― 1 ―
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とめどなく降り注ぐお日様の熱が。
真っ白な砂に覆われ枯れた大地が。
そして――幾多もの傷を作った、僕の口の中が熱い。
“兎の耳”の連中は容赦なく僕を殴り、蹴りつけ、最後はこの白砂の大地へ放り投げた。
だが、こんな荒野で必死に育ててきた自分たちの作物を盗まれたのなら、それは仕方のないことだ。
悪いのは、ヘマをやらかした僕の方だ。
全身に走る痛みはおさまることを知らず、今は立つことすらままならない。
熱を帯びた大地が横たわる僕の身体を焼こうとも、身をよじる気力が湧かない。
何より、きゅうと締め付ける痩せこけた腹が、僕に“何でもいいから食ってくれ”“生きさせてくれ”と訴えかけている。
だが、そんな飢えを満たしたい望みすら、叶いそうにない。
このまま僕は野垂れ死ぬ。そうでなければ、この辺りに住まう怪物に食われて死ぬだろう。
物心がついたときから、僕は一人で放浪し、一人で生きてきた。
ここまで、よく頑張って生きてこられたと思う。
全身を襲うこの苦しさはいかんともし難く、そう思い込まなければすぐにでも気が狂いそうだった。
だが、最期の時が近付くにつれ……僕はあることを悔やむようになった。
自らの足だけでめぐり、一人ぼっちの視野で眺める世界なんて、ちっぽけでつまらないものでしかなかった。
欲を言えば、もっと生きて、もっとこの広い世界を見てみたかった。
この星に残された自然と寄り添い、生きていくことを決めたその日から、人類は自らを“許された人々”と呼んだ。
何を“許された”のか、僕は知らない。
僕がこの“狼の耳”を持って、生まれたことの意味も。
まだ生きたいと強く願っても、僕の意識は勝手に遠のいてゆく。
蒼と白で埋め尽くされた世界が、黒い幕によって覆われてゆく。
残念ながら、その時がやって来たらしい。
僕が最後に見たのは、空を舞う大きな鳥の姿だった。
やがて、僕の世界は真っ暗になった。
― 2 ―
傍らで倒れる“耳あり”の少年――私とおおよその歳は違わないだろうけど――は、未だに目を覚まさない。
やっぱり、もう手遅れだったのかな。
顔を覆うマスクの中で、大きなため息がついくぐもった時。
私はハッと我に返る。
そうだ、私は貴重な時間と、一食分の“培養粉末食”を無駄にしたんだ。
この旅の、先の苦労が増えただけだった。
あぁ、やっぱり耳のある奴なんて、助けようとするんじゃなかった。
いっそのこと、こいつを“飛行機械”の燃料にしてやるべきか。
私はそうやって、眼前の少年に対し……ただ冷徹に振舞おうとした。
そう。
この“耳あり”だって、自分たちを“許された人々”などとのたまう、愚かな人種の子どもに過ぎない。
古の道具を使うことでしか命を繋げない、そんな私たちを一方的に“耳なし”と侮蔑し、世界の隅へと追いやった奴らだ。
信用の出来ない奴ら。
だから、こんな狼耳の少年が一人死のうが死ぬまいが、私にはどうだっていいことなんだ。
頭の中で、そんな言葉を何度も何度もつぶやいた。
……それでも。
どんなに憎い“人間”だって、生きていてくれるに越したことはない。
この感情だけは、なぜか誤魔化すことができなかった。
― 3 ―
喉の内側で伝い焼けるような感覚が、僕に目覚めを促した。
飢えていた胃を、何かが満たしてくれたのだろうか。
そうでなくては、僕がこうやって目を覚ましたことに対する説明がつかない。
口の中は今でも痛む。
……痛み。
そうだ、僕はまだ生きているんだ。
それを理解した途端、かろうじて動かすことのできる目で、僕は周囲を見回した。
目に入ったのは、白砂の大地に鎮座するあの大きな鳥――ではない、二枚羽の何か。
そして、僕の傍らで腰を据える、一人の“人間”の足だった。
この人が僕を助けてくれたのだろうか。
僕は何か一言、礼を言おうと口をあぐあぐと動かすが、思うように声は出ない。
仕方なく、僕の目線は“人間”の足を離れ、やがて首元を仰いだ。
僕はギョッとした。
顔が、不気味な防塵マスクに包まれている。
