状態異常マスター「ヒヒヒ、状態異常も使いよう……です」(195)

― 睡眠 ―



< 村 >

聖女「聖なる光よ、この者に癒やしを……」パァァ…

白く美しい手から、温かな光が放たれる。

村人「おお……足の痛みがみるみる引いていく……」

村人「ありがとうございます、聖女様……」

聖女「どういたしまして。人々の異常を癒やすのが、私の役目だもの」

村人「ところで、異常といえば……」

聖女「?」

村人「なんでも、山の向こうの町に“状態異常マスター”なる人物が住んでいるとか」

聖女「状態異常マスター?」

村人「たしか、毒、麻痺、睡眠、混乱、狂戦士、沈黙、暗闇、石化、と――」

村人「八種類の状態異常を自在に操るという話です」

聖女(ふうん……これは放っておけないわね!)

……

……

< 状態異常マスターの家 >

窓の外にはさわやかな晴天が広がっている。

マスター「ヒヒヒ、今日はいい天気ですねえ……」

マスター「こんな日は……女性と二人でティータイムとでも洒落込みたいところですが」

マスター「私にそんな相手がいるわけもありませんねえ」



コンコン……



マスター「はい」ガチャッ

マスター「!」

聖女「こんにちは」

ドアを開けると、清楚な雰囲気を漂わせる女性が立っていた。

マスター「おや、これはこれは……まさかのチャンス到来」

聖女「チャンス?」

マスター「あ、いえ……こちらの話です。ところでご用件は?」

聖女「あなたが状態異常マスターって人?」

マスター「ええ、そうです」

聖女「聞いた話だと八種類の状態異常を操るそうね?」

マスター「はい、よくご存じで」

聖女「ふぅ~ん」ジロジロ…

マスター「あまりジロジロ見ないで下さい。照れますから」ポッ

聖女「“状態異常マスター”なんて物騒な肩書きだから」

聖女「てっきり毛むくじゃらで、臭い息を吐くような男を想像してたけど……」

マスター「どういうイメージですか……それ」

聖女「案外フツーね」

マスター「それはどうも。ああ、長いので“マスター”と呼んで下さって結構ですよ」

聖女「誰が呼ぶか!」

マスター「ヒッ!?」

聖女「私は聖女。各地を旅して、人々に癒やしを与えるのが使命なニクイ女よ」

マスター「あなたが……! 噂では聞いたことがあります。ご立派なことです」

聖女「その私にとって、状態異常なんてものは真っ先に滅するべき存在なの」

聖女「つまり、私とあなたは敵対関係にあるのよ」

マスター「いやいやいや、そんなことはないで――」

聖女「あるわ!」

マスター「ヒッ!?」

聖女「あなたと私は同じ天を仰ぐことができない運命……」

聖女「どちらかが血ヘド吐き散らすまで、勝負よ!」サッ

拳闘のようなファイティングポーズを取る。

マスター「あ、あなた……本当に聖女ですか?」

聖女「聖女よ」

マスター(言い切った!)

聖女「さあ、かかってらっしゃい!」ジリ…

じりじりと間合いを詰める聖女。

マスター(まずい……このままでは殴られる! どうすれば……!)



コンコン……



マスター「おお、お客! お客ですよ! さすがにお客の前では戦えませんよね!」

聖女「命拾いしたわね」フンッ

マスター(まったくですよ)ホッ…

マスター「どうぞ、お入り下さい!」

入ってきたのは、一人の商人であった。

商人「こんにちは、マスターさん」

マスター「これはこれは、商人さん。いらっしゃいませ」

マスター「商人さんの食料品店では、いつも安くしてもらって……」

商人「いえいえ、こちらこそご贔屓にしていただいてありがとうございます」

商人「おっと、そちらの女性は――もしや先客の方ですか?」

聖女「ただの聖女よ。お気になさらず」

商人「(ただの聖女……!?)そ、そうですか」

マスター「ところで、今日はどういったご相談で?」

商人「実はわたくし……最近、不眠症になってしまったのです」

商人「今日もほとんど眠れてなくて……」

マスター「おや、それはいけませんね」

マスター「眠れないということは……なにか悩みを抱えてらっしゃるのですか?」

商人「ええ、日頃の商売のことはもちろんですが」

商人「一人息子が友達を誘って、なにやら不良グループを結成したようで……」

商人「町の二大勢力の一つになった、などとうそぶいていて……頭を痛めているのです」

マスター(そういえば、先日も若者グループが小競り合いを起こしていたっけ)

マスター「なるほど……お気持ち、お察しいたします」

マスター「とにかく、疲れが顔にも出ております。一刻も早い処置が必要でしょう」

商人「お願いします……」

マスター「それでは、これから私の術であなたを“睡眠”状態にいたします」スクッ

マスター「私の術ならばほんの短時間でもぐっすり眠れますから」

マスター「体内のバランスを整えられますよ」

商人「マスターさんがこの町にいてくれてよかった……」



聖女「待ちなさい!」



マスター「へ?」

聖女「あなた、そんなこといって……この人を永眠させる気でしょう!?」

マスター「ヒヒヒ、まさか……そんなことしませんよ」

聖女「いーえ、やるに決まってる!」

マスター「ヒッ!」

聖女「商人さん、ここは私に任せてくれない?」

聖女「ようするにあなたの体力を回復させればいいんだから」

商人「は、はあ……ではお願いします」

両手を商人にかざし、呪文を唱える聖女。

聖女「聖なる光よ、この者に癒やしを……」パァァ…

商人「おおお……体に活力が湧いてきます!」

聖女「ね?」パァァ…

商人の顔色がみるみるよくなっていく。ところが――

商人「で、ですが――」

聖女「?」

商人「わたくしは寝たいです! ぐっすりと横たわりたいのです!」

商人「なのに体だけはどんどん動き出したくなって……」

商人「なんかこう……心と体がバラバラになっていく……うっ、うわぁぁぁぁぁっ!」

聖女「そ、そんなはずないわ! ええいっ! もっともっと――」パァァァ…

光の強さが増す。

マスター「いい加減にして下さいッ!」

聖女「!」ビクッ

マスター「今、商人さんに一番必要なことはぐっすり眠ること」

マスター「体力がどうこうではなく、眠ることそのものが大事なのです!」

マスター「なのに、むやみに体に活力を与えては、心と体のバランスが崩壊してしまう!」

マスター「あなた、本当に聖女なんですか!?」

聖女「う……」

マスター「商人さん、こちらのベッドへどうぞ」

マスター「私が眠らせてさしあげます」

商人「お、お願いします……」ヨタヨタ…

商人「ぐぅ……ぐぅ……」





マスター「ヒヒヒ、これでよし、と」

マスター「私の術であれば、30分も眠れば体の調子が整うはずです」

マスター「あまり眠らせると、今度は夜に眠れなくなりますから」

聖女「…………」

マスター(気まずい……ちょっといいすぎたかな……)

およそ30分後――

商人「いやー、ぐっすり眠れましたよ!」スカッ

商人「崩れていた体の中のバランスが均等になったって感じです!」

商人「今夜からはまたしばらく、不眠症に悩まされることはなさそうですよ!」



マスター「ヒヒヒ、ありがとうございました」

聖女「…………」

商人はいくらかの謝礼を払うと帰っていった。

商人が出ていった後――

マスター「あ、あの……」

聖女「……やるじゃない」

聖女「状態異常なんて人を害するものでしかないと思ってたけど……」

聖女「あんな使い方もあるなんてね」

マスター「ヒヒヒ、状態異常も使いよう……です」

聖女「使いよう……か。私は自分の力を使いこなせてなかった、というわけね」

聖女「私の……負けね、マスター」

マスター「!」

マスター「いえいえ、そんなことはありませんよ。先ほどは怒鳴って申し訳ない」

マスター「そもそも、勝ち負けがあるような話じゃありませんし」

聖女「……ねえ」

聖女「私、ここでしばらく修行するわ! いいでしょ!」

マスター「ヒッ!?」

聖女「ヒッ、ってなによ」

マスター「あの、私もそんなに稼いでるわけじゃないですし……」

マスター「もう一人ここに置いておけるほどの余裕は……」

聖女「平気、平気! 各地を回ってる時に、結構お金もらってたし! お布施とか!」

聖女「タダでいいっていってるのに、お金持ちの人って結構ガッポリくれるのよねえ~」

マスター「あなた、本当に聖女ですか?」

聖女「聖女よ」





― おわり ―

― 暗闇 ―



聖女が町にやってきてから、およそ二週間後――

< 状態異常マスターの家 >

マスター「ヒヒヒ、歌手を目指していると」

町娘「は、はい」

町娘「今度、隣町で有名楽団によるオーディションがあるので出てみようと思うんです」

町娘「そうすれば楽団で巡業しながら、思う存分歌を歌うことができるので……」

聖女「ふうん……そのチャレンジ精神、嫌いじゃないわ!」

聖女「よかったら、ここで披露してもらってもいい?」

町娘「はいっ、分かりました!」

歌い始める町娘。

町娘「みんなで~、歩いて~、ゆこう~」

町娘「光溢れる~、希望に満ちた未来へ~」



マスター「ほぉ~」

聖女「ほぉ~」

マスター「ヒヒヒ、いいんじゃないですか? 素晴らしいですよ」

聖女「ええ、これならいけるわよ!」

町娘「……い、いかがでした?」

聖女「よかったわよ! ブラヴォーよ!」パチパチ…

マスター「同じ町にこんなに歌が上手な方がいるとは思いませんでしたよ」パチパチ…

町娘「ありがとうございますっ!」

聖女「よーし……」コホン

マスター「?」

聖女「今の歌を聴いてたら、私も歌いたくなっちゃった。次は私が歌うわ」

マスター「おおっ、聖女さんの歌声まで聴けるとは!」

町娘「ぜひ聴かせて下さい!」

聖女「それじゃ聴いてちょうだい、聖歌『聖女エレジー』!」バババッ

聖女が歌い出す。

聖女「聖"女"が"歩"け"ば、皆"が"ひ"れ"伏"す"~」ボエェェェ





マスター「ヒッ!?」

町娘「こ、これはッ……!」

聖女「駆"け"ろ"! 聖"女"! 走"れ"! 聖"女"!」ボエェェェ

聖女「地"獄"の"大"王"~ブチ"の"め"せ"~」ボォエェェェ



マスター「すみません! “沈黙”してて下さい!」ボァァァ…

状態異常マスターの手から、黒い霧のような念が放たれる。



聖女「…………」パクパクパク



マスター「ふぅ……あやうくオーディション前に死んでしまうところでしたね」

町娘「いえ、そんなことはないですけど……(すごい歌だったわ……)」

マスター「歌に関しては全く問題ありませんよ。しかしなぜ、私のところへ?」

町娘「実はわたし……あがり症なんです」

町娘「大勢の前に立つと、どうしても緊張してしまって、うまく歌えなくなるんです……」

マスター「ふむ、そういうことですか」

聖女「…………」パクパクパク

町娘「マスターさんのお力で、何とかならないものでしょうか……!」

マスター「ふぅむ、あがり症を状態異常で解決する方法……」

聖女「…………」パクパクパク

マスター「聖女さん、さっきから何してるんです?」

聖女(早く治して!)

