業務内容:救世主(39)

若い連中が仲睦まじく弁当を広げるのを尻目に、いつものベンチに腰を下ろす。
今日の昼食も代り映えのない惣菜パン二つと野菜ジュース。ボッチ飯にも慣れたものだ。
たまに声をかけてくる同僚もいるが、専ら業務に関しての話であって、そこには色気も何もない。

新人教育やら資材の補充やらに考えを巡らせていると、ものの十分程度で食料が尽きていた。
パックの野菜ジュースを下品に吸い尽くし、ゴミを捨てるために立ち上がる。
……と、視界が暗転した。飯を食うなり立ち眩みとは、若い頃のようにはいかないもんだ。
足元の感覚が失われる。呑気な自嘲が焦りに変わる間もなく、意識もまた、落ちた。

………



ざわめきに呻きを漏らす。寝起きはいいほうだと思っているが、起こされるのは正直不愉快だ。
薄く目を開けると強烈な光で視界が白く染まった。医務室にでも運ばれたか……?

?「あのぉ……」

いやにか細い呼び掛け。姿を見定めることも出来ないまま、それでもとりあえずは答えを返す。

中年「や、すんません。お手数かけまして」

?「……」

反応がない。息を呑む気配だけが伝わる。
ややあって飛んできた次の言葉は、視界を取り戻した俺の耳に、目と同様の混乱を齎した。

?「救世主様、でしょうか?」

いいえ違います。しがない契約社員です。

落ち着ける場所にとの話だったはずだが、随分と豪奢な部屋に通された。
まるで落ち着けていない俺に、先程の声の主……妙にヒラヒラした格好の女が説明を始める。
よく分からない専門用語は適当に補完するとして、要点をまとめるとこういうことらしい。

・この島は東西で二国に分かれており、今現在いるのは東側……スカイルスに当たる
・西側の国リヴェールが正体不明の軍勢に蹂躙され、助けを求めてきた
・が、スカイルスはスカイルスで防衛に手を焼かされており、救援など出しようもない
・よって古い伝承を頼りに、最近開発された異界の存在を呼び出す儀式で救世主を召喚した
・期待を一身に背負った救世主が、冴えない中年だった

……実にふざけた話である。言葉を濁されたが目が、態度が、失望を雄弁に物語っている。
儀式が執り行われた聖堂に詰め掛けていた貴族連中の白い目も、思い出すだに腹立たしい。
だがまあとりあえず、状況は飲み込めた。ファンタジーによくある異世界召喚モノだ、俺は詳しいんだ。

さて戦いなんぞ小さな頃の兄弟喧嘩ぐらいしか経験のない俺は、当然ながら全力で拒絶反応を示した。
歳を経て保身に走ることを覚えた俺には、これっぽっちも義侠心が湧かない状況であったし、
仮に博愛精神に満ち満ちた人の良い馬鹿であっても死んでこいと言われて応とは答えまい。

だがヒラヒラ女(後に祭官であることを知る)は理路整然と論破を試みる俺に沈黙と拘束の魔術を施し、
呼びつけた近衛兵に命じて王の御前へと引きずっていった。
あることないこと並べ立て、俺を救世主に仕立て上げんとする祭官。
話を聞きながらも、度々俺に胡散臭げな視線を向ける王。
恨みがましい視線を送ることしか出来ない転がされた俺。

……結局、話は纏まってしまった。当然ながら俺にとっては全くありがたくない結論で、だ。

旅立ちに備えて、と見繕われた数々の武具は尽く手に馴染まなかったので丁重にお断りし、
そのぶん路銀を取れる限り踏んだくってやった。
青筋を浮かべた祭官の顔を思い出すと、幾らか溜飲が下がる思いである。

見たところ中世じみた世界であったため、科学分野の知識を総動員すれば生業には困るまい。
どうにかバックレようと企んでいた俺だが、流石にお目付け役が宛がわれた。

現在地、王都の宿屋。未だにヨロシクの四文字しか言葉を発していないお目付け役と二人、
今後について話し合うため一先ず(今度こそ)落ち着ける場所に移ったというわけだ。

とりあえずここまで。
導入部ということで地の文だらけになっておりますが、今後はほぼ対話形式の予定です。
殆ど喋ってませんが主人公は中年、名の通り三十路も折り返しに差し掛かったしみったれた中年です。
世界観の設定は後々。フレーバー程度にゲーム的な要素が入ってますので、そういうのお好きなら嬉しいですね。

