ことり「あけないで」 (133)

 
ーある断片ー
 

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1460912546

 
『女子生徒ら、行方知れず』

『部活動の合宿中だった女子生徒数名と連絡が取れない』

『いずれも国立音ノ木坂学院アイドル研究部の生徒』

『引率の先生はおらず』

『同部活の生徒の別荘で』

『別荘内には争ったような跡も残され』

『警察は行方の分からなくなった原因の究明を急いでいる』
 

 
『行方の分からなくなった生徒は九名』

『何かの事件に巻き込まれた可能性も』

『別荘内には生徒らの荷物がそのまま置かれていた』

『周囲は山に囲まれ、民家は遠く』

『周辺住民に聞き込みをするも』

『目撃情報はなく』

『未だ有力な手がかりは掴めていない』
 

 
ー1ー
 

 
凛「ふぁぁぁ…」

今日は待ちに待った合宿の日

昨日は楽しみでよく眠れなかったなぁ

寝不足はお肌の天敵だってにこちゃんがよく言ってるから

気をつけないと!

えへへ

凛だって女の子だもんね

なんて、考え事をしていると
 

 
『ニャァ』

凛「にゃ?」

『ニャァァ』

凛「あ、猫さんだ」

道端の塀の上から、猫さんがこっちを見てた

真っ黒いツヤツヤした毛並みと、くりくりした目

『ニャァァ』

……ヤバイ

触りたくなってきたにゃ…
 

 
でもあいにく凛は猫アレルギー

触ると目とか痒くなっちゃう

『ニャァー』

うー、まだこっち見てるよ…

ちょっとだけならいいかなぁ

凛「うー…」

そろそろと手を伸ばして

引っ込めた

凛「うぅ…やっぱりダメにゃ」

凛「猫さん、じゃあね」
 

 
名残惜しかったけど猫さんに背を向けた

後ろから『ニャァ』って鳴き声が聞こえたけど

振り返らないで歩いた

少し経ってからちらって後ろをみたら

もう塀の上には猫さんはいなかった

はぁ

一回でいいから

猫さんに触ってみたいなぁ
 

 
猫さんと別れて少し歩くと

見慣れた顔が見えた

凛「かよちーん」

花陽「あ、おはよう凛ちゃん」

かよちんの笑う顔を見て

猫さんに触れなかった残念な気持ちが少し和らいだ

やっぱりかよちんは凄い

凛「かよちんは凄いにゃ」

花陽「え、何が?」

凛「いつも凛の気持ちを癒してくれる」

凛「ありがとね」

花陽「? う、うん」

花陽「じゃあ行こっか」

凛「うんっ」

かよちんと一緒に歩き出した
 

 
ー誰かが目を覚ますー
 

 
頭が痛い

最初に気づいたのはそれだった

ズキズキ

ズキズキ

ズキズキ

手で触れない頭の奥の方から音が響いてくるようだった

次に気づく

暗い

今は夜なのだろう

視覚から入ってくる情報が極端に少ない

というより

何も見えなかった
 

 
何も、見えない

何処なんだ、ここは

聞こえてくるのは頭の中の音と

胸の中の音だけ

そうだ

手と足を動かしてみよう

ん?

手足に力を込め、気づく

動かない

なぜだ?

なんなんだ?
 

 
とりあえず、起き上がってみようと思う

動かない

手足だけではなく、体全体ピクリとも動かない

ふざけんな

思い切り暴れてみる

動かない

何も見えない

何度も何度もそれを繰り返すうち

どうでもよくなった

体を動かすのを諦めてじっとする
 

 
死んだようにそうしていると

徐々に自分の状況が分かってきた

月だ

部屋にある窓から、月明かりが差し込んでいる

目を凝らしてみると

部屋の窓が鉄格子で覆われているのが分かった

動かない手足の方へ目を向ける

動かないのではなく

動けなかったのだと分かった

縛られていた

ベッドに、キツく、身動き一つ許可しないとでも言うように、執拗に、縛りつけられていた
 

 
頭の中が急速に回転し始める

何だこれは

何だここは

誰が、何故こんなことをする?

何かを思い出そうとする

それにつれて、頭痛が酷くなってくる

そこで一つだけ分かる



誰だ

俺? 私? 僕? 自分?

誰なんだ?

縛りつけられ、動かせない体を眺めてみる

 
 
『これ』は誰なんだ???

 

 
ーしりとりー
 

 
ことり「さぁー、準備はいいですかー?」

海未「ええ」

絵里「OKよ」

真姫「ドンと来なさい」

ことり「それでは、負けた人は罰ゲームもあるのでがんばろー!」

海未「ば、罰ゲーム?」

絵里「か、軽いやつよね?」

ことり「ふっふっふ」

真姫「嫌な笑いね…」
 

 
ことり「私からいくよー」

ことり「定番の、『しりとり』で」

海未「次は誰がやります?」

絵里「私やりたいわ」

真姫「じゃあいいわよ」

絵里「『リンゴ』」

海未「次は?」

真姫「いいわよ」

海未「では、『ゴール』」

真姫「んー、『ルビー』」

ことり「『ビーチ』」

絵里「『血』」

海未「え、それアリですか」

ことり「セーフだよ」

海未「むぅ、ち、ち…あ、『チーズケーキ』」
 

 
真姫「……」

ことり「真姫ちゃん?」

真姫「……」

真姫「なに?」

ことり「次真姫ちゃんだよ?」

真姫「ん? 花陽は?」

ことり「いや、いないけど」

真姫「……」

真姫「……あら、本当ね」

海未「はい、『チーズケーキ』ですよ」
 

 
真姫「『チーズケーキ』……」

真姫「……」

海未「……」

絵里「……」

真姫「……鍋」

海未「っ……!」

絵里「!?」

絵里・海未・真姫「wwwwwwwww」

ことり「こら」
 

 
ことり「しりとりになってないから、罰ゲームは真姫ちゃんだね」

真姫「えー」

ことり「えー、じゃありません」

海未「ことりに逆らわない方がいいですよ、真姫」

海未「怒ると手がつけられないんですよこれが」

絵里「残念だったわね」

真姫「はぁ、しょーがないわねー」

海未「くくっwwwにこの真似ですか」

絵里「ひひっ、似てるわね」

ことり「罰ゲームはどうしようかなー」
 

 
ーある断片ー
 

 
「ことり、お願い」

ヤダ

「あなただけでも逃げて」

ヤダ

「私たちが囮に」

ヤダ

「このままじゃ全員」

ヤダ

「もう誰かがいなくなるのは嫌なの」

ヤダ
 

 
「ごめん…」

ヤダ

「私のせいで…」

ヤダ

「だから私が」

ヤダ

「命に代えても」

ヤダ

「逃がしてみせるから」

ヤダ
 

 
「ことり」

ヤダ

「聞いてください」

ヤダ

「話し合いが出来るような相手ではないんです」

ヤダ

「……私はいいんです」

ヤダ

「ふふっ…向こうで穂乃果に会えるかもしれませんね」

ヤダ

「ことり」

ヤダ

「今までありがとうございました」

ヤダ

 
 
