星輝子「第3.5回 フレ志希のケミカルカオスキュートラジオ(仮)」 (23)


一ノ瀬志希と宮本フレデリカがラジオのパーソナリティをするというSSでしたが今回は番外編です。

連載形式となっていますが、今作からでも楽しんでいただけると思います。

【注意事項】

今回のSSにはアイドルがほとんど登場しません。
GALNERYUSの『Under The Force Of Courage』と星輝子の『毒茸伝説』に深い感銘を受けた筆者が
『毒茸伝説』の要素で『Under The Force Of Courage』のストーリーをパロディ化したSSです。

第3.5回とナンバリングしているのは、次回に繋がるお話としているためです。
フレ志希のラジオをご希望の方は、もうしばらくお待ちください。

過去作はこちらです。

星輝子「第3回 フレ志希のケミカルカオスキュートラジオ(仮)」
星輝子「第3回 フレ志希のケミカルカオスキュートラジオ(仮)」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1472682808/)

星輝子「第1回 フレ志希のケミカルカオスキュートラジオ??」
星輝子「第1回 フレ志希のケミカルカオスキュートラジオ??」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1469226531/)



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1473778242


『毒茸伝説~Under The Force Of Courage~』

TRACK1.PREMONITION

キノコ王国部隊兵舎の隊長室。
俺は椅子に腰掛け、目の前の机に地図や建物の見取り図を広げた。
これまでの事を思い出す。世界を変えるため、幾千の血が流れた。
まだ流さなくてはならないのか。大地に血を吸わせ、そこに育つ茸は美味しいのだろうか。

……いけない。心に迷いが生まれ、心の痛みが胸を締め付ける。
俺は小さくうめく。

『何を迷っておる。お主は既に道を決めたのじゃろう。ならば迷うな。成し遂げるまで』

声が聞こえる。俺にしか聞こえない声だ。
俺は答える。

「当たり前だ。そして迷ってもいない。古傷が痛んだだけだ」

まぼろし相手に俺は強がる。
心の痛みは薄れたが、この身朽ちるまで完全に消えはしない。
永遠に背負って俺は生きていく。

『ならば良い。ゆめゆめ忘れるな。お主の使命……宿命を』

「わかっている」

俺は、この世界の歪みを再確認する。
産まれた時点で決定する己が立ち位置。
奴隷と人間、キノコ王国とタケノコ帝国……味方と敵、俺と男。

運命の時計が動き始めた日のことを思い返していた。


屈強な兵士に組み伏せられたまま土の匂いをかぐ。
実に豊かな香りだ。良い大地で育まれた樹木には良い茸が育つ。

組み伏せている下等兵は二人。
簡単に振り払えるが、抵抗すれば奴隷である俺は体を痛めつけられる。
体は資本だ。身篭っている妻と息子を養うため、傷つけるわけにはいかない。

上官と思われる兵士はニヤニヤと笑みを浮かべながら俺を見下している。
俺の方が背が高いため、立場の優位を示すため部下を使って組み伏せているのだ。

蔑みながら上等兵が言う。
「兵士となり我らがキノコ王国のために命を捧げよ。
武勲を挙げれば、妻と息子の命と生活は保障しよう。
だがお前が死ぬか裏切ったとき、命の保障はしない。
奴隷であるお前が兵士となれるのは異例のことだ。喜べ」

冷戦状態にあったキノコ王国とタケノコ帝国は戦争状態になった。
国境付近の戦場では今も死体が生産され続けている。
高い身体能力に目を付けられ、俺は兵士へのスカウトを受けていた。
俺は状況を整理する。

・兵士となっても戦場で活躍できなければ家族の命の保障は無い
・奴隷のままで居ても、貧しい生活のため家族の命の保障は無い
・兵士となり戦場で活躍することが出来れば家族全員の生き残る可能性がある

俺は神に祈る気持ちで、一つしかない希望にすがった。

「わかった。兵士になる」

――カチッ。

脳裏で何か金属がかち合う音がしたが、何のことか分からなかった。


TRACK2.THE TIME BEFORE DAWN

姿見の前で己の姿を確認する。

ぼさぼさに肩まで伸びた髪は無造作に後ろで一つに束ねた。
髪で視界を塞がないためには髪を切るか、伸ばして束ねるという二択。
髪は切るといずれ伸びてくるため、俺は後者を選択していた。

腰に携えたのは、腕の長さほどの無骨な剣。
刃の太さが手のひらほどあるため、かなりの重量で村では俺しか振ることができない。

妻が繕ってくれた服。
村で一番身長が高いため、合う服が見つからないのだ。
これから汚してしまうことを考えると、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
鏡越しに心配そうな目をした妻と目が合った。
俺は振り返る。心配はないと、語りかけるまなざしで妻を見つめる。

