P「多田李衣菜…、よし、この娘に決めた!」 (243)

~~~~~
事務所にて



李衣菜「だーかーら~、何度も言ってるじゃないですかプロデューサー!」

李衣菜「私がやりたいのは、もっとロックなレッスンなの!」

P「いや、そう言われてもなぁ…」

P「俺はお前以上にここに来て日が浅いし、練習メニューに対して口出しとかし辛くてだな…」

李衣菜「そういうところ掛け合うのが、プロデューサーの仕事じゃないんですか!?」

P「ぐ…、た、確かにそうかもしれないが…」

P「で、でもなぁ、レッスン見た感じ、目標に近づくにはあれが一番早いと思うんだが…」

李衣菜「え~?」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1463747072

P「そ、それに一応、トレーナーさんにレッスンお願いするとき、「ロックな感じでお願いします」って頼んだんだぞ?」

李衣菜「でも実際やってるのは、発声練習、ダンス、発声練習、ダンス、たまにランニングの繰り返しですよ!?」

李衣菜「こんなの全然ロックじゃない~!」

P(う、うーむ…、困ったなぁ)




俺はこのさっきからロックロックと騒がしい女の子、多田李衣菜のアイドルプロデューサーだ。

彼女と出会い、プロデュースを開始してから今日で1週間が経つのだが…、

この娘…、リーナは、自分の理想とする絶対のアイドル像が既に頭の中で出来上がっているらしく、

その目標に対して努力するひたむきさには、時に少し目を見張るところがある。

…だが、その強すぎる想いが、こうやってたまに暴走することもあるようで…、

李衣菜「ああもう分かった!プロデューサーがそういう態度なら仕方ない!」

P「は、はい?」

李衣菜「…解散、解散だー!!!!」

P「え、ええーーーーー!?」





…とまあ、こんな感じになってしまうわけなのだが、うーむ…、

で、出会ったときは、もう少し大人しい娘だと思っていたんだがなぁ…、

彼女との出会いを語るためには、俺がプロデューサーとして仕事を始めたあの頃、

2週間前にまで、時間を遡る必要がある。

~~~~~
2週間前 346プロダクション前にて  



今西部長「ああ、そこの君ちょっといいかな?」

P「ん?俺ですか」

今西部長「ああ、君のことだよ」

今西部長「いやぁ君、実にいい目をしてるねぇ」

P「え、目…ですか?」

今西部長「ああ、とてもいい目だ。うん、私はピーンときたよ」

P「は、はぁ…?」

今西部長「どうだね君、突然の申し出ではあるんだが…」

今西部長「アイドルのプロデュース、やってみないかね?」

P「…は?」

~~~~~
それから何日か経った後

346プロダクション 22階 事務所


今西部長「…と、いうわけでだ」

今西部長「君には、この中から一人のアイドルを選んでプロデュースしてもらうよ」

P「はぁ、えっと…、選ぶのは誰でもいいんですか?」

今西部長「ああ、もちろんだとも」

今西部長「このリストの中から、君が一番可能性を感じた子を一人選び、プロデューサーとしてプロデュースしてほしいんだ」

今西部長「プロデュースしたい娘が決まったら、この用紙に自分の名前と、アイドルの名前を書いてね」

P「な、なるほど…」

P「それにしても、たくさんいますねぇ…」

今西部長「ああ、我が346プロダクションは、業界内でもトップクラスの大手プロダクションだ」

今西部長「規模が大きい分、所属するアイドルの数も多い、というわけだね」

今西部長「まぁ、どの娘も魅力的で迷うとは思うが…」

今西部長「これから君と苦楽を共にする、いわばパートナーを選ぶわけだからね、ゆっくり選ぶといいよ」

P「うーん、そうですねぇ…」

P(ほう、三村かな子…、17歳、身長153cm、バスト…90…!?)

P(す、すごいなぁ…、最近の女子高生は…、うーむ…)

P(…いかんいかん、どうも俺は、困ったときは胸の大きさで選んでしまう悪い癖が…)

今西部長「どうだね?なかなかの粒ぞろいだろう?」

P「え、ええ…、そうですね」

今西部長「悩むだろうが、こういうのはフィーリングも大事だと思うよ」

P「フィーリング…?」

今西部長「ああ、まあ理由は抜きにして、直感で選ぶということだ」

今西部長「この世界だと、案外その直感が大事だったりするんだよ」

P「な、なるほど」

P(うーん、直感かぁ…、確かに俺、あんまり難しく考えるの得意じゃないしなぁ)

今西部長「…ん?おっと、こんな時間か」

今西部長「君、すまんが、私はこれから顔を出さないといけないところがあるからこれで失礼するよ」

P「あ、そうなんですか」

今西部長「まあ、じっくり選ぶといいさ」

今西部長「君ならきっと、どの娘も素敵なアイドルへプロデュースしてくれると信じているよ」

P「あ、ありがとうございます」

今西部長「では、私はこれで」


ガチャッ


バタンッ


P「…さてさて、改めて見てみますか」

P「うーん…」

P(…………)

P(…よし、この娘なんて良いんじゃないかな?なんだか清楚そうだし、いかにもなお姉さんキャラって感じだ)

P「よし、決まった」

~~~~~
後日 事務所横の休憩室



P「…ふう、まさか俺がアイドルのプロデュースをすることになるとは」

P「まあ、給料もそんなに悪くないみたいだし、あと営業職もそこまで嫌いじゃないからなぁ」

P「もしかすると、俺にとっての天職だったりして?」

P「…それにしても」


ペラッ


P「ふむ、今日から、この娘が仕事のパートナーになるわけか…」

P「多田李衣菜…、19歳。現在は大学に通いながらアイドル活動を続けている…と」

P「大学ではラクロス部に所属していて、学業の成績も優秀」

P「しかも実家が資産家で、裕福な家庭の中お嬢様として育てられた…と。は~、すごいなぁ」

P「一般庶民の家に生まれた上に、高卒の俺には想像がつかない世界だが…」

P「違う世界で生きているからこそ、お互いにとっていい刺激を与えられるような関係性になるんじゃ…?」

P「ははっ、なーんてな」


コンコンッ


P(お、きたか)

P「どうぞ、入ってください」


ガチャッ


「失礼しまーす」



P「どうも、俺はこれから君のプロデュースをする…」

P「……ん?」

李衣菜「…………」

P「…えっと、誰かな君は?」

李衣菜「…え?多田、多田李衣菜…だけど」

P「た、多田…!?」

P(えっ、この人多田さん!?)

P「あれ…、君、宣材写真と随分印象違くないか…?」

李衣菜「は…?」

P「えっと、なんか…写真より幼い…?というか」

李衣菜「はぁ?おにーさん、誰かと勘違いしてない?」

P(う、うーん…、これは…)

P「す、すまん!ちょっと、ちょーっとだけ待っててもらえるかな?」

李衣菜「え?ちょ、ちょっと…」

~~~~~
事務所



P「うーむ、と言って休憩室に残してきてしまったものの…」

P「一体どういうことなんだ?俺が選んだ多田さんは、もっと大人っぽくて綺麗系だったはずじゃ…?」

P(もしや、同姓同名の人違いとか…?)



「あ、おはようございます。プロデューサーさん」



P「あ、おはようございます。…えーっと、千川さん」

ちひろ「あ、名前覚えてくれてるんですね?嬉しいなぁ」

ちひろ「でも、昨日も言いましたけど、ちひろでいいですよ」

P「いやぁ、まだ会ったばかりなのでそれはちょっと抵抗が…」

P「あ、そういえば千川さん。今西部長どこにいるか分かりますか?」

ちひろ「部長ですか?えっと、今会議室で会議してると思いますけど…」

P「げっ、会議ですか…」

P(うーん困ったぞ…、早急に確認したい案件なんだが、だからといって会議抜けてもらう訳にもいかないし…)

ちひろ「あの、なにかお困りですか?」

P「え?ええ…、その~…」

P「実は、隣の休憩室で、担当するアイドルの娘を待っていたんですけど…」

ちひろ「ああ、プロデュース、今日からだったんですね」

P「ええ、それで、さっきアイドルの娘が部屋に来たんですけど」

P「どうも、俺が選んだアイドルと違う娘が来てるみたいで…」

ちひろ「えっ、そうなんですか?」

P「は、はい…」

ちひろ「えっと、よければ、私が確認しましょうか?」

P「あ、お願いしてもいいですか?」



カタカタカタッ………



ちひろ「…えーっと、プロデューサーさんの担当アイドルは…、あ、あった」

ちひろ「えっと、多田李衣菜ちゃん…、ってなってますね」

P「そ、そうですか…」

ちひろ「えっと、何か問題でも?」

P「あ、いえ問題というかその〜…」

ちひろ「?」

P「あの、多田李衣菜さんって、他にも同姓同名のアイドルいます?」

ちひろ「いえ、いないですけど…」

P「え?いない…?」

P(いやいやそんなバカな、俺は確かにあのとき多田さん(綺麗系)を選んだはず…)

P(さっきの娘もまあ、かなり可愛い娘ではあったけど、多田さんはあそこまで幼くはなかったような…)

P「あの、なんていうかこう…、ちょっと大人っぽくて、今大学に通ってて」

P「部活でラクロスとかやっちゃってる、いかにも清楚な感じのアイドルっていたりします?」

ちひろ「え?それって…」


カタカタカタッ…


ちひろ「あの、もしかしてこの人のことじゃあ…?」

P「ん?……あ!この人!」

P「えっ…!?に、新田…美波!?」

P「えー!?昨日見た名簿と名前が全然違う!?」

ちひろ「名簿…?」

ちひろ「あの、プロデューサーさん、名簿って、もしかして所属アイドルが一覧になってる名簿のことですか?」

P「え、ええ…そうですけど」

P「昨日、これを見てアイドルの娘を選んだんですけど…、お、あったこれです」

ちひろ「あの、それ見せてもらってもいいですか?」

P「え、ええ、大丈夫ですけど…」

ちひろ「ちょっと待って下さいね、えーっと…新田さん、新田さん…」


ペラペラペラッ…


ちひろ「あ、いた。…って、あら?」

P「…?あの、どうかしました?」

ちひろ「…あの、プロデューサーさん」

P「は、はい」

ちひろ「えっと、ちょっと申し上げにくいんですけど…」

ちひろ「あの…、この名簿、李衣菜ちゃんと新田さんのプロフィール、間違っているというか…」

ちひろ「二人の名前が、入れ替わって印刷されてます…」

P「……へ?」

~~~~~
その後


今西部長「いやぁ、誠に申し訳ない」

今西部長「どうもこちらのミスで、君の担当が新田君ではなく、多田君となっていたようだ」

P「は、はぁ…」

今西部長「いやー悪いことをしたね」

今西部長「まさか、名簿に印刷ミスがあったとは…、こちらの不手際だな」

今西部長「すぐに変更手続きを済ませて、元々の希望である新田君を呼んでこよう」

P「は、はい」

P(…ふう、ちょっと焦ったけど、まあこういうこともあるんだな)

今西部長「…と、言いたいところなんだが」

P「え…?な、なんですか?」

今西部長「君が担当するはずだった、新田美波君…」

今西部長「…実は、もう他に担当が決まっちゃっててね」

P「え、えー!?」

今西部長「いや本当にすまない、なんて言って詫びればいいのか…」

今西部長「…いや実は、君が来る前日にもう一人他のプロデューサーがこの部署に配属することが決まっていてね」

今西部長「さっき確認したんだが、その彼が既に、新田君のプロデューサーとして活動を共にしているそうなんだ…」

P「そ、そんな…」

P(そ、それじゃあ一体、俺の担当の娘はどうなるんだ…?)