 
イ ヤ ダ ヨ

 

 
ー2ー
 

 
かよちんと二人で喋りながら歩く

凛「凛ね、さっき猫さんに会ったんだ」

花陽「そうなの?」

凛「うん、真っ黒でね、目がクリクリしてて可愛かったなぁ」

花陽「そっかぁ、良かったね」

凛「でも触れなかったんだよね…」

花陽「凛ちゃん猫アレルギーだもんね」

凛「アレルギーって治らないのかな」

そうだ、真姫ちゃんなら知ってるんじゃないかな?
 

 
凛「かよちん、真姫ちゃんは?」

花陽「真姫ちゃんは先に別荘の方に行ってるって」

凛「え!?」

凛、そんなの聞いてないんだけど…

花陽「しばらく使ってなかったから、綺麗にしたいんだって」

凛「そうなの?」

え、真姫ちゃんが自分で?

凛「でも真姫ちゃんの家ならお手伝いさんとかいるんじゃない?」

花陽「うーん、私もそう思って聞いてみたんだけど…どうしても自分で掃除したいんだって」

?? あの真姫ちゃんが?

謎だにゃ
 

 
花陽「でも楽しみだね、合宿」

凛「うん、今回は山の中にある別荘だっけ?」

花陽「うん。凄いよね」

真姫ちゃん家も本当にお金持ちにゃ

…あれ、でも…

凛「た、大変だよかよちん!」

花陽「ど、どうしたの凛ちゃん?」

凛「真姫ちゃんがいなくちゃ別荘までの道が分からないにゃ!」

これは一大事! 別荘まで辿りつけないよ!

花陽「大丈夫だよ凛ちゃん。真姫ちゃんが地図を送ってきてくれたから」

花陽「それに道が分からなくなっちゃったら、真姫ちゃんに電話して聞けば平気だよ」

凛「……」

確かに

さすがかよちんにゃ!
 

 
花陽「○○駅で降りるみたいだよ」

凛「へー、どれくらいかかる?」

花陽「えっとね……わっ!?」

凛「かよちん!?」

かよちんが転びそうになったから、慌てて体を支えてあげる

な、何とか転ばずに済んだ…良かったにゃ

花陽「あ、ありがとう凛ちゃん」

凛「ううん。でもどうしたの?」

花陽「うん、なんか急に…」

かよちんが自分の足元をみる

つられて凛も見てみると

あちゃー

靴紐が切れちゃってた
 

 
凛「あー、ツイてないねかよちん」

花陽「うぅ…ホントに」

でも怪我がなくて良かったぁ

花陽「せっかくの合宿なのに…」

凛「うん、それに…」

花陽「?…ああ、そうだね」

凛が見たのにつられて、かよちんも空を見上げた

ホント、テンション下がるにゃー…

凛はどんよりと曇った空を見上げて、思わずため息をついちゃった
 

 
ー誰かが目を覚ますー
 

 
頭が痛い

最初に気づいたのはそれだった

そして次に気づいたのは

夢だ

夢を見ていた

何処かで何かをしていた…されていた?

誰かと何かを話していた…話していなかった?

夢を思い出そうとするのは良くない、と、誰かに聞いた気がする

それでも、思い出そうとすることにした

……ダメだ

ただ

余韻として残っている不快感から、楽しい夢ではなかったようだ
 

 
夢のことは忘れ

ひとまず起き上がってみる

最初に目に写ったのは

窓から差し込む柔らかい陽光だった

そうか

今は朝なのか

部屋の中は真っ白だった

壁の色も、寝ていたベッドも、身につけている服も

ここは

ここは

病院だ
 

 
病室には他に誰もいないらしい



スライド式のドアが開き

誰かが入ってきた

知らない人だった

「あら、目が覚めた?」

笑顔でこちらを見ている

この人も

白い

看護婦さんらしい

それならここのことは詳しいだろう

聞いてみることにする
 

 
ココハドコナンデスカ?

自分の声を聞いて驚いた

まるで別人の声を聞いているような気がしたから

「ここは病院よ」

看護婦さんは簡潔に答えた

ビョウインデスカ

「ええ、そうよ」

ワタシハドコカワルインデスカ?

「ええ。でも安静にしていれば、すぐに良くなるわ」

ドコガワルインデスカ

「いいのよ」

ドコガワルインデスカ

「安静にしてれば治るんだから」

答えてくれそうにない

目が覚めてからずっと

一番気になっていたことだけ聞いておこう
 

 
ワタシハダレナンデスカ?

看護婦さんはにっこり笑って言った

「ネームプレートを見れば分かるわよ」

ネームプレート?