そして、何より――この人には“獣の耳”がない。
代わりに、顔の両側面に小さな耳がついていた。
間違いない。
僕を助けてくれたのは、かつてこの星の自然と寄り添い、生きることを最後まで拒んだ人々の末裔。
“許された人々”が最も忌み嫌う存在、“耳なし”に他ならなかった。
ひとまずここまでです。
今朝書き始めたお話の進行形式の変更に伴い、スレの立て直しを行いました。
そそっかしくて申し訳ありませんが、今後もお付き合いいただけると幸いです。
― 4 ―
「……が、……う」
微かだけど、声が聞こえた。
よかった。
私は安堵の気持ちを抑え、自身の視線を傍らで倒れる耳ありの少年へと向けた。
彼は、私の顔を見て驚いている。
“耳なし”として生まれた以上、そんなことは最早慣れっこ。
もはや何とも思わない。
ただ、身体は動かなくても、耳ありの意識はしっかりしているらしい。
彼の震える眼差しが、マスクのくすんだレンズを隔てて私の目を見ていたから、よく分かった。
そして、彼が再び言葉を発した。
「あ……が、……う」
何を言っているのかは分からない。
“また”、私に対する罵倒の言葉かもしれない。
何にしても、彼の回復にはまだ時間が必要だと悟った。
だから、私も言葉を返すことにした。
「まだ、安静にして」
彼は、またしても驚いた顔をしている。
……一体、何なの。
今夜はここまでにします。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
― 5 ―
起伏の無い白砂の大地は、やがて落ちてゆく陽の色に染まっていった。
辺りが暗くなるにつれ、僕の全身の痛みが少しずつ引いてゆくのが分かる。
ただ、こんがらがった頭の中の整理には、まだ多くの時間を必要としそうだ。
驚いた点はふたつ。
僕を助けてくれた人が、耳なしだったこと。
そして、マスク越しに聞こえた声が、未だ成人迎えていない少女の声だったこと。
一体僕は、これからどう振舞うべきなんだろう。
傍らにいた彼女はつい先ほどここを離れ、今はあの大きな二枚羽に跨って何かをしている。
僕は、“耳なし”の姿を実際にこの目で見るのは初めてだ。
もちろん、彼女が片手に持っている、松明とはまた違った光を放つ道具だって。
もう片方の手で握っている、金属の道具だって。
そして、鉄と布でできたあの大きな二枚羽だって、僕が生まれて初めて見るようなものばかり。
何故だろう。心が無性にわくわくしてしまう。
“許された人々”を自称する僕の同類達のほとんどは、ああいった古の道具を今も使い続ける“耳なし”達を嫌っている。
どこかで聞いた話だと、それは脳裏に刻みこまれた“忌まわしい何か”を思い出してしまうからなのだとか。
だから、数に勝る彼らは昔、耳なし達を徹底的に弾圧したことがある。
そのせいで、元々数を減らしていた耳なしは、今や絶滅の危機に瀕しているとも聞いた。
当然……彼女達だって、そのことを今でも恨んでいるはずだ。
……だが、彼女はそんな“狼の耳”がついた僕のことを、助けてくれた。
何より、僕自身がこれまで、そんな“耳なし”達のことを忌み嫌うべき人々だと思ったことがない。
一人で生きることに必死だったという理由もある。
でも、僕が彼らから実際にひどいことをされたわけでもない。
“忌まわしき何か”なんてわかりっこないし、僕が彼女達を嫌う理由なんて、今はどこにもない。
何が言いたいかと言うと、僕はそんな因縁なんて関係なしに、彼女に対して素直なお礼の気持ちを伝えたかった。
そして、僕は目に映る彼女とあの大きな二枚羽を通して……。
感謝とはまた別の、今まで感じ得なかった感情が、胸の内からとめどなく溢れてくることも実感していた。
あとは、向こうが僕をのことをどう思っているかだ。
さっきはお礼の言葉を上手く伝えられずにいたけど……。
僕を助けてくれたことについても、本当は何か目的があったのかもしれない。
その真意が分かるまで、僕は彼女と慎重に接する必要があった。
今の行の開け方で、読みにくくはないでしょうか……
皆さん、大丈夫でしょうか?