今西部長「せっかく君が直感で選んだ娘だというのに、すまないことをしたね」

P「い、いえ…」

今西部長「今更詫びて済むことではないんだが…」

今西部長「代わり…というわけではないのだが、もう一度名簿の中から、好きな娘を選び直してくれても構わない」

P「え?」

今西部長「こちらの都合で、勝手に担当を決めてしまったようだからね」

今西部長「せめてもの謝罪の気持ちとして、もう一度、自分の目で確かめてアイドルを決めてくれたまえ」

P「は、はぁ…?」

~~~~~


P(うーん、とは言ったものの…)

P(まぁ、別に…、新田さんを選んだのも直感だしなぁ…)

P(悪く言っちゃえば、適当に選んだっていうフシもないとは言い切れなかったわけだし)

P(ここは気持ちを切り替えて、新しくアイドルを選び直せばいいじゃないか)

P(なんせアイドルの娘はこんなにたくさんいるんだ、今さら運命の出会いなんて信じる年齢でもないし…)

P(ぱぱっと決めて、さっさと仕事始めちゃおう)

P「…って、あれ」

今西部長「ん?決まったのかね?」

P「…あー!」

今西部長「え、ど…どうしたんだいきなり?」

P「しまった…、多田さん、休憩室で待たせたままだった!」

今西部長「え…、そ、それはまずいねぇ」

~~~~~
再び休憩室


ガチャッ!


P「すまん!待たせた多田さん!」

李衣菜「…………」

P(う、うわぁ…、見るからに怒ってるなこれは…)

P「え、えっと…、悪かったね、待たせてしまって…」

李衣菜「……別に、待つのは得意な方なんで」

P(…あちゃ~、これはどう取りつくろえばいいものか…)

P「えっと、実は待たせてしまったのには理由が…」

李衣菜「…知ってるよ、私、本当はプロデューサーさんの担当じゃなかったんでしょ?」

P「えっ…、なんで…?」

李衣菜「まぁ、隣の部屋だったんで…、あと、割と耳良い方だから」

P(…う~む、これは非常に気まずいことになってしまったなぁ)

李衣菜「…それじゃ、私帰りますね」

P「え、帰る?」

李衣菜「レッスンあるから、…行かないと」

P「ああ、レッスン…」

李衣菜「…まぁ、分かってたんだけどさ…」ボソッ

P「え、何か言った?」

李衣菜「別に、それじゃあ」

李衣菜「…さよなら」

P「…………」

~~~~~
中庭



李衣菜「…………」

李衣菜(プロデューサー…、ねえ)

李衣菜(まぁ、こんなことだろうと思ってたけどね)

李衣菜(この事務所に所属してからしばらく経つけど…)

李衣菜(私と同じ時期に入った子がもうデビューしてたり…)

李衣菜(それどころか、私より後に入った子もどんどんデビューしたりしてるし)

李衣菜(…つまりは、そういうことなんだ)

李衣菜(私は…、誰からも…)




ヒョイッ



李衣菜「えっ…!?」

P「おお、これボン・ジョヴィかぁ、懐かしいの聴いてるなぁ」

李衣菜「ちょっ!ちょっと!ヘッドフォン返してよ!」

P「あ、ああ…!すまんすまん!」

李衣菜「あれ、お兄さん、さっきの…?」

P「おう、また会ったね」

李衣菜「…あの、なんの用ですか?」

P「いや、さっきのことについて、ちゃんと謝っておきたくてさ」

P「待たせてしまって、本当に申し訳なかった」

李衣菜「べ、別にいいですよ、気にしてないし…」

P「それと、もう一つ言っておきたいことがある」

李衣菜「…なんですか?」

P「別れ際にさよならなんてさ、水臭いこと言うなよ」

P「同じ事務所の仲間なんだから、これからもよく会うことになるだろうし…」

李衣菜「そ、そんなこと言うために、わざわざ追いかけて来たんですか?」

P「いんや、俺はただ、君のレッスンの様子を見ようと探していたんだけど…」

P「いやー、レッスン場のどこ探してもいないからさ、探したよ」

P「…あれ、っていうか、レッスンは?」

李衣菜「い…今は休憩中」

P「そ、そうだったのか…」

李衣菜「…っていうか、なんで私のレッスンなんか?」

P「ん?ああ、それは…」

P「俺が、君の新しいプロデューサーになるからだよ」

李衣菜「…………」

李衣菜「…え?今、なんて?」

P「えっと、俺が君のプロデューサーになる、って話…」

李衣菜「え…えぇぇえええ!?」

李衣菜「ちょっ、ちょっと待ってよ!」

李衣菜「プロデューサーさん、私以外の子から選び直すってさっき…!」

P「え?そんなこと言ってないけど…」

李衣菜「え…、で、でも…!」

P「…あれ、もしかして、多田さん」

P「も、もしや俺がプロデューサーになるの、嫌…とか?」

李衣菜「そ、そうじゃなくて…」




(……なんで?なんで私なんか……)

(他にもっとカッコいい人とか、可愛い子なんていくらでもいるじゃん…)

(っていうか、なんで…今さら…)



P「あっ、今なんで私を選んだんだろうって思ってた?」

李衣菜「は、はあ!?べ、別にそんなこと全然思ってないけど!?」

P「そ、そうか、とにかくだ…」

P「俺は、これから君と一緒に頑張りたいと思ってるんだけど」

P「君は…、多田さんは、俺がプロデューサーでも構わないかな?」

李衣菜「…………」

李衣菜「……聞かせて」

P「ん?」

李衣菜「理由…、聞かせてよ」

李衣菜「なんで私を選んだのか、ちゃんと理由聞かせて」

李衣菜「そうじゃないと、納得…できない」




(…何言ってんの私?)

(せっかく、この人がプロデュースしてくれるって言ってるのに)

(デビューできるんだから、面倒くさいこと言ってないで、さっさとお願いしますって、言えばいいのに)

(っていうか、選んでもらった私が、選ぶ権利なんて…ないはずなのに…)

(私…、最低だ)



P「うーん、理由…か」

李衣菜「…………」

P「そうだなぁ、まあしいて言うなら」

P「…ロック、だったからかな?」

李衣菜「……え?」

P「うん…、そう!ロック!ロックだよ!ロック!」

李衣菜「ろ、ロック…?」

P「ああ、そのヘッドフォン」

李衣菜「え?」

P「宣材写真でも、休憩室にいたときも、それに今も!君、ずーっとヘッドフォンつけてるだろ?」

P「それってさあ、なんか…、ロックミュージシャンみたいでさ、かっこいいじゃん!」

李衣菜「…………」

P「いや~、実は俺、ロックミュージックとか結構好きでさぁ」

P「今どきなかなかいないと思うんだよな、ヘッドフォンを肌身離さず、ずーっと身につけてる人っていうのも」

P「なんていうかさ、そういうのって…すげーロックじゃん?」

P「俺が学生の頃はさぁ、ロックブームだったから、結構そういう人多かったんだけどな~」

李衣菜(…………)

李衣菜(……この人……)

P「まあそんな感じだよ、選んだ理由なんて」

P「あとはまあ…、直感!だな」

李衣菜「ちょ、直感って…」

P「…悪いね。探す間いろいろ理由を考えてたんだけど、これくらいしか思いつかなくて」

P「…えっと、げ、幻滅させちゃった…?」

李衣菜「…………」

李衣菜「……ぷ、プロデューサーも」

P「え?」

李衣菜「プロデューサーもさ、ロックとか、結構聴くの?」

P「ん?ああ、まあ最近はあんまり聴いてないけど、学生の頃はよく聴いてたなぁ」

李衣菜「ふ、ふ~ん…、た…例えば?」

P「えーっと、レッドツェッペリンとか、オアシスとか、KISSとか…、あとは~」

李衣菜(れ、れっど…なに?)

P「あ、多田さんも知ってるかな?」

李衣菜「え?ああうん…、し、知ってるけど…?」

李衣菜「レッドね!私も結構好きだな~、なんていうかさ、サウンドが重いよね~」

P「れ、レッド…?」

李衣菜「わ、私の世代はそういう風に呼んでるのっ!」

P「あ、ああ…、そうなんだ」

P「それじゃあさ、どんな曲好きなの?」

李衣菜「えっ……」

P「ん?」

李衣菜「…それは~…」

李衣菜「…そ、それは、まだ教えられないなぁ!」

P「え、えー!?」

李衣菜「まだ完全に趣味が合うかどうか分からないし?そんな状態で好きな曲とか教えるなんてロック…じゃないし?」

P「え、ええ~…」

李衣菜(…うわちゃぁ~、何言ってるんだ私…、言ってること目茶苦茶だよ~…)

李衣菜(どうしよう…、あんまり知らないのばれてないかな…?)

P「…えーっと、多田さん」

李衣菜「は、はい!?」

P「あのさ、返事を聞かせて…、いや、聴かせてもらってもいいかな!?」

P「俺と一緒にバンド…!じゃなかった、アイドル活動、やってくれないか?」

李衣菜「…………」

P「…………」

李衣菜「…ま、まぁ、この346プロじゃさ」

P「ん?」

李衣菜「私以上にロックに詳しい人もいないだろうし…?それに、ロックのなんたるかを理解してる人もいないだろうし?」

李衣菜「プロデューサーがそんなにロック好きなら、私くらいしか話題についていける人もいないだろうし…?」

P「…えーと、つまり…」

P「OK、ってことで、いいのかな?」

李衣菜「…お、OKというか…」

P「そっか!OKか!」

李衣菜「えっ?」

P「これからよろしくな!多田さん」

P「一緒にロックなアイドル目指そうぜ!」




(こ、この人…、人の話を聞かないんだから…)

(ま、まぁ…、せっかくデビューのチャンスももらえたわけだし…、これでいいのかな?)

(それにしても…、この人…)



李衣菜「…リーナでいいから」

P「へ?」

李衣菜「多田さんって呼び方、なんかあんまり好きじゃないし…」

李衣菜「学校の友達もみんな、その…、だっ…リーナって呼ぶから、そう呼んでよ」

李衣菜「私とコンビ組んでくなら、それが条件」

P「…分かった」

P「だりーな!一緒に頑張ろうぜ!」

李衣菜「ちょっ…!だりーなじゃなくてリーナ!」

P「え?だってさっき…」

李衣菜「噛んだだけだから!リーナ!リーナだから!」

P「そ、そうなのか…」

李衣菜「今度だりーなって言ったら、コンビ解散だからね!?」

P「わ、わかった、気をつける」

李衣菜「…そ、それじゃあ…」


スッ


P「ん?」

李衣菜「…これからコンビ組むから…、握手」

P「……ああ!」


ガシッ!


李衣菜「よ、よろしくね、プロデューサー…」

P「おう!よろしく、リーナ!」

~~~~~
そして1週間後 



P(とまあ、こんな感じでリーナをプロデュースすることになったものの…)


李衣菜「もう解散ですからね!これっきりですから!」

P「え、ええ~…?」


スタッ


P「あ、お、おい…、どこいくんだ!?」

李衣菜「ちょっと風に当たってくる…!つ、着いてきちゃダメだからね!?」

P「あ、ああ…」

李衣菜「…それと、話はまだ終わってないから」

李衣菜「後でレッスン終わったらまた話にくるから、時間あけといてね」

P「あ、リーナ…」

P「…ふう、まったく…、頑固なんだか、良い子なんだか…」

ちひろ「あらあら、また解散ですか?」

ちひろ「今週入ってから3回目ですね、解散」

P「ち、ちひろさん、楽しそうに言わないでくださいよ…」

ちひろ「あれ?てっきり二人とも楽しんでやってるのかと…、はい、お茶どうぞ」

P「あ、ありがとうございます…」

P「いや~、これでも真剣にやってるんですが…」

P「リーナがどうにも変なところで頑固というか、なんというか」

ちひろ「そうですねぇ…」

ちひろ「確かに、李衣菜ちゃんはちょっと変わった子かもしれないですね」

ちひろ「でも、とっても良い子ですよ」

P「まあ、それは同感です…」

P(文句言いつつも、ちゃんとレッスン受けてるしなぁ)