聖女(“沈黙”状態だと癒やしの光を出せないから自分で治せないの!)ギロッ

マスター「ヒイッ! すみません!」

聖女「……ふう、やっと喋れるようになったわ」

聖女「あがり症を治す? そんなの簡単よ」

町娘「えっ、本当ですか!?」

聖女「ようするに、観客を見なきゃいいのよ」

聖女「観客さえ見なきゃ、きっといつも通り歌えるはずだわ!」

マスター「ヒヒヒ……なるほど、一理ありますね。しかし、どうやって?」

聖女「そりゃもちろん、目にザクザクッと傷をつけて――」

町娘「えええええ!?」

聖女「大丈夫、治せるから!」

町娘「いくら治せるといっても……それはちょっと……」

マスター「あなた、ホントに聖女ですか?」

聖女「聖女よ」

マスター「気を取り直して、と」

マスター「聖女さんの案はもちろん却下しますが、いいアイディアを思いつきました」

マスター「私の術で、あなたを“暗闇”状態にすればいいのです」

町娘「あの……“暗闇”って、どのぐらい暗いんですか?」

マスター「ある程度は自由に調整できますよ」

マスター「真っ暗にしても危険ですし、さしあたって、これぐらいがいいかと」ボァァァ…

町娘の視界がやや薄暗くなる。

町娘「あ、落ち着きますね! これなら緊張せず歌えるような気がします!」

聖女「じゃあさっそく近所の人を集めて、歌ってみましょう!」

聖女「呼びかければ、今からでも30人ぐらいは集められるんじゃないかしら」

マスター「ヒヒヒ……そうですね。それだけいれば予行演習には十分でしょう」

町娘「マスターさん、聖女様、ありがとうございます!」

< 町の広場 >

町の中心にある広場には急な呼びかけにも関わらず、50人ほどの人が集まった。



ワイワイ…… ガヤガヤ……



聖女「じゃあいよいよ、町娘ちゃんの即席コンサート開始よぉー!」



オーッ!!!



マスター「それじゃ“暗闇”状態にしますよ」ボァァァ…

町娘「はいっ!」

マスター「いかがですか?」

町娘「――いけます! これなら歌えます!」

町娘「みんなで~、沈んで~、ゆこう~」

町娘「闇に呑まれた~、絶望に満ちた未来へ~」



ワァァァ……! ヒューヒューッ!



町娘の美声に、集まった観客たちも大いに盛り上がる。





聖女「やったぁ! 大成功じゃない! 全然あがってないわ!」

マスター「……心なしか、歌詞が“暗闇”状態に影響されてるような気がしますけどね」

……

……

町娘「ありがとうございました! あんなに人がいたのに、気持ちよく歌えました!」

聖女「よかったわよ! あれならオーディションは絶対いただきよ!」

マスター「ヒヒヒ……あとは本番を残すのみ、ですね」



即席コンサートは無事成功し、町娘は自信をつけて家路へとついた。





そして、オーディション当日――

< 隣町 >

オーディションを受けるため、隣町にやってきた状態異常マスターたち。

マスター「隣町に来るのは久しぶりですねえ」

聖女「結構大きな町ね。ここでオーディションが行われるのね?」

町娘「はい、そうです!」

町娘「各地の才能を集めるため、オーディションも色んな地域も開かれるんです!」

マスター「他にもオーディション目当てと思われる女性が、いっぱいいますね」

聖女「いっそあなたの状態異常で、彼女らを“石化”状態にでもしちゃえば?」

聖女「そうすればオーディション受けなくても町娘ちゃんが合格だわ」ニコッ

マスター「ご、ご冗談を」

< オーディション会場 >



ザワザワ…… ガヤガヤ……



町娘「あの……楽団のオーディションを受けに来ました!」

スタッフ「ではこの番号札を持ってお待ち下さい」



聖女「事前に申し込むんじゃなく、当日受付なのね。だったら私も受けようかしら!」

マスター「いや……やめといた方がよろしいかと」

聖女「なんでよ!?」

マスター「ヒイッ!」

いよいよオーディションが始まった。
歌自慢の女性たちが、観客と楽団の審査員の前で、自慢の歌声を披露する。



「やったぁ、うまく歌えた!」

「ベストを尽くせたし、落ちても悔いはないわ!」

「よし、これならきっと合格できる!」



手ごたえを感じる受験者がいる一方で――



「うっ、うっ……あんなに練習したのに……どうして……」

「パパ、ママ……ごめんなさい……」

「あうぅ……うぇ~~~~~ん!」



中には実力を発揮できず、涙する受験者も大勢いた。



町娘「…………」

聖女「そろそろ町娘ちゃんの出番ね! マスター、準備はいい?」

マスター「バッチリですよ」

ところが――

町娘「あの……マスターさん!」

マスター「どうしました?」

町娘「すみませんっ……! やっぱりわたし……自力で歌います!」

聖女「えっ、どうして!?」

町娘「だって……他の受験者のみんなは、自分の力だけで勝負しています」

町娘「わたしだけ……あがり症をごまかすズルをしちゃいけない、と思ったので……」

マスター「町娘さん……」

聖女「なあにいってんの!」

聖女「あなた、歌手になりたいんでしょ!? だったら手段を選んでちゃダメ!」

聖女「世の中、勝てば官軍なんだから!」

マスター「“沈黙”」ボァァァ…

聖女「…………」パクパクパク

マスター「町娘さん……実は私も、あなたのその言葉を待っていました」

マスター「あれほど美しい歌声を持つあなたに“暗闇”は似つかわしくありません」

マスター「どうぞ、ステージへ」

町娘「はいっ!」

聖女「…………」パクパクパク

ステージに立った町娘――

彼女の目に映るのは、厳しい顔をした審査員と、数百人はいる観客。



町娘(うう……人が大勢いる……)ドキドキドキ…

町娘(だけど……大丈夫! わたしは歌える!)

町娘(マスターさんや聖女様だって見てる……こんなドキドキはねのけてやる!)

町娘(だってわたしは……歌手になるんだから!)





町娘「――歌いますっ!」

町娘「みんなで~、歩いて~、ゆこう~」

町娘「光溢れる~、希望に満ちた未来へ~」





審査員A「ふむう……」

審査員B「我が楽団に迎えるには素朴すぎる気もするが、いい声をしている」

審査員C「これは磨けば光るかもしれませんなぁ」

……

……

町娘「すごく緊張したけど……なんとか歌い切ることができました!」

町娘「審査員特別賞もいただけましたし……これで楽団に入団することができます!」

聖女「よかったわよ! 状態異常に頼らないのは正解だったわね!」

マスター「“暗闇”」ボァァァ…

町娘「あれ? 目の前が真っ暗に!?」

聖女「ちょっと、なんで私まで!?」

マスター「ヒヒヒ、すみません……」

マスター(町娘さん……いい歌声でしたよ。町で聴いた時とは比べ物になりません)

マスター(しかし……女性に男の涙を見せるわけにはいきませんのでね)グスッ…





― おわり ―

今回はここまでとなります
よろしくお願いします

― 麻痺 ―



< 山 >

町の近くにある山で、仕事を終えた木こり。

木こり「よぉ~し、こんだけ切れば十分だろ。そろそろ山を下りるとするか」

木こり(ホントはあのバカ息子も手伝ってくれりゃ、もっと助かるんだが……)

木こり(アイツめ……町で若いの引き連れて、いつも何やってんだか……)

木こり(近頃じゃ“この方が威圧感が出る”なんて髪を全部剃っちまうし……)ハァ…

ズルッ!

木こり「!?」ガクンッ

木こり「うわぁぁぁぁぁ……!」



ドザザザッ……!

< 状態異常マスターの家 >

チェスを楽しむ状態異常マスターと聖女。

マスター「ヒヒヒ……クイーンいただきです」トンッ

聖女「あーっ!」

マスター「さ、どうします?」ヒヒッ

聖女「続けるわよ! 最後の一兵になっても戦うのが、私のチェス道だもの!」



ドンドンッ!