もしご意見が御座いましたら、可能な限り反映致します。
― 6 ―
私は飛行機械の鼻先にあたるエンジンカウルの点検口から、ここ最近頻発しているエンジン不調の原因を理解した。
冷却水タンクの中で、たくさんの錆が浮かんでいた。
これが冷却水に混じっていたせいで、エンジンの冷却が追い付かなくなって、そこから湯煙が噴き出すようになってしまったんだ。
さっき見つけた、ラジエーターフィンの詰まりのこともある。間違いはないと思う。
こうなってしまった以上、早いうちにタンク内の冷却水を全て交換しなくてはならない。
「“水”か……」
私は困り果ててしまった。
なぜなら、このままでは冷却のために必要な水の工面なんて、到底できそうになかったから。
私がこの広大な荒野に迷い込み、既に二日が経つ。
60ノットの速度で休み休み飛び続けているけど、大きな川や湖は未だに見つかっていない。
幾つかの人里はあった。
でも、耳なしの私はそこに近寄ることができなかった。
……とにかく、このまま闇雲に飛び続けても、水源に到達する前に飛行機械のエンジンが限界を迎えてしまう。
事態は、思っていた以上に深刻だった。
性に合わない人助けをしている場合ではなかった。
今危ないのは、私の方も同じだったんだ。
そうやって、私が頭を抱えていた時……。
「ねぇ」
背後から声が聞こえた。
「……っ」
驚いた私は振り向きざま、右手に握っていたスパナを咄嗟に構えた。
既に喋ることのできる状態まで回復していたなんて、知らなかったから。
そんな私の姿を見て、顔中にあざをつくった狼耳の少年は怯えた様子を見せつつ、それでもこう続けた。
「か、川のある場所なら……知ってる」
「え……」
“それは本当?”
言葉が出かかったところで、私は自らの唇をきゅっと噛みしめた。
私は、耳ありなんかの力を借りるために、人助けをしたのではない。
それに、彼は私が耳なしだと知った。
ならばきっと、私を仲間の下にでも連れて行って、そこで皆でいたぶるつもりなんだろう。
私の故郷の仲間も、実際に何人かがそういう目に遭ってきた。
“耳あり”とは、結局そういう連中なんだ。
そんな、“耳あり”に対する私の不信感が、彼の差しだした救いの手を拒もうとしている。
それでも、彼はお構いなしにこう続けた。
「困ってるんだったら、案内するよ」
「……」
「二枚羽に“椅子”が二つも付いてるのは、こういう時のためなんでしょ」
……彼はさっきまで、一体どんな目に遭ってきたんだろう。
そう思えるほどに、彼の目元の腫れはひどいものだった。
ただ、その腫れによって半目となっているにも関わらず、こちらを見つめる彼の瞳は実に真っ直ぐだった。
少なくとも、嘘をついている目ではない。
「……それ、まだもう少し飛べるんだよね」
「……えぇ」
「だったら、大丈夫っ」
話を聞くと、その川は白砂の荒野に流れる数少ない河川の一つらしい。
なんでも、この周辺に住まう“兎耳”の集落の者が、定期的に取水に訪れる場所なのだとか。
距離はあるが、“君のその二枚羽があれば大丈夫”と、彼ははにかんで言った。
……どのみち、他に選べる手段なんてなかった。
だから、私は夜明けを待つことにした。
彼を後部座席に乗せて、一緒に川を目指すことにしたんだ。
やっぱり、私はここで終わることなんてできない。
“あの場所”に辿り着くまでは、いかなる手を利用してでも……。
一旦ここまでです
読んでくださった方、ありがとうございます。
― 7 ―
「す、すごいよ!」
「……」
「僕たち、本当に空を飛んでる!」
痛みの残る口内の傷も気に留めず、僕は興奮を抑えられなかった。
それまで、自らの足で踏みしめていた乾きの大地は今や、遥か下の世界にあった。
彼女が“飛行機械”と呼んでいたこの二枚羽が、鼻先の風車をせわしなく回す。
プロロロと音を立て、押し迫る風を滑らかに切り裂いてゆく。
そして、平方に広がる赤の大地。それは、眼前の雄大な朝日の赤だ。
かろうじて命を繋いだ僕は、生き延びた早々にこのような悦びを知った。
下半身を沈めた、椅子まわりが狭苦しい。
だけど、風を受ける僕の胸より上だけは、この世に生きる誰よりも自由になれたような気がしたんだ。
「……で」
「川はどこなの」
「……はっ、ご、ごめん」
分厚い板を隔てて前に座っている彼女が、冷淡な口調で僕に尋ねる。
そうだ……僕は彼女を、あの川まで連れて行かなくてはならないんだった。
彼女は常に前を向いているし、マスクも付けたまま。
そこから感情を読み取る真似なんて、僕にはできそうにない。
もしかして、一人で騒いでいたから彼女は怒ってしまったのだろうか。
そうでないことを祈りつつ、僕は彼女にそのつど方角を教えていった。
僕が川に行くための方角を知っていたことについては、ちゃんとした理由が二つある。
一つは、その川を僕が以前に訪れたていたこと。
もう一つは、その川の“匂い”を覚えていたことだ。
