サトシ「100レベのトランセルで俺はポケモンマスターになってやるぜ!」 (281)

去年書いた奴を完結させるプロジェクト
安価でもらった手持ちポケの名前はそのままで進行


サトシ「100レベのトランセルは立派な武器になると聞いたぜ!」 - SSまとめ速報
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サトシ「オーキド博士が言ってたんだ、ジム戦のためにも絶対ゲットだぜ!」

サトシ「まずはトキワの森に赴き、100レベのトランセルを調達してくるぜ!」

ピカチュウ「ピカッ」ヘッ

サトシ「おいおい、ピカチュウまさかお前『序盤の森ダンジョンに100レベのポケモンなぞいるわけねーだろこのダボッ!!』とか思ってないよな」

サトシ「俺のやることに口ごたえしたらオーキド博士にチクッて、ポケモン図鑑からピカチュウのデータ全て抹消してやるからな!」

ピカチュウ「ピ、ピカ……」

~トキワの森~

サトシ「着いたぜ! 中々湿気の多い森だな! 太陽の光も葉で覆われ地上までは届かない、常に薄暗い!」

サトシ「ピカチュウ、フラッシュだ!」

ピカチュウ「ピッ?」キョトン

サトシ「だからフラッシュだよフラッシュ! 放電でもいいぜ!」

ピカチュウ「……」

サトシ「おいおい、まさかお前フラッシュさえ覚えてねーのか!?」

たいあたり
しっぽをふる
でんこうせっか
10まんぼると

サトシ「おいおい10万ボルトだけいっちょまえに覚えやがってこの無能が! サーチライト失格だぜ!」

サトシは一時間、二時間と草むらを探し回ったが結局トランセルさえ見つけることはできなかった

ピカチュウは邪魔だったので途中で逃した

サトシ「きっしょ~トランセルさえあれば岩タイプのポケモンなんぞギッチギチに破壊し尽くせるのによぉ~!」

オーキド博士「どうしたサトシ君」

サトシ「博士、トランセルが見つからないです」

オーキド博士「ならワシのをやろう」

サトシは100レベのトランセルをオーキド博士から貰った!

オーキド博士「覚えている技は鉄壁、体当たり、糸を吐く、破壊光線じゃよ」

サトシ「す、すげぇ……この硬さならどんなポケモンにだって勝てそうだぜ!」

100レベのトランセルを手に入れたサトシは、草むらから次々と飛び出してくるポケモンの頭をカチ割っていった。
しかし、トランセルは既に最高レベルに達しているので、経験値は全く入らない。
成長しない緑色のサナギに小首をかしげながらも、サトシは12匹目のキャタピーを見るも耐えないほど醜い肉塊に変えた。

その時だ。

近くの茂みがゴソゴソと揺れ、麦わら帽子をかぶった少年が現れたのは。
見たところ、歳はサトシと同じ10歳くらいであろうか。
泥で汚れたランニングシャツを着て、右手には長い虫取り網を持っている。
サトシは虫取り少年の典型例をまざまざと見せつけられた気持ちであった。

少年はニヤニヤ笑ったまま動かない。
ここから先、絶対にお前を通さないぞという気迫さえ感じられる。
しかしここでひるむサトシ少年ではない。


サトシ「おいおい、俺の行く手を阻む気か?」

少年はサトシの問いに答えず、つかつかと近寄ってきた。
値踏みをするようにサトシの全身を見まわし、フンと鼻を鳴らす。

少年「おい、兄さん。あんたポケモントレーナーだろ?」

サトシ「それがどうしたってんだ」

少年はいきなりサトシの持つトランセルを奪うと、右手左手と持ち替えた。
どうやらトランセルがいかほどのものか、確かめているらしい。
サトシにしては自分の得物を勝手に奪われ、面白い気分には到底なれぬ。
憮然とした表情で、ポケモンを返すように手を突き出した。
ポンっと、サナギを所有者に渡す虫取り少年。
その表情にはいくらか、弱者に対する嘲りが含まれている。

少年「トランセルねぇ……地雷ってぇのがよく分かるね。あ、まだ進化させてないんだ。ねぇ、なんでバタフリーに進化させないの? 馬鹿なの?」

サトシ「おい、今なんつった。俺が地雷だと? 笑止! テメーの方こそ雑魚の典型みてーな物言いだな」

少年「んじゃ一丁ポケモンバトルしてみるかい?」

サトシ「よいぜ、正々堂々ぶちのめしてやる!! 小手調べと言ったところだ!」

少年「ところで、あんたの名前を聞かせておくれよ。敗者の名を墓標に刻むためさ」

サトシ「俺、マサラタウンのサトシ! おいクソガキ、テメーはなんつー名前だ」

ジュンヤ「僕はジュンヤ……あんたと同じ、マサラタウンのポケモントレーナーさ」

~虫取り少年のジュンヤが勝負をしかけてきた!~

ジュンヤ「いけ、僕のキャタピー!」

キャタピー「ピイ~」

ジュンヤの放ったモンスターボールからツヤツヤした光沢を放つ毛虫野郎が飛び出した。
円らな瞳は黒曜石の如く輝いているが、他は言うに及ばず。
気色の悪さだけでいえば、このトキワの森でもトップクラスだろう。

サトシ「トランセル、君に決めたッ!」

サトシは鞘を模したジーパンのポケットからトランセルを勢い良く引き抜いた。

一陣の風が二人の武将の間をすり抜けていく。
抜き身状態のトランセルを下段に構えたサトシは電光石火、目にも留まらぬ速さでキャタピーに肉薄した!

サトシ「しっねええええ!」

岩タイプのポケモンの頭蓋をも粉砕するトランセル刀を、彼はキャタピーに振り下ろす。
普段の戦闘なら毛虫の頭が見事に割れ、新緑色の体液がサトシの新品の服を綺麗に染め上げるはずであった。
しかし、今回は違った。

キャタピーが残像を残しその場から消え去ったのだ!

シャドーダイブか!? 答えは否。
サトシの背後にキャタピーが回っている。

サトシ「ちいッ!」

振り向きざまに横薙ぎをするも既にキャタピーはそこにはいない。
アギルダー並みの速さでサトシの攻撃を避けている。

サトシ「トランセル! 糸を吐くだ!」

トランセルの口から粘着性の強い糸が放射状に発射され、キャタピーを取り囲む様に全方向から襲いかかった。
この糸に縛られるとポケモンの素早さが大きく下がってしまい、身動きすら自由にとれなくなる場合もある。
ジュンヤ少年の顔は危機的状況においても、全く変化しなかった。
それどころか、逆に笑っているようにも見えるのだ。

少年「キャタピー、みがわり」

サトシ「なにィ!? みがわりなぞキャタピーは覚えないぜ!」

サトシの咆哮も虚しく、糸が捉えたのはキャタピーのみがわりであった。

少年「ククク……知りたいか? 何故キャタピーがみがわりを覚えアギルダー並みの速さで動くか……」

口元にあるかなしかの微笑を浮かべ、少年は両手を広げた。

少年「このキャタピーは! 僕が改造した! 素早さのみなら最強のキャタピーだ! ……アギルダーとキャタピーを配合させたのさ」

サトシ「アギルダーと、キャタピーをだとッ!? く、狂っている! 正気の沙汰じゃあないぜッ!!」

少年「目もとを見ろ。何となくアギルダーっぽいだろう」

サトシ「た、たしかに……」

少年「みがわりは僕が改造で教え込んだ。ま、兄さんのトランセルみたいなものさ」

あまりの異常な状況に、サトシは意識せず呟いていた。

サトシ「こいつぁ相当なトレーナー能力を持つ小僧だ……完全に理解の範疇を越えてやがる……」

少年「キャタピー、とどめの破壊光線だ」

キャタピーの口が開き、蒼白色の光がエネルギーをチャージし肥大化してゆく。
サトシはその光景にも仰天したが、対峙しているのが改造ポケモンとあれば話は違う。
なんでもあり、ルール不要のデスゲームに、片足を踏み入れてしまったのだから。

サトシ「ククク……ならばこちらも、テメーの技に倣うまでよ!」

サトシもトランセルに破壊光線を命じた。
火事を止めるためには、少しの水でなくむしろ燃え盛る炎をぶつければよい。
同じ力で、互いの技を相殺させるのだ。

サトシ「こうならヤケだ! 破壊光線同士ぶつけ合ってどちらが押し切るかバトルだぜ!」

少年「俺のキャタピー、とくこうの種族値245だぜ」

サトシ「ゲエッ! やめろ、トランセル! 鉄壁だ、鉄壁だ!」

少年「クハハハもう遅い! 破壊光線でグズグズに溶けちまえ! マサラタウンのサトシィィィ!」

キャタピーの口から破壊光線が放たれる!
同時にトランセルの口からも同じ光線が、緑色の芋虫めがけて一直線に伸びていた。

サトシ「ぬおおお! 避けろトランセル! 俺ごと避けるんだあああ!」

サトシの頬を掠める光の矢。
トランセルが最後の力を振り絞り、サトシに体当たりをかましたのだ。
一方勝利を確信していたキャタピーは、意外な展開に動けない。

ジュンヤ「あっ、キャタピー! かわせぇ!」

瞬間、トランセルの破壊光線が刀のようにキャタピーの頭部を薙ぎ払った。
頭のない芋虫の胴体が、ドサリと地面に倒れた。
虫取り少年の握りしめていたモンスターボールが、黒い光を発しながら粉々に砕け散る。

サトシ「ジュンヤ、テメーの負けだぜ! さぁ賞金を貰おうか」

そう言うとサトシはジュンヤのポケットをまさぐり始めた。
親から貰った小遣いをせしめるつもりなのだ。
サトシは相当に意地悪い少年であった。

サトシ「チッ1000円札一枚だけかよ。すくねーな」

ジュンヤ「文句言わないでほしいね。バイトもせず、たった数分のバトルで1000円も賞金をGETできたんだから」

しかし、サトシがぼやくのも当然である。
今日の宿代、食事代、餌代諸々をこの1000円で賄わなければならないのだ。

サトシ「俺はニビシティに行く。ありがとよ、クソガキ」

ジュンヤ「ぐぅうっ……! 僕は、僕はジュンヤだぞ! 名前くらい覚えていけ!」

サトシは泣きそうなジュンヤと別れ、トキワの森を抜け出した。
先ほどのバトルで破壊光線を浴びたトランセルは瀕死状態となっている。

サトシ「ゲストハウスか……いや、1000円じゃゲストハウスも怪しいぜ!」

結局サトシはニビシティの広場で野宿することを決めた。

ホームレス「おい小僧。そこは俺のテリトリーだ。さっさとどきな!」

見るからに汚そうな格好をしたホームレスが、サトシに喧嘩を売ってきた。
売られた喧嘩は買わねばならぬ。

サトシ「公園は皆の物だ、私物化はできないぜ。テメーこそ失せろよ臭いんだよ」

ホームレス「あぁん? テメー痛い目見ねーと分かんねーみたいだなあーん?」

ホームレスがさっと股間からゴージャスボールを取り出す。

ホームレス「ゴミ箱に捨てられていたのを拾ったのよ。しっかり中身も詰まってるぜェ~」

サトシは戦慄した。
このホームレス、まさかポケモントレーナーだと言うのか!?
現在サトシの手持ちポケモンはゼロ。
ニビシティの名物は岩ポケモン。
ならこのホームレスもゴッツい岩ポケモンを所有しているだろう。
では、岩ポケモンに人間が素手で対抗すればどうなるか。
勝敗など闘う前から既に見えている。

ホームレス「オレの名はタケシ。さぁオレが挨拶をしたんだ。テメーも自己紹介して早く闇のゲームを始めようぜ!」

サトシ「タケシだって……? まさかあのニビシティジムリーダーのタケシなのか!?」

サトシは耳を疑った。

タケシ「ニビシティジムリーダー、だって? その名はとうの昔に捨てたよ」

サトシ「捨てた? どういう意味だ?」

タケシ「ジムを潰されたのさ」

タケシ「たった一人のポケモントレーナーのためにな」

タケシ「……ただのコクーンかとみくびっていた。オレが馬鹿だったんだ」

タケシ「オレのせいで……オレのせいでイシツブテ、イワークをポケモンタワー送りにしちまった……」

サトシ「なぁ、そのコクーン使いの名を教えてくれないか」

タケシ「……レッドだ」

タケシは吐き捨てるように言った。

サトシは過去の友人の名前を一挙に去来してみたが、レッドという人物は思い当たらなかった。
というよりサトシ自体、友達と呼べる者がほとんどいなかったのだ。

タケシ「オレの復讐すべき相手はジムを潰したコクーン使いのレッドだが、今はクソガキ、テメーを潰す。名を名乗れ」

サトシ「俺、マサラタウンのサトシ! 今手持ちのポケモンは瀕死なんだ。悪いが素手で闘うがいいか?」

タケシ「馬鹿野郎、オレは『ポケモンバトル』をやりたいんだ。ビタミン剤やるからさっさと治せダボが」

タケシは股間から金平糖に似た薬を放ってきた。
どこで仕入れたか知らぬが、立派な『げんきのかたまり』だ。
この男、よほどバトルへの執念が強いと見える。

お礼も言わずサトシはかたまりをトランセルの口に押し込んだ。
左下に見える生命ゲージが、たちまち黄緑色に染まる。
数回素振りをしてから、若きポケモントレーナーはトランセル刀をタケシに向けて構えた。

サトシ「準備オッケーだぜ!」

~浮浪者のタケシが勝負をしかけてきた!~

タケシ「ゆけ! ハガネール!」

宝石の散りばめられた絢爛なボールから飛び出してきたのは、なんとハガネールであった。
緩慢とした動きながらも、とぐろを巻いた巨体でしっかりサトシを内側に囲い込んでいる。
つまり、彼は退路を断たれたわけだ。

サトシ「なんだ、このメガキャタピーは!?」

図鑑「ハガネール、てつへびポケモン。脅威は物理攻撃に対する防御力であります」

サトシ「鎧をまとったイワークってか! オシャンティだが戦闘向きではないぜ!」

タケシ「フム、そのように判断する理由は?」

サトシ「確かに、防御力を上げることはバトルにおいて重要だぜ。けどよ、それ以上に要となるのは素早さだ! いくら重厚な鎧を着込んだとしても、鈍足じゃあ先手を取られてオダブツよ! テメーはそこんとこ甘かったな!」

タケシ「……好き勝手ほざいてるようだが、それは全て机上の空論に過ぎないぜ。まだバトルを始めてないくせして、いかにも勝った風にほざくなカス」

タケシの挑発に彼は乗ってしまった。
憤怒と羞恥で顔を真っ赤にさせ、絶叫する。

サトシ「トランセル、破壊光線だ! ブチのめせ!」

タケシ「ハガネール! 空を飛んでかわせ!」

サトシ「!?」

鉄蛇の巨影が、公園を覆い尽くす。
再び目の前に現れた、異様な光景。
いかにして奴は星空に舞ったのか。
もしやこのハガネール……。
サトシはギリギリッと歯噛みした。

サトシ「改造ポケモンか。面倒臭いぜ!」

ポケモンバトルは、相手の行動を先読みすることに勝利の秘訣がある。
だが、それはゲームに限った話だ。
実際のポケモンバトルでは先読み能力に加え、目まぐるしく変わる戦況に正確な判断を下す適応力が必要になってくる。
思案する時間など与えられない。

遥か上空から急降下してきた鋼鉄の塊を、サトシはトランセルで受け止めた。
金属音が澄んだ夜空を切り裂き、蒼い火花が双方の顔を照らし出す。

サトシ「ぶっさいくな顔だなテメェ!」

タケシ「ハガネール、サトシごと噛み砕け!」

即座に放たれたハガネールの咆哮は凄まじい突風となり、サトシの帽子を吹き飛ばした。
横合いから打ちかかるサトシの動きを先読みし、身体をくねらせながら後退する。
距離がある程度とれた所で、勢いをつけて一気に蹂躙するつもりなのだろう。
この鉄蛇、ただ猛攻をするだけのポケモンでなく、戦術とやらも心得ているようだ。

ハガネール「ゴオオオオ!」

サトシ「あっぶねぇな! オイ!」

スライディングで攻撃を間一髪かわしたサトシは、とんぼ返りをしてハガネールの頭に跳び乗った。
鋼より硬いサナギを叩きつけてみたが、流石は物理受けともあって、簡単に弾き返されてしまう。

タケシ「ハガネール! とどめのアイアンテールだ! 精肉処理のイメージで潰せ!」

鉄蛇はサトシを宙へ跳ね上げると、尾を銀色に光らせ振り回した。
落ちる寸前にしなる尾を叩きつけ、肋骨をへし折るつもりらしい。
しかし少年も愚かなトレーナーではなかった。

サトシ「トランセル! 近くの電柱に糸を吐いて移れ!」

粘着質の糸がサナギの口から放たれ、電柱に巻き付いた。

サトシ「上手くやったな! あとは鎧を剥がしてやるだけだが……」

名案が浮かばない。
そもそも鋼、地面タイプの敵に虫で挑むのが間違っていたのだ。

老人「なんじゃなんじゃ、ポケモンバトルしとるのか?」

幼女「わー! はがねーるすごーい!」

サトシ「チイッ! 野次馬が集まってきやがったぜ……見世物じゃねェッ!!」

その時、どよめく群衆の中からこちらに向かい駆けてくる真紅の影があった。
目にも留まらぬ速さで跳躍し、電柱を蹴ってハガネールの頭に飛び移る。
影の手にしている棍棒らしき物が、風を切って振り下ろされた。

ブグォッ……

頭蓋骨の割れる鈍い音と共に、鉄蛇の脳天から赤い血液が噴き出す。

サトシ「俺のトランセルでも割れなかったのに……奴は何者だ!?」

目を凝らしてみると、どうやら人ではない。
鳥足の様な物が見える。

老人「バシャーモじゃ……。バシャーモがコクーンを武器にしてハガネールを殺しおった……!」

サトシ「なに!? ポケモンだと!? ありえねぇぜッ! ポケモンがポケモンを使役するなんてよォ~!」

いや、それよりも気になることがある。
鋼タイプのポケモンを一撃で葬り去る硬度……まさしくタケシの言っていた『只者ではないコクーン』なのではないか?
ならばレッドとやらが近くにいるはずだ。
タケシもそれを察知したようである。
血眼で群衆に突っ込んでいくと、

タケシ「ゴルァァァ!!! オレのハガネール殺した奴はどいつだァァァ!! レッドテメー遠くから俯瞰なんてさせねぇぞ、お前なんか人間じゃネェェェ!!!!」

サトシ「は、発狂しやがった!」

サトシ「これじゃジムバッチがGETできねぇ!」

サトシ「やむを得まいか」

電柱から降りたサトシは発狂しているタケシの背後に忍び寄ると、死なない程度に殴りつけた。
どよめく群衆をトランセルで威嚇し遠ざける。

サトシ「さてさて、ジムバッチはどこかな……」

彼はタケシのありとあらゆる箇所をまさぐったが、何も無かった。
すると、トキワの森で別れたはずの虫取り少年が、群衆の中から進み出てきた。

ジュンヤ「兄さんの探してる物、分かるよ。ジムバッチだろ? 僕持ってるんだよね~」

サトシ「テメーは改造キャタピーの少年!」

ジュンヤ「アギャピーとでも呼んでくれ。さて……あいつ、トランセルに進化させたんだ。ははは、兄さんと同じだね」

サトシ「一緒にするな外道!」

ジュンヤ「顔に書いてあるよ。『ジムバッチをください』ってね」

ジュンヤ「僕、バッチなんか要らないんだよねェ~。今の時代ヤフオクで落札できるしさ」

サトシ「ちきしょう、上から見やがって」

宝石を散りばめたかのような星空の下、二人の武将が俯せに倒れた浮浪者を挟んで対峙していた。
一人はマサラタウンのサトシ、100レべのトランセルを片手に幾つものポケモンの頭を割ってきた孤高のハンターである。
もう一人はトキワの森のジュンヤ、彼もまたアギルダーとキャタピーの遺伝子を配合させた最速改造ポケモン『アギャピー』の使い手である。

ジュンヤ「兄さん、アギャピーがトランセルに成長を遂げる。この意味が分かるかい?」

サトシ「知るか。どうせアギルダー、キャタピー、トランセルのいいとこ取りをしたってことだろ?」

ジュンヤ「ご名答。結果、僕のトランセルは最速且つ最硬の種族値を誇るようになった。いわばニュータイプさ!」

ジュンヤ「同じトランセル使いとして旧式を使っている自分が惨めだと思わないか? ああ、あと今回は」

ジュンヤ「出てこいッ! さなえッ!」

ジュンヤが放ったネットボールから飛び出して来たのは、新緑色の髪を持った女性型のポケモンであった。
図鑑が興奮気味の、やや上ずった声で喚く。

図鑑「サーナイト。抱擁ポケモン。たまごグループは不定形ですっ」

サトシ「クッ! 卵が不定形だってェ? なんて野郎だ!! こいつは強敵な気がするぜ!」

サーナイト「よろしくお願いします」ペコリ

サトシ「うお、こいつ喋るのかよ」

ジュンヤ「驚いたかい? 僕のさなえは八年来の付き合いだからな」

サトシ「おいおい、さなえってなんだ。まさかテメーがつけたサーナイトの名前か?」

ジュンヤ「いかにも。サーナイトと呼ぶだけじゃ味気ないからね」

サトシ「だっせぇな、センスの欠片もねーわ」

ジュンヤ「あんだって!?」

サトシ「いやね……さなえって……しかも漢字じゃなくてひらがなって……」

サトシ「ダサ過ぎんだろ!?」

ジュンヤ「ぐうッ! 貴様、さなえを侮辱したな!? ようし、今に見とれよ! 貴様の首をオーキド博士の研究所に送り届けてやる!」

ジュンヤ「さなえ! とびひざげりだ!」

サーナイト「了解しました、マスター!」

サトシ「ちょ、待て! とびひざげりっておかしいだろ! ガチガチの物理アタッカーじゃねーか!」

氷上を滑るようなサーナイトの動きを見切り、サトシはバックステップの応用技によってとびひざげりを回避した。
サトシの横を通り過ぎたサーナイトは膝を強かに地面に打ち付ける。

サーナイト「いっいたぁい! 骨折れました! これ絶対折れてる!」

ジュンヤ「痛みに負けるな! 次はからてわりだ! スイカを手刀で割る要領だぞ!」

サトシ「ククク、雑魚に時間をかける暇はないぜ。こちらから攻めさせてもらおうか!」

韋駄天の如きスピードでサーナイトに迫り、トランセルの角を突き出す。
その間、わずか三秒。
しかしサーナイトは手刀で突きを弾くと、少年の胴を掴み後方へ放り投げた。

サトシ「あてみなげか! こいつはやりおるぜ!」

サトシは左下にある自らの生命メーターをチラリと一瞥した。
四分の一ほど削られている。
あてみなげはそれほど威力の高い技ではなかったはずだ。
まさか……

ジュンヤ「お察しの通り、さなえは物理攻撃の種族値が250だ」ニヤニヤ

サトシ「て、てめぇ……改造しやがったな。倫理の道から脱線しまくったマッドサイエンティストめ!」

ジュンヤ「兄さんのトランセルも立派な改造ポケモンだぜ?」

言葉を言いきらない内に、ジュンヤは彼の背後を取っていた。

改造トランセル「ヴヴ……ヴ~」

瞳を真っ赤に光らせ、ゆっくりと口を開く改造トランセル。
闇の中に鋭利な牙が数本煌めく。

サトシ「お、おお。おおお」

狼狽えるサトシの後頭部に、サーナイトのとびひざげりが迫っていた。

ジュンヤ「どけ、さなえ! とどめは僕がやる!」

サーナイト「え!?」

ジュンヤ「破壊光線を食らいたくないなら、早くどけ!」

サーナイト「きゃ!」

何を血迷ったか、ジュンヤはサーナイトをいきなり突き飛ばした。
それもポケモン史上、最強の防御種族値を持つ改造トランセルを用いての暴挙である。
サーナイトは地面を派手に転がり、噴水の縁に衝突した。
痛みに悶絶することなく、呻き声すらあげない。
だが、生命の危機を知らせるアラート音が高らかに鳴り出している。
今度は本当にどこかしらの骨が折れたのだろう。

サトシ「てめぇ……自分のポケモンに手をかけるとは、トレーナーの風上にもおけぬ野郎だぜ!」

ジュンヤ「有終の美を飾るのは、あくまで僕にしたいのでね。こればっかりは、さなえでも譲れないよ」

サトシ「だからって、八年も付き合ってきた大事な戦友を突き飛ばしていいのかよ。俺にはテメーの考えが分からねぇ。いや、分かりたくもねぇ。歪みに歪んだクソガキの意見なんぞなァ!」

