モバP「ゆくウサミン、くるウサミン」 (18)

年が明けた。

また一つ歳を取ってしまうなあ、とか。
この時期はどこも高級食材ばかり売ってるなあ、とか。

そんなどうでもいいことばかり考えてしまって、いまいち年の明けた実感は湧かないなあ、と思う。
お正月の番組は、二ヶ月前とかに収録してしまうこともあるから、なおさら。

一人暮らしのアパートだと、門松を飾るなんてこともなくて。
遅れ気味の大掃除をしながら箱根駅伝を見て「そっか、お正月かあ」とようやく思い始める。

そんな、ウサミン星の、2016年お正月。

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ハッキリ告白してしまうと、私、安部菜々はかなり緊張していた。
だって、それはそうだ、今日は夕方にプロデューサーさんがやってきて、二人きりで鍋をつつくことになっている。
それはつまり、お正月におうちデート、みたいなことで。

毎年恒例になった元旦ライブを終えた、初詣の帰り道。
おとそでほろよいになってしまった私は、うっかりプロデューサーさんを誘ってしまった、らしい。

収録もだいたい終わっているので、今月は7日までお休み。
プロデューサーさんも1日ぐらいはお休みがあるだろう……と、考えていたようだった。

プロデューサーさんが空いている時間帯……つまり3日夜来るということをメールで連絡してくれて。
それから先は、ひたすら部屋の掃除と食料調達をしていたら1月2日が終わっていた。
今日、3日の昼すぎにはどうにか男の人を上げられるような状態になったので、お茶をいれて一息つく。

部屋を訪ねられるのは今日が初めてではないけれど、それでも、やっぱり緊張してしまう。
なんだか、恋する女の子みたい……いや、ええと、今でも女の子、だけど。
……恋をしていることも、否定なんてできない、けれど。

……シャワーだけでも、浴びておこうかな、うん。
ほら、掃除してたらその、汗かいちゃったし……
さ、さすがにジャージでお出迎えするわけにも、いかないし、ね?

お気に入りの私服に着替えてそわそわしていると、チャイムが鳴る。

「は、はーい!」

ちょっと上ずってしまった声でそれに応えて、鍵を外しドアを開ける。
背の高いプロデューサーさん。

「あけまして、おめでとうございますっ」

「お、おう……その挨拶、元旦にもしたけどな」

その後ろに、申し訳無さそうに手を合わせるちひろさんが立っていた。

プロデューサーさんが持ってきた切り身を台所で切っていると、ちひろさんが近づいてきた。
プロデューサーさんは、ガスコンロのセッティングをしてくれているらしい。

「いやー、すみません。私は全力でお断りしたんですが」

「いえいえ、むしろ大歓迎ですよ。お鍋は大人数で食べた方がおいしいですし」

正直なところ、がっかりはしていたけど、安心もしていたのだ。
冷静に考えると、二人きりで鍋はたぶん、間がもたない。

「ちひろさん、こないだの鍋パも来れなかったじゃないですか。だから、良かったんですよ」

女子亮で開いたクリスマスの鍋パーティーは、それはそれで楽しかったけれど。
年齢層とか諸々の事情もあるし、海鮮もお酒も無かったので、ちょうどよかったといえば、ちょうどよかった。

「はい、準備完了です! さ、行きましょうちひろさん」

「……まあ、菜々さんがそれでいいなら、私は構わないんですけど」

「いいんですってば」

「じれったくてだんだんイライラしてくるから、あんまり来たくなかったんですよ」

何やら後ろから毒を吐かれた気がするけど、気にしない、気にしない。

最近はスーパーに出来合いのスープが何種類も売られていて、便利だなあと思う。
大皿に野菜やお豆腐、きのこ、鶏肉とお魚を並べて、ガスコンロの火をつける。
土鍋にとくとくとスープを注いで、冷やしておいた缶ビールを用意。

