆け上がってくる事になる。
ビアトリス「何事だこれは!?」
コブラ「い、いやぁちょっと事故でね!わざとじゃないんだ!悪い事とは重々思うが助けてくれるとありがたいんだがね!」
ビアトリス「む、無茶を言うな!なんで私が貴公のために…」
戦士「だったら俺の為に魔法を使ってくれ!今度死んだら亡者になっちまうよ!」
コブラ「早くしてくれ!今助けてくれたら生きてる間中は感謝するぜ!悪い話じゃないだろ!?」
ビアトリス「それじゃあさっきの暴言について訂正してもらうぞ!訂正すると誓うなら助けてやる!」
コブラ「訂正する訂正する!このコブラ、マーリンの弟子にだってなってやるぜ!」
ビアトリス「いいだろう!その約束忘れるな!」シュイーン!
バシィィーーン!!
コブラの懇願を聞き届けた直後に、ビアトリスは杖を高く上げ、先端から握り拳大の青い閃光を放った。
放たれた閃光は石の衛士の一体の頭を砕き、無力化した。
ボン! ボン! ドン!
次に一回り小ぶりな小球を矢継ぎ早に打ち出し、草のヒトガタを次々と砕いていく。
その間にも二体目、三体目の石の衛士が迫るが、そこでもビアトリスは冷静だった。
ヒュオオオ…
複数の小球を生成して、自身の周囲に浮遊させた後、最初に放った一閃を放つ。
バシャアアン!
その一閃を受けた二体目の石の衛士は、胴体に穿たれた穴からソウルを吹きながらくずおれる。
その二体目を踏み越えて切り込んでくる衛士は…
ドボボボボン!
浮遊していた小球に一斉に貫かれ、力尽きた。
レディ「凄いわね……」
コブラ「ああ。俺たちの世界のそこらの傭兵なんかより、よっぽど手強いぜ。想像以上だ」
コブラ「お嬢さん。よければ名前を聞かせてくれると嬉しいね。謝る時に相手の名前も知らないんじゃ、それこそ失礼だ」
ビアトリス「………私はビアトリスと言う」
コブラ「ビアトリスか、いい名前だ。さっきの炎云々についてだが、スマなかったな。悪気は無かったんだ」
ビアトリス「悪気は無い、か。あれば質が悪いし、無ければ尚の事悪い。次からは気をつけなよ」
コブラ「アイアイサー」
ビアトリス「で、さっきの言葉に嘘は無いんだろうね?」
コブラ「ん?なにがだ?」
ビアトリス「生きてる間は感謝をする……確かにそう聞いたが、まさか口だけの感謝に意味があるとでも思っている訳ではないよな?」
コブラ「おい、そりゃないんじゃないか?一度助けたからって一生たかるのは流石に…」
ビアトリス「もちろん長々と毟るつもりは無い。ただ、一度だけ協力してほしいだけだ」
コブラ「協力ねえ。そりゃつまりどういった事で?」
ビアトリス「月光の蝶という蟲を獲るのに、付き合ってもらいたい」
戦士(また嫌な予感が…)
コブラ「なるほど虫捕りデートか。カブトムシを捕まえてプレゼントしたら、受け取ってくれるかい?」
ビアトリス「そんな虫は知らんしこれはデートでもない!本当に反省しているのか?」
コブラ「いやぁ悪い、昔っから口が勝手に動くもんでね。止めようとは思ってるんだが上手くいった試しがないんだ」
ビアトリス「はぁ……まったく、呆れた男だよ貴公も…」
コブラ「それで、その月光の蝶とやらはどこにいるんだ?」
ビアトリス「ああ、その蝶はこの霧の奥で羽を休めているはずだ」
ビアトリス「ついて来い」
魔女に導かれ、コブラ達は建物の最上部にかかる霧の中を通る。
レディはその体験に、あまり良い印象を抱けない既視感を覚え、案内役の男に至っては、霧を潜る振りをして、途中で引き返してさえいた。
様々な脅威に挑み、失敗の中でも最悪と言えるものを幾度も経験した者にだけ身につく、ある種の直感が彼には備わっている。
こればかりは、一度たりとも『完全には』死んだ事がないコブラには、決して身につく事は無い。
ビアトリス「いたぞ。あの蝶だ」
コブラ「なんだもう見つけたのか?」
一本の石橋の上に出た三人は、石橋の手すりに留まっている、奇怪な形をした小さな蝶を見つけた。
ビアトリス「見つける分には簡単なんだ。見つける分にはね」
コブラ「含みのある言い方だな。このちっこい虫には毒でもあるのか?」スッ
魔女の言葉に疑問を抱きつつ、コブラが蝶に手を伸ばす。
しかしその手は空を切り、手すりに触れた。
コブラ「!」
そしてコブラは理解した。蝶は手すりに留まっていたのでは無い。
石橋の手すり、その遥か向こう側の木に、蝶は留まっていたのだった。
月光蝶「………」ヒュイイイイ…
捻れ絡まった対の長ヅノを、音を立ててー輝かせながら、月光蝶は飛翔した。
その身から溢れるおびただしい量のソウルは、縄張りの防衛に使われる。
ビアトリスの言葉には決して嘘偽りは無かったが、コブラは内心、してやられたと思った。
ブワァッ
羽を広げた月光蝶の横幅は、ゆうに10メートルを超えていた。
コブラ「こいつはどうも網に掛かりそうには無いぜ……虫籠も特注品を用意しないとな」
レディ「貴女、私たちをハメたのね?」
ビアトリス「そんなつもりは無かった。ただ…」
コブラ「悪意が無かった訳では無い。そうだろ?」
ビアトリス「察しがいいな。だが問題はないだろう?不死の身には些細な事だ」
ヴィオオン!
溢れ出るソウルを束ねた月光蝶は、人の頭ほどもある大きなソウルの塊を三つ作ると、それぞれをコブラ達に向けて放った。
放たれた緑光のソウルは三者に向かって直進するが、その速度は遅く、亡者の小走り程度の速さしかない。
それゆえに、飛び越したり、または避けたりする事も容易だった。
コブラ「へっへっへ、案外たいした事ないでやんの」
レディ「油断しないでコブラ!コレは…」
グォン
コブラ「あらぁ!?」
しかし、ソウルの塊はまるでミサイルのようにコブラ達を追いかけ始めた。
ビアトリスは青い閃光を杖から放ち、自身を追いかけるソウルを打ち消したが、それだけに留め、月光蝶から距離を置いた。
コブラは低速の追尾物が、自分達の世界でどのような使われ方をしていたかを思い出した。
コブラ「レディ!手すりの陰に隠れろ!遅いヤツは当たる寸前にかわせばなんとかなる!」
こういう時のコブラの言葉には絶対の信用を置いているレディは、コブラの言葉に従った。
二人は手すりの陰に身を伏せて、ソウルの塊が迫るのを待つ体勢に入った。
ヒュドドン!!
直後、手すりに針のように鋭いソウルが複数発着弾した。
ソウルの塊は二人に向かって直進する。
コブラ「今だっ!」バッ!
ボヒュウウン…
だが、ソウルの塊は急激に身を翻したコブラとレディを追いきれず、弾道を乱して手すりに直撃した。
コブラ「機動力を殺すための追尾弾を撃っておいて、本命の狙いは済ましておく」
コブラ「狡猾なやつだ。虫にしておくのは惜しい」
コブラ「レディ、怪我はないか?」
レディ「そうね、火傷した手と背中が少し痛むわ」フフッ
ビアトリス「次が来るぞ!」
ビアトリスが声を上げると同時に、月光蝶は高く飛翔した。
そしてコブラ達の真上で止まると巨大なソウルの塊を生成し、二人へ向けて落とした。
ズオッ
しかし塊がコブラに直撃するより一瞬早く、サイコガンは抜かれていた。
ドグワァァーーッ!!
放たれたサイコエネルギーはソウルの塊を霧散させ、月光蝶の右翼に大穴を穿った。
ビアトリス「なっ……」
魔女は言葉を失った。
魔法とはソウルを操る方法の一端に過ぎないが、習熟した者は、ソウルへの知識と感覚を深めることが出来る。
だからこそ、自分自身のソウルを消費せず、空間からソウルを抽出して練り上げ、放つという離れ業を行えるし、個人の力量に合わせたその行いの限界も把握できる。
術者が魔法を使うとき、それにどれだけのソウルが込められているかを見極める感覚を、多くの魔法使いと同じく、彼女も持っていた。
しかしコブラの放った、ソウルとは似て非なるが、本質はソウルそのものとも言える力…
『サイコエネルギー』は、凄まじい力場のうねりであり、彼女の理解を超えていたのだった。
バファッ…
翼を射抜かれた月光蝶は、降り積もる雪のように、淡い音を立てて橋に墜落する。
コブラはそれを見て、誇らしげに鼻をすすった。
コブラ「へへへっ、上手くいったぜ。やっぱり何でも試してみるもんだな」
レディ「コブラ、大丈夫なの?サイコガンなんて撃って」
コブラ「平気さ。コイツがソウルを大きく膨らませた時に、俺はサイコガンを撃った。つまり使った分のソウルを、そこらを漂ってるソウルを吸収して補ったって訳だ。だんだん慣れてきたぜ」
レディ「無茶するわね。吸収したソウルが少なかったらどうしてたの?」
コブラ「さぁてね。その時の俺にいつか聞いてみるよ」
ビアトリス「今のは…?」
コブラ「ん?この手はちょいとドジった時にね。驚かせたかな?」
ビアトリス「手?……ぅうわぁ!何だその手は!?」
コブラ「今一話が噛み合わないな。さっきは何に驚いてたんだ?」カチリ
ビアトリス「え?あ、ああ……さっきのはつまり…」
コブラ「つまり?」
ビアトリス「………いや、すまないが考える時間をくれないか。頭が混乱している」
ブワッ!
レディ「あっ!」
墜落した月光蝶が再び羽ばたき、その身体にまたもソウルを溢れさせる。
コブラは背負った大剣に手を掛けたが、その剣が抜かれる前に…
シュドーン!
ビアトリスの魔法『強いソウルの太矢』が、半死半生の月光蝶を貫いた。
月光蝶はその身体を崩し、霧のようなソウルを辺りに散らし、消滅した。
レディ「また見せ場を取られたわねコブラ」ウフフフ
コブラ「なぁに、三枚目の顔にはかえってちょうどいいさ」
ビアトリス「コブラ」
コブラ「ハイなんでしょ?」
ビアトリス「…やはり、分からない事が多すぎる……手間を掛けるが、話してはくれないか?貴公の事を」
コブラ「嬉しいねえ。女の子に口説かれるなんて久しぶりだ」
ビアトリス「口説いている訳では無い!本当に礼という物を知らんのか貴公は!」
コブラ一行から離脱した戦士は、森から抜け出し、祭祀場に戻っていた。
それは向こう見ずで無鉄砲に見え、その裏で策を練りつつ無茶を通すコブラの旅路に、危険を感じたゆえの逃避だった。
戦士(まったくなんて奴らだ。あんなのに付き合ってちゃ、あっという間に亡者になっちまうよ)
戦士(やっぱり俺はここに座ってるのが一番だ。分相応ってヤツだな。ハハ…)
戦士(やっぱり俺は……)
しかし逃避した先の祭祀場は、すでに男の心を慰める場所ではなくなっていた。
遠くから微かに聞こえる、イビキにも似た音に不快感を示している訳ではない。
何もかもが『また戻った』事に、失望していたのだった。
戦士(ロードランは選ばれし不死のみを通すらしいが、通された不死はみんな亡者になっちまってるじゃねえか)
戦士(そんなもん選ばれてる訳でも何でもねえ。遊ばれてるだけじゃねえか。大体なんで選ばれたのが俺みたいな雑兵なんだよ。伝承の戦士なり英雄様なりを不死にして、とっとと使命を果たさせろってんだ。迷惑なんだよ)
戦士(おかげでムカついても酒の一滴も飲めやしねえ。糞も小便も出ねえからやけ食いもできねえし、ロードラン自体に食える物がそもそも少ねえ。口に入るのはエストだけだ)
戦士(神々の地だぁ?馬鹿言え…)
戦士(ここは最初の死者の棺桶だよ……)
「やっと戻ってこれた…」ガサッ
戦士「?」
ソラール「やはりここの篝火はいい。心が癒される」
小沼の呪術師ラレンティウス「さすがにアレは俺の呪術でも手一杯だ。あんなに数がいたんじゃ火が保たないよ」
ヴィンハイムのグリッグス「た、助かった…」
ソラール「少しここで休憩しよう。不死とはいえ休みは必要だ」
戦士(あいつら…ずいぶん前にここを出たっきりだったが、まだ正気だったのか?)
戦士(しかも何やらつるんでるな。確かに、一人で使命を果たすなんて無理な話だわな)
戦士(まぁ、俺には関係ない事か)
グリッグス「あ、彼は確か…」
ラレンティウス「待て、そっとしておけ。落ち込んでいる奴を無理に励ますものじゃない」
グリッグス「しかし、我々だけで最下層を抜けて病み村に行くのは無理だ。少しでも戦力を…」
ソラール「いや、彼の事はいいんだ。彼にも、その、やる事があるんだ」
戦士(やる事か……確かにあるさ)
戦士(でも無理だ。俺には出来ない)
小沼じゃねえよ大沼だ
どうやったらこんな書き間違えできるんだ
自嘲思考に陥った戦士は、三人を心の中で嘲笑いつつ、また、崇敬の念なども抱いていた。
しかしそれらは複雑に混ざり合っていたため、俺とあいつらは違う、という思考に終始していた。
大沼から来た呪術師、ラレンティウス。
ヴィンハイムの元学徒、グリッグス。
太陽の戦士を自称する男、ソラール。
彼らの名前が頭に浮かび、それらを自分と比べる。
そして気付く。
戦士(あ…?)
戦士(おい、おかしいじゃねえか…)
戦士(なんでだ?……おい、なんだよコレ…)
自分の名前を思い出せない事に。
それは、不死としての終焉。限界を意味していた。
ソラール「しかし弱った。貴公の言うとおり、戦力は足りない。醜悪な人食い竜に辿り着く頃には呪術も魔法も、俺の雷の槍も尽きていた」
ソラール「なんとか撃てる回数を増やせないのか?」
グリッグス「それは無理だ。体系化された魔法には、それだけの理由があるんだ。限りを超えて魔法を使えば、術者からソウルが失われ、力尽きてしまうだろう」
ラレンティウス「俺の呪術も理由は違うが、まぁそんな感じだ。自然の成り行きには逆らえない。篝火で火を継ぎ足さないと呪術の火が弱まっちまうんだ」
ラレンティウス「アンタこそどうなんだ?聖職者なんだから、他にもいろいろ使えるんじゃないのか?神に祈った事が無いから、奇跡についてはよく知らないが」
ソラール「悪いが俺は聖職者じゃない。この雷の槍も、太陽に祈っていたらいつの間にか出せるようになっていただけだ。ある意味、これこそ本当の奇跡かもしれんな。ハハハ」
戦士「な、なぁ、ちょっといいか?」
ソラール「ん?なん、なんだ?どうした?」
戦士「なんというか、迷惑かもしれないが、俺も仲間に入れてくれたらありがたいんだが…」
グリッグス「驚いたな…君がそんな事を言うとは…」
ラレンティウス「おいその言い方は無いだろう。仲間に引き入れたいと言ったのはあんたじゃないか」
グリッグス「いや、そうなんだが、少々意外だったもので…」
戦士「迷惑ならいいんだ。俺は小心者だし、役に立てるかも分からないからな…別にいいんだ…」
ソラール「いいや、十分にありがたいさ。仲間が増えるのは心強い。貴公らもそう思うだろう?」
ラレンティウス「俺はそれでいいと思うよ。こいつがどうかは分からんがね」
グリッグス「しっ、失礼だな!その言い方ではまるで私が悪役みたいじゃないか!」
ラレンティウス「ハハハ」
ソラール「まぁそういう訳だ。よろしく頼む」
戦士「あ、ああ…そうか…そいつは良かった…」
不死とは、生と死の境目が弱まった者達の事を言う。
それは生者にも死者にもなりきれない事を意味しており、いわば無限に崩壊していく生体である。
死ぬたびに僅かづつだが、肉体の再構成は正確さを欠いていき、灰に近づいていく。
ソウルを元に意思や思考を決定する器官、脳も、例外ではない。
肉体的な破滅を長らえる代わりに、精神的、人格的な死をより際立たせるのが不死。
なればこそである。
戦士はそれを恐れ、恐怖を紛らわせるために、旅の一行に加わった。
そして、彼の逃避行が世界の命運に一石を投じることとなる。
四人の不死が病み村を目指して旅を始めたころ、コブラは苔むした石造りの塔の上で、つかの間の休息を楽しんでいた。
もっとも、魔女ビアトリスの質問攻めをその間にも浴び続けていたのだが、お喋りなコブラにとって、苦では無かった。
ビアトリス「………」
コブラ「とまぁ、そういう訳で俺の講義は終わりだ。質問があれば手を挙げてくれ」
ビアトリス「質問、か………本来ならば一笑に伏す話だったが、私の見たものは事実だ。貴公の話も、恐らくは真実なのだろうな…」
ビアトリス「だが私には分からない……数多の星々を巡り、神秘のからくりを扱える貴公なら、不死の使命など知る必要もないではないか。もし貴公の言う仮説の通りに、この地が星々の一つに過ぎないのなら、元の星に帰れば済む話だろう?時空さえも越えられるなら、尚更ではないか…」
コブラ「それをしようにも船を無くしちまったもんでね。それにタイムスリップと次元跳躍、ワープ航法は、似ているようだが全くの別物だ。しかもここに飛ばされた時に使われた原理が分からないときてる。脱出は無理だね」
コブラ「それに次元跳躍にはウサギが必要だ」
ビアトリス(兎?生贄の儀式も操るのか……この男は一体いくつの秘術を会得しているんだ…?)
ビアトリス「……よくわからないが、貴公がそう言うなら、そうなのだろうな…」
ビアトリス「して、貴女はいつになったら鎧を脱ぐんだ?そこまで身体に密着した鎧では、息も苦しいだろう」
レディ「問題無いわ。コレでも健康体よ?なんなら握手でもしてみる?」スッ
ギュッ
ビアトリス「!? こ、これは…!?」
レディ「どう?そんなに窮屈な手触りじゃないでしょう?」
ビアトリス(柔らかい……それに、ソウルの流れを感じる…)
ビアトリス「貴女は一体…」
レディ「私はサイボーグよ。言うなら、心を持ったカラクリ人形ね」
コブラ「その言い方はあまり好きじゃないね。いつから自分を卑下するようになったんだ?」
レディ「あら、そんなつもり無いわよ?大事なのは外見よりも心だもの」
ビアトリス「心のあるからくり……まさか、貴公らはウーラシールの喪われた魔術も…?」
コブラ「知らんね。あいにく魔法は絵本で楽しむタイプなんだ」
ビアトリス「またはぐらかすのか……貴公も酷い男だな」
コブラ「よしてくれ、そんなに褒められるのは慣れていない」
ビアトリス「ところで、貴公らはなぜこの森に?病み村の毒に対する薬草を摘むより、商い者から買った方が楽なのでは?」
コブラ「なに?商人がいるのか?そいつは驚きだ。さてはあの野郎隠してやがったな。今度会った時はこってり絞ってやるか」フフ…
ビアトリス「知らなかったのか。まぁ、あの男も隠していた訳では無いだろう。商人達の大抵は戦う力が無いゆえに、辺鄙な所で店開きをするからな。私が知っているだけでも、最下層あたりの下水に二人はいた」
コブラ「前言撤回だ。そんな所で薬草なんて買ったら、買ったそばから使っちまう。あいつには花でも摘んどくか」
コブラ「さってと!」シュタッ!
コブラ「やる気が残っているうちに、さっさと病み村とやらに行くとするかな!ここにいたんじゃ安らかすぎて、元の世界に帰る気が失せてくるってもんだ」
ビアトリス「まぁ待てコブラ。別れる前に、貴公に渡す物がある」スッ
コブラ「?」
ビアトリス「ここらに自生してるキノコを焼いたものだ。食のいらない不死の私には無用の物だが、不死ではない貴公には必要だ。取っておくといい」
コブラ「そいつはありがたいが、いいのかい?食べもしないのに持ち歩いているって事は、何かに使っていたって事だろ?」
ビアトリス「人の世にいた頃の、野にいた自分を忘れそうな時に、コレの香りを嗅いで私の源流を思い出すのには使っていた。だが食用であるなら、採るだけの者より食べる者の手にあった方が相応しいだろう?それに稀少な種類という訳でもない。無くなったら、その時はまた採りに来るさ」
ビアトリス「それと……これだな」スポッ
ビアトリスはおもむろに、指にはめた指輪を抜き、コブラに手渡した。
その指輪にはなにやら文字らしきものが隙間なく刻まれていたが、その文字はコブラの知るいかなる文化圏にも、属していなかった。
ビアトリス「コレは老魔女の指輪と言ってな。伝承にある魔女……と言っても、名前すら忘れられて久しい者だが、その魔女が身につけていたとされる物だ」
コブラ「変わった指輪だな。実際に重くはないんだろうが、変にズシリとくるぜ」
ビアトリス「この地に来る前、行倒れを世話した時に譲り受けてな。なんでも、その者も土に埋もれていたそれを偶然に見つけたらしいのだが、それには確かに、何らかの強い魔力が込められている」
コブラ「ほぉー…魔力ねえ」
ビアトリス「しかし、何を試そうが、その指輪の威力を引き出すには至らなかった。はっきり言うと、私には過ぎた物だということだ」
コブラ「お、おいおい、さっきの話で買いかぶってやしないか?俺は大魔法使いじゃないぜ?俺が出来るのは手品だよ」
ビアトリス「貴公に言わせればそうなのであろうが、私はその手品に驚き通しだ」
ビアトリス「魔法で解けぬなら、貴公の手品で、その指輪を解いてやってくれ」
コブラ「分かったよ。そこまで言うなら貰ってやる。でもあんまり期待しないでくれよ?期待されると胃が痛くなってくるからな」
ビアトリス「フフッ…そうするよ」
コブラ「それじゃ、運が良かったらまた会おうぜ。その時の為に土産話の一つでも用意しておこう」
コブラ「行くぞレディ!」
レディ「ええ、行きましょう!」
タッタッタッタッ…
ビアトリス(なんという足の速さだ。もうあんな所まで…)
ビアトリス(一体、何度驚かせれば満足するんだ?)クスッ
ビアトリス(あの速さで病み村まで行くんだ。やはり同行させてくれと言わなかったのは正しい選択だったな。足手まといにはなりたくない)
ビアトリス「貴公らの旅路に、炎の導きのあらんことを」
コブラとレディは駆けた。
木々の間をくぐり、月明かりの下から抜け、祭祀場に辿り着くと小ロンド遺跡に降りた。
次にこじ開けておいた格子扉を抜けると、今にも崩れそうな木製の橋を渡った。
そして、腐臭漂う大きな横穴に辿り着いた。
コブラ「ひどい臭いだなまるでゴミ溜めだぜ。こんなに臭くっちゃハエも寄りつかないだろ」
レディ「こういう時にアーマロイドで良かったって思うわ。だって臭いものには蓋ができるもの」
コブラ「元の世界に戻ったら鼻にフィルターを作ってもらうよう、医者に頼んでみるよ」
悪態をつきながらも、コブラとレディは横穴を進んでいった。
暗く、足元もぬかるんでいるため、走りはしなかった。
コブラ「なんてこった。見てみろレディ、人がいるぞ」
レディ「あら本当ね。でもこんな所になんで?」
コブラ「どうだっていいさ。おーい!ちょっと道を尋ねたいんだがね!お時間はいいかな!?」
だが、その暗くぬかるんだ道を、二人は走らなければならなかった。
巨漢亡者「コァオオオオオオオオ!」
大きな丸太を担いだ2メートル超えの肥満体が、コブラに向かって全力疾走を始めた。
距離こそ離れているが、巨漢の口から発せられる咆哮は悪臭を伴い、二人の身体を通り抜ける。
しかもその咆哮は他の巨体自慢の意識も覚醒させ、得るべき食料に注意を向けさせた。
もっとも、彼らに自分の体格を意識するほどの自我は残っていないが。
コブラ「はー!また亡者か!もう合う奴全部亡者だと思った方が良さそうだな!」ダッ!
レディ「動きも鈍そうだわ!一気に通り抜けましょう!」ダッ!
コブラ「俺は真ん中を通る!レディは俺を目で追った奴らの後ろを抜けろ!」タッタッタッ…
ブワオン!
先頭の巨漢が無造作に振り回した丸太は、身を低く、まるで蛇のように駆けるコブラの髪を掠めた。
ドゴーン!
その丸太が岩壁を砕いた時、第二第三の丸太がコブラを襲ったが、それらは空を切った。
三人の巨漢の視線は、この瞬間、一人はどこも見ておらず、残りの二人はコブラを見ていた。
レディが通り抜けるスペースは十分に稼いだ。
ササーッ!
レディは開いたスペースを、蛇を追う猟犬のように、ジグザグに走り抜けた。
しかし巨漢達の最後尾の男の視覚は、コブラが思ったよりも粗末だった。
音を頼りに適当に丸太を振るう三匹目の手元は、でたらめだった。
コブラに向かって振られた丸太も、本当は何を標的にしていた訳でもなかった。
ブーン!
三匹目とレディが隣り合った瞬間、丸太はレディの側頭部を殴りつける寸前だった。
だが、視覚があろうが無かろうが、その巨漢にレディがくぐり抜けた修羅場の数を知るすべは無かった。
ガイン! ボグゥン!
一瞬だけレディが掲げた腕は、丸太の軌道を大きく逸らしたが、新たに推力を加えた。
巨漢の腕を離れ、持ち主の頭を潰すほどの推力を。
コブラ「思わぬ追加点だなレディ!腕を上げたんじゃないか!?」
レディ「ええ文字通りね!」
タッタッタッタッ…
×合う奴全部
○会う奴全部
巨漢達を振り切ったコブラはそのまま走ったが、すぐに思わぬ形の行き止まりに当たった。
コブラ「おわっとっとっとぉ!まっ、待ったぁ!」
足元の岩場は途切れ、代わりに朽ちかけた木板で組まれた、頼り気の無い足場が広がった。
足場の奥に見えるのは、広大な空間と、目も眩むほど下にある汚泥に塗れているであろう地面と、そこを蠢めく者達の姿。
落ちれば絶命は免れず、万が一に免れたとしても、その者達の餌食になるだけである。
コブラ「なあんてね!へへへ」
コブラ「病み村って言うくらいだから民家の一つもないとなぁ!」
足場には松明をくくりつけた灯台が置いてあり、小さな炎が、腐った木々で組まれた家屋とも呼べぬ囲いや、蛆の湧く梯子や、粘液を滴らせる昇降機などを寄せ集めたような、巨大な構造物を照らし出していた。
その構造物を降りていけば、安全に下まで降りて行ける事も、容易に想像できた。
レディ「コブラ!彼らが追ってくるわ!」
コブラ「君が先に降りてくれ。でも急いでくれよ!」
レディ「ええもちろんよ!」タッ!
タン!タン!シュタッ!
コブラのすぐ横を通り抜けたレディは、そのままの勢いで跳躍し、構造物を降りていった。
耐久性に難のありそうな梯子や床板を通るより、硬そうな足場を選んで飛び降りた方が速く、そして安全に降りていける。
その判断をしたのはレディだけではなく、コブラもだった。
コブラ「おっほほ!こりゃいいね!遊園地に来てるみたいだ!」タン!スタッ!
ヒュッ!
コブラ「おろっ!?」
大きな影が、コブラの横をまたも通過する。
その速さは尋常ではなく、降りるというより、墜落していくようだった。
バキャア!!
巨漢の亡者達は知覚に劣るだけでなく、無謀で、しかも愚かだった。
落下する亡者はコブラが着地するはずだった床板を突き抜け、梯子に突き刺さったが、それでも勢いを殺すことなく落下を続けた。
柱を砕き、壁板を巻き込み、地面のぬかるみで肉塊になる頃には、構造物に一直線の縦穴を穿っていた。
コブラ「おいよせよ、今時カミカゼなんて流行らないぜ」
穴の開いた床板にかろうじてしがみついたコブラだったが…
ヒュロロロ…
コブラ「なぁーーっ!?」
真上から降ってきた第二陣から避難するため、穴の淵に食い込ませた指を外し、レディの方へ飛びのいた。
そしてレディの腰に手を回すと、ワイヤーフックをリストバンドから射出し、遠くの石壁に引っ掛けた。
レディ「ちょっ!?コブラ!?」
コブラ「このまま降りるのはヤバイぜレディ!予定変更だ!」ブゥウーーーン!
ズババァーッ!
コブラ達が振り子の原理で崩壊から脱出した直後、三人目の巨漢が構造物を突き抜けた。
支柱と基礎の幾つかを失った構造物は呆気なく崩壊し、木々の墜落する衝撃は、広大な大空洞を揺らした。
その頃、最下層では…
ズズズズゥン
戦士「おい!感じたか?今の揺れ」
ソラール「あの貪食竜が暴れているんじゃないか?」
グリッグス「まさか、そんなはずはない。我々は奴に会った事は無いし、奴も我々の匂いを嗅いではいない。感知できるはずは無いし、仮に感知出来ていたとしても、アレが暴れた程度でこの最下層の下水全体が揺れるはずが無い」
ラレンティウス「ずいぶん竜について詳しいが、見たこと無いんだろう?」
グリッグス「私は見たことが無いが、見たことのある不死と話したことはある」
ラレンティウス「そいつはどうした?」
グリッグス「ここのどこかで商売しているらしい」
戦士「商売?こんな酷いところでか?」
ラレンティウス「いや、見た目ほど酷い所じゃない。本当にやばい所だと、こうやって歩いてるだけでも毒に蝕まれるはずだ。大沼に住んでた俺が言うんだから間違いない」
ゴゴゴゴ…
戦士「また揺れたぞ!」
ソラール「先を急ぐか。何も起きないかもしれないが、何か起きたらまずい」ダッ!
タッタッタッタッ…
コブラ「ふー、危なかったぜ。あんなむさ苦しいのと心中はごめんだ」
レディ「降りられそうな場所はないかしら?」
宙吊りのコブラは、脇に抱えたレディと着地に適した足場を捜し、幸運にも、早々に発見できた。
糞尿のような色合いのぬかるみが延々と続く大空洞だったが、その端に、ぬかるみから妙に小綺麗な巨木が生えていた。
しかも、先の構造物に引けを取らないほどに巨大な。
コブラ「あそこなんかが、おあつらえ向きだろう。あそこまで飛ぶぞ!」
シャーッ スタッ!
その巨木の根に飛び降りたコブラは、背負った大剣を根に突き立て、皮を剥がし始めた。
レディは一瞬、コブラが何をしているのか分からなかったが、すぐに察知し、作業に手を貸した。
レディ「当てるわ。ソリでも作る気でしょう?」ガリガリ…
コブラ「残念、作るのはただのボードさ。見た感じだと、地面に張ってるドロドロはかなりの弾性と粘着性を持ってる。ソリだと設置面積が広すぎて身動きが取れなくなる」ガリガリ…
コブラ「だがそれが一枚の細い板なら、面積が少ない分、身動きも取りやすい。推進力さえあれば泥の上でスノボーが出来るぜ」ミシミシ…
コブラ「しかもこの根の皮はかなり頑丈な上に反った形をしている。それこそ、おあつらえ向きってヤツさ」バキッ!
コブラ「完成だ。なかなか悪くないだろ?」ゴトッ
レディ「流石ね。でも、そのボードでここを探索するにしても、推進力が無いでしょ?」
コブラ「推進力にはコイツを使う。ワイヤーフックだ」
レディ「それじゃあ、カゴは?」
コブラ「カゴ?」
レディ「ええカゴよ。泥の上を滑れるにしても、泥の中の宝石は掬えないでしょ?それとも、いちいち降りて掘り出すつもりかしら?」
木の根に降りる前、宙ぶらりんになっている時に、二人はぬかるみの各所に小さな輝きを見つけていた。
緑色の宝石や、大きな黒真珠の欠片のような物が目立ち、コブラもレディも、それを回収するつもりでいた。
ただ、それは二人にとってあまりに当然な共通認識だったため、二人とも口には出していなかった。
コブラ「そういやそれがあったな。仕方ない、カゴも作るか」
レディ「枝を探しましょう。細くてしなやかな物がいいわ」
コブラ「りょーかい」
コブラ「いやぁそれにしても酷い臭いだぜ…スーツに染み付いたら最悪の旅になるなこりゃあ」
ソラール「…………」
戦士「…………」
グリッグス「………」
ラレンティウス「………」
最下層をひたすら進み、大鼠や、呪い眼のバジリスクや、六つ眼の人さらいらを斬り伏せ辿り着いたのは、下水を処理するためにしては不自然すぎるほど広大な、石造りの空間だった。
天井には大きな割れ目が穿たれており、そこから差す陽光が汚物に濡れた石畳を照らし、床の三分の一を占める暗い穴を、より一層黒く浮かび上がらせている。
ズズ…
その穴から、小さな鰐が顔を出した。
ガラス玉のような無垢な瞳が周囲を見渡している。
ソラールら旅の一行は、決して気を緩めず、むしろ一際緊張していた。
ズドン!!
脂ぎった鱗に覆われた六本指の、人の家ほどもある巨大な一本足が、石畳を揺らす。
ズドン!!
二本目の大足が石畳を揺らすと、巨大な翼膜を持ったコウモリの翼が、影を広げ、ソラール達から陽光を奪った。
ドドン!! ドゴオン!!
更に四本の大足が石畳にめり込むと、翼は四枚に増え…
貪食ドラゴン「ゴオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
頭から下腹部まで開かれた大口が、百を超える曲刀の如き牙を覗かせた。
竜の体躯は山のようであり、体臭は水に溶けた骸のようだった。
ソラール「太陽よ!我らの背にあれ!」
太陽の戦士は三人の仲間と共に、巨竜に突撃する。
グリッグスは手に持った杖に魔力をたたえ、ラレンティウスの右手は真っ赤な炎に包まれた。
名を忘れた戦士も剣を構えて駆け出したが、剣より盾が前に出ていた。
ズバァン!!
竜は塔のように太く長い尻尾を振り回し、先頭にいたソラールを虫をはたくかのように吹き飛ばす。
太陽の戦士の盾は一撃で歪み、ソラールが空を飛ぶ姿は、戦士の眼に大砲から放たれた砲弾のように映った。
ドン! バスゥン!
グリッグスのソウルの矢は竜の口の中を傷つけるが、痛みなど竜は意に返さず、今度は前足でラレンティウスを掴み上げる。
ラレンティウス「うおおおおおおお!!」ボワァ!
闘志とも恐怖ともつかない混沌とした激情に突き動かされたラレンティウスは、大口に放り込まれる寸前、右手から火の玉を放った。
竜はソウルの矢に開けられた傷口を火炎に焼かれ、唸り声と共に、ラレンティウスを石畳に投げつけた。
ラレンティウスは背中をしたたかに打ち付けたが、糞便になって下水を永遠に流れる運命からは、かろうじて逃れることが出来た。
戦士は竜の足を幾度も斬りつけるが、出血はおろか鱗さえ剥がれない。
外皮が暑く、鱗は鉄のように硬いのだ。
ソラール「太陽おおおおおおお!!!」
口から血反吐を吹きながらソラールは立ち上がり、握ったタリスマンを掲げ、雷を槍状に束ねる。
それを見た竜の頭の中では、四つの餌が、四匹の敵へと変わっていた。
レディ「コブラ!今度はそっちにあるわよ!」
コブラ「了解しました!」
ドポポポポ…
ワイヤーフックを壁に刺し、巻き取る力でボードを加速させる。
そのコブラの思いつきは功を奏し、コブラとレディを乗せたボードは小気味の良い音を立てながら、ぬかるみの上を滑っていく。
高い粘性のおかげで波も立たず、飛沫も跳ねない。
おかげで、カゴを使った漁も簡単だった。
ガポン
レディ「また取ったわコブラ!コレで五つ目よ!」
コブラ「こんだけデカイ宝石だと、一個三億はは硬いだろうな!やっぱり旅には土産の一つも無いと…」グイッ
ドポポポポッ!
レディ「またキャッチしたわ!今度は緑色よ!」
コブラ「駄目だよなぁ~!」
しかし、泥を掻く毎に舞い上がる悪臭だけは、どうにも出来なかった。
コブラ「ふぇっ……ふぇっく!」
それゆえ、悪臭に鼻を刺激されるたびに、コブラは顔を間抜けに歪めた。
「は」が多すぎる
集中が落ちて駄目だ
ビッシィーッ!!
ソラールの投げた雷の槍は、竜の口の中に突き刺さり、牙を一本削ぎ飛ばした。
怯んだ竜は身体を丸めて悶えるが、その背中を炎が焼く。
ドボォン!
ラレンティウスの炎は続けて竜の背中を焼き、爆煙が翼を伝って立ち昇る。
グリッグスの魔法は、その翼に幾つかの小さな穴を穿ち、竜の飛行能力を低下させる。
ブオワァッ!!
ラレンティウス「!」
グリッグス「むっ!?」
突如、竜が丸めた身体を伸ばし、大口を開いた。
怯んでいたのではない。怒りに身を震わせていたのだ。
戦士「避けろぉ!!」
戦士の叫びを聞き、その内容を理解するより速く、二人は転がるようにして竜の巨大な影から抜け出した。
バゴオオォォーーッ!!
二人は間一髪で、猛スピードで振り下ろされた、針山のような口に覆われた竜の上体を避け切る。
しかしその衝撃たるや凄まじく、石畳にあった、ありとあらゆる泥や埃や小石が舞い上がり、四人の身体は頭三つ分宙に浮いた。
戦士は石畳に落ちた後、素早く体勢を立て直す。
彼の剣は竜には通じない。
だが、刺さった牙を石畳から抜く為に、一瞬だけ竜の動きが鈍った。
その瞬間さえ逃さなければ、戦士のなまくらも立派な武器になるのだ。
ドカッ!
貪食ドラゴン「ゴアアアアアアアアアアアアアア!!!」
鰐の頭のような竜の頭部には、鰐の眼と同じような眼がある。
そこに刺さるのであれば、剣でも指でも何でも良い。
戦士「どうだ!クソ!少しは応えたか!」
戦士は息を荒げて悪態を吐いたが…
ガシッ! ビュン!!!
直後に足を掴まれ、玩具のように振り回され…
バキィ!
グリッグス「うごぉ!」
魔法使いの腹部に叩きつけられた。
グリッグスは吐血し、戦士と共に石畳を跳ね、壁に全身を打った。
竜はまだ死んではいない。むしろ小さな脳が傷を負った程度など、負傷の内にも入らない。
ベチィッ!!
その様子を目で追ったラレンティウスも、前脚の掌に払い飛ばされ、石畳に出来ていた水たまりに突っ込み、跳ね石のように転げた。
ソラールはエストを飲み、負傷を癒しつつも、仲間の元へと向かっていたが…
ズゥン!
その行く手を、竜が塞いだ。
コブラ「ふえっ……フエーッ!」
レディ「大丈夫コブラ?」
コブラ「は、鼻がムズムズして……ふぇっ…」
ソラール「しぶといな……」ゼェゼェ…
傷が癒えたとはいえ、消耗した体力はそう簡単には復活しない。
しかし怒りの持つ体力の回復力は驚異的であり、その恩恵は動物、そして竜においても例外なく与えられる。
ドドドオオォン!!
竜は跳躍した。
大空間の天井に翼が触れる程の高さにまで飛び上がった。
巨大な体躯であるがゆえに、空中での竜はまるで重力を感じさせないような軽やかさを放った。
だが太陽の戦士に降りかかるのは、絶命必至の質量攻撃なのだ。
いかにソラールが頑丈であろうと、彼の死は目に見えて明らかだった。
ソラール「フン!!」ダダッ!
半ばヤケクソに、ソラールは走った。
影は急速に大きくなり、ソラールが一歩進む毎に、四歩分は彼の前方に広がった。
しかしソラールは走った。とにかく走った。
走らなければ死ぬのだから、しゃにむに走った。
しかしついには観念し、諦めつつも、ソラールは全力で跳んだ。
コブラ「ぶえーっくしょい!!」
レディ「あっ、汚い!」
ズドドドドォォン!!
そして奇跡は起きた。
竜が着地するはずだった地点の石畳が、何故か前触れなく崩落した。
無論、死に物狂いのソラールはその事に気付かない。
上体を起こして跳躍した竜も、体勢的に真下が見えないため、やはり気づけない。
戦士とグリッグスは、生きてはいるが伸びており、ラレンティウスも石畳の上でぐったりしている。
ドサッ!
太陽の戦士が石畳に腹を打ち付けた時、大空間は静かだった。
ソラール「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
ソラール「ん?……なんだ?…」
その静寂は、半狂乱だったソラールの精神を一瞬で現世に引き戻した。
腹ばいのまま辺りを見渡すソラールの眼に、遠くで伸びている二人の男と、遠くで伸びている一人の男が映る。
天井の割れ目からは陽光が差し、その光を遮る巨大な物が見当たらない。
竜が見当たらない。
ソラール「…………」
ソラール「…俺は生きているのか?」
そう呟いた時、伸びていた三人は身体を起こし始めた。
全くの無音の中では、呟きすらも遠くまで反響するのだ。
戦士「…ああ…なんとかなぁ…」
グリッグス「いててっ…!」
戦士「悪いな…今起きる…」
グリッグス「まったく、骨が折れたぞ…」ハァ…
ラレンティウス「なんとか……なったか…?」
戦士「ああそう願いたいね……うぇっほ!吐きそうだ…」
そして、彼らの言葉の反響が、コブラの起こしたカタルシスをより決定的な物にした。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!
ソラール「!?」
戦士「だあああああああああああ!?」
最下層の大空間は崩壊した。病み村を揺らした振動を発端にして。
石畳の全ては落盤し、四人の戦士は、竜と共に底の底まで落ちていった。
病み村まで続く、暗くて臭い大穴の中を。
ドポポポポ…
コブラ「どうだレディ!収穫は?」
レディ「緑色の宝石が11個、大きい黒色の宝石が13個よ。やっぱりカゴを作っておいて正解だったわな。深く沈んだ宝石も取り放題よ」
ドポポポポ…
レディ(あら?でもコレって……)
レディ(宝石というより、色がついた金属?それに文字が刻まれているようにも見えるわね)
レディ(でも暗くてよく読めないし、コレは自力で解読出来るような物じゃなさそうだわ)
レディ(上に帰ったら……そうね…アンドレイさんにでも聞いてみましょう)
巨漢亡者「ごえええええ!!」
レディ「!? コブラ!前を見て!」
コブラ「大丈夫!このまま突っ切る!」
ドガーッ!
巨漢亡者「ごえっ!」ドチャッ
コブラ「そら見ろ、スノボーしてるヤツの前に出てくるからだ」
岩持ちの巨漢亡者達「むおおぉぉ…」
コブラ「ありゃ、団体さんだったか」
レディ「怒らせちゃったわね。追ってくるわよ?」
コブラ「追わせとけばいいさ。どうせこっちには追いつけやしないよ」
混沌の病み人共「ぶぉおお…」シャカシャカ…
大ビル達「…」うねうね
羽虫の群れ「…」ブウゥゥ~ン
レディ「コ、コブラ?なんだか凄いことになってきたわよ?」
コブラ「ちょっと騒がしくしすぎたかな…」
飢えた亡者達「ぐおええええ!」
レディ「まだ来るわ!」
コブラ「やれやれそんなにスノボーが珍しいか!スラムのガキじゃあるまいし」
コブラ「ま、アパートを壊されたから怒ってるだけかもしれんがな!」
レディ「そんな事言ってる場合?この洞窟中の怪物が集まってるんじゃなくって?」
コブラ「だからいいのさ!こんだけ集まりゃサイコガンで一掃できる。お釣りのソウルも帰ってくるし一石二鳥ってところよ!」
ドポポポポ…
コブラ「どうだレディ!収穫は?」
レディ「緑色の宝石が11個、大きい黒色の宝石が13個よ。やっぱりカゴを作っておいて正解だったわね。深く沈んだ宝石も取り放題よ」
ドポポポポ…
レディ(あら?でもコレって……)
レディ(宝石というより、色がついた金属?それに文字が刻まれているようにも見えるわね)
レディ(でも暗くてよく読めないし、コレは自力で解読出来るような物じゃなさそうだわ)
レディ(上に帰ったら……そうね…アンドレイさんにでも聞いてみましょう)
巨漢亡者「ごえええええ!!」
レディ「!? コブラ!前を見て!」
コブラ「大丈夫!このまま突っ切る!」
ドガーッ!
巨漢亡者「ごえっ!」ドチャッ
コブラ「そら見ろ、スノボーしてるヤツの前に出てくるからだ」
岩持ちの巨漢亡者達「むおおぉぉ…」
コブラ「ありゃ、団体さんだったか」
レディ「怒らせちゃったわね。追ってくるわよ?」
コブラ「追わせとけばいいさ。どうせこっちには追いつけやしないよ」
混沌の病み人共「ぶぉおお…」シャカシャカ…
大ビル達「…」うねうね
羽虫の群れ「…」ブウゥゥ~ン
レディ「コ、コブラ?なんだか凄いことになってきたわよ?」
コブラ「ちょっと騒がしくしすぎたかな…」
飢えた亡者達「ぐおええええ!」
レディ「まだ来るわ!」
コブラ「やれやれそんなにスノボーが珍しいか!スラムのガキじゃあるまいし」
コブラ「ま、アパートを壊されたから怒ってるだけかもしれんがな!」
レディ「そんな事言ってる場合?この洞窟中の怪物が集まってるんじゃなくって?」
コブラ「だからいいのさ!こんだけ集まりゃサイコガンで一掃できる。お釣りのソウルも帰ってくるし一石二鳥ってところよ!」
修正文投下間に合わず
そんな馬鹿な…
ジャキン!
後方から迫る異形の集団へ向け、コブラはサイコガンを抜いた。
狙いを定めて発射するだけのわずかな時間だが、ボードの進行方向が無防備になる。
それを見越したボードの制御と、異形の集団へのヘイトコントロールはすでに万全であり、大事な時間を危機にさらさない程度の走行用の空間は、完璧に確保されていた。
どれどけ時間が掛かっても、照準に10秒、殲滅に10秒、使用できる時間が設けられている。
それだけあれば、平時でも目をつぶったまま的を撃ち抜けるコブラに、失敗する要因は無い。
ゴワァァーッ!
放たれた閃光は集団へ向かった。
ズドドドドドドドドド!!!
コブラ「おろっ?」
レディ「えっ?」
ドゴアアアーッ!!
しかし閃光が破壊したのは、不意に落下してきた瓦礫の塊だった。
異形達は皆、瓦礫の山に押し潰されて、コブラの消費したソウルを補填する。
コブラの狙いは達成されているし、被害も無い。
だだ、あまりに突拍子に過ぎた事態、もしくは事故を見てしまったために、コブラは少しの間、放心した。
ドゴオオォォン!!
貪食ドラゴン「ワギャアアアアアアアアアアアアアア!!」
コブラ「!?」
そのため、瓦礫の山の上に着地した、悪夢の塊のような怪物を見て本気で驚いてしまった。
コブラ「な、なんだアレは…」
レディ「コブラ!前見て!前ーっ!」
コブラ「え? どわぁーーっ!?」
ボゴーン!
見えない敵を撃てるコブラでも、見えず、しかも忘れている障害物をかわすことは出来ない。
白い灰が固まって出来た丘に、二人はボードごと勢いよく乗り上げ、丘に転がった。
ボードは真ん中から折れてしまい、一つはどこかに行ってしまった。
貪食ドラゴン「クゥ?」
巨大な竜は自身が降りた瓦礫の山に視線を下ろすと、小さな鰐頭の口から、割れた舌を出し、そして探知した。
瓦礫の下に埋まっている、異形だった者達の残骸が発する、香ばしい死臭を。
貪食ドラゴン「ギョアアアアアアアアアアアアアアア!!!」ズドーン!バリバリバリ…
竜は掘削機のように瓦礫に突っ込むと、翼だけを瓦礫から出して食事を始め、山の標高をみるみる内に下げていった。
コブラ「なんて野郎だ、死体と一緒に瓦礫まで食ってやがる」
レディ「先を急いだ方が良さそうね」
コブラ「それについては同感だが、進む方角がどちらも危険じゃ、今すぐって訳にもいかないぜ」
コブラ「根っこを拝借した巨木には、意味深な入り口があった。人工的に掘られたとしか思えない横道がね」
コブラ「だがその巨木は、あの怪物を超えたところにある。ヤツの図体と食欲を見る限り、サイコガン一発で片付くタイプとも思えない。恐らく三、四発は必要だろうな。だがそんなに撃てば…」
レディ「ソウルの回収が難しくなる?」
コブラ「その通り。そしてもう一方のそれっぽい横道は俺たちの真後ろにあるが、そっちにゃ例の霧が張ってる。いい思い出があれば喜んでくぐったんだが…」
レディ「多分、罠ね」
コブラ「そういうこと。つまり、あの怪物の顔色しだいさ」
ボコッ
ソラール「はぁ、はぁ、し、死んだかと思った……太陽よ、感謝いたします」
戦士「グズグズしないではやく行ってくれ!後がつかえてんだ!」
グリッグス「ああ…死んでしまった……ソウルも人間性も落としてしまった…もう一度死んだら、私は終わりだ……」ブツブツ…
ラレンティウス「エストを全部零しちまった!誰か分けてくれないか!?」
レディ「ソラールだわ!」
コブラ「良いところに来てくれたぜ。お仲間も増やしてるようだし、コレなら怪物退治も楽ってもんだ」
コブラ「おーいソラール!!さっさと来ないとバケモノに食われちまうぞーっ!!」
ソラール「おお、コブラか!みんな急げ!あの男のいる丘まで行けば何とかなる!」ザバッ バシャバシャ…
戦士「苔玉持っててよかった…」バシャバシャ…
グリッグス「苔玉が泥まみれだ!誰か交換してくれないか!?」バシャバシャ…
ラレンティウス「それならあんたのエストと交換だ。ほらよ」バシャバシャ…
グリッグス「ああ、すまない。君には後で礼をしなければならないな」バシャバシャ…
コブラ「やかましいヤツらだな、あれじゃバケモノの気を引くぞ」
レディ「泥に足を取られてるわ。あれで辿り着けるのかしら?」
コブラ「無理だろうな。ワイヤーの射程距離に入ったら、ここまで引き上げてやるとするか」
ガラガラガラ… ズズゥン…
レディ(あっ、瓦礫が…)
貪食ドラゴン「フシュルルル…」
コブラ「走れソラール!!ヤツはもうお前らに気づいてる!!急げーっ!!」
ソラール「えっ?」
貪食ドラゴン「ワギャアアアアアアアアアアアア!!!」
ソラール「走れーっ!!」バシャバシャ…
戦士「畜生!今度こそ食われるぞ!」バシャバシャ…
病み村の底、毒素を含んだぬかるみは、糞尿と腐った土だけで形作られてはいない。
大ビルの粘液、大量の虫の欠片、骨、そしてこの世に見捨てられた、数多の弱き不死達の腐肉が、ぬかるみに溶け込んでいる。
ゆえにぬかるみは、いつまでも粘りつき、触れる者を蝕むのだ。
ザボォン!!
竜の足が一歩、水のような音を上げてぬかるみを叩く。
膝下まで泥に浸かった男達の足取りは重く、歩くごとに体力が消耗されていくというのに。
コブラ「はやくしろ!!もう少しだ!!」
コブラの呼びかけに応えるべく、ソラール一行は歩みを早めようと精一杯努力した。
しかし勢いづけて足を振っても、振った方向へのぬかるみの密度が高まるせいで、余計に体力を奪われるだけだった。
ドボォン!! バシャアン!
竜の歩みは無情にも早まり…
クォアアア…
その大口は、四人の真上で開いた。
レディ「コブラ!!もう駄目よ!!」
コブラ「仕方ない!そんなにコイツが欲しけりゃくれてやる!」ジャキン!
コブラがサイコガンを構えると、ドラゴンは大口から剥いた牙の群れをしまい、後ずさった。
何かに怯えるように。
コブラ「へへ、そうかいコイツが怖いか。なんなら早いとこ帰んな。俺も撃たないにこしたこたぁ無いんだ」
緊張して、しかし口元の笑みは崩さないコブラは、わずかに優勢である事に確信を持った。
サイコガンに込められたエネルギーは輝きを強め、コブラの右腕に力が入る。
何者が、その優位を作り上げたのかも知らずに。
「騒がしいぞ」
ぬかるみとも岩壁とも見分けのつかない闇の中から、一人の女が歩み出た。
身体のラインは黒いローブで隠れている。
だがその透き通る声と、気品に満ちた足運びが、見る者にかの者が女であること
それもこの世にあっても稀なる美貌の持ち主である事を確信させたが、その魅惑にはまた、強大な影が纏わりついている事も、見る者達は感じていた。
それは威厳や力、神秘、もしくは業の類である。
黒いローブの女「病み伏す者達を喰らい、哀れな不死どもを喰らうなら、この地の不浄も受け入れたまえよ」
黒いローブの女「竜の末裔たる者には、それが相応だろう?」
コブラと竜の間に立ち、竜の目の前に立った女は静かに、しかし大空間の隅々にまで行き渡る神秘の囁きで、竜に語り掛ける。
竜は一瞬全身を震わせると、低い唸り声を上げて身をちぢこませたが…
貪食ドラゴン「フゴアアアアアアアアア!!!」ゴワッ!
逆上するかのように身体を広げ、黒ずくめの女におそいかかった。
竜の怒りは強く、恐ろしいが、この怒りは一種の行動爆発であり、追い詰められた弱者の振るう最後の抵抗だった。
ボゴオオォーーッ!!!
ソラール「うおっ!?」
コブラ「うあっちちち!なんだぁ!?」
黒ずくめの女の赤熱した掌から、柱のような炎の塊が放たれた。
炎柱は光線のように竜へ向けて伸び、その身体に激突すると、巨大な爆発を巻き起こして薄暗い大空間に一瞬の真昼をもたらした。
竜がいた瓦礫の山は粉々に砕け散って辺りに飛散し、ソラール達の頭上に灰となって降り注ぐ。
竜は硬い鱗に守られてはいたが、全身を真っ黒に焦がし、炭の噴いていた。
貪食ドラゴン「フゴッ…ゴオォォ…」ズズズ…ズズズ…
深手を負い、戦意を喪失した巨竜は、重々しく身体を引きずって大空間の石壁にへたり込むと、身体を丸めて静かになった。
黒いローブの女「浅ましい奴だ」
女はそう言うと、辺りを見渡し、唖然とするソラール達に語り掛けた。
黒いローブの女「お前達もだ。その者達を阻むな」
ソラール「?……なんの事…」
彼女はソラール達に語り掛けた訳では無い。ぬかるみに溶ける不死達を説いたのだ。
ソラール一行の脚から自由を奪っていたぬかるみが、引き潮のごとく浅くなり、平らな地面を覗かせた。
ラレンティウス「こ……これは…まさか…」
戦士「おいおい今度は魔女か!?」
グリッグス「いや、こんな魔法はどこにも無いはずだ…自然に働きかけ、操るなんて魔法は…」
ソラール「こ、これは一体……貴公は何者だ!?」
女はソラールの疑問には答えずに、コブラに顔を向け、口を開いた。
脳を溶かすような、神秘の囁きで。
黒いローブの女「お前は鐘を鳴らしに来たのだろう?」
コブラ「ああそうだ。出来れば君みたいな女性と一緒に鳴らしに行きたいね。フードを取って顔を見せてくれると尚うれしいんだが」
黒いローブの女「お前は不思議な男だ。不死でもなく、人の世の者でも無い」
黒いローブの女「しかし使命は帯びている。誰よりも重く、暗い使命を」
コブラ「………」
黒いローブの女「お前は何者だ?何故お前以外の者にも私の姿が見える?」
黒いローブの女「お前の発する力がそうするのか?時の歪みを合一させたのもお前か?」
コブラ「悪いが話が見えないぜ。俺はこの世界については新米なんだ。むしろこっちが教えて欲しいくらいだぜ」
話が平行の一途を辿ると悟った女は口をつぐんだ。
コブラは嫌な予感に背筋をざわつかせたが、二人の空気を破った者がいた。
ラレンティウス「ああ何てことだ!俺はなんて幸運なんだ!貴女をずっと探していました!」
大沼の呪術師ラレンティウスは、人生最大の幸福の中にあった。
黒いローブの女「なんだお前は」
ラレンティウス「あ、申し訳ありません。俺…私はラレンティウスと言います。その…まず言葉遣いの未熟さについて謝らせて下さい。俺にはそんな教養は無…」
黒いローブの女「なるほど。ザラマンと同じく、私の師事を求めているのだな。まぁ、火を見る者ならば、根源の火に憧れを抱くのも無理は無い」
ラレンティウス「それでは…」
黒いローブの女「だが、残念だがお前には才覚が無い。覚えられるものも有るだろうが、大成はありえんな」
ラレンティウス「そ、そんな待ってください!まだ俺の術も見ていないのに…」
黒いローブの女「術を見る必要は無い。お前の火を見れば分かる。お前には我らの火を得ることは出来ない。そもそも時の合一が無ければ、お前は私を見つける事も出来なかっただろう」
黒いローブの女「縁ある者か、才ある者、もしくは原初のものに似た火に照らされる以外には見えぬように、私達は己を律してきたのだからな」
ラレンティウス「待ってください!あまりに一方的すぎます!」
黒いローブの女「では聞くが、お前は何度かここに来たことがあるが、その時に私を見つけられたか?」
ラレンティウス「……それは…」
黒いローブの女「私はお前のすぐ近くで、お前を見ていた。篝火を点け、古箱から竜の鱗を取り、人食い女共に捕まって上へ連れていかれただろう?」
ラレンティウス「見て、いらっしゃったのですか…?」
黒いローブの女「そうだ。それで、私は見つかったか?」
ラレンティウス「………いえ……」
黒いローブの女「いいかラレンティウス。炎に近づき過ぎれば、炎に焼かれ炎に飲み込まれるんだ。お前が望もうが望むまいがな」
黒いローブの女「そんな者は見るに堪えないんだ。お前はそうはならずに凡庸に生きろ。火を大切に想うなら、尚のことな」
ラレンティウス「…………」
コブラ「まるで蝋の翼だな」
黒いローブの女「?」
コブラ「蝋の翼で太陽を目指したイカロスは、太陽の光を受けて溶けた翼と共に堕ち、破滅した」
黒いローブの女「そんな者はこの世にいないぞ。何かの例えか?」
コブラ「俺がいた世界に伝わる、おとぎ話と伝説の間にあるようなお話さ。もっとも、そのお話に含まれる安易なテクノロジー批判や文明批判とは、あんたの話は一線を画してそうだがね」
コブラ「あんたの話し方はむしろ教訓めいてる。まるで実体験みたいな迫真さだ」
コブラ「おまけにあんたは、実際にさっきの化け物をあっという間に追い払うような炎まで放って見せた。俺はああいうマジックパワーには疎いが、あの火柱を見ればどんな素人でも分かる」
コブラ「あんたは只者じゃない。それも鐘を鳴らす事や、不死の使命に関わるくらいの超の付く大物だ」
黒いローブの女「詮索好きだな……その考え方は、やめたほうがいい」
コブラ「自己紹介が遅れたが、俺はコブラっていう海賊なんだ。相棒のレディと一緒に稼ぎまくってるもんだから、詮索するのが習性になっちまってる」
黒いローブの女「それはどういう意味だ?族らしく私をねじ伏せ、拷問でもするか?」
ラレンティウス「!?」
コブラ「そんな野蛮な事を麗しのレディーにやったんじゃ、このコブラの男が廃る。やらないさ」
コブラ「それより、ここらに篝火があるんだろ?そこで少し話をすれば済むことだ。それに……」チラッ…
黒いローブの女「それに?それに何だ?」
コブラ「俺の知らない奴があんた以外に二人もいる。立ったまま身の上話をするにしても、ちょいと多すぎる気がするんでね」
黒いローブの女「………」
かつてぬかるみは無く、大空間が下水の一機構として機能していた時代、最下層からの汚泥を排水した石造りの大管があった。
管と最下層を繋ぐ道は今や塞がれ、後には管として機能した、石造りの個室だけが残っている。
その一室をある種の聖女が選び、のちの不死のため、そこに篝火を置いた。
しかし、篝火を囲むのは何も不死だけではないという事を、その聖女は予期していなかった。
ラレンティウス「不死になれたと知った時は、いっそ嬉しかった。これで原初の火を求めることが出来ると。それは呪術を知る者なら一度は夢に見る、憧れみたいなものでさ」
ラレンティウス「だから、あのお方に会えた時は天にも昇るような気持ちになった……なったんだが…」
ラレンティウス「思いもしなかったよ…まさか火に触れるどころか、俺には見ることも出来ないなんて…」
レディ「どんな物かも分からない物を求めるのって、そういう事よ。賭け事が好きじゃないなら、楽しいものじゃないわ」
ラレンティウス「…………」
ソラール「………」
グリッグス「…何というか、身につまされる言葉だな。私達のような探求者には厳しいかぎりだ」
レディ「あら、私達も探求者よ?専門は民俗学だけど」
戦士(変人は幸せ者だな。不死なんてただの終わりかけだぜ)
篝火を囲む四人の不死と一人のサイボーグは、紹介も兼ねた休憩を取っていた。
篝火の熱は暖かく心地良いが、その恩恵から外れたところ、湿った石に囲まれた円柱状の広いくぼみの中に、コブラと黒ずくめの女はいた。
コブラは壁に背をつけ腕を組み、女はコブラの立つ壁とは反対の壁元に立っている。
コブラ「やっぱり美人と二人っきりっていうのは心が躍るね。お互い黙っていても楽しくて仕方がない」
黒いローブの女「面白い皮肉だな。活気があった時代でも聞かなかったよ」
コブラ「そりゃどうも。話は変わるが、あんたは時がどうとか言ってたな。それについて色々と聞きたい事があってね」
黒いローブの女「ああ、時の合一についてか」
コブラ「それだよそれ!俺はファンタジーには疎くてね。もっとわかりやすく話してくれないと頭が混乱するんだ」
黒いローブの女「面倒だな」
コブラ「そこを何とか」
黒いローブの女「………はぁ、仕方のない」
黒いローブの女「お前が今いるこの地は、古い神々が棲まう、ロードランという名で呼ばれる巨大な力場だ」
黒いローブの女「ロードランは多くの者を集めて試練を与えると共に、その者達をより多く集める為に、多くの隣り合った世界を生み出し、その間を行き来させる手段を用意した」
黒いローブの女「ここまではいいか?」
コブラ「不出来な生徒でスマンが、その隣の世界だの試練だのは誰が何のために作ったんだ?」
黒いローブの女「作ったのは我々であり、古い神々だ。何故試練を課すのかは、今は決して言えん。知る者みなに王の封印が掛かっている」
コブラ「王の封印…」
コブラ(王…まさか…!)
コブラの脳裏に炎の奔流が浮かぶ。
その中で聞いた声は、コブラに使命を刻み、この世界に送り出した。
その者の姿は無かったが、言葉は確かに聞き、そして覚えていた。
かの者は名を名乗った。
我が名は薪の王、と
黒いローブの女「聞いてるのか?」
コブラ「ん?ああバッチリさ。かなりの耳より情報だったもんで、ビックリしちまっただけさ。まさか目の前に神様の使いがいるとはね」
コブラ「しかも天使にしては、あんたの声は魅力的すぎる。天使ってのはもうちょっとイジメっ子みたいな声だとばかり思ってたよ」
黒いローブの女「私は魔女だ。天使でも神々でもない」
コブラ「魔女なら納得だ。それにそっちの方が好みだね」
黒いローブの女「話を続けてもいいか?」
コブラ「ええどうぞ」
黒いローブの女「分かった。それで、時の合一というのは、隣り合った複数の世界が一瞬だけ重なり合う事を言う」
黒いローブの女「重なった世界の数がいくつであれ、重なり合っている間は、その世界は一つの世界になる。時は同じように流れ、変化も共有する」
黒いローブの女「だがそれはあくまでも一時的なものだ。決まった時間はないが、いずれは重なりが解ける。時の流れは分かたれ、変化はそれぞれ書き換えられるか、無かった事にされる」
コブラ「百年以上昔の伝説が現れたかと思えば、遥か未来の者が姿を現わすこともある……ソラールがそんな事を言ってたなぁ」
黒いローブの女「それだ。それが本来の時の合一だ。しかし、ここ最近で時の合一の本質が変わった」
コブラ「………」
黒いローブの女「全ての世界…全ての時が合一され、今だに離れない……」
黒いローブの女「そんな合一は初めてなんだ。恐らく、何か決定的な要素が発生しない限り、この合一は解かれることは無いだろう」
コブラ「時空のサラダボウルか。また珍しい事が起こったもんだな」
黒いローブの女「珍しい事だと?そうは言ってはいられないぞ」
コブラ「どうもピンと来なくてね。ピンチが多すぎてどのピンチに気をつければ良いのか、判断がつかないんだ」
黒いローブの女「なに、間も無く分かるさ。お前がここの鐘を鳴らせばな」
コブラ「ロードランの王様ってのは、ずいぶん勿体をつけるんだな。出し惜しみも過ぎれば客も飽きるって事を教えてやりたいぜ」
コブラ「で、ここの鐘はどこにあるんだ?あの白い丘の横穴の中かい?」
黒いローブの女「そうだ」
コブラ「それなら早いとこ鳴らしてネタばらしを食らわないとな」
コブラ「と、その前に腹ごしらえを済ませとくか」ゴソゴソ…
コブラ「おっ、あったあった。美味いといいんだが…」
黒いローブの女「それはキノコか?」
コブラ「素焼きのな」モグッ
コブラ「おおイケるイケる!美味いなこりゃ!」モグモグモグ…
黒いローブの女「品の無い食べ方だな」
コブラ「腹減ってんだからどうでもいいでしょお?そういう事は俺のお袋にでも言ってくれ」モグモグモグ…
コブラ「にがっ!あ~あ、生焼けを引いちまったか…」
黒いローブの女「………」ボボボボ…
コブラ「おっほほ!気が効くじゃないの!呪術ってのは便利なんだな」
黒いローブの女「火炎噴流だ。お前は才もあることだし、欲しいのなら教えてやらんこともないぞ」ボボボボ…
レディ「ローガン?いいえ、知らないけれど」
グリッグス「そうですか……本当にどこに行ったんだ先生は…」
レディ「でも名前だけなら聞いた事があるわ。確かビッグハットとか……あっ、彼なら色々知ってたわよ」
戦士「えっ?俺?知らないって。どんな奴かは聞いた事があるってだけで、行方なんて聞かれても分からねえよ」
グリッグス「うーん…」
コブラ「レディ、そろそろ出発だ。鐘が近いらしいぜ」
レディ「鐘ですって?どこにあるの?」
コブラ「ここを出て右手方向にある、白い丘の横穴にあるらしい。俺たちが座礁した所だ」
ソラール「俺たちも付いて行っていいか?これだけの戦力で旅を続ければ、万事上手くいくと思うのだが」
コブラ「そいつは俺としても願ったりだ。まぁ先にそこのお二人さんと自己紹介と行こうか。さっきはちょっとバタついちまったからね」
コブラ「俺はコブラだ。遠いどっかの国で海賊をやってる。彼女はレディだ。俺の相棒」
レディ「よろしく」
ラレンティウス「俺はラレンティウスだ。大沼で呪術を生業としていた。まぁ、昔の話だが」
グリッグス「私はグリッグスと言う。ヴィンハイムで魔法を習い、師を探し出してお支えするために旅を続けている」
コブラ「へえ、師匠を守る為に旅をしてるのか。変わった事してるなあんたも」
グリッグス「使命を全うする以外にも、不死というのは使い道があるものだよ。ソウルへの探求には特に都合がいい」
コブラ「探求か…確かに、時間は腐るほど余るかもな」
グリッグス「ハハハ…」
コブラ「あー、そういやアンタの名前を聞きそびれてたな」
戦士「え?お、俺か?いいじゃねえか別に…」
コブラ「なんだよいきなり人見知りになっちゃって、いいだろ?一度くらい名乗ったって減るもんじゃないんだしよぉ」
戦士「ああそうだよ!俺は人見知りなんだよ!これでいいか!」
コブラ「おい怒るなよぉ、俺はこう見えて傷つきやすいんだから…」
戦士「とにかく行こうぜ!さっさと使命なんか終わらして、こんな所からはおさらばだ!」
レディ「なんか変ね、彼…」
コブラ「スロットでも外したかな?」
ソラール「………」
ゲーム本編でも名前は無いです。心折れた戦士だけ本名への言及が無い=亡者化が進んでいて自分の名前を思い出せないから、紹介したくても出来ない。
という啓蒙です
エブリたそも、そういってゐる
何かに追い立てられているかのように歩き出した戦士を先頭に、ソラール、グリッグス、ラレンティウスが続く。
毒を持ったぬかるみは依然として病み村の底に沈殿していたが、不思議と四人の動線を避けるかのように、彼らは身をよじった。
炎の魔女の言葉もあるが、竜に泥をすすられた為に量が減った事が、ぬかるみに溶け込んだ亡者に、いくらかの動く自由を与えていた。
黒いローブの女「コブラ」
四人に続いて、灰の丘を目指して歩こうとしていたコブラとレディを、魔女は引き止めた。
コブラはレディを先に行かせると、ズボンのポケットに手を突っ込んで、魔女に向き直った。
それは人の話を聞く時の、彼特有な癖だったが、今は葉巻も無い。
コブラ「話ね。俺との事を考えてくれたって訳でも無さそうだが」
黒いローブの女「ああ、お前の事では無いよ。お前がこれから出会うであろう、私の姉妹たちについてだ」
コブラ「姉妹?そいつはいいな。道中退屈しないで済む」
黒いローブの女「真面目に聞いてくれないか」
魔女は語気を強める事も、叱咤する事も無かったが、コブラは口を閉じた。
彼女の神妙な雰囲気を感じ取ったコブラにとって、その雰囲気が今までどういう時に漂っていたのかなど、いちいち思い出す必要も無かった。
海賊として宇宙を駆け、他人からの頼みを多く受け、また断ってもきたコブラは、彼女が言おうとしている事がロクでもないものであると見抜いていたのだ。
黒いローブの女「かつて私には多くの姉妹たちがいた。だが、母様が見出した混沌の篝火からデーモンが生まれ、そのデーモンの炎から逃れるために、皆離れ離れになってしまった」
黒いローブの女「ある者は焼かれ、ある者は正気を失い、ある者は混沌を宿し、またある者は、混沌の苗床となった母様を鎮めるため、その身を楔へと変えてしまった」
黒いローブの女「おそらく、無事に生き残ったのは私だけだろう。そして、我ら姉妹の今を知る者もな」
コブラ「………」
黒いローブの女「コブラ、お前に頼みがある」
黒いローブの女「私の姉妹たちを、楽にしてやってはくれないか」
コブラは無意識に、ポケットの中をまさぐった。
しかし葉巻は無い。
コブラ「やっぱり殺しか…だと思ったよ」フフ…
黒いローブの女「すまない……本来なら、裏切り者の私がやるべき事なんだ。分かってる」
黒いローブの女「でも、私にはどうしても出来ないんだ…」
黒いローブの女「私はもう…臆病者になってしまっているから…」
コブラ「そんな事言われても俺だって嫌だぜ。俺は海賊であって殺し屋じゃないんだ。悪いが他をあたってくれ」
黒いローブの女「………」
コブラ「おおかた、長く苦しめるくらいなら、いっそのこと…って思ってるんだろうが、そいつは大きなお世話かもしれないぜ?」
コブラ「話を聞いてみりゃ、案外楽しくやってるって事もある。姉妹だからって、向こうが何を考えてるかなんて分からないだろ?」
黒いローブの女「お前は何も知らないから…そんな事が言えるんだ…」
コブラ「ああ知らないね。だが知りすぎているヤツってのは大抵、知っている物をイジりたがらなくなるもんさ」
コブラ「それはあんたも分かってるはずだ。それに、だからこそ俺に頼んだ」
コブラ「そうだろ?」
黒いローブの女「…………」
コブラ「なあに、ちょびっと口説いて、ダメだったらあんたの話も考えるさ」
魔女の願いに曖昧な応答を返したコブラは、先を歩いていたレディに追いつくと、四人の不死と共に灰の丘を登り、横穴に入った。
横穴の中は暖かく、壁は白い蜘蛛糸状の粘着物に巻かれた、いくつもの節くれで構成されていた。
ソラールが節くれの一つに触ると、節くれはかすかに脈打った後、冷えて固まり、その様子は蜘蛛糸の存在も相まって、横穴を進む一行に、蜘蛛に捕らえられた虫の断末魔を連想させた。
コブラ「きっしょくの悪い所だなぁここも。旅の勇者をちょっとはもてなせってんだよなぁ」
ソラール「確かに良い気はしないな。この壁は何で出来ているんだ?」
グリッグス「何かの繭にも見えるが…」
ラレンティウス「なんにしても知りたくないね。こういう物には、もう触らない方がいいぞ。何が入っているか知れたものじゃない」
戦士「………」
コブラ「それにしても横穴の先に見えていたのが糸だったとはね。白くてモヤモヤしてるもんだから、てっきり霧かと思ってた」
レディ「案外この先に本当にあったりしてね。ところでコブラ、さっき彼女と何を話して…」
戦士「静かにしろっ、何かいる」シャリッ
列の先頭を歩いていた戦士が、静かに、しかし素早く剣を抜いて構えると、コブラとレディを含めた旅の一行も戦闘体制に入った。
「ううぅぅ……」
道の奥から、うめき声とも祈りともつかない声が漏れている。
音の重なり具合から、複数の何者かがいる事は確かだった。
戦士「俺が先に行く。後から来てくれ」
ソラール「分かった。貴公も気をつけろ」
返事をしたのはソラールだけだったが、その場の全員がすでに身構えている。
戦士は返事を待つ必要も無かった。
ダッ!
戦士は突貫し、声の発生源に向かって剣を振り上げた。
そして一気に振り下ろし、声の主の首を飛ばそうとした。
しかし、戦士は躊躇した。
心擦り減らす過酷な旅とはいえ、敵かも分からぬ無力な者を斬るのには、やはり迷いが生じるのだった。
卵背負いの亡者達「………」ブツブツ…
蠢く大きな節くれを背負い、重みに潰されてもなお、掌をすり合わせ祈ることをやめない亡者達。
衣服はまとわず、卵から伸びた脈動する導管に全身を蝕まれている彼らは、一心不乱に祝詞を唱えている。
だが、無限とも思える時を唱えられ続けたその祝詞は、もはや言葉の体すら整えておらず、聞くものの耳に苦悶の声として届くのも、必然と言えた。
戦士を援護するべく駆けて来たコブラ達も、その様子には閉口し、切りぎりに声を漏らすだけだった。
コブラ「こいつは…」
ソラール「むごい…不死の身にこれでは…」
さらに、その亡者達の外見から誰もが連想する物は、コブラ達をさらに戦慄させ、特に不死達を恐れさせた。
戦士「引き返そう…ここは本当にやばい…」
ソラール「待て、考え直せ」
戦士「お前こそ考え直せ!見て分からないのかよ!ここがどんな所か!」
ソラール「分かっている…分かっているが、しかし…」
ラレンティウス「いや、確かにここは危険だソラール。嫌な予感がする」
ソラール「………」
戦士「俺は帰るぜ!もうたくさんだ!」
コブラ「まぁ待てよ。俺たちにはまだ卵が付いてないだろ?」
戦士「うるせぇ!このまま進んだらこいつらみたいに干からびて、ここの壁の一部になっちまうんだぞ!?それでビビらねえ奴は、亡者なんかよりよっぽど頭がいかれてるんだよ!」
コブラ「俺の頭はとっくの昔にイカれてるが、干からびた亡者なんて何度も見て来たことくらいは覚えてるぜ。何を今更怖がる必要がある?」
グリッグス「キミは不死についてよく知らないようだな……不死は死ぬたびに体が崩れていく物なんだ」
グリッグス「体は細り、脳は縮んでいく。そして骨すらも崩れ始めると、今度は骨片が灰になっていく。これがどういう事か分からないはずもないだろう」
コブラ「例えここが不死の末路の塊で出来ていたとしても、俺は引く気は無いぜ」
コブラ「もっと言えば不死に卵を産みつけて、余分なヤツは灰にしちまうような化け物がこの先にいたとしても、俺は進む」
グリッグス「………無謀だぞ」
コブラ「そう来なくちゃ面白くない。俺は賭け事が大好きなんだ。特に、イカサマをする瞬間がね」
コブラ「行くぞレディ。一儲けしようじゃないの」
レディ「ベットが少ないんじゃなくて?」
コブラ「つまんなくなったら、台をひっくり返すだけさ」
コブラとレディは、四人の不死を置いて先に進んだ。
ソラールは二人について行こうとしたが、ラレンティウスの言葉と、この場そのものに後ろ髪を引かれ、動けなかった。
勇気と蛮勇、信仰と賭けは、共通点はあっても同一ではないという事をソラールは知っており、その一線を超えないように日々心がけていたからである。
太陽への信仰心を他者にも求め、変わり者と呼ばれた、不死になる前の自分に戻らないように。
コブラ「あらまぁ、こいつはマイった」フワァ…
レディ「本当に私の言った通りになったわね」
二人の目の前に、霧が立ちはだかった。
そのうねりは、やはり若干の反発力を含んでおり、コブラの手を空気の揺らぎ程度の力で押し戻している。
コブラ「やっぱり女の勘ってのは凄いね」
レディ「どういたしまして。それで、入るの?それとも入らない?」
コブラ「そりゃ入るさ。コブラはバック出来ないんでね」ブォワアアァ…
その反発力を掻き分け、コブラとレディは霧を抜けた。
節くれの洞窟の先には、またも広い空間があった。
そこは楕円形の大広間で、四方の壁と天井は糸に巻かれた卵で出来ていた。
二人が潜った霧は楕円の両端の一方にあり、その反対方向には石積みの古城の一部を思わせる、丈の高い建造物が見える。
その建造物の出入り口と思しき横穴から、赤い光が漏れだした。
コブラ「さっそくお出ましか。勿体が無くていいねぇ」グン
徐々に強くなる光に応えるかのように、コブラは特大剣を抜いた。
光が発する熱は、数十メートル離れた石畳に立つコブラの髪さえもなでる。
そのコブラの頭の中を、グリッグスの語った不死の話がよぎった。
ガスッ ガシュッ ガツッ
光源が数多の脚を動かして、建造物の出入り口から姿を現す。
その者の姿は、コブラとレディの予想した物と、概ね同一と言えた。
太く長い外骨格の脚を複数本伸ばし、脚の付け根を束ねる胴体は、まさしく蜘蛛のものであり、然とした印象を、大小様々な複眼を持った頭部と丸くて大きな腹部が、更に強めていた。
コブラ「!」
しかし、コブラとレディの予想を超えた特徴を、蜘蛛は備えていた。
腹部から灼熱の炎を噴き上げている事よりも、おびただしい乱杭歯に満ちた大口を、蜘蛛の頭に開けている事よりも、その特徴は異彩を放っていた。
蜘蛛の胴体から生えた、黒髪の美女の上半身に比べれば、それらは些細な物にしか映らなかったのである。
少なくとも、コブラの眼には。
混沌の魔女クラーグ「………」フフッ…
見た目の上ではかすかなコブラの動揺を、混沌の魔女は既に見抜いており、そして勝ちを確信した。
哀れな供物が訳も分からぬままに燃やされ、吸い尽くされる様を、魔女は幾度も見てきた。
その道理を覆そうと足掻いた力ある不死も、幾人も灰へと変えてきた。
しかも、今度の獲物は見たこともない程のソウルと、その裏に潜むものを持っているのだ。
舌なめずりをせずにはいられない。
コブラ(なるほど…彼女が姉妹の一人という訳か…)
コブラ「レディ、気をつけろ。こいつは今までの奴とは違うようだ」
魔女は右掌から小さな火柱を噴くと、炎を固め、一本の異形の剣を作り出した。
そして語りかけるようでいて、その実、誰にも話しかけていないような、傲岸不遜な声を発した。
クラーグ「豊かな贄を運びし者よ。よくぞ我が前に現れてくれたな」
クラーグ「これほどの糧ならば、我が妹の病も少しは癒えよう」
剣に炎をまとわせ、魔女はコブラ達に近づいていく。
一直線に最短距離を歩きつつ、見下すような微笑を向けてくる彼女を見て、コブラも瞬時に魔女の本質の一部を見抜いた。
彼女には敵がいない。敵を敵と思った事も無く、全ての不死は彼女達の供物だったのだ。
そしてコブラの反骨心と子供心が、そんな傍若無人に口を出さない訳が無かった。
コブラ「泣かせるねぇ。化け物になっても血の繋がりは捨てられないって事か」
クラーグ「!!!」
コブラ「そういう本はバカみたいに売れるがね、歴史を作った試しがないんだ。俺みたいな海賊には不要だな」フフッ
魔女の身体は、混沌の炎に半ばまで飲まれ、変質している。
ゆえに纏うのは混沌の炎であり、本来彼女の持っていた魔女としての本質も、失われている。
その本質があれば、コブラの指に嵌められた『老魔女の指輪』の効力を見抜くことが出来ただろう。
そして、指輪を強めている、コブラの中にある未知の力の存在すらも。
クラーグ「フフッ……クククク…」
クラーグ「面白い…魔女の言葉を解するか…」
コブラ「なんの話か分からんね」ニッ
クラーグ「とぼけおって……まあ良い。その方がそそられる」
クラーグ「お前を殺し、そのソウルを見てみたい」ボォォ…
魔女の手に握られる魔剣の炎が、より強く輝きはじめる。
魔力の高揚に応え、力を増していく炎が、剣の刀身を伸ばしていく。
コブラ「さすがは魔女だ。そんな殺し文句を聞くのは、ここに来て以来初めてだ」
バフォオオーーッ!!
魔女が振り下ろした剣の炎は、天井を焼いてコブラの脳天を目指した。
しかしコブラはこれを回避し、踏み出した脚を軸にして、特大剣を振り回す。
ドゴオオン!
コブラ「うおっ!?」
その特大剣が蜘蛛の脚の一本を切り飛ばそうとした瞬間、蜘蛛の脚の爪先から爆炎が放たれ、特大剣を弾き返した。
それだけに留まらず、コブラの身体さえも宙に舞わせた。
ビシーッ!
吹き飛ばされたコブラは壁に背中を打ち付け、地に伏した。
レディは一瞬コブラの元へ駆け寄ろうとしたが、それより前にやらなければならない事に気付き、行動に移した。
ドガッ!
それは、魔女の注意を引きつけ、コブラに体力を回復する時間を与える事。
レディの上段回し蹴りは、魔女の人型としての腹部に向かったが、魔剣がその射線を遮る。
魔女に手傷は無く、彼女の唇は余裕を口にする。
クラーグ「お前も奇妙だ」
クラーグ「鉄の身体だが、そうではないな……人が鉄を真似ているのではない。鉄に人が宿っているのだろうな」
クラーグ「かつての私なら全てが見抜けたものを……口惜しいな」フフフ…
レディ「それには同意ね。あなたには私が何で出来ているかなんて分からないでしょう」
クラーグ「分からぬな。まぁ、殺して覗けば見えもしようが」
レディ「それも無理よ。あなたには何も見えない」
クラーグ「やらねば分からぬわ」ニッ
ブオオオーーッ!!
レディのこめかみを狙った魔剣は、またしても空を切った。
後方へ跳んだレディは、魔女の出方を伺う。
レディ「!! 待ちなさい!」ダッ!
だが、魔女の関心は再びコブラへと戻った。
地を駆ける蜘蛛は速く、アーマロイドの俊足を以ってしても、距離を維持するのがやっとだった。
コブラ「イテテテ…あやうくリュウマチになるとこだった」
軽口を叩きながら起き上がったコブラの足取りは、おぼつかなかった。
人間とは思えない強靭さを誇る男にも、無限の耐久力がある訳ではない。
視界はぐらつき、思考にも靄がかかる。耳鳴りも頭の中で響いている。
シャカシャカシャカシャカシャカシャカ!
その耳鳴りの音に、蜘蛛の這う音が混ざり、大きくなる。
コブラが見上げた先には、蜘蛛の大口があった。
ガチン!
コブラ「だっ!?」サッ
ガチン!ガチン!ガチン!
コブラ「まっ、待った待った!待ったぁっ!」サッサッサッ
ブオォン!
コブラ「ひえーっ!」バッ!
コブラの頭を噛み砕かんと、蜘蛛の大口は貪欲に口を開閉した。
牙を回避するために、コブラはスウェイとダッキングを多用し、全てを紙一重でかわしたが、その口撃に炎の刃まで混じりだしたあたりで、コブラは限界を悟った。
危険地帯から跳びのき、その後に少し走り、楕円形の空間の真ん中に陣取った。
コブラ「そういう熱いやつは、あんた自身の唇にお願いしたいね」ハァハァ…
壁際の攻防には魔女に分がある。
視界と行動範囲を広く取れる場所にコブラは移動したが、これは優位を取った訳ではない。
追い詰められているのだ。
ゴポゴポゴポ…
蜘蛛の大口の中から赤い光が漏れだす。
そこで、蜘蛛に追いついたレディの妨害が入った。
タン!
レディは蜘蛛に向かって高く跳ぶと…
バッ!
魔女の頭部へ向け、飛び後ろ回し蹴りを繰り出す。
魔女の二つの瞳はコブラを見ており、レディには気づいていない。
ブブン!!
レディ「!?」バシッ!
だが、不規則に密集した蜘蛛の複眼の一つに、レディの姿が映っていた。
蜘蛛は腹部を石畳に着け、そこを起点にコマのように回転し、レディの脚を弾く。
そしてレディが石畳みに落ちる前に、蜘蛛は回転力を利用してコブラに向き直り…
ゴボボォン!!
コブラ「!!」
大口から、どろりとした炎の塊を吐き出した。
塊はコブラには当たらなかったが、コブラの前後左右を取り囲むようにして地に落ち、高温を発した。
石畳を溶かし、溶岩溜まりを作るほどの高温を。
ゴワァーッ!
魔女が渾身の力を込めて放った炎の刺突が、コブラの眉間を打ち抜く瞬間、コブラの額が消えた。
火の海と突きを回避する手段は、ワイヤーフック以外には無い。
だが、天井で宙吊りになったコブラは、ますます追い詰められていた。
コブラ「うっ…ごほごほ…」
溶けた石から立ち昇るガスが、コブラの肺から酸素を奪っていく。
そして代わりに有毒な物を、肺を通してコブラの血中に混ぜ込み。弱らせる。
だが、コブラの意識が消えるよりも早く、コブラの身体は水膨れに包まれた死体になるだろう。
数メートル離れたからといって、石を溶かすほどの高熱から逃れたとは、とうてい言えないのだから。
コブラ(くそう、なんてこった……これじゃローストコブラになっちまうぜ……)
コブラ(息は吸えないし、かと言って降りることも出来ない)
コブラ(ワイヤーフックの巻き取りの出力も、重力を無視して一直線に俺を引っ張るほど強くはない。天井に引っかかったフックを外して壁に撃ち直しても、マグマにドボンだ)
コブラ(
クラーグ「…………」
コブラ(魔女さんよ…出来る事なら俺を燃やしに近づいて来てくれないかね…)
コブラ(そしたらアンタに跳びついて、漢方薬にならずにアンタと戦えるんだがな)
クラーグ「燃え尽きるがいい」ニッ
コブラ「!!」
魔女は嘲笑を含めた微笑みでそう言うと、ゆっくりとレディの方へ振り向いた。
そして剣の炎を整えながら、レディに近づいていく。
コブラ(とんだ悪女に引っかかっちまったもんだな……伊達に不死の燃えカスで巣作りしてた訳じゃないって事か………)
コブラ「ごほっ!」
コブラ(眠くなってきた…)ゼェゼェ…
コブラ(もうヤケだ。手負いのコブラを放っておいたツケを払わせてやる)ゼェゼェ…
ブォン!! ゴオオッ!!
レディ「くっ!」ババッ
振り回される魔剣に翻弄されながらも、レディは回避に専念する事で辛うじて無傷を保っていた。
横振りが来たら身を屈め、縦振りには横飛びをし、袈裟斬りが降りかかったならば、転がるように跳んだ。
魔女の剣戟は正確では無かったが、その切っ先はことごとくレディの逃げ場を断ち、彼女から行動の選択肢を奪っていった。
クラーグの剣勢は戦いの為ではなく、狩りの為にある。逃げ場のない空間で獲物を捕まえるには削る戦いこそが必要であり、一撃必殺に用は無いのだ。
クラーグ「ウフフフ…」ヒュヒュン!
レディ「あっ!」ガッ!
間隔が無く、単調な剣戟にレディが慣れ始めた頃に、クラーグの剣がレディの足首を捉えた。
振り回しから一転、素早い突きに剣戟を変えたクラーグに、レディは対応出来なかったのだ。
ガキィン!!
レディ「!!」
クラーグは転倒したレディを蜘蛛脚で捕らえると、レディの頭を石畳に押し付けた。
次に剣を高く振り上げ、レディに再び微笑を向ける。
まるで粗相をした使いを、主が悪戯に処刑するかのように。
クラーグ「我らが糧となれ」
クラーグがレディに宣告をすると…
ドブッ
クラーグの背後で鈍い音がなった。
クラーグ「奴め、もう落ちたのか」フフフ…
レディ(コブラ…)
クラーグは勝利を確信した。
哀れな勇姿が死に、目の前の奇妙な女も灰塵に帰する。
その事に優越感と、一抹の罪悪感を覚えながら。
ガスッ
クラーグ「?」
だが、剣を振り下ろそうとした瞬間に、小さな棘でチクリと刺される感覚が、クラーグの蜘蛛の腹部に生じた。
クラーグはレディを脚で押さえつけたまま、上体をねじって背後に目を向けた。
クラーグ「なっ!? き、貴様!!」
視線の先には、溶岩の光に下から照らされながら、蜘蛛の腹部へフックを飛ばしたままの体勢のコブラと…
コブラ「かわいいねぇ、そういう顔も出来るんだな」ニィッ
そのコブラのブーツ裏に敷かれた、一本の特大剣があった。
溶岩に浮く特大剣に乗ったコブラは、不敵な笑みを浮かべていた。
黒騎士の特大剣には、ある加護が元より施されている。
加護は際立って強いという訳でもなく、時の経過で半ば力を失っている。
しかし残滓を残すのみとはいえ、この特大剣は熱の類を寄せ付けず、溶岩にすら溶け込まない、ある種聖剣とさえ言える遺物なのである。
コブラはもちろん剣に施された術の存在など知らない。しかし、コブラには加護がもたらされていたのだ。
キュルルル! ボボォン!!
最高出力でワイヤーを巻き取るリストバンドに牽引され、コブラは溶岩の上をサーフィンし、跳ねた。
ブーツの裏は熱で溶けはじめていたが、その融解がブーツと剣を癒着させ、コブラだけが魔女に向かってすっ飛んでいく事態を防いでいた。
しかし、断熱加工が施されたブーツとはいえ、靴裏が溶けるほどの熱をカットし続ける事は出来ない。
ドカーーッ!!
クラーグ「!!」
コブラの体重が乗った特大剣は、クラーグの蜘蛛の腹部を飛び越し、クラーグの人としての腹部を、背中から貫いた。
貫通の衝撃でコブラは特大剣から剥がれて地面に落ち、その顔に血を被った。
バシャバシャバシャバシャ…
灼熱の大剣に貫かれたというのに、魔女の血は熱くなく、炭の香りも発していない。
魔女の負った深手は、魔女からレディを抑えつける力すら残らず奪い去ってしまった。
レディ「コブラ…もうダメかと思ったわ…」
コブラ「ああ、俺もさ」
ドスーン…
蜘蛛の脚は力なく崩折れ、重い胴体を石畳に押し付ける。
魔女は口と腹部から血を吹くと、血まみれの大剣を抜こうと刃に手を掛けた。
しかし、出血と痛みが魔女から力を奪っているため、魔女は剣をひと撫でする事しか出来なかった。
そして失血の勢いが弱まるにつれ、魔女の身体には震えが走りはじめる。
クラーグ「ば……馬鹿な………こんな、ことが……」ガクガク…
コブラ「足元を掬ってやろうと待ち構えるヤツの足ほど、掬いやすいものは無い。いい勉強になったろ?」
魔女は苦痛と混乱に顔を歪ませながら、勝ち誇るコブラに顔を向ける。
だが、もう一度血を吐いた魔女は、コブラ達に大剣の刺さった背を晒して、蜘蛛脚と蜘蛛の腹を這いずらせた。
楕円の両端の一方、魔女が姿を現した石の構造物へ向かって。
クラーグ「はぁ…はぁ…」ズズッ… ズズズ…
コブラ「………」
ソラール「わああああああああああああああああ!!」
戦士「うがああああああああああああ!!!」
ラレンティウス「うおおおおおおおおおおおお!!」
グリッグス「う、うわああああああああああ!」
突然、四人の不死が威嚇ともヤケとも言える咆哮を上げて、楕円形の空間に突撃してきた。
だが彼らの勢いは数秒も持たず、あっという間に沈静した。
戦いが終わった場に戦いは起こらず、恐怖は無いのだから。
ソラール「あ、あれ?なんだ?」
戦士「終わっ……てる、のか?」
コブラ「やれやれ、パーティーの終わりぎわに来るんじゃ、まるで片付け泥棒だな」
戦士「! 暑っつ!なんだよここ、溶岩が噴いてるじゃねえか…」
コブラ「そいつは魔女が撒いた炎だ。湧き出してるものじゃ無いから、ほっときゃ冷めるさ」
ソラール「魔女?……あの蜘蛛の事か?遠くでへばっているあの…」
ソラールに指さされた魔女は、動かなくなっていた。
だが依然と炎をまとっており、それがコブラに、魔女は今動けないだけなのだという事を伝えている。
楕円の両端に張られた霧も、晴れていない。
グリッグス「まさか、倒したのか?たった二人で?」
コブラ「ああ。出来れば口で堕としたかったがね」
グリッグス「?…クチで?…何を言ってるんだ?」
ソラール「たまにそういう事を言うんだ。気にしてもしょうがないぞ」
ラレンティウス「………」
コブラの軽口にグリッグスが首を傾げている間に、ラレンティウスは突っ伏して震える大蜘蛛に近づいていた。
もちろん、手の炎を強めて、いつでも火炎を発せられるように構えてはいる。
だが、ラレンティウスの心の内には、介錯の慈悲や警戒よりも先に、好奇心が立っていた。
炎に魅せられた大沼の者にとっては、炎をまとう蜘蛛は具現した神秘なのだ。
ラレンティウス「うおっ!?」
ソラール「なんだ?生きてるのか!?」
だが、ラレンティウスが思うよりもずっと、神秘というのは惨たらしく横たわっていた。
三人の不死は、呪術師と蜘蛛の元へ駆け寄るが、コブラはついて行かず、手首のバンドを弄っている。
レディは屈んで、魔女の炎にはたかれた自身の足首の状態を診ている。
グリッグス「!? こ、これは…?」
ソラール「大変だ………みんな手を貸してくれ!蜘蛛から彼女を引きずり出す!」ググッ
クラーグ「!!」メリメリ…
戦士「待て待て待て!腹に剣が刺さってる!ゆっくりやらないと傷口が開いちまうぞ」グッ…
戦士「…ん? あ、あれ?」
ソラール「どうした?抜けないのか?」
戦士「こいつ、蜘蛛とくっついてるぞ…」
ソラール「は?」
戦士「ていうかこの剣コブラのじゃねえか!みんな構えろ!こいつは魔女だ!」シャリン
ソラール「お、おう?」シャリ…
剣を抜くのに躊躇しているソラールを、戦士は焦りを込めた目で睨んだ。
その隙をついて、ラレンティウスが戦士と魔女の間に割って入った。
コブラはリストバンドの『設定』を終え、レディと共に四人の不死に近づいていく。
ラレンティウス「ま、待ってくれ!剣を抜く前に考える事があるだろ!?」
戦士「ああ考えたね!だから殺す!お前の炎の探求に付き合えるほどの余裕は無いんだよ!」
戦士「この巣を見ろ!さっきの魔女は俺たちを助けたかもしれないが、こいつは不死の灰で巣を作って亡者に卵産みつける化け物だぜ!?今殺さないと俺たちが壁になっちまうだろうが!」
ラレンティウス「し、しかし…!」
戦士「うるせぇ!そこをどけ!」
コブラ「いいや、もっと考えた方がいい」
戦士「!」
コブラに呼び止められた戦士は、口論をやめてコブラを睨んだ。
その視線には明らかな抗議の意と、呆れが含まれている。
だがコブラは身を引かない。巣の外で出会った女に、送った言葉の証明がしたいのだ。
戦士「またあんたかよ。今度はなんだってんだ?」
コブラ「何って、口説くのさ」
戦士「また訳のわからん事を……いいか?今までは上手くいったかもしれないけどな、そんな事は俺に言わせりゃ…」クドクド
戦士が愚痴をコブラに吐きつけるが、それを無視しつつ、コブラは魔女に向かって左手をかざすと…
ピッ
魔女「っ!」トスッ
ラレンティウス「あっ」
リストバンドからワイヤーを飛ばし、魔女の肩に刺した。
呪術師が小さく声をあげるが、コブラの行動に迷いは無かった。
パリッ!
放たれたワイヤーを通して、魔女の身体に通った衝撃は、あくまで弱く、目立たなかった。
だが、弱った魔女から意識を奪うのには、それで十分だった。
魔女「……」カクン
コブラ「ただし、今は辞めとくがね。美人を誘う時はムードを作っておかないとな」
サイコガンに込めるエネルギーには調節が効く。
極限まで強めれば星を破壊し、最小まで弱めれば麻酔効果を持つのみに留められる。
そのエネルギーを、サイコガンから義手を通してリストバンドのワイヤーに纒わせれば、無制限に使えるテーザーガンが完成する。
しかし、コブラはその仕組みを不死たちに説明する気は無く、不死たちも、単なる毒針としか見なかった。
ラレンティウス「……殺したのか?」
コブラ「生きてるよ」
グリッグス(えらく即効な麻酔だな……しかもこんな魔女までも眠らせる程とは、どこの工房で調達したんだ?)