「それじゃあ、安静にね」

看護婦さんは出て行った

私は胸のところについているネームプレートに気がついた


『西木野真姫』


整った字でそう書かれていた

ニシキノマキ

口に出して言ってみた

ニシキノマキ

これが私の名前なんだ

何だか

自分の名前とは思えなかった
 

 
ー罰ゲームー
 

 
ことり「真姫ちゃんへの罰ゲームは~…」

真姫「ゴクリ」

ことり「…まだ考えていません!」

海未「ブハッwww」

絵里「考えてなかったのね」

ことり「うーん…どうしようかなぁ」

海未「あ、じゃあ提案です」

海未「一人一人案を出して」

海未「アミダで決めるのはどうでしょう?」
 

 
ことり「海未ちゃんグッドアイディア」

海未「どうも」

真姫「あんまり変なのはやめてよね」

絵里「ひひっwww」

ことり「じゃあこの紙に皆書いてー」

カキカキカキ

ことり「よし。アミダスタート!」

真姫「変なのになりませんよーに!」

海未「…」ニヤニヤ

絵里「…」ニヤニヤ

ことり「じゃん! 結果が出ました~」
 

 
ことり「えーと…『穂乃果ちゃんとチューする』に決定!」

真姫「ヴェエエ!?」

海未・絵里「ヒューーーwww」

ことり「…あれ? でも穂乃果ちゃんいないよ?」

海未「ん?」

絵里「ん?」

真姫「ん?」

海未「……」

絵里「……」

真姫「……」

海未・絵里・真姫「ホントだ!!!」

ことり「もー、やり直し!」
 

 
ことり「次は~、『本音を言う』!」

真姫「んん?」

海未「ほう、本音ですか」

絵里「興味あるわね」

ことり「では、どうぞ!」

真姫「本音って」

絵里「思ってること喋ればいいんだよ」

海未「早く」

真姫「う、うぅ…」

真姫「私、皆と会えて…本当に幸せだったわよ」

真姫「μ'sに入れて、ぐすっ…本当に良かったわ…」

真姫「ごめんね…私のせいで…ごめん、ごめん…」

ことり「…」バキッ

真姫「痛ぁっ!」

海未・絵里「イミワカンナイwww」
 

 
ことり「あー、つまんなかった」

真姫「何なのよ…」

ことり「また暇になっちゃったよ」

海未「でもまだ皆来ないんじゃないですか?」

絵里「どうする? 何してる?」

ことり「そうだねー、ここの別荘ってなんか遊べる物ない?」

真姫「ないわよ。そもそも合宿に来てるんでしょ」

ことり「んー、じゃあ…」

海未「書道でも」

真姫「はいはい! 皆でお風呂に入ろうよ!」

絵里「私お腹減っちゃったわ」

ことり「鬼ごっこしようか」

海未・絵里・真姫「wwwwwwwww」
 

 
ーある断片ー
 

 
○月○日

穂乃果ちゃんは寝坊が多いです

今日も海未ちゃんに怒られていました

ことりちゃんはそれをにこにこ笑いながら見ています

三人を見ていると僕も笑顔になります



○月×日

凛ちゃんはラーメンが好きです

花陽ちゃんや真姫ちゃんとよく一緒に食べに行きます

三人が食べ終わった後、僕は店に入って皆が座っていた席に腰掛けます

こうすると皆と一緒に食べているみたいです
 

 
×月○日

三年生は大人です

双眼鏡の丸の中には、大人っぽい下着が写っています

希ちゃんと絵里ちゃんを見てにこちゃんが悔しがっています

僕はにっこり微笑みました




×月○日

ライブに行きました

皆すごく可愛かったです

皆のことが好きで好きで胸が苦しいです

もっと皆の近くにいたいです
 

 
△月○日

僕は恥ずかしがり屋なので

皆に直接思いは伝えられません

そこで

ブログのコメント欄に書いておくことにしました

μ'sの皆が受け入れてくれると嬉しいです




△月×日

コメントが消されていました

すごく悲しかったです

やっぱり直接つたえなくちゃダメなんでしょうか

僕にそんなことが出来るのかな
 

 
□月○日

直接会って受け入れて貰えなかったらどうしようと考えると

不安でたまらないです

僕は皆と一緒にいたいだけなのに

どうすればそれがかなうんでしょう



□月×日


すばらしいほうほうをおもいついた

かんぺきだ

みんなのきもちなんてかんけいなく

ずっといっしょにいられる




□月△日

一人だと不安だったので

ネットで皆に会いたい人を募集すると

チャラチャラした奴らが数人集まった

μ'sの皆のことで、下品な会話をしている

目的を勘違いしているらしい

僕は怒り出しそうになったけど

我慢した

僕が皆といっしょになるまでの辛抱だ

利用できるところまで利用して

じゃまになったらいなくなってもらおう
 

 
ー3ー
 

 
かよちんが靴紐を結び直すのを待ってから

また歩き出した

相変わらずの空模様の下をしばらく歩くと

駅に着いた

もう皆来てるかな?

と思って駅の中を見回してみると

にこちゃんと希ちゃんがいた

希「おっ。おはよう二人とも」

凛・花陽「おはよう」

…あれ、誰か足りない気がするにゃ
 

 
凛「絵里ちゃんは?」

にこ「ん? 真姫と先に行ってるでしょ」

凛「え、そうなの?」

希「あれ、連絡いってないん?」

花陽「えっと……あ、ホントだ」

かよちんがスマホを見て納得した顔をする

花陽「海未ちゃんとことりちゃんも先に行ってるって」

凛「えー、あの二人も?」

なんかメンバー少ないにゃ…

どうせなら皆で一緒に行きたかったよー
 

 
凛「ていうか掃除するだけだったら絵里ちゃん達だけ先にいくこともないじゃん!」

希「あー、なんか四人で先に決めときたいことがあるんやって」

凛「むぅ…」

にこ「まぁべつにいいじゃない。どうせ別荘行けば会えるんだし」

にこ「そういえば花陽に場所教えておくって言ってたけど?」

花陽「うん。そんなに遠くないよ」

うー、なんか納得いかないにゃー

…あれ、ことりちゃんと海未ちゃんも先に行ってるとなると

まだ何か足りないような
 

 
穂乃果「ごめーん! お、遅れちゃった!?」

凛が考えてたこととタイミングをあわせるように

穂乃果ちゃんが息を切らせて走ってきた

にこ「ぎりっぎりね」

穂乃果「よ、よかった…」

穂乃果「いやー、海未ちゃんもことりちゃんも先に行くって連絡がきてて焦ったよー」

希「ふふ、穂乃果ちゃんは二人がいないと危なっかしいなー」

穂乃果「えへへ、それほどでも」

花陽「ほ、誉められてないと思うような…」

凛もそう思った
 

 
にこ「とりあえずこれで全員ね。行きましょ」

穂乃果「山の中の別荘…くー、テンション上がるー!」

花陽「ふふふ、飯ごうは持ってきたよ! ごはんは任せて!」

希「おっ、飯ごうで炊いたごはんかー。楽しみやね」

えへへ

やっぱり皆でワイワイするのは楽しいにゃー

天気が悪くて残念がってた気持ちもどこかに行っちゃって

わくわくした気持ちになってきた

でも

皆で一緒に改札に向かう途中で

振り向いた

凛「?」

花陽「凛ちゃん、どうかした?」

凛「あ…ううん。なんでもない」

なんだか




誰かがこっちを見てたような気がしたから
 

 
ー誰かが目を覚ますー
 

 
頭が痛い

最初に気づいたのはそれだった

そして次に気づいたのは

視線

誰かに見られていたような…見られていないような

ベッドから起きあがり、キョロキョロと周りを見る







ベッド

小さな引き出し付きの机

その上に申し訳程度に載った花瓶と、白い花

殺風景な部屋だ
 

 
自分が病室にいることは分かった

次だ

私は誰だ?