ちひろ「それに…」

P「え、なんです?」

ちひろ「それに、あんなに楽しそうな李衣菜ちゃん、私久しぶりに見ました」

P「え…」

ちひろ「李衣菜ちゃん、プロデューサーさんが来る前は、いつもどこか寂しそうでしたから」

P「…………」

ちひろ「ああいう態度なのも…、きっと、プロデューサーさんに甘えてるだけなんじゃないかな~って」

P「そ、そうなんですかねぇ…」

ちひろ「ええ、そうだと思いますよ」

P「そ、そうですか…」

P(うーん、まあ確かにリーナの言うことも分からなくはない)

P(この一週間、毎日毎日レッスンの繰り返し…、来週のスケジュール見ても、同じことが書いてあるし)

P(まあ、デビューしたてのアイドルなんだから、そういうのが当たり前といえば、確かに当たり前なんだけどさ…)

P「…うーん、どうしたものか」


ガチャッ


今西部長「おや、ここにいたか」

P「あ、部長…、おはようございます」

今西部長「おはよう、ちょっと君、今いいかな?」

P「ん?」

~~~~~
中庭



李衣菜「うーん、しまったなぁ…。また勢いで解散とか言っちゃったよ…」

李衣菜(こんなこと言ってばっかりだと、プロデューサーも呆れちゃうよね…)

李衣菜「はぁ…」



「おーい!リーナ~!」



李衣菜「え、プロデューサー?」

P「はぁ、はぁ、ここにいたか…」

李衣菜「え、なにどうしたの…?」

李衣菜「っていうか、私たち今解散中…」

P「え?あ、ああ、そうだな。そんなことよりさ」

李衣菜「む~、そんなことって」

P「決まったぞ!リーナ!」

李衣菜「え?」

P「…初仕事だ!」

~~~~~
後日 車中にて



李衣菜「ね、ねえプロデューサー」

P「ん?なんだ?」

李衣菜「あのさ、いい加減なんの仕事なのか教えてよ」

P「え、ああ~…」

李衣菜「…もしかして、ものすごく地味な仕事なの?」

P「い、いや、そんなことはないぞ」

P「今日行くのは…、そう、フェスだ!」

李衣菜「え、フェス…!?」

李衣菜「す…すごいすごい!それってさ、ロックなやつ!?」

P「ん~…、そうかもな~…?」

李衣菜「フェスかぁ…!楽しみだなぁ」

P(…うーむ)

~~~~~
目的地



P「ふう、着いたぞ」

李衣菜「え、ここって…」

李衣菜「ね、ねえ、見渡す限り…、畑か山しかないんだけど?」

P「うんまあ、関東って言っても来るとこまで来れば結構田舎だよなぁ」

李衣菜「そういうことじゃなくてさ!」

李衣菜「ちょっとプロデューサー!フェスに行くんじゃなかったの!?」

P「ん、ん~…?ほら、あそこ…」

李衣菜「ん…?」




≪ふるさと農業まつりにようこそ!≫



李衣菜「…ふるさと農業まつり…」

李衣菜「…あ!フェスってそういうこと!?」

李衣菜「ひどいよプロデューサー!騙したの!?」

P「い、いやでも、フェスはフェスだろ?」

李衣菜「そういう問題じゃないよ!」

李衣菜「……もうやだ、帰りたい」

P「えっ」

李衣菜「こんなの全然ロックと関係ないじゃん、農業って…」

P(うーん、これは困ったぞ…、どうすればリーナのやる気を引き出せるだろうか)

P(…ん?あ、あれは…!)

P「…いいかリーナ、よく聞け」

李衣菜「…なに?」

P「農業とロックが関係ないというのは、大きな誤解だ」

李衣菜「え?」

P「あれを見ろ!」

李衣菜「なに、ポスター…?」

李衣菜「え、あ…あれは!」



TOKIO< 米作ろうぜ!



李衣菜「あーーーー!?あ、あれはーーーー!?」

P「分かったかリーナ、そういうことだ」

李衣菜「…え、どういうこと?」

P「つまりだな…」

P「ロックと農業の本質は、一緒ってことだよ!」

李衣菜「な、なんだってー!?」

P「彼らも、最初はバンドとして活動していた」

P「だがビッグになるにつれて、農業の大切さに…、農業が持つロック性に気付いたんだ」

P「…これでも、農業とロックが全く関係ないなんて言えるか?」

李衣菜「な、なるほど~…!農業も、ロック…!」

李衣菜「…プロデューサー、私、なんかよく分かんないけどやる気出てきた!」

P「そ、そうか…!」

P(…よかった~、かなり無茶な理論だったが…、まあやる気が出てくれるならなんでもいいさ!)

~~~~~
会場内にて



司会「それでは、どうぞ体験を始めてくださ~い」

女の子「うんしょ、うんしょ」

女の子「ママ―、たうえってたのしいねぇ」

母親「あらぁ、よかったわねぇ」

李衣菜「よいしょ…、よいしょ…」

おじさん「あーこら、それじゃだめだよおじょうちゃん!もっと腰入れて」

李衣菜「こ、こうですか…、ってわったった…!」




バシャーンッ!



李衣菜「…うえ~、口の中に泥が入った~…」

おじさん「はっはっはっは!いい面構えになったじゃねえか」

李衣菜「全然よくないですよ~…!」

P(うーむ、なんだかんだ良い感じに周りに溶け込んでるなぁ)

P(とりあえず、ここも写真撮っておくか)



そのあと、イベントもひと段落したところで…

会場に来ていた体験者の人達に向けて、握手会を行った。

無名に等しい新人アイドルの握手会だ。最悪、誰も列に並ばない事態を想定していたんだが…、

意外にも、リーナの一生懸命さは、会場に来ていた人達に快く受け入れられたようで

主に年配のおじさんたちから可愛がられ、イベントが終わった後にはどっさりとお土産を持たされていた。

持ち歌の一つでも持っていれば、ここでもうひと押しアピールできたんだが…、

まあ、初めての仕事なんだ。なんだかんだリーナも楽しそうだったし、これで良しとしよう。


~~~~~
帰りの車中



P「いや~…、まさか俺まで田植えに参加させられるとは思ってなかったよ」

P「お陰でさっきから腰が痛くてさぁ」

李衣菜「…………」

P「会場の人たち、野菜やら味噌やら、いろいろお土産くれたよな」

P「ほとんど無名のアイドルなのに、あんなに気に入られるなんてすごいじゃないか」

李衣菜「…………」

P「…おーい、リーナ?」

李衣菜「握手会でさ」

P「ん?」

李衣菜「ちっちゃい女の子が、握手しにきてくれたんだけど」

李衣菜「私のこと全然知らないって言ってた」

P「まぁ、そりゃそうだろうな」

李衣菜「ちょっと悔しかったけどさ…、でもCDも出してないんだから、知らないのも当たり前だし…」

李衣菜「しょうがないから、「まだ誰もファンいないんだよ~」なんて返したらさ…」

李衣菜「その子…、「じゃあ、わたしがお姉ちゃんのファンになってあげる」…って」

P「…いい話じゃないか」

P「この後もし有名になったら、その子がいつか、リーナのライブに来てくれたりしてな」

李衣菜「……うん」

P「まあなんにせよ、初仕事お疲れ様」

P「音楽とは関係ないイベントだったけど、そんなに悪くなかっただろ?」

P「こういうことの積み重ねがさ、いつか…」

李衣菜「…………」

P「あら、寝てるし…」

P(たくさん体使ったからなぁ、そりゃ疲れるよな)

P(かく言う俺も、さっきからちょっと眠気が…)

P(…いかんいかん!リーナを無事に事務所まで送り届けるのが俺の仕事だ)

P「さて、まだ道は長いが…、気を抜かずにいかないとな」

~~~~~
その後 事務所



P「は〜、疲れた。今日は1日が長かったなぁ…」

今西部長「初仕事お疲れ様。なかなか苦労したようだね?」

P「あ、部長お疲れ様です」

P「いやぁ、思っていたよりも大変でした…」

今西部長「ははは、まあ最初はみんなそうやって苦労するものだよ」

今西部長「君たち二人は、アイドルとしても、プロデューサーとしても、お互いにまだ駆け出しなんだからね」

P「あ、ありがとうございます」

今西部長「まあ、今後も頑張ることだ…、ところで」

今西部長「なかなか聞く機会がなかったんだが」

P「え?」

今西部長「どうして君は、多田李衣菜くんをプロデュースしようと思ったんだい?」

今西部長「まだ理由を聞いていなかったと思ってね」

今西部長「まあ、差し支えなければでいいんだが」

P「…うーん、そうですね」

P「そういえば、リーナにも同じこと聞かれましたよ」

今西部長「ほう」

P「直感だって言ったら、なんかちょっと呆れてましたけど」

今西部長「ははは、そうかそうか」

P「でも、一番の理由は…」

~~~~~
音楽資料室


P「はぁ、はぁ、こ、ここにもいないかぁ…」

P「うーん、多田さん、どこに行ったんだ?」


ドンッ


夏樹「おっと」

P「あ、すまん!大丈夫か?」

夏樹「ああ、別に問題ないよ」

P「申し訳ない、ちょっと人を探すのに急いでて…」

夏樹「ふーん、誰探してるの?」

P「えっと、多田さん…多田…」

P(しまった、下の名前なんだったっけ?)

夏樹「もしかして、多田李衣菜?」

P「あ、そうそう。その娘だよ」

P「あれ、君もしかして多田さんの知り合い?」

夏樹「いや、違うけど」

夏樹「まあ名前だけは知ってる。ちょっと面白いよね。あの子」

P「え、面白い?」

夏樹「うん、ほらそこの貸し出し表」

夏樹「アタシよくここでCD借りるんだけどさ」

夏樹「貸し出し表見ると、いつもその子の名前があるから」

P「へ~、そうなのか」

夏樹「それでさ、まあ借りてるCDをつい見ちゃうんだけど」

夏樹「なんかいつも借りてるジャンルがバラバラでさ」

夏樹「ロックと一緒にメタル借りたり、かと思ったら普通にポップとかも借りてたりしてて」

夏樹「さっき見たら、....ほらこれ、ゴアとジャズを同時に借りててさ、ちょっと笑ったよ」

P(た、確かに変な借り方するなぁ)

夏樹「…なんかそういうのってさ、ちょっとロックだなーって」

P「え、ロック?」

夏樹「うん、型にとらわれてない自由な感じが、ロックって感じしない?」

P「…うーん、そう言われると、確かにそうかも」

P(…ロック、か)

夏樹「…あ、そういえば」

夏樹「その噂のロッカーだけど、さっき中庭で見かけたよ」

P「え、本当か!?」

夏樹「うん、カフェでくつろいでた」

P「そうか!ありがとう助かった!」


ダッ


夏樹「どういたしまして〜」

