千鶴「心さん、また煙草ですか?」 (18)


・ちづしん

・アイドル喫煙描写あり

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いつもと同じような静かな夜。10時、いつもの時間に、いつものように、隣の部屋から、窓を開ける音。

それにつられて、私も、窓を開け、ベランダへ出る。

初夏特有の、爽やかな夜風が頬を撫でる。

風に混じって、いつもの煙草の匂い。

その爽やかながらも少し煙たい風を感じながら、顔の見えない、隣室の主へ声をかけた。

「心さん、また煙草ですか?」

「日課だからな☆」

私の声に反応した隣室の主は、私と同じ、アイドル、しゅがーはぁとこと、佐藤心さんだ。

ベランダは部屋ごとに仕切られているので、心さんの表情は見えない。壁を隔てて話す。


「昔よりは減らせたけどやめらんなくってさー」

心さんが言う。前にも聞いたが、アイドルになってから、煙草をやめようとしたらしいけど、結局辞められなかったらしい。

「千鶴ちゃんも吸う?」

「…未成年に煙草を勧めないでください」

「てへぺろ☆」

…まったく、この人は…。

少し、沈黙。

「…あ、煙草終わった。」

「そうですか」

「んじゃ、寝るね。おやすみ☆」

「おやすみなさい」

他愛もない話をいくつかして、部屋に戻る。こういうやりとりが、数日前から、日常になった。

1週間前、急に寮に引っ越すと言い出した心さんが、あろうことか、私の隣の部屋に来た。

「おっす、これからよろしく☆」

「…アパート借りてたんじゃなかったんですか?」

「寮の方が事務所近いし便利だしねー、引っ越してきちゃった☆」

「他に空いてる部屋があるのに、なんで私の部屋の隣なんですか!?」

「隣がいないと寂しいじゃん☆」

「はぁ…」

いつもの、強引な心さんだった。


煙草を吸っているのに気づいたのは、4日前くらい。今日と同じように、ベランダを開ける音につられて、私もベランダに出ると、隣の部屋から煙草の煙が漂ってきた。

「心さん、喫煙者だったんですか」

「あ、バレちった、いやん、千鶴ちゃんのエッチ♡」

「…まあ、別にいいですけど…。他の人は知ってるんですか?」

「スルーすんな☆ …プロデューサーは知ってるぞ☆あと知ってるのは千鶴ちゃんだけ☆」

「そうなんですか」

そんな秘密を知って、少しの優越感。…なんでこの人の秘密を知って、優越感に浸ってるんだろう…。


「千鶴ちゃん、声に出てるぞ☆」

「…ハッ!」

「人の秘密を知るとちょっと勝った気分になるの、わかるぞ☆」

「…変なフォローしなくていいですから」

「千鶴ちゃんってば、かわいー♪」

「…もう寝ます!おやすみなさい!」

そう言い捨てて、窓を勢い良く閉めた。これが心さんとの初めてのベランダ越しの会話。…今思うと、自爆して怒るなんて、みっともない。


それから、毎日同じくらいの時間に煙草を吸っている心さんと、ベランダ越しに、ふたつ、みっつ、言葉を交わして寝るのが日課になってしまった。

事務所で会う心さんは、これでもかというくらい私をいじってくる――思い出しただけで頭が痛くなる――が、ベランダの壁越しの心さんは、素直に私の話を聞いてくれている気がする。

煙草を1本吸い終わるまでの短い時間、心さんと話すだけで、気持ちがすーっとする。まるで、煙草の煙の代わりに、私の中のもやもやを吐き出しているみたいに…。

最初の日はいじられたけど。

…明日もレッスンに仕事だし、寝よう…。


―――

「そういえば、なんでいつもベランダで吸ってるんですか?」

素朴な疑問をぶつける。

「部屋とか服に煙草の匂いが付いちゃうからな☆」

「ああ、なるほど…」

確かに、ここで煙草を吸っていることを知るまで、心さんから煙草の匂いを感じたことはなかった。

「マウスウォッシュもちゃんとしてるし、ニオイ対策は完璧☆」

「そういう努力をする前に、禁煙したほうがいいと思うんですけど」

「できたら苦労しないから☆」


心さんは続ける。

「握手会みたいにファンとの距離が近い仕事もあるしさー、スウィーティー☆でラブリー♡なアイドル、しゅがーはぁとが煙草吸ってるかも、なんて、ファンには見せられないからな☆」