「トマト鍋やカレー鍋なんてのもありますけど、今回はシンプルに、和風ベースの寄せ鍋にしてみました」

「いいですねえ……ああそうだ、私今日はいいものを持ってきたんですよ」

がさごそ、とちひろさんがカバンを漁る。
緑色の中ビン……ラベルには、私の名前が書かれていた。

「ライターさんが新年の特集で、事務所のアイドルをイメージできるお酒の記事を書きたい、と仰ってたんです」

「純米酒……これは菜々と書いて『さいさい』か。へえ、美穂の地元の酒なんだな」

「わ、わ、すごい……これ、後で写メってブログに上げてもいいですかね?」

「いいわけないだろ、新年早々アフィブログにネタ提供する気か」

「ですよねー……えへへ、後で開けましょうね」

「さ、具材も投入しましたし、乾杯しましょう、乾杯!」

それぞれが、コップに手酌で琥珀色を注ぎ込んで。

「えーっと……それでは、事務所のみんなの更なる活躍を願って!」

「アイドルたちの、去年一年の労いを込めて」

「んじゃまあ、今年もよろしくってことで」

「「「乾杯」」」

そんなこんなで、鍋パーティーは始まって。

「ほらプロデューサーさん、お豆腐煮えましたよ! はいっどうぞ」

「っと、悪いな」

「ちひろさん、グラス空いてますけどビール注ぎましょうか? 日本酒にします?」

「大丈夫ですよ、自分で飲みますから……菜々さんも、ちゃんと食べてくださいね?」

「食べてますよ? あ、ひょっとしてでしゃばりすぎましたかね……?」

メイド時代が長かった分、人に何かするのは癖みたいになってしまっていた。
私自身楽しくてやっていることなのだけど、気を悪くされるのは困る。

「そういうのじゃないんですけど……菜々さんってほら、周りを立てて自分は引くタイプじゃないですか」

恋愛を含めてですけど、と言外に含めてちひろさんは笑う。

「鍋奉行って感じでもないし、仕切り屋ってわけでもないから、空気が悪くなるってことはないんだけどな」

ビールを飲みながら、プロデューサーさんは苦笑した。

「杏もこの間、オカンみたいだよねって言ってたぞ」

「お、オカン!?」

……い、いや、さすがにそこまでの年齢差は……悪い意味ではないんだろうけど、ちょっと、ショックかも。

「俺はさ、そういうとこも菜々のいいとこだとは思うよ」

「分かってないですねえプロデューサーさんは。いざって時に一歩引いちゃうのは、アイドルとしては致命的ですよ?」

「いやいやいや、それとこれとは話は別でしょう。菜々のこと何年見てるんですかちひろさんは」

「……ふっ」

「ちょっ今鼻で笑いましたよね!?」

私が立ち直る頃には、なぜか二人が私のことで言い争っていた。

「ほ、ほらお二人とも、煮詰まっちゃいますから食べましょ、ね?」

「菜々さんは、もっと積極的になるべきだと思うんですよね私は」

「いろいろチャレンジしてるでしょ。俺のプロデュース方針に口出さないでくださいよ」

「……寸又峡」

「な、なんで知ってるんですか……」

私のよそうお鍋を食べながら、二人は口論を続けていた。

「ふふふ、私は菜々さんのことならなんでも知ってるんですよ」

「……今日の下着の色とか?」

「クリスマスの夜に履いてたやつの色なら知ってますよ?」

「プロデューサーさんもちひろさんも酔ってますよね!?」

「もう知りません、二人にはシメの雑炊あげません!」

「すみませんでした」

「ごめんなさい」

ほろ酔いで正座する二人。
吊橋の話とかクリスマスの話とか、たいぶ恥ずかしいので勘弁してほしい。

「で、菜々さんは見せたんですか、クリスマスの下着」

「ちひろさんっ!」

「……みくと仕事だったからなあ、クリスマス……」

「みくちゃんと菜々さんの活動も最近増えましたよねー」

「ビジュアル面も声質も近いものがあったし……何より、本人たちが仲いいからな」

余ったスープにごはんを入れ、溶き卵を落としていったん蓋をする。

「ソロだけじゃどうしてもマンネリになるし、期間限定でユニットを増やしたり、活動の幅を広げたり……色々手は打たないとな」

「えへへ……がんばりましょうね、プロデューサーさん♪」

「……お酒甘いなあ。菜々さん、私帰っていいですか? この人置いて」

いや、それは、困る。

「まあ、終電もないですし、今日はパジャマもってきましたけど」

「……俺は帰るぞ? さすがにアイドルの家に泊まるのは無理だろ」

「あったま固いですよねえ。ほら、菜々さん抱きついちゃえばいいじゃないですか、お年玉として」

「ちひろさんはボロボロみたいなんで泊まっていってください……」

夜が更ける。
2016年の始まりがこんな調子なのは、うん、私たちらしいかもしれない。

初詣のお願いは、一昨年も去年も今年も、きっとプロデューサーと同じ夢だと思うから。

土鍋の蓋を開けると、白い蒸気がふわふわと、雲のようにウサミン星に浮かんでいった。

今年も、いい一年にしましょうね、プロデューサーさん。

(SSR引けて)ないです つらい

今年もよろしくおねがいします。

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