高垣楓「二つの海」 (36)
楓さんのSSです。
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地の分多め。
地の分多いのに、表現力がばがば。
文字数6800文字程度。
よろしくお願いします
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冷たい風を感じながら、大通りから少し離れた通りを一人で歩いていると一軒の居酒屋を見つけた。
一刻も早くお酒が飲みたかった僕は、悩むこともなくその店に入った。
「いらっしゃいませー 一名様ですか?」
外の冷たさと対照的で、店内は活気で溢れていた。
「一名様だとカウンターになりますが、よろしいですか?」
「構いませんよ」
バイトの女の子とそんなやり取りをし、僕はカウンターに通された。
お酒は強い方ではないので、日本酒を3合ほど飲んだところで酔いが回ってきた。
視界は揺れ、自分が自分でないような感覚に襲われた。
すでに自分の限界は超えていたが、僕はまだお酒を飲んでいたかった。
「冷で一合、お願いします」
カウンター越しの少し強面の大将にお酒を頼む。
「あ、あとイカの塩辛ください」
はっきりと透き通るような声が横から聞こえた。
振り向くと、女性が一人こちらを見ており、お互いの目が合った。
目を逸らすのも不自然だったので、僕はじっと彼女を見た。
綺麗な女性だった。
ふんわりとした髪型にややあどけない顔立ちなのだが、どこか儚げというか、神秘的
仕事柄、いろいろな女性を見ているが、僕が見ている彼女たちとはまるで違う雰囲気を
まとっていた。
「あまり食べないで飲んでばかりいると、すぐに酔ってしまいますよ。
お酒はお猪口にちょこっとずつ入れて飲まないと」
ふふっと笑いながら、彼女は席を一つ移動して僕の横に座った。
「普段はこんなに飲まないですけどね」
仕事の時を除いて、初対面の人相手に人見知りをする僕だったが今日は違った。
やはり誰かに話を聞いてもらいたかったのかもしれない。
「あら、何か辛いことでもあったんですか?」
「あるアイドルをプロデュースしていたんですけどね」
そう言いながら僕は彼女に名刺を差し出した。
「へぇ、プロデューサーさんですか。でもアイドルのプロデューサーなんて楽しそうですけどね」
「楽しかったですよ。アイドルの子も僕のことを信じて付いてきてくれていました。
でも現実は厳しかったです。彼女が努力をしても現実は応えてくれなかった。
それで今日、今までありがとうございました、って言われちゃって……」
「……それは辛かったですね」
「僕もその子も本気でトップを目指していました。それなのに、こんなことになってしまった。
一人の女の子の可能性をなくしてしまったと考えると辛くて……自分が情けなく感じたんです」
大将にもう一合日本酒を追加で頼み、僕は乾いた喉を満たそうと、さらにお酒を口に運んだ。
「大丈夫ですか?もうそのくらいにしておいた方が……」
僕のことを心配そうに覗き込みながら、彼女が言った。
蒼色と碧色が僕の目に映った。
蒼色の瞳と碧色の瞳
さっき感じた儚さや神秘的なものがこの瞳に詰まっているような気がした。
「綺麗だ……」
思わずそう呟いた。
僕の意識はそこで途絶えた。
突然目が覚めた。
見慣れた天井だった。
昨日のことは夢だったのだろうか、そんなことを思いながらコップに水を入れて飲んだ。
結局、彼女の名前も、あの後何が起こったのかも思い出せなかった。
昨日のことが幻のように感じられた。
この頭の痛みも幻だったらいいのに、
そんなことを考えつつ僕は頭を引きずり、事務所に向かった。
「おはようございます」
「おはようございます。プロデューサーさん」
事務員のちひろさんに挨拶をして、机に向かう。
向かったはいいが、とくにやるべき仕事もなかった。
昨日までは少しはやることがあったのだが、今では幻のように消えてしまっていた。
これからどうしようか、そんなことを考えながら、窓の外を見つめた。
「プロデューサーさん!」
ちひろさんの一言で我に返った。
時間は11時を少し過ぎていた。
「どうしました? ちひろさん」
「どうしましたじゃないですよ。彼女が辞めてしまって辛い気持ちもわかりますけど……」
「あぁ、すみません。心配をお掛けして。それでどうしたんですか?」
「プロデューサーさんにお客さんです。とても美人の方でしたよ。応接室にいらっしゃるので」
