盗賊「その愛の花は…森の奥にひっそりとあった」 (276)


盗賊のアジト

盗賊「…」

盗賊「………」

黒猫「おい」

盗賊「…」

黒猫「おい、盗賊」

盗賊「…」

黒猫「おいコラ、起きろ!」

盗賊「…起きてるよ、うるせーなあ」

黒猫「何?じゃあなぜ我輩を無視した!?」

盗賊「…俺は動物とは話さない主義なんだよ」

黒猫「そんなに我輩がキライか…?」

盗賊「ああ」

黒猫「えっ」


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1468801664


盗賊「…しゃべると体力使うんだ。話しかけんな」ググゥゥ…

黒猫「…」

盗賊「…」ギュルル…

黒猫「まさかお前、飯がないからって日がな一日呼吸だけしているつもりか?」

盗賊「…うるせぇ」

黒猫「なんとグータラな奴よ…」

盗賊「うるせぇってんだよ」

黒猫「こういう時人間は、″働く猿者、食うべカラス″というのだったか?」

盗賊「ムリヤリ人間様の言葉を使おうとすんな、クソ猫」

盗賊「働かざる者食うべからず、だ」

黒猫「おーっそうであった!惜しかったな…。しかし、場面はピッタリだったはずだぞ」

盗賊「ちっ。化け猫がいっちょまえに知恵つけやがって」

盗賊「…もう、3日もまともなモン食ってねえんだ。働こうって気力も起きねえ…。こうなったら心頭滅却する他あるめえ」

黒猫「食い詰めておいてやることがそれか…?ニートじゃあるまいし」

盗賊「心頭滅却すれば肉もまた具現化するんだよ」

黒猫「…そんな言葉、あったか?」

盗賊「ああ…肉が食いてえ…働きたくねえ…」


盗賊「…つーか、何くわえてんだ、お前?」

黒猫「今のお前には必要のないものかもしれんな」

黒猫「依頼状、と書いてあるが」

盗賊「依頼状だぁ?」カサッ

盗賊「…マジでそう書いてあるな」

黒猫「家の前に落ちていた」

盗賊「にしても、ボロボロじゃねーか。よくゴミと間違えなかったな、お前」

黒猫「今、我輩誉められたか?!」

盗賊「『依頼状?---盗賊どの』」

盗賊「『依頼を頼みたい。まずは3日以内に我が家を見つけてみせよ。さすれば同封のものは前金としてお前にやろう』」

盗賊「なんだそりゃ」

盗賊「差出人…破れてて見えねーな」

黒猫「おい、盗賊。まだ封筒に何か入ってるぞ」

盗賊「あん?」カサ…

ジャラジャラ…

盗賊「なっ!?」

黒猫「これは…」

黒猫「金貨?」

盗賊「ワ…ワーオ。マジかよ」

盗賊「こりゃあ大金だぜぇ!?」

黒猫「ほう…」

盗賊「どこの誰がこんなもん…!」

盗賊「分かった、アレだな!?俺ってば日頃の行いが良いもんだから、女神さんがちょいとお駄賃包んで…!」

黒猫「日頃の行いの良い盗賊なぞ聞いたことはないが」

黒猫「…しかし、差出人が分からなくては調べようがないな」

盗賊「ん…?」

盗賊「なぁおい。こりゃなんだ?」

黒猫「…月の……エンブレム?」


城下町郊外
鍛冶屋

短刀「…」キラーン

盗賊「…こりゃあ、スゲェな」

鍛冶屋「んふ。スゴイでしょお?もうバッキバキに鍛えちゃったんだからん」

盗賊「いや、相変わらず大した腕だぜ鍛冶ちゃん」

盗賊「見た目はキモいけど、腕は一流だな」

鍛冶屋「なーによぅ!?オカマを馬鹿にする気!?」

盗賊「あ、いやァ…その、なんだ、すみません」

黒猫「ニャ、ニャー…」ガクブル

盗賊「あ?お前なに、鍛冶ちゃんが怖いの?」

鍛冶屋「あっら!可愛らしい子猫ちゃんっ!」

黒猫「」ビクゥッ

盗賊「外見はヤバイけど、鍛冶屋の鍛冶ちゃんといやぁ、その筋じゃ知らん奴ァいないんだぜ?」

黒猫「…」フルフル

鍛冶屋「んふぅんっ。恥ずかしがってるのかしらっ」

盗賊「いや、純粋な恐怖だろうな」


鍛冶屋「でもアナタ、滅多にそれ使わないじゃない」

盗賊「ああ、まーな」チャキ…

鍛冶屋「今回の刃こぼれの仕方、尋常じゃなかったわよ!一体どんなモンスターとヤったワケ?」

鍛冶屋「まーた何か、厄介なことに巻き込まれてる!?」

盗賊「んー、そうでもねーよ」

盗賊「というより、今は…まだ厄介なことかどうかすらまだ分かんねえっつーか」

鍛冶屋「なーによそれっ!ハッキリしないっ!焦らしてるのっ!焦らしてるのねえっ!」

盗賊「お、落ち着けって。頼む。夢に出そうだぜ」


鍛冶屋「あっ。でもアナタ。ちょい待ち」ヒョイ

盗賊「おわっ、なんだよ?」

鍛冶屋「あのねっ、うちは基本前払いなんだからっ!盗賊ちゃん常連さんだからとっくべつにヤってあげたけど!」

鍛冶屋「流石に出すもん出すまで、これはお預けよっ!」

盗賊「へっ、鍛冶ちゃん。俺がいつでもボンビーだと思ってもらっちゃ困るぜ」

盗賊「これを見な」キラーン

鍛冶屋「あら…っ!!ちょっとねえ金貨!?嘘っ!」

黒猫「ニャニャッ」

盗賊「へへ。釣りが来んだろう」


鍛冶屋「まーいどっ」

盗賊「ああ。いつもありがとよ」

鍛冶屋「バイバイ、子猫ちゅわん」

黒猫「ニャ…」ビクッ

鍛冶屋「うぅん、い・け・ずっ」

黒猫「ニャ、ニャア」

盗賊「こいつ、猫被ってんだよ」

鍛冶屋「ってゆーか猫でしょ」

盗賊「…それもそーか」

盗賊「そんじゃ、またな」

鍛冶屋「…盗賊ちゃん」

盗賊「あ?」

鍛冶屋「この間、土産屋ちゃん、来たわよ」

盗賊「………そうかい」

鍛冶屋「会ってないの?最近」

盗賊「ん」

鍛冶屋「そう……」

鍛冶屋「ヤダ、アタシってばお節介オバサンみたいっ!」

盗賊「全くだ」

鍛冶屋「あ?だれがオバサンだと?」

盗賊「えっ今自分で」


鍛冶屋「…盗賊ちゃん。昔の馴染みは大切になさいね」

盗賊「………」ヒラヒラ

ザッザッザッ…

鍛冶屋「…」

鍛冶屋「仕方ない、かしらね。盗賊ちゃんも、土産屋ちゃんも、まだ若いのよねぇ…」



黒猫「あやつとは付き合いが長いのだな」

盗賊「まーな」

黒猫「しかし、使って良かったのか?例の金貨」

盗賊「あん?」

黒猫「依頼状には、家を見つければやる、と書いてあったぞ」

盗賊「なに、前借りさ。見つければいいんだろ」

黒猫「アテがあるのか?」

盗賊「…見つけりゃいーんだ、見つけりゃ」

黒猫「無いんだな」



城下町
花屋

盗賊「…」スタスタ

黒猫「おい、盗賊…」

盗賊「なんだよ?」

黒猫「言ってはなんだが、花屋は似合わんな、お前」

盗賊「うっせ!好きで来てんじゃねえや!」

花屋「いらっしゃいませ。どちらをお探しで?」

盗賊「ああ…」

盗賊「オトギリソウはあるかい?」

花屋「オトギリソウは、店頭には置いてませんね。城下町でしたら、道端に生えていますよ」

盗賊「それもそうか。じゃ、白いキクは?」

花屋「…こちらへどうぞ」

盗賊「助かるぜ」

黒猫「…?」


カツーン…カツーン…

黒猫「お、おい、この花屋広すぎないか?」

黒猫「というか、どこまで下るのだこの階段は…!?」

盗賊「無理についてこなくていいぜ」

黒猫「むっ。何を言うか」

黒猫「飼い猫として、散歩に付き合わせている以上、我輩だけ先に帰るわけには…」ゴニョゴニョ

盗賊「誰が誰の散歩に付き合わされてるだと?」

黒猫「飼い主であるお前が、飼い猫である我輩の」

盗賊「…笑えねえ冗談だな」

盗賊「っと、ここか」

黒猫「むう、また厳めしい扉だな」

盗賊「…」

コンコン

「はい」

盗賊「白いキクはここかい?」

「キク?すみません。ここにはキクは置いていません。係の者が誤ったのでしょう…」

盗賊「じゃ、クレオメがいいな。あるだろ?」

「そうですか。では、お入りください」

ガチャン!

盗賊「どーも」

黒猫「…何なのだ、さっきから。合い言葉か?」

盗賊「ま、そんなところさ」

ギィ…


盗賊「よぉ」

情報屋「いつだかぶりね」

盗賊「まーな。新しい合言葉を手に入れるのに、ちょいと苦労してよう」

盗賊「ったく、相変わらずの用心深さだぜ」

情報屋「そういう仕事なのよ。それにしてもあなたは見つけるのが早かった方よ、盗賊」

盗賊「どういう意味があるんだ?この合言葉 」

情報屋「クレオメの花言葉を知ってる?」

盗賊「花言葉ァ?」

情報屋「秘密のひと時、よ」

情報屋「花って素敵だと思わない?ある種の人々は、花は魂のために咲いているのだ、と言ったそうよ」

盗賊「魂のため、ねぇ。その連中の趣味は別として、花屋ってのァなんとかなんねーか?入りづらくってしょうがねーぜ」

情報屋「それも狙いなのよ。どこぞの組織からイカツい人ばかりが派遣されてくるものだから、嫌気が差しちゃって。お花屋にしてから、女性が来ることを祈ってるのだけど」

盗賊「はあ、そーかい。まあ、また飽きたら変わるんだろ?」

情報屋「どうかしら、ね」


情報屋「それで今日はどうしたの?また、何か厄介事にでも?」

盗賊「…鍛冶ちゃんといい、あんたといい。俺はそんなにトラブル背負ってそうに見えんのかい?」

情報屋「フフ。あなたのトラブルって、私の商品になることが多いから。つい期待しちゃって、ね」

盗賊「そうか?あんたみたいな美人に期待されるのは悪い気分じゃないな」

情報屋「あなたのような凄腕はそうそう居ないもの。最高のビジネスパートナーだと思ってるわ」

盗賊「…ビジネスパートナー、ねぇ」

情報屋「それで、情報を売りに来たわけじゃなければ、何かお探し?」

盗賊「ああ。これなんだが」ガサガサ

情報屋「ボロボロね。…依頼、状?」

盗賊「まあ、俺に依頼っていうくらいだから盗みの依頼だと思うんだけどよ」

情報屋「ふむ。まずは家を探せ…か。相手の検討はついてるの?」

盗賊「全然。差出人の名前すら分からんと来てる。そこで、あんたの出番さ」

盗賊「コレ、ここ見てくれよ」ガサ

情報屋「月のマーク…エンブレムかしら、これは?」

盗賊「唯一のヒントがそいつってわけさ。何か、そのエンブレムについて知らないか?」

情報屋「………月…か」

情報屋「…そうね。情報は、ないこともないけど」

盗賊「あ、先に言っとくぜ。俺、今それなりにあるから、金。心配しなくても…」

情報屋「いえ、そうではなくて。これに関しては、直接的なことは何も分からないといっても過言ではないわ。それでもいい?」

盗賊「…どの道、あんたでダメならほぼゲームオーバーさ。あとに控えてるのはせいぜい城下町の酔っぱらいどもだ」

盗賊「頼むぜ」


バザー
焼肉屋・テラス


遊び人「…で?」

バーのマスター「………」

遊び人「なんであたしとあんたが二人で焼肉つついてるわけ?」

マスター「…俺が知るか」

遊び人「なんで、呼び出した張本人が来ないわけ?」

マスター「…俺に聞くな」


遊び人「あんた、店はいいの?」

マスター「今日は休みだ」

遊び人「あ、そ」

マスター「…ふう。しかし、盗賊のヤツ、本気でなんのつもりだ。今日は俺の驕りだとか抜かしやがって」

遊び人「そう、それよ。なんなわけ、急に羽振り良いのよ、あいつ」

遊び人「昨日あいつ、あたしにしてた借金、利子まで耳を揃えて返してきたのよ」

マスター「お前、金貸しまでやってんのか?」

遊び人「しょーがないじゃない!あいつがどーしてもって言うんだから!」

マスター「…やれやれ」

マスター「しかし、俺にも店で飲んだツケを払ってきやがったな」

遊び人「…あんたの店って、ツケで飲めないんじゃなかった?」

マスター「しょうがないだろ!あいつ本当に金持たずに来るんだぞ!」


「あーっ、いたー!マスタぁー」

マスター「ん?踊り子か」

踊り子「先に行っちゃうなんてもぉひどいー!」

マスター「悪かったな。先にこいつに会っちまったもんでな」

遊び人「会っちまったって何よ」

踊り子「あっ!この間、盗賊と二人でお店のカウンターにいたヒトですよねー?」

遊び人「ええ。ちょっと店員さん、ビールおかわり」

店員「はいっ少々お待ちをー!」

踊り子「そーだぁ!聞こうと思ってたんですケド…」

遊び人「…何よ」

踊り子「盗賊とはどういったご関係で?」

遊び人「…あ?」

マスター「肉、美味いな…」モグモグ


遊び人「どーもこーもないわよ。何、あんたには、恋人同士にでも見えたわけ?」

踊り子「いやぁ、それにはちょっと若すぎかなーっとは思いましたけどぉ」

遊び人「あんたより歳上だわよあたしゃーっ!」ダンッ

マスター「おいおい、揺らすな。肉が」

踊り子「え?じゃあ、″そう″なんですかぁ?」

遊び人「違うわ!あたしとあいつは!」

遊び人「あたしと、あいつは…」

遊び人「………」

店員「へいっビールお待ち!」ドン

遊び人「………」

踊り子「…?」

遊び人「ねえ、ちょっと」

マスター「んん?」モグモグ

遊び人「あたしと盗賊の関係って、何?」

マスター「俺が知るわけないだろう」モグモグ

遊び人「なんでもいーのよ。客観的に見て、何!?」ズイ

マスター「お、おい、何なんだ?」

遊び人「いーから!」


マスター「…深くは知らんが、まあ城下町によくある言い方をすれば…」オホン…

マスター「腐れ縁、て奴じゃないのか?」

遊び人「…それよ!」ビシ!

踊り子「えーっ、結局そこですかぁー?」

遊び人「何、なんか文句あるわけ?」

踊り子「ま、いいんですけどねぇ、興味本意なんで」

遊び人「…」イラッ

踊り子「そんなことより、聞きましたぁ?今日盗賊の驕りだって!」

遊び人「…らしいわね」

踊り子「しかも踊り子、ずっと盗賊が買ってやるって言ってた南区の織物屋のスカーフ、ついに買ってもらっちゃいましたぁっ」

遊び人「…」

マスター「良かったじゃないか」

踊り子「太っ腹だよねぇっ、最近の盗 賊ぅ」


盗賊「なんだ、皆して俺を誉め殺しかい?」スタスタ

踊り子「あっ噂をすれば!」

マスター「…おい、呼んでおいて遅いぞ盗賊」

盗賊「悪い悪い、ちょっと野暮用がよ」

遊び人「…」ムスッ

盗賊「…なんだお前、食ってねーの?」

遊び人「うっさいわね!ベジタリアンなのよ!」

盗賊「嘘つけ。どうせエセだろ?」

マスター「放っとけよ。心配しなくても十分楽しんでるぜ。そいつビール5杯目だからな」

盗賊「…おい、言っとくがうちには泊めねーからな」

遊び人「分かってるわよ、ブァカ!」

踊り子「えー…やっぱりそういう関係?」

すみません、>>1に書き忘れました
このスレは、ご存知の方も少ないでしょうが
盗賊「むかーしむかし、ある城下町での、因縁の話だ…」遊び人「お願い、助けて!」
http://ex14.vip2ch.com/i/responce.html?bbs=news4ssnip&dat=1462525528
の関連作にあたります

本来は>>21の続編、という言い方で良いのかもしれませんが、このスレは>>21を読んでなくても一応のストーリーは完結しているような形にしたかったので、関連作という位置づけにしてます

ちなみに、遊び人と盗賊の腐れ縁は>>21参照ですが、このスレにはあまり大きく関係しません

宜しくお願いします


盗賊「ま、冗談はさておき」

遊び人「…あんたねえ!なんか裏があるんでしょ、これ!」

盗賊「お前ね、人生楽しめねーぞ。そんな人を勘ぐってると」

踊り子「そーですよぉ。踊り子、いただきまぁーす!」

マスター「おー焼けてるぞぉ」

遊び人「…」イライラ

盗賊「おう、食え食え」

マスター「しっかし、どこからこんな金…まさかお前、また厄介なことに首突っ込んでるんじゃないだろうな?」

盗賊「もうそのくだりはいいっつーの」

マスター「?」

踊り子「美味しーいっ!」

盗賊「…なあ」

盗賊「月光の魔女って知ってるか?」


---

盗賊「月光の魔女?」

情報屋「ええ。闇夜に姿を現す、子供の姿をした魔女…それが月光の魔女」

盗賊「魔女、ねえ…。ホウキにでも跨がってんのかい?」

情報屋「それは分からないけど…数十年前に世間を騒がせた、そういう名の魔女が居たそうよ」

情報屋「月明かりの夜に現れて…何でもその眼を覗き込んだ者は、石にされてしまうらしいわ」

盗賊「ゲェ…」

情報屋「当時、この魔女に近隣の村や城下町が脅かされて、大規模な魔女狩りを行ったんだとか」

情報屋「しかし、この子供の魔女は、何年間もこの魔女狩りから逃げ仰せ続けた」

盗賊「ちょっと待て。何年間も、子供の姿のままなのか?」

情報屋「それが、魔女と呼ばれ出した所以のひとつでもあるらしいわね。ただ、これはずいぶん昔の出来事よ。もう当時から五十年以上の月日が流れてるわ」

情報屋「今となっては、お伽噺に近いわね。まあ、子供の姿で人を石にする魔女、なんてものになってくると、どうしてもね」

盗賊「子供の姿で、ねえ…」

盗賊「魔女なんて、どーせ根暗でオタクで眼鏡で青白い、薄気味悪いババァだと思ってたけどな」

情報屋「?…なにか、恨みでもあるの?」

盗賊「…嫌いなんだよ、そういう連中は」

情報屋「あら、そう。ちなみに、お伽噺の魔女に関する逸話があるけど…これも聞いておく?」

盗賊「…」ハァ

盗賊「一応」

情報屋「…オホン」

情報屋「″ 夜は月と、昼は太陽と
ぐるぐるぐるぐる
夜と昼は、互いを求めて追いかけ追いかけ″

″夜はある時、ふと思う
太陽だけでも手に入れん″

″昼はある時、ふと思う
月だけでも手に入れん″

″昼と夜、互いに写し身産み落とし
互いの大事なものを手に入れた″」

盗賊「…なんだい、そりゃ?」

黒猫「ニャー」

---


黒猫「ニャー」

遊び人「げっ…あんたもいたわけ?」

黒猫「ニャー♪」スリスリ

盗賊「なつかれてんじゃねーか」

遊び人「嬉しかないわよ…」

黒猫「ニャニャー♪」スリスリ

遊び人「何こいつ、猫被ってんの?」

盗賊「被ってるも何も、元から猫だぜ」

遊び人「…それもそうね」

踊り子「それじゃあ盗賊は、魔女がこわーいから自分で探さずに踊り子たちを呼んだの?」

盗賊「べっつに、怖くねーよ。嫌いなの、そーゆーのは」

マスター「″夜は月と、昼は太陽と…ぐるぐるぐるぐる…夜と昼は、互いを求めて追いかけ追いかけ″、か」

マスター「…そりゃ蹴鞠唄だな」

盗賊「なんだマスター、知ってんのか?」

マスター「ああ、昔っから子供達に歌われてる唄さ」

マスター「″昼″と″夜″が、お互いを恋い焦がれるんだが…どんなに追いかけても追いつけないっていう話さ」

マスター「子供が蹴鞠に歌うにしちゃ、ちょいとわびしい悲恋の唄だよ」

盗賊「さっすが、夜の情報通と言われるだけのことはあるなァ」

マスター「妙な二つ名をつけるんじゃない」


盗賊「魔女は、一部の魔法学の専門家からは、夜の写し身、と呼ばれる存在なんだそうだが…」

盗賊「蹴鞠唄に出てくる ″昼と夜、互いに写し身産み落とし″っていうのがこの月光の魔女のことを指しているらしい 」

マスター「はあ」

遊び人「へえ」

踊り子「ふう」モグモグ

盗賊「その、月光の魔女らしき奴から、こんなもんが届いてな」ガサッ

マスター「依頼状?…なになに」

遊び人「ボロきれじゃない」

盗賊「確かに、人に依頼をするならもう少し礼儀ってもんがあるよな」

マスター「 『依頼を頼みたい。まずは3日以内に我が家を見つけてみせよ。さすれば同封のものは前金としてお前にやろう …』」

踊り子「踊り子も見たーい!」

マスター「ほれよ」

遊び人「はっ、酔狂ねぇ…あったまキテんじゃないの?」

マスター「そもそも、なんでこんな回りくどい事をする?もし盗賊が魔女の家を見つけられなかったら、どうするつもりなんだ?」

遊び人「ってゆーか、現ナマを同封するなんて馬鹿よね。あたしだったら貰うもんもらってトンズラするわ」

マスター「お前な、相手は魔女だぞ。うかつにそんなことしてみろ…呪われるぞ」

遊び人「…意外と信心深いわよね、あんたって。呪いですって?出来るもんならやってみなさいってなもんよ」


盗賊「まあ、魔女なんて得たいの知れないもんが考えてることは分からねーが、問題は--」

盗賊「その金を、今こうして、みーんなで使っちまってるって事さ」

マスター「…なっ!」

遊び人「ぶっ!?」

踊り子「…ほえ?」モグモグ

黒猫「ニャー」モグモグ

盗賊「…呪いがかかるとしたら…」

盗賊「その時はここにいる全員一緒かもな?」

マスター「お前っ…!」

遊び人「っかー…だから言ったじゃない、裏があるって!」

踊り子「ほえほえ?」


マスター「おかしいと思ったんだよ…」

遊び人「あー、聞かなきゃ良かった。酒がマズくなるわ…」

盗賊「まあまあ、そんな嫌な顔すんなよ。とりあえず食っとけ食っとけ」

踊り子「うふふー!分かったー!」モグモグ

マスター「魔女の驕りなんて聞いてないぜ…」

盗賊「何言ってんだ。こいつは立派な依頼料、つまり俺の手取金さ」

遊び人「あーもー分かったから。なんか手がかりは掴めてんの?その、魔女の家の」

盗賊「切り替えの早い所が、お前の良い所だぜ、遊び人」

盗賊「取り合えず、この月のエンブレム。これが奴のトレードマークらしい」

遊び人「はあ…これが」

盗賊「情報によれば、この紫色の朱肉に秘密がある。よく見てみろ、微かに光ってるだろ?」

踊り子「すいませーん、網替えてくださぁーい!」


マスター「…確かにな。これがなんだってんだ?」

盗賊「これは魔法の印がかかる朱肉で、王国のお偉いさんなんかが秘密の文章をやり取りするのに使う希少なもん…らしい」

盗賊「なんでも、意図した以外の人間が開けようとすると、ボンッ…なんてこともあるそうだ」

遊び人「それで?」

盗賊「ちょっとやそっとじゃ手に入らないもんではあるが、逆に言えば手に入る所は限られてる…と思う」

マスター「…思う?」

盗賊「そこは俺の推理だ。その場所までは、お偉いさん方でなきゃ分からねーよ」

遊び人「…で?」

盗賊「………それだけだ」

遊び人「ちょっ!それって全然魔女の家のヒントにすらなってないじゃない!やる気あんのあんた!?」

盗賊「うるっせーな!俺だってそんなケッタイなもんには関わり合いたくねーんだよ!」

遊び人「それ見なさい!ハナっから探す気ないんじゃない!」

盗賊「ないってわけじゃねーよ…!だからこうしてお前らの知恵を借りようとだなあ!」


マスター「くそー…まだ死にたくないぞ…俺が死んじまったらウチの猫たちが食いっぱぐれる。まず踊り子の再就職先も工面してやらにゃいかんし…」ブツブツ

遊び人「あ、なんか、気持ち悪くなってきたかも…これ、呪い?」

盗賊「ただ酔いが回っただけだろーが!」

マスター「踊り子の奴にも呪いがかかっちまうのかっ!なんてこった、親御さんに合わせる顔がねえ…ひとまず帰郷させるか、店の有り金はたけば…にしてもあと一体何日…」ブツブツ

盗賊「お、おいおい!そんなネガティブになるなって!な!?」

踊り子「あ、ねーねーこれ見て!」

盗賊「ホラ、ちょっとは踊り子を見習えよお前ら…こんなに前向きにだな…」

遊び人「あんたねぇ!そんなこと言って、もう手掛かりないじゃない!」

盗賊「だーから!文句ばっか言うなテメーは!」

黒猫「ニャー」モグモグ

踊り子「ねーってば、この紙、なんか変だよ?」


盗賊「…お?」

遊び人「あ?」

マスター「ん?」

黒猫「ニャ?」

踊り子「ほらっ、ここ。なんか、動物が噛んだ跡みたい!」

遊び人「…だから何だってのよ?」

黒猫(我輩が噛んだ跡か…?)

踊り子「他にも色々とボロボロだけど、この跡は、特に強く噛まれてる。これ…鳥だねぇ。ヨルノオウってフクロウだよ」

盗賊「そんなこと、分かるのか?」

踊り子「うん!踊り子、バードウォッチングが趣味だからー!」

遊び人「…マジ?」

盗賊「…そんなんで分かるもんか?」

踊り子「うんっ!ちなみに、ヨルノオウは城下町の東のはずれの森に巣を作る習性があって、この時期だけは、さらに東の青霧の森から移動してる可能性があるよ!」

黒猫「…!」


踊り子「魔女っ子さん、自分で盗賊のところに届けたんじゃなくてぇ、フクロウにお願いしたんじゃないなぁ?」

盗賊「…なるほどな。名推理だぜ、踊り子!」

踊り子「えへへ、踊り子、踊り子になる前は探偵やってたんだもんねーっ!」

マスター「…あぇっ?」

盗賊「前途有望な従業員だな、マスター?」

マスター「…お前、そんなこと一言も言わなかっただろ」

踊り子「えへへ、凄いーっ?」

盗賊「でかしたぜ、踊り子」ナデナデ

踊り子「うへへー」

遊び人「うがーっ!」ガタン!


盗賊「なんだ?吐くならそこの川に吐けよ」

遊び人「あんたらねぇ、真面目にやんなさいよ!さっきから聞いてりゃ確証のない話ばっかじゃない!」

マスター「しょうがないだろうが、それしかないんだから」

遊び人「あたしは認めないわよ、そんなもん!」

盗賊「どうしたんだ、お前?」

踊り子「たぶんー、遊び人さん、踊り子がお手柄で盗賊にナデナデなのが悔しいんですよぉ…」

遊び人「だーらっしゃい!!んなワケあるかぁ!!」

盗賊「…お前な。踊り子の推理にケチつけんなら、なんか他に考えでもあんのかよ?」

遊び人「ぐ・ぬ・ぬ…!」プルプル


遊び人「…はっ!そうよ…それだわ!」

遊び人「グダグダ言ってないで手っ取り早い方々があるじゃない!」

盗賊「何?」

遊び人「貸しなさいっ!」バッ

踊り子「きゃあっ」

マスター「お、おいおい…!その依頼状は、魔女の呪いがかかってるかも知れないんだぞ?もっと慎重に…」

遊び人「じゃかーしい!こんなもん…」

遊び人「こうよっ!!」

ボッ

マスター「うおっ!」

黒猫「ニャニャニャッ!?」

踊り子「ひ、火にくべちゃった…!」

盗賊「おまっ、何して…!?」


遊び人「オーホッホッホ!ざまぁみなさい!何が魔女の呪いよ!魔法の印よ!」

マスター「…おい、ご乱心だぞ」

盗賊「俺、知らねぇぞ…ボンッてなっても…」

踊り子「怖いなあ…」

黒猫「ニャーニャー!」

盗賊「…ん?なんだ?」

黒猫「ニャー!ニャニャー!」

盗賊「何慌ててんだ、化け猫」

遊び人「魔女の呪いがなによ!燃やしても何も起こんないじゃない!」

遊び人「魔女なんて居ないのよ!これが、何よりの証拠よー!!」

黒猫「ニャニャニャーッ!」


ボンッ!!

遊び人「あへっ?」グラッ

盗賊「えっ」

マスター「えっ」

踊り子「ひっ」

ポワワン…

盗賊「…おい、マスター。何だこの紫色の煙りは」

マスター「…俺に聞くな」

フワァ……

盗賊「…おい。遊び人の体から人魂みたいなもんが出てきたぞ、どーすんだ」

マスター「…俺が知るか」

踊り子「わーっ、きれーい!」

黒猫「ニャ…」


ズビュンッ!!

