【ゴースト】邂逅!メダルと目玉と二人の手【オーズ】 (153)

※注意
・仮面ライダーゴースト×仮面ライダーオーズのクロスオーバーSSです

・地の文多め

・最後まで書き溜めあり

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プロローグ

東京都内某所にそびえ立つ一棟の巨大ビル。ある日の深夜、そこに“泥棒”が入った。

泥棒は堂々とビルの正面玄関から侵入し、けたたましく鳴り響くサイレンをものともせずに、ビルの中を物色する。

侵入からものの数分で、黒い戦闘服に身を包み自動小銃を構えた隊員たちがビルのいたるところに散らばる。
しかし、百人は優に超えるほどの人間がいても、誰一人として泥棒を捕らえることも、ましてや泥棒の姿を“見る”ことも出来なかった。

そして侵入から30分もかからずに、泥棒は目当てのものを発見した。そこは、ビルの最上階の部屋。
部屋の一番奥に置かれたデスクの上には、銀色の“メダル”が積み上げられている。
真後ろは一面ガラス張りになっており、そこから差し込む月光がメダルに反射して妖しく輝いた。

『ああ……!これだ、これこそが……!』

歓喜に声を震わせ、泥棒が声を挙げる。だというのに、“部屋の中にいる人間、十人全員が”、その声を聞くことは無かった。

「な、セルメダルが!」
「どこだ、どこにいる!?」

暗視ゴーグルを装着した隊員たちが辺りを見回すも、自分たち以外の反応はどこにも見当たらない。
小銃に取り付けたレーザーサイトの赤い光も、遮られることなく窓の後ろに伸びていく。
 
何者かがそこにいる。だと言うのに、その姿は見えもしない。
まさしく幽霊を相手にしているかのような感覚が、鍛え上げられた隊員たちの精神に波紋を呼ぶ。

狼狽える彼らの目の前で、セルメダルの山は崩れ、跡形もなく消滅した。

「隊長っ」
「姿は見えんが、何者かがそこにいるのは間違いない!発砲を許可する!撃てッ」

彼らの目の前にあるのは彼らの雇用主のデスクだが、そんなことを気にしている余裕はない。
会長の私財であるメダルに比べれば、デスクなどまだ替えが効くはずだ。

そう自分に言い聞かせながら、隊員たちは一斉に引き金を引いた。

「撃ち方止めッ」

隊長の指令と共に、室内に満ちていた銃声がピタリと止んだ。静けさが戻った室内に、薬莢の落ちる音が響き渡る。

特殊な強化ガラスには銃弾の傷一つ付いていない。対照的に、デスクは銃撃によって穴だらけになっている。

しかしセルメダルはデスクに既に無く、彼らのターゲットである泥棒に銃弾が命中した様子も無かった。
謎に満ちた泥棒は、ついにその姿を現すことも無く、目的のセルメダルを盗み出して行ってしまったのだった。

「……くそっ。我々は一体何を相手にしていたのだ!」
「ゆ、幽霊だとしか思えません、こんなの……!」

幽霊。それも、泥棒の幽霊ときた。
元々ここは非常識なモノを研究する場だが、またしても新しい非常識が現れたというのか。
それに答えられる者は、一人としていなかった。
 

彼らはまだ知らない。この事件は大きな運命の始まりに過ぎない、と言うことを。


それはやがてうねりとなって、仮面ライダーたちを引き合わせることになる。


一章 遭遇!パンツの男!



東京都内の、都心とそれほど遠くもない位置にそびえる寺社、大天空寺。
普通のお寺として仏事を行うと共に、巷で起こる奇妙な事件を解決する“不可思議現象研究所”としても、近頃名前を知られるようになっていた。

その地下にある研究所で、タケルがいつものように偉人伝を読んでいると、これまたいつものように御成が扉を開けて叫んだ。

「タタタタタタッ、タッケッル殿ぉーーー!!タケル殿はおりませぬかーーー!?」
「ん、どうしたの御成?また怪しい事件の調査依頼でもあった?」
「ええそれは勿論。ですが、その依頼主がですね……!」

御成から口頭で話を聞いていたタケルも、次第に顔つきが険しくなっていく。

「ほ、本当に?それが嘘とか、冗談ってことは?」
「分かりませんが…、こう何と言いますかな、そうオーラ!オーラを、電話越しのお声から感じましたぞ!」

とにかく、と御成に背中を押されて、タケルは大天空寺の事務所テーブルについた。

「良いですかタケル殿。相手は超ビッグなお方ですぞ、失礼の無いように、お願いいたします!」
「う、うん。分かった」

御成が落ち着きなく、何度も時計を見る。そして、依頼主が来る予定時間の5分前になると、タケルを残して外へ出て行った。

そして、その“超ビッグなお方”を連れて戻って来た。

「やあ、こんにちはァ!私の事は知っているかな!?」
「あ、は、はい。えっと、『鴻上ファウンデーション』の会長さん――」
「その通りッ!私は鴻上光生だ、よろしく、不可思議現象研究所の諸君ッ」
 
身長、声量、存在感、経済力。どれをとってもまさしくビッグな男。
 
鴻上ファウンデーション会長、鴻上光生が直々にタケルたちの元に赴いたのだった。



「そ、それで、我々に依頼したいと言う事とは……?」
「うむ。里中君ッ」
「分かりました」
 
鴻上の後ろに控える秘書、里中は鞄から取り出したタブレットPCをテーブルに置いて、一件の動画を再生した。

「これはつい先日、実際に我が財団のビルで起きた事件だ」

まず最初に映し出されたのは正面玄関。その自動ドアが、ひとりでに砕け散った。

「むむっ!?これは……」
「しばらくは何もないので、飛ばします」

里中はシークバーを操作し、動画を一気に進める。手を止めたのは最後の5分ほどになってからだ。

そこに映し出されているのは、月明かりの差し込む広い一室。その中で黒い戦闘服を着こんだ人間が十人、小銃を構えている。
彼らが一斉に引き金を引くと室内が光で満たされた。

その光が収まったところで、動画は終了した。

「…あれ、この人たちどうして銃を撃ったんですか?」

動画が終了するなり、タケルはそう聞いた。

「これだけ見ても分からないだろう。では他の情報を、里中君」
「はぁい」

彼女が次に鞄から取り出したのは、A4サイズの用紙に印刷された写真。それを順番にテーブルに並べていく。

写真の方は、先ほどの動画終了部分の一部を切り取って引き延ばしたもののようだ。その対象になっているのは、動画の中でも見えていた白いデスク。

「じゃ、写真をご覧ください。ああ向かって左側の」

言われるがままに、一番左の写真を見るタケルと御成。それ自体には何の変哲もない。

「では次に二枚目を」

視線が右に動く。どうやら部隊が入った後のようで、写真の中には赤い光線が引かれている。これにも何もおかしいところは無い。

「……ん?」
「どうかしましたかな?」
「いや、何かさっきと違うような……」
「じゃ、最後の三枚目をどうぞ」

再び視線が右に動く。銃撃が止まった後らしく、デスクにはいくらか穴が開いている。あれだけの銃撃があればそうなるのも当然だろう。

その写真を見て、タケルは再び一枚目と二枚目、そして三枚目を何度か見比べて「あっ」という声を漏らした。

「どうかしたのですか、タケル殿?」
「御成、ここ見て」

タケルは一枚目の写真のデスクの一角を指す。
そこには銀色のメダルが山積みにされていたが、二枚目ではそれが幾らか減り、三枚目ではそれが跡形もなくなっていた。

「おや?銃撃の前に、デスクの上の物が無くなっていますな?」
「その通りッ!それがずばり、君たちへの依頼内容なのだよ!」

嬉しそうに大声を出し、鴻上は大仰に両手を広げた。そして指を鳴らし、タケルをぴしっと指さす。

「正体不明の“泥棒”に盗まれたセルメダル、しめて100枚ッ!それを君たちに奪還していただきたいッ」
「正体不明の泥棒……」
「間違いありませんな!これは眼魔の仕業ですぞタケル殿!」

これは御成の言う通り、眼魔の仕業で間違いないだろう。
堂々と正面玄関の自動ドアを割って侵入しているはずなのに、監視カメラに姿が映っていない。
そしてメダルも同様に、誰も映っていないのに最後は一枚も残っていない。そんなことが出来るのは、眼魔を置いて他にはいない。

「では早速……」

錫杖を携え、早速御成が事務所を出て行こうとするが、鴻上が良く通る声で彼を呼び止める。

「まぁ待ちたまえ。行動してもらう前に……、報酬の話だ」

「え、報酬……ですか?」
「うむ。仕事を依頼する以上、それに見合うギャランティーを支払う。当然だろう?」
「いえいえ、我らはそのような物を求めて調査を行うわけでは」
「前金で50万、成功報酬で更に50万、計100万。それが報酬だ」
「なっ、なんですと……!?」

雷に打たれたように固まる御成の両目が“¥”となる一方、タケルは明らかに普通ではない目の前の男、鴻上の表情を窺う。

「……ふふふ。どうかしたのかね?」
「…………」

含みがありながらも、余裕に満ちた鴻上の表情からは、何を考えているのかを窺い知ることは出来ない。
その大きな存在感の中に何かが含まれているようであり、同時にその存在感に何かが覆い隠されているような気もする。

「あ、会長。前金はもう出してもよろしいですか?」

そんなことには少しも興味がない、と言わんばかりに、事務的な声色で里中が鴻上に聞く。
そちらを見ると、彼女は鞄に手を突っ込んでいた。引っ張り出したその手の中には、札束が収まっている。

一応聞きはしたが答えを待つ気は無いらしく、ポンポンと札束が出てくる。
五つの札束がテーブルの上に並ぶと、いよいよ引き返せない空気が事務所に満ちた。

「……まあ、お金の問題じゃありません。依頼された以上は、必ずやり遂げます」

タケルはテーブルの上の札束を一瞥し、再び鴻上に向き合った。

「では期待しているよ、天空寺タケル君ッ」

里中を伴い、鴻上は大天空寺を後にした。人型の嵐が過ぎ去り、後には拳を握りしめたタケルと、札束にちらちらと目が行く御成が残された。

「……御成」
「はっ、ははははい!何でしょうかタケル殿っ!?」
「お金、大事にしようね。俺たちも生きてく以上、大切なものだから」
「わ、分かっておりますぞ。この御成、見事この煩悩に打ち勝って見せましょうぞ!」

とりあえず札束は戸棚に仕舞い、二人はいそいそと出かける準備をする。

「あ、アカリに連絡しなきゃ。御成、シブヤとナリタにも話をしとこう」
「ですな。シブヤー!ナリター!こちらに来るのですぞォー!」


タケルと御成が依頼を受けて出かけて行く頃、里中の運転する車で財団ビルに戻る鴻上は、タブレットPCを操作していた。
そろそろ日本に戻ってきた頃だろう人物に連絡を取るためだ。

どこにいるのかは常に把握しているが、相手の意志を尊重して基本的に呼び出すことは無い。
つまり今はその人物を呼び戻す必要がある事態だと鴻上は判断していた。

五度目のコールで、お目当ての相手は電話に出た。

『もしもし、鴻上さん。今さっき日本に帰ってきましたよ』

「協力に感謝するよ」

『いえ、鴻上さんから直々に頼まれたことですし。えっと、セルメダルを盗んだ幽霊を探せばいいんですよね』

「そうだ。その件に関してだが、君以外にも依頼をした者たちがいる。事件を追えば、いずれ彼らとも出会うだろう」

『分かりました。じゃあこっちも街中で何か起きてないか調べてみます』

「よろしく頼んだよ―――映司君ッ」

『はい。それじゃあ、また』


通話を終えてiPhoneをポケットにしまい、愛用品である、パンツを引っ掛けておける木の棒を担ぎ直す。

お金はあまり“要らない”、身に余るものは“持たない”、でも夢は見る。
その夢のために世界を旅する流浪の男、火野映司は再び日本の大地を踏みしめた。

「さてと、どこから探そうかな」
 
セルメダルが盗まれたなら、アンクがいれば居所が分かっていたかもしれないが、相棒との再会は未来までお預けだ。

だからとりあえずは、風の吹くまま気の向くまま。映司は都心に向けて歩き始めた。


タケルと御成、そして映司が都心で怪しい事件を調査し出した頃、大学の講義が終わったアカリは大天空寺にやって来ていた。

石段を登り寺社を目指すアカリは、立派な門の前で俯く女性を発見した。
その女性の視線は不可思議現象研究所の看板に注がれている。迷うことなく声を掛けた。

「あの、どうかしましたか?」
「あ、すいません…。あの私、不可思議現象研究所の方に、ご相談があって来たのですが…」
「…あ~、今所員二人が外出中なんですけど…。あでも、私で良ければ、お話お聞きしますよ」
「本当ですか!?ありがとうございます!」

思いつめた表情だった女性は、アカリの一言でぱっと顔を綻ばせた。
きっと話しかけたのが同性のアカリだったことも功を奏したのだろう。女性はアカリに連れられ、大天空寺に足を踏み入れた。
 
女性を事務所に通したアカリは、早速彼女から話を聞き始める。

「あなたのお名前は?」
「ほたる……清水ほたるです」
「ほたるさん。それで、あなたの周りで起きた不可思議現象を教えてください」
「……はい。でも正確には私じゃないんです、私の彼氏が、おかしくなって……」

そう前置きして、ほたるは話し始めた。


ほたるの彼氏はとかく賭け事が好きな男であり、パチンコ・パチスロ・競馬・競輪・競艇等、あらゆる賭け事に手を出していた。
ただ彼氏はあまり強くないらしく、負けが込んでいたらしい。

最初の異変は四日前。彼氏が大量の景品を持って現れたことに驚いたほたるは、当然その出所を問いただした。
彼氏曰く「今日打ってた台で大当たりした」とのこと。

その程度ならほたるも気には留めなかった。だが、彼氏はその後こう言ったそうだ。

〈『ここを動くなよ?お前を勝たせてやる…』って声が聞こえたんだ。で、実際その直後からもう大当たりの連発〉

それから今日までの間、彼氏は手を出したあらゆる賭け事に勝利して、大金を得ているという。
ほたるは流石に怪しいものを感じたのだが、彼氏は『賭け事の神が降りてきた』と言って、話を聞く気が無い。

そこで、この不可思議現象研究所にやって来た、と言う事だった。


「彼、あんまり勝てた試しが無いんです。なのにここ最近は妙に勝ちが続いてて……。
それに、『神の声が聞こえる』なんて言っちゃうんですよ?もう、普通じゃない……」
「それで、彼は今どこにいるか知ってます?」
「多分、都内の『そういうお店』のどこかには……」
「電話して、詳しい位置を聞き出せませんか?」
「何度かけても出ません。きっと盛り上がってて気付かないんだと思います」
 
アカリは静かにため息を吐いた。
確かに自分たちは巷で噂される奇怪な出来事を追うのが目的だが、これではただギャンブル中毒者の更生を手伝わされる可能性もあるからだ。
 
だがしかし、万が一と言う事もある。そうであった場合、その原因を“科学的に”解明するのが使命なのだと、アカリは自負していた。

「……よし。じゃあその彼氏さんを探しに行きましょう。それで原因を突き止める、いいですか?」
「はい!よろしくお願いします」
 
アカリの目の前にいるほたるは、何とも幸薄そうな雰囲気があった。ひょっとすると、それが彼女を手伝いたくなった原因なのかもしれない。
 
ともかく、調査に乗り出すことを決定したアカリは地下の研究室から不知火を持ち出し、
タケルと御成にその旨をメールすると、ほたると共に街へ繰り出して行った。


「むむっ。アカリ君も、依頼を受けて街へ出たご様子。もしかすると、どこかで出くわすかもしれませんな」
「かもね。あっすいません、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが……」
 
街を行くタケルと御成は、札束と共に残されていたセルメダルの拡大写真を手に、すれ違う人に聞き込みを行っていた。
特徴的なデザインではあるが、それを知っているという人にはまだ出会えない。
 