「わかりました」
美人の女性と何か約束なんかしたかな、重い頭を働かせながら、僕は応接室に入った
応接室に入ると昨日の女性がソファに座っていた。
彼女がなぜここにいるのか、何を話せばいいか、わからなかったので、
彼女から話をしてくれることに期待し僕は会釈をした。
彼女は立ち上がり会釈を返した。
少し不自然な間が生じた後、彼女が先に口を開いた。
「調子はどうですか」
「良くはないですね。頭も痛いですし」
「ちょこっとにしようと私が声をかけた後も、ずいぶん飲んでましたもんね。
あれから大変だったんですよ」
「そのことについてはすみません。記憶がなくて…… 何か失礼なことをしましたか?」
「そうですね…… 酔っ払ったプロデューサーさんを背負わされて、タクシーで家まで運ばされました。
ずいぶんと酔っていらっしゃったので住所を聞くのも大変でした」
「そうですか。それは本当に迷惑をおかけしました。
……失礼ですが、そのことを言うためにわざわざ僕の元を訪ねてきたんですか?」
「いえ。違います。アイドルをやりにきたんです私」
彼女ははっきりとそう言った。
「えっ?」
「ですから、アイドルをやりにきたんです私」
突然のことに言葉に詰まった。
僕のそんな様子を見て、彼女は続けた。
「昨日、あなたにアイドルをやらないかと誘われました。
それで私、今までやっていたお仕事も辞めてきました。職なしです。
ここであなたに断られたら、食にも困りますし、超ショックです」
「は、はぁ」
そういえば昨日もダジャレを言っていたなこの人
僕は失笑した。
「というわけで、これからよろしくお願いします。プロデューサー」
こうして僕は彼女、高垣楓のプロデューサーになった。
楓さんは、ものすごい速さでトップアイドルの階段を駆け抜けていった。
潜在写真用にとった『神秘の女神』という一枚の写真が、美しすぎると話題になり、
そのことをきっかけに“百年に一人の逸材”と呼ばれ大ブレイク。
その後出演したトーク番組では、お得意のダジャレでお茶の間に笑いを、
歌番組では、力強くも透明感のある歌声で感動を届けた。
デビューしてから半年ほどで彼女は“世紀末歌姫”と呼ばれるようになり、
トップアイドルの一角としての名を確実なものにした。
「プロデューサー、このイカ納豆、イカが?」
子供のような無邪気な笑顔で楓さんが僕にイカ納豆を勧める。
「今日も絶好調ですね」
楓さんが人気アイドルになってからも、僕らは変わらず、頻繁に二人で会っていた。
お互い仕事が忙しくなり、なかなか時間を作れなくなっていたが、
例えば、今日の様に仕事終わりに。
例えば、二人ともがオフの日の休日に。
僕らは週に何回かは食事をしたり、お酒を飲んだりしていた。
「プロデューサー」
気づけば、楓さんが僕のことをじっと見ていた。
「どうしました?」
イカ納豆を摘まみながら返事をした。
「私の事好きですか?」
いつもの気まぐれか、楓さんは普段の会話と同じようなノリで聞いてきた。
「……そうですね。イカ納豆と同じくらい好きです」
僕も冗談を混ぜて返事をした。
「それって喜んでいいんですか?」
イカ納豆と同じくらい好きだと言われた楓さんはタコのように頬を膨らませながら言った。
「楓さんも好きですよね。イカ納豆」
「好きですけど…… もういいです」
楓さんは頬を膨らませたままお猪口を口に運んだ。
「綺麗な彼女さんですね」
とお店の人に言われたことが何回かあった。
「いえ、付き合ってないですよ。 仕事仲間です」
僕は毎回そう答えた。
答えるたびに、
「はい。そうなんですよ。自慢の彼女です」
と答えたくなる僕を僕は感じていた。
二人で飲んだ帰り道、そっと楓さんの右手に自分の左手を添えたくなる時があった。
嬉しそうに新作のダジャレを言ったときに、強く引っ張って抱きしめたくなる時も、
タクシーに乗り込む楓さんを引き留め、そのまま唇を重ねたくなる時もあった。
でも全部、僕の幻想だった。
片や売れっ子アイドル、片やプロデューサー。
僕には楓さんの人生を台無しにする勇気も、背負う勇気もなかった。
「プロデューサー、……気持ち悪いです」
タコほどではないが、すっかり赤くなった楓さんは立ち上がると、ふらふらとトイレに向かった。
僕は楓さんが無事にトイレに入ったことを確認してから、携帯を取り出し、
20分後くらいに迎えに来るようにと、タクシー会社に電話をかけた。
「どうぞ、乗ってください。」
