京太郎「麻雀講座を受けに行こう」 咲「ぐれーとだよ」 (62)


咲「あれ、京ちゃん一人?」

京太郎「おぉ咲か。お前こそ一人かよ、せっかくの修学旅行だってのに。
    まあお前友達少ないもんな。自由行動時間はつらいよな……」

咲「ちがうよ! 私の趣味に友達をつき合わせるのは悪いから一人で行こうと思っただけだよ」

京太郎「趣味って?」

咲「あのね、近くに好きな作家さんの文学館があるんだ」

京太郎「ああ、そういうやつか。お前も好きだね~。和とか優希誘えば来てくれるんじゃねーの?」

咲「二人ともクラスの子と回るって言ってたし……」

京太郎「まあそうだよな。うん、ドンマイ」

咲「あの二人が友達多いだけで、私は普通だからね」

京太郎「わかってるよ。でも一人で行けんのかよ。極度の方向音痴なのに」

咲「う……大丈夫。札幌は道路が規則正しくてわかりやすそうだし」

京太郎「不安すぎるぞ」

咲「この日のために地図だって買ったんだから。ほら、今ここにいるでしょ?
  それでここが目的地だから……この電車でこう行って……あれ?」

京太郎「……」

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咲「昨日シミュレートしたときはうまく行けたんだけどなぁ……」

京太郎「そこなら俺の行き先と方面同じだし、案内してやるよ」

咲「え、いいの?」

京太郎「いつものことだしな」

咲「ありがと」

京太郎「よし、じゃあまず駅だな。はぐれんなよ」

咲「うん……あ、京ちゃんはどこ行くの?」

京太郎「あー、俺も友達につき合わせるの悪いから一人でちょっとな」

咲「なに、気になるんだけど」

京太郎「……まあ咲ならいいか。部の奴らには内緒な。雀荘だよ」

咲「えぇ……修学旅行に来てまで麻雀?」

京太郎「いや、ただ打ちに行くわけじゃなくてさ。ネットの裏話で聞いたんだよ。
    絶対強くなれる麻雀講座やってるって」

咲「なにそれ。騙されてるんじゃないの?」


京太郎「まあほんとだったら儲けもんぐらいのつもりだけどな。
    でもそういうのにも縋りたいぐらいに最近は頭打ちでなぁ……」

咲「みんなに教えてもらって1年生の最初の頃よりずっと強くなったでしょ。
  そんな怪しいところに頼らなくても……」

京太郎「染谷先輩が引退してもう部内の最上級生なわけで、
    いつまでもお前らに頼りっきりってわけにもいかないだろ」

咲「スタートがみんなより後なんだから、まだまだ教わってもべつにいいと思うけど」

京太郎「そりゃそうだけどよ、竹井先輩とか染谷先輩には基本から応用までみっちり教わったし、
    和のデジタル講座も受けたし。あとは地力で模索するしかないだろ」

咲「私も教えたのに……」

京太郎「あー、ありがとな。一応参考にはさせてもらってるけどよ、
    咲と優希のは感覚的すぎて俺には難しいんだよ」

咲「そっか」

京太郎「それでみんなの知らない間にレベルアップを果たして、
    目に物見せてやろうってわけだ。だからみんなには内緒な」


咲「うーん、相談してみてもいいと思うけど」

京太郎「あいつらに知られてみろ。“そんなものに頼ってる暇があるなら牌効率を……”
    “そこまで落ちぶれたか”とかこき下ろされるに決まってる」

咲「……そうかも。でも心配だなぁ……あ、じゃあ私もついてく」

京太郎「は?」

咲「先に京ちゃんの方に行って、変なこと吹き込まれないか私が目を光らせてるよ。
  その代わり終わったら今度は私の方につき合ってよ」

京太郎「いや、いいのかよ」

咲「変なところだったらすぐ引き上げよう。大丈夫そうってわかって、
  時間掛かるようなら途中で文学館の方に行くから」

京太郎「まあそこからならさすがに迷わないか……」

咲「自由行動の時間もけっこうあるし。そうしようよ、ね」

京太郎「そうだな、俺としても咲がいてくれた方が不安もないしな。悪いな、じゃあ頼む」

咲「持ちつ持たれつ、だね」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


京太郎「――ここだな」

咲「なんだか年季の入った建物だね。やってるのかな」

京太郎「予約したから大丈夫なはず……」

咲「ねえ、麻雀講座とか何も書いてないよ。ほんとにこの雀荘?」

京太郎「だから噂話のレベルなんだよな。店のサイトとかもないし。電話したらOKしてくれたけど」

咲「料金とかも書いてないけど」

京太郎「ああ、普通に打つときと同じ場所代だけでいいって。
    場合によっては他にかかるらしいけど、そういうケースはまずないって言ってた」

咲「うわ、ますます怪しい。場所代って普通500円ぐらいでしょ?
  それじゃ店員さん一人分のお給料にもならないよ」

京太郎「そう言われると不安になってきたな……料金の他は現地でしか教えられないって、
    ほとんど情報ないんだよ。もしカモられそうになったら代打ち頼むぞ」

咲「えぇ……」


京太郎「ま、そんなんなる前にちゃんと断るって」

咲「もし暴力沙汰になったら京ちゃんを盾にするから」

京太郎「はいはい。しっかりお守りしますよ、お姫様」

咲「ちゃんと110番はするからね。このケータイで。私のケータイで」

京太郎「ようやく自分の買ったもんな。でも出番がないことを祈る」

咲「あ、またバカにして。電話ぐらいはもう簡単にできるよ」

京太郎「そういう意味じゃねーって。いや、たまたま修学旅行の行き先でこういう噂を見つけて、
    なんか運命じみたもの感じてるんだよ。だからマジ話であってくれってな」