二人は捜索を一旦止め、公園のベンチに腰を下ろした。

「よくよく考えるとさ。これ、普通の人が知ってる可能性は低いのかも」
「それはなぜ?」
「だって、眼魔が盗むような物だよ?それにあの鴻上ファウンデーション会長が直接依頼をしてくるって、やっぱり普通じゃないよ」
「確かに、一理ありますな」
 
世俗に疎いタケルでも、鴻上ファウンデーションのことは知っている。
その資金力を元に開発された最先端科学・医療技術を有し、同時に貴重な文化財の保護や遺跡の発掘などに莫大な投資を行う、日本有数の巨大財団だ。
 
とりわけ、後半部分に関しては過去の偉人の新たな一面を知るチャンスに繋がるため、タケルは個人的に興味があったりする。
 
話を戻すが、そんな日本の経済における大物が直接来訪し、
しかもそのデスクに置かれていた物だというメダルは、少し考えれば普通の物でないのは明白だった。

「眼魔が狙う、普通でない物。となれば……」
「何か、英雄絡みの物なのかもしれない」


アカリとほたるは都心部のパチンコ店などに足を運んでいた。
店内を満たすがんがんとした音響に顔をしかめつつほたるの彼氏を探すが、お目当ての相手はまだ見つからない。

「いませんね……」
「まだ探し始めたばっかりですよ。気を落とさずに行きましょう」
「……はい」
 
川に掛かる橋の上、水面を眺めるほたるは浮かない顔をしている。
このまま思い詰め過ぎれば、今にでも川に身投げをしそうな雰囲気をそこはかとなく纏っていた。
雰囲気を変えるため、アカリは重苦しい雰囲気のほたるに、努めて明るく声を掛けた。

「ほたるさん、大丈夫ですよ。どうせたまたま運が巡って来ただけです。幽霊が憑いてるとか、神が降りてるとか、そんなことあり得ませんって」
「でも、もし幽霊が本当に取り憑いてたら……」
「まず幽霊なんていません。でももしもの時は、私の幼馴染が頼りになってくれるはずです」
「幼馴染……ですか?」
「はい。他人のために一生懸命頑張り過ぎちゃう、優しすぎる奴なんです」
 
それで、命まで落として―――。
 
その一言は何とか飲み込んだ。

「……いいですね、そういうの」
「え?」
「私と彼も、世間的にはそういう……幼馴染なんです。ですけど、私は彼を止められなくって……。
アカリさんくらい、彼を信じられれば良かったんですけど」
「あちゃー……」
 
雰囲気を良くしようと振った話で、またしても地雷を踏みぬいてしまい、アカリは額を押さえて俯いた。


「ん、何か見つかったかな」
 
手の平に載せたバッタカンドロイドの目が点滅する。他に調査に出したカンドロイドが、何かを見つけた証拠だ。
 
地面をぴょんぴょん跳びながら目的地へ向かうカンドロイドの後を追いかけ、映司は都内の裏路地を歩いて行く。
 
街中ですれ違う人々にはパンツを引っ掛けた木の棒が奇異の目で見られるが、人通りの少ない裏路地ではそれもない。
同時に、普通はあまり近付きたくない、どこかどんよりとした雰囲気も感じる。世界のどこにでも行く映司からすれば、この程度は何ともないが。
 
後を追っていくと、次第に何かの音が大きくなっていく。
がんがんとした音がハッキリとする頃には、カンドロイドは一件のパチンコ店の前で足を止めていた。

「ここ?」
 
頷くように、バッタカンドロイドの目が光る。
そして、空中に店内のものと思しき映像を投影し始めた。どうやら店内の監視カメラをジャックしているらしい。
 
そこに映っていたのは20代前半くらいの若い男。
彼の目の前の台は面白いくらいに玉を吐き出しており、彼の周囲には既に満杯になった箱がいくつも積み上げられていた。
 
これだけ見ればおかしな点は無い。大勝ちしている程度と言うことも出来るだろう。
 
しかし、わざわざカンドロイドたちがこの男を探し出したのには別の理由があった。

 
他のバッタカンドロイドが数機、映司の元に現れると更に映像を投影する。

「えっと……、これ別のお店か。あ、日にちも違う。でも、この人は全部に映ってるな」
 
他の映像でも、今店内で起こっているのと概ね同じことが起きていた。つまり、男の大勝ちである。
 
映像の日付を見ると、それはここ数日に集中している。と言う事は、映像の中の男はこの数日間は勝ちが続いていると言う事だ。
 
他に投影された都内の地図には、男が立ち寄ったと思しき場所が記されていた。

「ここ最近で色んな所に行っては、毎回必ず大勝ちする……か。うーん……」
 
それだけでは何がどう問題なのか、映司にはイマイチ見えてこない。

「まっ、悩んでも仕方ないよね。入ってみよっか」
 
とりあえず行動ありき。映司はパチンコ店に足を踏み入れた。


ジリリリリリ、と黒電話の鳴る音が響く。タケルは胸元からコンドルデンワーを取り出して電話に出た。

「はい、もしもし?」
『あ、天空寺さん。里中です』
「どうも。あの、どうかしましたか?」
『はい。こちらの調査と協力者の捜索から、事件に関わりあると思われる人物の居所が確認できましたので、ご連絡を。そちらに向かっていただけます?』
「分かりました。それで、俺たちはどこに行けば……」
 
里中が伝える住所を反復し、それを隣にいる御成が記録する。

「……はい、分かりました。それじゃあ行ってみます」
『よろしくお願いしますねー。では』
 
里中との通話を終えたタケルに、御成がスマホの画面を見せる。件の住所に地図上ではパチンコ店がある。

「行ってみましょうか」
「うん」
距離はそれほど遠くないことを確認すると、そこを目指して二人は行動を開始した。

「事件に関わりある人って、眼魔が憑いてる人ってことかな?でもどうしてそれがわかったんだろう」
「……ハッ、もしや我々の同業者がいるのでは?」
「いや、それだったら今までにも話は聞いてるはずだし、無いと思う」
「それもそうですな。と言う事は里中殿の言っておられた人物に、何か不可思議現象が起きている可能性が?」
「そうかもね。とにかく、会ってみないと」


アカリの耳に、携帯の着信音が飛び込んできた。だが、それはアカリが登録しているものではなく、彼女の隣にいるほたるのものだ。
 
スマートフォンを取り出した彼女は、画面を見るなり表情を一変させた。心配感と不安感、少しの安堵が混じった表情のまま、ほたるは電話に出た。

「もしもし!?今どこ……え?……うん……うん」
 
最初こそ強い調子だったほたるは、あっという間に話に相槌を打つだけの側に回ってしまった。
心配そうな顔をして何度も相槌を打つほたるの姿は、どこか涙を誘う。

「今、あなたを探してくれる人と一緒に……そ、そんなのダメだよ……っ!」
 
ちらとアカリの方を窺い見たほたるだったが、次の瞬間には怯えるように身をびくりと震わせた。
電話の相手が声を荒げただろうことは、アカリをしても想像に難くなかった。
 
そのまま、ついには相槌を打つこともせず話を聞くだけになってしまったほたるは、
呆然としながら、最後に一言だけ蚊の鳴くような声で「分かった」と言い、通話を終えた。
スマートフォンを持つ右手が、力なくだらりと垂れ下がる。

「……あの、ほたるさん。どうしたんですか」
 
気を使いながら、恐々と声を掛ける。
こういう時は人当たりの良いタケルか、物怖じせずに話を聞きに行ける御成が活躍するのだが、生憎今はアカリ一人だ。
少し面倒な状況だが、頼れる人物はいない。

「彼から、電話があって……」
 
やはりか。今彼女に影響を与えられるのは、件の彼氏以外に考えられなかった。

「彼はなんて?」
「今が良いところだからお前も来い、って」
「……なら都合がいいわ。ほたるさん、彼の居所もちゃんと聞いてますよね?」
「えっ?」
「行くんですよ、彼の所へ。元々それが目的だったじゃないですか」
「……えっ、あの。これは私と彼の問題で、変なことは起きてないから、アカリさんのご迷惑になるようなことは……」
「何言ってるんですか!もう乗り掛かった舟ですから、私も行きます」
 
そもそも、個人的な話だからと言う理由で今更尻込みするくらいなら、来ない方がマシだったと思う。
思うだけで口にしない辺りはアカリなりの優しさだ。
 
彼女の言う通り、問題は個人的な話だ。しかし、ここで放り投げたら結局何が起きていたのかは分からずじまいとなってしまう。
問いだけ受けて、解が得られないのは後味が悪いし、納得できないのがアカリの性質だ。

「……すいません、ありがとうございます」
 
まさかアカリが続けて協力してくれるとは思っていなかったのだろう。
少し申し訳なさげな表情を浮かべたほたるは、それをかき消すように微笑み、頭を下げた。

「それで、彼は今どこにいるって言ってましたか?」
「はい、えっと……」
 
電話口で彼氏の言っていた単語を、スマホで調べる。検索にすぐヒットし、居場所であるパチンコ店の場所が判明した。

「それじゃあアカリさん。重ね重ね、ご協力、お願いします」
「ええ、行きましょう」


「あれ、アカリ?何でここにいるの?」
「こっちのセリフよ。どうして二人がここにいるわけ?」

そしてタケルと御成、アカリとほたるは共通の目的地であるパチンコ店の前で遭遇した。

「事情は連絡したでしょ?依頼でちょっと。それで何か関係ある人がここに居そうってことだから来たんだけど……」
「あら、偶然ね。私の依頼人……こっちの清水ほたるさんの彼氏が、ここに居るかもしれないの」
「し、清水ほたるです。初めまして」
「拙僧は御成と申す者でしてな。あ、こちら名刺です」
「どうも……」
「俺は天空寺タケルです、よろしく。それでほたるさん、アカリと一緒にいるってことは、俺たちに何か依頼があったんですよね。
良ければ聞かせてもらえませんか?」
 
頷き、ほたるはここまでアカリに話し、彼女と共に行動してきたことを全て二人に伝えた。

「なるほど、そんなことが……」
「それで、ほたる殿の彼氏殿が、ここにおられると?」
「はい。さっき電話でそう言ってました」
「ねえタケル。ひょっとして私たちが追ってるのって、同じ相手なのかも」
 
アカリの推測に、タケルは無言で頷いた。
つまり、鴻上の元からセルメダルを盗んだ眼魔が、そのままほたるの彼氏に憑いているのではないか、とタケル自身も考えていた。

「……行きましょう、ほたるさん。彼氏さんが危ないかもしれない」
「は、はいっ……」

ほたるの彼氏はすぐに発見できた。
 
玉を吐き出し続ける台、周辺に高く積まれた箱、そして。

「……!」
 
眼魂を持つタケルにはハッキリと見えた。彼の後ろに立つ、眼魔スペリオルの姿が。

「いた……!」
「あ、ちょっ!」
 
タケルの制止は一歩遅く、ほたるは彼の元へと足早に向かってしまった。
少し離れてしまうだけで、店内の喧騒に飲み込まれてほたるの声はおろか物音すら聞こえない。

「タケル?いたって、眼魔がいたの?」
「でしたら、このクモ殿のお力を……!」
「二人とも待って!」
 
鞄から不知火、懐からクモランタンを取り出そうとした二人を止めると、タケルは近くの台に身を潜めた。

「人もいる。こんなところで見えるようにしちゃダメだ。それに、ほたるさんと彼氏さんもいる。混乱は避けよう」
「……それもそうね。じゃあどうするの?」
「俺が行ってくるよ。忘れてるだろうけど、俺も変身してる時は人から見えないし」
「お、そうでしたな。最近すっかり忘れておりました」
 
ポンと手を打つ御成。その手に、タケルは懐から取り出したコンドルデンワーを預けた。

「変身したら、人気のないところに連れ出す。見えないだろうから、それを追ってついて来てほしい」
「承知いたしました」
「オッケー、分かったわ。じゃタケル、上手くやんなさいよ」
「うん。行ってくる」

タケルが腹部に両手をかざすと、ゴーストドライバーが出現した。
カバーを開き、オレゴーストアイコンをセットする。それと同時に、タケルの姿は二人には見えなくなった。

『アーイ!バッチリミナー!バッチリミナー!』

「変身!」

『カイガン!オレ! レッツゴー覚悟!ゴ・ゴ・ゴ・ゴースト!』

仮面ライダーゴーストに変身したタケルは、眼魔の方へと歩き出した。
眼魔はまだこちらに気付いていない。当然ながら、周囲の人々も誰一人タケルの事には気付かない。

ほたるとその彼氏は、自分たちのすぐ近くにいる眼魔に気付くことなく話をしていた。
ただ、彼氏はひたすらに台に向かい、必死に話しかけてくるほたるの言葉を適当に聞き流し、
それでもほたるが何とか彼を止めようと説得を行っているようで、雰囲気は懇願に近い。

一方眼魔は、ほたるの彼氏の背後にいて台に手を伸ばしている。
何をしているのかは定かでなかったが、近付くうちに分かった。どうやら玉の出方を操っているようだ。

「おいお前、一体何やってるんだ!」
「っ!?」
 
タケルの一声に眼魔の身がびくりと跳ねる。そして、眼魔はタケルの方へ向き直り、

「―――来たか!!お前を待っていたぞ!!」
「っ!?」
 
今度は眼魔の一声が、タケルの身を震わせた。

「さぁ戦いだ。戦え、俺と戦えぇ!!」
「な、何なんだコイツ……!?」
 
異様な雰囲気を纏った眼魔は、大股でタケルに近付いてくる。少しの間硬直していたタケルは、ハッとしてガンガンセイバーを構えた。

「ハハハァ。戦いだ!戦いだ!!戦いだぁ!!!」
 
心底嬉しそうに、狂った声を挙げながら、眼魔がタケルに襲い掛かった。


「……ん?」
 
物陰から男の様子を窺っていた映司は、どうやら状況が変わったらしいことを察した。
 
台に向かう男の様子が、何かおかしい。しきりに耳元に手をやっている。
何かを聞こうとしているのだろうか。そして視線があちこちを彷徨いだした。分かり易く、動揺している。
 
これはチャンスだ。そう判断した映司は、彼の元へ近寄り声を掛けようとする。

「あの、すみません」
「おいおいおいおい、何でだよ何でだよ。神の声が聞こえねーよ!クソッ、神がいなきゃ勝てねえのに!」
「あの」
「んだよっせえな!!神の声が聞こえねえんだよ!!」
「はあ」
 
このやり取りで、彼との会話は無理だと判断する。話をする気が無いだけなら映司はとことんまで粘るが、この男はそうなってすらいない。
 
さてどうしたものか、と考え込むより早く、近くから映司に向けられた女性の声がした。

「あの、彼に何か、用ですか……?」
 
声のした方を見ると、少し前に男と一緒にいた女性が、不安げな目で映司を見つめていた。警戒されているようだ。
 
一緒にいたのだから、まったくの無関係と言う事はあり得ない。
となれば、事情を正直に説明して彼女に協力を仰ぐべきか、否か。映司は少し考えて、こう言った。

「最近あの男性の周りで不思議なことが起きてるみたいで、それについて調査してるんです。
あっ、俺は火野映司って言います。鴻上ファウンデーションの方から来ました」

「……!」
 
映司が自分の身分を明かした途端、女性は何とも言えない表情を作った。
強いて言うなら、警戒が5割、期待が3割、その他2割と言った所だろうか。

「な、何でそんなとこの人がここに……」
「別に彼を捕まえて実験台に、とか、そう言う事じゃありませんよ?さっきも言ったように、あくまで調査ですから」
 
まずは警戒を解きに掛かる。そのために、嘘はつかない。

「もしよかったらなんですけど、お話を聞かせてもらえませんか。何か困っているようなら協力したいんです」
「…………」
 
女性から徐々に映司への警戒感が薄れていく。これだけの言葉で警戒を緩めるのだ、生来人を疑うことが得意でないのだろう。
信用するかどうかを決めかねているにしても、映司に話をしても大丈夫かも、と思わせることは出来たらしい。
「上からの指示とか関係なく、俺は困ってる人の力になりたいから」
 