そうだ

病室の入り口には、その部屋の患者の名前が書いてある札があったはずだ

扉を開けて外に出た

正面にも左右にも同じような扉がいくつか並んでいる

すぐに名前を確認しようとしたが

廊下にいる人の姿が目に入り

目をはずせなくなった
 

 
ある人は突然大声で歌い出し

またある人は一人つぶやき続け

別のある人は壁の一点をただただ見つめ続けていた

視界に入るだれかしらが

どこかおかしかった

ここはそういう場所なのか

なぜそんなところに自分がにいるのか?

思いだそうとしてみると

それを拒むように

頭が

痛み出した
 

 
仕方なく、元々の目的を果たすことにする

入り口にかかった札を見た


『絢瀬絵里』


アヤセエリ

ま新しい字でそう書かれている

これが私の名前なのか

自分の名前を初めて知った余韻に浸る

なんだかしっくり来なかった


「ねえ、あんた」


私に話しかけたのだろうか

声がした方を見ると

知らない人がこっちを見ていた
 

 
「退屈なのよ。話さない?」

特に断る理由もなかったので、うなずく

「サンキュー。ここじゃあまりちゃんと話せる奴はいないからねぇ」

くくく、と可笑しそうに笑った

「最近来たんだったわね」

そうなのだろうか

分からなかったので答えなかった

「名前は?」

今知ったばかりの名前を告げる

「ふーん、エリね。よろしく」

そう言い、名乗った後で、手を差し出してきた

握手を交わし、廊下を歩き出した

途中で嫌でも視界に入る人々を見て

自分が何故ここにいるのか考え出してみたが

やはり

頭痛がひどくなるだけだった
 

 
ー鬼ごっこー
 

 
ことり「では鬼ごっこを始めます」

海未「これも罰ゲームあるんですか?」

ことり「もちろん。フツーにやってもつまんないから」

ことり「一度でも捕まった人には罰があるよ」

真姫「今度はなんなのよ」

絵里「またアミダ?」

ことり「うん」

海未「またですかwww」

カキカキカキ

ことり「アミダアミダアミダ~♪」

海未「ゲラゲラゲラ」

真姫「ケケケケケケ」

絵里「ひひひひひひ」
 

 
ことり「じゃん! 『ナイフの刑』に決定!」

海未「なんですかそれ」

絵里「あ、それ私が書いたやつ」

真姫「意味わかんないんだけど」

絵里「鬼に捕まるとナイフで刺されるの」

海未「そのまんまじゃないすかwww」

真姫「死んじゃうwww死んじゃうwww」

ことり「じゃあ私が鬼やるね」

絵里「ずりーwww」

ことり「はい、スタート!」

海未・絵里・真姫「やべえwww」ダッ
 

 
ことり「まてー」

海未「ほんとにナイフ持ってますよ」

絵里「確実にやる気ね」

真姫「別荘内はたくさん逃げるところあるけど」

真姫「こうした方が楽ね!」ガシッ

海未「なに!?」

真姫「ことり! 花陽は人質にとったわ! 私だけはにがして!」

海未「マジかこいつ」

絵里「あとそれ海未だから」

真姫「ひひひひひひひひ」チャキ

海未「あ……」

海未「ああああ…」

海未「た、たすけて……たすけて……やめて……ころさないで…」
 

 
真姫「うはwwwマジ作戦勝ちじゃんwww」

ことり「……」

絵里「やめてっ! お願いっ! 花陽をはなしてっ!」

真姫「みwとwめwらwれwなwいw」

ことり「……」


グサッ


真姫「……ごふっ」


ザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッ

ザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッ

ザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッ


海未・絵里「……」

海未・絵里「wwwwwww」
 

 
ことり「真姫ちゃんが脱落だね」

海未「本当にやるとは思いませんでしたよ」

絵里「床が真っ赤っ赤ね」


pipipipipipipipipipipipipipi……


ことり「ん? なにか鳴ってる?」

海未「そうですか?」

絵里「空耳じゃない? それより次はどうするの」

ことり「そうだねー、真姫ちゃんいないもんね」

ことり「何がいい?」

海未「書道ですかね」

絵里「腹ごしらえでしょ」

ことり「よし、かくれんぼしよう」

海未・絵里「wwwwwwwwww」
 

 
ーある断片ー
 

 
『μ'sのブログ~皆で叶える物語~』



□月△日

『合宿にこっ♪』

 いつも私達を応援してくれてるファンの皆、久しぶりっ

 今回はビッグニュースをお届けするにこ!

 なんと、皆で合宿をすることになったの

 行き先はもちろん(笑)真姫ちゃんの別荘

 今回は山に囲まれた大自然の中にあるらしいの

 にこの魅力に吸い寄せられた蚊に、刺されないか不安だけど……(+o+)

 合宿を終えて更にパワーアップした私達を皆に見せられるよう

 しっかり頑張ってくるから
 
 これからも応援よろしくねっ?