~~~~~


P「…やっぱり、型にはまらないやつって、面白いじゃないですか」

今西部長「ほう、なるほどね」

P「リーナと出会ったのは、まあ偶然というか、トラブルの産物というか、変なきっかけではあったんですけど」

P「今思うと、なかなか面白いやつの担当になれたって思ってます」

今西部長「そうか、それはよかった」

今西部長「多田くんも君のことを気に入ってるみたいだし、お互いに相性も良いようだ」

P「え、そ、そうですか…?」

今西部長「…案外、君たちの出会いは運命だったのかもねぇ」

P「え、なんですか?」

今西部長「いやいや、なんでもないよ」

今西部長「では、引き続き頑張ってくれたまえ。応援しているよ」

P「はい、ありがとうございます」

P「…ふう、明日からも頑張らないとな~」

P「…あ、そういえば、リーナの居場所教えてくれたあの娘の名前、聞くの忘れてた」

P「今度会ったら、ちゃんとお礼言わないとな…」

~~~~~
1週間後 ボーカルレッスン室


李衣菜「あ~あ~あ~あ~あ~…♪」

トレーナー「…ふむ、ちゃんと音がとれているな」

トレーナー「さすが、今まで下積みが長かっただけあるじゃないか?」

李衣菜「い、いや~、それほどでも?」

トレーナー「これなら、そろそろ次のステップに進んでも良さそうだな」

李衣菜「えっ…、それって…!?」

トレーナー「ああ、多田もお待ちかねの…」

李衣菜「…ごくり」

トレーナー「…ボーカルレッスン、レベル3だ!」

李衣菜  ガクッ

李衣菜「ちょっとトレーナーさん!それって今までとどう違うんですかぁ!?」

トレーナー「ん?もっと難しい譜面を使って、より高いキーでも拾えるようにレッスンするんだが」

李衣菜「そ、それじゃあ今までと変わってないよ~!」

トレーナー「なにを言う。難易度は上がってるんだから、ちゃんと変ってるぞ」

李衣菜「そ、そうじゃなくて~…その~」

李衣菜「なんていうかですね、もう少しこう、ロックな要素があるやつとか…」

トレーナー「ま、またそれか…、お前はどれだけロックが好きなんだ」

トレーナー「というか、ロックなレッスンって、具体的にはどんなレッスンをしたいんだ?」

李衣菜「そ、それはあれですよ、こう~…」

李衣菜「そう!なんか、ジャカジャーンッ!って感じの…」

トレーナー「は?」

李衣菜「こう、ギターのサウンドに魂が震えるような…」

李衣菜「そんな感じのレッスンをしてみたいんですよ~」

トレーナー「お、お前…、具体性のかけらもないな…」

李衣菜「ぐぬぬ…」

李衣菜「で、でもでも!なんかもっとテンション上がるレッスンやりたいんです!」

トレーナー「…はぁ、こんな調子じゃ、プロデューサー殿も苦労しているのだろうな」

李衣菜「む、むむむ…」

トレーナー「…そんなに言うなら良いだろう」

李衣菜「え?」

トレーナー「やってやろうじゃないか」

トレーナー「ご所望の、ロックなレッスンってやつを」

~~~~~
事務所



P「ん~…、ちょっと休憩するか」

P「それにしても…、アイドルっていうのは奥が深いねぇ」

P「テーマを定めるといっても、これだけ種類がいっぱいだと…」


ガチャッ


「…ぷ、プロデューサ~…」


P「ん?…あ、リーナ」

P「レッスン終わったのか、…って、なに持ってんだそれ?」

李衣菜「…プロデューサー、私…」

李衣菜「私…ロックじゃないのかも…」

P「…は?」

~~~~~


ポロロ~ン…♪


P「…ま、まあとりあえず話を聞こうじゃないか」

P「っていうか、なんでギター持ってるんだ?」

李衣菜「…なんかレッスン室から持ってきちゃった…」

P「そ、そうか…、後で返しておけよ?」

P「えーっと、それで、なんかあったのか?」

李衣菜「…それがさぁ」

~~~~~
1時間前 レッスン室


トレーナー「ほれ、ご所望のロックだ」

李衣菜「こ、これ…ギター?」

李衣菜「えっと、これって…?」

トレーナー「まあ、とりあえず弾いてみろ」

李衣菜「え゛」

トレーナー「普段からロックロック言ってるんだ、当然ギターくらい弾けるだろ?」

李衣菜「え、えっと…まあ…」

トレーナー「とりあえず、初級・中級・上級それぞれの譜面持ってきたから」


ドサッ


トレーナー「この中のなんでもいいから、弾けるやつ弾いてみてくれ」

トレーナー「それを聴いて、今後のレッスン方針立てていくから」

李衣菜「…………」

トレーナー「…おい、多田?」

李衣菜「え、あ…はい!?」

トレーナー「早く弾いてくれよ」

トレーナー「お前この前「中学時代はX‐JAPANとかよく弾いてたなぁ」とか言ってたじゃないか」

トレーナー「それなら、中級までなら余裕だろ?」

李衣菜「アー…ハイ、ソウデスネ…」

トレーナー「…?」


ペラッ


李衣菜「…………」

トレーナー「ほう、Crying In The Rain…ホワイトスネイクとは、随分渋いの選ぶな」

李衣菜「…………」

トレーナー「…………」

トレーナー「…もしもし、多田李衣菜くん」

李衣菜「…い、今集中してるから…」

トレーナー「そ、そうか」

李衣菜「…………」



スッ


李衣菜「……!」

トレーナー「!」



ぽろ~ん…♪



李衣菜「…………」

トレーナー「…………」

トレーナー「多田よ、お前まさか…」

李衣菜「…あ、あれ~?このギターチューニングが…?」

トレーナー「…………」

~~~~~


P「…なるほど、ギターのレッスンを受けたと」

李衣菜「…うん」

P「でも全然弾けなかったと」

李衣菜「…………」

P「あれ…っていうかお前、ギター弾けるんじゃなかったの?」

P「なんかたまに事務所にギター持ってきてたからさ、てっきり弾けるもんだと…」

李衣菜「…べ、別に…、全く弾けないわけじゃ…」

P「…………」

李衣菜「……弾けないです」

P「…そうか」

李衣菜「…ああもう、私はギター弾けないよ!わ、悪い!?」

P「い、いや、なにも言ってないんだけど…」

李衣菜「うぅ~…、と、トレーナーさんがさぁ、怒るどころか、なんか逆に気遣ってくれて…」

李衣菜「それがむしろ辛かった…」

P(う、うわあ…)

P「…な、なあリーナ」

李衣菜「…なに?」

P「お前さあ、前からちょくちょく思ってたんだけど…」

P「えっと、もしやにわかなんじゃ…?」

李衣菜「…に、に、に、にわか~!?」

李衣菜「に、にわかじゃないもん!」

P「い、いやだってなぁ…」

P(…いや、これ以上何か言うのは、リーナを追い詰めるだけかもしれない)

P(ここはとりあえず、話題を変えた方がよさそうだな…)

P「そ、そうだよな~、自宅にマイギター持ってるやつが、にわかなわけないもんな!」

李衣菜「そ、そ、そうだよ…」

P「ははは、だよな~…」

P「お、ところでそのギター、レスポールじゃん」

李衣菜「れ、レスポール…?」

P(あれ、それも知らないのか…)

P「いや~、俺ジミー・ペイジに憧れてさ、学生のときお金貯めて同じモデル買ったんだよ」

李衣菜(じ、ジミーってだれだろう…?)

李衣菜「へ、へ~…、そうなんだー」

P「ちょっとそれ貸してくれるか?」

李衣菜「あ、うん…」

P「あー、この感じ懐かしいな~」

P「まだ弾けるかなぁ、えーっと確か…、Cマイナーからだっけ?」



シャカシャカシャン…シャカシャンシャカシャン…



李衣菜(…え?)



シャカシャンシャンシャカシャン…ジャジャン!



李衣菜(え、え~~~~!?)

P「おー、結構覚えてるもんだなぁ…」

P「この曲さぁ、俺が初めてコピーバンド組んだときに弾いた曲なんだけど…」

李衣菜「…………」

P(…あ!?リーナが、泣きそうなのか怒ってるのか驚いてるのかよく分からない顔してるっ!)

P(ま、まずい…、話題を変えるつもりが、これは逆効果にしかならなかったか…)

李衣菜「…か、か…か…」

P(ま、まずいなぁ…)

李衣菜「………か………」

李衣菜「…風に…当ってくる…」

P「え」

P「…行ってしまった」

P「うーむ、てっきりいつもの解散パターンになるかと思ったが…」

P「ああ見えてちゃんと成長してるんだなぁ…、えらいぞ、リーナ…」

P(…って、関心してる場合じゃないだろ、俺…)

~~~~~
中庭


ポロロン…


李衣菜「…はぁ」

李衣菜「なんだよプロデューサー、あんなにギター弾けるなんて言ってなかったじゃん…」

李衣菜「トレーナーさんには同情されるし、っていうか私のギターテクはプロデューサー以下だし…」

李衣菜「…はぁ~…」



シャカシャカシャン…シャカシャンシャカシャン…



李衣菜「…あれ、この音…?」



夏樹「~~~~~♪」


李衣菜(あ、あの人…)



シャカシャカシャン…シャカシャンシャカシャン…



李衣菜(…うわぁ、上手いなぁ)

李衣菜(なんであんなに手が動くんだろう、すごいなぁ)

李衣菜(…でも、それよりも…)

李衣菜(あの人、なんかすっごい楽しそう…)




シャカシャンシャカシャン…シャカシャン



夏樹「…ふう、うん。良い感じ」

李衣菜「…………」ジー

夏樹「…ん?」

李衣菜(…あっ、目合っちゃった…)

夏樹「あれ、キミは…」

李衣菜「えっ、あっ…その~…」

夏樹「キミ、例のロッカーじゃん」

李衣菜「え、ろ、ロッカー…?」

夏樹「ああ、えーっと…、こっちの話」

夏樹「…それより、なんだか随分とロックな出で立ちしてるけど?」

李衣菜「ロックって…ああ!?」

李衣菜(し、しまった~…!ギターぶら下げたままここまで来ちゃったよ~…!)

夏樹「…………」ジー

李衣菜(うわぁ…、すごい見てるし…、絶対馬鹿だと思われてるよね…)

夏樹「…へえ、キミの相棒、イカすじゃん」

李衣菜「え?」

夏樹「レスポールかぁ、へー」

夏樹「音が強すぎるからアタシはあんまり使わないけど、玄人好みのいいギターだよな」

李衣菜(へ~…、そうなんだぁ)

夏樹「ふむ、結構年季入ってるねぇ」

夏樹「あれ、これスタンダードだけど、ペグがカスタム使用になってる…」

夏樹「あ、ピックアップもだいぶいじってるなぁ。…うーむ」

李衣菜(な、何言ってるのか全然わからないんだけど…)

夏樹「ふーん、こんな魔改造施すなんてさ、キミもしかして相当な実力者なんじゃ…?」

李衣菜(…だ、だめだ。全然話についていけない)

李衣菜(しょ、正直に言わなきゃ…!)

李衣菜「あ、あの…!」

夏樹「ん?」

李衣菜「こ、これ…、私のギターじゃなくって…」

李衣菜「さっきレッスンで貸してもらったやつで、その…」

夏樹「え、そうなの?」

夏樹「…いやまぁ、随分高そうだなぁとは思ってたけど、…なるほど他所の子だったのか」

李衣菜「…えっと、これってそんなに高いのかな?」

夏樹「ん?ああ、まあたぶん150万くらいすると思うけど」

李衣菜「ひゃ、ひゃくごじゅう!?」

李衣菜(え、えーーー!?どんだけ高いのこれ、えーーー!?)

李衣菜(っていうかこのギター、トレーナーさんの私物だって言ってたけど…)

李衣菜(と、トレーナーさんって、何者…?)

夏樹「まあでも、ギターぶら下げて歩いてるってことはさ」

夏樹「キミも好きなんだろ?ロック」

李衣菜「ロック…」

李衣菜「…う、うん!好きだよ!」

李衣菜「えっと、その…、あなたも…」

夏樹「…夏樹」

夏樹「アタシは木村夏樹、ロックなアイドル目指してんだ」

夏樹「ロックな話なら、いつでも付き合うぜ」

李衣菜「な、なつき…」



(すごい…、こんなカッコいい人が同じ事務所にいたんだ…!)

