響「ウラジオストクのヴェールヌイ」第10話~最終話 (543)

※地の文、オリジナル艦娘、独自設定あり

前スレ
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【艦これ】響「ウラジオストクのヴェールヌイ」 - SSまとめ速報
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【よく分かる今までのあらすじ】

なんかぁ
むかしぃ
ソ連にぃ引き渡されたりとかして友達ができてぇ
そんでみんな艦娘に生まれ変わったからぁ
演習とかもあるしぃ
現代でも会いに行ってみたらぁ
陰謀が渦巻いてたんすよねぇ
 

【出てくる人たち】


<横須賀鎮守府>

響……みんなのべるぬい フリーダムじゃない

暁……みんなのレディー かわいい

雷……みんなのおかん 怒るときは怒る

電……みんなの末妹 ぷらずまじゃない

提督……みんなの司令官 割とずる賢い


<ロシア太平洋艦隊・ウラジオストク基地>

トビリシ……嚮導駆逐艦 音楽好きの寂しがり

カリーニン……巡洋艦 愛国心旺盛なバカ

ラーザリ……巡洋艦 リアリスト気取りの弱虫

モロトヴェッツ……潜水艦 強くて危ういシスコン

潜水艦娘A~D……モブ 名前表記にするタイミングを掴み損ねた

長官……ロシアの司令長官 割と外道
 

遅くなってすいませんでした
10話前半投下

―ロシア ピョートル大帝湾―

―日本司令船 甲板―


  ザザァン…

            ザザァン…


乗組員D「……だいぶ晴れ間が差してきたな」

乗組員E「ああ……暁ちゃんたち、大丈夫かねえ」

乗組員D「なぁに、レーダーには引っ掛かったんだ。提督の話じゃ、すぐ――」


   パシュッ…   カッ


乗組員D「……何の音だ?」

乗組員E「あ?」

乗組員D「聞こえただろ? 何かこう、金属が引っ掛かったみたいな……」
 



   カカッ! カカカカカッ!

   ヒュンヒュンヒュンカカッヒュンヒュゥンカカッカキッカキッ!!


乗組員C「――!?」


   ギィッ! グイッグイッギシッギィッ
   ドタン! ドタンドタッドタタタッドタッ!!


潜水X『――――』

潜水艦部隊『――――』ザッ!


乗組員D「……な……ぁ……?」

乗組員C「か……艦、娘……?」

潜水X『――――』チャキッ

乗組員C「き、機銃……!?」

乗組員D「このっ……てめえら、どこから上がってッ――」チャキッ
 

潜水X『――――』スッ


  ダダダダダッ!


乗組員C「ひ……っ!?」

乗組員D「ッ――! い、威嚇か……!」

潜水X『日本司令船、乗組員に告ぐ!』

潜水X『犯罪防止および治安維持のための良心的判断により、
    これよりお前たち全員を拘束する!』

潜水X『命が惜しければそのまま動くな! 抵抗は無用のものと知れ!』

乗組員C「……? あ……?」

潜水C『あ、あの……通じてないから、別の言葉で……』

潜水X『命令するな。部隊長は私だ』

潜水C『め、命令なんて、そんな』
 

潜水X『…………С-26。英語は話せるな?』

潜水D『え゛っ!? じ、自分ですか!? ええと……』

潜水D「ゆ、ユーアーヴェリーデンジャラス! ソーデンジャラス! 
    サムハプニング、ユーウィルダイ!」

乗組員C「――!?」

潜水D「ユーマスト、ソークワイアット! アンド、ウィーウィルノットキルユー!
    ドゥ……ドゥ―ユーアンダスタン!?」

乗組員D「……い、イエース」

潜水D「センキュー!」

乗組員C「センキューじゃねえよ……」ガタガタ

 




             эп.10


   Него слезам не верит
 
         ―奴は涙を信じない―



 

―格納庫―


長官『――指令В、作戦行動開始』


   その言葉を合図に、ハッチの外で水しぶきが立つ。
   何かが飛び跳ね、格納庫へと入ってくる。


潜水艦部隊『…………』ザッ

モロトヴェッツ『――! あ、あなたたち……』

潜水Y『動くな!』チャキッ

潜水B『…………』チャキッ

響『……! マクレル……!?』

提督「いかん、ハッチを――!」

潜水Y『動くなと言っている、日本人!』チャキッ

提督「ッ……!」


   跳び出してきたのは、ロシアの潜水艦たちだった。
   手には機銃を携え、背中にはバックパック状の装備を身に着けている。
   腰に巻かれたベルトの左右には、小さな錨がくっついていた。

   艤装を身にまとっている。完全な戦闘態勢だった。

 

潜水Y『全員、手を上げて中央に寄れ!』

響「っ……!」

雷「なっ……なんなのっ、これ……!」

提督「…………」


   相手の言う通りに、雷たちを促して格納庫の中央に集まる。
   司令官は、しきりに通路へつながる扉の方を気にしている。


 「…………」

 「……はぁっ……はぁっ……」


響「――!」

提督「…………」


   少しだけ開いた扉の陰から、誰かが息をひそめて、格納庫の様子を窺っていた。
   きっと、さっき司令官と話していた、銃を持った水兵さんたちだ。

   艤装をまとった艦娘はともかく、
   生身の長官や随伴兵には、普通の銃が十分な脅威になる。
   上手くいけば、この状況を打破できるかもしれない。


響(……でも、今は……)


   けれど、今飛び出してきたとしても、
   周囲を警戒している潜水艦たちに、すぐに気付かれてしまう。
   きっと司令官も、合図を出す機会をじっと待っているのだろう。

 

提督【……悪ふざけが過ぎますね。国際問題勃発ですよ、長官】

長官【国に害なす者を捕らえただけだ。何の問題があるものか】

長官【貴様らには、ロシア連邦刑法典、第276条違反……スパイ行為の疑いがある】

提督【……明確な証拠があるとでも?】

長官【白々しいことを。我々を謀ろうとしたはずだ。モロトヴェッツを抱き込んでな】

提督【…………】

長官【疑わしきは逃さず、だ。
   犯罪防止と治安維持のための良心的判断により、貴様ら全員を拘束する】

提督【何が良心だ……! あんたらに逮捕権なんぞ!】

長官【逮捕などしない。ただ、身動きを謹んでもらうだけだ】

提督【こ、このッ……!】
 

モロトヴェッツ『やめ……違うの……! やめなさいっ……!』

ゴルコヴェッツ『…………』

潜水B『……! ゴーシャさん!? その傷は――』

長官『その2隻も拘束しろ。スパイどもに身売りした反逆者だ』

潜水B『!?』

潜水Y『……了解』チャキッ

潜水B『そ、そんな……!』


   見覚えのない潜水艦が、モロトヴェッツたちに近づいていく。
   他の潜水艦たちも、倒れているモロトヴェッツを複雑な目で見ている。

   ――私たちから、注意が逸れていた。


提督「…………」コクン

 「――っ!」ダッ


   司令官が、扉に向かって小さくうなづく。
   ライフルを構えた2人の水兵さんが、勢いよく扉を蹴り、声を上げた。


乗組員B【動くな! 全員、床に伏せ――】
 



  ド ゴ ッ …


乗組員B「ぁ……――」ドサッ

響「……!?」


   肉がひしゃげたような、鈍い音が響く。
   声を上げようとした水兵さんが、うめき声を上げて倒れ伏した。


潜水Z『…………』

乗組員C「ひ……!」


   扉の奥に、新手の潜水艦が立っていた。
   いつの間にか、音もなく通路を進み、水兵さんたちの背後に迫っていたんだ。


乗組員C「こ……このアマっ!」チャキッ

提督「! よせっ、青島!」

潜水Z『…………』スッ

乗組員C「ッッ!」ダダダダッ
 



   恐怖にひきつった表情を浮かべて、水兵さんが引き金を引く。
   空気を震わせるような銃声。そして、弾けるような金属音。


潜水Z『…………』シュゥゥゥ

乗組員C「……っ……!」


   相手は、艤装を身につけた艦娘だ。普通の銃など効くはずもない。
   鉛玉を難なく跳ね返し、煩わしそうに身体を払った。


乗組員C「……ちくしょう……!」

潜水Z『……ふん!』ドゴッ!

乗組員C「ぁぐ……っ……――」


   機銃のストックで、水兵さんの頭を殴りつける潜水艦。
   そして、虫の息の水兵さん2人を、
   襟首から強引につかみ、格納庫の中へ無造作に投げ入れた。


乗組員B「…………」ドサッ

乗組員C「が……っ……」ドサッ

提督「田宮……青島……っ!」

雷「いや、いやぁっ……!」
 

潜水Z『……甲板、および船内各所、制圧完了しました』

潜水Z『他の乗組員25名も、全員を拘束完了。甲板に集めて監視しております』

提督「……!」

長官『非常信号の類は?』

潜水Z『発信は確認されておりません。まず司令室を叩きましたので』

長官『……いいだろう。甲板の奴らから目を離すな』

潜水Z『はッ!』ビシッ

響『なんて……なんてことを……!』

長官『何を言う。兵器とは本来、この用途が正しいのだ』

長官『化け物との戦いにしか使えないなど……
   貴様らが恣意的に決めた、勝手な条約のルールに過ぎん』

長官『初の対人作戦……多少は不安もあったが、予想以上の成果と言える』

長官『……ここまで相手が脆弱とは、少々計算違いだったがな』

提督「…………」
 

長官【……さて、少佐。首輪はどこにある?】

提督【……首輪? さてね……ロシアにもペット用品店ぐらい――】

長官【…………】チャキッ

提督【…………】

長官【3度目は無いぞ。レコーダーをどこに隠した?】

提督【…………】

長官【――なるほど。考えてみれば、貴様が隠したとも言い切れんわけだ】ギロッ

響「!」

雷「え、えっ……!?」

提督「っ……!」


   長官の鋭い視線が、私と雷に向けられた。
   帽子に隠したレコーダーごと、射すくめられるような眼力だった。


長官『……二等兵曹』

随伴兵『は、ハッ!』

長官『――――服を脱がせろ』
 

随伴兵『…………!?』

響『……っ!?』

長官『聞こえなかったのか? そこの艦娘を、ひん剥いてやれと言ったのだ』

長官『服の下にレコーダーを隠した可能性がある。
   丸裸にして、隅から隅まで調べ尽くせ』

響『な……何、を……』

長官『潜水艦どもに剥かせるより、お前たちの方が効果がある』

長官『希望するなら別室を用意してやろう。2時間程度、じっくりと調べてやるがいい』

随伴兵『し、しかし……!』

潜水B『長官ッ! 冗談……冗談でしょうッ!?』

長官『……フン……』
 


   長官の太い腕が、突然私たちへと伸びてくる。
   足を広げた蜘蛛のような手が、雷の二の腕を掴もうとした。


雷「ひぁっ……!」

響「雷っ!」バッ

潜水Y『動くなと言っただろうが!』


   とっさに雷をかばおうとしたけど、
   潜水艦に機銃を突きつけられてしまう。
   その様子を、長官は心底退屈そうに見下ろしていた。


長官『情けない部下を持つと苦労する。手本を見せねば分からんか?』

響『――っ……!』ゾクッ

長官『…………』スッ

雷「あ、あ……ぁ……!」





提督『――――金庫だッ!』

 
 


   絞り出すような声で、司令官が叫ぶ。
   その目は憎々しげに長官を睨み、額には青筋が浮かんでいた。


提督『艦長室の金庫に隠した! デスクの横の黒い金庫に……!』

長官『…………』

長官『……フン、やはりロシア語を……』

長官『愛着を持ちすぎるのも考え物だな。人形が汚れるのがそこまで嫌か』

提督『ッ――!』ギリッ

長官『……鍵は番号式か? 暗証番号は?』

提督『……1225……クリスマスだよ』

提督『だが、番号だけじゃ駄目だ。開錠には俺の指紋も要る』

提督『……けど、今は手汗が酷くてね。もう少し落ち着けば分からんが……』


   顔を真っ青にして、声を震わせながら、それでも嘘を通そうとする司令官。
   あのレコーダーは、金庫になんて入っていない。
   今まさに、この私が、帽子の中に隠し持っているのだから。


響『…………』


   綱渡りというのは、こんな気分なのかもしれない。
   重苦しく、そして張り詰めた空気。鼓動がどんどん早くなっていく。

 

長官『……余裕が失せたな。どうやら本当らしい』

提督『…………』

長官『こす狡い貴様のことだ、すでに複製でも用意しているのだろう?』

提督『……いいや。あれ1つだけだ』

長官『……まあいい。どちらにせよ、船内を漁れば全て分かる』

長官『本格的な尋問はそれからだ。今は少しだけ休ませてやろう』

長官『――――おい、そいつらをどこかに押し込んでおけ』

潜水Y『はッ!』


   冷たい顔の潜水艦たちが、私たちを連れ出そうと促す。
   機銃に挟まれた私たちは、重い足取りで歩き始める。

   雷は不規則に息をしながら、ぶるぶると体を震わせていた。
   モロトヴェッツは妹を肩で抱え、何も言わずに足を引きずっていた。
   司令官は額に汗を浮かべて、抑え切れない焦りに歯を食いしばっていた。


提督「……す……い……」

響「……?」

提督「……すまない……ちきしょう……」

響「…………」

 

―カラムジナ島 洞窟―


   ピチョン…

            ピチョン…


カリーニン『……手ひどくやられたな。私たちより重傷に見えるぞ』

ラーザリ『運動不足が祟ってね。今度から演習に入れてくれる?』

暁「わぁ……」キョロキョロ

電「すごいのです、こんな洞窟が……」

ラーザリ「海蝕洞って奴だろうね。
     海岸の割れ目を波が侵食して、こういう洞窟になるんだよ」

暁「へぇー……」

ラーザリ『でも、運が良かったね。偶然こんなとこに流れ着くなんてさ』

カリーニン『……実を言うとな、かなり前から見つけてたんだ』

ラーザリ『へ?』

カリーニン『3ヶ月ぐらい前に、たまたま立ち寄って……それ以来、秘密の隠れ家にしてる』

カリーニン『思った以上に便利だったよ。モロトヴェッツを休ませたりな』

カリーニン『どういうわけか、不思議と落ち着くんだ。この島……
      まるで、そう……何かが見守ってるみたいに』
 

ラーザリ『……そんないいトコなら、私にも教えてもらいたかったよ』

カリーニン『……すまない。長官に知られるわけにはいかなかったんだ』

ラーザリ『……だろうね』

カリーニン『トビリシはこの奥で休ませてる。足元に気を付けるんだぞ』

電「あ……暁ちゃん」

暁「うん?」

電「ナマコなのです」ヌチョッ

暁「ひょわあああぁぁあああぁぁっ!?」キィーン

カリーニン『こらぁっ! 反響するだろ! 大きい声を出すんじゃあないっ!!』キィーン

暁「ひっ……!?」ビクッ

カリーニン『あっ……い、いや、別に怒ったわけでは……』
 

ラーザリ『あーあー、ビビらせちゃった。ヴェールヌイに何て言われるかねえ』

カリーニン『やかましい! ――あ、そうだ! そもそも何で黙ってたんだ!?』

ラーザリ『え?』

カリーニン『演習の件だ! ヴェールヌイが来るなんて全く聞いてなかったぞ!?』

ラーザリ『……そりゃま、アレだよ。思いがけない再会って奴をね』

カリーニン『まったく……! ――しかし、本当にそっくりだな』

ラーザリ『雰囲気は全然違うけどね。顔とか声はホントに瓜二つでしょ?』

カリーニン『ああ……』ジーッ

暁「……ど、どうしたの?」オドオド

カリーニン『姉妹に……また会えたんだな、あいつも』

暁「?」
 

カリーニン『――挨拶が遅れたな。
      ソビ……ロシア太平洋艦隊所属、巡洋艦のカリーニンだ』

カリーニン『……本当なら、演習でちゃんとした挨拶をしたかったよ。
      こんな時に何だが、よろしく頼む』スッ

暁「あ……え、ええ。ごきげんよう、暁よ」ギュッ

カリーニン「アキヅキ?」

暁「……あかつき」

カリーニン「ア……アカヅゥキ?」

暁「だからー! あ・か・つ・き!」

カリーニン『……そっちのお前も妹だな、よろしく』スッ

暁「もうー!」プンスカ
 

電「あ、電なのです。い・な・ず・ま」

カリーニン「イナズマ? ……イナズマ!」

暁「何でそっちは大丈夫なのよぉ!?」

電「はいっ、電です! はらしょー!」

カリーニン『おお! ラーザリ、こいついい奴だ!』ワシワシ

電「ひゃっ!」

暁「つ、疲れる人ね……」

カリーニン『しかし……何とかなったが、やっぱり呼びにくいな。
      ヴェールヌイのようにロシア名は無いのか?』

ラーザリ『直訳でもして呼んでやったら? 暁(ラスヴィエット)と電(モーニヤ)って』

カリーニン『な……! ひ、卑怯だぞ! そんな恰好いい……!』

電「ああ……ほんとに表情ころころ変わって……」

暁「天ちゃんと仲良くなれそうよね……すっごく」
 


 『……ぅう……おなか……』


暁「!?」ビクッ

電「い、今のは……?」

ラーザリ『ん? ああ、あそこ……』

カリーニン『おーい、トビリシー!』

トビリシ『フナムシさん、パンとか持ってない……? 持ってないわよね、えへへ……』

カリーニン『大丈夫そうだな』

ラーザリ『虫に食い物ねだってんだけど』

カリーニン『ほら、トビリシ! 救助が来たぞ!』ユサユサ

トビリシ『ぁう……』ボーッ
 

電「……だ、大丈夫ですか……?」

トビリシ『…………』

暁「――! 服が……損傷してるの!?」ヒョコッ


  ボヤ~~~ッ…


響『大変だわ……! 大破じゃないといいけど……』



トビリシ『…………』

トビリシ『……………………』

トビリシ『…………――――!!!!!!!』ガタッ

暁「え……!?」ビクッ

トビリシ『ヴェーニャぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!』ガバッ

暁「  」
 

トビリシ『ヴェーニャ! ヴェーニャ! ヴェーニャ! ヴェーニャ!
     あぁぁああぁ~~! あああぁぁああぁぁああぁぁ~~~~~!!』スリスリ

トビリシ『やっと……やっと会えたよぉ……! 会いたかった! ずぅーっと会いたかった!
     1日だって忘れたことなかった! 毎日毎日ずぅーっとヴェーニャのこと考えてたの!
     任務のときも演習のときも、お風呂の中でもベッドの中でも!』

トビリシ『うれしい、うれしいわ! やっぱりヴェーニャがきてくれた……!
     わたしたちを助けにきてくれたのよね!? そうよね!? やっぱりそうなんだわ!
     さみしかったよぉ……こわかったよぉ……!』

トビリシ『モロトヴェッツさんはいじめられてるし、潜水艦のみんなは人が変わっちゃったし、
     ラーザリさんはひどい人だし、今の司令官さんはもっとひどい人だし!
     カリーニンさんも目を付けられて、ずーっとずぅーっと働かされてるし!』

トビリシ『モロトヴェッツさんもよく言ってたわ! ヴェーニャがいてくれたらなって!
     でも、ほんとに来てくれたなんて……! 想いが通じたのよね! ぜったいそうだわ!
     すごいわ! すてきだわ! やっぱり大好き!
     あぁぁん、ヴェーニャっヴェーニャっヴェーニャぁぁぁ~~~……!』チュッチュッチュッ

暁「 」

電「わ、わぁ……」

ラーザリ「……ロシア式の挨拶ね、一応」
 

カリーニン『…………』ペチン

トビリシ『ひゃっ! な、なに……』

ラーザリ『……よく見てみなよ』

トビリシ『へ?』

暁「……ちゅ、ちゅっ……ちゅーって、ちゅーって……!」

トビリシ『…………』

トビリシ『……えっ?』

カリーニン『……妹、だそうだ。あいつと一緒に、わざわざ日本から』

トビリシ『…………』

トビリシ『~~~~っっ!! あ、あ、あああ……!』パッ

トビリシ『ごっ、ごごごごご、ごめっ、ごめんなさいっ!!
     わ、わたし、てっきり、だって……! あっあっあっ……』

暁「うう……将来のためにとってたのに……」ボソッ

電「帽子で間違えちゃったのですかね?」

ラーザリ「髪も長いしね……」

トビリシ『ど、どうしよう……変な子だって思われてないかな……』

暁「……どうしよう、ヘンな人たちしかいないわ……」

電「しーっ!」
 

トビリシ『ご、ごめんね? ちょっと暗くて、よく見えなくて……』

トビリシ『あー、またお腹が……』フラーッ

カリーニン『お、おい……急に動くからだ』

トビリシ『ヴェーニャー……どこ……? どこにいるの……?』

カリーニン『……そうだ。ラーザリ、ヴェールヌイはどうしたんだ?』

ラーザリ『――!』

カリーニン『一緒に救助に来てくれたんだろう? あいつはどこに? 今は別行動か?』

ラーザリ「…………」チラッ

暁「……?」

ラーザリ『……自分の死よりも怖いもの、か』ボソッ

カリーニン『何?』

ラーザリ『いいや……分かってる。全部話すよ。
     ちょっと長いけど……今までのこと、何から何まで、全部』

カリーニン『…………?』


ラーザリ『…………ねえ、カリーニン』

ラーザリ『終わったらさ……思いっきり、殴っていいからね』

 


      ・
      ・
      ・

カリーニン『 こ の 大 馬 鹿 が ぁ っ ! 』キィーン

電「ひゃぁっ!」

暁「ひぅっ!?」

ラーザリ『…………』

カリーニン『……脅されているのは、何となく分かっていた……!』

カリーニン『お前が板挟みになって苦しんでいるのも、今の話で全部分かった……!』

ラーザリ『…………』

カリーニン『だが……! だったらどうして、助けを求めてくれなかった!?』

カリーニン『こんな……こんな恐ろしいことッ! 秘密のままでいいわけがないだろう!』

暁「す、すっごい声……」クラクラ

電「響ちゃんの言ってた通りなのです……」
 

カリーニン『核廃棄物だと……? 深海棲艦の餌付けだと……!?』

カリーニン『そんなおぞましいことのために、モロトヴェッツや私たちを……!』

トビリシ『……っ、っ……!』ブルブル

カリーニン『こんな屈辱が他にあるか! 恥の上塗りで恥を隠させてッ!』

カリーニン『長官……なぜだ、なぜなんです! 貴方だって、あんなに祖国を……!』

トビリシ『このこと、ヴェーニャは知ってるんですか!?』

ラーザリ『……いいや。けど、後々知らされると思う。あいつの引き渡しが終了すれば――』

カリーニン『その話もだ! どうして……どうしてヴェールヌイがッ!』

ラーザリ『長官が固執してるんだよ。理由は私にも分からないけど……』

トビリシ『……ヴェーニャと、また一緒に……でも……』

カリーニン『認められるか、そんなもの!
      やっと……やっと祖国に帰れたんだぞ、あいつは!』
 
トビリシ『――!』

カリーニン『こんな優しそうな姉妹たちと一緒に、今度こそ自分の生を始めてるんだ!
      ……あの人は、それすらも踏みにじろうと言うんだな!?』

ラーザリ『…………』
 

カリーニン『……ッ!』ダッ

暁「! ど、どうしたの!?」

カリーニン『悠長なことはしていられん……! 一刻も早く、あいつの所へ行く!』

カリーニン『モロトヴェッツの無事も気がかりだし、例の潜水艦だって野放しだ!
       それに、長官には直に聞きたいことが山ほどある……!』

カリーニン『アカズキ、イナズマ! 私が先導するから、お前たちはトビリシの左右に――』

ラーザリ『……待ちなよ』

カリーニン『……お前はここに隠れていろ。その損傷だ、1発当たれば沈むぞ』

ラーザリ『――通訳も無しに旗艦が務まるっての?』

カリーニン『! だ、だが……』

ラーザリ『……私だって、責任って言葉は知ってるよ』

カリーニン『…………』
 

ラーザリ『……あいつにまた会えるって知ったとき、本当に嬉しかった』

ラーザリ『それから……もしかしたら、って思ったんだ。
     今の状況を、あいつが全部、何とかしてくれるかもしれないって』

ラーザリ『私は何も言えないし、何もできない。でも、あいつなら、ヴェールヌイなら……
     きっと何かに感づいて、私たちみんなを助けてくれる……』

ラーザリ『昔っから……本当に頼れる奴だったしさ』

カリーニン『…………』

ラーザリ『――でもさ。やっぱり、それじゃ駄目なんだよね。
     何もしないで待ってても……結局、何一つ良くはならなかった』

ラーザリ『……本当に大事なもののために、自分で動かなきゃいけなかったんだ』

カリーニン『――――!』

トビリシ『…………』

ラーザリ『……あいつが、ずっとそうしてきたみたいに』
 

カリーニン『お前……』

ラーザリ『……ま、さすがに危なくなったら退散するけどさ』

ラーザリ『万が一の備えだってある。とっておきのお守りがね……』チラッ

電「――!」

ラーザリ「……イナズマ。そっちの司令船、識別レーダーは?」

電「は、はい! 電波が届くところなら、見つけてくれるはずなのです!」

ラーザリ「ありがと。アカツキ、爆雷はどれぐらい残ってる?」

暁「えっと……まだ半分は切ってないみたい。
  でも、連戦になっちゃったらちょっとまずいかも……」

ラーザリ『リョーカイ。何にせよ、早いうちに合流しなきゃね……さ、カリーニン』
 

カリーニン『…………』

ラーザリ『……?』

カリーニン『……珍しいな』

トビリシ『はい』

ラーザリ『何? あんたまで……』

カリーニン『口の端が、両方とも上がってる』

ラーザリ『――! …………』


ラーザリ『……いいから行こうよ。下んないこと気にしてないでさ』フフッ

 

前半終了 後半は近いうちに

ロシア潜水艦娘の機銃は、
潜水艦の機銃をAPS水中銃の形に押し込めて、RPDみたいな素敵ストックを付けた感じ

http://uproda.2ch-library.com/943022B6f/lib943022.jpg
http://uproda.2ch-library.com/943023XO5/lib943023.jpg

10話後半開始
更新遅くてあんまりにも申し訳ないので、今回から最低でも週一で投下

―日本司令船 艦娘用寝室―


   ロシアの潜水艦が、見慣れた部屋の扉を乱暴に開けた。
   2段ベッドが3つの、狭い寝室。
   たった今から、この小さな部屋は牢獄に変わる。


潜水Y『入れ!』ドンッ

雷「うっ……」ヨロッ

響『雷!』

潜水Y『止まるんじゃないッ! とっとと続かんか!』ドンッ

響『ぐっ……!』ドサッ

潜水B『……次』

モロトヴェッツ『お願い、ゴーシャをドックに! 
        指が折れてるのよ! こんな色になって……!』

ゴルコヴェッツ『……っ……っ……』

潜水B『……入ってください、モーラさん』

モロトヴェッツ『マクレル! お願い、お願いだからっ……!』

潜水B『…………』ギリッ

提督『部下の……乗組員の無事を確認したい! 少しでも話を!』

潜水Y『止まるなと言っとろうが!』ドンッ
 

潜水B『……これで全員ね』

潜水Y『まったく……! どうしてわざわざこっちの船で見張らなくちゃならんのだ!
    「ルースキー」なら営倉も尋問器具もあるのに!』

潜水Z『馬鹿ですか。下手に移送して、私たちの船を荒らされたらどうするんです?』

潜水B『С-171、格納庫のハッチは?』

潜水Z『隊長サマが『開けておけ』と。閉めたら行き来に不便ですからね』

提督『……!』

潜水B『……言っておくけど、扉の外には歩哨を立てておいたわ』

潜水B『プレス機に挟まれたくなかったら、妙な気は起こさないことね』

提督『…………』

響『マクレル……』

潜水B『…………』

響『……君にも、また会いたいって思ってたのに』

潜水B『ッ――』
 



   ピリリリッ! ピリリリッ!


潜水Y『! こちらM-92……』カチッ

潜水Y『……! は、はぁ、ヴェール……あ、あの白い方の! 
    了解、ただちに! 交信終了!』

響『……?』

潜水Y『――おい! そこの白髪とスパイ軍人!』

響『……白髪……』

提督「好き勝手言いやがる……」ボソッ

潜水Y『口を挟むなっ! ――長官がお呼びだ、今すぐ「ルースキー」へ!』

提督『……何だと?』

 




――――――――



――――



――



 

―???―


少年『くそっ……くそっ!』

少年『また母さんに告げ口しやがって! あのアメは俺が貰ったんだぞ!』

?『…………』

少年『何だよ……何だよその目はっ!』バキッ

少年『気色悪い顔でこっち見んな! 今度はホントに目ん玉つぶすぞ!』ゲシッ

少年『なんか言ってみろよ! 痛いって言えっ!』グシャッ

?『…………』

少年『お前なんか弟じゃない! 知ってんだからな、お前が人殺しだって!』

少年『お前がっ! お前なんかが生まれたから、あいつは……!』

母親『! な……何やってるのッ、あんたたち!』

少年『――! かあさ――』

母親『このっ! この馬鹿っ! なんてひどいこと……!』

母親『兄弟でしょう! どうして仲良くできないの!』

?『……おれは、兄弟なんておもってない』

少年『――! てめえ!』

母親『止めなさい2人とも! 止めて、お願い……!』
 


      ・
      ・
      ・

母親『……そう。入隊できたのね……』

母親『良かったわ……本当に良かった……。
   お父さんのことがあったから、公の仕事なんて駄目だと思ってたのに』

青年『母さん、正直に言えよ。厄介払いが出来て嬉しいって』

母親『あんたね、こんな時まで――!』

青年『けっ……』クルッ

母親『ちょっと、どこ行くの!?』

?『……いいよ。俺もいい加減、出ていきたいと思ってたんだ』

母親『…………』

母親『……ねえ、――。私はね、あんたを産めて、本当に良かったと思ってるのよ』

?『俺を孕んでたせいで、姉貴が死んだのに?』

母親『お願い、そんな言い方よして』

?『兄貴がいつも言ってたじゃないか。
  身重のあんたに、自分の飯まであげて……栄養失調で死んだって』

母親『……あの子はね。もう、何も食べられないくらい悪くなってたの』

母親『せっかく食べ物が手に入ったのに……ひと口も飲み込んでくれなかった。
   あの時にはもう、手遅れだったのよ』

?『…………』
 

母親『それでもね。あんたを産まなきゃよかったなんて、一度だって思ったことはない』

母親『……あんたの姉さんが死ぬ、すぐ前の晩だったわ。
   どこかの誰かが、うちの前に食べ物を置いていってくれたの』

母親『みんな苦しかったはずなのに……両手でやっと持てるぐらい、いっぱい』

母親『……理由なんてわからないわ。でもね、あの贈り物がなかったら……』

母親『姉さんだけじゃない、兄さんも私も、お腹の中のあんたも飢え死にしてた』

母親『……どこかの誰かが、私たちを助けようって思ってくれたの。
   あんたに生まれてほしいって思ってくれたのよ』

?『…………』

母親『……いい? ――。生まれちゃ駄目だった子なんて、この世界にはひとりもいないわ』

母親『みんな、生まれた意味があるの。生まれてほしいって、誰かが待ってくれてるのよ』

母親『だから――――』


母親『だから、あんたも――誰かのことを――――』


 


――

――――

――――――――


―高速司令艇「ルースキー」 艦長室―


長官『…………!』パチッ

長官『…………』

長官『……居眠りか、この状況で……』


長官『…………』

長官『……年、か』

 



  コン、コン、コン


長官『――何だ』

潜水Y『M‐92です! 日本人と日本艦を連れて参りましたッ!』

長官『……入れ』

潜水Y『はッ! 失礼いたします!』


   ガチャッ…


響『…………』

提督『…………』

長官『ご苦労だった。部屋の外で待て』

潜水Y『はいッ! 失礼いたしましたッ!』ガチャッ
 

>>47
訂正

× С-171 

 ↓

○ М-171

長官『…………』

提督『……それで、御用件は?』

長官『……少佐。貴様らと我々の間には、どうやら大きな誤解があったようだ』

提督『……? 何を……』

長官『そちらの船を改めて検分した結果、スパイ行為を示す物証は認められなかった』

長官『どうやら我々は、確たる証拠も満足に提示できないまま、
   貴様らをスパイと決めつけ、拘束してしまったということらしい』

提督『……!』

長官『その上、乗組員の数名には軽傷まで負わせてしまった』

長官『彼らには現在、我が方の衛生兵が然るべき処置を施している。
   貴様の怒りは最もだろうが、その点に関しては安心するといい』

響『…………』


   言葉の中身に反して、長官の表情には少しの申し訳なさも感じられない。
   冷徹に私たちの反応を観察しているような、じっとりとした目が気になった。

 

長官『……実に愚かな誤解だった』

長官『近年、国内外で我が国へのスパイ活動が多数発覚しているのだ。
   国防を司る人間として、神経質にならざるを得なかった』

長官『……気の毒だが、やむを得ない措置であったと納得してもらう他はない』

提督『……なるほど、謝る気はないと』

長官『互いの事情を鑑みた上だ。
   貴様らとて、被害者面できるほど潔白でもあるまい?』

提督『モロトヴェッツさんの件ですか。証拠がない、とおっしゃったはずでは?』

長官『決定的な物証に関してはな』

長官『だが……異国の潜水艦を不当に長く拘束し、最高機密を聞き出し、
   おまけにタヌキ寝入りなどという姑息な手で、私を出し抜こうとした』

長官『……無実というには、あまりにも材料が揃い過ぎている。そう思わんか?』

提督『…………』
 

長官『賢い者は、時と場を弁え、疑われるような行いを決して取らないものだ』

長官『――「李下不正冠(リーシァプーチェングァン)」……貴様の国の言葉だったか?』

提督『……隣の方です。ご存じでしょうが』

長官『フン……』


   長官の口に、亀裂のような笑みが浮かぶ。
   対する司令官は、ほんの少しだけ困惑したような表情だった。
   きっと、長官の話す意図を計りかねているのだろう。それは私も同じだった。


長官『……今回の事件は、我々双方に、等しく落ち度があった』

長官『だからこそ、ここで互いの潔白を認め合い、
   この下らん縛り合いを終わらせる必要がある』

響『――! 私たちを解放すると?』

長官『そうだ。貴様らの潔白さえ証明されれば、
   我々にはもう、貴様らを拘束しておく理由がない』
 

長官『……そこでだ、少佐』

提督『…………』

長官『潔白の証として、2つのものを速やかに譲渡してもらいたい』

長官『そうすれば、拘束している人員や司令船を解放し、
   貴様の結びたがっていた共同戦線とやらも構築しよう』

提督『……そんなことだろうと思ったよ……!』

長官『気に食わんか。だが、貴様らに他の選択肢が?』

提督『…………』
 

長官『……1つ目の要求は、レコーダーだ』

長官『私の立会いの下、そちらの金庫を開錠し、この手に直接返してもらおう』

長官『複製は無いと言っていたな? ひとまずはそれを信じてやるが……』

提督『さんざん物色したんだろ。嘘じゃないって分かったはずだ』

提督『…………それで、2つ目は?』

長官『…………』

長官『…………』ギロッ

響『!』

提督『――ッ!!』
 

長官『……察しが良いな。その通りだ』

長官『“演習終了時”などと、悠長に構えていたのが間違いだった』



長官『――2つ目の要求だ』

長官『その娘を……駆逐艦・ヴェールヌイを。
   今この場で、我々に引き渡してもらいたい』



響『――っ……!!』
 



   言葉にされると、改めて不安が込み上げてきた。

   ロシア海軍、太平洋艦隊への引き渡し。
   貸与でもなく、出向でもなく、正真正銘の「譲渡」。

   誤解や冗談であってほしいと、心の底では思っていた。
   しかし、目の前にいる長官は、有無を言わさない本気の目をしていた。


響『……本当、なんだね』

長官『無論だ。その男から聞いていなかったのか』


   たしかに、ここには旧友がいる。
   10年以上を一緒に過ごした、かけがえのない同志(ともだち)がいる。

   でも、いったん引き渡されてしまえば、二度と日本へは戻れないだろう。
   暁とも、雷とも、電とも、司令官とも、
   大好きな横須賀鎮守府のみんなとも、もう決して会えなくなってしまう。