映司の本心からの言葉は、しっかりと彼女の元に届いた。

「……力を、貸してください。お願いします」
「はい。だからあなたの知っていることを全部、教えてもらえませんか」


店外へ出た一人と一体は、近くにある立体駐車場で戦いを繰り広げていた。

「でやぁっ!」
「ふんっ!!」

振り下ろしたガンガンセイバーは簡単に弾かれ、その隙に眼魔の拳がタケルを捉える。
死んだ身体なのにまだ残っている痛覚は正常に反応し、タケルの全身に鈍い痛みを走らせた。

と同時に聴覚も働き、打撃の瞬間の一瞬に生じた妙な音を拾っていた。しかし、地面に転がったタケルに、それを冷静に分析する時間は無い。

「どうした!?それで終わりか!?」
「うわっ!」
 
大地も砕けろとばかりの猛烈な踏みつけ。間一髪地面を転がって躱すと、そのまま転がり続けていくらか距離を取り、再びタケルが立ち上がる。

「パワーだったらこっちも負けない!」

『カイガン!ベンケイ! アニキ!ムキムキ!仁王立ち!』
 
ガンガンセイバーをハンマーモードに組み替え、眼魔に向かって駆け出す。

「そうだ!来い、もっとだ!!」
「おりゃああっ!」
 
ハンマーを大きく振りかぶって、力いっぱい叩きつける。眼魔は両腕をクロスしてガードするも、完全にはダメージを殺しきれずに少し仰け反った。
 
その隙に今度は腹部にハンマーを突き出す。だがそれは下からの足によって蹴り弾かれ、間髪入れずに回し蹴りがタケルの頭部を狙う。

「ぐっ!こいつ、強い……!」
 
咄嗟に腕でガードしたが、それでも衝撃は骨に響いた。
パワーに優れるベンケイを防御してなお身じろぎさせるのは、やはり普通の眼魔スペリオルではない。何か別の力が働いている。

強敵相手に、跳び退って距離を取ったタケルは、油断なくガンガンセイバーを構え、相手を観察する。

「フッフッフ。どうした?掛かって来ないのか?」
「う…………」
 
ゆっくりと近付いてくる眼魔と、じりじりと後退するタケル。距離は一定のまま、両者のにらみ合いが続く。

「はっ……?」
 
そこでタケルの耳は、先ほど聞いたのと同種の音を聞いていた。それも先ほどと違い、継続して。
 
金属同士が擦れあうような、そんな音。

「あ……っ!そうか、やっぱりお前が!」
 
それに気付いた瞬間、一気にすべてが繋がった。
 
眼魔の手によって鴻上の元から盗まれたのが金属質のセルメダル、そして目の前の眼魔が発するのも金属音。
つまり、セルメダルを盗んだのはコイツで間違いない。

「答えろ!何で鴻上さんの所からセルメダルを盗んだんだ!」
「力が欲しいのさ、力がな!ただそれだけだぁっ」
 
そして眼魔は突然タケルに掌を向けた。何を、と思った次の瞬間には、タケルの身体は宙に浮いていた。
ふっ飛ばされたのだと気付いたのは、全身に痛みが走ってからだ。

「ぐあっ……!お前、何を……!?」
「これがメダルの力か……。しかしまだだ、まだ足りない。こんなものでは……!!」
 
地面に寝そべるタケルに、またしても眼魔が近付いてくる。
そんな時に、誰かの足音が聞こえてくる。眼魔の後方には走って来たアカリと御成の姿があった。

「不知火、発射!」
 
金の粒子が辺りに舞い、タケルと眼魔の存在を世界に引き摺り出す。

「あっ、タケル殿!はぁっ!それに眼魔も……!」
「タケルっ、大丈夫!?」
「何とかね……!力を貸してくれ、ビリー・ザ・キッド!」

『カイガン!ビリー・ザ・キッド! 百発百中!ズキューンバキューン!』
 
茶色のパーカーを身に纏ったタケルは、飛来したバットクロックとガンガンセイバーをガンモードにすると、銃口を眼魔に合わせてトリガーを引く。

「二人は離れて!」
「言われずともォー!!」
 
眼魔の後ろ、つまり射線上に立っていた御成とアカリは素早く脇に引っ込んだ。そして、容赦のない弾幕が眼魔に襲い掛かる。

「むぅっ、これは……っ!!」
 
今度は両手を突き出した眼魔。その手から次々に光るものが飛び出していき、タケルの放った弾丸を相殺していく。

「むっ、あれは一体!?」
「上手く見えないわね……なら!」
 
アカリは鞄からタブレットを取り出し、目の前で繰り広げられている壮絶な撃ち合いを撮影した。
必要な分だけ撮り終わると、早速スローで何が撃ち出されているのかを解明する。

「円盤……?でもこんなに小さいって、一体どういう物なのかしら」
「円盤……あっ、それですぞアカリ君!」

御成は物陰に隠れたまま、タケルに聞こえるように精一杯声を張り上げる。

「タケル殿ぉー!!眼魔が撃っているのはメダルですぞ!!きっと鴻上様の所から盗み出したものに違いありませぬ!!」
「いやでもっ、そんなわけないって!100枚以上あるよ、これ!?」
 
タケルの体感では文字通り百発は撃っている。
それを超えて撃っているのに、その一発たりとも届いていないのだから、もし仮に眼魔がセルメダルを撃っていたとしたら数の計算が合わない。
明らかに数が増えている。
 
この謎に答えを出している暇はない。何と眼魔は応戦を止め、弾幕の中を突っ切ってきた。
いくら撃たれても決して歩みが止まることは無い。まっすぐにこちらへやって来る。
 
それは同時に、タケルにとっては都合が良かった。

「なっ!?このっ!」

『ダイカイガン!ガンガンミナー!ガンガンミナー!』
 
ガンガンセイバーにバットクロックを連結、ライフルモードにしてドライバーとアイコンタクトさせる。
エネルギーが送られ、巨大な目の紋章が出現した。それがスコープとなり、眼魔を中心に捉える。

「これでどうだっ!」

『オメガインパクト!』
 
トリガーを引くと、強烈な一発が眼魔に向けて放たれた。両者の距離はあっという間に縮まり、眼魔に命中するその瞬間。

「ふぅあッ!!」
 
光弾は眼魔の拳と激突し、真正面から弾き飛ばされた。

「なっ―――」
「もらったァァァッ!!」
 
その一瞬の隙にタケルとの間を詰めた眼魔は、再びタケルを殴り飛ばした。

「がはぁっ!あっ、ぐぅ……っ!」
 
強烈なダメージで変身が解除されてしまったタケルが地面に這い蹲る。
しかし無防備なタケルには目もくれず、眼魔は自分の身体を愛おしむように抱きしめた。

「ああっ、これが力……!!我らの世界にいては得られなかった、これこそがっ!!」
 
眼魔の高笑いが駐車場に響き渡る。
 
眼魔は力に酔っていた。自らが得た新たな力を、同じく力を持つ者にぶつけて確認した。
そして勝った。その単純な事実が、どうしようもなく心を震わせる。

「何なんだ、こいつは……」
 
タケルの呆然とした呟きは、自然と消えていくはずだった。

「我々の世界から逸脱したもの―――いわゆるはぐれ者だ」
 
タケルのつぶやきに答えるように、突然知った声が聞こえてきた。

「見つけたぞ、出来損ないめ」
「チッ、もう嗅ぎ付けたか」
「な、何で、お前がここに……」
 
そちらを見ればそこにいたのは、

「フン。無様なものだな、天空寺タケル」
「何を……くっ!」
 
眼魔世界の住人にして3人目の仮面ライダーである、アランだった。

「貴様の力など私には遠く及ばない。すぐに再教育を施してやろう」
 
メガウルオウダーを左腕にセットし、ネクロムゴーストアイコンを起動させる。

『Standby』

「丁度いい、お前もここで倒す!俺の力のための礎となれ、アランッ!!」

『Yes,sir. Loading…』

「…変身」

『Tengan!NECROM! Mega-uruoud. Crash the Invader!』
 
仮面ライダーネクロムとなったアランは、襟元を正すような仕草をしてから、眼魔へ向かって歩き始めた。

「はぁぁーーーっ!!」
「ハッ!」
 
ネクロムと眼魔が戦闘を開始した。
お陰でもう一度立ち上がれるだけの体力が回復したタケルは、今度は闘魂ブーストゴーストアイコンをドライバーにセットする。

『イッパツトウコン!アーイ!バッチリミナー!バッチリミナー!』
「変身!」
『闘魂カイガン!ブースト!
俺がブースト!奮い立つゴースト! ゴーファイ!ゴーファイ!ゴー!ファイ!』
 
再び変身したタケルはドライバーから出現したサングラスラッシャーを握りしめ、眼魔とアランの元へ駆け寄る。

「お前たちの元に戻る気など無い!」
「お前の意志など知ったことか。これは決定だ。ハッ」
 
タケルの接近を素早く察知したアランは、眼魔の攻撃をバックステップで回避する。

「はぁっ!」
「ぐあっ!」
 
タケルが振り下ろしたサングラスラッシャーの刃が、眼魔の身体を斬り裂いた。

「どういうことだアラン、アイツは一体何なんだ?」
「どうやら我々の利害は途中までは一致しているらしい。いいだろう、聞かせてやる。
我々の完璧な世界にも、時としてあのように強すぎる自我を持つ者が発生する。
そうした者には、世界のためにその身を捧げるよう“再教育”が施されるのだ」
「ふ…ざ、ける、なよ……っ!!俺は俺だっ、世界のためなど知ったことか!!」

立ち上がった眼魔から強い闘志を感じる。むしろそれを通り越して、これは力への執念と言っても良い程のモノとなっていた。

「はーっ、はーっ……俺は力を手に入れる……唯一無二の力を!!」
 
吼える眼魔は再び両掌を二人に向けた。またしても、メダル型の光弾がそこから発射される。
最初の一撃は、互いに脇へ転がって回避した。今度はそれを追うように、光弾が怒涛の勢いで迫り来る。

「無駄なことを……」
 
呆れたようにつぶやくと、アランは眼魔アイコンを周囲にばらまいた。途端に眼魔コマンドが湧き出し、アランの盾となって光弾に散っていく。

「リョウマ!」

『カイガン!リョウマ! 目覚めよ!日本!夜明けゼヨ!』
 
物陰に隠れたタケルは、サングラスラッシャーをブラスターモードにし、そこから眼魔を狙い撃つ。

「何をッ!」
 
エネルギー弾はあっさりと弾かれた。二発三発と撃ち込むが、結果は変わらない。
 
しかし眼魔の意識はほんの少しだけタケルからの攻撃に集中していた。その機を見逃さずにアランが動き出す。

「私の力となるがいい」
 
アイコンを前方に放り投げ、コマンドを吸収しエネルギーに変換しながら、徐々にアランが眼魔へ迫る。

『Destroy! Dai-Tengan!NECROM! Omega-uruoud.』

これ時系列的にはどの辺?

一方でタケルも必殺技の準備に入った。オレと闘魂ブーストの二つのアイコンをサングラスラッシャーにセットし、サングラスを閉じる。

『メガマブシー!メガマブシー! 闘魂ダイカイガン!』

「ふははははっ、来い、来い!その力、受けてやるッ!!」
「ならばしっかり耐えろ。私は手加減をしないぞ…!」
「何だっていい、ここで終わらせる!」
 
しっかりと銃口を眼魔に合わせ、タケルはトリガーを引いた。

『メガ!オメガフラッシュ!』
 
凄まじいエネルギーの奔流が眼魔に襲い掛かる。それと同時に、アランも左の腕にエネルギーを集約させて眼魔に飛び掛かった。

「ハァッ!!」
 
アランの拳が眼魔の胴に叩き込まれる。

「っぐ……!?」

手応えを確認し、アランは素早く飛び退いた。
直後、アランのいた場所を光が奔り、その光はアランの拳が叩き込まれた部分に命中する。サングラスラッシャーから放たれたビームだ。

「ふっ……ぬぉぉおお……!!おおぉぉおおおぉぉぉおおおっ!!!」
 
眼魔の、苦悶と歓喜が入り混じった声がする。必殺技を二発、立て続けに喰らいながらもなお、戦えることへの楽しみが勝っているのだ。
命を賭けたギリギリの駆け引きを、これ以上ないほどに楽しんでいる。

「も……っと!!まだ、だ、力をおぉおおぉおぉおぉおっ!!」

断末魔のようにも聞こえる絶叫を残し、眼魔は強い光に包まれた。


「うっ……あっ!」
「ほう、まだ逃げられたか」
 
光が収まった時、そこにはもう眼魔の姿は無かった。爆発が見えたわけではないと言う事は、アランの言った通りに眼魔は逃げたのだろう。

「何て奴だ……」
「まだそう遠くへは行けていないはずだ。奴を探せ」
 
アランがアイコンをばらまき、コマンドたちを使役する。ふらふらとした足取りで駐車場に散らばっていく。
やがてはもっと広くを捜索するのだろう。変身を解除したアランは、何も言わずにタケルたちの前から立ち去った。

「こっちも探さないとな」

『オヤスミ』
 
変身を解除したタケルの元に、アカリと御成が駆け寄って来る。

「逃げられてしまいましたな」
「仕方ないわ。いつものように地道に行きましょう」
「うん。でも、メダルの事は一体どういうことなんだろう。それにあの力についても気になるし……」

盗まれた100枚のメダル、それとは計算の合わないメダルの数、何か別の力を得ていたと思しき様子の眼魔。それを繋ぐものはきっと。

「あのメダル、何かあるのかも……」
 
セルメダル。その詳細が分かれば、このもやもやも一気に取り払えるはずだ。


「となると、ここはやはり鴻上殿にお聞きするしか」

「あのー、ちょっと」
 
相談をしていた三人の輪の中に、突然男の声が飛び込んできた。三人は一斉に声のした方向を見る。
 
そこにいたのは、エスニック風の衣装に身を包み、パンツを引っ掛けた木の枝を肩に担いだ、人当たりのよさそうな笑みの青年。

「……はい、何でしょうか」
 
もしや、戦闘を見られていたか。だとしてもおかしくない。三人は青年の次の言葉を注意深く待つ。
 
次に彼が口を開いた時、そこから出てきたのは予想もしなかった言葉だった。

「仮面ライダー……ってことは、鴻上さんが言ってたのは君のことだね」

「あなた、仮面ライダーを知ってるんですか?」
「うん。だって、俺もそうだから」
 
あっけらかんと言う男の態度に三人は一度それをあっさりと流しかけ、次の瞬間に思いっきり驚愕した。

「なっ!?あなたも仮面ライダーだと言うのですか!?」
「はい。あっ、自己紹介がまだでしたね。またやっちゃった」
 
気恥ずかしそうに言った青年は、頭を掻いてから名乗った。

「俺は火野映司。鴻上さんの所で研究協力員をしてます。それから、仮面ライダー。仮面ライダーオーズ」

人間の自由と平和を守る戦士たちの最初の邂逅は、こうして劇的とは程遠い淡白なものとして行われた。

グレイトフル入手前かな?

