男「正しい殺気の飛ばし方」 (53)
男「おい、こないだ貸した三千円返せよ」
友「わりぃ、今金ないからさ、また今度にしてくんねえ?」
男「またかよ……」
男「そうやってごまかして、踏み倒す気じゃないだろうな」
男「だとしたら承知しねえぞ!」ギロッ
友「うへえ、こえ~こえ~。分かったよ、今度ちゃんと返すって!」ヘラヘラ
男「…………」
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男「…………」スタスタ
男(くっそ、こっちは怒ってるのにヘラヘラしやがって……ムカつくなぁ)
男(あいつに限らず、なんか俺ってみんなからナメられてる気がする)
男(多分、怖さというか威厳というか、そういうのが足りないんだろうなぁ)
男(実際、俺っていざという時に押しが弱いからなぁ……)
男(ハァ~……睨みをきかせられるようになる方法ってないかなぁ……)
男(――ん?)
『正しい殺気の飛ばし方講座』
男(正しい殺気の飛ばし方……? なんだこりゃ)
男(殺気ってようするに、あれだよな)
男(お前をぶっ殺してやる、みたいな気迫のことだよな)
男「…………」
男(ちょっと中を覗いてみよっかな。怪しい感じだったらすぐ帰ればいいんだし)
ガラッ…
男「すみません……」
講師「はい?」クルッ
男「あの、表の看板を見たんですけど」
講師「それはそれは、ありがとうございます!」
講師「あまりに誰も来ないんで、もう畳もうかな、と思っていたところなんですよ」
男「はぁ……」
男(優しそうな人だなぁ。とても“殺気”なんて物騒なもの扱えるようには見えない)
講師「せっかくですから、ぜひ試しに講義を受けてみませんか?」
男「あ、いや……それは……」
講師「もしかして予定でもあるんですか?」
男「いや、特にないんですけど」
講師「じゃあ……ぜひ受けていって下さい! お願いします!」
男(ううう……断りきれない。ホント俺って押しが弱いなぁ……)
男(だけど、この人も俺以上に頼りなさそうな感じだし……)
男(よし、たまには――)グッ…
男「結構です!」
男「その殺気とやらを見せてもらえれば、まだ考えますけどね」
男(決まった~! 今のはかなりビシッといえたぞ! 俺にしては!)
講師「そうですか……では失礼して」
講師「…………」キッ
男「!!?」ゾクッ
男(なんだ……!? なんだ今の!?)
男(一瞬、殺された……いや、自分がもうすでに死んでるのかとすら思った!)
男「い、今のが……今のが殺気ってやつなんですか!?」
講師「そうです」ニコッ
男(この人……本物だ!)
男「ぜ、ぜひ! ぜひ教えて下さい!」
講師「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」
講師「まず、あなたは“殺気”というものをどのようなものとお考えですか?」
男「う~ん、そうですね」
男「相手を殺そうとする気迫、みたいなものってイメージですね」
講師「そのとおりです。だいたい合っています」
講師「では、殺気を出すのに必要なものは何だと思いますか?」
男「やっぱりそれ相応の自信というか、強さがいる……気がしますけど」
男「ケンカが強い人と弱い人じゃ、強い人の方がより殺気を出せると思いますし」
講師「なるほど」
講師「しかし、殺気を出すのにいわゆる肉体的な強さは全く必要ないんです」
男「えっ、そうなんですか?」
講師「試しに、腕相撲してみましょうか」スッ
男「あ、はい」ガシッ
講師「レディー……ゴー!」グッ
男「…………」グッ
講師「くううっ……!」グググッ…
男「あの、本気でやってます?」グッ
講師「もちろん! くうっ!」グググッ…
男(ウソだろ? 弱すぎないか? でも演技に見えないよなぁ、この必死な表情……)
男「えいっ」グインッ
講師「うおっ!」バタッ
講師「……あなたの勝ちですね」
男「は、はい」
講師「――と、このように私は非常に弱い。あなたと殴り合えばまず負けるでしょう」
講師「にもかかわらず、先ほどはあなたを殺気で怯ませることができました」