 

提督『…………』

長官『どうした。今更惜しくなったか? あの密書は貴様も目にしたはずだぞ』

長官『決して新たな要求ではない。予定が少々早まっただけのことだ』

提督『……俺は、了承した覚えなんてない』

長官『図太い奴だ。この状況でまだ、そんな屁理屈をこねるとは』

長官『だが……今の貴様は、そんな意地を張れる立場なのか?』

提督『ッ――!』

長官『27名の部下の命、残りの艦娘どもの平穏。そして何より、日ロの友好……』

長官『貴様の選択には、それだけの重荷が圧し掛かっている。
   それが分からぬわけもあるまい?』

提督『……っ……ぐ……!』ギリッ
 

響『……脅そうって言うんだね、私たちを……!』

長官『取引をしろと言っている。
   貴様とレコーダー、それさえ手に入れば、他の件は全て水に流してやろう』

長官『全員の拘束を解いて、自由にしてやろうと言っているのだ』

提督『――! まさか……最初からそのために俺たちを……!』

響『……!?』


   司令官の言葉に、背筋が凍った。
   モロトヴェッツを助け出して、司令官が長官を出し抜こうとした所まで……
   長官はすべてを予想して、罠を張っていたのかもしれない。

   訳は知らないけれど、この私を、
   何よりも優先して手に入れるための罠を。


長官『……モロトヴェッツは、いい餌になってくれた』

長官『策士、策に溺れるか。よくぞ言ったものだな?』

提督『き……さま……ッ……!』
 

長官『どうした? そもそも全て、貴様らの軽率な選択が原因ではないか』

長官『奴をすぐ我々の下に帰していれば……いや、そもそも奴らの救助になど出向かなければ、
   こんな事態に陥ることも無かった。違うか?』

響『それは……!』

長官『下らん意地や同情のために、大義を見失った結果がこれだ』

長官『国家と国家の交わりに、個人的な情を持ち込んだ。それが貴様らの失敗だ』

長官『――また、同じ過ちを繰り返すつもりか?』

響『……っ……』


   過ち。
   過ちだったのだろうか。

   日本の艦として、ソ連の艦として、
   姉妹(かぞく)と同志(ともだち)の両方を救おうとしたから、
   両方を危険に晒してしまったのだろうか。

   ――――私は、どちらか1つしか選べないのだろうか。

 

長官『……ヴェールヌイ。貴様の待遇は保証しよう』

長官『こちらに引き渡された後は、貴様を新たな秘書艦とする』

響『…………』

長官『艦隊の編成、任務の内容と委任、そして艦娘どもの待遇と管理……』

長官『基地運営のあらゆる面で、貴様の要望を考慮すると約束しよう』

長官『あの欠陥品どもを生かすも殺すも、すべてが貴様の指先ひとつだ』

響『…………』

長官『祖国が恋しいならば、今回のような合同演習を要請するがいい』

長官『受理されるか否かは戦局次第だが……
   日本の艦と接する機会は、決して皆無となるわけではない』

長官『――この待遇ならば、貴様も満足だろう? 少佐』

提督『……口先だけなら何とでも言える……!』

長官『まだ分からないのか。貴様らにはもう、黙って頷くしか道は無いのだ』

提督『……!!』

長官『……さあ。今度こそ、賢い選択を期待する』


提督『…………』ブルブル

響『…………』

 

響『……ひとつだけ、教えてほしい』

長官『なに?』

提督『……?』

響『――どうしてそんなに、私が欲しいんだい?』

長官『……軍備の強化、それだけだ』

響『ちがう。私じゃなきゃいけない理由だよ。
  単なる軍備増強なら、もっと強力な艦や、多くの艦が必要なはずだ』

響『それに……押し付けたいわけじゃないけれど、
  「響」っていう駆逐艦は、他の鎮守府や泊地にもいる』

長官『…………』

響『他の艦船でも、他の「響」でもない……どうして、よりによって、この「私」を?』


   ヒトに求められ、ヒトのために戦う兵器。
   人格を持つ存在として扱ってもらえたとしても、私たちの本質は変わらない。

   この長官が、私たちの心を尊重して、人並みに扱うとは思えない。
   けれど、それでも私を必要とする、ふさわしい理由があるならば……
   ヒトに生み出された兵器として、受け入れる覚悟もできるかもしれない。

 

長官『…………』

長官『……貴様が日本の艦であり、譲渡に足る理由があるからだ』

長官『ヴェールヌイという艦にも、貴様という個体にも、何ら特別な関心は無い』

響『…………え……?』

長官『即戦力として使えるに越したことはないが……
   我々は、さらに未来を見据えている』

長官『ロシア海軍の将来のためには……不本意だが、貴様ら日本艦が必要なのだ』

長官『世界一の性能を持つ、日本製の艦娘がな』

響『…………』

響『……私じゃなくても、いいってことだね』

長官『貴様が最も得易かった。それだけのことだ』

提督『――――ふざけるなぁッ!!』


   司令官が、今まで聞いたこともないほどの怒号を上げた。
   艦長室の空気が震え、左右の鼓膜にかすかな痛みを感じた。


提督『日本の艦娘なら、誰でもいいだと……!?』

提督『そんな……そんな訳の分からん理由で! 響を奪い取ろうってのかッ!』
 

長官『理解力のない男だな。軍備増強だと言っているだろう』

提督『それが分からんから言ってんだろうが! 響ひとりが入ったところで――』

提督『……――ッ!』


   突然、司令官が言葉を切り、息を呑んだ。
   まるで、恐ろしい何かに思い当ってしまったような、愕然とした表情を浮かべていた。


響『……し、司令官……?』

提督『……そうか、そうなんだな……!』

提督『分かったぞ、あんたらの本当の目的……!』

長官『…………』



提督『響を秘書艦にして……いや、脅しつけて! 日本艦を建造させる気か!』



響『――!』

 

長官『……何を驚くことがある。貴様らも同じことをしてきたはずだ』

長官『引き渡されたドイツの駆逐艦を元に、
   同型の駆逐艦はおろか、かの戦艦ビスマルクまで建造した』

長官『さぞ、気分の良いものだったろうな。
   世界平和のためと言い張り、他国の艦船をコレクションするのは』

提督『ッ……! そんな、上手くいくとでも……!』

長官『成功例は貴様らが示してくれた。我々はそれをなぞるだけだ』

長官『世界最良の兵器たる日本艦娘。
   そいつの協力の下、あらゆる艦種を建造し、ネズミ算式に量産させる』

長官『何も知らずに生まれ、ロシア流の教育を施された日本艦娘ども……』

長官『その大艦隊が、この極東から、やがては7つの海を席巻するだろう』

長官『ロシア海軍は名実ともに、世界最強の海軍となるのだ……!』
 

提督『なぜだ……! なぜそこまで軍拡にこだわる!?』

提督『世界の覇権でも握るつもりかッ!』

長官『ッ――――!』ドンッ!

提督『っ……!?』



   長官が、握り拳をデスクに叩きつけた。
   さっきまでの冷酷無比な表情は、影も形も無くなっている。
   


長官『――国民の平穏と尊厳のためッ! それ以外に何の理由があるッ!』



   そして、代わりに浮かんでいるのは、
   屈辱と怒りが綯い交ぜになったような、真っ赤に燃え盛る形相だった。


 

長官『貴様らには到底分からんだろう!
   今のロシアが、どれほど暗い冬の最中にいるか!』

長官『ソビエトの崩壊と共に、人々は縋るべき権威を、信ずべき国家を失った!』

長官『そしてッ! あの愚鈍なエリツィンの新政権が! この国に運んできたものは何だ!?』

長官『市場原理の働かない資本主義! 変わらずのさばる特権階級!』

長官『他国に安く奪われる資源! 疲弊し縮小する陸海空軍! 
   隣人への、世界への、祖国への不信!』

長官『若者の間には麻薬がはびこり、働き手たちは搾取され、
   老人たちは栄光の思い出にしか、自分の寄る辺を見いだせない!』

長官『なのに、誰も現状を変えようとしない! 嘆くことさえ諦めている!
   こんな……こんな退廃しきった祖国を、いったい誰が望んでいた!?』

長官『半端な自由など手に入れたせいで! 
   ロシア国民の安寧と誇りは、一片の欠片もなく失われたのだッ!』

響『…………』


   長官の目を見た。どこか悲愴な光の宿る、どこまでも純粋な目をしていた。
   この人は、本気でロシアの今を憂いているのだ。

 

長官『誇りを、尊厳を取り戻さなければ、この国に未来などありはしない!』

長官『かの大統領閣下の御尽力により、この暗黒期にも多少は光が差した!』

長官『だがッ! この国を支配する閉塞感は、依然として払拭されていない……
   それどころか、人々を脅かす新たな敵まで台頭し始めた!』

提督『深海棲艦のことか……!?』

長官『馬鹿を言うな! あんなものが敵と言えるか!』

長官『対話もできん、目的も分からん、そんな存在は単なる自然災害に過ぎん!』

長官『――我々の敵は、いつだって同じ人間だ!』

響『……!!』

長官『金儲けしか頭にない新興財閥(オリガルヒ)! 権力と賄賂に憑りつかれた軍閥(シロビキ)!
   馬鹿の一つ覚えで「自由」を繰り返す、思考を放棄した民主主義者!』

長官『そして、無数の人型兵器を駆り、世界中から資源をせびり、我が物顔で海を走る……
   恥知らずの貴様ら日本人ども!』

長官『すべてが我らの倒すべき敵だ! 
   我が父なるロシアを、守るべき国民を内外から蝕む、許しがたいまでの怨敵だッ!』


   息を荒げながら、長官が続ける。
   まぎれもない、彼の本心だった。額から流れる汗が、それを物語っていた。

 

長官『――だからこそ! 我らロシア海軍には、何物にも負けない力が要る!』

長官『国内に規律と平等を敷き、他国からの脅威を跳ね除け、
   国民の信ずべき、偉大なるロシアを取り戻す!』

長官『そのための武力こそ、「艤装艦兵」……「艦娘」!
   最高の費用対効果を持つ、水陸両用の人型兵器!』

長官『この国の資源をもってすれば、奴らを瞬く間に量産できる!』

長官『巡洋艦隊だろうと、憲兵隊だろうと、あらゆる活用が可能となるッ!』

長官『大統領閣下のお考えになった"強いロシア"……私はそれを実現する!』

長官『その時こそ! 
   人々には真の平穏が訪れ、誇るべき、縋るべき祖国が帰ってくるのだッ!』

 


   大仰な身振り手振りを加えながら、長官の熱弁は加速していく。
   けれど、その傲慢な語り口の裏には、別の何かが潜んでいるような気がした。


響『…………』


   そして、私の喉元からも、
   どうしても抑えきれずに、こみあげてくるものがあった。
   
   威勢よく吐き捨てたいわけでもない。
   許されないことだと、断罪するつもりもない。

   けれど、たったひとつだけ分かることがあった。
   





響『…………そんなもの、ただのまやかしだよ』
 

提督『――!』

長官『……何……?』


響『……昔、友達に、君みたいな子がいたんだ』

響『“国家”なんてあやふやなものを、自分のすべてだと信じ切って……』

響『その思い込みに気が付いたとき、心の底から苦しんでた』

響『……きっと、君もよく知ってる子だよ』

長官『…………』

響『国家なんか信じなくたって……
  もっと暖かいものがそばにあれば、人はいくらでも生きていける』

響『――押し付けの誇りなんて、誰も欲しがらない』

長官『……ッ……!!』
 



   長官の顔が、不快感をにじませて歪んでいく。
   眉間や口元には、さらに多くのシワが刻まれ、20歳は老けたようにも見えた。


長官『……祖国を憂いて、何が悪い』

長官『国民に誇りを取り戻させる……! その行いの何が間違っているッ!』

響『……だったら、あのミサイルは……あの計画は何だい……!?』

長官『――!』

響『それに、モロトヴェッツの妹だって……!
  あの子だって、祖国を守るために戦ったはずだ……!』

響『なのに、誇りがどうとか言っておいて、あの子がいたことまで抹消して……!』

長官『…………』
 
提督『……後ろ暗い過去を消そうとしといて、よくもまあそんな口が利けたもんだ』

提督『何が誇りだ! 笑わせるなッ!』
 

長官『……核廃棄物にしても、あの虐殺にしても、過去の人間が起こした罪だ』

長官『今を生きる人々が、それを気に病む道理などない』

長官『だからこそ……過去の十字架は、背負うべき者が背負わねばならん……!』

提督『ほざくなッ! 全部艦娘に押し付けといて!』

長官『当然だ! 戦時下の、冷戦の負の遺産は、同じ時代の亡霊にこそふさわしい!』

提督『ああそうかい、あの子らに尊厳なんぞ要らねえってか!』

長官『兵器ふぜいに何の尊厳がある! いくら人間の振りをしようと、奴らの本性は人形だ!』

長官『生きた人間のために使われる、いくらでも替えの利く道具に過ぎん!』

長官『奴ら艦娘はそのために居る! 
   この父なるロシアの、今を生きる人々の礎となる、それだけが奴らの存在意義だ!』

提督『……馬鹿らしい……! なァにが父なるロシアだ……!』

提督『本物の親父さんもやり切れんだろうよ!』

長官『――――ッッ!!』
 


   音がした。

   この1日でもう何度も聞いた、
   肉と肉のぶつかる嫌な音。


提督『――ッ――』

長官『…………』


   一瞬の出来事だった。
   長官が、司令官の頬を殴り飛ばした。

   私が間に割り入る暇もなく、司令官がふらつき、片膝をついた。
   したたる鼻血が、艦長室のカーペットにどす黒いシミを作っていく。


響『司令官っ……!』

   
   助け起こそうと、司令官の肩に手を回した、
   その時だった。

 
 


  コン、コン、コン!


響『――!』

長官『…………入れ!』

潜水Y『はッ! 失礼しま――』ガチャッ

提督『…………』ポタポタ

潜水Y『――ッ!?』

長官『構うな、用件は何だ!』

潜水Y『は、はいッ! それが……』ゴニョゴニョ

長官『……――!』


   潜水艦が耳打ちすると、長官の表情が変わった。
   そして、どうにも不満そうな目で、私たちふたりをねめつけた。

 

長官『……急務が入った。取引の返答は、1時間だけ待ってやろう』

提督『……!』

長官『だが、くれぐれも妙な気は起こすなよ』

長官『――M-92! こいつらを向こうに戻しておけ! 私は今から司令室に向かう!』

潜水Y『はッ! ……おい、行くぞ!』グイッ

提督『うっ……』ポタタッ

潜水Y『ああもう、床が……! ほら、ティッシュ詰めとけ、ティッシュ!』

響『…………』


   潜水艦に引き連れられて、長官室を後にする。
   心の中には、色んな不安や疑問が渦巻いていた。
   その渦を、ドアの閉まる無機質な音が、さらに激しくかき回していった。

 




長官『…………』


長官『……友軍3隻、未識別2隻の反応か』


長官『……カリーニンめ。つくづく悪運の強い奴だ……』


  

―「ルースキー」付属、小型艇 艇上―


 ドッドッドッドッド…


響「…………」


   司令船に戻るボートから、頭上に広がる空を眺める。
   風に煽られたちぎれ雲。その間から、青空が少しだけ顔を見せていた。

   私と司令官の背後には、機銃を突きつけた潜水艦娘がひとり。
   そして、どういうわけか、長官についていた随伴兵たちも一緒だった。


随伴兵A『……あの、なぜ我々も』

潜水Y『しょうがないだろ! 急な出動要請で、人員が足りないんだ!』

随伴兵B『いえ、俺たちも長官の警護が……』

潜水Y『もう交代したんだろう!? どうせただの歩哨だ、お前たちも働いてくれ!』

随伴兵A『はぁ……』

提督『…………』
 

響「……ねえ、司令官」ヒソッ

提督「……どうした?」

響「あの長官、約束を守ると思うかい」

提督「……俺にお前、それに雷はともかく……」

提督「暁も、電も、乗組員の皆も……奴らの秘密は、何も知らないはずだ」

提督「少なくとも、あいつらに対しては……
   約束を反故にして、見境なく口を封じたりはしないだろう」

響「もし、本当にそんなことをされたら」

提督「?」

響「――私も、すぐにでも溶鉱炉に飛び込むよ」

提督「…………」

提督「……ああ。向こうも、そうなっちまうのは本意じゃないだろう」

提督「だから、他の皆は大丈夫だ。きっと無事に、横須賀まで帰りつける」

提督「雷はまだ分からんが……そこは交渉のしどころだ。
   奴には、絶対に約束を守らせてやる」

響「…………」


提督「……ただ、まあ……」


提督「……俺は、たぶん、駄目だろうな」

 

―日本司令船 艦娘用寝室―


 「ひっぐ……う、ぅぅ……ぐすっ……」

モロトヴェッツ『…………』

雷「えぐっ、うぅっ……」グスッ

モロトヴェッツ『……どうしたの? どこか痛む?』

雷「……!」

ゴルコヴェッツ『寝てた方がいいよ……
         痛いのも……だんだん、慣れてくるから……』モゾッ

モロトヴェッツ『……ゴーシャ、毛布も』

ゴルコヴェッツ『ううん、いい……汚しちゃうもん……』

雷「…………」

雷「……ごめんなさい……」

モロトヴェッツ『……?』

雷「……私が、あんなこと言っちゃったから……」
 


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

雷「ひどい兵器をたくさん作って! それをぜんぶ誰かに押しつけて!」

雷「人質なんて取って言うこと聞かせて! それでもだめなら殴りつけて……っ!!」

雷「あんたなんか……! あんたなんかっ……!!」


長官「……なる、ほどな」

長官「そこまで、知られていたか」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


雷「知らなかったの……日本語が分かるなんて、そんなの……!」

雷「私の……私のせいで、みんな……!」

雷「うっ、あ……あぁぁ……!」

ゴルコヴェッツ『…………』

ゴルコヴェッツ『……そうだよね……怖いよね……』

ゴルコヴェッツ『私たち……やっぱり、解体なのかな……』

モロトヴェッツ『…………』スッ

雷「……!」

ゴルコヴェッツ『お姉ちゃん?』
 

モロトヴェッツ『大丈夫……何も怖いことなんてないわ』

モロトヴェッツ『あなたは強い子よ。
        あの男に、あんなに怒鳴れるなんて……うちにはほとんどいないもの』

雷「…………」

モロトヴェッツ『……あなたたちの言葉では、きちんと言えないけど』

モロトヴェッツ『……嬉しかったわ。私たちのために怒ってくれて、本当に嬉しかった……』

モロトヴェッツ『あんなに勇気があるんだもの。怖がることなんて少しもないわ』

モロトヴェッツ『だから……ほら、泣かないで……』ナデナデ

雷「…………」

雷「……ありがとう……モーラさん」

モロトヴェッツ『あ……ふふ、ヴェールヌイから聞いたの? その呼び方……』

ゴルコヴェッツ『……お姉ちゃーん、私もぉ』

モロトヴェッツ『もう……』ナデナデ
 



  ガチャッ…


雷「――!」バッ

響「…………」

雷「ひ、響! 大丈夫だった!?」ゴシゴシ

潜水Y『――では、私は巡回に戻る。いいか、何があっても絶対に扉を開けるなよ!』

随伴兵A『はいはい……』

随伴兵B『ほら、入んな』

提督「…………」フラッ

雷「――! 司令官! その怪我……」

提督「…………」

モロトヴェッツ『……?』
 


      ・
      ・
      ・

雷「な……なによ、それ!」

モロトヴェッツ「……ッ……ッ……!」


   司令官は雷に、私はモロトヴェッツに、
   それぞれ長官との一部始終を説明した。

   話を聞き終わって、まず雷が声を上げた。
   モロトヴェッツは無言でうつむき、石臼を挽くような歯ぎしりを立てている。


提督「……返答まではせずに済んだ。けど、猶予はせいぜいあと50分」

提督「その間に……腹を決めなくちゃならん。
   響ひとりを生贄にするか、全員でロクでもない目に遭うか」

雷「な……何言ってるのよ! そんなの、そんなの……!」

響「…………」
 

提督「……俺には、提督としての責任がある」

提督「部下やお前たちを、無事に横須賀まで帰すこと」

提督「そして……そのための犠牲が必要なら、それを最小限に止めること」

提督「それが、俺の果たすべき義務だ」

雷「――! じゃ、じゃあ……!」

提督「…………」

雷「嘘よ……嘘よね、司令官! いくら司令官でも許さないわよ!」

雷「あの人たち、響を使って怖いことしようとしてるんでしょ!?
  響をそんな人に渡すつもりなの!?」
 

提督「……愛国心だの何だの言ってたが、どうせ行き着くのは覇権争いだ」

提督「ここで響を渡したことが、そう遠くないうちに、
   とんでもない紛争の種になっちまうのかもしれん」

雷「だ、だったら! それをみんなに伝えるのはどう!?」

雷「元帥や大淀さんに教えて、響を渡すのを止めてもらうの!」

雷「それに、ロシア海軍の人たちにだって、戦争したくない人もいるはずだわ!
  あの長官を止めるのを手伝ってくれるかも――」

提督「…………」


   司令官が、重い動きで首を振った。
   鼻の穴にねじ込まれたティッシュが、頭に合わせて左右に揺れた。


提督「……あの長官は独断で動いてるわけじゃない。
   もっと上の、それこそ大統領だって絡んでるような案件なんだ」

提督「今更一個人の呼びかけで覆るような、もうそんな次元の話じゃない……」
 

雷「で、でも……あっ!」

雷「あのレコ――、『あれ』はまだ、響が持ってるわ!」

雷「司令官、言ってたじゃない! 
  あの不正が日本の政府にバレたら、引き渡しどころじゃなくなるって!」

提督「……長官は、あのレコーダーの返還も条件に付けた」

提督「もちろん、それは漏洩を恐れてるからだ。
   レコーダーの中身が明るみに出るのは、奴にとっても好ましいことじゃない」

提督「……今の所、奴は響がレコーダーを持ってるのを知らない。それだけは本当に幸運だった」

提督「だが……この状況で、どうやってアレを日本に持っていくんだ?」

雷「あ……」

提督「厳重な監視をかいくぐって、格納庫で艤装を着けて、
   奴の指揮する追っ手を撒いて、何百キロも先の日本を目指す……」

提督「……今の状態じゃ、どたい無理な話だよ」

雷「…………」
 

提督「……それに、日本と連絡は取れそうにない。司令室をやられたんだ」

提督「衛星電話も無線も、軒並み使用不能にされてるだろう」

モロトヴェッツ『電話って……あれのこと?』


   私の通訳を聞いていたモロトヴェッツが、寝室の一角を指さした。
   壁に備え付けられている、白いプラスチック製の無機質な受話器。
   

提督『あれは内線ですよ。ただ、管理システムは衛星電話と共通でして……』

提督『システムを再起動させないことには、どのみち内線も通じません』

モロトヴェッツ『…………』

提督「……いや……」

提督「内線……待てよ……だが……」ブツブツ

雷「し、司令官……?」
 



   何かを必死に思案するように、司令官が小声でつぶやき始めた。
   私は、その様子を、膝を抱えてじっと見つめる。

   視界の内には、雷の困惑した顔もあった。
   目の周りが、少しだけ赤く腫れているのが分かった。


響「…………」


   ふと、暁と電の顔が浮かんだ。
   レーダーには映ったみたいだから、きっと無事に戻ってくるだろう。
   あの2人なら……いや、雷も一緒の3人なら、きっと、今まで通りに上手くやっていける。


響「…………」


   横須賀鎮守府のみんなの顔が、泡のように次々と浮かび、消えていく。

   厳しいけれど思慮深かった元帥。
   いつも落ち着いていて、ときどき読んだ本の話をした大淀さん。
   私のボルシチを褒めてくれた、鳳翔さんと間宮さん。
   愛用の爆雷投射機を、何度も改修してくれた明石さん。


響「…………」


   いくつもの対潜戦闘を一緒に潜り抜けた、頼れる戦友の由良さんと五十鈴さん。
   あだ名を呼ぶたびに照れくさそうに怒った、少しも怖くない姉貴分の天ちゃん。
   お酒の趣味が合って、何度も朝まで飲み語らった、那智さんに足柄さん、それから早霜。

 
 

響「……私…………」


   見栄っ張りだったけど、誰よりも私を思いやってくれた暁。
   本当は人一倍繊細なのに、いつも私の前に出て、引っ張ってくれた雷。
   臆病なところもあるけど、私のことを、いつでも優しく支えてくれた電。

   こずるくて時々情けないけど、どんな時も私たちを尊重してくれた司令官。
   本当の娘みたいに接してくれた、司令船の水兵さんたち。


響「…………私、は…………」


   みんなとの別れを思うだけで、鼻の奥がむしょうに痛くなる。
   何かがこみあげて、こぼれ落ちそうになる。

   けれど。それでも。
 

響「…………」スック

雷「……響……?」


   私のいちばんの願いは、みんなと一緒にいることじゃない。
   
   大切なみんなが、この海のどこかに居てくれること。
   この海のどこかで、満足して過ごしてくれていること。  


響「…………」

雷「……――!!」


   そのためなら私は、どんな暗い海にも行ける。
   孤独に疲れて異国に向かう、あの時とは何もかもが違っている。
   姉妹たちや水兵さんを助けるためなら、どこに流されたって構わない。   

   それに、ロシアにだって、かけがえのない仲間たちがいるんだ。
   彼女たちが今、苦しんでいるなら……その苦しみを、少しでも取り去ってあげたい。
   
   そして、長官の野望が、日本や世界中を脅かそうとするなら、
   この身をもって食い止めなくちゃいけない。


   ――――だったら。
  
   ――――とるべき道は、ひとつしかない。


 



響「……司令官」

提督「……! おまえ……」

響「…………」

響「……今まで、本当にありが――――」


  ガシッ…


雷「…………」

響「……雷。痛いよ」


   別れの言葉を言いかけた、その時。
   立ち上がった私の手を、雷が思いきり握ってきた。
   細い指が、まるでもやい綱のように、手のひらに絡みついている。


雷「――ひとりで行くつもりなんでしょう」

響「……いいんだよ。私が自分で決めたんだから……」

雷「…………だったら、私も自分で決めるわ」





雷「私も、響と一緒に行く」


響「――――!!」
 

提督「雷……!?」

雷「みんなを助けたいのは、私だって同じよ」

雷「……でも、そのために、響が辛い目に遭うなら……
  みんなが助かったことになんてならないわ……!」

雷「響といっしょに立ち向かって、助けてあげる子が要るじゃない……!」

響「でも、もう日本には――!」

雷「分かってるわ。鎮守府のみんな、きっと怒るわよね」

雷「……暁や電だって、もしかしたら反対するかもしれない」

響「なら……」

雷「……でもね。生まれ変わったときから、ずっと思ってたの」

雷「今度は、どんなことがあっても、最期まで一緒にいようって」

雷「もう、ぜったいに響を独りにはさせないって……!」

響「――!!」
 

雷「大丈夫よ! 私が一緒なら、ぜったいに響に悪いことなんてさせない!」

雷「あの基地だって、必ずちゃんとしたところに変えてあげるわ!」

雷「長官をしっかり怒って、改心させて、
  モーラさんたちがもう、泣かなくてもいいように……!」

雷「言ったでしょ! ロシアの子たちも、しっかり面倒見てあげるって! 
  だから……だから……!」




雷「頼って……私のこと、頼ってよ……」

雷「ひとりでなんて行かないで……お願い……響……」




響「…………」
 



   身体を翻して、雷の目をまっすぐに見た。朝の水面のように潤んでいた。
   涙がこぼれ落ちそうになるのを、懸命にこらえている目だった。
   きっと、私を不安にさせないために、必死で我慢しているのだろう。


響「…………」ギュッ

雷「あ……」


   雷の手を、両手で握り返す。
   強く、強く握り返す。

   私も雷も、何も言わなかった。
   このぬくもりを前にしては、どんな言葉も野暮に思えた。
   



モロトヴェッツ『…………』

提督『今の会話は……』コソッ

モロトヴェッツ『解るわよ』

提督『え……?』

モロトヴェッツ『分からないけど……でも、解るから』

ゴルコヴェッツ『…………』
 

雷「……ごめんね。司令官」

提督「……本気なんだな」

雷「ええ」

提督「……ま、そのうち言い出すとは思ってたよ。
   しっかし、元帥に何て説明したもんか……」

提督「…………」

提督「……元帥、に…………?」

響「……?」




提督「……――――ッ!!!」

ゴルコヴェッツ『!?』ビクッ

 



   突然、司令官が身を乗り出した。
   頭に手を当てて、またぶつぶつと何かをつぶやき始めている。


提督『……モロトヴェッツさん。長官は骨伝導式の無線を?』

モロトヴェッツ『え? ええ……ここが占拠されたとき、耳に手を当てて命令していたでしょう』

モロトヴェッツ『詳しいことは知らないけど、耳のあたりに小さな機械を埋めてて……
        少し押して喋るだけで、任意の艦に命令できるの』

提督『送受信は両方とも可能ですか?』

モロトヴェッツ『……そうね。ただ、艦娘側からの呼び出しは禁止されてる。
        あくまで指揮と命令用だから』

提督『周波数は?』

モロトヴェッツ『……361.92MHz』

提督『…………』
 

提督「……響」

響「え?」

提督「言い終わったら、ロシアのふたりにも伝えてくれ」

提督「一度しくじった奴の計画なんて……二度と信じられないかもしれんが」

響「……なんだい? いきなり」

提督「…………」

提督「本当に……本当に、危険な賭けになるが」



提督「――全員で助かる手が、ひとつだけ残ってる」

 

―ピョートル大帝湾 海上―


  ザザザザザ…


トビリシ「ムーネニィー♪ ワカサノー♪ ミーナグィールフォーコーリィー♪」

電「うみーのおっとこの艦隊勤務♪」

2人「「ゲェツ・月・カー・水・モック・金・キィーン♪♪」」

電「はらしょー!」

トビリシ「アリガトー!」

電「すごいのです! どうしてその歌知ってるんですか?」

トビリシ『えへへ……良かったわ、妹ちゃんとも仲良くなれて!』


暁「すっごい打ち解けちゃった……」

ラーザリ『……音楽に国境は無いってか。いい話だねホント』

カリーニン『まあ、友達が増えるのはいいことだろう』
 

暁「でも、ラーザリさん。本当にこっちに進むだけでいいの?」

ラーザリ「だいたいの位置に近づけばいいんだよ。
     司令艇のレーダーに引っ掛かりさえすれば、迎えの奴らが来るはずだからね」

暁「あ……そっか、だから洞窟を出たんだ」

電「洞窟の『中』だと、電波が届かないですからね」

トビリシ『――――!』ピクッ

電「……?」

トビリシ『ね、ねぇ……今、「ナカ」って言わなかった?』

電「へ……? な、なか……?」

トビリシ『そう! そうよ、それ!』

トビリシ『ね、ね! 何の話!? もしかして……』

カリーニン『――! まずい、この流れは……!』

トビリシ『あ……そ、そう言えば、ヨコスカ・チンジュフから来たって……だったら……!』

暁「え、え?」



トビリシ『――もしかして、知り合いなのっ!? あの「ナカちゃん」とっ!!』

電「……!?」

暁「なっ、な、那珂ちゃんん~~~~!?」
 

トビリシ『や、やっぱり! 2人ともナカちゃん知ってるんだ!』

トビリシ『でも考えてみれば当然よね! ロシアのわたしだって夢中なんだもの!
    日本の人たちも艦娘さんたちも、ナカちゃん知らない人なんていないわよね!』

トビリシ『世界初、史上初のアイドル艦艇! 
    歌って踊ってお話して、みんなを笑顔にするスパズヴェズダ!
    フネでもアイドルになれるって教えてくれた、唯一無二の“世界のナカちゃん”!』

トビリシ『わたしね、CDぜんぶ持ってるのよ!
    ファーストシングルの『2-4-11』も、『改二宣言』も、アルバムの『華の二水戦』も!
    近所のCD屋さんに頼んで、個人輸入してもらったの!』

トビリシ『ポスターもベッドのそばに貼っててね、それで毎朝あいさつしてるわ!
    ライブの映像もラーザリさんに頼んで、ゆーぢゅーぶ?とかいうので全部見たし!』

トビリシ『CDに入ってた「握手券」も、毎日大事に握ってるの! 
    あれ、ナカちゃんと握手した気分になれる、って紙なのよね? そうなのよね!?』
   
トビリシ『あ! そう言えば、これも「ぱそこん」で見たんだけど、
    センダイさんやジンツーさんって、ナカちゃんのお姉さんだったのね! 
    ずっと普通のバックコーラスだと思ってたわ!』

トビリシ『ね、ね、イナズマちゃんはどの曲が好きなの!? アカツキちゃんは!?
    本物のライブって行ったことある!? CDに入ってない歌とかもあるの!?』


暁「 」

電「 」

カリーニン『……ああ、また始まったか……』

ラーザリ「……悪いね。こいつ、昔っからミーハーでさ」

電「――あっ! じゃあ、あのお部屋……!」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

電「――あ! 那珂ちゃん!?」

響「えっ? ……ああ、本当だ、ポスター……」

電「CDもあんなに……すごいなぁ、ロシアにもファンの子がいるんだ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ラーザリ「あ、見た? すっごい部屋でしょ、アレ」

カリーニン『……アカヅキ、あれは本当にそんな人気者なのか?
      あんなキャンキャンした音楽のどこが……』

ラーザリ『別に悪かないと思うけど……ま、相部屋で毎日毎日聴かされてりゃね』

カリーニン『そうだぞ! 耳当てして聴けと言ってるのに!』

トビリシ『耳当てじゃないですよ、ヘッドホンです!』

カリーニン『どっちだっていい!』

電「あ、あはは……」
 

暁「……でも、那珂ちゃんかぁ。どうしてるのかな、今ごろ」

電「地方巡業に行ってるんですよね?」

暁「そうそう。すごいわよね……初めて会ったころは、ぜんぜん有名じゃなかったのに」

電「…………」

暁「……ねえ、電。サインぐらい、貰っておけばよかったかしら?」

電「…………」

電「……大丈夫なのです。だって、世界の那珂ちゃんなんですから」

電「いつかきっと、ロシアにもツアーで来てくれるのです」

暁「…………」

暁「……やっぱり、同じこと考えてたのね」

電「…………はい」
 

ラーザリ「……?」

トビリシ『どうしたの?』

暁「……ねえ、ラーザリさん。港に帰ったら、ロシア語教えてくれる?」

ラーザリ「へ……?」

暁「ま、まあ……私はレディーだから? あっという間にペラペラだけど!
  それでも、ちゃんとした先生に教えてほしいし!」

電「あ、私もお願いしたいのです! トビリシちゃんとも、早くお話ししたいし……」

暁「そうそう! 早いうちに慣れた方がいいものね」

ラーザリ「……――! ちょ、ちょっと……」

ラーザリ「じゃあ……あんたたち、まさか……!」

暁「……妹をひとりにして帰るなんて、レディーとして、お姉ちゃんとして失格だもの」

暁「その、ほんのちょっとは、寂しいけど……」

電「雷ちゃん、怒っちゃうでしょうね。司令官さんも……」

暁「……そうよね。でも――」

電「――今度こそ、最期まで一緒……ですよね?」

暁「……うん!」

 