踊り子「きゃあっ!…と、飛んでいっちゃった」

盗賊「…おい、人魂が飛んでったぞ。あっちは」

マスター「東だな」

遊び人「…」ブクブク…

ぐらっ?? バタ…

盗賊「…おい、遊び人の奴」

マスター「泡吹いて倒れたな」

踊り子「あわわ…大丈夫ですかぁ?」ツンツン

遊び人「」

黒猫「…ニャー」

盗賊「………はあ」

盗賊「厄介な事になった…」

今日はここまでです

>>37の??は文字化けです
スマホは投稿しづらいですね

コツコツやっていきますので、宜しくお願いします

おう早かったな今回も期待してる


盗賊のアジト


盗賊「結局ウチに泊まんのかよ、お前は」

遊び人「」

盗賊「………本気で死んでねえよな」

黒猫「死んではおらん。魂を抜かれとるだけだ」

盗賊「死んでんじゃねーの、それって」

黒猫「それに近い状態だが、元に戻す方法はある」?

黒猫「魂を封印した媒体を、解放することだ。そうすれば、息を吹き返す」

盗賊「…はぁ。ったくよぉ」

黒猫「なに、どうせ魔女のところに行くのだろう?遊び人の魂は、おそらくそこにある」

盗賊「どうあれ、話は月光の魔女に会ってからってか」

黒猫「うむ」

盗賊「ちっ。あとで金せしめてやる」

黒猫「何にせよ、この状態ではこやつは飲まず食わずだ。時間は限られているぞ」

盗賊「へいへい。どーせ、あっちの期限も迫ってら。明日にでも青霧の森へ向かうさ」


盗賊「まあ、魔女の居所が違ったらアウトだけどな」

黒猫「安心しろ。魔女はいるよ。東の森に」

盗賊「あん?お前、なんか知ってんの?」

黒猫「うむ。月光の魔女などと言う名前が人間につけられているとは知らなんだが…魔女と言えば、確かにそうであった」

盗賊「ワケあり、か?」

黒猫「我輩は″フクロウの魔女″と、呼んでおった…」

---

魔女「お主との因縁も、これまでだのう」

「本当に行くのか?」

魔女「ああ。なぁに、人間の世界も住めば都よ」


「ま、我輩も今さら止めるつもりもない」

魔女「くくっ。素直じゃないのう」

「…人間と共に生きようなどと…最後まで、お前は理解の出来ん奴だった」

魔女「なに、洒落じゃよ…」

---

黒猫「…奴とは、別れて久しい」

盗賊「…ふーん」

盗賊「ま、化け猫ともあれば、魔女の知り合いは居そうだな」

黒猫「しかし…あやつが手紙をよこすとはな。なんの因果だろうな」

盗賊「とにかく、道案内は任せるぜ」

黒猫「………任せておけ」

黒猫「あやつの為に世話を焼くのも、懐かしいものだ」




,


青霧の森


盗賊「--で?ここが、その魔女の居どころってわけか」

黒猫「うむ。久しいな」

盗賊「鬱蒼とした木々に、不気味な鳴き声。…いかにもなんか出そうな場所だな」

盗賊「まさか魔女なんてメルヘンなもんに会いに行かにゃならんとは…」

盗賊「………乗らねぇなあ」

黒猫「…ここまで来て、何をぶつくさ言っておるのだ。言っておいたモノは、用意しておいたか?」

盗賊「ああ。探索向きのランプで丁度良いのがなかったんだが、代わりにこんなもん見つけてな」ゴソゴソ

黒猫「…火の、用心…?なんだか陳腐なデザインだな」

盗賊「これしか無かったんだよ。東方の国の、チョーチンってもんだ」

盗賊「灯りがともれば一緒だろ」

黒猫「まあ、そうだが…お前、やる気あるのか?」

盗賊「ねえよ、そんなもん」



ホー ホー…

盗賊「…なるほど、日が沈む前からフクロウが鳴き始めやがった」ザッザッザッ

黒猫「青霧の森。日の光を遮るほどの霧が名前の由来だ」トコトコトコ

盗賊「おまけに、ご立派な大木で空も遠いと来てる」

黒猫「この辺りは文明もおこらず、戦火もないのだろう…」

盗賊「おかげさまで真夜中みてえだぜ」

黒猫「ところで、盗賊」

盗賊「あん?」

黒猫「お前は我輩と魔女がどういう関係なのか聞かないのだな」

盗賊「…聞いてほしそうな顔だな」

黒猫「そんなことはないが?」ウズウズ

盗賊「余計に聞く気が起きねえよ」

黒猫「なにっ。この天の邪鬼!」

盗賊「うるせぇ化け猫」

黒猫「き、気にならんのか?一介の猫の我輩と魔女が知り合いとか、どんな過去があるのかwktkじゃないかっ?」

盗賊「興味ねーな」

黒猫「ええっ!?嘘であろう!」

盗賊「俺は、前金で金貨出すような気前のいい依頼主のところに行き、さらにガッポリ儲け--」

盗賊「ついでにとっととあのアホの人魂を解放し、快適な我が家を取り戻す。それだけだ」

黒猫「…ツマランなあ…お前は。盗賊、お前はツマラン…」

盗賊「悪かったな。親身に話を聞いてほしけりゃマスターの所でも行きゃあ良いだろ。むしろ何で俺に付きまとうんだ、お前」

黒猫「聞きたいかっ!?」

盗賊「やっぱいい」

黒猫「~っ!? お前という奴は!!」

盗賊「ふぁーあ…これだけ暗いと眠くなってくるぜ。おい、魔女の家はまだか?」

黒猫「はーあ…。お前なぞ、そこらの草木の餌食になってしまえばいいのだ」


盗賊「草木の餌食だぁ?お前と違って、人間様は猫じゃらしなんぞは相手にしねーんだよ」

黒猫「こういう所にはな、だいたい普段は見ることのないような植物が生えている」

盗賊「ぁあ?お花講座でも始まんのかよ」

ゾゾ…ゾゾゾ

黒猫「彩り鮮やかな猛毒茸や、触れるだけで体が麻痺する葉をもった植物。鮮やかな色の植物ほど危険だったりもするものだ」

盗賊「綺麗な花には刺がある、てか?」

黒猫「甘く見ていると、痛い目にあうぞ。そういうものの中にはな…」

ゾゾゾゾ…ゾゾゾ…

盗賊「??おい、何か音が…」

黒猫「人食いの花、なんてものも…」


食人花「キシャアアアアッ!!」


盗賊「」

黒猫「」


盗賊「おいいっ! なんだよありゃあ?!」ダダダ

黒猫「人食い花だろう!! 我輩は猫なんで食べないで下さいませんか!」タタタ

食人花「キシャアアアアッ」ゾゾゾゾ

盗賊「くっそ、追いかけて来やがる!随分と首の長いこったな!」

黒猫「そのわりに短気なものだっ、人と猫の区別もつかんとは!」

盗賊「ちっ、しょうがねえ。やるか!化け猫、明かりくわえとけ!」ポイ

黒猫「ニャ!」パシッ

盗賊「今なら切れ味バツグンだぜぇ、大将…!」チャキ!


食人花B「キシャアアアアッ」

食人花C「キシャアアアアッ」

食人花D「キシャアアアアッ」

食人花E「キシャアアアアッ」

食人花F「キシャアアアアッ」


ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ

盗賊「」


盗賊「ジョジョジョ冗談じゃねえぞオイ!」ダダダ

黒猫「そういえばここは食人花が大量に繁殖しとるんだった!久々なんで忘れとった!」タタタ

盗賊「てめっ!ざけんなコラァっ!!」

黒猫「文句を言ってる暇があるなら走れ!あそこの橋を渡るぞ!」

盗賊「ぐっ!くそ…!」

盗賊「しゃらくせぇ、目眩ましだこの野郎っ…煙玉ァ!!」ヒュッ

ドシュウ…ン

黒猫「ニャッ…ケホッケホッ」

盗賊「ゲホッゲホ…これでちったぁ…」


食人花「キシャアアアアアアァッ」ゴワッ

ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ


盗賊「な、なにぃ!?全然効いてねー!?」

黒猫「花に目があるかタワケ!!」

盗賊「くっそぉおっ!!」

黒猫「は、橋だ!」


盗賊「…ハァ…ハァ…」

黒猫「ヒュー…ヒュー…」

キシャアアアアッ…

盗賊「奴ら、こっち側には、渡って来れねえのか」ゼェハァ

黒猫「と、言うことは」ヒュー…ヒュー

盗賊「なんとか、なったか」

黒猫「その、ようだ」

盗賊「…この森に人の手がつかないわけが分かったぜ…」

黒猫「うむ、我輩死ぬかと思った」

盗賊「しかし、このあたりは静かなもんで、あの花畜生どもは居なそうだ…」

盗賊「魔女の家を探して、化物の森を探検たァ…とんだ冒険活劇だぜ」

黒猫「ふん…流石のお前も怖じ気づいたか?」

盗賊「何をエラソーに。てめーだって、許してくださいとか何とか口走ってたくせによ」

黒猫「何をっ!テンパって花相手に煙玉を投げつけた奴に言われたくないわ!」

盗賊「うるせー!そもそも、あんなヤバイもんがいるのを忘れるやつがあるか!このボンクラ案内人が!」


黒猫「ふふん…虚勢を張ったって怖いのだろう、お前」

盗賊「だからそれはてめーだろ。このクソ猫」

黒猫「怖いなら歌でも歌ったらどうなのだ?少しは恐怖もまぎれようものだ」ホレホレ

盗賊「馬鹿言ってんじゃねー…」


「″ 夜は月と、昼は太陽と

ぐるぐるぐるぐる″…」


盗賊「ん゛っ?」

黒猫「へぁっ」


「″夜と昼は、互いを求めて追いかけ追いかけ″」


盗賊「オ…イ、化け猫」

黒猫「にゃ、にゃんだ…」

盗賊「あ、ありゃ何だ…?」

黒猫「わ…若い…娘のようだが…」

盗賊「こ、こんな所に…一人で…か?」

黒猫「…」ゾッ…


「″夜はある時、ふと思う

太陽だけでも手に入れん

昼はある時、ふと思う

月だけでも手に入れん″」


ポーン…ポーン…


黒猫「にゃふぅっ?!…何の音だっ?」

盗賊「お、おお、落ち着けバカ…。あ、あの娘が、蹴鞠をしてるだけさ…」

盗賊「こ、こんな、所で、一人で、蹴鞠を…」ダラダラ


「″昼と夜、互いに写し身産み落とし

互いの大事なものを手に入れた″」

ポーン…ポーン…


黒猫(ちびりそう)

盗賊(帰りたい)



「″それでもいつでも昼と夜

互いを焦がれる気持ちなくならず

ぐるぐるぐるぐる回りに回る″」

ポーン…ポーン…

「″時計ひと回り…″」ピタッ


盗賊「!」

黒猫「?」


「…」クル…


盗賊「っ!?」

盗賊「おい!!こっち見た!!こっち 見たぞアレ!!」ガシッ

黒猫「」ボーゼン


「…」スタ…スタ…


盗賊「おい!!こっち来る!!こっち来るぞアレ!!」ユッサユッサ

黒猫「」グワングワン

黒猫(もうこんなんあかん)

盗賊「もうマジで許して下さい成仏して下さい神よ仏よ女神様よ」ブツブツブツブツ

黒猫「と、盗賊…煙玉だ…アレ、投げつけろ…それしか…ない」ガクブル


「…」ユラァ…

「………黒猫使いの、運び屋」


盗賊「ほげっ」


「あなたが…運び屋ですね」


盗賊「…っ!」

盗賊(こいつ…まさか)

盗賊「………月光の魔女、か?」

黒猫「…ニャ?」

「その黒猫…間違いありません」

「…あなたがお師匠様から手紙を受けた運び屋ですね… 」

盗賊「…お師匠、様?」

「ええ」

「わたしは、魔法使いです。お師匠様からあなたを出迎えるよう、言われて来ました」

魔法使い「″黒猫使いの運び屋″…あなたをお師匠様の家に連れていきます」


魔法使い「…」スタスタ…

盗賊「…」スタスタ

黒猫「…」トテトテ


黒猫「おい、盗賊」ヒソヒソ

盗賊「あ?」

黒猫「ほ、ほんとにこやつ信じて良いのか?幽霊じゃあないのかっ?」ヒソヒソ

盗賊「…俺が知るかよ。お前は何か分からねーのか」ヒソヒソ

黒猫「いや…我輩の知る限り、あやつに連れなど居ないはずなのだが…」ヒソヒソ

盗賊「…ちっ。しゃらくせぇ。こうなりゃ本人に直接聞くしかねぇだろ」

魔法使い「…」

盗賊「………おい、あんた」

魔法使い「…何ですか」

盗賊「師匠の使い、とか言っていたな」

魔法使い「はい」

盗賊「…そりゃ、月光の魔女のことで間違いはないか?」

魔法使い「…」

黒猫「…」ビクビク

魔法使い「あなたたち″テクムセ″には、そう呼ばれている方です」

盗賊「…てくむせ?」

魔法使い「…」

黒猫「辺境の民族の言葉で…″魔法や神秘とは縁の遠い、愚か者の種族″というような意味だな…」

黒猫「そのような言葉を使うという事は…あやつの弟子、なのかもしれんが」

盗賊「はーん…つまりアレか、馬鹿にされたってことだな?」

黒猫「ま、暗にそういうことだな」

盗賊「ほう…」

魔法使い「あなたは、その幸運に感謝するべきです」

盗賊「何?」

魔法使い「本来であれば、偉大な夜の写し身であるお師匠様が、あなたのようなテクムセにお会いになることはありません」

魔法使い「魔や神秘に通じない卑しいヒトの分際で、あろうことかお師匠様から依頼を受けるのです」

魔法使い「慎んで、お受けすることです」

盗賊「…」イラ

黒猫「…師が師なら、弟子も弟子か…」ハア


盗賊「そのお師匠様とやらは、ガキの姿だって聞いてるが。どうやら大人としてのモラルやマナーに欠けてるようだな…?」

盗賊「小汚ない封筒ひとつ寄越して、あとはそっちでどうにかしろ、てのァどういう了見だ?」

盗賊「出迎えなんて、急に依頼人らしい態度にゃ驚かされるね。どういう風の吹き回しなんだか、聞いてみたくなるぜ」

魔法使い「ここから先は魔法による封印が為されています。あなた達のような下賤な者の知恵では辿り着くことは叶いません」

盗賊「…言ってくれるじゃねーか」ピキピキ

黒猫「挑発に乗るなお前は…」

盗賊「ケッ!魔法による封印、だぁ?そもそも王国の機関に属さない魔法使いなんて怪しいモンは、初めてお目にかかるぜ」

盗賊「格好だけは一丁前だが…中身はどーせ紛いもんじゃねえのか?」

魔法使い「…見識の狭い人ですね。あなたは」

魔法使い「王国の魔法使いなど、この大地の大いなる存在を忘れ、小手先だけの実験材料として魔法を捉えている者達に過ぎません」

魔法使い「魔に仕える者として生命のあり方に目を向ける事を忘れ、自分の地位や人間の利己的な利便性ばかりを追及している者達。紛い物がどちらなのかは、火を見るより明らかです」

魔法使い「命の根幹、その流れ。そうしたものの一部になるということが、魔法を扱う者のあるべき姿なのです」

盗賊「そうかい…くぁ…」ファーア

魔法使い「…失礼な男ですね、あなたは」

盗賊「そりゃすまなかったな。俺ァスピリチュアルな話と女の愚痴は、聞いてると眠くなる体質でね」

黒猫「さっきまで怯えとったくせに…神経の図太い奴だ」


魔法使い「………素、大気の君、弾け燃えよ」

ボワッ!

盗賊「どわっ!?」

盗賊「な、なんだ。今、目の前が燃えたぞ…!?」

黒猫「…なるほど、魔法か」

魔法使い「毒蜂が飛んでいたもので」

盗賊「…!」

燃えカス「ビビ…ビ…」ボロ…

魔法使い「俗世のしがらみにまみれた愚かな者の分際で、あまり図に乗らないことです」

魔法使い「その不遜な態度…お師匠様の前では控えるよう」

盗賊「…おい化け猫」

黒猫「なんだ?」

盗賊「やっぱり親しくなれないタイプだわ、こういう陰湿な奴ら」

黒猫「…魔女はもう少し、話の通じる相手だと思うが」

盗賊「期待しないでおくぜ」

魔法使い「置いて行きますよ。″黒猫使いの運び屋″」ツカツカ

盗賊「………その薄気味悪い呼び名は、どうにかなんねーのか」

黒猫「なんでだ?カッコイイではないか」

盗賊「…」

今日はここまで

>>39ありがとう


いつもレスしてないけどただ見入ってるよ

>>57
見てくれてる人がいてくれるのは嬉しいですね

投下します


青霧の森
深部

魔法使い「ここからは、私から離れぬよう」

盗賊「へぇへぇ」

魔法使い「…」

魔法使い「 ″夜は月と、昼は太陽と
ぐるぐるぐるぐる
夜と昼は、互いを求めて追いかけ追いかけ″」

コォオオオ…

魔法使い「″夜はある時、ふと思う
太陽だけでも手に入れん″…」


フワァァァアアアア


盗賊「こ、こりゃ、何だ…!?風景が、歪んで…」

黒猫「ふうむ。意識が森に溶け込むようだ…。これは、言霊の印だな」

盗賊「なんだよ、そりゃ…!?」

黒猫「時空を歪め、特定の土地を封印する魔法だ。ある″言葉″を鍵としてな」


魔法使い「″それでもいつでも昼と夜
互いを焦がれる気持ちなくならず…″」


盗賊「その、鍵ってのが…」

黒猫「――ああ。この唄のようだな」


魔法使い「″次に回った時こそ、君に会えんと
次に巡った時こそ、君に会えんと

時計も、季節も、命も巡る
ぐるぐる、巡る″」


盗賊「うぐ…っ。頭が割れそうだぜ…」

黒猫「見えたぞ…!出口だ」


カッ


,


月明かりの渓谷

盗賊「………ここが」

黒猫「ああ」

魔法使い「…」

盗賊「また、ずいぶんと見晴らしの良いとこに出たな…。さっきまでの薄暗い森が嘘みてぇだ」

黒猫「ここは森が尽き、崖から渓谷が一望できる高台になっているのだ」

盗賊「壮大な眺めに…足下は花畑ってか。…ここに、魔女がいるって?」

黒猫「イメージと違ったか?」

盗賊「…ま、いいさ。とっとと魔女の家まで連れて行ってくれ。もう日もすっかり沈んじまってるからな」

魔法使い「危ないところでしたね、 ″黒猫使いの運び屋″ 」

盗賊「あん?」

魔法使い「もし日を跨いでいたら、卑しくも先に金貨を使ったあなたは呪われていました」

盗賊「…バレとる」

黒猫「やはりな」

魔法使い「当然です。お師匠様には全てお見通しです」

盗賊「どう呪われるってんだ?」

魔法使い「あなたは夜に生きる、花にされます」

盗賊「花?」

魔法使い「森の中で見たはずです。薄闇に目覚め、人を喰らう花です」

盗賊「…」ゾォ…

黒猫「良かったな、間に合って」

魔法使い「ここ、月明かりの渓谷は青霧の森の奥に存在しますが、結界が張られているので外界の者には見つけられないようになっています」

魔法使い「万が一迷いこんだ者がいたとしても、罠を張り巡らせていますから、あなた方があの家まで辿り着くのは不可能だったでしょう」

黒猫「ほう」

盗賊「見つけて欲しいのか、欲しくないのかどっちなんだよ。…で?その罠とやらはどこに張られてんだ」

魔法使い「罠はすでに私が解きました。お師匠様がお待ちです。急いでください」

魔法使い「こちらへ…っ!?」グラ


ゴバァ!!

魔法使い「ひゃあぁぁ…」

バクッ


盗賊「………おい、地面が割けて飲み込まれちまったぞ」

黒猫「…うむ」


魔法使い(地面の下)「ひ、火よ!水よ!瞬き、我に立ち塞がりしものを凪ぎ払え!」

ボォオン!

魔法使い「たあっ!」バッ


盗賊「…爆破して飛び出してきたな」

黒猫「うむ」

魔法使い「はあ、はあ…」スタ

魔法使い「し、失礼を…」

盗賊「…だ、大丈夫か?」

魔法使い「…問題ありません。さあ、こちらへ…」


パリッ


盗賊「?」

バリバリバリバリバリバリ!

盗賊「ウ・ガ・ゲ・ゲ・ゲ・ゲ・ゲ!!」ビリビリビリ

魔法使い「きゃ・あ・あ・あ・あ・あ!!」ビリビリビリ


黒猫「おお、今度は電撃か」


魔女の家

盗賊「ひ、ひでぇ目に合った」プスプス

魔法使い「うう…」プスプス

盗賊「………おい。罠は全部解いたんじゃなかったのかよ」

魔法使い「そ、その筈ですが…な、なぜ」

黒猫「しかし、地割れの印に電撃草とは、また通な罠だな」

魔法使い「そうですか?罠はわたしが作っているのですが」テレ

黒猫「ほう」

盗賊「どーでも良いんだよそんな事は!こちとら感電して昇天しかけてんだぞコラァ!!」

魔法使い「ふん、あの程度で情けない。電撃草は最も初歩的な罠です。あの程度見抜けぬようで、果たしてあなたに依頼が務まるのか、疑問です」

盗賊「んだとォ?」ピキッ

盗賊「そもそもおめーはその初歩的な罠にてめぇで引っ掛かってんじゃねーよ!」

魔法使い「わ、わたしは絶対に罠を解いたのですっ!それをお師匠様が…っ!」


「言い訳とは、みっともないのう?魔法使い」ガラ


魔法使い「ひっ!」

盗賊「…ん?」

「油断大敵じゃ。この程度に引っ掛かるとは…こりゃ一人前には百年早いかのう」

魔法使い「お、お師匠様!そんなっ!」

「ようこそ、客人。わらわが、おぬしへ便りを寄せた者…そう--」


魔女「月光の魔女、とでも言えばわかるかの?」


盗賊「…てめぇが」

盗賊(子供の姿の、魔女ねえ…確かにな)

魔女「修行が足りんの、魔法使い。気を緩めておったな」

魔法使い「あう…」

魔女「いつ如何なる時も、気を抜くなと毎度言っておろう。全く、おっちょこちょいな奴め」

魔法使い「し、しかし!今回は客人の迎えがあったのですよ!」

魔女「″客人の迎えがあったから罠はないと思った″。それが気の緩みでなくて何なのじゃ?んん?」

魔法使い「そ、それはっ!」

黒猫(まるで妹に遊ばれている姉のような…奇妙な光景なのだが)

盗賊「ちょっと待て。それじゃあなんだ、俺はそのあんたらの趣味の悪い修行もどきに付き合わされたってのか…?」

魔女「うむん?なんだ、何か不服か?」

盗賊「当たり前だろーがっ!?なんの因果で俺まで電撃なんぞ食らわなきゃならねーんだよ!?」

魔女「それは、そちらの落ち度でもあろう?自分の身は自分で守るものじゃ」

盗賊「…おい化け猫、ちっとも話が通じねーぞどうなってんだ」

黒猫「…」ハァ


魔女「ま、あの程度でお陀仏になるようでは、依頼も果たせはせぬだろうしのう?」

盗賊「チッ。やっぱり気に食わねえ連中だぜ」

盗賊「そもそも、なんだよあの手紙は?人を試すような真似しやがって」

魔女「ほっほっ。何、生半可な腕の者に依頼を受けられても困るのでな」

盗賊「うちの商売はなぁ、お客様は神様ってスタンスじゃねーんだよ!あんたはどっちかつーと″お子様″って感じだがな…口調だけ古臭くってよ!」

魔法使い「あ、あなた!お師匠様になんて口をっ…!」ガタッ

魔女「ほう?そうか。わらわは只のガキに見えると?」

盗賊「そもそも、魔女ですなんて言われてもなァ、こちとら半信半疑も良いとこだぜ…!」

魔女「フームなるほどの、そう来たか。魔女ということも信じて貰えぬとなると…どうしたものか」チラ

黒猫「…」

魔女「…では、こう言うのはどうじゃ?おぬしの過去と未来を、占ってやろう」

盗賊「占いだあ?」

魔女「ほっほっ。嫌いか?」

盗賊「ケッ!俺は、良い占いしか信じないタチなんだよ」

魔女「良いものが出るかどうかは、分からんのう」

魔女「わらわはただ在ったことを、そしてこれから在ることを、占うだけじゃからな」

魔女「それとも…怖いのかの?」

盗賊「…怖いぃ?この俺が、占いごときが怖い、だと?」

盗賊「上等だぜ。乗ってやろうじゃねーか!」

黒猫(単純な奴…)

魔女「そう、来なくてはな」ニヤ


盗賊「へっ、言い当てられるもんならやってみろってんだ」

魔女「では。…おぬしは、わらわの眼を見ておればいい」

盗賊「なんだあ?手品の道具は使わなくていいのか?水晶玉とかソレっぽいやつをよ」

魔女「黙っておれ」

盗賊「チッ…」

魔女「………」ジィー

盗賊「…行っておくが、相手の心理を読んでどうこうなんてのはネタが割れてるぜ」

盗賊「不安なこと、探し物、待ち人…そういう類いのもんは、無理矢理挙げさせようと思えばいくらでも炙り出せるもんだからな」ペラペラ

盗賊「こんなのは知ってるか?3回相手にイエスと言わせれば、その場の主導権が握れるし、説得力を持てる。詐欺師の手口だがな。俺を相手にそんなイカサマをやろうってつもりなら…」ペラペラ

魔女「………」ジィー

盗賊「…気味が悪ィったらねーぜ」

魔法使い「口を慎みなさい!」ペシッ

盗賊「あたっ」


魔女「………!!」ガタッ!

盗賊「あ?なんだ?」

魔女「…これは…」

盗賊「どうしたよ、俯かれちゃあんたの眼を見るのも一苦労だぜぇオイ、と…」ズイ

魔女「!!」

魔女「止めろ!!見るな!!」バッ

盗賊「…?」

ゴゴゴゴ…

盗賊「な、なんだ、この揺れ!?地震かっ?」

黒猫「…!」

魔法使い「これは…」

ピカッ ズズーゥン!!

盗賊「どわっ!! 」

魔法使い「雷…!?お、お師匠様…っ!」

ズガガガガ…!!

盗賊「ど、どうなって…」

ガタガタガタ!!

黒猫「ニャー…!」

魔女「くっ…し、静まれ…!」

ドドドドド…

ゴォォ…


シィー…ン

魔女「はーっ…はーっ…」

盗賊「………な、なんだったんだよ」

魔法使い「お師匠様…!大丈夫ですか?」

魔法使い「おのれ、お師匠様に何をしたのです!?」

盗賊「イヤどう見ても被害者だろこっちは」

魔女「魔法使い、わらわは大丈夫じゃ」

魔法使い「お師匠様…」

魔女「…ふう。ちと、取り乱したわい…」

盗賊「ちと取り乱すと、天変地異が起こんのかよ」

魔女「色々言ってすまぬが、しばらくわらわは目を瞑っている。間違ってもわらわの目を見ることがない様、気をつけよ」

魔女「おぬしの命に関わる」

盗賊「…ま、まさか石になるってんじゃねえだろうな」

魔女「…」

盗賊「マジかよ…」

黒猫「…」


盗賊「…冗談キツいぜ。だから嫌なんだよ、あんたらみたいのは」ハア…

魔女「ふう。まあそう言うな。そうじゃ、おぬしの占いじゃがな…」

盗賊「あー、もういいもういい。充分思い知らされたぜ、あんたの魔女っぷりはよ」

魔女「そうか? しかし、聞かなくてよいのかのう?」

魔女「--″盾″にまつわることも?」

盗賊「!!」ガタッ!