これまで読み専でしたから、書くのは初めてとなります。
お見苦しい点も多々あるかと思いますが……
どうぞよろしくお願いします。


契約社員が新人教育をするのか…と思ったけど数年はいられるからあるにはあるのかね
しかし契約社員ごときの科学力でなにができるのか

>>8
地の文ならこんなもんじゃないか
も少しあけてもいいかもしらんけど

>>9
実は経験談でして。
雇用形態の切り替えだのなんだの、雇用主側が小細工を駆使すれば十年程度なら一つの職場に留まれるようですね。
もうここまでくると下手な正社員より知識量が豊富になり得ます。補充の派遣、契約社員の教育だってありましたとも。

科学知識については文明的な成熟度が現代社会から大きく遅れていたため、
それこそ理科の知識程度でも金に出来るだろう、という考えからです。
魔術で補われている部分もあるので甘い見通しなのかも知れませんが。


連日で時間が取れるとは思っていませんでしたが、今日も投下していきますね。

中年「さて、祭官さんの姪子だとは聞いたが……名前を教えてもらえるかな?」


いかにも魔女っ子じみたダボついたローブ姿の少女に問いかける。

既に借りた部屋の中。遠慮なく椅子に腰掛けた俺から微妙に距離を取り、
棒立ちを決め込んでいるのが、俺に宛がわれた可愛らしいお目付け役らしい。

まさか宿も相部屋を申し出るとは思わなかったが、まあ親子ほども歳が離れてちゃ間違いも起こるまい。


?「……魔子」

中年「ん、ありがとう。ところでものは相談なんだが、俺を見失っちゃくれないか?」

魔子「それはダメ。仕事はこなす」


いいと思うよ。後輩に欲しかったね、君みたいな真面目な子。

融通が効かないのは頂けないが。まあいいさ、いずれ機会もあるだろう。

中年「それじゃ話を変えよう。当然ながら俺はこっちのことは何も知らない。
   何をするにしてもまずは知識が必要だ。そうだろう?」

魔子「確かに。質疑応答、分かることは答える」

中年「ありがたいね。それじゃまずは地図、地形、方角からだ」


移動中、既に傾きかけた太陽から方角を割り出そうとは試みた。

が、空を見上げて諦めたのである。何せ太陽らしき光を放つ星が二つあったのだから。


魔子「……逃走経路?」

中年「……目的地は隣国なんだろう? 逆方向に進みかねんぜ、今のままだと」

魔子「先導するつもりでいたけど。うん、分かった」

テーブルに歩み寄った魔子が手を払うような仕草をすると、半透明の地図が現れた。

描かれたのは一つの島と、周辺に散る小さな島々。流石に世界地図ではあるまいと当たりを付ける。

メインとなる島は、四国やオーストラリアのような……東西に幅のある形をしていた。

中央には巨大な山と思しき地形があり、それを挟み込むように南北に切れ目が走っている。

河川にしては随分と綺麗な直線のように思えた。


魔子「ゲーメス島。この島の名前」

中年「……何か聞き覚えがあるような、ないような」

魔子「?」

中年「いや、なんでもない。こちら側がスカイルス、俺たちが今いる国なんだな?」


島の右側、東に当たる部分の中心近くの光点を指さす。恐らくはこれが現在地。

頷いて見せた魔子は、続けざまに東側の各地に指を滑らせながら、

そこに存在する主要都市について簡単な解説をしてくれた。


・スカイルス:王都。現在地。商業の国スカイルスの心臓に当たる。

・フルザン:広い草原地帯を持つ。畜産が盛んで、駿馬を特産品とする。あと、メシが美味いらしい。

・フラッドブルー:海洋に面した水産都市。地盤が安定しないから船を繋ぎ合わせた独特の街並みを形成する。

・ティオス:近隣の火山が頻繁に噴火するため発展に難あり。特殊な魔石の産地ゆえ人の出入りは多い。

・サンカラット:砂漠にあるオアシスの街。ここも発展に難あり。同じく魔石の産地だが交通の便が酷く悪く、半ば孤立状態。

・マナール:地図上では海に面しているが、断崖絶壁で海には降りられないそうだ。薬草の栽培が盛ん。