>>39 >>44
一応グレイトフル入手前で書いていますが、
コラボ時空ですので「ある冬の日」くらいの認識でお願いします。


二章 眼魔とセルメダルとオーズの力


「あっ、みなさん」
 
パチンコ店の前でほたるが待っていた。少し後ろには俯いて何かをぶつぶつとつぶやく彼氏の姿がある。

「あの、幽霊は……」
「眼魔は追い払いました。多分しばらくは大丈夫だと思います」
 
タケルの言葉を聞いた途端、ほたるの顔がぱっと明るくなった。

「本当ですか!ありがとうございます!」
「って言っても、まだ倒せたわけじゃないから完全に安心はできないんですけど」
 
一応アカリが補足するが、ほたるにはそれでも構わないらしかった。
 
ところで、そんな彼女にも疑問に思っていたことがあるらしく、こんなことを質問してきた。

「でもどうして、彼に取り憑いたんでしょうか?彼、普通の人だったはずなのに」
「あっ、それは俺が」
 
映司が名乗り出る。

「彼氏さんに憑いてた幽霊……えっと、眼魔だっけ。その眼魔が盗んだセルメダルっていうものに関係があるんだ」
「どういうことですか?」
「セルメダルは人間の欲望から生まれるもので、無限に増えていく。
それを盗んだ眼魔は彼氏さんに目をつけて取り憑くと、良いように唆して欲望を満たさせてたんだ。
自分のセルメダルを、彼の欲望を通して増やすために」
 
英雄のアイコンを手に入れようと画策していた時も、眼魔は英雄への強い思いを持つ人間の“近くの人間”に憑依し、
その意識を間違った方向へ誘導しようとしていた。世界の在り方には従わずとも、やはり種族は眼魔と言う事だろう。
 
それは先ほどタケルたちと映司が出会った時、お互いに情報交換し合って出した答えだった。


 互いに自己紹介を終えた四人は、早速相談を始める。

「タケル君たちはメダルの事について知りたいんだよね?」
「はい。えっと、映司さんはどのくらい知ってるんですか?」
「多分、今回不自由しないくらいには」
 
そう言い映司はポケットに手を突っ込む。再び手を出した時、そこには銀色のメダルが握られていた。それを親指で弾き上げ、再びキャッチする。

「あっ、メダル!」
「これが100枚、鴻上さんの所から無くなったって言うのは聞いたよ。だけど今は100枚どころじゃないだろうね」
「どういうことですかな、映司殿」
「御成さん、『こうしたい』とか『こうなりたい』って欲望はある?」
 
突然の質問に首を傾げながらも、御成は首を強く横に振った。

「ありませぬ。拙僧は修行中の身、煩悩は何よりの敵ですぞ!」
「どうだか……」
「何か言いましたかなタケル殿っ?」
「あいや、何でも」

「じゃあアカリちゃんは?何かある?」
「ええ、ありますよ。世紀の大天才レオナルド・ダ・ヴィンチのように、世界の全てを科学の力で解き明かすことです」
「うん、大きくていい欲望だね。じゃあアカリちゃん」
「?」
 
映司はセルメダルを持つ右手をアカリに向けて伸ばす。するとその額にメダルの投入口が現れた。

「なっ!?」
「なんとおおおおおーーっ!?」
「え、二人とも急にどうしたのよ」
「今アカリちゃんのおでこに、メダルを入れるところが出来てるんだよ」
「……はい?」
 
映司の話は突拍子もなく、直接自分を見ることの出来ないアカリには何が起こっているのかが良く分からない。
 
そんなアカリに向かって、映司はにこにことしながら右手を近付けて呟く。

「―――その欲望、解放してみようか」
 
彼の言葉にぞっとしたタケルは、思わず手を伸ばしていた。しかし間に合いそうにない。

そして映司の指先から、メダルが滑―――

「なんて」
 
らない。メダルを再び手の中に握りこむと同時に、アカリの額に出来ていた投入口も自然と消えた。

「ちょ、映司さん……」
「ごめんごめん。でもタケル君、御成さんには分かってもらえたんじゃないかな。セルメダルはああやって“人の中に”入れられるんだよ」
「……ではそうやって入れたメダルは一体どうなるのですかな?」
「簡単に言うと、人の欲望を元にしたメダルの怪物ヤミーを作り出すんだ」
「怪物!?」
「ヤミーはその欲望を満たすために行動する。そして欲望を満たす度に、セルメダルを増殖させることが出来るんだ。無限に、永遠に」
「じゃあ私の欲望からそのヤミーを生み出したら、世界を科学的に解き明かせたりは」
「無理だよ。ヤミーは高度なことが出来ないから、科学的なことは理解できない」
 
それを聞いて、アカリはほっとした様子を見せた。

「何で今のでほっとしたの?」
「バカね、解き明かすにしても自分でやるから意味があるんじゃない。怪物なんかに叶えられたら台無しよ」
「そうだね。アカリちゃんの言う通りだと思う」
 
そう言う映司の顔はどこか愁いを帯びていた。しかし次の瞬間にはまた笑顔に戻った映司は話を続ける。

「これまで説明したように、セルメダルは欲望に反応して増殖する性質がある。
だから眼魔が盗んだ100枚のセルメダルが、君と戦った時にはより多くなってたんだ」
「では眼魔はどうやってメダルを増やしたのでしょうか?」
「……あっ!そうか、それでほたるさんの彼氏さんが!」


「じゃあ彼は幽霊に利用されてただけなんですね?」
 
映司は頷いた。ほたるは心底嬉しそうに笑ってこう続ける。

「良かった……!皆さんに相談して、本当に良かった……」
 
こっちまで嬉しくなってくるような様子のほたるに、一同も問題がほぼ片付いたことで安堵の笑みを浮かべる。
 
ただ、映司は最後にこう付け加えた。

「でも彼氏さんは唆されただけで、そうしたいって欲望は、今も変わらずに残ってるはずだ。
余計なお節介かもしれないけど、これからも賭け事にのめり込みそうなら、ちゃんとした対応を……だよ」
「はい。肝に銘じておきます」


何度も何度も頭を下げて、ほたるは彼氏と共に去って行った。

ほたるからの依頼を終えたタケルたちは、いよいよ眼魔捜索に本腰を入れる。   

「……それで、どうしよっか。手掛かり無くなっちゃったよ」
「都心に隠れてるなら、何か行動があった時に鴻上さんたちが知らせてくれると思う。俺たちは、眼魔とどう戦うかを考えた方が良いんじゃないかな?」
「映司殿の言う通りですな。ではタケル殿、一度戻って対策を考えましょう。アカリ君も、よろしいですかな?」
「ええ、問題ないわ」
「あ、お邪魔になります」
 
四人は大天空寺への帰路に着いた。
 
色々と話を聞くにはこのタイミングしかない。そう確信したタケルは、思い切って映司に話を吹っ掛ける。

「あの、映司さん。色々と聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「うん。俺に答えられることなら」
「じゃあまず……」
 
そう言ってタケルが指さしたのは、例のパンツを引っ掛けた木の枝だった。

「これね、俺のじいちゃんが教えてくれたんだ。『男はいつ死ぬか分からない。だからパンツは常に一張羅を穿いておけ!』ってね。
だからパンツはいっつも持ち歩いてる」
「そ、そうなんですか……」
 
ゴーストとなったあの日、自分のパンツは一張羅だっただろうか。突然湧き上がってきたそんな疑問を、頭を振ってかき消してタケルは話を続ける。

「映司さんは、どうして仮面ライダーに?」
「うーん、成り行きかな。たまたま大事なものを拾ったことで目を付けられて、人が死ぬのが嫌で変身した。
『利用しよう』って思われてることは分かってたから、じゃあこっちもやりたいことのために『利用しよう』って感じで、お互い利害の一致で組んでた」
「一緒に戦う仲間がおられたのですか?」
 
御成の質問に、映司は複雑そうな表情をした。

「仲間……まぁそうなんだけど、何て言うのかな。お互いに監視し合って利用し合ってた……って言うのが、一番近いかも」
「……複雑ですな」
「あはは。今でもそう思ってます」
 
その時の映司はどこか遠くを見ていた。遠く遠く、この道の向こうよりずっと遠くを。

きっと映司は闘いの日々を思い出していたのだ。今ではない過去に起きた、彼の戦い、彼の物語。それにタケルは気付くことが出来た。

「で、あなたはどうやって変身を?」
「これだよ」
 
映司は懐から数少ない持ち物のうちの二つを取り出した。彼が手にしたオーズドライバーとメダルホルダーを、アカリは興味津々で見つめる。

「わっ、綺麗」
 
ホルダーの中には色毎に分けられたメダルが収められている。5色のメダルが3枚ずつで計15枚。
それらは銀のみのセルメダルとは違い、互いに鮮やかな色を持っていた。

「コアメダル。800年前の錬金術師たちによって作られた、生物の力を持つメダルなんだ。これの持つパワーは、セルメダルとは比べ物にならない」
「……手に持っても、いいですか?」
「な、何を言っているのですかアカリ君!危険ですぞ!」
「大丈夫だよ。ほら」
 
映司はタカコアを取り外し、アカリの手に乗せた。まじまじと見つめ、スマホで写真を撮るアカリに、御成はまだ怪訝な目を向けていた。

「危険じゃ、ないんですよね?」
「うん。セルメダルと違ってコアメダルは数が少ないし、ヤミーを作り出す能力も無い。だからその力を本当に引き出すためには」
 
オーズドライバーを軽く振った。

「これがいるんだ」
「へえ……。何だか似てるかも」
 
生物の力を秘めたコアメダルと、その解放装置であるオーズドライバー。
 
英雄の魂を形にしたアイコンと、その力を借りるためのゴーストドライバー。
 
要素だけ抜き出せば、似ていると思えなくもない塩梅だった。

「これアカリ君!いつまで見ているのですかな!?そろそろ映司殿にお返しするべきではありませんか!」
「だってこれ、錬金術で作られた代物なのよ?それも800年も前の!ねえ御成、これがどういうことか、あなた分かってるの!?」
 
いつまで経ってもコアメダルを返す様子の無いアカリを一喝した御成は、逆ギレに近い形で声を荒げられた。あまりのことに御成が目を白黒させる。
 
興奮しているアカリはそんな御成には目もくれず、熱く語り続ける。

「錬金術は科学の発展に大きく寄与した学問なの。つまりこのメダルは、科学の産物ってことよ?
それでいて800年前の物が今の時代にもこんなに完璧な状態で現存してる。これって普通じゃあり得ないわ。
当時の錬金術師たちが優れた科学力を持っていた証拠なのよ!」
 
鼻息荒く語るアカリの事を見て、映司は真実を語らないことを決めた。
 
800年前の錬金術は単純な科学だけでなく、魔法や呪術と言ったいわゆるオカルト系統、
即ちアカリがもっとも認めようとしない物にも支えられていたと言う事を。
 
そうこう話をするうちに、一行は大天空寺に辿り着いていた。

「へえ、タケル君の家のお寺、立派だね」
「ええまあ。さ、どうぞ。ようこそ、大天空寺へ」


大天空寺の事務所。とりあえず四人は腰を落ち着ける。

「お茶をお出ししますので、少々お待ち下され」
「すいません、ありがとうございます」
 
御成が台所に入り、アカリはテレビをつけた。
 
ちょうど映ったニュース番組では、日本の企業が近々人工衛星を打ち上げるということが大々的に報道されていた。
トップらしき人物が「ここまで長かった、13年かかった」などと語っていた。長年の夢が叶った瞬間に、彼は感極まって嬉し涙を流す。

「長政さんと薩之進さん、元気でやってるかな」
 
先ほどの戦闘で使用したリョウマのアイコン。それに縁深い二人の男性、そして親子を思い出すと、自然とそう呟いていた。

「お待たせいたしました。さ、どうぞ」
 
そこへ人数分の湯飲みを盆に乗せた御成が現れた。タケルとアカリはすぐ立ち上がって湯飲みをテーブルに置き、また席に着く。
 
まず全員お茶を啜り一息つく。そして、御成が話を切り出した。

「それで、眼魔はどうしましょうか?」
「一番は人に被害が出ないうちに見つけて倒すことだね。そのためには居場所を突き止めなきゃいけないけど……映司さん、何か連絡はありましたか?」
「ううん、何もない。流石に鴻上さんのところでも姿の見えない相手を追うのは簡単じゃないと思うし、これは待つしかないかな」
「そうですか……」
 
結局のところ、今は打つ手なし。それ以外になかった。

とは言え、タケルと映司にはこうやって体を休め英気を養うのもまた重要なことだ。
 
時間も丁度15時頃。お茶請けの茶菓子などを口にする面々の間には、徐々にリラックスしたムードが漂い始めた。
 
それで気が緩んでいたのだろう。タケルはこんなことを映司に聞いた。

「さっき話してた映司さんの仲間って、今どうしてるんですか」
「アイツは、今はこの世にいないんだ」
「えっ……」
 
すっと背筋が寒くなる。聞いてはいけないことだったのだ。
それを不躾に、しかも軽薄に皆の前で聞いてしまったことがどうしても申し訳なくて、タケルは勢いよく頭を下げる。

「すいません映司さん!その……」
 
だが映司はタケルの肩を優しく叩いた。顔を上げると、やはり映司は微笑んでいる。

「いいんだ。何時か会えるって、信じてるから」
「……どういうことですかな?」
 
映司はズボンの左ポケットを外から軽く抑える。金属が擦れる音…メダルの音がそこから聞こえた。
そしてポケットに手を突っ込み、中から何かを取り出す。

彼が開いた手の中には、割れたコアメダルがあった。

「これが俺の仲間、だったもの」
「め、メダルが仲間、だった……?」
「このメダルには一つの意識が宿ってた。名前はアンク。ヤミーの親玉、メダルの怪人グリードの一体だった」
 
それから映司は色々なことを教えてくれた。
彼の生い立ちや戦い、アンクや戦いを経て得た仲間との関係、そして見出した自分の欲望のことまで、全てを教えた。

「メダルが割れたけど、いつかの未来であいつは復活してた。だから大丈夫、きっとまたいつか、アンクには会えるはずだ」
「それで鴻上さんに協力を……すいません、本当に失礼なことを言っちゃって」
「ああいいっていいって。
……とにかく、俺は俺の手を世界中に届かせたいからいろんな国へ行って、色んなものを見てるんだ。
そうやって手を繋いだ人たちと一緒に、もっと未来を良くしていきたいから」
「……凄いな、映司さん」
 
タケルも父である龍の言葉を胸に、人の命や思い、魂を未来へ繋ぐべく奮闘している。
 
そして目の前の映司はタケルとはまた違った方法で、自分の望む未来のために行動している。
その在り方は、まだ小さなタケルには途方もなく大きく思えた。


「うっ……ぐぁぁははははっ……!」
 
どこかの路地裏で、不可視の怪物が痛みを吐き出すように笑う。

「もっとだ……この力を、もっと……メダルがいる……っぐ!」
 
セルメダルを盗み出し、適当な人間に取り憑いてその数をゆっくりと増やし続けてきた。
時間こそ掛かったが、100枚しかなかったセルメダルはかなり増えていたはずだ。
 
その力は間違いなかった。あの仮面ライダー二人を相手に戦うことが出来た。以前のままでは不可能だったことだ。
 
先ほどの戦いを思い出すだけで心が躍る。そして以前の自分には無かった力が、今もまだこの身体に残っているのだ。
もっと欲しい、と思うのは当然の事だろう。
 
だからこそ、もっと力が要る。もっと多くのセルメダルが。力を得た先にある物。それこそが彼の欲望だ。

「もっとだ……もっと……!!」


『不可思議現象発生です!』
『街中で急に色んな物が壊されてる!』
 
タケルたちが大天空寺に戻って来てから二時間後の17時頃。
御成の指示を受けて眼魔活動の痕跡を探していたシブヤとナリタから、電話がかかってきた。

『眼魔がやったと思われるものを撮影しました!今から送信します!』
 
二人がスマホで撮った写真にはバラバラになった公園の遊具や、全体がボコボコにへこまされた大型トラック、折れた街路樹などが写っていた。

「また動き出したか……!」
「行こうタケル君。早く止めないと危険だ!」
 
二人は視線を交わして頷き合い、素早く動き出した。もちろん御成とアカリも同様だ。

「シブヤ、ナリタ。動向の報告を頼みますぞ!」
「よし、行きましょう!」


「あっ、御成さん!こっちです!」
 
大天空寺を出たタケルたちは街中でシブヤとナリタに合流した。
 
彼らに合流できたポイントへ行くまでに、様々なものが破壊されているのが確認できた。
砕けたコンクリのブロック塀、ひどく折れ曲がった鉄柵、様々な液体を噴き出す潰れた自動販売機など、まるで災害にでも見舞われたかのような有様だった。
実際に人には見えず、理不尽な破壊を振りまくだけの存在である眼魔は、災害と何ら変わりない。