「必ず無事で帰ってきてね」

愛しき妻の言葉。絶対に忘れないと神に誓い、ぬくもりに触れながら別れを告げる。

「必ず帰る。今の俺を覚えていてくれ。次に会う時、俺は変わっているだろう」

「そんなことないわ。いつまで経っても、あなたはあなたよ」

戦場が俺を変える。
収穫で茸を狩るときさえ命のありがたさと尊さを感じるのだ。
人の命を奪ったとき、以前と同じ心である自信はなかった。
妻に向けて言葉を紡ぐことができない。
代わりに最近5歳になったばかりの息子に声を掛ける。

「ママを頼んだぞ。お前がしっかり支えるんだ」

「うん! 任せて! パパもお仕事終わったら帰ってきてね!」

「あぁ。帰るとも。必ず」

――どんな心であったとしても。

息子とグータッチして別れる。
妻の心配そうな顔と息子の屈託無い笑顔を胸に抱き、歩き出す。

行く先は俺にとって、最初の戦場であった。


TRACK3.RAISE MY SWORD

「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

始めて見た戦場は、怒号と剣戟と鮮血に溢れていた。
普段は軽々と持ち上がるはずの剣が重くて持ち上がらない。
手足が震え、呼吸が上手くできない。

空気を吸って吐くのは、こんなにも難しいことか?

そこで気付く。むせ返るほどの血のにおいに。
戦場となっているシイタケ平原は、辺り一面を菜の花で埋め尽くすキレイな場所だった。
今は血の匂いしかしない。

「新参者か? 震えているあいだにあの世へ送ってやるよ!」

気がつくと目の前に敵が居た。
酔ったような焦点の合わない瞳で、ぶんぶんと剣を振り回している。
いつもなら止まって見えるはずなのに、今はぼやけて剣筋すら読めない。

何で剣が上がらないんだ!

足がもつれて尻餅をついてしまう。
相手の剣が胸元を薄く切った。

「ちぃ! ちょこまか避けやがって! そろそろくたばりやがれ!」

――死ぬ。このままでは、確実に。

敵が俺の心臓を貫こうと剣を振りかざす。

――死ぬ? このまま? 妻も息子も道連れに?

そして、剣を振り下ろした。

――いや、生きる! 戦え! 声を出せ! 感情を爆発させろ!!

「――ヒャッハァアアアアアアア!」

声を張り上げた途端、体が動いた。腕が動く。剣が軽い。
視界が開けて世界がクリアに見えた。

――いける!

相手の剣を弾き、がら空きになった胴体に剣を突き刺す。
片ひざ立ちで天に剣を掲げて、神に祈りを捧げるような姿になってしまった。
人を討った俺が、神に祈りを捧げることなどできないというのに。

声を張り上げたことによって、ようやく俺は体に酸素を供給することができた。
次なる敵と戦うときも叫び声を上げよう。
意味は分からないが、俺の窮地を救ってくれた言葉だ。きっと助けてくれる。

「ヒャッハァアアアアアアアアア!」

声を張り上げながら、視界に入った新たなる敵に向かって斬りかかる。
手の震えは止まり、胸には高揚感しかなく、俺は自分が変わっていることを実感していた。


TRACK4.THE VOICE OF GRIEVOUS CRY

始めての戦いは終わった。
キノコ王国優勢で片がついたらしい。周りで慌しく戦後処理をしている。
俺は何をするでもなく返り血で塗れた剣をぶら下げ、月を仰ぎ見ていた。

「初めてにしては上出来だ。良くやった」

俺をスカウトした上等兵だった。短く言う。

「約束は守れ」

「もちろんだとも。君の妻と息子は城下町で手厚く保護している。
今までとは比べ物にならない豊かさだ。きっとお前に感謝しているだろう」

詐欺師のような物言いだ。

「『逃がさないよう城下町で厳重に監禁している』の間違いじゃないのか」

俺は戦闘の猛りが収まっていないのか、言い返してしまう。
……自身のコントロールが効かない。

「だとしても君のやることは変わらないだろう」

悔しいがそのとおりだ。何も言い返せない。

「私は軍の中でもそれなりの地位でね。君には期待しているよ。さらばだ」

ともあれ妻と息子の安否が確認できてよかった。

……二人の顔を思い出す。
そして月明かりに照らされた赤黒い剣と血まみれの両手を見る。

望んだ世界と今居る現実とのギャップに疑問が脳内を駆け巡る。

どうして、この血塗られた手で二人に触れられるのだろう。
どうして、あの酔っ払いを突き刺したのだろう。
どうして、キノコ王国とタケノコ帝国は戦争しているのだろう。
どうして、この世界に奴隷制度があるのだろう。