ジュンヤ「あのサーナイトも所詮捨て駒さ。僕のアギャンセルには遠く及ばないのさ。今回は噛ませ役として出してみたけど、やっぱり使えなかったね。残念無念、あははははは」

サトシ「野郎……!」

サトシ「いいぜ。テメーがそう言うんなら、こっちにも策がある」

ジュンヤ「分かってるのか? あんたは今、不利な立場に置かれているんだぜ。この逆境を打開する策がまだあるってのかい?」

サトシ「おうよ。……テメーのサーナイト、悪いが俺の物にさせていただくぜ」

ジュンヤ「待て、それは暴論だ! 人のポケモンをゲットしたら泥棒!」

サトシ「違うね! これはスナッチなんだよおおお!」

ジュンヤの制止を振り切って、サトシは旅に出る前、オーキド博士から貰った黒色のモンスターボールをサーナイトに投げつけた。

その名も『スティールボール』
他人のポケモンを盗ることを第一に生み出された、取り締まりの厳しいモンスターボール。
裏社会ではごく普通に出回っているらしい。
スナッチマシンとは微妙に異なり、普通のポケモンだろうが、はたまたポケモンではない小動物だろうが、何でもGETできる。

ボールは粒子化したサーナイトを吸い込み、少し揺れた後カチッとゲットを知らせる施錠音を鳴らした。
憎しみのこもった目でサトシを睨むジュンヤ。

ジュンヤ「貴様……! 僕のさなえを! 僕のさなえをよくも……!」

サトシ「うるせぇだまれ。サーナイトを手放す理由を作ったのはてめぇだろーが。まさしく自業自得」

サトシ「サーナイト、GETだぜ!!」

ジュンヤ「う、うわあああああ!!」

我を失ったジュンヤが、トランセル刀を振りかざし凄まじい速さで襲いかかってきた。
大和魂、ここにあり。
サトシもトランセルに体当たりを命じ、双方玉砕を覚悟して突進した。
その時であった、コクーンを両手に持ったバシャーモが彼らの決闘に割り込んできたのは。
バシャーモはコクーンを巧みに使い、二人の刺突を受け止めた。
間髪入れず、鳩尾にけたぐりを二連続で叩き込む。

サトシ「ごはァッ……! バシャーモだとッ……!?」

ジュンヤ「サ……トシ! あれを見ろ! ビルの……上に、人影が!」

呻く二人をビルの屋上から見下ろす一つの影があった。
月光を背に佇むそれは、少年のように見えた。

~謎の施設~

キリキザン「全員、停止せよ」

先頭を歩いていたとうじんポケモン・キリキザンが刃のついた左腕を水平に伸ばし、後に続くポケモン達を制止した。

キリキザン「あの男の話によれば、この先にレベルの上限を解放する不思議なアメとやらがあるそうだ」

彼らは皆、通常種ではなく人間によって改造された総合種族値1000以上のいわゆる『厨ポケ』であった。
更なる強さを求める彼らは、レベルの上限を無限解放するアイテムを探しに、とある男に黒い霧漂う施設へと案内されたのだ。

キマワリ「ちょwww黒い霧濃すぎるっスwwwマジソーラー撃てねぇwww」

このキマワリもとくこうの種族値が500以上と、外見からは想像もつかない程の強大な力を秘めている。

キリキザン「施設の全体像が分からん。誰かフラッシュか霧払いを覚えている者はおらぬか」

誰一人名乗り出ない。
改造ポケモンは亜空切断だのエアロブラストだの伝説級の技を覚えている割に、実用的な技に関してはからっきしなのだ。
キリキザンは忌々しく舌打ちした。

キリキザン「では、私が刀身を射出してその反射音で障害物を探るとしよう」

キリキザン「でぇりゃッ!!!」

キリキザンの掌から刃が数本放たれ、暗闇に溶けていった。
反響音はしない。
よほど奥まで続いているか、あるいは何かに刺さったか。
彼の予想は見事的中した。

突如、暗闇から巨大な顎が現れキリキザンに噛みついたかと思うと、そのまま霧の奥へ引きずりこんでしまったのだ。

???「餌の投入は済んだか」

???「ハッ。ゲーチス様の仰せの通り、100匹投入致しました」

ゲーチス「ククク……改造ポケモンを糧とする改造ポケモンか……」

ゲーチス「キュレムよ。……私が王として君臨するためには、貴様の力が必要なのだ」

ゲーチス「集めよ、世界中の改造ポケモンを集めよ! トレーナー? そんなモン別に殺してもかまわん。死の時を繰り上げてやるだけだ」

ゲーチス「しもべ達よ……一刻も早く、キュレムの力を復活させるのだ。真の厨ポケとして!」

プラズマ団のしたっぱ達「ハーッ!」

同じ頃、サトシとジュンヤはポケモンセンターに位置していた。
手持ちポケモンの治療も兼ねて、24時間営業のポケモンセンターで一泊することに決めたのだ。

サトシ「おいジュンヤ! こんなイイとこあるんなら最初から教えろよな!」

ジュンヤ「ポケモンセンターを知らないなんて、お里が知れてるね」

ジュンヤ(クッ……こいつに合計種族値2000の改造アルセウスで力の差を見せつけてやりたかったが、スティールボールがあるんじゃあまた盗られるかもしれんぜ……)

ジョーイ「お待ちどおさま! お預かりしたポケモンはみんな元気になりました!」

サトシ「ありがとうございます、ジョーイさん」

ジュンヤ「おや? ジョーイさんに対してはやけに礼儀正しいねキミ」

サトシ「まぁな、ポケモンを無料で全回復してくれるんだ。感謝しないと、俺の気が収まらない」

そう独りごちながら、サトシは近くのコンビニで買ったスルメを口に運び、ジュンヤにも勧めた。

サトシ「お前は気に入らんが、同じ屋根の下眠るとありゃ話は別だぜ。ほら食えよ」

ジュンヤ「僕はいい。そのスルメは君が盗んだ、さなえ……サーナイトにやってくれないか」

サトシは優しく微笑んで、虫取り少年の肩を叩いた。

サトシ「お前、やっぱりサーナイトが好きなんじゃねぇか」

ジュンヤ「は?」

サトシ「素直に認めろよ。どうせラルトスからずっと育ててきたんだろ?」

ジュンヤ「……そりゃ昔は好きだったさ。一番の相棒だった。でもな、やはりインフレの波には勝てなかったよ」

ジュンヤ「数年ぶりに外の世界を味わわせてやりたかったのさ。捨て駒と言え、かつては役に立ってくれたからね」

ジュンヤ「まさか、君が盗むとは思わなかったけれど」

彼は立ち上がり数歩進むと、サトシに光る物を放ってきた。
石を模した鈍色のバッジ。
まさしくニビシティジムのグレーバッジである。

サトシ「ジュンヤ! どうしてグレーバッチを俺に……!?」

ジュンヤ「僕はレッドを探しに行く」

サトシ「あのコクーン使いをか!?」

ジュンヤ「そうさ。チャンピオンを負かしたパーティーで、どこまで奴と渡り合えるか興味が湧いたんだ」

サトシ「チャンピオンを……負かした……?」

ジュンヤはパソコンに向き直り、五匹のポケモンを引き出した。

ジュンヤ「出てこい、シャンデラ! ルカリオ! ガブリアス! メタグロス! アルセウス!」

錚々たる顔触れに、サトシは腰を抜かしていた。

サトシ「お前……本当に虫取り少年か?」

ジュンヤ「ああ、僕はただの虫取り少年だ。あんたみたいな目的もなく、ポケモンを盗んだり殺したりするニートとは違ってね」

サトシ「いや俺、ポケモンマスターっていう立派な目標があるんだけど。テメーこそ、人のこと悪く言えねぇぞ。例えば、捕まえたテッカニンの羽とかよく毟ってるだろ」

ジュンヤ「……」

ジュンヤは無言でポケモン達をボールに戻すと、施設の隅に行き体育座りをした。
どうやら図星らしい。
サトシからすれば、単なる当て推量だったのだが。

ジュンヤ「サトシ、サーナイトは君に預ける。僕がもしレッドに勝ったら……その時はスティールボールを僕にくれ」

サトシ「調子良いことほざきやがって。やっぱりテメーには返さねーよ」

毒づきながらもサトシは、口元に穏やかな笑みを浮かべていた。
初めてできたライバルに、親近感を覚えていたのかもしれない。

サトシはスティールボールからサーナイトを出すと、スルメを差し出し言った。

サトシ「俺、マサラタウンのサトシ。これからよろしくな、サーナイト。スティールボールの居心地はどうだ」

サーナイトはそっぽを向いたまま答えない。
ジュンヤの行動に深く傷ついている様子だ。

サトシ「よし、テメーには物理アタッカーとして働いてもらうぞ。そのためにはニックネームが必要だ」

サーナイト「ニックネーム……ですか?」

サトシ「そうだ。俺はジュンヤから一時的にテメーを借り受けた。何ヶ月……いや、何年になるとも知れない。その間、ずっとサーナイトなんてのも嫌だろう?」

サーナイト「は、はぁ」

サトシ「……よし決めた! お前は沙亜夜だ! 沙亜夜!」

沙亜夜「沙亜夜? 由来とか、特に意味はあるんですか?」

サトシ「あぁ? 沙亜夜は俺の最初の……」

沙亜夜「最初の?」

サトシ「いや、何でもねぇ。今言ったことは忘れな!」

沙亜夜「わ、分かりました……」

未だ沙亜夜がジュンヤを慕っていることに、サトシは気づいていた。
そして、自分に恐れを抱いていることも。

サトシ「仕方ねぇ野郎だぜ。極力ボールには戻さねェようにすっか」

サトシ「おい、沙亜夜! 俺は寝る、スルメ置いとくから食っとけよ。貴重な夕食だ」

沙亜夜「スルメなんて……ポロックが良いです」

サトシ「贅沢言うんじゃあねェッ!! きのみが買えるほど金稼げなかったんだよ、ろくなトレーナー見当たらなかったからよ!」

沙亜夜「ひ、ひいぃ! 失礼しました!」

サーナイトに一喝したサトシは、PCでSkypeを起動した。
ディスプレイに見慣れた老博士の顔が映る。
彼はサトシを画面越しに見ると目尻に皺を寄せ、気さくに笑った。

オーキド「おぉサトシ君! 久しぶりじゃのう! どうじゃ、100レベのトランセルは役に立っておるかの?」

サトシ「はい! 今ニビシティにいるんですけど、グレーバッジも無事GETできました。次はブルーバッジをGETしにハナダシティへ行きます!」

オーキド「ふむふむ、人を殺してなければ結構じゃ。時にサトシ君、そのトランセルについてじゃが……」

オーキド「『メガシンカ』をすることでポケモンに対しての殺傷力が格段に上昇するらしいのを知っておるか?」

サトシ「メガシンカ? トランセルってバタフリー以外にも進化するんですか?」

オーキド「そう……メガトランセルにの」

サトシ「メガトランセル……メガトラだって!?」

オーキド「そうじゃ。トレーナーの持つメガリングと、ポケモンのメガストーンが共鳴することでメガシンカは発生する」

サトシ「ちょちょ、んじゃ俺にもくださいよそのメガなんとかってアイテム」

オーキド「ならんな」キッパリ

サトシ「あぁん!? どうして!?」

オーキド「落ち着け、ちゃんとした理由があるのじゃ」

オーキド「そもそも改造ポケモン自体いほ……ゴホン。謎の多い研究中の種での」

オーキド「万が一、実験中に死者が出たらどうする? 研究所は閉鎖、わしは博士号を剥奪され懲戒免職を受けるじゃろう」

サトシの脳内に浮浪者となった元ニビシティジムリーダー・タケシの顔がよぎった。

オーキド「加えてサトシ君、まだ君はポケモントレーナーとして未熟じゃ」

オーキド「わしはそのトランセルを『他人から物を奪う武器』だけとしてサトシ君に持たせたわけではないぞ」

サトシ「……」

オーキド「意味を理解した時にわしの研究室に来なさい。では、これからも精進するのじゃぞ~?」プツン

サトシ「なんかうまいこと誤魔化された気分だぜ」

サトシ「改造ポケモンの意義、か……」

サトシはスルメをつついているサーナイトの隣に横たわり、静かに瞼を閉じた。

ニビシティの朝は早い。

少年A「いっけーサイドン! つのドリルかましたれーッ!」

少年B「グワーッ! 僕のデデンネがーッ!」

乳白色の朝靄を縫って、あちらこちらから勝者の雄叫びと敗者の慟哭が冷えた空気を震撼させる。
ベンチに腰掛けている少年・サトシもまたポケモントレーナーの一人であった。
悲鳴をあげる腹の虫を必死に抑え、誰にバトルを挑もうか思案中なのだ。
昨日のスルメ代で300円を失い、残った700円までミックスオレ二本分で使い果たしてしまった。
要は現在、サトシ達は無一文なのである。

サトシ「なぁ沙亜夜、ハナダシティに行く前に腹ごしらえしようと思うのだが、金持ってそうな奴見かけなかったか?」

沙亜夜「オボンの実のポフィンにミツハニーの蜂蜜かけて……うぅ、こんなに食べられないですぅ……」ジュルル

サトシ「おい! 聞いてんのかアホ!」

沙亜夜「ひゃいっ! な、なな何でしょー!」

サトシ「金、せしめに行くぞ。もう誰でもいい、手頃な奴を見つけてブチのめすぜ!」

沙亜夜「腹が減っては戦はできぬ、ってね! 空腹のまま闘っても本来の力は発揮できないと先代マスターも仰ってました!」

サトシ「あのなぁ……」

サトシ「俺達にはもう後がないんだよ。知らない街で、金も尽き、あてになる人物もいない! そんな状況で一縷の望みが見いだせたんだ。プライドも捨てて藁をも掴む思いで飛びつくしかないだろが!」

サトシ「お前はサーナイトだからよく分かんねぇかもしれないけどよ、人間ってのはポケモンほど単純な生き物じゃねぇんだよ!常に生きるか死ぬかのリアルポケモンバトル実施中なんだよ!」

奇妙な熱弁を奮ったサトシは、手持ちのサイドンでデデンネを瞬殺した少年に近寄った。

サトシ「おい、そこのサイドン使いの少年」

少年A「はぁ……僕になにか御用でしょうか?」

サトシ「俺とポケモンバトルしろ。今すぐにだ、こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ」

少年A「いや別に良いですけどね? 見るからにアナタ、バトル初心者でしょ?」

少年A「相性の悪いトランセルと紙装甲のサーナイトで、僕のムキムキサイドンに勝てるわけがないでしょう。幼児でも分かることだ」

サトシ「お前まるでジュンヤみてぇだな。癪に障る野郎だ、つべこべ言わずバトルしろよ! 俺は朝飯が食いてぇんだよダボッ!!!」

少年A「承知ッ……」ザッ

~短パン小僧のタケルが勝負をしかけてきた!~

タケル「いっけえええええ僕のサイドン!」ポーイ

灰色の巨体が土煙をあげて地面に降り立った。
サイドンの鋭い眼光が靄を貫き、サトシと沙亜夜に突き刺さる。
厚い脂肪と筋肉に固められたその身体は、重戦車に喩えても相違ない。
額についているドリル状の角をサイドンはギュルリと半回転させた。
ウォーミングアップのつもりか、それとも血に飢えているだけなのか。
おそらく両方であろう。

図鑑「サイドン、ドリルポケモン。いわ・じめんタイプで、中々知能が発達していマス。ちなみにあの回転するドリル状の角が、哀れなデデンネの命を奪ったと思われ」

サトシ「沙亜夜はかくとうタイプ専門だったよな。なら丁度いい、いっせーのーせで前後から挟撃するぞ」

沙亜夜「挟撃とは?」

サトシ「俺がサイドンのどてっ腹にトランセルで風穴空けるから、お前はとびひざげりをすると見せかけ背後に回り、頸部に渾身の一撃を叩きこむんだ」

サトシ「音を立ててはいけない、あくまで隠密行動重視だ。心配すんなよ、サイドンはノロマで有名だからな」

沙亜夜「やってみます、マスター」

サトシ「サトシでいい。俺ァそういう呼び方されたくねェんだ。むず痒くなる」

沙亜夜「頑張りましょう、サトシさん!」

サトシ「応ッ!!!」

ニビシティ――二日目。
胸に煌めくバッジは一つ。
ここで負ければ後はない、サーナイトも見知らぬ男と野垂れ死ぬのは嫌であろう。
不意に、張りつめた空気の均衡を崩すかの如く巨体が動き始めた。

闘いの火蓋が切って落とされたのだ。

サトシ「行くぜ沙亜夜! 作戦通りにな!」

沙亜夜「はい、サトシさん!」

サトシは疾風の如く敵ポケモンに迫ると、ポケットに押し込んであるトランセルを勢い良く引き抜いた。
緑色の剣光が水平に走り、咄嗟に構えたサイドンの右腕と火花を散らす。
斬撃を弾かれたサトシは怯むことなく、第二撃を腹めがけて撃ち込む。
だが、丸太の様に屈強な腕がそれを阻み、剣を再び弾き返す。

タケル「落ち着けサイドン! 相手はポケモンバトルのトーシロだ、冷静にトランセルがどう動くか観察すれば、お前ならワンパン余裕だぞ!」

十合辺り打ち合ったところで、サイドンがトランセルの先端部を掴んだ。
トランセルの生命ゲージがジリジリと削られていく。
それもそのはず、サイドンの握力は約5トンを誇る。
最強の防御を持つトランセルと言えど、ダメージは免れない。
しかし、サトシはむしろこの時を待っていた。

サトシ「今だ! 頸部に膝蹴りブチかましやがれッ!!」

サトシが前方に注意を惹きつけている間、サーナイトの沙亜夜が作戦通り背後へ回っていたのだ。
タイプは不一致ではあるが、効果抜群な格闘技と驚異の攻撃種族値250を合わせればサイドンの頚椎など小枝に等しい。

サイドンは背後から迫る殺気を察知したのか、サトシごと身体を半回転させた。
すなわちサーナイトとサイドンの間にサトシを位置させる様にしたのである。

サトシ「やっべェ! このままじゃ飛び蹴り喰らうの俺じゃねーか畜生! おい沙亜夜こっちくんじゃねぇ! 去ね去ね!」

沙亜夜「ぎゃーッ! なんでサトシさんがいるのーッ!?」

タケル「キキキ、つのドリルを使うまでもなかったですかねェ……」

タケルの眼は窪み、頬はこけ、最早短パン小僧と呼び難い状態であった。
勝利を確信した時、タケルの頬は恐ろしい程までにこけるのだ。

サトシが口元に笑みを浮かべた。
無論、自暴自棄になったのではない。
サトシは帽子のつばを後ろに向けると、くわっと目を見開いて技名を叫んだ。

サトシ「トランセル! 破壊光線だ!」

トランセルの口が開き、蒼白色の光球がサイドンの手の中で徐々に大きくなっていく。
幸い、タケルにはその光景が見えない。
賢明なサイドンはトランセルから手を離したが時すでに遅し。
サイドンの右腕が、流血の弧を描きながら宙を舞っていた。

サイドン「ゴアアッ!?」

同時に反動でサトシも後方へ吹っ飛ばされる。
入れ替わる様に沙亜夜が頭上を越え、サイドンの鼻にとびひざげりを食らわせた。
鼻血が噴き出し、サーナイトの白い身体を鮮血で赤く染める。
歯が何本か折れ、鼻柱は醜くひしゃげた。
立派なのは角だけ、と言ったところであろう。

タケル「サイドン!? 一体何が起こったんだ! どうして僕のサイドンが劣勢なんだ!?」

タケル「くっそぉ、ならつのドリルだ! 奴らをグチャグチャに引き裂いちまえ!」

サトシ「させるかよ!」

再び剣光が一閃し、サイドンの角を斬り飛ばした。
鉄壁で防御力を更に上げたトランセルは、一撃必殺の技をも無効化する。

サイドン「ウムム……ウム……」

地響きの如き唸り声をあげた後、巨大な犀の魔物はゆっくりと崩れ落ちた。
額を襲う激痛と屈辱感に目をひん剥き、小刻みに痙攣を起こしている。
もう戦闘を続けられるような状態ではない。
トランセルをポケットに押し込み、サトシはタケルに向かい横柄に言い放った。

サトシ「殺しはしない、ポケモンセンターで治療すれば腕も治るだろう。さぁ賞金を早く寄越すんだ」

タケル「ぐぅッ! 僕のサイドンがここまであっさりやられてしまうなんて……!」

神威に打たれたかの如く呆然としていた短パン小僧は、我に返ると憎悪のこもった視線をサトシにやった。
彼もサイドンと同じく痙攣する右腕を左腕で掴み、必死に湧きあがる激情を心の内に押し込みながら財布に手を伸ばした。
指の隙間から諭吉の微笑む姿が見える。
諭吉はサトシの懐へと、悠々と消えていった。

サトシ「やったぜ! 一万円GETだぜ!!!」

沙亜夜「やりましたねジュンヤさん! これでレストランに入れるよぉ……」ウルウル

サトシ「おい、俺はサトシだ。間違えんなよポケモンの分際で」イラッ

沙亜夜「ほぇ? 私ジュンヤさんなんて言ってましたか?」キョトン

サトシ「無自覚とは性質が悪いぜ! これだから脳筋は嫌なんだよ。オラついてこい! レストラン行くぞ!」

沙亜夜(あれ……? サトシさんどうして不機嫌なの? 私達バトルに勝ったのに……)

タケル「ふふふ、一匹のサーナイトをトレーナー二人で取り合っているのか。生憎、僕は恋の鞘当ての行方を見守るほど暇じゃあないんでね」

一万円を強奪された短パン小僧は、不敵に笑うとサイドンをボールに戻してポケモンセンターへと駆けて行ったのであった。

~ファミレス~

二人用の席に案内されたサトシとサーナイトは、膝を付き合わせて今後の旅程について話し合った。
宿の予約から金銭、スケジュール管理など齢十歳の少年には身に余る作業であったが、サトシは苦ともしない。

沙亜夜「して、今後の予定は?」

サトシ「ニビシティの西におつきみやま、という山がある。それを越えて今日の夕方辺りにはハナダシティに着きたい」

沙亜夜「今日の夕方!? 時間厳しくないですかそれ。もうお昼の時間ですよ!」

サトシ「標高の低い山だ、急いで登りゃあどうとでもなる。だが問題は道に点在するポケモントレーナーの存在なんだよな」

確かに、おつきみやまには無数の山男が散在しており、時々訪れる無知な観光客を狙い、金をせしめようと手ぐすね引いて待っているのだ。
サトシ達に負ける要素は無いのだが、絡まれると大変面倒である。
接触は可能な限り避けたい。

沙亜夜「サトシさんもう注文決まりました? 私はオレンの実ジュースとイシツブテのヤチェの実ソース和え、ナックラーの蒸し焼きにしますけど」

サトシ「……お前可愛い顔して随分と大食漢なんだな。そんな華奢な身体のどこにイシツブテのソース和えなんぞが入るのやら」

沙亜夜「このコースはジュンヤさんがいつも私に作ってくれた料理でして。ジュンヤさんはイシツブテのコリコリした、キクラゲに似た食感が堪らなく好きだったんです」

サトシ「へぇー」

ことあるごとにジュンヤの名前を出すサーナイトに、彼は嫌気がさしていた。
仮寝の宿とはいえ、現在のポケモントレーナーはこのサトシである。
共にサイドンとの激戦を乗り越えたこともあって、サーナイトに少し愛着が湧き始めた頃であった。
だからこそ、なおさら面白くない。

沙亜夜「でね、でね、ジュンヤさんは……」

サトシ「お前の過去話はもういい。飯がまずくなる」

沙亜夜「えぇ!? どうしてなんですか!?」

サトシ「どうだっていいだろ」

サトシはかぶっている帽子のつばを下げた。
目尻に浮かんだ悔し涙を隠すためであったのか、それとも嬉しげに語るサーナイトの整った顔を見ないようにするためであったのか。
答えを知るのはサトシのみだ。

しばらくして、二人の前に注文した料理が運ばれてきた。
肉汁の弾ける音や、モモンの実の甘い香りが食欲をそそる。
空腹こそ最大の調味料とは、よく言ったものだ。

沙亜夜「壮観ですねー! 早く食べましょーよ!」

サトシ「おいおい、そうがっつくな。まずは両手を合わせてからだぜ」 

昨日からスルメしか食べていない。
それゆえ、自ずと食べ方も荒っぽくなる。
サーナイトの口元に青いヤチェの実ソースが口髭の様にこびりつき、サトシは笑いをこらえるのに必死だった。