マスター「おや? どうぞ、お入り下さい」

町民「大変です! 大変ですっ!」

マスター「ど、どうされました?」

町民「さっき、木こりさんが山で足を滑らせて、大怪我をしてしまって……!」

マスター「ええっ、大怪我……!?」

町民「今、診療所に運ばれてるんですが、お医者さんでもどうにもならないみたいで……」

マスター「うむむ、それは心配ですね」

聖女「大怪我ってことは……ここは私の出番ね!」

< 診療所 >

マスター「お邪魔いたします」

聖女「こんにちは」

医者「マスターさん、聖女様、ご足労いただき、ありがとうございます!」

医者「私ではどうにもならなくて……」



木こり「うううう……」

診療所のベッドには、足から血を流した木こりが横たわっていた。

マスター「ヒイッ!」クラッ…

聖女「どうしたの?」

マスター「ええと、あの……私、血を見るのがどうも苦手で……」

聖女「だったら見ない方がいいわ。そこに座ってて」

マスター「お役に立てず、すみません……」ストンッ

聖女「どれどれ……」



木こり「ぐううっ……! ううっ……! くあぁぁっ……!」

木こりの右足には、太い木の枝が深く突き刺さっていた。

聖女「枝が刺さってるわね。このままじゃ治癒できないわ」

聖女「これを抜かないと……」グッ

聖女が枝を抜こうとするが――



木こり「うぐあぁぁぁっ……!!!」



聖女「あっ、ごめんなさい!」

聖女「しかも……この枝、ビクともしなかったわ。かなり深く刺さってるわね」

医者「どうやら、骨にまで達しているようで……」

聖女「こりゃまずいわね……」

木こり「大丈夫……引き抜いてくれっ! 歯を食いしばって我慢するからっ……!」

聖女「そうもいかないのよ」

聖女「激痛によるショックって、結構バカにならないものでね」

聖女「下手すると一瞬で死んじゃうこともあるわ。そうなったらもう私でも治せない」

聖女「ドクター、なにか麻酔薬みたいなものはないの?」

医者「麻酔薬は非常に高級品でして、常備しておらんのですよ……」

聖女「そう……」

聖女「仮に麻酔薬があったとしても、この傷じゃ効果薄でしょうしね……」

聖女「だったらやっぱり、少しずつ枝を引き抜くしか――」

マスター「あの……」

聖女「マスター?」

マスター「今の話を聞いてますと、ようは木こりさんの痛みを消せばいいんですよね?」

聖女「うん……だけど、麻酔薬はこの診療所にはないし……」

マスター「でしたら私が足を“麻痺”させましょう」

聖女「あっ、なるほど!」

聖女「だけど、血が苦手なんじゃないの? 大丈夫?」

マスター「そんなこといってる場合じゃありませんからね。やらせて下さい!」

木こりの右足に両手を近づける。

マスター「足だけを“麻痺”させます」ボァァァ…

木こり「ううっ! す、すごい……! 足がなんの感覚もなくなった!」



聖女「今よ! ドクター、枝を引き抜くわよ!」グイッ

医者「はいっ!」グイッ

聖女と医者が器具を使って、力ずくで枝を引っこ抜く。

ズボッ!



木こり「うっ……! おお、全然痛くない! 痛くなかったよ!」

すかさず、聖女が木こりの足の治癒を始める。

聖女「聖なる光よ、この者に癒やしを……」パァァ…

木こり「ううう……」

聖女「大丈夫……穴は少しずつ塞がっているわ……」パァァ…

木こり「ありがとう……なんて安らかな光なんだ……」

聖女「どういたしまして。さ、ゆっくり休んでて」パァァ…



医者「あれほどの怪我が……! 噂には聞いていましたが、素晴らしい力だ……!」

マスター「…………」

聖女「ふぅ~、これでもう大丈夫! 後の処置はお願いします」

医者「はいっ! いやぁ~、さすがですねえ!」

医者「あなたがいれば、医者なんて職業は不要なのかもしれませんね……」

聖女「そんなことないわ」

聖女「もしあなたが処置してなければ、木こりさんは失血で亡くなってたかもしれないし」

聖女「私やマスターを呼ぶという判断も的確だったわ」

聖女「木こりさんを救ったのは、紛れもなくあなたなのよ」

医者「ありがとうございます……」

マスター「…………」

聖女「ん? どしたの?」

マスター「いえ、なんていうか……今……あなたが初めて聖女に見えましたよ」

聖女「あら……ありがとう」

微笑み合う二人。

聖女「――って、ちょっと待て。初めてってどういう意味!?」グイッ

マスター「ヒイッ、つい本音が!」





― おわり ―

― 毒 ―



< 状態異常マスターの家 >

ある穏やかな昼下がり、二人は紅茶をたしなんでいた。

マスター「ヒヒ……いい紅茶ですね」

聖女「ええ……」グエップ

マスター「ちょ、ちょっと、ゲップはやめて下さいよ。ムードが台無しですよ」

聖女「あら、ごめんなさい。ヒヒヒ……」

マスター「私のマネもできればやめて下さい」

マスター「さて、あなたがここに住み込み始めてから、一ヶ月が経ちましたが」

マスター「私のことは分かっていただけましたか?」

聖女「ん……まあね」

聖女「あなたの“状態異常を世のため人のために使おう”って志は分かったつもりよ」

マスター「ヒヒヒ……ありがとうございます」

聖女「だけどさ、ふと気になったんだけど」

マスター「はい」

聖女「八種類の状態異常のうち、“毒”ってどうやって使うの?」

マスター「“毒”ですか」

聖女「うん……毒だけはなんていうかさ、使い道なくない?」

聖女「そりゃ戦いには使えるかもしれないけど、あなたってそういうタイプじゃないし」

マスター「ヒヒヒ……それが色々とあるんですよ。毒といえど使いよう……です」

聖女「たとえば?」

マスター「たとえば、大きな医療機関に招かれて、毒の研究に用いることがあります」

聖女「あ~……なるほどね」

マスター「それと、私は自分でかけた“状態異常”は自分で解除することができますが」

マスター「これはつまり、私の扱う“毒”と似たような性質の毒であれば」

マスター「私も打ち消すことができるということです」

聖女「ふむふむ、マスターも毒の種類によっては解毒ができるってわけね」

聖女「ま、私は癒やしの光でどんな毒も解毒できるけど!」

マスター「ヒヒヒ……癒やしの分野では、とても聖女さんには敵いませんよ」

聖女「でも……どっちも毒の効能を直接生かしてるって感じじゃないわね」

マスター「まあ、そうですね」

マスター「毒そのものは人体に百害あって一利なし、ですから」

聖女「毒を使って大儲けする方法……なにかないかしらねえ」

聖女「――あっ、そうだ!」

聖女「いいアイディアがあるわ!」

マスター「なんですか?」

聖女「まず、みんなを“毒”状態にするの!」

聖女「それから毒消し草を、みんなに売りつけるってのはどう?」

聖女「きっとものすごく儲かるわよ!」

マスター「え、えぇ~と……」

マスター「あなた、ホントに聖女ですか?」

聖女「聖女よ」

マスター「――ところで、なぜあなたは聖女と呼ばれるようになったんです?」

聖女「ああ、やっぱり気になっちゃう?」

マスター「ヒヒヒ、気になりますねえ」

聖女「別に隠すようなことじゃないし、マスターだけには教えちゃうけど……」

聖女「……神様からのお告げがあったから!」

マスター「へ? お告げ?」

聖女「私、捨て子でね。教会で孤児として育てられてたの」

マスター「…………!」

聖女「アハハ、マスターいい反応するじゃない。やっぱり優しいわね」

マスター「あ、いや……す、すみません」

聖女「私は両親のぬくもりを知らない……」

聖女「だけど自分を不幸だと思ったことはなかったわ」

聖女「一緒に暮らしてた神父様や孤児のみんなも、とっても優しかったから」

聖女「むしろ、捨てられたのにこうして生きてられるってことに感謝してた」

聖女「人間ってなんて素晴らしいんだろうって思ってた」

聖女「だから神様に毎日毎日祈ってたの。人の役に立てる人間になりたいって」

聖女「そしたら、ある日――」

『いいぞ!』

少女『えーっ!? いいの!?』

『なってみなさい……人の役に立てる人間に! 人々に癒やしを与えられる人間に!』

少女『はーいっ!』



聖女「……ってね」

マスター「いやはや、ずいぶんフレンドリーなお告げですねえ」

聖女「アハハ、でしょ!? 自分で話しててもなんだこりゃって感じだもん」

聖女「こんなフランクな神様がいるかい、って」

聖女「でもあれ以来、私に人を癒やす力が宿ったから……本物だったと思ってるわ」

聖女「笑っちゃうでしょ?」

マスター「いえ……あなたらしい素敵なエピソードだと思いますよ」

聖女「……ちょ、ちょっと、真顔でそんなこといわないでよ。照れるじゃない」

聖女「やがて、育ての親である神父様の許しを得て……巡礼を始めたの」

聖女「それで各地を旅して……人々を救って回ったわ」

聖女「もちろん、力不足で救えなかったこともあったけど……」

マスター「…………」

聖女「それでも私は、自分のやってることに誇りを持っていた」

聖女「私が神様からもらった力は、大勢の人を癒しているって」

聖女「ま、そんな鼻っ柱もあなたとの出会いで折られちゃったわけだけど」フフッ

マスター「そんなことはありませんよ」

聖女「え?」

マスター「私と出会った時、あなたはあなたなりに商人さんを救おうとしていた」

マスター「その心は誰がなんといおうと、偽りではない本物でした」

マスター「あなたは紛れもない“聖女”ですよ」

聖女「……ありがと、マスター」

今度は聖女が質問する。

聖女「マスターはなんで、状態異常をマスターしようって思ったの?」

マスター「私は……幼い頃、両親を毒と麻痺で亡くしましてね」

聖女「え……」

マスター「ヒヒヒ、いい反応です。あなたも優しいですねえ」

聖女「むうう……こいつめ」

マスター「父は薬草売りをしてたのですが、薬草を採取してる際に毒蛇に噛まれ……」

マスター「母は全身が麻痺してしまうという奇病に侵されました」

マスター「どちらも今でこそたやすく治療できる毒と病ですが――」

マスター「あの時は……どうしようもありませんでした」

『お父さんっ……お父さぁぁぁんっ……!』



『お母さんっ……死んじゃやだよぉっ……!』





マスター「私はまだ子供でしたが、父と母の不幸を通じて思ったことは……」

マスター「もし毒や麻痺といった“状態異常”に詳しい人がいれば……ということでした」

マスター「ですから、私は状態異常を学び、人々を助けようと思ったのです……」

マスター「私は貧しかったのですが、父の知り合いの方が私に目をかけてくれて」

マスター「魔法学校に通わせてもらえることができたので……」

マスター「学校での勉強と独学で、どうにか八種類の状態異常をマスターできたのです」

マスター「おっとすみません」

マスター「せっかくのティータイムにこんな湿っぽい話をしてしまって……」

マスター「……聖女さん?」

聖女「くぅ~~~~~!」ドバァァァ…

聖女の目からは涙があふれていた。

マスター「!?」ギョッ

聖女「泣けるぅ~! いい話じゃない! うん!」ゴシゴシ…

聖女「私……こういう話に弱いのよねぇ~、なにしろ聖女だから!」

マスター「豪快な泣きっぷりでしたねえ」

聖女「私……今の今まであなたを誤解してたわ!」

マスター「え!?」

聖女「だけど今の話で、私の中の疑念はついに完璧に晴れたのよ!」

マスター(まだ晴れてなかったとは……!)