どうしてどうしてどうして――――――!!
反省と後悔と失意と喪失感と虚無感と、あらゆる感情が幾重にも折り重なった胸の痛みを抑えきれず、
俺は屈み込んで叫んだ。

「うぁぁあああああああああああああああああ!!」

悲痛な叫びが血塗られたシイタケ平原に響き渡る。
目の前の赤黒く着色された菜の花にはミツバチも寄り付かない。

「獣かと思ったら人か。何をそんなに叫んでいるのじゃ?」

ミツバチは寄り付かないが、人間は寄り付くようだった。


TRACK5.RAIN OF TEARS

雨が降ってきた。

俺は男の姿を観察する。
禿頭で丸太のような太い手足。
腰には俺と似た剣を携えているが、刃が違う。
顔も鮮明に映りそうなほど、磨きぬかれた刃。
そして男が放つ気迫に思わず息を呑む。

男は飄々と言う。

「このまま居たら風邪引くのう。さっさと兵舎へ向かおうぞ」

「……そうだな」

足早に駆ける男の後ろを付いて行きながら思考する。
味方にこんな兵士居たか?
俺は昔から茸の違いは瞬時に分かるが、人間の見分けは苦手だった。
男の身のこなしや体幹のブレの無さから並みの使い手ではないことが分かる。
いったい何者……?

初戦の疲れで頭の回転が悪い。
即座に戦闘になっても良いよう、心構えだけして男の背中を追う。

「お主すごいのう」

男が突然声をかけてきた。

「何のことだ?」

「ワシの速度に付いてこれるだけでも優秀じゃ。戦場でも山ほど斬っていたろう。
それで初戦とは末恐ろしい」

唐突な賛辞に驚く。緊張の糸が少し緩むのを感じた。

「褒められるようなことはしていない。俺は俺のために剣を振っただけだ」

「ふっ、変わったヤツじゃな」

……何事も無く宿舎に辿り着いた。男は言う。

「今日は疲れたろう。もう休むか?」

「いや。そこで会ったのも何かの縁だ。一杯付き合ってくれ」

「よかろう。祝杯をあげようぞ」

念のため一杯やりつつ様子を見たが、どうやら思い過ごしだったらしい。
男は俺と同じ身の上だったようだ。
家族のために剣を振るう頼もしき友人ができ、俺は安堵した。
先ほどの感情は叫びで薄れ、互いの故郷の四方山話に花が咲き、酒が全てを忘れさせてくれた。


戦いは苛烈の一途を辿っていった。
シメジ平原攻防戦、ツキヨダケ山攻略戦、ベニテングダケ山防衛戦、マイタケ砂漠侵攻戦……
数多の戦場を俺は男と潜り抜けてきた。
俺の所属する特選部隊はキノコの地名が付いた場所では圧倒的戦果を挙げることから、
特選キノコと呼ばれてタケノコ帝国兵士に恐れられるまでになった。

男の戦闘スキルは部隊教導としても機能するようだ。
こんな一幕があった。

「おい、剣を血まみれのまま放置するな。錆びるじゃろう」

「水かければいいだろう」

「たわけ! 道具を粗末にすると命を落とすぞ!」

「た……たわ?」

「すまん、方言じゃ。『ばかもの』ということじゃな。刃はしっかり磨いて鏡面仕上げしておくのじゃ」

「鏡面仕上げ……、目くらまし用か?」

「半分当たりじゃな。刃の向きによって後方確認もできよう」

「そういう使い方をしてたのか」

「手札が一枚増えるだけでも、一人での戦術の幅が大きく変わるのじゃ。特に乱戦や決闘ではな」

「何か俺も考えてみるか……そうだ、刃を徹底的に磨けば包丁みたいに鋭くなって、
皮の鎧も切り裂けるんじゃないか?」

男は一瞬ぽかんとしたが、すぐに大笑いした。

「剣は叩いて潰し切るものじゃ。お主の大好きな茸を調理するように切り裂くことなんかできんよ。
遠い国では切れ味の鋭いカタナという武器あるそうじゃがのう」

「……そうか。だが忠告は聞こう。しっかり手入れしておく」

「うむ。それが良かろう」

満足そうに男は頷いた。
こうした男の戦闘経験による工夫から部隊損耗率は大きく減少し、結果特選部隊の練度は向上していった。

しかし、終わり無き争いは皆の心を磨耗していく。
誰かが荒立ったときは卓を囲み、酒を飲みながら話して互いの悩みを打ち明けあった。

故郷に残した家族のこと、近々発令される作戦のこと、先日亡くなった仲間のこと、この戦争の行く末について。
話し合いの中で、男は常に話の中心に居た。
俺たちは部隊の絆を超えて家族だった。誰かが裏切るなんて考えもしなかった。