ソラール「さっきから話が読めないんだが、何がどうなってるんだ?」
戦士「俺に聞かないでくれよ。俺にだってコイツのやってる事が分からねえんだから…」
レディ「見て、霧が晴れているわ」
魔女がうな垂れて数秒が経つ頃には、楕円形の空間の出入り口を覆っていた霧は、消え始めていた。
そして、レディが指差した石の構造物は、向こう側の景色を、出入り口から覗かせていた。
コブラ「なるほど、やっぱりそういう事か」
レディ「そういう事って?」
コブラ「二体の魔除け像を倒したあたりから気になってたんだ。思った通り、この試練のキーパーソンにのみ、霧を制御する事が許されているみたいだぜ」
レディ「これも魔法のなせる技って事なのかしら」
コブラ「さあな。なんにせよ、手玉に取られてるみたいで良い気はしないがな」
コブラ「さてと、彼女が起きる前に、妹君に謁見するとしようか。鐘なんかより俄然興味をそそられるってもんだ」
レディ「まぁ、コブラったら」フフフ…
ソラール「妹君?本当になんの話かさっぱり分からないんだが…」
ソラール「なぁ、貴公は何か知っているか?」
戦士「だから知らねえって!いちいち俺に聞くな!」
コブラは構造物に入ると、視線で物色するかのように、辺りを見渡しながら歩みを進めた。
だが目ぼしいお宝は一つも無く、見えるのは朽ちた石畳と、朽ちた石壁。それに角の丸くなった階段と、卵で出来た節くれだけであった。
コブラ「はーあ、近頃ろくなモノ見てないぜ。いかにもお宝って感じのヤツはないのかねえ」
レディ「お宝なら外の沼で取ったじゃない。それに、お目当の美女にも何人か出会えたのではなくって?」
コブラ「堅っ苦しい魔女に、顔をチラッとしか見せてくれない魔女。あと蜘蛛の脚を生やしたサドっ気たっぷりの魔女だろ?お預け食らってるようなもんだ」
コブラ「ハイレッグスーツが懐かしいぜ。脚とお尻ぐらい見せてくれたっていいと思わないか?スタイルだって悪くないのに、二人は全身を隠して、あとの一人は女郎蜘蛛だ。俺への風当たりが強すぎるんだよ」
レディ「文化が違うのよ。仕方ないわ」
ソラール「……その言いぶりでは、まるで貴公らの世界では丸裸が普通かのように聞こえるんだが…」
コブラ「おっ!見ろレディ!鐘だ!」
文句たらたらなコブラの前に、古びた釣鐘が不意に現れた。
鐘の前方の床には、卵に縁取られた落とし穴が穿たれているが、左右に迂回路も確保されており、落下の心配は無い。
コブラ「やれやれ、ようやくゴールか」ふー
戦士(本当に着いちまった…)
ラレンティウス「なぁ、鐘を見た事が無いから言うんだが、これがあの『鐘』なのか?」
コブラ「ああ、間違いなくな」
ラレンティウス「それにしては…なんと言うか、無造作な様じゃないか?」
コブラ「伝説なんてそんなものさ。見れば日常になる」
コブラ「じゃ、鐘はあんたらで鳴らしといてくれ。俺には重要な任務があるんでね」
ソラール「えっ?」
コブラは、ソラールの肩をポンと叩くと…
タッ
ソラール「あ!」
不死たちが止める間も無く、落とし穴に飛び降りた。
コブラ「よっとくら!」スタッ
ソラール「おい!何してるんだ!?それは見るからに罠…」
コブラ「蜘蛛ってのは巣の真ん中、もしくは一番奥に陣取る生き物だ」
コブラ「そして、この穴は建物の中心部にある。ど真ん中でしかも奥ってコト」
コブラ「それにここは罠じゃないぜ。広場になってる。罠なら今頃、俺は串刺しだ」
コブラ「レディ、キミも来るか?」
レディ「当然よ」スタッ
コブラ「そういうことだ。あとは任せたぜ!」
タッタッタッタッ…
ソラール「………」
グリッグス「なんて無茶苦茶な男だ……何を考えている?」
戦士「頭がおかしいんだよ。俺には分からんね、どうやったらここまで能天気になれるんだかな」
ラレンティウス(俺もついていくべきだろうか…)
コブラが落ちた穴の先にあったのは、同じ石造りではあったものの、今までのものとは違った特殊な空間だった。
円形の部屋からは、階段と、赤い光を漏らす出入り口が設けられており、小部屋の床の中心部には、青銅に似た金属で作られた、巨大な蓋とも盾ともつかない装飾が施されている。
宝石の類は無い。しかしその様相が、この部屋の持つ役割を二人に推察させた。
コブラ「見ろレディ。ここはチェックポイントらしいぜ」
レディ「そのようね。階段とあそこの横穴を繋ぐだけなら、この広場は必要ないわ」
コブラ「ああ、ただの通路にしてしまえばいい。つまり、ここには最低でも三つの出入り口が通っているはずだ」
コブラ「すると、まず怪しいのは…」
コブラ「ここだっ!」ピョン
巨大な装飾に飛び乗るコブラ。
しかし、何も起きない。
コブラ「なんだ?魔女の館なんで呪文を唱えよってか」
コブラ「オープンセサミ!」
コブラは呪文を唱えた。
しかし、何も起きない。
コブラ「ちぇっ、はずれかぁ」
レディ「………」トントン…
コブラが遊んでいる間に、レディは石壁を叩いて回っている。
レディ「………」スカッ
レディ「! あったわコブラ!ここよ!」
その手が壁の中を抵抗無く通過した時、壁の一部を覆っていた幻は掻き消えた。
幻があった場所の先には、卵で作られた一本の横穴が通っており、その先に卵を背負った亡者が伏せっていた。
その亡者の更に先には、篝火が焚かれている。
コブラ「ホログラムか。それにしちゃ嫌に精巧だったな。俺でも見分けがつかなかったぜ」
レディ「亡者がいるわね。どうするコブラ?今の所、道は三つよ」
コブラ「こっちに行こう。もともとあった道より、新しく見つけた道を行く方が気が楽で良い」
横穴を進む事に決めた二人は、卵背負いの亡者の手前まで歩いた。
亡者は突っ伏したまま動かず、声も上げない。
コブラ「レディ、こいつをどけるぞ。手伝ってくれ」
その亡者をどかそうと、二人が亡者の脚に手を掛けた瞬間…
ゴオオオォォーーーン… ゴオオオォォーーーン…
使命の鐘が鳴り…
卵背負い「鐘が鳴ったか……」モゾッ…
コブラ「でっ!?」
亡者は身をよじり、天井を見上げた。
卵背負い「叶うなら、この音色はわしが灰となるまでは、響かずにおいて欲しかった…」
虫のように両手足を動かし、卵の重さで膨れた腹を揺らしながら、亡者はコブラに振り向いた。
崩れた皮膚には血管が張り巡らされ、卵が揺れると、それらは合わせて脈動している。
脈動する血管は顔にも現れており、血管が動くたびに、その上を走る涙もまた、筋道を増やしていた。
卵背負い「お主ら、姉上様を殺したのであろう……」
震える声で亡者は言う
卵背負い「でなければ、ここには来れぬ……」
コブラ「まるで俺達が悪党みたいな言い方だが、今回に限ってはそうも…」
卵背負い「黙らんか!わしを殺すならやるがいい!だが姫様には手出しはさせん!」ガシッ
コブラ「よ、よしなよ!あんた少し悪趣味が過ぎてるぜ!」グイーッ
興奮した亡者の耳には、コブラの弁明は届かない。
鬼気迫る表情でコブラの脚にしがみつく様は、亡者というよりは餓鬼に近く、これにはコブラもたじろいだ。
レディはやむなく、コブラの背中から特大剣を抜くと、刃を上段に構える。
しかし、しわがれて、それでいて透き通った声を聞き、レディは剣を収めた。
「誰かそこにいるの?」
篝火が焚かれた部屋から聞こえるその声は、弱々しく震えていた。
卵背負い「!!…な、なんと……姫様が口を利きなされた…!」
「姫様?……それは何のことなの?……私、わからない…」
コブラ「怪しい者じゃありませんよお姫様。少しお茶でもと思いましてね」
卵背負い「何を言うかお主は!姫様、この男の言うことを聞いてはなりませぬ!」
ガッ
卵背負い「ぶっ!」
美女との関わりの予感がすれば、コブラの行動からはより一層に迷いが消える。
亡者の背負った卵を踏みつけ、コブラは天井高く飛び上がった。
亡者は顔を石畳に打ち付けたが、コブラは気にしない。
スタッ!
コブラ「なるほどぉ、こりゃお姉さんも心配するわけだ。君みたいな凄い美人が妹だと、さぞ大変だろうぜ」
降り立ったコブラの前には、病床に伏せった美女が座り込んでいた。
陶器のように白い肌に、薄っすらと浮き出た肋骨が痛々しく、身体は細く、髪は白銀色のシルクのようだった。
だが、姉と同じくヘソから下は大蜘蛛と化しており、白い糸に巻かれ、卵に囲まれていた。
混沌の娘「貴方は誰?……そこにいるの?」
娘は手を伸ばし、コブラの肩や厚い胸板に触れる。
指の動きはたどたどしく、正体を掴めないようだった。
コブラ「!」
薄く開かれた両の眼には、白く濁った瞳が浮かんでいた。
コブラ(目が見えていないのか。それに血色も悪い。蜘蛛も白くなっちまって、まるで抜け殻だ)
コブラ(気の毒だが、俺のソウルを吸収してどうにかなるようには見えないな…)
混沌の娘「姉さんが人を連れてくるなんて初めてだわ…それも三人も…」
混沌の娘「きっと、いいことなのでしょうね」
コブラ「三人?このジイさんは勘定違いじゃないかな」
混沌の娘「?」
卵背負い「お気になさりませぬな。今までわしらの声は、貴女様には届かなんだ。お目も見えぬのですから、わしらなぞ居らぬも同じですじゃ」
卵背負い「それにしても、なぜ急に、わしらの声をお聞きに……いえ、言葉を話すようになられたのですか?」
混沌の娘「私は、いつものように話しているだけです……聞こえていなかったの?」
卵背負い「はい。わしはてっきり、わしら如き不死が、高貴な貴女様に口を効いてはならぬのだとばかり…」
混沌の娘「そんなつもりは…」
卵背負い「! いけません、忘れておりました!この者達はわしが退治して…」
コブラ「ははーん、そうか分かったぞ」ギューッ
卵背負い「あいちちち!い、痛いっ!手を踏むんじゃない!」
レディ「何が分かったの?」
コブラ「姫様。この巣の外で、君の姉妹に会ったんだが、その時にこう言われたんだ」
混沌の娘「姉妹…」
コブラ「お前の力が、私を感知しているのかってな」
混沌の娘「貴方の力?…確かに、貴方からは強い力を感じる。まるで…」
コブラ「でも俺には何の話か分からないんだ。ここに来るまでにソウルを溜め込んではいるが、そのソウルが自動翻訳機なんていう代物になるとは思えない」
コブラ「つまり、俺のソウルは原因じゃあない。すると、俺の心当たりは…」ゴソゴソ…
コブラ「コイツだけになる」スッ
レディ「指輪ね!」
コブラ「そう、多分こいつのイタズラだ。触ってみるかい?」
混沌の娘「う、うん…」
混沌の娘「!! これをどこで…?」
コブラ「俺には君の姉妹以外にも魔女の知り合いがいてね。その知り合いから貰ったんだ。なんでも、使い道が分からないそうだ。コイツがなんだか分かるのか?」
混沌の娘「これは……私たちの指輪……どこにいても絆が別たれず、誰にも縁を傷をつけられないように、皆が持っていた」
混沌の娘「でも母が混沌の火を産んでからは、私たちも、指輪も、本来の魔力を失ったはず…」
コブラ「その力ってのは?」
混沌の娘「魔女と人の言葉を分け、時を操ってお互いの姿すら隠してしまう力があるの。この指輪が私達の手にある限り、私達の意思で人との関わりを意のままに出来る」
コブラ「つまり、魔女がこの指輪を使えば、人間は魔女に出会えないし、出会えたとしてもお喋りは厳禁って訳か。独身指輪の頂点だな」フフッ
混沌の娘「でも、おかしいの……これは私達にしか使えないはず……」
混沌の娘「まさか…」
混沌の娘「まさか、姉さんは…」
コブラ「それについても話そうと思ってたんだ。君のお姉さんは…」
混沌の娘「殺した……殺したのね…!」
コブラ「おいおいおいおい勘違いしないでくれ。俺はそんな事…」
混沌の娘「だって…だってそうじゃなきゃ…おかしいじゃない…!」フゥフゥ…
卵背負い「この悪漢め!ただではおかんぞ!放せ!」
白い魔女は激しく動揺し、呼吸を乱し始める。
コブラの足元で暴れる亡者の抵抗は激しくなるが、レディが卵を押さえつけると、苦しげに顔を歪ませて黙った。
とうのコブラは、泣き出した魔女を見て動揺した。護られた、病弱な美女の涙を茶化せるほど、コブラはー軽薄ではなかった。
混沌の娘「姉さん……!」
コブラ「話を聞いてくれないかね……姉さんは生きてるよ。まぁ確かに、灸はすえたかもかもしれんが…」
混沌の娘「そんなの嘘!あの指輪を使えるのは私達だけ!その指輪を貴方が使えるのなら、貴方は一度、魔女のソウルを宿しているはず!」
混沌の娘「姉さんを殺さないと魔女のソウルは得られない!貴方が…!」
混沌の娘「貴方がっ……けほっ、うぅっ…」ハァハァ…
レディ「ちょっ、ちょっとコブラ、どうするの?」
コブラ「…どうしましょ……」
ドダダダダダッ…!!
戦士「コブラ逃げろ!やばい!」ゼェゼェ
コブラ「?」
脂汗を流すコブラの背後で、数人の人間が転げ回る音が聞こえた。
振り向いたコブラに戦士は声を張り上げるが、語彙が足りないせいか伝わりが悪い。
戦士には言葉を厳選する余裕は無かった。そして、病んだ白い魔女が、有害か無害かを見分ける時間も。
戦士「 って、こっちも蜘蛛の魔女かよ!引き返せ!」
グリッグス「引き返せってどこに!?」
ソラール「挟まれたのか!?」
ラレンティウス「こりゃ消し炭だな…」
戦士「うるせえこの野郎!」
シャカシャカシャカシャカシャカシャカ!
戦士「わあああああああああああああああ!!」
戦士を含め、四人は悲鳴を上げたが…
戦士「あ!?」
足音の主は、天井を駆けて四人の真上を通り過ぎ…
クラーグ「………」ドスーン!
憤怒の表情でコブラの前に降り立った。
コブラ「………」
レディ「問題解決ね」
極限まで緊張状態が高まるはずだった場に、レディの言葉が小さく響いた。
クラーグ「貴様……」
混沌の娘「!」
コブラ「よく効く胃薬を持ってるんだな。腹の傷が塞がってる」
髪を逆立て、目を血走らせたクラーグの負傷は、完全に癒えていた。
纏う炎は強く、火の粉が羽虫のようにクラーグの人間の腹部に群がっている。
右手に持った魔剣は炎を侍らせ、左手にある黒騎士の特大剣は、赤く熱されている。
クラーグ「我が血族を脅かし、五体を残して行けると思うな」
クラーグ「炎を浴び、贄となって生きるがいい!」ブワッ!
戦士「う、うわぁ!!よせーっ!!」
その両手に持った剣を胸元で交差させ、二刀を眩く輝かせたクラーグ。
彼女は、まさに自身を火の玉と化さんとしていた。
混沌の娘「姉さん、待って!その人と話をさせて!」
だが、クラーグの怒りの炎は、彼女の妹の言葉を前に呆気なく鎮静した。
クラーグにとっても、妹の言葉が全てという訳では無く、庇護と愛情の対象ではあったが、服従し、全てを許容してもいいという訳では無かった。
そのような関係などを度外視した、単純な疑問が炎を消したのだった。
クラーグ「………なに?…何故だ?」シュウウウウ…
混沌の娘「この人は、姉さんを殺してないと言った……そして、それは本当だった」
混沌の娘「それに…いつでも私を殺せるはずなのに、私は傷ついていない…」
コブラ「そ、そうそう!俺はもう人畜無害を絵に描いたような男でね!このとおり…」
クラーグ「おだまり!!」
コブラ「おーこわ……」
混沌の娘「とにかく……私達が思っているような人じゃないような気がするの…」
クラーグ「………」
気を削がれたクラーグは、しかし殺気をまとった視線でコブラを睨みつける。
コブラは背中を丸めてハンズアップの姿勢を取っており、レディも背筋を伸ばしてはいたものの、両手を上げて降参の意を示している。
そのボディーサインの意味する物などクラーグは知らなかったが、無防備で滑稽なポーズに、敵意は感じ取れなかった。
クラーグ「お前は何を企んでいる?」
コブラ「何も企んじゃいないさ。ただ、姉妹って言葉にえらく弱いって事は確かかもな」
コブラからの即答は相変わらず正体を掴ませない。
しかし、その時のコブラの視線は、クラーグには見覚えがあった。
溶岩の上に立ち、ニヤけつつも、コブラの眼には強い何かが宿っていたのだ。
クラーグ「………」
クラーグ「企み無し……その言葉の真偽など、我らには分からぬ」
クラーグ「不毛な問いだ。だが、信ずるなども出来ようはずはない」
クラーグ「この篝火に休みたいのならば止めはしない。だが、不穏な事をすれば炎がお前を焼くぞ」
コブラ「ああ、それで構わない。タダで休めてオマケに美女の裸体付きなら、言う事無しさ」
コブラ「あんたらも来いよ。俺たちを歓迎してくれるそうだ」
戦士「………」
旅の一行を受け入れ、半時が経った。
炎を纏った蜘蛛の魔女は、自身の腹を貫いた男を歓迎などしていない。
しかし、病に伏せる蜘蛛の魔女に説かれ、怪しげな二人と、ただの不死四人に篝火を許した。
だが、説かれただけでは無い。クラーグにはコブラという男を知る必要があったのだ。
何よりも、妹のために。
コブラ「冗談を抜きに聞くがね、そのお腹の傷はどうやって塞いだんだ?お腹に巻いた炎で治したのなら、そいつの名前ぐらいは教えてほしいね」
クラーグ「この『ぬくもり』に名などありはしない。貴様の格好に名など無いのと同じようにな」
コブラ「こりゃ一本取られた……っと言いたいところだが、この服の名前ならあるぜ」
クラーグ「くだらん。どのような名があると言うのだ」
コブラ「一張羅っていうんだ」
クラーグ「やはり下らんな」
屁理屈の如きコブラの軽口にクラーグは呆れたが、それでもコブラの一行を追い出す気にはなれなかった。
超常の存在に囲まれ、事実として四人の不死達はそれらに怯え、部屋の隅で居どころなさそうに縮こまっているというのに、少しも臆せず堂々と下らない言葉を連らせるこの男。
その存在の服装、背景、人格、能力、そして秘する何かに、魔女は惹かれているのだ。
叶うなら灯の下に照らしだし、隙あれば奪わんと…
クラーグ「貴様は何者だ?」
コブラ「その言葉にはちょいと飽きてきたな。耳にタコができそうだ」フッ…
クラーグ「何故我らの指輪を使える?指輪に力を寄せ、己以外にも魔女の声を聞かせるなど、本来の我らにしか出来ぬことのはず」
コブラ「さあな。少なくとも俺に魔女の親戚はいないはずだ」
コブラ「正直言って、本当に心当たりが無いのさ。指輪に好かれる覚えは無いし、指輪に命令できる呪文も知らない」
コブラ「手品は出来るがね」
クラーグ「この私に嘘は通じぬぞ」
コブラ「俺はこれでも真実を語ったつもりだ」
クラーグ「ならば貴様の内に潜む大いなるソウルと、輝く『人間性 』はどう語るのだ?」
レディ「人間性?」
コブラ「そいつには自信があるぜ。友達は沢山いるが敵もいっぱいいる」
クラーグ「そういう者では無い。人間性とは、言わば人の本質となる『精霊』を指すのだ」
コブラ「精霊ねえ…」
混沌の娘「人間性は、人を人たらしめるもの……ソウルが減れば、不死はソウルに餓え、人間性を失えば、不死は亡者になる」
混沌の娘「そして両方を失い、長い時をすごせば、不死は亡者という姿すら留められず灰になってしまうの」
コブラ「俺の聞いた話と違うなぁ。ソウルを失って死に続けると体の再構成の精度が落ちてきて、最期は灰になると聞いたぜ」
混沌の娘「それも正しいはず。見方がそれぞれで違うだけなの」
コブラ「ややこしいなぁ」
クラーグ「人間性は、暗く、暖かい者だ。それらは互いを求め、寄り添い合う」
クラーグ「だが貴様に見える人間性は、それらとは異なっている。炎のように光り輝き、寄り添うので無く惹きつける者なのだ」
コブラ「俺は興行師なんだ。プロレスが好きでね」
コブラ「で、大いなるソウルってのはなんなんだ?俺に守護霊でも取り憑いてるのかい?」
クラーグ「貴様には何者もついておらん。ただ門があるのみだ」
コブラ「また訳の分からん用語が出てきたな。その門は誰が通るんだい?」
混沌の娘「誰も通らないわ。少なくとも今はね」
コブラ「そうかい。興行は中止か」フッ
クラーグ「貴様のソウルは、僅かながらではあるが、その力を増し続けている。果てなど無く」
クラーグ「だが、その様は定まらん。貴様の中で大きく振り動いているのだ」
コブラ「………」
コブラ「それについては心当たりがあるぜ」スッ
コブラは立ち上がり、左手に手を掛ける。
そして腕を抜いた。
コブラ「こいつだ」
クラーグ「ほう………おもしろい…混沌に侵されたのちに、このような呪物に見えるとはな」
コブラ「こいつはサイコガンという。精神力をエネルギーに変え、破壊光線として撃ち出す超ハイテクな射撃武器だ」
コブラ「ここに来る前は好きなだけコイツをぶっ放せた。だがこのところ調子が悪くてね。昔は何発撃っても少し休めば回復したんだが、今は撃てて二発ってところさ」
コブラ「ただ悪い事ばかりでも無い。コイツを撃ってどれだけ疲弊しても、ソウルさえあれば即座に回復できるから、休憩時間が省ける」
コブラ「まぁ、ブラック企業に勤めてるみたいで良い気はしないがね」
クラーグ「その武器を持つ資格は、無限に精神力を生み出す資質を持つ者に限られるということか」
コブラ「そういうこと。その精神力をこっちではソウルなり人間性なりと呼んでいるそうだが、そんな事は俺には関係ない」
コブラ「そういう魂だのなんだのについて、俺が知りたい事は一つ」
コブラ「なぜ俺の精神力は、他人の精神力を必要とするほどに、回復しなくなったのか………それだけさ」
クラーグ「回復はしている」
コブラ「なに?」
クラーグ「我ら魔女には、ソウルと人間性を見抜く力がある。そうでなければ、炎を御する事など出来ぬ」
クラーグ「その我らの眼に映るのだ。貴様のソウルと人間性は光を放ち、常に力を大きくし続けている」
クラーグ「だが、許されていないのだ」
コブラ「許されていない?誰の許しが必要だっていうんだ?」
クラーグ「誰あらぬ、太陽の光の王の許しだ」
コブラ「………」
コブラ「やれやれ、薪の王に続いて太陽王か。ここの王族連中も相当海賊に頭にきてるようだな」
クラーグ「薪の王?」
コブラ「俺をこの世界に送り出した好き者さ。姿を見てはいないがね。ロードランのどこかにはいるんじゃないかと踏んではいるが、手掛かりは無しだ」
コブラ「あんた、その王様について何か知らないか?」
クラーグ「………」
クラーグ「薪の王という名には、思うところが無いわけではない」
コブラ「すると?」
クラーグ「おそらく、篝火の中でも特に強大なもの……『最初の火』のことだろうが…」
クラーグ「…………」
コブラ「ん?」
クラーグ「…それは世界を照らす強大な火だ。無を光と闇に分け、生と死、熱と冷たさを生む、世の理の根源そのもの」
コブラ「そりゃまた大袈裟だな。俺は神に選ばれたってわけか」
クラーグ「いや、それは驕りというものだ」
クラーグ「火を守る薪に、王など存在しないのだからな」
コブラ「王がいないだって?」
クラーグ「火守女はいるだろうが、その者は火の番人にすぎない。我が妹もここの篝火の番だ」
混沌の娘「………」
コブラ「そいつは分かったが、王がいないってどういう事だ?それじゃあ俺達を呼んだのは誰だっていうんだ?」
クラーグ「分からぬ……その『薪の王』とやらが火を絶やすまいと貴様を呼んだのだろうが…その王が何者かも、火を絶やさぬ術も…私は知らない…」
コブラ「参ったな……魔女のあんたにも分からないとなると、魔法音痴の俺じゃ手も足も出ないぜ」
混沌の娘「最初の火を見出し、それを守る術を見つけた方々は、私たちも知っている」
混沌の娘「古き神々…偉大なる死者…鱗無しの竜……そして、私達の母…」
混沌の娘「皆が火を見出し、守ったからこそ、この世界は永く繁栄したの」
混沌の娘「けれど…私達の都が混沌の炎に呑まれ、死者が眠り、神々の地に不信が漂い始めた時、私達の関わりは絶たれてしまった」
混沌の娘「そして、最初の火について、母は何も話さなかった……」
混沌の娘「第二の火を生み出そうとして、炎に呑まれ、苗床となり、私達を忘れてしまうまで…」
混沌の娘「うぅ……」
クラーグ「無理をするな!身体に障りがあるぞ!」
混沌の娘「いいの…姉さん………今日はとても調子がいいの……これは、ただ…」
混沌の娘「少し、哀しくなっただけだから…」
コブラ「………」
クラーグ「話はここまでだ。この子に、今以上の辛さは与えたくない」
コブラ「分かった。この話はよそう。それじゃ…」
クラーグ「待て、貴様の問いに我等は答えたのだ。次は我の声を聞いてもらうぞ」
コブラ「いいでしょ、聞きましょ」
クラーグ「貴様らの処遇についてだが…」
四人の不死「!」ピクッ
クラーグ「命は取らん。ソウルにも用はない」
四人の不死「………」ホッ…
コブラ「ほう、そりゃありがたいね」
クラーグ「だが人間性は置いていってもらおう」
四人の不死「!?」ピクッ
コブラ「それはさっきの話と食い違うぜ?人間性を失えば亡者になるんだろ?」
クラーグ「全て寄越せとは言わん。そこの不死どもにも用はない。そこいらの人間性では、妹の病を癒すにも一時しのぎにしかならぬと、はるか昔から我は気づいていたのだからな」
クラーグ「この機は逃せぬ。エンジー」
卵背負い「は、はっ!」
クラーグ「この男を抑えろ」
エンジー「仰せのままに!」ガシッ
コブラ「ちょ、た、タンマ!」
レディ「待って!病気を治すのに、なぜコブラの人間性が必要なの!?」
クラーグ「混沌の火は、力持つ者を大樹、炎、蟲、もしくはその全てに変じさせる。力持つ者の性質を受け継ぎながらな」
クラーグ「我が妹は混沌の火を宿した事により、我と同じく炎を纏う蟲となったが、その身に己の性質を変じさせる程の毒を入れてしまった」
クラーグ「それゆえ、毒を卵に込め身より出そうにも、蟲入りの卵しか生じぬ」
クラーグ「混沌の火に人間性を結びつかせ、蟲としての性質を弱め、卵から蟲を除き、代わりに毒を入れようともした………しかし、痛みを数瞬消すのみだった…」
クラーグ「もはや手は無い。無論、干からびる程吸うわけでは無い。全てを吸い尽くしたところで、それを身に入れられるほど、我が妹は丈夫ではないのだからな」
コブラ「手は無いって言ったって、吸われる方の身にもなってくれ!」
レディ「なるほどね。だからそこらじゅう卵だらけだったのね。合点がいったわ」
コブラ「レディもなんとか言ってくれ!俺は枯れちまうよ!」
レディ「私もなんとかは言いたいわよ?でも、ここで貸し借りは無しにしておくべきだとも思うのよ」
レディ「これで晴れて『おあいこ』という事にしてくれないかしら?」
クラーグ「無論、そのつもりだ」
ボッ! シュボボボボ…
膝から下を、エンジーと呼ばれた卵背負いにホールドされたまま、コブラは目の前の炎を見た。
炎はクラーグの掌の上で踊っており、ぬるい熱を漂わせている。
クラーグ「闇霊どもの所業に似るが、この炎は本質から異なる」
クラーグ「混沌の火は人間性を求めるゆえ、貴様の眼には同じに映るだろうがな」
魔女の言葉と共に、炎は輝きを増してコブラの口元に近付き…
シュオオオオオオオ…
唇の隙間から、光の粒を吸い出しはじめた。
光の粒子は炎に引き寄せられ、渦を巻く。
観念したコブラは眼を固く閉じ、事が過ぎるのを待つことに決めた。
クラーグ「!」
クラーグは何かを察知したのか、空いている手も炎にかざす。
光の粒子はまとまり、炎の表面を波のようにうねり始め…
シュボン!
クラーグ「………」
炎を押し潰し、散らばって消えた。
同時にコブラも眼を開けたが、その顔は現状を掴めない様をよく表していた。
クラーグ「これは……」
コブラ「おいそんな意味ありげな所で言葉を切らないでくれ。胃が痛くなってくる」
レディ「どういうことなの?」
クラーグ「信じがたい事だが………こうなってしまっては、受け止めるしかないな…」
クラーグ「貴様の内にある者は、ソウルでも、ましてや人間性でもないようだ」
コブラ「!?」
コブラは目を見開き、自身の耳を疑った。
ソウルが減ると気を失い、得ると気力が充実するという現象を、コブラは受け入れはじめていた。
その矢先の、信じがたい言葉である。
甚だ不満な、他人の魂で動いているという実感さえも幻想だったのだ。
レディ「それって……」
クラーグ「ただならぬ者と思ってはいたが……まさか測りきれん程とは…」
コブラ「測りきれないってどういう事だ?俺に何が起きているんだ?」
クラーグ「……貴様、ソウルを吸った事はあるか?」
コブラ「あ、ああ、そいつはもう何度も…」
クラーグ「では、人間性を吸った覚えはあるか?黒く暖かな、灯火のような姿をしている者たちだ」
コブラ「そいつは見てないぜ。何か問題?」
クラーグ「それはありえん。人間性を溜め込む者を屠ると、稀に人間性がソウルと共に抜け出るのだが」
クラーグ「ここに来るまでに貴様は幾多の異形を手に掛けたはずだ。北の僻地のデーモンを殺さぬ限り、病み村に入る事はおろか、ロードランにすらたどり着く事かなわぬはず」
コブラ「………」フフッ
クラーグ「覚えがあるのであろう?」
コブラ「ああ……確かに、あんたの言う通りだ」
コブラ「だが納得できないね。人に嫌われる奴には心が無いと言われるが、これじゃまるで人形だぜ」
クラーグ「恐らく、貴様に宿る人間性に似た輝き……もしくは貴様自身が、人間性を怖気させるのだろう」
クラーグ「だが、貴様は傀儡という訳でも無い。傀儡ならば我らは既に死んでいる」
コブラ「………」
コブラが恐るべき真実の一端を掴んだ頃…
騎士「うーむ…」
鍛冶屋アンドレイが仕事場としている小教会の、裏口から伸びる石橋。
その石橋の先にある、重々しい城門に閉ざされた要塞の正面で、丸い騎士が唸っていた。
だが腕組みをしてあぐらをかいている騎士は、決して太っている訳ではない。
彼の着るフルプレートアーマーこそが、他と比べて明らかに特異であり、丸いのである。
ビアトリス「おい、そこの」
騎士「ん?お、おお!」
その丸い騎士に背後から声を掛けたのは、月光の蝶を倒し、あらかた森を探索し終わったビアトリスだった。
もっとも、森の最奥へと至る『鍵』を、彼女は得てはいなかったが。
騎士「貴公もこの門に難儀しているのか?」
ビアトリス「別にこの先には用はないが……貴公はなんなんだ?タマネギ?」
タマネギ「たっ……ちっがーう!このカタリナの騎士に向かって、しかも初対面というのになんたる無礼な!」
ビアトリス「す、すまない。悪気はなかったんだ。カタリナの騎士とやらには疎くてね。許してくれ」
カタリナの騎士「ふふん、分かればいいのだ」
ビアトリス「ところで、貴公はなぜこの門の前で唸っている?この先に不死の使命に関わる地があるのか?」
カタリナの騎士「私は不死の使命に興味は無い。だが不死になったからには、命ある限り見聞を深めようとは思っていてな。こうして旅に出ているのだ」
カタリナの騎士「戦っても死なないとあれば、冒険者冥利に尽きるだろう?ガハハハ!」
ビアトリス(酷い酔狂だな。使命も志も無く、ただの趣味に命を賭けるとは……)
カタリナの騎士「まぁ、その冒険も、この門が開かなければ終わってしまうかもなぁ」
ビアトリス「それならそれでいいんじゃないか?さして目指す物も無いのだろう?」
カタリナの騎士「うーん……でもなぁ…気になるし…」
ガコン!
ビアトリス「あっ」
カタリナの騎士「おっ!」
ゴゴゴゴゴゴ…ゴリゴリ…
まるで二人のやり取りに応じるかのように、要塞は城門を退けた。しかし、要塞は二人を歓迎している訳ではない。
二人のあずかり知らぬ場所で、あずかり知らぬ力が起こり、城門をこじ開けたに過ぎない。
カタリナの騎士「………」ジャリッ
ビアトリス「………」
その都合の良すぎる機に、悠々とかぶりつく二人では無い。
騎士は身の丈ほどもある長い鉄剣を構え、ビアトリスは杖の先に魔力を溜める。
そして案の定、城門の暗い口から、二匹の異形が飛び出してきた。
蛇人達「ギシェエエエエ!」
蛇の頭を持つ大男達は、手に持つ大鉈を振り上げて、二人に飛びかかる。
カタリナの騎士「むん!!」グシャア!!
一匹は巨剣に頭から叩き潰され…
ズバッ!
もう一匹はソウルの太矢に貫かれ、撃ち落とされた。
カタリナの騎士「むおっほっほ!他愛も無い!」
ビアトリス「いや待て!まだ死んでいない!」
頭骨を割られた方は、片目を眼窩からこぼしつつも起き上がる。
カタリナの騎士「おっ!?」
撃ち抜かれた方は、腹の風穴には見向きもせずに跳ね起きて、騎士の胴体に大口を突き立てていた。
鎧の分厚いプレートと、広く取られた内部の空洞のおかげで、騎士の身体自体は無傷だったが、それでも牙は深く食い込んでいた。
ビュン!!
カタリナ騎士「おおおおおおおおお!?」ビュンビュン!
ドカッ!
ビアトリス「はうっ!?」
蛇人の怪力によって振り回された騎士は、ビアトリスを跳ね飛ばし、諸共に城門へと放り投げられた。
要塞に入るという目的は達したが、今は喜ぶべき時ではない。
ビアトリス「ごほっ!ガハッ!」
カタリナの騎士「ええい!ここで死んではカタリナ騎士の名折れよ!貴公はこれでも飲んでてくれ!」
ズボッ
ビアトリス「むぐっ!?」
騎士は血を吐くビアトリスの口に、自前のエスト瓶を突っ込むと、彼女を脇に抱えて飛び起き、走り出した。
行先である要塞の中は暗く、何があるかも分からないが、引き返そうにも手負いの二匹が向かってくる。迷っている暇は無かった。
ガチャッガチャッガチャッガチャッ…
騎士の鎧が、一歩地面を蹴るたびに擦れて音を鳴らす。その音の合間に、蛇の気管支から漏れる威嚇音が混ざる。
無論、重い鎧を着込んでいる騎士は、威嚇音が段々と近づいている事に気付いている。しかし鎧の重さと手負いの魔女が、彼の脚を鈍らせていた。
もっとも、何も着ておらずとも、彼の鈍足に大した違いは無かったが。
カタリナの騎士「おおっ!?」
蛇に追いつかれる寸前、騎士は不思議な物を見た。石の足場に一本だけ掛けられた、長く細い石橋の上を、時折、巨大な鉄の塊が複数纏まって通過する光景。
騎士は、逃げ切れようが逃げ切れまいが、どちらにしろ詰みに追いやられていた事を悟りながら…
ドン!
蛇人の一人に突き飛ばされ、石の足場から落ちた。
ザボーン!
カタリナの騎士「ぶほっ!はぁ、はぁ、た、助かったか…」
落下した先には、廃された貯水槽のような空間が広がっていた。
腐った水はタール状に濁っており、落ちた二人にそこそこの軽傷を負わせただけだった。
ビアトリス「すまんな。貴公のエストを使ってしまった…」
カタリナの騎士「ん?構わんよ。騎士として当然の事をしたまでだ。ガハハハ!」
ドパーン!
カタリナの騎士「!?」
蛇人「………」ピクッ…ピクッ…
二人の不死を追う異形の一匹は、迷いも無く足場から飛び降りた。
しかしその異形は片目の視力と脳の一部を失っていたせいで、着地の姿勢が取れず、頭からタールに突っ込んでしまった。
ぬかるんでいるとは言え、タールの下には硬い石畳がある。砕けた頭骨を更に砕けさせ、異形は事切れていた。
ビアトリス「………」
カタリナの騎士「あ、閃いたぞ」カチャッ
事の一部始終を見た騎士は手を叩くと、大の字に事切れた蛇人の上に乗っかり、剣を高く掲げた。
その直後に…
ズン!!
蛇人「オァッ!?」
降ってきた蛇人の尻穴に、騎士の特大剣が深々と刺さった。
当然、刃は内臓は尽く切り裂いており、蛇人は即死した。
ビアトリス「なんとえげつない」
カタリナの騎士「成敗!ふん!」ブン!!
どちゃっ
カタリナの騎士「ふー……さて、これからどうするべきか。貴公、何か策はあるか?」
ビアトリス「まずはこの泥濘から出る道を探そう。策を講じるのはその後で…」
ゴリゴリッ…
ビアトリス「? 待て、今の音はなんだ?」
カタリナの騎士「む、また来たか!」
石臼を擦るような音が、空間の何処かからビアトリスの耳に届いた。
二人は再び体勢を整えるが、音の主は二人の体勢を容易に崩すほど力を備えていた。
ドバッ!!
闇の中から飛び出した怪物の身の丈は蛇人の比ではなく、黒い金属の皮膚と長い尾、背中に備えた刺又状の大彫刻以外は、概ね人の形をしていたが、その人型の巨躯からは頭部と片脚が欠けていた。
ズガアァーーッ!!
怪物の得物は、自身の背中に備えられた彫刻と同じ形をした、黒く長い刺又であり、刺又は尋常ならざる膂力によって振るわれた。
一振りだけで騎士の特大剣は討ち払われ、ビアトリスの杖は叩き折られた。
そしてふた振り目が二人を襲った瞬間、二人の意識は途絶えた。
楔のデーモン「………」
刺又の窪みに二人の不死を嵌めたまま、怪物は廃された貯水槽の闇へと再び姿を消した。
老人「わーーーっ!!」
ビアトリス「!?」ガバッ
カタリナの騎士「おおう!?」ガバッ
そして、二人が次に目覚めた場所は、各々の牢の中だった。
彼らを収監している牢は鳥籠状で、それらは一本の石橋を左右から挟み、間隔を開けて幾つかが吊り下げられている。
囚われている不死は四人であるが、うち1人は朽ち果てて動かず、うち1人は大袈裟に巨大な帽子を被った老人であり、残りの2人はついさっき、老人の怒声で目を覚ました。
老人「貴公らが騒がしくするものだから、思考に浸れんじゃないか」
老人「特にそこのカタリナの騎士殿!」
カタリナ騎士「!!」
老人「貴公のいびきには、甚だ閃きを妨げられたぞ。不死立つ前に、我欲に耽って腹を肥やしたのではないかね?」
カタリナ騎士「ぬ、ぬぅ……面目ない…」
老人「………」
ビアトリス「あっ!貴方は、まさか…」
老人「 今度は何かね?」
ビアトリス「いえ、間違いようもありません!貴方はかの大魔法使い『ビッグハット・ローガン』では!?」
カタリナの騎士「?」
老人「…………」
ローガン「大魔法使い、か……極めに至らぬ者にその名は合わんよ」
ローガン「ビッグハットくらいが程よいのだ。この未熟にはな」
ビアトリス「未熟だなどと…それでは私の立つ瀬がございません…」
ローガン「蓄えた知識に差があるにすぎん、はらからよ。所詮我らは探求者の身なのだよ」
ローガン「しても妙だな。貴公の帽子から見るに、どうせ私を師と崇めておるのだろうが、その探求者がなぜ魔法の心得無き者と共にいるのだ?数十年と誰も来なかった場所に、一度に二人も閉じ込められるというのはそういう事であろう?」
ビアトリス「それには訳が…」
カタリナの騎士「むむむむむ失礼な!魔法は使えんが奇跡は使えるぞ!この牢など屁でも無いわ!」
ローガン「待ちなさい。奇跡と魔法は力の形こそ似通っているが質は全く異なるものだ。それに貴公の『放つフォース』ではこの牢は開けられん」
カタリナの騎士「!? なぜ私が放つフォースを使えると!?」
ローガン「その者が何を使うかというのは、見ればおおよそ分かるもの。魔法防護という奇跡がある以上、我ら魔術師も神の業を知らねばならんのだ。ま、使えるかと言われれば、それは別の話だがね」
ビアトリス(奇跡もお知りになっているとは……それで未熟ならば私はなんなんだ…?)
カタリナの騎士「ぬぅー…」
ローガン「まぁこうして会ったのも縁だ。貴公、名はなんと言う?」
カタリナの騎士「むっ、そう言えば名乗りがまだであったな。私はカタリナのジークマイヤー。不死となったからには見聞を深めようと思ってな。こうして旅に出ているのだ」
ジークマイヤー「ん?……はて、どこかで同じような事を言った気がするなぁ」
ローガン「うむ、宜しく」ペコリ
三人の不死を捕らえた古城から遠く離れた、深い谷底。
そこには遥か太古を生きた竜達の骸と、それをついばむ青い飛竜共だけがあった。
陽の光は僅かしか差し込まず、何が飛竜で、何が飛竜の影かも、そこでは分からない。
ゴゴゴゴ…
飛竜「!」ピクッ
暗いゆえに、どこから揺れが近づいているのか飛竜共には分からない。
何が揺れているのかも分からない。
だが勘のいい幾つかの者共は、翼をはばたかせて谷底から陽光のもとへ飛び立つ。
敵意を感じ、戦闘体制に移行した仲間達を残して。
ドゴオォーーーッ!!!
貪食ドラゴン「ワギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!」ガラガラガラ…
コブラ「ドラゴンライダーコブラ!ただい…わっぷ!口に泥がっ!」ペッペッ
飛竜共「ギャッ!?」
ズシイィーーーン……
臆病だった者達は幸いだった。
敵を迎え討つ事を選んだ者達は、谷の岩壁を喰い進んできた巨大な地竜にひき潰され、岩の地面に埋まってしまった。
谷底にはやはり、古い竜の骸と、それを喰う竜が残された。
レディ「ソウルを纏った髑髏に、大ビルと木の枝を巻きつけて釣り餌にするなんて、貴方の作戦の立て方も大分ここに染まってきたわね」
コブラ「こんな汚ったないモノにも舌なめずりするドラゴンがあっての事だ」ポイッ
大ビル「……」ドテッ ウネウネ…
コブラ「にしても危なかったぜ。黒づくめの魔女がドラゴンを消し炭にしてたら、今頃はまだ泥沼の中だろうな」
戦士「………」
ソラール「………」
コブラ「なんだ?いやに元気が無いじゃねえか?ありがとうの一言くらいあったっていいんじゃないのぉ?」
戦士「あんた……本当になんなんだ?どういう頭をしてたらこんな事思いつく?」
コブラ「楽しい事が好きなだけなんだ。今のはただのゲームさ」
戦士「ゲ……」
ソラール「……だめだ、理解できん」
レディ「ゲームって言葉が?」
ソラール「いやそうじゃなくて…」
グリッグス「な、なぁ、それよりいいかな?地上に出られたのは良いんだが、どうやって登るんだ?」
ラレンティウス「あ、ああそうだ!ここらにハシゴでもあるのか?」
コブラ「いや無いね。だがコイツを使えばなんとかなる」サッ
コブラ「ワイヤーフックだ」ピシュン
カーーン!
コブラ「よし。さ、俺に掴まってくれ」
戦士「なんだよそれ…」
一本の細い鋼線は谷底から伸び、コブラとレディが病み村への入り口として使った横穴の崖っぷちに刺さった。
ワイヤーのウインチは力強く駆動し、コブラ達を引き上げていく。
コブラの右足にはソラールが、左足には戦士が、左脇にはグリッグスが、背中にはラレンティウスが、掲げられた右手にはレディが、それぞれしがみついている。
しかし、不死達をまたしても驚愕させていたのは、黒騎士の大剣を保持するコブラの咬合力だった。
スタッ
コブラ「っかー!アゴが外れるかと思ったぜ!アウチチ…」
ソラール「ハハ…もうどこから突っ込めばいいのやら…」
グリッグス「君は……そんな物があるかは分からないが、胆力を高める魔法を習得しているのか?」
ラレンティウス「いや、コレは噂に聞く呪術『内なる大力』なのかも…」
コブラ「? なんの話かサッパリだな」
戦士「そんな事どうでもいいだろ?なんで強いかなんて関係ない。大事なのはコイツが強いってことだ」
戦士「さっさと行こうぜ。グズグズしてると下の大食い野郎が登って来かねないぞ」
ソラール「うむ。ひとまずは祭祀場に行こう。ここから行ける篝火の中で、あそこの物が一番近い」
ソラールの提案に従い、一行は祭祀場へ戻る。
祭祀場は一見すると何も変わっていないように見えたが、それも遠目に見た限りのものである。
少なくとも二つ、決定的な違いがあった。
レディ「!? なんなのこの臭い!?」
戦士「うわ臭えっ!なんだこりゃ!」
コブラ「俺たちが留守してる間にトイレでウンコしてそのまま流さなかったヤツがいるな」
一つは、祭祀場に漂う悪臭。
それも瑞々しい生腐りのものではない、埃を被り、年季の入った古い腐臭。
それは空気の流れに乗り、祭祀場の遺跡の奥から漂っていた。
ラレンティウス「俺が見てこよう。大沼より少し臭い程度だ。死にゃあしないさ」
呪術師ラレンティウスにとって、その悪臭は故郷に通じるところがあった。
臭いの出どころを確かめるという理由はあったが、孤独を好む彼も、永い旅の中に郷愁を見出していたのだった。
ソラール「おい見ろ!篝火が!」
グリッグス「なっ…まさか…」
二つ目の異変は、篝火の鎮火だった。
戦士「おいちょっと待てよ…こりゃねえよ…」
ソラール「火が消えている。誰がこんな事を…」
コブラ「水を掛けたヤツがいるってことか」
グリッグス「水を掛けたぐらいでは消えないが、それらしい事をやった者はいるだろう」
コブラ「それらしいこと?」
グリッグス「ああ。一つの篝火には一人の火守女がつく。その火守女を殺すか、それとも力を奪うかすれば、篝火は消えるんだ」
コブラ「なるほどねー……しかしおかしいぜ。篝火に用があるヤツは不死人だけなのに、その篝火を誰が消すってんだ?この地にいるのは俺とレディを除いてみんな不死人ばかりのはずだ。そんな中で火守女を殺したとあっちゃあ、殺したヤツ本人も面倒をおっかぶる事になるはずだぜ?」
グリッグス「そこなんだ……火守女を殺したとしても、得られる人間性は高が知れているし、エストの補給も出来なくなる。ソウルにも期待は出来ないはずなんだ……一体なぜ…」
戦士「クソッ!篝火下の牢を見て来たが、やっぱり火守女が殺されてやがる。ここはもう終わりだ……」
コブラ「下の牢に人がいたのか?そりゃあ気づかなかった」
ソラール「気づかんのも無理はない。宗教者達が主に火守女をロードランに送り、彼女ら全てが目を埋められた生娘達ではあるが、教義によっては、火守女は動くことも話すことさえも禁じられると聞く。少なくとも『白教』という宗派はそうだったらしい。遥か昔の、忘れられて半ばおとぎ話となっている物語によればな」
コブラ「酷い事をするもんだ。そんなんだからおとぎ話になるのさ」
ラレンティウス「ウオオオオオーーーーッ!!」ダダダダダ…
コブラ達が消えた篝火を囲んでいると、悪臭の正体を突き止めたラレンティウスが、必死の形相で走ってきた。
全身から漂う悪臭は、彼が止まった拍子にあたりにばら撒かれ、コブラ達は顔をしかめた。
コブラ「本当にひどい臭いだな。肥溜めでも近くにできたのか?」
ラレンティウス「そんな事言ってる場合じゃない!ここから逃げるぞ!」
ソラール「逃げる?なぜだ?」
ラレンティウス「口のでかい巨大な竜が奥にいるんだよ!臭いの元はそいつだった!」
悪臭に、でかい口に、巨大な竜。ラレンティウスの言葉に嘘は無かった。
しかし、彼に不死の使命に対する熱意がなかったからだろうか。焦りが言葉を飛ばしてしまったのか。それともその両方か。
言葉の真意は歪められて皆に伝わり、旅の一行は口に出さずとも理解した気になってしまった。
谷底にいる貪食な巨竜が飛竜共を食い尽くし、祭祀場にまで登り詰めつつある、と…
その巨大な竜にとっては、思わぬことだった。
竜は人語を解し、話すことも出来る。
偉大な力に恵まれており、滅びぬ体と永い寿命を有し、王の時代すら見てきた。
そしてなにより、竜は竜ではなく、巨大な蛇だった。
ラレンティウス「ウオオオオオーーーーッ!!」ダダダダダ…
王の探索者フラムト「ま、待てい不死者よ。怯えるのは分かる。だがまずわしの話を…」
フラムト「………」
フラムト「やれやれ、行ってしまったわい。二つの鐘が鳴り、1000年の眠りから覚めてみれば、わしを起こした者があのような小心者とは…」
フラムト「望むべき不死の英雄なども、なかなか現れんということか」
「また竜か。しょうがない。さっさと移動するぞ」
「そうねコブラ。でもここから近い篝火って言ったら、あそこしかないわよね?」
「そうだな。たんまり殺したから霊も俺に纏わり付いている。武器の修理のついでにミソギといくか」
「そうか、教会近くのアンドレイがいる篝火か。あそこまでは確かに竜も来れんだろう」
石畳に開いた穴から首を出すだけの身であるため、蛇は去りゆく不死達を制止することができなかった。
声の様子からして、ここには不死の一団があり、彼らはコブラという男を中心に結束しているようだった。
それは探索者たる蛇に、この世界についての決定的な激変を再び思い起こさせる。
世界の大合一が起こる前、不死達はほとんど互いに触れ合うことなく、霊体として並行世界を行き来しつつ、儚く足掻くだけの者達だった。
例え眠りについていても、蛇は知っている。それが役割だったからだ。
そして今や、使命を帯びし者達は孤独ではない。闇に潜む霊達すらも。
フラムト「いや、やはりこの目覚めは、来るべき英雄の為なのかもしれぬな…」
フラムト「コブラ……今は声しか分からぬ者よ。わしはここで待っておるぞ」
コブラと呼ばれた男と、その仲間達の声は、足音と共に消えていった。
蛇は首を穴からもたげたまま、一時の眠りに就こうとした。
だが再び複数の足音が近づいてきた事に気付き、眼をまた開いた。
ソルロンドのペトルス「おお!素晴らしい!貴方が聞きしに伝わる『世界の蛇』であらせられるか!ささ、お嬢様。どうぞ謁見なされ。このような機会、幾度もあるものではございますまい」
聖女レア「…………」
ソルロンドのニコ「むーん…」
ソルロンドのヴィンス「うえっ…ひどい臭いだな…」
レア「こっ、こらヴィンス!控えなさい!失敬ですよ!」あわわ…
だが、蛇の前にはコブラと呼ばれそうな者など一人もおらず、声も聞こえなかった。
代わりに、なんとも間の抜けた、頼り甲斐のなさそうな一団がざわついており、蛇はため息をついた。
ヴィンス「うわくっさ!ごほごほっ!」
レア「もう、貴方という人は…」
そのため息に露骨な嫌悪を示した近衛の僧兵に、気品はあるが人への教養に欠けていそうな聖女が再び叱咤した。
しかしその声は小さく、叱咤というよりは、独り言に近い愚痴りであった。
レア「ご無礼をお許しください…私の護衛がとんだご粗相を…」
フラムト「わしは気にはせんぞ。礼節などという物は力の優劣を決めるための物だ。わしらは争わんのだから、礼節も要らぬだろう」
レア「か……寛大な御言葉、有り難く頂戴致します」
レア「あの、それでひとつ、お尋ねしたい事があるのですが、宜しいでしょうか…」
フラムト「うむ、よいぞ。何が聞きたいのだ?」
レア「その……注火の秘術についてなのですが、何処に向かえば…」
フラムト「なんと?」
レア「えっ」
フラムト「不死の使命を遂げるために来たのではないのか?」
レア「あっ、そ、その使命を遂げる者のために、篝火の火を強めエストを高める術を捜しているのです!それが白教のたまわる使命であり、我らに課された責務なのです!ですので、我らが不死の使命を軽んじているというわけでは、決して…!」
フラムト「ああ、分かった分かった。責めているわけではない。ただ思った答えと少々違ったのでな」
レア「………」ホッ…
フラムト「あの術ならば、神の敵対者たる邪神へと仕えた、太古の屍術師が編み出したと聞く。もっともその者はすでに滅び、名ばかりを継ぐまがい者が術を簒奪したがのう」
レア「詳しい場所は御教えになられないのでしょうか…」
フラムト「それはお主らが見出さねばならぬ」
レア「……そう、ですか…」
ペトルス「屍術師……お嬢様、もしや秘術は地下墓地にあるのでは?屍を操る者は、屍を求めるでしょう」
レア「そうですね……では、そちらに行くことにしましょう」
フラムト「行先は決まったかな?不死の旅人よ」
レア「はい、探索者たる貴方様の御言葉のお陰です。早速向かうことに致します」ペコリ
フラムト「うむ。お主に炎の導きのあらんことを」
先行きの不安な者達を送り出し、蛇はまたため息をついた。
ある一団は求めるも見えず、ある一団は望まぬも目見えた。
行先に暗雲立ち込めるのは、何も不死達だけではない。
あらゆる物がままならならず、決して定まらないのなら、世界の蛇といえど肩をすかされるのだ。
フラムト「鴉よ。お主も辛かろうて」ふふ…
蛇の含み笑いに、大鴉はカァとひと鳴きし、またも飛び去った。
死臭香り雪積もる、北の不死院へ向かって。
カーン! カーン!
カイーン!
寂れた不死教会の階下から、鉄を叩く音が響く。
コブラから受け取った宝石の如く輝く石を用いて、鍛治職人のアンドレイが剣を打っている。
その手に握られた分厚い大剣が仕上がるまで、一行は鍛治部屋の真上に位置する篝火の間で、小さな炎を囲んでいた。
コブラ「この火にも火守女が付いているのか?」
ソラール「そのはずだ。ここが教会というのもある。多分、今はこの建物の地下にでも……」
コブラ「なるほどね。つまりコイツも殉教の炎ってわけか。宗教ってのはやたらと女の子を殺すから好きになれないね」
ソラール「…白教の信徒の前では、そういうことはあまり言うんじゃないぞ」
コブラ「会わないさ。ロードランは信じる者の足元を掬いにかかってる」ボボボ…
ズボンのポケットから出したキノコを篝火で焼き、程よく色味が変わったところで、コブラはキノコをかじる。
つられてソラールもエストを飲むが、その味は焼きキノコとは程遠く、人としての習慣をソラールに思い出させただけだった。
グリッグスとラレンティウスは炎を光源として、術書に目を通している。
そんな中、戦士は手持ち無沙汰になり、懐から取り出した黒い丸石を掌で転がし始める。
丸石には、教会近くの古城を見つめる、人の目玉が開いていた。
コブラ「で、その石っころはなんなんだ?剣に化けでもしたら森深くの岩に刺しに行ってやるぜ」
戦士「分からねえ。火守女の死体から転がってきたんだが、なんかの生き物みたいだ。気味悪いぜこれ」
レディ「ちょっと見せてくれないかしら?」
レディの提案に戦士は従い、石をレディに投げ渡した。
石の視線は変わらず、古城を指している。
レディ「うーん………見たところ目玉以外に異常はなさそうね。感触は滑らかだわ」
コブラ「……いや、確かにこいつはかなり気味の悪い代物だ」
レディ「えっ?」
戦士「もう何か分かったのか?」
コブラ「ソラール」
ソラール「なんだ?」
コブラ「火守女から視力を奪う方法、知ってるかい?」
ソラール「すまないが俺は詳しいやり方は知らない。白教には深く関わらんようにしているんでな」
ラレンティウス「待て、俺は聞いた覚えがある」
グリッグス「君がか?篝火は白教の範疇では…」
ラレンティウス「篝火は炎の中でも特別だ。炎を探求する俺たちにとっても篝火は神聖であり、探求すべき神秘のひとつなんだ」
ラレンティウス「聞いた話では、火守女の目を潰すには『蝋』を使うらしい。火守女の身体に宿る無数の人間性を、蝋を通して燃やし、守り、また取り込む為と言われている」
ラレンティウス「だが呪術王のザラマンが言うには、火守女に良くないもの見せないためとも……」
ラレンティウス「………」
ラレンティウス「………まさか…」
コブラ「そのまさかさ。この石は石なんかじゃなく、蝋で出来ている。この中に埋まっている目玉は火守女のものだろう」
コブラ「そして、これでどうやって目を潰したかも分かったな」
ソラール「…目に溶けた蝋を流し込み、眼球を包んだところで冷やし、固める…」
戦士「やめろよ…胸糞が悪くなる…」
ラレンティウス「………」
コブラ「だが問題はここからだ。こいつの視線から考えても、目玉に関わる『何か』は向こうの古城にある」
コブラ「そして、二つの鐘が鳴らされた後に、火守女が何者かに殺される事によって、コイツは現れた」
コブラ「そうすると、この目ん玉についてちょっとした疑問が生まれる」
コブラ「不死の使命に関わるものか」
コブラ「それとも罠か、だ」
ソラール「罠?」
グリッグス「この俗世と離れた地で我々を陥れて、誰が得をすると言うんだ?せいぜいいくらかの人間性とソウルを得られるだけじゃないか」
戦士「馬鹿だな。目的と手段が食い違ってるヤツもいる。ソウルも人間性も関係ない奴らだっているぜ」
グリッグス「…まさか闇霊どもか?例え罠だとして、彼らがこんな回りくどい事をするだろうか?」
戦士「回りくどさは関係ないんだよ。人に煮え湯を飲ませて喜ぶ連中なのさ、あいつらは」
コブラ「なぁその闇霊ってヤツ、赤黒い煙だか光だかに包まれていたりするかい?」
グリッグス「ああ、そうだ。でもどうしてそれを?彼らに会ったことがあるのか?」
コブラ「それっぽいのを何度か叩きのめした事があってな。もしかしてと思ってね」
コブラ「それに、そいつらが俺たちを……いや、俺をハメるっていうのなら、いくらか納得できるのさ」
グリッグス「…それは、どういう…?」
コブラ「教会の鐘を鳴らしに行った時、金色の鎧を着た男に一杯食わされてね。そいつが言うには、俺の命を狙う奴がロードランには居て、その鎧の男自身、俺を殺すために何やら暗躍するつもりでいるらしいんだ」
コブラ「つまりそいつの雇い主なり、懸賞金の出資元にとっては、俺は道を塞ぐどデカい岩ってわけだ。この場合は懸賞ソウルになるんだろうな」フフッ
コブラ「まぁ何にしてもだ。そいつらの狙いは大雑把に見積もっても、俺とレディだけってことさ」
グリッグス「………」
ソラール「…コブラ。まさか別行動を取ろうって考えてるわけでは無いだろうな」
コブラ「そのまさかさ。罠だった場合のことを考えれば、そっちの方が都合がいい」
戦士「な……なんだよそりゃ!?ここまで来て解散か!?俺はあんたの実力を当て込んで今まで付いて来たんだぞ!?」
コブラ「残念だが俺はおたくらが思うほど強くはない。大富豪で切り札を切ったところで、革命を起こされちゃひとたまりもないからな」
ソラール「大富豪?」
戦士「らしくねえよ…今まであんだけ強気でいたくせしやがって、そりゃないだろ…」
レディ「彼にも色々あるのよ。とっても長い話になるから詳しくは言えないけれどね」
ガチャーン!
ソラール「ぬっ?」
アンドレイ「出来たぞコブラ!あんな量の光る楔石を一度に使うなんざ久々だったからなぁ。時間食っちまったぜ!ガハハ!」
コブラ「ようやくお披露目か、待ちわびたぜ」フッ…
アンドレイ「こいつの斬れ味は今までとは段違いだ。そこらの亡者だったら押しつけるだけで斬れるだろうぜ。しかしあれだけの光る楔石をどこで手に入れたんだ?」
コブラ「病み村の沼底を洗いざらい掻っ攫ったのさ。宝石じゃないって知ってたらあそこまで熱心にはやらなかっただろうなぁ」
ソラール「コブラ」
コブラ「んー?」
ソラール「本当に一人で行く気なのか?」
コブラ「そのつもりだ。罠じゃなかったのなら一人の男がヘタを掴むだけで済むが、そうじゃないなら下手すると揃って地獄行きだ」
コブラ「それに二つの鐘を鳴らした結果何が起きたのか、俺たちはまだ何も分かっちゃいない。現状を把握するためにもここは別れるべきなのさ」
戦士「………」
コブラ「クラーグがちょいと口を滑らせてくれれば、俺たちも楽ができたんだがなぁ」
ソラール「……そうか。分かった。それならば貴公に太陽の導きがあることを願うだけだ」
コブラ「ああ、願っててくれ。行くぞレディ!」
レディ「OKコブラ!」
篝火から離れたコブラとレディは、開かれた門の奥に影を落とした古城へ向かう。
その道程にはいくつかの血が擦られており、茶色く変色している。
コブラ「早速不穏だな。吸血鬼でも出てきそうだ」
レディ「冗談にしても笑えないわね」
門をくぐり、影を進んだコブラに、古城は第一の資格を送り込んだ。
ゴリリッ
コブラ「!」
ビュビュビュン!
コブラが踏んだ石畳は沈み込み、その動力を仕掛けに伝えた。
仕掛けはコブラの目の前に見える、階段の半ば程から三本のボルトを連射する。
コブラ「………」パパパッ
しかし、それらはいずれも蛇の手に捕獲されたのだった。
コブラ「舐めてもらっちゃ困るぜ、こちとら光速で飛んでくるプラズマを100ダースは躱してるんだ」
レディ「ナイスキャッチね、コブラ!」
コブラ「へへッ、このダーツで景品を当てに行くとするか」
ボウガンの三点バーストをいなしたコブラは、三本のボルトを握りしめ、歩を進める。
そして階段を登った先の、広く薄暗い空間に行き着いた。
コブラ「こりゃまた古典的だぁ」ハハ…
空間の手前側と奥側にのみ足場が設けられ、それを繋ぐのは一本の石橋。
その石橋の床面上をスレスレで通り過ぎるのは、複数本の巨大なペンデュラムの刃。
更に石橋の3メートルほど上にもまたしても石橋があり、どちらの石橋にも、蛇の頭を持つ者が陣取っていた。
コブラ「決まりだな。こりゃ確実に罠だ。だがこうまで露骨だとまるでアトラクションだぜ」
レディ「景品は出そうに無いわね」
コブラ「いーやぁ、まだ分からんさ」チャラッ…
コブラは手に持ったボルトを掌で転がすと、眼つきを変え、振りかぶった。
コブラ「ワンストライク!」ビッ!
蛇男「!?」
」スコーン!!
力強い投球フォームから放たれた一本目のボルトは、ペンデュラムをすり抜けて奥の蛇人の額を射抜いた。
蛇女「ゲッ!」
上の石橋に立つ蛇人は、予想外の攻撃にも反応し、掌から何かをうち出そうとするが…
コブラ「ツーストライク!」バッ!
蛇女「ギョエッ!?」スコーン!!
先の蛇人と同じく額を撃ち抜かれ、瞬時に絶命した。
コブラ「ツーストライクでバッターアウトか。メンバー不足で俺の打席に立つから悪いんだ」ニッ
レディ「コブラ、見て分かったのだけれど、この石橋を渡った先が上の石橋のようよ?振り子の刃の反動で登れないかしら?」
コブラ「そいつは名案だ。パパっと登っちゃいましょ」
ペンデュラムに跳びつき、生み出される推力を利用して上の石橋に跳び乗った二人。
石橋の上で早速始めたのは、死体漁りだった。
コブラ「蛇の頭に四本の腕に三本の波打ち刃か。古代宗教芸術史にこんな奴がいた気がするぜ」
レディ「この剣…」チャキッ…
ヒュン ヒュン
レディは蛇女の握っていたフランベルジュを手に取ると、その場で二、三度軽く振った。
炎とも例えられる大剣は、片手で振るには幾分重すぎる得物だったが、アーマロイドの腕力に掛かればまるで羽毛のように舞った。
コブラ「いけそうかい?」
レディ「この程度なら左手だけでも充分ね」
コブラ「そりゃ良かった」
レディ「あら?」
コブラ「ん?」
レディ「見てコブラ、あれってかなりいかにもじゃない?」
レディが指差した先には小部屋があり、宝箱と、そのすぐ後ろにある石積みの壁と、詰まれた石の隙間に紛れさせようと工夫された、小さい穴があった。
そして、小さい穴は宝箱を開けようとする者の額を、丁度射抜ける高さに穿たれていた。
コブラ「あーあ…一度破れた手を二度も打つかね普通」
レディ「どうする?私が先に行く?ボウガンぐらいなら私の体で弾き返せるわよ?」
コブラ「キミの体に当たったらボルトが粉々になる。ダーツの残弾は多い方がいい」
見え透いた罠にコブラは近づく。
宝箱を開けた瞬間に飛んでくるであろうボルトを入手するために。
だが思ったよりもボルトは早く飛んできた。
ガコン
コブラ「!」
ビュビュビュン!
仕掛けの起動スイッチは宝箱ではなく、コブラの足元の石板だった。
射出装置が発動するタイミングを計ったからこそ、そのタイミングを乱されたコブラはボルトを躱さざるをえなかった。
単純に反射を頼っていれば、こうはならなかっただろう。
ボルトはコブラの後ろに立っていたレディの体に当たり、弾かれて空間の闇へと飛んで行った。
レディ「フフフッ…してやられたってところかしら」
コブラはバツが悪そうに頭を掻くと、ため息をつきながら宝箱を開けた。
宝箱の中身は楔石の大欠片が二つだけだった。
コブラ「わざわざ宝箱にしまう程の物かねーこれは」
レディ「一応貰っときましょう?」
ジークマイヤー「うーむ…うーむ…」
ローガン「いつまで唸っておる。貴公の微力で開けられるなら、とっくに私が牢を破っているだろうに」
ローガン「もっとも、飽きてはいるがここに居るのも悪くはないのだがね。死ぬことは無く、人間性も留めていられるのだからな」
ビアトリス「……先生」
ローガン「…ふむ、すまないが私は君の師ではない。そう呼ばれるとむず痒く思うぞ」
ビアトリス「すみません…ですが、先生と呼ばせてください」
ビアトリス「先生は何故、門下の者達を置いて不死の旅に出られたのですか?皆がいれば心強いでしょうに…」
ローガン「門下の者達、か……あの者らは勝手に私についてきたに過ぎん。君のように私を真似て大帽子を被りはするが、君のように真摯ではなかった」
ローガン「彼奴らがソウルの矢と魔法の剣を修得し、何を想う?使命のためではなく、探究のためでもなく、それら魔法はもっぱら他者を下す為にのみ振るわれているわ」
ローガン「もはや真にヴィンハイムの徒と言えるのは、未熟なるグリッグス。それとは別にヴィンハイムから去り、自立した異端の者らのみだ」
ローガン「そしてグリッグスも、真摯ではあるが黒の正装を纏うには能わん。あの装束は血塗られている。彼奴は私に憧れ、己に実績を重ねる為に修練し、結果としてあの衣装を与えられただけの者だ。戦いには向かずその力も無い」
ビアトリス「…………」
ガコーン…
ジークマイヤー「ん? むむむ?」
ゴロゴロゴロゴロ…
ビアトリス「……先生、それでは私では…」
ローガン「君?キミは……ふむ…」
ジークマイヤー「こ、これは!この音は!」ゴロゴロゴロゴロ…!
ビアトリス「先生!」
ローガン「キミは…うむ……なかなか…」
ジークマイヤー「おおおおおおお!?この音はぁ!?」ゴロゴロゴロゴロゴロ…!!
ローガン「さっきから騒がしいぞ!少しは静かにしてられんの…」
ドドドドガッ!グワシャアアァーーーーッ!!
ローガン「か?」
ビッグハットが荒げた声は、石壁が爆発的に飛び散る轟音に掻き消された。
振動でそれぞれの吊り牢は僅かに揺れたが、不死達の視界は鮮明だった。
ゴロゴロゴロゴロ!!!
コブラ「のわーーっ!!?」
蛇人「」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!!!
広大な密室を、大岩が破った。
大岩は砲丸の様に丸いが、その大きさは古屋ほどもあり、転がるそれには蛇人の礫死体と叫ぶコブラが貼り付いる。
その様子を、開いた大穴の奥からレディは心配そうに見つめていた。
ジークマイヤー「勝機!!」ガバッ
何事かを閃いたカタリナの騎士は勢いよく立ち上がった。
同時に、背中からツヴァイヘンダーを抜いてもいた。
ジークマイヤー「はぁーーッ!!」ギャリリィン!
ツヴァイヘンダーは、騎士を囲う吊り牢の隙間から火花を散らして突き出され、転がる大岩の進路上にその刃先を晒す。
特大剣を握る騎士の手甲に力が入り、その手には予想以上の衝撃が伝わった。
ガッキィィン!!
酒瓶が飲み口を強打されて回転しながら宙を舞うように、ジークマイヤーの入った牢は吊るす鎖をたわませて、勢いよく錐揉みに回転しながら不規則に大きく揺れた。
牢は強固に作られ、魔翌力さえ込められてはいるが、それをろくに手入れもされないまま何百年と吊り下げた鎖に、同様の耐久力は残されていなかった。
蛇人は石壁すらも磨かない。牢の戸が一度でも開閉できた事すら奇跡だった。
べキン! ガッシャーーン!
捻れた鎖の一つの輪が千切れ、騎士の牢は大岩が通った後の石橋に墜落する。
一方、コブラをめり込ませた大岩は勢いを僅かにすら崩さずに転がり続け…
レディ「あっ!?」
ビアトリス「あっ!?」
ローガン「おや?」
そのまま、石橋の端に開いた、城の外へと続く横穴から落ちていった。
レディ「コブラーッ!」
一方、カタリナの騎士はというと、牢の隙間から手足を出して石橋の上に立つところだった。
だが、彼に気を配る者はいない。
ガッ!
皆の目線は、横穴の縁に掛かった掌に集まっていた。
そして縁から這い上がるだけの力を残せた、赤い男の恐るべき胆力にも。
コブラ「全く薄情な奴らだぜ。同じ蛇だからって味方ごと潰すのは無しだろ」グググ…
レディ「コブラ!」
コブラ「よぉレディ。流石の俺もさっきのでメシを戻しちまったらしいぜ。出来れば助けてくれると嬉しいんだけど…」ハハ…
レディ「お馬鹿さんね!もちろん助けるわよ!」ググッ
ローガン「なんと…こりゃたまげた…」
ローガン「い…生きているというのか?……あれだけの衝撃を受けて…」
コブラ「ジェット推進機が付いた鋼鉄の義手でぶん殴られるのと比べれば、あんな大玉はカワイイものさ」
レディ「グズグズしてると次のが来るわ!はやくこの橋から出ましょう!」
コブラ「おっとそうだった。でもその前にやる事があるかもな」
石橋の左右に吊るされている牢には、現時点で三人の不死が囚われている。
そのうちの一人にはもはや意思はなく、身体を動かすための筋肉も思考も無い。
その者はソウルを溜め込んでいるだけの屍に過ぎず、だからこそコブラはその屍に目をつけた。
ダッ!
コブラは屍を捕らえている牢へ駆け出し、格子越しに屍に触れてソウルを抜き取ると…
ジャキィン!
ジークマイヤー「な、なんとぉーっ!?」
ローガン「これは…!?」
サイコガンを抜き…
ズオオォーーッ!!!
その強力無比なサイコエネルギーを銃身から迸らせた。
バゴォーン!! ズババーッ!!
放たれた威力はローガンとビアトリスを縛る牢の錠前を粉々に粉砕し、ジークマイヤーに絡まる牢をも破ると…
ドグワアァーーーッ!!
大岩が転がり込んできた横穴にぶち当たり、崩落によって大岩の侵入口を塞いだ。
ビアトリス(こんなことまで出来るのか…)
レディ「やるじゃないコブラ。ソウルのコントロールにも慣れてきたんじゃない?」
コブラ「まだまださぁ。じゃじゃ馬が過ぎて振り落とされそうだぜ。今のだけでもどっしり疲れた」
ジークマイヤー「き…貴公…その手はなんだ?…何をしたんだ?」
コブラ「なあにちょっとした演し物さ。コレで喰ってる大道芸人とでも思ってくれ」
ジークマイヤー「大道芸…」
ローガン「そんな言葉で惑わせられはせんぞ。見たところ義手に触媒を仕込んでいるようだが、そのような触媒も、先ほどのような魔法にも私は見えた事がない」
コブラ(鋭いじいさんだな。俺の左手を義手だと見抜くとはね…)
ローガン「貴公は一体何者であるのかな?」
コブラ「そうだなぁ……海賊、って言ったら信じるかい?」
ローガン「海賊?……そうか海賊か。ははは」
ローガン「確かに、それほどの術はおいそれとは教えられぬだろう。私がキミでもやはりはぐらかすか」
ビアトリス「いえ、彼の言葉に嘘はありません」
ローガン「ほう?」
ビアトリス「コブラ、貴公について知りうる限りを師に伝えたいのだが、構わないか?」
コブラ「OKだ」
数分後
ローガン「」ガクガク…
ビアトリス「…という事でして、つまり、信じがたいことですが、このロードランの外には人の地の他に空間的、時間的、あるいはそのどちらにおいても無限の広がりがあり、その広がりに散らばる無数の次元から、このコブラはやって来たというのです」
ローガン「」ガクガク…
コブラ「それで本当に伝わってるのか?難しい言い回しをするから爺さんが混乱してるぜ」
ビアトリス「仕方ないだろう。私の口からでは惑星という概念すら上手く言えないんだ。大地が実を伴う巨大な球形で、それが重力だのを持ちながら互いに支えあい、空中に存在しているなど……自分で言ってても訳が分からない」
コブラ「でもこの爺さん、かなりの賢人ぶりで有名なんだろう?キミが言ってたんだぜ?」
ビアトリス「そうは言ったが…このお方なら分かると思ったんだ…」
ローガン「………」ブツブツ…
ジークマイヤー「何か呟いているぞ」
レディ「どうするコブラ?岩が転がってくる事も当分ないだろうし、放っておいても大丈夫なんじゃない?」
コブラ「だとは思うが、こっちとしても色々知りたいことがあってね。俺としては…」
ローガン「ふふ……ふほほほほほほ…」
コブラ「?」
ビアトリス「せ、先生…?」
ローガン「素晴らしい…! 礼を言うぞ…! ありがとう…! 本当にありがとう!」
コブラ「礼だと?」
ローガン「永らく考えていたのだ!ソウルの根源とその行方、生誕の由来を!無より生まれたのではない!持ち込まれたのだ!」
ビアトリス「先生なにを…」
ローガン「そうでなければ、神でさえ有限なこの世界で、普遍的なソウルと人間性の流れは生じない!双方にも力の根源が必要なはずだ!」
ローガン「そして恐らくその根源に際限はない!無限だ!我ら魔導の士は無限を探らねばならん!無限を探るのだ!それが宇宙だ!」
ローガン「コブラ!貴公は宙を行く船で宇宙を泳いだと言ったな!それゆえ己を海賊と!」
ローガン「その宇宙は深く、多くの惑星を収める深海であるのだろう!だが海がそれらを収めるなどあり得ない!海などくだらん魚しかおらんではないか!」
コブラ「そんなこと言われても困るぜ。俺は…」
ローガン「はっ!!?」
コブラ「!?」
ローガン「………」プルプルプル…
コブラ「………」
ローガン「そらだ!!!」
コブラ「………」
ローガン「宇宙は空にあ…!!」
ジークマイヤー「ふん!」ボグゥ!
ローガン「」ドサッ
ビアトリス「おい貴様!何をする!」
ジークマイヤー「ここは敵地!こんなに騒がれちゃたまらん!」
ビアトリス「………」
コブラ「あらら…」
レディ「大丈夫なの?」
ジークマイヤー「峰打ちだ。私はカタリナの騎士だぞ?騒いだからと言って叩き斬る東国の騎士達とは違う」
ローガン「」
ジークマイヤー「…も、もしかしたら死んでいるかもしれんが、心配ない!死なんから不死なのだ!」
ビアトリス「先生が亡者にでもなれば、貴公、分かっていような」
ローガン「」ピクピク
ジークマイヤー「よ、よし!ほれ見たことか!」
コブラ「こりゃ痙攣だぜ。プレートで固めた拳で殴ったりするからだ」
レディ「もうめんどくさいわ。貴方がやったんだから貴方が担いでね」ポイッ
ジークマイヤー「ちょっ、お、おい」ドサッ
レディ「ついてくるんでしょ?文句言わないの。それに他に行くところもないのではなくて?」
ジークマイヤー「………う、うむ」
コブラ「あーあ、こりゃまた前途が暗いねー…」
負傷者を一人抱え、四人はコブラのワイヤーフックを頼みに、壁を進む事にした。
その様をコブラは「ターザン」と言い、レディは「スパイダーマン」を例に出したが、三人の不死には何も分からなかった。
一人は意識が無く、残りの二人には余裕が無かったのだから。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
ジークマイヤー「だああああああああああああああ!!!」
ビアトリス「とっ、とめろ!!何やってる!!」
コブラ「ヒャッホーイ!」
ゴオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
スタッ
コブラ「到着だ。シートベルトは外していいぜ。ところでここはどこだ?」
ビアトリス「訳もわからず飛んでいたのか!!?」はぁはぁ
コブラ「だってワイヤーフックだもぉん。地形をてっとり早く把握するには地形の最頂部に行く必要があるが、それをワイヤーでやるには壁を蹴って遠心力を生まなきゃならない。そのGに怪我人を背負った重装備のこいつは耐えられないぜ?」
ジークマイヤー「………」ぜーぜー
ビアトリス「何を言っているのか全然分からん!説明してくれ!」
レディ「タマネギは皮剥いて食べましょうって事よ」
ゴロゴロゴロゴロ!!
レディ「また大岩よ!」
コブラ「全くやんなっちゃうね!走れーッ!」ダッ!
ビアトリス「あーもうっ!」ダッ!
ジークマイヤー「ちょっ…ちょっと待って…」ダッ!
蛇人「ギ、ギャギャ!」ダッ!
ビアトリス「なんだコイツ!」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!!
コブラ(マズったぜ、ここは下り坂だ!俺たちより岩の方が速い!)
一本の坂道を大岩が転がる。
坂道の右手側は石壁、左手側は崖であり、とても足場があるとは思えない。
コブラはカードを切るしかなかった。
ダン!
走り幅跳びの要領で跳躍後、空中で身を翻したコブラは…
ジャッ!
滞空中に0.5秒でブーツからマグナムを抜き…
スチャッ
0.5秒で構えを終えた。
大岩がジークマイヤーにおぶさるローガンの帽子を削り始める。
そしてマグナムは放たれた。
ガウーーン!!
ビアトリス「!?」
ドグォーーッ!!!
衝撃波に触れただけでも、対象に小型ミサイルの爆風と同等のショックを与える弾丸は、大岩を砕き、石壁に穴を穿った。
コブラ「くっそー、一発撃っちまったぜ」
ジークマイヤー「?…?…なんだ?天の助けか?」
ビアトリス「貴公、今度は何を…」
コブラ「おっと!そいつは後まわしだ!」
蛇人「シャーッ!」ババッ!
命を助けられたとも知らず、また多勢に無勢とも分からずに、蛇は一行に斬りかかる。
体躯は大きく、首が長いため、その蛇が男だという事をコブラは見抜き、さらにその無闇な攻撃性を行動から推察した。
そして頭の悪い怪力馬鹿を一瞬で黙らせる方法を選択し、タイミングを見計らうこともせず振り回した。
ゴォッ!!
ガギィーーッ!!
金属塊をも貫通するコブラの鉄拳は、巨剣を振るい、蛇男の大鉈を叩き折って突き進み…
グシャアアッ!!!
大岩に潰されようが潰されまいが、どの道そうなっていたであろう形を、蛇男の頭に与えた。
カウンターだった。
レディ「横穴があったわ!さぁみんな急いで!」
ジークマイヤー「あ、穴があったら入りたい…」
ビアトリス「そんな事言っている場合か!早く来い!」
道行く者を轢き潰す坂を抜け、五人は横穴に転がり込む。
通る瞬間に、一瞬だけ霧の抵抗を受けたが、手で掻くと抵抗はすんなりと彼らを受け入れた。
だがその感覚は、コブラにとっては不吉そのものだった。
コブラ「こりゃアスレチックなんてもんじゃねえな。健康ランドだ」
ジークマイヤー「はぁ、はぁ、こんなに走ったのは久しぶりだ…」
ビアトリス「その鎧脱いだらどう?この調子じゃ鎧は役に立たなそうだ」
ジークマイヤー「何を言う!この鎧は我が魂!脱いだらそれこそボンクラになるぞ!」
ローガン「………」ぐったり
一行が入った小部屋には、侵入口の他にもう一本、石積みの壁と天井に囲まれた小道があり…
コブラ「!」ササッ
その先には蛇男が仁王立ちしている。
コブラは一度壁に隠れた後、侵入口付近に転がる、大岩のかけらを引っ掴む。
そして小道の正面を避けて蛇男に見つからないような角度から、力一杯小道の床に、大岩のかけらを投げた。
バガッ!
かけらは床の石畳にぶつかると、砕けて飛散し、即席の対人地雷のように小道にいくつもの鋲を打ち込む。
ドスドスドス!
蛇男「ゲッ!」ドサーッ
だが蛇男を倒したのは、石壁の隙間から飛んだ三発のボルトだった。
コブラ「おっと、何か仕掛けてあったようだな」
レディ「発動し終わったみたいだけど、どうするの?」
コブラ「再装填するほどの技術が無いことを祈ろう」
コブラを先頭に、一行は小道の片側の壁に背を着けつつ、先に進む。
だが人を一人背負っているうえ、背中と腹の他に色々突出した構造を持つ鎧を着込んだ男は、壁に寄ることが出来ない。
コブラとレディが抜け、ビアトリスも抜けると、彼らだけが小道に取り残される形となった。
ジークマイヤー「………」ずりずりずり…
だがジークマイヤーは、ローガンを背負ったまま匍匐前進をする事によって、トラップを最低限回避できる形で進んだ。
ビュンビュンビュン!
ジークマイヤー「………」ずりずりずり…
二人のすぐ上をボルトが三発飛んだが、被害は無いようだった。
コブラ「再装填ありか。壁の中に人がいても驚かないぜ」
ジークマイヤー「ふー、死ぬかと思ったわ」
ローガン「マジェスティック…」ボソリ…
ジークマイヤー「ん?」
小道を抜けた先はまたも小部屋だったが、粗末な机と椅子の他、出口もあった。
しかし出口の先が問題だった。
ドドーッ!
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!!!
ドドーッ!
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!!!
コブラ「………」
ビアトリス「………」
ジークマイヤー「………」
レディ「あらー…」
小道の先は棚田のように曲がりくねった坂道と、そこを絶え間なく転がる大岩と…
蛇女「………」
その棚田を見下ろす蛇女がいた。
大岩を一定の間隔で供給する機構は、精密に、そして果てしなく動いた。
コブラ「……はぁーあ、やれやれまたコレか」
レディ「芸がないなら無いなりに、打つ手はあったみたいね」
コブラ「しょうがない、ちょっくら走ってくか」
ビアトリス「えっ?」
コブラ「………」ダッ!
ビアトリス「なっ!?おい待てどこに行く!?」
レディ「止めなくても大丈夫よ。まぁ見てなさい」
仲間をおいて一人駆け出したコブラは、棚田状の上り坂を駆け上がる。
それを察知した蛇女は腕に力を込めると…
シュビッ!
掌から雷を放った。
だが雷がコブラのこめかみに刺さる瞬間、コブラは瞬時に身を屈めた。
さらに、その姿勢は跳躍に必要な『溜め』の動作にも繋がっていた。
ターン!
コブラが跳躍すると、今度は大岩がコブラの進路を殺しにくる。
しかしコブラの跳んだ方向は、垂直ではなく斜め上。
踏むべきものは壁だった。
ガッ!
石畳を蹴り、壁を蹴り、天井に両手の指と両足のブーツを減り込ませたコブラの『頭上』を…
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ…
大岩は通過していった。
コブラは天井から離れて着地すると、また走りだし、大岩の供給源を突き止めた。
コブラ「ほーらやっぱり。どんなアトラクションにもスタッフはいるもんだ」
岩を坂に流すための広間には、中心に岩の受け皿と方向機が据えられ、壁の上部四辺からは、岩に推力を加えるための鐘つきが備わっていた。
そして何よりコブラをニヤつかせたのは、広間の天井に空いた穴から、巨大な影が大岩を降ろそうとしている光景だった。
コブラ「だが、この遊具は使用禁止だ。危ないからな」シャリン
タン!
コブラ「そりゃーっ!」ガキーッ!!!
ガラガラガラ…ガシャーン
コブラ「機械は故障。これにて閉園だ。あんたも休んだらどうだ?どうせ給料安いんだろう?」
影「………」
影「………」スッ
コブラ「そうそう、そうやって引っ込んでてくれ。たまには休まなきゃ」
黒騎士の大剣に仕掛けを破壊された広間は、静かになった。
レディが不死達を連れてコブラと合流する。
ビアトリス「この物騒な大仕掛けの数々……やはりこの城全体が一つの罠のようだな。拠点としての働きなど考えられていない」
コブラ「ああ。嫌な方の予想が当たっちまったぜ」
ビアトリス「予想?」
レディ「みんな、こっちに通路があるわ。先に進めそうよ」
罠。ビアトリスの言葉は、まさしくこの城の全てを簡潔に表していた。
古城は食堂や倉庫、鍛冶場や練丹場、浴場などを欠き、それどころか住居として最低限持つべき食料そのものや、寝床と厠すら無かった。
中の造りは侵入者の迎撃一辺倒であり、打ち倒すべき対象には番兵たる蛇人達をも含まれているようだった。
一行はその蛇の巣窟ですらない死地を進んだ。
通路を歩けばボルトの嵐が襲い、落ちれば即死であろう細道の上はペンデュラムが守っていた。
それらを越えると蛇人達が押し寄せ、蛇人達を斬り伏せるとまた罠があった。
細道とペンデュラムと蛇女の雷の組み合わせは、ビアトリスの魔法のありがたみを、一層コブラに感じさせたほどだった。
身体能力に優れるコブラとレディはともかく、不死達はいくらか負傷し、その治癒にいくらかのエストを消費し、かくして一行は古城を抜けた。
正確には、古城の下層構造から。
コブラ「まだあるのかよ、いい加減飽きたぜ…」はぁー
暗所を抜けたコブラの見上げた先には、灰色の雲が積み上がった青空と、その下に広がる古城の上半分がそびえていた。
石積みの構造物はまたも複雑に絡み合い、各所に不穏な空気を漂わせている。
レディ「登るしかないわ。ここまで来たんですもの」
コブラ「憂鬱だなー。遊具に飽きたんだしおうち帰ってもいいだろ?ダメ?」
レディ「フフッ、だめね」
ジークマイヤー「うーむ…うーむ…」
ビアトリス「どうした、また唸って」
ジークマイヤー「エストを使い切ってしまったのだ…」
ビアトリス「人を背負って鎧まで着ているからだ。その鎧、本当に脱がなくていいのか?」
ジークマイヤー「そ、それは無理だ」
ビアトリス「人を二人担いでいるようなものだぞ」
ジークマイヤー「我慢すればいいだろう」
ビアトリス「………」
コブラ「なぁ、ちょっとばかしエストとやらを分けてもらえやしないか?」
ビアトリス「!? お、おい!これは限られた治癒の術だぞ!次の篝火までは補充も出来ないんだよ!」
コブラ「それは分かってんだよぉ。でも俺は不死人じゃないしここに来てからまともに水も飲んでないんだぜ?喉がカラカラだ。なぁ頼むよ」
ビアトリス「…まぁ、ろくに食べ物も無いのは確かだな…」
ビアトリス「仕方ない……一口だけだぞ」サッ
コブラ「ひゃー助かるぜぇ!」クイッ
コブラ「………」
ビアトリス「どうだ?」
コブラ「なんの味もしないな。飲んだ感触も無い。なんだこりゃ?」
ビアトリス「飲んどいて失礼な奴だな。不死人の味覚では結構な馳走だぞ」
コブラ「これがご馳走ねぇ…どういう味覚してるんだ?」
ビアトリス「食べたもの全てが口の中で灰になるようなものだ。故郷の味も忘れたよ」
ビアトリス「で、どうだ?喉は潤ったか?」
コブラ「それが全然」
ビアトリス「あぁ…貴重なエストを…」
コブラ「俺も残念だよ。あー腹減った…」
古城の上層階層は主に四つの要素で構成されていた。
広場と、通路と、階段と、石橋。
どの広場も焦げ臭く、全ての通路には血の跡。
あらゆる階段には炭化した何かが撒かれており、石橋という石橋には尽く手すりが無い。
そしてそれらに対してイレギュラーをもたらす存在がひとつ。
巨人「………」
ジークマイヤー「おお、あれは巨人か!」
コブラ「へへっ、ありゃあスタッフと言うより用心棒ってところかな?」
ビアトリス「古き神々の盟友か……しかし、なぜこんな所に…」
古城の最上部に建つ物見の塔から、巨人は一行を見下ろしている。縄を用いて鉄板を粗雑に組んだだけの面で顔は隠されていた。
だがコブラには巨人の視線がこちらに向いているのが分かった。7メートル程もあるであろう巨体を使って、何をしてくるのかも。
少なくとも仕掛けが壊れるまでは、別の巨人が別の場所で、大岩を仕掛けに供給していた。
コブラ「神の盟友ね…そんな大層な御仁がこんな所に詰めてるって事は、ここは『罠』ではなく『試練』だったって訳か」
レディ「金の鎧の彼は関係なかったみたいね。でもそしたら…」
コブラ「ああ。やはりこの旅は神々とやらにお膳立てされている。だがその試練の目的がまだ分からない。不死の使命を遂行できる英雄を選別するためなのか、それとも、この試練こそが不死の使命なのか…」
ザッ!
ジークマイヤー「!」
バルデルの騎士「………」シュッ!
コブラが思慮に耽っていると、一行が立つ踊り場の影、下へと続く階段から、赤いマントを羽織った亡者化した騎士が細い刃を振るった。
刃は、刃を持つ騎士から最も近い不死の首元へと向かって、空気を裂いて進む。
ビアトリス「!?」
コブラ「ムッ!」
ジークマイヤー「ふん!!」ババッ!
ガシィン!!ドシャアアーッ!
その突進は、総重量が160キロを超える塊の体当たりを受け、登ってきた階段の一番下まで弾き飛ばされた。
騎士が持っていた剣は、ジークマイヤーとの接触時に放り投げられ、空中で弧を描いて騎士の頭に突き刺さった。
この瞬間に騎士は事切れたが、不死の耐久性にどのような限りがあるか知らないレディは、念押しとして既に飛び後ろ回し蹴りを放っていた。
ドガァッ!!シャリシャリシャリゴォン!!ガラガラ…
レディの蹴りは騎士の肋骨を背中に触れるほど押し込み、騎士は鎧の破片を撒き散らしながら石畳をコマのように滑って、石壁に激突した騎士の死体は積まれた石を打ち砕いた。
ジークマイヤー「不意打ち卑怯なり!……というか、凄い力だな…」
レディ「それほどでもないわよ。どう?怪我は無い?」
ビアトリス「あ、ああ、大丈夫だ。すまない、手間を掛けて…」
ジークマイヤー「なあに、両手が塞がっていても戦えるのがカタリナの騎士。重い鎧も使いようだ」
レディ「コブラ、ここも安全じゃないみたいよ。先に進みましょう」
コブラ「………」
安全な場所はどこにもない。だが、その場にこそ求めるものはある。
果ての無い試練であれば、尚のことそうであって欲しいという願望は強まり、願望は足を進ませる。
敵が姿を現した、階段の先にさえ。
コブラ「それっ!」ブーン!
バルデルの騎士「グエッ!」ドカーッ!!
階段の先は袋小路だったが、そこにはもう一人騎士が潜んでいた。
しかし敵と相対した時の反射神経でコブラに適うはずも無く、騎士は咄嗟に構えた盾ごと特大剣で叩き斬られ、地に伏した。
そして自身の後ろにあった宝箱を一行の前に晒し、コブラは箱を開けた。
コブラ「そうだよ!これだよこれ!やっぱり宝箱にはこういうのが入ってなくちゃあなッ!」
ようやく求めたもの『らしさ』を備えた一品を拝めたコブラは、小躍りした。
その指輪は炎のように紅い宝石を讃え、石は鋭い輝きを綺麗にカットされた一辺一辺から発していた。
ビアトリス「炎宝石の指輪か……良いものを見つけたな」
コブラ「炎宝石?」
ジークマイヤー「炎宝石は炎を弾く石だ。騎士達の宝石とも呼ばれている」
コブラ「へえー…あんた意外と石に詳しいんだな。ここに来る前はヤンチャしてたクチかい?」
ジークマイヤー「はっはっは!宝石と聞いてヤンチャが浮かぶとはな」
ジークマイヤー「だが、あいにくそういう訳では無い。魔法の戦指輪を知ることは騎士たる者の嗜み。いや、義務なのだ。鎧も剣も盾も騎士の友であり、指輪も同じなのだ」
コブラ「ふーん…騎士の戦指輪ね。炎を弾くって事は、コイツを着けてりゃ火の海も歩けるのか?」
ジークマイヤー「流石にそこまでの力は無い。燈台の火を握っても軽い火傷で済むぐらいにするだけだ。溶岩なんて渡れば死体が残るだけだろうなぁ」
コブラ「よく分かった。死体が残るだけマシって思う事にするよ」
指輪を右手人差し指に嵌め、コブラは仲間と共に上を目指した。
皆鈍足なカタリナ騎士を気遣いつつも、階段を駆け、踊り場を駆け、石畳の上を駆ける。
行く手を阻む亡者はおらず、蛇人達も姿を見せない。だが表に出ないには、出ないだけの理由があった。
巨人「………」グオッ…
ただの大岩にしてはやけに丸い、砲丸と言って差し支えない大玉が、巨人によって掲げられた時、一行は脚を止め…
コブラ「戻れ!」
引き返した。そして一拍子遅れて…
ドオオオーーーン!!!
不死達が元いた場所は火の海に包まれた。
落とされ砕けた大玉は、炎と黒煙をあたりにぶち撒けた。
確かに指輪一つで凌げるようには見えないと、コブラは思った。
コブラ「無茶しやがるぜ。あいつこの城を壊す気だぞ」フフッ
ビアトリス「あの距離では私の魔法も届かない…打つ手無し、か…」
レディ「いいえ、あるにはあるわ。でも代償が要る」
コブラ「そこなんだよなー…誰か魂貸してくんない?弾丸でもいいけど」
ビアトリス「弾丸…?」
ジークマイヤー「いや、なんとかなるだろう」
ビアトリス「へ?」
ジークマイヤー「このカタリナ騎士、ジークマイヤーに秘策あり」フッ
依然として眠り続けるローガンを壁際に寄りかからせ、ジークマイヤーは威風堂々に歩き出した。
石畳を焼いた炎はすで沈静し、所々に燻りを残している。
その燻りの一つを踏み退けて、ジークマイヤーは大玉の着弾地点に立った。
ビアトリス「!? おい!気でも触れたのか!?」
ビアトリスは焦った様子で声を荒げたが、カタリナの騎士は巨人を見上げたまま動かない。
コブラとレディは静観しているが、事が起きればレディはジークマイヤーを引き戻し、コブラは無けなしのサイコエネルギーを放つだろう。
巨人は逃げも隠れもしない侵入者を訝しく思いつつも、やはり仰せつかった使命に忠実に従った。
ゴオオオッ!!
火薬を満載した大玉が、ジークマイヤー目掛けて飛んでくる。
レディは駆け出し、コブラはサイコガンを抜いた。
ジークマイヤー「フン!」バッ!
カタリナの騎士はタリスマンを握りしめ、大きく胸を張った。
彼のとった行動はそれだけだった。
ドオオオォォーーーン!!
レディ「!?」
コブラ「なにっ!?」
だが、それだけを行なった不死の全身から、爆発とも呼べる強烈な衝撃波が発せられた。燻る炎は掻き消され、レディは元いた場所まで押し戻された。空気中の埃や塵も巻き上げられ、ジークマイヤーを中心に大きな球状の無風地帯が形成された。
更に、衝撃波が撥ね除けたのはそれらだけではなかった。
巨人「むぉっ!?」
巨人は驚嘆した。
侵入者へ向け投げつけた火薬玉が、小男に投げ返されたのである。しかも、巨人には選択肢が無かった。
大玉の殻は薄く、受け止めれば割れて爆発し、撃ち返しても爆発する。避ければ作り置きされた残りの大玉に、眼前の大玉が直撃して爆発する。そして如何なる爆発も、全ての大玉を連鎖的に吹き飛ばすだろう。
巨人「オオオオオーーッ!!」
ゆえに、巨人は塔から飛び降りるしか無かった。
ドグワアアアアアァァァ!!!
物見の塔は粉々に吹き飛んだが、巨人は九死に一生を得た。
キノコ雲さえ立ちのぼらせる程の炎に包まれれば、巨人といえど跡形も残らなかっただろう。
巨人の判断は正しかったが、使命の完遂にはあまりにも不都合だった。
ズドドドオォン!!