講師「殺気を出すのに強さは不要だと、お分かりいただけたでしょうか?」
男「はい……まぁ、なんとか」
講師「では、講義に戻りましょうか」
講師「さて、肝心の殺気を出す方法に移ります」
講師「殺気を出す方法といえば、たとえば“相手を殺す光景”を頭の中でイメージして」
講師「それをぶつける、といったものを想像されてるかもしれません」
男「そうですね……そんなイメージです」
講師「……が、実際にはちがいます」
男「え、ちがうんですか?」
講師「実際には“自分という全存在を丸ごと相手にぶつける”といった感じです」
男「はぁ~」
講師「それぐらいの気迫でないと、相手に“死”を実感させるなどとても不可能なのです」
講師「慣れてくると、こうしてあなたの背後からでも――」スッ
講師「…………」キッ
男「!!?」ビクッ
男(まただ……! さっきの感覚だ……!)ゾワゾワッ
講師「ということができるわけです」ニコッ
講師「あとは実践あるのみです。さっそくやってみましょう」
講師「私に殺気をぶつけてみて下さい」
男「はいっ!」
男「ぬんっ!」キッ
講師「残念ながら、殺気は出ていませんね」
講師「あと掛け声は不要です。むしろ声は出さない方がいい」
講師「声を発すると、それに余計な力を使ってしまいますから」
男「分かりました……!」
男「…………」キッ
男「…………」キッ
講師「睨むだけでなく、もっと自分という存在をぶつけるイメージをしましょう」
男「ハァ、ハァ、ハァ……全然ダメだ……」
講師「だいぶ目と頭が疲れたでしょう。このぐらいにしときましょう」
男「は、はい……」ハァ…ハァ…
男「……で、次はいつですか?」
講師「おや、やる気になっていただけましたか!?」
男「ええ、ここまできたら、とことんやってみたくなりました」
男「受講料はいくらになります?」
講師「タダで結構です」
男「え!?」
講師「どうせ、この講座は道楽のようなものでしたしね」
男「しかし、それじゃ……」
講師「いいのですよ。こちらも楽しんでいるのですから」
講師「ではまた三日後、この時間に来ていただけますか?」
男「分かりました!」
男(こうして俺は週に二回ほどのペースで『正しい殺気の飛ばし方講座』に通い始めた)
男(最初は殺気の“さ”の字も飛ばせない俺だったが)
男(徐々に……徐々にではあるがコツを掴み始めてきた)
男「…………」キッ
講師「!」ピクッ
男「どうですか、先生?」
講師「今のはよかったですよ。ほんの少しですが、殺気が飛んでいました」
男「ホントですか!」
講師「さ、今の感覚を忘れないうちに……もう一回やりましょう」
男「はい!」
やがて――
男「…………」キッ
講師「お見事です。安定して殺気を飛ばせるようになりましたね」
男「はいっ!」
講師「さて……私から教えられることはここまでです」
男「え、ってことは……」
講師「卒業です」ニコッ
男「先生……ありがとうございます!」
講師「ですが、最後に一つだけ忠告を」
男「なんでしょう?」
講師「殺気を飛ばすのは、本当にいざという時だけにして下さい」
講師「殺気などというのは、日常生活では本来不要なシロモノですし」
講師「やたらに飛ばすと、いらない敵を増やすことにもなりかねませんからね」
男「もちろんです!」
男(俺は『正しい殺気の飛ばし方講座』を卒業した)
男(いざという時だけ、という忠告は受けたが、せっかく習い覚えた技術)
男(使ってみたくなるのが人情というものである)
男(さっそく、俺をいつもナメてる友人に使ってみることにした)
友「なあなあ」ニヤニヤ
男「ん?」
友「五千円貸してくんね?」
男「…………」
友「なぁ、頼むよ。ちょっとピンチでさ~、な、頼むよ!」
男「…………」キッ
友「!!?」ビクッ
友(な、なんだ……今の……!? まるで“自分が死んだ”みたいな感覚が……!)
男「…………」
友「わ、悪かったよ。そんな怒るなよ」
友「あ、そうだ! こないだ借りてた千円、返すよ!」ササッ
友「じゃな!」スタタタッ
男「…………」
男(おお、効果てきめん……!)
男(これ……メチャクチャ使えるじゃん!)