――カチッ。

脳裏にまたあの音が響く。
キノコ王国の城下町に行ったとき気付いたが、どうやら時計というものの針が進む音らしい。
この音は何だろうか。この音の意味がわかる日が来るのだろうか。


TRACK6.REWARD FOR BETRAYAL

シロタマゴテングタケ山掃討戦。
俺たち特選部隊は今日も戦場を駆けていた。

キノコの地名が付くときは、そのキノコが生息する率が高いことを指している。
平原のようになだらかな地形は食用キノコが多く、険しい山・岩場には毒キノコが多く生息している。

今回の作戦はそんなことも露知らず迷い込んで、篭城決め込んでいるタケノコ帝国軍の部隊を掃討する作戦だ。
毒キノコ生息地帯でも山は山。地形の高いところを抑えられるのは嫌だという王国参謀様の采配である。

いつもどおり男と俺が先陣を切り開いていく。
……おかしい。手薄すぎる……。
現れるタケノコ兵士を斬り捨てながら、鏡面刃で後方を確認する。
そのとき鏡面刃に映った姿に目を疑う。
おい……嘘だろ……。

そのとき、鏡面刃に映ったのは、俺に剣を振り上げる男の姿だった。

即座に頭を切り替え、男の剣を振りかぶった角度から最適な回避行動に移る。
しかし想定以上のスピードで斬り下ろされる。野郎……ずっと手を抜いてやがった!
すんでのところで刃をかわして体勢を立て直し、一直線最速で斬りかかる。
男は斬り払えず、鍔迫り合いの形となった。