巨人「むおお!?ふおおおお!?」ガラガラガラ…
城は遥か昔からあり、長年風雨に晒されてきた。
蛇人達に整備をするほどの知能は無く、巨人達は大きすぎて、重すぎたのだ。
城は誰からも顧みられる事無く、手入れはされなかった。
そんな古城に、飛び降りた巨人を受け止めるほどの頑強さなどは無かったが、泥の山のように崩れて、衝撃を吸収するくらいの耐久力は残していた。
巨人「おおおおおおおお!?」ガラガラガラ…
巨人はゆっくりと古城を削りながら滑り、鬱蒼とした森へと落ちていった。
不死達の体にソウルが流れ込まないのだから生きてはいるが、もう古城へは戻れないだろう。
登ろうにも、登れば崩れるのだ。
ジークマイヤー「見たか!これが騎士の奇跡!フォースの力だ!」えっへん
コブラ「スターウォーズかな?」
ビアトリス「まさか跳ね返せるとは…」
レディ「なんだかすごい事になったけれど、これ登れるのかしら?」
ビアトリス「わからん…」
崩れた塔は大量の瓦礫を吐き出し、瓦礫は城の各部を連鎖的に破壊した。
物見の塔から別の塔へと延びる石橋は断たれ、石畳は埋まり、または落ち窪む。
噴煙は収まり、跡には静かな積み石の山だけが残ったが、破壊されたのはあくまで物見の塔とその周辺のみ。
古城の大部分は健在であり、旅の行く先はまだ消えてはいなかった。
コブラ「なんとまあ随分と殺風景になっちまったなぁ」ガラガラ…
ビアトリス「正直言って、ここまでの事になるとは想像していなかっただろう?」ガラガラ…
ジークマイヤー「うむ」ガラガラ…
コブラ「奇跡って言ったか?神々の威光は少々ありがた過ぎたみたいだな。危うくこっちも立ち往生するところだ。よいしょっ」ガシャーン…
レディ「神に崩された塔って、まるでバベルの神話ね。でも敵もいなくなった事だし、生きてるだけで丸儲けと考えましょう」ガラガラ…
ジークマイヤー「バベル?ハベル神話ではないのか?」
レディ「?」
コブラ「この中に宝でも埋まってないかねー…これだけ歩いて指輪が一個だけって割に合わないぜ」ガラガラ…
不死達とレディがただ瓦礫を踏み越えるなか、コブラは未練がましく積み石をひっくり返しつつ、歩みを遅くしている。
元々明確な道筋や達すべき目標が示されない旅である以上、空腹である事も相まって、コブラは美女や宝といった褒美が無ければ戦意を維持できない状態にあった。
コブラ「ふぅー…」
そんないわゆる『元気のない』状態で、コブラ達は呆気なく古城の最終目的地と思われる部屋に着いてしまった。
その一室の上には本来物見の塔があったが、塔の崩壊により天井は消失している。
本来、別の塔へと続く石橋、物見の塔への階段、扉の無い霧のかかった門、狙撃兵に守られた横穴の、計四つの出入り口がその部屋にはあったが、石橋と階段は崩落し、狙撃兵は死んで埋もれ、霧を形作っていた門は崩落によって力を失ったのか、門の積み石から弱々しく白煙を漏らすだけだった。
そして、力を失った門の向こうには、壁の無い石造りの広場と、その奥地に建つ鉄の巨人像が見える。
何故コブラはため息を吐いたのか。
霧の先にあったものから、散々な目に遭ってきたからだ。
コブラ「今度の相手はアイツか……まったく分かりやすいぜ」
レディ「ジーク、ローガンは門の陰に寝かせておいた方が良さそうよ」
ジークマイヤー「うむ、そのようだな」スッ…
ローガン「………」グッタリ
ビアトリス「痛ましい……で、作戦はどうする?私の魔法もそろそろ使用限界が近い」
コブラ「作戦と言っても、敵の手の内が分からないからな。下手な考え休むに似たり。愚直に行くさ」
ビアトリス「愚直ね。分かったよ」
コブラ「………」スッ…
コブラの歩みが門を潜る。不死達もコブラの後に続く。
だが、些細なそれだけの動きも、攻撃の対象だった。
アイアンゴーレムは起動し、大斧を構え直すと、歩き始める。
像の起こしたアクションはコブラの予想の範疇にあったが、その歩みがすぐに止まったのを見て、怪訝に思った。
そして、侵入者を遠くに見据えたまま、何故大斧を振り上げるのかも。
コブラ「おっと、こりゃヤバい」
飛んでくるのは大斧だと思った。
しかし、アイアンゴーレムは更に予想を上回った。
ブオーーン!!!
大斧が風を斬る。
コブラ「避け…ありゃ?」
しかし、大斧は飛ばない。
巨像は握った得物をただ振るっただけであった。
少なくとも、誰しもにそう見えた。
ユラッ…
コブラの眼前の空気が揺らめく。
声を上げるには既に遅すぎて、避けるにしても、その揺らめきは大きかった。
ゴワッ!!!!
レディ「えっ!?」
ジークマイヤー「おおっ!?」
コブラは大剣を用いて辛うじて直撃だけは防いだものの、その両脚は宙に浮き…
コブラ「ぐふっ!」ドドォーッ!!
石壁を破る勢いで、背中をしたたか打ちつけた。
ジークマイヤー「なんだ今のは!?放つフォースか!?」
ビアトリス「い、いや、そんな気配は何も…」
レディ「大丈夫コブラ!?立てる!?」
コブラ「お、俺の事はいい…それより気をつけろ…次が来るぞ」
レディがコブラを介抱する瞬間を隙と感知し、アイアンゴーレムはまたも大斧を振り上げる。
刃の欠けた斧は太陽の光を反射して異様にぎらつき。その鋭い輝きは、コブラの眼には剥き出しの殺意に映った。
ボッ!!! ボッ!!! ボッ!!!
大斧は今度は三度振るわれ、空気を破る音も三度鳴る。
不死達の前にまたしても揺らぎが現れたが、揺らぎは大きく分厚く、そして鋭かった。
バチュン!!
身軽なレディは、コブラを肩に担いで揺らぎを飛び越す。
ジークマイヤー「ふんおおお!!!」ドゴォン!!!
カタリナの騎士はフォースによって揺らぎを大きく削ったが、残る風に鎧を撫でられ、大きく体勢を崩した。
ボゴオォーーーッ!!!
最も大きい被害を被ることは、硬い鎧も身軽な体捌きも持たないビアトリスにとっては必然だった。
幸いにして良い眼を持ってはいたが、それも辛うじて命を繋いだだけにすぎない。
ビアトリス「ぐ……あっ…」
眼前が揺らいだ瞬間に飛び退いたことにより即死こそは免れはしたが、ビアトリスは深手を負った。
右足首から先を削ぎ飛ばされた彼女の戦術からは、回避という選択肢が消えてしまった。
ビアトリス「………」ハァハァ…
ジークマイヤー「貴公、脚を…!」
ビアトリス「これぐらい平気さ…エストを飲めばなんとかなるよ…」
ビアトリスは息も絶え絶えに強がって見せたが、それは嘘だとジークマイヤーでさえ気付くことが出来た。
彼女がエストを飲むと切り飛ばされた足先は灰となり、再び彼女の右足首に纏わりついて形を成したが、接合は不完全であり、傷口からはすぐさま血が滲み始めた。
辛うじて立ち上がる事は出来る。しかし回避だけでなく、ビアトリスは回復という選択肢をも失った。
ビアトリス「貴公はあの像をとにかく斬りつけろ…私はここから魔法を放ち続ける…」
ビアトリス「…他に手は無い。行け」
ジークマイヤー「しかし…」
レディ「ヤケを起こすのは早いんじゃなくって?」ササッ
そんな覚悟を決めかけた彼女をレディは小脇に抱えて、ジークマイヤーの前に立った。
レディのそばに、負傷したであろうコブラの姿は無い。
レディ「なっ、おい、離せ!足手まといはごめんだぞ!」
レディ「わがまま言わないの。しょうがないでしょ?」
ジークマイヤー「き…貴公、コブラはどうしたのだ!?」
レディ「コブラ? ああ、彼ならあそこにいるわ」
レディの視線を二人の不死は追い、そしてアイアンゴーレムのすぐ足元に眼にした。
脇腹を抑えながらも、しかし力強さを感じさせるその立ち姿を。
特大剣を握る右手には力が溢れ、剣の切っ先は石畳から離れていた。
ジークマイヤー「む、まさか…!」
レディ「ビアトリス、私が貴女の脚になるわ。彼を支援するのよ」
ビアトリス「そういう事か。分かった」
グン!!!
眼前の侵入者を叩き潰すべく巨像が斧を振り上げる。上体を反り返すその渾身の一撃を、コブラは待っていた。
必殺の間合いに獲物が寄れば、間合いを持つものは必ず必殺を狙う。
そんな悪党どもの足元を文字通り掬うのだ。
ブーン!!!
巨大な鉄塊は…
コブラ「………」ササーッ!
地を滑る蛇の頭上を抜け…
ゴオッ!!
蛇の大牙は…
ガァーーン!!
巨像の足首を捉え、股の間を抜けた。
手応えはあった。だがあり過ぎた。
コブラ(腕にジーンとくるぜ。戦艦ぶっ叩いたみたいだ…)
黒騎士から奪いし特大剣の威力は、しかし鉄の像に全て受け切られた。
巨像は股下を潜った小虫を踏みにじるため、今度は脚を上げ、降ろした。
先の衝撃に内臓を痛めたコブラだが、鈍重な踏みつけを貰う程には弱っていない。
コブラ「!」
しかし、やはり援護射撃は有り難かった。
少なくとも少しの間、疲れた身体に鞭打つ必要が無くなるのだから。
シュドン! バスッ!
ソウルの太矢の狙いは精確で、巨像の体格に比しても小さいその頭にも、ビアトリスは連続した小爆発を次々と与えた。
レディに小脇に抱えられているため見た目は少しあれだが、その隙にコブラは巨像の背後に回り込む事に成功する。
タッタッタッタッ…
ジークマイヤー「ふーん!!」ブオン!
ガギィッ!
ビアトリスの魔法に続いて、ジークマイヤーも助走をつけて巨剣を振るい、巨像の脛に渾身の一撃を叩き込む。
金属同士の鋭い衝突音が響き、その音はジークマイヤーの脳裏に微かな勝利の予感をもたらした程だった。
だが、その一撃は巨像からの攻撃の呼び水にしかならず、そしてその矛先は…
ブオッ!
ジークマイヤー「おっ…」
ビアトリス「逃げろ!掴まれる!」
ジークマイヤーに掌として向かい…
ジークマイヤー「おろっ?」チッ!
ビアトリス(えっ?)
ジークマイヤーの頭上を掠め…
コブラ「!?」ガシィッ!
巨像自身の股下を通り抜け、巨像の背後にいたコブラに終着した。
その様子は滑稽とも言え、コブラに極めて古い地球の民俗学的知識を想起させた。
烏に睨まれた者には災いが降りかかる。それを逸らすため、睨まれた者は自身の股下から烏を睨む。
その姿勢で烏に向かって石を投げれば、災いから逃れられるという。
コブラ「ちょ、ちょっと待ってくれ!毒蛇投げるなんてカラスが可哀…」
ブオオオーーッ!!
突如突風の中に晒されたコブラは、ジークマイヤーに向かって一直線に飛んで行き…
ジークマイヤー「うげぇ!」ドガーーッ!!
彼を巻き込み…
レディ「コブラ!」サッ!
ビアトリス「痛っ!」ドテッ
バスーーン!
レディに受け止められ、ようやく止まった。
急に石畳に落とされたビアトリスは腹を痛め、コブラとジークマイヤーは全身を痛めた。
旅の一行は元いた場所に戻され、全員が負傷した。
四人の元へ巨像が近づく。
ビアトリス「大丈夫か!?」
コブラ「大丈夫じゃないよまったく…あんたはどうだ?」
ジークマイヤー「む、無理だ…もう動けん…エストも空だ…」
ジークマイヤー「貴公は…?」
コブラ「そうだな、ほうれん草があればすぐにでもアイツを倒せるんだがね。掴まれ」サッ
ジークマイヤー「ハハ…またわけの分からんことを…」ヨロッ
力無く笑ったジークマイヤーは、コブラに肩を貸されてよろめきながらも立ち上がる。
レディはビアトリスを再び担ぐ。
レディ「コブラ、彼をお願い。私は彼女と一緒に巨人を食い止めるわ」
コブラ「分かった。なんならそのまま倒してもらっても構わないぜ」
レディ「それは貴方に譲るわ。来たわよ」
ズーーン!
石畳に足を減り込ませ、巨像は一行の前に立った。
コブラはジークマイヤーを壁際に休ませるため、巨像から離れる。
それを追撃しようと巨像が身構えると…
ボボン!
巨像の頭部に魔力の爆発が生じた。巨像は破壊目標をレディとビアトリスに切り替え、即座に反撃する。
ブオォン!!
レディ「………」サッ
バフォーッ!!
レディ「………」バッ!
矢継ぎ早に繰り出される鉄塊の連撃を、レディは大きく余裕を持って回避する。
振り下ろしにはバックステップ。横降りには跳躍で対応した。
だが巨像には近付かず、一定の距離を保った。
レディ「だんだん慣れてきたわ。そっちはどう?」
ビアトリス「良い感じだよ。おかげさまで」シュイーン!
ボン! バシィーン! ボォン!
攻撃の役割はビアトリスが担っているため、レディが攻勢に回る必要は無い。
ビアトリスは回避をせずして好きなだけ魔法を巨像に叩き込めるため、彼女の攻撃は全て巨像の頭部に集中する。
二人は確かな手応えを感じていた。巨像の頭部からはカケラの一つも落ちてはこないが。
レディ「良い感じだけれど。効いてるのかしらね」ササッ
ビアトリス「そのはずだ。そうでなくては困る」シュイーン!
ボボン!
ビアトリス「あっ…」
レディ「?」
ビアトリス「ここまでだね…魔法を使い切った」
レディ「あら…」
コブラ「様子が変だ。なんで魔法を撃たないんだ?」
ジークマイヤー「回数が来たんだろう。奇跡も魔法も無限に振るえるわけでは無いからな」
コブラ「世知辛い話だなぁ」フフッ
ジークマイヤー「随分余裕そうだが、貴公は分かっているのか?窮地なんだぞ?」
コブラ「分かってるって。だからこそ笑うのさ」
ジークマイヤー「わら…なに?」
コブラ「まぁ見てな。ちょいとばかし命を懸けてくる」ザッ…
ザッザッザッザッ…
レディ「膠着状態ね…そろそろコブラと合流したいところだけど…」
レディ「!」サッ
ガゴーーン!!!
レディ「そうもいかないみたいね」
ビアトリス「ちょっと酔ってきたよ…あんまり身体を振り回さないでくれ…」
レディ「片手で持つには脇に抱えるしか無いのよ。両手が使えたら貴女を背負えるのだけれど」
二人は攻めあぐね、逃げあぐね、徐々に詰まりつつあった。
アイアンゴーレムは戦法を切り替え、斧の振り回しではなく、素手による素早い突き下ろしを攻撃の要としている。
レディが一歩でも歩けば、巨像はそこへ向け即座に鉄塊を打ち降ろす。巨像の動きは単純だが、それゆえレディは身動きが取れなくなって来ていた。
ゴッ
そんな緊張した場を破ったのは、アイアンゴーレムの頭に当たった一個のブロックだった。
もはや脅威ではなくなった二人を放置して、巨像は振り向き、石を投げたであろう男に向かって歩を進め始める。
コブラは、石橋を失った塔を指差しながら、得意の軽口を口から出るに任せた。
コブラ「よぉ、へへへ、怒らせちまったかな?」
ズーーン!
コブラ「まぁ来てくれよ。ここからの眺めは最高だぜ」
ズーーン!
コブラ「もっとも、おたくはもう見飽きたかな?」
ブォン!!
ドガァーーン!!!
コブラに数歩近づき、巨像は斧から風を放った。
コブラのいた石畳は粉々に粉砕され、辺りに岩塊が散らばる。
コブラ「ヒューあぶねえ。それはYESってことか?」
しかし、コブラは斧が振られた瞬間にその場で跳躍し、直撃を避けていた。
いくらか破片を喰らいはしたが、それもかすり傷の範疇だった。
ブーーン!!
ガキーーン!!!
巨像は更に数歩近づき、今度は斧をコブラの脳天めがけ振り下ろす。
コブラは大きく横に跳んで回避し、飛んできた破片を背中で防ぐ。
コブラ「いやNOか?なんか喋ってくれよ。おたくのジェスチャーは派手すぎてわか…」
ガシィッ!!
十分に接近した巨像は、コブラを掴んだ。
ブン!!!
そしてコブラは凄まじい速さで振り上げられ、コブラの手首から伸びたワイヤーは鞭のようにしなった。
黒い鉄の塊が飛翔した。
その塊は永きに渡って塔に立ち、選ばれた不死の英雄の到来を待っていた。
鉄の巨像を打ち倒す為に、力を貸してくれるであろう不死の到来を。
そして時は合一し、機会は訪れた。
塔に向かって伸びた一本の鋼線を、彼は自身に巻きつけた。
奇抜な衣装を身にまとう男の、常軌を逸した行動の意図を読み取ったのだ。
時間という狂気に半ば蝕まれ、故に育った狂気的行動への共感力が、鉄塊にそうさせたのだった。
ブオオオーーッ!!!
巨像に向かって飛翔する鉄塊は、身の丈ほどもある大鉄剣を空中で振り上げ…
「ウオオオオオオォーーーーッ!!!!」
飛翔の速度に己の剣勢を乗せ、アイアンゴーレムの頭に激突した。
ドゴオオォーーーン!!!
大鉄剣は巨像の頭部に深々と減り込み、剣の先端は巨像の後頭部から貫通した。
アイアンゴーレムは上半身を大きく仰け反らせ、バランスを崩し…
ズドオォーーン!!
転倒して、灰色の砂埃を巻き上げた。
ビアトリス「今度はなんだ!?今のは!?」
レディ「人に見えたわ……アレは一体…」
ジークマイヤー「おーい!今のはなんだーっ!?何か見たかーっ!?」
レディ「彼も見たって事は、少なくとも幻じゃ無いわね。魔法?」
ビアトリス「こんな破壊力のある魔法、私は知らないよ…」
困惑する不死達が見守る中、濛々と立ち上る砂埃から出てきたコブラは、服をポンポンと叩いた。
コブラ「ふー助かったー…イチかバチかだったが、なんとかなったみたいだな」
レディ「コブラ、これはどういう事?貴方は大丈夫なの?」
コブラ「外れた肩はさっき嵌めた。で、アイツについては、一度掴み上げられた時に見かけてね…」
巻き上げられた砂埃は風に流され、薄まり、巨像の全体像を一行の前に晒す。
巨像は頭部に穿たれた穴からソウルを立ち上らせ、巨像の上に立つ鉄塊を撫でた。
コブラ「助太刀してもらう事にした」
黒鉄のタルカス「オオオーーーッ!!」ドグォーーーッ!!!
巨大な盾と巨大な剣を持ち、漆黒の大鎧に身を固めた騎士はまさに鉄塊の如くであり、振るった特大剣がアイアンゴーレムを叩くと、巨像の脚は跳ね、衝撃は巨像の背中を伝わってジークマイヤーの足までも震わせた。
そんな芸当はコブラにさえも不可能なものであり、賭けにコブラは勝利したのだった。
ガゴオォーーーン!!
ドガァーーッ!!!
ビアトリス「す、凄まじいな…」
コブラ「ああ、釣ってきた甲斐があったぜ。予想以上だ」
タルカス「フン!!!」ゴオッ!!!
バキィン!!!
レディ「危ない!」サッ
コブラ「!」サッ
ビアトリス「!?」サッ
ドガァン! ゴロンゴロン…
レディ「すごいわ彼、腕を斬り飛ばしたわ…」
コブラ「俺たちの出番は無さそうだなぁ。なんでコイツはあそこに突っ立ってたんだ?」フフッ
ビアトリス「あそこって何処だ?なんだか分からん。話が見えない」
コブラ「コイツは俺たちが今いる広場の近くに建つ塔から釣り上げて来たんだ。風も斧も避けられたら巨像は必ず掴みに来ると俺は踏んで、コイツに向かってワイヤーを飛ばしておいたのさ。そうすると巨像が俺を振り回したらコイツも飛んでくるだろ?」
コブラ「あんなデカイ剣を猛スピードで顔に突っ込まれたら、誰だってタダじゃあすまない。その目論見は見事に的中したわけだ」
コブラ「流石にここまで強いとは思わなかったがね」
タルカス「ウオオオーーッ!!!」バオッ!!
ガッコォーーン!!!
破城槌の如き特大剣を何度も打ち下ろされ、巨像の胴体部の装甲は遂に崩壊し、騎士はアイアンゴーレムの胴体に落下して渦巻くソウルに漬かった。
渦巻くソウルは巨像の動力として機能していたが、高まった力の開放点を求めて、巨像の胴体に開いた大穴に殺到する。
一方、怒れるタルカスは構わずに巨像内部で縦横に大鉄剣を振り回す。その振り回された大鉄剣にソウルが巻き込まれ、まとわり着こうとも、剣を振るう手を止めようとしない。
必然として、タルカスの振るうグレートソードと呼ばれる大鉄剣は、一時的に強大な魔力を帯び、巨像の内部で破壊の嵐を巻き起こした。
巨像自体を斬り裂き、撃ち砕く程の嵐を。
ズガアアァーーーン!!!
コブラ「うおおーっ!?」
広場の中心で生じたソウルと鉄の爆発は、ジークマイヤーとローガンを巻き込まなかったものの、コブラとその近くにいたレディとビアトリスを飲み込み、弾き飛ばす。
コブラは瞬時にワイヤーフックを再び伸ばすと、空中に投げ出されたレディとビアトリスを捕らえ、残った手で足場の淵に掴まり、ぶら下がった。
しかし、引き上げることが出来ない。痛めた脇腹がコブラから力を奪っている。
コブラ「無茶をするヤツだ。花火は空に撃ってくれ。イテテ…」
タルカス「………」ヌオッ
コブラ「よお。あんた亡者じゃないよな?見ての通りだ。釣り上げてくれ」
タルカス「………」ガシッ
手首を掴まれたコブラは、一瞬そのまま握り潰されやしないかと冷や汗をかいた。
三人の人間を、鎧を着たまま片手で引き上げるのだから、それだけの力が込められる事は分かっていた。
コブラ「!?」コキッ
しかしついさっき嵌め直した肩を、もう一度外されかける事は予想していなかった。
コブラ「ふぇーっ、助けてくれた恩人に文句を言うのもなんだが、次からはもう少し手心を加えてくれると助かるね」
ビアトリス「死ぬかと思ったぞ…」
タルカス「………」
コブラ「お、オイオイさっきまであんなにはしゃいでたろう?返事がないと心細いぜ」
タルカス「はしゃいでいたように見えるのか?」
コブラ「そりゃ見えたさぁ。贔屓にしてるチームが勝った時の俺みたいだったぜ」
タルカス「なんの話か知らん。俺は貴公を利用しただけの事だ」
コブラ「ああそうだ。ならもっと利用すべきだろ?」
タルカス「………」ザッ
コブラ「? おい、何処行くんだ?」
レディ「待ってコブラ。彼、何か…」
騎士はコブラを無視して広場の中央に立ち、その場に屈み込む。
すると、騎士の足元に白金色に輝く小さな輪が数秒現れ、消えた。
騎士は輪の消失を見届けると、立ち上がって空を見上げる。
コブラ「瞑想でもしてるのかい?」
タルカス「俺は神の国に行く。絵画が俺を呼ぶ」
レディ「絵画?」
コブラ「神の国だって?そんなものがこの先にあるのか?」
その問いにも騎士は答えない。ただ空だけを見つめている。
コブラは言い知れぬ不安を騎士に覚えたが、恩人である彼に対して強い態度を取りきれないところもあり、問いただす事に引け目を感じた。
バサーーッ!!
突然、コブラ達の目の前、タルカスの周囲に、翼を生やした色白の怪物が降り立った。
怪物の翼はコウモリの翼膜を持ち、身体は痩せこけてはいるが大柄であり、人型の四肢の末端は紅く染まっている。
手に持つ槍は骨の様な棘を持ち、雷を纏っている。
そして複数匹降り立ったうちの一匹が、目が無く、脳を剥き出しにした顔をコブラに向け、皮膚に覆われていない人間の口から、無臭の息を吐いた。
コブラ「なんだコイツらは…!」
ビアトリス「こっ…彼らはレッサーデーモンだ…神の御使にして、悪魔の子供たち…」
ビアトリス「気をつけろ…彼らを記した文献はほぼ存在しない。何をしてくるか分からないぞ」
全力を尽くした末での、未知の存在との戦いになるが、コブラ達は構えるしか無かった。
ジークマイヤーとローガンは戦えず、ビアトリスは魔法を使えず、レディはビアトリスを守るために戦いに加わることが出来ない。
頼れるのは、負傷し、サイコガンも多くて二度しか打てないコブラだけ。
そのコブラの構える黒騎士の大剣も、翼を持つ三匹の悪魔を相手にどこまで通用するか分からない。
三方向から同時に飛びかかられた場合、全滅は免れないという、絶望的な状況が形成されてしまった。
>>316
周回がカンストする頃には強くなりすぎてて
主人公が必死こいてボス相手に820ダメージ出してる隣で
同じボス相手に3400ダメージとか平気で出してくるキ○ガイ
プレイヤー操作の闇霊とかにも一撃必[ピーーー]るものだから
一時期「タルカス道場」なんてのも生まれて闇霊に嫌われてた
弱点は動きが鈍いこと
あと大抵クソ硬い
思ったんだけど、ダークソウル知ってる人にしか分からない小ネタを沢山仕込んだしこれからも仕込むけど
これってフロムゲー知らずにコブラだけ知ってる人は楽しめるのだろうか…
書いてて不安になってきた
あとダークソウル知ってる人向けにメタ的な説明として
コブラの冒険における条件設定とコブラの大まかなステータスを書いとく
・コブラのステータス
体力99 滅茶苦茶硬い。不死より不死してるから。
記憶力99 宇宙のありとあらゆる芸術品を網羅し、一度見た美女は絶対に忘れないから。古代人レベルのマリリンモンローさえ覚えてる。
持久力99 体力と同じ理由。あと時速72キロで走っても息を荒げないから。
筋力99 厚さ20センチの特殊合金や最新型サイボーグを素手でぶち抜き「牢屋の鉄格子を曲げられる」から。だから本当は100。
技量70 基本万能だけど、一分野のプロには負けるから。ダクソの技キャラも技量50以降はあんまり見ない印象なので、そこに宇宙的技として+20。
耐久力99 体力と同じ理由。ほっといても怪我が治っていくのでゲーム的都合で書くとフルアンバサの超耐久タイプ
理力50 宇宙の科学知識について造形が深く、色んな神秘も見てるから基本高い。でも魔法はてんでダメなので99にはならない。
信仰30 信じてはいないけど神を文字通り見たことあるし知っているので30。神の業レベルの奇跡は使えない。
啓蒙40 ダクソのパラメーターじゃないけど、宇宙的超技術をいくつも知っているし、それはダクソ世界に無いものだから。
・条件
難易度はカンストなので敵も味方も強さMAX
侵入あり
基本的にノーデス
初見プレイ
体力自動回復
不死と違って腹が減るので空腹による体力自動減衰あり
寝不足による装備重量低下などの状態異常あり
不衛生による毒を始めとした状態異常あり(耐性は超高い)
周回カンストの場合、タルカスの筋力は多分180とか超えてるからこの冒険だとコブラより強い
コブラの攻撃力は99の範疇に一応は収まるレベルにしたいから(例外も作るけど)一撃でボスに3400ダメージとかは与えない
サイコガンについては戦艦とか吹っ飛ばしたり小惑星を砕いたり出来るから、最悪、最大攻撃力が一億とかになるかもしれない
全盛期グウィンの雷でさえ古竜の角を一本吹き飛ばす程度なのに寺沢武一さんはほんま恐ろしい人やで
あとこういうの見ると話に集中出来なくなる人もいるかもしれないから、万が一まとめに載る場合、このレスと>>317は本文中からは消してちょ
見てしまった人は一足遅いTRPGスレの設定羅列レスとでも思って見れば精神衛生上うんたらかんたらです
コブラ「へへっ、神に雇われる悪魔ね。検察官からの引き渡しじゃあ満足出来なかったか!」
コブラ「来るなら来てみろっ!サタンの元へ送ってやるぜ!」
超常の者を相手にしているとは思えない口を叩き、コブラは戦闘態勢を保ってはいるが、それらの威嚇は己が戦える状態に無い事を相手に伝える行為であり、現に今のコブラに戦闘能力などは無かった。
ロードランの時は歪んでおり、街路の昼はいつまでも続き、森の夜もいつまでも続く。その影響を睡眠を必要としない不死たちは受けないが、コブラはそうではない。
コブラの腕時計は、この地に来た際に彼自身の手によって一度リセットされているが、その時計のカウンターが既に3日目を数えている。
ろくに休めず、おまけに栄養を失調しかけている肉体は、長旅でいくつも生傷を背負いつつも今までは持ちこたえていた。
その崩れかけた均衡を巨像の一撃が崩してしまった。
それ程までに、コブラの体内にある折れた肋骨は、決定的なダメージをコブラに刻みつけていた。
コブラ(とは言ったものの、やれやれ言うんじゃなかったぜ)
コブラ(剣を持ち上げてるだけで精一杯だ。今にも女の子みたいに気絶しちまいそうだ…)
そんなコブラの肉体の主張を、当然デーモン達も察知している。
火の時代の始まりから都に仕える者達。彼らは多くを両眼無き顔で見てきたのだから。
スッ…
一匹のデーモンが槍で空を突くと…
ブオッ!
残りのデーモン達はタルカスを抱えてはばたき、彼らは天高く聳える壁の如き山々を超えて、頂きを照らす陽光に消えていった。
それらを見送ると、残った一匹は槍を下ろし、その刃先をタルカスがいた岩の床に向ける。
そして飛び立ち、彼らと同じく、山を超えて姿を消した。
レディ「これは…」
コブラ「フゥー……まぁた意味深な事をしてくれるぜ。果たしてコイツは罠か、招待か」
ビアトリス「神に仕えるとてやはりデーモン。殺してソウルを奪うだけかもしれない。神の都にすんなり招くなど…」
コブラ「ありえない、か」
下ろした大剣の柄頭に顎を乗せ、コブラは考え込んだが、心の内に既に答えはあった。
芸術を知ることは文化を知る事であり、文化を知ることは宗教を知る事に繋がる。
神話そのものの世界において確信を持つほどの材料など持てるべくも無いが、宇宙において数千もの崇拝対象を知るコブラにとって、神と呼ばれる者達の趣味趣向に尊大な共通項を見出す事など容易だった。
人の眼前に恵みと試練があるならば、大いなる者は、人に対して同時にそれらを課してくる。その権利を持つからだ。
ジークマイヤー「おーい!ビッグハット老が目を覚ましたぞ!」
コブラが答えを口にする前に、ローガンを連れたジークマイヤーがコブラ達に合流した。
ローガンからエストを分け与えられたのか、カタリナ騎士の足取りは軽かった。
コブラ「遅いぜ爺さん。良い夢でも見てたか?」
ローガン「いやはや面目無い…高き啓蒙に触れると、どうにも思考の海原に沈んでしまいおるのでな」
ビアトリス「で、では既に智慧を纏められたと…?」
ローガン「それは違う。あの思索を完成させるには足りない物が多過ぎるゆえ、今は考えないだけだ。私が話すのはここで起きたデーモンの飛翔についてだ」
コブラ「………」
ローガン「これは罠であり招きでもある。試練はこの砦のみで終わるわけでは無い」
ローガン「そして恐らく、これらが真の試練という訳でも無い。不死が何かを成すのではなく、神々が不死らに何かを成させたいのだ」
ローガン「しかし、そうなると疑念が燻る」
ローガン「かの者達が何故、星界からの使者たるコブラに、不死の試練を課したのかという燻りだ」
コブラ「そいつは俺も知りたい。分かっているのは、薪の王と名乗る何者かが俺をここに送り込んだ事だけだ。蜘蛛の魔女に聞いても謎が増えるばかりだった」
ローガン「!?. 薪の王が名乗り、混沌の魔女が口を利いたと!?貴公、超常なる者共と話せるというのかっ!?」
コブラ「動物に好かれるタチでね」
ローガン「?…??…よ、よくは分からんな」
コブラ「忘れてくれ。で、なにかピンときたか?閃きってヤツ」
ローガン「閃き……ううむ…薪の王は最初の火だが、偉大な力と言えど話はせんだろうし…混沌…いや蜘蛛の魔女はなんと?」
コブラ「んー、彼女が言うには俺は不思議ちゃんらしい。人間性にそっくりな精霊を、太陽王が閉じた門の上に住まわせてるそうだ」
ローガン「太陽王…光の君主か…」
コブラ「どうだい?さっぱりだろ?」
ローガン「………」
ジークマイヤー「うむむむ…」
ビアトリス「貴公が頭を捻ってどうする」
ローガン「……分か…分かるかもしれんが…」
コブラ「おお!」
ローガン「いや、やはり駄目だ。靄がかかる。考えが回らん」
コブラ「あら…」
ローガン「うむ…貴公と出会った時の蒙がどこかへ行ってしまったようだ。惜しい…なんとも…」
コブラ「そうかい。そいつは困った。そうなるといよいよ神様とやらに直接会ってご教授願うしかないか?」
レディ「そうなるとしたらまた賭け事ね。天国かそれとも悪魔のお腹の中か」
コブラは背伸びをすると、誰に断ることも無く、悪魔の飛び立った地点にしゃがみ込み、石畳に触れた。
ビアトリスとジークマイヤーは不意な事に声を漏らしたが、制止する暇もなかった。
石畳が輝く輪をほんのひと時浮かばせると…
ザザッ!
即座に9匹の悪魔が舞い降り、コブラとレディ、不死達を持ち上げ始めた。
ビアトリス「わっ…わっ…!」グググ…
ジークマイヤー「本当に大丈夫であろうな!?」バサバサ
コブラ「なぁに、喰われた時は化けて出てやればいいさ」バサバサ
バササーッ!
コブラ一行を抱え、悪魔達は飛翔した。
ジークマイヤーは多少身を硬くしているが、ビアトリスは腹を据えたといった感じで大人しく吊り下げられ、ローガンは当事者の一人ながらも、事を静観している。
何が起きるかはコブラにさえも分からない。鉄塊の騎士の言葉が出鱈目なら、ここで旅は終わりを迎える。
たとえ生き延びたとしても、やはり出鱈目ならばコブラはロードランから出られず、不死達も新たに道を探さなければならないだろう。
ビュオオオオオオオ…
悪魔達は山肌に近づき、山々を超えんとして一層に高度を高める。
一行の目の前を岩壁が高速で落下していき、上方からは輝きが漏れ始めた。
コブラのこめかみに力が入る。
ゴオッ!
悪魔達は更に昇り、進路を塞ぐ山脈を風を切って飛び越す。
そして、彼らを栄華の輝きが包んだ。
ジークマイヤー「おおお…!」
ビアトリス「これはまさか…本当にあっただなんて…」
ローガン「おお、真の叡智がここに…」
レディ「彼の言葉は正しかったみたいね、コブラ!」
明るくも緊張に溢れた、心を騒つかせる空が一変。
金色の陽光が雲間を割り、海を照らすが如く降り注ぐ、天界と言って障りのない偉大な輝きが現れた。
そのあまりの美しさに、文字通り星の数ほどの美を味わったコブラすらも圧倒された。
コブラ「こいつはたまげた……」
ローガン「貴公でも驚くか…やはりそうであろうな…」
ローガン「ここは人の身で踏み入るには余りに畏れ多い地。伝承の地であり、お伽の国そのもの」
ローガン「神々の御国」
ローガン「アノール・ロンドだ」
「!」
神々の国、その偉大なる神殿の守護神は、微かに、しかしありありと異質と分かるものを感知し、頭を上げた。
多くの神秘と栄光、そして悲劇を神々と共に歩んできた、大聖堂とも言うべき大広間には、白い象牙とも大理石ともつかぬ柱の森が間隔を空けて広がる。
それらは壁一面に並ぶ装飾窓からの光を受け、白く輝き、彼の黄金の鎧を照らし、まどろみを見せていた。
大広間の中央で手に持つ得物を石床に突き立て、意識を閉ざし、彼は時の到来を待っていた。
そして時は満ち、まどろみは晴れたのである。
神殿の守護神は、今の己が支える主神を思う。
太陽の王と、暗月の姫君に思いを馳せ、それにより行える業を行使して、己の実体を主の元へ帰す。
そして王の間へと続く、神聖かつ不可侵な廊下の始まりへと姿を現し、遠くに揺らめく主君へ向け跪き、報を伝えた。
「不死が来てございます」
報を受けた主は数瞬の沈黙のあと、守護者へ静かに語りかけた。
その言葉はささやきだったが、守護者の眼の前に声はあるようだった。
「承知している」
「しかし、異なる者も…」
「語るに及ばぬ。我にも視えている」
「成すべきことを成すがよい……だが心せよ。あの者達の一人は、人であり人ではない」
「………」
「竜狩りの騎士よ」
「汝に我が王の加護と、火の導きを」
竜狩りと呼ばれた守護者は立ち上がり、主の元から消え、再び大広間の中央に立った。
それを待っていたかのように、白く輝く柱の陰から、顔は愚か光さえ映さぬ黒い外套を纏った者が現れ、竜狩りに語りかけた。
黒い外套の者「竜狩りオーンスタインともあろう者が、たかが不死の数人を斬るのに何を焦っているのだ」
オーンスタイン「焦りは無い。不死のみに我が主の試練は荷が勝ち過ぎただけの事」
オーンスタイン「今はその方も法官の一人であろう。臣民の去りし都にあって、我が使命に口を出す意味も無いはず」
オーンスタイン「違を唱えるというのなら、この地を去るか、憐れな『抱かれ』をあの者達へと差し向けるがいい」
黒い影は竜狩りの言葉に身を震わせ、声を殺して笑った。
声には嘲りが含まれていることなど竜狩りは百も承知であったが、かつての王の下した取り決めがいかなるものであるかを知る彼に、黒い影を討つことなど出来はしなかった。
そう、ずっと遥か以前から…
黒い外套の者「クックックッ…貴様の口からこれほど大雑把なセリフが飛び出すとはな。ではそうさせてもらおう」
黒い外套の者「ただし、抱かれの騎士一人では少々心もとない」
黒い外套の者「そうだな……では『仮面』を呼ぶとしよう」
影は再び柱の白さに霞み、消えた。
竜狩りの騎士は高く飛び、大広間を見渡せる回廊状の二階に降り立つ。
「………」
二階には、人を十人纏めて叩き潰せるほどに巨大な鎚を背負い、石床にあぐらを掻く巨体があった。
竜狩りのそれと同様に黄金色の鎧を身に纏っているが、その者は脚も胴も腕も太く、兜はそれらと比べ小さく、人型としては歪だった。
瞳は鎧に隠れており、外から表情を伺うことは出来ない。だが竜狩りには確かに、その者の心の震えが届いていた。
オーンスタイン「処刑者スモウよ。暗月の姫君は良しとは言わぬ」
処刑者スモウ「………」
オーンスタイン「それに、お前に討てる相手ではない。何故王がお前を終に騎士へと加えなかったかを考えよ」
オーンスタイン「技や戦果が足らぬからでも、愚鈍であるからでもない」
オーンスタイン「お前も知る通りだ」
スモウ「………」
処刑者と呼ばれた巨躯の神は、掻いたあぐらに置く掌を拳へと変え、今にも迸らんとする衝動を堪えている。
スモウは愚鈍で誠実であった。王から賜った使命を頑なに守り、血肉に飢えた殺戮者の誹りを受けてもなお、彼らに彼らの望むままを決して行わぬほどに。
竜狩りオーンスタインは、装飾窓の外にいる、今ここに向かって来つつある者達を思う。
幾人かの不死が手を組んでいる事が分かるが、そこに混じる正体の掴めぬ輝きに、竜狩りの意識は向けられている。
己の支える主にならば、あるいは輝きの中にあるものを覗き見ることが出来るかもしれない。
だが、それは不死達が法官の毒牙を掻い潜り、試練としての竜狩りと処刑者を斃し、主の姉君に謁見すればの話である。
何があろうと、主の眼を通して己が見定める事は出来ない。それは畏れ多いことでもある。
竜狩りはそう結論づけ、そして新たに決意する。
オーンスタイン(ならば闘いで計るまで)
装飾窓から差し込む陽光に照らされ、竜狩りの纏う金獅子の鎧は、刺すような輝きを放っている。
それは、己の身命を賭して、使命を得るに相応しいかを見極めんとする、捨て身の闘志のようだった。
ドテーッ!
コブラ「イデッ!いててて……どうやらロードランにはファーストクラスは無いらしい…」
レディ「私は優しく降ろしてもらえたわよ?」
ジークマイヤー「たんに着地に失敗しただけな気もするが…」
一行を高台に送り届けたレッサーデーモン達は、一匹を残して皆いずこかへ飛び去り、姿を消した。
残ったデーモンは翼を畳み、高台の縁に止まり、陽光を眺めている。
コブラ「ここはヘリポートにしちゃ小さいぜ。今度はもう少し上等なサービスを期待したいね」
ローガン「神の国に来て最初の感想がそれとは、驚かし甲斐のない男だなキミは。ハハハッ」
コブラ「映画の感想を胸にしまっとくタイプなのさ。さてと、まずは休める所を探さないとな」
ローガン「なに?休む?」
コブラ「なんだい文句あるのか?俺はここのところ働き詰めで、少しは寝ないと本当に死んじまうってところまで来てるんだ。誰がなんと言おうと俺は休むぜ」
ローガン「ふむ…まぁ、仕方がない。それもいいだろう」
ビアトリス「先生、探索には私が付き添います。私も神々の智慧に触れたいのです」
ビアトリス「後悔はさせません。私は仮初めの黒衣達とは違います」
ローガン「そうだといいがな。では行こうか」
コブラ「今別れるのか?しばらくは一本道だしここは一緒に行こうじゃないの」
一行の降りた高台からは、長い下り階段が山沿いに続いている。
整形石で組まれたそれには、滑らかな手すりまで備え付けられており、都を一望しながら降りられる造りになっている。
コブラ達は階段を降り、その間に束の間の安息を楽しんだ。
だが、それもほんの一分と続かず、目の前に早くも脅威と思しき鎧姿が現れた。
コブラ「冗談じゃないぜまったく…また鉄の巨人か」
コブラ「まさかこの先ずっとコイツが出てくるんじゃないだろうな…」
巨人近衛兵「………」
疲弊したコブラの前方十数メートル先に、古い黄銅の重鎧に身を固めた巨人が立っている。
左手には城門の如き大盾を構え、右手に備わった金色のハルバードは柱のようであり、猛々しい矛先を空へと掲げている。
だが何よりコブラをうんざりさせたのは、積層する鎧のせいで巨人の素顔は愚か、素肌の一片も見えない点である。
この巨体が、試作機より安価かつ高性能で、弱点を克服した新兵器ではないという保証はどこにもない。
もしもアイアンゴーレムの上位種であったならば、この都にいる敵とは一度も戦わない。
コブラは内心そう誓った。
ジークマイヤー「どうするか……あの盾の厚さじゃ我が剣も樫の枝だろうし…」
ビアトリス「ソウルの太矢で頭を狙えれば…」
ローガン「あの盾を掻い潜れるとは思えん。ソウルの槍で貫くという手も無くはないが、あれは手数に限りがある。秘奥を真っ先に使っては早晩全滅するだろう」
レディ「逃げればいいんじゃない?」
ローガン「………」
ジークマイヤー「それは……駆け抜ける、という意味か?」
レディ「そうよ。私がジークを抱えて、コブラがビアトリスとローガンさんを抱えて走ればいいのよ」
ビアトリス「………」
ジークマイヤー「……うーむ…」
コブラ「いーや、それは良い所突いてると思うぜ」
ビアトリス「えっ?」
コブラ「考えてもみろ。あのバケツ頭の騎士が俺達より先にここに来ているはずだ。なのにどうしてこの巨人も、騎士も死んでない?どちらかの、あるいは両方の死体がここに残ってても良いはずだ」
コブラ「恐らく逃げ切ったんだろうが、だからってあの騎士が走り抜けたとも思えない。あの装備で走り回れるのなら、そもそも何年も前にここにたどり着いてる。俺達が鉄の巨人に大立ち回りを演じる事も無かったはずだ」
ジークマイヤー「回りくどいなぁ。つまりは何が言いたいのだ?」
コブラ「ここを抜けるのに速さはいらないって事さ。どーれ、ひとつ試してみるか」
スッ
ジークマイヤー「!?」
突然、コブラは歩き始めた。恐る恐る、震えを起こさずに、足音を消して。
警備装置を掻い潜って宝石を手に入れる時と同じ要領、同じ緊張感を持ちつつ、心をなだめて。
ビアトリス(また無茶を…!)サッ
無策な仲間を助けるため、ビアトリスは杖を構える。
巨人が少しでも動けば、その頭部に魔法を叩きつける腹積もりだ。
しかしそれも効果のほどは未知数であり、彼我の戦力差なども無視した警戒だった。
コブラ「………」スッ…
一歩二歩と、コブラは巨人と一定の距離を保ちつつ、巨人の目の前を素通りするべく歩く。
巨人の顔も、巨人の全体像もコブラは見ていない。ただ自分の足元を見て、早く寝たいと考えるだけ。
失敗したら仲間が死ぬなんて事も考えない。今や足元だけがコブラの世界だった。
コブラ「………」スッ… スッ…
巨人の騎士が立つすぐ横には、都の奥に見える巨影程ではないにしろ、巨大な聖堂がそびえている。
巨人はその聖堂の衛士であり、コブラはその衛士の前で不法な侵入をしようとしていた。
スッ…
コブラの足先が、聖堂内部を覆う影を踏む。
巨人近衛兵「………」
衛士は動かない。
コブラ(何故だ…何故動かない…)
コブラ(コイツも何かの罠か?それとも只のハリボテだったりするのか?)
コブラ(俺の世界だと、ここらで巨人の頭がパックリ割れて、セントリーガンが顔を出してるだろうな)スッ…
コブラは疑いつつも、歩みを止めない。
影に入った片足は両足になり、コブラの金髪も陽光から身を潜め、コブラの足音は巨人から遠ざかった。
大聖堂の中は静寂と薄闇に包まれ、そよ風すらも入ってこない。
巨人の衛士はやはり、動かなかった。
コブラ(やれやれ…今までで一番ヒヤッときたぜ)サッサッ
ビアトリス「………」
ジークマイヤー「………」
暗がりからのコブラの手招きには、不死達は誰も応えようとしない。
何故巨人がコブラを見逃しているのか皆目分からないからだ。
レディ「………」スッスッスッ…
唯一、コブラについて多角的に要領を得ているレディだけが、コブラの招きに即座に反応した。
彼女の忍び足は軽やかで、夜道を歩く猫のようだった。
ローガン「………」ササッ…
レディが無事に聖堂に入るのを確認すると、ローガンは躊躇なく巨人の前を通った。
原理や法則を掴んだら迷わず事を行う。それが蒙を開き、後陣を導くと信じているからこその行動だった。
ローガンが確信を持った原理は『近づかないこと』『敵意を見せないこと』『攻撃しないこと』
確信に至らずもその候補に上ったものは『音を立てないこと』『走らないこと』
万全を期すなら、全てを行うのが望ましい。
ビアトリス「………」スッ…スッ…
そして、ローガンの信念は正しかった。
師が示した道を、疑う理由の証明なく無下にする事は出来ない。
真面目に過ぎる弟子には、尚のこと。
ビアトリス「………」スッ
不満を抱きつつも、ビアトリスは師の無言の言いつけを守り、聖堂に入った。
そして、一見して無闇な行動をとったコブラを小突いて、残った一人に心配そうな視線を送る。
ジークマイヤー「………」
ジークマイヤーは、実のところローガンの無言の忠告に全く気付いていなかった。
状況を打開するために知力を絞るという、冒険者にとっては利点と言える癖をジークマイヤーは持っている。
だが、思索をするには兜の覗き口はあまりに細く、ジークマイヤーの視野はあまりに狭すぎた。
ジリッ…
重鎧から音が漏れないよう、ジークマイヤーは極めて遅く、すり足を床に這わせ始めた。
一歩進むのに三十秒は要する、ナメクジのようなその歩法は、それを見る者にさえ緊張を伝える。
そんな細心の注意を払っても、彼の鎧は震えて擦れ、カタカタと小さく鳴り続ける。
そして遂に辛抱耐えかね、ジークマイヤーは声を殺して言葉を発した。
ジークマイヤー「走ってよいかな?」ヒソヒソ…
ビアトリス「!?」
ローガン(それもありかもしれん)
ジークマイヤー「いいかな?」ヒソヒソ…
コブラ「いや、そりゃマズい」ヒソヒソ…
ジークマイヤー「いいだろ?」ヒソヒソ…
コブラ「ダメだ」ヒソヒソ…
ジークマイヤー「じゃあ飛ぶから受け止めてくれ…隠密など無理だ…」ヒソヒソ…
コブラ「待て早まるな!そのままゆっくり来ればいいんだ!」ヒソヒソ!
ジークマイヤー「昔からこういう事が上手くいった試しがないんだ…」ヒソヒソ…
コブラ「よしてくれ恐れを知らないカタリナ騎士だろ!?」ヒソヒソ!
ビアトリス「おいコブラ、アレ…」ヒソヒソ…
小声で怒鳴るコブラの肩を叩いて、ビアトリスは聖堂の奥を指差した。
聖堂に入っている者たちは、その指が示す方向、聖堂奥の壁と、そこに刻まれた装飾を見る。
コブラ「おっと…」
聖堂の壁にあったのは装飾では無く、人の形をした巨像だった。
影のせいか色は薄いが、鎧と斧槍は鈍く光り、盾は大きく、僅かに上下に揺れていた。
恐るべきことに、巨人の影は二つ並んで、同じく一行を見下ろしていた。
その表情の見えない、虚ろな兜の覗き穴から。
カイーン!
一行「!」
ジークマイヤー「!?」
緊張した静寂を、金属の鋭い衝突音が割った。ジークマイヤーは咄嗟に音の出所を正面に捉え、盾を構える。
しかし、そこにあるのは建造物の白く美しい石壁だけ。敵も罠も無い。
そして、ジークマイヤーは己の握るツヴァイヘンダーが僅かに振動している事に気付いた。
大業物を担ぎ、余った左手に円盾を持ち、全身をすっぽりと覆うふてぶてしい重鎧を着て壁際を歩けば、一度や二度は壁を叩きもするだろう。
忍びではない、正面戦闘を是とする誇りある騎士に、密やかさなど無用であり、また不可能だったのだ。
ジークマイヤー「………」
言葉には出さないが、ジークマイヤーは仔ウサギのように臆病と見えるであろう己の姿を幻視し、また違った意味で駆け出したい思いを強めた。
そして、その思いは正しく、今しなければならない事と合致した。踵が巨人の影を踏んでいたのである。
コブラ「走れジーク!巨人が気づいたぞーっ!」
ジークマイヤー「え?」クルッ
ガギーーッ!!!
巨人へ振り返ったジークマイヤーの盾に、黄銅色に輝く甚だ巨大なハルバードが撃ち込まれた。
ドガッ!! グシャーッ!!!
ジークマイヤーは蹴り飛ばされた小石のように空中を突っ切り、聖堂の天井にぶち当たると跳ね返って、床に墜落した。
床に激突してからコブラとレディに担ぎ上げられるまで、数秒の時間があったが、その間ジークマイヤーはピクリとも動かず、蓋を開けて転がした水筒のように血を流すばかりだった。
レディはジークマイヤーの懐を弄り、エスト瓶を探り当てたが、中身は空だった。
コブラ「クソッ!俺たちはジークを連れていく!ビアトリスとじーさんは巨人を足止めしながらついて来い!いいな!」
ビアトリス「やるしかないようだね…」
レディ「しっかりしてジーク!ここにも篝火があるはずだから、それまで頑張るのよ!」
ジークマイヤー「………」ドボドボ…
コブラ「行くぞっ!」ダッ!
ズーン!!
逃亡を始めた侵入者を殲滅すべく、巨人の衛士達は一斉に動き出した。
聖堂の中に居た二体の巨人は盾を構えて歩みを進めるが、ジークマイヤーを斬りつけた一体はコブラ目掛けて駆け出していた。
目標はコブラではない。血だるまになったカタリナの騎士だ。
ビアトリス「私は走る巨人を討ちます!先生は向こうの二体を!」
ローガン「よろしい。任された」
ビアトリスは浮遊するソウルの小球を展開すると、杖にソウルを込める。
ローガンは大きすぎる帽子の長つばを上げると、二体の巨人を見据える。
ビュオーーッ!!
カタリナ騎士を斬るべく、走る巨人が振り下ろしたハルバードの大刃は…
ズドーーン!!
ジークに貸していた肩を外し、背負った特大剣を振り上げたコブラに受け止められた。
コブラ「ぐふっ!」
特大剣ごと床に叩き伏せられたコブラの脳裏に、ついさっき乗り越えたはずの障壁が浮かぶ。
鉄の巨像が蘇り、再びコブラに立ち塞がった。
巨人はコブラを叩き伏せ、二の太刀をジークマイヤーに浴びせんとハルバードを振り上げる。
バシバシーッ!
その掌に五つの光球が着弾し…
ボォン!
次いでソウルの太矢が突き刺さる。
ハルバードは巨人の手から離れ、小城の城門が倒れるが如き轟音を鳴らした。
追撃する巨人の攻撃対象は、ジークマイヤーからビアトリスに切り替わる。
ここからが正念場と、ビアトリスは杖に魔力を込めて再び小球を生み出す。
バキッ
ビアトリス「あっ?」
その魔力が強すぎたためか。
それとも、古城に囚われた際に異形の像に叩き折られた杖の修復が甘かったためか。
杖は再び折れ、魔力が散ってしまった。
一方、二体の巨人の始末を任されたローガンは、まるで庭園を歩くような無防備さで、巨人たちに近づいていった。
二体の巨人も歩調を合わせてローガンに接近していくが、ローガンの歩みは崩れない。
そのローガンの進行方向は、ほんの少しだが巨人達から見て右に寄れている。
ドン!
右側の巨人は、己の得物の距離にローガンが踏み込んだ瞬間、歩みに力を込めた。
そして大股に構え、ハルバードを天井に突き刺さんばかりに掲げた。
ローガン「やはり、距離によるか」ヒュイイイ…
シュゴーッ!!
掲げられたハルバードが振られる事は無かった。
ビッグハットの名を人の世に広めたものは、大きい帽子と叡知と偏屈だけではない。
大岩を穿ち、神の一撃との比較を許されるほどに強力な恐るべき魔術にこそ、その名の真髄がある。
ローガンにソウルの槍と名付けられた青い閃光は、巨人の胴体に大穴を開け、聖堂の壁を甚だ傷つけた。
ドガーン!!!
風穴を開けられた巨人は仰向けに倒れ、全身から白いソウルを吹き出し、靄を残して消えた。
ブワッ!
その靄を割って、もう一体の巨人がローガンに突進する。
前面に大盾を構え、面攻撃によって侵入者を叩き潰すことが突撃の目的だった。
しかし、巨体であることは弱みにもなりうる。例えば、大盾の隙間から覗く足の甲などだ。
ローガン「………」スッ…
やや気だるげにローガンは伏せると、匍匐の姿勢で杖から魔力を放つ。
ドバーッ!!
駆け出した脚の先を破壊された巨人はつんのめり、ローガンの頭上を飛び越え…
ガゴーーン!!!
聖堂の石壁に頭から突っ込み、神聖なものだったであろう彫刻を粉砕し、動きを止めた。
伏せたことによってついた埃を払いつつ、ローガンは片手間にソウルの太矢を巨人の尻目掛け撃ち出して、二体目の始末を終える。
なぜ尻を撃ったのかはローガン自身も深くは考えていなかったが、撃ったことによって悪戯心が満たされたことは確かだった。
ビアトリス「せ、先生申し訳ありません!杖が!」ハァハァ…
二体目の巨人が消える頃、ビアトリスは斬撃の雨に晒されていた。
回避に専念しているため無傷ではあるものの、体力的に致命打を貰うのも時間の問題であるようだった。
ローガン「修理の光粉を切らすとは、迂闊よなぁ。ははは」
ビアトリス「笑ってないで助けてください!ひぃ!」ブオーン!!
ローガン「分かった分かった」ヒュイイイ…
シュゴーーッ!!
二人の魔法使いが巨人達を打ち倒した、ちょうどその時…
負傷者を抱えたコブラとレディは聖堂を抜けた先にある大バルコニーを走り、バルコニーの壁に開いた横穴に入った。
横穴からは下り階段が伸び、その先には小さな石造りの個室があり、個室は暖かな光に照らされていた。
レディ「見てコブラ!篝火よ!」
コブラ「ヒェー助かったーっ!間一髪ってところだな」
コブラは篝火の近くにジークマイヤーを座らせると、個室の壁際に座り込み、ズボンのポケットを探る。
しかし、目当てのものは手に触れなかった。
コブラ「あー、またやっちまった。ハマキはタートル号の中だぜ」
レディ「フフッ、もう立派な葉巻依存症ね」
コブラ「あんな調べもの、すぐに終わるはずだったんだ。こうなると知っていたらリュックいっぱいに詰めてたさ」
コブラが愚痴をこぼす中、ジークマイヤーの鎧からは流血による汚れが消えて、歪みも修復されていった。
まるで時間が巻き戻っているかのような現象だったが、コブラもレディも大して驚きはしなかった。
疲労困憊のコブラには驚く程の体力は無く、それを分かっているレディはコブラを体力回復に努めさせるため、疑問を口にはしないようにしている。
あぐらを崩し、コブラは大の字に寝転がり、天井に向かって呟く。
コブラ「はぁ…腹減ったなぁ…」
コブラ「こんな事なら森で山菜採りでもしてりゃよかったぜ…」
レディ「コブラ!起きて!」
コブラ「んー?」
チャキッ
コブラ「かーっ!人がこれから寝ようって時に!」
喉元に突きつけられた細剣にコブラは悪態をつく。
剣の持ち主は真鍮製の重鎧を着込んでいたが、その佇まいはどことなく女性的で、コブラに幼ささえ感じさせた。
コブラが細剣を叩き折るなり取り上げるなりをしなかったのも、これが理由だった。
真鍮鎧の騎士「貴公、何者だ?不死では無いようだが、英雄にしては先程から隙が多すぎる」
真鍮の兜から聞こえるくぐもった声は、コブラから更に攻撃の意思を失わせた。
その女の声は、冷徹さの裏に慈悲を隠していたのである。
真鍮鎧の騎士「幾度か英雄の宿命を背負う者達と遭ったが……」
真鍮鎧の騎士「………ふむ…」
コブラ「おっと待った。剣を向けたまま考え込まないでくれ。あんたのうっかりで俺は死んじまうぜ」
真鍮鎧の騎士「………」
スッ…
真鍮の騎士が納刀すると、コブラは上体を上げて壁に寄りかかり、脚を投げ出した。
そのだらしのない姿を見ても、真鍮の騎士の気力は一切緩むことは無かった。
真鍮の騎士「ここに来た者達の素性など、私は一度も尋ねたことが無い」
真鍮の騎士「だが、貴公においては是が非でも聞いておかねばなるまいという気が、どういう訳か湧き上がる」
コブラ「質問攻めなら今はお断りだ。口説こうってんなら、まずは俺の胃袋を満たしてもらいたいね」
コブラ「あとそれとフカフカのベッドだ。それさえ用意してくれたなら、俺はなんだって喋るぜ?」
真鍮の騎士「そんなもの、あるように見えるか?」
コブラ「無いから欲しがってるんだがね」
真鍮の騎士「………」
ビアトリス「………」
ローガン「ふむ、やはり手遅れだ。この杖は全く壊れてしまった。やれやれ、神の地まで赴いて鍛冶屋探しとは」ホッホッホ
ビアトリス「…申し訳ございません」
ローガン「謝るのなら、術に杖に」
ビアトリスに折れた杖を返すと、ローガンは周囲を見渡す。
そして、消えゆく地の足跡を見つけ、痕跡を辿り、横穴に行き着いた。
ローガン「幸いだな。篝火の輝きが見える。鍛冶道具もあることだ。貴公の杖にもこの灯りはありがたいだろう」
ビアトリス「鍛治道具?何故そのようなものを先生が?」
ローガン「不死教区の鍛治職人が世話をしてくれるのだよ。無論、いくらかのソウルを渡すことにはなるがね」
ビアトリス(自らを律する道具を、なんと軽々しく扱うんだ…)
罠に警戒しつつ、二人はゆっくりと階段を下っていった。
先の古城とは違い、階段に罠などは無く、ローガンとビアトリスは支障無く小部屋へと入り、コブラ達に合流した。
ビアトリス「無事だったか、コブラ。ジークマイヤーはどうしている?」
コブラ「やっこさんならおねむの時間さ。俺もそうしたいんだけど…」
ジークマイヤー「グゥ…グゥ…フゴーッ」
コブラ「この調子じゃあなぁ……ハラも減ったし…あーあ」
真鍮鎧の騎士「大所帯とは珍しい……貴公らはこの男の仲間か?」
ローガン「仲間?ふむ……まぁ、互助の類ではあるかな。しかし大所帯と言うには少々数が足りない気もする」
ビアトリス「失礼するが、貴公は何者で?」
真鍮鎧の騎士「私はこの篝火の番だ。名を聞いているというのなら、悪いがそのような物はこの任を主から仰せつかった時に棄てている」
真鍮鎧の騎士「火防女とでも呼ぶがいい」
ビアトリス(鎧姿の火防女とは……いや、見た目の詮索はよそう。篝火にありつけるだけ幸運と思うべきか…)
ローガン(火防女は人間性を溜め込むゆえ、人の女にしか務まらん。それでいて神の地にあり、主から仰せつかった任があるとすれば…)
ローガン(多くの信仰にある、人は神の地においては使役されるべき者という伝承は正しいようだ。とするならば、神が人に分け与えた術や、その原型もこの都にあるに違いない)
ローガン(求めし神の書庫も近いか…)
コブラ「火防女ねぇー…女の子から名前取っちまうなんて、相当女が怖いと見えるなぁ」
真鍮鎧の騎士「……その口ぶり、我が主に二言物申すというわけか?」
コブラ「別になにもぉ?流石神様と感服してるのさ。この世で女ほど怒らせて怖いものは無い」
コブラ「………」グゥ~…
ビアトリス「今の音……腹の音か?なんて懐かしい響きだ…」
レディ「そんなに感動すること?」
ローガン「不死になれば分かる。いつか糞尿にも郷愁を思うものだ」
ビアトリス「いえ、流石にそれは…」
ローガン「腹が減ったと言うのなら、なんとか出来るやも」
コブラ「なにっ!?」ガバッ
ローガン「緑花草という植物は、疲弊した兵に力を与える。そして古き神話をまとめた伝承に、光の王は、その緑花草を人の都の王に約定の証として贈ったという一説があったはず。神代の物と言えど、所詮は草。そこらに生えているだろう」
ローガンの提案から十数分後、小部屋は不死の地には甚だ不似合いな香りでいっぱいになった。
大魔法使いの小鍋は篝火に炊かれ、本来投じるべき調合素材の代わりに、緑花草・キノコ・山菜・香草・岩塩などを煮詰めたスープが、その鍋を満たしている。
しかし小さじでスープを混ぜるローガンと、小鍋を興味深げに見つめる火防女と、師から借りた鍛治道具で杖を治すビアトリスは、そのスープには一切口をつけなかった。
香りも味も、空腹と共に人の世へ置いてきた者たちにとって、食事など古い習慣の一つにすぎない。
現に、鍋を突くのは人にまみれた男、ただ一人だった。
コブラ「ひゃー!ここに来て以来初めての料理にしては中々イケるぜ。素焼きのキノコは料理の内に入らないからなぁ」ムシャムシャ…
ローガン「ここを出て左手側を進んだ先に生える木々から採ってきた。味に嫌味の一つでも言われるかと思ったが、お気に召したかね?」
コブラ「塩っ辛いのと肉が無いのがチョイト不満だが、それは贅沢ってもんさ。助かったぜ」モグモグ…
コブラ「それよりこのスープに使った水と塩はどっから汲んできたんだ?蛇口捻って水筒に汲んだわけでも無いんだろ?」
ローガン「女神の祝福という秘薬を作ろうとして出来た失敗作を使った」
コブラ「うっぶ!!」ブフゥ!
ローガン「ふーむ、塩味だったか。なぁに安心したまえ。失敗作とは言え毒というわけでもない。効果が一切無い液体の混ぜ物に過ぎんよ」
コブラ「まったく、たらふく食っちまった後にそういう事言うんだもんなぁ。あとで蕁麻疹が出てきたら帽子にラクガキするから覚えときな」
ローガン「ふふ、それは困るな。どうせなら手入れでもしてもらいたいね」
コブラ「あーそうかい。じゃ、俺は寝るぜ。俺がニキビまみれで起きないことを祈っててくれ」ゴロリ
コブラ「………」くかー
ローガン「入眠が早いな。多才なのはいいことだ」
レディ「それだけ消耗してるってことよ。こんな彼は珍しいわ」
ビアトリス「先生、杖の修理が終わりました。鍛治道具をお返しします。ありがとうございました」
ローガン「うむ」
ローガン「それでは、私が山菜採りに出かけた時に見つけた『輝く壁』について、話そうか」
レディ「え?」
ビアトリス「?」
真鍮鎧の騎士「それは我らが大王が施した封印だ。貴公らの力では開けられん」
ローガン「大王の封印?ということは…」
真鍮鎧の騎士「そう、太陽の光の王の封印だ。貴公ら不死がこの地で蒙を授からぬ限り、王の力は道を閉ざす」
ビアトリス「蒙を開くって…」
ローガン「それなら私の得意とするところだ。じっくり探究するとしよう」
ローガン「ただし、それはコブラとタマネギ君が起きてからだ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
パイソン77マグナム
火薬の炸裂によって、弾丸と呼ばれる金属の粒を発射する
「拳銃」と呼ばれる遠距離武器。
安価で単純なものですら、弾丸に鎧を貫くほどの力を与えるが
コブラの持つこの銃は馬鹿馬鹿しいほどの破壊力を弾丸に与える。
その力は城壁を粉砕し、巻き起こす風で人体を撫で斬りにするという。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
コブラの一行がアノール・ロンドで休んでいるころ、ソラールの一行は地下を進んでいた。
進んでいると言っても、ソラール達は一度悩み、意見の仲違いで一悶着起こしかけた末、二択の内の一択を選び、そこを歩いているだけだった。
神を冒涜する死術師によって、無限に生かされる白骨群が跋扈する「地下墓地」か。
毒を含んだ腐肉の沼が広がり、大ビルと亡者が吹き溜まってはいるが、少なくとも中途の道筋は知れている「病み村の奥地」か。
大食らいの竜が沼地に戻り、再び病み村を食い荒らしている可能性を誰もが考えたが、決して少なくはない「円滑な旅路」への可能性もあった。
幸いにも一行に訪れたのは後者の可能性で、毒沼に戻っていた貪食ドラゴンは沼地の魔女に再び焼かれて逃げだした。
しかし、ソラール一行の懇願虚しく、沼地の魔女は同行を辞退した。
姉妹達が死なずに済んだのはいいが、やはり合わせる顔が無いという。
それにしても、皆にとってこの旅は予想外だった。
混沌の魔女クラーグの住処を通った先に、吹き荒れる熱気と焼けた土、煌々と輝く灼熱の溶岩が流れる大空洞が広がることも、一行には予想外だった。
だが予想外なことはもう一つあった。
戦士「あっちぃなぁ……どこを見たって溶岩まみれ……」ゼェゼェ…
戦士「こんな所で金属鎧なんて着てらんないぜ…」ゼェゼェ…
ソラール「ああ全くだ」フゥフゥ…
戦士「あんたはよくそんなバケツ…こんな所で被ってられるな…気が変になってんのか?」ゼェゼェ…
ソラール「ふふふ、気が変か…」フゥフゥ…
グリッグス「だったら鎖帷子を脱いだらどうだ?こっちはヴィンハイムの由緒ある制服のお陰で少し暑い程度だ」
ラレンティウス「こっちも問題ないぜ。呪術師の服は火に強いからな。呪文のおかげだ」
戦士「魔法の服に術師の呪文か…ったく羨ましいこったよ…」ゼェゼェ…
クラーグ「ほらどうした。さっさと歩かないと捨て置くぞ」
戦士(言ってくれるぜアンタが主に暑いんだよ…)ゼェゼェ…
ソラール「す、少し歩調を緩めてもらえないだろうか…我々に蜘蛛の脚は無いのでな」フゥフゥ…
ラレンティウス「何を失敬なことを言うんだ!このお方は本来ならば我々のような不死ごときに…」
クラーグ「よい。容姿など気にしたことは無い。だが蜘蛛脚が無いのは貴様達の落ち度だ。責められても何もならん」
戦士「別に羨ましいってわけじゃねえんですよ……ただね、その毛玉みたいな炎を抑えてくれって思ってるんですよ、こっちは……」ゼェゼェ…
ラレンティウス「お前なぁ…」
戦士「あーわかったわかった、わかったよ…」ハァハァ…
戦士「こっちが鎧を脱ぎゃあいいんだろ!ちくしょうめ!」ジャラジャラ…
列の最後尾にいた戦士はおもむろに鎖帷子を脱ぎ始め、褌一丁にブーツと手袋を残し、肌を晒した。
先頭のクラーグはその様子を耳で聞き、クスリと笑った。
クラーグ「脱げばさらに熱いぞ。汗など数瞬で吹き乾く。愚か者め」ククク…
戦士(ちくしょう…本当に熱いぜ…熱さ通り越して肌が痛くなってきた…)ゼェゼェ…
ソラール「おとなしく鎧を着ておけ…服だけでもいい…乾いて動けなくなるぞ」フゥフゥ…
戦士「………」ゼェゼェ…
戦士「………」ガサゴソ…
一度は全裸になることも考えた戦士だったが、思い直して服を着直し、静かになった。
コブラの多様な意味で読めぬ腹の内に免じ、熱気渦巻く地底の奥に住まう「ある者」に慮り、混沌の魔女は一行を先導する。
一行はかくして混沌の炎に焼かれた土を踏みしめ、橙色に照らされる橋を渡って、谷底に熱の川を流す崖を超え、霧を潜り抜けた。
魔女たちの母が生み出した多くの罪禍の一つにして、一人。
忌子、または弟に会うために…
グリッグス「それにしても…」
戦士「?」
グリッグス「鎧を脱ぐだけだと思っていたが、まさか服まで脱ぐとは…」フフフ…
戦士「なんだよ…喧嘩売ってんのか。こっちは暑さでイラついてんだ。なんだってやるぜ…」フゥフゥ…
グリッグス「いやからかったのは事実だが、それだけだ。深い意味は無い。ただ、こう…」
ソラール「暑さで苛ついたってところか?」フゥフゥ…
グリッグス「そ、そんなところだ……君は暑くないのか?」
ソラール「熱いさ。だが耐えている。ハハハ」
グリッグス「は、はは…」
クラーグ「黙れ貴様ら。ここから先は我が良いと言うまで口を噤め。誰かが口を開いたならば、それは我が弟への侮辱とみなす」
クラーグ「そうなれば貴様ら全員、腰から下を赫灼たる溶鉄に埋め、永久に生かし続けてやろう」
ソラール「………」
グリッグス「………」
戦士「………」
ラレンティウス「………」
不死達を黙らせ、魔女は歩き続ける。
彼女の左手側は、焼けた断崖が続き、断崖の遥か下には溶けた岩が煮えたぎっている。
右手側にはヒリヒリと熱気を放つ絶壁が並び、正面には煤けた一本道が続いている。
不死達は恐怖した。
己に進路を示す蜘蛛からの脅しが、恐ろしかっただけでは無い。
蜘蛛がこれから会おうとしている者が、蜘蛛の背中の向こうに見えるからだ。
蜘蛛は巨大で、背丈だけでも人の三倍はある。その背中越しに見えるほど、弟の巨躯は常軌を逸していたのだった。
爛れ続ける者「………ムオォ…」
小さく唸り声を上げるその者の体は、概ね人型であり、大食らいの竜を一足で踏みつけられる程に巨大だった。
その体温は夏の太陽のようであり、肌は溶岩と溶鉄、そしてマグマによって形作られ、虫の腹のように節くれだっている。
大橋の如き左腕は自らの体に縫い付けられ、大量の右手は右肩から後頭部までを起点に密生し、人骨の指とも虫の脚ともつかない形をして、巨大に蠢いている。
溶けた岩の如き顔には複数の眼が赤色に輝き、頭からはねじれ曲がったツノが二本生えていた。
その姿はまさしく地底の悪魔であり、なぜ地の底からの炎が混沌と呼ばれ、そこからデーモンが生まれるのか、不死達は察した。
クラーグ「…弟よ。そういえば指輪を落としたままであったな」
爛れ続ける者「!」ピクッ
クラーグ「姉君の遺骸を見護るにかまけ、すぐに指輪を落とすのだからな、お前は」
爛れ続ける者「ムオ~……」
クラーグ「だが、もはや指輪を嵌めろとは言わん。今度は不死どもにも手伝わせ、お前の指に指輪を捻り込んでやろう」
クラーグは爛れた山に一言二言語りかけると、自らの右上腕に巻かれた腕輪を撫で、小さく何かを唱えた。
古い言葉は人の可聴域から外れ、魔女にしか聞き取れず、その声はクラーグの住処を抜け、病み村まで届いた。
混沌の娘「この声…姉さん…?」
黒いローブの女「馬鹿な……今さら私に何を期待しているんだ…」
魔女の力は衰え、その名も歴史の表舞台から消えて久しい。
だが、彼女達の絆は未だ朽ちず、不憫な弟を思う心も、確かに繋がっていた。
沼地の魔女はたじろぎ、永らく途切れていた問いかけを無視しようとした。
弟は混沌の炎から生き残った姉妹達を守り、混沌の炎を被り、尽きぬ苦痛と肉体の激変を味わった。
彼がいなければ、今頃魔女の血は全てデーモンの血統に塗り替えられていたことだろう。
それなのに、自分は弟や姉妹達を救うことを諦め、変わってしまった母を恐れ、逃げ出した。
そんな自分が今さら声に応えるなど、おこがましい事なのだと。
しかし、姉であるクラーグの言葉なき声は暖かく、在りし日、在りし者を想うものだった。
不出来で可愛い弟と、固い絆で結ばれた姉妹達。魔女の世を作り、神々と共に世界を支えた偉大なる母。
その戻り得ない安息の、小さな断片でも、彼女は構わないのだった。
黒いローブの女「………」
沼地の魔女は両手を掲げ、掌から小さな火の粉を浮かせ、クラーグの元へ送った。
今にも消え入りそうな火の粉は、沼地を抜け、灰の山に入り、混沌の娘の座る一室を通りすぎる。
すると火の粉は他の火の粉と合流し、踊るように部屋を出て、灼熱の大空洞へと至り、クラーグの元へ揺らぎ、宙空を泳いでいった。
そして、クラーグが掲げた掌に浮かぶ火の粉と交わり、火の粉は火球となった。
クラーグ「………」ボボボ…
大蜘蛛が火球を掲げ、掌を閉じ、音なき声で呟くと…
ドゴォーーッ!!
不死達「!!?」
火球は彗星のごとき蒼い閃光を放ち、爆発した。
指の間から噴き出た黒煙は、閃光に眩暈を覚えた不死達を包み、激しく咳き込ませる。
クラーグが掌を開けると、そこには黒い灰の盛り上がりがあり、灰は魔女の吐息で吹き飛ばされ、赤い大地に消えた。
クラーグ「クラーナ…我らは唯の一度とて、お前を責めたことは無いよ…」
クラーグ「喋っていいぞ」
戦士「げぇっほげっほ!うぇっほ!」
ソラール「ぶふっ!ごほほ!」
クラーグ「その暇も無しか。軟弱者どもめ」
グリッグス(焼き殺されるかと思った…)ゴホゴホ…
ラレンティウス「げほっ……いっ、今のはなんなんですか?」
クラーグ「混沌を踏破するための指輪を、我らが魔女の力で錬成したのだ」
クラーグ「早く息を正せ。貴様らの仕事はここからだ」
戦士「?」フゥフゥ…
グリッグス「し…仕事…?」
クラーグ「この混沌の魔女が見返り無く先導者になるとでも思っていたのか?貴様らの口車にタダで付き合うようならば、巣を張り、不死など食らっておらんわ」フフフ…
ソラール「ううむ…やはり腹の内があったのか…」
戦士「あったのかじゃねぇ!あるに決まってるだろ!だから俺は魔女の案内なんていらんって言ったんだ!」
クラーグ「押しきれぬなら賛同したのと同じこと。見苦しいぞ」
戦士「クソッ、最悪だ……魔女の頼みなんてロクでも無いことに決まってる…」
クラーグ「鍛冶仕事をしてもらおう」
戦士「は?」
カカーン! カカーン! カカーン!
グリッグス「ソラール、強く叩きすぎだ。それと調子を揃えるんだ」
カイーン! カイーン! カイーン!
不死一行が魔女の頼みを承諾して十数分…
不死達は骨とも木とも、岩ともつかない人の胴ほどもある太さの指に、指輪を刻んでいた。
戦士「ああ!クソ!あちいなぁ!」ブン!
カイーン!
ソラール「はは!そうだな!だが!」ブン!
カイーン!
ソラール「こういうのもいいだろう!?牧歌的で!」
鍛治職人の姿は無く、槌の代わりに剣の腹が打ち下ろされ、鍛冶屋の代わりに汗の飛沫を全身から飛ばすのは、ソラールと名も無き戦士。
打ちが終わり、すかさず指輪の元へ駆け込み…
ラレンティウス「………」ボタボタボタボタ…
ジュウウウーーッ…
滝の如き汗で、赤熱した指輪を冷ますのはラレンティウス。
戦士「本当に水はこれでいいのかよ…絵面が最悪だ…」
ラレンティウス「仕方ないだろ他に手が無いんだから。それとも唾でも吐けって言うのか?」ダラダラダラ…
ソラール「激しい発汗の呪術…だったか。そんなに汗をかいて大丈夫なのか?」
ラレンティウス「そこなんだが、実のところ俺もよくわからないんだ。不死が使うとどうなるかって記録は、大沼にも無いからな」
ジュワワワーーッ!!
戦士「うおっ…」
グリッグス「水蒸気が…!」
ゴゴゴゴゴ…
突如、爛れの全身の節々から蒸気が吹き上げ、大岩同士が擦り合わされるような地鳴りが響く。
爛れの指に深々と減り込んだ「黒焦げた橙の指輪」は、赤熱するのを止めた。
すると、爛れの体からも熱が引き、輝く溶岩も、内に流れるマグマも、力を弱めた。
弟の活火山があらかた炎を噴き終わり、安定期に入ったことを感知したクラーグは、弟に問いかけた。
クラーグ「混沌が引いたようだな。どうだ?痛むか?」
爛れ続ける者「ムオォォ~~…」
クラーグ「そうか…それならいいんだ。我らが鍛冶の技をイザリスから持ち出せていれば、お前をこうも苦しめる事も無かったろう」
クラーグ「すまなかったな…」
爛れ続ける者「オオオ~」
クラーグ「そうか…皆だけでなく、こんな私をも許すと言うんだな……そうか…」
ラレンティウス(俺は今、呪術を極めんとする者として、最も栄誉ある体験をしている気がする…!)ホロリ…
ソラール「なんだか分からんが、よかったよかった!ウワッハッハッハ!」
爛れの放つ高熱が収まり、大空洞を満たしていた熱気はみるみる内に緩和されていった。
崖の下に広がる地面を流れた炎の川は、冷えて固まり、岩塊となった。
不死達の流した汗も温みを大きく失い、彼らの背中や脇を冷やしはじめる。
戦士「涼しくなってきたな…やっぱり暑さの原因はこいつか」フゥー
ラレンティウス「いや、原因の一つと見るべきじゃないか?今も熱気は感じるし、底の地面にも赤いひび割れが見える。他からも熱が来ているんだ」
ソラール「降りて行くべきなのかもな」
戦士「降りるって、あの溶岩溜まりだったところを行くのか?……確かに、他に行けそうな道は無そうだけどよ…」
クラーグ「不死共よ」
戦士「?」
クラーグ「互いに貸し借りも無くなった。私は帰るぞ」カサカサ…
ソラール「貸し借り?いつそんな話に…」
クラーグ「私はお前達を導き、お前達は弟の混沌を治め、弟はお前達の行くべき道を開いた。皆の望みが叶ったろう」カサカサ…
ソラール「ま、待て…」
戦士「おい、やめとけって…」
ソラール「いや、我々の旅に彼女の力は必要だ。この先にどんな灼熱が待っているかも分からんだろう。炎を操り、炎を撫でられる力があれば頼もしい」
ラレンティウス「確かに…溶岩の中を泳ぐはめになる事も考えられるが…」
戦士「そりゃあ……そうかもしれねえが、混沌の魔女だぞ?俺らがこれ以上どうこうできる相手じゃ…」
グリッグス「待て、これはソラールの言い分に理がある。混沌は地の底から湧き上がり、ここから先に進むには、その地の底を目指す以外に道が無い」
グリッグス「進むか引き返すかのどちらかしか無いんだ。確かに引き返してコブラ達と合流するのも手だ。しかし彼らの向かった城がもしも、本当に罠だったとしたら、どうする?」
戦士「………」
グリッグス「ソラール、魔女を呼び戻せ。早くしないと彼女が行ってしまう」
クラーグ「………」カサカサ…
ソラール「待ってくれ!話がある!」
クラーグ「私には無い」カサカサ…
ソラール「貸し借りと言うのなら、コブラからの借りがあるはずだ!」
クラーグ「!」ピタッ
ソラール「コブラは貴公を殺せたはずだ!だが殺さずに生かした!コブラは貴公に何某か問いたようだが、貴公はその問いに疑問で答えた!」
ソラール「コブラに借りを返せぬのなら、我々に返していただきたい!」
クラーグ「………」
クラーグ「驚いた……膂力自慢なだけの木偶と思っていたが、存外口が立つじゃないか」フフ…
クラーグ「いいだろう、使いたいと宣うなら使わせてやる。なんなりと申してみるがよい」ククク…
ソラール(……今のは詭弁だったなぁ…)
爛れの放つ高熱が収まり、大空洞を満たしていた熱気はみるみる内に緩和されていった。
崖の下に広がる地面を流れた炎の川は、冷えて固まり、岩塊となった。
不死達の流した汗も温みを大きく失い、彼らの背中や脇を冷やしはじめる。
戦士「涼しくなってきたな…やっぱり暑さの原因はこいつか」フゥー
ラレンティウス「いや、原因の一つと見るべきじゃないか?今も熱気は感じるし、底の地面にも赤いひび割れが見える。他からも熱が来ているんだ」
ソラール「降りて行くべきなのかもな」
戦士「降りるって、あの溶岩溜まりだったところを行くのか?……確かに、他に行けそうな道は無さそうだけどよ…」
クラーグ「不死共よ」
戦士「?」
クラーグ「互いに貸し借りも無くなった。私は帰るぞ」カサカサ…
ソラール「貸し借り?いつそんな話に…」
クラーグ「私はお前達を導き、お前達は弟の混沌を治め、弟はお前達の行くべき道を開いた。皆の望みが叶ったろう」カサカサ…
ソラール「ま、待て…」
戦士「おい、やめとけって…」
ソラール「いや、我々の旅に彼女の力は必要だ。この先にどんな灼熱が待っているかも分からんだろう。炎を操り、炎を撫でられる力があれば頼もしい」
ラレンティウス「確かに…溶岩の中を泳ぐはめになる事も考えられるが…」
戦士「そりゃあ……そうかもしれねえが、混沌の魔女だぞ?俺らがこれ以上どうこうできる相手じゃ…」
グリッグス「待て、これはソラールの言い分に理がある。混沌は地の底から湧き上がり、ここから先に進むには、その地の底を目指す以外に道が無い」
グリッグス「進むか引き返すかのどちらかしか無いんだ。確かに引き返してコブラ達と合流するのも手だ。しかし彼らの向かった城がもしも、本当に罠だったとしたら、どうする?」
戦士「………」
グリッグス「ソラール、魔女を呼び戻せ。早くしないと彼女が行ってしまう」
クラーグ「………」カサカサ…
ソラール「待ってくれ!話がある!」
クラーグ「私には無い」カサカサ…
ソラール「貸し借りと言うのなら、コブラからの借りがあるはずだ!」
クラーグ「!」ピタッ
ソラール「コブラは貴公を殺せたはずだ!だが殺さずに生かした!コブラは貴公に何某か問いたようだが、貴公はその問いに疑問で答えた!」
ソラール「コブラに借りを返せぬのなら、我々に返していただきたい!」
クラーグ「………」
クラーグ「驚いた……膂力自慢なだけの木偶と思っていたが、存外口が立つじゃないか」フフ…
クラーグ「いいだろう、使いたいと宣うなら使わせてやる。なんなりと申してみるがよい」ククク…
ソラール(……今のは詭弁だったなぁ…)
爛れの体躯から垂れ流され続けた熱が収まり、大空洞の底を流れる溶岩は、溜まりを残しつつも、その大部分を冷え固めている。
その冷めた地を行くべきだと皆思いはしていたが、不死達はまたも躊躇していた。
実際に歩みを進められるだけの胆力は、クラーグにのみ備わっている。理由は明確で、その地は強者にのみ許された食餌の道だったのだ。
ソラール「………」
クラーグ「何を臆するか。我に大言を吐いたその口は開かぬのか」クックックッ…
溶岩が引き、姿を現したのは熱い岩塊だけでは無かった。
刃の無い大斧を携えた牛頭のデーモン達は、それぞれがクラーグと同等に大きく、一様に不死達を見つめている。
その牛頭達と比べて体格が小さく、ソラールと比べ頭三つ程しか大きくない山羊頭のデーモン達も、コブラの持つ特大剣と同等の大きさの鉈を、なんと二刀も引きずっていた。
戦士「……こりゃ罠だ…俺たちをハメやがった…」
クラーグ「罠など何処にある。地に沸く混沌ある処、総てデーモンの根城だ。そこに攻め込むために我に恩を売りつけたのは…」
ソラール「そうだ。俺だ。俺がきこ…いや貴女に恩を売った」
クラーグ「そういう事だ。恩を着させられたなら、魔女とて報いねばならぬ。貴様はデーモンの群れに捨て置かれるとでも思ったか」
ソラール「………」
クラーグ「…ふん」
二の足を踏んで煮え切らぬ不死達を残し、クラーグは冷めた溶岩を歩き、デーモン達へと近づいた。
ソラールは負い目を感じ、後に続こうかとも考えたが、太古の魔女がデーモン相手に何をするのかという好奇心にも囚われ、気抜けした様子で立ち尽くす。
魔女が手に炎を纏わせると、ソラールと同じく観戦を決め込んだラレンティウスの瞳孔は拡大した。
炎は凝縮されて鉄の輝きを帯び、捻れて細り、炎を纏った一本の魔剣となった。
明らかな敵意を向けられた山羊頭のデーモンは二本の大鉈を束ね、上段に構え、魔女に迫る。
鉈に血を吸わせ、ソウルという糧を得るために。
クラーグ「………」ヒュン!
バシャアアーッ!!
そんなデーモンとしての原始的本能で打ち倒せるほど、火の魔女クラーグは容易くはなかった。
魔女の扇を仰ぐような優雅な一振りからは、灼熱の炎風が槍のように放たれ、掲げられた二本の大鉈を、斬られた水風船のように弾けさせた。
液状になった大鉈を全身に被ったデーモンは断末魔の悲鳴を上げ、身体を丸めつつも転倒せず、動きを止めた。
クラーグは、のたうってもがく事さえ山羊頭のデーモンに許さなかった。
牛頭「ブゴオオオーーッ!!」
それを見た牛頭デーモンの一体が、咆哮を上げてクラーグに突進した。
仲間意識か、飢えか、闘争心か、それらのいずれに突き動かされたにせよ、駆け出したのはこの一体だけではない。
ドドドドドドドドドド!!!
少なく見積もっても百人力はある怪物が群れをなして、クラーグに殺到した。
群れの先頭のデーモンは跳び上がり、手に持つ得物をクラーグの脳天目掛け振り下ろす。
クラーグ「………」ボゴォン!!
クラーグはその一撃を右掌から放った大発火で逸らしつつ、左手の魔剣で、一撃を放ったデーモンの額を打ち抜く。
脳を破壊されたデーモンを蹴り飛ばし、二体目と三体目のデーモンがクラーグに襲いかかるが…
ドオオオーーッ!!
蜘蛛の放った大爆発に押しのけられ、転倒した。
クラーグ「不死共よ。ここで助太刀を挟まぬのなら、デーモン共を撫で斬りに伏せ、私は帰るぞ」
クラーグのこの提案は、この地にあっては脅しともとれた。
人の世には、これほどの試練がこの地にある事など、当然伝わっていない。
傾国さえ可能なデーモンの群れ如きで済んでいる。そんな可能性すらあり得るのだ。
ソラール「太陽ーッ!!」ダッ!
求める偉大さに最も近い物の名を叫び、ソラールは突貫した。
他の不死達は大いに尻込みしたが、結局ソラールに続いた。
不死達の助力は微かで、しかし的確だった。
戦士の剣は刃を立てず、呪術師の炎は混沌と比べ温いが、魔法使いのソウルの矢と、太陽の騎士の雷はデーモンを怯ませる。
ラレンティウス「炎の透りが悪い…」
戦士「焼けないなら眼を狙え!俺が惹きつけてるうちに火の明かりで眩ませろ!」
しかし、効かないとなってもそれなりに立ち回る術はある。力が弱くとも奮戦する彼らの姿は、少なからずクラーグを喜ばせた。
デーモンの群れ程度、クラーグだけでも何とでもなるだろう。だがクラーグが不死達に期待しているのは破壊力ではない。
自動的に死角を潰し、敵の視線を散らすしぶとさ。囮としての活躍である。
現にラレンティウスの炎はデーモンの身体を焼かないが、頭を仰け反らせ、攻撃の手を緩めさ、走り回る戦士はデーモンの斧に焼土を掘らせている。
他二人のソウルの矢と雷の槍に至っては、デーモンに手傷を負わせる程には強力である。
不死達はそう思っていないが、クラーグはこの戦いを舐めていた。
そして事実、舐めていい戦いだった。
ソラール(意外となんとかなった)ハハ…
グリッグス「…けっこうあっさり終わったな」
ラレンティウス「こっちは呪術が切れちまった…もう手斧で乗り切るしかないぞ…」
戦士「はぁ、はぁ、も、もう走れねえ…いや走らねえぞ…」
クラーグ「これしきでへばるな。デーモン共の五匹や十匹、倒したところで武勇にもならんわ」
戦士「あんたの目線で話すんじゃねえよ…こっちは腐っても人間だってんだ」フゥフゥ…
クラーグ「ならば人間らしく、デーモンを狩った武勇に力を奮い立たせ、立ち上がるがよかろう。先に行くぞ」カサカサ…
戦士「なっ…!」
ソラール「ハハハ、一本取られたな」パシパシ
戦士「チッ」
クラーグを先頭に、一行は爛れが垂らした熱を燻らせる地を抜けて、更に深く、灼熱の大空洞を降りていった。
足元は冷めた溶岩から、暑い石畳と滑らかな下り坂になり、岩壁は暑い石積みの壁と、煌々と輝く溶岩の海を覗ける断崖絶壁へと変わった。
壁に沿って造られた下り坂は狭く、手すりは無い。
蜘蛛の魔女は坂道を滑るが如く壁を走り、あっという間に坂の最下まで降りたが、人の身ではそうはいかず、不死達は一様に壁に手を着け、牛歩した。
坂の最下に着くと彼らはまた魔女にからかわれたが、暑さに体力を奪われつつある不死達は魔女の言葉を流し、その様子を魔女はまた笑った。
この時、嫌味な魔女にまた文句の一つでも返してやろうと戦士は思ったが、直後に襲いかかってきた山羊頭のデーモンの群れを、クラーグが大爆風を用いて焼き、残骸を辺りに撒き散らすと、その反抗心も消えた。
そしてうんざりするやら嬉しいやらの光景に出くわした。
牛頭のデーモンに匹敵する巨躯を持つワームと、その背後に揺らぐ篝火。
篝火はありがたいが、ワームは気色が悪く、篝火の温もりも灼熱の中にあっては苛立ちを強めるばかりだった。
クラーグ「面倒」ボゴーン!
ワーム「グギェエエエエエエエ!!」ドロドロドロ…
蜘蛛の口から放たれた熱泥を丸被りしたワームは身悶えし、牙を剥くことなく消滅したが、安全性の確保された篝火の恩恵に預かることを不死達は皆躊躇した。
疲労は消え去り、傷も癒えるが、いかんせん暑すぎる。
しかし不死達は結局、篝火を広く囲んで座った。
グリッグス「………」
ソラール「いやしかし暑い…流石に兜を脱いだ方がいいかもしれん…」
戦士「脱ぐならさっさと脱いでくれ。見てるだけでも暑苦しいんだよ」
ソラール「………」ガポッ…
戦士「!?」
クラーグ「ほお、これはこれは…中々どうして…」
暑さに耐えかねたソラールが樽型の兜を脱ぐと、金髪を後ろにまとめた優男が現れた。
鼻は高く筋は通り、顎は角を残した流線型。目は力強く、眉は優しく、口元は大らかさを放っている。
戦士「………お前所帯持ちか?」
ソラール「そういう事とは縁がなくてな。どうしてそんなこと聞くんだ?」フゥー
グリッグス「そっちの気があるんだろう。戦場に婦女子を連れ歩ける者はそう多くはないだろう。不思議なことでもないさ」
不死達の助力は微かで、しかし的確だった。
戦士の剣は刃を立てず、呪術師の炎は混沌と比べ温いが、魔法使いのソウルの矢と、太陽の騎士の雷はデーモンを怯ませる。
ラレンティウス「炎の透りが悪い…」
戦士「焼けないなら眼を狙え!俺が惹きつけてるうちに火の明かりで眩ませろ!」
しかし、効かないとなってもそれなりに立ち回る術はある。力が弱くとも奮戦する彼らの姿は、少なからずクラーグを喜ばせた。
デーモンの群れ程度、クラーグだけでも何とでもなるだろう。だがクラーグが不死達に期待しているのは破壊力ではない。
自動的に死角を潰し、敵の視線を散らすしぶとさ。囮としての活躍である。
現にラレンティウスの炎はデーモンの身体を焼かないが、頭を仰け反らせ、攻撃の手を緩めさ、走り回る戦士はデーモンの斧に焼土を掘らせている。
他二人のソウルの矢と雷の槍に至っては、デーモンに手傷を負わせる程には強力である。
不死達はそう思っていないが、クラーグはこの戦いを舐めていた。
そして事実、舐めていい戦いだった。
ソラール(意外となんとかなった)ハハ…
グリッグス「…けっこうあっさり終わったな」
ラレンティウス「こっちは呪術が切れちまった…もう手斧で乗り切るしかないぞ…」
戦士「はぁ、はぁ、も、もう走れねえ…いや走らねえぞ…」
クラーグ「これしきでへばるな。デーモン共の五匹や十匹、倒したところで武勇にもならんわ」
戦士「あんたの目線で話すんじゃねえよ…こっちは腐っても人間だってんだ」フゥフゥ…
クラーグ「ならば人間らしく、デーモンを狩った武勇に力を奮い立たせ、立ち上がるがよかろう。先に行くぞ」カサカサ…
戦士「なっ…!」
ソラール「ハハハ、一本取られたな」パシパシ
戦士「チッ」
クラーグを先頭に、一行は爛れが垂らした熱を燻らせる地を抜けて、更に深く、灼熱の大空洞を降りていった。
足元は冷めた溶岩から、暑い石畳と滑らかな下り坂になり、岩壁は暑い石積みの壁と、煌々と輝く溶岩の海を覗ける断崖絶壁へと変わった。
壁に沿って造られた下り坂は狭く、手すりは無い。
蜘蛛の魔女は坂道を滑るが如く壁を走り、あっという間に坂の最下まで降りたが、人の身ではそうはいかず、不死達は一様に壁に手を着け、牛歩した。
坂の最下に着くと彼らはまた魔女にからかわれたが、暑さに体力を奪われつつある不死達は魔女の言葉を流し、その様子を魔女はまた笑った。
この時、嫌味な魔女にまた文句の一つでも返してやろうと戦士は思ったが、直後に襲いかかってきた山羊頭のデーモンの群れを、クラーグが大爆風を用いて焼き、残骸を辺りに撒き散らすと、その反抗心も消えた。
そしてうんざりするやら嬉しいやらの光景に出くわした。
牛頭のデーモンに匹敵する巨躯を持つワームと、その背後に揺らぐ篝火。
篝火はありがたいが、ワームは気色が悪く、篝火の温もりも灼熱の中にあっては苛立ちを強めるばかりだった。
クラーグ「面倒」ボゴーン!
ワーム「グギェエエエエエエエ!!」ドロドロドロ…
蜘蛛の口から放たれた熱泥を丸被りしたワームは身悶えし、牙を剥くことなく消滅したが、安全性の確保された篝火の恩恵に預かることを不死達は皆躊躇した。
疲労は消え去り、傷も癒えるが、いかんせん暑すぎる。
しかし不死達は結局、篝火を広く囲んで座った。
グリッグス「………」
ソラール「いやしかし暑い…流石に兜を脱いだ方がいいかもしれん…」
戦士「脱ぐならさっさと脱いでくれ。見てるだけでも暑苦しいんだよ」
ソラール「………」ガポッ…
戦士「!?」
クラーグ「ほお、これはこれは…中々どうして…」
暑さに耐えかねたソラールが樽型の兜を脱ぐと、金髪を後ろにまとめた優男が現れた。
鼻は高く筋は通り、顎は角を残した流線型。目は力強く、眉は優しく、口元は大らかさを放っている。
戦士「………お前所帯持ちか?」
ソラール「そういう事とは縁がなくてな。どうしてそんなこと聞くんだ?」フゥー
グリッグス「そっちの気があるんだろう。戦場に婦女子を連れ歩ける者はそう多くはないだろう。不思議なことでもないさ」
不死達の助力は微かで、しかし的確だった。
戦士の剣は刃を立てず、呪術師の炎は混沌と比べ温いが、魔法使いのソウルの矢と、太陽の騎士の雷はデーモンを怯ませる。
ラレンティウス「炎の透りが悪い…」
戦士「焼けないなら眼を狙え!俺が惹きつけてるうちに火の明かりで眩ませろ!」
しかし、効かないとなってもそれなりに立ち回る術はある。力が弱くとも奮戦する彼らの姿は、少なからずクラーグを喜ばせた。
デーモンの群れ程度、クラーグだけでも何とでもなるだろう。だがクラーグが不死達に期待しているのは破壊力ではない。
自動的に死角を潰し、敵の視線を散らすしぶとさ。囮としての活躍である。
現にラレンティウスの炎はデーモンの身体を焼かないが、頭を仰け反らせ、攻撃の手を緩めさ、走り回る戦士はデーモンの斧に焼土を掘らせている。
他二人のソウルの矢と雷の槍に至っては、デーモンに手傷を負わせる程には強力である。
不死達はそう思っていないが、クラーグはこの戦いを舐めていた。
そして事実、舐めていい戦いだった。
ソラール(意外となんとかなった)ハハ…
グリッグス「…けっこうあっさり終わったな」
ラレンティウス「こっちは呪術が切れちまった…もう手斧で乗り切るしかないぞ…」
戦士「はぁ、はぁ、も、もう走れねえ…いや走らねえぞ…」
クラーグ「これしきでへばるな。デーモン共の五匹や十匹、倒したところで武勇にもならんわ」
戦士「あんたの目線で話すんじゃねえよ…こっちは腐っても人間だってんだ」フゥフゥ…
クラーグ「ならば人間らしく、デーモンを狩った武勇に力を奮い立たせ、立ち上がるがよかろう。先に行くぞ」カサカサ…
戦士「なっ…!」
ソラール「ハハハ、一本取られたな」パシパシ
戦士「チッ」
クラーグを先頭に、一行は爛れが垂らした熱を燻らせる地を抜けて、更に深く、灼熱の大空洞を降りていった。
足元は冷めた溶岩から、暑い石畳と滑らかな下り坂になり、岩壁は暑い石積みの壁と、煌々と輝く溶岩の海を覗ける断崖絶壁へと変わった。
壁に沿って造られた下り坂は狭く、手すりは無い。
蜘蛛の魔女は坂道を滑るが如く壁を走り、あっという間に坂の最下まで降りたが、人の身ではそうはいかず、不死達は一様に壁に手を着け、牛歩した。
坂の最下に着くと彼らはまた魔女にからかわれたが、暑さに体力を奪われつつある不死達は魔女の言葉を流し、その様子を魔女はまた笑った。
この時、嫌味な魔女にまた文句の一つでも返してやろうと戦士は思ったが、直後に襲いかかってきた山羊頭のデーモンの群れを、クラーグが大爆風を用いて焼き、残骸を辺りに撒き散らすと、その反抗心も消えた。
そしてうんざりするやら嬉しいやらの光景に出くわした。
牛頭のデーモンに匹敵する巨躯を持つワームと、その背後に揺らぐ篝火。
篝火はありがたいが、ワームは気色が悪く、篝火の温もりも灼熱の中にあっては苛立ちを強めるばかりだった。
クラーグ「面倒」ボゴーン!
