モバP「海月でも見に行こう」 (26)
藤居朋ちゃんのssになります
地の文とか諸々注意
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あたしに言ったのだろうか。
彼はいつも唐突だった。
だからいきなりそんなこと呟いても、あたしはそこまで動揺しなかった。
生返事を返しつつ雑誌をめくる。
えーと、今日の運勢は…
カタカタカタカタ
パソコンから目を離さないままもう一度。
海月でも見に行こう
聞こえてるって。
曰く、
急に見たくなったらしい。
昨日テレビで海の神秘やらの番組でも見たんだろうか。
確かそんな番組がやってたような。そうでもないような。
突っついてみると、口笛吹きながらそっぽを向いた。
誤魔化すのも、口笛も、相変わらず下手だ。
戸締まりして、事務所の車庫へ。
仕事は?と聞いたら目をそらされた。
仕事をサボれれば、この人はなんでも良いんだろうか。
呆れてると、
怒られる時は一緒に頼む
なんてのたまう。
まあ、止めないあたしも共犯といえばその通りではあるけども。
車庫にある、年季の入ったバイク。
骨董品みたいなものだが、彼が暇を見て整備してるらしいのでまだまだ現役。
そんなこんなでちょくちょくお世話になっている。
車種は知らないけども。
彼が運転、あたしは後部座席。
いわゆる二ケツ。
最初の頃は恥ずかしかったけど、今では慣れたものである。
メットを付けて、腰に手を回す。
ちょっと緩んだ彼の頭にチョップを落とすのも、いつものこと。
彼がスターターを蹴った。
エンジンが唸りをあげる。
今日も好調みたいでなにより。
柔らかな風が頬を撫でる。
渋滞もなく、のんびりとバイクが行く。
少し前に、どうしてバイクなの?と聞いたことがある。
出掛けるなら車の方が理には叶ってるだろうに。
すると、彼は一言、
浪漫があるだろ?
だって。
彼の言う浪漫とやらは理解できなかったけど、あたしも走ってる時に感じる風は結構好きなので。
そういう意味ではあたし達は似たもの同士かもしれない。
…こうやってくっついてるのも悪くないし。
太陽が高くなって少し降りてくる頃、行き交う車が少なくなり、信号も減ってきて。
やがて風に潮の匂いがかすかに混ざってくる。
どうやら目的地は海みたい。
海月を見るというのは冗談じゃなかったらしい。
でも少なくともペットショップや水族館で済まそうとしなかったのはいい選択だと思った。
堤防まで来て、バイクを止める。
長時間同じ姿勢だったので、降りて身体をほぐす。
海月が見たいからって海に来るのはさすがに安直過ぎない?
腰を捻りながらぼやく。
だってそれっぽいじゃん
伸びをしながら彼はしれっと返す。
あたしは肩を竦め、海に目を向ける。
そういう時期ではないから、人はいない。
それに加えて、海月もどうやらいないみたいだ。
ひょっとしたらいるかもしれない。
と彼は言うものの探しに行くほどではないらしい。
まったく、何のために来たんだか。
堤防沿いにバイクを走らせるとこじんまりとした定食屋があった。
そこで遅めの昼食を取ることにする。
あたしはせっかくだしお刺身を食べることにした。
海が近いし風情がある気がして。
なのに彼はあろうことかトンカツなんて頼んでた。
いやまあ、食べたいもの食べれば良いんだけど。
美味そうだな。
私の刺身盛りを見て彼が呟く。
でしょ?とあたしは鼻高々。
でも俺のトンカツだって負けちゃいないぞ、と自分の皿を指し示す。
確かに大きくて肉厚で見るからに美味しそう。
うーんどちらも魅力的だ…
目を上げると、視線が交差する。
そして、互いに頷く。
決して食い意地が張ってるわけではない、これは等価交換なのだ。
食後のお茶を啜りながら、あたしは独りごちる。
海際で食べるトンカツもなかなか乙なものね
だろ?