―艦娘用寝室―


   牢獄となった私たちの寝室。
   その中央に並び立った私たちは、目の前の扉をじっと見据える。


提督「……もう1回だけ訊くぞ。本当にいいんだな?」

提督「今ならまだ、こんな無茶な賭けに出なくて済むんだぞ」

雷「大丈夫よ! この雷様がついてるんだからね!」

提督『……そちらさんも?』

モロトヴェッツ『……まあ、あなたを信用しきったわけじゃないけど』

モロトヴェッツ『このままじゃ、どのみちゴーシャと一緒に解体だもの。
        足掻けるだけ足掻いてみるしかないわ』

ゴルコヴェッツ『私も、覚悟はできてます……!』
 

提督「いいガッツだよ。俺も見習わなきゃな」

提督「……それじゃあ、いよいよ……作戦開始だ」

響「…………」


   心臓の脈打つ音が大きくなる。
   それと同時に、扉の外から、かすかな足音が聞こえてくる気がする。


響「……司令官、雷」

響『モロトヴェッツ、ゴルコヴェッツ……』

   
   かけがえのない皆の名前を呼ぶ。空気がぴんと張り詰めた。
   私の次の言葉を、みんなが静かに待っているように思える。

   そして、少しだけ迷ったけれど……
   私は、こう続けることにした。




響「…………スパスィーバ」

 



  ガチャッ…


長官『…………』


提督『…………』


長官『……時間だ。改めて、返答を聞かせてもらおう』


響『…………』



   長官の冷たい目を睨み返す。
   私たちの平穏と誇りを賭けた、最後の勝負が始まろうとしていた。



     【Продолжение следует............】

 

10話終わり 次回は1週間以内に
あと3話で終了です

●用語プチ解説

【ロシアの社会階層】
社会主義国ソビエト連邦にも、資本主義国と同じく、れっきとした格差が存在した。
ソ連時代、共産党員などの政治に関わる人物は、給金や住居などあらゆる面で優遇され、
『赤い貴族(ノーメンクラトゥーラ)』と呼ばれる支配者階層を形成した。
ロシア連邦の成立と前後して『赤い貴族』の制度も廃止されたが、
その一部はソ連崩壊後のどさくさにまぎれて国有財産を寡占し、
マスコミやエネルギーを牛耳る新興財閥(オリガルヒ)となった。
同時に、この新興財閥による寡占に反対する軍人や諜報機関幹部が政府と癒着するようになり、
軍閥(シロビキ)という新たな勢力も生まれた。

●用語プチ解説

【大統領閣下】
このSS内における、2015年当時のロシア連邦大統領。
KGB出身のコワモテで、自分を批判した新興財閥の社長を牢屋にブチ込んだりする辣腕家。
強権的な手法は賛否両論だが、その能力と運でロシアの経済を立て直したのは確かである。
また、非常に多趣味な人で、釣りやダイビング、そして柔道やサンボといった格闘技をたしなむ。
特に柔道は黒帯の腕前で、何でも素手でトラを大人しくさせたらしい。

この大統領はフィクションです。実在の人物とは一切関係ありません。

●ソ連艦ずかん


「計画番号、Л-12。予定艦名、モロトヴェッツ。
 どちらでも好きに呼びなさい」


【潜水艦「モロトヴェッツ(Л-12)」】 Молотовец

レーニネッツ級(Л型)潜水艦 12番艦。
艦名の意味は恐らく「モロトフの艦」。

接尾辞「-ец」(~ッツ)は、「японец(日本人)」や「армеец(軍人)」など、
主に人間の国籍やステータスを表す単語に使われるが、
「 авианосец(空母)」や「эсминец(駆逐艦)」などの艦種名にも用いられる。


【経歴】
1934年6月10日、ニコラエフ工廠にて起工。
その後、コムソモリスク・ナ・アムーレのアムール工廠へと鉄路輸送された。
1936年11月7日に竣工し、2年後の1938年12月9日に太平洋艦隊へと配属される。

1945年の対日参戦に際しては、8月19日から25日にかけて、
姉妹艦「Л-19」(予定艦名:ゴルコヴェッツ)と共に、日本の留萌沖へ偵察に出た。
この作戦行動において、合計6発の魚雷を発射し、そのうち2発が目標に命中。
この攻撃によって、「小笠原丸」をはじめとする日本の引き揚げ船3隻が大破および沈没したとされるが、
ロシア政府は2016年現在も公的には認めていない。
また、僚艦の「Л-19」は、作戦中に突然消息を絶ち、そのまま行方不明となった。

1952年2月20日、非武装化されて練習艦に改造される。
1960年代中盤、マガダンのナガエヴォ港を本拠地とする第171独立旅団へ転属。
その後、1983年9月28日に除籍され、翌1984年の9月9日に解体された。


【余談】
膨大な数が建造されたソ連の潜水艦には、正確な除籍年月日が不明な艦も多い。
しかし、モロトヴェッツに関しては、除籍年月日のみならず、解体された鋼材の行く末まで判明している。
彼女の外装は、最期の地であるナガエヴォ港の補修工事に使われることとなり、
防波堤を海底から支える礎として再利用された。
ちなみに、1945年に沈み別れた姉妹艦「Л-19」の祈念碑も、
同じく姉妹艦である「Л-8(ジェルジネッツ)」の鋼材を再利用して造られている。
 

今回ここまで

―日本司令船 艦娘用寝室―


長官『……時間だ。改めて、返答を聞かせてもらおう』

潜水B『…………』


   部屋に入ってきた長官が、冷ややかな口調で言い放つ。
   傍らには、護衛のマクレルが控えていた。


響『……ひとつだけ、確認させてほしい』

響『他の姉妹や司令官……それに、司令船の水兵さんたちは、
  必ず生きて日本に帰れるんだね?』

長官『…………』

響『……反故にされたら、私もすぐに後を追うよ』

長官『……分かっている。この場で保証しよう』

響「…………」
 

響「…………」スッ

雷「! …………」スッ


   長官の言葉を受けて、一歩前に進む。
   私が動いたのに合わせて、雷もおもむろに足を踏み出す。


潜水B『……?』

長官『何の真似だ?』

提督『ご覧の通りだ。あんたの欲しがってる日本艦、そいつを2人も譲渡する』

長官『……何だと?』

響『私も止めたけど、彼女がどうしてもって聞かないんだ』

響『……姉の私が行くなら、自分もついていく。
  ひとりで行かせるぐらいなら、海に飛び込んで無理心中するって……』

潜水B『――――ッ!?』
 

雷「…………」

提督『いやあ、姉妹愛ってのはいいもんだな。並大抵の覚悟じゃこうはならんよ』

提督『……こいつはともかく、響にまで沈まれると困るだろう。
   仕方がないから、2人一緒に面倒見てやってくれ』

長官『……馬鹿馬鹿しい。何が姉妹愛だ』

潜水B『…………』

提督『別に悪い話じゃないだろう。この雷だって、れっきとした日本艦だ。
   サンプルは大いに越したことはない』

提督『即戦力としても役に立つぞ。何てったって、この俺が一から鍛え上げたからな。
   普通のカ級やヨ級なら、肩慣らしにすらならん練度だ』

提督『……それに、色々と要らん事まで知っちまったからな』

長官『…………』
 

提督『ただ、まあ……これは完全に、俺の独断なんだ』

提督『本国は、響ひとりだけの譲渡しか想定していない。
   さすがに、何の報告も無しに済ますわけにはいかないんだよ』

提督『この雷だって、鎮守府の貴重な戦力だからな。
   一応、確認って形で、俺の上官に報告させてもらいたい』

長官『――性懲りもない男だ。それにかこつけて、助けでも呼ぶつもりなのだろう』

提督『信じられないなら、すぐそばで会話を聴いてくれたっていい』

提督『ちょうど、金庫の中身も渡さなきゃならんからな。
   艦長室にまでついてきてもらえば、どっちの用件もすぐに済む』

提督『司令室の通信システムも使わせてもらう必要があるが……
   何だったら、そこにも見張りを置いてくれ』

提督『通信士を2名ほど使うが、余計なことは喋らせない。
   もし何か妙なことを口にしだしたら、遠慮なく撃ち抜いたっていいぞ』

長官『…………』

長官『……随分と非情なことだな。もう少し甘い男かと思っていたが』

提督『命がかかってるんだ、冷血にもなるさ』



潜水B『…………』

 





              эп.11


  революционная симфония

            ―革命交響詩―




  

―甲板―


乗組員B「う、ぐ……」

乗組員C「あんのアマ……本気で殴りやがって!」

乗組員A「静かにしろ! また殴られるぞ……!」

乗組員D「……ああ……腹減ったな……」

乗組員G「…………」

乗組員F「……ちくしょう、何なんだよ、あいつら……」

乗組員E「大丈夫だ、きっと提督が何とかして……」

乗組員F「何とかって何だ! こんな目に遭わされたってのに!
     だいたい、提督があんな得体の知れん女を連れて来るから――」

乗組員G「――おい」

乗組員F「っ……!」

乗組員G「艦長はあの人だ。黙って待つぐらいできねえのか」

乗組員F「お、親父さん……でも……」
 

潜水C『も、揉めちゃってるみたいですけど……』

潜水A『放っておきなさい。どうせ何もできないわよ。……あの人たちも、私たちも』

潜水D『……救助隊、カリーニンさんのとこに着きましたかね?』

潜水A『さあね……あの隊長サマが率いてるし、それなりには優秀でしょうけど。
    こっちはいい迷惑よ。たった6隻で見張りなんて』

潜水C『……モーラさんが隊長なら良かったのに……』

潜水A『…………』


  カツッ、カツッ、カツッ…


潜水B『……みんな』

潜水D『あ、マクレ――』

長官『…………』

潜水D『ッッ!』ビシッ

長官『……何か問題は?』

潜水A『いえ、何も』

長官『……そうか。引き続き警戒に当たれ』
 

潜水B『……ほら、来なさい』

提督『…………』スッ

乗組員A「――! て、提督ッ!」


    「何!?」   「提督……」     「提督が……!?」

     「助かった……!」  「提督! いったい何が……」    

   「! 提督、お怪我を!」   「響ちゃんたちは――」


提督「――――総員傾注!」

乗組員「――――!」ピタッ

提督「……とは言ったが、楽にして聞いてくれ。
   後ろ手に縛られてちゃあ、気をつけも何もないからな」

乗組員「…………」
 

提督「……心配をかけてすまなかった。響と雷も、今のところは無事だ」

提督「どうやら、ロシア海軍との間に情報の行き違いがあったらしい」

提督「ロシアのスパイが、この船に潜り込んだという誤報があり……
   我々を拘束せざるを得なかったのだ」

提督「たった今、こちらにおられる長官から公的に謝罪を受けた。
   少なくとも、あと1時間以内には全員を解放するそうだ」

提督「……思う所はあるだろうが、これは不幸な誤解だった。
   各員、そのように理解し、もうしばらく待機してもらいたい」

提督「この件に関しては、私が責任をもって司令部へ報告する。
   よって混乱を避けるため、貴官らにおいては、本件に関する一切の他言を禁ずる!」

乗組員G「…………!」
 

提督「……田宮3曹、青島3曹。怪我は悪化していないか」

乗組員B「は、ハッ! 問題ありません!」

乗組員C「自分もほぼ無傷であります!」

提督「……すまなかった。帰投後、すぐに病院を手配する。もう少しの辛抱だ」

提督「――海曹長!」

乗組員A「はいッ!」

提督「……私はこれから、我々に対する補償について長官と相談する」

提督「すぐに戻ってこれるとは思うが……
   その間、貴官が皆を統率し、落ち着かせてやってくれ」

乗組員A「……っ……!」

提督「……お前なら出来る。頼んだぞ」

乗組員「……了解!」
 

提督「――副長! 海士長!」

乗組員G「はッ――」

乗組員F「は、はいッ」

提督「今回の件を、横須賀の元帥に報告したい。
   司令室に向かい、通信システムを再起動させてくれ」

提督「……繰り返すが、本件については他言無用だ。司令室にも、向こうの監視がついている」

提督「疑いを避けるために、司令室では何一つ言葉を発するな。
   黙ったまま、いつもの通りに機器を動かして、電話と無線を復旧するんだ」

乗組員G「……了解」

提督「……寒い国だよな、全く」

乗組員G「……? は、何と」

    ・ ・ ・ ・ ・       ・ ・     ・ ・
提督「さむいくに。寒い、ってんだよ。目がどうにかならんうちに、ザーッとやってくれ」


乗組員G「……――――!」

提督「…………」

乗組員G「……了解。必ず成し遂げます」

提督「……お願いします、親父さん。それと……もしもの時は、あとを頼みます」

乗組員G「…………」

乗組員F「……?」
 

潜水A『……あのおじ様、誰かに似てない?』

潜水C『え?』

潜水A『向こうの提督と話してる人よ。
    ほら、役者の、タイとかエジプトの王様やってた……誰だったかしらね、マクレル?』

潜水B『…………』

潜水A『……マクレル?』


潜水B『……ねえ、みんな……』




潜水B『……私たち……何、やってるんだろう……』

 

―通路―


  カツッ、カツッ、カツッ…


長官『……あの2人はどういう男だ?』

提督『副長と通信士だよ。副長も船務科あがりの叩き上げでね……』

提督『この船の通信機能は、彼らで持ってると言ってもいい。いいコンビだよ』

長官『…………』

提督『……護衛はいいのか?』

長官『艦娘ならともかく、丸腰の人間ひとりが相手だ。余計な人員を割くわけにはいかん』

長官『貴様とて、拳銃相手に掴みかかる度胸もあるまい』チャキッ

提督『……ま、そりゃあそうだけどもね』

長官『……それに、部下を呼ぶ手段などいくらでもある。妙な気は起こさんことだ』

提督『…………』

提督『……見えた。あそこの扉だよ』
 

―甲板―


潜水B『――――、―――……』

潜水A『――!?』

潜水C『――、――――……!?』



乗組員B「……?」

乗組員D「どうした?」

乗組員B「いや……あいつら、何か様子が……」

 

潜水C『そんな……! い、妹さんまで一緒に……!?』

潜水D『ほ、本当なんですか、それ……!』

潜水B『…………ええ。ヴェールヌイのやつ、確かにそう言ってたわ』

潜水A『…………』

潜水B『妹の方から、連れていけって言ったらしいの。
    それが、それが駄目なら……いっそ2人で沈んでやる、って……!』

潜水C『――!?』

潜水D『……さすが……って、言っていいんでしょうか』

潜水A『……どうかしてるわ』

潜水B『――ッ!』キッ
 

潜水A『どうかしてるわよ。こっちでどんな目に遭うかも知れないのに』

潜水A『わざわざ、自分から泥を被って……そんなの……』

潜水B『…………』

潜水B『じゃあ……じゃあ、ジェーナさんは! 家族を見捨てる方が正しいって言うの!?』

潜水A『っ……』

潜水B『どんな目に遭っても、最期まで家族を助けようとするのが……
    それが間違ってるって言いたいわけ!?』

潜水A『…………』

潜水B『……私たち……本当に、何やってるの……!?』

潜水B『みんなのためとか何とか言って……
    あんな奴の言いなりになって、モーラさんだけに辛いことさせて!』

潜水B『何が家族よ……バカじゃないの……!』

潜水C『…………』

潜水D『……マクレルさん……』
 

潜水B『……こんなことになったんだもの。
   長官は絶対に、モーラさんとゴーシャを解体するわ』

潜水B『それで、最初から何もなかったみたいに、倉庫からスペアを引っ張り出すのよ!』

潜水C『…………!』

潜水B『……もし、そうなっても……私たち、あいつの手下でいるの?』

潜水B『黙ってあいつに従って、モーラさんの廃材を片付けるの!?』

潜水B『次のモーラさんとゴーシャにも、平気な顔でお話しできるのッ!?』

潜水D『……そ、れは…………』

潜水B『ねえ、どうなの……!? どうなのよ、みんなッ!!』

潜水A『…………』



潜水A『…………だったら……』

潜水A『どうすれば……どうしたいって言うのよ……?』

 

―司令室―


潜水Y『…………』

乗組員G「…………」カチャカチャ

乗組員G「…………」カチッ


  キリキリキリキリ…


   ≪359.34≫


  キリキリキリ…


   ≪360.99≫


  キュッ…


   ≪361.92≫


乗組員G「…………」
 

乗組員F「……? あの、それ――」

潜水Y『――ッ!』チャキッ

乗組員F「ひっ!」

乗組員G「…………」ギロッ

乗組員F「……っ!」カチャカチャ

乗組員G「…………」

乗組員G「…………」カチッ


  ブゥゥゥ――ン……

 

―艦長室―


提督『……電話の復旧を確認。それでは――』スッ

長官『待て』

提督『ん?』

長官『……レコーダーが先だ。まず金庫を開けろ』

提督『…………』

長官『……どうした?』

提督『…………』

提督『……まあ、どうしてもってんなら、そうするが』

提督『俺があんたなら、まずは電話を終わらせるね……』

長官『何だと?』
 

提督『別にいいんだぞ。今すぐ金庫を開けたっていいんだ。あんたがやれって言うならね』

提督『ただ……これは、あくまで可能性の話なんだが』

提督『……金庫の中に入ってるのは……レコーダーだけとも限らんわけだ』

長官『――!』

提督『もしかしたら……危ないオモチャも入れちゃったような……
   いや……どうだったかな? 誰かさんに殴られたせいで、記憶がなぁ』

長官『……貴様……』

提督『勘違いするなよ。俺だってフェアに取引するつもりさ』

提督『でもまあ……何だ、用心に越したことはないと思うぞ。
   そのためには、ほら……時間が要るだろ』

長官『…………』

提督『……じゃ、電話させてもらうぞ』


  ピッ、ピッ


  プルルルル… 


提督「…………」

 

―艦娘用寝室―


  プルルルル! プルルルル!


響「――!」

雷「き、来た!」

響「…………」ガチャッ


   内線電話が、けたたましい呼出音を鳴らす。
   司令官からの合図だ。打ち合わせ通り、ここまでは順調に進んでいる。
   受話器をいったん手に取り、音を立てないよう慎重に戻した。


響『……モロトヴェッツ』

モロトヴェッツ『ええ。始めましょうか……!』


   中の“首輪”を落とさないように、
   帽子をしっかりと目深に被る。

   頭が、感覚が、引き締まっていく気がした。

 

―通路―


随伴兵A『…………』

随伴兵B『……ふぁーぁ……』


 『 殺 し て や る ぅ ぅ ぅ ぅ ぅ っ ! 』


随伴兵A『っ!?』ビクッ


  ドタンッ! ガシャン!! ベチィン!

 『殺す! 殺してやる! ねじ切ってやるッ! 
  おまえなんかが……! おまえのせいで私たちはっ!』

 『う、ぐぁ……! げほっ、うぇっ……!』

 『やめてええ! お姉ちゃん、やめてぇ! お願い!』

 「誰かあああ! 誰かああぁぁぁぁぁっ!!」


随伴兵A『あ、あいつ……まさかッ!』スッ

随伴兵B『おいッ! 絶対に開けるなって……』

随伴兵A『あの日本艦が死んだら元も子もねえだろ! 責任負わされんのは俺らだぞ!』

随伴兵B『う……!』

随伴兵A『……分かった、まず俺が入って様子を見る。お前はそれ構えて備えとけ!』

随伴兵A『おい! うるさいぞ、仲良くしてろ!』ガチャッ

 

―艦娘用寝室―


モロトヴェッツ『このぉ! このぉっ!!』

響『ぐ……ゆ、ゆる……!』


   首を掴み合って、ベッドの上を転げまわる私たち。
   その様子を見た水兵さんが、驚いた顔で近寄ってくる。


随伴兵A『お、おいッ! やめろッ! 気でも違ったか!』ガシッ

モロトヴェッツ『放せぇぇ! 放せええぇぇぇ!!』ブンブン


     ×   ×   ×


―艦長室―


提督「ああ、もしもし、司令ですか。私ですよ、007です」

提督「え……やだなあ、飽きたなんて。せっかくロシアから愛を込めたんですよ。
   少しぐらい笑ってくれたっていいでしょう」

  ツー、ツー、ツー…


     ×   ×   ×

 

ゴルコヴェッツ『お姉ちゃぁぁん! お姉ちゃぁぁぁん!』

雷「響を放して! 放しなさいよぉ!」グイグイ

随伴兵A『あ、こら! くそっ……! おい、手伝ってくれ!』

随伴兵B『あ、ああ……!』スッ

ゴルコヴェッツ『――!』


     ×   ×   ×


提督「いやあ、ジョークのために電話したんじゃないんです。ほら、例の取引の件で……」

提督「……あ、いえいえ、特に問題が起こったわけじゃあないんです。ただ、まあ……」

提督「――――例の引き渡し、雷も一緒じゃあいけませんかね?」


     ×   ×   ×

 

随伴兵A『やめろ! いいから! やめろってのに!』ガシッ

随伴兵B『この……! ああもう、少し黙ってろ!』グイグイ

ゴルコヴェッツ『……お姉ちゃぁぁん……』スーッ


  バダン! ガチャン!


随伴兵B『……――!?』

モロトヴェッツ『ッ――!』スルッ


  ギ ュ ゥ ッ …


随伴兵B『う゛――』

随伴兵A『!?』


   水兵さんたちの隙を突いて、ゴルコヴェッツが部屋の扉を閉めた。
   片方の水兵さんが、反射的にその音に注意を向ける。
   
   その瞬間、モロトヴェッツが流れるような動きで水兵さんの背後に回り、
   二の腕で一気に首を絞めた。


     ×   ×   ×


提督「いえいえ、これも冗談なんかじゃ……先方がね、どうしてもって言うんですよ」

提督「だいぶあの2人にお熱みたいでしてね。いやあ、さすがはナボコフの国ですなぁ」

提督「ま、雷もそこまで珍しい艦でもありませんし……
   あちらさん、取引内容に色を付けるとも言ってます。どうでしょうねえ、この際」


     ×   ×   ×

 

随伴兵A『き、貴様ぁ――』

雷「えーいっ!」グイッ

随伴兵A『ぐむっ……!』バタン


   残った方の水兵さんが、銃の引き金を引こうとする。
   しかし、雷に後ろから両足を引っ張られ、前のめりに思い切り倒れ伏した。


随伴兵A『ぐ、お……』

響『……ごめんね』

随伴兵A『え……』


   倒れた水兵さんの背中に乗り、首根っこに両脚を絡ませる。
   そしてそのまま、力を加減しながら、太ももで一気に挟みつけた。


響「――っっ!!」グイイッ

随伴兵A『お゛……ぅ――』バタッ

随伴兵B『――――』
 

モロトヴェッツ『…………』

響『……さっきは名演だったよ』

モロトヴェッツ『……ありがとう』

響『急ごう。加減したから、すぐに目覚めるはずだ』

モロトヴェッツ『…………』スッ

ゴルコヴェッツ『あ……銃、持っていくの?』

モロトヴェッツ『丸腰よりはマシでしょう? ほら、ヴェールヌイも』スッ

響『……うん』


   モロトヴェッツから短機関銃を受け取る。
   小ぶりな銃身は、自分の艤装よりも格段に軽い。ただ、引き金まで軽くするつもりはない。


響『……さあ、格納庫へ!』

「『『了解!!』』」

 

―艦長室―


提督「ですからね! 現場の判断として任せていただきたいと!」

長官『…………』イライラ

提督「わかりました! わかりましたって!
   また夜に……ええ、二〇〇〇にご連絡します! その時にまた改めて――」

長官『……おい、まだか』イライラ

提督「ああほら、向こうの長官さんもご立腹で……え、代わる?
   そうおっしゃいましてもね! 司令、ロシア語はお話になれないと……」

長官『……もういい! 貸せ!』グイッ

提督「ッ――! あっ、ちょっと、もしもし、もしもーし!?」

長官『電話を代わった! 私はロシア太平洋艦隊――』

  ツー、ツー、ツー…

長官『…………?』

提督『……切られたか。すまんね、あの人もなにぶん短気で……』
 

長官『……まあいい。用件はこれで終わりだな?』ガチャッ

提督『はいはい……それじゃ、次は金庫でしたかね』

長官『…………』

提督『…………』スッ


  ピッ、ピッ、ピッ、ピッ…

   ≪1≫ ≪2≫ ≪2≫ ≪5≫

                  ……ピローン!


提督『……じゃ、次は指紋を――』ピトッ

長官『――待て』チャキッ

提督『…………』
 

長官『認証が済んだら、金庫には触れずに横へ動け』

提督『…………』


  ピピピッ!  …ガチャッ


提督『……分かったよ。この辺まで下がれば文句ないだろう』カツッカツッ

長官『…………よし……』

提督『…………』

長官『…………』スッ


  キィッ…


長官『…………』

提督『…………』

長官『……――――!?』

提督『…………』ニィッ





長官『……か…………』

長官『……“空”……ッ――!?』

 



  ガチャン!


長官『――!!』クルッ

提督『……悪いね。戸締りはキチンとしなきゃよ』

長官『……貴様……これはッ……!』

提督『御覧の通りだ。レコーダーはそんな所には無いよ』

提督『あんたには絶対分からない、この世で最も信頼できる場所に置いてある』

提督『……ま、せっかく部屋まで来てもらったんだしさ。提督同士、ゆっくりしようや』

長官『……謀ったなッ!!』チャキッ

提督『ああそうさ、撃ちたきゃ撃ちな! だがな、この状況で隠蔽なんぞ考えるなよ!』

長官『……!?』

提督『部下にはすぐに戻ると伝えた! 上司には夜に連絡すると!
   俺が戻らず、音信不通にでもなれば……どんな追及の波が来るだろうな!』

提督『それとも、この船ごと口を封じるか!? それこそ、隠蔽できるような事態じゃなくなる!』

長官『……ッ……!!』ギリッ

提督『……俺を殺すのはもちろん、この部屋から出すのも、部下や司令艇との連絡もさせない』

提督『……長官。気の毒だが、あんたはもう完全に手詰まりなんだ』
 

長官『――馬鹿めッ!』スッ

提督『…………』

長官『私だ! 至急――』

  
  ザ―――――――ッ…


長官『ぐっ……!?』ビクッ

提督『……手詰まりだって言っただろうが。いい仕事するだろ、あの2人』

長官『……ジャミング……貴様……!』

提督『この部屋はプライベート重視でな。叫んだって外には聞こえやしない』

提督『これで分かったろう。
   あんたはもう、全部が片付くまで、大人しくここで待ってるしかねえのさ』

提督『仲間を助けて、敵艦隊を倒して……
   あんたを人質にとったまま、全員で日本に帰るまでなッ!』
 

長官『……人質だと……? 馬鹿な……!』

提督『そうでもないさ。あいつらが上手くやって、格納庫にさえ辿り着けば……』

提督『あんたの子飼いの潜水艦なんて、数分とかからずに無力化できる』

提督『……そうなっちまえば、あんたを助け出せる奴はいなくなる。
   人質に取って、追撃を抑えることだってわけない……!』

提督『そうなれば、あとは深海棲艦を片付けて……
   俺たちはレコーダーを手土産に、悠々と日本に帰れるってわけだ』

長官『…………』

長官『……どこまでも……どこまでも小賢しい男だ……!』

長官『どうなるか分かっているのかッ!? よほど痛い目に遭いたいらしいなッ!』
 

提督『…………』

提督『……あの子らは、いつだって命がけなんだ』

長官『……何……?』

提督『痛い目に遭わせるか、ああいいさ』

提督『この扉は絶対に開けさせないが……好きなだけ殴って蹴りゃぁいい……!』



提督『そうでもしなきゃ、俺は……!』



提督『あの子らの痛みの、百分の一も分かってやれんじゃないか…………!』

 
  

―通路―


響「…………」スッ


   通路の角から、少しだけ頭を出す。
   人気がないのを確認してから、後ろへ手招きをした。


雷「!」コクン


   後ろに雷たちを引き連れて、壁を伝いながら注意深く進む。
   今のところ、誰にも見つかってはいない。


雷「よし……もう少ししたら格納庫よ!」

ゴルコヴェッツ『き、来てない? 大丈夫よね……?』

モロトヴェッツ『……信じられないわ。ここまで見張りが少ないなんて』

響『人手が足りないっていうのは本当らしいね』

モロトヴェッツ『きっと、残りはみんな甲板だわ。乗組員の監視に集中させてるのよ』
 

ゴルコヴェッツ『……ねえ、ヴェールヌイさん』

響『うん?』

ゴルコヴェッツ『格納庫には、艤装を取りに行くのよね?』

響『? そうだけど……何か分からないことが?』

ゴルコヴェッツ『ううん、でも、その……』

ゴルコヴェッツ『私の艤装、この船には無いのよ? 基地に置いていけって言われたから……』

響『…………』

ゴルコヴェッツ『だから……その、私がついていっても……』

モロトヴェッツ『ひとりだともっと危ないわ。ゴーシャ、そんなこと心配しなくていいの』

ゴルコヴェッツ『……でも――』


 『待てェ――――ッ!!』


雷「!」
 

随伴兵B『逃がさねえぞぉー! 待てってんだよォ―――!』

響「しまった……!」

モロトヴェッツ『っ――!』ダダダダダ

随伴兵B『うぉっ!?』

モロトヴェッツ『次は当てるわ! 退きなさい!』

随伴兵B『……こ、この女……!』

雷「……ねえ、あの人、さっきの見張りよね!?」

響「え……!?」

雷「もう1人の方は!?」
 

―司令室―

  バダン!


随伴兵A『た、大変です! 艦娘どもが脱走を!』

潜水Y『な――!?』

乗組員G「……?」

随伴兵A『奴ら、我々を欺いて……! そ、その、銃も奪われてしまい……!』

潜水Y『こ、このバカッ! だからお前たちみたいなボンクラは!』

乗組員F「……ど、どうかしたのか?」

潜水Y『おいッ! ここの船内放送はどこで出せる!?』ガシッ

乗組員F「え、な、何……!?」

潜水Y『あ、通じないのか……こなくそっ!』スッ

潜水Y『長官! 長官! こちらМ-92、緊急事態――』


  ザ――――――ッ…


潜水Y『……!? 長官、長官ッ!』

潜水Y『…………ああもうっ! 何なんだよぉ、これ!』ガチャン!

随伴兵A『あ、あの、長官は何と』

潜水Y『――もういい! まどろっこしいのは無しでいく! 直接ふんじばってやる……!』

潜水Y『おい、その2人を甲板に戻しておけ!』

随伴兵A『いや、ですが! 銃が……』

潜水Y『ナイフなり何なり色々あるだろ! それまで盗られたら許さんからな!』ダッ

 

―通路―


随伴兵B『こっちか!? ……くそッ!』


   格納庫まであと少しの通路。
   物陰に4人で縮こまり、息を潜めて様子を窺う。


随伴兵B『ちくしょう、やっぱり長官に……!』

随伴兵B『艦長室は……ええと、艦橋だったか……!』ドタドタ

モロトヴェッツ『……行ったわよ』

響『よし、次はこっちに――』


   追手の水兵さんが、壁に備え付けられた梯子で上階に昇っていく。

   私たちが今いる階は、船のいちばん下の「3階」……第3甲板。
   その上に、居住区や食堂のある「2階」……第2甲板があり、
   さらに上には第1甲板……いわゆる普通の「甲板」がある。

   あの水兵さんの口ぶりからすると、甲板のさらに上……
   艦橋の艦長室に行くつもりなのだろう。


響(……急がなきゃ)

   
   あそこには司令官がいる。悠長に構えてはいられない。
   水兵さんの足が完全に見えなくなると、私はこっそりと物陰から――
 



 『――そこかァ!』ダダダダッ


響『――!』バッ

雷「きゃぁぁっ!」

潜水Y『はぁっ、はぁっ……み、見つけたぞ、脱走者どもめ……!』


   格納庫に通じる方向から、ロシアの潜水艦が駆けつけてきた。
   携えた艤装の機銃からは、ほのかに白い煙が薄く立ち昇っている。
   見れば、私たちのすぐ前の床に、痛々しい弾痕が穿たれていた。


モロトヴェッツ『……92(ヂー・ドゥ)、あなた正気なの!? 船の中で艤装を使うなんて!』

潜水Y『うるさい、反逆者め! あんたなんか尊敬するんじゃなかった!』

雷「ど、どうしよう、響!」
 

響「……後ろの角を曲がって、逆方向から行こう。
  遠回りにはなるけど、どのみち格納庫の前には着く」

響「私がしんがりをするから、雷は2人の案内を!」

雷「りょ、了解!」コソッ

潜水Y『行かせ――』

響『っ――!』バッ

潜水Y『う……!』

響『どうしたんだい、撃ったっていいんだ』

響『穴だらけになったって、私は私だよ。長官も喜んで受け取るだろうね……!』

潜水Y『こ、このッ……!』
 

雷「こっちよ、早く!」タッタッタ

ゴルコヴェッツ『ヴェールヌイさんは!?』タッタッタ

モロトヴェッツ『大丈夫よ、撃たれはしない! 向こうの狙いはあの子だもの!』タッタッタ

雷「もうすぐよ! 次を右に曲がれば、あとはまっすぐ――」

雷「――――!!!」


潜水Z『……ざーんねん。こちらは通行止めですよ』チャキッ


ゴルコヴェッツ『あ――!』

雷「そんな……格納庫の入り口に……!」

潜水Z『……同僚がノータリンだと嫌になりますね。
    丸腰のあなたたちが目指す場所なんて、少し考えれば分かるでしょうに』

潜水Z『あんな叫び声や足音がして、気付かれないとでも思いましたか?』

モロトヴェッツ『ぐ、っ……!』

潜水Z『さ、そのまま動かないでください。スマートな制圧が信条なんです』
 

雷「……しゃがんで! こっちへ!」グイッ

モロトヴェッツ『ッ――!』ダッ

潜水Z『…………』ダァン!

ゴルコヴェッツ『ひぁ……っ!』ダッ

モロトヴェッツ『ゴーシャっ!?』

ゴルコヴェッツ『だ、大丈夫……! はぁ、はぁ……当たってない、から……』

潜水Z『……あら、曲がらなくていいんですか? あと少しで格納庫に行けるのに』

雷「響、だめ! 待ち伏せされてる!」

響「何だって……!?」


   追手と睨み合いながら、じりじりと後退していた、その時。
   雷からの報告に、一瞬頭が真っ白になった。
   雷たちは、格納庫への通路に入らず、まっすぐ前に進んだらしい。
   
   格納庫への一本道を、ちらりと横目に見やる。
   機銃を構えた別の潜水艦が、不敵な顔をしてたたずんでいた。

 

潜水Z『別に、押し通ったって構いませんよ? こちらも遠慮せずに済みますからね』

潜水Z『最低限、ヴェールヌイを確保できればいい……長官はそう仰ってましたから』チャキッ

響『っ……』

潜水Y『M-171、手伝ってくれ! 奴に機銃を見舞うわけにもいかん!』

潜水Z『本当にどーしようもないボンクラですね。
    どうせ反撃されたって効かないんだから、さっさと飛びかかって組み伏せなさい』

潜水Y『あっ――!』
   
潜水Z『……ハァー……』


   扉の前に待ち伏せされては、格納庫に直通するわけにもいかない。
   無理矢理にでも突破しようとすれば、それこそ目を覆うような事態になる。
   あの潜水艦は、追手の方とは違う。いざとなれば、私“しか”生かすつもりはない。


響(……どうする……!?)