盗賊「てめえ、なんでそのことを…っ!」

魔女「言ったであろう…わらわが見るのはただ在ったことじゃ」

盗賊「…」ギリッ…

魔女「かつて…霧の地での出来事じゃの。″盾″は、おぬしを守らなかった」

魔法使い「おぬしも、おぬしの同族も。…おぬしの女も」

盗賊「………」

魔女「おぬしは逃げ出した。そして、逃げ出したその先でおぬしは…」

魔女「一度、死んでいる」

魔法使い「…?」

盗賊「…はん、面白い冗談だ」


魔女「そして、この先…」

盗賊「よしてくれ。もういい」

盗賊「参った。降参。俺の敗けだ」

盗賊「あんたはれっきとした魔女だし、商売始めりゃ良く当たる占い師で食ってける。それで充分だろ」

魔女「…先の事は知りたくない、かのう?」

盗賊「………知ってどうするよ。その時まで指折り数えて悶々としてろってか?」

盗賊「下らねえ。俺はな…今を生きてるんだよ」

盗賊「せっかく占ってもらってもな、″盾″も、同族も、女も…一度死んだことも…」

盗賊「…もう、関係ねえ」

魔女「…そう思いたい、というわけかの?」

盗賊「………はっ。食えねえガキだぜ」

魔女「ほっほっほっ。良く言われたものじゃ。ガキではないがな」

盗賊「カウンセリングまでサービスしてくれと言った覚えはねえぜ」

魔女「そうじゃな。話がずいぶん逸れておった。本題に入ろうかの」

魔女「…おぬしに、仕事を頼みたいのじゃ」

,

今日はここまでです


盗賊「嫌だと言ったら?」

魔女「ここまで来ておいて、それもないじゃろ。それにホレ、おぬしとこやつは無関係ではないのじゃろう?」ゴソゴソ

盗賊「あん…?今さら水晶玉かよ。それに、なにが…」


遊び人「」フワフワ


盗賊「………はー…忘れてたぜ」

魔女「ほっほっ、さながら姫を救いに来たナイトと言った所かのう」

盗賊「…生憎そんな高尚なもんじゃねー よ」

魔女「まあよいわ。それで、受けるのか、受けないのか。どうするのじゃ」

盗賊「あのなァ、田舎者じゃ慣れてなくてもしょうがねーけどよ。取引には順序ってもんがある。先に以来内容と報酬を提示されなきゃウンともスンとも言えるかよ」

魔法使い「っ!いい加減、その無礼な口を開かないようにしますよ!?」

魔女「これ、お前は黙っておれ」

魔法使い「…っ」

魔女「そうであったな、その話がまだじゃった」

魔女「おぬしには、とある物を盗み出して貰いたいのじゃ」

盗賊「ふん、まあそう来るわな」

魔女「盗み出してほしいものは、王国軍将軍の宝刀…″朝顔″」


盗賊「朝顔… 」

魔女「そうじゃ。言わば、伝説の魔剣…とでも言うべきものかの。この世に一振りしかない業物じゃ」

盗賊「…おい。まさかとは思うが、そいつは魔力を宿してたり、呪いがかかってたりするんじゃねーだろーな」

魔女「ご名答じゃな。朝顔は、″太陽の結晶″とでも言うべきものでな。持つ者に絶大な力を与えると、言われておる」

盗賊「ゲェ…」

魔女「…? なんじゃ、嫌な思い出でもあるのか?」

盗賊「ま、そんなところさ…。続けてくれ」

魔女「…この剣はの、日の光を受けることでその刀身は一層輝き、一凪ぎで百の敵を切り裂く、と言われておるほどなのじゃが--」

魔女「勿論その強大な力ゆえ、間違った使い方をする者の手に在っては問題がある」

盗賊「その持ち主である、王国軍の将軍に問題があるってわけか?」

魔女「…そうじゃ。あやつは…とんだ、愚か者じゃよ」


魔女「ただ、障害となりうるであろうことが二つある」

魔女「一つは、将軍という人物じゃ。世間では、救国の英雄などと言われておるそうじゃが…おぬしも聞いたことくらいあるのじゃろう?」

盗賊「ああ。有名人だからな」

盗賊「かの魔王軍大進行の時に、連合軍の窮地を救った英雄。他国にもその名は知れ渡ってるって話だ」

盗賊「やれ一人で百の魔物を相手取っただの、巨人を撃沈しただのなんて逸話は数知れず 」

盗賊「今や王国の名だたる貴族たちからも頭ひとつ飛び出て、国王や民衆からの信頼も厚い…」

魔女「うむ。まあ奴ならそれぐらいはやってのけるじゃろうな。出回っている話に多少の尾ひれはついていようが、事実その能力は驚異的じゃ」

魔女「当時ほどの肉体を維持できてはいないだろうが… 奴は今なお、王国一の使い手で在り続けているはずじゃ」

魔女「奴と直接相対するような事態になった場合、生き延びられる保証はない」

魔女「その上、今や将軍にまで成り上がった奴の元には、精鋭の武官たちが仕えている。その者達を掻い潜って、朝顔にたどり着く必要がある、というわけじゃな」

盗賊「…もう一つの障害は?」

魔女「…わらわの動きを、妨害している輩がおる」

魔女「おぬしへ便りを届ける際にも、飛ばしたフクロウが何者かの攻撃を受けてのう」

盗賊「…そんで依頼状があんなにボロボロだったってわけか」


魔女「うむ。コイツらは正体が分からん」

魔女「どうやら、こちらの事情を知った上でわしの動きを監視し、先に朝顔を手にいれよう、という輩のように感じるが」

盗賊「…物好きな連中もいたもんだぜ」

魔女「ただ者ではなさそうじゃ」

盗賊「ひとつ…疑問がある」

魔女「なんじゃ」

盗賊「確かに、その条件下でお宝を手に入れるのは並大抵のことじゃない。だが--」

盗賊「あんたほどの魔法の使い手なら、その反則級の力に頼った方が、俺みたいなチンピラ崩れを頼るより可能性が高い。違うか?」

魔女「…」

盗賊「ソッチ系は専門外だから詳しいことは知らんが、やれ雷を落としたり、地震を起こしたりなんて魔法は、そう易々と使えないはずだぜ」

盗賊「その武官共だって雷が降ってくりゃひとたまりもないし、警備だってお得意の手品で化かすなりすりゃ突破も出来るだろ」

盗賊「神殿の賢者共でも、同じことが出来たもんだか…。あんたみたいな魔術師が、この仕事を自分でやらない理由は、なんだ?」

魔女「…」


魔女「しがらみ、じゃよ」

盗賊「何?」

魔女「わらわと、将軍は知らん仲ではない。…元々宝剣はわらわの物であったのを………あやつが奪ったのじゃ」

黒猫「…」

盗賊「はーん。それでやけに詳しいわけか」

魔女「互いにな。あやつもわらわを知っておる。だから、わらわ自身ではやりづらい」

魔女「恐らく、わらわを警戒して対魔法の策をいくつも施しているはずじゃ」

盗賊「それで、魔法とは縁のない俺の出番ってわけか?」

魔女「そういう事じゃ。簡単なお使い、というわけにはいかんかの?」

盗賊「………相手は王国の将軍家だぜ?魔法感知を掻い潜れたところで、一般ピープルの俺にはほぼ不可能に近い。無謀もいいとこだ」

魔女「ただの一般人に、こんな依頼はせぬ。おぬしの腕は聞き及んでおるよ」

盗賊「こんな森の奥でか?…地獄耳だぜ、全く」

魔女「ただまあ…無理に、と言うつもりもないぞ」

魔女「報酬も用意はしていたが、失敗すればおそらく死ぬ。命を捨てるのが、たかだか金貨五十枚では…」

盗賊「ヤリマス」

魔女「少し安くつ…く?」

盗賊「ヤリマス」

魔女「…」


魔女「本気か?」

盗賊「ああ。…なんだ、もっと喜べよ。目論み通りになったんだろ」

魔女「…ふむ」

盗賊「決まりだな」

盗賊「ま、なんにせよ今日はもう遅い。客室なんかはあるのか?」

魔女「良かろう。泊まって行くがよい。魔法使い」

魔法使い「はい…。こちらへ」

盗賊「まさかベッドまで宙に浮いてんじゃねえだろうなぁ?」ガタッ

魔女「…おぬし」

盗賊「あん?」

魔女「なぜ、引き受ける?金のためか?」

盗賊「…そうだな」

盗賊「俺はそーゆーのが、好きなんだよ。死ぬほど難しい仕事ってのがな」

盗賊「ゾクゾクするじゃねえか」ニィ

魔女「…」

盗賊「それに…俺が受けるのはお見通しだったんだろ。お得意の占いで、よ」

盗賊「話はそれだけか?じゃ、俺は寝させて貰うぜ」スタスタ

黒猫「… 」テトテト

魔女「おぬしの連れは、随分と命知らずのようじゃな」

黒猫「…」ピタ

黒猫「…気づいていたか」

魔女「黙って素知らぬフリとは、随分冷たいのう?」

黒猫「…ふん」


黒猫「石にされては堪らんのでな」

魔女「ほっほっ。心配せずとも、おぬしごときの来訪でわらわの″眼″は開かぬわ」

黒猫「見通していたのか?我輩が来ることも」

魔女「…さて、どうじゃろうな」

魔女「懐かしいものだのう、こうして話すのも。何百年ぶりかの?」

黒猫「そんなに経ってないだろうが。耄碌したか?」

魔女「何を。おぬしも大して変わらんじゃろう」

黒猫「まあ、そうだが」

黒猫「………相変わらず苦労しているようだな」

魔女「…これもまた、一興じゃ」

黒猫「変わらんな。そういう所は」


黒猫「もう、目を開けていていいぞ。盗賊もお前の弟子もいないし--」

黒猫「我輩も、こんな体ではあるが、簡単に石になるほど落ちぶれてもない」

魔女「そうか…」パチ

黒猫「漆黒の瞳、か」

魔女「…」

黒猫「見るものに闇を魅せる瞳。たしかに人間にはちと、刺激が強いだろうな」

魔女「最近は、この″眼″になることもなかったのだがのう」

黒猫「心が揺れると、開く″眼″…」

黒猫「そんなもの、人間に自ら近づいたりしなければ、足枷にはならないはずだぞ」

魔女「おぬしに言われとうないわ。人間なんぞに飼われおって」

黒猫「この身体も、案外悪くないぞ?小回りはきくしな。わりと人間から愛されキャラだし」

魔女「…おぬしがか?」

黒猫「我輩が、だ」

魔女「…くっ」

魔女「ふふふふふ」

黒猫「ニャッフッフ」


黒猫「まあ今なら、お前の言っていたことも分かるのだ」

黒猫「″人間は、面白い″」

魔女「………」

黒猫「…魔女。まさかお前が朝顔を手放しているとはな」

黒猫「先程の話。お前があれを奪われるなど、到底信じられん話だ」

魔女「…わらわにも色々あるのじゃよ」

黒猫「夜の写し身であるお前が、朝顔を手放すほどのことが…か?」

魔女「ああ。所詮はわらわも…人間、という事じゃな。おぬしらのようには、行かぬのじゃよ」

黒猫「………」

魔女「人としての生のあるべき姿を…全うするべきなのじゃ。人間でありながら、魔に深く沈みすぎておる」

魔女「矛盾しておるのじゃよ…この存在事態が。少なくともわらわは、その事に気づけた」

黒猫「…人の世に生きたからこそ、か」

魔女「…得るものは、多かったよ。失うものも…あったがな。この″眼″が開いたのも、あの時以来じゃ」

魔女「もう、八十年にもなる…あっという間じゃの」

黒猫「…」

魔女「わらわとした事が、のう」

黒猫「…お前らしくないな」

魔女「確かにな。おぬしと一緒にいた頃のわらわでは考えられんことじゃ…」

魔女「口惜しいわ」

黒猫「…」


魔女「わらわも、歳かの。この容姿も、魔力の衰えからきているのではないかと思っておっての。驚くべきことに、ほんの少しずつじゃが、年々幼くなってゆくのじゃよ」

魔女「おまけに、先刻はあの体たらくじゃ。久しぶりに″眼″を開いてしもうた」

黒猫「………お前、盗賊の過去と未来に、何かを見たな」

魔女「全く。世間は狭いとはよく言ったもんじゃよ」

黒猫「--″盾″、か」

魔女「うむ。因果なものじゃな」

魔女「…なあ、おぬしの相棒じゃがな」

黒猫「…」

魔女「あやつ、死ぬぞ」

魔女「あやつの…大切な物のために…………もう一度、死ぬ」


,

本日はここまで。


盗賊「ぶぇっくし!ぶぇっくし!」

魔法使い「お大事に。2回は、悪い噂をされている時のものだそうですよ」

盗賊「…あーそうかい、そりゃどうも。…つーか、ここ寒くねえか?隙間風がすげぇんだけど…」

魔法使い「わたしとお師匠様は、魔法で温度を変化させていますので、問題ありません」

盗賊「…さいですか」

魔法使い「それでは、明日は早くに城下町に出発をしますので宜しくお願いします」

盗賊「お?なんだ、帰りは町まで送迎付きかい?」

魔法使い「ええ、勿論。私も同行しますから」

盗賊「同行?…ってどこまで?」

魔法使い「どこまでも、です」

盗賊「ハイ?」


盗賊「そりゃあれか、遠回しなプロポーズの言葉か何か…」

魔法使い「…」

盗賊「な、わけないよなァ?」

魔法使い「あなたの仕事を、わたしも手伝うと言っているのです。感謝をしてください」

盗賊「…どーゆーこと?」

魔法使い「とにかく、明日の出発は日の出と共にです!起きていなければ、置いていきますから」

盗賊「はあ」

魔法使い「それでは、おやすみなさい!」

バタン!

盗賊「オヤスミ…」

盗賊「…何を怒ってんだ、あいつ」

盗賊「ま、なんでもいいか。とっととこんな気味の悪い所とはおさらばしたいぜ」ファーア

盗賊「………」

盗賊「″朝顔″を手に入れたい人間、ねぇ…」

,


魔法使い「お師匠様」コンコン

魔女「…なんじゃ?」

魔法使い「失礼します…」ガチャ…

魔法使い「お身体の具合は、どうでしょうか」

魔女「問題ない。だが、わらわは今夜は目を閉じておる。間違っても、目を合わせようとするなよ」

魔法使い「…はい」

魔法使い「あの、お師匠様。ではやはり″眼″が開いているのですよね…?」

魔女「…」

魔法使い「あの男の占いに何が出たのですか?盾とは、何の事を…もしや、あれは――」

魔女「魔法使い。お前には関係のないことじゃ」

魔法使い「…っ!」

魔法使い「………我々は、朝顔を持つ将軍のことを、今まで遠巻きに監視してきました」

魔法使い「なぜ、今なのですか?」

魔女「それを知る必要が、お前にあるのか?」

魔法使い「わ、わたしは…!お師匠様の弟子として魔に仕える者の一人です!」

魔法使い「生命のあり方も、魔法の知識も…今では、王国の者にすら引けをとらないと自負しています…!」

魔女「…それで?」

魔法使い「本来であれば!わたしに命じて下されば朝顔を取り返して見せました!それだけの修練を、わたしはここで積んだつもりです!」

魔法使い「なぜ、あのような男にわざわざ依頼を…!!」

魔女「…魔法使い。お前は未熟じゃな」

魔法使い「なっ…!?」

魔女「確かにお前はここにやってきてから驚くべき早さで魔法を修めた。命の流れについての理解も深い」

魔女「が、おぬしのその未熟さが、何なのか。それが分からぬうちは――」

魔女「わらわに答えを求めても、意味はないぞ」

魔法使い「わたしは…!!」ガタッ!


パシャッ

魔法使い「きゃっ!?」

ポタポタ…


魔女「水球の罠。お前が部屋に入った時から天井にあった。気づかなかったか?」

魔法使い「………」ポタ…ポタ…

魔女「それが、未熟だと言っているのじゃ」

魔女「頭を冷やして、今日は寝てしまえ」

魔法使い「………」ギュッ

魔法使い「わたしも、朝顔を奪い返しに行きます。証明してみせます」ポタポタ

魔法使い「その時は、一人前と認めて下さいますか!?」

魔女「…」

魔女「早く、寝ろと言うておる」

魔法使い「っ!」

バタン!


魔女「………やれやれ」



,

ーーーーーー
翌日
早朝
ーーーーー
月明かりの渓谷
魔女の家の前

チュンチュンチュン…


盗賊「ふぁーあ…」

盗賊「なあオイ…本気でこんな朝早くから出るのかよ…」ボリボリ

魔法使い「黙ってください。術式の途中です」

盗賊「まだ、フクロウが鳴いてるぜ…」

魔法使い「それは、この森の仕様です。何時でも鳴いてます」

盗賊「あ、そ…」ファーア

黒猫「ほう、転移魔法か。随分と高度なものを使うな」

盗賊「テンイだかテンガだか知らねーけどよ、本当に上手く行くのかよ?」

魔法使い「時空の意思交わりしところに我は在り…汝…」ヒュンヒュンヒュン

盗賊「………急に、ドカンッてことになったりしねーだろうな」


黒猫「なんだ盗賊、お前ビビっているのか」

盗賊「そうじゃねーよ!お前な…」

盗賊「この小娘、態度だけは一丁前なわりに抜けてるしよお…不安だろ?」ヒソヒソ

魔法使い「風よ、切り裂け」

ズバァッ

盗賊「ヒョ」

黒猫「ほう、鎌鼬!」

魔法使い「詠唱は終わりました。余計なおしゃべりは控えてください」

魔法使い「舌、噛みますよ」

盗賊「コノヤロ…!」

黒猫「ふーむ、同時に二つの魔法を詠唱とはなかなかマニアックなことを」

魔法使い「…こんなこともあろうかと練習しました」テレ

盗賊「こんなことってどんなこと?」

魔法使い「翔びます。捕まって下さい」

盗賊「翔ぶ…!?翔ぶってどういうことだ、おい。まさか空を飛ぶってんじゃ…」

魔法使い(…必ず、朝顔を取り戻す。そうすれば、きっと…!)

盗賊「ちょ、おい、待っt

ドヒュンッ!!


ドヒュンッ…!

ホーホー…ホーホー…

魔女「おや、もう行ったのかのう」

魔女「魔法使いの奴め…張り切りすぎぬとよいが」

魔女「…背伸びして、認められよう認められようと。ま、年相応と言えばそうなのじゃが」

魔女「ほっほっ。わらわを捕まえて、師匠などと…」

魔女「のう?お前が、もし聞いておったら………」

魔女「…ふふ。もし、か」

魔女「そんなもの、ありはしなかった」

魔女「…こうなるべくして、なったのじゃ」

魔女(――そう、他に道など…なかった)

魔女「………」


城下町
大通り
茶屋

看板娘A「はーい、美味しい団子あるよー、寄ってってよー」

看板娘B「ちょっと、あんたもっと気ィ入れてやんなさいよお」

看板娘A「んな事言ったってさー、もう暑くってやってらんないってゆーか」

看板娘B「あんたねぇ、あたしらなんか立ってるだけなんだから、仕事なんて」

看板娘A「分かってるけどォ」

看板娘B「あんたが昼の仕事にしたいって言ったんでしょー。儲けがでなきゃあんたのお給料も減るのよ」

看板娘A「まーねえ。でもさー、ぶっちゃけ夜の仕事してた頃の方が実りはあったってゆーかぁ…」

看板娘B「ま、あれはちょっと怖い所だったからその分ねぇ…今思えば、イイ男もあっちのが多かった気がするわー」

看板娘A「お金持ちも多かったしね~…でもさでもさ?あそこに座ってるお客さんとか、あんたの好みでしょお?」

看板娘B「あ、分かるぅー?あのちょっと気だるい感じがセクシーってゆーかぁ」

看板娘A「ま、女連れだけどね」

看板娘B「…ちっ。何なの、あのヘンテコリンな格好の女」

看板娘A「でもお金持ってなさそ。あたしはもっと、貴族のボンボンとかがいーなー」

看板娘B「…あんた、なんでも金なのね」

看板娘A「もち!」

盗賊「おい、すまねぇ、姉ちゃん」

看板娘B「あっ、はーい!」


盗賊「団子と茶のセットふたつ」

看板娘B「はーい♪お待ちくださーいっ」キャルン

盗賊「…なかなかのワガママボディだな」ボー…

魔法使い「″黒猫使いの運び屋″」ヌッ

盗賊「おわっ!…なんだよ」

魔法使い「これからどうするのです。将軍の屋敷へ侵入する策は、何かあるのですか?」

盗賊「策?そんなもんねーよ」

魔法使い「っ…あなた、本当に依頼を受ける気があるのですか!?」ガタッ

盗賊「まあまあ、落ち着けよ。急いては事を仕損じるってな」

盗賊「それに………オ、オエッ」

魔法使い「…?なんですか、魔法酔いですか?情けない」

盗賊「あー…気持ち悪ィ。なんだ、魔法酔い?」

魔法使い「魔力の低い者が魔法を受けるとなる、発作のようなものです」

盗賊「…二日酔いみてーなもんか?」

魔法使い「…全く、下劣な。本当に、なぜお師匠様はあなたのような者に依頼を…」

盗賊「こっちが聞きたいね」

黒猫「ニャー」


魔法使い「この黒猫さんだってケロッとしているというのに」

黒猫「ニャンケロ」

盗賊「化け猫と一緒にしねえでくれ」

看板娘B「お待ちどうさまっ。特別に一本団子サービスです♪」

店主「あっコラちょっと勝手に…」

盗賊「ぉおっ?悪いねえ。きっぷがいい店ってのァどこいっても流行るぜぇ」

看板娘B「やだっ、ありがとうございますゥ」

店主「ハァ…」

盗賊「姉ちゃんイカすねぇ、こんなボロっちー店にゃもったいねーな」

店主「なんだと」

看板娘B「ふふふ、お兄さんお世辞が上手ァい!」

魔法使い(…この男)イライラ

盗賊「なぁなぁ、ちょっとお姉ちゃんに聞きたいことがあるんだけどさー?」

看板娘B「えーなァに?」

魔法使い(…なるほど。情報収集)

魔法使い(たしかに大衆の英雄は、大衆こそが知ることも多い… こういう手段は、人里に馴れた者ならでは、か)

盗賊「ズバリ、お姉ちゃんのスリーサイズは!?」

看板娘B「えーっ、それは秘密ゥ!」

魔法使い「」ピキッ

店主「仕事しろよ」


キィーン…!!

盗賊「うぐっ!?」

魔法使い『あなたは朝顔を奪い返す気がないのですか、そうですか』

盗賊「こいつっ…脳内に直接ッ」

看板娘B「?」

魔法使い『これ以上時間を無駄にするようなら、この場で消し炭にして差し上げましょう』メラメラ

盗賊「…」ビクッ

盗賊「じょ、冗談はさておき、姉ちゃんさ、王国軍の将軍って知ってる?」

看板娘B「将軍ー?んー、そりゃあねぇ。超スゴい人でしょー」

盗賊「そ、そうそう、その超スゴい将軍なんだけどさ、最近なんか、変わった噂とか聞いてない?」

看板娘B「えーっ、どうかなぁ。ねーちょっとー!」

看板娘A「なーにぃ?」

看板娘B「あんた、将軍のことで最近なんかニュースになったことあるか、知らない?」

看板娘A「え~、将軍?」

看板娘B「そう、なんか噂話とかさー」

看板娘A「んー、そうだなぁ」


看板娘A「あ、そういえば」

盗賊「おっ、なんかあんのかい?」

魔法使い「…」

看板娘A「後輩から聞いた話なんですけどぉ、なんか将軍さんが東区の貴族と揉めたとかって話」

看板娘B「ふーん。東区の貴族ってぇ、こないだ事件あったよねぇ」

看板娘A「あー!それそれ、その貴族!」

盗賊「東区の貴族の事件?」

看板娘A「うん。なんかぁ、この間その貴族の館が火事になっちゃってぇ、その人死んじゃったっらしーんだけどぉ」

看板娘B「あれって、死んじゃったんだっけぇ?」

魔法使い「…」

魔法使い(将軍と揉めていた貴族が、死んだ…?)

看板娘A「その人がたしか、将軍とー…。なんだったっけ?なんか関係あったよーな…」

看板娘B「ちょっとー!肝腎なトコ!」

看板娘A「えーっと…なんだったかなぁ」

盗賊「そりゃ、アレじゃねぇか?」

盗賊「元々東区の治安権を任されていた貴族が、数年前に役目を将軍に奪われて、逆恨みしたっつう話」

看板娘A「あ、そんなやつゥー!」

魔法使い「…は?」


盗賊「東区でも名門で、内務的なことを任されてた東区貴族が--」

盗賊「この十数年間で、急激に台頭した将軍に治安権を奪われた」

看板娘A「それそれ!それでさぁ、将軍って、見た目もイケてて人気スゴいじゃん?」

看板娘A「東区の貴族が、チョー嫉妬してちょっかい出してたーって話だよね!」

盗賊「最近は政治上でも露骨に対立するんで、東区貴族と将軍の不仲は有名だったけど…貴族の方はこの間の火事で死んじまったんだよなー」

看板娘B「なーんだー、お兄さん知ってたんじゃーん!」

盗賊「なっはっはっ。まーなー」

魔法使い「…」ブチ

看板娘B「でもさ、そーゆーゴシップってよくあるけど、将軍ってさぁ、色恋沙汰の噂とかって立たないよねえ」

看板娘A「あんだけ素敵なおじさまで、お金持ってるのにねー」

看板娘B「あんたまたソレ?」

盗賊「なーんだ、そっちの姉ちゃんはお金好き?お金なら俺も持ってるぜぇ」キラーン

看板娘A「えっ、やだ金貨ー!?お兄さんお金持ちなのォっ」

盗賊「いやぁーそれほどまでではないけどねぇ~」ニョホホホー

魔法使い「…」ガタッ

盗賊「あっ」

魔法使い「…」スタスタスタスタ

盗賊「ちょっ、おい!わりィ、勘定!」

看板娘B「えーもう行っちゃうのォ」

看板娘A「お代はタダでイイんで、また来て下さァーい♪」

店主「おいコラてめーら」


タッタッタッ

黒猫「ニャー」トットット

盗賊「おい、ちょっと待てよ!」

魔法使い「あなたが、いかに頼りならない人物かは、よく理解しました」ツカツカ

盗賊「そりゃ町娘が知ってる位のこたァ俺だって知ってるって!当たり前だろ?」

魔法使い「では、あなたはただ単に時間を浪費したということですね」ツカツカ

盗賊「休憩ついでにちょっとお姉ちゃんと話しただけじゃねーか…」

魔法使い「あなたからは、お師匠様の仕事を全うしようという意志が感じらせん」ツカツカ

盗賊「んなこと言ったってよ、闇雲に歩き回ってもしょうがねーって!それとも、これァどっかに向かってんのかい?」

魔法使い「はい、ここです」


空き地


盗賊「は?ここ?」

魔法使い「…ここまで離れたらいいでしょうかね」

盗賊「はあ?何が…」

魔法使い「爆炎魔法であなたを消し飛ばしても」ゴォオオッ

盗賊「ヱッ」

黒猫「おっと」ヒョイ




ドコォオオオン…

,

今日はここまでです。


モクモクモク…

「お、おい。なんか今向こうで爆発しなかったか?」

「な…なんだ?」

ザワザワ

魔法使い「全く、お師匠様はあれのどこを見込んで…」スタスタ

魔法使い「わたしの能力を持ってすれば、本来は…」ブツブツ

黒猫「…ふーむ、なかなかの爆破っぷりだな」テトテト

魔法使い「猫さん…すみません、巻き込むところでした」

黒猫「わしはそこまでトンマではないぞ。しかし…町では魔法はあまり使わん方が懸命だな。目立つ」

魔法使い「…ついカッとなってしまいました。そうですね」

魔法使い「………あの男、恐れ多くも朝顔の奪還という重要な任務を負っていながら、不真面目な態度ばかりで…」

黒猫「まあ、こういう奴だからな」ニャッフッフ

魔法使い「あの、お師匠様が依頼をしているというのに…」

黒猫「?…何やら、お前の方は並々ならぬ思いがあるようだな」

黒猫「あんな横暴な師に引っ張り回されて、不憫な弟子だと思っていたが」

魔法使い「確かに…お師匠様は少しその…人格が破綻していますが」

黒猫(言うな、コイツ)

魔法使い「お師匠様には、返しきにれぬ恩があるのです」

黒猫「恩…?」

魔法使い「…お師匠様は、私の命の恩人なのです」

黒猫「あやつが?」

魔法使い「…はい」

盗賊「へー」ホジホジ


魔法使い「きゃっ!?」バッ

黒猫「………よく焼かれる奴だな、お前も」

盗賊「ああ。その珍しい体質のおかげで、団子が焼き団子になったぜ」

盗賊「お前、食う?」ムシャムシャ

魔法使い「っ…!いりません!!」ツカツカ

盗賊「えー、サービスまでして貰ったのによお」

黒猫「盗賊!我輩!我輩一本欲しい!」

魔法使い「………」ツカツカ

魔法使い(あの魔法で、傷ひとつなし…?あれはわたしの得意とする魔法なのに)

盗賊「おい。おーい」スタスタ

盗賊「宛もなく行ったってしょーがねーぜ?いくら、命の恩人のためとは言え、よ」

魔法使い「…宛もなく行くわけではありません!」

盗賊「そーなのか?」

魔法使い「…」ピタッ

盗賊「…なんだ、急にしゃがみこんで」

黒猫「ニャホホー♪」ムシャムシャ

魔法使い「…」シーン

盗賊「…?」

魔法使い「地の気」スクッ

盗賊「あ?」

魔法使い「…」スタスタスタ

盗賊「お、おい!」

盗賊「なんだってんだ?」タッタッタッ


魔法使い「…」シーン

盗賊「…」

魔法使い「風の相」スタスタ

盗賊「なあ…そりゃ占いか何かかい?」

魔法使い「占いではありません。風水魔法の一環です」

盗賊「風水?」

魔法使い「…捜し物に効果的な魔法です」

魔法使い「…」ピタッ シーン

盗賊「…つっても、その捜し物の検討はついてんのかよ?ただ将軍の館に着いたって、手出しのしようがないぜ」

黒猫「なあなあ、盗賊。お前、もう一本団子持ってるだろ。魔法使いの分」チョイチョイ

魔法使い「水の候」スタスタ

魔法使い「…捜しているものは、″わたしたちにとって良い物″です」

盗賊「………そんな大雑把な検索キーワードでヒットすんのかよ」

魔法使い「あなたは、本当に″テクムセ″ですね」

盗賊「テクムセ?…って、なんだっけ?」

魔法使い「魔力や命の神秘に背を向ける、愚か者達のことです」

魔法使い「要するに、馬鹿です」

盗賊「…」イラ

黒猫「なあなあ、あいつ団子いらんらしーぞ。我輩によこせ」チョイチョイ


魔法使い「…魔法は、″偉大なるひとつなぎ″サムシンググレートの力を得て術を行います」

魔法使い「生命とは、そこより来てそこに帰るのです。魔法とはそんな生命の流れに触れる、神聖なる術なのです」

盗賊「…はあ」

魔法使い「わたし達にとっての神は、女神ではありません。もっと身近な存在です」

魔法使い「神は、木々に、草に、虫に、生きとし生ける者全てに宿っています」

魔法使い「″命″、というものは、それだけ神聖なのです」

盗賊「おいおい。そりゃ教会の神父が聞いたら腰抜かすな」

盗賊「今日び、人の世は何処もかしこも、女神信仰だぜ?」

魔法使い「それは、あなた達の一方的な常識の押し付けです。盲目的にただ教えられたものをひた信じることは、生命の在り方を歪めます」

魔法使い「人の生命は巡るもの。死してなお、わたしたちの魂はただその″ひとつ″に還り、そして次の命へと向かってゆくのです」

魔法使い「生きているということは、ゆるやかに死んでいくということ。死を恐れる必要はないのです」

盗賊「へえ…。ご立派な邪教徒の思想だな。教皇に聞かれようもんなら、火炙りもいいとこだ」

魔法使い「それも、押し付けにすぎません。神のために、人を殺す?そうであるならば、女神とやらは、悪魔にすらなると言うことです」

盗賊「はっ、バッサリだねぇ。まぁ、俺も女神様は信じちゃいねえがな」

魔法使い「…では、あなたは何を?」

盗賊「俺が信じるものは、俺だけさ。この血と肉。そしてこのおつむに入ってるもんがありゃあ--」

盗賊「大抵の″今日″は、生きていける」

魔法使い「…」


魔法使い「やはり、あなたは…テクムセですね」

盗賊「そりゃ、残念。邪教徒同士、せいぜい教会に目ぇつけられないようにしたいとこだな」

魔法使い「…あなたと話すだけ、無駄でした」ツカツカ

盗賊「…なあ」

魔法使い「なんですか」

盗賊「今、あんたらみたいな連中は死を恐れないって言ったよな?」

魔法使い「…その必要がありませんから」

盗賊「そんな種類の人間が、本当に居たとして…そんじゃ恐れるものは何だ?」

盗賊「神や仏じゃあるまいし、恐怖そのものを持ち合わせてないってわけにはいかないだろ」

魔法使い「…歴史上の偉大な人物には、そういった魔術師もいます。ある種の境地に達した人々です」

盗賊「うへえ…」

魔法使い「ですが…そうですね。敢えてわたし達の禁忌としているもの、忌み嫌い遠ざけているものを挙げるとしたら…」

魔法使い「流転する命の流れを、全うできないこと。………不死です」


盗賊「不死を、恐れる…ってことか?」

魔法使い「はい。自然の摂理に″逆らってしまうこと″を恐れます」

盗賊「そんなことが、ありうるのか?」

魔法使い「失われた古の秘術や、大きな魔の力を持つ物が…時として求める者にその力を授けるとも言われています」

魔法使い「完全な不死、ではなくとも、その寿命を限りなく永く引き延ばす…不自然に死を遠ざけてしまう、という事があります」

盗賊「…」

魔法使い「非常に稀ですが…膨大な魔力をもった存在が…持ちすぎた存在が、世に現れてしまうことが、あるのです」

魔法使い「そういった存在は、気の遠くなるような時を生きています」

魔法使い「………お師匠様も、その一人です」

黒猫「…」

魔法使い「…お師匠様は、死ねないのです」

魔法使い「強大な魔力を有するが故に…偉大な魔女でありながら、命の灯火を全うすることが、もう永い時間できずにいる…」

魔法使い「お師匠様はおそらく、もう、人の身でこの世を何百年も生きています」

盗賊「なっ…何百年?!あのガキが!?」

魔法使い「…そして、もうひとつ」

魔法使い「お師匠様は、人の命の時間すら…凍りつかせてしまう力を、宿しているのです」


盗賊「………それが、″目の合った者を石にする″能力ってわけか」

魔法使い「ええ…。永劫石になってしまう。それも一種の不死、です」

魔法使い「お師匠様は、″眼が開く″と呼んでいますが…その状態は、どうやらお師匠様の心中が乱れた時にだけ、起こるようなのです」

魔法使い「お師匠様は…″それ″が起こらぬよう…命の過った在り方の者を産み出さぬよう…自身の心を鉄のように冷たくしておいでです」

盗賊「心が乱れぬように、か?」

魔法使い「はい」

盗賊「なんとも壮大な話になってきたな。…その話が本当なら、あいつはもう悟りでも開いてておかしくねえぜ」

魔法使い「…」

盗賊「ま、それにしちゃ昔は派手に人間石っころを量産してた、なんて話を聞いたが…」

ガタン!

