【モバマスSS】薫「おうちにかえろう」 (29)

モバマスSSです。

エロもグロも有りませんがちょっとバイオレンス。

苦手な人は閲覧注意でお願いします。

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「薫ちゃーん、今日おしごとでしょ? 途中までいっしょかえろっ」

「うん!いいよーっ!!」

帰りの会が終わり、下校の準備をしていた龍崎薫が、
クラスメイトで友達の由美子に一緒に下校しようと誘われ、笑顔でそれに応じた。

ランドセルを背負い、共に下駄箱に向かう二人。

話題は、先程の帰りの会で教師に強く言い含められた諸注意の件である。

教師曰く、ネットでとある都市伝説が拡散して、
その内容を怖がった一部の低学年の生徒が登校拒否をして、
学校に来なくなる問題が発生している、との事だった。

教師は、都市伝説と言うのは昔話の様な物なので、真に受けないように。
ももたろうを読んで怖がる人はいませんよね??と、
噛んで含めるように生徒達に言い聞かせていた。

「わたし、そのねっとのお話、どんなのか知らないけど、ゆみちゃんは知ってる??」

と、薫が由美子に尋ねた。

龍崎薫はアイドルである。

しかもかなりの人気を誇り、毎日学校の後はレッスンに仕事に大忙しだ。

その所為か些か世の中の事に、疎い。


尋ねられた由美子が若干怯えた様子で、都市伝説の内容を語り始めた。

由美子によると、子供が夜に一人で出歩くと異世界の神様に目をつけられて、異世界に連れて行かれる。

異世界はこの世界とそっくりだが、何もかもが少しづつ違っている。
一度連れて行かれた子供は一生そこで暮らさなくてはならない。
実は5年生のある女子生徒の友達が、隣の学校の生徒が一人連れて行かれたのを目撃してしまったらしい、etc,etc…

おっかなびっくり語る由美子。

すると、後ろの方からクラスメイトの拓也がその会話を聞きつけ、二人にちょっかいを掛けてきた。

「知ってるかー!? いせかい、ってのは何でも逆さまなんだぜ!!」
「お前らブスだから向こうの世界に行ったら、モテモテなんじゃねーの!?」

笑いながら、二人のランドセルをガチャガチャと揺らし、拓哉が言う。

「ちょっとー、たくや君、やめてよー!!」
「かえりの会で、先生にいうよ!!」

薫は、いつも何かあるとちょっかいを掛けてくる、この男子が少し苦手だ。

女子の必殺技、帰りの会による告発吊るし上げを宣言された拓哉は、流石に怯んでランドセルから手を離し、

「なんだよーっチクリ魔ーっ!!そんな事言うと、いせかいに連れて行かれた時、もどる方法、教えてやんねーぞ!!」

と、威張る様に胸を張り、ドヤ顔でそんな事を言ってきた。

「もどる方法??」
「そんなのあるの?」

女子達が食いついて来たのを見て、気を良くした拓哉は、

「へへん!上の兄ちゃんから聞いたんだ。 兄ちゃんはスゲェんだぞ!! 一日、パソコンの前に座っておかると??の勉強をしてんだ!!」

多分、それはあまり褒められる事ではない兄の自慢をひとしきりした後、拓哉は、

「いいか? いせかいに迷い込んだらこっちの世界で自分の事をだいすき、って言ってくれた人を探すんだ」

ふんふんと頷く薫と由美子。

「いせかいでは何でも逆さまになってるから、そいつは迷い込んだやつがだいっきらいなんだ」
「そいつを殺して、全身に血をあびるんだ!!」

バーッとポーズを取る拓也。

「えー!!」
「ころしちゃうの!?」

過激な発言に目を丸くする女子二人。

拓也は、へへん、と鼻を鳴らし、

「こっちの事きらいなヤツなんだから、別にいいじゃん。 それに、血をあびれば呪いも解けて、
元の世界にもどるから、はんざいにも問われない、だぜ!!」

兄から聞いた説明を、丸々自分の知識の様に自慢げに語る拓也。

「えー」
「でもー…」

なお、二人が拒否感を示していると、

「なんだー、お前らビビってんのか??俺なんていせかいに行けば…」
と、拓哉が何か語りだした所で、

「こらーっ!! 拓哉っ!!貴様掃除当番はどうした!!!!」
と、副担任の男の先生が箒を手にこちらに走って来るのが見えた。

それを見て拓也は、
「やべっ!! 捕まっちまう、二丁目の広場でマモル達とサッカーのやくそくしてんだ!! じゃあな!!」
言うなり、すごいスピードで教師から逃げ出してしまった。