人心地ついたところで、突然店内に放送が響き渡った。

放送『お食事中失礼いたします。厨房からナックラーが一匹逃げ出しましたので、目撃した方は近くの店員までお知らせください』ピンポンパーン

サトシ「ナックラーってあれだよな。お前が注文してた料理の奴じゃないのか」

沙亜夜「かもですね、早く食べたいと思っていたのですが……困りましたねー」

サトシ「んじゃ別のにするか? ゴースの天ぷらとかあるぜ。あとメタモンとか」

沙亜夜「嫌です! 蒸したナックラーのミソとニビシティの近くで採れる岩塩のコラボが最高なんですよ!」

サトシ「わがまま言うなよオイ、メタモンだって噛みごたえはゴムみたいで最悪だが味は悪かねェだろ。贅沢言えないんだよ俺達は旅人なんだから」

沙亜夜「うぅ~」ウルウル

その時、自分のバッグがごそごそ蠢いているのにサトシは気づいた。
何かがいる。
ゆっくりと手を伸ばしバッグのかぶせを開け……

サトシ「うわっち! あっぶね! ヴォイ!!!」バッ

中から急に突き出してきた茶色の顎に驚嘆して顔を上げる。
もし手を引っ込めるのが一瞬遅ければサトシの手は噛み千切られていただろう。
口元を青く染めたサーナイトと目が合った。

沙亜夜「……何かいたんですか?」

サトシ「ナックラーだ、ナックラーがいやがった!」

ナックラーはのそのそとバッグから這い出すと、テーブルの上に登り物珍しげに辺りを見渡した。
前に座るサーナイトに目くばせをするサトシ。
もしこれが放送で言われていた『脱走ナックラー』ならば、早急に捕まえて謝礼金を受け取らねばならぬ。
サトシの思考回路が見事に繋がり、頭上の豆電球を光らせた。

サトシ「ナックラー。すまんが捕まってもらうぜ。元々逃げ出したお前が悪いんだからな」

少年は音を立てずにポケットからトランセルを引き抜く。
背後から忍び寄り、一撃で脳震盪を起こさせるつもりなのだ。

サトシ「沙亜夜、決して邪魔するなよ。こいつ一匹で何円貰えると思う? 多分な、五万はかたいぜ」

沙亜夜「……」

サトシ「しねぇぇえええい!!!!」

トランセルを大きく振りかぶり、ナックラーの頭に垂直に振り下ろした。
彼の狙いは正しく、力も脳震盪を起こさせるには十分だった。
しかし、寸前見守っていた沙亜夜が長い腕で真剣白刃取りをしてみせたことにより、サトシの計画は瓦礫の如く崩れ落ちてしまった。

サトシ「……沙亜夜、どうしてナックラーを助けた。テメーは金が欲しくないのか!?」

沙亜夜「やっぱり、目の前でポケモンが殺されるのを見るなんて私にはできません」

サトシ「殺すんじゃねぇ、気絶させるんだよダボッ!!」

沙亜夜「どっちみち殺すんでしょう? こんなにかわいくて円らな瞳をしているのに……殺すなんて残酷なこと」

『さっきまでイシツブテをもしゃもしゃ食っていたくせによう言うわ』とサトシは心の中で呟いたが、声には出さなかった。
些細なことでサーナイトとの関係を疎遠にしたくなかったのだ。

沙亜夜「サトシさん、このナックラー私達のパーティーに加えてあげませんか? どうせ行き場所も無いですし、成長したらきっと強くなりますよ! きっと!」キラキラ

サトシ「餌代が嵩むだろうが……。まぁお前の頼みなら断れねーな」

サトシ「こいつの名前は……そう! フライゴミ! フライゴミでいこう。いいな?」

沙亜夜「フライゴミ……。私とはエラい待遇の違いですね」

サトシ「俺のバッグに許可なく入った罰だ。見た感じ知能も赤児くらいだから、生ゴミ呼ばわりされても意味など分かるまいよ!」

サトシ「ったく、脇役が増えちまったら主役である俺の出番が減るだろうが!」

主人公にあるまじき発言をしたサトシは、ナックラーを肩に乗せた。
沙亜夜と同じく絆を深めるために、ボールには極力入れないつもりらしい。
フライゴミの四肢が肩に触れた途端、サトシの脳裏にある情景がフラッシュバックした。

サトシ「ピカチュウ……」

沙亜夜「ピカチュウ?」

サトシ「気にすんな、あいつはもうトキワの森に捨てたんだ。フラッシュも使えない無能だったからな」

沙亜夜「ハナダジムは水ポケモンの使い手が多いそうですけど……」

沙亜夜「ピカチュウ飼ってたんですか? なら迎えに行ってあげた方が」

サトシ「今さらトキワの森には戻れねェ。過去も未来も見るな、今この瞬間に命を賭けるんだ。ポケモントレーナーってのはそういうものさ」

彼の言葉は、サトシ自身に言い聞かせている様にも見えた。

沙亜夜「そ、そーゆーものなんですか……」

再び意味不明な演説で話題をそらすと、サトシはポンッと軽く膝を叩き立ち上がった。

サトシ「おし、ハナダシティ行くぞ! 夕方までにおつきみやま越えねぇと野宿になっちまうぜ!」

サトシ「沙亜夜、俺のポケナビ貸してやるから3000円以内で泊まれる格安のホテル探しとけ! いいなッ!」ポーイ

沙亜夜「わっわわわ! いきなり投げないで下さいよ落としちゃ! あ」グワッシャーン

フライゴミ「ナックナックwww」

サトシ「もうやだこいつら……」

こうしてサトシ一行はナックラーを店に返すことなく、ファミレスもといニビシティを旅立ったのであった。

~夜・ハナダシティ~

営業時間は既に終了している真夜中、プールの清掃をしているカスミの元に、思わぬ客が訪ねてきた。
自動ドアが開き、ピリピリとした覇気がジム内に浸透する。
赤いジャンパーと帽子をかぶった少年が、片手にモンスターボールを弄び佇んでいる。

レッド「俺の名はレッド……道場破りを生業としている。ハナダシティジムリーダー……俺とバトルしろ」

小さな身体からは想像もつかない程の威圧感に、カスミは思わず二、三歩後ずさった。

カスミ「ポケモンバトルなら明日にしてもらえます? もう時間過ぎてるんでー」

レッド「臆したか、見苦しい」

多くを語らないのがレッドの特徴であった。
モンスターボールから剽悍な影が飛び出す。

レッド「ゆくぞ、バシャーモ!」

レッドの左手に装着されているメガリングと、バシャーモのメガストーンが反応した!
灰色の球体が四方八方へ飛び散り、二つの羽を耳に生やしたメガバシャーモが腕の炎を靡かせ出現した。
両手にはコクーンが握られている。

カスミ「あ、あのね君! もう店じまいの時間だし、何だって水タイプの使い手である私に炎タイプで挑むのよ!」

困惑しつつも、カスミはしっかり手持ちポケモンであるスターミーを召喚している。
話し合いのできる相手でないことを、薄々感づいていたのかもしれない。

スターミー「ヘアッ! 帰れジュゥワッチ!!」グルグル

カスミ「スターミー! ハイドロポンプよ。相手は所詮炎タイプ、ガンガンやっちゃって!」

スターミーが高速回転を始め、紫色のコア部分から大量の水が槍となって放たれる。
水はバシャーモを襲い、姿を隠した。
まともに喰らっては全身が木端微塵に吹き飛ぶ水圧である。

カスミ「グッジョブスターミー! このまま押し切るのよ! ……ん?」

相手の生命ゲージが全く減っていない。
まもるも、みがわりも使われていないにも関わらず一体何故?
答えは次の瞬間、形となって現れた。
水の槍が先端の方から凍り、レッドへ伸びた巨大な氷の柱へと変貌している。
冷凍パンチにより水を巧みに凍らせ、道を作りながらスターミーへと近づいていたのだ。
カスミは逆境をも勝機へ変えるバシャーモ、そしてレッドに戦慄した。

レッド「……橋渡し役ご苦労、褒美に死をくれてやろう」

言葉と同時に、メガバシャーモのマッハパンチがスターミーのコアを貫いた。
白い清潔なプールサイドは、なぞのポケモンの鮮血で緋色に染まった。

カスミ「嫌ァアア! 私のスターミーがァァ!」サーッ

スターミー「ヘ……ァッ……」

スターミーは何かに支えられるようにその場に立ち尽くしていたが、やがて仰向けに倒れた。
なぞのポケモンは永劫の眠りへと誘われたのだ。
そしてカスミのために立ち上がることも、ドロポンを放つことも二度とない。

カスミ「もうやめて……これはポケモンバトルなんかじゃないわ」

レッド「これがバトルでないとするならば、貴様の今までやってきたことは全て児戯に過ぎんな」

カスミ「なんですって!?」

レッド「ポケモンが己の全力を振り絞り、命を賭けて死の応酬をする。これこそが真のポケモンバトルではないのか」

カスミ「うっ……」

レッド「悔しいか? ならボールを取れ。ジムリーダーであるからには、きちんと片をつけてもらう」

カスミは斃れたスターミーを無言で見つめていたが、踏ん切りがついたのかモンスターボールを手にした。

カスミ「ごめんね……みんなごめんね……」

カスミ「ゴルダック! ヌオー! ラプラス! 頑張ってスターミーの仇を討つのよ!」

ゴルダック「ダック!」トトッ

ヌオー「」ボケー

ラプラス「プラプラーwww」ドスン

カスミ「……いまいち覇気に欠けるけど、やるっきゃないわ!」

ゴルダック、ヌオー、ラプラスの三匹が一斉に水の波動を放った。
メガバシャーモは圧倒的な素早さでそれらを踊るように回避する。
サイコキネシスさえ両刀のコクーンによって防がれてしまう。
だが、三匹ともジムリーダーに育てられた存在とあって、メガバシャーモにつけこむ隙を与えない。
ラプラスの冷凍ビームがメガバシャーモの両足を地面に縛りつけた。
コクーンで必死に氷を叩き割ろうとするが、まるでびくともしない。

レッド「……」サッ

反対側の岸で、レッドが新たなモンスターボールを取り出したのをカスミは見逃さなかった。

カスミ「みんな気をつけて! ポケモンが一体増えるわ」

言葉を継ぐ間もなく、ボールから飛び出したポケモンが稲妻の如きスピードでゴルダックに襲い掛かった。

レッド「……」

レッドは左手を挙げた。
それは『10万ボルト』を命ずる合図だった。

ピカチュウ「ピ、カ、チュウ~~~!!!!」バリバリバリ

ゴルダック「あぎゃぎゃぎゃぎゃ」ビリビリ

……それからのことは記すまでもない。
ピカチュウの10万ボルトがゴルダックを一瞬で消し炭に変え、続くアイアンテールでヌオーの頭蓋を割り、最後にボルテッカ―がラプラスへと炸裂したのだ。
勝負が終わった後、レッドはバシャーモに命じジムの壁に『RED』と血文字を書かせた。
このジムへレッドが来たのを証明するための、唯一の手段であった。

レッド「バッジはいらん。死した英雄らを供養してやれ」

カスミ「どうして……道場破りなんかすんのよ……」

レッド「……」

カスミの憔悴しきった問いに少年は何も答えず、地獄絵図と化した建物を後にした。

月の光が、蒼白くおつきみやまの山肌を不気味なほど美しく照らす。
静寂の星空を、ズバットの群れが獲物を求めて羽ばたいていく。
岩と同化したゴローンは旅人を見守り、その影から時折ピッピが顔を見せる。
おつきみやまは改造ポケモンの跋扈する都会と違い、まさに野生のポケモンの宝庫であった。
その山頂に一点キャンプの炎が燃えており、黒い煙を星の海へとたなびかせていた。

サトシ「ケッ、まさかおつきみやまごときでここまで迷うなんてな……不甲斐ないぜ!」

沙亜夜「結局野宿になってしまいましたね……」

サトシ「山男を振り切るのに苦労するわ、ナックラーは泥遊びしかしない無能なゴミだわ、サーナイトはマップ読めずに間違った道に連れてくわでよ」

沙亜夜「え、私にも責任あるんですか!?」

サトシ「おいおい、沙亜夜が道案内買って出たんだぞ? マップには普通に洞窟通りゃハナダシティ側に出るとあるぜ」

サトシ「だのに俺達は今! 山頂の岩に座っている! どういう訳だ、エェ!?」

沙亜夜「どういう訳もなにも……」

沙亜夜「私だってサトシさんの期待に応えようと頑張ってるんです!」

サトシ「過程より結果なんだよアホ! んじゃ聞くがよ、お前がポケモンバトルでガブリアスのHPを赤になるまで削ったとする」

サトシ「でも最後の最後で窮鼠猫を噛む、ガブリアスの地割れにテメーは倒れた! おい、これはどっちの勝ちだ。テメーか?」

沙亜夜「あーあーもうゴチャゴチャ言うなやかましい! サトシさんと旅を始めてからストレスだけが積もりに積もって…もう私限界です!」

サトシ「積もりに積もって? まだ一日や二日の付き合いだろ、馬鹿なんじゃねぇのコイツ?www」

沙亜夜の白い顔が憤怒で紅潮した。

沙亜夜「ジュンヤさんのもとに帰ります! さよなら!」

サトシ「えっ」

サトシ「どういうことだよ、それ」

沙亜夜「言葉通り、サトシさんと絶交しマスターに会いに行くんです」

サトシ「ジュンヤは今レッドを探しに全国を回ってる。加えてあいつは沙亜夜を俺に託したんだ! 俺には扶養義務がある!」

サーナイトは一瞥もくれず、砂利だらけの山道に足を踏み入れた。
どうやらサトシと本気で別れるつもりらしい。

サトシ「待て! 待ってくれ沙亜夜!」

サトシの声は悲壮感を帯びていた。

サトシ「アタッカーとしてお前が必要なんだ。沙亜夜抜きで、どうやってこっから先ジム戦を攻略すりゃいいんだよ!」

実際、沙亜夜の存在は現在のパーティーには無くてはならないものだった。
ホテル探しや金品その他の管理も、サーナイトが全て一人で承っている。
折角得た貴重な人材を、序盤で失うわけにはいかない。
猫撫で声で必死に繋ぎとめようとする。

サトシ「な、沙亜夜。賢明なお前なら分かるだろ? ゴミとサナギだけで飯は食ってけないんだよ」

沙亜夜「……もう沙亜夜と呼ぶのはやめてください。私はもうあなたのポケモンではありません」

サーナイトの返答は極めて辛辣で、声もまた冷ややかだった。
ここ最近のサトシの横暴ぶりに心底呆れ果て、失望していたのだ。
逃げ出したくなる気持ちも一理ある。

サトシ(クッ! かくなるうえは、スティールボールで無理矢理ボールに閉じ込めるしかねェッ!!!)

フライゴミ「ナック!」ガリッ

サトシ「あ、フライゴミッ! ボールに噛みつくんじゃないッ!! おいやめろ無能、ミソほじくって食うぞ!」

そうこうしている間に、サーナイトは山頂から谷間へとサッと跳躍し、サトシの目の前から姿を消してしまった。
炎の爆ぜる音を省いて、完全なる静寂が場を支配した。

サトシ「お前のせいだぞ、フライゴミ。あいつを追わねばならない理由ができちまっただろうが」

サトシ「ったく、ズバットの群れに遭遇したらどうすんだよ。フェアリータイプの沙亜夜にはちと厳しい夜になりそうだぜ……」

ひとまずハナダシティへ行こう。
サトシと別れたサーナイトは、その思いを胸に滑りやすい砂利道をひたすら駆けていた。
夜気に当たり冷静になってきたのか、後悔の念が彼女の中に芽生えていた。
少し言い過ぎたかもしれぬ。
しかし、今から戻るのは自分のプライドが許さない。

沙亜夜「ハナダシティでサトシさんと合流しよう」

それがサーナイトの出した結論であった。

不意に、沙亜夜が足を止めた。
鎖帷子を着た二人の男が、何やら怪しげな会話を交わしている。
彼らの傍らには、若草色をした色違いのウツボットが少しの塵埃も見逃さぬと、双眸を炯炯と輝かせており到底素通りできる雰囲気ではない。
サーナイトは岩の影に身を潜めて、男達の会話を聞くことにした。

プラズマ団したっぱA「やけに辛気臭い場所だな。本当に『いでんしのくさび』とやらがあるのか?」

プラズマ団したっぱB「伝承にはかつて、キュレムの潜在能力を畏怖した人類が、おつきみやまの頂上に『いでんしのくさび』を埋め、未来永劫他人の手に渡らぬよう封印したとある。ゲーチス様もそれをお探しだ」

プラズマ団したっぱA「はは、我らが頭領も遂に呆けなさったか。全世界の改造ポケモンを抹殺するのに、改造ポケモンを用いるとはな。本末転倒とはまさにこのこと」

プラズマ団したっぱB「毒を以って毒を制す。キュレムなら後で科学班が上手く処理するさ。我々は与えられた任務を、無駄口叩かず淡々とこなしさえすればよい」

プラズマ団したっぱA「ふん……腑に落ちねぇが、ぼちぼち作業を始めるとするか。おい、そこのオニドリルを持ってきてくれ。ドリルくちばしで掘削するから」

オニドリル「ギュイイイイン」ズガガガ

プラズマ団したっぱA「ヒュウ! 良い仕事するねぇ奥さん」

プラズマ団したっぱB「黙ってやれ、同じプラズマ団員として恥ずかしい」

沙亜夜(改造ポケモンの抹殺……!? 早くサトシさんに知らせなきゃ!)ガサッ

プラズマ団したっぱB「何奴!」

雷轟の如き誰何と共に、ウツボットの背中から伸びた蔦が鞭の様にしなり、沙亜夜の隠れている岩を撃砕した。
追撃の如く炸裂したヘドロ爆弾によって、山頂が黒煙と毒の瘴気で充満する。
二つとも沙亜夜は身を低くし直撃せずに済んだが、タイプの相性的にウツボットは闘いを避けたい相手であった。

沙亜夜(サトシさんもマスターもここにはいない。私だけでなんとかしないと!)

プラズマ団したっぱA「どうした、いきなり大声出して。変なモンでも食ったか?」

プラズマ団したっぱB「……いや、岩陰から何者かが我々を覗いていた気がしたのだよ」

プラズマ団したっぱA「ハハハ! 馬鹿言うなって、こーんな真夜中に山をほっつき歩いてる酔狂者なんざ俺らしか……」

彼の言葉はこの時点で永久に凍結された。
黒煙に紛れ跳躍してきた沙亜夜により、その喉を握り潰されたのだ。
哀れなテロ組織の末端兵士は口から赤黒い血を吐いた後、漆黒の谷底へと消えていった。

プラズマ団したっぱB「貴様……もしや改造ポケモンか!」

低く呻き、沙亜夜を睨みつける。
腰に携えていたボウガンを構え、友を惨殺したサーナイトに狙いを定めた。
もはや紳士的な表情は、その顔から露と消えている。

プラズマ団したっぱB「悪魔め! ブッ殺してやる!」

放たれたボウガンの矢を寸前で掴み取ると、沙亜夜はそのまま団員の足へ突き刺した。
小さくジャンプし、鎖帷子で守られた頭へかわらわりを叩き込む。

プラズマ団したっぱB「ウッギャアアアア!!」

彼の頭部はV字型に変形した。
両耳から赤黒い血が、霧吹きのように勢いよく噴き出す
月光の中を一直線に駆け上る敵の甲高い断末魔は、夜闇を一層濃くしたように思えた。

沙亜夜「人を……人を殺してしまった!」

沙亜夜は愕然とした。
ポケモン同士が魂をぶつけ合ってこそ、ポケモンバトルは意味を成す。
トレーナーを殺してしまっては、ただの殺人にしかならない。
たとえそれが正当防衛であったとしても、人間の刑法はポケモンには適用されないのだ。
害獣認定の後、保健所に送られるのがオチである。

沙亜夜「ど、どどどうしよう!」

両腕で頭を抱え、うずくまったサーナイトの首に蔦の先端がチクリと刺さった。
咄嗟に蔦を掴み引っ張るも、返しが付いているのか全く抜ける気配はない。
茎の管を通り、ウツボット特製の神経毒がサーナイトへ注ぎ込まれた。

沙亜夜「あうぅ……」

沙亜夜「人を……人を殺してしまった!」

沙亜夜は愕然とした。
ポケモン同士が魂をぶつけ合ってこそ、ポケモンバトルは意味を成す。
トレーナーを殺してしまっては、ただの殺人にしかならない。
たとえそれが正当防衛であったとしても、人間の刑法はポケモンには適用されないのだ。
害獣認定の後、保健所に送られるのがオチである。

沙亜夜「ど、どどどうしよう!」

両腕で頭を抱え、うずくまったサーナイトの首に蔦の先端がチクリと刺さった。
咄嗟に蔦を掴み引っ張るも、返しが付いているのか全く抜ける気配はない。
茎の管を通り、ウツボット特製の神経毒がサーナイトへ注ぎ込まれた。

沙亜夜「あうぅ……」

毒の作用により、手足が痺れ自由に動かない。
さらに雪花の如く白い顔に、紫色の斑点ができ始めた。
ウツボットの『どくどく』は毒と麻痺作用、二つの特性を持つ。
動けなくなった獲物を手繰り寄せ、溶解液で溶かしながら頂くのがウツボット界で最もメジャーな食事方法だ。
脚に蔦が絡みつき、ウツボットへの距離が徐々に縮まっていく。
朦朧とする意識。
狭まる視界。

沙亜夜(もう……終わりなのかな……人殺しのポケモンだから……生きていても……意味……)


???「ヴォイ! ウツボットテメェ! 俺のポケモンに何してやがるッ!!」

沙亜夜(……え?)