(カッコいいなぁ、すごいなぁ…!私もいつか、こんなロックな人になりたいなぁ)

(私の理想がそのまま出てきたみたいな人が、こんなに近くにいたなんて…)

(…あれ、でも「きむらなつき」って、どこかで聞いたことあるような…?)


李衣菜「えっと、私は…」

夏樹「ああ、多田李衣菜…だろ?」

李衣菜「えっ、なんで名前…?」

夏樹「キミさ、よく資料室でCD借りてるだろ?」

李衣菜「え、ああ…うん」

夏樹「そこでよく見るからさ、名前」

李衣菜「名前…、…あー!?」

李衣菜「木村夏樹って…、私もその名前よく見てる!」

李衣菜「えっ、あれってあなただったの…?」

夏樹「ああ、そうだよ」

夏樹「…ぷっ、ふふ」

李衣菜「え、なに笑って…?」

夏樹「…ああごめん、なんかさぁ、面白くって」

夏樹「実際の多田李衣菜は、私なんかが想像してたよりもずっとロックなやつだなーって」

李衣菜「ろ、ロック…?」

夏樹「ああ、だって…、ギターぶら下げながら中庭まで歩いてくるし」

李衣菜「うぐっ…」

夏樹「しかもすごいギター持ってると思ったら、実は他人の借り物だし」

李衣菜「うぐぅ…」

夏樹「こんな面白いやつに会ったの、初めてかもなぁ…」

李衣菜「む、む~…」

夏樹「…なぁ、アンタさ、よければ…」




「お~い、リーナー」



李衣菜「あ、プロデューサー」

夏樹「プロデューサー…?」

夏樹「…あれ、あの人」

P「リーナ、さっきはなんていうかその~、悪かった…」

P「えっとさ、駅前でケーキ買ってきたんだけど、食べて機嫌をだな?」

夏樹「…なるほどね、そういうことか」

P「ん?この人リーナの知り合い…」

P「あれ、君この前の…?」

夏樹「よっ、この間ぶり」

李衣菜「え?プロデューサー、知り合いなの?」

P「ああ…、えっと、知り合いというかなんというか…」

P「…あ!そうだった」

P「この前は李衣菜の居場所教えてくれてほんとに助かった。改めてお礼を言うよ」

夏樹「いやぁ、別に礼を言われるほどのことなんてしてないよ」

夏樹「…そんじゃ、アタシはそろそろ行くんで」

夏樹「またな、お二人さん」

李衣菜「あ…、ま、またね」

P「…うーん、なんていうか、随分とカッコいい女の子だなぁ」

李衣菜「え?あ、ああ…、そうだね」

李衣菜「…………」

李衣菜(…木村夏樹…か…)

~~~~~


夏樹「ふんふんふ~ふ~ん♪」

夏樹「多田李衣菜…か」

夏樹「それと、あのプロデューサー…」

夏樹「この事務所にも、あんな面白そうなやつらがいたんだな」

夏樹「…ふふ、礼…か」

夏樹「むしろ、礼を言いたいのはこっちの方…かもな」

~~~~~
1ヶ月後 


チャーチャッチャチャラチャーチャッチャッチャラ



瑞樹「さあ始まりました。頭脳を駆使して勝利を掴め!ブレイン・キャッスル~!」

瑞樹「さあて、今週はどんなオモシロ回答が飛び出すことやら」

愛梨「あれぇ、今日はいつものメンバーに加えてぇ」

愛梨「私たちの事務所の新人さんたちが、何人かゲストで来てるみたいですよぉ」

瑞樹「あら、ホント。この番組もついにリフレーッシュ!ってところなのかしら?」

愛梨「それじゃあゲストさんたちを紹介したいと思いま~す。自己紹介どうぞ~」

アーニャ「プリヴェート、…こんにちは、わたしアナスタシアいいます」

きらり「やっほ~☆今日も元気でおっすおっすぅ!きらりだよぉ」

かな子「み、三村かな子です…!あの、よろしくお願いします!」

李衣菜「た、ただゃ李衣菜です!えっと、その~…、ろ、ロックです!」

~~~~~
夜 とある居酒屋にて


「それじゃあ今週はこの辺で、まったね~」


ちひろ「わぁ…!李衣菜ちゃん喋ってましたねぇ!」

P「お、おぉ~…」

P(う、う~ん、これは感慨深いものがあるなぁ)

P「それにしても、あの自己紹介オンエアされちゃったか…」

P「な、名前も噛んでるし…」

楓「まあまあ、それもこの魚みたいに味わい深いってものですよ」

楓「ほら、鯵だけに」

楓「…っぷ、ふふふ」

ちひろ「も~、楓さんまたダジャレですかぁ?」

ちひろ「だいぶ酔ってますね?」

楓「いえ、そんなことはありませんよ」

楓「私はいつでもシラフ…いつもシラフうちに酔いが醒めちゃうんです」

ちひろ「あー、また言ってる~」

P(う、うーん…ちひろさんに誘われて飲みの席に来てみたわけだけど…)

P(友達も一緒とは言っていたが、まさかそれがあのトップアイドル、高垣楓だとは…)

P(というか、高垣楓ってこんなにダジャレ好きのお姉さんだったのか…意外すぎる…)

ちひろ「それにしても、李衣菜ちゃんがこんなにアップで映ったのって初めてですよねぇ」

ちひろ「私、なんだか感動しちゃいました…」

P「ち、ちひろさん…、そんな泣かなくても…」

ちひろ「だって、なんだか嬉しくて…」

P(ちひろさん、もはや保護者の心境だなぁ…)

ちひろ「これって、来週も李衣菜ちゃん出ないんですか?」

P「えーっと、残念ですけど、出ないですね」

P「この番組、346プロが制作してるんですけど」

P「こうやって、たまに自社の新人アイドルも定期的に出して、PRと発掘をやってるみたいです」

P「まあ、反響が大きいと、再び起用されることもあるらしいんですが…」

ちひろ「そうなんですか、残念ですねぇ」

ちひろ「私は毎週出て欲しいなぁ、李衣菜ちゃん」

P「そうですね、俺もそうなることを願ってます…」



~~~~~~♪



ちひろ「…あ、アイミュー始まりましたね」

P「アイミュー…?」

楓「アイドルミュージックTVのことですよ」

P「えっと、音楽番組ですか?」

ちひろ「ええ、私これ毎週見てるんですよ」

ちひろ「今後ブレイクするかもしれない新人アイドルが紹介されてて、これがなかなかに面白いんです」

P「へ~…」


進行役「今週紹介するアイドルはァ~…、この2人だァー!」

「こ、こんにちは」

「どーも~」


P「あ、あれ…、この娘…」

~~~~~


進行役「それじゃあ左の子から順に自己紹介してもらってもいいかな?」

美波「えっと、新田美波です。よろしくお願いします」

夏樹「木村夏樹です。ロックのことなら誰にも負けないからヨロシク」

進行役「う~ん、なんとも個性が対照的な2人ともだねぇ」

進行役「かたやお姉さんキャラ系、かたやカッコいい系だ」

進行役「えーっと、情報によると、夏樹ちゃんはギターが得意なんだって?」

夏樹「ああ、まあね」

進行役「すごいねぇ、どれくらいの腕前なの?」

夏樹「うーん、自分じゃどれくらいの腕なのか判断しにくいんだけど…」

夏樹「まあ、そこそこだと思うよ」

進行役「ほほぅ、そう言われるとちょっと気になってくるね~」

進行役「プロフィールには、ロックなアイドルを目指してるとも書いてあるんだけど…」

進行役「ロックな音楽とか好きなのかな?」

夏樹「ああ、主に聴くのは洋楽ロックだけど、良いと思ったやつなら国とか年代とか関係なく聴くかな」

進行役「へ~!ちなみにどんなやつ聴くの?」

夏樹「そのときの自分の波によるね。とにかく激しいのばっかり聴きたいときもあるし…」

夏樹「気分によっては、ブルースみたいなしっとり系を聴きたいときもある」

進行役「ふーん、結構幅広いジャンルカバーしてるんだねぇ」

夏樹「いやー、別にそうでもないよ」

進行役「ちなみに一番好きなジャンルとかあったりするの?」

夏樹「うーんそうだなぁ…。まあしいて挙げるならUKロックだけど」

進行役「UKっていうのは…、えっと、イギリスのロックかな?」

夏樹「うん、そうだね」

進行役「あんまり詳しくないんだけど…、えーっと、ビートルズ…とか?」

夏樹「そうそう、他には有名どころだとローリング・ストーンズとか、クイーンとか、エリック・クラプトンとか…そんな感じ」

進行役「あー、その辺はなんとなく聞いたことあるねぇ」

進行役「そういうのってさ、普通のロックとはどう違うのかな?」

夏樹「そうだなぁ、まあ一口には説明できないんだけど…」

夏樹「元々アメリカ産のロックは、ブルースとかカントリーとか、フォークとかが主流だったけど」

夏樹「それに対してUKは、クラシックの要素とか、あとはシンセサイザーを使った電子的な音楽とかを取り入れていったんだよ」

夏樹「まあ80年代以降は、別にどっちがどうって程の違いはなくなってきたんだけどさ」

進行役「な、なんだか難しいねえ…」

夏樹「まあ要するに…」

夏樹「アメリカのロックを発展させて、激しくしたり、早くしたりしたのがUK…って感じかなぁ」

進行役「はー、なるほど…。わからん!」

夏樹「あっはっは、ごめん、説明するの苦手でさ」

進行役「いやぁ、ディープな世界すぎておじさんにはついていけそうにないよ」

進行役「美波ちゃん、今の説明分かった?」

美波「…えっ、あっはい!?」

進行役「おやおや~、まさか自分に振られると思ってなかったかなぁこれは」

美波「す、すみません…、私も難しくて途中からは…」

進行役「そっかぁ、じゃあ私と仲間だねぇ」

進行役「美波ちゃんはえーっと、お、大学でラクロスやってるんだねぇ」

進行役「ってことは、運動とか結構得意な方なのかな?」

美波「はい、ラクロス以外にも、水泳とかバレエとかを昔…」

~~~~~


P「この木村夏樹って娘、この前の…」

楓「あら、ロックなアイドルだなんて、プロデューサーさんのところの李衣菜ちゃんとなんだか似てますね」

P「そ、そうですねぇ」

楓「ライバル登場…ですかね」

楓「是非とも、威張るような人じゃないといいのですが」

P「そ、そうですね~…」

P(高垣さん…酔ってるように見えないけど、こんだけダジャレ連発するってことはやっぱり酔ってるんだろうなぁ…)

P(それにしても…すごいなぁ)

P(新人枠で2人一緒に紹介とはいえ…、番組にメインとして登場してるじゃないか)

P(これは、俺たちもうかうかしてられないかもしれない…)

P(というか新田さん…懐かしいなぁ)

楓「…さっきの番組、出たアイドルが後々CDデビューすることが多いんですよ」

P「え、そうなんですか?」

楓「ええ、実は私もこの番組で紹介されてからCDデビューした口でして」

P「そ、そうだったんですか…」

P(…CDデビュー…か)

P(リーナと出会ってから2ヶ月ちょっと…)

P(仕事も徐々にこなして、ついにテレビ出演も果たすことができた)

P(部長の話だと、至って順調なペース…らしいけど)

P(リーナがCDを出せるようになるには、あとどれくらいの実績を積めばいいんだろう…)

