モバP「楓さんと同じ高校だったら」 (35)

「藻場くん、何見てるんですか?」

季節もめっきり夏めいて、クーラーのあるという、県内の私立の学校に転校したいと、後先考えない欲が首をもたげる。
しかし、俺は読んでいた雑誌により、さらなる欲を発生させていた。
雑誌にはでかでかと『今、彼女と行きたいデートスポット』と書かれており、堂々第1位にUSJの名が輝いている。さらに、読者寄贈であろうか、USJに行った際の体験談が、馬鹿馬鹿しい文章で書かれている。一部抜粋。

「で、お化け屋敷で、彼女が怖がっちゃって、もうやばくて、もう。かわいいつーかなんつーか……やばいですまじ」

俺がやべえよ。嫉妬心で俺がやばい。
USJとはいわない、最悪みかん狩りでもいい。和歌山は誇る所がそこしかないからそれでもいい。
ポタリと、汗が一滴雑誌におちる。暑さの所為か、焦りの冷や汗か。どちらにしろ、雑誌には涙にも見えるしみが一つ。しかし、借りた友人には悪いが、いまは構っていられないのだ。

「まじで彼女欲しい……いやまじでほしい」

自然と欲が口から洩れる。彼女はどこに売っていますか、というレベルの青春欠乏症なのだ。仕方あるまい。

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「藻場くーん、何読んでるんですか?」

彼女がほしいと、念じるように記事を凝視していると、とんとん、と指で肩を叩かれる。
振り向くと、目の前には高垣さん。いつの間にか教室に来ていたようだ。

「あ、ごめん。ちょっと雑誌に夢中になってた。おはよ」

「おはようございます。今日は蒸しますけど、無視はダメですよ」

ふっと笑うと、彼女は、肩越しに雑誌を覗きこんできた。大変距離が近いが、気にしていないようだ。これはいつものことなので、もう慣れてしまった。おそらく、距離感が元来近い人なのだ。

「USJにいきたいんですか?和歌山からじゃ、近いようで遠いですよ」

成る程確かに、高校生にとって県外にでるなんていうのは大冒険だ。
それ以前に、和歌山県民のような田舎者が、USJに行ったら、待っているのは死であろう。dieの大冒険となってしまう。
話がそれた。USJはさしたる問題ではないのだ。問題は、彼女がいない事である。どのようにすれば彼女ができるのか。できればかわいい彼女が。
しかし、ここで彼女がほしいなどと高垣さんに言おうものならドン引きされること間違いなしである。

「ちょっと行きたいってくらいだけどね」

だから俺は、内心での青春欲を押さえ込んで、言った。俺にだってプライドはあるのだ。周囲に彼女いない歴イコールだと公言できるほど、俺は男を捨ててはいない。周りが男だけならまだしも、そうではないのだ。周りの女子にキャハハドウテイキモーイとかやられたら泣く自信がある。その上高垣さんとかに言われたら、屋上からダイブしてしまう。
まあ、さすがにそれはないとは思うが、「ああ、藻場くんって彼女いた事ないんですね……」みたいな気を遣った発言により心が滅多刺しにされるのは必至。これは親しい友人にやられたらかなりきつい。

「じゃあ、USJKしましょう。USJにJKと行く、略してUSJKです」

高垣さんが、しゃきーんと口にしながら、腕を前に突き出した。関わるとわかるが、彼女は大変お茶目さんである。

「USJK…!」

しかし成る程、なんだか素敵な響きだ。思わず口にしちゃうくらいには素敵である。女子高生とUSJとか最高!そいつが彼女なら更に最高!彼女いねえ!ほしい!

「響きは良いけど、行く相手がいねぇ…」

呟くと、高垣さんが、俺から離れ、人差し指をくっつけ合って、胸の前で遊ばせ始める。目の動きは此方を見たと思ったら彼方をみたり忙しない。

「……ふつー、こう言ったら、一緒に行きましょうって事ですよ。藻場くんのバカ」

言って、彼女は照れたように顔を伏せる。なんというか、高垣さんが大変可愛らしい。前からわかっていたが、可愛らしいぞこの人。

「……っ、ご、ごめん」

当然、こっちまで恥ずかしくなる。だって可愛らしいのだもの。ぶりっ子という感じはしないのは、照れる姿が様になっているからであろう。美人はズルい。
暫く無言の間が続いた。聞こえるのは蝉の鳴き声ばかりである。