???「動くな沙亜夜! 今そっちに行く、力尽きるんじゃねェぞッ!」

沙亜夜「サ……トシ……さん?」

半ばトランセルのスピードに引きずられる様に走り出したサトシは、近くの岩盤を踏み台にしてウツボットの目前へ躍り出た。
溶解液を巧みにかわし、口の部分を乱暴に引っ掴む。
竹が割れるような音を立てて、蔓は根元から切断された。

ウツボット「ピギィィィ!」

ウツボットの不幸は、蔓を切断されただけに止まらない。
地中に潜行していたナックラーがボロボロに噛みちぎられた根と共に顔を出し、誇らしげに一鳴きしたのだ。

サトシ「なるほどね」

サトシ「根を張って傷をチマチマ癒す魂胆だったのだな。狡猾にも程があるぜ!」

サトシ「テメーのご主人は余程性格の悪いゲス野郎だったのであろうな! ペッ!」

サトシ「ともあれお手柄だぞフライゴミ! うっーし、一気に破壊光線でカタをつけるぜ!」

フライゴミ「ナック!」ウキウキ

ウツボット「や、やめて……やめてくださ」

サトシ「成☆敗ッ!!!」

破壊光線はウツボットの眉間を見事捉え、そのまま貫通した。
ウツボカズラの死骸を見るまでもなく、サトシは猛毒に苦しむサーナイトに駆け寄った。

サトシ「大丈夫か、沙亜夜!」

サトシはボールを取り出し、戻そうと中央のボタンを押したがまるで反応しない。
フライゴミが噛みついた時に、ボールの拡大機能が故障してしまったのだ。
サトシはボールを投げ捨て、力の無いサーナイトを背負った。

サトシ「仕方ない、沙亜夜を背負ってハナダシティまで峠越えだ! フライゴミ遅れんなよ!」

山の気候は移ろいやすい。
ポツポツと小雨が降り始め、たちまち無数の糸が天と地を繋いだ。

サトシ「戻れ、フライゴミ! 地面タイプのお前にゃ雨は似合わねぇぜ!」

道中、血の匂いを嗅ぎつけたズバットの群れに襲撃されたり、座った岩がゴローンであったりと災難に絶えなかった。
それでもサトシは、サーナイトを決して放り出しはしなかった。
土砂降りの中、何故ここまで必死になって自分を見限ったサーナイトを運んでいるのか。
それはサトシ自身にも分からない。
ただ、打算によるものでないことは明らかだった。
無意識の内に、サーナイトを助けようという感情が芽生えていたのだ。

サトシ「博士の言ったことがようやく分かりかけてきた気がするぜ……」

どれくらい歩いただろうか、斜面は緩やかになり、砂利道は舗装された道になっている。
それはハナダシティが近いことを暗にほのめかしていた。

ハナダシティのポケモンセンターに到着したサトシは、サーナイトをジョーイに託した。
手持ちポケモンが奥の部屋へ担ぎ込まれるのを見ながら、サトシは汗にまみれた顔で問うた。

サトシ「ウツボットの毒にやられたんです。助かりますかね、ジョーイさん!」

ジョーイ「すぐに解毒剤を投与させて頂きますが、後遺症が残る恐れも……」

サトシ「後遺症だって!? そんなに病状は深刻だってのかァ!?」

ジョーイ「まぁ、ウツボットの毒はアーボックやベトベトンを凌ぐ猛毒で有名ですからねぇ」

ジョーイ「むしろ息があること事態、奇跡に等しいのですよ」

サトシ「グッ……!」

淡々と語るジョーイと対照的に、サトシは苦虫を噛み潰した様な表情をしている。
自分の無力さを呪っても、沙亜夜の毒が抜けるわけではない。
時計は午前三時を告げ、無性に人恋しくなったサトシはPCでSkypeを起動した。

オーキド「おお、サトシ君! こんな夜更けにどうしたのだね」

サトシ「博士、前に言いましたよね。トランセルを俺に渡した意味。ただの暴力兵器ではないってこと」

オーキド「ふむ……サトシよ。精悍さが以前より一段と増しておるな。遂に真意を悟りおったか……」

サトシ「ただ物を奪うだけの矛でなく、弱者を守る盾として使え。博士はそう仰りたいのでしょう?」

サトシ「手持ちのサーナイトがウツボットに襲われているのを助けたんです。沙亜夜を守ること以外、何も考えていなかった……」

サトシ「でもあいつは今、毒で瀕死なんです。結局俺は、サーナイト一匹すら救えなかったんだ」

オーキド「まだ死亡したとは宣告されてなかろう。ならばできるだけ傍にいてやれ。それがサーナイトの救いへと繋がるのじゃ」

オーキド「時にサトシ君、約束通りトランセルをメガシンカさせる『トランセルナイト』を進呈しようと思うのじゃが」

オーキド「サーナイトの毒抜きが済んだら、マサラタウンに戻ってきてもらえるか?」

サトシ「済みません、ハナダシティに着いたからにはジムリーダーとバトルしてからでないと」

オーキド「ふむ……わしにしね と いうんだな!」

サトシ「は!?」

オーキド「いや、ちとメガシンカの研究で失敗してしまってのう……今研究所がポケモンで溢れかえっとるんじゃ」

サトシ「メガシンカですって!?」

オーキド「そうじゃ。プラターヌの奴から貰ったレシピで挑戦してみたのじゃが……あやつ、デタラメ書きおって」

サトシ「大丈夫なんですか!?」

オーキド「倉庫に何重も鍵をかけてポケモンの侵入を防いでいるのじゃが……朝までもちそうにない」

サトシ「シゲルはどうしたんです?」

オーキド「あんなモン、連絡つかんから捨て置いたわ!」

オーキドは両手を合わせ、頭を下げた。
相当事態は逼迫していると見える。

オーキド「助けてくれ! わしァここで死ぬわけにゃいかんのじゃッ!」

自業自得ではないか、とサトシは呆れたが画面の隅に映る奇妙な生物に瞠目した。
薄闇に紛れ、カイリキーの身体を持ったルナトーンが腕組みをして控えている。
背後から感じる殺気と、サトシの表情に異変を察知したオーキドは小声で囁いた。

オーキド『とにかく、早く戻って来てくるのじゃぞ。わしがオモチャにされて死んでしまわない内にな』

サトシ「は、はぁ……」

メガルナトーン「オイオーキド、オレトアソベ」

次の瞬間、オーキドの身体が吹き飛びカイリキーの拳が画面一杯に映った後、砂嵐へと変化した。
サトシとしては、オーキドの無事をただ祈るばかりであった。

~三時間後~

安らかな寝息を立てているサーナイトの傍に、サトシは座った。
ウツボットの毒がほぼ抜けたと聞き、顔を見ようと馳せ参じてきたのだ。
一晩中眠らなかったのか、目元に黒い隈が浮かんでいる。

サトシ「あー……えっと……」

うまい言葉が見つからず、サトシは天井に目を泳がせた。
そもそも、人生経験の少ない十歳の鼻垂れ小僧ごときに深みのある言葉を語らせよう、ということ事態間違っているのである。
気まずい雰囲気を打ち消すように、サトシは口を開いた。

サトシ「……沙亜夜、わがままばっか言ってごめんな」

サトシ「俺が至らなかったばかりに、お前の気持ちにちっとも気づいてやれなかった」

サトシ「努力するよ、俺。沙亜夜の期待に応えられるような、ジュンヤに負けないトレーナーにきっとなってみせる」

サトシ「だから、これからも俺と一緒に頼れる友としてカントー地方を旅して欲しい」

サトシ「沙亜夜の力が、どうしても必要なんだ……」

サーナイトを背負い峠越えした疲労と、彼女の命が救われた安堵感とでサトシはベッドに突っ伏して寝てしまった。

暫くして、ベッドに横たわっているサーナイトがゆっくりと瞼を開けた。
身を起こし、爆睡中の少年を見つめる。
細い腕がサトシの髪へ伸び、優しく撫でる。

沙亜夜「……もう、二度目は無いですからね。サトシさん」

サーナイトの慈愛に満ちた声と、窓から差し込む柔らかな日光、そして小鳥のさえずりが病棟の一室に柔らかな聖域を生み出していた。

「ギャアアアア!」

施設内に、ポケモンの断末魔が反響する。
改造キュレムが『食事』をしているのだ。
秘密宗教結社・プラズマ団本社の地下には、養殖場が広がり一日に一万匹もの改造ポケモンを生み出している。
生み出されたポケモンはすぐさま冷凍処理され、キュレムの食卓に並ぶ日を寒々しい冷蔵庫内で待つこととなる。
何のために生まれて、何をして生きるのか。
そんな簡単なことも答えられない不幸な改造ポケモン達は、蜜蝋の様に固められ鋼鉄の壁を眺めるばかりであった。

ゲーチス「……これで何匹目だね?」

ロット「今ので十万匹目でございます」

ゲーチス「……ロット。貴様は怖くないかね」

ロット「怖い?」

ゲーチス「これだけ多くの命を吸い、成長したキュレムがいかほどの力を発揮するか……想像しただけでもぞっとする」

ゲーチス「だが、同時にそれは甘美極まる夢でもあるのだよ」

ゲーチス「ワタクシの王国! ……なんとも素晴らしい響きではないか」

ゲーチス「イッシュ地方ではどこの馬の骨とも知らぬ小僧と愉快な仲間達に邪魔されたが、カントー地方ではそうはいかぬ」

ゲーチス「ゆけ、ロット! 改造ポケモンを更に集め、キュレムの力を増幅させるのだ!」

ロット「ハッ!」

ゲーチスの片腕・七賢人ロットは一礼をした後、その長い白髭を揺らしながら暗闇へ溶けていった

翌朝、薔薇色に染まるおつきみやまを背に、一人の少年と三匹のポケモンがジム前でウォーミングアップに励んでいた。
ちなみに昨夜、フライゴミがナックラーからビブラーバへひっそりと進化している。
幼児程度の脳みそも発達を遂げ、改造ポケモンらしく話すことが可能になった。

サトシ「フライゴミ! 早く沙亜夜に竜の怒りをブチかませ!」

フライゴミ「嫌だし。てかなんでボクがそんなんやらなアカンの? 普通なら沙亜夜さんの方を重点的に鍛えますよねェ~」

サトシ「これは沙亜夜の回避訓練にも繋がるんだ。それに俺も眠いのをおして監督している。進化したからって増長するなよな」

フライゴミ「ふん。大体ね、竜の怒り”ごとき”でジムリーダーに対抗するなんて、最強のポケモンであるボクからすれば不本意極まるんスよねェ~」

フライゴミ「亜空切断とかエアロブラストとか考え直す余地あったよねェ~いやほんとマジで」

沙亜夜「フライゴミさん、その竜の怒り”ごとき”さえちゃんと撃てない人が他の技を扱えると思いますか?」

フライゴミ「はい?」

沙亜夜「基本を積み重ねることで、応用にステップアップできるんです。まずは基本を固めましょう、フライゴミさん! ばっちこーい!」

フライゴミ「うわすげぇサトシに毒されてら。ポケモンにまで説教なんかされたくないし。あ~帰りて、家無いけど帰りて~」

沙亜夜「やる気がないなら私からいきますよ、かわらわり!!」ゲスッ

フライゴミ「ウボァ!!!」

進化をしたは良いのだが、能力を過信し鍛錬を疎かにする。
フライゴミのわがままぶりにサトシはかつての自分を見たのか、顔をしかめて嘆息した。

サトシ「んじゃ、そろそろお邪魔といくか」

一通りの訓練を済ませたサトシは、ジムの扉をゆっくりと開いた。
隙間から血の臭いが流れ、鼻を刺す。
室内はまるで夜の帳が下りたかの如く闇に包まれ、人がいる様子もない。

サトシ「な、なんだよこれ……」

赤黒い血がプールに溜まり、一匹のポケモンがうつ伏せに浮いていた。
プールサイドには頭を割られ天井を仰ぐヌオーと、黒焦げの『ポケモンだった物体』が二つ、物を言わず佇んでいる。
あまりの惨状に、サーナイトは思わずサトシにしがみついた。
サトシさえも息を飲み、目の前に現れた想像を絶する光景を凝然と眺めるしかない。

フライゴミ「お、壁になんか書いてあるぜ」

ビブラーバが壁のある一点へ飛んでいき、サトシ達に示した。
血文字で『RED』と荒々しく書き殴られている。

サトシ「レッドか!」

乾ききっていないせいか血が垂れ、文字として読むには辛かったがサトシはそうはっきりと感じた。

サトシ「コクーン使いのレッド……なるほど。このジムもタケシと同じく奴に道場破りされたんだな」

沙亜夜「あのプールに浮いてる子、きっとスターミーですよ。ああ、可哀想に……」

サーナイトの悲痛な声に、サトシは歯を食いしばり壁の血文字を睨みつけた。

サトシ「こんなのポケモンバトルじゃねぇ……! ただの殺し合いだッ!」

思えばサトシ自身も、これまで数々のポケモンを残酷な方法で屠ってきた。
殺戮という点では全く同じではないか。
レッド、そして自分に対する怒りの感情を抑えることができず、サトシはポケットにさしていたトランセルを勢い良く地面に叩きつけた。

沙亜夜「サトシさん、これブルーバッジじゃないですか?」

血みどろのプールサイドから、サーナイトが雫の形をしたバッジを拾い上げサトシの掌に乗せた。
しかし彼の顔は晴れない。
戦わずにバッジだけをGETするなど、まるで獅子のおこぼれを喰らうハイエナの如き醜悪な所業である。
流石のサトシも、バッジを見つめたまま固まってしまった。

サトシ「けど……俺は……」

このままでは正々堂々たる勝負を重んずるポケモン道と、まるっきり正反対の方向へ舵を切ってしまう。
バッジを戻そうとしたサトシの手を、若草色の手が優しく包む。

沙亜夜「サトシさんの気持ちは分かります。でも、返したところで全てが元に戻るわけじゃない」

サトシ「じゃ、じゃあどうすればいいんだよ」

沙亜夜「ここは一旦バッジを預かっておくことにして、後日どこかでジムリーダーを見つけたら、改めてバトルを申し込みましょう」

フライゴミ「そうそう、過ぎたことをウダウダ考えてもどうにもならないってこったね」

サトシ「過去を悔やんでも、無駄ってことか……」

フライゴミ「さっさとこんな陰気臭い場所、オサラバしようや。ボクお腹ペコペコだよ」

沙亜夜「あ、ジムの向かいにあるラーメン屋さん美味しいですよ! ラルトスの頃よくジュンヤさんに連れて行ってもらいました」

サトシ「……よし! オーキド博士救出の前にそのラーメン屋で腹ごしらえすっか!」

沙亜夜「そーしましょー! うふふ、楽しみだな~♪」

サトシ「ブルーバッジ、KEEPだぜィ!」

フライゴミ「あー腹へったわー」

どこまでも立ち直りの早い三人組であった。
こうしてジムリーダーと戦うことなく、サトシの胸に二つ目のバッジが燦然と輝いたのである。

店主「らっしぇい! 嬢ちゃん大きくなったねぇ!!」

沙亜夜「いえいえ、おじさんも若々しくて羨ましいですー。こちらサトシさんで、私のマスターです」

サトシ「ちっス」

店主「肝が据わってそうな好青年じゃないか。うむ、良し!」

店主「ところでジュンヤ君はどうしたね? 今日は見えないけど」

沙亜夜の表情が曇った。

沙亜夜「あ……その……ジュンヤさんは」

サトシ「すみません、醤油ラーメン三ついただけますか。積もる話もあるだろうが、こちとら腹の虫が泣き叫んでるんでね」

フライゴミ「うぇーん、お腹すいたよー」

店主「フッ……確かに無駄話は腹の足しにならんもんな。席について待ってな!」

カウンター席に座ったサトシは、かつての友・ピカチュウのことを考えていた。
フラッシュも使えない邪魔な奴。
それだけの理由で、トキワの森まで連れ添ってきたピカチュウをパーティーから追放した。
果たして、それは正しい選択だったのか。
フライゴミと同じく磨けば光る原石だったのではないか。

サトシ「オイオイ、過去に執着しても意味はないとフライゴミに指摘されたばかりじゃねぇか……」

自嘲的に呟くと、サトシは隣に座るサーナイトに声をかけた。

サトシ「ああそうだ、次の町へ行く前に沙亜夜に渡したい物があったんだ」

沙亜夜「プレゼントですか?」

サトシ「まぁ、近いかな……っと」

サトシがバッグから取り出した物は、何の変哲もないディスクであった。
ピンク色の表面に小さく『99』と刻まれている。
困惑するサーナイトに、サトシはややぶっきらぼうに言った。

サトシ「技マシン99、マジカルシャイン。そろそろ沙亜夜にもドラゴン狩りをしてもらいたくてな」

サトシ「ひっそりamazonで注文して昨夜、お前が寝てる間に受け取ったわけよ」

沙亜夜「いやでもこれ特殊技……」

サトシ「元々サーナイトは特殊アタッカーだろ? オーキド博士に頼んで沙亜夜の特攻種族値を500底上げしてもらうさ」

沙亜夜「……ちなみにお幾らしました?」

サトシ「8000ちょい」

沙亜夜「こ、このばかぁっ!!!」

沙亜夜「私に黙って高い買い物しちゃダメと言いましたよね!? サトシさん際限ないからって!」

サトシ「は?聞いてねぇわ。すまんな」ホジホジ

沙亜夜「すまんで済むなら警察は要りません! どうするんですか、残金……」

言葉が終わる前に、ピンク色のディスクがサーナイトの頭へめり込んだ。
通常種と異なり、改造ポケモンは技マシンを直に脳へ差し込まねばならない。
レベルで覚える技を繰り上げて使用可能にするのだから、その分痛みもリスクも格段に高まる。

サトシ「返品不可らしいし、一気に覚えちまおうぜ」

沙亜夜「ちょと待って、あ痛だだだだ! 脳が裂ける! 脳が裂ける!」

サトシ「脳が裂けようが死にゃしねぇ! 根性見せろや未来のドラゴンスレイヤー!!」

沙亜夜「痛い痛い! やめて!」

サトシ「うるせぇ!これは試練なんだよッ! テメェが一人前の戦士になるためのよォ!」

沙亜夜「また意味不明なこと言ってるぅ……うぐぐぐ」

サトシ「今ある技はかわらわりにあてみなげ、とびひざげりとインファイトか」

サトシ「決めた、かわらわり消すわ。威力低いし、攻撃範囲も狭いからいらねー」

サトシ「オラァ!!」

橙色のディスクが無造作に引き抜かれる。
激痛にサーナイトが身を苦しげに捩った。
マジカルシャインの習得後も鈍痛が残るのか、涙目で頭を抱えている。

沙亜夜「あぁ痛かった。死んじゃうかと思いました……」

店長「ははは、乱暴な主人持って嬢ちゃんも災難だねぇ。お待たせ、醤油ラーメン3丁完成だよ!」

沙亜夜「ありがとうございます! サトシさん、早く食べましょう! う~ん、懐かしい香りが鼻をくすぐります!」

無秩序と暴力の日常。
少しだけ垣間見えた幸福のひととき。
普段眉を吊り上げ気味なサトシも、この時ばかりは笑顔で麺を啜った。
フライゴミことビブラーバに至っては、がっつくあまり自らがラーメンの具のようになってしまっている。

沙亜夜「おじさん、また来ますねー!」

店長「おう、ありがとさん! 今度はジュンヤ君も連れてくるんだよ!」

ラーメン屋を後にしたサトシは、自転車ショップへと足を運んだ。
ハナダシティの自転車ショップでは一回きりだが、マッハ自転車あるいはダート自転車のどちらかを無料でレンタルできる。
マサラタウンでの仕事をさっさと片付けたいためロケットエンジン搭載、最高時速150kmを誇る超高速マッハ自転車をサトシは選ぶことにした。
試乗の後、強張った面持ちで一言。

サトシ「こいつはすげぇや……ちょっとバランス崩しただけでミンチになりそうだぜ」

自転車と称しているが、その実はもはやバイクと言っても過言ではない。
少しの油断が肉体的にも、社会的にも大惨事へと繋がる。

サトシ「沙亜夜も自転車乗るか?」

沙亜夜「いえ、足腰を鍛えるために遠慮しておきます。フライゴミさんも適当に飛んできますから、お気になさらず」

サトシ「よっしゃ! 人騒がせな爺さんのため、ロケットサイクリングと洒落込むか!」

漕ぎ出したサトシの後ろ姿を、物陰より眺める一つの影があった。
黒い尻尾を持つそれは、ヒョウの如きしなやかさで屋根に上り姿を消した。

おつきみやまの中腹は山頂とは違い比較的なだらかで、道も舗装されている。
路傍で歌うキレイハナやフラエッテの群れがなんとも和やかで可愛らしく、顔に当たる涼風も心地良い。
遠景の入道雲が初夏の到来を感じさせる。
ロケットエンジンを使わずに、サトシはごく普通のサイクリングを楽しんでいた。

フライゴミ「ぐぅ……ぐぅ……」

沙亜夜「あら、フライゴミさんたら寝てますよ。かわいい♪」

サトシ「右肩がやけに重いと思っていたら、やっぱコイツだったか」

進化に比例して体重も増える。
フライゴミが少し重く感じていたのだ。
だが、それも成長の証だとサトシは割切ってペダルを漕いだ。

道の半ばあたりで、二人は足を止めた。
前方に何者かがいる。
それも少人数ではない、見積もって20~30人。
全員ギャロップやキリンリキに乗った、いわゆる『騎馬兵』である。
鎖帷子に身を包んだ十字軍風の姿に、サーナイトが思わず悲鳴をあげた。

沙亜夜「サトシさん! あれ避けた方がいいです、プラズマ団とかいうテロ集団ですってきっと」

サトシ「プラズマ団? 聞いたことねぇな。ただのコスプレ集団と違うの?」

必死に迂回しようと訴えるが、サトシは近道はこっちなんだ、と聞かない。
愚かにもプラズマ団の輪へ正面から突入してしまった。


「そこの小僧、止まれ!」

輪の中心へ突入したため、案の定サトシは呼び止められてしまった。
いかめしい顔が少年を取り囲む。
その中で、金鎧鉄甲に身を包んだ老人が一歩駒を進めた。

ロット「おやおや、これは運が良かったぞ。どうやら目当ての物に出会えたようだ」

サトシ「目当て? 俺が目当てなのかい? 爺さんよ」

超然としているサトシと対照的に、サーナイトは青ざめた顔であたふたしている。
右腕を水平に伸ばし、ロットは鼻で笑った。

ロット「この者が教えてくれたのだ。部下を殺した小僧とサーナイトがハナダシティに滞在しているとな」

老将の右腕にオニドリルがとまる。
惨劇の一部始終を見た後、ロットの元へすぐに報告しに行ったという。
部下を二人失い、且つ『いでんしのくさび』も手に入らなかった。
いきり立ったロットは部下30人を連れハナダシティの外で待ち構えていたのだ。
事前にオニドリルを放ち、サトシ達の動向はしっかり把握済みである。

サトシ「人を殺したダァ? 確かにウツボットは殺ったが、人間はいなかったぞ」

サトシ「まさか」ハッ

サトシ「お前か、沙亜夜……」

沙亜夜「せっ正当防衛です! 私だって毒で死にかけたんですからおあいこです!」

サトシ「ほらみろ、お前が勝手に逃走したせいで面倒なことに巻き込まれたじゃねーか」

沙亜夜「逃げ出す原因を作ったのはどっちですか、もう!」

罪のなすりつけ合いほど醜い光景はない。
ロットは舌打ちの後、モンスターボールを宙へ投げた。
二匹の黒い犬が飛び出し、威嚇の低い唸り声をあげる。

サトシ「なんだあの犬コロ共は!?」

図鑑「グラエナ、かみつきポケモン。鋭い牙で噛みつきたがるポケモンのようです」

サトシ「んじゃ左のやけに威圧感のあるポケモンは!?」

図鑑「メガヘルガー。ダークポケモン」

単調な図鑑の声に苛立ちを覚える。
肩で寝ているビブラーバも呑気なものだ。
ドラゴンタイプの大技でプラズマ団を一掃してもらいたいが、竜の息吹もロクに撃てないポケモンに期待をするのも難ありか。

ロット「どちらにせよ、いずれ団の活動を脅かすであろう危険因子は排除せねばならん。幸い、最終兵器も飢えておる」

サトシ「最終兵器? なんだよそれ!」

ロット「王の復位を実現させるのに不可欠な……」

サトシ「だから! その最終兵器を見せろってんだよ!」

ロット「見たところで何になる。小僧、貴様の持っているサナギでは擦り傷さえ与えることはできぬぞ。無駄な足掻きよ……」

サトシ「そんなの、やってみなくちゃ分からんぜ」

沙亜夜「サトシさんの言う通りです! 下手な脅しなんて私達には効きませんよ!」

ロット「ぬうぅ……物分りの悪い豎子どもが……」

ロット「グラエナ、メガヘルガー。ゆけ! 小僧を噛み砕くのじゃあッ!」

涎を撒き散らしながら二匹の狂犬が踊りかかった。
トランセルに手をかけたサトシを、細い腕で制するサーナイト。

沙亜夜「ここは私にお任せを。速くマサラタウンへ自転車を飛ばしてください!」

サトシ「何言ってる! 自分だけ格好つけようったってそうはいかんぜ! 俺のトランセルもギンギン血を欲しているんだ!」

喚くサトシを無視し、サーナイトは自転車のハンドルにある赤いボタンを押した。
ロケットエンジンから凄まじい量の炎が噴射され、ペダルを漕がずとも勝手に車輪が回り始める。

おつきみやまの舗装された一本道を、ひたすら西へ驀進するマッハ自転車。
風を切って颯爽と走るその姿は、ややもすると俊敏なポケモンのように見えるかもしれぬ。
サトシは人間の子供だ。
時速150kmのバケモノ自転車を操る技量があるとは、到底思えない。
まったくその通りであって、彼は想像を絶するスピードにすっかり翻弄されていた。

サトシ「助けてくれーッ! こいつぁヤバいぜ! ちょいと小さな岩にぶつかっただけで、遥か前方に放り出されちまうーッ!」

ロット「そうか……ならば助けてやろう」

サトシ「ヌヌッ!?」

嗄れた声に仰天して彼が振り向くと、すぐ背後にまで迫る老将が視界に入った。
サーナイトを真っ向から打ち破り、ギャロップに乗って追いかけて来たのだろう。
ひのうまポケモンであるギャロップは、数秒で新幹線並みの速度に達する猛者である。
バケモノとはいえ、時速150kmの自転車に追いつくことなど朝飯前だ。
サーナイトの安否を気にしつつも、彼はトランセルをポケットから引き抜いた。
ロットもサナギラスを構え、臨戦態勢に入る。

サトシ「おい爺さん、俺とやろうってんなら止めた方がいいぜ。どうせ、脳天カチ割られて終わりだからよ」

ロット「冥土の土産として、このサナギラスについて教えてやろう。此奴はサナギポケモンと言われているが、実は岩と地面の複合タイプだ。つまり小僧、貴様のトランセルより……」

サトシ「来るかッ!?」

ロット「ウン十倍も硬ェッてことなんだよォォォ!」

老将の腕がうなり、脇腹を狙ってサナギラスを撃ち込んできた。
サトシはそれを辛うじて防いだが、剣撃の重さに内心、これは負けるかもしれないと弱気になってしまった。
心の隙を見つけたロットは、更に上から下からと縦横無人にサナギラスを振り回す。

何十合とも剣を噛み合わせている間に、いつしか平坦な道は峻険な崖に沿ったものとなっていた。
マッハ自転車を漕ぎながら、サトシは向かって左側にチラっと視線をやった。
車輪の弾いた小石が宙を舞い、奈落の底へと落ちていく。
反対側に顔を向ければ、砥石でサナギラスを研ぐ七賢人ロットが一人。
どうやら右に突っ込んでも死、左に突っ込んでも死、という絶体絶命の境地がここに展開されたようだ。
さらに彼を焦らせる者が、背後から迫っていた。

