勇者「特筆すべきことはない」 (42)


いよいよ待ちに待ったこの日がやってきた。

20年に一度行われる「勇者試験」始まりの日。



俺のこれまでの22年間の人生は、このイベントの為にあったといっても過言ではない。


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家を出発しようとする俺を、父母――だけではない。

祖父母、いとこ、はとこ、甥や姪、面識すらない奴らまで、一言でいえば一族総出で見送る。


「行ってきます」


さてここで、勇者とは何か、勇者試験とは何か、について説明せねばなるまい。


勇者とは俺が住む王国の軍事の象徴であり、勇者になれば自動的に総大将の地位になる。
ひとたび勇者になれば、当人はもちろん、その一族にも莫大な褒賞や強力な特権が与えられる。

勇者の任期である20年の間、一族は「勇者の一族」として猛威を振るうことになる。


任期を終えた後はどうなるかというと、没落してしまったケースもあるにはあるが、
大半の一族は現在も中央の高級官僚であったり、地方の豪族に収まっていたりと、権勢を誇っている。



補足しておくと、任期の間に勇者が亡くなっても、次の勇者試験が行われることはない。
その場合は騎士団長が残る期間「代勇者」となる。
(もちろん、騎士団長に本来の勇者に与えられる特権などが与えられることはない)

これは「勇者を暗殺すれば、すぐ次の試験が開かれる」という考えを起こす者を
出さないようにするための制度である。


ようするに、勇者になってさえしまえば、薔薇色の人生を歩めるというわけだ。


20年に一度の試験をなるべく心身が充実した時期に受けさせるために、
我が子の出産時期を調整する母親までいるという。


いや、「いるという」というのは相応しい表現ではなかった。

他ならぬ俺の母もそのクチなのだから。


ちなみにこの勇者という称号、これはおよそ1000年前、王国に現れた魔王を討伐したという
若者に由来する。


当時の国王はこの若者に大いに気に入り、「勇者」という称号を授け、厚遇しようとしたが、
若者は家族も作らぬまま夭折してしまった。


彼を憐れんだ王は若者を軍事の象徴として崇めることに決めた。

そして時代時代、国でもっとも英知と武力を備えた者を「勇者」とし、
その者には多大な褒賞と特権を与えることにしたのだ。


これが「勇者試験」の始まりである。


なお、勇者試験が20年に一度というのは、若者が亡くなったのが20歳だったからといわれている。


この亡くなった若者が平民であったことから、勇者試験の門戸は広い。


王国の城勤めである者を除けば、どんな身分であろうと受けることができ、年齢制限もない。
女性だって受けられる。

最年長では45歳、最年少では16歳で勇者になった者がいるという記録が残っている。



ただし、勇者試験の対策には莫大な金銭が必要になるため、
裕福な身分でなければ、勇者試験をある程度突破することすら難しいというのが実態である。


なまじ年齢制限がないせいか、勇者試験のために一生を棒に振ってしまう者も多い。


それでも誰でも受けられ、しかも勇者になれば一族安泰となれば、
たとえ難関であろうと試験を受ける者受けさせる者が後を絶たないのはいうまでもない。


俺は一族の期待と未来を一身に背負っているのだ。



肝心の試験の内容についてであるが、それはこれから説明していくことにしよう。


勇者試験は大きく分けて、一次試験・二次試験・最終試験の三つとなる。

東西南北中央の五地域で一次試験が行われ、その合格者が騎士団領で実施される二次試験に進むことができ、
さらにそれをクリアした者が王城での最終試験に臨めるという仕組みだ。