ワーム「グギェエエエエエエエ!!」ドロドロドロ…
蜘蛛の口から放たれた熱泥を丸被りしたワームは身悶えし、牙を剥くことなく消滅したが、安全性の確保された篝火の恩恵に預かることを不死達は皆躊躇した。
疲労は消え去り、傷も癒えるが、いかんせん暑すぎる。
しかし不死達は結局、篝火を広く囲んで座った。
グリッグス「………」
ソラール「いやしかし暑い…流石に兜を脱いだ方がいいかもしれん…」
戦士「脱ぐならさっさと脱いでくれ。見てるだけでも暑苦しいんだよ」
ソラール「………」ガポッ…
戦士「!?」
クラーグ「ほお、これはこれは…中々どうして…」
暑さに耐えかねたソラールが樽型の兜を脱ぐと、金髪を後ろにまとめた優男が現れた。
鼻は高く筋は通り、顎は角を残した流線型。目は力強く、眉は優しく、口元は大らかさを放っている。
戦士「………お前所帯持ちか?」
ソラール「そういう事とは縁がなくてな。どうしてそんなこと聞くんだ?」フゥー
グリッグス「そっちの気があるんだろう。戦場に婦女子を連れ歩ける者はそう多くはないだろう。不思議なことでもないさ」
戦士「おい!俺はその気なんてねえぞ!男色家扱いはやめろ!」
グリッグス「その口ぶり、まるで男色家が普遍な非だとでも言いたげだが、私はそういう偏見は持ってないよ。放蕩貴族の嗜みとも聞くし」
グリッグス「まぁ…悪戯心があったかと言われれば、その通りかな」
戦士「じゃあ次からはよしてくれ。まったく、タチが悪いぜ」
戦士「で…どうなんだよ」
ソラール「ん?」
戦士「とぼけんなって、女だよ。その顔だ。コブ付きが居ないとなりゃ、さぞかし食うに困らなかったんだろうなぁ」
ラレンティウス「やれやれ、グリッグスの悪戯と木の実の背比べか」
戦士「世捨て人のお前には分からん話さ。で、どうだった?何処の女が一番美味かったんだ?」
ソラール「そうだなぁ……確かに、言い寄ってくる女は多かったな」
戦士「そんなこたぁ分かってるんだよ。俺が知りてぇのは…」
ソラール「ただ…」
戦士「おっ?」
ソラール「…残念だろうが、貴公が期待しているような話は無い」
ソラール「皆、俺の話を聞くと去って行ったよ。どうも小便臭いらしい」
ソラール「まぁ、仕方のない事さ。誰も知らない、ただの古宿の飾りのような像を敬い、物語を想う者など、はたから見れば狂人か、ただの白痴者さ」
戦士「……おい、嘘だろ…もしかしてお前…」
戦士「へへへ…分かんねぇもんだなぁ、ええ?その顔でウブ者とはよぉ」
ラレンティウス「とんだ糞餓鬼だな」
グリッグス「やれやれ…」
ソラール「いいや、まだ分からないぞ?」
戦士「分からない?おいおい負け惜しみかぁ?」
ソラール「俺には愛する人がいて、その人のために、偉大な者へと成るべく旅をしている……そういう話もあり得るんじゃないか?」フフ…
戦士「…なんだそりゃ。それが本当だって誰が信じる?証拠はあんのかよ」
ソラール「証拠は無いさ。それに信じて欲しくて喋ってる訳でも無い。好きに考えて構わないぞ」
戦士「なんだよニヤつきやがってよ。お前さては俺のこと担いで…」
クラーグ「立て。莫迦話はもう十分だ。行くぞ」
戦士「えっ?お、おいもう少し…」
クラーグ「黙れ、この痴れ犬共め。貴様らが雛のごとく求める休息を、疲弊無きこのクラーグが、わざわざ与えてやったのだ」
クラーグ「駄々を捏ねると言うのならば良し。呆けたいのならば焼いて固めて、そこの篝火の一部に変じさせてやろう」
戦士「………」
ソラール「…それは御免だ。さっさと行こう」
束の間の休息を終え、一行は旅を再開した。
そもそも不死とは生と死の狭間を漂う者達であり、ソウルと人間性の枯渇に脅かされこそすれ、老いもしなければ飢えも無く、疲れもしない。
正しく時間の働く人界にあっては、飲まず食わずで数ヶ月間駆け回ることに何の障害も無い。
しかし、心はその限りでは無かった。長い旅路には、やはり細やかでも宴が必要だったのだ。
クラーグ「ふん……守衛どもが。たやすく混沌に呑まれおって」
一行の前には、朽ちて段差の崩壊が始まっている、長く広い下り階段が続いている。
その両端に等間隔で置かれた4つのデーモン像が、定められた位置から離れ、一向に近づいていく。
像の大きさは人と変わらないが、低空を浮翌遊する胎児のような石像の腹部から、クラーグは熱を感知していた。
元々は都の衛士として使われていたそれらの中には、今や魔女の火ではなく、熱ぎ混沌が滾っていた。
ボボオオォーーッ!!
4つのデーモン像はクラーグへ向け火炎を放つ。
ゴバァーーッ!!
クラーグの蜘蛛顔は、その火炎を飲み込むだけには止まらぬ熱泥を、4つの像に吐きかけた。
石を削り出して作られているデーモン像は、岩をも溶かす灼熱に包まれ、朽ちた階段を補強する溶剤となって階段に広がった。
重力に押されて階段を流れ落ちる像の残骸の上を、クラーグは歩く。
その後を歩く不死達は、溶岩を避け、飛び越えて進む。
牛頭デーモン「グオオオ!」ドドッ!!
階段を抜けた一行へ頭突きによる突進を行うべく、猛進を始めたデーモンの咆哮は、地中に眠る一匹のワームを叩き起こし、一行に気付いていない他のデーモン像を起こした。
牛頭デーモン「ブゴオオーーッ!!」┣¨┣¨┣¨┣¨ドド!!!
クラーグ「………」
一行へ向け突進する牛頭デーモンとクラーグは対峙する。
そのクラーグの背後から散った不死達は、牛頭以外の排除にかかった。
ソラールと戦士はワームへ向かい、グリッグスとラレンティウスはデーモン像へ向け術を放つ。
ガゴッ!! ドゴオオォン!!
牛頭デーモンに組みつき、押し倒したクラーグは、蜘蛛頭を撫でた。
とびきり煮えたぎった溶岩を吐き出すよう促された蜘蛛頭は、岩を煙へと変える程の熱流を口の中で練り始める。
戦士「おおお!」ドカッ!
ワーム「ギョアアーッ!!」
ワームが口から何かを吐き出そうとした瞬間に、戦士の投擲した直剣がワームの口を貫く。
バジィン!!バリバリバリ!
激痛に身悶えするワームのやわ腹には、雷の槍が突き刺さった。
ワームの腹を貫いた雷は、戦士が突き刺した剣を通してワームの体内を食い荒らし、焼き尽くす。
命を失ったワームが崩れた後に残った剣を、戦士は拾い、二人の術師へと援護に向かう。
ボン! ドウン!
だが援護の必要も無く、グリッグスのソウルの矢は既にいくつかのデーモン像を打ち砕いており…
ガスッ!ガコッ!
最後のデーモン像も、激しい発汗を纏ったラレンティウスに、背後から手斧を何発も打ち込まれ、熱を失いかけていた。
ドグワッ!!!
戦士「うおっ!?」
不意に生じた爆音の出所を、身構えた戦士は視線で追った。
見ると、上半身を影として石畳に圧入された牛頭のデーモンが、ちょうど白い霧となって消えていくところだった。
戦士「えげつね…くわばらくわばら…」
ソラール「流石だな…手を貸さなくてもよかったかな?」
なんかおかしいと思ったら変換が効いてるじゃないの。
ほんとこの機能いらない。書き直す。
束の間の休息を終え、一行は旅を再開した。
そもそも不死とは生と死の狭間を漂う者達であり、ソウルと人間性の枯渇に脅かされこそすれ、老いもしなければ飢えも無く、疲れもしない。
正しく時間の働く人界にあっては、飲まず食わずで数ヶ月間駆け回ることに何の障害も無い。
しかし、心はその限りでは無かった。長い旅路には、やはり細やかでも宴が必要だったのだ。
クラーグ「ふん……守衛どもが。たやすく混沌に呑まれおって」
一行の前には、朽ちて段差の崩壊が始まっている、長く広い下り階段が続いている。
その両端に等間隔で置かれた4つのデーモン像が、定められた位置から離れ、一向に近づいていく。
像の大きさは人と変わらないが、低空を浮遊する胎児のような石像の腹部から、クラーグは熱を感知していた。
元々は都の衛士として使われていたそれらの中には、今や魔女の火ではなく、熱ぎ混沌が滾っていた。
ボボオオォーーッ!!
4つのデーモン像はクラーグへ向け火炎を放つ。
ゴバァーーッ!!
クラーグの蜘蛛顔は、その火炎を飲み込むだけには止まらぬ熱泥を、4つの像に吐きかけた。
石を削り出して作られているデーモン像は、岩をも溶かす灼熱に包まれ、朽ちた階段を補強する溶剤となって階段に広がった。
重力に押されて階段を流れ落ちる像の残骸の上を、クラーグは歩く。
その後を歩く不死達は、溶岩を避け、飛び越えて進む。
牛頭デーモン「グオオオ!」ドドッ!!
階段を抜けた一行へ頭突きによる突進を行うべく、猛進を始めたデーモンの咆哮は、地中に眠る一匹のワームを叩き起こし、一行に気付いていない他のデーモン像を起こした。
牛頭デーモン「ブゴオオーーッ!!」ドドドドドド!!!
クラーグ「………」
一行へ向け突進する牛頭デーモンとクラーグは対峙する。
そのクラーグの背後から散った不死達は、牛頭以外の排除にかかった。
ソラールと戦士はワームへ向かい、グリッグスとラレンティウスはデーモン像へ向け術を放つ。
ガゴッ!! ドゴオオォン!!
牛頭デーモンに組みつき、押し倒したクラーグは、蜘蛛頭を撫でた。
とびきり煮えたぎった溶岩を吐き出すよう促された蜘蛛頭は、岩を煙へと変える程の熱流を口の中で練り始める。
戦士「おおお!」ドカッ!
ワーム「ギョアアーッ!!」
ワームが口から何かを吐き出そうとした瞬間に、戦士の投擲した直剣がワームの口を貫く。
バジィン!!バリバリバリ!
激痛に身悶えするワームのやわ腹には、雷の槍が突き刺さった。
ワームの腹を貫いた雷は、戦士が突き刺した剣を通してワームの体内を食い荒らし、焼き尽くす。
命を失ったワームが崩れた後に残った剣を、戦士は拾い、二人の術師へと援護に向かう。
ボン! ドウン!
だが援護の必要も無く、グリッグスのソウルの矢は既にいくつかのデーモン像を打ち砕いており…
ガスッ!ガコッ!
最後のデーモン像も、激しい発汗を纏ったラレンティウスに、背後から手斧を何発も打ち込まれ、熱を失いかけていた。
ドグワッ!!!
戦士「うおっ!?」
不意に生じた爆音の出所を、身構えた戦士は視線で追った。
見ると、上半身を影として石畳に圧入された牛頭のデーモンが、ちょうど白い霧となって消えていくところだった。
戦士「えげつね…くわばらくわばら…」
ソラール「流石だな…手を貸さなくてもよかったかな?」
MOBの名前間違えてました。
ワームの名前は正しくは「穴掘りウジ虫」でした。
戦士「…ん?なんだありゃ?」
ソラール「どうした?」
辺りに敵がいないか警戒していた戦士が何かを見つけた。
それは穴掘りウジ虫が溶けた後の地面に刺さっており、赤い大地にあって更に紅く輝いていた。
その不自然な程の煌めきに吸い寄せられ、戦士は歩み寄り、土を掘って煌めきを手にとる。
戦士「……おい見ろ!こりゃ赤楔石だ!」
ラレンティウス「なにっ!?」
グリッグス「え?」
にわかには信じがたい報を聞きつけ、不死達は報に駆け寄った。
戦士「すげえ…噂には聞いていたが、まさか本当にあったなんてな…」
グリッグス「まさかこの目で見ることができるとは…」
ラレンティウス「それもかなり大きい…輝きも伝承の通りだ。やっぱり神々の地なだけはあって…」
ソラール「物知らずで悪いが、俺には何が凄いのかさっぱりなのだが」
グリッグス「楔石は、鍛治の神だけが扱える金床から剥がれ落ちた薄片だと言われているのは、知っているだろう?」
ソラール「うむ」
グリッグス「赤い楔石とは、それらに何らかの形で新たに炎の力が宿った物を言うんだ。楔石の欠片でさえ、人の世界では神の聖遺物とされているんだ、赤い楔石ともなれば、その価値は計り知れない。武器に刻み込むための繋ぎとして緑色の楔石も必要だが、もし武器に刻め込めたなら、その武器は太古の神々が操った炎を永久に纏うことになる。聖剣も、救国の英雄も生まれるだろうし、一国の王の心を奪うことも…」
クラーグ(奴隷鍛治の金床ごときに鼻息を荒げおって…神ならば節操無く畏れ敬う者には、良い玩具だろうがな)
クラーグ(騒ぐべきは、この封印だろうに)
楔石に集っている不死達を放っておき、クラーグは歩みを進め、止めた。
目の前には霧が立ち込めているが、その霧に浮かぶ粒は太陽色に輝いている。
不死達は、その輝きは赤みがかった景色が、色を霧に映しているだけに過ぎないと思っている。
しかし、魔女の眼は人には知れぬ真実を見抜く。太陽色の輝きが、誰を示しているのかさえも。
クラーグ(この輝きは、かの大王による封印だろう……母が混沌を解き放った日に、我らを辛うじて救ったものだ)
クラーグ(それ故に固い封であったとは思っていたが……しかし、混沌が溢れる今も形を保つなど、ありえぬ事だ)
クラーグ(何より、何故、あのような形で、あのような者まで封じている?)
クラーグの眼に、かつて見た輝きが映る。
光を放ち、波のようにうねる封印に御される、ソウルでも人間性でもない未知の力。
それらが持つ謎は、クラーグの中で更なる神秘へと変貌した。
クラーグ(太陽の光の大王……何故にかの神は、コブラに潜む『門』に同じ封を敷いた?)
クラーグ(アノール・ロンドの王は、ロードランに居もしなかったであろう彼奴の中に何を見た?)
ソラール「…つまり、人の手に余る物ということだな」
グリッグス「掻い摘めば、そんなところだ。ヴィンハイムの竜学院ですら探求を諦め、風化した歴史に混じる雑音と…」
クラーグ「戻るぞ」
グリッグス「されつつあって……えっ?」
戦士「は?なんでだ?」
クラーグ「やはりここから先は封印されている。太陽の光の王の許しが要るようだ」
ソラール「!!」ピクッ
戦士「え…おい…それじゃ働き損かよ…」
>>304を再訂正。
「なっ、おい、離せ!足手まといはごめんだぞ!」
というセリフがジークマイヤーのものであると訂正していましたが、正しくはビアトリスのセリフでした。
なので正しくは『ビアトリス「なっ、おい、離せ!足手まといはごめんだぞ!」』という文になります。
もうガバガバ。
ラレンティウス「働き損…なのか?」
クラーグ「損などではない。破れぬ封印と知れただけでも十分」
クラーグ「あとは秘した種火を取り戻すのみ。貴様らは先に引き返せ」
ラレンティウス「種火……まさか、あの炎の種火があると言うのですか!?ここに!?」
クラーグ「秘匿が破られていないのならな。もっとも取り戻したところで封印を超えられる訳もない。鍛えに使う鍛治道具も、既にこの先で溶鉄となっていよう」
グリッグス「それなら、なぜそんな使えぬ秘術を探すのですか?」
クラーグ「己が杖を持たぬのなら、術書を無智に奪われても良いとはならんだろう」
ラレンティウス「俺もご一緒させて下さい!炎の神秘を見たいんです!」
戦士「また始まったよ…よせよ、この先に進めねえってんだから」
ソラール「………」
クラーグ「いや、封印の先には無い。ここから左に向かった見張り廊下跡に隠されている」
ラレンティウス「それでは…!」
クラーグ「ならん。我らの秘術は我らのもの。貴様のような赤児の如き未熟者に、秘奥を見せるわけも無かろう」
クラーグ「帰れ」カサカサカサ…
ラレンティウス「………」
戦士「ははは、行っちまったな」
グリッグス「しかたないさ。私の師も、秘術となるとさっぱり教えてくれない。そんなものさ」
ラレンティウス「………はぁ…」
ソラール「………」
ラレンティウスの野心がまたも打ち砕かれたが、ソラールの思考からは彼を慰めるという配慮さえ消えていた。
ラレンティウスは己の領分を忘れてクラーグに同行を申し出たが、ソラールもまた、クラーグの言葉に己の本分を揺さぶられていた。
求めてやまない物が、前触れ無く眼前に現れる。
例えそれが考え違いや激しい期待から来る、過ぎた妄想や幻覚の類いであったとしても、求める者は、それらに対し全くの無力になる。
理性や情を保ちつつ、それらを凌駕するもの。欲望には、人ならば逆らえない。
理想や真実ではなく、偉大な輝きを求める者なら尚更に逆らい難く…
ソラール(太陽の光の王の封印……混沌の地に、かの王は所縁がある…)
ソラール(空の太陽は熱く輝く…だが、太陽の力の根源は空には無い。力の根源はロードランにある…神の地にある…)
ソラール(太陽の光の王は、混沌に溢れたこの地を封じた。なんのために…)
ソラール(………)
ソラール(いや、そもそも俺は何を求めている?)
ソラール(太陽の偉大さ…太陽の光の王の偉大さ…偉大な輝き…偉大な温もり?いや…)
そして、苦悩する。
人が何かを偉大と評する時、その偉大さには見えぬ闇や、解けぬ謎が含まれる。
全てが分からぬからこそ偉大であり、闇や謎が害をなさないからこそ、人は偉大さを易々と敬えられるのだ。
闇や謎が見えぬからこそ偉大であるならば、姿無き偉大さを目指す者に、確たる答えなどもたらされるはずも無いのである。
ソラール「………」
太陽の戦士の心の奥底には、求める物の姿は無い。
だが、求める心は熱量を高め続け、姿無き物を求め続ける。
暗闇を求めるその行いこそ、心の闇を深め、育むとも知らずに。
コブラ「ふあ~よく寝たぜ~」
上体を起こし、コブラは両手を天井に向かって伸ばした。
次に立ち上がると、上体をねじったり、足首を回したりと、せわしなく体操を始める。
ローガン「起きたかコブラ。気を悪くしたらすまないが少し話が…」
コブラ「気を悪くすると思うんなら今話さなくったっていいだろ」コキコキ…
コブラ「レディー、今何時だ?」
ビアトリス「?」
レディ「なぁにコブラ、寝ぼけてるの?ここはアノール・ロンドよ。タートル号の中でもないし、ラスベガス・ステーションでもないのよ?」
コブラ「いやぁちょっと言ってみただけさ。シャワーが恋しくてついね」
コブラ「おいジーク、起きる時間だ」
ジークマイヤー「ん?…おおう!つい寝てしまった!」ガバッ
ジークマイヤー「………」
真鍮鎧の騎士「………」
ジークマイヤー「はて…貴公には見覚えが無いが…」
ジークマイヤー「いや、ここはどこだ!?まさか敵に捕らえられ…」
真鍮鎧の騎士「生憎だが違う。貴公はそこのコブラという男に連れられ、この篝火に休んだのだ」
真鍮鎧の騎士「それと、私は貴公の敵では無い。この篝火の番人だ」
ジークマイヤー「番人……すると、ここの火防女か?いやはや申し訳ない。鎧姿の火防女と会うのは初めてでな。はっはっは!」
ジークマイヤー「それにしても、まさかあの難所を無事抜けられるとは……てっきり、一撃の元に斬り伏せられたと思ったが…」
ビアトリス「無事…?」
ローガン「まぁ理性が消えとる訳でも無し。無事と言えばその範疇ではあろうな」
ローガン「してコブラよ。眠気は覚めたかね?」
コブラ「ああ、おかげさんで。それでしつこく尋ねるに値する話ってのは何だい?」
ローガン「貴公のためにと草毟りをしたついでに、私が見た黄金色の霧についてだ」
コブラ「黄金色の霧?」
ローガン「うむ。ここから出て左手側に進み、巨人を一人打ち伏せた先に、霧はあるのだが…」
ローガン「どうも、あれは私が知るところの『太陽の光の王』の封印であるらしい」
コブラ「!!」
ローガン「我が古巣の竜学院に、名誉ある魔法の徒にのみ許された秘奥書がある。それらに黄金色の霧について記した物がいくつもあったと、私は記憶している。闇の徒の手より偉大な力を守るため、最高神とされる者のソウル分け用い、封を施す…と」
悲報
クソまとめサイトあやめ速報、あやめ2nd
創作活動への冒涜続行
・SSちゃおラジシリーズの盗作が発覚
作者も自白済み
・各まとめサイトにちゃおラジの盗作が伝えられる
真っ当なまとめサイトはちゃおラジシリーズを削除
・まとめサイトあやめ2ndはちゃおラジの削除を拒否
独自の調査により盗作に当たらないと表明
・あやめ2ndが荒れる
あやめ管理人は盗作だというちゃんとした証拠をもってこいと言う
・かと思いきやあやめ管理人、盗作に当たらない発言も証拠を求めた発言も寄せられたコメントもなにもかも削除
全部もみ消してなかったことにする気かとあやめ2ndもっと荒れる
・あやめ2nd、ちゃおラジシリーズは盗作ではないがこのままではサイト運営に不都合なためと削除
・後日あやめ2nd、ちゃおラジが盗作ではない独自の理論を公開
ちゃおラジシリーズ再掲載
・あやめ2nd、多数のバッシングにあい数時間後ちゃおラジシリーズ全削除
自らの非を全て認める謝罪記事を掲載
・謝罪記事掲載から5日後、あやめ2nd謝罪記事削除
サイトは謝罪時から通常通りの運行だった
またもみ消して逃げるのかと荒れる
・あやめ2ndに迷惑だから釈明するなり謝罪するなりしろとの訴えが出される
・あやめ管理人釈明なし
責任を逃れ私欲に走る
この間、あれだけちゃおラジへのコメントを削除したにも関わらず以下のようなコメントの掲載を承認
ダブルスタンダードは健在
http://ayamevip.com/archives/52295361.html#comments
ご意見はこちらまで
ayamevip@gmail.com
あやめ管理人は謝罪記事の再掲載を行え
悲報
クソまとめサイトあやめ速報、あやめ2nd
創作活動への冒涜続行
・SSちゃおラジシリーズの盗作が発覚
作者も自白済み
・各まとめサイトにちゃおラジの盗作が伝えられる
真っ当なまとめサイトはちゃおラジシリーズを削除
・まとめサイトあやめ2ndはちゃおラジの削除を拒否
独自の調査により盗作に当たらないと表明
・あやめ2ndが荒れる
あやめ管理人は盗作だというちゃんとした証拠をもってこいと言う
・かと思いきやあやめ管理人、盗作に当たらない発言も証拠を求めた発言も寄せられたコメントもなにもかも削除
全部もみ消してなかったことにする気かとあやめ2ndもっと荒れる
・あやめ2nd、ちゃおラジシリーズは盗作ではないがこのままではサイト運営に不都合なためと削除
・後日あやめ2nd、ちゃおラジが盗作ではない独自の理論を公開
ちゃおラジシリーズ再掲載
・あやめ2nd、多数のバッシングにあい数時間後ちゃおラジシリーズ全削除
自らの非を全て認める謝罪記事を掲載
・謝罪記事掲載から5日後、あやめ2nd謝罪記事削除
サイトは謝罪時から通常通りの運行だった
またもみ消して逃げるのかと荒れる
・あやめ2ndに迷惑だから釈明するなり謝罪するなりしろとの訴えが出される
・あやめ管理人釈明なし
責任を逃れ私欲に走る
この間、あれだけちゃおラジへのコメントを削除したにも関わらず以下のようなコメントの掲載を承認
ダブルスタンダードは健在
http://ayamevip.com/archives/52295361.html#comments
ご意見はこちらまで
ayamevip@gmail.com
あやめ管理人は謝罪記事の再掲載を行え
太陽の光の王の封印という言葉に、コブラは覚えがあった。
完全に同じでは無いが、これと似た音の響きを持つ言葉。
それは今コブラの思考に、混沌の魔女クラーグとの会話として音を大に跳ね回っていた。
『魂だのなんだのについて、俺が知りたい事は一つ』
『なぜ俺の精神力は、他人の精神力を必要とするほどに、回復しなくなったのか………それだけさ』
『回復はしている』
『なに?』
『我ら魔女には、ソウルと人間性を見抜く力がある。そうでなければ、炎を御する事など出来ぬ』
『その我らの眼に映るのだ。貴様のソウルと人間性は光を放ち、常に力を大きくし続けている』
『だが、許されていないのだ』
『許されていない?誰の許しが必要だっていうんだ?』
『誰あらぬ、太陽の光の王の許しだ』
コブラ「封印、か……なるほどね」
コブラ「少しづつパズルが組み上がってきたぜ」
レディ「何か分かったのね?」
コブラ「ああ。ローガン、告白させてもらうが、あんたの言う光の王の封印とやらは実を言うと俺の中にもあるんだ」
ローガン「なに?」
ビアトリス「太陽の光の王の封印が…コブラの中に?一体どういう事だ?貴公はロードランの神々の力が及ばぬ処から来たはずではないのか?」
真鍮鎧の騎士「!?…待ってくれ、今なんと…」
コブラ「おっと今は講義中だ。余談は本題のあとに頼むぜ」
真鍮鎧「う…うむ」
コブラ「それでだ。その封印は俺の中にあるサイコエネルギーを塞き止めているだけではなく、ここで何か馬鹿でかい力を守っている。ジイさんの言う通りならかなりの昔からな」
コブラ「だが、もしそうなら矛盾が出てくる。薪の王によってロードランに連れてこられた時に、俺は封印を貼り付けられたのであって、俺は昔からここにいた訳じゃない」
コブラ「そこで考えた。その封印を施した太陽の王様にとって、なんらかの非常事態がロードランで起こっているってな」
ローガン「非常事態…というと?」
コブラ「さぁな、そこまでは分からんさ。だがかなりの大ごとだろう。わざわざ薪の王に俺を招かせておきながら、封印を施して闇の手の者とやらから守っているんだからな。この矛盾が答えだ」
コブラ「助っ人宇宙人を呼びながらその選手を宣伝せずに隠す。そういう球団は大抵借金がかさんでるものさ。恐らく不死の使命か、あるいはその使命を不死に課した神々そのものが、今は窮地に立たされているんだろう」
ジークマイヤー「?…?…すまん、知らない物が話に出すぎて何がなんだか…」
レディ「この先のんびりしてはいられないかもって事よ。そうでしょうコブラ?」
コブラ「ああ。うかうかしてると帰りそびれるかもな。早いとこ出発しよう」
ローガン(確かに、もしそうなら急がねばならんな。神々の地では多くを見ておきたい)
真鍮鎧の騎士「それで、貴公はどこから来たんだ?待ってやったんだ、答えてくれてもいいだろう」
コブラ「宇宙からさ」
真鍮鎧の騎士「うちゅう?」
コブラ「ロードランとは別の世界さ。一眼見りゃあ、きっとアンタも気にいると思うぜ」
コブラ「さ、出発だ!」
真鍮鎧の騎士「………」
篝火から離れ、小部屋から抜け出たコブラに、暖かな陽光が当たる。
コブラが一眠りした間に、アノール・ロンドは全く姿を変えていなかった。
まるで、時が止まっているかのように。
ジークマイヤー「まぶしっ」
コブラ「沈まぬ太陽とは気が利いてるね。いっそプールも付けたらどうだ」
時間に異常をきたした謎多きロードランに、コブラは慣れていたつもりだった。
しかし、紛れもなくこの地の中心地であろう神の都にさえ、理を崩した時間が横たわっている事に、コブラは言い知れぬ不安を覚えた。
悪い予感ほどよく当たる。コブラの中に、己の人生訓が染み入る。
ゴゴゴ…
長方形の大バルコニーを横断し、一行がバルコニーから少し飛び出た日除けに入ると、日除けの真下にある石畳が綺麗な円形に割れ、緩やかに降下を始めた。
円形にくり抜かれた縦穴を、一行は降りてゆく。
ビアトリス「なんという…まだ仕掛けが動くのか…」
ローガン「ここは神の地で、見て触れ得るものも全て神が創ったものだ。我々では推し量れんさ」
コブラ「よくあることだ。インディージョーンズでもそうだった」
ジークマイヤー「良くあるのか!?」
レディ「フフッ、ないわよ」
昇降機で降り終えると、昇降機を中心に螺旋の下り階段が伸びていた。
階段の石段も美しく切り詰められたままであり、時間の経過を全く予感させない。
実際に降りても、埃のひとつも立たなかった。
そして、一行が階段を下り終え、縦穴から出ると…
鐘のガーゴイル「グオオオオオオオオオ!!!」
レディ「えっ!?」
不死教会に住み着いていた石像、ガーゴイルが駆けて来た。
ガーゴイルは一行目掛け斧槍を振り下ろし…
ガイイィーーン!!
コブラとジークマイヤーの特大剣にその凶刃を防がれ、跳びのき、怒りに唸った。
コブラ「おたくもしつこいね。バレてるネタばかりだと客に飽きられるぜ」
ジークマイヤー「石像の化け物め!大人しく退けい!」
鐘のガーゴイル「ウグオオォーーッ!!」
レディ「降参する気は無いみたいよ!また来るわ!」
ローガン「じゃあこれだ」シュゴーーッ!!
再び飛び出したガーゴイルに向け、ローガンはソウルの槍を放つ。
鐘のガーゴイル「!」バファッ!!
ローガン「お、避けおった」
しかし槍は跳び越され、石床に当たり、消えた。
宙に浮いたガーゴイルは羽ばたきを始め、空気を吸い込む。
コブラ「炎を吐くぞ!散らばれーっ!」
コブラの合図とともに一行は各々回避行動に移る。
しかし、ガーゴイルが吐き出したのは火炎では無かった。
バリバリバリッ!!
ジークマイヤー「のぉ!?」バチィーン!
レディ「雷!?」バリリッ!
ガーゴイルの雷は石床を伝わり、各々が回避した先にまで広がり、皆を感電させた。
コブラ「へへへ…コイツはいっぱい食わされたな」ビリビリ…
ビアトリス「クッ…まさか雷とは…」ビリビリ…
ジークマイヤー「………」グッタリ
魔法を学び携える者は、雷を含めた、物理的衝撃に拠らない力に耐性がある衣服を着込む習慣を持ち、レディのエネルギー耐性は単純な電気如きにはビクともしない。
しかし、全身を高電導性金属で包んだジークマイヤーと、ほぼ生身と言って差し支えないコブラにとって、この雷は大きな痛手であった。
ローガン「タマネギ君……おや、気絶しておる」
コブラ「呑気なもんだな。ピクニックに来たわけじゃないんだぜ」
鐘のガーゴイル「グアアア!!」ブオーン!!
コブラ「ほーらおいでなすった!」サッ
ガギーーッ!!
しかし、痛手を被ったはずのコブラは、ガーゴイルに振り回されるハルバードを特大剣で受け止めた。
持って生まれた恐るべき自然治癒力が、コブラにそのような芸当を可能にさせていたのだった。
コブラ「今だレディーっ!」
ガーゴイルの動きがほんの数秒封じられている間に、レディは既にガーゴイルの背後に回り込んでいた。
ズガーッ!!
ガーゴイル「ゴエエッ!」
跳躍したレディが振るったフランベルジュに首を貫かれたガーゴイルは、レディを振り落とそうと頭を上下する。
しかし、アーマロイドの膂力で捻られたフランベルジュは、レディが振り落とされるより先に、ガーゴイルの首に出来た穴を押し広げ…
バゴォーーッ!!
首まわりの彫刻を粉々に破壊した。首を捩じ切られたガーゴイルからは魔力が消え、代わりにソウルが漏れ出てきた。
ガーゴイルは沈黙し、もげた頭からは兜が、崩れゆく両手からは盾とハルバードがそれぞれ落ちた。
ローガン「いやはや、まったく凄まじい体力だ。貴公を素早い鋼の体へと変えた術の体系を、是非とも知りたいものだ」
レディ「あら、鋼の体ですって。あなたのことじゃない?」
コブラ「俺のファンがまた増えたか。ペンがあるなら帽子にサインしてやるところだ」ニッ
ローガン「?…なんの話かね?」
ジークマイヤー「はっ!?」ガバッ
ビアトリス「一足遅れだ。もう終わったよ」
ジークマイヤー「!?……うむむ…面目無い」
ビアトリス「重鎧で雷を受けたんだ、生きてるだけでも幸運というものだよ」
ビアトリス(やれやれ、もうエストに出を出すことになるとは。先が思いやられるな…)
×出を出す
○手を出す
コブラ「イテテ…まだ体が痺れるぜ。テーザー銃食らった次の日みたいだ」
ジークマイヤー「それだけで済んでいるとは、羨ましいものですなぁ」グビグビ…
エストをがぶ飲みするジークマイヤーを尻目に、コブラは周囲の状況を確認するため、右へ左へと歩いた。
そして、自分達が横幅の大きい石橋の上にいて、行くべき先は途切れている事を確認すると、次は橋の途切れた先に建つ、巨大な建造物を見据えた。
建造物は円柱状であり、屋根を持ち、途切れた橋と符合するであろう突起を、両橋に備えている。
コブラ「まったくひどい仕掛けを考えるもんだ。俺ぐらいにしか解きようが無いぜこりゃ」
コブラが建造物に悪態をついている頃、レディは一人、縦穴からの出口の近く、石橋の根元から横に降りた所にある、横道とも言い難い細い垂木を渡っていた。
垂木の先には、教会然とした建物があり、それはアノール・ロンドにあるものの例に漏れず巨大で荘厳だったが、窓の一つが割れていた。
彼女の行動にビアトリスもジークマイヤーも気づいていなかったが、一人だけ気づいていたローガンが、発見の喜びをレディから取り上げまいと口をつぐんだおかげで、二人は気付くそぶりも見せなかった。
レディは垂木を渡りきり、割れた窓から教会の内部を覗き、ため息をついた。
レディ「ジークには無理ね…」
一言呟くと、レディはまた垂木に飛び乗り、来た道を戻って行った。
その様子を眺めていたローガンはふと、レディと同じ猫のように身軽さを、どうにかしてかの呪術に備えられない物かと考えた。
×猫のように身軽さを
○猫のような身軽さを
誤字が多すぎる。自動添削機とかあったらほちい。
レディ「ダメね。向こうには行けないわ」
ビアトリス「? どこに?」
レディ「隣にある建物を少し覗いてみたのよ。中は広大な吹き抜けになっていたわ。建物自体が一つの空箱とでも言うべきね」
レディ「下に降りるための階段やハシゴは見当たらなかったわ。見えたのは数本の細長い梁と、梁の上に立つ何人かの見張りだけ。とても大人数で進めるような場所じゃないわ。足を滑らせればそのまま真っ逆さまだし、そんな不安定な足場であの人数を捌くのは、例え魔法が使えたとしても難しいでしょうね」
ビアトリス「そんなはずは無い。見張りぐらいなら私と先生の魔法で…」
レディ「見張り一人につき見えただけでも5本のナイフは携帯していたわ。複数本のナイフを持ち歩いている事だし、多分投げてくるでしょうね、一斉に」
ジークマイヤー「おおう…」
ビアトリス「………」
コブラ「だろうと思ったよ。レディ、コイツを見てくれ」
レディからの報告を受けたコブラは、石橋の先に見える建造物に指をさす。
コブラの指が示した物を、レディと不死達は見上げた。
コブラ「コイツは多分、回転しながら降りてきてこの橋の先になるんだ。形からしてもそうとしか考えられない」
コブラ「だが、その仕掛けを動かすスイッチの類はこの橋には見当たらない。レディの言った梁とやらを渡りきった先に、そのスイッチがあると見ていいだろう」
ビアトリス「だが、その梁は渡れないんだろう?」
コブラ「ああ、渡れんさ。俺が思うに、だから不死の使命を知る者が今まで出なかったのさ。はじめから使命をやらせる気が無いんだ」
コブラ「アノール・ロンドの巨人衛兵共は自動操縦のロボットとも考えられなくも無い。ガーゴイルもしかりってところだろう」
コブラ「だがコイツは訳が違う。客をわざわざ呼んでおいて、その客を明らかに撥ねつけている。不死を厳選して英雄を見つけ出すにしては徹底しすぎだ。これじゃ英雄だって通れやしない」
コブラ「それにそういう悪辣なイタズラは、ここに招待する前の古城で済ませるはずだ。英雄に苦難を押し付けるにしても、神の国に招待するからにはまずは相応の宴を用意して英雄をもてなすのが、神話においての王道のはずだぜ」
ジークマイヤー「それはそうかもしれんが…些か考えすぎではないか?まだ苦難が続いているとも思えるだろう?」
ローガン「…なるほど。貴公の考えの先が読めたぞ」
ローガン「つまり、アノール・ロンドはすでに死に体であり、不死の使命も今や風前の灯だと言いたいのだね?」
コブラ「そこまで考えちゃいなかったよ。だが、そう考えるのが一番しっくり来るぜ」
コブラ「教会のガーゴイルは、俺たちが鐘に近づいた時に動き出した。巨人の衛兵も近づいたジークに反応して攻撃してきた。ガーゴイルも、巨人も、この橋も、見張りも、全てここの防衛装置なのさ」
コブラ「想像するに、何かから都を守るために装置を起動させたはいいが、その何かを追い払うことが出来ず、やむなく都を放棄したってところかね」
ローガン「で、あるならば……不死の使命は神の国の再建ということか?」
コブラ「そいつは可能性の中でも最悪さ。町興しにしたってディズニーランドをおっ建てるぐらいしかアイディアが浮かばない」チャキッ
ひとしきり自論を整理したコブラは、手を建造物に向けると…
バシュッ カキン!
ワイヤーフックを射出し、建造物に引っ掛けた。
コブラ「だが、ターザン役は譲れないな」シュルルル…
そのままワイヤーのウィンチに巻き取られ、コブラは建造物を登りきった。
ジークマイヤー「確かに並の不死には渡れんなぁ。あんな便利な縄を持っている不死などとは出会ったことがない」
ローガン「うむ。是非に仕組みが知りたいものだ」
レディ「ほしいの?」
ローガン「!? 控えがあるのか?」
レディ「フフッ、ごめんなさい、今は無いわ。でも私たちの船にならあるでしょうね。タートル号って言うのだけれど…」
ローガン「ふむふむ…」
ビアトリス(ウミガメ号?一体どんな船なんだろう)
建造物に登ったコブラの眼に、円形の広場と、その中心に据えられた横回転式のレバーが映る。
レバーを中心にして下りの螺旋階段が伸びており、レバーの真上には大きな日除けが設けられていた。
ガッ ゴゴゴ…
石を成形して作られたレバーは重かったが、手押しが出来ないほどではなかった。
仕掛けは起動し、建造物はコブラの想定した通りに動いた。
ズゴゴゴゴ… ガコーン…
コブラ「第一関門、これにて突破ってわけだ」
レディ「さ、行きましょう」
ジークマイヤー「うむ」
進路を確保した一行は石橋を渡り、横回転式レバーを円形に囲む石床を歩いた。
その歩みを感知して、建造物の陰に隠れていた石像は起動した。
鐘のガーゴイル「グオオオオオオオオオ!!!」ダダッ!
レディ「なっ!?」
コブラ「にっ、二体目だぁ!?」
一度ならず三度も倒した敵と、ほぼ同一と言っても障りのない者が駆け出してきたのには、流石のコブラも驚愕した。
一度敗れた者をそれから二度も敵に差し向けたのだから、流石に四度戦わせるような愚策は無いだろうとタカを括っていたのである。
そして愚策は功を成し、コブラとレディとジークマイヤーの反応は遅れた。
だが魔法使い達の作戦は、一足早くに完成されていたのだった。
ボン! ボン! ドパッ!
バシッ! ボォン!
コブラとレディの間を通った、五発のソウルの光球のうち、三発がガーゴイルに命中。
コブラとジークマイヤーの間を通った、五発のソウルの光球のうち、二発がガーゴイルに命中。
ガーゴイルの盾によって五発の光球が防がれたが、残った光球を五発も食らえば、ガーゴイルとて怯み、動きを鈍らせる。
ビアトリスとローガンにとって、ソウルの太矢とソウルの槍を叩き込むには、その一瞬さえあれば充分だった。
バシイィーーッ!!!
稲光と見紛うばかりの蒼色の閃光は、ガーゴイルの頭部を粉々に粉砕した。
頭部を失ったガーゴイルは倒れ、頭部跡からソウルを立ち上らせつつ、像の輪郭を崩していった。
コブラ「さすがだな!助かったぜ」
ローガン「神の作りしガーゴイルは常に組で動く。伝承の通りであったな」
ビアトリス「神々の文化も修していらしたのですか…?」
ローガン「読めるものは全てな。そうでなくては大魔法防護に対抗し得る槍など見出せんさ」
レディ「大魔法防護?」
ローガン「神の御業のひとつだ。白竜シースを嫌った岩のハベルがまとめた、魔法を防ぐ奇跡の事を言う」
ローガン「実物を見たことは無いが、神の術を越えようと白熱するには格好の題材だったのでな」
コブラ「野心的だな。ギルガメシュにでもなるつもりかい?」
ローガン「野心?……ふむ、野心か…」
ローガン「…いや、やはり単なる好奇心にすぎんよ」
石橋を繋ぎ、破魔の像を倒した先には、アノール・ロンドに着いて初めに視界へと映った、影を纏う太陽色の巨城がそびえていた。
巨城はまた聖堂の様でもあり、正門へと伸びる登り階段は、長く、広く、砂埃の一粒さえも許さぬ、新設の輝きを放っている。
コブラ「へへ、近くで見るとまた一段と荘厳だな。イタリアのミラノ大聖堂を思い出すぜ」
レディ「でも規格が大き過ぎるわ。巨人のための城なのかしら?」
コブラ「もしくは神の根城か。ま、入ってみれば分かるさ」
長大な階段を登り始める一行。
その間、ビアトリスとローガンは、ガーゴイルを怯ませた五つの光球を、再び自身の頭上へと展開する。
ソウルの光球は全て特別な魔力が込められており、敵意を見せるソウルへ向かって直進する性質を持つ。
その性質を利用して、熟練の魔法使いは近くにいる敵への防備とするのだ。
ジークマイヤー(便利だなぁ…)
一行の殿に必ずなってしまうジークマイヤーが、浮遊するソウルの光球の汎用性に感心していると…
巨人近衛兵「………」ヌオォ…
正門を守る二体の巨人近衛兵の姿が、階段を登りきった踊り場の奥から現れた。
コブラ「待ち合わせかいお二人さん。俺も今着いたところなんだ」
ジークマイヤー「………」ダッ!
シュンシュンシュン!!
ジークマイヤーが駆け出すと同時に、軽口を叩くコブラの両脇を、浮遊するソウルが通り過ぎる。
ドボボボン!!
巨人達はソウルの光球を大盾で防ぎきったが、衝撃により一瞬動きを止める。その隙にジークマイヤーは一行の先頭まで駆け出ると…
ジークマイヤー「ふぬおおーーっ!!」バッ!
自身の足元へ向け、両手を振り下ろした。彼の右手には、ツヴァイヘンダーではなくタリスマンが握られている。
ドオオオォォーーッ!!!
ジークマイヤーを中心にして発生した白い突風は、コブラとレディを舞い上げ、巨人達の大盾を揺らし、構えを著しく崩した。
コブラ「もらったーッ!」
一時的に無防備になった二体の巨人の頭を目掛け、コブラとレディは落下し…
グワーーッ!!
レディのフランベルジェは巨人の頭を真っ二つに斬り裂き…
グシャアアーーッ!!
コブラの黒騎士の大剣は、巨人の頭から腰までを叩き割った。
深々と斬られた二体の巨人は、血や臓物を噴き出す代わりに、ソウルだけを噴出させ、消滅した。
コブラ(この手応え…やっぱり中身はカラッポか)シュウウゥ…
ジークマイヤー「おお!あっぱれ!」
ローガン(ううむ…これで不死ではないとはな。筋力にソウルを注ぎ込まずにこの力……真に人間か…?)
レディ「ビアトリス、正門を調べるのを手伝ってもらえないかしら?」
ビアトリス「分かった。ではコブラとジークは見張りを頼む。先生は…」
ローガン「………」
ビアトリス「…熟考していらっしゃるようですね。コブラ、悪いが先生の事も頼む」
ビアトリス「うーん……」
ビアトリスは、杖で門をひと撫でしては考え込み、ふた撫でしては腕を組む。
門に手を着け、レディは彫刻の隙間をまさぐる。
ビアトリス「駄目だな。堅く閉ざされている。だが魔力による封印ではなさそうだ」
ビアトリス「そっちは?」
レディ「こっちもダメね。押しても引いてもビクともしないし、鍵穴も見当たらないわ」
ビアトリス「そうか…」
コブラ「急がば回れって事もあるぜ。あれを見ろ」
コブラが指差す方向、正門を正面に見て左手に、金属製の格子扉が備えられた塀が見えた。
格子扉の向こうの奥には、レッサーデーモンが伏せっている。
ジークマイヤー「正門のすぐ横にあのような貧弱な門を置くとは……便利ではあるが、防衛には不向きであるな」
ビアトリス「どうだろうな……そもそも攻められる事など無いという、自負とも思えるが…」
コブラ「どうせ魔法で開かないようになってるんだろう。飛び越えちまえば関係無いがな」スッ
パシュン! カキン!
射出されたワイヤーフックは塀の上部に刺さり、コブラを牽引した。
塀の壁に脚をついたコブラは、ワイヤーを手にロッククライミングの要領で塀を登り、頭頂部に立つと、デーモンに呼びかけた。
コブラ「ヘイタクシー!観光で5名だ」
レッサーデーモン「ギョワワッ!」サッ
コブラ「おろっ?」
一度レッサーデーモンに世話になっていたコブラは、彼らが旅に協力する種族であると思い込んでいた。
その思い込みが仇となった。
レッサーデーモンは仲間を呼び、骨の槍を構えた二体のデーモンに対して、コブラの反応は一瞬遅れた。
ビュン!
コブラ「おおっとっとぉ!」
しかし、反応が遅れたといっても、それは迅速な反撃が行えない程度の遅れである。
飛来したデーモンの雷をスレスレで躱すと、コブラは駄々をこねるように腕を振って、バランスを取った。
ビアトリス「雷!? デーモンにも神への信仰があるのか!?」
レディ「コブラ!これを!」ヒュッ!
コブラは、レディが投げたフランベルジェをキャッチすると…
バチィ!!
二投目の雷をそれで受け…
ブオォン!!
ドカカーーッ!!
背負った特大剣と共にフランベルジェを投擲し、二体のレッサーデーモンの頭を割った。
レッサーデーモンは巨人達と同様にソウルを噴くと、風に掻かれた砂山のように消えた。
コブラ「フゥー強烈だぜ……前のは踏み倒し扱いか」
レディ「大丈夫?」
コブラ「いいや、座禅を組んだあとみたいにビリビリくるぜ」フッ
塀の先に降りたコブラは格子扉の内鍵を開けると、扉を解放し、仲間を招き入れた。
ローガンはビアトリスに促されて扉を潜ったせいか、思考の切り替えが緩慢になっている。
コブラ「おっと待った。何か聞こえる」
ジークマイヤー「ん?この音どこかで…」
そんなローガンを含めた仲間達をその場に留め、コブラはレディにフランベルジェを返すと、足音を殺して走った。
不死教会の近くで聞いた覚えのある、連続した金属への打突音が聞こえたからである。
音は、格子扉を抜けた先にある踊り場から、右手側に抜ける横道…
一応とはいえ、城内から聞こえていた。
コブラは踊り場を駆け抜けて、横道側の壁に伏せると、特大剣を構える。
そして思考の中でカウントを減らし…
ダダーッ!
音のする方へ一気に駆けた。
しかし…
巨人の鍛冶屋「? あんた 誰?」
コブラ「!?」ズザザーッ!
予想に反した者に予想に反した言葉を投げかけられ、コブラはかろうじて踏みとどまった。
巨人の鍛冶屋「武器 鍛えるか?」カンカンカン! カカカカカッ…
その巨躯に比べ、あまりに不釣り合いに小さい木槌で、巨人は時計職人の如くロングソードを叩いている。
腰掛ける椅子も小さければ金床も小さく、仕事場自体も彼の体格に比べて異常に小さい。
そこに押し込められるようにして収まっている巨人だが、気に病んだ様子は一切無い。
その態度は、コブラに呼ばれて集まってきた不死達を見ても、変わらなかった。
不死達の驚きは甚だ大きく、ローガンなども正気に戻るほどだったというのに。
ジークマイヤー「…たまげた…」
コブラ「ああ俺もさ。危うく叩き斬って跳ね飛ばされるところだ」
ローガン「巨人が鍛冶仕事をするとは……てっきり鍛治の神が人に命じて武具を作っているものだとばかり…」
ビアトリス「私も伝承が信じられなくなってきました…神を信じるデーモンに、神の武具を作る巨……はっ!?」
ローガン「おや、気づいたかね。ま、質問の権利は譲ろう」
ローガンに遠巻きに促され、ビアトリスは巨人に尋ねる。
ビアトリス「あ…あの、恐れながらお聞き致しますが、あなた様は鍛治の神でいらっしゃいますか?」
巨人の鍛冶屋「ん~ … 俺 話す 苦手」
ビアトリス「そ…そうですか」
巨人の鍛冶屋「でも 鍛えるの 得意」
巨人「いつでもばんぜん」
カンカンカン! カン!
ビアトリス「………」
ローガン「うむ、取りつく島も無し」
ビアトリス「先生、話が通じません……私の言葉遣いが悪いのでしょうか…」
ローガン「言葉遣いが云々というより、そもそも会話に興味が無いか、鍛治仕事に集中するためにはぐらかしたか、という印象を受ける」
ローガン「彼の気を会話に乗せてやらねばな」
レディ「そういうことなら、たった今良い考えが浮かんだわ」
レディ「ちょっと良いかしら?あなたに仕事を頼みたいのだけれど」
一行の最前列に出て、巨人に触れられるくらいの距離にレディは立った。
巨人は剣を打つのをやめると、レディに顔を近づけ、小首を傾げる。
巨人の鍛冶屋「 あんた 変わってる」
巨人の鍛冶屋「陰の太陽様の まぼろし そっくり」
巨人の鍛冶屋「でも 違う」
ローガン「陰の太陽の幻……陰の太陽…?」
コブラ「謎が増える一方だなぁ。指輪物語読んでる気分だぜ」
ビアトリス「なんだそれは?」
レディ「その陰の太陽様の幻って、なんなのかしら?」
巨人の鍛冶屋「アノールロンド 守ってる 騎士様」
巨人「本当の騎士様じゃない」
コブラ「つまりあの巨人の騎士は幻で、そいつらを操っているのが陰の太陽様ってことか?」
ジークマイヤー「では、私は幻に斬られたのか…?」
ローガン「うむ、恐らく。しかし触れることのできる幻を作るなど、只者ではない。あれらにはソウルまで込められていた」
コブラ「神の御業ってやつか。しかしレディと似てるって事は…」
ローガン「幻によって実体を作り、それにソウルを注いで動かしておるのだろう。人の使う魔法や奇跡とは、根本から異なるようだ」
ローガン「まったく。驚くべきはコブラ、君の世界の技術だよ。考えるだに恐ろしい」
コブラ「なぁに、慣れれば便利なもんさ」
レディ「じゃあ、その陰の太陽様っていうのは、何者なの?」
巨人の鍛冶屋「ん~ ん~ 」
レディ「………」
巨人の鍛冶屋「…偉大 …言いづらい むずかしい」
巨人の鍛冶屋「喋るの 疲れる…」
レディ(これ以上は聞き出せないみたいね…)
レディ「分かったわ。手間を取らせてごめんなさい。仕事の話に戻るわね」
レディ「これなんだけれど」
レディは巨人に背を向けて、しゃがみこんだ。
巨人の眼にレディの背中に出来た穿ち傷と、熱で歪んだ右手が映る。
コブラこそレディに対し全幅の信頼を寄せてはいたが、不死達はレディの行いに戸惑い、無謀ではないかと、心中巨人を訝しんだ。
レディ「どうかしら?」
巨人の鍛冶屋「 ん~~… 」
巨人の鍛冶屋「 公爵様 お前 作った?」
レディ「? いいえ、私は別の世界から来たの。その公爵様ってどんな人?」
巨人「人 違う 公爵様は うろこなしの 智慧あるお方」
巨人「キラキラ てかてか なんでも作る 他は知らない」
レディ(鱗無し……確かに人間では無さそうね)
コブラ(鱗無し?どこかで聞いたことがあるぞ)
コブラ(しかし、どこで聞いた?太陽の光の王と、関わりがあったような……)
レディ「そう……話を戻すけれど、この傷、治りそう?」
巨人の鍛冶屋「多分 かんたん」
レディ「あら、本当?」
巨人の鍛冶屋「エアダイス様のボウガン 竜狩り様の槍 全部なおした」
巨人の鍛冶屋「雷 染み込ませるのと 同じ」
巨人の鍛冶屋「なおすの 得意」
レディ「そう。それならお願いするわ」
巨人の鍛冶屋「ソウル 持ってる?」
レディ「ええ、あるわ。ちょっと待ってて」
巨人に促され、レディは巨人に向き直り、左手を差し出す。
そして鍛冶屋のアンドレイの言葉の通りに、レディは自分が倒してきた敵対者に思いを馳せた。
すると彼女の左掌から、煙とも光ともつかないものが現れた。
巨人の鍛冶屋「持ってるなら いい」
レディが示したソウルを一目見ると、巨人は木槌を置いて、代わりに壁の隅に置いてあった麻袋を握り…
ガシャララッ
袋を逆さまにして、床に大小様々な鍛治道具を落とした。
大きいものは単純な小槌や鋏などだが、小さいものは並みの人間にさえ扱えないような細さと小ささを備えている。
更には、粗雑な並べ方からして、強度も確かなようだった。
巨人の鍛冶屋「楔石 いるかも」
レディ「楔石って……あの文字の刻んである石のことよね?」
コブラ「それなら俺が持ってるぜ。レディの怪我が治せるならいくら使って構わない」ジャラッ
巨人「 お~ 」
コブラがポケットから出した石を巨人は受け取ると、それらを金床に並べた。
そしてレディの掌からソウルを掬い取り、特に小さな鍛治道具を摘まんだ。
巨人の鍛冶屋「まず 背中」
巨人の鍛冶屋「それから 腕」
巨人の鍛冶屋「少し 時間かかる」
レディ「だそうよ?私は後で行くから、コブラは先に行っててちょうだい。貴方は不死じゃないんだから、眠くなる前にカタをつけていなきゃ」
コブラ「ああ、じゃあお言葉に甘えて」
ビアトリス「ほ、本当に置いていくのか?誰か付いててやった方が…」
コブラ「レディなら心配いらない。悪い男の扱いには慣れてるさ」
ビアトリス「そういう問題では…」
ジークマイヤー「まま、いいではないか。こんな狭いところに固まったままというのも奇襲に弱い。先に行こう」
ビアトリス「………」
ジークマイヤーの後押しもあり、ビアトリスは渋々、先に進むと決めたコブラに付いていく事にした。
ローガンも、ビアトリスとは違う意味で内心二の足を踏んでいたが、短い熟考の末、巨人の仕事場から立ち去る事に決めた。
目の前で展開されるであろう神秘と、先に待ち受けるであろう更なる神秘を天秤に掛け、ローガン後者を選んだのだ。
やはり、より想像ができず、正体の分からぬ物に、結局のところ探求者は惹かれるのだった。
巨人の仕事場の壁を沿うように設けられた登り階段を行き、一行は城の大広間に出た。長方形の大広間は縦方向にも広く空間が取られており、コブラが見渡す限りでは、一行が出たのは広間の長辺の一方、二階からだ。大広間の右手側、短辺の一方には巨大な城門が硬く閉ざされ、左手側の短辺には登り階段と、その先を遮る白い霧が見える。更に、大広間の両長辺に沿って無数の柱が立ち並んでおり、それらは絶妙に、コブラの目から大広間にいる何かを隠していた。
コブラ(ここは音が響きすぎる。集団で動くのはキツそうだ)
コブラ「俺が先に行く。イケそうだったら合図を送るか戻るかするから、みんなはそこで待っていてくれ。」
一行が出た横道からは、長辺に沿って一階に行けるよう、Uの字型の下り階段が設けられている。
コブラは迷わず階段を降りると、柱の陰に隠れて、大広間に何がいるのかを確認しようとした。
ブルブル…
その時、思いもよらない事が起こり、コブラは慌てて柱の陰に引っ込んだ。
死んだ火防女から転げ落ちた黒い瞳のオーブが、コブラのズボンのポケットの中で、突如震えだしたのである。
コブラ(おいおいおいちょっと待ってくれ!今はお嬢ちゃんに構ってるヒマはないんだ!)ブルブルブル…
焦りつつもポケットからオーブを取り出したコブラは、震えを止めようとオーブを調べる。
眼球部を押してみたり、瞼を閉じさせようとしたりと手を尽くした。しかし、震えを止める仕掛けなど当然あるはずもない。
?「ほう、貴公か」
コブラ「!」
震えを感知したのか、それともコブラの動揺を感知したのか、大広間に何者かの声が響く。だが、コブラは前にもその声を聞いた事があった。それも、つい最近に。何者かは分かるが、声の主は名前を聞いていないせいで個人を特定できない程度には見知っている男だ。コブラは短くため息を吐くと、柱の陰から姿を現した。
コブラ「やあ、アンタか。ここに居るってことは、どうやら教会でのお祈りが神に通じたらしいな」
ロートレク「見つかっておきながら何をニヤついている。多少は賢いヤツかと思ったが、そうでも無かったようだな」
コブラ「おたくが俺を見つけたんじゃない。火防女がおたくを見つけたのさ」
ロートレク「まだ強がりを言うか。まったく哀れだよ。炎に向かう蛾のようだ」
ロートレク「そう思うだろう?あんたも」
ロートレクの言葉の締めは、明らかにコブラ以外の何者かに向けられていた。一瞬、コブラの思考がロートレクから離れる。
コブラ「!!」
その一瞬に、コブラの髪は総毛立った。
殺意の塊とも呼ぶべき凶暴で無秩序な気配が、コブラの背中を叩く。
吹き出す冷や汗を肌の上に跳ねさせながら、コブラは特大剣を抜きつつ、自身の背後へ横薙ぎを浴びせた。
ガギギィーーン!!!
コブラに振り回された特大剣は火花を散らして、研ぎ澄まされた大剣を受け止める。
クレイモアと呼ばれるその大剣は、コブラの持つ特大剣よりも軽く、両者が刃を合わせればコブラの特大剣がクレイモアを弾き飛ばす筈だった。
しかしそうはならず、コブラは殺意の主との鍔迫りを演じた。
クレイモアの使い手である者の凄まじい膂力に、演じざるを得なかったのである。
仮面巨人「良い服を着ているな。それを私にくれないか?」
巨人達と同じ黄金色に輝く鎧を着て、どこか年増の女を思わせる仮面を被った大剣使いは、美しく若い女の声で囁いた。
しかし、その艶やかな声とは裏腹に、コブラの動きを制限するクレイモアは恐るべき重さを以って特大剣に食いつき、離さない。
「そりゃムリだ。悪いがコレしか無くてね」
そんな一言がコブラの脳裏に浮かぶが、口を開く余裕すらも、全身を軋ませる今の彼には無い。
自分と同じ身長の相手と押し合いをしている。そんな認識は既に吹き飛んでおり、コブラは目の前にいる女を本当の巨人と錯覚していた。
ガギギィーン…
ジークマイヤー「む!今のは合図か?」
ビアトリス「いや、合図をするなら普通は声を上げるが……」
ビアトリス「………」
ビアトリス「…敵に見つかった!」ダッ!
コブラの危機を察したビアトリスは、降り階段を駆け下り始めた。
ジークマイヤーも即座に意を決し、彼女の後を追う。
ローガン「………」
しかしローガンは動かなかった。
考えに耽っている訳でも無い。彼の意識は確かに現実へと向けられている。
だが、ローガンは仲間の後を追わなかった。
ロートレク「いいぞ。そのまま抑えておけ」
身動きの取れないコブラへ、ショーテルを持ったロートレクが近づく。
コブラの背中は無防備。守るものは何もない。
タン!
仮面巨人「おっ」グン!!
防御や回避が不可能な状況であることを悟ったコブラは、クレイモア使いの膂力に身を任せ、背後に跳躍した。
圧倒的な力に押し出され、コブラは投げ槍の如くロートレクへ向け飛翔し、特大剣を振るう。
ロートレク「ふん」ササッ
コブラの振るった特大剣は、屈んだロートレクの頭上を飛び越し…
ガアァーーン!! ガリガリガリ…
コブラごと石床にぶち当たり、人一人の身長分ほど滑り、止まった。
そして床に伏せった特大剣をコブラは持ち上げ、肩に乗せつつ、いつでも動けるよう体勢をとった。
巨人仮面「良いな……力もあり、素早い。指輪は何をつけている?」
コブラ「へっ…へへへ…そんなこと聞いてどうするんだ?結婚でも申し込む気か?」
ロートレク「クックック…息を荒げてもまだ言うか。関心するぜ」
ロートレクがコブラの挑発に苛立つ中、ビアトリスとジークマイヤーは階段を降りきり、柱の陰に隠れた。
そして、ビアトリスは目立つ三角帽子を脱ぐと、顔だけを出して大広間を覗き見…
ビアトリス「!!!」
金の鎧を纏った曲剣使いと、仮面を被った、重鎧の大剣使いの後ろ姿を発見して、また柱に隠れた。
ビアトリス「………」フゥー…
ジークマイヤー「どうした?何が見えた?」
ビアトリス「曲剣を持った騎士が一人と、仮面の悪霊がいる」
ジークマイヤー「!!?」
ビアトリス「コブラが合図を出せないはずだ…相手が悪すぎる…」
ジークマイヤー「ど、どうする?…このまま我らが隠れていては、コブラと言えど…」
ビアトリス「分かっているさ。分かってはいるが…しかし……」
ロートレク「そういえば、鉄色をした女の連れはどこだ?見限られでもしたか」
コブラ「お色直しさ。女の化粧は時間が掛かるって事も分からんようじゃ…」
仮面巨人「くだらん」タッ!
会話を切り、仮面の騎士はクレイモアを構えて駆け出した。
軽口を返すのをやめ、コブラは特大剣を握る右手に、左手を掛ける。
ビュン!
しかしコブラは剣を抜かないまま、仮面の騎士に大剣を横振りさせた。
コブラ「……」クルッ
ガキーッ!
仮面の騎士のクレイモアは、背を向けたコブラが担ぐ特大剣に防がれ…
コブラ「ウオオーッ!」ギャリリィーーン!!!
コブラの抜剣とともに、大きく弾かれた。
仮面の騎士は大剣を落としはしなかったが、上体を仰け反らせ、戦闘体勢を大きく崩す。
ゴオオォーッ!!
そこに空かさずコブラの特大剣が振り下ろされた。
狙うは人体の軸、仮面の騎士の正中線。
ババババ!!
コブラ「おっ!」
だが、コブラの特大剣もまた、仮面の騎士を捉えることは無かった。
重装の騎士にはできるはずもない連続バク転によって、仮面の騎士がコブラの剣勢域から脱したためであった。
コブラ「身軽なヤツだ。殺し屋は辞めてサーカスにでも入ったらどうだ」
コブラはまたも挑発をするが、その挑発の真偽を、仮面の騎士は問わなかった。
仮面の騎士はクレイモアを右手に持ち、またもコブラに斬りかかる。
カァーン!!
コブラは、振り抜かれたクレイモアを特大剣でことも無さげに打ち払うと…
ブオン!!
払った特大剣を返し、仮面の騎士へ袈裟懸けに振り下ろした。
ドゥーーン!!
コブラ「!」
仮面の騎士は空いた左掌に隠し持っていた短刀で、特大剣をいなすと…
ザスッ!
コブラの左脇腹に、その短刀を突き刺した。
コブラ「ぐふっ!」
コブラに突き刺さった短刀は、コブラの浴びてきた刃の中の何よりも鋭かった。
肉を貫いた短刀は内臓にまで達し、コブラは吐血した。
仮面巨人「恐れいった」
コブラ「………」ハァ ハァ
仮面巨人「特大剣を大剣の如く振り回すその筋力、いくらソウルを身に捧げても得られるものではない。しかし、お前は容易に人の域を超えられる不死どもとも違う」
仮面巨人「お前を殺し、お前から物を奪えば、少しはお前を知れるのかな」グリリッ
コブラ「ぐはっ!」
ねじ込められた短刀に内臓を斬り裂かれ、コブラは痛みに背を丸める。
仮面の騎士は、雀蜂を表す装飾を掘られた指輪をはめた左掌に、より一層の力を込めた。
仮面巨人「!」バスン!
だが、その掌が握る短刀がコブラをより深く抉る前に、蒼色の閃光が仮面の騎士の肩にぶち当たり、厚い肩当てを吹き飛ばした。
衝撃を受けて体勢を崩した仮面の騎士に生じた隙を、コブラは見逃さず、ジークマイヤーも見逃さなかった。
タン!
コブラはナイフから自分の体を引き抜き、跳び退いた。
仮面の騎士は咄嗟にコブラを追撃せんと駆け出すが…
ジークマイヤー「貴公の相手は私だ!」ガゴォーン!!
その行く手を遮ったジークマイヤーの剣を盾に受け、仮面の騎士の追撃は失敗に終わった。
仮面の騎士から遠退いて片膝をついたコブラの元には、ビアトリスが駆け寄る。
ビアトリス「大丈夫かコブラ!」
コブラ「いや、ちょいと食に当たってね…」ゴホッ
ビアトリス「馬鹿なこと言ってる場合か!しっかりしろ!敵はまだいるんだぞ!」グイッ
ロートレク「その通り」ザッ…
手負いのコブラに肩を貸したビアトリスに、ロートレクが近づく。杖を持つ手を空けておいたビアトリスは、苦し紛れに魔法を撃った。
しかし、ソウルの矢は弓矢や銃弾と比べ弾速が遅い。
それを真正面から受ける不死などいやしない事を、ビアトリスも分かっていた。
ロートレク「哀れなものだな。当たるはずもないだろうに」
ビアトリス「…馬鹿者め…私が適当に撃っていると思っているのか…」
ロートレク「嘘をつくな。それ以外にやることも無いだろう」
事実、ビアトリスはただ敵を近づけさせんが為に、魔法を撃っていたに過ぎない。
逃げる策など思いつかず、策があっても実行出来るほどの体力は彼女には無い。コブラも然り。
だが、応援に期待していない訳では無かった。
ローガン「ふっふっふ……隙あり」
シュゴォーーッ!!
ローガンの放ったソウルの槍は、柱と柱の間を抜けて飛び…
ロートレク「グアアーーッ!!」ズバーーッ!!
ロートレクの背中を貫き、胴体に風穴を開けた。
ビアトリス「先生!」
ローガン(広くて遮蔽物もある場所に、のこのこ魔術師二人が出てくることも無い。魔法は不意を突いてこそだ)
ローガン(……しかし、まさかあの仮面の騎士と見えることになるとは…」
ロートレク「ば…馬鹿な…これは…ソウルの槍…」
ロートレク「センの古城に…閉じ込めた…は…ず…」
ドウーッ
ソウルの槍に討ち取られたロートレクが、地に伏した。
ジークマイヤーとの鍔迫り合いに興じながら、仮面の騎士は横目でロートレクの遺体を一瞥した。
そして、言葉を連ね始める。
仮面巨人「カタリナの騎士ジークマイヤー」
ジークマイヤー「!!」
仮面巨人「魔女ビアトリス。ビッグハット・ローガン…」
ビアトリス「なっ…」
仮面巨人「私に勝つなどあり得ないにしろ、手練れであるとは知っていたはず。やはりこの女神の騎士も、協力者の手を借りなければ狩りも出来んのだな」
仮面巨人「ローガン。私には当たらんぞ。大人しく出てこい」
ローガン「………」
一度使った奇手に二度目の出番は無いと、ローガンは知っていた。
しかし、それでもなお頭上からの狙撃は被射体にとって脅威であることには変わらないはずだった。
だがローガンはそんな有利を捨て、大広間の一階へと降り、仮面の騎士と同じ海抜に立った。
仮面の騎士を相手取るなら、下手な策は付け入る隙を生みかねないのだ。
ビアトリス「何故我々の名をお前が知っている!?」
仮面巨人「私は全て知っている」ドカッ!
ジークマイヤー「うおぉっ!」
仮面の騎士に蹴り飛ばされ、ジークマイヤーは一歩二歩とよろけるも、その反動で器用に後ろ歩きを行い、ビアトリスとコブラの元へ合流した。
仮面巨人「お前たちがどのように生き、どのように戦い、どのように死ぬかも知っている」
仮面巨人「お前たちが何を持っているかも知っている。お前たちの声も、野心も知っている」
仮面巨人「お前たちを殺せば、どれほどのソウルを得られるのかも知っている」
ビアトリス「…お前は…何者なんだ…」
仮面巨人「だが、そのコブラという男については何も知らない。だからこそ殺し、そして暴くのだ」
シュゴォーーッ!!
会話の隙を狙ったローガンのソウルの槍は…
ババババッ!
ローガンへの接近も兼ねた、仮面の騎士の連続側転によって回避され…
ドシュッ!
ローガン「うっ…!!」
仮面の騎士のクレイモアは導かれるように、ローガンの腹部を貫いた。
引き抜かれ、ローガンが倒れ伏す中、血が塗りつけられたクレイモアは艶かしく輝く。
仮面の騎士はその血染めの大剣を、コブラの顔へ向けた。
仮面巨人「私の名などどうでもよい。母の仮面とでも呼べばいい」
母の仮面「ロードランに並ぶ世界にコブラ、お前はいなかった。お前の死を見てみたい」
ビアトリス「せ…先生…」
ジークマイヤー「今は嘆く時ではない!この者は先の私の奇襲に、短刀を捨て盾で応じた!この手癖の悪さは一人では手に余る!」
二人の不死の動揺を仮面の騎士は感じていたが、クレイモアを構え、二人に斬りかかりはしなかった。
心乱す者には後手こそが必殺足り得る。騎士は甘い誘惑を発しているのだ。
ジークマイヤー「私が突貫する!貴公は魔法で援護を!」ダッ!
ビアトリス「わか、分かった!」
誘惑に引っかかったジークマイヤーは、ツヴァイヘンダーを掲げて仮面の騎士に駆けた。
その後ろでは、ビアトリスが杖を掲げて、まさにソウルの太矢を撃たんとしている。
母の仮面「………」ダダッ!
ジークマイヤー「む!」ブオッ!!
急に駆け出した仮面の騎士へ向け、ジークマイヤーは咄嗟に得物を振り下ろす。
ドゥーーン!!
しかし、その騎士の習いによる咄嗟の行動こそ、仮面の騎士の求めるものだった。
ジークマイヤーの振り下ろしは、仮面の騎士の盾に弾かれ、空を斬る。
全ては一瞬の事であり、ビアトリスの太矢はまだ杖の先端部で生成されている段階にある。
だが、驚愕するにはその一瞬で充分だった。
カァン!
ジークマイヤー「え?」
ビアトリス「!?」
仮面の騎士は盾を残し、クレイモアを投げ捨てた。
指に嵌めた指輪も同時に捨てていたため、石床に当たった指輪が跳ね、宙を舞う。
ジークマイヤーの胴を薙ぐ好機であるにも関わらず、仮面の騎士は攻撃手段を自ら放棄したのである。
胸を貫かれると覚悟していたジークマイヤーは素っ頓狂な声を漏らし、ビアトリスの詠唱はコンマ数秒ほど遅れた。
そのビアトリスから見ると、仮面の騎士は大の字に体を広げるジークマイヤーの陰に隠れている。
二人の不死はすでに、仮面の騎士が持つ、数ある必殺の間合いの中にいたのだ。
シュゴォーーッ!!
ジークマイヤー「!!」
ビアトリス「!!」
ジークマイヤーの背中を突き抜け、自分の体を貫いた力に、ビアトリスは見覚えがあった。
ビアトリス「ソウルの…槍…?」
ガシャーン…
ビアトリスの目の前から、重鎧が石床に当たる音が大広間に響く。
ビアトリスは消えゆく意識の中、肩を貸したコブラに顔を向けた。
ビアトリス「………逃げ…ろ…」
コブラ「ビアトリス……おい、よせっ!」
コブラを支えていた力は淡くなり、ついには消え、ビアトリスはその場にへたり込んだ。
うなだれた頭からは三角帽子が落ち、耳の下あたりで切りそろえられた金髪が、黒い装いの中目立った。
母の仮面「次はお前だ、コブラ」
風花「副作用には気をつけて下さいね!…シモッチって何かしら?」
【決講】風花「副作用には気をつけて下さいね!…シモッチって何かしら?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1530920009/)
茜「不屈の魂、夢ではありません!」
【決講】茜「不屈の魂、夢ではありません!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1531525117/)
摩美々「まみみのホーム・アローン、始まるよー」
【決講】摩美々「まみみのホーム・アローン、始まるよー」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1533339190/)
のり子「青コーナー、キィィングティィレッスルゥゥゥ!」
【決講】のり子「青コーナー、キィィングティィレッスルゥゥゥ!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1533946743/)
里美「お、お兄様…?里美はここにいますよ~?」
【決講】里美「お、お兄様…?里美はここにいますよ~?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1535154609/)
一応書きますが>>463は荒らしです。
今作とは何の関係もありません。
仮面の騎士の右手には、杖が握られていた。その杖を握る指には、先の雀蜂の装飾のある指輪ではなく、青い竜の装飾を持つ指輪がはめられている。
剣による闘いも、ジークマイヤーを逃してビアトリスと合流させたのも、魔法による不意打ちを成功させるための布石だったのだ。
コブラ「………」
コブラの脇腹を突いた刃には、毒が染み込んでいた。
腐れた松脂はコブラから四肢の自由を奪い、体力を著しく消耗させている。
そんな力を奪われた男の両脚は…
コブラ「………」スーッ…
母の仮面「!」
たちまち力を取り戻し、コブラを静かに、しかし力強く奮い立たせた。
戻った力はコブラの両の眼にも宿り、炎となってコブラの心を駆ける。
まるで、僅かに残った命の、その全てを燃やさんとするかのように。
コブラ「確か…あんた、俺の事を知りたいとか抜かしていたな」
立ち上がったコブラは、久しく触れていなかった自身の左手に、遂に手を掛けた。
そして、ゆっくりと…己の決意を自分自身に見せつけるかのように、大仰に開放した。
母の仮面「…なんと…」
義手という縛から、サイコガンを。
コブラ「いいだろう。望み通り教えてやる。俺という男をな!」
コブラの恐るべき変貌を、仮面の騎士は敏感に感じ取っていた。
手傷を負い、瀕死になりつつある者。そのような者が闘志を燃やす時、最も危険な敵が生まれる事を騎士は知っていた。
だが捨て身の特攻というものは、必ず敵を討ち取るという決意を秘めているからこそ、相殺に対し無力でもある。
ましてや、不死である仮面の騎士にとって、相殺を狙うことは容易であり、それにより生じる不死ゆえの不利益すらも彼女は無視できた。
無視できるだけの理由が彼女にはあった。
母の仮面「素晴らしい……嬉しいぞ…!」
母の仮面「その力を私にくれると言うのだな!」
勝ち取り、奪い取る事を前提に、仮面の騎士は喜びに震えた。
その喜びにコブラも応える。
コブラ「ああ、やるよ。出血大サービスさ」
ダダッ!
コブラからの返答に、騎士はたまらず駆け出した。
そして、博愛に抱きとめるかのように、クレイモアをコブラへ向け振り下ろす。
バグオォーーッ!!!
母の仮面「なっ…!」
そのクレイモアは、コブラの左腕に備えられた呪物が放つ力に粉々に砕かれ、火炎に巻かれた水のように蒸発した。
残るは剣の鍔と、長い握り手のみ。
仮面の騎士は未知の力が持つ圧倒的な破壊力に眼を奪われ、陶酔した。
しかし、数瞬後に我に帰ると、口元に手を置いて震え始めた。
声には悲哀が含まれて、くぐもった鼻声は小さくコブラに届く。
母の仮面「な…なんてことするんだ……こんな壊し方したら治せないじゃないか…」
母の仮面「神の原盤さえ注いだんだぞ……それを…それをお前は…!」グスッ
コブラ「知らないね。ただの剣だろ?また拾うんだな」
母の仮面「いや、拾わないね」カラーン…
コブラ「なに?」
ダッ!
再び、仮面の騎士は駆けた。
愛刀の残骸を躊躇なく捨てた騎士の右手には、何処から取り出したのか、蛇人の使っていた大剣が握られている。
ドウドウーッ!!
その騎士を追うように、コブラのサイコガンは唸りを上げて二発のサイコエネルギーを撃ち放つ。
だが、そのエネルギーを仮面の騎士はすり抜けるが如くに回避した。
ドウーッ!!
続けて3発、いや4発目のサイコエネルギーをコブラは放つが…
シュババッ!!
それすらも、仮面の騎士は前転跳びによって回避した。
前転による回避はやはりコブラへの接近も兼ねており…
シューッ!
回転する勢いそのままに、仮面の騎士は蛇人の大剣を袈裟懸けに振り下ろす。
バシーッ!
母の仮面「なにっ!?」
だが蛇人の大剣は、指相撲をするかのような形に整えられた、コブラの右掌に捕獲された。
コブラの親指と丸めた人差し指は、大剣を捻らんばかりに締め付ける。
母の仮面「白刃取りだと…そんなバカな…」
コブラ「為せば成るのさ。コトワザを知らんのか?」
ザザッ!
コブラに大剣を封じられた仮面の騎士は、奪われた大剣をそのままに後退し、両手で盾を持ち、構える。
母の仮面「何故だ…お前は何故剣を持たぬ方が強い…」
コブラ「性に合わないからだ。剣に振り回されるタイプでね」
母の仮面「ふん…このタヌキめが…」
仮面の騎士の盾の裏には、二本の短剣が隠されている。
盗賊の短刀と呼ばれるそれらには、一方には魔力が、一方には炎が込められていた。
それら二つを隠した盾でコブラに体当たりを浴びせ、怯んだところに二刀を差し込むという戦略には、決定的な隙がコブラに生まれなければならない。
だが、その隙というのも、わざわざ見定める必要は無かった。
コブラ「さぁどうしたい!さっさと来ないとこっちから行くぞ!」
蛇人の大剣を右手に正しく持ち直し、強がりを言ってはいるが、コブラの顔は青ざめつつある。
内臓の損傷によるものか、出血によるものか、はたまた単なる疲労なのか、原因などは騎士にとってはどうでもよかった。
そこに駄目押しのひと刺しさえ出来れば、それで良かったのである。
母の仮面「………」ササッ
コブラ「!」
ほんの一瞬、仮面の騎士は盾から右手を出し、杖を構えた。
ソウルの槍を警戒し、コブラはサイコガンを構えようと、右手に握った大剣を落とした。
その大剣が空中を落下し始めると同時に、仮面の騎士も駆け…
母の仮面「!」
気づいた。
コブラが左手の呪物を使うために、大剣を放棄したわけではないという事に。
突進時、仮面の騎士が構えていた盾は、草紋の盾と呼ばれていた。
草紋の盾には魔力が込められており、魔力は使用者に対し、疲労の急速なる回復をもたらす。
だが長い年月を経て盾の力は弱まり、守りも薄弱なものとなっていった。
しかしそれでも草紋の盾は盾であり、炎や魔法からさえも不完全ながら使用者を守り、壊れることなど無かった。
そういう用途で何者かに作られ、何百年も力を保ち、原盤によって半ば蘇ってさえもいたのだ。
バゴオォーーッ!!!
母の仮面「グッ!!」
その神の金床に祝福されし盾は、しかしコブラの右ストレートの前に呆気なく粉砕した。
砕け散ったのは盾だけではない。騎士の着る巨人用の大鎧も、その胴体を深く抉られていた。
騎士の全身を駆け巡った衝撃は、更に全身鎧の各部にも損傷を与えていた。
肩当ては両肩部とも弾け飛び、腰の草摺は千切れて落ちた。
騎士の被る仮面さえも割れ、辛うじて騎士の顔に張り付いている。
背面に至ってはまさに惨憺たる破壊がもたらされており、背中に垂れた聖布は跡形も無く吹き飛んで、花弁型にめくり開かれた背中のプレートからは、血に塗れた逞しい右腕が肘まで突き出ていた。
コブラ「いや、俺はコブラだ」
母の仮面「………」
カキーン…
コブラの拳に吹き飛ばされた二本のダガーが落ちる音が、大広間の遥か遠くから響く。
その微かな音を聞き、仮面の騎士は己が敗北したことを悟り、コブラに語りかけた。
彼女の声には、呆然とした笑みさえも含まれていた。
母の仮面「……フフ…フ……馬鹿な………なぜ…?」
コブラ「俺のパンチは特殊サイボーグを貫き、耐熱合金をブチ抜く。これぐらいワケ無いさ」
母の仮面「馬鹿げてる……何をしたら……こんなことが出来る…?」
コブラ「さあな。毎朝のフレークかほうれん草が効いてると思ってたが、ここの所食えてない」フフッ
コブラ「まぁ、早寝早起きが秘訣ってことにしておくぜ」
母の仮面「………フッ……嘘つきめ…」
母の仮面「お前を、教えてくれると……言ってた…じゃないか…」パキッ…
カラーン…
騎士の顔を隠していた仮面は二つに割れ、石床に落ちた。
仮面に固定されていた黒い覆いもへたり、騎士の顔を外へと露わにする。
コブラ「!」
露わになった顔にコブラは心を揺さぶられた。白金色に輝くセミロングの髪をなびかせた色白の顔が、あまりにも美しかったからである。
だが、それは同時に酷く歪な美しさでもあった。部位の歪みも無ければシミの一つも無い、完全に対称と言える顔立ちなど、金星の美女たちでさえ持たない。
それはアーマロイドであるレディにさえ備わるはずのない無欠とも言える顔立ちであり、それはかえって心の存在を希薄にさせ、人としての温もりある美を、仮面の騎士から大きく損なわせていた。
母の仮面「……次は…殺す…」
微笑みを浮かべてそれだけを言い遺し、仮面の騎士は白い灰となって薄まり、コブラの身体を舐めるようにして空間に溶けた。
彼女の身につけていた蛇人の大剣やダガーも、捨てられた指輪と同じく水に垂れた血のように渦巻き、消えた。
コブラ「!!」
仮面の騎士が完全に消えた時、コブラの肉体にまたも異変が起きた。
赤き竜やガーゴイルを倒した時とは比較にならない程の気力の充実に、コブラ自身も大いに戸惑った。
サイコガンを撃てるだけ撃ち、深傷を負って絶え絶えとなっていた息も整い、頭への血流が改善された感覚。
コブラは思わず自身の左脇腹を見る。傷は未だ残り痛みもあるが、出血は止まっていた。
コブラ「ハッ!」
更にもう一つ、コブラに気付きがあった。
死んだ亡者は死体となってその場に残り、灰になるのも酷く緩慢だ。
しかし理性と人間性を残す不死が命を落とした場合、その肉体は瞬時に掻き消え、その場にはソウルを残すだけとなる。
だとしたら、肉体を残して倒れ臥す不死達には、まだ幾許かの猶予がある。
コブラは周囲を見渡した
。
コブラ「クソッ!遅かったか…」
ビアトリスとジークマイヤーは伏し、ロートレクは消えていたが、ローガンの姿もまた大広間から消えていた。
すぐさま駆けたコブラは、ジークマイヤーとビアトリスにそれぞれエストを飲ませる。
どれほど飲ませれば傷が完治するのか分からず、分析するほどの余裕も無いコブラの手によって、二人のエスト瓶は全くの空にされた。
ビアトリス「げほっ!はぁ、はぁ……」
コブラ「ふぅー…危なかったぜ。このエストってのは相当効くんだな。服は破けたままだが、セクシーなおへそは元どおりだ」
ビアトリス「やれやれ…命の恩人の台詞がそれとは、感謝のしがいも無いな…」
ビアトリス「!! 待て!先生はどうなった!?仮面の悪霊は!?」
コブラ「ああ、ローガンはダメだったらしい。賢者で不死ときてもそれなりに歳だ。大剣で刺されりゃあな…」
ビアトリス「そうか……では、仮面の方は?」
コブラ「そいつは倒した。名前は聞きそびれたがかなりの別嬪だったぜ。もう会いたくないがね」
ビアトリス「倒した!?あの悪霊を!?」
コブラ「ああ、ちょいと手こずったけどな。いけなかったか?」
ジークマイヤー「ああ、ローガン公にとってはな。よいしょっと」ガシャ
コブラ「よおジーク。気が付いたか。で、ローガンがどうしたって?」
ジークマイヤー「今死ぬのはまずいのだ。死にすぎていなければ、見た目は亡者になるだろうが前に休んだ篝火の近くで目覚める事ができる。不死人とはそういうものだ」
ジークマイヤー「だが、それは我らを襲った二人の騎士にも言える。悪ければ今頃、鎧を着た火防女の篝火の元、ローガンと刺客が長い戦いを始めているかもしれん」
ビアトリス「で、では助けに行かなくては!」
ジークマイヤー「それは危険だ。我らには今エストが無い」
ビアトリス「えっ……あっ」
コブラ「悪いね。全部飲ませちまった」
ビアトリス「そ…そうか……」
ジークマイヤー「それに対し、あの篝火に仮面の者が蘇っているとして、その者には決して絶えぬエストが与えられている。火防女とは全ての不死に恵みを与える者だ。恐らく我らだけが贔屓にされることも無いだろう」
ビアトリス「向こうは満杯のエストを飲めて、こちらは汲んでいる途中でひと刺し、か……」
ジークマイヤー「コブラと言えど連戦は辛いだろう。篝火で出会っていない事を祈るしかない」
ビアトリス「………」
レディ「お待たせ。あら?ローガンは?」
コブラ「それなんだが、ちょいと面倒が起きちまってな」
レディ「…?…」
レディ「仮面の騎士、ね……一体何者なの?目的は?」
ビアトリス「いずれも不明だ。そもそも、それらを我らが知ったところで彼奴の行いは変わらん。あれは彷徨い、殺し、奪う者。火の粉を払うものではなく、火の粉を噴く炎を飲み込まんとする者」
ビアトリス「他の不死と大きな違いがあるとすれば、常軌を逸した強さと執念深さ。あとはその特異な不死性くらいか」
レディ「特異な?」
ビアトリス「亡者にならないらしいんだ。ソウルを失い、人間性を失い、肉体が朽ちても理性を決して失わず、力も失わないらしい。今よりロードランに不死が多かった頃に聞いた噂話だがな」
レディ「それは…敵としては最悪の相手ね」
コブラ「とんだ毒蛇だな。俺がコブラなら、やっこさんはマムシってところか」
コブラ「……で、レディ。キミの怪我はもう大丈夫なのか?」
レディ「ええ、見事に一軍復帰よ?彼は一流のメカニックになれるわね」
コブラ「さすがに神の国の鍛冶屋ともなれば違うな。次寄った時はマグナム弾を注文しとくか」
レディ「出直す必要は無いわよ。彼ったら仕事も早いんだから。きっとマグナム弾くらいすぐにでも作ってくれるわよ」
コブラ「そいつは願ったりだ。早速行こう」
レディの話を聞き、コブラは不死たちと共に巨人の鍛冶屋の仕事場へ向かった。
仮面の騎士との戦いで一行の装備は著しく消耗しており、本来の力を発揮しないのだ。
それどころか重鎧もローブも、胴に大穴を穿たれたままでは防具どころか衣服としての機能の保持すら怪しい。
それらを身につける者としても、レディの負傷を数分で修復した腕前を買わない訳にはいかなかった。
巨人の鍛冶屋「それなら すぐできる」
ソウルを受け取った巨人の鍛冶屋はそう言うと、ソウルを布地やプレートへと変え、手際よく防具の損壊を埋めていく。
そして十数分が経つ頃には、ジークマイヤーの鎧とビアトリスのローブは、おろしたてと見紛うばかりの艶を纏っていた。
コブラ(まったく驚きだぜ。人形使いのマリオも似たような事をやっていたが、こいつはマリオ以上に精密だ!)
ジークマイヤー「おお!これだこれだ!この腹の丸みが無ければカタリナ鎧とは呼べん!礼を言うぞ!」
太い眉と口髭をたくわえ、少年のような瞳をした男は、重鎧を受け取るとその場で装着を始める。
スカートを残し、大きな帽子で胸元を隠したビアトリスは、そんな豪放な行いに冷ややかな視線を送った。
野にいたとはいえ、ヴィンハイムで身につけた礼儀作法を捨てきることなど、彼女にはできない。
ビアトリス「上で着替えてくる。コブラ、覗くんじゃないぞ」
コブラ「そりゃ残念」
レディ「こらっ!」ギュウ
コブラ「アウチチチ!」
コブラ「な、なぁ~んて冗談はここまでにして、そろそろ本題といくかな」ゴソゴソ
コブラ「アンタの腕を見込んで、ここはひとつ頼みがある」コンッ
レディにつねられた頬をさすりながら、コブラはズボンのポケットをまさぐると、金床にマグナムの弾を置いた。
巨人はマグナムの弾をつまみ上げ、下顎を撫でた。
コブラ「コイツを何発か工面してもらいたいんだ。できるかい?」
巨人の鍛冶屋「うーん、無理」
コブラ「へ?」
帰ってきたのは、拍子の抜ける言葉だった。
巨人の鍛冶屋「俺 ソウルで出来た物 作れる。ソウル宿ってる物 治せる」
巨人の鍛冶屋「でも コレ ソウルで出来てない。宿ってない。だから無理」
コブラ「うーん…そこをなんとか頼むぜ。あんた以外に頼れそうなヤツがいないんだ」
巨人の鍛冶屋「うー…」ゴソッ…
無理難題を押し付けられた形になった巨人は、不本意そうに完成済みの武具の山を漁ると、矢と火炎壺を取り出した。
そして矢から矢尻を引っこ抜き、火炎壺と合わせて金床に置いた。
巨人の鍛冶屋「コレ 使う。似たものにはなる」
コブラ「へへへ、そうこなくっちゃな!頼んだぜ」
巨人の鍛冶屋は作業に取り掛かった。
本来なら報酬として巨人はソウルを貰うはずだったが、巨人はソウルを要求しなかった。
巨人は商いのために家事仕事をしているわけではなく、ただ受け取ったソウルを使って、ソウルから成る武具を加工するだけである。
ゆえに、巨人はタダ働きだろうが文句は無かった。そもそも報酬などという物に価値を見出していないのだった。
ジークマイヤー「ふぅー、慣れた着心地だ。 やはりこうでなくては」
ビアトリス「コブラ、着替えが終わったぞ。貴公の用はどうなった?」
コブラ「とりあえず目処はついたぜ。弾の代わりが完成したら作戦会議といこう」
ビアトリス「そうだな。エストも無いことだし、真鍮鎧の騎士が守る篝火には仮面の騎士がいるかもしれない。慎重に動かなければな」
ジークマイヤー「うむ」
ビアトリス(ローガン先生……無事だといいが……)
コブラ「うーん…そこをなんとか頼むぜ。あんた以外に頼れそうなヤツがいないんだ」
巨人の鍛冶屋「うー…」ゴソッ…
無理難題を押し付けられた形になった巨人は、不本意そうに完成済みの武具の山を漁ると、矢と火炎壺を取り出した。
そして矢から矢尻を引っこ抜き、火炎壺と合わせて金床に置いた。
巨人の鍛冶屋「コレ 使う。似たものにはなる」
コブラ「へへへ、そうこなくっちゃな!頼んだぜ」
巨人の鍛冶屋は作業に取り掛かった。
本来なら報酬として、鍛治職人はソウルを貰うはずだが、巨人はソウルを要求しない。
彼は商いのために鍛治仕事をしているわけではなく、ただ受け取ったソウルを用い、ソウルから成る武具を加工するだけである。
ゆえに、タダ働きだろうが巨人に不満は無い。そもそも彼は、報酬などという物に価値を見出していないのだった。
ジークマイヤー「ふぅー、慣れた着心地だ。 やはりこうでなくては」
ビアトリス「コブラ、着替えが終わったぞ。貴公の用はどうなった?」
コブラ「とりあえず目処はついたぜ。弾の代わりが完成したら作戦会議といこう」
ビアトリス「そうだな。エストも無いことだし、真鍮鎧の騎士が守る篝火には仮面の騎士がいるかもしれない。慎重に動かなければな」
ジークマイヤー「うむ」
ビアトリス(ローガン先生……無事だといいが……)
真鍮鎧の騎士(宇宙……神の力の及ばぬ処…)
真鍮鎧の騎士(…まったく想像がつかんな。理の外の者が何故我らと同じ形をしている?我らが神々は何故あの者をここに?)
シュオオオオ…
真鍮鎧の火防女が壁に寄りかかり、思索に耽っているなか、篝火の灯は揺らぎ、灰を舞わせた。
舞い散る灰は急速に纏まり人の形をとった。そして強張りつつも垂れ下がり、色づき、一人の亡者を生み出す。
ヴィンハイムの制服を崩したローブを着こなし、大皿の如き帽子を被るその亡者は、篝火に跪き、手に黒い精霊を握った。
ボオゥーーン…
黒い精霊が篝火に落とされると、篝火から太陽色の輝きが溢れて亡者を包み、彼の朽ちた表皮に染み入った。
すると、亡者の身体は再び潤いに満ち、枯れた眼球には光が入った。
ローガン「歯がゆい…神秘を前にして、ここまで戻されるとは……」
真鍮鎧の騎士「死んだのか。他の者はどうした?」
ローガン「ここに蘇らんという事は、打開したのだろう。あれを相手にというのなら、大金星だろうなぁ」
ローガン「しかし、不死者ではないコブラなどは、今頃どうしていることやら」
真鍮鎧の騎士「………」
ローガン「…まぁ、ひとまずは仮面の者がここに蘇らんことを祈りつつ、旅支度をするよ」
ローガン「貴公は手伝ってくれるかな?」
真鍮鎧の騎士「断る」
ローガン「ほっほ、だろうな」
神々の地でコブラ達が創意工夫を迫られている頃、魔女と炎の地に休む不死の一行は、しかしその人数を一人欠いていた。
旅から脱落したわけでは無い。ただ篝火周りには寝転がる名無しの戦士と、種火を調べる蜘蛛の魔女と、読み書きをする二人の術師がいるだけだ。
太陽の戦士はそんな旅の仲間からは離れた処に立ち、見上げているだけである。
太陽の光の王が施したとされる、黄金色の門を。
ソラール(火は空にあり、地中にもある……しかし太陽は人の世を見捨てて長い夜をもたらし、混沌は魔女の都を焼いてしまった。世は陰り、人の内に不死が生まれた)
ソラール(俺は何をしている?…不死の使命はいまだ見えず、空の火も地の火も、今は滅びを撒くだけだ。そんな物に、何故俺は近づいている?)
ソラール(太陽の光の王はこの都の炎を封じた。それはかの王が、炎の乱れを恐れたからではないのか?魔女は遥か昔に神々と共に竜と戦い、ゆえに太陽を知っていたはずだが、混沌を生み出した。魔女の主は、かの王と同じように、太陽を恐れていたのではないのか?輝きが乱れることを恐れたのではないのか?)
ソラール(…クラーグに聞くべきだろうが、俺の思う通りの答えが返ってきたらどうする…?)
ソラール(空にも地にもすでに偉大な力は無く、それらを築いた偉大な古き者達も、誰一人としてすでに、かつての力を持ち得ないとしたら?魔女に恐れがあるように、神々にも恐れがあったとしたら?)
ソラール(そもそも、この世に俺の求める“太陽”など、元から存在しなかったとしたら…?)