咲「ふふ、そんなオカルトあるといいね」

京太郎「よし、入るぞ」


爽「いらっしゃいませ~」

京太郎「あ、どうも。予約した須賀ですけど……」

爽「あーはいはい。ご予約の須賀様……あれ、お連れ様――って、宮永さん?」

咲「え……あ! 獅子原さん! お久しぶりです」

京太郎「知り合い?」

咲「去年のインターハイの相手校の人だよ」

京太郎「……あ、和の友達のアイドルチックな人がいるとこの」

爽「なんだ、宮永さんの彼氏だったのか」

咲「あ、いや、違います。同級生で、同じ高校の麻雀部で」

京太郎「あ」

爽「んー? 予約じゃ18歳って聞いたけど。宮永さん今2年だよね。それで同級生ってことは……」

京太郎「……」

咲「え、京ちゃん、なんでそんなサバよんで」

京太郎「いや、こういうとこって若いと舐められそうじゃん。制服だし」


爽「困るなー。普通に打つ分にはいいんだけど、講座の方は18歳未満はやってないんだよなー」

京太郎「そこをなんとか、ダメですかね……修学旅行で来た今しかチャンスがなくて」

咲「長野じゃ来る機会なんてまずないもんね……」

爽「そういや長野代表だったっけ。須賀くん、でいいよね。君も普段宮永さんと打ったりしてるの?」

京太郎「あ、はい。部員少ないんでほぼ毎日」

爽「ふーん、なるほどね……わかった、君らは高校受験に失敗して浪人したわけだ。
  だから高2だけど18歳、と。なるほどなるほど」

咲「え?」

爽「そうだろ?」

京太郎「……あ、はい!」

爽「よし、じゃあ奥の小部屋でやろうか。ま、ちょっとした顔馴染みとその連れだしね」

京太郎「すいません」

咲「あ、ありがとうございます……いいのかな」

京太郎「助かった……」


爽「さ、じゃあ卓について。宮永さんも講座受けたいの?」

咲「あ、私は付き添いで」

爽「そうだよね。宮永さんには必要ないだろうし、こっちが指導受けたいぐらいだ」

咲「いえ、そんな……」

爽「まあ最初は説明とか確認があるから、お目付役として一緒に聞いてるといいよ。
  あ、悪いけどお客様扱いはしないよ。敬語苦手だし」

京太郎「それはもう全然っす」

咲「店員さんって獅子原さんだけですか?」

爽「いや、一応さっきのホールに店長がいるよ。って言っても70過ぎのばあちゃんだけだけど。
  ここも趣味でやってるような地元民しか知らない店でさ」

京太郎「どうりでサイトもないわけだ」

爽「腰悪くなったっていうから私がバイトに入って切り盛りしてんの。
  ほとんど客来ないから楽なもんだけど。でもそれじゃさすがにバイト代も心配になるからさ」

咲「それで講座をやってるんですね」

爽「そういうこと」

京太郎「すいません、俺たち修学旅行の合間に来てるんで時間が限られてて……
    早速講座のこと聞きたいんですけど、どんな特訓メニューがあるか教えてくれませんか」

爽「メニュー? そんなもの……ウチにはないよ」


京太郎「え? いや、普通こういうのって打点上げメニューとか待ち読みメニューとか」

咲「何切るとかだよね。あ、戦術論の講義なんですか?」

爽「違う違う。お客さんを見て私が決めるんだよ。何をどれくらいやるかをね」

京太郎「なんすかそれ。客の都合ガン無視ってことっすかぁ?」

咲「この後行くところもあるし……」

爽「ふーん……そのマメ、相当打ってるね」

京太郎「えっ!?」

爽「だいぶ練習頑張ってるみたいだな。でもなかなか実戦で結果がついてこない。
  裏目るのが嫌いで手に柔軟性がない。役作りに不安があるから鳴きを躊躇して判断がブレてしまう」

咲(当たってる……)

爽「左手も見せて」

京太郎「あ、はい……」

爽「うーん、牌が手につかなくて調子を落としてるみたいだ。あと放銃を怖がって日和り気味だね。
  同じぐらいの麻雀歴で何度も役満を和了ってる人がいることにコンプレックスもあるのかな」

京太郎「うおぉ! 全部当たってる!」


爽「ま、一言で言えばスランプだな」

咲「どうしてわかるんですか!?」

爽「私は両手を見れば打ち筋や調子が大体わかるんだよ」

咲「まさか……」

爽「君らの県にもいたよな、癖とか仕草とかで手を見抜く人。
  あんな感じでそういう観察が得意な奴もいるってことだ」

京太郎「すっげぇ……」

爽「よし、じゃあ始めるか。なに、30分もあれば終わるよ」

咲「あ、場所代だけでいいって聞いたんですけど」

爽「おっと、それ説明すんの忘れてた、あぶねーあぶねー。基本的にはそう。
  ただ、講座を受けるにあたって君自身に賭けてもらう必要がある」

京太郎「え、賭けるって……」

爽「歳とか立場によって変わってくるけど……んー、テンピンってとこだな」

咲「……なるほど、そういう仕組みですか」

爽「実力を上げるには実戦が一番いい。ただ漫然とやるよりリスクありのマジ勝負がいい。
  そういう意味だよ。だから負けたら当然負け分は君が払うことになる」


京太郎「テンピンって」

咲「1000点100円。ちょうど0点なら3000円の負け。ウマとか焼き鳥とかあればもっと。
  京ちゃん、やめた方がいいよ。私もそれでお年玉巻き上げられたもん」

爽「それでプラマイゼロの力を身につけたんだって噂だね。
  崖っぷちだからこそ特殊なスキルをゲットできたんじゃないの?」

京太郎「……」

咲「それは――」

爽「安心しな、これまで講座でマイナス出したことは一度もないよ。
  夏休みからちょこちょことしかやってないけどさ」

京太郎「あ、まだそんなに数はやってないんですか」

爽「複数人いっぺんに教えたりできないからね。あんまり連続するのも無理だし。
  だからあんまり話広まっちゃうと困るんだ。君らも今日のことは秘密で頼むな」

京太郎「勝ったらどうなるんですか?」

爽「プラス分は君と店で折半だ。5000円ならその半分、10000円でもその半分が君の懐に入る。
  修学旅行の土産代ぐらいは稼げるかもな」

京太郎「おお……」


咲「京ちゃん、そんなうまくいくはずないから」

爽「ウマとかトビ賞もあるから東風戦1回でもそのぐらいいくことあるぞ」

京太郎「あれ、講座って東風戦1回で終わりですか?」

爽「親連なしの4局勝負ってところだな。須賀くんは基礎的なことはもう十分
  身についてるみたいだからな。それだけ打てば一回り強くなれるはずだ」

咲「獅子原さん相手にそんな虫のいい話ないですよ……」

爽「あ、言っとくけど私は教える立場だから相手には入らないよ」

咲「じゃあ誰が打つんですか?」

爽「ネトマで相手募集するんだよ」

京太郎「東風戦親連なしなんて、人集まりますか?」

爽「そうだな、その上この店のルールでってワガママきいてくれる奴じゃないとダメなんだよなー。
  でも毎回すぐ集まるもんでさ。腕自慢の奴はルールにこだわらないんだろうね」


咲「え、じゃあ卓は使わないってことですか?」

爽「いやいや、実際に卓で打ってもらう。
  卓の牌の状況をパソコンと連動させて……まあやればわかるか」

京太郎「うーん、いや、でも……」

爽「まだ料金は発生してないから、準備してる間にやるかどうか決めといてよ」

咲「え、どこ行くんですか?」

爽「店長がさー、卓の横に機械なんか置かないって言って、
  パソコン隣の部屋にしか置いてくれないんだよ。毎回調整しに行かないとだめなんだ」

咲「はぁ……」

爽「こっちは従業員以外立入禁止だから。戻るまで牌触って考えてて」


咲「……京ちゃん、甘い話には罠があるんだよ?」

京太郎「いや、そんな稼ごうなんて思ってないけどよ」

咲「テンイチとかせいぜいテンニならまだしも、高校生がやるようなレートじゃないよ。
  こんなの受けたらバカだよ」

京太郎「そんなに言うほどのレートか?」

咲「愚レートだよ」

京太郎「お前賭けにはすごい拒否感示すよな」

咲「普段の練習でも強くなってるんだから、賭ける必要なんかないって」

京太郎「いやでも、受講料とかない分勝ったら店の売り上げになるんだろ?
    賭けるのもしょうがないし、東風戦1回だけならもし負けても本来の受講料ぐらいだろ」

咲「そうかもしれないけど……」

京太郎「俺の弱点っていうか悩んでるとこピタリと当てたし、実力もあるのわかってるし」

咲「……大体こういう講座って根拠のない精神論とかセオリーを押しつけるだけなんだよね。
  もし先輩たちとか和ちゃんの教えと反対のこと言われたら、すぐやめて出よう?」