魔法使い「お師匠様は…っ!!」ギリ…

盗賊「お、おいおい。どうしたんだ?」

ドガシャーン!

魔法使い「!」

盗賊「ん?あれは…」




男「ひぃ…!」

賊「さーて、答えてもらおうか?」

男「わ、私たちは、た、ただの下請けの掃除屋で…っ!」

賊「だからこそ、価値があるんだよ、俺たちにとってはな」

賊2「家令、帳簿がありました」

賊「よォし、お前はそっちから、念のため請け負った日付を調べあげておけ」

賊2「はい」

男「な、何が目的だ…!金か!?」

賊「ククク…」


魔法使い「あれは…!?」

盗賊「…さあて、何だろうな」

黒猫「強盗、ではないのか」

盗賊「…にしてはちょっと様子が変だぜ」

魔法使い「複数の男が武器を持ち、無抵抗な者を攻撃しているように見えます。いずれにせよ、介入するべきです」サッ

魔法使い「怒れる稲妻よ、今その大いなる…むがっ!」

盗賊「ちょーっと、静かにしてようぜ」グイ

魔法使い「むーっ…!」ジタバタ


賊「あんたには、聞きたいことがあるぜ」シャキン…

男「ひぃ…」

賊「この掃除請け負いのところに大口の仕事があるなァ?あの、お偉方さ…」

男「…あ、ああ…。しょ、将軍の旦那のことか…?」

賊「ああ、そうだ。そうだとも」


魔法使い「…!」ムガ…

盗賊「ほほう…」


賊「その旦那のところへ、今日これから仕事に行く。そうだな?」

男「そ、その通りだ…」

賊「…詳しい話を聞かせてくれや」

男「…!?」


盗賊「…」

魔法使い「むーっ!むーっ!」

盗賊「おっとわりィ」パッ

魔法使い「プハッ…何をするのですっ!」

盗賊「イヤ、あのままじゃお前さん、やつらを黒焦げにしちまってたろ?」

魔法使い「そんな事をするわけないでしょう!馬鹿にしないでください!」

盗賊「人を焼き払おうとするくせに、よく言うぜ。あーいう魔女っ娘ジョークは程々にしてくれや」

魔法使い「いえ、あれは本気で取ろうとしてましたから」

盗賊「えっ何を?」

魔法使い「命(タマ)を」

盗賊「…」


黒猫「おい。奴ら、動くぞ」

魔法使い「!」


賊「それじゃあな、兄弟。命が惜しくば――」シャキン…

男「ひっ…」

賊「憲兵には黙ってるんだな。俺にコイツを振らせるような悲しいことはするんじゃねぇぞ?なーに、ちょいと道具を一式借りるだけさ」

賊「袖すり合うのも多生の縁ってな。どんな出会いも大切にしなきゃならねぇよ。あんたもそう思うだろ」

男「う、うぅ…」

賊「今日一日、黙ってりゃ俺とあんたの友情が崩れることもない。あんたは、明日からまた新しい一日をやり直せばいい。分かるな?」

賊2「家令、そろそろ…」

賊「ああ。じゃあな、兄弟。俺を悲しませるんじゃねぇぜ」

ダッダッダッ


男(…い、命は助かった…のか?)

盗賊「とんだ友情押し売り野郎だったなァ」ポン

男「うひぃっ!?こここ、今度は誰だ!?」

盗賊「なに、しがない盗っ人さ」

魔法使い「…それでは彼らと大差ありません」ス…

盗賊「それもそうか」

男「…!?」

男(な、なんだコイツら…?)

盗賊「安心しろよ。俺は暴力は好かん性格でな。取引といこうじゃないか」

男「と、取引だと…?」

盗賊「ああ。あんたは、さっき奴らに流したもんと同じ情報を流してくれりゃいい」

盗賊「報酬は、あんたの身の安全。奴らはまとめて役人に突き出しておく。あんたは奴らの報復を恐れる必要はないし、明日もここで店が開けるってわけだ」

男「………」

男(…あ、怪しい)

盗賊「…なんだ?信用できないって目だな」

魔法使い「当然でしょう」

盗賊「参ったな。後何かあんたの為になるもんがやれりゃ良かったんだが--」ガサゴソ

盗賊「生憎なにも………あっ」

盗賊「………焼き団子一本サービス。どうだ?」

黒猫「ニャニャニャ…!!」

男「………?」ポカーン…

,


東区・郊外
林道

魔法使い「………」

魔法使い「日の気…」スッ

盗賊「あっちだな。…なるほど、奴らの根城にゃうってつけの場所だ」

魔法使い「………」

盗賊「そろそろ出くわすかもしれねえ。用意しておいてくれよ」

魔法使い「………」

盗賊「…あの、なんか怒ってらっしゃる?」

魔法使い「解せません」

盗賊「はい?」

魔法使い「みすみすあの掃除屋が襲われるのを見逃しておいて、なぜあの賊をつけるような真似をするのです」

盗賊「そりゃ、せっかくあんたのダウジングが良い材料を探し当ててくれたんだ。美味しく調理しねーとな」

盗賊「いやはや、占いってのも案外バカに出来ねえ」

魔法使い「…ダウジングでも占いでもありません!」ボワッ!

盗賊「のわっ!?おいちょっと、怒るたびに人を燃やすのをやめろっつの!」

魔法使い「…」ツカツカ

盗賊「はあ。気難しいお年頃だねえ」

魔法使い「~っ!」ムッカァ


盗賊「おっ。分かれ道だな。こりゃどっちだい?」

魔法使い「…左です」

盗賊「…?いつものアレ、やらないのか?」

魔法使い「必要ありません。あなたは左、わたしは右。ここはわたし達にとって良き方位が、若干ズレています」

盗賊「おいおい、んなコトあり得るのかよ?探しものは一緒のはずじゃあ…」

魔法使い「本来そのはずですが。あなたの求めているものがわたしと異なるのかもしれませんね?」

魔法使い「何か、邪念でもあるのでは?」

盗賊「…え、いや、そんなハズは、えーっと…」

盗賊「………さっきの茶屋の姉ちゃんのボインが脳裏に焼き付いてるせい、か?」

魔法使い「思い当たる節があるようですね。では、ここでお別れです」スタスタ

盗賊「お、おいおい!?」

黒猫「ニャーン」スタスタ

盗賊「おめーもそっち行くのかよ…」

盗賊「………」ポツン

盗賊「待てよ。つまりこっちの道にゃ、ボインが…?」ハッ

盗賊「ふむ。行ってみるとすっか。もしかしたらこっちが当たりかもしれねーし?いや、邪念とかはないけれどもね?」

盗賊「危ぶむなかれ、危ぶめば道は無し…」スタスタ


魔法使い「………」スタスタ

黒猫「どうしても、盗賊が気に食わんのか?」テトテト

魔法使い「…あんなチャランポランな男、知りません」

魔法使い「あんな調子で一体が何ができるのか…あの男に、実のある成果が挙げられるとは思えません…!」

魔法使い(人を、子供扱いして…!!)

黒猫「気持ちは分かるぞぉ。あいつめ、我輩に団子をくれなかったからな」

魔法使い「…」

魔法使い(良い気味だ。あの別れ道、片側からは不吉が漂っていた。今頃あの男は何かしらの災難にでも見舞われているだろう)

魔法使い(朝顔の奪還には、わたし一人で事足りる)

魔法使い「さあ、この方角が正しいのは間違いありません」

黒猫「さっきの強盗の行く先か。しかし、妙な強盗だな…」

魔法使い「ええ…。将軍が週に一度、屋敷の清掃を依託している掃除屋に…金品ではなく、そのノウハウと道具を脅し取るとは」

黒猫「目的はなんだ?」

魔法使い「十中八九、わたし達と同じでしょうね」

黒猫「将軍の屋敷に、忍び込む?」

魔法使い「ええ。だとすれば、あの賊は、お師匠様の言っていた″こちらを妨害する動きをする者″」

魔法使い「朝顔を狙う輩である可能性もあります。そうであるなら、こちらも容赦はしていられません」

魔法使い(…そう。あの男などいなくとも、やり遂げてみせる)

魔法使い「ん?…あれは」

黒猫「………古い、洋館か」


魔法使い「…あの、庭に置かれている滑車は!」

黒猫「布を被っているが…どうやら掃除屋の道具に間違い無さそうだな」

魔法使い「では、あれが彼らの拠点というわけですね」

黒猫「うむ…そのようだ」

魔法使い「さて…」

黒猫「どうするつもりだ?まさか館ごと吹っ飛ばすつもりじゃあるまいな?」

魔法使い「そんな無茶をする気はありませんよ。まずは、催眠魔法を館全体にかけます」

黒猫「かなり、広範囲だぞ」

魔法使い「わたしを、誰だとお思いですか?」

魔法使い「お師匠様の、一番弟子ですよ」

魔法使い(…見ていてください、お師匠様)

本日の投下はここまでです


ォォオオ…

魔法使い「日の光に煌めく風、香りを誘う精たちよ…」

魔法使い(まだだ…もう少し)

魔法使い「我ここに在り、寒き虚空を待ちわびて」

魔法使い(………今だ!)

魔法使い「舞い踊れ、眠りの風よ!」バッ!

ゴァァアアア…

ヒュンヒュンヒュン

魔法使い「…はあっ…はあっ…」

黒猫「ふむ。館全体に行き渡ったようだ」

魔法使い「…よし」ハァ ハァ

黒猫「だいぶ、消耗したか?」

魔法使い「まさか。…これしき問題ではありません」

魔法使い「さあ、行きましょう…!将軍の屋敷へ潜り込む手段が、あそこにあるはずです」


洋館
エントランス

ギィ…

魔法使い「…」ソッ

魔法使い(人影は、確認できない…しかしずいぶんと暗いな)

魔法使い「…」タッタッタッ

魔法使い(念には念を入れて探索しよう)

魔法使い(…それにしても、綺麗に使われている。野盗のアジトにされているとは、にわかには信じがたい)

魔法使い「…」ガチャ…

魔法使い(この部屋も…空?)

「おい」

魔法使い「!?」バッ

黒猫「そんなに驚かんでもいいだろ。2階を見てきたぞ」

魔法使い「そ、そうですか。ご苦労様です」ドキドキ

魔法使い「で、どうでした?奴らの頭が居れば、彼が情報を…」

黒猫「居ないぞ」

魔法使い「えっ」

黒猫「この館…誰も居ないぞ」

魔法使い「えっ」




魔法使い「えっ」


魔法使い「も…もしかして!」ダッ

黒猫「あ!おい!」

魔法使い「…っ」タッタッタッ

魔法使い(こちら側には…無人の館と求めた道具があった。ということは、あちら側の道に賊がいるということ…!?)

魔法使い(思ったより、あちら側の不吉が大きかった!)

魔法使い(気づけなかった…推し量れなかった…っ!)

魔法使い(館の規模から察するに、敵の数は思っていたよりも大人数だ。いくらあの男が腕が立つとはいえ…賊の全員と出くわしていたら!)


魔法使い「くっ…!!」タッタッタッ


林道

魔法使い「はあっはあっ!」

魔法使い(林を突っ切ってきたが、一体どこに…ん?)

魔法使い「…あれは!」



賊「…兄さん。こんな所でピクニックかい?」

盗賊「…」

賊2「…」ジャキ

賊3「王国の密偵か?」

賊4「さっきの掃除屋が数刻もしないうちに吐いたんだ…!」

賊5「いや…″向こう″が我々の動きに勘づいたのやもしれん」

賊6「たしかに、奴は侮れん…あの時もそうだった」

賊7「だが…!今回は足がついていないはずだ!あの別館のことも、奴は知らないはず!」

賊8「…」シャキン…

賊9「いずれにせよ…生きては帰してやれぬ」

賊10「まずは捕らえて、素性を…」


魔法使い「…!!」

魔法使い(遅かった…囲まれている!)


盗賊「………」

賊「おい。なんとか言ったらどうだい?」



魔法使い(あの距離では、相当な精度で魔法を撃たないと、確実に巻き込む…!)

魔法使い(それに…さっき魔力を使いすぎたせいで、今すぐ使える魔法は一度きり)

魔法使い(どうする………どうしよう)

魔法使い(わたしのせいだ…わたしが、不吉へ導いてしまったから…!)


盗賊「…ふう」

盗賊「ざっと十人強ってとこか?」

賊「なに?」

盗賊「………こりゃ、今回ばかりはどうにもなんねえ、か」

賊「ふん、悪あがきをしないのは殊勝な心掛けだな。おい、捕らえろ…」

盗賊「なーんて言ったら!」

賊「!?」

盗賊「助けてくれるのかな?」


魔法使い「!」

魔法使い(わ、わたしが居ることに気づいて…!?)


賊「まさか、仲間が!?」

ヒュッ

賊「ぐえあっ!?」ドゴォッ!


盗賊「余所見すんなよ!」


賊2「家令っ!」

賊3「こいつっ…!」シャキ…


盗賊「遅ぇっ!」バキィッ


賊3「かはっ!?」


魔法使い(…!囲みを突破した!)


賊6「野郎!」

賊7「できるぞ、気を付けろ!」

盗賊「へっ、大の男が雁首揃えてオタオタするなってんだ。こちとら野郎と遊ぶ趣味はねーんだよ!」スタッ

盗賊「特に、復讐しか頭にねえような、辛気くせえ面の連中とはなァ!」

賊10「!?」

賊9「…復讐?なんの話をしている?」

盗賊「すっとぼけるんじゃねーぜ。ボスが焼け死んだからって、逆恨みして殴り込みとはな」

盗賊「東区の貴族ってのも、主君冥利に尽きるなァ、オイ?」


賊4「こいつ…!何処で我らのことを?!」

盗賊「カマかけてみりゃ、これだ。ま、人を取り囲んで暢気にアレコレ話してりゃ嫌でも事情は察するけどよ」

盗賊「殺された主の仇討ちに、血判状書いて将軍家にかちこみかい?流行らねえんじゃねーの、今どき」

賊4「何ィ!?」

盗賊「それとも、″貴族の家臣″から、一気にゴロツキに転落した腹いせか?掃除道具ドロボウとは、随分チャチなマネするじゃねえか。涙ぐましいねえ」

賊5「貴様ぁッ!我らを愚弄するかァッ!」

盗賊「おまけに煽り耐性も無しときた。こりゃ将軍のとこに潜り込んだ所で、返り討ちがいいとこだぜ」

賊2「…忠告は聞き届けた。他に言い残すことはあるか?」ジャキ

賊8「…」ジリ…

盗賊「…おお、怖い怖い。…そうだな。もうひとつ言っておくとすれば--」


盗賊「時間稼ぎは、ここまでだ」



魔法使い「………雷雲の魔龍、その咆哮もて、怒りの雷を走らせよ!!」



カッ





,


賊(………うっ)

賊「うう…」

賊(なんだ、何が起こった…)


盗賊「……?…!」

魔法使い「……。…」


賊(こ、これは…!?)


盗賊「しっかし、ナイスタイミングだったぜ。俺たちの息も合ってきたってトコか?」

魔法使い「…」

盗賊「おいおい、まだ何か怒ってんのかよ?今度ばっかりは、怒ってもいいのは俺の方だと思うけどな?」

魔法使い「…!そ、それは」

盗賊「インチキ占いしやがって。ボインどころかガチムチしか居ねぇじゃねーか」

魔法使い「あ、あなたと言う人はそうやって…!」

賊「うぐっ…!」

盗賊「…お?目が覚めたか」ゲシッ

賊「ぐぅ…!貴様…っ」

盗賊「無駄な抵抗は止すんだな。あんたの身動きは封じてる。お仲間は漏れなくビリビリで気ぃ失ってる。分かるか?」

盗賊「あんたらは、ゲームオーバーさ」

賊「ば…バカな!貴様ァッ!何者だ!?将軍の手の者か!?」

盗賊「さてね?さしずめ、正義の味方ってとこか?」

魔法使い「あなたにソレが似合うと思っているのですか?」

盗賊「駄目かァ?」

魔法使い「駄目です」

賊「くっ…!!殺せ!!おめおめと生き残るつもりはないッ!!」

盗賊「野郎のくっころにゃ興味ねーよ」ゲシッ

賊「ぐえっ」

盗賊「いけそうか?魔法使い」

魔法使い「…ええ。大分魔力も戻りましたから」

魔法使い「幻夢の四界、汝視ゆる暗き福音」コォオオ…

,


賊「…」ボケー

魔法使い「これで、彼の表面的な意識は眠り、無意識に反応を示します。こちらの質問には、粗方答えてくれるでしょう」

盗賊「サンキュー。さて、もう大体察しはついてるが、一応聞いておこうか」

盗賊「あんたら、なんで将軍の屋敷に忍び込もうとしてた?」

賊「復讐だ。お館様を殺された」

魔法使い「お館様というのは、東区の貴族のことですね?先日あった火事は、将軍の仕業という事ですか?」

賊「ああ。火事にみせかけて、奴が仕組んだんだ。お館様が、あの魔剣を手にしようとした仕返しだ」

盗賊「魔剣、だと?」

魔法使い「そ、それは…朝顔のことですか!?」

賊「朝顔…?わからん。奴がいつも腰に帯びているあの恐ろしい魔剣だ」

盗賊「…間違いなさそうだな。詳しく話せ」

賊「…」

賊「ある貴族の舞踏会で、お館様も将軍も招かれ出席をしていた。ほどなくして、二つの家のいさかいが起こった」

賊「お互いの家の者が代表で出て、決闘をする… 。将軍が東区に官位を受けてから数年、お館様と将軍の間では幾度かあった決闘騒ぎだ。だが、その日は少し違った」

盗賊「…」

賊「お館様が決闘に賭けたのは、その日の非礼を詫びて見せるというものだったが…将軍には違ったものを賭けろと吹っ掛けた」

賊「腰の宝刀を、賭けろ…と」

魔法使い「!」


賊「決闘は翌日早朝行われることとなったが…その日の未明」

賊「お館様の自室のある建物から…不審な火の手が上がった。騒ぎになった時にはもう遅く…お館様は………」

賊「館の者に一人…不思議な青い煌めきを見た者がいた。その直後に火が起きたという現場を見たというのだ」

賊「それが、将軍の持つあの剣から仄かに放たれる、青い光と同じだったと…」

盗賊「………」

賊「あれは魔剣なのだ。呪われた力で火を呼ぶ魔剣…」

賊「あれに関わったが故に、手を出してしまったが故に、お館様は殺された」

賊「――あの、にっくき将軍に」



盗賊「………妙だ」

魔法使い「何がです?」

盗賊「いくら何でも、将軍もずいぶんな強硬手段を使ったもんだ。それなりに地位のある貴族だぞ。暗殺なんてやり方はリスクが高すぎる」

盗賊「今までだって、貴族とのいさかいはあったはずだが…記憶によれば、将軍の態度は一貫して冷静そのもの。適当にいなして事なきを得ていたはず」

盗賊「それが、これしきの事で、殺しとはな」

魔法使い「…将軍に何かがあったのでしょうか?」

盗賊「かもな。単純に堪忍袋の緒が切れたか…もしくは--」

盗賊「朝顔に手を出されたことが、相当気に食わなかった、ってところか」

魔法使い「朝顔が、将軍にとってそれだけ大事なもの、となると」

盗賊「ああ。俺たちの仕事の難易度も、跳ね上がってくるぜ」

魔法使い「…今さらですね。どうあれ、朝顔はわたし達が持ち帰ります」

盗賊「くっくっく。肝が座ってんな。しかし、こりゃ面白くなってきやがった」

盗賊「仕事ってのァ、こうでなくちゃいけねえ」ニィ


今回の投下はここまでです


遊び人の話から読み始めたけど面白かった
今回も期待している



が、蹴鞠唄でなく手鞠唄じゃないかな、と
蹴鞠はアレだ平安貴族がやってたリフティングみたいなヤツ

>>131
(゜ロ゜)

まあ、この世界では子供の一般的な遊びが蹴鞠ということでひとつ…

投下します

ーーーー
夕刻
ーーーー
将軍の屋敷


門番「…ん?」

ガラガラガラガラ…

掃除屋い「すまんねー、将軍様の屋敷はここかい?」

門番「何者だ?」

掃除屋い「北区掃除請け負いの者で。週のものの掃除に来やした。ホイこれ、契約書」

門番「…ふむ。本物のようだな」

掃除屋い「へえ、そりゃもう」

門番「しかし、見ない顔だな…?時間も、随分と遅いじゃないか?」

掃除屋ろ「いつもの者が病に臥せってしまいまして。おかげでこちらは人手不足、仕事も押しに押して、このような時間になった次第でして」

門番「そりゃ難儀だな。言われてみれば今日はたった三人きりか。あんたみたいな女手まで駆り出されて?」

掃除屋ろ「はい」

門番「その様子じゃ、今晩は泊まり掛けかね?」

掃除屋い「はあ、そうさせて頂くとこちらとしても助かるんですがね」

門番「うむ。致し方あるまい。しかし、将軍様もお忙しい身だぞ。一日予定がズレると不都合が生じることもあるのだ」

掃除屋ろ「申し訳ありません」

掃除屋は「………」

門番「待っていろ、今門を開ける」

ガコォ…ン


エントランス

家政婦長「あら、掃除の人?今日は遅かったわねぇ!」

掃除屋い「へえ、すいやせん」

門番「いつもの者が病気で倒れたそうだ」

家政婦長「あらー!大丈夫なの?」

掃除屋い「ま、こればっかりはよく寝て薬を飲んでもらうしかありゃしませんから」

掃除屋ろ「こちらのお屋敷の担当は不馴れなもので、段取りは聞いてきてはいるのですが、何かと聞かせていただくかと思うので、平にご容赦を」

家政婦長「それは構わないけどねぇ、心配だねぇ…。三人だけじゃあ、仕事も大変だろうに」

掃除屋い「お気遣いなく、お願ぇします。ただ、一泊お部屋だけ貸して頂きたいんですが」

家政婦長「そうだね、今日はもう日も暮れるし、泊まりだね。部屋は用意しておくよ」

掃除屋い「かたじけねぇです。それじゃ、将軍様のお邪魔になっちゃいけねえ。早速仕事に取りかからせて頂きやす」

家政婦長「はいな。よろしくお願いします」

掃除屋は「………」

家政婦長(見たことない人ばっかり…。案外、大所帯だったんだねぇ)


掃除屋い「時に、婦長さん」

家政婦長「はいはい?」

掃除屋い「あたくし共で触っちゃいけねえ物があるって話は聞いてまして。将軍様がお気に入りの絵だとか、お高い置物があるとか」

家政婦長「あーそうね!あたしらの方でやってる物だね」

掃除屋い「他にも、何か入っちゃいけねえ部屋なんかもあるんでしょうかね。例えば--」

掃除屋い「″将軍様の大事な物″をしまいこんでるお部屋だったり、とかねぇ…」

掃除屋ろ「…」

家政婦長「ああ、そうねえ。じゃ、先にそっちを案内しちゃいましょうかね!」

掃除屋い「お手数おかけしますねぇ…」

家政婦長「あたしらでも滅多に入らないお部屋で、将軍様はよく出入りするお部屋があってねぇ。地下にあるんだよ」

掃除屋い「ほう、地下に…」

家政婦長「じゃ、ちょっとついて来とくれ」


掃除屋い(へへ、こりゃあいきなり朝顔の在り処を引き当てたかあ?)

掃除屋ろ(こうも上手くいくとは…掃除屋や賊からの情報があったにせよ、少し怖くもなりますね)

メイド「あっ、婦長さん」

家政婦長「ああメイドちゃん、庭の手入れ終わったかい?」

メイド「はい。あの、そちらいつもの業者の方ですか…?」

家政婦長「そう、だけど今日はいつもと違う人。何か聞かれたら色々教えてあげてね。あ、こちらウチのメイドちゃん」

掃除屋い「…どーもどーも」

メイド「…ふふ。よろしくお願いしますね」

掃除屋い「…へへ。そりゃもう」

家政婦長「じゃ、広間の方の夕食の準備お願いね。そろそろ将軍様もお帰りになるから」

メイド「分かりました」スタスタ

掃除屋い「…」

家政婦長「将軍様はちょっと気難しい方でね、ウチの家政婦は私ら二人だけなのよ。もう手が足りなくって」

掃除屋い「それはそれは」

家政婦長「それで、おたくにお掃除はお願いしてるんだけどね。あのメイドちゃんも新人で、前の子が帰郷しちゃって…っと、そんな話をしてるうちに着いたわ」

掃除屋ろ「…」

掃除屋い「ここが?」

家政婦長「ええ。この鉄の扉の部屋は、掃除に立ち入らなくて大丈夫。と言っても入れないんだけどねえ」

掃除屋い「あ、そうですか。入れないんですねぇ」

家政婦長「そうそう、魔法の鍵が掛かっててね。屋敷の者もあまり立ち入れないのよ」

掃除屋い「ははあ。そりゃ、また大事な物をしまわれてるんでしょうなァ」

家政婦長「ふっふっふっ。ここだけの話…」

家政婦長「将軍様の大事な″御剣(みつるぎ)″の置き場所なのよぉ!」


掃除屋ろ「!」

掃除屋い「…″御剣″ってぇと、あの噂に聞く?」

家政婦長「そう!あの魔王軍大進行の時に将軍様が振り回して、バッタバッタ敵を凪ぎ倒したっていう、アレよアレ!」

掃除屋い「へえ、よく英雄物語に出てくる、あれですかい!まさか、こんな身近にそんなものがあるたァ」チラ

掃除屋ろ「…」コク

掃除屋い「--ひと目見れたら、息子にもいい土産話になるんですがねえ?」

家政婦長「それは駄目ね。そんな事しようものなら私はクビ、あなたたちは契約解消。それで済めばいいくらいで、下手すれば一息にズバッ!なんてこともあるかもしれないわよォ」

掃除屋ろ「…」

家政婦長「それに、今は将軍様が持ってらっしゃるから、ここに置かれるのはお帰りになってからだねぇ」

掃除屋い「そうですか、そりゃ残念。んじゃあまァ、近づかないように気を付けまさぁ」

家政婦長「それが賢明ね!さて…」

「そこで何をしている!?」


家政婦長「あら、武官様」

武官「婦長、その者達は何者だ!?」

家政婦長「何者って、いつもの業者さんですよ、清掃の」

武官「そんなことは見れば分かる!いつもと人が違うではないか?どうなっている!」

掃除屋ろ(…!)