ちひろ「…あら?もうこんな時間…」

P「テレビ見てたら遅くなっちゃっいましたね、そろそろお開きにしましょうか」

楓「そうですね、明日も仕事ですから」

P「高垣さん、今日はありがとうございました」

P「色々とお話聞けて楽しかったです」

楓「いえ、こちらこそ」

楓「お酒の席でしたら、いつでもまた誘ってくださいね」

P「ええ、分かりました」

ちひろ「楓さん、方向一緒だし、途中まで一緒に帰ります?」

楓「はい、お供させてもらいます」

楓「それではプロデューサーさん、お疲れ様でした」

P「はい、お疲れ様でした」

楓「…あ、そうそう」

楓「これ、本当は明日発表だから、まだ内緒なんですけどね」

楓「近々、新人アイドルを対象にした大規模な企画があるみたいですよ」

P「え…?」

楓「上手くいけば、即CDデビューしちゃったり…なーんて」

楓「それではまた、ごきげんよう」

ちひろ「…あっ、楓さん!靴履き忘れてますよ~!」

P(…………)

~~~~~
翌日 トレーニング室


李衣菜「おはようございます」

トレーナー「ああ、おはよう」

トレーナー「多田、嬉しいニュースがあるぞ」

李衣菜「え、なんですか?」

トレーナー「今日から、多田もお待ちかねの新レッスンだ」

李衣菜「え…」

トレーナー「その名も……」

トレーナー「ボーカルレッスン、レベル4だ!」

李衣菜「…は、はあ」

トレーナー「なんだ、反応が薄いじゃないか?」

トレーナー「てっきりまた、「もっとロックなレッスンを~」とか言うと思っていたのに」

李衣菜「え、ああ…そんなこと言いませんよ、子供じゃないし…」

トレーナー「そ、そうか」

トレーナー(…ふむ…)

~~~~~
1時間後


トレーナー「…今日はこの辺にしておくか」

李衣菜「えっ、まだ時間ありますよ?」

トレーナー「まあたまにはな、…それに」

トレーナー「どうもお前、どこかぼんやりしてるみたいだしな」

李衣菜「え……」

トレーナー「何か思うところがあるのかもしれないが、理由は特に聞かないよ」

李衣菜「…………」

トレーナー「ただ、今日早めに切り上げた分、明日のレッスン前には普段通りに仕上げてくること」

トレーナー「いいな?」

李衣菜「…は、はい」

~~~~~
346プロ内 渡り廊下



李衣菜「…はあ、なんだかトレーナーさんに気を遣わせちゃったなぁ」

李衣菜「…思うところ、か…」

李衣菜(そりゃあ、あるよ…思うところ)

李衣菜(昨日のアイミュー…、木村夏樹…)

李衣菜(私がバラエティなんか出てる間に、あの人はアーティスト扱いで番組に出演してるし…)

李衣菜(まあ、あんなにギター上手ければ、そりゃーお声もかかるだろうけどさ…)

李衣菜(なんか、勝手に目標扱いしてたけど…)

李衣菜(私が実際に歩いてる道は、あの人と全然違うような気がして…なんだかなぁ…)

李衣菜(私、本当にこのままでいいのかな…)

李衣菜「……あー、ダメだダメだ」

李衣菜「こんなマイナスなことばっかり考えるなんて、全然ロックじゃないよね」

李衣菜「とりあえず、私にできることを一つずつやっていこう」

~~~~~
事務所



今西部長「ふむ、君の考えはよく分かった」

今西部長「だが、時期尚早ということはないかね?」

P「確かに、デビューからの時間を数えればそうかもしれません」

P「ですが、そのデビューに至るまでの下積みが長かった分、実力はしっかり備わっていると思うんです」

P「なので、どうか…!」

今西部長「…確かに、実力の面で見れば、素質は十分なのかもしれないね」

今西部長「分かった。上には私から掛け合ってみるよ」

P「あ、ありがとうございます…!」




ガチャッ



李衣菜「おはようございます」

今西部長「ああ、おはよう多田君」

P「リーナか、ちょうどいいところにきたな」

李衣菜「え、なにが?」

P「まあとりあえず、これを見ろ」

李衣菜「ん、ポスター?」

李衣菜「…ニューカマーアイドルフェスタ…?」

P「それ、今日から社内向けに解禁された情報なんだが」

P「まあざっくり言うと、来月から346プロ内で新人アイドルを対象に、大規模オーディションが開催されるっていうことらしい」

李衣菜「お、オーディション…」

P「リーナ、下の方見てみろ」

李衣菜「ん?」

李衣菜「…えっ!ランキング上位者は、CDデビューが約束って…!」

李衣菜「プロデューサー!これって…!?」

P「…リーナ」

李衣菜「は、はい」

P「出るぞ、そのイベント」

李衣菜「え…?」

P「俺たちも出場して、上位を目指すんだ」

P「やるぞ!CDデビュー!」

346プロダクション主催「ニューカマーアイドルフェスタ」概要

本オーディションは、346プロダクション内に所属する新人アイドルの発掘を目的とした大規模オーディションとなる。

審査の対象となる新人アイドルは、当プロダクションに所属してから2年未満の者と限られる。

またエントリーするアイドルは、1名のみの参加を原則とする。2名以上のグループを組んでの参加等は認められない。

審査方法は以下の2点を基準に行われる。

①ファンによる投票 ②PR動画の総再生数

①について
開催中設けられた特設WEBサイトにて、ファンによる投票を行い、その総数を元に順位を競い合っていく。

②について
動画投稿サイトへ投稿されたPR動画の総再生数を競い合い、①の投票数と合わせて審査を行っていく。
※PR動画は、WEB投票が行える特設サイトからでも自由に閲覧することができる。

ファンによる投票数と、PR動画の再生数。

この二つを判断基準に、ポイントを合計した上で上位15名に残ったアイドルには、CDデビューが約束される。

本オーディションの開催中、番組出演・イベント等でオーディションに関するアピールは自由に行って構わないものとする。

今回のオーディション開催にあたり、当プロダクションが求めるものは、「個の力」である。

どのような苦難にさらされても怯むことのない、果敢精神に満ちたアイドルの登場を切に願う。以上。

~~~~~
中庭


P「それじゃあ撮るぞ~…3、2、1…」

李衣菜「…こ、こんにちは!多田李衣菜、17歳、高校2年生です」

李衣菜「私はロックな音楽が好きで、誰にも負けないようなロックなアイドル目指してます!」

李衣菜「えーっと、趣味は音楽鑑賞で、休みの日はよく音楽聴いたり…あとライブに行ったりしてます」

李衣菜「…あ、あとマイギターを持ってて、時間空いたときはよくかき鳴らしたりしてるかなぁ~!」

李衣菜「…ああえっと、とにかく、私が目指すのは一番ロックで、一番クールなアイドルです!」

李衣菜「ロックに対する気持ちなら、誰にも負けないと思ってるので、ロックが好きな人は是非応援してくださいね!」

李衣菜「あ、それと、一番大事なこと言い忘れてたんですけど、私が一番」

P「あ、すまん尺オーバーだ」

李衣菜「え、え~!早いよ~!」

P「仕方ないだろう。エントリー動画は1分って決まってるんだから」

李衣菜「む~、全然語り足りないよ~」

P「まあ、このあともらえるアピール動画は3分間あるからな、熱い気持ちはそっちで披露しよう」

李衣菜「わ、分かった…」

P「…うーん、どうもいかんな」

李衣菜「え、なにが?」

P「ああ、いや…さっきから撮ってるやつも含めて、一通り確認してるんだけど」

P「どうも、リーナの表情が硬いんだよなぁ」

李衣菜「え…」

P「まあPR動画なんだし、気楽にいこう」

P「あんまり力が入りすぎるのもよくないぞ」

李衣菜「…そんなこと、分かってるけど…」

李衣菜「な、なんかカメラ向けられると…どうしても緊張しちゃって…」

P(…うーむ、やっぱりここがネックになったか)

P(番組に出てるやつ見返しても、リーナってどうも表情が硬いというか、緊張しいというか…)

P「せっかく可愛い顔してるのに、もったいなよなぁ」

李衣菜「…へっ!?ちょ…!な、なに言ってんの!?」

P「…あ、すまん。つい声に…」

李衣菜「も、も~…」

P(…ん?)

P「…なあリーナ、今の表情すごく可愛かったぞ」

李衣菜「えっ」

李衣菜「ぷ、プロデューサー…!そういう冗談私…」

P「え、冗談なんか言わないよ」

P「さっき一瞬だけ見えた、素のリーナの表情」

P「本当に可愛いと思ったんだけど…」

李衣菜「む、むむ…」

P「ああいう表情が、いつでも出せるといいんだけどなぁ」

李衣菜「…そ、それができれば苦労は…」

P(まあ…そうすぐにできるものでもないよな)

P(…ふむ)

P「…今日はとりあえずここまでにしておこう」

李衣菜「え?」

P「素材は十分撮れたし、あとは最悪、編集で繋げればなんとかなる」

李衣菜「そ、そっか…」

P「…さて、ではここでリーナに課題を授けよう」

李衣菜「え、か…課題?」

P「ああ」

P「…はい、これ」

李衣菜「え…これ…」

李衣菜「あの…なんでお金を?」

P「うん、まああれだ。午後のレッスンは休んでいいから」

P「そのお金使って、外で遊んできなさい」

李衣菜「……え、ええ~っ!?」

李衣菜「ちょ…ちょっとプロデューサー!これからオーディション始まろうって時期に」

李衣菜「レッスンサボって遊ぶとか、そんなことしてていいの!?」

P「ん?いいんじゃないか?」

李衣菜「い、いや…どう考えてもダメでしょ!?」

P「ん~…そうだなぁ」

P「レッスン受けることで、リーナの気持ちが上向いて、表情が良くなるっていうならべつにそれでもいいんだけど」

李衣菜「う…」

P「…リーナの真面目なところ、俺はすごく好きだよ」

P「でもさ、真面目さは、ときに視野を狭くすることもある」

P「新しく視野が広がるんであれば、たまにはこういう日があってもさ、いいと思うよ俺は」

李衣菜で、でも…」

P「…まあ別に、これから毎日遊べって言ってるわけじゃないんだ」

P「今日1日遊んで、それで気分が晴れたらラッキー。くらいの気軽さでいいんだよ」

P「まあ、それでも気分が晴れなかったら…」

P「この前のテレビ出演のお祝いも兼ねて、リーナの好きなケーキいっぱい買ってきてやるから」

P「だからさ、もっと楽しめって」

李衣菜「プロデューサー…」

P「せっかくの初オーディションなんだ、もっと楽しんでいこうぜ」

李衣菜「…………」

P(…あれ、黙ってしまった)


スタスタ…


P「…あ、リーナ」

P(う~ん、やっぱり「遊んでこい」なんて、さすがにちょっと無茶すぎたかな…?)

李衣菜「…ちょっと、外の空気吸ってきますね」

P「え?」

李衣菜「あ、遊ぶかはどうかは別としても…」

李衣菜「き、気分転換になるかもしれないし…」

P「そ、そうか」

李衣菜「…あと」

李衣菜「す、好きとか、可愛いとか…そういうの簡単に…」ボソッ

P「え、なんか言ったか?」

李衣菜「な、なんでもない!」

李衣菜「それじゃあ、行ってくるから」

P「あ、リーナ…」

P(…ふむ、いい気分転換になるといいのだが…)

~~~~~
繁華街



李衣菜(…と、言って出てきたものの…)

李衣菜(ど、どうしよう…こんなこと初めてだから、なにをすればいいのかよく分からないよ~…)

李衣菜(だいたい私、自慢じゃないけど、学校も仕事も今までサボったことなんて一度もないからなぁ…)

李衣菜(こういう、不良?っぽいことしてると、な、なんか罪悪感みたいなものが…)

李衣菜(…って、いけないいけない、こういうこと考えてるから、また表情が硬く…)

李衣菜「…ん?あれ、ここ…」

気がつくと私は、カラオケ店の前にいた

カラオケかぁ…そういえば、最近行ってないなぁ

最後に行ったのって…えーっと、学校の友達とだから、うわー、だいぶ前だな

ボーカルレッスンでも歌は歌えるけど、カラオケとレッスンじゃ、やっぱり楽しさが全然違うんだよなぁ

うーん、ちょっと歌ってみたい…かも

でもさすがに、一人で歌うのは…寂しすぎるなぁ

最近は一人でカラオケっていうのもあるらしいけど…私にはちょっと無理かも…

うーん、しかたない…カラオケは諦めるか…



「お、カラオケ屋あったぞ。入ろうぜ」

「っていうか~、カラオケとかお久しぶりちゃ~ん?テンションアゲぽよ~って感じ」

「うーん、なに歌おうかな」


李衣菜(ん…?)