「まあ、考えておいてください。色よい返事を期待します」

やっと落ち着いたのか、そう言うと高垣さんは自分の席へと向かっていった。彼女の首元は赤くそまっていて、それを見ながら俺は、やけに今日は蒸すなと、思ったのであった。

彼女がほしい。その欲は、一時、高垣さん可愛い問題により収束を迎えたかに見えた。
しかし俺の見通しは甘かった。沸々と湧き上がる欲。授業中にそれは再燃した。それは授業中の空気も相まって留まるところをしらず、ついに俺はある結論に至った。それは、自らの恥部を晒してまでも求めるものを手に入れる、というものだ。決して露出狂になる決意を固めたわけではない。要するに、恥を承知で、他の人に彼女がほしいと、相談するのだ。相談相手は、女子がいい。おそらく、同性だと結びつきがつよいだろうから、すぐさま女の子を紹介してもらえるだろう。紹介から始まる恋も、あるんだよ!
さて、では誰に相談しようか。正直言って、俺は浅い付き合いが多い。女子で親交が深いのは、高垣さんくらいだ。浅い付き合いの奴には、俺も相談したくないし、相談された方も困る。よって自動的に、相談するのは高垣さんに絞られる。
つまり、俺は高垣さんに、自分が彼女募集中糞童貞野郎である事を告白せねばならないのだ。
やばいな、かるく[ピーーー]る。

彼女がほしい。その欲は、一時、高垣さん可愛い問題により収束を迎えたかに見えた。
しかし俺の見通しは甘かった。沸々と湧き上がる欲。授業中にそれは再燃した。それは授業中の空気も相まって留まるところをしらず、ついに俺はある結論に至った。それは、自らの恥部を晒してまでも求めるものを手に入れる、というものだ。決して露出狂になる決意を固めたわけではない。要するに、恥を承知で、他の人に彼女がほしいと、相談するのだ。相談相手は、女子がいい。おそらく、同性だと結びつきがつよいだろうから、すぐさま女の子を紹介してもらえるだろう。紹介から始まる恋も、あるんだよ!
さて、では誰に相談しようか。正直言って、俺は浅い付き合いが多い。女子で親交が深いのは、高垣さんくらいだ。浅い付き合いの奴には、俺も相談したくないし、相談された方も困る。よって自動的に、相談するのは高垣さんに絞られる。
つまり、俺は高垣さんに、自分が彼女募集中糞童貞野郎である事を告白せねばならないのだ。
やばいな、かるく死ねる。

しかし、高垣さんほどの美人だったら、恋愛経験は豊富であろう。アドバイスももらえそうだ。というか、恐らく今も彼氏がいてもおかしくない。
この前、高垣さんに好きな人がいるのか、と聞いた時、彼女は顔を赤くしながら、コクリと頷いていた。
そして美人の好意を、拒否する人はいないだろう。つまり高垣さんは今、彼氏持ちの可能性が極めて高いのだ。つーか高垣さんの彼氏とか羨ましいな死ね。
俺は覚悟を決めた。そうすればきっと薔薇色青春が訪れる。薔薇って別にホモではなく。
かくして、高垣さんに相談を持ちかける事は決定された。

早速一限目がおわると、俺は高垣さんにメールを送ることにした。同じ教室なのだから、話しかけて用件をいえばいいのだが、それはなんだか気恥ずかしい。というか、正面切って堂々と、相談があるなんて言ったら、周りに聞かれてしまうだろう。それは避けたい。
高垣さんに、昼休みに大事な話があるから、屋上に来てほしい、とメールを送信し、俺は英単語帳を開いた。次は小テストなのだ。勉学を怠ってはモテないって先生がいってた!明らかに勉強させるためだけど、縋る他に術はなかった!わーい!……勉強つまんねぇ。