京太郎「あ、ああ……え!?」

咲「なに、どうしたの?」

京太郎「これ……この牌、すげー手に吸い付くぞ! こんな手になじむ牌、
    麻雀始めてから大会でも雀荘でも触ったことねーよ! 咲、触ってみろよ!」


咲「普通の牌にしか見えないけど……あ、ほんとだ! いつも使ってるのと違うね」

京太郎「すっげー気品に満ちた牌だぜ。例えるなら神社のお姫様の麻雀デビューのために特別に
    あつらえた牌っつーか。三十路手前でついに結婚したトッププロを祝う記念の牌っつーか」

咲「かなりの高級品だねこれは」

京太郎「こんな牌で打てればそりゃもう……うおぉ~、ツモ良いィ~!」

咲「確かに気分良くてツモも乗ってくる感じがするかもね。象牙かな」

京太郎「体の一部のようになじむわー。もう指が牌に合わせて形変えてんのかってぐらいだ。
    なんか早く打ちたくて指先が熱くなってきたぜ……」

咲「あはは、大袈裟な……あれ、京ちゃん、なんか指に文字が……東……?」

京太郎「あ、あれ……盲牌しすぎたせいかな、親指に跡がついちまった。
    ん……浮き出ちまって消えねえ……こすってもこすっても浮き出てくる!」

咲「親指だけじゃないよ! 他の指にも字牌とか索子の模様が! 左手もだよ!」

京太郎「なんだあぁ~!? 手の平にもぎっしり浮き出てきたぞ! 萬子も筒子も全部だ!」

咲「なに!? どんどんくっきりしてくよ!」

京太郎「うおおおぁ! 手が熱ちぃ! 手があぁ!」

咲「京ちゃん!」

爽「まあまあ落ち着いて」


咲「獅子原さん! 京ちゃんに何をしたんですか!」

爽「落ち着きなよ。手に跡がつくのは一時的なものだって。
  その牌は象牙ならぬ熊の牙を練り込んである特別製なんだ」

咲「熊……?」

爽「アイヌでは熊は神聖な動物でね。そういう霊的な力を持つ、本来儀式なんかに使う
  珍しい牌なんだよ、それ。もちろん自動卓にも使えるようになってるよ」

咲「それが、なんで」

爽「今のは須賀くんが力を最大限発揮できるように、牌が手になじんだんだ。
  同時に手の方も牌を覚えたんだな」

咲「手が……覚える?」

爽「なんでも使ってるうちに手にぴったりフィットして使いやすくなるだろ?
  この牌はその順応性が非常に高いんだよ。物理的にも精神的にもね」

咲「……そんなオカルトな」

爽「宮永さんに効果がなかったのは、宮永さんの手がすでにどんな牌にでも即座になじむ、
  雀士として最高の手になってるからだ。さすがだね」

咲「え……」

京太郎「咲! 手の熱が吹っ飛んだぞ! すげー良い状態だ、これなら徹マンでも鈍らなそうだ!」


咲「跡がなくなってる!? 京ちゃん、手、なんともないの?」

京太郎「おう。最近部活の後も雀荘とかで練習してたせいかマメとかで指硬くなってたけど、
    それもなくなって適度な硬さになってるんだよ」

咲「ほんとに!? 洗牌とかツモだけであんなに跡がついてまたすぐ消えるなんて……」

京太郎「生まれて初めてこんな良い牌に触れれば、興奮して力入りすぎて跡ぐらいつくって。
    ハンドやってたときなんかもっとどぎついボールの跡ついてもすぐ消えてたしな」

咲「そっか……」

爽「さ、じゃあ実際に打ち始めようか。いいかな?」

京太郎「はい。お願いします」

咲「あの、ルールは」

爽「ウチの基本ルールでやってもらうけど、高校麻雀――インハイルールとほとんど同じだよ。
  ほい、ルールブック渡しとくよ。でもあんま時間ないんだろ?」

京太郎「大丈夫っす。アリアリってのだけわかってれば」

爽「よし、じゃあ須賀くんが起家だからサイ振って。
  宮永さんは須賀くんの後ろの椅子に移動してくれるかな」

咲「あ、はい」

京太郎「他家は空席のままですか?」


爽「ああ。この卓には特殊な仕掛けがしてあってね。こっちで動かした牌やサイのデータが
  向こうのパソコンに送られる。パソコン上で動いた分はこっちの卓にデータが送られる。
  そうなれば自動で卓の牌が動くって仕組みだ」

京太郎「俺だけ実際の卓で打って、他三人はネトマで卓が成立するってわけですか」

咲「そんなことできるの……」

爽「ギミックについては企業秘密だな。それでさ、私は最初に方針だけ伝える。
  あとはその方針に沿って地力で打ってみてくれ。
  適宜助言もするかもしれないけど、細かくどっちを切れとかは言わないよ」

京太郎「ほんとに実戦形式なんですね。講義とかよりそっちの方がいいけど」

爽「他の席には誰もいないから、その気になればカンニングできるわけだ。
  当然だけどそれはするなよ。そんなんじゃ強くなれないし、それやったら罰符は10倍な」

咲「あはは……私は口出ししたらまずいですか?」

爽「須賀くんから聞く分にはいいけど、まずは須賀くんが地力でね」

京太郎「わかりました。それじゃ……スタート!」

咲「これ配牌とか壁牌も今パソコンと同じになってるんですよね。ネトマでやればいいんじゃ……」

爽「高校の大会なんかはリアルばっかりだろ。いくらネトマで強くてもリアルじゃそこそこ、
  なんてよくある話で、逆もまた然りだ。五感の使い方も違うからね」

咲「それはわかります。あ、じゃあ他に三人面子揃えれば」

爽「助言とか聞かれてまともな勝負にならないって」

咲「あ、そうですよね……」


京太郎「よっし、4局しかないからな、まずは1回和了りたいところだな……」

爽「それじゃあ最初は三色で和了ってもらおうかな。もちろん同刻じゃなくて同順な」

京太郎「へえ、そんなんでいいんですか。もっとこう、倍満和了れとかいうのかと」

咲「それは厳しすぎじゃない?」

爽「三色はめちゃくちゃ使い勝手の良い役だからね。役牌や喰いタンが難しいときなんか重宝するよな。
  三色の使いどころの上手さは、麻雀の上手さのけっこう重要なバロメーターだよ」

京太郎「なるほど。じゃあとりあえず北から……」

咲(配牌3向聴、三色狙うなら一二三しかないね。順子はないけど幸い塔子は各色揃ってる)