聖女「私も、癒やしの使い手としてまだまだあなたから学ぶことがあるみたい」

聖女「これからもよろしくね!」サッ

マスター「ヒヒヒ……こちらこそ」ギュッ

握手を交わす二人。

聖女「……っと、紅茶なくなっちゃったわね」

聖女「今度は私が紅茶入れるわ」

マスター「ありがとうございます」

聖女がキッチンに向かう。



少しして――

聖女「入れてきたわ! さ、ティータイム再開よ!」

マスター「そういえば、あなたに紅茶を入れてもらうのは初めてですね」

マスター「どれどれ……」グビ…

マスター「!?」ギョッ

マスター「んん……!? んんんんん……!? んんんんんんんん……!?」

聖女「どしたの、マスター」

マスター「聖女さん……。これ……毒入ってません?」

聖女「オイ!」





― おわり ―

今回はここまでとなります

― 石化 ―



< 町の広場 >

少年「うわぁ~ん、降りられないよぉ~!」



ザワザワ……

「どうする……!?」 「今にも枝が折れそうだ!」 「下を見ちゃダメだぞっ!」



町の中心にある大きな広場には、町一番高い木がある。

一人の少年がその木に登ったはいいが、降りられなくなってしまっていた。

買い物帰りの状態異常マスターたちが通りがかる。

聖女「どうしたの?」

マスター「なにかあったのですか?」

「聖女様!」 「マスターさん!」 「子供が木に登って……」



少年「助けてぇ~!」



少年を見上げる二人。

聖女「ありゃあ……よくあんなところまで登れたものね。大したもんだわ」

マスター「ヒィッ! ま、まずいですよ!」

マスター「あの子を支えてる枝は今にも折れそうですし……あの高さから落ちたら……」

聖女「そこの人たち!」

聖女「万が一の時のために、クッションになるよう布団持ってきて!」

「は、はいっ!」

聖女「そっちの人!」

聖女「あの子の両親、知ってる? 知ってるなら早く呼んできて!」

「分かりましたっ!」

きびきびと指示を出す聖女。



マスター(すごい……! みんなが戸惑ってる中、率先して……)

聖女「マスター、あなた木登りできる?」

マスター「あ、いえ……情けない話ですが、全く無理です……」

聖女「私は登れるけど、あの子を助けるって芸当はちょっと無理ね」

聖女「下手に登って振動が伝わると、あの枝が折れちゃうかもしれないし……」

聖女「となると、手は一つしかないか……」



「布団を持ってきました!」

何人かの町民が、家から布団やマットを持ってきた。



聖女「ありがと! それじゃ上に気をつけながら、地面に敷いて!」

布団を重ね合わせることで、急ごしらえのクッションが完成した。



聖女「坊や!」



少年「な、なに……? お姉ちゃん……」



聖女「飛び降りなさい!」



少年「……ええっ!?」

マスター「聖女さん!? あなた、なにをいってるんです!」

聖女「なにって……飛び降りろっていってるのよ」

マスター「いやいやいや! いくら布団があっても、あの高さです! 大ケガしますよ!」

聖女「そんなこと分かってるわよ。足ぐらいは折れるでしょうね」

聖女「だけどあのまま放っておいたら、結局そのうち落ちるわよ」

聖女「自分の意志で落ちるのと、そうでないのじゃ、危険度が全然ちがうでしょ?」

聖女「頭から落ちたりしたら、それこそ布団があってもアウトだもの」

マスター「そりゃあ、一理ありますけど……」

聖女「坊や、飛び降りなさい!」

聖女「ちょっとぐらいベキッと足が砕けても、私ならすぐ治せるから!」



少年「ひいい……無理だよぉ~……」ガタガタ…



マスター「あなた、ホントに聖女ですか?」

聖女「聖女よ」

聖女「う~ん、飛び降りられないんじゃ……他の手を打つしかないわね」

聖女「あなたの状態異常で、なんとかできない?」

マスター「できたらとっくにやってますって……」

聖女「そうよねえ……」

聖女「なんとかあの子がケガしないように落ちる方法はないかしら……」

聖女「!」ハッ

聖女「ねえマスター、さっき買ったこのリンゴを“石化”させてみてくれない?」

マスター「……へ? なにいってるんですか? こんな時に!」

聖女「いいから!」

マスター「ヒッ、分かりましたよ!」ボァァ…

状態異常マスターの力で、赤いリンゴがみるみる石化していく。

石化したリンゴを手に取った聖女。

聖女「これを……」

聖女「ふんっ! ふんっ! ふんっ!」ガッガッガッ

地面に何度も叩きつける。

マスター「どうしたんですか、いきなり!?」

聖女「ふむ……全然砕けないわ。さすがね、マスター」

マスター「へ……?」

聖女「これよ! これを使ってあの子を助けるのよ!」

マスター「これって……まさか……」

聖女「そう、あの子を“石化”させて、落下させるのよ!」

マスター「いやいやいや! もし砕けちゃったらどうするんですか!」

聖女「平気よ。布団があるし、あなたの“石化”はかなり優秀だってのが分かったし」

マスター「しかしですねえ……いくらなんでも荒っぽすぎませんか?」

マスター「私の状態異常は、あくまで穏便に物事を解決するために――」

聖女「マスターッ!!!」

マスター「!」ビクッ

聖女「あの子助けたいの、助けたくないの!? どっちなの!」

マスター「そりゃもちろん……助けたいですけど……」

聖女「じゃあ、やらなきゃ!」

マスター「…………」グッ…

聖女の勢いに押され、状態異常マスターの意志も固まる。

マスター「分かりました、やりましょう!」

少年「うあ、あ、あぁ……折れちゃうよぉ……」ミシミシ…



「まずい、枝が折れるぞ!」 「落ちちまう!」 「きゃああっ!」



少年「うわぁっ!」ベキッ

ついに少年をかろうじて支えていた枝が折れた。



地面にまっさかさま、落下していく――

マスター「今だっ! “石化”!」ボァァァ…



ドスンッ……!



空中で石人形と化した少年は、布団の上に着陸した。



「ものすごい音がしたぞ!」 「大丈夫か!?」 「どうなった!?」



ザワザワ…… ドヨドヨ……

さいわい、石化された少年に損傷は全くなく――



マスター「“石化”解除」ボァァァ…



少年「うう……? ――あ、あれ? ボク、どうして……」

マスター「ヒヒヒ、よかった……ケガはないようですね」

聖女「やったわね、マスター!」

マスター「ええ、もう少し決断が遅れてたら、危なかったかもしれません」



――結果として、少年は無傷で木から降りることができた。



聖女「イェーイ!」サッ

マスター「イ、イェーイ!」パシッ

ぎこちないハイタッチを交わす二人。

少年「ううう……! マスターさん、お姉さん、ありがとう……!」

聖女「よしよし」ギュッ…

少年を優しく抱きしめる聖女。

マスター(おお……なんと神々しい光景……)

聖女「ケガはないと思うけど、念のため癒やしの光で照らしておくわ」パァァァ…

マスター(やはりこの人は神様に選ばれるに相応しい人なんだなぁ……)

マスター(普段はとてもそうは見えないけど……)

聖女「なんかいいたそうね、マスター」ジロッ

マスター「ヒッ!」

聖女「ところで坊や、どうしてあんな高い木に登ったの?」

少年「…………」

少年「実はボクのお父さんとお母さんって、あまり仲がよくなくて……」

マスター「ほう」

少年「だからボクがすごいことすれば、驚いて仲良くなるんじゃないかって……」

聖女「あなたもあなたのやり方で、癒やしを与えようとしてたってわけね……」



――タタタッ!

妻「大丈夫!?」

夫「よかった……無事だったみたいだな」

少年の両親がやってきた。

夫「マスターさん、息子を助けていただき、ありがとうございました」

妻「なんとお礼をいっていいのか……」

マスター「いえいえ」

二人仲良く礼をいったのも束の間――

夫「ったく、こうなったのはお前のせいだぞ! なんでちゃんと見ておかないんだ!」

妻「なにいってんの! あんたのせいでしょ! いつも人のせいにして!」

少年「お父さん、お母さん、やめてよーっ!」



マスター「…………」

聖女「…………」

聖女「ねえ、マスター」

マスター「なんですか?」

聖女「こりゃ、アフターケアが必要なんじゃない?」ニヤ…

マスター「ヒッ!?」

マスター(どうやら聖女さんの心に火がついてしまったようだ……)





― おわり ―

― 狂戦士 ―



< 町の広場 >

木登り事件から三日後、状態異常マスターと聖女はあの少年と会っていた。

マスター「ヒヒヒ、こんにちは」

聖女「こんにちはっ!」

少年「あ、こんにちはっ! こないだは助けてくれてありがとう!」

マスター「実は……君とちょっとお話ししたいんだけど、時間あるかな?」

少年「うん、いいよ!」

聖女「じゃ、あっちにあるカフェでお茶しましょ」

< カフェ >

マスター「ヒヒヒ、ここのマスターの紅茶は絶品なんですよ」

聖女「マスターがマスターっていうと、なんかややこしいわね……」

聖女「ところであなたのお父さんとお母さん、いつもあんな感じなの?」

少年「うん……そうだよ」

少年「ヒマさえあれば喧嘩してさ……ボクが止めるといったんは止まるんだけど……」

マスター「放っておくと、また始めるってわけですか」

少年「そう! もうウンザリだよ! いい加減にしてくれって感じ!」

マスター「う~む、相当深刻なようですねえ……」

聖女「だけど大丈夫よ。なにしろ私は世界中の人々を癒やせと神にお告げされた女!」

聖女「あなたのお父さんとお母さん、必ず仲直りさせてあげるわ!」

少年「ホント!?」

聖女「ね、マスター!」

マスター「ヒ!?」

マスター(夫婦喧嘩の仲裁なんかやったことないけど……)

マスター「うーん……まあ、そうですね……放ってはおけませんし……」

マスター「ヒヒヒ、一肌脱ぐとしますか」

少年の自宅は、町の広場から少し歩いた住宅街にあった。

< 少年の家 >

少年「ここがボクんちだよ!」

聖女「あら、立派な家じゃない。大きな煙突もあるし」

マスター「ええ、もっとお金を稼いだらこういう家に住みたいですよ」

少年「!」ピクッ

少年「あ~あ……またやってる」

マスター&聖女「え?」



「なによっ!」 「お前こそ!」 「なによそれ!」 「なんだとっ!」



少年「ね?」

マスター「…………」

聖女「…………」

家の中に入る三人。

少年「ただいま!」

マスター「こんにちは」

聖女「お邪魔します」



リビングにて大声でケンカをする夫婦。

夫「こんなにマスタードかけることないだろ! 味音痴か、お前は!」

妻「これぐらいかけた方がおいしいのよ! 味音痴はアンタでしょ!」



少年「お父さん、お母さん、お客さんだよ!」

夫「!」ハッ

妻「!」ハッ

妻「あら、いらっしゃいませ」

妻「マスターさんと……聖女様、でしたよね」

夫「先日は息子を助けていただき、ありがとうございました」

マスター「いえいえ」

マスター「ところで今……なんで口論をされていたんですか?」

夫「いえいえ、つまらないことですよ。なぁ?」

妻「ええ、つまらないことですわ」オホホ…

先ほどまで怒鳴り合ってたのがウソのように、仲良く笑い合う夫婦。

マスター「はぁ……」

聖女「…………」

結局、二人はしばらく世間話をした後、外へ出た。

マスター「ヒヒヒ……案外あっさり片付きましたね」

聖女「そうかしら……」

マスター「え?」

聖女「あの分じゃ、きっとまたすぐ始めるわよ」



「なんでお客さん来てるのに気づかないのよ!」 「お前こそ、しっかりしろよな!」

ギャーギャー……! ワーワー……!