「眼魔のヤツ、一体何を考えてるのかしら」
「……何も考えてないんだと思う。ただ自分の力を振るいたいだけだ」
 
タケルの言葉にアカリが苛立たしげな表情になり、御成は錫杖を強く握り、シブヤは地団駄を踏み、ナリタは怒りを隠さずに舌打ちした。
皆が皆眼魔に対する憤りを示す中で、映司は一人で周囲を見回していた。

「……いや、もしかしたら、考えあっての事なのかもしれない」
 
その真意を問いただす前に、突然彼らの近くの地面、コンクリートにひびが入った。

「いるなっ!」
 
タケルがそちらを向けば、思った通り眼魔はそこにいた。右の拳を開くと、砕けたコンクリートのかけらがパラパラと地面に零れ落ちる。

「やはり戦わなければ満たされない……この程度では一時しのぎにしかならない」
「ふざけるな!お前の欲望のためだけに、何でも壊されてたまるか!変身!」
 
ゴーストに変身したタケルが眼魔に飛び掛かっていく。その姿を捉えるために、御成とアカリはクモランタンに不知火を構え、粒子を散布した。

「……よし、俺にも見える」

確認するように映司がつぶやく。その手には既にオーズドライバーとコアメダルが用意されていた。

周囲に被害を出さないよう、皆を巻き込まないようにと、タケルは眼魔を遠くへと誘導し始めた。一人と一体は次第に遠ざかっていく。
 
戦うタケルの姿を見守りながら、アカリは映司に簡単に不知火の効力の説明をする。

「映司さん。不知火が効いている間なら、眼魔にも触れられます。攻撃のチャンスは今です」
「分かった、ありがとうアカリちゃん」
 
そう言って映司は腹部にオーズドライバーを装着した。右腰の部分にオースキャナー、左腰の部分にオーメダルネストが出現する。
左手にバッタ、右手にタカのコアメダルを持ち、それぞれオーカテドラルの左端と右端に装填。
続けてトラのコアメダルを中央に装填して傾けると同時に、オースキャナーを手にした。
 
そして映司は発声する。

「変身!」

『タカ!トラ!バッタ! タ・ト・バ! タトバ タ・ト・バ!』
 
コアメダルをスキャンし、その力が映司に転送されていく。
 
やがて色鮮やかなエネルギーに包まれた映司は、赤のタカヘッド・黄のトラアーム・緑のバッタレッグといった、
信号機の三色をメインにするオーズの基本形態、タトバコンボへの変身を遂げた。

「おお……これが映司殿の……」
「仮面ライダーの姿……」
「じゃあ行ってくるよ。みんな、戦いに巻き込まれないように注意してね」
 
一人で眼魔と戦うタケルの方を見つめ、映司もまた戦いに加わるべくそちらへと駆け出した。


タケルが大上段から振り下ろしたガンガンセイバーの刃が、眼魔の胸板を斬り裂く。

「がっ……!!」
「ハッ!でやっ、フッ!」
 
怯んだ眼魔を連続で斬りつけ蹴りを入れると、相手は面白いくらい簡単に吹っ飛んだ。昼間に戦った時から明らかに弱体化しているのが体感で分かる。
 
それでもやはり、眼魔の執念は凄まじい。地面を転がったとしても、コンクリートを拳で殴り立ち上がる。

「お前、どうしてそこまでして戦うんだ……!?」
「決まったことを、聞くなァッ!!」
 
獣のような咆哮と歓喜の哄笑が混ざり合って夕暮れの空に響き渡る。理解できない異常性が、タケルの心を芯から寒からしめた。
 
目の前の眼魔は死を恐れていない。より感じたままに言うならば、死すらも賭けている。
力を得るための大博打に、そして闘争そのものに、後先を考えずに命を賭けているのだ。

そんな考え方は一度死んでしまったからこそ、タケルには絶対に理解できなかった。

「っ!」
 
そしてまた、眼魔はこちらに迫ってくる。力も無くダメージが蓄積するばかりの中で、それでも敵を見据え前進する。
欲望に溺れて命すら軽視した者の行く末が、これなのか。
 
異様さに呑まれて動けないタケル。ゆっくりと近付いてくる眼魔は、その右腕をただ振り上げた。
そして力なく開いていた手を、あらん限りの力で握りしめる。


その拳が振り下ろされることは無かった。

「あ……えっと、映司、さん……」
「うん、俺だよ。タケル君、大丈夫?」
 
横合いから飛び掛かった映司のキックは、眼魔を易々とふっ飛ばしたのだ。

「はい、すいません。ぼーっとしちゃって……」
「気を付けて、他人の欲望に呑み込まれちゃダメだよ。特にああいうのは」
 
欲望にはとてつもない力があることを、経験上映司は知っている。
その力は他人と繋がってより大きな力となることもあれば、あまりの強さ故に他者を蹂躙してしまうことだってある。
今回の場合は後者だ。それもかなり厄介な類の。

「あの眼魔は危険だ。今のうちに協力して倒そう」
「はい!」
 
タケルはガンガンセイバー、映司はメダジャリバーを油断なく構え、ふらふらと立ち上がった眼魔に対峙する。

「ハハッ……。ハハハハハッ……!!」
 
その姿をしかと見据え、眼魔はファイティングポーズをとった。
 
三者の間で緊張感が高まる。じりじりとした睨み合いを破ったのは―――

「頑張って下され、お二方ァー!!」
「はぁぁぁーーっ!!」
 
御成の声をスタートの合図に、眼魔との戦いの第二ラウンドが始まった。


斬られる。身体が痛む。
 
殴られる。身体が痛む。

蹴られる。身体が痛む。
 
殴り返す。拳に重い反動が返ってくる。
 
蹴り返す。脚に重い反動が返ってくる。
 
ただただ単純な、ひたすらに続く暴力のやり取り。
 
そのどれもが、この虚ろな身体を震わせる。
 
痛みによって感じる生の充足。自分はここに居るのだという確かな証。
 
手応えがもたらす相手の存在。自分の目の前に他者がいることの証明。
 
その高揚感が痛みを即座にかき消す。

そしてまた殴られ、蹴られ、斬り裂かれて、痛みを感じる。

殴り、蹴り、手応えを覚える。

死に一歩、また一歩と近付く。それこそが、生きていると言う事をどうしようもなく実感させてくれる唯一の指標。

命を確かに、しかし歪に感じながら、彼はただ力を欲する。

自分の存在の爪痕を、世界に刻み付けるために。

激しい痛みを伴って、命の証を得るために。

闘争の中に、自分自身を見つけ出すために。

虚ろな幽霊は、命を求めて破壊と闘争を繰り返す。

>>70
ミス
映司がヤミー作れるみたいな描写ってどっかであったっけ?

無いよ
というかプトティラが体内に無いからグリードでもない

>>71 >>72
「MEGAMAX」では財団Xの人間が自分にメダルを投入しヤミーを生み出していたのを思い出して書いたのですが、
他人の欲望でヤミー作れるのってそういえばグリードだけでしたね……。お恥ずかしい限りです。


『クワガタ!トラ!コンドル!』
 
ガタトラドルへメダルチェンジした映司は、キックボクサーのように爪先に重心を移動させて小さくステップを踏んだ。

「ハッ!」
 
そこから繰り出されるのは正確無比な蹴撃だ。
頭部を狙った回し蹴りは腕で防御されるも、爪先の鋭い爪が身体に抉り込んでダメージを残す。
更に踵にもある爪から真空刃が発生し、ガードをすり抜けて眼魔の顔面に傷をつけた。

「がぁっ」
 
後退る眼魔。映司は距離を埋めるように一歩を踏み出すと同時に、

「ハッ、ハッ、ハッ、ハァッ!」

トラクローを展開して交互に振るうことで、眼魔の身体をずたずたに引き裂いていく。

『カイガン!ロビン・フッド! ハロー!アロー!森で会おう!』

更に後方からはタケルの援護射撃が飛ぶ。映司が引き裂いたのと同じ個所に突き立つ正義の矢は、通常よりも深くまで到達し眼魔の力をさらに削いだ。

「行くよタケル君!」
「分かりました!」
 
トラクローを眼魔に突き刺して逃げられなくした映司の頭部、クワガタヘッドの二本の角の間を緑色の電気が迸った。
狙いを察してタケルもゴーストチェンジを行う。

『カイガン!エジソン! エレキ!ヒラメキ!発明王!』
 
パーカーから発生する電気エネルギーをガンガンセイバーの銃口に集める。その狙いは同じく電気の通っている映司の頭部だ。

「ハァッ!」
「ハァァアァッ!」
 
先にタケルが電撃を放ち、コンマ数秒遅れて映司が頭部から放電を開始した。

「ぐぅおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉおおおおっ!!!!」
 
混じり合う緑と紫の電撃に至近距離から身を焼かれ、眼魔が絶叫する。
身体は逃れようと咄嗟に身をよじるも、映司に固定されているためにそれが出来ない。
さらにトラクローを伝い、電撃は体表だけでなく体内にまで及び始めた。

「あが……っ、くっ、が……ぁっ!!」
 
それでもまだ眼魔の闘志は尽きていない。
すぐ近くにいる映司は、眼魔には表情が無いうえ、今は声を上げることが出来ないのも分かっているのにも関わらず、
目の前の眼魔が笑っているように感じられた。

『タカ!ゴリラ!タコ!』
 
タカゴリタへメダルチェンジした映司は、タコレッグの脚部装甲を八本に分裂させた。
その触手の吸盤を用いて自分の身体を地面にしっかりと固定すると、ゴリラアームの巨腕を思い切り引き絞る。
タカヘッドでこれまでのダメージが蓄積したウィークポイントを探し出し、そこ目掛けて拳を繰り出せるようにピタリと狙いを定めた。
「ハァァァァーーーッ!!」
 
裂帛と共に、剛腕が叩き込まれた。力の全ては余すことなく眼魔の身体に伝わり、ピンボールのように吹っ飛んでいく。
 
そのまま眼魔の身体は重力に従い、地面へと―――

『カイガン!ニュートン! リンゴが落下!引き寄せまっか!』
 
―――落下しない。物理法則を無視……いいや、やっていることは物理に則っている。
タケルが突き出した左手から生じた強烈な引力が、空中で眼魔の身体を捉え猛スピードで引き寄せる。

「うおおおおおおおっ!!」
 
そして再び引き戻された眼魔は、またしても強烈な拳を叩き込まれた。
今度はタケルを加えた二人分、かつ猛スピードでの接近という極悪のオマケつきだ。
 
今度こそ、眼魔は地面に落下した。
斥力も利用してのパンチであまりの勢いで吹っ飛んだため、近くにあった木製の柵数本を易々とへし折りながら、である。

『タカ!トラ!バッタ! タ・ト・バ! タトバ タ・ト・バ!』

『カイガン!オレ! レッツゴー!覚悟!ゴ・ゴ・ゴ・ゴースト!』
 
それぞれ基本形態に戻った二人は、しぶとく立ち上がった眼魔に向けて最大の力を叩き込むための準備に入った。

「これで今度こそ……!」

『ダイカイガン!オレ!オメガドライブ!』
 
タケルが組んだ印が目の紋章となって背後に浮かび、そこからエネルギーが右脚に収束していく。

『スキャニングチャージ!』
 
キックの威力を最大限に出すため、バッタレッグは人のモノから元のバッタの脚と同じになった。
思い切りたわませ、限界まで高まった力を解放して映司は天高くへ跳び上がる。

「ハァァァ……ッ!!」
 
空中で一回転する間に、脚は人のモノに戻る。
そして超高度から眼魔を鷹の目で捕捉すると道を示すように三色のオーリングが、そして映司の背中には赤い翼が出現した。

「セイヤーーーッ!!」
 
両足を揃えてのタトバキックを繰り出した。猛烈な速度で眼魔との距離が埋まっていく。

「命、燃やすぜ!でやああああっ!!」
 
それと同時にタケルも前方へ跳び、右脚をまっすぐ伸ばしてキックを繰り出す。
 
直撃すれば死が確実になる必殺技を前にして、眼魔はそれを待ち構えていた。
 
二人の必殺技が直撃する、その瞬間、眼魔は笑っていた。

そして―――


「……なんてしぶとさだ」
「これは……やられちゃったなぁ」
 
二人は地面に空いた大穴を見下ろす。あまりの深さに、底まで光が届いていない。
 
そこはまさしく先ほどまで眼魔がいた場所だった。
眼魔は二人の攻撃を受けるのではなく、地面を穿って逃走することを選択したのだ。
欲望に溺れ力への執着に呑まれたように見えて、案外クレバーな部分も残していたことはタケルの胸中に一抹の不安を起こさせる。

「タケル!」
「映司殿!」
 
穴を覗き込む二人の元に、アカリたち四人が小走りでやってきた。そして穴を見やってやはり驚愕する。

「また逃げられたわね……」
「むぅぅ……。存外しぶといですな」
 
大穴から地下へ逃げた眼魔を追跡するのは、日が間もなく沈む今は時間的にも厳しいものがある。
そもそも見知らぬ地下空間へ何の対策もナシに踏み込んで行けば、眼魔と出会わずとも痛い目を見ることになるのは明白だ。

打つ手なしの不可思議現象研究所の面々を前にして、映司はセルメダルを手に一人当たりを見回していた。
その場からは目当てのモノが見つからないので、皆の元から少し外れてさらに探し回ると、
目当てのモノは、恐らく眼魔の破壊行為の一環なのだろう、地面に倒れた状態で発見できた。
しかし煙を上げるどころか、傷一つ付いていないのは流石と言うべきだろう。

「あったあった。よしみんな、頼むよ」
「あれ、映司さん?」
 
タケルが見つめる先、映司は倒れた自動販売機にセルメダルを投入していた。続けて飲み物のボタンをいくつか押すと―――

「わっ!なっ、何だこれ?」
 
缶の取り出し口から大量に缶が飛び出しかと思うと、空中でそれぞれが形を変えたのだ。
鳥やタコ、バッタといった生物の形になった缶は、地面の大穴へ飛び込んで行く。

「鴻上さんの所の研究の一つ、カンドロイド。小ささと数の多さを活かしての偵察なんかによく使われる。
ほたるさんの彼氏さんを見つけたのもそうなんだ」
 
映司は倒れた自動販売機―ライドベンダー―をぽんぽんと叩きながら説明した。
そんな彼の足元に一機のバッタカンドロイドがやってくると、すっと出した掌の上に跳び乗った。

「今日の捜索はもう無理だ。だからここから先はカンドロイドに任せよう。
それにさっきの戦闘で相当なダメージを負ったはずだから、そう簡単には動けないはずだし、しばらくは問題ないんじゃないかな」
 
状況を冷静に判断しての提案に全員が頷いた。張りつめた空気が、ゆっくりと弛緩していく。

しかし実際に眼魔と戦ったタケルと映司には、完全に気を抜くことが出来なかった。
撃破出来ていないのが一番の理由だが、それ以外にもう一つある。

「映司さん、眼魔の事どう思います?」
「俺たちの攻撃を受けて笑ってた……ような気がする。あれは、何かある」
 
二人は共に眼魔の様子を“妙に素直にやられ過ぎている”と感じていた。
攻撃しなかったわけではないし、やり返そうとする意志が無かったとも思わない。
だがそれ以上に、眼魔はギリギリ死なないで、出来るだけ長く攻撃を受け続けるのを目的にしていたのではないか。そう思えるようなやられぶりだった。

「眼魔の目的は一体何なんだ?どうして物を壊したり、俺たちと戦おうと……」
「戦うこと……あるいは“力”を振るうことかな?それが目的なのかも」
 
今の二人にはそれに回答出来るだけの情報が不足していた。しかしただ戦いたいだけの眼魔にしては、何かが異常だ。
その異常性の影に隠れて、奥にある欲望の本質が見えてこない。まるで実体のない靄を捉えようとしているような、そんな掴み所の無さが敵にはあった。