掃除屋い「…」

家政婦長「いえ、いつもの方が病に倒れたそうで…」

武官「病だぁ?」ジロ…

掃除屋い「へえ、ご迷惑おかけしてすみません」

武官「また、全員が全員見慣れない顔のようだが…?」

掃除屋い「流行りのものに、次々倒れちまいまして。馴れない担当なもので、婦長さんにこうして、案内をして頂いてる次第で」

掃除屋ろ「こ、こちらのお屋敷の担当は不馴れなもんで、段取りは聞いてきてはいるのですが、何かと聞かせていただくかと思うので、ヒラニゴヨウシャヲ」ドキドキ

武官「…んん?」ジロリ

掃除屋は「………」

武官「貴様…」

掃除屋は「………何か?」

武官「どこの生まれか?珍しい、黒い肌をしているではないか」

掃除屋は「…」

掃除屋い(ちっ、面倒な。こりゃやべえか…?)


掃除屋は「…北方の生まれだ」

武官「北方?連合の土地か?」

掃除屋は「…そちらの方だ」

武官「あの掃除屋が、そのような素性の人間を雇うとは思えぬが?」

掃除屋は「…」

掃除屋い「へへ、すいやせん、旦那」ズイ

掃除屋い「旦那の仰る通り、コイツァ王国の人間じゃなくてですね。いやはやお恥ずかしい、礼儀もいまだにままならんときてる」

掃除屋い「武官様ならご存知かと思いますが、ウチが店を構える北区も、北方からの流民の問題の煽りを受けてましてねえ」

掃除屋い「ウチも将軍様から依頼を頂けるほどには老舗でやらせて貰っちゃいますが、時代が変わればそれに合わせにゃ、あたしらみたいな小さな掃除屋はやっていけませんで」

掃除屋い「加えて社長があの、人情だけが取り柄みたいな人柄ですから、町にあぶれていたコイツを放っておけず、てわけでしてねえ」

武官「…つまり、流民共に情けをかけて雇ったというわけか?」

掃除屋い「へえ。北区もコイツみたいな流民のおかげで近頃住みづらくなってまいまりした。将軍様や、武官様の治める東区の方に、店を構え直そうかと思案もしてる所でして」

武官「妥当だな。…だが、いくら長い付き合いとはいえ、貴様らのような不馴れな者たちを寄越すような商売をしているとあらば、貴様の店とも契約も考えさねばなるまい」

掃除屋い「この度は、このような失礼をお許し下せえ…」

武官「忘れるな。貴様らを雇うはこの国の英雄たる将軍様だ。帰ったらあの男によく言っておけ!」

掃除屋い「ははーっ…」

家政婦長「武官様、何もそこまで言わなくても…」

武官「お前もだぞ!婦長!」

家政婦長「ひっ」

武官「この部屋は部外者を易々と近づけてよい部屋ではない!!」

家政婦長「も、申し訳ありません…」

武官「仕事に戻れ!」ツカツカ


掃除屋ろ「…」ドキドキドキドキ

家政婦長「あーやだやだ。最近ピリピリしちゃってまあ」

掃除屋い「すいやせん、婦長さん。あっしらのせいでとばっちりを…」

家政婦長「気にしないで頂戴!このところずーっとあの調子なの、あの人。ちょっと神経過敏っていうか、ねえ」

家政婦長「気を取り直して、次の部屋に…」


メイド「婦長さーん!すみません、ちょっと手を貸していただけませんかー?」


家政婦長「あら、メイドちゃんどうしたのかしら。ちょっとここで待っててね!」

掃除屋い「へい」

家政婦長「はーい!今行くよー!」タッタッタッ


掃除屋い「…」

掃除屋ろ「…」

掃除屋は「…」


「「「ぶはぁ…」」」グッタリ



掃除屋い「ったく、寿命が縮まるぜぇ…」

掃除屋ろ「…も、もう駄目かと思いました。よくもまあ、あそこまで口からでまかせが出るものですね」

掃除屋い「ああ。正味一週間分ぐらいはデマ吹いたな」

掃除屋は「…それで、お前の減らず口も少しは減るとよいが」

掃除屋い「じゃかーしいんだよ!つうかお前はもうちょっと何とかなんねーのか!?真面目にやってんのかよ!?」

掃除屋は「真面目にやっているぞ。我輩は、嘘はついていない」

掃除屋い「あのなァ…。ていうかよ、いくら見ても見慣れねえな。コイツのこの姿」

掃除屋ろ「わたしの魔法で、適当な成人男性の姿にしましたが」

掃除屋は「うむ。快適だぞ」

掃除屋い「…薄気味わりぃぜ。化け猫が、さらに化けたって感じだな」

掃除屋は「失敬な。この姿は、わりと我輩の元々の姿にかなり近い」

掃除屋い「お前の元々の姿だぁ?」

掃除屋ろ「しっ!婦長が戻ってきます!」



家政婦長「ごめーん!お待たせ!」

掃除屋い「いえいえ。待ったなんてこたぁございやせん。ちょいと、通路の掃除を進めさせて頂いてやしたから」

家政婦長「あらぁ、仕事熱心ね!」

掃除屋ろ(この男、有る事無い事ペラペラと…)

家政婦長「それじゃ、次は展示室よ。こっちは掃除には入ってもらうけど、触らないで欲しいものがあるから、部屋の方で説明するわね」

掃除屋い「よろしくお願ぇします」


展示室

ガチャ…

家政婦長「さ、入って頂戴」

掃除屋い「へえ」

家政婦長「まずはこの壺。高~いもんだから、間違っても割らないようにお願いしますね」

家政婦長「あたしらやあんた方みたいな人間の給料じゃ、弁償に何十年もかかるような代物だからねぇ」

掃除屋い「肝に命じておきやす」

家政婦長「あと、こっちに何枚もある大きな絵。この辺は将軍様がたいそう大事になさってるものだから、これも注意してくださいねぇ」

掃除屋い「はあ、そうですかい…ん?」

掃除屋ろ「…!!」

掃除屋は(………)

家政婦長「あとはこの女神像なんかも気を付けてもらって…ん?」

掃除屋い「…」

掃除屋ろ「…」

家政婦長「どうかしたかい?…ああ、その絵?」

家政婦長「そりゃあね、将軍様が有名な絵師を捕まえては屋敷に呼んで描かせていたもんでねえ」

家政婦長「若い頃から、長年ずーっとそんなことをしてなさるんだよ。いつも描かせるのは、その少女の絵でね」

家政婦長「今じゃその娘の絵で、部屋の壁が埋まっちまったってわけさ」

掃除屋い「…そうですかい」

家政婦長「…綺麗な娘さんだよねえ。ちょっと可笑しな格好してるけどね。どれも、少しだけ微笑んで、綺麗な朝顔の花と一緒に書かれていてねぇ、可憐よねぇ…」

掃除屋ろ「………」

掃除屋ろ(どうして…)



掃除屋ろ(どうして、お師匠様の絵が、ここに)


今日はここまでです


掃除屋い「………よっぽど、思い入れがあるんでしょうな」

家政婦長「…この絵の娘さんはね…」

家政婦長「将軍様の想い人なんだよ」

掃除屋ろ「………っ」

家政婦長「若い頃…将軍様がまだ、その名を知られない一兵卒だった頃にね。城下町の外れの森で、その娘と出会ったんだそうだ」

掃除屋い「…」

家政婦長「将軍様は、その娘に惹かれていき、足しげくその森に何度も足を運んでね」

家政婦長「娘はね、将軍様にとても素っ気なかったそうなんだけど…いつしか、将軍様にとって、大事な人になっていた」

家政婦長「戦いを忘れ、その森に娘といる時こそが至福の時で、人生の喜びだったんだそうだ」

家政婦長「でもね…想いは実らなかった」

家政婦長「ある日を境に、娘は霧のようにいなくなってしまった。どんなに探してもその娘が見つかることはなかった」

家政婦長「将軍様は…悲しみに暮れた。何度も何度も、祈りを捧げ、名前を呼び--」

家政婦長「でも………娘が姿を現すことはなかった」


家政婦長「…それ以来、将軍様はその痛みを振り払うように剣を降った。何もできない自分に罰を与えるように、戦いに身を投じていった」

家政婦長「気づけば、英雄なんて呼ばれていたんだそうだよ」

家政婦長「こんなお屋敷を構えるようになってからも、随分人に探させていてね。…あのお方にとって、よほどかけがえのない人なんだろう」

家政婦長「妻もめとらず、こうして屋敷に最低限の者だけを住まわせて…この娘の絵を何度も何度も描かせて、そうして過ごしていらっしゃるんだ」

家政婦長「何十年も経った今でも、ね」


掃除屋ろ「………」

掃除屋い「…鏡に映った花や、水に映った月は…手にできやしません」

掃除屋い「目に見えているのに、触れることは叶わない。そんなにももどかしいこたァ他にないでしょう」

掃除屋い「将軍様は、遠い夢を、見た。…そういうことでしょう」

家政婦長「鏡花水月のごとし、か」

家政婦長「…確かに、夢と思えなきゃやりきれない、話よねぇ」

家政婦長「でも…だとしたら、将軍様は今でも、その夢を見ていらっしゃるんだろう、ね」

掃除屋ろ「………」


家政婦長「長々と、変な話しちまったね!あたしってば話したがりで嫌んなっちゃうよぉ、全く!」

家政婦長「将軍様ともお付き合いが長くってね。いつまでもお若い方だけど、先々どうなさるおつもりなんだろうなんて、いらぬお世話を焼いちゃうのよねぇ~」

家政婦長「それじゃ、説明はこんな所かしら!」

掃除屋い「ありがとうごぜぇます」

家政婦長「今日はもう日も暮れるし、終わらない分は、明日に回してちょうだいね!」

掃除屋い「へい」

家政婦長「何かあったら、いつでも呼んで貰ってかまわないから!」スタスタ

ガチャ…バタン

掃除屋ろ「………」

掃除屋い「おい…」

掃除屋ろ「………」

掃除屋い「おい、魔法使い!」

掃除屋ろ「あっ、は、はい」

掃除屋い「何ボーッとしてんだ?」

掃除屋ろ「いえ…何でもありません」

掃除屋い「…将軍とあのロリババアの間に何があったにせよ、俺たちのやることは変わらねえぜ?」

掃除屋ろ「…分かっています。朝顔は、必ず奪い返します」

掃除屋ろ「太陽の結晶たる朝顔は、夜の写し身たるお師匠様の元へ。そうであるべき…なのですから」

掃除屋い「まぁ…婦長の話が本当なんだとしたら、その間柄の将軍と魔女がどう転んで…」

掃除屋い「朝顔を奪い合うことになったのか。…気になるところではあるけどな」

掃除屋は「…」


掃除屋い「じきに日が暮れる。そうすりゃ見回りの兵なんかも、うろつき出すだろう」

掃除屋い「俺たちがやるべきことは、この屋敷の警備状況の確認。賊から聞き出した情報があるから、それを元にやるぜ」

掃除屋い「魔法使い。お前は魔法感知の結界装置を探してくれ。場所を確認するだけでいい」

掃除屋ろ「分かりました。掃除をしているふりをして、ですね」

掃除屋い「ああ。話しかけられたら教えた定型文でなんとかしろ…しかしまあ、あんまり繰り返すなよな、不審だから。魔法の呪文じゃねえんだ」

掃除屋ろ「なっ、心得てます…!あなたこそ、芝居が少々臭すぎるのでは?」

掃除屋い「なにぃっ?完璧だろうが!」

掃除屋ろ「わざとらし過ぎます。何が″息子への土産話″ですか。どこからどう見てもあなたは所帯持ちには見えません」

掃除屋い「んだとォ!?」

掃除屋ろ「せいぜいボロを出さないよう、気を付けることです」

掃除屋い「ちっ、大根役者に言われたかねぇや」

掃除屋ろ「何ですって!?」

掃除屋は「盗賊盗賊。我輩は?我輩にも何かやらせろ」ワクワク

掃除屋い「ん、ああお前はそうだな。見回りの巡回経路の割り出しを…」


家政婦長「ちょっと、あんたたちー!」ガチャン!

掃除屋ろ「ひょえ!」

掃除屋い「どうしやしたか?」ゲシッ

掃除屋ろ(痛っ!)

家政婦長「将軍様がお帰りになるよ!お出迎えに出て頂戴な」

掃除屋い「へえ、そりゃ喜んで」

家政婦長「一応ね、いつも掃除屋さんにはお出迎えに顔を出してもらってるから。さっ、こっち」スタスタ

掃除屋い「願ってもないでさぁ」スタスタ

掃除屋ろ「…蹴りましたね!今あなた、わたしを蹴りましたね!!」ヒソヒソ

掃除屋い「お前が妙な声出すからだろうが!」ヒソヒソ

メイド「婦長さん!」スタスタ

家政婦長「あ、メイドちゃん。広間の準備終わった?」

メイド「はい」

ギィィィ…


将軍「…」


家政婦長「…」ペコ

メイド「…」ペコ

掃除屋い(ほお、あれが…)

掃除屋ろ(………)

掃除屋い(腰に差してるのが朝顔、か。…ん?)

掃除屋い(何だ?何か、違和感が…)



執事「お帰りなさいませ」

将軍「ああ」

武官「いかがでしたか、議会は」

将軍「相変わらずだ。魔王軍への対応は後手に回っている。唯一の救いは、勇者が順調に旅を進めているくらいか」

武官「…東の共同体の者たちについては?」

将軍「今、国に東方に目を向けている余裕はない。貴族共も変わらず…」


掃除屋い(地下に入っていく、か。剣はやはりあそこに…)

掃除屋ろ「…」

掃除屋ろ(あの男が…)

ーーーー
深夜
ーーーー
客室



魔法使い(…)

魔法使い(窓の外は、黒い雲、か。一雨来るだろうか)

魔法使い(そうすれば、青霧の森ではフクロウも飛ぶな…)

魔法使い(………わたしは、何をしているのだろうか)

魔法使い(将軍とお師匠様の事…わたしは何も知らない。…何も、知らされていなかった)

魔法使い(朝顔は、卑劣にも将軍がお師匠様から奪い去った物。そのはずだった。でも…)

魔法使い(いや。いずれにせよ、朝顔はお師匠様の元に取り戻す必要があるのだ。それが、あるべき姿なのだから)

魔法使い(そう、教えられてきたのだから…)

―――魔女「お前は未熟じゃな」

魔法使い(…っ)

―――魔女「…おぬしのその未熟さが、何なのか。それが分からぬうちは――」

魔法使い(わたしの、何が未熟か…?)


盗賊「おい、そろそろやるぞ」

魔法使い「…はい」

黒猫「腕が鳴るな」

盗賊「手順の最終確認だ」


魔法使い(もし、この男がいなかったら、ここまでわたしはたどり着いていたろうか…)

魔法使い(わたしは…)


今夜はここまでです


盗賊「朝顔のある地下の部屋に入るためには、魔法の鍵がかかった鉄の扉を突破する必要がある」

盗賊「…結論から言えば、この鍵を手にいれるのは諦める」

盗賊「情報によればこの鍵は将軍の自室にあるって話だが、ここにはなるべく近寄らない。なんつっても相手はあの将軍だ。間違っても戦闘になるような事は避けたい」

盗賊「魔法使いの魔法で確実に眠らせようにも、屋敷に張られた結界の中でいきなり魔法を使えば、警報が鳴って屋敷中が大騒ぎって有り様だ」

盗賊「さすがに、武闘派の将軍家をまるまる相手にする度胸は、俺にもないんでな」

黒猫「どうするのだ?」

盗賊「まずは結界を破る。魔法使いが調べた結界装置の場所まで行き、俺が装置を解体する」

盗賊「そうしたら、いよいよ魔法使いの眠りの魔法を、屋敷全体にかける」

魔法使い「…お安い御用です」

盗賊「お前、今朝から魔法ぶっ放し続けてるが…なんつーか、底無しに使えるもんなのか?」

魔法使い「…この程度、許容範囲内です」

黒猫「…」

盗賊「そうかい。そんじゃま、ありがたくその恩恵を受けようじゃないか」


盗賊「眠りの魔法がかかっても、将軍の部屋には行かず、直接鉄の扉に向かう。魔法はあくまで念のための保険だ」

盗賊「魔法の鍵のやり様だが…魔法使いに魔法の封印を解いてもらう。これが可能って前提の作戦だが」

魔法使い「確認済みです。あの魔法の封印は、かかっている魔力と同等の負荷をかければ解くことができるはずです」

魔法使い「ただ、解くことができるのは魔法のみで、錠前を外すことはわたしには出来ません」

盗賊「そいつは俺の専売特許さ。鍵穴は俺が開ける。…ここまでが上手く行けば、めでたく朝顔を入手ってことになる」

盗賊「あとは、裏口から屋敷の裏手に出て、魔法で魔女の家に戻る」

黒猫「ちょっと待て。我輩の出番がないではないか?」

盗賊「心配すんな。お前にゃ奥の手として色々働いて貰うさ」

黒猫「…まあいいだろう」

盗賊「よし、んじゃあ行くぞ」

魔法使い「…」

盗賊「…おい、魔法使い?」

魔法使い「…え、ええ。行きましょう」

盗賊「…」


廊下

盗賊「見回りの順路から行くと…そこの角を曲がった先の部屋にはこの時間人が離れている」

魔法使い「…そこに、結界装置もあります」

盗賊「ああ。このままそいつを俺が解体して…」

盗賊「ん?」



「武官様、何もこんな夜更けまで…」

武官「夜更けだからこそ、であろう。わしが立つと言っているのだ」

「しかし…」

武官「いいか。今は、微妙な時期なのだ。…貴族の件もある。万が一があってからでは遅い」?

武官「それに、今夜は見慣れぬ者達も屋敷に泊まっておるのだ。とにかく、ここはわしが見ておる。お前たちは他を回っていろ」

「はっ…」スタスタ


盗賊「ちぃ…っ。厄介なのが居やがるぜ」

黒猫「ふーむ。しつこい奴だのう」

盗賊「流石に将軍家か。すんなりとは行かねぇな。あいつをどうにかしないと、装置に辿り着けねぇ」

魔法使い「…どうするのです?」

盗賊「早速、奥の手だな、こりゃ」チラ

黒猫「うぬ?」


コソッ…

武官「…」

コソッコソッ…

武官(…!)

武官「何奴!?」

ササササ…!

武官(くせ者か…っ?いや、この気配)

武官(何にせよ、突き止めておくべきだな)

武官「待て!」タッタッタッ


盗賊「…行ったか」

魔法使い「…奥の手って」コソ…

魔法使い「猫さんの囮作戦ですか…?」ジト

盗賊「ああ。猫ってのも、たまには役に立つぜ」

魔法使い「まったく…大丈夫でしょうか、猫さん」

盗賊「安心しろ、あいつは逃げ足だけは一丁前だ。さて、と。お仕事お仕事」

ギィ…

盗賊「魔法使い。明かり、頼む」

魔法使い「はい」

盗賊「………ん?どうした」

魔法使い(あ、あれ…?)

ポウ…

盗賊「お、ついたか。やっぱり、こんくらいの魔法なら感知できねえんだな、こいつも」

盗賊「賊からの情報がなきゃ、この装置もやりようが無かったぜ。おい、こっちの手元、照らしてくれ」

魔法使い「…はい」

盗賊「さーて、ちゃちゃっと済ますか」


カチャカチャ…

魔法使い「…」

魔法使い「″黒猫使いの、運び屋″」

盗賊「…その呼び名、やめろっつの」

魔法使い「わたしは、未熟でしょうか?」

盗賊「あん?」

魔法使い「…お師匠様はわたしを、未熟者、と言います。どんなに知識を増やしても…魔法を使えるようになろうとも」

盗賊「…なんだい、藪から棒に」

魔法使い「なぜ、お師匠様は…」

魔法使い(…なぜ?)

魔法使い(ふふ。本当は分かっている。わたしのしていてことは…結局一人で空回りしていただけだ)

魔法使い(その間も、この男は淡々とピースを集めていた。この、将軍家に挑むための)

魔法使い(お師匠様が…わたしではなく、この男に依頼をしたのは道理だ。それを、わたしは………)

魔法使い(わたしには、力がなかったのだ。…それだけの、こと)


魔法使い「…わたしは、足手まといでしたか」

盗賊「…そんなことはねーよ。お前がいなきゃ、ここまで上手く事を運べなかった。年の割りに立派にやってるぜ」

盗賊「むしろ、俺とお前が組めば盗めないもんはないと思うね。どうだい、この仕事が終わったらウチで雇われないか?」

魔法使い「…どこまで本気か分からない人ですね、あなたは」

盗賊「よく言われるよ」

カチャカチャ…

魔法使い「…」

魔法使い「今までの非礼を、お許しください」

盗賊「…ぅえっ?」

魔法使い「足を引っ張ってしまった分は、わたし自身で取り戻します」

魔法使い「そうして朝顔を取り戻した時…きっと、お師匠様も一人前と認めて下さるはずですから」

盗賊「…」

盗賊「あんたは、なんで朝顔を取り戻そうとしてる?」

魔法使い「え?」


盗賊「あのロリババアに、そう言われたからか?」

盗賊「太陽のナンチャラが、夜のナントカの元にあるべき、とか言う建前のためか?」

魔法使い「わたしは…」

盗賊「あんた自身が、どうしたいと思ってるんだ?」

魔法使い(…わたし自身が、どうしたいか…?)

盗賊「お師匠様が、使命が、俺が…。そんな、誰かのせいにするばかりじゃなくってよ」

盗賊「あんたの心が命じる、あんた自身の言葉を、聞かせてやれよ」

魔法使い「………」

盗賊「あの、ひねくれロリババアに、よ」


カチャカチャ…パキンッ

ガチャガチャ…


盗賊「おーっし、ビンゴだ」

魔法使い(…この男は…どうしてこうも)

盗賊「こっちは片付いたぜ」

魔法使い「…はい。次はわたしの番ですね」

盗賊「ああ、頼む」

魔法使い「心得ました」

魔法使い(…)


魔法使い「…日の光に煌めく風、香りを誘う精たちよ…」

コオオオオオォ…







盗賊「…しっかしたまげたぜ。本当に見張り連中まで眠りこんじまってやがる」

魔法使い「…」

魔法使い(…少し、消耗が激しい)

魔法使い(視界が、かすむ…。いや、これしきでフラついている場合ではない)

盗賊「なあ、俺は眠らずに済んだのは、なんでなんだ?」

魔法使い「あなたは…その装置の魔石に触れていたでしょう。だからです」

盗賊「なーる」

魔法使い「…それよりも。鉄の扉です」

盗賊「おっと、到着か。んじゃまずはあんたに封印を解いて貰わねーとな」

魔法使い「分かっています」

魔法使い(この状態で、できるだろうか…いや、やるしかないのだ)

魔法使い(それが、わたしの、成すべきこと)

魔法使い(成すべき…)

盗賊「…」

盗賊「それじゃその間、俺は念のため向こうの方を見張ってる」

魔法使い「そう、時間はかかりませんよ」

盗賊「そうかい。ま、終わったら声をかけてくれ」スタスタ


盗賊「…大丈夫かね、ありゃ」


階段下


盗賊「…」

盗賊「…」

盗賊「時間かかってやがるな、魔法使いのやつ」

コツ…コツ…

盗賊「!?」

盗賊(足音…。誰だ?魔法がかからなかった奴が--)

コツ…コツ…

盗賊(…ちっ。やるしかねえな。降りてきた所を、一撃で…)

コツ…コツ

ピタッ…

メイド「…」


盗賊(こいつ…)

メイド「いるんだろう、坊?」

盗賊「…!!」

メイド「返事をしてくれなきゃ、わからないよ。キミは気配の消し方が上手いんだ」

盗賊「…」

盗賊「懐かしい呼び方、してくれるじゃねぇか」


メイド「久しぶり…って程でもないかな。ムラサキの一件以来だね」

盗賊「…」

メイド「キミも…朝顔狙いかい?」

盗賊「………ああ」

メイド「魔女が、誰かに助力を求めたらしいとは聞いていたが…キミだったとはね」

メイド「ボクらは、つくづく縁がある」

盗賊「嬉しくはねえぜ」

メイド「冷たいじゃないか」

メイド「それに、ずいぶん可愛い人を連れてる。妬けるよ」

盗賊「…馬鹿言ってんじゃねーよ」

メイド「彼女が優秀な魔法の使い手となれば、尚更だ。魔法の鍵を外すことができるほどの、ね」

盗賊「…」

メイド「ボクが、朝顔を手に入れるために、どれだけ時間と手間をかけて、こうして屋敷に潜り込んだか、分かっているのかい?」

メイド「将軍や家来の用心深さを掻い潜りながら、虎視眈々と、あの魔法の鍵を狙っていたと言うのに」

盗賊「…やっぱりお前らが、魔女を妨害してた連中だったわけか」

盗賊「つくづく、強欲だぜ」

メイド「強欲とは心外だな。聞かされてないのかな?朝顔は、″太陽の結晶″と言われる剣なんだよ。つまり--」

メイド「月の結晶たる、″盾″と対をなすモノだ」

盗賊「…!」

メイド「朝顔は、″盾″を打ち破る力を、秘めているんだよ」

盗賊「………」

メイド「分かったら、朝顔を僕らに渡してくれるかい?」

盗賊「…嫌だね」

メイド「…やれやれ。キミという奴は」

盗賊「俺には、もう関係のないことだ」

盗賊「お前らも…あの町も」


メイド「…そう。仕方ない、か」

盗賊「…」チャキ

メイド「よしておくれ。キミとやり合うつもりは、ないんだよ。前にも言ったけれどね」

メイド「同郷同士が殺し会うなんて、悲しいだろう?」

盗賊「だったら、どうする。朝顔を諦めるとでも言うつもりかよ?」

メイド「ま、それも悪くないよ」

盗賊「何だと?」

メイド「今回は、ね。キミに譲るさ」

盗賊「…何、考えていやがる」

メイド「ふふ、関係ないんだろう?キミには」

盗賊「…けっ」

メイド「キミたちで…魔女と将軍の長い長いお伽噺に、終止符を打ってやるといい」

盗賊「んなことまで知ってんのかよ」

メイド「婦長さん、おしゃべりだからねえ」クスクス

メイド「それじゃあね…」

盗賊「…」

盗賊「おい…!」

メイド「…なんだい」

盗賊「………いや」

メイド「坊…」

メイド「最後に、いいことを教えてあげる」

メイド「朝顔の花の、花言葉はね…」


魔法使い「…はあ、はあ」

魔法使い(何とか、封印は解けた)

魔法使い(こんなに、魔力を使ったのは初めてだ…が、朝顔はもう、目の前)

魔法使い「″黒猫使いの、運び屋″…」フラ…

盗賊「…」

魔法使い「?…どうしたのです」

盗賊「…終わったのか?」

魔法使い「ええ、こちらは。…何か、あったのですか?」

盗賊「いんや。次は、俺の番だな。ここを頼むぜ」スタスタ

魔法使い「は、はい…」

魔法使い(気のせい、だろうか。雰囲気が、少し…)

魔法使い(…何か、あった?この短時間に)

魔法使い(…)

魔法使い「っ!な、なぜわたしがあの男の心配などして…!」

魔法使い(た、体調が悪いせいだ、これは…)

魔法使い「………」

魔法使い「わたしの心の命じる、わたし自身の言葉、か」

魔法使い「…」


魔法使い(わたしは、朝顔を取り戻して、そして…)

魔法使い(お師匠様に、一人前と認められたい)

魔法使い(ずっと…ずっとわたしはその一心だった。だから、厳しくされても付いてきた。魔道を教わり、魔法を使えるようになった)

魔法使い(野盗から救ってくれたあの日から、お師匠様がわたしの全てだった)

魔法使い(憧れた。あんな風に、なりたかった。お師匠様に認めて欲しかった)

魔法使い(そう、わたしは、ただ…認められたくてここにいる)

魔法使い(認められたい…か。はは…なんだ。偉そうな事を言って――)

魔法使い( 一番我欲にまみれていたのは…わたしだったのか)



盗賊「おーい、魔法使い!もういいぜ!」

魔法使い「ひゃ、ひゃい!!」

盗賊「…?」

魔法使い「は…早かったですね」スタスタ

盗賊「ああ。魔法の封印がなけりゃただの錠前さ」

タタタタ…

黒猫「…ふう、丁度良かったようだな」

魔法使い「猫さん!」

盗賊「よお。奴さんは夢の中か?」

黒猫「さあな。途中まで引き付けて、あとは完全に撒いてきたからな」

盗賊「ま、いいさ。さーて、お宝とご対面と行きますか」

ガチャ…ギィイ…


本日は、ここまでです


盗賊「…」

魔法使い「…」

黒猫「…」

魔法使い「…これが、朝顔」

魔法使い(………″月明かりの夜に、魔女は現れる。星の風にのり、永久を生き、命の神秘を説かん″)

魔法使い(″その腕に…青き光を纏う太陽の剣を、抱きて″…)

盗賊「…偽物ってこたァねーだろうな」

魔法使い「青き、光を纏う…太陽の剣」

盗賊「あん?」

魔法使い「間違い、ありません。伝承の通りです」

盗賊「ほお。ま、ソッチに関しちゃ素人の俺でも分かる。なんだか知らねえが、すげえ力が、この剣から溢れ出てる」

黒猫「うむ。これが、太陽のつるぎだな」

盗賊「…太陽のつるぎ、ねえ」

魔法使い「この青い輝き…。これが、朝顔」

盗賊「なんだ?あんたは見たこと無かったのかい?」

魔法使い「…わたしが弟子になった頃にはもう、お師匠様の手元にはありませんでしたから」

盗賊「まあ、そうか。コイツで魔王軍の進行を食い止めたってんだからな。あの戦争は、もう二十年も前…」

盗賊(…!)