京太郎「うおっ! マジで他家の牌がひとりでに動いてる……」

咲「技術の進歩はすごいね……」

爽「配牌からして三色見えてるし、けっこう簡単かな」

京太郎「……まあ字牌も少ないし、三色作ることを考えれば配牌はなかなか良い、かなり良いっすよ。
    でも両面は一つだけで残りは嵌張と辺張だし、ツモが噛み合ってないっすよこれ」

爽「違う違う、鳴き三色だよ」

京太郎「え、門前じゃなくていいんですか? 鳴き三色なんて三面子固定されちゃうし、
    他に役つけにくいんですよねー。鳴きたくねーなぁ、引いて来ないかな……」

咲「あ、出た」

京太郎「……チー。しょうがねーや。でも所詮鳴き三色なんて苦肉の策っつーか、
    門前でどっしり構えられない逃げの姿勢っつーか……ツモ良いイィ~!」


咲「えっ!」

京太郎「ドラの九索引いて順子できたぞ。そしてまたチー! まさか次のツモ……またドラだぁー!」

爽「……」

京太郎「この牌と卓で副露するからか、右に寄せるときにすげー運気が上がった気がするんだよ!」

咲「えぇ……」

京太郎「それで良いツモ引いて来れんのかな。それでまた鳴きに勢いがつく。
    鳴きがツモを、ツモが鳴きを引き立てる!」

京太郎「ツキを呼ぶっつーんですかぁ? 相乗効果っつーんですかぁ?
    例えるなら三尋木プロと針生アナのコンビ! 野依プロに対する村吉アナ!」

京太郎「こーこちゃんの実況に対するすこやんの解説の“ふくよかすこやかインハイレディオ”
    っつー感じっすよぉ~!」

爽「いいねいいね。調子が上がって何よりだ」

咲「ね、ねえ京ちゃん、その牌で打つとそんなに気分良いの? ちょっと私にもカンさせてよ」

京太郎「やだよ。貴重な副露の機会を譲れるかよ。お前も受講すればいいじゃねえか。
    仮にトビ寸前になっても自分で打つもんね~。へへ~、このツモで……ドラが暗刻だ!
    くう~、麻雀続けててよかった~!」


咲「くっ……さんざんレディースランチとかつき合ってあげたのに……
  しょうがないや、獅子原さん、私も後で1局打たせてもらっていいですか」

爽「了解……でも鳴きの躊躇癖を克服できるのは、その苦悩を抱えてる須賀くんだけだよ」

咲「え?」

京太郎「苦悩……? そういえばいつも鳴くと役がつけられなくなったり安牌がなくなったり……」

爽「須賀くん……索子は切らないことをお勧めするよ」

京太郎「あれ、あまりにツモが良かったんで俺が一番手進んでると思ってたけど……
    対面の捨て牌、いや全体的に索子高いな……って、リーチ来ちまった!」

爽「あれはまず索子の染め手だろうな。かなりの多面張と見た。
  最悪8面張ぐらいあるかもな。さすがに九蓮の9面張はないだろうけど」

京太郎「うう……でも2回鳴いてるからツモ牌入れて打牌候補は8枚、
    雀頭の八萬以外はあと全部索子だし……」

咲「京ちゃん、無理しないで! 賭けてるってこと忘れないで!」

京太郎「そうだよな……ここはテンパイ崩して八萬切りだ」

爽「ふふ、逃げ切れるといいな」

京太郎「よっしゃドラ……って、また索子引いてきちまった! また八萬切るしかねえ」

咲「これで手牌全部索子、次またツモっちゃったら……」


京太郎「おいおい、そういうこと言うと……ほら来たァ! どーすんだよこれ!
    ドラ切れば張れるけど、これはぜってー切れねえ……」

爽「これはめくり合い現象だな。麻雀の神様が勝負をドラマチックにしようと、
  佳境に入ると勝負手の奴同士が危ないところ引き続けてハラハラするんだよな~」

京太郎「くっ……どうすっかな……」

爽「ま、宮永さんならこういうときも決まってるだろうけど」

咲(私ならドラをカン――したいところだけどこの形じゃ嶺上牌で和了れる気しないし……)

京太郎「そうか!」

咲(あっ……ドラがどんどん重なったのって、引いたんじゃなくて引かされてた……?
  去年獅子原さんと対局したときの牌譜で、末原さんがアタリ牌を連続で引いたことがあった)

京太郎「暗槓なら搶槓ないし、三索引いてくれば――」

咲(あのときはネリーさんが和了ったけど、あのまま続いてたらきっと役満に振り込んでた。
  あれ、上家の捨て牌……やけに么九牌が少ない。これで九索暗槓って……)

京太郎「ワンチャンあるな」

咲「京ちゃん! だめ!」


京太郎「カン! 新ドラは――げっ、これも索子かよ! 怖えぇー」

咲(あ、さすがに国士の搶槓はなかったか。でもドラが増えたから対面に乗って数え役満まである……?)

咲「これで手牌5枚のうちから1枚選ばなきゃ……どんどん追い詰められてるよ!」

京太郎「い、いや……違うぞ咲、ツモったぁ!」

咲「えっ!?」

京太郎「三色・嶺上開花・ドラ4で6000オール! やったぜ!
    リンシャンなんて咲みたいだな。俺ひっさびさに和了ったよ」

咲「あれ、ほんとに三索引いてきてる……」

京太郎「大体こういうときに競り負けて振っちまうことばっかで、鳴くの怖くなってたんだよな。
    結局役作れなくて形式テンパイのままってこともよくあったし」

爽「たまたまそういうことが重なっただけで、長いスパンで見れば自分が競り勝つことだってあるさ。
  それに役がつけられなくても、牽制になって他家がオリたら十分効果があるんだよ。
  リンシャン、海底、役牌重なりみたいに後から役がついてくるラッキーもあるしな」

京太郎「そうですよね……なんか俺、鳴きへの抵抗感なくなったかも」

爽「……それはよかった。じゃあまた次の局の調整してくるから、ちょっと待ってて」

京太郎「……はぁ~、すっげーよあの人。竹井先輩とかも指導者としてオーラ持ってたけど、
    獅子原さんもマジですげえ、天才だぜ!」

咲(いや……やっぱり異常だよ。さっきから異常すぎるよ……)


爽「さ、対局を続けようか。今回は親連なしのルールだから、和了ったけど北家になるよ。
  この局は……染め手でいこうか。あ、べつに鳴かなくても構わないからな」

京太郎「おぉーし、染め手なら染谷先輩直伝の……あ、この配牌……」

咲(萬子と字牌で10枚、面子もできてる。普通なら絶好のホンイツ手。でも……)

京太郎「あの、そのー、今更だけど赤ドラ入りなんすよね。五筒2枚に五萬と五索が1枚ずつ」

爽「そうだよ。赤ドラの入れ方はいろいろあるけど、この4枚が最も一般的な形で、
  インハイルールにも適用されてるね。ルールによっては筒子の2枚だけとか各1枚ずつとか、
  赤ドラ3種揃えて和了る赤三色ってローカル役とか色々派生してるみたいだけどな」