   後ろには追手。右に曲がれば待ち伏せ。
   正面に続く通路は、この階を取り囲む回廊だ。

   このまま通路を逃げ回っても、追いかけっこは終わらない。
   それどころか、相手の2人に挟み撃ちにされてしまう。


響(どこかの部屋に逃げ込むか、それか……)


   視界の隅に、上階へ通じる梯子が映った。
   あの梯子を昇って2階に行き、さらに次の梯子を昇れば、ひとまず甲板には出られる。
   けれど、甲板には残りの見張りが集結している。上に行ったところで、どのみち――。

   
 


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

潜水B『М-171、格納庫のハッチは?』

潜水Z『隊長サマが『開けておけ』と。閉めたら行き来に不便ですからね』

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


響「――――!」ハッ

響「――雷! 曲がらずにまっすぐ!」

雷「え、ええ! ――こっちに!」ダッ

潜水Y『あ! おのれ、まだ逃げるかッ!』


   しんがりで追手を牽制しながら、先を往く雷たちについていく。
   目指すは、通路の角に備え付けられた、2階へと通じる脚立型の梯子だ。


モロトヴェッツ『どうするの!?』

響『甲板に出て、海に飛び込む!』

モロトヴェッツ『! な、そんな……!』

響『思い出したんだ。格納庫のハッチは開いてるはずだよ。
  だから、見張りに気付かれる前に飛び込んで、船の外周に沿って泳げば……!』

モロトヴェッツ『外側から格納庫に入るって言うの!?』

響『無茶なのは分かってる。でも、ここを逃げ回ってたって、いつか追いつかれる!』

ゴルコヴェッツ『…………!』
 

響「雷、梯子を昇って! 甲板に出よう!」

雷「え!? 甲ぱ――…… ! お、泳ぐ気なの!?」

響「気のつく妹で良かった」

雷「言ってる場合じゃないでしょ、もう!」


   上に延びた梯子に、まず雷が手をかけた。
   続いてモロトヴェッツも、軽やかな足取りで梯子を昇っていく。


潜水Y『あっ! くそ、あいつら……! М-171! 何してる、手伝え!』

潜水Z『こっちに来るかもしれないでしょう? 扉から離れるのもどうでしょうねえ』

潜水Y『バカ! ものぐさ! ろくでなし! 長官に言いつけてやるからな!』ダッ
 

モロトヴェッツ『ゴーシャ、早く!』

ゴルコヴェッツ『…………』

潜水Y『逃がすかぁ!』タタタッ

モロトヴェッツ『ゴーシャっ!』

響『…………?』


   ゴルコヴェッツは、梯子に手をかけようとしない。
   ただ、きゅっと口を真一文字に結んで、姉の顔を見上げていた。


ゴルコヴェッツ『……ヴェールヌイさん、ごめんなさい』

ゴルコヴェッツ『私、やっぱり……ついていっても仕方ないみたい』

響『え――?』
 



   ゴルコヴェッツが、私をまっすぐに見つめてきた。
   意志の強そうで、どこか儚げな、姉にそっくりの眼差しをしていた。


ゴルコヴェッツ『さっきね、もう少しで弾が当たりそうだったんです』

ゴルコヴェッツ『それに……泳ぎの練習だって、まともにさせてもらえなかったし』

響『――――!』

ゴルコヴェッツ『……あーあ。もっと、ちゃんと訓練したかったなぁ』

ゴルコヴェッツ『自分がこんなにトロいなんて……今まで知らなかったもん……』

モロトヴェッツ『ゴーシャ! 何してるの、早くっ! ゴーシャっ!』

ゴルコヴェッツ『……お姉ちゃん。話してくれた通りの人だね』

ゴルコヴェッツ『ほんのすこししか会ってないのに……なんだか、私まで強くなれた気がする』

響『…………』


ゴルコヴェッツ『……お姉ちゃんのこと、お願いしますね』
 

潜水Y『止まれぇ! 止まらんと撃――』

ゴルコヴェッツ『――――うらああああああああっ!!』バッ

潜水Y『な、ぁっ……!?』


   ゴルコヴェッツが、追いすがる潜水艦に飛びかかった。
   不意を突かれた追手は床に倒れ込み、ゴルコヴェッツと絡まって転げ回る。


潜水Y『このぉ! 放せぇっ!』ブンブン

ゴルコヴェッツ『っ……! っ……!!』

モロトヴェッツ『ゴーシャ!? 何やってるの、ゴーシャぁっ!!』


   モロトヴェッツの絶叫が響く。 
   追手の潜水艦が、腕力に任せてゴルコヴェッツごと機銃を振り回す。
   けれど、ゴルコヴェッツの細い腕は、つかんだ機銃を放そうとしない。

 

ゴルコヴェッツ『行って……行ってぇ! お姉ちゃん!』

モロトヴェッツ『駄目! 一緒に来るの、ゴーシャ! 
        早くしなさい! お姉ちゃんの言うことが聞けないのっ!?』

響『っ……!』グイッ

モロトヴェッツ『!? ヴェールヌイ……待って、お願い! ねぇ!』

響「雷! モロトヴェッツを引っ張って!」

雷「で、でも――」

響「早く!」

雷「っ……!」グイッ

モロトヴェッツ『いや、いやぁ! ゴーシャ、ゴーシャぁ!!』
 



   モロトヴェッツを押し上げながら、私も梯子を昇る。
   
   艤装をまとった艦娘に対して、今の私は完全に無力だ。
   助けに行って、逆に捕まってしまえば、作戦が全て水の泡となる。
   今は、こうするより他にない。

   ――頭のあまりの冷たさに、心がひび割れていくような気がする。


響『ゴルコヴェッツ……!』

ゴルコヴェッツ『来ないでっ!!』

響『!』

ゴルコヴェッツ『……お姉ちゃんに伝えて! 
        今度は、今度は……! どんなになっても帰るから、って!』

響『……っ……!』

モロトヴェッツ『ゴーシャ……ゴーシャぁぁぁっ!』


   梯子を昇り切り、2階へ出る。
   後ろを振り返ることはせず、甲板への梯子をめがけて走り出した。

   追手たちの怒声が、ゴルコヴェッツのうめき声が、
   靴音に混ざって聞こえてきた。

 

ゴルコヴェッツ『……ふ、ふ……』

ゴルコヴェッツ『……私……はじめて……お姉ちゃんの、役に…………』

潜水Y『こ、このぉ……クズ鉄がぁ!』チャキッ

ゴルコヴェッツ『…………』

潜水Z『…………』ドガッ

ゴルコヴェッツ『ぎぁっ――!』

潜水Z『……M-92。どうしたんです、とっとと追いなさいな』

潜水Y『だ、だがなぁ! こいつに落とし前を――』

潜水Z『もっといい使い方があるじゃないですか』

潜水Y『……なに?』

ゴルコヴェッツ『…………』

 

―ルースキー島より南東10km―
―ピョートル大帝湾 海底―


潜水棲姫「…………」

ヨ級A「……ギ……ァ……?」

潜水棲姫「キニシナイデ……メ、ナンテ……ナクテモ……」

リ級「…………」ナデナデ

潜水棲姫「……アリ、ガトウ……」


  『――しかし、よろしいのですか?』


潜水棲姫「――――!!」ピクッ


  『何度も言わせるな。長官の御命令だ』

  『ですが……こんな、だまし討ちではないですか』


潜水棲姫「……コエ……アイ、ツラ……」

潜水棲姫「…………」

潜水棲姫「アイツラ……アイツラァ……ッ!!」

 

―海中―


僚艦『……隊長。長官は本当にそんなことを?』

僚艦『カリーニンたちを待ち伏せて、日本艦を鹵獲するなど……』

潜水X『手段の正道非道など、我々は考えなくていい』

潜水X『道具として目的を果たすこと――必要なのはそれだけだ』

僚艦『……しかし』

潜水X『くどいぞ。黙って囮の帰還を待て』

僚艦『……味方を単独で向かわせたのも、長官の指令通りなのですか?』

僚艦『いくら、カリーニンたちを連れて来るだけとはいえ……敵が目撃された海域ですよ』

潜水X『あの落ちこぼれには適任だ。それに、そんな役目に人数は割けない』

潜水X『我々が捕らえようとしているのは、あのヨコスカの駆逐艦だぞ。
    ここにいる5隻でも足りるかどうか……』

僚艦『…………』

潜水X『……いや……足りるとも。足らせてみせる……』


   「…………ォォォォオオ…………」

 

潜水X『……? 何か言ったか』

僚艦『は? いえ……』

潜水X『いや、だが今――』


   シュルルルル……

                グギッ!


潜水X『が、ぁ――――!?』ガクン

僚艦『隊長っ!?』

潜水X『ぎぁ……ぐ、うぇっ……!』

僚艦『――! く、首に……何なのよこれ、髪の毛……!?』


  「ド……コ……?」


潜水X『……――!?』

潜水棲姫「ムスメ……シロイ、ムスメ……ドコ……!?」

僚艦『な――し、深海棲艦……!』

潜水棲姫「ツブシタ……メ、ツブシタ、シロイ……アァァァ……!!」
  

  

  ゴボゴボゴボ…


ヘ級A「ギ、ァァ……」

ヘ級B「ググ……」

僚艦『! 軽巡……まずい、浮上される!』

僚艦『みんな撃て! 全艦、魚雷発射!』

僚艦『上がられたら爆雷が来る! 早くッ!』


  ドシュン!  ドシュッ!  ドシュン!
     ドシュ!  ドシュン!  ドシュッ!
        ドシュゥッ!     ドシュウゥッ!


ヘ級A「…………」ヒョイッ

ヘ級B「…………」ニタッ


  シュゥゥゥ……


僚艦『あ、ああ……やっぱり水中同士じゃ……!』
 

潜水X『にげ……ろ……!』

僚艦『隊長!』

潜水X『不意、を……撃たれた、私たちの……ま、負け……』

潜水X『撤退だ……私が、食い止め……だから、長官にッ……!』

潜水棲姫「ドコナノヨォ! シロイムスメェ!」ギイッ

潜水X『が、ぁッ――! て、撤退……を……はやく……!』

僚艦『…………ッ! 総員、撤退! 撤退ぃっ!』ギュンッ

潜水棲姫「ア……?」

潜水X『ぐ、ぉ……ほどけ……このぉっ……!』グググ

潜水棲姫「…………」

潜水棲姫「……ナァンダァ……アッチナノネ……」ニタァッ





僚艦『長官、こちら救助艦隊! 緊急事態です!』

僚艦『報告のあった敵艦船と遭遇! 旗艦・С-56も行動不能で――』

僚艦『――あれ……? ちょ、長官! 長官っ! 応答してください、長官!』

僚艦『な、なんで……なんでっ……!?』

 

―甲板―


響「…………」コソッ


乗組員B「……眠い」

乗組員A「我慢しろ……」


潜水A『…………』

潜水B『遅いわね、救助隊』

潜水C『も、もしかして、何かあったんじゃ……』

潜水D『「ルースキー」は動いてないみたいですが』


   甲板の物陰に隠れて、見張りの動向を窺う。
   見張りの4人は、甲板の船首側に集まり、水兵さんたちを取り囲んで警戒していた。

   私たちが梯子を昇って辿り着いたのは、甲板の船尾側、つまり格納庫の反対側。
   格納庫まで遠いのは難点だけれど、監視の目が向いていないのが幸いだった。
   あとは、音を立てずに海に入り、外側から格納庫に入るだけだ。

 

響「……よし、ロープを下ろそう」

雷「……っ……ぐすっ……」

モロトヴェッツ『…………』

響『……あの子がああしてくれたおかげで、私たちはここまで来れたんだ』

響『艤装を取り戻して、一刻も早く助けに行かなきゃいけない』

響『今は急ごう。ゴルコヴェッツのためにも』

モロトヴェッツ『……ええ、分かってる……』

響「……さあ、雷も――」


  カツッカツッカツッ
  ダッダッダッダッダ…


潜水Y『――――脱走者だぁぁぁぁぁぁッ!!』


響「――!」
 

潜水A『え……!?』

乗組員A「な、何だ……」

潜水Y『モロトヴェッツと日本艦どもが脱走したぁ! ここに逃げ込んだぞ! 探せぇ!』

潜水B『!』

響「な……!」

雷「み、見つかっちゃったの……!?」

響「――っ、早く海へ! 今ならまだ……」

潜水Y『だんまりか!? いいだろう、薄情者どもが!』

潜水Y『逃げるなら逃げるで好きにしろ! 
    “こいつ”もすぐに黙らせて、海に叩き込んでやるからなッ!』

響「……! まさか……」コソッ

モロトヴェッツ『……――!?』


   モロトヴェッツと共に、物陰から船首側を覗き込む。
   M-92と呼ばれていた追手の潜水艦が、顔を真っ赤にして叫んでいた。
   そして、その隣には――。
   

ゴルコヴェッツ『……ぅ……』ボロッ

潜水Z『……ふふ』


   体中に傷や痣を刻まれた、満身創痍のゴルコヴェッツ。
   もう1人の追手が、その襟首を無造作につかみ、笑って機銃を突きつけていた。

 

モロトヴェッツ『――! あ、ぁ……!!』


   モロトヴェッツの顔から、一気に血の気が失せた。
   けれど、この惨状に愕然としているのは、決して彼女だけではないようだった。


潜水A『――――!』

潜水B『ッ……!!』

潜水C『う……っ』

潜水D『……そんな……』


潜水Z『……根性の座った子でしたよ。
    いくら痛めつけたって、文字通り足を引っ張ってくるんですから』

潜水Z『お姉ちゃん、お姉ちゃんなんて泣きながらね。
    健気ですよねえ、こっちまで泣けてきちゃいますよ』

ゴルコヴェッツ『…………』
 

潜水Z『……さ、お姉ちゃんたちにご挨拶。できますね?』

ゴルコヴェッツ『…………に……げ……』

潜水Z『元気がないですよ、もう1回!』ギリッ

ゴルコヴェッツ『ぁぐ、っ……!』

響『っ――!』

潜水Z『ほら、早くこっちにいらっしゃい? その辺にいるのは分かってますから』

潜水Z『今から10、指で数えますからね。
    悪いことは言いませんから、後悔しないうちに出てきなさいな』

ゴルコヴェッツ『…………お……ねえ、ちゃ……』

潜水Z『はい、1(アジン)』


  ゴ キ ッ 


ゴルコヴェッツ『あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛――――――!!』

モロトヴェッツ『 』
 

響『……!!』

潜水Y『う……』ウップ

潜水Z『はい、聞こえましたね? カウント1ですよ』

潜水Z『小指ってやっぱり柔らかいですね。折るのも楽だから嬉しいです』

潜水A『――――』


乗組員B「おい……どうしたんだよ、これ」

乗組員C「し、知るかよ……でも……」


ゴルコヴェッツ『う゛、え゛ぇ……あぁあぁぁ……』ボロボロ


   駄目だ。あの潜水艦は、モロトヴェッツの……いや、私たちの性格を知っている。
   私たちが、あんなひどい所業を見過ごせないことを知っている。

   このまま放っておけば、ゴルコヴェッツは指を全部折られ……
   仕上げとばかりに、あの機銃で蜂の巣にされてしまうだろう。

 

響(……でも……!)


   けれど、言いなりになってしまえば、作戦の全てが無に帰してしまう。
   私たち全員が助かる『賭け』、それを自ら投げ捨てて、重すぎる代償を差し出すことになる。

   しかし、そもそも甲板の見張りにも脱走が知られてしまった。
   たとえゴルコヴェッツを見捨てて逃げても、どのみち同じ結末かもしれない。


モロトヴェッツ『ッ……ッ……!』

雷「で……出てこいって、言ってるのよね……!? ねえ、響! どうしたら――」

雷「――!」


響「…………」ブルブル


雷「……ひ……響……」


響(どうしたらいい……どうしたら……!)
 


   
   一か八かで、海に飛び込んでみようか。でも、水音に気付かないわけはない。
   それに、格納庫に先回りされたらおしまいだ。

   ああ、口には絶対に出せないけど……もう、駄目なのかもしれない。
   考えても考えても、どうすればいいのか分からない。
   
   でも、そうだとしたら、もう後は――。


潜水Z『あと9ですよぉー? どうですかー?』

潜水Z『そうですね、じゃあ次は特別大サービス! 少ぉーしだけカウントを延ばしてあげます』

潜水Z『はい、2(ドゥ)~~~~~~~~~~……』メキメキ

ゴルコヴェッツ『あ゛、あ゛っ、だ、がぁっ!』

ゴルコヴェッツ『お゛ね゛えぢゃ、おねえ゛ぢゃっ……! ヴェールヌイさ……っ!!』

響『……――っっ!』
 




  ガ ン ッ !



雷「!?」ビクッ

モロトヴェッツ『……ヴェール……ヌイ……?』

響『…………』


   船の外装を叩いた手に、じんじんと痛みが走る。
   思った以上に、大きな音が鳴った。
   甲板は静まり返っている。ゴルコヴェッツの泣き声も止まっていた。

  
 
響(……ああ、やっぱり)



   やっぱり私は、どうあがいても冷徹にはなれないらしい。
   最後の最後に、頭ではなく心が動き、そのまま身体を動かしてしまう。

   ――もう、覚悟を決めるしかない。

 

潜水Z『……そこですか』

響『…………』スッ

ゴルコヴェッツ『――!』

乗組員A「……! ひ、響ちゃんっ!」

乗組員B「響ちゃん! どうしたんだよ、何があった――」


  ダァン!


乗組員B「っ……!」

潜水Z「……ダ、マ、レ」

潜水Z『――で、合ってますよね?』

乗組員A「…………」チッ
 

潜水Z『残りの2人は?』

響『…………』

潜水Z『あ、そう。はい、2(ドゥ)~~~~……』ギリギリ

雷「――やめなさいよぉっ!!」

響「!」

雷「こ、これでいいんでしょ! 早くゴーシャを!」スッ

モロトヴェッツ『…………』スッ

響「あ……!」

雷「……言ったでしょ、最期の最期まで一緒だって」

響「…………」

響「……ごめん……ごめんよ……」
 

モロトヴェッツ『171(アシーア)……! 自分が何をしてるか分かってるの!?』
 
モロトヴェッツ『あなたみたいな良い子が、どうしてッ!』

潜水Z『もう、媚びたって何の得もないからですよ』

モロトヴェッツ『っ――』

潜水Z『第1艦隊の旗艦ならともかく……
   ただの裏切り者のあなたに、これ以上良くしてやる義理もありません』

潜水Z『……お気の毒ですね。まあ、代わりはしっかり務めますから』

潜水Z『さ、とっとと捕まえてやりなさい』
 
潜水A『…………』

潜水Z『……聞こえました? 捕まえろって言ってるんですよ』

潜水B『……命令しないで。司令官でもないくせに』

潜水Z『あら、怖いですね。
    私としては、あの方とは一心同体のつもりなんですけど』ポイッ

ゴルコヴェッツ『ぅ…………』ドサッ

潜水B『…………』


   4人の潜水艦……昔なじみの4人組が、私たちを取り囲む。
   私たちは、黙って両手を上げるしかなかった。
   水兵さんたちは、動揺した目で私たちの様子を眺めていた。


乗組員F「親父さん……何がどうなって」

乗組員G「……駄目、だったんだな」

乗組員F「え……?」
 

潜水Z『……ああ、そうだ』

潜水Z『Щ-117、その茶髪の方を連れて来てくれます?』
   
響『――!』

潜水B『…………』スッ

雷「!!」ビクッ

潜水B『……ごめんなさい』

響「い、雷っ!」


   昔なじみの潜水艦のひとり……マクレルが、雷の手を引いて行く。
   雷は身体を強張らせたけど、抵抗しようとはしなかった。
   唇をきゅっと結んだまま、瞬きをせずに引かれていった。


潜水Z『M-92、あなたは白い方を抑えてなさい』

潜水Y『あ、ああ……』ガシッ

響『! 何を……』
 

潜水Z『また脱走でもされたら大変でしょう? 保険をかけておこうと思って』

響『保険……?』

ゴルコヴェッツ『……っ、く……』

潜水Z『人質ですよ。モロトヴェッツから聞いたんでしょう?』

潜水Z『この子を、生かさず殺さずで置いておいたおかげで……
    モロトヴェッツも、そのシンパも、今日まで従順にやってこれたんです』

潜水Z『……あなたの妹にも、そこのボロ雑巾と同じ役を負ってもらうんですよ』

響『……――!!』

潜水Z『Щ-117、その子を仰向けにして抑えてください』

潜水B『……どうする気?』

潜水Z『足首を潰しておきます』チャキッ

雷「ひ、っ……!?」

響『な――!?』
 

潜水Z『脱走なんて企てた代償ですよ。今度逃げようとしたら、次は全身です』

潜水Z『ま、安心してください。殺すわけじゃありませんから』

潜水Z『機銃でダダッと吹き飛ばすだけです。痛いのもたぶん一瞬ですよ』

モロトヴェッツ『あ……あなた……何を……!』

乗組員D「――! お、おい、あいつ!」

乗組員A「い、雷ちゃん……!? 馬鹿な、何だってんだよ、おい!」

響『やめろ、やめろっ! 雷は関係ない! 計画は私なんだ! やめてくれ!』

潜水B『…………』

潜水Y『……い、いくら何でも、それは』

潜水Z『任務のためですよ。いいから抑えてなさい』

響『私は! 私ならいくらでも痛めつけていい! だから――!』

雷「……っ……」
 

潜水Z『……意外と落ち着いてるんですね。もっと叫びそうなものですけれど』

潜水Z『あ、言葉が分からないんでしたねえ。納得……』

雷「…………」ギロッ

潜水Z『……そう見つめないでください。照れちゃいますよ』

雷「――いいわよ」

潜水Z『?』

雷「……何されるのか、だいたい分かってるわ。でもね」

雷「あなたの思うようになんて……絶対になってあげないから!」

響「だめだ……雷! 雷っ!!」
 

潜水Z『…………』

潜水Z『……そういう目、嫌いなんですよ』チャキッ

乗組員B「……お、おい……冗談だろ、なあ!? なあよぉ!」

乗組員G「ッ――!」ギリッ

響『だめだ! やめるんだ! やめろぉっ!』

潜水Z『…………』ニヤッ


   ダダダダダダダダッ!!


雷「い゛っ……」

響『――っっ……!!』
 



   耳をつんざく銃声に、思わずまぶたを閉じる。
   眼の前に広がっているだろう惨状を想像し、涙がこぼれ落ちそうになる。

   ――けれど。


雷「…………」

雷「…………?」

雷「……え……?」


   5秒経っても、10秒経っても、雷の悲鳴は聞こえてこない。
   それどころか、本人さえも、不思議そうな声を上げている。


モロトヴェッツ『……あ、あぁ……!』

ゴルコヴェッツ『…………!』

響『……? ――!』


   はやる鼓動を抑えて、おずおずと目を開ける。
   そして、何が起こったのかを理解した。

   銃弾は、確かに全弾命中していた。
   しかし、それは雷に対してではなく――。

 




潜水Z『……気でも違いましたか、Щ-117……!?』

潜水Z『なぜ……なぜあなたが! そいつを庇うんです!?』



潜水B『…………』



   潜水艦、Щ-117……マクレル。

   艤装をまとった艦娘同士、機銃程度ではびくともしない。
   雷を庇って受けた傷を、彼女は事もなさげに手で払っていた。
   

 

潜水B『――ソラクシン! ドゥバーシェ!』

潜水C『……はいっ!』バッ

潜水D『ヴェールヌイさん、伏せて!』バッ

潜水Y『え――』

響『――!』スッ

潜水C『ごめんなさいっ!』ドゴッ

潜水Y『ぶぇっ!』

潜水D『当て身ッ!』ゴスッ

潜水Y『おご……』

潜水Z『! あ、あなたたちまで……』

潜水B『――――』スゥッ

潜水Z『――!』バッ

潜水B『……っち、駄目か!』


   昔なじみの潜水艦、M-47とС-26――
   「ソラクシン」、「ドゥバーシェ」と呼ばれていた2人が、追手の1人に掴みかかった。

   一方マクレルも、あの冷酷な潜水艦に突撃し、機銃を掴んで奪おうとする。
   しかし、相手の反応の方が早く、紙一重の差でかわされてしまった。

 

乗組員C「な……何だ、今度は? 仲間割れか……?」

乗組員E「――! 見ろ、雷ちゃんが……!」

響「雷っ!」ダッ

雷「ひ……響! 響ぃっ!」ギュッ

乗組員G「! …………」ホッ

潜水A『……ふふ』

潜水Z『ど……どいつもこいつも血迷って……! 
    蹶起(けっき)でも起こすつもりですかッ!?』

潜水B『それ以外の何に見えるってのよ?』

潜水Z『バカが……狂ってる、どうかしてますッ!』チャキッ

ゴルコヴェッツ『!』ビクッ
 
潜水Z『いいでしょう……! だったら見せしめてやりますよッ!』

潜水Z『腐れブネどもッ! 泣いて詫びたって――』

潜水A『――――ッ!!』ダッ
 



  ダダダダダダッ!!


潜水A『…………』ガキンガキンガキン

潜水Z『! な――』


   銃口がゴルコヴェッツに向けられたと同時に、
   同型の姉妹であるЛ-8……ジェルジネッツが駆け出し、妹を拾い上げた。

   そしてそのまま、身を挺して妹を守りながら、
   機銃掃射の雨をくぐりぬけ、モロトヴェッツの元へと駆けつける。


ゴルコヴェッツ『お、大姉ちゃん……』

潜水A『……ゴーシャ、モーラ……痛かったでしょう。もう大丈夫』

モロトヴェッツ『姉さん……姉さんっ!』

潜水Z『な……あ……!?』
 

潜水A『――ソラクシン、そっちは!?』

潜水C『も、もうちょっとです! えい! せりゃ! だぁっ!』

潜水D『当て身! 当て身! 当て身ぃ!』


   ドガッグキッベチンボキッドスッドスッドスッ


潜水Y『……が……はひ…………』ヒクヒク

潜水D『よっし、機銃を!』グイッ

潜水Y『……は、なす、かぁ……っ!』ギギギ

潜水C『これでもですかぁ!』ゴリゴリゴリ

潜水Y『うごぉぉぉ……! ふくらはぎは、ふくらはぎは……!!』ガクガク

潜水D『取れた! ジェーナさん!』ポーイ

潜水Z『! しまっ――』

潜水A『Хорошо(お見事)!』パシッ

潜水Z『……~~~~ッ……!』

潜水B『……あらぁ? もうアンタだけになっちゃったわね?』
 



   私たちの前に壁を作るかのように、潜水艦たちが仁王立つ。
   並んだ背中に乗っている艤装が、陽の光を受け、鮮やかに輝いている。


潜水Z『……Л-8、Щ-117、М-47、С-26……』

潜水Z『栄えある特務大隊(スペツナズ)から、4人も裏切り者が出るなんて……!』

潜水A『……馬鹿馬鹿しい』

潜水Z『なに……!?』

潜水A『同志の名前も呼べないで、よくもまあ上官を気取れたものね』

潜水Z『……はい?』
 



潜水A『――Л型潜水艦、ジェルジネッツ!』ビシッ


潜水B『――Щ型潜水艦、マクレル!』バァン


潜水C『……М型潜水艦……ソラクシンっ!』キリッ


潜水D『С型潜水艦! ドゥバーシェっ!!』ドォン




潜水Z『 』ポカン




ジェルジネッツ『覚えておきなさい、下衆女。貴女が怒らせた相手の名前を』

ジェルジネッツ『……思い出しながら、震えるためにね』

 

潜水Z『ふ……ふざけるなぁッ!』ブンッ


   相手の潜水艦が、機銃を振り上げて飛びかかる。
   撃っても無駄だと考えたのか、格闘に持ち込むつもりらしい。


ジェルジネッツ『――――』スッ

潜水Z『あ゛……』


   しかし、ジェルジネッツはたじろぎもせず、するりと相手の腕を取る。
   そして一瞬で後ろに回り、相手を羽交い絞めにした。


ジェルジネッツ『カウントは……2からで良かったわね?』

潜水Z『え――』
 

ジェルジネッツ『ソラクシン! ドゥバーシェ! ――4つずつ!』

潜水Z『…………――!!』

ソラクシン『……反省、ちゃんとしてくださいね』

ソラクシン『――2(ドゥーヴァ)! 3(トゥリー)! 4(ヂィトゥィリ)! 5(ビャーチ)!』ベチンベチン

ドゥバーシェ『6(シャスチ)! 7(スェーミ)! 8(ヴォースィミ)! 9(ジェーヴィチ)!』ベチンベチン

潜水Z『だっ、が、あ、げびゅっ――』


   2人の潜水艦による、容赦のない往復ビンタ。
   そして、その締めくくりは――。


マクレル『…………』ガシッ

潜水Z『……ひ……っ!』

マクレル『…………』
 

潜水Z『……こ……こんなことをして……何になるんです……』

潜水Z『あなたたちも……ソビエトの潜水艦……あの方にお仕えする道具でしょう……?』
    
潜水Z『……道具の誇りも……忘れたの…………』

マクレル『――だったら……』

マクレル『私たち……道具になんて、向いてなかったのよ』

潜水Z『…………』

マクレル『道具としてでも、フネとしてでもない』

マクレル『私たちの誇りは、今も昔もひとつだけ……』チラッ

モロトヴェッツ『……――!』

マクレル『……思い出すのが、こんなに遅くなっちゃったけどね』


マクレル『――――10(ヂェーシチ)ッッ!!』ブンッ
 

潜水Z『ぎぇっ……!!』


   マクレルが、見事な背負い投げを決めた。
   破裂するような音を立てて、顔面から甲板に叩きつけられる潜水艦。


潜水Z『――――』ピクピク


   あの投げ方は知っている。
   昔、カリーニンを相手に延々と繰り出していた、コマンドサンボ流の一本背負い。

   流れるような動きに、つい口が滑る。


響『…… 一本!』

マクレル『……ふふん』
 

ソラクシン『ヴェールヌイさん、ここは私たちが!』

ドゥバーシェ『他の妹さんも危ないんでしょう! 助けに行ってあげてください!』

マクレル『モーラさんも! ゴーシャは私たちがちゃんと守るから!』

響『……みんな……ほんとうに……!』

ジェルジネッツ『お礼は全部終わってからよ。艦隊全員分、じっくり聞いてあげるから』

モロトヴェッツ『……ねえ、さん……!』グスッ

ジェルジネッツ『……ばか。ゴーシャに笑われるわよ』

マクレル『ほら、みんなを解放してあげて』

雷「ありがとう……ありがとうっ、みんな!」ダッ
 

乗組員A「い、雷ちゃん!? 大丈夫か!?」

雷「何てことないわ! ごめんね、今ほどいてあげるから……!」ヨジヨジ

乗組員E「た……助かったのか?」

乗組員F「響ちゃん、一体どうなってんだよ? さっきからもう何が何だか……」

響「後で全部話すよ。今はとにかく、船を動かしてほしい……!」

響「それから、艦長室へ増援を! 司令官が危ないかもしれないんだ……」

乗組員B「! 提督が――!?」
 

―日本司令船 艦長室―


  ガコン! ゴゴゴゴゴ…


長官『……何だ? 揺れている……?』

提督『…………』ボロッ

長官『――! ば、馬鹿な! 奴らは全員甲板に!』

提督『へ……へへ……やりやがった……』

長官『ッ……! き、貴様……!』


  ドゴッ! ベキッ! ゴスッ!


長官『この……どけッ! どけと言っているッ!』

提督『…………』ヨロヨロ

提督『…………寄っかかるにぁ……いい扉だろ…………』

長官『おのれ……!」チャキッ
 

提督『…………立ち往生……だ……おれも、おまえも……』

長官『黙れ! そこまでこいつをブチ込まれたいかッ!』

提督『……やるなら……やれよ……くされイワン…………』

提督『見せてやらぁ……俺の、立ち往生…………!』

長官『ッ――!』ブチッ


   ダァン!


提督「が――ぁっ……!!」

長官『まだやるか!? 次は左の腿だ!』
 

提督「…………」ズルズル

提督「………………目が……」

提督「……あー……これ……だめだわ……」

長官『……ハァ……ハァ……!』

長官『眠っていろ……ヤポーシュカめッ!』ブンッ

提督「…………母……ちゃん……」

長官『――――』ピタッ

提督「……ごめん……な……みやげ…………」

長官『……ッ!』ブンッ
 



  バダン!


乗組員B「動くなッ!」チャキッ

長官『!』

乗組員C「――て、提督! 提督っ!」

提督「……よぉ……」

乗組員C「あ、ぁ……! て、てめぇ……よくもッ!」 

長官『…………』

乗組員B「まずい……医務室へ! 早く止血をッ!」

提督「……たか……ひ、び……」

乗組員B「! 提督……!?」





提督「……見たか……響……」

提督「おれ、だって……たまには……体、張って…………」


 

―ピョートル大帝湾 海上―
―司令船周辺―


  ザザザザザ…


響『モロトヴェッツ、艤装はどうだい?』

モロトヴェッツ『ええ。あの修復材が効いたみたい』


   ジェルジネッツたちの協力のおかげで、私たちは無事に格納庫へ辿り着いた。
   今は、なじんだ艤装を身にまとい、全速力で進む司令船を先導している。

   目指すは、ピョートル大帝湾の南西……ルースキー島の沿海。
   暁たちの反応が確認された地点だ。


乗組員G(無線)『駆逐艦響、こちら司令船1号!』

乗組員G『12時方向に識別信号確認! 距離7000、数5!』
 

響「よし……このまままっすぐ進めばいいんだね、副長?」

乗組員G『ああ、この速度ならおよそ―― !?』

響「! 副長!?」

乗組員G『これは……し、識別信号、消失!』

乗組員G『敵艦船による妨害粒子を確認! 濃度、0.060ppm!』

響「……まさか……!」

雷「――! 響! 11時方向、距離2000に――!」

モロトヴェッツ『…………!!』
 



   水平線に、大仰な水しぶきが見えた。
   3つの小さな艦影の後から、巨大な塔のような影がせり上がる。


潜水棲姫「……イタァ……イタァァッ……!」


   現れたのは、異形の潜水棲姫。
   姉妹や同志を引き離し、陰謀を暴く契機となった因縁の相手。
   ソビエトの業を文字通り背負った、おそらくは最強の敵潜水艦。

   クラゲの脚のような髪を振り回し、一心不乱にこちらへ向かってくる。
   避けて通ることなど、どたい無理な話だった。

 



響「……やっぱり……」

響「放っといては、くれないみたいだね……!」

  
   頭上には、澄みきった青空と太陽。
   両脇には、何よりも大切な妹と旧友。

   目の前には、乗り越えなければならない相手。
   そして背後には、数えきれない決意と信頼。


   ――――正念場とは、こういうことを言うのだろう。



     【Продолжение следует............】

 

11話終了 次回で大筋は終わりです
来週はちょっと忙しいので、次回は2週間後ぐらいの予定

この前の9月で、このスレ始めてから1年経ちました マジかよ

★ソ連艦ずかん モブ潜水艦編

※通称は全てフィクションです。168を「イムヤ」、みたいなノリ


【潜水艦「ジェルジネッツ」(Л-8)】……潜水A
1934年4月10日起工、除籍年月日不明。
二次大戦には参加しなかったが、ソ連の満州侵攻に際して、千島列島へ上陸部隊を輸送した。
また、占守島近海で日本の船舶や潜水艦と交戦した記録も残されている。


【潜水艦「マクレル」(Щ-117)】……潜水B
1932年10月9日起工、1952年12月15日に突如として消息を絶った。
事故の原因は未だ正確には不明であるが、書類上では「他船舶との衝突」と結論付けられた。
乗組員が全員受勲者で、艦長や乗組員が新聞に載ったこともあったらしい。


【潜水艦「М-47」】……潜水C
通称、「47(ソラクシン)」。1934年2月10日起工、1951年1月18日解体。
1939年10月27日に、シベリア鉄道にてウラジオストクまで輸送され、太平洋艦隊に所属。
第二次世界大戦へは参加しなかった。


【潜水艦「С-26」】……潜水D
通称、「26(ドゥバーシェ)」。1940年8月1日起工、1973年2月5日解体。
1950年9月21日に、北方艦隊から太平洋艦隊へ転属となる。
退役後には、救難訓練用の練習艦を務めたこともあった。

 

★ソ連艦ずかん モブ潜水艦編


【潜水艦「С-56」】……潜水X
通称「隊長」。1936年11月24日起工。1953年に北方艦隊から太平洋艦隊に転属。
大戦中は7回の哨戒任務に従事し、13もの戦果を上げた。
赤旗勲章や親衛称号も受章した、ソ連海軍屈指の武勲艦である。
その船体は現在でも、ウラジオストクの港に記念艦として保存されている。
ちなみに、内部は「潜水艦博物館」となっており、貴重な写真やら資料が満載。


【潜水艦「М-92」】……潜水Y
通称、「92(ヂー・ドゥ)」。未就役の実験艦。1938年10月より、電源装置やAIP(※)の実験を行う。
ドイツ軍の侵攻による中断もあったが、1951年には全実験が終了し、解体された。
(※AIP……大気を取り込まずに酸素を作ってディーゼルを回す機構)


【潜水艦「М-171」】……潜水Z
通称、「171(アシーア)」。1936年9月10日起工、1960年8月12日解体。
北方艦隊にて継続戦争(ソ連対フィンランド)に参加し、28回もの哨戒任務を達成。
その功績により親衛称号を受章するなど、結構な武勲艦。

 

今回ここまで

本編が終わっても後日談みたいなのは書いてくれるのかな?