俺は吼える。

「お前はずっと俺たちを騙していたのか!」

「……あぁそうじゃ! ワシはタケノコ帝国のスパイじゃ! ずっと優秀な兵士であるうぬの命を狙っておったわ!」

「じゃあ家族が囚われているというのも嘘か!」

「嘘なものか! ワシがうぬの命を取らなくてはワシの娘が……たった一人の娘が……。
そのためにうぬには退場してもらう!」

「自分の家族だけ幸せならいいのか! 俺たち部隊の絆は……嘘だったのか!!」

「そんなものうぬらが勝手に感じていただけに過ぎん! ワシには家族さえ居れば十分なのじゃ!」

特選部隊員にも動揺が広がる。
俺は声を上げる。

「ヒャッハァァァアアアアアアアアアア!! 動揺するな戦友!! ヤツは俺に任せろ! 手を出すな!
各々自分の敵に集中しろぉおおおおおおお!!」

鼓舞された部隊員が一斉に声を上げる。

『……ヒ……ヒャッハァァァァアアアアアアアアア!!』

『自分と周囲の人間さえ良ければいい』とお前は言った。
それがお前の答えか。ならばお前は……俺の敵だ。

「ふっ。良き統制じゃ! じゃがうぬがワシに勝てるかな? 模擬戦でも負けたことなど無いぞ!!」

百も承知である。
下手をすれば敵よりも多く刃をぶつけ合った。
パワーもスピードも歯が立たず、読み合いですら負ける。
だが、それは昨日までのこと。

「昨日までの俺と一緒にするなぁぁあああああ! 今日の俺は昨日の俺より強いんだぜぇえええええ!
ヒャッハァァァアアアアアア!!」

感情が爆発して言葉が荒ぶる。
鍔迫り合いを続け、全力で叫びながら脳が沸騰するのを感じる。
怒り、憎しみ、悲しみ、悩み、苦しみ、葛藤……感情の波が抑えられない。

瞬間、世界が白く染まった。


TRACK7.SOUL OF FIELD

これは遠い日の記憶。
戦いに明け暮れた合間、つかの間の休みの日のこと。

グラスを傾けながら男は話す。

「お主は戦うとき奇声を上げるんじゃな。アレはなんじゃ? 『ヒャッハー』ってやつじゃ」

俺はふと思案し、思い至る。

「あぁアレか。始めて戦場に出たとき時、呼吸をしようとして腹の底から叫んだ言葉だ。
意味は無い。だが、言い易いんだ。あの時、始めて口にした言葉じゃない気がした」

「ふっふっふ。本当に変わったヤツじゃな。気のせいじゃろう」

「きっと気のせいだ。だが、気のせいじゃない」

男は心底不思議そうな顔をする。

「んん? どういうことじゃ?」

「正解が無いのさ。他人が言ってもそれはただの奇声でしかないが、俺が信じれば『ヒャッハー』は正真正銘カンフル剤さ」

なるほど得心いったという表情を男は浮かべる。

「ふっふっふ。違いないのう」

「だろ? プラシーボ効果、信じるものは救われるってやつさ」

「神には祈っていないし信じてもいないのじゃろう?」

「あぁ、罪深い俺を救う神は居ない。だから俺は俺を信じて、俺が俺を救うのさ」

「なんじゃ。神がダメなら仏頼みかと思ったら、真逆のリアリスティック思考じゃな」

「当たり前だ。物事は全て『やる』か、『やらない』かだ」


――ギィン!!

鍔迫り合いが弾けて思考が現実に引き戻される。
男が俺の顔を見て驚いている。

「うぬ……いい表情になったのう」

俺はいったいどんな表情を浮かべているんだい?

「そーだろ? 最高にハイな気分だぜ!! ヒャッハァァァアアアアアアアア!!」

きっと瞳孔が開いて口角は最大限につりあがって、満面の笑みを浮かべていることだろう。

体中に力がみなぎる。剣が木の枝のように軽い。
沸きあがる万能感に意識が高揚する。
意識が拡張し周囲の状況が手に取るように分かる。
一つ一つの情報を精査し、戦略を練る。

優秀な特選部隊は周りのタケノコ兵を掃討したようだ。
残りは男ただ一人。
男は構えたまま微動だにしない。
表情は……読めない。まっすぐに俺を見つめている。
長い間共に戦ってきた男の気持ちが、今は何一つ分からなかった。

俺はグローブに仕込んだ仕掛けに一瞬意識を向けるがやめる。
必要ない。この男には剣技のみで勝つ。
呼吸を整え、いつもの叫びをしようと息を吸い込む。

口を開け、今から叫ぶというところで男が踏み込んだ。
叫ぶということは息を吐く、つまり酸素が体内から排出されるということだ。
体内の酸素量を減らした状態では人体のパフォーマンスは低下する。
その隙を突いて男は踏み込んだのだ。

叫ぶと見せかけた肉体操作はブラフ。
たっぷり酸素を補給した肺なら、俺は12秒間フル活動できる。
この12秒でケリをつける。

男が袈裟切りを放つ。
全身の力を乗せた左切り上げで真っ向から切り結ぶ。

――ガァン!

下手側の俺が不利のはずだが、男の体勢が崩れる。
打ち合いの衝撃で天に両腕が伸びている。
剣を手放さなかったのは感心するが、4秒は動けまい。

この千載一遇の好機は逃さない。

残り8秒。

全力で切り上げた反動で追撃に腕を引き戻す時間が惜しい。
手の中で剣を180度反転、今まで温存していた刃に変える。
そのまま体を右回転させ再び渾身の左切り上げを放つ。

残り6秒。

勝った!
確信した俺の目に映ったのは自らの左腕を盾にして心臓をかばう男だった。
渾身の左切り上げは男の左腕に阻まれる。
男は右手の剣を逆手に持ち替え、俺の急所を突き穿つだろう。
2秒後の結末がリアルに想像できても、物理法則に縛られた体は動きを止めることができない。
俺は覚悟を決める。

残り4秒。

もう呼吸を我慢する必要など無い。
「ヒャッ……ハァァアアアアアアアアアア!!」
文字通り全力を込めた左切り上げは、男の急所を腕ごと切り裂いた。

毎日丹精込めて鏡面仕上げをした刃は、もはや剣の領域を超えてカタナのごとき鋭さを手に入れた。
男の教えが俺を窮地から救い、男の命を奪ったのだった。


TRACK8.CHAIN OF DISTRESS

シロタマゴテングタケ山掃討戦は終了した。
男が特選部隊を殲滅するためにタケノコ帝国へ情報を流して舞台を作り上げたのだろう。
裏切り者には報いを。舞台の立役者は虫の息で俺の目の前に横たわっている。

俺は男と始めて会ったときを思い出す。
男と出会ったときから、この運命は決まっていたのだろうか。
別の道は無かったのだろうか。
問いかけに答えてくれる者は、誰も居ない。

男にも家族が居る。男の帰りを信じ、ただ待ち続ける家族が。
慟哭が空に響き渡る。
……もう何も考えることができない。
深過ぎる哀しみは何の意味も成さないことを知る。