単語の確認も終え、サイダーを飲んでいると、視線を感じた。向くと、高垣さんと目が合う。ケータイ片手に、顔を赤くすると、彼女は目を逸らした。なるほど、ずっと目線があってると周りに何かある勘繰られるかもしれないからな。俺も相談事を周りに知られたくないし、探りを入れられないようにしたのか。やっぱ高垣さんって女神だわ。しかし今日は暑い、高垣さんは窓際で日が当たるから余計にだろう。現にさっき彼女は顔が赤かった。そんな暑い時にはやっぱりサイダーだな。みつやっぱりサイダー!なんでみつやサイダーって美味しいんだろ……。
サイダーの美味さに思いを馳せていると、チャイムが鳴った。

その後、二限目三限目四限目と過ぎ、さてついに昼休みである。決戦の時がやってきた。約束の屋上へと向かうため、教室を出る。この学校は、昼休みのみ屋上が開放されている。しかし、夏場になると人っ子一人もいなくなる。俺は今まで夏場に屋上にいる奴を見たことがない。理由は簡単、クソ暑いからだ。日を遮るものなどないため、太陽光がギンギラギンにさりげなく、いや大分露骨ではあるが、降り注ぐのだ。また当然、床の温度も大変な事になっている。その熱さといったら、学校のプールサイドもかくやといったところだ。
暑すぎるという難点をのぞけば、夏場の屋上は人がいない、つまり相談事にはもってこいの場所だ。

高垣さんは、俺よりも早く教室を出た。即ち、彼女はもう屋上にいるだろう。
あまり待たせてはいけないと、階段を一段飛ばしで駆け上がる。
屋上へと繋がるドアを開けると、果たしてそこには高垣さん一人だけだった。
彼女は、暑そうに片腕をおでこの前に持ってきて、腕を笠のようにして立っていた。ここは日光が眩しい。彼女は、肌の白さも相俟って病的に綺麗であった。
こんな風に、たまに高垣さんに見惚れてしまうことがある。さらりと風が頬を撫ぜ、漸く俺は動きだした。

「高垣さん」

いうと、彼女は佇まいを直す。
声をかける前から、俺に気がついてはいたのだろう、少しも驚いた様子は見せない。

「はい」

彼女は顔を伏せた。

「俺、高垣さんに話があってさ」

「……はい」

すこし遅れて返事が来る。

「俺、今まで誰とも付き合った事ってないんだ。高二にもなって変かな」

言ってしまった。ドン引きとかされてないよな。彼女が顔を伏せている所為でわからない。
しかしそれは杞憂だった。高垣さんはきっちりと正面を、俺を向いて言ったのだ。

「そんなことないです」

彼女の顔は真剣そのもので、ああ、高垣さんになら全部話してしまってもいいかと思った。
というかここで肯定されていたら、多分泣きながら屋上から帰る羽目になっていた。やはり持たざる者は、一生持たざる者と悟るところだった。

「そう言ってくれると嬉しい」

「はい」

いうと、彼女は赤面し再び俯いた。
流石に暑くなってきたのだろうか。用件を早く言わなくてはいけないようだ。

「それで俺、彼女が欲しくてさ。欲しくて、いや、けど誰でもいいわけじゃなくて」

「はい」

「だからさ、嫌だったらいいんだけど。できれば、高垣さん、俺と」

「……っはい」

高垣さんがまた顔をあげる。嬉しそうに潤んだ瞳、上気した顔が見えた。そういえば、前に勉強を教えてもらったとき、彼女は、誰かに頼られるのは嬉しいと言っていたはずだ。今回も、俺に頼られるのが嬉しいようだ。うーん、お姉さん気質。

「俺と、どうすれば彼女が出来るか考えてほしい!」

「はい!……はい?」

納得がいかない、というより理解が追いつかないといった顔で、彼女は首を傾げた。
もう一度説明しなきゃいけないのか。恥ずかしい。

「や、だから。彼女つくるのを手伝ってほしいって事」

高垣さん綺麗だから経験豊富そうだし、と続ける。

「いやだって藻場くんだれでもいいってわけじゃないって」

「俺にだって理想はあるよ」

言うと、彼女は信じられないものを見るような目で此方を見た。いや、理想くらいもたせてよ。童貞でも理想はもっていたい。
しかし、高垣さんが信じられないのは、それではないようだ。

「ふつー、ここまできたら、アレだって思います。期待します」

みてすぐわかるレベルで、高垣さんのテンションはだだ下がりであった。この言葉を聞く限り、高垣さんは「アレ」とやらを期待していたようだ。彼女は、見返りを求めるタイプではない。だとしたら、いったい何がほしいのか……。ダメださっぱりわからん。こういう時は、素直に聞くのが一番いい。