お待たせしてすんませんっした 第12話開始
今回からまた一週間以内更新に戻ります

>>253
最終回は後日談の予定 おまけエピソード的なのは何かネタ思いついたら書いたりするかも

―高速司令艇「ルースキー」 司令室―


露水兵A『ヤポンの船が動いてるぞ!』

露水兵B『長官から連絡は!?』

露水兵C『駄目だ、無線もさっきから……』

露副長『こちらから送れ、非常事態だ!』

露水兵C『……こちら「ルースキー」、こちら「ルースキー」!
     長官、応答願います! こちら……』

露水兵C『……何故だ! 確かに通じてるのに!』

露水兵A『間違いねえ、向こうの船で何かあったんだ!』

露水兵B『まさか……!』

露副長『……止むを得ん。速やかに日本司令船を追跡する! 抜びょ――』

露水兵D『――! ふ、副長ッ! レーダーに敵影!』

露副長『な……ッ!?』

露水兵D『7時方向、距離2100、数6!』

露副長『ば……馬鹿な、こんな時に……!』

 

―ピョートル大帝湾 海上―
―ウラジオストクより沖合7km―


響「……こちら駆逐艦響。敵艦隊まで距離300」

響「姫級潜水艦1、重巡1、軽巡2。他の潜水艦はいまだ確認できず」

乗組員G(無線)『了解。いいか、今は殲滅など考えるな』

乗組員G『暁たちは全速力でこちらに向かっている。合流は最短で10分後と予測される』

乗組員G『漸減しつつ時間を稼ぎ、合流のちに反撃せよ』

響「了解……!」
 

潜水棲姫「コエ……キコエタワ……! アノムスメェ……ッ!」ザザザ

リ級「…………」ザザザ

ヘ級A「……グギッ……」ザザザ

ヘ級B「ギィッ……」ザザザ


   潜水棲姫を先頭に、4体の深海棲艦が進んでくる。
   重巡が1隻に、軽巡が2隻。いずれも黄色い煙をまとう、高練度の敵艦。
   先の戦闘と同じ艦隊だった。

   軽巡はともかく、重巡相手では少し分が悪い。
   けれど放っておけば、いつ不意を打たれるか分からない。
   
   潜水棲姫も要警戒だけど、まずは頭数を減らすのが最優先だ。


雷「響、来るわ!」

響「了解……砲戦用意」ガチャッ

雷「了解っ!」ガチャッ

モロトヴェッツ『…………』
 

モロトヴェッツ『……ヴェールヌイ。軽巡どもは引き受けたわ』

響『!』

モロトヴェッツ『あなたたちはその隙に、敵の首魁を』

響『……いいのかい?』

モロトヴェッツ『心配しないで。逃げ回るのは得意だもの』

モロトヴェッツ『もう、さっきみたいな醜態は晒せない。家族が後ろにいるんだから』

響『…………』

響『沈んじゃ駄目だよ。絶対に』

モロトヴェッツ『ええ。……これを』ヒュンッ

響『?』パシッ
 


   モロトヴェッツが、自分の左耳から何かを取り、私に投げてよこした。
   
   見覚えのある、鈍色の耳栓。
   遠い記憶が首をもたげ、それが何かをはっきりと思い出す。


響『これは……』

モロトヴェッツ『あの頃の通信機とは違うわ。艤装として生まれ変わった改良型よ』

モロトヴェッツ『海中の様子は、私が逐一報告する。
        あの姫級の動きも、何から何まで筒抜けにしてやるから』

響『……頼もしいね』

モロトヴェッツ『……今度は、素潜りしなくても話せるわよ』フフッ

モロトヴェッツ『――さあ、行って! ヴェールヌイ! イカヅチ!』ザザッ

ヘ級A「……!!」


   ヘ級たちの前に躍り出て、見せつけるように潜航していくモロトヴェッツ。
   軽やかな体捌きは、まるでサーカスの軽業師のようだった。


潜水棲姫「――! フゥン……」ドボン

リ級「…………」ギギッ


   同じく潜航する潜水棲姫。けれど、モロトヴェッツを追うためではないはず。
   潜る前に一瞬だけ見えた顔は、確かにこちらに向いていた。

   一方のリ級は、片腕をゆっくりと伸ばし、副砲を展開する。
   私と雷を、確実に仕留めるつもりらしい。
 

雷「モーラさん……」

響「……雷、爆雷投射準備」

雷「――! り、了解!」

響「リ級をかく乱しながら、潜水棲姫の攻撃に備える」

響「ソナーには常に気を配るんだ。他の潜水艦が見えないのも気になる……」

雷「任せなさい! 雷さまの耳は伊達じゃないわ!」

響「…………」ガシャン


雷「……ねえ、響。絶対に生き残るわよ」

響「……うん」

雷「絶対に生き残って……暁と電と、一緒に帰るの!」

響「うん……やろう、雷……!」

 
 




           эп.12


          Верный

        ―信ずべきもの―


 

―日本司令船 医務室―


  ビィィ――ッ!  ビィィ―――ッ!


提督「…………」

提督「……ん……」


  「合戦準備! 繰り返す、合戦準備!」


提督「…………!!」

提督「――ッ!」ガバッ

提督「ぁ、ぐっ……!」ズキッ

ゴルコヴェッツ『あっ……ね、寝ててください!』

提督『! ゴルコヴェッツさん……?』

ゴルコヴェッツ『動かないで! 今包帯を取り替えますから!』

提督『……医務室……? どうして君が……?』
 

ゴルコヴェッツ『指が直ってから、ここで休むように言われたんです』

ゴルコヴェッツ『本当にありがとうございました。ドックまで使わせてもらっちゃって……』

提督『……響は……雷は!?』ズイッ

ゴルコヴェッツ『ひゃっ!』

提督『警報が鳴ってる……交戦中なんだなッ!?』

ゴルコヴェッツ『ひゃ、ひゃい……! そ、その、例のミサイルの潜水艦が……!』

提督『……! い、いかん……!』スック

提督「――ぐぅっ!」ズキッ

ゴルコヴェッツ『あぁっ! 駄目ですよ、まだ!』

提督「……ぐ……ぉぉ……」

ゴルコヴェッツ『立っちゃ駄目です! 軍医さんが、弾が貫通してたって……!』

ゴルコヴェッツ『ど、どうしよう……つ、杖、杖!』オロオロ

提督「はぁっ……はぁ……!」

提督「……駄目だ……早く……あいつらに……!」

提督「奴は……あの潜水棲姫はッ……!」
 

―ピョートル大帝湾 海上―
―響たちの戦場より5km南西―


潜水X『…………』プカプカ

 『――い……おい! 大丈夫か!?』

潜水X『う……?』パチッ

トビリシ『よかった、気がついたわ!』

カリーニン『С-26! 何があった!?』

潜水X『か、カリーニン……それに、お前たち……』

ラーザリ『日光浴は終いだよ、博物館長』

潜水X『だ、誰が館長だ……! 今は隊長と呼べ、隊長と!』

暁「ラーザリさん、この人は?」

ラーザリ「うちの潜水艦。モロトヴェッツと張り合ってる面倒な奴だよ」

ラーザリ「ボランティアで博物館の案内役もやってんの。港に帰ったら見てやって」

電「わぁ……すごい人なのです!」

潜水X『くそ、あることないこと言われてる気がする……!』
 

カリーニン『お前も……例の敵にやられたのか』

潜水X『…………』

カリーニン『他の味方は?』

潜水X『全員、撤退させた……あの深海棲艦、私をいたぶるだけいたぶって……』

潜水X『……追いつかれてないと、いいんだが……』

カリーニン『敵はどこに行った? どこに向かっている?』

潜水X『……味方を追いかけたのなら、きっと、「ルースキー」へ……』

カリーニン『何――!』

潜水X『……そうだ、長官……! 長官にお伝えしなくては……!』

潜水X『奴は普通の潜水艦じゃない……あの日本艦どもを使わなければ……!』

トビリシ『……!』

ラーザリ『日本艦? じゃあ……』
 

トビリシ『ヴェーニャ……』

トビリシ『ヴェーニャも……そこにいるのね……?』

潜水X『……あ……?』

トビリシ『……――――っっ!!』ドシュンッ

暁「きゃっ……!?」

ラーザリ『トビリシっ!?』

トビリシ『……機関全速……前進一杯!』

トビリシ『急がなきゃっ……!ヴェーニャ、ヴェーニャぁっ!』ザザザザザッ

電「――! ラーザリさん、もしかして……!」

ラーザリ「……ああ。ヴェールヌイのいる所に、あの潜水棲姫が迫ってる」

暁「っ、た、大変!」

カリーニン『くそ……私たちも追うぞ! 全艦最大戦速!』

ラーザリ「了解、全艦最大戦速!」

電「つかまってください!」ガシッ

潜水X『う……っ』

 

―日本司令船 甲板―


ジェルジネッツ『……不味いわね。「ルースキー」が動き始めてる』

ソラクシン『追いかけてくるつもりなんでしょうか……?』

マクレル『あの船30ノットは出るわよ!? こんなトロい速度じゃすぐに……!』

ジェルジネッツ『……油断はできないけど、もうしばらく時間は稼げるはずよ』

ジェルジネッツ『まずは向こうも、色々確認を取ろうとするはずだから。
         甲板に異変がないかとか……』

ソラクシン『……あ、だ、だったら! あの2人、隠しておかないと!』

潜水Y『……う、ぅ……』

マクレル『そうね、どっかの部屋に閉じ込めて……』

マクレル『…………』

潜水Y『ぐ……おのれっ……』

マクレル『…………』

マクレル『……んん?』

ジェルジネッツ『?』
 

マクレル『……ねえ、ドゥバーシェ』

ドゥバーシェ『はいっ!』

マクレル『もう1人の方はどうしたの? あんたに任せたわよね?』

ドゥバーシェ『え……もちろん、言われたとおりにしましたよ』

ドゥバーシェ『艤装を全部取っ払って、手足をふんじばっておきました!』

マクレル『……うん。ふんじばって……どこに?』

ドゥバーシェ『へ?』

マクレル『どこにふんじばって、繋いでおいたの?』

ドゥバーシェ『…………』

マクレル『…………』

ドゥバーシェ『……いや……』

ドゥバーシェ『ぎ、艤装は捨てたし……きつく縛ったし……』

ドゥバーシェ『ぜっ、全然動かないし、大丈夫かなって……』ガクガク
 



   ドボォーン!


マクレル『!?』ダッ


潜水Z『っ……っ……!』ゴボゴボ


マクレル『あぁぁ―――っ! やっぱりぃぃ!』

ドゥバーシェ『そ、そんなぁ! ちゃんと縛っておいたのにぃ!』

マクレル『ちゃんとしてねぇからこうなってんでしょうがぁ!』

ソラクシン『うわっ、すっごいクネクネしてる……』

ジェルジネッツ『あの泳ぎ方知ってるわ! 「アトランティスから来た男」――』

マクレル『やかましいッ! ああもう間に合わない……!』 

 

―海上 「ルースキー」直近―
  

   バシャン!


潜水Z『ぶはぁっ! ぜぁっ、はぁっ……』

潜水Z『ふ、ふふ……やっぱりアマチュアね……』

潜水Z『やり口が甘いのよ、関節のひとつも外さないなんて……』


  ゴボゴボゴボ…


潜水Z『ぶご……う、浮いてられな……』

潜水Z『は、はやく錨に……!』ガシッ


  ギィッ… ギギギギ…

   
 

潜水Z『……許せないわ、あのド腐れ売女ども』

潜水Z『あの方の……あの方と私の艦隊に、泥を……!』

潜水Z『ああ、長官……しばし、もうしばしお待ちください……』

潜水Z『貴方と共に作り上げた、この艦隊を……この部隊を……
    あんな尻軽どもに汚させはしません……』

潜水Z『御命令……御命令通りです、長官……!』

潜水Z『貴方の手足にして兵仗たる、このМ-171が、今に奴らを……!』ヨジヨジ


  ギギッ ガガガガガガガ…!


潜水Z『……! う、動いてる……』

潜水Z『巻き取ってるの……!? しまっ――』






  ゴリッ ブチュ…

 


潜水Z『げぁ――』

潜水Z『お、ぉっ、ぁ、ああぁあぁぁぁぁッ――――!』ガクガク


  ゴギッ ブチュッ ブチッ ギギッ…


潜水Z『……う、ぁ……て、てぇ……手ぇ……』

潜水Z『…………はぁ、げぁっ……はぁっ……』

潜水Z『……――――ッ!!』グイッ


  ゴギッ、ブチィッ!!


潜水Z『……ぎ、ぁ……あはぁ……』

潜水Z『な……縄、も……千切れ、たッ……』

潜水Z『ふ、ふふっ……ふふぁっ、ふぁははは……!』

 

―「ルースキー」 甲板―


露水兵E『この辺だったぞ、さっきの悲鳴!』

露水兵F『おい、誰かいるのか! おぉいッ!』


   ガシッ ベチャッ…

   ズルッ… ズルッ…


露水兵E『!?』ビクッ


潜水Z『…………』ズルッズルッ


露水兵E『ひ……ッ!?』

露水兵F『え、М-171……!? あんた、手が、手がっ……!』

潜水Z『……耳障りね……これくらい……ドックで、すぐ……』

露水兵F『燃料が漏れてる……! おい、何か布を――』

潜水Z『…………FS……B……』

露水兵F『あ……!?』




潜水Z『……FSB(連邦保安庁)の支部に……出動を……ッ……』

 

―日本司令船 司令室―


乗組員F「……第六駆逐隊、こちら司令船1号。
     駆逐艦暁、および駆逐艦電の合流まで約7分」

乗組員F「全艦、敵艦隊を漸減しつつ合流に備えよ。以上」プツッ

乗組員F「…………」

乗組員G「……海士長?」

乗組員F「親父さ――副長。そろそろ教えていただけませんか」

乗組員F「さっきまで出してた、あの周波数。一体何だったんです?」

乗組員G「……教えてもいいが、お前は頭が軽いからな」

乗組員F「副長、あのですね……!」

乗組員G「もはや必要のない疑問だ。無線は通常に戻った、それで納得しろ」


長官『…………』
 




  『――――ザザッ、ザッ……ガガッ……――』

  『……かん……長官……――』

  『FSBを――びました……すぐに助けが……私…ちの、勝利で……――』



長官『…………』

長官『……くくっ』

乗組員B「? なんだ、この野郎」

乗組員C「放っとけよ。鉄砲に挟まれてんだ、おかしくもなるさ」

長官『……ああ、全く。可笑しいものだ』

長官『これだから、戦争という物は分からない』
 

乗組員H「――! ロシア司令艇、航行再開。針路190」

乗組員G「捕り物の始まりか。そう易々とは行かせるものかよ」

乗組員A「逃げ切れますかね? あの船、チンケですが主砲もあります」

乗組員G「心配は無い。この男が、ここにいる限りはな」

長官『…………』

乗組員G「……戦闘海域を回避しつつ、ロシア司令艇から逃走する」

乗組員G「とぉーりかーじッ! 針路180、最大戦速!」

乗組員H「了解、とぉーりかーじ、針路180、最大戦速」

長官『…………』

乗組員B「……笑ってるのか、貴様」

長官『……構わんさ。せいぜい時間を稼ぐがいい』
 

乗組員I「……! 第六駆逐隊、敵艦隊へ最接近! 彼我の距離、50に満ちません」

乗組員I「現在位置、ルースキー島西部沿岸より1km!」

長官『……――ッ!』

乗組員G「西部沿岸? そこは……」

長官『半島……市街地が……!』

乗組員C「あ?」

長官『……攻撃を止めさせろ! 奴を島から引き離せ!』

長官『奴の“アレ”を、あそこで破損させるな! 奴は――!』


   カツッ… カツッ… カツッ…


乗組員G「……――!!」

乗組員A「副長? ……あ……!」

長官『! き、貴様ッ……』





提督「…………」

 

―ピョートル大帝湾 海上―


響「投射、始めっ」

雷「了解っ!」


   背中の投射軌条から、爆雷が弧を描いて飛んでいく。
   水音が立つのを確認してから、素早く旋回し、進路を変えた。

   数秒の後、派手な水柱が何本も上がる。しかし――


モロトヴェッツ『……命中なし、棲姫健在!』

響「くっ……」

モロトヴェッツ『――! ヴェールヌイ、敵が……』

潜水棲姫「キィィィエエェェァァァァ!!」バシャン

響「な――」
 



   モロトヴェッツの通信から一秒も間をおかず、潜水棲姫が突進してきた。
   派手な水柱を上げながら、まっすぐに私へ向かってきていた。

   回避の間に合う速度じゃない。
   とっさに左半身を前に出し、防楯で突進を受け流そうとする。
   

潜水棲姫「クォォォォッ!」ガンッ

響「くっ……」ヨロッ


   艤装体から突き出たミサイルは、まるで先を尖らせた丸太のようだ。
   とてつもない衝撃が楯越しに走る。


潜水棲姫「コノ、ニオイ……ヤッパリネェ……!」

潜水棲姫「シロムスメ……! オマエノ、オマエノ“メ”モォ……!」グイッ

響「!」
 



   何とか受け流しはしたけれど、防楯がへこみ、姿勢が崩れてしまった。
   その隙を狙いすましたかのように、潜水棲姫が私の防楯に掴みかかった。


潜水棲姫「ツカマエ、タァ……!」ギリギリ

雷「響ぃっ!」ザッ

リ級「――――」ガチャッ


  ダァン! ダァン! ダァン!


雷「ひゃっ……このっ!」


   雷が助太刀を試みる。
   けれど、重巡リ級の副砲に阻まれ、私に近づくことすらできない。


潜水棲姫「フ、フ……コンナ、イタキレェ……」

響「……潜水艦が白兵戦(コンバット)かい……?」ガチャン

潜水棲姫「ンンッ?」

響「っ……!」ブンッ

潜水棲姫「ギャァッ!?」

響「それなら、こっちに分があるよ」
 



   愛用の錨を素早く握り、潜水棲姫の腕に振り下ろす。
   腕を打ちすえられた潜水棲姫が、短い悲鳴を上げて後ずさった。

   対艦白兵戦。
   短い射程のために接近戦を余儀なくされる、
   駆逐艦娘・軽巡洋艦娘のための対艦戦術。

   身の丈に合わない錨を持って、私たち暁型は生まれ変わった。
   けれど、この錨だって艤装の一部。
   使えない理由も、使わない道理もない。


潜水棲姫「ギィ……ッ……!」ゴボゴボ

響「遅いよ」ブンッ


  ジャララララ… ガギッ!


潜水棲姫「イダッ……!」


   潜航しようとする潜水棲姫。けれど、むざむざ潜らせるつもりはない。
   錨に遠心力を加えて、棲姫に向かって投げつける。
   錨は小気味いい音を立てて、棲姫の艤装体に食い込んだ。

 

潜水棲姫「ア、アア……コノォ……!」ブクブク

響「だめだよ。もう逃がさない」


   潜水棲姫が、錨の刺さったまま潜っていく。
   私は鎖を全力で引っ張り、潜水棲姫を水面近くに引き留める。

   仕留める好機は、今しかない。


響「……До свидания(さよならだ)」


   棲姫に背を向け、投射軌条を展開する。
   起爆時間は最短に調節。着水と同時に爆発させる。
   頭の中で起爆を思い描くと、背後からカチリと音がした。調節完了だ。

   ありったけの爆雷の嵐。これを受けて無事な潜水艦はいない。 
   暴れる鎖を抑えながら、今――。


響「……爆雷、投し――――」








  『 駄 目 だ ぁ ッ ! 撃 つ な 、響 ぃ ! 』

 

響「……!!」

響『し……司令官……!?』


   無線から聞こえてきた、司令官の絶叫。どういうわけかロシア語だった。
   驚きつつも、とっさにロシア語で返答する。

   けれど、私を本当に驚かせたのは、
   司令官が次に放った一言だった。


   

提督(無線)『そのミサイルを破損させるな! 
       ひょっとしたら……核廃棄物のタンクなのかも知れんッ!』



響「っ――!?」

 

―日本司令船 司令室―


響(無線)『そ、そんな……確証は!』

提督『ああ、無いさ。あくまで可能性の話だよ……』

提督『だがな! 可能性で済ますには、あまりにも危険が大きすぎる!』

提督『栄養にするためか、別の理由か……目的は全く分からんが……』

提督『彼女が言っていた通り……本当にあの棲姫が核を食って、
   あのミサイルを身に付けたとすれば……!』

提督『ミサイルの内部いっぱいに、食ったものを溜めこんでてもおかしくはない!』

響『――!』

提督『だとしたら、あのミサイルは……』

提督『50年分の核廃棄物を凝縮した、
   最悪の放射能兵器(ダーティ・ボム)になってるはずだッ!』

長官『……ッ……!』ギリッ

 

―ピョートル大帝湾 海上―

   
響『だ、だーてぃ……?』

提督『核爆発じゃなく、放射能汚染を目的にした兵器……』

提督『核弾頭自体は死んでいるとしても、あの体積分の廃棄物だ』

提督『中身をブチ撒けられるだけでも、とんでもない範囲の汚染が起こる!』

響『そんな……そんなこと、今になって……!』

潜水棲姫「クァァァァッ……! ハナシテェ! ハナセェェェェッ!!」バシャバシャ

響『ぐ、っ……だめだ、錨が……!』ザザザザッ


   縦横無尽に暴れまわり、錨を振りほどこうとする潜水棲姫。
   あまりの馬鹿力に、私も海の上を引き回されてしまった。


響『……! あれは……』


   視界の隅に、ルースキー島の沿岸が映る。
   ――建物も、車も、小さな人影すら見えた。

   これ以上、あの島に近づけるわけにはいかない。
 

提督『無茶苦茶を言ってるのは分かってる……でもな』

提督『今ここで奴を粉々にしたら……
   放射能汚染で、ウラジオ近海の生態系は壊滅だ!』

提督『それに、すぐ近くにいるお前たちはどうなる!
   艦娘だって、被曝の危険はゼロじゃないんだぞ!』

長官『――甘ったれたことをほざくなッ!』

響「!」


   突然、長官の怒声が通信に割り込んできた。
   どうやら、司令官の後ろから、無線機に向かって叫んでいるらしい。


長官『艦娘を全員沈めてでも、あのミサイルを深海に押し戻せ!』

提督『黙れ!』

長官『海洋汚染はもとより……万が一、市街地にでも撃ち込まれてみろ……!』

長官『チェルノブイリやフクシマを超える、史上最悪の放射能汚染になる!』

長官『それを分かって言っているのかッ!』

提督『……ッ……』
 

潜水棲姫「ウゥゥ……アアァァァッ!」ブチッ

響「……!」

潜水棲姫「ユルサナイ……ユルサナイィ……!」ブクブク


   鎖にかかっていた力が抜ける。錨を外されてしまったのだ。
   潜水棲姫が潜航していく。私はそれを睨みつけながら、急いで錨を引き戻す。


響『……だったら……』

響『どうすればいい……? 司令官……』
 

提督『――原形を保ったまま仕留めるんだ』

提督『鬼級・姫級の多くは、人間体の頭部さえ壊せば活動を停止する』

提督『錨でもいい、単装砲でもいい。
   近づいてきた所を拘束して……何とかして頭だけを吹き飛ばすんだ!』

響『…………』

響『……さすがにそれは……難しいな』

長官『何を悠長な! モロトヴェッツに繋げ! 「ルースキー」のМ-171にもだ!』

長官『潜水艦2隻で、敵旗艦を抑える! 捨て身で動きを止めさせろ!』

提督『――!』
 

長官『……どうした、少佐。あれほど望んでいた共同戦線だぞ』

長官『棲姫の人間体を羽交い絞めにすれば、一瞬程度は静止できる!』

長官『そこを確実に狙い撃て! 容赦するな、潜水艦ごと蜂の巣にしろッ!』

響『……っ!?』

提督『し……正気かッ、てめぇ!』

長官『安い代償だ! 汚染の被害を考えればッ!』

長官『もう……もう二度と、この国を汚させるものか……!』

長官『モロトヴェッツ! モロトヴェッツは何処だッ!』
 

書けるかと思ったが駄目だった 明日か明後日には必ず

―海中―

        キュァァァ……


  ドオォォォン…!  
             ドオォォォン…!


モロトヴェッツ『はぁ、はぁ……』

モロトヴェッツ『……ヴェールヌイ、潜水棲姫は今――』


       ドォォォォォン…!


モロトヴェッツ『っ……! あ、あ……駄目、また移動したわ……!』

モロトヴェッツ『…………』

モロトヴェッツ『情けないわね……』

モロトヴェッツ『大口叩いたくせに、逃げ回るので精一杯なんて……!』
 


     キュァァァァ…
               ドオォォォン…!


モロトヴェッツ『くぅっ……!』

モロトヴェッツ『どうして……どうしてこうも正確な深さに……!』

モロトヴェッツ『奴らのソナーが優秀だとしても、ここまで航路を予測されるなんて……』

モロトヴェッツ『……誰かに見張られているとでも言うの……!?』


     キュァァァァ…


モロトヴェッツ『――! また、この音……』

モロトヴェッツ『敵のソナー音……いや、もっと別の……』
 



   ドォォォン!   ドオォォォン!  ドォォォォォン!


モロトヴェッツ『っ! また至近距離……!』

モロトヴェッツ『…………』ジッ



     キュァァァァァ…



モロトヴェッツ『――!』ギュンッ

モロトヴェッツ『発信源はこっち……なら……!』

モロトヴェッツ『――――! あの岩陰っ……!』ギュォンッ



潜水ヨ級A「――!?」



モロトヴェッツ『……ヨ級……! やっぱり“斥候”が!』

 

―海上―


  ザザザザザ…


雷「撃ぇーっ!」ドォン

リ級「…………」ガキン

雷「まだまだっ……!」ドォン

リ級「…………」ダァン!ダァン!

雷「! あぅっ――」

響「雷!」

雷「だ、大丈夫……まだ小破!」

雷「ほら! もっとしっかり狙いなさいっ!」ドォン

リ級「…………」ドォン!ドォン!

雷「っ……そう、こっちよ……!」

雷「響の所になんて、ぜったい行かせないんだから……!」

響「雷っ! 駄目だ、無茶は――」
 


 
  シュルルルル…  


響「――!」


   ソナーに感あり。10時の方向より魚雷2本。
   通常の深海製魚雷よりも速い。潜水棲姫の撃ったものだろう。


響「……見えてるよ……!」


   体重移動で回頭し、棲姫の放った魚雷をやり過ごす。

   近づくのは危険だと判断したのか、棲姫は私から距離を取っていた。
   どうやら、中距離から魚雷を連発する戦術に切り替えたらしい。


響(でも……少し不味いな、これは)


   魚雷をかわし続けるのは簡単だ。
   けれど、爆雷が使えない以上、こう距離を取られてはらちが明かない。

   海上を走り回りながら、どうするべきかを考える――その時だった。
 

モロトヴェッツ『ヴェールヌイ! 敵の潜水艦を発見!』

響『――!』

モロトヴェッツ『あいつら……艦隊の“目”になっている!
        水中から私たちの位置を見張って、それを僚艦に教えてるんだわ!』

響『何だって……!?』

モロトヴェッツ『発見できたのはヨ級1隻! 軽巡と組んで、私を追跡してる……!』

響『……1隻? 敵のヨ級は、確かもう1隻――』


  ゴボゴボッ…


響「――――!」


   モロトヴェッツの報告に対し、もう一度確認を取ろうとする。
   しかしその瞬間、ソナーから不気味な水音が聴こえ、全身に悪寒が走った。

   モロトヴェッツからの警告はない。
   けれど、この感覚――もしかしたら。

 

響「くっ……」バッ

潜水棲姫「――シィィィイイエエエアァァァァァ!!」ザバァァン


   間一髪、走り抜けて避けることができた。
   前の戦いで痛い目に遭わされた、真下からの浮上突進。

   ミサイルのついた艤装体が、飛沫の真ん中から飛び出している。
   あの勢い、まるでミサイルに全ての浮力が集まっているようだ。
   中身がいっぱいに詰まっているなら、相当な密度のはずなのに。


潜水棲姫「キイィ……ッ! マタ……!」


   潜水棲姫の人間体も、艤装体に続いて飛び出てきた。
   憎らしそうな顔が見える。眉間の周りは痛々しくえぐれ、両目が確かに潰れていた。

   攻撃が失敗したのを知ると、潜水棲姫は再び潜航していく。


モロトヴェッツ『――! ヴェールヌイ! 今の、何が……』ドォォォン

モロトヴェッツ『ぐっ! このっ……!』

響「……なるほどね……」
 



   さっきからおかしいとは思っていた。
   目を失い、耳――ソナーだけが頼りの状態で、
   ここまで正確に追ってこれるはずがない。

   なら、考えられる可能性は1つだった。


響『モロトヴェッツ。もう1隻は私を見張ってる』

モロトヴェッツ『――!』

響『目が潰れてるはずなのに、棲姫の攻撃が的確すぎるんだ』

響『そっちと同じようにヨ級が見張ってるなら……あの精度にも納得がいく』

響『上も下も、向こうに筒抜けだ。このままじゃ、時間を稼ぐどころじゃない』

モロトヴェッツ『っ……ごめんなさい、私がもっと……!』
 

響『いいんだ。――作戦を変えよう』

響『私と雷で軽巡を沈める。そのあと、君は索敵に専念するんだ』

モロトヴェッツ『!』

響『爆雷さえ飛んでこなくなれば、君の脅威もなくなる』

響『そうなったら、あとは連携の勝負だ』

響『敵の潜水艦の位置、行動。
 そっちから見えて分かったことを……向こうよりも速く、残さず報告する』

響『……いけるかい?』

モロトヴェッツ『了解! 今度こそ――』

響「……雷、作戦変更だ。私たち2人で軽巡を――」
 



  ドォォォォン…! 
             ドォォォォォン…!


モロトヴェッツ『がぁっ――!?』

響『!』


   雷に向け、作戦変更の指示を飛ばした……その瞬間。

   耳の無線機から、くぐもった爆発音が鳴り響いた。
   そして、モロトヴェッツの叫び声も。


雷「……! モーラさん、モーラさんっ!?」

モロトヴェッツ『……う、ぁ……っ……』
 

雷「――響っ!」

響「モロトヴェッツの援護を! リ級に背中は見せないように!」

雷「了解!」ザザッ

リ級「…………」ガコン


   リ級に主砲を向けたまま、雷が大きく旋回する。
   対するリ級も、雷への狙いは逸らさずに次弾の装填に入っていた。
   ――けれど。


リ級「……――!」ピクッ

響「……?」

リ級「…………」クルッ

響「!」


   突然、リ級が身体を強張らせ、針路を180度転回した。
   急な命令を受けた兵士のような、迅速で無駄のない動きだった。

   無表情な瞳と禍々しい砲塔が、私に向かって狙いをつける。   
   次の瞬間、私の目の前を、副砲の弾幕がさえぎった。
 

リ級「…………」ダァン! ダァン! ダァン!

響「くっ……!」


   やみくもに撃っているようには見えない。明確な意志が感じられた。
   私の足止め。それしか考えられない。


響(けど……どうして、今になって……?)

リ級「…………」ダァン! ダァン! ダァン!

響「っ……」

響(――! 弾幕の隙間……あそこなら!)


   副砲を撃ち続けるリ級。
   けれどその射線には、ほんのわずかに、弾の通らない隙間があった。
   そこに意識を集中させ、何とかくぐりぬけようと試みた。

   そう。
   試みてしまった。
 

響「……行かせてもらうよ」ザザッ

リ級「…………」ダァン!ダァン!

響「よし――」ザザッ

リ級「…………」ニヤッ

響「――!?」


  バシャァァァン!


潜水棲姫「ウゥゥゥゥゥラアアアアァァァァァァァ!!」


   海が割れる。
   弾幕の隙間、その出口から、叫び声を上げる顔が飛び出す。


響「――ぁ――」
 



   待ち伏せだと、気付いた時にはもう遅かった。
   潜水棲姫の右横から、横向きになった艤装体が飛び出る。
   そして、まるで重さを感じさせない動きで、艤装体を左に振り払った。
   
   浮上する勢いを載せた突撃が、点ではなく線で私を襲う。
   棍棒のようなミサイルが、私の顔と身体を、したたかに打ちすえた。


響「がふっ――」


   すさまじい痛みが全身に走る。
   吹き飛ばされた自分が、海の上を転げ回っていくのが分かった。

   ぬるりとした液体がこみ上げ、呻き声と一緒に口から漏れていく。
   重油だ。口の中が切れたらしい。

 

雷「――! ひ……響ぃっ!!」

モロトヴェッツ『……ヴェールヌイ……? ヴェールヌイっ……!?』


響「……ぁ……ぐ……」


   雷とモロトヴェッツの声が、どこか遠くから聞こえる気がする。
   頭が働かない。回ってくれない。

   沈んではいない。かろうじて水面に浮かんでいる。
   でも、それだけだった。それ以上の状況は、何も分からない。

   頭を押さえる。帽子の中には、まだ固い感触があった。
   痛い。苦しい。立ち上がれない。身体がバラバラになりそうだった。

 

潜水棲姫「……ブザマ、ネェ……」

潜水棲姫「デモ……スグ、ラクニナルワ……」グパッ


   艤装体の口が開いている。
   私に向かって、牙を尖らせていた。

   頭にくっついた弾頭から、ブチブチという音が聴こえてきた。
   艤装体本体とミサイルとの間に、心なしか隙間ができている気がする。


潜水棲姫「……“メ”モ、“ミミ”モ、“ホッペ”モ、エグリヌイテッ!」

潜水棲姫「“イタミ”スラ、ワカラナクシテヤルカラネェッ!」

響「――――」


   潜水棲姫の顔が、こんなにも近い。

   今だ。今、主砲を叩き込めば。
   ああ、でも――腕が、すぐには……

   どうせ沈むなら……いっそ、爆雷と魚雷を全部……
   でも――それでは――
   

潜水棲姫「オワリヨォ、シロムスメェッ!!」グワッ
 



   クジラのような大顎が迫る。
   その光景が、ひどくゆっくりに見える。

   頭が震えている。目が霞んでいる。
   水がどうしようもなく冷たい。
   

響(…………)

響(……誰か……)


   誰か、代わりに、あの棲姫を。
   誰か、代わりに、みんなのことを。

   いや、ちがう。

   そうじゃないと、心のどこかで声がする。

   ああ、でも……もう、分からない。
   私は、このまま……


   誰か……


   誰か――――
   

 







 『――――ヴェーニャぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』





  



       ザザザザザ…   バシッ!!