ソラール(全てはまやかしだと……永遠の栄光や愛、お伽話にもさえ終わりがあり、意味ある物は世に無いなどと…)
ソラール(……そう答えられ…俺は立てるのか?……)
ソラール(……立ち上がり、何処へ……)
ラレンティウス「よぉ、どうしたんだ?俺たちの力じゃそこは通れないだろ?」
ソラール「!」
ラレンティウス「あんたの信じる太陽の神様がこさえた封印だ。人間にはどうにもならないさ」
ソラール「………」
ソラール「…ラレンティウス」
ラレンティウス「うん?」
ソラール「クラーグは恐らく、お前に呪術を授けないぞ。資格が無いと言われただろう?」
ラレンティウス「ま、まぁな……いきなり厳しいな。どうしたんだ?そんなこと聞いて」
ソラール「いや、少し気になっただけだ。求める物が目の前にあるのに、手に入らない……そんな苦境を、お前は楽しんでいるようにすら見える」
ソラール「未練は無いのか?」
ラレンティウス「………」
ラレンティウス「うーん…実は俺、別に魔女の呪術が欲しくて旅をしてるわけじゃ無いんだ」
ソラール「?」
ラレンティウス「師事を乞いたのも駄目元さ。というよりは、探求者としての習い性だよ。乞いた時から薄々は気づいていたさ。脈無しだってね」
ラレンティウス「彼女が今種火に何をしているのか、それすら分からないんだぜ?火を授かっても、それでこんがり焼き上がるだけさ」
ラレンティウス「まぁ、そんな能無しがこんな所にまで来ちまったってことは……多分俺は、見て体験さえ出来ればそれでいいんだろうな」
ソラール「………」
ラレンティウス「……なぁ、あんた大丈夫か?欲しいものに近付いているからって、焦ってるんじゃないか?」
ソラール「………焦ってはいない。迷ってるんだ」
ラレンティウス「迷うって、何に?」
ソラール「分からない……分からなくなってしまった…」
ソラール「俺がこの旅に何を求めていたのか……覚えてはいるが、もう見えない。見たいという気が萎えつつあるんだ。それだけを夢見ていたのに」
ラレンティウス「………」
ラレンティウス「…あんたが何を求めているのかは、探求する道が違う俺には分からない。だが分からないなりに忠告するぞ」
ラレンティウス「呪術師は火を求め、敬い、恐れる。育てはするが、身は投じない」
ラレンティウス「かねて火を恐れたまえ。これは望みし物の素晴らしさ、その輝きに自分を焼かせるなという呪術王ザラマンの警句だ」
ラレンティウス「あんたの役に立つかは分からないが、覚えておいて損は無い言葉だと思うぞ」
ソラール「………」
ラレンティウス「じゃあ、俺は戻ってるからな。ここで見たものを書き記しておきたいんだ」
ラレンティウス「またな」
ソラール「ああ」
ラレンティウスは去ったが、ソラールは封印の前に残った。
しかしソラールの視線は門から離れ、伏せられている。
太陽の戦士は地面を見ず、足先も見てはいない。
何も視界に入っていない。その胸に描かれた、太陽すらも。
ソラール「かねて火を恐れたまえ、か」
コブラ「おはようさーん!」チャキッ
銀騎士「!」
ドウドウドウーーッ!!
曲がり角から飛び出したコブラは、右手に持つマグナムを連射した。
額と胸と腹を続けざまに撃たれ、銀鎧に身を包む騎士は大きく体勢を崩す。
ジークマイヤー「ふんおー!」ガヅーーン!!
勝機に応じて、空かさず駆けたジークマイヤーが振り下ろしたツヴァイヘンダーは、銀騎士の胴鎧を袈裟懸けに凹ませた。
凹みには亀裂が入り、亀裂からはソウルが吹き上がって、銀騎士を空の鎧へと変えて消えた。
ジークマイヤー「はっはっは!やはり他愛も無い!神の兵と思い勇んで臨んだが、どれも手応えが無いな!」
ビアトリス「調子の良いことを言うな。コブラの“まぐなむ”が強力だからこそ通じる戦法だぞ。私の魔法は限りがあるうえに、連射がきかないからな」
レディ「強力ですって。やっぱり私の言ったとおり、中々使えるでしょ?」
コブラ「そうは言ってもなぁ。これくらいの相手、本来のコイツなら一発で三人は倒せるぜ」
コブラ「海賊コブラともあろう男が、弾の温存に精を出すとは…貧乏はツライね」トホホ
ローガンの無事を信じつつ、コブラ達一行はアノール・ロンド城内を篝火求めてさまよっていた。
真鍮鎧の騎士が守る篝火に戻る事もコブラは一度考えた。しかしその帰路は落下死の危険を伴う石橋一本に限定されており、しかも途中には奇襲に適したリフトが二箇所もある。
そこを通るくらいなら、狭い通路と個室が複雑に絡み合う城内を歩く方が、安全であると考えたのだ。
迷路のような構造は仮面の騎士と遭遇する可能性を減らし、狭い通路は敵対者への集中攻撃を促す。
一行の前に敵対者が立とうものなら、其の者はビアトリスとコブラの集中砲火と、レディとジークマイヤーの怪力による剣勢を受け、瞬時に鏖殺された。
大弓を持つ騎士も、槍と盾を構える騎士も…
コブラ「おっ、宝箱か。さてさて神のお宝はどんなものか…」フフフ…
ミミック「………」ガパッ
コブラ「おわーっ!?」ガシッ
ビアトリス「ミミックだ!神々に追われたとされる者がなぜここに!?」
ジークマイヤー「コブラ!そのまま押さえつけていろ!叩きのめしてやる!」
レディ「箱を斬ってはダメよ!コブラに当たるわ!手脚を斬らないと!」
バコッ!グシャッ!バキッ!ズバーッ!
ミミックも、この戦法の前には容易く屈した。
無論ミミックに限り、挟まれる者に常人を超える反射神経と膂力が要求されたが、その唯一の弱点も克服されている。
少なくとも、ミミックの咬合力は区画閉鎖用のシャッターに比べ、貧弱であった。
一行はそのまま、現れる敵対者を蹴散らし、城内を歩き回り…
ジークマイヤー「やったぞ!篝火だ!」
遂に目的の灯りを見つけた。
コブラ「床に薪を置いて燃やしてるのか…こいつを置いた奴は暖炉が見えなかったのか?」
ビアトリス「廃墟の暖炉に、煙など出るはずもない火をくべる者もいないだろう。篝火が燃えるのに、空気も空間も要らん」
ビアトリス「それほどまでに、この城は打ち捨てられて時が経っているという事だ。貴公の読み通りだな」
レディ「どうジーク?篝火は使えるかしら」
ジークマイヤー「うむ、火は弱いが、エスト瓶五口分くらいなら何とかなるだろう」
レディ「だそうよ?」
コブラ「そいつは結構。俺としちゃ探索もしてみたいが、回復手段が弱いんなら話は別だ。道草はやめて本道に戻るとするか」
必要最低限の回復手段を手に入れた一行は、元来た道を戻り、仮面の騎士が倒れた大広間に再び入場した。
大広間には音は無く、敵意を滾らせる者もいない。
長方形の両短辺にはただ、静謐を守る城門と、冷たい霧のカーテンが揺らぐだけである。
コブラ「鬼が出るか蛇が出るか……おっと、前も同じこと考えた気がするぜ」
ジークマイヤー「鬼とは、東国の悪魔か?貴公らの世界にもいるのか?」
レディ「概念としては存在するわ。本物は……まぁ、いるかどうかは人それぞれね」
ビアトリス「話の分かる方々であればいいが……」
コブラ「そいつは高望みってもんだ」
ビアトリス「? なぜだ?」
コブラ「こっちじゃ、鬼や蛇も神と呼ばれるからさ」チャッ
コブラはマグナムを開けて急造弾を抜くと、代わりに本来そこに入るべきマグナム弾を装填した。
装填された弾丸は五発。これらを撃ち切れば、後は急造弾を使わなければならない。
三発撃ち込んでようやく銀騎士を怯ませる、いささか頼りない弾を。
ビアトリス「…それはまた、酷な話だな」
コブラ「俺もこのことわざが嫌いさ。今からその鬼や蛇に会いに行こうってんだからな。覚悟はいいか?」
ビアトリス「ああ、できてる」
ジークマイヤー「万端だ。このジークマイヤー、常に戦場に備えている」
レディ「ですって」
コブラ「よし、じゃあ参拝と行こう」スッ
コブラが霧に手を掛けると、淡く硬く閉ざされていた霧はコブラの腕を通した。
霧はコブラを通し、レディを通し、不死達を通し、大柱が立ち並ぶ大広間へ彼らを招き入れると、再び硬く閉じた。
大広間には薄暗い静寂が漂い、その静寂を、入って右手側の大窓から入る陽光が照らし、冷たい空間にわずかな暖かさをもたらしている。
広間最奥には、頭に冠をいただき大剣を地に立てた老王の像と、姿に豊満さをたたえる女神像が見える。
その二つの像の前に、小山の如くそびえて殺気満ち満ちる者が立っていた。
処刑者スモウ「………」
身の丈十七尺にも及ぶ巨体に、身体そのものと見紛う程に重厚な、黄金の重鎧に身を包む者。
コブラの胴より太い腕で支えるのは、鎧と同じく黄金色に輝く、象脚にも似た大鎚。
大鎚と言ってもその大きさは更に凄まじく、不死の身にあっては破城槌に、コブラの世界にあっては小型宇宙船にさえ匹敵する巨大さであった。
そのあまりの威圧感に不死達は圧倒され、背後に閉じた霧から離れることができない。
しかし、コブラは一歩踏み出した。
コブラ「英雄へのお出迎えにしては人数が少ないな。そいつは花束かい?」
ビアトリス「コブラ、そんな軽口を聞いては…」ヒソヒソ…
コブラ「構いやしないさ。あんなものを持ち出して来る時点で歓迎する気は更々ない。それともキミには本当に花束に見えるのか?」
ビアトリス「…そんな訳ないだろう……」ヒソヒソ…
金色の小山を刺激しないようにビアトリスは気を揉んだ。
だが、そんなこと知ったことではないと言わんばかりに、コブラは更に歩を進めつつ、小山に語りかけた。
コブラ「なぁ、あんたはどう思ってるんだ?あんたは俺たちの敵なのかい?」
ドガァン!!
敵意を含んだコブラの声に、応える衝撃が響く。
広間の二階から降ってきた騎士は金獅子の鎧に身を包み、右手に白金色の槍先を持つ長い十字槍を握っていた。
獅子の顔持つ兜からは真紅の長房が伸び、房は着地の衝撃で跳ねあげられ、陽の光を乱し、獅子騎士の金鎧に炎のような煌めきを映した。
コブラは立ち止まり、二体の黄金鎧を見つめる。
地に降りた獅子面の騎士は、大鎚を持つ者と比べ小さいが、それでもコブラと比べ頭五つ分は身長が高い。
竜狩りオーンスタイン「………」
それほどの巨体でありながら、獅子面騎士の手脚の長さや頭部の大きさに、歪みは見えない。
まるで絵に描いた理想的人体に鎧を着せ、スケールをそのまま大きくしたかのようなその体躯を、コブラは警戒した。
大鎚を持つ金山よりも。
ジークマイヤー「に、二体とは……」
コブラ「こっちは四人で来てるんだ。向こうだって数は揃えるだろ」
ジークマイヤーの戦慄した独り言に答えたコブラもまた、背中に冷たい風を感じている。
不死達はもはや引き返せぬという状況を受け入れ、霧から離れた。
レディはフランベルジュを両手に握り、正面に構えると、コブラに続き歩を進める。
ザッ…
コブラ「!」
不意に、金獅子の騎士が伏せた。
石床に片膝をつく祈りのようなその姿勢に、コブラは一瞬戸惑い、不死達は数瞬呆けた。
だが、殺気に脳を突かれたコブラには、既に金獅子の騎士の構えが完了している事が伝わっていた。
シュン!!!
レディ「っ!?」
金獅子の騎士が消えると同時に、特大剣に手を掛けていたコブラの姿も消え…
コブラ「ぶっ!」バフォン!
次の瞬間、再び姿を現したコブラは石床から離れて飛翔し、硬化した霧に叩きつけられていた。
霧から離れていた二人の不死は巻き添えを食わなかったが、何が起きたかを全く把握していない。
シュザッ!!
コブラが石床に落下すると同時に、空中から姿を現した金獅子の騎士は、右手の槍を背面に掲げた短距離走者の走り出しのような姿勢で着地。
再出現時の勢いを殺しながら、石床の上を長く滑った。
ジークマイヤー「な…なんだ今のは!?今の見たか!?」
ビアトリス「いや…何も…」
レディ「コブラ!?今、あなた、何をされたの…!?」
コブラ「や…ヤツから目を離すな…」ゴホッ
スッ…
金獅子の騎士が姿勢を直し、コブラ達一行に十字槍の槍先を向けると…
ドズーーン!!!
大鎚を握る者が、大広間を揺するほどの力で石床を蹴った。
ドズン!! ドズン!! ドズン!! ドズン!!
広間の石床を軋ませて突進するそれは、頭上高く大鎚を振り上げている。
コブラは特大剣を支えに立ち上がるが、その脳天に向けて、既に破城槌は振り下ろされていた。
ガシャッ!
コブラは全身に衝撃を受け、石床に転がり…
ガゴオーーン!!!
破城槌はコブラの頭を砕くことなく、石床を粉砕して大広間をまたも揺さぶった。
一瞬コブラは自分が死んだ光景を垣間見たが、その未来をジークマイヤーの体当たりが制したのだ。
ジークマイヤー「立てコブラ!貴公らしくもない!」グッ
コブラ「イテテ…傷口が開いちまった…」
ジークマイヤーに肩を借り、コブラはフラつきつつも立ち上がり、頭を振るう。
思考の靄はいくらか取り去れたが、戦える状態に戻るにはしばしの時間が必要なようだった。
ジークマイヤー「ビアトリス!貴公はレディと共に獅子を抑えてくれ!遅い方なら私も戦える!」
ビアトリス「あ、ああ!分かった!」
レディ「早く行きましょう!彼がまた槍を構えたわ!」
ジークマイヤーからの激励に、完全に浮き足立っていたビアトリスは辛うじて、心身を戦える態勢に整える事ができた。
だが、彼女に指示を出したジークマイヤーも内心、恐怖で竦む心を自身の大声で隠すのが精一杯だった。
相手はおとぎ話の如く忘れられた太陽信仰の偶像にして、この世にいるはずもなかった戦神。
自分が古い世に生まれていたら、間違いなく信仰したであろう勝利と殺戮の化身なのだ。
チャキッ!
レディ「!」
その戦神は、不死達の会話が聞こえているにも関わらず、あえてコブラではなくレディへ槍を向けた。
レディは金獅子の騎士が放つであろう、正体が分からぬ攻撃を警戒して、フランベルジュを横に構え、瞬時に防御の姿勢をとった。
ビアトリス「やめろっ!」ビシューッ!
レディへの攻撃を防ぐため、ビアトリスはソウルの矢を放つ。
ソウルの矢は一直線に金獅子の胴体に向かうが…
ビアトリス「あっ!?」
ソウルの矢を振り切るほどの速度で駆け出す金獅子を、ソウルの矢が捉えることができるはずもなかった。
レディ「!?」バキィン!!
正体不明の攻撃を防ぐ瞬間、レディの銀色の瞳には確かに映った。
叩き割られたフランベルジュの破片と、フランベルジュを貫いた白金色の槍先が…
レディ「うぐぅ!」ドシャーッ!
吹き飛ばされ、石床の上を滑り、壁に背中を打ち付けたレディは、胸元に生じた痛みに声を漏らした。
破壊された大剣が衝撃をいくらか逃しはしたものの、それでもなお彼女を襲った衝撃は大きく、彼女の思考にはハンマーボルト・ジョーの拳が思い起こされた。
ビアトリス「くそっ!」ヒュイイン…
攻勢にも救助にも移れないと見るや、ビアトリスは浮遊するソウルの光球群を展開し、金獅子を迎え撃つ態勢に入った。
回避するという選択肢も取れない以上、それ以外に成すすべが無いのだ。
金獅子は今度はそんなビアトリスを完全に無視し、行動不能に陥っているレディへ向け歩き出す。
ビアトリス「っ!? こっちを見ろ!何故私を襲わない!」
ビアトリスは金獅子の騎士を挑発するが、金獅子の歩みは止まらない。
しかし、ビアトリスは攻撃に移る事ができない。レディが殺される前に金獅子を撃ち抜くような攻撃手段など、彼女は持っていないのだ。
コブラ「ジーク…離してくれ…レディがやられるぞ…」
ジークマイヤー「し、しかし…!」
ジークマイヤーは手傷を、それも深手を負ったコブラを置いていく事も出来ず、鈍足ゆえにレディへ加勢することもできない。
コブラへの体当たりが間に合ったことが、そもそも奇跡だったのだ。
ボゴゴン…
石床に深くめり込んだ大鎚が、砂煙を上げながら再び持ち上げられた。
ビアトリス(やはり射つしかないか…!)
シュイィーン!
追い詰められたビアトリスは、ついに金獅子の騎士へ向けソウルの矢を放った。
だが金獅子を傷つける事が目的では無い。秘術や技術を要する品々に対し、ジークマイヤーよりは造詣が深いビアトリスは気付いたのだ。
金獅子の動きを一瞬でも止めることが出来れば、窮地脱出の可能性も見えてくることに。
バチィン!!
ソウルの矢は案の定、金獅子の槍に振り払われて大柱の一つに小さな穴を開けた。
金獅子は振り返らず、依然レディを標的としているが、歩みを一瞬止める。
ビアトリスは誰にも合図らしい仕草すら見せなかったが、コブラのブーツからはパイソン77マグナムが抜かれた。
ドウドウーーッ!!!
マグナムからは二発の弾丸が放たれ…
ジークマイヤー「うおおおっ!?」ズダダーン!
足元の覚束ないコブラを支えていたジークマイヤーは、発砲時の反動でコブラと共に吹き飛び…
ブワオオォーーン!!!
吹き飛んだ二人を追うように振り抜かれた大鎚は、ジークマイヤーの鎧を震わせるほどの風切り音を鳴らして空を切った。
バシャアアーン!
発射されたマグナム弾のうち、一発は金獅子の頭上を高く飛び、大窓に派手な穴を開けたが…
ズビシィーーッ!!!
もう一発は金獅子の肩当てを貫き、上体を大きくよろめかせた。
ビアトリス「や、やった!」
ジークマイヤー「なんと!?この手があったか!」
コブラ「へへ、どうだい」ニヤッ
オーンスタイン「………」
金獅子は、肩当ての穴から漏れるソウルを一瞥すると、レディをそのままにコブラへ向き直った。
大鎚を持つ金山も、コブラへの追撃の姿勢を解き、重々しくジークマイヤーとコブラから歩き去っていく。
ジークマイヤー「なんだ?……我らは…まさか試練に打ち勝ったのか!?」
コブラ「いや……こりゃだめだな」
金獅子は槍先を上にしたまま、得物を高く掲げると…
ドゴオォン!
槍を石床に強く突き立てた。
コブラ「…怒らせちまったか…」
突き立てられた十字槍の槍先は、白金色から黄金色へと変わり、猛々しい輝きを放つ雷を纏った。
ビアトリス「そんな…」
ジークマイヤー「雷……や、やはり相手は名を禁じられし太陽の長子か…」
コブラ「名乗り禁止にしちゃ目立ちすぎだ。少しはネオンを…ゴホッ」
金獅子の騎士が雷を纏った十字槍を中段、右前半身に構える。
金山は大鎚を持ち直すが、その敵意はレディとビアトリスへと向けられている。
コブラ「ジーク、どうやら奴は俺との一騎打ちをご所望らしいぜ。乗ってやるしかなさそうだ」
ジークマイヤー「一騎打ち!?そんな身体で受けるというのか!?」
コブラ「やるしかないだろ。白旗降ってみるか?」
ジークマイヤーの手を払い、コブラは脇腹を抑えつつ、片手で黒騎士の大剣を構えた。
コブラに戦意を見た金獅子は、一瞬槍先の輝きを一層強めると…
ガガガーッ!!!
コブラ「!」
槍先から雷の大槍を放った。
バジィン!!
コブラは特大剣で大槍を受けたが、砕けた大槍は特大剣を伝ってコブラを焼いた。
命こそ失いはしなかったが、コブラの全身各所には火ぶくれが浮かんだ。しかしコブラは怯まない。
ビュン!!
間髪入れずに金獅子は駆け、コブラが盾としている特大剣に突きを一閃した。
コブラ「オオオーッ!!」ガギギィーン!!
かつて敵であり友でもあった男、シバの大王の一撃が霞むほどの衝撃を、特大剣を通して受けたコブラは…
ズガガガーッ!!!
大柱を断ち割って吹き飛び、またも背中をしたたかに壁へ打ち付けた。
ジークマイヤー「む、無茶だ!死んでしまうぞコブラ!」ダッ
コブラに助力すべく駆け出すジークマイヤーだが…
ドガアアーーッ!!!
ジークマイヤー「ぬおっ!?」
その行く手を、石床を打った大鎚が阻んだ。
コブラとジークマイヤーへ援護に向かうべく、ビアトリスはレディへ駆け寄る。
ビアトリス「大丈夫か!?さぁ掴まって!」スッ
レディ「ごめんなさい…衝撃で一瞬、ボディーの機能が麻痺していたわ」
レディを引き起こしたビアトリスは即座に浮遊するソウルを再び展開し、レディは半ばから折れたフランベルジュを拾う。
次に二人は金山へ向け同時に駆け出し、先行したレディが金山へ向け初撃を振るった。
ガキン!
ジークマイヤー「おっ!」
折れているとはいえ大剣。
アーマロイドの膂力で振るわれたフランベルジュは、金山のふくらはぎを覆う装甲に深い傷をつけた。
金山は目に見えてぐらつき、大きく踏み出して転倒に耐えたようだった。
ジークマイヤー「好機!」
ガキイィーッ!ガシィーン!
金属同士を激しくぶつけ合う音を聞きながら、しかしコブラの意識は混濁していた。
ジークマイヤーの特大剣は金山の大鎚に防がれていたが、カタリナの騎士は一歩も引かずに剣勢を張っている。
レディとビアトリスは正面戦闘を展開するジークマイヤーを援護する形で、金山を囲みつつ一撃離脱を徹底している。
現状、神を相手に勝ちは難しいが、少なくとも負けることは無い戦いを、不死達とコブラの相棒は演じていた。
バヒュン!!
コブラ「!」サッ
首元を狙った鋭い一振りを、コブラは腰を落とすことによって紙一重で回避した。
金色の髪の毛が数本、コブラの頭上を舞う。
バオッ!!
コブラ「うおおっ!」ガギィーーッ!!
その落とした腰を上げる暇もなく襲い来た縦振りを、コブラは今度は特大剣で受けた。
しかし衝撃によって脇腹の傷が更に開き、出血までも始まった。
コブラ「た、タンマ…!」ギリギリギリ…
相手が仮面の騎士のような、人の延長にある者ならば、あるいは受け流しや押し返しによる脱出も叶う。
しかし相手は人ならぬ者であり、負傷は容赦なくコブラから体力を奪っていく。
脱出は不可能だった。
ドドン!! バリバリバリバリ!!
右手の槍でコブラを制しつつ、金獅子は左手に雷を起こした。
雷は轟音を鳴り響かせながら、徐々に纏まり、一振りの槍、もしくは杭の形を成していく。
コブラ「!」
その雷を金獅子が振り上げた瞬間、コブラの頭に閃きが走った。
金獅子の騎士の十字槍を防いでいるのは、黒騎士の大剣。
その黒騎士の大剣をささえているのは、コブラ自身の両手である。
シュドーーッ!!
オーンスタイン「!」
コブラは義手をつけたまま、サイコガンを発射した。
黒騎士の大剣をしっかりと握りこんだ義手は、サイコエネルギーの奔流に乗って打ち上がり、金獅子を打ち上げる。
ドガッ!
予期しようのない急加速によって、金獅子は天井に叩きつけられ、弾きあげられた十字槍はあらぬ方向を切った。
しかし金獅子の左手には雷の槍が握られており、輝きも失せてはいない。
コブラ「コイツは駄目押しだーっ!!」グワオーーッ!!!
落下を始めた金獅子に、コブラはサイコガンを撃ち…
バヒュウウン!!!
金獅子も、コブラ目掛けて大雷を投げ込んだ。
ドドドオオオォン!!!
ジークマイヤー「うおっ!?なんだ!?」
スモウ「!」
敵を砕くべく放たれたサイコエネルギーと雷は、空中で激突し、巨大な爆発を巻き起こした。
爆発によって生じた閃光は一瞬、太陽の如く輝き、大広間からあらゆる影を取り去った。
凄まじい爆風によって金獅子は再び舞い上がり、天井に脚をつき、コブラは怯んで、うつ伏せに石床へと倒れる。
コブラに生じたその隙を、逃さない金獅子では無かった。
ダン!
起き上がろうと背中を丸めるコブラに向け、金獅子は天井を蹴って飛翔した。
そして敵を串刺しに貫くべく、槍を持つ手に力を入れる。
コブラ「そりゃないよ」サッ
オーンスタイン「!」
しかし、コブラは苦痛に喘いではおらず、体を起こした彼の手にはマグナムが握られていた。
体を丸めて閃光に耐える演技で、再びマグナムを抜き、懐に隠していたのだ。
神といえど、空中で推力も無しに軌道を変えることはできないと、コブラは踏んだのである。
ズギュウウーーン!!!
一発と聞き紛う銃声と共に…
オーンスタイン「!」ビシィッ!!
金獅子の胴鎧を二発、兜を一発、マグナム弾が貫通した。
金獅子は脱力し、落下攻撃ではなく墜落を始める。
コブラ「やれやれ、もう全部撃っちまったか…」
ドガーーッ!!!
コブラ「!?」
しかし、勝利を確信したコブラの腹を、金獅子の十字槍が貫いた。
仰向けの姿勢で石床に縫い付けられたコブラは大量に吐血し、彼の腹部を雷が焼く。
金獅子の兜と胴鎧からは白いソウルが漏れているが、槍を握る金獅子の右手には渾身の力が込められている。
確かに、マグナム弾は金獅子の騎士に傷を負わせた。しかしそれらは致命傷ではなかったのである。
レディ「コブラーっ!!」
レディの叫びを聞いて、二人の不死の視線が一瞬金山から離れる。
そして不死達は信じがたい光景を目にし…
ビアトリス「コブラ…そんな…」
ジークマイヤー「き、貴様!何をするかっ!!」ダッ
一瞬、正常な思考力を失った。
ビアトリスが見るべきは金獅子とコブラではなく、ジークマイヤーは大鎚に背を向けて走り出すべきではなかった。
見るべきは大鎚であり、剣を振るうべきは金山である。レディの動揺が二人に隙を生んでしまったのだ。
ドグシャーーッ!!!
金山の繰り出した横振りは、広大な間合いを以ってビアトリスとジークマイヤーを一掃し、大広間の端まで叩き込んだ。
二人の不死は全身から血を流し、己が致命傷を負ったことにすら気付く事も無く昏倒した。
ビアトリスの懐からは、手付かずのエスト瓶が転がる。
ズーン!!
レディの前には、処刑者スモウが立ち塞がり…
バチッ!! バリバリバリバリ!!
石床に刺した十字槍でコブラを制した竜狩りオーンスタインは、またも左手に雷を纏いつつ、右手で鎧に付着した返り血を拭った。
オーンスタインの右手はコブラの血で赤く染まり、ぬらぬらとギラついた。
窮地に追いやられたコブラはついに、捨て身の奥の手を使うことを決心した。
自身の精神力が続く限りにサイコガンを撃ち続け、金獅子と金山の両方を討ち滅ぼすという作戦は、恐らくは成功するだろう。
サイコエネルギーは敵を追尾し、金獅子の左手には一本の雷が握られるのみである。
一発が相殺される事を踏まえつつ、念押しも含めて最低限七発は撃つ必要があるが、コブラの決心は揺るがない。
致命傷を負い、出血を続ける肉体が、精神力の疲弊に恐らくは耐えられないとしても…
オーンスタイン「………」スッ
金獅子が自身の右手を眺めた瞬間…
ジャキン!
コブラはサイコガンを構えた。
サイコガンのエネルギーメーターが眩く輝く。
フッ…
その輝きの強まりに比例するかのように、金獅子の左手の雷は弱まり、失せた。
オーンスタイン「貴公、やはり只の人では無いな」
コブラ「!?」
不意に語りかけられたコブラは驚愕した。
神が人の言葉を話したからではない。言葉に敵意が全く無いことに衝撃を覚えたのだ。
オーンスタイン「スモウ、鎚を収めよ」
スモウ「………」ズッ…
レディ「えっ…?」
それはレディも同様であった。
眼前の金山が鎚を収めたことに、現実感を覚えることができなかった。
オーンスタイン「貴公は我らの知る人にあらぬ者。不死立つこともなく、呪いも受けず、それらの兆しすらも無い」
ズボッ
コブラ「ぎっ!?」
不意に槍を抜かれたコブラは、声を裏返して悶絶した。
転げる体力こそは無かったが。
ヒュオオオォォ…
コブラ「?」
そのコブラの腹に空いた刺し傷に、金獅子の騎士は手をかざし、太陽色の暖かな輝きを染み込ませた。
太陽色の輝きはコブラを中心に光の波動を放ち、コブラの負傷を瞬く間に癒していく。
オーンスタイン「我らが大王、太陽の光の王の封印……我らが壊すことまかりならぬ」
オーンスタイン「その上に、貴公に見える闇は深淵を孕まず、かえって眩くすら見える。我らが討つべき者ではない」
オーンスタイン「スモウ、お前は不死どもを介抱し、決して通すな」
スモウ「………」コクッ
オーンスタイン「我はこれより常ならぬ者らを連れ、我らが女神の元へ謁見に向かう」
ビアトリス「ジーク…おいジーク、起きなよ」
ジークマイヤー「う……おお?」
ビアトリス「はぁ…意識があるなら早く返事をしなよ。手遅れかと思ったぞ」
ジークマイヤー「それは面目ない。昔から寝すぎだとよく…のおっ!?」
スモウ「………」
ジークマイヤー「既に敵の手中であったか!覚悟っ!」ジャキッ
ビアトリス「おいよせ!!やめるんだ!戦いはもう終わった!剣を収めろ!」
ジークマイヤー「な、なにぃ!?」
ビアトリス「それに見ろ、私たちのエストを。空の瓶でどうしようっていうんだ」
ジークマイヤー「から?……あっ!いつの間に!貴様図ったな!」ジャキッ
ビアトリス「だからやめろと言っているだろ!もう決着はついているんだ!」
ジークマイヤー「しかしそれでは、腹の中が収まら……まて!コブラとレディが見当たらないぞ!どこへ連れていかれたのだ!?」
ビアトリス「知らん。この巨神に……」
ビアトリス「ゴホッ、いやこのお方にエストを貰い、私が目覚めた時は長子様と共に二人とも消えていた。教えを乞おうにも、我々にその資格は無いようだ」
ジークマイヤー「それでは……それでは、探しに行けば良いではないか!」
ビアトリス「だから言っているだろう。エストはもう無いと」
ジークマイヤー「………」
スモウ「………」
ジークマイヤー「うぬぬ…座して帰りを待つしかないか…」
ビアトリス「そういうことになるな」
ジークマイヤー「……しかし、巨人へのその言葉遣いはなんだ?先程まで剣を交えていた相手だろう?」
ビアトリス「貴公に神への畏敬は無いのか……奇跡と魔法を世にもたらした、偉大なる太古の君主達だぞ。出逢いが不運に終わっただけだろうに」
ジークマイヤー「太陽戦神の物語や竜狩り譚、偉大な太陽の伝説や白教の教えなどは、確かに我が祖国カタリナにも伝わっている。歌やおとぎ話でな」
ジークマイヤー「だが大鎚を携えた巨人の話など伝わっていない。知らん」キッパリ
ビアトリス「やれやれ、騎士習わしで聖書も読むカタリナ騎士の言葉とは思えないな。神学を怠っていたのか?」
ジークマイヤー「知らんものは知らん!知らぬ神を信仰しろと言われても困る!奇跡に仇なすヴィンハイムの徒には分からんかもしれんが、白教以外のものは人の世ではほとんど信じられておらんのだ!」
ビアトリス「そ、そう怒るな。白教が人の世を席巻しているのは知っている。ただ……言い方は悪いが、やや厚顔に過ぎるのではと思っただけだ」
ジークマイヤー「だから知らんものは知らんと…!」
ビアトリス「だから悪かったと…」
スモウ「………」
コブラ「なんだかまた妙な事になってきちまったなぁ~」
レディ「殺されるよりはいいじゃない。本当に心配したのよ?」
二人の海賊は、竜狩りオーンスタインと名乗る神に導かれ、大広間の二階へと移り、豪奢に整然とした木製の大扉の前まで案内された。
扉は両開きであり、左右どちらにもドアノッカーが設けられている。
二階は大広間の全辺を囲うように造られており、よって大広間の隅にいるビアトリスとジークマイヤーの騒ぐ声も小さいながら丸聞こえであるが、コブラとレディは大声を出すことも、不死達に声をかける事も、オーンスタインによって禁じられていた。不死達には資格が与えられなかったが、二人の海賊には審判さえ困難であったが故に、むしろ謁見が許されたのだ。
王の封印が無ければ、今頃生きてはいまい。そうコブラは察していた。
コブラ「なぁ竜狩りさんよ。この扉の先には誰がいるんだ?」
オーンスタイン「貴公の会うべきお方だ」
コブラ「あーあ、なんてつまらないお答えなんでしょ!お情けで1点!」
レディ「何点満点で?」
コブラ「5点さ。満点とったら福引きをプレゼント」
オーンスタイン「仲間の首を刎ねるぞ」
コブラ「わかったわかった、わかったよ…」
オーンスタインの悪巫山戯を許さぬ言葉に負け、コブラはドアノッカーを掴み、鳴らした。
コン コン コン コン
四度のノックは二人の海賊の気を一気に引き締め、いわゆる“仕事用”へと切り替えさせた。
不死の使命とやらのためにこの地に連れてこられた身にとっては、門の奥にいる者はいわゆる依頼人であり、報酬を支払う者である。
仕事を始める前から、既に死ぬ思いを何度もしたとあっては、報酬にもそれなりの色が欲しいところなのだ。
ギッ…
「入れ」の一言も無く扉は開き、室内の明るさが二人を照らす。
二人は部屋へと進み入り、後光に照らされるその者を見た。
「よく参りました。試練を超えた英雄よ」
太陽の光に照らされた女神は巨きく、薄く白いシルクのような天衣を纏い、謁見者に対面する形で寝台に横たわっていた。
枕の上に組まれた両の手はコブラにモナリザを想起させ、女神の豊満な肢体と胸、温もりある美しい顔は、かつてコブラの愛した女達の姿を、コブラの瞳に映した。
だが面に出さず放心しているコブラに、レディは正直カチンときた。怒りはしないが。
「さぁ、私の側に」
コブラ「へへ……こういう展開、久々だとグッとくるね」
巨大な女神は手を差し伸べ、コブラを誘う。
久しくなかった正々堂々の誘惑にコブラは容易く乗り、女神の枕元に跪くと、差し伸べられた手を取り、一度口づけをした。
「私の名はグウィネヴィア。大王グウィンの娘、太陽の光の王女です」
コブラ「俺はコブラだ。相棒のレディと一緒に、宇宙で海賊をやってる」
グウィネヴィア「コブラ、私は父が隠れてよりのち、貴方を待っておりました」
グウィネヴィア「貴方に、使命を授けましょう」
シュパァッ
王女グウィネヴィアが右手を掲げ、掌を開くと、金色の輝きが掌の中で揺らぎ、収束する。
その光は徐々に失われ、実体を表し始め、ついには大器と成した。
グウィネヴィア「これは王の器です。受け取ってください」
王女がコブラへ向け右手を差し出すと、一抱えもある器は小さくなり、コブラの胸元へと浮かぶ。
コブラ「俺の器も大したことないとは思っていたが、まさかプレゼントされるとはね」
グウィネヴィア「王の器は大いなる四つのソウルを求めます。大いなるソウルが器を満たす時、器は貴方を火の炉へと導くでしょう」
グウィネヴィア「貴方には大王グウィンの後継として、そこで世界の火を灯していただきたいのです」
コブラ「世界の火ねぇ……それを灯したとして、俺たちは元の世界に帰れるのか?」
グウィネヴィア「火が灯れば、貴方の役目は終わります。人の世の夜も終わり、不死の現れも無くなるでしょう」
コブラ「じゃあやめだ。悪いがコイツは受け取れない」
レディ「コブラ?どうして…」
コブラ「俺は帰れるかどうかを聞いたんだ。そこをはっきり言われないと信用できないぜ」
グウィネヴィア「お願いです。私たちはすでに火の明るさを知り、熱を知り、生命の営みを知っています」
グウィネヴィア「今、世界の火を失えば、残るのは冷たい暗闇と、恐ればかりなのです」
グウィネヴィア「旅路に不安があると言うのなら、祭祀場に潜む世界の蛇、王の探索者フラムトを訪ねてください。きっと貴方を導くでしょう」
コブラ「導きならもう足りてる。行こうぜレディ」
レディ「コブラ、ほんとうにいいの?」
コブラ「俺が話を濁す依頼人とは仕事しない主義なのは、キミも知ってるだろ?相手が神でも関係ないさ」
「いらんと言うのなら、器は俺がもらおう」
コブラ「なに?」
突如として王女の間の隅、その暗がりから男の声が響いたかと思うと、器が声の主の元へ、まるで吸い込まれようにして消失した。
声の主は影から身を曝け出すが、黒い外套を身に纏ったその姿は影よりもむしろ暗く、見えるのは口元のみ。
口周りの肌色は人のものと変わらず、唇の色もコブラのそれと変わらないが、動く口元に表情を読み取ることはできない。
バダーン!!
コブラ「!」
両開きの扉を蹴破り、オーンスタインが槍を構えて押し入ってきた。
十字槍には雷が蓄えられ、槍先は今にも放雷せんばかりに輝いている。
オーンスタイン「貴様何をするか!我らが王の創りし器と知っての狼藉ならば、その首切り落とす!」
コブラ「な、なんだなんだ?」
レディ「仲間割れ?…でも、何か様子が変よ…」
黒い外套の男「どこに隠したかと思っていたが、まさかグウィン王の秘術によって実体を失っていたとはな。どおりで王族にしか器が見えんわけだ」
オーンスタイン「…やはり、貴様は我らが主神の誓いを破ってでも、斬り殺しておくべきだったか」
オーンスタイン「覚悟!」ブオォン!!
竜狩りの十字槍が、黒い外套の男の首筋向け振り回された時、またも声が響いた。
ただし、声の主は王の器の簒奪者ではない。
その声は若々しく、妙齢の美女の物のようでもあり、少年の物のようでもあった。
「やめよ、オーンスタイン」
オーンスタイン「!」ビタッ
黒い外套の男が被るフードに斬り込みを入れ、十字槍は止まった。
しかし、外套の男は汗ひとつかかず、むしろ口元に笑みを作った。
ズオオォォォ…
コブラ「今度はなんだ!?」
レディ「光が…太陽が沈むわ!」
王女の間を照らしていた太陽はみるみる陰り、後光を受けていたグウィネヴィアは姿を消す。
温もりを失った部屋の中は冷え、窓からの光は月光へと変わった。
月光は王女の間を霊廟の如く冷たく照らし、闇に囲まれた一室は、青白く浮かび上がる。
その暗く青白い一室の中心に、白き光を纏う者が現れた。
「其の者は、陰の太陽にこそ用向きがあろう」
白い光を纏う者は、金の細工が施された純白のドレスに身を整え、目元まで隠す黄金色の棘冠を被っていた。
右手には金の長杖を、左手には金の短弓をそれぞれ持つその者のスカートからは、爪先の代わりに幾匹もの蛇が顔を出している。
黒い外套の男「フン、不具の暗月のお出ましか」
レディ「な、何が起きているの…!?」
コブラ「おいおいおい!ここらでティータイムにしないか!」
オーンスタイン「横槍はならん。黙っていろ」
オーンスタイン「グウィンドリン様、僭越ながら申し上げますが、この者はやはり謀反者。貴方様が手を下す必要もございません」
グウィンドリン「無礼者。王の器の簒奪を裁くならば、この者の処遇は我ら王族が定める」
グウィンドリン「すでに我の眼を通し、コブラを見たのだろう。我らが王の封印を前にした苦心は汲むが、これ以上の介入は許されぬ」
オーンスタイン「………」
グウィンドリンに諌められ、竜狩りは槍を引いた。
不具の暗月と呼ばれた者は、黒い外套の男に長杖を向ける。
グウィンドリン「貴官においては、少なからず信頼を置いていたが……残念だ」
黒い外套の男「………」
グウィンドリン「せめて貴官を裁く前に、貴官の言い分を聞こう」
グウィンドリン「何故、我を裏切った」
黒い外套の男「………」
黒い外套の男「……ククッ…クックックックッ…」
グウィンドリン「………」
黒い外套の男「最後まで気付かんとは、どうやら王の教育は失敗だったようだな」
黒い外套の男「俺は裏切ってなどいない。初めから貴様らを利用していたのだ!」
黒い外套の男が勝ち誇るように語り終えると、グウィンドリンの長杖は蒼い爆発を放った。
ドワアァァーーッ!!!
蒼光の爆発は黒い外套の男を包み込み、爆風はコブラとレディを部屋の隅まで追いやり、オーンスタインを怯ませた。
黒い外套は焼き飛ばされ、破壊された繊維は部屋中を舞い、部屋を強烈に照らした輝きの残滓は光の糸を引いて辺りを漂う。
ベチャッ
コブラ「うっ!」
吹き飛んだ男の皮膚片が一つ、コブラの足元に転がった。
ソウルの大塊を受け、王の器の簒奪者は弾け飛んだのだ。
レディ「バラバラね…」
コブラ「らしいな。神の怒りってのはどこでもエゲツないぜ…」
グウィンドリン「………」
破壊の嵐に包まれた地点に残ったものは、人の肉片と擦り切れた外套が混ざった盛り上がりのみだった。
ジークマイヤー「えいやぁーっ!!!」
コブラ「っ!?」
怒声を張り上げて部屋に突っ込んできたのは、ジークマイヤー。
その後ろで杖を構えるのはビアトリスであり、更にその後ろには大鎚を構えし巨人、スモウの姿。
スモウは音と輝き、更に景色の移りを見て、たまらず駆けつけたのだ。
コブラ「お、脅かすない!心臓に悪いぜ…」
ジークマイヤー「ん?コブラ?…こ、これはなにごと…!?」
オーンスタイン「何をしているスモウ!試練に敗れし者をここに入れるなど…!」
ビアトリス「……レディ、説明してくれないか。ここで何が起きたんだ?」
レディ「わ、私にも何がなんだか分からないわ…」
レディはビアトリスに説明を求められたが、答えようも無かった。
コブラが神からの使命に難色を示したことは分かるが、そこから先の物事に理解が追いつかない。
黒い外套の男の出現と、その男と竜狩りオーンスタインの確執。不具の暗月と呼ばれる神の降臨と、その神、グウィンドリンが行った処刑。
それらを順序立てて説明するには、十数秒程の時間が必要だった。
しかし急かされるレディは、止むを得ずと語った。
レディ「いいわ、落ち着いて聞いて…」
ビュン!!
レディ「!?」
ビアトリス「えっ?」
しかし、レディの言葉は風切り音に遮られ…
ジークマイヤー「?…今のはなん…」
オーンスタイン「グウィンドリン様!?」
ジークマイヤーの疑問の声も、腹を斬り裂かれたグウィンドリンを抱き支えた、オーンスタインの叫びに掻き消された。
ザッ…
煌めく一閃によってグウィンドリンを斬った者は、肉片と外套の山から立ち上がり…
コブラ「!!」
皮膚無き口で、声を発した。
クリスタル・ボーイ「久しぶりだな、コブラ」
不死達は一様に絶句し、黒い外套の男と長く時を過ごしたであろう神々すら、己の眼を疑った。
人の世にも不死の世にも、神の世にさえも、伝承の怪物という語り尽くせぬ者、触れ得ざる者の存在がある。
人の国アストラを襲ったと言われる、邪悪な眼を持つ怪物。
並行世界を渡り歩いたと伝えられる、白い殻に蟹挟みを覗かせ、光弾を放つ精霊。
小人が見出した、決して暴かれてはならぬ力。
いずれの世においても、それらの真実を知る者は限られ、彼ら知る者の言葉も沈黙と雑言に阻まれ、易々とは広まらない。
故に伝承とは忘れられやすく、曲げられやすく、明確な形をしばしば失う。
故に伝承とは心無い者に広められ、限りも無く弄ばれる。
クリスタルボーイ「まったく、お前はつくづく人を楽しませる奴だよ。まさか宇宙が始まる前の世界にまで出張ってくるとはな」
肉と外套の山から姿を現した者は、その限り無く姿を変えるあらゆる伝承にさえも、全く記録されぬ異物だった。
磨かれた結晶の如き人体に、黄金色の人骨と思しき物を内包するその者の頭は、人頭を模した黄金色に輝く“かぶりもの”であり、感情を伺うことができない。
グウィンドリンを斬りつけた右腕には、その骨格と頭部と同じ輝きを放つ鉤爪がはめられている。
コブラ「そんなバカな……お前は確かに死んだはず…!」
クリスタルボーイ「死ぬのは慣れてる。お前のお陰だよ」
コブラ「クリスタルボーイ!!」シュサッ
ドオオォーーッ!!!
左手に特大剣を握りこみ、コブラはクリスタルボーイへ向けサイコガンを放った。
ガギィーーッ!!
コブラ「!!」
だが、亜音速で飛翔した100キロ超の鉄塊は、クリスタルボーイの胸部に弾き返されて反り返り…
ガシィーン!
コブラの手元へと戻り、サイコガンに収まった。
クリスタル「前の手よりもグレードアップしたな」
コブラ「………」
クリスタルボーイ「だが、こっちも相応に対策はとってある。爪が甘いぞ」
ガゴオォン!! バババババ!!
自己陶酔的に語るクリスタルボーイの背中に、雷纏う十字槍が突き立てられた。
オーンスタインの槍を覆う雷は倒すべき敵を包み、熱と衝撃を迸らせる。
クリスタルボーイ「言っただろう。対策はとってあると」
オーンスタイン「!」
そんな極限環境においても、その敵は竜狩りに顔を向け、話しかけてみせた。
ガキーッ!!
クリスタルボーイの鉤爪は槍を払いのけ、竜狩りの巨体を軽々と舞わせ、壁に叩きつけた。
部屋の隅に座らされたグウィンドリンの手が、力無く長杖に触れる。
ババッ!
すぐさま体勢を立て直したオーンスタインは、しかし動けなかった。
討つべき敵の立ち姿には数多くの死角を見出したが、どれも活かしようが無い。
神の世の始まりから武によって立身してきたからこそ、竜狩りは先の渾身の一撃すらも無意味だったことを看破してしまっていた。
コブラ「アップグレード、か。その割にはお前の対策とやらも手垢が付いてるぜ」ザッ…
だが、無敵とも思える敵へと、無造作にコブラは特大剣を構えた。
レディ「!? そんな剣、今のクリスタルボーイには通じないわ!」
シュサッ
グウィンドリン「!」
視線さえも分からぬクリスタルボーイの意識が一瞬コブラに向けられたことを、オーンスタインは敏感に察知。
竜狩りは再びグウィンドリンを抱えると…
グシッ
出口近くで立ち尽くす不死の一人に押し付けた。
ジークマイヤー「!? 」
ビュウン!
敵対していた者から敵対者の君主を受け取り、困惑するジークマイヤーの元へ、黄金の鉤爪が伸びるが…
オーンスタイン「ハッ!!」ガイィン!!
その鉤爪は竜狩りの振り上げた槍に弾かれ、クリスタルボーイの手元に戻った。
数瞬のうちに起きた多くの事に、未だついていけていないジークマイヤーは、交互にビアトリスとオーンスタインを見る。
しかしビアトリスも同様に、事態の急変に対応できていない。例え行けと言われたとしても、何処へ行くべきかも分からないのだ。
オーンスタイン「此処より逃れよ!!スモウが貴公らを守る!!そのお方を死なせてはならん!!」
だがジークマイヤーの眼に、クリスタルボーイの前に立ちはだかって十字槍を中段に構える戦神の後ろ姿が映った時、ジークマイヤーはあるべき騎士道を神の背中に見出し、心身の麻痺から覚醒した。
ジークマイヤー「お、お任せを!行くぞビアトリス!」ダッ
ビアトリス「ぁ、ああ!」ダッ
重傷を負ったグウィンドリンを抱えたジークマイヤーは、部屋の外にいるスモウへ負傷者を預けるべく駆けたが…
ダァン!!
ジークマイヤー「うっ!?」
スモウ「!?」
両開きの扉はそれを許さなかった。
閉鎖された出入り口は一山の岩の如く硬くなり、紙細工のように人鎧を丸める事ができるスモウの膂力を以ってしても、隙間さえ空かなくなった。
クリスタルボーイ「手垢が付いてると言ったな、コブラ」
クリスタルボーイ「ならば貴様に教えてやろう。手垢にまみれた奥の手の、本当の恐ろしさというやつをな!」
>>526訂正。
×クリスタル「前の手よりもグレードアップしたな」
◯クリスタルボーイ「前の手よりもグレードアップしたな」
スマホにアプデが入って、以前よりもキー入力がバグりやすくなりました。まだまだ誤字脱字が続くかも。
カッ!!
コブラ「うっ!」
オーンスタイン「!」
クリスタルボーイの金に覆われた瞳が白光を発した。
白光は部屋全体を眩く照らしながら、光源をクリスタルボーイの全身に広げていく。
ズオオオォ…
その光の氾濫に、絵の具を溶かし込むように灰色が流れ始めたかと思うと、みるみる内に光は灰色に染まり、灰色は暗い紫へと移り変わった。
そうして成った禍々しい輝きはクリスタルボーイの全身を包み、不死達に、神々に、レディに、コブラに、真に邪悪なる者の姿を見せる。
だが、邪悪なる者は神々の世において魔ではなく、人の世において怪異ではない。
語られる理は、語られぬ其の者を知らず。
しかしコブラは知る。
大いなる神々をも呑み込む、一対の暗黒の翼を。
命無き宇宙を漂う、血と破壊の支配者を。
クリスタルボーイ「見ろ!! コレが神々を喰らい、貴様らを殺す者…」
クリスタルボーイ「暗黒神アーリマンの姿だーッ!!」
ドゴオオォーーッ!!!
ジークマイヤー「オッ、オオオーッ!!」
ビアトリス「うわあああっ!!」
レディ「くっ…!」
クリスタルボーイが高らかに暗黒の支配者の名を叫ぶと、クリスタルボーイを中心として黒い嵐が吹き荒れた。
黒い嵐は暗紫の輝きを掻き消して部屋中を掻き回し、壁の装飾や石床などを尽く腐らせて塵へと変える。
不死達とレディは、発生した暴風に飛ばされないよう身を屈めて耐えた。
そんな中、嵐に耐えるコブラとオーンスタインは見た。
邪悪なる者はクリスタルボーイが纏った暗紫の輝きではない。
黒い嵐に映る、嵐よりもなお暗い影だったのだ。
オーンスタイン「暗黒神……アーリマンだと…」
嵐に映るクリスタルボーイの影は、天井にまで聳える冒涜的なまでに邪悪な二枚の竜翼を背中に備え、生きる者全てを突き殺さんと欲するような一対の角を頭に生やしていた。
影の顔部分には、クリスタルボーイの物と同じく表情は無い。だが暗黒の支配者は確かに笑っていた。
これから消え逝く命たちが己の血肉となるという、素晴らしき未来を見ているのだ。
ガッ!
コブラ「! オーンスタイン…!」
竜狩りオーンスタインは片膝をつき、槍の柄と左手で身体を支える体勢をとった。
絶望に屈したのではない。闇に蝕まれ、力を失いつつあるのだ。
ドサドサッ
レディ「!! ダメよ!耐えるのよ!」
コブラの背後で、何者かが二人倒れた。
レディの声と不死達のうめき声を聞く限り、倒れたのはジークマイヤーとビアトリスだ。
グウィンドリン「…オーンスタイン…貴公だけでも…」
グウィンドリン「のが……れ……」
意識を失ったジークマイヤーの腕の中で、グウィンドリンの声が嵐に消え入る。
竜狩りは槍を支えに重々しくも立ち上がり、槍先を嵐の発生源であるクリスタルボーイへと向けたが、槍を握る右腕からは力が消え…
ドシャアアッ
槍を構えたオーンスタインからもまた、活力が消えた。
コブラ「くっ……うおおーッ!!」シャッ
ガオオオーーン!!
せめて嵐を撃ち消そうと、コブラはあらん限りのサイコエネルギーを放った。
だがサイコガンは銃口に小石を詰められた水鉄砲のように、か細いエネルギーを四方に拡散させただけだった。
貪欲なる闇の嵐が、あらゆる力を欲するのである。サイコエネルギーさえも例外では無い。
ドウッ
背後にいる何者かが石床に伏せった時…
コブラ(…レディ…)
コブラは失われゆく意識の最期、石床の冷たさを頬に感じながら、背後で伏した者を想った。
暗闇に落とされ、音も無く、触るものも無い。
呼吸はできないが苦しさは無く、四肢は動かないが寒さも暑さも無い。
コブラ「………」
コブラは無を漂っていた。
進む事も戻る事も、止まる事も無い処。
それも、前に彼が経験した無とも異なる。
肺はホルンとならず、心臓はドラムを打ち鳴らさず、血潮は踊らない。
エイトビートは沈黙している。ロックは聞こえないのだ。
コブラ「………」
コブラ「……?」
その終わりさえ無い無の世界に、コブラは一つの小さな輝きを見出した。
視力さえ与えられない世界においては矛盾する現象だが、彼は確かに見ているのである。
青白い輝きは徐々に大きさを増し、輝きが増すごとにコブラの五識は一つ、また一つと回復していく。
回復した五識は思考に作用し、輝きがコブラの眼前に止まる頃には、遂にコブラは温度感覚を除いた心身の機能を完全に取り戻していた。
コブラ「キミは……」
無重力の世界で、巨大な青白い輝きは宇宙を内包し、少女の空気を纏っている。
その空気に右手を伸ばし、コブラが光に触れようとした瞬間…
コブラ「!!」
空気は一変し、輝きは消え、コブラの前には少女ではなく、緑の眼を持つ白き柘榴が現れた。
柘榴は触手を伸ばし、差し出されていたコブラの右手を絡め取ると、無を飛翔し始める。
その無の世界も、コブラが冷たさ無き風を感じる毎に薄れていく。
そして突如、世界は閃光と共に無を失い、真白い光に満たされたのだった。
白い光の世界を突き進む柘榴に牽引されながら、コブラは思考の中で状況を整理する。
アーリマンの闇に取り込まれ、無に放り込まれてどれほどの時が経ったのかは分からない。
四肢の感覚はあり、思考も鮮明だ。
だが踏むべき足場も、見渡す地表も、見上げる空や太陽も無い。
柘榴の触手については、触れているという感覚はあるが、温度を全く感じない。
さらに不可解なのは、柘榴の形状である。
柘榴の体は竜のようであり、天使のようでもあるが、しかし翼も、二股の尾も奇妙な青白い触手で構成されている。
コブラ(不思議だ……こいつはどう見ても、正体の分からない怪物だ)
コブラ(なのに俺は、光に包まれていたとはいえ、コイツを年端も無い女の子だと思い込んだ)
コブラ(何故だ?…何が俺にそうさせたんだ?)
疑問に答える者とも出会うことなく、コブラは光の中を飛び続けた。
時間の感覚は確かにあるが、その感覚はコブラに時が進んでいないと告げている。
しかし、確かに何かへと近づいているという感覚もまた、コブラの中では強まっていた。
そして…
コブラ「!」
柘榴がコブラの手を離し、緩やかに上昇を始めた時…
コブラは、白光の中に更なる光を見た。
光はコブラの顔を、輝く両手でそっと包むと…
ビュゴオオオオオオオォォォ!!!
ジークマイヤー「む……なん…なんの音だ?」ガチャッ…
洞穴の中を強い風が吹いているような音に、ジークマイヤーは眼を覚まし、身体を起こそうと両肘を石床に着く。
すると一文字に設けられた兜の視界の端に、ビアトリスの掌が見え、ジークマイヤーは顔を上げた。
ビアトリスは石床に手をつき、へたり込んではいるが、意識は明瞭なようだった。
ジークマイヤー「人が悪いではないか。起こしてくれても……」
と、そこまで言いかけたところで、ジークマイヤーは異変に気付いた。
白い光に照らされたビアトリスが、何かを凝視している。
いや、そもそも光がある事自体がおかしいのだ。
ジークマイヤーは、自身が闇の嵐に飲まれたことを思い出すと同時に、ビアトリスが見つめる光の光源を目で追った。
ジークマイヤー「なっ!?…こ、これはっ!?」
眩い白光に眼を奪われているのは、ビアトリスとジークマイヤーだけではない。
オーンスタイン「グウィンドリン様、この光は……この男に何が…」
グウィンドリン「分からぬ……だが、これは我ら神々の力では無い。このような力は、何者も持ち得ないだろう…」
グウィンドリン「王のソウルを与えられし者でも、このような輝きは……」
レディ「………」
意識を取り戻し、両手に槍持つオーンスタインも。
傷を癒され、ジークマイヤーの手から離れてオーンスタインの横に立つグウィンドリンも。
常に一定の冷静さを保ってきたレディも、皆一様に光の前に立ち竦んでいた。
クリスタルボーイ「バカな…貴様は今…」
コブラ「………」
クリスタルボーイ「今、確かに……俺の前で死んだはず…!!」
クリスタルボーイに見上げられているコブラは仁王の如く立ち、風を巻く轟音を辺りに響かせながら、全身に白金色の輝きを纏っていた。
光は爆発のように揺らめき続け、闇の嵐と対決し、嵐を部屋の四隅に押し詰めている。
更にはクリスタルボーイからアーリマンの影を千切らんばかりに遠ざけ、クリスタルボーイに片膝をつかせていた。
瞳なきコブラの両眼からも刺すような白光が漏れており、その双眸にコブラの意思は介在していない。
意識無いままの剥き出しの闘志と、執念を超えた力そのものとさえ思えるような“何か”が、コブラから噴火しているのだ。
ヒュイイイイイィィィ…
光の奔流の中で、コブラがサイコガンを天井へ向け構えると、サイコガンの銃口から、神秘の音と共に宇宙の輝きが立ち昇る。
深淵の闇に星々の光を湛えたその輝きは、サイコガンを包み、まとまり、サイコガンそのものを一振りの大剣へと昇華させ…
キイイィン!
大剣を流れる星々は終に一つとなり、蒼い月光と化した。
コブラは月光の大剣に右手を添えて、光を一瞬、より強く輝かせると、クリスタルボーイへ向け袈裟懸けに振り下ろした。
ヴァオオォォーーン!!!
クリスタルボーイ「オッオオオーーッ!!」
宇宙の輝きは暗い光波となってクリスタルボーイを呑み、結晶の肉体に無数の亀裂と穴を穿ち、その鉤爪を割った。
光に呑まれた二枚の竜翼は、その流れに千々と引き裂かれて砕け散る。角は熱泥に溶けゆく金のように崩れ、霧散した。
闇の嵐も輝きに打ち消され、女王の間を包む暗黒は晴らされたのだった。
一際強烈な閃光に、部屋にいた者はコブラを除いて一様に怯み、不死などは背を丸めていた。
そして輝きが収まり、部屋に再び暖かな太陽の光が射し始めた時、早くに怯みから回復したオーンスタインが部屋を見渡した。
オーンスタイン「下郎め、逃げたか!」
部屋の中央には、幾らかの煌びやかな小片が散らばっている。
しかしそれらはクリスタルボーイの全身を構成するには少なく、かの者の黄金色の骨片も含んでいない。
バギッ!! ダダァーーン!
固く閉ざされていたはずの両開きの扉も、スモウの怪力によって引きちぎられ、倒れた。
グウィンドリン「器は持ち去られたか…あの者の気配も無い…」
オーンスタイン「しては、奴はすでにアノール・ロンドの外に?」
グウィンドリン「左様…うっ…」
オーンスタイン「グウィンドリン様!?」
グウィンドリン「いや…大事ない…先の光に傷は癒されている。力を吸われ、ややふらついているのだ」
レディ「コブラッ!」
グウィンドリン「!」
コブラは不死達に囲まれ、レディに抱き上げられているが、呼ぶ声には反応を示さない。
意識を失っているのだ。
ビアトリス「コブラ…今度はどんな無茶を…」
ジークマイヤー「し…死んではおらんのだろう?」
レディ「ええ、生きてはいるわ。でも…今彼に何が起きているのかは…」
グウィンドリン「………」
その昏倒しているコブラを見つめ、グウィンドリンは逡巡し、だが決心した。
護るべきものを奪われ敵を逃したとあれば、今この場で優先されるべき選択はひとつ。
敵を唯一退けた者を護ること。それはいかなる痛みと引き換えにしても余りある行いだった。
黒い外套の男の正体は知らず、しかしその灯火に纏わりつく影が如き執拗さと周到さを知るグウィンドリンは、予見したのだ。
負けるはずのない戦いにおいても、敗北を喫した場合の含み針は決して軽んじはしない。あれはそういう者なのだと。
グウィンドリン「四騎士の長とその従者、処刑者に命ずる」
オーンスタイン「!」
スモウ「!」
グウィンドリン「使命に挑みし者達と我が命を追手より護り、この死地を切り抜けよ」
ジークマイヤー「試練に挑みし…えっ?」
ビアトリス「かっ…神たる皆様方が、我々を護ってくださるのですか!?」
グウィンドリン「そうなるだろう。だが多くを望むな。これは決して我らからの恵みではないということを心せよ」
レディ「………」
グウィンドリン「これよりアノール・ロンドを放棄し、暗月の火防の元へ逐電する。その火の元にコブラを休め、暗黒神へと抗する術を探るのだ」
グウィンドリン「我が月と我が太陽に、そして我らに炎の導きがあらんことを」
グウィンドリンの号令の下、二体の黄金騎士は行動を開始した。
オーンスタインはグウィンドリンを抱え、スモウは右脇に2人の不死を、左脇に2人の異邦人を抱えて…
ズドドォーーン!!!
ビアトリス「うっ」
ジークマイヤー「うぷ!」
それぞれ二階から一階へと飛び降りた。
レディ「その兜の中で吐いたら地獄よ?」
ジークマイヤー「分かってる…うっぷ」
オーンスタインは主君を背負い直し、右手に槍を持つ。スモウは両脇に抱えた者共を離して、両手に大鎚を持った。
意識の無いコブラはレディに抱えられている。そのレディを皆で守るのだ。
オーンスタイン「スモウ、お前が先頭を行き、道を開け」
ドズン!
オーンスタインの声を聞いたスモウは返事もせずに一団の先頭に立ち、歩を進め始めた。
そのスモウ背中から少し離れた地点に、オーンスタインは槍を構え、彼の背にいるグウィンドリンは杖に魔力を輝かせる。
オーンスタインの背後にはレディが歩き、彼女の周囲を二人の不死が警戒した。
一団はつい先程死闘を演じた大広間を行き、広間の出口まで歩いたが、スモウは突如として脚を止めた。
ローガンの倒れた大広間の中央に立ち、一団に声を投げかけた者がいたからである。
母の仮面「何かと思えば……スモウ、貴様のような愚鈍が先頭では、危機の察知に遅れが出るじゃないか」
レディ「この声…!」
ジークマイヤー「仮面の騎士…やはり戻ってきたか…」
ビアトリス「先生…」
聞き覚えのある声にコブラの仲間達は戦慄したが、オーンスタインは臆せず声を発する。
オーンスタイン「貴様らの主人はすでに逃げたぞ、雇われ。もはや褒美も得られぬ戦いに、褒美のみを求める貴様らが何をこだわる」
母の仮面「ふふふ……褒美など、手渡しで有らずとも得られるではないか。私が仕えている法官が誰で何処にいようが、そんなもの私の知ったことでは無い」
母の仮面「私が主従に想うのは誓約の内容だけだ」
オーンスタイン「!」
母の仮面「倒した者の遺骸を漁り、好きなだけ武具を剥ぎ取れる誓約……まったく素晴らしい。かつて無いほど素晴らしい話ではないか」
オーンスタイン「世迷いごとを言うな。そのような外法な約定を成す神など、アノール・ロンドが建てられて後、今日に至るまで一柱たりとも生じてはおらんわ」
グウィンドリン「………」
仮面の騎士の言葉を否定しつつも、神々は皆確信していた。
だが、法官の正体を知らぬ敵対者を前にして、暗黒神アーリマンなどという名を口に出すわけにはいかなかった。
恐らくは不死人の騎士であろう者に闇の神の存在など、お伽話の一片でさえ匂わせてはならないのだ。
母の仮面「そうか…まぁいい。神だろうが悪魔だろうが、誓約が良ければ仕える者の本性なんぞどうでもいい」
母の仮面「私の目的はコブラから全てを奪うこと…珍妙な赤い服も、小洒落たベルトも、手の中に収めた触媒も全て私の物だ」
オーンスタイン「………」
母の仮面「しかし、流石は四騎士の長。敵対者が一人では無いことを見抜くとは」
ササッ…
仮面の悪霊の声に笑みが含まれると、両の足先を青く光らせた者達が、大広間に舞い降りた。
苔むした石の大剣を握り、盗賊装衣に身を包んだ者。
左手にガーゴイルの斧槍を持ち、右手に短刀を持つ重装騎士。
黒い重鎧から生足と細腕を覗かせ、両手にレッサーデーモンの槍を握る者。
身の丈ほどもある大弓を担ぎ、右手に杖を持つ革鎧の軽装騎士。
いずれの者も、密やかながら異様な陽気を放っており、彼らの眼には少年の如き純粋な黒い輝きが灯っている。
恐れるものなど何も無く、広い世界に快楽を求めるその八つの瞳の焦点は、定かではない。
グウィンドリン「我を降ろせ、竜狩り。スモウのみでは手に余る」
オーンスタイン「!…しかしそれでは…」
グウィンドリン「案ずるな。ソウルを吸われたとて、我には暗月の光がある。貴公は力を振るわれよ」
オーンスタイン「………」
命を受けたオーンスタインは音もなくグウィンドリンを降ろすと、スモウの背後から抜け出て…
ジャキィン!
十字槍を中段に、敵対者たちへ向け構えた。
母の仮面「残念だよ。私の友を見抜いたというのに……なんだその諦めの悪い構えは。まるで負ける事など眼中にないようじゃないか」
オーンスタイン「たかが不死などに遅れは取らん」
母の仮面「分かってないな。取ったからこそ私達はここにいるんだ」
オーンスタイン「なに?」
シュゴォーーッ!!
革鎧の軽装騎士の杖から迸り出たソウルの槍は…
シュバァン!!
オーンスタインの槍に斬り弾かれ、二つに別れて空中に消えた。
ジークマイヤー「今の音……」
ビアトリス「ソウルの槍!先生が戻ってきたんだ!」
レディ(でも、彼だとしても一体何に向かって魔法を撃ったの…?)
グウィンドリン「違うな、あれは貴公らの同胞ではない」
ビアトリス「!?」
グウィンドリン「既に我らを知る者に、姿を隠す事も無かろうな」
グウィンドリン「退けよスモウ。皆で戦うべき敵のようだ」
主君に促されたスモウは一歩身を引き、グウィンドリンと不死達、二人の異邦人を敵対者たちの眼に晒す。
ビアトリス「そんな…まさか、さっきのソウルの槍は…」
ジークマイヤー「仮面の悪霊!?やはりまたしても……」
レディ「あれが仮面の騎士……」
母の仮面「なんと…嬉しいぞ…なんて淫麗な全身鎧だ…!」
母の仮面「やはりあの法官の誓約を受けて正解だった……私はこの出会いに感謝する!」
カッ!
ジークマイヤー「むっ!」
キリキリキリ…
軽装騎士は杖を懐にしまうと、大弓を石床に突き立てて矢をつがい、引き絞る。
不死達は身構え、神々の眼は敵対者たちの気配が一層膨張する瞬間を見た。
バヒュ!!
大矢が放たれると同時に…
ババッ!
仮面の騎士とその仲間たちは駆け出した。
飛翔した矢はやはり十字槍に弾かれたが、矢の主はまるで臆さず、仮面の騎士を先頭に疾走を続ける。
その疾走に向け、ビアトリスとグウィンドリンの杖が光った。
グウィンドリン「五月雨矢だ、魔女よ」サッ
ビアトリス「っ!」サッ
ドヒュヒュヒュゥーッ!!
敵対者たちに対してグウィンドリンが放ったソウルの矢は、ビアトリスの知る魔法の常を大きく外れていた。
花のように開いた蒼色の光は、打ち水の如く空中で弾けて数十もの光弾となり、光の尾を引きながら敵対者に殺到する。
その神の力に一瞬ひるんだビアトリスだったが、すぐさまグウィンドリンの意図を汲み、自らは狙いを澄ましたソウルの太矢を、輝く雨に忍ばせた。
ビュオオオッ!!
風を切って舞い込むソウルの矢を、敵対者たちは人並み外れた身のこなしによりかわす。
ある者は鞠の如く転がり、ある者は己を透過させるが如き最小の挙動で脅威から逃れていた。
だが、そのような者達にも回避のしようがない脅威はある。
重装騎士「!」バスン!
盗賊「ぬっ」バシィン!
動作の終わり際を狙われては、いかに身軽といえど回避のしようもない。
無秩序に殺到する輝きの雨に凶弾が紛れているとあっては、回避どころか見極めすらも困難だった。
だが敵対者達の疾走は止まらない。死すらも彼らの情熱を止めることができないのだ。
オーンスタイン「構えい!」
竜狩りの号と共にスモウは大鎚を構え、ジークマイヤーは盾を背に掛け、特大剣を両手に握る。
しかしレディはフランベルジュは抜くことができない。彼女の胸の内にあるコブラはまだ、深い眠りに落ちている。
そして仮面の騎士の脚が、竜狩りの制空圏へと触れる瞬間…
盗賊「………」ザザッ
盗賊は脚に力を入れて急停止。
両手に持った石の大剣を掲げた。
ヴォン…!
ジークマイヤー「むっ!?」
レディ「えっ!?」
ビアトリス「!」
苔むした石の大剣から発せられた黄緑色の空気の波は、神の身にあらぬ者達の両脚にしがみつき、見えぬ重りを吊るす。
闘いをやめるように懇願し、祈るようなその力はしかし、二人の不死と一人の異邦人から闘いを回避するためにある脚の自由を奪った。
ガキィーーッ!!
オーンスタインの繰り突きを仮面の騎士は結晶に覆われた盾で防いだ。
盾の結晶は槍を覆う雷のほとんどを宙へと散らし、ごく低い電圧を仮面の騎士の鎧に漏らすだけだった。
竜狩りと鍔迫る仮面の騎士の鎧には、コブラに刻まれた損壊が無い。
割られた仮面も元に戻っており、それらの防御効果は揺るぎない。
オーンスタイン「結晶とはな……如何にして王の封印も解かずに白竜公の書庫に忍び入った」
母の仮面「あの封印なら何度も解いた。貴様に言っても分からんだろうがな」
ガキィッ!!
オーンスタイン「!」
ジークマイヤー「ぬおおお!!」
ガァン!キィン!
竜狩りと仮面の騎士が短い問答を交わしている間に、仮面の騎士の同業者達は二人の不死と二柱の神々に斬りかかっていた。
ビアトリスとグウィンドリンの展開する弾幕にジークマイヤーとスモウは守られているが、仮面騎士の同業達は野犬の如く二柱と二人に纏わりつき、矛や刃を執拗に振るっている。
その矛も刃も、ジークマイヤーとスモウに切り払われていたが、特大剣と大鎚での剣勢には剣速に限りがある。
ダッ!
オーンスタインは同胞と主君に助太刀すべく踵を返し…
ガヅッ!!
背中にクレイモアの突きを貰った。
クレイモアは剣身に混沌を秘めており、混沌の炎はオーンスタインの背面鎧を赤熱させた。
母の仮面「なに余所見している。まだ私は死んでいないぞ」
オーンスタイン「貴様…」
ジークマイヤー「ええい鬱陶しい!!」ブーン!!
デーモン槍の騎士「クスクスクス…」ササッ
ビアトリス「無闇に振ってもダメだ!こちらは脚を抑えられている!剣筋を読まれて隙を突かれるぞ!」
ジークマイヤー「しかし我慢ならん!堂々と闘わず一太刀振っては逃げ回るの繰り返しなど、騎士の闘いではない!」
軽装騎士「騎士の闘いときたぜ」シュタタタ…
盗賊「くだらんなぁ。勝てばよかろうに」シュタタタ…
グウィンドリン「………」
敵対者達の煮え切らぬ戦運びに不死達が苛立ち始める中、グウィンドリンはソウルの雨を放ちつつ、密かに熟考していた。
一見単調な敵対者達の動きにも理由があるのだ。
苛立ちなどは戦において必ず沸き起こる感情であり、苛立ちが過分な敵意へと変わるのも必然である。
過分な敵意は過分な攻撃性へと繋がり、過分な攻撃性は無謀の起点となる。敵対者達は一人孤立する者が生じる時をひたすら待っているのだ。
グウィンドリン「賢しいな。あくまで誘うというならば見せてやろう」
ビアトリス「えっ?」
シュオオオオォォ…
ビアトリス「え…うそ…」
杖を高く掲げ、蒼い嵐を杖先に巻き起こし始めたグウィンドリンを見て、ビアトリスは驚愕した。
神の大魔法に驚いたというのもあるが、それ以上に驚くべき事態に、彼女は唖然としたのだ。
ジークマイヤーのように戦に様式を求める訳ではないビアトリスは、思慮を重んじ、戦況というものを読むよう努めている。
故に彼女は敵の動きに挑発の意思が含まれれば察知し、決して乗るまいと努めるのだ。
その最大限かつ微々たる努力による戦略構成を、事もあろうに神が御破算にしたのである。
ブオオオォーーッ!!
杖を中心に渦巻くソウルは解放され、ソウルの雲となって大広間の天井を埋め、敵対者達に降りかかった。
文字通り雨の如く降るソウルの矢を避け切る事は不可能であり、敵対者達は皆、一・二発の被弾を許した。
だが、このソウルの雨は決定的な威力に欠けていた。手や足を撃ち、血を流させる事は出来ても、脳や心臓、心を打ち砕くには足りないのだった。
ジークマイヤー「ふおお…なんと…」
ビアトリス「っ…!」シュイィーッ!
吹き荒れるソウルの雨に敵対者たちの動きが鈍り、ジークマイヤーの注意が散漫になる中、ビアトリスは突如変わった自陣の戦法に対応すべく、ソウルの太矢による狙撃を再度行う。
狙撃はやはり一定の効果があり、敵対者たちは竜狩りと一騎打ちに興じている仮面の騎士を除いて、次々と撃ち抜かれた。
だが敵対者たちはビアトリス同様に不死立っている。エストが彼らの傷を癒す限り、必殺足り得ない加撃をするだけビアトリスの魔法が損耗されるのみ。
ダン!
ビアトリス「やはり…!」
それを知ってか、ソウルの雨から逃げ回りつつ隙を伺うなどというまどろっこしさを捨て、一直線にコブラへ向かって走り出した者がいた。
斧槍を持った重鎧の騎士。彼の眼はフルフェイスの兜に隠され、情熱に燃えていた。
グウィンドリンが広げた雲は徐々に薄くなり、ソウルの雫も数を減らしていく。
シュバン!!
そのフルフェイスの兜をソウルの太矢が撃ち抜く。
兜には踵程の大きさの穴が空き、穴の闇からは脳漿が吹いた。
ガッ!
ビアトリス「なにっ!?」
しかし重装の騎士は倒れず、駆ける脚には淀みすら無い。
ボグシャアアーーッ!!!
スモウの大鎚を上半身に貰い、おびただしい量の血を鎧の隙間から噴き出しても…
ガッ!
ビアトリス「ば、馬鹿な!」
ギャリギャリギャリィ!!
重装騎士は力強く踏み止まり、大鎚側面に身体を擦り付けるようにしてスモウの得物から脱出し、再度コブラの元へ走り始めた。
重装騎士の胆力に敵対者たちは歓喜して、動きを一つに一斉に地を蹴った。
狙いは面倒な砲台。弾幕を展開するだけの能力を持つグウィンドリンである。
ブオオオォーーッ!!
天井の雲から振り続けるソウルの雨に加え、グウィンドリンは右手の杖から新たにソウルの雲を放ち、更なる雨を降らせた。
重装の騎士を除く敵対者たちの脚は再び回避を強制されたが、彼らに焦りはない。
彼らの目的は砲台の無力化にある。左手の盾で矢を受けたならば、右手の剣で敵を突けば良いのだ。
ドガーッ!!
ビアトリス「グッ!」
重装騎士はビアトリスを跳ね飛ばし…
ジークマイヤー「止まれいっ!!」ガコォーン!!
ジークマイヤーの横振り左手で受け…
ジークマイヤー「おおお!?」バギーッ!
左手を振ってジークマイヤーごとツヴァイハンダーを払いのけた。
左手の手甲からは折れた骨が突き出たが、重装騎士の走りは揺るぎない。
レディ「クッ…!」サッ
レディはコブラを片手で支え、余った手でフランベルジュを握った。
しかしフランベルジュは半ばから折れている。とても全身全霊を賭けて振り抜かれるであろう斧槍を受けきれる状態では無い。
だがそれを承知でレディは剣を構えた。その命を捨てることになろうとも、レディはコブラと共に死ねるならばそれも本望に思っていた。
ドスドスドスドスッ!!
重装騎士「!」
レディ「!」
ビアトリス「ああっ!?」
コブラ目掛け振り上げられた斧槍は、振り上げられた頂点で静止した。
月色に輝く4本の矢に正中線を貫かれ、重装の騎士は動きを止めていたのだ。
グウィンドリン「………」
軽装騎士「おお?」
盗賊「その手があったか…」
グウィンドリンのソウルの雨は多くの魔法と同じく、発現してしまえば杖による制御を必要としない。
挑発に掛かる演技でソウルの雨を展開したグウィンドリンは、後は雨を残しつつ一人なり二人なりを誘い寄せ、コブラの元へ招くだけでよかったのだ。
王手を刺さんとする者は舌なめずりをするか、視野を狭めてひたすら剣を振るうだろう。その背中は赤子の背のようにかわいらしいというのに。
重装騎士「!…!…!…」
重装騎士は腸を抜かれ、横隔膜を抜かれ、心臓を抜かれ、中脳を抜かれて尚も倒れず、斧槍を力強く握っている。その手を、レディが指で軽く押すと…
グガシャーッ!
ビアトリス「お…おおおぉ~…」
重装騎士は倒れ、鎧と共に空中に姿を消した。竜狩りと鍔迫り合う仮面の騎士は溜息を吐く。
母の仮面「呆れた…己の戦略に己を掛ける馬鹿がいるか」
オーンスタイン「友に恵まれなかったようだな」
母の仮面「友?やめてくれないか」
ガギッ!ズザザザッ…
竜狩りの腹を蹴り、飛翔した仮面の騎士は転がるように着地。しかし竜狩りは仮面の後を追わない。
深追いの愚を見た後では行く気など起きるはずもなく、そもそもオーンスタインは深追いに用心を加えるを良しとしていた。
仮面の騎士は腹の底で竜狩りの甘さを嘲笑し、結晶の盾を捨てて新たな草紋盾を背負い、クレイモアを両手に持ち直す。
グウィンドリン「闇の子らよ、臆したか。それとも騎士たるを重んじるか」
デーモン槍の騎士「ほほっ…仕返しかい」
盗賊「フン」
軽装騎士「………」
竜狩りの一騎打ちを他所に、グウィンドリンは敵対者たちへ意趣を返す。
かつて神の軍を率いた神国の騎士が、馬の骨如きに引けを取ることはあり得ないという、確固たる信頼がグウィンドリンの心胆を滾らせるのだ。
その堂々たる立ち振る舞いを見て、ビアトリスは一瞬でも彼の神を疑ってしまった己を恥じるとともに、瞳に崇敬の光を灯す。
そしてその崇敬の光を見たのはジークマイヤーも同じだった。彼はグウィンドリンを疑いはしなかったが。
グウィンドリン「貴様らが矛を収めるのならば、我らも槍を退かせ、ここより去ろう」
軽装騎士「去るだと?まだ貴様の僕と仮面の騎士が闘っているだろう」
グウィンドリン「竜狩りは殿を務める。あれも我が騎士だ。我らが去る頃には任を終え、我らの元に帰るだろう。スモウ、鎚を納めよ」
スモウ「………」ズズズ…
軽装騎士「……てめえ」
大弓を背負う騎士は、かつて己が味わった事も無い程の侮辱に、己らが晒されている事を自覚はしていたが、飛び掛かるを望む衝動を抑えた。配下の者に得物を下げさせるのも、歩き去るという意思表示も、全てはハッタリの臭いを漂わせる見え透いた罠である可能性もあるのだ。
母の仮面「だらしのない…やはり信用できんな」
ガキキッ!!
追撃に躊躇する同業者達を横目で見つつ、仮面の騎士は己に向かって振り下ろされた十字槍をかわした。
槍は石床を叩き、細かい石片を散らせる。
ダン!
突如グウィンドリンへ向けて踵を返し、駆け出した仮面の騎士だが、竜狩りの対応に遅れは無かった。
オーンスタインは右手の槍を持ち直しつつ、左手に小さな雷を纏わせると、それを槍状に束ねて放った。
コブラに投げつけた大槍とは違い、その槍は小さく細く、軽い。だが突かれた者はただでは済まない。
バシュン!
オーンスタイン「!」
しかし、仮面の騎士は背後から飛来する槍を一瞥すらせず回避した。
槍は空中を進んで柱に当たって消え、オーンスタインは突進の構えを取る。
ガッ!
仮面の騎士が駆け出した事を好機と捉えた軽装の騎士は、大弓の固定具を石床に突き立てた。
デーモン槍の騎士は緑花草という体力増強効果を持つ野草を口に放り、盗賊服の者は再び大剣に力を込める。
だがグウィンドリンとビアトリスもまた、杖に魔力を光らせていた。
ドヒュン!!
軽装騎士の放った大矢を…
ジークマイヤー「ふん!!」ガキィン!!
カタリナの騎士は特大剣で打ち落とした。
だが特大剣は二の太刀を生みにくく、使い手の隙も潰してはくれない。
デーモン槍の騎士「馬鹿が!」ババッ!
ドカッ!!
ジークマイヤー「ぐはっ!」
デーモン槍による渾身のランスチャージを横っ腹にもらい、ジークマイヤーは大きく体勢を崩した。
だが、その槍が回転してジークマイヤーの腑を裂く前に、ビアトリスの魔法はデーモン槍の騎士に届いていた。
デーモン槍の騎士「グッ!」ドパッ!
ソウルの太矢に吹き飛ばされ、デーモン槍の騎士は槍をそのままにジークマイヤーから離れた。
得物を失った騎士の手には短刀のみが残される。しかしこれで、ビアトリスは数秒ほど無防備になった。
ヴッ!
その隙を活かすべく盗賊は石の大剣を掲げ、刃から平和たるを祈る魔力を放たんと力を込めた。
グオワアアァーーッ!!!
が、その魔力はクリスタルボーイの表皮を焼いた蒼色の爆発に掻き消された。
グウィンドリンが放った圧倒的な破壊力に、粗末な盗賊服が耐えられるはずもなく、盗賊服の男は身体を千々に引き裂かれて塵になってしまった。
貴重な戦力をまたも失った仮面の騎士は、仮面の内でほくそ笑んだ。
ドン!!!
竜狩りの突貫が、仮面の騎士の背中を貫き、帯電した刃先は仮面の騎士の片肺をしぼませる。
仮面からは血が溢れ、槍先を覗かせる右胸から噴き出た血は、グウィンドリンの顔を汚す前に雷に焼かれ、消えた。
仮面の騎士の右手中指には、暗蒼の輝きを放つ指輪がはめられている。だが手甲に隠れたそれを見抜ける者は少数に限られる。
幸いグウィンドリンはその一柱だったが、死にゆく者の手甲の中などには、別段興味があるわけでも無かった。
暗蒼に輝く一つの指輪。
それはかつて、グウィンドリンがよく知る一柱が身につけ、多くの逸話と名誉をアノール・ロンドにもたらした。
指輪には本来、力は無い。指輪の持ち主である神国の騎士の戦いが、強靭高潔なその魂が、いつしか指輪に力を染み込ませていたのだ。
グウィンドリンには見抜けるはずもない。指輪の主人たる狼の騎士はすでに亡く、指輪は永遠に神代から失われているのだから。
ズルッ
ビアトリス「!?」
グウィンドリン「!」
オーンスタイン「なっ…」
竜狩りが驚愕を声に出した時、十字槍に血と臓腑の一部を残して、仮面の騎士は既に跳躍していた。
指輪が与える強靭なる精神力は、仮面の騎士の脳から春の淡雪の如く痛みを消し去っている。
ガッ!!
仮面の騎士のクレイモアがグウィンドリンの杖に打ち込まれた時…
バキャッ!
グウィンドリンの長杖は砕け折れた。
神代の宝具は暗黒の力をその身に受け、既に限界を迎えていたのだ。
杖を砕いたクレイモアは、グウィンドリンの首筋向け刃を滑らせ…
ズカーッ!!
オーンスタイン「!」
スモウの右掌を貫き、グウィンドリンの細首を斬ることなく、その動きを止めた。
グウィンドリン「スモウ!」
スモウ「………」
スモウは、かつて敵の前でただの一度も大鎚を手放さなかったが、今その両の手の指は、大鎚の握りに置かれていない。
巨大な盾ともなり得る大鎚を投げ捨て、咄嗟に動いたからこそ間に合った右掌からは、ソウルの白光が漏れている。
ドカッ!!
クレイモアの持ち主、仮面の騎士の首がオーンスタインの槍先に跳ね飛ばされた直後…
ドスッ!!
ビアトリス「あっ!」
スモウの脚の腱に軽装騎士の大矢が深々と突き刺さった。
後悔しながらもビアトリスは杖に魔力を込めるが、彼女の悔いは彼女の身に余る。
神がまさに殺されんとした瞬間に、その神から眼を離せるほど、ビアトリスは神秘を否定できる人格を持ち合わせていなかった。
ボォン!!
軽装騎士「ぬぅ!」
ソウルの太矢に肩を撃ち抜かれ、よろける軽装騎士。
バシューーッ!!
軽装騎士「がっ!」
その腹を、竜狩りの十字槍は貫いた。
オーンスタイン「散華せよ!」
バヂイィィーーン!!!
激しい電撃に内臓から頭髪までを焼かれ、軽装の騎士は火にくべられた油の如く弾け飛び、沸騰した血肉と共に装備を辺りにばら撒いた。
撒かれた血肉は焼け焦げた臭いを放ちつつも、霞のように空気に溶け込み、装備も形を崩していく。
オーンスタイン「お怪我は!?」
グウィンドリン「大事ない。ただ、錫杖が折られてしまった」
竜狩りに応えたグウィンドリンの視線はしかし、折れた長杖に注がれていた。
純白の長杖の断面はひび割れ、所々に雨錆のような黒い染みを浮かび上がらせている。
デーモン槍の騎士「………」
一人残された敵対者は動けずにいた。
槍を失い、短刀を構えてからわずか数秒で、仮面の騎士を含めた全ての同業者達を失ったという事実に心を折られたのだ。
今や騎士の頭の中を巡るのは、コブラの装備の質ではなく、死地からの数多ある脱出法だった。
ジークマイヤー「ふん!ここに来てまさか降参とはなるまい」グビッ
スモウ「………」ズボッ…
その数多の脱出法も、急速に成功の確率を落としていく。
槍を腹から引き抜いたジークマイヤーの負傷は、その手に持ったエストに癒され、スモウの脚からは大矢が抜かれた。
だが、彼らを率いる暗月の君主は、彼らに攻撃命令を下さなかった。
グウィンドリン「やめよ」
スモウ「………」
ジークマイヤー「?…何故でございますか?」
グウィンドリン「短剣のみでは動けぬ者は、殺してはならぬ。殺せば槍もこの者の手に戻り、再び我らに挑むだろう」
ジークマイヤー「では、この槍は…」
グウィンドリン「貴公の物だ。さて敵対者よ」
デーモン槍の騎士「!」
グウィンドリン「この槍を砕かれたく無くば、我らにどう処するべきかも分かっていような」
デーモン槍の騎士「……俺を脅すのか…神が…」
グウィンドリン「ならば試練と取るがいい。神々を見送るだけの、容易い栄誉に浴せよ」
グウィンドリンの言葉に神なりの慈悲があるなどとは、デーモン槍の騎士はもちろん考えていない。
敵対者に残された選択肢は三つ。
帰還の骨片という不死の小骨片の神秘を使い、武器を失い城内の篝火の元へ戻るか。
対多数などには全く使えぬ短刀を頼みに、三柱の神や二人の不死と斬り結ぶか。
槍を諦めて神々を逃し、その場に留まり同業者達の復活と再集結を待つか。
どれを選ぶにせよ槍は諦めなければならない。神の原盤を注いだ槍を失う事に耐えられない敵対者にとって、二つ目ではないのならどちらでもいい。
そして敵対者は、所持品をより消耗しない方を選んだ。
デーモン槍の騎士「………」
グウィンドリン「賢明だ。オーンスタイン、先導を」
オーンスタイン「御意」
槍を立て、オーンスタインは再び一団を率いて歩を進め始める。
スモウは大鎚を拾い上げ、ジークマイヤーとビアトリスは敵対者に警戒の目を向けつつも、敵対者の前を通り過ぎる。
その敵対者の目線はというと、歩き去り行くレディとコブラに向けられていた。
二人を見ながらも、デーモン槍の騎士は考えていた。
敵を殺さずして無力化するというのなら、何故自分は今、武具を剥がれず所持品も奪われないまま、捨て置かれているのだと。
騎士は見抜いていたのだ。暗月の君主には略奪の時間さえも惜しく、それ程までに戦力の疲弊が著しいことを。
そして、その事実を見抜いていたのは、デーモン槍の騎士だけではなかった。
ゴリゴリゴリ…ガキン!
レディ「?…今の音は…」
オーンスタイン「大扉の仕掛けが動いた!スモウ!」バッ!
スモウ「!」ドドッ!!
大広間の隅に設けられた回転式のレバーが、ひとりでに動くと、開かれたままの大扉が閉じ始める。
スモウは大扉へ駆け、オーンスタインは回転式レバーの元へ跳んだ。
レバーには透明な手が掛けられていたが、その手はオーンスタインの接近を感じとり、透明な特大剣を抜き…
ガゴオォーーッ!!
オーンスタイン「しまった!」
オーンスタインの槍が振られる前に、レバーの可動部を叩き斬り、仕掛けを破壊した。
制御機構を失った大扉は動作を止める事なく、ゆっくりと正面入り口を閉ざし始めたが…
ガキッ!!
ジークマイヤー「おおっ!」
張りつめられたスモウの両手が、その動きを阻害した。
スモウ「………」ミシミシ…
グウィンドリン「何事か」
オーンスタイン「失われた濃霧の指輪でございます!構えよ!不死達よ!」バヒュッ!!」
レバーの防衛に失敗したオーンスタインは、グウィンドリンの元へ跳びのき、槍を構えると共に不死達に警戒態勢をとらせた。
グウィンドリンと、コブラを抱えたレディを守るように、二人の不死とオーンスタインは円周防御の陣を組む。
デーモン槍の騎士(濃霧の指輪だって?……じゃあまさか、こいつは…)
オーンスタイン「姿を全く消した敵が、大扉の仕掛けを打ち壊したのです!ご注意をッ!」
ジークマイヤー「敵!? 敵などどこにいるのです!?」
ビアトリス「だから姿を消していると申されているだろっ!浮遊するソウルで探ります!」ヒュイィッ…
グウィンドリン「濃霧の指輪…白猫アルヴィナの封印せし失敗が何故…」
オーンスタイン「掘り出した者がいるのでしょう。不死達よ、この陣のままスモウの元へ」
姿の見えない新たな敵対者を警戒しつつ、二柱と四人はスモウがこじ開けている扉を目指す。
遅々としたその歩みは、欠如なく警戒意識を維持するためのものだが、歩みは事実、謎の敵対者の動きをある程度は封じた。
下手に歩みを速めれば、重装のジークマイヤーか、素早く動けぬビアトリスか、得物を折られたグウィンドリンか、コブラを抱えるレディか、いずれかの脚は必ず乱れる。
敵対者はその乱れを期待し、オーンスタインはその乱れを抑えた。そして観念したのは敵対者の方だった。
シュイイィーッ!!
ビアトリス「!」
ジークマイヤー「えいやぁぁーーっ!!」ブン!
浮遊するソウルは姿なき敵対者を明確に捉え、その者が立つであろう地点へ向け飛んで行った。だがソウルの光球は全て空を抜け、空中で消えた。
ジークマイヤーは特大剣を上段に構えたが、振るべき相手が見えないのでは、構えはむしろ隙となった。
ギンッ!!
しかし、その隙を活かしたのはオーンスタインだった。
味方の隙は敵の隙になり得る。ジークマイヤーの眼前を通り過ぎた十字槍の横一閃は、確かに金属を削り…
ジークマイヤー「お、おお…」
何者も立たぬ空中からは一筋の赤色が流れ、僅かに石床に滴った。
そして、その事実を見抜いていたのは、デーモン槍の騎士だけではなかった。
ゴリゴリゴリ…ガキン!
レディ「?…今の音は…」
オーンスタイン「大扉の仕掛けが動いた!スモウ!」バッ!
スモウ「!」ドドッ!!
大広間の隅に設けられた回転式のレバーが、ひとりでに動くと、開かれたままの大扉が閉じ始める。
スモウは大扉へ駆け、オーンスタインは回転式レバーの元へ跳んだ。
レバーには透明な手が掛けられていたが、その手はオーンスタインの接近を感じとり、透明な特大剣を抜き…
ガゴオォーーッ!!
オーンスタイン「しまった!」
オーンスタインの槍が振られる前に、レバーの可動部を叩き斬り、仕掛けを破壊した。
制御機構を失った大扉は動作を止める事なく、ゆっくりと正面入り口を閉ざし始めたが…
ガキッ!!
ジークマイヤー「おおっ!」
張りつめられたスモウの両手が、その動きを阻害した。
スモウ「………」ミシミシ…
グウィンドリン「何事か」
オーンスタイン「失われた濃霧の指輪でございます!構えよ!不死達よ!」バヒュッ!!
レバーの防衛に失敗したオーンスタインは、グウィンドリンの元へ跳びのき、槍を構えると共に不死達に警戒態勢をとらせた。
グウィンドリンと、コブラを抱えたレディを守るように、二人の不死とオーンスタインは円周防御の陣を組む。
デーモン槍の騎士(濃霧の指輪だって?……じゃあまさか、こいつは…)
オーンスタイン「姿を全く消した敵が、大扉の仕掛けを打ち壊したのです!ご注意をッ!」
ジークマイヤー「敵!? 敵などどこにいるのです!?」
ビアトリス「だから姿を消していると申されているだろっ!浮遊するソウルで探ります!」ヒュイィッ…
グウィンドリン「濃霧の指輪…白猫アルヴィナの封印せし失敗が何故…」
オーンスタイン「掘り出した者がいるのでしょう。不死達よ、この陣のままスモウの元へ」
姿の見えない新たな敵対者を警戒しつつ、二柱と四人はスモウがこじ開けている扉を目指す。
遅々としたその歩みは、欠如なく警戒意識を維持するためのものだが、歩みは事実、謎の敵対者の動きをある程度は封じた。
下手に歩みを速めれば、重装のジークマイヤーか、素早く動けぬビアトリスか、得物を折られたグウィンドリンか、コブラを抱えるレディか、いずれかの脚は必ず乱れる。
敵対者はその乱れを期待し、オーンスタインはその乱れを抑えた。そして観念したのは敵対者の方だった。
シュイイィーッ!!
ビアトリス「!」
ジークマイヤー「えいやぁぁーーっ!!」ブン!
浮遊するソウルは姿なき敵対者を明確に感知し、敵対者が立つであろう地点へ向け飛んで行った。だがソウルの光球は全て空を抜け、宙空で消えた。
ジークマイヤーは特大剣を上段に構えたが、振るべき相手が見えないのでは、構えはむしろ隙となった。
ギンッ!!
しかし、その隙を活かしたのはオーンスタインだった。
味方の隙は敵の隙になり得る。ジークマイヤーの眼前を通り過ぎた十字槍の横一閃は、確かに金属を削り…
ジークマイヤー「お、おお…」
恐らくは跳び退いたのだろう。何者も立たぬ空中からは一筋の赤色が流れ、僅かに石床に滴った。
「勘がいいな…冴えている」
宙に浮かぶ赤い筋が言葉を発した。
だが、その赤い筋も徐々に薄れ、透き通っていく。
「今までの者とは違う。霧は外そう。このままでは事故が起きそうだ」
オーンスタイン「今までの者とは誰だ。先の仮面の騎士の口ぶりといい、我らの同胞といくらか剣を交えたようだが」
透明な者は、オーンスタインの問いかけに答えなかった。
問いによって敵の隙と心を探り、戦意をそらし、友や主を逃すという策など、透明な者は飽きるほど見てきたのだ。
スッ…
透明な者はただ、透き通る右掌に左掌を掛け、指輪を外した。
父の仮面「では、改めて」
完全な透明を解いた新たなる敵対者は、先の仮面騎士と同じく、巨人の黄銅鎧を身に纏っていた。
だが手に持つ剣はクレイモアより重く、大きく、被る真鍮仮面は巻きひげと巻き髪をたくわえている。
ジークマイヤー「仮面の悪霊!?しかし、仮面が…」
ビアトリス「声も男の声だ…まさか組で動いているのか…?」
ズッ…
新たなる仮面騎士が、黒鉄色の特大剣、グレートソードを腰溜めに構える。
しかしジークマイヤーは円盾を構えず、ビアトリスもソウルの矢を発さなかった。
仮面の騎士と一団の間には無意味とも言える『間』が空いている。
その間は槍斧に手応えを与えず、槍に血をつけない程の広さだった。
よほど遠くに跳び退いたのか、ランスチャージさえも可能なほどに彼我の距離を空けて剣を構える敵対者には、オーンスタインにさえも一部の隙を生んだ。
刃先を十倍にでも伸ばさぬ限りは、弾かれる権利さえ持てない剣など、槍を持つ神が受けようはずもないのである。
ブン!!
オーンスタイン「!?」
ガギイイィーーッ!!!
ジークマイヤー「!?」
ビアトリス「えっ!?」
だが仮面の騎士は剣を伸ばしてみせた。
人ならざる一撃を胸に受け、オーンスタインは両脚を浮かせる。
ただし、仮面の騎士とオーンスタインの間を通った鋼鉄の特大剣など、誰の眼にも映ってはいない。
ガシャッ!
オーンスタインが着地すると同時に…
ダダッ!