 にこっ♪
 

 
1.名無しさん
1げと


2.名無しさん
1げと


3.名無しさん
>2
どんまい


4、名無しさん
ミューズのブログ更新きたー、いつも見てます


5.名無しさん
合宿頑張ってください、私も中間テスト頑張ります(笑)


6.名無しさん
前から気になってたんだけど、真姫ちゃんはいくつ別荘持ってるんですかね…(震え声)


7、名無しさん
>6
お、俺だって別荘くらい持ってるし…


8.名無しさん
次のライブも楽しみにしてます。体に気をつけて練習頑張ってください
 

 
9.名無しさん
にこちゃんの文章ホント好き


10.名無しさん
会いに行きますね


11.名無しさん
合宿羨ましいです、うちの部はしたことない(T_T)


12.名無しさん
>10
キモいですよ


13.名無しさん
変なのに触れるなよ


14.名無しさん
にこちゃんの魅力は人間以外にも有効なのか…


15.名無しさん
宇宙ナンバーワンアイドルやぞ
 

 
16.名無しさん
μ'sが更にパワーアップしたら大変なことに


17.名無しさん
ど、どうなるんだ…?


18.名無しさん
【速報】ライブで失神する人が続出


19.名無しさん
なんてこったい…


20.名無しさん
>16-19
ワロタwww


21.ファンです!
これからもずーっと応援しますよー! ミューズ最高!


22.名無しさん
山の中で合宿、楽しそうですね。でも野生の動物とかには気をつけてくださいね


23.名無しさん
>22
同意
気をつけて行ってきてね
 

 
ー4ー
 

 
ガタン、ゴトン

電車が小さく揺れて、たまに大きく揺れる

乗ってからだいぶ時間が経ったから、眠くなってきちゃったにゃ…

凛「かよちーん、あとどれくらいで着くのー?」

花陽「もう少しだよ。あと駅五つ」

五つ、短いようで長いような…

退屈だから皆の様子をみよう!

まず穂乃果ちゃん

……

うん、寝てるにゃ

次は希ちゃん

外の風景を見てる

次ににこちゃん

スマホをいじってるにゃ

凛「にこちゃん、何してるの?」
 

 
にこ「ん、ちょっとブログの更新してるのよ」

凛「ぶろぐ? にこちゃんブログなんてやってたの?」

にこ「違うわよ。私のじゃなくてμ'sのブログ」

凛「えっ、μ'sのブログなんてあったの?」

にこ「前に教えたでしょうが…メンバーなんだから知っときなさいよ」

花陽「にこちゃんが管理してくれてるんだよね」

希「にこっちはパソコン関係強いからなぁ」

にこ「ふふーん、まぁね」

凛「管理ってなにするの?」

にこ「んー、基本的にはライブのお知らせとか、PVの宣伝とかね」

にこ「あとはコメントのチェックね」

にこ「基本的には好意的なコメントばっかりだけど…」

にこ「たまーに変なコメントも来るから、そういうのを管理者権限で削除したりするの」

ふーん、凛にはよく分からない世界だなぁ
 

 
ガタンゴトン、ガタンゴトン

会話が終わるとまた暇になっちゃった
 
……あ、そうだ

凛「希ちゃん、占いしてくれない?」

希「ん、いいよー」

にこ「合宿にも持ってきてるのね、タロットカード」

希「ふふふ、ウチのマストアイテムだからね」

希「さて凛ちゃん、なに占う?」

凛「じゃあ、今日の運勢!」

今日は猫さんに触れなくて悔しかったり

かよちんの靴ひもが切れちゃったり

天気が悪かったり……

あんまりいい感じじゃなかったからなぁ

何かこれからいいことがありますよーに!
 

 
希「では、占ってしんぜよう」

芝居がかった調子で希ちゃんがそう言って

カードをきりはじめた


しゃっしゃっしゃっしゃっ


うーん、やっぱり扱い慣れてるにゃ

これならよく当たるっていうのもなんだか納得できる


希「凛ちゃんの今日の運勢は――」


希ちゃんがカードをめくろうと手をのばした時

ガタン!

と、大きく電車が揺れた

希「うわっ!?」

カードは希ちゃんの手を離れて

バラバラと散らばった
 

 
にこ「ったく、何してるのよ」

希「うぅ、ウチとしたことが…不覚やん」

花陽「そ、そういう時もあるよ希ちゃん」

皆で屈んでカードを拾い集める

凛も一番近くにあったカードを拾って、何気なく見た

そのカードは――


凛「っ……!?」


思わず、辺りを見まわした

花陽「? 凛ちゃん?」

凛「…な、なんでもない! はい、希ちゃん!」

希「ありがと、凛ちゃん」

にこ「あっ、駅にもう着くわ。穂乃果、起きなさい」ユサユサ

穂乃果「う、う~ん……」



凛「……」


凛が拾ったカードには、大きな鎌を持った骸骨が描かれていた

…タロットのことなんて全然分からないけど

いいカードじゃないことだけは分かった


そしてなにより


また、感じた


誰かの視線を――
 

 
ー誰かが目を覚ますー
 

 
頭が痛い

最初に気づいたのはそれだった

そして次に気づいたのは

別の痛み

頭の刺すような痛みではなく、疼くような鈍い痛みだ

痛みを訴えてくるのは腹部、わき腹の辺りからだった

仰向けになっていた体を起こし、身につけていた衣服をめくり上げる

わき腹には塞がったばかりらしい傷跡があった

それは痛々しく、かなり深い傷だったことがうかがえる

しかし、こんな傷を負った覚えがまるでない

誰につけられた傷なんだ、これは?

そして、傷跡の他に気づいたことがもう一つあった



『園田海未』
 

 
ソノダウミ

胸のところについているネームプレートにそう書いてある

それをしばらく眺めていると

カッカッカッと、足音が近づいてきた

部屋の扉が横に開き、看護婦のような格好をした人が入ってきた

いや、『ような』、ではないのだろう

気持ち悪いほど綺麗に掃除の行き届いたこの部屋を見れば、自分が病院にいるらしいことは分かる

だが、一つ重大なことが分からない

私は園田海未なのか?

その名前を自分が名乗っていることに、違和感を感じた


「面会よ。あなたのお母さんが来てるわ」


面会?

お母さん?
 