雷「!!」


モロトヴェッツ『――!?』
  

潜水棲姫「ガッ……!?」


響「……?……」


   突然、身体にまた衝撃が走った。
   閉じかけていた目が、その勢いで見開かれる。

   手が見える。
   誰かが、私の手を握っている。
 

響「……う……」


   風だ。風が瞳に流れてくる。
   景色が動いている。自分の身体が、まだくっついている。

   頭が、少しずつはっきりしていく。
   誰かに肩を支えられながら、私は海の上を走っていた。


雷「あ、あの子……もしかして!」

モロトヴェッツ『イカズチ? どうしたの!? 誰が――』

 『ヴェーニャ、ヴェーニャっ!』

響「…………――!!」

 『あぁ……よかった……よかったよぉ……!』
 



   抱かれた肩に、懐かしいぬくもりが宿っている。
   涙の混じった声が、朝を告げる鐘の音のように、私の意識を目覚めさせた。
   
   ――――ああ。私は知っている。

   この温かい手を知っている。
   この柔らかな声を知っている。


響『……トビ……リシ……?』


トビリシ『ヴェーニャ……!』


響『――トビリシ……!』


トビリシ『ヴェーニャっ……ヴェーニャぁっ!!』


   亜麻色のおさげ。群青色の瞳。
   話好きで寂しがり屋の……忘れようもない、私の大切な友達。

   トビリシ。
   トビリシが、私を助けてくれた。

 

トビリシ『っ……!』ギュッ

響『……あ……』

トビリシ『…………』ギューッ

響『…………』

トビリシ『ヴェーニャ……わたし、わたしね……! ずっと……!』グスッ

響『……うん……うん……』


   トビリシが、私を強く抱きしめる。

   泣き虫なのは変わっていない。
   だけど……何だか少し、腕がたくましくなったみたいだ。

 
潜水棲姫「オ、オォ……オノレェェッ……!」

響『――! トビリシ、いけない……!』

トビリシ『大丈夫!』ザザッ

潜水棲姫「グッ……!?」


   爪先で軽やかに回転し、トビリシが棲姫に向き直る。
   そのまま滑らかに足を運び、潜水棲姫から距離を取った。
   

トビリシ『……もう、あんなのにヴェーニャを傷つけさせない』

トビリシ『だって……“わたしたち”が揃ったんだもの!』

響『え――?』
 



 『――――同志フルシチョフ、ご照覧あれッ!』


     ダァァァァン!   
                  ダァァァァァン!
          ダァァァァァン!


潜水棲姫「ッ……!」ザザッ

ヘ級A「ギ……」ドガン

ヘ級B「クゥッ……!?」ドガン

雷「! 砲撃!? どこから!?」

モロトヴェッツ『今のは……まさかっ!』ザバッ


 『あーあー、ミサイルは狙うなっつったでしょ、バカ』

 『あ、当たらないように撃っただろう!』

 『スレスレじゃないの。何が詰まってるか分かんないんだからさ』

 「軽巡ヘ級、2隻への命中を確認……なのです!」

 「響、響は大丈夫なの!?」

 「大丈夫。上手いことやったよ、あいつ……さ、私らも!」


響『――――!』

響『あ……あぁ……!』
 



 『――! …………』


   トビリシの来た方向から、4つの艦影が近づいてくる。
   
   先頭を進んでいる艦と目が合った。
   あの頃と変わらない、輝く朝日のような眼差し。


 『は、はは……何だ、その顔は……泣きそうじゃないか』

 『おまえほどの奴が情けない……!』

響『……君は……違うっていうのかい……?』

 『あ、当たり前だ……! こっ、国防を司るものとして、私はっ……』ポロポロ


   重そうな艤装を抱えた腕は、すっかり煤けて黒ずんでいた。
   守るべきもののために戦い続ける、何よりも尊い色をしていた。


響『また…… 一緒に戦えるんだね』


響『……カリーニン……!』


カリーニン『やめろぉ……! 今そんなこと言うなぁ!』ポロポロ
 

ラーザリ『そうそう、あんまベソかかさないでやってよ。照準が狂ったら困るしさ』

響『! ラーザリ……』

ラーザリ『……今度は正直に案内したよ。ほら』スッ

電「響ちゃん! 雷ちゃんっ!」

暁「よかった、間に合ったわ……!」

響「――!」

雷「あ……い、電! 暁ぃ!」ザザッ


   暁と電が、無事に戻ってくれた。   
   雷も、目を潤ませながら駆け寄ってくる。

   2人の顔を見ただけで、ひどく懐かしい、切ない気分になった。
   何だか、もう何十年も会っていなかったような気がする。
 

響「2人とも……」

電「……ごめんなさい。遅くなっちゃったのです」

雷「ほんとに……ほんとーに心配したんだからっ!」

暁「だ、大丈夫って言っておいたじゃない!」

雷「ばかっ! もー! あー……!」グスッ

トビリシ『……ふふっ』

カリーニン『立てるか? ヴェールヌイ』

響『……うん、もう大丈夫だ』

響『ありがとう、トビリシ』スッ

トビリシ『あっ……』

ラーザリ『あーらら……残念』

トビリシ『な、何がですかっ!』
 

モロトヴェッツ『……ラーザリ……』チャプ

ラーザリ『!』

カリーニン『モロトヴェッツ! 無事だったか……!』

モロトヴェッツ『ええ……何とかね』

ラーザリ『アレなら私の後ろにどうぞ。弾よけぐらいにはなるでしょうよ』

カリーニン『お前なぁ!』

ラーザリ『冗談だよ、冗談』

モロトヴェッツ『……あなたが、カリーニンたちを助けてくれたの?』

ラーザリ『何にもしちゃぁいませんよ。ここまでひーこら連れてきただけです』

モロトヴェッツ『……どうして……? あなた、戦いは……』

ラーザリ『……ま、色々理由はあるんですがね。どうせ本気にはしてもらえませんよ』
 



   私を中心にして、姉妹が、仲間が集まっていく。
   潜水艦1隻、巡洋艦2隻、そして駆逐艦が5隻。
   合計8隻の、即席の連合艦隊だ。

   空母もいなければ戦艦もいない。
   同じ「8隻一組」とはいえ、あの八八艦隊には遠く及ばない。

   けれど……こんなにも頼れる艦隊を、私は他にひとつも知らない。


潜水棲姫「ナ、ナンナノヨォ、ワラワラト……!」

ヘ級A「グ、グ……?」

リ級「…………」

ラーザリ『へっ、この人数相手には突っ込めないか。賢明だよ』


 ザザッ…


響「ん……?」

提督(無線)『――駆逐艦響、応答せよ! こちら司令船1号!』

響「!」

 

―日本司令船 司令室―


提督「こちら司令船1号! 響、今そっちに――」

響(無線)『司令官……みんなが、みんなが……!』

暁(無線)『あ、司令官! 聴こえてる!?』

提督「――! 暁、暁か!」

電(無線)『大丈夫なのです! 暁ちゃんも私も、ロシアのみんなも無事なのです!』

提督「……そうか……そうかっ……!」


 「おぉぉ……!」     「ふぅ……」
                       「これで……!」
        「よしっ……」


長官『…………!』ズイッ

提督『! おい、いい加減に……!』

長官『どけッ! 奴に……ラーザリに繋げッ!』

長官『救援艦隊の旗艦は奴だ! 艦隊の指揮権は我々にあるッ!』


ラーザリ(無線)『……そいつはちょっと違いますねえ、長官』


長官『!? ラーザリ……!』

 

―ピョートル大帝湾 海上―


ラーザリ『しばらくぶりですね。何だってそっちの船に?』

長官(無線)『ラーザリ! どういう意味だ、何が違うと!』

長官『戦闘の指揮は私が執る! 
   貴様は艦隊を統制し、ヴェールヌイの逃亡を食い止めろ!』

響『――!』

ラーザリ『……何ですって?』

長官『奴ら、取引を反故にしたばかりか、国家機密を盗んで逃亡を企てている!』

長官『だが、今は姫級の無力化が最優先だ! 利用できるだけ利用させるぞ!』

長官『あとはFSBが到着するまで……くそ、放せッ!』

ラーザリ『…………』

ラーザリ『長官。指揮は私が執りますよ』

長官『な……分からないのかッ! 貴様のような新兵同然のド素人には……!』

ラーザリ『そのド素人に、艦隊を丸投げしたのはどなたです?』

長官『――!』
 

ラーザリ『出撃前におっしゃったでしょう?』

ラーザリ『この別働隊の作戦指揮は、全て旗艦の私に一任すると』

ラーザリ『御命令だからやりますけどね。慣れないもんで、もう手いっぱいですよ』

ラーザリ『それこそ……うっかり、ヴェールヌイたちから目を離しちゃいそうです』

長官『……き、貴様ッ……!』

ラーザリ『……長官。あんたの人事ですよ』

ラーザリ『こんな未熟者に旗艦を任せるなんて……ひどい人選ミスじゃありませんか』

ラーザリ『うっかり日本艦を逃がしちゃっても、これじゃあ文句は言えませんねぇ』

長官『……ッ……!』

ラーザリ『敵が来てます。また後ほど』

長官『ま、待――』プツッ

ラーザリ『…………』
 

ラーザリ『出撃前におっしゃったでしょう?』

ラーザリ『この別働隊の作戦指揮は、全て旗艦の私に一任すると』

ラーザリ『御命令だからやりますけどね。慣れないもんで、もう手いっぱいですよ』

ラーザリ『それこそ……うっかり、ヴェールヌイたちから目を離しちゃいそうです』

長官『……き、貴様ッ……!』

ラーザリ『……長官。あんたの人事ですよ』

ラーザリ『こんな未熟者に旗艦を任せるなんて……ひどい人選ミスじゃありませんか』

ラーザリ『うっかり日本艦を逃がしちゃっても、これじゃあ文句は言えませんねぇ』

長官『……ッ……!』

ラーザリ『敵が来てます。また後ほど』

長官『ま、待――』プツッ

ラーザリ『…………』
 



   何も言わずに、無線を切るラーザリ。
   唇が小刻みに震えている。ボロボロになった手足も同じだ。
   
   けれど……どういうわけか、その顔つきは、
   基地で再開したときとは別人のように見えた。


ラーザリ『……さ、ヴェールヌイ! みんなに指示を!』

響『!』

ラーザリ『旗艦つったって、私はこんなだし……戦いの経験だってロクにない』

ラーザリ『それに、みんな……あんたが言うなら、何だってやれるだろうしさ』

響『……ラーザリ』

ラーザリ『日本語でもロシア語でもいい。どんな命令でも、私が完全に通訳する』

ラーザリ『あんたの思う通りに動いてみせる。考えた通りに動かしてみせる』

ラーザリ『自分で言うのもなんだけど……頭だけは自信あるからさ』


   ラーザリが笑顔を浮かべている。
   彼女のこんな柔らかい笑みを、私は今まで見たことがなかった。
 


響「…………」   


   周りを見渡す。
   姉妹のみんなが、同志のみんなが、私の方を向いていた。
   色とりどりの、思い思いの目で、私の言葉を待っていた。


響「…………」スゥ


   息を整え、頭を冷ます。
   けれど、胸の奥には何かが灯り、今にも高く燃え上がろうとしている。

 

響「――艦隊、輪形陣!」

響「ラーザリを中央に、右舷側にトビリシ、その右に暁!」

トビリシ『こっちね!』

暁「任せて!」

響「左舷側にはカリーニン、その左に電!」

カリーニン『了解!』

電「なのです!」

響「ラーザリの後方に雷、艦隊最後尾にモロトヴェッツ!」

雷「はーいっ!」

モロトヴェッツ『しんがり……そうか、そういうこと……!』
 

響「……あとは……」ザザッ


   ラーザリの前、艦隊の先頭に躍り出る。
   これで、輪形陣が完成した。

   損傷した仲間たちを、第六駆逐隊で囲んで守る。
   そして、敵潜水艦の索敵を広範囲で行いながら、確実に敵を減らしていく。
   そのための最適な陣形だ。


潜水棲姫「――! クル……クルワネェ、シロムスメ……!」

リ級「…………」ガコン


   敵も、私たちが陣を組んだのに気付いた。
   様子見は終わるつもりだろう。お互い、もう全力でぶつかり合うしかない。
   けれど、押し負けるつもりは少しもない。


響「……まずは水上艦を片づける」

響「第六駆逐隊、ソビエト太平洋艦隊、合戦準備!」


  『『「「了解っ!」」』』

 

暁「響、いつものあれは?」

雷「そうそう、あれあれ!」

カリーニン『ヴェールヌイ! こういう時は……!』

トビリシ『そうよ、あの演習みたいに!』


響「…………」


響「……そうだね……!」


響「いっしょに行こう、みんな……!」






響「 У р а а а а а а а а ! ! 」




     ウ ラ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ
 「「『『 У р а а а а а а а а а а а а ! !」」』』


 

―ウラジオストクより約9000km―
―時差にしておよそ7時間―

―モスクワ クレムリン・カザコフ館―


側近『閣下!』

?『……7時まで眠ると言っておいたはずだぞ』

側近『も、申し訳ありません! それが、ウラジオストクより緊急の要請が……!』

?『ウラジオストク……?』

側近『はッ! 現地のFSB支部に対し、太平洋艦隊が出動許可を要請しております!』

側近『その……新型の敵艦船が出現し、
   さらに艦隊司令官が、合同演習中の日本軍に拘束されたと……!』

?『何だと!?』

側近『現在、出撃中の司令艇に向かって、再度情報の確認を求めておりますが……』

側近『あちらからの返答も要領を得ず、状況は依然として不明です』
 

側近『……ですが、こちらをご覧ください』スッ

?『何だ……動画か?』

側近『ウラジオストク地方、ルースキー島の住民により、約30分前に投稿されたものです』

側近『海岸付近で、その新型とやらを撮影したらしく……』

?『――! この頭は――』

側近『該当の動画は削除されましたが、断続的に再アップロードされており……』

側近『すでにウェブ上では、合計5万回以上共有されております』

側近『さらに、その……“弾頭状”の頭部について、
   複数の国際反核団体が声明とコメントを……』

?『…………』

?『――あちらのFSB支部に繋げ。私が直接指令を下す』

側近『……かしこまりました、大統領閣下!』

大統領『…………』



大統領『仕損じたか。あれほど目をかけてやったのに』

大統領『この代償は……高くつくぞ、大将』

 

―ピョートル大帝湾 海上―
―ウラジオストクより沖合7km―


響「電、潜水棲姫の位置は?」

電「艦隊より7時方向、距離300……遠ざかってるのです!」

ラーザリ「また潜って逃げんのか。面倒だね」

響「いや、機会を伺うつもりなんだ。こっちが急に増えたから……」

リ級「…………」クイッ

ヘ級A「! ギギッ……」ガチャッ

響「……こうやって、手下で様子見をさせる」

雷「敵軽巡、爆雷投下を準備! モーラさんをまだ狙ってるわ!」

モロトヴェッツ『すれ違いざまに叩き込む気ね……!』

響「カリーニン、ラーザリ! 左舷砲戦用意!」

カリーニン『了解! 左舷、砲戦用意!』チャキッ

ヘ級B「グギ……!」
 
響「撃ぇーっ!」

ラーザリ『Огонь(撃ぇーッ)!』
 



   号令と共に、カリーニンとラーザリの18cm砲が火を噴く。
   けど、至近距離とはいえ、敵水上艦の動きは予想以上に速かった。


ヘ級A「グ……!」ザザッ

ヘ級B「……! ……」ザザッ

リ級「…………」ザザッ

カリーニン『くっ……! 命中無し!』

ラーザリ『……弾がまとまんないね。やっぱ大破じゃ駄目か』

カリーニン『だが夾叉弾だ! 次こそは……』

響『いや、これでいい……!』


   挟叉弾に晒され、敵軽巡2隻は慌てて針路を変更した。
   私たちの針路に対して垂直に、用心深く遠ざかっていく。
   魚雷を叩き込む、絶好の機会だった。


響「雷、電! 左舷魚雷戦用意!」ガチャン

雷「はいはーいっ! 左舷魚雷戦用意っ!」ガチャン

電「命中……させちゃいますっ!」ガチャン
 

響「発射管1番から3番、撃ぇーっ!」

雷「てーっ!!」


   小気味よい発射音を立てて、魚雷が水面に撃ち込まれる。
   9本の雷跡が、後進する敵軽巡たちに迫っていく。
   

ヘ級A「……!!」


   ヘ級の片割れが感づいたようだ。
   けれど、分かったときにはもう遅い。

   着弾まで5秒。4、3、2……


響「――着弾!」


 ズドォォォォォォン!


ヘ級A「グゴォォォ……!」

ヘ級B「ギィ……ァァァ……」ブクブク

リ級「…………!……」

響「よし……魚雷命中、敵艦1隻撃沈!」

ラーザリ『……♪』ヒュゥ

雷「ぃやったぁ!」
 

電「待ってください、まだ……!」

ヘ級A「……ィィィ……ァァァアア!!」ザザッ

雷「――!」


   もう1隻の軽巡ヘ級は、大破したものの沈んではいなかった。
   満身創痍の状態にも関わらず、私たちに向かって突っ込んでくる。
   最期の悪あがきをするつもりらしい。


カリーニン『ッ……くそ、次弾装填が……!』

雷「……いいわね、電!」ザッ

電「はい!」ザッ

カリーニン『!?』

ヘ級A「ギッ……!?」

雷・電「「せぇ、のっ!!」」ブンッ


  ゴ シ ャ ッ !


ヘ級A「ベギャッ――!」ブクブク

カリーニン『……な……!?』


   雷と電による、錨の同時攻撃。
   迫ってきたヘ級は返り討ちにされ、大きくのけぞって沈んでいった。
   その様子を、カリーニンはぽかんとした顔で眺めている。

 

トビリシ『す……すごいわ! ねえ何今の! 何がどうなったの!?』

ラーザリ『……普通に錨で殴ったんじゃないの?』

暁「ふふ、かっこいいでしょ! 2人が天ちゃんと編み出した必殺技、
  『雷電撃砕打(サンダーボルトデストロイヤー)』よ!」

響「呼んでるのは天ちゃんだけだったけどね」

カリーニン『う、うらやましい……』

ラーザリ『……何が?』

響『モロトヴェッツ、軽巡2隻を撃沈! 残りは重巡1隻だけだ』

モロトヴェッツ『ええ、こっちからも見えるわ。砕けながら沈んでいく……』

モロトヴェッツ『……これでもう、私を脅かすものはいない。
        再度、偵察と遊撃に移るわ! 単独航行の許可を!』

響『……了解、許可する。けど、絶対に――』

モロトヴェッツ『分かってる。無理は禁物でしょう?』

モロトヴェッツ『今度は、あなたに潜ってもらうわけにもいかないもの』フフッ


   小さな含み笑いを残して、モロトヴェッツが通信を切る。
   陣形の最後尾を離れ、さらに深く潜っていく姿が見えた。

 

響「…………」
   
暁「あと私はね、暁光淑女玻璃拳(トワイライトレディーハリケーン)っていう――」

トビリシ『と、とわ……ラーザリさん! 今なんて言ったんですか!?』

ラーザリ『……余裕あるね、あんたら』

リ級「……――……」ザザザッ

響「――! 暁、右舷に重巡リ級!」

暁「!」バッ

トビリシ『あ……!』

リ級「――――!」ジャキッ

暁「やぁっ!」ドォン

リ級「――!?」ヨロッ


   私たちの右舷側へ回り込み、主砲を構えていたリ級。
   けれど、暁がとっさに放った砲撃が、リ級の攻撃態勢を崩した。


暁「どう? 不意打ちなんて百年早いんだから!」

暁「……あ、勝手に撃っちゃったけどいいわよね、響?」

響「……ハラショー」

暁「当然よ!」フフン
 

響『トビリシ、右舷砲戦用意! 暁と同時に!』

トビリシ『う、うん! やってみる……!』スッ

リ級「…………――」ジャキッ

暁「――トビリシちゃん!」ドォン

トビリシ『――! だーっ!』ドォン

リ級「…………!」グラッ

トビリシ『あ、当たった!』

暁「そうよ、うまいわ!」

リ級「……! ……!」ジャキッ

暁「む……このっ!」ドォン

トビリシ『っ!』ドォン

リ級「……――――!!」ヨロッ


   リ級が艤装を構えるたびに、暁たちは素早く主砲を放つ。
   装甲を貫けない非力な12.7cm砲でも、敵の態勢を崩す程度の威力はある。
   艤装を狙った正確な砲撃が、確実に攻撃の出鼻をくじいていた。


暁「そして……ちょっとずつ、近づいてっ!」ガチャン!

トビリシ『! 錨……!』
 

暁「お姉ちゃんだもん、私がいちばん上手いんだからっ!」ヒュンヒュンヒュン

リ級「…………!?」ビクッ

暁「とおおおぉぉぉぉっ!!」ブンッ


 ジャララララ…ガキッ!


リ級「……!」ググッ

トビリシ『……うそ……』


   遠心力で回された錨が、リ級に向かって勢い良く放たれる。
   鎖が金属音を立てて延びてゆき、リ級の艤装に絡みついた。

   錨の突起も、艤装と人間体の隙間に深々と食い込んでいる。
   リ級はもがいて移動しようとするが、暁は鎖を引き、身動きを許さない。


暁「……投げ縄もレディーのたしなみよ」ドヤァ

ラーザリ「どこの牧場のレディーだよ」

暁「いいの! アイオワさんもやってたんだから!」グググ

雷「暁、金髪とレディーは違うのよ?」

暁「あーもう! ほら、せっかく動けなくしたんじゃない!」

暁「見てなさい! 一気に魚雷で片付けて――」ガコン
 



   暁が魚雷発射管を構えた、その瞬間。
   右耳の無線に、モロトヴェッツの声が響いた。


モロトヴェッツ『ヴェールヌイっ! 8時の方向より魚雷接近!』

響「! 電、ソナー!」

電「――!」ピクッ

電「8時方向より魚雷接近なのです! 距離500、速力40ノット、数4!」

暁「えっ!?」

響「っ!」


   電が、額に汗を浮かべて叫んだ。
   敵の魚雷。姿を隠した潜水棲姫が、再び仕掛けてきたのだろう。

   500で40。猶予はおよそ25秒。全速力で回避すれば、十分に間に合う。
   とはいえ、攻撃は中断するしかない。
 

響「魚雷接近! とーりかーじっ、30度!」ザザッ

ラーザリ『了解、取舵30度っ!』ザザッ

暁「……ふぬぬぬ……!」グググ


   艦隊全体で左に旋回し、回避行動をとる。
   しかし、暁の動きが少し遅れていた。

   錨をリ級に巻き付けているせいだ。
   鎖を肩に回して背負い、そのまま旋回しようとしている。
   せっかくつかんだ好機を、ぎりぎりまで手放さないつもりかもしれない。
   

響「暁、鎖を外すんだ!」

暁「だ、大丈夫よ! 私の馬力なら……」

響「暁っ!」

暁「……っ……もう! あと少しだったのに――」
 


   
   不満そうな顔で、暁が応える。
   鎖の根元を引っ張り、艤装と鎖を分離させようとする――。
   その瞬間。


カリーニン『いいや、それでいい! 恩に着るッ!』

カリーニン『ベリエフッ!』ブンッ

水上機『――――』ブゥーン

リ級「!」

カリーニン『Огонь(撃ぇーッ)!』ドォン!


   カリーニンが主砲を放つ。
   砲弾はリ級の艤装を貫き、暁の鎖が衝撃で千切れた。


暁「ひゃぁっ!」ヨロッ

雷「あ、暁! 早くこっちに!」

電「……! 大丈夫です、回避成功なのです!」


   引っ張っていた暁が、緊張を切られて前のめりによろけた。
   その後ろを、敵の魚雷が通り過ぎていく。

 

リ級「…………ウ、グ――」

カリーニン『弾着観測……! 仰角、旋回角、修正完了!』キィッ

カリーニン『18cm三連装砲、3基9門、装填完了!』ガコンッ

リ級「――――!!」

カリーニン『……同志カリーニンの名の下にッ! Залп(斉射)!』


   9門の砲口が、一斉に火を噴いた。
   砲弾はゆるやかな放物線を描き、吸い込まれるように命中する。
   爆炎に包まれたリ級が、苦悶の表情を浮かべて沈んでいった。


暁「わぁ……!」

カリーニン『すまないな、アカヅキ。錨をダメにしてしまった』

響『……弾着観測射撃……いったいどこで?』

カリーニン『ふふ……同志レーニンはおっしゃったぞ? “学べ、学べ、なお学べ”――』

カリーニン『この時代になって、やっとの実戦だ。
      現代というものに追いつくには、いくら学んでも足りないな!』

響『……ああ。そうだね』


   連装砲を得意げに構えて、笑顔を浮かべるカリーニン。
   彼女は、今この瞬間こそを、生まれてからずっと待ち望んでいたのかもしれない。
   ふと、そんなことが思い浮かんだ。

 

モロトヴェッツ『――! ヴェールヌイ、敵潜水艦3隻を発見!』

響「!」

モロトヴェッツ『我が艦隊に接近中! 姫級が先行、その後方に2隻!』

ラーザリ『来たね、突っ込んできやがるか……!』

響「電っ」

電「ソナー感あり、9時方向より噴進音! ピンガー打ちますっ!」


 ポーン…


電「……――距離520、数3!」

電「速度、20……いえ、25、30……!?」

電「ま、真ん中の1隻が突進してきます! 現在、速度35ノット!」

トビリシ『さんっ――!?』

カリーニン『あの姫級か……! ヴェールヌイ、どっちに避ける!?』
 

響「電、他のヨ級2隻は? 止まってるのかい?」

電「いえ! 速度20ノット、約50m間隔で並行してるのです!」

ラーザリ『……? そいつらは突っ込んでこないっての?』

モロトヴェッツ『あくまでも“目”に徹するつもりね……!』
   
トビリシ『目……?』

モロトヴェッツ『その2隻が教えてるのよ! 私たちの位置を、目の潰れた姫級に!』


   戦いの基本はただひとつ。「相手よりも先に、相手を見つけること」。
   それは、艦娘と深海棲艦の戦闘でも同じだ。

   特に潜水艦は、不意打ちを正確に叩き込むことが全て。
   そのためには、「耳」……聴音機からの大まかな情報だけではまるで足りない。
   「目」で見て測ったことを、「耳」で補って、はじめてまともな戦いになる。

   あの「目」が潰れた潜水棲姫には、今や「耳」しか残っていない。
   だからこそ、味方の潜水艦を随伴させて、「目」の代わりをさせるしかないんだ。


響『……だから……』

響『その2隻さえ、仕留めれば』

ラーザリ『……!』

カリーニン『いけるのか!?』


響「……作戦があるんだ」

響「あの陣形で来るなら……やれるよ。問題なく」


 

―海中―


ヨ級A「……ッギ、ギイッ……」


 キュァァァ…


潜水棲姫「ミギ……スコシ……フフ、リョウカァイ……!」


 キュァァァ…


潜水棲姫「アノ シロイノハ マンナカ……マチガイナイノネ……?」

ヨ級B「ギ……」

潜水棲姫「イイワァ……ジックリ、ミテナサイ……」

潜水棲姫「ワタシノ、“ツノ”ガ……コノ、ウルワシイ “ツノ”ガ……!」

潜水棲姫「アノムスメヲ……ペッチャンコニ シテヤルワァッ……!」ギュンッ


 ボゴボゴボゴボゴボゴボゴ…!


潜水棲姫「フフ……フフフ……フフッフフアハハハハハ……!」

潜水棲姫「ゴオッ……! ヨンッ……! サンッ……!」





モロトヴェッツ『――――来たっ!』

 

―ピョートル大帝湾 海上―


モロトヴェッツ『今よっ!』


響「面舵一杯!」ギュンッ

ラーザリ『取舵一杯!』ギュンッ


   モロトヴェッツの号令が合図だった。
   艦隊がまっぷたつに分かれ、最大戦速でVの字を描く。
   その直後、私たちのいた場所から、潜水棲姫の艤装体が飛び出した。


潜水棲姫「……ア…………!?」


   海上へ跳ねた潜水棲姫が、勢いを止められずに前進していく。
   きっと今頃、手応えのなさに呆然としているのだろう。
 



   二手に分かれた私たちも、背後には目もくれずに進む。
   V字の右側は、私と暁、そしてトビリシ。
   左側にはラーザリとカリーニン、それから電と雷だ。



ラーザリ「探信音ッ!」              響「ピンガー打てっ」


電「敵発見なのです! 2時方向――」    暁「10時方向、距離180!」


ラーザリ「爆雷投射用意!」           響「爆雷投射準備!」


雷「了解っ! カリーニンさんっ!」       暁「いくわよ、トビリシちゃん!」

カリーニン『おおっ!』              トビリシ『うんっ! やっちゃうから!』


             ラーザリ「第一波――――」


              響「投射、始めーっ!」



   全員の軌条から、何十という数の爆雷が投射された。
   海を埋め尽くす勢いで、きれいな放物線が何重にも描かれる。

   ふと、あの夜のことを思い出した。
   背負った薪を、こんなふうに投げた、あの忘れられない演習の夜を。

 

―海中―


 ドボン!   ドボン!  ドボン!
    ドボン!  ドボン!      ドボン!


ヨ級A「グゥ……!」


 …ドォン! 
       ドォン!   ドォンッ!


ヨ級B「ギッ……!」


モロトヴェッツ『! 当たってない……敵が浮上していく!』

モロトヴェッツ『起爆深度が深すぎるわ! あれでは――』


 ドボン! ドボン   ドボン ドボン ドボン!
  ドボン ドボン ドボン ドボン!
 ドボッ  ドボン ドボッ ドボッ ドボッ  ドボン!


モロトヴェッツ『ッ――!』


ヨ級A「…………!?」

ヨ級B「ギァ――」


 ドォン!ドォン!ドォン! ドォン!ドォン!
   ドォン!  ドォン!    ドォン!  ドォン!
  ドォン! ドォン! ドォン! ドォン! ドォン! ドォン!
  

モロトヴェッツ『あ…………』

モロトヴェッツ『……上がった所に……第二波を……!』

 

―海上―


響『モロトヴェッツ、状況は?』

モロトヴェッツ『せ、潜水ヨ級2隻……撃沈を確認!』

響「よし……敵潜水艦、撃沈!」

雷「ぃやったぁ!」

トビリシ『ひゅぅーっ!』

モロトヴェッツ『爆雷が、深い所から順に爆発して……死刑台の階段みたいに見えたわ』

モロトヴェッツ『……最初から見越していたの? 敵が上に逃げるのを……』

響『そうするように仕向けただけさ。私たちには普通のことだよ』

モロトヴェッツ『…………』

モロトヴェッツ『恐ろしい練度ね。あなたたちが味方で本当に良かった』

響『演習の本番が楽しみだね』フフッ

モロトヴェッツ『ええ…………』





モロトヴェッツ『――――ッ!』ザザッ
 

響『……!? モロトヴェッツ!?』

モロトヴェッツ『まずい……! あいつ、引き返して――』

モロトヴェッツ『このままじゃ……――――ッ』


   瞬間、耳の無線から、激しい衝突音が鳴り響いた。
   そして、1秒も間を置かず、背後から強烈な水音が上がる。
   

響「……!」

カリーニン『っ、な、何だ!?』


雷「あ、あそこっ!」

響『モロトヴェッツ!』
 

   艦隊を合流させ、180度回頭する。
   視線の先には、海面に浮上した潜水棲姫の姿があった。
   けれど、こちらに向かってくる様子もなく、忌まわしそうに腕を振っている。


潜水棲姫「グ……コ、コノ、ジャマヲ……!」ザバッ

モロトヴェッツ『う……ぐ……』グググ


   そして、その腕の先には……
   息も絶え絶えで棲姫にしがみつく、モロトヴェッツの姿があった。
 

カリーニン『あいつ……まさか、真正面からぶつかりに行ったのか!?
      奴が来るのを止めるために……!』

ラーザリ『……!』


モロトヴェッツ『こ、の……ッ……!』ガチャッ

潜水棲姫「ッ――」


   腰の艤装から錨を取り出し、瞬時に棲姫の顔へと放つ。
   直接とどめを差すか、そうでなくても人間体を拘束するつもりらしい。

   私たちのそれに比べて、モロトヴェッツの錨は小さく、鎖も細い。
   さながら、鉤爪のついたロープのようだ。


潜水棲姫「フンッ!」グイッ

モロトヴェッツ『……くッ……!』


 ガキッ!


暁「あ……は、外れちゃった……」


   腕をねじられ、狙いを逸らされたモロトヴェッツ。
   放った錨は、潜水棲姫の顔を捉えることができなかった。
   艤装体と弾頭の間に入り込み、内部に引っ掛かって止まる。
 

潜水棲姫「ッチ……!」ブンッ

モロトヴェッツ『くぅっ!』

潜水棲姫「モウ……! トレロ! トレナサイッテノニ……!」ブンブン

モロトヴェッツ『っ……っ……!』


   潜水棲姫もそのまま大人しくしているはずがない。
   艤装体を大きく振り乱し、モロトヴェッツごと錨を外そうとする。

   モロトヴェッツは、いくら錨を振り回されても、棲姫の腕を離そうとしない。   
   鎖だけが伸びていき、段々と弾頭に巻きついていった。
 

響「……? あの弾頭……」

ラーザリ『ヴェールヌイ?』

響『揺れてないかい? もしかして……』

ラーザリ『――!』


   気のせいか、弾頭がぐらぐらと揺れているように見えた。
   度重なる戦闘での酷使で、艤装との癒着が弱まっているのかもしれない。
   ということは、もしかすると――。
 

潜水棲姫「フナムシガ……! キタナラシイ テヲッ……!」シュルルルル

モロトヴェッツ『――!』

潜水棲姫「イイワ……! ソンナニ、ワタシガ キニイッタノネェ……!」

潜水棲姫「ダッタラ……チョクセツッ! ネジキッテヤルッ!」ググッ

モロトヴェッツ『げ、ぁっ……!』


雷「か、髪……!? モーラさんっ!」


   棲姫の白髪が蛇のようにうごめき、モロトヴェッツの首を締め始めた。
   避ける暇もなく、モロトヴェッツが苦しそうな息を漏らす。


電「大変……! 響ちゃんっ、はやく――」

ラーザリ『…………』

ラーザリ『人間体が丸出しだ。それに、動きも止まってる。今なら……』

響『――――!』
 

トビリシ『え……で、でも……!』

カリーニン『駄目だ、モロトヴェッツが近すぎる!』

カリーニン『人間体だけを狙うにしても、このまま撃てば、あいつまで……!』

ラーザリ『…………』

カリーニン『――お前……お前、まさかッ!』

ラーザリ『ばーか。まだ何にも言ってないでしょうが』

カリーニン『えっ……?』

ラーザリ『要はさ、あの弾頭さえ引っこ抜けば、何にも問題はないわけだ』

ラーザリ『モロトヴェッツをテキトーに助けて、あとはバカスカ撃ち放題だよ』

ラーザリ『……そういうことでしょ、ヴェールヌイ?』

響『ラーザリ、何を……』
 

ラーザリ『…………』

ラーザリ『……ま、ちっとは期待しててよね』ザザッ

響『……!?』


   輪形陣の中央から躍り出て、独りで前進していくラーザリ。
   大破した艤装を全速で駆動させ、棲姫の元へと向かっていく。


雷「え……」

カリーニン『!? ば、馬鹿、戻れっ! ラーザリ! ラーザリっ!』

響「くっ……」ザザッ


   連れ戻そうと、ラーザリの後を追う。
   あの状態では、1発砲撃を受けただけでも轟沈してしまう。
   理由が何であれ、行かせるわけにはいかない。

 

ラーザリ『…………』カチッ

ラーザリ『……長官、こちらラーザリ・カガノーヴィチ』

長官(無線)『ッ――!?』

ラーザリ『現在、モロトヴェッツが敵棲姫と接触中。両者は膠着状態にあり』

長官『! 了解した、撃てッ!』

ラーザリ『…………』

長官『弾頭には決して当てるな! 頭部を確実に吹き飛ばせ!』

長官『貴様の腕はたかが知れている! 近づいて確実に仕留めるのだ!
   必要ならばモロトヴェッツごと貫通させろ!』

ラーザリ『――安心したよ』

ラーザリ『どうせ、そう言うだろうと思ってた』

長官『あ……?』

ラーザリ『無線はこのままにしとく』

ラーザリ『いい機会だし、あんたにも聞いててもらうよ』


響『ラーザリ! それ以上近づいたら……』
 


   
   潜水棲姫の間近に迫るラーザリ。
   棲姫はその時になってようやく、ラーザリの接近を感知したようだった。


潜水棲姫「ギッ……!?」

モロトヴェッツ『……! ラー……ザっ……』

ラーザリ『悪いね。鎌でも持ってれば良かったんだけど』

ラーザリ『……ちょっと借りるよ、モロトヴェッツ』ガシッ

モロトヴェッツ『――――!』

ラーザリ『ふんっ……!』グイッ


   ラーザリが、弾頭から伸びていた鎖を手に取る。
   そしてそのまま、ボロボロの手で、鎖を思い切り引っ張り始めた。


ラーザリ『ん、むっ……おぉぉ……っ!』グググ

長官『ラーザリ! どうした、何をやっているッ!』

ラーザリ『分かるでしょうが……! 命令、違反……!』グググ

潜水棲姫「ナニ、ヲ……!」
 



 ブチッ… ブチッ!