仮面の騎士は駆けた。
しかしその両足裏は、石床の上をまるで絹のように滑り、一歩たりとも竜狩りとの間を詰めてはいなかった。
スッ スッ スッ スッ…
ジークマイヤー「な、なん…?…なんだ?何をしている!?」
ビアトリス「幻影?……虚像なのか…?」
オーンスタイン「…これは…」
石床の上を空振りし続ける両脚など気にも留めていないように、仮面の騎士は、石床を組む一枚の石版の上で駆け続けた。
だが、仮面の騎士の足音は大広間中を駆け回り、一団の周りを取り囲んでいる。
デーモン槍の騎士「はは…はははは!お前らはもうおしまいだ!他の英雄様と同じく、お前らはロードランを彷徨う仮面の悪霊の餌食になるのさ!」
ジークマイヤー「ぬ、ぬかせ!このような幻術、今すぐにでも…」
ドカーーッ!!
ジークマイヤー「!!」
デーモン槍の騎士「ぐはっ…お…お前…」
無力となった敵対者の重鎧の胸から、赤黒く濡れた大刃が突き出た。
オーンスタインが見ると、進まず駆けていたはずの仮面騎士は消え、代わりに敵対者の背後に、かの騎士は仮面を覗かせている。
父の仮面「すまないが、私の狩りに野良犬はいらないんだ」グチュルルルッ
デーモン槍の騎士「………」ゴポ…
片肺を貫通した特大剣を心臓にねじ込まれ、デーモン槍の騎士は瞬時に絶命した。
その骸に向かい、ビアトリスのソウルの矢が飛んだが…
ドシャッ
ソウルの矢は、石床に崩れ折れたデーモン槍の騎士の頭上を通過した。
仮面の騎士の姿は無い。
ビアトリス「なんだ…これ…」
オーンスタイン「グウィンドリン様!私を置いてお逃げください!この者の手、この竜狩りの命捨てずしては阻めません!」
グウィンドリン「何を言う。我は…」
ブワオォン!!
竜狩りを引き止めようとグウィンドリンが伸ばした手を、オーンスタインは振り返りもせず跳躍。
石床に槍を払い、神々にのみ許された力、白霧を放った。
霧は一団と竜狩りの間に壁の如く立ち込め、大広間を二つに区切り、竜狩りと仮面の騎士を正門から切り離した。
グウィンドリン「貴公…!」
レディ「本当に死ぬ気…!?」
ジークマイヤー「いかん!このジークマイヤー、助太刀に馳せ参じまするぞ!」
竜狩りの捨て身の策に、ジークマイヤーは僅かながら助力にならんと霧に突進した。
だが霧は硬く閉ざされており、ジークマイヤーのカタリナ鎧は音もなく霧に受け止められるだけだった。
仮面の騎士はその霧の大広間にあって、グレートソードの切っ先を石床に置き、杖持つ老紳士のように落ち着いていた。
グウィンドリン「何故だ…何故こんな勝手を……我には命じた覚えも、つもりも無いのだぞ!」
ビアトリス「グウィンドリン様!お気を確かに!」
父の仮面「なるほど、神はこうして霧を作り出していたのか。珍しい光景だ」
オーンスタイン「………」
父の仮面「しかし、私は誤った選択肢を選んでしまったようだ。あの騎士は生かしておくべきだった」
ガイィーーン!!
オーンスタイン「!」
ガイィーーン!! ガキィーッ!!
仮面の騎士は再び、だが今回は幾度も特大剣を素振りする。振り回されたグレートソードはその度に石床を打ち、けたたましい金属音を響かせた。
その一挙一動を、槍を中段に構えたオーンスタインは注意深く見定めようとしたが、やはり石床を打つのは鍛え抜かれただけの特大剣であり、素早く力強い振りは、魔力の類いを一切帯びてはいなかった。
ドガガガガーッ!!
オーンスタイン「ぐっ…!」
仮面の騎士の素振りが終わった時、オーンスタインの全身を実体無き剣勢が打ちのめした。
竜狩りは膝をつき、仮面の騎士は竜狩りへ向け歩み出すが、その両脚はやはり一歩たりとも進んではいない。
オーンスタイン(ありえぬ……影や風はおろか、刃の煌めきすらも見えぬなど…)
オーンスタイン(虚空だ……虚空が我が鎧を叩いている……)
フッ…
オーンスタイン「!」
不意に、竜狩りの眼前から仮面の騎士の姿が消えた。オーンスタインは咄嗟に振り返り…
ドガガーーッ!!
十字槍の白刃で、グレートソードの一撃を受け止めた。
父の仮面「やはり誤りだったな。貴公に手の内を知られてしまったようだ」
オーンスタイン「然り!」
ガシッ ガアン!!
父の仮面「!」
密着に近い形で鍔迫合った仮面の騎士の首に、オーンスタインは左手を掛け、頭突きを見舞った。
仮面の騎士が両手で握るグレートソードは、竜狩りが右手に持つ十字槍に受け止められているうえに、密着状態が生む閉塞性によって膂力をも失っている。
頭突きを貰った騎士の仮面はひび割れ、欠片を竜狩りの兜に飛ばす。
バジイイィーーン!!!
次にオーンスタインは左掌から雷の槍を放ち、激しい雷光を大広間に轟かせた。
オーンスタインの左手からは掴まれたはずの首が消え、十字槍を押すグレートソードも重みを無くし、竜狩りの視界から消失した。
オーンスタイン「………」
だが、仮面騎士の消失はむしろオーンスタインの心胆を凍えさせ、焦燥を強めさせた。
敵対者の姿は消えたが、ソウルの気配は感じず、吸収の感覚もオーンスタインには無いのだ。
それらが意味するところは敵対者の存命であり…
ガキュッ!!
オーンスタイン「オオオッ!」
己が主君に向く凶刃の存命であり、不意を突かれるという可能性の増大である。
仮面騎士のグレートソードはついにオーンスタインの鎧を破り、オーンスタインは背後から太腿を貫かれた。
傷口から噴出するソウルの輝きは陽光のようであり、輝きの強さは仮面の騎士に確かな充足感を与えた。
ガッ
オーンスタイン「ぐっ……貴様……何を用いた…」
父の仮面「術だよ。神々を追い落とし、闇と火を貪るため、人が生んだ業の威光だ。聞いたところで神には使えんさ」
再び膝をついた竜狩りに、仮面の騎士は両手を広げ、己の技を誇らしく語った。
竜狩りが窮地に追いやられている頃、グウィンドリンは暗月の君主という名とそれが背負うであろう重責の元、苦渋の選択を迫られていた。
霧の向こうからは、明らかに苦戦を強いられていると推察できるオーンスタインのうめきと、勝ち誇るかのように饒舌を振るう敵の声が漏れる。
グウィンドリン「………」
グウィンドリンは振り返り、これからの長い旅路を共に行くであろう者達を見る。
二人の不死の顔には不安と焦燥が入り混じり、意識を失ったままのコブラを支えるレディは、食い入るように霧を、その向こうに展開される戦いを見つめている。
グウィンドリン「………」
大扉に挟まれ、両門を支え、波打ち際の巌の如く立つスモウの足首には、大きな矢傷が穿たれている。
しかし暗月の力に癒しの力は無い。魔法ではなく、奇跡こそがその傷には必要だった。
グウィンドリン「………スモウ…」
スモウ「………」
グウィンドリン「……我が無力を…許してくれ」
グウィンドリンの沈んだ言葉は、純粋に己の不甲斐無さを謝罪するものだった。
傷を癒せぬことと、敵を打倒できぬこと。忠義の士に犠牲を強いてしまうこと。迷い悩み、策を決めかねていること。
それらをまとめて口に出し、いよいよ選択肢を挙げねばという状況に、己を追い詰めるための言葉でもあった。
だが、鈍ではあるが愚かではないスモウは、主であるグウィンドリン以上に、この闘いに思いを巡らせていたのだ。
過分な重責を負い、しかし戦場に赴いては決してならぬ者には確実に備わらない、戦場の教養。
それがスモウの義心と混ざり、火花を起こしたのだ。
バアン!!
グウィンドリン「!」
正門の大扉をスモウは渾身の力で跳ね上げ、全開させた。
そして鈍い脚を奮い立たせ、大鎚さえも拾わずに…
ドドオォン!!
グウィンドリン「!? 待て!スモウ!」
ジークマイヤー「ふおおお!?」
レディ「みんな伏せて!」サッ
ビアトリス「くっ…!」ササッ
霧に向かって跳躍し、抵抗無く霧に飲まれた。
父の仮面「では、別れの時だオーンスタイン」
オーンスタイン「………」
万事休す。あらゆる打つ手を失い、いよいよ斬り刻まれるのを待つのみと悟ったが、槍は手放さないオーンスタイン。
その竜狩りから四間ほど離れた所に立つ、仮面の騎士の眼に…
ボオォン!
父の仮面「あ」
霧を巻いて打ち破り、竜狩りの遥か頭上を飛び越えて飛来するスモウが映った。
ドグワアアアァーーッ!!!
馬小屋程の大きさもある金属塊の飛び蹴りを喰らい、騎士の仮面は粉砕し、全身を包む巨人鎧は、矢に射抜かれた鳥の羽毛のようにスモウの周りを舞った。
蹴り散らかされた仮面騎士は、鎧を剥がれたボロを着たまま、大広間を飛翔したあと、蹴鞠のように石床を四度跳ね、スモウから十七間は離れた地点に墜落した。
しかし、オーンスタインは勝どきを上げず、スモウを讃えもしなかった。
むしろ竜狩りの背には哀しみさえのしかかっていた。
まるで、避けられぬであろう悲劇を避けるよう努め、しかし敗れたと嘆くかのように。
オーンスタイン「スモウ…お前はなんということを…」
スモウ「………」
オーンスタインの嘆きを知ってか知らずか、スモウは竜狩りへは振り返らず、大広間の隅まで飛んだ仮面の騎士を一点に見つめている。
竜狩りがスモウに成せる事と言えば、神の奇跡をスモウの足首へ注ぎ、矢傷を癒すことだけだった。
オーンスタイン「貴公に王の導きあれ」
ダガッ!
石床を蹴ったオーンスタインの向かう先は、手負いの仮面騎士ではない。
ブワッ!
レディ「!」
ジークマイヤー「あっ!」
グウィンドリン「まさか…」
霧から飛び出たオーンスタインは十字槍を背負うと…
ガッ
ジークマイヤー「!?」
ビアトリス「わっ!?」
右手にビアトリス掴み、右脇にジークマイヤーを抱え…
ガッ
グウィンドリン「な…なにを…」
左脇にグウィンドリンを抱えた。
そしてオーンスタインは跪き、無言の促しをレディに漂わせた。
レディは一瞬ためらった。誰の眼にも明らかに、一団にとって大きな存在であるはずの者が欠けている。
その事実をどう受け止め、この促しにどう答えるべきかを迷った。
レディ「………分かったわ。行きましょう」
だが、レディはその一瞬で決断した。
レディはオーンスタインの、そしてスモウの意志を汲むことを選んだのだ。
剣を納め、コブラを右手で胸に抱き寄せ、レディは左手でオーンスタインの背中にしがみついた。
彼女の両脚は竜狩りの腰に回された。
グウィンドリン「…やめよオーンスタイン…これでは誓いを違えるではないか…」
オーンスタイン「グウィンドリン様」
グウィンドリン「気迷うな!あのような騎士ごときに、我らが遅れをとるなどあり得ぬ!我を降ろし槍を持…」
オーンスタイン「グウィンドリン様!!」
グウィンドリン「っ…!」
オーンスタイン「今より駆けます。あなた様はどうか、スモウが王の導きに浴せる事をお祈りください」
オーンスタイン「そしてこの亡都より生き延び、暗月の君主を守りし輝ける大鎚の名を、新たな神代にお伝えください」
グウィンドリン「…………」
ドガッ!!
オーンスタインは正門に向かって駆けた。
かつての友を棄て、多くの神話に彩られた大いなる家を飛び出し、黄金の矢のように。
霧からは金属がぶつかる音が響く。それはスモウの鎧が切り裂かれる音だった。
大広間の隅に叩き込まれた仮面の騎士は、辛うじて一命を取り留めはしたが、傷は極めて深く、意識を失うのには十秒とかからないはずだった。
だが不死の肉体は強く、仮面の騎士のエストは一滴たりとも失われてはいない。
ダガッ!
あるだけのエストを全て飲み、仮面の騎士が負傷を完治させると同時に、竜狩りは霧を抜け出した。
遠くから響く、石を叩いたような衝撃音を聞いて仮面の騎士は歯噛みしたが、悔しさはすぐに忘れた。
二兎の片方が手に入った。その事実を仮面の騎士はせめてもの幸運に思ったのだ。
父の仮面「大鎚も持たずに飛び込んでくるとは思わなかった。初めての経験だ」
スモウ「………」
バッ!!
仮面の騎士は大仰な独り言を呟くと、スモウに向かって床を蹴った。
その脚は確実に石床を蹴り、正しくスモウへ近づいてはいる。
だがスモウの眼には、現れては消えるを繰り返しつつ接近する、剣すら構えぬ仁王立ちの仮面騎士の姿が映った。
ブオォン!!!
その奇怪な挙動を示す騎士が剣勢域に入った瞬間、スモウは剛拳を騎士の頭に振り抜いた。
だが、仮面の騎士の頭を貫通した拳には、一切の手ごたえが無かった。
ドガッ!! ガキィッ!!
仮面の騎士はスモウの両脚に特大剣を叩き込み、怯ませ、スモウの足捌きを封じた。
巨体を誇る者は、巨体であるが故にそれを支えるものへ頼る。
父の仮面「コブラを逃し、エストも空とは。いい教訓になったよ」
人界の戦における巨躯殺しの鉄則は、神に対しては全く通じないが、それは人界における人のための鉄則である。
決して滅びぬ肉体に、神の聖遺物に鍛えられし武具を備え、尽きることのない暗き欲望を宿した時、人は鉄則を砕き、神同士の戦いの域に踏み入るのだ。
バギィッ!!
竜狩りの槍さえも鍛えたという原盤に力を得たグレートソードが、スモウの胴鎧を食い破り、確かな感触を仮面の騎士の両腕に伝えた。
スモウは両膝をつき、頭を垂れる。その頭を、傷口から溢れる太陽色の輝きが照らした。
ガシッ
父の仮面「……往生際が悪いな」
ゴオッ!!
だが深傷を負ったからと、誓いし使命を棄てるなどという恥を、スモウは認めなかった。
自身に打ち込まれた特大剣を右手で掴み、仮面騎士の胴へ左の拳を見舞う。
だが拳はやはり仮面騎士の胴を透り抜け、風を切った。
父の仮面「………」スッ…
仮面騎士はグレートソードを手放し、背中からクレイモアを抜くと…
バギッ!! ガコッ!! ベキッ!!
大剣を上段に構え、スモウの頭を滅多打ちに斬りつけた。
幾度も幾度も加えられる重打に、スモウの兜はヒビ割れた岩のように歪み…
ゴシャッ!!
脳天に叩きつけられた一撃に遂に敗れ、大きく凹み、太陽色の光を漏らす。
漏れた光はスモウの全身各部位からも漏れ、一つとなり、大きな輝きとなってスモウを包んだ。
そして輝きは弱まり、霧散し、仮面の騎士に吸われると、後には塵のひとつも残しはしなかった。
ボファッ!
維持する者がいなくなり、薄れゆく白霧を、仮面の騎士は突き抜けた。
霧の先にはやはりコブラの姿は無く、仮面の騎士の脚は止まらない。
バッ!
仮面の騎士は正門を抜け…
バシイィィーーッ!!
ソウルの槍に背中から射抜かれた。
父の仮面「フ……フフフ…」
正門の扉の陰から、大袈裟に大きい帽子を被った魔術師が姿を現わす。
大帽子の老人はやや息を荒げていたが、杖に込められた魔力は揺るぎない。
仮面騎士はその場に両膝をつき、先に倒した神々の一柱の死に様を思い返した。
父の仮面「やれやれ……お前がずっと隠れていたせいで、神が一人死んだぞ」
父の仮面「かわいそうに……加勢してやれば、助かったかもしれなかったのに」
ローガン「不意打ちでもせぬと、貴公にソウルの槍は当たらんのでな」
ローガン「それにこれでも急いだ方なのだよ。不死とはいえ、老骨というわけだ」
父の仮面「老骨か……フフフ…」
ドシャッ…
ローガン「………」
倒れ、力尽きた仮面の騎士が消えゆく様を見ながら、ローガンはすれ違ったオーンスタインと、竜狩りに抱えられる神を思った。
暗月の君主グウィンドリン。謎多き異形の神。
竜狩りオーンスタイン。古竜を狩り、神代を支えた四騎士の長。
それらが旅の一行に加わり、不死と異邦人を助けた事にも甚だ驚いたが、ローガンの心を掴み離さぬものはまだある。
すれ違う一瞬、ローガンは竜狩りに抱えられたグウィンドリンの声を聞いた。
それは偲びの言葉であり、太陽の光の王の導きに働きかける祝詞だった。
ローガン(忘れられし神はただ何処かへ去ると思っていたが……神々にも死があるとはな…)
ローガン(死に祈りを捧げ、主君に祈りを捧げ、去りゆく死者を偲ぶ……神が最初の死者に祈る…)
ローガン(神が神たる最初の死者に祈るのならば、最初の死者は何者に祈る?)
仮面の騎士の亡骸は、膨大なソウルを残して消滅した。
その騎士がどこの篝火に蘇るかを案じつつ、ローガンは来た道を戻る。
戻りながらも、グウィンドリンの祈りにローガンの心は珍しく動かされていた。
魔道とは、神の恵みの一つたる魔法を、信仰ではなく理知によって探求し、不変の理を見極め、人をより高みへと誘わんとする行いである。
不死立ち、魔道を極めんと神の地に至り、ローガンは改めて智慧を深め、神の持つ智慧ではなく、神の持つ神力と物語に憧憬を馳せる信仰を否定してきた。
だが、探求すべき智慧持つ神々には物語があり、その物語は酷く人間的だったのだ。
神は感情に揺らぎ、不確かで、脆く、しかし輝かしく、圧倒的に大きなうねりを容易く育むのである。
その様はローガン自身を含めた、人と似ていた。
ローガン「美しき暗月よ、泣いているのだろうか」
帰路を歩きつつ、ローガンはらしくなく、恐らくは人生で始めて詩的な『らしきもの』を呟いた。
ある一柱が没し、旅の助けにもなったであろう戦力を喪ったというのに、大魔術師の心は智慧に満ちていた。
その智慧は、聖職者の説く信仰にも似て…
ある篝火に、またも男の意識は目覚めた。
だが意識は酷くおぼろげで、己の目的や、己が何者であるかも、男は既に失っている。
この地が何処であるかも、何故このような苦しみに喘ぐのかも、何故剣を持ち、ろくに見えぬ眼を動かしているのかも。
次に死ねば、苦しみとは何かすらも男は失うだろう。
ガッ!
篝火を守る火防女は、再生途中の盗賊が握る、石の大剣を踏みつけた。
真鍮鎧の騎士「これで二十八回目…」
真鍮鎧の騎士「もう恐れるな。また死ぬ時間が来ただけだ」
シュパン!!
そして蒼紫色の魔力を纏う細剣を振るい、真鍮鎧の騎士は神の敵の首を再び撥ねた。
ローガンから敵対者についての忠告を受け、そして実際に一度、強大な闇の顕現を王城に感じた彼女は、疑わしきを斬り殺す修羅と化している。
不死のために篝火を守る者である前に、暗月の騎士であるがゆえに。
真鍮鎧の騎士「既に半ば灰だな。あと二度ほど斬られれば、貴公も篝火に休めよう」
崩れ去った遺灰を篝火に寄せ、自らも篝火に当たりながら、真鍮鎧の騎士は火を見つめた。
幾年も過ぎ去った日々と変わらずに。
ドガガァーーン!!
真鍮鎧の騎士「!」
その静とした空間に、神と不死と異邦人を抱えたオーンスタインが降り立った。
降り階段を全て飛び越えた跳躍は風を起こし、盗賊の遺灰を散らした。
一団を降ろす竜狩りに、真鍮鎧の火防女は困惑の声を漏らす。
真鍮鎧の騎士「オーンスタイン様……それにグウィンドリン様までも…」
真鍮鎧の騎士「…やはり、闇が現れたのですか?」
オーンスタイン「左様。我らに仕えし法官こそが、深き闇の者だったのだ」
オーンスタイン「その闇はコブラが制したが、闇の手の者に襲われ、スモウが斃れた。継承も許されなかった」
真鍮鎧の騎士「………」
しかし真鍮鎧の火防女は、驚愕を言葉にはしなかった。
グウィンドリンに仕える身として、暗に主を責めるような行いも慎むべきと、心に決めていたからである。
たとえ言葉に込められた思いに、主への疑いや責めなどが、一片たりとも含まれていなかったとしても。
真鍮鎧の騎士(スモウ様のソウルを継承なされなかったとは……さぞ無念でありましょうに…)
オーンスタイン「昇降機は既に破壊し、白霧も張った。彼奴らが試行の果てに断崖を登ろうとも、霧を潜れば我と矛を交える」
オーンスタイン「易々とは通れまい。下賤の輩に、恐れながらも王より賜った王城を貸すなど、癪ではあるが」
真鍮鎧の騎士「それでは、ヨルシカ様とプリシラ様は…」
グウィンドリン「案ずるな。あれらは王より、絵画での隠遁を命ぜられている。忌み者の人形が失われている今、我らよりも安寧にあろう」
ビアトリス「………」
ジークマイヤー「………」
熾烈な戦いの連続に、不死たちは言葉も無く篝火にあたっていた。
ジークマイヤーは憔悴と無力感に苛まれ、ビアトリスは神をも凌駕する強大な敵の出現に絶望していた。
コブラを篝火のそばに寝かせ、その手を握るレディに、慰めの言葉をかける余裕も二人には無い。
神代の武具に身を固める敵対者達。おぞましき仮面の者共。
爪を持つ黄金の異形。そして、暗黒神アーリマン。
それらの圧倒的な力に対し、遂に一矢報いる事さえできなかったという認識に、二人は身も心も打ちのめされていた。
ボウッ
音を立て、篝火が前触れも無く強まる。
二人の不死と一人の異邦人は顔を上げ、真鍮鎧の騎士は腰だめに剣を構えたが…
ローガン「ふぅ…帰還の骨片が無ければどうなっていたことか」
ビアトリス「!」
篝火の熱から現れたのは、正気を無くした敵対者ではなく、ローガンだった。
ジークマイヤー「 ローガン老……」
ビアトリス「先生!ご無事でしたか!」
ローガン「一度死んだぐらいでは亡者にはならんさ。人間性もまだいくつかあるのでな」
師の正気を知り、目に見えて気力を戻したビアトリスに笑みを返しつつ、ローガンは一室を見渡した。
目立つのは眠るコブラと、それぞれ篝火にあたる二柱の神々の姿。
ローガン「私が死んでいる間に、予想だに出来ぬ御客神を迎えたようだね、ビアトリス」
ビアトリス「…いえ、迎えたというよりは…この方々はコブラにこそ用がありまして、我々はついでと言いましょうか…」
ローガン「ついでか。ならばそのついでに感謝せねばな」
ローガンは神々に向き直り、大帽子を取り、胸元に抱えた。
白髪頭のローガンの眼は、皺に老け込んだ顔に比べ、若く煌めいている。
ローガン「私、ヴィンハイムのローガンと申します。人の世においてはビッグハットなどと呼ばれておりました。以後、お見知り置きを」
丁寧にローガンが一礼をすると、グウィンドリンも口を開いた。
グィンドリン「名乗られたのなら、応じねばなるまいな」
グィンドリン「我が名はグィンドリン。太陽の光の王の娘にして、陰の太陽の君主。暗月の剣の長なり」
グウィンドリン「そして、この者は竜狩りのオーンスタイン。王の四騎士の長にして、我が命を帯びし神代の守護者なり」
オーンスタイン「………」
主君に名を扱われたオーンスタインは、立ち上がり、槍を正中線に立てて不死達に礼を示したが、心中は重かった。
戦に斃れた同胞を看取れずして、何が守護者か。その言葉は硬い心と鎧に阻まれ、不死達には伝わっていない。
神々が名乗った以上、それに即応しなければと焦燥する不死達に、竜狩りの心痛を汲めるはずも無いのである。
ガタッ
ジークマイヤー「わ…私めはジークマイヤーと申しまする。カタリナという辺境にて、中堅所の騎士なんぞをしておりました」
ビアトリス「私はビアトリスと申します。ヴィンハイムにて魔術を習い、不死立ったのちは、その……不死の使命を探求しております」
神の前というのもあり、ビアトリスはあっさりと師にも明かさぬ本来の目的を口走りそうになったが、どうにか堪えた。
グウィンドリンとローガンは彼女の偽りを既に見抜いたが、グウィンドリンは詮索はせずに頷いた。
ローガン「………」
レディ「私は……そうね…どこから話せばいいのかしら」
ジークマイヤー「“うちゅう”の海賊…で、いいのではないか?」
レディ「そうは思うんだけれど、分かりにくい話だし…」
グウィンドリン「貴公らの世の理など、言わなくともよい。ただ何者かだけを言えばいい」
レディ「あらそう?それなら…そうねー…」
ジークマイヤー(神を前にして、先ほどからなんと不遜な言葉遣いだ…肝が冷えてたまらん…)
レディ「私の名前はレディ。でも、この身体になる前の私は、エメラルダ・サンボーンと呼ばれていたわ。サンボーン公国の王女だった頃は、人間としての身体を持っていたのだけれど、戦争に巻き込まれて一度死にかけた時に、コブラに助けられて、アーマロイドとして生まれ変わったの」
ジークマイヤー「サンボーン公国?……王女?…」
ビアトリス「……あの、それ始めて聞いたんだけど…」
レディ「それはそうよ、今初めて話したんだもの」
レディ「だけど『宇宙海賊の相棒』と言ったところで、結局は色々話すことになったんだし、ものはついでという事ね」
ローガン「どうりで堂々とした立ち振る舞いであったわけだ。王女とくれば、我らより人を知っていよう」
ジークマイヤー「こ…これまでのご無礼、いったいなんとお詫びをすれば…!」
レディ「いいのよ別に気にしなくたって。今の私はレディで、エメラルダはもういないの。それに、貴方は私のナイトじゃないでしょう?」
ジークマイヤー「しかし…まぁ…確かに…」
レディ「そういうことよ」
グウィンドリン「………」
人の語らいを聞き、グウィンドリンはしかし、レディの発した一言を反芻していた。
生まれ変わりとは、遂に人の世で恵まれなかった者達へ、豊穣の女神グウィネヴィアが差し伸べた、せめてもの救いの手である。
異形として生まれ、追われて奪われ、心砕かれた人々。
それらは皆、唯一己を救う奇跡にすがり、人心を神とその住まいへと、火へと馳せたのだ。
その偉大なる奇跡を、殊更に特別視するわけでも無く語るレディを見て、グウィンドリンは諦めとも呆れともつかない、疲れた笑みを口に浮かべた。
日々に奇跡が溢れる世があるのなら、奇跡にまみれた日々に生きるコブラに、神への敬意が芽生えるはずも無い。
グウィンドリン「コブラが不遜であるのも、必然か」
レディ「えっ?」
ジークマイヤー「?」
コブラ「なに、俺がどうかしたって?」
ジークマイヤー「!?」
ビアトリス「コブラっ!?」
コブラ「ふぁ~~…ったく、うるせぇなぁ。人が気持ちよく寝てるってのに~」
グウィンドリンの言葉を聞いたか聞かずか、コブラは身体を起こし、首筋をふた掻きした。
篝火の温もりには神秘が宿る。温もりは不死も神も、異邦人さえも癒すようだった。
ジークマイヤー「おお…いつまでも目覚めぬから、どうなることかと思っていたぞ」
レディ「コブラ…あなたもう起きて大丈夫なの?」
コブラ「大丈夫なもんか。コーヒーは淹れなくってもいいぜ。はぁ~おやすみ~」ゴロリ
グウィンドリン「いいや、起きててもらおう」
コブラ「はぇ?」
グウィンドリン「貴公には、見なければならぬ物がある。世を救い、貴公らを救うを望むのならばな」
コブラ「………」
グウィンドリン「コブラ…貴公はソウルを得る時、ソウルの主の記憶を覗き見た覚えはないか?」
コブラ「記憶ね…… そういえば教会でガーゴイルの像を壊した時に、そいつが何処で作られ、何をしていたのかは見たことがあるな」
グウィンドリン「そうか。ならば『物』の記憶を覗き見たことは?」
コブラ「物の記憶?」
グウィンドリン「ロードランも、人界も、この世の全てはソウルが形を成したものなのだ。それは岩や木、剣や盾も例に漏れない」
コブラ「重さのある精神か。ダンカン・マクドゥーガルが踊りだしそうだ」
コブラ「それで、その物の記憶がどうしたんだ?見たことない奴はどうなる?」
グウィンドリン「どうもせぬ。だが、これから私が明かすものを貴公が見るには、物の記憶を覗く素養も求められるのだ」
グウィンドリン「剣を抜け、コブラよ。剣を我が前に」
コブラ「………」
要件をあえて話さないグウィンドリンを疑いつつも、コブラは黒騎士の大剣を暗月の君主の前に差し出した。
疑いを口に出し、問いただしたところで、答えをすんなりと教えてくれる神など、コブラは知らない。
グウィンドリンは黒騎士の大剣を、両の細腕で受け取り、石床に突き立てた。
グウィンドリン「心を鎮め、剣に触れよ。さすれば剣は、貴公に記憶を流すだろう」
コブラ「難しいことを言うなぁ。俺は集中すると煩悩が増すタイプでね」
グウィンドリン「煩悩がもたげるのなら、恐れて想うがいい」
グウィンドリン「死を」
コブラ「!」
グウィンドリンの言葉を聞き、コブラの脳裏に、ある光景が浮かんだ。
追われて彷徨い、夜に弱った身体に振り下ろされる、大きな刃。
斧に左腕を切り落とされる瞬間に、決して濁ることのない恐怖がある。
その恐怖は雑念を喰らう。
恐怖に抗う、密やかな熱い血潮が喰らうのだ。
コブラ「…フフ…流石は神だな。十字架を背負う男への鞭の打ち方が、よく分かってらっしゃる」
グウィンドリン「………」
心を無に沈め、コブラは剣に触れた。
コブラ「!」
その瞬間、知るはずのない思い出が、コブラの中に膨れ上がった。
熱き混沌より生じるデーモンを打ち払う為、鍛えられた大剣。
火に耐える黒き鎧を身に纏う、多くの人ならざる者が、この剣を握り、振るい、消えていった。
そして混沌を制した大剣は、最後の使い手に握られ、使い手は大いなる篝火を目指した。
その目指すところ、大いなる篝火が放った大炎により、使い手は焼き尽くされ、心を喪い彷徨った。
だが、彷徨う者はある時討たれ、剣を奪われ、灰の山となる。
剣を奪った者は…
コブラ「……そうか…見えたぜ!」
コブラ「鍛治の巨人に作られたこの剣が、誰の手を渡り、何を斬ってきたのかが、俺にも見えた!」
コブラ「これが物の記憶か!」
グウィンドリン「拓かれたようだな。その業は、神々の力に揺さぶられた全ての者が持つ」
グウィンドリン「故に神に呪われし不死も、神同様にこれを持ち、神の如く世の由緒を見る」
グウィンドリン「コブラ。貴公にその力を与えたものは、恐らくは貴公の内にある、我らが大王の封印だろう。ならばこそ、暗黒神が器を置かぬ今のうちに、貴公の力を見極めなければならなかったのだ」
コブラ「待て、器を置かぬうち?いったい何の話をしてるんだ?」
グウィンドリン「それを説くだけの時間も、もはやあるかも分からぬのだ」
スッ
コブラ「!」
グウィンドリンの両手が、コブラの左腕を取り、包んだ。
その手から伝わるソウルの温もりは、コブラの意識を容易く揺さぶり、輝きを感じさせる。
グウィンドリン「見てもらうぞ、我が記憶を」
グウィンドリンのその言葉を最後に聞き、コブラの意識は、コブラにのみ感じ取れる輝きに飲まれていった。
コブラ「はっ!」
コブラの意識は、灰色の空と岩、灰色の大樹と眠り竜が広がる、果てしなき荒野の只中で形を成した。
その隣には、陰の太陽の王冠を被らぬ、グウィンドリンが立つ。
灰色の大樹は葉をつけず、竜達はみな首を垂れ、動かない。
コブラ「ここは……」
グウィンドリン「我が記憶の内。より正しく言うならば、見たものの記憶だ」
コブラ「見たもの、か。光あれと言う前の世界にしちゃ、随分ゴチャッと……ん?おい、あんた…」
グウィンドリン「なんだ?」
コブラ「あんた男だったのか!?」
グウィンドリン「………」
周囲を見渡すついでに、視界の端にグウィンドリンを捉えたコブラは、感じた驚きをそのまま口に出した。
グウィンドリンの胸からは、細やかながらも主張した双丘が消え、頬には少年のそれと同じ、若干の引き締まりが生じている。
小さい喉仏を通して発せられる声の色は変わらないが、それは発声と紛れもなく連動していた。
グウィンドリン「少し歩こう」
コブラ「おぉっと、俺としたことが、つい本音を口に出しちまった。怒らせちゃっ…」
コブラ「!?」
グウィンドリン「心が繋がっているのだ。貴公の思慮も全て露わになる。恥じることでは無い」
コブラ「まいったぜ…罪の告白は苦手なんだ。神が騙し討ちなんてしていいのか?信心が離れるぜ」
グウィンドリン「元からありもしないだろう」
一人と一柱は語らいながら荒野を歩いた。
竜は目覚めることも無く、野を吹く風はコブラの身体を通過し、グウィンドリンの衣服を揺らさない。
グウィンドリン「我が力は月の女神のものであり、我が身体も、月の女神のものではある」
グウィンドリン「だが、心は太陽の光の王のもの。我が有り様もそれ故だ」
コブラ「するってぇと……あんたは心が男だから、この精神世界では少年として存在してるっていうのか?」
グウィンドリン「精神世界とは、面白い名で呼ぶのだな」
グウィンドリン「貴公の読みだが、それは当たっているぞ。我が王、我が兄妹、我が臣下たちは我が心の有り様を憐れに思ったが、こうして生まれたことは我が誇りだ」
グウィンドリン「もっとも、仕草には難があったのだから、憐れみも仕方のない事ではあったが」
コブラ「男勝りのやんちゃな女神か。オシメするのも一苦労だ」
コブラ「しかしだ。周りがあんたを憐れに思った原因ってのは、性別よりもその脚にあると思うぜ」
コブラの先を歩くグウィンドリンの蛇脚は、荒野を滑り、岩肌を抜ける。
グウィンドリンはコブラの言葉に顔を向けず、目的の場所へとコブラを導いた。
コブラ「なにっ!?」
グウィンドリン「………」
荒地を歩き、大樹すらも周囲に生えない灰の野に立ったコブラは、目の前に広がるすり鉢状の窪地に、眼を奪われた。
クリスタルボーイ「………」
すり鉢の底に屈み、灰に手を着ける宿敵の姿に、コブラは闘争心を剥き出しにしつつも、グウィンドリンへ対面した。
その気迫は記憶の世界においては如実に現れ、コブラの髪は逆立ち、サイコガンは熱を帯びた。
コブラ「何故だ!何故ヤツがあんたの記憶の中にいる!?あんたはヤツを知らなかったんじゃないのかっ!」
グウィンドリン「静まれ、コブラ。ここは我が記憶の内であると共に、暗黒神の記憶の内でもあるのだ」
コブラ「暗黒神っ…!?」
グウィンドリン「謁見の間にて我らを襲った闇の嵐は、神々のソウルさえも食い尽くすべく、我が心に斬り入った」
グウィンドリン「その試みは貴公の発した神秘により阻まれ、我らは一命を取り留めはした。しかし、暗黒神のソウルの記憶の一部……少なくともロードランにおける彼の邪神の記憶の欠片が、我ら神々の記憶に流入してしまったのだ」
コブラ「それじゃあ、コイツは……あんたの記憶ではなく…」
グウィンドリン「然り。だが、恐らくはそれだけではない」
グウィンドリン「見よ」
グウィンドリンの言葉に促され、冷静さを取り戻したコブラは再び宿敵を見た。
クリスタルボーイは塵に触れた手を地面から離し、立ち上がる。
そして動かぬ口で、ただ一言声を発した。
クリスタルボーイ「現れろ」
一声が小さく響くと、透明な掌が触れていた地点から塵の山が盛り上がり、塵の山は風に吹かれ、形を崩していった。
側面からは白い柔肌が覗き、割れた頂点からは白真珠の如く輝く細髪が露わになる。
肩から垂れ下がり、崩れる事なく残った塵は、乳白色の天衣に姿を変えた。
グウィンドリン「我らが知らぬ何者かに、宇宙より無へと堕とされ、暗黒神はかつての己の器を呼び戻した」
グウィンドリン「だが、それでは力が足りぬ。何よりも暗き力を持つ故に、同様の暗き力、暗き心が、暗黒神の完全なる復活に必要だった」
グウィンドリン「故に、暗黒神は無より生み出でし兵……古竜よりも、光が生む闇を求めた」
グウィンドリン「故に望んだのだ。まずは光あれと」
塵の山から姿を現したのは、慈悲深き女神の姿。
その腹は膨れ、子を宿し、女神の両手は慈しみを込めて、膨れ腹に置かれている。
女神は眠っている。クリスタルボーイはその女神の腹に手をつけ、眩い輝きをひとつ抜き取ると、輝きを頭上へ掲げ、また声を発した。
クリスタルボーイ「散れ。散って俺の糧になるがいい」
声を受けた輝きは弾け、いくつかの光球に分かれると、方々へ飛翔し、広漠たる地平線の彼方へと消えていった。
光球が消えると同時に、女神の顔には苦悶が浮かぶ。
苦しむ女神は屈み込み、クリスタルボーイの足元へ、膨れ腹から蒼白い肉塊を産み落とした。
クリスタルボーイ「お前は全ての母だ。お前は多くを生み、そして滅ぼすだろう」
そう言い残し、クリスタルボーイは闇の霧となって暗い世界に溶け込み、姿を消した。
後に遺された、全ての母と呼ばれた女神は、あてどなく彷徨い始める。
胸に歪な子を抱きながら。
コブラ「!」
女神が一人彷徨う荒地が、波に飲まれる砂山のように溶け、姿かたちを変えていく。
そして再び纏まった時、コブラの目の前には女神と、彼女に対面する、冠を被りし白髪白髭の豪奢、偉丈夫の姿が現れた。
偉丈夫の背後には、銀の鎧に身を包む、あまたの兵の姿。
女神の胸に蒼白い肉塊は無く、偉丈夫は女神の手をとり、己の胸の内を吐露した。
冠の偉丈夫「不思議だ……余はそなたを知らぬ……しかし、そなたを我が身、我が心のひとつとしか見定められぬ…」
冠の偉丈夫「そなたは何者であるか…まるで見切れぬというのに…」
女神「わたくしにも分かりませぬ……わたくしが、誰であるのか…」
女神「ですが、あなたをやはり、知らぬわけでは無いのです……まるで永らく離れた、想い人のように…」
手を握り返す女神はそう言うと、偉丈夫の胸に寄り添い、顔を埋めた。
偉丈夫の両手は女神の腰を抱き、女神は偉丈夫の胸から顔を上げ、王冠を被る顔の頬を、そっと撫でた。
冠の偉丈夫「…これは夢か……」
女神「夢ならば、良い夢です」
女神「夢で無いのなら、醒めることもありません」
そして二人は、唇を重ねた。
銀騎士達は一斉に剣を取り、刃先を暗い天に、刃の腹を自身の眼前へと立て、変わらぬ忠誠と繁栄への祈りを示した。
その銀騎士達の隊列を抜け、二つの人影が女神と偉丈夫に近付き、祝言を送る。
祝言の送り主の一人は、偉丈夫に劣らず大きく、豪奢な出で立ちと歳を刻んだ顔をしている。
その隣に立ち、同じく祝言を送る者がいる。暗い外套を纏い、皮膚の下に黄金色の骨と、透明な肉を忍ばせる者が。
グウィンドリン「祝言を受ける方々は、我が父上と母上だ」
コブラ「!?」
グウィンドリン「かの暗黒神に導かれ、母上と父上は出逢い、子を成した。我が兄上も、妹達も、全ては暗黒神の望む通りに」
コブラ「それじゃあ、この王様が太陽の光の王で、こっちの別嬪さんが、月の女神様ってやつなのか?」
グウィンドリン「然り。父上の名はグウィン、母上には、父上が名を授けた。もはや禁じられた名ではあるが」
コブラ「禁じられた?なぜだ?」
グウィンドリン「その顛末は、これから貴公も見るだろう。焦ることは無い」
コブラ「ちぇっ、まーたこれだ。いっつもそうやって焦ら…」
コブラ「ん?……ん~?」
グウィンドリン「?」
コブラ「待った、なんかおかしいぜ。俺はこの結婚に異議を申し立てる」
グウィンドリン「なに?」
コブラ「ひとつ!女神様の抱いていた青っちろいグニャグニャが居なくなっている。神が子を捨てるってのは、イマイチ感心できない」
コブラ「ふたつ!そもそも無の世界なんだろ?暗黒神が作った女神様とドラゴン以外に、なんでこんなに大勢むさいのがいるんだ?ただの幻覚見せて洗脳しようったって、簡単に騙される俺じゃないぜ」
グウィンドリン「幻ではない。父上とその騎士も、暗黒神の被造物だ」
コブラ「な、なんだって!?」
グウィンドリン「母から抜かれ、方々へ散ったソウルが、新たな命として栄え始めたのだ。神々を生み、魔女達を生み、人を生み、ソウルは灰の大樹ではない木々や草花、獣達さえも生んだ」
グウィンドリン「そして生まれし者達は皆、その意識の有無に関わらず、一様に来るべき時を待った。暗黒神さえも求める、あるものの現れを」
再び景色は移り変わり、コブラとグウィンドリンは暗い地の底に立っていた。
地の底はやはり暗く、水音さえも響かないが、不思議と完全な闇に埋め尽くされる事はなく、コブラは自身の足元や指先を確認することができた。
コブラ「今度はなんだ?」
グウィンドリン「墓場だ」
コブラ「墓っ?まさか、あんたのファザーとマザーのだったりしないだろうな?そういう深刻な流れは苦手なんだ」
グウィンドリン「ふむ……似てはいるが、違う。ここは我が父上の叔父の墓。神が最初に作りし墓だ」
コブラ「最初の墓とはまた、漁り甲斐のありそうな所だなぁまったく」
グウィンドリンはそう言うと、暗闇を指差した。
指の示す方向にコブラは眼を凝らし、闇に慣れた眼は、それを捉えた。
コブラ「こいつは……骨か?えらい巨人だぜ。しかもいくつか、俺くらいの大きさの人骨が上に折り重なっている」
コブラ「十人…十五人……神の埋葬にしちゃあ、ちと雑すぎるんじゃないの?」
グウィンドリン「太古の我らは、今ほどソウルの働きに乏しくはない。ゆえに死しても肉体が残るのだ」
グウィンドリン「ならばせめてと、神々は最初の死者たる神、ロイドの聖体に死者を祀ったのだ。古竜に脅かされし卑小な存在であろうと、安らぎを得られるように」
グウィンドリン「だが、神々の不遇も終わりを迎える。今、この時に」
コブラ「?……なんだアレは…」
コブラの視界に広がる、全くの静寂たる闇に、か細い光が灯った。
光は巨神の胸骨内部から発せられており、その輝きは輪郭を持ち始め、炎のように揺らぎ始めている。
ガッ!
コブラ「!」
その揺らぎを、胸骨を押し広げて掴んだのは、巨神自身の白骨の左腕だった。
ズワァーーッ
コブラ「オオーッ!」
神々の骨を纏いし巨神の遺骨は、命無きまま超然と起き上がり、左掌に灯された炎の如きソウルを、眼球を失った眼底で見定めた。
もはや身体となった骨の山からは、黒い瘴気が巻き起こり、黒い瘴気から伸びた一本の塊は、巨神の胸骨に潜り込んで一振りの巨剣となった。
そして巨人がその剣を、自身の骨山から抜き取ると、瘴気は再び巨神の身体に満ち溢れ、外套のように巨神を包んだ。
×そして巨人がその剣を
◯そして巨神がその剣を
「ああ…それが、偉大なるソウルなのですね……」
コブラ「!」
背後からの不意なささやきに、コブラは振り向いた。
振り向いた先には月の女神が立ち、女神の視線は瘴気を纏った巨神に向けられている。
月の女神「無に神が生まれ、無に生が生まれ、神が死に、生が死ぬ時…」
月の女神「生命は定義され、皆の求めしものは来たる」
月の女神「最初の死者よ。偉大なる死よ。そなたは死の護り手であるがゆえ、生をも輝かせるでしょう」
月の女神「すべて、あのお方の予言した通りに」
月の女神「神々に、太陽の時代を」
月の女神の言葉と共に、最初の死者は立ち上がり、鍾乳石が垂れる墓所の天井に触れた。
すると天井は腐り落ち、砕けた岩と泥となって降りかかり、底に触れる前に塵へと姿を変えた。
最初の死者は地上を目指す。己に死を与えた不滅なる者共に、死の安寧を与えるために。
コブラ「思い出したよ……最初の死者……石版にあった最初の死者ニトっていうのは、あいつのことだったのか…」
グウィンドリン「貴公、知っていたのか?」
コブラ「ああ。色々ありすぎて今の今まで忘れていたがね。俺達がここに来る原因になった物に、最初の死者の名前が書いてあったのさ」
コブラ「そうだ…だんだん思い出してきたぜ。なんで今まで忘れていたんだ。グウィンの雷…魔女の炎!誰も知らぬ小人!」
コブラ「グウィンドリン!俺の記憶消失も、王の封印に原因があるのか!?」
グウィンドリン「それも大いにあり得るだろう。王の封印は、闇の者の手から『真に尊きもの』を守るためにある。貴公の心…貴公のソウルを闇から守るために、我が王が封を施したのならばな」
グウィンドリン「だが貴公が望む疑問は、それだけではないだろう?」
コブラ「ああ、まだだ。俺はまだ知らなければならない!」
コブラ「生命が定義された時、現れる答え!」
コブラ「あのお方とやらの予言の中身をな!」
暗い墓所は溶け、コブラとグウィンドリンは転移した。
一人と一柱を新たに包んだのは、闇と静寂ではなく、眩い輝きと暖かい風。
コブラの眼が輝きに慣れ始めると、その瞳には、灰の地平線まで続く灰色の大樹の森と、厚く黒い雲海。
そして、その雲海を所々突き抜け、大樹の森をまだらに照らす、暖かな陽光が映った。
だが、天変を見る者は、グウィンドリンとコブラだけではなかった。
法官「クックックック……」
法官「フフフフ……フハハハハハハ!!」
銀騎士達を従えず、王の側にも付かず、灰の荒野の只中にひとり立ち、輝きに照らされる黒い外套の男。
男は暗黒の化身であるというのに、輝きを見上げ、高らかに笑い声をあげていた。
コブラ「クリスタルボーイ…いったいお前は何を企んでいる。空が晴れはじめているのも、お前のせいだったりするのか?」
グウィンドリン「この輝きは、暗黒神の力によるものではない。偉大なるソウルは最初の火に照らされ、現れたとされている。空に登る太陽も、最初の火により生まれたと」
グウィンドリン「だが、この輝きが生じるように画策したのは、他でもない暗黒神だ」
コブラ「画策したにしては、その策とやらを実現できそうな装置が無いぜ。暗黒マジカルパワーを使わずにこんなマネができるとも思えない」
グウィンドリン「その答えは、これから聞けるだろう」
コブラとグウィンドリンが会話を終わらせる頃、黒い外套の男の高笑いと吹き笑いも、沈静していた。
外套の男は黒いフードを取り去り、仮初めの顔を陽光に晒す。
天を仰ぎ、まるで敵を挑発するかのように。
法官「どうだ、この俺が見えるか。見えていて手が出せないのか?それともこの光は本能だ、とでも言い訳をするか?」
法官「お前の力は、生命あるところ全てに行き渡る。悪が生命に巣食うように、お前もまた生命に巣食うのだろう?」
法官「だが、お前も忘れている訳ではあるまい。光あるところには必ず闇が生まれる。そして闇は光に近づくほどに、より濃く、より大きく成長するのだ」
法官「俺は無の世界に追放されたが、そこで生命を作った。老いては傷つき、生まれては死ぬを繰り返す、完全な生命を」
法官「その生命にお前の光が満ちる時、この無の世界は命と光に溢れ、そして闇を孕むだろう」
法官「この世の全てを飲み尽くし、貴様をも滅ぼす、深き暗黒をな」
明確な挑戦の意を向けられた輝きは、揺らぐことも無く法官を照らし続ける。
その揺らがぬ温もりを嫌うように、法官は再びフードを被り、光から背を向け、歩き出した。
グウィンドリン「コブラよ。これが現れし答えだ」
コブラ「……らしいな。まったく、なんともスケールのデカい話さ」
グウィンドリン「最初に火が起こり、それによってあらゆる差異が生まれたわけではない」
グウィンドリン「最初に未完の命が起こり、それが完全なる命となった時……暗黒神を貶めた何者かの力により、あらゆる差異がもたらされたのだ」
グウィンドリン「コブラ…我はこの世の多くを図らずも知る身となったが、暗黒神を貶めた者が何者であるのかは知らぬ」
グウィンドリン「あれほどの闇を無へと落とした神とは、何者なのだ?」
コブラ「アフラ=マズダさ。俺の元いた宇宙では光明神と名乗ってる。彼女が言うには、自分は善と光の神様で、命あるもの全ての守護者なんだと」
グウィンドリン「善と光の女神…アフラ=マズダ、か……」
コブラ「その命の守護者たるお方が、なんとも情けないぜ。まんまとライバルにハメられたあげく、その尻拭いをまた俺にさせるっていうんだからな」
グウィンドリン「またとは……前にも一度、覚えがあるのか?」
コブラ「ああ、バッチリ覚えてるぜ。その時もハズレくじ一枚よこさなかった
コブラ「それにこの分じゃ、今度もまたアフラ=マズダのお力添えは期待できそうに無いなぁ」
グウィンドリン「なぜそう言い切れる?」
コブラ「言ったろう、経験済みだからさ。彼女の千里眼はとてつもない。宇宙の端から端までを見渡して、俺に白羽の矢を立てるなんて訳ないくらいにはな」
コブラ「だが、この現象は意図的にアフラ=マズダが恵みをもたらしたというより、蛇口をひねって水を出すように、クリスタルボーイが法則をただ利用しただけに過ぎない」
コブラ「当の女神様は暗黒神の企みはおろか、この世界の存在にすら気づいちゃいないだろう。気付いていたなら、歴史の教鞭はアンタではなく彼女が執っていたはずさ」
コブラ「グウィンドリン、講義は終わりだ。ボーイの計画が闇の成長というのなら、ここで単位をボーナスしてる場合じゃない」
グウィンドリン「闇の増長を止めることを、望むというのだな?」
コブラ「ああ止めるさ。分かったなら早いとこ…」
グウィンドリン「ならん。闇を止めると望むならば、その闇について知らねばならない」
コブラ「おいそりゃどういうことだ?俺を留年させる気か?この先どうなるかなんて俺はもう知ってるんだ」
コブラ「偉大なソウルを手に入れた神々と竜の間で戦争が勃発。神の軍隊はその戦いに勝利して、火の時代だの光の時代だのを作ったが、火が弱まってそれも台無し。人間の世界に朝が来なくなって、代わりに呪いが流行り始めた。だろ?」
グウィンドリン「それは事実ではあろう。だが断片にすぎぬ。神の僕たる人と巨人を、怖れより遠ざける為の気休めだ」
コブラ「気休めだと?」
グウィンドリン「然り。神々の勝利は、差異に生まれた偉大なるソウルにより成された。差異は喜びと繁栄をもたらし…」
グウィンドリン「偽りの安寧と、闇の時代を生んだ」
灰の大樹が溶けはじめ、降り注ぐ陽光が霞み始める。
新たな転移は、コブラとグウィンドリンを灰の荒野より連れ運び、薄暗い夜明けへと立たせた。
竜も、大樹の一本さえも生えない地平線からは、陽光が射し、夜は白み始めている。
だが、大地を薄暗く照らすのは、太陽ではなく、地平線の端まで広がる赤々とした業火だった。
炎に照らされ、炎の生む光以外に何も無い、無の大地。
その大地から立ち上がり、炎に向かって細い身体を、幽鬼の如く揺らす者達が、炎を見つめるコブラの側を通り過ぎた。
通り過ぎ行く者達は小さく、コブラの横腹の高さに亡者の如き頭があり、腹は一切の内臓を欠いているかのように細い。裸体には性器さえも無かった。
一つの頭と、二本の腕と、二本の脚を持つだけの骨と皮。そうと形容する他ない者達が、まばらに地平線の炎へ吸い寄せられている。
コブラ「ここは…また地下か?こいつらはなんなんだ?」
グウィンドリン「これらは、人の祖だ」
コブラ「こいつらがか?確かにロードランで腐るほど見たが、もうちょっと瑞々しくても良いはずだろ。類人猿にも見えないぜ」
グウィンドリン「否、これらは確かに人の祖だ。これから人に成ろうとしている」
炎を目指す者のうち、一人が崩折れ、うずくまった。
誰からも顧みられこと無く、ひび割れた地に顔を擦り付けるその者は、やがて呼吸を止めた。
炎を目指す者達はひとり、またひとりと倒れ、誰一人として炎に辿り着くこと無く、その姿を消す。
そして荒涼とした地と、炎の地平線だけが残った。
だが、うずくまった最初の者はただひとり、上体を起こした。
何者でも無い其の者は、枯れ枝のような両手で土を掬いあげ、幼子を抱くかのように胸元に引き寄せる。
その両掌には炎は無く、光も無い。ただ見えるのは、炎にさえも照らされぬ、ひと握りの陰のみ。
それは炎に照る掌中にできた、ただの影でもあった。
だが、影は炎のように身を焼かず、冷たい安息と、暖かな希望を其の者に与えた。
影をその手に納めた其の者は立ち上がった。
皮膚を通して炎の透ける細脚を張り、曇り空さえ無い漆黒の天に掴んだ影を掲げ、声帯の無い喉を広げ、眼球の無い眼窩から涙を流した。
誕生の喜びに打ち震え、希望の出現に感謝するかのように、其の者は身体を震わせ、声を出せずとも叫び続けた。
すると、かつて倒れた者達も起き上がり、叫ぶ者へ向け歩きはじめた。
そして辿り着いた者から、叫ぶ者の身体にすがりつき、掲げられた手に、細腕を伸ばし始める。
伸ばされる手は増え続け、叫ぶ者にすがる者が五人を超えると、叫ぶ者は重さに倒れた。
倒れようとも、叫ぶ者はなお叫んだ。
欲する者達に皮を喰われ、腕をちぎられ、脚をもがれ、肋骨を抜かれようとも、なお叫んだ。
欲する者達は増え続け、叫ぶ者はついには人山に見えなくなったが、求める者は増え続けた。
そして増え続けた人々が、その動きを止めた時…
コブラ「!」
四つ這いで人を貪る者達の身体に、変化が起き始めた。
細く筋張った四肢は徐々に豊かになり、骨の浮いた背中には肉と体温が生じ始める。
枯れた木ノ実のような頭からはヒビと皺が減り、様々な色の髪の毛が育ってゆく。
その姿は、かつてコブラの見知った『人間』という者達に近くなっていった。
グウィンドリン「火に照らされた人の内に、あるソウルが生じた」
グウィンドリン「そのソウルは、他の偉大なるソウルと異なり、決して輝かず、火の内に生まれぬもの」
グウィンドリン「人の内にのみ生まれるソウルは、人にのみ宿る心を人に与え、人にのみ従う力を人に与えた」
グウィンドリン「故に人は、そのソウルを『人間性』と呼んだ」
コブラ「人間性?……こんな悪趣味な現象で生まれるソウルが、人間性だと?」
グウィンドリン「然り。人間性は決して神に依らず、火に依らぬもの」
グウィンドリン「しかし人間性とは、あらゆる物を求め、飲み尽くすもの。神であろうと、火であろうと、全てを闇に帰せしめるもの」
グウィンドリン「故に、我らが王と、我ら皆は、人間性を恐れた」
グウィンドリン「それを『ダークソウル』と名付け、神に従うよう導いたのだ」
四つ這いで貪る者達の溜まりから、一人立ち上がる者がいた。
立ち上がった者には隆々とした筋骨といきり勃つ男根が備えられ、顔には生気と、力に輝く双眸が現れている。
そして男の皮膚の下には、黒い嵐が巻き上がり、燃え上がっていた。
人間「オオオオオーーッ!!!」
両拳を天に突き上げ、男が全身を震わせ、顔を真っ赤に咆哮をあげると、地平線は炎と共に溶けた。
灰の荒地には大樹が森を作り、まばらに陽光を漏らす灰色の空は、やはり地平線の彼方まで続いているが、彼方からは灰色の塊が迫りつつある。
転移した先を知っていたのは、グウィンドリンだけではなく、コブラの心にも大きな驚きはなかった。
ズガガガーーッ!!!
コブラ「オオッ!?」
だが背後への落雷に、コブラは思わず飛びのいて、音の出所へ顔を向けた。
雷は荒地を撃ったわけではなく、太陽の光の王の右手に集約した時に、轟音を発していた。
太陽そのものとさえ言える輝きを握る王は、右腕を大きく振りかぶり…
バオオオーーッ!!!
輝ける太陽の光の大槍を、地平線を埋め尽くす古竜の群れへ向け、投げ込んだ。
空をゆく大槍は、雲間から漏れる光をも細槍に変えて引き連れ、古竜の群れに殺到する。
大槍は一頭の古竜の頭を撃ち抜き、背後に控える数匹の古竜を砕き、細槍たちは古竜達の翼や鱗を焼いた。
バッ!
太陽の光の王の冠と、瓜二つとも語り得る冠を被ったある偉丈夫は、勢いを削がれた古竜に追撃を加えるべく号令を放った。
天へ向け指された掌を合図に、最前列の騎士隊は雷の槍を、中堅の騎士隊は雷矢を、後衛の騎士隊は竜狩りの大矢を構える。
掲げられた掌は一拍を置いた後、振り下ろされ…
バババババーーッ!!!
光が覗き始めたとはいえ、未だ暗い曇天を、中小様々な雷と大矢が埋め尽くした。
殺到した第二波に飲まれ、古竜の群れはついに荒野へと墜落し、灰色の大樹の森は薙ぎ倒され、巻き上げられた土埃は天を衝く壁のように、神々に迫る。
その壁に向かい、神の軍勢の背後に控える魔女達は、掌に炎を巻き、太陽と見紛うほどに眩い火球の群れを放った。
ドドドドドドドド!!!
荒野を揺さぶる轟音と共に、土埃の壁は、薙ぎ倒された大樹と共に焼き尽くされ、神々の視界は確保された。
墜落した古竜達はしかし、太陽の光の槍による直撃弾を浴びた者達を除き、早くも鱗を生やし直し、翼の穴を塞ぎかけている。
コブラ「古竜との戦争か……俺の目には気休めには映ってないぜ。習った通りの景色だ」
グウィンドリン「………」
コブラ「どうだ?フィールドワークはここまでに…」
「かかれい!!」
回復しかかる古竜達へ向け、コブラの声を遮り、号令が鳴り響いた。
響いた声には聞き覚えがあり、コブラはとっさに声の主の立つ方向に顔を向ける。
コブラの視線の先には、古竜達へ向け槍を掲げるオーンスタインが立っており…
ズアァーーッ!!
コブラ「あっ!?」
オーンスタインの背後から、竜狩りの騎士を飛び越えて黒い塊が古竜へ向かった。
塊は黒い骨を思わせる鎧を纏う騎士達の集まりであり、その跳躍は矢のようだった。
竜狩りは、風を切って古竜へ殺到する闇の騎士達に、槍を用いて指示を送っている。
グウィンドリン「古竜を狩ったのは神々だけではない」
グウィンドリン「人は欲深く、あらゆる物を求める。ならば、無の世界を支えし竜達を逃すはずも無い」
グウィンドリン「人とは無明たる者。ゆえに我ら神々の力さえも求めたが、その欲を我らは助力と救済により満たした」
グウィンドリン「神の支えにより、力を使う方向を定められた人間達は、まさしく無敵だった」
コブラ「…ってことは、今の黒ずくめの連中は…!」
グウィンドリン「貴公も見ただろう。人がダークソウルを得た瞬間を」
グウィンドリン「竜狩りに仕えし者達は、原初の人騎士。神々をも凌駕する暗黒なのだ」
古竜達の元に飛翔した闇の騎士達は、勢いをそのままに古竜達へと斬り込んだ。
黒い炎を纏った特大剣を両手に握る者。黒い炎を輝かせる槍を持つ者。黒い炎を迸らせ、剣身を長く延長する片手剣を振るう者。
それらは一様に肉色のソウルを身に纏い、得物を振るう度に、肉色のソウルも振るった。
人間達の力は圧倒的であり、太陽の光の王の一撃にしてようやく倒れる古竜を、一騎につき三は斬り滅ぼした。
肉色のソウルと暗黒の炎を剣に纏わせ、古竜の正中線を両断したならば、ほんの一瞬、曇天が全くの闇に塗り替わるほどだった。
人間達の奮闘に、太陽の光の王は勝利を確信し、軍を進めた。
接敵した銀騎士達は、人間の巻き起こす破壊の渦を潜り抜け、衰弱した古竜に雷を突き立てる。
その銀騎士達を率いるのは、王の王冠に近しい冠を被る偉丈夫だったが、その偉丈夫だけは人に並び、殺気立つ古龍に雷の杭を叩き込んでいた。
魔女の炎は尚も嵐となって古竜の退路を塞ぎ、最初の死者ニトの放つ死の風は、人と神の手から逃れた古竜を腐らせ、塵へとかえしていった。
グウィンドリン「人の力を支えとし、神々は勝利を収めた」
グウィンドリン「我らが大王の人に対する心は、神々を凌ぐ人の力を前に決まり、後の世へと伝わっていく」
グウィンドリン「だからこそ、竜との同盟が必要とされたのだ」
コブラ「?…待ちなよ。その竜ならさっき全滅しちまったぜ?」
古竜達は圧倒的な力を前に、しかし強い抵抗を示した。
だがオーンスタインを含めた王の四騎士と、魔女の娘達の参戦を受け、徐々に古竜達の抵抗は弱まり、王が大剣を手に取った最後には、古竜達は敗れて骸の山となった。
大樹は焼き尽くされ、岩は塵となり、竜の流した血は骸の山を降り、荒地に吸い込まれていく。
瞳無き白竜は曇天より舞い降りて、骸の山の頂に座った。
コブラ「!…こいつは、鱗の無い白竜か!」
白竜シース「………」
古竜の骸に立つ白い竜に、岩の如き鱗は無い。
それどころか両目も無く、翼は蜻蛉の羽のようであり、後ろ足の代わりには関節の退化した未熟な蛸足が一対、生えている。
胴体から生える前脚は人の腕のようであり、竜と言うにはあまりに歪なその白竜は、骸の山に右手を突っ込んだ。
そして一枚の鱗を掴み取ると、力を失った竜鱗を握りつぶし、咆哮を上げた。
その様は望む物を無くした子供のようだった。
あるいは、積もる怨みを遂に晴らした快感に、打ちひしがれているようにも。
グウィンドリン「コブラよ、貴公は確か青っちろいグニャグニャと申したな」
コブラ「?」
グウィンドリン「この白竜公こそが、まさにその青白だ」
コブラ「!? こいつがあんたの母親から産まれたっていうのか!?」
グウィンドリン「然り。白竜公は竜の似姿を持つが、その有り様はむしろ神に近しい」
グウィンドリン「白い身に満ちるは純然たる月の魔力であり、朽ちぬ古竜の持つ偽りの炎の力では無い。のちに偉大なるソウルの分け身の器と成れたのも、無からは遠き神たる性質ゆえだろう」
コブラ「そうか……だからシースは古竜を裏切った!いや、裏切らざるおえなかったのか!」
グウィンドリン「左様。白竜公の魔力は我が母上の原始結晶から受け継がれており、魔力を特に濃く受け継いだ公は、蒼き結晶の魔力を秘めるに至った。古竜供にはさぞ異質に見えたことだろう」
グウィンドリン「そして、白竜公に古竜供の有り様は忌まわしかったのだ。寿命と無縁である古竜の命を、神であるが故に、公は得られなかったのだから」
コブラ「おっと待った、さっきのその原始結晶ってのはなんだ?」
グウィンドリン「我らが母上の力を指すものだ。我ら月の兄妹や白竜公を産み落とした揺籠であり、魔力と呼ばれるあらゆるものの祖となった恵みだ」
コブラ「なるほど。神と言えど、母は強しか」
静まり、うなだれるシースを、闇の騎士達は見上げる。
人たる彼らの、その髑髏状の兜の奥に開く双眸は、はたしてシースの肉を捉えているのか、あるいは力を捉えているのか。
それを知る者はおらず、地平を埋める古竜達の骸を踏みつける、第二の冠被りし偉丈夫の眼は、虚空を見つめていた。
戦に勝利した銀騎士達と四騎士は、得物の刃先や先端部を曇天に向け、祈りと忠誠、感謝と弔意を王に示す。
だが太陽の光の王は、大音声に勝鬨を上げることもなく、ただ音も無いまま雲間の陽光へ向けて大剣を掲げた。
そして静かなる終戦と共に、あらゆる景色はまたも溶け消え、コブラとグウィンドリンは転移した。
荒廃の風景を抜けたコブラとグウィンドリンを待ち受けていたのは、荒廃などとは程遠いアノール・ロンドの華々しさだった。かつて仮面の騎士と矛を交えた大広間にコブラは立ったが、コブラの眼には殺気立つ者の姿など映らない。
場内を歩く者は、皆一様に人と比べて大きくはあるが、人のそれに似た文化を思わせる出で立ちと、振る舞いをコブラに見せた。
流麗な外套を纏い、そこかしこで声を交えては微笑む者達。書を手に持ち、しかし急がず、怠けもせずに歩き回る小間使い達。簡素ではあるが粗末ではない服を着た巨人と、彼らに何事かを命じる銀鎧の騎士。
どれもがコブラにも受け入れられるほどの人らしさを纏うが、そのどれもが、人の世には決して纏えぬ清らかさと、暖かな安心感を放っていた。
コブラ「アノール・ロンドの隆盛、か……俺の世界の古代芸術史にヴァン・ダイクって画家がいるが、そいつが喜んで描きそうな美人がそこらじゅうにいるぜ」
グウィンドリン「今貴公が見ているものは、かつて在りし平穏。わが故郷のあるべき姿だ」
コブラ「らしいな。貴族趣味の収集家が好みそうな景色だが、これが闇を倒す事とどう関わる?それともただの自慢か?」
グウィンドリン「確かに郷愁の想いもある。だが闇を弑するというのなら、闇の成り立ちも覗かねばならぬだろう」
コブラ「闇の成り立ちとやらはもう見ただろ。人食いの裸踊りはキョーレツだった」
グウィンドリン「子が生まれた事そのものを成り立ちなどとは呼ばぬ。子の成り立ちを語るならば、育ての親の有り方と、子の境遇も語らねばなるまい」
グウィンドリン「焦ることは無い。貴公が見聞きするものは全て記憶の情景だ。現世にある貴公の身には瞬きの瞬間さえも訪れてはおらぬ」
コブラ「なるほどね……いくらか借りを作っちまってるようだし、あんたのその言葉は信用しよう」
コブラ「もう少しだけ付き合ってやる。なるべく退屈しないように頼むぜ」
グウィンドリン「では我が手を取れ。先を見せよう」
コブラがグウィンドリンの手を取ると、城内の景色はコブラの頭上や側面を通り過ぎ、コブラの眼前に柱の森の大広間を引き寄せた。
大広間には、かつてコブラを追い詰めたオーンスタインではなく、謁見を受ける為の第二の玉座に座る、冠の偉丈夫の姿がある。
王の四方には銀鎧の騎士達が立ち、王の右隣では筆記官が書を開き、王の左隣には月の女神が座についていた。
月の女神の身は、控えめながらも美しい細工の施された白灰色のドレスで整えられ、野にいた頃の妖艶な清らかさは、なりを潜めている。
法官「使いを向かわせるには畏れ多き要件が多々あるゆえ、私が直々に馳せ参じた次第にございます」
その二柱の前に跪いていたのは、身を偽るクリスタルボーイだった。長旅をしてきたのか、黒い外套の端には砂埃が付着している。
冠の偉丈夫「要件とは?」
法官「まずはイザリスの魔都を呑みし混沌についてです。我らが第一王子は問題無く混沌をお収めいたしました。黒騎士達の被害も最小にございます」
冠の偉丈夫「よろしい。して、魔女達はどうしたのだ?イザリスは?」
法官「イザリス様は、多くの姉妹達と共に亡くなられました。混沌はイザリス様の術により生じたと、辛うじて生き残った幾人かの魔女たちは申しておりました」
冠の偉丈夫「愚かなことを…火を畏れよと申したあの口は、すでに驕っていたか…」
月の女神「世を照らす火の弱まりに、最初に気付いたのは彼女のはず………やはり火の弱まりを止めようとして…」
法官「いえ、弱まりを止めるというよりは、火が消えた時のための“控え”をこしらえようと画策し、事を仕損じたようです。生み出された炎は歪み、本来産むべき命と温もりの代わりに、デーモンと灼熱を産みました。難を逃れた魔女たちも尽く異形と化し、あるいは本来の魔力を失いました。もはやあの魔都の再建は叶わぬでしょう」
月の女神「………」
冠の偉丈夫「…ならば、太陽の光の王グウィンの名の下に、都に封を施そう」
冠の偉丈夫は、家臣である法官に改めて己の名を告げると、掌に黄金色のソウルを溢れさせ、法官へ向け漂わせる。
コブラ「封……そうか、これが例の王の封印ってやつか」
グウィンドリン「左様。この封印は、多くのものを縛ることになる」
黄金の霧となったソウルは、法官の胸元に吸い込まれ、消えた。
月の女神「…封印するというのですか?」
グウィン「魔都の門へ再び赴き、その封を放て。さすれば混沌の染み出しも防げよう。封を放ったのちは兵を置き、見張らせよ。常に兵を絶やすな」
グウィン「して、その方の言い渋る凶報とは?」
法官「………」
法官はしばしの間、口を噤んだ。
法官は本来即答も可能な言葉を敢えて溜め、重さを加え、そして語った。
法官「ウーラシールにて地の底より見出された古き人が、闇を放ちました」
グウィン「!…闇とな…」
月の女神「な…ならば都は?ウーラシールはどうしたのですか?」
法官「急報ゆえ、事の全貌はまだ……しかし生じた闇はウーラシールの王廟を覆うほどに大きく、光の者たる我ら神々の力は及ばぬかと…」
グウィン「及ぶか及ばぬかは余が定めること。では、要は何も分からぬと言うのだな」
法官「はっ…」
グウィン「………」
グウィン「よろしい。他に申すべき事はあるか」
法官「ありません」
グウィン「ならば行け。ウーラシールの闇を調べ、暴いたものを余に伝えよ。輪の都と小ロンドに使いを送り、闇の兆候を探らせるのだ」
法官「仰せのままに」
法官は王に礼をし、女王に礼をすると、踵を返して謁見の間から歩き去った。
後に残された太陽の光の王に、その妻が語りかける。
静かで細いその声には、怒気を微かに含んでいる。
月の女神「なぜイザリスをお見捨てになるのですか?ウーラシールのように、闇に蝕まれたわけでは無いのでしょう?」
月の女神「貴方と契りしこの身は、月の女神であると共に、太陽の女神でもあるのです。わたくしの太陽の癒しを以ってすれば…」
グウィン「ならぬ」
月の女神「何故?」
グウィン「我が月…我が太陽よ。そなたの癒しを受け継ぐは、我らが娘がひとつ、グウィネヴィアのみ」
グウィン「他はみな、敵を破る太陽と月。都は守れど、癒す事は出来ぬ。末の娘は闇を封ずる術を持つが、まだ幼く儚い」
グウィン「ゆえにそなたを危地へは向かわせられぬのだ。神を喰らいかねん闇が蔓延る地になど、なおのこと」
グウィン「混沌と闇を打ち破るは、我らの剣と槍。雷と閃光である。そなたの出る幕はない」
月の女神「………」
月の女神は太陽の王から視線を外し、やや俯いて眼を伏せると、意を決したように再び太陽の王の眼を見た。
月の女神「わたくしでは……わたくしの力では闇と混沌を治められぬと言うのであれば、竜の力をお頼りになるべきです」
グウィン「竜の…?」
月の女神「そうです。竜ならば、その身が無であるがゆえ、闇にも容易くは飲まれないでしょう。混沌の熱も、あれが仇なすのは神と人だけ。いずれの炎でもない第三の炎の使い手ならば、混沌にも耐えましょう」
グウィン「………」
女王の進言に、王は押し黙った。沈黙は否定や肯定を必ずしも表すものではない。
グウィンドリンがやや俯くと…
コブラ「!」
王と女王の微かな動きも止まり、広間の空気は全く動きを失った。
記憶の世界がグウィンドリンのものであるが故に、記憶の動きもまた、グウィンドリンに従う。
グウィンドリン「我が王は悩み、しかし終に、竜との同盟を結んだ」
グウィンドリン「女王にはかつて、白竜公を神の国の誠なる友とした功がある。そして白竜公の出自を知らぬ王が恐れたのは、何より濁り水の流行りだった」
コブラ「水道代でもケチったのか?」
グウィンドリン「その程度で済めば、憂いも露と消えよう」
グウィンドリン「だが、看過は不可能だった」
ブォン…
静止した時の中、グウィンドリンが虚空に右手を差し伸べると、空中に楕円形の鏡のような物が現れた。
鏡の数は二枚。どちらにも一切の装飾は無く、額縁や鏡台すらも無い。
そして薄氷のような二枚には、それぞれ異なる人物が映っていた。
一枚に映るのは、緑色の瞳と銀の長髪を備え、額に一対の短い角を生やす、色白の女の顔。
もう一枚に映るのは、緑色の瞳と銀の長髪を備え、首に波打つヒダを現し、目元に白鱗を生やす、色白の少女の顔。
ボオォ…
次に、グウィンドリンが虚空に左手を差し出すと、その掌にも同様の鏡が現れる。
鏡の数は先と同様に二枚。一枚には何事かを話し込む、幾人かの神々の姿。
もう一枚には、夕暮れを背に佇み、翼を広げる三つ目の黒竜の姿が映った。
グウィンドリンは両の手を下ろし、四枚の鏡をコブラの周囲に展開させる。
コブラ「濁り水ってのはコレか?確かに何となく陰謀がありそうな組み合わせだ」
グウィンドリン「奸計の類では無い。起きるべくして起きたことだ」
グウィンドリン「二柱の女神は我が姉妹。角を持つ者は姉のプリシラ。目元に白鱗をたたえる者は妹のヨルシカという。いずれも我が母から産まれ、この暗月のグウィンドリンや白竜公と同じく、月と竜の力を持つ」
グウィンドリン「古竜であるシースを許容し、半竜であり王家の血筋たる我らを害するなど、その害の大小を別にしたとて、我が父には許しがたい行いだったのだ。故に父と兄上は、竜を弑した身でありながら竜を受け入れた。総ては父が母を愛したが故」
コブラ「兄…いや、今はいい。続けてくれ」
グウィンドリン「うむ……だが王の懸念する濁りとは、厄事の重なりそのものを指していた」
グウィンドリン「ダークソウルによる、人の国ウーラシールの破壊。その報を受けた王は、闇を孕む人世界に対して警戒を強め、神の世を護るべく、人への不干渉に近い政を執ろうと考えた。だがそれが人の世に知られれば、人は絶望に駆られ、更なる闇を孕む」
グウィンドリン「そのような事態を避けるには、人に大義を示す必要があり、その大義こそが『古竜の残滓を追い立てること』だったのだ。だが、そこに矛盾が生じたのだ」
コブラ「なるほどな…人の闇に対抗するために竜との協力体制を結ぶと、人に示す古竜討伐の大義が崩れて人からの不信を招くし、かといって竜と結ばずに闇を放置すると、闇への対抗手段が無くなっちまって、人間社会がドロドロに腐り落ちるわけか…」
グウィンドリン「左様。そして竜との戦いという大義を保つためには、竜が居なければならない。故にアノール・ロンドは、竜の討伐をあえて怠った。だがその大義も、優れた騎士であるが故に戦の怠りに気付いた『鷹の目のゴー』と『竜狩りオーンスタイン』からの不信により揺らぎ、戦いの戦果を巡る神同士の不和と不信も相まり、遂に限りを迎えつつあった」
グウィンドリン「我ら月と竜の子らを守るため、神の国を護り、人の世を保つため、王が選ぶべき道は一つしか無く、他の道は許されなかった」
止まった時はそのままに、王とその妻は溶け、大広間は崩れ去っていく。
転移にも慣れたコブラの眼前からは、四枚の鏡も消えた。
割れた天井からは晴天が滲み出し、空に輝く太陽に、コブラは思わず顔に手影を作った。
グウィンドリン「王は人からの不信を受け入れる事を選んだ。時が充分にあれば、他の道も模索のしようがあっただろう。しかし母も父も、それが許されない事を知っていた。知っていたからこそ、例え策が不足であろうと、我らが未熟であろうと、発令を急いだのだ」
抜けるような晴天と眩い太陽がアノール・ロンドを見下ろす中、王城の正門前では、神々による『儀式』が行われていた。
長い階段の最頂部に、銀騎士の背丈ほどもある大剣を穿いた王が立ち、その両脇には太陽の第一王女と第一王子が立つ。
王の背後には女王が控え、その隣には法官の影が差している。
月の子らの姿はどこにも無く、階段の両脇には黒騎士が層を成して立ち並び、剣を胸元に立てていた。
宙に浮かぶ銀騎士達には神々が混じり、そこにはオーンスタインの姿もあった。
コブラ「流石だな。神話時代の全盛ともなると、空を飛ぶくらいは普通ってわけか」
グウィンドリン「我ら神々が火を受けた時、備わった力だ。アノール・ロンドも飛翔を前提とし、建てられている」
グウィンドリン「だが皮肉と言うべきか、世界の火の弱まりによって最初に失われたのも、この力だった」
コブラ「あんたらの翼も蝋だったわけだ。で、王様は何処に行こうとしてるんだ?剣を持ち出すんなら、バカンスってわけでも無いんだろ?」
グウィンドリン「然り。アノール・ロンドを築く前は、人の闇が強き時であったため、火の弱まりもまた、勢いを早めていた」
グウィンドリン「ゆえに我らが王はこの日に、火継ぎへと向かわれたのだ」
コブラ「火継ぎ?……するってえと、最初の火とやらに薪でも焚べに行くのか?」
コブラ「!!……まさか、あんたが俺を大王グウィンの後継にしようとしたってのは…!」
ゴオンッ!
太陽の第一王子、冠の偉丈夫が、幅広の刃を持つ剣槍を、石畳に突き立てた。
それを合図に銀騎士達は一斉に剣を掲げ、大王は階段を降り始めた。
大王が黒騎士の一柱の前を通り過ぎると、黒騎士は王に続いて段を降り、黒騎士の列は王が歩を進める毎に、王の隊列に加わった。
王の子らは声を上げず、家臣達は顔を上げず、貴民達は音を立てない。
グウィンドリン「貴公の心は今、我が心と繋がっている」
グウィンドリン「言い淀むことは無い。貴公の疑いは既に知っている。貴公の思う通りだ」
コブラ「………」
グウィンドリン「王は薪となり、身に宿るソウルを燃やし、世界を保つ」
グウィンドリン「謁見の間にて我が姉の幻影が語ったのは、その役を貴公に引き継がせるという意」
グウィンドリン「大いなる火の薪となる者。不死の試練とは、その者を選び出すための謀なのだ」
階段を降り終わり、王は地を歩くように、空中を歩いた。
黒騎士達もそれに続き、あるはずのない足場を踏みしめては、鎧を擦らせる音のみを零した。
飛べぬ者のための回転階段は動かない。その先に続く、絵画の館に隠れる者達に、儀式への参加は認められていない。
グウィンドリン「真実を知ったが故の驚き、疑いも、我は全て見渡せる。だが、驚くべきはやはり我が方であろうな」
グウィンドリン「貴公は何故、我を恨まぬのだ?」
コブラ「止むに止まれぬ事情ってヤツには、俺も懐が深くてね」
コブラ「それに俺の世界は、あんたなんか及びもつかないような大悪党ばかりでな。貧乏くじ引かされただけの政治家なんか、数に入らないのさ」
グウィンドリン「貧乏くじ、か…」
コブラ「よしてくれ、今更センチになる歳でも無いだろ?」
グウィンドリン「…いや、消沈しているわけでは無い」
グウィンドリン「ただ、安堵しているのだ。貴公に弑されることも、謀った者の権利と義務であるがゆえに」
ヴン!!
コブラ「!」
突如、記憶の風景が消滅し、闇がコブラとグウィンドリンを包んだ。
空も地も無く、上下さえも定かではない。
コブラ「停電か?それとも上映終わり?」
グウィンドリン「王が火継ぎに旅立ったのち、我ら月の子らは再びアノール・ロンドの奥へと秘され、政から離された」
グウィンドリン「法官の策も停滞に入り、彼奴の動きにも暫くは目立った所が無い」
グウィンドリン「故に、新王となった我が兄が何を行ったかは、他の法官……クリスタルボウイとは異なる者達の残した書により、切れ切れに知るのみだ」
グウィンドリン「故に、映るものも無い」
コブラ「あらま」
グウィンドリン「グウィン王無き後、新王は人の秘めたるダークソウルへの対抗として、人と共に築いた人の都…輪の都を人知れず封印した」
グウィンドリン「神からの働きかけ無くして、アノール・ロンドに干渉できぬようにとの事だろう」
コブラ「臭いものに蓋したわけだ」
グウィンドリン「蓋というより、遺棄と言うべきだろうな」
グウィンドリン「次に新王は、先王が人を御す方法を試すためにと築いていた別の人国、小ロンド国へ赴いて闇を忌むべきものと定めさせ、新たに王を四人と定めて互いに尊信するようにと命じた。小国は公国となり、四君主を頂点とした民主制を築き、神の庇護を一身に受けた人国となった」
グウィンドリン「小ロンド公国は栄えた。人と神の築く文明国として、理想と言える形を成した」
コブラ「当てようか。……だが、思ったほど長くは続かなかった。だろ?」
グウィンドリン「左様だ」
肯定の言葉とともに、闇は再び色を放ち始めた。
コブラの足元には白い石畳が現れ、周囲の虚無は竜狩りと処刑者がコブラの一行と矛を交えた大広間を浮かび上がらせた。
大広間の最奥、大王の立像の前には玉座が置かれ、そこに座すのは太陽の新王。
その新王の眼には、広間両脇を埋める神々と、己の正面に書を持って立つ、一柱の女神の姿が映っていた。
新王「我を前に、もう一度申してみよ」
低く厳かな声で、新王は事を確かめた。
再び発言するよう求められた黒髪の女神は、臆することなく、国を揺るがすほどに危うい題を告げた。
罪の女神ベルカ「神々の審判者にして、暗月の魔力の信奉者。魔女にして罪の女神たるベルカの名の下に、汝に告げる」
ベルカ「この場を以って名をとこしえに封じ、王の座を捨て、アノール・ロンドより去れ」
コブラ「クーデターか。ますます神話らしくなってきたぜ」
尊位を堕とし、支えられた法に異を唱える行いこそが神話であるというコブラの認識を、グウィンドリンは否定しなかった。
ただ黙して聞き入れ、かつての法官が眺めたように、過去を見渡している。
意志ある者を縛るのは、やはり力と法、そして因果応報なのだから。
新王「なにゆえに」
ベルカ「とぼけまいぞ。すでに汝の成した悪行も聞き及んでいる」
コブラ「白鳥に化けて尻でも触ったか?」
ベルカ「今、王の四騎士の二柱たる竜狩りと鷹の目は、竜の残滓を追い立てるべく隊を連れ、西に東にと散っている。その二柱が人界において戦神と崇められている事は、我らも知るところである」
ベルカ「だがその二柱が異郷の地にて竜を見出し、王たる汝に撃滅の認可を求めるたびに、どういうわけか人の都にて凶事の報が降り、騎士は帰郷を余儀なくされた」
ベルカ「凶事には虚実あり。アストラの魔物を人に討たせるべく、人に啓示を示す結果になる時もあるが、根無しの風評を掴まされ、おとぎ話が人の世に流れるのみに終わる時もある」
ベルカ「ゆえに逃したのだ。朽ちぬ石の竜も、瘴気の眠り竜も、黒竜も。四騎士一の雄たるアルトリウスと、対竜において功を積みし岩のハベルを擁しながらな」
ベルカ「戦神たるならば、確かに人の求めに応じ、力を貸さねばならぬ時もあろう。だが真偽定まらぬものに精査もせずに向かわせたとあれば、事の責は四騎士にではなく、それらに命を下す者にこそ生じよう」
ベルカ「大法官ライブクリスタルよ、前へ」
法官「はっ」
コブラ「ライブクリスタルだぁ?」
グウィンドリン「聞き覚えがあるのか?」
コブラ「ああ、あるぜ。クリスタルボウイの身体を構成してる物質の名前だ」
コブラ「悪趣味とは前から思ってたが、ネーミングセンスにも遊び心が足りないとはな。人生初の偽名とはいえ引き出しが少なすぎやしないか」
大法官と呼ばれた者はやはりクリスタルボウイだったが、コブラは訝しんだ。
クリスタルボウイが謀りを働く事無く日々の職務に励んでいたのであれば、竜の討伐の怠りを放置する事も無く、王への弾劾という大事に関わることも無かったはずだ。
ましてや、クリスタルボウイの記憶をソウルに刻まれたグウィンドリンが、クリスタルボウイの企みを『飛ばす』はずがない。
だが疑問をグウィンドリンにぶつけるのは、新王への弾劾の記憶が終わってからでも遅くはない。
コブラはひとまず言葉を切った。あくまで、ひとまずは。
ベルカ「竜狩り…人からの信仰…人への封じ…闇への見張り…そして火の守り…」
ベルカ「それらは王の命と、神々皆の献身と結束によって成される」
ベルカ「ライブクリスタル。汝は王に、人界にて凶事が生じる度、その凶事への精査を進言したか」
法官「進言致しました」
ベルカ「では、王はなんと?」
法官「人の望むがままに力を貸し、人が眼を眩ますうちに闇を見定め、凶事に備えよと」
ベルカ「では人の国たる輪の都には何をした?」
法官「王の命により、太陽の末娘たるフィリアノール様を贈り、都を封印致しました」
法官の言葉を聞き、神々はざわめいた。
フィリアノールは、輪の都とアノール・ロンドの断交があくまで一時的な措置である事を証明する役を背負っているはずである。
しかし、先王グウィンは措置を内密に恒久的なものとしており、フィリアノールは見棄てられ、新王はグウィンのその措置を継承してしまっていたのである。
措置の中身を知り、そして変える事もできるというのに、それも行わずに。
ベルカ「名を失いし王よ、汝に問う。人の信仰を求めて人に応じるならば、なにゆえに人の都を封印したのだ?」
ベルカ「人が闇を孕むなどは承知の上で、我らは人を縛り、人を導いたはず。神々を信仰により強めるために」
ベルカ「だが汝は、王の血筋を闇の小川に棄て置いてまで人を拒むというのに、人の求めに応えると宣う。竜狩りをも怠ってまでその矛盾を守り、アノール・ロンドの神々にどのような正義があるというのか」
コブラ「ふーむ…つまりは敵を騙すにはまず味方からってヤツをやろうとして、上手くやりすぎたんだな」
グウィンドリン「味方を騙す?何を言うか貴公は…」
コブラ「俺の世界のコトワザさ。太陽王の息子の妹…いや、弟であるアンタでさえこの考え方に馴染みが無いとすると、相当に徹底してたみたいだな」
コブラ「人の信仰によって神々が力を強めるってんなら、力の増幅装置とも言える人間に、同調するヤツらも少なくなかったはずだ。というか俺の経験から言わせてもらえば、そっちの方が多くなる。神を名乗るヤツは決まって俺よりも強欲で自信家だからな」
コブラ「でだ、そんな連中がそうでない連中と1つ屋根の下で暮らすとなると…まぁよくて美人を巡って殴りあい、悪くて派閥間の殺し合いに発展しかねないだろ?アンタの兄貴はそれを嫌ったのさ」
コブラ「人を拒んで遠ざけると神は弱くなり、闇への監視もおざなりになるから世界の闇も大きくなる」
コブラ「人を受け入れて近付くと、神は強くなるが、神同士の仲間割れの危険が増える。驕った人間が神に挑戦してくる可能性も出てくる。まぁこれについては分からんでもないがね。いやこれはタチの悪い冗談。へへへ…」
グウィンドリン「………」
コブラ「更にあんたの記憶によれば、ウーラシールっていう人間の国が闇に破壊されちまってるし、しかも神が人間を恐れているとは、万が一にも人間に察知させるわけにもいかない。とくれば、あとはもう誤魔化すしかない」
コブラ「人に対して、どっちつかずの矛盾にまみれた態度を貫き通し、突き放しはするが信仰も求めるってわけだ。そんな綱渡りがいつまでも続くはずがなかったのさ」
コブラの呆れたような、それでいて得意げなような解説に、グウィンドリンは返す言葉も無かった。
後の事の運びを知る者として、コブラの分析は多くの面において的を射ていたのだ。
コブラ「しかし、そうなると恐ろしくデカい疑問が出てくる」
グウィンドリン「貴公の敵が動かぬことか?」
コブラ「それもある。だが本当に分からないのは、おたくの兄上が反論しないことさ」
罪の女神の弾劾に、名を失いし王は一切口を挟まなかった。
神々を前に、矛盾を抱えた政がいかにアノール・ロンドに必要であるかを説くことも可能だったが、自身を責められるに任せた。
先王の冠を象った輝ける王冠に宿る威光をも、振るおうとしない。
ベルカ「名を失いし王よ。汝は大法官に闇を見定め、凶事に備えよと申したが、その見定めと備えには、輪の都にて古竜に強いた闇食いも含まれているのだろうな?」
ベルカの言葉は、またも大広間をどよめかせた。
そのどよめきは先のものより大きく、王に疑問を呈する声も上がった。
「ミディールに闇を喰ませるなど、それではカラミットを愛で、育むことと変わりが無いではありませんか!」
「人への統治を怠り、闇を縛らず、更には闇を我らが敵に与えるなど、王はアノール・ロンドを滅ぼすことを望むか!」
神々からの疑問は、王に向けるならば余りにも畏れ多いものだったが、それにも名を失いし王は反論を行わなかった。
闇の時代の到来を恐れるあまり、人への積極的な干渉統治を行わない王の弱腰姿勢を不安視する勢力は、決して少なくはない。
「異議を申し立てる」
「竜が敵と申すにしても、言葉をお選びいただきたい。仮に先の言葉を通すにしても、白竜公と暗月の血を敵と含まぬ事を確約していただきたい」
その不安の言葉に対して声を発したのは、白竜シースに仕える六目の伝道者達の一人と、その者たちの長だった。
神の都にて奇跡ではなく魔術を嗜む彼らにとって、暗月の血と白竜公の安全の確保は、何にも代え難い事項だった。
コブラ「おっと場外乱闘か。レフェリーの女神の出番だ」
ベルカ「静粛に。含むところがあれば場を設けるが、その場はここではない」
ベルカ「名を失いし王よ。この場は、我が汝に課した罪に対し、汝が釈明を行う機会も兼ねている。しかし釈明を行わぬのならば、言い渡されるままの罰を受けることになろう」
新王「ならば言い渡されるままの罰を受けよう。全ては真実だ」
ベルカ「………」
名を失いし王は玉座から立ちあがり、冠を外す事も無く、その右手に剣槍を持った。
太陽の剣槍は古い竜狩り譚にも記されている。その冒険譚は、長旅の末の戦いの物語だった。
剣槍を携え、ベルカの横を通り過ぎ、大広間から歩き去らんと歩を進める王に、神々は気圧されるように道を開けた。
王が歩く最後の道には、恥を知らぬかと王に罵倒を浴びせ掛ける者、見捨てられると怯える者などの声が二、三転がり込んで来たが、それが石床に消えるほどに、道は静かだった。
王へ注がれる視線は様々に心を含んでいたが、王はどれとも視線を絡めず、足元さえも見ずに歩き去っていく。
ベルカ「太陽の長子。無名の王よ。汝に太陽の導きを」
背中に仮初めの惜別を投げかけられても、無名の王は振り向かず、立ち止まりもしなかった。
無名の王「太陽は既に導いた。ゆえに我は示された地へとゆくのだ」
王はそのまま歩き去り、大聖堂を出て大階段を二、三降ると、剣槍を天に向け掲げた。
空の雲は剣槍に惹かれるようにして集まり、風と共に剣槍と王を取り囲む。
足元にも雲と風の塊が生じ、周囲を飛び回る風に雷が含まれはじめた瞬間…
ドドォーーッ!!