少年の家から夫婦喧嘩の声が響いてきた。

聖女「ね?」

マスター「あらぁ……」

マスター「あそこまで仲が悪いと、なんで結婚したのかすら不思議になってきますねえ」

マスター「あのままじゃ離婚待ったなしですよ」

聖女「……そうかしら」

マスター「へ?」

聖女「ううん、なんでもない」

聖女「とにかく、これであの夫婦の性質はつかめたわ」

聖女「明日、もう一度あの家を訪ねてみましょう!」

マスター「そうですね。ここまできたら、なんとか仲直りさせてあげたいものです」

翌日、二人が少年の家を訪ねると――

< 少年の家 >

ギャーギャーッ! ワーワーッ!

夫「この分からず屋がっ!」

妻「ふんっ! 分かってないのはアンタよ!」



少年「まーたやり合ってるんだ……。今日はかなり激しいよ」

マスター「まだ昼前だというのに、お二人ともお元気ですねえ」

聖女「だけど、二人とも手を出したりはしてないのよね。あくまで口でやり合ってるわ」

マスター「ですが、このままじゃ暴力に発展する日も近いですよ」

聖女「…………」

聖女「ねえ、マスター」

マスター「なんでしょう?」

聖女「いっそ、この二人をとことんまでやり合わせてみない?」

マスター「とことんまでって……どうやって?」

聖女「あなたの力で、二人を“狂戦士”にするのよ」

マスター「えええええっ!?」

聖女「私の見たところ、二人は互いになんらかの感情を溜め込んでる」

聖女「だけど普段のケンカ程度じゃ、世間体ってブレーキもあって全然晴らせてない」

聖女「だからいつまでもケンカを続けてるわけだけど……」

聖女「だったら……いっそ“狂戦士”にして決着をつけさせる方がいいかもしれないわ」

マスター「おっしゃる通り、“狂戦士”は対象を好戦的にする状態異常です」

マスター「実力はあるが大人しい兵士さんを“狂戦士”にして、強い人と戦わせて」

マスター「自信をつけさせた、というケースもあるにはあります」

マスター「ですが、その時は万全の準備を整えてから行いました」

マスター「今この二人を“狂戦士”にしたら、二人とも間違いなく大ケガしますよ」

聖女「いいじゃない、しても」

マスター「ヒッ!?」

聖女「そのために癒やしのエキスパートである私がいるんだから」

マスター「なにをいってるんですか! ふざけないで下さい!」

声を荒げる状態異常マスターだったが――

聖女「ふざけてなんかないわ」

マスター「え……!」

聖女「どこかで空気を抜かせないと、あの二人は一生あのままよ」

聖女「あの子だって、いつかはケンカばかりの両親に見切りをつけちゃうでしょうね」

聖女「いっそ狂わせるぐらいの荒療治が必要なのよ!」

マスター「しかし……私には……」

聖女「マスター……」

聖女「あなたは状態異常を正しく使おう平和的に使おう、と思うあまり……」

聖女「逆に自分のやれることを狭めちゃってるんじゃない?」

マスター「!」

聖女「そりゃもちろん、状態異常ってのは恐ろしいものよ」

聖女「正しく使おうとしたって、一歩間違えれば死人が出かねないほどにね」

聖女「だけど……今は私もいるわ」

聖女「マスター、私を信じて!」

聖女「状態異常も使いよう……なんでしょ?」

かつて自分が口にした言葉を返され、状態異常マスターがはっとする。

マスター「…………!」

マスター「分かりました……やりましょう!」

状態異常マスターは両手から、夫婦に向けて術を放つ。



マスター「“狂戦士”になれ!」ボァァァ…

すると――



夫「グ、ググ……」

妻「クキ、キキキ……」

夫「グオオオオオオオオオオッ!!!」

妻「キィエエエエエエエエエッ!!!」

“狂戦士”となった夫妻は、ビンタ合戦を開始する。

バシィ! バチンッ! ビタンッ! バチッ! ベチィッ!



マスター「ヒィィ……! すごい迫力……」

少年「お父さん、お母さんっ!? どうしちゃったの!?」

聖女「いいの、これは夫婦仲をよくするための荒療治なのよ」

聖女「どんなに怪我しても、私が治せるから心配しないで」

夫「ウガァッ!」

バキィッ!

妻「キエェイッ!」

ドガッ!

二人の戦いは夫婦喧嘩の域を超えて、さらにエスカレートしていく。



マスター「聖女さんっ! そろそろ二人を“石化”か“麻痺”で止めますよ!」

聖女「――まだよ!」

マスター「しかしッ!」

聖女「もっとよ……もっと暴れさせるの!」

夫「ウガガガァァァァァッ!」

妻「キィエエエエエエイッ!」

バキッ! ガッ! ドガッ! ガツッ! ガンッ!



マスター(ウヒィ、もう見てられない……!)

マスター(これはもう、聖女さんに殴られることになっても、止めないと……!)

夫婦の“狂戦士”化を解除しようとする状態異常マスター。




その時だった。

夫「ガアアア、ア、ア、ア……」

妻「キィエエ、エ、エ、エ……」

夫「愛してるよォォォォォォォォォ!!!」ガバッ

妻「わたしもよォォォォォォォォォ!!!」ギュッ

凶暴化したまま、力強く抱き合う夫婦。

そしてそのまま動かなくなってしまった。



少年「えええ……!? し、信じられない……!」

マスター「これは……いったい!?」

聖女「やっぱり……ね」

聖女「さて……と、二人ともそのまま動かないでね。今ケガと状態異常を治療するから」

聖女「癒やしの光よ……」パァァァ…

聖女の手から放たれた光で、夫婦は抱き合ったまま正気に戻った。

夫「ん……!? こ、これは――」

妻「えっ、わたしたち……!」

聖女「あなたたち……もう無理することないのよ」

聖女「これからは世間の目なんか気にせず、存分に愛し合いなさいな」

聖女「あの坊やだってそう望んでいるわ……」

夫「いやっ、あれ、あの……」

妻「どうなってるの……」

両親に駆け寄る少年。

少年「お父さん、お母さん……ホントは仲が良かったんだね……」

少年「ボク、嬉しいよ!」

夫「あ……」

妻「わたしたちは……」

まるで若い恋人同士のように赤面する夫婦。



聖女「ここからは家族の時間ね。帰りましょ、マスター」

マスター「は、はい」

帰り道――

マスター(二人の関係は一体どういうことだったのか……)

マスター「聖女さん、結局どういうことだったんでしょう? 教えてくれませんか」

聖女「あの二人はね、本当はすごく愛し合ってたのよ」

聖女「だけど子供もできたし、いつまでも昔のような仲でいるわけにもいかない」

聖女「だから親として、大人として、節度を持った付き合いをするようになった」

聖女「本当は思う存分互いに愛し合いたいのに、こんなに近くにいるのに……できない」

聖女「その不満が、いつもやってた小競り合いとして表れちゃってたわけね」

マスター「なるほど、つまり私が二人を“狂戦士”化させたことで――」

マスター「二人の中に眠っていたものを呼び醒ましたわけですね」

聖女「そう、“愛”ってやつをね」

マスター(ふうむ……私はあの夫婦の表面しか見ていなかったということか……)

マスター(やはりこの人は聖女と呼ぶに相応しい人だ……)

マスター「しかし……よく見抜けましたねえ。あの二人の本質を」

聖女「昔、立ち寄った町で、あの二人によく似た夫婦に出会ったことがあってね」

聖女「それでピーンときたのよ」

聖女「これは互いが憎くてケンカしてるわけじゃないな、ってね」

マスター「ヒヒヒ……これまでの経験が生きたというわけですね」

聖女「でもま、予想が外れて血で血を洗う死闘になったら」

聖女「それはそれで見応えがあったかも。私も参加しちゃったりして」

マスター「あなた、ホントに聖女ですか?」

聖女「聖女よ」





― おわり ―

今回はここまでとなります

― 混乱 ―



< 町外れ >

殺気立った目つきでにらみ合う二つの若者集団。

リーダー格はそれぞれ、金髪の若者とスキンヘッドの若者。



金髪「もうお前たちにはうんざりだ……そろそろマジでケリつけねーとな」

スキンヘッド「へっ、テメェらまとめてブッ潰してやるぜ! ペシャンコになァ!」

金髪「よぉーし、ここらで時間と場所きっちり決めて、決闘といこうじゃねーか」

スキンヘッド「いいぜ! 決闘だァ!」



ウオォォォ……!!!