盗賊「あの将軍の様子と…この魔剣…もしかして」


魔法使い「…これ…」ペラッ…

黒猫「ん?何を見ているのだ?」

魔法使い「お、おそらく…ここに置いてある書物は、将軍の手記です」

盗賊「手記?」

魔法使い「ええ…しかし。ここ、日付を見てください」

盗賊「王朝歴…406年!?」

盗賊「これ、八十年も前の日付じゃねえか!」

魔法使い「しかし……このサインは間違いなく将軍の名前…」

盗賊「…そうか。そういうことか」

盗賊「ようやく分かったぜ、違和感の正体が」

魔法使い「違和感?」

盗賊「ああ。将軍の見かけさ。今の将軍が、お前にはいくつに見える?」

魔法使い「…五十前後くらいでしょうか。老いは見受けられましたが、武人としてその所作には洗練されたものを感じました」

盗賊「そうだ。奴の見た目は明らかにそれ位の中年さ」

盗賊「が、魔王軍撃退が二十年前…ということは、奴は当時三十歳かそこらだった、てことになる」

盗賊「しかし、俺の記憶が正しければ、奴はその時すでに千人長…軍部でもそれなりの地位まで成り上がっていたはずだ」

黒猫「不可能ではない…が、少々無理がある、ということか」

盗賊「ああ。そして婦長の″将軍はいつまでも若い″という言葉。さらには、この日記の日付」

盗賊「将軍は…おそらく、俺たちが思っていたよりずっと長生きしてるってことさ」

魔法使い「それでいて、あの肉体を保っているとするならば…」

魔法使い「――将軍は、何らかの方法で、歳を引き延ばしている…?」

盗賊「何らかの方法、となると怪しいモンは限られてくるわな」

黒猫「………朝顔、か」

盗賊「火を起こす魔剣…ひと振りで百の敵を切り裂く業物…。こいつの力は、そんなものではないのかもしれないぜ」


魔法使い(将軍が、死を、遠ざけている…)

魔法使い(命の在り方を歪めた、というのなら)

魔法使い「…確かめましょう」

盗賊「…なに?」

魔法使い「将軍が、朝顔を用いて寿命を得ているかどうか…この日記を、読めば、答えは分かるはずです」

黒猫「しかし、そんな悠長な時間もなかろう」

魔法使い「いえ。この日記ならば可能です。ここに書かれた文字のインクを見てください」

盗賊「…紫」

盗賊「!…魔女が依頼状に押した印と同じ物か!」

黒猫「…む。魔力が込められているな」

魔法使い「はい。このインクは、おそらくお師匠様が作ったものと同じ。魔法がかけられたインクです。少しでも魔力を流し込めば…」スッ


ゴゥッ!


盗賊「な、なんだ!?」

----そして、彼女と私は---東の森の木漏れ日の中--戦いの時----私は彼女を---

盗賊「あ、頭に文章が…っ!?」

魔法使い「これは…魔力を込めれば、書いた者の想い描いた情景ごと、脳に入ってくる、魔法が秘められているのです!」

黒猫「ふむ…あいつも大層なものを作ったものだ」

盗賊「なんだ…!?辺りの景色が…」

魔法使い「今わたし達は、将軍の体験した情景が、見え始めています…!」


ォォオオ………



サァァア…



兵士『………こんな所で、何をしているの?』

少女『…』

兵士『迷子?この辺りは危険だよ。なんだか鬱蒼としてるし、化け物みたいな花は生えてるし…』

兵士『それに、なんだか雨も降ってきた』

少女『…』

兵士『ねえ、君』ヒョイ

少女『…見るな』プイ

兵士『…どうしたんだい?顔を見られたくないの?』

少女『人間と、話すことなど、ない』

少女『去れ…』

兵士『そんなこと言ったって、君も人間じゃないか』

少女『…』ギュッ

兵士《何があったんだろう…何だか、怯えているみたいだ》

兵士《…何か怖い思いでもしたんだろうか》

兵士『ねえ、さっきは君にあんな事言ったけど…実は俺も兵役をサボっててさ。一人になりたくってここに来たんだ』

兵士『昼飯持ってねー。森林浴でもしながらのんびりしようかと思ってさ。隣、良い?』ヨイショ

少女『…』プイ

兵士『まあ、森林浴どころか、人食い花に追いかけ回されたんだけどね。生憎の天気だし。なんだかツイてないや。いただきまーす』

兵士『んー旨い。でもやっぱ、きったない兵舎で食うより、こっちの方が良いよなあ』モグモグ

少女『…何なのだ、貴様は』

兵士『だから、ただのサボり兵だよ。それにしても、イイトコ見つけたよね、君も。ここは花も咲いてて、見張らしも最高!』

少女『…』

兵士『どこから来てんの?城下町でしょ?俺は東区の、あのくたびれた教会の近くに住んでんだけどね』

魔女『…』

兵士『…ずーっとダンマリだけどさ、怒ってる?俺、何か悪いことしたかい?それとも、お腹減ってるの?』

少女『…』

少女『…』ググゥ~…

兵士『あら…?』

少女『…』


少女『…』パクパク

兵士『お腹減ってるなら、最初からそう言ってくれればいいのに』

少女『…たまたま』

兵士『ん?』

少女『たまたま、昼食を取っていなかっただけじゃ』

兵士『あはは。そうだったんだね~』ナデナデ

少女『気安く触るな』パシッ

兵士『おっと、レディに失礼でしたか』

少女『…』

兵士『歳もまあ、そんなに変わんないって感じだもんね。俺のが少し上か?』

少女『たわけが。わらわはもう数百年生きておる』

兵士『んっ?!す、数百年…!?』

少女『…』

兵士『そんな、馬鹿な!では…あなたはもしや伝説の…っ!!』

少女『…馬鹿にしておるのか』

兵士『あれ?そういう遊びじゃないの?』


兵士『それで?その数百年生きてる君が、こんなところで何を?』

少女『…おぬしには関係あるまい』

兵士『そうも言ってられない。この崖の辺りは森から少しばかり離れているから安全そうだけど、この森がヤバいことには変わりはない』

兵士『うっかり足を踏み入れたら命を落としかねないくらいにはね。どうやってここまで来たかは知らないけど、帰りは僕が送っていくよ』

少女『必要ない』

兵士『やれやれ…取り付く島もないってやつだな。君一人じゃあ、危険だよ。言うことを聞いてくれないかな?』

少女『…しつこい奴じゃな』

兵士『そうなんじゃよ、よく言われるんじゃよ。可愛い女の子限定なんじゃけどな』

少女『…』ザッ

兵士『お?』

兵士《やばい、流石に怒ったかな?》

少女『わらわは、″夜″が生み出した化身。夜の写し身』

少女『その魔、混沌の果ての泉から涌き出るが如し。悠久の時を生き、夜の風を渡り歩く者也』

少女『そう、我は魔女』

兵士『え…?』

魔女(少女)『お前とは生きる世界が違うのだ、ニンゲン』コォォオオ

兵士『な、なんだ?急に風が巻き起こって…!』

魔女『翔べ』カッ

兵士『ちょ、待っ――』

ドヒュゥン……

魔女『…』




兵士『…ビックリした。いや、もうビックリしたなんてもんじゃない』

兵士『気がついたら城下町の門の前にいた』

兵士『あ、アレは、なんだ…?まさか、本当に魔法…?』

兵士『夜の写し身…魔女とか言ってたな。…あれは本当だったのか』

兵士『………』

兵士《厨二設定じゃなかったのか…》

兵士『…よし』



後日


兵士『やあ!』

魔女『…』ハア

魔女『何をしに来た?』

兵士『んー、何だろうな』

魔女『…くくっ。大方、ニンゲンの王から魔女を討伐せよとでも命令が下ったのじゃろう』

魔女『貴様の道案内のもと、兵隊共でも連れてきたか?しかし、貴様らごときにわらわは討てぬ』

兵士『いや、俺一人だけど?』

魔女『…何?』

兵士『他の奴らにはこんな良いトコ教えたくないしなぁ。まあ、教えた所で辿り着けないだろうけど』

魔女『くくくっ。呆れた奴よ。お前一人でわらわに敵うと思うてか』

兵士『うーん、どうだろうな。正直どうでもいいな』

魔女『…!?』

兵士『俺、君と戦いに来たわけじゃないから』

魔女『…では、一体何を企んでおるというのじゃ』

兵士『君の顔が、見たくってね』

魔女『………』

魔女『ハア?』

兵士『だって君、まだ一度もこっちを振り向いてくれないじゃないか』

兵士『昨日初めて君の後ろ姿を見た時に、ビビッときたんだよね。俺の美少女感知レーダーにビビッと』

兵士『昨日は敢えなくそれを確認する前に町まで吹っ飛ばされちゃったからね。今日はそのリベンジマッチというわけだよ』

魔女『…』

兵士『今、呆れた顔してる?』

魔女『…』コォォオオ

兵士『…あ、あれあれ?この感じはもしやまた魔法?』

魔女『翔べ』

兵士『ちょっ!まだ何も――』

ドヒュゥン…



兵士『やあやあ!』

魔女『…またお前か』

兵士『いきなり西の荒野に吹っ飛ばすなんてヒドいじゃないか!おかげで城下町まで戻るのに一週間かかったよ!』

魔女『よく、あそこから生きて戻れたものじゃな』

兵士『腕っぷしだけには自信があるもんでね!』

魔女『そうか。それで、今日はその復讐というわけか』

兵士『…イヤ?』

魔女『は?』

兵士『今日こそは君の素顔を見るべし、というわけでね』

兵士『先手必勝!』ビュッ

魔女『!』

兵士『ってあれ?』

兵士《さっきまで確かにこの岩の上に…》

魔女『後ろじゃ』コォォオオ

兵士『しまっ――』

魔女『翔べ』

ドヒュゥン…



兵士『ハロー!』

魔女『翔べ』

兵士『ちょっ、まだ何も――』

ドヒュゥン…




兵士『ニーハオ!』

魔女『翔べ』

兵士『ふっ。そうは行くか!ジャンプすればこっちのもんだ!ってアレ?――』

ドヒュゥン…



兵士『今日はこっちから登場!』

魔女『翔べ』

兵士『はっはっはっ!今日は対魔法の甲冑も装備して――』

ドヒュゥン…



兵士『朝早くならどうだ!』

魔女『翔べ』

兵士『あ、おはよう。起きてた?朝御飯はもう――』

ドヒュゥン…



魔女『翔べ』

兵士『今日は夜に…ってエエ!?早すぎじゃ――』

ドヒュゥン…



魔女『…』


魔女『…懲りない奴じゃ』

兵士『ふっふーん。流石に火炎竜の山の山頂に飛ばされた時は死ぬかと思ったけどね!』

魔女『どうやら、そのタフさだけは認めねばならんようじゃのう』

兵士『おっ!珍しく誉められたっ!?』

魔女『さて、心の準備はできたかの?』

兵士『…』

兵士『君が使うそいつは、転移魔法ってやつだ』

魔女『?』

兵士『対象を好きな場所に転送することができる高位魔法…扱える者は、かなり少ない』

兵士『君が前に言っていた、″夜″が生み出した化身…夜の写し身、という言葉』

兵士『あれは、この世界の創造に纏わる伝承の話のことだ』

魔女『…』

兵士『その昔、昼と夜だけが世界にあった。昼と夜は互いを求めたが、二つは相容れぬ存在で触れ合うことは叶わなかった』

兵士『すなわち昼と夜は、光と闇。昼の持つ太陽は剣で、夜の持つ月は盾だった』

兵士『二つは近づこうとしたが、互いの距離を縮めようとすれば世界は軋み、触れ合おうとすれば、剣と盾が火花を散らした』

兵士『軋んだ世界には、いずれ海ができ、山ができた。飛び散った火花が生き物となった………』

魔女『少しは知恵をつけてきたか…』

兵士『へへ、苦労したんだぜ?学のない僕が、ここまで調べるのに』

兵士『毎日、書物と格闘して、それはもうこれでもかこれでもかと…』

魔女『言いたいことはそれだけか?』コォォオオ

兵士『おーい!ちょ、ちょっと待ってくれよ!!』

兵士『今日は君の分もメシ持ってきたからさ!』

魔女『翔…』キュルルル…

兵士『………』

魔女『…』

兵士『ぷっ。くくっ…』

魔女『…貴様、小癪な!』バッ

兵士『!』

魔女『あっ…』

兵士《………》

兵士『…やっとこっち向いてくれた』


兵士《――美しい》

兵士《その言葉が自然と浮かんできたのは、彼女の周りに可憐な花が咲いていたからか》

兵士《それとも、透き通るような月光に照らされていたからか》

兵士《彼女は、驚いたように目を見開いて僕を見てた》

兵士《僕の顔に、何かついているのかと疑いたくなるほどに》

兵士《それから彼女は、ゆっくり、ゆっくりと目を細めて》

兵士《小さく、笑ったのだ》


兵士『…一緒に、食べる?』

魔女『…ふん』


兵士《その表情は、すぐにいじけたようになってしまったけれど》

兵士《それでも僕は、その少女の横顔を》

兵士《美しい、と思った》

今夜はここまでです


兵士『――へえ。それじゃあ、ずうっとこの世界を旅してまわっているの?』

魔女『ああ』モグモグ

兵士『生まれてから…その、何百年も、ずうっと?』

魔女『ああ』モグモグ

兵士『すっごいなあ!じゃあ、南の大草原は行った?東の果てにあるっていう、海の縁は?』

魔女『…わらわが今まで旅をしてまわったのは、そのほとんどが魔界じゃ』

兵士『魔界!?魔界って…あの、魔王が治める…魔物の巣窟の大陸?』

魔女『そうじゃ。ま、あやつは治めるというほど立派な働きはしておらん』

兵士『えっ!?魔王に会ったの!?』

魔女『まあな。しばらく行動を共にしておった』

兵士『魔王とっ!?』

魔女『いちいち驚くな。うるさい奴め』

兵士『それでそれで?魔界って、噂通り瘴気の立ち込める、邪悪な土地なの?』

魔女『それは人間共の単なる想像の産物じゃ。実際の魔界は――』

――――――
――――
--




兵士『やっ。今日もお弁当持ってきたよ』

魔女『別に頼んでおらんわ』キュルルル…

兵士『まーた、強がっちゃって』

魔女『くっ。そもそも、わらわはそんなモノを食べなくても生きていけるのじゃ!それを…』

兵士『じゃ、いらない?今日は唐揚げ弁当だけど』

魔女『唐揚げっ?唐揚げだとっ!?』ダラダラ

兵士『よだれよだれ』

魔女『くぅ…なぜこうも人間の食べ物というのは美味そうなのじゃ』

兵士『人間人間って…魔女は、人間じゃないの?』

魔女『はあ?何を言っておる。わらわをぬしらのような下等な生き物と一緒にするな』

兵士『でも、姿形は一緒じゃん。むしろ、魔女は人間に好かれる容姿をしているよ』

魔女『…わらわが…人間に好かれる?』

兵士『うん。こうやって、人の食べ物に食欲も湧くみたいだし』

魔女『…確かに、魔界の食べ物には少しも興味は湧かなんだが』

兵士『魔女ってさ、人間なんじゃない?ちょっと魔力が強いだけの』

魔女『わらわが………人間?』

兵士『うん。どう?いつもここにいるけど、もう少し人里に出てみたら?』

魔女『………それは、もう、試した』

兵士『そうなのか。城下町には行ってみた?』

魔女『…いや』

兵士『あそこは凄いよ。人でごった返しててね。バザーには色んなものが並んでいるし、大通りには色んな人間がいる』

兵士『きっと、魔女も気に入ると思うんだけどな』

魔女『………そう、じゃな』





兵士『やあ、今日も来たよーっと…ん?』

魔女『″夜は月と、昼は太陽と
ぐるぐるぐるぐる
夜と昼は、互いを求めて…″』ポーン

兵士『へえ、蹴鞠かい?』

魔女『…うむ。町の子供にせがまれてな』

兵士『城下町に行ったの!?』

魔女『うむ』

兵士『そっかぁ!どうだった?』

魔女『…特に、別段面白くもなかったが?』

兵士『魔女…。でも口元がニヤけてるよ?』

魔女『っ!』ゴシゴシ

兵士『町の子供と遊んだのかい?』

魔女『うむ…仕方なく、な。この遊びを一緒にしてやったのだが』ポーン

兵士『へえ』ニマニマ

魔女『わらわが適当に歌った唄を、子供らが気に入ってしまってな。続きをせがまれてしまって…考えておるんじゃが』

兵士『へえ、聞かせてよ?』ニマニマ

魔女『よかろう…オホン』

魔女『″夜はある時、ふと思う
太陽だけでも手に入れん
昼はある時、ふと思う
月だけでも手に入れん

昼と夜、互いに写し身、産み落とし
互いの大事なものを手に入れた″』

兵士《これ…》

兵士《魔女の生まれに関わる伝承を歌ってるのかな》

兵士《なんだか、不思議な気分になるなあ》

魔女『″…それでも昼と夜ぐるぐる回る″』

魔女『…ここまで考えたはいいんじゃがな。今度は、最初の方を忘れてしまいそうでのう』

兵士『何かに、書き残しておけばいいんじゃない?』

魔女『!』

兵士『…考えつかなかった、て顔だね』

魔女『やかましい』カキカキ

兵士『…?変わった墨だね。紫色…』

魔女『ふふ。これはわらわが考えた特製品じゃ』

魔女『こいつにチョチョッと魔力を流せば、書いた者が見た景色ごと読む者に伝えるということができる、次世代インクじゃ』

兵士『へえ!そりゃスゴい!』

魔女『そして、これを書状に使う印の朱肉に使えば、特殊な魔法もかけることができる』

魔女『どうじゃ!こんな優れもの、この世で造ることができるのはわらわ一人!』

兵士『よっ!天才美少女魔女!』


兵士『ところでさ、魔女』モグモグ

魔女『なんじゃ』モグモグ

兵士『魔女がいつも大事そうに抱えてるそれ…』

魔女『これか?』

兵士『うん。それ、剣だよね』

魔女『うむ』

兵士『魔女が使うにはちょっと大きい気もするし…そもそも魔女が剣なんて使うことあるの?』

魔女『…これは、太陽じゃ』

兵士『え?』

魔女『伝承にもあったじゃろう。昼と夜はお互いを求めあったが、ついに触れ合うことも叶わなかった』

兵士『?…うん、そうだったね』

魔女『だから夜は、昼の持つ太陽だけでも手に入れようとしたのじゃ』

兵士『…!』

兵士《それじゃあ、あの唄の詞は…》

魔女『″夜はある時、ふと思う
太陽だけでも手に入れん
昼はある時、ふと思う
月だけでも手に入れん

昼と夜、互いに写し身、産み落とし
互いの大事なものを手に入れた″ 』

魔女『ここは、その事を歌っておるのじゃ』

兵士『つまり、その剣は…』

魔女『そう。わらわの存在意義、そのものじゃ』

魔女『わらわは、夜の化身として…この太陽の結晶たる″朝顔″を手に入れるために夜が生んだ存在じゃ』

兵士『………そうだったのか』

魔女『うむ。わらわの魔界での冒険の日々は、朝顔を手に入れるためのものじゃった』

魔女『ま、これを手に入れた今、わらわはゆったりと余生を楽しんでおるわけじゃが』

兵士『…』

魔女『ん?どうしたのじゃ?急に黙りこくって』

兵士『いや、何でもないよ』ハハ…

兵士《自分の、存在意義…》

兵士《僕は、そんなこと考えた事もなかった…》


兵士『やっほー!マイプリティ魔女リンヌー!』

魔女『うーむ』

兵士『どうしたんだい?可愛い眉間にシワ寄せて』

魔女『可愛い眉間とはなんじゃ。意味わからんぞこの変態』

兵士『うへへえ、我々の業界では誉め言葉です』

魔女『相変わらず気持ち悪い奴じゃ』

兵士『うぐっ!もっと言ってくれえ』ハアハア

魔女『…』コォォオオ

兵士『冗談はさておき』キリッ

兵士『なんか悩み事かい?僕で良ければ相談に乗るけれど』

魔女『…うむ。実は、町の子供がわしの考えた唄にケチをつけおってな』

兵士『ほう?』

魔女『この唄だと、結局昼と夜が出会う事が出来なくて可哀想、というのじゃ』

兵士『…なるほど』

魔女『全く、人間の子供は突拍子もないことを言いおる』

兵士『うーん、そうだなあ。僕も、出来ればこういう恋物語は、ハッピーエンドが良いなあと思うけれど』

魔女『むぅ…そうか?』

魔女『 ″それでもいつでも昼と夜
互いを焦がれる気持ちなくならず″』

魔女『ここがいかんのか?』

兵士『…』

兵士《…ふふ。魔女は、すっかり人の世にも慣れてきたみたいだ》

兵士《真剣な表情で蹴鞠をする魔女、テラカワユス》

魔女『″時計ひと回り、季節ひと巡り、命始まりまた尽きて…″』ポーンポーン

魔女『ここを変えるか?…むむ』ポーン

兵士『…』

兵士《僕の存在意義…そんなものは分からないけど》

兵士《でも、この森の奥の崖の上で、魔女と過ごすこの時間こそが――》

兵士『生きてる、って感じるんだ』

魔女『む?何か言ったか?』

兵士『ううん、なにも』


兵士『…ふう、何だか今日はどんより暗い雲だなあ』

兵士『景気づけに、出店で唐揚げを買っていこうっと!むふふ、魔女の緩んだ顔が目に浮かぶようだ…ん?』

兵長『魔物の犯行の可能性があるのだ。城下町周辺は必ず今日中に調べあげろ』

王国兵『はっ!』

兵士『…』

兵士《なんだか、ものものしいな。何の騒ぎだ…?》

兵長『…ん?おい、お前!』

兵士『ぎくっ』

兵長『貴様…いつもいつも任務をほったらかしおって!』

兵士『あ、あはは…いやァ、たまに顔出してるじゃないっスかー』

兵長『ぐ…この!実力が飛び抜けているからと言って、いつまでもそんな無法が通じると思うなよ!』

兵士『や、やだなー。ちゃんとやる時はやりますって』

兵長『では、さっさと城下町へ魔物探しに行ってこい!』

兵士『…魔物探し?城下町に?』

兵長『貴様、そんなことも聞いておらんのか』

兵士『…へ?』

兵長『昨日、城下町に石化した町民が発見されたのだ』

兵士『石、化?』

兵長『ああ。まるで銅像にでもなったかのようにピクリともせん』

兵長『被害者の身元はまだわからんが…まあ裏通り街の方での出来事だ。あこぎな商売の者だろう』

兵士『…』

兵長『調査したところ、数ヶ月前に近隣の村でも似たような事件が起きていたことが明らかになっている。人を石にする能力を持った魔物が潜んでいる可能性が高いのだ』

兵長『城下町に潜り込んだとなれば危険なことこの上ない。至急、貴様も調査に向かえ!』


兵士『…』

兵士《…で。結局サボって魔女に会いに来てる僕がいるわけだけど》

兵士『やあやあ!愛しの魔女っ子魔女リーヌ!』

兵士『………あれ?』

兵士『おーい、魔女よーい』


魔女『………』

兵士『あっ!こんな所に居たのか!なんだい今日はかくれんぼかーい?』

魔女『………』

兵士『…えっと、今日はね、町で唐揚げ買ってきたよー!ホラホラ、あーんしてあげよっかー?』

魔女『………』

兵士『…ど、どしたの?今日は機嫌悪いのかーい?』ヒョイ

魔女『っ!見るな!』バッ

兵士『…え?』

魔女『…』

兵士『…おーい、唐揚げー…』

魔女『………』

兵士《ありゃ…?振り出しに戻る?》


魔女『…』

兵士《…震えてる》

兵士《初めてここで会った時と、おんなじだ》

兵士《…よし》

兵士『魔女が食べないなら、一人で食べよーっと…』パクッ

魔女『…』

兵士『今日は、天気が悪いねえ。一雨来そうだよー?』

魔女『…』

兵士『あ、そういえばさー今日は上司に見つかっちゃってさー、いびられちゃったよー』

魔女『…』

兵士『なんでも、城下町に人を石にする魔物が出たんだってさー』

魔女『…』ピクッ

兵士『恐いねぇー…ん、魔女?』

魔女『…わ…じゃ…』ギュウ

兵士『え、何…』

魔女『………わらわのせいじゃ』


兵士『…どういう、こと?』

魔女『…わらわの目には、闇が潜んでいる』

魔女『平素であれば…それを沈めておくこともできるが…』

魔女『…どうやら、心が乱れると、わらわの意思に関わらず…発現してしまうようなのじゃ』

兵士『…』

魔女『この目は…天候を狂わせ、大地を揺らす』

魔女『…そして』

魔女『闇に慣れておらぬ人間が覗き込むと、石になってしまう』

兵士『…じゃ、じゃあ…城下町で石になった奴ってのは…』

魔女『………』

兵士『そっ…か…』

魔女『…最初に、人が石になってしまうことに気づいたのは、少し前のこと』

魔女『初めて訪れた人里で…心踊っておった。いつの間にか早くなっていた動悸に気づかず――』

魔女『人を、石にした』

兵士『…』

魔女『そのあとは、わらわを魔物と恐れた人間たちの攻撃を受けて…』

魔女『…ふふ。わらわにはあの程度の攻撃、痛くも痒くもなかったのじゃ。でも…わらわは…もっと、人と手を取り合えると思っておった…』

兵士『…』

魔女『心が、痛かった…そして』

魔女『気づけば、また″眼″が開いていて…石になった人間たちが居た』


魔女『城下町ではな…もっと上手く行くと思ったのじゃ』

魔女『お前が…』

兵士『え?』

魔女『…いや』

魔女『くくっ。まあ結果はこの有り様じゃよ』

魔女『…子供がな。さらわれそうになったのじゃ』

兵士『…!』

魔女『わらわとしたことが…頭が真っ白になってしもうた』

魔女『何とかしようとした。それだけじゃった…』

魔女『それだけじゃった…』ポロポロ

兵士『…』

兵士『魔女…』ギュウ

魔女『………わらわは、魔女じゃ』ポロポロ

兵士『…うん』

魔女『昼と夜、この世界の流転する命の理の化身じゃ』

兵士『…うん』

魔女『命は、土に帰り、また生まれゆくものなのじゃ。そうでなくてはならんのじゃ』

魔女『わらわが、一番良く知っておるのじゃ』

兵士『…うん』

魔女『………石にしてしまっては…命は永遠に土には帰れぬ。そんな事はあってはならぬ』

魔女『どんな小さな命とて…っ!わらわの未熟のせいで、凍りつく事があってはならぬのじゃ!!』ポロポロポロ

兵士『…うん』

魔女『わらわは…』

魔女『わらわは…愚か者じゃ…』


魔女『…』

兵士『…魔女』

兵士《抱き締めた魔女の体から、体温が伝わってくる…》

兵士《暖かい…。魔女が…魔物であるはずがないんだ》

兵士《魔女…》

魔女『…』スクッ

兵士『…?どうしたの?』

魔女『今日は、もう、帰れ』

兵士『な、なんで』

魔女『…間違って、わらわの眼を見てみろ。おぬしも石になるぞ』

兵士『…だけど、魔女』

魔女『…』コォオオオ…

兵士『魔女…』

魔女『…翔べ』


ドシュゥウン…


兵士『…』

兵士《僕に…何か、魔女のために出来ることがあるだろうか》

兵士《たかが、一兵士の僕に》

兵士《魔女…》


兵士《…結局、ロクに眠れなかった》

兵士《………》

兵士『ええい、考えても始まらん!行動あるのみ!』



兵士『しかし、毎回あの人食い花に追いかけられるのは、堪ったもんじゃないな…』

兵士『…よし、こいつは無事だな。へへ』

兵士『これで、ちょっとは元気出してくれるといいんだけど』

兵士《………魔女》


魔女『…』ポーンポーン

兵士『あ…魔女』

兵士《あはは。魔女の姿を見ただけ酷い喜びようだな、僕》

兵士《こんなモノまで、用意しちゃって》

兵士《…》

兵士《………そうか。そうだったんだ》

兵士《今さら、だな。ふふ》

兵士《僕は…ずっと…》

兵士《多分、魔女が初めて振り返ってくれたあの時から…ずっと…》



魔女『…』ポーンポーン

兵士『おはよう、魔女』

魔女『…お前か』

兵士『うん。蹴鞠の練習?』

魔女『…はは。もう、必要ないというのにな』

兵士『え…』

魔女『どこの世界に、目の前で人を石にした化け物と遊ぶ人の子がおる』

兵士『…』

魔女『…なのに、なぜじゃろうな。何となく、手持ちぶさたでな』ポーン…

兵士『…魔女』

魔女『…』ポーンポーン

兵士『ねえ、そのままで良い。聞いて』

兵士『僕にはさ、魔女みたいな大きな力も、存在意義もないんだ』

魔女『…』ポーンポーン

兵士『ちょっと腕に自信がある程度の、冴えない王国の兵士だよ』

兵士『王国の訓練もつまらなくて、任務にもやりがいを感じなくて、全部逃げ出してたんだ』

魔女『…』ポーンポーン

兵士『毎日がつまらなかった。いつ人生が終わったってどうでもいいとすら思ってた』


兵士『でもね…』

兵士『でも、ひとつだけ確かなことがあるんだよ!』

魔女『…なんじゃ。長い前置きじゃな』

兵士『魔女』ス…

魔女『こ、れは?』

兵士『やだなぁ、知らないの?』

兵士『朝顔の、花束だよ』

魔女『…っ』

兵士『この青が、君によく似合うと思ってね』

兵士『君の剣とも、おそろいだ』

魔女『………』

兵士『ねえ、魔女』



兵士『愛してる』





魔女『…』クルッ…

兵士『…』

魔女『…ぅ…』

兵士『………魔女?』

魔女『…』

魔女『駄目じゃ…』

兵士『え…?』


魔女『…』コォオオオ…!


兵士『魔女…!?ねえ、僕の話を聞いて――』


魔女『………翔べ』

兵士『魔女…っ!?』


ドシュゥウン…!