無名の王は激しい落雷と共に姿を消し、遠くの空の雲間には、小さく輝きながら遠ざかる点が一瞬現れ、その輝きも消えた。
人への弱腰や、闇と竜の増長などを不安視していた臆病な者たちは、王を庇わなかった身でありながら追放について難色を示す。
広間の神々が互いに様々な言葉を行き交わせている間、ベルカとクリスタルボウイだけが、王が去っていった正門を静かに見つめていた。
グウィンドリン「兄上がアノール・ロンドを見捨てたのか、それとも我らが兄上を見捨てたのか、兄上がついに仔細を語らなかったゆえ、最早分からぬ」
グウィンドリン「だがこの後に起きた事を思えば……兄上は恐らく、我らが犯してしまった誤ちが何であるかを、遥か以前に看破していたのだろう」
コブラ「その過ちってのはなんだい?」
グウィンドリン「それは明確には……いや、分からぬ……だが確かに、我は言い知れぬ焦燥を思うのだ」
グウィンドリン「この怖れは、クリスタルボウイの記憶を知る遥か前……父上が我ら月の子らを秘する事を決めた時から、我が内に巣食っている」
グウィンドリン「兄上の追放は、先王だった父上の行った政を兄上が崩さなかった事に起因しているが……だが、先王グウィンの政により、アノール・ロンドは栄え、神々は栄え、人も栄えた…」
グウィンドリン「コブラ…我は恐ろしいのだ…兄上がどのような真実を見出したのか…それを知る勇気が無い…」
グウィンドリン「我が記憶に、兄上の見た真実が無い事に…心から安堵してしまうのだ」
コブラ「知りたくない事があるなら、俺もそこは詮索しない」
コブラ「俺とレディはただ生きて古巣に帰りたいだけだ。あんたの古傷を抉ることや、新たなる恐怖みたいものにも興味は無いのさ」
コブラ「だが、知らなきゃならんと言い出したのはアンタだ。苦しくならない程度に続きを頼むぜ」
グウィンドリン「…ああ、そうだな」
神々の喧騒は崩れ、大広間は溶け始める。
新たな転移はグウィンドリンとコブラを、また別の広間に立たせた。
横長の広間の中心には、横たわる大碑石を背負ったピラミッド状の低階段があり、低階段の頂部に置かれた椅子には、古き日のグウィンドリンが座していた。
大広間の光源は、縦に長い大窓からの陽光のみであり、ゆえに広間は薄暗く、コブラに寒々しささえ感じさせた。
コブラ「今度はアンタの軟禁部屋か……お付きの者の一人や二人、せがんだってバチは当たらないんじゃないか?」
グウィンドリン「父上と兄上がアノール・ロンドを去り、ただ位の繰り上げが生じたに過ぎないのだから、扱いなども重くある必要は無いと自重していたのだ」
グウィンドリン「それに、従者をつけたところで、命じるような事も起こらぬのでな」
静謐な孤独を守る広間に、どこからか石を擦り合わせる音が小さく響く。
石の足音は広間の入り口手前で止まり、音の主は跪いた。
古き日のグウィンドリン「来訪者よ。暗月の君の聖廟に、何用で参った?」
古き日のグウィンドリンは、薄闇に半ば眠っていた意識を覚醒させ、音の主に問いかけた。
石鎧の戦士「岩のハベル様の使いでございます。無名の王追放の際に、反乱の恐れありとしてベルカ様の命の元行われた、我が主の主導による白竜公の裁定が定まりましたので、その旨の御報告に参りました」
古き日のグウィンドリン「報告?我ら月らである我が身に、何かせよというのか?政を執り行う権利は、竜の血を引く忌子には無い」
古き日のグウィンドリン「それとも、白竜公を書庫にではなく、我が居室に押し込めよとでも言われたか」
石鎧の戦士「………」
石鎧の戦士に、霊廟の主は母から聞いた事実に、現状への怒気と諦観を含めて言葉を返した。
石鎧の戦士は投げ返された言葉に身じろぎのひとつしない。
それだけでも、かつてのグウィンドリンは事実が覆い隠す真実を看破したが、確信を持つためにも更に言葉を連ねた。
古き日のグウィンドリン「竜の敵対者が竜を護るなど、信奉者達への突き放しにあたると、汝は疑いは持たぬのか?」
石鎧の戦士「我が主は岩のハベルに在らせられるゆえ」
古き日のグウィンドリン「そうか。では下がれ」
石鎧の戦士「はっ」
ハベルを信奉する戦士は跪いたまま更に頭を深く下げると、立ち上がり、石音と共に霊廟を去った。
残された霊廟の主は、再び微睡みの中に沈み込む。
ハベルはその信奉者共々、やはりシースの追放においても巌のごとく動かぬことを知れたのだから。
グウィンドリン「岩のハベルに、白竜公は斬れぬ」
グウィンドリン「白竜シースには暗月の光が流れ、暗月は太陽と混ざり合ったのち、このアノール・ロンドを築いたのだから」
コブラ「つまり岩のハベルとかいう奴は、王にではなく女王……アンタの母上殿に忠誠を誓っていたってわけか」
グウィンドリン「そう言い切るだけの根拠を聞こう」
コブラ「簡単な理屈さ。最初の王がいなくなってその後継者も弾劾の末に追放されたとあっちゃあ、女王にではなく王に忠誠を誓う騎士に、不安因子の隔離なんていう任務が回ってくるはずが無い。囚人の監視に囚人を使う刑務所なんて、どこのお偉いさんも使いたがらないさ」
コブラ「それに、どうせアンタの国もお馴染みの後継者争いなんかをやらかしたんだろ?だったら尚のことってものだろ」
グウィンドリン「ふむ……概ね貴公の察しの通りではあるが、それは一つの面に留まる」
グウィンドリン「我が母、月と太陽の女神に、岩のハベルは確かに忠誠を誓っていた。だがそれ故に享受した任務を、かの神はただ遂行するだけの者でも無い」
グウィンドリン「岩のハベルは自らを白竜公の敵対者とし、月と太陽の子たる白竜シースを護り、我ら月の子らを護り、神々から不和の種をひとつ摘み取る道を選んだのだ」
グウィンドリン「たとえそれが友たるシースとの今生の別れとなり、その絆を永久に穢し、覆い隠すものであったとしても」
コブラ「じゃあ、アンタがさっきの使いっぱしりに不機嫌だったのは…」
グウィンドリン「魔法に抗する術を創るならば、魔法を師とし、魔法の術理を知らなければならない」
グウィンドリン「皮肉なものだ。魔術の敵にして竜断の神と呼ばれしハベルの心中を察していた者が、我ら月の子らと、知りたがりの大鎚騎士だけだったとはな」
コブラ「大鎚騎士?誰なんだそいつは?」
グウィンドリン「気にする事は無い。愉快な者ではあったが、あれも輪の都に発って随分経つ。最早生きてはいない」
グウィンドリン「貴公が知るべき者達は別にある。それらは先だ」
古き日のグウィンドリンと、かの神を囲む広間と静寂は、闇の中に崩れて消える。
次の転移がどのような景色を映すのか、少し以前からコブラは内心楽しみに思い始めていた。
だが崩れた景色は闇に染まったまま、石床も灰の荒野も映さない。
コブラ「ん?また記憶が無いのか。それともコンセントが抜けたかな?」
コブラの軽口が闇に吸い込まれたが、闇は何もみせず、音も返さない。
>>614
誤・古き日のグウィンドリン「報告?我ら月らである我が身に、
正・古き日のグウィンドリン「報告?月の子らである我が身に、
グウィンドリン「白竜公が書庫に幽閉された日を境に、我ら月の子らへの隔離も、より深く明確なものになっていった」
グウィンドリン「我が姉上プリシラと妹のヨルシカが、当時どのような処遇にあったかも、母と話さなければ知らずにいただろう」
グウィンドリン「だが少なくとも、我が耳に入る言葉は、新たな統治者が現れるまでは処遇が定まらぬ身であった、権限の少なき者……我が母の言葉のみとなった」
グウィンドリン「この時の景色が映らぬのもそのためだ。広間の外から聞こえる母の声以外に、我が暗室に価値など無い」
コブラ「分かるぜ。つまらんCMばかりじゃテレビも消したくなる」
コブラ「だがひとついいか?アンタの記憶にはクリスタルボウイの記憶も混ざってるんだろ?この時もアイツは暗躍していたはずだ。何故ヤツの記憶が無い?」
グウィンドリン「クリスタルボウイが与えられた任をただ果たしていたからだ。これからしばらくは、あの者は動かぬ」
グウィンドリン「動く必要も無い。それほどまでに貴公の敵の謀りは完成していたのだ」
「グウィンドリン」
コブラ「!」
闇の中に鈍く響く声は、水中で聞く囁きのように微かであり、コブラは言葉を止めた。
囁きの主は月と太陽の女神であり、その調子から、決して愉快な用事があるわけではないという様子が伺えた。
月と太陽の女神「グウィンドリン…無事なのですね?」
月と太陽の女神「ならば、全てを話してもいいのでしょうね……実はしばらくの間、貴方と貴方の姉妹達に、刺客を放とうという動きがあったのです」
コブラ「フッ、飛ばすね。もう暗殺か」
月と太陽の女神「貴方の知る通り、あなた達月の子らと私には、王座へ王が座らぬ今、政を束ねる力は許されていません」
月と太陽の女神「それをいいことに、ベルカは臨時政府を発足して、このような画策を働いたのです……幸いにも、寵愛のフィナと岩のハベル、刺客達の長たる王の刃キアランの奔走により、大事には至りませんでした。太陽の第一王女たるグウィネヴィアの力添えも大きいでしょう」
月と太陽の女神「ですがヨルシカは幽閉され、プリシラは冷気を纏う身であるがゆえに、流刑の地たる冷たい絵画へと追いやられました」
古き日のグウィンドリン「……母上」
古き日のグウィンドリン「我らに政を束ねられぬと仰るのなら、何故我らは脅かされねば成らぬのですか?」
闇の中を、かつてのグウィンドリンの声が響く。
グウィンドリンの声は鈍くは無かったが、その主の姿は無く、やはり暗闇だけがコブラの眼には映っていた。
月と太陽の女神「全貌はまだ暴きようも無いでしょう……ですがグウィネヴィアの一声ですぐに動きを止めたのですから、何が起こっているにせよ、あなた達を脅かすことによって、ベルカの目的は達成されたのでしょう」
古き日のグウィンドリン「……ベルカは、我らの姉上を王に……次なる薪とするつもりなのですか?」
月と太陽の女神「それもまだ分かりません。ですがもしそうなら、アノール・ロンドは偉大なるソウルの系譜を失い、強い薪を生む力を弱め、遠く滅びます」
月と太陽の女神「かの神はそれを見ぬほど愚かではありません。グウィネヴィアを王とはしないでしょう」
月と太陽の女神「………」
月と太陽の女神「ともかくとして、私達への危機は一時にせよ去りました。我が子である貴方に、楽観せよとは言えないけれど…」
月と太陽の女神「それでも、多くの神々があなた達の影で支えとなっています。貴方の母も、そのひとつ」
月と太陽の女神「心細く感じた時は、どうかそれを思い出して」
コブラ「母の愛ってのは泣かせるね。アンタにも優しいお袋がいた時代があったわけだ」
グウィンドリン「子に優しくなければ、火に焚べる薪など育てられんさ」
グウィンドリン「我らがアノール・ロンドも、その地に住む神ですら、全ては火を護り、あらゆる生命を存続させるための生贄にすぎない」
グウィンドリン「我が母上の慈愛もそこに帰結する。だが運命は皮肉を心得ていたようだ」
グウィンドリンの言葉と共に、暗闇は晴れて、先程映ったばかりの風景を再び形作る。
白い柱の広間を一杯に埋め尽くす神々と、空の玉座の隣に立つ罪の女神ベルカの姿は、コブラにここが弾劾の場である事を瞬時に悟らせた。
どのような意図のものか、虜囚の身である月の子らも揃って参席を許されていたが、真に驚くべき点は、裁かれる者達の姿である。
オーンスタイン「我らが竜狩りを怠り、怠惰の限りを尽くしていたと言うだけならば、まだよい。だが前王を侮…」
巨人「まだよい!まだよいだとォーッ!!」
ズドドオオォォーーッ!!!
コブラ「おおっ!?」
ベルカの眼前に立つ竜狩りの隣で、足裏を石床に打ち付けた巨人がいる。
巨人は胴と手足に鉄を巻き、右肩に石の木を付け、左肩を露わにした巨人が立っていた。
踏みつけられた石床は蜘蛛の巣の如くひび割れ、揺らぎは王城中を響き渡り、巨人の兜の覗き穴からは、炎の如く燃える真っ赤な目が、周囲に矢のような気炎を放っていた。
その恐ろしさに、弾劾の場を見張る銀騎士達でさえも、巨人に剣を向ける事を躊躇した。
ベルカ「不服とのたまうか。鷹の目のゴーともあろう者が児戯のごと…」
ゴー「王より我らが仰せつかった任は世を護る清き使命であり、それに込められし威光はあくまで絶対!!我らの忠義を疑うなど、貴様は我らを辱めるだけでは飽き足らぬというのか!!」
ベルカ「我が言葉がいつ王の座を穢したというのだ。かような思いに耽る、汝の心根こそが腐臭を放っているのではないのか?」
ゴー「オオオオーーッ!!!」グワッ!
ガシイィーー!!
スモウをも超える巨体を目にも留まらぬ疾さで動かし、ベルカの胴を鷲掴んだゴー。
その右肩には、既に竜狩りが立っていた。
ゴー「!」
オーンスタイン「それ以上の狼藉は許さん。罪の女神を離さなければ、貴公の首を斬る」
ゴー「オーンスタイン……貴公、王より与えられし友情を捨てるかっ……!」
オーンスタイン「友であるから警告を挟めたのだ」
ゴー「………」
己が既に、多くの面で死に体であることを悟った鷹の目は、ベルカを元いた石床に起き、自らは玉座の前に直った。
息の乱れどころか声さえ震わせず、ベルカは粛々と語る。
ベルカ「竜狩りオーンスタインならびに鷹の目のゴー。古竜狩りを怠り、長子の奸計に与した事への罰を、これより汝らに申し渡す」
ベルカ「鷹の目ゴー。今より汝から騎士の位を剥奪し、汝を他の巨人達同様、元の被使役階級に戻す。だがこれまでの功績に免じ、同盟の地たるウーラシールでの隠遁を許す」
ベルカ「オーンスタイン。イザリスの混沌から染み出す毒沼が、日に日にアノール・ロンドへ近づいているとの報は、汝も知るところであろう」
オーンスタイン「………」
ベルカ「故に我ら暫定政府は、汝を古竜狩りの任から解き、新たに王城の護りの任を与えることを決定した。四騎士の長が城勤とあれば、皆々も心安まろう」
コブラ「毒沼……ふーん、そういうコトか」
コブラ「権力を握って増長したか。この女神様のサドっ気が増してきたぜ」
コブラ「俺が見たアノール・ロンドには蛆虫一匹湧いちゃいなかったし、それどころか鉄の巨人が護ってた砦にだって、病み村のヘドロは染み出しちゃいなかった」
コブラ「こいつは警護にかこつけた体のいい軟禁だ。それも無期限のな」
コブラ「それにこの巨人、鷹の目といったか?鷹の目っていやぁ、前見た記憶では四騎士の一人ってことになってたはずだ。大戦争で名を挙げた四大英雄の二人にこんな悪ふざけをやったんだ、どうせ残りの二人にもロクでもない事してるんだろ?」
グウィンドリン「然り。ベルカはゴーを追放し、オーンスタインから多くの権限を奪ったのちに、すぐさま王の刃キアランを捕え、牢に繋いだ」
コブラ「やはりな。キアランってのは、例の刺客達のボス格のことだったか?王家に仕える暗殺者が王家の衰退と共に仕返しをされるなんていうのは、よくあることだ」
コブラ「だが変だぜ。暗殺者には必ず雇い主と協力者がいる。王という雇い主は消えたかもしれないが、協力者はまだいるはずだ」
コブラ「そいつらのツテを使えば、腕の良い暗殺者がのろまな近衛兵なんかに捕まるわけが無い。だがアンタはキアランがすぐに捕まったと言った」
コブラ「まさかとは思うがそのキアランってヤツ、ベルカとの繋がりをベルカ本人に恐れられて、ズバーっとやられたんじゃないのか?」
グウィンドリン「それはありえんな」
コブラ「なに?」
グウィンドリン「王の刃にはただひとつの掟が課される。掟とは『王の命により剣を振るうこと』のみ」
グウィンドリン「一度命があれば、それが誰であろうと斬るのが、かの女神の使命なのだ。それが敵や味方であろうと、己や友であろうと、例え王であろうとな」
グウィンドリン「そしてキアランの剣を収める事ができるのもまた、王のただ一柱のみ」
グウィンドリン「ゆえに玉座が空である時は、キアランは決して剣を抜かぬ。敵や味方に斬られようと、己や友に裏切られようとも」
コブラ「流石に仕事一筋か。もし会うことがあれば、まずはお化粧チェックだな」
グウィンドリン「職人気質から来る行いでは無い。忠義に厚く、闇の中でただひとつ輝く神の都を愛しているがゆえだ」
コブラ「やれやれ、全てはサラマンダー総統のために、か。報いてくれる保証も無いのによくやるねまったく」
グウィンドリン「サラマンダー?誰のことだ?」
コブラ「場末のバーで千年もクダ巻いてた酔っ払いさ」
グウィンドリン「……問われた際に煙に巻くのなら、はじめから皮肉など言うな。貴公の悪い癖だぞ」
コブラ「あーらら、説教されちゃった」
弾劾の場から神々が消え、裁かれる者たちも消え、次の転移が始まる。
移りゆく景色を眺めながら、親しい者が追いやられていく場面で言う冗談では無かったと、コブラは内心反省した。
もっとも心同士が繋がっている以上、その真意もグウィンドリンに筒抜けなのだが、真意を胸に秘めるという癖もまた、コブラの治らぬ癖のひとつだった。
そしてグウィンドリンは、その癖に父と兄の背を見、母の声を想った。
霧降のアノール・ロンドに、果たして真意を語れる者がどれだけいたのだろうか、と。
コブラ「ん?」
転移が終わり、コブラは僅かだが拍子抜けした。
柱の森を埋める神々の姿も、玉座を前に裁かれた者たちも、そしてグウィンドリンとグウィネヴィアを除く王の系譜の姿も消えたが、場所は全く変わらなかったのである。
空の玉座の正面右隣には罪の女神が立ち、その周りには見届け役として、暫定政府の面々と思しき神々が並び、それに混じって法官が書を開いている。
空の玉座の正面左隣にはグウィネヴィアとグウィンドリンが立ち、彼らの背後には、月と太陽の女神が立つ。
ベルカ「入れ」
罪の女神の声と共に、群青色のサーコートを鎧の上に羽織った騎士が、寒々しい大広間に歩を進めた。
ザッ ザッ ザッ…
入場の許しを得て、群青の騎士は大広間を縦断していく。
騎士の体格は大きく、背丈はオーンスタインよりも頭ひとつ半ほど高いが、その歩みには鈍重さのかけらも感じられない。
鷹とも狼とも見える兜からは、サーコートと同じ色に染められた長房が揺れる。
そして騎士は、その兜を脱ぐことも無く玉座の前へと立ち、空の玉座へ向け跪いた。
ベルカ「如何なる用で参った?闇霊狩りアルトリウスよ」
闇霊狩りと呼ばれた騎士は、跪いたまま。
しかし兜を脱がずに応えた。
アルトリウス「如何なる用でも、お申し付けください」
騎士の言葉は容量を得ぬものであると、ベルカの周りにいる神々は眉をひそめた。
用があって呼びつけるならまだしも、用を求めて呼びつけるなど礼を失すること甚だしい。
「四騎士ともあろう者が何を言う。録に残るのだぞ?」
神の一柱が当然の苦言を呈する中、法官はこの場で交わされた言葉を一句漏らさず書に書きとめている。
だがベルカは、その唇に賞賛の意を込めて笑った。
ベルカ「フフッ……そうきたか」
ベルカ「四騎士というのは王の命で戦うばかりで、政や謀りなど分からぬものと思っていたが、存外話が分かるではないか」
アルトリウス「………」
ベルカ「何らかの任を仰せつかったのちに無事役を果たし、恩赦によって友たる騎士達にかつての役を与えようと、汝は考えた」
ベルカ「しかし自ら名乗り出るのであれば、今までの汝の行い同様、報酬を求めぬ忠義から来る行いであると神々に示すことになり、褒めの言葉一つで事を収められる可能性がある」
ベルカ「だが我らが汝に申し付けるという形になれば、我らは汝の行いに対して見返りを与えなければならない身となり、汝はかつての友を取り戻せる」
ベルカ「よい策だ。我らの慣例の盲点を突いているし、我も流石にこのような真似はせぬと高を括っていたのは確かだ」
ベルカ「だが悲しいかな、その策は我々が『用など無い』と言ってしまえばそれで消えてしまう、あまりに儚いものだ」
ベルカ「それに万が一にも役を与える事になろうとも、その役を果たした者に恩赦を与えられるのは王のみ。王子でも王女でも、ましてや我らでも無い。王ただ一柱のみなのだ」
アルトリウス「………」
ベルカ「……しかし王が不在である今、王が座につくまで一切の事を治めないとなれば、暫定政府の意義が問われるはめに陥ろう」
ベルカ「ここは王による恩赦ではなく、暫定政府が存続する限りは有効とする、暫定的な新たな恩赦を作らねばなるまい」
アルトリウス「!」
「何を仰るのです!?」
「闇霊狩りはまだ何も求めてはおりませんぞ!それに恩赦を与えるというのですか!?」
「我らに仇なさんとした鷹の目はどうなります!?アルトリウスが任を果たせば、鷹の目に再び王城の門をくぐらせることになるのですぞ!」
神々が口々にベルカへ忠告を入れる中、ベルカの微笑みは弛まずアルトリウスへ向けられている。
その表情に、コブラは飽きるほどの見覚えがあった。
コブラ「……そりゃあ恩赦も出すか」
コブラ「生きて帰らせるつもりが無いんだからな」
ベルカは懐から黒鉄色の小箱を取り出した。
小箱には銀色に輝く頭蓋が彫られており、頭蓋の眼窩はアルトリウスを見返している。
その小箱を見て、神々は口を開くのをやめた。
ベルカ「この箱の頭蓋が何を示すか、汝も知るところであろう」
ベルカ「頭蓋は解呪の証であり、光たる神に降りかかる災いを闇たる人で拭うことを示すが、この箱に収められている宝具はその類いとも異なる」スッ…
ベルカの指が小箱の隙間に差し込まれる。
そしてアルトリウスへ向け開かれた小箱には、闇霊を狩る者にのみ与えられる紋章を刻まれた、銀のペンダントが収められていた。
アルトリウス「…これは、闇狩りの……」
ベルカ「あらかじめ汝の紋章を刻んでおいた。アノール・ロンドに大いなる闇が迫る時に備え、闇を打ち払う算段が昔に整えられていたが、遂に闇も現れず、多くの宝具が死蔵された。この名も無きペンダントもそのひとつだ」
ベルカ「これを握り念じれば、闇狩りの光が放たれる。闇は光に貫かれ、千々と消えるだろう」
跪いたまま小箱を受け取り、アルトリウスはペンダントを手にする。
長い鎖に繋がれていたが、装身具部分は神の身には小さく、人の掌にしてようやく釣り合うような大きさをしていた。
ベルカはペンダントが抜かれた小箱を懐に仕舞い直し、しかしアルトリウスの前に立ったまま、話を続けた。
ベルカ「アルトリウス。汝がそのような申し出をするのを、我は実のところ待っていたのだ」
アルトリウス「………」
ベルカ「汝の友を牢や僻地へ送ったのも、あくまで前王の愚行を広く弾劾するための一計。アノール・ロンドに渦巻く王家への不信を分散し、発散させる為の行いだったのだ」
ベルカ「不信が収まった頃を見計らい、我は王の四騎士に暫定的な恩赦を与え、騎士を再び集結させ、新たなアノール・ロンドの護り手とするつもりでいたのだが……それも遅すぎた」
ベルカ「今や竜狩りは我らに不信感を強めておるし、鷹の目は王家への忠誠が過ぎ、柔和さを失っている。最早我らが再起を願っても、聞く耳など持たぬだろう」
アルトリウス「…闇の巣食うウーラシールに……ゴーに遣いを出したのですか?」
ベルカ「うむ。だが、その遣いも遂に行方が途絶えた。恐らくは闇の者の手か、もしくは怒れるゴーの手に掛かったのだろう」
アルトリウス「ゴーがそのような事をするはずがございません。アノール・ロンドへの愛を持つ勇が、アノール・ロンドの民を討つなどあり得ません」
ベルカ「承知している。だが闇が神の心を惑わし、蝕むことは、汝も知っていよう。すでに遅いが、行かせるべきではなかった。これは我らの誤ちだ」
アルトリウス「………」
ベルカ「汝が訝しむのも分かる。だがこれは、皆がどうかは知らぬが、我が本心である事は保証する。その為に大法官にも録を残させた」
ベルカ「万が一に我からの申し出が謀りでも、国の興りからある至宝を棄て、勇士を弑するなど、神代が永久に続くが如く永久に語られる大恥となろう」
ベルカ「さすれば、スモウの大鎚に磨り潰されるのも我が身だ。どうにせよ、汝の願いは叶えられようというもの」
アルトリウス「!…そのような事は、断じて考えてはおりません。王の四騎士の名誉に誓えます」
ベルカ「そのような誓いは立てる事は無い。ただ任を受け、友を救えばよいのだ」
ベルカは再び微笑むと、元いた場へと戻り、姿勢を改め、令を発した。
ベルカ「闇霊狩りアルトリウスよ。汝はこれよりウーラシールへと向かい、深淵の主たるマヌスを征伐せよ」
ベルカ「無事征伐した暁には、汝に三つの恩赦を与え、それを四騎士の復権に使う事を許す」
ベルカ「では行くがよい」
令を受けたアルトリウスは、跪いたまま頭を一度下げると、立ち上がって踵を返した。
足甲が立てる細やかな金属音が、徐々に遠ざかっていく。
その背中に、ベルカは三度目の微笑みを向け、神々は愚か者に向ける哀れみの視線を贈る。
結局のところ、誠実なる四騎士の背中に祈りと不安の視線を向けたのは、太陽と月の三柱のみであった。
グウィンドリン「アルトリウスは使命を負い、そして戻らなかった」
グウィンドリン「当時、我ら月の子らは政の表層すらからも離されていた。政の最奥、ましてや秘されしものなど、知り得るはずもない」
グウィンドリン「ゆえにアルトリウスを陥れた罠に、我は遂に気づくことができなかった」
グウィンドリン「……一日ほど遡るぞ」
コブラ「?」
グウィンドリンの言葉を飲み込む暇も無く、大広間は溶け、新たな転移に運ばれたコブラの前に、薄暗い部屋が現れた。
長方形型の広い一室には、刺繍の施された橙色の絨毯が縦横に敷かれている。
長方形の奥には祭壇、中間には左右に並べられた八つの長椅子、手前には白いドアが開いており、そこから部屋を一望することができた。
そして、その入り口をコブラが通った直後に…
コブラ「!」
コブラの背後から、法官を連れたベルカが入室した。
部屋をひと眺めしたベルカは長椅子のひとつに姿勢を正して座り、法官は祭壇の前に立った。
コブラ「これはボウイの記憶か。つまり、ここでヤツはまた動きだすわけか」
グウィンドリン「然り。この時より、貴公の敵は謀りを速めた」
法官は祭壇から巻子本を取り出すと、本を開き、懐から印判を取り出す。
書物の書き手が誰であるかを保証するためのそれは、本の始めに押されると、懐にしまわれた。
ベルカはつつがなく職務をこなす法官を余所に、視線を伏せ、何事かを思い詰めるような表情を浮かべている。
法官「何を思い詰めておられるのです?」
ベルカ「……思い詰める?…何を理由に、そのようなことを…」
法官「貴女様は大王を追放いたしました。その息子も。あれはあの者達が神代を脅かしたのが悪いのです」
法官「神の身でありながら竜の肩を持ち、強欲な人間どもに望むがままを与えてやるなど、本来ならば死罪をも考慮されるべきでしょう」
ベルカ「何を言う、口を慎め。今の言葉はその身に過ぎるぞ」
法官の言葉に、語気を荒げるベルカ。
その両眼には静かなる怒りが込められていたが、コブラにはその他にも何か、濁りが感じられた。
コブラ「へっ、流石に良心が咎めてるか」
コブラ「王に怯えるようなヤツが、王を追い出したりするからだ。酒にコインを入れすぎたな」
グウィンドリン「ベルカの怯えは、確かに王へ向けられている」
グウィンドリン「だがそれは恐れの欠片に過ぎぬ。かの神の恐れの多くが向かう所は、王などではない」
コブラ「なに?」
ベルカの声を聞いた法官はしかし振り向かず、巻子本をゆっくりと巻いている。
その様子を見つめるベルカは二の句を継がず、法官が何を言うかを待っているようだった。
法官「
グウィンドリン「アルトリウスは使命を負い、そして戻らなかった」
グウィンドリン「当時、我ら月の子らは政の表層すらからも離されていた。政の最奥、ましてや秘されしものなど、知り得るはずもない」
グウィンドリン「ゆえにアルトリウスを陥れた罠に、我は遂に気づくことができなかった」
グウィンドリン「……一日ほど遡るぞ」
コブラ「?」
グウィンドリンの言葉を飲み込む暇も無く、大広間は溶け、新たな転移に運ばれたコブラの前に、薄暗い部屋が現れた。
長方形型の広い一室には、刺繍の施された橙色の絨毯が縦横に敷かれている。
長方形の奥には祭壇、中間には左右に並べられた八つの長椅子、手前には白いドアが開いており、そこから部屋を一望することができた。
そして、その入り口をコブラが通った直後に…
コブラ「!」
コブラの背後から、法官を連れたベルカが入室した。
部屋をひと眺めしたベルカは長椅子のひとつに姿勢を正して座り、法官は祭壇の前に立った。
コブラ「これはボウイの記憶か。つまり、ここでヤツはまた動きだすわけか」
グウィンドリン「然り。この時より、貴公の敵は謀りを速めた」
法官は祭壇から巻子本を取り出すと、本を開き、懐から印判を取り出す。
書物の書き手が誰であるかを保証するためのそれは、本の始めに押されると、懐にしまわれた。
ベルカはつつがなく職務をこなす法官を余所に、視線を伏せ、何事かを思い詰めるような表情を浮かべている。
法官「何を思い詰めておられるのです?」
ベルカ「……思い詰める?…何を理由に、そのようなことを…」
法官「貴女様は王を追放いたしました。その配下の者にも然るべき報いを与えました」
法官「全てはあの者達が神代を脅かしたのが悪いのです」
法官「神の身でありながら竜の肩を持ち、強欲な人間どもに望むがままを与えてやるなど、本来ならば死罪をも考慮されるべきでしょう」
ベルカ「何を言う、口を慎め。今の言葉はその身に過ぎるぞ」
法官の言葉に、語気を荒げるベルカ。
その両眼には静かなる怒りが込められていたが、コブラにはその他にも何か、濁りが感じられた。
コブラ「へっ、流石に良心が咎めてるか」
コブラ「王に怯えるようなヤツが、王を追い出したりするからだ。酒にコインを入れすぎたな」
グウィンドリン「ベルカの怯えは、確かに王へ向けられている」
グウィンドリン「だがそれは恐れの欠片に過ぎぬ。かの神の恐れの多くが向かう所は、王などではない」
コブラ「なに?」
ベルカの声を聞いた法官はしかし振り向かず、巻子本をゆっくりと巻いている。
その様子を見つめるベルカは二の句を継がず、法官が何を言うかを待っているようだった。
法官「……口を慎む?何故です。既にこの国とは関係のない者に、義理を立てる必要もありますまい」
法官「貴女は正しいことをしたのです。奸計を断ち、アノール・ロンドを清めた。大法官であるこの私が保証しましょう」
法官「それに、例え貴女が悔いた所で、今更貴女に何ができるというのです」
法官「神々の前で堂々と罪を曝け出させ、名まで奪った王に、再び玉座へ座れと命じるおつもりですか?」
法官「そのような都合の良い話、今更通りませんな」
法官「太陽の光を強く受け継ぐお方は今やグウィネヴィア様のみ。残るは暗月の方々です。その暗月にもしもの事があれば、このアノール・ロンドもいよいよ陰るでしょう」
ベルカ「もうよい。今更自明を語るなど、汝の魂胆も見え透いている」
ベルカ「しかし、この罪の女神を策で飲み込もうと、汝を待つのは仮初めの政を束ねる席にすぎぬぞ」
法官「何を仰っているのか分かりませんな。私はただ、月の血筋を真の支配者に立てるのなら、太陽は良い隠れ蓑になると言っているだけです」
ベルカ「なっ…!?」
コブラ「へっ、傀儡政治かぁ」
法官「気付かないとでもお思いでしたかな?」
法官「大王も、その御子息も、大いなるソウルを得て竜を破りはしましたが、竜に心を奪われた。そして人間にも屈し、長子は自ら去って末娘は棄てられ、残っている太陽の子は人の貧者を救うことにかまけているグィネヴィア様のみ」
法官「実のところ、貴女もすでに分かっているのでしょう?太陽は弱い。冷たい月こそが人を縛り、神を支えるに足る血筋であると」
ベルカ「な…何を世迷いごとを…」
法官「世迷いごとではありません。貴女こそが正しいのですよ」
ベルカに背を向けたまま法官は話を続ける。
コブラは、今まさにベルカを陥れようとするクリスタルボウイへ向け歩き出し、祭壇を回り込み、祭壇を挟んで法官と対峙した。
そしてコブラは、ベルカからは見えぬ法官の手元に、アルトリウスへと渡された銀色のペンダントを見た。
法官「アノール・ロンドに残った太陽の子らは僅かに一柱。しかし月の血筋の者は、大王の妻である太陽と月の女神を含めて、四柱も残っている」
法官「そして篝火の薪となる大いなるソウルは、月の女神にも流れている。ならばもはや薄れゆく一方となった太陽の血筋よりも未来ある月の血筋を取るのは、薪に頼る身としては当然の判断でしょう」
ベルカ「………もはや是非も無い…」
ベルカ「全てはアノール・ロンドのため…世を照らす炎のために…」
法官「分かっていますとも。だからこそ私は、貴女をお支えしたいのですよ」
慰めの言葉とは裏腹に、コブラが眼にしたのは法官の不敵な笑みだった。
その笑みと共に法官はペンダントを右手に握り込み、自らの頭上に掲げた。
カッ!!
ベルカ「!?」
シュゴオオォーーーッ!!!
コブラ「! この光、アーリマンの力か!」
そして長方形の一室にある、ありとあらゆる影が、尾を引いて法官の右拳に集まり始めた。
集まった影は拳を中心に渦を巻き、拳の隙間からは紫色の刺すような光が漏れている。
祭壇の蝋燭は火を失って風に倒され、ベルカは突如現れた禍々しき輝きに圧倒され、思わず立ち上がり、闇の風に衣服をはためかせた。
ゴゴゴゴ…
だが風は10秒と続かず、すぐに収まって影を元の所へ手放し、輝きは消えた。
後には遠方からの微かな雷鳴に似た響きが数瞬続き、右拳を降ろす法官の周りには、倒れた燭台以外に破壊の痕跡は残らなかった。
法官はその燭台を左手で拾うと、祭壇の上に戻し、ワインをグラスに注ぐかのような静かな動作で、順々に火を灯していった。
ベルカ「今のは……」
法官「珍しい魔術というものですよ。女神であるとともに魔女でもある貴女なら、今の行いに魔力が働いた事も分かるでしょう?」
ベルカ「………」
法官はゆっくりと振り向いたのちに、歩きながらベルカに語り掛ける。
自らの脚の存在を忘れているのか、ベルカは一足退がることさえ出来ず、その場に立ち竦んでいた。
法官「太陽の血筋を弱めるのならば、突くべき弱みがあります」
法官「それは心です。まずは太陽と、太陽を慕う者達の心を攻撃するのです」
ベルカの前に立った法官は、汗ひとつ無い右掌をかの神の前に差し出し、指を開いた。
そこにはベルカの知るままの姿として、宝具として何の変哲も無いと言えるペンダントがあった。
法官「ひとつを去らせ、ひとつを封じ、ひとつを繋ぎ、ひとつを殺す。全てを殺してはならない。全てを繋ぎ止めてはならない」
法官「人も神も、こと支配被支配の関係という点については、いくつかの共通点があるという事は、貴女も見てきたはずだ」
法官「だからこそ今回は殺しが必要なのです」
ベルカ「まさか…そなたは…」
法官「アルトリウスを殺しなさい」
法官「あれが死ねば四騎士は封じられ、太陽の血筋の復権を求める者は去り、暫定政府の力に浴する者達は貴女に繋がれる」
グウィンドリン「………」
女神の瞳の中に陰りを見た法官は満足すると、ベルカにペンダントを握らせ、ベルカの隣を抜け、歩き去って行く。
法官「神々に黄金の時代を」
一室の出入り口を出る際に、法官は一言そう漏らして、去って行った。
クリスタルボウイの記憶の風景であるために、法官が去った一室は闇に溶け始め、崩れてゆく。
ベルカの動きも止まり、蝋燭の炎も揺らぐ事なく、その形を揺らがせてゆく。
溶けゆくベルカの眼の焦点は定かではなかったが、その瞳からも、コブラには多くのものが読み取れた。
またも闇へと転移するその一瞬、コブラが見たもの。
それは強い焦燥や後悔、恐怖の類だった。
コブラ「後悔したってもう遅いぜ。真面目な奴ほど同類を殺すはめになる。神の国に引きこもってないで、もっと外を見ておくべきだったな」
コブラ「しかしボウイの奴も派手な魔法を使いやがる。本当に誰にもバレなかったのか?」
グウィンドリン「アノール・ロンドの城内にて闇の魔術が振るわれる事など、本来あってはならないはずだった」
グウィンドリン「だが、我が父と兄が人の闇を探り始めた時より、城に闇の気が漂うなども、さして珍しい事では無くなっていたのだ」
グウィンドリン「シース公の結晶には、人の闇と似た呪いが込められている。その結晶を大書庫に置き、六目の伝道師達が物品を持ち寄って毎日のように城と書庫を行き来したとあれば、闇の気も移る」
グウィンドリン「ゆえに目撃者無き闇の気の乱れとあれば、疑いの目も法官ではなく、大書庫にこそ向けられようというもの」
コブラ「影を隠すなら闇にってワケか」
グウィンドリン「これからしばらくの間、映る記憶は無い。全てが終わったのちに、神々のしたためた書物による知識として…」
コブラ「ただ知るのみである、だろ?」
グウィンドリン「それに尽きる」
コブラ「OK、それじゃあ話してくれ」
グウィンドリン「うむ。ベルカと暫定政府は、アルトリウスを死地へと向かわせたのちに、月の血を引く者を再び幽閉した。そして暫定政府の横暴に批判的、あるいは反発していた者達の立場も、アルトリウス行方知れずの報がアノール・ロンドに届くと、一層に危うくなった」
グウィンドリン「暫定政府の神々を色恋により翻弄し、移り気と罵られながらも、我らと我が母を陰ながら護った寵愛の女神フィナ」
グウィンドリン「月の血を秘すべき指導者に立てるという、ベルカの真意に気付くことなく、シースと我ら月の子らを厳しく縛り、我らの無力を暫定政府に訴え続けた岩のハベル」
グウィンドリン「同じくベルカの真意を知らず、しかしすでに傀儡と化した己の身を知る太陽の王女。暫定政府に、王家の者としての尊厳ある立場を、月の血筋の者達に約束するよう訴え続けた我が姉グウィネヴィア」
グウィンドリン「その三柱を中心とした、神々と被使役層の巨人達による旧体制派も、急速に力を落としていく事となった」
コブラ「王家大好きな四騎士がもういないんじゃ、政治的拮抗ってやつも御破算か」
グウィンドリン「然り。録を付ける者は法に仕えなければならず、その法はベルカの手中にあった」
グウィンドリン「ゆえに我が読んだ多くの録にも、この沙汰に関する項が極めて少なく、多くが省略されている」
グウィンドリン「最も事細かく記したものも、一行半程度で済まされていた」
コブラ「この一大事件がか?どんなマジックを使えばそうなる?」
グウィンドリン「録にはこうあった」
グウィンドリン「『太陽の血筋を重んじる多くの神々が、被使役層の巨人と共に暫定政府への反意を示したが、ベルカ三権長が、グウィネヴィア王女の身の安全は自身の全責任において保証すると広く宣言すると、彼らの反意は収められた』と」
コブラ「こらまた上手にまとめたもんだぜ。王女を人質に取りました、じゃ正当性が通らないもんな」
グウィンドリン「録を書く者はいたが、それを見聴きし伝える者は何処にもおらぬのだ。本来ならば正当性とやらも気にかける必要は無い。ただ、悦に浸ったのだろう」
グウィンドリン「だがその愉悦も……否、愉悦を抱いたからこそ、更なる反意を育んだのだろうな」
グウィンドリンがひとまず語り終えると、新たな転移が行われた。
コブラとグウィンドリンはまたも新王を弾劾した大広間に立ち、コブラの眼には今や見慣れた者達の姿が映った。
法官と暫定政府の神々。銀騎士達。広間を埋める神々の姿。空の玉座の隣に立つベルカ。場の警護を任されたオーンスタイン。
彼らの視線は、玉座の前に四つん這いとなっている、被告者たる一体の被使役巨人へと向けられている。
その被使役巨人に憐れみの眼を向けたのは、見せしめを見ざるを得ない立場にある、王家の者達だけである。
だが被告たる巨人が受けるのは、アルトリウスが得た任ではなかった。
巨人「いやだ!いやだ!王様、たすけて!」
ガシッ!
空の玉座に助けを求める巨人の首根っこを掴み、引き倒したのは、オーンスタインだった。
ベルカが巨人に言い渡した刑罰を執行するため、広間の隅にある昇降機から姿を現したのは、大鎚を担いだスモウ。
コブラ「…粛清か…」
ベルカ「これより、王女グウィネヴィア様への拉致を画策した罪により、汝を死刑に処する。最期に言い遺しておくべき事はあるか」
巨人「お、おれ、おれ、お偉い方々に戻ってほしかっただけ!昔みたいに!おれ、王女様さらわない!」
ベルカ「ではスモウ、刑の執行を」
巨人「いやだ!いやだあああ!!あああああ!!」
被告者たる巨人は四つん這いの身体を起こそうと、全身に必死の力を込めるが、オーンスタインの竜の如き大力に首を抑えられ、ただ糞尿を漏らすだけだった。
辺りに立ち込める悪臭に神々は顔をしかめ、笑う者や罵倒を叫ぶ者もいた。
月の子らは哀れみによって皆うつむき、彼らの母もたまらず巨人から眼を背けたが、王女グウィネヴィアは溢れんばかりの涙を溜めた目で、もがく巨人を見つめた。
王家の者の言葉は、容易く均衡や公平性を損なわせるという事を、グウィネヴィアは知っている。だからこそ、助けにも眼で応えるしかないのだった。
コブラ「うっ!」
グウィンドリン「………」
あらゆる尊厳を奪われた巨人は尚も、その場にいもしない王を呼び続け、そしてスモウの大鎚は振り下ろされた。
広間を揺るがす轟音と共に、巨人は頭と下半身と両腕を残し、一撃のもとに叩き潰され、瞬時に絶命した。
被使役層の者であるとはいえ、被告者たる巨人は超常の存在である。破壊された巨人の肉体はすぐにソウルとなってスモウの身体に纏わり、消えた。
そして跡には、漏れ落ちて人の膝ほどの高さに積み重なった糞尿と、涙の水たまりが残った。
グウィンドリン「………」
グウィンドリン「…コブラよ。この場で落命せし巨人に、我が姉上をさらう事はできるか?」
コブラ「無理だろうな。城の護りはオーンスタインが固めているし、騎士連中もいる。第一、巨人の身体で入り込める場所なんてのは、この城には殆ど無い」
コブラ「こいつは見せしめだ。容疑も容疑者もどうでもいいのさ」
グウィンドリン「然り。録にはこの者を含め、多くの大罪者が記されてはいた」
グウィンドリン「しかしその痕跡は録に残されてはおらず、真実を暴こうとした者は暫定政府に貪欲との誹りを受け、貪欲者の烙印を押され、卑小な者へと堕とされた」
グウィンドリン「例えそれらの見せしめが、太陽の血を縛り、月の血を立てるため、ベルカが行った致し方の無い生贄であるとしても、我には許しがたい行いだ」
グウィンドリン「真実を知らぬ者達にとっては、尚のことであろう」
処刑場からコブラとグウィンドリンは転移し、再び闇だけが二者を包んだ。
グウィンドリンは語りを続ける。
グウィンドリン「太陽の血筋を重んじる者達と、月の血筋を重んじるベルカ率いる暫定政府の対立は、急速に深まっていった」
グウィンドリン「対立が闘争へと変じるのに時は要さず、戦いによって多くの神々と巨人が誅殺され、あるいは追放された」
グウィンドリン「我ら月の子らは、太陽の派閥の者が処刑される時のみ、束の間の解放を許されたが、我らはそれを恐れた」
グウィンドリン「我らは牢から放される度に、我らの前に何者が跪いているのかを想った」
グウィンドリン「そして、引きずられた者が友で無く、顔も知らぬ者であったとしても、我らの心はその者達と共に穢され、不名誉に死んでいったのだ」
コブラ「………」
グウィンドリン「戦いは終始、ベルカの優勢だった。のちに知ったことだが、ベルカは王家の者の名を皆使い、王の刃たるキアランを手駒としていた」
グウィンドリン「王家の血を絶やさぬ訳にはいかぬ身で、かつ幽閉によって政から離されていたとあれば、キアランとて、正常な判断が出来得るはずもない」
グウィンドリン「結果として、キアランの双短剣は神々の血肉に染まり、力を弱めて身体を残さぬ身となった者からは、キアランは多くのソウルを吸収することとなった」
グウィンドリン「処刑者スモウも例外ではない。大鎚を振るって神々を弑するその姿を、太陽の派閥の者達は恐れ、また忌み嫌った」
グウィンドリン「スモウは処刑に愉悦し、犠牲者の骨肉をすり潰し、もって自分の精にしていたと彼らは風潮した。酷薄な者であるがゆえに、大王も四騎士の列に序さなかったのだとも」
グウィンドリン「スモウが異形の神であり、故に吐息も吹き笑いと聞こえる事をいいことに、彼らはスモウを散々に罵っていた」
グウィンドリン「アノール・ロンドの行ったオーンスタインへの仕打ちは苛烈の一言に尽きる。竜狩りは仮にも味方たる暫定政府に疎まれ、嘲笑を浴びせかけられ、太陽の派閥にはかつての同胞ばかりがいた」
グウィンドリン「王家に忠誠を誓い、前王から雷の秘術を学ぶ程に太陽の威光を信じていた身でありながら、オーンスタインは多くの同胞をその刃に掛けるよう命じられたのだ。共に太陽を信奉し、雷を学んだ者達を」
グウィンドリン「そして、暫定政府はそのような身に陥ったオーンスタインに、報いることは決して無かった」
コブラ「………」
グウィンドリン「臣民の落命は止まることなく、神心は荒廃し、戦いは収まる気配すらも見せぬ。希望の見えぬ世にあっては、己の命の尊さを忘れる者も少なくはない」
グウィンドリン「我らが母も、その一柱であった」
コブラ「なに…?」
コブラの疑問と共に、闇には月光が差した。
月光に照らされた闇からは、夜影に染まった一室の壁が現れた。
新たな転移は、ドアから月光が差している、かつてのグウィンドリンが幽閉されていた一室に、コブラを立たせていた。
「母上……」
コブラの背には、呆けたようなグウィンドリンの声が掛かり、コブラの眼前には、オーンスタインを連れた月と太陽の女神が立っていた。
古き日のグウィンドリン「何故……如何にしてここに…?」
かつてのグウィンドリンからの問いに女神は応えることなく、オーンスタインを置いて一室へと入り…
古き日のグウィンドリン「!」グイッ
我が子の細腕を掴み、椅子から立たせると、部屋の外へと連れ出した。
古き日のグウィンドリン「あ、姉上?…それに…」
一室から抜け出たグウィンドリンの眼に映ったのは、母とオーンスタインだけではなかった。
神妙な面持ちで立つ寵愛の女神フィナの後ろに、グウィネヴィア、プリシラ、ヨルシカの三柱が、不安に陰る目線をかつてのグウィンドリンに送っていた。
アノール・ロンドの夜に輝く月光は、長い廊下の左側に一定間隔で続く大窓から、光の柱を差し込んでいる。
月と太陽の女神「オーンスタイン、追っ手の気配はありますか?」
オーンスタイン「近付いてきます。既に時は無いかと存じます。早急な脱出を」
古き日のグウィンドリン「脱出…?」
月と太陽の女神「分かりました。細かい話は歩きながら話しましょう。着いてきて」グイッ
古き日のグウィンドリン「あっ…」
状況の掴めぬかつてのグウィンドリンは、ただ母に腕を引かれるままに、廊下を足早に歩かざるを得なかった。
オーンスタインを殿に置き、王家の子らを率いる月と太陽の女神の横を、コブラと今のグウィンドリンは歩いた。
コブラもその軽口を開かない。この先何が起こるのか、グウィンドリンに尋ねるにはあまりに酷であるとコブラ判断していた。
月と太陽の女神「グウィネヴィア、貴女は火の神フランを訪ねなさい。あの方は火継ぎの法を考案し、フラムトを友としています。追っ手が掛かる事は無いでしょう」
グウィネヴィア「わ、分かりました…」
月と太陽の女神「ヨルシカ、貴女は竜の血を最も濃く受け継いでいます。故に前王も、太陽の血筋を快く思わぬ者達も、貴女を歓迎するでしょう」
月と太陽の女神「ですが最も安全と思えるのは…」
ババッ! ダン!
月と太陽の女神「!」
速歩きに廊下を進む神々を飛び越えて、オーンスタインは月と太陽の女神の前に降り立つと同時に、十字槍を構えた。
オーンスタインの目の前には、光差す窓と窓の間に直立する、黒い人型が置かれている。
月と太陽の女神「オーンスタイン!」
オーンスタイン「構わずお行き下さい。私めはこの者を打ち破り、直ぐに後を追います」
ゴオオォーーッ!
槍を中腰に構え、人型に向かってオーンスタインは跳躍した。
矢のような突貫に人型も駆け出し、その顔を月光に晒した。
オーンスタイン「!」ドガッ!
人型の顔を確認し、オーンスタインは石床を踏み砕きながら槍を押し留め、止まった。
キアラン「王の刃キアラン、暗月の命を受け、馳せ参じました」
オーンスタイン「キアラン…来てくれたか」
オーンスタインも、王家の者達も、人型が被る純白の面には見覚えがあった。
四騎士の長たる竜狩りは、王の敵を弑する刺客達の長からの救援に、心から感謝し、勇気を震わせた。
そして誉れ高き竜狩りの十字槍で、困惑とともにキアランからの黄金色の一閃を防いだ。
>>628
コブラ判断していた×
コブラは判断していた◯
>>637
グウィンドリン「しかしその痕跡は録に残されてはおらず、×
グウィンドリン「しかし大罪者が行ったとされる罪の仔細は録に残されておらず◯
寝て起きたら間違いに気付くという長文あるある
プロの作家ってすごい
カァーン!
コブラ「!」
オーンスタイン「ぬぅっ!」
殺意無き刃などは、神域にある者にさえ防ぐのは難しい。
足運びや重心の移動といったものを一切捨てた、文字通りの型破りな槍捌きにより、確かに辛うじてオーンスタインは一閃を防ぎはした。
だが片脚を浮かせ、大きくのけ反る姿勢で攻撃を受けたとあっては、返す刃も無い。
古き日のグウィンドリン「!」
そして、はためく暗蒼の衣から音さえ立てず、しかし宙舞う葉の影のように、キアランは王の血筋たちの元へ走った。
その左手には暗銀に輝く鋸刃の短剣が握られている。
ガッ! ズダァン!
だがキアランの凶刃は王家の者の首を掻かなかった。
のけ反った姿勢から更に身を翻したオーンスタインが、倒れ際にキアランの左腕を掴み、その身ごと押し倒したのだ。
ブンッ!
倒れ込んだキアランは、自身の左腕を拘束するオーンスタインの右腕に、空いていた手を掛けると、そこを起点に車輪の如く回転。
バキバキッ!!
オーンスタインの右腕を捻り折り、拘束から逃れ…
ダッ!
再び王家の者たちへ向け駆け出し…
ドカッ!!
キアラン「!」ドサッ
オーンスタインの左腕が投げ込んだ十字槍に右太腿を貫かれ、再び転倒した。
はじめのキアランの斬撃から、彼女の脚が貫かれるまでは、二秒と経っていない。
ゆえに制止の声が遅れ、その内容に矛盾が生じるのも必然であった。
月と太陽の女神「お止めなさい!王の四騎士ともあろう其方らが、王の命なく何故に剣を交えるのか!」
折れた右腕を癒すこともなくオーンスタインは立ち上がり、地に伏したキアランは上体を起こして、制止の声に聞き入った。
そして声を受け入れたキアランの心情をコブラは汲み取った。
刺客の長にも迷いがあり、それは軽々しいものでも無いのだと。
「剣を交えさせたのは貴女様でございましょう」
数俊の静寂の後、廊下の奥の暗闇から、新たな声が響く。
神々は皆声へ顔を向け、何が起きているのかグウィンドリンに尋ねようと口を開きかけたコブラは、再び口をつぐんだ。
ベルカ「オーンスタイン…四騎士たる者がその身の任を忘れたか。雀蜂が王の血を吸うとでも?」
ベルカ「だが……おかげで事も荒げずに済んだ。王家の者を捕らえ、毒の刃で脅す事と比したならば、四騎士の血が流れることなど軽いのでな」
月と太陽の女神「我らの名を以ってキアランを動かしたと聞き及んではいましたが、そなたに恥は無いのですか!?」
月と太陽の女神「眩んだ統治者とはいえ、今そなたが行うべきは我らへの罪状提示と、キアランへの謝意のはず!」
ベルカ「謝意などは全てが済んでからです。今はこの事態を治めなくてはなりません」
ベルカ「あなた方がなんとしてもこの地より逃れたいと願うならば、我らはなんとしてもそれを阻まなければならないのです」
挑戦的だが頑なでもある様子で語る罪の女神を、月と太陽の女神は真っすぐに見据え、一歩だけ近付いた。
寵愛の女神フィナがかの女神の前に身を乗り出すが、その肩もかの女神は手で制し、退かせる。
月と太陽の女神「なんとしても……それは真の言葉ですか?」
ベルカ「偽り無く」
月と太陽の女神「………」
コブラ「……」
グウィンドリン「……」
月と太陽の女神「…キアラン、残滅をこれへ」
キアラン「!!」ピクッ
ベルカの短い返答からやや間を開け、かつての大王の妻たる者が口にした命令を聞き、キアランは背中を斬られた者の如く顔を跳ね上げ、かの女神の眼を見た。
その眼は硬い決意を湛えて静かに、しかし結晶のように冷たい光をキアランに返している。
冷たい決意が何を示すかをオーンスタインとフィナは知っていたが、かの女神の子供たちは事の成り行きに漠然とした不安を感じるだけであり、それはベルカも同じだった。
同じではあったが、ベルカの抱いた不安は今にも火を吹きそうなほどに膨らんでいた。
そしてコブラもまた…
コブラ「…グウィンドリン。こんなものを俺に見せて本当にいいのか?」
グウィンドリン「後悔は無い。世の為であるならば」
コブラ「世の為、か…」
並んで記憶を見届ける者に、グウィンドリンはただ応えた。
刺冠に隠れたその顔はコブラからは窺い知れない。だが心が繋がるのなら、哀しみもまた繋がっている。
キアラン「でっ…」
月と太陽の女神「………」
キアラン「…できません…」
月と太陽の女神「貴女が出来ないのは我が命を拒むこと」
キアラン「ならば四騎士の位などすぐにでも棄てましょう。ですからどうかそれだけは…」
縋り付くような小さな声を震わせて、口速に懇願するキアランの言葉を、決意の正体に見当がついたベルカの怒声が覆い消した。
ベルカ「そ、そうです!罪の女神の法において許されぬ事です!い、いや如何なる神世に!人界にあっても到底許されない!」
ベルカ「闇が迫りつつある人界に神の自死など伝わっては、如何なる事が起こりうるか承知しているのですか!?」
ベルカ「それこそあらゆる手管を用いて秘匿せねばならぬのですよ!?そのような事を行えば、血筋の者を除いた貴女様の遺す全てを、アノール・ロンドより隠滅することになりましょう!」
月と太陽の女神「ええ、そうなるでしょう。オーンスタイン」
ゴゴゴォォン…!!
ベルカ「なっ…!」
主君の命を受け、オーンスタインは左掌に雷球を握った。
動揺を隠さぬベルカの前で、雷球は曇天を裂くような雷鳴を上げながら細り、槍のように尖っていく。
全身に寒気を覚えたキアランは自身の右太腿を貫く十字槍に手を掛けたが…
ドガシャアアン!
雷の大杭を握ったオーンスタインに背中を踏みつけられ、石床に縫い止められた。
ベルカ「よせ!」
ヴオォーン!
コブラ!」
かの女神の腹めがけ、オーンスタインが雷の大槍を振り上げた瞬間、ベルカの手元から、紫色に輝く光線で形作られた円陣が放たれた。
回転しながら空中を直進した紫光の円陣は分かたれて、ベルカを除く全ての神々に巻きつく。
その拘束は神々から体の自由こそ奪いはしなかったものの…
バリバリッ…
オーンスタインからは、僅かな火花を残して雷の大槍を奪った。
コブラ「今のはなんだ?」
グウィンドリン「ベルカの禁則。人の世では沈黙の禁則と伝えられている、ソウル封じの術だ」
ソウル封じの術と聞き、コブラは自身に打ち込まれた王の封印に意識を一瞬そらしたが、すぐに見るべき修羅場へ視線を戻した。
術を封じられたオーンスタインには太陽の雷も癒しも生じない。右腕も治せず、手甲の隙間からは白いソウルが漂っている。
ベルカ「そこでじっとしていろオーンスタイン!そなたは既に囚われの身!」
ベルカ「月の君よ!貴女には禁則と共に因果応報も掛けさせていただいた!竜狩りが貴女を害するならば、竜狩りが深傷を負うでしょう!」
ベルカ「己の生命を蔑ろには出来ましょうが、忠義者を弑するなど貴女には出来ぬはず!」
月と太陽の女神「下がりなさい」
ベルカ「!?」
月と太陽の女神「ここに立つ者みなに命じます。下がりなさい」
ベルカ「……?…」
かの女神からは十全に距離を取っているベルカは、かの女神の真意をまたも取り損なっていた。
暗銀の残滅を持つキアランもかの女神からは離れて伏しており、得物も命に逆らって、手放していない。
オーンスタインには既に武器が無く、唯一の武器となるであろう拳では、因果応報に守られたかの女神の命を害することはできない。
例えキアランの脚から槍を引き抜き、それを用いるとしても、やはり因果応報を破ることはできない。
急行してきた銀騎士達が脱走者をみな捕らえ、再び繋ぎ止めるだろう。
考えを巡らせたところでベルカにはそれ以外の答えを見出せず、それは王家の子らも同じだった。
皆一様に静まると、かの女神は子を説く母のように柔らかく、しかし瞳に何も映さず、誰へともせず語りかけはじめた。
月と太陽の女神「ベルカ、貴女は何を恐れているのです」
ベルカ「…恐れ?」
月と太陽の女神「竜ですか?それとも私達?」
月と太陽の女神「外の世の有様ですか?地位の失墜ですか?」
ベルカ「…何を、話しているのですか?」
月と太陽の女神「それとも人が…闇が恐ろしいのですか?」
ベルカ「!」
月と太陽の女神「このアノール・ロンドは私の夫無きあと、私の末娘を捨て、私の息子を追放し、私の子供たちを封じてきました」
月と太陽の女神「それには私の夫の行いも含まれているでしょう。多くの英雄の犠牲と、罪無き者の罪を以って、行われたのでしょう」
月と太陽の女神「神の国は闇への恐れと共に生まれ、闇への恐れと共に生きてきたのでしょう。それは私も同じです。私達皆が闇を恐れているのです」
月と太陽の女神「何故なら闇とは我々だから。我々はみな闇を食み、闇を友としてきたのです」
>>649
×唯一の武器となるであろう拳では、因果応報に守られたかの女神の命を害することはできない。
◯唯一の武器となるであろう拳では、因果応報に守られたかの女神の生命を害することはできない。
古き日のグウィンドリン「…?」
ヨルシカ「おかあさま?」
プリシラ「………」
グウィネヴィア「お母様…何を仰っておられるのですか…?」
ベルカ「………」
月と太陽の女神「ベルカ、貴女には分かるでしょう?私の話の、その意味が」
ベルカ「…いえ…それは見当違いです」
月と太陽の女神「貴女は生まれながらの魔術の使い手」
月と太陽の女神「そして、アノール・ロンドに生まれた生粋の魔術者たちは、貴女を除いて皆、白竜公さえも私から産まれました。」
ベルカ「貴女は思い違いをしている。そうでなければ時間稼ぎだ。このような…」
月と太陽の女神「ですが貴女は私と違い、月の魔力とは別の魔力を宿しています。それは貴女だけのもの」
月と太陽の女神「そう……私達は血の繋がりは無くとも、あるいは父を違えた姉妹なのでしょう」
グウィネヴィア「父を…違えた?……お母様、先程から何を…」
グウィネヴィア「!」
母を問いただそうとした王女を、位さえ許されぬプリシラが目で制した。
ほつれ始めた弓を引き絞るような緊張を宿す視線は、他の兄弟姉妹たちに口を開かせなかった。
ベルカ「…何を言って…」
月と太陽の女神「あのお方は皆を御作りになり、私と貴女を見ていたのです」
ベルカ「!!!」
心胆を凍えさせる言葉にベルカは眼を見開き、一歩二歩と退く。
そして開いた眼を自身の足元に落とした。まるで見てはならぬ者を見たように。
月と太陽の女神「気付かないとでも思いましたか」
月と太陽の女神「貴女が太陽の血を傀儡にして、月の血に神代を握らせようとしたことを、隠しおおせると思いましたか」
月と太陽の女神「闇に抵抗する力が強い暗月に、貴女は太陽の血筋を、アノール・ロンドを、私達を護らせようと画策したのでしょう」
月と太陽の女神「あのお方の望み…それを看破できぬ身であっても、貴女は精一杯、アノール・ロンドを護ろうとしたのでしょう」
月と太陽の女神「ならば見るのです。今のアノール・ロンドを。この黄昏を」
ベルカ「………」
月と太陽の女神「貴女の護った臣民は、ここにはいません。貴女の護った英雄は、輝きは、ここにはいません」
ベルカ「……私は…ただ…」
月と太陽の女神「教えてベルカ。貴女の心はどこに追いやられたのですか?」
ベルカ「貴女には…貴女には分からない…安息などは一時たりとも無かった。貴女が王と共に世の春を謳歌している間、私は…」
月と太陽の女神「ならば語らうべきだったのです。あのお方に知られようとも、光が無ければ闇もまた深まりません。それをあの方も知って…」
ベルカ「あの者の策謀に逆らわなかったのは貴女も同じだ!あの者の望み通りに世を歩き、死者を見届け、子を成し、子を放したではないか!私の味わった苦渋を責めるというのなら、それを捨て置いた貴女は何だというのだ!貴女は私と共に神々を誅殺し、巨人達に重きに過ぎる罰を与え、人に亡国を与えたのだ!そのような私と同罪である貴女が私を責めるというのなら、貴女はなぜ牢から逃れてここに立っているのだ!!罪の女神たる私を差し置き、私を裁いて己だけ許すというのか!!」
ベルカが溜まらず思いの丈を吐き散らした直後、記憶の世界は静止した。
グウィンドリン「この時、母とベルカの言う何者かというのは、我が父グウィンを指すものとばかり思っていた」
グウィンドリン「幾つかの矛盾を承知しつつも、それは己が未熟の身であるがゆえに、多くを見渡せぬからだと」
グウィンドリン「暗黒神の陰謀など梅雨と知らず、例え語られようと、信じはしなかっただろう」
グウィンドリンの独白が終わると、記憶の世界は再び動きだした。
ベルカからの弾劾を受けたかの女神は数秒の間を置き、ベルカが平常を戻すのを見ると、語りかけた。
月と太陽の女神「ベルカ」
ベルカ「!」
月と太陽の女神「我ら火によって生を受け、生を広め、また生を失う」
月と太陽の女神「去りし生は闇に還り、火は闇に還り、光は闇に還る」
月と太陽の女神「ベルカ。人がなぜ無明たる者であり続けるのか、貴女は分かりますか?」
ベルカ「それは…きやつらが闇に生まれ、闇の力を持つゆえと決まっているでしょう」
月と太陽の女神「それもあるわ。でも、彼らが闇たる者であり続ける真意は、別のところにあるのです」
月と太陽の女神「それは、闇が暖かく、愛おしいから」
月と太陽の女神「闇は、火が遠ざけ虐げてきた者達を受け入れ、我らをも、その温もりで包むから」
月と太陽の女神「私はあのお方の意思に背くこと無く、貴女と共に、あらゆる凄惨を見てきました」
月と太陽の女神「ですが、私は愛を知っています。闇の温もりを知っています。それが、我ら神々の内にあることも」
ベルカ「………」
月と太陽の女神「だからこそ、私は我が子を護り、エレーミアスの名は冷たい絵画にのみ遺るのです」
月と太陽の女神「オーンスタイン!」
ベルカ「!?」
ガッ!
号令と共にオーンスタインはキアランを踏みつけに、エレーミアスへ向け跳躍した。
キアランの右手は飛びゆくオーンスタインの脚へ伸びたが、人差し指を踵に掠らせるのがやっとだった。
ドガッ!!
ベルカ「なっ!?」
グウィネヴィア「あっ!」
折れたはずのオーンスタインの右腕が渾身の力で振るわれ、エレーミアスの胴を突き破ると…
バキイィーン!!
その傷口からは紫色の威光が放たれ、光はオーンスタインの全身を砕き、突風となって辺りにいた者の衣服をなびかせた。
鎧の全ての隙間からソウルを吹き、オーンスタインは崩折れる。
ガン!
だが、致命傷を負ったはずのオーンスタインは踏み留まった。
そして漂うソウルを全身から吸い上げつつ、倒れゆくエレーミアスの首を掴み、持ち上げた。
コブラ「………」
ベルカ「貴様っ、何てことをーッ!!」
禁則はあらゆる魔術と奇跡を封じ、それはベルカも例外ではない。
それすらも忘れて駆け出したベルカの心は、怒りと困惑、焦燥に掻き乱されていた。
オーンスタインを組み伏せるべく手を伸ばそうとも、それはただの手に過ぎないというのに。
ズボォッ!
オーンスタインは脱力したエレーミアスの腹部から、ソウルの白煙を上げて右腕を引き抜いた。
その腕にベルカは絡みついたが、主君を弑する程に硬い意思で動くそれを制するなど、術無しの身では不可能であった。
ブンッ!ドカーッ!!
ベルカ「ぐはっ!」
ベルカは竜狩りの膂力に振り回され、壁に窪みを掘るほどの勢いで叩きつけられると、白煙を吐いて石床に伏す。
ヨルシカと古き日のグウィンドリンは呆けたように母親を眺めていたが、その視線を身で遮ったプリシラに抱き寄せられた。
プリシラ「グウィネヴィア!見てはなりません!」
グウィネヴィア「…母様……どうして…」
プリシラ「グウィネヴィア!!」
オーンスタインは自由になった右腕を再び握り込むと、エレーミアスの首を締める左掌に力を入れ、かの女神を壁に押さえつける。
そして葛藤かも怒りかも、哀しみかも分からぬ震えに苛まれた右腕を振るった。
ガゴッ! バギッ!
かの女神の顔に二度殴打が加えられたところで、グウィネヴィアがオーンスタインの背に飛び付き、かの女神から引き剥がそうとし始めた。
ゴッ!
三発目の拳がエレーミアスの片眼からソウルを吹き出させた時、キアランはようやく自らの脚から十字槍を引き抜き、オーンスタインへ向け這いずりをはじめた。
グシャッ! バシャッ!
頭部への殴打に耐えかねたのは、かの女神ではなく竜狩りの方だった。
オーンスタインは殴打をやめ、代わりとして穴の開いたかの女神の腹部に右腕を突っ込み、ソウルを肉と共に掻き出しはじめた。
エレーミアスは小さく呻き声を上げるようになり、コブラはたまらずグウィンドリンへ声を荒げた。
コブラ「なぜだ…なぜオーンスタインは彼女を苦しめる!なぜ安らかに死なせてやらない!」
グウィンドリン「神が死ににくいからだ。首を折ろうが胴を抜こうが、ソウルがその身にある限り神は死なぬ。故に幾度も斬り、抉らねばならぬ」
グウィンドリン「故に、禁則の威力を受けぬ癒しの力が、数多の妨害を受けるであろうオーンスタインには必要だったのだ」
グウィンドリン「コブラ。今オーンスタインの身体を動かしせしめている物は、我が姉グウィネヴィアの加護が加えられた、ひとつの指輪だ」
グウィンドリン「それは我が母が窮地への備えと偽り、グウィネヴィアに命じて、グウィネヴィアからオーンスタインに授けさせた物」
コブラ「命じただと…?」
グウィンドリン「これは母が望んだことなのだ」
コブラ「………」
グウィンドリンが、怒りの気炎を上げるコブラに、自らを納得させるような言葉をかけている時も、記憶の世界のオーンスタインはかの女神を虐げていた。
エレーミアスの身体は徐々に薄く透けはじめ、指先はひび割れて、ようやく崩壊の兆しを見る者に示しはじめる。
それはオーンスタインに、主君の苦しみに終わりがもたらされはじめたことと、主君の生命が間も無く危害に屈することを教えた。
だが同じく伝えた。主君を手にかけたその拳を、決して止めてはならぬということも。
ガキッ!
キアラン「オーンスタイン!何故貴公がっ!何故こんなああ!!」
オーンスタインの脚元に辿り着いたキアランは、右手に持つ黄金の刃をオーンスタインの太腿に突き立てた。
足甲の隙間を貫通した刃は、震える手からの膂力を受けて、少量の白煙を吹き出させた。
噴出したソウルは空中を一瞬漂うと、また傷口に戻っていくようだったが、キアランはそれには構わずに刃を起点としてオーンスタインの脚を這い上がった。
そして黄金の残光を足甲から抜くと、次にそれを竜狩り鎧の脇腹に突き刺した。
キアランの黄金の刃は幾度も振るわれた。
ひと刺しするたびに刃に絡むソウルはしかし、揺るぎなき祝福が施された指輪の力によって鎧の中へと戻るが、それは刃を止める理由にはならない。
だがあくまで眩ましの刃のみで竜狩りを傷つけ、必殺の一撃を振るわぬのは、同じ主君をいただく戦友へのせめてもの情けだろうか。
一方オーンスタインは、エレーミアスの腹部の大穴に刺した右腕に渾身の力を込め、水瓜を握り潰すが如くにソウルを絞り出していた。
白く輝く大穴に何があるかはコブラには見えなかったが、エレーミアスの呻き声が一層増したのを見、口には出さず、ただ察した。
プリシラ「グウィネヴィア!およしなさい!これまでです!グウィネヴィア!」
グウィネヴィアは岩の如く退かぬオーンスタインをなんとか引き剥がそうと、濡れ口も濡れ眼も締め、顔も赤らに、竜狩り鎧の胴に回した手に力を込めていた。
怒声をあげるプリシラに制止を受けようが、素手で引くには鋭すぎる鎧に指を切られようが、グウィネヴィアの心は母を救うこと唯一心だった。
エレーミアス「ごほっ…」
そして、中々に死ねぬ女神は力無い咳と共に、幾度めかも知れぬ白煙を吐いた。
オーンスタイン「……キアラン…我が友よ…」
キアラン「!!」
弱々しさを震えに隠し、オーンスタインは友の名を呼ぶが、その声にキアランは激情に満ちた目線を返した。
オーンスタインはその消え入りそうな声で、二の句を告げた。
オーンスタイン「残滅を…頼む…」
キアラン「……残…」
グウィネヴィア「なりません!!オーンスタイン!癒すのです!私の指輪でお母様を癒して!!」
プリシラ「癒してはなりません!これは母の望んだこと!そなたもそれは承知のはず!引く後はもはや無いのです!」
オーンスタイン「…もはや…手遅れに…」
グウィネヴィア「あなたがお母様をこのようにしたのでしょう!?手遅れなどと泣き言を言える身ですか!?」
エレーミアス「キア…ラン…」
グウィネヴィア「! お母様っ…!?」
身を刻まれ、息も絶え絶えなかの女神の細声に、誰もが口を閉ざし、耳を澄ませた。
キアラン「!!」
だが、かの女神は皆が聞くべき言葉は言わず、ただキアランに微笑み、ぎこちなく頷いたのみであった。
グウィネヴィア「………お母様…?」
小さい疑問の声が無音を打つと、キアランは左手に残滅を握り、片足跳びにエレーミアスへ刃を滑らせた。
矢のような一閃はグウィネヴィアに止める糸間も与えずに、音もなくエレーミアスの首筋を斬った。
グウィネヴィア「えっ…?」
暗銀の残滅には、神をも容易く落命せしめる猛毒の秘術が仕込まれている。
エレーミアスの身体から流れるソウルは灰色にくすんで消えはじめ、エレーミアスの四肢は衣服を残して、灰とも塩ともつかぬ白粉に砕けていく。
グウィネヴィア「…そんな、嘘…嘘よ…」
母の死を目にし、グウィネヴィアは腰砕けに壁に背をつけると、へたり込み、丸まって大声で泣きはじめた。
猛毒は真珠のごとき軟肌を灰色の石粉のような有様に変えたが、しかしエレーミアスからは、微笑みだけは最期まで奪わなかった。
オーンスタインの左手から抜けたかの女神の胴体は、壁を擦って石床に落ち、脆い壺のように砕け散ったが、頭はその手に残った。
オーンスタインはエレーミアスの頭部を胸に抱え込むと、崩れ落ちるように跪いて、嗚咽を漏らしはじめた。
グウィンドリン「太陽の血筋を犠牲に月の血筋を立て、神代に変革をもたらさんとしたベルカの謀は、こうして終わりを迎えた」
グウィンドリン「我が母はキアランによって弑された。オーンスタインは母の遺言に添い、グウィネヴィアを追放されし火の神フランの元へ送ると、我が兄、名を禁じられし長子の元へと去った」
コブラ「………」
グウィンドリン「我ら月の子らは幽閉より解放され、太陽の子は散り散りに旅立った」
グウィンドリン「各々支える者を失い、戦う理由を無くした争いは、石床に撒かれた熱水のように冷めていった」
ベルカ「うっ…ぐぐ…」
ベルカ「はっ!」バッ
伏していたベルカは目を覚ますと、すぐさま跳ね起きてかの女神の姿を探した。だが視界に映るのは、泣き崩れる者や押し黙る者の姿ばかり。
ベルカは負傷を圧して、その者たちの一柱たるオーンスタインに歩き寄ると、何が起きたかを知った。
ベルカ「……エレーミアス様…なんということを…!」
オーンスタインに抱かれた灰色の塊は、ベルカに言葉を返さず、オーンスタインは黄金の鎧の奥に嗚咽を噛み殺している。
沈黙ばかりが返されて全てを悟ったベルカは跪き、その顔には悔恨と苦悩が満ち、両眼は涙に濡れた。
ベルカ「エレーミアス様…私は…こうなる事など……望んでは…」
オーンスタイン「…ならば何を、望んだというのだ…」
ベルカ「あの者の……あの者の秘める闇の恐ろしさを知ることがあったならば…エレーミアス様も、このような事など…」
オーンスタイン「決して起こらぬはずであったと口を滑らすつもりではあるまいな!!」
ベルカ「!」
竜狩りが怒声を張り上げた途端、泣きすする者も押し黙る者も一様に、口を閉じ眼を見開いて、跪くオーンスタインを見た。
灰色の塊を抱く竜狩りの腕は震えず、声にも既に震えは無い。
しかしその怒りは天を衝かんばかりに膨れ上がり、十字槍を拾おうものならその場にいる者を誰彼構わず斬り伏せかねない程に、吐口を求めていた。
それを抑えて捻じ伏せるように、続くオーンスタインの声は低く、穏やかなものであった。
オーンスタイン「貴様の護るべき血筋の母……エレーミアス様は崩御なされた。弑した者は貴様だ、ベルカ」
オーンスタイン「貴様がいかなる謀を企て、何を成したのかは最早どうでもよい。我らの主が亡き今、貴様の恐れた何者かの謀も既に絶えたか、あるいは既に手遅れだろう」
オーンスタイン「ならば貴様の生命にも、我が生命にも、続く価値など無いのだ」
ベルカ「…殺すのなら、今にこそ頼…」
オーンスタイン「ならばニトに祈りを捧げてみるか?応えはせぬぞ」
オーンスタイン「行け。ここに貴様の死は無い」
ベルカ「………」
哀しみに精根尽き果て、しかし介錯さえも許されぬ身に堕ちた女神は、言葉も無く立ち上がり、神々に背を向けて歩き始める。
オーンスタイン「光の中に、闇の中に、永遠に生きるがいい」
その背に効力も不確かな呪いの言葉を受け、ベルカはしばし立ち止まったが、再び寄るべ無く歩き始めた。
帰る家を永遠に失い、背く主さえも失くしたその背は、まるで流浪の人のようだった。
グウィンドリン「この事変を皮切りとし、太陽の血筋を奉ずる多くの神々がアノール・ロンドを去った」
グウィンドリン「寵愛の女神フィナも失意の中に都を去り、ハベルも自身の武具を捨て、己を呪いながら元いた野へと消えた」
グウィンドリン「王家の血にある者を弑した罪により、キアランはベルカ無き暫定政府による裁きを受けたが、王家の血の者の命にあくまで忠実であったからこその凶刃であったと認められ、死罪の代わりに、王命あるまでの幽閉を受けた」
月光に照らされた惨状が闇夜に混ざり、次の転移が始まる。
古い景色を飲み込み、依然コブラとグウィンドリンを包む闇は、そして新たに景色を生み出した。
コブラはやや広い円形の暗がりに立ち、新たな景色を見渡す。
足元に広がるのは石畳。天井も同様に石造りであり、中心には篝火が置かれている。
その篝火を、壁に設けられた二ヶ所の通路の片方から差し込む陽光が照らしていた。
だが目立つのは、壁に掘られたグウィンの立像と、円形の部屋にひしめいて言い争う、数多の神々の姿だった。
グウィンドリン「ベルカを含め、多くの神々を失ったアノール・ロンドは力を弱め、残った神々も尽く月の派閥に傾倒した」
グウィンドリン「月の派閥は神の威光の復活を願い、我を主神に立てるよう事を進めた」
グウィンドリン「しかし、座に我が就く前に、注意深く見張っていたはずの小ロンド公国が深淵に落ちたとの報が届き、神々は自らの誤ちを知った」
グウィンドリン「誤ちはふたつ。ひとつは人を恐れ、太陽による人への慈悲の危うさを恐れたあまりの、人への消極的干渉という姿勢を月の派閥が貫いてしまったこと」
グウィンドリン「そしてもうひとつは、誰も降りようとはしなかった一連の争乱によって、アノール・ロンドの国力の荒廃が著しく加速してしまったことだ」
グウィンドリン「神の恩寵を受けし人の国を二つも闇に堕としたという事実は、それによる闇の力の隆盛に、闇の竜たるカラミットとミディールが呼応する可能性をも浮かび上がらせ、それらの解決を巡り、月の派閥も多数の派閥に分裂した」
言い争う神々の群れから一柱、また一柱と、付き合い切れぬと離れる者が出る。
細る群れの中心に立つ、古き日のグウィンドリンは、彼らを止めることもなく見送った。
政の経験など皆無に等しいかの神に、彼らを止めるに足る闇への打開策など思いつかず、例え止めようと、離れる者の心は既にアノール・ロンドには無いのだ。
そしてとうとう、古き日のグウィンドリンと、どう転ぼうと不毛な答えしか導き出せない激論を交わす、幾柱かの神々のみが議場に残った。
言い争う者達の言葉には月の血筋の者達の意向も、更にはアノール・ロンドさえも抜けつつあり、論戦の内容は国のためというよりは、目の前の論敵を破るためだけの物となりつつあった。
コブラ「グウィンドリン」
グウィンドリン「………」
コブラ「あんたはなぜアノール・ロンドに残ったんだ?ここの連中は誰一人としてあんたを、王の家系ってやつを見ていない」
コブラ「どいつも自分のことばかりで、あんたの名前を出すにしたって叩き棒がせいぜいだ。連中はあんたを信用しちゃいなかったはずだ」
グウィンドリン「然り。我にでき得ることは何も無かった。しかしアノール・ロンドは王家の家であり、神々の家でもある」
グウィンドリン「例え皆が去っても、誰かが留守を預からねばならぬだろう」
コブラ「帰って来たいと思えるような家ならな」
コブラの溜息と共に、円形の議場に差し込む陽光は沈んだ。
かと思うと、月光に成り代わり、次の瞬間にはまた陽光が議場を照らした。
時間が加速している。議場を行き交う神々は尾を引いて、コブラとグウィンドリンの周りを駆け巡った。
そしてやはり、コブラは異変に気付いた。
コブラ「会議に顔出す神の数が減ってるぜ。どうやら出て行きたい家になっちまったようだ」
グウィンドリン「否。粛清と総括が繰り成されているのだ」
コブラ「!?」
コブラ「お、おいおい、この期に及んでまだやりあったってのか!?あんたはどうして止めなかったんだ?」
グウィンドリン「我を担ぎ上げ、その声を何者が握り、そして伝えるのか…そのような話が持ち上がった時、神々はすでに正気では無くなっていたのだ」
グウィンドリン「恐怖に唆されたのか、絶望に蝕まれたのか、野心に、もしくは貴公の敵の闇に知らずのうちに毒されたのか、それはもはや分からぬ」
グウィンドリン「かの法官にも動きは無かった。だが、その中で我がひとつの派閥に寄ればどうなるかは、当時の我が身にも予想できた」
グウィンドリン「これは逃れ得ぬ殺戮だったのだ。我が兄が旅立ち、争いの果てに母が死に、ベルカを含めた神々がアノール・ロンドから消えた時から、定められたこと」
グウィンドリン「我が動こうが動くまいが、民は寄る方を喪い、神々は死んでいくのだ」
議場を流れる神々の姿は、装衣もそのままにやつれていった。
瞳は疑いと欲に満ち、並べる言葉は神が減るたびに美辞麗句に塗れ、彼らの内の真実を隠した。
そして議場を埋めた神々が半数程に減ると、神々は議長の一声とともに議場に一切姿を見せなくなり、代わりに伝言を抱えた書記官の姿が議場を埋めた。
書記官の数も徐々に減り始めると、銀騎士を侍らせた書記官が現れるようになり、その銀騎士も減り始めると、ついに神々がまばらに姿を現し始めた。
しばらくのちに議場は銀騎士と書記官と神々で満杯になったが、その華やかさとは裏腹に神々は皆声を潜め、相手が誰かも悟られぬよう、他者を盾として話した。
そして彼らは、議場の端で篝火を眺めるかつてのグウィンドリンには、いつ如何なる日も挨拶のみをかけ、あとは知らぬ存ぜぬという様子だった。
いかに愚かしく不毛であろうと、古き日のグウィンドリンは如何なる議論にも、その終わりが来るまで留まった。
アノール・ロンドは神と王の家。その思いは真実であり、グウィンドリンにはそれこそが最後の因であるが、それは神々には通じず、今や人からの信仰さえも持たない。
「もうよい、議論はもはや尽くされた。これより政府決定を下す」
「我らはこれより、鉄鎧の竜狩り騎士の名を、人である身の上を熟考に加えたうえで、アノール・ロンドのいかなる筆録において書き記すことを禁ず」
「これはアノール・ロンドを深淵より遠ざけ、神の威光、太陽と月の輝きを人の闇から護るための決定である」
多くの神々を抱き込み、あるいは討ち墜したであろう神の案を、ベルカの後任を務める暫定議長が採用した。
これにより、竜を狩った神々の物語から、人の世の英雄の名が永久に消滅することとなった。
神代の英雄譚たる『固い誓い』に残される神の名は、今や竜狩りオーンスタインのみ。
人と神々の絆を象徴し、弱きを助け強きを挫いた太陽信仰は、今この時より人の世において忘れ去られる事が運命づけられたのだ。
古き日のグウィンドリンは、幾度めかも分からぬ疑問を、またも諦観の想いの中に沈めた。
この決定がアノール・ロンドの窮地に対していかなる助けとなり得るのか。
人に再び光を見つめさせ、神代から闇を遠ざけ魔女や巨人を救うことに、この決定がどのような役割を担うというのか。
それを愚直に議会へ訴えたところで、かえって神々の求めぬ真実を再来させることになり、何も生み出さぬ不毛な争いが繰り返されるのみ。
どうにしろ不毛であることに変わりないのなら、命が消えぬ方が幾分心やすらかだ。
議論が決着すると、暫定議長は古き日のグウィンドリンに鵞筆と議事録を渡し、もはや慣例となった儀式を、無言のままグウィンドリンに促した。
古き日のグウィンドリンはいつものようにそれらを受け取ると、録を見もせずただ名を記し、それを大法官ライブクリスタルこと、クリスタルボウイへと渡す。
そしてクリスタルボウイは録の大部分を占める繰り言の如き討論を、政府決定文から切り取り、討論を懐に、決定文を己の補佐官に渡した。
暫定議長「これにて本会議を閉会とする」
暫定議長「我らに炎の導きのあらんことを」
議長が、捧げる者を失った祈りを唱え、神々がそれを復唱すると、会議は解散となった。
神々は皆、去り際に古き日のグウィンドリンに会釈をしたのちに議場から出て行くが、あくまでこの慣例を守るのは己らのためである。
月の覚えめでたき身となり、月の神秘にまみえること。忠義者を演じ、他の神々に己の威光を見せつけること。
我も無く慣例に従う身を演じ、他の神々を探ること。目的は百者百様であったが、いずれも月への敬いと、そして知性が欠けていた。
古き日のグウィンドリン「………」
神々が皆去り、あとには大法官とその補佐官、そして古き日のグウィンドリンのみが議場に残る。
大法官「グウィンドリン様、如何したのです?」
無言のまま立つ、力無き君主に大法官が声を掛けると、君主はやはり何も言わず、議場を立ち去った。
大法官「フッ…」
無神の議場で含み笑いを浮かべた大法官は、補佐官の頭へ掌を向ける。
次の瞬間、補佐官はその身に纏う衣服ごとソウルの塊となり、握り拳ほどの大きさに縮んだ。
縮んだソウルは金剛石の如く輝く小結晶となり、大法官の掌に乗ると、更に指輪ほどの大きさにまで縮んだ。
アーリマンの記憶をも見られる景色である以上、大法官が何をしたのかも今のグウィンドリンには理解できた。
闇の神アーリマンはあらゆる生命ある者を輝く石へと変える事ができるのだ。
あたかも、人の闇や呪いが、遂には暗い結晶へと変じるかのように。
コブラ「グウィンドリン。あんた今、人から生える結晶に似てるなって思っただろ?紫水晶みたいな結晶に」
グウィンドリン「気に障ったか?」
コブラ「いいや、むしろ安心したよ。俺のよく知る人間っていうやつは、あんたの考えるような闇だの呪いだのとは無縁なんだってな」
グウィンドリン「…かつての貴公の世界…宇宙、とやらが懐かしいのだな」
コブラ「まぁそんなところだ。宇宙はいいところだぜ?色んな宗教があるから神様もラクができる」
コブラ「ハンバーガーも食えるしな」
コブラが軽口を叩くのが先か、それが起きるのが先かという瞬間だった。
議場の外から、空気を震わせる大音と共に、黄昏色の空に一瞬の朝をもたらす程の大雷が閃いた。
大法官「ようやくか」
大法官は、他の神々がするように羽根の如く宙に浮き、滑るように議場から去ると、登り階段のついた昇降大橋を飛び越し、アノール・ロンドを象徴する建造物へと飛行した。
ある者はその建物を大聖堂や大神殿と呼び、またある者は王城と呼ぶ。
その神聖不可侵たる巨大な城からは、数多の悲鳴と雷鳴が漏れていた。
大法官「何事か!」
あたかも取り乱す心を理性によって抑えているかのような素振りで、大法官は王城正門の前に降り立つ。
両開きの正門の片側は内向きに突き開けられており、半分のみ開かれたその門からは、黄金色の雷光と断末魔に混じり、神々の群れが我先にと溢れ出していた。
雪崩をうって遁走するその者たちの多くは、大法官に目もくれず飛び去っていく。
「だ、大法官殿!それが…!」
「近づいてはなりませぬ!これは叛乱でございます!あやつめは、ベルカ様の令を破り…」
ズバオオーーッ!!
大法官の問いに幾柱かの神が応えたと同時に、片開きの正門から大雷が飛び出した。
ドガガガーーッ!!
宙を一閃に裂いた大雷は、空へと逃げゆく神々の幾柱かを撃ち抜き、千々と砕いた。
神々にぶち当たって破裂した大雷は消えることなく、幾つもの小雷となって花火の如く散らばり、大雷を避け得た神々さえも貫いた。
太陽も月ももはやいただかぬ、卑小な神々を殺すなど、大雷の主には造作もない。
護るべき者を尽く捨て去った裏切り者共にかける慈悲などを持ち合わせているならば、アノール・ロンドに帰還する事も無かったのだ。
ドガシャアーッ!
大法官に事の詳細を伝えんとした二柱の神々が、後方に見える哀れな神々と共に雷に焼かれ、吹き飛んだ。
雷の残滓は大法官の外套をも焼いたが、大法官が神の力を退ける身であるがゆえに、雷はただ外套の装飾だけを焦がした。
大法官「フン、手当たり次第か」ブツッ
焦げた装飾を引きちぎり、大法官は駆け、正門を潜った。
いかにも、自らが慌てふためいた小間使いであるかのようにふるまって。
ガキィン!
銀騎士たちの槍衾を右手の得物で叩き伏せ、王城に攻め入った騎士は…
バシィン!ゴロゴロゴロ…
左手に大雷を握った。
オーンスタイン「兜を脱ぎ、我が前に跪け!!我の最後の情けを受けるがいい!!」
銀騎士たちは折れた槍を捨て、剣を抜いたが、一様に腰が引けていた。
ある者は左手の盾を捨て、猛る獣をなだめんとするかのような身振りを見せるが、それはありもしない救いへの懇願であろうか。
盾も剣も捨てた者さえもいる。そして、うちの一柱が声を絞り出す。
銀騎士「りゅ、竜狩り殿。どうか槍をお収めください。我らは…」
バガァン!!
その一柱に向けてオーンスタインは大雷を投げ込み、声を上げた銀騎士を爆散させた。
剣も盾も持たぬ銀騎士が、踵を返してたまらず逃げ出す。
ビュン!!
竜狩りが消失と見紛う程の速さで跳び、逃げる銀騎士の眼前を一瞬通過すると、逃げる銀騎士の身体は頭部を失って、枯れ葉のように舞った。
大法官「オーンスタイン殿!血迷われたか!」
銀騎士の一柱「だ、大法官様!」
ズシャアァーーッ!!
銀騎士たちが大法官の声に振り向き、その姿に一縷の救いを見出した時、竜狩りの槍は横薙ぎにひらめいた。
同時に胴を両断された銀騎士たちは、その身を宙に舞わせながら雷に焼かれ、鎧のみを散らばらせて消えた。
逃げる力も無く大広間に取り残され、壁際に身を縮める幾多の神々のうちの一柱が、恐怖に顔を歪ませ悲鳴を上げる。
ズカッ!
オーンスタインがその口に槍先を突き込み、壁に縫い止めると、悲鳴は止まった。
短刀さえも握らぬ卑小な女神の一柱であったが、槍を握るオーンスタインの手に躊躇はなかった。
神々の一柱「なぜです!我らが何をしたのですか!?なぜかような目に遭わせるのです!?」
恐れ慄く神々の群れからまたも声が響く。
うずくまる者、壁に張り付く者は居れど、かの者たちは一柱とて、同胞を庇いはしない。
オーンスタイン「何故…何故だと?」
オーンスタイン「自らのさまを見て、あくまで知らぬと宣うつもりか?」
オーンスタイン「己らが何を行い、何を捨て、何処へ堕ちたかも分からぬのか!!」バッ!
大法官「オーンスタイン殿!矛を下げよ!すでに死は多くもたらされた!」
己の罪禍を意識せぬ神々に、オーンスタインは激昂して槍を振り上げたが、槍の前に大法官は立った。
大法官「あくまで天罰を下すというのなら、まず初めに我が胸に槍を突き立てるのが道理のはず!」
ドウッ!!
大法官「グッ!」ドサーッ
しかし大法官に対して振るわれたのは、槍ではなく拳であった。
罪禍を知る者には償いの機会が与えられるべきという考えがあっての事か、それとも怒りに満ち、正気など喪われているのか。
竜狩りの心のあり様などいくらでも想像がつく大法官にとって、かの戦神が正気か否かを測るなどは、些細なことだった。
いずれにせよ、忠義者の仮面が竜狩りを欺き果せたという事実さえあれば、それで良かったのだ。
狸寝入りに転がる大法官の、いや、クリスタルボウイの心はオーンスタインへの嘲笑に満ちていた。
そしてその冒涜ともいえる嘲笑を、コブラは知ってしまった。
オーンスタインが仕える、暗月の御子グウィンドリンの心を通して。
オーンスタイン「我が身は追放を受けたが、我が心は民に、使命に…太陽と月の御心と共にあった…」
オーンスタイン「我が心はアノール・ロンドを喪わなかった…」
オーンスタイン「だが貴様らはアノール・ロンドにいながら、棄てた!」
オーンスタイン「アノール・ロンドを棄てたのだぞ!!貴様らが!貴様らのような下衆どもが!神代の犠牲に足る神都の主神か!!」
神々の一柱「ひ、ひいぃ!」
オーンスタイン「ならば漂うソウルとなって…!!」カッ!
バリバリバリッ!!