か細い声で男が言う。

「……頼みがある。タケノコ帝国に娘が居る。どうか救ってやってくれないか……」

最後の力を振り絞ってそれだけを言い、男は静かに息を引き取った。

失って始めて存在の大きさを知る。
心にぽっかり空いた穴の痛みに耐え切れず、俺はただ涙し叫び続けることしかできなかった。


突然の裏切りと別れから三晩が過ぎた。
どれだけ深い哀しみに包まれようと無慈悲に夜は明け朝が来る。
俺は始めての戦場、シイタケ平原で一人朝焼けの光を浴びていた。

朝の陽光というものは昼や夕方の陽光とは違った趣がある。
自身が浄化されているかのような感覚になり思考が冴えるのだ。
気持ちの整理をするために、打ってつけのシチュエーションだった。

俺は考える。
裏切り者の肉親を救うということの意味を。
自分の利益を追求するならば、そんな言葉は忘れてしまえばいい。
しかし、そうすれば俺はあの男と同じになるだろう。
私利私欲と保身に走ってしまったあの男と。

それ自体は悪い事ではない。
自分自身が満たされずに他人を救うことなど出来はしないからだ。
普通の人間にとって、そんな行為は自滅に他ならない。

男が破滅したのは私利私欲のために他人を傷つけたためである。
だが、同じ行為を今居るシイタケ平原でも数多の戦場でも俺は行ってきた。
家族のために剣を掲げ、振るい続けてきたのだ。
いずれ必ず報いを受けるだろう。


……悩みは堂々巡りとなっていた。
視点を変える必要がある。もっと高い視点が必要だ。

――そこで思い至る。
ずっと世界の在り方に疑問を抱いていたことに。
奴隷制度がなく、全ての人間が平等ならば。
キノコ王国とタケノコ帝国という国の違いがなければ。

戦争は起きず、偶然道中で出会った男と俺は気の合う仲の良い隣人であったかもしれない。
俺の家族と男の家族が一緒になって笑い合う。
そんな世界があったのかもしれない。

……思わず目が眩むような光景を想像して目元が熱くなる。視界がぼやける。

だが男は逝った。俺が討った。
過去は変えることはできない。しかし未来の選択肢は無限にある。
俺が討ってきた人々に意味を持たせるには。
俺がより良き世界への道を拓くしかない。
俺だからこそ拓ける血路がある。

俺が世界を変える。より良き世界を創ってみせる。

決意した途端、俺の心に熱いものが生まれた。
男と別れて、ぽっかり空いていた穴が埋まった気がした。

――カチッ。
脳裏で時計の音が響く。
この音は俺の人生におけるターニングポイントで鳴るらしい。
不思議なものだ。引き返すという選択肢が浮かばない。
踏み出したら絶対に引き返せないポイントだと理解しているのに、ためらいは一切無い。

明日だけを見て、一歩を踏み出した。


TRACK9.THE FORCE OF COURAGE

キノコ王国部隊兵舎、隊長室。
俺は椅子に体を預け、過去の整理を済ませる。
失敗や過ちを繰り返すわけにはいかない。そして、来るべき日へ想いを馳せる。
扉をノックされた。
地形図とタケノコ帝国・キノコ王国、各城の見取り図を眺めながら俺は言う。

「入れ」

間髪いれず伝令兵が入室する。

「失礼します! 隊長! 王国より伝令です!」

「ご苦労」

封書を受け取り中身を確かめる。
高揚感が俺の心を襲うが必死に押し付ける。
努めて冷静に部下へ指令を下す。

「『時は来た』。休暇中の兵士も集めろ。集合は半日後、シイタケ平原だ。繰り返す。『時は来た』」

俺の指令を聞いた伝令兵の顔が引き締まる。

「復唱! 『時は来た』。集合は半日後、シイタケ平原!」

「良し。行け」

「ハッ! 失礼しました!」

伝令兵が部屋を飛び出した。
『時は来た』というのは、最終作戦の発令を示す隠語である。
家族との別れを済ませるために与えた半日だ。
有意義に使ってもらう。心置きなく全力を尽くして戦うために。

『お主は良いのか? 城下町に家族がいるのじゃろう?』

俺だけに聞こえる亡霊。男の声が脳内に響く。

「家族にはもう長い事会っていない。次に会うときは世界を変えた後だ」

『そうか。しかし怒涛の展開じゃったな。おぬしが部隊長になってから』

「当然だ。時計の針を戻すことは出来ないが、進めることは出来る」


俺は回想する。

世界を変えると決意した日から、俺の静かな革命は始まった。
特選部隊の隊長となり、まずは特選部隊の名前を変えた。
タケノコを蝕む部隊、『毒茸部隊』へと。

もともと特選部隊がキノコの地名を持つ土地で圧倒的戦果を挙げることができたのは、
俺の毒茸を徹底的に活用した破壊工作と、食用茸を利用した食料充実によるものである。
加えて男の鏡面剣術による白兵戦力の強化。
歴戦の中で組み上げた己の戦闘スキルとサバイバルスキルを、俺は余すことなく自ら部下へ伝えた。