グラエナ「ワンワン! ワン」

メガヘルガー「ギャンギャン!」

サトシ「ロットの放ったクソ犬が迫ってやがる……沙亜夜の野郎、マジで何をやってんだ」

ロット「小僧! わしがギャロップの鞍上にあるのを見て、マッハ自転車を降りようと考えたろう」

サトシ「グッ! 図星だぜ……」

ロット「そうすれば、右隣の崖を登ってわしをやり過ごすことができる。わはは! 当てが外れたな」

サトシ「おうよ……マッハ自転車を今とめたら、確かに俺はクソ犬どもに肉を食いちぎられるだろうさ」

サトシ「だから俺は、自転車を『止めずに』テメーの手から逃れる方法を思いついたのよ!」

サトシの視線は前方にあった。
崖沿いの道が、二つに分かれている。
この分岐点を彼は最大限に利用するつもりなのだ。

サトシ「トランセル! 地面に破壊光線だッ!」

ロット「阿呆が! そんなことをしたところで無駄じゃ!」

サトシ「コスプレ団の爺さんよォ、ちょいと頭がお固いんじゃねぇの! もっと脳ミソ柔らかくしな!」

トランセルの口を下へ向け、威力150の超強力エネルギー砲を撃ち放つ。
その反動でサトシは自転車ごと、宙に吹き飛んでいた。
方向、高度、どちらも良し。
上手く着地できたなら、ロットとは別の道を走ることができる。
分岐器が上手く作用して、暴走トロッコの路線から抜け出せた客車といったところか。
あとは隣の路線を走るプラズマ団の幹部を、遠くから狙撃すればよい。

ロット「貴様ァ! 正々堂々と戦わんかい! 離れるとは卑怯だぞ!」

サトシ「ポケモン道に卑怯もクソもねぇ。目の前の敵を斃せば、それで万事オッケーなのよ!」

ロット「善き哉、善き哉……我が相手として不足なし!」

ロットは唇を強く噛みしめ、湧きあがる激情を吐き出すように命じた。
ギャロップの馬腹を何度も蹴り、サトシの先を行こうと必死である。

ロット「サナギラス! 悪の波動で小僧を怯ませよ!」

サトシ「鉄壁で跳ね返し、ギャロップの脚に糸を巻き付けろ。もうサナギラスとジジイには構うな」

弾丸ポケモンの小さな体から放たれた、見る者も震わせる悪意の波動。
それをサトシは軽々と鉄壁で打ち流す。

サナギの口から伸びた糸は、蛇のようにくねくね曲がりながらギャロップの前脚に絡みついた。
つんのめったギャロップは、勢いを止められずそのまま崖から転落する。
空中でなく地面に放り出されたのが、ロットにとって不幸中の幸いと言えるだろう。
それでも諦めの悪い老人は、後から来たメガヘルガーの背に飛び乗った。

ロット「メガヘルガー! グラエナ! なんとしても小僧をひっとらえよ! わしの手で殺さねば、気が済まぬ!」

サトシ「なんつージジイだ……。落馬しておきながら、まだピンピンしてやがるぜ」

ここでサトシは、右肩の上で眠っているビブラーバを掴んだ。
叩いても一向に起きないので、耳元でがなりたててみる。

サトシ「おい、フライゴミ! さっそくお仕事だぞ!」

フライゴミ「な、なんだよ……ボクが仕事嫌いなの、サトシは十分知ってるはずだぜ~」

サトシ「知ってるさ! けどこれは仕事じゃないぜ! れっきとした殺し合いだ! 殺らなきゃこっちが死ぬ!」

フライゴミ「トランセルだけでなんとかならないの~?」

サトシ「なってたらお前なんぞ起こさないぜ! いいか、あのヘルガーに乗ってるジジイを竜の怒りでブチのめせ!」

フライゴミ「ええ~めんどくさ」

サトシ「やれと言ったらやれ! 俺のトランセルじゃ射程が届かねぇんだ!」

ビブラーバは渋々、サトシの肩を離れた。
ゆっくりと近づく彼の存在をロットも認めたようだが、さほど気に留めていない。
対象をサトシ一人に絞っているためだ。
代わりに、ヘルガーの後ろを走るグラエナがビブラーバに飛びかかってきた。

技名はおそらく『かみつく』であろう。
グラエナ本体と同じ悪タイプの技で、属性一致効果により、威力が半分増している。
しかし、改造していなければ、まだビブラーバでも耐え切れる範疇だ。
ビブラーバはあえてグラエナを胴体に噛みつかせ、痛みに耐えながら旋回して、近くの岩にグラエナを叩きつけた。
鞠のように跳ね飛ぶ、プラズマ団の番犬。

グラエナ「グワッ!?」

フライゴミ「おまけだぜ。受け取っときな」

首を激しく振って起き上がった漆黒の犬へ、続けざまに超音波が放たれる。
平衡感覚を司る神経が乱されたグラエナは、泥酔したかのような、ふらふらした足取りで崖の下へ落ちていった。

フライゴミ「あばよ~ワン公」

一旦ここまで

グラエナを瞬殺したビブラーバは、次にロットを標的と定めた。
メガヘルガーは相性としては有利なのだが、なにぶんメガシンカをしているし、改造を施されているやもしれぬ。
危険な橋を渡るより、その背に乗っている人間を狙うことに決めたのである。

フライゴミ「んじゃ、いきますかね〜」

ビブラーバは葉っぱのような羽を振動させて、ロットの遥か頭上へ舞い上がった。
互いを牽制しつつ道を並走する二人が、まるで豆粒みたいに小さく見える。
カシャ、カシャ、と響くシャッター音。
これはビブラーバが複眼より出す特殊な電波を使って、獲物の一番柔らかい部位を探る音だ。
サトシを斃すことで躍起になっていたロットが、そんな微小な音に気づくはずがない。
そしてビブラーバのファインダーは、敵の弱点をしっかり映し出していた。

フライゴミ「腕と腹ねぇ〜。ジジイのだらしない贅肉を、最強ポケモンであるボクに撃たせようってのかい。ほんっとムカつくなぁ〜」

フライゴミ「大体サトシの奴も、ボクがナックラーだったのを良いことに生ゴミ扱いしやがって。それに脇役云々の話も聞いたなぁ〜。サーナイトも妙に暑苦しくて気に入らんし〜。ああもう、何もかもムシャクシャするよ〜!」

ビブラーバは全身をぶるりと震わせ、日頃から溜まっているストレスを発散するかのように、青色の衝撃波を撃ち放った。
ソニックブームは数匹の細長い龍へと姿を変え、それぞれ回転しながら疾風怒濤の勢いでロットめがけて急降下してゆく。
ゲーチスの片腕と謳われた、さしものロットも今度ばかりは対応が遅れてしまった。
老将の左腕にワシャワシャと群がり、氷柱のような鋭い牙を突き立てる龍達。
たちまち籠手に亀裂が入り、中から真っ赤に焼け爛れた皮膚が顔を覗かせた。

ロット「むむ、これはッ……! 小僧、貴様わしの腕に何をしたァ!」

サトシ「やったぜ! 竜の怒りをクソッタレ野郎へ遂にぶちかましやがったな! やればできるじゃねーか、満点だぜフライゴミ!」

フライゴミ「えっへん」

竜の怒りで左腕を部位破壊された七賢人・ロットは、未だ強靭な精神力でメガヘルガーの巨大な角を握りしめていた。

ロット「このわしが……七賢人で最強と言われるわしが……マッハ自転車も操れぬ、こんな10歳くらいのクソガキに……」

あれからサトシと鍔迫り合いを起こす機会が数回訪れたが、ポケモンをぶつける度に、哀れな老人は力で押し負けた。
片輪にされたことは、サナギラスを振るう上で予想外のハンデとなったようである。
邪魔なサナギラスを崖から蹴り飛ばし、メガヘルガーにハイパーボイスを命じるロット。
どうやら、ヘルガーだけで最期の大勝負に打って出たらしい。
なおもマッハ自転車のペダルを高速で漕ぎ続けるサトシは、若干の危機感を覚えた。

サトシ「やばいぜ! メガヘルガーのハイパーボイスは聞いた者の鼓膜を破り、大脳にまで悪影響を及ぼすことで悪名高い! フライゴミ、もう一度ジジイに竜の怒りだ! 今度はちゃんと顔面に向けて撃つんだぞ!」

沙亜夜「その必要はありません!」

凛としながらも、どこか可憐な声が聞こえる。
振り向けば、血みどろのサーナイトが必死にキリンリキの尻を叩き爆走しているではないか。
決して、彼女は敵に負けたわけでなかった。
プラズマ団のしたっぱを鏖殺した後、脚が速そうなキリンリキを一頭、盗んできたのだ。

サトシ「無事でよかった、沙亜夜! キリンリキの背中から生えてるピンク色のトゲトゲ、ケツに刺さって痛ェだろ!?」

沙亜夜「漫才は後にしましょう! 早くフライゴミさんをボールにしまって下さい! 今からヘルガーとプラズマ団の将軍、まとめて冥府に送り届けてやりますから!」

サトシ「そうかい、ではお前を信じるぜ。戻れ、フライゴミ! ありがとうな!」

フライゴミ「は〜、やっと休めるよ」

沙亜夜(私はできる……絶対にマジカルシャインを発動できる。もし倒せなくても、目くらまし程度には役立つはず!)

ロット「ヘルガーに相性の悪いサーナイトが加勢に来たところで、我が布陣を打ち破ることなぞ到底できぬわ……ふぉっふぉっふぉっふぉっふぉっふぉっふぉっふぉっふぉっふぉっ」

強気なものの、ロットの精神はもはや崩壊寸前まで追い詰められていた。

今日はここまで
ちょっと溜める

サーナイトは狂奔するキリンの鞍上から、サトシの方に手を伸ばした。
前方から顔を焼いてくる火炎放射など、ものともしない。
体力面でも改造されていた彼女にとって、それは春の穏やかな日差しと同じであった。

沙亜夜「サトシさん、できればこっち側に来てくれませんか!?」

サトシ「何言ってんだ! テメーがジジイとワンコロを殺すって宣言したんだろ!? なら俺は高みの見物を極め込むまでよ!」

沙亜夜「違うんです! サトシさんから貰った『あの技』を試そうと思って。私が支えていないと、サトシさんはきっと崖から落ちますよ」

サトシ「フッ、『あれ』をやる気か……仕方ねぇな。トランセル、沙亜夜の腕に糸を巻き付けろ!」

おつきみやまの中腹。
切り立った二つの崖道に、蜘蛛の糸と見紛うほど細い橋が渡された。
春先の暖かい東風が吹く中、それはゆらゆらと儚げに揺れている。
曲芸師が今にも、愉快な曲に合わせて綱渡りを始めそうな状況だ。
もちろん、サトシの狙いは綱を張ることでない。

サトシ「からの……体当たりってなァ!」

マッハ自転車のサドルを踏み台にして宙に躍り出たサトシは、トランセルの体当たりで推進力を得て、反対側へ無事に辿りついた。
サーナイトの両腕にすっぽりと収まり、羞恥と安堵で頬を紅く染める。
なぜだか、これまでのどんな時よりもサーナイトが頼もしく見えたのだ。
抱擁ポケモンは多感な少年の心に気付かず、長い両腕を広げた。

沙亜夜「いきますよ、サトシさん!」

サトシ「おう、いったれ! マジカルシャインで奴の眼球を焼きつくせ!」


パァン! キィィィィィン……


一瞬、世界が白く輝いた。
ペダルをこぐ音、馬蹄の轟き、喚き散らす老人の嗄れた声、吹き荒ぶ風の歌。
一切が光にかき消され、空白へ溶けた。
耳をつんざくような高周波がゴツゴツとした岩壁を、砂利だらけのデコボコ道を激しく揺るがす。

ロット「ゲ、ゲーチス様! 私にご加護を、ご加護をおおおおおお……」

光がサーナイトの身体に収縮した後、崖道を走っていたのはサトシとサーナイトを乗せたキリンリキのみ。
確かにマジカルシャインの威力は未熟で、ヘルガーと老将を殺すまで至らなかった。
しかし、サングラスによって保護されていない彼らの両目を潰すには十分過ぎたのだ。
この一件によって、サトシのことはプラズマ団全体に知れ渡ることだろう。
国際的なテロ組織との争いが、避けられなくなったわけである。

~クチバシティ~

寄せては返すさざ波。
港に停泊する豪華客船を、水平線へ沈みゆく太陽が夕焼け色に照らす。
潮風の香りを胸いっぱいに吸い込んで、暮れなずむ埠頭に立つ一人の少年がいた。
彼の名はレッド。
ニビ、ハナダの両ジムを圧倒的な戦闘センスで道場破りしてきたポケモントレーナーだ。
彼の辞書に、容赦という言葉はない。
真のポケモンバトルが、ただの殺し合いに過ぎないことを誰よりも理解しているからだ。
そして今回も、ここクチバシティで自分の信念が正しいことを証明しようとしていた。

レッド「あの……すみません」

彼は自分の隣で釣りをしている巨漢に、おずおずと声をかけた。
モンスターボールを触ると不敵になるのだが、そうでない時は、やはりレッドも10歳そこらのうら若き少年なのだ。
しかも深緑色のタンクトップ、裾が広い迷彩柄のズボンを履いているこの男から、並々ならぬ覇気を感じる。
巨漢は彼を一瞥すると、また海へ向き直った。

巨漢「……オーマイガッ、客かと思ったらガキか。冷やかしに来たんなら帰れ。俺は伊達に商売をやっちゃいねぇ」

レッド「あっ……えっ……商売?」

巨漢「そこの看板を見ろ。最強のコイキング、一尾5000円と書いてあるだろう。分かったか? じゃあ早くどけ、お前がいると他のお客様に迷惑がかかるんだよ」

レッド「あっ……たしかに書いてます……最強のコイキングって……どんな感じに……?」

巨漢「タイプを自由自在に変えられるんだ。セットで売ってるプレートでな。草にも、電気にも、ドラゴンにも何にだってなれる。この特性・マルチタイプを持つ者は世界でアルセウスと、俺のコイキングだけだ」

巨漢「さらに、こいつの合計種族値は1500。桁外れだろう? 厨ポケも口から泡吹いてトンズラこくレヴェル。登竜門を体現した、スーパーグレートなカープポケモンってわけ」

レッド「凄い……!」

巨漢「You fuck idiot。お前みたいな馬糞がアホ面を晒したところで、どうせ5000円も持ってないだろ」

レッド「あっ……ぼく、持ってますよ。ちょっとポケモンバトルをやって稼いできたんです」

これぞ、勿怪の幸い。
クチバシティのジムリーダーは、電気タイプのポケモンを使役すると聞く。
商人からコイキングと地面タイプのプレートを購入すれば、こちらの損害なく相手を叩きのめすことができるのだ。
しかし……

巨漢「買うか買わないか、どちらかはっきりしな! ボーイ!」

レッドは静かにかぶりを振った。
楽して首を獲るより、苦闘の末に討ち取る方がポケモンバトルの醍醐味を味わえる。
第一、うまい話には必ず裏があると言うではないか。
返事を聞いた巨漢はつまらなさそうな表情で、煙草の煙をフーッと吐き出した。

巨漢「……知ってるか、ニビとハナダが潰されたらしい。たった一人のトレーナーによって、ポケモンも全滅させられて」

レッド「物騒な話があるもんですね」

巨漢「話題の道場破りが次に目をつけるのは、間違いなくクチバシティ。俺のポケモンを殺しにやってくるんだ。ケッ、ご苦労なこった」

レッド「あなた……何者なんですか?」

コイキングを釣り上げた巨漢は釣竿を傍に置いて、欠片ほどしかない太陽を背に、悠然と立ち上がった。

マチス「元アメリカ空軍少佐・マチス。現在は第一線から退いて、クチバシティでジムリーダーを務めている。ボーイ、チャレンジするんだったら夜にしてくれ。まだコイキングの販売が済んでいないからな」

レッド「ジムリーダー……マチス……」

攻略すべき存在が目の前にいる。
だが、激しい圧迫感に喉から声が出ない。
ポケットのコクーンに触れようとしても、手は石像のように固まったまま。
脂汗が額に滲み、宙を泳ぐ自分の視線。
軽く眩暈を催したレッドは、逃げるように埠頭を立ち去ったのであった。

夜になった。
人通りの少ない港町で、ひときわ異彩を放つ橙色の建物がある。
ボールを模した看板には、荒々しく書き殴られた『イナズマ・アメリカン』の文字。
電気タイプのポケモンが揃う、クチバシティジムだ。
このジムで挑戦者を待ち受ける敵はどれも、放電や十万ボルトなど危険な技を持っている。
もし人間が喰らってしまえば、救急車どころか経を唱える坊主がすっ飛んでくるであろう。
点滅する蛍光灯の下、レッドはコクーンを片手に自動ドアの前で黙然としていた。
夕方、自分が感じた一種の恐怖を心から消し去るためだ。

レッド「ニビも、ハナダも、俺のポケモンには勝てなかった」

レッド「あのマチスという軍人もきっと同じ結果だろう。チャレンジだと? まったく笑わせる」

レッド「遊び感覚の奴に俺を破ることはできぬ。況や真の闘いを知らぬ者に於いてをや」

ホッとため息をつくと、彼は建物内へ足を踏み入れていった。
入ってすぐ視界に飛び込んだのは壁、天井、床の全てが黄色に彩られた奇怪な部屋である。
縦三列、横五列に無機質なゴミ箱が墓標の如く立ち並び、不気味と言えば不気味。
奥の部屋へは文字通りの稲妻が塞いでいるので、まずは電流を止める装置を探さねばならぬ。

マチス「ヘイユー! ヤットキマシタネー! ハヤクトラップヲカイジョシテ、オクノヘヤニクルノデース!」

やや間延びした、イントネーションのおかしい日本語が奥から流れてきた。
埠頭で会ったマチスと今のマチス、どちらが素なのか分からないが、レッドにはどうでもよい。
さっそくバシャーモとピカチュウを召喚し、血眼になってゴミ箱を漁る。
装置がゴミ箱の中に隠されていると、直感で推測してみたのだ。
レッドが何か細長い物体を見つけた。

マチス「HA☆HA☆HA! ソレハ、ミーガケサタベタ、バナナデース。マジメニサガシナサァーイ」

レッド「黙れ。首を洗って待っているがいい。今宵こそが、貴様の命日よ」

マチス「アラ、コワイデスネー。ポケモンタチヲ、コワガラセナイデクダサァーイ」

レッド「いつまで腐れた茶番を続けるつもりだ……」

クズリ、という動物をご存知だろうか。
イタチの仲間で、焦げ茶色の体毛と小さな身体が愛くるしい。
だが小動物と侮るなかれ、クズリは外見と裏腹にどんな強敵にも怯えず立ち向かう、狂犬の如き闘争心を秘めているのだ。
もちろん、心に燃やすその烈火は蛮勇として受け流されてしまうだろう。
鋭い爪と牙をもってしても、象の硬い皮膚を貫くことはできないだろう。
それでもクズリというちっぽけな勇者は、この身が尽き果てるまで闘うことを厭わない。
死の恐怖すら克服した、生まれつきの狂戦士と言える。
まさに、今のレッドもそれと同じ状態であった。

レッド「トラップ解除……よし」

部屋を区切る電流の壁が消え、迷彩柄の軍服に着替えたマチスがのっしのっしと歩いてくる。
自分より頭一つ身長が高い筋肉の塊を前にしても、レッドは動揺する素振りを見せない。
闘う運命が避けられなくなった今、どうして相手を恐れる必要があろう。

マチス「チャレンジャー。What's your name? Aha?」

レッド「逆に聞く。貴様は、これから死にゆく者に自分の名を教えるのか?」

マチス「その返答だけで、お前が何者か十分に理解したぞ。まさか、あのおどおどしたお前がこうも変貌を遂げるとな……。噂の道場破り、いつでもかかってきな」

レッド「言われるまでもない。ゆくぞ、バシャーモ! ピカチュウ! そして」

レッドはポケットから青色のスーパーボールを取り出し、地面に置いた。
ボールが膨らみ、中から紫色の猫に似たポケモンが飛び出す。
帽子のつばを下げ、レッドは静かにその名を呼んだ。

レッド「エーフィ」

クチバシティに行く途中、地下通路でうずくまっていたイーブイをレッドが助けたのだ。
飼い主から捨てられたあと何日も食べていなかったようで、自力では動けないほど衰弱していた。
それが数日でこの変わりよう。
レッドのパーティーに不足していた特殊アタッカーも、エーフィの参加により無事補われた。
あとは迅速にマチスを屠るのみ。
彼はコクーンを引き抜いて、じりじりと相手に詰め寄った。
バシャーモは右から、ピカチュウは左から囲い込むように。
対するマチスは腕を組んだまま、その場でじっとレッドの足を凝視している。

マチス「アメリカの軍人は決して騒がない。しかるべき時を迎えるまで、敵の観察に耽るのだ」

膠着状態に耐え切れなくなったバシャーモが、先にタイル張りの床を蹴った。
コクーンを逆手に持ち、火炎の纏った回転蹴りをマチスの顔面めがけて繰り出す。
その時、一瞬だけ敵に見せた隙が猛火ポケモンの命取りとなった。
ババババッと何かを発射する乾いた音が、不意に空気を引き裂く。
入口の方へ吹き飛ぶバシャーモ。
マチスの両手に握られている物を見て、レッドは驚愕を隠せなかった。
なんと、異様に黒光りする軽機関銃だったのである。

マチス「M249軽機関銃。陸軍で活躍していた友人から譲り受けた形見の品だ。まったく、これを使う日が来るとはねぇ」

レッド「なぜ俺のバシャーモを撃った!」

マチス「Fuck off! ボーイ……いやレッド。これは普通のポケモンバトルじゃない。お前が俺のポケモンを殺す気なら、こちらも同じってことよ」

レッド「……たわけが」

とはいえ、マチスの掃射する機関銃には勝てず、ゴミ箱に隠れながら様子を窺うしかない。
弾丸の嵐はますます勢いを増し、壁に無数の風穴が開くどころか、自動ドアまで跡形もなく粉砕してしまった。
エーフィに命じて物理攻撃を半減するリフレクターを張っているが、いつまで大丈夫か分からぬし、弾の威力はそう変わらない。

マチス「いつまでコソコソ隠れてんだボーイ! ポケモンを統率する軍人として恥ずかしくないのか! HAHAHAHAHAHA!」

筋骨逞しい軍服姿のアメリカ人は、豪快に笑いながらマルマインを投げ始めた。
大爆発からのスパークというコンボを持つ彼らは、マチスにとってさながら安価な手榴弾といったところか。
マルマインの自爆に巻き込まれ、ジム外に強制退場させられるレッドとピカチュウ、そしてエーフィ。
敗色濃厚な一人と二匹を、上空から何者かが明るく照らしだした。

米空軍「マチス少佐。こちらA班、ターゲットを発見致しました。直ちに攻撃を開始します」

今日はここまで
溜めるのキツい
そして荒らしやめなさい

レッド「アパッチか!」

言葉を紡ぎ終わらぬ内に、対戦車ロケットがジムを爆砕した。
押し寄せる爆風に腰をかがめて対処すると、レッドはピカチュウにボルテッカ―を命じた。
雷をまとった黄金色の鼠が、瓦礫を避けながらマチスへ向けて疾走する。
だがこれも、あと数メートルのところでマルマインを投げつけられ、倒れてしまった。
エーフィのリフレクターも、アパッチの絨毯爆撃には流石に耐えられない様子である。

マチス「ガハハハハ! 機関銃に米空軍の最強戦力ときた。道場破り、これがユーの望んだ戦いネ!」

レッド「ほざくな、人間の兵器にしか頼れぬ軟弱者が」

苛立ちの声をあげるレッド。
サッとメガリングに手を触れ、更なる進化への箍を外す。
灰色の球体が四方八方へ飛び散り、L字に折れ曲がったメガコクーンが姿を現した。
目の色は黒から虹色に変化し、オクタンのような口がL字の先に新しくついている。
ブーメランのように見えれば、はたまたトンファーのように見えなくもない。

レッド「これが、ポケモンバトルというものだ」

レッドが選んだのはどちらの方法でもなかった。
メガコクーンのグリップを持つと、引き金に人差し指をかけたのである。
銃声が夜空に二発、ガァンガァンと響き渡り、ヘリコプターのフロントガラスに穴が開く。

操縦士「ゴぼッ……ゴガぼッ……あがががががg」

毒針を首に打ちこまれた操縦士が、血泡を吹いてコックピットから地上へ落下した。
ぐらつく戦闘ヘリコプターへ、更に数発もの毒針が着弾する。
その光景を仰ぐマチスの表情は、月の光よりも蒼ざめて見えた。