「その、アレってなに?」

言うと、彼女はもはや汚物でも見るかのような軽蔑の目を向けた。あれ、高垣さんってこんな人だっけ。もっと、なんかこうふわふわとした感じの掴み所のない、それでいてお茶目な駄洒落大好き女の子じゃないっけ。あれ、おかしいぞ。
彼女は、はぁー、と長い長いそれは長い溜息をつくと、言った。

「言いたい事は沢山ありますが、まず3つほど」

「え、いや、アレって「黙っててください」はい」

高垣さん、怖いよう。こんな事普段しないのに。いつもの駄洒落大好き16歳児を返して!

「一つ目、まず私は経験豊富じゃないです」

「え、だけど「黙っててください」はい」

驚きだ。これだけ容姿が良ければ引く手数多だろうに。

「次に二つ目」

高垣さんが人差し指と中指を立てて、右腕を突き出す。いえーいぴーすぴーす。

「私は彼氏なんていません。むしろ今までいた事ないですよ」

これもまたびっくり。本当にかと、口を開こうとしたら目で制された。怖いよ、もはや別人だよ。

「そして最後、三つ目です」

薬指を立てる。

「藻場くんの気になってるアレとは」

ポタリと、俺の顎から汗が垂れる。コンクリートに一瞬だけ染みをつくり、消えた。
高垣さんは、逡巡するように口をもごもごさせている。
やがて決心したのか、彼女はらしからぬ大きな声を出す。

「アレとは!」

「アレとは?」

「……告白のことです」

彼女は、小さく繰り言のように言った。
世界から音が消えた。
は、え?告白?酷薄ではなく?いやだって酷薄だったら意味が通じない。告白、告白。告白っていうのはあの告白か?罪を告解するほうじゃなくて、あの、男女間でのみ起こり得るアレ。
いやいやいやいや、ありえない。だって高垣さんだぞ。高嶺の花にも程がある。彼女が、俺の告白を期待してたって、え?本当に?嘘だ!いや本当であった方がいいけど嘘だ!

「ここまで言うと、わかると思いますけど、好きです」

「……」

俺は黙っているだけだった。静かにその声を聞いていた。
相変わらず、世界からは音が消えたみたいで、彼女の声だけが耳に届く。
再び、顎から汗が垂れた。その行く末は追わず、俺は彼女を見つめていた。

「私って、誤解されやすいんです。あまり口が達者ではないので。余計な事は言えるんですけどね」

だから、と続ける。

「藻場くんが、私と仲良くしてくれて嬉しかったんです。それで、いつの間にか私は」

好きになっていました。
そう言った。

「返事を、ください」

彼女はすこし怯えるような、そんな声をだした。

「俺は、」

俺はどうなのだろう。正直未だに混乱している。俺は高垣さんが好きなのだろうか。どうなのだろう。確かに俺は高垣さんに彼氏がいれば妬ましいし、正直彼女に恋愛経験がない事を聞いて、喜びを覚えているし、彼女に見惚れてしまう事もある。それに、何より俺は彼女に告白されて、嬉しい。
……俺ってもしかして、高垣さんのこと好きなのか。
不思議とそれは、初めて自覚したにしては、しっくりときた。

「俺も、好きだと思う。いや、好きだ。さっきまで、彼女が欲しいとかいってたから、あれかもしれないけど、その」

「わかってますよ」

高垣さんは、そう言って一歩、此方にきた。

「藻場くん、こういう所で嘘つけませんし、つかないって信じてます」

そのまま彼女は止まらずに、此方に歩いてくる。そして、遂に俺の目の前までくると、とうっと言って抱きついてきた。

「ちょ、高垣さん!いま汗ひどいから!」

「いいんです。これでいいんです」

そのまま、ぐりぐりとおでこを胸に押し当ててくる。ああくそ、やけに今日は暑い。おかげで顔が火照ってしょうがない。

「藻場くん、私うれしいです。あなたが、受け入れてくれて」

彼女は、顔を上げて言った。
その顔は、今まで見た中で、一番の笑顔であった。

モバP「って夢を見たんです」

ちひろ「いいから仕事しろや」

おわり

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