< 状態異常マスターの家 >

マスター「聖女さん、紅茶入りましたよ」コトッ

聖女「ありがと、マスター」

紅茶を媒介に、しばし穏やかな時が流れる。

聖女「ねえマスター」コトッ

マスター「なんですか?」

聖女「私……そろそろこの町を出ようと思うの」

マスター「! ……え」

聖女「ここにきてもう二ヶ月ぐらい経つし、マスターにも色々勉強させてもらったし」

聖女「そろそろ旅の聖女に戻ろうかな、と思って」

マスター「そ、そうですか」

聖女「マスターには迷惑かけまくっちゃったわね」

マスター「いえ、そんなことは……」

マスター「…………」

聖女「…………」

マスター「あの……違う町や村に行っても、頑張って下さいね」

マスター「あなたを必要としている方は、きっと大勢いらっしゃいますから」

聖女「うん!」



コンコン……



マスター「はい」ガチャッ…

来客は、商人と木こりであった。

商人「マスターさん、聖女様、こんにちは」

マスター「おや……お二人が一緒にいらっしゃるとは……どうなされたのです?」

木こり「実は……ウチのバカ息子と商人さんの息子が決闘することになっちまって」

木こり「マスターさんたちにも力を貸してもらえねえかと……」

マスター「け、決闘!?」

聖女「穏やかじゃないわね。説明してちょうだい」

商人「はい――」

話の概要はこうであった。

商人の息子と木こりの息子は、それぞれ20名以上の不良グループを率いており、
普段からしょっちゅういがみ合っている。

その対立がついに決定的なものとなり――



商人「明日、両グループ間で決闘するっていうんですよ」

マスター「明日ですか……」

聖女「いいじゃない、やらせてあげれば。かえって仲良くなるかもしれないし」

マスター「あのご夫婦のようにですね?」

木こり「ガキどものケンカにしゃしゃり出るのはたしかに気が引けるが、そうもいかねえ」

木こり「正々堂々のケンカならいいが、あいつらはきっと大乱闘をやらかす」

木こり「下手すりゃ武器だって使うだろう。そうなりゃ死人が出る可能性もある」

マスター「それで、私がやるべきことは……?」

商人「息子たちは町の北にある廃材置き場で決闘すると、周囲に喧伝しているのです」

マスター「あそこですか……たしかにケンカをするにはうってつけの場所ですね」

商人「しかし、場所さえ分かれば決闘を食い止めることもできます」

商人「そこで今、町の大人たちに協力を呼びかけているところなのです」

木こり「アンタたちには無関係な話だが、それ相応の謝礼は出す!」

木こり「頼む、協力してくれねえか!?」

マスター「ヒヒヒ、もちろんです」

マスター「この平和な町に流血沙汰は相応しくありませんからね」

聖女「ええ、この町でケンカしようなんて奴らはブチのめしてやるわ!」

その日の夜――

聖女「シッ! シシッ、シッ!」ブンブブンッ

空中に向かってパンチを繰り出す聖女。

マスター「ずいぶんはりきってますねえ」

聖女「そりゃそうよ、乱闘しようとする若者を止めようってんだから」

聖女「パンチの二発か三発、いえ五発か六発くらい当てて目を覚まさせてやらなきゃ」

マスター(恐ろしい……聖女さんの拳で死人が出なければいいが)

マスター「しかし……どうも妙なんですよねえ」

聖女「妙ってなにが?」

マスター「決闘するのなら、なるべく第三者に介入されたくはないはず」

マスター「なのになぜ決闘の場所を、みんなに知らせるようなマネをするんでしょうか」

聖女「そりゃあ目立ちたいんでしょ」

聖女「町じゅうの注目を浴びて、決闘して、ヒーローになるって寸法よ」

聖女「それにさ、結局は適当なところで決闘を止めてもらいたがってるんでしょ」

聖女「決闘だケンカだなんて粋がってるけど、不良なんてそんなもんなのよ」

マスター「ふーむ……」

聖女「明日はマスターにも頑張ってもらわなきゃならないんだし、とっとと寝ましょ」

マスター「は、はい……」

聖女「すぅ……すぅ……」

マスター(聖女さん……こうして眠っていると本当に美しい……)

マスター(神の使いにしか見えない……)

マスター(いや……普段見せてくれるエネルギッシュな面があるからこそ――)

マスター(この人は神様に認められ、“聖女”になることができたのだろう)

マスター(せっかく打ち解けてきたのに、もうすぐあなたは去ってしまうのか……)

マスター(――いかんいかん! 余計なことを考えてる場合じゃない!)

マスター(明日は大仕事になる……寝ないと……)モゾッ…

次の日――

聖女「いよいよね! 決闘が行われるっていう北の廃材置き場に行ってみましょう!」

マスター「あの……」

聖女「どうしたの?」

マスター「やはり気になるのです」

聖女「気になるって、昨晩いってたこと?」

マスター「ええ、私も彼らのグループの対立の件について多少知っていますが」

マスター「彼らが大人に止めてもらうこと前提の決闘をするとはとても思えないのです」

聖女「うーん……」

聖女「この町で他に決闘に向いてる場所といえば、どこ?」

マスター「そうですねえ……えぇと……たとえば……」

マスター「町の南方にある雑木林なんかが適当ではないかと」

聖女「北と南か……完全に逆方向ね」

聖女「だけどマスターのいうことも一理あるし、とりあえずそっちに行ってみましょう」

聖女「もし誰もいなかったら、すぐに引き返して廃材置き場に向かいましょう!」

聖女「それでいいでしょ?」

マスター「聞き入れて下さってありがとうございます!」

こうして二人は廃材置き場ではなく、雑木林へと向かった。



この判断は――

当たりであった。



< 雑木林 >

金髪「親父どもはまんまと廃材置き場に向かったようだ。これでジャマは入らねえ」

金髪「今日こそ決着つけてやるよ」

スキンヘッド「上等だぜえッ!」

スキンヘッド「今日はとことんやろうぜ! どっちかが全滅するまでなァ!」



ザワザワ…… ガヤガヤ……



雑木林では、若者たちが今にも決闘を始めそうな気配を漂わせていた。

物陰で彼らの様子をうかがう状態異常マスターと聖女。

聖女「どうやらビンゴね。やるじゃない、マスター。このっ、このっ」グイグイ

マスター「ヒヒヒ、ありがとうございます」

聖女「まだ決闘開始の時刻まで時間はあるし、今すぐ廃材置き場から応援を呼べば」

聖女「彼らの決闘を食い止めることは可能なはずよ」

マスター「そうですね。さすがに二人ではあの人数を止められませんから」

聖女「じゃあ私のが足速いし、ひとっ走り――」



ところが――

ザワザワ…… ドヨドヨ……

金髪「決闘開始は正午……だが」

金髪「お前らのツラ見てると、イライラして仕方ねえ。吐き気がしやがる」

「そうだそうだ!」 「そのとおり!」 「やっちまいましょう!」



スキンヘッド「上等だ……!」

スキンヘッド「野郎ども、あのカスども今日こそ絶滅させちまおうや!」

「いいぞーっ!」 「根絶だーっ!」 「やったれーっ!」





聖女「ねえ、これってまさか……」

マスター「ええ、今にもフライングして決闘が始まりそうな――」

ワァッ!!!



始まってしまった。



ワァァ……! ウォォ……!



「オラァッ!」 「なめんな!」 「カスがァッ!」 「やりやがったな!」

バキッ! ドゴッ! ガッ! ガスッ! ドゴォッ! ガッ!





およそ50人もの若者が、両軍入り乱れての大乱闘。

まだ武器は用いられてないが、エキサイトしてしまえばどうなるか分からない。

聖女「ああ~っ、始まっちゃった! ったくせっかちなんだから!」

聖女「マスター! こうなったら私たちだけで止めるしかないわ!」

マスター「待って下さい!」ガシッ

マスター「聖女さんが闘志むんむんで殴り込めば、それこそ火に油になりかねませんよ!」

聖女「だったらあなたが“麻痺”や“石化”で……」

マスター「あの人数全員にかけるのはさすがに無理ですし」

マスター「状態異常で動けなくしたら、その子が周囲からターゲットにされかねません」

聖女「あ~……もう! またあなたの悪い癖が出てきたわね!」

聖女「今は一刻を争う時なのよ!」

聖女「状態異常を穏便に使おうなんて考えてたら――」

マスター「いえ、私に一つ考えがあります」

マスター「今の彼らは一種の状態異常……“狂戦士”や“混乱”状態にあるといえます」

聖女「だったらなんだっていうの?」

マスター「そんな人たちの熱を冷ます方法……それは!」



マスター「自分以上に“混乱”している人間を見せることです!」

聖女「マスター!? 自分以上に“混乱”してる人間って、どういうこと!?」

マスター「これから私は自分自身を“混乱”させます。それも全力で」

マスター「全力で“混乱”させれば、自然治癒には半日以上かかります」

マスター「ですので聖女さん、全てが終わったら、私の治療をお願いします」

マスター「多分これから私はわけの分からない行動を繰り返すでしょうが……」

マスター「どうか、嫌いにならないで下さい」

聖女「マスターッ!」

マスター「“混乱”せよ!」ボァァァ…





状態異常マスターは自分に向かって、全力で術をかけた。

マスター「あっぴゃらーっ!!!」

聖女「!?」ギョッ

マスター「ぺっぽ、ぺっぽ、びゅぅぅぅぅぅぅぅぅ、あいあい、ぽんっ!」

マスター「へべれけ、へべれけ、ずがどごぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!」スタタタタッ