京太郎「これ萬子でホンイツに向かったらいずれ赤五筒切ることになりますよね……
    いや、ジンクス的に俺、赤五筒切れないんですよ……」

咲(染谷先輩なら染め一択、優希ちゃんも東場なら向かうだろうな。
  和ちゃんならツモ次第、竹井先輩は萬子のホンイツの形作ったのにあえて五筒単騎ってところ)

京太郎「ドラを惜しんで和了れなかったら元も子もないってのはわかってるし、
    普通のドラとか他の赤五ならまだいいんだけど……ほら、筒子は2枚じゃないっすか」

爽「普通のドラの方が多いけどね」


京太郎「普通のドラは4枚あるから1枚ぐらいいいかって。
    でも赤五筒は2枚しかないのを2枚とも揃えたらレア感あるじゃないですか」

爽「その気持ちはわからなくもないかな」

京太郎「切ってからもう1枚引いちゃって、雀頭にすればよかった~ってこともよくあったし、
    相手も赤引くの期待してそこらへんの面子残してることが多いから、
    テンパイして切った赤五筒がアタリだったことも数え切れないぐらいあるんすよ」

爽「ふーん」

京太郎「ドラを切るとしばらくドラ引けないって人もいるみたいだし、
    そういうの考えてたらもう赤五筒切るとツキがなくなる感覚になって……」

咲「とりあえず最初のツモ引いたら? ネトマとつながってるんなら相手待たせちゃうし」

京太郎「そうだな……あっ、二筒! だめだ、これ絶対後で赤五筒もう1枚引く流れっす!」

咲「……切れないんならさ、普通に平和かタンヤオ系でいいんじゃないかな……」

爽「……ま、人それぞれ譲れない打ち方ってのはあるよな。それならそれで好きに打っていい。
  染め手ができなくても和了っちゃっていいよ」

京太郎「え、いいんですか」

爽「ああ。次の局の七対子講座でも代用は利くしな。じゃあ私はまたちょっと調整してくるから、
  次の局行くときは呼んでな。もしかしたら掃除とかで最初のホールの方にいるかも」

咲「……」

爽「でもね……“神はその人が耐えることのできない試練を与えない”んだよ……」


京太郎「神……? クリスチャンなのかな……あっと、とりあえず九筒切っとくか」

咲「かなりの長考だったね。相手の人怒ってないかな……」

京太郎「くっそ~、俺認めてんだよ、あの人のコーチの腕は。でも切れねーよなぁ……
    赤五筒切りか……いや、だめだ!」

咲「ジンクス持ってたのはラッキーだったかもしれないよ」

京太郎「ん?」

咲「さっきから異常だと思わないの? 怪しいよ」

京太郎「怪しいって何がだよ」

咲「手に牌の跡がついたと思ったらマメがなくなったり、
  ドラを4枚連続で引いた挙げ句に嶺上開花で和了ったり」

京太郎「そうか? 阿知賀の松実さんとか咲ならあるだろ、そのぐらい。
    インハイとか見てるともっとすごい偶然に出くわすしよ」

咲「それはその人のスタイルだから……京ちゃんがそんなのできたことはないでしょ。
  それに私、さっき嶺上牌が見えなかったんだ。あれで和了れるはずなかったのに」

京太郎「ネトマが元になってるからじゃないのか? お前ネトマだと相変わらず読み悪いし。
    打ってるのは俺で、お前は卓についてないしな。赤五……だめだ、一索で」


咲「あのねえ、私は竹井先輩が卒業前に言ってたことを思い出してるんだよ」


  久『まこは客商売も長くやってるし、したたかなところあるけど……
    1年生はみんな良くも悪くも純粋で、ちょっと心配ね。
    私がちょっとからかって騙したときもすっかり信じちゃってたし』

  久『いい、詐欺に遭う人っていうのは騙され癖がついちゃうのよ。
    1回騙されたから警戒するんだけど、どこかでそれを取り戻す分の甘い話を期待しちゃう。
    それで詐欺師と引かれ合っちゃうの……みんな、気をつけてね』


京太郎「咲! 獅子原さんが詐欺師だって言うのかよ!」

咲「しっ! 聞こえちゃうよ……まだわからないけど、怪しいって言ってるんだよ。
  最初に大勝ちさせていい気にさせといて、後で毟ってくのは詐欺師の常套手段だから」

京太郎「うーん、怪しいかねえ。赤五……いやダメだ!」

咲「毎回赤五筒に手をかけて長考してないで、早く一萬とか切っちゃいなよ」

京太郎「そうなんだよ、切れねえんだよ。
    でもなんか思わず切りたくなっちまうんだよ、この赤五筒――」

咲「あっ! なんで切っちゃったの!」


京太郎「いや、そうだよな、この状況で切れるわけがねーんだよ……
    でもなんか勝負したくなるっつーか……!」

咲「ほら下家の人に鳴かれちゃったよ。上家からもリーチ入ったし、もう危ないって」

京太郎「ツモは……一萬か……勝負!」

咲「ちょっと! 西家の一発目に生牌の西って!」

京太郎「そうなんだよ! こんな危ないとこ、いつもなら切りっこねーんだ!
    でも切れば切るほど萬子が入ってきて、どんどん赤く染まってくんだよ!」

咲「今度は普通のドラまで! いつアタってもおかしくないよ!」

京太郎「勝負所で日和らず危険牌通すと、ご褒美で良い牌来て手が高くなってく気がするんだ!
    例えると、優希に煽られてまずそうなドリアンジュースに挑戦してやったら、
    みんなが同情してお菓子分けてくれたり飲み物一口くれたりするっつー感じかよぉ!」

咲「ウソ……これ、ホンイツどころか……」

京太郎「次々萬子ツモってくるよぉー! もう字牌なんかいらねえ!
    2枚目の赤五筒引いたけどもう用無しだ! 後悔なんか欠片もねえぞ!」

咲「メンチン張っちゃった……あ、でも他家だって張ってるんだから!
  ここで四七索なんか引いちゃったら確実に振り込んじゃうよ、ここはダマで」

京太郎「とおらばリーチだ!」

咲「京ちゃん!」


京太郎「さあ来い! 一発で――来たァ! んん~、ツモ良いイイィ~!」

咲「和了れちゃった……リーチ・一発・ツモ・チンイツで倍満……」

京太郎「9飜なんて久々に和了ったぜ。最近は勝負手で日和ってオリてばっかだったからな……
    そうだよな、行くときはドラだろうとぶった切って勝負しなきゃ縮こまっちまうよな」

咲「京ちゃんの日和り癖がたった1局で……」

京太郎「あれ、まだ牌が動いて……そういやリーチしてたんだったな。
    自動的に裏ドラが表示され――」

咲「まさか!」

京太郎「う、裏も萬子だぁー!」

咲「暗刻にモロ乗りしてる!」

京太郎「三倍満なんて和了ったことあったか!? マジですげえよ!」

咲「これで決まりだね。スランプの京ちゃんが指示どおり打つだけで
  2連続でこんな高い手和了れるわけないよ。しかもヘタな役満より出にくい三倍満を。
  何を企んでるかわからないけど――」