 
看護婦らしい人と並んで廊下を進む

廊下を歩いていると嫌でも目に入る人たちを見て、ここがどういう病院なのか分かった

ここは精神病院だ


「本当はね、こういう病院に入っている人は外の人と会うことを制限されるんだけど」


「あなたの場合は、事情が少し複雑だから」


「短い時間だけど、面会の許可が降りたようよ」


隣を歩く女の人は張り付けたような笑顔をこちらに向けた

その笑顔がなんだか酷く気に障り、私は何も言葉を発しなかった

憐れんでいるような、蔑んでいるような、愉しんでいるような……

奇妙な笑顔だった
 

 
「……久しぶりね」

案内された部屋に入ると

私の母親らしい人物はそう言い

弱々しい笑みを浮かべた

酷くやつれ、目の下には濃い隈が浮き上がっている

髪の毛もボサボサで、ところどころ白いものが混じっていた

「どう? 元気にしてる?」

私に聞いているのは分かったが、私は何も答えられなかった

そもそも顔すら知らない、久しぶりなのかどうかすら分からない人物に

何をどう答えればいいのだろう

黙っていると、その人は悲しげに私を見た

そして

突然目を見開いたかと思うと

私に駆け寄り、胸のネームプレートを引き剥がした
 

 
「うう……あああああああァァァァァァァァァ……」

その人は膝をつき、両手で頭を抱えてうずくまった

私が驚き、呆然としていると

今度は大声で泣き出し始めた


「なんで……なんでなのォ……ナンデ……なんでェェェ…」


何故この人はこんなに泣いているんだろう?

私には訳が分からず、ただ様子を見守ることしか出来ない


「返して……」


「返してよ…」


その人は両手を床に叩きつけ、叫んだ


「ことりを返してェェェェェェェェェェェ!!」


『ことり』


その言葉に呼応するかのように

あたまが

われるように

いたみだした

いたい

イタイ

イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ

 痛    



          い

 
ーかくれんぼー
 

 
ことり「じゃーんけーん」

海未・絵里「ほいィィィィィィィィィィィ!!」

ことり「あー、負けちゃった」

海未「あらららら」

絵里「うひひひひ」

ことり「目をつぶって十秒数えるよ」

ことり「いーち、にーい」

海未「十秒www」

絵里「短いwww」

ことり「さーん」

海未「問答無用ですか」

絵里「隠れるしか助かる道はなさそうね…」
 

 
ことり「……じゅーう!」


pipipipipipipipipipipipipipi……



ことり「よーし、探しにいこう」

ことり「別荘の中にいるのかな?」

ことり「探さなきゃ」

ことり「見つけなきゃ」

ことり「これはかくれんぼだもん」

ことり「まずは花陽ちゃんから」

花陽「次に凛ちゃん」

凛「にこちゃん」

にこ「希ちゃん」

希「穂乃果ちゃん」

穂乃果「真姫ちゃん」

真姫「絵里ちゃん」

絵里「海未ちゃん」

海未「最後はことり」

ことり「最後は私」




pipipipipipipipipipipipipipipipipipi……
 

 
ことり「見つけなきゃ」

ことり「探さなきゃ」

ことり「私が鬼」

ことり「私が最後」


スタスタスタスタ……


ことり「いないんだ」

ことり「別荘の中には誰もいない」

ことり「じゃあ外なのかな?」

ことり「探さなきゃ」

ことり「私が鬼なんだから」

ことり「最後になるまで頑張らなくちゃ」

ことり「皆はあんなに頑張ったんだから」
 

 
ガチャ

ことり「花陽ちゃんはどこかな?」

ことり「こっちかな?」

ことり「山の中かな?」

ことり「林の奥かな?」


ガサガサガサガサガサガサガサガサ…


ザクッ


ブシュー


ことり「痛い痛い痛い痛い痛い」

ことり「でも探さなきゃ」

ことり「あ」

ことり「花陽ちゃんだ」




ザクッ
 

 
ことり「次は凛ちゃん」


ザクッ


ことり「にこちゃん」


ザクッ


ことり「希ちゃん」


ザクッ


ことり「穂乃果ちゃん」


ザクッ


ことり「……真姫ちゃんは」

ことり「どこにいるんだろう」

ことり「あとは四人」

絵里「見つかってしまったわ」

海未「もうここまでのようです」

ことり「……」


pipipipipipipipipipipipipipipipipipi……


ことり「やだよ」

ことり「もっと遊んでいたいよ」

絵里「ケケケケケケ、強情ね」

海未「ひひひひひひひひ、じゃあ次は?」





ことり「かごめ」

 
ーある断片ー
 

 
先生、教えてください…あの子は……ことりはいったい…

「はい、今からお話しします。落ち着いて聞いて下さい」

落ち着け? 落ち着けるわけないじゃないですか

やっと目を覚ましたと思ったらあの子私の顔を見てなんて言ったと思います?

『だれ?』って

不思議そうな顔でこっちを見たんですよ?

落ち着いていられると思いますか!?

「南さん、あなたの気持ちはお察します」

「この数日間、経過を観察して得られた所見を全てお話します。ですからどうか落ち着いて」
 

 
……すいません

どうぞ、お聞かせ下さい

「率直に言います」

「あなたのお子さんは」


「記憶障害です」


っ……う、うぅぅぅ…

「言葉は理解できる。自分の目に映る物、事。それらを言葉で表現するだけの語彙力、つまりは学校の授業などで培った知識は忘れていません」

「しかし『学校で何があったか』、自分が体験したであろう物事がごっそり抜け落ちているんです」

…でも、これから思い出すことも出来るんですよね?

自分がどんな人間か教えてあげれば元に戻れるんですよね?

「……」
 

 
先生?

「記憶が持つのは…一日だけのようです」

……え?

「記憶がリセットされてしまうんですよ。眠りについて、朝目が覚めた時には昨日あったことを全て忘れてしまう」

そん、な……

ことりが…そんな…

「多くはないですが、こういった症例は確かに存在します。問題はもう一つの方にあります」

もう、一つ?

「ええ」

「あの子は、自分が自分であることを否定しているんですよ」
 

 
どういう、ことですか……?

「これを見てください。お子さんが書いたものです」

…!