それを呆然と見送る二人。

「おそうじさぼっちゃいけないんだよー…」
「わたし、たくや君きらーい。いつもイジワル言ってくるんだもん…、ブスとか言うし…」

ブサイクと言われたからでは無いだろうが、薫は頬を膨らませて、不機嫌さを顕にした。


薫は、自分の事を特別可愛いと思ったことはない。

が、せんせぇ、
この場合、学校の教師ではなく、薫の担当のプロデューサーの事である。

そのせんせぇが、何時も薫の事を

「薫は本当に可愛いなぁ」

と、笑顔で頭を撫でてくれるのが、薫は大好きだった。

ブサイクと言われるのは、何か、そのせんせぇの行動まで否定されている様で、とても嫌だった。

「大丈夫だよー…、薫ちゃんはかわいいよー!」

由美子が慌ててフォローを入れる。

「かわいくなくっちゃアイドルやれてないでしょ??ねっ??」

と、薫を慰めてくれた。

「じゃぁ、何でたくや君はあんな事いうのかなぁ…」

薫が尚も不機嫌そうに言うと、由美子は、

「あはは、きまってるじゃん!たくや君、薫ちゃんの事すきなんだよー!!
男子って好きなおんなのこにすーぐちょっかい出してくるじゃん!!」

と、笑って言った。

薫は納得できない様子で、

「えー…?? でも、せんせぇは薫の事だいすきって言うけど、何時もやさしいよー…??」

と、飽く迄その意見を否定したい様だ。

「それは大人だからじゃないかなぁ。こどもの男子はそういうものなんだよ、きっと」
9歳とは思えない大人びた事を言う由美子。

「それなら薫…、大人の人がいいなぁ」

言いながら薫は、大好きな自分のプロデューサーの顔を思い浮かべて、赤く頬を染めた。


駅前で由美子と分かれ、電車で仕事場所のテレビ局へ向かう。

時間がある場合は、事務所に寄ってからプロデューサーと合流して仕事場所に向かうが、
今日は時間も無く、プロデューサーも忙しいので薫一人だった。

彼は一人で数十人のアイドルを抱える多忙の身だ。

その担当アイドル達には、一人で出来る事は一人でやる事を求められる。
幼い薫と言えど、例外ではない。

薫は問題なく時間通りに現場入りし、スタッフの指示通りに動き、仕事をこなした。


9歳にして既に、立派なプロのアイドルである。


仕事が終わり、薫はスタッフに元気に挨拶して笑顔で見送られる。


ポケットの携帯電話の時計を見ると、7時を少し回った所だった。

何時もならばプロデューサーが迎えに来てくれるのだが、今日はどうやら何時も以上に多忙の様だ。

薫は、こう言う時の為にあらかじめ渡されていたタクシー券を使い、事務所へと向かった。

しばらくは後部座席の窓の外を眺め、流れていく街の灯りをぼーっと見ていたが、
仕事の疲れもあり、ウトウトとし始め、薫はいつの間にか寝てしまっていた。

「お嬢ちゃん、ついたよ」

肩を揺り動かすタクシーの運転手の声にハッ、と目覚めた薫は、
丁寧に運転手にお礼を言い、券を渡して車から降りた。


そして、事務所に入ろうとすると、薫はなんだか変な違和感を感じた。


周りを見渡すと、事務所の看板の文字が訳の分からないぐちゃぐちゃの文字になっていた。

昨日見た時にはちゃんと、【346プロダクション】と書いていた筈なのだが。


(かんばん屋さんがまちがえて直しちゃったのかな??)