京太郎「おい咲、何やってんだ!」

咲「雀卓のコンセントを――引っこ抜くッ!」


京太郎「あっ、あと2局も和了りたかったのに!」

咲「獅子原さんの言ってたことが本当かどうか、これでわかるはず……」

京太郎「……お、おい、なんだよこれ! コンセント刺さってないのに卓が動いてるぞ!
    洗牌してるし、新しく牌が出てきたぁ!」

咲「サイコロも回り始めたね。これで決まりだよ。獅子原さんは詐欺師だった。
  どういうカラクリかわからないけど、イカサマしてるんだよ。たぶん他家の三人もグルなんだ」

京太郎「イカサマって、さっきから俺ばっかり和了ってるのにかよ」

咲「それは……あ、今までどおり牌が自動で動き始めた――」

京太郎「げっ! 親のダブリーだとぉ!?」

咲「っ! 京ちゃん、配牌は?」

京太郎「ダメだ……イマイチだ。喰いタンも役牌も無理そう、鳴き三色やイッツーも見えねえ!
    親ッパネも和了った、三倍満も和了った、でもリードを守り切れる気がしねえよ……」

咲「まぁでもあと2局だし――あっ、まさか!」

京太郎「どうした?」

咲「ルールはインハイとほとんど同じって言ってた……つまりちょっと違うところがあるってこと。
  じゃあどこが違うの……? ルールブック見せて!」


京太郎「あ、ああ、これだ」

咲「……アリアリ……赤ドラ……喰い変え…………ああっ!」

京太郎「なんだ?」

咲「頭ハネじゃない! トリプルロンまでありだ!」

京太郎「三家和で流れじゃねえのかよ!?」

咲「そっか、これだと現状44000点のプラスが2局あればすぐ巻き返せるんだ。
  イカサマで、例えば2局とも全員から倍満でも和了られればトビとウマの分も合わせて……
  役満なんかもやられたとしたら……ハードカバー10冊分ぐらいは負けちゃう!」

京太郎「何切るか……」

咲「いっそ他家の手牌見ちゃう……? いや、バレるようになってるのかも。
  罰符10倍って冗談だと思ってたけどほんとに取られたり……まさかそれが狙い!?
  だとしたら80000点の支払い……ダメだ、危険すぎるよ」

京太郎「やべぇ、こういうのって長考しすぎると勝手にツモ切りしちゃうとかあるんじゃねーの!?」

咲「待ってて! とにかくパソコン止めてみるから、何も切らないままにしてて!
  もし勝手に切られちゃうようだったら、時間ギリギリで字牌から切って!」

京太郎「おい、そっちは立入禁止って――」


咲(このままじゃ巻き上げられちゃうし、勝手に入るしかないよね……
  獅子原さんは……いない。あれ、打牌の音が聞こえる……ホールの方から……?)

咲(ドアちょっとだけ開けて……そーっと見てみよう……
  やっぱりいた! なんだろ、テレビでなんか見てる……)

爽「くくっ……いいねいいね。マジでウマイわ」

咲(あの画面……遠くてあんまり見えないけど、あの特徴的な前髪は加治木さんだ!
  表情もなんか驚いてるっていうか、絶望感が漂ってるよ……
  きっと加治木さんも前に獅子原さんに騙されて毟られたんだ!)

爽「ん~……」

咲(なんだろう、手に何か持ってる。鋭くて光って……刃物!? え、まさか、投げ――)

爽「――ふっ!」

咲「ひゃぁっ!」

咲(横の壁に刺さった! もうちょっとこっちだったら顔に……気づかれた!?)

爽「……おい、そこで何してんだ?」

咲「うわわ! 早くパソコンを止めなきゃ……あ、これだ!
  画面がいろいろゴチャゴチャしてる……ネトマはどれだろ……これかな」

爽「立入禁止って言っただろ! おい、なんでパソコンの前に……見たな?」


咲「……」

爽「そのパソコンに触るんじゃねー! ただじゃおかねーぞ!」

咲(ひっ! 怖い……でもお金はともかく、こんな目に会って京ちゃんが麻雀嫌いになったり、
  麻雀部やめちゃったりしたら……絶対私がなんとかしなきゃ!)

咲「そ、それはこっちのセリフです! イカサマ使ってどうするつもりなんですか!」

爽「あぁ?」

咲「こんな対局中止に――」

咲(えっ……もう7巡目!? 長考もなしで普通に進んでる!)

咲「京ちゃん! なんで普通に打ってるの!」

京太郎「我慢できねえ、放銃は怖いけど切らずにはいられねえ!
    捨て牌を選ぶときのスリルと、狙いどおりに牌が重なるときの快感がたまらねえよ!
    ツモ順が回ってくる度に幸せを感じるぅ! こんな打ち方ができるとは!」

咲「切るのは待って! 京ちゃん手を止めて!」

京太郎「また対子ができた! 幸せだぁ! 幸せの繰り返しだよぉ~! ツモ良いイイィィ~!」

咲「だめ! もうみんな手が出来上がる!」

京太郎「え……下家、ツモ切りリーチだと!?
    げっ、上家が鳴いて白と発揃っちまった! しかも中が見えてねえ!」

咲「勝負しちゃだめ! 三人にアタる!」


爽「おまえなぁー!」

咲「いやぁ!」

爽「はぁ……ちょっと口開けろ」

咲(なんか取り出した……大きめの固形薬!? なにあの毒々しい紫色、絶対毒だよね……
  そうだ、秘密を知った探偵は命を狙われるんだ。詐欺がバレた口封じに消されちゃう……)

爽「そんなにイヤがるなよ。強引に開かせるぞ」

咲(もうダメだ……京ちゃん、ごめん……)

爽「とくと味わえ」

咲「うぅ…………あれ、甘い……」

爽「うまいだろ、ハスカップキャラメル」

咲「……おいしい……」

爽「さっきからアドバイスしすぎ。須賀くんに聞かれるまでは口出しするなって言ったろ。
  心配なのはわかるけど、それでも食べてちょっと落ち着きな。そんでちょっと黙っときなよ」

京太郎「おい咲、三人かわして和了ったぞ! 七対子・赤1で安いけど、和了られるより何倍もいいや。
    チートイって最終的に二択を迫られるし、2向聴あたりから進まないのじれったいと思ってたよ。
    暗刻崩すのもなんかもったいないしな。でもそれで手が偏ってたんだな。考え直したよ」