・スノーウォル:魔石の影響で雪と氷に覆われた地域。ここもやはり魔石の産地らしい。


足早な説明を軽く反芻したところで、気になっていた中央の亀裂について問いかける。

中年「細いが、随分綺麗な線だ。河なのか?」

魔子「違う。崖になってる。この中央の山は神々の決戦地と呼ばれていて、大昔二人の神が争ったらしい」

中年「神々ときたか……それじゃその余波で大地が割れたってところかね」

魔子「そう伝えられている。見れば分かるけど、明らかに自然な削れ方じゃない」

中年「ふむ……橋はかかっているのか?」

魔子「北と南に一本ずつあった。けど、北は襲撃にあって崩落。南も襲撃を警戒して崩したみたい」

中年「そりゃまた……だったら山越えをするしかないのか」

魔子「そうなる。でも、まずはフラッドブルーに向かう」


現在地、スカイルス首都を挟み、件の山とはほぼ真逆……海岸線近くに新たに光が灯る。

中年「またどうして?」

魔子「古い伝承の一節。新しい仲間がいるはず。魔王は三人で討ち果たす」

中年「魔王ってか……しかし三人で討ち果たすも何も、そもそも俺は戦いなんて」

魔子「叔母様から聞いてる。でも、そんなはずはない」

中年「何を根拠に……ッ」


ぶうたれる俺の胸に手を置くと、またも半透明の紙のようなものを呼び出して机に広げた。

魔子「暗記、運搬、交渉、算術……予想以上。実に三十五にも及ぶ技能の数々、いずれもそこそこ高水準」

中年「な、なんだこりゃ?」

魔子「スキルシート。あなたの人生で培ってきた技能」

中年「……これが、戦いと何の関係があるんってんだ」


見ればどれもこれも覚えがないではない。が、一つとして戦闘に活かせそうなものは見当たらなかった。


魔子「ゲーメス島の創世神話。女神ニュジェマを巡り、リヴェールとスカイルスが対立した」

中年「それ、国の名前じゃ……」

魔子「戦いは七昼夜にも及んだが、戦いを嘆いたニュジェマが自ら命を絶ったことで終息した」

中年「部隊は神々の決戦地。失意の二神は決着を投げ出し、東西に去り国の礎を築いた……ってところか」

魔子「察しがいい」

中年「それとスキルシートが、どう繋がるんだ」

魔子「リヴェールには命の神の別名が、そしてスカイルスには職の神の別名がある」

中年「職の神……それじゃなにか、神様が加護を下さるってか」

魔子「そういうこと。商業の国だけあって国民は何らかの生業、そして技能を身に着け、大なり小なり加護を受けている。
   けど、これだけ多くの技能を、これだけ習熟している人は知らない。
   戦闘分野の技能でなくとも基礎能力はとんでもないことになっているはず」

中年「実感がないんだがね。そういえば君のスキルシートはどうなってるんだ」

魔子「……えっち」

中年「あぁ!?」

結局、魔子のスキルシートを見せてもらえないまま夜を迎えた。

今夜はさっさと休み、明朝にフラッドブルーへと経つことになる。

ベッドに潜り込み目を閉じるなり声がかけられた。


魔子「そういえば」

中年「あん?」

魔子「名前。まだ聞いてない」

中年「……そういやそうだったな」


祭官や魔子の名前を思い浮かべる。どう考えても俺の本名はこの世界にそぐわない。浮きすぎる。


中年「そうさな。おじさんとでも呼べばいいんじゃないか」

魔子「……分かった。あと……」

なんだ、もう寝る気満々なんだ。手短に済ませてくれ。


魔子「忘れてたけど、方角。北はあっち」

中年「……おう」


今更かよ……脱力感がそのまま眠気をもたらし、あっという間に意識が落ちた。

ここまで。次は一週間以内に。
改行、少し多めに入れてみましたが……こんなものでいいんでしょうか?

期待の二文字でこうまでモチベが上がるだなんて、我ながらなんとチョロいことか……
明後日には投下できそうですので、今しばらくお待ちください。

ちなみに固有名詞は何かのもじりだったり、元ネタがあったりします。
いたずらに多くなってもややこしいだけですので、今後追加するにしても少しだけでしょうが……
見抜いてもらえるとちょっと嬉しいかもです。