上段に構えた竜狩りの槍に、あらん限りの雷をみなぎらせ…
オーンスタイン「アノール・ロンドに残るがいいーッ!!」
己の心身の無念を全て吐き散らすかのように、石床目掛けて槍を叩きつけた。
大広間に炸裂した雷の爆発は、白い石床も、象牙色の柱も砕かなかった。
王城内部を駆け巡った雷は、ただ生命あるものを焼いた。
司祭、銀騎士、銀騎士長。
神々に仕える侍従たち。神々に仕える執事たち。
小姓たちに、小間使いたち。法官たち。
書記官たちと、残りし神々。暫定議長。
雷はかの者たちを尽く滅ぼしたが、何も知らずに牢に繋がれていた鍛治の巨人を焼かなかった。
牢に繋がれし刺客の長を焼かなかった。
暗月の女神たちを焼かなかった。
忠義者たるスモウを焼かなかった。
闇を秘めし大法官を焼かなかった。
そして、グウィンドリンを焼かなかった。
だが、雷は老いたる者を焼いた。
若き者を焼いた。
男神も。女神も。
赤子さえ。
コブラ「………じゃあ、城の巨人騎士たちの中にあったソウルは…」
グウィンドリン「夥しい量のソウルを用いて、我は幻術を練り、銀騎士を形作り、翼もつデーモンを引き留め、ガーゴイルを動かした」
グウィンドリン「巨人の鎧に生命を宿らせ、アノール・ロンドに偽りの太陽を掲げた」
グウィンドリン「かつて愛した、同胞たちの残滓によって」
竜狩りの雷は神々を焼くと、さらにその亡骸をも滅ぼした。
赤子の小さな手からソウルが吹き出し、女神の顔は砂山の如く砕け、男神の外套は引き裂かれ、風に消えてゆく。
神秘色に輝く王城の中に、オーンスタインの叫びが響く。
太陽を失い、月をも棄てた者たちは神として半ば死しており、雷の前にさえも酷く脆弱だったのだ。
グウィンドリン「そして、オーンスタインが神々を討ったこの日に、我らは人に伝えし最後の物語を書き記した」
グウィンドリン「“神の怒り”……それはあまりに長き、苦しみと怨嗟の物語」
グウィンドリン「ゆえに人は、神都を裂く憎しみの輝きを畏れて、物語を刻み、封じ、忘れた」
グウィンドリン「己に近しい者達を尽く滅ぼす輝きなど、この世にあってはならない、と」
雷が消え、雷鳴が止むと、大広間には二柱の神のみが残っていた。
広間の中心にはオーンスタインが佇み、竜狩りの後方、破れた正門の近くには、大法官が立っていた。
大法官の気配は影に潜む血の如く溶け、消えており、オーンスタインはかの者に背を見られていることに気付かない。
オーンスタイン「………」
オーンスタインは手に持つ竜狩りの槍を見る。
その槍先には血の一滴も付いておらず、臓腑の一切れも巻かれていない。
槍はまるで鍛えられたばかりとでも言わんばかりに、端正な真新しさを見せていた。
何故オーンスタインが怒声さえも上げず、長槍を叩き折りもしないのかを、コブラは痛みを覚えるほどに理解していた。
代償さえも払わずに、護るべきものを喪ったこと。愛する者に裏切られ、もはや元に戻らぬそれらを自らの手で滅ぼすこと。
哀しみに打ちのめされ、生はおろか死さえも選べぬほどの絶望。その苦しみをコブラは知っていた。
だがオーンスタインは、コブラのように星を砕かんばかりの怒りを以て、絶望を飲み込むことはできないだろう。
もはや怒りも無く、怒りを抱ける者も無い。
オーンスタインは立つ地を無くしたかのようにへたり込んだ。
槍を保持する力も無く、掌からこぼれた槍は、音を立てて石床に転がった。
「オーンスタイン!」
静寂が横たわる大広間に声が響く。
だが、オーンスタインは友の言葉に声を返すことすらできない。
それどころか、顔を上げることさえも。
キアラン「オーンスタイン!聞こえるか!?オーンスタイン!」
オーンスタインの元に駆け寄った者は、王の刃キアラン。
雷は牢番さえも焼いているが、牢番が居ようが居まいが、刺客の長の身ならばいつでも破牢は可能であり、それを今まで行わなかったのは、ひとえに王家の名のもとに身を控えていたに他ならない。
だがキアランは牢を抜けた。王城を揺るがす雷鳴が響き、牢番が蒸発した時に、かの女神は全てを悟ったのだ。
臣民無き国には王も無し。王家の名を王家のもの足らしめるもの、その国家たるあらゆる規範が消え去ったことを。
友に肩に触れられ、兜を覗きこまれても、竜狩りの騎士は立ち上がらない。
立ち上がる力も、理由も無いのだ。
キアラン「オーンスタイン、すまない……貴公ではなく、私がやるべきだったのだ」
キアランの震える声に、オーンスタインは僅かに応える。
オーンスタイン「…王命も、それに類する命も受けられぬ身であった貴公に、振るえる凶刃ではない…」
オーンスタイン「そして、もはや何者もその刃を振るわぬだろう…」
オーンスタイン「…総ては終わったのだ…」
竜狩りはただそれのみを呟いた。
キアランは輝く双剣を身に帯びていたが、それらがオーンスタインの首を掻くことはない。
裁きを下す者は無く、法も信義も、それらを見る民さえ、遥か昔に喪われていたのだから。
ドズゥーン…
大広間の奥からささやかな地鳴りが響き、キアランは振り返った。
かの女神の視線の先には、スモウとかの神の肩に乗る暗月の君主の姿が。
シュルルッ…
王城に充満する神々の気配と、怒りに満ちた雷光とを知り、全てを悟ったその君主は竜狩りに駆け寄った。
古き日のグウィンドリン「愚かなことを……そなたばかりが何故に、こんな…」
オーンスタイン「………」
キアラン「グウィンドリン様、私には決して…」
古き日のグウィンドリン「言うな。そなたに友を斬れとは言わぬ」
古き日のグウィンドリン「竜狩りの騎士を逆徒と視る法も、それらに浴する者も既に亡い。臣民に棄てられ、臣民を棄てた我が身も……もはや位など持たぬ」
古き日のグウィンドリン「それでも命を求めるならば命じよう。汝、友を殺すなかれ」
位を棄てし暗月の女神の言葉に、キアランは何も言わず、ただ首を垂れて深い謝意を示した。
キアランの白磁色の仮面から小さく漏れる吐息は、かすかに震えていた。
古き日のグウィンドリン「オーンスタイン、行こう」
オーンスタイン「………」
古き日のグウィンドリン「貴公の雷はあらゆる番兵を焼いたが、白竜公も、貴公らの友でもある鍛冶師もまだ牢の中だ」
オーンスタイン「…既に、この地には神々に報いてくれるものも、神々が護るべきものもありません」
オーンスタイン「そのような地で…殺戮に穢れた我が腕に、何を行えと言うのです……」
古き日のグウィンドリン「………」
古き日のグウィンドリン「…もう、よいのだ、オーンスタイン」
古き日のグウィンドリン「貴公が手を下さなくとも、いずれはこうなっていたのだ。神が裁かぬなら人が、雷が焼かぬなら闇が、この地を呑んだろう」
古き日のグウィンドリン「闇に蝕まれたならば、こうして我らは話もできず、城さえも塵となったはず」
古き日のグウィンドリン「焼けた家が田畑を焦がす前に、貴公は家を打ち壊しただけなのだ」
オーンスタイン「………」
古き日のグウィンドリン「さぁ、槍を取り、共に牢を破ろう。スモウも大鎚を背負っているのだ。力を合わせれば、白竜公もすぐに自由となろう」
グウィンドリン「我らは書庫へと向かい、白竜公を牢より解き放った。だが、白竜公は書庫に身を潜めたまま、術理の探究に身をやつしていった」
グウィンドリン「書庫を閉じる大王の封印はしかし、封じているのはあくまで門のみ。翼を用いて空を飛ぶ者にとっては、かの封印は他者を締め出すための塀にしかならなかった」
グウィンドリン「無論、太陽の光の王が敷いた封印である以上、闇の手の者たちは塀を越えられず、例え超えても力を削がれ、結晶の番兵に轢き潰されることとなるが」
-
グウィンドリン「……そして、アノール・ロンドを冒す者たちに、闇の手の者どもが混じり始めた頃、我らは大王グウィンの火が弱まり始めたのを悟った」
コブラ「ボウイの手下どもだな。鬼の居ぬ間になんとやらか」
グウィンドリン「不死人とは人の世のみならず、神々の世においても忌み者とされている。彼奴等の一部が、本来の己が立つはずの闇に惹かれるのも、無理からぬことだ」
グウィンドリン「闇の手となった不死人は闇霊となり、なおも我らを下せぬと見るや、より手近な者を殺し、力を高めることに専念しはじめた」
グウィンドリン「火が継がれるまでの間を希望と共に生きるために、街を作った不死たちは数多くいたが、闇霊どもはその地の尽くを襲撃し、死なぬ者たちを殺戮し続けた」
グウィンドリン「そうして生まれたのが、おそらくはあの仮面の騎士たちであろう。何故我らを熟知し、我らの武具を扱えたのかは分からぬが」
コブラ「あんたにとっても奴らは謎だらけか。ただあいつらの口ぶりだと、どうもあんたらと奴らは何度かやりあってるみたいだぞ?」
コブラ「いや、それだけじゃない。あいつらは俺の仲間たちにすら詳しかった。装備、戦法、思考の癖……まるで心を読んでいるかのようにな」
コブラ「だが連中のことを知らないという、あんたの心に嘘が無いことも分かる」
コブラ「ある意味でボウイよりも不気味な奴らだぜ」
時は加速し、景色は切り替わったが、今や切り替わった先の景色をコブラは見慣れていた。
水を打ったように静まりかえっている謁見の広間には、今や何者でも無くなった暗月の神が立っている。
長子の像が無くなって久しいその広間には、もはや玉座すらもない。
その間に入り、暗月の前に跪いたのは、オーンスタイン、スモウ、キアランの三柱であった。
オーンスタイン「いかなる用も、お申し付けください」
その言葉に、コブラとグウィンドリンは強い既視感を覚えたが、古き日のグウィンドリンはただ応えた
古き日のグウィンドリン「うむ。実はかねてより、思うところがあってな」
オーンスタイン「と、言いますと」
キアラン「……」
スモウ「……」
古き日のグウィンドリン「…貴公らを、騎士の任より解こうと思う」
オーンスタイン「!」
世が世ならば論戦を巻き起こし、人の世に伝わる信仰さえも揺るがす言葉となっただろう。
だが忠士たちを護国の騎士たらしめるものが霧散し、人の世からの信仰が、神々の乱れにより同じく歪んだ今、もはやアノール・ロンドに残りし騎士たちは皆、騎士という名誉的称号などに何ら価値を見出すことは無い。
ただ、各々がその自嘲した考えを心底に仕舞い込むことは、ある種、保守的とも言えた。
いざ主君に口に出されてしまうと、己に対してならばまだしも、己が仕える主君に対して申しわけが立たないと考えていたからである。
しかし、その申しわけの立たせようなどはとうに失われていると、騎士たちは皆理解しており、主君もその理を既知していた。
オーンスタイン「………」
古き日のグウィンドリン「そなたらの心苦しさは理解しているつもりだ。だが、この地に残る栄華の残滓などに、みなの生命を細らせるほどの価値があるとは思えぬ」
古き日のグウィンドリン「名ばかりの王たる暗月になど、後ろめたさを思う事などない。枷より抜け出て、自由となるのだ」
古き日のグウィンドリン「しかしなお後ろめたいと思うことも、無論許そう」
古き日のグウィンドリン「だが…我が願いも、偽りなき本心だ」
オーンスタイン「……自由ならば、すでに謳歌いたしました」
古き日のグウィンドリン「待て。そなたのかつての行いを責めているわけではない。我が母の意思は固く。都も既に腐って…」
オーンスタイン「承知しております。そのことではなく、我が身がすでに一度、ベルカの統治の崩壊とともにアノール・ロンドより離れた事についてです」
オーンスタイン「この竜狩りは、グウィネヴィア様を火の神たるフランの元へと逃した後、名を奪われし王子…グウィンドリン様の兄上様のもとに身を寄せておりました」
オーンスタイン「そのような身であったからこそ、知るのです。自由とは、常に失望の影にすぎないことを」
コブラ「フッ……言ってくれるなオーンスタイン」
グウィンドリン「図星か?」
コブラ「この俺にもサイコガンなんぞ捨てて、サラリーマンに戻っちまいたくなる時があるのさ」
コブラ「心ってのは勝手なもんだぜ。不自由だからこそ受け取れるささやかな自由ってヤツを知っちまうと、特にな」
オーンスタイン「振るうべき時に槍を振るえなかったこの身は、しかし、故郷を失えど主君は失わぬ身でもあります」
オーンスタイン「王の都は滅びました。ですが、かつての王都を王都たらしめた光のうちの一筋は、いまだ我が眼を照らしているのです」
オーンスタイン「この竜狩りは、その光から悉く眼を背け、民を棄て、保身へと走った者達と、墓所を同じくするつもりはありません」
古き日のグウィンドリン「………」
古き日のグウィンドリン「…そなたの言葉を頑迷と断ずるのも、容易かろう」
古き日のグウィンドリン「しかし廃都に住み着く流浪の者が、場を穢さぬと言うのならば、あるいは廃都の亡霊も、流浪の者を受け入れるべきなのだろうな」
古き日のグウィンドリン「オーンスタイン。そなたが住まうことを、この亡霊は許そう」
オーンスタイン「…!」
ドスーン
オーンスタインの居候が認められると、処刑者は大鎚を背負ったまま、腕を組んで座り込んだ。
廃都にならば気を遣うことも無く、居候がひとつ増えることなど、誰も咎めぬとでも言わんばかりのその態度は、言質を取ったから現したというだけではなかった。
古き日のグウィンドリン「はは…早くも増えたか。寛がれよ、旅の者よ」
キアラン「………」
キアラン「…グウィンドリン様……貴方様があくまで、自らをして神都の王たり得ぬと仰るのならば、この身も既に王の刃ではありませぬ」
古き日のグウィンドリン「それも道理であろう」
キアラン「ですがこの身は…奮闘が足らず…貴方様の御母君を御救いできなかったばかりか、アノール・ロンドを堕ちるに任せた、罪深き身でもあります」
キアラン「ただ去るなど許されていいはずがないのです」
古き日のグウィンドリン「………」
キアラン「この身は刃の欠けた、大罪者に過ぎませぬ……どうか、お裁き下さい」
古き日のグウィンドリン「…法無き廃都に佇む、ありもせぬ罪を背負いし者を…」
古き日のグウィンドリン「同じく廃都に巣食う亡霊に過ぎぬ我が意思により、スモウの大鎚の贄とすべし、と?」
古き日のグウィンドリン「スモウ?」
廃都に巣食う亡霊は、大鎚を背負って座る巨神に微笑みかけた。
巨神の組まれた腕には、大鎚を握る気配はない。
古き日のグウィンドリン「ふむ。大王の裁きの大鎚と、ベルカの裁き大鎚と、暫定政府の裁きの大鎚の腹は、満たされているようだ」
キアラン「グウィンドリン様…」
古き日のグウィンドリン「オーンスタインとスモウのように、この半蛇の亡霊を主に選び、廃都に住まうもよい」
古き日のグウィンドリン「“元来は亡霊も、暗月の子にして王家の血筋である”と頑なに想い、その王族だった者からの裁きをあくまで欲するもよい」
古き日のグウィンドリン「しかし、この亡霊にも“我”というものがある。グウィンドリンの大鎚を求めるならば、仮面を取り、我がもとへ」
しばしの逡巡の後、キアランは主の声に従い、暗月の君子の前に跪き、兜と仮面を外して胸元に抱えた。
群青色の兜と白磁の仮面から現れた女神の髪は、白金色の艶を纏う金であり、その顔は、幼さを残しつつも精悍さを備えていた。
しかしその表情は暗く沈み、罪悪感によって、眉はひそめられていた。
古き日のグウィンドリン「あくまで王なき都に王を見出し、罪無き身に罪を見出し、法なき場に裁定を求めると言うのならば、裁こう」
古き日のグウィンドリン「このアノール・ロンド最後の主にして、暗月の血筋の長子グウィンドリンの名のもとに、汝に裁定を下す」
キアランの表情から険しさは消えることが無かったが、かの女神の放つ緊張がいくらか和らいだことを、コブラは察知した。
欠けた裁きの刃は王家の威光という、欠けること無き真なる裁きの刃によってのみ、その身をようやく憩う。
その時が来たのだ。
古き日のグウィンドリン「四騎士が一柱、王の刃キアラン。汝をこれよりあらゆる寵愛、あらゆる庇護、あらゆる栄誉、あらゆる任から外し…」
古き日のグウィンドリン「また、それらから生ずるあらゆる責、あらゆる禁則、あらゆる罪科から解放する」
キアラン「ッ!?」
だが時はくれども、威光はキアランを砕かなかった。
大鎚は振られるどころか、握られることさえもなく、スモウの背に掛けられたままである。
暗月の君子は、驚愕をあらわに見上げたキアランに構わず、声を紡げる。
古き日のグウィンドリン「よって、そなたが身に帯びる武具はこれよりアノール・ロンドの尊名より離れ、そなたのものとなる」
キアラン「お、お待ちください!何を言うのですかっ!?それでは道理に反します!」
古き日のグウィンドリン「道理がなんだと言うのだ?」
キアラン「なんっ…!?」
古き日のグウィンドリン「我は王ではなく、ここは神都ではなく、汝らも騎士ではなく、規範は無い」
古き日のグウィンドリン「我はそなたの生命を尊く想った。そして道理はそなたを虐げ、踏み躙りはしたが、我はそれが気に食わぬ」
古き日のグウィンドリン「ゆえに我は、道理の言葉など聞かぬことにした。それだけだ」
キアラン「……なにゆえに…」
古き日のグウィンドリン「裁かぬ暗月を怨むなら怨め。罪なき身を呪いたいのならば、止めもせぬ」
古き日のグウィンドリン「だがそなたが何と言おうと、暗月は意を曲げぬ。折らぬ。断固としてな」
古き日のグウィンドリン「それでも尚、そなたが裁きを欲すると言うのなら、もう構わぬ。そなたを黒森に追放する」
キアラン「!!」
暗月の君子の言葉の末を聞き、キアランは驚愕を露わに顔を上げた。
黒森。またの名を、黒い森の庭。
そこはかつて、人の国の領地であり、今は捨てられ、神の盟友に護られた封地となって久しい。
しかし、かつて王家の森庭と語られたその地に眠るのは、人の豪族たちだけではない。
ウーラシールに赴いたかの神は、しかし帰らず、ただ残った功績と伝説と共に、名をその地に葬られている。
そして、アノール・ロンドに生きる神々には、あるひとつの葬祭の掟が伝わっている。
倒れし者の魂は、倒れし者にとっての真の友のみが継ぎ、心と力を継承する。
神代では、それは戦友の習わしであったのだ。
キアラン「グウィンドリン様…」
古き日のグウィンドリン「立ち去りたまえよ。裁きはくれてやったのだ。もはや我らに用もなかろう」
暗月の君子は返答を求めない言葉、捨て台詞をも吐いたが、声はあくまで柔らかく、優しさを宿していた。
キアランは顔を伏せて涙した。
喪いし半身。半ば死した心。それらを産んだのは、ある戦神を帰さなかった、静かなる森の暗がり。
かつての友が闇を歩き、闇を祓ったその森に送られることが何を指すのかは、戦友の習わしを知るキアランは、涙する程に理解していた。
誰にも護られず、見られぬままひとり逝き、多くの友と未練を残した、供養もされぬ無念の魂が、ようやく憩うのだ。
底深き暗月の慈悲によって。
キアラン「…このキアラン…しかと、神罰を賜りました…」
立ち上がったキアランは涙声まま、涙に濡れた顔を拭うと、兜を被り、仮面をつけた。
顔は隠れたが、はるか以前から暗く沈んでいたその気には、わずかに光がさしたようだった。
そしてかの女神は踵を返し、謁見の広間から去った。
コブラ「ちょいとばかし、俺はあんたを誤解していたみたいだな」
グウィンドリン「誤解?」
コブラ「いやなに、案外と粋なところもあるんだなと思ってよ」
グウィンドリン「粋か……いや、いささか疲れたというだけだろう。この身も心も、多くに長らく縛られていた」
グウィンドリン「その縛りへの、ささやかな反抗心だったのだろう」
コブラ「ふーん…それにしちゃ、女の子を泣かせた時のあんたの口元は、得意そうだったぜ」
コブラ「少しは気が晴れたんじゃないのか?」
グウィンドリン「フッ……そうかもな」
風景が溶け、神々の姿が描き消えていく。
それと共に、コブラは頭の奥底に覚醒の気配を感じていた。
記憶の世界が狭まり、辺りが闇に包まれると、その闇も白みはじめ、眼に陽光の温もりを感じ始める。
消えゆく世界の中で、グウィンドリンに手を触れられて、コブラはその眼を閉じた。
かくして、月と太陽の光の女神の名は忘れさられ、アノール・ロンドは失われた。
コブラ「!」
立ったままのコブラの眼前には、陽光に照らされたグウィンドリンが立っている。
それだけでは現世への帰還に確信を持てなかっただろう。
だが幸いにして、グウィンドリンの肩越しに、見知った相棒であるレディの姿があったことで、コブラはすぐさま状況を認識できた。
レディ「…コブラ?」
コブラ「大丈夫だレディ。俺ならバッチリだ」
コブラ「グウィンドリン、どれくらい時間が経った?」
グウィンドリン「全ては数瞬のうちに過ぎたことだ。ふた息と経ってはおらん」
コブラ「そうかい、アレが一瞬の出来事だとはな。なんだかどっと疲れたぜ」
オーンスタイン「だが休んではおられぬぞ。大法官…いや、暗黒神の憑代たるクリスタルボウイが王の器を置くまで、もはや幾許もない」
グウィンドリン「そういうことだ。我らは急ぎ、祭祀場のフラムトの元へと赴き、器を取り戻さなければならない。ゆえにもはや語らわぬ」
グウィンドリン「火防女よ、そなたも参れ。アノール・ロンドは既に陥ちた。篝火の火を掬い、手に収めよ」
暗月の君主がそう言うと、真鍮鎧の騎士は篝火に屈み、踊る炎を両手で掬う。
掬われた炎はみるみる小さくなり、騎士の手袋を焦がすこともなく、掌に消えた。
ジークマイヤー「お待ちくだされ!コブラに何が…」
ローガン「今は語る時ではないようだ。続きは移動しながらにでも」
グウィンドリンとオーンスタインを先頭に、コブラ一行は篝火が消えた一室から出ると、使者の運び手たるレッサーデーモンが待つ高台へと向かった。
そして道中、ジークマイヤーはたまらず疑問を口にした。
ジークマイヤー「…急いでいるのならば、篝火で語らうことも…いや結構、今のは言わなかったことに」
ビアトリス「どうした?言ってみればいいだろう?言葉を交わす最後の機会かもしれないぞ」
ジークマイヤー「よしてくれ、分かってる。唯一闇を祓えるコブラが目覚めるまでは、我らは動けなかったのだ。そういじめるな」
ローガン「恥じることはない。誰も触れぬ疑問に問いを投げかけることは、探究の始まりとなろう」
遠回しなローガンの嫌味を聴きつつ、オーンスタインは戦友たる狼騎士に想いを馳せた。
唯一闇を祓える者と、かの騎士も呼ばれたが、騎士は遂に戻らなかった。
その事実は、オーンスタインに不吉な結末を予感させるに十分だった。
かくして高台に到着した一行のもとに、二十匹のレッサーデーモンの群れが現れた。
そのうちの十二匹は、コブラ、レディ、ビアトリス、ジークマイヤー、ローガン、真鍮鎧の騎士をそれぞれ掴み上げると、再び飛翔した。
しかしそのまま飛び去ることはなく、残りの八匹のデーモンがことを終えるのを待った。
八匹のデーモンのうち、二匹は二つの大椅子をぶら下げていたのだ。
その椅子は一見して簡素な作りではあったが、それゆえに堅牢に見え、上に伸びた背もたれと手すりからは、四本の縄が垂れている。
ところどころに小さく施された彫刻は、その椅子が高貴な者のためにあることを周囲に見せるものだった。
デーモン達が二つの大椅子を高台に置くと、グウィンドリンが先に椅子に座り、続いてオーンスタインが座った。
そして八匹のデーモンは二組にわかれ、一方はグウィンドリンの椅子の縄を掴み、もう一方はオーンスタインの椅子の縄を掴み、主の声を待った。
グウィンドリン「火継ぎの祭祀場へ」
主がそう言うと、二つの大椅子は宙に浮き、八匹のデーモンは十二匹のデーモンとともに、アノール・ロンドを離れた。
神を失った都は、徐々に陽光の輝きをうしなってゆく。
グウィンドリンが祭祀場に着く頃には、都は夜を迎え、闇の手の者の跋扈を許すだろう。
コブラ「皮肉だな」
グウィンドリン「何がだ?」
コブラ「蛇が神の国を追われてる」
笑みを浮かべたコブラの言葉に、グウィンドリンも唇を綻ばせた。
フラムト「………ふーむ…」
火継ぎの祭祀場の奧で、蛇は疑問に唸っていた。
アノール・ロンドの潜む方角から、悍ましい闇の息吹を感じたと思えば、その息吹は異質なる輝きの気配に掻き消された。
しかし闇は消えたわけではなく、薄く散らばり、方々へ潜んでいるのだ。
フラムト「あの闇の気配…我らが創造主が目覚めたにしても、あの方を祓う力など、神々にあろうか…?」
フラムト「ううむ…見えぬ…我が友の世が続くに越したことはないのだろうが…」
「けっ、しばらく留守にしてる間に、やたら腐臭に塗れやがる。篝火も消えちまうし、離れ時かねぇ」
悩む蛇の長髭に、男の小さな愚痴りが響いてきた。
愚痴は足音と共に大きくなり、石床を踏みしめ、蛇の元へと姿を現した。
悪人面の男「っ!?クソ化け物が!どっから現れた!?」
木製の大盾を背負い、長槍を杖代わりに歩いていたその男は、蛇を見るや否や槍を構えて怒声を上げた。
睨みをきかせた禿頭には、青筋が立っている。
フラムト「何処から?」
悪人面の男「!?」
フラムト「見ての通りではないか。地の底から伸びておる」
悪人面の男「………」ゴクリ…
悪人面の男「へ、へへへ、なんだ喋れるじゃねえか。俺はてっきり、あんたが人喰いの化け物だと思ったんだぜ?」
フラムト「ふむ?食おうと思えば食えぬこともないが…」
悪人面の男「とっ、とおっ!」ガチャガチャ…
ガラン
悪人面の男「あっ!」
人を食えると言った怪物に盾を構えるはずが、手がもつれてしまい、男は盾を落とした。
反りが設けられた大盾は蛇のそばまで転がってしまった。
悪人面の男「………」
悪人面の男「クソ!!」
フラムト「怯えることはない。食おうと思えばの話じゃ。わしはおぬしを食わぬ」
悪人面の男「化け物を信じろって?なんの冗談だ」
フラムト「信じるか否かではない。事実を話しておる。おぬしは食われておらぬだろう?」
悪人面の男「ああ今はな。だが先のことなんぞ分からんぜ」
フラムト「頑固な者じゃな。ならばわしが寝入った時にでも盾を拾うがよかろう。老いた身じゃ。少し待てばそれで済む」
フラムト「!」ピクッ
間の抜けた男との問答の最中、不意にある気配が湧いた。
その気配は、男がここに来る前まで蛇の心中にあった疑問のもの。潜みし闇の気配であった。
フラムト「不死人よ」
悪人面の男「なんだよ」
フラムト「おぬしの言う通りじゃ。先のことなど何者にも見えぬ。この祭祀場の篝火は消えた。お主は他の篝火を探すとよいじゃろう」
悪人面の男「………」
食えると言いはしたが食わず、頑固者と呼ばわったかと思えば、お前は正しいと言う。
人を煙に撒くこの言いぶり、上から目線の妙な臭さに、男は不信感を一層募らせた。
このような言葉の連なりは、大抵何かを隠している。
見覚えも、聞き覚えも、やり覚えもあるこの嘘のつき方は、男にとっては徳とやらが高いだけの堕落した聖職者のそれにすぎない。
もっとも、男は聖職者ではなかったが。
悪人面の男「…大蛇の旦那、嘘はいけねえぜ」
悪人面の男「あんた、何か隠してるだろ?俺には分かる、それがなんにせよ大事なことなんだろ?」
フラムト「隠してなどいない。おぬしを救いたいのじゃ」
悪人面の男「ほーら来た!そういうこと言う奴だと思ったぜ。安心しろよ、俺は口が硬いんだ。話してみろよ」
清貧であれ豪奢であれ、聖なる者を自称する者達に共通するものを、男は嫌悪していた。
秘密を秘密のままとして、自らを偽り、目も耳も塞ぐ身でありながら他者に正道を説く、その厚かましさ”も“気に食わないのだ。
だが秘密を暴き、人の俗悪と偽りに触れ続けたがために、自らは悪党となったということを、男は教訓としてこの場で意識するべきだった。
目も耳も理由があって塞ぐ。秘密を暴くものは、その秘密がなんであれ、不運や業を背負うということを。
フラムト「愚か者め!逃げよと言うとろうに!」ガッ
蛇は大盾に噛み付くと…
ブン ガラァン!
悪人面の男「ハハッ、おいおい落ち着けって!俺は何もしやしないぜ?」
男の足元に投げ落とした。
男はわざとらしい呆れ笑いを浮かべながら大盾を拾う。
その目つきは、何かへの確信がより強まったことを蛇に教える。
だが蛇にとって、今この時だけは、一人の不死人の企みなどはどうでもよかった。
人が神代を支える命ならば、その命はひとつでも多く、災厄から逃れなければならないのだ。
フラムト「分からぬか!あのお方はおぬしをも喰らうぞ!」
悪人面の男「あのお方?そいつは今どこにい…」
何処にいる、という疑問を男が口にし終える前に、空が暗くなった。
悪人面の男「!? な、なんだぁっ!?」
男が空を見上げると、そこには夜空と、欠けた太陽があった。
輝く太陽の中心に見える、塗りつぶしたような、あるいは穿たれたような黒は、徐々に広がり、太陽を食っていく。
それに伴って、夜空に輝く星々も消失を始め、空に赤い輪が浮かぶ頃には、空も地も暗がりに包まれた。
赤い輪とはすなわち、太陽の残り火。闇の印である。
悪人面の男「お、おい…てめぇ、何しやがった!こりゃあなんだよ!」
フラムト「闇じゃよ」
悪人面の男「ああ!?」
蛇に槍を向けた男の脳裏からは、すでに企みなどは無い。
フラムト「偉大なる暗黒。創造の神アーリマンが降臨なさるのじゃ」
悪人面の男「か…神だぁ…?」
男が蛇の言葉を測りかねていると、空と太陽を覆う闇が、水から分たれた黒油のように粒をなして、空と太陽から分離し、剥がれはじめた。
天から剥がれた闇は降り注ぎ、地から剥がれた闇と溶け合って、ひとつどころに向かって渦を巻く。
蛇の眼前、男の眼前に収束する闇の渦は、人の形を成していき、色を発し始めると、天も地も平時の有り様を取り戻していく。
そして天地の全てが、何もなかったかのような静けさに戻った時、そこには明らかなる異物、異形が形を成していた。
透き通る皮膚と、黄金の人骨。二又の鉤爪と、黄金の異相。闇の化身、クリスタルボウイが。
クリスタルボウイ「ふん、誰かと思えば貴様か、鉄板のパッチ」
パッチ「!?」
クリスタルボウイ「久しぶりだなフラムト。まだ懲りもせず、不死の使命なんぞに夢中になっているのか」
クリスタルボウイ「しかもこのような盗っ人とも絡むとはな。神の墓での働きに興味でも湧いたか」
フラムト「…人の世における貴賤は、この地では関係ありませぬぞ。不死の使命はすべての不死に課されているゆえ」
蛇と怪物が言葉を交わす中、パッチと呼ばれた男はただ、立ち竦んでいた。
暗闇が寄り集まって生じた怪物が、言葉を発した。
それだけではなく、怪物は男の名をも知っていた。
仇名と、盗人という素性。そして恐らくは、犯してきた全ての所業をも。
神も悪魔も、聖者も信仰せぬパッチの心が、クリスタルボウイに屈服するには、それだけで十分だった。
神も悪魔も聖者も、それら全てを見抜くことは決してなかったのだから。
クリスタルボウイ「貴賤は関係無いか。貴様らしい、甘ったれた考えだな」
クリスタルボウイ「だが、気持ちは理解してやれるぞ。人のためと称して人を陥れている貴様も、決して清い者ではないのだからな」
フラムト「わしが清濁のどちらであれ、わしは正道を歩きたいのです。人は闇から生まれ、しかし闇を恐れ、不死と亡者を恐れております。貴方様がお造りになった、神々と同じように」
フラムト「ならばわしは、人と神が望む光の世界を守るだけのこと。貴方様の復讐のために使い果たされるべき命など、この世にはありませぬぞ」
クリスタルボウイ「それを決めるのは俺だ」カシャッ
ズガガガァーッ!!
蛇の言葉に、怪物は鉤爪を返した。
蛇の首に突き刺さった鉤爪は、そのまま伸び進み、頭だけでも人の全身ほどもある巨大な蛇を、石壁に叩きつけた。
上半身まで引きずり出された蛇は壁を突き抜け、その後ろの岩壁にまで押し込められて、たまらず前足を腕のように使い、鉤爪を掴む。
蛇は竜の眷族であるがゆえに、体の造りはむしろ、蜥蜴に似ている。アーリマンがそう定めたのだ。
神は、尊い者に己の似姿を与える。
ゆえに鱗持つ神は、鱗持つ眷族を生むのだ。
フラムト「ゆ…許しは乞いませぬぞ!…貴方様は古き日より…誤ちを重ねている…」
クリスタルボウイ「誤ちか。そう見えるのなら、毒を食らわば皿までだ」メキメキ
フラムト「うごぉ!」
右手の鉤爪で蛇を締め上げている怪物は、その目に暗い輝きを迸らせた。
すると、暗い輝きは鉤爪を通して蛇に伝わり、見える限りの蛇の全身を包む。
フラムト「グアアアーーッ!!」
途端、蛇は叫び声をあげながら、身体の末端から黒紫色の結晶に覆われていった。
輝きそれ自体が、結晶を作り、また蛇の身体を結晶そのものへと変えているのだ。
結晶化は急速に進行し、十秒と経たずに蛇の全身を置換すると…
ベキベキベキッ
空間の全ての方向から押し潰されるかのように縮み、遂には蛇を、人差し指ほどの小さな結晶塊へと変えてしまった。
クリスタルボウイは、鉤爪に掴まれたその結晶を、鉤爪とともに手元に引き寄せると…
ペキッ
結晶を握りつぶした。
ドサッ
パッチは尻餅をついた。
腰を抜かすことは初めてではないが、圧倒的な力への恐怖に屈服したことは、初めてだった。
勝ち目のない戦い、勝ち目のない相手からはいつも逃げてきた。そしてそれらはいつも成功した。
だが、今度ばかりは逃げられない。逃げた先にも、この恐るべき怪物が作った何某かがあるのだから。
クリスタルボウイ「さて、ついでにお前にも面白いものを見せてやるぞ、パッチよ」
ガシッ
パッチ「!!」グンッ
クリスタルボウイは、へたり込んだパッチの胸ぐらを掴むと、石ころを拾い上げるような軽やかさで持ち上げた。
パッチ「や、やめろ!頼む!やめてくれ!」
クリスタルボウイ「フッ、遠慮しなくてもいいだろう。俺とお前の仲じゃないか」
そして、やはり重さを感じさせない歩みで、蛇が顔を覗かせていた大穴へと向かう。
パッチの脳裏に、絶対に考えたくない想像が顔を覗かせる。
パッチ「ま、待ってくれ!待ってください!なんでもします!こっ、こう見えても役には立ちますぜ!旦那!なぁ頼むよ!」
クリスタルボウイ「ほーう、なんでもするのか」
パッチ「は、はい!!なんでも!へへ…」
パッチ「へ……」
希望が見えたと喜んだのも、束の間だった。
なんでもすると言ってしまった以上、今最も考えられる己の末路も、その選択肢の内に入ってしまうことにパッチは気付いた。
パッチ「…あ…穴に落ちろっていうの以外は…はは…」
クリスタルボウイ「安心しろ、俺にも仏心はある。落ちろとは言わんさ」
パッチ「……」ホッ…
クリスタルボウイ「ついて来い」
タッ
パッチ「!!!!」
クリスタルボウイは、穴に向かって一歩踏み出した。
パッチを掴み上げたままに。
パッチ「あああああああああああああああああああああああ!!!」
全身を叩く突風の中で、パッチの頭は絶望一色だった。
崖下に突き落とした聖職者の一行のことなど、一片たりとも思い浮かばない。
人の世での経験や、ロードランでの経験なども、走馬燈とはならず、ただ恐怖と絶望だけが吹き荒んでいる。
パッチという男は過去を顧みず、今だけを見据えるをモットーとしている。
なればこそ、現在に絶望が横たわり、そこからはどう足掻いても決して逃げられないと悟ったならば、心はただ砕けるばかりなのだ。
クリスタルボウイはしかし、喚くパッチをを黙らせるでもなく、鉤爪を暗い縦穴の壁に突き刺した。
ガギイィィィ!!
パッチ「あがっ!」ガクン
急な減速でもんどりを打ったパッチは嘔吐しそうになったが、不死人ゆえに胃袋はからであり、胃液のひとつも出なかった。
熱く輝く糸を撒き散らしながら、金切り音を上げてクリスタルボウイは縦穴を落下し続け…
ガヅッ
パッチ「!!!!」
ある高さまで来ると、鉤爪を壁から外した。
パッチは再び始まった加速にまたも恐怖したが。
ドガァン!!
着地の衝撃で気を失った。
バチン!!
パッチ「ぐはっ」
バチン!!バチン!!
頬に走った激痛で、パッチは目を覚ました。そして痛みの波に揉まれていることを知った。
パッチに馬乗りになって両拳を振り下ろしている銀仮面の騎士に、拳を止める気配はない。
パッチ「ま…まって…」
銀仮面の騎士「ああ?」バチン
仮面の奥からは、若い男の声がした。
パッチ「ぶっ…ま、まって…」
銀仮面の騎士「聞こえねえんだよ」ブリブリ
ぬちゃっ
パッチ「ぐ!?むぐぐーっ!?」
銀仮面の騎士「聞こえねぇんだよー俺の糞なんて食ってるからー」
パッチ「もがあああああああ!!」
銀仮面の騎士「暴れんなよお前さぁ。お前のためなんだぜ?けつの穴に糞団子つめて、それ出してさ、それお前に食わしてさ、それっぽくするの」ぬちゃぬちゃ
パッチ「かっ…か……」
銀仮面の騎士「不死人は糞できないからな。それっぽくするには、他人の糞詰めるしかないんだよね」ぐりぐり
銀仮面の騎士「でも、おかげで懐かしいんだよな。糞ができるって生きてる証拠だよ。食べてる証拠なんだ」
銀仮面の騎士「尊厳を汚すってことは、尊厳があることを認めることなんだ。ホントに尊厳の無い奴は馬鹿にする気にもなれないからさ、あんたは誇っていいんだよね」
ひとしきり独り言を喋り尽くすと、騎士は馬乗りをやめてパッチを蹴り転がし、糞まみれとなった彼の口にエストを突っ込むと、下半身の装備を身につける。
焼いたパンのように顔を膨れさせたパッチは起き上がれず、力なく口から糞を吹き、エストに溺れながらも、絶え絶えの息を続けるのがやっとだった。
銀仮面の騎士「アーリマン様、パッチが目を覚ましました」
目を覚ますどころか窒息しかけ、今や毒をも食わせられて瀕死となっているパッチの耳に、聞き覚えのある名前が入る。
そして、絶望的な落下からはともかく生還したということを知った。
パッチはどうにか上体を起こし、糞と、糞に刺さったエスト瓶を吐き出した。
クリスタルボウイ「ひどいザマだなパッチ。子の仮面に好き放題されたな」フフフ…
パッチ「ここは…どこだ……子の…仮面…?」ヨロッ…
掠れた声を出しつつも、パッチは糞にドリップされたエストの効果で、皮肉にも活力を取り戻してしまった。
糞の毒に犯された身体も、一時の活力のおかげで、どうにか立ち上がるだけの力を絞り出せてはいる。
子の仮面「よっ」
照れ臭そうに声を掛けてくる騎士を前に、パッチはまたも戦慄した。
仮面騎士の悪霊の伝説は、正気を保つ全ての不死人が知る呪われた物語である。
幾百、幾千もの不死人や怪物たちを殺戮し、その死に何を見出しているのかも分からぬ者達。
その血塗られた伝説が、目の前にいるのである。
その姿、その存在を疑おうにも、物語にある彼らの恐ろしさは、パッチは既に体験している。
クリスタルボウイ「こいつは叩き伏せた相手に糞を投げつけるのが大好きでな。汚物に塗れた相手を指差して笑う、妙な趣味を持つ男だが、なかなかどうして使える奴でな。こうして俺のそばに置いているのだ」
子の仮面「ここだけの話、俺はこの人を殺すために使われてるフリをしてるんだ。これ内緒だからな」
パッチ「………」
クリスタルボウイ「なかなか面白いヤツだろう?だが、俺が見せたかったのはこの男ではない」
クリスタルボウイ「これだ」
クリスタルボウイが右手の鉤爪を掲げると、二又の爪の間から、白い輝きが走った。
その輝きは鉤爪から離れ、クリスタルボウイの頭上に位置すると、大きさを増し、質量を伴っていった。
そして輝きが収まると、あとにはひと抱えもある巨大な器が残った。
クリスタルボウイ「これが神々が、貴様ら不死人に託そうとした使命。王の器だ」
クリスタルボウイ「もっとも、この器も神々の計画、真の不死の使命とやらの始まりに過ぎんがな」
王の器と呼ばれた大器は、クリスタルボウイの視線に導かれ、宙を移動し、置かれるべきところの真上で止まった。
器があるべき場所とは、石の大門の前。枯れた古木の切り株の上である。
パッチ「…なんなんだよ…あんたら…」
パッチ「不死の使命なんて…俺はどうでもいいんだ…なぁ帰してくれよ…頼むよ…」ゴホッ
クリスタルボウイ「返すさ。お前にはメッセンジャーになってもらわなければな」
パッチ「メッセンジャー…?」
クリスタルボウイ「この時の歪んだロードランの地にある篝火は、縁で全て繋がっている」
クリスタルボウイ「過去の篝火も、現在の篝火も、未来の篝火も、僻地のものだろうが、死地のものだろうが関係無くな」
クリスタルボウイ「あの器は、その全ての篝火の縁を利用した転送装置なのだ。器の持ち主は、篝火のあるところに望みのものを転送できるのだ」
クリスタルボウイ「そして篝火の縁は、無の世界に生まれ、世界に光と闇、熱と冷たさ、生と死を生じさせたはじまりの篝火とも例外なく繋がっている」
クリスタルボウイ「更には今は、空前絶後の規模と言える時の合一が起きている。繋がりはより強固に、より正確なものになっているだろうな」
クリスタルボウイ「繋がっているからといって、はじまりの篝火をタダで受け継ぐとはいかんがね」ククク…
クリスタルボウイ「ならばパッチよ」
パッチ「…?」
クリスタルボウイ「はじまりの篝火から生じたものが、他の篝火に移動できるのなら、はじまりの篝火に照らされたものも移動できると考えるのも、自然なことだろう?」
パッチ「………」
パッチ「……あんた…なに言ってんだ……なにをやろうってんだよ…」
クリスタルボウイ「狼煙をあげるのさ」
クリスタルボウイ「この俺の、反撃の狼煙をな」
ガコン…
王の器は、重々しい音を響かせて、古木の切り株の降りた。
そして器の中心からは、地響きとともに、炎にも似た輝きが揺らぎ始める。
しかし、その揺らぎは小さくなり、器の外縁部から立ち上る闇の霧に囲まれ、食い荒らされ、肥大した。
その肥大した様は黒い炎とも言える様であり…
ゴワアァァーーッ!!!
天に向かって噴出する様は、山が自らの死の瞬間に噴き出す、赤黒い火柱のようだった。
クラーグ「!?」ボワッ
戦士「うおっ!なんだよいきなり」
種火を調べ終え、次に種火の入れ物を調べていた魔女が、突如として蜘蛛の炎を強めた。
そして飛び起きた戦士に構わず、魔女は種火の入れ物に蓋をして、蜘蛛糸で巻くと、蜘蛛の燃える腹毛に粘りつけた。
ラレンティウス「どうしたんですか?何か不調でも…」
クラーグ「この感覚……まさか…」
ラレンティウス「…?」
クラーグ「魔術師!太陽の小僧を叩き起こせ!」
グリッグス「!?」
ガサササーッ
グリッグスの返事を待たずに、クラーグは蜘蛛足を走らせて、篝火から離れてしまった。
何事かと思ったグリッグスはクラーグの行く先を目で追い、ことの重大さを把握した。
戦士もいきなりのことで若干の苛立ちと共に、炎の蜘蛛魔女を目で追い、同じく事態を知った。
グリッグス「おいソラール!起きろ!」ゆさゆさ
ソラール「なん…なんだ?…どうしたんだいきなり…」
戦士「俺は先に行ってるからな!ラレンティウス!」ダダッ
ラレンティウス「お、おう」ダダッ
グリッグスとソラールを残して、戦士とラレンティウスは、クラーグの後に続いた。
グリッグス「ソラール!はやく起きるんだ!」
ソラール「ちょっと待ってくれないか…いったい何のことだか…」
グリッグス「封印が消えた!」
ソラール「……え?」
グリッグス「消えたんだよ!王の封印が!綺麗さっぱり無くなってるんだ!」
その報は、ソラールの頭を覚醒させるのに十分なものだった。
兜を被り、剣を腰にはいて、グリッグスが指差す方向を見る。
そして見た先には、黄金色に輝く霧は無かった。
ダッ!
ソラールは石畳を蹴って駆け、崩れかかった長階段を滑り降り、土をはねて走り、封印のあった場所に立つクラーグの横に立った。
横一列に並んだ旅の一行の前には、熱気の無い石造の大広間が広がっており、その向こうには、焼土を縦にくり抜いて作った空間に、石の階段を敷いた景色が見えた。
ソラール「何が起きたんだ!?大王の封印が解かれたのか!?」
クラーグ「いや…違う…これは、解かれたのではない」
ソラール「では、どうして…」
クラーグ「砕かれたのだ……誰か、あるいは何かに…」
ソラール「…何か…?」
ソラール「何かとは…それは…なんなんだ?」
ゴワアァァーーッ!!!
グウィンドリン(間に合わなかったか…)
コブラ「オッオオオーーッ!!」
祭祀場に開けられた長方形型の穴から噴き上げた、赤黒く輝く力の奔流に、コブラ一行を運ぶデーモンたちは巻き上げられ、方向感覚を失った。
コブラ「クッソーまたこのパターンかーっ!どーしていつもこーなるのー!」グワングワン
レディ「落ちるわコブラーっ!」グラグラ
ジークマイヤー「どわーっ!?」ガシャーン
ビアトリス「ジークマイヤー!?」
ローガン「祭祀場の遺跡に落ちただけだ!運のいい奴よの!」
真鍮鎧の騎士「オーンスタイン様!グウィンドリン様をお願…」
オーンスタイン「グウィンドリン様!」ダンッ!
大振りに揺られる者、きりもみに落ちる者がいる中で、オーンスタインは求められるより速く、大椅子から飛び上がり…
ズバッ!
グウィンドリンの大椅子を吊る、四本の縄に十字槍を一閃。切断し、大椅子ごとグウィンドリンを抱え…
ガンッ ガンッ スチャッ…
岩壁や遺跡の石積みを蹴って、柔らかく着地した。
ドザーッ!
その隣に、レディを抱えたコブラが砂埃を上げて着地。
一方、ローガンとビアトリスは、高所から飛び降りたとは思えぬほどの静かさで降り立った。
二人の脚には、淡く青色に輝く魔法、落下制御がまとわりついている。
ジークマイヤー「ぐはっ!」ズダーン!
ジークマイヤーは無理矢理に遺跡から飛び降りて、したたかに腰を痛めたが、エストを飲んで事なきを得た。
真鍮鎧の騎士「オーンスタイン様!グウィンドリン様にお怪我は!?」ガチャッ
木に身を投げた真鍮鎧の火防女は、木から降りつつもオーンスタインに訪ねる。
その声に、グウィンドリンは「大事ない」と応えた。
コブラ「どうも、とんでもないことが起きちまったみたいだなぁこりゃ」
グウィンドリン「大王の封印が解かれたのだ。貴公に施された封印も、既に無いはず」
コブラ「なに!?そいつはいいぜ、俺のサイコガンもついに復活ってわけだ」
グウィンドリン「だが、器を置いたのはアーリマン……貴公の敵、クリスタルボウイだ。篝火はすでに安全ではないだろう。器が置かれたということは、フラムトかカアスのどちらかが、クリスタルボウイに火継ぎの使命を伝えてしまったはず」
グウィンドリン「ならば、クリスタルボウイは火継ぎの儀式を行い、はじまりの火を闇の力で簒奪するか、もしくは消してしまうだろう。まことの闇の力を求るがために」
コブラ「まったく、人が寝てる時にイタズラするような奴はダメだね。躾がなってないな」
グウィンドリン「兎も角、我らは今すぐ王の器を奪い返さねばならない。皆々、寄ってくれ」
グウィンドリンの招集に、不死たちは集まり、コブラも、レディも、オーンスタインも、離れることはない。
グウィンドリン「あの強大な闇に対する策を、我ら神々はついに持つことができなかった。ゆえに戦力と言えるものは、コブラに秘められた謎多き力と、サイコガンだけとなる」
グウィンドリン「しかし、コブラ単身を死地に向かわせるわけにはいかぬことは、貴公らも思うところであろう。コブラ一人を戦わせるなどは、か細き希望をより細め、恩義を忘れ、信義にもとる行いだからだ」
グウィンドリン「ゆえに貴公らも、我らとともに戦ってほしい。時が少なく、多くの語るべきことを語れぬ身で言うのも厚かましいが…もはや我には、そうとしか言えぬのだ」
グウィンドリン「そのような暗月の神に力を貸すと言うのなら、我が身に触れてほしい。我が転移の術は、短い距離ならば容易く飛び越える。我が身に触れれば、瞬く間にはクリスタルボウイの眼前であろう」
コブラ「まぁ、そういうことだ。頼むぜグウィンドリン」
グウィンドリンの右掌を、コブラは握った。
それとほぼ同時に、真鍮鎧の騎士の手は右の二の腕に触れていた。
オーンスタインの右手は、グウィンドリンが皆を呼び集めた時から既に、かの神の右肩に手を置いている。
ジークマイヤー「…友と枕を並べて死ねるなど、騎士の誉よな……」
ジークマイヤー「ましてや世のため、人のためにともなれば、今死ねずして何が騎士か」フフフ…
ジークマイヤー「コブラ!この命、貴公にくれてやろうぞ!」ガッ
ジークマイヤーの手は左の二の腕に…
ローガン「神秘を追い求めた老骨が、世の神秘の真髄に触れて死ぬというのも、あるいは乙なものであろうなぁ」
ローガン「騎士が命を預けるならば、魔術師は理力を預けよう」スッ…
ローガンの手は左肩に…
ビアトリス「…偉大なる師を死地に送り、己は逃げたとあれば、私は野にいる自分を誇れないでしょう」
ビアトリス「何より、私には果たすべき使命があるのです。その道を阻む者は、例え暗黒神だろうと討たねばならないでしょう。例え、命が尽きようとも」
ビアトリス「御無礼、お許しください」
ビアトリスの手は、左肘に触れた。
恐るべき大敵を前にして心構えを口にするなど、あるいは意味を持たないかもしれない。
だが心ある者は皆、それぞれに信じたいのだ。
例えその信念が、幻や虚飾、酔いの類であろうとも。
それが、それだけが力となっていくのだ。
コブラ「よぉし、じゃあ地獄に落ちてやるとしようぜ!待たせちゃ悪いからな!」
グウィンドリンを中心として、黄金色の光の陣が現れると、コブラ達一行の姿は薄まり、消えた。
そして、コブラからの目配せに応えて、残った者が一人。
本当に王の封印が解かれたならば、呼びかけに応えるものもあるはずなのだ。
レディ「………」
さしものレディも、決して小さくはない不安を覚えている。
グウィンドリンの背後に回り、触れているかのように皆に見せつつも、こうして残ったことは正しかったのか。
だがコブラが思ったように、レディもある可能性を思い、それに賭ける価値もあったからこそ、レディはやはり、不安を考えないことに決めた。
レディ「頼んだわよ、コブラ」
ブォーーン…
クリスタルボウイ「フッ、来たかコブラよ」
王の器の前に立つのは、使命の簒奪者たるクリスタルボウイ。
その男の背後の暗闇に、輝きが生じると、そこから現れた一団はそれぞれの武器を構えた。
コブラ「王様気取りが好きだなクリスタルボウイ。だが、お遊びもこれまでだ」スッ
サイコガンをゆっくりと抜くコブラに、たまらず駆け出しそうになったのは仮面の騎士だった。
しかしクリスタルボウイからの許しがないために、動けずにいた。
コブラ「その隣のデカブツはお前の新しいお仲間かい、ボーイ?それとも国民第一号か?」
子の仮面「刺客だよ。あんたを殺したあとは、この人も殺すんだ。これ、内緒だからな」
コブラ「やれやれ、オツムのおかしい子としか仲良くできないなんて、なぁんて可哀想なヤツなんでしょ」
ジークマイヤー「仮面の悪霊か……いや、闇の親玉の仲間にしては、あれが一人だけというのも我らには救いだな…」ヒソヒソ…
ビアトリス「だが子の仮面は、仮面の悪霊の中でも特に危険だと聞く。クリスタルボウイはコブラに任せて、我々は奴を食い止めよう」ヒソヒソ…
ローガン「しかし、あのような者との遭遇には慣れたくなかったものだな」ヒソヒソ…
クリスタルボウイ「フッ……サイコガンか。まさかそれが本調子になったからというだけで、俺の前に現れたわけでもあるまい」
クリスタルボウイ「それとも、一度は俺を退けた、貴様にも制御できないあの力に賭けたとでもいうのか?」
クリスタルボウイ「だとしたら、少々期待外れだな」
コブラ「分かっちゃいないな、クリスタルボウイ」
コブラ「いつでも俺は、俺に賭けてるんだ!」ジャキン
ズバオオォーーッ!!!
放たれたサイコガンがクリスタルボウイにぶち当たり、戦いは始まった。
子の仮面は矢のように敵目掛け飛び出し、コブラ目掛けてデーモンの大鉈を渾身の力で振り下ろす。
ガコォーーン!!
その大鉈がコブラの頭に届く前に、竜狩りの槍が一撃を防いだ。
ジークマイヤー「ふんっ!」ブン!
敵陣に突っ込んできた子の仮面の背後から、ジークマイヤーは特大剣を振り回す。
しかし、巨体に見合わぬ素早さで、仮面の騎士はバックスタブから逃れ、ジークマイヤーのツヴァイヘンダーは空を斬った。
ダダッ!
子の仮面「あっ、待って!」
クリスタルボウイに向かって駆け出したコブラを追うべく、仮面の悪霊は踵を返すが…
子の仮面「あ!」
グウィンドリンの展開した浮遊するソウルの雨に、行く手を遮られた。
それだけなら回避行動で突破する自信が、仮面の悪霊にはあった。しかし実行はしない。
ビアトリスとローガンが回避した先に魔法を合わせてきては回避などできず、そこにオーンスタインの雷が叩き込まれれば目も当てられないことになる。
子の仮面「めんどくせえなぁーお前らみんなぶっ殺すからな」
今回の投稿はここまで。
あと>>950まで行ったら次スレ立てます。
母仮面
↑装備コレクターの周回勢
同類の仲間を引き連れて敵を待ち伏せる出待ち上等の対人厨
強い
パパ仮面
↑武人気取りのラグスイッチャー
邪魔な味方は普通に切り捨てる
ラグを使わないと緊急事態に対応できず不意打ちに弱い
強い(ラグが)
子仮面
↑糞団子と下指しジェスチャーを常備した煽り厨
倒した相手を煽りまくるが味方も煽りの対象
何考えてるか分からない
強い(多分)
黒森でいっぱい見た
いきなりスカトロ描写をするなんてキモ、引くわと感じた方もいたと思うので、仮面巨人が揃ったタイミングでの注意書きでした。
ダークソウルはスカトロ描写多いゲームなんです。ホントに。みんなすぐウンコ投げます。
>>723のレスは物語の上ではかなりメタい内容なので、万が一まとめる際には>>724もろともカットでお願いします。
ガギィーーッ!!
王の器に一直線に向かうコブラの前に、クリスタルボウイが立ち塞がった。
黒騎士の大剣と黄金の鉤爪が鍔迫り、火花を散らす。
コブラ「俺の仲間をアイツ一人で引き止める気か!?ワンオペのブラック企業は評判悪いぜ!」
クリスタルボウイ「どうせ不死人だ!死んでも蘇れるだろうよ!」ドガァッ!
クリスタルボウイの前蹴りを喰らい、吹き飛ばされたコブラは元いた地点まで押し戻されそうになったが…
ガガガガァーッ
特大剣を地面に突き刺し、ブレーキをかけた。
クリスタルボウイの両目に暗い輝きが走る。
コブラはサイコガンをしまい…
コブラ「勝負だ!ボーイ!」
ダンッ!
特大剣をそのままに、全力で地を蹴って、クリスタルボウイの頭上目掛けて飛び上がった。
そして上昇しながらも、剣から鞘を抜くように、再び義手に手を掛けた。
クリスタルボウイ「バカめ!空中で避け切れると思うな!」
クリスタルボウイ「死ねっ!コブラーっ!!」カッ!!
ズオオォーーッ!!!
クリスタルボウイの目の輝きがより強まった時、その全身から闇の嵐が解放され、空中のコブラ目掛けて殺到する。
コブラはしかし、サイコガンを抜かず…
ピシュッ ガッ!
王の器が置かれている古木の切り株に、ワイヤーフックを引っ掛けた。
そしてフルパワーで牽引した。
クリスタルボウイ「なにっ!」
コブラ「残念でした!コブラ盗塁しまぁーす!」ビュオォーッ!
空中で急加速したコブラの足先を、闇の嵐は抜け、広大な暗い空間に消える。
クリスタルボウイ「くっ!」バシュッ!
器を目掛けて飛翔するコブラに、黄金の鉤爪が放たれた。
バギイィーーッ!!
その鉤爪を、オーンスタインの雷の大槍が落とした。
鉤爪は全くの無傷であったが、軌道を逸らされてあらぬ方向へ飛んで行く。
クリスタルボウイ「オーンスタイン!貴様…!」
コブラ「でりゃあーーっ!!!」
ガゴオォォーーン!!
王の器が台座に置かれていることが悪いのなら、その台座から蹴り落とせばいい。
コブラを取り逃がしたクリスタルボウイの目の前で、コブラは王の器に飛び蹴りを浴びせた。
ドザッ!
金属を打ち付ける確かな手応えを足に覚えつつ、コブラは背中から着地。
その姿勢のまま上体を上げて、古木の切り株の方へと目をやった。
コブラ「なにっ!?」
王の器は、切り株に乗ったままだった。
それどころか、蹴る前と比べても微動だにしておらず、足跡ひとつもついていなかった。
クリスタルボウイ「何をするかと思えばそんなことか」
コブラ「!」チャキッ
ヴァオオーーン!!
闇の嵐による不意打ちを喰らう寸前、コブラは咄嗟にサイコガンを抜き、サイコエネルギーで嵐の威力を軽減した。
しかし、なおも闇は重く…
コブラ「ぐふっ!」ズガーッ!
コブラは宙を舞い、その身を石の扉に叩きつけられた。
クリスタルボウイ「器は俺を選んだのだ。俺以外に、アレを操作することはできん」
コブラ「…ああ、そうみたいだな」ゴホ…
石の門の前で、コブラは起き上がりつつも、何やら手元を気にしている。
クリスタルボウイ「ほう、まだ奇策があるというのか」
コブラ「ああ、あるぜ」ピシュッ
クリスタルボウイの頭目掛けて、コブラはワイヤーフックを発射した。
そのフックをクリスタルボウイは頭を傾けて交わすと、鼻で笑いつつコブラに近付く。
コブラ「これだ!」ダッ!
ワイヤーフックはクリスタルボウイの後方、崖の側の石床に引っかかっていた。
コブラはウィンチの巻き上げをフルパワーのまま固定しており、巻き上げが生む推力と、自身の足が生んだ推力で、弾丸のように速さでクリスタルボウイに突撃し…
ドガァーーッ!
その透明な胴体に、強烈なタックルを決めた。
クリスタルボウイの脚は宙に浮き、コブラ共々崖に向かって突っ込んでいく。
ズザザッ!
そして、崖の手前でコブラは急停止し…
ブワッ!
跳ね飛ばされたクリスタルボウイは、奈落へと堕ちていった。
クリスタルボウイ「お前にはガッカリしたぞ、コブラ」ズオォ…
しかし、クリスタルボウイは奈落から再び現れた。
暗い空中に浮遊する宿敵の姿に、コブラは思わず疲れ笑いを浮かべた。
コブラ「やれやれ、ここはラスベガスじゃないんだぜ?マジックショーは間に合ってるだろ」
クリスタルボウイ「そう言うな。奇術が下手なお前に、この俺が本物の奇術を教えてやろうというのだ。ありがたく頂戴しておけ」スッ…
コブラ「!」
ブゴワァッ!
クリスタルボウイが左手をコブラにかざすと、その掌から闇の飛沫が放たれた。
コブラは転がるようにそれらを回避し、回避の終わりぎわに片膝を立てて発砲姿勢を取り、今度はマグナムを二度撃った。
ドウドウーッ!
クリスタルボウイ「フフフ…」カンカァン!
コブラ「くーっ!やっぱりこの弾じゃダメかぁ」
マグナムの弾は尽きて久しい。
装填されているものも、控えているものも、弾丸は全て巨人の鍛冶屋の急増品である。
今や何でできているかも分からない、クリスタルボウイの透明なボディには、傷はおろか埃もつかなかった。
コブラに打つ手なし。
そう判断したクリスタルボウイは、王の器のもとにゆっくりと降り立つ。
コブラ「やめておけ!そいつに指一本でも触れてみろ!後悔することになるぜ!」
クリスタルボウイ「ならば止めてみろ。できるものならな」
器の中心に、クリスタルボウイの左手が置かれると、器の中心に水が溜まっていく。
だが水は、水というにはあまりに暗く、澱んでおり、奇妙な温もり、懐かしさを感じさせる気を纏っている。
おそらくそれは、人の、闇の郷愁なのだろう。
クリスタルボウイ「マジックショーと抜かしたな」
クリスタルボウイ「生憎、ショーが始まるのはこれからだ」
ジークマイヤー「おおりゃー!!」ブォン!!
ジークマイヤーが横振りに振り回した特大剣を、子の仮面は転がって回避し、その勢いのままビアトリスに向かう。
ガギャアッ!!
その仮面の悪霊に向かってオーンスタインは槍を振り上げた。
しかし、その槍先は結晶の盾に防がれ、刃は通らず、雷も悪霊を十分には焼かなかった。
ただ、衝撃は悪霊に伝わったために、子の仮面はローガンに向かって跳ね飛ばされた。
シュゴォーッ!!
ローガンは向かってくる子の仮面に向かい、ソウルの槍を放った。
一方、子の仮面は背中から抜いた大剣を石床に突き立てて身体を止め、そのクレイモアを放置して、ヘッドスライディングの形でローガンの足元に突進した。
急に敵が目の前から消え、足元に出現したために、ローガンはソウルの槍を外した。
ジークマイヤー「危なっ!」ガシャン!
尻もちをつく形で、ジークマイヤーがソウルの槍をかわしきったのと…
子の仮面「……」グビグビッ
子の仮面が、ローガンの腰に下がったエストを呑むのとは同時だった。
ババッ!!
そこへと突き出される、竜狩りの槍の二連突きを、子の仮面はバク転で回避すると…
子の仮面「ていっ」ドン
ビアトリス「えっ?」
浮遊するソウルを展開したばかりのビアトリスを、奈落へ向けて突き飛ばした。
子の仮面「……」ボボボン!
ジークマイヤー「うおおっ!?」ガバッ
仮面の悪霊が浮遊するソウルを全弾浴びた瞬間、ビアトリスは崖から落ちる寸前に、ジークマイヤーの伸ばした手に助けられた。
子の仮面「んぐっ、んぐっ」
ソウルに顔を焼かれながらも、仮面の悪霊は自前のエストをラッパ飲みする。
重鈍なジークマイヤーは、ビアトリスの救出に手間取っており、手が離せない。
ドスドスッ! ボン!
子の仮面は、自身にグウィンドリンの放った弓矢と、ローガンのソウルの太矢が刺さっても、エストを飲むのをやめなかった。
エストの回復力が、攻撃の威力を上回っている。
ビュンッ!!
エストを強引に飲み続けた子の仮面の首目掛け、オーンスタインの目にも止まらぬ横凪が一閃されたが…
バオッ!!
先程までとは比べ物にならないほどの身のこなしで、子の仮面は蜥蜴のように、地表を滑るように槍を回避。
ローガンに組み付くと…
子の仮面「これあげる」ブンッ!!
グウィンドリン「!?」ドォーン!
ローガンをグウィンドリンへ向けて投げ飛ばした。
極めて高い膂力で放られたローガンを受け止めるほど、グウィンドリンの膂力は強くはない。
グウィンドリンはローガンに跳ねられ、ともに闇へ落ちるところで…
バッ!!
オーンスタインの両手に、ローガン諸共抱き止められた。
ズガーッ!
オーンスタイン「ぐっ…!」
仮面の悪霊はオーンスタインの背中にダガーを突き立てた後…
ドゴオォーーッ!!
ジークマイヤー「なっ!?」
ビアトリスを引き上げてる途中のジークマイヤーに向かい、かの騎士の背後でフォースを炸裂させた。
ジークマイヤーとビアトリスは衝撃波によって吹き飛ばされ、縦穴の闇へと落下を始めた。
ドシュッ!!
子の仮面「おほっ!?」
思わず驚嘆の声をあげた仮面の悪霊を、オーンスタインは無視した。
その右脇にはグウィンドリンとローガンを抱え、左手には竜狩りの槍を持っている。
その槍先は、ジークマイヤーの鎧の右脇と、ビアトリスのロングスカートを貫いていた。
ジークマイヤーの鎧は丸く膨れており、内部に空洞が多い。
曲面に弾かれぬほどの鋭い一閃を精妙に発せたならば、曲面を貫き、装着者を傷つけないことも可能だろう。
逆さ吊りにされたビアトリスは、杖持つ右手で帽子を押さえつつ、残った左手で必死に槍にしがみついている。
オーンスタイン「ふんっ!!」ブオォアッ!!
子の仮面「!」
二人の不死をぶら下げた槍を、オーンスタインは横に振った。
仮面の悪霊はやはり屈んで回避しようとしたが…
ガコォン!!
子の仮面「ぶぇ!」
ぶら下がったジークマイヤーの脚に引っ掛かり、顔に踵落としを食らった形となった。
ジークマイヤー「おうっ!?」ガララァン!
ビアトリス「きゃ!」ドサッ
遠心力で槍から抜けた二人の不死は、多少は混乱しつつも再び戦闘態勢をとり、石床に降ろされたローガンとグウィンドリンも杖を構える。
子の仮面「あー、食い物が食えたらな。吐けたなぁ今の」
仮面の悪霊は脳を強かに揺さぶられ、石床に手をついて、頭を振っていた。
オーンスタインはその頭に向け、竜狩りの槍を上段に構える。
ドゴゴゴオォォーーッ!!!!
その槍は振られることなく、オーンスタインは構え直した。
王の器の中から突如として噴き出た黒い大火は、冷たい不吉な光で大空間を照らす。
その光が人の顔を照らしたならば、そこには死相が見えた。
ジークマイヤー「なん、なんとぉ!?」
ビアトリス「神の器から闇が!?」
ローガン「これは…人間性?…いや、しかし…」
オーンスタイン「グウィンドリン様!?これは…」
グウィンドリン「そんなはずは…このようなことはあり得ない!」
グウィンドリン「王の器から闇の力が放たれるなど……神と、神が作りし物は、強い闇を受ければソウルを食われ、存在は喪われるはず!」
グウィンドリン「『闇に成る』などと、そのようなことがあり得るならば、なにゆえアルトリウスは深淵より戻らなかった!」
クリスタルボウイ「この器が神の物なら、確かに闇を受ければ砕けるだろう」
クリスタルボウイ「だが、これは貴様ら神々が思うようなものではないのだ」
グウィンドリン「………」
グウィンドリン「まさか王の器を作りしものは……我が父上ではなく、世界の蛇……闇撫での、カアス…」
オーンスタイン「カアス!?あやつが…!?」
クリスタルボウイ「ようやく気付いたか。その通り、あの器を作ったのはヤツら世界蛇だ」
クリスタルボウイ「俺が器を作ってしまえば、なんらかの不可抗力で俺が神々を食い損ねた場合に何かと都合が悪いが、かといって貴様ら神々に器を作らせるわけにもいかん。計画に余計な手間が増える」
クリスタルボウイ「だが竜から生まれ、闇へと流れて蛇となった世界蛇が、器を作ったとなれば話は別だ。俺の企みが貴様ら神々にバレたところで、俺の秘密兵器である器の真の力は明かされることは無く、神々が世界の蛇を探ろうにも、世界の蛇はフラムトを除く全てが闇の勢力下にある。神々が闇に触れられぬとなれば、こちらはフラムトだけを騙すだけで事足りる」
クリスタルボウイ「俺の記憶にも存在しない器だったおかげで、探し出すのに一苦労したが、それも保険と思えば安いものだ」
クリスタルボウイ「しかし実に滑稽だったぞ!フラムトは最後まで、火と光が人間を、そして神々を導くと信じて死んでいったわ!」
グウィンドリン「クリスタルボウイ…貴様……父上の友たるフラムトをも、その手にかけたというのか!」
クリスタルボウイ「安心しろ、俺はまだまだ手にかける。手広く仕事をするのは慣れているからな」
クリスタルボウイが挑発していることなど、グウィンドリンには分かっていた。
だが父グウィンの遺した、故意には行われなかったであろう裏切りと、フラムトの死。それらを嘲笑う者の存在を、グウィンドリンはこの瞬間だけは許すことができなかった。
グウィンドリンはクリスタルボウイに杖を向け、ソウルの大光球を放とうとしたが、蒼く輝くその杖をコブラに制された。
グウィンドリン「コブラ!なにを…!」
コブラ「やめときな。ジークとビアトリスもこっちに来てくれ。小休止さ」
口惜しくも杖を下げたグウィンドリンの元へ、ジークマイヤーとビアトリスが合流し、コブラの一行は一箇所に集まった。
それを見下ろすクリスタルボウイと、コブラ一行を正面に見据えて立っている仮面の悪霊に、攻撃の意思は無い。
子の仮面は倒しきれぬ相手に斬りかかるほど愚かではなく、クリスタルボウイにとっては、今のコブラは金鉱である。
光がより強まる時、闇もまた強まる。今殺すには惜しいのだ。
コブラ「らしくないなクリスタルボウイ!耳寄り情報で時間稼ぎなんて、まるでセールスマンみたいだぜ!」
クリスタルボウイ「フッ、慣れないことはするものじゃ無いな」
クリスタルボウイ「だが、時間を稼いでいるのは貴様も同じだろう」
コブラ「大当たり」ニッ
コブラ「今だ!レディ!」
コブラが腕時計に号令をかけると、縦穴の上奧、まさにこの大空間の唯一の物理的出入り口から、閃光が走った。
突然の輝きに、コブラ以外の全ての者が頭上を見上げようとした。
しかし、輝きは彼らに見上げることを許さぬほどに眩く、そして破壊的だった。
子の仮面「あ」
ドゴゴアアァーーッ!!!
ビアトリス「うわぁっ!」
ジークマイヤー「ぬおおっ!?こ、これは!?」
グウィンドリン「くっ…!」
縦穴の幅を広げ、クリスタルボウイに直撃したエネルギーの奔流は凄まじく。
クリスタルボウイに降り注いだ光は、強大な暴風と熱を伴っており、クリスタルボウイの近くにいた仮面の悪霊を蒸発させた。
コブラの一行は、雷の使い手たるオーンスタインさえも含めて、輝きにひるみ、暴風に飛ばされまいと身を伏せた。
その一向に向けて、爆風に吹き飛ばされたパッチが転がり込んだが、あまりの輝きの強さに、誰一人としてそのことには気付かないようだった。
そして輝きが収まり、辺りが砂埃に包まれている時に…
ゴワァァーーッ!!!
その砂埃を巻き上げて吹き飛ばし、タートル号は舞い降りた。
ジークマイヤー「なっ……!?」
ビアトリス「なんだぁっ!?」
ローガン「せ、石棺が空を飛んどる…」
コブラ「紹介するぜ。こいつが俺の船、タートル号だ。さっきのどデカい光はタートル号の主砲、スーパーブラスターから発射されたものさ」
コブラ「ブラスターの威力は宇宙戦艦も鉄クズに変えちまうほどだ。レディはここら一帯を吹っ飛ばさないようにパワーセーブは掛けていたみたいだが、仮に最弱設定でも直撃弾を食らって破壊されないサイボーグはいないぜ。ボウイのやつがサイボーグですら無くなったってんなら、話は別だがな」
オーンスタイン「船…?…これが…?」
真鍮鎧「こんな鉄の塊が、宙に浮くというのか…」
グウィンドリン「コブラ、これはいったい…」
コブラ「時の大合一に賭けたのさ。過去の物も未来の物も、秘境も公園の空き地も全てがこのロードランでは存在するんだろ?」
コブラ「たしかに、この前まではコイツを呼び出すことは出来なかった。だが貴い物を封印して守るという、王の封印が解かれたらどうなるかは試してなかった」
コブラ「呼べたら万々歳。呼べなかったら……まぁその時の俺に任せたさ」
オーンスタイン「任せた……」
コブラ「しかし王様は中々の審美眼をお持ちのようで。封印されてたおかげで、この前メンテナンスした時と何も変わってないぜ」
スーパーブラスターが撃ちこまれた地点、クリスタルボウイが浮遊していた石畳は、黒く炭化し轟々と炎をあげている。
消滅した仮面の騎士の、莫大な密度を持つソウルはその炎の周りを漂っていた。
レディ「戦況を聞こうかしら、コブラ?」ウイィーン
滞空飛行中のタートル号の開いたハッチから、レディはコブラに尋ねる。
コブラは肩をすくめた。
コブラ「いやもうぜーんぜん駄目。押しても引いてもビクともしない。出直しだ」
コブラ「ボウイのヤツは…」
オーンスタイン「残念だが、貴公らの船でも、死には至らしめぬようだ」
コブラ「なに?」
燃え盛る炎の周囲を浮遊するソウルが、千々に分かれて炎に吸われた。
ソウルを吸った炎からは、黄金色の輝きが垣間見える。
だがその黄金色は、神の雷とは相反する者の輝きである。
そして輝きは炎を割って、擦り傷ひとつも無い透明な身を露わにした。
クリスタルボウイ「今の秘策は中々斬新だったぞ。昔の俺なら砕かれていただろうな」
ジークマイヤー「オ…オオォ…」
ビアトリス「そんなバカな…」
コブラ「へっ、なんてタフさだ。俺にはもう、お前が何者なのか分からなくなってきた」
クリスタルボウイ「何者だろうと構わんよ。お前を殺し、アフラ=マズダへの復讐を果たせればそれでいい。あとはギルドの好きなようにさせるさ」
クリスタルボウイ「さてと、それではひとつ、俺のほうの答え合わせもぼちぼち始めるとしようか」
クリスタルボウイ「俺の秘策は、これだ」
クリスタルボウイは左手を掲げ、パチンと指を鳴らした。
行ったこと、そして他者が目で確認できることは、それだけだった。
蜘蛛魔女のクラーグは、火勢を抑えた蜘蛛腹に不死たちを載せ、溶岩だまりを歩いていた。
王の封印の先には、魔女たちから直々に炎の魔術を教わった、デーモンの炎司祭が番兵として立っていたはずだったが、炎司祭の姿は無く、混沌に飲まれて機能を狂わせた石像たちも、姿を消している。
ゆえに封都への道程も、驚くほどに何事も起きない。
不死を荷のように担いで歩くという無茶も、その平静に頼った行いだった。
その静かな行進の容易さのためには、クラーグも荷馬車の真似事の屈辱を我慢できた。
戦士「うぉ…」
不死たちの一人が声を上げたが、驚いていたのは他の不死たちも同じだった。
地下の大空洞を煌々と照らす溶岩だまりは、クラーグの足元から、遠くに見える岩の塔の向こうまで続いており、その大空洞の至る所に、燃える木々と、朽ちた竜の下半身が点在している。
グリッグス「ここは…」
クラーグ「我が故郷、イザリスだ。今は混沌に呑まれ廃都と化しているが、昔は母上の生み出した偽りの太陽に照らされ、地上のように緑も豊かな都だった」
クラーグ「病み村が腐敗に沈む前は、かの大水道も我らの物だった。都には水が引かれ、小川も噴水も、畑もあった」
クラーグ「魔女の神秘や智慧を求めて、人や神が都を歩き、魔女見習いの呪術師たちが彼らの生活を支え、炎の魔術に長けたデーモン達が皆を守っていた」
クラーグ「そのような栄華を極めし時も、この都にはあったのだ」
ラレンティウス「………」
クラーグ「……生意気だな、ラレンティウス」
ラレンティウス「!? なん、なんでしょうか」
クラーグ「未熟者の分際で同情などしおって。この都は貴様の明日の姿かもしれんのだぞ」
クラーグ「炎を前にするならば、奢った想いは捨てよ。哀れみなど不要だ」
クラーグ「制御を知り、制御できぬを知る。それを畏れておればよい」
ラレンティウス「……申し訳ありません、でした」
ソラール「………」
ドドゴアアァァーーーーッ!!!!
クラーグ「!」
燃える都の岩塔が、轟音を上げて突如、溶岩だまりに沈んだ。
沈下の速度はあまりにも速く、その様は沈下というより落下と言えるものであり、更に沈んだのは岩塔だけではなく、その周辺の溶岩だまりや竜の脚までも飲み込み、沈下の範囲を急速に拡大させていく。
沈下現象は燃える木々を飲み込み、炭化した亡骸を飲み込み、焼けた遺跡群をも沈めていく。
戦士「なんだ!?何が起きた!?」
クラーグ「地盤が割れた!逃げるぞ!」
ラレンティウス「地盤が…!?」
クラーグ「混沌が溢れた折に、地下の多くが破壊を受けたのだ!掴まっていろ!振り落としても拾いはせ…」
不死たちが蜘蛛腹の長毛にしがみついた瞬間、廃都イザリスの遺跡群があった地点から、音すらも聞こえぬほどの大爆発が起きた。
その凄まじい閃光は不死たちから視力を奪い、その音は鼓膜を破り、放たれた熱波と衝撃波は、炎を操るクラーグの力に遮断されてなお、鎧を熱し、衣服を炙った。
クラーグは炎の土石流とも言える爆発を、逸らし、弾き、相殺したが、衝撃波に押され、今にも宙へと放り上げられんばかりにその身を揺さぶられた。
ソラール「かはっ!」
数秒か、数刻か、分からぬ時を気絶していたソラールは、全身に走る激痛に目を覚ました。
そして蜘蛛毛にしがみつかせていた両手を離し、無我夢中でエストを懐から取り出し、一滴残らず飲み干した。
激痛は夢のように消え、傷も癒えて、ソラールは他の不死たち同様、爆発が起きた方向に目を向ける。
そして絶句した。
他の不死たちと同じように、クラーグと同じように、眼前に広がる光景に言葉を断たれた。
爆発が起きた地点には岩の塔も、燃える木々も、文明の名残りも、竜の脚も無かった。
そこには、大空洞を縦に貫く、熔けた鉄の城がそびえていた。
クラーグ「………な…」
クラーグ「なんだ…これは……」
熔鉄の城は荘厳な彫刻に覆われ、しかしそれらは全て歪み、煤けている。
焼けた灰を被った石壁には、溶け付いた鎖が巻かれ、黒々としている。
城の尖塔群はところどころに穴が穿たれ、正門前の石畳は崩落しかけており、それどころか城自体が、全体として傾いていた。
それらが溶岩だまりに下から照らされ、赤々と鈍く光る様は、狂気に堕ちた吟遊詩人の悪夢を思わせた。
ガコン…
城の正門は、内よりゆっくりと開けられ…
ガシャッ
中から現れた騎士の重鎧は白く、しかし灼けて、煤けていた。
手に持つ斧槍は刃こぼれし、その足取りも重々しい。
しかし、何かを探しているように、周囲を見渡していた。
古き地。
世界は分かたれ、神秘に覆われ 、
ただ不死たちの残り香と、死にゆく神々の遺物と、わずかな残り火があった。
だが、闇はすでに、ずっと古くからあったのだろう。
闇は命を生み、命は火を招き入れ、差異がもたらされたのだ。
熱と冷たさと、生と死と、光と闇。
そして闇は遂に、食餌の時を迎えた。
光に照らしだされ、生み落とされた影たちが、偉大なる闇を見出したのだ。
大いなる父。創造主を。
人の世に生まれ、望むと望まざるとに関わらず、人の本質、闇を見つめる者。
人間性によって輝く混沌、そこに生きるデーモンたち。
神を否定し、はねつけ、あるいは喰らい、貶めるもの。
そして、闇より出しもの。
それらは偉大なる闇に導かれ、古きこの地に現れた。
不死の街に現れし呪縛の騎士は、不死たちを狩り出し、
法王の剣はアノール・ロンドへと向けられ、
煙の騎士が、煤けた母により解き放たれた。
そして、時の合一は彼らを闇へと繋ぎ止め、ロードランの均衡は失われた。
それは、真なる闇の時代の到来を意味するだろう。
だが、人が暗闇というのなら、暗闇の内にも、人の姿はある。
今や、火はまさに消えかけ 、
人の世には届かず、夜ばかりが続き 、
ロードランの地には、呪われし人、
その憐れな、なれ果てさえも現れていた。
指を鳴らす。
クリスタルボウイが行ったことは、たったそれだけのはずだった。
しかし、クリスタルボウイの影は広がり、黒い霧を漂わせる。
神々は、不死たちは、そしてレディとコブラは恐怖した。
拡がる闇は孕んでいたのだ。
意思を。心を。自我を。
羨望を。愛を。
求めることを知っていたのだ。
だからこそ恐怖したのだ。求めに応じてしまう、そのたまらぬ心地良さに。
コブラ「オオオーーッ!!!」
ズバオオォーーッ!!!
コブラは反射的に、クリスタルボウイへ向けてサイコガンを撃ち放っていた。
本能に突き動かされ、意味の無い行いに走ったことは、一度や二度ではない。
だが心の全てを恐怖に支配されたことは、過去に一度しか無い。
しかしこの恐怖は、左手を失ったあの日の、あの瞬間のものですら無かった。
それは手に入れることの恐怖。望まれ、愛されることへの恐怖だった。
コブラ「!?」
コブラの放ったサイコエネルギーは、黒い霧から現れた、小さく暗い煙塊のそばを通り過ぎると、クリスタルボウイに命中する前に細り、消えた。
その煙塊を、クリスタルボウイの影から伸びた掌が握ると、煙塊は掌に収まり、ひとつとなる。
暗く骨張ったその掌は大きく、影から現れつつあるその者の腕は、コブラの身長よりも長かった。
クリスタルボウイの影はさらに広がり、煙塊の主がその全身を露わにする頃、もうひとつの何者かを浮かび上がらせていた。
もうひとつの者は老い、半ば崩れかけていた。
レディ「コブラ!逃げて!!みんなを連れて!!」
レディの叫びも、コブラの耳にはどこか遠くに聞こえた。
煙塊の主は、見上げるほどに巨大な骨の鎌を持ち、その得物に釣り合うほどの痩せた長身をもつ者。
彼女は遺骸の山とも言うべき身体を持つが、その有り様は野心、あるいは渇望に溢れた支配者のものであった。
老いた者は、人の身の丈よりも長い、歪み折れた剣を持ち、その武器に違わず崩れかけた鎧姿。
膨れた体の胴体には大穴が穿たれ、血と灰に歪んだマントに湧く肉色のソウルに身を縛られるその様は、奴隷のものであった。
クリスタルボウイ「コブラよ、これは簡単な話なのだ」
クリスタルボウイ「時を超えて、全ての篝火は繋がっている。だからこそ、篝火に照らされる者も繋がっている」
クリスタルボウイ「王の封印が解かれ、神にとっての貴いものが守られなくなり…」
クリスタルボウイ「篝火の繋がりが闇の神アーリマンの手に渡ればどうなるか……これで分かっただろう」
そして、立ち尽くすコブラの首を目掛け、デュナシャンドラの大鎌は振り回され、脳天には奴隷騎士ゲールの大剣が振り下ろされた。
コブラは眼を見開いて、しかしこの瞬間、動けなかった。
火に照らされるこの世界において、闇とは、人間の心のありようそのものである。
心を宿し、心を望み、心を映し、心を歪め、心を喰らう、無明のさまの体現者なのだ。
ゆえに、襲い来る闇の化身たちは、コブラの心をも竦ませる。
コブラは知っていた。
求められることの恐怖を。羨望と愛の恐ろしさを。
コブラは、おぞましき闇の者どもに対し、自身が郷愁や恋慕を感じたことに恐怖したのだった。
おぞましき二つの刃に、確かに見てしまったのだ。
ジェーン。キャサリン。
ドミニク。ゆう子。
コブラ「………」
たとえそれが、心に生じた幻であり、死という悲劇をもたらす鎌であり剣であったとしても。
飢えし傷を癒やしうるものを求めることを、それを失うことを、コブラは恐れた。
オーンスタイン「コブラーっ!!」
竜狩りはそのコブラの背にスモウの姿を見て、駆け出さずにはいられなかった。
コブラを狩らんとする二つの刃が、神器さえも容易く砕きうる魔性を秘めたものであったとしても。
ガギイィィーーッ!!!
そしてやはり、コブラに迫った凶刃を同時に防いだ竜狩りの槍は、真っ二つに叩き折られ…
ドガッ!!
コブラ「!」
オーンスタイン「グウッ!」
槍の持ち主の胸に、二本の凶刃が深々と突き刺さることを許した。
オーンスタイン「オオオーーッ!!」バリバリバリッ!
ドガガァーーッ!!
オーンスタインはコブラを背にしたまま、左手に握った雷の杭を石床に打ちつける。
そこから生じた雷の爆発に、二体の闇の怪物は一瞬怯んだ。
オーンスタインはその隙を見逃さず、右手に槍の穂先を、左手にコブラを抱えて、その場から飛び退き、グウィンドリンのいる一行のもとへと戻った。
コブラ「レディ!クローを出せっ!」
コブラがそう言い切るより早く、レディはピアノ鍵盤型のコンソールを操作し、コブラ達へ向けクローマニピュレーターを動作させていた。
不死達はアイアンゴーレムの巨腕のごとき機械に狼狽える余裕すらなく、無我夢中でクローにしがみつき、オーンスタインはグウィンドリンに肩を貸されてクローの手中に逃げ込む。
ジュガガーーッ!!!
コブラ一行を避難させるべく、タートル号は飛び立とうとした。
しかしその船体目掛けてデュナシャンドラが撃ち込んだ闇色の光線は、タートル号正面の防弾フレームを爆ぜ腐らせ、湿った泥塊のように溶かし、タートル号全体を大きく揺らした。
バシュウゥッ!!
グウィンドリンのソウルの大光球はデュナシャンドラの顔を焼いたが、神の敵対者にして闇の化身のひとつたる彼女には、のけぞらせる程度の効果しか示さない。
グゴワアアァァーーッ!!!
浮上にもたつくタートル号を次に襲ったのは、この世における「真の人間」たりうる者の放つ、尽きることの無い飢えた嵐だった。
あらゆるものを欲し、食らい、破壊し尽くす、肉色の魂の奔流がタートル号を飲み込まんとする中、その魂の嵐を押し留めているのはコブラのサイコガンだけだった。
闇の魂は神喰らいの力を持つ。そのことを知る身であるがゆえに、オーンスタインとグウィンドリンは力を発さず、コブラはサイコエネルギーやっためたらに撃つしかなかった。
ソウルの業も、神の雷も、闇の魂の前では無力であり、サイコエネルギーは闇の魂たちに餌と錯覚させる希少な囮だったのだ。
意思で放たれ、意思で動く力など、彼らには生き餌としか見えない。ゆえに撃てば誘き寄せられ、連射したなら勇んで散るのである。
>>744訂正
×コブラはサイコエネルギーやっためたらに撃つしかなかった。
◯コブラはサイコエネルギーをやたらめったらに撃つしかなかった。
コブラ「今だレディ!上昇しろ!」
闇の魂たちがサイコエネルギーにかまけ、それらを食らい尽くしている隙をつき、レディは船体のバランスを整える。
レディ「コブラ!みんなにしっかり掴まっているように言って!」
コブラ「みんな掴まってろ!飛ぶぞ!」
ジークマイヤー「っ!」ギュッ
レディはマニピュレーターにロックを掛けると、出力値を低く設定したまま、タートル号をようやく浮上させた。
出力を抑えているとはいえ、コブラいわく宇宙屈指の逃げ足を持つ船が生み出す推力は、クローに掴まれている者たちに強い圧迫をもたらした。
不死達は由来の知れぬ強烈な目眩をこらえ、オーンスタインは苦しげに傷口を抑える。
そしてやはり、闇の者たちは追撃の手を緩めなかった。
「ウオオオオーーッ!!」
理性のかけらさえも感じさせぬ獣声が響き、レディは我が眼を疑った。
宙を飛び上がる宇宙船に、追いつく者を見たからである。
肉色の魂を身に纏ったその怪老は、フロントガラスに左手をつけ、右手に握った大剣を振り下ろした。
レディ「くっ!」ガクンッ
レディは咄嗟に舵を切り、船体を揺らして、怪老の体勢を崩す。しかし怪老は振り落とされず、崩れた体勢から無理矢理に大剣を振るった。
ドグァーーッ!!
レディ「オオーッ!」
振るわれた大剣は、小型ミサイルを跳ね除けるフロントガラスを貫通し、船内に肉色の魂をなだれ込ませるに足るだけの大穴を作った。
痛みか飢えか、安楽か悦楽か、由来の判別がつかぬうめき声を怪老があげる。
にわかに怪老のマントが脈打つように蠢きはじめ、数多の声が漏れ始める。
レディは決死を覚悟し、舵を限界まで切った。
ドガァーーッ!!
タートル号は上昇しながらも錐揉みに回転し、強力な遠心力をもって怪老の身体を伸ばし、岩壁に叩きつけた。
しかし奴隷騎士は剥がれなかった。怪老の肉体は、今や岩などとは比べようもなく堅牢となっていたのだ。
フロントガラスに指を突き刺した左手だけで身体を船に繋ぎ止め、その身に激突した岩の方が砕けてしまったほどに。
レディ「そんなに離れたくないなら、せいぜい掴んでいることね!」
レディは整備点検用のコンソールを開くと、システムが活きていることを確認し…
カチッ!
フロントガラスの交換用のボタンを押した。
歪んだフロントガラスの四隅を接着している固定具は、デュナシャンドラからの攻撃により損壊し、フロントガラス同様に歪んでいたが、歪みに逆らって無理矢理にロックを外し、バチバチと火花を散らした。
ガラスごと船体から切り離された怪老はマントをなびかせ、再びタートル号に接近する。
レディは怪老の接近を制するべく、再び舵を切った。
ドガッ!! ガガガガガガガ!!
タートル号と岩壁に挟まれ、身を剃られた怪老は船尾まで押し転がされた。
怪老は全身を血に濡らし、なおもタートル号のロケットブースターに手を伸ばす。
レディ「悪いけど、しつこい殿方はタイプじゃないくってよ!」
レディ「出力を上げるわ!みんな掴まってて!」ガッ
シュゴオォォーーッ!!
レディが叩くようにして出力操作用のレバーを押すと、ブースターから噴き出す炎は一気に強まり、怪老の全身を焼いた。
怪老はなおも死なず、しかし爆発にも似た風に逆らえるほどの飛翔能力は持たなかった。
タートル号はついに奴隷騎士ゲールを振り切ると、火の炉の祭壇の広間に降りるために穿った大穴、火継ぎの祭祀場「跡地」から飛び出して、地面ぎりぎりに降りた。
しかし着地はせず、レディは船体をホバリングさせた。着地用のマニピュレーターには今、旅の仲間たちを掴ませているのだから。
レディ「みんな船に乗って!彼らが追ってくる前に空に逃げるのよ!」
>>749
×レディ「悪いけど、しつこい殿方はタイプじゃないくってよ!」
◯ レディ「悪いけど、しつこい殿方はタイプじゃなくってよ!」
校正さんは偉大
マニピュレーターを伝ってタートル号の船内に入った不死達と神々は、疲れ切っていた。
周囲に広がる、見たこともない金属が作り出す幾何学模様。由来の知れぬ造形。未来や過去にも姿無き文明の結晶。
それら全てに関心や警戒心を払えず、ただもたれ掛かり、あるいは寝そべるしかないほどに。
グウィンドリン「礼を言うレディ。そなたの船が駆けなければ、今頃我らは死んでいただろう」
床に倒れ伏したオーンスタインに癒しの奇跡を施しつつ、暗月の君主は震える声で、操縦席に座るレディに感謝した。
かの神の手元に輝く光は、オーンスタインの鎧に穿たれた二つの穴を照らし消さんとするが、恐るべき威力により生じた傷は、その光さえも切り取るかのような暗さを崩さない。
レディ「礼を言うのはまだ早いわ。今はこの状況を切り抜けることだけを考えましょう」
レディが手元のコンソールを操作すると、タートル号は減速し、ゆったりとした航行に移行した。
操縦席から離れて、レディはメインデッキに倒れ込む仲間たちに語りかける。
レディ「タートル号の操縦をオートパイロットモードに設定したわ。私たちは遥か上空の雲の上。いくら彼らが強大でも、空は飛べないはずよ」
レディ「グウィンドリン、あなたはオーンスタインを医療室へ。彼をベッドに寝かせたら診断プロトコルが自動で立ち上がるわ。あとは治療プロトコルを…」
グウィンドリン「…プロ、トコル…?」
レディ「………」
混迷を極めた状況の中でただ一人冷静な判断力を保ち続けたレディも、内心はやはり掻き乱され、動揺していた。
グウィンドリンはタートル号の機能を何ひとつ知らない。
それどころか、奇跡や魔術による治癒でのみ負傷を癒す文化にあっては、医療などというものの概念にすら疎い。
奇跡や魔術に触れぬ者は、未開の人か、異端の者。もしくはとこしえに神都に入らぬ、辺境の怪物や獣たちぐらいであるのだから。
レディ「いえ、なんでもないわ。彼を安静にできる場所に連れて行きましょう」
真鍮鎧の騎士「私も手を貸そう。オーンスタイン様、お気をたしかに」
レディはグウィンドリンと火防女騎士とともにオーンスタインを支え、医療室の前に立つと、自動ドアの開閉スイッチの下に設けられた掌サイズのハッチを開け、中のボタンを押した。
押されたボタンは、大型医療機器を医療室内に運び込むために備えられた通路拡張機能を作動させ、自動ドアを壁内に収容し、出入り口と廊下の横幅を拡げた。
四者がその入り口を潜り、廊下を歩む様を、壁に寄りかかって座るローガンは眺める。
ローガン「………」
しかし、ローガンにはその驚異的と言える技術に驚嘆する余裕などまるで無く、かの頭脳には暗き閃きが渦巻いていた。
闇、もしくは人間性と呼ばれるものは、人の本質を司り、あらゆるものを求める。
ローガンが人間性に対して抱いていた仮説はやはり正しかったが、その偽りなき有り様は、ローガンの求めたものではなかった。
人間性の化身。つまり闇の化身と呼べるであろう者達の、自らが求めたものをことごとく滅ぼして喰らい尽くすその様は、むしろローガンが求める真の叡智からは、遥か遠くにあるものだった。
ローガン(……学びを求めたがゆえに、学びを失い、また智慧を失う)
ローガン(そうか…まずは智慧を恐るるを知るべきであったか…)
ローガン「………」フフ…
智慧を求める者が闇に生まれし者ならば、求められた智慧も必ず闇に蝕まれ、喪われる。
ならば智慧を尊ぶ者は、智慧に触れてはならない。真理を見てはならない。啓蒙を得てはならない。
それらを尊いものとしたいのならば、知るに足るだけの真の光としたいのならば、魔術を大いなるものとしたいのならば、眼も耳も口も潰れねばならないのだ。
ローガンの旅は終わった。生きる理由とともに。
床に倒れたままのビアトリスとジークマイヤーは、疲労困憊の身を起こすことができず、ローガンが静かに壊れていくさまに気付けなかった。
そして、どさくさに紛れてタートル号に逃げ込んだ盗人に、見覚えがあることにも。
コブラ「………」スッ…
床に座り込んでいたコブラは、やおら立ち上がる。
しかし力は無い。足元に伸びているパッチにも、一瞥をくれてやるのみだ。
足取り重く、コブラは力無いままに操縦席に向かい、重くなった腰を席に降ろす。
眼前にある穴の開いたフロントガラスからは風は入らない。
タートル号の船体表面に張られたフィールドが突風を遮断し、ただ澄んだ青空と、暖かな陽光をガラスに映している。
先程までの混乱はどこにもなく、タートル号には不死達の小さな息遣いだけが、微かに響くばかりだった。
ピッ
コブラが座席に備えられたキーパッドを指で叩くと、小気味のいい電子音とともにコンソールの引き出しが開かれ、中から葉巻でいっぱいのシガーボックスとジッポライターが顔を出す。
コブラはそこから葉巻を一本取ると、シガーカッターで先を切り、ジッポで火をつけるとそれを吸った。
コブラ「………」
久しぶりの葉巻は沁みた。
だが、その沁みは心地の良い感覚ではなかった。
虚しさや哀しみを酒や葉巻で紛らわせたことはある。
しかし、絶望的な敗北を喫した時には、いつも別の何かが必要だった。
葉巻や酒ではない別の何かが。
その別の何かとは、己の内に潜む精神の爆発。
迸る精神力は常に絶望を討ち払ってきた。
しかし、今回ばかりは己の精神力さえも打ち砕かれてしまった。
万策は尽き、サイコエネルギーはもはや敵を強める餌にすぎない。
ゆえにコブラは葉巻を吸った。のどかで雄大な、呆れるほど美しい空を眺めながら。
コブラ「…今度ばかりはボウイ、お前の勝ちかもな」
コブラの黄昏た目には、万物を喰らう人間の倒し方は浮かんでいない。
傷ついた戦士達を乗せて、タートル号は黄金色に照らされた雲の上を、あてもなく漂っていた。
灼熱の地底に現れた熔鉄の城。
その城の正門から現れた「煤けた白騎士」は、斧槍を持ったまま崩折れ、片膝をついた。
蜘蛛魔女のクラーグは蜘蛛腹に不死達を乗せたまま、煤けた白騎士に近付き、その者を見下ろす。
クラーグ「何者だ?すでに廃都とはいえ、貴様に我が故郷を潰せなどとは頼んではおらぬぞ」
焼けた白騎士は重々しく頭を上げ、重厚に過ぎた兜のスリットを通して、炎の蜘蛛を目にした。
混沌を纏いし魔女は炎の剣を持ち、混沌の餌とするためか、背に不死達を乗せている。
白騎士は、かの魔女こそがまさに己が主を誘惑した怨敵であると確信した。
ガッ!
クラーグ「………」
今まさに力尽きんとしていた白騎士の両脚に力がみなぎり、かの騎士は立ち上がった。
妄執にも似た使命感が、消えかけた命に最後の隆盛を呼び起こしたのだ。
ビキビキビキ!!
クラーグ「!」
白騎士が構えを取ると、煤けた鎧には白い薄氷が張り巡らされ、その全身から目に見えるほどの冷気を立ち昇らせる。
灰色にくすんだ斧槍にさえも白い輝きが宿り、往時の力を取り戻すかのように鋭くなった。
ソラール「結晶ゴーレムか!?」
グリッグス「いや、こんな種類は見たことがないが…」
クラーグ「結晶ではない」
戦意を燃やす騎士を前にしたまま、クラーグは一人納得すると、剣に纏わせた炎を消した。
戦士「!? おい!何やってんだ!?」
クラーグ「白い騎士よ、我らは敵同士ではないようだ。矛を引け」
煤けた白騎士「………」
言葉が通じないのか、声を発せないのか、あるいは思慮しているのか。白騎士は矛を収めはしないものの、斬りかかることもない。
ラレンティウス「…相手が何者か見切られたのですか?」
クラーグ「此奴が纏っているのは氷だ」
ラレンティウス「氷…?」
戦士「そんなばかな…水がこんなところでこお…」
クラーグ「凍るわけがない。だが、此奴の冷気は炎に耐える力を持っている。鎧も得物も、質が良い」
クラーグ「そのような者がここに現れたということは、混沌を封じるために此奴に武具を与え、此奴を鍛え、この地へと送った者がいるということだ」
クラーグ「ならば混沌を敵とする者同士、ここで斬り結ぶのも不毛であろう?」
戦士「…そりゃあ、そうかもしれんが…」
グリッグス「たしかに、向こうにも迷いがあるように見える。しかし、言葉は通じるのだろうか…」
クラーグ「炎の魔女の指輪の力を侮るな。指輪を持たぬおぬしらは此奴とは話せぬが、指輪を持つ我が望めば、我が言葉は此奴の耳にも届く」
クラーグ「騎士よ、同じ敵を討たんと欲するならば、名を名乗るがいい。それともやはり斬り合うか?」
魔女の提案を聞き、白騎士はしばしの間を置くと、兜を脱いでその亡者頭を晒した。
白く乾いた皮膚は骨に張り付き、喉は枯れて目も落ち窪んでいるが、長白髪はある種の気品を残しており、その瞳には強い意志の輝きが保たれている。
そして、白騎士は声無き喉をそのままに、乾き切った口を動かした。
クラーグ「…ロイエスの騎士?…それは名ではなかろう。我は名を聞いておる」
ロイエスの騎士「………」
クラーグ「名は忘れたか。たしかに亡者であるらしい。…しかしなおも使命は忘れぬとは、見上げた忠義者よ」フフフ…
今や見る影もなく荒廃した火継ぎの祭祀場には、底の見えない大穴が開いている。
バオオーーッ!!
その大穴の闇そのものが盛り上がると、闇から黄金色の輝きが迸り、祭祀場の焼けた土に足をついた。
クリスタルボウイ「ふん、コブラめ。相変わらず逃げ足の速いやつだ」ピシュッ!
宿敵を嘲笑いつつ、クリスタルボウイは二つの暗紫結晶を石畳に放つ。
放たれた結晶は暗い輝きとともに闇を放ち、その闇からは二人の『人間』が姿を現した。
その祭祀場に急遽浮上した強大な闇に吸い寄せられたのか、大穴の周りにはいつのまにか幾人もの亡者、幾体もの骸骨が群がり、それに混じって髑髏鎧の騎士や、子の仮面の悪霊の姿もあった。
デュナシャンドラ「我が王よ。あのような卑小なる者が、まことにあのコブラなのですか?」
ゲール「………」
骸の貴婦人とでも言うべき痩躯の者は、クリスタルボウイ同様にコブラを嘲ったが、怪老は一言も発さず、ただ重々しい息をもらすだけである。
クリスタルボウイ「あなどるな。貴様はコブラの最も警戒すべき点をまだ見ていない。ヤツはここからがしぶとい」
デュナシャンドラ「そうは申しますが、あの者は呪われた不死ですらない、定命の者でございましょう?神の器をも手にし、闇のソウルの因果をその身に束ねられた貴方様を、いかに煩わせるというのです?」
クリスタルボウイ「その認識が甘いと言っているのだ」
デュナシャンドラ「………」
クリスタルボウイ「不死身という言葉はヤツのためにあるようなもの。ヤツの存在は一握の灰ほどもこの世に残してはならんのだ!」
クリスタルボウイ「お前たちに命令する!アーリマンの力に惹かれた者たちを引き連れ、ヤツらよりも先に王のソウルを集めろ!」
クリスタルボウイ「そしてコブラを発見したならば、この俺を呼べ!ヤツの首は俺が直々に狩りとる!」
クリスタルボウイ「ゆけーっ!!」
ザザザーーッ!
クリスタルボウイの一声とともに、闇に群がり仕えし者どもは一斉に散り、二人の人間のうちの一人は闇に沈み込んで姿を消し、もう一人は肉色のソウルを纏って嵐の如く飛翔していった。
そして刺客たちを放ったクリスタルボウイは、ひとり石階段を降り、古い昇降機の置かれた石部屋に立つ。
目指すは忌み地にして闇の苗床。
かつて自らが堕とした人の亡国、小ロンドの遺跡である。
闇に生き、闇を求め、闇に還りし者たちは、今やロードランの隅々に蔓延り、大路を跋扈している。
そのさまは緑の茂る、精霊たちの封地も例外ではない。
黒森と呼ばれ、心持つ者たちに恐れられたその地もまさに、闇の手に堕ちようとしていた。
東国の戦士「気狂いどもめ…狩猟団を敵に回し、何を得るつもりだ」
東国の戦士「貴様らの求めるものなど、この地には無いぞ」
同胞をことごとく斬られ、大業物をも弾き取られた男は、鉄の盾を構えて侵入者と相対している。
男の懐のエストはもはや尽きており、残り少ない狩人たちも、敵が連れてきたダークレイス達に手を焼き、助力できない。
闇霊「我々が求めるものなど、お前如きに分かるはずもない」
闇霊「我々は侵し、殺し、奪うまで」
封地を荒らす者達の長、赤黒いソウルを纏いし騎士は、黒騎士の斧槍を中段に構えて東国の戦士ににじり寄る。
そして東国の戦士の脳裏には、盾で斧槍を絡め弾くという選択は浮かばなかった。
一度敢行した際に、手の内を読まれて発火を合わせられてしまい、その時の負傷が残り少なかったエストを枯渇させてしまったのだ。
ダッ!
地を蹴って、侵入者が東国の戦士との間合いを詰める。
東国の戦士は盾を構えてはいるものの、その盾は命を長らえさせるだけで、戦士に勝利をもたらすものではない。
ドスッ!
そして、一刀が鎧を貫いた。
しかし、東国の戦士は盾を構えながらも、呆気にとられた。
東国の戦士は古今東西を歩き、多くの武具を見聞きし、あるいは使い、蒐集してきた。
その眼にかなう業物が、侵入者の背を貫いて、胸部から覗いていたからである。
闇霊「グッ!」
短く息を漏らす侵入者を、業物の持ち主は蹴り飛ばし、地に伏せさせる。
そして起き上がりぎわに一閃を入れ、そのまま沈黙させた。
東国の戦士「なにっ…!?」
剣と剣とを使いこなす、二刀流によって。
黒森に生き、そして黒森を目指す者は、知ることになる。
新たな戦士の到来と、闇に一石が投じられたことを。
二刀で侵入者の首を撥ねた獅子鎧の騎士は、東国の戦士に背を向け、歩きだす。
そして森を抜け、不死教区を歩き、かつて竜が居た大橋で出会う。
その者は、獅子騎士と同じく、やはり疑問を抱いていた。
確たる真理を見たというのに、何故我らは闇に呼ばれたのか、と。
しかし、獅子騎士と同じく、その者の口も言葉は無く、眼前の者への敵意も無い。
互いにあらゆる敵と戦い、その全てを制し、世の真理を見て、正しき道を選んだことを知っている。
その道が壊れ、歪んでいたと知っていたとしても、道を歩き通したのである。
例え全ての道が、ひとつの滅びに行き着いていたとしても。
そして、滅びの道の末に、見るべき灯を見つけたのだ。
原初の闇と、原初の火。原初の無がある世界を。
過去も未来も、光をも捨てた者。
フォローザに生まれ、今やただひとりとなる獅子騎士には、アン・ディールにより与えられし忌み名がある。
そして、全てを終わらせし者。
火無しの灰騎士にも、火防女からの言葉があった。
絶望を焚べ、火を閉じた者達は、再び闇に導かれ、己の意志で戦いに身を投じる。
常に不変であった者…
闇を、変えるために。
このSSまとめへのコメント
今夜セックスしたいですか?ここに私を書いてください: https://ujeb.se/KehtPl