マチス「メガコクーンだと!? オーマイガッ! そんなもの、生まれて初めて聞いたネ!」

レッド「エーフィ、サイコキネシスでアパッチを操り、マチスに叩き付けろ」

エーフィ「フィフィ!」

マチス「我が米軍の科学は世界一なのだァァ! チンコがメガ級になったとて、負けるはずがないのだァァァ!」

棍棒の如くブンブンと振り回されるヘリコプターに、米空軍少佐は機関銃を乱射し始めた。

ちなみに
AH-64 アパッチの種族値

HP 85
攻撃 155
防御 135
特攻 5
特防 110
素早さ 103
総合 593

ガブリアスをギリチョンで抜かす素早さ

〜トキワシティ〜

サトシ「クチバが墜ちた」

沙亜夜「はい?」

サトシ「クチバシティジムが潰されたんだよ。例の道場破り、コクーン使いのレッドに」

フライゴミ「ああ〜ニュースでやってたね。ボクからしちゃ、まったくどうでもいいんだが」

クチバシティのジムリーダー・マチス少佐の訃報をサトシが知ったのは、事件が起きてから三日後、トキワシティにおいてであった。
オーキド博士を救うため移動していたサトシは、途中でトキワシティの民宿に立ち寄った。
そして夕食時、テレビに映された美しき港町の惨状を目の当たりにして、ほぼ直感でマチスの死を確信したのだ。
案の定、彼はクチバシティ沖30kmの海中から遺体となって引き揚げられた。
詳しい死因は不明だが、近くにヘリコプターが沈んでいたことから、撃墜されたか或いは超自然的な力で戦闘機ごと吹き飛ばされたか。
この二つの説が有力視されている。

沙亜夜「そーなんですか……」

布団を敷いていたサーナイトはキョトンとした表情で、サトシを見つめた。
事件の重大さが、まだ分かっていないらしい。
毛布にくるまって、足をジタバタさせている。

サトシ「おい! これは修学旅行じゃねぇんだぞ! マチスが死んだっつーことはよォ、じゃあ俺らはいったい誰からバッジをGETすりゃいいんだっつーの!」

フライゴミ「ブルーバッジみたいに拾えば?」

サトシ「ありゃ単に運が良かっただけだぜ! 今度はそう上手くいかねぇ。街が爆撃で全壊しちまってるからなァ!」

沙亜夜「落し物センターに行ってみれば……」

サトシ「だから、そこもブッ壊れてんだよ。今のクチバはただの更地だ。庭付きプール付きの豪邸が何軒も建てられるほどのな! こいつぁ、義捐金の援助待ったなしだぜッ!」

息巻いている少年をよそに、窓際に居座っていたビブラーバが慌てて戻ってきた。

フライゴミ「誰かが家の前をうろついているぜ」

サトシ「ああ? 何だそりゃ」

不審に感じたサトシは、サーナイトを跨いで窓辺に近寄ると、そっと外を覗いた。
なるほど、ビブラーバの言う通り近くの公園を何者かが歩き回っている。
それにしても、足を運ぶ動きが鈍い。
まるで重石を縄で足首に繋ぎ、ずるずると引きずっているかのようだ。
訝しみながら闇に包まれた公園を眺めていると、か細い悲鳴が蝉の声に乗って流れ込んできた。

シゲル「サトシ~ィ。た、助けてくれやぁ~い。ふえぇ~い」ズルズル

サトシ「あの声はシゲルだ! すぐに宿へ入れてやろうぜ!」

フライゴミ「シゲルって誰」

サトシ「オーキド博士の孫だぜ! 昔っからハーレム作ったり俺を馬鹿にしたり、随分といけすかない野郎だったぜ!」

フライゴミ「なら、どうして助けに行くのさ。気に入らないなら放っておけばいいのに」

サトシ「あいつはオーキド博士の研究所を飛び出して、何年も消息を絶っていた。どこをほっつき歩いていたのか、ちょいと荒めな取材と参るのさ!」

フライゴミ「カカカ、くっそ面倒くさそう。ボクは寝てるからうるさくしないでね~」グゥグゥ

サトシ「合点承知の助りんこッ!」ダダッ

部屋の電灯を消すと、サトシは急な傾斜の階段を駆け下りた。
赤色の毛氈が敷かれている廊下を走り抜け、木目の通った板戸を蹴破る。
そこには、等身大のモズクが一言も発さずに佇んでいた。

サトシ「シゲル……なのか?」

シゲル「ぼくが悪かった。勝手に研究所を抜けて、君にもおじいちゃんにも本当に済まなく思う」

彼は伸びきった髪の隙間から、謝罪の視線をサトシに送った。

風呂場で、シゲルの汚れた背中を流す。
彼の分まで宿代を払う羽目になったが、これから聞き出す情報に比べれば割安であろう。
真っ赤な背に走る無数の蚯蚓腫れが、旅の壮絶さを物語っている。
サトシは息を飲んで、かつてのライバルが口を開くのを待った。

シゲル「マサラタウンを出た後……ジムを順番に攻略していった。ニビ、ハナダ、クチバ、タマムシ、セキチク、グレン、ヤマブキ、トキワ、全部手応えが無かったよ」

サトシ「マジか」ゴシゴシ

シゲル「で、セキエイのポケモンリーグに行ったんだ。あそこなら、ぼくの求める血湧き肉踊るバトルが楽しめると思ったから」

サトシ「負けたの?」ゴシゴシ

シゲル「いいや、一回挑戦しただけで全員撃破したよ。ぼくはたった二週間でポケモントレーナーの頂点まで上り詰めたのさ」

サトシ「強いんだな、お前。ちょっとだけ眩しく見えるぜ」ゴシゴシ

シゲル「サトシ。チャンピオンの玉座なんて、そう羨ましいもんじゃないぜ。毎日、鼻息の荒い挑戦者と闘わされる」

サトシ「休む暇もなしに? そりゃ酷ェ、もし負けたらどうなっちまうんさね?」

シゲル「ポケモンリーグ本部との契約は終了。全ての名誉が剥奪され、無一文のまま叩き出されるんだ」

サトシ「シゲルを負かすほどのトレーナーか……思い当たるとすれば、コクーン使いのレッドくらいだが」

シゲル「トレーナーならどんなに嬉しかったか。ポケモンリーグに攻めてきたのは、そんな小さい存在じゃない」

シゲル「プラズマ団のゲーチス……。奴ほどの邪悪をぼくは見たことがない。対峙した者の心を芯まで凍えさせる恐怖、とはあのことを言うんだろう」

彼は手持ちのポケモンがゲーチスによって虐殺されたことを語った。
セキエイ高原への道は封鎖され、ポケモンリーグはプラズマ団の牙城と化したのだという。
いまいち、まだ実感がサトシには湧かなかった。
以前闘ったプラズマ団の幹部であるロットが弱かったので、ゲーチスとやらも似たようなものだと思っていたのだ。

主要人物まとめ
サトシ……糞ガキ
トランセル……サトシの得物。硬さを活かして他ポケモンを屠る
沙亜夜……元ジュンヤ手持ちのサーナイト
フライゴミ……ニビシティのレストランでサトシがくすねたナックラー。現在ビブラーバ。
ジュンヤ……ある時は虫とり少年、ある時は元チャンピオン。サトシとは奇妙な友情で結ばれている
アギャンセル……ジュンヤの得物。アギルダーとキャタピーの混血『アギャピー』の進化系。
レッド……謎の道場破り
コクーン……レッドの得物
バシャーモ……レッドの忠臣。双刀使い
ピカチュウ……レッド軍の突撃隊長。かつてはサトシの手持ちであった
エーフィ……レッドの忠臣。特殊アタッカー
ゲーチス……改造ポケモンの抹殺及び王位簒奪を目論み暗躍する中年男性
改造キュレム……改造ポケモンを糧とし、成長する最終兵器
オーキド……ポケモン博士
プラターヌ……オーキドとメガシンカの研究をしているカロス地方のポケモン博士。オーキドより権威がある

10分後。
入浴を終え、与えられたバスタオルで身体を拭いているシゲルにサトシは話しかけた。

サトシ「お前、シゲルじゃないだろ」

シゲル「は? 何を言って……」

サトシ「尻尾、見えてんぞ」

シゲル「え、あっ!」

水を吸った黒く太い尻尾が、水滴をポタポタ零しながら、股下にだらしなく垂れている。
シゲルはすわ、と飛びあがって逃げようとしたが、それより早く伸びてきたサトシの両手で壁に押さえつけられてしまった。
襟首を掴みシゲルを引き寄せると、彼はドスの利いた低い声で問う。

サトシ「答えろ。テメェは何者だ。なぜ公園の周りを徘徊していた。そしてシゲルはどうしなったんだ」

ライバルに化けた曲者は苦しげに壁を引っ掻いていたものの、やっと観念の目を閉じたらしい。
人間の姿はたちまち、一匹の毛むくじゃらなポケモンへと変化した。
全体的に灰色がかった紺なのだが、足の方までボサボサと伸びきった髪は血の如く紅い。

ゾロアーク「あたしの幻術を見破るとは、流石シゲルのライバルだね」

サトシ「お前も喋るのか。ったく……人語を話すポケモンとそうでないポケモンの差が分からなくなってきたぜ」

ゾロアーク「改造手術を施されたか否かだよ、坊や。改造ポケモンは利用しやすいよう、声帯をいじくられたのさ」

サトシ「ふぅん……まぁいい。さっさと俺の質問に答えてもらおうか。宿代と思って洗いざらい吐き出すんだな」

サトシ「テメェはシゲルに化けていたようだが、奴と何の関係がある? 五秒以内に答えろ、さもなくば頭をカチ割る」

ゾロアーク「ただの戦友だ。それ以上でもそれ以下でもない」

サトシ「で? どうして真夜中、人気のない公園を徘徊していた」

ゾロアーク「あんたをずっと追ってきたのさ。ポケモンリーグに降りかかった災禍を、サトシという奇妙奇天烈な少年へ伝えるために」

サトシ「ポケモンリーグの災禍……プラズマ団が攻めてきたってやつか」

ゾロアーク「その通り。最終兵器を引っ提げて、堂々の凱旋さ。あたしらにとっちゃ悪魔の行軍だがね」

サトシ「ポケモンリーグにシゲルもいたんだろ? なら奴はどうなった。捕虜として囚われたのか?」

ゾロアーク「フン、答えるのはここまでだ。託された使命は十分に果たした」

化け狐は翳りの差した表情で呟くと、サトシを押しのけて風呂場から出ていった。
彼が急いで廊下を覗くと、もうシゲルの安否を知る証人はその場から煙のように消えていた。

自室に戻った。
狭い四畳の部屋に、清潔な布団が二つ丁寧に敷いてある。
手前の方で横たわっている影は、きっとサーナイトだろう。
華奢な腕に小さいビブラーバを抱いて、気持ちよさげに夢の世界で遊ぶのだろう。
窓際に咲いている一輪の薔薇は、月の光に照らされて場違いなほど美しく輝いていた。
残念ながらその花弁は部屋に漂うカビの匂いに辟易したのか、力なく萎れてしまっているのだが。

サトシ「アイツと初めて会った日の月も、こんな優しい光で俺を包んでくれたっけなァ」

こんな静かな夜の日にいつも、サトシはアローラに吹く風を思い出す。
人と出会うこと、そして別れることの神秘さに心打たれる。
薔薇の隣でひっそりと眠るトランセルを撫でると、サトシは襦袢に着替え布団に潜りこんだ。
静寂、虫の声、そして静寂。

沙亜夜「あーったらーしいーまちーでー♪」

サトシ「寝ろ」

沙亜夜「うふふ」

サトシ「明日も早いんだ。歌ってるヒマじゃない」

沙亜夜「オーキド博士を救いに行くんですか?」

サトシ「そうだ。ひょっとしたら、これが最後の会話になるともしれん」

沙亜夜「なら、教えてくれませんか?」

サトシ「何を」

沙亜夜「私の名前の由来です。ずっと不思議に思ってました。どうして、沙亜夜なんだろうって」

サトシ「俺も、ジュンヤがお前に『さなえ』なんてつけたの、まったく不思議に感じるぜ」

沙亜夜「あれは、癌で亡くなったお母さんの名前から取ったんですって」

サトシ「なるほどねぇ……。アイツも、不敵を装っているが結構重い事情を抱えてたんだな」

沙亜夜「さ、今度はサトシさんの番ですけど」

サトシ「まぁ、良いだろう。寝る前の小話だと思って気軽に聞いてくれ。どうせ、そう長くもかからん」

サトシ「お前は知らないだろうが、俺が生まれてすぐに親父が家を出ていった。それから、俺と母さんはオーキド博士の紹介でアローラ地方に引っ越したのさ」

沙亜夜「アローラ地方……? 初耳です」

サトシ「だろうな。滅多にカントーじゃ話題に登らない、ここよりもっと東の島国なんだから」

今回はここまで
次回、アローラ地方に飛ぶ

これまでと落差激しすぎやろ
何があった

色々とお騒がせしました
ちょっとおかしくなってた
気にせず進める

ここまでくだらん荒らしが来るとは想定外だったな

>>176
気にするなってのも難しいと思うが続けてくれ
期待してる

>>177
ありがとう
とりあえず行けるとこまで行ってみるわ

星の海にたゆたう満月。
その縁は蒼く、ぼんやりと滲んでいる。
優しい子守唄のような潮騒に包まれ、真っ白い砂浜を親子と思しきイシズマイが数匹、音もなく行進してゆく。
氷のごとく透き通った海ではチョンチーの舞踏会が幕を開け、こちらも夜空同様に宝石箱さながら金色に煌めいていた。

サトシ「つまらないなぁ……」

風にざわめく椰子の葉の下、天を仰いで砂浜に寝転ぶ少年が一人。
星を数えながら、父の姿を想起する。
それでも自らの心が満たされることはない。
アローラ地方の小さな島に移ってから七年経ち、地元の言語にもようやく慣れてきた。
しかし、まだ孤独感の方が圧倒的に勝る。
サトシが引っ越したこの島は人口の少ない『ド田舎』で、彼は普通の小学生が体験するであろう交流を一切与えられなかった。
太陽と月だけがサトシの話し相手であり、最大の友だったのである。
彼は首を垂れている椰子に近づくと、硬い殻に覆われた実をもぎ取った。
尖った岩に叩きつけ、ジュースを飲み干す。
口からこぼれた水が、赤いランニングシャツにシミの地図を描く。

サトシ「家にいるのは退屈だ。この島もつまらない。だって、何もありゃあしないんだもの。早く島を抜け出して、色んな場所に行ってみたい。都会の建物を見てみたい」

ぶつくさ文句を垂れているサトシの足に、何かもふもふとした毛玉が触れた。

>>1「 面白かったのに、荒らしのせいで心が折れたのか……」

ぼく「…」

>>1「まあ、この荒らしはかなり悪質だししょうがないわな 」

ぼく「自己擁護見苦しいぞ」

>>1>>1じゃな゛い゛もん゛」ウンチブリブリブリ

サトシ「なんだ……? この生き物」

彼の爪先を舐めているのは、茶色の体毛を持つ小型犬だった。
視線に気づくと、犬は青空を思わせるコバルトブルーの瞳で、ジッとサトシを見つめた。
誰か知らない人が家に遊びに来た時、幼子はきっとこのような反応を取るのかもしれない。

少女「イワンコ、イワンコ! 勝手に走っていかないでよ!」

茂みをかき分けて、一人の少女が駆け寄ってきた。
イワンコと呼ばれた犬が無事なのを見て、日に焼けた小麦色の顔をほころばせる。

少女「君がイワンコの面倒を見ていてくれたの? ありがとう!」

サトシ「あ? あ、ああ。イワンコ……っていうのかな? とってもユニークな生き物だな。毛もゴワゴワして……まるで岩みたいだ」

少女「そうよ。だって、イワンコは岩タイプのポケモンですもの」

サトシ「ポケモン? タイプ? なんだい、それは」

少女「ポケモンを知らないの? そんな人初めて見たわ。あなた、どこから来たの?」

サトシ「俺、マサラタウンのサトシ! ちなみに趣味はないぜ!」

サーヤ「メレメレ島のサーヤ。趣味がないなら、ちょうど良かったわ。明日、トレーナーズスクールに来て。私がポケモンについて教えてあげる!」

少女は白い歯をニッと見せて、茶色の犬と共に走り去っていった。

今日は一応ここまでにします

翌朝、家を出たサトシは、椰子の葉が茂る一本道を走っていた。
どうして朝早くから急がなければならないのか、自分でも不思議に思うが、サトシの足はトレーナースクールへと向かっていた。
森の道を抜けて、コンクリートの建物が立ち並ぶ現代的な街へ出る。
掲示板でトレーナースクールの位置を確認し、まだ往来の少ない大通りを一目散に駆けてゆく。

サーヤ「あ、マサラタウンのサトシじゃない。やっぱり来ると思ってたよ! ポケモンに興味を持ってくれたのね!」

校門に昨夜、砂浜で出会った少女が立っていた。
サトシは挨拶をする間もなく、広々とした教室に連れていかれた。
どうやら、ポケモントレーナーを育成する施設ともあって、教室内での私闘を学校側が公認しているらしい。
至る所でエネルギー弾の放たれる音や、肉を潰す音が聞こえる。
すると黒板の前から、身長がサトシの二倍もある偉丈夫がビール腹を揺らしながらこちらへのっしのっしと歩いてきた。

ジャンボ「やぁやぁヤーヤ氏ではありませんかwww昨日の雪辱戦というわけですかな?wwwかわいい観客も連れてwww」

サーヤ「ちょっと、私の名前はサーヤよ? ヤーヤじゃないわ。いい加減そのキモい喋り方やめてくれない?」

サトシ「誰だこいつは」

サーヤ「クラスメートのジャンボね。いっつも最前列右端の席で、ポケモンの役割論理とか異教徒とか難しいことを議論してるわ」

サトシ「要するに、ただの『ボッチ』ってことだろ? 論じる相手がいなくてご愁傷様だな、このデブ!」

ジャンボ「この小僧www口だけは達者なようですなwwwいいでしょうwあなたのお友達が無残な死を遂げるシーン、その一部始終を実況してあげますぞwww」

サトシ「ポケモンについてまだ学び始めたばかりだけどよ、アンタがクソなトレーナーってことだけは直感で分かったぜ」

サーヤ「はい、そこまで! サトシはここに何をしに来たの? ポケモンについて知るためでしょ? ジャンボ、準備できたわ」

ジャンボ「それではさっそく始めましょう。拙者のヤケモ……おっと失礼、ポケモンもバトルがしたいと血に飢えておりますからな。デュフォフォwww蹂躙以外ありえないwwww」

~スクールボーイのジャンボが勝負をしかけてきた!~

サーヤ「秒で終わらせるわよ、イワンコ!」ポーイ

ジャンボ「ヤャラランガ、頼みましたぞ!」ブゥン

少年の投げたモンスターボールから飛び出してきたのは、2メートル近くある巨大なドラゴンであった。
強靭な二本の脚だけで身体を支え、全身にまとった鎧のごとき灰色の鱗をシャラシャラ震わせている。
論者はさも得意そうに、サーヤへと語りかけた。

ジャンボ「鱗を鳴らす。この行為が何を意味するか、ヤーヤ氏はしっかり勉強しておりますかな? ブヒヒwwww」

サーヤ「知ってるわよ、それくらい。ジャラランガは弱者との戦闘を忌避している。それゆえ、威嚇によって弱者に警告を与える、でしょ? けど今回は間違いみたいね。だって威嚇用に鳴らすのは、尻尾の鱗だけなんですもの」

ジャンボ「ほう……。それでは、一体どういう意味?」

サーヤ「さぁね。単にノミを飛ばしてるだけかもしれないわ」

ジャンボ「おやァ? 格闘タイプに岩タイプが挑発するとは、いい度胸をしておりますな。いや、ただの愚行か……」

傍らで観戦しているサトシには、すでに勝敗が見えていた。
ドラゴンは伝説上の生物だ。
貧弱な小型犬に倒せる存在とはとても思えぬ。
壁に貼ってあるタイプ相性表を見ても、格闘タイプと岩タイプとでは、圧倒的に格闘タイプの方が有利とある。
今さら舌戦を繰り広げても無意味だというのに。
サトシは半ば諦めのこもった視線で、バトルの行方を見守っていた。

サーヤ「バトルは始まったばかり。諦めたらそこで試合終了。分かる? 私達ポケモントレーナーはね、進むしか道がないのよ」

サトシ「いやだって、ドラゴンに犬が勝てるわけないじゃん」

サーヤ「タイプの相性とか、体格だけで勝敗を決めるのは早計ね。確かに、私が不利なのは正しいんだけど」

サーヤ「ポケモンバトルは小さな戦場よ。武将であるポケモンと、軍師であるトレーナー。二人の息がピッタリ合って初めて、秘めたる力を発揮するの。その点、ジャンボさんは自分が持つポケモンの行動さえ理解できなかった。論者失格ね」

ジャンボ「オホホホ、戯言はそこまでにしておきなされ。さぁ、ヤャラランガ! スケイルノイズでお掃除の時間ですぞ!www」

ジャラランガ「ジャラーン!」

ジャラランガは、再び全身の鱗を震わせた。
ウォーミングアップは、登場時の鳴らしで済ませたらしい。
スケイルノイズは、振動による敵の肉体破壊を主とした特殊技だ。
事前に調整を行わなければ、満足に衝撃波を放てないのである。
しかし、手間がかかるぶん、その威力が脅威なことは変わりない。
教室の窓ガラスが次々と木っ端微塵に砕け散る。

サーヤ「イワンコ、机の下に隠れて!」

イワンコは咄嗟に、近くの丸テーブルを体当たりで倒した。
直後、スケイルノイズの衝撃波が到達。
一陣の烈風が吹き抜け、イワンコの隠れているテーブルを窓ガラス同様粉々に弾き飛ばす。
サーヤは自分のパートナーが無事なことを確かめると、ニンマリと口元に笑みを浮かべた。

サーヤ「大技の後には必ず隙ができるものよ。イワンコ、ジャラランガの脚に『ころがる』!」

イワンコ「イワッ!」ゴロゴロ

ジャンボ「デュフフ、転がってくるなぞ安直ですな! ヤローニャの劣化版以外ありえないwww拙者のヤケ……ポケモンは下半身への攻撃もバッチリ対処できますぞ!www」

ジャンボ「ジャラランガ、けたぐりで脳震盪を起こさせてやるのですぞ! ぶひぃwww」

殺戮の喜色に満ちていた肥満児の顔が、突如凍りついた。

ジャンボ「えっ」

転がっていたはずのイワンコが、ジャラランガの顔面めがけて飛び上がってきたのだ。

ジャンボ「何ッ? 『ころがる』を使用していたのではなかったのですかな!? あらーッ!?」

サーヤ「兵は詭道なりってね。相手の言うことを信じちゃダメダメ。さぁ、思いっきりじゃれついてやりなさい!」

イワンコ「イワッ!」

『じゃれつく』はフェアリータイプの切り札とも言える高威力の物理技である。
一般人には可愛く見えても、ドラゴンポケモンからすれば拷問のような技だ。

ジャンボ「うぐぐ……スカイアッパー! スカイアッパー! スカイアッパアアアアアアアア!」

まるで壊れたラジオのように、ジャンボは繰り返し技名を連呼する。
ジャラランガは何もない空間へひたすら拳を突き上げるばかりだ。
完全に踊らされてしまっている。
相手の首筋に噛みついたイワンコは、顎の力に物を言わせ、硬い鱗をブチブチッと引き剝がした。

ジャラランガ「グワーッ!」

ジャンボ「やめろォーッ! 拙者のポケモンを殺さないでくれェーーーーッ!」

鮮血が噴き出し、苦痛に悶えるドラゴンの咆哮が施設内に響き渡る。
イワンコは抵抗の余地すら与えず一枚、また一枚とジャラランガのモチーフともあろう装飾を剥ぎ取ってゆく。
教室は血みどろの戦場、いや、拷問部屋と化していた。

ジャンボ「……」

サーヤ「勝負あり、みたいね」

床をのたうつ肉塊と、食らいつく獰猛な狼。
誰の目から見ても、すでに勝敗は決していた。

サーヤ「どう? これがポケモンバトルよ」

サトシ「すげェ……すげェよ、アンタ!」

自分よりも格上の存在を、いとも容易く殺してしまうとは。
スペックの差を覆すの要素はただ一つ、トレーナーの手腕である。
サーヤがジャンボより強かったからこそ、今回の勝利を手にすることができた。
ポケモンの強さはトレーナーの強さ。
幼き日のサトシはサーヤに魅了されながらも。その教訓を誰よりも深く心に刻んだのだった。