潜水棲姫「……――ッ!!」

ラーザリ『は、は……ほら……外れてきやがった……』
 
長官『何をしているのだ! 撃て、早く撃てッ!』

長官『敵は目の前だぞ! この期に及んで躊躇するのか!』

長官『成し遂げれば貴様は英雄だ! 総司令部への栄転も間違いないッ!』

ラーザリ『へぇ……いい、ねえ……そりゃあ……』グググ

潜水棲姫「コ……コノッ、コノッ!」ジタバタ

ラーザリ『っぐ! させるかッ……!』グイッ

モロトヴェッツ『だめ……! ラー……ザリ……!』
 

長官『命令だ! 撃てと言っている!』

長官『祖国を守れ! ウラジオストクを守れ! その程度の犠牲は犠牲とも呼べん!』

長官『命令無視を続けるなら、たとえ帰還しても貴様は解体だ!
   さんざん痛めつけてから鉄屑にしてやる!』

長官『怖いだろう! 怖いはずだ! 怖いと言えッ! 撃つと言えッ!』


ラーザリ『…………』

ラーザリ『……ああ、怖いよ……』

ラーザリ『解体されるのだって……あんたのことだって……』

ラーザリ『こうやって立ってるのも、戦ってるのも……怖くて、怖くてしょうがない……』




ラーザリ『……でもね……』

ラーザリ『そんなのより、よっぽど怖いものができたんだ』


 

モロトヴェッツ『――――!』

長官『何を――』

ラーザリ『分かる? やっと、誇りって奴が持てそうなんだよ……』

ラーザリ『こんな……こんな私でも、やっと……!』

潜水棲姫「アア……モウッ!」シュルッ

モロトヴェッツ『! ゆ、緩んだ……!?』

ラーザリ『……へっ、そりゃあこっちに来るよねぇ』

潜水棲姫「ウルサイノヨォッ!」シュルッ


 ガシッ…!


潜水棲姫「ウッ……!?」

モロトヴェッツ『ぐ……っ……!』ググッ

潜水棲姫「カミ……ワタシノ、カミヲ……コイツ!」

モロトヴェッツ『……どう……したの……狙いは私でしょう……!』ググッ

ラーザリ『……! あんた……』


   ラーザリに向かいかけた棲姫の髪を、モロトヴェッツが掴んで食い止めている。
   2人の元まで、あともう少し。

   棲姫の動きが固まっている今なら、懐に潜り込むこともできるかもしれない。
   でもまずは、大破したラーザリを敵から引き離すのが先決だ。
 

響『ラーザリ、駄目だっ、はやく……』ザザザ

潜水棲姫「――!」ピクッ

潜水棲姫「…………」

潜水棲姫「…………」ニタッ


 ガコッ…


ラーザリ『……!』

ラーザリ『ヴェールヌイ、来ないで! こいつ――』

潜水棲姫「……フ……フフフッ……!」


 バシュッ…!


ラーザリ『っ――』ザザッ


   ラーザリが動いた。
   鎖を握ったまま、弧を描くように、潜水棲姫の左舷側へ飛び出た。
   ちょうど、私が進もうとする路に、割って入るかのように。


   そして、まばたきをするほどの時間も置かずに……


   轟音を立てて、水柱が上がった。

 

響「…………」

響「……え……?」


   突き上がった水が、いやにゆっくりと降りかかってくる。
   鉄の焼けたような臭いが、風に乗って漂ってきた。


モロトヴェッツ『――――!!』

潜水棲姫「…………!?」


   モロトヴェッツが、言葉を失っている。
   潜水棲姫も、目を見開いている。


ラーザリ『…………』


   水柱が消え、ラーザリの姿が見えた。
   足元から黒い煙が出て、水面にめり込むように下がっていく。
   腰の艤装が錆びついていき、スポンジか何かのようにぼろぼろと崩れた。



   そんな。

   そんな、まさか。

 
 

ラーザリ『……なぁん……だ…………』

ラーザリ『…………手間が……省けたよ……』


   ラーザリの横顔を見た。笑っていた。
   眉間にしわを寄せて、でも、嬉しそうに。
   
   笑いながら、ラーザリが沈んでいく。


響「……ぁ……あ…………」


ラーザリ『…………』グッ


潜水棲姫「ギ……イィッ……アァァ……!?」


   潜水棲姫が、苦しそうに艤装体をよじらせた。
   ラーザリと鎖で繋がった弾頭から、ブチブチと激しい音が立っている。

   轟沈は、究極の強制力。
   どんなに手を差し伸べても、引き留めることなど不可能だ。
   自分たちの馬力よりもはるかに強い力が、否応なしに艦を引きずりこむ。



響「……だめだ……」


響「そんな……そんなの…………」



   分かってしまった。
   分かりたくはなかった。

   ラーザリは、それを利用して――――

 

潜水棲姫「ア、ア、ア……アァァァッ!」



 ズ ボ ッ …




ラーザリ『…………』ニイッ


ラーザリ『  』




   弾頭が、あの、おぞましい角が。
   ついに、根元からひきずり出され、波の隙間に沈んでいった。

   ――――私の旧友を、道連れにして。

 

長らくお待たせして大変申し訳ない 続きは可能な限り1週間以内に
次で12話は終わりです

乙です

生きております。年末までには12話終わらせますので、もうしばらくお待ちください

―日本司令船 司令室―


乗組員A「……そん、な」

乗組員F「ラーザリ・カガノーヴィチからの通信……途絶えました」

提督「……ッ――」



長官『――――』

長官『……ラーザリ……』

 

―ピョートル大帝湾 海上―


トビリシ『いやぁっ! ラーザリさん! ラーザリさぁんっ!』

モロトヴェッツ『駄目……待って、待ってよ……お願い……!』

カリーニン『――――――』

カリーニン『――――え……ぁ…………?』


電「――! ち、違うのです! 聞いてください!」

雷「違うって……違うって何よ! だって――」

暁「あ……! そ、そう言えばっ……」
 

響「…………」


   背後で、誰かが騒いでいる。
   何を言ってるかはよく分からない。
   風の音と一緒に、耳のそばを通り抜けていく。


潜水棲姫「ヒギィ……アッ、ア……」

潜水棲姫「ワタシ、ノ、ツノ……ツノガ……ツノォ……!」ガクガク


   前方で、何かがのたうち回っている。
   ――敵だ。自分の中の冷酷な部分が答える。
   今の状態なら、主砲だろうと爆雷だろうと、撃ち込むことに何の問題もない。

   けれど、視線が動かせない。
   ラーザリが沈んでいった、目の前の水面から。

 

響「ラーザリ」

響「私は好かないよ。そんな、悪趣味な冗談」


   応える声は聞こえない。
   ただ、水面からぶくぶくと泡が立つだけだ。


響「……カリーニンも、きっと怒るよ。トビリシだって、モロトヴェッツだって……」


   真っ白な頭の中で、ふと思った。
   そう言えば、この姿に生まれ変わってから……
   仲間を失ったことは、今まで一度もなかった。

   司令官も元帥も、慎重で優しい人だ。
   いつだって、全員の生還を第一としていた。


響「…………」


   ああ。こんなことがないように……
  
   こんなことは、もう二度とごめんだから……
   そう思って、戦ってきたはずなのに。


響「……私は……」

響「……私は、また…………」
 

潜水棲姫「コ……コノォォッ――――」


響「――――」スッ


 ダァン!


潜水棲姫「ッッ!?」


   放った砲弾が、海藻のような髪をかすめる。
   顔を狙ったのに、外してしまった。


響「…………」ダァン!

潜水棲姫「ビギッ――」

響「…………」ガコッ ガコッ

響「……っ……」ダァン!

潜水棲姫「ゲァッ、ァ、ァ――――」


   第二射。すぐさま装填して、第三射。
   今度は、青白い二の腕と太腿に当たる。

   頭や胸を撃ち抜きたいのに、なぜか狙いが定まらない。
   腕が震え、視界がにじんでいるせいだろうか。
   頭の中は、こんなにも落ち着いているのに。
 

響「…………」スッ

潜水棲姫「ヒッ……!?」

響「…………」ブンッ!

潜水棲姫「グェ……! ア……アァ……!」


   もっと近づかなければ駄目らしい。
   錨を放って、角の抜けた艤装体にめり込ませた。
   そしてそのまま、鎖を巻き取り、全速力で肉薄する。

   ふと、背後で何か光ったような気がした。
   けれど、後ろを確認している暇はない。


響「…………」ザザザザザ

潜水棲姫「ヒッ……」

響「…………」スッ

潜水棲姫「クルナ……クルナァッ! コノォッ!」バシュッ

響「――――!」
 



   潜水棲姫との距離が、わずか数メートルにまで縮まったとき。
   目の前に突然、水柱が立った。

   棲姫が、捨て鉢で魚雷を放ったのだろう。
   足に鈍い痛みが走った。脚部の艤装をやられたらしい。

   爆発の衝撃で、鎖も千切れてしまった。


響「……っ……あ、ぁ……!」

潜水棲姫「グ――ゥゥ――!」


   けれど、爆発は棲姫をも巻き込んでいた。
   当然だ。あんな至近距離で魚雷を炸裂させたのだから。

   こんなことで、止まるわけにはいかない。
   彼我の距離、ほぼ零。
   今だ。仕留めるのは今しかない。


響「――っ――」


   息を止めて、連装砲を構える。
   目の前には、すっかり動きの鈍くなった潜水棲姫がいる。

   ふと、砲を構えた自分の姿が、ひどく滑稽に思えてきた。 

   ――むなしい。
   私はどうして、こんなことをしてるんだろう。
 



 『あーあー、らしくないねぇ、慌てちゃってさ』


響「……!……」


   突然、頭の奥に声が響いた気がした。
   ついさっき、この世界から消えてしまったはずの声だった。


 『珍しいもん見ちゃったな。あんたでも、そんなふうになるんだね』


 『落ち着いて狙いなよ……いつもみたいに』


 『……私も、ちっとは手伝うからさ』

 


   腕の震えが止まった。
   自分の背後に、暖かい何かがあるのを感じる。


響「……そうだね」

響「一緒にやろう、ラーザリ」


潜水棲姫「――――――――!!」


   正面を見据えて、砲を放った。

   一瞬だった。
   一瞬で、目の前の潜水棲姫は、艤装体ごと爆炎に包まれた。
   放ったのは1発のはずなのに、何門もの斉射を受けたかのようだった。


潜水棲姫「――――ァ……ぁ、あ………………」


   潜水棲姫が沈んでいく。
   両目を千切れそうなほどに見開いて、私の方を睨み続けている。
   白い髪は、まるで掴まるところを探すかのように、必死にうごめいていた。
 

響「…………」


   やがて、海面には何も見えなくなった。
   私は構えていた砲を下ろして、静かな水面をしばらく眺めた。

   午後の日差しが乱反射している。まるでダイヤの欠片みたいだ。
   眩しさに耐えられなくなって、黙って両目を閉じた。


響「…………」

響『……終わったよ……終わった……』












 『みたいだね。あぁー、ほんっと怖かった』





響『……え?』クルッ


ラーザリ『えっ?』
 


   振り向いた先には、とぼけた顔のラーザリが立っていた。

   大破していたはずの艤装が、完全に元通りになっている。
   6門の砲口からは、うっすらと煙が昇っていた。


響『……な……なんで……?』

ラーザリ『何で、って……』


   呆然とする私を、ラーザリは怪訝な顔をして答える。
   ちょうどその時、彼女の服のポケットから、何か小さなものが飛び出してきた。


応急修理女神「テヤッ」

ラーザリ『お? へぇー、向こうのダメコンってこんなん出てくるんだ』ヒョイッ

応急修理女神「!! ンー! ンンー!!」

ラーザリ『あはは、悪かったって。ありがと、助かったよ』

応急修理女神「ハァー……」フワフワ
 

響『……ラーザリ、それ……?』

ラーザリ『ああ、イナズマに貰ったんだ。言ってなかったっけ?』

ラーザリ『お守りぐらいに思ってたんだけどさ、どうせなら有効活用しようって……』

響『……じゃあ、あんな無茶したのも』

ラーザリ『そりゃそうだよ、私が考えも無しに突っ込むわけないでしょ?』

ラーザリ『……あぁ、でも、気持ち良かったなぁ。ホントに生まれ変わったみたいでさ……』

響『…………』


 『ラーザリ―――――っ!!』ザザザッ


ラーザリ『お、来た来た……よーぅ、見てた? 私らの大活躍――』

カリーニン『ふんッ!』ベチコーン!

ラーザリ『ぶげっ!?』
 

カリーニン『このッ! この馬鹿ッ! 何であんな! 馬鹿ぁっ!』ベチンベチン

モロトヴェッツ『カリーニン、次私にもやらせなさい!』

ラーザリ『ちょっ、この……い、いいでしょ、何とかなったんだしさぁ……!』

カリーニン『やかましい! お前、お前なぁっ、ほんと……!』ペチンペチン

トビリシ『…………』ベチン

ラーザリ『……!?』

トビリシ『……っ……っ……』ベチンベチン

ラーザリ『な、何か言ってよ……怖いって……』


   ラーザリの下に仲間たちが駆け寄り、思い思いの張り手を食らわせていく。
   みんな、泣き顔と呆れ顔が混ざり合ったような、何とも言えない顔をしていた。


雷「もー! 電も暁も! どうして黙ってたのよ、そんな大事なこと!」

電「ご、ごめんなさいっ!」

暁「その、わ、忘れてたわけじゃないのよ? 色々ありすぎちゃって、それで……」

雷「どんなことでも報告、相談! 艦隊の基本だっていつも言ってるじゃない!」

響「…………」

雷「あ、響! 聞いてよ、電ね、ラーザリさんにダメコン渡してたって言うのよ!」

雷「ひどいわよね、教えてくれないなんて! 心臓に悪すぎるわよ、あんなの――」


   雷たちも、私のそばに集まってくる。
   雷のお説教を受けながら、うなだれている暁と電。
   その光景が、何故だかとても愛らしく、そして尊いものに思えた。
 

響「…………」

雷「……響?」

暁「! ど、どうしたの……? どこか痛むの?」

響「ううん、何でもないんだ……何でも……」


   戦いの終わった海が凪いでいる。
   仲間と姉妹の賑やかな声が、誰ひとり欠けることなく響いている。

   不意に、目の前がまた霞み、目頭から何かが零れそうになった。
   私はそれを見られたくなくて、うつむきながら帽子を深く被った。


響「…………」スッ

響「司令船1号、こちら駆逐艦「響」……」

響「敵艦隊撃破。我が艦隊の被害は――」

 






   勝利の報告をした、その瞬間。


   突然、視界が真下に沈んだ。




 

―日本司令船 司令室―


 『敵艦隊撃破。我が艦隊の被害は――』

 『ブツッ――――』


提督「……響……!? どうした、響ッ!」

乗組員F「駆逐艦「響」、応答せよ! 繰り返す、駆逐艦「響」――」

提督「何だ、何があった……レーダーはどうなってる!?」

乗組員C「深海棲艦による妨害粒子が残存、座標の確認は未だ不可能!」

提督「ッ……やむをえん、戦闘は終了したものと判断! これより艦隊の回収に……」

乗組員C「――!? て、提督! 方位330より、国籍不明機接近!」

提督「――――!」

乗組員F「不明機より通信! 音声繋ぎます!」ガコッ
 


 『――り返す、こちら、ロシア連邦保安庁、極東連邦管区支局!』

 『ただちに航行を停止されたし! 繰り返す、こちら――』


提督「……ッ!」バッ


 バラバラバラバラバラ…


乗組員B「へ、ヘリ……!?」

乗組員C「ふ、不明機、本船の周囲を旋回中……!」

提督「連邦保安庁……FSBのスペツナズか!」

長官『…………』

長官『……く……くくっ……』

長官『くはっ、くはははは……!』

提督「!」

長官『残念だったな、少佐……ここまで上手く逃げおおせたつもりだろうが』

長官『貴様と私では……悪知恵の年季が違う……!』

提督「……ッ……」

 
 

―ピョートル大帝湾 海中―


 ゴボッ…


響「ぶ……ぐぅっ…………!」

響(……何……何が……?)


   鼻と口に、水が押し寄せる。
   とっさに息を止めるものの、足に鈍い痛みを感じて、口から気泡が漏れていく。


潜水棲姫「……ぐ……くく……うふふっ…………」ギリギリ

響(――!)

潜水棲姫「……ひとり、では……還らない……おまえも……おまえも……!」


   泥をかぶった能面のような、この世のものとは思えない形相。
   真下を見れば、仕留めたはずの潜水棲姫が、その髪で私の右足を締め上げていた。

   目の前に広がるのは、ぼんやりと明るい一面の青。
   私は、海の中に引きずり込まれていた。

 

―海上―


暁「……うそ……響、響ぃっ!」

トビリシ『そんな! 確かに沈んだはずなのに!』

ラーザリ『自分が沈むのを利用して、あいつまで道連れにしようってのか……!』
     
ラーザリ『私がやったのと同じようにッ!』

モロトヴェッツ『――っ!』ザッ

カリーニン『待て、モロトヴェッツ!』

モロトヴェッツ『何を待てって言うの!? あの子が殺されかけてるのにッ!』

カリーニン『お前ひとりで引き上げるつもりか!? 
      あのヴェールヌイを易々と引きずり込んだ相手なんだぞ!』

モロトヴェッツ『じゃあ、どうしろって……!』
 

カリーニン『命綱だ! お前の錨を私にくくって、そのまま潜航しろ!』

カリーニン『お前がヴェールヌイを確保したら、海上の全員で鎖を引っ張り上げる!』

モロトヴェッツ『! そうか……分かったわ、これを――』

モロトヴェッツ『――――あ……』

カリーニン『え?』

ラーザリ『錨……さっきの、ミサイルのときに……』

カリーニン『――――!』

モロトヴェッツ『……他……他に誰か、錨は……!』

ラーザリ『知ってるでしょうが! 持ってないんだよ、私もカリーニンもトビリシも!』

モロトヴェッツ『そんな……そんなッ……!』
 

雷「ねえっ、みんなどうしたの!? 早くしないと、響がっ……!」

電「ラーザリさん! みなさん何を――」

トビリシ『…………』

トビリシ『…………――!』ガシッ

電「はわっ!?」

トビリシ『……ある……あるわ……!』

雷「え……?」

トビリシ『イナズマちゃんっ! イカズチちゃんっ!』

 

―海中―


響(……油断した……)

響(さっきの魚雷で、結構持っていかれたな……艤装がうまく動かない……)


   棲姫の身体は、ぼろぼろと崩れている。潜るのではなく、確かに沈もうとしている。
   けれど、髪は私の足を離そうとしない。
   死なばもろとも……私を本気で道連れにするつもりらしい。


響(っ……この……!)


   足を動かしてみても、棲姫の髪が離れる気配はない。
   向こうの身体が完全に崩壊するまで、ひたすら耐え忍んでみようか。

   もちろん、それまで私の息が持てばの話だけれど。
   今の身体は、昔みたいに都合よくはできていない。
   多量の水が入ってしまえば、満足に動けなくなってしまう。
 

響(…………)

響(……悠長なことは……言ってられないか……)

   
   やっぱり、待つのは得策じゃない。
   万が一、私が我慢比べに負けて、棲姫が最後の力で魚雷でも放てば、
   海の上にいるみんなに、どんな危害が及ぶか分からない。

   ここで、もう一度、確実に息の根を止めるしかない。


響(……主砲はダメ……錨も飛ばせない……)

響(爆雷は……さっきの戦いで、ほとんど使ってしまった……)

響(……なら……)
 


   脇下に備え付けた魚雷発射管を、気付かれないようにゆっくり動かす。
   棲姫の位置は、私の真下。この距離なら、よほどのことがなければ外さないだろう。
   魚雷の爆発が、確実に棲姫を粉々にするはずだ。

   当然、こんな近くにいる私もただではすまない。
   最悪、そのまま轟沈してしまうかもしれない。


響(…………)

響(……いいんだ。私がやらなきゃ、みんなが……)

響(……みんなのためなら、私は……私は……)


   口にまた水が入ってきた。
   胸の奥に、押さえつけられるような痛みが走る。

   意識がしだいにぼんやりとしてきた。
   駄目だ、早く魚雷を撃たなきゃ――
 



 『ヴェールヌイ―――ッ!』


響「…………!?……」


   上の方から声がした。いや、耳の中からかもしれない。
   声のした方向へ、とっさに顔を向けた。


モロトヴェッツ『ヴェールヌイっ! 手を! 早くッ!』

響(……モロトヴェッツ……?)


   モロトヴェッツが、必死の形相で右手を伸ばしている。   
   反対の手には、見覚えのある無骨な錨が握られていた。   
   錨から伸びた鎖は、海面近くでさらに別の錨と繋がっている。

 

モロトヴェッツ『手を……手を伸ばして、ヴェールヌイ! お願い!』

潜水棲姫『……あ、ぁ……じゃま……じゃまを……!』

響(――! まずい……モロトヴェッツも狙われる……!)


   急がなければ。
   モロトヴェッツが巻き込まれる前に、早く魚雷を撃って、潜水棲姫を……。
   そう思ったのに、私の意識はますます遠のき、目を開けるのも辛くなってくる。


響(…………あれ……)

モロトヴェッツ『ヴェールヌイ、私はここよ! しっかりして! 助かるわ! 大丈夫……!』

響(……なんだろう……これ……)
 




   閉じかけたまぶたの裏に、みんなの姿が代わる代わる映っている。


   荒れ狂う波に乗りこんで、私たちを逃がしてくれた暁と電。

   ロシアに引き渡される私と、運命を共にすると言ってくれた雷。

   
   危険を冒してまで、私に秘密を教えてくれたモロトヴェッツ。

   もう駄目だと諦めかけたとき、危機一髪で助けてくれたトビリシとカリーニン。

   自分を一度沈めてまで、勝利への道を作ってくれたラーザリ。

   




響(…………ああ……なんだ……)



響(…………ほとんど……みんなの、おかげじゃないか…………)
 


   みんな、私が沈んだから、悲しむかな。
   私と同じように……姉妹や友達がいなくなるのを、心から悲しいと思うかな。

   このままで、ほんとうにいいんだろうか。

   私が犠牲になったとしたら、みんなの気持ちを踏みにじることになる。
   私をあんなにも助けてくれた、みんなへの最大の裏切りだ。


響(…………)

響(……だめだ)


   駄目だ。

   みんなを裏切るなんて――
   みんなを悲しませるなんて、絶対にお断りだ。






響「……っ……!」ガシッ



モロトヴェッツ『! ヴェールヌイっ……!』ガシッ

モロトヴェッツ『引いて! 引いてぇーっ!』

 

―海上―


ラーザリ「――! よし、引き上げだっ、ライデン!」グッ

雷「ちょっと! まとめて呼ばないで、よっ!」ググッ

トビリシ『うっ……お、もい……!』グググ

電「鎖っ……解けたりしませんよねっ……!?」グググ

ラーザリ『だってさぁー、カリーニン!』グググ

カリーニン『心配するなっ……結び方には自信がある!』

カリーニン『昔……自分で縛ったりしたからな……!』グググ

暁「ひ、響っ……ふぬぬぬぬぅ……!」グググググ
 

―海中―


響「……ぐ……ごぼっ……!」グググ

モロトヴェッツ『あと……あと、ちょっと……!』グググ

潜水棲姫「うぉ……うおぉぉ……っ……」ギリギリ


   モロトヴェッツの手を固く握り、足をひたすらじたばたと動かす。
   上と下。私を引っ張る力は拮抗して、今にも身体が千切れそうだ。
  
   ――けれど。


潜水棲姫「あ……あ、ぁ、ぁ…………!」


 シュルッ…


響「……――!!」ヨロッ

モロトヴェッツ『っ……!!』グイッ


   下から引っ張る力が、途端に無くなった。
   勢い余って、モロトヴェッツに抱きつく形になってしまう。
   私たちはそのまま、鎖に引かれて海面へと昇っていった。
 


潜水棲姫「…………」


潜水棲姫「……ふ、ふ……」


潜水棲姫「……いけない……のね…………わたしは……」



潜水棲姫「――――――」




   浮上する最中、背後を一瞬だけ振り返る。
   錆だらけになった潜水棲姫が、ぼろぼろと崩れ去っていくのが見えた。
   満足そうな、不満そうな、ひどく人間臭い顔をしていた。

 

―海上―


響「ぷはっ……!」バシャッ
   
響「げほっ、うぇほっ……はぁ、はぁ……」


   眩しい日差しが、目に突き刺さる。

   水面に出た瞬間、ふわりとした感覚が全身を包んだ。
   艤装の浮力が安定してきたらしい。
   今は大の字に浮かんでいるけど、もう少し経てば立ち上がれそうだ。


モロトヴェッツ『…………』

響『モロトヴェッツ……ありがとう……』

モロトヴェッツ『どうして、すぐに掴まなかったの』

響『……!……』

モロトヴェッツ『ヴェールヌイ……私はね、怒ってるのよ、ものすごく』

響『…………』

響『……その……それは……』



モロトヴェッツ『――なんてね』

響『え?』

モロトヴェッツ『いいのよ、覚えてないなら。ふふっ……』
 

暁「響ぃ―――っ!!」ザザザ

響「! あかつ……」ギュムッ

暁「ばかっ! ゆ、油断しちゃだめだって、いつも言ってるくせに……!」ギューッ

電「あ、あんまり強くしたらダメなのです!」

雷「響、大丈夫だった!? 水とか飲んじゃってたりしない!?」サワサワ

響「だ、大丈夫、大丈夫だから……」

トビリシ『ダイジョーブじゃないわ、びしょびしょじゃない! 風邪ひいちゃうかも……』

カリーニン『……艦娘って風邪引くのか?』

ラーザリ『ま、あいつならともかく……お前には関係ない話だろうね』

カリーニン『っ、こ、この……! まーたお前は、まーたそういう……! 
      ヴェールヌイ、お前も何か言ってやれ!』

トビリシ『ヴェーニャ、帽子だけでも絞っておきましょ? 
    すっごいお水吸っちゃってるわよ…………あれ? 何か固いのがある』

響『分かった、分かったから、少し落ち着いて……』フフッ
 



   ああ、やっと分かった。

   孤独が仕方ないなんて、嘘だ。
   みんなが生きてればそれでいいなんて、都合のいいごまかしだ。
   別れの悲しみを紛らわせるために、ずっと自分に嘘をついていた。



   思い出した。
   私は、みんなと一緒に笑っていたかったんだ。


 
 

12話99%終わり 残りは明日か明後日に

―日本司令船 甲板―


 『――ザザッ――……長官……長官!』

長官『…………』

潜水Z(無線)『……長官、窓から……ドックの窓から、ヘリが見えます……』

潜水Z『やったのですよね……FSBが来てくれたのですよね……?』

潜水Z『長官、私……お役に立てましたか……長官……!』

長官『……くく』


 バラバラバラバラ…


ジェルジネッツ『ど、どういうこと!? なんでFSBが!』

ドゥバーシェ『まさか……わ、私たちを消しに……!?』

ソラクシン『!?』ビクッ

提督「…………」コツッ コツッ

マクレル『! ちょ、ちょっと、あんた! 何がどうなってるのよ、これ!』

長官『やかましいッ!』

マクレル『っ――!』

長官『……薄汚い不良品どもめ。さんざん好き放題してくれたな』

長官『基地に帰ったら、全員溶鉱炉に放り込んでやる。今のうちに別れを嘆いておけ』

提督「…………」
 



 バラバラバラバラ…


長官『……良い音だな、少佐?』

長官『昔、母が言っていた。
   神の使いが吹き鳴らすラッパは、どこまでも恐ろしく、そして美しい音色だと』

提督『……滅びのラッパ……ヨハネの黙示録か』

長官『そうとも。だが、お前たちを滅ぼすのは神ではない』

長官『我が父、ロシア。そして我が同志、クレムリンだ』

提督「…………」

乗組員G「提督、第六駆逐隊への通信は……」

提督「待て。事を荒立てるとさらに面倒になる」

乗組員G「ですが、そもそも非はあちらにあるはずです!」

提督「そうだな。そう思ってもらえたら嬉しいんだが」

乗組員G「…………」

提督「焦らないでくれ。交渉のカードはまだ残ってる、何とかくぐりぬけて見せるさ……」
 


 バラバラバラバラ…

 シュルルルルッ  ストッ ストッ


FSB隊長『…………』

FSB隊長『……対象を発見。ただちに確保せよ』

FSB隊員『はッ――』ザッ

長官『要請に応えていただき感謝する。この日本人がスパイ行為を――』


 ガチャン!


提督「…………」

提督「……え……」


長官『……な……に……?』


FSB隊員『対象、確保しました』

FSB隊長『了解。これより連行する』

FSB隊員『はッ!』
 

長官『……何の真似だ……?』

長官『聴こえなかったのか!? 容疑者はこの日本人だ……!』

FSB隊長『いいえ、これが我々の任務です』

長官『ふざけるなッ! 貴様、氏名と所属を言えッ!』

長官『この私に、太平洋艦隊の指揮官たる私にッ、こんな手錠をかけるなど……!』

長官『反逆者め! ブタ箱にブチ込んでやるッ!』

FSB隊長『それは貴方のことですよ』

長官『あ……?』

FSB隊長『ロシア刑法典第283条、国家機密の漏示。第285条、公務上の権限の濫用』

FSB隊長『そして……第275条、国家反逆の容疑により、貴方を拘束します。大将』

長官『…………』

FSB隊員『ほら、上がるぞ。さっさと来い』グイッ

長官『……な……あ、ぁ…………?』ワナワナ



提督「 」ポカン

FSB隊長『――日本の艦隊の司令官とは、貴方のことですか』

提督『! あ、ああ……』

FSB隊長『大統領閣下からの伝言です。
     “状況が変わった。そちらの上層部にも伝えたが、取引は一時中断させてもらう”』

提督『――――!』

FSB隊長『……詳しいお話は、またいずれ、直接なさりたいとのことです』

FSB隊長『……それでは』

長官『……馬鹿な……そんな……間違いだ、こんな……こんな……!』

長官『閣下は……! 大統領閣下は何とおっしゃられている!』

長官『私は、閣下の……この国のために……! なのに……ッ……!』
 

FSB隊長『――貴方の拘束は、大統領閣下の御命令です』

長官『――――ッ!?』

FSB隊長『艦隊を私物化し、“独断で”深海棲艦に核物質を投与した……
     国家への反逆者を許しておくな、と』

長官『…………』

長官『……ぁ……あ、ぁ…………』


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 『兵器ふぜいに何の尊厳がある! いくら人間の振りをしようと、奴らの本性は人形だ!』

 『生きた人間のために使われる、いくらでも替えの利く道具に過ぎん!』

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


長官『…………』

長官『…………そう、か……』

長官『……しょせん……しょせん、私も…………』
 

提督「…………」
 



長官『……はは……ははは……ッ……』



長官『あははははははははははは…………』





長官『あーッはっはっはっはははははははは…………!』
















潜水Z『――長官……お返事を……お返事をください……』


潜水Z『私たち……勝ったのですよね……? ねぇ……?』

 







    午後15時23分。戦いは終わった。
    あまりにも、あまりにも長い一日が終わった。







     【Продолжение следует............】
 

12話終わりです なんとか年内に終えられて良かった
最終回はきっと1週間後に

最終話開始
もう最後なんで書き上がりしだい毎日投下します

―???―


   それは、いつか見た夢の続きだった。


響「…………」


   雷撃処分を受けた身体が、深い水底へ沈んでいく。
   けれど、まぶたの裏には、暖かい灯りが映っている。
   暖炉の火だ。暖炉の前で、みんながテーブルを囲んでいる。


雷「はーい、おかわりいる子はどんどん言ってね!」

カリーニン『はいはいはい! おかわりおかわり!』

マクレル『あっこらカリーニン! あんたもうオコメ3杯目でしょうが!』

ラーザリ『いいっていいってぇ、ただでさえヒンソーなんだからこいつぅ』グビグビ

ドゥバーシェ『あ、どうぞ!』トクトクトク

ラーザリ『おほぉぅ、気がきくじゃぁん。出世するぞぉ』グビグビ

ジェルジネッツ『……貴女も何杯目よ、それ』
 

暁「もう、だらしないわね! レディーはレディーらしく、どんなときにも優雅たれ、よ!」

モロトヴェッツ『アカツキ、ボルシチがこぼれてるわ』フキフキ

暁「……す、すぱしーば……」

モロトヴェッツ『どういたしまして』フフッ

電「♪らーすぺたーり やーぶらにぃぐるーしー♪」

トビリシ『ううん、こう、こうよ。♪林檎と梨が花を咲かせて♪――』

ソラクシン『あ、あの、ご飯中に歌うのは、その……』


   第六駆逐隊のみんなと、ウラジオストク基地のみんなが。
   ボルシチと寄せ鍋をつつきながら、楽しい夜を過ごしている。
   この後は、確か……そうだ、暁とラーザリが、私を呼んで――


提督「えー! ヒック……不肖、このわたしぃ! リクエストにお応えしましてぇ!」

暁「呼んでないわよー!」

ラーザリ『なんだあんたぁー、引っ込め引っ込めぇ!』

提督「♪ス・キ! ダイスキ! セカイチアタタガッスキ♪」クイックイッ

トビリシ『きゃぁぁぁああ!?』

雷「司令官飲み過ぎ!」

モロトヴェッツ『妹にヘンなもの見せないでちょうだい!!』
 



   ――あれ?