心さんのこういうプロ意識、アイドルとしての自信…、見習わなくちゃ。

「千鶴ちゃん、また声に出てるぞ☆」

「ハッ!なんでも…」

…ううん、こんな時くらい、素直にならないと。

「……いえ、見習いたいのは本当ですし…、尊敬してますよ。心さんのこと」

「そっか、ありがと」

「…どういたしまして」

なんか気恥ずかしい…。心さんの顔が見えないのに、見られてる気がして…。

「もう寝ます…!おやすみなさい!」

「おう、おやすみ☆」

私は逃げるようにベランダから部屋に戻り、ベッドに潜り込んだ。


―――

「…心さん?」

いつも語尾に☆が付いてるみたいに元気でスウィーティーな心さんが、今日は珍しく元気がない、ような気がする。表情が見えないからなんとなくだけど。

「はぁとね、このキャラで良かったのかなって思ってるんだ」

…いきなり何を言い出すんだろう、この人は。

「ナナ先輩も頑張ってるけどさ、このキャラが飽きられちゃったらどうしよう、っていう不安がいつもあるの」

「自然体でやってる子はさ、プロデューサーが新しい一面を見出してくれて、いろんな可能に挑戦できるでしょ?」

「…そうですね」

「でも、はぁとには、これしかない。しゅがーはぁとしか、無いんだよね…」


「いつも、キラキラなステージが終わって、夜になると…こんなこと考えちゃうんだ」

「寮に引っ越したのも、もしものために少しでも貯金するためで…」

心さん特有の急な思いつきだと思ってたけど、そんなこと考えてたんだ。

「そういう不安を紛らわすために、煙草を吸ってるんですか?」

私は聞く。

「…そうかも。こうして煙草を吸いながら、千鶴ちゃんとお話してる時は、はぁとの中のもやもやが煙と一緒に吐き出せる気がするの」

私と同じだ。心さんも、同じ気持ちだったんだ。

「…心さんらしくないですね」

「へっ?」


心さんの素っ頓狂な返事に、少しおかしくなるが、続ける。

「心さんが作り上げた『しゅがーはぁと』はそんなに簡単に崩れるものなんですか?私が尊敬している、佐藤心さんはそんな不安に押し潰される人なんですか?」

「飽きられるかも、とか、飽きられてから考えればいいじゃないですか。心さんはそうやって行き当たりばったりで私を振り回すんですから。」

「少なくとも、私はしゅがーはぁとは魅力的だと思いますし、心さんも、その…素敵な女性だと思いますよ」

肺にたまった煙を全て吐くように、思っていたことを全て言葉として吐き出す。でも、最後のは、いらなかったかな…。


「…うん、うん。そだね。千鶴ちゃん、ありがと☆」

「というか、心さんもそういうこと考えてるんですね」

「失礼な☆はぁとだって女の子なんだから悩みの一つや百個くらいあるぞ☆」

「女の子って歳じゃないですけどね」

「歳のことはやめろ☆」

よかった、元気出たみたい。しおらしい心さんなんて見たくないし。

…これで、あの仕事の時のお返し、少しでもできたかな。

「いつになく長話しちゃったな☆」

「そうですね」

「明日も仕事だし寝るぞ☆おやしゅがー☆」

「なんですかそれ」

「今年の流行語、の予定☆」

「ふふ、絶対流行りませんよ」

「流行らす☆ 今年はしゅがーはぁとの年にするぞー!」

そう言って、部屋に入っていった。窓を閉める音が聞こえる。

私も、もう寝よう…。


―――

今夜は雨だった。

心さんが隣に来てから、初めての雨夜。昨日までは運良く、夜は晴れ続きだった。

さすがの心さんでも、雨が降ってる中で煙草吸わないかな。

今夜は早く寝よう、と思い布団に入っても、なかなか寝付けない。心さんと話していないからかな…。

かといって自分から心さんの部屋に行くのはなんか恥ずかしいし…。

コンコン。

布団にもぐってあれこれ考えていると、ドアをノックする音。

「どうぞ。」

と一声。

扉が開いて、そこにいたのは、心さんだった。


「千鶴ちゃんと毎日話してたら、話さないと寝られなくなっちゃったから、責任取って☆」

心さんも、なんだ…。

たぶん、笑顔が抑えきれてないと思う。自然と顔が緩んでしまう。

「部屋では煙草吸わないでくださいよ」

「任せろ☆」

心さんを招き入れる。そういえば、この部屋に誰かを入れたのは、初めてかも…。

「今夜は寝かさないぞ☆」

「夜更かしは肌に悪いですよ」

「そーいう現実的なのはやめて☆」


いつもは煙草が終わるまで。だけど、今夜は眠れそうにないかも…。


終わりです

千鶴にだけ弱みを見せる心さんがいてもいいと思う

しゅがーはぁとさん、二日前だけど、お誕生日おめでとうございます。声がつくのを楽しみにしてます

シャイニーナンバーズで千鶴の話して欲しい

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