男「店長、明日休みをもらいたいんですが」
店長「明日!? こんな急にいわれても困るなぁ……。なんとかならないのか?」
男「…………」キッ
店長「!!!」ゾクッ
店長「い、いいとも、いいとも……ぜひ休みたまえ」
男「…………」ボケー
通行人「!」スタスタ
通行人「おい、そんなとこで突っ立ってると、通行のジャマだよ」
男「…………」キッ
通行人「ひっ!」
通行人「すみません……回り道します……」スゴスゴ…
男「ねえ、今日一緒に飲みに行かない?」
女「えぇ~、今日は予定があって……」
男「…………」キッ
女「!!!」ビクッ
女「行く! 行くから殺さないでぇ~! お願いぃ~!」
男「近くに安くていい居酒屋を見つけたんだ」ニコッ
「あいつ、昔は押し弱かったのに、最近やたら威圧感出てきたよな」
「うん、心なしか貫禄もついてきたしね」
「一体何があったんだ……!?」
男(どいつもこいつも俺にビビりまくってる。ちょっとした独裁者になった気分だ)
男(なぁ~にが“いらない敵を作る”だ)
男(今の俺に敵なんかいやしない! もっともっと殺気を有効活用してやる!)キッ
男(たとえば、満員電車で殺気を放てば――)キッ
男(みんな俺を避けて、快適に電車に乗ることができる)
男(道ゆく人に殺気を放てば――)キッ
男(みんなが俺に道を譲ってくれる。気分は参勤交代)
男(公園のベンチで一休みしたい気分だけど……)
男(ベンチには先客がいる。スーツ姿の男だ。多分、サラリーマンだろう)
男(どれ、どかすか)キッ
スーツ「…………」
男(あれ、どかない)
男(どれ、もういっちょ)キッ
スーツ「…………」
男(おかしいな? もしかして寝てる?)キッ キッ
スーツ「……その殺気……」
スーツ「同業者か……」
男「は?」
スーツ「同業者に勝負を挑まれたら……殺り合うしかあるまいな。この世界の鉄則だ……」
スーツ「幸い、ここは監視カメラはなく、通行人も少ないしな……」サッ
男「へ!? ――ナ、ナイフ!?」
男「ちょ、ちょっと待って! あんた、なんだよ! なんなんだよ!」
スーツ「貴様と同じく、殺人を生業とする者だ……」
男「(殺人を生業って……)ま、まさか……殺し屋……的な人!?」
スーツ「今さらなにを言っている……」
スーツ「あれほどの殺気を放てるのだ、まさか今さら素人などとはいうまいな」
男「い、いやっ、俺素人! ド素人なんです!」
スーツ「ま、どっちでも関係ないがな……」
スーツ「素性を知られたからには……貴様には死んでもらう……」
男「や、やめてくれ……」ジリ…
スーツ「安心しろ……一瞬で終わる」ギロッ
男「!」ゾクッ…
男(これが……本物の殺気! 動けない……! 声すら出せない……!)
男(先生がいってたのは……こういうことだったのか……!)
スーツ「…………」ヒュオッ
スーツ「!!!」ビクビクッ
男「!?」
スーツ「が……はぁ……」ドサッ…
スーツ「…………」ブクブク…
男「へ……?」
男「泡吹いて失神してる……いったい何が起きたんだ!?」キョロキョロ
「こっちですよ、こっち」
講師「お久しぶりですね」ニコッ
男「あっ、せ、先生!?」
講師「…………」チラッ
スーツ「…………」ブクブク…
講師「すまないね、三流相手にちょっと本気を出してしまった」
男「先生……彼はどうしちゃったんですか……!?」
講師「なぁに、ちょっと眠ってもらっただけです。私の殺気でね」
講師「この分じゃ、倒れる直前の記憶は全て吹っ飛んでることでしょう」
男(殺気って……このスーツ男と先生の距離は20メートルはあったぞ……)
講師「だからいったでしょう? 殺気の乱用は、いらない敵を作る、と」
男「は、はい……」
講師「とにかく間に合ってよかったです」
男「あ、あの……彼は何者なんですか? や、やっぱり殺し屋……?」
講師「殺し屋です」
講師「そして……私も同業者なのです」
男「えっ……!」
講師「私の技術も表社会に役立てるのではないかと、ふとあのような講座を開きましたが」
講師「あやうくあなたを不幸にしてしまうところでした。申し訳ありません」
男「先生……」
男「あなたが教えてくれた“殺気の飛ばし方”は、ほんの初歩中の初歩だったんですね」
講師「そのとおりです。さすがにあれ以上深くは教えられませんから」
男(きっと……)
男(もしこの人がその気になったら、数百メートル離れてる相手でさえ殺気だけで……)ゴクッ…
講師「もう、私があなたの前に姿を現すことはないでしょう」
講師「アフターケアもこの一回きりと思って下さい」
講師「最後に、もう一度忠告しておきます」
講師「殺気を飛ばすのは……いざという時だけ、にして下さい」
男「は、はいっ……」
講師「それでは私はこれで……」ザッザッ
男「先生っ!」
講師「!」ピタッ
男「あの……ありがとうございました! 楽しかったです!」
講師「私もですよ」ニコッ
男「…………」
男(それからというもの、俺は殺気を飛ばす技を封印した)
男(しばらくすると、俺はまたみんなからナメられるようになってしまったけど)
男(ま、間違えてプロの殺し屋に喧嘩を売るような事態になるよりはよっぽどマシだ)
男(押しが弱くても弱いなりに頑張る自分ってのも、正直そこまで嫌いでもなかったしな)
男(だけど、たまには――)
不良「金出せや、コラ」グイッ
眼鏡「も、持ってないです」
不良「ウソつけ! ないなら銀行で下ろしてこいや! あぁん!?」
男「おい、よせよ」
不良「あ? なんだてめえ、ケガしたくなきゃ引っ込んでな!」
男「…………」キッ
不良「!」ゾクゾクッ
不良「ひっ、ひえぇ~! こいつタダモンじゃねぇ~!」スタタッ
眼鏡「……ありがとうございます!」
男(これぐらいなら許してくれますよね、先生)
おわり
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