「同じ部員だった生徒さん達の名前…ですよね?」

な、なんですかこれ…コレがいったい…

「意識してやっているのかは分かりませんが」

「一日が終わる前に、これを付け替えるんですよ」

「まるでこの名前の人物の代わりを務めようとするように」

「絶対に自分の名前のものはつけようとしません」
 

 
「一種の防衛本能ではないかと思われます」

「起こった出来事を認めたくないために、こんなことをしているのかもしれません」

……

「とにかく、外傷の方はもう完治しています」

「しかし、あの状態ではしばらく様子を見る必要があります」

「別の病院に移ってもらった方がいいでしょう」

…治るんですか

あの子は、元に戻るんですか

「……」

「…目が覚めるまで、見守るしかありません」
 

 
ー5ー
 

 
家を出てばかりの時はあんなに楽しみだったはずの合宿が

今はもうあんまり楽しみじゃなくなってた

駅を出て歩き始めてから、凛は皆の後ろの方を歩いてる

時々、気になって後ろを振り返る

誰かに見られているような感じが

まだ続いているから

雲はますます厚くなって

今にも雨粒が落っこちてきそうだ

足が余計に重くなる

なんだか、もう……歩きたくなくなってきた
 

 
花陽「凛ちゃん?」

はっとした

知らないうちに歩くのをやめちゃっていたみたい

かよちんが不思議そうな顔でこっちを見てた

にこ「どうしたのよ。歩き疲れたの?」

凛「あ……う、ううん」

慌てて首を振る

穂乃果「でも確かに結構歩いたよね。あとどれくらいなんだろ」

希「そうやね。天気も悪くなってきたし、早めに着きたいところやね」

花陽「えっと…あ、あそこだ」

かよちんが指さす先には山に入る道が見えた

花陽「あの道をまっすぐ行けば別荘があるみたい」

にこ「じゃあ早く真姫達と合流しましょ」

にこ「ほら、凛。もうちょっとだから頑張んなさい」

凛「……う、うん」

歩きたくはない

けど、凛のわがままで

今更行かないなんて言えないよね…
 

 
にこ「け…結構急なのね」

花陽「あ、足がぁ…」

穂乃果「ふぁ、ファイトだよぉぉぉ…」

登り始めて十数分

相変わらず

誰かの視線は続いていた

希「凛ちゃん、顔色悪いで?」

凛のことを心配してくれてか、希ちゃんが顔をのぞき込んできた

希「なにか不安そうな顔してる」

凛「…あのさ、希ちゃん」

希「なに?」

凛「誰かに見られてる感じ、しない?」
 

 
希「見られてる?…うーん、特にはしないかな」

凛「そっか…」

希「山の中だからやない? ほら、ずーっと山の中歩いてると誰かいるように感じる時ってあるし」

凛「ううん。あのね、皆で電車に乗る前からずっとなの」

希「そうなんか……えーっと、それなら」

希ちゃんが考え込む

その時だった


ガサッ…


と、茂みをかき分ける音が聞こえた

急いで辺りを見回す

希「凛ちゃん?」

凛「希ちゃん、今のガサガサって音、聞こえた?」

希「いや…ごめん、考え事してて分からなかった」

希「でもきっと狸とかだと思うよ。あんまり気にしても仕方ないで、凛ちゃん」

そう言って、笑った

いつもならそうだねって言って一緒に笑っていただろうけど

どうしても

今は笑えなかった
 

 
穂乃果「おおー!」

更にしばらく歩くと

森が開けて、目の前に大きな家が現れた

花陽「うわー…やっぱり今回のところもおっきいね」

にこ「ふんっ」

その別荘を見れば

普段通りならびっくりしているはずなのに

今は

不安で不安で仕方なかった


『入っちゃダメだ』


頭の中でその言葉がぐるぐると渦巻く


希「じゃあ、インターホン押すね」


上品な音楽が流れた

それすら今は

警報みたいに聞こえる

足音が目の前の扉に近づき



扉が開いた
 

真姫「いらっしゃい。さ、入って」

 
 

 
ー誰かが目を覚ますー
 

 
頭が、すごく、痛い

最初に気づいたのはそれだった

そして次に気づいたのは



どこかで何かが鳴っている

甲高く、耳障りな音だ

その音のせいで目が覚めてしまったらしい

頭痛のする頭に響く

早く止んで欲しいと思った

しばらくすると音は止まった

ほっとすると同時に大切なことに気づく



私は誰だ?
 

 
生まれたばかりの赤ん坊はこんな状態なのだろうか

頭の中に何もない

からっぽだった

自分の名前も

何故ここにいるのかも

何一つ思い出せない

思いだそうとしても

頭痛が酷くなるばかり

頭を手で押さえようとするのと

部屋の扉が開いたのが

ほぼ同時だった
 


 
「よっ」

入ってきたのは知らない女の人だった

私と同じ服を着ている

「暇なのよ。また話さない?」

また?