魔女『………』


――――――
――――
――


兵士『…』

兵士『雨、降りそうだな…』

兵士『………はあー…』

兵士《…一人で舞い上がっていたんだろうか》

兵士《な、なんだかんだいつも美味しそうにお弁当も食べてくれてたし》

兵士《自分のことも、沢山話してくれたような気もしてた》

兵士《でも…結果、これか…》

兵士『………フラれた』ズーン

兵士《…魔女》

兵士《今頃、どうしてるだろ…》

兵士『ん?』

ゴゴゴ…

兵士『地震だ…。最近、多いな』

兵士『…』



兵長『各隊、集まった町民の誘導は速やかに行え!』

兵長『この機会に、必ず見つけ出すのだ!』


兵士『何の騒ぎだ…?』コソッ


王国兵甲『しっかしホントに居るのかねぇ』

王国兵乙『さあな。万が一魔王の手の者だとしたら、大問題だぜ』

王国兵乙『魔女なんてよ』


兵士『…!!』


王国兵甲『なんでも子供の姿をしてるんだそうだが』

王国兵乙『とは言っても、間違って目を合わせようもんなら石に早変わりってなわけだろ?』

王国兵甲『堪ったもんじゃない。とっとと魔女狩りを終わらせるぞ』

王国兵甲『城下町の町民や付近の農村の人間まで集めた、大規模な捜索だ。魔女とは言え逃げられまい』


兵士《…魔女狩り…!?》

兵士《………大変だ!!》クルッ

兵長『どこへ行く?』ス…

兵士『!?』

兵長『今度こそは任務を果たしてもらうぞ。今回の魔女狩りは、我々王国軍の威信をかけた大作戦だ』

兵長『いつものような態度がまかり通ると思うな』

兵士『…え、えーっと』

兵長『…貴様、よもや何か隠していることがあるわけではあるまいな』

兵士『…っ』

兵長『もしや、魔女について何か知って――』

兵士『ちっ!』バッ

兵長『なっ!?お、おい待て!!』

兵長『くっ…!そやつを捕らえろ!!魔女への内通者だ!!』

兵長『そやつを、捕らえろーッ!!』


今夜はここまでです。


ダッダッダッ

兵士『はあ…はあ…!』

兵士《…なんとか、ここまで逃げてこれた。でも…》

兵士『魔女…!魔女に、この森を離れるよう、伝えなきゃ…!!』


食人花『キシャアアアアアァ!』ゾゾゾゾ…


兵士『ちっ…!今は構ってるヒマはないんだよっ!』チャキ

兵士『うおおおおおっ!』




ポツ… ポツ…

兵士『はあっ、はあっ』

兵士『くそ!時間を食った…』

サァァア…

兵士『雨が…』


――――魔女『わらわは、愚か者じゃ…』ポロポロ


兵士『…くっ!』

兵士『急がなきゃ!』

ダッダッダッ



兵士『はあ!はあ!』

兵士『ま、魔女!!』


魔女『………』


兵士『魔女、大変なんだ!聞いてくれ!』

魔女『…』

兵士『王国の奴ら!君を捕まえるつもりだ!大勢の人間が君を探しに来る!ここも危険だ!!早くここから離れるんだ!!』

魔女『…』

兵士『俺も疑いをかけられてる!もしかしたらここの場所も早くに知られるかもしれないっ!!』

魔女『…』

兵士『魔女…っ!!』

魔女『…』

魔女『あの日も、こんな雨が降っておったな』

兵士『えっ…?』

魔女『………くくく。やはり、わらわが愚かであったのかのう』

兵士『…魔女…?』

魔女『人と、手を取り合おう、などと…。所詮は絵空事に過ぎなかった』

魔女『人間界に、こうして降り立ったこと事態が間違いで』

魔女『わらわは魔界の奥で、残り幾年になるかもわからぬ時を、一人生きていれば良かったのじゃ』


兵士『…』

魔女『魔界の者共であれば、石になることもない』

魔女『夜の写し身、命の流れを説く者でありながら、生命の在り方を歪めることもなかった』

魔女『合わない歯車を無理矢理合わせようとして…どうじゃ。一人で空回りをして』

魔女『歯車は壊れてしまった』

兵士『…』

魔女『…ここまで、じゃのう』



兵士『違う』

兵士『違うよ、魔女』


魔女『………?』

兵士『歯車は、噛み合わなくなんかなかった』

兵士『僕と魔女の歯車は…例え短い一時でも、一緒に廻っていた…!』

魔女『…っ』

兵士『少なくとも僕は…僕の歯車は…』

兵士『魔女。君に会うまで、ロクに動いてもいなかった』

兵士『君が…教えてくれたんだ!』

兵士『過ごした時間は、そんなに長くないかもしれないけど…僕は!』


兵士『僕は、その時間に救われていた!!』


魔女『………』

兵士『…』

兵士『ねえ、魔女 』

魔女『…』

兵士『一緒に、逃げよう』


兵士『僕も、君と一緒に行く』

兵士『君に寄り添って…君を守る』

兵士『一緒に、この世界を旅しよう。行きたい所、全部行こう!』

兵士『人の世界だってまだまだ広い。君は夜の写し身で、人間達はそのことをまだ少し、受け入れられないかもしれないけれど』

兵士『――僕が、人と君の架け橋になる』



魔女『………』

魔女『………くっくっ』

魔女『全く…おぬしという奴は』


兵士『魔女…?』

魔女『…』

魔女『わらわが夜の写し身なら…お前は』

魔女『お前は………』

兵士『…?』


ザクッ

兵士『!』

兵士『こ、これ…』

魔女『受けとれ…それは、わらわよりも、そなたが持つ方が相応しい』

兵士『な、何を?』

魔女『そもそも、太陽を手に入れたい、などと、″夜″の大層な我が儘から始まった事に過ぎぬ』

魔女『わらわが、いつまでも律儀にそれを果している謂われもない』

兵士『でも…これは、″朝顔″は』

兵士『君の存在意義じゃなかったの?』

魔女『…』

魔女『ふん、なあに。離れたところからでも、見張っておればそれでよかろう』

兵士『そんな適当な…』

兵士『…って、え?』

兵士『…は、離れたところから…って』



魔女「だから、これで…」

コォオオオ…


兵士『魔、女………?』




兵士『ちょっと、待って』

魔女『――人の憩いの場へ、ズカズカ踏み込んできおって』

兵士『ねえ、魔女』

魔女『何度あっちこっちへ飛ばしても、めげずに戻ってきおる。まったく呆れた奴じゃった』

兵士『やめてよ、今別れたら…!』

魔女『じゃが…』


魔女『それも、これで最後じゃな』


兵士『そ…そんな…!!』

兵士『魔女ッ!ねえ、どうしてッ!!』

兵士『こんなの、こんなの狡いよッ!!』

兵士『僕は…ッ!!僕は、こんなにも君をッ!!』


魔女『………そうか』

魔女『………』

兵士『魔女ッ!!』

魔女『もう、さよならじゃ』







魔女『――翔べ』





兵士『魔女ぉぉおッ!!』




――――――
――――
――


兵士『それから、何度か時計の短針が一周し、季節が移り変わった』

兵士『魔女は、姿を消した』

兵士『というより、″あの場所″そのものが、消え失せてしまっていた』

兵士『あの頃何度も通っていたはずのあの森のはずれの崖に、僕はその後一度たりとも辿り着けはしなかった』

兵士『まるで夢でも見ていたかのように、森はあの暗い世界を取り戻していた』

兵士『王国は、何度か魔女狩りは繰り返したが、結局魔女を見つけることができなかったようだ』

兵士『代わりに、人が石になったという話も聞かなくなった』



部隊長『僕は、厳重に調べあげられ投獄されたが、結局は釈放された。魔女を見つけ出す手がかりは、僕からは得られなかったのだ』

部隊長『もちろん、朝顔は彼らの手に渡らないよう工作をしたのだが』

部隊長『僕は再び生きる理由を失った。ひとたびその喜びを知った後の喪失は、深い絶望を植えつけた』

部隊長『心が死んだ僕は、すがるように剣を振った』

部隊長『今では、部隊長という、地位についた』

部隊長『自分で言うのもなんだが、元々実力のあった僕は、真面目に兵役に就くようになると、その能力は誰もが認める程となった』

部隊長『とは言え、魔女の一件でハンデを負っていた僕の評価が認められるには、それなりに長い時が必要となったのだが』


千人長『だが、時間なんてものは最早どうでも良い、と思える』

千人長『急ぐ理由もないし、それに…』

千人長『朝顔を肌身離さず持つようになってからは、時間の感覚が曖昧にもなっている』

千人長『魔女は、もしかしたら、こんな感覚の中で生きていたんだろうか』

千人長『魔女…』



英雄『いつの間にやら、人々は僕のことを英雄と呼んでいる』

英雄『魔王軍の大進行から、世界を救った英雄…らしいのだが』

英雄『正直、僕には誰が味方で誰が敵でも、どうでも良いことだった』

英雄『ただ、求められるだけ剣を振り、求められるだけ戦場を駆けた』

英雄『魔女も、僕の名を耳にしたろうか』

英雄『そんなことばかりを考えている』



将軍『あれからどれだけの月日が流れたのだろう』

将軍『やはり、それもどうでも良いことだ』

将軍『魔女は…彼女の時間は、まだまだ無限にあるのだから』

将軍『周りの者が、私を置いて死んでいく』

将軍『私の老いだけ、不思議な流れの中にあるような気がする』

将軍『地位も、名誉も手に入れた。魔女だけが、見つからない』

将軍『…あの、蹴鞠唄を思い出す』

将軍『 ″夜は月と、昼は太陽と
ぐるぐるぐるぐる
夜と昼は、互いを求めて追いかけ追いかけ″ 』

将軍『でも、最後の詞が分からないのだ』

将軍『魔女は、何と歌っていたろうか』

将軍『昼と夜の恋物語…魔女は、どんな最後を紡いだのだろうか』

将軍『どうしても、それが、分からないのだ』


――
――――
――――――


今夜はここまでです






盗賊「…」

盗賊「………これが」

盗賊「将軍の、魔女に関する記憶の、全て…っていうわけか」


黒猫「………」

魔法使い「…あの」

魔法使い「わたしの、話を…少し、しても良いでしょうか」

盗賊「…なんだ?」

魔法使い「わたしが…お師匠様と出会ったのは、八年前」

魔法使い「野盗に拐われ、挙げ句命を取られそうになっていたところを…お師匠様に救われたのが最初でした」

魔法使い「お師匠様は、圧倒的な魔法で野盗どもを蹴散らしてみせ、そして何も言わずにわたしを転移魔法で城下町へ飛ばしてみせたのです」

魔法使い「小さなわたしにとって…その光景は、物語に出てくる美しく勇敢な魔術師そのものでした」

盗賊「…」

魔法使い「わたしは、脳裏に焼き付いたお師匠様の姿が忘れられず…もう一度会いたいと、強く願い続けました」

魔法使い「そんな時…わたしに助言をくれたのは、わたしの祖母でした」

魔法使い「祖母は、わたしに教えてくれました」

魔法使い「″あなたを救ってくれたのはきっと魔女よ、魔女は私達を悪い人から助けてくれる″」

魔法使い「祖母は…幼い頃、人拐いに連れていかれそうになったところを」

魔法使い「魔女に助けられた、と言っていました」

盗賊「おい…そりゃあ」

魔法使い「魔女は、悪い人を――石にしてしまうのだ、と」

魔法使い「…」

魔法使い「もう、かなりの歳になっていた祖母は、自分が誰かも曖昧で…他の人は誰も祖母の言う事を信じませんでした」

魔法使い「でも、わたしは夢中で、祖母にどうしたら魔女に会えるのかを聞きました」

魔法使い「祖母は、わたしに…″歌うと魔女が笑ってくれる唄″を教えてくれたのです」

魔法使い「それが………あの蹴鞠唄でした」


盗賊「………お前の婆ちゃんは、日記に出てきた…魔女が会っていた子供?」

魔法使い「…」

魔法使い「確かなことは、今はもう何も分かりません」

魔法使い「将軍は…どうやら、最後の詞をお師匠様から聞かされていなかったのでしょう」

魔法使い「それを含めたあの蹴鞠唄が…″月光の魔女″、お師匠様のもとへ続く鍵となっています」

魔法使い「わたしは…その唄を祖母から聞いて…それを頼りにお師匠様の元までたどり着いたのです…」

魔法使い「青霧の森の深淵にあるあの場所…″月明かりの渓谷″を封印している、言霊の印を解いて…」

盗賊「…その、鍵になってる最後の詞っつーのは…?」

魔法使い「…」

魔法使い「″次に回ってきた時にこそ、君に会えんと
次に巡った時にこそ、君に会えんと″」

魔法使い「″時計も、季節も、命も巡る
ぐるぐる、巡る″」

魔法使い「これが…この蹴鞠唄の最後の詞です」

黒猫「…」

盗賊「………そうか」

盗賊「結局…昼と夜は出会えなかった…――魔女は、そう締めくくったんだな」

魔法使い「…ええ」



「それは、驚き、だな」


盗賊「…!!」バッ

魔法使い「だ、誰です…!?」


「そうか…。結局彼女は、あの唄をそう終わらせたか」

「私は、ハッピーエンドを、と注文したはずなんだが、な」


魔法使い「あ、あなたは…」

盗賊「…なんで、テメエがここにいる?」

盗賊「将軍」


将軍「それは、こちらの台詞さ」

将軍「ここは私以外の立ち入りを禁じているはずだが?」

盗賊「ちっ…」

魔法使い「そ、そんな!眠りの魔法が効かなかった…!?」

将軍「魔法、か。屋敷の者のこの有り様はそういう事か。しかし、君は…」ジッ

魔法使い「…!」

将軍「あの時の彼女に…よく、似ているな」

将軍「だが、その腕前はそこまでとは行かなかったようだ。君の魔法は、残念ながら屋敷の最上階にある私の自室までは届いていない」


魔法使い「わ、私の魔法の力が…足りなかった!?」

魔法使い「馬鹿な…!!」

魔法使い「うっ…」クラッ

黒猫「…ふむ。魔力が枯渇しかけているな」

魔法使い「えっ!?」

黒猫「魔力が足らず、威力が落ちた…というところか」

魔法使い「そ…そんな…」


将軍「あの人の、弟子、か…」

盗賊「けっ…。それで?わざわざ将軍様自ら出向いてくれたってわけかい? 」

将軍「私一人いれば充分さ。それに………来た甲斐は他にもあった」

盗賊「丸腰でか?」

将軍「これで事足りる」ギュ…

盗賊「ナメんじゃねーぜ…!」チャキ

将軍「名も無き盗人よ…」

将軍「″それ″に、気安く触らないで貰いたいな」ォオ…


盗賊「!」

盗賊(とんでもねえ…威圧感だ…!)

盗賊「魔法使い…」

魔法使い「は、はい」

盗賊「朝顔を頼む」ガシャ


将軍「…」ザッ

盗賊(隙がねえ)

将軍「…」ザッ

盗賊(こいつは、ヤバい…!!)


将軍「…」ス…


ドッ


盗賊(消え…!?)


将軍「――破ッ!!」


ゴッォンッ!!



盗賊「っ!!」

パラパラ…


将軍「ほう、今のをかわすか」


盗賊「魔法使い!!走れ!!」

魔法使い「っ!」ダッ

盗賊「正面玄関から中庭へ!!」


将軍「させると思うか?」


ドッ――バキャッ!!


盗賊「かはっ…」ギシ…


黒猫「…っ!盗賊!」

魔法使い「そんなっ!! 」


将軍「まず一人…」ヒュッ


ガシャアァンッ…!



将軍「…!」

盗賊「っぶねーぜ…!!」ズザァッ

将軍「なるほど、二撃目は避けたか。なかなかにすばしっこいな」


魔法使い「だ、大丈夫ですかっ!?」

盗賊「…ゴハッ」ビシャビシャッ

魔法使い「っ!!」

盗賊「…いいから、早く行け」ゼェッゼェッ

魔法使い「でも――」

盗賊「早くっ!!」ゼェッ

魔法使い「…!」

黒猫「行くぞ、魔法使い!」

ダッダッダッ


盗賊「…フーッ」

将軍「思っていたより腕がたつな。ただのコソドロではないか」

盗賊「はっ、そりゃどうも。あんたは、化け物並みだぜ」

将軍「この身体を練り上げることしか…することも無かったのだよ」

将軍「あの日から…ずっとな!」ドンッ


盗賊(来る――っ)

将軍「かッ!」シュッシュッシュッシュッ

盗賊(目が、おっつかね…)ヒュヒュヒュ

バキッ!!

盗賊「ッ」


盗賊(意識が飛びかける)

盗賊(一撃一撃が、生身とは思えないほど速く鋭い)

盗賊(だが)グンッ


盗賊「らッ!!」ビュッ

将軍「っ!」

将軍(吹っ飛ばされながらも、蹴りを放ち――)

盗賊「もう一丁っ!」ヒュンヒュン

将軍(体制を崩しながら投擲…!)スッ

将軍「…」パシパシッ


盗賊「…!?」スタッ

盗賊「受け止められちまうとは、な…冗談キツいぜ…!」

盗賊(まともにやりあってちゃ身が持たねえ…!)

将軍「どうするつもりなのだ?あの娘はロクに魔法も使えはしないというのに…この私から逃げ切れるとでも?」

盗賊「どう逃げるかをぺらぺらしゃべる泥棒がどこの世界にいるんだよ」

将軍「ほう。まだ、手があると?」

盗賊「手ならあるぜ」

盗賊「…古典的なのがな」スッ

将軍「――!」

将軍(煙玉…)

盗賊「逃げ切ってやらァ…それに」

盗賊「――捕まえちまうのは野暮ってもんだろ?将軍。″花″泥棒は風流のうち、てな」ポイ


ドシュウゥン!


将軍「く…」

将軍「…ふふ、面白い。だが」

将軍「君には…それは高嶺の″花″だよ」


魔法使い「はあっ、はあっ!」

黒猫「ひとまず屋外へは出たが…これからどうしたものか」

魔法使い「はあっ、はあっ…」フラ…

魔法使い(わたしが…わたしがしくじったせいだ)

魔法使い(わたしが…!)

――― 「足を引っ張ってしまった分は、わたし自身で取り戻します」

魔法使い(大きな口を叩いておいて、結局この有り様だ…!)

魔法使い(わたしはこんなにも、無力だったのか)

―――「腕前は、そこまでとは行かなかったようだ」

―――「お前は未熟じゃ」

魔法使い(…ッ)ギリ…

魔法使い「く…そ…っ!!」


ガシャァアン!!


魔法使い「!?」

ドシャアッ…ゴロゴロ

盗賊「…」ドサッ

黒猫「盗賊っ!!」

魔法使い「そ、そんな…!」

魔法使い「し…しっかりして下さい!!」


将軍「…ずいぶん、手こずらせてくれた」ザッザッ


魔法使い「っ…!」


将軍「君は…魔女のことを、師匠、と呼んでいる。つまり…彼女に遣わされてここに来た、ということなのだろう」ザッザッ

魔法使い「こ、来ないで下さい…!」

将軍「彼女が弟子をとるとは意外だが…。君の目的はその、朝顔。つまりは、魔女がその朝顔を自分の元に戻す必要がある…という事か」ザッザッ

将軍「まあいい。重要なのは、魔女の元へと続く道への鍵が開かれた、ということ」

将軍「 ″次に回ってきた時にこそ、君に会えんと
次に巡った時にこそ、君に会えんと″ 」

将軍「ふふ。まるで私の心情を歌ったかのような詞だ」

将軍「どれだけの夜を…魔女を思って過ごしたか。どれだけの昼を…魔女を探してさまよったか」

将軍「それも、もうすぐ終わる」

魔法使い「くっ…!!」

将軍「さあ、朝顔を返してくれ」

魔法使い「これは、お師匠様の物です…!」

将軍「そう…。それは、彼女の存在する証とも言える物だ。だが、今それの所有者は…私だ」

将軍「私なのだ」ォオ…

魔法使い(なんて禍々しい気…。将軍は、異様なまでに朝顔に執着しているのだ)

将軍「さあ、それを渡せ…!」

魔法使い「確かに…お師匠様は一度あなたに朝顔を渡しました」

魔法使い「かつてのあなたであれば…太陽のつるぎと呼ばれる朝顔の力を、正しく導くこともできたかもしれません」

魔法使い「しかし…今のあなたは、朝顔を自らの欲を満たすために利用しているに過ぎない!」


将軍「…」

魔法使い「あなたは…朝顔の力を使い、命のあり方を歪めている」

魔法使い「自分の命を引き延ばし、他者の命を刈り取った。全て、自分の私欲のために」

魔法使い「あなたには…もう朝顔を手にしている資格は、ありません」

将軍「な、んだと?」

魔法使い「あなたから、朝顔を取り戻す…というのは、お師匠様の意思です。あなたの持つべき時は、終わりました 」

魔法使い「朝顔を手放す時なのです…!!」

将軍「………」

将軍「…そんな馬鹿な話があるか」

将軍「私が…!私が、朝顔を手放さなければならないだと!?」

将軍「クックックッ…ハッハッハッハッ!!」

将軍「そんな馬鹿な話があるかッ!!」バッ

ガシィッ!

魔法使い「きゃあッ!」

黒猫「魔法使い!!」

将軍「朝顔は私に魔女の面影と、長い″時″を与えた!!」グググ…

魔法使い「ぐっ…!うぐぅ…っ」

将軍「それは…私が再び魔女に出会うために他ならない…ッ!」ブンッ!

魔法使い「あぅッ!」ドサァ!


黒猫「…無事か!?」

魔法使い「はあ、はあ…!あ、朝顔が!」

将軍「く…くく…」

将軍「かつての私であれば…だと?」

将軍「ああ…なんの力もなく、みすみす魔女を行かせてしまったあの頃の小僧か?」

将軍「そうだな…人々を守り、弱き者を守るために剣を振るおう、などという想いが、どこかにあったかもしれん」

将軍「だが、そんなものに、価値はない。魔女のいない世界で、何のために剣を振るおうと、どうでもいいことだ」

将軍「この朝顔だけが、魔女を感じさせる。そして、必要な″時″を与えてくれる!」

将軍「…逆に言えば、他に大切な事などありはしないのだよ!」

魔法使い「っ!…あなたは、もう」

魔法使い「お師匠様が朝顔を託した、あの日のあなたとは…本当に、別人なのですね」

将軍「だったら、どうする?」

魔法使い「わたし、は…」

魔法使い(わたしに、何が、できる…)

魔法使い(いや…わたしが、したいのは…!)

魔法使い(わたしの心が命じるのは…!!)

魔法使い「わたしは…わたしのやりたいようにやるだけです」ググ…

魔法使い「あなたを、あなたのあるべき姿へ返します…!」

将軍「お前一人で、か?」

魔法使い「″一人″は、あなたも、一緒ですよ」ニ…

将軍「………その不敵な笑み」

将軍「気に食わないな。まるで彼女のようだぞ」

将軍「この、紛い物が!!」ザッ

魔法使い「っ!!」ギュッ



――ジャッ


将軍「…!?」

盗賊「シッ!」ヒュヒュッ

将軍「くッ!」キキンッ!


盗賊「ちっ、当たらねえか…」ザッ

黒猫「盗賊!」

魔法使い「!!」

盗賊「おい…魔法使い」ゼェハァ

魔法使い「…は、はい!」

盗賊「転移魔法だ…ずらかるぞ」

魔法使い「え!?しかし、朝顔が…!」

盗賊「このままじゃ皆仲良くおっ死ぬだけだ。一旦退く。俺が時間を稼ぐ」

魔法使い「…」


将軍「ふん、死に損ないが」ザッ

盗賊「ああ。あんたの蹴りが不充分だったんで、死ねなかったぜ」

盗賊「残念ながらな」チャキ…

将軍「…死に場所を探しているのか?ならば与えてやろう」スッ…

盗賊「間に合ってるぜ。ごめん被るね!」ダンッ


盗賊「らァッ!」ビュビュビュッ

将軍「――!」

盗賊「ふっ!」ドシィッ

将軍(はやいな…!短刀の連撃からの蹴り)

盗賊「うらァ!!」ズビュンッ

ギィン!!

将軍「いいだろう…私も本気で行こう」


魔法使い「…汝虚空の旅人、天駆ける次元の羽を持ちて…」ヒュゥン…

黒猫「…」

魔法使い(だ…駄目だ。身体に力が、入らない)

魔法使い(ま…魔力が…足らな…)

バキッ!

将軍「むん!!」ブン!

盗賊「くっ!」ズザザザ…!


魔法使い(私がやるんだ…!やらなければ…殺されてしまう…!私も、そして…)


盗賊「おい」

魔法使い「!」

盗賊「そんなもんかよ、テメエは」

盗賊「一人前、なんだろう。あのロリババアに、認めさせるんだろう」

魔女「っ…」

盗賊「根性みせてみろよ」

盗賊「テメーはテメーの仕事をやれ。これはお前にしか出来ないことだ」

盗賊「″お前に任せた″」

魔法使い「…!!」


魔法使い「…」

魔法使い「私を、誰だと思っているのです」

魔法使い「お師匠様の、一番弟子ですよ」

盗賊「…上等」ニィ

魔法使い「我、時空の狭間に声を落とさん」ヒュン…

魔法使い「我が身を走らせ、彼の地へ運べ…!」ヒュンヒュン…

黒猫「…少し、手を貸そう」ポウ…

盗賊「頼んだぜ、後衛部隊」


将軍「…悪あがきは止すんだな」ザッ


メイド「…」


ヒュンッ


将軍「!」カンッ

将軍(なんだ?今、どこから…)

盗賊「ちっ!!余計なマネを…!」ダッ

盗賊「礼は言わねえぞ!!」


ビュッ――スパッ


将軍「ッ!」

盗賊(掠めた…!)

盗賊「もう一発だ…っ!」ズザァッ

将軍(しまっ…)


ザアッ!!


盗賊「入った――!」

将軍「ぐぅッ…ぜいッ!!」

ドカッ――!

盗賊「ぐァッ!」


盗賊(まずい!詠唱している魔法使いの方へ吹っ飛ばされた――)

黒猫「っ」バッ

ドシィ!