俺は西地域の出身なので、西地域における一次試験場に足を運ぶことになった。


一次試験場は大昔に使われていた巨大な砦を改装したものだった。


砦内にある無数の部屋の中に、大量の受験者がぎゅうぎゅうと詰め込まれる。

統計によると、一次試験の受験者は一つの地域につきおよそ4~5万人。
つまり全国の受験者数は毎回20万にも達する。



この中で勇者になれるのはたった一人だから、倍率は20万倍以上ということになる。

気が遠くなるような数字だが、それでもなお挑戦する価値がこの試験にはあるのだ。


一次試験開始。


一次試験は前半後半に分かれており、
前半はまずぶ厚い冊子を渡され、12時間ぶっ通しで、四択問題をひたすら解いていくことになる。


出題範囲は広く、言語学、数学、歴史学、地理学、化学、物理学、武術学、魔法学……と多岐にわたる。

一問一問をほぼ反射的に解かねば、とても解き切れないほど膨大な問題数である。
カンニングなどの不正が通用するレベルではない。

ちなみに問題を解き切れなかったら、問答無用で足切り(後半に進めない)。
また、正解率が九割未満でも足切りされる。


12時間不休で集中力を維持できる体力と精神力を持ち、本能レベルで知識を身に付けた者でなければ、
この初戦を突破することは到底敵わない。


俺はよどみなくスラスラと問題を解いていく。


当たり前だ。

俺は勇者試験のために、2歳の頃から毎日最低8時間以上勉強してきたのだ。
こんなところでつまずくわけにはいかない。


俺が全て解き終わった時には、30分ほど時間が余っていた。


12時間経過し、一次試験前半が終了する。

解答用紙はすみやかに回収され、すみやかに採点がなされ、すみやかに後半に進める者が貼り出される。
一次試験後半に進めた者は、一万人にも満たなかった。

むろん、俺はその一万人未満に入っていた。



だが、喜んだり安堵している暇などない。

合格者にはさらなる難関が待っているのだから。


丸一日後、一次試験後半がスタートする。


今度は択一問題ではなく、記述式の問題である。

出題範囲は先ほどよりもさらに広く、



 問題:勇者に敗れた魔王が死に際に放った一言を答えよ

 答え:我は必ずや千年後に復活してくれる



このような子供でも答えられる問題もあれば、



 問題:魔法学の権威フェルーベル氏が提唱するレーベ=フィーチャー論について説明し、
    なおかつこれを否定し、これを上回る新たな理論を論ぜよ



などという、王国トップクラスの学者ですら解けないような問題も出る。


むろん、俺は解ける。

勇者とは最高の武力と英知を持った者なのだ。これぐらい解けなければ勇者になろうとする資格すらない。


一次試験の後半は24時間ぶっ続けで行われる。

俺は不眠不休で解答欄を埋め続け、どうにか自信のある一つの作品に仕上げることができた。



翌日には合格者が発表されたが、俺は自分の名前を確認した時、この時ばかりは安堵のため息をついてしまった。

22年間の努力が一次試験で終わってしまっては、もはや生きていられない。



ちなみに西地域での一次試験突破者数は、1,858人であった。


一次試験から一週間後――

王都にある騎士団領にて二次試験が行われる。



一次試験が“知”の試験だとするなら、二次試験は“武”の試験である。



五地域から一次試験を突破した勇者候補10,304名による熾烈な二次試験が始まる。


二次試験もまた、前半後半に分かれる。


前半の内容は、騎士団の精鋭30名が見守る中、指示されるがままに型を繰り出し続けること。


「森羅万象の型! 獅子の型! 双頭竜の型! 炎壁の構え! 武人の型! 烈火急襲の型!」


全部で1216種類ある剣の型を、指図通りに、美しさと速さを保ったまま正確にこなし続けなければならない。
もし一回でも間違えたり、美しさやスピードが不足していると判定されればその時点で終了。