そのまま意味不明なことを叫びながら、戦場へ飛び出していく。



聖女「ちょっ、マスターッ!」

マスター「ぴょろろろろろろろろろ!!! びょろろろろろろろろろろ!!!」

マスター「アハハハハ、アハ、アハハハハハ!!!」

マスター「でげすけ、でげすけ、ドンパラヤァーン!!!」



突如現れたあまりにも怪しすぎる乱入者を目の当たりにし、若者たちの手が止まる。



金髪「な……誰だ!? あのイカレ野郎は!?」

スキンヘッド「あの人……マスターさんじゃねえか!?」

金髪「ホントだ! なんであんなことになってんだ!? 変な草でも食ったのか……?」



ドヨドヨ…… ドヨドヨ……

すると――

聖女「ウホホッ! ウホホホッ! ウホホホ、ホォォォリィィィィィ!」

聖女「エンジェル、エンジェル、ド根性! オホホホッ、オホホホホッ!!!」

マスター「えべれげ! あぶりべ! おんぎゃらぱっぱーっ!!!」



ドヨドヨ…… ドヨドヨ……



金髪「二人に増えた!」

スキンヘッド「えええ……どういうことなの……」



「なんだよ、あいつら!?」 「俺、聖女様に憧れてたのに……」 「こっち来るゥ!」

マスター「あぴゃらぱ、みぴゃらぱ、うっぽっぽーっ! ほげほげほげほげほげっ!!!」

聖女「キャッスルキャッスル! ドンガラ、ベンガラ、ペンペンポォォォォン!!!」

間近まで迫ってくる乱入コンビに、戸惑い、怯える若者たち。

金髪「ちょ、ちょっと待って! 待ってくれよ!」

スキンヘッド「落ち着いてくれ! てかマジ怖い!」

マスター「すけれぇぇぇん! えんべらぁぁぁぁん! ぱっぱっぱっぱっぱっぱ!!!」

聖女「ヒョロロロロロロ! ウンリョ~~~~~ン! ピーチクパーチクパァァァ!!!」

しかし、二人は止まらない。

金髪「なんなの!? この人たち一体なんなの!?」

スキンヘッド「んなもん俺が知るかよぉ!」

マスター「ぐしゃーり、べんべん、ぽっきょぽきょーっ! あべらや、ますぁぁぁ!!!」

聖女「ギョギョバラァ! グエッベッベッベエ! ギョロルバァァァァァァン!!!」



金髪「いやぁぁぁぁぁ! 親父、助けてくれぇぇぇぇぇ!」

スキンヘッド「あれでしょ? 決闘を止めにきたんでしょ!? もうやめてぇぇぇ!」



若者たちが完全に戦意喪失してからも、二人の狂気の舞いはしばらく続いた。



………………

…………

……

若者たちの混乱は、さらなる“混乱”によって鎮圧された。



聖女「――さて、もうケンカはしないって誓えるわね?」

金髪「誓います……」

スキンヘッド「もうケンカなんてしません……」

マスター(ふぅ~、聖女さんに“混乱”状態からは回復させてもらえたけど……)

マスター(あ~……ノドが痛い。きっと叫びまくってたんだな、私は)ケホッケホッ

聖女「ところであなたたち、なんでそんなに仲が悪かったの?」

マスター「ぜひ聞きたいところですねえ」

金髪「俺は商人の息子なんですけど……」

金髪「コイツが俺の親父の商売を“セコイ”ってバカにしやがったから……」

スキンヘッド「あぁん? なにいってんだ!」

スキンヘッド「テメェが木こりである俺の親父を“ゴツイ”ってバカにしたんだろうが!」

スキンヘッド「だから俺はテメェらを絶対許さねえって誓ったんだ!」

金髪「なにいってやがる。お前が先だ!」




聖女「ストップ!!!」

聖女「なるほどね、互いに自分の父親をバカにされたわけだ」

金髪「俺は親父は嫌いだけど、俺を育ててくれてるからな……許せなかったんだ」

スキンヘッド「こっちだって! 自分をバカにされるよりこたえたぜ!」

聖女「ま、今さらどっちが先にいったか、確かめようがないし、確かめるつもりもないわ」

マスター「ヒヒヒ……そりゃそうですねえ」

聖女「だけど、一つだけ言っておきたいことがあるわ」

聖女「アンタたち、ケンカなんてしてるヒマあったら、お父さんの仕事手伝いなさい!」

聖女「いいわね!?」

金髪&スキンヘッド「は、はいっ!」

マスター「商人さんは息子さんのことや商売のことで不眠症になっていましたし」

マスター「木こりさんも山で足を滑らせて、大怪我をしたことがあります」

金髪「不眠症!? え、そんなの聞いてないぞ!」

スキンヘッド「俺も軽傷だったって聞いてたぞ……」

マスター「きっと心配をかけたくなかったんでしょう」

マスター「ですが、いい加減仲直りしましょう。お父さんに負担をかけてはいけません」

金髪&スキンヘッド「……はい」

聖女「他のメンバーも、ボスがこういってるんだから、ちゃんと従いなさいよ!」

「オスッ!」 「はいっ!」 「もちろん!」



聖女「ふうっ、これにて一件落着ね!」

マスター「ヒヒヒ……やりましたね」




長らく続いた二つのグループの対立は、ようやく終息を迎えた。

< 状態異常マスターの家 >

聖女「一応、負傷者は全員治療したけど、大した怪我人はいなかったし」

聖女「あの二つのグループは二度とケンカしないって誓ったし」

聖女「彼らの親からがっぽり報酬ももらえたし、いうことなしね!」

マスター「ええ、あとで折半しましょう」

マスター「ところで、聖女さん」

聖女「なに?」

マスター「彼らの話によると、あなたも“混乱”していたようですが」

マスター「私はあなたには術をかけていません。それなのにどうして……」

聖女「え? だって私、マスターのアイディアがすごくいいものだと思ったから」

聖女「だったら、一人だけ混乱してるより、二人が混乱してる方が効果ありそうでしょ?」

聖女「だから、あなたの真似をして、“混乱してるフリ”をしてみたのよ」

マスター「そうだったんですか……」

マスター「…………」

聖女「あらなに? どうせ“あなたホントに聖女ですか?”とか思ってるんでしょ?」

マスター「ヒヒヒ、まさか……その逆です」

マスター「もし、あなたと出会っていなかった頃の私だったら――」

マスター「“混乱”をあんな風に使うなど、おそらく考えもしなかったでしょうし……」

マスター「聖女さん、あなたは本当に……素晴らしい女性ですね」

聖女「ありがと、マスター」





― おわり ―

今回はここまでとなります

ご感想ありがとうございます
木を石化させて聖女が助ける、というアイディアは「その手があったか」と思いました!

― 沈黙 ―



< 町役場 >

町役場の集会にて、町長がある重大な発表を行った。

町長「みんな……聞いて驚くな。いや、驚いてくれ! 驚きまくってくれ!」

町長「今度、我が町に楽団が来てくれることになった!」



オオッ……!

ワイワイ…… ガヤガヤ……



マスター(たしか、町娘さんがオーディションで合格した……)

町長「彼らの人気は凄まじく、大都市でも彼らを招くことはそう簡単ではないと聞く」

町長「せっかく来てくれるのだ。ぜひとも町の総力を挙げて盛り上げたい」

町長「みんなも協力してほしい!」



オーッ!!!



マスター(これはこれは……この町始まって以来の一大イベントになりそうだ)