盗賊「…へへ。ナイスクッション、化け猫」

黒猫「…早く我輩の上からどけろ」


将軍「まとめて、消し去ってやる…」スラァ…


盗賊「野郎っ!朝顔を使う気か!」

黒猫「――いや」

黒猫「我輩達の勝ちだ」


魔法使い「翔びますっ!!」


盗賊「…へっ」

盗賊「よくやった」



ドシュウゥゥ…ン



将軍「…」

将軍「ふん、悪運の強い」

将軍「まあ、いい。朝顔は我が手にあり、あの場所への道も開けた…」

将軍(最後の一瞬…屋敷の方向からの攻撃は一体…)

将軍「………」

将軍「しかし、それも今となってはさほど重要な事ではない」

将軍「もう、見えない影を恐れてばかりいる必要も、ないのだから」

将軍「――魔女に、会える」

将軍(待っていてくれ)




今夜はここまでです。

予定では、あと二回ほどの投下で終わる予定でいます…

酉変更します

――――――
――――
――

「…礼は言わねえぜ」

「ふむ。ま、キミに礼を言われるのも、何と言うか。気色が悪い、と言うか」

「んだと!?…ちっ。可愛くねー奴」

「素直にお礼のひとつも言えないキミの方が、よっぽど可愛くないと思うけど?」

「うるせー!」




盗賊「…ん」

盗賊「んが」

黒猫「…」グデー

盗賊「………おいコラてめえ。なんで人様の顔の上で寝てやがる」

黒猫「うるさい。さっきはお前が我輩の上で寝ていたのだ」

盗賊「!…俺が寝てた?」

黒猫「これくらい許せ」グデー

盗賊「おい、今何時だっ!?」ガバッ

黒猫「ニャニャッ!?」

ズキッ

盗賊「――痛っ!!」


魔法使い「…!め、目が覚めたのですね!」タタッ

盗賊「魔法使い…」

魔法使い「よ…良かった。倒れたっきり、ピクリとも動かなくなった時は…もう、ダメかと…!」

盗賊「ったく。勝手に人を殺すなって…」ペシッ

魔法使い「…は、はい。すみません…」


盗賊「それより、どうなってるんだ?」

魔法使い「…そうですね。転移魔法は成功しました。ここはお師匠様の家です。魔法が発動した直後、あなたは気を失ったようです」

魔法使い「…時間はあれから半日ほどが経っています」

盗賊「半日!?」

魔法使い「ええ。あなたは眠り続け…魔力の枯渇したわたしも身体の自由が効かない状態でしたが…」

魔法使い「猫さんが、わたしに魔力を分けてくださって。こうして身動きが取れるまでに力を取り戻しています」

盗賊「化け猫が…?」

黒猫「…」グデー

盗賊「こいつ、魔力なんてあったの?」ツンツン

黒猫「…やめんか。今は動く気にならんのだ」

魔法使い「私は元々が大きな外傷はなかったので、こうしていられますが…あなたは、将軍との戦闘でかなりダメージを受けています。しばらくは安静に…」

盗賊「そうも言ってられねーだろ。半日も経っちまったってことは、そろそろ…」

盗賊「来るぜ、将軍の奴。ここに、よ」

魔法使い「っ…」ゾッ


「ひどい体たらくじゃの」


盗賊「よお、ロリババア」

魔女「まったく、口の減らぬ奴じゃ」

魔法使い「お師匠様…」

魔女「朝顔は奪えず、二人してボロボロになって、将軍に後を追わせる形になった」

魔女「依頼は見事な失敗、じゃな」

魔法使い「…」ギュッ

盗賊「結果良ければ全て良し、だろ?まだ仕事は終わっちゃいねえさ」

魔女「ほう?」

盗賊「奴がのこのこ現れるなら好都合だ。この場で、奴から朝顔を奪い返す」

魔女「言うは易し、じゃな。聞けば、将軍相手に一太刀返すのがやっとだったそうじゃが」

盗賊「だから、だよ。やられっぱなしは性に合わねぇんだ」

魔女「策が、あるのか?」

盗賊「…俺と、こいつが組めば」ガシッ

魔法使い「…!」

盗賊「盗めねえもんは、ねえんだ。な?」

魔法使い「………なっ」ボッ

魔法使い「ななな何をするのですっ!!離して下さい!!」ジタバタ

盗賊「まあそう言うなよ?ゴールデンコンビだろ、俺たち」

魔法使い「何を言ってるのですかっ、あなたは!!」


魔女「………」

黒猫「…任せてみるのも、良いかもしれんぞ」

魔女「…なに?」

黒猫「確かに、あやつら二人は中々手強い」

黒猫「敵に回したくは、ないな」

魔女「………」

魔女「良いだろう。やれるだけやってみよ」

盗賊「そりゃどーも」

盗賊「そんで?…あんたは、どうすんだい?」

魔女「何?」

盗賊「将軍の屋敷の警備…あんたが言うほど、魔法の対策が成されているわけでもなかった」

盗賊「それでもちょっとばかし苦労させられたがな。それに」

盗賊「あんたは朝顔を、奴に奪われた、と言っていたっけな…?」

魔女「………」

盗賊「…また、逃げるのか?」

魔法使い「…っ」

魔女「…」

魔女「ふっ。占いの真似事か?」

盗賊「ああ。こっちでも食っていけやしねーかなってさ」

盗賊「どうだ?――良く当たるだろう」

魔女「…頼んだ覚えはないわい 」ザッ

盗賊「…」

魔法使い「………お師匠様っ!!」


魔女「…なんじゃ?」

魔法使い「わたしは…きっと朝顔を取り戻します。そうしなければ…」

魔法使い「いえ、そうしたいのです!わたし自身が!」

魔女「…」

魔法使い「わたしに、出来る限りのことをし尽くしたい…!」

魔法使い「そして、どこかで狂ってしまった歯車を…合わせられたら良い」

魔法使い「今は…そう、思っています」

魔女「…」

魔女「…」 クルッ ツカツカ

魔女「…魔法使い」

魔法使い「お師匠、様?」

魔女「………頼んだ」ギュッ

魔法使い「!」

魔女「…」スタスタ

魔法使い「お師匠様!これは…?」

魔女「…それを、将軍に」

魔女「………わらわに出来るのはそれだけじゃ」

魔法使い「っ!」

魔法使い「お師匠様………」

魔女「健闘を、祈る」

バタン…

魔法使い「………」

魔法使い(これが、お師匠様から将軍への…)

ポン

盗賊「よく言ったじゃねーか。スカッとしたぜ」ナデナデ

魔法使い「あっ、う…はい」

盗賊「さあ、ああ言った以上は、やることやらなきゃ格好がつかねえな」

魔法使い「ですが、あなたはその身体では…!」

盗賊「確かに、な。あちこちガタがきてやがるし…相手はあの将軍だ」

盗賊「こりゃ、流石に年貢の納め時か…」

魔法使い「…!!」

盗賊「なーんて言ったら」

盗賊「本気出してくれんのか?」

魔法使い「なっ………」

魔法使い「まったくっ!」プイ

盗賊「おっ!…燃やされるかと思ったぜ」

魔法使い「………あなたは本当に」

魔法使い「テクムセです」ボソ






夜は月と、昼は太陽と

ぐるぐるぐるぐる

夜と昼は、互いを求めて追いかけ追いかけ


夜はある時、ふと思う

太陽だけでも手に入れん

昼はある時、ふと思う

月だけでも手に入れん


昼と夜、互いに写し身産み落とし

互いの大事なものを手に入れた


それでもいつでも昼と夜

互いを焦がれる気持ちなくならず

ぐるぐるぐるぐる回りに回る


時計ひと回り、季節ひと巡り、命始まりまた尽きて

それでも昼と夜ぐるぐる回る


次に回ってきた時にこそ、君に会えんと

次に巡った時にこそ、君に会えんと


時計も、季節も、命も巡る

ぐるぐる、巡る


将軍「………」

将軍「…ああ」

将軍「この地を、何度夢見たことか」

将軍「ようやく…ようやくたどり着いた…!!」

将軍「…魔女!!」


盗賊「…」


将軍「…どうあっても邪魔をするようだな」

盗賊「…邪魔なのはテメーだよ、将軍殿」

将軍「魔女はその家の中か?」

盗賊「さあな。俺には関係の無いことさ。あんたらの、しがらみは」

将軍「ならば、去れ。役者でない者は、この舞台に必要ない」

盗賊「俺はあんたの腰のモンに用があるんだ」

将軍「…貴様、なぜそこまでする?お前は魔女の何だ?」

将軍「貴様は、何だ」ォオオ…


盗賊「…へっ」

盗賊「金で雇われた、しがない盗人さ」ニィ



将軍「」ドッ

盗賊「」バッ


ビュビュビュッ!

ガィン――ズビュンッ!


魔法使い「…」ゴクッ

魔法使い「まだだ…」ギュゥ…


――――――
――――
――

盗賊『いいか、作戦はこうだ』

盗賊『まず俺が奴と直接対峙する』

魔法使い『ちょ…直接!?無茶です!』

盗賊『ああ。奴の能力は化け物並。こっちはついていくのもやっとって有り様だ』

盗賊『が。 お前の援護が入れば、一瞬隙を作れるだろう。その一瞬で、勝負をかける 』

盗賊『絶対的な″その時″が来るまで、お前はひたすら木陰に身を隠せ』

魔法使い『しかし…!将軍は朝顔を持っています。その力を使われたら、こちらには対抗手段が…』

盗賊『奴は、朝顔を使わないさ』

魔法使い『え…?』

盗賊『奴は朝顔を使わない…。この場所では、絶対に…な』

――
――――
――――――

魔法使い(わたしたちの、賭け…!)

魔法使い(どうか、上手くいって!!)

今夜はここまでです。

土曜日で最後になるかと思います



盗賊「ふっ!!」ヒュバババ!

将軍「はっ」キキキン!

将軍「驚いたぞ、若造!ここまでやれるとはな!」ビュンッ

盗賊「単純な!速さなら!」ババッ

盗賊「少々自信があってねッ!!」ギュン


ガキィインッ!!


将軍「王国の武術ともまた少し違う…これは誰に仕込まれた技術だ…?」グググ…

盗賊「うっ…」グググ

盗賊(ちっ…!!つばぜり合いは分が悪いぜ…っ!!)

将軍「よくやった方…ではあるが、それで私を倒そうというのは、甘いな。速さ以外の全てが、私の方が上だ」グググ

将軍「先刻与えた傷も、癒えてはいまい」

盗賊「ぐッ…!よく、しゃべる野郎だ…!」

盗賊「ジジイは…とっとと隠居しやがれっ!!」バッ

将軍(蹴りか!)バシッ!

盗賊(…!?掴まれ――)

将軍「ぬんッ」ブオンッ!

盗賊「ぐああっ!」

ドキャッ――!


盗賊「…ぐはっ」ポタポタ

将軍「…残念だ。朝顔を抜き放つまでもない。鞘に収まったまま…なぶり殺してやろう」

盗賊「大層な…趣味だぜ…」ハア…ハア…

盗賊「だが…あんたは朝顔を…″抜けない″のさ…」ハア…ハア…

将軍「…何?」

盗賊「あんたにとっちゃ…思い出の地…だもんなァ?ここは、よ…」

盗賊「朝顔の力で…荒れ果てちまうようなことは…望みはしないだろ」

将軍「………」

将軍「くくく…。安い挑発だな。それが本当の事だとして…だから何だと言うのだ?」

盗賊「…へっ。あんたは…とんだロマンチストだよ。夢見がちな…」

盗賊「俺が…そいつを醒ましてやる…」


将軍「………その身体で、か?貴様にはもう、最後に一撃返すのがやっと、という程の力しか残っていまい」

将軍「だが、それを許す私ではない」

盗賊「…その油断が命取りってな」ハア…ハア…

盗賊「あんたでも真似できない…俺の必殺技ってのが…あるんだぜ」ニヤァ

将軍「口の減らない男だ…」

将軍「いつまでそんな口が効けるか――」



「走れ!!雷撃の矢っ!!」


バリッ!!!


将軍「ッ!!」

将軍(腕が痺れ――)


盗賊「」タンッ

ヒュォ


将軍「なッ――」


盗賊「俺の、最後の一撃、だ」


盗賊「朝顔」スタ…

盗賊「″盗んだ″ぜ」


将軍「貴、様」ビキ…

盗賊「魔法使いッ!!」


魔法使い「四方の王!我を囲み!世界を絶ちきれ!!」


バシュウゥッ


将軍「何だ、それは」

将軍「何だよそれはァッ!!」


盗賊「…結界だ。術者の意図がない限り、解けることない、な」

魔法使い「………」

盗賊「生身の人間じゃ、こいつを越えてこっち側へは来れない」

盗賊「お前は、もう、朝顔を手に出来ない」

将軍「な、に…?」

盗賊「物理的に、朝顔とお前は引き離された。お前はもう朝顔の所有者じゃない」


盗賊「………夢は、醒める」


パキッ…


将軍「…?」


パキッ パキッ


将軍(なん…だ?………身体が)



将軍(手足が、重くなって行く)

将軍(身体中に軋むような痛みが走る)

将軍(肌に、ヒビが入っていくような感覚がある)


パサ……


将軍(な、んだ?)

将軍「………髪、が」



魔法使い「将軍の、様子が」

盗賊「ああ…」


――
――――
――――――

盗賊『魔女と将軍の出会いが八十年前。その後、朝顔の所有者となった将軍は…』

盗賊『太陽の結晶たる朝顔の恩恵を受けて、未だに働き盛りの男の肉体を保っている』

盗賊『その状態の奴に、真っ向からやり合っても勝ち目はない。だから――』

魔法使い『私の結界で、将軍と朝顔を切り離す…ということですね』

盗賊『そういうことさ』

――――――
――――
――


将軍「か、は」

将軍「なん、だ」

将軍「力が、入ら、な」

盗賊「…あんたは、時の流れに逆らった。朝顔は、その力をあんたに与えた」

盗賊「でも、もう、その時間は終わりだ」

魔法使い「…」

盗賊「あんたが生きた相応の時間が、あんたの身体に刻まれる」


将軍「は、う、」

将軍「身体が………お、もい」

パキッ パキッ


魔法使い(将軍の身体が…枯れていくようだ)

魔法使い(背は、曲がっていき…皮膚には深い皺が刻まれていく)

魔法使い(八十年間…引き伸ばされた命の、あるべき姿へ)

魔法使い(将軍が、戻っていく)



将軍「………っ」

将軍「…じょ…」

将軍「魔女…!」

将軍「死ね、ない、のだ…!ここ、まで来、て!」

将軍「魔女…!魔女…!」

将軍「魔女、に、会わせて、くれ…!!」

将軍「魔女ぉ…!!」






黒猫「………出て、いかぬのか?」


魔女「…」




魔法使い「…」

魔法使い「結界を、解きます」

盗賊「…」

魔法使い「将軍は、もう…あの姿では」

盗賊「…分かった」


ヒュゥウン…




魔法使い「…」スタスタスタ…


将軍「…!おお、おお、魔女」

将軍「魔女、君かっ…」

魔法使い「…」

魔法使い(将軍…もう目が………)

魔法使い(時間がない)スッ


将軍「ああ、夢のよう、だ」

将軍「どれだけ、この時を、焦がれて、いたか」

将軍「君が、私を、拒絶した、あの日、から」


魔法使い「…読んでください」

将軍「なあ、片時も、忘れ、られなかった」

魔法使い「…っ」

魔法使い「読むのですっ!」グイッ

将軍「?………なんだ、紙?」

魔法使い「………」

将軍「おお、紫の字、君の、インク」

将軍「私に、君が少し、くれた」

将軍「それで、私は、あの日々を、綴っていた」

魔法使い「…将軍。お願いですっ。この文字を…、この五文字を、読んでください…!」

魔法使い「お師匠様から、あなたへの…メッセージを…!」


将軍「…?」

将軍「………」




″ 愛 し て い た ″






ゴゥッ


将軍(………これは)

将軍(魔女の感情が…)

将軍(頭に、入ってくる――)


将軍(この、感情は)

将軍(私が)

将軍(私が、魔女に向けていたものと)

将軍(同じ、感情)

将軍(………魔女は)

将軍(私が魔女を見ていたのと、同じように)

将軍(私を、見ていた…?)







兵士『君の顔が、見たくってね』


兵士『おっ!珍しく誉められたっ!?』


兵士『すっごいなあ!じゃあ、南の大草原は行った?東の果てにあるっていう、海の縁は?』


兵士『やっ。今日もお弁当持ってきたよ』


兵士『よっ!天才美少女魔女!』


兵士『魔女…』ギュウ



魔女『………』


兵士『でもね…』

兵士『でも、ひとつだけ確かなことがあるんだよ!』

魔女『…なんじゃ。長い前置きじゃな』

兵士『魔女』ス…

魔女『こ、れは?』

兵士『やだなぁ、知らないの?』

兵士『朝顔の、花束だよ』

魔女『…っ』

兵士『この青が、君によく似合うと思ってね』

兵士『君の剣とも、おそろいだ』

魔女『………』

兵士『ねえ、魔女』



兵士『愛してる』







トクン



《…あの時》

《わらわの胸は…高鳴った》

《いや、高鳴ってしまった》

《照れたように笑うお前の笑顔に、真っ直ぐわらわを見つめる瞳に》

《わらわの胸は高鳴ってしまったのじゃ》

《この感情が、どういう名前なのか、その時はまだ分からなかった》

《でも、この高鳴りが、どんな結果を招いてしまうかを》

《わらわは知っていた》


《お前を、石にしてしまいたくはなかった》

《それだけは、あってはならないと思った――》






兵士『少なくとも僕は…僕の歯車は…』

兵士『魔女。君に会うまで、ロクに動いてもいなかった』

兵士『君が…教えてくれたんだ!』

兵士『過ごした時間は、そんなに長くないかもしれないけど…僕は!』


兵士『僕は、その時間に救われていた!!』




《それは》

《わらわも、同じじゃった》

>>248は酉ミスです

すみません、また夜に来ます


『化け物め!!』

『この、魔物!!』

『気を付けろ、石にされるぞ!!』

『人間のような姿をして…私たちを騙していたのね!!』

『悪魔を殺せ!!』

『殺せ!!』


魔女『…そんな』

魔女『こんな…こんなはずではなかった』

魔女『うまく行くはずじゃった』

魔女『人間も…きっと…』

魔女『なんで、なんでこうなってしまったのじゃ』

魔女『わらわは、石にするつもりなんて、なかったのに』

魔女『なんで…!!』



魔女『………そうか』

魔女『もうよい。わらわが浅はかじゃった』

魔女『人と生きようなどと…土台無理な話だったのだ』

魔女『もう、疲れた』





兵士『………こんな所で、何をしているの?』



《泣き晴らしていたわらわを、お前が笑わせた》

《震えていたわらわを、お前が安心させた》

《臆病になっていたわらわを、お前が勇気づけた》

《打ちのめされていたわらわを…お前が救った》






兵士『ねえ、魔女 』

魔女『…』

兵士『一緒に、逃げよう』


《その言葉に、どれだけ心動かされたか》


兵士『僕も、君と一緒に行く』


《その言葉に、どれだけ心踊ったか》


兵士『君に寄り添って…君を守る』


《どれだけお前に甘えたいと思ったか》


兵士『一緒に、この世界を旅しよう。行きたい所、全部行こう!』


《どれだけそうしたいと思ったか》


兵士『人の世界だってまだまだ広い。君は夜の写し身で、人間達はそのことをまだ少し、受け入れられないかもしれないけれど』

兵士『――僕が、人と君の架け橋になる』



《一緒に居たいと、どれだけ願ったか》





魔女『………』

魔女『………くっくっ』

魔女『全く…おぬしという奴は』


兵士『魔女…?』

魔女『…』

魔女『わらわが夜の写し身なら…お前は』

魔女『お前は………』





《お前は、まるで燦然と輝く太陽のようだ、と思った》







《………愛していた》



将軍「………」

魔法使い「………」

将軍「………魔、女」

将軍「私は………」


魔女「…わらわは、お前を愛していたよ」


将軍「…!」

魔女「紛れもない…事実じゃ」

将軍「魔女…」

魔女「…わらわは、夜の写し身じゃ」

魔女「わらわには少し、お前は眩しかった」

魔女「だが、そんなお前だから、お前のような奴にこそ、朝顔は握られるべきだと思った」

魔女「わらわのような者が、ただ縛りつけ続けているよりも…」

将軍「…それ、で。朝顔を」

魔女「…ああ」

魔女「でも、時の流れはお前を変えた」

魔女「いや、朝顔の大きすぎる力が変えてしまったのかもしれん」

魔女「お前は、いつしか願ってしまった」

魔女「わらわのように、悠久を生きたいと」

将軍「…」

将軍「そう、すれば、会えると、思った」

魔女「…そうじゃな。わらわも、心の底では願っていたのじゃ」

魔女「またお前に会いたいと」

将軍「…長、すぎたのか」

魔女「…ああ。気づけば、八十年も経ってしまった」


将軍「…顔を、見せて、くれ」

将軍「本当の、君に、会いたい」

魔女「…」

将軍「いくら、思い、描いても」

将軍「幻想に、過ぎなかった」

将軍「絵を、沢山、描かせたんだ」

将軍「それでも、君は、そこに、いなかった」


将軍「…君に、会いたいんだ」


魔女「…すまぬ」

魔女「すまぬ」ポロ…


将軍「………」


魔女「お前を見たら――」

魔女「今でも、わらわの胸は高鳴ってしまうじゃろう」

魔女「そうしたら」

魔女「お前は、石になってしまうのじゃ」ポロ…ポロ…


将軍「………」

将軍「かま、わない」

将軍「いっそ、石の、まま」

将軍「君の、側に」

魔女「………」

将軍「だから、一瞬、だけでも」

将軍「君を………」

魔女「………」ギュウッ

魔女「馬鹿者」

魔女「命には、終わりがあるから、命なのじゃ」

魔女「死があるから、生なのじゃ…」

魔女「死ぬことを拒絶するのは」

魔女「お前が生きていることを、生きていたことを拒絶するのと同じじゃ」

将軍「………」

魔女「わらわ達の、あの時間を…拒絶しないでくれ」

魔女「頼む………」ポロポロ…


将軍「………」

将軍「…は、はは」

将軍「手厳しい、な」

将軍「………」

将軍「ねえ、魔女」


将軍「君、けっこう、よく、泣くね」


魔女「………馬鹿者」ポロポロ…



将軍「………ねえ」







将軍「愛、して、た」









魔女「………」

魔女「ああ」




魔女「わらわもじゃ」







魔法使い「………」

魔法使い(将軍の、命の灯火が)

魔法使い(小さく、小さくなって、消えてゆく)

魔法使い(たったひとつの愛を求めた命が、終わってゆく)

魔法使い(………)


魔法使い(お師匠様)


盗賊「…」


―――「最後に、いいことを教えてあげる」


―――「朝顔の花の、花言葉はね…」


盗賊「………」

盗賊「………ひと雨、来そう…だな」




――
――――
――――――



バー


マスター「…」キュッ キュッ


踊り子「マスタぁー、お店開けてきたよぉ」

マスター「…そうか」

踊り子「まだ外も明るいしぃ、お客さんまだ来なそうだねえ」

マスター「…そうだな」

踊り子「踊り子、ちょっと一杯ひっかけちゃおっかなぁ~」

マスター「…酒飲んで仕事なんざ、お前には十年早い」

踊り子「ぶー、ケチぃ!」

マスター「…」キュッ キュッ

カランカラン…

マスター「いらっしゃ…なんだお前か」

遊び人「…悪かったわね、あたしで」

踊り子「あーっ、遊び人さんだぁ!」

マスター「もう、ずいぶん顔色も良さそうだな」

遊び人「まあ…ね」

マスター「…魔女の呪いは抜け切ったんだろうな?」

遊び人「…知らないわよ。あたしが聞きたいわ」

踊り子「ねえねえっ!遊び人さんが来た…ってことはぁ、今日は盗賊も来るんですかぁ?」

遊び人「知らないわよ。知りたくもない」

遊び人「ね、あたしビール」

マスター「…病み上がりが、酒かよ」

遊び人「酒飲みにじゃなきゃ来ないわ、こんなとこ」

カランカラン…

マスター「いらっしゃ…ん?」

踊り子「あっ!」

遊び人「…うっ」




盗賊「………よお」


盗賊「…いつものね」ガタ…

踊り子「盗賊ー!」

マスター「長いこと、見なかったじゃねえか」

盗賊「ああ。ま、ちょっとな」

遊び人「…」

マスター「まあ、いいか」

マスター「で?…今度はどんなトラブルに巻き込まれてたんだ?」?

盗賊「………そうだな」

盗賊「まず、魔女に呪われた馬鹿女がいてだな」

遊び人「っ」ガタ!

遊び人「な、何よ。恩に着せようっての!?」

盗賊「別に、期待してねーよ」

遊び人「あ、あっそ」

盗賊「ここの飲み代をもってもらえりゃ、それでいい」

遊び人「なっ!?」

踊り子「ねえ、魔女のところ行ったのー!?」

盗賊「ああ」

踊り子「すっごーい!!ねえ、魔女ってやっぱり、トンガリ帽子被ってるの!?」

盗賊「んー…ああ、被ってたかな」

踊り子「へえーっ!やっぱり、不気味で、怖かった!?」

盗賊「………いや」

盗賊「泣き虫でな」

踊り子「えっ?」

盗賊「…わがままで、泣き虫で、でも多分あいつは」

盗賊「あいつは………ただ単に、独りの時間が、長すぎたんだ」


盗賊「独りでいることから逃れたくて、人の世界に顔を出した」

盗賊「不器用なやつで…誰かに傷つけられちゃ、誰かを傷つけて…」

盗賊「でも、奴は…月光の魔女は、ある時昼間の太陽みたいな男に出逢い、恋に落ちた――」

マスター「魔女が、恋に?」

遊び人「へえ。ま、相手の男の方が相当な物好きじゃなきゃ、どうにもなんないわね」

盗賊「…実際、物好きな男だったさ」

盗賊「傷つくことも、傷つけることも拒絶していた魔女が、どうにか魔法で追い返そうとしてもめげずに」

盗賊「魔女に、花を贈ったんだ」

遊び人「あーら、中々ガッツのある男じゃない」

マスター「それで?魔女は折れたのか」

盗賊「いや…魔女は逃げ出した」

盗賊「降って沸いたような愛情が…魔女には怖かったのさ」

踊り子「えー?男の人じゃなくて、魔女が逃げちゃったのー?」

盗賊「ああ」

盗賊「二人が再び出会うまで…長い、長い時間がかかった」

盗賊「それでも二人は、お互いのことを忘れはしなかったんだ」

踊り子「二人はぁ、結ばれてハッピーエンド?」

盗賊「…どうだろうな」

盗賊「二人が出会えたのは、男が事切れる間近の話さ」

盗賊「交わした言葉は数えるほどだったが――」

盗賊「不器用な二人なりに…伝えられたことは、あったのかもしれない、な」


盗賊「その愛の花は…森の奥にひっそりとあった」

盗賊「今はもう、お伽噺も終わって…夢は醒めた」

盗賊「それでも魔女は、その花を…」

盗賊「見守り続けていくんだろう」




バーの前


「ねー、次はなにしてあそぶ?」

「じゃあこの前の、いっしょにやろー?」

「いいよ!」

キャッキャッ ワイワイ


黒猫「…」

黒猫(もし我輩が、あの時お前を引き留めていたら)

黒猫(運命は、変わっていただろうか)

――――

「…これが、朝顔」

魔女「ああ。そのようじゃ。これで、夜の写し身としての役割を果たせる。わらわの長い旅も終わる」

「そうか…」

魔女「お前も、随分と付き合わせてしもうたの。良かったのか?わらわの旅なんぞに同行していて」

「今更、だな」

魔女「ほっほ!確かにな」

「…これからどうするのだ?お前の、長い放浪の理由も無くなったわけだが」

魔女「そうじゃな…どうしたものか」

「………なあ、我輩の所へ…」

魔女「ん?何か言ったか」

「…いや」

魔女「お前は、いい加減仕事をせい!王のくせに、魔界を何百年も放置しおって!」

「…。そう、だな」

魔女「そうじゃよ」

「まあ、そろそろ本職に戻らねば、側近の奴がうるさそうだ」

魔女「あやつも苦労人じゃの。さてわらわは…そうじゃな」

魔女「ずっと気になっておった、わらわに姿形の似た者たちの所へ、行ってみるとするかの」

「…!それは…」

魔女「…ああ。人間達の、世界へ…」



――――

黒猫「…」

黒猫(もう、遠い昔に過ぎたこと…か)

黒猫(それに…お前は、人の世で得たものがあったと。そう、言った)

黒猫(だから…これで良かったのだ)

黒猫「…」


遊び人「…ねえ」

遊び人「あたし、夢見てたのよ。魔女に呪われた時」

遊び人「なんか、陰気な子供の家にずっと居る夢…」

盗賊「…」

遊び人「いや、あれが子供だったのか、実のところよく分からないんだけど」

遊び人「だってさ、見た目は子供なのに、まるで――」

遊び人「まるで愛しい人の名前を呼ぶように、一人の男の名を呟いてるの」

遊び人「離ればなれの恋人を思うかのように、遠い目をして」

遊び人「何だったのかしら、あの子供」

盗賊「…そりゃ魔女の夢を、見たんだろ」


盗賊「愛しい人を失おうとしてる、魔女の夢を」


キャー ワー

踊り子「あ、子供が蹴鞠で遊んでる!」

マスター「最近、日が長くなってきたからな」



「次、わたしのばん!」

「じゃあその次はわたし!えへへ」

「それじゃ、いくよ?せーのっ」



「夜は月と、昼は太陽と
ぐるぐるぐるぐる
夜と昼は、互いを求めて追いかけ追いかけ」



月明かりの渓谷



「…昼と夜、互いに写し身産み落とし
互いの大事なものを手に入れた」

魔女「…か」

魔法使い「…」


パチ…パチ…


魔女「…なあ」

魔女「いずれ、わらわも死ぬ時が来る」

魔女「いつになるかは到底わからぬ。だが、その時はいつか必ずわらわにも来る」

魔女「そうしたら…」

魔女「命が巡って…その先のどこかで」

魔女「お前に、会えるだろうか」

魔女「………」

魔女「その時が来るまで、わらわはもう少しここに居ようと思う」

魔女「人間を眺めてみようと思う」

魔女「…隣に、お前は居なくとも」

魔女「朝顔と、一緒に――」

魔女「ふふ。可愛い、弟子と共に…」

魔法使い「…お、お師匠様っ!?」

魔女「…魔法使いよ」

魔法使い「は、はい」

魔女「人は、人が死ぬと、その体を燃やす。ちょうど、我々が今こうしているのと同じように」

魔女「死した者は空へ返り、天でまた生まれ変わり、そうしてまた、新たなる命として地上に生まれると信じられているからじゃ」

魔法使い「…はい」

魔女「そういう意味では、我々の考える命の流れと、本質的には同じ、なのじゃよ」

魔女「違うのは、表面だけじゃ。入れ物や、名前じゃ」

魔法使い「…そうですね」

魔女「………あやつの命も、こうして燃え尽きて」

魔女「また、いつか………」

魔法使い「………」

魔女「生と死の繰り返しこそが、生命の根幹じゃよ」

魔女「いずれ死ぬ…ということがあるから」

魔女「――こんなにも苦しく、こんなにも美しいものを心に残していく」

魔法使い「………」


魔女「あとは、わらわ一人でよい。お前は、使いを果たして来てくれ」

魔女「あの男、報酬を忘れて行きおった。全く呆けた男じゃ」

魔法使い「!」

魔法使い「はい!」タッタッタッ

魔女「まったく、嬉しそうにしおって」

魔女「わらわに似て、男を見る目がないのう」


魔女「のう…お前も、そうは思わんか………」


パチ…パチ…



魔法使い「ふう、準備よし」

魔法使い「城下町は、あの時以来ですね…」

魔法使い「………」

魔法使い「まったく、あの男は。最後までわたしに面倒をかけて」ブツブツ

魔法使い「仕方がありません。わたしが届けに行ってあげます」

魔法使い「本当に、しょうがないですね」イソイソ

魔法使い(会ったら、急に帰ってしまったこと、いっぱい文句を言ってあげますから)


魔法使い「………それでは」

魔法使い「コホン」



「″それでもいつでも昼と夜
互いを焦がれる気持ちなくならず
ぐるぐるぐるぐる回りに回る″…」

ヒュゥウン…




「時計ひと回り、季節ひと巡り、命始まりまた尽きて
それでも昼と夜ぐるぐる回る…」ポーン

「あー!しっぱいしちゃったー」

「こうたいこうたい!」


盗賊「………」

盗賊「…なあ」

マスター「ん?」

盗賊「朝顔の花言葉、知ってるか?」


踊り子「朝顔?朝顔は確かねえ…」

遊び人「何であんたが知ってんのよ」

マスター「お前、何者なんだ…」

踊り子「えっとお、朝顔はねえ、えっとお…あっ!」

踊り子「″愛情の絆″、だったはずー!」

盗賊「…ああ。そうだな」

盗賊「でもな、青い朝顔には、別の花言葉があるんだよ」

踊り子「えーっ?なになにー?」


盗賊「ああ………青い朝顔の花言葉はな――」











盗賊「″はかない恋″………だよ」














「次に回ってきた時にこそ、君に会えんと」

「次に巡った時にこそ、君に会えんと」


「時計も、季節も、命も巡る」



「――ぐるぐる、巡る」






























盗賊「その愛の花は…森の奥にひっそりとあった」

Fin

読んでくださった方、いつも乙をくれていた方、本当にありがとうございました。

例によって伏線が一部とっ散らかってますが、いずれまた違う形でスレを立てれたらと思っています。

もし良ければ、今回のスレの感想などお聞かせ下さい。


関連作
盗賊「むかーしむかし、ある城下町での、因縁の話だ…」遊び人「お願い、助けて!」

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