~トキワシティ・民宿~

サトシ「結局その後、親の関係でカントーに戻っちまったんだけどさ。今でも、バトルしていたサーヤの姿が忘れられねぇんだ」

サトシ「そんで、決めたのさ。いつか俺がカントーのチャンピオンになったら、絶対あいつに挑戦するってな」

沙亜夜「サトシさんにも、憧れの人がいたんですね~」

サトシ「ああそうさ、柄にもねぇけどな」

沙亜夜「憧れの人の名前が由来なんて、なんだかちょっぴり誇らしい気分です。むふ」

サトシ「そろそろ座談会はお開きにしようぜ。明日はやっとマサラタウンだ。オーキド博士を救いに……トランセルナイトを貰いに行く日だぜ」

沙亜夜「ええっトランセルってメガシンカするんですか?」

サトシ「俺もよく分かんねぇよ、学者じゃねーしな。けどよ、これだけは言える。立ち塞がる敵は、誰であろうがこのサナギで叩ッ殺してやる」

沙亜夜「私も大切な人を守るために、あらゆる敵をなぎ倒しますよ! サトシさんサトシさん、トランセルの使い方を教えてくださいよ」

サトシ「うっせーぞ、沙亜夜。明日はきっと激戦になる、しっかり寝て英気を養っておけ」

沙亜夜「そうですね……おやすみなさい」

こうして、トキワシティの夜は過ぎていった。

今日はここまで
次回、サトシがついに新しいバッジを手に入れる

~翌朝~

サトシは町のフレンドリィショップに寄った。
万全の状態で戦闘に臨みたいと考えたからだ。
おそらく、敵は映像に移っていたメガルナトーンだけではない。
強力な改造兵が研究所いっぱいに、ひしめいているはずだ。
毒消しとミックスオレをそれぞれ二個、レジのカウンターに置く。

サトシ「会計お願いします」

女店員「あら、そのジムバッジ。あなたポケモントレーナーかしら?」

サトシ「おうよ。見ず知らずの他人にいきなり自己紹介するのも変だが、俺はマサラタウンのサトシ。ポケモンマスター目指して、仲間と日々頑張ってる。さ、会計よろしく」

女店員「面白い子ね。ニビジムとハナダジムを攻略して、次はクチバジム……。どうしてトキワシティなんかにいるのかしら?」

サトシ「なんだいきなり、探偵みたいに詮索しやがって。さっさと会計を済ませやがれってんだよ。俺は急いでんだ」

女店員「急ぐ? その必要はないわ。すでにここは死地ですもの」

催促するサトシの前で、女店員は悠々と金色の髪をかきあげる。
鋭く研がれたナイフを思わせる切れ長の瞳が怪しげに輝く。
家庭的な青いエプロン姿からは想像もつかぬほどの激しい覇気。
棘だらけのバラを連想したサトシは、右足を一歩、後ろへずらした。
あのサトシが、睨み合いだけで普通の女店員に押し負けたのである。
彼はやっとの思いで、絞り出すように呻いた。

サトシ「な……なんでトキワシティが死地なんだよ。昼でも夜でもコンビニが開いてる、クッソ穏やかな町じゃねぇか。それこそ、腰の曲がったジジイやババアでも屁ェぶっこいて暮らせるほどのなァ!」

女店員「甘いわね、サトシ君。すぐ南のマサラタウンで、改造ポケモンの脱走事件があったことはニュースで知っているでしょう? 野に放たれた猛獣が、小さな田舎町で満足するはずがない。奴らの凶刃はここまで来ている。いずれカントー全体に広がるわ」

サトシ「つまりだ。チマチマとだが、トキワシティの人間も賊ポケの餌食になってるってことだな? なかなか由々しき事態じゃねーの。ま、全部俺がブチのめす予定だけどよ」

女店員「好漢惜しむらくは身の程を知らず。あなた、死ぬわよ」

サトシ「ケッ、馬鹿にすんな! 俺には破壊光線を放てる改造トランセルがいるんだ。負ける気なんぞしないぜ!」

女店員「なら、そのトランセルで私に破壊光線を撃ってみなさい」

サトシ「無理だね。ここは店内だ、外に出て……」

女店員「撃ちなさい」

またこの目だ。
あらゆる異議を抑え込む、冷え冷えとした鋭い視線。
前髪で右目は隠れているが、きっと同じ様なのだろう。
怖れを抱いたサトシは、トランセルの口を女店員の胸に向けた。

サトシ「うぐ……そんなに死にたいかよ!」

蒼白い光が渦を巻いて、トランセルの口に集まってゆく。
女店員は身じろぎもせず、その様子を平然と眺めている。
さほど脅威と感じていない態度に、サトシの腹はふつふつと煮えたぎるようであった。

サトシ「殺っちまえ、トランセル!」

サナギの口から山も破壊するエネルギーが放たれた。
しかし。
いかなるカラクリを使ったか、一直線に伸びた光の槍は、ちょうど女店員の胸元で霧の如く消えてしまったのである。
彼女の右手には、拳大の苔むした石が握られてあった。
その石に、何やら回転する紫色のエネルギー体が鎮座している。
緑色に輝く気泡のような模様、中央に見て取れる不気味な目と口。
サトシが今まで見たことのないポケモンだ。
いや、それよりも驚くべき点が他にある。

サトシ「ポケモンを盾にした!?」

女店員「ゴースト・悪タイプのミカルゲにノーマルタイプの破壊光線は効果無し。もしここでサトシ君がハッタリを利かせ打ちかかっていたら、勝敗は知れなかったわね。けど、あなたは単純な男。そんな賭けなど到底できやしない」

サトシ「クッ、面白ェな。俺が単細胞人間だと、軽んじているわけかい。先程の侮辱もそうだが、鼻につく野郎だ」

女店員「バトル中くらい、集中しなさい」

女店員はカゴの中に入っていたミックスオレの缶を取り出し、無表情のまま勢いよく握りつぶした。
プルタブが弾け、サトシは飛び散った汁に思わず目を閉じる。

女店員「そこよッ! ミカルゲ、ふいうち!」

ミカルゲ「おんみょ!」

ミカルゲがサトシの腹を掠った。
否、掠ったより服ごと噛みちぎったと言うべきか。
運良く軽傷で済んだが、どくどく血が流れている。

サトシ「あッち、何しやがる!」

女店員「ミカルゲ、悪の波動!」

サトシ「トランセル、鉄壁で跳ね返せ!」

一定の間隔で脳を揺るがす悪の波動。
全てを跳ね返すことはできない。
サトシは歯を食いしばり、反撃のチャンスを待った。
毛細血管が破れ、たちまち目と鼻から血が流れ出す。
悪の波動のPPが0となった。

サトシ「攻撃はそこまでかい? よし、今度は俺のターンだ。店員さんよ、お前は蜘蛛の巣に囚われた蝶だぜ」

女店員「蜘蛛の巣ですって……?」

女店員はサトシに指摘され初めて、自分の周りにトランセルの吐いた糸が張り巡らされていることに気が付いた。
バトル開始直後、サトシは破壊光線を命じると共に、店員の背後に粘性の強い糸を吐くよう命令していたのだ。
ハッとした表情で女店員は背後を振り向いた。
キズぐすりやボールを並べた陳列棚が、ぐわらぐわらと揺れる。

サトシ「ゲームセットだ。あばよ、美人な店員さん」

女店員「へぇ、少しはやるじゃない。けれど、詰めが甘い。私がこの程度で負けるとでも思っているのかしら?」

サトシ「ほざけ!」

叫ぶやいなや、サトシはトランセルをカツオの一本釣りよろしく両手で振り上げた。
棚が倒れる。
雪崩のように落ちてくる商品。
列をなす客の悲鳴。
しかし、女店員の姿が見当たらない。
それもそのはず、彼女は棚が倒れる瞬間に合わせ、ミカルゲの『銀色の風』で回避していたのだ。
後方ロールで受け身を取ると、跳び上がってカウンターに立った。

サトシ「パルクールを嗜んでいそうな身のこなしだな!」

女店員「フフフ、そろそろ最終ラウンドと参ろうかしら」

サトシ「おうこいや。もうお前は負けてるけどな」

女店員「負けている? この私が?」

サトシ「そうさ、下を見てみな。最初からお前の敗北は決定していたんだよ。まず、フレンドリィショップという場所が悪かった」

女店員が下を向くと、ひしゃげた電子レンジが目に入った。
そして、床に散らばった商品に引火していたのである。
炎はレジカウンターを恐ろしい速さで舐めつくし、彼女の足元にまで迫った。

女店員「サトシ君まさかあなた、電子レンジを壊して……!」

サトシ「ご名答。お前は俺よりも数段優れたトレーナーだ。だから格上の存在を倒すために、練ったのよ。策を」

女店員「どうして最初から、電子レンジに糸を巻き付けなかったの?」

サトシ「あん? 最初から狙ったら、お前に阻止されちまうだろうが。最初の攻撃はダミーさ。お前が陳列棚に気を取られている間に、俺はこっそり糸を電子レンジに巻き付ける。それも、ギリギリ見えるか否か、それくらいの細い糸さ」

サトシ「まぁ結果的に、電子レンジから出た火が床の商品に燃え移って、どエラいことになっちまったがな」

女店員「なるほど……ついに覚悟を決めたわけね。善良な市民を殺そうとしてでも、バトルに勝とうとする執念。恐れ入ったわ」

女店員は艶やかに微笑むと、何か小さく光る物を投げてきた。
太陽を模した、赤みがかった黄色のバッジ。
クチバジムのオレンジバッジである。
サトシは目を丸くした。

サトシ「どうしてこれを……」

女店員「良い物を見せてもらったご褒美。既にマチスは死んだ。本人から貰えない貴重品よ。取っておきなさい」

サトシ「違う、そうじゃねェ! 只ならぬ覇気といい、バトル時の身のこなし、ゴーストタイプのポケモンを自らの盾にするという発想、何から何までイカれてやがる。そして最後にマチスが所持しているはずのオレンジバッジときた。……何者だ、テメェは」

女店員「それは、サトシ君が頂点まで登ってきた時のお楽しみ、ね」

サトシ「何だと……!?」

女店員「さぁ早く出ていきなさい。火の始末は私がするわ」

サトシは胸に漠然とした疑念を抱きながら、燃え盛るフレンドリィショップを後にしたのである。

今回はここまで
次回、ついにマサラタウンの豪傑と矛を交える

沙亜夜「どうしました!? サトシさん!」

サーナイトが血相を変えて駆け寄ってきた。
火事であることは一目瞭然だが、まだ状況が掴めていないようだ。
おろおろと両手を宙にさまよわせている。

フライゴミ「なんだいそれ。バッジ?」

サトシ「ん? ああ、これか」

目ざといビブラーバに指摘され、サトシはオレンジバッジを掲げた。
朝陽を受けて黄昏色に煌めくそれは、光の当てる角度を変えると、今度は血の如く真っ赤な輝きを帯びた。
サーナイトとビブラーバが感嘆の声をあげる。

沙亜夜「クチバジムのオレンジバッジじゃないですか! となると、マチスは生きていた? 教えてください、何があったんです?」

サトシ「いや……ちょっとな。女店員とバトッちまったんだ。で、この有様よ。バッジは女店員からもらった。何だか、狐に化かされたみてーな気分だぜ……」

沙亜夜「フレンドリィショップの店員さんが、オレンジバッジを持っていた? バトルもした? サトシさん嘘つくの下手ですねー」

そこまで言いかけて、サーナイトは口を閉じた。
サトシの表情が、いつになく固い。
普段なら、躍起になって嘘ではないと言い張るはずだというのに。
ここまで緊張している彼の姿など、見たことがない。
サーナイトは心の中に、漠然とした不安を抱いた。

サトシ「……まただ」

沙亜夜「え?」

サトシ「また俺は、ジムリーダーと戦わず賞品を我が物にしちまった。カスミも、マチスも、正々堂々と叩きのめす予定だったのによ」

沙亜夜「マチスはともかく、カスミなら戦える望みが残っています」

サトシ「いいや、そんな話じゃない。結局、俺はいつもレッドの後塵を拝してるってことさ。ハナダに続き、クチバも先を越された。今こうして俺らが呑気に買い物をしている間だって、レッドはタマムシシティのエリカ嬢をブチのめしているかもしれんのだぜ」

サトシは焦っていた。
100レべのトランセルを手に入れ、てっきり自分はこの世で最強の戦士になったのだと思っていた。
しかし、コクーン使いのレッドやフレンドリィショップの女店員と比べれば、自分はいかに未熟な存在であることか。
バッジを遠くへ投げ捨てようとするサトシを、背後からサーナイトが羽交い絞めにした。
それでもなお、彼は手足を振り回してもがく。

サトシ「こんなもの、俺には必要ない!」

沙亜夜「早まらないでください! あなたの気持ちはよく分かります」

沙亜夜「けれど、どんな方法であれ、サトシさんはバッジを手に入れた。十分に誇っていいんですよ」

サトシ「沙亜夜、テメェに俺の気持ちなど分かるまいよ。レッドがジム戦に勝ち、俺はおこぼれを貰うだけ! そんなジムバッジなぞ、敗者の称号以外の何物でもないだろうが! 外を歩きゃ裸の王様、良いお笑い種だぜッ! テメェらはそれでも笑顔で、バッジを胸につけろと言うのか、惨めな思いをしろと言うのか!」

沙亜夜「うるさい、だったら強くなって、レッドを打ち倒せ! サトシさん、あなたのトランセルはそのためにあるんでしょう? それに私も、フライゴミさんもいる。バッジに見合うだけの実力はある! 何も惨めに思うことはありません! もし不服に感じるなら、レッドよりも先に強くなること。そして、レッドよりも先にカントー地方のバッジを集めること。今からでも十分間に合います。ヤケにならないで。全てを終えた時、あなたの胸に輝くジムバッジは何よりも素晴らしい思い出となるはずだから」

フライゴミ「そもそも、サトシは小さなこと気にしない性質だよね。最近、ちょっとしたことでクヨクヨし過ぎだっての。これじゃあ安心して眠れないよ」

ここで、やっとサトシはもがくのをやめた。
もはやバッジを手にしてしまった以上、いかなる反抗も無力だと悟ったのだ。
恥辱を雪ぎたければ、自らが強くならねばならぬ。
前を向いて歩きださなければならぬ。
矛を取らずして、栄光の未来は訪れない。
サトシはうなだれて、悔しそうに舌打ちした。

サトシ「……チッ。まさか、ポケモンに説教されるとはな。確かに、お前らの言う通りだぜ」

サトシ「沙亜夜、フライゴミ、迷惑をかけちまったみたいだな」

申し訳なさそうに苦笑したサトシは、サーナイトから解放されると、ごほんと咳払いして襟を整えた。

サトシ「おい沙亜夜、飲み物のブースにいたみたいだけど何を買ったんだ? そろそろ、普通のキズぐすりじゃ回復が間に合わなくなってくるころだぞ。そこら辺、よく考えたんだろうな」

沙亜夜「ええ、大丈夫ですよ。あなたほどお金にルーズじゃありませんから。予算の範囲内にとどめておきました」

フライゴミ「ボクも、コイキングにぎり一個だけにしといたよ」

サーナイトもビブラーバも、出立の準備はできているようだ。
サトシは帽子のつばを後ろへ向け、キリンリキの背に飛び乗った。
もう彼の顔には、先ほどまでの乱れた感情は見えない。
あるのは、さらなる高みへ昇ろうとする、勇気と闘争心のみ。

サトシ「んじゃ、さっそく命がけの帰郷と参ろうぜ!」

沙亜夜「信じてますよ。サトシさんは誰にも負けないって」

サトシ「ヘッ、好き勝手ほざきやがって。ちゃんと遅れずについてこいよ!」

~マサラタウン~

フライゴミ「なんだ? あいつら」

異様な光景だった。
道着を身につけたヒマナッツが、中指を立てながら前に後ろに、踊るが如く軽快なステップを踏んでいるのだ。
研究所の門番を任されているのか、扉の前から動こうとしない。
何度も崖を飛んでやっと着いたというのに、肝心の目的地に入れないとは、あまりに無念ではないか。
歯噛みするビブラーバを宥めて、サトシは馬首をめぐらした。

サトシ「なぁに、最初から研究所に入れるなんて思っちゃいねぇよ。俺ン家まで一旦退いて、門番を引き剥がす方法でも考えようぜ」

研究所の隣に立つ一軒家へ、サトシは駒を進めた。
いつでも逃げられるよう、玄関を開けたままにしておき、家のポストにキリンリキを繋ぐ。
扉を開くと、綺麗に揃えてある母親の靴が目に入った。
今は朝食時だろう、おすそわけを貰えたら嬉しいものだ。
サトシは靴を脱ぎ棄てながら、明るい声でドタドタ廊下を歩いた。

サトシ「ただいま! ママ、お腹すいた! ……ああ?」

てっきり母親が出迎えてくれるのかと期待したが、予想に反して家の中はがらんとしていたのである。

サトシ「どうなってんだこりゃ……。どうしてママがいねぇんだよ!」

フライゴミ「外に出かけてるんじゃないの~」

サトシ「残念だが、それは違うぜ。玄関にママの靴が置いてあったからよ。第一、俺のママは作り立ての朝食をほったらかしにしたまま出かけるような、適当な人間ではない」

フライゴミ「じゃあ、一体どうして……」

沙亜夜「サトシさん! キリンリキが、キリンリキが!」

相棒の悲鳴を聞いて駆けつけた頃には、時すでに遅し。
悪鬼らが、ぞぶりぞぶりとキリンリキを喰らっている。
よく見れば、それは門番を務めていたヒマナッツではないか。
サーナイトが青ざめた顔で、サトシの表情をうかがう。
案の定、髪を逆立て眦を裂き、口をくわっと開いている一体の阿修羅像がそこにはいた。

サトシ「テメェら、よくも俺の駒を! 目に物見せてやるッ!」

堪忍袋の緒が切れたサトシは、種ポケモンの首をむんずと掴むやいなや、怒りに任せてもう一体の尻穴に突き刺した。
驚きのあまり、突っ込まれた方の眼球が飛び出る。
草タイプのヒマナッツはメガシンカによって格闘タイプを得、今度はサトシの尽力で虫タイプを得たのだ。
八つの脚を持つ獣はその場で蠢めいていたが、先に後ろの四本が動きを止め、地面に糞と尿を垂れ流した。

サトシ「カカカ、素敵な造形物ができたじゃねぇか! 美術館に寄贈したら、さぞ現代アートとして客寄せしそうだぜ! なぁゴミよ!」

フライゴミ「うわ、きったな。こんなん置いても、人気なんか出やしないね。さっさと研究所に行ってくれよ。臭くてたまらないよ」

サトシ「言われずとも、そうするぜ!」

ノリの悪いビブラーバを肩に乗せたまま、サトシは研究所へと駆けてゆき、扉を蹴破った。

誰も、いないようだ。
白熱灯は全て破壊されており、暗闇の行軍を余儀なくされる。
こんな時に、フラッシュの使えるポケモンを持っていれば。
後ろを歩くサーナイトに頼んでも、マジカルシャインでは眩し過ぎる上、一瞬しか効果を発揮しない。

サトシ「どこだ、どこにいやがる! 憎き賊ポケの首魁はよォ!」

その時、天井のスポットライトが一点を照らし出した。

沙亜夜「サトシさん、何かいます!」

首から上がルナトーンのカイリキーが、両腕で頬杖を突きながらオーキド博士の席に座っている。
ハナダシティのポケモンセンターにて研究所と連絡を取った際、画面の向こう側で老博士を殴り飛ばした奇妙な月魔人。
たった一瞬の面接だったが、その奇天烈な外見や暴挙はサトシにも、少なからず衝撃を与えた。
そして、偉大な神の采配により、二傑は再び相見えたわけである。
いつも通り、サトシはポケットからトランセルを引き抜く。
大抵のポケモンは、この行動を見るだけで縮み上がる。
目の前でふんぞり返っているルナトーンは、例外なようだが。

サトシ「ほーん、テメェが緑林の王者か。護衛もつけずノコノコお出ましになるとは、結構な度胸だぜ。よろしい、その意気に免じて苦しませずブッ殺してやる」

メガルナトーン「オレハ、ニンゲンノセイデ、ミニクイカラダヲ、クッツケラレタ。フクシュウ、アタリマエ」

敵の言う言葉にも一理ある。
研究が進んでいないにもかかわらず、オーキドはメガシンカの一般化・普遍化を図った。
すなわち、本来ならメガシンカしないポケモンの細胞をいじくり、型の合わないピースを無理やりはめ込むように、適用させたのだ。
こうして生まれた奇怪な改造ポケモンらは、失敗作として殺処分されるのが、研究所での暗黙の了解であった。
まさに、死ぬために生まれてきたようなものだ。

サトシ「だからって、罪のない人間まで巻き込んで良いという道理にはならないだろ。それに聞いたぜ、テメェらマサラタウンだけじゃなくて、トキワシティの町民まで殺めているんだってな」

メガルナトーン「ソウダ、カズガフエタイジョウ、マサラタウンヲオレタチノクニトスルシカナイ。ダカラ、チカクノニンゲン、コロス」

沙亜夜「マサラタウンを改造ポケモンの国にする……? そんなことが許されると、本気で思っているんですか」

メガルナトーン「ウム。マワリニ、タカイカベヲ、タテルツモリダ」

サトシ「ざっけんな! そんなことをしたら、マサラタウンがマジで陸の孤島になっちまうじゃねぇか!」

メガルナトーン「ソレノ、ナニガ、ワルイ」

サトシ「ああ、悪いとも。テメェのやろうとしていることは、立派な内乱罪に値する。勝手に新しい国を建てようとしているんだからな」

サトシ「それに、何よりも許せないのはよォ……。オーキド博士はともかく、俺のママにまで危害を加えたってことだぜ!」

メガルナトーン「ホウ、タチムカウノカ。ゴボウミテェナウデ、ヤワラカソウナサナギ。ソノフタツデ、オレヲチュウセントスルカ」

サトシ「やかましい! つべこべ言わずに構えろや、この三下がァ!」

メガルナトーン「……オレ、ヨウシャ、シナイ」

サトシ「さぁ、闇のゲームの始まりだぜ!」

勝負の開始宣言が終わらない内に両雄、地を蹴って激突していた。

サトシ「ドラァ!」

サトシが振り下ろしたトランセルを、メガルナトーンは左手でかろうじて掴み止める。
二人の技量は拮抗しているように見えたが、サトシにはまだ若干の余裕があった。
相手の実力を見るべく、初撃はできるだけ弱めに徹していたのだ。
若武者は、その血気に任せてトランセル刀を押し込んだ。

サトシ「テメェ意外と腕力ないんだな! これくらいの剣撃、かる~く弾かなきゃすぐに死んじまうぞ?」

サトシ「オラオラァ! ずっと俺のターンだぜッ!」

メガルナトーン「ム……ウム、ウムウム」

サトシ「不肖な俺を育ててくれたママも、俺にトランセルをくれたオーキド博士も、新しい仲間だったキリンリキも! 全員テメェに殺されたんだ! その痛み、今こそじっくりと味わいやがれ!」

右から、左から、流れるように刀を振り下ろす。
対するメガルナトーンは一回も反撃できていない。
両腕で防御の構えを取り、ひたすら耐えているばかりだ。
多くの豪傑と刃を交えてきたサトシにとって、今回の相手はまるでケツの青い童子、渡り合うに力不足であると踏んでいた。
耐えて耐えて、どうにかなるとでも思っていたのか。

サトシ「楽勝だな、へヘッ!」

攻撃さえ当たらなければ、改造ポケモンなどただの木偶だ。
すると突然、背後で観戦していたサーナイトが立ち上がった。

沙亜夜「気をつけてください、サトシさん! 敵はほとんどダメージを受けていません!」

サトシ「なんだって、効果はいまひとつだったのか!?」

防御の構えを解いたメガルナトーンの瞳に炎が燃え上がる。
月魔人は両拳を握りしめ、ガチンと突き合わせると、左足を一歩前に中段の構えを取った。

メガルナトーン「ショセン、ヒトナド、コノテイド」

サトシ「ヘッ、負け惜しみも程々にしとけやダボが」

メガルナトーン「ソーレッ」

敵のローキックが、サトシの右ふくらはぎに炸裂した。

サトシ「ぐああッ!」

ルナトーンといえど、その身体はカイリキーだ。
まともに喰らえば、ただで済むはずがない。
鈍い音と共に、激痛が下半身を襲う。

サトシ「ちぇらぁッ!」

メガルナトーン「フム」

サトシが放った渾身の一撃をいなし、鳩尾に右ストレートを一発。

サトシ「ぶほ、オエッ!」

サトシもこれにはたまらず、胃の内容物を床にぶちまけた。
それでも、サナギ戦士は踏みとどまる。
ポケモンバトルにおいて、膝を着くことは敗北を意味するからだ。
唇から垂れる胃液と血を拭うと、不敵な笑みをこぼした。