薫が頭を捻りながら事務所に入ると、
同僚のアイドルの双葉杏と森久保乃々が中から元気に駆け出して来た。そう、元気に。

「あ、杏おねーちゃん、乃々おねーちゃん、おはようございまーっ!!」

業界人の挨拶は、何時如何なる時もおはようございます、だ。

薫がそう元気に挨拶をすると、二人は負けないくらい元気に、そう、元気に、

「おはよう!薫ちゃんお仕事お疲れ様っ!!」
「おはようございます!乃々たちもこれからラジオの収録なんですよっ!頑張ってきますね!!」

と、勢い良く挨拶を返してきた。

薫が、何時もと違う二人のテンションに圧倒され、えーっと、と頬を掻く。

何時もの二人はもっとこう、杏はダルそうで、乃々はもっと仕事に対して消極的だった筈だ。

薫が不思議に思っていると、二人は、じゃあね!と爽やかに告げ、やる気満々の様子で事務所から駆け出して行った。


それを呆然と見送りながら薫は、

(なにかいいことでもあったのかなぁ……??)

と、頭を捻るのだった。




中に入り、事務所の前のホワイトボードに向かう。


何時もは、ここに書かれた自分の名前に記された予定を確認したり、
自分が居るか居ないかを確認出来る様に、名札を入れ替えたりするのが事務所の決まりだ。


しかし、薫は、ホワイトボードを見て愕然とした。

一つとして読める字が無い。 
表で見た看板と同じ、グネグネとした意味のわからない字がホワイトボードに並んでいる。

一体何がどうなっているのか薫には理解不能だった。

(かおる、急におバカになっちゃったのかな?字がよめなくなっちゃったのかな??)

涙目で必死にそのの字を解読しようと、ウンウン唸りながらホワイトボード睨みつけていると、
薫はあることに気づいた。

平仮名らしき文字があり、それは逆さまにひっくり返せば読める普通の平仮名になった。

し、とか、へ、とかの分かり易い文字が有ったのが幸いした。

ふと気づき、ランドセルに仕舞っていた可愛い柄のポシェットから小さい手鏡を使い、
ホワイトボードを覗き込むと、そこには見慣れたアイドル達の名前と予定表が書いてあった。

やはり逆さまの鏡文字だったのだ。

でも、何故こんな事を。
不思議に思い考え込む薫に、ある記憶が蘇ってきた。



異世界はこの世界とそっくりだが、何もかもが少しづつ違っている。

「知ってるかー!? いせかい、ってのは何でも逆さまなんだぜ!!


子供が夜に一人で出歩くと異世界の神様に目をつけられて、異世界に連れて行かれる。




一度連れて行かれた子供は一生そこで暮らさなくてはならない。



ゾッとした悪寒に襲われ、ガタガタと震える薫。


すると、急にその肩をポンッと叩かれた。

薫は、ひゃぁ!!っと短い悲鳴を挙げ、慌てて後ろを振り向いた。


そこには何時もと変わらない猫耳を付けたアイドル、前川みくが居た。

「薫チャン、こんな所でボーッ立ったまんまで、何をやってるのにゃ??」
「みくおねーちゃん!!」

何時もと変わらない様子のみくを見て、やっと安心した薫は、みくの腰にぎゅっと抱きついた。

「どうしたの、薫チャン?? 随分甘えんぼさんだけど」

と、薫の頭を撫でるみく。

優しい何時もの手触り、良かった何も変わってない。
ここは異世界なんかじゃなかったんだ、ホワイトボードも何かの間違いだったんだ、
杏達も、何かたまたま良い事があっただけだろう、そうに違いない。

そう思い、何とか薫も落ち着いてきた。

するとみくが、

「そうだ、薫チャン、もう今日は夜ご飯食べた?? まだならみくと食堂でも行くにゃ!!」
と、みくに誘われた。

薫は嬉しそうに、

「うん!行きまーっ!!」

と、元気に手を挙げ、みくと手を繋ぎながら食堂に向かう。

「かおるねぇ、チキンライスが食べたいなぁ、みくおねーちゃんはー??」

と、ご機嫌でみくに聞いた。

それを聞いたみくは、

「うーん、そうだにゃぁ…、そいえば、サンマの活きの良いのが入ったみたいだから、サンマ定食にするにゃぁ!!」

と、涎を垂らしそうな表情で笑って言った。

その瞬間、えっ、と顔を強ばらせた薫の足が止まる。

「みくおねーちゃん……おさかな……嫌いじゃなかったっけ……??」

と、繋いだ手をきゅっと握り返しながら、みくに尋ねた。

不思議そうに振り返ったみくが、

「何言ってるにゃぁ、薫チャン、みくは猫キャラだよ?? 大好物に決まってるにゃぁw 
あー、サンマに醤油を垂らして、大根おろしと一緒にガブリといきたいにゃぁ!」
と言った。