各地からスカウトし鍛え上げた毒茸部隊は二九九人。
各々が俺の戦闘スキルを下地に得意分野を活かした複合戦闘技術を構築。
毒茸部隊は王国最強の遊撃部隊となった。

そして今、キノコ王国はタケノコ帝国へ王手をかけるべく、大規模侵攻作戦を発令。
その最中にタケノコ帝国中枢を制圧する、これが王国参謀の作戦だった。
……進言したのは俺だったが。

ここからは俺の、毒茸部隊の作戦。
タケノコ帝国中枢制圧の際、男の愛娘を探して救い出す。
そして大規模侵攻作戦により手薄になったキノコ王国中枢を急襲し、制圧する。
この世界の二大悪を一網打尽にすることが出来る。
タケノコを蝕んでいた毒茸は、自らをも蝕む猛毒茸だったということだ。

もちろん一筋縄では行かないだろう。
王国が手薄になると言っても防衛のための親衛隊がいる。
過去の友人に切っ先を向けることになるかもしれない。
だが俺には寸分の迷いも無い。それは毒茸部隊全員にも言えることだった。

部隊全員で三百人と少数なのは、人の顔を覚えるのが苦手な俺の限界数でもある。
だが全員の家族構成・性格・信念を、胸に刻んだ。
俺は部隊員全員一人づつに想いを伝え、皆がそれに賛同してくれた。
俺たち毒茸部隊は揺るぎない絆で結ばれていた。


集合時間が来た。
俺の目の前には二九九人の精鋭がいる。
皆、今から世界を変えるという鋼鉄の意志が瞳に宿っている。
五九八の瞳に向けて俺は言葉を紡ぐ。

「戦友たちよ、時は来た。我らの悲願は今日叶う」

いつもの調子が出ないな。緊張しているのか?
片手で手で顔を覆い、口角を吊り上げ目を見開く。
やっぱりこれだな。手を外して再び五九八の瞳と向き合う。

「おっと、違ったなぁぁぁ! 俺たちの手で叶えるんだぁぁぁぁああああ!!
ヒャッハァァァアアアアアア!!」

『ヒャッハァァァアアアアアア!!』

「キノコ王国とタケノコ帝国を侵略せよ!! インベェェェェエエエエエド!!」

『インベェェェェエエエエエド!!』

「全員!! 剣を掲げよ!! マァァァッシュ!! アァァァァアアアアップ!!」

『マァァァッシュ!! アァァァァアアアアップ!!』

掲げた剣を打ち鳴らす。
三百人の怒号がシイタケ平原に響き渡る。
始まりの場所から、最後の聖戦を始めよう。

「総員、我に続けぇえええええええええええええええ!!」

『ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

皆の雄たけびに合わせて、男の亡霊も雄たけびをあげていた。
いいだろう。共に往こう。

――この命の揺れる灯火は、お前と共に。
使命を果たすその日まで、俺たちは戦い続ける。

毒茸部隊三百一人の伝説が今始まった。


BONUS TRACK.毒茸伝説

わたしは祖母の語り話が好きだ。
心に染み渡る声。語られる波乱万丈な主人公たちの人生。
その中でもお気に入りがこの話。
何度も聴いているけど、感情が揺り動かされる。勇気が沸いてくる。
続きが聴きたくて先を促してしまう。

「……それで、毒茸部隊は……どうなったんだ?」

祖母はゆったりと続きを話す。

「毒茸部隊は屍山血河の果てに、タケノコ帝国を制圧。
しかし時すでに遅く、男の愛娘を救うことは出来なかった。
一つの夢が破れた主人公……。
じゃが揺るぎない意思で立ち上がり、キノコ王国の中枢を抑えたのじゃ。

「両国の中枢を打ち砕いて歴史を作り上げた三百人の兵士達は、戦いで大半がたおれた。
数人の生き残りが心優しき賢人たちと協力して両国を統合。
それを期に奴隷制度を撤廃し、メイジ共和国を作ったのじゃ。
そして毒茸部隊は表舞台から姿を消した。
国の高官になって豊かな暮らしだって出来ただろうに全てを投げ打ってのう。