もちろん、俺はこれを危なげなく突破した。

これも日々、剣の英才教育をこなしてきた成果である。
俺の頭と筋肉には、古今東西あらゆる剣が刻みつけられているのだ。


二次試験後半は魔法試験。


大賢者クラスの魔法使い5名の立ち会いのもと、指示通りに魔法を繰り出す。


魔法の種類は七属性578種あるといわれており、しかも異なる属性の魔法を連続で唱えるのは
熟練した魔法使いでも暴発する恐れがあり、非常に危険が伴う。

事実、この魔法試験では毎回数人は重傷者が出る。

だが、廃止されることはない。
自分の手足のように魔法を扱える者でなければ、勇者たる資格はないからだ。



膨大な魔力と、臨機応変な対応力と、そして度胸が求められるこの試験を、俺は堂々と突破してみせた。


剣と魔法の二次試験を経て、最終試験に残れたのは、わずか百人足らずであった。

正確には98人であるが――この98人の中から、勇者が決められるのだ。



最終試験もやはり、前半と後半に分かれる。
前半は98人を二組に分け、一対一の真剣勝負が行われる。勝ち残った者49人のみが後半に進める。


ここまで残った人間はみな、勇者に相応しい知力と武力を併せ持った者ばかり。
たった一回勝てばいいのだが、この一対一こそが勇者試験最大の難所ともいえる。



ちなみに奇数だった場合は、騎士団長が穴を埋めることになる。

その人間はラッキーじゃないか、不公平じゃないか、と思う人もいるかもしれないが、
騎士団長もかつて勇者試験を最終試験まで残った猛者であることが多く、決して楽な相手ではない。

二次試験までをダントツの成績で通過し、勇者間違いなしと目されていた受験者が、
この最終試験前半で当時の騎士団長に敗れるという事例も残されている。


いくつかの試合が終わり、いよいよ俺の出番。

対戦相手は浅黒い肌をした、やや大柄な青年。年齢は俺よりも上に見える。


彼がどんな人生を歩んできたのか、俺には知るよしもないが、
俺はこれまでに出会った誰よりも目の前の男に親近感を抱いていた。

共にここまで難関を勝ち抜いてきたというシンパシーが、そうさせるのかもしれなかった。


「始め!」


審判の合図とともに、試合が始まった。


開始直後、相手はいきなり巨大な魔法をぶっ放してきた。

なんの予兆も感じさせず、これ以上ない完璧なタイミング。



もし、俺の心にほんのわずかでも緩みがあったなら、手痛いダメージを受けていたに違いない。

だが、かろうじてかわして体勢を崩した俺に、対戦相手はここぞとばかりに接近してきた。


まだピンチが去ったわけではない。


魔法による奇襲の次は、剣による猛攻。

千種類以上の剣の型をマスターし、それに独自の工夫を取り入れたであろう変幻自在の魔剣が、俺に襲いかかる。


攻撃を紙一重で防ぎながら、俺は反撃に打って出たい気持ちを抑える。
ここは我慢の時。
流れが相手にある時に、無理に状況を打開しようとしても、それは打開策にはなりえない。