咲「えぇー!?」


爽「そりゃよかった。チートイは鳴けないし安いけど、
  敵のテンパイをかいくぐりながら手を進めるには最適なんだよ」

京太郎「実感しました!」

爽「危険牌を抱えて手に組み込むのも楽な方だし、安牌も広く残しやすい。
  一盃口とか暗刻系狙いから変化しやすいし、ドラが乗れば必ずダブルってメリットもあるしな」

京太郎「はい。毛嫌いしないで使ってみます。やっぱ回し打ちってスリルあっておもしろいですね」

爽「そこも麻雀の醍醐味だな」

京太郎「うまくかわせたときは最高にかっこいいんですけど、
    見当違いの牌を抱えてたら恥ずかしいから、ついベタオリになっちゃうんですよね~」

爽「そこらへんはとにかく打つのと、見て学ぶんだな。幸い長野には良いお手本がいっぱいいるし。

咲「お手本……?」

爽「それにしても、呼べって言ったのにもう次の局が始まってたからビビったぞ。
  ま、イメトレしてたのがちゃんと調整に反映されたみたいだけどな」

咲「イメトレって」

爽「私の見たところ、加治木さんってチートイの使い方の上手さは随一だな。全国レベルあるだろ」


咲「え、あれ毟ったのを見て楽しんでたんじゃ……」

爽「そんな趣味ねーよ。いろんな映像つなぎ合わせたから、そういう場面も入っちゃったんだよ。
  そもそも毟った張本人おまえだろ」

咲「あ、考えてみればそこの映像制服だったっけ。去年の長野決勝かぁ……」

爽「その後の合宿の映像とか、ちょっとしたルートで手に入れてね。
  そうそう、パソコン確認しないとな。ほら、ちょっとどいて」

咲「あ、はい……」

爽「いろんなとこいじりやがって。止めるにしてもどこクリックすればいいか見りゃわかるだろ。
  機械音痴だなー。あー、やっぱ書き込みしちゃってる」

咲「え、書き込みって……?」

爽「見たんだろ? いろんな掲示板とかコメント欄にユキをステマする書き込みしてんの」

咲「はい?」


爽「でもおまえがクリックしたせいで自演バレちまった。もっと時間置いてから書き込むつもりだったのに。
  せっかく良い感じでユキってかわいいよねって流れに持ってけたのによー」

咲「はぁ……? あの、さっき何か刃物投げましたよね」

爽「あ? ああ、ダーツか。ドアの横に設置してあるの見えなかった?
  暇つぶし用なんだけど、テレビ見ながらでも手癖でやっちゃうんだよな」

咲「えぇ! 危ないじゃないですか!」

爽「電子にしようって言ってんだけど、年寄りはアナログを残したがるからなぁ」

咲「私刺されるんじゃないかって……」

爽「あっちのドアはまず使わないんだよ。客が出てくるなんて思いもよらないし」

咲「……じゃあ、ほんとに京ちゃんがスランプ克服できるように、ただそれだけで……?」

爽「こんなおもしろいゲーム、負け続きで嫌いになっちゃったらもったいないだろ?」


咲「……そうですね。あの、さっきから気になってたんですけど、
  背中に大きな羽っていうか翼が……」

爽「え? あ、やっべ、興奮しちゃってステルスできてなかったか……」

咲「もしかしてホヤウカムイってやつですか?」

爽「おぉ、知ってんの?」

咲「前に読んだ本でそういう話が出てきたので」

京太郎「ああ、中学のとき咲に見せられたな。でっかい翼がかっこいいんだよな」

爽「アイヌの神様なんてマイナーな存在だと思ったけど、二人とも知ってるとはな……
  しょーがない、なんか誤解されてるみたいだし、そこらへんも踏まえて説明するよ。
  ただし他言無用だぞ。麻雀講座のことも、賭けのことも、私のことも。約束できるか?」

咲「え、あ、はい」

京太郎「元々そのつもりでしたんで」

爽「あのな、さっき見たやつの他にもアイヌの神様――カムイがたくさんいてさ、
  いろんな力を持ってるわけ。それを使ってさっきみたいな超常現象を可能にしてるわけだ。
  手とか牌とか卓とか。いや、これマジな話ね」

咲「最新技術とかよりよっぽど納得できます」

京太郎「和は理解できないだろうな……」


爽「元はというと、小さい頃にカムイに助けてもらってさ。下手すると命に関わるところを。
  それから何かと世話になってるんだ」

咲「麻雀専門ってわけじゃないんだ……」

爽「でもせっかくだから自分だけじゃなくていろんな人の助けにならないかと思ってさ。
  いろんな事件に首突っ込んで解決してるうちに、カムイの力をうまく応用できるようになった」

咲「正義感強いんですね」

京太郎「黄金の精神だな」

爽「でさ、さっきも言ったけど麻雀ってすっげーおもしろいじゃん。
  私は麻雀一本に絞る前はありとあらゆるテーブルゲームで遊んできたんだ。
  ダーツとかビリヤードなんかもハマった。でもやっぱり麻雀が一番おもしろいと思ったね」

京太郎「それは同感です。スポーツならハンド、ゲームは麻雀がベストっす!」

爽「麻雀でも最初は自分が和了るのに使ってたんだけど、ちょっと後輩が麻雀嫌いになりかけてね。
  初心者としては十分頑張ってたんだけど、部でも大会でも格上とばっかり当たるからなぁ。
  それで自信持ってもらおうと思ったのが講座の始まりだな」

京太郎「なんか親近感が……」

爽「須賀くんみたいに身近に逸材が揃ってると、上手くなっても本来より実感湧きにくいからな。
  上達の秘訣はとにかく楽しむことだってのが私の経験則だから、いい目に会うのは大事だよ」


咲「でもそのカムイのおかげで和了れてたってことは、明日からは元通りなんじゃ……」

爽「まあさっきみたいにバシバシ和了れはしないけど、この講座で鍛えるのはメンタルなんだよ。
  私は自信を取り戻すきっかけを作っただけで、それを明日からも生かせるかは自分次第だね」

京太郎「メンタルが大事って竹井先輩にもよく言われたなぁ」

爽「それにカムイはあくまで手助けするだけ。考えて選んだのは自分の力だ。
  たぶんアドレナリンが過剰に出たりはしてるけどね」

咲「普通に振り込んでた可能性もあったんですね」

爽「場合によってはこんな風に和了れるかもって体験をしてもらうことで、
  希望を持って楽しめるようになるかなってね。
  数打ってればこのぐらいのバカヅキはマジでたまにあるし」

京太郎「逆に俺もダブリーでずっと和了れなかったことあるな」

咲「でも京ちゃんが克服したことって、先輩たちも和ちゃんも言ってたことなのになぁ……
  私だってちょっとは近いことアドバイスしてたし……」

爽「気を落とす必要なんかないよ。そういう下地があったからすぐにできたんだ。
  そうじゃなきゃ東風戦1回で済まないって」

咲「……」

爽「おおかたちょっと上手くなってライバル意識が芽生えてきて、
  同年代女子の指導に素直に従えない男の子の意地が出たってとこだろ」

京太郎「う……」


爽「みんなに鍛えてもらってたのを、たまたま私が最後の止めを刺したってこと。
  須賀くん、みんなに感謝しなよ」

京太郎「それはもちろん」

咲「それならまあ、いいのかな。あ、そういえばカムイさんたちは牌とか動かしてるだけですか?
  実際の対局の内容はほんとにネトマだったり……?」

爽「もちろん。配牌は卓の方が基になってるから、支配が及んでたりはするんだけどね」

京太郎「その力込みで稼いで、なんかいいのかなって気もしますね」

爽「いいんだよ。そういうオカルトもあるって前提のコミュニティなんだから。
  向こうとしてもご自慢の力で毟ってやろうと思ってんだ。負けても自己責任だって」

咲「まあ、自分で望んで参加してるんならそうですね」

爽「こっちとしても講座でそれなりの相手が欲しいから、需要と供給が成り立つだろ。
  ま、私の方が一枚上手だけどな。相手が三人見つかると毎回心の中でお客さんに言うわけだ――」