ウソだ。みくおねーちゃんはお魚が大っきらいなはずだ。

何とかして食べさそうとされた時、気付かずに出された時、
烈火のように怒り騒いでいたみくを、薫は何度も見ている。

一度などは、ユニットを組んでいる多田李衣菜とそれが原因で大喧嘩になり、
事務所を険悪な空気にした事がある。

結局、薫を始め、年少組がみんなで泣き始めた事により、
反省した二人は仲直りして喧嘩は収まったが。


その時の当事者だけに、薫はハッキリと覚えている。

このみくは薫の知っているみくではない。

そう思った薫は、急に隣に立っている猫耳少女の笑顔が何やら怖いものに見えて、
繋いだ腕を振り切って、全力で廊下を逆方向に駆け出した。

「あっ!!薫チャン!?!?」

呼び止めるみくを全力で振り切ろうとして角を曲がると、そこで出会い頭に歩いて来た人物と激しく衝突した。

思わず尻餅を付いた薫が、

「あいたたた……、ごめんなさ……」

と、詫びようとして、ぶつかった人物の方を見て、思考が固まった。


相手は財前時子、何時も厳しい雰囲気を纏う彼女は、年少組からは恐怖の的だ。

怖がって近づこうともしない、そんな相手をよりにもよって突き飛ばしてしまった。


どんなお仕置きをされるのか、薫が恐怖に震えていると、先に立ち上がった時子が、

「薫ちゃん、大丈夫?? 急に飛び出しちゃ危ないわよ??」

と、にっこり優しく微笑み、薫に手を差し伸べて来た。


その瞬間、薫は優しくされたのに何故か絶望した。

こんな優しい顔をした時子おねーちゃん、見たことない。
やっぱりここは異世界なんだ――


     【一生そこで暮らさなくてはならない】



確信した薫は、急に頭に浮かんできたその恐ろしい言葉に恐慌をきたし、
泣きながら立ち上がると、そのまま廊下の向こうへ走り去って行った。


ぽかんと佇むみくと時子を残して。

薫は泣きじゃくりながら廊下を走る。

途中ですれ違ったアイドル達が何事かと振り返るが、それも気にせず走りつづけた。


『せんせぇ、たすけて、せんせぇっ』

薫は心の中で叫びながら廊下を駆ける。

何時も優しく薫を迎えてくれるプロデューサーの元へ。

『せんせぇなら、きっと助けてくれる!!』

そう信じて薫は走り続けた。




薫が、いつもプロデューサーが仕事に使っている部屋に駆け込むと、
そこには何時ものように机に座り、仕事を片付けるアシスタントの千川ちひろが居た。

書類から目を上げ、薫の方を見て微笑むちひろは何時もと全く変わりがない。
が、このちひろもきっと、元の世界のちひろとはどこかが違うのだろう。

ここは異世界なのだから。

「あら、薫ちゃんおかえりなさ「ただいまっ!! せんせぇはっ!!??」
ちひろの挨拶に食い気味に答えた薫は、プロデューサーの居場所をちひろに尋ねた。


目をぱちくりさせたちひろは面食らいながらも、

「プロデューサーさんなら……奥に居るけど…」

と、教えてくれた。


慌てて奥に向かう薫を見て、ちひろは首を傾げながら書類整理に戻った。




プロデューサーがいる部屋のドアをバンっと押し開いて、薫が駆け込んできた。

「せんせぇ!!」

薫が声を弾ませて部屋の中の机に座っていたプロデューサーに向かって叫ぶと、
プロデューサーは心底煩わしそうに額に皺を寄せ、冷徹にこう告げた。

「お前はノックも出来んのか??龍崎…」

その余りに冷たい声の響きに、薫の体は固まった。

「それに何時も言っているだろう、俺の事はプロデューサーと呼べと、
何度言えば解るんだ、お前は」

薫はその言葉を聞けば聞くほど、自分が少しづつ奈落に滑り落ちていく感覚に囚われた。