“獣の耳”がついた人々はそれぞれ、その耳に見合った力を持っている。
この荒れ果てた世界で、僕たちのような人間が版図を広げることのできた、一番の要因だ。
だから、狼の耳をした僕は、この“嗅覚”を以て匂いをかぎ分ける能力に長ける。
このように何もない荒野であれば、他の匂いが混じることなんてほとんどない。
多くの水を湛える川の匂いと乾いた砂の匂いなんて、どう考えても間違えようがない。
だから、川のある方角におおよそのアタリをつけることだって、僕には容易いことだった。
厚い雲の壁が、眼前に現れた。
彼女に貸してもらった“ごーぐる”と呼ばれる硝子の装飾で、僕はしっかりと目を覆っている。
だが、やがて飛行機械が雲の中に突入するときになって、結局僕は目を瞑ってしまった。
おそるおそる目を開ける。
すると、その硝子の向こうには細やかな無数の水の粒が顕在していて、僕の体を空気の白線がひゅうひゅうと撫ぜていった。
そうか……これが雲の中なんだ。
やがて僕たちは、そんな純白の世界の向こうへ飛び出した。
ごーぐるに付着した、水の粒を手で拭き取る。
眼下には、雲とは彩度の異なるくすんだ白の大地が再び広がっている。
そして、そのすぐ先には――“川”があった。
一旦ここまでです。
乙
改行ちょっと多いかな
>>65
ありがとうございます
やはり、一行ずつ開けた方が読みやすいのかもしれませんね
次に書く際、試しにやってみます
>>65
よくよく考えてみれば、行の開け方がどうこうというわけではなかったようですね(白目)
改行については今後善処いたしますので、どうかよろしくお願い致します
では、少しだけ再開します
― 8 ―
「“黒の塔”の場所?」
思ったとおり。彼はあからさまに、“何それ”とでも言いたげな顔をしている。
「……知らないのなら、いい」
それは、潤沢な水を湛える川のほとりで、彼と交わした数少ない会話。“箱”を通して簡易濾過した新たな水を、私が飛行機械の冷却水タンクに補充している最中のことだった。
「ねぇ、その……黒の塔って?」
……どうやら、彼に塔のことを聞いたのは間違いだったらしい。彼の好奇心に満ちた表情と今の発言を鑑みるに、私はこれから面倒な質問攻めを受けることになるだろう。
“それってどんな所?”“そこには何があるの?”“そこには誰か住んでいるの?”
実際、その通りに事が進んだ。
私は、それらの質問には答えなかった。
確かに“黒の塔”とは、私がこの旅の終着点として定めた場所で、この旅の目的そのものでもある。
けれど、その“黒の塔”という存在自体は確証のない、一種の“おとぎ話の産物”に過ぎなかったのだ。
だから、塔を訪れる確固たる理由があるとはいえ……。
古の科学にすがって生きる耳なしの私が、そんな“伝説”じみた話を信じて旅を続けているなんて……言えるわけがなかった。
「……もう、傷は癒えてるんでしょ」
一種の気恥ずかしさにも似た感情に耐えかねた私は、好奇の目でこちらを見つめる彼を突き放すように、そう言った。
「……う、うん」
「だったら、さっさとここを離れなさいよ」
「え、な……なんで?」
「当たり前でしょ。貴方は“耳あり”」
「う、うん」
「そして私は、“耳なし”なの」
これだけで、私の言いたいことは伝わったはずだ。
それに……私は彼の命を助け、彼は私を助けた。もうお互いに、貸し借りはない。
ここで別れ、無益な接し合いを避ける。ごく当然の選択だった。
「……一つ、聞いてもいいかな」
若干の間をあけて、彼が口を開いた。私が「何?」とあしらうように答えると、彼はこう続けた。
「君がさっき、僕に“塔”の場所を聞いたってことは……君もその“塔”の在り処を知らないんだよね」
……その通りだ。私がこうやって各地を彷徨い飛び続けているのも、その手がかりを調べるためなのだから。
「じゃあ、この先どうやって……その手がかりを調べるつもりなの?」
「……っ」
痛い所を突かれた。
実際ここに至るまで、私は“黒の塔”に関する有力な手がかりを掴めてはいない。
私だって、何の考えも無しに故郷を飛び出してきたのではない。ただ、当初の計画がある一つの“誤算”によって、実行困難となってしまっただけなのだ。
だから、私が“黒の塔”の在り処を突き止めるには、また別の手段を考えなくてはいけなかったのだが、未だにそれが思いつかぬまま……この荒野に迷い込んでしまっていたことも、また事実だった。
「ひ……」
“一人でなんとかする”
その言葉が口から出かかったとき、彼は驚くべき提案を私に発言した。
「だったら、僕は引き続き……君の旅に同行する」
それは、あまりに唐突のこと。
「これなら、万事解決だよ」
混乱するなと言われても、それは無理な相談だった……。
一旦ここまでです。
読んでくださった方、ありがとうございます。
このSSまとめへのコメント
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