「ヤツの欲望……一体何をしたいんだ?」
 
瑠璃色に染まる空に、タケルの言葉は静かに消えて行った。


「あれ?おっかしいわね」
「どうしたんですかアカリさん」
 
大天空寺に戻ってきた一行。
事務所について鞄を下ろしたアカリは、何かを探すようにごそごそと中をかき回し、鞄の口を思い切り開けて中を覗き込んでみたりしていた。

「不知火の予備が無いのよ。外に忘れたのかな……」
「準備する時に忘れただけじゃない?」
「そういうことが無いように、いっつも入れっぱなしにしてあるんだけどなぁ……」
「まっ、何にしてもアカリ君の管理が甘かった、と言う事です。しかと用心をお忘れなく!」
 
勝ち誇ったような顔で、御成はアカリの肩を叩いた。
言い返そうと思ったが御成の言ったことは正論のため、諦めて肩をすくめるとアカリはさっさと地下室の方へ行ってしまった。
 
事務所には男が五人。シブヤとナリタはその場を離れて本堂の方へ歩いて行った。
残ったタケルと映司と御成は、映司がテーブルに置いたバッタカンドロイドが映し出すホロ映像を視聴する。
 
都心の広い地下空間の中、見えるのはただただ闇ばかり、聞こえてくるのは時折吹き抜ける風か、滴る水滴の音くらいだ。
仮に姿が見えるようになったとしても、姿を隠して潜伏するにはうってつけだろう。

次に映し出されたのはカンドロイドたちが捜索中の地下空間のマップだ。
やはりというべきか、都心の地下空間は複雑に入り混じっておりどこへでも行くことが出来るために、カンドロイドたちもそれぞれに散らばらざるを得ない。
相当数の光点がマップ上に散らばり、ゆっくりとした前進を続けていた。

「今のところ変な様子はないみたいだね」
「でも眼魔は見えないし……捜索をすり抜けてるってことも」
「タケル殿、それは言っても詮無き事。今はカン殿方を信じて待ちましょうぞ」
 
御成に肩を叩かれ、タケルは自分の身体が無意識に強張っていたことに気が付く。

「……ありがとう御成。俺、アイツの事が怖くて焦ってたみたいだ」
「そういうこともあります。そういう時は腹ごしらえですぞ。ささ、夕飯の支度をいたしましょう」
「あっ、じゃあ俺帰ります。バッタは置いてきますから」
 
御成が台所へ向かおうとすると、映司がバッタカンドロイドをテーブルに置いて席を立つ。タケルはそこに待ったをかけた。

「映司さん、日本に今日帰ってきたばかりなんですよね。寝泊りする場所は決まってるんですか?」
「いや無いけど、どこか適当なところ見つけるから大丈夫」
「でしたら、今晩は泊って行きなされ」
「えっ、いやぁ……。そこまでしてもらうのは悪いかなって」
「何言ってるんですか。色々教えてもらって、凄く助かったんです。だから今度はこっちが恩返しする番ですよ。人間、助け合いじゃないですか」
「!」
「タケル殿の言う通り。ですから映司殿、ここは我々にお任せいただけませんか」
 
戦いを駆け抜ける前の映司なら、ここでもう一度断ろうとしたかもしれない。
 
しかし今は知っている。誰かに素直に力を借りることも、人間には大切なのだと。

「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
「任せて下され。今晩はお二人のために精のつくものを振る舞いましょうぞ!」


三章 開眼!命と絆と赤い腕



その世界は完璧だった。
 
争いは無い。貧富の差は無い。老いることも病むことも、そして死すら存在しない。
 
個々の自由などというものが存在しないが故の平和。
 
皆が等しく支配されるが故の平等。
 
未来を失ったが故の苦しみからの解放。
 
それが眼魔の世界の真実だ。
 
そこに生きる眼魔は、上位の存在にならなければ自我を持つことすらない。

 
自我を持つことを許される位の存在だった彼は、一つの考えに囚われた。
 
支配に従い、自我を持たず、未来を見ない眼魔は、果たして生きていると言えるのか。
 
そう思った瞬間、彼は自分の足場が酷くぐらついたような錯覚を覚えた。
 
自分は存在している。しかしそれが命あるものと等号で結べない。
 
身体を有し、唯一の自我を持ちながらも、命の在処が分からないのだ。

彼は狂った。

昼も夜も無い世界の中で、命を求めてホウコウした。

狂った彼を、世界は異端と見做し、牙を剥く。

自分に襲い掛かる自分と同じ姿の者どもと争う内に、彼は一つの気付きを得た。

痛みがあること。それは身体が発した信号だった。

痛みを覚えた彼の身体は、否が応にも死を意識する。

それこそが、彼が得てしまった最大の気付きだった。

痛みを覚えれば、身体を傷付けられれば、彼は死に近付く。
 
死ぬ。それは彼の命が終わるということ。
 
死を意識して初めて、彼は自分の命を確かめることが出来た。

 
命の実感を得た時、それは同時に命の実感が消えていくのと同時だった。
 
正常な思考を取り戻した彼は、狂い続ける内に追手を全て倒していた。
 
もう痛みは無い。それは彼にとって、命を失うのに等しいことだった。

そして彼は妄執に囚われる。
 
自らの世界、その全てを破壊し無に帰すために。
 
彼は独り、生まれた世界に背き人間の世界へと降り立った。


眼魔の右手にはセルメダルが握られている。愚かな男に取り憑いて増やしたものだ。
 
それを見つめ、彼は自らの本当の欲望を思い描く。強く強く、そして大きく。
 
自らの額に触れる。中央に一か所だけ触れられない場所が出来ていた。
 
それは穴だ。セルメダルの投入口の淵を何度も指でなぞり、眼魔は満足げに右手を上げる。

 
その指から、セルメダルが滑り落ちた。
 

空っぽな体のどこかに、セルメダルが落ちていく。

やがて彼は、自分の内を巡り始める力に気が付く。
ただ同化したのではなく、真にメダルの力を取り込んだことでのみ得られる力が、
既に同化したセルメダルと共鳴するように、眼魔の全身に力を漲らせていく。

どんどんと肥大化していく己の内なる力。それを解き放つのに、それほど時間はかからなかった。


バッタカンドロイドに情報が送られるのと、事件発生の報が大天空寺に届いたのは全く同時だった。

「眼魔が現れたのか!」
 
事務所では映司が険しい顔をして、カンドロイドたちが中継する映像を眺めていた。
 
そこに映っていたのは、昨日以上の破壊の爪痕。精々が物止まりだった昨日の破壊と違い、今日は都心のビルのあちこちから黒煙が上っていた。

「いきなり派手にやりすぎでしょ……!」
「何という事を……!!おのれ、許すまじ!」
 
正義の怒りに燃える御成は早速錫杖をひっつかんで出て行こうとするが、タケルはその僧衣の後ろ首を素早く掴んで彼の足を止めた。

「ぐえぇっ」
「ごめん御成、だけど落ち着いて。いきなり出てってもどうにもならないでしょ!」
 
しかし、と御成が反論しようとしたところで、映司のiPhoneが震えた。相手は鴻上だ。電話に出ると同時にスピーカーホンにし、テーブルの上に置く。

「もしもし、鴻上さん。この破壊活動は眼魔のモノで間違いないですよね」
『うむ。だが映司君、ヤツはもうただの眼魔ではないッ』
「……どういうことですか?」
『こういうことだよ。里中君ッ!』
 
電話越しに鴻上の指示が飛び、バッタカンドロイドが映し出す映像が切り替わった。
 
それには眼魔が映っている。ゆっくりと歩きながら、気まぐれに周囲に光弾を放ってはビルなどを破壊していく。
まさしく歩く災害と形容する他ない姿だった。

「こんなに力を持ってるなんて……本当にただの眼魔じゃ―――」
 
そこで映司は言い淀む。何かがおかしいことを漠然と感じながら、しかしそれが何なのかは上手く分からない。
すぐそこに見えている敵の、一体何がおかしいというのか。

「―――あっ」
 
突然素っ頓狂な声を上げた映司に、三人の視線が集まった。

『その反応、どうやら分かったようだね映司君』
「はい。何かおかしいと思いましたけど、分かりました。―――“眼魔が見えているという事”そのものがおかしいんです」

その答えに、今度は全員の視線が映像に集まった。
 
その中で、眼魔は堂々と破壊の限りを尽くしている。
しかし普通ならそれが見えることなどあり得ない。
眼魔は眼魂を所持しているか、不知火やクモランタンが発する粒子の影響下に居なければ見えるはずがないのだ。

「どうして?この眼魔、どうして姿が見えるの?」
「拙僧にだけ見えているのではない様子。と言う事は、修行の成果などではありませんな」
『だから言っただろう諸君。ここに映っているのはもう、“ただの眼魔”ではない。それを逸脱した、別の何かだ』
 
含みのある鴻上の言葉に引っ掛かりを覚えたタケルと映司は、この眼魔の事をもう一度考え直し、答えに到達すると同時に叫んだ。



―――ヤミーだ!



眼魔の姿を発見するのに、それほど時間はかからなかった。
鴻上ファウンデーションのバックアップを以ってすれば、暴れまわる眼魔の捕捉など赤子の手をひねるより容易だ。

「お前、待てっ!」
 
タケルの声にピクリと反応し、眼魔はゆっくりと振り向いた。
 
その身体が、小刻みに震える。もう疑う余地はない、目の前の敵は笑っている。

「本当に不知火無しで見えるわね……」
「眼魔……それともヤミー?どちらで呼べばよいのやら」
「そんなのどっちでもいいじゃない!」
 
すぐ後ろにいるはずの二人のやり取りが遠く聞こえる。
意識を鋭敏化させているタケルと映司の耳には、眼魔が動くときに金属が擦れあう音が聞こえていた。

「お前は力を求めて自分にセルメダルを投入した。その結果、ヤミーが生まれるんじゃなくて、お前自身がヤミーになった。そうだな?」
「その通りだ。今の俺は最早眼魔などではない……っ!!」
 
眼魔の身体に何かが浮かび上がっていく。それは次第に白色を帯び、更に長い布切れ…包帯となって眼魔の全身を覆う。
映司はその包帯が、ヤミーが成熟し切る前の段階の“白ヤミー”と同じものだと気付いた。
そして包帯は次第により合わさって一枚のぼろ布を形造り、眼魔を頭からすっぽりと覆った。
 
命無き存在を覆いつくす布…“シュラウド”を身に纏って、眼魔は眼魔ともヤミーともつかない新たな疑似生命体“眼魔ヤミー”へと変貌を遂げた。

「ああ……!!力が漲るっ。くっ、くくっ!くはははははははっ!!」
 
対峙するタケルと映司にもその力は感じられる。
迸るエネルギーの奔流、その一部は既に制御を振り切って体外へと漏れ出し始めていた。
狂気と力の混じり合った眼魔ヤミーの殺気は、二人の皮膚を針のように突き刺し、じりじりとした痛みを錯覚させる。
 
膨大な力を前にして、二人は拳を固く握りしめる。

「お前が色んなものを壊したり人を傷付けるなら、俺はそれを絶対に許さない!お前との戦いは必ず、ここで終わらせる……!!」
「欲望は必ずしも悪じゃないけど、お前の欲望と力はみんなに悪い影響しか与えない。だから、お前は俺たちが倒す!」
 
タケルがゴーストドライバーに闘魂ブースト眼魂をセットし、映司がオーカテドラルにタカ・トラ・バッタの三枚を装填した。

「変身!」

『闘魂カイガン!ブースト!
俺がブースト!奮い立つゴースト! ゴーファイ!ゴーファイ!ゴー!ファイ!』

『タカ!トラ!バッタ! タ・ト・バ! タトバ タ・ト・バ!』
 
サングラスラッシャーとメダジャリバーをそれぞれ手にし、

「ハーーッ!」
 
二人は共に眼魔ヤミーを倒すべく、走り出した。

「フッ!」
 
同時に振り下ろされた剣を、眼魔ヤミーは腕を伸ばして掌で受け止める。
そのまま刃を握りしめると、乱暴に突き返した。二人は力に抗わずに後ろへ跳ぶ。

「弱いな」
 
続けて掌をまっすぐ二人に向けると、セルメダルのエネルギーを圧縮した光弾を二発三発と発射する。

「離れて!」
 
映司の指示が飛んだ。
二人はお互い離れるように脇へ転がって一発目を躱し、続く二・三発目を手にした得物で斬り裂き、
外側へ膨らみながら眼魔ヤミーに駆け寄る。左右からの挟撃。

「でやぁっ!」
 
先に得物を振るったのはタケル。それに少し遅らせて、映司の振るうメダジャリバーが眼魔ヤミーに迫る。
 
その時、眼魔ヤミーの両の手元からセルメダルが飛び出した。それは空中でまっすぐに形を作り、ある物へと姿を変える。

「なっ!?」
「武器が!」
「なるほど、武器を持つのも悪くは……ないっ!」
 
ガンガンセイバーとメダジャリバー。
二振りの剣をセルメダルで再現して迫る刃を受け止めると、間髪入れずにその場で高速回転して二人を斬り裂く。

「うわっ!」
「くっ!?」
 
まだリーチに慣れていなかったために、効果は薄い。
しかしこれまで徒手空拳のみだった眼魔に、武器が追加されて同じラインに立たれてしまった。

「二刀流ならこっちも負けない!」

『カイガン!ムサシ! 決闘!ズバッと!超剣豪!』
 
ドライバーからガンガンセイバーを呼び出し、同じく二本の剣を手にしたタケルは臆することなく眼魔ヤミーに挑みかかっていく。
 
映司の目の前で繰り広げられる超高速の剣戟。
扱いが困難な二刀流を巧みに操るのは剣豪・宮本武蔵の力を借りるタケル。
一方の眼魔ヤミーは人外ゆえの驚異的な反射神経と膂力で以って達人の剣と互角に打ち合う。
これが命を賭けた戦いでなければ剣舞と見紛うような、見る者を圧倒する光景だ。

打ち合う度に発する衝撃波が映司の身体を叩く。タケルに加勢するべく、映司はメダルを入れ替える。

『タカ!カマキリ!チーター!』
 
位置が入れ代わり立ち代わりで定まらない一人と一体。
その中で眼魔ヤミーだけを狙うべくタカアイが光り、両腕のカマキリソードを逆手で構えると、チーターレッグからスチームが噴き出す。

「―――フッ」
 
一瞬でその場の誰よりも速くなった映司は瞬間移動に見えるような接近をし、すれ違いざま左手のソードで敵を斬り裂いた。
次の瞬間には右手のソードを地面に突き刺し、減速とUターンのための支えにすると、斬り裂かれた痛みが敵の全身を奔るよりも早く二撃目が入る。

「グッ―――」
 
二発分の攻撃はあまりに早すぎるために、一発の攻撃だと誤認を起こす。
まとめられた痛みに一瞬全身の動きが鈍った隙をついて、タケルは二刀を素早く突き出した。

しかし手応えが無い。かと思った次の瞬間、タケルは前方へと吹っ飛んでいた。

「何だ……っ!?」
 
その目の前に、再び眼魔ヤミーが現れる。
セルメダルを集めて巨大化させた右腕を引くと、無防備なタケルに向けて驚異的な速度で拳を繰り出した。

「ハァッ!!」
「っ―――」
 
声すら漏れない。昨日の二戦目でやったことを見事に返され、タケルは成す術無く殴り飛ばされた。

「タケル君!!」
「ああぁっ!!ふっ、ふはは!ははははは!!」
 
眼魔ヤミーは自らの拳を見下ろして笑う。
タケルをねじ伏せたことか、あるいは自分が力を振るったことか。どちらにしても危険なことに変わりはない。
 
離れたところから先ほどの攻防を見ていた映司には、何が起きていたのかを知ることが出来た。
切っ先が触れる瞬間、眼魔ヤミーは自分の身体をメダルに変えて一時的に実体を失っていたのだ。
そしてタケルの後方に回り込むと同時に身体を構築、先ほどの攻撃に繋がる。
実体のない眼魔の性質と、寄り集まって実体を作るセルメダルの特性の双方を活かした厄介極まりない行動だ。
 