トイレから戻ってきたばかりの楓さんをタクシーに乗るように促した。
「プロデューサー」
「どうしました?」
「肩を貸してください」
楓さんに肩を貸し、楓さんをタクシーの奥まで運ぶ。
運び終わった後、さて、僕も家に帰るか、とタクシーを出ようとすると、
楓さんは僕の腕をつかみ、僕をタクシーの中に引っ張った。
「――までお願いします。」
楓さんが言った住所は僕の住んでいるマンションの住所だった。
「楓さん?」
「お酒のせいで自分の家の住所わからなくなりました。ですから泊めてください」
「は、はぁ」
運転手さんの、早くしてくれ、という目も気になり、
僕は楓さんを部屋に連れていくことにした。
タクシーが動き始めた途端、楓さんは安心したのか、
くぅ、くぅ、と寝息を立てて眠りについた。
部屋についても楓さんの酔いは醒めていないようだった。
「楓さん、水です。どうぞ。
コップ一杯に水を汲み、渡す。
「ありがとうございます」
楓さんはごくごくと水を飲んだ。
「プロデューサー、シャワーをお借りしていいですか?」
楓さんは水を何杯か飲んだ後、落ち着いた声で言った。
「……わかりました。タオルはその辺にあるものを適当に使ってください。
着替えはこちらで用意しときますね」
楓さんにお風呂場の場所を説明し、僕は着替えを探しに向かった。
「楓さん、着替えおいときますね」
風呂場の前に男物のTシャツをおいた後、ベッドのシーツを綺麗なものと取り換えた。
こんなものだろうか、寝るのに必要なものを準備し終え、僕はソファに横たわる。
シャワーの音が聞こえてきた。
楓さんは僕の事、どう思ってるんだろう。
そんなことを考えた。
シャワーから出てきた楓さんをベッドに連れていき、服を脱がせ、愛し合う。
彼女もそれを望んでいるのだろうか。
そんな妄想が頭に浮かんだ。
その妄想から逃れるように僕は目を閉じた。
目を閉じると、お酒のせいかすぐに睡魔に襲われた。
人の気配に僕は目を覚ました。
楓さんがTシャツ姿で立っていた。
「酔いは醒めましたか?」
「はい」
楓さんの真っ白な素肌があまりにも眩しく、僕は目を逸らした。
「ベッド使ってください。僕はソファで寝ますから」
電気を消し、僕はソファに再び横たわった。
楓さんはベッドにいくか、ソファにいくか悩んでいるのか。立ちつくしていた。
決まったのか、少ししてから蒼色と碧色の瞳が僕を見た。
「プロデューサー、一緒にベッドで寝ても私は構いませんよ」
それだけを言って、楓さんはベッドに向かった。
「……そうですね。考えておきます」
誘惑に飲まれないように、僕は目を瞑った。
目を瞑ったが、なかなか寝付けなかった。
楓さんの方もなかなか寝付けなかったのだろう。
くぅ、くぅ、と寝息が聞こえたのは、電気を消してから30分ほど経ってからだった。
トーストの焼きあがる音で目が覚めた。
いつもの天井だが、少し場所が違った。
そういえばソファで寝ていた、と思いだすと同時に、楓さんを泊めていたことを思い出した。
台所にいくと楓さんが洗い物をしていた。
「あ、おはようございます。起こしちゃいましたか?」
昨日と同じワンピースを着た楓さんが振り返った。
「いえ。こちらこそすみません。朝食作ってもらって」
楓さんにお礼を言って、僕はシャワーを浴びに風呂場へ向かった。
朝食は大人二人がいるとは思えないほど、静かだった。
あまりにも静かだったので僕は嫌でも昨日のことを考えそうになった。
「楓さん。コーヒー飲みますか?」
気分を換えようと思い僕は提案した。
「そうですね。お願いしていいですか」
台所に行き、インスタントのコーヒーを淹れる。
これから仕事に行く僕には、目が覚めるように濃く、
オフの楓さんには、体調を気遣い薄く淹れた。
コーヒーを飲んだ後、僕はスーツ姿に着替えた。
「楓さん。今日は忙しいので、早めに出ますね。鍵はロッカーだと心配なので……
今度会った時に返してもらえますか?」
ネクタイを結びながら、マグカップを洗っている楓さんに声をかける。
「わかりました。その時にお借りしたTシャツも返しますね」
楓さんに見送られて、僕は仕事に向かった。
仕事の間、僕はずっと楓さんのことを考えていた。
天使と悪魔が僕に囁きかけてきた。
昨日、確かに楓さんは僕のことを待っていた。
あのとき誘いに乗って、ベッドにいくべきだった。
悪魔が囁いた。
ここで手を出したら、楓さんのアイドル人生は終わってしまう。