私にはこの人と会話した記憶などない

「あらら? 私のこと覚えてないの? 残念だわぁ」

その人はゲラゲラゲラ、と下品に笑った

その笑い声を聞いた時

目の前の女を殺したいほどに憎く感じ

同時に

一層頭痛が酷くなった

思わず両手で頭を抱える

「ん? 体調悪い? まぁまぁ、ベッドで寝てても余計悪くなるだけだって。ほら、来なよ」

無理矢理に起き上がらせられ、手を引かれるがままに部屋を後にした
 

 
そのまましばらく廊下を歩くと

休憩スペースらしい、いくつかの椅子や机が置いてある場所に着いた

女に引っ張られるがままに、一つのソファに腰掛けた

私たち以外にいるのは

一心不乱に目覚まし時計をいじくっている

妙な男だけだった

私がその男を見ていると、女が言った

「気をつけなよ。あいつお構いなしに鳴らしまくるから」

「…って、これ前に言ったけどねー」

女はまたゲラゲラ、と笑った
 

 
「おいっ、あんまり鳴らすと『特別扱い』されるぞっ!」

女の怒声を上げた

男はにやにや笑うばかりだった

女も慣れているのか、あまり気にしていないようだ

「あんたも『特別扱い』されないように気をつけなよ」

「…って、これも前言ったけどー」

私を見てゲラゲラ笑った

あたまが、いたい

「いやー、二回目にあんたと話した時さ、どーも様子がおかしいから医者とかナースに色々探り入れてのよ」

「したら…ククッ、もう大爆笑よ。私もここに来て長いけどあんたほどイかれてて面白いのには会ったことないわ」

またゲラゲラ、と笑った
 

 
「ねえ、今日は誰なの? ぷぷっ、エリ? ノゾミ?」

ずい、と女は私の左胸の辺りに顔を近づけた

胸にはネームプレート


『高坂穂乃果』


コウサカホノカ

「アハハハハッ、また違う名前っ! くくくっ、うひひひひひひっ!」

女はゲラゲラと笑って身をよじらせた

頭痛が更に増した

頭の内側をナイフでがりがりとえぐられているようだ
 

 
pipipipipipipipipipipipipipi…


起きた時に聞いたような音がした

目覚まし時計を持った男がにやにや笑いながら嬉しそうに手を叩いている

私はふらふらと立ち上がった

「おいっ、どこいくんだよ誰かさんっ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

後ろから聞こえる声を無視して歩く

病室の扉を開ける

頭がいたい

ベッドに横になろうとしてバランスを崩した

ベッド脇にあった机をつかむ

机が倒れる

花瓶が割れる



破片が手に突き刺さる



引き出しの中身が散乱する
 

 
『西木野真姫』

ニシキノマキ

『絢瀬絵里』

アヤセエリ

『園田海未』

ソノダウミ

『東條希』

トウジョウノゾミ

『矢澤にこ』

ヤザワニコ

『星空凛』

ホシゾラリン

『小泉花陽』

コイズミハナヨ

ソシテ

『高坂穂乃果』

コウサカホノカ
 

 
違う

皆は死んでなんていない

ここにいる

私は私じゃない

皆なんだ

痛い

頭がぱっくり開いて

脳みそがこぼれだしたように思った


pipipipipipipipipipipipipipi……


「くくくっ、ぎゃはははははははははははは!!」

うるさい

その笑いを止めろ

花瓶の破片を掴み

女に向かって無茶苦茶に振り回した

白い空間が赤く染め上げられた





すごく綺麗だった
 

 
ーかごめー
 

 
穂乃果「かごめ」

凛「かごめ」

海未「籠の中の」

希「鳥は」

絵里「いついつ」

花陽「出やる」

真姫「夜明けの晩に」

にこ「鶴と亀が滑った」




「後ろの正面だあれ?」
 

 
ことり「……」


pipipipipipipipipipipipipi


穂乃果「早くしろよ」

海未「うるせーな、大丈夫だって」

凛「どうせこんなとこ誰も来やしねーよ」

真姫「お前ビビりすぎだろwww」

花陽「つーか発起人なにやってんの?」

絵里「いいだろほっときゃ」

にこ「ヤバいwwwくっそ興奮するwww」

希「早くしろっての」
 

 
ザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッザクッ


ことり「かごめかごめ」

ことり「籠の中の鳥は」

ことり「いついつ出やる」

ことり「夜明けの晩に」

ことり「鶴と亀が滑った」


pipipipipipipipipipipipipi……
 

 
 
 
ことり「うしろのしょうめんだあれ?」

 
 

 
ーある断片ー
 

 
『行方不明の女子生徒、発見される』

『八名が死亡、一名は意識不明の重体』

『山中の山小屋の中で』

『八名のいずれも鋭利な刃物で全身を切り裂かれており』

『病院に搬送された一名も腹部を刺されていた』

『監禁及び誘拐を行ったと思われる男性ら数名も』

『女子生徒らと同じように全身を切り裂かれ』

『小屋の中から遺体で発見された』

『警察は男性らの身元の確認を急ぐとともに』

『現場の調査を入念に行っている』

『現在のところ』

『事件の背景は明らかになっていない』
 

 
ー6ー
 

 
真姫「案内できなくて悪かったわね」

花陽「ううん。でもなんで…?」

絵里「実はね、先に合宿のスケジュールを組んでおこうって話になって」

海未「衣装、作曲、作詞、ダンスコーチで集まって、予定を考えておいたんです」

希「えー、それなら全員で集まってもよかったんやない?」

ことり「最初はそうしようって話だったんだけど…」

穂乃果「酷いよー! 海未ちゃんとことりちゃんいないから危うく電車に間に合わないところだったよー!」

海未「……九人もいては話がまとまらないのではないかと思いまして」

希「なるほど…」
 

 
絵里「だから先に私たちで大まかな予定を考えて」

絵里「後から皆の意見を聞いてまとめようってことになったの」

にこ「ふーん、それで一足先に集まってたわけね」

花陽「そっかぁ。あ、そうだ」

花陽「真姫ちゃんはなんで自分で掃除を?」

真姫「えっ!? べ、別にいいでしょ!?」

穂乃果「あ、おっきいクローゼット!」

ガチャ

どさどさどさどさっ

真姫「ちょ…!?」

花陽「おっきいぬいぐるみがいっぱい…」

希「なるほどー、これを片づけておこうと思ったんやね」

にこ「真姫も可愛いとこあるわねー」ニヤニヤ

真姫「い、いいでしょ別にー!」
 

 
凛「…」ぽかーん

真姫「? 凛、さっきからやけに静かだけど、どうかしたの?」

凛「…ぷぷっ」


凛「あははははははっ!!」


真姫「!?」

にこ「な、なにいきなり笑い出してるのよ、気味悪いわね」

凛「えへへっ、なんでもないにゃー」

凛「よーし、皆で合宿がんばるにゃー!」




なーんだ

全部凛の考えすぎだったみたい

今までずっと暗い顔をしていた自分がバカみたいで

おかしくてたまらなかった
 

 
絵里「??」

海未「よく分からないですが、凛が元気になってよかったですね」

ことり「うん。ずっと黙ってるからどうしたのかなって思っちゃった」

穂乃果「よーし、合宿ガンバロー!」

真姫「穂乃果っ! なに勝手にクローゼット開けてるのよ!」

希「おー、色んな種類があるね」

にこ「ぷぷっ、面白いから撮っとこうかしら」




えへへ

テンション上がってきたにゃー!
 

 
花陽「真姫ちゃん、外に水道あるかな?」

真姫「? 別荘出て左にあるけど」

花陽「ちょっと借りていいかな?」

真姫「いいけど。どうしたの?」

花陽「飯ごう洗っておこうと思って!」ドヤッ

花陽「うふふふふ、これで炊いたお米は絶品だよぉ?」ニヤニヤ

真姫「そ、そう」

花陽「じゃあちょっと行ってくるね」


すたすたすた


凛「行ってらっしゃーい」

ことり「……」

海未「ことり、どうしました?」

ことり「……」

ことり「――花陽ちゃん」
 

 

  
ガチャ……

 
 

 
ー終わりー
 

某所に既に投下したものですが

ここにも投下してみました

読んでくれた人ありがとう

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