眼魔ヤミーが映司にも視認できるのは、ヤミーの性質をも備えているからだ。
ヤミーにはセルメダルで出来た実体があるために、普通に見えるし触れることが出来る。
しかしその集まりを解けば、ヤミーの性質を失い再び眼魔として実体を失くすことが出来る。
この実体の有る無しの攻略が、戦う上で最も重要な要素になると勘が告げていた。

「タケル君!大丈夫!?」
「何とか……!」
「なら頼みがあるんだ!」

『シャチ!ウナギ!タコ! シャ・シャ・シャウタ!シャ・シャ・シャウタ!』
 
全身から水飛沫が飛び、映司は水棲生物系のシャウタコンボにコンボチェンジした。
映司はウナギウィップを手にし、眼魔ヤミー目掛けて振るう。

「何か一斉に攻撃できる方法を考えてほしい!その時まではっ」
「今度は貴様か!!さあっ、楽しませてくれよ!!」
 
しなやかなウナギウィップは切断されることなく刀身に絡みつき、そこを伝って生体電気が眼魔ヤミーを襲う。

「なるほど……っ!!お前は楽しめそうだ……ぁっ!!」
「俺が持ちこたえる!頼むよ、タケル君っ!」
 
右腕が実体を失い、次の瞬間には元通りになる。絡みつかれた左腕を逆に引っ張って映司を近寄せ、空いた右腕を振り下ろした。

「うぐっ!」
「俺がお前を殴り倒すかぁっ、お前の電気が俺を焼くかっ!」
「くっ……ぉおおっ!」
 
右腕から生体電流を流し続ける映司と、拳を振り下ろし続ける眼魔ヤミー。
映司はタケルが立ち上がるまでの時間稼ぎのため、眼魔ヤミーから離れるわけにはいかない。どちらが先に倒れるかのデスマッチが続く。

そこから離れた場所でひたすらに対処を考え続けていたタケルは、ようやくいい案を思いついて立ち上がる。
手にしたのは灰色のベートーベンアイコンだ。

『カイガン!ベートーベン! 曲名!運命!ジャジャジャジャーン!』
 
闘魂ベートーベン魂となったタケルは、パーカーの鍵盤を爪弾いた。
その旋律がエネルギーに変換され、五線譜と音符を模した虹色のエネルギー弾となって宙に舞う。
 
一斉に攻撃できる手段だけなら、昨日使ったビリー・ザ・キッドでも構わない。
だがここから撃てば映司ごと巻き込んでしまう。しかしベートーベンなら音を反響させて多角的な攻撃を繰り出すことが出来る。
加えて、演奏がそのまま攻撃になるという簡易さもあった。
 
サングラスラッシャーをタクトに見立てて、両手を上げる。映司への声掛けも忘れない。

「映司さん、行きますよ!気を付けて下さいっ!!」
 
映司が頷く。そしてタケルは振り上げた手を下ろし、大量の音符を操り落とした。降り注ぐ音符の雨が眼魔ヤミーに襲い掛かる。

「なるほど、だがっ」
「待てっ!」
 
自らをメダルにして拘束を脱し無数のセルメダルに分散した眼魔ヤミーは、液状化しての追跡すら振り切り、難なく全ての音符を躱しきることに成功した。
地に落ちた音符は光を放って消えていく。

「これでいいんですか映司さん!?何がしたかったのか、良く分からないんですけど!」
 
映司たちの前方10mほどの位置にセルメダルが集まっていく。
人の形を取ると、そこには再び眼魔ヤミーが姿を現した。ダメージを受けた様子は見受けられない。

「遊びはもう終わりか!?まだ楽しませてくれるよなぁ!!」
 
吼え、眼魔ヤミーが駆ける。それを待ち構える映司と、鍵盤を弾き巨大な音符を生み出すタケル。

「クレシェンド!」
 
タケルの指揮に合わせて音符が飛ぶ。映司の頭上を越えて眼魔ヤミーに襲い掛かる巨大音符。
敵はそれに向けて光に包まれた右手を向けた。そこから巨大なセルメダルを模した光弾が放たれて、音符を空中で相殺する。

「ハァァッ!!」
 
眼魔ヤミーの拳が風を切って映司に迫る。しかし映司は流水が如きしなやかさで以ってそれをギリギリのところで躱し、

「ハァッ!!」

返しに敵の胴に渾身の掌底を叩き込んだ。

「ごぁっ……!?」
 
予想以上に強烈な一撃に、眼魔ヤミーの動きが鈍る。今度こそ逃がさないようにと、タケルは激しく鍵盤を弾いて大量の音符を生み出した。

「エネルジコ、アジタート!」
 
力強く、激しく。
タケルの気合いの乗った旋律は、瞬時に液状化した映司をすり抜けて、弾丸の様な勢いで眼魔ヤミーに襲い掛かりその身を打つ。
音符が大量に襲い掛かる様はさながらマシンガンの如く。

「ぐおおおおおっ!」

実体化を解く暇も無く身体を音符が穿ち、セルメダルが飛び散っていく。

「フォルテシモ!」
 
ダメ押しとばかりに、タケルはサングラスラッシャーを構えて思い切り鍵盤を叩いた。
音の力はサングラスラッシャーの切っ先に集まって、特大級の音符を形作る。
そこから更に武器本体のエネルギーが送られることで、虹色の音符は真っ赤に燃え盛る音符となった。

「ハァッ!!」
 
切っ先を眼魔ヤミーに向けて振るう。猛烈な反動に仰け反りながらも、火球がまっすぐに飛んでいくのはしっかりと見ることが出来た。
 
爆発音。爆風。立ち上る火柱。タケルの一撃に呑み込まれ、眼魔ヤミーの姿は炎の中に消える。

「どうなったの……?」
「やりましたかな!?」
 
音は無い。タケルと映司はいつ相手が飛び出してきてもいいように、腰を低く落とした。


風が吹き荒れる。

「こんなもので俺をやったつもりかぁぁっ!!」
 
炎を散らし、眼魔ヤミーは傷一つない姿で現れた。身体に纏うシュラウドも焦げてすらいない。

ぼろ布を自分が起こした風ではためかせながら、眼魔ヤミーは極めて冷静な声を発した。

「お前、測ってたな?俺がメダルだけになった時、どの程度なら分散したメダルを制御下におけるのか。だから同時に大量の攻撃を必要とした」
「…………」
「肯定か。あわよくば、俺からメダルを奪って力にしようなどとも考えていたな。あの一撃はそれなりに効いたぞ?だが―――」
 
眼魔ヤミーの身体を構成するセルメダルが透けて見えたかと思うと、先ほどタケルが放った音符とは比にならないほどのエネルギー弾が射出された。
濁流となって二人を飲み込まんとするそれを、タケルは再び音符を放って迎え撃ち、映司は液状化して回避を図る。

「奪われるというのなら!それを上回るほどの量を作ればいい!!小手先だけでどうにか出来るなどと思い上がるなよぉぉぉぉっ!!」
「がっ、あっ、ぐわぁぁっ!!」
 
眼魔ヤミーの力はタケル一人では相殺し切れない。音符はあっという間に蹴散らされ、暴力の濁流に飲み込まれる。

「このっ!」
 
映司は眼魔ヤミーの上を取ると、タコレッグを分裂させての連続蹴りを浴びせようとする。だがしかし、

「フハハハハハハっ!!」
 
眼魔ヤミーは両腕を目にもとまらぬスピードで繰り出し、八本の足を完全に迎撃した。それどころか跳び上がって映司の後頭部を掴まえると、

「ハアァッ!!」
 
彼の身体を思い切り地面に叩きつけた。凄まじい衝撃に、コンクリートの地面に半径3mほどのクレーターが出来上がったほどだ。

「た……タケル……?タケルっ、タケルっ!!返事しなさい!!」
「映司殿ぉー!!後生ですっ、立って下され!!」
「そうだぞ……!!どうした、もう終わりかァ!!」
 
映司の首から手を離し、眼魔ヤミーは大股でタケルの元へ歩いて行く。
そして目の前でしゃがみこむと、先ほどと同じように後ろ首を掴んで、無理やり顔を上げさせる。

「……っく……!お前には、負けない……っ」
 
タケルのパンチを、眼魔ヤミーは避けも受け止めもしなかった。
左の頬を殴られたことで右を向いた視界をゆっくり元に戻し、何事もなかったかのように立ち上がった。
首を掴まれたままのタケルも、それに追従して立ち上がらざるを得ない。

「このっ、このっ、このっ……!」
 
タケルは右の拳で何度も何度も眼魔ヤミーを殴りつける。
敵は実体化を解くことも無く、まるでタケルのパンチを確かめるように、されるがままに殴られている。

「……お前の力はそんなものか」
 
心底つまらなさそうな眼魔ヤミーの言葉に、背筋がぞくりと震える。腕を振りほどこうとしたが、まるで万力に挟まれているかのようにビクともしない。

「その程度なら、お前の命はそんなものだッ!!」
 
光に包まれた拳が、タケルのみぞおちに叩き込まれた。

「――――」
 
首の後ろを掴まれての一撃ゆえに、衝撃の逃げ場はどこにもない。力の全てをその身に受けたタケルは、静かに膝を折り、地面に身体を投げ出した。

「タケル殿おおおおおおおおおおっ!!!」
「…………っ…………っ」

浅い呼吸を繰り返す。失った酸素を求めて身体が喘ぐ。立ち上がらなければいけないのに、全身に力が入らない。
それでも、意識を手放せばもう戦線復帰は望めない。僅かな力で、必死に意識を繋ぎ止める。それが今のタケルに出来る精一杯の努力だ。
 
眼魔ヤミーはタケルに踵を向け、映司の方へと戻って来る。

「っく……こいつは……」
 
先ほど敵が言ったのはどれも正解だ。しかしもうそんな小細工を弄することは出来ない。

こういう時に、アンクがいれば。

頭を振って気持ちを入れ替えると、メダルを三枚丸ごと入れ替える。

『サイ!ゴリラ!ゾウ! サゴーゾ!サゴーゾ!!』
 
コンボの連続使用は映司の体力気力を著しく消耗する。しかしここまでやられた以上、もはや出し惜しみしている場合ではない。
ここで二人が負ければ、この力は世界に解き放たれてしまう。後に残る物は―――

「……いいや、破壊の先に残る物なんて、無いっ!」

「ハハハッ」
 
眼魔ヤミーは嬉しそうに両腕を広げて近付いてくる。人間なら鼻歌の一つでも歌いそうなほど陽気で場違いな雰囲気だ。

「ううぅおおおぉぉおおおぉおぉぉおおおっっっ!!!」
 
映司は自らの闘志をより強く燃やすように胸を叩き、空に吼える。

「ハハッ、ハハハハハァァッ!!」
 
眼魔ヤミーはまた笑い、映司目掛けて駆け出した。

「ぅああああっ!!」
「うおあぁっ!!」
 
拳と拳が激しくぶつかり合い、衝撃波が撒き散らされる。
 
両者は一歩も引かずに拳をぶつけ合い、相手の身体に拳を叩き込む。小細工など少しも無い、真っ向切ってのガチンコ。

「お前の欲望はっ、戦いかっ。それとも、破壊かっ!?」
「そうだ!しかし、真に求めるものは、その先にあるっ!!」
 
腕がクロスし、お互いの顔面に拳が突き刺さった。互いによろめき、そしてまたすぐにファイティングポーズを取りなおす。

「俺はッ、痛みと、破壊の中にしか!命を見出せないっ!!だから俺は戦う!!力を得て、あらゆるものと戦いっ、あらゆるものを破壊しっ!!」
「違うっ!!」
 
渾身の頭突きが命中し、眼魔ヤミーが仰け反る。
 
その胸板に狙いをつけて、映司は思い切り拳を突き出した。



「―――俺は“命”を手に入れるッ!!たった一つの、確かな俺だけの命を!!」

 
その胸に、ぽっかりと穴が開いた。胸の中は、空っぽだ。

それはまるで、彼に命が無いことを如実に示しているようにも思えて。

 
彼の足は、ゴリラの分厚い胸板に食い込み、軽々と吹き飛ばした。


“命”を求めたヤツがいた。
 
世界を確かに味わいたいと望んだからだ。
 
ひ弱なメダルにすぎない存在を超えたいと望んだからだ。
 
決して満たされないが故に、命を得ることなど不可能なはずだった。
 
だけどアイツは、最期の瞬間に満足して死んで行った。
 
あの時、アイツは確かに、命を得ていたのだ。


「……例え力を得て、自分以外の全員を倒して、自分以外の全てを破壊できたとして……」


「……それじゃあ、最後には何も残らない。何も無くなっちゃうんだ……」


「……お前がそうすることでしか、命を確かめられないのなら……」


「……何も創造出来ない、何も残せない存在には、命なんてない……」


「……お前は最初から、何もない、空っぽな存在なんだ……」


何もない、空虚な存在。

 

つまり―――幽霊だ。

「……今のお前は、ちょっと力を手に入れただけの幽霊だ。戦うことと破壊することでしか命を確かめられないなら、そんな存在に本当の命は宿らない」
 
映司の言葉はそれまで受けたどんな攻撃よりも強く、深く、鋭く、彼を痛めつけた。

「俺は命を欲したヤツを知ってる。アイツもお前と同じ、怪物ではあった。でも残してくれたものは多い。
……お前が命を得たとして、それで何か未来に残せるものがあるのか?」

「……父さんは俺に教えてくれた。命は、未来に続いて行くんだって。
思いを通じて、その人の生き方を未来に繋ぐ。命は、魂は繋がっていくんだ」
 
命あるものは、未来へ進む。新たな明日を創造しながら、思いを受け継ぎながら。
 
しかし目の前の敵の欲望の先にはそれが無い。何も無い未来など、彼らは求めない。

「俺は未来を目指す。またいつかの未来でアイツに……アンクに会うために!」

「みんなの命、思い、魂は、俺が未来へ繋いでみせる!だから―――」


「お前に未来は奪わせない!!」



「だああぁまれぇぇぇぇええええっ!!!」
 
凄まじい光が二人に襲い掛かる。空っぽなモノの放つ死の光は、しかし誰にも届くことは無い。

「あっ……!」
 
映司の元から何かが飛び出す。それは二つになったタカコア。淡く、しかし確かな命の光を放って、死の光を留めていた。

「……英雄に関係ある物、英雄の事を強く思う人……揃った!」
 
眼魂を生み出す条件が揃っている。
だがタケルには眼魂を生み出すことは出来なかった。
映司がそれをどれほど大切にしているか考えれば、二度と元に戻らない眼魂にしてしまうわけには―――

「タケル君!使うんだ!」
「えっ!?ダメですよ、眼魂にしたらもう元には戻らないんです!そんなこと、出来るわけないじゃないですか!」
「いいや!きっとアンクは『やれ』って言ってる!
アイツがやれって言うことなら、きっとアイツが本当にやりたいことなんだ!だから、タケル君!」

―――やれ!
 