凌ぐしかない。


時間にすれば一分程度だろうが、この“我慢の時間”は本当に長かった。
俺は対戦相手の剣をひたすら受け続けた。

一瞬、深く呼吸してから、俺は全身を脱力させた。

これにより対戦相手の剣が、俺の体を大きく吹き飛ばすことになった。



間合いが開く。

しかし、両者とも魔法の達人でもあるので、剣の間合いが魔法の間合いになっただけともいえる。


間髪入れず対戦相手は呪文を唱え始めた。
今、自分にある流れを逃したくないのだろう。


普通ならば俺も呪文を唱えるところだが、俺はここであえて自分の手から剣を離し、
それを相手めがけて蹴り飛ばした。

虚を突かれた相手は呪文詠唱を中断し、俺が蹴り飛ばした剣を弾き飛ばす。



――が、これこそが俺の狙いだった。


蹴り飛ばしと同時にダッシュしていた俺は、空中に放り出された剣を掴み、そのまま一閃。

相手の左肩を切り裂き、さらに喉元に刃を突きつける。


「そこまで!」


勝負ありの合図がかかり、ようやく俺も一息つく。

訓練の一環として国有数の剣の達人を相手にした時も、こうなったことは一度もなかった。


対戦相手のすすり泣く声を背に、俺は試合場を後にする。



技量は互角だった。

試合開始早々主導権を握られてしまったので、奇策を弄するしかなくなってしまったが、
結果としてそれが俺を勝利に導いたともいえた。


「勝った……!」


誰もいないところで、俺は拳をぎゅっと握り締めた。


俺の試合から2時間後、全ての試合が終了した。

勝者である49名には、王宮の一室が割り当てられ、明日の最終試験後半を迎えることになる。


客室とはいえさすがは王宮の一角。
俺とて裕福な生まれなのだが、贅が尽くされた室内の装飾はまさしく初体験の世界だった。



だが俺は部屋の豪奢さに感慨を浮かべることもなく、


「ようやくここまで来た……最後まで全力を尽くすのみ」


こう独りごちた。


最終試験後半――

国王、王妃、王族数名、城の重臣十数名に囲まれ、面接試験が行われる。



なお、この試験までたどり着いた者には、勇者の特権には遠く及ばないものの多大な褒賞が用意される。
が、49人の中にそれで満足する人間は一人もいないだろう。

ここにいるのは、生まれてから今の今まで勇者になりたくて仕方なかった者たちばかりなのだ。



なお、たとえ国王といえども、私情や単なる好みで勇者を選ぶことは許されない。

自分の好みの外見をした試験者を勇者にしようとした王が、周囲から厳しく糾弾され、
廃位に追い込まれたケースもある。

「勇者」の称号とは、それほどまでに重いのだ。


謁見の間にて、面接が始まった。

国王や重臣から繰り出される質問の内容は、多種多様なものであった。



勇者に最も必要なものは何か。

もしも隣国が攻め入ってきたら、どう動くか。

敵に家族を人質に取られ、王を斬らねば人質の命はない、と脅迫されたらどうするか。

王国軍を強くするにはどうしたらよいか。

勇者試験の内容は、勇者を決めるに相応しい内容だと思うか。




想定内のものもあれば、想定外のものもあった。

だが、俺は自分が勇者になったつもり、いや勇者本人として、堂々と質問に答えた。


最終試験が終了した。
決して長くはなかったが、濃密な時間と空間を味わうことができた。


自信はあった。
というより、俺は勇者なのだから合格するのが当然だという気さえしていた。



とはいえ、他の48人も、だれが勇者になってもおかしくない逸材ばかり。

勇者試験は公正な試験とはいえ、あとは神のみぞ知る、といったところであった。


三日間、厳正なる会議が行われた後、王宮にて盛大に勇者発表式が行われた。

国王自らが49人の前に立つ。





「これより今期の勇者となる者を発表する。勇者は――」





俺の名前が読み上げられた。

22年間の努力、いや人生そのものがやっと報われた瞬間だった。



ライバルたちがどんな心境か、俺には推し量ることすらできないが、彼らも俺に温かい拍手を送ってくれた。

俺の目から涙が流れた。


国の総力を挙げての一ヶ月にも渡る勇者就任式を経て、俺は晴れて勇者となった。

20年間の勇者生活の幕開けである。



一族の中にはこれから訪れるであろう栄華を脳裏に描き、だらしない笑みを浮かべる者もあったが、
俺自身は酒池肉林の生活を送るつもりはない。

22年間の人生で、俺は身も心もすっかり勇者になっている。



勇者試験の礎を築いた若者に恥じないためにも、俺は勇者としての生を全うするつもりである。


俺が勇者に就任してから半年後、ちょっとした事件が起こった。


なんと1000年前に倒された魔王が復活し、魔族を率いて俺のいる王国に攻め込んできたのである。
死に際に放った一言は、真実だったというわけだ。

俺は軍の総大将として、王国軍の先頭に立ち、魔王討伐に乗り出した。


なお、この魔王との戦いについては、勇者試験に比べてずっと易しかったので、特筆すべきことはない。





― 終 ―

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