せんせぇはこんな怖い声で話さない。

せんせぇは、いつもかおるがきたら優しく頭をなでてくれる。


せんせぇは……かおるを龍崎なんて言わない…。


違う。このせんせぇは違う。 薫の大好きなせんせぇはこの世界には居ないのだ。


考えてみれば、道理だろう。


向こうのプロデューサーは薫の事を大好きと言っていた。

ならばこのプロデューサーは薫の事が嫌いなのだ。

そういう結論に達した薫は、大好きな人を失った喪失感に、その場に立ち竦みぽたぽたと涙をこぼす。

その様子を見たプロデューサーが、流石に気が咎めたのか、焦った様子で、

「な、なんだお前、泣いたりなんかして。 …なんか用か?? 
用がないなら、俺は忙しいから行くぞっ!!」

と、苛立たしげに席を立った。


そしてドアの方に歩き出す。

薫はそんなプロデューサーの背中を見て、ぼうっと考える。

自分はもう本当に元の世界には帰れないのか。

この冷たいプロデューサーとアイドル活動をしていかなくてはいけないのか――


もう、褒めてもらうことも、優しく頭を撫でて貰う事も――


そう思った瞬間、薫の中で感情が弾けた。


いやだ!!!

ぜったいに帰るんだ!!!!


ホンモノのせんせぇのところへ!!!


薫はテーブルに置いてあったクリスタルの灰皿を両手で掴むと、
ドアから出て行こうとするプロデューサーの背中に向かって、「せんせぇ!!」と、叫んだ。

まだ判らないのか、と言わんばかりに不機嫌そうな顔で振り向いたプロデューサーは、
駆け寄ってきた薫に、その向こう脛を爪先で思いっきり蹴り上げられた。

「ぐぉおおっっつつッッ!!」

9歳の女の子の蹴りとは言え、急所に全力である。

プロデューサーが余りの激痛に悶絶し、前のめりに床倒れ込むと、薫がゆっくりと歩み寄って来て、

「ゴメンね」

と、ポツリと呟いた。

痛みに顔を顰めながら、プロデューサーが頭上の薫を見上げるとーー


そこには両手で抱えた灰皿を、高々と掲げている薫が居た。


次の瞬間、灰皿はプロデューサーの眉間に向けて、思いっきり振り下ろされた。
確かな重量と硬度を備えた灰皿は、プロデューサーの額を容易く割り、噴水の様な血液が薫の全身に降りかかる。

「ぎゃぁぁああああッッ!!!?」

絶叫と共に床に這い蹲るプロデューサー。

薫はその背に馬乗りになると、再度、プロデューサーの後頭部に灰皿を振り下ろした。

一度目に負けない勢いで、後頭部から鮮血が迸る。

薫はそれが全身に掛かるのも構わず、目に涙を浮かべて、ごめんなさい!ごめんなさい!!と叫びながら、
何度も何度もプロデューサーの頭部に灰皿を振り下ろし続けた。

ーーやがて、振り下ろす度にビクン、ビクンと反応を示すだけになっていたプロデューサーの身体の動きが完全に止まると、
薫は初めてそこで灰皿を脇に放り投げた。

部屋一面に広がる血だまり、それを薫は手で掬うと、僅かに血が掛からなかった場所に丁寧に塗り始めた。


やがて全身が朱に染まった頃、やっと薫はその動きを止めた。

全身隈無く塗った筈だが、特に変化は無い。

たくや君はウソをついていたのだろうか??

しかし、異世界は本当にあったのだ、それは考え難い。

それとも気付かない内に戻ってたりして?
そう思った薫は、血塗れのまま部屋のドアノブに手を掛け、そのまま扉を押し開いた。


ドアを開けると、そこには薫にも読める字で、

【ドッキリ大成功】

と、書かれた看板を持っているアイドル達が、蒼ざめた顔をして立っていたーー


(完)

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