楓さんはトップアイドルで、このままいけば確実にシンデレラガールにもなるだろう。
その可能性を僕がなくしてしまっていいのだろうか。
天使が囁いた。
悪魔と天使のささやき合いが僕の中で何度も行われた。
ふと、半年前に辞めた彼女のことを思い出した。
僕の努力が足りなくて、アイドルを辞めてしまった彼女
やはり僕には無理だ。
楓さんをシンデレラガールにする。
それが僕の務めだ。
僕に楓さんの可能性を奪うことはできない。
「プロデューサーさん。何かお悩みみたいですけど……
気分を変えられるようにコーヒーでもお淹れしましょうか?」
覚悟を決めたと同時くらいに、ちひろさんが僕の様子を心配して聞いてきた。
「ありがとうございます。でも今、解決しました。もう大丈夫です。
あ、でもコーヒーはお願いしていいですか?」
「そうですか。それはよかったです。コーヒー、どんな感じに淹れますか?」
「悪魔のように黒くて、地獄のように熱いやつを」
「タレーランですね。ふふっ。待っててください。腕によりをかけて淹れてきますから」
悪魔を浄化させる思いで、僕はコーヒーを一気に飲み干した。
仕事を終え、帰宅すると扉の前で楓さんが立っていた。
「お疲れ様です。プロデューサー、鍵とTシャツ返しに来ました」
一度、家に帰ってから来たのか、今日はパンツルックだった。
「そんな、わざわざ家までありがとうございます。」
「オフといってもやることもなかったので……」
「なら待つにしても部屋で待っていればよかったのに」
「勝手に部屋に入って待つのは、違うかなと思いまして。やはり許可を貰ってから入らないと……」
そう言って楓さんは期待するように僕を見た。
「……せっかくですし、少し飲んでいきますか?」
僕の帰りを待っていてくれた楓さんを追い返すような真似は僕にはできなかった。
「梅酒とビールありますけど、どっちがいいですか?」
冷蔵庫でお酒とつまみになりそうなものを漁りながら楓さんに聞いた。
「梅酒でお願いします」
僕は梅酒とビールとおつまみを適当にテーブルに置いた。
「乾杯」
「はい。お仕事お疲れさまでした」
いつもと同じように乾杯をする。
違うのは場所と僕の覚悟だった。
いつも二人で飲んでいるときは、話が止まることはないのだが、今日は違った。
昨日のこともあったし、場所が僕の部屋だからか、お互い口数が少なくなっていた。
「お酒なくなったので持ってきます」
楓さんはそう言って冷蔵庫に向かった。
「ついでにチョコもお願いします」
「チョコもちょこっと持ってきます。ふふっ」
そう言ってチョコとお酒を持ってきた楓さんは僕のすぐ左に座った。
「楓さん?」
「ふふっ。いいじゃないですか。他に誰もいませんし」
楓さんのひんやりと冷たい身体が僕に触れた。
僕は自分の身体が熱くなるのを感じた。
「誰もいなくてもダメですよ!楓さん!」
楓さんに、僕の心臓の鼓動が聞こえないようにと、僕は声を荒げた。
「……昨日は待っていたんですよ」
僕からほんの少し離れた距離に移動した楓さんは、
さっきまではしゃいでいた人とは別人のように冷静にそう言った。
「それは……その……」
僕が困惑しているのを見て、楓さんは続けた。
「プロデューサーが来なかったので、私から行かせてもらいます。プロデューサー」
楓さんが今度は緩やかに僕の元に近づいた。
僕は耳を塞ぎたかった。次の言葉を聞きたくなかった。
「私のこと好きですか?」
楓さんは自分の顔をゆっくりと僕の顔に近づけた。
「ダメですって。楓さんと僕はアイドルとプロデューサーなんですから!」
僕はきつく目を閉じた。
「そんなことは関係ありません。もう一度聞きます」
楓さんが僕の両頬に触れた。
ひんやりとした冷たさが再び僕を襲った。
「プロデューサー、目を開けてください」
僕は目を開けた。
深く引きずりこまれそうになる蒼色の瞳と宝石の様に光輝く碧色の瞳
二つの海に僕が映っていた。
「私の事好きですか」
呼吸が苦しくなる。
言葉にすると溺れてしまいそうだった。
「言ってください」
このまま沈んでしまうのも悪くない。
悪魔がそう囁いた。
僕は再び目を閉じた。
「好きです」
梅味の海水が僕を飲み込んだ。
以上です。
最初の方、見づらいかもしれないです。すみません。
楓さんの目が魅力的に感じたので書いてみました。表現力なくてすまない。
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