「世界は平和になり、その国ではキノコもタケノコも分け隔てなく愛されている。
今日もシイタケ平原にはシイタケと菜の花がすくすく育っているのじゃ。
おしまい」

「……そうか。歴史を作ったのに、残念だな……」

「そんなこと無いのう。きっと宿願を果たして満足したのじゃ。
きっと消息を絶ったのも、戦友を弔うためなんじゃ」

「……そっか。そうだな」

「しょーちゃんも毒茸部隊みたいに勇気を出して、世界を変えなくちゃいけないのう」

「……うぐぅ」

友達が居なくて、いつも一人で公園に居るのを見られていたらしい。

「しょーちゃんが気にしている髪も、キレイな銀髪じゃ。
勇気が出るようにキノコの洋服を着てるんじゃから、今日は友達できるわい。
今日はお気に入りの、この本をあげよう。
……この本が更なる勇気と、きっかけをくれるはずじゃ」

差し出された本を受け取る。

「……わかった。ばーちゃん、勇気を出して、行ってくる」

「いっといで。車に気をつけるんじゃよ」


わたしは公園に向かって駆け出した。
物語の影響なのか、単に走って息が上がっているのか、胸が高鳴っている。
……きっと、どっちもだろう。

「ヒャッハー……フフ……」

小さくつぶやいて自分で笑ってしまう。
主人公を勇気付けた魔法の言葉。
いや、言葉自体に意味は無くて、自分を信じて自分で叶えるんだ。
勇気の灯火が心に宿る。
じんわりと胸が温かく感じた。きっと気のせいじゃない。

公園が近づいてきた。
今日は居るかな。
金髪のきれいなパリっぽい雰囲気の女の子と、長髪でいつも猫と遊んでる美人な女の子。
数日前からダンス? の練習を二人でしていて、気になっていた。
話してみたいと……思ったのだ。

……あ、居た。
ちょっと近づいてみる。出て来い勇気!
……出て来いって他力本願じゃないか……。
神に祈ってたらダメだ。自分で頑張らなくちゃ……。

「フンフン。なーんか、良い匂いがするー!」

悶々と考えていると、すごい勢いで猫美人がやってきた!

「……あひゃあ! な……何か変な匂いするか?」

出鼻を挫かれて変な声が出てしまった……。
金髪パリジェンヌが駆け寄ってきた。

「ちょっとー! その子怯えちゃってるよー! ごめんね~。 許してしるぶぷれ~」

「……い……いや、大丈夫」

「すごーい! この本、シイタケとシメジの香りがするー! お腹空いてきたー!!」

なぜかテンションが上がっている猫美人。
どうしてばーちゃん家で栽培してるキノコの種類が分かったんだろう……。

「この本は、わたしの好きな本なんだ……」

「フフーン♪ そうなんだ~! ねぇねぇ。どんなお話なの? 教えて教えて~!」

「……えっとね。題名は『毒茸伝説~Under The Force Of Courage~』で……」

……ばーちゃん、ぼっちのわたしにもステキな友達ができたよ。
パリジェンヌと猫美人の二人で、ちょっと変わってるけど。
……明日から楽しい毎日になりそうだ。

 お し ま い


補足です。

1.BONUS TRACK.の3人は既にアイドルとなっているフレ志希と、アイドルになる前の輝子という設定です。

2.『UNDER THE FORCE OF COURAGE』の解釈として、上記は"ただの一例"です。
聴いたひとそれぞれに答えはあると思います。

【引用作品紹介】

・ALBUM CD『UNDER THE FORCE OF COURAGE』GALNERYUS

・Blu-ray『THE SENSE OF OUR LIVES』GALNERYUS

・CD『THE IDOLM@STER CINDERELLA MASTER 026星輝子』


補足その2です。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

ケミカルカオスキュート(仮)の続きを期待していた方、申し訳ありません。

今回引用元となった作品を視聴していただけたら、これ以上の喜びはありません。

次回構想はもちろんありますので、気長にお待ちいただければ幸いです。


補足その3です。

デレステ内で名刺交換してくださった皆様ありがとうございました。

16/09/13 22:30現在で16人もの方が交換してくださいました。

正直1人居れば上出来だと思っていましたが、その16倍です。

本当にありがとうございます。名刺ID【d18c2e6949】

ケミカルカオスキュート(仮)の続きが早く読みたいと思っていただけたら名刺交換してください。

もうすぐSSを始めて書いてから3ヶ月経ちます。

楽曲を紹介するけどURLすら貼らないという状態に悩んだ結果、ついったーを利用することにしました。

【@dongamemax】です。SSの補足で使っていきますので、お気軽にフォローしてください。

                                           以上

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