サトシ「笑わせんな。バトルはまだまだこれから……」

メガルナトーン「シッ」

間髪入れず、メガルナトーンは爪先でサトシの顎を蹴り上げた。
強烈な衝撃に、瞼の裏で火花が飛び散る。
改造ポケモンと十歳の少年とでは、身の軽やかさがこうも違うのか。
サトシはあらぬ方向に折れ曲がった自らの右脚を眺めながら、ぼんやりと力量の差を感じていた。

メガルナトーン「ソレデ、オワリカ」

残念ながら、終わりなのである。
あらゆる戦闘において、移動の要となる脚は必要不可欠な存在だ。
それを片脚だけでも駄目にされた以上、もはやサトシは地を這いつくばることしかできぬ。
遠距離手段を持っていれば別だが、破壊光線の反動は大きい。
今の状態で撃とうものなら、サトシはさらに吹き飛んで、原型をとどめぬくらいミンチとなるだろう。
『オレのターン』はもう終わってしまったのだ。

サトシ「クッ……ミックスオレを……摂取しなくてはッ!」

敵に背を向け、ズルズルと自らのバッグ目指して床を這う。
フレンドリィショップで買ったミックスオレが、一本残っている。
あれを飲めば、脚の骨折くらい瞬きするほどの時間で治るはずだ。

サトシ「バッグまで、バッグまで辿り着きさえすれば!」

月の影が揺らめく。
折れた右脚を掴まれたサトシは、鞭の如く床に叩きつけられた。
鼻柱がひん曲がり、黒い血がとめどなく流れ出す。

沙亜夜「サ、サトシさん……」

フライゴミ「おいおい、こんなことってあんのかよ」

愕然と震えて動けない二体のポケモンに、サトシは叫んだ。

サトシ「撤退だ、沙亜夜! フライゴミもボールの中へ逃げろ。一度退いて、策を練るぞ!」

三十六計逃げるに如かず。
旗色が悪くなれば、おして戦わずに逃げるのも術である。
しかし、サーナイトはもはや這う余力もないサトシの肩を優しく叩いて、月魔人へと向かっていった。

沙亜夜「あとは任せてください」

サトシ「俺が負けたんだぞ、テメェに勝算はねぇ! 下がれ!」

沙亜夜「トレーナーが殺されかけたのに、黙って逃げるポケモンがどこにいるんです! らしくないですよ、サトシさん」

サトシ「ああ……どこまで忠義に厚いんだ、沙亜夜! その悲壮な闘志をもって、自ら死地に赴くとは!」

サトシ「ジュンヤ、すまねぇ。俺のせいで、お前のポケモンを……」

メガルナトーン「シュジュウノキズナ。クッソワラエルンダガ」

沙亜夜「今のうちに口が裂けるほど笑っておきなさい」

沙亜夜「もう二度と、愉快な気分にはなれないでしょうからね」

サーナイトの瞳に冷徹な光が閃いた。

今回はここまで
次回、ついにサトシが……

メガルナトーン「サーナイトゴトキノ、アイテトハ、ミクビラレタモノダ。ユケ、ワガシモベタチヨ」

号令が下されると、天井から無数のベトベトンが急降下してきた。
改造ベトベトンの身体には巨大な白い翼がついている。
トゲキッスと掛け合わせた結果、図らずも生まれた奇形児だ。
大きく上昇した攻撃から放たれる、タイプ一致のダストシュートは脅威のはずだが、彼らは汚物をぶつけることができなかった。
彼らの身体が原型を留めぬほどに破壊されていたからだ。
どうやらこのサーナイト、瞬きをする間にインファイトを使って全匹逃さず始末してしまったようである。
白皙の格闘家は、再び腰を低く、戦闘の構えに移った。

沙亜夜「雑魚の相手は飽きました。早く闘いを始めましょうよ」

メガルナトーン「クク……。スコシハ、ヤルヨウダナ」

両者、一歩も退くことなく睨み合っている。
喩えるならば、屏風に描かれた龍虎。

メガルナトーン「……ユクゾッ!」

先に動いたのは、メガルナトーンであった。
右腕で先制技のマッハパンチを繰り出す。
サーナイトは弾丸の如き速さで突き出された拳を見切り、その勢いを利用して背負い投げる。
メガルナトーンも負けじと、伸ばしたもう片方の腕でサーナイトの胸倉を掴み、投げられると同時にカウンターを決める。
投げては投げられ、投げては投げられの繰り返し。
見栄えのしない地味な闘いだが、双方の生命ゲージは着実に削られていった。
このままでは、相討ちになるのも時間の問題だ。
危険を感じたサトシは、決定打となる技を打つよう声を張り上げた。

サトシ「沙亜夜、インファイトでブチのめせッ!」

沙亜夜「承知しました!」

飛び退いて一旦距離を取ったサーナイトは、メガルナトーンにつけ込む隙を与えないように、すぐさま床を蹴って疾走した。
突進の勢いに任せて右拳を思い切り相手の胸に叩きつける。
肉の弾ける音が研究所に鳴り響く。

サトシ「どうだッ!?」

沙亜夜「まずまず、ですね」

動かぬメガルナトーン。
好機と見たサーナイトは拳を握りしめ、目にも留まらぬ速度でラッシュを打ち込んだ。

顔、肩、胸、腹。
次々に弱点を狙って連撃を放つ。
多くのポケモンと闘ってきたサトシでさえも、沙亜夜のインファイトには動体視力が追い付かない。
まるでメガルナトーンが痙攣しながら空中浮遊しているかのようだ。無論、サイコキネシスを喰らっているわけではない。
れっきとした肉と肉のぶつかり合い、格闘タイプのみ許された拳による破壊の応酬である。
サトシは足が折れていることも忘れて、弱った全身に力をこめ、のどが潰れんばかりに叫んだ。

サトシ「いっけええええええ!」

沙亜夜「でやああああああッ!」

サーナイトがガラス細工のように細い両腕を大きく広げた。
研究所を目も眩むほどの光が包み込む。
沙亜夜の奥義、マジカルシャイン。
ドラゴンのみならず、格闘、悪タイプも討ち滅ぼす必殺の技。
わずかに瞼を開いていたサトシは、サーナイトが敵の顔面に伝家の宝刀、とびひざげりを喰らわせる様子をかすかに見た。
光が収束する。
轟音が、爆風に乗って駆け抜ける。
最後に立っていたのは。

メガルナトーン「クフーッ、クフーッ。インファイトニ、マジカルシャインヲレンケイサセルトハ、カンガエタモノダナ」

メガルナトーン「コメットパンチヲ、ウタナケレバ、ハイボクスルノハ、オレデアッタヨ」

月魔人はサーナイトの頭を掴んで持ち上げると、もう一発パンチを腹に打ち、サトシの方へ蹴り飛ばした。
息はあるようだが、『瀕死』の状態で、戦うことなど到底できない。

サトシ「なッ!?」

フライゴミ「ちょ、沙亜夜までやられちゃったよ。ってことは、ガチのガチで逃げるパターン来ちゃった感じすかァー」

メガルナトーンの身体部分である、カイリキーは四本の腕を持つ。
前の腕が使えなくても、後ろの腕で鋼タイプのコメットパンチを放つことができるのだ。
マジカルシャイン、とびひざげりという致命傷になりかねない技をあえて喰らい、同時にコメットパンチで反撃する。
メガルナトーンにとっても、これは自らの耐久とサーナイトの攻撃、どちらが勝るかの賭けであった。

沙亜夜「サトシさん、ごめんなさい。お役に立つことができませんでした……ううぅ……」

サトシ「何言ってやがる。テメェは十分仕事をしたぜ、ゆっくり休んでな。さぁて、フライゴミ! もう少しだ、いけ!」

フライゴミ「ええ~。さっきはボールに戻れと言ってたじゃん~」

サトシ「状況が変わったんだ。沙亜夜が削ってくれたおかげで、テメェでも十分戦えるくらいまで弱ってる! 勝機は今ってなァ!」

フライゴミ「ちょ、ちょいと待ってくれよ」

サトシ「なに、待てだと? ふざけたことほざいてんじゃねぇ! 今逃げたら、千載一遇のチャンスを取りこぼしちまうだろが!」

メガソルロック「タダイマ、モドッタッス」

研究所の奥から、掠れた声が聞こえた。
二人が揉めている間に、新しい敵が増えてしまったのだ。
メガルナトーンは喜色をその月面に漲らせた。

メガルナトーン「オヤ、メガソルロックデハナイカ。ミマワリ、ゴクロウ。ホウビヲトラセル。コチラヘマイレ」

ミルタンクの身体を持つソルロックが、ヨチヨチと入ってきた。
これもまた、メガシンカの恩恵を受けることができなかった、哀れな失敗個体なのだろう。
月魔人は全滅寸前のサトシらを指差し、臣下へと横柄に言い放った。
見回りを終えた褒美として、サトシかサーナイト、どちらかにとどめを刺す権利を与えようというのである。
しかし、意外にもメガソルロックは首を横に振った。

メガソルロック「イヤイヤ、アンタノエモノッショ。ソレヨリ、ズットキニナッテタコトガアルッス」

メガルナトーン「ナンダ、モウシテミヨ」

メガソルロック「アンタガ、ウデニツケテル、ミドリイロノイシ。ソレハ、ナンッスカ。チョイト、サワラセテクダセェ」

メガルナトーン「コレハ、トランセルナイト。サワリタケレバ、ゾンブンニサワルガヨイ」

メガソルロック「ヘェ……コレガ、トランセルナイトッスカ」

メガソルロックはトランセルナイトを手に取ってまじまじと見つめると、何を考えたか、サトシに向かって投げた。
驚いたのは、それを目にしていたメガルナトーンである。

メガルナトーン「ナニヲスルカッ!」

すると、メガソルロックの姿が溶け始めた雪だるまのように崩れ、一匹の黒い大柄な狐が現れた。

ゾロアーク「流石はメガ個体の失敗作。加えて頭も悪いと来ちゃ、もう救いようがないねぇ」

サトシ「お、お前はトキワシティの民宿で会った、ゾロアークじゃねぇか! どうしてここに……」

ゾロアーク「やぁ、奇遇だね。詳しい説明は後だ。そのメガストーン、とっとと使っちまいな!」

メガルナトーン「コノ……コノ……ボケナスガァーーーーッ!」

ゾロアーク「アタシはナスじゃない、キツネさ」

化け狐に殴りかかった愚者の視界を、黒い影がすばやく横切った。
ビブラーバが、メガリングを奪い取ったのである。

フライゴミ「これでひとまず仕事はしたってことでいいでしょ~」

サトシ「ひとまず、だって? 大手柄だぜ、フライゴミ!」

駆けだそうとしたサトシは、苦痛に顔を歪ませ膝をついた。
最初の戦闘で右脚を折られていたことを思い出したのだ。
再び絶望に囚われかけたサトシは、一本のラムネ瓶が隣から転がってくるのを見た。

沙亜夜「サイコソーダで、傷を治してください。私が買っておきました」

サトシ「気持ちはありがたいがな。それはお前が飲むモンだ。この程度の骨折、気合でどうにでもならァ」

沙亜夜「何ふざけたことを言ってるんです。私はサイコソーダを飲んでも、戦闘には参加できません、けど、サトシさん。あなたならできる。メガルナトーンを討てる」

沙亜夜「私は以前、おつきみやまで倒れた時にサトシさんに救っていただきました。あなたが駆けつけてくれなかったら、あのまま骨となっていたでしょう。今度は、私がサトシさんを助ける番です!」

沙亜夜「お願いします、サイコソーダを飲んでください!」

そこまで叫ぶと、サーナイトはカッと血を吐いて力尽きた。
限りなく死に近い戦友の懇願を受けて、サトシは決意したようだ。
サイコソーダを一気に飲み干す。

サトシ「共鳴しろ! メガリング! メガストーン!」

サトシは、トランセルを空中に放り投げた。
キーストーンとトランセルナイトが共鳴する。
研究所に現れた緑色の三日月が、灰色の満月となる。

トランセル「フゥウウオオオオッ!」

砕け散る球体。
辺りに漂うかぐわしい芳香。
乳白色の霧が晴れた先には。
一振りの太刀がリノリウムの床を割り、地面に突き刺さっていた。

サトシ「これがメガトランセル……!」

蛹の紋章が彫り込まれた柄を握ると、身体の奥から力が湧いてくる。
地面から刀を抜き、斬れ味を確かめるように素振りした。
一颯、また一颯。
空間を斬るごとに、段々と自分が強くなっていく気がする。

サトシ「いくぜッ!」 

メガルナトーン「フザケルナァ! メガシンカナゾ、クダラン! スベテ、ワガコブシデ、ウチクダク!」

サトシ「2秒で1000発っつーことはよ、1秒間に1本の腕から放たれるパンチは125発だ。ケッ、よく考えてみりゃ大したことねぇな。全て捌き切る自信が俺にはあるぜ」

メガルナトーンの剛腕は四本あるので、実質的には1秒間に500発なのだが、もう細かいことを気にする余裕など残っていなかった。

サトシ「メガトランセル、テメーに俺の命を預ける。相手がちょうど良い間合いに入ったら、すぐ技をお見舞いしてやれ」

刹那、プツンと糸の切れる音と共に、世界はそのまま静止した。
いや、サトシのみ時が静止したかのごとく感じた。
研究所の壁にかかっているアナログ時計の針は規則正しく動き続けているし、メガルナトーンは風よりも速く近づいている。
車に轢かれそうになった人間が最期に体験する、思考速度の極致。
精神が加速することで、まるで時が止まったかの如く感じたのだ。
フライゴン、ゾロアーク、そしてサーナイト。
全員の助けを受けて、サトシは闘いに終止符を打つ。

サトシ「これで終わりだッ! メガトランセル、たいあたりッ!」

メガルナトーン「ウンガアアアアアッ!」

サトシ「いい加減、死にやがれクソがあああああッ!」

メガトランセルとサトシは、一筋の剣光となり、目にも留まらぬ速さで対峙する月魔人に飛んでいった。
敵はコメットパンチで応戦するが、マッハ2を前にしてはなすすべもない。
メガルナトーンの身体はバラバラに斬り裂かれ、宙を舞った。
トランセルを鞘に収めると同時に、肉片がいくつか落ちてくる。

サトシ「よくやったな、トランセル。今はしっかり休め」

フライゴミ「お~いサトシ、こっちに来いよ。人間が縄に縛られてるぜ。これお前の関係者じゃねーの?」

サトシ「なにッ」

サトシはオーキド以下数十名の村人を解放した。
茶髪をゴムで一つにまとめた三十路の女性が、バリヤードと一緒に駆け寄ってきた。

ハナコ「サトシ! あなた無事だったのね!」

バリヤード「ババリバリッシュ!」

サトシ「ママこそ、てっきり殺されたのかと思ったぜ! おお、バリヤードも無傷か! ヒック、嬉しくてしゃっくりが出ちまった!」

オーキド「見事な制圧っぷりじゃったぞ。我が弟子、サトシよ」

サトシ「博士! ハナダシティで見た時は、安否のほどは如何にと冷や汗が出っ放しだったんですがね。元気そうで安心しました!」

オーキド「ワシを助けてくれたお礼に、サトシにはクリムゾンバッジを進呈しよう。ほら、手を出せい」

オーキドは炎の形をした赤いバッジを、サトシの手に乗せた。
クリムゾンバッジは、七つ目のグレンジムを攻略して手に入れるはずの賞品である。
博士からトランセルナイトだけでなく、挑んでもいないジムのバッジをもらう異例の事態に、声も出ないサトシ。

サトシ「いや……これ、グレンシティのバッジですよね。まだジムにも挑んでいないのに。つーか、どうしてこのバッジを博士が持ってるんだ。カツラのおっさんの物じゃないんですか?」

オーキド「カツラなら、イッシュに飛ばしておいたぞ」

サトシ「あァ?」

オーキド「ウルトラビーストとかいう新種ポケモンの研究にとりかかっていたみたいでの~。野放しにしておれば、必ず学会で幅を利かせていたじゃろう。芽は早いうちに摘んでおくのが上策じゃ」

サトシ「ケッ、クソジジイが。こんなことなら、助けない方が良かったかもしれねーぜ!」

オーキド「これこれ、聞こえておるぞ。それからサトシ君にもう一つ、渡したい物があったのじゃよ」

サトシ「なんです? ジムバッジにメガストーン。これだけでもうお腹いっぱいだ。クリスマスプレゼントを親とサンタクロースからもらって、そのうえ誕生日プレゼントまで渡されるような気分だぜ!」

オーキド「まぁ、そう言うなて。すぐ研究員に持って来させるからの。トキワの森で見つけた、不思議なポケモンなんじゃが」

研究員は奥から、図鑑と思しき装置と薄緑色のオーラをまとった小さいポケモンを抱えてきた。
鬼の形相で放電しているが、研究員は完全防備の服装なので、少しの痛みも感じていないようだ。

ロトム「ああああ! ヤメテクレ! 図鑑だけは嫌だああッ!」

研究員は無言で、わめくポケモンを装置に押し込んだ。
ギュムッと音がして、電源を入れてもいないのに装置が起動した。

ロトム図鑑「ちわ~……ロトムです……よろしく」

オーキド「おいッ! ちゃんと語尾に「ロ」をつけんかッ!」

ロトム図鑑「ああ~、これだから頑固オヤジは。改めて自己紹介しますロ。ロトム図鑑と申しますロ。GPSを応用したシステムで、ご主人が行くべき目的地を割り出しますロ」

サトシ「ふぅん」

ロトム図鑑「それから、『ポケファインダー』って機能もあるロト。けど、この機能は殺戮者サトシには必要ナシだから説明しないロ」

オーキド「つまりじゃな、これまでの図鑑は自我の持たぬただの機械であったのだが、ロトム図鑑は自我を持つ『より人間的な存在』というわけなんじゃ。会話もできればチェスだって得意じゃぞ」

オーキドは科学の素晴らしさについてくどくど授業していたが、サトシはそんなものに興味など湧かなかった。
施設の隅で腕を組み佇むゾロアークへつかつかと歩み寄る。

サトシ「お前、シゲルのポケモンだろ? どうして俺の後なんかついてきたんだよ」

ゾロアーク「あのままズラかるのも良かったけどね。シゲルの言葉を思い出したんだ。『万が一ぼくがお前と走れなくなったら、あの頼りないサトシを支えてやってくれ』ってね」

サトシ「あのキザ野郎……。負けた時のことなんぞ考えやがって。俺達ポケモントレーナーには、勝ち続けるしか道はないだろうが……」

プラズマ団の襲撃で消息を絶ったライバルを想うと、涙があふれそうになる。
あれだけ自分をバカにしておいて、心の奥底では誰よりも心配してくれていたのだ。

ゾロアーク「ま、そういうわけでしばらく厄介になるから。よろしく頼むよ」

サトシ「厄介になるっつったってよ……」

オーキド「サトシ君、ゾロアークに何かニックネームをつけてやりなさい。これから、共に旅をする仲間となるのじゃから」

サトシ「お前は……そうだな、>>273がいい」

オーキド「どうして、その名前にしたのかね?」

ロロノア・ゾロリ

サトシ「特に深い理由はねーよ。ただ、ゾロアークって名前を聞くと何となく思い出しちまったんだ。海賊王になりたいガキの漫画と、イノシシを二匹従えた大怪盗の漫画をよ。昔、よく読んでたっけな」

オーキド「ということはサトシ、ゾロアークの名前を漫画の登場人物から引っ張ってきたのじゃな!? なんと適当な……」

呆れた表情のオーキドとは正反対に、ゾロアークは満足げであった。

ロロノア・ゾロリ「ロロノア・ゾロリ……。へぇ、なかなか小洒落た名前じゃないか。じゃあ改めて、契約成立といったところだね」

サトシ「ああ、シゲルよりもうまくお前を使いこなしてみせるぜ」

フライゴミ「ゾロリ姐さんよろしく~。ボクはフライゴミってんだ」

サトシとゾロアークは、ギュッと盟友の仲を誓う握手を交わした。
その周りを忙しく飛び回るビブラーバ。

オーキド「ワッハッハ! これでゾロアークもGETじゃな! 両刀型俊足アタッカーとして使ってやるがよいぞ!」

老博士は豪快に笑いながらサトシの背を叩いたが、彼は握手をした時にゾロアークの意思を仄かに感じ取っていた。
あくまで自分はシゲルのポケモンであり、ここは仮寝の宿に過ぎぬ。
もしシゲルの消息を掴んだのなら、今すぐにサトシのもとを離れる。
そう、ゾロアークの瞳は物語っていたのだ。

サトシ「お前の気持ちは痛いほど分かってるさ。だからお前をボールの中に入れなかった。しっかり働いてくれよな、ゾロリ」

ロロノア・ゾロリ「ま、あたしは好きにやらせてもらうよ」

この時、ゾロアークの手はかすかに震えていたのだが、サトシはてっきりゾロアークが新しい居場所を得て、感極まっているのだと独り合点していた。
その判断が大いなる過ちであったことも知らずに。

今回はここまで
次回、シオンタウンでレッドが暴れまくる

化け狐との契約が終了した後、サトシは老博士に次のジムがあるタマムシシティへの最短ルートを尋ねた。
レッドよりも先にジムリーダー・エリカとバトルを挑み、レインボーバッジをもぎ取らねばならないからだ。
これまで全てのジム戦を先越されているサトシにとって、到着の早さは死活問題であった。
老博士とロトム図鑑が同時に答える。

オーキド・ロトム図鑑「「シオンタウンへ行くのじゃロトね」」

オーキド「おいッ、ここはワシのセリフじゃろ。勝手に食い込むな!」

ロトム図鑑「少しくらい喋らせロ! うっしゃああああああああ」

オーキド「やかましい! お前はしばらく黙っとれ!」

ロトム図鑑「ほげー」

争う二人をよそに、サトシは真剣な表情で考え込んでいた。

サトシ「シオンタウン? イワヤマトンネルを抜けた所にある山間のド田舎か。なぜそんな寒村を経由せねばならねーんだよ」

オーキド「あの場所にはタマムシシティへ繋がる地下通路がある。加えてもう一つ、訪れてもらいたい観光名所が存在するのじゃよ」

サトシ「観光名所だって?」

女店員「ポケモンタワーのことね」

聞き覚えのある声に驚いて振り向くと、フレンドリィショップで戦った麗しき女店員が立っていた。
店内で会った時は青と白を基調とした縞模様の作業服だったが、今は大きく胸元の開いた黒いコートを身に着けている。
人間、服装を変えるだけでこうも見え方が変わるのか。
薔薇のような気品も、雌獅子のような威圧感も以前とは桁違い。
サトシは息の詰まる思いで、ごくりと唾を飲み込んだ。

サトシ(あの野郎……きっと半端なく強い。店で戦った時も薄々感じていたんだ。一体何者だチクショウ……)

オーキド「おお、シロナ君! 君がカントー地方に来るとは珍しい」

サトシ「シロナ、だって? シロナといやあ……シンオウ地方のチャンピオンじゃねぇか!」

シロナ「博士、サトシ君にはまだ名前を知らせていないんですよ? せっかくのサプライズを無駄にしないでください」

サトシ「道理で、戦闘にも切れがあったわけか。けどよ……どうしてシンオウのチャンピオンがカントーに来てるんだよ? それも、フレンドリィショップの店員に扮して」

シロナ「ふふふ、やっぱり気になる? いやね、カントー地方でテロリストの幹部を殺した少年がいるって、連絡を受けたのよ。チャンピオンからしたら、どんな子か見てみたいじゃない?」

サトシ「チッ! 余興のつもりかよ……」

オーキド「ところで、何か言おうとしていたようじゃが、どうしたのかね? シオンタウンの重要さについて説きにきたのかね?」

シロナは静かに首を振った。

シロナ「おっしゃる通り、シオンタウンは重要な場所です。しかし、ここからでは遠すぎる。トキワ、ニビ、ハナダ、そこからフラッシュが必要なイワヤマトンネル。テッカニンでも、最低一週間はかかる」

シロナ「サトシ君、あなたは謎の道場破りよりも先に、タマムシシティへ行かなくてはならない」

サトシ「じゃ、じゃあどうすりゃいいんだよ」

シロナ「セキチクシティ」

【ゴンベッサ(先原直樹)】
http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira129166.jpg

SS痛いコピペ「で、無視...と。」の作者

2013年、人気SS涼宮ハルヒの微笑の作者を詐称し炎上、
ヲチを立てられるにいたる

以来、2017年現在に至るまでヲチを毎日監視し、
バレバレの自演に明け暮れ、それが原因で騒動の鎮火を遅らせる

しかし自分はヲチで自演などしていない、別人の仕業だと
3年以上にわたって別人のふりを続けてきたが、
とうとう先日ヲチに顔写真を押さえられ、言い訳ができなくなった

先原直樹掲示板
http://jbbs.shitaraba.net/netgame/15805/

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