   どうしてだろう、司令官がいる。
   大昔、まだ私がただのフネだったころに見た、最期の夢のはずなのに。


提督「あ、こら! やめろぉ! せっかくの俺様オンステージをォ!」

雷「恥ずかしいからやめなさい! ほら、響! そっち抑えて!」

カリーニン『……ヴェールヌイ、大丈夫か? さっきからずっと黙って飲んで……』

ラーザリ『おまえらが、ヒック、うるさくしすぎるから……』


   もしかして……
   もしかして、これは――。

 

―2015年 7月下旬某日 早朝―

―ウラジオストク基地 談話室―


響「…………」パチッ


   目が覚めた。
   窓の外から、柔らかい光が差し込んでいる。


響「…………」ゴソゴソ

響「……ふぁ……」ムクッ


   身体にかけられた毛布を取って、あくびをしながら起き上がる。
   自分がソファーに寝ていたのが分かった。
   部屋には、トマトや出汁、そしてお酒の匂いが充満している。


響「…………」

響「ああ、そうだった……」


   頭のもやが取れはじめ、だんだんと今の状況が飲みこめてくる。
   私たちの帰国を翌日に控えて、ロシアのみんながお別れのパーティを開いてくれたんだ。
 


響「…………」チラッ



暁「……ふみゅ……」zzz

雷「しれぇかん……だめよぉ……」zzz

電「……うぅ……ぶつかる…………」zzz


ラーザリ『くかぁーっ…………』ゲシッ

カリーニン『んぐ……む……』zzz

トビリシ『……あっ……ヴェーニャ……んぅ……』zzz


ゴルコヴェッツ『…………』ギューッ

ジェルジネッツ『……すぅ……』ギューッ

マクレル『うへへ…………』ギューッ

ソラクシン『……んー…………』ギューッ

ドゥバーシェ『ぐがぁーっ……ごごごっ……』ギューッ

モロトヴェッツ『……うぅ……お……重……ううん……』zzz





響「……ふふっ」

 




           эп.финал


       Дальний Огонёк

            ―遠い灯火―


 

―埠頭―


提督「…………」パラッ

響「…………」ガチャッ

提督「お、おはよう」

響「ん……」


   散歩がてらに埠頭に出ると、司令官がいた。
   係船柱に腰掛けて、じっと新聞を読んでいる。


提督「暁たちは?」

響「まだ寝てたよ」

提督「……ま、俺たちが早く起きすぎか」
 

響「よく起きられたね。昨日あんなに飲んでたのに」

提督「だからだよ、飲み過ぎて全然寝られなかった。見ろよこのクマ……」

響「……授与式が昨日で良かったね」

提督「ホントになぁ。ま、昨日も昨日でひでえ顔だったけどよ。
   ほら、見ろよこの写真……」

響「?」


   提督に促され、新聞の第1面を覗きこむ。
   キリル文字の巨大な見出しで、『我が国の艦娘、初の受勲』とあった。
   見出しの下には、ざらりとした質感の写真が載っている。
   
   写真の中央に映っているのは、憮然とした顔で敬礼するカリーニン。
   そして、彼女の胸に勲章をつける、禿げ頭の男性……
   ――ロシア連邦の現大統領。

   
 

響「……? 映ってるのかい?」

提督「ほら、この隅っこ」

響「ああ……」


   写真の隅には、同列した私たち第六駆逐隊の姿。
   そして、松葉杖をついている司令官の姿があった。
   司令官の顔は光の加減で、なんだかやけに老けて見える。


提督「……もっとイケメンだよな? 俺」

響「今朝は冷えるね」

提督「ひっでえなもう」

響「……でも、カリーニンたちも良い顔はしてないよ」

提督「そりゃあな……見ろ、この小見出し」

響「?」チラッ


   『敵艦隊6隻 太平洋艦隊4隻』
   『緊密な連携 無傷の太平洋艦隊』
   『日本艦隊も戦闘を補助』


響「……ああ」

提督「なぁ? まるで俺たちはチョロっと手伝っただけで、
   手柄のほとんどはロシア側……そんな扱いにしか見えん」

提督「だからこそ、お前たちの死闘を踏みにじられたみたいで……
   ロシアの子らも、やりきれんのかもな」
 

響「…………」

響「……誰がどう言おうと、戦ったのはみんな同じだよ」

響「私たちみんなが、それを知ってる」

提督「……ああ」


   写真をもう一度眺める。
   太平洋艦隊のみんなは、ニコリともせずに勲章を受け取っていた。
   勲章を渡している大統領の笑顔も、どこか作り物めいて見えた。




響「……あのレコーダーは?」

提督「…………」

 

――――――――
――――
――


―昨日―
―ウラジオストク基地 応接室―


大統領『…………』カチッ


 『――観測地点、Я25に到達。現在、深度2350――』

 『前日データと比較し、対象117、119から124、126が消失――』カチッ


大統領『――なるほど、たしかに本物のようだ』

提督『…………』

大統領『しかし、よく素直に出す気になったな。
    これを持ち帰れば、我々の弱みを握ったも同然だろうに』

提督『世界平和が夢でしてね』

大統領『ああ、それは素敵だ。尊敬する』

提督『…………』
 

大統領『……まあ、我々もわざわざ、例の取引を引っ込めてやったのだ』

大統領『これぐらいしてもらわねば、到底釣り合いは取れんからな』

提督『恐れ入ります、大統領閣下』

大統領『しかし、我々は良いが……君はこれから大変だな?』

大統領『君の上官や政府高官が、取引の帳消しを素直に認めると思うかね?』

提督『…………』

大統領『餌を取り上げられた猿は、怒り狂って見境なく噛み付くと言うぞ』

提督『……覚悟は、できております』

大統領『…………』
 

大統領『……まあいい。今や、あのヴェールヌイにそこまで固執する理由もないのだ』

大統領『先の一件で、我が国の艦娘もそれなりに有用だと分かったからな』

大統領『使い方と鍛え方を間違えなければ、彼女らでも十分に役立ってくれる。
    道具の使い方が下手な男が、今までトップにいたというだけだ』

提督『…………』

大統領『君が渡してくれたこのレコーダーで、奴の罪は間違いなく立証できる』

大統領『国辱をそそげるのも、君たちの協力があったからこそだ。
    政府を代表し、改めて礼を言おう』

提督『……本当に』

大統領『……?』

提督『本当に、あの大将殿だけの罪だとでも?』

大統領『…………』

大統領『……くくっ……』スック
 

提督『…………』

大統領『何が正しいか、何が正義か。いずれ時代が裁きを下す』

大統領『それまでは、あらゆる最善を尽くすだけだ』

提督『……ええ。私もです』

大統領『それでは。次のスケジュールがあるのでね……』ガチャッ

提督『…………』

大統領『……――ああ、そうだ』

大統領『軍を追い出されたら、いつでもこの国に遊びに来い』

大統領『日本と自衛隊に通じた“モグラ”は、例年どうにも人材不足でね』

提督『……ご心配なく、大統領閣下』

提督『もう、寒い所はこりごりです』
 

――
――――
――――――――

響「……そうか」

響「私はもう、この国には必要なくなったんだね?」

提督「……まあ、腹の底じゃあどうだかな」

提督「この前の事件で、ロシア海軍やクレムリンに対する風当たりは一気に強くなった」

提督「深海棲艦と核廃棄物の関係、それから軍部の隠蔽体質……」

提督「明るみに出たとは言わないまでも、国内や外国のメディアから、
   一斉に疑いの目が向けられたわけだ」

響「…………」

提督「そんな状況でお前を引き取っても、格好の叩きネタにされるだけ」

提督「だったら、ほとぼりが冷めるまで取りやめとこう……」

提督「……まあ、どうせそんな判断だろうさ」


   司令官の言葉を聞いて、少しだけ目線が下がる。
   もしかしたら、私はまた、ロシアに引き渡されてしまうかもしれないのだ。
 

提督「……でも、上の奴らも馬鹿じゃない」

響「え?」

提督「向こうの目的が、こっちの技術だと分かったなら……
   もう、むざむざ密約を結んだりはしないだろう」

提督「安心しろ。その辺はしっかり、俺が元帥に言っといてやるからな」

響「…………ふふ……」

響「よく言うよ。左遷されるかもしれないんだろう?」

提督「左遷なら、まだマシな方だろうなぁ」ハハ

提督「どうせ島流しなら、タウイタウイあたりに行きたいな。南の島でゆっくりしてえや」

響「……そのときは」

提督「?」

響「……私たちも、一緒に行っていいかい?」

提督「…………」
  

   司令官が、私の顔をじっと見た。
   いつも小賢しそうに笑っている目元が、じわりと潤んだように見えた。


提督「ダメっつっても、無理やりついてくるんだろ」

響「姉妹でバカンスに行きたいだけだよ」

提督「……へっ……」


   小さく鼻で笑ってから、新聞で顔を隠す司令官。
   その様子をしばらく眺めていたら、後ろから、扉の開く音がした。
 

暁「んにゅ……」

ラーザリ『ふぁーぁ……』

雷「あ、ラーザリさん、目ヤニついてる」

ラーザリ「いいよ、あとで顔あらうから……」ムニャムニャ

響「おはよう、みんな」

電「おはよう、響ちゃん。司令官さん」

提督「おお、おはよう。……暁、どうだ? 起きてるかー?」

暁「……れでぃーはね……おねぼうしないのよ……」

トビリシ「えと……あかつき、ちゃん、げんき? おはよう?」

暁「んー……」

提督『おお、日本語ちょっと覚えたんだな?』

トビリシ『えへへ』

雷「ほら、暁! お顔洗いに行きましょ!」グイグイ

暁「ふにゅぅ……んー」ウトウト

電「もう、夜更かししすぎなのです」


   姉妹たちが手洗い場へ向かっていく。
   その後ろ姿を眺めながら、ふと、まだここに来てない2人のことが気になった。
 

響『カリーニンとモロトヴェッツは?』

ラーザリ『モロトヴェッツは妹どもに捕まってる。ありゃぁ、あと1時間は起きらんないね』

ラーザリ『バカの方は……起きてすぐに、慌てて何か準備しに行ったよ』

響『準備?』

ラーザリ『午前中に、ちょっと行くところがあるんだってさ。
     見送りには間に合うって言ってたけど』

響『ふぅん……』
 

トビリシ『……ね、ねえヴェーニャ。帰っちゃうのは夕方だったわよね?』

トビリシ『だったら、あとで街にお買いもの行かない? 
     おみやげ、まだ選んでないんでしょ? すっごい可愛い雑貨屋さんがあるのよ!』

ラーザリ『こら、無理言うなよ。そっちにも準備とか色々あんでしょ』
   
トビリシ『あ……ぅ』

響『…………』

響『……2時間ぐらいなら大丈夫だよ。ね、司令官』

提督『……そうだな。電たちも喜ぶだろ』

トビリシ『――――!!』パアーッ

提督「あ、俺のも買ってきてくれ。メモ渡すから」

響「はいはい……」



   金角湾を、黄金色の朝日が照らしている。
   さっきまで水平線に浸かっていたのに、もうすでに海を飛び出していた。
   
   さよならの時が、刻一刻と迫っている。


 

―郊外―
―海軍特別留置場 面会室―


カリーニン『…………』

刑務官A『面会時間は15分です。時間が来ればお知らせします』

刑務官A『それから、差し入れは受付へ。この部屋で受け渡しはできません』

カリーニン『見せるのも駄目ですか』

刑務官A『……まあ、それぐらいなら』

刑務官B『――25番、入れ』

刑務官A『おっと……それでは。念のためですが、会話は録音しておりますので』

カリーニン『…………』
 



  スタッ…  スタッ… 

           ギシッ


長官『…………』

カリーニン『ひどい椅子ですね』

長官『……全くだ。ソビエト時代の製品らしい』

カリーニン『……ずいぶんと、おやせになられましたね』

長官『健康診断をしに来たのか?』

カリーニン『――今日、ヴェールヌイたちが帰ります』

長官『…………』

カリーニン『まずは、それをお伝えしようと』

長官『だから何だ。今となっては、もう何の関わりもないことだ』

カリーニン『…………』
 

カリーニン『新聞を読みましたよ。容疑を全面的に認めるそうですね』

長官『…………』

カリーニン『なのに、動機や協力者については黙秘。
      あなたは何度も何度も、自分がやったと繰り返すだけだと……』

長官『……それが事実だ』

カリーニン『――国家反逆への罰がどんなものか、あなただってよく知ってるでしょう!』

カリーニン『まだ真実を歪め続けるのか!? それも今度は、自分を生贄にしてッ!』

長官『っ……私がやった! 独断でだ! それ以上の真実など必要あるかッ!』

カリーニン『そんなことをしたって、もう国はあなたに報いてはくれないッ!』

長官『――――愛国心に見返りなど要るかッ!』ドンッ

カリーニン『ッ――』

刑務官B『おい! 暴れるなら――』
 

長官『…………』

カリーニン『……長官』

長官『……私は罪を犯した。結果的に、この国を危険に晒したのだ』

長官『ならば……その罪を受け入れ、
   ソビエトの負の遺産と、忌まわしき記憶と共に、この身を断頭台に捧げることが』

長官『……それが、この国への……最後の献身……』


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 『みんな、生まれた意味があるの。生まれてほしいって、誰かが待ってくれてるのよ』

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


長官『――それこそが、私の生まれた意味だ』


カリーニン『…………』
 

長官『……話は、それだけか?』

カリーニン『……いいえ。あと、もうひとつだけ』ゴソゴソ

長官『……?』

カリーニン『新しく着任する予定の司令官が、執務室と応接室を改装すると』

カリーニン『調度品はほぼ全て売却か、廃棄する予定だそうですが……
      話を通して、これだけは譲っていただきました』スッ

長官『……――!!』

カリーニン『この十字架、木製ですからね。
      角も取れておりますし……まあ、留置場でも問題はないでしょう』

長官『…………』
 

長官『……私は神など信じていない。そんなものは……』

カリーニン『私もです、ソビエトのフネですから。……でも』

カリーニン『神でも国でもない、もっと暖かい、尊いものを信じています』

長官『…………』

カリーニン『……ご母堂の形見なのでしょう? この十字架は』

長官『……言ったことがあったか?』

カリーニン『ええ……それに日頃から、とても大切にされていましたから』

長官『…………』
 

カリーニン『用件は以上です。それでは』スッ

長官『…………カリーニン』

カリーニン『あなたにも』

長官『……?』

カリーニン『……あなたにも、できれば信じてほしかった』

カリーニン『兵器として、だけではなく……心ある者としての私たちを』

長官『…………』

カリーニン『――失礼します、長官』

刑務官A『…………』ガチャッ

カリーニン『…………』
 



 カツッ カツッ カツッ…


カリーニン『……ん?』

潜水Z『え……あ――!』

カリーニン『……!』

刑務官A『あ、次の面会の方ですか。どうぞ』

潜水Z『…………』チラッ

カリーニン『…………』

潜水Z『…………』フイッ


 カツッカツッカツッ…


カリーニン『…………』
 


<  『長官、ごめんなさい、今日も……ご迷惑でしたか?』


<  『あ、そ、そうですか! 良かった……』


<  『新しいお洋服、受付で注文しておきましたよ。
    それから、血行の良くなる体操も調べて……』



カリーニン『…………』クルッ




    ギィッ…   バダン


 



      ・

      ・

      ・

 



   どんな1日にも終わりが来る。

   どれほど穏やかに朝を迎えても、
   どれほど楽しい昼を過ごしても、
   どれほど、名残惜しい夕陽を見つめても。

   昨日や一昨日と同じように。
   何ということもなく、今日という1日は終わる。


   けれど――
   今日の夕陽は、いやに目に刺さる。
   

 

―夕方 埠頭―


響「…………」


   埠頭に泊まった司令船の上で、カモメが鋭く鳴いている。   
   私たちと同じように、今から家に帰るのだろうか。


乗組員A「司令船1号、出航準備完了です!」

提督「了解! あとは俺たちだけか」


   船体から機関の駆動音が聞こえる。
   艦橋の窓には、椅子に座った水兵さんたちの姿が映っていた。

   乗っていないのは、あと5人。
   私たち第六駆逐隊、そして司令官が搭乗すれば、船は日本へ向けて出発する。
 

トビリシ『イナズマちゃん、これ……』スッ

電「え? ……わっ、クッキー?」

トビリシ『ロシアのお菓子でね、プリャーニクっていうの。サクサクしておいしいのよ』

トビリシ『実はね、今日みんなに渡そうと思って、おとといから作っておいたの!』

ラーザリ「――だってさ」

電「あ、ありがとう! 大切に食べるのです!」

トビリシ「……げんき、でね。ばいばい」

電「……! うん……すぱしーば」

トビリシ『…………』グスッ
 

雷「いい、モーラさん? もうお酒なんかに溺れちゃダメよ?」

雷「それからね、何でも1人でやろうとしないこと!
  家族が力を合わせれば、できないことなんてないんだから!」

提督『――だそうです。すみません、生意気なことを』

モロトヴェッツ『ふふ……耳が痛いわね。ありがとう、イカヅチ』

ゴルコヴェッツ『大丈夫よ。これからは私たちが、お姉ちゃんを助ける番』

ジェルジネッツ『支えあって助け合うのが、家族……
         貴女たちのおかげで、やっと思い出せたんだもの』
 

マクレル『イカヅチ、あの“モツナベ”っていうの、本当においしかったわ!』

ソラクシン『絶対にまた来てくださいね! 今度はシベリア鉄道にも乗りましょう!』

ドゥバーシェ『司令官殿にも、大変お世話になりました!』ビシッ

提督『はは……大したことしちゃあいませんよ』ビシッ

モロトヴェッツ『家族がまた、ひとつになれた……みんな、あなたたちのおかげだわ』

モロトヴェッツ『ありがとう。百万回言っても足りないくらいよ』

雷「また困ったことがあったら、いつでも横須賀に連絡をちょうだい」

雷「響と一緒に、地球の裏側にだって助けに行くから!」

モロトヴェッツ『……ええ。頼りにしてるわ、イカヅチ』フフッ
 

暁「……うっ……う……」ウルウル

ラーザリ「……ったくもう、涙もろい姉ちゃんだね」

カリーニン『っ……うぐ……』グスッ

ラーザリ『お前もかよ』

カリーニン『だっ、だってなぁ……アカヅキ、ほんといい奴で……!』エグッ

カリーニン『ど、どっかのヘタレよりよっぽど妹に……』グスグス

ラーザリ『ぶん殴るよマジで』

暁「……カリーニンさん。一緒に紅茶飲むの、すっごく楽しかった……」

カリーニン『やめろぉ! 訳すな、訳さんでくれぇ……!』

暁「ラーザリさんもありがとう……エカチェリーナのお話、とっても面白かったわ」

ラーザリ「……ま、女帝を目指せたぁ言わないけどさ」

ラーザリ「色んなこと勉強して、今の優しいあんたのまんまでいれば……
     きっといつか、世界一のレディーになれるって」

ラーザリ「この金角湾イチのインテリが言うんだ、あんたなら絶対大丈夫だよ」

暁「うん……うん……」グスッ
 

ラーザリ「――あんたのおかげで、私も変われた」

ラーザリ「諦めて腐ってるだけの鉄屑に、こんなに勇気をくれたんだよ」

ラーザリ「……またね。勇気ある日本のレディー」

暁「! ……っ……」ゴシゴシ


暁『――Желаю Вам здоролья. До встречи.
  (幾久しく健やかに。ごきげんよう)』


カリーニン『――!』

ラーザリ『……え……!?』

暁「……どう? 響に教わったのよ」

ラーザリ「……――♪」ヒュゥ
 



   姉妹たちがロシアのみんなに別れを告げ、次々にタラップを上がっていく。
   そしてとうとう、残りは私と司令官だけになった。


響「…………」

ラーザリ「……? ヴェールヌイ?」

響「あ……うん……」

提督「…………」

提督「……ちょっとだけだぞ」カツッカツッ


   何かを察したような顔で、司令官がタラップを上がる。
   ロシアのみんなは、最後に残った私を不思議そうに見つめている。


響『……みんな、もう本当にさよならなんだね』

カリーニン『っ……!』グスッ

響『本当に……本当に、また会えてよかった』

響『みんなを助けて……ううん。みんなに助けてもらえて、本当に嬉しかった』

ラーザリ『……へっ……』
 

響『…………』

響『……うちの司令官から聞いたんだ』

響『この国の大統領は、まだみんなを道具として使い潰す気でいる』

モロトヴェッツ『――!』

響『それに新しく来る司令官も、またあの長官みたいな人間かもしれない』

響『またみんなが、汚い仕事をさせられたり……ひどい扱いを受けたらって』

響『心配なんだ……どうしても』

トビリシ『ヴェーニャ……』
 

響『……横須賀にはね、外国の艦娘もたくさんいるんだよ』

響『条約とか、難しいことはよく分からないけれど……
  日本では、艦娘の亡命だって認められてる』

響『それに、日本の艦娘はベーリング海やインド洋にだって出撃するんだ』

響『ウラジオストクの海を守るのだって……日本にいても、十分にできると思う』

カリーニン『…………』


響『だから……』


響『…………』


響『みんなさえよければ…… 一緒に、日本に――』

 



   そのとき。暖かい手が、ポンと肩に置かれた。
   顔をあげて見れば、カリーニンが目を真っ赤にして、私を見つめていた。


響『――!』

カリーニン『……嬉しいよ。お前に、そんなこと言ってもらえるなんて』

カリーニン『でも……私はそれでも、この国が好きなんだ』

カリーニン『私たちの故郷……ウラジオストクのある、この国が』

響『カリーニン……』


モロトヴェッツ『あなたが助けてくれたおかげで、私たちはみんな強くなれたわ』

モロトヴェッツ『自分たちの誇りは、今度こそ自分たちで守ってみせる』

モロトヴェッツ『だから……安心して、ヴェールヌイ』

響『……モロトヴェッツ』
 

ラーザリ『戦いは、何も戦場だけでやるもんじゃない』

ラーザリ『労働者の権利ってのも守らなくちゃね? プロレタリアート的にはさ』

ラーザリ『上との交渉、世間様へのアピール……マジになったら私はすごいよ?』

カリーニン『ほぉ、珍しく殊勝じゃないか』

ラーザリ『しょーがないでしょ? 他に口の立つのがいないんだからさ』

響『……ラーザリ……』


トビリシ『……ほんとはね。ちょっとだけ……ヴェーニャと一緒に行きたいけど』

トビリシ『でも……他のみんなや、街の人たち……
     それに、これから仲間になるかもしれない子たちを』

トビリシ『……放っておくなんて、できないから』

響『…………』
 

トビリシ『――ヴェーニャ。わたしは、ここで戦うね』

トビリシ『ヴェーニャと、みんなと友達になれた……この、ウラジオストクの街で』

トビリシ『ずっと、ずーっと……生きていくから……』

トビリシ『…………』

トビリシ『……っ……』

ラーザリ『?』
 

トビリシ『……――でも……うぅ……ううう……』

トビリシ『……やだよぉ……やっぱりさびしいよぉぉ……!』グスッ

モロトヴェッツ『あ……ちょ、ちょっと……!』

トビリシ『ヴェーニャぁ……! ヴェーニャぁぁぁぁ……っ!』エッグ

トビリシ『お゛わ゛がれ゛な゛ん゛でや゛だあ゛あ゛ぁ゛ぁ゛……!』ビエーン

カリーニン『ば、バカ……! 笑って送り出そうって……あれほどっ……!』

トビリシ『ま゛だ……ま゛だぜっ゛だい゛ぎでね゛……! ぜっ゛だぁ゛い゛ぃ゛……!!』ギュムーッ

響『ごめんね……ありがとう、トビリシ……』ギュッ


   出発の汽笛が鳴り響く。
   みんなともう一度、固く抱き合ってから、私は振り返らずにタラップを上った。

 


      ・
      ・
      ・

   錨が抜かれ、司令船が動き始める。
   埠頭で手を振るロシアのみんなに、私たちも揃って手を振り返した。


暁「だすびだーにゃーっ!」

雷「みんなぁー! 元気でねぇーっ!」

電「さようなら……さようならぁーっ!」

響『…………』

提督「響、何か言わなくていいのか?」

響『……っ……』ポロポロ

提督「! …………」

提督「……ま、いいか」
 

トビリシ『ヴェーニャぁー! みんなぁーっ!』

カリーニン『楽しかった! 本当に楽しかったぞ! またなぁーッ!』

ラーザリ『よかったよ、あんたたちに会えてさ……ふふ……』

ジェルジネッツ『太平洋は任せたわよぉー!』

マクレル『あたしたちのこと、忘れないでよねーっ!』

ソラクシン『いつでも遊びに来てくださいねー! みなさんなら大歓迎ですよぉー!』

ドゥバーシェ『ご武運をお祈りしておりまぁーすッ!』

ゴルコヴェッツ『ありがとう……みんなぁー! ありがとぉーっ!』

モロトヴェッツ『…………』


   ポォーッ…

 




モロトヴェッツ『敬礼しましょう。私たちの家族に』


カリーニン『……ああ。私たちの同志に!』


ラーザリ『……親友に』


トビリシ『わたしたちの……』


トビリシ『……わたしたちの、ヴェーニャに――』



   ポォ―――ッ……


 

―日本司令船 後部甲板―


   夕陽のウラジオストクが、しだいに小さくなっていく。
   暖かい風を感じながら、濡れてしまった頬を拭いた。


提督「……しっかしまあ、ちょっとした演習のつもりがよ」

提督「とんだ大事件になっちゃったな。なあ?」ゴロン

雷「あっ司令官、またそのイス出してる!」

電「だめですよ、風邪引いちゃうのです」

提督「これでも怪我人だぜ? ちったぁゆっくりさせてくれよ」

響「…………」

暁「……ねえ、響」

響「うん?」

暁「響の友達、みんないい人だったわね」

響「…………だろう?」フフッ
 



   暁の言葉に、ふと甲板を振り返る。
   姉妹と司令官の賑やかな日常。見慣れた光景が、そこにあった。


響「…………」ゴソゴソ

響「…………」スッ

暁「? どうしたの、帽子取って……」

響「……うん」


   帽子を片手に、ポケットから1個のバッジを取り出す。
   「ヴェールヌイ」に改造されてからもずっと持っていた、
   特Ⅲ型駆逐艦の証、「Ⅲ」のバッジだ。


響「……よし、ここでいいか」スッ

暁「あ……」

響「ふふ。バッジ3個は付けすぎかな?」

暁「……ううん。かっこいいわよ」
 



   楽しかったこと。辛かったこと。
   そんな思い出だけが、自分のすべてだと思っていた。

   楽しい思い出を忘れないために、辛い思い出を消し去るために。
   それだけが、自分の戦う理由だと思っていた。
   そのためなら……どれだけ、孤独を背負ってもいいと。

   でも、違ったんだね。

      
響「……ありがとう。本当にありがとう」

響「もう、独りでいいなんて言えないね……」


   みんながいたから、今の私がいる。
   みんなが私を信じて、好きでいてくれたから、私は私になれたんだ。




響「――――これからも頼りにしてるよ、みんな」
 




   金角湾からの西日が、帽子のバッジに煌めいている。
   今は、日本へ戻るけれど……いつかまた、あの埠頭にも帰りたい。
   どちらも私の、かけがえのない故郷なんだから。



   私は響。横須賀の響。
   そして――




   ――――ウラジオストクのヴェールヌイだ。



 




                 【ED】


              アンナ・ゲルマン

             『Не Спеши 』
               (『急がないで』)

    (https://www.youtube.com/watch?v=HRLZrQgJ3lY)



 


      ・

      ・

      ・
 

―ウラジオストク郊外 とある保育園―


トビリシ『♪そうよ かわいいエメーリカ これが私の一週間♪』クルクル

園児たち『♪とぅらとぅらとぅらとぅらとぅら、とぅららー♪』

トビリシ『♪とぅらとぅらとぅら、とぅーらーらー♪』ジャン!

園児たち『わぁーっ!』パチパチパチ

保育士『はーい! みんな、とっても素敵なお歌だったわね。
    さぁ、トビリシさんにせーのでお礼を言いましょう! せーのっ』

園児たち『ありがとーございましたー!』

トビリシ『はーいっ! ご飯のあとも、まだまだ歌っちゃうからね!』

保育士『じゃあみんな、机を元に戻して、お昼ごはんの準備をしましょう』


 『はーい』  『かわいかったー』  『ねー』
     『せんせーうんこ…』  『ぶはは』 『うんこー』


保育士『……ありがとうございました、トビリシさん。こんな所にまで慰問に……』

トビリシ『いえいえ、嬉しいんです! わたしも…… あら?』

少女『…………』
 

保育士『あ……すみません、あの子ちょっと気難しくって。お歌のときも……
     ……あっ、トビリシさん!?』

トビリシ『こんにちは! ねぇねぇ、わたしの歌どうだった?』

少女『…………』

少女『……ダサいよ、あんなの』

保育士『あっ! こ、こらっ!』

少女『あんなむかしの歌……みんな、ばかみたい』

トビリシ『…………』

トビリシ『♪人の世界は まだひとつじゃないけれど――♪』

(https://www.youtube.com/watch?v=jBVY7Glcd84)

少女『!! あ……』

トビリシ『ふふっ。わたしね、ポップスも大好きなの』

トビリシ『よかったら、いっしょに歌いましょ?』ギュッ

 


      ・

      ・

      ・
 

―市内 とある出版社―


編集者『……はい。確かに、お預かりしました』

ラーザリ『緊張しますよ、プロに文章見てもらうなんて』

編集者『しかし、艦娘さんもパソコンお使いになるんですねえ』

ラーザリ『ありゃ、万年筆とか羽ペンのがお好きでしたか』

編集者『いえいえ……でも、よくまあ、軍の人らが許可出してくれましたね』

ラーザリ『機密のリークじゃありませんから。
     1人の秘書艦の、つまらん自叙伝とエッセイですからね』

ラーザリ『軍や政治屋だけじゃなくって……
     もっと色んな人に、私たちのことを知ってもらいたいんです』

ラーザリ『自分自身と、仲間のために……ま、できることはやっておきたくって』

編集者『…………』

ラーザリ『……なーんて、前にはお伝えしましたけど』

ラーザリ『実はもう1つあるんですよ、これを書いた理由』

編集者『へ?』
 

ラーザリ『昔から、本が好きでしたから』

ラーザリ『秘書になる夢は叶ったし……次は、作家になろうかな、なんてね』

編集者『……あはは。ま、こちらとしては有難いですよ』

編集者『例の事件で、みんな艦娘さんに急に興味を持ち始めたんですから』

ラーザリ『売れますか?』

編集者『売りますよ! これでウチも一流出版の仲間入りだ』

編集者『帯のコピーはどうしようかな。
    “鉄のラーザリ、堂々激白”……いや、何か違う……』

ラーザリ『……! あ、だったら』

編集者『おっ?』

ラーザリ『いや、完全に趣味なんですがね。好きなゴーリキーの小説から……』



   『信じるのだ。どんなにちっぽけな人間でも』

   『やろうとする意志さえあれば、何だって出来るということを』


 


      ・

      ・

      ・
 

―市内 商店街―


雑貨屋『はい、おつり20ルーブルね』チャリン

カリーニン『ああ。領収書はいつもの通りに頼む』

雑貨屋『はいはい。でもどしたの? こんなにいっぱい鉛筆買って』

カリーニン『備品の供給にミスがあってな。急遽私が買い出しさ』

肉屋の親父『よおカリーナ!』チリンチリン

カリーニン『あ、ヴァシリ! 風邪はもういいのか? 心配したぞ』

肉屋の親父『医者に行ってきたところだよ。てめえにつける薬なんざ無えってさ!』ガハハ

カフェの店員『カリーナ! ちょっと寄ってけよ、新しいパフェ出したんだぜ』

カリーニン『レモンティーに合わないなら遠慮するよ、イーゴリ』

カフェの店員『へっ、気取りやがってよぉ』

近所のガキA『あ、バカリーニン!』

カリーニン『…………』ピクッ

近所のガキB『おーい、バカー! おーい!』

カリーニン『…………ぶん殴んぞクソジャリどもぉ!』

近所のガキ共『びゃははははは』タッタッタ
 


 
  ウゥゥゥゥ―――――ッ!

          ウゥゥゥゥ――――――ッ!


カリーニン『!』バッ

雑貨屋『え、な、なに!?』

肉屋の親父『こりゃぁ……もしかして、沖にあいつらが出たんじゃ』

カリーニン『っ……!』ダッ

カフェの店員『あ、か、カリーナ!』

カリーニン『悪いなイーゴリ、今度またゆっくり飲みに行くからな!』

近所のガキA『バカリーニンー! がんばれよー!』

カリーニン『ああ……安心して学校に行けよ、悪ガキめ!』

カリーニン『この金角湾には、私たちがいるんだからなッ!』

 


      ・

      ・

      ・
 

―ピョートル大帝湾 海上―


モロトヴェッツ『こちら第1潜水艦隊。敵艦隊を発見、方位140、距離2000』

モロトヴェッツ『編成は重巡2隻、戦艦2隻、および正規空母1隻』

潜水X(無線)『こちら「ルースキー」。
        報告にあった、ベーリング海から流れてきた奴らだろう』

潜水X『空襲に来られると厄介だ。せめて空母だけでも中破に追い込んでくれ』

モロトヴェッツ『了解……!』

潜水Y(無線)『カリーニンたちにも召集をかけておいた!
        深追いはしなくていいから、可能な限り戦力を漸減して――むぐっ』

潜水X『ヂー・ドゥ、私の仕事を取るな! ……そ、そういうわけだ。頼んだぞ、モーラ』

モロトヴェッツ『任せてちょうだい。交信終了――』カチッ


ジェルジネッツ『……とうとう戦艦まで来るようになっちゃったわね』

マクレル『ふうん? ジェーナさん、怖いんだ?』

ジェルジネッツ『油断しないで、って言ってるだけよ』

ソラクシン『うぅ……戦艦かぁ。どんなのなんだろう……』

ドゥバーシェ『大丈夫ですよ! 私たちなら!』

ゴルコヴェッツ『そうだよね、あれだけ訓練したんだし!』
 

モロトヴェッツ『ええ、心配しないで。訓練通りにやればいいだけ』

モロトヴェッツ『爆雷をまき散らす駆逐艦より、よっぽど戦いやすいわよ』

ソラクシン『は、はいっ!』

モロトヴェッツ『――目標は敵空母の撃破、および敵艦隊の漸減!』

モロトヴェッツ『深く静かに潜航し、確実に敵の艤装を削げッ!』

 『『『『『了解ッ!』』』』』

モロトヴェッツ『艦隊、潜航ッ!』


 ザブン!  ザブン、ザブン…


ゴルコヴェッツ『……ねえ、お姉ちゃん』

モロトヴェッツ『なに?』

ゴルコヴェッツ『私、嬉しいよ。お姉ちゃんと一緒に戦えて』

モロトヴェッツ『…………』

モロトヴェッツ『……私もよ、ゴーシャ』
 


      ・

      ・

      ・
 

―???―


  ――『イズベスチア』誌、2015年12月25日 朝刊



  「元海軍大将 無期懲役判決」


  「上訴せず 無言の退廷」


  「死刑回避 元部下の艦娘が尽力」

 


      ・

      ・

      ・
 

―2016年 晩秋 某月某日―
―海上自衛隊司令船 「司令船1号」 甲板―


提督「……何て言うかさぁ」

響「?」

提督「まだあれから、1年そこらしか経ってないんだぞ?」

提督「何だって俺がまた行かされなきゃ……おぉ、寒っ」ブルッ

響「……よかったね、左遷されなくて」

提督「左遷でもいいから南の島行きたい」ガタガタ



?「それは困るな。向こうに顔の利く司令官は貴方しかいないんだ」
 

響「あ……呉の」


呉の響「知ってる土地とはいえ、司令官もなしに訪問はできない」

佐世保の響「そうだよ。横須賀の私だけなんて不公平だ」ヒョコッ

舞鶴の響「私だって、ソ連のみんなにまた会いたいんだよ」スッ

ラバウルの響「だからこうやって、特例で『響艦隊』を組んでもらったんじゃないか」


提督「……改めて見ると、おっそろしい絵面だな……ロシアの子たち腰抜かすぞ」

響「総勢12隻の連合艦隊だからね」

提督「参ったなぁ、なんて説明すりゃあいいんだ……」ガクガク


タウイタウイの響「司令官、大丈夫。私もさむい」ガタガタ

ショートランドの響「南国に慣れすぎたね……こんなに寒かったっけ……」ブルブル

大湊の響「情けないな、この私たち。青森ではいつもの気候だよ」


提督「お前は服を着ろ、フリーダムっ子め……」
 

響「ふふ…… ――あ」

提督「ん?」

響「……みんな、見えてきたよ」



   私の一言で、他の「響」たちも一斉に舳先へ集まった。
   雲ひとつない青空の下、視線のはるか向こうに、ウラジオストクの大地が見える。

   目を輝かせているみんなと同じように、私も胸が高鳴っていた。
   あの埠頭で待っている仲間たちに向けて、誰にも聞かれないよう言葉を贈る。



響『これが終わったら……今度は、日本にも遊びに来てほしいな』

響『会わせたい人たちが、たくさんいるんだ――――』

 





   潮風に撫でられ、帽子を押さえる。
   手のひらに触れた3つのバッジが、ほんのりと熱を帯びている気がした。



   




         Верный Владивостока

            ―ウラジオストクのヴェールヌイ―



                  【Конец】
                   ―閉幕―


 

響がソ連で寂しがってる二次創作が多かったので、せめて友達を作ってやりたくて書きました
1年と5ヵ月もかかったけど何とか終わったので満足です

最後まで読んでくれて本当にありがとう

画像等補完

前スレ
>>370 ソ連の年賀状
http://imgur.com/jsYEOFb
http://imgur.com/TGKkc1w
http://imgur.com/HwGgVzI

>>383 熊
http://imgur.com/9OgXFIf

>>579 過去編ED
https://www.youtube.com/watch?v=Buqz03eALZw

>>679 ショーン・コネリー
http://imgur.com/Xe6dr97

>>923 ベリエフBe-4
http://imgur.com/NzDA4Tv

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