聞いたことのない誰かの声は、映司の言葉と同じことを言った。

「……フッ!」
 
タカコアを前に、素早く印を結び目の紋章を描く。砂のように散ったタカコアは、空中で新たな形を作った。
 
マットブラックのパーカーの各部に、真紅の鳥の羽があしらわれている。
 
そして何より、しっかりとした形のある“右手”が目を引いた。
 
パーカーゴーストはタケルのドライバーに吸い込まれ、黒と赤と金で彩られた派手な色の眼魂へと姿を変えた。

「よし、これで―――」
 
しかし眼魂になると同時に、二人を守っていた光も消失する。そこを狙って、またしてもメダルの濁流が迫ろうとしていた。

「させない!」

『クワガタ!カマキリ!バッタ! ガータガタガタキリッバ!ガタキリバッ!』
 
瞬間、分身体が二人の前に立って壁の代わりとなった。そして五十体という圧倒的な数を活かし、壁役以外が次々に襲い掛かっていく。

「おおおおあっ!!ああああああああああああっ!!」
 
眼魔ヤミーはついに全てを捨て去り、本能と破壊衝動に身を任せる。
もはや何を考えることもせず、ただただ近付くものの全てに等しく暴力を振りまくだけの存在になり果てた。

いいや、全ては言い訳なのだ。これが彼の本当だ。
何も考えることなく、ただ欲するがままに全てを破壊し、無に帰す存在。
それはかつて真木博士が望んだメダルの器の暴走と何ら変わらなかった。

「よし、タケル君!それを使うんだ!」
「はい!」
 
それにトドメを刺すために、タケルがアイコンのスイッチを押そうとした瞬間だった。

「あっ……!?」
 
突然アイコンが光り輝いたかと思うと、タケルの身体は霧のような状態になって、アイコンの中に吸い込まれて行ってしまった。


「っ」
 
灰色の空間だった。そこには何も無く、ひたすらに灰色が続いている。
 
しっかりと足を着けられる地面はない。だがタケルはどこかに立っていた。
 
灰色しかない世界に、突然に彩が加わった。
 
赤い羽根がタケルの上からひらひらと落ちてくる。その鮮やかさにタケルは目を奪われた。

「綺麗だ……」


「ほぉ、お前には色が分かるのか。俺と大して変わらない存在のクセしてなァ」

 
上を見る。そこには真っ赤な翼を広げた怪人がいた。

「……アンクさん、ですよね」
「ハッ、伊達よりはマシな頭してるよォだな」
 
翼を畳み、アンクがタケルの目前に降り立った。
 
降り立つなり、アンクは右腕をタケルに向けて突き出す。

「俺も生まれはかなり奇妙な自覚があるが、こんなことになるとは思っても無かったぜ?」
「アンクさん、手を貸してください。あの眼魔を倒すには、あなたの力が必要なんです」
「ハンッ、こんな所に閉じ込めといてよく言えたモンだ。もし俺が協力しないと言ったらどうするつもりだ?」
「それは無いですよね?だって『やれ』って言ってくれたから」
「……チッ、映司の入れ知恵かァ。まったく、あのバカは」
 
悪態を吐くが、言葉に棘は無い。癖なのだろう。

「俺の力が使いたいなら、勝手にしやがれ。
だがなァ、気ィ付けろよガキ。俺は命を諦めたわけじゃねえ、お前の身体を乗っ取るかもな」
「ええ、用心します。―――行きましょう、アンクさん」
「……フンッ!」
 
タケルの右手がアンクの右手を握りしめ、灰色の世界は光に包まれた。


「行くぞ!」

『カイガン!アンク! メダルを横取り!強欲なトリ!』

闘魂ブーストの赤いスーツの上に、マットブラックのパーカーを纏う。
 
フードの右側には、アンクの頭部に似た派手な金色の羽根飾りが。
 
そしてタケルの右手は、アンクという存在を象徴するような赤いガントレットに覆われていた。
 
闘魂アンク魂。映司とアンクの絆が生み出した奇跡の姿だ。

「すごいパワーだ……」
 
アンク、ひいてはグリードそのものと一体化したかの如き力が、タケルの全身を駆け巡る。
同時に猛烈な欲望がタケルの精神に忍び寄る。全てを、世界の全てを一体化したいという、タケルにはあまりに大きすぎる欲望。

「……大丈夫だ、俺は呑まれたりしない……っ!!」
 
それを精神力で押さえつけ、タケルは右手を強く握りしめた。

〈ヤミーのようだが、それとは別のものも混じってるなァ。俺とお前によく似てる〉
 
内に響くアンクの声。
なるほど確かにこの強い存在であれば、隙を見せれば身体を乗っ取られてもおかしくはない、とタケルは気を引き締め直す。

「どうすればいいですか」

〈ヤツがヤミーだってんなら、やることは一つだ。メダルをぶんどれ!〉
 
タケルは右手に意識を集中させる。全身を巡る力を右手に集めると、次に何をすればいいのかは直感的に分かった。


「タケル君、どう、な、っ―――」
 
爆発的な加速を得たタケルは映司の声を完全に置き去りにし、炎に包まれた右手をすぐ目の前に迫る眼魔ヤミーに繰り出した。

「どうだぁっ!!」
「ううおあぁぁっ!!」
 
タケルを迎え撃つべく、眼魔ヤミーも巨大化させた拳を繰り出す。しかし単純な打ち合いでは、もう勝ち目など無かった。

「!?」
 
眼魔ヤミーの右腕は、タケルの右手に触れることも無く丸ごと消滅する。
“障害物”の無くなった拳は、“目標”である眼魔ヤミーの胸のど真ん中に叩き込まれた。

「ごああぁぁっっ!?」
 
剥がれ落ちたセルメダルは宙を舞い、タケルの右手…より正確に言えばガントレットに吸い込まれた。
更にガントレットは腕の分メダルを得たことで一回り大きくなる。

〈フン、上出来だ。ヤツの身体がセルメダルで出来てんなら、この右手にはどう足掻いたって勝てやしねェ〉
 
ガントレットの特殊能力はメダルの吸収。
これを振るうだけで、メダルに分散しようが関係なく、眼魔ヤミーからメダルを一方的に奪い取ることが出来るのだ。

「くそおおおぉぉぉおお……くそがあああああぁぁぁぁああ!!!」
 
失われた右腕が再びセルメダルで形造られる。
しかしタケルにこのガントレットがある限り、腕を作り直そうが簡単に分解して吸収できる。そしてその度にこの手は力を増していくのだ。

「消えろっ!!」
 
セルメダルのエネルギーを圧縮した破壊光弾が迫る。
セルメダルを放っているわけではない一撃は、ガントレットの能力では無効化できない。理に適った攻撃だった。

「ハァァァァ……っ」
 
そのガントレットに、炎が灯ることさえなければ、の話だが。

「ハァッ!」
 
同じくセルメダルの力を集めて放たれた火炎弾は、光弾と激突して大爆発を起こした。

「おりゃああっ!」
「ごあぁっ!」
 
もう一発の火炎弾が眼魔ヤミーに直撃した。身体をコマのように回転させながら吹っ飛んでいく。
飛び散るメダルは次々と右腕に吸収され、タケルの全身に更なる力を漲らせる。

「それが、アンクの力なんだね」
 
タケルの隣に立った映司は、そのパーカーを少しの間じっと眺めていた。
 
眼魂は英雄の魂が形になった物、つまり今のタケルの姿はアンクに命と魂があったことのこれ以上ない証明なのだ。

「……うん。一気に決めよう、タケル君、アンク」
「はい!」
 
右手から炎を噴射し、タケルが眼魔ヤミーに殴り掛かった。
彼とアンクに続くために、映司もアンクのメダルをセットする。

『タカ!クジャク!コンドル! タージャードルー!』

「はぁぁ……はっ!」
 
背中のクジャクウィングを広げ、大空に飛び立つ。
タケルとアンクの力に成す術無く力を削がれていく眼魔ヤミーへ向かって急降下し、映司は鋭い踵落としを決めた。

「はぁあっ!」
「このぉぉっ!!」
 
目の前の映司目掛け、二本の武器を振り下ろす眼魔ヤミー。しかし何の考えも無しに振るわれたものが通用するほど、映司は甘くない。
 
左腕を持ち上げ、タジャスピナーを盾替わりに扱う。強固なシールドになったタジャスピナーに、偽物の刃はいとも容易く弾き返され、

「おぉぉぉ……っ、だぁっ!」
「がはぁっ!」
 
がら空きの胴体に映司の左の拳が叩き込まれた。
 
タケルに力の源であるセルメダルを奪われ、映司には的確な攻撃を受け、次第に眼魔ヤミーのセルメダルは数を減らしていく。
自らの欲望である「闘争」と「破壊」も、打たれ続ける今の状況では満足に満たすことが出来ない。
打たれる痛みを感じることで増えるメダルも、根こそぎタケルの右手によって奪われていく。
そこに命や力を感じる暇など無く、あるのはただ、自己の存在が消失することへの恐怖のみだった。


「ハァッ!!」
「うがぁぁぁああっ!!」

タケルの右、映司の左。それぞれの強烈な一発を同時に打ち込まれ、眼魔ヤミーは前後不覚になるほどに追い詰められていた。
 
『自分は世界のどこに立っているのか?』

もうそれすら分からない。

しっかりと存在しているはずだった自己の存在が覚束ない。

いるはずなのに、いない。自分は、どこだ―――?


〈どこにもいやしねぇ、お前はただの幽霊だ。ハッ、さっさと気付いてりゃなァ〉


嘲りを含んだ声が、どこかから聞こえた。


『ダイカイガン!アンク!オメガドライブ!』

「うおおおおお……ッ!!」
 
丸太のように太くなった右腕から猛烈な炎が噴射される。
宇宙にだって飛んで行けそうなほどの力を、タケルは全力でコントロールして、しっかりと地面に踏ん張りを利かせる。

『スキャニングチャージ!』

「ハッ!」
 
クジャクウィングを広げ、天高く飛翔する。
クロー状に変形した脚部に真っ赤な炎を纏わせて、映司は狩りをする猛禽類のように眼魔ヤミー目掛けて急降下する。

「命、燃やすぜ!!」
 
地面を蹴る。瞬間、凄まじいパワーでタケルの身体は眼魔ヤミー目掛けて一直線に飛んだ。


「でやああああああっ!!」

「セイヤーーーーッ!!」


真っ赤な炎に包まれた拳と脚は、同時に敵に到達した。


「ごぉぉっ……!ああぁぁああぁぁあぁぁぁぁっ!!」

すべてが奪われていく。
 
力。身体。欲望。そして、存在さえも。
 
そして、全てを失って初めて、彼は気が付く。
 
どれだけの力を得て、それで身体を形作ったところで、空っぽな存在に命は宿らない。
 
必死に外側だけを作った、ハリボテの存在にしかなれないのだ。
 

真に欲するべきは、力でも、破壊でもなかった。

未来。どんなに望めど安易に手に入らないもの。

だからこそ、命あるものたちは、未来を求めて進んで行くのだ。

手を繋ぎ、思いを繋いで、未来に向かって一生懸命に。



最期の瞬間に彼が見たモノ。


それは、真っ赤に燃え盛る、命の炎だった。



「ハァッ、ハァッ……。やりましたね、映司さん」
「お疲れ、タケル君」
 
二人の目の前では赤い炎が立ち上っている。
眼魔アイコンが弾けると同時に、一体化していたセルメダルが地面に落ちた。足元は一面銀色だ。

「これで、依頼は完了ですな」
「二人とも、お疲れさま」
 
戦いを見守っていた御成とアカリがやって来て、二人の肩を叩いた。
そして御成はしゃがみ込んでセルメダルを一枚拾い上げ、呟いた。

「……命を求めるのであれば、こんなメダルになど頼る物ではありません。
自らを信じ抜いた先にこそ、それはあるものなのです。答えは、あなたの心の中にある」
「そうね、今回はあなたの言う通りだと思うわ」
 
アカリも一枚メダルを拾い上げ、御成と共に映司に手渡した。

「約束のものは回収できたと、鴻上様にお伝え下され」
「分かりました」
 
二人からメダルを受け取って、映司は変身を解いた。

「ちょっとタケル。いつまでそうしてるつもり?もう戦いは終わったんだから、変身してる必要はないじゃない」
「いや……、映司さん、その―――」
 
本当に良かったのか、と聞こうとしたタケルに、異変が起こる。
 
パーカーが自動的にタケルの元を離れてしまった。まるで、力を貸すのは終わりだと言わんばかりに。

〈これで終わりだ。ちったァ役に立つな、お前〉
 
本当にそう言われた。周りの三人は勝手に離れたパーカーの様子に驚いているようで、声はタケルにしか聞こえていないらしい。

「ありがとうございました、アンクさん。映司さんと未来で再会できるといいですね」
〈……ハンッ、言われるまでもねぇ。俺は必ず甦る。今度こそ、世界を味わうためになァ〉
 
最後のセリフは、心なしか笑って言っていたような気がした。
 
ドライバーが開き、アイコンが独りでに飛び出す。
カバーの目に再び吸い込まれたパーカーは、まるで逆再生を見ているかのように、
眼魂になる前の割れたタカコアへと戻り、映司の手の中に帰って行った。

「うわぁっ!?」
 
それまで吸収していた分のセルメダルを、一気に足元に撒き散らして。


エピローグ



「じゃあ、俺は行くよ。みんな、元気で」
「映司さんこそ。アンクさんと会えるよう、頑張ってください」
 
二人はどちらからともなく右手を差し出し、相手の手を握る。
 
仮面ライダーたちの心と魂が繋がった瞬間だった。
 
映司はパンツの掛かった木の枝を担ぎ、大天空寺を去って行った。


「ハッハッハ!ん~~、実に素晴らしいッ!!ハッハッハッハッハ!!」
 
鴻上の大声が事務所内に響き渡る。

「100枚のセルメダルが、まさか30倍にもなって戻って来るとは思いもしなかった!里中君ッ、報酬を出してくれたまえっ」

「ではこちらが、お約束の報酬50万円になります。どうぞ」
 
昨日同様、札束がテーブルの上に並んだ。昨日は御成が目を“¥”にしていたが、今日はアカリの目が“¥”になっている。

「素晴らしいッ。君たちに依頼して正解だったようだ!では諸君!さらばッ」
「お疲れさまでした」
 
嵐のような大男鴻上と里中は、実に悠々と事務所を後にしたのだった。


「……おかしいとは思ったんだ」
「は?何がですかな」
「いや、報酬の話。たった100枚のメダル回収のために100万円って、流石に釣り合いが取れてないんじゃないかって思ってたんだ」
 
しかし結果を鑑みると、鴻上はこの結果を分かっていて報酬を出したのだと、嫌でも気付かされる。
 
眼魔ヤミーを撃破したことで回収できたセルメダルは、合計3162枚。鴻上の言う通り、実に30倍にもなって返ってきた。
 
そう、鴻上の狙いは最初からこれだったのだ。100枚どころではないバックが期待できるからこその報酬の額。
他者の欲望を上手く利用し自分に有利な利益を上げる、まさに鴻上光生という男が最も得意とすることに、タケルたちも眼魔も乗せられていたのだ。
恐らく最初から気付いていたのは映司だけだろう。『思いもしなかった』と言う先ほどの言葉が、何とも白々しく聞こえたものだ。

「やられたなぁ」

「終わったことは気にしない。それよりタケル!このお金があれば色々な実験機材が購入できるわ!研究のために、早速使いましょう!」

「ちょっ、待ってよアカリ!みんなのお金なんだから、じっくり話し合って決めようよ!」

「フッ、アカリ君は自らの欲望に呑み込まれてしまった様子。何と情けないことか……」


こうしてまた一つ不可思議事件を解決し、新たな仮面ライダーの仲間を得たタケルたちは、いつもの日常に戻っていく。
 

彼らは慌ただしく大天空寺を走り回り、テーブルの上の札束の山は崩れ落ちた。



『もしもし、映司君』

「あれ、鴻上さん。まだ何かありました?」

『ああ。君にはしばらくの間、日本に留まっていてほしくてね』

「……何か、あるんですか?」

『君たちの力が必要になるはずだ。詳しくは言えないが、恐らく衝突は避けられないだろう』

「分かりました。それじゃあ、何かあったらまた連絡をください」

『うむ。では』

「はい、また」




Open your eyes, for the next φ’s……


以上で当SSは終了です。

実はこれシリーズの一作目に当たるSSでして、この後同じ世界観で展開するストーリーがあと二つ続きます。
度々いただいた「スーパータトバはどうしたの?」とかそう言うのは後々説明しますので、ここでは一旦保留させていただきます。

設定ガバガバな上にオリジナルなアイコンまで登場させたわけなのですが、お楽しみいただけたなら幸いです。
あんまりパラレルであることを言い訳にガバガバな部分をなあなあにしたくは無いのですが、実のところ本当にパラレルワールドです。
次回以降は特に顕著になりますので、また投稿した際には頭の片隅程度に置いておいてもらえれば幸いです。

次回は、当作と同じく主人公ライダー二人が登場します。
一人をメイン、もう一人をサブにしたストーリーです。

メインの一人は皆さんお馴染みの”彼”ですので、もう一人を予想しながらお待ちいただければ……

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