彼はデザートの杏仁豆腐を堪能しながら得意げである。
余談だが彼、結構な甘党である。
具体的には以前、バレンタインチョコをあげた時も即座に食って追加を要求してきたくらいに。
あれ以来バレンタインは業務用チョコをそのまま投げつけてやっている。
あらあら、仲睦まじいのねぇ
人の良さそうなお婆さんがニコニコしながらお茶のお代わりを持ってきた。
なんでも、このお婆さん、旦那の板前さんと2人で店を切り盛りしてるそうな。
このお婆さんにもかつてはロマンスやら何やらがあったんだろうな。
のほほんとしてたらお婆さんは言葉を続けた。
あたしも若い頃は色々やんちゃしてたからねぇ…
待って待って、駆け落ちとかではないから。
確かに逢引きにしては、歳の差あり過ぎるけど。
というか仮にもアイドルなのに気付かれないっていうのはどうなんだろうか。
ちらっと彼を見ると今度は抹茶ぜんざいと格闘してた。
照れるやら慌てるやらは期待するだけ無駄か。
とりあえず相槌と愛想笑いでその場を流すことにした。
お会計をして外に出る。
お見送りの時に頑張ってね、なんて言われた。
いったい何を頑張ればいいんだか。
おやつの時間は過ぎたけど、まだまだ夕陽が沈むには早い時間だ。
せっかく海に来たなら沈む夕陽くらいは見て行きたい。
自称浪漫派の彼もこれには賛成。
なので、あたし達は適当に時間を潰す。
とりあえず砂浜に降りてみる。
焼けるほど熱くなくてよかった、遊ぶにはちょうどいい。
この歳になって真面目に砂の城を作るとは思ってなかったけど、意外と楽しい。
まあ城とは言ってもただの山だけど。
彼は芸術性がうんたらとか言って城の外型から考えてたけど設計図段階で頓挫してた。
やる気のない小学生の自由研究より酷い。
結局、貝殻やら何やらで砂山を装飾し始めた。
女子か。
海といえば、と思い出す。
そういえば前に海の家の仕事をやったっけ。
皆スタイル良くてちょっと泣けたのもいい思い出だ。
いい思い出、なのだ。
やっぱり男の人はあった方が嬉しいんだろうか。
柄にもなくそんなことを考える。
ちなみに彼の好みは知らない。
まあそんなに落胆してたことはないから多分大丈夫だろう、と楽観視している。
部屋にも特にめぼしいのは見当たらなかったし。
そんなこと考えてたら顔が火照ってきた。
それもこれも全部彼のせいだ。
悶々としながら砂を盛っていると、いつの間にか空は茜色に染まっていた。
夕暮れの海辺。
ロケーションだけならなかなかロマンチックだけど作り上げた砂山のオプジェらしきものが色々と台無しである。
さながら針山か何か。
良い形の貝が無かった、とは彼の談。
多分あっても似たような感じになってたと思う。
並んで座って海を眺める。
ぼーっとしてる間に太陽がだいぶ低いとこにあった。
そろそろ水平線に触れそう。
レモンとテキーラでもあれば良かったな
隣の下戸がうそぶいた。
突然、彼がこっちを向いた。
心なしか高揚してる気がする。
また、見つかった
彼はいつも唐突に言う。
……何が?
一応乗ってあげよう。
……永遠が
嬉々としてこっちを見る。
…近いし、ちょっと恥ずかしい。
それは太陽と混じり合う海だ
したり顔で言い切った。
多分言いたかっただけだと思う。
もちろんそれは分かってた、分かってはいた。
でも照れ隠しのチョップをするのは許して欲しい。
夕陽が沈み。
私達は、速やかに帰路につく。
力作のオプジェは残しておいた。
誰かが遊んでくれるかもしれないし壊されてもそれはそれだ。
というか本音を言うとクッタクタだった。
潮風で身体はベタベタだし髪も洗わないといけないし。
今日はさすがにお疲れムードだ。
家に着いて、シャワーを浴びて、彼もあたしも寝っ転がるや否やすぐさま寝息を立ててしまった。
当分、海はこりごりである。
それから、またしばらくして。
今度はパスポート取りに行こうなんて言い出した。
海外旅行なんて行くつもりもないんだろう。
確か英語出来ないし。
というか持ってないのパスポート。
いつもの戯言だと切って捨てても良いけど、
あたしはバイクの風切る感覚とか
行った先での適当なご飯とか
無駄に張り切ってこっちを振り回す彼とか
そういうの結構好きだから
だからあたしは彼のことが止められないんだ。
おわり
黒木渚さんの楽曲『君が私をダメにする』
から膨らましてみた
ちょっと前に書いたふじとものやつ
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