朝靄の中、門兵との交渉を魔子に任せて物思いに耽る。

昨日の魔子の話を信用するなら、どうやら俺の基礎能力……

恐らくは体力や腕力といったものはとんでもないことになっているらしい。

だが長年付き合ってきたこの身体は、かつての若々しさを取り戻すでもなくやはり歳相応の気怠さを伴っており、

いずれは矯正しようと思っていた猫背気味が故の腰の痛みも和らぐでもなく纏わりついている。

正直野良犬一匹すらも叩き伏せる自信がない。


魔子「お待たせ。行こう、おじさん」

中年「ん、ああ……フラッドブルーは東、だったな」

魔子「そう。馬車でもよかったけれど、おじさんは戦いに慣れないといけない」


心底勘弁してほしい。

街道をえっちらおっちら歩いていると、不意に立ち止まった魔子が遥か遠く、ある一点を指し示した。

目を細めてその先を見遣ると、街道から外れた荒れ地の先に五匹の四足獣の姿が移る。


中年「……冗談だろ。いきなり二対五だと?」

魔子「冗談。一対五」

中年「魔子さんや、ふざけるのも大概に……」


反論に答えもせず、ズンズンと獣の影に向けて歩き出す魔子。

後を追いながら説得を試みるも、まるで聞く耳を持たない。どころか。


魔子「えい」


こちらに気付きつつも様子見をするに止まっていた獣の一匹に向け、光の弾を撃ち放った。

聞きかじりで、野良犬に襲われたときの対処法は知っていた。

利き腕でない側の腕を前に出し、噛ませているうちに利き腕で以て頭をぶん殴り戦意を喪失させる。

では現在の状況を見てみよう。

さっさと大岩の上に避難してしまった魔子を、岩の下から威嚇する犬が二匹。

本気で参戦するつもりがないらしく、正座でこちらを眺める小娘一匹。

そして、円を描くように移動しながら俺を取り囲んでいる犬が三匹。

仮に一匹に腕を噛ませたところで、残り二匹は背後から襲ってくるだろう。


中年(なにより……)


牙がちょっとした刃物ぐらいある。薄く、鋭く、そして頑丈そうだ。

犬というには大柄すぎるサイズも相俟って、どうぞと噛ませたらそのまま腕が落ちるだろう、あれは。

覚悟も何も決まらぬまま立ち尽くしていた俺を、しかし彼らは待ってくれなかった。

これまで一定のリズムを刻んでいた背後の足音が乱れた。一足、二足。大きくなる足音と風切り音。

右肩と左肩甲骨に衝撃。押し倒される。このまま倒れてしまえば、伏せてしまえば、抵抗もままならない。

しかし頭で考えても身体が反応しない。竦み縮みあがった俺に出来ることといえば反射的に手をつく程度で……

だのに。地面が爆ぜた。


中年「ンなっ!?」


背の圧力が消える。残像を伴い流れる視界。後頭部に衝撃。

―――

魔子(……戦闘スキルがなくても、やっぱり)


持ち合わせた才覚が、身に着けた技能が可視化される世界。多くの者は自らの天職や、それに準じたものに生涯を捧げる。

そしてまた、技能とは高くなれば高くなるほど鍛えにくくなる。中途に事を成しても、半端な物を作っても、能力は伸びない。より精緻で、偉大で、為しがたい事物を手掛けねば。

当然それらは相応の時間を要する。だが確実に能力の伸びに寄与されるのだ。目に見える形で。

スカイルスの民が概して職人肌であること、多くの職人を擁するスカイルスが商業の国と呼ばれること、その所以はそこにある。

多くの事物を手掛けることは決して悪徳ではない。複数の技能の掛け合わせで新たな技能が開花した例もある。

だがやはり、安定を求めるならば……そういうことである。

そして技能には基礎能力への補正がある。それらは微々たるものではあるが、塵も積もれば山となる。

戦闘職……この国では専ら兵士となるわけだが、彼らは多岐に渡る修練を経て複数の技能を伸ばしていく。


魔子(それでも精々が手に馴染む武器、近接戦闘必修科目の剣術、同様に遠隔必修の弓術、
   体術に軽装、重装のいずれか、他の細々としたものを合わせても十五には届かない)


ならば、救世主として呼び出された彼。三十五もの技能を、比較的高い数値で身に着けた彼はというと。


魔子(多くは商業スキル。となると補正はDEXへのものが大半だけれど、あれだけの数ならば……)

―――

中年(……何が起きた?)


頭が地面に叩きつけられた。俯けに倒れそうだったのは覚えている。しかし衝撃があったのは後頭部。

青空が見えることから仰向けになっているようだ。身を起こすと同時、大開きになった顎が飛び込んできた。


中年「ぎゃあ!?」


今度は見えた。払った腕が何かの塊を飛ばす様。上空に舞ったそれを目で追えば、吹き飛んだ犬の頭。


中年「ど、どうなってる!? なんだってんだ!!」


状況が今一つ呑みこめない。しかし犬はまだ残っていたはずだ。
慌てて起き上がり身構えるも、目に映ったのは逃げ去る奴らの背中だった。

今回はここまで。
どうしても説明回は地の文が多くなりますね……いやはや。

ぶっちゃけるとスカイルスはスキル制の国です。
基礎能力はSTR、INT、CON、DEX、AGL、LUKからなります。
それぞれ物理戦闘力、魔法戦闘力、生命力、器用、敏捷、幸運あたりで考えていただけましたら。

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