李衣菜(な、なんかちょっと怖そうな子たち来たなぁ…)

李衣菜(は、はやく違うとこ行こうっと…)



「…ん?あれ、なあおい」


李衣菜「…………」


「なあ、おいってば」

「ん、知り合いか?」

「ああいや、なんていうか」


李衣菜(……ん?私…じゃないよね)


「おい、ヘッドフォンぶら下げてるお前」

「シカトすんなコラ、てめーに用があるみたいだぞ」


李衣菜(えっ…)



ど、ど…ど、どうしよ…どうしよ~!?

えっ、なにこれどうしよう…すっごい怖い人が私に話しかけて…

っていうか、これってもしや、うわさに聞くカツアゲってやつじゃ…うわーん!?

ぷ、プロデューサー…助けて~…




「おい、初対面の子にそんな言い方失礼だろ」

「いや、だってこいつが…」


李衣菜(ど、どうしよう…どうしよう…)


「…悪かったな、大丈夫か?多田サン」


李衣菜(どうしよ…え?)

夏樹「…っよ、久しぶり」

李衣菜「…えっ?」

~~~~~
カラオケルーム


拓海「ララバイララバイおやすみよォッ!」

拓海「ギザギザハートのッ!子守唄ァッ!」


チャッチャラチャチャーン♪


拓海「…ふぅ、良い感じだぜ!」

里奈「わ~、たくみん上手い上手ーい」

里奈「っていうかぁ、この歌古くなくなくなーい?」

拓海「良い歌、悪い歌に時代なんて関係ねぇんだよ」

里奈「えー、なにそれうける~」



~~~~~♪


里奈「あ、りなぽよの歌ぢゃ~ん」

里奈「なつきっち~、一緒に歌おうよ~」

夏樹「おう、いいぜ」

李衣菜「…………」

李衣菜(…あれ、どうしてこうなったんだっけ?)

~~~~~
ちょっと前



夏樹「久しぶりだな」

李衣菜「え、あなた…」

夏樹「…なんだ寂しいな、忘れちまったか?」

李衣菜「う、ううん!そんなことないよ」

李衣菜「き、木村夏樹…さん」

夏樹「お、なんだ覚えててくれてたか」

夏樹「嬉しいぜ、多田李衣菜サン?」

李衣菜「う、うん…」

李衣菜(この人、どうしてここに…)

李衣菜(っていうか、えっ、この二人って、夏樹さんの知り合い…?)

里奈「なになに?この子夏樹っちの友達?」

夏樹「ん?ああ、友達というか…」

拓海「…なんでもいいからよ、さっさとカラオケいこうぜ」

拓海「アタシは早く歌いたくてうずうずしてんだからよぉ」

里奈「先入って受付してるよん」

夏樹「ああ、悪い悪い」

夏樹「…えーっと、アンタもカラオケか?」

李衣菜「え…えっと、私は…」

李衣菜「わ、私は…その、別の用が…その…」

夏樹「ん?」

李衣菜「…………」

夏樹「…………」

夏樹「…もし、暇ならさ」

夏樹「一緒に、歌っていかないか?」

李衣菜「……え?」

~~~~~


李衣菜(そんなわけで、一緒に歌うことになっちゃったわけだけど…)

李衣菜(どうしよう…この空気に溶け込める気がしないよ~…)


里奈「恋する~、ぽ~よぽよクッキ~♪」

里奈「未来はぁ~そーんなぽよぽよじゃないの~♪」

夏樹「っぷ、ははは」

夏樹「おいおい里奈、なかなかロックなアレンジするじゃんか」

里奈「でしょ~?へへいへーい、へへいへーい」

拓海「ったく、真面目に歌えよなぁ」

李衣菜(楽しそうだなぁ…)

拓海「…なあ、お前」

李衣菜「…………」

拓海「…おい、ヘッドフォン女」

李衣菜「は、はい!?」

李衣菜(び、びっくりした…)

拓海「お前、夏樹とは仲良いのか?」

李衣菜「え…」

李衣菜「え、え~っと、仲良いというかですね…」

拓海「…………」

李衣菜「な、仲良くしたいなぁ~というか、まだなってないというか…」

拓海「…だぁもう!はっきりしねー奴だな!」

李衣菜「はぅ!?」

拓海「つまりダチなのか、ダチじゃねーのか、どっちなんだよ!?」

夏樹「おいおい拓海、私の友達をあんまり苛めるなよ」

李衣菜「え…」

李衣菜(…友達…)

拓海「なんだ?やっぱダチなんじゃねーか」

李衣菜「は、はい…」

夏樹「悪いな、こいつ口のきき方はアレだけど、良いやつなんだよ」

拓海「おい、変な紹介すんなよな」

夏樹「じゃあ、自分から紹介したらどうだ?」

拓海「…っち、しょうがねえなぁ~」

拓海「アタシは天上天下、喧嘩上等、特攻隊長の向井拓海だ。夜露士苦」

李衣菜「…は?」

李衣菜(え?それってもしかして、日夜暴走しちゃってる人ってこと…?)

夏樹「おいおい、゛元〝だろ?」

拓海「ん?ああ、そうだった」

夏樹「拓海はこんなだけど、一応アイドルやってんだ」

夏樹「アタシたちと同じ、346プロに所属してるんだぜ?」

李衣菜「え、そうなの…?」

拓海「おいおい夏樹、一応とはなんだ、一応とは」

夏樹「あはは、すまんすまん」

夏樹「んで、こっちが…」

里奈「おっすぴょ~ん、りなりなだよ~ん、よろしくちゃ~ん」

李衣菜「り、りなりな…?」

夏樹「藤本里奈、こいつもアイドルで、346プロ所属だ」

夏樹「二人とも、アタシとほぼ同期の友達だよ」

李衣菜「友達…」

李衣菜(…そっか、友達…)

夏樹「ま、ここで会ったのも何かの縁だ」

夏樹「みんな、仲良くやろーぜ」

里奈「おっけ~、なかよちなかよち~」

拓海「…ふん」

李衣菜「……よ、よろしく」

夏樹「…ところで、アンタは歌わないのか?」

李衣菜「え?」

夏樹「さっきからみんなの歌聴いてるだけみたいだけど、歌わなくていいのかい?」

李衣菜「…わ、私は…」



そりゃあ…ほんとは、私だって歌いたいけどさ…

こんなアウェーな空気の中で、歌なんて歌えないよ…

こんなことなら、一人でカラオケの方がまだ…


夏樹「…………」

夏樹「なあ、それじゃあアタシと一緒に歌わないか?」

李衣菜「えっ?」

夏樹「実は歌いたい曲があってさ、頼むよ」

李衣菜「え、えっと…私…」

夏樹「えーっと、あ、これだ」

夏樹「なあ、これ知ってるか?」

李衣菜「ん?…あっ」

李衣菜(この曲…)

夏樹「…知らない曲だったか?」

李衣菜「…………」

李衣菜「…ううん、これなら、私も歌える」

夏樹「そうか、そりゃあよかった」

夏樹「…さあてと、それじゃあ歌いますか」

夏樹「いくぜお前ら!木村夏樹と多田李衣菜…二人合わせて、即席ロックだ!」

李衣菜「そ、即席ロック…?」

里奈「いぇ~い!いいぞ~夏樹っち~」

夏樹「曲は、アヴリル・ラヴィーンで…Girlfriend!」


~~~~~♪




うわぁ、この人、ギターだけじゃなくて、歌もすんごい上手いなぁ

それに、すっごく楽しそうに歌ってる…

…あれ…なんだろうこの感じ…

なんか、この人の歌につられてるのかな…?

知らない人の前で歌って、恥ずかしいはずなのに…

今、すっごい楽しい…



夏樹・李衣菜「Hey!Hey!」

李衣菜(…この感じ…)

里奈「おお~!二人ともまぢかっこよすぎで息合いすぎ~!?」

拓海「…ま、まあまあやるじゃねぇか?」

夏樹「…ははっ、気持ちいいなぁ」

夏樹「多田サン、良いライブだったぜ」

李衣菜「え…あ、うん…」

李衣菜(…………)

~~~~~
その後 


拓海「いや~、歌った歌った」

里奈「まぢノド枯れたし~」

夏樹「ああ、久しぶりに歌いまくったなぁ」

李衣菜「…………」

夏樹「多田サン、今日は無理につき合わせちゃって悪かったな」

李衣菜「え…」

夏樹「あんまり、楽しくなかったかい?」

李衣菜「…う、ううん!楽しかったよ」

夏樹「…そっか、ならよかった」

拓海「いや~、しこたま歌ったら腹減ったぜ」

拓海「なあお前ら、このままなんか食いにいこうぜ」

里奈「あ、いいぢゃ~んそれ」

李衣菜「え…」

里奈「りなぽよは~、お好み焼きがいいで~す」

拓海「ああ?なに言ってんだ。カラオケの後は肉だろうが」

里奈「え~、お好み焼きがいいー」

拓海「肉だ!」

夏樹「多田サン、よければアンタも来るかい?」

李衣菜「え?」

夏樹「なんか食べたいものあれば言ってくれよ」

夏樹「大丈夫、アタシがちゃんと二人に押し通すからさ」

李衣菜「…え、えっと…」

李衣菜(…………)

李衣菜「…ご、ごめん、私このあと用事あるから帰るね…」

夏樹「え、そうなのか…?」

李衣菜「うん…ごめんね」

夏樹「…そっか、なら、しかたないな」

夏樹「…………」

李衣菜「…そ、それじゃ…」

拓海「肉だっつってんだろ」

里奈「お好み焼きがいいの~」

夏樹「…なあ、二人とも」

夏樹「悪いんだけど、アタシも今日は帰らせてもらうわ」

拓海「は?か…帰る?」

拓海「おいおい夏樹、なんだよ付き合いわりぃな」

夏樹「すまん、今度埋め合わせするからさ」

拓海「あっ…おい、夏樹!」

里奈「…行っちゃったね」

拓海「…ったく、なんなんだよ」

里奈「それじゃあ…」

里奈「二人でいこっか、お好み焼き」

拓海「…肉だ」

~~~~~


李衣菜「…はあ」

李衣菜(なんだか、悪いことしちゃったかな…)

李衣菜(私って、こんなに人見知りな奴だったっけ…?)

李衣菜(自分からは普段ロックロック言ってるくせに)

李衣菜(こんなふうに逃げるなんて、全然ロックじゃ…)


…ブゥゥゥゥゥン


李衣菜(…はぁ、あの人にも悪いことしちゃったかな)



「…おーい、多田サン」


李衣菜(はぁ………は?)

李衣菜「え、その声…」

夏樹「よっ」

李衣菜「えっ、木村…さん?」

李衣菜「っていうか、そのバイク…」

夏樹「…なあ、多田サン、用事あるんだろ?」

夏樹「ならさ、よければ、家まで送ってくよ」

李衣菜「え…?」

~~~~~


ブゥゥゥゥゥンッ…!