< 状態異常マスターの家 >

聖女「楽団が来るの!? へえ~、面白そう!」

マスター「ヒヒヒ、でしょう?」

マスター「それで町を挙げて、お祭りを行うことになりましてね」

マスター「しかもなんと、町娘さんがソロで歌わせてもらえるんらしいですよ」

聖女「え、ホント!?」

聖女「この町最後の思い出に……ちょうどいい大イベントだわ」

マスター「! ……ええ、まったくですねえ」

聖女「ところでマスターはなにか役割あるの?」

マスター「楽団を迎えるに相応しい、石のオブジェ作りを頼まれています」

聖女「石のオブジェ……!? あなた、そんな大それたもの作れるの?」

マスター「ヒヒヒ……ご心配なく」

マスター「私の場合、軽い素材で作ってそれを“石化”させればいいだけですから」

聖女「なるほどね」

< 町の広場 >

広場には大勢の町民が集まり、祭りの準備に追われていた。



ワイワイ…… ガヤガヤ……



聖女「大勢集まってるわねー。町が一丸となってるって感じだわ」

マスター「よそから楽団が来るようなことは、本当に珍しいですからね」

マスター「なにしろこの町は名物らしい名物がありませんから」

聖女「あら、名物ならあなたがいるじゃない」

マスター「いえいえ……私は名物というよりは風変わりな珍品みたいなものですよ」

聖女「いいじゃない、風変わりな珍品でもさ」

マスター「聖女さんにそういってもらえると救われますよ」

木こり「木材はたっぷりある! 急ピッチで立派で頑丈なステージを作るぞぉっ!」

スキンヘッド「おーうっ!」

スキンヘッド「テメェらもガンガン働けよな!」

「オッス!」 「もちろん!」 「サイコーのステージを作りましょう!」



木こり父子たちが、楽団のためのステージを作っている。

マスター「こんにちは、木こりさん」

木こり「おう、マスターさん! 聖女様!」

木こり「今、バカ息子とその友だちに手伝ってもらって」

木こり「楽団が演奏したり歌ったりするための、最高のステージを作ってるんだ!」

木こり「俺は大工仕事も得意なんでな! 期待しててくれよ!」

マスター「そりゃもう……たっぷり期待させていただきます」



聖女「祭り中にケンカなんかしたら、承知しないわよ」ギロッ

スキンヘッド「わ、分かってますって……」

その近くには、木登りをしていた少年とその両親がいた。



少年「お父さん、お母さん、お祭り楽しみだね!」

夫「うん、俺はこの町で生まれ育ったけど、こんな大きいイベントは初めてだよ」

妻「ってことは、たっぷり楽しまなきゃね」

夫「もちろん! 楽団の歌や演奏も楽しみだ!」

夫「……だけど、俺には君と息子がいれば十分なんだけどな」イチャイチャ

妻「んもう……」イチャイチャ

少年「まーたイチャイチャし始めた……」

聖女「二人とも、すっかり仲良くなったわね」

夫「ええ、それはもう。聖女様とマスターさんのおかげですよ」

妻「今後はもう、人目もはばからず愛し合うことにしましたの!」



少年「…………」

マスター「いかがです? 仲良くなったご両親は」

少年「ケンカしてるよりはずっとマシだけど、やっぱりちょっと恥ずかしい、かな……」

マスター「お気持ちお察しします……」

少年「だけど、マスターさんと聖女様もすっごく仲良しだよね!」

マスター「え、あ……! これはどうも……ヒヒヒ……」

広場の外れには、露店がいくつも立ち並んでいる。

聖女「へえ~、露店も出すんだ」

マスター「おや? 商人さんたちがいますね」



ザワザワ…… ガヤガヤ……

商人「ここにはチキンステーキの店を出そう。こっちは……ジュースの店を出そうか」

金髪「親父、だったらジュース屋の近くにはクレープ屋なんか出してもらったらどうだ?」

商人「ふーむ……お前も少しは商売人らしくなってきたな」

金髪「へへへっ」

商人父子や商店関係者が、露店のレイアウトを考えていた。

商人「これはこれはマスターさん、聖女様」

商人「先日はこのぐうたら息子が世話になりました」

金髪「ぐうたら息子はねえだろ、不眠症親父」

マスター「商店の皆さんも、みんな露店を出されるんですね?」

商人「ええ、なにしろこれだけのビッグイベントです。便乗しない手はありませんよ」

商人「我々商売人にとっては稼ぎ時ですからね、ハッハッハ!」

聖女「商魂たくましいわね~」

露店が並ぶエリアを抜けると、診療所の医者が休憩用のスペースを作っていた。

医者「おお、マスターさん、聖女様! お久しぶりです!」

マスター「こんにちは」

聖女「疲れた人や体調を崩した人は、当日ここで休めるってわけね?」

医者「ええ、体調を崩す人はどうしても出てくるでしょうからね」

聖女「一人じゃ手が足りないでしょ。私も時々手伝いにくるわ」

医者「聖女様がいらっしゃれば百人力ですよ。どうかよろしくお願いします」

< 状態異常マスターの家 >

布や綿といった軽い素材で、無事オブジェを完成させる二人。

マスター「ふう、完成しましたね……!」

聖女「やったーっ!」

聖女「うんうん、ちゃんと『歌姫』っぽい造形になってるじゃない」

マスター「聖女さん、手伝って下さってありがとうございます」

マスター「じゃあさっそく、石化して広場まで運びましょう」

聖女「ちょっと待った!」

聖女「広場まで運んでから、石化した方がいいんじゃない?」

マスター「ヒヒヒ、それはそうですね。私としたことがうっかりしてました」

こうして準備は着々と進み――



町長「みんな、よくやってくれた!」

町長「これならきっと、楽団も喜んでくれるような、最高の祭りができるだろう!」



オーッ!!!



聖女「よっしゃあ! 盛り上がりましょ、マスター!」

マスター「ええ!」



………………

…………

……

当日――

< 町の広場 >

広場に作られたステージの上で、楽団の団長が挨拶を行う。

その全身には、歌と音楽で多くの人々を魅了してきた自信と華やかさがみなぎっていた。



団長「皆さん、はじめまして!」

団長「素晴らしいステージやオブジェを用意して下さって、ありがとうございます!」

団長「皆さんの期待に応えるため、我々も全身全霊を尽くします!」

団長「今日は我々の歌と演奏、そしてダンスを……たっぷり楽しんでいって下さい!」





ワァァァァ……! ワァァァァ……!

ステージの近くで、状態異常マスターと聖女が町娘と再会する。

町娘「こんばんは、お二人とも!」

マスター「おお、町娘さん!」

聖女「ずいぶんキレイになったわね~、見違えちゃったわよ」

町娘「うふふっ、ありがとうございます!」

マスター「ヒヒヒ、その分じゃ歌もだいぶレベルアップしたんじゃないですか?」

町娘「さあ、どうでしょう? それはステージでのお楽しみ、ということで!」



聖女「もう私たちのところに“あがり症”のことで相談しにきた時の面影はないわね」

マスター「ええ……彼女はもう立派な歌手ですよ」

祭りが始まった。



広場の中央で奏でられる音楽や踊りに熱狂する者もいれば、立ち並ぶ露店を巡る者もいる。



ワイワイ…… ガヤガヤ……



少年「お父さん、お母さん、あっちの店行こう!」タタタッ

夫「おいおい、走ったら危ないぞ。ものすごく混雑してるんだから」

妻「迷子になっても知らないわよ~!」

商人「さあ、いらっしゃい! いらっしゃい!」

商人「ウチの食料品で作った料理の数々を、たっぷりお届けするよ!」

商人「さあさ、そこのカップル! ちょいと食っていかないかい?」

商人「おっ、ありがとうねえ! サービスしちゃおうかな!」





ワイワイ…… ワイワイ……

金髪「いやぁ~、最高にイカした演奏だな。テンション上がってきたぜ!」

スキンヘッド「おっしゃあ! 俺たちも盛り上がろうぜ!」

金髪「もちろん、ケンカは抜きでな!」

スキンヘッド「おう! 聖女様に殴られちまう!」





ウオォォォォォ……! ヘイヘイヘーイ……!

祭りも佳境に入り、いよいよ町娘がステージに立つ。



町娘「皆さん、お久しぶりです!」

町娘「わたし、今日は特別にソロで歌わせていただけることになりました!」

町娘「この町のためにわたしが作った新曲、どうか聴いて下さい!」



ワァァ……! ワァァ……! ヒューヒュー!



マスター「いよいよ始まりますね……町娘さんの歌が!」

聖女「楽しみだわ~」

町娘「異常だって上手く使えば、役に立つぅ~」

町娘「わたし聖なる乙女だけどちょっと過激なのぉ~」



ワァァァァ……! ヒューヒュー……!



マスター「ふむふむ、激しくも切なく……心に染み入るいい歌ですねえ」ジーン…

聖女「ええ、心が洗われるわ……。この私が癒やされちゃうなんて……」ジーン…

マスター「だけど、なんだかどこかの誰かを思い出すような歌ですね……?」

聖女「マスターもそう感じた? 誰かしら?」

マスター「うーむ……思い出せそうで、思い出せませんねえ……」

ワァァァ…… ワァァァ……





町娘の美声が、広場中に響き渡る中――

マスター「あの……」

聖女「ん?」

マスター「あなたは、もうこの町を去る予定なんですよね」

聖女「……そうね、そう予定してるわ」

聖女「私には世界中の人を癒やす使命があるから……」

マスター「それについて、実は私からひとつ提案があるんです」

聖女「提案?」

マスター「世界中の人を癒やすといっても、あてもなく各地をさまようだけでは」

マスター「むしろ効率が悪くなってしまうと思うんです」

聖女「あら……ずいぶんはっきりいうわね」

聖女「これまでの何年かを全否定されちゃった気分だわ」

マスター「す、すみません」

聖女「冗談よ、冗談。それで?」

マスター「ですから……どこかに“拠点”を持たれた方がいいと思うんです」

マスター「一ヶ所に留まっていた方が、癒やしを求める人もあなたを見つけやすいですし」

マスター「どうしてもあなたの力が必要な時は手紙を送ることができるようになります」

聖女「ふうん、“拠点”ねえ……。たとえばどこ?」

マスター「た、たとえば……」

マスター「“この町”……とか」

聖女「…………!」

聖女「ねえ――」

マスター「すっ、すみません! 最後まで言わせて下さい!」ボァァァ…

とっさに聖女に術をかけてしまう。

マスター「あなたの“癒やす力”と私の“状態異常”が手を組めば――」

マスター「世界によりよい癒やしを与えられるはずです!」

マスター「そ、それに……いや、こっちの方がむしろ本音なんですが……」

マスター「私はあなたのことが好きなんです!」

マスター「だからお願いです! 私ともっと一緒にいて下さい!」

マスター「…………」



シ~ン……



マスター(返事がない……)



シ~ン……



マスター(やっぱり……ダメか……)



聖女「…………」パクパクパクパク

聖女「…………」パクパク

マスター「?」

聖女「…………」パクパク

マスター「何してるんです?」

聖女「…………」パクパク

聖女(“沈黙”させられてたら、返事できないっての!)グイッ

口をパクパクさせながら胸ぐらを掴む。

マスター「そういえばそうでした! すみませんっ!」

聖女にかかっていた“沈黙”を解除したマスター。

マスター「あらためて、返事はいかがでしょう……?」

聖女「…………」コホンッ

聖女「私、こういうのって実は初めてで……なんだか照れ臭いんだけどさ……」

聖女「私の答えは……あなたが望んでる……返事よ」

マスター「ああっ! やっぱりダメだったと!」

聖女「なんでそうなる!?」

マスター「ってことはまさか……!?」

聖女「うん……本当は私も、もっとマスターと一緒にいたかったの」

聖女「だから今……引き止めてもらえて、嬉しかった」

聖女「私もマスターのこと……好きよ」

マスター「聖女……さん……」

聖女「これからもよろしくね、マスター!」

マスター「はいっ!」

聖女「じゃあさ、マスター」

マスター「は、はい?」

聖女「せっかく、互いの気持ちを暴露し合ったんだから……」

聖女「ちょっと私のこと、本気で口説いてみてくれない?」

マスター「…………」

聖女「そこで沈黙しない! 多少クサくってもいいから!」

マスター「え、えぇと……」

マスター「私は八種類の状態異常を操れますが……あなたも一種類操れるようですね」

聖女「?」

マスター「“魅了”という状態異常を……」

聖女「…………」

マスター「い、いかがです?」

聖女「ノーコメント……沈黙」

マスター「ヒイイッ!?」



………………

…………

……

それからしばらくして――



< 状態異常マスターの家 >

マスター「いやー、今日も忙しかったですね……」

聖女「ホント、かなり遠方からやってきてるお客さんも多かったし」

聖女「口から口へと、私たちの噂がどんどん広がってるみたい」

聖女「だけどマスター、やるじゃない」

聖女「猛毒に侵された人を、まさか毒をもって制するやり方で治すなんて!」

マスター「ヒヒヒ、状態異常も使いよう……ですから」

マスター「聖女さんこそ、あの複雑骨折をあんな短時間で癒やしてしまうとは……」

聖女「もちろん、その後の処置についてはドクターに任せなきゃいけないけど」

聖女「このところ、ますます癒やしの力のコツをつかんできたのよね」

聖女「これもあなたのおかげかも!」

マスター「聖女さん……」

聖女「私、あなたとなら、きっとどんな異常だって癒やせる気がするわ」

マスター「私も同じ気持ちです……」

マスター「あなたのおかげで、私の状態異常の使い道は広がったのですから……」

聖女「あら、ありがと」

聖女「もしかしてマスター、九種類目の状態異常を覚えたんじゃない?」

マスター「?」

聖女「“魅了”っていう状態異常を……」

マスター「ちょ、ちょっとからかわないで下さいよ!」

聖女「からかってなんかないわよ。私、マスターのこと大好きだもの」

マスター「ヒ、ヒヒ……これはどうも……」



状態異常マスターと聖女が営む「癒やしの家」は、今日も繁盛を続けている。





― おわり ―

以上で完結となります
八種類の状態異常、いかがだったでしょうか
どうもありがとうございました

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