咲「?」

爽「カモ連れてきたぞ!」

咲「ぷっ!」

京太郎「……」

爽「――ってな。カモとか言って負けちゃったら恥ずかしいけどな」

京太郎「身に覚えが……」


咲「でも危なくないですか? 獅子原さんも強いですけど、ものすごく強い人が来ちゃったら……」

爽「大丈夫だって。大体ネトマでは力も半減するみたいなんだ。
  私みたいに変わりなく使えるのは珍しいんだって。
  雷のカムイのおかげかな。実物の卓と連動させてるのがいいのかもな」

咲「そうなんですね……」

爽「この時間で低レートだし、来るのは私みたいな暇な大学生か、ちょっと悪い遊び覚えたての
  背伸びした高校生ぐらいだろ。そりゃ永水の人とかプロとかが来たらやばいけど、
  そういう陽の人らはネットの場末の陰コミュニティなんかに来ないって」

京太郎「巫女さんが賭け麻雀はイメージ崩れるな……」

爽「それにしても、ユキのアイドル計画の邪魔してくれたのは許せないな。
  私が卒業して札幌に来たから、こうやってネット上でしか力になれないんだぞ」

咲「あ、ごめんなさい……」

爽「そういうわけでおまえも臨時広報係になってもらう。覚悟してもらうぞ」

咲「え、えぇ!?」

爽「さ、須賀くんは対局を続けようか」


京太郎「オーラスは――ここにきてクズ配牌かよ。なにィ~? 中張牌から切るんですかァ~?
    チャンタ系なんてそうそう和了れるわけが……ツモ良いイイイィィ~!」

爽「ふふ……」

京太郎「北海道に来てよかったぁ~! やっぱり麻雀って楽しいよな!」

咲「……はぁ、心配して損したよ」

爽「ほらほら宮永さん、手が止まってるぞ」

咲「は、はい!」

爽「せっかく最新のスマホ持ってんだから、どんどん書き込んでよ」

咲「えっと、ユ……キ…………ちゃ……ん…………か……わ……いい、っと。
  ふう、ペンで書けば数秒で済むのに。ケータイって不便だなぁ……」

爽「次はカワイイJK雀士ブログな。あ、5回に1回ぐらいは“咲ちゃんかわいい”にしてもいいよ」

咲「そんなことしませんよ!」

京太郎「清老頭和了れた! 役満コンプレックス解消だあぁ!」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


京太郎「――今日はありがとうございました」

咲「お世話になりました」

爽「いやぁ、こっちも儲けさせてもらったし。はい、約束の分。一応集計表も入れといたよ」


  +76(得点)
  +20(オカ)
  +20(ウマ)
  +30(トビ×3)
計 +146


爽「そのうち半分と場代は引いてあるから」

京太郎「いいんですか。最高のレッスンしてもらってその上……」

爽「いいんだって。ちゃんとリスク背負った結果だよ」

咲「でも歳もごまかして……」

爽「気が引けるんなら口止め料ってことにでもしときなよ。先輩からの餞別でもいい。
  ま、あぶく銭には変わりないから、修学旅行の思い出にパーッと使っちゃえばいいんじゃねーの?」

京太郎「……そうっすね。ありがたく使わせてもらいます!」

爽「ご休憩代で消えちゃったりしてね~?」

京太郎「ちょ、何言ってんですか!」

咲「都会の喫茶店とかってそんなに物価高いんですか!?」

爽「うひひ、宮永さんはカワイイねぇ。それじゃね、また縁があれば」


京太郎「じゃあ咲の方行くか。待たせちまったな」

咲「……よかったね、レッスン受けられて。帰ってからの部活が楽しみだよ」

京太郎「そうだな。まあいきなりは結果出ないかもしれないけど、
    モチベーションはかなり高まってるぜ。早く部活で打ちたいよな」

咲「あ~あ、私は空回りしちゃったよ……」

京太郎「咲もレッスン受けてたじゃん、スマホ講座」

咲「もう! 他人事だと思って……」

京太郎「ごめんごめん。まあありがとな、いろいろ。なんだかんだ咲がいると心強いわ。
    お礼に今日の旅行費用は俺が持つよ。臨時収入もあったしな」

咲「え、それは悪いよ」

京太郎「いいっていいって。江戸っ子は宵越しの銭は持たねえ」

咲「京ちゃんは長野っ子でしょ……でも賭け事の儲けだしなぁ」

京太郎「気にしすぎだろ。昔は違法だったかもしれないけど……2016年頃はまだ違法だったんだよな」

咲「うん。2016年なら何歳だろうとレートがどうだろうと、賭け麻雀は違法だよ」


京太郎「でも今やだいぶ緩和されたじゃねえか」

咲「獅子原さんはいいけど、京ちゃんも私もまだ18歳になってないんだから」

京太郎「推奨だろ。合法だよ。罪悪感なんて持ってたら、
    無理を聞いてくれた獅子原さんの心意気に水を差しちまうしな」

咲「そんなの“限りなく黒に近いグレーなおためごかし合法賭博”だよ」

京太郎「長げえよ」

咲「グレー賭だよ」

京太郎「柔軟な対応だ……けどよ、俺が独り占めするわけにもいかないんだよ」

咲「なんで?」

京太郎「獅子原さんもさ、咲が対局したことある知り合いだったから講座受けさせてくれただろ?
    お前がいなきゃ対局も成立しなかったわけだ。
    これは二人の稼ぎってことだな。二人でパーッと修学旅行を満喫しようぜ」

咲「……そっか。うん、じゃあ今回だけ特別。よろしくね」

京太郎「おう、任せろ」

咲「あ、文学館の観覧料はいいからね。
  高校生ならかなり安いし、なんとなくそこは自分で出したいかなって」

京太郎「好きな作家さんへの誠意ってか? 律儀だなあ」

咲「うん……でもその後はお土産とかいっぱいたかっちゃうよ」


京太郎「そうしてくれ。あ、今山分けしちゃうか?」

咲「いいよ。男の子が出した方がカッコつくんでしょ?」

京太郎「そんなことも言ったなぁ。じゃあ食べたいものとかあったら遠慮なく言ってくれよ」

咲「うん!」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



◆対面 -30

淡「……おこづかいが…………いいもん、1ヵ月分くらいくれてやる!」



◆下家 -52

怜「……生きるんてつらいなぁ……次はレートをダブル、いやトリプルやな」



◆上家 -64

佳織「だからやだって言ったのに……毎回うまくいくわけないよぉ。
   マイナスでも智美ちゃんが払ってくれるって約束したよね?」

智美「このくらいでは泣かないぞ……ワハハ……」



カン!

元ネタはJOJO4部「イタリア料理を食べに行こう」

カムイと雲のスタンド+黄金の精神+タフな性格+下ネタOK
スピンオフ第6弾『雀女の奇妙な冒険』の主人公は爽くんですね
雀士にスタンド使いが多いのは菫さんの仕業だと思う

グラッツェ~

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