李衣菜(わ、わぁ!はやっ!)

夏樹「こっちの道で会ってるか?」

李衣菜「う、うん」

李衣菜「あ、ありがとう…わざわざ送ってくれて」

夏樹「べつにいいさ、まだちょっと話し足りないなって思ってたからさ」

李衣菜「そ、そっか…」

李衣菜「…………」

夏樹「…………」

夏樹「なあ、多田サン」

李衣菜「え、な、なに…?」

夏樹「悪いんだけど、ちょっとだけ寄り道してもいいか?」

李衣菜「え?寄り道って…」

夏樹「ホントにちょっとだけでいいからさ、見せたいものがあるんだ」

~~~~~
とある海岸沿いの道路


夏樹「ふう、着いたぜ」

李衣菜「ここ…」

夏樹「どうだ?結構良い感じの場所だろ?」

李衣菜「う、うん…」

夏樹「ほら、今の時間になるとさ、すげー夕日がきれいなんだ」

李衣菜「あ、ほんとだ…」



…ザーン…ザザーン…


李衣菜「…なんか、波の音も雰囲気出てていいね」

夏樹「お、分かってるねぇ」

李衣菜「…えっと、夏樹さんはさ、よくここに…」

夏樹「夏樹、でいいぜ」

李衣菜「え…」

夏樹「一緒にデュエットした仲だ」

夏樹「そんなかしこまった呼び方しないで、名前で呼んでくれていいんだぜ」

李衣菜「え、えっと…」

夏樹「…なんだなんだ~?恥ずかしがってるのか?」

李衣菜「べ、べつにそんなわけじゃ…」

夏樹「じゃあアタシは、お前のこと好きな呼び方で呼ぶからな」

李衣菜「え?」

夏樹「えーっと、多田李衣菜だから…」

夏樹「…よし、じゃあだりーなでいいか?」

李衣菜「え、えぇ!?」

李衣菜「ちょ、ちょっと…!だりーなって呼び方、なんか嫌なんだけど…」

夏樹「そうか?じゃあ…」

夏樹「…よし、じゃあだりーはどうだ?」

李衣菜「さ、さっきとあんまり変わってなくない…?」

夏樹「あっはっは、そうか?」

李衣菜「む、む~…」

李衣菜「…じゃ、じゃあ、私は…」

李衣菜「えーっと…木村…夏樹…なつき…」

李衣菜「…えーっと…なつきち!」

夏樹「なつきち?」

李衣菜「うん、な、なつきち…」

李衣菜(と、とっさにこれしか浮かばなかった…)

夏樹「…OK、だりーに、なつきち…ね」

夏樹「よろしくな、だりー」

李衣菜「う、うん…」



あ…この人、こんな風にも笑うんだ…

初めてあったときとか、テレビでみたときは、もっとクールで、かっこよくて、若干カリスマっぽいイメージあったけど

なんだか、実際にこうして話してみると、すごい人懐っこくて、良い人だな…

…なんでだろう、なにもかも本物なこの人にとって、私なんか遠い存在だと思ってたのに

どうして、この人と話してると、こんなに落ち着くんだろう…


夏樹「だりーはさ、ロックな音楽好きなんだろ?」

李衣菜「…あ、ああ、うん。そうだね…」

夏樹「どんなやつ聴くんだ?」

李衣菜「え…え~っと…」

李衣菜(な、なんて答えようかな…)

李衣菜「…えーっと、洋楽の…ロックがメインかなぁ…」

夏樹「へー」

夏樹「じゃあ、どういう系のサウンドが好き?」

李衣菜(さ、サウンド…?)

李衣菜「え、えっと…その~」

李衣菜「どちらかというと…激しいやつ…?」

夏樹「へ~、バンドで例えるなら?」

李衣菜「え゛……」

李衣菜(…どうしよう、なんて答えるのがロックな回答なんだろう…)

李衣菜「…れ、レッド…」

夏樹「ん?」

李衣菜「レッド…ツェッペリン…?…とか」

李衣菜(…あれ、名前あってるよね?)

夏樹「…………」

李衣菜(うわ~すごい見てる…もしや、名前間違えた?)

夏樹「…へ~、ツェッペリンかぁ、結構古いの聴くんだね」

李衣菜「う、うん…」

李衣菜(…よかった~、名前あってた…)

夏樹「アタシも結構好きだなぁ、ツェッペリン」

夏樹「だりーとは趣味が合うかもな」

李衣菜「そ、そっか…」

李衣菜(ぷ、プロデューサーのお陰で助かった…)

夏樹「他にはどんなの聴く?」

李衣菜「え、えーっと…」

李衣菜(どうしよう、何て答えようかな…)

夏樹「…あ、分かった、答えなくていいぜ」

李衣菜「え…?」

李衣菜(え?もしかして、私があんまり詳しくないのばれちゃった…?)

夏樹「…ずばり…」

夏樹「アヴリル・ラヴィーンだろ?」

李衣菜「…えっ」

李衣菜(…えぇー?!いや、合ってるけど…)

李衣菜「な、なんで…?」

夏樹「ん?いや、さっきカラオケで一緒に歌ったとき」

夏樹「歌い方からコーラスまで、なにもかも完璧だったからさ」

夏樹「これだけ歌えるってことは、相当好きなのかな~って…」

夏樹「あれ、もしかして違った?」

李衣菜「あ、ああ~…」

李衣菜(そっか、さっきは夢中になって歌っちゃってたけど…)

李衣菜(歌、完璧だったかぁ…)

~~~~~
2年くらい前


女の子「ねえねえ、李衣菜ちゃんこの前貸したアルバム聴いた?」

李衣菜「う、うん、聴いたよ」

女の子「どうだった!?すっごいよかったでしょ!?」

李衣菜「あ~…うん」

李衣菜(…うーん、実はあんまり好きじゃなかったって、言っちゃまずいよね…)

李衣菜「よ、よかったと思うよ…」

女の子「…なんか、もしかしてあんまり気に入らなかった?」

李衣菜「え…そ、そんなことないけど…」

女の子「そういえばさ、今まで聴いたことなかったけど」

女の子「李衣菜ちゃんって、普段どんな音楽聴くの?」

李衣菜「え?私…?」

李衣菜「えーっと、そうだなぁ」

李衣菜「アヴリル・ラヴィーンとか、大好きだからよく聴いてるよ」

女の子「え?アヴリル・ラヴィーンって…」

女の子「それ、なんかちょっと古くない?」

李衣菜「え…」

女の子「それに、ちょっと有名すぎるっていうかぁ」

女の子「そういうの好きで聴いてる人って、にわかっぽいっていうか」

李衣菜「…にわか…」

女の子「李衣菜ちゃんもさ、もっとマニアックな音楽聴いて、幅広げていかないとダメだよぉ」

李衣菜「…………」

女の子「あ、そうだ、マニアックといえば、私すっごくいいの持ってるんだけどね」

女の子「今度、李衣菜ちゃんにも貸してあげるよ」

李衣菜「…うん」



にわか…か

私が好きな音楽って、にわかだったの…?

マニアックなやつをいっぱい聴いて、いっぱい知ってないと、またこういう風にバカにされちゃうのかな…

なんだろう…なんか…

なんか…嫌だ


~~~~~


李衣菜「…………」

夏樹「…だりー?」

李衣菜「え、あ…ごめん」

夏樹「なんだよ、考え事か?」

李衣菜「あ、いや、その…」

李衣菜「…………」

李衣菜「…ねえ、なつきち」

夏樹「ん?」

李衣菜「あのさ、えっと…」

李衣菜「なつきちは…ロック好きなんだよね」

夏樹「ああ、そうだな」

李衣菜「そ、それじゃあさ…」

李衣菜「もし、人から…自分が好きなロックを否定されたら、どう…思う?」

夏樹「…………」

李衣菜(…へ、へんな質問しちゃったよね…)

李衣菜「ごめん、やっぱ今の…」

夏樹「アタシは、どうも思わないかな」

李衣菜「え?」

夏樹「好きなものは人それぞれだし、色んな意見があってもいいと思う」

李衣菜「…そっか」

夏樹「でも、アタシはアタシだ」

夏樹「例えどんなに否定されようと、アタシの生き方は変えられないよ」

夏樹「だって…」

夏樹「好きなものは、好きだからな」

李衣菜「……!」




…そっか、好きなものは、好きでいてもいいんだ

背伸びしないで、自分の好きなものを、素直に好きって言えばよかったんだ

そういう、ありのままの自分でいつづけることが…



李衣菜「自分を着飾らない気持ちが、ロック…なんだね」

夏樹「え…?」

李衣菜「…あ」

李衣菜(…うわぁん!?なんか声に出てた~!?)

李衣菜(うわー…なつきちきょとんとしてるし…恥ずかしい~…)

夏樹「…いいな、それ」

李衣菜「え…」

夏樹「自分を着飾らない…か」

夏樹「確かに、そういうのってロックだよな」

李衣菜「そ、そっか…」

夏樹「…やっぱ、だりーはアタシが思った通りのやつだったよ」

李衣菜「え…?」

夏樹「ロックが好きで、素直で、あと面白くて…」

李衣菜「わ、私…面白くなんか…」

夏樹「そういう風に言えちゃうのも、素直だと思うぜ」

李衣菜「あ、あう…」

夏樹「あとちょっと、人見知りのところとか」

李衣菜「ちょ、ちょっとなつきち…」

夏樹「そういうところ、好きだぜ」

李衣菜「え…」

夏樹「…ああ、今のは、ライクであってラブじゃないからな?」

李衣菜「そ、そっか…そうだよね…」

李衣菜(…わ、分かってるけど、一瞬ドキッとしたなぁ…)

夏樹「なあだりー」

夏樹「だりーも、今度のオーディション…出るんだろ?」

李衣菜「あ、うん…」

夏樹「そっか、じゃあ…これからはライバルってことになるのかな」

李衣菜「そうなる…かな」

夏樹「…お前がライバルなら、アタシも全力で臨めるよ」

李衣菜「え…」

夏樹「お互い、全力を尽くそうぜ」

夏樹「どっちが勝っても、恨みっこなしだ」

李衣菜「……うん」

李衣菜「なつきちはギター上手いし、歌も上手いし、カッコいいし…」

李衣菜「正直言って、私が買ってるところが見当たらないけど…」

李衣菜「私、負けたくない」

夏樹「…ああ」

夏樹「…アタシもだよ」ボソッ

李衣菜「え、何か言った?」

夏樹「ん?なんにも」

夏樹「…おっと、もうこんな時間か」

夏樹「悪かったなだりー、こんな時間までつき合わせて」

李衣菜「ああ、うん…大丈夫」

夏樹「じゃあ、乗ってけよ。送るから」

李衣菜「うん」


きゅるる~…



夏樹「ん…?」

李衣菜「あ…」

李衣菜(し、しまった…お腹の音出ちゃった…)

夏樹「なんだ、腹減ってたのか?」

李衣菜「う、うんまあ…」

李衣菜「…えっと、よければどっかで一緒に食べてく?」

夏樹「え?ああ、別にアタシは構わないけど…」

夏樹「だりー、用事あるんじゃなかったか?」

李衣菜「え゛……」

李衣菜「…………」

李衣菜「…え~っと、それは~…」

李衣菜「あ、明日だったかなぁ…うん、そうそう、明日だったなぁ!」

李衣菜「いや~、今日とうっかり勘違いしてたなぁ~、あはは…」

夏樹「…ははっ、そっか」

夏樹「じゃあ、用事もないことだし、どっか飯食いに行きますか」

李衣菜「う、うん…!」

夏樹「それじゃあ、飛ばしていくぜ。しっかり捕まってな」

李衣菜「あ、安全運転でお願いします…」

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom